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Tennessee Williams の Hello from Bertha

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Tennessee Williams の Hello from Bertha
Tennessee Williams の Hello from Bertha
― BERTHA の決意と拒絶 ―
落 合 和 昭
「谷」と BERTHA の部屋
Tennessee Williams(1911-1983) の 一 幕 劇、Hello from Bertha(1941) は、
1946 年 に 出 版 さ れ た、 一 幕 劇 集 27 Wagons Full of Cotton and Other One-Act
Plays の中に、収められている。
この劇は、(1)Tennessee Williams: A Guide to Research and Performance によれ
ば、1961 年に、イギリス南東部の州、Kent 州の Bromley で上演されている
(おそらく、この上演が初演であると思われる)
。また、(2)Critical Companion
to Tennessee Williams: A Literary Reference to His Life and Work によれば、やはり、
同じ年に、“Play of the Week: Four Plays by Tennessee” という PBS-TV の番組の
中で、放送されている。
この劇の「題名」
、Hello from Bertha は、主人公の売春婦、BERTHA が、劇
の終わりに、売春宿で、死の床につきながら、彼女の代わりに来た、新しい売
春婦、LENA に、彼女が、長い間、思いを寄せ続けている、Charlie への手紙
の口述筆記を、いわば、遺書として、依頼しているときのやりとり、
BERTHA: That’s right. Now just say this. Hello from Bertha―to Charlie―with all
her love. Got that? Hello from Bertha―to Charlie.
..
LENA[rising and straightening her blouse]: Yes.
BERTHA: With all.
.
.
her love.
.
.
[The music in the outer room recommences.](p244)
(下線は筆者)
-1-
落 合 和 昭
の中から取られたものである。BERTHA は、死に直面して、Charlie に、“Hello
from Bertha to Charlie with all her love” という、たった一行の手紙を送るだけで、
この世に別れを告げようとしている。
この劇の「場所」は、冒頭の「ト書き」、
A bedroom in “the valley” ―a notorious red-light section along the river-flats of East
St. Louis.(p231)
に も あ る よ う に、“the valley”、「 谷 」 と 呼 ば れ て い る、East St. Louis の
Mississippi 川の川沿いの平地にある、悪名高き、赤線地区の売春宿の寝室であ
る。ちなみに、East St. Louis は St. Louis の東部(地区)を示すのではなく、St.
Louis とは別の、独立した町であり、現在、人口は三万人強である。St. Louis
が Mississippi 川 の 西 側 に あ る の に 対 し て、East St. Louis は、 そ の 名 前 の 通
り、その対岸の東側にある。同じ St. Louis という名前が使われているにもか
かわらず、St. Louis は Missouri 州に属し、East St. Louis は Illinois 州、St. Clair
County にある。
この劇では、売春宿の寝室が舞台であり、主人公や「登場人物」が売春婦で
あることを考えると、この括弧付きの “the valley” には、単に、地形上の「谷」
という意味のほかに、「谷のようなもの(場所)」
、すなわち、女性の胸の谷間
や女性器も暗示しているようにも思われる。さらに、『ランダムハウス英和大
辞典』
(第二版)にもあるように、“the valley” には、
「恐怖(憂鬱、不吉な予
感)などに満ちた場所(時、状況)」
、「低迷期」や「暗黒のとき」も意味する
ことがある。この劇でも、
「谷」は、単に、赤線地区を指しているだけではなく、
売春婦であり、重い病気にかかり、死にかけている、主人公 BERTHA が置か
れている状況を考えると、この辞書の定義のように、
「恐怖(憂鬱、不吉な予感)
などに満ちた場所(時、状況)
」を表しているとも言える。
上に引用した、冒頭の「ト書き」の続きには、その「谷」にある、売春宿の
一室が
-2-
Tennessee Williams の Hello from Bertha
In the center is a massive brass bed with tumbled pillows and covers on which
Bertha, a large blond prostitute, is lying restlessly. A heavy old-fashioned dresser
with gilt knobs, gaudy silk cover and two large kewpie dolls stands against the
right wall. Beside the bed is a low table with empty gin bottles. An assortment of
lurid magazines is scattered carelessly about the floor. The wallpaper is grotesquely
brilliant―covered with vivid magnified roses―and is torn and peeling in some
places. On the ceiling are large yellow stains. An old-fashioned chandelier, fringed
with red glass pendants, hangs from the center.(p231)
(下線は筆者)
と描写されている。
BERTHA の寝室の中央には、大きな真鍮のベッドがあり、その上には、ク
シャクシャになった枕やカバーがある。そのベッドの上には、大柄のブロンド
の売春婦、BERTHA が落ち着きなく横たわっている。この寝室は、おそらく、
BERTHA が、長い間にわたって、客を取ってきた部屋であろう。その寝室には、
“gilt”、「金メッキ」のノブが付き、“gaudy”、
「けばけばしい」シルクのカバー
がかけてある、重そうで、古風なドレッサーが置いてある。この重くて、古風
なドレッサーは、一見すると、豪華で、立派であるように見えるが、“gilt”、
「金
メッキ」のノブ、“gaudy”、
「けばけばしい」シルクのカバーという表現が暗示
しているように、いかにも、金ぴかの、安い代物という感じを与える。それは、
長い間、売春婦として働いてきたが、今は、年を重ね、若さを失い、ついには、
病気になり、もはや、売春婦として、客を取ることができなくなり、お払い箱
になって、この部屋を、今すぐにも、出て行くように言われている、大柄のブ
ロンドの売春婦、BERTHA 自身が置かれている状況をそのまま表しているよ
うに感じられる。右の壁には、二体の大きなキューピー人形が立てかけてある
が、この二体の人形も、大柄な彼女を表しているように感じられる。ベッドの
傍らにある、低いテーブルの上には、ジンの空ビンがあり、床には、何冊かの
“lurid”、「どぎつい」雑誌が無造作に散らかっているが、これは、売春婦であ
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落 合 和 昭
る BERTHA の一面を表していると思われる。
部屋の壁紙は “grotesquely brilliant”、
「グロテスクなほど鮮やか」であり、そ
の一面に、“vivid magnified roses”、
「生き生きとした、拡大化されたバラ」が
描かれているが、この壁紙やそこに描かれている、大きく描かれたバラは、
The Rose Tattoo(1950)の主人公 SERAFINA のバラのように、生命力が強い
BERTHA の性格を表しているのではないだろうか。特に、
「生き生きとした、
拡大化されたバラ」は、どのような状況に追い込まれようとも、生きていこ
うとする、彼女の生命力の強さを誇示しているように見える。しかし、生命
力に満ちあふれているように見える、その壁紙は、“is torn and peeling in some
places”、
「ところどころ、破れたり、剥がれたりしている」。さらに、天井にも、
“large yellow stains”、
「黄色い、大きなシミ」が浮き出ている。これらの表現が
示しているように、彼女の生命力も、ここに来て、ところどころ、ひびが入り、
色あせ、黄ばんできて、その力を失いつつある。彼女は、若さを失い、重い病
気になり、売春婦としての仕事ができない状態に追い込まれている。
この冒頭の「ト書き」には、彼女の性格や彼女が置かれている状況が、部屋
の中にある、様々な物に関する描写を通して、見えてくる。Williams は、多く
の劇で、「背景」を通して、「登場人物」、特に、主人公の考えや気質、また、
置かれている状況を多面的に描く手法を取っているが、そのことは、この劇に
おいても、当てはまる。彼は、劇の「背景」を描きながら、じつは、BERTHA
の性格描写をしている。彼は、明らかに、
「背景」を、主人公という「登場人物」
を映す鏡、主人公について語るナレーター、独白や傍白をする「登場人物」と
して位置づけて、描いている。
この劇の「場所」が「谷」と呼ばれていることや、BERTHA が近づきつつある、
死の世界は、Williams が意識したかどうかは、
定かではないが、
『聖書』の中でも、
最もよく知られている箇所である、
『旧約聖書』
「詩篇」第二十三篇第四節、日
本語訳で、
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
4
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいをおそれません。
あなた(神)がわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
(下線及び括弧内は筆者)
英語訳で
4
Even though I walk through the valley of the shadow
of death,
I fear no evil; for Thou art with me;
Thy rod and Thy staff, they comfort me.
の中で、描かれている「死の陰の谷」を思い出させる。
彼女は重い病気にかかり、もはや、売春婦としての仕事もできないため、売
春宿の女主人から、今すぐにでも、その部屋を出て行くように、何度も、言い
渡されている。しかし、彼女は、その度ごとに、頑として、拒絶し、けして出
て行こうとはしないで、そのまま、居座り続けることを選択する。彼女は、次
のやりとり、
BERTHA: You trying to tell me I’m broke?
GOLDIE: You been broke for ten days, Bertha. Ever since you took sick you been
out of money.(p238)
からもわかるように、病気になって以来、この十日間、彼女には、まったく金
がなく、無一文であることがわかる。すなわち、彼女にとって、残されている
ものは、何もなく、あるのは、重病にかかり、死が近づきつつある、彼女の身
一つだけである。無一文であり、そこを出たら、行く先もなく、誰一人として、
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落 合 和 昭
彼女の世話をしてくれる人もいない(少なくとも、この劇の中では、彼女に親
類縁者がいるとは書かれていない)
。彼女が置かれている境遇は孤独と絶望の
極みであり、まさに、彼女は、今、
「死の陰の谷」を歩んでいる。
BERTHA の身体の病気、精神の病気
彼女は重い病気にかかっているが、Williams はその病名が何であるかは、明
らかにしていない。しかし、彼は、この短い一幕劇の中で、その病気の症状と
関係があると思われる「ト書き」を数多く書いている。その「ト書き」を抜き
出してみると、以下のようになる。
“with faint groan”(p231)
“toss fretfully”(p231)
“Bertha makes an indistinguishable reply.”(p232)
“Bertha tosses again and groan.”(p232)
“faintly”(p233)
“Bertha’s reply is indistinguishable.”(p233)
“thickly”(p233)
“Her voice trails into a sobbing mumble.”(p233)
“She runs her hand slowly down the body.”(p234)
“Bertha laughs weakly.”(p234)
“Bertha mutters an indistinguishable vulgarity.”(p234)
“She turns her face to the wall.”
(p236)
“She shakes her head and then slowly reclines again.”(p237)
“then her hand relaxes and slip over the side of the bed.”(p237)
“She struggles to rise.”(p237)
“Berhta has risen painfully and now she totters toward the dresser.”(p238)
“She sinks, panting, into a rocker.”(p238)
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
“She rises and staggers toward the door.”(p239)
“Collapsing with weakness against the side of the door, she sobs bitterly and cover
her eyes with one hand.”(p239)
“Her tense lips quiver; a shining thread of saliva dribbles down her chin. She stands
like a person in a catatonic trance.”(p240)
“Her head rocks and she smiles in agony.”(p240)
“Her laughter dies out and she staggers to the rocker and sinks into it.”(p240)
“Her ecstasy fades and the look of schizophrenic suspicion returns.”(p241)
“She rises and drags herself vaguely about the room and then collapses on bed.”
(p242)
これらの「ト書き」には、“groan”、
「うめく」
、“painfully”、
「痛そうに」
、“panting”、
「喘いでいる」、“agony”、
「苦痛」
、“totter”、
「よろめく」
、“stagger”、
「よろめく」
、
“drags herself vaguely about the room”、
「もうろうとして、部屋を身体を引きず
「倒れる」等、彼女が患っている、身体的な
るようにして歩く」
、“collapses”、
病気からくる症状を表す表現が並び、さらには、彼女が身体的にかなり弱って
いる様子を表す語や表現も、随所に、見られる。
その一方で、“Her tense lips quiver; a shining thread of saliva dribbles down her
chin. She stands like a person in a catatonic trance.”、「緊張した唇は震え、光って
いる唾の糸が顎から垂れている。彼女は緊張症(緊張型統合失調症)の恍惚状
態にいる人のように立っている」
、“Her ecstasy fades and the look of schizophrenic
suspicion returns.”、
「彼女の恍惚状態は消え、統合失調症的な疑いのまなざし
が戻ってくる」というように、彼女には、身体的な病だけではなく、精神的
な病、すなわち、統合失調症的な症状も、随所に見られ、恍惚状態や緊張状
態が、交互に、訪れているように見える。さらに、彼女は、“Bertha makes an
indistinguishable reply.”、
「BERTHA は口の中でモグモグと返事をする」
、“Bertha’s
reply is indistinguishable.”、
「BERTHA の返事はモグモグと言うだけである」
、“Her
voice trails into a sobbing mumble.”、
「彼女の声はすすり泣きながらモグモグと
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言うようになる」、“Bertha mutters an indistinguishable vulgarity.「BERTHA は口
の中でモグモグと卑猥な言葉つぶやいている」というように、
意味不明な言葉、
ほとんど聞き取れないような言葉を、何度も、つぶやき、精神的な病の症状も、
かなり悪化しているように思われる。彼女は、この時点において、もうすでに、
身体的にも、精神的にも、極限状態にいると言っても、過言ではない状態にま
で、追いつめられている。
彼女は、身体を病み、精神を病み、ほとんど、死に至るほどの、絶望的で、
孤独な状況に置かれているにもかかわらず、彼女の部屋の壁に描かれた「拡大
化されたバラ」のように、それらの病気に負けまいとする、激しい生命力を表
す「ト書き」が、上に引用した、病気に関する「ト書き」の合間、合間に、挿
入されている。
次に、それらを、順を追って、引用してみると、
“slapping her hand on bed”(p232)
“She stubbornly averts her face.”(p232)
“with sudden alertness”(p233)
“aroused”(p234)
“She slaps the bed twice with her palm.”(p234)
“Bertha’s fingers claw the sheet forward.”(p235)
“She knots her fingers and pounds the bed several times.”(p237)
“Goldie catches her arm and they struggle but Bertha wrenches free.”(p240)
“She pounds the wall, and sobs.”(p240)
“rapidly, with eyes shut, head thrown back and hands clenched”(p240)
“She laughs wildly.”(p240)
となる。
身体や精神の病気の症状に関する「ト書き」と病気や死に立ち向かおうとす
る生命力を表す「ト書き」の量の対比は、およそ、二対一になっている。この
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
対比そのものが、彼女が、身体的にも、精神的にも、しだいに、弱っていく様
子を表している。しかし、また、彼女が、重い病気に冒され、死に直面しなが
らも、生きようと必死にもがいている様子が、
これらの「ト書き」が、
病気の「ト
書き」の間に、挿入されていることからも、感じられる。Williams の劇に登場
する、多くの主人公たちのように、BERTHA は、病気に、身も心も冒されな
がらも、けして、自ら命を絶つことなく、生き続ける。しかし、心身ともに、
思い通りにならない彼女は、そのイライラをぶつけるかのように、手で何かを
たたく動作を、何度か、繰り返す。“slapping her hand on bed”、
「彼女は手でベッ
ドをたたきながら」
、“She slaps the bed twice with her palm.”、「彼女は手のひら
で二回ベッドをたたく」
、“She knots her fingers and pounds the bed several times.”、
「彼女は指を結んで数回ベッドをたたく」
、“She pounds the wall, and sobs.”、「彼
女は壁をたたいて、泣く」
、これらの「ト書き」から感じられる、絶望と無力
感から来る焦燥感は、彼女が、このときだけではなく、今までの人生において
も、絶えず、感じてきたものだろう。
BERTHA の決意と拒絶
BERTHA と売春宿の女主人 GOLDIE の間で交わされる、次のやりとり、
GOLDIE [advancing a few steps and regarding Bertha more critically]: You want to
see a doctor?
BERTHA: No.[There is a pause.]
GOLDIE: A priest? [Bertha’s fingers claw the sheet forward.]
BERTHA: No!
GOLDIE: What religion are you, Berhta?
BERTHA: None.
GOLDIE: I thought you said you was Catholic once.
BERTHA: Maybe I did. What of it?
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落 合 和 昭
GOLDIE: If you could remember, maybe we could get some sisters or something
to give you a room like they did for Rose Kramer for you to rest in, and get your
strength back - huh, Bertha?
BERTHA: I don’t want no sisters to give me nothing! Just leave me be in here till I
get through resting.
...
GOLDIE: Yes Bertha. I don’t want to scare you but.
.
.
BERTHA[hoarsely]: You mean I’m dying?
GOLDIE[after a moment’s consideration]: I didn’t say that.(p235-p236)
(下線は筆者、小さい点線部分は省略部分)
の中に見られるように、BERTHA の病気の深刻さを心配した、親切心という
よりも、商売上の理由から、彼女に、すぐにでも、この部屋を出て行って欲し
いと思っている、女主人は彼女に病院へ行くように勧めるが、彼女はその申し
出をきっぱりと断る。彼女が拒絶しているのは、
病院へ行くことだけではない。
BERTHA がカソリックであると聞いていた女主人は神父を病床に呼ぶことを
勧めるが、やはり、それも、“No!” と、一言で、断っている。BERTHA は、病
院へ行くようにと勧められたとき、“No” と言って、断っているが、神父を呼
ぶように勧められたときは、“No!”、すなわち、感嘆符つきの、語気を強めた、
強い拒絶を表している。神父を呼ぶことに同意することは、彼女自身、もうす
ぐ、死ぬということを認めることになるので、拒絶したようにも感じられるが、
それに続く、「ト書き」に、“Bertha’s fingers claw the sheet forward.” とあるよう
に、その拒絶の言葉を言いながら、彼女は、怒りと悔しさに耐えきれないかの
ように、爪でベッドのシーツをわしづかみしている。この、彼女の振る舞いは、
彼女が、神父、あるいは、カソリックに対して、何らかの嫌悪感を抱いている
のではないかと感じさせる。女主人は、続いて、BERTHA が、以前、カソリッ
クであると言っていたと言うと、彼女は、“ Maybe I did. What of it?”、
「たぶん、
そうだったわ。それがどうしたの」と言って、以前、カソリックであったこと
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
を否定していない。BERTHA が、以前、自分はカソリックであったというこ
とは確かである。しかし、いつ頃、彼女がカソリックであることをやめたのか、
そのことについては、何も書かれていないので、わからない。わかるのは、彼
女は、今では、死に際しても、カソリックと関わりを持つことを強く拒絶して
いるということである。多くのカソリックの人がそうであるように、彼女は、
おそらく、生まれながらにして、
カソリックの家庭に生まれ、そのまま、
カソリッ
クになったのであろう。その彼女とカソリックのあいだに、一体、何があった
のか。何があったから、彼女はカソリックであることをやめたのか、
Williams は、
この点に関しては、何も説明していないので、知るよしもない。しかし、確か
なことは、よほどのことがないかぎり、カソリックに対する、深い絶望がない
限り、カソリックの人はカソリックをやめないことである。彼女は、宗教的な
面でも、大きな挫折を味わったのかもしれない。彼女にとっては、カソリック
は、もはや、魂を救済し、心の平安を与えてくれるものではない。
さらに、女主人と BERTHA のやりとり、
GOLDIE: If you mean a confession, honey, I think a priest would be―
BERTHA: No, no priest! I want Charlie!
GOLDIE: Father Callahan would―
BERTHA: No! No! I want Charlie!(p236)
の中でも、GOLDIE は BERTHA に、いわば、死への準備として、CALLAHAN
神父へ罪の告白をするように勧めるが、彼女は、それよりも、昔から思いを
寄せている Charlie を枕元へ呼んで欲しいと叫んでいる。彼女にとっては、死
に際して、必要なものは、カソリックの神父ではなく、Charlie その人である。
Williams は、BERTHA と Charlie がどのような関係にあったかについても、何
も明らかにしていない。二人は恋人どうしであったが、
何らかの理由、
たとえば、
彼が彼女を捨て、他の女性を選んでしまったのか、それとも、二人は、もとも
と、不倫関係にあったが、彼がその関係を清算して、妻のもとへ帰っていった
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落 合 和 昭
のか、さまざまな可能性が考えられるが、彼女は、結局、彼女の意思に反して、
Charlie と別れざるをえなかったことだけは推測できる。そのため、彼と別れ
た後も、彼への思いがますますつのり、いつまでも、その思いが断ち切れずに
いる状態が、過酷な生活の中で、続き、いつしか、彼女の中では、彼がある種
の「神」、守護神のような存在になっていったのではないだろうか。彼への思
い、いつの日か、このような状況から抜け出ることができ、彼といっしょにな
れるかもしれないという空想にも似た、強い思いがあるがゆえに、彼女は、売
春婦をしながらも、生きてくることができたのかもしれない。そのような彼女
においては、「詩篇」の作者とは違って、神ではなく、Charlie の存在、彼の言
葉や優しさだけが彼女に慰めや平安を与えてくれるのではないだろうか。宗教
に見切りをつけている彼女にとっては、以前、神がいた位置に、Charlie が、今、
いるのではないだろうか。神を失った彼女にとっては、以前、神がいた場所に、
神の代わりになるものが必要であり、それが Charlie であったのかもしれない。
売春宿の女主人は、重い病気にかかっている BERTHA の死が間近に迫って
いることを予感しているらしく、シスターを呼んで、世話をしてもらう場所を
提供してもらうように、
必死に、
勧めている。女主人である GOLDIE から見れば、
重病の BERTHA は客を取れないので、もはや、売春婦としては、使い物にな
らないのである。早く、彼女をこの部屋から追い出して、
新しくて、
若い売春婦、
LENA を、この部屋に住まわせたいのである。BERTHA が、このままの状態で、
居続けることは、商売上、得策ではない。GOLDIE の「台詞」にもあるように、
以前にも、Rose Kramer という売春婦がいて、やはり、BERTHA と同様に、重
い病気になり、最後には、シスターたちの世話になって、死んでいった。その
ため、BERTHA のように、重い病気になり、やがて、シスターの世話になって、
死んでいく売春婦は、この赤線地区では、いや、多くの赤線地区では、よくあ
る出来事の一つであるのかもしれない。しかし、BERTHA は、今すぐにでも、
この部屋を出て行くようにと、強く言い立てている GOLDIE に対して、それ
をきっぱりと拒絶し、この部屋に居続けようとする。BERTHA は、このように、
女主人の申し出を、ことごとく、拒絶して、その部屋を出て行こうとしない。
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
とすると、彼女に残されている、唯一の道は、この売春宿の一室で、売春婦と
して、息を引き取ることであり、彼女は、自らの意思で、売春婦としての死を
選択していることになる。
彼女は新しく来た売春婦(おそらく、BERTHA の代わりの売春婦)に向かっ
て、
BERTHA: Yeah, that’s a laugh, ain’t it? I’m all right. I’ll be on the job again tonight.
You bet. I always come through, don’t I, kid? Ever known me to quit? I may be a
little down on my luck right now but-that’s all![She pauses, as if for agreement.]
That’s all, ain’t, Lena. I ain’t old. I still got my looks. Ain’t I?(p241)
と言っている。この中で、彼女は、
「もう大丈夫。今夜にも、仕事に戻るわ。
..
.
私はいつも切り抜けてきたわ。.
.
.今は、少し、ついていないけれど、ただ、
それだけのこと。
.
.
.私は、まだ、年を取ってはいないし、美貌も衰えていな
い。
..
.」(点線部分は省略部分)と言っている。彼女は売春宿を出て行くこと
を拒絶し、病院へ行くことを拒絶し、カソリックの施設へ行くことを拒絶し、
病床へ神父を呼ぶことを拒絶しているが、死に際しても、この状態を切り抜け
ることができたら、売春婦を続けるつもりでいる。このような彼女の態度には、
一貫して、ある種の頑固さ、けして譲ろうとしない強さが感じられる。彼女は、
何故、これほどまでに、売春婦として生きることに固執しているのであろうか。
彼女は、最初から、望んで、売春婦になったとはとても思えない。また、彼女
は売春婦の仕事が好きで、それを続けていくことに、生き甲斐や誇りを感じて
いるとも思えない。それにもかかわらず、何故、彼女は、最後まで、売春婦と
して生きようとしているのだろうか。彼女が、どのような過程を経て、売春婦
になったのかは、劇の中で、書かれていないので、わからないが、彼女が、最
終的に、辿り着いたのが売春婦であったことだけは確かである。また、彼女は、
売春婦になることができたゆえに、今まで、生きてこられたことも確かである。
もし仮に彼女が売春婦になれなかったら、彼女は死ぬより他に、道はなかった
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落 合 和 昭
であろう。彼女には、生きる手段はこれしかなかったのであろう。彼女が売春
婦でいつづけること、それは、彼女が、曲がりなりにも、生きていけるという
ことを保証してくれた。その彼女が、もし売春婦であることをやめたのなら、
彼女は、もう、死ぬより他はないのである。彼女にとっては、売春婦であるあ
いだは、生きていけるということである。そのため、彼女は、死への抵抗のた
め、売春婦として生き続けようとしたのである。彼女が売春婦であることをや
めたときは、それは彼女が死ぬときである。
結局、彼女は、この部屋を出ることも、医者のところへ行くことも、神父を
呼ぶことも、すべて、断っている。医者のところへ行くことを拒否していると
いうことは、彼女に、病気を治そうとする意思のないことを示しているだけで
はなく、彼女は、もう、病気がなおらないことを、はっきり、自覚し、そのまま、
死に直面しようとしていることも示している。また、臨終に際して、神父を呼
ばないということは、彼女は、死に直面し、罪の悔い改めをしないだけではな
く、神の許しさえも求めないということを意味している。さらには、神を受け
入れた結果、約束されている、天国へ行くことも拒否している。そして、部屋
を出て行かないということは、彼女は、すべてにおいて、現状だけを維持し続
け、売春婦として、死ぬことを願っていることになる。
書き取られない口述筆記 重い病気に冒され、死に瀕している状況は、まさに、
「詩篇」で言う、「死の
陰の谷」、“the valley of the shadow of death” を歩んでいる状況であるが、「詩篇」
の作者は、
「死の陰の谷」を歩むとも、神に信頼しているため、いかなる災い
をも恐れず、神からの慰めを受けて、安らぎと落ち着きを感じている。しかし、
BERTHA は、神からの慰めも、人からの慰めも受けられず、絶望と焦燥のまっ
ただ中にいる。彼女がそのような状況に身を置くようになったのは、彼女自身
のせいというよりも、彼女自身、
しだいに、
追いつめられていった結果、そうなっ
たと言うほうが当たっているのかもしれない。彼女は、ただ、昔から思いを寄
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
せている Charlie、今は、妻も、子供もいる、おそらく、彼女は、何年も、何
十年も会っていない、Charlie Aldrich(この名前は、いかにも、彼が金持ちであ
ることを連想させる)に当てて、“Hello from Bertha to Charlie with all her love”
という一文の口述筆記を、LENA という、新しく来たばかり売春婦に、頼みな
がら、死んでいく。しかし、口述筆記の最中に、LENA には、客が来たらしく、
別の売春婦に呼ばれて、出て行こうとして、身支度をしている。そのときの様
子を、Williams は
BERTHA: That’s right. Now just say this. Hello from Bertha―to Charlie―with all
her love. Got that? Hello from Bertha―to Charlie
LENA[rising and straightening her blouse]: Yes.(p244)
と書いている。すなわち、LENA は BERTHA の遺言にも当たる Charlie への口
述筆記を途中で止め、椅子から立ち上がり、ブラウスを直して、出て行こうと
している。彼女にとっては、死にかけている BERTHA の口述筆記よりも、彼
女を待っている、客のほうが大事なのである。
この少し前で、Williams は、
口実をしている LENA について、
「ト書き」の中で、
二箇所にわたって、次のように書いている。
Lena stops writing.(p243)
Lena looks down and pretends to write.(p243)
もちろん、この二つの「ト書き」の中の “write”、“writing” は口述筆記を「書
く」という意味であるが、LENA は、BERTHA が気づかないことをいいこと
に、途中で、口述筆記を止め、その後も、口述筆記をしているふりだけをし
て、じっさいには、BERTHA の言葉を書き留めていない。そのため、皮肉に
も、BERTHA が、この世における最後の言葉として、書き留めてくれるように、
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落 合 和 昭
必死に、頼んでいた Charlie への遺言は、結局は、書かれないことになり、彼
のもとへも届かないことになる。彼女は、それまで、見捨てられてきたように、
死に際しても、見捨てられ、誰からも顧みられない状況にいる。
劇の最後は、BERTHA が、
BERTHA: With all.
.
.her love..
.[The music in the outer room recommences.]
という Charlie への口述筆記を言いながら、終わっている。おそらく、
「ト書き」
には、明確に、書かれていないが、このとぎれとぎれの言葉を言いながら、彼
女は息を引き取ったのだろう。けして書かれることのなかった口述筆記、けし
て届けられることのない手紙に、彼女は、唯一の望みを託しながら、死んで
いった。ここには、夢や希望を抱きながらも、それらが、ことごとく打ち砕か
れ、打ち砕かれながらも、消して実現されることのない、夢や希望を抱き続け
て、死んでいく、極限状態にいる、人の孤独や絶望が描かれている。BERTHA
の生涯は、アメリカン・ドリームとまったくかかわりもなく、生活して、死ん
でいった、一群の人々を象徴しているのかもしれない。
そ し て、 こ れ ら の 死 は、The Glass Menagerie(1945)の LAURA、Summer
and Smoke(1950)の ALMA、A Streetcar Named Desire(1947)の BLANCHE、
その他、この劇が収められている、27 Wagons Full of Cotton and Other One-Act
Plays(1946)の中の Portrait of a Madonna の LUCRETIA 等が、最後に、辿り
着くかもしれない死と、底辺では、繋がっているように思われる。
おわり
使用したテキストは New Directions 版、
The Theartre of Tennessee Williams Volume
Ⅵ : 27 Wagons Full of Cotton and
Other Short Plays. 1981 に収められている Hello from Bertha(p231-p246)
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Tennessee Williams の Hello from Bertha
を使用し、論文中のテキストからの引用文の終わりにつけられたページ数はす
べてこのテキストによる。
また、論文中の『聖書』の引用文は日本語訳は
『聖書』口語訳 日本聖書協会
英語訳の引用文は
The New American Standard Bible Holman Bible Publishers Nashville 1977
による。
注
1. Tennessee Williams: A Guide to Research and Performance Edited by Philip C.
Kolin Greenwood Press Westport, Connecticut・London 1998 p9
2. Critical Companion to Tennessee Williams: A Literary Reference to His Life and
Work by Alycia Smith-Howard & Greta Heinzelman Facts On File, Inc. 2005
p101
参 考 文 献
1. The Kindness of Strangers:The Life of Tennessee Williams by Donald Spoto
Little, Brown and Company Boston Tronto 1985 Chapter One: In the Shadow
of the Church(1911-1928)
(p3-p25)2.
『ランダムハウス英和大辞典』(第
二版)小学館 1994 年
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