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文房具 GIS:資料作成を目的とした時空間情報管理システムの構築

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文房具 GIS:資料作成を目的とした時空間情報管理システムの構築
GIS −理論と応用
Theory and Applications of GIS, 2008, Vol. 16, No.1, pp.1-10
【原著論文】
文房具 GIS:資料作成を目的とした時空間情報管理システムの構築
根岸幸生・大沢 裕
Stationar y GIS: Development of a Spatio-temporal Information Management System for
Local Government Daily Office Work
Yukio NEGISHI and Yutaka OHSAWA
Abstract: This paper describes a simple GIS application developed for local government daily
office work. This system is named “Stationer y GIS”, because the aim of this development
was for simple use as stationer y. This system was developed based on a spatio-temporal
information system named STIMS which can manage duration of geographic entities on
time axis. Then, even when a statistical data disagrees with local government partition(for
example “ward”), this system can display the statistical information on the old map which
agrees with the statistical data.
Keywords: 領域復元(polygonal region restoring),自治体 GIS(GIS for local government),STIMS
(spatio-temporal information management system),管内図(jurisdictional diagram)
1.はじめに
用できるものは多くない.
現在,多くの地方自治体において,統合型 GIS
その一方で過去の地図や統計データの管理や参照
の導入が議論されている.統合型 GIS の導入を計
といった要求がある.地方自治体では統計データは
画するためには,多数の部署から職員が集まり,整
行政区分ごとに集計されている.過去の統計データ
備すべき地図データやシステムについての議論が
を正しく再現するためには,それが集計された時点
必要である.しかし,個別業務用 GIS の導入率も
の行政界が記述されている地図を用いる必要があ
あまり高くない現在,GIS についての具体的な姿を
る.加えて,行政界はここ数年にわたる市町村合併
一般職員がイメージできないことから,統合型 GIS
に伴い大きく変化している.こうした状況では 2 重
の議論がボトムアップには進められない状況にあ
連結辺リスト(DCEL:doubly-connected-edge-list)
る.また現在,地方自治体で用いられている GIS
(Muller and Preparata,1979)構造のように線と線
は上下水道の管理,都市計画,固定資産税分野での,
との接続関係を図形データ中に記述する従来の GIS
業務に特化した GIS であり,一般の職員が住民説
では過去の統計データを正しく再現することは難し
明や議会のための資料を作成する際に文房具的に利
い.これは領域形状の変化をデータ中に記述するこ
とが困難であるためである.このような状況を踏ま
大沢:〒 338-8570 埼玉県さいたま市桜区下大久保 225
埼玉大学大学院理工学研究科
Graduate School of Science and Engineering, Saitama
University
Simo-okubo 255, Sakura-ku, Saitama, Saitama, 338-8570,
Japan
TEL(FAX)
:048-858-3717
E-mail:[email protected]
え,筆者らは市町村合併などの領域形状の変化が起
きた場合においても過去の統計データを正しく再現
でき,一般の職員が資料作成などの日常的な業務に
活用できる資料作成を目的とした時空間情報管理シ
ステム「文房具 GIS」を提案し構築した.
͘!2!͘
文房具 GIS は地方自治体での利用を目的に開発
多くの職員が GIS に触れることができ,共通
した時空間 GIS であり,地方自治体における一般
の理解が得られる.
職員が手軽に任意時間の統計量を市町村単位や都道
地図を用いた資料の中でも,管内図(地域ごと
府県単位で色分けする機能や,グラフを表示する機
に色分けされた地図)を出力する頻度が高く,
能を持つ.これらの機能は時間情報と合わせて管理
この作図を手軽かつ容易に作成できる必要があ
され,過去の統計量もそれが集計された時点の地図
る.また,多くの頒布資料は,管内図の上にグ
で正しく再現できる.同様なニーズは地理教育にお
ラフを表示し,コメント,画像,図を貼り付け
いてもあると考えられ,文房具 GIS は教育分野で
て用いる.
のニーズにも対応することができると考えられる
地図を用いた資料では統計量の値に応じて市町
(丸山ほか,2003).
村を色塗り分けすることも多い.統計量は年度
本論文では,地方自治体の一般職員が日常業務に
ごとに市町村単位で集計される.しかし,昨今
おいて地図を用いた資料作成を手軽にできる時空間
の市町村合併に伴い領域の形状は大きく変化し
GIS,文房具 GIS の機能と時空間情報の管理方式に
ている.従って,市町村合併による変化を正し
ついて述べる.
く反映して地図上に統計量を表示する必要があ
る.
2.地方自治体における GIS の現状と課題
これらの課題は埼玉県庁だけでの問題ではなく,
現在,地方自治体では地籍管理,道路,水道をは
他の地方自治体にも当てはまると考えられる.上記
じめとする公共施設管理において GIS の導入が進
の課題を解決するため,従来の業務用途とは異なる,
んでいる.しかし統合型 GIS の導入を計画するた
自治体の一般職員が日常業務において地図を用いた
めには,多数の部署から職員が集まり,整備すべき
資料を手軽に作成できる「文房具 GIS」を本論文で
地図の種類,地図の精度,共用する位置情報(コン
は提案する.
テンツ)を検討する必要がある.しかし,個別用途
での GIS はその業務ごとに操作方法やシステムの
3.文房具 GIS に求められる機能
基本コンセプトが違うため,多くの場合,各部署の
前章において述べた,地方自治体での課題を満た
職員は GIS に対して持つイメージが異なる.また,
す文房具 GIS に求められる機能は次のとおりであ
多くの業務用 GIS はライセンス単位で導入されて
る.
いるため,一部署に 1 台から数台の PC のみで運用
1 .一般職員が手軽に利用でき,容易な操作方法で
使える GIS アプリケーション.
されていることが多い.このため,部署内のすべて
の職員が GIS に対して共通の理解があるとは言い
2 .現在,過去の管内図が容易に作成でき,グラフ
難い.
表示,地図上への図形の書き込み,画像の貼り
こうした状況から,筆者らは埼玉県庁総合情報政
つけができる機能.
策課とのヒアリングを通じて,埼玉県庁における
3 .現在,過去の統計量を手軽にグラフや領域塗り
GIS に対する問題点と課題を調査した.その結果,
分けで表示出力できる機能.その際,統計量が
地方自治体で多くの職員が GIS への理解を深める
集計された当時の行政界を正しく反映する必要
ため,以下の課題を解決できる GIS が求められて
がある.
4 .スペックの低い PC でも利用者が快適に文房具
いることがわかった.
GIS を利用できること.
地方自治体の日常業務において地図を利用した
文章や資料を作成する頻度は高く,部署に関わ
1 については,文房具 GIS にて利用する基本地図
らず多くの職員が利用する.従って,地図を利
と実行アプリケーションを 1 つのセットアップファ
用した資料を手軽に作成できる GIS があれば,
イルに統合することで頒布・導入を容易にした.ま
͘!3!͘
た,初心者でも操作しやすい画面構成にした.
自由にインストールできるように,GIS のエンジン
2 ついては,管内図は管理区域や管轄部署の変更
には先にも述べた STIMS を,また数値地図につい
により,各市町村がどの管轄に含まれるかは(市町
ては,国土地理院のウェブサイトよりダウンロード
村合併などに伴い)年度により変化する.このため,
可能な,『数値地図 25000(空間データ基盤)
』を用
市町村がどの管轄地域に含まれるかを,職員が容易
いている.
に定義・変更できる必要がある.本システムでは,
本システムで対象とする PC のスペックと OS を
市町村がどの管理地域に属しているかを Excel 表で
表 1 に示す.このスペックは埼玉県庁において,実
定義し,興味対象時間に応じて自動的に切り替えて
際の職員が日常業務で利用する PC のスペックであ
いる.
る.
3 については,各種統計量に応じたグラフを描画
し地図の上に重ねる機能や,統計量に応じて,市町
表 1 本システムで想定する PC のスペック
村領域を塗り分けられる機能である.この統計量は
CPU
Pentium 4 2.0GHz
自治体職員が容易に作成できる必要があり,統計量
RAM
512MB
の定義にも Excel 表を用いている.この機能におい
OS
Windows XP
ても興味対象時間に応じて Excel 表を切り替えてい
る.領域の塗り分け処理のアルゴリズムについては
4 章において述べる.
4.領域塗り分けと管内図作成機能
ま た, 文 房 具 GIS で は 空 間 デ ー タ の 管 理 に は
4.1.領域塗り分け機能
当研究グループで開発しているフリーウェアの時
地方自治体では,業務ごとに内部の市町村や町丁
空 間 情 報 管 理 シ ス テ ム STIMS(Spatio-temporal
目を複数のエリア(管内)に分割している.例えば,
Information Management System) を 用 い て い る.
保健所管内,警察所管内,税務所管内,等である.
STIMS では,領域形状を明に持たず,必要に応じ
都道府県においては,多くの場合,市町村(政令市
て興味対象時間と個々の地物の時間情報から領域形
に関しては区)を単位として,どの管内に属すかが
状を復元する方式を用いている.このため領域形状
決められている.自治体の一般業務で作成される資
や線と線との接続関係を図形データ中に記述する必
料で用いられる地図は,各管内を色塗り分けなどし
要がなく,領域形状の変化や領域の合併や分割を管
て表示するものが多い.その管内図を容易に作成す
理できる.領域復元アルゴリズムについては 4 章に
るのが管内図作成機能である.この機能を用いて作
て述べる.また,時空間データ管理方式と STIMS
成した管内図の例を図 1 に示す.
については 5 章にて詳述する.
管内図とは別に,各種統計量などを市町村単位で
先にも述べたとおり,文房具 GIS は空間データ
塗り分けて表示したい場合も多い.例えば,後述の
管理には STIMS を用いており,興味対象時間に応
図 3 は都市化の状況を色分け表示する応用を想定し
じた地図を再現できる.しかし,領域形状を演算に
て各領域に数値を与え,その数値に従って各市町村
より復元するため,領域を塗り分ける処理に時間を
を塗り分けている.但し,ここで用いているデータ
要する.そこで,4 の要求に応えるためには,工夫
は,機能を説明するためのダミーデータである.
を要する.この問題を解決する手法として,一度領
これらを実現するため,本システムでは各領域の
域復元をした領域形状のキャッシュ法を工夫するこ
属性を Excel 表に記述する.これは,自治体職員が
とにより,2 度目以降の領域復元を高速化する手法
領域塗り分けの指定や管内図の定義を容易に行える
を用いている.この手法と,評価実験については 6
ようにするためである.同様の操作はデータベース
章で詳述する.
管理システム(DBMS)を用いても実現できるが,
本システムでは,地方自治体の一般職員の PC に
その場合データの編集が容易でないことや,データ
͘!4!͘
ベースへの接続を準備する必要がある.
位置する側の端点を P とし,他方の端点を Ps
管内図作成処理は,管内区分の境界を求める処理
とする.
と,各市町村領域を塗りつぶす色塗り分け処理の 2
3 .端点 P でノード展開を行い,P に接続している
つの処理からなる.以下 4.2.節では管内図作成の
基本となる,領域復元処理について述べる.次に 4.
リンクの一覧を取得する.
4 .取得されたリンクのうち,たどってきたリンク
3.節では統計量などによる領域色塗り分け処理のア
を基準として,時計回り方向になす角が最小の
ルゴリズムを,4.4.節では管内図において,各管内
ものを選択し,次にたどるリンクとする.
領域の縁に太線を引くことにより,管内区分を強調
5 .選択されたリンクの両端点のうち,3 でノード
展開された端点ではない側の端点を選択し,新
するアルゴリズムについて述べる.
たに P とする.
6 .3 ∼ 5 の手順を繰り返し,5 で選択された端点
P が,2 の Ps と一致したら処理を終了する.
7 .たどられた全てのリンクが領域境界を構成する
要素となる.
P
領域代表点
図 1 管内図
Ps
4.2.領域復元アルゴリズム
領域復元アルゴリズムを述べるにあたり,まず以
図 2 領域形状の復元
下のアルゴリズムで使われるノード展開処理につい
て述べる.ノード展開とは,対象となるノードに接
4.3.領域の塗り分け処理
続しているリンクの一覧を取得する処理である(大
図 3 に示すように,各市町村の属性(例えば人口,
沢・長島,2000).ノード展開は本システムにおい
犯罪発生率など)を,あらかじめ定められた凡例に
て線同士のトポロジーを復元する操作として用いら
従って塗りわけ表示するのが,領域の塗りわけ処理
れ,領域復元などを実行する際の空間演算における
である.この場合,各市町村の属性データは Excel
基本的な処理である.
表で定義する.例えば,図 3 の結果を得るためには,
領域復元処理は,ある座標点(任意の領域内部点)
図 4 に示す形式の Excel 表を用意する.
をもとに,その座標点を含む領域の形状を求める処
この表は,表の 1 行目から 8 行目までは,この主
理である.本システムでは,以下の手順でこの領域
題図の凡例の内容を示しており,凡例の個数に応じ
復元を行う(図 2 参照).
て行数を増やせる.9 行目以降がデータに関する記
1 .指定された座標点から,水平右側方向に最も近
述である.10 行目は主題図の 1 レコードを構成す
い領域境界線(リンク)を取得する.このリ
るデータの属性が列挙されており,この行以降に市
ンクの取得には,最近接オブジェクトの検索
町村の情報が記述されている.
(Roussopoulos et al.,1995)法を水平右側方向
10 行目以降の第 1,第 2 コラムにその市町村の代
表点座標(X,Y)を記述し,第 3 コラムには市町
のみを検索対象として用いている.
2 .取得したリンクの両端点のうち,反時計回りに
村名を記述する.座標系は数値地図の座標系に従う.
͘!5!͘
図 3,図 4 の例では経緯度座標がミリ秒単位で表さ
れた地図を用いている.第 4 コラムには面塗りにお
いて表現したい色を,セルの背景色として指定する.
この Excel 表ではマクロが定義されており,第 4 コ
ラムに数値を記入すると,その数値に従ってセルの
背景色が(凡例で定義した色で)自動的に反映され
る.本システムではこの座標値により,Excel 表上
の市町村と地図上の市町村形状との対応をとってい
る.そのアルゴリズムについては 4.4 にて詳述する.
上述のデータを 1 レコードとして,11 行目以降
に実際の市町村のデータが続く.市町村データの並
びは任意であり,使用目的により,地域分け順や
50 音順で並べることができる.
図 4 領域塗り分けのための Excel ファイル
市町村に島しょ部などの飛び地がある場合には,
一つの市町村に対して,X,Y 座標が異なる複数のレ
4.4.領域の区分アルゴリズム
コードを記述する.一方,ある市町村に囲まれて(内
管内図においては,各管内の境界を目立たせるた
部に)他の市町村が存在するような場合には,囲ま
めに,管内の境界線を太く表示する要求がある(図
れている側の市町村を囲んでいる側の市町村より後
1 参照).これを実現するために,管内図の定義では,
ろのレコードで記述する必要がある.
先に述べた領域の塗り分けとは異なる形式の Excel
また,この Excel 表中の市町村レコードを記述す
表を用意する.
るためには,領域代表点の X,Y 座標を知る必要が
その Excel 表の例を図 5 に示す.ここではコラム
あるが,(図 3 では少し見にくいが)ツールバー右
A から D までが必須であり,E 以降はコメントで
端に現在のポインタ位置の座標が表示される為,そ
ある.必須項目は,領域代表点の X,Y 座標,市町
の値を読み取って Excel 表に登録できる.但し,現
村名,地域区分の 4 つのフィールドにより構成され
在まで文房具 GIS を提供してきた都道府県に対し
ている.
ては,予め Excel 表の雛形(X,Y 座標及び市町村名
文房具 GIS では,Excel 表中の情報と市町村境界
を含む)を作成し添付してきた.
を用いて管内区分の境界線を動的に生成する.以下
において,この境界線の生成アルゴリズムを述べる.
図 6 において領域 P1 ∼ P3 はある一つの管内に,
また P4,P5 は別の一つの管内に属すものとする.
このとき,同一管内の境界を得るために,同一の管
内に属す領域区分ごとに以下の処理を実行する.即
ち,以下の例では P1 ∼ P3 に対してと P4,P5 に
対してそれぞれ 1 回ずつ処理を実行する.
1 .先に述べた領域復元処理(4.2. 参照)により取
得されたリンクとカウント数を格納するための
集合 S を用意し,S を空集合に初期化する.
図 3 領域の塗り分け
2 .P1 に対して領域復元を行い,P1 を構成する全
リンクを得る.取得されたリンクを集合 S に
追加する.その際にリンクのカウント数を 1 に
͘!6!͘
䝸䞁䜽 䜹䜴䞁䝖
㻸㻝
㻝
㻸㻞
㻞
㻸㻟
㻞
㻸㻠
㻝
㻸㻡
㻞
㻸㻢
㻝
㻸㻣
㻝
㻸㻤
㻝
㻸㻥
㻝
/
/
/
3
/
3
/
/
3
/
3
/
/
3
/
/
図 7 管内外枠の検出 2
䝸䞁䜽 䜹䜴䞁䝖
㻸㻣
㻝
㻸㻤
㻝
㻸㻝㻜
㻝
㻸㻝㻝
㻝
㻸㻝㻞
㻞
㻸㻝㻟
㻝
㻸㻝㻠
㻝
図 5 管内区分 Excel シート
/
/
/
3
/
3
/
3
/
3
/
/
3
/
/
/
3
/
/
/
3
/
/
3
が 1 のリンクを抜き出すことで,図 7 の右側に示す,
/
管内区分間の境界が得られる.
/
3
/
/
図 8 管内外枠の検出 3
/
/
上記の処理手順を他の全ての管内区分に対して実
3
行することにより,管内区分の境界線が得られる.
/
(図 8 参照)
/
図 6 管内外枠の検出 1
5.文房具 GIS における時系列データ管理
5.1.時空間情報管理システム STIMS
文房具 GIS でベースとして用いている GIS エン
する.
3 .同様に P2,P3 に対してもそれぞれ領域復元処
ジンは,筆者らが開発した時空間情報管理システ
理を行い,それらを構成する全リンクを S に追
ム STIMS(大沢研究室,2001;大沢・長島,2000)
加する.この追加時に,すでに S に存在する
である.このシステムでは地物単位にその存在時間
リンクの場合は,集合 S に新たには追加せずに,
範囲を付与して管理している.地図の表示や検索を
そのリンクのカウント数を 1 増やす.
行う際には,TOI(time of interest:興味対象時間)
4 .管内に属するすべての領域を復元し,リンクの
を設定し,その時点で存在している地物を表示・検
カウント数が 1 のものが管内区分の境界線にな
索の対象とする.
る.一方,カウント数が 2 のものは,管内の内
この時間管理機能は,文房具 GIS においても有
部の境界線である.従って,集合 S 中のリン
効である.例えば,現在全国で市町村合併が行われ
クのうち,カウント数が 1 のものを太い線で描
ているが,過去の主題図と現在の主題図を比較しよ
画する.
うとする場合,合併により市町村の範囲が双方で異
図 6 の例では,領域復元処理の終了後,集合 S の
なっていることもある.文房具 GIS では,それぞ
内容は図 7 の左側の表になる.このうちカウント数
れの時期の市町村境界は TOI を設定することによ
͘!7!͘
り生成され,その上にグラフの表示や色塗り分けの
るためである.
表示ができる.
以下の説明では,Excel のファイル(ブック)は
STIMS は,地物の位置形状を,時間軸を含めて
1 つの表(シート)のみで構成されることを仮定し
管理するシステムである.地物の属性情報は通常の
ている.従って,Excel 表は Excel ファイルと同じ
リレーショナルデータベース(RDBMS)を用いて
ものとして述べている.
管理することを前提としている.一方,文房具 GIS
前述のように,本システムでは Excel 表ごとに,
は情報システムに熟練していない一般の職員を対
その存在時間を管理している.図 9 はこの例を示し
象とするものである.そのため SQL 言語を用いて
ている.ここには 3 つの主題ファイルが存在してお
RDBMS を操作する方式は RDBMS のセットアップ
り,各主題ファイルに,そのファイルが何時から(黒
や,データベースへの接続を設定する必要があるた
丸)何時まで(白丸)有効な期間であるかを記述し
め扱い難い.そこで文房具 GIS においては,すで
ている.これらのうち,どのファイルの内容を表示
に 4 章で述べたとおり,各種属性項目を日常業務で
するかは,指定される興味対象時間(TOI)による.
なじみのある Excel 表で管理する方式を採用した.
文房具 GIS において Excel 表に有効期間を設定す
この方式は,STIMS の時間管理機能に対応してお
る場合,図 10 に示す有効期間のダイアログにより
り,過去の統計量を過去の地図上に表示することも
設定する.また,このダイアログでは設定した有効
できる.この詳細については 5.2 節において述べる
期間が近接する他の主題ファイルや,管内境界定義
が Excel 表(厳密には Excel のブック)ごとに,そ
ファイルの有効期間と重なっていないかも検証す
れが有効な時間の範囲を設定している.この時間情
る.
報と指定された TOI とを比較することで,その時
STIMS では地物ごとにその存在時間が付与され
点における有効な表の内容を用いて統計量を地図上
ているが,Excel 表の場合には,ファイル単位に存
に表示する.
在時間を割り当てることが異なっている.文房具
また,図形データにおいて,新たな道路の建設や,
GIS において TOI が変更されると,現在表示して
市町村合併や市町村境界の見直しなどでベースマッ
いる主題ファイル,管内境界定義ファイルが変更後
プ中の図形が変更されることがある.しかし,自治
の TOI でも有効であるかを確認し,変更が必要で
体一般職員にとってベースマップ中の市町村境界や
あれば,新しい主題ファイル,管内境界定義ファイ
道路の編集は難しいことや,地図の精度を保つため
ルに切り替える.
には測量結果をもとに地図を更新する必要があるた
め,本システムでは職員によるベースマップの編集
主題
ファイル 1
は無いものとしている.また,実際の運用において
主題
ファイル2
主題
ファイル3
は,領域が変化するのは市町村合併によるものが大
半であり Excel 表の編集は容易である.
5.2.時系列表示のためのデータ構造
時間
本システムの管内図作成機能は,管内ごとの境界
線を作成するための Excel 表(管内境界定義ファイ
図 9 Excel ファイルへの有効時間の付与
ルと呼ぶ)と,市町村領域の内部を塗りつぶし,塗
り分けをするための Excel 表(主題ファイルと呼ぶ)
図 11 は若干複雑な例を示している.いま,3 つ
とに分けて管理する方式を採用している.これは,
の主題ファイルと,1 つの管内境界定義ファイルが
管内境界を表示しつつ,人口や犯罪件数といった統
あり,それぞれのファイルに対して図に示す存在時
計情報で市町村領域内部を塗り分ける用途に対応す
間範囲が付与されているものとする.時間軸の下の
͘!8!͘
6.領域の塗り分け・管内図境界生成の高速化
本システムにおいては管内図作成に長い処理時間
を要する(4 章参照)
.管内図作成処理は,管内区
分の境界生成処理と領域の塗り分け処理からなって
いる.先に述べたように,一般職員が日常的に扱う
GIS として,アプリケーションの動作速度は重要で
ある.これらの処理を大幅に高速化するために,一
図 10 有効期間の設定ダイアログ
度領域復元した領域をキャッシュとして保持するこ
とにより,2 度目以降の管内図生成処理を高速化し
矢印は,2 種類のファイルの組み合わせが同じ時間
ている.
範囲を示している.例えば,時間範囲 C に TOI が
設定された場合,主題ファイル 2 と管内境界定義
6.1.領域形状のキャッシュ方式
ファイルが表示対象となる.
以下では,領域形状のキャッシュ方式について述
次に TOI が変更されたとき,新たな TOI が変更
べる.まず,キャッシュに登録するデータの構造を
前の時間範囲の外になる場合には,新たな TOI に
図 12 に示す.このキャッシュは領域を構成するリ
対応する主題ファイルと管内境界定義ファイルの内
ンクの情報も保持している.図 12(b)が領域を構
容で再描画を行う.一方,新たな TOI が変更前の
成する 1 つのリンクのデータ構造である.領域の
時間範囲の中に含まれる場合には再描画の必要がな
キャッシュへの登録は以下の手順で行う.
いため変更はしない.また,いずれかの定義ファイ
1 .Excel 表に記述された代表点の位置をもとに領
ルが定義されていない時間範囲に TOI が変更され
た場合は,そのファイルの内容が画面から消去され
域復元をする.
2 .領域復元中たどったリンクをキャッシュに登録
る.例えば,図 11 の例で,TOI が A の時間範囲に
設定された場合には,主題ファイル 1 の内容のみが
する.
3 .領域復元の完了後,領域復元代表点と得られた
表示され,管内境界は表示されないことになる.
ポリゴン点列をキャッシュに登録する.また領
域を構成するリンクのリンク生成・消滅時間を
主題
ファイル 1
主題
ファイル 2
元にポリゴンが有効である期間を求め登録す
主題
ファイル 3
る.
領域代表点 (x,y)
時間
管内境界定義
ファイル
領域ポリゴン (x1,y1,x2,y2,x3,y3…)
領域の有効期間 (Spt,Ept)
領域を構成するリンク 1
領域を構成するリンク 2
B
C
D
E
領域を構成するリンク 3
͐
A
時間
(a) 領域情報
リンク点列 (x1,y1,x2,y2,x3,y3…)
カテゴリ番号
リンクの生成・消滅時間 (St,Et)
(b) リンク情報
図 12 キャッシュに登録するデータ構造
図 11 定義ファイルの有効期間
キャッシュから取り出す処理は以下の手順で行
う.
͘!9!͘
1 .Excel 表に記述された代表点の位置を元に領域
実験結果より,キャッシュを用いた場合は,キャッ
復元をする際,キャッシュに登録されている領
シュが無い場合に比べて,100 倍以上高速化できる.
域情報の領域代表点と Excel 表に記述された代
キャッシュを用いた場合は初回の領域復元時には
表点との位置が一致するものを探す.さらに,
キャッシュへの登録の処理時間が必要であるため,
現在の TOI がその領域の有効期間内に入って
全体の処理時間は若干長くなるが,2 回目以降は
いるか確認し,有効期間内に TOI が含まれな
キャッシュが有効となり,大幅に処理時間を短縮で
いものは除外する.
きる.実際の実装では本論文で提案したキャッシュ
2 .キャッシュ中に一致するものが無ければ,4.2.
方式に加え,Excel 表のデータをキャッシュする方
において述べた手順により領域を復元する.一
式との併用により,図 1 に示した管内図生成を約 0.4
致するものが見つかった場合は,領域情報から
秒で実現している.この処理時間は,利用者が待ち
領域のポリゴンデータを取得する.
時間を感じずに管内図の表示・切り替えができる処
この方式は,領域復元により得られたポリゴンの
理速度である.
頂点列だけでなく,領域を構成するリンクも保存し
ている.このため,4.4.において述べた管内境界の
7.文房具 GIS の諸機能
動的生成も,このキャッシュを利用して高速に行え
文房具 GIS は前章までに述べた管内図作成機能
る.
に加えて,以下の機能を有している.
4.3.節にて述べた領域塗り分け機能では,各市町
6.2.性能の比較
村をある 1 つの尺度で塗り分け表示した.一方,尺
前節で述べたキャッシュ方式を文房具 GIS 上に
度が複数にわたる場合,棒グラフや円グラフなどの
実装し,管内図生成に要した時間を測定した.実験
形で表現する必要がある.これを実現するのがグラ
環境を表 2 に示す.この実験環境は,表 1 に示した
フ作成機能であり,Excel 表の数値を地図上に各種
埼玉県庁において利用されている PC とほぼ同等の
形態でグラフ表示できる.現在,円グラフ,棒グラ
ものである.
フ,統計量の数値に応じてアイコンを並べるアイコ
ングラフが利用できる.図 13 にこの機能を用いて
表示したグラフの一例を示す.
表 2 実験環境
CPU
Pentium M 1.8GHz
RAM
512MB
OS
Windows XP
本実験では,
『数値地図 25000(空間データ基盤)』
の埼玉県全市町村を結合し,県境界と行政界のみを
取り出した地図データにおいて,管内図の生成に要
する時間を測定した.実験で作成する管内図は図 1
に示したものである.実験結果を表 3 に示す.
表 3 キャッシュを用いた管内図生成時間
キャッシュなし
図 13 グラフ表示例
キャッシュあり キャッシュあり
(初回) (2 回目以降)
領域復元処理
0.672
0.675
0.001
キャッシュ登録
−
0.038
−
また,自治体業務では,地図上に施設の位置や説
明を書き込むことも多い.それを行うのが作図機能
である.文房具 GIS は地図上に任意の図形を書き
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込み,作図ができる機能を有している.図 1 では作
謝辞
成した管内図に標題を作図機能で追加している.
本研究は,一部総務省研究主体育成型研究開発
この他に,施設などへの経路を略図の形で表示す
る略地図作成機能も有している.この機能では,出
(0222032)の補助による.また研究にご協力頂いた
埼玉県に深く感謝する.
発地と目的地の周辺を詳細に表示し,途中経路を省
略する略地図を作成することもできる.また,写真
参考文献
や音声,動画,文書などのマルチメディアオブジェ
大沢裕・長島敦(2000):トポロジー暗示型時空間情報管
クトをアイコンに対応付けて地図上に配置するデジ
理システム:STIMS,第 12 回機能図形情報システム
タルアルバム機能も有している.アイコンをクリッ
クすることで,アイコンに対応付けられた動画や画
シンポジウム講演論文集,pp.12-36
丸山達生・根岸幸生・川崎洋・大沢裕(2003):STIMS
を用いた教育用 GIS アプリケーションの開発地理情
像を表示・再生できる.
報システム学会講演論文集,Vol.12,pp.33-36
大沢研究室(2001):STIMS ウェブサイト
http://www.mm.ics.saitama-u.ac.jp/stims
8.まとめ
本論文では,地方自治体職員が地図を用いた住民
Muller, D. E. and Preparata, F. P.(1979)Finding the
intersection of two convex polyhedra, Theoretical
説明用の資料などを文房具感覚で作成でき,過去の
統計データをそれが集計された時点の地図で正しく
Computer Science, 7(2),217-236.
Roussopoulos, N., Kelly, S. and Vincent, F.(1995)Nearest
再現できる時空間 GIS,「文房具 GIS」を構築し提
neighbor queries,Proceedings ACM SIGMOD
案した.文房具 GIS では Excel 表で領域を定義し,
Conference on Management of Data,71-79.
任意時間の管内図や統計データを作成できる.この
手法とアルゴリズムについて述べた.
文房具 GIS はフリーソフトとして埼玉大学の Web
サイト(http://www.mm.ics.saitama-u.ac.jp)で公開
されている.このシステムを利用するためには,ベー
スとなる地図データ(特に行政界データ)が必要に
なる.本 Web サイトでは全国の都道府県別の行政
界白地図を公開しており,それを利用することもで
きるが,STIMS のファイルフォーマット自身も公
開されているため,任意の地図を STIMS フォーマッ
トにコンバートし,利用することもできる.
ま た, 管 内 図 生 成 を 高 速 化 す る た め の 領 域 の
キャッシュ方式を提案した.この方式は,領域復元
により得られたポリゴンデータを保持するだけでは
なく,領域を構成するリンクも保持することにより,
領域の塗り分けと管内境界の動的生成の両方を高速
化することができる.本方式を文房具 GIS 上に実
装し大幅な速度改善が得られたことを示した.
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