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化学の授業におけるアクティブラーニング実践

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化学の授業におけるアクティブラーニング実践
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特集
11
3
サイエンスネット 57 号 特集 3
4. AL の時間を生み出す
化学の授業におけるアクティブラーニング実践
AL 型授業をやろうとすると,
「時間が足りない」
,
岩手県立盛岡第三高等学校 円井哲志
業とする。本校は参加型授業と呼ぶ。)を意識したの
は,学校を挙げて AL 型授業を推進している盛岡三
ます。
全体でアクティブラーニング!
目的・目標
持続可能な社会を担う,問題解決能力を持つ生徒の育成
「科学的探求力」
「発展的対話力」
「論理的思考力」の醸成
高に転勤した二年半前からです。正確には AL 型授
業を意識したというよりは,意識せざるを得なかっ
たというのが正直な所です。
本校では教員全体の意識が高く,実際に多くの先
きるようになっているので,気になる授業があれば,
授業者への事前承諾なしで見学することができるな
ど,恵まれた環境にあります。
2. 私にとっての AL とは
① PC 等のセッティングによるタイムロスを省くた
め,授業は ICT 機器を常設した化学室で行って
いる。
②板書時間を極力省くため,授業はすべてパワーポ
手段
グループワーク
ロールプレイ
プラン A
プラン B
KP 法
プラン C
ICT 活用
③単元ごとに私が作成した授業ノートを配付し,必
プラン D
要最低限の項目のみをノートに記入させている。
片方には臭素を入れ,もう一方には窒素を入れた
④授業ノートや配付プリントの紛失によるタイムロ
集気瓶を繋げたらどうなると思うか?という発問か
スを省くため,プリント類はすべて2穴を開けて
ら
「拡散」
という現象を生徒に考えさせます。なぜ拡
配付し,専用の化学ファイルに綴らせている。
散が起きるのかという発問から,個人思考→ペアで
⑤プロジェクターはスクリーンではなく,ホワイト
意見交換→代表の発表という思考・表現サイクルへ
ボードに投影することにより,補足事項を直に書
と生徒を導いていきます。発問するにあたって気を
き込めるようにしている。
つけていることは,
単語や用語を聞くのではなく
「ど
これをやることが AL なんだな。きっと…(以前の私)
図 1 AL の目的・目標と手段
3. パ ッ シ ブ ラ ー ナ ー の 自 覚 か ら の ス
タート
図版内文字 abc
図版内文字
abc AL か教えて欲し
盛岡三高着任当初の私は
「何が
5. 通常授業の実践
「AL 型授業って何をすればいいんだ?」これは本
い」
,「やり方を教えて欲しい」と常々思っていまし
校に着任した当初の私自身の気持ちです。これを読
た。釈然としないまま授業をしていたある時,私の
まれている先生方の中にも,このように思っている
発問に対して明らかに誰かの正解を待っている生徒
授業の実践を報告します。
方が多いのではないでしょうか?
を見て,そこに自分がいるような錯覚を覚えました。
1. 前回の復習(5 分)
物質の三態と熱運動の単元を例に 50 分間の通常
そして,私自身が誰かが正解を教えてくれるのを
会を担う,問題解決能力を持つ生徒を育成すること
待っているパッシブラーナーの生徒のマインドセッ
次の 2 分間ではペアを作り,1 人は先生役として隣
であり,その問題解決能力としての「科学的探求力」,
トそのものだということが,恥ずかしながらわかり
の相手に教え,1 人は生徒役として先生役に質問し
「発展的対話力」,
「論理的思考力」の醸成を図る』こ
ました。パッシブラーナー(私)がアクティブラー
ます。最後の1分間で代表生徒 1 人がクラス全体に
とです。そして,これを実現させるために,いくつ
ナー(生徒)を育成するという矛盾を抱えながらも,
発表します
(思考・ペア ・ シェア法)
。これにより,
もの手段があります。その手段の中には,ICT の活
新価値世代を育成するのが教師のミッションであり,
生徒を授業の受動者ではなく,能動者であると意識
用やグループワーク,KP 法(紙芝居プレゼンテー
私のようなパッシブラーナーを生み出さない為にも,
付けさせます
(ドライバーズ効果)
。時間配分は時計
ション法)などがあり,授業内容によって手段を変
自分自身が新価値を習得し続けなければいけないと
モニターを見て生徒自らが行い,私は
「2 分たった
えたり,組み合わせたりして授業を組み立てていき
考えています。
よ」などの指示はせず,5 分間机間巡視を行います。
京都大学の溝上慎一先生が提唱 しているように,
2)
2. 導入(5 分)
うなる?」
,「なぜ?」などオープンに聞くこと,そ
して発表した生徒を必ず誉めることです。このこと
によって生徒に,
「教室は間違っても良い場所,安
全な場所である」
ということを認識させます。
窒素(N2)
(無色)
最初の 2 分間は自分で前回の範囲を復習します。
私の教師としての目的と目標は,『持続可能な社
ます。私は目的や目標,またそれらを実現するため
図 2 前回の復習の実践例
イントで行っている。
生方が AL 型授業を実践しているので,意見交換も
し易いです。また,本校ではいつでも授業を見学で
ります。ここでは私が実際に授業で行っている,生
徒自らが考える時間を確保する工夫や方法を紹介し
1. AL 型授業を実践しようとした経緯
私がアクティブラーニング型授業(以降 AL 型授
「授業進度が遅くなる」
という大きな壁が立ちはだか
これにより,私は生徒の理解度の観察に集中するこ
ガラス板
取るとどうなる?
臭素(Br2)
(赤褐色)
図 3 窒素・臭素を封入した集気瓶
の手段すべてを包括したものを AL と捉えています。
教師自身が教授パラダイムから学習パラダイムへと
この考えをまとめたのが図 1 で,岩手県立花巻北高
マインドセットを変換する必要があり,そうするこ
なお,ペアの先生役はサイコロの目で,全体発表
等学校長の下町壽男先生のブログ記事 1)を参考にさ
とで必然的に AL の正体や存在意義が見えてくるの
者は出席番号カードで決めています。この授業の時
図版内文字 abc
拡散と熱運動の関係について,イメージが頭の中
せていただきました。
ではないでしょうか。工業化社会から知識基盤社会
はサイコロの目が 5 だったので出席番号が奇数の生
で出来かけている生徒に対して,熱運動のアニメー
となった現代において,生徒達には自ら考えて判断
徒が先生役,カードは 38 だったので出席番号 38 番
ション教材を投影し,視覚からダイレクトに脳に訴
し,行動する能力が必要であり,それらを醸成する
の生徒が全体発表を行いました
(図 2)。
えかけ,熱運動のイメージを確かなものにさせます。
以前の私がそうであったように,「活動あって学
びなし」
,「
いまわる経験主義」と言われる状態に
とができます。
3. 学習 1(15 分)
図版内文字 abc
陥るのは,その手段だけを AL と認識しているのが
には AL がとても有効であると現在の私は認識して
生徒は,熱運動のダイナミックなアニメーションを
理由だと思います。
います。
見た瞬間,
「熱運動がわかった!」
という声を上げた
© 2016 数研出版
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サイエンスネット 57 号 特集 3
サイエンスネット 57 号 特集 3
6. 授業評価
り,とても満足そうな表情をしたりします。このア
対温度という科学概念を考えさせ,あたかも自分自
ニメーションは設定温度を上下させると,連動して
身が新しい科学概念を見つけることができたような
盛岡三高では年 2 回,6 月と 11 月に授業評価ア
い社会に旅立つ生徒達が,力強く生きぬいていく学
熱運動の激しさも変わるため,熱運動と温度との関
達成感を味あわせます。ここまで来ると,生徒はセ
ンケートを実施しています。生徒は受けている全て
係性について話を進めることができます。私は授業
氏温度
(t)と絶対温度(T)の関係式
(T = t + 273)を
の授業について,7 つの項目別に 4 点満点の評価を
中, ス マ ー ト フ ォ ン 等 の 使 用 を 許 可 し て い ま す
自ら導きだし,私の仕事は生徒を誉めることだけに
します。もし受け持ちの生徒全員が,
最高評価の
「そ
(Bring your own device)。よって,演示実験等,
なります。そしてこのときの教室は,とても良い雰
う思う」をつければ 4.0 となります。集計は管理職
生徒自らが必要だと思えばいつでも撮影してよく,
囲気となります。本当に大切なことは,私が絶対零
が行い,個表は本人にだけ配付されます。全体平均
この時間も多くの生徒がアニメーションを動画撮影
度が−273 ℃であることを生徒に詰め込むことでは
や傾向は職員会議で示されます。下の表は今年度 6
していました
(図 4)。生徒が持っている機器は我々
なく,なぜ−273 ℃が絶対零度なのか,−273 ℃の
月に実施した私の授業評価アンケート結果です。
教員が使用する ICT 機器よりもはるかに高性能で
とき,物質はどんな状態になっているのか?を生徒
あることが多く,これを使わない手はありません。
自身に考えさせることなのではないでしょうか。
に受け入れられていることが分かります。ただし,
5. まとめ
(5 分)
対話力」
,「論理的思考力」の醸成が本当に図られて
この結果から私の授業スタイルがおおむね生徒達
この結果からは生徒達の
「科学的探求力」
,「発展的
本日の授業内容のまとめを,KP 法 3)を用いて行
いるかどうかは分かりません。項目 5 の値が他の項
いました。第 55 号のサイエンスネットで熊本県立
目よりも低いことから,今後の課題として,これら
苓明高等学校の溝上広樹先生も紹介 していますが,
の力が身についているのかを客観的に評価する方法
これは用紙(私は B4 を使用)にキーワードを書いて,
の検討が必要であると考えています。
4)
説明しながらマグネットで貼っていく方法です。授
業を受けた生徒が言うには,ここまでパワーポイン
力を身に付けさせることも同じように考えなければ
いけないのではないでしょうか。
参考文献
1)下町壽男(しもまっち)
「あなたと夜と数学と」
http://simomath.blog.fc2.com/
2)溝上慎一「アクティブラーニングと教授学習パラダイムの
転換」
(東信堂,2014)
3)川嶋直「KP 法 シンプルに伝える紙芝居プレゼンテーショ
ン」
(みくに出版,2013)
4)溝上広樹「サイエンスネット 55 号
(生徒のチカラを育む!
高校生物でのアクティブラーニング実践)」
https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/55/Snet55-1.
pdf
5)小林昭文「アクティブラーニング入門(アクティブラーニン
グが授業と生徒を変える)」
(産業能率大学出版部,2014)
6)小林昭文「アクティブラーニング実践」
(産業能率大学出版
部,2015)
7)松下佳代「ディープアクティブラーニング(大学授業を深化
7. まとめ
させるために)」
(勁草書房,2015)
トで授業を受けていたので,KP 法はとても新鮮に
AL 型授業を行うことによって,私の授業に対す
図 4 アニメーションを撮影する生徒
映るそうです。授業が終わっても生徒がいなくなる
る生徒の意見が少し変わりました。以前は肯定的意
4. 学習 2(20 分)
まで貼っておいたところ,多くの生徒が写真に撮っ
見として
「先生の授業はわかりやすい」という意見
「温度には上限,下限があると思うか?」という発
ていました。図 5 は実際に生徒がスマートフォンで
だったものが,最近は
「先生の授業は楽しい」
と言っ
問から,
「下限があるとすれば,その時,分子など
撮影したものです。見ての通り,50 分の授業内容
てくれる生徒が増えたことです。化学の楽しさを伝
の粒子はどのような状態になっていると思うか?」
がわずか 9 枚の用紙に要約されています。自分も含
えたいという思いから化学教員を志した私にとって,
という発問につなげます。そして「学習 1」での温度
めて教師とはあれもこれも教えようとしてしまいが
この意見は大変嬉しいものです。
が高くなると熱運動も激しくなることを再度思い出
ちですが,KP 法を用いると,生徒に何を伝えたい
教えるとは,たとえ知識の習得であっても,生徒
させて,下限では分子などの粒子は止まっており,
かを明確にすることができ,授業をスマート化させ
に与えるだけでなく,生徒が自分自身で掴み取るよ
それ以下に温度が下がらないことを生徒自らに考え
ることができます。私はこの方法を最近始め,
「4.AL
うに導いていくことだと私は考えています。AL 型
出させます。そして,
「もしも自分が新しい温度計
の時間を生み出す」には書きませんでしたが,AL 型
授業はキャリア教育の機能をもつことができると言
を作るとすればどんな温度計を作りたいか?」とい
授業をおこなうための時間確保につながるものだと
われています 5)。自分の希望する大学に進学するた
う発問から,−273 ℃(絶対零度)を基準 0 とした絶
思っています。
めの学力ももちろん必要ですが,我々教員はその先
8)中央教育審議会教育課程部会教育課程企画特別部会「次期
学習指導要領に向けたこれまでの審議のまとめ(素案)」
(平
成 28 年 8 月 1 日)
9)本田由紀「多元化する「能力」と日本社会−ハイパー・メリト
クラシー化のなかで」
(NTT 出版,2005)
にある,将来自らが答えを導き出さなければならな
表 授業評価アンケート結果
1 毎時間の学習のねらいやポイントが明確である。
96.2 %
だいたい
そう思う
3.8 %
2 1 時限
(50 分)で扱う量は適当である。
88.6 %
10.1 %
3 興味関心を持って授業に取り組めるよう授業が工夫されている。
97.5 %
4 説明の仕方など,授業は分かりやすい。
項目
図 5 KP 法の実践例
あまり思
わない
0.0 %
思わない
本人平均
0.0 %
3.96
1.3 %
0.0 %
3.87
2.5 %
0.0 %
0.0 %
3.97
97.5 %
1.3 %
1.3 %
0.0 %
3.96
5 授業を通じて,学力や技能の向上が感じられる。
88.6 %
11.4 %
0.0 %
0.0 %
3.89
6 主体的に参加できる授業の展開になっている。
96.2 %
3.8 %
0.0 %
0.0 %
3.96
7 課題の内容・分量は適切である。
89.6 %
5.2 %
5.2 %
0.0 %
3.84
93.5 %
5.4 %
1.1 %
0.0 %
3.92
本人平均
そう思う
© 2016 数研出版
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