Comments
Description
Transcript
阪神淡路大震災の記憶を風化させない地域防災教育の実践
阪神淡路大震災の記憶を風化させない地域防災教育の実践 (明石工業高等専門学校)○中川 写真 1 木造住宅の倒壊状況 ① ② ⑭ ③ 筋交い 200 Ch4 Ch3 ⑬ 100 1995 年の兵庫県南部地震では,6434 名の尊い命 が奪われ,その 90%が建築物の倒壊や室内の家具 の転倒による圧迫死,窒息死であった 1).大震災 以後,15 年経過した神戸の街から震災に対する恐 怖感,災害への備えは日増しに希薄になっている ように思える.また,現在の小中学生は,震災後 生まれた子供達で震災を知らない. 筆者は文献 2),3)において,兵庫県南部地震の 教訓を後世に語り継ぐ意味で,2002 年から兵庫県 内の小中学生,市民を対象にした防災出前講座を 実施し,防災教育の重要性を述べている. 防災教材に関する既往研究では,福和らが木造 家屋の耐震化普及のための振動実験教材 4)を開発 している.本論の目的は,小中学生,市民が当時 の映像や写真で震災を学習する以外の方法として, 2 種類の防災学習教材を開発し,模型実験を通じて 防災学習を行うことである.防災学習教材は,① 兵庫県南部地震,2004 年の新潟県中越地震が倒壊 した木造住宅を再現できる縮尺 1/20 の木造模型, ②筆者がかつて民間企業時代に設計した 20 階建て 鉄筋コンクリート造の集合住宅の一室を縮尺 1/10 で再現する室内模型を夫々製作する.兵庫県南部 地震と同様の振動特性を持つ新潟県中越地震によ る振動実験を実施し,木造模型の倒壊する様子, 室内の家具の挙動をデジタルビデオカメラで撮影 し,DVD 教材を製作する.本論の最後に,兵庫県 内の小中学生,市民に対し実施した防災出前講座 を通じて,震災を経験した兵庫県の高等教育機関 から大震災の記憶を風化させない防災活動につい て述べたいと思う. 置した模型は実験で捩れ崩壊する可能性のある模 型(以下,崩壊くん)とする.これらの模型は小 学生の児童がレゴブロックのように自分で組み立 てることができるように,柱梁接合部は木ねじや 接着剤で固定せず面ファスナー(マジックテープ) を使用し何度でも復元できるように工夫している. 写真 2 に健全くんと崩壊くんの試験体全景を示す. ⑮ ⑯ ⑫ ④ ⑤ ⑪ ⑥ 車庫 150 1.まえがき Ch2 ⑩ ⑨ 150 Ch1 ⑧ 柱:6mm 角 梁:5×20mm 壁:t=4mm 筋違い:3×7mm 床:t=5mm 屋根:t=7mm 柱,梁,筋交いは 桧材、床、屋根は シナ合板、壁は 1 階がシナ合板、2 階がバルサ材を 使用する。 2 階床での加速度計 の位置 ⑦ ⑰ 150 単位:mm 図 1 健全模型試験体(健全くん) 2.防災学習教材の開発 2.1 木造模型教材の設計と製作 写真 1 は新潟県中越地震で倒壊した車庫付き木 造住宅である.模型は振動台の制約条件から縮尺 1/20 とし,平面寸法が 300mm×450mm,階高 125mm、 全高 404mm である.図 1 は実験で崩壊しない模型 (以下,健全くん)の試験体の 1 階平面図を示し ている.図 1 中の左側の⑩~⑭の耐力壁のみを配 1 肇 (a) 健全くん (b) 崩壊くん 写真 2 木造模型教材 N なお,2 階は 1 階とほぼ同じ柱割りで構成しており, 紙面の関係で省略している. 2.2 室内模型教材の設計と製作 室内模型は,筆者が過去に東京都江東区に設計 した20階建てRC造集合住宅(図2)の一室(以下、 洋室)を再現したものである.図3は,約8.2帖の洋 室の平面図及び室内に配置する家具,机,ベッド などの什器を示している.模型の寸法は幅300mm, 奥行き450mm,天井高240mmである.模型の天井, 壁は合板を,床は市販のフローリング材を,壁の 仕上げ材は市販の内装材を使用している.床材は フローリング以外にカーペット,畳に簡単に変更 することができ,床材の仕上げの違いが地震時の 室内の什器にどの様な影響を及ぼすかを確認でき るように工夫をしている. 本論では,図3に示す家具の足元や天井までの空 間に補強をしない模型(以下,危険くん),家具A の足元に市販の転倒防止粘着マットを貼り付けた 模型(以下,耐震くん),室内模型の下部に転がり 免震装置を設置させた模型(以下,安心くん)の3 種類を製作している.写真3には危険くん,耐震く ん,安心くんを示している. (a) 危険くん,耐震くん (b) 安心くん 写真 3 室内模型試験体 3. 2方向振動実験の概要 本論では,新潟県中越地震小千谷市の観測記録 を用いて,写真 2, 3 に示す木造模型及び室内模型 の 2 方向振動実験を実施する.実験に用いる入力 地震動はその観測記録の 60%とし,図 4 に NS, EW 方向の地震動波形を示している.また,室内 模型実験では,室内の家具の挙動を実際に近い状 態で再現するために,図 2 に示す建物の 5 階床の 応答加速度をコンピュータで予め計算している. この住宅の桁行方向は純ラーメン構造,梁間方向 は耐震壁付きラーメン構造で,各方向の解析モデ ルは,桁行方向が等価せん断型モデル,梁間方向 が曲げせん断棒モデルとし、各層の荷重変形関係 は夫々,修正武田モデルと弾性モデルとする.図 5 に 5 階床の応答加速度(加振波)を示す.上段が 桁行方向,下段が梁間方向である. Acc.(cm/s ) 56.9m 2 15.1m 20 階建て RC 造集合住宅(平面図) 2 Acc.(cm/s ) 図2 机 100 安全ゾーン 60 H=70mm 90 140 1000 500 0 -500 -1000 1000 500 0 -500 -1000 新潟県中越地震小千谷市NS 60% 2 max=652.74(cm/s ) 0 10 20 (s) 30 40 新潟県中越地震小千谷市EW 60% 2 max=753.30(cm/s ) 0 家具 A 10 20 (s) 30 40 図 4 入力加振波(木造模型) H=200mm 30 家具 C ベット H=100mm H=30mm 2 H=130mm Acc.(cm/s ) 450 家具 B 200 100 2 Acc.(cm/s ) 85 90 新潟県中越地震小千谷市NS 5階床応答 45 300 単位:mm 図 3 室内模型平面図 1000 500 0 -500 -1000 1000 500 0 -500 -1000 max=815.4(cm/s 2) 0 5 10 15 (s) 20 25 新潟県中越地震小千谷市EW 5階床応答 max=780.5(cm/s 2) 0 5 10 15 (s) 20 25 図 5 入力加振波(室内模型) 2 30 30 2 種類の防災教材の振動実験において,木造模型 では,耐力壁,筋違いの配置の変動が地震時の住 宅の挙動にどのような影響を及ぼすか,また室内 模型では,地震時に室内の家具がどのように挙動 をするかを確認する. ベッドが室内の重心位置に向かって回転し,家具 A はロッキング運動をしながらベッドの上に覆い 被さるように転倒していることが判る.一方,耐 震くんの場合,粘着マットを家具 A の足元に貼付 けることでロッキング運動が減少し家具が転倒す ることはなかった.また,安心くんは,転がり免 震装置の効果により,室内の家具が全く移動する ことはないことが実験より得られている. 4.実験結果,防災学習 DVD 教材の製作 2 Acc.(cm/s ) 2 Acc.(cm/s ) 図 6 は,写真 2 に示した健全くん,崩壊くんで の 2 階床の南東側(図 1 の ch1)で計測した東西方 向の絶対加速度応答の時刻歴を示している.図 6 より,健全くんでは,ビルトイン住宅内で捩れ振 動は発生しているが倒壊するところに至っていな い.崩壊くんでは,加振 18 秒後に 1 階の北東の柱 頭、耐力壁(②と③)の面ファスナーがはずれ, 南東方向に捩れ運動が発生し、22 秒付近で倒壊し ていることが判る.写真 4 に,実験後の健全くん, 崩壊くんの状況を示している. 1000 500 0 -500 -1000 1000 500 0 -500 -1000 20mm 9mm 39.4m 家具 A:転倒 17mm 42mm 39.4m 117.5mm 健全くん 2F-南東側 0 10 20 (S) 30 (a) 危険くん (b) 耐震くん 写真 5 室内模型の実験結果 40 写真 4,5 に示した実験状況をデジタルカメラで 撮影し,写真 6 に示す防災学習用 DVD 教材「大地 震時の木造住宅の振動実験」と「室内防災学習教 材の開発」を製作した.ここでは,紙面の関係上, 室内防災学習用 DVD 教材を示している. 崩壊くん 南東側に倒壊 0 10 20 (S) 2F-南東側 30 40 図 6 木造模型の振動実験結果 (a) タイトル (a) 健全くん (b) 崩壊くん 写真 4 木造模型教材(実験後) 写真 5 には,写真 3 に示した室内模型に対し, 家具に何も補強しない危険くんと家具の足元に転 倒防止粘着マットを貼った耐震くんの実験前と実 験後の様子が示されている.写真の中に,什器の 静止位置(実験前を点線で表示)から移動した距 離及び移動方向を矢印で示している.写真 5 より, 危険くんの場合、床材の摩擦係数が低いために, (b) 危険くんの振動実験 写真 6 室内防災学習用 DVD 教材 3 (c) 耐震くんの振動実験 写真 6 室内防災学習用 DVD 教材(Continued) 5.防災教材の学習効果 2~4 章で紹介した防災学習教材を用いて,2006 年 12 月より,兵庫県内の稲美町立天満東小学校な ど小学校 8 件,明石市立大蔵中学校など中学校 4 件,姫路市市民防災大学など市民講座 8 件の計 20 件で延べ 2192 名の防災出前講座を実施している. 出前講座は小中学生,市民の学習するレベルに応 じて講演する内容を考えている.以下に小学校で の出前講座の内容を示す. ① 地震はなぜ起こるの? ② 阪神淡路大震災を振り返ろう ③ 大地震に対する身近な備え ④ 明石高専防災学習教材の紹介 ⑤ 防災クイズ なお,市民に対する出前講座は上記の①~⑤の 項目を少し高度に説明し,また地域防災力の向上 や行政の危機管理について説明している.講座の 最後に「自分の寝室の危険度予測」という作業を して頂き,家具が地震発生のとき, 「凶器」となら ないかを対話形式で検証している.写真 7 は稲美 町立天満東小学校での出前講座の様子を示してい る.写真 7 より,小学生の児童は身近な防災とい うテーマで熱心に防災学習をしている様子が判る. を実施し,防災学習の改善点を把握することに役 立てている.アンケートでは,以下の 5 項目につ いて実施している. ① 年齢,学年,性別は? ② 本日の防災学習はどうでしたか? ③ 地震には色々な顔を持っていることを知って いましたか? ④ 地震に強い建物には色々あることを知ってい ましたか? ⑤ 防災学習教材はどうでしたか?(自由記述) 本論では,市民講座でのアンケート結果の一部 (10~70 歳代の男女 240 名,男:女=80%:20%), ⑤の項目について報告する.表 1 は,項目⑤の室 内防災教材に対する自由記述を示している. 表 1 防災学習教材の評価(項目⑤; 室内模型) 自由記述 地震時の家具の動きが模型で再現されてお り,判りやすい 実験映像による説明がよい 教材の実験を通じて自宅で家具の配置,固定 方法について検討してみたい 安心くんに興味を持った 免震構造の良さ 家具の配置が自由に変更できるのでよい 実際に教材,実験を見てみたい 上下方向を考慮した実験をしてほしい 既存住宅に免震構造は適用可能でしょうか 合計 回答数 比率(%) 109 69.9 17 10.9 16 7 3 3 1 156 10.3 4.5 1.9 1.9 0.6 100 6.むすび 本論では,大震災を風化させない地域防災活動 として,2 種類の防災学習教材を開発し,2006 年 度から実施している防災出前講座について紹介し た.阪神淡路大震災では,6434 名の尊い命が奪わ れ,亡くなられた方は無念であったと思う.この 出前講座を通じて,小中学生,市民に対し「命の 大切さ」を今後も伝えていきたいと思う. 参考文献 1) 総務省消防庁:阪神・淡路大震災関連情報デー タベース (1995) 2) 中川肇: 「地震に備える-耐震の重要性を出前 講座で-」,月刊国民生活 11 月号,独)国民生 活センター,pp.25-28(2008) 3) 中川肇: 「阪神淡路大震災を語り継ぐ防災教育 の実践」,文部科学教育通信 6 月号,No.221, ジアース教育新社,pp.20-21(2009) 4) 福和伸夫ほか: 「耐震化促進ための木造建物倒 壊実験教材の開発」,日本建築学会技術報告集, 第 22 号,pp.99-102(2005) 写真 7 稲美町立天満東小学校 市民,中学生への防災学習の最後にアンケート 4