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Page 1 金沢大学学術情報州ジトリ 金沢大学 Kanaraพa University
Title
仕事と事物詩
Author(s)
最上, 宏信
Citation
金沢大学法文学部論集. 文学篇 = Studies and essays by the Faculty of
Law and Literature, Kanazawa University. Literature, 2: 83-94
Issue Date
1954-12-30
Type
Departmental Bulletin Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/2297/41067
Right
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,各著作権等管理事業者に確認してください。
http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/
一
〃
‘
師
歩く。﹁私があなたの許べ参りましたのは、単に研究を書く為ばか
られる。彼は﹁仕事﹂の出来る場所を求めて欧洲各地を転々と移り
が出来るようにと言う問題をめぐって、苦しい探究と努力の中に送
新詩集︵正・続二巻︶が完成される迄の数年間は、此の﹁仕事﹂
宛︶そして、此の仕事の中から生れてくる﹁物﹂としての詩、主観
方法であることを知っています。﹂︵一九○二年九月二日ロダン
取る勇気を持っていませんでした。今は、それが霊感を守る唯一の
力にも拘らず、私は仕事をすることによって遥か遠くの霊感をかち
のものの本質を表現する詩、此う言う詩は主観が不安の状態にあっ
的な気分や悉意によって左右されることのない、客観的な﹁物﹂そ
ても作れる筈であり、全てのものを、苦悩そのものをさえ客観的に
りではありません。それは、如何に生きるべきかをあなたにお尋ね
ことによってと。﹂Q九○二年九月二日ロダン宛︶当時の書簡に
﹁物﹂どして表現し得る筈である。︵一九○三年七月一八日サロメ
する為でした。そしてあなたは答えて下さったのです。仕事をする
よつて彼の努力の跡をたづねる時、芸術の問題が正しく自己の生そ
宛書簡参照︶此う言う詩によってこそ、彼の生は失われることなく
と非情性﹂は、此のような内的必然性に基いて自覚的に追求された
確実に形成されて行く筈である。新詩集に見られる﹁厳しい即物性
のものの問題であったことが如実に現れている。
それらの書簡の中で、此の﹁仕事﹂が出来ることの問題をめぐっ
キュル男爵宛書簡参照。︶しかしそれならば、詩作に於て、芸術に
ものに他ならなかった。︵一九○九年八月一九日ヤーコプ。ユクス
て彼の深い自己反省が執鋤に行われ、彼の内面世界の不安定と脆弱
る。此の﹁病気﹂の実相については嘗て論じた所であり、此処で繰
さとが、彼の精神の﹁病気﹂の実相が驚くばかり綿密に追求され
﹁仕事が出来る﹂とは何を意味するのか。
於て、﹁霊感﹂とは一体何であり、﹁仕事﹂とは果して何であるか。
一九○七年五月末から一○月にかけてリルケはパリーに滞在し、
り返していることは出来ないが、こうした追求と共に、﹁知識﹂の
計画が立てられ、大学へ入ることが真剣に考慮される。そして、此
問題が﹁仕事﹂の問題と関聯して浮かび上って来る。色灸の勉強の
ることが出来た。此の頃、彼はゴッホやセザンヌ等の絵に親しゑ、ロ
新詩集の原稿を完成すると共に、更にその続巻の原稿をも略々纏め
ダンによって得た体験を更に成熟させることが出来たのであるが、
れらの基礎の上に、それが来るまでは唯不安のまふで待ち続けなけ
丁度其の頃、六月二四日クララ宛の書簡に於て、彼は次のような注
少
ればならなかった﹁霊感﹂を仕事によってかち取り、仕事によって
もそれを愛して居りました為、此の数年間と言うもの、滅多に現れ
﹁確かに芸術物は、何時でも、危険の中に生きたことの結果であ
目すべき見解を述べている。
霊感を守ろうとするのである。﹁けれども私の仕事は、私が余りに
いました。そして何週間もの間、私は唯限りない悲しゑをもって此
ない霊感に結びつけられた或る荘厳なもの、或る祝祭になってしま
、
る。一つの経験を究極まで歩承抜いたこと、最早やそれ以上は進め
1
の創造の時を待つより他には仕方がありませんでした。それは深淵
(
ない所まで歩承抜いたことの結果である。体験は、先や進めば進む
、
に満ちた生活でした。⋮⋮けれども、確かに正しい此れら全ての努
一
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宕 一 . − ’ . .
息
閉
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併し何れの場合にも、芸術家は結果を示さなければならない。そし
は、混乱や苦痛を与えるもの、唯個人的使用にのゑ妥当性を有する
程一層独自なものとなり、一層個性的な唯一のものとなる。そして
間の生命にとって大きな救いとなるのは、それが彼の総括であるか
芸術作品、芸術物は、芸術家の経験の究極の結果であり、芸術家
ものが極めて多いのである。﹂
彼自身にのみ向けられて居り、外部に対しては、唯無記名のもの、
れが作品として、物として、客観的に在存を主張し得る芸術物に結
真実に把握され:真実な内面的統一にもたらされ得たか否かは、そ
の内面的統一と真実性との確証である。或る経験が芸術家によって
名前のないものとして、必然として現実として、存在として働く
は、語ることも窺うことも出来ない内的秘事として遂行されるので
晶し得るか否かによって実証される。しかもその作品の生成過程
ある。此が、仕事を追求し、その成果たる新詩集を完成させたリル
に過ぎない。だから僕たちは、確かに、此の最も究極的なるものに
極的なるものを、それが作品化される以前に発言し、分ち与え、伝
なければならない。そしてそこから、出来るだげ遠く迄放射状に成
が述べられている。﹁全ての人が自分の仕事に生活の中心を見出さ
既に一九○三年四月八日クララ宛の書簡に於て、次のような言葉
ヶの、芸術物に対する見解であった。
して、謂は壁彼個人の虚妄として、作品の中に入り込み、その作品
い者でも同様である。何故なら、それは彼自身にさえ許されていな
の中心を窺うことは許されない。此れは、最も近しい者や最も愛し
いことだからである。此の﹁自己を離れた観照﹂には、一種の清純
長して行くことが出来なければならない。其の際、他の何人も、此
なものを伝達することの出来る場合が二つある、私には、此の二つ
さ、処女性がある。それは丁度絵を書く時と同じようなものだ。眼
術的透明作用によって始めて眼に見えるものとなる、先天的な紋理
された物を見ることによる伝達であり、他の一つ健偽りのない日
か顔の下で自分の道を進んで行く。先へ先へと進み、不安になり、
は物に結びつけられ、自然と織り合わされる。そして手だけが何処
動揺し、そして再び快活になり、顔の下の深い所にあって進んで行
常の生活の中で行われる伝達である。此の生活に於て、芸術家が仕
助け合い、そして︵最も謙虚な意味に於て︶讃美し合うのである。
事によって何物になったか其明かになるし、それを相互に示し合い、
が伝達の可能な極限の方法であろうと思われる。その一つは、完成
のようなものである。lしかし、それにもか上わらず、此の究極的
の中で妥当性を得、法則を啓示するものだからである。それは、芸
他の何人も理解し得ない、理解することの許されない唯一のものと
達することは恐らく禁止されなければならない。何故なら、それは
よって自己を試承、自己を検討することを迫られる。しかし此の究
た確証であり、何時でも現れることの出来る確証である。それは唯
結び目である。彼の内面的統一と真実性との彼自身の為に与えられ
らである。それは、言わば、彼の生命が祈りの言葉を発する念珠の
いし、相互の宥恕でもなげれば除外でもない。此の生成の道具に
I
て、作品生成の道具を持ち出さないのは、決して信頼の欠如ではな
J
芸術物は、結局、此の唯一性の必然的な抑えることの出来ない、可
「
能な限りの最終的発言である。芸術物が、それを作らねばならぬ人
ノ
手
投令
ご
Ⅱ1..・壱
、れてしまうのである。此処で戸ダンはそれを捉えなければならなか
卯つた。彼は彼の心の中の造型者であった。彼は、彼の心の中にもあ
なにも長い間本能的に此の試練を求め、遂に此の試練は彼の身に捲
まされ、喪失に悩まされていたリルケにとって、避けることの出来
後、リルケの文学は漸く大文学の相貌を呈するようになる。
ぬリルケその人の訓練の結晶である。此の客観的認識の訓練を経た
﹁厭わしい﹂現実の与える試練を克服すべく行われた、マルテなら
新詩集二巻は、﹁マルテの手記﹂と共に、此の試練l﹁恐ろしい﹂
○月一九日クララ宛︶
ない宿命的な課題であった。﹁けれども私には、年来渇望して来た
以上によって、新詩集に於ける﹁物﹂としての詩、所謂﹁事物
一一一。
詩﹂と言われるものの由来とその意義とを、﹁仕事﹂の問題と関聯
詩集の詩も此の点に於ては少しも変らない筈である。詩人と対象相
い努力を払ったのである。此れ迄述べた所からも明かなように、新
に徹する詩が内部の﹁無意識﹂から成熟して来るのを求めて、苦し
り、﹁厳しい即物性﹂を追求した当時と錐も、正に此の﹁即物性﹂
此の創作方法は、終始一貫リルケの生涯を通じて変らないものであ
に、その背後に於て行われる内的成熟の問題を忘れてはならない。
し強調する此の﹁無際限の即物性﹂、﹁厳しい即物性と非情性﹂の為
れる客観的、即物的、或いは造型的性格であるが、詩人自らが繰返
新詩集を特徴附けるものは、言う迄もなく、その多くの詩に見ら
のを取り上げて、その実体に触れて行きたいと思う。
させながら考察して来たのであるが、次には、具体的に作品そのも
りません。そして、私は何時でも事ある度に分裂し、ばらj、にな
僕はマルテの運命を理解した。此の試練が彼を凌駕したのではなか
れ、深い罪の意識に苦しむだろう。⋮⋮不意に、︵そして初めて︶
た一つのことを拒否してさえ、彼は何時か恩寵の状態から追い出さ
択は許されず、何かの﹁実存﹂を回避することも許されない。たっ
の﹁存在するもの﹂と共に妥当する筈のものである。芸術家には選
克服しなければならなかった。此の﹁存在するもの﹂は、他の全て
の中にも﹁存在するもの﹂を見ることが出来るようになる迄、自己を
﹁此の芸術的観照は、先づ、恐ろしいもの、一見た堂厭わしいもの
来ないが、次の書簡は此の事実を詩人自ら語っているものである。
なるのである。こ上でコルテ﹂の問題に立ち入っていることは出
リルケの分身マルテは詞此の課題の重圧の下に没落して行くことと
って流れて行くのです。﹂Q九○三年八月八日サロメ宛︶そして、
は、今なお何一つ起っていませんし、何一つ現実性のあるものがあ
事をしなければならぬこと﹂が欠けているのです。⋮:・私の周囲に
あの訓練が未だに欠けているのです。﹁仕事の磯来ること﹂と﹁仕
統一の可能性と、その確証の問題であった。それは絶えず分裂に悩
此のように、仕事の問題は、客観的認識をめぐって行われる内面的
き.ついて、最早や彼を離れようとはしなくなった。しかし、彼は現
ろうか。彼は観念的には、此Z試練の必然性を確信して居り、あん丸
、
実によって此を克服することが出来なかったのだ。﹂Q九○七年一
莚
った全ゆる陵昧なもの、変転するもの、・生成しつ上あるものを捉
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え、形の中に入れ、そしてそれを神のように掲げたのである。﹂
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立っても、殆ど何一つ学ぶことが出来なかっただろう。今セザンヌ
顔を見たのだ。あの頃だったら、セザンヌやヴアン・ゴッホの前に
〃
互の間の内的本質の交渉から成熟して来るものでない限り、生命の
映ってはいない。﹁彼女はまだ静かに
そこにはもう紅鶴の白も赤も
ブラゴナールの絵のような水の影像。
ベ二ヅル
紅
鶴
なったことを示す好例であるが、此こでは他の例をあげて見よう。、
一九○三年に作られた詩﹁豹﹂は、それが立派に実を結ぶように
て、対象そのものの真実相を表現する詩が作られることになる。
宛︶そして、今や自己の感情や思想ではなく、対象そのものに即し
変ってしまったことに気がつく。﹂︵一九○七年一○月一三日クララ
が如何に多くの課題を僕に与えるかを思うと、僕はすっかり自分が
ある詩は生れない。此の内的交渉の伴わない単なる客観性、即物性
は、単なる描写を生承出すに過ぎない。此の事は、新詩集に見られ
るような客観的即物的傾向の詩に対し、その評価の基準となるもの
と思われる。事実、新詩集二巻の詩の中には、内的な力に欠けた、
単なる描写と言う印象を与える詩も、必しも稀ではないからであ
る。
兎も角、新詩集を特徴附けるものは、既に第二次ロシヤ旅行やヴ
オルプスヴエーデの滞在を契機として生じつ坐あった、﹁物への畏
敬﹂が、厳しい内的必然性の衝迫の下に、自覚的に追求されて行っ
たその徹底性にある。新詩集に通ずる道が既に時祷詩集に於て始ま
っていることは、一九○九年八月一九日ヤーコプ・ユクスキュル男
爵に宛てた彼の書簡に述べられている。只、此れ迄は、・詩の主体が
眠っている﹂と見えない女を男が
あがり、←もいるの脚で軽く身をよじて立ち、
言うように。紅鶴の群は緑りの汀に
てかきならされる楽器であるに過ぎなかった。﹁僕は、嘗て此の
自己にあり、自然の姿は単に詩の一般的な契機であり、詩人によっ
︵自然の︶無限の変化を体験し、それに与かることが出来たが、時祷
ブリーネよりも妖艶にわれとわが身を惑わせながら。
花園のようにはなやかに身を寄せ合う。
詩集の一部は、此の無限の変化によって呼び出されたものである。
しかしあの当時、自然は僕にとっては未だ一般的な契機であり、召
やがてそっと首をのばし、青い眼を
喚であり、僕の手がいつでもその中にある楽器であった。僕は自然
いによって心を奪い去られてしまったのだ。自然は、その広大さ
を前にして坐ったのではなかった。僕は自然の中から現れたたまし
果物の赤との入った羽毛の中に。
柔かな羽毛の中にかくす。黒と
不意に、鋭い嫉妬の叫びが大鳥篭をつらぬいた。
、
と、偉大な途方もない存在で僕を襲ったのだ。予言がサウルの頭上
のであるが、自然を見たのではなくて、自然が僕の心に吹き込んだ
を襲った時のように。全くそうだった。僕は歩き廻り、そして見た
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Ⅱ
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一 一 一 ・ 一
躯
スペインの踊り子
手の中にマッチがあり、
ちろちろのべひろげるかのようにI観客に
炎となって燃え上る前に四方に白い舌を
身近かく取り巻かれ、急速に、明るく、熱く、
彼女の踊りは痙蕊しながらひろがり出す。
そして突然踊りは一団の炎となる。
ノ
しかし紅鶴の群は驚いて首をのばしながら
おもい/、の幻想の中へ歩象入る。
主観的な感情の動きを抑えた、冷静な客観的即物的観察によって、
紅鶴の生きた姿をありのま上に表現しようとしている。
新詩集に於て試承られた即物性は、此のように、単なる外面的
な、ロダンの言葉を借りれば、写真や鋳型のような即物的表現では
なく、その対象の内部にある生命の相を、自己の主観的な干渉を加
彼女は眼を上げて自分の髪に点火させ、
えることなくその本然のま上に把握しようとするものであって、詩
にあったと思われる。彼が﹁ロダン諭﹂に於ても繰り返し述べて居
作上の苦心も、如何にして此の内的生命を言葉によって表現するか
此の火焔の中に投げ込んだ。
不意に、大胆な身振りで衣裳の全体を
あらわな二本の手が眼覚め、音を立てながらのびて来る。
すると火焔の中から驚いた蛇のように
るように、生命は如何なるものの中にもある。此れをその生きj、
した姿に於て把えるのがロダンの彫刻であった。リルケは、ロダン
る。手が音を立てながらのびて来ると言うのは、カスタネットをな
スペインの踊り子の烈しい情熱的な踊りを、炎に警えて表現してい
そして小さく締つた足でそれを踏承消した。
︲込めた笑顔を上げて彼女は会釈する。
しかし、勝ち誇り落ち著いて、愛嬬を
横たわり、なおも燃えながら消えようとしない。
じっと見つめるl地面の上に‘狂える炎は‘
誇らかな姿勢に津竪嘩を込めて。そして
彼女は炎を集めそして投げ棄てる。
やがて火勢が衰えでもしたかのように、
が﹁石﹂によってその生態を定着させたのに対し、サロメの言葉に
よれば﹁石のように事実的直接的な造型力はなく、間接に媒介され
た示唆のしるしであり、それ自身としては石よりも遙かに貧しく可
吐職の使用の驚くばかり巧承な例をあげて見よう。
生活関係の中で我々の生に作用するものとなるのである。
る。無生物と錐も、それは矢張り自然の生命の顕現であり、我々の
々に対して示す作用を表現する為に行われるのが、擬人的表現であ
現するのが吐嚥であり、本来人間ではないもの、或いは無生物が我
の様相の明確な表現力を持った他の形象を借りて、対象の生態を表
の詩には此嚥や擬人的表現の多いのが著しく目に立つ。既に或る生
によって、その生態を把えようとするのである。その為か、新詩集
実質に乏しい﹂所の﹁言葉﹂︵一九○三年八月一○日リルケ宛︶
一
ー.︽●竜一.哩..。
らしているからであろう。地面に横たわった狂える炎と言うのは、
投げ棄てられた衣裳の有り様であり、その炎を踏み消すと言うのは、
衣裳を踏承ながら退場することではないかと思う。
此う言う例をあげれば限りがないが、次には擬人的表現の場合を
あげて 見 よ う 。
ボIル
﹁
円いものよ
よ◎
。上
上空
空を
を飛びなが ら
自分のもののように捨てるものよ・
二つの手の暖かさを静かに
彼等の待望と期待の中で、
高くのばされた手の盃の上に落ちて行く。
さっと単純に無技巧に自然さながらに
此のように、全ての事象をその本質に於て把え、表現しようとす
いるが、最後に、観念的形象を客観的に定着させた例として、﹁別
る努力によって、取り扱われる対象も極めて多種多様にわたって
の様相が存在する筈である。
離﹂をあげて見よう。此も亦生の発現である以上、其処に個有の生
別離
物とは言えないもの、しかし眼には
暗い不死身な残酷な或るものであり、
今でもそれは私の身に泌承ている。それは
別れとは何であるかを私は深く体験した。
見えないが外に連なる全てのものから
美しいものをもう一度掲げて示しそして断ち切ってしまう。
あの対象の中には留り得ないもの、重さがなく
不意に我々の中へ飛び込んで来る、
私には関係もなくかすかに続く合図でありl
一つの合図であるに過ぎない・最早や
しかし白く小さくた翼
自分は後に残っていた。それは女達のようであるが
それは私を呼びながら私を去らせ
スベ
その点では物であるもの、それがお前の中に
私は手段もなく唯それを見つめていたに過ぎない。
飛び込んだ。落下と飛翔の間で決断し得ぬものよ・
お前は昇りながら、自分が引き上げたかのように
身を傾け、止まり、そして上空から
投鐵を誘い出し、そしてそれを捨てるl↓
競技者たちに不意に新しい位置を示す。
もう解き明かすことも出来ない合図である。多分それは
一羽の郭公が急いで飛び立った一本の李の樹であろう。
スモモ
そして彼等を踊り手のように配置しながら、
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画|竜鱒.,ノ
鮒
一
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本稿は此こで終らなければならないが、リルケのロダン体験を考
四
な前段階であった。﹁空間﹂の思想も、此れ以後次第に本格的な展
普遍性を獲得してあの晩年の高峯に達する為の、必須にして必然的
にせよ、新詩集に於ける客観的認識の訓練は、リルヶ文学が偉大な
があるが、今回は分量の関係上、其の方面の考察は割愛した。何れ
考慮しなければならず、思想性を含んだ詩の場合には特にその必要
帯びて来ることである。﹁事吻詩﹂の考察には、此の空間的側面も
思想、本質的な存在の所在たる﹁空間﹂の思想が、著しく現実性を
ンを契機として、此れ迄は何か神秘的な色彩の強かった﹁空間﹂の
察する場合、なお一つの重要な側面が残されている。それは、ログ
』
夕
︹終り︶
開を見せ、リルケ文学の壮大な世界が開かれて来るのである。
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