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動脈硬化発症におけるコレステロールの「質
【研究報告】(自然科学部門) 動脈硬化発症におけるコレステロールの「質」に関する トランスクリプトミクスによる検証と フラボノイドによる抑制効果 小 林 彰 子 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授 緒 言 ラ ボ ノ イ ド の 効 果 を 検 証 す る ま ず 第 一 段 階 と し て、 コレステロールは、生体膜の構成成分や、ビタミン D COP 摂取が生体へ与える影響を、ラットを用いたトラ やステロイドホルモンの原料になることから生体に必須 ンスクリプトーム解析により明らかにすることを目的と な栄養素である。しかし近年、食の欧米化に伴い食事か した。 ら摂取する脂質の量が増加し、高コレステロール血症患 者が増加している。高コレステロール血症は動脈硬化発 方 法 症のリスクが高まることから、日本人の食事摂取基準に 1. COP を含むコレステロール試料の作製 定 法 に 従 い 5)、 コ レ ス テ ロ ー ル(和 光 純 薬 工 業、 おいても一日の上限量が定められている。近年、コレス テロールは摂取量だけでなく、質も重要視されている。 Osaka, Japan)を 200℃で 6–12 時間熱して COP を含むコ 特に食品加工の過程において生成する酸化コレステロー レステロール試料(COP 試料)を作製した。 ル(COP)は、生体に悪影響を及ぼす可能性が報告さ COP 試料の GC-MS による組成分析 2. れているが、そのメカニズムについてはほとんど明らか にされていない。 明治大学の長田恭一准教授のご協力を得て測定を 食品に含まれるコレステロールの 1 割は COP になる 行った。ULBON HR-1 カラム(0.25 mm×50 m, 0.25 といわれている。また、油の長期保存や電子レンジによ m, る繰り返し、長時間の加熱は、COP を増大させる。上 信 和 化 工 株 式 会 社(Kyoto, Japan)) を 用 い て Shimazu GC-MS-QP5050A にて測定した。 述のように日本人のコレステロール摂取量は増加してお 3. り、それに伴い COP の摂取量も増大していることが予 動物および飼育 測される。ヒト動脈硬化巣に 27-ヒドロキシコレステ 7 週齢 Wistar ラット(日本クレア、Tokyo, Japan)18 ロールや 7-ケトコレステロールといった COP が存在す 匹を AIN-93G を基本とした普通食で 5 日間予備飼育を行 1) ることや 、7-ケトコレステロールがヒトマクロファー い、その後 6 匹ずつ 3 群に分けて 21 日間本飼育を行っ ジにおいて炎症性シグナルを増幅させることが報告され た。群分けは普通食群(non-cholesterol, NC)、コレス ていることから 2)、COP の動脈硬化発症への関与も示唆 テロールを 0.3%(w/w)添加したコレステロール食群 (high cholesterol, HC)、COP 試料を 0.3%(w/w)添加 されている。しかしその関係性は明確ではない。 した COP 食群(high oxycholesterol, HO)の 3 群とした。 我々は、腸管に発現するコレステロールトランス ポーターである NPC1 L1 を制御することにより、腸管 飼育期間は自由摂食・摂水とし、2 日に一回、16:00 に摂 からの過剰なコレステロール吸収を特異的に防ぐ数種の 餌量および体重の測定を行った。各群の餌の組成は 3) フラボノイドを見出した 。COP はコレステロールと同 Table 1 に示した。本飼育 1、3、10、17、21 日目の 10:00 様に NPC1 L1 を介して腸管から吸収されることが報告 に尾静脈採血によって血液を回収した。本飼育 22 日目 4) されており 、我々の見出したフラボノイドは COP の の 13:00 に解剖を行い、頸動脈血液を採取し、肝臓を摘 吸収も同様に阻害し、高コレステロール血症ならびに動 出した。 脈硬化を予防する可能性がある。 本研究では、腸管からのコレステロール吸収抑制フ 1 小 林 彰 子 のと定義した。発現変動した遺伝子はウェブツール Table 1 試料組成 Composition of diets(g/kg) Cornstarch Casein Dextrinized cornstarch Sucrose Soybean oil Fiber Mineral mix(AIN93G-MX) Vitamin mix(AIN93G-VX) L-cystine Cholesterol Cholesterol oxidation products 4. DAVID(http://david.abcc.ncifcrf.gov/summary.jsp) NC HC HO 397.5 200.0 132.0 102.5 70.0 50.0 35.0 10.0 3.0 397.5 200.0 132.0 102.5 70.0 50.0 35.0 10.0 3.0 3.0 397.5 200.0 132.0 102.5 70.0 50.0 35.0 10.0 3.0 による機能解析に供した。 3.0 シグマアルドリッチ(Tokyo, Japan)に合成を依頼した。 8. オリゴヌクレオチドプライマー配列 脂肪酸合成酵素(FASN)、SREBP1、メバロン酸キ ナーゼ(MVK)をエンコードするプライマーは、ソフ ト ウ ェ ア Primer3Plus(http://www.bioinformatics.nl/ cgi-bin/primer3plus/primer3plus.cgi)を用いて設計し、 血液生化学検査 9. リアルタイム PCR 尾静脈血の総コレステロールおよびトリグリセリド 500 ng の total RNA を 5×PrimeScript RT Master は、それぞれ、コレステロール E-テストワコー(和光 Mix(タ カ ラ バ イ オ 株 式 会 社) と 混 合 し、GeneAmp 純薬工業)およびトリグリセライド E-テストワコーを PCR System 9700(PE Applied Biosystems(Foster 用いて行った。また、頸動脈血は、総コレステロール、 city, CA) )により逆転写反応を行った。なお、total 遊離コレステロール、コレステロールエステル、LDL- RNA はプールせず個体ごとのものを使用した。生成し コレステロール、HDL-コレステロールについて、オリ た cDNA サンプルを、TaKaRa Thermal Cycler Dice エンタル酵母(Shiga, Japan)に測定を依頼した。 Real Time System(タカラバイオ株式会社)に供した。 結果は個々の遺伝子の fold change を B2M の fold change 5. 肝臓コレステロールおよびトリグリセリドの測定 で補正した。 肝臓を 100 mg 量りとり、ホルチ法にて肝臓脂質抽出 結 果 液を得た。抽出液中のコレステロールおよびトリグリセ GC-MS 測定の結果、作製した COP 試料の組成はコレ リド量は 2.5. と同じ手法で測定した。 ステロールが 96.91%、COP が 2.50%、その他が 0.59% 6. RNA 抽出 であった。 肝臓の total RNA を NucleoSpin RNA(タカラバイオ 普通食群(non-cholesterol, NC)、コレステロールを 株式会社(Tokyo, Japan))を用いて同社のプロトコル 0.3%(w/w) 添 加 し た コ レ ス テ ロ ー ル 食 群(high に従い抽出した。Agilent 2100 Bioanalyzer(Agilent cholesterol, HC)、COP 試料を 0.3%(w/w)添加した Technologies(Santa Clara, CA))により RNA の質を COP 食群(high oxycholesterol, HO)の 3 群間の体重増 確認した。 加量、累積摂餌量、肝臓重量に有意な差は認められな かった。 7. マイクロアレイ 尾静脈血の総コレステロール濃度は NC では変化がな 得られた total RNA をもとに、GeneChip 3 ′ IVT かったのに対し、HC と HO では経日的に上昇し、HC で Express Kit(Affymetrix)を用いてターゲットの調整 は本飼育 17 日目と 21 日目において NC との間に有意な を行った。GeneChip Rat Genome 230 2.0 Array 上昇を示した(Fig. 1)。また、HO では有意な差は認め (Affymetrix(Tokyo, Japan)) に ハ イ ブ リ ダ イ ズ し、 られなかった。一方、トリグリセリド濃度は 3 群間に顕 Hybridization、Wash and Stain Kit にて染色・脱色後、 著な差は見られなかった。解剖時頸動脈血の総コレステ スキャンして DNA マイクロアレイデータを取得した。 ロール、コレステロールエステル、遊離コレステロー デ ー タ の 正 規 化 に は Affymetrix Microarray Suite ル、および LDL-コレステロールは、HC が NC に対し有 Version 5.0(Affymetrix)を用いた。発現変動遺伝子は 意に上昇した一方で、HO と NC との間に有意な差は見 群 間 の 比 較 に お い て logFC(log fold change; fold られなかった。 肝臓中のコレステロール量は NC に対し HC と HO の change を log2 変換した値)の絶対値が 0.5 より大きいも 2 動脈硬化発症におけるコレステロールの「質」に関するトランスクリプトミクスによる検証とフラボノイドによる抑制効果 Fig. 1 血中総コレステロール濃度の経日変化 本飼育 1、3、10、17、21 日目に尾静脈採血によって血液を回 収し、総コレステロール濃度を測定した( =6, means±S.E., different letter: <0.05(Tukey’ s test))。 Fig. 3 Fasn、Srebp1、および Mvk の各個体ごとのリアルタ イム PCR 子を DAVID に供し、 <0.05 を満たす GO term をグルー プごとに整理した(Table 2)。グループは上から免疫応 答、アポトーシス、その他に分類され、HO は HC と比 Fig. 2 肝臓中コレステロール濃度 較し炎症および免疫応答が上昇している可能性が示唆さ れた。 両群で有意に上昇した(Fig. 2)。トリグリセリドは HC が NC に対し有意に上昇した一方で、HO は NC との間に 考 察 有意な差は見られなかった。 DNA マイクロアレイでは HC vs. NC と HO vs. NC と HO に 与 え た COP を 含 む コ レ ス テ ロ ー ル 試 料 の の比較において、HC vs. NC でのみ発現上昇(log FC> 96.91%がコレステロールにも関わらず HO の血中コレス 0.5)した遺伝子数は 306、HO vs. NC でのみ発現上昇し テロールレベルが HC より有意に低下していたことか た遺伝子数は 560、その両者で発現上昇した遺伝子数は ら、COP による血中のコレステロール濃度低下作用が 400 で あ っ た。 ま た、HC vs. NC で の み 発 現 低 下 考えられた。HO は HC と比較し肝臓での MVK の発現 (log FC<−0.5)した遺伝子数は 400、HO vs. NC でのみ の低下傾向が見られることから、COP がコレステロー 発現低下した遺伝子数は 616、その両者で発現低下した ルとは異なるメカニズムでコレステロール合成を阻害す 遺伝子数は 298 であった。HC vs. NC および HO vs. NC ることにより血中のコレステロール濃度が低下する可能 において発現低下(log FC<−1)した遺伝子について 性が示唆された。 DAVID を 用 い て 機 能 解 析 し、 値 が 0.05 未 満 の GO 一方血液のトリグリセリド濃度の経日的な変化では 3 (gene ontology)term を抽出した。コレステロール合 群間に顕著な差は見られなかった。ばらつきも大きかっ たことからこれについては今後検討する予定である。 成および TG 合成に関わる GO term が多く抽出された。 HO vs. HC においてコレステロール合成および脂肪酸合 肝臓の総コレステロール量は HC と HO が共に NC に 成に関わる遺伝子の発現変動を調べたところ、脂肪酸合 対し有意に上昇し、HO は HC に対し低下傾向を示した。 成 酵 素(FASN) 、SREBP1、 メ バ ロ ン 酸 キ ナ ー ゼ トリグリセリドに関しては、NC に対し HC で有意な上 (MVK)の発現が低下していた。これらの遺伝子の発現 昇を示し、HO では有意差は認められなかった。この結 を PCR により確認した(Fig. 3)。いずれの遺伝子も HC 果は COP が肝臓中トリグリセリド蓄積量を低下させる 群に対し HO 群において発現の低下傾向が見られた。 という報告と矛盾しなかった 6)。 HO vs. HC において発現上昇(log FC>0.5)した遺伝 HC および HO において発現が低下した遺伝子の機能 3 小 林 彰 子 せることはすでに報告されている 4)。 Table 2 HC vs. NC において発現低下した遺伝子の DAVID による機能解析 一般的に血中コレステロールレベルの増加と動脈硬 Term Count Immune system process └ Antigen processing and presentation Immune response └ Adaptive immune response └ Adaptive immune response based on somatic recombination of immune receptors built from immunoglobulin superfamily domains Immune effector process Leukocyte mediated immunity └ Lymphocyte mediated immunity Positive regulation of immune response B cell mediated immunity └ Immunoglobulin mediated immune response Acute inflammatory response to antigenic stimulus └ Hypersensitivity Type II hypersensitivity └ Type IIa hypersensitivity Cell killing └ Leukocyte mediated cytotoxicity └ Antibody-dependent cellular cytotoxicity Response to stress Innate immune response Regulation of cytokine production 26 6 18 7 7 Positive regulation of cell death └ Positive regulation of programmed cell death └ Positive regulation of apoptosis 14 14 14 プごとに整理すると、免疫応答、アポトーシス、その他 Cellular process └ Negative regulation of cellular process Regulation of biological process Metabolic process └ Primary metabolic process Nitrogen compound metabolic process └ Cellular nitrogen compound metabolic process └ Nucleobase, nucleoside, nucleotide and nucleic acid metabolic process Macromolecule metabolic process └ Regulation of macromolecule metabolic process Cellular macromolecule metabolic process RNA metabolic process Notochord formation 202 44 129 150 131 59 57 53 Mascia らは腸管のモデル細胞であるヒト結腸癌由来 化発症リスクには相関があると考えられているが、本研 究では COP を含むコレステロール試料の摂食により、 血中コレステロールの低下が示唆された。また、肝臓で のコレステロール合成に関わる遺伝子においても低下傾 向が見られた。肝臓でのコレステロール合成関連遺伝子 は HC でも低下していた。HC における低下は体内コレ 8 8 8 8 7 7 2 2 2 2 3 3 2 42 6 9 ステロールレベルの上昇に伴った合成の抑制であると考 えられる。しかし HO は HC と比較し MVK の発現がさ らに低下傾向を示したことから、COP には肝臓でのコ レステロール合成抑制作用があり、そのことが血中コレ ステロール濃度の低下をもたらしたのではないかと考え ている。COP のこれらの効果は一見動脈硬化に対し正 の効果にもみえるが、生体における脂質の代謝異常とも とれる。今後はこれらの代謝変化がどのように疾病に関 わるのかについて解析を進めたい。 HO と HC を比較し発現上昇(log FC>0.5)した遺伝 子を DAVID に供し、 <0.05 を満たす GO term をグルー に分類された。したがって HO は HC と比較し、肝臓で の炎症免疫応答が上昇している可能性が考えられた。 Caco-2 に COP を添加すると、IL-1αや IL-6 などの炎症性 サイトカインの mRNA 発現が上昇することを報告して いる 6)。今後は肝臓の DNA マイクロアレイでみられた 免疫に関する遺伝子変動を精査すると共に、小腸上皮に おけるこれらの炎症マーカーについても検討する予定で 104 63 90 22 2 ある。 要 約 COP を 2.5% 含 む コ レ ス テ ロ ー ル の 摂 食 と 純 品 の コレステロールの摂食では、血中や肝臓の成分および遺 解析により、コレステロール合成および TG 合成に関わ 伝子発現において違いが見られた。コレステロール る GO term が多く抽出された。これは HC と HO の両方 食群(high cholesterol, HC)に対し COP 食群(high でコレステロール合成とトリグリセリド合成が抑制され oxycholesterol, HO)において血中コレステロールの低 たことを示唆している。 下および肝臓中コレステロールと肝臓中トリグリセリド 脂肪酸合成酵素(FASN)、SREBP1、メバロン酸キ の低下傾向が見られたこと、そして脂肪酸合成酵素 ナーゼ(MVK)の発現を PCR により確認したところ、 (FASN)、SREBP1、メバロン酸キナーゼ(MVK)の発 HC に 対 し HO に お い て 発 現 の 低 下 傾 向 が 見 ら れ た。 現の低下傾向が見られたことから、COP は脂肪酸合成 MVK の発現低下はコレステロール合成の阻害に、FASN とコレステロール合成を阻害することが推測された。ま と SREBP1 の発現低下は脂肪酸合成の阻害につながる可 た HO は HC と比較し肝臓における炎症および免疫応答 能性がある。COP が FASN や SREBP1 の発現を低下さ が上昇している可能性が示唆された。 4 動脈硬化発症におけるコレステロールの「質」に関するトランスクリプトミクスによる検証とフラボノイドによる抑制効果 文 献 謝 辞 本研究を遂行するにあたり、研究助成金を賜りまし 1) 2) 3) 4) 5) 6) た公益財団法人三島海雲記念財団に深く感謝申し上げま す。 5 前場良太:オレオサイエンス,2(5),248–274, 2002. B. Buttari, et al.: , 86, 130–137, 2013. M. Nekohashi, et al.: , 23, e97901, 2014. S. Terunuma, et al.: , 48, 587–595, 2013. T. Sasaki, et al.: , 59(9),503–507, 2010. C. Mascia, et al.: , 49, 2049–2057, 2010.