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むすび ゆとりと成熟した社会の構築に向けて
むすび ゆとりと成熟した社会の構築に向けて 「消費者市民社会」とは消費者・生活者が生き生きとし、自らの自己実現と社会のあり様を 消費者・生活者の視点から望ましい姿に変えていける社会である。今回の白書ではそうした社 会の実現に当たって消費者・生活者の果たすべき役割と課題を見てきた。社会的弱者が存在す る中でそうした消費者・生活者に皆がなる必要はないが、一方でこうした消費者・生活者(「消 費者市民」)が存在し、社会を変えるだけの力を持つ必要もある。消費者市民の積極的な関与 によって築かれる社会は社会的弱者が住みやすい社会でもあることを意味する。それは皆に暖 かい眼差しを向けられるゆとりと成熟した社会であろう。 むすびではこれまで見てきた課題と方策を整理し、消費者市民社会構築に向けた展望をまと めてみたい。 <課題と方策> ●消費者・生活者が企業に与える影響力は大きくなっているが、消費者市民が活躍できる 場を提供するには制御不能のリスクを取り除くことが不可欠 消費支出は経済全体の中で一番大きな割合を占め、この力を生かせれば社会や市場を変革 することができる。現実に消費者・生活者は不祥事を起こした企業に対してペナルティーを与え るような行動を取っており、売上は不祥事発生後、下落をしていた。しかし、安全で信頼をもてる 消費者・生活者にとって望ましい市場経済に変えていくためにはそれだけでは不十分であり、 一歩進めて、望ましい企業を支援・育成していくリーダー的な存在としての「消費者市民」が必 要になっている。 しかし、現状はグローバル化やサービス化に伴って消費者・生活者は直接、リスクにさらされ るようになっており、安全で誠実な企業を見分けて支援するという積極的行動が取れなくなっ ているだけでなく、国産回帰などのリスク回避行動に向かわせている。 「消費者市民」が活躍で きる場を提供するには、この制御しえないリスクを消費者・生活者の価値観の共有などを通じ た政策の信頼性向上、情報開示手段の多様化や平易性の改良などを通じた市場の透明性確保 などによって取り除くことが不可欠である。その際に行政、事業者、消費者・生活者の間でリスク 分担の在り方、特に我が国においても予防・配慮原則の導入の可否を検討していくべきである。 ●社会に貢献したいという意識の高まりを行動にまで結び付けるには価値規範の転換が 必要 社会構造の変革にも消費者・生活者の役割が高まっており、社会に貢献したいという意識の 36 むすび ゆとりと成熟した社会の構築に向けて 高まりも見られた。一方で個人主義が責任ある個人主義としては発揮されず、利己主義に陥っ ている。経済インセンティブが働くような無駄な商品を買わないなどの行動は見られるが、労力 やコストを伴って経済インセンティブが働きにくい環境配慮型商品や途上国の生産者を支援す 「消費者市民社会」とは消費者・生活者が生き生きとし、自らの自己実現と社会のあり様を るフェアトレードは世の中の大勢となってはいない。 消費者・生活者の視点から望ましい姿に変えていける社会である。今回の白書ではそうした社 そこには価値規範の転換が必要になっており、社会的価値行動を取らないことがかっこ悪い 会の実現に当たって消費者・生活者の果たすべき役割と課題を見てきた。社会的弱者が存在す 世の中になることがその起爆剤になりえる。そのためには消費者市民教育や親から子への価値 る中でそうした消費者・生活者に皆がなる必要はないが、一方でこうした消費者・生活者(「消 観の伝播が重要になっている。 費者市民」)が存在し、社会を変えるだけの力を持つ必要もある。消費者市民の積極的な関与 によって築かれる社会は社会的弱者が住みやすい社会でもあることを意味する。それは皆に暖 かい眼差しを向けられるゆとりと成熟した社会であろう。 ●ストレスを感じていない人は自由人で、ストレスフリー社会のためには長期の休暇が取 りやすいバカンス文化の普及が大切 むすびではこれまで見てきた課題と方策を整理し、消費者市民社会構築に向けた展望をまと 経済発展が国民の幸福感を高めていないという「幸福のパラドックス」が言われているが、我 めてみたい。 が国でもそうした状況がうかがえた。幸福度に与える要因は諸外国とほぼ同様であったが、年 <課題と方策> ●消費者・生活者が企業に与える影響力は大きくなっているが、消費者市民が活躍できる 場を提供するには制御不能のリスクを取り除くことが不可欠 齢と幸福度の関係については諸外国と違って我が国では高齢になっても幸福度が増していな い。また、ストレス社会と言われる中、ストレスは幸福度にも影響を与えており、ストレスが更に 自殺や虐待など現代的病理とも関係している。ストレス社会の解消は大きな課題となってい る。 消費支出は経済全体の中で一番大きな割合を占め、この力を生かせれば社会や市場を変革 こうした中、現在の我が国でストレスを感じていない人たちは平日の自分の時間を持っている することができる。現実に消費者・生活者は不祥事を起こした企業に対してペナルティーを与え 人たちであり、先進主要国でも労働時間の短さと幸福度は相関が見られた。消費者市民社会は るような行動を取っており、売上は不祥事発生後、下落をしていた。しかし、安全で信頼をもてる 消費者・生活者が活躍する社会であるが、こうした社会的責任が消費者・生活者の重荷になっ 消費者・生活者にとって望ましい市場経済に変えていくためにはそれだけでは不十分であり、 ても良い社会とはならない。そうした意味でゆとりが欠ける我が国ではバカンス文化の普及も大 一歩進めて、望ましい企業を支援・育成していくリーダー的な存在としての「消費者市民」が必 切になっている。 要になっている。 しかし、現状はグローバル化やサービス化に伴って消費者・生活者は直接、リスクにさらされ るようになっており、安全で誠実な企業を見分けて支援するという積極的行動が取れなくなっ ●少額多数被害が放置され、市場淘汰の機能が働かない状況からの脱皮が必要で、集団 的損害の救済の仕組みが重要 ているだけでなく、国産回帰などのリスク回避行動に向かわせている。 「消費者市民」が活躍で 消費者被害を詳細に分析してみると5万円以下で42%を占める少額多数被害と少数だが多 きる場を提供するには、この制御しえないリスクを消費者・生活者の価値観の共有などを通じ 額の被害にある人が同居しているベキ分布を取っている。少額多数被害は解決にコストがかか た政策の信頼性向上、情報開示手段の多様化や平易性の改良などを通じた市場の透明性確保 ると被害を自ら解決するインセンティブが働かず、悪質事業者を淘汰するという市場原理が働 などによって取り除くことが不可欠である。その際に行政、事業者、消費者・生活者の間でリスク かないことを意味する。また、我が国全体の消費者被害による経済的損失額は2∼3兆円程度 分担の在り方、特に我が国においても予防・配慮原則の導入の可否を検討していくべきである。 に及んでおり、決して小さくなかった。これはブラックマネーなどに流れている可能性もあり、こ れだけの金額がより良い事業者に支払われれば市場にとっても良い影響を与えることを意味し ●社会に貢献したいという意識の高まりを行動にまで結び付けるには価値規範の転換が 必要 社会構造の変革にも消費者・生活者の役割が高まっており、社会に貢献したいという意識の 36 ている。 特に集団的損害の救済のためにOECD勧告で政府機関による救済手段の導入の必要性を 明示しているが、我が国でも実効性ある仕組みを早急に検討していくことが重要である。 37 ●「消費者政策を科学」して、制度設計に生かしていくことが必須 消費者政策に割ける資源も無限にある訳ではない。消費者・生活者を担当する行政機関には 専門性と効率性を兼ね備えた体制強化が求められるが、それとともに多様な政策手段の整備と 戦略的な執行が求められる。消費者の行動は必ずしも合理的ではないという研究が多く示され てきているが、こうした「消費者政策を科学する」視点も重要になっている。例えば、消費者教 育の教え方や今後の検討課題となっている食品表示や消費者信用の制度設計においてもこう した視点は不可欠になる。 また、効率かつ効果的な執行に向けて判断基準の明文化と活用できる手段を総動員できる 戦略的体制作りが必須になっている。 ●教育の重要性は高まっているが、今までその効果は十分上がっておらず、消費者市民社 会で生きていく力となる教育が不可欠 行政などによる法執行は被害が起こった後の「治療」にしか過ぎない。被害を予防し、消費 者市民として活躍していく力を育む教育の重要性が高まっている。 「消費者教育」という言葉は 多義的であり、消費者教育の捉え方は人により様々でありうるが、義務教育に広い意味の消 費者教育が盛り込まれた年齢層でもそうした教育を受けたと認識している人は半数にも満た ず、消費者教育を受けたことがあると答えた人は全体で1割しかいない。消費者被害の現状や 社会的価値行動が十分でないことなども踏まえると、我が国では消費者市民社会で十分に力 を発揮できる能力を身につけた人が、きちんと育成されているとは言えないのが現状である。ま た、消費者問題への理解力を調査しても消費者教育を義務教育で受けた層と受けていない層 で違いはなく、消費者教育の効果は明確には見られなかった。 以上を踏まえ、理解を一層定着させることに加え、次々と生まれる悪質商法に対応するだけ でなく、経済社会を変える存在として批判力、判断力が求められ、教育の在り方を検討していく 必要がある。 <消費者市民社会への展望> すべての国民は消費者であり、生活者である。当たり前であったが、そうした視点は今まで我 が国では希薄であった。世代間対立や既得権保護を乗り越えて、新たな社会に転換していくに は力強い原動力を必要とするが、消費者・生活者の視点による新たな国のかたちこそ求められ ているし、我々そうした国でこそ、地域社会や世界の在り方に貢献していくことができよう。成 熟した社会、それは「消費者市民」が切り開く時代でもある。そのためにやることは多いが、挑 戦するだけの価値はある。 38