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Ⅲ.アイスランドにおける消費者教育
1.アイスランドにおける消費者教育の概要
アイスランドの学校教育において、消費者教育は生徒の精神・心理、身体面での総合的
な発展を目的とする科目「ライフスキル(Life Skills)」の中で実施されている。ライフ
スキルは 1999 年から開始され、義務教育課程(初等教育、前期中等教育:6 歳∼16 歳)、
後期中等教育課程(16 歳∼20 歳)で、必修科目として実施されている。ライフスキルでは、
学習内容は多岐にわたり、生徒の自己認識、コミュニケーション、創造力、ライフスタイ
ル、社会、環境、自然、文化等が含まれる。
ライフスキルは、アイスランド政府の教育・科学・文化省(Ministry of Education, Science
and Culture)が定めるカリキュラムに従って学校で実施されているが、カリキュラムの策
定には教育現場の教員が深く関与し、カリキュラム実施にあたって教員に多くの裁量が与
えられている。以下では、ライフスキルを中心に、アイスランドの消費者教育について概
観する。
2.消費者教育(ライフスキル)の実施主体、対象
(1)消費者教育(ライフスキル)の実施主体46
アイスランド政府の教育・科学・文化省(Ministry of Education, Science and Culture)
が、政府のカリキュラムガイドライン(the National Curriclum Guidelines)の一部として
ライフスキルのカリキュラムを作成し、それに従って義務教育課程及び後期中等教育課程
の生徒を対象にライフスキルは学校教育の現場で実施されている。アイスランドの教育シ
ステムでは、義務教育、後期中等教育課程のいずれにおいても、教育・科学・文化省がカ
リキュラムを策定し、学習目的と実施方法の指示を提示する。同省は学校に対する評価も
実施している。同省は就学前教育のカリキュラムも策定を行い、教育の目的を特定し、基
本的な姿勢と方法を示す役割を担っている。
地方自治体は、就学前教育、義務教育課程における学校の運営全般に対して責任を持つ。
なお、教育・科学・文化省は後期中等教育の学校運営に責任を持つ。
中央政府はカリキュラム策定の権限をもつが、アイスランドの学校システムは責任と権
限の分権が行われている点が特徴的である。1999 年に策定されたライフスキルのカリキュ
ラムは、義務教育課程と後期中等教育課程の教員が中心となり、各分野の専門家、大学の
研究者などが加わる形で議論され、教育・科学・文化省が取りまとめた。これまでに実施
された学校カリキュラムの策定も、学校の教員が中心となって行われてきたと言う。
学校におけるライフスキルの実施にあたっては、カリキュラムは学校の教員に重視すべ
き分野の選択、学習方法、新たな学習目的の付与等の点で、大幅な裁量を与えていること
が特徴である。例えば、消費者教育に関心が高い教員は、他の分野と比べて消費者教育に
より多くの時間を割くことや、教科書を用いる代わりに、グループワークやゲストスピー
カーによるレクチャーを重視するなど、教員の関心や得意分野に沿った指導方法を選択す
ることができる。
46
Ministry of Education, Science and Culture(2002),”The Educational System in Iceland”
及びアイスランド政府 教育・科学・文化省、アドバイザー、セセルイア・スナバル氏へのイ
ンタビュー
38
後期中等教育課程では、ライフスキルを担当する教員による組織「後期中等学校におけ
るライフスキル教員協会」(Society for Life Skills Teachers in Upper Secondary Schools)
が 2005 年 10 月に創設され、ライフスキルの発展、指導方法の改善、関係者のネットワー
クの場の創出等を目的として、活動している。同組織は、教育・科学・文化省と協力して
ライフスキルの教材の評価、ライフスキルについての議論、計画の立案等を行っている47。
このように、教育・科学・文化省がライフスキルのカリキュラムを策定しているが、策
定過程、授業の実施にあたっては、学校現場の教員に対して大幅な裁量を与えている点が
特徴である。ライフスキルの教科書、ワークブック等の教材は、アイスランド政府が運営
する出版社「アイスランド国立教材センター」(The National Centre for Educational
Materials in Iceland)から数多く出版されている。
成人向け消費者教育については、
「6.学校外における成人向け消費者教育」で説明する。
(2)消費者教育(ライフスキル)の対象
①アイスランドの学校制度
アイスランドの学校制度は、10 年間の義務教育(初等教育、前期中等教育:6 歳∼15 歳)、
4年間の後期中等教育(16 歳∼19 歳)、3又は4年間の高等教育(20 歳∼22、23 歳)から
構成される。義務教育前には、就学前教育(義務教育外:∼5 歳)が加わる。
図表 26 アイスランドの学校制度
年齢
23
学
年
17
高等教育
20
14
後期中等教育
-Grammar Schools
-Comprehensive Schools
-Industrial-Vocational Schools
-Specialized Vocational Schools
16
10
必修科目として
ライフスキルを設置
義務教育(初等教育、前期中等教育)
6
1
就学前教育
1
資 料 ) Ministry of Education, Science and Culture(2002),”The Educational System in
Iceland”
47
後期中等学校におけるライフスキル教員協会、理事、ション・グドゥムンドゥルドッティル
氏へのインタビュー
39
②消費者教育(ライフスキル)の対象
ライフスキルは、義務教育課程及び後期中等教育課程において、必修科目として教えら
れている。就学前教育においてもライフスキルは教えられている。
学校カリキュラムにおいては、義務教育課程の全期間を通じて、ライフスキルに対して
配分すべき授業時間は約2%とされている(図表 27 参照)48。
図表 27
10 年間の義務教育課程における科目間の時間配分
科目名
割合
科目名
割合
アイスランド語
約 19%
芸術、工芸
約 11%
数学
約 17%
現代語
約 11%
自然科学
約9%
家庭科
約4%
社会、宗教
約 10%
ICT(情報通信技術)
約6%
体育
約 10%
ライフスキル
約2%
資 料 ) Ministry of Education, Science and Culture(2002),”The Educational System in
Iceland”
3.アイスランドにおける消費者教育(ライフスキル)の歴史
(1)1970 年代:ソーシャル・スタディーの実験49
アイスランドにおけるライフスキル導入の起源は、1970 年代のソーシャル・スタディー
プロジェクトの実験に遡る。アイスランドでは 1970 年代に米国の心理学者ジェローム・ブ
ルーナーの影響を受け、ソーシャル・スタディーに対する関心が高まっていた。
ソーシャル・スタディーとは、
「人間とは何か」
「人間はどのようにして現在に至ったか」
「人間はどのようにしてより人間となれるのか」という3つの問いを背景として、人間の
性質、文化、歴史について深く学ぶ科目で、
「人間はなんとすばらしい種であるか―人間は
いろいろなことを考えることができ,文化によって自分自身の力を拡大し成長していくこ
とができるといったことの理解を子どもたちに与えてやりたい」50ということを目的として
いた。ソーシャル・スタディーは、歴史と地理などの伝統的な科目を統合し、「学習の基本
的方法としては,動物相互,動物対人間,人間対高等霊長類,原始的人間対現代の技術的
人間,大人対子ども,などの対照による比較法」51を学習の基本方法とするなど、従来型の
教育カリキュラム、教育方法に根本的な変化をもたらすものであった。
1970 年代にはアイスランドで教育改革が行われ、1974 年には義務教育課程に関する新し
い法律が制定され、翌年には、当時の教育省がソーシャル・スタディーの実験プロジェク
ト「ソーシャル・スタディー・カリキュラムプロジェクト」(Social Studies Curriculum
Project)を開始した。
48
49
50
51
Ministry of Education, Science and Culture(2002),”The Educational System in Iceland”
Wolfgang Edelstein(1985), “The Rise and Fall of the Social Science Curriculum Project
in Iceland, 1974-84: Reflections on Reason and Power in Educational Progress”, アイ
スランド国立教材センター、アルディス・インバルドゥルドットゥル氏へのインタビュー
柴田 義松・小原 秀雄・北原 眞一 監修『道具と人間 中学校プログラム』
同上
40
(2)1980 年代:ライフスキルプロジェクトの実施52
ソーシャル・スタディーの実験プロジェクトは、革新的な教育方法を採用し、知識と事
実を重視した従来型の学習方法を犠牲にして、社会現象を学習することを重視しすぎてい
る等の反対が多かった。その結果、1984 年に新しく就任した文部大臣はソーシャル・スタ
ディーの廃止を行い、従来どおりの指導方法に戻ることを決定した。しかし、当時のソー
シャル・スタディー導入の経験は、教育政策の関係者の間で、後のライフスキル導入の主
張における論拠となった。
1980 年代のアイスランド社会は、米国、他のヨーロッパ諸国と同様に、子供の薬物使用、
反社会的行動、早熟な性行為などの社会問題が深刻化した時代であった。このような状況
下で、1986 年にアイスランドのライオンズクラブ(1917 年に米国のシカゴで設立された国
際的な社会奉仕団体)が子供の薬物使用の予防と健全なライフスタイルに焦点を当てたプ
ロジェクト「ライオンズ・クエスト」(Lions-Quest)をアイスランドで実施した。「ライオ
ンズ・クエスト」は、1975 年に米国の青年リック・リトルが開発を始めた青年のためのプ
ログラムで、青少年が人間関係など日常で体験する様々な困難を上手に乗り越えるために
必要なスキルを学び、それらのスキルと関係のある9つの価値感(親切、他者の尊重、家
族との絆、責任感、ボランティア精神、身体を大切にする、勇気、正直、自分を律する)
を身につけ、自尊心の高い人間として成長することを支援するものである53。
「ライオンズ・クエスト」の導入は、ライフスキルに対する国内の関心を高め、ライフ
スキルの導入につながることとなった。1987 年に政府の委員会によりライフスキルの導入
が提言され、1989 年の新しい学校カリキュラムにおいてライフスキルが導入された。しか
し、導入に当たっては、単独科目ではなく、様々な科目と融合して教えられる統合教科と
して実施され、かつライフスキルという名称が用いられなかった。
(3)1990 年代:単独科目「ライフスキル」の導入、必修化54
1990 年代のアイスランドはコンピューター技術の導入と移民の急激な増加に伴う社会変
化が著しい時代で、コンピューター技術の発展が子供に与える影響への対応、移民の流入
による同質社会から多文化社会への変化に対する対応が必要とされていた。こうした社会
環境の急激な変化から、伝統的な学習科目の領域にとらわれずに、子供の総合的な発展を
促す新たな教育が求められていた一方で、1992 年の国連環境開発会議「環境と開発に関す
るリオ宣言」、1994 年の世界保健機関「学校におけるライフスキル教育」(Life Skills
52
53
54
アイスランド国立教材センター、アルディス・インバルドゥルドットゥル氏へのインタビュ
ー及び European Commission(2004), Working Group on Basic Skills, Foreign Language
Teaching and Entrepreneurship: Study visit to Iceland, 26-28 November 2003 Report”
に基づく
特定非営利活動法人 青少年育成支援フォーラムホームページ
http://www.jiyd.org/lionsquest/index.html
アイスランド政府 教育・科学・文化省、アドバイザー、セセルイア・スナバル氏へのイン
タビュー、アイスランド国立教材センター、アルディス・インバルドゥルドットゥル氏への
インタビュー、
Ministry of Education, Science and Culture(2004), “National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills”
41
Education in Schools)などの国際的な取組みによって、「持続可能な開発」の概念や複雑
な現代社会において日常生活上の要求や課題に効果的に対応するライフスキルが国際的に
注目されていた。
こうした国内的、国際的な要求を背景にライフスキルの導入に対する関心が高まり、ア
イスランド政府は 1998 年にライフスキル導入のためのワーキンググループを設置した。
1999 年には義務教育課程、後期中等教育課程のカリキュラムが発表され、ライフスキルが
両課程で単独科目として導入されることとなった。単独科目として導入した理由は、学校
において確実に、効果的にライフスキルを実践するためであると言う。
なお、カリキュラムの開発とカリキュラムのガイドラインの策定にあたっては教育現場
の教員が深く関わっていた。大学の研究者はアドバイザーとして加わっていた。こうした
教員の積極的な関与とライフスキルのその後の定着に関して、カリキュラムの策定過程に
教員を深く関与させたことが、ライフスキルに対する信頼と合意、単独科目としてのライ
フスキルに対する幅広い賛同への繋がったという意見がある55。
(4)2000 年代:カリキュラムの改定
2004 年には義務教育課程、後期中等教育課程カリキュラムが改定され、2007 年には義務
教育課程カリキュラムのみが改定された。2007 年の改定では、主に金銭教育、メディアリ
テラシーの要素が加わった。
4.消費者教育(ライフスキル)の定義、目的、目標、学習領域、教育・学習方法
(1)消費者教育(ライフスキル)の定義、目的
ライフスキルに関するアイスランド政府のカリキュラムガイド(2004 年版)56は、ライフ
スキルについて、次のように説明をしている。
図表 28 カリキュラムガイドにおけるライフスキルの説明(義務教育課程)
「ライフスキルは生徒の総合的な発展を目的としている。ライフスキルでは、生徒が精神的
な価値感を発展させ、身体の健康、心理的な強さを鍛えていくこと、社会で生きる上での能力
(social skill)、道徳性(moral competence)、他人や自分自身に対する尊重の心を養っていく
ことが目的とされている。また、生徒自身の勇気、自発性、生まれもっての創造性、日常生活
上の要求や課題への対応能力を磨くことも意図されている」
資料)Ministry of Education, Science and Culture(2004), “National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills
55
56
European Commission(2004), Working Group on Basic Skills, Foreign Language Teaching
and Entrepreneurship: Study visit to Iceland, 26-28 November 2003 Report”
Ministry of Education, Science and Culture(2004), “National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills, Ministry of Education, Science and Culture (2004),
“National Curriculum Guide for Upper Secondary School: Life Skills”
42
図表 29 カリキュラムガイドにおけるライフスキルの説明(後期中等教育課程)
「(ライフスキルの中心は)、一般教養を深めることと生徒が社会に参加する準備を行うこと
にある。後期中等教育課程におけるライフスキルは、義務教育課程において強調されているこ
とに基づくべきで、生徒の総合的な発展と生徒がバランスのとれた一人の個人として発達する
ことを目的としている」
「後期中等教育課程におけるライフスキルは、生徒に自分自身、周囲の環境に対する理解を
深める機会を与え、日常生活における要求と課題に向かい合う能力を強化させることを目的と
している。ライフスキルは、生徒が民主主義社会において生活する能力をより強化し、歴史背
景、産業、芸術と文化、自然と環境、経済と天然資源、人との関係、家族の責任、個人の責任
を含む、社会に対する理解を深めるという側面を持っている」
資料)Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for
Upper Secondary School: Life Skills”
図表 30 はライフスキルの主な目的をカリキュラムガイドから抜粋したものである。生徒
が総合的な成長と絶え間なく変化する社会に対応する能力を磨き、現代社会における課題
や危険への対応を学ぶことを目的としている。
図表 30 カリキュラムガイドにおけるライフスキルの目的
教育課程
目的
義務教育
-生徒の総合的な発展を目的とする
(生徒が、精神的な価値、身体の健康、精神的な強さを発達させるよう努力
させる、日常生活における要求や課題に対する勇気、自発性、創造性、適応
力を強化する)
高等学校
-自分自身、自分自身の環境についての理解を深める機会を提供する
-日常生活における要求や課題に対応する能力を高める ことを目的とする
資料)Ministry of Education, Science and Culture(2004), “National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills
Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for
Upper Secondary School: Life Skills”
(2)消費者教育(ライフスキル)の目標、学習領域
①義務教育課程
義務教育課程のライフスキルにおける学習要素は「自己認識、コミュニケーション、創
造力、ライフスタイル」
「社会、環境、自然、文化」の2分野から構成される。前者は主に、
生徒の自己認識、自立的思考など、個人の能力を発展させること、後者は主に生徒の日常
生活における外部環境、社会に対する認識、問題への対処の仕方、予防を講じることを目
的としている。各分野での学習要素を図表 31 に示す。
カリキュラム上では「自己認識、コミュニケーション、創造力、ライフスタイル」がラ
イフスキルの中心部分とされている。カリキュラムでは、学年毎にライフスキル履修後に
43
達成すべき目標が記され、10 年間の義務教育課程修了後には、図表 32 に記載された能力
を身につける、発展させるとされている。
図表 31 義務教育課程のライフスキルでの学習要素
ライフスキルにおけるトピック
含まれる要素
-能力発展
-自己認識
自己認識、コミュニケーション、
-自発力
創造力、ライフスタイル
-自立的思考
(Self-Knowledge, Communication,
-創造的思考
Creativity and Lifestyle)
-批判的思考
-絶え間なく変わる現実社会への適応性と道徳能力
社会、環境、自然、文化
( Society, Environment, Nature
and Culture)
−生徒の置かれた特殊状況に関する問題
−職業、イデオロギー、地域の状況により強調すべき問題
−生徒、教師に影響を与える問題
(生徒の身近な環境で生じた問題、日常生活で立ち向かっ
ている問題、アルコール、薬物乱用の予防、義務教育課
程終了後の就学、就労についてのガイダンスを含む)
−法律、国内、国際的な義務によって学校が取組まなけれ
ばいけない事項
*各学校はより多くの柔軟性をもって実施できる
資料)Ministry of Education, Science and Culture(2004),
“National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills 2004”
図表 32 ライフスキルによる義務教育課程修了時における最終目標
(自己認識、コミュニケーション、創造力、ライフスタイル)
−自分自身の感情の多様さに対する感度を発展させ、感情が行動、考え、他の人との関係にど
のように影響を与えるのかを自覚するようになる
−人種、性別、国籍、宗教、身体的、精神的能力にかかわりなく、豊かで生産的な関係を他人
ともつことができるよう、連帯感、共感、他人の意見や価値観に対する尊重を助長する
−コミュニケーションスキルを身につけ、自分の意見、感情、関心を表現し、追及することを
実践する
−個人のセルフイメージと考え方を形成、強化するにあたっての家族の役割を意識するように
なる
−自分自身の創造力と学校の内外における様々な課題(創造的、独創的な考え、論理的評価と
結論に達する力、批判的思考、問題解決をする勇気、生じた現象やトピックを新たな文脈の
中で置く)に対する適応能力を自発的に発展させるようになる
−自立した、責任ある態度で自分自身のイメージ、ライフスタイル、意見をつくりだす勇気を
持ち、それらが将来、どのように関係し合うのかを理解する勇気をもつ
資料)Ministry of Education, Science and Culture(2004) ,“National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills 2004”
44
図表 33 ライフスキルによる義務教育課程修了時における最終目標
(社会、環境、自然、文化)
−社会の全体像をつかみ、生徒が社会の規則を理解、尊重し、民主的な方法と議論を通じて自
分の周囲の環境をつくり、改善するための、強さと責任をもつことができるようになる
−義務教育修了以降の現実的な就学、就職計画を立てる
−自分自身の生活に対してより責任をもつことができるようになる(例 麻薬の使用、治療薬
物の乱用をしないことを決める)
−自分自身の環境における危険性と落とし穴(例 交通、家庭、自然災害、大災害)及び対処
方法を意識するようになる
−複雑で常に変わりゆく社会において消費者になるとはどういうことかを知り、理解する。基
本的な知識は、消費者としての権利、個人及び国家の会計、広告とその影響、消費と環境、
地球の資源、住宅、衣類、食料品の価格と質 を含む
−持続可能な発展の概念について国際的な視点で意識、理解する。あらゆる個人が環境への危
害を防ぎ、対処できることの重要性を意識するようになる
−アイスランドの自然の中で、アウトドア活動、余暇を楽しむ機会をもつ
−宣伝、映画、インターネット、ニュース、サインに示されたものが象徴することについて基
本的な考え方をもつ
−身近な環境や公的な場面での様々な問題について議論をする機会をもつ
資料)Ministry of Education, Science and Culture(2004) ,“National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills 2004”
「社会、環境、自然、文化」の実施に際しては、
「自己認識、コミュニケーション、創造
力、ライフスタイル」と比較して、各学校はより柔軟性をもつことができる。各学校は、
カリキュラムに記載された事項は指導しなければならないが、注力すべき分野など、自分
たちの学校や生徒の置かれた状況、教員の関心等によって、柔軟に決定、実施することが
できる。自分たちの状況や要求に合わせた形で、新たな学習目的を付け加えることもでき
る。カリキュラムでは、アルコール、薬物乱用の予防についても教えることとされている57。
②後期中等教育課程
後期中等教育課程では義務教育課程と比較して、ライフスキルの授業は各学校や生徒の
状況に応じて、より柔軟に実施することができる。ライフスキルによる最終目標は図表 34
に示された通りである。他人に対する共感、自己表現能力、責任ある態度、等について認
識を深め、実践すること、消費者としての責任、地球環境に対する意識と責任、メディア
等の役割について学ぶこと等が含まれている。
57
Ministry of Education, Science and Culture(2004) ,“National Curriculum Guide for
Compulsory School: Life Skills 2004”
45
図表 34
ライフスキルによる後期中等教育課程修了時における最終目標
−人種、性別、国籍、宗教、身体的、精神的能力にかかわりなく、豊かで生産的な関係を他人
ともつことができるように、連帯感、共感、他人の意見や価値観に対する尊重を発展させる
−コミュニケーションスキルを身につけ、公衆の場所で、または友人に対して自分の意見、感
情、関心事を表現し、追及することを実践する(創造的でオリジナルな考え、未知の事柄に
おいて現象や論点を認識できる見識・知恵、結論を導き出すための論理的な判断と能力、批
判的思考、問題解決を行う勇気、行動する率先力 を示す)
−卒業後に更に勉強を行うか、労働市場に入るかという点を考慮して、高等学校における現実
的な学習計画を立てる
−自分自身の人生について責任を持つ。例えば、麻薬、治療薬剤の利用について責任ある立場
を取る
−民主的な方法、行動、議論を通じた責任ある態度で、周囲の環境をつくり、改善するために、
社会についての知識を得る
−芸術、文化イベントに参加し、楽しむ機会をもつ
−学習、身近な環境、公での事柄に関係して生じる目下の課題について議論をする機会をもつ
−複雑で多様な社会において、消費者としての自分自身の責任を意識する
−生態系のバランスの重要性についての理解、世界的視点での地球の生態系についての理解、
地球の生態系について自分自身の状況と責任に対する認識を深める
−自分自身の考えを伝えるために、メディアを利用する機会をもつ
資料)Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for
Upper Secondary School: Life Skills”
後期中等教育課程では、生徒は「LKN103:ライフスキル」
(3単位)の履修又は「LKN101:
後期中等学校における学習」
「LKN111:個人と社会、文化」
「LKN:121 個人と環境」
(各1単
位)の3クラスの履修を行うこととされている58。
58
Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for Upper
Secondary School: Life Skills”なお、LKN はライフスキルの科目を示す
46
図表 35 後期中等教育課程におけるライフスキルの概要(3単位)
授業名
LKN103
ライフスキル
(3 単位)
概要
主な学習内容
-生徒が学校の提供するプログラムについて理
解を深め、卒業後の進学、就労のための要件
を理解する
-生徒の結束、自分を表現する能力、自信を深
め、様々な課題について自分の意見や見解を
述べ、議論ができるようになることを目的と
する
-学校のプログラム
-卒業後の進学、就労のた
めの要件
-学習技術
-才能、興味の調査
-社会活動
-個人
-責任ある行為
-社会に関する知識
-芸術、文化活動
-時事問題
-消費者問題
-共有資源の利用
-将来世代への配慮/責任
-持続可能な発展
-自己表現
-他者との関係
-コミュニケーション手
段 等
資料)Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for
Upper Secondary School: Life Skills”
図表 36 後期中等教育課程におけるライフスキルの概要(1単位)
授業名
概要
主な学習内容
LKN101
後期中等学校に
おける学習
(1 単位)
-後期中等学校での始めに履修することが望ま
しいとされている科目
-生徒が学校の提供する学習プログラムをより
よく理解し、自分が興味あるプログラムにつ
いて把握、卒業後の進学、就労のための要件
を理解することを目的としている
-学習技術
-カリキュラムガイド
-各授業の概要
-単位について
-成績について
-大学などの卒業後の進
学に必要な入学資格
-学習プログラム
-労働市場における教育
面での要求
-集団力学
-強化
-才能、興味の調査
LKN111
個人と社会、文化
(1 単位)
-個人、社会、文化の関係、相互作用を議論す
る
-議論のトピックには、宗教、芸術、政治、ジ
ェンダー、消費者問題、歴史、余暇活動、哲学、
科学、実用的な技術が含まれる
-個人
-社会
-文化
-マスメディア
-責任
-共同の責任
47
授業名
LKN121
個人と環境
(1 単位)
概要
-個人と自然環境、構築環境の関係について議
論を行う
-議論のトピックには、保全、自然学習、動物
相、生態系の保護、天然資源の利用、自然環境
と公害、構築環境の対比が含まれる
主な学習内容
-個人
-自然環境
-構築環境
-保全
-自然学習
-動物相
-生態系
-天然資源の利用
-公害 等
資料)Ministry of Education, Science and Culture (2004), “National Curriculum Guide for
Upper Secondary School: Life Skills”
(3)ライフスキルにおける消費者教育
義務教育課程のライフスキルでは、消費者教育に関連する学習事項として、自分自身の
ライフスタイル、批判的思考、消費者としての権利、家計や国家財政、広告とその影響、
消費と環境、地球の資源、住宅、衣類、食料品の価格と質、持続可能な発展、等が含まれ
ている。消費者としての知識、権利に対する自覚のみならず、批判的思考、倫理的な意識
の発展、環境に対する意識、持続可能な発展も考慮した幅の広いものとなっている。
後期中等教育課程では、消費者としての責任、地球の生態系に対する理解と自分自身の
責任に対する認識、論理的な判断力、批判的思考の発展、麻薬等の利用に対する責任ある
立場をとるようになること、等が掲げられている。義務教育課程と比較して、後期中等教
育課程では教員がより多くの裁量を有していることから、学校によってはライフスキルの
中で消費者教育について特に注力する学校も見られる59。
(4)消費者教育(ライフスキル)の教育・学習方法
消費者教育の中で力点を置くポイント、アプローチ方法は学校によって様々である。例
えば、高等学校「メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥ」(Menntaskolinn við Sund)では、批
判的思考と倫理一般に関しての意識を高めることを消費者教育の主眼に置いている。ライ
フスタイルに焦点を当て、ライフスタイルに影響を与えるものは何か、という点から消費
者教育を行う高等学校も見られる60。
消費者教育の学習方法としては、主にライフスキルの教科書を用いて授業を行う高校も
あれば、映画「不都合な真実」等の教材の利用、グループディスカッション等を主に用い
る高校など、様々である。アイスランド消費者協会が作成した EXCEL で行う家計管理のシ
ミュレーションソフト「FJÁRINN」を利用している高校もみられる。
消費者教育の実施にあたっては、北欧閣僚評議会策定の消費者教育ガイドラインやコン
シューマー・シティズンシップ・ネットワーク策定のガイドライン、EU による Europa Diary
59
60
アイスランド政府 教育・科学・文化省、アドバイザー、セセルイア・スナバル氏への
インタビュー
後期中等学校におけるライフスキル教員協会、理事、ション・グドゥムンドゥルドッティル
氏へのインタビュー
48
等が参照されている。
ここでは現地調査で訪問した高等学校「メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥ」におけるラ
イフスキルのカリキュラムと授業の様子について説明する61。
①メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥ(Menntaskolinn við Sund)について
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥは 1960 年に設立した高等学校(16-19 歳が対象)。生徒
数は 714 名。教員数は 55 名。期間は4年間である。普通科の高等学校で、大学進学の準備
を行う。「外国語」
「社会科学」
「自然科学」の3つのプログラムを用意し、生徒は入学前に
コース選択を行う。教員は週に 24 クラス(1クラス 40 分)を教えている。
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥは、高等学校でライフスキルを教える教員組織「後期
中等学校におけるライフスキル教員協会」の理事であるション・グドゥムンドゥルドッテ
ィル氏(Ms.Sjofn Gudmundsdottir)が勤務する高等学校である。
図表 37
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥ
資料)価値総合研究所撮影
②授業の種類、目的、実施体制
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥでは、政府のカリキュラムにある LKN101、LKN111、LKN121
を実施している。これらの授業の主な目的は次の通りである。授業は秋学期と春学期の2
学期間に渡り、実施される。授業は3人の教員が担当する。
61
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥにおけるライフスキルの概要についてはいずれも、後期中
等学校におけるライフスキル教員協会、理事、ション・グドゥムンドゥルドッティル氏へのイ
ンタビュー及びション・グドゥムンドゥルドッティル氏提供資料に基づく
49
図表 38 ライフスキルの主な目標
-生徒がコミュニケーション、マナー、批判的思考において能力を磨く
-生徒が自分自身のライフスタイルと責任についてより意識するようになる
-生徒が道徳上の葛藤について議論を行う。社会における自己の責任と義務、偏見とその影響
について意識するようになる
-生徒が環境問題と国際的な文脈におけるその重要性を意識する
-生徒が批判的思考を身につける。文化経験をする
資料)ション・グドゥムンドゥルドッティル氏提供資料
③カリキュラム及び学習内容
授業のテーマ、用いる教材、生徒が実施する課題は図表 39、図表 40 の通りである。ラ
イフスキルで学習すべきテーマをいくつかに分け、必要な期間が割り当てられている。秋
学期では、最初に高校での学習についての紹介(2週間)、次に環境(4週間)、セルフ・
イメージ(3週間)
、学習テクニック(3週間)、コミュニケーション(3週間)、春学期で
は、ライフスタイルと責任(5週間)、職業(1週間)、倫理(5週間)、文化(2週間)、
倫理(続き)(2週間)となっている。なお、高校、教員によって注力したいテーマの時間
数を増やすことが可能である。例えば、メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥでは「職業」の
授業は1週間のみであるが、力を入れたい場合は「職業」に割り当てる時間数を増加させ
ることができる。
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥではライフスキルの教科書を用いずに、教員がテーマ
に沿った適切な教材等を選択している。例えば、環境のテーマでは、映画「不都合な真実」
やEUが作成した Europa Diary、アイスランド環境省が作成した教材等、テーマに応じて
適切な教材を使用している。大学の医学部、労働組合、国立劇場、美術館、教会等と提携
し、学習テーマに沿ったゲストスピーカーを招いていることも特徴である。
図表 39
<2008 年
秋学期>
期間
1
2
3
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥのライフスキルの構成(秋学期)
2 週間
4 週間
3 週間
テーマ
高校について
-高校の紹介
-生徒の自己紹介
環境
-持続可能性
-消費
セルフ・イメージ
-自己評価
-多重知能の理論
-虐待
-抑鬱
-悲しみ
教材
-カリキュラム
-パンフレット
課題
-講義の記録
-図書館でのプロジェクト
-グループワークでの記録
-自己紹介
-環境省作成教材
-不都合な真実
-Europa Diary 他
-グループプロジェクト
-記録
-記事
-双方向性のテスト
-講義
-ビデオ
-自己評価テスト
-エッセイ
-記録
50
期間
4
5
3 週間
3 週間
テーマ
学習テクニック
-時間管理計画
-ノート
-マインドマップ
-記憶
コミュニケーション
-ディスカッション
-シティズンシップ
教材
-演習
-記事
-講義
等
課題
-時間管理計画
-講義のノート
-マインドマップ
-記憶力の演習
-テスト
-言葉での表現
-評価とディスカッション
-記事
資料)ション・グドゥムンドゥルドッティル氏提供資料
図表 40
<2009 年
春学期>
期間
6
7
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥのライフスキルの構成(春学期)
5 週間
1 週間
テーマ
ライフスタイル−責
任
-栄養
-運動
-性生活
-ヨガ
-価値観
職業
中間試験期間
倫理
-倫理、モラル
8 5 週間
-偏見
-シティズンシップ
9
2 週間
文化
教材
課題
-Europa Diary
-記事
-ビデオ
-専門家の招聘
-評価
-“My School”のタスクシ
ート記入
-日記
-評価
-エッセイ「私のライフスタ
イル」執筆
-専門家の招聘
- 雇用 における 権利
と義務
-評価
-日記
-履歴書の作成
-評価
-記事
-ビデオ
-ディスカッション
-評価
写真の展示
写真コンテスト
-グループワーク
-テスト
-ソクラテス式の
ディスカッション
-グループワーク
-評価
イースター
1
2 週間 倫理
0
-グループワーク
-評価
資料)ション・グドゥムンドゥルドッティル氏提供資料
④学習方法
学習方法の特徴は、グループワーク、ディスカッション、レポート作成、学習旅行など
を通じて、生徒が積極的に参加することにある。受身ではなく、生徒自らが頭と体を使う
ことで、学習内容を理解するように工夫されている。例えば、テーマ「文化」における写
真コンテストの授業では、教員が生徒に「正直さ」
「正義」「平穏」「活動」の4つのテーマ
について写真撮影の課題を与える。生徒はチームを組み、周囲の環境からテーマに沿った
対象を撮影し、校内で開催される写真コンテストで展示をする。生徒は、写真撮影を通じ
て、自己表現、社会や周囲の環境に対する認識を深めるとともに、チームメンバーの考え
方、認識を知ることもできる。
51
「セルフイメージ」のテーマでは、多重知能の理論、虐待、抑鬱、悲しみなどのトピッ
クについて、大学や教会から講師を招いて講義を行い、生徒がセルフイメージについて実
際に自己評価テストやエッセイを書くことで、セルフイメージを認識することを目的とし
ている。
図表 41 ライフスキルの授業で実施された写真コンテストの様子
資料)価値総合研究所撮影
⑤ライフスキルと消費者教育
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥのライフスキルの科目では、
「環境」
「ライフスタイル」
の2つのテーマが消費者教育に該当する。「環境」では、消費が環境に与える影響と倫理的
消費(ethical consumption)に力点が置かれている。
「環境」には4週間が割り当てられ、
生徒はアイスランド環境省作成の教材、EU の「Europa Diary」、雑誌記事等を用いて、持続
可能性、消費と環境等について学習する。グループプロジェクトが課題として与えられ、
生徒はテーマに沿った内容で、各自の学習内容を発表する。
「ライフスタイル」では、栄養、運動、性生活、ヨガ、価値観が主なトピックとして採
り上げられる。自分自身のライフスタイル、ライフスタイルに影響を与えるものについて
認識を深め、責任をもつことを目的としている。特に、ライフスタイルに影響を与える食
品、健康、日常生活における様々な選択に生徒が意識を向けることに力点が置かれている。
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥではライフスキルにおける消費者教育の時間数(「環境」
「ライフスタイル」/総時間数)は3割程度で、ライフスキルにおける消費者教育の一般
的な割合が 1.5-2 割程度であることを考えると、消費者教育に力を入れていると言うこと
ができる。しかし、担当教員のション氏はより消費者教育、金融教育を充実させたいと考
えている。
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥでは用いられていないが、アイスランド消費者協会が
開発した高校生向け金銭教育の教材「FJÁRINN」を消費者教育の教材として活用している高
52
校もみられる。
⑥ライフスキルの成績評価
生徒の評価は中間、期末テストのみを材料とするのではなく、生徒の活動とその結果を
継続的に判断して、評価を行う。評価要素と方法は下記に示すとおりである。「ポートフォ
リオ」とは空の携帯用書類入れのことで、生徒はライフスキルで提出した課題や教材をポ
ートフォリオに整理し、ポートフォリオ自体が評価対象となる。各要素での評価を積み重
ねた点数が最終評価となる。
図表 42
メヌタルスコリン・ビ・スヌドゥにおけるライフスキルの評価要素
ポートフォリオ(30%)
環境プロジェクト(10%)
エッセイ(私は誰?)(5%)
学習技術(5%)
ディスカッション(10%)
テスト(20%)
出席(10%)
活動とマナー(10%)
合計 100%
資料)ション・グドゥムンドゥルドッティル氏提供資料
5.消費者教育(ライフスキル)の評価
ライフスキルが生徒の行動にどのような影響を与えるかという評価はこれまでに実施さ
れていないと言う。
ライフスキルの導入に対する評価については、2005 年に小規模な調査が実施された。調
査結果では、教員の多くはライフスキルの導入に肯定的であり、ライフスキルは学校教育
で重要という声も多かった。同時に、教員は多種多様な手法でライフスキルの授業を実施
している現状が把握された。
ライフスキルでは授業の実施にあたり網羅しなければならない課題が多すぎると考えて
いる教員、関係者も多い62。
アイスランド消費者協会のように、消費者教育をライフスキルとは独立して行うべき、
特に 2008 年 10 月の金融危機以降は学校教育現場では経済教育、金融教育により力を入れ
るべきであるという意見もある63。
62
63
アイスランド国立教材センター、アルディス・インバルドゥルドットゥル氏への
インタビュー
アイスランド消費者協会,スリドゥル・ファルトゥルドットゥル氏へのインタビュー
53
6.学校外における成人向け消費者教育
学校教育外で一般成人向けに消費者教育を実施している機関として、アイスランド消費
者協会(Consumers’ Association of Iceland)とコンシューマー・スポークスマン(The
Consumer Spokesman)が挙げられる。各機関の組織、活動等の概要、消費者教育の対象、
内容、手法等を以下に示す64。
(1)アイスランド消費者協会
①組織、活動概要
アイスランド消費者協会は消費者利益の保護、促進等を目的として活動する独立機関。
1953 年設立。12,000 人の一般会員を有する。理事は 21 名、常勤職員6名、非常勤職員2
名。アイスランド消費者協会の主な活動内容は以下の通りである。
図表 43 アイスランド消費者協会の主な活動内容
1.消費者利益の保護、促進
2.消費者を代表し、消費者向け製品とサービスの比較テストの実施
3.消費者の視点を行政、産業等に提示
4.個々の事例、訴訟における消費者支援
5.消費者教育、情報提供
②消費者教育の対象及び内容
アイスランド消費者協会は消費者としての権利、知識の向上を目的として、会員及び児
童・生徒、一般市民向けに消費者教育を実施している。具体的な内容としては、会員及び
一般市民向けに消費者権利、家計管理に関する講座の開講、マスコミ等を通じた消費者問
題についての意識啓発等の活動を行っている。特に、2008 年 10 月の金融危機以降、消費者
協会は地方自治体(Reykjavik, Kópavogur, Hafnarfjörður 等)と協力し、金融教育、家
計管理に関する無料講座を住民向けに開講している。地方自治体が全額費用の拠出をして
いるため、住民であれば、会員、非会員を問わずに、誰でも参加可能である。これまでに
25 の講座が開かれ、1講座あたり 20-25 人程度が参加している。
高校生向けの消費者教育教材「FJÁRINN」
(EXCEL で行う家計管理のシミュレーションソフ
ト)の開発も行っている。
64
アイスランド消費者協会,スリドゥル・ファルトゥルドットゥル氏へのインタビュー
54
(2)コンシューマー・スポークスマン
コンシューマー・スポークスマンは消費者保護、消費者利益の監視等を実施する独立機
関(ノルウェー、スウェーデン等の他の北欧諸国では消費者オンブズマンに類する)
。2005
年設立。商務大臣がコンシューマー・スポークスマンを任命する。現在のスポークスマン
であるギスリ・トゥリグバソヌ氏(Mr.Gísli Tryggvason)は初代スポークスマン(任期5年)。
ギズリ氏1名のみで運営されている。主な活動内容は以下の通りである65。
図表 44 コンシューマー・スポークスマンの主な活動内容
1.消費者保護:立法過程への働きかけ、政府、企業へのガイドラインの提示等を通じて、
消費者保護のために政府、企業、その他の主要機関に影響を与える
2.消費者利益の監視
3.消費者としての権利、規制の改廃など消費者利益に関わる事項について消費者への周知
を実施
②消費者教育の対象及び内容
コンシューマー・スポークスマンは設立からわずか4年と短く、現在のコンシューマー・
スポークスマンであるギズリ氏が一人で運営しているため、消費者教育の活動は限られて
いる。しかし、限られた資源を最大限に活用し、ニュース等のメディア出演、ブログの活
用等を通じた消費者問題についての意識喚起に努めている。
消費者教育の分野では特に銀行が子供やアイスランドへの移民に与える悪影響に注意を
払っている。アイスランドでは、銀行が子供の将来の消費行動に影響を与えることを目的
として、学校教育に深く関わってきた。例えば、金融教育を通じて、18 歳以降にクレジッ
トカードを所有し、収入の限度を超えて支出することを促進しているという問題点がある。
銀行はアイスランドへの移民との関わりも深めており、同様の懸念を持っている。コンシ
ューマー・スポークスマンは銀行が移民に対して、不当に影響を及ぼさないように干渉を
行っている。
7.消費者教育(ライフスキル)の課題、今後の方向性
ライフスキルの実施における主要課題の一つはライフスキルに特化した教員養成が不十
分な点である。これまでは、教員であれば誰でもライフスキルの授業を担当することがで
き、教員養成課程ではライフスキルに特化した専門課程も設置されていなかった。このた
め、ライフスキルに特化した専門性をもつ教員の不在、教員指導の弱さが課題であった。
しかし、2009 年にアイスランド大学の教員養成課程でライフスキルに特化した修士課程が
設置されるため、ライフスキルの専門知識をもつ教員の増加が期待できる66。
2008 年に全ての学校レベルにおける法律の改正が行われた。現在は、法改正に基づいて、
教育・科学・文化省はライフスキルのカリキュラムと消費者教育、国のカリキュラムガイ
65
66
コンシューマー・スポークスマン、ギスリ・トゥリグバソヌ氏へのインタビュー
アイスランド政府 教育・科学・文化省、アドバイザー、セセルイア・スナバル氏へのイン
タビュー、後期中等学校におけるライフスキル教員協会、理事、ション・グドゥムンドゥルド
ッティル氏への インタビュー
55
ドライン(National Curriculum Guidelines)全般を見直している最中である。現在では、
カリキュラムにおけるキー・コンピテンシーについて議論が行われている。ライフスキル
を他の科目と融合する、又はライフスキルを単独の科目として残すと同時に、ライフスキ
ルとして学ぶべき要素をキー・コンピテンシーの一つとして捉え、他の科目においても学
ぶようにする等の方向性が検討されている67。
67
アイスランド政府
タビュー
教育・科学・文化省、アドバイザー、セセルイア・スナバル氏へのイン
56
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