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第4章 新しいライフスタイルと地域再生のメカニズム

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第4章 新しいライフスタイルと地域再生のメカニズム
第4章
新しいライフスタイルと地域再生のメカニズム
4−1:新しいライフスタイルへの期待と現実のギャップ
3−6で、ライフスタイルのギャップを埋める活動が地域再生へつながることを指摘し
た。
つまり、新しいライフスタイルへの期待と現実のギャップが多くの分野で生じているが、
そのギャップを埋めようとする活動がそれぞれの分野を活性化し、地域再生をもたらすの
である。
新しいライフスタイルへの期待とギャップは様々な分野で生じているが、2−5では次
のような分野を代表的なものとして掲げている。
(1) 子育て支援:余裕をもった子育てをしたいという期待(希望)と実際の子育て支援の意
識とのギャップ
(2) 食の安全
:生産者と消費者の食材に対する意識のギャップ
(3) ワーク・ライフ・バランス:職場と家庭生活のバランスに関する期待と現実のギャップ
(4) 二地域居住等の居住形態:住みたい居住形態に関する期待と現実のギャップ
(5) 生涯学習
:学校教育や生涯教育に関する期待と現実のギャップ
そこで生活分野ごとのギャップが生じているとしても、ギャップを埋める活動が起こら
なければ地域の再生に結びつかない。そして、ギャップを埋める活動の担い手としては、
a.NPO・ボランティア活動
b.ビジネスとの連携
c.インターネットの活用
などを掲げることができる(図4−1)
上述の(1)∼(5)は主として公的分野であり、それらの分野における活動は PPP(Public
Private Partnership)の範疇に属するということができる。
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図4−1
ライフスタイルと地域再生のメカニズム
そして、ギャップを埋める活動の重要な担い手である、a.NPO・ボランティア活動は、
最も公共性の強い分野に民間の創意・工夫を注入して、能率を高めようとするもので、近
年急速に拡大している。特に、仲間で資金と労働力を持ち寄り、参加者全員が経営者とし
て働くワーカーズ・コレクティブが注目を浴びている(次頁参照)。
また、b.ビジネスとの連携は、公共事業が持続的に減少するなかで、PFI、PPP などと
して、急成長している。
さらに、c.インターネットの活用は、ギャップを埋める活動の担い手として、新たな
次元の可能性を開きつつある。3−6で述べたように、インターネットをはじめとする ICT
の普及は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を通じて、趣味や時事問題など
に、共通の関心を持つバーチャルで新しいコミュニティを作っている。そして、このよう
な動向が、どの程度の強い結びつきをもったコミュニティを形成し、また、地域再生にど
の程度の強いインパクトを与えることになるのか、今後の興味深い観察の対象となろう。
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ライフスタイルを尊重しながら地域の共益を
追求する働き方『ワーカーズ・コレクティブ』
ワーカーズ・コレクティブは、地域で暮らす人たちが、より暮らしやすい社会の実現の
ために、地域に必要とされるモノやサービスを事業化し、共通の目的を持ったメンバーが、
出資、労働、組織運営など経営のすべてに関わり、責任を持つ「雇われない働き方」とし
て注目を浴びている。
業種別では「家事・介護生活支援」が最も多く、「子育て支援・託児・塾」、『生協業
務委託』のほか、「弁当・食事サービス」、「リサイクル」など、生活に不可欠な多岐に
わたる分野において事業体が存在し、地域の多様なニーズに応えると共に、働く意志のあ
る人は誰もが、個々に持つ生活技術と経験を活かしながら、自分のライフスタイルにあっ
た働き方ができる点が大きな特徴となっている(図4−2)。
1982 年に神奈川で最初のワーカーズ・コレクティブが設立され、現在では北海道、関東、
近畿、九州などの地域ごとの連絡協議会や全国組織も活動しており、各地に広まっている
(図4−3)。
図4−2
ワーカーズ・コレクティブ業種別団体数
(『平成 18 年版国民生活白書』、内閣府 2006 年 6 月)
図4−3 ワーカーズ・コレクティブの広がり
(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会資料)
左目盛
右目盛
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4−2:ライフスタイルと共益の形成・追求
ライフスタイルの期待と現実のギャップが存在していても、そのギャップを埋めること
が、地域やコミュニティの共通の利益(共益)として認識されなければ、ギャップを埋め
る活動は発生しない。例えば、子育て支援について地域独自の補助金を支出すべしという
期待があったとしも、それが地域住民の共通の利益(共益)として位置づけられなければ
実行されないであろう。
つまり、共益が形成され、追求されることが、ライフスタイルの期待と現実のギャップ
を埋める活動が、実際に起こるかどうかの鍵を握っていると言える(図4−1)
。
また、非常に多様化した価値観の社会では、共益(共通の利益または共通の目的)はな
かなか見出しにくいという見方もあるが、いかに価値観が多様化しても基礎的生活権、生
存権に係わる事項(例えば、子供の保育、食の安全など)について共益を規定することは
十分可能と考えられる。
4−3:生活の場としての地域と地域再生
∼場の形成とデザイン∼
中期的未来においては、人口の集中する都市圏においても高齢化と人口減少が訪れ、高
齢者の増加によって、地域で過ごす時間と人口が増加する。その反面、地方公共団体の財
政の縮減に伴う公共サービスの縮減や多様化するニーズへの対応の限界から、身近な生活
の豊かさの実現は益々重要な課題となってくる。
第 2 章で見たように、人口減少、少子高齢化によって、地域の維持が困難となる自治体
が増加しつつある。その上、産業構造や働き方の変化、住まい方に関する意識の変化、可
処分時間の増加、交通機関の発達等、様々な理由により、人口の流動化が進み、規模の大
小にかかわらず、人口が流入する地域と流出する地域が二極化しており、地域の創意と工
夫、努力などにより、明暗が分かれる。
生活者重視の時代では、生活しやすく魅力ある地域が選ばれるようになる。多くの人か
ら「住むに値しない」と判断された地域は消滅する。地域を持続的に発展させるためには、
住んでいる全ての人々が、日常生活に困ることなく安心して暮らせ、住みやすいだけでな
く、住んでいてよかったと積極的に評価できる充実した生活の場であることが求められて
いる。
しかしながら、生活しやすく魅力ある地域の実現は、地方公共団体が単体で行うことは
難しく、個々の生活者が望む生活の豊かさを実現するためには、生活者自らが「新たな公
共」の担い手として生活環境を改善・構築することが必要である。事実、ワーカーズ・コ
レクティブでは、生活面のサービスを行っている団体数が多く、近年増加傾向にある。
次に共益の追求やギャップを埋める活動を通じて地域再生を図ろうとする場合、それが
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どのような「場」で進められるかが課題である。
いずれにせよコミュニケーションの「場」が必要であり、職場と地域コミュニティとい
う 2 つのコンベンショナルな交流の「場」も軽視するべきでない。また、メーリングリス
トや SNS のような ICT に基づくバーチャルな「場」の重要性はますます高くなっていくで
あろう(図4−1)。
「場」がよく整備されて、うまくデザインされている場合には、共益を見出し、これを
追求しやすくなる。また、ギャップを埋めるのにも効果的だ。
うまくデザインされた「場」の例として愛媛県旧五十崎町の「よもだ塾」を紹介してお
こう。
【「場」のデザインの優良事例∼「よもだ塾」(愛媛県旧五十崎町)】
旧五十崎町は典型的な中山間地で、田村明氏の著書『まちづくりの実践』
(岩波新書、1999
年)によれば、近隣の「大洲や内子に比べると、五十崎には、とくに取り立てて見るべき
ものはない」
「山間にある何の変哲もない」人口 6 千人弱の町である。
「よもだ塾」は、東京で農業や醸造を勉強して帰郷した亀岡徹氏の発意により、1983 年
頃に誕生した。地域にはそれまでも様々な会合はあったが、「いつ始まったのかも、何が決
まったのかも分からないままに延々と続く」「新しいことは何も起きそうにない」マンネリ
化した集まりだった。
そこで、同氏は町をよくするためには、まちづくりを大上段に構えるのではなく、地域
の人々の気持ちを束ねる話し合いの「場」が必要と考え、自宅で塾をスタートさせた。こ
の「よもだ塾」という「場」では、
「情報の共有」と「感情の共有」を行いながら、有益で
実用性のある知恵を蓄積し、散在する個々の能力と知恵を引き出すことによって、様々な
地域づくりの実践を生み出し、生活の豊かさの実現に成功している。具体的には、清流小
田川の護岸工事という危機をキッカケに、小田川原っぱ日曜市、小田川映画祭、小田川音
楽祭、小田川祭り、国際水辺環境フォーラム(正式名称「スイスと五十崎・川の交流会」)
の開催などを生み出し、県や国、国内大学の有識者、スイスなどとの幅広いネットワーク
を構築するまでに発展し、日本の河川行政を転換させる多自然工法の導入に大きな影響を
与えるという偉業を成し遂げた。
以上のように、この「よもだ塾」では、地域の関係性をデザインしなおすことによって
新しい「場」を創出し、地域共通の期待(希望)と現実とのギャップに関する語り合いを
通じて、行動につなげ、生活の豊かさという成果(共益)に結びつけている。
では、この「よもだ塾」は、「場」のデザインにおいて、どのような特徴を持っていたの
だろうか。そのポイントを整理すると、以下のような点が挙げられる。
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・本当に町をよくしたいという気持ちを持つ人が集まる機会と場を提供していた。
・その日に集まった者が塾生という、外に開かれた柔軟な参加形式を持ち、参加者の自
発性を尊重していた。
・序列や肩書き、義理やしがらみにとらわれず、自由な発言を尊重した緩やかな人間関
係が形成された。
・町の問題を話題にする時は、対立を避け、生真面目になりすぎず、時間をかけながら
機運を盛り上げていた。
・コーヒーなどを飲みつつ、冗談を交えて楽しみながらガヤガヤとやっていた。
・何かのついでに自発的に集まり、肩肘のはらない気安さがあった。
4−4:地域再生のメカニズム
4−1から4−3まで述べてきた地域再生のメカニズムを要約すると以下の通りである。
(1) 新しいライフスタイルへの期待と現実のギャップの把握・測定
(2) 期待と現実のギャップを埋めることが、地域やコミュニティの共通の利益(共益)
に適うかどうかの判定
(3) 共益の追求やギャップを埋める活動のための「場」の設定
(4) 共益の追求やギャップを埋める活動がもたらした地域再生についての評価
4−5:ギャップを埋め、地域再生を図るきっかけとしての「食」の可能性
これまで述べてきた様々なギャップの中で、現在関心が高まっていると思われるのが、
「食・食文化」に対するギャップである。本調査では、「食・食文化」に対するギャップを
埋めることが、地域再生へつながる可能性について更に掘り下げることとし、北海道およ
び千葉県にてケーススタディーを行った(4−6参照)。
(1)地域の歴史・文化を表す「食・食文化」
図3−3(p16)からも分かるように、人々の「食生活」に対する意識は年々高くなって
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いる。これは、地球環境の悪化や、食品関連企業の不祥事などを背景に、健やかな食生活
を通して健やかな生活を送りたいという人々の欲求が表れているのではないかと考えられ
る。
「食べること」は人間にとって、生命を維持するための基本的な欲求の一つである。し
かし人間社会は、この「食べること」に様々な意味を加え、地域ごとの様々な「食文化」
を形成してきた。「食・食文化」は、地域固有の自然環境や歴史と密接に結びつき、地域の
魅力を構成する重要な要素であると言える。
地域における「食・食文化」を見る上で大切なのは、(i)食材、(ii)誰とどのように食べら
れているのか、(iii)誰とどのように作られているのか、の 3 点である。
「食材」については、日本の豊かな自然環境や南北に伸びる地勢等を考えると、事例の
数は無限である。正月のおせち、春の七草など、季節の行事に合わせた食事、子どもの誕
生や成長、または結婚式などの人生の節目に沿った食事、更には日頃家庭でよく使われて
いる食材・料理方法など、これらは地域ごとに様々な特色を出しており、毎日のようにメ
ディアが取り上げている。
「誰とどのように食べられているのか」は、地域の人々のコミュニケーションのあり方
を見る上で注目すべき点である。日本にも昔から「同じ釜の飯を食べた仲」という表現が
あるように、
「共に食す」という行為は、その場にいる人々の間に深いコミュニケーション
を促す。また、ある食卓を囲んで、同席すべき人間、同席すべきではない人間などを決め
たルールが、家族や親族、コミュニティ内の人間関係を反映する場合もあり、歴史や文化
に強く支えられていると言える。現在国内では、子どもの「孤食」が問題視されている。
これは、一人で食事をする子ども達への健康の問題だけでなく、家族との関係性にまで踏
み込む、重要な問題であろう。
「誰とどのように作られているのか」も、やはりコミュニティ内の人間関係を表す視点
である。家族と作るのか、複数の家庭が作るのか、親戚との関係は等々、自分たちの暮ら
しの要である生産活動をどのように維持していくのかは、地域社会の基盤である。
しかしながら、日本の経済成長に合わせて農業や漁業に従事する人々の数が減る中で、
「食」を産み出す人々を取り巻く環境は大きく変化している。作りながら食べるというラ
イフスタイルが少数派となり、人々は「生産者」と「消費者」に分けられるようになった。
そして前者に比べ、後者の人数は遥かに多い上、地域の都市化に伴って両者の「食」への
意識の距離は遠くなり、様々な場面でギャップが生じたのである。
(2)食におけるギャップへの取り組み
「都市に住む子ども達が『魚の切り身が海を泳いでいる』と考えている」、こんな冗談が
世間に出回るほど、都市と生産地とのギャップは大きい。日本は素晴しい経済成長を遂げ、
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国内外で生産された豊富な食物が国中を出回り、餓死する人間はほとんどいないと言われ
るようになったが、その裏では多くの食材が廃棄されている。このような日本において、
地域の「食・食文化」を見直し、地域社会の「共益」とし、「場」づくりのためのきっかけ
として活用することは、地域における自然環境や人々のコミュニケーションの改善につな
がると考えられる。
一方、人々の「食・食文化」に対する関心が高まっているのは事実である。地球環境問
題を始め、食品業界の不祥事、BSE 問題など、多くの課題がマスコミを賑わせ、人々の食
生活と健康へ目を向けさせており、
「食育」
「地産地消」
「スローフード」
「有機栽培」
「LOHAS」
など、様々な視点から取り組みが行われるようになってきている。
特に食育は、近年政府や自治体を中心に積極的に推進されている取り組みである。
「食育」
とは、「国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、健康の確保等
が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な知識と食を選択する判断
力を楽しく身に付けるための学習等の取組み」
((財)食生活情報サービスセンターHP より)
であり、学校教育の場だけでなく、様々な現場体験を通して進められている。平成 17 年に
は食育基本法が施行され、翌年食育推進会議において食育推進基本計画が決定されている。
これらの取り組みで重要視されているのは、生産者と消費者との様々な距離を縮めるこ
とである。どのように食物が作られているのかを消費者が知るだけでなく、生産者と消費
者、それぞれの立場の「食」に対する思いを共有すること、両者が協力して作物を育てる
ことなどから、お互いのライフスタイルを見詰めなおすという作業が全国各地で行われて
いる。
更に、地域再生のきっかけとして「食・食文化」が有効な点として挙げられることは、
作るプロセス、また食するプロセスの両方において「繰り返しに耐えうる」ということで
ある。食材の生産は自然環境に左右され、同じ食材を育てるにしても、様々な試行錯誤を
繰り返し、知識・経験を積み重ねることが重要である。地域の人々が協力し、そのような
プロセスを経ることによって、より深いコミュニケーションが生まれ、地域再生の力とな
るのではないか。
また「食」は消え物で、食べれば無くなってしまう。しかし食材そのものの「おいし
かった」という記憶、気の置けない仲間との楽しいコミュニケーションは記憶として残り、
「また食べたい」という欲求につながる。確かに地域再生の取り組みは、風景や施設、商
品を活用したものであっても、地域内外の人々に繰り返し触れてもらうことが重要である。
しかし、いつまでも忘れられない「おふくろの味」があるように、人々の感情に直接訴え
る力を「食」は持っているのである。
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4−6:ケーススタディー(北海道、千葉県の「食」を中心に)
「食」を中心に大きなポテンシャルを持つ北海道と千葉を取り上げる。地域資源(モノ・
ヒト・コト)をどのように活用しているのか、また現在の活動に至った経緯における「場」
の役割やキッカケについて考察する。
両地域を端的に書くと次のような特徴を持っている。
北海道…農業産出額第 1 位(平成 16 年)。食材が豊富で、観光地として様々な人々を惹
きつけるポテンシャルが高い。豊富な資源を有効活用できずに景気の回復が遅
れており、地域内外の流通と雇用創出による自律した地域再生のあり方が課題。
千葉県…農業産出額第 2 位(平成 16 年)。全国 1∼2 位の産出額を誇る食材が多い。大き
な市場に隣接し、都市型・農村型ライフスタイルが混在する。流通や人的交流
の面で高いポテンシャルを持つが、それを持続的に展開させる文化的つながり
が薄い。
共にエリアが広域にわたるため、ここでは両地域の委員から推奨された事例に絞って説
明する。
(1)北海道
砂川スイートロード(砂川市)
【砂川市の概要】
札幌と旭川の中間に位置し、豊かな緑と水に囲まれた商工農のバランスがとれた人口 2
万人弱の町。市街中心部は平地地帯で南北に細長く展開し、中央には基幹道ともいうべき
国道 12 号のほか、JR 函館本線や道央自動車道がそれぞれ南北に伸びる。昭和 59 年に環境
庁から道内初のアメニティ・タウン(快適環境都市)の指定を受け、市民一人あたりの都
市公園面積 192 平方メートル(平成 19 年 3 月現在)は日本一を誇る。
かつては商業と交通の要衝として栄え、大手企業の肥料工場や周辺地域の炭鉱労働者が
大勢暮らしていたが、肥料工場の経営悪化や鉱山の閉山等の影響により、4 万人以上いた昭
和 20 年代をピークに現在も減り続け、厳しい財政事情の中、現状を打開する地域再生を模
索している。
【伝統的な製菓産業】
砂川では、甘いお菓子は炭鉱等で働く肉体労働者の疲れを癒し、また土産品としても古
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くから愛されており、製菓産業は多くの労
働者を支えてきた。鉱山の閉山後も、お菓
子好きの地元住民からの支持は厚く、菓子
業を行う企業は市内に 9 社 10 店舗(うち
半数が個店)あり、全国的な知名度やシェ
アを持つ店も多い。どの店もそれぞれの特
性を活かしながら腕に磨きをかけており、
商品の質は極めて高い。また、小さな市に
9 社も存在するのは、過密なように見えて
仲の悪さが心配されるが、ライバル心はあっても、それをプラスに捉えて互いが切磋琢磨
しており、菓子組合を結成して協同事業を続けながら、緩やかな良い関係を継続している。
協同事業として特筆すべきは、約 20 年にわたる「ケーキづくり講習会」を通じて市民との
交流を続けており、地域貢献に力を入れてきたことだ。この積み重ねが市民や行政との連
携を円滑に進める上で、大きな役割を果たしている。
【すながわスイートロードの誕生】
菓子によるまちづくりというと伊勢のお
かげ横丁や小布施などが想起されるが、これ
までは中核となる企業の旗振りで進められ
たケースがほとんどだ。ところが、砂川の場
合は、菓子組合からの働きかけではなく、衰
退する地域に危機感を抱いた市民から湧き
上がったことに注目したい。このキッカケと
なったのが平成 12 年に策定された市の第 5
期総合計画である。これまで行政主体で策定
してきた総合計画を、第 5 期に初めて市民の声を取り入れている。これに勢いを得た行政
は、「すながわスイートロード構想」を立上げ、市と地元菓子組合、商工会議所を始めとす
る関連団体、民間の有識者で「すながわスイートロード協議会」を結成した。市は事務局
として事務作業のサポートをすることに徹し、運営の主体は民間が担っている。2 年間の検
討の末、平成 15 年に事業が動き出し、現在では PR とサービスの向上を含む 4 つの事業(a
体験型事業、b ディスプレイ事業、c 商業界レベルアップ事業、dPR 事業)を軸に展開して
いる。このうち、市民参加型の交流を深める事業が 2 種(a と b)、関係者の意識を高める
事業が 1 種(c)あることも重要なポイントとなっている。また、事務局には菓子組合が入
っておらず、お菓子はあくまでも最初のステップとして打ち出しており、菓子以外の産業
を見据えた長期的な視野に立っている。
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【事業の評価】
レベルの高さと PR 事業の効果が功を奏し、多くのメディアで取り上げられ、消費者の反
響も大きかった。これにより、旅行会社によるバスツアーも誕生し、これまで通過交通の
多かった同市を目指す来訪者が増加している。また、この盛り上がりを契機に、市民によ
る応援団(20∼70 代の女性 88 人)が立ち上がった。一時的な流行に終わらせないために
も、地域内コミュニケーションを密にして、生活者と活動主体とのギャップを解消する努
力が今後も必要となるであろう。
【「場」を盛り上げる工夫∼「白いプリン大作戦!」】
じゃらん北海道の編集長を務めるヒロ中田氏は、道内で低迷する牛乳消費を向上させる
ため、
「明るい牛乳消費大作戦!」
「職場で牛乳×1 日 1 杯運動」を推進している。次なる一
手として、牛乳の加工品(乳製品)による消費拡大を目指し、「白いプリン大作戦!」を
行った。このキャンペーンは、北海道の地域資源を活用した条件付の商品開発を自由参加
形式で展開した運動で、個店のオリジナリティを発揮と北海道発の新しい食ブランドを育
成しようというもの。
商品開発の条件は次の 3 つだけ。
a 商品名は○○○の「白いプリン」とすること。
b 北海道の生乳をたっぷり使うこと。
c 北海道で生産すること。
砂川市の菓子店もこれに参加し、個々の店が
競うように創意工夫を行っている。同キャンペ
ーンは自由度を尊重しつつ、個々の魅力を引き
出す牽引役として、すながわスイートロードと
いう「場」を共通のテーマで上手に束ね、盛り上げることに一役かっている。自由度があ
り、かつ具体的な行動を促す共通のテーマは、一度できあがった「場」を再活性化させる
キッカケとして有効である。
【「場」のデザイン
成功のポイント】
・行政や産業主導ではなく、地域の生活者である市民による発意が発端となっていること。
この勢いを殺さずに後押ししたこと。
・テーマは老若男女が誰でも親しめるお菓子(食)であり、他地域と差別化ができ、かつ
地域の歴史(文脈)に基づいた資源であること。
・長きにわたって市民との関係を培ってきており、市民による応援団ができあがったこと。
多くの人を巻き込み、記憶に残るデキゴトづくり(コトづくり)は、仲間意識を強める
とともに、地域の物語の構築につながる。
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・地域の魅力の向上と地場産業の発展が共通の利益として理解され、合意形成が得られた
こと。
・中核となっている菓子店は、相互に刺激しあい、身銭を投じた地域貢献と自己研鑽を続
けると共に、共通の利益に向かって連携し、相乗効果を発揮していること。
・外部の知恵や評価を更なる発展に活かし、長期的な視野に立って継続的な改善を行う習
慣が関係者に浸透したこと。
【今後の課題】
・リピーターの把握とその育成。
・イメージと実態のギャップの解消。
・市全体としての更なる魅力の増進。
・現在行っている地元農産物の PR など、他業種への展開。
・2007 年に完成する砂川駅直結の文化施設「砂川市地域交流センターゆう」の有効活用。
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(2)千葉県
枇杷倶楽部(南房総市(旧富浦町))
【旧富浦町の概要】
房総半島の南西部に位置し、周囲を囲む丘陵地帯には枇杷畑、岡本川の河岸段丘では、
畑・水田・宅地などを持つ、風光明媚な人口約 5,500 人の町。滝沢馬琴の「南総里見八犬
伝」の舞台としても知られ、地域文化として「人形劇」を定着させ、人づくりにも力を入
れてきた。しかしながら、バブル経済の破綻などの影響により、基幹産業である観光や農
業、漁業の衰退に拍車がかかり、少子高齢化と過疎化が深刻化していた。持続的な雇用と
経済効果をもたらす活性化事業の展開が叫ばれたが、市には大規模整備を行う財源はなく、
地域振興策を模索していた。
【250 年の歴史を持つ特産物「枇杷」】
千葉県における枇杷の生産量は全国の 1 割(産出額で全国 2 位)、その内、旧富浦町は 8
割のシェアを占める。富浦で生産される「房州びわ」は、約 250 年の歴史を持ち、栽培方
法や品種改良により大粒で糖度が高いのが特徴で、日本一の枇杷として明治 42 年から毎年
皇室に献上されている同地固有の特産物である。
【ウォッチング富浦と富浦エコミューゼ構想】
1989 年(平成元年)から 17 年間、自然環境の保全のため、月 1 回小学生を対象に「富浦
土曜学校」を、また全世代を対象に「ウォッチング富浦」がそれぞれ開催され、多くの住
民が自然や地域の宝物を再発見する機会が提供されてきた。人形劇を通じた人づくり同様
に、地域に愛着を持つ人材の育成に大きな貢献を果たしており、地域住民の緩やかな関係
づくりを行う「場」としての役割を果たしてきたと思われる。
また、90 年に民間企業が企画したフランスの「エコミュージアムツアー」に市役所職員
や住民が参加し、地域の施設や生産現場を博物館として残した状態で活性化を試みる「エ
コミュージアム」を参考に、地域に研究会が発足し、「富浦エコミューゼ構想」ができあ
がった。
【道の駅とみうら・枇杷倶楽部の誕生】
1990 年代前半、東京湾アクアラインや東
関東自動車道館山線の整備計画を機に町長
が大きな決断を下し、役場の企画課長だった
加藤文男氏(観光カリスマ百選の一人)を中
心に、商工会、農業団体、観光団体との協議
の末、93 年 11 月、町 100%出資により千葉
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県初の「道の駅とみうら・枇杷倶楽部」が開設された。この時、地域再発見を通じて地域
の将来を考えていた住民は、地域の拠点となる「場」を必要としていたため、道の駅建設
の話題は歓迎を持って受け入れられ、多くの人が立上げに従事し、現在では住民の約 6 割
が何らかの形で枇杷倶楽部の運営に携わっている。
【事業の評価】
枇杷倶楽部は、富浦の特産物である枇杷を
主力商品に、規格外商品や葉や種を有効活用
した様々な加工品、関連グッズ商品の開発・
販売のほか、体験型観光農業等を実施、また、
情報発信と顧客ニーズの把握においては、南
房総エリア一帯をカバーするポータルサイ
トを通じて充実した情報を発信すると共に、
利 用 者の 声を 吸 い上 げる 掲 示板 を通 じ て
サービス向上に努めるなど、「産業と文化、情報の拠点」として機能を果たしている。これ
により、ピーク時には観光バスで年間 4 千台、12 万人のツアー誘致に成功し、約 6 億円規
模の年商を地域にもたらした。2000 年には「道の駅グランプリ」の最優秀賞を受賞してい
る。
また、地域住民にとっては、地域の人が集まってゆっくり交流をする場がなかったとこ
ろに、枇杷倶楽部が完成し、交流の拠点として有意義に活用されている。
【「場」を束ねる工夫∼「一括受発注システム」
】
同地は民宿や食堂など、小規模な観光事業者が多かったため、観光バスツアーなどの大
量の観光客に対応することができなかった。そこで、地域に散在する観光資源を束ね、メ
ニューや料金、サービスを企画化することによって一つの観光業者に見立てる「一括受発
注システム」を構築し、外部の旅行会社への PR や仕事の配分、代金の清算など、南房総地
域一体のランドオペレーターとしての役割を担うなど、地域の窓口として大きな役割を果
たしている。
【「場」のデザイン
成功のポイント】
・文化施設の建設ありきではなく、既存の地域資源を有効活用することをコンセプトとし
た、地元住民の発意と協力の基に活動拠点が成立したこと。
・観光客向けのみならず、地域住民の文化活動の「場」として日常的に利用されているこ
と。
・拠点づくりとその後の運営において、多くの住民の参加を得ており、地域の皆で一緒に
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作り上げるというコトづくりが、地域の一体感を醸成したこと。
・地域の皆でつくりあげた施設が具体的な成果をあげ、そこに参加したことが住民の誇り
になっていること。また、そのように感じさせていること。
・地域に散在する資源を「一括受発注システム」により束ね、個々では成しえないことを、
地域力を結集することで共通の利益を享受することに成功したこと。
・経営機能の集約により、サービスの品質を平準化し、高いレベルでの品質管理と、受け
入れ先の運営状況を一括に把握できるようになったこと。
・行政と運営会社の役割の境目にグレーゾーンを残すことによって、助け合いの雰囲気づ
くりを意識的につくっていること。
・外部の知を適切に取り入れ、コンセプトづくりや商品開発に反映させていること。
【今後の課題】
・より広域に向けた実施事業の情報発信・浸透、技術ストックの事業化による中核機能と
しての持続的な発展。
・事業のマンネリ化、品質低下を回避するための適度な刺激の注入。
・周辺エリアの魅力の向上。
・高いポテンシャルを持つ館山エリアとの連携。
千葉の農林水産物(千葉県 HP より)
43
【ケーススタディーから得られる知見】
北海道の砂川の事例と千葉県の富浦の事例では、活動の拠点となる「道の駅」や「地域交
流センター」ができる前から、民間レベルの交流が活発に行われていた。それぞれ「ケー
キづくり講習会」(砂川)や「地域ウォッチング」(富浦)など、地域に関係の深いモノを
題材としたコミュニケーションを通じて、様々な世代の地域住民が緩やかな関係をつくっ
ており、それが「場」を形成している。そこに過疎化の深刻化という共通の脅威が生じた
ことによって、地域の結束力が高まり、市の総合計画や道の駅の建設などのキッカケを契
機に、より発展的な「場」として事業が生まれ、結果的に交流センターや道の駅とういう
活動拠点を得て発展的な活動につなげている。
したがって、ハコモノをつくることが先ではなく、まずは活動を生み出す「場」を創出す
ること、あるいは既にある「場」を見出し育てること、そして、「場」が十分なポテンシャ
ルを持つ場合は、「場」に勢いをつける「キッカケ」を演出することが重要である。
図4−4
ケーススタディーにみる「場」の発展過程と「キッカケ」
44
【「場」のデザインのためのチェックリスト】
これまで取り上げた五十崎町や砂川、富浦の事例から判明した共通点をもとに、よい「場」
をデザインするためのポイントをまとめると以下のように整理できる。
□共通のテーマと目標
地域の人に関心を持たれるテーマか、目標が曖昧すぎずイメージを共有できる内容か
□意思のある人への機会の提供
意思のある人が集まり、有意義な時間が過ごせるか
□外に開かれた柔軟な参加形式
敷居が低く、興味を持った人が自由に参加でき、自由に退場できるか
□自発性の尊重
本人の意思に基づいているか、義務的な責任感を与えていないか
□自由に発言できる風土
肩書きやしがらみなどの抑圧がないか、自由な発言を受け留める寛容性があるか
□居心地のよさ、楽しさ
自分の居場所があり、また参加したいと思えるか
□緩やかな人間関係
対立を避け、関心事項などを介して、新しい関係が構築しやすいか
□相互作用
メンバー同士が相互に刺激し合い、個々の能力や知恵を引き出せているか
□キッカケ
活動の停滞を脱出するために、弾みをつけられるような機会はあるか
45
4−7:ケーススタディー参考資料
∼「食・食文化」を通した地域再生事例(北海道)∼
名称
赤麦を守る会
テーマ
赤麦の丘
地域
北海道美瑛町
1997 年、地域おこしグループ「こぼら会」が、赤麦の丘の景観
を復活させたいと有志を集め、「赤麦を復活させる会」を結成し、
手探りで赤麦の栽培を開始。1999 年の美瑛町開基 100 年祝賀
イベントとして赤麦の復活が実施されることになり、町の補助金
等の支援により、イベントは成功した。その後、赤麦の丘を観光
資源として活用する方法が模索され始め、また、赤麦を原材料と
概要
した地域の特産品を開発することを目的とした「赤麦を守る会」
が、ペンションやホテルの経営者を中心にして 2000 年に結成さ
れた。
町に蘇った赤麦の畑を維持し、拡大するために、現在様々な
商品開発を行っている。赤麦で作られたフルーティーな味の「ピ
ルスナー」を始め、ノンアルコール発泡酒「テンダー」、味噌、しょ
うゆ、パスタなどの食品開発も進められており、観光客や町内に
商品が広まっている。
a 赤麦の丘は、美瑛の原風景であり、写真家前田真三の写真
集『麦秋鮮烈』等で全国的に有名になったもの。
b 「赤麦の会」の会員たちは、I ターンや U ターンを経験した都市
成功のポイント
住民や、ペンション・ホテル経営者などの観光業に従事してお
り、都市住民のニーズに対する感度が高い。
c 地域資源の赤麦を活用してできた特産品は、都市と農村とを
結びつける「交流商品」としての役割を果たしている。
46
名称
士別サフォーク研究会
テーマ
サフォーク(羊)
地域
北海道士別市
士別市独自の地域的、歴史 的条件を活かしつつ、地域の活
性化を図るため、北海道に適した家畜として導入された羊「サフ
ォーク」に着目し、サフォークを核としたまちづくりを行う中心的団
体として、昭和 1982 年、「サフォーク研究会」が市民有志 200 名
概要
によって設立された。
羊を媒体として市民の交流が生まれ、サフォークの用途を研究
する産業研究委員会、交流事業やイベントを企画する事業委員
会、飼育繁殖研究の生産委員会、ニット製品の研究開発を行う
翔糸委員会のほか、会員拡大委員会、広報委員会、観光委員
会の 7 つの委員会がそれぞれ積極的に活動している。
a 長年の活動の結果、市内にサフォークキャラクターを使った施
設や標識が多く使われるようになり、統一した景観づくりに役
立っている。
b 子ども達の学校活動の中にも「サフォーク」が積極的に取り入
成功のポイント
れられ、郷土「士別」を知り、愛し、誇りを持つのに役立ってい
る。
c 過去には捨てられていた豆殻や雑草がめん羊の飼料として利
用され、まためん羊の堆肥を活用して地力の回復を図り、有
機農業の示唆が得られると共に、もっとも自然に近い形のサ
イクルの実現化が図られている。
47
名称
奥尻島元祖「三平汁」研究会
テーマ
三平汁
地域
北海道奥尻町
北海道で古くから親しまれ、奥尻島が発祥の地という説もある
三平汁。奥尻町では、三平汁を見直し、盛り立て、町おこしのき
っかけにしようと『奥尻島元祖「三平汁」研究会』が、奥尻町内の
概要
飲食店、観光協会、行政などによって 2005 年に設立された。
三平汁誕生ストーリーの整理・研究、「元祖」レシピの確立、研
究会の趣旨に賛同する飲食店での三平汁 PR などが活動の中
心となっている。
a 三平汁は、使用される材料が季節によって異なり、また家庭ご
と、飲食店ごとのオリジナルがあるため、研究会ではこの多様
性を大事にしている。
成功のポイント
b 研究会の「三平汁」の約束事として、「奥尻島産の水道水を使
うこと」、「奥尻島から 12 里以内で取れた魚を使うこと」など、そ
の他の材料も含め、奥尻産にこだわった方針を打ち出してい
る。
48
名称
どっこい積丹冬の陣
テーマ
オリジナルレシピ
地域
北海道積丹町
11 月・12 月の閑散期に、プロの料理人・サービスマンを積丹に招待
し、料理や接客の方法を、地元の飲食業に関わる人々に学んでもらう
事業。地元の人々が、自分達の方法を見直すきっかけとし、またその時
概要
期の食材を使ってオリジナルメニューを作り、地元に残してもらおうとい
う仕組みづくりを目指したもの。
現在では、旅行代理店が商品として集客するイベントに育ち、以前は
閑散期に休業していたホテルや旅館の中から、通年で営業するところ
が徐々に出てきた。
a 都市と地方、それぞれで飲食業や接客業を仕事としている人々が出
会う機会を創出し、共に学ぶ機会を提供している。
成功のポイント
b その時期の地元の食材を活用することで、町内の商業の活性化につ
ながっている。
49
名称
食材王国しらおい
テーマ
地元の食材
地域
北海道白老町
地元に素晴しい食文化があるということを地元の人に知っても
らおうと始められたイベント。2004 年に「食材王国しらおい・誇り
ある故郷づくりシンポジウム」が開催され、白老のスローフードを
考える機会となった。
概要
イベントには、三國シェフや札幌グランドホテル・小鉢一夫総料
理長などが参加し、地域の食材・食文化を活かしたオリジナルレ
シピが発表された。
イベントは毎年行われ、また「食材王国しらおい」関連フェアも
通年で開催されている。
a 白老町に根付くアイヌの文化と地元の食材を使った洋食のコ
ラボレーション。
成功のポイント
b 外部のプロの料理人によるオリジナルレシピの紹介により、北
海道の人々の、新しいものを取り入れるという地域性を活用し
ている。
50
名称
テーマ
(有)もち米の里 ふうれん特
産館
地域
北海道風連町
もち米
風連町は道内有数のもち米の産地。特産館は、町おこしとして
もち米を加工・販売しようとする取り組みから始まった。自分たち
が自信を持って生産したもち米を最後まで責任を持って製品化
しようという思いを持つ農業者 7 人が集まり、1989 年、グループ
が結成された。
概要
もちの販売拡大に伴い、1994 年に法人が設立され、2001 年、1
階に店舗、2 階には地元の食材を使うレストランという、工場兼レ
ストランの特産館が完成した。
特産館で使用するもち米は基本的にグループ内の、減農薬・
減化学肥料栽培で作られた高品質米を使用するが、賄いきれな
い場合には、近隣の農家や農協の協力により、風連産のもち米
を提供してもらっている。
a 自分たちが風連で自信を持って作ったものを食べてもらいた
い、という強い思いが、栽培方法へのこだわりと結合し、風連
成功のポイント
町のもち文化を支えている。
b 地元での文化の継承だけでなく、札幌での販売店出店や、モ
スバーガーとの連携など、全国レベルでの展開がされている。
51
名称
テーマ
食のトライアングル(農・商・
消)研究会
地域
北海道富良野市
カレー
2002 年、市職員有志 7 人が集まり、「食のトライアングル研究
会」が結成、「富良野には食がない」という問題意識から、新しい
地域振興の核として、カレーを用いることになった。富良野市の
主要生産品目はジャガイモなどの根菜類で、季節ごとにカレー
のバラエティを広げる食材も豊富である。
市内で協力してくれる飲食店は最初の 3 店から徐々に広がり、
飲食店による「ふらのカレンジャーズ」も結成された。飲食店だけ
概要
でなく、高校の園芸科の学生など、取り組みに参加する人々の
輪は広がり、2004 年、地域の各組織を巻き込んだ市民団体とし
て新たなスタートを切った。
基本理念は、(1)地産地消を軸にした ふらの 型カレー文化の
創造、(2)食育の推進、(3)地域経済の活性化、の 3 点である。
近年では、新しい取り組みとして、地域の独自性を強調した
「富良野オムカレー」が発表され、新しい目玉として注目を集め
ている。
a 飲食店だけでなく、異業種の人々のネットワークを形成し、連
携を深めた取り組みが行われている。
成功のポイント
b 地産地消が可能な食材を先手駆使、農業と観光の共生によ
る地域経済の活性化を図っている。
52
名称
元気村・夢の農村塾
テーマ
農業全般
地域
北海道深川市
2002 年、農家 19 戸が集まり、将来を担う子ども達に農業を理
解してもらおうと農業体験受入組織「元気村・夢の農村塾」が設
立され、全国の高校生などの受入を開始した。
全国から訪れる子ども達は、土に触れ、食物や農村の自然を
概要
通し、食べることの大切さを学ぶ。
深川市から始まった取り組みは、現在北空知一円(深川市、妹
背牛町、秩父別町、北竜町)に広がっている。また、体験交流活
動は年交流活動の拠点組織として位置づけられ、行政や JA 等
からも積極的な支援を受け、運営が行われている。
a 悩みなどを持つ子ども達が、活動を通して人生の目標を持て
るようになるケースもあり、農業者が農業の持つ教育力を実
感し、農業に誇りを持てるようになっている。
成功のポイント
b 交流活動を通じて地域を元気にするため、会員同士の情報交
換も盛んに行われるようになった。
c 北空知に全国から体験に訪れる子どもが増え、地域全体に
交流活動の輪が広がり、地域活性化に役立っている。
53
名称
テーマ
新得町立レディースファーム
スクール
地域
北海道新得町
農業全般
北海道の農業にあこがれ、研修に訪れる女性のために、1996
年、就農を目指す独身女性の研修施「新得町レディースファーム
スクール」が開校した。毎年 10 数名の受入を行っている。
それまでの農業研修では、特定の農家に住み込む方法だった
ため、農家・研修生共にカルチャー・ショックやストレスを感じるこ
概要
とも多く、研修・就農を断念する人々がいた。スクールでは家具
やパソコンなどが完備された快適な宿泊施設で生活しながら会
員農家を回り、実習に専念することができる。
2007 年 3 月現在、長期研修修了生 100 名の内、新得町内に在
住するのが 31 名(内農業関係に就職 22 名)、新得町外で農業
関係に就職しているのが 20 名である。
a 新しく就農したいという女性の生き方を応援する仕組みが展
開され、参加者が農家と無理なく交流が持てるよう場づくりが
行われている。
成功のポイント
b 研修の結果、新得町に移り住む女性たちも多く、「住・職のギ
ャップ」の解消につながっている。
c 後継者不足に悩む農業の活性化につながると共に、就農した
女性たちが都市生活者との触媒にり、活躍することが期待さ
れる。
54
名称
さーくる森人類
テーマ
森林・移住
地域
北海道下川町
1996 年、下川町森林組合・商工会・下川町の有志が実行委員
会をつくり、森林・林業体験ツアーを企画して大成功を収めたの
が活動のきっかけである。ツアー参加者の一人が代表となり、メ
ンバーのほとんどが移住者である「さーくる森人類」は 1997 年に
概要
結成された。
森林での交流活動を行うとともに、他の都市からの移住や就
業を円滑に進める役割を務めている。
具体的には、通年の森林ツーリズム、年数回開催の 2 泊 3 日
の森林・林業体験ツアー「すくもり」、町内の巨木散策プログラム
なども実施している。
a 森林・林業体験ツアーには東京からの参加者やリピーターも
多く、交流事業をきっかけとして、都市から町へ移住・定住す
成功のポイント
る人々が増えている。
b 町内の森林体験事業を行うことにより、以前は当たり前と思わ
れていた森林景観に対する住民認識が変化してきている。
55
名称
八百−ねっと
テーマ
農業全般
地域
北海道大野町
地元産の野菜を、地元の人々に味わってほしい、生産者と消
費者を直接結び付けたい、そんな思いから、2001 年より野菜の
宅配サービスを始める。(1)おいしいものを届ける、(2)新鮮なもの
を届ける、(3)生産者の気持ちを届ける、(4)消費者の声を持ち帰
概要
る、を 4 つの柱に据える。
地域の農家を結びつけ、情報のネットワーク活用し、新しい流
通の形にチャレンジしていると共に、生産者と消費者による「交
流会」を積極的に開催し、農家・消費者からの様々なアイデアと
取り入れている。
a 地域における個々のこだわり生産者を、情報通信技術を用い
てネットワーク化し、交流の輪を広げている。
成功のポイント
b 生産者と農家との交流を大切にし、活発な意見交換が行われ
ている。
56
∼「食・食文化」を通した地域再生事例(千葉県)∼
名称
鴨川市棚田オーナー制度
テーマ
棚田・都市/農村交流
地域
千葉県鴨川市
鴨川市の千枚田は地形上機械化が進まず、休耕地や荒廃地
が増加。農業従事者の高齢化や後継者不足等、地域での保全
が困難となり、都市の人々に支援を呼びかけ、米作りに参加して
もらおうと始まった。棚田の維持と共に、都市に住む人々に対
し、米作りの苦労と喜びから農業に対する理解を深めてもらうこ
概要
とも目的となっている。
主催は鴨川市であるが、事業の管理、及び利用者への米作り
指導や交流イベントなどは、NPO 千枚田保全会が担っており、
農家と都市住民をつないでいる。
2000 年度より実施され、2004 年度からは特区を活用し、鴨川
市各所でオーナー制度が開始されている。
a 農家、NPO、行政、そして都市からの利用者(オーナー)との
連携により、日本の原風景である棚田が守られると共に、都
市生活者と農村のギャップを埋めている。
成功のポイント
b 「会費を払えば、農作物が届く」というシステムのオーナー制
度と違い、進んで田に入り、積極的に稲作に取り組むオーナ
ーを募集することで、農家とオーナーとの深い関係が構築され
る。
57
名称
テーマ
ネイチャースクールわくわく
WADA
地域
千葉県和田町
林業・漁業(くじら)
和田町が主催、NPO「ネイチャースクール緑土塾」が企画・運
営を担当するネイチャースクール。2000 年度より事業が行われ
ている。
始まりは、1980 年に発足した、日比谷一水会という東京のサラ
リーマンや経営者、主婦などが集まる勉強会。異業種間のネット
概要
ワークが広がり、1998 年頃、現事務局長である四方氏が、「都会
ではなく、自然の中での学習・交流をしたい」という希望から、ネ
イチャースクールの構想を立ち上げた。
和田町の廃校利用施設「くすの木」を宿泊所とし、林業や農
業、漁業(くじらの食文化)等を具体的に学ぶイベントを通年で開
催している。
a 業者などが入らない NPO と自治体の協力による手作りによる
事業であり、手探りながらもお互いの信頼を得ることができ
た。
成功のポイント
b 単なる観光客や海水浴客などとは違い、ネイチャースクール
に参加する都市住民は、じっくり地元の人と交流しようという
姿勢があり、町の人々からも歓迎されている。
58
名称
(有)よもぎの里
地域
テーマ
農業全般・女性の起業・地産地消
千葉県四街道市
四街道市亀崎地区に住む兼業農家の主婦 10 名が、それまで
に行っていた地域農産物等の有効利用の研究や朝市での加工
品販売等の経験から、自分たちで取り組むことのできるグルー
プ起業の企画を練り、2000 年に「よもぎの里」を立ち上げた。
「農家のお母ちゃん達の店」をテーマに、味噌製造業・菓子製
概要
造業のほか、農産物等の直売所、田舎レストラン「キッチンたぬ
き」の経営を行っている。レストランでは、地元産にこだわった新
鮮野菜、あまり市場に出回らない珍しい品、添加物のない加工
品、安価な田舎料理など、ふるさとに帰ってきたような素朴さと
温かさのある料理や予約注文の料理を提供している。
2005 年 4 月に有限会社となる。
a 地域の農家が会員となっている直売部は、地元農家への現
金収入を得る機会を提供しているほか、都市と農村の交流の
場となっている。
成功のポイント
b 地域の祭事などのイベント等にも積極的に参加することで、地
域コミュニティの活性化の力となっている。
c 地元産にこだわった農産物・農産加工品を提供することによ
り、地域の農業振興や、消費者と農家をつなげる役割を担っ
ている。
59
第5章
新たなライフスタイル創出と地域再生のための政策展開
5−1:政策展開の目的・基本姿勢
本章のタイトルは「新たなライフスタイル創出のため政策展開」であるが、「新たなライ
フスタイル」を「創る」主体は、政策展開を行う政府や自治体ではなく、地域に暮らす人
それぞれであることをまず確認しておく必要がある。
従って、政策展開に求められていることは、それぞれのライフスタイルの中でギャップ
を感じている人々が自ら「新しいライフスタイル」を創出し、実行できるような環境や仕
組み、きっかけを作ることである。どのようなライフスタイルが今後望ましいのかという
未来予想図や、その目標に向けたマニュアルを示すことでは決してない。
よく言われることであるが、かつて高度経済成長の時代には、
「三種の神器(白黒テレビ、
冷蔵庫、洗濯機)」や「新・三種の神器(カラーテレビ、クーラー、カー)」などの製品に
代表されるような「豊かなライフスタイル」が人々の間で共通の目標の一つとなっており、
日本全国がその目標にたどり着けるよう、政府や自治体も政策を展開していた。しかしな
がら、価値観が多様化し、何かのアイテムが日本に住む人々のライフスタイルを象徴する
というよりも、世の中に溢れるモノや情報を自分なりに編集し、「自分のライフスタイル」
を作り上げることが期待されるようになってきている。これは、自由な発想に基づく非常
に開かれた考え方である一方、目標が見えないという点で、人々に不安をもたらす可能性
もある。
目標がはっきりしていた時には、その目標に合う情報・モノだけを集めれば十分であっ
たが、人々の「個性」に基づくライフスタイルが求められたとき、どのようにしたら自分
に合うライフスタイルが見つかるのか、そして見つかったとしてもどのようにそこにたど
り着けば良いのか、そしてそもそも「自分らしさ」とは一体どのようなことなのか、迷う
人も多いだろう。
従って、環境・仕組み・きっかけづくりが政策展開の目的ではあるが、その展開の方法
にも注意を払う必要がある。人々がどのようなギャップに悩んでいるのかを時間をかけて
適切に明らかにし、様々なライフスタイルモデルをできるだけ多く提示し、そのモデルに
アクセス・トライする機会を提供することが求められる。その中でも、やはり「選ばされ
た」という感覚よりも、自らが「選んだ」という積極的な姿勢を人々に提供するものでな
ければならない。
また、地域再生の視点からは、人々が求める様々なライフスタイルと地域社会がどのよ
うにつながり、お互いの発展につながっていくのかを、地域ごとの幸福の構造に沿って示
す必要がある。また、ライフスタイルのギャップを埋める作業が、単なる「個人」の能力
や努力のみで達成されるのではなく、地域の人々の力によって支えられているということ
60
を明らかにすることが求められている。
地域ごとの幸福の構造とは、例えば「幸せになりたい」という人生における希望は、誰
しも持っているものであるが、その「幸せ」が「何を用いて」
「どのように達成できるのか」
については、地域社会の持つ様々な要素(地理的環境、歴史、文化等)によって変化する、
ということである。都市・地方という枠組みだけでなく、例えば東京都、札幌市などの大
きな自治体の中では、区によって持つ文化や人々の考え方が異なったり、更に区の中でも
異なったりする場合があるだろう。どのレベルで枠組みを決めるかによって、幸福の構造
自体も異なってくる可能性はある。
政府・自治体が、政策展開としてライフスタイルのメニューを提示していこうとする時、
このような地域社会が固有に持つ要素の棚卸しが必要となるが、その棚卸しの作業の中心
となるのは、その地域に住む人々であることが望ましい。様々な年齢・性別・ライフスタ
イルから構成される人々のコンセンサスをとることは、行政側・地域住民側双方にとって
非常に時間と手間隙を必要とする作業であると思われる。しかしながら、地域社会への愛
着を出発点に、「何があるのか」「何が利用できるのか」、そして更には地域社会のライフス
タイルの基礎となる思いの確認などを行うことができれば、それは人々がギャップに直面
した際に、それを乗り越えようとする力の一つになるのではないだろうか。
本章では、「政策展開」を、「仕組みづくり」として提案し、政府や自治体、民間企業、
市民団体・NPO、または一個人の役割分担まで細かく述べることは行わない。ギャップを
埋めるための仕組みづくりには、それぞれの主体が重要な役割を担うことになろうが、そ
の役割分担・責任の置き方を決めるは、やはり地域の人々が自らの役割について考え、お
互いにコンセンサスを図る必要があるからである。
提案される政策展開には、不十分な点もあると思われるが、これを一つのヒントとして、
地域において具体的な政策展開がなされることが期待される。
5−2:ケーススタディーからの考察
本調査で行った千葉県と北海道のケーススタディーの結果は、前章で詳しく取りまとめ
ているため、ここでは政策提言の際に鍵となる点について簡単に確認する。
a 千葉県「枇杷倶楽部(道の駅
とみうら)」
本事例の特徴は、既に地域の人々によって支えられてきた取り組みが、行政の政策を新
たな燃料として花開き、再度地域の人々の新たな力となったことである。
「道の駅
とみうら」の事業が人々に紹介される前から、地域の人々は「まち歩き」な
どの小さなイベントを行い、地域の良いところを探し、愛着を深めていた。地域への知識、
また発展させるアイデアなどを集約させる活動拠点が人々から求められるようになってき
61
たところ、タイミング良く「道の駅」を開設する行政の取り組みが地域にもたらされたの
である。
重要な点は、この行政の取り組みが地域にもたらされた際、独自の判断により事業が進
むのではなく、地域住民と適切に連携がとられたということ、また「枇杷倶楽部」は地域
活動の拠点とされているものの、活動のフィールドは地域の現場(まち、農家、民宿など)
そのものにあり、既存の施設を大切にするという認識の下にまちづくりが企画・運営され
ていることである。
結果として、現在の従業員の多くが、道の駅以前から地域の取り組みに参加する経験を
持ち、また、地域住民の約 6 割が、何らかの形で枇杷倶楽部の運営に携わっている。枇杷
倶楽部が建設されて 14 年が経過したが、「『枇杷倶楽部』
」と共に地域社会の発展に参加す
る」というライフスタイルが、地域住民に受け入れられ、定着したと言えるのではないだ
ろうか。
b 北海道「すながわスイートロード」
本事業の特徴は、地元の商業者との連携が適切にとられており、その積極的な担い手と
なっているのが、行政ではなく、地域住民に愛されている「菓子組合」である、という点
である。
自治体のソフト事業の目玉として製菓商店を盛り上げる取り組みの発端は、千葉県の枇
杷倶楽部と同様、行政からのアイデアではなく、地域住民からの提案である。ここで基礎
となっているのは、地域で長年培われてきた製菓業の歴史と人々の愛着、そして過去 30 年
に亘る、クリスマスケーキ作りなどを通した、製菓業を営む商店主と住民との交流である。
行政と共に地域の良さを内外にアピールする活動を通して、商店主たちも自らが地域の活
性化の担い手であることを自覚し、そこに充実感を得るようになっている。
2003 年に事業が開始されてから、北海道内外における認知も広がり、担い手達の大きな
励みとなっていると共に、今まで地域活動に参加してこなかった人々を「応援団」として
巻き込む事業へと成長している。多くの人を巻き込む過程で、新たな地域のコンセプトが
生まれることが期待され、ここでもまた、地域社会への関わりを取り込んだ、地域特有の
ライフスタイルが生まれる可能性がある。
62
5−3:ライフスタイルの様々なギャップを埋める政策展開
(1)ギャップに応じた政策展開の可能性
a 「様々なライフスタイルと『自分』とのギャップ」
∼人生のロールモデルとの出会いを創出する仕組みづくり∼
例1:学校教育における、非教員による授業・講義の拡大
例2:地域社会の現場における生きたライフスタイルに触れるインターンシップ制度
例3:地域の人々の関係をつなぎなおす「社交の場」を生み出す仕組みづくり
地域コミュニティの人間関係が薄れ、子どもが成長する過程で親以外の大人達、つまり
「様々な人生のロールモデル」に出会う機会が少なくなっている。価値観の多様化や「個
性」が求められる一方、経済や情報・技術革新の流れは速い。他人とは全く違った、完全
オリジナルのライフスタイルを貫くのは非常に難しく、その偉業を達成できる能力を持つ
人々は非常に限られている。一般の人々にとっては、子どもの頃から、どのライフスタイ
ルを選ぶことが、自分の「志向」と「嗜好」を最も満足させることのできる「行動」にた
どり着くことができるのか、を考えることのできる機会を多く持つことによって、「今の自
分」と「なりたい自分」とのギャップを埋めることができるのではないだろうか。
子どもへの影響力が一番大きいのは、学校教育の現場における取り組みである。地域の
様々な分野で働く人々が、学校教育において授業を行うことにより、授業を行う本人に
とって、社会貢献欲求を満たしたり、自分のキャリアや学校教育への理解を深めたりする
機会となる一方、授業を受ける子ども達にとっては、通常の授業ではない、話や体験が、
ライフスタイルにおけるギャップを埋める助けの一つとなる。
授業の内容は、特定の「仕事の内容」だけでなく、「仕事を持って生活するとはどういう
ことか」「共働きの場合の家庭内分業」など、生活の仕方について学ぶ機会をもたらすもの
であることが望ましい。
学校教育の場での機会創出と共に、具体的な現場で経験を積む仕組みづくりが重要であ
る。職場におけるインターンシップだけでなく、「子どもと触れ合って生活する」ための保
育所や子育て家庭における「ベビーシッター・インターン」や、地域に住む様々な大人と、
様々な子どもが共有できる経験の場を創出する機会の創出が望まれる。
このような取り組みの結果、単なるロールモデルへの知識・経験だけでなく、実際に子
ども達と信頼できる大人とが知り合うことにより、地域の防災性も向上するという利点も
期待される。
63
b 「家庭生活におけるギャップ」
∼ライフ・ワークバランス、子育て・介護支援の仕組みづくり∼
例1:企業におけるワーク・ライフ・バランス意識の拡充
例2:パパクォーター制の導入
例3:企業における保育所設立支援の条件緩和
例4:生活支援ロボットの可能性を広げる仕組みづくり
核家族化は、戦後の高度経済成長の中で日本のライフスタイルにもたらされた大きな変
化である。夫が遠方の企業に通勤し、妻が地域社会で家族の世話をする。このような一つ
の家族形態が長い間機能してきたことは確かであるが、その背景には、夫や子ども、年老
いた親を家庭内で世話する役割を担うために、自分自身のライフスタイルにおけるギャッ
プを埋めることなく暮らしてきた多くの女性の存在がある。しかし、ライフスタイルの
ギャップを感じてきたのは女性だけではないだろう。男性もまた、「企業戦士」としてのラ
イフスタイルを期待され、家庭や地域社会を顧みる時間を与えられてこなかった、と言え
るのではないか。
これらのライフスタイルのあり方が、家族が家庭生活や社会生活を営む上での更なる
ギャップを生み出してきたと考えられ、人間社会の基本体系である「家族」のつながりを
組み直し、家庭生活のあり方を見直す必要がある。
これにはまず、「働き方」の見直しが急務であろう。地域社会において、ライフスタイル
のギャップを埋める様々なチャンスが提供されていても、企業等に勤める多くの人々が、
長時間勤務によりそのチャンスを活用できないのであれば、それは意味が無い。また、家
庭内の家事・子育ての分業については、日々の短時間勤務を奨励することが望ましい。企
業における業務の効率化を図り、「長時間会社にいる」ことではなく、「短時間勤務で結果
を出せる」働き方を奨励するような意識改革が、企業・行政共に求められる。
また、父親の家事・育児参画については、「パパクォーター制」とは、北欧などで導入さ
れている、育児休業時間の一部を父親が取るよう義務付ける制度の導入が有効ではないか
と考えられる。行政や企業がこの制度の導入に積極的に取り組むことにより、父親の子育
て参加が促進されると期待され、最終的には、現在女性 7 割以上、男性 1 割以下と言われ
ている育児休業取得率を、男女共に 100%にすることが望まれる。
「子育て」は「親育て」であり、また、子育ては地域社会とのつながりを意識せずには
成しえないものであるため、多くの男女が子育てに関わるきっかけを創出することは、地
域社会を担う人材を育てることでもあると考えられる。
一方、多くの自治体において保育所の数は不足しており、特に首都圏においては平均 1000
人以上、東京都においては 5000 人近くの子ども達が入園を待っている(平成 18 年 4 月現
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在)。しかしこの数値は、実際に自治体へ保育所入園の申請を行っている数であり、働きた
いと考えていても、保育所の現状に直面し、あきらめてしまっている家庭は入っていない。
潜在的な希望者は更に多いと考えられる。
自治体から援助を受けることのできる保育所に関する規制を緩和し、多くの民間企業が
保育所設営に取り組むことのできる環境づくりが望まれる。例えば、現在自社の従業員の
子どものみに対する保育所は、行政からの支援対象とはならないが、広い意味での「女性
の就業支援・子育て支援」に入ることから、自治体・行政による支援策がとられることが
期待される。
また、技術革新の力を用いて家族の関係をつなぎ直す取り組みの一環として、ロボット
の導入も期待される分野である。現在、簡単な掃除ロボットや、心を癒す相手としての
「パートナー・ロボット」と呼ばれるロボットが家庭に普及しつつあるが、家事や育児、
介護を任せることのできるような「生活ロボット」が家庭に普及すれば、家族におけるラ
イフスタイルのギャップを埋める一つの大きな助けとなるであろうことが期待される。
c 「食におけるギャップ」
∼生産者と消費者の距離を近づけるために∼
例1:「生産者の暮らし」との交流を取り入れた食育の展開
例2:消費者・加工者が地元の食材を活用する場づくりの促進
食におけるギャップへの取り組みについては、項目「4−4(p34∼)」に詳しく述べて
いるが、政策展開の視点として、何点か付け加えたい。
現在、多くの自治体が教育現場などにおける食育事業に取り組んでいる。しかし、年に
数回畑に赴き、種付けや収穫などの「イベント」を体験するだけでは不十分である。生産
者のライフスタイルとはどのようなものなのか、それを支える消費者のライフスタイルは
どうあるのが望ましいのか、また、具体的に、都市にいながら生産地を支える方法などに
対するアイデアを交換できる交流の場が望まれる。
また、消費者と生産者との顔の見える関係作りを視野に入れた、「地産・地加・地消」と
いう、地域で採れた農作物はその地域で消費することが望ましい、という活動が各地で行
われている。首都圏内・近郊における取り組みの促進だけでなく、多くの食材を日本全国
に提供している北海道のような地域でも、大生産地であるということの誇りを農家が得、
北海道に住む消費者達が、地域の品質の良い食材を安価で手に入れ、活用できる仕組みが
望まれる。
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d 「職におけるギャップ」
∼様々な働き方の創出に向けて∼
例1:ワーク・ライフ・バランスを推進する企業・行政への評価
例2:労働市場におけるマイノリティ(女性・障害者)が安心して働ける法制度の拡充
例3:「SOHO」、「Office at Home」、「起業」を普及するための仕組みづくり
高度経済成長の時代には、企業活動の広がり、活性化が日本を元気にし、それが家庭に
恩恵をもたらすものと考えられていた。しかし、ライフ・ワークバランスの意識の広がり
により、家庭や地域社会を大切にするライフスタイルを支えることが、逆に多様で柔軟な
発想を従業員に促し、企業に貢献する人材に育つのではないか、という考え方が広がって
いる。このような理念に基づき、積極的にワーク・ライフバランスを進める企業・行政へ
の評価が高まる環境づくりが期待される。
また、労働力となる絶対的な人口数が減少していく中、女性や障害者、高齢者など、過
去にはマイノリティとされてきた人々の力を活用することが必要で、それぞれのライフス
タイルに合わせた働き方を創出することが望まれる。
更に、「職」とは、必ずしも住居から職場に通うことで成り立つものではない。「SOHO:
Small Office Home Office」という、情報通信技術を活用し、自宅や小規模オフィスで事業
を行うワークスタイル(ライフスタイル)を選択する人々が増えている。このような、自
分の能力を仕事という形で発揮したいと考えつつ、家族との生活などプライベートな部分
も充実させたいという思いを持つ人々を支援する仕組みづくりを行うことによって職と住
の空間的ギャップが埋まり、地域再生の力となることが期待される。
e 「住におけるギャップ」
∼地域での様々な暮らし方の創出に向けて∼
例1:ある地域に住みたいと考えた際、ある一定の期間住むことによって、自分と地
域との相性を試すことのできる仕組みづくり。
例2:一定の条件の下での交通機関料金の値下げなど、地域間移動に伴うコスト削減
の仕組みづくり。
例3:職住が離れているという前提で、地域コミュニティの見直しを行うプロセスの
提案。
地域社会とのつながりの変化と、情報技術の革新や交通手段の発達は、人々に「様々な
地域における様々な暮らし方」の可能性を広げたと言える。その地域に住む人のみが地域
コミュニティを作るのではなく、過去に住んでいたが今は移動してしまっている人々、ま
たは勉強や仕事、観光でその地域を訪れ、愛着を持った人々、そして地域への愛着からそ
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の地域に移り住もうと考えている人々など、多くの人々を「地域への愛着」、つまり「新し
い地縁」が結びつけることにより、地域の再生を支える新しい力となることが期待される。
「新しい地縁」の輪を広げるには、地域社会にとって、いかに地域の魅力を対外的にア
ピールするかという戦略と、自由な関わり方を望む人々を歓迎する寛容性、そして信頼関
係の創出が必要となってくるであろう。アピール戦略の一つには、交通機関との協力によ
り、距離や時間帯、頻度など、一定の条件を満たす人々に対する移動コストの削減なども
含まれるだろう。また、「古い地縁」と違い、「新しい地縁」で集まる人々の興味を、地域
への愛着に変化させ、地域再生の力とするには、お互いの信頼関係の創出が不可欠である。
f 「学びにおけるギャップ」∼地域を学ぶ機会の創出に向けて∼
例1:学校機関を地域のライフスタイルの集積場所、社交の場所として活用する仕組
みづくり。
例2:ICT を用いた、必要なときに適切な情報・サポートが得られる仕組みづくり。
例3:まちづくり指標プロジェクトの推進。
例4:地域の問題解決を行う NPO・市民グループと、行政・学校が連携した、地域の
仕組みを学んでもらう機会の提供。
地域への愛着は、まず「地域を知る」ことから始まる。地域に何があり、何が自分の目
指すライフスタイルに活用することができるのか、新聞やテレビ、地域の情報誌、HP など
のメディアやイベントなどを通して、必要な時に必要な情報やサポートにアクセスするこ
とのできる仕組みづくりが望まれる。その情報の中には、地域の歴史・文化・施設だけで
はなく、子育てや安心・安全情報なども含まれる。
また、地域の人々が様々な意見を持ち寄り、コンセンサスを図る「まちづくり指標」づ
くりは、地域を学ぶ方法として有益であると考えられる。最初から答を用意しておくので
はなく、時間・手間をかけて、地域の問題を考えていくプロセスは、参加する行政や地域
住民にとって非常に力を必要とする作業となるだろうが、それを終えた時、地域を再生す
る力となることが期待される。またこの「まちづくり指標」は、時代の流れに応じて適宜
改訂されていくことが望ましいのではないだろうか。
地域への知識・愛着を地域再生につなげるには、その過程で明らかになった利点をどう
活用するのか、また課題がみつかればそれをどう解決するのか、という「行動」が重要で
あり、その担い手は、やはり共に汗を流した地域の人々である。具体的に「地域社会に関
わるライフスタイル」を推進するため、NPO・市民グループとの適切な協力関係を築くこ
とが期待される。
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(2)仕組みづくりに取り組む様々な事例
(1)では、様々な仕組みづくりを提案したが、既に様々な主体が、自治体、NPO、市
民グループ、企業などが様々な形でライフスタイルのギャップを埋め、地域再生の基盤を
作ろうと活動を行っている。ここでは、そのような事例をいくつか紹介する。
a ワーク・ライフ・バランスを進める取り組み
● (株)ワーク・ライフバランス(東京都港区)
家庭の充実が仕事の充実につながり、企業が活性化することが個人の生活に潤いを
与える、そのような充実した社会の広がりを目指し、2006 年に設立。育児休業者、
介護休業者等、休業中に e ラーニングを通してスキルアップを目指すという休業者職
場復帰支援事業、armo[アルモ]を始め、事業所内保育所等の設置補助を行う保育所・
託児所関連事業、ワーク・ライフ・バランスに関するコンサルティング事業等を精力
的に行う。
参考 URL:http://www.work-life-b.com/
b 「新しい地縁」が進めるコミュニティづくり
● ロハスクラブネットワーク
2004 年、代表者である小瀧氏が山形県の過疎村を訪問し、過疎の問題に直面し、
また東京都内に住むにあたり、東京周辺の一極集中やライフスタイルに影響する社
会問題への関心から、自分でも小さなことから何かできないかと考え、「週末は過疎
村へ行こう!」というメールマガジンを発行したのが始まり。
i)食から地域を変えるため、Web2.0 を活用した生産者・消費者のネットワーク作
り、ii)小諸市におけるエコビレッジを作るプロジェクト、iii)農業体験をするアグ
リツーリズモの仕組み作り等を行っている。
参考 URL:http://www.lohasclub.net/
● I Love Yokohama
SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、mixi のコミュニティの一つ。メン
バー数が 3 万人を超える巨大コミュニティの一つ。
「横浜が好きである」が条件であ
るこのコミュニティは、当初は横浜に関する情報交換、イベント案内等が中心で
あったが、管理者を含む有志が集まり、みなとみらい地区での清掃活動を開始する。
ボランティア活動では、最も参加を呼びかけにくい層(20∼30 代のサラリーマン)
を取り込み、地元自治体とも連携を組んで活動の幅を広げている。
参考 URL:http://www.hamakei.com/column/134/index.html
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c 地域の力を集めたまちづくり指標
● 東海市「まちづくり指標」(平成 14 年度)
公募委員 25 名、推薦委員 25 名で構成される「市民参画推進委員会」がコーディ
ネーター役となってニーズ調査を行い、東海市民が今後のまちづくりにおいて重視
している理念とそれを実現するために重要と考えている生活課題を把握し、その生
活課題が改善されているかどうかを数値で確認できるような仕組みとして、99 のま
ちづくり指標が選定され、東海市の「第 5 次総合計画」に取り入れられた。
参考 URL:http://www.city.tokai.aichi.jp/~seisaku/index_iinkai.html
● 枚方市「まちづくり指標」(平成 14 年 3 月)
i)市民・事業者・行政の意思疎通や議論の基盤となる共通・共有の「コミュニ
ケーション・ツール」として機能させ、三者の協同を醸成すること、ii)指標の目標
と実績を比較し、総合計画の達成度を評価すること、iii)行政サービスの重点化・選
択の尺度とすること、の 3 つのねらいの下に、有識者・市民公募委員により構成さ
れたまちづくり指標検討協議会が 47 指標を作成した。
参考 URL:
http://www.city.hirakata.osaka.jp/freepage/gyousei/kikaku/machidukuri/top.htm
● 吹田・豊中市「持続可能なまちづくり指標
千里ニュータウン」(平成 15・16 年度)
平成 15 年、地域住民や NPO、事業者、行政等様々な立場・考えの人々が自由に
集まり、地域の問題・課題についての情報や意見交換を行うオープンな場である地
域プラットフォーム、「北千里地域交流研究会」における議論を通して、住民参加型
による「持続可能なまちづくり指標」を作成、平成 16 年度には、平成 15 年度版を
具体的事案に適用し、使いやすさ等を検証すると共に、既成市街地等においても使
えるよう、より汎用化された指標を作成した。
参考 URL:http://www.kkr.mlit.go.jp/kensei/machi-shihyo2004/
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