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Title ホモアフェクトス的転回 : 感情社会学における、構築されるものされ

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Title ホモアフェクトス的転回 : 感情社会学における、構築されるものされ
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ホモアフェクトス的転回 : 感情社会学における、構築されるものされざるもの、を越えて
岡原, 正幸(Okahara, Masayuki)
三田社会学会
三田社会学 (Mita journal of sociology). No.13 (2008. ) ,p.17- 34
Journal Article
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AA11358103-200800000017
特 集:構
築 主 義 批 判 ・以 後
ホ モ ア フ ェ ク トス 的 転 回
感 情 社 会 学 に お け る 、構 築 され る もの され ざ る も の 、 を越 え て
岡原
正幸
目次
は じめ に
0
1
感 情 社 会 学 の本 体
2
く構 築 主 義 的 〉感 情 社 会 学 の正 体
3
生 の技 法 と して の感 情体 験
0.は
じめ に
感 情 社 会 学 と い う フ レー ズ に 触 れ 、 そ こ に 引 き 込 ま れ る の を 感 じた の は 、1980年
の暮 れ 、ジ
ョ ン ・レ ノ ン が 暗 殺 され た 翌 々 日 、 ミ ュ ン ヒ ェ ン の 大 学 付 近 に あ る フ ー バ ー とい う書 店 で 、 ア
グ ネ ス ・ヘ ラ ー が そ の 年 に 著 し た 『感 情 の 理 論 』 と い う書 物 を 手 に し て 、 パ ラ パ ラ と 目 次 を め
くっ た ときだ っ た。 「
感 情 の 現象 学」 が第 一 部 、そ して第 二 部 が 「
感 情 の 社 会 学 へ の 貢 献 」 と銘
打 た れ て い た 。 翌3月
に は 東 西 に 分 断 され て い た ベ ル リ ン を 訪 ね た 。 ル フ トハ ン ザ ドイ ツ 航 空
は ベ ル リ ン に は 飛 ば な い 。 四 力 国 に 統 治 され た ベ ル リ ン に 飛 べ た の は 英 国 航 空 、 エ ー ル フ ラ ン
ス 、 ア エ ロ フ ロ ー ト、 そ して パ ン ナ ム 。 そ の パ ン ナ ム で ミ ュ ン ヒ ェ ン か らベ ル リ ン に 飛 ん だ 僕
が 、 西 ベ ル リ ン の テ ー ゲ ル 空 港 の 書 店 で ズ ー ル カ ン プ 出 版 の ペ ー パ ー バ ッ ク が 並 ん だ カ ラ フル
な 棚 に 、『心 の 論 理
感 情 の 社 会 的 次 元 』 とい う本 を 見 つ け た と き 、ベ ル リー ナ ー ア ン サ ン ブ ル
で い よ い よ ブ レ ヒ トの 芝 居 を こ の 目 で 見 られ る とい うの に 、 当 時 、 ミ ュ ン ヒ ェ ン 大 学 歴 史 芸 術
学 部 で 演 劇 学 を 主 専 攻 、 社 会 学 と 芸 術 史 を 副 専 攻 に し て 勉 強 し て い た 自 分 自身 の 進 む べ き 方 向
は 社 会 学 に 間 違 い な い と直 観 した 。 も ち ろ ん 、 当 の ブ レ ヒ トは 感 情 の 歴 史 性 や 階 級 性 を 認 識 し
て 芝 居 を 書 い て お り、 筋 違 い とい うわ け で は な い の だ が 。
ヘ ラ ー の 分 厚 い 一 冊 に 比 べ 、 こ ち ら は ゲ ル ト ・カ ー レ と い う若 い 研 究 者 が12本
の論 文 を一 冊
に し た も の だ っ た 。 そ の 中 に は 、 哲 学 畑 や 民 族 学 畑 の 論 稿 に 並 ん で 、 ガ ー ス と ミル ズ 、 ケ ン パ
ー の 論 文 が 独 訳 さ れ て い た 。 そ して 何 よ りカ ー レ は パ ー ソ ン ズ の 感 情 論 を 扱 っ て い た し、 あ と
が き に 付 され た 参 考 文 献 に は ホ ッ ク シ ー ル ドの 雑 誌 論 文 が 挙 げ られ て い た 。 興 奮 し た 。 ミ ュ ン
ヒ ェ ン に 戻 り、 文 献 リス トに あ る 社 会 学 系 の 論 文 す べ て を 、 結 局 は 英 語 の 論 文 だ け だ っ た わ け
だ が 、 図 書 館 で 探 しま く り、 一 枚20プ
フ ェ ニ ヒ(当
く コ ピ ー し続 け た の を 覚 え て い る 。
17
時 の レー トで25円)も
支 払 っ て 、 とに か
三 田社 会 学 第13号(2008)
そ れ か ら 四 半 世 紀 を 経 て 、僕 は ま だ 感 情 社 会 学 に コ ミ ッ ト し て い る。 『感 情 的 行 為 の 構 造 』 と
い う修 士 論 文 か ら 、 こ の 文 章 ま で 。
本 稿 の意 図 は1)、 構 築 性 あ る い は構 築 主 義 的態 度 と呼 べ る よ うな理 論 的 な特 色 を感 情 社 会 学
の流 れ の 中で 再確 認 あ るい は再 評 価 す る こ とで あ る。だが 、
構 築 主義 批 判 が な され て 久 しい今 、
言 うま で も な く、 肯 定 的 な それ に終 始 す るはず もな く、 む しろ嫌 悪 され るべ き面 を感 情 社 会 学
に 見 い だす こ とに な る。 「
構 築 」 とい う切 り 口に よ って 、あ るい は構 築 主 義 の名 の 下 に蓄 積 され
た議 論 を下 敷 きに す る と、
感 情 社 会 学 に は否 応 もな くあ る種 の 欺 隔 を見 て しま うとい うこ とだ。
言 葉 を慎 ん だ と して も、
感 情 社 会 学 とい う営み に は理 論 的 な未 成 熟 が散 見 され 、自戒 しつ っ も、
感 情 社 会 学 者 の 怠惰 を 云 々 しな くて は な らな くな る。
とは い え、奈 落 の底 で喘 ぐの をそ の ま ま に して も仕 様 が な い。 ここで は 、 「
構 築 され る もの 」
と 「
構 築 され ざ る もの」 の狭 間 で や り過 ご して きた感 情社 会 学 の不 安 定 さ と不徹 底 さを咀 噛 し
突 き抜 けて 、 現代 社 会 の なか で 「
感 情 的」 に生 き る、 そ の 生 の プ ロ ジ ェ ク トの あ り うる方 向 を
示 す こ とに、 この感 情 社 会 学 の 自己批 判 がつ なが れ ばい い と思 う2)。
1.感
情 社会 学 の本 体
感 情 社 会 学 の メ ル ク マ ー ル と は 、 と い うお 決 ま りの 問 い に 答 え な が ら、 感 情 社 会 学 が 感 情 を
ど の よ うに 理 解 し て き た の か を確 認 し て お こ う。
(1)感
情 とそ の社 会 性
感 情 の 社 会 学 、っ ま り感 情 を 社 会 学 す る 、そ の 仕 方 は と言 え ば 、「感 情 」 と 「
社 会 的 な る もの 」
と の 関 連 を 問 う、 そ れ に 尽 き る。 社 会 構 造 や 社 会 制 度 、 支 配 や 権 力 、 集 団 や 組 織 な ど、 社 会 的
な る もの の 内実 は様 々で 、 関連 付 け の方 法 や そ の 因果 的方 向性 もい ろい ろ で は あ るが 、社 会 学
の 歴 史 の 中 で も 、 感 情 と社 会 的 行 為 と の 関 連 を 問 うた ヴ ェ0バ
ー や パ ー ソ ン ズ 、 感 情 と社 会 的
連 帯 の 関 連 を 問 う た デ ュ ル ケ イ ム 、 感 情 と社 会 的 場 面 の 成 立 を 問 うた ジ ン メ ル や ゴ フ マ ン な ど
な ど、 挙 げ れ ば き り が な い 。
1970年 代 後 半 よ り出 立 し た 「感 情 社 会 学 」も 、感 情 を社 会 学 す る 営 み の ひ と つ に は 違 い な い 。
こ の こ と を ま ず は 確 認 し よ う。 す な わ ち 、 感 情 社 会 学 は 二 つ の 事 態 、 あ る い は 三 つ の 事 柄 を 前
提 に して い る とい う こ とで あ る。 ひ とつ め 、 感 情 が 存 在 す る 、 とい う こ と で あ る 。 ふ た っ め 、
社 会 的 な る も の が あ る とい う こ と で あ る 。 そ して も うひ とつ 、 上 の 二 つ の 事 態 が 無 関 係 で は な
く、 関 連 を もつ とい う こ と で あ る。 こ の よ うに 整 理 し た か ら とい っ て 、 厳 格 な 構 築 主 義 と の 差
を い ま こ こ で 明 らか に し よ う と 思 っ て い る 訳 で な い 。 そ も そ も 「
感 情 が 存 在 す る 」 と い う前 提
な ど と言 っ て も 、 そ れ 自 体 が ず い ぶ ん と曖 昧 で 、 言 説 作 用 に よ っ て 構 築 され る 「
感 情 が存 在 す
る 」 を排 除 し て い る わ け で は な い か ら だ 。 神 が 存 在 す る 、 と 同 じ次 元 や 広 が りで 、 感 情 が 存 在
す る を 問 うて も い い の だ 。
18
特集:構
築 主 義 批 判 ・以 後
三 つ の 前 提 を共 有 し な が ら も 、 い わ ゆ る 感 情 社 会 学 が 過 去 の 感 情 の 社 会 学 と は 異 な る ポ イ ン
トは 何 で あ っ た か 。 そ れ は 、 従 来 は 社 会 学 化 され て こ な か っ た あ る 部 分 が
「
社 会 的 な もの」 に
分 類 され た と い う こ と 、 つ ま り、 日常 的 に 自 明 視 され て き た 、 感 情 そ れ 自 体 の 成 立 過 程 は 「心
理 的」 「
生 理 的 」 な 範 疇 で あ る と い う 了 解 に 抗 して 、感 情 成 立 の 必 須 の 要 件 と し て 「
社会的」な
範 疇 を 打 ち 出 した と い う こ と で あ る 。
旧 来 の 「感 情 の 社 会 学 」 と は
「
感 情 社 会 学 」 とは
ジ
悼
ン 箋
上 の 二 つ の 図 で 表 せ ば 、 感 情 とい う箱 の 中 身 は 問 わ ず に 、 そ の 箱 の 前 後 に 社 会 的 な る も の を
設 置 して 、 矢 印 の 作 用 を 問 うて い た の が 、 旧 来 か ら の感 情 の 社 会 学(感
情 へ の 社 会 学 的 接 近)
だ とす れ ば 、感 情 と い う箱 そ の も の を 展 開 して 、そ の 中 見 に 社 会 的 な る も の を 発 見 し た の が 「
感
情 社 会 学 」 とい うこ とに な る。
そ して こ の 感 情 社 会 学 は 、 社 会 的 な る も の の 実 質 的 な 内 容 、 感 情 と社 会 を 結 び っ け る機 制 、
分 析 対 象 とす る 社 会 的 局 面 の 違 い に 応 じ て 、 さ ま ざ ま な 流 派 を 生 み 出 して き た 。 こ こ で は 後 の
議 論 を 理 解 しや す く す る た め とい う理 由 で 、 簡 単 に 三 つ だ け 紹 介 し て お こ う。 社 会 生 理 学 と名
乗 る ケ ン パ ー 、 シ ン ボ リ ッ ク イ ン タ ラ ク シ ョ ニ ズ ム の 王 道 ホ ッ ク シ ー ル ド、 そ して 独 自 の 文 明
化 論 を 謳 うエ リ ア ス で あ る3)。
19
三 田社 会 学 第13号(2008)
機制
代表者
認知
ケ ンパ ー
感 情 規 則 とそ の運 用
感情管理
/相 互行為的達成
ホ ック シー ル ド
社 会 構 造 の 変数
文明化
(分業 や 国家 の成 立)
/歴 史的変容
分析局面
個人
相 互行 為
集団
社 会 的 な る もの
社会 関係 の構 造 的特 性
(権力 や 地位)
ひ とつ ひ とつ の 議 論 の 詳 細 は 抜 き に してU、
れ ぞ れ 独 自 の概 念 化 に よ り定 式 化 され た
エ リア ス
確 認 してお き たい の は 、 それ ぞれ の議 論 は、 そ
「社 会 的 な る も の 」 を感 情 が 形 成 され る 際 の 必 須 の 要
件 に し た とい う こ と で あ る。 こ の よ う に感 情 そ れ 自体 の 社 会 性 を 主 張 し 、 そ の 社 会 的 な 感 情 形
成 の 機 制 を 提 示 す る立 場 こ そ 、 感 情 の 社 会 学 化 と 呼 ば れ る に ふ さ わ し い こ と に な る。
(2)感
情 とそ の構 築 性
では 「
感 情 は 構 築 され る」 とい う見 方 と感 情 社 会 学 の 関 係 を整 理 し て み よ う。 そ の 際 に 言 及
し な くて は な ら な い の は 、 感 情 社 会 学 史 に お け る 「実 証 主 義/構
築 主 義 論 争 」 で あ る。 ほ ぼ 同
時 期 に ア メ リカ 社 会 学 会 で 感 情 を 主 題 化 し は じ め た ふ た つ の 立 場 、 ケ ン パ ー の そ れ と ホ ッ ク シ
ー ル ドに 代 表 され る シ ン ボ リ ッ ク イ ン タ ラ ク シ ョニ ズ ム の そ れ
、1980年 代 初 頭 の 学 会 誌 で の こ
の 両 者 の や り取 りが 実 証 主 義/構
築 主 義 論 争 と呼 ば れ る。 そ の 発 端 は 、 ケ ン パ ー が 自 ら を 「ポ
ジ テ ィ ヴ ィ ズ ム 」 と称 し、 相 手 方 を 「コ ン ス トラ ク シ ョ ニ ズ ム 」 と呼 び 、 相 手 の 理 論 に 疑 問 を
呈 した こ と で あ る5)。
論 争 の 展 開 は お 粗 末 な もの で 、 感 情 に 関 す る 心 理 学/生
理 学 的 な諸 理 論 の代 理 戦 争 だ った と
い っ て も過 言 で は な い 。 結 局 は 、 折 衷 案 的 な棲 み 分 け 処 理 が な さ れ る(Kemper
1990)。
とい う
以 上 に 大事 な帰 結 は 、両 者 と も、 生理 的 機 構 を前提 に したモ デ ル だ った こ とが 明確 に され た と
い う こ と で あ る。社 会 生 理 学 を 謳 っ た ケ ンパ ー は も ち ろ ん の こ と 、相 手 側 で さ え 、 「相 互 行 為 論
の 立 場 は 生 理 的 機 構 な しに 感 情 経 験 が 生 起 しな い こ と は 認 め る が ・ ・」(Hochschild
1983)と
な っ て し ま う。 コ ン ス トラ ク シ ョ ニ ズ ム と 呼 ば れ た こ の 感 情 社 会 学 の 基 本 構 図 は 下 の 図 の 通 り
で あ る。
20
特 集:構 築 主 義 批 判 ・以 後
っ ま り図 の よ う に 、 身 体 的 興 奮 や 生 理 的 変 化 が あ り、 こ の 感 情 以 前 の 状 態 に 対 して 、 解 釈 実
践 を 通 じて 、そ こ に 感 情 ラ ベ ル が 貼 られ る こ とで 感 情 が 成 立 す る とい う構 図 だ っ た 。あ る 意 味 、
始 祖 ブ ル ー マ ー が 掲 げ た シ ン ボ リ ッ ク イ ン タ ラ ク シ ョニ ズ ム の 三 つ の 公 準 を 素 直 に 感 情 現 象 に
適 用 させ た も の と考 え られ る。
〈
身 体 ・生 理 の 一 次 性 〉 は こ の よ うに 構 築 主 義 的(と
呼 ば れ た)感
情 社 会 学 に お い て も認 め ら
れ て い る わ け だ6)。 さ ら に 身 体 の 一 次 性 の 承 認 は 、そ の 身 体 の 所 有 者 で あ る 「個 体 」の 特 権 化 、
つ ま り感 情 を 個 人 が 経 験 す る/感
情 は 個 人 内 部 に 形 成 され る と い う こ と を 前 提 的 に 認 め る こ と
に な る。 い わ ば 素 材 と し て の 個 人 の 生 理 を 文 化 的 に 造 形 す る と い う発 想 で あ っ て 、 そ の 中 途 半
端 さ は7)、 構 築 主 義 か らす れ ば
「
生 物 学 的 基 盤 論 」(上 野1995)と
あ る い は 、 身 体 性 を 基 盤 に し よ う とす る 立 場 か ら は
し て 批 判 され る だ ろ う し 、
「
文 化 的 帝 国 主 義 」 と 罵 られ る か も しれ な
い8)Q
感 情 の社 会学 化 を果 た した か に 見 え た感 情 社 会 学 、 しか しそ れ は らっ き ょ うの皮 を数 枚 剥 い
た だ け、 身 体 あ る い は生 理 とい う 「自然 」 を密 輸 入 す る試 み だ った ともい え る。
2
〈
構 築 主 義 的 〉 感情 社 会 学 の 正 体
す で に構 築 主 義 との 差 は 明 らか にな っ た と思 われ るが 、 こ こで そ の点 を整 理 して お こ う。
(1)構
築 主義 の 基 本線
ま ず は構 築 主 義 の 特 徴 とは何 か。狭 義 の 構 築 主義 、
つ ま り社 会 問題 の社 会 学 にお け るそ れ と、
広 義 の構 築 主義 を分 け るな らば 、感 情 社 会 学 の 守備 範 囲 か ら して 、 こ こで は後 者 に準 拠 す るの
が得 策 だ ろ う。
広 義 の構 築 主義 に 関 して 、そ の 特徴 を 、千 田 「
構 築 主 義 の 系譜 学 」、赤 川 「
言説 分 析 と構 築 主
義 」、北 田 「ジ ェ ンダー と構 築 主 義 」に よっ て ま とめれ ば 以 下 の通 り、① 反 本 質 主義 、② 反 客観
主義 、③ 再 帰性/権 力 関係 へ の 視座 を、 そ の基 本 線 と して掲 げ られ る だ ろ う。少 し言 葉 を加 え
て お こ う。
反 本 質 主義 とは 、 実体 視 を 回避 す る構 築 主義 の真 骨 頂 で あ るが 、 た とえ ば階 級 で あ っ た り、
性 別や エ ス ニ シテ ィで あ っ た り、若 者 とか 非行 少 年 とか、 そ うい っ た カテ ゴ リー そ れ 自体 が 、
歴 史 的 な産 物 で あ る と して 、 それ らカ テ ゴ リー(ア イデ ンテ ィテ ィ)を 本 質 と して 自明 の前 提
と して 議論 を 出発 させ ない 、 とい うこ とで あ る。 反 客観 主 義 とは、 客観 的 な認 識 の可 能性 に疑
義 を も ち、 そ の可 能 性 に準拠 して承 認 され て きた 分析 者/研 究 者 の優 位 性 や特 権 性 を否 定 し、
む しろ 当事者 に よる解 釈 活 動 や 定義 活 動 に重 き を置 く とい うこ とで あ る。 最 後 の 、再 帰 性 あ る
い は政 治 性 とは 、反 客 観 主 義 で 提示 され た 問題 を、 権 力 関係 とい う位 置 関係 の 内 に理 解 しよ う
とす る態 度 で 、 当事 者 の解 釈 作 業 を支 え る権 力 関係 を主題 化 した り、研 究 者 の リサ ー チ活 動 や
分析 それ 自体 が研 究 対象 に権 力 的 な作 用 を及 ぼす こ とを反省 的 に捉 え る こ とで あ る。
21
三 田社 会 学 第13号(2008)
(2)構
築 主義 的 感 情 社 会 学 の非 構 築 主 義 的 特 性
構 築 主義 と呼 ばれ た感 情社 会 学 は先 の 構 築 主 義 の三 つ の メル クマ ー ル に 照 ら され る と、 どの
よ うに 映 る だ ろ う。 ま ず は反 本 質 主 義 につ い て。 感 情 それ 自体 が 自然 で非 人 為 的 に成 立 す る と
考 え る観 念 を相 手 にすれ ば(た とえ ば感 情 の 古 典 的 な社 会 学)、 た しか に、感 情 社 会 学 は反 本 質
主 義 的 だ とい え よ う。 しか し、 自然 を密輸 す る、身 体 の一 次 性 を認 め る 、つ ま り実 体 と して の
本 質 を設 定 す る感 情社 会 学 が十 分 に反 本 質 主義 的 で あ るは ず もな い。 言 説 的 構 築 を強 く主張 す
る一部 の感 情 社 会 学(注6)を
除 け ば 、「
感 情 は あ な た の体 の なか にあ る」 とい う共 通 了解 が 存
在 す る。
つ ぎ に反 客観 主義 につ い て 。 シ ンボ リ ックイ ン タ ラ クシ ョニ ズ ム が 当事 者 の観 点 を大 事 にす
る とい う意 味合 い で言 え ば、感 情社 会 学 も当事 者 性 に意 義 を認 め てい るの だ が 、認 識 作 業 にお
け る分 析者 の特 権 性 まで 問 題視 して い る もの は少 な い9)。 む しろ 、参 与観 察 な どの リサ ー チ 法
を採 用 して い て も、 「あな た の感 情 につ いて 知 るの は私/分 析 者 で あ る」とい う横 柄 な態 度 は 疑
わ れ る こ とが ない 。 さい ごに再 帰 性 や 政 治性 に つ い て。 権 力 とい う主題 は好 まれ る もの の 、感
情 を社 会 学 す る営 み そ れ 自体 が もち うる権 力性 、あ る い は再 帰 的 効 果 に つ い て の感 受 性 は低 い。
研 究者 の立 ち位 置 、研 究者 の特 権 性 を正 々 堂 々 と問題 化 しない 以 上 、研 究者 自身 の 定 義活 動 に
は 野放 図 に な らざ るを え な い 、 「
私 は あな た の感 情 に手 を くわ えな い 、 あ な た の味 方 で あ る」と
い う笑 み が感 情社 会 学者 の表 情 を こわ ば らせ る。
結 局 、 現 存 の構 築 主義 的 感 情 社 会 学 が構 築 主義 の仲 間 内 に入 ろ うと して も無 理 が あ る。 もち
ろ ん その よ うな こ とが望 まれ て い る と も思 わ ない けれ ど。
(3)〈 社 会性/構 築 性 〉 の 〈
政 治 学〉
構 築 主義 的感 情 社 会 学 が感 情 の構 築 性 を主 張 す る意 義 は何 だ っ た のか。 感 情社 会 学 の誕 生 す
る文 化 的背 景 か ら見 て み よ う。1970年 代 、感 情社 会学 が公 表 され 始 め る時期 、そ の社 会 的 雰 囲
気 は 《60年代 》 が 象 徴す る文 化 変 容(反 管 理 、反 権 威 な ど)に 代 表 され るか も しれ な い。感 情
をテ ー マ にす る以 上 な お さ らで あ る。 新保 守 主 義者 ベ ル が 冷 や や か な視 線 を送 った 快 楽 主義 の
時 代。 個 人 に生 き られ る感 情 が高 く価 値 づ け られ 、 そ の復 権 が 声 高 に 叫 ばれ た時 代。 合 理 的 な
計 算 に依 拠 す る欲 望 充足 の遅 延 では な く 「
今 」 を大 事 にす る。 い ま こ こに あ る 自分 を 再評 価 す
る流 れ 。 自 己の 存在 理 由 と して感 情 を強 く謳 うムー ブ メ ン ト。 当時 の サ ブ カル チ ャー に顕 著 に
表 現 され てい る雰 囲気 で あ る。
他 方 で、 そ の政 治 的雰 囲 気 は 《
新 しい社 会 運 動 》 が 象 徴す る文化 変 容(一 人 称 の政 治 、多 様
な異 議 申 し立 て な ど)に 代 表 され るか も しれ な い。 そ もそ も この新 しい 社 会 運動 の担 い 手 は サ
ー ビス業 に 従事 す る感 情 労働 者(感 情 管 理 へ の 感 受性 が 大 き い)が 多 く
、 ま た異 議 申 し立 て す
る主 体 は、社 会 か ら 「
感 情 的 で あ る」と レッテル を貼 られ 社 会 的 に排 除 され て きた 人 々(女 性 、
精 神 障 害者 、 同性 愛 者 、 エ ス ニ ックマ イ ノ リテ ィな ど)だ っ たlo)。
22
特 集:構 築 主 義 批 判 ・以 後
で は感 情 社 会 学 は この雰 囲 気 の 中 で 生 まれ 育 ち なが ら、 どの よ うな立 ち位 置 に あ っ た のか 。
ま ず 、 自己の 生 や 自己 の存 在 理 由 と して感 情 を再 発 見 す る営 み に対 して は、 この現 象 そ れ 自体
を歴 史化 した り、 文 化 的現 象 と して観 察す る態 度 を とる。 感 情 管 理 社 会 論 、 エ リア ス派 の議 論
な どが そ の代 表 で あ る。 自 ら経 験 す る感 情 を生 の根 拠 や 道標 に しよ う とす る個 人 の真 摯 な思 い
に対 して シ ニ カル な相 対化 の ま な ざ しを送 る、 それ が感 情 社 会学 で あ る。
感 情 社会 学 が、 実 体 と して の感 情 を全 く認 め な い強 い 構 築 主 義 的 な 主 張 で は な く、 生理 的基
盤 や 身 体 の一 次 性 を前 提 に して い た に もか か わ らず 、生 や そ の根 拠 と して個 人 に生 き られ る感
情 を相 対 化 した の は、 そ の構 築性 の論 理 が 、 結 局 は個 人 を文 化 の 代理 店 と して しか 見 な か っ た
か らで は な い だ ろ うか 。 あ る問題 に 向 き合 っ た 時 に メ タの 立 場 を標 榜 す る こ とは、 そ の 問題 の
解 決 を回避 す る手 立 てで しか な い。「
個 々 人 に 生 き られ る感 情 」とい う戦場 か らの 撤 退 こそ が感
情 社 会 学 の 非 政治 的 な政 治性 で あ る。
一 方 で 感 情社 会 学 は 、感 情 性 を根 拠 に排 除す る/さ れ る集 団 を 前 に して は、問題 化 され て い る
感 情 につ い て 、 そ の 自然 性 を積 極 的 に否 定 し、 そ れ らが文 化 的 な構 築 物 で あ る とい う主 張 を行
っ た。 た とえば 、母 性 愛 な どは そ の代 表 格 だ ろ う。 身 体 の 自然 性 を前 提 に しつつ も、 そ の 拘 束
性 を前 提 にせ ず 、解 釈 実践 に よ る可塑 性(変 容 ・変 革)を 主張 す る こ とで 、感 情 を め ぐる政 治
的言 説 を作 成 す る、 あ る い は定 義 の 政治 に参 加 す る、 これ が文 字 通 り、感 情社 会 学 にお け る構
築性 の政 治 学 で あ るll)。
しか し内実 は 、 自然/文 化 の 二 元 論 の 上 に変 容(変 革)と い っ た動 的 可 能性 を 「
常識 的 」 に重
ね るだ け だ った の で は な い だ ろ うか。 そ もそ も 自然=生 理 とい う素 材 を文 化 的 に成 型 して は じ
めて感 情 が成 立 す る と考 え る のだ か ら、 文化 的 な変 容 が感 情 それ 自体 の 変 更 に つ な が る と考 え
るの は 不思 議 で はな い。 感 情 規則 の変 更 をめ ざ した 文化 運 動 を想 定す る の も無 理 は な い12)。だ
が そ れ が 、「
感 情=自 然 」とい う仮 想 敵 を前 に して 、あ る種 の 文化 本 質 主義 に陥 る危 険性 は高 い。
自然 だ か ら動 かせ ない 、 文化 な ら動 か せ る とい う、 ただ 単 に 常識 的 な 了解 が そ の 政治 性 を支 え
てい た と も言 え る。
構 築 主 義 的態 度 に望 む べ く もな いの だ が 、敵役 の提 示 す る根 拠 を脱 構 築/相 対 化 す る こ とで、
相 手 を論駁 し相 手 に対 して 勝利 を収 め た と思 うの は 、 あ ま りに子供 っ ぽ い ので はな い か。 子 供
っ ぽい とい うの は 、お 膳 立 て の 出来 上 が った 場所 で相 手 を信 用 した 上 で の ゲー ム に臨 ん で い る
か らで あ る。 生 の現 場 はそ ん な に 甘 くない 。 そ もそ も相 手 の虚 偽 を暴 露 した か ら とい っ て 、相
手か ら 「
だ か ら ど うした?」 と言 われ た ら、 ひ とた ま りも ない だ ろ う。
「自然 だ か ら動 く、動 かす 」 とい う発 想 が あ った な らば 、 た とえ文 化 と 自然 の二 元 論 だ っ た
と して も、 そ こに は 自 らの責 任 を 自覚 した強 い 意 志 を そ の政 治 性 に感 じ取 る こ とが で きた だ ろ
う。 残 念 なが らそ ん な もの は見 当た らない 。 強 い 意 志 を もっ て、 あ るい は 強 い欲 望 を も って 、
変 革/変 容 を 目指 して い る よ うには 見 え な い のだ 。構築 主義 的 態 度 が と きに 強 さを持 っ か の よ
うに 見 え るの は、 実 は 、相 手 方 の 強 さが先 に あ るか らで は な い か。
相 手 の オー ラ を拝借 して輝 い て い るだ け な の だ13)。も しそれ を構 築 主 義 的怠 惰 だ と指 弾 して
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三 田社 会 学 第13号(2008)
も(方 法 論 的 な 装飾 を施 して擁 護 しよ うとす る者 な ら構 築 主義 的無 関心 とで も呼ぶ だ ろ うけれ
ど)、当の構 築 主義 に とって 、そ の こ とが 内在 的 に 問題 に な る とは思 わ な い。だ が 、生 の根 拠 を
求 め て感 情 を生 き る個 人 を前 に して 、冷 や や か な相 対 視 を そ の感 情 に 向 け るの は 、 「
非人間的」
と しか言 い よ うの な い不 気 味 さ を感 じる。 「
誰 で もよ か った 」 と語 る通 り魔 の よ うだ。 なぜ な ら
感 情 社 会 学(者)自
体 が 感 情 の 相 対化 だ け に執 着 し、 個別 に生 き られ る具 体 的 な感 情 の 有様 に
無 関心 だか らで あ る。
3.生
の 技法 と しての 感 情 体験
ど う し て 感 情 社 会 学 は 個 人 に 生 き られ る 生 の 感 情 を 疎 か に し た の だ ろ うか 。 か つ て 僕 は そ の
よ うな 感 情 社 会 学 を感 情 社 会 学 を す る 者 と して 内 か ら 罵 っ た こ とが あ っ た(岡
原1998)14)。10
年 経 過 し て も事 情 は 変 わ ら な い 。
(1)感
情 嫌 悪 とい う感 情 管 理
感 情 語 を め ぐ る 諸 実 践 、 感 情 言 説 の 配 置 や 戦 略 、 感 情 文 化 な る も の へ の 関 心 の シ フ ト、 あ る
い は 感 情 労 働 概 念 、 こ うい っ た 感 情 社 会 学 的 な 方 向 性 や 業 績 は 、 厄 介 者 を お 払 い 箱 に し て 「感
情 」 を め ぐる経 験 的 な研 究 の推 進 に遭 進 で きた か ら こそ、 作 られ た の で は ない か。 昨年 、雑 誌
「ア エ ラ」(6月4日
号)の
特 集 に ま で 登 場 し、 そ の 流 れ で 「天 声 人 語 」 で も 扱 わ れ た 「
感情 労
働 」、た しか に サ ー ビ ス 業 や 看 護 介 護 職 に 就 く人 々 の も つ 感 情 の 疲 れ に 対 し て 、一 服 の 清 涼 を も
た ら し た よ うだ 。 「私 の 疲 れ は こ うだ っ た ん だ 」 とい う フ レ ー ム を 与 え る こ と が で き た 。 し か し
これ だ っ て 、 感 情 労 働 と い う概 念 が 生 の 感 情 そ の も の を 把 握 で き た か ら とい う理 由 で は な い 。
ホ ッ ク シ ー ル ドは 感 情 労 働 を 否 定 的 に 捉 え 、感 情 労 働 に よ る 疲 弊(バ
ー ン ア ウ ト)、 自分 の 不
誠 実 さへ 自 己 非 難 、 あ る い は 職 務 か ら 距 離 を と っ て ア イ ロ ニ カ ル な 態 度 に 陥 る 、 こ の 三 つ を 問
題 視 して い た 。 そ れ は マ ル ク ス が 資 本 下 へ の 実 質 的 包 摂 を 主 題 化 し て 以 来 の テ ー マ と も言 え る
の だ が 、 三 井(2006)が
言 う よ う に 、 感 情 労 働 論 は 、 職 務/労
働 と 自 己 との 密 接 な つ な が り を
議 論 す る際 に 、 自己や 人 格 を過 剰 に 一般 化 して 固定 的 に設 定 して しま った 。 状 況依 存 的 で 関係
依 存 的 な 自 己 の あ り よ う 、 言 う な ら ば 、 そ の 都 度 の そ の 個 人 の 生 の 体 験 と して の 自 己 感 情 が 無
視 され て い た と い う こ と に な る 。
個 人 に 生 き られ る 感 情 、 これ に 対 し感 情 社 会 学 は 、 「
構 築 され た も の 」 を 巻 頭 語 に し て 冷 や や
か な 相 対 視 を送 る 、 あ る い は 、 感 情 を 経 験 す る 主 体 を集 合 的 な カ テ ゴ リー の メ ン バ ー と して だ
け 理 解 す る こ と で 一 般 化 の ま な ざ し を 送 る 、 そ の よ うな 対 処 を して き た の で は な い か 。 こ の 態
度 は あ た か も 生 の 感 情 を 恐 れ る が ご と く で あ る 。 感 情 社 会 学 が 生 の 感 情 を避 け て き た と い う こ
と だ 。 こ の 感 情 フ ォ ー ビア 的 態 度 は 、 感 情 社 会 学 が 身 体 性 や 生 理 を 前 提 に し 、 感 情 を 個 人 に 帰
属 させ て き た 以 上 、 方 法 論 的 な ひ と つ の 選 択 で は す ま され な い だ ろ う。
な ぜ な ら 、 感 情 社 会 学 的 言 説 が 向 け られ る 先 に い る個 々 人 に と っ て 、 そ の 言 説 の 理 解 され る
水 準 は 、 日常 生 活 そ の も の で あ っ て 、 そ の 遥 か 下 の 神 経 系 の 物 理 化 学 的 反 応 で も な け れ ば 、 遥
24
特 集:構 築 主 義 批 判 ・以 後
か彼 方 か らの生 物 進 化 の軌 跡 で もな けれ ば 、遥 か上 空 の社 会 シス テ ム の動 態 で もな い か らで あ
る。 自分 が 日々生 きん とす るそ の場 そ の 場 の感 情 の あ りよ うが 、 ま さに感 情 社 会 学 の 語 る感 情
の 居 場所 だ と され るの で あ る。 だ とす る と、 ひ と りひ と りの 生 の感 情 を 、 あ たか も集 合 的 な一
般 化 され た感 情 へ と枠 付 けて い くこ とで 、 巧 妙 に 、ひ とつ ひ とつ の個 別 の生 き られ た感 情 を 回
避 して 行 くや り方 は、 あ る種 の感 情 管 理 だ とは言 え な い だ ろ うか。
感 情 管 理 、 それ は 当の感 情社 会 学 に よ って 生 み 出 され た生 産 的 な概 念 で あ る こ とは間違 い な
い。 感 情 を経 験 し表 現 す る とい う、 日々人 々 が行 っ て い る 出来 事 を、 一方 で 、主 体 に よ る戦略
的 な行 為 と して読 ませ 、 他 方 で 、社 会 構 造 に応 じた規 範 的 な行 為 と して読 ませ る、 そ して この
二つ の読 み に した が う経 験 的 な研 究 プ ロ ジ ェ ク トを展 開 させ る、 そ の よ うな理 論 的使 命 を負 わ
され た概 念 こそ 、感 情 管 理 だ っ た。 しか し、 感 情 管理 とい う概 念 の 成 立 は 、 た だ理 論 的 な使 命
を果 たす だ けの もの で は終 わ らな い。 概 念 の 再 帰 的効 果(自 己成 就)を 考慮 しな くて は な らな
い。 っ ま り、感 情 管 理 だ とい う名 指 しが感 情 管 理 を一層 高度 化 させ る とい う仕 組 み で あ る。
日常 的 な感 情経 験 を感 情 管 理 と して理 解 す る こ とは 、無 自覚 で 日常 的 な感 情 生活 へ の 囚わ れ
に 対 して、 意識 的 に 距離 をお く こ と(相 対 化 す る こ と)で 、 その 極 楷 を低減 も し くは消 滅 させ
る とい う働 き を もっ た。 とこ ろが 、 この処 方 箋 は 日常 的 な感 情 生 活 そ れ 自体 を くま な く感 情 管
理 の賜 物 とす る こ とで 、結 局 は 、感 情 管 理 の 呪縛 をひ とび とに 背負 わせ る こ とにな る。も はや 、
この 呪縛 はか た と き も解 かれ ない の だ。 感 情 管 理 で あ る こ との意 識 が さ らな る感 情 管 理 へ とひ
とび とを導 い て しま う。
この社 会 を感 情 管 理社 会 と して 批判 的 に語 る言 説(岡 原1998、2006、2007)(森2000)も
同
様 、 ひ とが 自分 の 日常 生活 を それ らの 言説 を借 りて 見 れ ば 見 る ほ ど、 そ の ひ との 生 は感 情 管 理
の網 にす くわれ て しま う15)。ひ とつ ひ とつ の具 体 的 な生 の感 情 は こ う して 感 情 管理 の所 産 へ と
書 き換 え られ て しまい 、
感 情 管 理 とい う面 だ け が突 出 し、化石 化 した感 情 だ けが お ぼ ろ げ に個 々
人 に残 され る とい うわ けで あ る。
い ず れ にせ よ、 感 情 社 会学 それ 自体 が感 情 管 理 の先 導 者 とな り感 情 管 理 を煽 動 す る働 き を も
って い る こ と、そ れ は 間違 い な い。 とは い え 、感 情 社 会 学 的 な知 の効 果 に諦 念 だ け を見 い だ し
てい て も、 それ はそ れ で 、先 に述 べ た 構 築 主義 的怠 惰 と同 じこ とだ。 僕 自身 は感 情 社 会 学 を全
否 定 す るつ も りは毛 頭 な い 、感 情 社 会 学 が 見せ て き た生 へ の ス タン ス に違 和 感 を感 じて い た だ
けだ 。 だ っ た らつ ぎ に、感 情 社 会 学 的 認識 を 生 の糧 にす る道 筋 を考 え て い け ば よい。
(2)感
じ る 主 体 と生 存 の 技 法
個 々 人 に 化 石 化 した 感 情 が 残 され る とい っ て も 、 そ れ は 、 現 代 人 に よ く指 摘 され る よ うに 、
個 々 人 が 感 情 の 空 虚 さ を 生 き て い る とい う こ と で は な い 。 そ れ な ら話 は 簡 単 だ 。 リア ル で 生 の
感 情 を 称 揚 して 、 充 満 した 感 情 空 間 を 演 出 す れ ば い い 。 そ うで は な く 、 感 情 社 会 学 が 見 い だ し
た の は 、 個 々 人 が 感 じ る 主 体 へ と規 律 化 さ れ て い る と い う こ とだ 。 こ の こ と か ら 出 発 し よ う。
感 じ る 主 体 へ の 規 律 化 と は 何 か 。フ ー コ ー の 議 論 を 借 り よ う。近 代 社 会 に あ っ て 権 力 関 係 は 、
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三 田 社 会 学 第13号(2008)
抑 止 や 強 制 と い う範 疇 か ら脱 し 、 人 間 の 生 や 身 体 に 介 入 す る 産 出 的 な
「生 一権 力 」 と して あ る 。
彼 の 言 葉 に よ れ ば 「生 命 に 対 し て 積 極 的 に働 き か け る 権 力 、 生 命 を経 営/管
理 し、 増 大 させ,
増 殖 させ 、生 命 に 対 して 厳 密 な 管 理 統 制 と全 体 的 な 調 整 と を 及 ぼ そ う と企 て る 権 力 」(1986:173)
と な る。 こ の 権 力 は 身 体 を 標 的 と し、 規 律 訓 練 に よ り従 順 な 身 体 が 作 成 され る 。 だ が そ れ は 単
に 物 理 的 な 身 体 へ の 作 用 で は な く、 内 奥 の 魂 、 心 理 に 照 準 して い る。 諸 個 人 の 身 体 に 可 視 性 を
強 制 す る こ とで 身 体 内 部 の 内 面 性 な る も の を 被 視 者 の 意 識 に 生 み 出 し 、 良 心 や 自 己認 識 に よ り
各 人 を 己 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に 結 び つ け 、主 体 化 す る権 力 の 形 式 で あ る(Foucault
この視 線 編 制 に よ る主 体化 は 、言 説 的 な 主 体化 の権 力 形 式 、 す な わ ち
向 の 認 知 と して の 告 白 」に よ っ て 補 強 され る 。"自 己 の 真 実"の
い う社 会 的 手 続 き の 核 心 に 登 場 」 す る こ と に な る(Foucault
1984:238)。
「自分 自 身 の 行 為 と志
告 白が 「
権 力 に よ る個 人形 成 と
1986:76)の
で あ るが 、 この 主体
化 の 実 践 は 感 情 を 自 分 の 内 奥 の も の と して 経 験 す る 個 人 の 形 成 に もつ な が る だ ろ う。
感 情 と規 律 の 関 連 と い う場 合 、 即 、 規 律 に よ る 感 情 の 統 制 ・抑 圧 が 思 念 され る が 、 そ れ は 感
情 の 自然(本
能 ・生 理)性
を 前 提 とす る理 解 で あ っ て 、 こ こ で は も ち ろ ん 違 う。 感 情 規 則 の 文
脈 的 な そ の 都 度 の 使 用 が 可 能 で あ る 主 体 へ の 規 律 化 で あ る。 あ る場 で は 愛 情 を感 じ、 あ る 場 で
は 恐 怖 を 感 じ、そ れ を 内 的 経 験 と して 主 題 化 す る 、そ の よ うな 主 体 の 形 成 過 程 で あ る 。「
感 じる」
を 押 さ え こ む 主 体 で は な く、 「
感 じ る 」 主 体 へ の 規 律 化 で あ る。 こ の よ う な 主 体 は 即 自 的 に 感 じ
る だ け で は な く 、 感 じ る ・感 じな い を 統 御 す る 主 体 で あ る。 そ れ ゆ え に 、 具 体 的 状 況 が 複 雑 化
し て 規 則 使 用 が 流 動 的 に な る と、 主 体 は 感 情 経 験 に 無 関 心 で は い られ な い 、 感 情 は 事 あ る ご と
に主 題 化 され 、 問題 化 す る。
社 会 空 間 で 感 じ る べ き 感 情 を 感 じ る こ と の で き る 主 体 へ と服 従 し た 個 人 は 、 生 へ の 献 身 的 な
配 慮(牧
人 司 祭)に
よ っ て 管 理 統 制 され 全 体 的 に 調 整 さ れ た 諸 感 情 を 適 切 に感 じ る 主 体 な の で
あ る。 この 主体 は
「
活 き活 き と」感 情 を経 験 す る主 体 で あ っ て 、 な に も感 情 が枯 渇 した人 間 を
指 す わ け で は な い 。フ ー コ ー の 議 論 を パ ラ フ レー ズ す れ ば 、感 じ る べ く調 教 さ れ た 身 体 を も ち 、
感 情 経 験 を 私 化 し た 個 体 と して 、 近 代 社 会 の 成 員 は 主 体 化 され て い る こ と に な る 。 感 情 管 理 社
会 論 も、 エ リア ス の 文 明 化 論 も 、 大 な り小 な り 同 じ事 態 を み つ め て い る 。 た し か に こ の よ うな
議 論 で 正 面 に 出 て く る の は 、 心 の 底 ま で 、 感 情 の 機 微 ま で 管 理 され 統 制 さ れ て い る 人 間 の 姿 か
も しれ な い 。 で も そ れ は 、 権 力 に 服 従 す る 主 体 、 構 造 の 外 に は 出 られ な い 主 体 、 そ の よ うな 主
体 化 の 形 式 だ け を 意 味 す る 訳 で は な い 。 ち ょ う ど フ ー コ ー が 抵 抗 す る 主 体 を想 定 し た よ うに 。
生 存 の 技 法 あ る い は 生 存 の 美 学 、 晩 年 の フ ー コ ー が 口 に し た こ の コ ン セ プ トこ そ 、 新 た な 主
体 化 の 形 式 を 指 示 す る もの で あ る。「そ れ は 熟 慮 や 意 志 に も とつ く実 践 で あ る と解 され な け れ ば
な らず 、 そ の 実 践 に よ っ て 人 々 は 、 自分 に 行 為 の 規 則 を 定 め る だ け で な く,自
分 自身 を 変 容 し
個 別 の 存 在 と し て 自分 を 変 え よ う と努 力 し、 自分 の 生 を 、 あ る 種 の 美 的 価 値 を に な う、 ま た あ
る 種 の 様 式 基 準 に 応 じ る 一 つ の 営 み と化 そ う と努 力 す る の で あ る 」(Foucault
1986a:16)。
自己
を 配 慮 し、 自分 自身 に 働 き か け 、 自 ら を 変 え る 、 そ の よ うな 生 の プ ロ ジ ェ ク トの 実 現 に 意 志 を
も っ て 当 た る 姿 を 、 生 存 の 技 法 に よ る 主 体 化 と フ ー コ ー は 考 え た 。 身 体 を 貫 く権 力 の テ ク ノ ロ
26
特 集:構 築 主 義 批 判 ・以 後
ジ ー に よる主 体 化 が 、結 局 は、 他 律 的 な規 格 へ の従 属 で あ った の に対 して、 こ ち らの 主体 は 自
分 の 熟慮 と意 志 で もっ て 自分 の生 を生 き よ うとす る。
だ と した ら、権 力 へ の服 従 と して の 感 情経 験 で は な く、 生 存 の 技 法 と して の感 情 経 験 を構 想
す る こ と も可能 な はず だ。 社 会 的 な諸 場 面 に あ っ て 、社 会 的 な出 来 事 に遭 遇 して 、規 格 に応 じ
て感 じさせ られ る主 体 で は な く、 自 らの意 志 で もっ て感 じる主 体 で あ る。 感 情 社 会 学 が みせ た
構 築 主 義 的 な発 想 は 、 この 後者 の感 情 経 験 の あ りか た が 可能 で あ る こ と、 それ を訴 え る こ とに
こそ 意 義 が あ るの で は ない か。
他 律 的 な感 情 管理 を越 え る試 行錯 誤 を 「
脱 慣 習 的感 情 管理 」 と呼 ん で提 示 した こ とが あ った
が(岡 原1998)、
それ は ま さに、 生 存 の技 法 に応 じて 自分 の感 情 生 活 を生 き よ うとす る主 体 の
ア クテ ィ ヴィテ ィに他 な らない 。
そ して言 うま で もな く、 自立 生 活 す る障 害者 の試 行 、 そ の 思想 や 言 葉 や 知 恵 を 「
生 の 技法 」
と して公 に した とき(安 積 ・尾 中 ・岡 原 ・立岩1990)、
そ こに 見 られ る感 情 経 験 をめ ぐる戦 い
や 工 夫 の諸 実 践 が 伝 えて い た もの も、 感 情 に か か わ る生 存 の 技 法 だ っ た の で あ る16)。
(3)ホ
モ ア フ ェ ク トス 的転 回 と感 情 公 共 性
自分 の経 験す る感 情 が 社 会 的 に構 築 され る と して 、 そ の こ とを受 動 的 あ るい は シ ニ カル に受
容 して しま うの で は な く、構 築 され る こ とそ れ 自体 を 自分 自身 の生 と して 受 け 取 り、 そ の こ と
を 自分 の 生 と して 生 き抜 く、 熟 慮 と意 志 を重 ね あわせ て 自 らの感 情 を企 画 して い く、 そ の よ う
な生 き方 へ と転換 して い った 場 合 、 それ を 「ホモ ア フ ェク トス的 転 回 」 と呼 び た い17)。
これ は感 情 社会 学 をす る者 に も感 情 社 会 学 的 認 識 を もつ者 に も求 め られ る生 へ の態 度 だ と考
え て い る。 言 うま で もな くそ れ は理論 的 な平 面 で の振 り子 運動 とは違 う。 言 説 本 質 主義(生 物
学 的 基盤 論)へ の反 抗 と して 、「
物 質性 身 体性 」や 「
主 観 性 」 を再 び 亡霊 の よ うに住 ま わせ る類
い とは異 な る。
感 情 の構 築 性 の受諾 が 生 き られ た 感 情 の虚 無化 につ なが る必 然性 は な い。 相 対 性 を主 張す る
こ とで 問題 解 決 か らの 退避 を試 み る ので は な く、構 築 ゆ えの 強 さ、構 築 ゆ え の真 摯 さ、構 築 ゆ
えの リア ル さを求 め うる余 地 が あ る はず だ 。 そ れ は感 情 社 会 学 が 「
人 為 的構 築 物 な ら変 更 す る
こ とが で き るだ ろ う」 と示 唆 す る態 度 とは違 う。 「
感 情 は人 為 的 に構 築 され る、だ か ら人 為 的 に
変 化 させ られ る」 とい う言 葉 と 「
感 情 は 自然 で あ る、 けれ ども人 為 的 に変化 させ られ る」 とい
う言 葉 が あっ た と した ら、 この 二 つ の 間 に まず も って感 じ られ る大 き な差 とは 、前 者 が 怠 惰 で
後 者 が熱 心 だ とい うこ とで は ない の か。 後 半部 の主 張 は 同 じで あ って も、 立 ち位 置 を明 らか に
す る意 志 と欲 望 の言 説 は断 然 後 者 だ。
もち ろ ん感 情 社 会 学 的 な認 識 を通過 した後 で は 「
感 情 は 自然 で あ る」 とい う言説 の意 味 は変
わ る。 自然 とは生 物 学 的 な本 来 性 や 機 構 を意 味す る わ け には い かず 、それ は 「
普 通 」「自明」「当
然 」 とい う範 疇 を指 す こ とに な るだ ろ う。 そ もそ も構 築 主 義 が 問題 化 して きた 自然性 とは 自然
科学的な 「
事 実」で は ない 、感 情 に つ い てい えば 、そ の 「自然 性 神 話 」こそ が 問題 化 され る18)。
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三 田社 会 学 第13号(2008)
感 情 の 構 築1生の 受 諾 と は 、 確 か に 、 感 情 の 自然 性 神 話 の 否 定 で は あ る 、 だ が 、 自然 性 神 話 が 否
定 され た か ら とい っ て 、 自分 へ の 指 針 で あ る感 情 そ の も の を棄 却 し た り無 意 味 化 す る 必 然 性 は
な い 。 生 き られ た 感 情 を 自然 、 不 自 然,異
常 と命 名 す る の は 別 の 次 元 だ(そ
して 多 く は 外 部 の
他 者 か らの 名 指 し だ)。現 に 自分 が そ の 感 情 を 経 験 して い る と い う事 態 、そ こ か ら 出 発 す る の が 、
ホ モ ア フ ェ ク トス 的 転 回 だ 。 そ の 感 情 が 構 築 され て い る も の な ら 、 そ の 感 情 を ど う生 き る か 、
あ る い は 、 ど う構 築 し直 す の か 、 そ こ に 自分 を 留 め る 姿 勢 で あ る 。
自 分 の 感 情 を 「流 す 」の は 簡 単 な こ と だ し、否 認 し た り 中 和 化 した り 、な か っ た こ と に す る 、
そ れ らは 日々 の 円 滑 な 相 互 行 為 を 達 成 す る の に 役 立 つ 処 世 術 か も しれ な い 。 ま し て 「所 詮 、 構
築 さ れ た も の な ら、そ ん な 感 情 に 拘 泥 す る か 」とい う態 度 が 生 ま れ て も 不 思 議 は な い 。 しか し、
そ ん な 態 度 に 否 を 唱 え 、 自分 の 経 験 す る 感 情 に敬 意 を 向 け る 、 そ れ が 感 情 経 験 を 生 の 技 法 に す
る第 一歩 で あ る。
「も し か し た ら、 感 情 社 会 学 とい う作 業 は 感 情 を 言 説 化 し合 理 化 し、 そ の あ げ く に感 情 の い
き い き し た 力 動 性 を 殺 し て い く よ う な 現 代 社 会 の 基 本 的 な 体 制 を擁 護 しm助
の か 、 と疑 っ て い る の で あ る 」(1998:32)と
す る もの で は な い
い う僕 の 気 持 ち に 共 鳴 し て くれ た 石 川 准 は こ う述
べ る、 「
私 た ち は 、 『言 語 論 的 転 回 』 を 経 験 し 、 疑 う こ と も信 じ る こ と も 『戦 略 的 』 と言 わ ざ る
を え な い 地 点 一戦 略 的 構 築 主 義 と戦 略 的 本 質 主 義 一に 立 つ 。 私 た ち が 望 む の は 、 本 質 主 義 に 逆 戻
りせ ず に 、 そ れ で い て 『感 情 の い き い き し た 力 動 性 』 を 損 な う こ と な く、 脱 慣 習 的 感 情 文 化 構
築 の 反 省 的 実 践 を エ ン パ ワ ー す る よ うな 理 論 を 構 想 す る こ と で あ る 」(2000:57)。
そ して 石 川 は 岡 真 理 の 論 考 を読 み つ つ 言 う、 「
彼 女 の よ う に 自 分 の 感 情 に 注 意 を 向 け 、感 情 を
公 的 な 場 へ と率 直 に 表 出 して い く こ と は 大 切 な こ と だ 」 と述 べ 、 自分 自 身 に つ い て 「言 説 に 『感
情 す る』 こ と、 そ して感 情 した こ とを記 述 す る と と もに それ を批 判 的 分 析 に組 み 入 れ て い く こ
と、 そ の よ うな 思 考 と感 情 の 相 互 触 発 的 で 相 互 批 判 的 な 呼 応 と連 鎖 に 期 待 を か け よ う と思 うの
だ 」(58)と
語 る19)。 石 川 が 自 らの 感 情 経 験 を 生 の 技 法 に し よ う とす る 真 摯 な 言 葉 で あ る 。
こ の 真 摯 な 営 み 、 そ れ を 達 人 的 あ る い は 個 人 的 な 作 業 に 停 め る べ き で は な い と思 う。 と い う
よ り、 近 代 社 会 の 内 に あ っ て 私 性 を 付 与 され 公 的 世 界 で は 価 値 を 剥 奪 され て き た 感 情 を 公 的 な
場 へ と表 出 す る こ と は 、 表 出 され た 感 情 に 目や 耳 を 傾 け る 他 者 の 存 在 が あ っ て は じめ て 意 味 を
持 っ こ と に な る。 自 分 の 感 情 表 出 に 立 ち 会 う他 者 た ち 、 そ して 他 者 の 感 情 表 出 に 立 ち 会 う 自分
が い て は じ め て 、 公 的 な 場 で 感 情 が 主 題 化 され る 意 味 が 生 ま れ る。 ひ と りで 自 分 の 感 情 を い じ
く る よ う な 内 閉 的 な 作 業 は 、 ど こ か で 公 に 託 され な い 限 り、 本 当 の 自分/感
情 さ が し とい う無
限後 退 に足 をす くわれ る。
そ こ で 最 後 に 着 目 し た い の は 、 み ず か ら の 主 観 性 に 自律 的 な 感 情 管 理 を 施 す 集 合 的 な 場 と し
て の 「感 情 公 共 性 」 で あ る 。 最 初 に 僕 が そ れ に め ぐ りあ っ た の は 、 障 害 を も つ 子 供 た ち と親 の
会 、 あ る い は 自 立 す る 障 害 者 と 介 助 者 、 そ こ に 見 ら れ る 人 間 関係 の 中 だ っ た 。 そ こ に集 う個 々
人 の 主 観 や 感 情 は 決 し て 疎 か に され る こ と は な く 、 む し ろ ま ず 、 どの よ うに 感 じて い る の か が
語 り だ さ れ る よ うな 印 象 を 持 っ た 。 ひ と りひ と りの 感 情 、 そ こ が 出 発 点 で あ る とい う こ と。 そ
28
特 集:構
築 主 義 批 判 ・以 後
の 感 情 に み ん な が 向 き 合 い 、 そ れ が も し苦 痛 だ っ た り、 重 く感 じ られ る な ら、 ど の よ う に そ の
感 情 とつ き あ え ば い い の か 、 場 合 に よ っ て は そ の 感 情 の 変 更 さ え も た ら され る。
感 情 の 変 更 が 、 外 的 な 拘 束 だ っ た り、 マ イ ン ドコ ン トロ ー ル で は な く 、 生 き られ た も の と し
て あ り う る の は 、 ま ず は 、 そ こ に集 うひ と た ち が 語 られ る感 情 の 物 語 に 耳 と体 を傾 け 、 そ の 脈
動 を 聞 き 取 ろ う と し 、 そ こ に 語 る ひ と の 生 を 見 い だ そ う と 努 力 す る か ら だ ろ う。 そ し て 生 の 多
様 性 を 理 解 し な が ら 、 同 時 に 感 情 の 自 然 性 で は な く 、 構 築 性 を 前 景 化 しつ つ も 、 構 築 す る と い
う作 業 へ の 自 らの 関 与 を 再 帰 的 に 呈 示 す る 、 そ の こ とが 実 現 さ れ て い る 、 あ る い は 少 な く と も
目指 され て い る か ら で は な い か 。
感 情 公 共 性 が 、 感 情 共 同 体 、 つ ま りそ こ に 居 あ わ す 人 々 の 感 情 に 巻 き 込 ま れ 、 特 定 の 感 情 へ
の 同 調 が 拘 束 的 に 求 め ら れ る よ うな 集 合 体 と は 異 な る の は 、 感 情 経 験 へ の 自 由 が 担 保 さ れ て い
る とひ と が 感 じ る か らで あ り、 そ れ が 可 能 と な る 条 件 の ひ とつ は 、 感 情 の 構 築 性 を 了 解 した 上
で 、 こ の 構 築 され た 感 情 を 現 に 経 験 して い る 、 こ の 主 体 へ の 敬 意 が 示 され る か ら だ ろ う。 生 存
の 技 法 と して
「
感 情 す る 」 ひ と に 向 け て 、 立 ち 会 う こ と で 、 隣 に い る こ と で 、 つ ま り離 れ た り
遠 ざ か っ た り し な い こ とで 、 励 ま し応 援 す る 、 そ の よ うな 人 間 関 係 の 集 ま りが 感 情 公 共 性 で あ
る。
感 情 社 会 学 的 な 知 は 、 感 情 公 共 性 に あ っ て は じ め て 、 冷 笑 的 な 態 度 を 脱 し、 感 情 管 理 社 会 の
狡 智 に 抗 す る 、 ホ モ ア フ ェ ク トス 的 転 回 に 資 す る よ うな 、 喜 ば し き 知 へ と脱 皮 で き る の で は な
い だ ろ うか。
【注 】
1)
本 稿 は2007年7.月14日
に 開催 され た三 田社 会 学 会 大会 シ ン ポ ジ ウム 「
構 築 主 義 批 判 ・以 後 」 のパ
ネ リス トと して 私 が 口頭 発 表 した 論 考 を 下敷 き に して 、論 点 を整 理 した もの で あ る。 当 日の 熱 気 が今 も
思 い 出 され る ほ ど、 シ ンポ ジ ウム会 場 の雰 囲 気 に 「
の せ られ た」 感 が残 っ て い る。 そ こ に居 合 わ せ たみ
な さん に感 謝 い た しま す。
2)感
情 的 に生 き る こ とが 「
生 の プ ロジ ェ ク ト」 あ るい は 「
生(存)の
技 法 」 で あ りえ るの だ 、 とい うこ
とそ れ 自体 が論 証 され るべ き事 柄 で あ ろ う。 ギデ ン ズや フー コー を 、あ るい は ベ ック の個 人 化 論 を補 給
源 に した緻 密 な議 論 は 別 途 に構 想 す る と して 、こ こで は、感 情 的 に生 き る こ と を生 の技 法 だ と理 解 す る
こ とが 、(構 築 主 義 的 な)感 情社 会 学 の 閉塞 感 を打 破 す る道 筋 の 一 つ で あ る こ と、 それ が実 感 され れ ば
良 しと した い。
3)エ
リア ス とい う ドイ ツ の 亡命 社 会 学者 に感 情 社 会 学 の一 翼 を担 わせ る の に 対 して あ る種 の 違 和 感 が
感 じ られ るか も しれ ない 。 た しか に1970年
代 に 主 に ア メ リカ 合 衆 国 で 登場 した感 情 社 会 学 とエ リア ス
の文 明 化 論 を 一 つ にす るの は 無 理 が あ る か も しれ な い。 た だ し、エ リア ス の 文 明化 論 が 脚 光 を浴 び たの
は 、そ れ が 書 か れ た 第 二次 大 戦 前 後 で は な く、1970年
だ ろ う。 フ ラ ンス 社 会 史 ア ナ ール 派 と共 に ヨmッ
代 で あ った こ と、 この 点 を無 視 して は な らな い
パ で 熱 狂 的 に 受 け入 れ られ たエ リア ス、 そ こに は 、
感 情 社 会 学 成 立 との 同 時代 性 を感 じ ざ るを得 ない 。とは い え こ の箇 所 で の 言及 の主 な理 由は歴 史的 な長
29
三 田社 会 学 第13号(2008)
期 変 動 を感 情現 象 に社 会 学 的 に適 用 させ た 彼 の 功績 か らで あ る。
4)そ
れ ぞ れ の議 論 の紹 介 は 、 岡原(1997,1998)、
崎 山(2005)を
見 て ほ しい。
5)批
判 の骨 子 は 、① 基 盤 とされ た 心理 学理 論(シ ャ ク ター ・シ ンガ ー の 認 知理 論)へ の そ の後 の 心 理 学
上 の 理 論 的 な展 開 を踏 ま えて の疑 問、②感 情 規 則 の在 り方 に関 す る疑 問 、③ 生 理 と解 釈 の 二段 構 えの 妥
当性 へ の 疑 い 、 とな る。そ れ に対 して シ ン ボ リ ックイ ンタ ラ ク シ ョニ ズム か らの反 論 が な され た。 詳 し
くは 崎 山(2005)を
6)身
参 照。
体性 の一 次 性 を否 定 しよ う とす る試 み もあ っ た(Coulter
1989,岡 原1987)。 僕 自身 の試 行 は 当該 論
文 で は エ ス ノ メ ソ ドロジ ー とい う方 法 論 的 な 立場 や そ の発 想 を借 りた もので あ った。ほか に大 森 荘藏 や
廣 末 渉 の議 論 か らの借 用 も試 み た 。ポ ス ト構 造 主 義 とい う当 時 の 日本 の 流 行 的 な思 想 傾 向 に影 響 を 受 け
て の試 み も あ る。 未 発 表 の断 片 だ が 、 そ の 一端 を載 せ て お こ う。
「
感 情 の ポス ト構 造 主義 的 理 解 に 向 け て 」
1
制 度 の効 果 と して の感 情
感 情 が制 度 の効 果 で あ る とい うこ とは 、感 情 が あ る シス テ ム の 代 補 と して存 在 す る とい う意 味 で あ る。
代 補 とは、意 味や 理 由 な ど シス テ ム の 中心 とな る もの が 、シ ステ ムの 効 果 と して論 理 的 に後 か らシ ス テ
ム に挿 入 され 、総 体 の連 鎖 を裏 打 ちす る こ とで あ る。 こ の代 補 に よっ て 、シ ス テ ム はそ の 根 拠 を含 め て
自分 自身 を産 出す る こ とに な るが 、これ に と もな っ て 、当該 の 社 会 空 間 は 内部 に根 拠 を繰 りこん だ 閉域
と化 す(内 閉化)。 感 情 は 行 為 の 動機 で あ る とす る動 機 論 的 感 情 理 解 とは 、 シ ス テ ム ・制 度 の 内部 に生
き る成 員 の ロジ ックで あ り、感 情 を形成 す る シ ステ ム ・制 度 そ れ 自体 の ロジ ックで はな い。 従 って 、制
度 の ロジ ック を外 か ら検 討 す る 作業 が必 要 な の で あ る。そ の試 み のひ とつ と して 、一群 の形 式 的 行 為(規
範 に従 っ た行 為 群)を 感 情 の 生成 規 則 と して 記 述す る道 が あ る。
II
愛 情 の制 度 的 生 成
iサ モ ア社 会 と愛 情
① サ モ ア社 会 の 交換 シ ス テ ム に あ るfa'alavelave儀
礼=
親 族集 団 が姻 戚 関係 に基 い て行 う多 大 な財
の 交換 「
何 の役 に もた た な い無 用 の長 物 」 「日々の エ ネル ギ ー の大 半 は 、 来 た る べ きfa'alavelaveの
準
備 に あ て られ る とい っ て過 言 で は ない 」(山 本/山本1981/82)
② 交換 当事 者 の言 明→
『ほ ん とに つ らい こ とだ 、 で も 、 これ ばか りは や め られ な い』 『な ぜ や るの か
っ て 、それ は愛 情 が あ るか ら さ、や らな けれ ば、愛 情 が な い とい われ て しま う』『沢 山 の財 を送 るの も、
それ だ け大 きい 愛 情 を持 っ て るか らだ』
③ 山本 らの主 張=fa'alavelaveと
は総 体 と して み るな ら、所 与 とな る実 体 的 な理 由 が あ るか ら生ず る機
能 的 な シ ステ ム で は な く、ま さに所 与 とな っ て い る の は行 うこ とだ け で あ り、行 うこ とに よっ て 、逆 に
理 由 が生 ず る一連 の行 為 のセ ッ トで あ る。
っ ま り、愛 情=制 度(儀 礼 体 系)の 効 果 で あ り、そ れ が 意 味 す る の は 、制度 が生 成 す る愛 情 は制 度 に
根 拠 を与 え制 度 を 閉 じる もの だ とい う こ とで あ る。
ll主体 化 と愛 情
① 感 情 へ の 価 値付 与。近 代 社 会 に お い て 、あ る感 情 を経 験 す る こ と 自体 が 価 値 付 け られ 、人 々が 追 い 求
30
特集:構
築 主 義 批 判 ・以 後
め る ター ゲ ッ トに な っ た。感 情 は それ に価 値 が認 め られ て い るか ら こそ 、行 為 や 制 度 の正 当化 理 由 と し
て の作 用 を果 た す。愛 情 は近 代 的 に価 値 付 け られ た感 情 の代 表 格 で あ る。そ れ は 、近 代家 族 の根 幹 を成
す だ け で はな く、 近代 的 自我 とい う虚 構 へ と人 間 を 主 体化 す る際 の 戦 略 的拠 点 で も あ る。
② 感 情 の空 間 的 配備 。感 情 の 空 間化 様 式 は歴 史 的 に 変遷 した。 中世 社 会 で価 値 付 け られ て い た の は公 的
空 間 にお け る共 同感 情;非 方 向的 な感 情 は集 合 性 に 空 間化 され てい た 。す な わ ち 、個 々 人 が経 験 す るの
で は な く、個 々人 を未 分化 の 内 に包 含 す る空 間 が感 情 経 験 の 主 体 で あ った 。だ が 、近 代 家 族 的 な愛 情 は、
男→ 女 、女→ 男 、親 → 子 、子→ 親 とい う方 向性 を持 った ベ ク トル 的感 情 で あ る。ベ ク トル は 始 点 と終 点
を析 出 す る関係 性 で あ り、 主 客 の 分 裂 的統 一 を果 たす 。 つ ま り、 愛情 は始 点 た る個 人 に空 間 化 され る。
愛 情 が 配備 され る空 間 と して 、 個 人 は 自 らを 主体 化 せ ざ る を えな い。 愛す る 主体 的 個 人 の 誕 生 で あ る。
感 情 の 内 的実 体 化 と自我 の成 立 は コイ ンの裏 表 で あ る。
7)
理 論 的 な詰 め の甘 さ、 中途 半端 さ、それ を断 罪 す るだ け で はお 話 に な らな い。感 情 社 会 学 が社 会 学 に
お いて 通 常パ ラ ダイ ムへ と昇格 した の は、そ の 中途 半 端 さが 、多様 な経 験 的 な研 究 を許 した か ら と もい
え る。
8)
外 在 的 批判 と して 、 山之 内靖 のバ ー ガ ー 批判 が感 情 社 会 学 に も該 当す るで あ ろ う。 山之 内(1986)は
「
身 体 を無 秩序 と し、それ を文化 的規 定 性 に よっ て 、閉鎖 的 シ ステ ムに 包 括せ ん とす る象 徴 ・世 界構成
論 」 を新 保 守 主 義 的 イ デ オ ロ ギー と して批 判 す る。構築 主 義 的感 情 社 会 学 も、無 秩 序 な 身 体(ア モル フ
な生 理 的 興 奮)を 文 化 的 な感 情 規 則 に よっ て命 名 し整 序 す る、 象 徴 世 界 構成 論 の ひ とつ に数 え られ る。
9)感
情 社 会 学 に お け る リサ ー チ を 舞 台 に した 反 省 と して は 、 エ リス(Ellis
(Kleinman/Copp
2006)な
1991)、
ク ラ イ ンマ ン
どが あ る。 だ が他 方 で 「
特 権 性 放 棄 」 の政 治 学 も考 え るべ き だ ろ う。 科 学
の み な らず 、 医療 や 法 曹や 教 育 や メデ ィア の世 界 、 あ るい は ア ー トの世 界 。そ れ ぞ れ が 責任 回避 の ロジ
ック を制 度 化 して きて い る し、そ の傾 向 は高 ま っ て い る。イ ン フォ ー ム ドコ ンセ ン トに しろ裁 判 員 制 度
に しろ 、参 加 型 ア ー トや 解 釈 の 自由 を謳 う芸 術 作 品 に しろ 、そ れ らを担 う専 門家 た ちは 従 来 的 な特 権性
を部 分 的形 式 的 に放 棄 して い るだ けで 、そ の 実 、特 権 的 に振 る舞 っ て い る こ とは 明 らか だ ろ う。 自らが
自 らに 特権 性 を見 い だ し、そ の 特 権性 を 自 ら問 題 化 し、そ の解 決 と して 自 らの特 権 性 を 自 ら否 定 し放 棄
す る、 この 特 権性 放 棄 のプ ロセ ス に欠 け るの は、 ま さに 「
他 者 」 で あ る。 専 門家 集 団 の 特 権性 が部 分 的
に譲 渡 され る(押 しつ け られ る)相 手 とな る他 者 は、専 門家 の 対話 相 手 で は な く、専 門 家 の 思 考 の 中 の
想 像 物 で しか な い。 そ の よ うな 事 態 が招 かれ るの は 、結 局 、専 門 家集 団 が 内 閉 して 、 コ ミュニ ケ ー シ ョ
ンが 閉 ざ され る か らで は な い の か。な らば特 権 性 の 政 治 の 中 で 、ポー ズ と して の 民主 的 自 由の 提供 に巻
き込 まれ ず に い る た め に は、 とに もか くに も コ ミュニ ケ ー シ ョンの 回 路 を必 死 に確 保 す る こ とで あ る。
10)新
しい社 会 運 動 は 、生 活 に根 づ くライ フス タイル 闘 争(ハ ーバ マ スに よれ ば 文化 的 再 生 産 ・
社会統合 ・
社 会 化 の 場 面)で あ っ て 、 旧来 の社 会 運 動 が 生 産 ・物 質 的財 の分 配 闘 争(労 働 運 動/政 治運 動)だ っ た
の に は対 照 を なす 。 ドイ ツ を例 に とれ ば、 「
ア ル タナ テ ィー フ運 動 」 と して知 られ る80年 代 西 ドイ ツ で
の それ 、 反原 発 、エ コ ロジー 、 フ ェ ミニ ズ ム、 ゲイ 、 あ る い は第 三 世 界 、精 神 世 界 が 主題 に な った 。 そ
こで求 め られ た の は 、オ ル タ ナ テ ィ ブ公 共性 つ ま り主 観 性 をめ ぐ る公 共 性 で あ り、オ ーセ ンテ ィ ッ クな
経 験 に導 かれ る公 共性 が 目指 され 、一 人称 の政 治 「
個 人 的 な こ とは政 治 的 な こ と」とい うス ロー ガ ンは 、
31
三 田社 会 学 第13号(2008)
大文字 ・
大 義 の政 治 とは 対 を な し、個 人 的 な事 柄 や 経 験 、 身 体 ・感 情 ・自己 が政 治 の主 題 に され て い っ
た 。そ こで は 自分 自身 へ の誠 実 さが求 め られ 、 自分 の感 情 を卑 下せ ず 始 発 点 に据 える運 動 が 求 め られ た
とい え る。 それ につ い て は シ ュ タ ム(Stamm
11)変
1988)。
革 との 関 わ りで の 政 治性 は この水 準 に あ った と思 え るが 、感 情 の構 築1生を主 張 す る場 合 の よ り根
源 的 な政 治 陛 はつ ぎの水 準 に あ るだ ろ う。つ ま り、お よそ あ らゆ る感 情 経 験 が す で に他 の感 情 の 可能 性
を排 除す る とい う意 味 で の政 治 性 で あ る。感 情 規 則 が 文 化 的 に相 対 的 で あ る とい うこ とは 、あ る規則 体
系 は他 のそ れ を排 除 して初 めて 成 立 す る とい うこ とで も あ る。あ る状 況 や 行 為 の生 起 に対 して そ の場 に
い る人 々が 当 り前 に あ る感 情 を経 験 す る 、こ の事 態 は 決 して 当 り前 で はな く、人 々 が共 同主 観 的 に構 築
した事 態 で あ り、そ の過 程 は政 治 的 な もの で あ る。 なぜ な ら、 当 り前 の感 情経 験 は人 々か ら事 実性 を付
与 され る結 果 と して拘 束 力 を有 し、異 な る感 情規 則 を使 用 す る人(可 能 性)を 排 除 す るか らで あ る。 こ
の意 味 で 、潜在 的 可能 性 の縮減 とい う意 味 で の 社 会 統 制 と感 情 の 関わ りに つ い て も 、単 に 逸脱 者 へ の笑
い ・怒 り ・恥 とい った 制裁 手段 と して の 感 情 だ け で は な く、そ もそ も一 定 の感 情 経 験 を状 況適 切 的 に構
成 す る こ との 自明性 が産 出 され る こ とに注 目す べ きで あ る。感 情 経 験 の政 治 性 が 顕 著 に 現 出す る例 と し
て 、文 化 摩 擦 に よ る精神 障害 の 発 生 が あ る。 荻 野恒 一(1981)は
、異 文化 接 触(特 にテ ク ノ ロジー 文 明
の既 存 文 化 へ の進 出)に よ り土 着 文化 の成 員 に分 裂 病 が発 症 す る と述 べ て い る。 この論 に 、精 神 病 を感
情 逸 脱 とそ の修 正 努 力 の結 果 とす る トイ ツ(Thoits
ブ ル ク(Blankenburg
1978)の
1985)や
分裂 病 を 自明性 の 喪 失 とす る ブ ラ ン ケ ン
見 解 を重 ね る と、 文化 摩 擦 に よ る精神 障害 とは、 権 力 差 の あ る文 化 間
の 接 触 が成 員 の感 情 規 則使 用 の 自明性 を揺 動 させ 、感 情 逸 脱 を増 幅 し、規 則 使 用 主 体 の 文化 的 同一 性 を
破 壊 した状 態 と言 え るか も しれ な い。但 しこの場 合 で も重 要 な の は 、あ る文 化 の 感 情経 験 の 自明性 が 事
実 的 に拘 束 力 を も って感 情逸 脱 者 を政 治 的 に排 除す る過 程 で あ る。
12)
僕 自身 の 研 究 歴 か らい え ば 、 障害 者 の 自立 生 活 運 動 を、 感 情 規則 を 巡 る 文化 運 動 と規 定 した こ とが
あ っ た(安 積 ・尾 中 ・岡原 ・立岩1990)。
13)そ
れ ぞ れ の 感 情社 会 学者 が それ ぞれ の強 い 動 機 を持 って い な か っ た とは言 わ な い。 た と えば ホ ック
シ ール ドの文 章 が 女性 自身 へ の強 い 共感 に支 え られ て 生 み 出 され て い る こ とは容 易 に感 じ取れ る し、僕
自身 も 「
障 害 児 へ の 生理 的 嫌 悪 」を 理 由 に何 か を回 避 す る人 々へ の強 い 疑 い と憤 りに よ っ て動機 づ け ら
れ て い た。 こ こで 言 うの は 、 に もか か わ らず そ の ス タ ンス が 醸 し出す こ とにつ い て で あ る。
14)
た とえ ば 「も しか した ら、感 情 社 会 学 とい う作業 は感 情 を言 説化 し合 理 化 し、 そ の あげ くに感 情 の
い き い き した力 動 性 を殺 して い く よ うな現 代 社 会 の基 本 的 な 体 制 を擁 護 し幕 助 す る もの で は な い の か 、
と疑 って い るの で あ る 」(32)と
15)
い っ た言 葉 に 現 れ て い る。
「
個 々 人 の 生 き られ た経 験 や 感 情 の か わ りに 、感 情 の集 合 的 な文 化 モ デ ル を据 え る。 それ は知 的 営
為 の水 準 で な され た感 情 管 理 そ の もの で は ない か 。感 情 管 理 の媒 体 と して知 は構 成 的 な 作用 を もっ の だ
か ら、抽 象 的 に論 理 的 に組 み 立 て られ た感 情 社 会 学 それ 自体 が現 実 に お け る感 情 管 理 を促 す道 具 にな ら
な い はず は な い。 そ れ は社 会 科 学 の(予 言 の)自 己成 就 と して 知 られ て きた こ とだ。 も し感 情 管 理 とい
う事 態 を否 定 的 に捉 え 、そ れ を 批判 す る知 と して 感 情社 会 学 が あ るな ら、そ こ に は大 い な る裏 切 りの 可
能 性 さえ あ る」(1998:2)
32
特 集:構
16)
『生 の技 法
に した3章
築 主 義 批 判 ・以 後
家 と施 設 を 出 て暮 らす 障害 者 の社 会 学 』 で は 、 親 子 関係 に お け る感 情(愛 情)を 主 題
「
制 度 と して の愛 情 」お よび 、障 害 者 と介助 者 の感 情 的 関 わ りを主題 に した5章
「コ ン フ リ
ク トへ の 自由 」そ して 、障 害者 が身 につ け て き た服 従 の主 体 化 か ら脱 す る た めの トレー ニ ング を主 題 に
した6章
17)
「自立 の技 法 」 が 、感 情 を め ぐる生 の 技 法 を展 開 した 部 分 に な る。
『ホ モ ・ア フ ェ ク トス
感 情 社 会 学 的 に 自己表 現 す る』 に て 、 「
パ ン ク」 「アル タ ナテ ィー フ運 動 」
あ る いは 自立 生活 す る障 害 者 に託 して描 き出 そ うと した生 き方 が これ で あ る。
18)
自然性 神 話 とは感 情 が 作 為 的 で は な く 自然 に沸 き上 が る もの で あ る とい う日常 的 な知 識 を さす(岡
原1987)。
この 常識 的 な知 が 日々 の 実践 で再 生 産 され る(政 治 的)過 程 の経 験 的 な観 察 と分 析 が感 情 社
会 学 の使 命 だ ろ うこ とは否 定 しな い。
19)
岡 原(1995)で
は 「
感 情 的社 会 学 」 とい う手 法 で僕 自身 の 感 情 を 内省 して公 に した が 、 それ は も ち
ろ ん 自 らの感 情 に 注視 して公 に表 現す る試 み だ っ た。 崎 山(2007)で は、看 護 職 に関 す る 自身 の調 査 研 究
を 再度 、感 情 的 社 会 学 に よって 読 み 返 す作 業 を行 って い る。 ま さに それ は、感 情 社 会 学者 が率 先 して な
す べ き作 業 だ と思 う。
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