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フランス小説に描かれた日本 - 外国語教育論講座

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フランス小説に描かれた日本 - 外国語教育論講座
特別図書 紹介
「フランス小説に描かれた日本」
Le Japon dans la littérature française :
de la fin du XIXe siècle au début du XXe siècle
西山 教行
NISHIYAMA Noriyuki
日本の開国以降、19世紀後半から20世紀にかけて、
時、
なかば西洋の植民地支配下にあった中国といった黄
日本美術は国外へ知られるようになり、
これに対する賛嘆
色人種の国々が将来に完全なる政治的独立を遂げたとき
がフランスを中心としたヨーロッパ諸国で高まった。
日本
の世界を想像するにあたり感ずる不安であった。
美術は西洋美術のさまざまな分野に影響をふるい、
この
1905年に日本がヨーロッパの大国ロシアを日露戦争に
現象はジャポニスムと呼ばれている。
これは美術の領域
おいて破るという事件によって、西洋は文字通りの衝撃
だけにとどまることなく、文芸もその影響を被り、
フランス人
を受け、黄禍論から生まれた恐怖と不安は、
なおのこと
海軍士官と日本人女性の短い結婚生活を描いたピエー
高まる。
なかでも1894年に露仏同盟を結び、
シベリア開
ル・ロティの小説『お菊さん』
(1887)
などはジャポニスムの
発への財政援助を進めてきたフランスにとって、極東の
系譜につながる著名な作品として知られている。
小国の勝利は想像しがたい出来事であった。
今回ここに復刻された一連の小説 1 は、
ロティなどと比
べれば、
はるかに文学的価値の低く、長い間にわたり歴
史の忘却にとどまってきた作品であるが、
フランス人の複
雑で矛盾するまなざしやそのステレオタイプを多様に映し
出している。評者はこの中でも、
日露戦争以降に著され
た作品を中心に、
黄禍論との関係から紹介を試みたい。
19世紀の終わりから20世紀にかけて、西洋列強の帝国
主義が世界を席巻する時代に、西洋世界はさまざまな異文
化と接触し、異文化に対する讃仰の念や、嫌悪と拒絶の姿
勢など好悪の錯綜する感情を体験していった。
このような潮
流の中に発生した黄禍論とは、
とりわけアジア人、特に中国
人や日本人に向けられた驚異と不安の入り交じったまなざ
しである。
これは、
白人労働者が中国人苦力(クーリー)
との
競争を恐れていたことから発生した恐怖であり、開国後まも
なく工業化を進めていた日本がその製品の成功により欧米
市場を脅かすのではないかとの不安であり、
さらには、当
1『フランス小説に描かれた日本』
:第1期19世紀末編(4タイトル・合本2巻)
:Parès, Eugène (1881), Promenade à travers le Japon, La vengence du bonze(ユー
ジェンヌ
・パレス
『日本旅行,
坊主の復讐』);Laurie, Andre [Paschal Grousset] (1886), Autour d'un lycée japonais(アンドレ・ローリ
『ある日本の高校について』);
Arvor, Gabrielle d' (1884), La Rose du Japon(ガブリエル・ダルボール
『日本の薔薇』);Dargène, Jean (1895), Arc-en-ciel(ジャン・ダルジェンヌ
『虹』)
『フランス小説に描かれた日本』第2期 1900-1910
(復刻集成版全6巻)
:La Vaudère, Jane de (1904), La Guescha amoureuse(ジャンヌ
・
ド・ラ・ヴォー
デール
『恋する芸者』)
; Maël, Pierre (1904), Blanche contre Jaunes
(ピエール・マエル
『黄色人種対白人女』)
; La Vaudère, Jane de (1907), La Cité
des sourires
(ジャンヌ
・
ド・ラ・ヴォーデール
『ほほえみの国』)
; Pettit, Charles (1907), Le Chinois de Mademoiselle Bambou(シャルル・ペティ
『マドモワ
ゼル・バンブーに惚れた中国人』)
; Capitaine Danrit [Emile-Augustin-Cyprien Driant] (1909), L'invasion jaune.
(ダンリ大佐『黄色人種の侵略』)
10
かりん:京都大学人環・総人図書館報
No.5 2012
特別図書 紹介
世界から見ると荒唐無稽なまでの筋立てであるが、
そ
こでは白人による世界支配が既定事実として首肯さ
れている。
このような小説の中で日本人を対象とする表象はい
ずれもステレオタイプに過ぎないものかもしれない。
しか
し、現代社会はこのような偏見や先入観、人種差別と
植民地主義のまなざしを乗り越えたのだろうか。実のと
ころ、黄禍論という予言はいずれも実現したのだ。
アジ
ア各国は政治的独立を遂げ、世界の工場となり、
また
日本は貿易超過のために、
アメリカを中心とする西洋
世界からのバッシングを体験した。黄禍論の不安は既
に現実のものとなった。
この視点から見ると、20世紀初
頭の西洋人の生み出した表象を読み直す意義は薄
れておらず、
このシリーズに収録の小説は、表象へのま
なざしを考える上で、重要な題材となるだろう。
(大学院人間・環境学研究科 教授, 外国語教育論講座)
西洋文明を打ち破った日本人はフランス人に強烈
な残像を与えたのである。
それは、
このシリーズでは、
ピ
エール・マエル著『黄色人種対白人女』およびダンリ大
佐著『 黄色人種の侵略 』の二つの小説に認めること
ができる。いずれも日露戦争を契機に著された冒険小
説で、
日本人に向けられたフランス人のまなざしを伝え
ている。
『 黄色人種対白人女 』では、
フランス人海軍士官と
結婚するロシア人女性貴族が主人公となる。彼女は、
大理石の彫刻を思わせる見事な肢体と乳白色の透け
るような肌により白人の偉大さと優越性を満身に表現
する。
これは、黄色でやせこけた日本人と著しい対照を
示している。
またロシア人女性とフランス人男性の婚姻
は露仏同盟の象徴であり、西洋文明の精髄を伝える
ものとなっている。彼らは、
アジア人が裏切り者で、
あざ
とい人種であると喧伝し、西洋人の優越性を滑稽なま
でに賞揚する。
もう一つの小説、
『 黄色人種の侵略』は西洋人の帝
『フランス小説に描かれた日本』
国意識を鮮烈に照らし出すもので、人種差別と植民
Le Japon dans la littérature française : de la fin du
地主義が20世紀初頭を支配していることを余すところ
XIXe siècle au début du XXe siècle. Edition
Synapse, 2010. <2F 洋書 950.2¦¦J¦¦4¦¦1-1 2-6>
なく明らかにしている。小説の主人公はアメリカ人武器
商人で、彼は世界中を駆け巡り、
ブロンドの白人美女
挿絵はいずれもsér. 2, v.6 L'invasion jaune.(ダンリ大佐
『黄色人種の侵略』)より
を侍らせながら、西洋世界を黄禍から救い出す。現代
かりん:京都大学人環・総人図書館報
No.5 2012
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