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湖の求道者 ID:29102

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湖の求道者 ID:29102
湖の求道者
たけのこの里派
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
一話前書きの注意事項を必読してください。
﹁││││││目指せ聖典︵バイブル︶の戦士達﹂
まだ世界に神秘が溢れていた時代に、人類最高峰の才を生まれ持った馬鹿がそんな目
標を立てた。
ファンタジーな育ての親。
生まれ続ける勘違い。
アーサー王率いる円卓の騎士たちチート集団を苦しめたBANZOKUの正体とは。
そして元凶不在で崩壊するブリテン。
これは、ランスロットとして生まれた転生者という名のナニカがヤムチャした結果誕
生した、痴情の縺れ︵本人不在︶でブリテンを崩壊させた張本人︵無自覚︶である湖の
騎士という名のナニカの物語である。
目 次 プロローグ 始まりの一閃 ││
円卓時代編
星の最強種 │││││││││
幕引き │││││││││││
閑話 行き着く先は │││││
番外編
アレは嘘だ。 │││││││││
第二夜 私は魔術師だと言ったな
いのに多発する問題 ││││││
第一夜 帰還、そして始まってもいな
Fate/Zero編
零れ落ちた神楽の雫 ││││
Fate/Grand Order 神の神楽 │││││││││││
Fate/EXTRA 月にて踊る斬
144 122 101
152
らんすろ日記01 ││││││
らんすろ日記02 ││││││
らんすろ日記03 ││││││
らんすろ日記04 ││││││
閑話 難易度を上げていくスタイル 訪れる決戦 │││││││││
槍 衾 に 対 峙 す る 化 物 共 と 英 雄 達 ?
1
15
26
36
49
72
167
187
207
65
83
│
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる
童の様に │││││││││││
全 員 集 合
第四夜 開幕 ││││││││
第 五 夜 八 時 だ よ
!!
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に
│││││││││││││││
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 絶対悪 ││││││││││││
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は
第七夜 初戦を終えて ││││
しい奴に限る │││││││││
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおか
!
当たらない模様︵ほぼ確定︶ ││
んでいきました。貴女の心です︵物理︶ 第十二夜 奴はとんでもないものを盗
│││││││││││││││
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
353
368
第十三夜 YESロリータNOタッチ
│││││││││││││││
第十四夜 最後の日 ││││
第十五夜 英傑集合 ││││
第十六夜 王の問答 │││││
第十七夜 悲痛の果ては │││
第十八夜 汚染 │││││││
506 484 468 449 427 408
247 228
304 285
317
336
389
268
│
第十九夜 聖杯簒奪 │││││
第二十夜 其の起源の名は﹃傍迷惑﹄ 524
第二十一夜 宣戦布告 ││││
第二十二夜 太極の具現 │││
第二十四夜 自罰 ││││││
622
第 二 十 三 夜 私 に い い 考 え が あ る 585 556
542
602
│
の霊長の守護者と呼ばれる英 霊が、その覇権を競うたった七組による〝戦争〟。
サーヴァント
万能の願望器たる﹃聖杯﹄を求める七人のマスターと、彼らが召喚し、契約した七騎
││││││││││││││聖杯戦争。
中院冷泉
│ │ │ │ │ │ │ │ │ │
││││嘆かわしい。くだらない。なんと女々しい。男の王道とは程遠い﹄
呆れて我は物も言えぬわ。それで貴様ら、卵を立てたような気にでもなっておるのか。
﹃││││せせこましい、狡すからい。理屈臭く概念概念、意味や現象がどうだのと、
プロローグ 始まりの一閃
プロローグ 始まりの一閃
1
2
他の六組を悉く排除し、最後に残った一組にのみ聖杯を手にし、願いを叶える権利が
与えられると言われている。
その戦争の舞台である冬木の街の、二つ目の魔導の館。蟲にまみれ、魔術師として最
早破綻した間桐家に、その男は居た。
間桐雁夜。
つい先日に四度目となる聖杯戦争に参加するため、魔力消費の激しい英霊召喚に備え
消耗を抑えようと、自室の床に倒れている。
否、既に消耗を通り越して死相すら浮かんでいる。
そう、もう彼の命は長くはない。
彼は殆んどの衰退した間桐家でありながら、確かに普通の域だが魔術回路を持って生
まれた。
しかし彼は魔導の一切を捨て、間桐家を出た。
それも当然である。
魔術を学び、魔術師として純粋にいられるならば話は違っただろうが、しかし間桐家
は違った。
間桐臓硯。
間桐家は、その500年を生きる妖怪に支配されていた。
プロローグ 始まりの一閃
3
仮に誰かと結婚すれば、その女性は蟲に体を凌辱され、改造、ただ間桐の跡継ぎを産
む胎盤としてだけの肉塊にされてしまう。そして子を産んだら自分達は蟲の餌だ。
誰がこんな家に居たがるのだろうか。
雁夜はそんな魔導とは何の関係も無く、一般人として生きてきた。
誰かを好きになり、しかしその初恋の女性は自分では無い男性を好きになり、だが娘
に囲まれて幸せそうだった。
│││││彼女の娘が、間桐に養子にされると聞くまでは。
彼女が嫁いだ家は魔術の家系だった。それも間桐とは数百年前に盟約を結んだ家。
勿論臓硯の様な存在は居らず、彼女の夫││││時臣もそんな外道では無いと彼女か
ら聞いていた。
しかし彼女の娘は間桐に居ると聞く。
そして彼女も、悲しみながらそれを受け入れている。
││││だが、よりにもよって何故間桐に
あの家がどんな地獄か。
そう叫ばずには居られなかった。いや、きっと彼女は知らないのだろう。
!!?
4
そして恐らく、彼女の娘を臓硯が欲した理由も解る。
雁夜には魔術回路が自分より少ない兄が居るが、その兄の子供は魔術回路が全て閉じ
ていたそうだ。
跡継ぎが居ない間桐は、当然それを外部に求めるだろう。ならば何処からだ
するという物だ。
臓硯と取引をし、近々行われる聖杯戦争に勝利し、聖杯を持ってくる事で、桜を解放
そして今、雁夜は間桐家に居る。
しかしその原因の一端は雁夜にもある。
その片棒を担いだのは時臣だ。
元凶は臓硯だ。
│││││雁夜が家を出たから、彼女の娘││桜が間桐の養子なんかになったのだ。
つまり││││││
す臓硯ではない。
彼女の娘は姉妹。そしてその両方が凄まじい才能を持っているらしい。それを見逃
聞くまでもなく、間桐家と同じ彼女が嫁いだ御三家の内の一つ││││遠坂家だ。
?
プロローグ 始まりの一閃
5
魔術師とは幼い頃からの鍛練を重ねることでその実力を得る。しかし雁夜自身には
その積み重ねた時間が無い。故に雁夜は、自分の命を捨てた。
彼は体に刻印蟲を埋め込み、無理矢理急造の魔術師になり、令呪を得てサーヴァント
を召喚しようとしているのだ。
その代償が、余命一ヶ月。
︵⋮⋮構わない。︶
桜を助けるためなら、この命を捨てよう。
それが彼なりの桜への償いだった。
︵帰すんだ⋮⋮桜を、あの頃の様な場所へ⋮⋮︶
思い出すのは、昔葵達に会いに行った時。
離れた場所で葵と話していた雁夜には気付かなかったろう、姉妹で仲良く遊んでいる
二人。
6
花の様な笑顔を向ける桜と、恥ずかしそうにツンとしている凛。そしてそれを微笑ま
しく見守っている葵。
あの光景を雁夜は忘れない。
あの光景こそ、桜が帰るべき場所なのだから。
││││しかし、
﹁遠坂⋮⋮時臣ィ⋮⋮﹂
それとは別に、雁夜の目が憎悪に染まる。
何故、奴は桜を間桐なんかに養子に送った。
何故、奴は葵さんを哀しませた。
何故、奴は⋮⋮桜をこんな地獄へ追いやったッ
人は愛情を知ると、憎しみのリスクを負う。
││││奴さえ居なければ。
雁夜から理性を少しずつ奪っていった。
常人なら容易く発狂する、拷問とも言える間桐の業は、刻印蟲に体を蝕まれる苦痛は。
!!?
プロローグ 始まりの一閃
7
胸のうちに仕舞っていた時臣に対する嫉妬が、殺意に変わっていたのだ。
雁夜は気付かない。
時臣を殺すと言うことは、想い人の愛する夫を、救うべき少女の父親を奪うことに意
味するのを。
その矛盾に気付かなければ、雁夜は破滅するだろう。
そして彼は起き上がる。
聖杯を勝ち取るための戦いに向かうために。
そしてその時は来た。
﹁│││されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我
はその鎖を手繰る者│││﹂
普段は雁夜や桜を嬲っている蟲蔵には、今は夥しい程の蟲は姿を消し、英霊召喚の為
の魔法陣と英霊召喚の触媒があった。
その場にいる人間は雁夜唯一人。そして元人間にて、現在文句無しの人外である50
0年を生きる老獪、間桐臓硯。
その醜悪な老人の姿は、更に醜悪な蟲の塊による端末である。
間桐臓硯が人外足らしめている要因は、人の体を捨て魂を蟲に移し人を食らって生き
永らえている事だ。
8
故にこの臓硯を粉微塵に粉砕しようが無駄であり、殺すには魂を納める核となる蟲
と、本体の代用に成りうる魔力ラインに繋がっている蟲全てを殺し尽くすか、魂そのも
のを何らかの方法で浄化、又は殺すしかない。
﹃雁夜よ、お主には他のマスターと比べ、些か以上に劣っておる。故に、召喚の際詠唱
を一節加えるのじゃ﹄
ソレは、狂戦士のクラスでサーヴァントを召喚する事を意味する。
成る程、魔術師としての格としては、急造の魔術師である雁夜と、幼少から魔術の鍛
練を行っている正規の魔術師とは比べ物にならない。
そしてサーヴァントのステータスは魔力量と魔術師としての技量に左右される。ど
ちらも劣っている雁夜が召喚しても、どれだけ優れた英霊でも弱小に堕ちる。
故に、狂化によりステータス補正がある狂戦士を選ぶのも一手であることも確かだ。
ソレが、マスターが雁夜でなければの話である。
バーサーカーはステータス補正の対価である燃費が最悪というデメリットがあり、強
力なサーヴァントには先ず使えないクラスだ。
精々弱小の英霊に宛がう、キャスタークラスに次ぐ外れクラスなのである。
それは偏に、歴代のバーサーカーの敗退原因が全てマスターの魔力切れによる自滅だ
からだ。
プロローグ 始まりの一閃
9
故に、規格外の魔力保有量を持つマスターとはとても言えない、寧ろ既に半死半生で、
一ヶ月保てば御の字である雁夜が絶対選んではいけないクラスだ。
そんなことがわからない臓硯ではない。
この老害は、ハナから雁夜に期待などしいない。
寧ろ臓硯にとって雁夜がもがき苦しむ事こそが目的なのだから。
そして、魔術行使の代償である体内の刻印蟲が雁夜の身体を喰らい、至るところから
血が吹き出しながら英霊召喚は行われた。
現れたのは、二十代の黒い美青年だった。
真ん中で分けられたサラサラな漆黒の短髪に非常に整った容姿。
黒い貴族服を纏い、更に黒い外套を着流している。
腰にはこれまた黒い軍刀の様な剣が刺してあり、纏う雰囲気は人間を超越していた。
否、既存のサーヴァントすら超越していた。
そして男の閉じられた目が開かれ、暗く輝く宝石のような紫の瞳が雁夜を映し、雁夜
は心臓を掴み取られた感覚に襲われた。
ソレだけではない。震える身体は強制的に固められ、指一本動かせない。本来魔術行
10
使による刻印蟲の肉体の補食活動すら止められた。
一睨み、いやこの英霊はそんなつもりは無いのかもしれない。異様な間桐に対するほ
んの少しの警戒からかもしれない。
なのに、雁夜の身体は蛇を前にした蛙の如く動かなくなった。
﹁││││なんじゃと﹂
故に、その召喚されたサーヴァントを視て漏らした驚愕の声の主は、雁夜ではなく臓
硯だった。
臓硯の疑問は2つ。
1つは、バーサーカーとして召喚したサーヴァントの、理性的な面貌だった。
それはバーサーカーとしてあり得ない。いや、狂化ランクが低ければ有り得るかも知
れないが。
そして2つ目が、そのステータスの高さ。
別に膂力や宝具のランクが高いのは納得がいく。しかし魔力ランクが高いのはどう
いうことか。
本来魔力のランクはマスターに依存し、比例する。
魔力量が低い、それこそ刻印蟲が必要になる雁夜がマスターだというのに、A++と
いうあり得ない数値が出ていたのだ。
プロローグ 始まりの一閃
11
バケモノ
│││││無尽蔵に魔力を内包しているとでも言うのか、この英霊は。
これはマスターが規格外だとしてもあり得ない数値だ。それこそ才能溢れる桜がマ
スターでもこの数値には届かないだろう。
幾ら触媒通り、アーサー王伝説の円卓の騎士最強と称される、あの湖の騎士といえど
あり得ない。
このような数値、生前の、それこそ英霊の全盛期である肉体を持っていた頃でしか│
││││
﹂
﹁││││││臭いな﹂
﹁
が縦にズレた。
?
本来ならば、端末である目の前の臓硯など、幾ら斬ったところで直ぐ様蟲を補充すれ
雁夜が思わず呆けた、信じられないと声を吐く。
﹁││││││は
﹂
その一太刀は、雁夜にも臓硯にも剣を何時抜いたのかすら解らないまま、臓硯の身体
一閃。
その言葉が、臓硯の聞いた最期の言葉だった。
﹁臭い、鼻が曲がる﹂
!
12
ば幾らでも再構築可能な蟲の木偶。
だというのに、崩れ落ちた臓硯の姿をしていた蟲群の残骸は、ピクリとも動かない。
そして長年暮らしていた雁夜には常に聞こえていた、屋敷の中を蟲が這いずる音すら
聞こえなくなっていた。
││││││まさか、まさかまさかまさかまさか。
殺したというのか。
間桐の人間にとっての恐怖の権化を。五百年生きた魔術師を。
たった一太刀で││││
﹁何故、どうやって﹂
帰った来た答えは、常識的なようで何一つ雁夜の求める答えになっていなかった。
│││││││││意味が分からない。
﹁生き物は、両断すれば死ぬだろう﹂
思わず恐怖も忘れて口にした疑問を、怪物は意外にも律儀に答えた。
!!?
プロローグ 始まりの一閃
13
成程、生き物は頭から両断されれば普通死ぬだろう。
しかしそれはあくまで常識。
そして魔術師とは常識に対する脅威だ。そんな理屈は通じない。
だからこそ、本来蟲の群体たる臓硯の端末を両断したところで意味は無い筈なのだ。
││││││だが臓硯は死んでいるではないか。
そしてもう一度忘れかけた恐怖が思考を占めるも、予感が時間が経つにつれ確信に変
わるその前に、バーサーカーとおぼしき謎のサーヴァントは、もう一度雁夜を視た。
﹁⋮⋮⋮ッ、お、お前は﹂
今度は何とか口を動かす事ができたが、再び振るわれた黒い刃が雁夜を何度も切り裂
いた。
混乱し、混濁する意識の中で、雁夜は確かに聞いた。
その言葉の意味も解らないが、念話越しに確かに聞いた怪物のようなサーヴァントの
言葉。
もしかしたら雁夜が、このランスロット・デュ・ラックの本当の声を最初に聞いた人
間だったのかもしれない。
14
﹃│││││ッべー。マジヤッベー。ずっとモンハンかバイオハザードしてたから伝
奇ものだって忘れてた。でも仕方無いね、俺虫苦手だもの﹄
円卓時代編
﹃彼女﹄はファンタジーである。
でいた。
少なくとも、俺が﹃俺﹄である事を自覚した時は既に、俺は﹃彼女﹄と共に湖に住ん
住んでいる。
俺は、気が付いたら赤ん坊に成っていた俺を育ててくれている﹃彼女﹄と大きな湖に
まぁ取り敢えず、自分の身の上を話そう。
⋮⋮⋮とある有名な名無し猫の真似をしてみたものの、やはりしっくり来ない。
我輩は幼児である。前世は日本人で、今生の名前は知らない。
尤も、インクが無いので他の物で代用しているが。
を始めようと思う。
三歳の誕生日と、ペンを持つことが出来るようになったのを記念して、日記を書くの
◆月■日 晴れ
らんすろ日記01
らんすろ日記01
15
16
コ
ス
モ
いや、確かに女体はファンタジーで小宇宙だが、そういったものを抜きにしても、
﹃彼
女﹄は物理的にファンタジーなのだ。
彼女は湖の精霊である。
精霊。しかも水の精霊である。
ファンタジーな加護を与えたり、試練を与える超自然的神秘。ウンディーネとかスピ
リット・オブ・レインとかのファンタジーの代名詞である。
そこで確信した。この世界は物理法則を無視したファンタジーの、剣と魔法の異世界
だと。
*月※日 晴れ
俺は﹃彼女﹄に、自分が魔法を使えるか聞いた。
異世界に生まれたら、やはり魔法を使いたくなるのはエンターテイメントが発達した
日本を前世に持つ者としてどうしょうもない。
ロマンとはそういうモノである。
らんすろ日記01
17
しかし残念ながら、俺には﹃彼女﹄の加護を与えられてはいるものの、魔法を使う才
能は無いらしい。
そう、﹃彼女﹄が申し訳無さそうに教えてくれた。
俺は落胆こそしたが、寧ろ加護とやらをくれた﹃彼女﹄に感謝した。
﹃彼女﹄の加護は水関係なら多岐に渡り、水の中で呼吸が出来、水の上を歩き、身体を
清潔にし病に掛からなくする等の、清潔環境が現代と比べて酷すぎるこの世界では最高
の一言な物ばかり。感謝してもしきれない程だ。
そんな俺の感謝に、﹃彼女﹄は溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。
日 曇り
どの世界でも、美人の笑顔は最高である事を知った。
★月
人類最高クラス。何だその才能。バケモンジャマイカ。
なぁにそれぇと、思わず気の抜けた声を出してしまった。
﹃彼女﹄曰く、俺の剣の才能は人類最高クラスらしい。
五歳になった俺は、木刀を振るっていた。
?
18
という事で、四歳の頃から木の棒│││というよりは木刀を振るい、
﹃彼女﹄の指導を
受け続けている。
ゐ月ゑ日 晴れ
正直、人類最高クラスの才能を舐めていた。
テレビで見たことのある剣道の試合とか、そんなレベルじゃない。
ありのまま起こった事を話せば、落ちてくる大量の落ち葉を全て落ちるまでに打ち落
とせるのだ。
ということで予定を変更し、よくあるバトル漫画の動きが出来るので目標を漫画の中
に求めることにしようと思う。
剣士に於いて、俺の中の最強は複数ある。
例えば某海賊漫画の世界最強の剣豪や、某鋼の兄弟漫画では対戦車爺、某人斬り抜刀
斎、某マダオボイスの死神と様々である。
これだけ目指せるモノがあるのだ。目標には事欠かない。
俺はこれ等の目標の中で、彼らに一人でも辿り着くことが出来るのだろか。
らんすろ日記01
19
取り敢えず、剣が音を置き去りにするまで振り続けよう。
ゑ月※日 雨
なんと神々が俺に武器を造ってくれるらしく、﹃彼女﹄にどんな武器が良いか聞かれ
た。
俺は世界最強の美術品である刀が良いと答えたが、
﹃彼女﹄がどれだけのコネと交遊関
係が有るのか非常に気になる話だ。
若さゆえの過ちだ。察してくれ。
尤も、﹃彼女﹄は刀を知らなかった為、機能に製法、果ては種類に歴史まで語ってしまっ
た。
何故製法処か歴史まで知っているか
その旨を﹃彼女﹄に伝えたら、大きくなったら、一つだけお願いを聞いてほしいと言
俺は﹃彼女﹄に対し何を返せばいいのだろう。
ない。
俺は彼女に施しばかり受けているのに、俺は一体何を﹃彼女﹄に返せば良いのか解ら
無く思う。
今まで十二分に世話になっているというのに、神様から得物まで貰えることに申し訳
?
20
われた。
俺に叶えられるのなら叶えたい。こんな右も左も解らない世界で、様々な事を教えて
月※日 晴れ
くれた﹃彼女﹄に恩を返したい。
ロ
ン
ダ
イ
⋮⋮⋮⋮⋮、アレ
ト
俺はこの中で﹃彼女﹄の事をヴィヴィアンと呼んでいるが、俺はこの時初めて自分の
でこれだけ有るのだという。
レイン、ニニアン、ニマーヌ、ニニュー、ニヴィアン、ニムエと、パッと出てきただけ
﹃彼女﹄の呼び名は数多く有り、ダーム・デュ・ラック、ヴィヴィアン、ニミュエ、エ
めて﹃彼女﹄の名前を聞いた。
非常に聞き覚えの有る、知っているのと色合いだけは同じな刀を持ちながら、俺は改
?
銘は﹃無毀なる湖光﹄というらしい。
ア
何でも神造兵装という、決して刃毀れせず折れもしないらしい。神造兵装パナイ。
六歳の誕生日、俺は刀を手に入れた。刃が紫紺色の美しい黒刀である。
?
らんすろ日記01
21
名前をヴィヴィアンに聞いた。
││││││ランスロット。
どうやら俺は異世界に生まれた訳では無いらしい。
というかアロンダイトは仲間の騎士を斬ったから魔剣と化して黒く染まったのでは
なかっただろうか
★月■日
ファンタジー
スーパーNOUMINである佐々木小次郎は、最高速度がマッハを超えるTUBAM
様は剣技による魔 法への到達である。
い。
尤も、あのチート農民を目指すと言っても燕返しをそのまま習得するつもりではな
すべく鍛練を始めた。
ネトリ騎士││││ではなく、同じく型月世界の五次アサシンこと佐々木小次郎を目指
ネトリ騎士じゃないですかヤダー。という事実を知った俺は、取り敢えず型月世界の
?
22
Eを斬るために全く同時に三つの斬撃を放つ多重次元屈折現象││││つまりは第二
魔法にただ純粋な剣技のみで到達したのである。
ならば、この世界が精霊や神々が存在するのならば。ヴィヴィアンに人類最高クラス
の才能を持つとまで言われた自分でも、純粋な剣技でファンタジー現象を起こせるかも
知れないのだ。
月
日 晴れ
ロマンが広がり、やる気が出てくる。俺は一層修練に打ち込んだ。
×
故ヴィヴィアンは態々俺を育ててくれているのだろうか。
勿論、拐かされた事などは彼女に対する恩や信頼でどうでも良いのだが。
もしやそれが最近彼女の俺を見る目が野獣の様なのと関係あるのだろうか
そのまま聞いてみると、物凄く挙動不審になっていた。
?
確かランスロットは赤ん坊の頃母親から、湖の精霊に強奪されている筈なのだが、何
なっていた俺なのだが、ふとランスロットについて思い出した。
十五歳の誕生日を迎え、いつの間にか刀以外の槍とか剣とか弓とかの扱いも上手く
×
らんすろ日記01
23
おそらく彼女には俺には想像も出来ない考えがあるのだろう。
俺は未だにイメージ出来ていない剣技による魔法の修練を続けている。
﹃ぼくのかんがえたさいきょうのけんし﹄には、未だ程遠い。
■月ゐ日 十六歳の誕生日を迎えた俺は、斬撃を飛ばすことが出来るようになった。ハッキリ
言って、佐々木小次郎と云うよりも某鷹の目の様な事が出来るようになっていた。何故
だ。
そのお陰か、ヴィヴィアンとの模擬戦も勝ち星を上げられる様にもなり、自身の成長
が感じられる。
この辺りから気付いたのだが、前世の思い出は殆ど思い出せなくなったのに対し、漫
画知識は忘れない事が解った。
十年以上読んでいないのに、忘れる様子が感じられない。不思議だ。
俺はインなんとかさんとは違うというのに。
24
*月□日
対人経験がヴィヴィアン以外に皆無なことに気付いた。
そもそも俺はこの湖周辺から出たことすらない。これは不味いと思いこの事をヴィ
ヴィアンに相談するも、十八歳にならないと武者修行の旅は認めないと言う。
そうか、武者修行があったか。
俺はヴィヴィアンの見通しの凄さに感嘆するばかりだった。
月※日
何故か俺の答えに、ヴィヴィアンが呆然としていたが、どうしたのだろう。
己が想像する最強は決まった。俺はそれを目指すのみである。
んな魔法でも、どんな攻撃でも│││││ 一刀の元に斬り伏せる、そんな魔 法を。
ファンタジー
どんな屈強の戦士でも、どんな難攻不落の城塞でも、どんな素早い動きの戦士でも、ど
要は斬ればイイのである。
成長し、そして遂に俺が思うぼくのかんがえたさいきょうのけんしの姿が見えてきた。
いた。何故か飛ぶ斬撃も、この間湖から見える山を切り裂く事が出来るようになるまで
十七歳の誕生日を過ぎてから、俺はヴィヴィアンに模擬戦で負けることが無くなって
?
らんすろ日記01
25
・月ゐ日
どうやら俺は狼に狙われた子豚だったようだ。
直接的な描写は避けるが、十八歳の誕生日の前夜に俺は彼女に美味しく頂かれた。
まさか赤ん坊の時から逆光源氏計画を建てていたとは、流石ヴィヴィアンである。
そして俺は、艶々に潤った肌になったヴィヴィアンに見送られながら武者修行の旅に
出たのだった。
数時間後に追い剥ぎらしき連中と遭遇するも、熊や狼を狩るのと同じだったと感想を
述べておこう。
祖もしくは他の死徒に噛まれ吸血されたことで変異した吸血鬼│││死徒を生み出し
街を幾つも襲い、一人残らず血を啜り、幾百幾千もの死者を、元々人であった者が真
男はそんな魔王の内の一人だった。
分に振るった。
刀打ちできず同じ真祖でも吸血衝動に縛られていては対応できないほどの強大さを存
るための力を解放し、真祖として全力を発揮できるようになっており、勿論人間では太
欲望のまま、無差別に人の血を吸う。力の抑制から解き放たれ、本来吸血衝動を抑え
その吸血衝動に負け、血を吸った堕ちた真祖│││魔王に成り果てたのだ。
よって。
律する対象である人間の血を吸いたいと欲する﹁吸血衝動﹂と呼ばれる唯一の欠陥に
精霊の一種として誕生した男は、俗に魔王と呼ばれる存在に成り果てた。
者﹄。﹃星の触覚﹄。
星という絶対者により産み出され、人間を律するために生み出した﹃自然との調停
││││││││││その男は生まれながらの強者だった。
らんすろ日記02
26
らんすろ日記02
27
た。
それは最早軍勢であり、勢力だ。
何なのだ貴様はッ
﹂
この時こそ、男にとって絶頂だった││││││││││
﹁何だ
!!?
﹃│││││感染拡大は阻止せねばならん﹄
淡々と、無表情を張り付けて。
死屍累々。死体の軍勢をまるで薄氷を叩き割るかの様に、容易に皆殺しにする。
そして男は歩みを進め、また反応した死者が一人残らず斬り殺される。
していく。
その真祖の男が居城にしていた街に訪れ、当然生者に反応した死者に襲われ、蹴散ら
│││││││││フラりと現れた、黒刀を携えた剣士が現れるまで。
!
28
真祖達はついぞ理解出来なかったが、そう言いながらそれの繰り返しが三十を越えた
辺りで真祖の男に辿り着き、そして全能感に酔いしれていた真祖の男は、何時ものよう
に男を惨殺しようとし││││││こうして、悲鳴をあげている。
﹁あり得ない⋮⋮あり得ないィッ﹂
ムシケラ
どうして自分は這いつくばっている
どうして人間風情が真祖である自分を見下している
ソレをッ、何故貴様のような
﹁真祖だぞ 貴様らムシケラを支配する絶対者だ
﹂
!?
大将だな。大将だろう﹂
?
真祖の動体視力でも視認困難な刃が、断末魔と共に煌めいた。
﹁わ、ワタシは真祖のッ⋮⋮﹂
﹁お前が大将か
しかし目の前の悪夢は何一つ変わらずソコにある。
到底受け入れられる現実ではない。何かの間違いだ。
⋮⋮ッッ
?
?
!
!
らんすろ日記02
29
﹁││││││││││││首置いてけ﹂
今思えば、これが唯でさえ逸脱していたランスロットを、彼処まで変質させてしまう
出来事の始まりだったのかもしれない。
◆◆◆
30
月ゑ日
がゾンビ程度に臆するだろうか
グー
ル
真祖。つまりは吸血鬼の始まりであり、咬まれる以外の方法で為った、基本的に最強
問題なのが、俺が細切れにした吸血鬼が真祖を自称していたことである。
育てられた者としてはそれぐらいの差異はスルー出来る。
ド公爵が現代の吸血鬼のイメージモデルなのだが、俺自身がネトリ騎士やってて精霊に
吸血鬼が存在していたこと自体は驚かなかった。本来はアーカードの旦那ことヴラ
重要なのは、感染源がTウイルスではなく吸血鬼だということだった。
体らしい。まぁどっちにしてもゾンビなのだが。
そして最後に知ったことなのだが、彼らゾンビはゾンビと云うよりも食屍鬼という死
なければならないのだ。
悪いが、Tウイルスを拡散させると人類が世紀末に突入してしまう。ここは皆殺しし
結果として、ゾンビ諸君を縦に両断して全滅に追い込んだ。
?
そんなバイオ災害的事件に巻き込まれたのだが、翌々考えてみればバトル漫画の住民
大きな街が丸ごとラクーンシティみたいな状況だったのだ。
される出来事に遭遇した。
村々を巡り、ならず者退治をしながら生活を続けている内に、又もや世界観がブチ壊
?
らんすろ日記02
31
の存在である。
例えるならアーカードの旦那。
エターナルロリータのエヴァにゃん。
そしてアーパー吸血鬼である。
旦那とエターナルロリータは、世界でも唯一にして最強の称号を持つリアルチート。
武者修行中の若僧が無傷で勝てる相手ではない。
ならばアーパー吸血鬼だ。
型月世界の設定では真祖は月の王さまを参考にした星の最強生命体の失敗作で、アー
パーしてなかったアーパー吸血鬼が態々潰しにいく程多かった筈。
ならばこの世界は型月世界なのか⋮⋮⋮⋮
吸血鬼マジウゼェ⋮⋮。
★月◆日
型月の原作でも堕ちた真祖は魔王と呼称されてたし。
これからは鬱陶しい吸血鬼は魔王と呼ぼう。
?
32
一人バイオハザードごっこしていたヤツをブチ殺してから、自称魔王の吸血鬼が1週
間毎に大群引き連れて襲って来るのだ。
お陰で最近の趣味が真祖狩りになってしまった。武者修行的にはイイのだろうが。
アーパー吸血鬼にさっさと生まれて駆除してほしいのだが、残念ながら今は大体西暦
五世紀あたり。
アーパー吸血鬼の成人式が現代から800年前なのを考えても、後7、800年掛か
る。
まず無理だ。
というか連中、真祖にしては弱すぎるのだが。
最近は一太刀で仕舞いとかどうなってる。アーカードの旦那並みのしぶとさを見せ
んかいやと述べたい。
こんな様ならコッチから斬りに行ってやろうか、と考えてしまう始末だ。
どうせなら殺した分だけパワーアップぐらいしたい。某ニートの術式は殺せば殺す
ほど強くなれるのだが。
まぁ永劫回帰の世界とか嫌すぎだから要らんのだけど。
らんすろ日記02
33
皆殺しじゃボケェッ
遠出でもしてみようか。
燕でも探そうと思ったが、十八年近く生きてるが見ていない。雄鶏は居るのにね。
魔法は未だ程遠い。せめて一刀で地形が変わらねば到達には程遠い。
森を少しずつスライスするのにも飽きた。
い。
用心棒の仕事も、俺の顔を見ただけで逃げる始末。全くもって武者修行になっていな
実に良いことであるのだが、しかしやることが無くなってしまった。
向 か っ て く る 魔 王 は 良 く 訓 練 さ れ た 魔 王
! !!
ゐ月*日
ヒャッハー
!
逃 げ る 魔 王 は た だ の 魔 王 だ ァ ー ッ
日
だァーッ
※月
!!
⋮⋮最近吸血鬼を見なくなった。
?
34
∼月Ц日
徒歩で海を渡り、ブリテン島に着いた。
アーカーシャの剣とかあったら良いな。ギアス的な、と、そんなノリでブリテン島
に到着したのだが、またもや吸血鬼と速攻で遭遇した。
テンションが駄々下がりになりながら、最早作業になった魔王狩りを決行。
何やら騎士みたいな人達が襲われていたみたいで、俺がメッチャ適当に吸血鬼を殺し
まくっているせいで呆然としていたが、遠目から見たパツキンのお嬢ちゃんが逸早く再
起動。加勢してくれた。
正直助かる。マゾゲーとか俺大嫌いだし、レベルアップしない作業とか本当に面倒な
のだ。
月〒日
お蔭で口調がどんどん軽くなってしまう。ストレスだろうか。
?
らんすろ日記02
35
就職先が決まった。なんと俺が助けたあのパツキンのお嬢ちゃん、王様なのだと。
その王様が是非に側近騎士になって欲しいと言ってきたのだ。 返事は勿論OK。美少女が雇い主とか最高すぐる。それにそろそろ一つの場所に落
ち着きたかったのだ。良い機会だろう。
お嬢ちゃん王様の名前は、アーサー・ペンドラゴン。
現在領地を平定中なのだと。
ちなみにアホ毛の様なクセ毛がある。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
やっぱり異世界に生まれたようだ。
﹃彼﹄を側近騎士に招き入れたのは、﹃彼﹄の力を求めた王としての私か。
何よりも、その演舞を思わすような戦いに、見惚れた。
な黒の剣。﹃彼﹄は刀と呼んでいたか。
後に得るエクスカリバーと同等以上の美しい、芸術品のような見たこともない鮮やか
美しい相貌に、静かな湖を彷彿させる双眸。
まれた侵略者を討ち倒した。
まるでお伽話の騎士のように颯爽と現れた﹃彼﹄は、まるで慣れた事のように謎に包
そんな時に、﹃彼﹄は現れた。
その筈だった。
される。
如何に私が王の剣とその鞘を持っていても、民や騎士達はただの人。その暴虐に蹂躙
応戦するも、しかし数の暴力というものは残酷だ。
私を王と認めない有力貴族とは違う、蛮族に襲われた民を守るべく、少ない騎士達で
│││││││││││││││││││最初に﹃彼﹄と出会ったのは、戦場だった。
らんすろ日記03
36
らんすろ日記03
37
成る程、﹃彼﹄は常に私の味方だった。
私を女と知った一部の騎士達は私を見下していたのは知っている。
しかし﹃彼﹄は私が女と知っても尚、私に仕えてくれた。
いや、思慮深い﹃彼﹄の事だ、そもそも始めから知っていたのかもしれない。
蛮族との戦いのために、村一つ犠牲にした時、騎士達は私を批難した。
なのに一人﹃彼﹄だけは私の為に怒ってくれた。
﹃彼﹄だけが、私を王としてだけではなく、私の全てを見てくれた。
?
最優の、最高の騎士だ
その時私は、﹃彼﹄の姿にどう思った
流石、私の友
?
│
﹃彼﹄そのものを側に置きたかったのは、
﹃女﹄としての私ではなかったか│││││
違う。違うだろう。
?
讐
﹃彼﹄は良く言っていたではないか。
であればモードレッドは反逆せず、ブリテンは滅びなかったのではなかったか。
復
どうしてもっと、早くに気付いていれば、と。
そして何時も想う。
?
38
人は、喪ってからではないと本当に大切なものには気付けない時がある、と。
だというのに、なんたる体たらく。
その答えに。王ではなく﹃女﹄として彼を、ランスロットを欲していたのに気付いた
のは││││││
││││││戦場で、彼を目の前で喪った時だったではないか。
◆◆◆
らんすろ日記03
39
ЦЦ月◆日
紆余曲折の末に円卓入りしたのだが、アーサー王伝説の時系列がメダパニ状態なのが
良く理解できた俺である。 と言っても、俺はアーサー王伝説を殆ど知らないと言っても良い。
精々伝説内でギネヴィア王妃がランスロットと浮気したのがバレて、その騒ぎの間に
モードレッドが反抗期かましてブリテンが終わった程度にしか知らない。
そしてこの世界は、アーサー王が女体化してアホ毛晒して青を基調にした騎士甲冑着
てる時点で、型月世界決定してるので、まだ円卓にいないモードレッドが王様のクロー
ンなのやガウェインが爽やかイケメンの癖にオープンスケベなのは知っているのだが
⋮⋮。
というか謎なのだが、何故どいつもコイツも王さんを男だと勘違いしているのだろう
か。俺なんかそもそも腹ペコ王と判る前には美少女にしか見えなかったというのに。
円卓には馬鹿しかいないのか
それとも性別とかどうでもイイのか
コイツら│││││ガウェインや王さんの兄のケイの兄貴以外、全員ホモなのか
そう思うと、俺を慕ってくれている騎士達が怖くなってくる。
?
?
?
40
俺はケツを守るために周囲の気を配ることにした。
その事をアル│││これは彼女が二人の時には呼び捨てで構わないとの事││││
に報告したらとても心配され、ケイの兄貴とベディヴィエールとガレス、アル以外にコ
ンビを組むことが無くなった。
ちなみにコレは後で知ったのだが、彼女が女であることを知ってる人間は居るには居
たらしい。
心なしか、アルの騎士達に向ける視線がゴミを見る目になった気がしたのだが、皆気
が付いてないから善しとしよう。
というか、ムッツリ顔のアグラヴェインがモルガンのキャメロットへ差し向けた刺客
だったので釘差しとかねば。
この時代ホモと対峙してもホイホイついて行っちまう可能性があるから、その手の脅
しができないし意味はないか⋮⋮︵錯乱︶
・月★★日
マーリンにあった。
あのアンちゃん駄目だわ。性格が壊滅の度し難い人間のKUZUだわ。半魔だっけ
らんすろ日記03
41
家機密になっていた事に、この国の将来が不安になった。いや滅んでたんだけどね正史
それは良いのだが、一度ギネヴィア王妃と三人で一緒に食べてから俺の料理の事が国
いやまぁ、自前の畑拵えといてバレなかった方が不思議かもしれないが。
アルに、実は俺だけ自分で料理を作って食べている事がバレた。
〒月ゞ日
良いぞもっとやれ。
俺がクーデレ好きなのを知っての所業か。
が。
何してくれてんだKUZU、お陰でウチの王さんがどんどん可愛くなってるだろう
その時にそれなりにフォローしていたのだが、その所為かデレ始めてきた。
その所為でアルが魔術師見た瞬間、即座に戦闘態勢に入るようになってしまった。
この間アルが泣き付いて来るほどだ。ナニやったんだあのKUZU。
い。
魔術││この時代なら殆ど魔法なのだが、魔術使って悪戯するとか面倒な事この上無
?
では。
軽い男料理なのだが、如何せんこの国の料理が不味すぎた所為か二人が涙を流しなが
ら俺の料理を食べていた。
ガ ウェ イ ン
ソレ食っちまうと、対比で泣くほど思えるものなこの国の料理。というか、蒸かした
ポテト単品を料理とは言わねぇよロリコン。
その日から彼女達の誕生日に振る舞う事を約束した。それまでにこの時代でも作れ
る料理の数を増やそう。
その為には、味噌と醤油の生産量を増やさねば。大豆を育てねば。
∇
︶ノ月︵。・ω・。︶ゞキリッ日
今度、幻想種でも狩ってバーベキューでもしてみようか。
︵*
?
俺の料理がぁ
?
⋮⋮⋮俺の料理か
!?
カリバーンは王として相応しくない者が振るえば折れるらしい。
アルの選定の剣が折れた。
?
42
らんすろ日記03
43
別に俺の料理関係なかった。
何でも故郷の湖でペリノアとか言う王さまが見掛けたヤツと闘いまくってるらしく、
円卓の騎士の一人のグリフレットが決闘して負けたんだと。
そんで見兼ねたアルトリア嬢が闘ったんだが、その時に折られたらしい。
曰く、魔力を込め過ぎた為カリバーンがもたなかったらしい。
そこで俺がペリノアと闘う事になった。
何でだ。
いや上司命令だからやるけども。
彼女はどうやらヴィヴィアンに新しい剣を貰うよう頼みに行くようだ。
良い機会だ。一度故郷に帰るとしよう。
しかし彼女が初対面の人間に何かするのだろうか
せめて無理難題を吹っ掛けられなければ良いのだが。
子供の頃は彼女を女神の様に思っていたが、アレは美女の皮を被った狼だろうに。
?
■■月■日
日記に書きはしない。
取り敢えずペリノアさんを倒した。
戦闘描写
ま ぁ 強 い て 言 う な ら、勝 利 方 法 は ア レ で あ る。﹁知 っ て る か
振った方が強いんだぜ﹂だ。
つまりはゴリ押しです。
王務はどうした。
曰く、顧問監督官だとか。
ちなみにペリノアさんがキャメロット入りした。
剣 っ て の は 両 手 で
ペリノアさんは少なくとも魔王よりは強かったと明記しておこう。
?
?
吸血鬼がウザイ事。
用心棒から近衛騎士に出世したこと。
久しぶりに、ヴィヴィアンと会い、語り合った。
︵ ︳ ︶ポポ月ポーーーー︵ ゜Д゜︶ン日
44
らんすろ日記03
45
最近山を斬れる様になった事。
吸血鬼の話を聞いてるヴィヴィアンの顔が引き攣っていたのだが、何故だろうか。
丁度その時、アルの為に剣を与えて欲しいと願えば、酷く素直に了承してくれた。
月ゑ日
その夜彼女に喰われるのを引き換えにして。
なんかヴィヴィアンはニヤニヤしてたが、何故だろうか
ちなみに新しい剣だが、ビームの出る剣だ。
﹂とか言い出さないか心配で仕方がない。
!!
良かったね。新しい剣貰えて。
まぁ、アルトリア嬢が嬉しそうに自慢してくるので良いだろう。
﹁││││俺が、ガンダムだッ
出たビームを相手に叩き付けるのを主な使用方法にしている。原作通りなのだが。
?
しかも、俺ほどではないにしろ彼女の加護まで与えられたらしい。
アルがヴィヴィアンとの話を終え、エクスカリバーを手に入れた様だ。
?
︵
・ω・`︶月︵
;ω;`︶日
´
乳と言われる事がなくなったぞ。
良かったね。コレで少しは赤にオワコン言われる可能性が減り、セイバーで随一の貧
めていたのか、もう酷い男泣きだった。
不老になり、王として女を捨てなければならなかった生き方を押し付けたと自分を責
特にケイの兄貴は号泣ものだった。
俺とケイの兄貴は、思わず涙した。
具体的には、バストが成長していた。
が成長していた。
気付いたのだが、カリバーンを抜いて不老になったことで、成長を止めたアルの身体
´
46
らんすろ日記03
47
あん
貧乳も可愛いから良い
希少価値だ
?
?
何であるのだろうか
しかし原因がわからない。
誰だろうか
⋮⋮⋮育ての親しか思いつかない。
?
その日の酒は旨かった。
しかしいい日だ。妹の成長を見守る兄の心境とは、こういうものか。
?
│││││││つまりは、そういうことだ。
るの想像してほしい。
もし女性から﹁小っちゃいけど、可愛いよ。希少価値だよ﹂とナニを見ながら言われ
男性諸君、よく考えてみて欲しい。
そしてそれは、男も同じだと。
女性のバストサイズは、女性の尊厳の一つだと俺は考える。
成程そういう考えもあるだろう。だが決して俺はその考えを口にしない。
?
48
■月 ■日
遂にアルがブリテンを平定した。
これで一段落すると思っていたのは束の間。2年後に海の向こうから侵略者との戦
いが待っていた。
ずっと疑問だった。作中でAランク以上の宝具を持った英雄十三人率いる屈強な騎
士団を苦しめたBANZOKUとは一体何者なのか。
俺はその侵略者を見て、その長年の疑問に答えが出た。
│││││││││││BANZOKUってオマエ、コレ吸血鬼じゃねぇか。
を更なる至高に押し上げた黒い騎士に憧れた。王になるのを諦めた故に。
騎士王と称される王だが、やはり王としての気質があるのか、オレは王に仕える、王
せめて騎士として憧れようとして、しかし憧れたのは違う者だった。
だから■■ことは諦めた。
││││││その仕える騎士も。
裁定も、戦術も、何もかもが完璧過ぎるほど完璧だった。
だって母に連れられ物陰から観た王は、美しいくらいに完璧だった。 不可能だ、と思った。 理解せず雑音を垂れ流している。
王位を継承する資格がある〟││││││と、オレが王をどんな風に見ていたかまるで
〝私の愛しい息子よ。貴方は騎士となり、王を倒しなさい。私の息子である貴方には
も知らなかった幼い自分に囁 い ている。
呪いを漏らして
母が、今となっては死体となって何処ぞで果てているであろう忌々しい母が、幼い、何
│││忌々しい夢を、視た。
らんすろ日記04
らんすろ日記04
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50
勿論、王に憧れてもいる。
成る程、王は騎士を統べる長。
しかし黒騎士は騎士の頂にいる。
信じられないことに、黒騎士本人は自分が騎士をしていること自体が幸運と迄自身を
卑下している。
謙遜にしても過ぎるが、しかしオレは不思議と美徳に感じた。
礼節を守り、国を護り、王を支え、外敵を討ち滅ぼす。
彼以上の騎士は考えられなかった。
やがて、人造生命のホムンクルスであるが故に瞬く間に成長したオレには兜が与えら
れた。
自分の顔を知る者が見れば、全てが破綻する、と。
そう母に言いくるめられ仮面を被ったオレは、ソレでも尚剣技と騎士道精神は完璧
で。
だから、オレは王から剣を賜り騎士となった。
末席とはいえ、それでも憧れの王や騎士と同じ円卓の席につく資格は与えられたの
だ。
母の弄した姦計など知らんと言うように、オレは王に仕え彼と共に王の敵を退けた。
らんすろ日記04
51
オ
レ
そんなオレに業を煮やした母により、己の出生が明らかになった。
生
き
写
し
このホムンクルスはアーサー王の仇敵モルガンの子どころではなく、アーサー王の嫡
子でありクローンなのだと。
歓喜したオレは、全てを王に語った。その場に二人の騎士が居たが、彼等にも聞いて
欲しかったのかもしれない。
己がアーサー王の後継に相応しい理由を、全て語り││││││それでも、王はいつ
もと変わらぬ冷淡な態度で告げた。
﹁││││なるほど、姉の奸計とはいえ確かに貴公は私から生まれたもの。だが、私は
貴公を息子とは認めぬし、王位を与えるつもりもない﹂
﹁ッ││││﹂
〝息子として認めない〟。
と、あの王の頭が叩かれた。
はた
その言葉が、深く深くオレに突き刺さり││││
パァン
!
52
﹁││││││な﹂
恐らく、王と被ったその驚愕の声。
呆然した。
己の目は当然疑い、現実を疑った。
叩いた手は二つ。
一つは王の義兄のサー・ケイ
前回の蛮族の侵略の際に負傷し、前線を退いたものの、その智計は健在。
もう一人は││││││ ﹁失礼するモードレッド、少々時間が欲しい﹂
円卓最古参の一人で、唯一戦場で鎧を纏わずに返り血すら浴びず敵を討ち倒す、円卓
最高の剣。
こと戦いにおいては王すら凌ぐ一騎当千、無敵無双のブリテン最強の騎士。
反乱も同時に起こった先の二度目の大規模蛮族侵攻を、たった一人で殲滅した武神。
王を更に完璧以上に輝かせる者。
王として憧れたアーサー王と違い、オレが騎士として憧れた男。
湖の騎士、サー・ランスロット。
王はサー・ケイに玉座の奥に連れられて行った。
﹂
テメェこそ何をしたか分かってんかオラ。成る程、確かにアレは不
﹁何をする、サー・ケイ
﹁何をするだぁ
!?
だった。
モルガンのクソの思い通りに、オマエへの反感が生まれることをホ
混乱の極みに達していた俺を世界に戻したのは、オレの考えを完全に否定する言葉
しかし目の前の騎士は、満足げにしていた。
しか居ないからこその行動なんだろうが。
幾ら義兄弟と言えど、不敬極まりない。おそらく、この場に王と自分、ランスロット
呆気に取られた。思考が停止すらした。
奥から聞こえる声は、王と臣下のそれではなく、兄弟の会話、という説教だった。
﹁ぐっ、うぅ⋮⋮﹂
イホイやってんじゃねぇよ﹂
﹁しかし何だ、あ
﹁い、いや。しかし﹂
だろうが。それで今の対応たぁ、反逆してくださいッつってんのと同じだろうがボケ﹂
だろう。だがどんな事情があろうがアイツのツラ見りゃオマエ血ィ引いてんのは確か
義で人道すら叛いた出自であることは確かだ。オマエに責任どうこう言うのは筋違い
?
?
﹁モードレッド、完璧な存在など居はしない。それは王であろうと例外ではない﹂
らんすろ日記04
53
何をバカな、王は完璧だ。
勇ましく、冷徹で、穏健で、鋼鉄である、完璧過ぎる故に王に仇なした者すら居たと
いうのに。
しかし、恐らく誰よりも王を知っている男は否定した。
お前は知っているか
王の好む剣の型を。
の頭にその手を乗せて撫でた。
彼は幼子に接するように、オレの目に視線を合わせる様に屈み、兜を脱いでいるオレ
必要な事だ﹂
だが少しずつ、少しずつ距離を近付ける努力をしろ。少しずつ、王を知ることがお前に
﹁今すぐに親子として接することは出来ないだろう。それを行うには事情が深すぎる。
何一つ、オレは王の内面を知らなかったのだと、そう宣告された。
何も、知らない。
王の好きな料理や食材を。
王の好む憩いの場を。
王の好む指揮の型を。
?
﹁それはお前が、王のことを何一つ知らないからだ﹂
54
﹂
常に兜を被っている俺にとって、初めての体験だった。
﹁モードレッド、円卓とは何だ
そしてその言葉を、オレは死しても忘れない。
ら覚えておけ﹂
める王は、民を幸せにする以前に、自らを幸せにしなければならん。お前も王を志すな
ば王は人ではなくなる。王ですら無くなる。それは一種の舞台装置に過ぎん。民を治
﹁故に我々は、場合によってその命賭してでも王に諫言しなければならない。でなけれ
が円卓なのだと。
王とて人だ。失敗もすれば間違いもする。そう王自身が考えたからこそ作られたの
彼は言う。
つまり円卓の騎士とは││││││王と対等であるという事。
方からである。
上座下座のない円卓が用いられたのは、王が卓を囲む者すべてが対等であるとの考え
?
ならまず、自らの幸せを掴める様になってからにしろ﹂
﹁││││││自分を幸せに出来ない奴が、誰かを幸せに出来ると思うな。王を目指す
らんすろ日記04
55
ホムンクルスであり、故に寿命が他者と比べ短いオレに、それでも幸せになれと。
オレの幸せとは何だ
王位を継ぐことか
?
思わず笑ってしまった。
﹁⋮⋮結婚して子供を作って子供より早くに死ぬこと、か
﹂ それを聞けば、己の更なる幸せを見出だせるのではないかと││││││
故に問うた。彼にとっての幸せとは何かを。
何故なら王の円卓の末席に名を列ねていた今こそ、幸福を感じていたのだから。
そもそも幸せを想像することすら出来ない。
せを想像できない。
王の息子として生まれたからには、それはオレが遣らねばならない義務だ。それに幸
否、それはオレにとって夢であり、ある種義務だとも感じている。
?
時が経つにつれ、それは確信に変わる。
同時にオレは、この騎士こそに幸福を見出だせるのではないかと││││││
そしてそれでいいとも思った。
円卓最強の騎士の夢が、あまりにありふれていたことを。
?
56
らんすろ日記04
57
彼と剣を交えるのが好きだ。
彼と戦場で背中を合わせるのが好きだ。
彼と共に歩くのが好きだ。
彼の料理を食べるのが好きだ。
自分が王になり、彼を自分の騎士に出来ると思うと、頬が緩む。
そして気付く。彼と共にあることに、幸せを感じるようになって居たことに。
││││││しかしその幸福は、三度目の蛮族の侵略で全て終わった。
王の命令で殿を務めた彼は、もう二度とブリテンに戻ってこなかった││││││。
◆◆◆
︵│.│︶月︵
BANZOKU
Д`︶日
お前ボールな
ら、文字通り一蹴できる。
サッカーしようぜ
!
例えるならエロ動画を観ている時に感じる悪寒
ストーカーに追われる時に感じる視線ッ
!
!
女性が局部を男にガン見されているような感覚ッ
!!
取り敢えず全速力で殲滅していた時、何かに観られている感覚に襲われる。
流石にニンジャではないので、分身出来ない。
だが問題は、ブリテン各地に複数の群体で襲ってきたのだ。
!!
どれだけ数を増やそうが、構成される軍のメンバーが死徒や真祖の混成部隊のみな
その一度目の侵略は、正直俺にとって大したことはなかった。
襲い掛かってくる吸 血 鬼 達。
´
58
らんすろ日記04
59
⋮⋮いや、最後のは野郎なんで自分は解らんのですけど。
鬱陶しいがネタに走れる機会に、俺は万感の思いで叫んだ。
││││││貴様、見ているなッ
かみしにのやり
斬撃速度もマッハ500には及ばない。
いや、勿論13キロも斬撃飛ばせないです。
││││││1 3 キ ロ や︵ドヤァ︶
﹁﹃神 殺 槍﹄﹂
だったら凄い速くて超々遠距離の技を。
故に俺は考えた。
敵は遥か上空。山を斬るときの斬撃では届かないかもしれない。
その斬撃も勿論ネタに走った。
戦場でポーズ取れないので代わりに斬撃を飛ばしておいた。
!!
しかしキッチリ手応えを感じた。
⋮⋮鳥さんだったらごめんなさい。
それきり視線を感じなくなったので、俺はそのまま死徒を全滅し、治療部隊以外の率
いていた部隊を帰らせて、他の戦場へ向かった。
︵;・ω・︶月︵*≧∀≦*︶日
良いニュースと悪いニュースがある。
今回のBANZOKU侵略の際にケイの兄貴が負傷し、前線を退いた。
それに被害も大きい。
まぁあの人、どう見ても話術サイドの人間だから仕方無いんだけど。
日常生活や文官としての仕事には支障がないから、不幸中の幸いだろう。
そして吉報。
なんとモードレッドが円卓入りした
アレは見事な俺ッ子ツンデレだ。
アレだね。アルに向ける視線がキラキラしてるね。デレ期だね。
!
60
らんすろ日記04
61
デレツンとは此れ如何に。
しかし俺は、彼女の出生がブラックすぐる事を知っている。
姉が女のアルトリア嬢を魔術で一時的に男にして造ったホムンクルスとか。
彼女の母親のモルガンは、なんでも王位が欲しいのが犯行目的なんだと。
そんでもって史実ではアルトリア嬢は血縁関係否定するし、不憫すぎる。
下手したら十歳位なんだよねあの娘。
という事でメンタルカウンセリングを俺がしているのだが、現在モードレッド嬢に関
してはアルを随分尊敬している。
獅子
猫だね。
アレだ、﹃コイツを馬鹿にして良いのは俺だけだ﹄みたいな感じのデレだ。
べシータ
可愛いねコレ。何て言うか、野生の狼
?
ちなみにこの極秘の村とは、フランスの生まれ育った湖近くに作ったもの。
まった。
お蔭で唯でさえ黒い服装に、更に黒い外套で顔を隠して極秘の村に行くのに慣れてし
麦ご飯と牛肉の角煮。
なので稽古に付き合ったげたり、ご飯作ってあげた。
?
?
62
此処に住んでいる人間は、先の大規模侵攻でどうしても犠牲にしなければならなかっ
た村人達だ。
以前は一人用だったのでソレほど広い生産地は必要無かったが、蛮族侵攻が始まって
からアル、ギネヴィア王妃、モードレッド、ケイの兄貴と食べる人数が増えてしまった
のと食糧問題がシャレにならなくなったので人手を投入して拡大。村にしたのだ。
そこで起用したのが上記の村人達だったわけだ。
そしてやはり親子か、モードレッドの餌付けに成功した。
と思いながら、やはり親子だと感じながら交互に稽古に付き合った。 しかしアルが拗ねてしまった。
子供かッ
そしてなんと、それに乗じてアルや円卓に明らさまに不満タラタラだった連中が一斉
尤も、小競り合いは結構あり、大規模な侵攻が二度目というだけなのだが。
二度目の蛮族侵攻。
ε=ε=︵︵︵︵︵︵︵︵ *・`ω・︶っ月︵ ′Д`︶┐┗︶`д︶ ;∴日
結論、この親子べらぼうに可愛い。
!
らんすろ日記04
63
蜂起した。
どうすんべ、と思ったが、今回吸血鬼連中は群体を分散しておらず、軍隊みたいに悠々
と侵攻している。
と言うことで俺一人が凸って吸血鬼の相手をし、残りは反逆者を狩って貰いに行きま
したよっと。
反逆者との戦いはあんまり知らないが、今回死徒やグールだけじゃなくて、真祖もい
た。
何より少し毛色の違う奴が一人。
蹴
り
頭
部
白髪の貴族っぽいウザいのがドヤ顔晒していたので、取り敢えず全力で潰しに行きま
してやった。
ちくせう。怒られるのやだなぁ。
!!
した。
エキサイティン
顔面をサッカーボールに見立てて執拗に、ボールを相手のゴールへシュゥゥゥーッ
超
!!
ふざけすぎたのか、残念ながら逃げられたけども。
!
︵
^
がアルだと知り、俺とアル、ケイの兄貴の前で素顔を
︶月︵ノ│︳│︶ノ∼┣┃┣日
見せながらその事を告げた。
モードレッドが自分の父親
?
││││││横合いから思い切り殴り付ける
そんな子に育てた覚えはありませんぞ
願わくば、この親子が笑っていられる結末が欲しい。
その間にモードレッドにフォローを入れる。
ども。
まぁ、俺の言いたいこと全部ケイの兄貴がSEKKYOUしてくれたからエエねんけ
!
横に侍っていた俺とケイの兄貴がアルを叩いた。
!
そして史実通り、アルはモードレッドを息子と認めなかった。
?
?
言うまでも、ないッ
!
俺が落ち込んだのは、言うまでもない。
﹁嫁さん貰って子供作って死にたい﹂という俺の夢が、モードレッドに笑われた。
64
﹁黙れ
次こそはこの屈辱、必ずや晴らしてくれるッ
﹂
!!
そんな様子を解りきって居ながら、煽るようにその脅威を示す名を少年は口にする。
高かったプライドは嘗て無いほどにズタズタである。
その場で生き残っていた死徒全軍を足止めに徹させて命からがら逃げ延びたが、彼の
し、執拗に男の顔面を蹴り続けた黒い剣士。
そして頭に浮かぶのは、原住民の一部も呑み込んだ数万の死徒の軍勢を気軽に蹴散ら
白髪の男の瞳にあるのは憎悪の一言。
!
あったみたいだね﹂
﹁や ぁ ト ラ フ ィ ム。随 分 御 機 嫌 斜 め み た い だ け ど、そ の 様 子 じ ゃ あ 君 も 返 り 討 ち に
顔を見て明らかな嘲りの笑みを深めながら、声をかける。
そんな男を待ってたかのように壁へもたれ掛かった、十二歳ほどの少年が男の腫れた
〝原液持ち〟の死徒である彼が、顔を腫らす事自体が極めて異常なのだが。
た男が、本来非常に整った顔を盛大に腫らして歩いている。
とある秘境に存在する、美しい城の中。玉座の間へと続く道を歩く白髪の貴族然とし
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65
66
﹂
﹁で、あの﹃黒﹄は出たかい
﹁⋮⋮ッッ
﹂
?
﹂ !
!
徒
まるで、神秘を否定するかのように。
の治りが普通の人間の様に遅い。
本来、魂に刻まれた復元呪詛がとっくに傷を癒している筈なのだが、不可解な事に傷
剣を振るわないこの少年でも、それぐらいは理解している。
死
何より剣とは間合いが全て。
に斬られたのだ。
が、地上から人間では視認不可能な遥か上空に居たというのに、地上のランスロット
﹁⋮⋮でもまぁ仕方無いね、幾らなんでもアレは無い﹂
めようとしたのだ。
彼は彼の﹃左腕﹄と﹃左足﹄によって送り込んだ死徒を囮にし、その財宝の是非を確
だった。
古今東西の秘宝コレクターである少年が、ブリテンの宝剣宝具を欲したのが始まり
最初はただの趣味だった。
てたって言うのに
﹁あははははっ その様子じゃ辛酸舐めさせられた訳だ。アレだけボクを馬鹿にし
!
・・・・
流石に少年もその理不尽さには恐怖した。
かつて神だった彼が言うのも何だが、常識と言うものを知らないのかあの男は。
そしてその事を聞き付けた、自分より早くに﹃我が君﹄の従者になったこの白髪の男
は少年を侮蔑し、少年の目的としていた宝物を少年の﹃我が君﹄に献上するのだと意気
揚々と出陣していき││││││、この様だ。
﹂
滑稽だと笑いたくもなるが、それ以上にその人間の国を危険視した。
﹁で、調べは付いたかい
﹁⋮⋮あぁ﹂
﹂と叫
!!
!?
ならば気を付けたまえトラフィム﹂
幾ら奴等が失敗作の乱造品と言えど、
根城にしていた﹃王﹄の出来損ない諸君が、一匹残らず狩られたらしい。また攻めるの
﹁﹃黒﹄の名はランスロット。奴等の国で最高の騎士との話だ。なんでも、フランスを
ぶだろう。
余裕のあるランスロットが彼を見たら、心の中で確実に﹁ガッチャマーンッ
しかし異形の口からは少年に向けた負の感情を隠すことの無い、流暢な言葉が出る。
先の二人とは違い、半人半鳥という明らかな異形の姿をしていた。
現れたのは三人目の化物。
?
﹁なッ⋮⋮ バカを言うなグランスルグ
!
閑話 難易度を上げていくスタイル
67
68
陛下の失敗作だぞ
人間如きに全滅させられるなどとッ⋮⋮
﹂
!
﹂
!
!!
その者達の魂に響く、聴いただけで魅了し尽くし、圧砕するような声が響く。
﹃││││││善い、許す﹄
総てで滅ぼしてッ││││││││││
﹁侮辱だ⋮⋮、私はおろか、陛下に対してへの侮辱だ 許さんぞ、今度こそ我が配下
行。
唯でさえ自分のことで既に業腹だというのに、忠義を誓った王に対しても行われた蛮
しかし、贋作と言えど彼等の王を模しているのだ。
真祖は全てたった一人の絶対者を模倣した贋作。
!?
﹂﹂﹂
何故ならこの城││││千年城ブリュンスタッドは、主によって創り出されたモノな
三人が移動した訳ではない。主の意志一つで、周りの城が形を変えたのだ。
三人は何時の間にか玉座の間に立っていた。
﹁﹁﹁ッ│││
!!!!?
閑話 難易度を上げていくスタイル
69
のだから、自由自在なのは当然。
そしてその玉座に座っていた男は、例えるなら月だった。
﹃いやはや、ここまで興が乗る事は初めてだ。排斥される側の私が、まさか排斥する側
に回ろうとは﹄
淡く光る金髪に、人体の黄金率を兼ね備えた容姿。
万華鏡の様な虹色に輝く双眸が、三人を映していた。
そして何より、ソレが人の形をとって人の言葉を口にすること自体が、人の感性から
すれば余りに違和感があった。
三人は即座に臣下の様に跪く。
白髪の貴族たる白翼と、烏頭の怪人たる黒翼は絶対の忠誠を。
神だった少年は憧憬と恋慕を携えながら。
﹄
﹃クククッ、アレ等を甘く見るな。あのヒトという種は星すら恐怖させた程だ。それ
に白翼、黒翼。汝等も元はそうであろう
﹁それは⋮⋮﹂
﹄
?
それぞれ思惑はあれど、一度﹃王﹄がタクトを振るえば、彼等は﹃王﹄の忠実な爪牙
うと成れば、その者も私の眷属に加えるのも悪くは無かろう
﹃しかし﹃移し身﹄の失敗作を壊せるとなると、些か以上に興が沸く。もし私の眼に叶
?
70
に生まれ変わる。
﹁全ては我が君の望むがままに﹂
﹁我々は﹃王﹄の従僕なれば﹂
﹁我等は陛下の爪牙であります﹂
﹃善い、全て許そう。ヒトの足掻きも汝等の忠義も何もかもを赦そう﹄
星に抑圧されながら今回ばかりは例外の様で、あらゆる枷から解き放たれる。
それほど焦っている様が何とも滑稽。愛おしさすら感じる。
我は王。常闇の夜に光輝く、月光の主なり。
そして必ずやこの■を掌握してみせる。
我は原初の一故に。
﹃故諸共壊して見せよう。我が月の宿願の礎として﹄ 神
凡百の真祖や死徒など我にはただの有象無象に過ぎない。
英雄
?
も良いだろう。
もしその者が井の中の蛙ならば、その増長をたしなめ人知未踏の天蓋を見せてやるの
良い、我はその全てを下してやろう。悉く我の前に跪くがいい。
?
閑話 難易度を上げていくスタイル
71
﹃││││││ヒトの身でありながら、星から拒絶されるほどの強者。是非とも私に
アルテミット・ワン
人の可能性の極地というモノを魅せてくれ﹄
││││││月の原 初 の 一。
真祖の原型。月世界の王、朱い月のブリュンスタッドが、その腰を上げた。
彼女はそのままに静かに、ちょこん、と隣に腰掛けた。
自らの主君に対し明らかな不敬だが、しかしアルトリアは微笑みを浮かばせる。
体勢や体に止まった小鳥をそのままに、薄く開けた目線をアルトリアに向ける。
﹁構わない﹂
﹁お、起こしてしまいましたか。済まないランス﹂
﹁アルか⋮⋮⋮⋮﹂
その姿に一瞬アルトリアが見惚れ、
男は眠っているのか、肩や頭などに小鳥が止まっている。
にもたれ掛かっている男を見付けた。
彼女が歩みを進めること数分。森の奥に少し広げた場所に辿り着き、其処で一本の木
彼女が目指している場所は、とある騎士のお気に入りの場所である。
アルトリア・ペンドラゴン。この国の王である。
そこへ歩いてる少女が一人。
アーサー王の王国、ログレスの都のキャメロット城の裏庭。
訪れる決戦
72
訪れる決戦
73
﹁何だ﹂
﹁いっ、いや、何ですかその。良く此処に来ているのを知って、何故かと思っただけで
す﹂
﹁⋮⋮⋮⋮大したことではない。ただ、俺の育ったあの湖の畔と、此処が少し似ていた
だけだ﹂
﹁そう⋮⋮ですか﹂
﹁お前こそ、王務は良いのか。アグラヴェインがいるとはいえ、奴にばかり負担を掛け
てやるな﹂
吸血鬼
現在ブリテンは、お世辞にも余裕が有るとは言えない。
蛮族による二度の大規模侵略。唯でさえ戦争は金が掛かるというのに、物資を生産す
る民がそのまま蛮族に呑み込まれている。
尤も、被害が拡大する直前に殲滅しているため致命的な被害は出ていないが。
しかし、それでも十二分なほどに危機だ。
何より死徒の軍勢相手に、並の騎士では話にならない。
とある決闘でランスロットに敗北したペレノア王が顧問監督官としてキャメロット
に入ったのだが、だからといって円卓だけでも保たないのも確か。
ケイは負傷により前線から退き円卓の騎士も人なのだから消耗して当然。
74
だいたいランスロットを除いて。
しかもブリテンは内部にも様々な問題は存在する。
先に挙げた円卓の騎士、サー・アグラヴェイン。
その正体はモードレッド同様先王ウーサーの娘にしてアーサー王の姉、妖姫モルガン
の子にして刺客。
だが彼は円卓の騎士処か王の秘書官にまでなった。
偏に﹁国を存続させる﹂という彼の目的故に、国家の危機的状況で反逆の可能性が無
いのだ。
何より彼は国家の忠臣。
そして彼の知る限りアーサー王を超える王は居ない。
その国家に捧げる忠義を、アルトリアに捧げるのは道理だった。
彼がアーサー王を裏切る時は、彼女が王に相応しく無くなった時だろう。
故に彼は、ブリテン内部における最大の疾患たるモルガンを逆に監視することが出来
るのだ。
﹁必要な仕事は済ませてある。マーリンは次が総力戦と見た。だから少しでも休もう
とも思って、な﹂
﹁そうか﹂
訪れる決戦
75
﹂
﹁おそらく次は、奴等の﹃王﹄が出てくるだろう﹂
﹁直感か
トには不思議な安心感を与える力があった。
本人が聞けば勘違いや錯覚と答えるかもしれないが、アルトリアにとってランスロッ
が救われたか。
本来地獄の具現たる戦場で、場違いのようにたった一人で蹴散らす姿にどれ程の人間
惹き付けられる。
あらゆる艱難辛苦を、その一刀にて両断する出鱈目のようなその様は、戦場で誰もが
彼の戦いはお伽噺の様な、一騎当千という言葉すら役不足のソレ。
戦場で彼と共に戦っている時に、どれ程の騎士がこの感情をゆうしたことか。
︵何故だろうな。貴方と共にいるだけで、こんなにも安心する︶
アルトリアがランスロットに会いに来たのは、その不安を払拭するためでもあった。
次の戦いで、何か嫌なことが起きると告げている。
同時に、とてつもない嫌な予感も。
その直感が、次が決戦と教えていた。
アルトリアの直感は未来視の域に到達している。
﹁││││あぁ﹂
?
76
子どもが物語のヒーローに焦がれるような、そんな感覚。
そうして会話は終わり、再び静寂が訪れ二人とも目を閉じる。
吸 血 鬼 の 王 さ ま っ て、朱 い 月 じ ゃ ね 無 理 ゲ ー
ほんの少しの、しかし訪れる戦いを前に、只管闘志を溜め込むために。
?
︶
︵│ │ │ │ │ │ │ │ │ │ ア レ
じゃね
?
そして、漸く気付いたお馬鹿が一人。
?
訪れる決戦
77
そしてその三度目の蛮族による大規模侵略が確認された。
数は今までで最大の十万。ブリテン原住民を呑み込みながら更に数を増やしている。
一体一体が復元呪詛によって再生能力を持ち、膂力は人のソレを越える死徒の、まさ
しく前代未聞の軍勢。
流石の円卓の騎士も、所詮人。たった一人で万軍と戦い、その数の暴力に勝利するこ
とは出来はしない。
﹂
だいたいランスロットを除いて。
﹁多い⋮⋮
﹂
と、白い長髪の年若い美青年の姿をした魔術師││││││マーリンの言に
﹁あるにはある。しかし成功させるには難しいと
沸き立つが、ケイは冷静に現状を分析した。
おぉ
﹁ふむ、策があるにはあるよ﹂
﹁これほどの数、一体どう対処するおつもりだ。マーリン殿﹂
!
﹁吸血鬼││││奴等の能力は非常に高い。しかしそれに比例して弱点も多い。この
?
!
78
策が成る鍵は、ガウェイン殿とランスロット殿だね﹂
白銀の騎士と、それに対照的な漆黒の騎士に視線が集まる。
白銀の騎士││││サー・ガウェインはマーリンに視線を向け、漆黒の騎士││││
ランスロットは閉じていた目を開けた。
﹁ソレが王の命ならば、私はそれを全うするのみです﹂
忠義の騎士と名高いガウェインは、ただ盲目的に王を崇拝する。
それとも性格の悪さか
﹂
ただそれ故に、必要以上に王に近付く、王を近付かせるランスロットが気に食わな
かったのだが。
しかしソレはソレ、コレはコレ。
今は私情を交えている時ではない。
﹁回りくどい言い回しは老人の癖か
?
﹁ランスロット殿には一つの役割を所望する。我等は彼の役が終えるまで、奴等を押
この男に言語補正があって良かったと、後に間桐雁夜は答えた。
││││眠たくなるから早よ。作戦内容早よ。
最も、彼の本音は誰も聞こえなかったのだが。
王 は静かに微笑んだ。
アルトリア
ラ ン ス ロ ッ ト の 言 葉 に、し か し 老 人 と 言 う に は 若 々 し い 外 見 の マ ー リ ン は 苦 笑 し、
?
訪れる決戦
79
し止めるのみ。そして止めはガウェイン殿が刺す。この圧倒的物量を覆すのには、コレ
しかない﹂
単騎でなら、ランスロットに並ぶ騎士は、王であっても有り得ない。
湖の騎士よ﹂
それにその任は、ランスロットが一番心得ていた。
﹁頼めますかな
オーダー
ナイト
て彼等に付き従うブリテンの兵達。
此方は騎士王率いる、最強最高の黒騎士を筆頭とした十三の一騎当千の英雄達。そし
戦いの布告はとうの昔に過ぎている。
﹁了 解 し た、我 が 主﹂
Yes,Your Majesty.
命は下った。後はソレを実行に移すのみ。騎士は、兵はその為にあるのだから。
﹁命令だ。その任を全うせよ、我が騎士﹂
故に、チェス盤の上で命を待つ騎士の様に。
ければならない。
騎士も人だが、一度戦場に足を踏み入れれば、全て王の走狗として戦場を駆け抜けな
それは、王との何時ものやり取りだった。
﹁⋮⋮⋮⋮命令を。命令を寄越せ我が主﹂
オーダー
マーリンの向けた言葉に、ランスロットは王へ、アーサー王へと視線を向けた。
?
80
対するは化外の軍勢。
ただ一つの命令に従う哀れな死体の群れ。しかしソレを統率する三体の化外の将が、
ソレを人への猛威と変革させる。
円卓の騎士すら上回る魔獣の主と黒翼の魔術師、そして大群を軍に仕立て上げている
白翼の将。
そしてその頂に立つのは世界の条理すら覆す月の王。
真正面からぶつかるにはあまりにも危険だ。
ジョー
カー
しかし起死回生の策はある。
ランスロットは存在する。
そして両軍は対面する。
弱者の弄す
自分達の数倍の化外の群れを目にしても、人の騎士の軍に畏れは無く。
化外の群れの大半は、そもそも自意識すら怪しい本能の亡者。
﹂
ならばッ
畏れは無い怒りも無いあるのはただ﹃喰いたい﹄という獣の欲求。
手足もがれようとも、その歩みは止まらない。
そこに、白翼の貴将が高らかに告げた。
王の望みは忌々しき﹃黒﹄との対面と裁定。
﹁││││││││潰せ﹂
故に、周りの有象無象を片すは臣下の役目。
﹁陛下は最強。この月明かり届く地上との狭間にて無双
る小賢しい足掻きの前にして何を恐れ、何を迷い、何を惑うッ
!!
﹁憎悪を喜び憤怒を貪り叛逆を赦す
﹂
その愚かさを愛でるのが陛下であり、その走
それは、主のたった一つの命じられた神意を為すための自らへの誓いでもあった。
!
!
狗にてその系譜たる我等は、主の決定に魂捧げて示すが己が使命と知れッ
陛下の何たるかを知らぬ蒙昧共に│││││││
﹂
!
!
﹁気の赴くままに││││ただ蹂躙するが﹃強者﹄と
!!
訪れる決戦
81
82
﹃﹃││││││││■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッ
死徒の軍勢が、滾らせたその暴力を解放していく。
それは王に下った真祖も同様で。
彼らの望みはランスロットただ一人。
コー ル
﹄﹄
数奇な運命から始まった、吸血鬼と騎士の国との戦いの最終決戦が始まった。
運命がカードを混ぜた。
﹁││││││││││勝負だ﹂ 全ては国を護るために。
騎士の誇りを胸にし、誉れ高きその姿を体現する王に付き従うのみ。
もう二度と喪わないために。奪わせない為に。
蹂躙された村々を彼等は決して忘れない。
騎士の背中にのし掛かるは家族や友の笑顔。
語るに及ばす、開戦の狼煙は必要無く。
ことば
それに呼応して、最高の騎士団は士気を高める。
た不届き者を八つ裂きにせんが為に。
超越者たる真祖を狩り続けた││││そんな自分たちのプライドを、地に叩き落とし
!!!!
る一撃。
ク
ス
聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、
﹃空想の身でありながら最強﹄とも称され
で運動量を増大させ、光の断層による斬撃として放つ。
神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させること
たせることのできない聖剣の中の聖剣。
後の聖杯戦争において、超一級の魔術師である遠坂凛ですら、一度に精々二回しか撃
人類最強の幻想が戦場を染め上げる。
ソレを希望で払拭するように。
﹁﹃約束された﹄││││﹂
エ
を与えるだろう。
勿論円卓の中でも上位に位置する者達ならば蹴散らせるだろうが、一般騎士には恐怖
膂力が違う。如何に円卓の騎士の率いる軍勢といえど、中身は人。
開戦と共に、死徒やグールの群れが咆哮と共に爆発したかのような勢いで進軍した。
化外の軍勢と英雄の騎士団。
槍衾に対峙する化物共と英雄達
槍衾に対峙する化物共と英雄達
83
84
カ
リ
バー
﹁││││││││﹃勝利の剣﹄ッ
﹂
聖剣エクスカリバーが、﹃連続﹄して吸血鬼達を襲う。
槍衾に対峙する化物共と英雄達
雁夜は白目だったそうだ。
﹃開幕ブッパは気持ち良いよね﹄
後にランスロットはその情景を間桐雁夜に語った。
!!!
槍衾に対峙する化物共と英雄達
85
アルトリアは、アーサー王は竜の因子を持っている。その力は、呼吸するだけで魔力
を無尽蔵に生み出すことができるのだ。
聖剣の使い放題。更には聖剣の鞘という、五つの魔法すら寄せ付けない絶対の防御に
よってその身を守っている。
最強の矛と最強の盾を併せ持つ。ソレが大英雄アーサー王だ。
そんなアルトリアの今やるべき事は、ただひたすらに最前線にて聖剣を撃ち続ける事
だった。
悲鳴すら挙げること無く蒸発していく死徒達に、しかし聖剣の一撃から逃れた他の軍
勢は目もくれない。
﹂
元々仲間意識など皆無。他の死徒が死んだところで何とも思わない。
﹁ぐがッ
不可視の刃は、しかし受けた吸血鬼にも痛手を与えるものの、何処までもそれは刃。
﹁くっ。いけません⋮⋮やはり、決定打に欠けますか﹂
それは聖剣の一撃から逃れた死徒達の体を次々に切り裂いていく。
故に放たれるのは音の刃。
琴の弓であるフェイルノートに矢は合わない。
そこに、ブリテン一の弓の名手。トリスタンの魔射が殺到する。
!?
86
ブロークンファンタズム
復元呪詛を持つ死徒達にとって肉体欠損など、容易に復元する掠り傷でしかない。
爆殺できる壊 れ た 幻 想を扱える英霊エミヤの投影宝具の矢なら兎も角、常人ならば
即死の刃も頭部でなければ効果は薄い。それは死徒達が一番理解している。
幾ら名手トリスタンといえど、只管に頭部を守る彼等相手では足止めにしかならな
かった。
しかしソレで十分。
﹂
体勢が崩れていた吸血鬼達の前線に、騎士達の突撃が食らい付いた。
﹁さあ、行こうかグランスルグ。我等が君の為に﹂
﹁忠義のためだ。貴様の下賤なソレと同列にするな﹂
﹁心外だなぁ。ボクはボクなりの忠誠を誓って此処にいるんだよ
﹂
﹁貴様⋮⋮﹂
﹁ははッ
?
﹂
!?
突如出現したのは、約200メートル近い怪物だった。
﹁アレは⋮⋮、悪魔使い
最初に気付いたのは、戦場を離れた場所で観ていたマーリンだった。
!
槍衾に対峙する化物共と英雄達
87
││││メレム・ソロモンは悪魔使いである。
﹃デモニッション﹄とよばれる第一階位の降霊能力で、人々の願望をモデルにして使用
者の憧憬で彩色し、類似品を作る能力。
ア
ン
リ・
マ
ユ
かつて彼はこの力を持つが故に、四肢を切断され生き神として小さな集落で神として
祀られていた。
その境遇は、拝火教のとある少年と酷似しているが、その違いは彼は本物の神子だっ
た事。
朱い月に戯れで拾われて死徒となってからも、ソレは変わらず。 彼の喪われた四肢は、彼の作り出した四つの大魔獣によって与えられたもの。
﹂
そして最初に現れたのは、右足に対応している神罰と大海嘯の具現。
﹁││││陸の王者
を粉砕する咆哮と共に騎士達を死徒諸共蹂躙した。
特殊な能力など無い、しかしその圧倒的な膂力を兼ね備えた巨体が、音圧だけで人間
鯨と犬を掛け合わせたような姿の、四大魔獣のうちの一体。破壊の黒犬。
!
88
◆◆◆
﹁何だあの怪物は
﹂
問題は周りの死徒の数だ。
の怪物も倒せるだろう。
しかし前線には我等がアーサー王が完全武装で戦っている。かの黄金の聖剣ならあ
あれに一兵卒を突っ込ませるのはあまりにも無駄というものだ。
士達を撤退させたと言った方がいい。
陸の王者の出現で、前線は崩壊したと言っても良い。というよりかは、崩壊させて騎
ば。
当然だろう。イキナリ全長約200メートルの鯨と犬が混ざった様な怪獣が現れれ
前線から離れた本陣で、ケイが叫ぶ。
!?
﹂
幾ら円卓の騎士総出で当たっているとは言え、数の暴力は圧倒的だ。
﹁くっ⋮⋮⋮⋮頼むぞ、ランスロット⋮⋮⋮⋮
﹁ッ
﹂
﹁おや、中々興味深い話をしているではないか﹂
!
﹁馬鹿な、翼の生えた││││﹂
?
﹂
!
る。
﹂
子である彼の死徒達異形が、ブリテン一の口達者のケイに何かを語る前に襲い掛か
﹁貴公らには興味は無いのだが、主の命だ。││││殺れ﹂
﹁くっ││││
そして同様の異形のキメラが、本陣の周囲の上空を囲んでいる。
﹁戦争に於いて、頭を先に潰すのは定石では無いのか
﹂
其処には、頭部が烏の様な異形達が黒い翼をはためかせていた。
その声に、本陣の誰もが空を見上げる。
!?
﹁頭を先に潰すのは定石。なら、その頭を誰も護ってないなんて考えねぇよな
?
槍衾に対峙する化物共と英雄達
89
90
﹁││││
ラ
レ
ン
﹂
ト
?
?
﹁これは⋮⋮⋮⋮﹂
﹁お前、ランスロットの敵か
敵だな ならオレの敵だ、死ね。王とランスロット
勿論復元呪詛で再生するだろうが、その前に本陣の近衛がトドメを刺す。
た。
そして宝剣によって威力を底上げされた赤雷は、雷速をもってして異形達の翼を貫い
価値を宿している。
て例外的且つ限定的にとはいえ与えられたソレは、エクスカリバーに勝るとも劣らない
スロットの言により、奪い取ったせいでランクが下がった正史のソレとは違って、極め
﹁使えるものがあるなら使え。余裕を残して負けるのは愚図のやること﹂というラン
燦然と輝く王剣。
ク
つ謀叛を起こさないよう極めて例外的に与えられた、王の後継に与えられる筈の宝剣、
全身甲冑の騎士の持つ、この戦いの為にとアーサー王から賜った信頼の証であり、且
そんな彼等を、赤雷が悉くを撃ち落とした。
!?
槍衾に対峙する化物共と英雄達
91
の敵は全てオレの敵だ、駆逐してやる皆殺しだ﹂
﹁││││コレはコレは、恐ろしいな﹂
アーサー王のクローンであるが故に、モードレッドは莫大な魔力を持っている。
その常人に比べれば無尽蔵とも言える魔力が、魔力放出という出力端子をもってして
赤雷という形で全身から迸っている。
グランスルグは既にマジギレしているモードレッドに、素直に驚いていた。
コレほどの人材を、ただ敵であるだけでここまで言わせるランスロットを内心称賛し
た。
﹁故に、手加減するなど愚の骨頂か﹂
グランスルグの半人半鳥の異形が、更に変貌する。
ソレは最早、全長数キロの巨大な大怪鳥だった。
﹂
前線を崩壊させている陸の王者すら圧倒する巨体に、モードレッドの戦意は些かの衰
えも無い。
良いぞ良いぞー
!
﹁がはははははは
!!
92
其処に、円卓の騎士が一人加わる。
﹁一人でコレを相手にするのは不味かろう
勝手ながら助太刀させてもらう
﹂
!
ねぇ﹂
︵⋮⋮⋮⋮ランスロットが聞けば頭を抱えるな︶
モードレッドのアレっぷりに、何処で育てかたを間違えたッ
!?
死ね﹂
﹁同じくキャメロット顧問監督官、ペレノアである
いざ
﹂
!
元魔術師の黒翼に、ブリテンの狂犬共が激突する。
﹁グランスルグ⋮⋮ブラックモア⋮⋮何でも良い、好きに呼べ﹂
!
﹁騎士として一応名乗っておく。キャメロット円卓の騎士の末席、モードレッドだ。
ロットが、ケイの脳裏に浮かんだ。
と頭を抱えるランス
﹁ペ レ ノ ア か ⋮⋮⋮⋮ 構 わ な い ぜ。ラ ン ス ロ ッ ト の 敵 を よ り 速 く 殺 せ る な ら 文 句 は
?
槍衾に対峙する化物共と英雄達
93
◆◆◆
トラフィムは死徒の群れが騎士達とぶつかり合い、ソレをメレムの陸の王者が踏み潰
し、ソレに円卓の騎士達が襲い掛かるその戦場を、死徒本陣から眺めていた。
ソレだけ見ればやや陸の王者が押されているのが解るが、直にメレムも新たな四大魔
獣を追加投入するだろう。
敵の本陣もグランスルグがその巨体で襲い掛り、張り合う赤雷が見える。
そして長期戦になればなるほど此方が有利に運ぶ。
何せ数は此方が圧倒的に勝っており、敵の騎士を喰らえば更に増える。
敵の円卓の騎士が予想以上に手強いのが予想外だったが、所詮人間。限界はある。
故にこのまま行けばブリテンの崩壊は確実だった。
﹁││││││││待て﹂
そこまで思考し、トラフィムは違和感を覚えた。
何かを忘れている様な。
﹃王﹄までも出陣する迄になった、そもそもの原因は何だった
﹁奴は﹂
この身に嘗て無いほどの屈辱を与えた怨敵はどんな奴だった
この総力戦で、何故出てこない
﹂
!?
ガウェインッッ
ソレが合図だった。
﹁やれッ
﹂
死徒の軍勢すら動きを止め、呆然と土煙を上げる山を見上げた。
﹁なッ⋮⋮
具体的には、戦場から見える山の登頂部が吹き飛んだ。
トラフィムが違和感に気付いたと同時に、凄まじい衝撃が走った。
﹁││││奴は、あの黒騎士は何処にいるッッ
﹂
?
!?
!?
?
!
!!!
それは、アーサー王の持つ﹃約束された勝利の剣﹄と同じく、騎士王が妖精湖の乙女
﹁我が聖剣は太陽の具現。王命のもと、地上一切の化外を焼き払いましょう││││﹂
94
によって賜った姉妹剣。
そして最も適正のあったガウェインに与えられた、太陽の灼熱を具現する日輪の聖
剣。
﹂ ﹃聖者の数字﹄にならぶ、ガウェインが﹃太陽の騎士﹄と謳われるもう一つの所以。
エ ク ス カ リ バ ー・ガ ラ テ ィ ー ン
!!
片の容赦無く焼き尽くす。
﹁││││ぎっ、がぁあぅぅぉぉぉおおおおおおおおおっっっ
﹂
白翼は崩壊寸前の死徒を使い、死した騎士達の肉壁を積み上げ、黒翼は魔術で、魔獣
!!!?
月が輝く真夜中にあり得ない、死徒にとって致死の猛毒である太陽は、化外の体を一
発動し、掲げるだけで良い。
悪の聖剣だった。
平原で遮蔽物は皆無であるこの場で、擬似太陽を具現化するガラティーンはまさに最
だ。
血を吸うのも、血に含まれる遺伝子を取り込み肉体の劣化を補うために行っているの
ても良い。
それは常に起こっている肉体の劣化、損傷の速度を急激に早める日光。紫外線といっ
死徒最大の弱点。
﹁この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣││││﹃転輪する勝利の剣﹄ッ
槍衾に対峙する化物共と英雄達
95
96
王は獣でもって日光を防ぐ。
日光に対して耐性を持つ死徒もいるだろうが、ダメージは不可避。
だが、ただの死徒が浴びれば一瞬で肉体が崩壊するほどの直射日光だ。
しかしメレムの魔獣│││││つまり悪魔である陸の王者は死徒では無い為、その巨
体で日光を容易く防ぐだろう。
エ
ク
ス
カ
リ
バー
﹂
故に悪魔使いであるメレムは日光に注意を向けてはいたものの、それを完全に防いだ
彼は油断していた。
﹂
﹁││││││││﹃約束された勝利の剣﹄ッ
﹁なっ
!
化外の軍勢は文字通り崩壊した。
要の陸の王者が屠られた前線に、死徒など一匹たりとも立っていなかった。
胴体を大きく抉られた陸の王者は耐え切れず、顕現が解ける形で戦線から離脱する。
自らを盾にするように陸の王者が阻むも、直撃を喰らってしまった。
そんなメレムに、黄金の聖剣が食らい付く。
!?
槍衾に対峙する化物共と英雄達
97
﹁││││馬鹿な
真祖に日光など効かん筈だ
﹂
!
﹁貴様ァッ⋮⋮⋮⋮
﹂
涼しい顔をした、手傷どころか返り血すら無いランスロットが其処に居た。
そして、ソレを殺った犯人である││││黒い刀を持った男が一人。
否、最後の一人が、今まさに噴き出す血飛沫と共に崩れ落ちた。
しかし崩壊した軍勢に、百余人居た真祖は戦場に立っていなかった。
故に軍勢が崩壊するなどあり得ない筈である。
ウェインを集中的に狙えさせれば良い。
完全な不老不死である真祖には、日光など何の意味もない。ガラティーンを掲げるガ
!?
﹁化け物がァッ
﹂
そして最後の一人を捉えた時に、合図として山を斬撃で飛ばして斬ったのだ。
殺しにしていただけである。
コソコソしながら軍勢内の、バラバラに配置されていた百余人いた真祖をコッソリ皆
そう、軍一つを一人で蹴散らせるランスロットが一体今まで何をしていたか。
!
真祖はサーヴァント約二体分に匹敵する力を持っている。
アレを人間だと断じて認めない。
トラフィムは心の底からそう叫んだ。
!!!
98
死ぬ以前の、生きている英雄ならば単体で互角に相手をできるだろうが、単純計算で
も12対100。
﹂
アルトリアやガウェインなどの力も計算に入れても、ソレにメレム達も含めればブリ
テンに勝ち目などなかった。
﹁戦いが始まってから、まだ15分も経っていないのだぞ⋮⋮⋮⋮
ど、あらゆる面で常軌を逸している。それを百余体。
というかそもそも、トラフィム達にバレずにとか関係無く、
﹃コッソリ﹄真祖を殺すな
!?
埋葬機関や執行者が聞けば、間違いなくその不条理に発狂するレベルだ。
一気に押しきれ
﹂
しかし現実は待ってくれない。
﹁今だッ
!!
日光を防ぐのに手一杯の三人に、それを防ぐ手だてはなかった。
る。
アルトリアは再び黄金の聖剣を放つため輝かせ、ガウェインもガラティーンを構え
アーサー王の号令に、騎士達がトラフィム達三人に雪崩れ込む。
!
槍衾に対峙する化物共と英雄達
99
﹁││││││││﹃沈め﹄﹂
しかしその一言で、出現していた擬似太陽は消滅した。
日の光が消えると同時に、誰もがその方向を見た。
見て││││騎士達の心が折れた。
﹁││││がッ﹂
突然の出来事によって生まれた静寂が支配する中、全身から血を吹き出したガウェイ
ンが崩れ落ちる。
その鎧はひしゃげ、一瞬の内に何が起きたかを全く理解させなかった。
コマが飛んだような理解不能の中で、ソレは現れた。
超越者たる真祖が塵芥のソレに堕ち、他者を生物レベルで圧砕する威光と神威。
100
傲岸に不遜に微笑むソレは、ランスロットだけを視ていた。
﹂
﹁││││今宵は月夜、月が天を統べている時は太陽は沈むべきだ。日の光など無粋
極まりなかろう
ドが降臨した。
そして月の最強種を冠するアルテミット・ワン。真祖の王、朱い月のブリュンスタッ
タ イ プ ムー ン
天体の王者であるアリストテレス。
歩むのは天。制するは地。
?
一体目は、純粋にタイムスケジュールを間違えた、後に死徒二十七祖の第五位を瞬殺、
その中で﹃約束の時﹄より早く地球に飛来したのは二体。
限り活動停止することはない。
彼等には死という概念がなく、故に﹃直死の魔眼﹄は通じず、物理的に破壊されない
いうSOSを星が受信したこと。
覚えた地球が死に際に発した﹁どうか、いまだ存命する生命種を絶滅させて欲しい﹂と
ソレがやって来る切っ掛けとなるのは、自らの死の上でなお生存する生命体に恐怖を
それぞれ﹃タイプ﹄の頭文字を天体名に冠しているのが特徴だ。
星の意思の代弁者であり、その星全ての生命体を殲滅できる能力を有する。
その正体は、他天体という異常識の生態系における唯一最強の一体﹃原 初 の 一﹄。
アルテミット・ワン
上、とある哲学者から名前をとって﹃アリストテレス﹄と呼称されている。
正体も生態も明らかになっていないが、星に住む人間種や亜麗百種たちからは便宜
現代と呼ばれる時代から遥か未来に、星の死と共に現れた人類を絶滅させた存在。
││││││││アリストテレス。
星の最強種
星の最強種
101
102
補食したことからその序列を受け継ぐ水星のアルテミット・ワン。
ランスロット曰く、地球上で最も働いて欲しくないヒッキー。
通称﹃ドジッ蜘蛛﹄。
まぁ、コレはそもそも本当は地球の発したSOS信号を受け取る最強種では無いとい
う説も有るのだが、今は関係無いので省こう。
二体目は地球が人間の誕生に不安を覚えた時、その意思を受信して地球を守るためと
月
いう名目で地球に降り立って協力を持ちかけたアリストテレス。
タイプ・ムーン
無となった自分の国の代わりに地球を自らの領地として掌握することを目的とした
侵略者。
それが朱い月のブリュンスタッド。 月 の 王である。
星の最強種
星の最強種
103
鼠が猫に、天敵に遭遇した。という訳ではなかった。
そんなレベルではなく、蟻が恐竜に遭遇した。そんな次元のお話。
圧倒的なまでの生命としてのレベルの差。
象ならば蟻は群れれば倒せるだろう。
しかし蟻がどれだけ足掻いても、恐竜には勝てない。
絶望的なまでの死のイメージを叩き込まれる。
誰も、動けなかった。
指先を動かす関節の音すら、瞬きの立てる音すら怖れた。
心臓ですら、止まってくれと願った。
││││││││悠然と朱い月へ進む、ランスロットを除いて。
104
﹁││││そう易々とッ
﹂
﹁主の前に立てると思うなッ
﹁邪魔﹂
﹂
しかし、黒騎士は歩みを止めることもなく、
その様子が不敬だと、巨大過ぎる怪烏と魔を従える神子がその行く手を阻んだ。
!!
!
﹂
その一言と共に、全長数キロの怪烏は一振りで巨体ごとその片翼を切り裂かれる。
﹂
空の王者
﹁ゴガッ⋮⋮
﹁ッ⋮⋮
﹁遅い﹂
!
!
﹂
!
戦場を蹂躙した二人の怪物は、たった数秒で敗北した。
﹁化、物が⋮⋮⋮﹂
﹁クッ⋮⋮ソ⋮⋮
はその体の斜めに咲いた血飛沫と共に崩れ落ちた。
あらゆる動物たちの集合体。空を泳ぐ獣の王様はその姿を顕現すること無く、メレム
一騎打ちに特化した解放の具現、四大魔獣のうちの一体。
!!?
星の最強種
105
﹁メレム⋮⋮グランスルグ⋮⋮
強すぎる。
﹂
﹁善いトラフィム、許す。二人を連れて下がれ。汝等ではアレの相手は辛かろうて﹂
﹁へ、陛下ッ﹂
そんな臣下を尻目に、朱い月は喜色の声をあげた。
﹁││││素晴らしい﹂
様をまざまざと見せられ、ランスロットに挑む蛮勇は持ち合わせていなかった。
一度文字通り一蹴され、更に武闘派であるメレム達が一瞬の内に文字通り瞬殺される
いものだが、あくまで死徒。
遥か未来の現代ならば兎も角、トラフィムは死徒としての戦闘能力は最古参に恥じな
﹁クッ⋮⋮﹂
そもそも眼中に無かったか。
場からの退場を優先させたからか、もしくは奇跡か。
神秘を否定するランスロットの刃を受けながら生きているのは、ランスロットがこの
されながら胸を切り裂かれていた。
メレムは血溜まりに倒れ伏し、グランスルグは姿を半人半烏に戻し、両腕を切り落と
心の中でそう呟き、呆然としながら二人の名を呼ぶトラフィム。
!
106
﹁なッ
しかしそれはッ﹂
﹁ッ⋮⋮
﹂
﹁││││二度は言わぬ﹂
!?
ソレだけの圧力が、自然体の朱い月から放たれていた。
ソレだけで、周囲の騎士達はランスロットを紛れもない英雄だと誉め称えるだろう。
その、人外の美しさを持つ一見人にも見える怪物との会話が成立する。
スロット﹂
﹁ランスロット⋮⋮うむ。星に抗う者の名、しかと刻み付けた。では戯れようか、ラン
﹁⋮⋮ランスロット。ランスロット・デュ・ラック﹂
で辿り着ける者などそうは居るまい。私が許す、名乗るがいい﹂
﹁星の排斥対象である汝は、云わば有り得たかもしれぬ私だ。ヒトの身でその境地ま
そして、その何かはランスロットだけを見る。
た。
例え一歩たりとも動けずとも、ただ目の前の理解不能の何かから眼を離すのを恐れ
ソレを追える者は、追おうと思える者は誰も居なかった。
消す。
有無を言わさぬ絶対者の命令に、トラフィムは頭を下げて即座に二人を回収して姿を
!!
星の最強種
107
﹁││││││││しかし、ふむ⋮⋮﹂
そして王者は、その虹色の双眸で周りを睥睨する。
﹁少し雑多が過ぎるか﹂
周囲に群がる蟻を鬱陶しいと思う巨竜の心理。
朱い月の心境を例えるならソレだった。
美しい掌を掲げ、一言呟く。
その迫り来る脅威に気付けたのは、直感が極めて優れたアルトリアとモードレッド、
皆逃げッ││││﹂
そしてランスロットだけだった。
﹁ッ
﹄
ソレが﹃風速数百メートルの神秘を纏う暴風﹄として、戦場を蹂躙した。
その原型たる、鏡像によって星を侵食する月の王の御業。
﹃││││││││ッ
!!!!!?
然を変貌させる能力﹃空 想 具 現 化﹄。
マーブル・ファンタズム
真祖の中でも、後に﹃ブリュンスタッド﹄を名乗れる者だけが扱える、空想通りに自
﹁││││││││﹃廻れ﹄﹂
!!
108
◆◆◆ 天を突かんばかりの高さの竜巻は、しかし中心点から放たれた斬撃によって消し飛ば
される。
﹁ククク⋮⋮﹂
﹁⋮⋮チッ﹂
朱い月は当然として、朱い月に最も近かったランスロットも無傷ではいるものの、ソ
レ以外の被害は甚大だった。
朱い月によって齎された暴風はブリテン島を易々と呑み込み、猛威を振るった。
アヴァロン
台風の目ともいえる場所に立っていた二人は兎も角、戦場は目も当てられない惨状に
なっていた。
壊滅という表現が正しいだろう。
唯一健在なのは、評価規格外の護りの宝 具を持つアルトリアのみ。
英雄たる円卓達は辛うじて堪えたが、騎士は軒並み全滅だ。
何よりの問題が、朱い月にとって今のが戯れの一撃に過ぎないこと。そうなれば、円
卓といえど保たない。
﹁良い、よくぞ耐えた。誉めてつかわす﹂
﹂
朱い月にあるのは、純粋な賞賛。しかしソレは圧倒的強者だからこその物。
﹁││││││││な、め、てんじゃねぇッぞっっっ
ソレを、朱い月は腕を振るって弾き飛ばした。 ﹁ほぅ﹂
食らい付く。
そんな朱い月に、全身装甲のお蔭である程度ダメージが軽いモードレッドの、赤雷が
!!!
﹂
腕を振るう余波ですら、満身創痍の騎士達には強烈なものだった。
﹁チィ
!?
星の最強種
109
110
﹁見所のあるのは解るが、今人形遊びに興じる気は無いのでな﹂
断頭台の刃のように、振り上げられたもう片方の腕がモードレッドの命を刈り取る前
﹂
に、ランスロットが腕を弾きその一撃を防ぐ。
﹁
﹂
!?
﹂
!?
だ。アレは国に必要だろう﹂
﹁何も無駄死にするつもりはない。一度下がり傷を癒せ。特に、ガウェインは直ぐに
得なかった。
幾ら常勝無敗のランスロットと言えど、戦う土俵が違うのではないか。そう思わざる
無茶だと思った。アレはコレまでのあらゆる生き物を超越している絶対強者。
﹁なッ││││
﹁アルトリア、退け。奴は俺が相手をする﹂
気を失ったモードレッドを抱えてランスロットは跳び、アルトリアに預けた。
取る。
ランスロットの言葉に戸惑うも、ランスロットの刀がモードレッドの意識のみを刈り
﹁で、でも││││ッ
﹁下がれモードレッド﹂
﹁ら、ランスロット﹂
!
星の最強種
111
﹁しかしッ﹂
﹁お前は王だ。ならば、王として優先すべきものを見失うな﹂
﹁ッ﹂
﹂
この場にいるのはアルトリアとモードレッド、ランスロットだけではない。生き残っ
た円卓や残り少ない兵は、もうこれ以上戦えない。
この場に残っても、確実に死んでしまうだろう。
ならば、王としてやるべき事は一つ。
﹁⋮⋮必ず、必ず戻ってくる。それまで耐えてくれ
﹁戯れようか﹂
﹁いざ﹂
朱い月がその白い手を振り上げ、ランスロットが居合いを構え、
はない﹂
﹁善い、許す。余計なものがいれば汝も集中出来ぬだろう。ソレは私の望むところで
﹁すまん、待たせた﹂
ランスロットは、その前に決着を付けると決めた。
彼女の事だ、全ての兵を避難させたら、一人でも来るだろう。
苦虫を噛み潰した様な表情で、騎士達を率いて退いた。
!
112
││││││││両者は激突し、天が割れた。 ◆◆◆
叩き付けられた朱い月の腕を受け流すように体を捻り、そのまま朱い月の腕へ滑らす
ようにランスロットはアロンダイトを引き抜いた。
刀とは、引くことによって人を斬る武器。
ソレだけならば単純だが、ソレを音の何十倍もの速度で行われれば話は違う。
何より驚異は、ランスロットの剣速は朱い月の挙動より遥かに速かった。
﹁おぉ﹂
星の最強種
113
朱い月の腕から、鮮血が舞った。
しかし、その傷はかなり浅い。
﹁成る程、傷がすぐ治らぬ。私でコレなのだ、トラフィムらが汝に勝てぬのは必然か﹂
そう感想を述べながら、朱い月が飛翔する。
﹂
﹁﹃轟け﹄﹂ ﹁
﹁ッ
﹂
﹁ふはははッ
﹂
切り開いた衝撃波の向こうから、朱い月が翔んできた。
れに気を取られている暇は無い。
音の壁がランスロットの場所のみ割けて、周囲を蹂躙していくも、ランスロットはそ
一太刀で切り払う。
﹁温い﹂
ぬる
人の肉体を容易く粉砕する不可避の音の壁を、
生じるのは爆音による、全方位への衝撃波。
!
!!
﹁﹃奔れ﹄﹂
その拳を紙一重で躱すも、地面と共にランスロットを吹き飛ばした。
!
114
空中ならば避けられまいと、エクスカリバーに匹敵する極光という形で、力の奔流が
ランスロットを襲う。
だが、
﹁⋮⋮なんだ、空を歩く術を持っていたか。汝は﹂
ランスロットは地面と同じように、一瞬で虚空を踏み込んで極光を切り裂いた。
そしてランスロットは、空中を踏みつけ当たり前の様に空に立っていた。
﹁俺は湖の精霊より、水上を走れる加護を得ている。そして水分は大気に満ちている
のだから、大気を歩けるのは当然だろう﹂
││││││││その理屈はおかしい。
同じく湖の精霊││││ヴィヴィアンより同じ水上歩行の加護を得ているアルトリ
アは、必ずこう答えるだろう。
アルトリアはそんなことは出来ないし、しようとも思わない。
その異常さを、勿論朱い月は理解した。
星 に 畏 れ ら れ る の だ、そ れ ぐ ら い
!
理解して、笑いが止まらなかった。
!!!!
愉快愉快。いやはやどうして、中々に堪能させてくれるではない
﹁は は は は は は は は ッ ッ そ う で あ っ た な
﹂
遣って貰わねばな
か
!!
!
星の最強種
115
﹁そうか﹂
﹂
漸く笑いが治まった朱い月は、美しすぎるその髪を一本引き抜き、剣に変えた。
﹁だが足りぬ。汝はその程度では無かろう
﹁⋮⋮﹂
戦場を戦いの余波で更に変貌させながら、ランスロットは追い詰められてきた。
ヒトの身で、よくぞここまで練り上げた、と。
だからこそ朱い月はランスロットを賞賛する。
生き物としての性能が、初めから勝負になっていないのだ。
レベル
元すら見せることを許さない。
どれだけ負担を最少最低限に抑えても、朱い月の力は英雄の肉体を容易く上回り、足
幾ら剣速と剣技が神域に達していようとも、肉体は人類の域を越えない。
拮抗している両者だが、しかし徐々にランスロットは押され始めた。
る。
朱い月は万象を操り、怪物の膂力で星を震わせ、ランスロットはその総てを切り伏せ
戦いはまだまだ加速するのみ。
それから両者は再び激突し、天地を揺らす。
?
116
◆◆◆
││││公式ラスボス強すぎワロタ。
なんやねんコレ、出演する作品間違ってるって絶対。
宝石のお爺ちゃんどないしてコレに勝ったんだよ。
うん、チート武器持ってましたねあの人。
俺のアロンダイト、対人宝具よ ビームも出ないし無制限のエネルギー供給も無い
でゲス。
いこともないし。
メッチャ光ってる髪メッチャ逆立ってるし。よく聞けばべーさまボイスに聴こえな
何で俺だけ辛い目に会わなくちゃいけないんだ︵キレ気味︶
彼方さんめっちゃニヤニヤしてるし、メッチャ楽しそうだし。
?
星の最強種
117
ロンギヌスとか持ち出したらマジでキレるぞオイ。神座シリーズに帰れよ。
水銀補正は無いし発狂するレベルの渇望も持っとりません。内なる虚も居ねぇ。
なんかピンチになったらパワーアップしそうな気もするけども、一向にその予兆は見
えず。
俺ができるのも剣振るだけだスィ
◆◆◆ ││││││││界王拳、四倍だ。 でも、仕方ねぇか。
使うしかないから使うけど、コレ使うと厨二病再発するから嫌なんだよねぇ。
?
118
﹁これは││││││││﹂
その変化に、朱い月は直ぐ様気付いた。
お
ア
ロ
ン
ダ
イ
ト
アロンダイトの黒い刀身を見せ付けるように添え、その枷を外す。
﹁││││覚きろ、﹃無毀なる湖光﹄﹂
ランスロットの解号と共に、アロンダイトの漆黒の刀身が淡く光る。
常闇に輝くアロンダイトを持ち、ランスロットは構えた。
その変化は、劇的だった。
﹁││││﹂
朱い月がふと胸を見ると、ソコには一筋の傷と血飛沫が噴き出している。
﹂
今までと違い、決して浅くない傷だ。
﹁ッ
驚愕に思考を染めながらも、朱い月は前に出て力を振るう。
!
星の最強種
119
出なければ首を落とされていただろうからだ。
見えないランスロットの剣と、朱い月の力が激突する。
﹁││││││くくくくくッ﹂
例えば概念武装。
見えんぞ この私が
新たに付与した力は、神秘を否定する﹃異形の毒﹄。
先ずは一つ。
上げていたのだ。
まるで見
神秘、具体的に言うと神秘そのものである真祖を屠り続け、その強度と性能を大幅に
アロンダイトは正史と違い膨大な神秘を取り込み続け、その強度を上げていた。
ソレと同じだ。
には差が出てくる。
能力や機能が全く同じ概念武装でも、積み重ねた神秘の強度が違えば自ずとその性能
!
髪で形作った剣も、影もなく斬り落とされる。
見えぬ
﹂
!!
同時に、肩や足から血が噴き出す。
私が戯れる余裕が無いなど初めてだ
!
!
﹁ははハははははハはははッッッ
えんッ
!!!!
││││││││神秘とは、ソレを重ねる毎にその強度を増していく。
!
120
復元呪詛は意味を成さず、仮に端末を操っているに過ぎずとも、肉の一つであり魂が
繋がって人の姿をとっていれば、強制的に人としての、生き物としての死を押し付ける。
﹁俺が斬ったんだから死ね﹂と、自分勝手過ぎる意思の押し付けを成す、理屈も道理も
無視した反則のソレ。 尤もコレはアロンダイトの特性というよりランスロットの特性の様なもので、アロン
ダイトだけの特性とは言い難いのだが。
そして二つ目は、性能面の変化。
本来││││全てのパラメーターを1ランク上昇させ、また、全てのST判定で成功
率を二倍にする││││という性能を、ランク上昇値を四倍に。ST判定は八倍という
数値を叩き出していた。
唯でさえ人知未踏の剣速剣技を持ち、個として最強の英雄たるヘラクレスと同等以上
評価規格外
のステータス││││つまりは大半がAランクを超えるランスロット。
それがアロンダイトの補助を受け、その内の一つはE Xすら超越した。
地上の何者よりも強く、月の王たる朱い月と並ぶ強さ。
何故星が朱い月にランスロットの排斥を頼んだのか。その理由はここに有るのかも
しれない。
アリストテレスは全ての星に連動し、星の代弁者だ。寧ろそうでならなければならな
星の最強種
121
い。
地球上でソレ等を兼ね備える存在こそ、アルテミット・ワンの失敗作たる真祖だ。
しかしランスロットはどうだ。
タ
イ
プ・ ア ー
ス
真祖を容易く蹴散らし、アルテミット・ワンたる朱い月相手にまともに戦っている。
星はこう思っただろう。
これではまるで││││││││
││││││││ランスロットこそが地球の最強種の様ではないか、と。
戦いは終幕へと進む。
終わりは、すぐそこまでやって来ていた。
しかしその終わりは、朱い月もアルトリアも望まない結果であると。
その時は誰も知らなかったが││││││││
ランスロットの進む場所だけは朱い月の影響から切断され空間が歪まず、それ故に朱
曲させんとする神秘そのものを切断して進む。
太陽の騎士を容易く沈めた空間歪曲がランスロットを襲うも、ランスロットはその歪
空間が歪む。
﹁﹃拉げ﹄﹂
朱い月の瞳に追えるのは残像の様な黒い光だけ。尤もそれが、視覚だけならば。
黒い剣閃が、最早見る影もない戦場を縦横無尽に駆け回る。
幕引き
122
幕引き
123
い月はランスロットの居場所が解る。
それだけではない。
空気の移動による反響定位による索敵、そして何より直感によって視認不可能なラン
スロットを知覚する。
その方向へと、鏡像化した先程斬られた剣が千の刃と化して飛来する。
だがそんなもの、ランスロットの一振りで悉く粉砕した。
アロンダイトの基本能力は不変。
決して歪まず、刃毀れが無いが故に無毀。
それにST判定が八倍になった為、神域に片足処か潜水しているランスロットが握れ
ばそれだけで槍が千だろうが万だろうが当たることはない。
﹂
﹁﹃墜ちよ﹄﹂
﹁ッ
﹁コレ、はッ⋮⋮ぐッ
﹂
﹁今、空は汝に向かって墜ちている。汝とて無傷でコレを解くのは難しかろう﹂
!
いるのだ。
上からの重力が加重されるのではなく、全ての重力の向きがランスロットに集中して
そんなランスロットを襲うのは不可避の圧倒的重力の束縛。
!?
124
岩や千の刃がランスロットを粉砕せんと引き寄せられるが、朱い月によって最も向き
を変えられたものは空気。
気圧や風圧、それは今まで戦場において決して傷付くことのなかったランスロットの
﹂
身体を、ミシミシと圧砕していく。
﹁クッ⋮⋮ぉオオォオオァッ
ソレを振りほどくようにアロンダイトを振るい、重力の檻を切り裂いていく。
!!
その刃に呼応して、脱出する挙動と共に斬撃を攻撃として飛ばし、刃を微塵に、朱い
月の腹部を深く削り取った。
﹂
﹁ぐぅッ
!
きすぎた。
しかし朱い月の脇腹に対し、ランスロットが内臓では余りにランスロットの代償が大
肉を切らせて骨を断つ。
﹁くくく。臓物が幾つか潰れる音がしたな﹂
様子など微塵も見せずその体を支えている。
朱い月は身体中に切り傷を負いながらも、しかしその圧倒的なまでの生命力が揺らぐ
朱い月は抉られた脇腹から、ランスロットは口から大量の血を吐き出す。
﹂
﹁ごぼッ
!
幕引き
125
﹂
?
﹁ハッ⋮⋮ハァッ﹂
﹂
﹁⋮⋮ランスロットよ、汝は何故戦う
﹁何
﹁護国の為か
あの娘に対する忠義か
﹂
?
そもそも、ランスロットは自分に関して笑いすぎコイツ、とすら思った。舐めとんの
その返答に朱い月の何かに触れたのか、笑い出す。
上司と部下可愛いし。
﹁││││仕事だ﹂
月の頂点たる自身と並ぶ男が、何故誰かに従うのか。
次が最後の一手と成りうる為、その前に何となく知りたかったのだ。
た。
そもそも朱い月にとってランスロットがアルトリアに仕えている理由が解らなかっ
何のために戦うか。
?
突然投げ掛けられた言葉に、思わず疑問符を挙げる。
?
126
か。
﹁││││ふはッ
│││﹃縮﹄﹂
仕事か
それも良かろう。ではそろそろ幕引きと征こうか│
!
る。
﹂
E
=
m
c
光速度 の 2乗﹄。
²
この時代から遥か未来に定められる物理法則が、神秘によって形成される。
││││││││﹃エネルギー = 質量 ×
ブリテン島を跡形もなく押し潰す隕石が、朱い月の意思に呼応して光の玉に分解され
﹁﹃弾け﹄よ⋮⋮
何より、朱い月の攻撃はコレだけでは終わらなかった。
そして彼の魔法使いは、此処には居らず。
本来の歴史で、朱い月が魔法使いゼルレッチに対して使った切り札。
││││││││﹃月落とし﹄。
に酷似した隕石だった。
鏡像によって映し出され、この世界に出現したのは、直径百メートルに匹敵する、月
﹁││││﹃星よ﹄、﹃星よ﹄、﹃星よ﹄、﹃集え﹄﹂
高らかにその腕を掲げた。
そう締めると、朱い月は距離そのものを縮めたように一瞬の内に天空高くに移動し、
!
!
幕引き
127
エネルギーの転換ロスも無く、アインシュタイン公式の通りに質量を光速度の二乗の
倍率でエネルギーに変換された。
たった一キロの質量でブリテン島と周囲の小国を消滅して余りある、その圧倒的エネ
ルギー。
ソレが百メートル近い隕石によって行われた。
刹那に行われた分解をランスロットが目にしても、その意味は理解できない。
しかしもし朱い月の行った事を知れば、ランスロットはその技の名をこう呼ぶだろ
う。
マテリアルバースト
﹁さあ打ち勝って見せよ。でなければ諸共死ね﹂
││││││││﹃質 量 爆 散﹄、と。
幕引き
128
﹁││││⋮⋮﹂
迫り来る破滅と破壊の光。
避けるのはブリテン島だけでなく、恐らくユーラシア大陸全土に致命的な被害を出す
為不可。
回避という選択肢は存在しない。
しかし、ならばどうする。
斬るにしても、切断しようが規模が違いすぎる。
二つに両断しようが、アレは大地を蹂躙するだろう。ランスロットだけ生き残るだろ
うが、そんなものに何の意味がある。
故にランスロットに打つ手はない。
それは自明の理。
﹁││││﹂
しかしランスロットの表情に浮かぶのは││││笑みだった。
幕引き
129
﹁⋮⋮何
﹂
戦いの中で、ランスロットは確実に成長していた。
これ以上の経験値を得る機会などそうはない。
果ての朱い月のブリュンスタッド。
らだろう。
ランスロットがここまで成長することができたのは、偏に﹃経験値﹄を取得出来たか
強敵と戦闘を行い、﹃経験値﹄を得ることで大きく成長する。
││││自己鍛錬だけでは限界がある。
とある世界で﹃旧全能﹄の名を冠する少年は、ある自論を持っていた。
そして何より││││経験。
一つは武器。
一つは精霊の加護。
一つは膂力。
では、伝説の農民たる亡霊との違いとは何か。
た。
剣技が神域に到達しているという点に於いて、かの亡霊はランスロットと同じだっ
朱い月が疑問符をあげるのも仕方の無い様な、感謝に満ちた微笑みだった。
?
130
﹁感謝する││││﹂
この出会いに。
な ら ば 魅 せ て み よ
◆◆◆
﹁なんだ││││アレは﹂
汝 の 生 が そ の 価 値 を 背 負 う に 相 応 し い の な
何、やることは変わらない。何時も通りに、刀を振るえば良いだけだ。
﹂
﹁来 る か 英 雄
らッ
!!
そして月は落ち、刀は振るわれた。
!!!
!
幕引き
131
生き残った騎士達を戦いの余波が届かない所まで避難させたアルトリアが、輝く空に
向かって呟いた。
アルトリアはその未来予知に匹敵する直感で、あの光が墜ちれば何処に居ようが終わ
りだと理解した。
アルトリアの直感など必要ないほど、天上を覆う光はそれだけの不吉を帯びていた。
王
何処に行かれるのです
﹂
アレはまさしく世界を滅ぼす光であると。
﹁ッ
!
!!
ルが制止の声を出した。
それよりも、一刻も早くお逃げ下さい
﹁⋮⋮ランスロットの元へ行く﹂
﹁いけません
﹂
それに何処へ逃げようとも同じだ
!!
!!
ものかッ
﹂
ちる前に、ランスロットと共に戦うのが私の役目だ 私の騎士を独りで死なせて堪る
!
!
﹁私にはアヴァロンがある
ならばアレが落
そんな異常状況で、走り出そうとするアルトリアに、円卓古参の一人ベディヴィエー
!?
!!
彼が居なくなれば、王の笑顔は間違いなく曇ると容易く予想出来る故に。
彼とてランスロットには死んで欲しくない。
その凄まじい剣幕に、ベディヴィエールが気圧される。
!!!!
132
﹁⋮⋮っ﹂
﹂
アルトリアは聖剣に風を纏わせ、自らを弾丸の様に吹き飛ばしてランスロットの元へ
悦いぞ悦いぞー
!
!!
と跳んだ。
﹁世界の終わりを無視して男に向かって走る青春ドS
﹂
﹁元気ですねペレノア⋮⋮というか何ですかソレ﹂
﹁湖のに教えて貰ったのだ
◆◆◆
その一太刀の名を。
││││││││朱い月は確かに聞いた。
!
幕引き
133
自身の最高の技を打ち破る、今までのランスロットの人生の到達点を。
とある農民の至った必中の殺人剣ではない。
良くも悪くも、ランスロットが今まで戦ってきた者達は人間ではなかった。
故に目指したのは剛の必殺。
望んだのは幕引きの一撃。
どんな敵もどんな壁もどんな能力も関係無く、あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せ
る。
一撃で何もかも一切合切決着する一振りを。
ミ ズ ガ ル ズ・ヴ ォ ル ス ン グ・サ ガ
故に、技の名がソレになるのは必定だった。
﹁││││││﹃刃世界・終焉変生﹄﹂
134
朱い月が気が付いた時には、斬られていた。
﹁││││﹂
・・・・・・・・・
大地を消滅せんと迫っていた第二の月光は、両断されたと同時に幕引かれたかの様に
砕け散り、霧散した。
﹁見事⋮⋮﹂
切り裂かれずり落ちる肉の音を聴きながら、朱い月は思わず言葉を漏らしていた。
目を奪われた。魅せられた。
一瞬訪れかけた終わりを前にしても、その一振りを見ていたかった。
例え半身を切り落とされていようとも。
﹁くくく、ははは⋮⋮良い、見事だ。防御処か避ける気すら忘れさせた、私の目を奪う
程の秀麗とは⋮⋮﹂
確かに魅せた人の行き着く一つの極致。究極の一。
それに至るまでの努力と鍛練。その総てを、今両腕が揃っていれば抱き締めて礼賛し
幕引き
135
たかった。
﹃おぉ││││﹄
何も知らないブリテンの民は己の正気を疑った。
端から見ることも叶わず天変地異としか認識できない戦いの果てに、突如月が現れ、
ミズガルズ
ヴォルスング・サガ
輝きながら墜ちてきたと思ったら両断され、硝子細工の様に砕け散ったのだから。
湖の騎士が成した、 人 界に語り継がれる英 雄 譚。
﹁成る程、確かに汝は英雄だ。この様で無ければ喝采を挙げて祝福したいところであ
るぞ、ランスロットよ﹂
﹂
体の半分を失っても、自身に勝った人間を見ていたかった。目に焼き付けていた。
だからこそ││││││
﹁││││││││ランスロット
喜色と安堵に染まった声が響く。
あの怪物から、月世界の王から。
しかし、勝ったのだ。
余程急いでいたのか、息も絶え絶え。加勢に来たのであれば色々不味いだろうに。
そこには彼の王がいた。
その声に反応した、残心をしていたランスロットが振り向く。
!
世界の終わりから救った英雄を労うために、迎え入れる為に、アルトリアは満面の笑
みを浮かべながら││││
││││その笑みが、凍り付いた。
﹁だからこそ││││残念だ﹂
136
幕引き
137
ブラックホール
歪な孔の様な、ランスロットの胸を中心に黒い亀裂が走っていた。
﹂
その亀裂は、 暗 黒 体の様に狭間となってランスロットを呑み込まんとしていた。
﹁││││何、だ、何だソレは、ランスロット⋮⋮
﹁⋮⋮﹂
ランスロットは答えない。
しかしその表情をアルトリアは知っていた。
﹁排、斥
﹂
﹁星による排斥。しかしこの様な直接的な行動を取れるとは、初めて知った﹂
別れの、表情。
それを、アルトリアは戦場で何度も、何人も見てきた。
?
﹁││││││﹂
うだけで排斥対象になるとはな﹂
危険分子を早々に排斥しようとした例は過去あったようだが、しかしただ〝強い〟とい
﹁元々私が彼処まで強権を振るえたのも、星によるバックアップがあったからこそ。
ランスロットと戦った者として。
して筋を通す。
肩口から足まで切り落とされ、文字通り半身と成りながら朱い月はランスロットに対
?
138
﹁だが、私の﹃月落とし﹄を斬ったことが駄目押しであったな。抑止力も本腰を挙げた
という訳だ﹂
アルトリアには理解出来ない域の出来事。
﹁残念だ。月ではなく私を〝幕引け〟ば、私を殺せたろうに﹂
しかし仮に理解できたとしても、理解などしたくなかっただろう。
しかし、アルトリアの都合にあわせて時が止まる訳ではない。
﹁い、嫌だ﹂
ランスロットの胸は、既に狭間に呑み込まれていた。
﹁め、命令だ、ランスロット。手を、伸ばせ﹂
﹁││││﹂
﹁まだ、私は貴方に何も返せていない⋮⋮ッ﹂
﹂
ランスロットの、アロンダイトを持った片腕が剣ごと呑まれた。
﹁││││││││消えるなッ
だが、その手をアルトリアは掴むことが出来なかった。
ばす。
ランスロットは、アルトリアの求めに応えるように、呑み込まれていない方の腕を伸
!!!!
いや
﹂
?
アルトリア
あああァあああアああああッッっっっ
﹂
愛した者を喪った少女の様に、泣き崩れた。
!!!!
﹁││││││││あぁッ、ああああァああアあああ
ァあああぁあああああああ
ブリテンの剣が、己の剣がこの世界の何処にも居ない事を漸く認識し。
﹁││││ああ、あぁあ﹂
戦場で、しかも敵の御大将の目の前で。アルトリアは親とはぐれた子供の様に。
﹁││││││あ﹂
伸ばした手は空振り、ランスロットを呑み込んだ亀裂も無くなった。
﹁ランスロット
この世界から、この宇宙から。
そう残して、湖の騎士はこの世から消失した。
﹁││││否、さよならだ。我が主﹂
幕引き
139
!!
140
││││││││円卓最強の騎士の死。しかも実質王よりも支持を集めていたラン
スロットの死に、国は揺れた。
朱い月はブリテンからいつの間にか姿を消し、しかし未だに蛮族の与えた爪痕は深
く、そして死徒の生き残りは存在していた。
ランスロットの死については、王自らが殿を命じたと公表し、王は直ぐ様死徒の残党
狩りに身を乗り出した。
まるで何かに迫られるように。
その為残党の死徒も程無く残らず狩られるも、国は再び混乱に陥る。
死徒狩りの為に王の代わりに摂政を命じられていた、円卓の騎士モードレッドの反逆
幕引き
141
によって。
元々ブリテンの過半数はランスロットを支持しており、ランスロットは一人で殿をし
たことから、王に貶められたとしその敵討ちとして支持を得ていた。
主を失った狂犬は、ブリテンを一年以内に終らせた。
ブリテンは史実通りに崩壊し、モードレッドもアーサー王に致命傷を与えるも、ブリ
テンの聖槍に貫かれて息絶える。
最後の時まで、喪った男を求める声と、それを奪った王への憎悪を吐きながら。
半死半生の王は思う。
何が間違いだったのだろうか。
考えるまでもない。
ランスロットを喪った事で、全てが狂い始めた。
ならば、だからこそ悔やむ。
彼が居てくれたなら、そもそもモードレッドは結果的に彼を奪った私に復讐などせ
ず、ブリテンはより強固になっていた筈だ、と。
ならばあの月の王がこの国を襲わなければ
世界が彼を奪わなければ
?
悔やんだところで過去は覆らないし、ランスロットは戻ってこない。
?
142
しかし彼女は知っていた。そんな荒唐無稽の願望を実現する杯を。
あらゆる願いを叶える願望器を。
彼女は世界と契約する。
この手に聖杯を。
そして物語は移ろい、舞台は極東の国、日本に。
聖杯を求め、魔術師と英霊の戦場へと。
幕引き
143
﹂と突っ込れるほどにスーパー良い人、遠坂家初代当主である遠坂
││││時に皆様は、第二魔法の使い手キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ本
人からも﹁病気か
永人。
そんな彼が当初、どうやって根源に到達しようとしたか││││ご存知だろうか
?
?
上も下も解らない、背景描写すら碌な表現が出来ず、しかし笑いが止まらない。
星すら斬れた。まぁお蔭でこの様らしいのだが。
ことができたのだ。
正しく自分が求めた、
﹁あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せる﹂という目標を達成する
に手足だろうと神秘的な繋がりさえあれば確実に斬り伏せることができる。
何れ程の命を抱えてようとも、仮に死しても転生できる手段があろうとも、ソレが仮
そんな領域に辿り着いたのだ。
この、己の武の極致さえあれば、あの死徒二十七祖の第五位すら屠れるかもしれない。
長年追い求めていたものに手が届いたのだ。喜ばないわけがない。
それにしても喜ばしかった。
い。
成る程、後一振り出来れば確実に勝利出来ただろう。幕引きの斬撃を使うまでもな
果たしてあの戦いは自分の勝利と言えるだろうか。
消えてゆく意識の中で、ランスロットは思考の渦に呑まれていた。
閑話 行き着く先は
144
閑話 行き着く先は
145
愉快だ
はは、はははははははははははははははははははははははは
││││││アホか。
呆れて思わず笑ってしまう。
必殺技が出来て悦に浸るとか、中学生か。
あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せる技
自分の幼稚さに呆れてモノも言えない。
必殺技
そんなの当たり前だろう。
?
!
?
!!!!
146
剣士に、剣に必殺は当然。
業とは、一振り一振りに宿る基本や積み重ねこそが揃って漸くのモノ。
基本こそ奥義という言葉を知らんのか俺は。
つまり型はあれど技など本来存在しないのだ。
故に真の剣士とは、振るう刃全てが必殺でなければならない。
振るう剣に牽制など、それは弱者の武術。
別にソレを悪とは言わない。何故なら武術とは、生まれながらの絶対強者に対するコ
ンプレックスによって生み出された業。
しかしソレでは何処ぞの農民と何ら変わらない。
そして自分には、その農民には持ち得ないものを持っている。
故に俺の到達点とは、その農民とは違う答えでなければならない。でなければ、持ち
得なかったその農民に対する侮辱なのだから。
今の自分は、言ってしまえばレベル100まで上がったが、自分にはその先のレベル
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147
101以上があると知ったゲーマーの様なもの。
故に寄越せ。
時間を、修練を、獲物を、闘争を。
何一つ自分は満足していない。
その問い掛けに答えるように、ランスロットの眼前に六つの扉が顕れる。
勿論、それはランスロットが認識しやすいように情報化されたもの。
この場に来たもの全てに、その扉が顕れる訳ではない。これはあくまで比喩なのだか
ら。
六つの扉の内、四つは開かれている。
その四つの奥には、否。その開かれていない五つ目の扉も、ランスロットが望むモノ
への扉ではないとランスロットは本能的に理解した。
故に向かうは六つの目の扉。
その扉は鎖や錠前等で、固く閉ざされている。
お前に、ランスロットにはこの扉を開く権利は無いと言うように。
これでもかと言わんばかりの拒絶があった。
148
﹁フリですね解ります﹂
││││││││違います。
そんな扉の訴えなど聞こえないランスロットは、扉を切り裂いた。 この男、迷宮に陥ったら壁をブチ抜いて進むタイプである。
本来その資格を持ち得なかったランスロットが得たその第六の奇跡。世界を改変す
る御業は必然、その形を歪ませる。
外ではなく内に。
体現するは個の極限、覇道ではなく求道の太極。
世界法則からも自由だが、世界法則を覆すこともない。
閑話 行き着く先は
149
﹃歩く特異点﹄とも称される、天であり、人間大の宇宙そのもの。 その変異、その到達を、その流出を、ランスロットは後にこう語った。
﹃サヨナラ厨二病。こんにちは高二病﹄
﹂
まるで理解出来なかった空間を抜けた先に待っていたのは││││││││赤だっ
た。
﹁ゴフッ
なんじゃなんじゃ
カチ込みか
と、そんなことを心の中で喚きながら起き上が
!?
﹁グルルルッ⋮⋮﹂
幻想種の頂点に座する神秘の究極の、更にその中で二番目に位置する二天の一翼。
大空を支配する大いなる翼。
類のような縦に割れた瞳孔を持つエメラルドの瞳。
赤。刺々しい赤い鱗に覆われた、既存の生物を遥かに超える巨躯。鋭い爪牙に、爬虫
﹁││││﹂
り、ソレの全貌を見た。
!
正確には、赤としか形容できないソレによって殴り飛ばされたのだ。
!?
150
ウェルシュ・ドラゴン
赤 き 竜 ア・ドライグ・ゴッホ。
偉大なるブリテンの赤き竜王が、唸りを挙げてランスロットを見据えていた。
常人なら塩の柱になる程の威圧と殺気。
全ての生命を恐怖させ、魂を蒸発させる生命の頂点。
それを殺すだけで英雄とさせる、霊長最高の功績となる竜殺し。
その血を浴びた英雄は、不死身になったとされる神秘の塊。
そんな存在の一撃を受けてもほぼ無傷の自分の異常に気付かずに、何も変わらず刃を
向けた。
ほんの僅かな邪念を溢して。
朱い月との戦いや尻尾の一撃を経たが、塩とタレはなんとか無事のようだ。
⋮⋮⋮⋮。
?
﹁お腹減った﹂
そう、竜の血を浴びて不死身になるのなら││││││││食べたらどうなるの
野菜が足りない。
東洋では毒です、と答える者は誰もいなかった。
バーベキュー
?
塩胡椒と特製ダレは何時でも常備している。
ならば塩焼き
?
閑話 行き着く先は
151
﹁││││││││こ、胡椒がっ⋮⋮
オノレ蜥蜴ノ分際デ。
する、約十五世紀前のお話である。 ﹂
世界の外側と裏側を行き来し、幻想種をハントし続けている馬鹿が世界の内側に帰還
モンスター
││││││その激突は、一瞬で決着した。
調味料の一つの消失に嘆きながら、その行き場の無い怒りを赤竜へと向ける。
!!?
番外編
そんな問いに答えるように、虚数の海が男に答えを与えた。
凛々しく、憂いに彩られた美貌に反し、その思考は能天気なそれ。
﹃なんぞコレェ﹄
われる。
んだ際の感覚に似ており、覚醒したばかりだというのに意識を閉ざそうという感覚に襲
かつて世界の外側に弾き飛ばされた│││││正確には自分から根源の渦に突っ込
首を傾げるのみであった。
漆黒の貴族服と闇色の外套に身を包んだその男は、そんな異常な状況に対して奇妙に
か。
男がいる場所が、青き星の何処でもない虚数の海底だと気が付いたのはいつ頃だろう
を。
剣士と名乗るには余りに飛び抜け、騎士と名乗るには余りに精神がそぐわぬ男の話
││││││││男の話をしよう。
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
152
月の聖杯ムーンセル・オートマトン。
太陽系最古の遺物。
地球の誕生から全てを克明に観察・記録すること。全ての生命、全ての生態、生命の
ラ
フ
誕生、進化、人類の発生、文明の拡大、歴史、思想││そして魂。
セ
全地球の記録にして設計図にして神の自動書記装置。
セブンスヘブン・アートグラフ
七 天 の 聖 杯。
それによって構成される、霊子虚構世界﹃SE.RA.PH﹄。
元々は異星の文明が地球の生物を記録する為に設置した観測機だったが、﹁地球の全
てを余す所なく観測するには、地球の全てを掌握出来る程の性能が要る﹂という考えに
よって、情報だけで宇宙の物理法則を書き換えられる程に収束された光を中枢に蓄え
た、万能の器と化した。
この虚構の大河は、そんな聖杯が己の担い手を選ぶため開催される聖杯戦争、そこに
出場するには不適格な英霊が廃棄される、云わば月の裏側と言える無限の廃棄場だっ
た。
把握する。
その知識が切っ掛けで忘我に放り投げていた記憶の断片を引っ張りあげ、己の状態を
﹃⋮⋮あぁ、成る程EXTRA時空か。そして此処はAUOがブチ込まれてたトコな﹄
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
153
月の聖杯戦争。
サーヴァント
ウィザード
規格外のアーティファクトと、それを手に入れんとするマナと魔術を喪った魔術師。
﹄
そして彼等と共に聖杯を掴まんとする、セラフによって完全再現された英 霊 達のトー
ナメント。
というか有るわけがなかった。
そう男は否を唱えるも、虚数の海に返答は無く。
己は未々未熟であり、そんな己を倒す者は数多く居る筈だ。
││││そんなことはない。
ると判断されたのだ。
この男は如何にマスターが未熟でも、あらゆる英霊を斬り捨てる程の力量を持ってい
原初の英雄王が財宝によってその力が依存される様に。
の力量に関係無く勝利が確定する││││という、どうしようも無い物だった。
理由は簡単。先に男が脳内で垂れ流していた様に、この男が参戦した時点でマスター
その月の聖杯に、聖杯戦争には不要と断定され裏側に封印されているのだから。
当然だろう。
大体合っているが、根本的に間違っている事を指摘する者は此処には居なかった。
﹃確かザビーズが立川の聖人相手に頑張る話だっけ
?
154
﹃⋮⋮抗議は何処にすれば良いのだろうか
だが、如何せん男は封印された身。
気軽に質問できる相手が居ない。
﹄
?
﹃そこでヤクザばりの抗議をしてやるのだ││││ッ
番外編 月にて踊る斬神の神楽
しまった事に他ならない。
﹄
ムーンセルの失敗は、男の技量とその吹き飛んだ思考回路をそのまま完全に再現して
!
男の目的は一つ。
目指すは月の聖杯が座す、本来聖杯戦争の勝者のみが辿り着ける熾天の座。
そんな軽いノリで男は漆黒の刃を抜き、虚数の大海を切り裂いた。
││││そうだ、京都行こう。
﹄
通常のサーヴァントならば、聖杯戦争の最中にムーンセルの管理AIにでも聞けるの
男の知識の中で、ムーンセルに直接文句を言いに行くのに適した場所。
?
﹃居ないんだったら、此方から向かえば良いんじゃね
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
155
ミ ズ ガ ル ズ・ヴ ォ ル ス ン グ・サ ガ
﹁││││﹃刃世界・終焉変生﹄﹂
初手にて万象を終焉に帰す、極限の斬撃が無限に広がる虚数の海を両断する。
本来無限を両断しようが何の意味も無いが、この斬撃は幕引きの一撃。
虚数の海は有り得ぬことに一瞬で干上がり、問答無用で廃棄用の世界を砕き尽くす。
10^15Kmの空間と思
そして虚空を当然のように踏みつけ、次元すら跳躍する領域の縮地でもって月の中
心、聖杯へと突き進む。
勿論、ムーンセルはその男の行動を察知。
四〇四光年障壁と呼ばれる、全長3.82205348
幕引きの一撃に間合いという概念は無く、更に極めた彼のその振るう刃全てが終焉を
男の斬撃に距離など無意味。
﹁薄いぞ﹂
│
そんな中枢への無断侵入者を防いでいる絶対の防壁が、男の前に立ち塞がるが│││
わせて実際は何百年かけても突破できない無限距離が作られている。
×
156
デ ウ ス・ エ ク ス・ マ キ ナ
与えるご都合主義の刃。
男に対して防御という選択肢は死路でしかなく、故にムーンセルは男のデータを削る
という選択肢を選んだ。
しかし時間があれば兎も角、縮地という次元を跳躍する術を持つ男は己が削られてい
くのを完全に無視して、目的地へ全力で駆ける。
そもそも男が熾天の座に向かおうと考え、それを防壁で止めようとした時点でムーン
セルは詰んでいた。
男と戦うには男の力を削り合い、奪う類いのものでしか相対する事はなく、そもそも
防衛という時点で極めて不利。
こと単騎で攻めることに関して、男は余りに長けていた。
月の聖杯は戦争を前に一人の手に落ちる。
それはムーンセルが諦めるほど、確定した未来だった。
ただし、
場所は月で行われる聖杯戦争のマスターが、そのマスター権を得る為の最初の試練場
後一息で熾天の座に届く寸前、男の卓越した知覚能力は一つの事象を捉えた。
それは、男の戦力のみを計算した場合のお話。
﹁││││﹂
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
157
の学園。
﹂
其処で余りに見覚えのある少女が、下駄箱の様な場所で倒れる瞬間を男は認識した。
﹁桜
度の価値しかなかった。
しかし男は彼女に向かった。
何故
真実万能の釜、至高の願望器を前に、何故振り返る
ど。
あまつさえ背を向けて走るな
そしてそんな彼女はムーンセルにすれば幾らでも替えの効く、それこそ﹁石ころ﹂程
モノで男の知人では無い。
その倒れた少女はムーンセルが用意した管理AIに過ぎず、外見も元となった人物の
ムーンセルは理解できなかった。
すると男は足を止める処か踵を返し、何を思ったか少女の元へ走り出したのだ。
?
る。
そんな事は知るよしもなく、ムーンセルは疑問を提示しながら男のデータを削り続け
││││ソイツは真性の馬鹿なのだ、と。
そんな疑問も、男の本体を良く知る者ならば、簡単に答えるであろう。 ?
?
158
少女を気遣うが故にムーンセルによる削除は進み、太極の具現は崩れ去り膂力も大幅
フ ォ ー・ サ ム ワ ン ズ・ グ ロ ウ リ ー
に落ちてしまう。
可能だからだ。
ソレに慈悲を与える救世主と戦うのに、己を隠蔽して得物も出さずに勝つのは流石に不
何故なら、幾ら彼とは言え弱体化した今の状態では、熾天の座に居座る哀れな残骸と、
常を察知したムーンセルが削除する可能性は高い。
廃棄されるべきサーヴァントである彼が、何等かの方法で熾天の座に至ろうとも、異
じ込むだろう。
間をシステムを弄ることで繰り返し、そんな許されざる甘美な記憶をバックアップに封
その後少女はAIとしての矛盾に苛まれながらも、己を救った男とのほんの僅かな時
に直行する。
弱体化した男は、己の現状など興味が無いように、消滅寸前の少女を抱えて、保健室
脅威とする認識を無くしたのだ。
男は己の最大の武器を封じる代わりに、その隠蔽用宝具によってムーンセルから男を
正確には、ムーンセルの脅威を見失った。
しかし男が呟いた瞬間、ムーンセルは男を見失った。
﹁⋮⋮﹃己が栄光の為でなく﹄﹂
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
159
160
そして勝つのは己の廃棄用サーヴァントとしての正体をムーンセルにバラす事と同
義。
ムーンセルは、救世主に勝った男を即座に消去するだろう。
故に﹃恋﹄を知りAIの枠組みから超越した彼女が、男を救わんと月を掌握するのは
必然であり││││。
結果的に見れば、どう足掻いてもムーンセルが詰んでいた事に変わりが無いのだが。
◆◆◆
男は校舎を歩く。
180はあった体躯は少年のソレに縮み、歳も20代の美丈夫から14歳ほどの少年
となっていた。
肉体を構成するデータの大半がムーンセルによって削られたのが原因だ。
フ ォ ー・ サ ム ワ ン ズ・ グ ロ ウ リ ー
しかし己の宝具によって認識データすら隠蔽した。
﹃己が栄光の為でなく﹄。
抑止力すら欺くこの宝具は、ムーンセルの眼を容易に欺いた。
故に彼は、その存在をムーンセルが許容する異物と化している。
即ち、聖杯戦争に参加するマスター候補として。
事実、神霊をサーヴァントとして召喚する事は出来ませんし﹄
?
男はそう解釈した。
ングしないのと同じ様に。
ボクシングで無差別級の試合でも無い限り、ライト級とヘビー級のボクサーがマッチ
つまり、己より強い存在は居るが、しかし自身は聖杯戦争を行う規準に合わなかった。
いでしょうか
﹃││││えっと、ソレは恐らく神霊に匹敵するサーヴァントと判断されたからではな
即ち、男が月の裏側で廃棄封印されていた理由。
た。
先刻までの保健室での管理AIの少女との語り合いで、己の疑問は解消されてしまっ
しかし、男には目的が無かった。
││││どないしよ。
﹁⋮⋮さて﹂
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
161
そんな具合で、男が無理に熾天の座に向かう理由は無くなってしまった。
元よりそこまで死に物狂いで目指す目的でもなかったのだから。
しかし、そうなると本格的に目的が無い。
軽く学園に存在するマスター候補を見回ったが、しかし未だに記憶を取り戻したマス
・・・・・・・
ター候補は居らず、何より月の聖杯戦争の勝者となりうる﹃アムネジアシンドローム﹄を
発症した人間を元とした少年、又は少女は存在しなかった。
ではどうする
﹁⋮⋮戦うか﹂
合わせにならない様に立ち回ったが。
尤も、先刻少女が男との時間を繰り返していた時に感じた視線の主とは、本能的に鉢
・・・・
選別初日なのか記憶を取り戻したマスターはやはり居なかった。
学園の校舎を回り、男曰くザビーズを探すついでに生徒達を見て回ったが、どうやら
?
粋だから遣るべきではないと判断した。
いや、もしかしたら根性で突破する事もひょっとしたら可能なのかもしれないが、不
今から熾天の座に向かうのは、スペックの劣化が激しすぎる為不可能。
果たして、此れはどうするか悩む事態である。
﹃なしてザビーズ居らんのよ。どないすんのコレェ﹄
162
そして結局、聖杯戦争に参加する事を決めた。
結局、男は戦う事しか能がなかった。
ぶっちゃけた話、男が弱体化した今頼れる術は己の技量のみ。
ア
ロ
ン
ダ
イ
ト
ムーンセルの眼を欺く為に隠蔽宝具を使っている代償に、本命たる﹃無毀なる湖光﹄が
使用できない。
しかしソレもまた一興。難題だが挑む価値はある。
仮に勝ち抜き聖杯を手に入れたとして、心底の願いなど無いが、ソレはその時考えれ
ば良い。
﹁アストルフォが女だったら良いのに﹂とか、
﹁聖杯戦争の参加者の生存﹂でも﹁一個
の生命として受肉﹂だろうと何でも良い││││と。
そんな風に考える間に、男は目的地へと足を踏み入れた。
ソコの入口はただのコンクリートの壁に見え、しかし男が正面に立つと突如扉らしき
穴がポッカリと空いていた。
ソコはマスターを選出する予選の出口。
本選会場へ向かうマスター候補にとって最後の関門。
扉は暗い廃棄場にあり、其処には一体のつるりとした肌の人形が立っていた。
︻││││ようこそ、新たなるマスター候補よ︼
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
163
何処からともなく声が響く。
刀を以て敵を斬る。
男は剣士である。
この様な人形、ガラクタ以下の脅威も無い。
幾ら弱体化しようとも、男は月の裏側で廃棄封印されるほどのサーヴァント。
だが如何せん、男は規格が違った。
ソレに比べて、男は従え操る人形を不用と捨て、本来ならば絶体絶命の状況と言える。
マスターになる権利が与えられるのだ。
れる敵を倒すか、この場に於いてサーヴァントを召喚することによって、候補から脱し
本来マスター候補だけでは太刀打ちすることは不可能であり、先程の人形を用いて現
掛かってくる。
部屋の中心に立つと、背後からカタカタと音を立てて先程の人形が男を屠らんと襲い
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
扉の先にあったのは教会の様な荘厳さを感じさせる、丁度戦える広さの部屋だった。
謎の声の主の助言らしきものを切り捨て、何の躊躇もなく扉の奥へと歩みを進めた。
﹁要らん﹂
︻それはこの先で、君の剣となり盾となる人g︼
164
しかし現状では刀を抜くことは出来ない。
なら、どうするか
人形の背後で残心を取る男は、素手で人形を切り裂いていた。
ソレ処か、そのまま上半身だけがズルリ、と地に落ちる。
人形は殴ろうとした男を見失い、歪な拳は空を切る。
﹁││││﹂
?
◆◆◆
の人形を切り裂いた。
しかしまぁ、現状の弱体化した身体のならしに丁度良いか、と割り切りながら二体目
人形を瞬殺した男は、しかし再び現れた人形を見て嘆息した。
﹁切りが無いな⋮⋮﹂
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽
165
166
現れる人形を次々に切り裂き、倒していく男の姿を、彼女は視ていた。
その戦う姿は余りに流麗であり、まるで壇上で踊る役者のように美しかった。
ソレを観て、惹かれた者が居た。
舞う様に戦う男を観て、焦がれた者が居た。
男にとって、聖杯戦争を共に戦う相棒たるサーヴァント。
それは││││││││
↓
青と銀の甲冑を着た見目麗しい少女
重厚な全身鎧の白銀の騎士
剣を携えた男装の少女
妖艶な半獣の女性
禍々しい鎧に身を包んだ槍持つ昏き少女
││││││││さぁ、月の聖杯戦争を始めよう。
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽
の雫 無菌室から彼女が漸く出て、カルデア内部を歩く許可を得たのは、丁度所長││││
否、前所長であるマリスビリー・アニムスフィアが謎の自殺を図った数日後であった。
立っている少女だ。
承認機関﹃人理継続保障機関フィニス・カルデア﹄に於いて、非常に特異な立ち位置に
時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族であるアニムスフィア家が管理する、此処国連
マシュ・キリエライト。
的な面持ちで眺める。
薄白髪にメガネを掛けた少女は、初めて見るカルデアの無機質な廊下を、しかし感動
﹁││││⋮⋮﹂
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 167
﹁これが、外の景色⋮⋮。空は、吹雪で見えませんね﹂
地球環境モデル﹃カルデアス﹄を観測することによって未来の人類社会の存続を世界
に保障する保険機関であるカルデアは、標高6,000メートルの雪山の斜面に入り口
があり、そこから地下に向かって広大な施設が広がっている。 そんなカルデアから見える景色は、必然的に雪山と吹雪の曇り空。
しかし、そんな殺風景でさえ、彼女にとって新鮮な﹃初めて﹄であった。
うーん、今日も青空は見えないか。カルデアの外はいつも吹雪いてるけれど、
?
想なんてものは陳腐でないと﹂
﹁はははは。まぁ、無理に答える必要は無い。これからも君が過ごす場所なんだから、感
だった。
何の確証もないことを口にするのは、どうにも軽薄な印象を与える笑い方をする男
ごく稀に空は晴れて、美しい星が見えるんだ。いつか君も見る日がやって来るさ﹂
﹁あれ
彼女は廊下の先から現れた男の質問に答えられずにいた。
或いはその感情を表現する言葉が浮かばないのか。
語りたいのだろうが、興奮か感動か。
﹁えっと⋮⋮。吹雪、でしょうか﹂
﹁やぁ、どうだいマシュ。カルデアから見える光景は﹂
168
ロマニ・アーキマン。通称ドクターロマン。
カルデアに於いて、医療部門のトップを務める彼女に初めて親身に接した人間だ。
﹂
?
﹂
?
先輩。
﹁⋮⋮そうだね、彼は言うならば、うん。君の先輩だよ﹂
﹁彼は一体⋮⋮
否。そのカプセルには紛れもなく人が納められていた。
る。
その室中に、人一人入れるようなレイシフトのソレにも似たカプセルが安置されてい
ロマンに案内された場所は、マシュが今まで過ごしていた無菌室に似ていた。
﹁ここは⋮⋮
そして最後に、ロマンはとある場所に訪れた。
管制室、レイシフトルーム、ラウンジ、医務室、マイルーム││││。
その後彼女はカルデアの様々な場所を歩き、見た。
今はカルデアを観て回るのが彼女の目的である。
そうだ。
どね﹂
﹁さて、次に行こうか。カルデアは狭いようで広い。観るべき場所は、あまり多くないけ
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 169
170
恐らくカルデアの所員になるであろうマシュにとって、ほぼ全ての人間は先輩に当た
る。
それはデザインベビーとしての彼女にとっての、先輩である。
││││マシュ・キリエライトはカルデアで造り出されたデザインベビーである。
人類存続を目的とした特務機関であるカルデアでは、様々な魔術的、科学的な発明が
成されていた。
その内の一つに、﹃守護英霊召喚システム・フェイト﹄と呼ばれる発明がある。
2004年に完成し、とある極東の島国で行われた大規模魔術儀式に於ける英霊召喚
を元に作り上げられたものだ。
英霊召喚。
即ち神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって彼らを精霊の領域
にまで押し上げた英雄達。
・
・
・
・
・
・
・
そんな英霊と、人間であるマスター双方の合意があって初めて召喚出来るシステム
だ。
カルデアはこれを用いて三騎のサーヴァントの召喚に成功しているとされている。
そしてそんな英霊召喚と同時に行われている実験があった。
ソレこそデミ・サーヴァント実験。
人と英霊を融合させる試みである。
そして彼女││││マシュは、そんなデミ・サーヴァントの実験のために作られた、生
きた英霊召喚の触媒及び器なのだ。
カルデアの前所長マリスビリーが人間と英霊を融合させることで英霊を﹁人間に﹂す
るため遺伝子操作によって作り出した、英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を
持った人間。
英霊と人間を融合させるデミ・サーヴァント実験の被検体となり、英霊の召喚自体は
成功したものの、彼女の中に召喚された英霊はその高潔さから彼女と融合することも、
彼女の死亡を招く彼女の体からの退去も拒み、彼女の中で眠りにつくことを選んだ。
そして、そんなデザインベビーはマシュ一人では無かった。
?
なかった自分に悔いている。
﹁では、彼も私の様に英霊が生かされて⋮⋮
﹂
マリスビリーの助手でありながら、その様な非道の実験が行われていた事すら気付け
事実、彼はそのデザインベビーの少年とマシュを己の罪だと考えている。
まるで己の罪状を話すように、苦々しくロマンは口にする。
も意識は無く、昏睡状態が続いているのだけどね﹂
﹁彼は確かに、召喚されたモノと融合を果たした。だからこそ今も生きているんだ。尤
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 171
自身の境遇を前例として、疑問を口にする。
マシュは成る程前日まで無菌室から出られずにいた。
?
しかしキチンと目は覚めており、無菌室内とはいえ生活していたのだ。
では、目覚めない彼は何が原因で眠り続けているのか
﹁⋮⋮オド
つまり、魔力ですか
﹂
?
﹁英霊では、比較にさえならない
﹂
て計り知れない程の魔力量なんだ﹂
英霊でさえまるで比較にならない。上限とか下限とかの話じゃなく、総量さえ数値とし
質してるし、それが英霊との融合の結果による変化なんだろう。だけどソレの魔力量は
﹁うん。そのオドが何かに繋がっているのか、異常な数値を見せている。魔術回路も変
つまり、眠り続けている彼の生命力が異常だった。
源の魔力﹃オド﹄に分かれる。
自然に満ちる星の息吹である大源の魔力﹃マナ﹄と、生物の生命力より精製される小
る存在もおり、生命力と同一視されることもある。
加工された生命力であるが、魔力が生命力に還元されることや生存に魔力を必要とす
魔力。即ち、魔術を発動させるための要素のことである。
?
﹁彼のバイタルはそこまで異常を示してないよ。⋮⋮その身体に秘めるオドを除いて﹂
172
?
﹁あぁ。だから彼と融合したのは英霊ではないのではないか、という推論が立てられた。
だから英霊召喚例は三体で、彼は含まれない﹂
勿論、矛盾といえる箇所はある。
そもそも英霊召喚システムによる召喚なのだから、英霊が召喚される筈なのだ。
しかし、明らかにサーヴァントの規格を次元違いに超えている魔力である以上、最早
英霊と呼べない存在が召喚されたのだろう。
事実、この英霊召喚システムの参考元であるとある極東の都市││││冬木に於いて
行われた魔術儀式、聖杯戦争では神霊を召喚しようと試みた事がある。
尤も、召喚されたのは決して神霊そのものでは無かったし、本来不可能なのだが。
或いは、マシュの内に眠る英霊のように態と眠っているのか。
辛うじて見える瞳は、まるで開かずの扉を彷彿とさせるように閉じている。
ガラス越しに見えた﹃彼﹄は、切られずに伸びた黒い髪が目元を覆っていた。
彼女は覗き込んだ。
部屋の中心に安置されている棺のような、揺り籠にさえ見えるカプセルのガラスを、
曖昧に答えるロマンは扉を開き、マシュを部屋の中に通す。
﹁さて⋮⋮どうだろうね﹂
﹁⋮⋮彼は、一体どんな夢を観ているのかな﹂
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 173
﹂
﹁マリスビリーを継いだ⋮⋮いや、継がされたマリーも何度も来ようとしているみたい
だが、彼女はああだろう
﹁はい﹂
ことを思い出し、口を噤んだ。
﹂ そんな風な言葉を言いそうになり、しかし彼が名前さえ与えられていない存在である
貴方の名前は、何でしょうか。
﹁⋮⋮こんにちは、私の名前はマシュ・キリエライトです﹂
そんな気は欠片もないマシュの様に、﹃彼﹄も些事だと笑うかもしれないのに。
走るだろう、と。
もしこの眠っている少年が目覚めたら、きっとマリスビリーの娘である自分へ報復に
マシュに対してさえ、当初は報復に怯え切っていたのだ。
知れない。
に、マシュの様な非人道的な行いの被害者と対面するにはタイミングが悪すぎたのかも
高慢で強気の態度で、臆病で小心者の己を隠す、余りに重い立場を背負わされた女性
まった、前所長の娘にして現所長のオルガマリー・アニムスフィアだ。
マシュの脳裡に浮かぶのは、自身の顔を見て罪悪感と恐怖に押し潰された表情に染
?
﹁私を生かしてくれている英霊なら、彼を目覚めさせる事は出来たのでしょうか
?
174
﹁さぁ⋮⋮どうだろうね﹂
悲しげなロマンの言葉を受け止めつつ、カプセルの中の少年へ視線を戻す。
切なげに、彼の顔を覗けるガラスを撫でながら、呟く。
﹁なッ⋮⋮マシュ
今すぐカプセルから離れるんだ
﹂
!!
﹁え
﹂
い放つ。
部屋のモニターで﹃彼﹄のバイタルを観察していたロマンが、マシュに叫ぶように言
!
その言葉で、本当に目覚めてしまうとは思いもせずに。
そんな英霊と融合したマシュの呼び声が、どんな影響を与えるのかさえ。
に近しい存在であったことを。
自身と融合した存在と眠り続けている少年が融合した存在が、肉親と呼べるほど非常
自身と融合した英霊の名さえ。
││││マシュは、彼女は知らなかった。
そう思っての、言葉だった。
自分が感じた、これから感じるであろう人並みとは呼べない、しかし未来ある人生を。
共に歩き、共に視て、共に感じたい。
﹁⋮⋮早く起きてください、先輩﹂
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 175
?
﹁バイタルが異常値を出している
これは││││ッ
﹂
!?
景
色
い
ろ
その日からだろうか。
﹁││││御早う、君は誰だ
﹂ そんな彼が無表情にも此方を向き、首を傾げ問う。
それは湖の水面を思わせる、とても美しい色をしていた。
ゆっくりと開かれた少年の瞳は、少女を映す。
それは余りに神秘的な光景に見えて、運命さえ感じさせる程の││││。
始まりは其処だったのだ。
彼女は後に語るだろう。
マシュは、何故かその姿に目を背けることが出来なかった。
起き上がる。
内側から輪切りにされたように、パカリと割れたカプセルから黒髪の少年がゆっくり
﹁││││、﹂
る。
まるでウォーターカッターが物体を切り裂いた様な音と共に、カプセルが二つに割れ
瞬間、カプセルから衝撃が走った。
!
彼女の世界に色彩が付いたのは。
?
176
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 177
◆◆◆ ││││││││神代は終わり、西暦を経て人類は地上でもっとも栄えた種となっ
た。
我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むもの。
人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理││人類の航海図。
これを魔術世界では﹃人理﹄と呼ぶ。
そして2015年の現代。輝かしい成果は続き﹃人理継続保障機関カルデア﹄により
人類史は100年先までの安全を保証されていたはずだった。
しかし、
﹃近未来観測レンズ・シバ﹄によって人類は2017年で滅び行く事が証明さ
れてしまった。何の前触れもなく、何が原因かも分からず。
カルデアの研究者が困惑する中、シバによって西暦2004年日本のとある地方都市
に今まではなかった、﹃観測できない領域﹄が観測された。
これを人類絶滅の原因と仮定したカルデアは人類絶滅を防ぐため、実験の最中だった
過去への時間旅行の決行に踏み切ることを決定した。
各国から選抜あるいは発見された霊子ダイブが可能な適性者。魔術の名門から38
人、才能ある一般人から10人の計48人。
彼等は﹃英霊召喚システム・フェイト﹄によって召喚した、英霊であるサーヴァント
達と契約して事に当たる。
﹁││││││││フォウ⋮⋮
キュウ⋮⋮キュウ
﹂
?
その歩みに迷いはなく、その通路が彼にとって勝手知るものであることを窺わせる。
少年と言うには余りに毅然としていた。
無表情に近い見るものを萎縮、異性ならば魅了する整った容貌。
カルデアの廊下を歩く、一人の少年が立ち止まる。
?
﹃彼女﹄は、そんな一般枠のマスター候補達の一人として、このカルデアに訪れた。
178
フー、フォーウ
﹂
まるで歴戦の戦士のような佇まいな彼の視線は、足元に落ちる。
﹁フォウ
!
﹂
シュで束ねている少女が倒れていた。
頬を舐められている存在││││カルデアの制服を着た、橙色の頭髪の左側をシュ
そんなフォウが、ペロペロと舐めている存在を視認したからだ。
べる少女が﹃フォウ﹄と呼ぶ猫のような兎の様な、リスの様な│不思議な小動物。
視線の先には、このカルデアに於いても殊更珍しい毛玉││││彼にとって家族と呼
﹁どうした、キャスパリーグ﹂
!
?
る前に保護せねば
すると、背後から足音と共に声が響く。
玉物語のキャラクターの死に様の様に倒れている少女を抱き起こす。
しかし外ヅラにまるで似合わず神経がイカれている少年は、とある世界的有名な某竜
尤も、決して手を出す事など無いのでとある半魔のように蹴り倒さないのだが。
心なしか、その特性上人間の感情を知ることが出来る小動物が呆れた様に鳴く。
!!
!
﹁フォウ⋮⋮﹂
﹄
﹃けしからん 良く見れば制服のデザインも相俟って中々のオパーイ。変質者が現れ
﹁⋮⋮事件か
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 179
﹁││││せ、先輩
としていた。
﹂
﹁そそその方はッ⋮⋮
﹂
抱き上げながら後ろを振り向くと、先輩と呼ばれた少年がよく知る少女が何故か愕然
﹁マシュか﹂
?
︵半ギレ︶﹄
!
そして一通り堪能した後、少年は倒れ伏す少女に視線を向ける。
抱いた感情が何なのか、彼女は未だ理解していないのだが。
そして、一体何を杞憂に思ったのか。
の杞憂に気付かずにいた。
そんな彼女に少年は無表情のまま、内心紳士のような変態な思考が走っており、彼女
少女、マシュ・キリエライトはホッ、と一心地着く。
がないだろがァ
﹃年齢イコール彼女いない歴1500年は伊達ではないィ→。フラグなど早々建つわけ
﹁生憎と、俺に妻や恋仲が居たことはない﹂
﹁そ、そうですか⋮⋮。て、てっきりその、恋人なのだと。抱きしめていたので﹂
いとなるとマスター候補だろう﹂
﹁解らない。カルデアの制服を着ている以上、ここの所員だろうが⋮⋮マシュが知らな
!?
180
﹁どうしてこんな所で寝ているのでしょう
﹄
朝でも夜でもないのに﹂
﹁彼女は寝ているというより、気絶していると言った方が適切だろう﹂
?
こで倒れている少女が呻き声と共に目覚めた。
生暖かい││││他人から見れば全く変化の無い視線をマシュに少年が向けるが、そ
﹃おやおや天然かな
?
﹂
?
﹂
?
自己紹介でいいだろう﹂
?
﹁⋮⋮
流石です先輩
﹁⋮⋮あぁ﹂
!
﹂
﹁別に難しく考える必要は無い。以前、俺にした様に名前と所属を名乗れば良い﹂
恥ずかしそうに吐露する少女に、しかし少年は薄く微笑む。
うか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮その、あまり口にする機会が無かったので⋮⋮、印象的な自己紹介が出来ないとい
﹁難しいのか
﹁いきなり難しい質問なのですね⋮⋮﹂
﹁あなた達は何者⋮⋮
少年の肩を借りながら、何とか立ち上がった少女は周囲を見渡す。
﹁起きたか。立てるか
﹁⋮⋮頬を、舐められたような││││﹂
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 181
!
嬉しそうに何とも言えなさそうな少年を讃える少女は、マシュ・キリエライトと名
乗った。
少年と同じく、此処カルデアの所員の様だ。
﹂
﹁実はそうなんだ。畳じゃないとちょっと││││って。私、ここで眠っていたの
?
?
﹁えっ﹂
!?
力尽きただけなのだが。
﹂
酔い。それが原因で、シミュレート後に表層意識が覚醒しないままゲートから歩いて、
入館時にシミュレートを受けた彼女は、霊子ダイブに慣れていなかったが故のダイブ
マシュの質問も大概だが、この少年の考察も大概物騒であったりするのだ。
少女とマシュが少年の言に青ざめる。
﹁ファッ
﹂
﹃魔獣が姿を偽っている様子は無さそうだし﹄
からな﹂
のシミュレートによって解除されたのか 侵入者ならば気絶しているのはオカシイ
﹁その段階か⋮⋮。カルデアの敵対組織が一般枠のマスター候補に暗示を掛け、入館時
?
ですか
﹁お休みのようでしたが、通路で眠る理由がちょっと。硬い床でしか眠れない性質なの
182
事実、今も足下がフラついている。
﹁兎に角、医務室に連れていこう﹂
﹂
﹂
?
流石です先輩
!
!
リーの機嫌も最悪になる﹂
﹁成る程
﹂
ル
デ
ア
の
﹁寧 ろ こ の 状 態 の 彼 女 を 連 れ て い っ て も、碌 に 話 な ど 聴 け ま い。そ う な れ ば オ ル ガ マ
説明会では
﹁はい。確かドクターは空き部屋を占拠していたと思います。ですが、この後は所長の
?
トップ、そしてフォウだけなのだが。
﹂
彼の本性をカルデアで知るのは、今の処所属している天才サーヴァントと医療部門の
カ
とんきょうな幸せ脳内回路が標準運転している。
尤も、等の本人は﹃これは医療行為、色々とやわかーいが何ら問題ではない﹄等とすっ
しかも極めて整った容姿の少年が行っているのだ。意識せざるを得ない。
る。
下手をすれば自分よりも年下とおぼしき少年の男らしい行動に、思わず顔を赤らめ
無表情のまま彼女を横抱きに持ち上げ、廊下を進む。
﹁ひゃ
!?
﹁マシュ、ロマンは今何処に居るか知っているか
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 183
﹁⋮⋮前から思っていたが、気に入ったのか
﹂
!
距離の近い兄妹
仲の良い先輩後輩
?
﹂
?
ていない幼馴染み
﹁わ。私の名前は藤丸立香
えっと、貴方は⋮⋮
﹂
?
﹁││││ランス・クリミナルだ。ようこそカルデアへ﹂
彼女、立香と長い付き合いになる頼もしき同胞の名を。
少年の名を問えば、彼はピタリと硬直して謝罪して己の名を口にする。
﹁││││、これは失敬した﹂
!
﹁取り替えず、名前を聞こうか。格好からして部外者という筈はないが﹂
否、まるで親鳥の後ろへと楽しそうに続く雛鳥のようだ。
?
それとも両者の自覚の無さか、はたまた天然さが原因か、恋人未満友達以上から脱し
?
その二人のやり取りを少年の胸の中で少女は聞く。
﹁はい
184
◆◆◆
﹂
?
かつての故郷に戻る努力は尽くした。
に、主不在となった国に腰を下ろして。
男にとって一番最近の出来事である、世界の外側に在った死を望む女王を斬った為
男は感じたが、それを理解することは出来ずに再び目を閉じる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹃何や今の。こう、献血したみたいな感じ﹄
﹁⋮⋮ふむ﹂
何か己が仕出かした事を感じた。
この世界線に於いて、冬木の聖杯戦争によって世界に立ち返ること無かった存在が、
世界の外側。
﹁││││ん
Fate/Grand Order 零れ落ちた神楽の雫 185
186
否、今も尽くしている。
しかし明確な手段が有るわけでもなく、辿り着けても精々世界の裏側が限度。
何の道標も無く、世界の内側に戻る術を男は持ち合わせて居なかった。
或いはこの国の女王ならば出来たかも知れないが、生憎と彼女は待望の闘争の果ての
死を得た。
男の宙に堕ちることなく、彼女の望んだままの死を。
それに気付いたのは、呆然と﹁時既にお寿司﹂と男が呟いた後の祭り状態。
自分が無意識に分霊に近い存在を造り出して居たことに、微塵も気が付くこともなく
さ迷い続けている。
││││無知なる斬神は、未だ帰らない。
Fate/Zero編
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問
幼い私は情けなく泣き出すが、その頃から捻くれていたのか、声は挙げまいと耐えた。
左手の甲を引き裂かれ、血が溢れ出す。
かれた。
だがその飛び越えた所で、野良猫の尻尾を踏んでしまい、そのせいでこっ酷く引っ掛
コレが将来足腰を鍛える下地を作っていたのだろう。
えたりもした。
その過程で、通学路のショートカットになる事から、近所の花壇の植え込みを飛び越
特に大した理由ではない。友人の家に遊びに行く途中なのだ。
冬木の街で、一人の少女││││幼い私は走っていた。
雪こそ降っていないが、それでも吐く息は白く。
肌寒い冬の空。
題
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
187
188
雑菌が入れば大変だろうに、そのまま友人の家に向かった。
﹂
尤も涙で視界が歪んでいたのか││││
﹁キャッ
﹂
?
﹁ッ
ギネヴィ││││﹂
フェロモンとでも謂うべきモノを持った男性だった。
幼い私が容易く一目惚れし、十年経っても尚心惹かれ続けている魅力。
囲気が、物語の挿絵か何かから切り出した様な、現実離れした感覚だった。
テレビや雑誌で見てきたどの男性よりも優れた容姿に、何処か気品すら感じられる雰
ソレが、私の運命が変わった瞬間だった。
﹁││││大丈夫か
とても大きな壁にぶつかったと錯覚するほど、とても大きな衝撃だった。
曲がり角で、私は誰かにぶつかった。
!
皮膚を千切る程強く噛んだのか、当然血が流れる。
の指を噛んだ。
その人は怪我をした私の左手を壊れ物を扱うように丁重に掴み、もう片方の自分の手
私の魂が惚れ込んでいた様に、前世からの想い人の様に。
心底驚いた様な顔をするその人に、しかし幼い私は心奪われていた。
!?
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
189
その血を、私の左手の患部に垂れ流した。
するとみるみる内に傷は癒え、痛みもなくなった。
それ処か、私の何か根本的なモノが片っ端から補強された様な感覚に襲われた。
﹂
痛みはなく、ある種心地好い快感すら覚えた。
﹁コレで痛くはないか
﹃いやー、輪廻転生ってマジなんだな。ビビったわー、つか俺もか。仏教パネェわ。セ
包帯の下の、浮かび上がった﹃ソレ﹄に気が付くことも無く│││││
浮ついた頭で、ゆらゆらと目的の場所へ歩き出す。
場を去っていった。
し、私の既に傷の無い患部を巻き、頭を一撫ですると呆然としている私を尻目に、その
その人は懐から、今思えば凄まじい神秘を宿した少し赤い包帯の様なモノを取り出
寧ろ麻薬をやらかした様に私の心は浮わついていた。
痛みなど無い。
冷静な思考などまるで出来ず、顔を真っ赤にして頷くだけだった。
その人は優しく微笑む。
?
190
イヴァーで出てきはったらサイン貰って説法して貰お﹄
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題。
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
191
││││長い、永い間、男は戦い続けていた。
生きる事は闘争である。
ソレが現代文化に於いてそうであるように、人の営みがその男のモノ以外に皆無なこ
の世界の外側でも、それは同じであった。
﹁ ﹂
幾百幾千幾万幾億幾兆幾京││││、その男が斬り続け糧とした幻想種は、最早数え
きれるモノではない。男も百を超えた辺りから把握などしていなかった。
凡そ十五世紀。
1500年もの永き時、男にとっては瞬きの様なモノだった。
実際男の体感では一年にも満たなく感じられた。ソレほどの時だった。
その日││││そもそも日没以前に太陽が存在しないので、日数と表現するのは正し
くないが、その日も男は歩いた。
何かを探していた訳ではなく、特に意味もない散歩を行い、怪物そのものの幻想種を
斬り殺し、或いは助けていた。
そんな時だった。
何か、自分に干渉しようとして失敗した感覚を覚えた。
何かが、自分に向かって手を伸ばした気がした。
男はその直感に従い、感覚を覚えた場所を求めて刀を振るう。
ソレだけで空間は裂け、道が出来る。
男はその裂け目に足を踏み入れ、姿を消した。
││││その男の帰還に、星が悲鳴を挙げた。
﹁⋮⋮コレは酷い﹂
雁夜が目覚めたのは、そこまで観てからだった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
192
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
193
自分が観た夢が何なのか理解しつつ、不自由な半身を押して起き上がり、自分がソ
ファーで寝ていたのに気付いた。
そして、壁際に腕を組ながら凭れ掛かっている男にも。
﹁⋮⋮ランスロット、なのか﹂
﹁あぁ、そういうお前は間桐雁夜﹂
﹃オイちゃんも夢観たぞー。何か、面倒な女に惚れたなぁ﹄
﹁⋮⋮あれ
﹂
そしてその経緯を。
﹂
夢を、多視点から観た雁夜はランスロットの中身を熟知した。熟知してしまった。
それは羞恥か、この男の出鱈目具合か。
男の口から発せられたモノ以外に頭に響く声に、頭を抱える。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮のぉッ⋮⋮
!!!!!!!
在。
サーヴァントとは、英霊をクラスという鎖で縛り、マスターが御しきれる様にした存
しかし逆に言えば、見えないのが当然なのだ。
黒い外套を着ていないランスロットのサーヴァントのステータスが見えない。
そこで気付いた。
?
194
そして霊体であるサーヴァントは大聖杯とマスターによって現世に留まることが出
来るのだ。
必然サーヴァントとマスターには魔力的なラインが出来るのだが、この男は違う。
﹂
何故ならこの男がサーヴァントな訳が、英霊な訳がない。そもそも死んでいないのだ
から。
﹁じゃあ、何でそもそも念話が││││ラインが繋がってるんだ
﹂
﹁俺が斬ったからだろう﹂
﹁
?
ランスロットがその気に為れば、魂の物質化が可能な幻想種ならばランスロットの意
ている。
例えば幻想種がその大半⋮⋮というか99%が、ランスロットという名の宇宙を占め
者はその魂がランスロットの宇宙に取り込まれる。
ランスロットの中には一個の宇宙があり、世界がある。そしてランスロットが斬った
を創ることだ。
第六法││││求道太極の特性は、言ってしまえば担い手の単一宇宙化。一つの宇宙
一つの吸引力的な。ダイソン的な﹄
﹃いやね、なんか俺が斬ったヤツは俺の中に取り込まれるっぽいの。変わらないただ
?
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
195
思一つで自由に体外にも具現可能だ。
そしてマキリ・ゾォルケンの魂も今、ランスロットの内在宇宙に居る。
││││さて、ランスロットの内在宇宙ってどんな所
﹂
雁夜の沸点が越えそうになるが、寸のところで我慢した。 古代人であるランスロットに諭される。
﹁あまり大声で叫ぶな。近所迷惑だ﹂
﹁いい加減だなッ
﹃││││たぶん﹄
事で擬似的なラインが発生したのだ。
つまり第六法は雁夜の刻印蟲を雁夜と認識し、しかし雁夜自身は取り込まれていない
﹁俺は雁夜、お前の蟲を斬った。あの害虫が死んでお前の制御下にある蟲を﹂
だろう。
しかし決して消滅することの出来ないマキリ・ゾォルケンにとって、それは生き地獄
ようとも、そこにいるのは幻想種。確実に不可能だ。
例え内在宇宙に昆虫に類するものが居て、霊体のみで蟲を操れる術を臓硯が持ってい
﹄
﹃なんか暗黒大陸やグルメ界みたいになってるらしいよ
?
肉体が無く、魔術回路も無い。
?
!?
196
というより、そんなことが気にならないほどの衝撃が雁夜を襲った。
﹂
光を失った瞳を持つ少女、間桐桜の登場だ。
﹁おじさん、起きたの
﹄
﹂
いつの間にか仲良くなってるのが激しく気になるが、それ以上に気になるのが、
﹁うん﹂
﹁あぁ、桜も無理はするなよ﹂
?
!
と、念 話 の 声 色 か ら ド ヤ 顔 を 晒 し て い る の だ ろ う が、現 実 で は 胸 を
﹁さ、桜ちゃんの髪が元の黒髪に⋮⋮
﹃どうよ
ド ヤ ァ ⋮⋮
?
﹁は
﹂
﹁血を与えた﹂
﹁お、おまっ、桜ちゃんに何した
﹂
だがそんなことより、桜の事が肝要だ。
腹立つ、ものっそい腹立つ。
張っているだけ。
!
!?
のランスロットの血を。
││││とどのつまり、幻想種ごった煮の出汁と表現できる、天体にも匹敵する質量
?
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
197
神
格
宇宙と同等以上のスケールの神霊から、肉体の一部を媒介にして加護を与えられたよ
うなものだ。
とある世界に於いてコズミック変質者が自らの血を与えて﹃息子﹄として加工したよ
うに。
それによって桜の生命としての段階が跳ね上がり、桜本来の﹃色﹄が間桐の拷問によっ
て上書きされ様としていた魔術特性を塗り潰したのだ。
肉体は彼女本来が持つ最良の物になり、様々な力を得た。
その一つが生命力。それは内部に巣くっていた蟲を一匹残らず駆除出来るほどの人
の規格を大きく越えたモノだった。
尤も、蟲はそれ以前に残らず斬り殺され、消滅していたが。
兎に角、間桐によって変えられた髪や瞳、性質は彼女本来のソレに戻った。
ていうかお前霊体化出来ないだろ
﹂
尤も、ランスロット自身は自分の血を便利なポーション扱いをしていて、深いことは
全く解っていないが。
イキナリ何処にだよ
!
﹁││││では、行ってくる﹂
﹁⋮⋮はぁッ
!?
すると何処からともなく出現した黒い外套がその形を変え、コレまた黒を基調とした
﹁大丈夫だ、問題ない﹂
!?
198
コートへと姿を変えた。しかも下の貴族服も、現代のソレへと変わっていた。
︶
そして、消えていたステータスも復活していた。
?
!
便利じゃね
﹄
なんか変なカメレオンっぽいのブチ殺したら出来るように
︵あの外套でステータスを模しているのか⋮⋮
凄くね
?
﹃記憶形状型ローブッ
なった
?
﹂
出前とかコンビニ弁当は無論論外で﹄
﹁ぐぬぅ⋮⋮
しか無かった。
雁夜は、十五世紀ぶりの現代に心踊らせるランスロットを、手を振る桜と共に見送る
﹃なんかワカメがトランクに札束大量に入れてたから半分ぐらい﹄
が買いに行くのは妥当だ。あぁ、それと金銭については屋敷から拝借しておいた﹂
﹁湖の精霊の加護で、俺が手に入れた食材はその品質と鮮度を最高のモノとする。俺
た夢。
体内の蟲が居なくなっても、点滴で栄養補給してる半身不全の病人に料理など夢のま
ランスロットの問いに、雁夜はぐうの音しか出なかった。
!
れんの
﹃何処にと聞いたが、スーパーに決まってるだろ。ていうかオマエさん、桜嬢の御飯作
﹁うぜぇ⋮⋮﹂
!!
?
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
199
◆◆◆
フ ォ ー・ サ ム ワ ン ズ・ グ ロ ウ リ ー
││││﹃己が栄光の為でなく﹄。
ソレは、円卓時代ランスロットが唯一自重した、食文化の崩壊を招かないために極一
ア
ロ
ン
ダ
イ
ト
部の民と自身が、湖の精霊の加護で育てた土地で採った食物を極秘でブリテンに持ち込
んだ際の隠密行動のエピソードを由来とした、﹃無毀なる湖光﹄以外では唯一の宝具。
ざっくり述べると、自らのステータスと姿を偽装、隠蔽する能力だ。
故に、ランスロットのマスターが視認できるステータスは全て偽り。
200
適当に見繕ったものでしかない。
その隠蔽能力││││実は抑止力すら欺く力を持っていた。
人の枠を超え、二つの抑止両方から排斥される可能性を持ったランスロットを隠す力
だ。
勿論脱げばその力は意味を成さないが│││││││││雁夜と談話していた時、ラ
ンスロットはその宝具を脱いでいた。
裾が地面に引き摺るからという理由で。
つまり、全てが動き出すという事。
﹁││││⋮⋮﹂
この世の何処でもない場所の、曰く英霊の座と呼ばれるコミュニティーの一つであ
る、墓標のような剣と大地。
空に錬鉄場の歯車が占める哀しい世界で、一人の男が顔を上げた。
またか、と。
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
201
その男は磨耗しきった心が凍りつく感覚に襲われる。
は
剣
で
出
来
て
い
る。
何度も何度も繰り返した、永遠に脱け出せない地獄が始まる前触れだと知りながら、
それに慣れ始めている自分を極限に憎悪して。
体
奴隷となった紅い外套を纏った男は、硝子の心で体を顕す。
││││I am the bone of my sword.
男は思う。
願わくば、犠牲となる者が一人でも少ないことを。
◆◆◆
そして彼も、聖杯の中に留まる意思が自己保存の為、ソレ以前に聖杯戦争をマトモに
202
行わせるため行動する。
彼女を、送り出した。
││││検索開始。
││││検索終了。
││││一件該当。
││││体格適合。
││││霊格適合。
││││血統適合。
││││人格適合。
││││魔力適合。
││││憑依による人格の一時封印及び英霊の霊格挿入開始。
││││元人格の同意獲得。
││││素体の別領域保存開始。
││││霊格挿入完了。体格と霊格の適合作業開始。
││││クラス別能力付与開始。
││││全英霊の情報及び現代までの必要情報挿入開始。
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
203
ルー
ラー
││││別領域保存完了。クラス別能力付与終了。スキル﹃聖人﹄⋮⋮聖骸布の作製
を選択。
││││適合作業終了。
││││必要情報挿入完了。
││││適合作業終了。
││││全工程完了。
││││サーヴァントクラス、﹃裁定者﹄。現界完了。
◆◆◆
204
││││││││そして、死都となった村で、元凶となる肉体を乗っ取られた少女が
討滅された直後、﹃彼女﹄は目覚めた。
﹁五感の獲得、意識の交換、生命視点の矮小翻訳││││﹂
彼女の﹃姉﹄に奪われた金糸のような髪は、腰よりも長い長髪に戻り。
機械のような無表情さを象徴する一本に閉じられた口は、感慨の深い笑みへと変わ
る。
﹁││││ふむ、こんなところか。少々不自由だが、この窮屈さも心地好い﹂
金と白を基調としたドレスを纏った後継の姫の身体を借りて、大いなる意志が降臨す
る。
﹁ざわめきに心が弾む。頬を撫でる風すら愛おしい。これでは足取りも軽くなるとい
うもの﹂
末端ではなく大本。
真祖とは本来星の出力端子、代弁者故に。
﹁済まぬな幼き姫よ。この器、しばし借りるぞ﹂
では、何故﹃彼女﹄は目覚めたのか
?
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題
205
問うまでもない。
は
だ
﹁懐かしいな。肉を持つ以前では、何時地表を裂かれるのかとあれほど戦々恐々とし
ていたが、今となっては強く惹かれる。そなたの引力というヤツか、離れていても感じ
るぞ﹂
対抗する手段がそれこそ﹃彼女﹄しか居ないというだけの話。
ソラ
しかし、ヒトとしての器を持ったが故に、その目的は歪曲し、外敵に対しての感情は
反転する。
﹁雌はより強い雄に惹かれるというが⋮⋮フフッ、今や宙となったそなた相手に出来
ることは限られるが││││悪くない。折角人型の器を得たのだ、女を疼かせた責任と
いうモノをとって貰わねばな﹂
こうして、考えうる限り動く可能性のある問題は殆どが発生した。
その異常に世界は混乱するだろう。
206
下手をすれば滅びが不可避だ。
当然だろう。
では││││一体何が悪いのか
コレまた問うまでもない。
大体ランスロットのせいである。
﹁││││今征くぞ、湖の愛し子よ﹂
?
アレは嘘だ。
?
幾ら槍の腕があろうと、魔女の魔術に私は抗えなかった。
かの王の異父姉であり魔法使いから教えを受けた魔女に幽閉されてしまったのだ。
自分で言うのもなんだが、私が﹃この国で最も美しい﹄という評判を立てられた為に、
しかしカーボネックに戻った私を待っていたのは、幽閉の時だった。
このまま槍の腕を磨いていけば、また彼と会える切っ掛けになるのではないかと。
天にも昇らんばかりの気持ちとやらを、私は初めて知った。
すると彼は、賞金だけでなく彼の所持品である短槍をも与えてくれた。
私は彼とまた会いたい、言葉を交わしたい一心で、槍試合で優勝した。
私は槍試合の選手として。
彼は彼の王が主催した槍試合で、優勝した者に賞金を与える役として。
我ながら安い女と思ったが、一目惚れだった。
加しようとした時だった。
││││││││初めて彼に会ったのは、私が身分を隠すために変装して槍試合に参
第二夜 私は魔術師だと言ったな
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
207
208
それから何れ程の時が経ったか、突然私の幽閉の時は終わった。
それは斬撃だった。
幽閉されていた塔を文字通り真っ二つにした斬撃が、私を助け出したのだ。
その時私が眼にしたのは、腕を斬り落とされ逃げようとする魔女と、私が恋して止ま
ない彼だった。
それから彼は、私の国の王である祖父の決して癒えない呪いも斬り捨て、国を救いす
らした。
彼は、私にとって間違いなく英雄だった。
私の恋は愛に昇華され、より一層彼に惹かれていた。
彼が彼の国に帰還する数ヶ月間、それが私の今生で最も幸せな時間。
彼が帰還した後、彼の国が侵略者に襲われたと聞いていた。
彼が居るならば何の問題も無いと思いつつ、国の魔法使いが止めなければ彼のくれた
槍を持って戦場へと駆け付けた程だ。
その際遠くを見る魔法で、状況を見守った。
しかし私が見たのは、国を覆う大嵐を始めとした天変地異。
荒れ果てた戦場に人知を超えた神々の如き戦い。
そして││││││狭間へと呑み込まれる彼と、崩れ落ちる彼の王だった。
それからだ。私が、後に侍女となる魔法使いに魔術を学び始めのは。
彼を育てた湖の精霊と契約すらした。
彼は決して死んでいないと、取り戻せるのだと信じて。
事実湖の精霊と契約した際、彼は世界の外側に跳ばされたのだと知った。
世界の果てに行こうとも、彼は存在しない。
ならば私も世界の外側に往こう。ソレができなくとも、彼を連れ戻そうと。
そして見付けたのは、聖杯という願望器による彼の救出だった
だが私は、その生で聖杯へと辿り着けなかった。
!
まだだ。まだ諦めはしない。
アレは嘘だ。
寿命程度で、彼を諦めてたまるものか││││││
第二夜 私は魔術師だと言ったな
?
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
209
ランスロットが間桐雁夜の召喚にビビっと来て、その場のノリで世界へと帰還する数
日前。
魔術協会の拠点である時計塔。
其処にある一室に、二人の男女は椅子に向かい合って座っていた。
男女といっても、二人の関係は異性のそれではなく教師と教え子のソレだったが。
レポート
薄く青のグラデーションがかった美しい白銀の長髪。抜群の美貌にスタイルの絶世
の美女。
そんな彼女のルビーの如き紅眼で、目の前の男│││││少年の提出した書類を読ん
でいた。
﹁悪いことは言わん。今すぐ自分で処分しろ﹂
210
﹁なッ
﹂
﹂
彼はどうしようもなく未熟で、若かった。
ウェイバー・ベルベット。
える少年の顔が歪む。
淡々と告げられた言葉に、二十に届くか届かないかの、背の低さと童顔で更に幼く見
!?
!?
﹂
!
にしか出来ない事をやれ﹂
﹁以前言っただろ。お前はお前の立場を覆せるほどの魔術の才能は無い。お前にはお前
﹁で、でも⋮⋮﹂
て、そしてお前のような考えを持っていてはその内潰されるからな﹂
﹁魔術協会上層は、残念ながら腐敗しきっている。唯でさえ百年単位で席は決まってい
白銀の美女に渡した論文も、また血筋ではなくそれ以外のアプローチに関する物だ。
と才能でどうにか補おうと奮闘していた。
彼は祖母から数えて三代目と、魔術師としての歴史が浅い家柄の出身で、それを努力
﹁っ⋮⋮
だと思われる前にお前自身の手で処分しろ﹂
﹁お前の論文は此処の老人達や貴族共にとって鬱陶しい思想だ。もう一度言うぞ、邪魔
﹁どっ、どうしてですか
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
211
教師。
ウェイバーには人にモノを教える才がある。
しかし魔術は学問であるとされると同時に、先天的な物だ。
ウェイバーがどれだけ術式に改良を施そうとも、魔術に関しては凡才極まりない彼で
は彼の思う理想には程遠い。
彼は、それを認められないだけだ。
﹂
!
﹂
!
﹂
?
入ってくる。
イキナリ話題を振られたオールバックの金髪の、プライドの高そうな男性が部屋に
﹁何
﹁丁度良い。ケイネス、コイツを連れていったらどうだ﹂
﹁アーチボルト先生
﹁入るぞユグドミレニア﹂
そんな中、ドアをノックする音が鳴る。
ただそれが不満なのだ。
最近の好評価も、魔術師としての物ではない。
﹁しかしッ⋮⋮
﹁ケイネスの助手をしてから、奴の評価も良いだろう﹂
212
九代続いた由緒正しい魔術師の家系・アーチボルト家の正式後継者。
天才の誉れも高くロード・エルメロイの二つ名で知られ、若年ながら時計塔での一級
講師の地位についている神童、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
﹁戦争に、コイツを連れていったらどうだと言ったんだ﹂
﹂
そして、此度の聖杯戦争に参加するマスターに選ばれた魔術師の一人である。
﹁えぇ
!?
﹁どういうことだ﹂
﹁それと、ソフィアリ嬢は絶対に連れて行くな﹂
折角婚約者と二人きりになれるのに、という私情も入っていた。
それを差し引いても、ウェイバーは不要だと判断する。
﹁貴様の才能探しは莫迦に出来んが⋮⋮﹂
ウェイバーにとってもな﹂
﹁英霊などの人を超える存在との接触は、得難い影響を与えるだろう。お前にとっても、
一流の魔術師の競い合いには邪魔だと。
傲慢に、しかし的確にウェイバーの事を評価する。
だ。聖杯戦争に於いて彼を連れて行く意味がない﹂
﹁⋮⋮足手纏いだ。確かに彼の教鞭の才は認めよう、だが魔術師としては二流がいい所
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
213
そんなケイネスの心情を知ってか知らずが、彼女はケイネスに一冊の資料を見せる。
タイトルは﹃魔術師殺し﹄。
それはアインツベルンのマスターであろう人物を調べたものだった。
問題はその戦術。 ﹂
﹂
!
﹁むぅ⋮⋮﹂
プロとまともに戦って死ぬ可能性がないとは言い切れないだろう﹂
他には代行者まで参戦するようだ。お前は確かに魔術師としては天才だが、異端討伐の
﹁恐らく魔術使いだ。お前とは違う価値観の人間に何を言っても無駄だろうな。それに
﹁魔術師の面汚しめが⋮⋮
そんな光景を脳裏に浮かばせ、憤怒と侮蔑に顔を歪ませる。
る。
そしてそのままサーヴァントの自害を命じさせられれば、ケイネスは呆気なく敗退す
れていけば、間違いなく人質に取られて詰みだろうな﹂
﹁錬金術専門のアインツベルンが選んだ此度のマスター候補だ。君がソフィアリ嬢を連
宇宙体が聞けば﹁流石ブッチーワールドのゴルゴ﹂と述べるだろう。
狙撃、毒殺、公衆の面前で爆殺。標的が乗り合わせた旅客機ごと撃墜と、とある単一
﹁何だコレは
!?
214
代行者。
教義に存在しない﹁異端﹂を力ずくで排除するスペシャリスト。
法王を支える百二十の枢機卿たちによって立案された、武装した戦闘信徒。
その戦闘力は、サーヴァントにすら届きうる。
ウェイバー
流石に、神童と呼ばれるケイネスでも100%勝てると断言できる自信は無かった。
﹂
!?
こうなると魔術師の才能とかは関係がなく、ケイネス個人の魅力の問題になる。
図星に胸を押さえるも、そこには好きな女性に対して及び腰な男しか居なかった。
﹁ぐふぁッ
け優れているかや、高価な贈物しかしていないんだろう馬鹿者﹂
﹁ソフィアリ嬢にまともなアプローチが出来てから出直してこい。どうせ自分が何れだ
ケイネスが好敵手と認める、唯一の存在であるが故に。
ケイネスが彼女に会いに来たのも、牽制する為だ。
確かに刻まれていた。
ケイネスは彼女の右手に視線を移す。そこには聖杯戦争の参加者の証したる令呪が
﹁⋮⋮⋮⋮成る程な。しかしそれは貴様もそうだろう﹂
人間が必要だ﹂
﹁そこでコイツだ。万が一君が敗北した後に、君の魔術刻印をアーチボルトに持ち帰る
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
215
ケイネスの資質や才能、そして経歴は完璧である。
問題はその性格だった。
傲慢でプライドの高い性格。
魔術師以外の人種を完全に見下しており、同じ魔術師でも血筋の卑しい者は歯牙にも
かけない。
彼としてはあらゆる結果がついてくることが﹁当然﹂であるという認識であり、その
為の努力もそれに伴うあらゆる結果がついてくることが﹁当然﹂。
故に自身の意に沿わぬ事柄など世界に一切ないと信じていた。
目の前の、本物の鬼才を前にするまでは。
そんな彼のアプローチなど、目に見えている。
はいっ
﹂
!!
神童のケイネスが自身を連れて行くという事実が、ウェイバーは嬉しくて堪らなかっ
一流の魔術師同士の戦い。それを観る事が出来る幸運。英霊と対面でき、何よりあの
﹁│││││
!
にそれだけの覚悟があるのならばな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮フン。来いウェイバー・ベルベット。今から聖杯戦争の算段をする。勿論、君
のエスコートのやり方の一つでも教えてやる﹂
﹁まぁ、お前とは決闘形式でするつもりだから安心しろ。私に勝ったらソフィアリ嬢へ
216
た。
コレで自分は更に成長できると予感して。
﹂
ケイネスに付いていく、喜色に染まったウェイバーは、自身の才能を見出だしてくれ
た恩師の名前を、感謝を込めて呟く。
彼女の名は│││││
﹁ありがとうございます│││││﹂
◆◆◆
﹁│││││エレイン・プレストーン・ユグドミレニア
?
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
217
ドイツの雪の降る山奥に建てられた城の中で、色素の抜け落ちた白髪の美女││││
│アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、話題を振った己の夫に問いを投げ掛
ける。
彼女の夫│││││衛宮切嗣は、令呪の刻まれた手でキーボードを叩き、プリンター
で資料を印刷した。
ダーニック
縁談も数多く持ち掛けられたが、悉くを断っており、また単独で死徒二十七祖の﹃混
その美貌と、才能を探し当てる事から生徒達からは好評。
え色位に登り詰めた鬼才。
ダーニックから魔術刻印を受け継いでいる、くだらない噂を排した五代前を遥かに超
み続け、そうして出来た集大成が彼女という訳だ﹂
﹁彼│││彼等はそれから一族の血を一つに束ね、更に他の魔術師の僅かな力も取り込
だ﹄というありもしない、しかし呪いのような風評。
﹃ユグドミレニアの血は濁っている。五代先まで保つことがなく、後は零落するだけ
ある魔術師が流した噂が広まり、周囲は掌を返し彼を冷遇するようになるまでは。
あろう政治力を持っていたようだ﹂
して浅くなく、事実当時の長は時計塔で﹃色位﹄。下手をすれば﹃冠位﹄に登り詰めたで
﹁ユグドミレニアという、かつて北欧からルーマニアに渡ってきた魔術師でね、歴史も決
218
沌﹄を屠った功績も存在する武闘派魔術師。
その姿と美貌から、﹃戦姫﹄という二つ名すらあるほどだ。
ないことを。
彼女、エレインは根源の渦など欠片も興味がなく、己の最も信頼する武器は魔術では
調べられない現状仕方のないことなのだが。
尤もそれは、恐らく彼女のサーヴァント以外は知らないため、調べても精々経歴しか
だが、切嗣は一つだけ勘違いしていたことがある。
逆にこれだけ魔術の技量が高ければ、ある程度戦術も予測できるというのもある。
い。
何より油断している頭に死角から鉛玉をブチ込むのだから、まともに戦うわけではな
格上は当然。それを覆してこその魔術師殺しだ。
魔術師相手なら切嗣は百戦錬磨だ。
十分ある﹂
﹁単純な戦闘力ならサーヴァント並だろう。だが、彼女が魔術師である限り、僕に勝算が
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
219
◆◆◆
﹁│││││どうだったか
ランサー﹂
?
﹁魔術使いだからな、敵のマスターの一人は﹂
﹃どんな魔術師だソイツは﹄
仕掛けられていたかも知れないしな﹂
﹁時は金なり、時間は正しく価千金だぞ もし拠点にする場所がバレていれば、地雷を
つかアンタ、召喚するの早すぎだろ﹄
﹃結界も設置できたぜ。後はバレない範囲で地脈から魔力を集めるようするだけだな。
?
220
・・・・・・
ランサーと呼ばれた、姿なき男は自身のマスターの徹底ぶりに呆れた声を出す。
何せ冬木まで一瞬で移動し、目立たない一軒家を買い取り拠点としたのだから。
ば転移とて容易い﹂
﹁私が一体何年聖杯の研究をしていると思う 冬木にあらかじめマーキングしておけ
ソレ﹄
?
が取り寄せた触媒に関する運送データを立ち上げる。
﹁征服王イスカンダルのマントの切れ端か⋮⋮ケイネスが御しきれると思うか
﹂
エレインは個室の机の引き出しから取り出したノートパソコンを起動させ、ケイネス
﹃たぶん他の奴が聞いたらキレると思うぜ
?
違ってる﹄
?
ねぇな﹄
﹃はッ。折角極上の女に召喚されたってのに、そこまで惚れた男が居るんじゃしょうが
た前世で、欠かさず振るい続けてきたのだからな。それに、彼女の力でもある﹂
・・・・
﹁まぁ、コレも努力の賜物だ。何せそれこそ魔術で人でありながら伸ばせるだけ伸ばし
﹃俺と槍で打ち合える奴がただの魔術師であってたまるか﹄
﹁私も魔術師だが
﹂
﹃そりゃ無理だろ。そもそも英雄、それも大英雄を魔術師如きが従えようって考えが間
?
﹃ほぉう、コイツは便利だな﹄
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
221
彼女はキーボードを叩き、新たなページを立ち上げる。
﹁害虫﹂という項目の下に、彼女によって一文が加えられた。
好きな男の触媒だろ。もっとリアクション取るかと思ったが﹄
?
?
!!
を喰らいうっかり幻想種にでも成ってそうでな﹂
オマエ肉な
!
間違っては居ない。
実際彼女の想い人は﹁バーベキューしようぜ
﹂を実行した。
﹁あるとも。それなりに信用を置ける相手からのな。それに彼のことだ、幻想種の血肉
れる可能性の方が高いだろ﹄
﹃でも、まだソイツが生きてるって保証はあるのか だったら英霊の座に召しあげら
してでも確実に殺せ。私もアレを使う﹂
物が召喚されるだけだろう。彼の偽物など唾棄すべき汚物だ。もし居たら宝具を連射
召喚出来たとしても、個人的には複雑極まりない、くだらないフランス人が作った創作
﹁冬木の聖杯の英霊召喚では、世界の外側に行った彼を呼び戻すことは出来ない。仮に
其処には、冬木の聖杯の全てがあった。
杯﹄と名付けられたファイルを開く。
そんなランサーの言葉に、エレインは白けた表情を作りながら﹃アインツベルンの聖
﹃あん
﹁は、彼の遺品をマキリが手に入れたようだが⋮⋮ご苦労な事だ﹂
222
しかし流石に、魔法を得て単一宇宙と化してるとは想像も出来なかったが。
﹃どんだけ出鱈目だったんだソイツ﹄
一つ浴びず殲滅した。何より凄まじいのは、ソレが仮に神霊相手でも同じ様に斬り伏せ
﹁まさしく出鱈目だったよ。何せたった一人で吸血鬼の万軍相手にして、無傷で返り血
る姿が容易に想像出来るということだ。今思えば神話出身じゃないのが不思議でなら
・
・
・
ない。お前とて正面からコノートの軍勢相手に戦い、無傷で殲滅することなどできまい
﹂
?
﹄
!
でた。
の、しかしそれに反して日本語で﹃らんすろ日記﹄と書かれた古びた本を取り出して撫
彼女はとてもとても愛しげに、何もない空間に手を突っ込み、西洋の発掘品ような体
﹃へぇ⋮⋮⋮
﹁彼が居ると、不思議と負ける気がしない。そう思わされるんだ﹂
一撃で何もかも一切合切決着するその姿。
戦場に於いて、彼は出鱈目で無敵で不敗で最強で何とも馬鹿馬鹿しい。
彼女は、一度だけ見たかの英雄の雄姿を思い出す。
てことに驚きだわ﹄
﹃流石に正面かつ無傷は、あの女の勇士相手じゃ無理だ。つか、蛮族とやらが吸血鬼だっ
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
223
﹁彼が聖杯戦争に参加すれば勝てる気がしないな﹂
少々不服だが、仮にサーヴァントの自分が敗退しようとも勝てる札を用意した。
ず。
そもそも自分と渡り合う武を持っているこの女が、他のマスターに負けるとも思え
自らのマスターは間違いなく最強だと、ランサーは確信する。
る自分を召喚した。
元より初期から情報を集め続け、まるで知っていたかのように魔力消費が低燃費であ
ここ数日で、姿なき槍兵は自身のマスターがどういう人間か見て取っていた。
﹃ハイハイ、判ってるぜマスター﹄
﹁間違いなく最強の英霊だ。ただ戦っても勝機はない、私の許可なく戦うなよランサー﹂
﹃人類最古の英雄王ねぇ⋮⋮﹄
ど、どうやって手に入れたのやら﹂
﹁問題は遠坂の得た触媒だ。古代ウルクの、世界で最初に脱皮した蛇の脱け殻の化石な
ルを開く。
そんな自身のサーヴァントに苦笑しながら、次は﹁うっかり﹂と名付けられたファイ
姿を見せない槍兵は獣のような笑い声を漏らす。
﹃それはそれは。大歓迎じゃねぇか﹄
224
﹁戦う前に勝負を決める。成る程それは戦争だ。だが戦わずして勝つのも戦争だ﹂
騎士王
英雄王
そもそもがこの戦い丸ごと茶番だというのに。
この戦争の勝利条件は何だ
優勝賞品を手に入れることか
目的を達した者が勝利者だ。
?
精々聖杯を求め合い争うが良い。
否。
その為なら、目的のためなら聖堂教会丸ごと敵に回すモノを引き摺り出した。
征服王
?
何故そんなモノを相手に莫迦正直に戦わなければならない。
?
﹁│││││待っていてくれ、ランスロット。必ず貴方を救いだしてみせる﹂
私は必ず願いを遂げて見せる│││││
そして何も出来ず、手に入れた聖杯を奪われるのを指を咥えて見ていろ。
?
?
﹁連中は私を勝利者にする。せざるを得ない﹂
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
225
一方その頃間桐邸。
﹁そういえば、何でその血での治療を俺にしてくれないんだ﹂
﹂
﹁受け止めるだけの器が穴だらけだ。中身がこぼれるが、良いのか
﹁
頭パーンて﹄
?
﹁偉いぞ桜、じゃあ食べようか﹂
﹁おにいさん、食器並べたよ﹂
たいになるぞ
﹂
﹃普通ないわーそんな状態。其処にドライグ達の出汁ブッパしたら北斗神拳喰らったみ
?
?
226
227
第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。
間桐は今日も平和である。
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
﹁俺は⋮⋮遠坂時臣を許さない﹂
しかし思い出したのなら、再燃するものがある。
たのかもしれない。
苦しみ抜いた地獄から脱け出した事でどうしようもなく記憶の奥底に追いやってい
桜との静かで、穏やかに過ごした数日間で。
すっかり忘れていたのだ。
﹁今後の方針を決める必要がある﹂
ランスロットの言葉で、身体に電流が流れた錯覚に雁夜は陥る。
が確定だ﹂
﹁聖杯戦争。雁夜、お前には令呪がある。翻ってそれ即ち、聖杯戦争に巻き込まれること
﹁これからって⋮⋮﹂
合っていた。
桜が寝静まったであろう深夜に、ランスロットと雁夜は談話室で椅子に座って向かい
﹁│││││これからの話をする﹂
228
﹁⋮⋮﹂
許せるものか。
なるほど、桜はランスロットが救ってくれた。
﹂
﹂
そもそも雁夜が間桐に戻ってこなければ
この出鱈目極まりない、あの自分にとって恐怖の象徴だった臓硯を唯の虫の様に殺し
た英雄がだ。
しかしランスロットが現れなければ
桜がどうなっていたなどと考えたくもない。
そして桜は今も心を病んでいる。
彼女を地獄に追いやった時臣を、雁夜は許すつもりもなかった。
﹁具体的には
?
故に理解した。
た。
だが刻印蟲が無くなり、臓硯も死んだことで、彼は余裕を、彼本来の理性を取り戻し
今まで考えていたのは、時臣を〝殺す〟事だけ。
そこで、雁夜の思考が停止した。
﹁│││││﹂
?
!
?
﹁俺は⋮⋮、時臣に思い知らせてやりたい。自分がどれだけ罪深いか
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
229
﹁あ│││││﹂
自分の遣ろうとしたことが、桜の父親を、想い人の夫を。家族を奪おうとしていたこ
とに。
?
コレでは時臣と、臓硯と変わらないではないか。
﹂
だからと云って許せるのか
放置するのか
﹁俺は⋮⋮っ、俺はッ
?
﹃魔術回路剥ぐ まぁソレは確定だな。髪を切り落としてついでにナニも切り落とす
!
230
具体的な拷問方法を考えてやがる。 この英霊、雁夜以上にヤル気だ。
雁夜はドン引いた。
え、ナニコイツ怖い。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
はドライグ達にも相談するか││││││││││雁夜はなんかイイ考えない
掃するのは早まったか
﹄
いや、今の聖杯くんに突っ込む⋮⋮生きて帰れないな。最期
性転換という手もあるな。魔術刻印を破壊するのは娘が苦労するだろうし、蟲を一
?
この英雄。意外という訳ではないが、この手の理不尽には一瞬でブチギレる男だった
?
?
?
りする。
娘や殺 人 鬼みたいに拷問スキルが有ったり、ローマ皇帝みたいな万能なら
ネロ・クラウディウス
﹁こういう時、自分の能力の幅の狭さを再確認せざるを得ないな⋮⋮﹂
の
エリザベート・バートリー ジャック・ザリッパー
﹃竜
なか
えがったんやけど。キャスターなら爆笑必至のオブジェに変えつつ生かす方法もある
そういや幻覚使えるヤツが
だろうに。背骨ソードすると即死だしなぁ。内の連中のこともソコまで把握してる訳
よーし月読ゴッコでいこう﹄
じゃないし、吸魂鬼でもいたら便利なんだけども⋮⋮ん
居たな
?
?
るべきだ﹂
があるだろう。お前のソレが魔術によるものである限り、俺の方法は最後の手段と考え
﹁二つ目の事もある。聖杯戦争に参加するマスターの内、優秀な魔術師と取引する必要
ソレこそ高位の魔術師の治療が必要不可欠。ソレで十年生きれたら御の字だろう。
元より余命一ヶ月の雁夜の身体は死に体だ。
﹁先ず一つ。雁夜、お前の治療だ﹂
唯でさえボロボロの体が、心労で潰れかねない。
とんでもない単語が連発した様な気もするが、雁夜は聞かなかったことにした。
﹁アッハイ﹂
﹁│││││まぁ、それは追々考えるとしよう。今は聖杯戦争での目的を確認する﹂
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
231
﹁⋮⋮だが﹂
魔術師に頼る、という点で雁夜の表情に険が浮かぶ。
当然だろう。
雁夜が満足に知っている魔術師は、外道極まりない臓硯とそんな外道に娘を捨てた時
臣だけ。
﹂
!?
らば﹃風﹄と﹃水﹄の二重属性。
例えば遠坂時臣の魔術属性は五大元素の一つである﹃火﹄。雁夜は﹃水﹄。ケイネスな
素﹄だ﹂
れた状態で保存する、というものがある。桜はソレに十分該当する魔術属性、﹃架空元
﹁封印指定という魔術協会の、希少能力を持つ魔術師を一生涯幽閉し、その能力が維持さ
葛藤していた雁夜が、今度こそ驚愕の声を挙げる。
﹁なッ
﹁そして二つ目は、桜の後見人となる魔術師の確保だ﹂
﹁それは⋮⋮分かっている﹂
師が外道なのは変わらないが﹂
例だ。アレが魔術師のスタンダードなら、世界はもっと地獄になっている。勿論、魔術
﹁雁夜、お前の知っている魔術師像を否定するつもりはないが、あの害虫は極めて極端な
232
そんな中、桜の魔術属性は時臣が匙を投げる﹃架空元素・虚数﹄。
﹁異端は異端を引き寄せる。桜が魔術師に捕まればホルマリン漬けは逃れられないだろ
う。だからこそ遠坂時臣は自身では育て上げられない桜を他家に養子に送ったんだろ
うな﹂
ソレこそが、時臣が桜を間桐の養子にした理由。
凄まじい魔術の才を潰すには惜しいと考える、娘の才能を伸ばせる環境を作り出そう
とした、魔術師としてだが父親の愛だった。
こ
この世界に於いて、朱い月は正史通りキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが殺
主に、今は亡き朱い月の元従者達が。
﹃俺の事バレたら確実にちょっかい掛けてくる奴居るだろうし﹄
﹁桜に魔術を教えるかどうかは兎も角、高名な魔術師の庇護が必要だ﹂
父親として時臣のソレは間違いなく大罪だろう。
そして唯でさえトラウマになる事態に加え、この地獄だ。
何も知らずに養子にされた桜は、父親に捨てられたと思っただろう。
と﹂
つ、碌に調べもしないまま桜を養子に出した怠慢。三つ、何より間桐の養子に出したこ
こ
﹁遠 坂 時 臣 の 罪 は 三 つ。一 つ は 桜 の 同 意 も 無 し に 勝 手 に 養 子 縁 組 み を 行 っ た こ と。二
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
233
234
害した。
しかし結果は同じだが、過程が違う。
ハナ
朱い月はゼルレッチと対峙した時、ランスロットから受けた傷が満足に癒えていな
かった。初から満身創痍だったのだ。
ゼルレッチは半死半生の朱い月にトドメを刺した形になり、ランスロットも彼等に
とって紛れもなく怨敵極まりないのだ。
桜関係無く、ランスロットが問題になっては本末転倒。
外敵の排除はランスロットが幾らでも出来るだろうが、ランスロットを矢面に出す訳
にはいかない。
現代に甦った英霊、処の話ではない。
最上位の、神霊クラスの英雄が魔法を習得して幻想種を大量に引き連れ、根源から帰
還したのだ。
魔術を主にした神秘の一切が効かず、抑止力にすら縛られない。
最早理解不能の域だろう。
故に各機関はランスロットを放置できない。
少なくとも二千年以上爆睡かましている死徒二十七祖第五位と同じく。
だからこそ適度な影響力を持つ魔術師が必要なのだ。
﹁だが、もし見つからなったらどうするんだ
マジでブチ殺してやろうか﹄
﹂
の糞が使えれば良いんだが⋮⋮あの処女厨、野郎の非処女とか死んでも御免だそうだ。
﹃フェニックスの涙は異常箇所が広すぎるし、血は雁夜の身体が持たねぇ。ユニコーン
来る奴が俺の中に居る﹂
﹁その時はお前を仮死状態にして時間を稼ぐしかないだろう。そのレベルで氷漬けに出
?
ランスロットはサーヴァントじゃないんだろ
︶﹂
?
かし以前と違い何処か生気が感じられる少女の所為で直ぐ様打ち切られた。
まったと断言した訳ではないスィー﹄とはしゃいでる馬鹿とそれに付き合っている、し
が、その思考は内心﹃桜も無関係じゃないスィー話に混ざるのは当然だスィー寝静
﹁ちょっと待てや﹂
﹁行ってきますおじさん﹂
﹃じゃ、桜と一緒に流動食買ってくるわー。久方ぶりの空中旅行だ愉しいなー﹄
その時、何か重大な事に気が付きかけた。
﹁︵│││││あれ
?
喧嘩売られた事でブチギレたランスロットによる、撲殺の末の斬首だった。
ちなみに世界の外側でのユニコーンの末路は、ユニコーンが男を嫌っている為早々に
﹁いや、もう死んでるから。というかお前が殺してるから﹂
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
235
236
││││││││││││その夜、本来の歴史なら行われていた遠坂邸での、アサシ
ンとアーチャーによる仕組まれた初戦。
しかし、その出来事は起こらなかった。
三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
日本のとある空港に、一組の男女が居た。
てい
一人は白髪紅眼│││││人間味の薄い、まるで人形のような端整な容姿の美女。
アインツベルンのホムンクルスであり、聖杯の器。
アイリスフィール・フォン・アインツベルン。
もう一人は金髪碧眼のシークレットサービスのような体の黒いスーツ姿。これまた
類稀な美しさを持つ美男子│││││ではなく、男装の麗人。
聖杯戦争で召喚されたセイバーのサーヴァント。
アインツベルン本来のマスターは、彼女の夫の衛宮切嗣だ。
アイリスフィールはマスターではない。
﹁えぇ、分かってるわセイバー﹂
﹁行きましょうアイリスフィール。冬木まで距離があります﹂
﹁此処が日本⋮⋮﹂
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
237
なのに彼女がマスターの様に振る舞っているのかは、勿論作戦であった。
衛宮切嗣の、魔術師殺しの戦術は魔術師のソレとは大きく逸脱しており、云わば暗殺
者かテロリストのソレに近い。 勝つためにあらゆる手段を用いる彼の戦術は騎士のセイバーとは相性が悪いと切嗣
は判断したのだ。
事実〝ある程度許容出来るものの〟、セイバーにとって気分のよいものではなかっ
た。
故に切嗣の妻であり、聖杯の器であるアイリスフィールを矢面に出し敵の意識を集中
させた。
折角日本に来たんだもの﹂
気を取られた隙に切嗣が死角からスナイプする為に。
﹁でもちょっと寄り道していかない
彼女が生を受けてから九年間、ドイツのアインツベルンの館から出たことはない。
アインツベルンが造り出した聖杯の器。
アイリスフィールはホムンクルスである。
普通なら許可しないアイリスフィールの要望に、セイバーは渋々容認する。
﹁ありがとうセイバー﹂
﹁⋮⋮はぁ、仕方ありませんね。冬木に着いて日があるまでは善しとしましょう﹂
?
238
そして聖杯の│││││聖杯そのものである限り、彼女が聖杯戦争後に人間として存
在することもないだろう。
後者は知らないものの、前者の理由を知っているセイバーは彼女の最初の自由を必要
以上に制限することが出来なかった。
そんな道中、昼食に寄ったレストランでの事だった。
セイバー﹂
?
﹂
?
常識的に考えてあり得ないのだ。
い。
アイリスフィールが否定した様に、1500年前のブリテンに炒飯が存在する訳がな
﹁そ、それは有り得ないわセイバー﹂
作り方で、幾つかの調味料も違ってはいたが、ソレはまさしく炒飯だった。
かつて、ブリテンの王であった頃。セイバーは、幾ばくか雑││というよりも男臭い
ア ル ト リ ア
そう、その料理とは、炒飯であった。
﹁生前、私はこの料理を食べたことがある│││││
ソレはセイバー自身にしてみれば、全く以て大事であった。
﹁いえ、大したことではないのですが⋮⋮﹂
﹁どうかしたの
﹁これは│││││﹂
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
239
﹁⋮⋮ソレも、ランスロット卿が
﹂
?
ただろう。
もしソレ以上アイリスフィールが続けていれば、セイバーは彼女の喉を切り裂いてい
渦巻いていた。
凍り付くような冷たい瞳。しかし万物を燃やし尽くすような憤怒が、セイバーの瞳に
ていただきたい﹄
﹃││││││││アイリスフィール。それ以上、彼の誇りを虚実で侮辱するのは止め
以前自分で確認するようにソレを口にした時、アイリスフィールは直ぐ様後悔した。
けを作った裏切りの騎士。
有名なアーサー王伝説上では、王妃ギネヴィアとの不義の愛でブリテン崩壊の切っ掛
│││││サー・ランスロット。
た。
セイバー│││││アーサー王の生きた歴史に、伝説と比べ大きく逸脱した存在が居
アイリスフィールは何度目かの想いにふける。
﹁はい﹂
240
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
241
その後調べてみれば、ランスロットは非常に奇妙な英雄だった。
伝承に於いて、ランスロットは二人存在していたのだ。
前者は先程語った通り。
しかしセイバーの話が確かなら、これはフランス人の創作だろう。
本題は後者。
幾万の蛮族の軍勢をたった一人で全滅させる武勇を誇り、しかし一方で度々姿を消し
ていた。
それに数多の武具を使いこなしながら、自身の愛剣アロンダイトはセイバー曰く、こ
れまたあり得ない刀だとか。
姿を消していた理由が、食材を自分の統治している地からコッソリキャメロットに持
であるセイバーの話からは、ランスロット曰く蛮族は死徒、または堕ち
ち込んでいた等と、アイリスフィールは思いもしないだろう。
生き証人
知っていれば彼こそをサーヴァントに、と惜しむ程に。
更に真祖の王を退けた話を聞いた時は、アインツベルンの八代目当主のアハト翁が、
驚愕を通り越して呆れ果てた。
英傑揃う円卓が手こずる訳だ、と切嗣はこの話をアイリスフィールから聞いたときは
た真祖である魔王という話であり、最後に至っては真祖の王すら出張ったのだとか。
?
﹁ねぇセイバー、もしランスロット卿が参戦していたら、貴女は勝てる
﹂
?
依存しているこの身では彼の剣戟を防げない﹂
?
そして月を斬った直後に真祖の王が語った﹃星からの排斥﹄という理由でこの世から
しかしセイバーの言によって、かの真祖の王の﹃月落とし﹄と解った。
無稽とされていた。
この逸話はアーサー王を主人公とする英雄譚として余りに不都合な為に、出鱈目荒唐
月を斬った、という神話クラスの逸話だ。
そして何より、このもう一人のランスロットが有名にならない最大の理由。
セイバーはそう断言した。
その剣技のみで、聖剣とその鞘を持つアーサー王を容易く凌駕するのだ。
と。
ランスロットをアーサー王を越える英雄足らしめる理由は、彼の剣技と精神なのだ
アキレウスのような不死の加護は無く、ギルガメッシュの様に無尽蔵の宝具も無く。
た﹂
﹁彼の恐ろしい所は、彼の戦闘力のほぼ全てが彼の剣技によって支えられている事でし
﹁でも、もし召喚されていれば、サーヴァントなのは彼も一緒でしょう
﹂
﹁⋮⋮全盛期の私でも難しいでしょう。しかも鞘が無く、魔力をマスターの魔力供給に
242
消滅したランスロット。
おそらくこれが彼の死なのだろう。
この話をこれまたアイリスフィール経由で聞いた切嗣も│││││抑止力だ、と言っ
てある程度納得していた。
アイリスフィールは戦慄すると同時に安堵する。
セイバー
彼がサーヴァントとして召喚されていれば、この逸話を宝具として所持しセイバーの
対城宝具を上回っていただろうからと、彼がこの逸話を振るえるとしたら剣士枠だけだ
と考えたからだ。
セイバー枠は既に自陣が得ている。可能性はバーサーカーだが、セイバーが本物のラ
ンスロットは狂戦士とは最も遠い存在であると断言した。
ならばバーサーカーとして召喚されることはないだろう。
そう、思ったからだ。
アイリスフィールは自身をエスコートするセイバーの背中を見ながら、彼女の聖杯に
捧げる願いを思い出す。
﹂
?
愚問です。私の望みは変わらない﹂
?
﹁⋮⋮﹂
﹁
﹁セイバー、貴女の望みは変わらない
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
243
あの時、望みを口にしたセイバーの顔を忘れない。
まるで迷子になった子供が親を追い求める様な、見ていられない表情を。
﹁│││││ソレが、私が此処に存在する理由なのだから﹂
の聖杯に捧げる望みです﹄
﹃ランスロットが世界から排斥されるという出来事を、無かったことにする。ソレが、私
244
│││││その顔を覚えている。
何故貴方は
子
﹄
あの人を見捨てた
見殺しにした 死に追
憎悪と死に濡れた、自身と同じく道標を見失った者の顔を覚えている。
﹃何故だッ
息
その悲憤と、喪失の共感を覚えている。
﹄
貴方は お前がッ
!
!?
!!!
私は道標を、彼女は彼女が定めた主人を。
いやったッ
﹃アーサー
そうだ。
そうとも。
私が彼を殺したのだ。
!!
﹃俺は
お前をあの人の王だとは認めない
絶対にッ
﹄
!!
私が王であることを優先したからこそ、彼を喪う羽目になったのだ。
!
彼を、彼だけで戦わせなければ、私は彼を喪うことは無かったかもしれない。
!
!
!!! !
そうとも。
!
何が悪かった
?
第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に
245
246
彼を一人戦わせたことか
が王になったからか
そもそも彼が私に仕えたことか
?
いやソレ以前に、私
?
なら、ならば││││││││││││││王で在ることなど、要らない。
そうすれば、確実に何かが変わった筈だと。
ただ解ることは、あの時私が王でなければ、彼を独り戦わせることだけはなかった。
?
その紅い双眸が捉えるのは、二人の女。
倉庫街の開けた場所に、赤い魔槍を携える青い装束の青年がいた。
﹁│││││漸く一人釣れたな﹂
今宵、冬木にて開幕する。
る魔術儀式。
ぞれ七つのクラスに該当する英霊をサーヴァントとして使役し、戦わせ、聖杯を勝ち取
アインツベルン、間桐、遠坂の御三家に、他四人の魔術師に聖杯が令呪を与え、それ
マキリ
ただ一つの聖杯を求める英霊を召喚し戦わせる、魔術師による闘争。
戦争の開催の場なら尚更。
常時であってもソレなのだ。ソレに加えあらゆる時代、あらゆる英傑が集い争う聖杯
まだ見ぬ英傑を引き寄せんとする強烈な闘気に、必ずや同類が引き寄せられると。
│││││来い、俺は此処にいる。
せられていた。
冬木の倉庫場の奥、太陽が沈みきった夜にこれでもかと主張する獣のような殺気が発
第四夜 開幕
第四夜 開幕
247
﹁その槍、ランサーのサーヴァントと見受けるが﹂
アーチャーって柄でも無さそうだしな﹂
?
自らの頼れる騎士を、常勝不敗の騎士の王を。
それだけでアイリスフィールは思い出す。
﹁あ、ありがとう。セイバー﹂
﹁大丈夫です、アイリスフィール﹂
では。
金髪の男装の麗人│││││セイバーが、アイリスフィールを庇うように前に出るま
ソレに浴びせられるだけで、アイリスフィールからまともな思考を奪い取る。
ランサーから滲み出す莫大な魔力が、敵対者に対して指向性を持った。
槍兵に見据えられた瞬間、白髪の美女│││││アイリスフィールは凍りつく。
﹁その白い髪に紅い目⋮⋮つまりアンタがアインツベルンのホムンクルスか﹂
そして視線を横にずらし、マスターと思しき女性に目を向ける。
ランサーはそう見切りを付けた。
自身がランサーであるならば、目の前の女はセイバー以外にありえない。
る。
しかし彼女の清澄な闘気と雰囲気から、三大騎士クラスであることが容易に察せられ
﹁そういうお前はセイバーか
248
その姿にランサーはフン、と鼻を鳴らし、
﹁こんだけ待って釣れたのはお前だけだ。全く、ホントに英雄が俺以外に居るか怪しく
なってた所だぜ。まぁその分、骨のありそうな奴が釣れたが﹂
﹁ならばその身にたっぷりと刻んでやろう﹂
セイバーから蒼い魔力が風のように迸り、黒い男装様のスーツから白銀と青の鎧姿に
変わる。
﹂
!
第四夜 開幕 両者が音速を超えて激突し、此処に第四次聖杯戦争の幕が上がった。
シミシと悲鳴をあげる。
二人の英霊が睨み合い、殺気と闘気をぶつけ合い、それに堪えきれなかった空気が、ミ
ランサーも臨戦態勢になったセイバーに呼応するように、槍を構える。
﹁ハッ、抜かせセイバー
第四夜 開幕
249
その激突を観戦していた者達は、英傑は、様々な感想を吐露していた。
ある者は強い、と単純な力量に恐怖を覚えた。
ある者は面白い、と戯れに参加した事に僅かながらの悦びを覚える。
ある者は是非とも臣下に、と騒ぎ己のマスターとその助手の胃を攻め立てた。
ある者は己の運命を嘲笑し、天を仰いだ。
ある者はカップ担々麺を啜りながら、コレはコレでうまうま。
それはマスターでも同様。
例えば遠坂と言峰陣営。
遠坂時臣は自分の工房に引きこもり、同盟│││││というより弟子扱いの部下の様
な言峰綺礼の報告と、自身の使い魔で情報を得ていた。
綺礼は自身の召喚したアサシンの視覚共有を用いて、正史とは違い教会とは別の場所
で戦いを観る。
﹃流石は三大騎士クラス、凄まじいな。だが、それでも英霊であるかぎりギルガメッシュ
バーは大半がAランクです。宝具はまだ判明しませんが、恐らく相当の物かと﹂
﹁第四次聖杯戦争の公式第一戦。流石というか、両者ともパラメーターは高く、特にセイ
250
第四夜 開幕
251
には敵わない﹄
あらゆる英雄譚の原典であり、あらゆる宝具の原典を集め尽くしたギルガメッシュ
は、ほぼ全ての英霊に対して弱点を突くことが出来る。
星の数ほどの宝具の原典を有し、それを矢のように無造作に無尽蔵に撃ち放つ。
故にアーチャー。
故に最強。
それが遠坂時臣が召喚した、英雄王ギルガメッシュだ。
だがその力は如何に現代で一流の魔術師であろうと御しきれることなどあり得ない。
王としての在り方を体現する、我が強すぎるギルガメッシュならば尚更である。
臣下として礼を取り、この世に現界するのに必要な魔力を時臣が供給しているからこ
そ、ある程度便宜を図っているに過ぎない。
故に、サーヴァントに対する絶対命令権である令呪が無ければほぼ制御不能に近い。
実際には、令呪ですら与えられる三つ全て使っても下手をすると抵抗することが出来
るのだが。
聖杯戦争とは、本来根源への道を開く為の魔術儀式だ。
故に冬木の聖杯はキリストの血を受けた杯ではなく、贋作だ。
しかしアインツベルンは聖杯の器を造り上げる偉業を成し遂げた。
地上で現存する最も真作に近い聖杯を作り上げたのだ。
だがアインツベルンはソコで行き詰まった。
アインツベルンは器を造ることは出来ても、中身を用意することができなかった。
その為の聖杯戦争。
その為の七体のサーヴァント。
彼等の魂を焚べる事で中身とし、根源へ辿り着く。
願望器など副産物に過ぎない。
魔術師として根源への到達を目指している遠坂時臣は、全てのサーヴァントを聖杯へ
捧げなければならない。
七体全て。
つまり最後には己のサーヴァントを、令呪を以て自害させなければならない。
しかし時臣は不安に思った。
もし、令呪を以てしても最強の英雄王が抗った場合、自害させることができなかった
のなら
・・
だからこそ、時臣は保険を欲した。
?
察は必要だろうが、決して深追いをさせてはならない﹄
﹃彼女は大切な保険だ。成功するかどうかも怪しいが、令呪が有れば話は別だろう。偵
252
言峰綺礼は自他に問う。己の中身とは何だ、と。
だがしかし、そんな綺礼もこの戦争に拘るものがある。
綺礼は時臣を勝利させる。その為だけに聖杯戦争に参加したのだ。
なければならないのだから。
時臣が勝ち進み敵のサーヴァントを殺し尽くした後には、必ずギルガメッシュも殺さ
ギルガメッシュすら殺せるだろう。
通常の状態なら蹴散らされるだけだが、令呪に縛られ、それに抗っている最中ならば
しかしその毒は喰らえば英雄王すら殺すだろう。
きない様に二人に対しての﹃不触﹄を命じたのだ。
あのアサシンは触れるだけで毒を盛れる。万が一にも時臣と綺礼を裏切る真似がで
その令呪は既に一つ喪われていた。
綺礼は自らに刻まれた令呪を見る。
あった。
言峰綺礼は自身の召喚したアサシンの事を考える。あれは文字通りの意味で毒婦で
﹁心得ております﹂
第四夜 開幕
253
254
あらゆる苦行に身を置いても、その当たり前の回答を出すことが出来ない。
皆が幸せを感じている中、自身だけが取り残されている感覚に襲われるのだ。
父の璃正の教えに従い、信仰の道へと進むも答えは出ず、主はその答えを授けてはく
れない。
そして、自身の中身を理解したと言った聖女のような妻を喪っても尚、その空虚は拡
がるばかり。
そんな綺礼の空虚な人生に現れた切っ掛けが、聖杯戦争だ。
父親、璃正が懇意にしている遠坂の誘いに乗り、聖杯への願望など無いのに参加した
が、ソコで同類を見付けた。
衛宮切嗣。
自身と重なる男の解答を、空虚なこの身の答えを知るかもしれない。
問わねばならない。
この身の意味を知るために。
綺礼は、問い続ける他に方法を知らないのだから。
│││││綺礼がそんな思考に囚われている時、視覚共有で繋がっているアサシンの
眼にあるモノが映った。
彼等が、特に魔力放出を持つセイバーは剣を振り上げるだけで地面を捲り上げる。
剣戟は衝撃波を、踏み込みは地面を蹂躙した。
霊。慣れたのか今では互角の戦いを演じていた。
刀身を隠すセイバーの風王結界での補助によって序盤は押していたものの、流石は英
パラメーター的にもほぼ同格。
セイバーとランサー。両者の力は拮抗していた。
◆◆◆
﹁これは│││││﹂
第四夜 開幕
255
しかしそれを加えてまだ互角に持っていけるほどランサーの動きは速く、鋭かった。
お互い未だ無傷であるものの、此処から先は宝具の使用も視野に入れなければ埒があ
かない。
﹂
そんな時だった。
﹂
﹁│││││あ
﹁何
﹂
﹂
私を気にせず続けてください﹂
﹁いや、それは流石に無理じゃねぇか
?
注文だ。
実際問題、他の正体不明のサーヴァントが横で居る中、警戒するなというのが無理な
先程まで獣のような殺気を帯びていたランサーが、殊の外まともな事を言う。
?
﹁どうしたのですか
少女はセイバーとランサーが止まった事がおかしいのか、二人に喋りかける。
立っていた。
サーやセイバーとは違った毛色の雰囲気のサーヴァントの気配を漂わせている少女が
紫を基調にした鎧を纏い美しいブロンドの長髪を三つ編みに纏めた、明らかにラン
倉庫の上に、一人の少女が立っていた。
﹁あれは、サーヴァント⋮⋮
?
!?
?
256
ルー
ラー
未だマスターの姿が見えないランサーなら兎も角、セイバーはアイリスフィールを守
る必要があるのだから。
確か聖杯からの知識にそんなクラスがあったが⋮⋮﹂
なければ、聖杯戦争には介入しません﹂
﹁それなら問題はありません。私は﹃裁定者﹄のサーヴァント。余程のルール違反を犯さ
﹁⋮⋮
﹂
﹂
するスキルが与えられますので﹂
﹁正確には貴方の真名です。ルーラーのサーヴァントには、サーヴァントの真名を看破
?
力があります﹂
ならば、それを防ぐのが私の役目ですので。特にセイバー、貴方の宝具はそれだけの威
﹁私が此処に来たのは役目の一環です。貴方達の戦いがもし一般人に影響を及ぼすほど
え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァント。
部外者を巻き込むなど規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与
戦争に於ける絶対的な管理者。
それは聖杯自身に召喚され、
﹃聖杯戦争﹄という概念そのものを守るために動く、聖杯
裁定者のサーヴァント。
﹁ルーラー
?
﹁⋮⋮私の宝具を知っていると
第四夜 開幕
257
!
セイバーの顔が強張る。
姿を見るだけで真名を見破る能力など、聖杯戦争にとって反則に近い。
私
う、聖杯に全てを賭けている夫を何より心配したのだ。
!!!
そして、何もかもを知ってる者が、もう一人。
!
﹃│││││クククッ﹄
﹃│││││ふ、ははは、はははははははッ 成る程成る程、そうなるのか
形振り
自身も地面が無くなった様な不安に陥るものの、今この場でこの話を聞いたであろ
何故ならルーラーの存在は、聖杯戦争が世界を滅ぼす可能性がある証拠。
ルーラーのその言葉を聞いて、真っ先に反応したのはアイリスフィールだ。
ために此処にいます﹂
﹁故に私はルール違反が無いか監督する役目と、ルーラーが召喚された理由を調査する
つまり、今回は後者によって召喚されたのだ。
もう一つは、﹃聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合﹄である。
裁定者が聖杯から必要とされた場合﹄。
一つは﹃その聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ
﹁そもそもルーラーが聖杯によって召喚されるには二つの条件が存在します﹂
私
﹁ルーラー、私の記録では今まで召喚されたことなんて⋮⋮﹂
258
構わずとはこの事だな
覆っている。
﹄
?
のなら、この世界を崩壊を招く願いで無い限り私が何かをすることはありません﹂
﹁⋮⋮それは違いますランサーのマスター。私は中立の審判、貴方が聖杯を手に入れた
その会話が気に入らなかったのか、ルーラーが会話に加わる。
やり方で手に入れる場合、アレはかなりの確率で妨害に出るだろう﹂
﹁予定が変わった。ルーラーが出てきた時点で、間違いなく誤差が生じる。聖杯を私の
﹁オイオイマスター、お前はまだ姿を見せないんじゃなかったのか
﹂
白銀の長髪に、女らしさをこれでもかと強調している豊満な肢体を動きやすい冬服で
同時に、ランサーの背後の空間が歪み、ベールに隠された存在が姿を現した。
や恐れ入る。まぁ、私も人の事は言えないが﹂
﹁ここまで直接的な戦力を投入してくるとは、そこまでして産まれたいらしい。いやは
・・・・・・・・
そんな張り詰めた空気を切り裂くように、どこからか笑い声が響く。
!!
ランサーのマスター│││││エレインの言葉で、今度はルーラーの顔色が変わる。
﹁│││││﹂
潔な精神を持とうともアレがその気なら貴様の意思など関係がない﹂
﹁ハッ、残念ながら信頼は出来ても信用は出来ないな。フランスの聖女、お前が如何に高
第四夜 開幕
259
﹁どうやって私の真名を⋮⋮﹂
ア、貴女は一体⋮⋮
﹂
尤も、私の情報源は反則だが﹂
﹁フランスの⋮⋮まさか、ジャンヌ・ダルク
エレイン・プレストーン・ユグドミレニ
フランスの聖女で有名な英雄とくれば、真っ先に一人の女性の名前が来る。
ら。
何故ならエレインが口にした言葉は、ルーラーの真名を言い当てるのと同義なのだか
﹁情報集めは戦いの基本だろう
?
君の娘の名前でも無いのに、そこまで動揺されても困るぞ﹂ ?
何より衛宮切嗣の最大の弱点となる存在を、他者に知られるわけにはいかなかった。
次回の小聖杯の存在は何よりも秘匿しなければならないモノだ。
イリヤスフィールの存在は、アインツベルンにとって最重要機密。
る。
そんな体のエレインに、アイリスフィールは絶句し背筋が凍るような恐怖に襲われ
てい
全てお見通しだ。
イリヤの事まで│││││
﹁どうした
﹁私の名前まで⋮⋮っ﹂
﹁それは企業秘密だアイリスフィール・フォン・アインツベルン﹂
?
!?
260
第四夜 開幕
261
言 峰 綺 礼 を 知 っ た 夫 の 心 境 は、こ の 様 な モ ノ だ っ た の か │ │ │ │ │ と、ア イ リ ス
フィールは切嗣と言峰綺礼と同様、エレインを会わせてはならないと確信した。
ルーラー、ジャンヌ・ダルクは考える。
確かに自分の真名を言い当てたのは驚異だ。
彼女の情報源は気になるが、ソレについてはルール違反には当て嵌まらない。 彼女の言動も気になる。彼女は何を知っている
それは彼女の情報源とやらと関係があるのか
エレインは一マスターに過ぎず、氷山の一角かもしれないのだから。
そうルーラーは締め括る。
だが、しかし注意するに越したことは無いだろう。
疑問は尽きないが、不自然でもある。
ルーラーの存在を知っているのなら尚更だ。不自然が過ぎる。
本当にエレイン自身に理由があるなら、隠れれば良い。
まるで自分に、ルーラーが召喚された理由があると言わんばかりに。
だが何故、エレインはそこまで自分を危険視されるような発言をする
?
ルーラーとアイリスフィールが最大限の警戒を払いながら、遂に我慢できないとばか
?
?
﹂
!
ランサーのマスター
!?
サーヴァントなら
﹁そう、私は人間だ。前回の聖杯戦争で召喚されてそのまま残ってるとか、別のマスター
セイバーはまさしくこの時代に存在する筈の無い者を見た顔で動揺していた。
だと言うのに、彼女の表情はまるで死人を見たかの様なソレ。
のだ。
1500年前の人間であるセイバーが、彼女の事を既知のように語るのはあり得ない
彼女にはエレインの情報は与えても、顔写真は見せていない。
切嗣が調べた魔術師の一人に、彼女の顔写真が存在していたからだ。
一人はアイリスフィール。
彼女は彼のマスターなのだから。
当然と言えば当然。
一人はランサー。
アイリスフィールの認識上、この場でエレインの顔を知っているのは二人。
?
りにセイバーが問い掛ける。
﹂
?
セイバーの反応に疑問を感じたのはアイリスフィールだ。
﹁セイバー⋮⋮
まだしも、貴女は人間だ
﹁なぜ⋮⋮何故、貴女が此処にいる⋮⋮
262
が召喚したサーヴァントとか、そんな勘繰りは必要無い完璧な人間だ﹂
│││││アーサー王伝説に、エレインという名の女性は数多く登場する。
特に、ランスロットの周囲には多くのエレインが登場する。
一人は湖の乙女の名前の一つにコレがある。
一人はベンウィクのバン王の妻であり、ランスロット卿の母親である。
一人はアーサー王の異父姉。
ペ ラ ム 王
一人は槍試合でランスロット卿との悲恋で有名な、アストラット・シャルロットの乙
女エレイン。
ペレス王の娘にて漁夫王の孫、アリマタヤのヨセフの末裔であるカーボネックのエレ
イン。
そしてこの世界に於いて、エレインは一人に収束された。
も﹃彼﹄の遺品を盗んだことを根に持っているのかな騎士王
﹂
﹁│││││それにしても、貴方が私のことを覚えてくれているとは光栄だな。それと
第四夜 開幕
263
?
﹁﹃彼﹄が槍の腕を認めた御仁だ。忘れるものか﹂
それこそがエレイン・プレストーン・ユグドミレニア。
カ
シャ
の
蛇
﹂
本来の正史ならば、ランスロットの息子である円卓の騎士ギャラハッドの母親となる
女性だった。
ア
﹁エレイン姫。貴女は一体、どうやってこの時代に│││││
まぁそんなことは今どうでもいいだろう。私が貴方の敵として
?
﹂
!
︶
!?
話をさっさと進めたいらしい﹂
・・・・・・・・・・・・・
﹁悪 い な セ イ バ ー。ウ チ の マ ス タ ー は 惚 れ た 相 手 以 外 に は せ っ か ち で な、
ているだろう。
恐らくこの場に居るであろう切嗣の眼には、膂力に関するステータスが上がって映っ
ランサーの身体を見ると、淡く刻まれたルーンが光っている。
︵コレは⋮⋮膂力が向上している
咄嗟に槍を切り払うが、ソコで違いに気付いた。
エレインの命令でランサーが、セイバーを襲う。
﹁ッ
此処に居る、ただそれだけで充分だ。やれランサー﹂
分からないか⋮⋮
﹁何、湖の精霊の手を貸して貰って死徒二十七祖番外位と似た方法を取った、と言っても
?
264
﹁何をッ⋮⋮
・・・・・・
﹂
土煙から逃れるため、セイバーは槍の衝撃を受け流しながら後方に跳び退く。
ランサーは地面を捲り上げる様に槍を振り上げ、土煙を炊き上げる。
!?
マズいマズいマズいマズいマズいマズい
念話で自身のマスターに知らせるのも間に合わない。
その姿を隠したのだろう。
だからこそ、敵側は土煙を上げて此方のマスターから令呪の使用をさせないために、
立たせている現状、セイバーに回避という選択肢はなかった。
だがもし自身と似たタイプの対軍宝具以上の威力ならば、アイリスフィールを背後に
それこそ令呪で回避を命じられない限り。
しれない。
元より防ぐ方法が聖剣の解放以外無く、下手をすればソレでも防ぐ事は叶わないかも
しかし、ソレを知覚しながらセイバーはどうしようもなかった。
う。
アレを放たれれば、ランサーの宝具の真名解放は、間違いなく自分の心臓を貫くだろ
!
土煙の向こうからそんな声が聴こえると共に、セイバーの直感が悲鳴を上げた。
﹁声は私が遮る。ヤれ﹂
第四夜 開幕
265
・・・・
セイバーが念話をし、ソレからマスターが令呪を使うその前にアレが放たれれば終わ
りだ。
ゲ
イ
土煙の中に赤い光と、ほんの僅かに黄金の光が煌めく
!!!
宝具が放たれる直前、雷鳴が轟く戦車の疾走が割り込んだ。
﹃│││││AAAALaLaLaLaLaie
﹄
こうして思考する時間すら致命的だと気付きながら。
︵エレイン、彼女が何らかの方法で声を届かなくしたのか│││││︶
ランサーの声が、何かに遮られる様に聴こえない。
聴こえない。
﹃刺し穿つ│││││││﹄
266
267
第四夜 開幕
第五夜 八時だよ
全員集合
!!
現界した
﹄
﹃我が名は征服王イスカンダル
此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て
AN/PVS04暗視スコープ越しで乱入者を眺めていた。
倉庫街のコンテナの重なり合う影で衛宮切嗣はワルサーWA2000を構えながら、
!
﹁あんな馬鹿に世界は一度征服されかかったのか
思わず舌打ちをする。
﹁チッ﹂
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。
内一人の顔は知っている。
にして絶叫している。
﹂
どうやらサーヴァントの独断なのか、戦車の上に乗っている二人の男が顔色を真っ青
?
あのルーラーですら呆け顔だ。
自己主張が激しいとか、そういうレベルではない。
堂々過ぎて最早阿呆の領域になっている、自身の真名の暴露。
!!
!
268
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
269
ライダーの構図は切嗣の戦法にとって最悪に等しい。
あの戦車が宝具だとすれば、恐らく弾丸は届かないだろう。
空から乱入した事から、飛行も出来ると見て良い。
切嗣の戦法は、サーヴァント同士が戦っている最中にアイリスフィールに気を取られ
ている敵マスターを狙撃すること。
もしくはサーヴァントとマスターを分離してマスターの撃破だ。
だがあの様にサーヴァントとマスターがくっつかれたら切嗣には手出しができない。
空を飛ばれたら論外だ。
問題はそれだけではない。
ルーラーという、聖杯自身が召喚したイレギュラーサーヴァント。
ペナルティとやらの概要は分からないが、一般人への被害を恐れているのだろう。
これで敵を一般人諸共殺害する方法は難しくなった。
勿論、魔術の一切絡まない方法ならばまだ可能性はあるだろうが、しかし可能性に過
ぎない。
それに聖杯戦争に世界の歪みが生じる可能性があるなど、切嗣には見過ごせる話では
ない。
そしてエレイン・プレストーン・ユグドミレニア。
聴こえた話の内容を鑑みるに、セイバーと面識があるようだ。
年月を重ねた魔術師ほど、その恐ろしさは増す。
1500年前もの以前、現在とは比べ物にならない神秘が溢れていたであろう時代の
魔術師だ。
その力量はキャスタークラスのサーヴァントに匹敵するだろう。
幸いなのはセイバーと既知であること。
セイバーからアイリスフィール経由で情報を聞き、戦術の練り直しになるが、何も分
からないよりマシだろう。
よって現状はまだ切嗣が動くモノではない。
だが│││││
出来るのならばそもそも正義の味方など、聖杯を望みなどしない。
切嗣はそれを模す事は出来るが、成る事は決してできない。
勿論人間なのだが、本当の暗殺者というものは機械の如き無機質さを有している。
衛宮切嗣は機械ではない。
同時に、不味い、とも。
銃を握る掌に、冷や汗が滲むのを切嗣は自覚した。
﹁│││││どうやって、イリヤの事を⋮⋮﹂
270
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
271
いや、以前のアインツベルンに訪れる前の切嗣ならば、限り無く機械に近く成ること
も出来たかもしれない。
だが、今は無理だと断言できる。
現に、娘の事を敵が知っているというだけでこの様である。
今の内に殺しておくか
衛宮切嗣は、世界を救済しなければならないのだから│││││
最愛の妻を代価にしているというのに、ここで負ければ最愛の娘すら喪ってしまう。
勝たなければならないのに。
る。
切嗣の脳裏に浮かび上がる選択肢を直ぐ様否定し、それが安易な逃避だと切って捨て
?
全員集合
!!
第五夜 八時だよ
!
﹂
﹂
!!!!??
!!!!???
と、ライダーの巨腕が繰り出すデコピンが二人の額を捉え、吹っ飛
!!!
例えばアキレウスならば、神の加護はアキレス腱だけ適用されない。
例えばジークフリートだった場合、不死身の力はその背中だけ適用されない。
何故ならサーヴァントは全てが歴史や神話、伝承に伝わる英霊。
つ。
聖杯戦争に於けるサーヴァントの真名の看破は、最も防がなければならないものの一
ルーラーは十字を切っている。
この場にいる殆どの人間がその思考を同じくした。
│││││憐れ。
ばす。
バチンッッッ
﹁はっはっはっはっ、喧しい﹂
﹁何を考えてやがりますかこの馬鹿はぁぁあああああああッッッ
﹁何をやっているかライダァアアアアアアアアアアアアアッッッ
272
バ
伝承に伝わるからこそ、その死因は、弱点は瞭然なのだ。
ラ
だがこのライダーのサーヴァントは、それを自ら勝手に暴露したのだ。
そんなサーヴァントのマスターの心境は、彼等の形相を見れば察する必要すらない。
特に酷いのがケイネスだ。
先程までは生徒と一緒に叫んでいたのだが、なまじ失敗と縁がなかったのか許容量を
超え、顔面が崩壊している。
食べ終わったカップ麺をゴミ箱に捨てて漸く観戦に加わろうとしている同じ馬鹿な
ら、こう述べるだろう。
﹃│││││FXで有り金全部溶かす人の顔﹄
特にその行動をするであろうと、予め知っていたランサーなど、憐れでならないと、感
じるしかなかった。
少なくとも、
ブはッ﹂
!
│││││ライダーが言ったのは、つまり勧誘だった。
ことがある│││││﹂
﹁うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが⋮⋮、矛を交えるより先に問うておく
頑張って笑うの堪えて失敗してる自分のマスター程、気楽にはなれなかった。
﹁ブッ、くく、むぐぅ⋮⋮ゴホっ
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
273
自分の下に付き、その上で自分に聖杯を譲れと述べたのだ。
﹂
!!
!
﹂
?
故に聖杯戦争に召喚されれば殆ど叶ったも同然だ。
ランサーの望みは強者との戦い、其れだけである。
れないことだからだ。
聖杯戦争で聖杯が要らないと言うのは、聖杯を求めるサーヴァントにとっては考えら
そのランサーの言葉に、少なからず驚きの声があがる。
﹁ほぅ
は聖杯戦争それ自体が目的だからな﹂
﹁│││││確かに、俺自身に聖杯に捧げる望みなんざねぇ。ソコの騎士王は兎も角、俺
ランサーは笑ってはいるが、セイバーにいたっては青筋を浮かばせている。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁クックックックッ﹂
断られると思っていないのだろうか。
極めて得意気に言い放つ。
である
﹁さすれば 余は貴様らを盟友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存
274
﹄
尤も、正史や平行世界に於いては、その願いが叶わないという状況が多発する嵌めに
なるのだが。
この人でなし
!
よ﹂
?
﹂
ランサーの言葉にライダーが呻く。
お主はどうだ
!
極めて共感できる答えだったからだ。
﹁ランサーのマスターよ
﹂
﹁そんなんじゃねぇよ。良い女が頑張ってんだ、手を貸したくなるのが男ってモンだろ
﹁⋮⋮、主に捧げる忠節か
﹂
﹁だがよ、マスターには絶対に譲れねぇ願いがある。アンタを優先してやる理由は無ぇ
この場にすら居ないどこぞの馬鹿が、誰にも聞こえない心の声で突っ込みを入れる。
﹃ランサーが死んだ
!
こ
こ
﹁ほぅ
ではお主の願いとは何だ
﹂
?
﹁戦場で口にすることではない。滑らせたいのなら酒でも用意するんだな﹂
?
み。それに私の願いは世界征服と同列に扱ってもらいたくないな﹂
そ ん な も の
﹁残念ながら私が傅き身を委ねるのはこの世界で⋮⋮いや、世界の外側を含め唯一人の
?
?
﹁むぅ⋮⋮﹂
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
275
﹁おぉ
それは道理だ
そうだのぅ、ならば騎士王│││││﹂
!!
を見て│││││諦めた。
ライダーはこの場においては二人を言葉で従えるのは不可能と判断し、セイバーの方
!
﹁│││││どうした征服王 戯言を述べたてるなら早くしろ。まぁその頃には、貴
276
﹁はっはっは。いやぁ﹃ものは試し﹄というではないか﹂
よぉ﹂
﹁ら い だ ぁ、ど う す ん だ よ ぉ オ マ エ、征 服 と か 何 と か 言 い な が ら 総 ス カ ン じ ゃ な い か
﹁ぬぅ⋮⋮こりゃー交渉決裂かぁ。勿体無いなぁ、残念だなぁ﹂
当然だろうが、ルーラーも断った。
ことはありません﹂
﹁私は聖杯戦争において完全中立。有事の際以外で、貴殿方の戦い自体には一切関わる
﹁ソコのルーラーとやらは﹂
その殺気にウェイバーが正気を取り戻したのが幸いか。
これではどんな言葉を投げ掛けたところで逆効果にしかならないだろう。
完全にキレていた。
先程から殺気しか無い。
様は八つ裂きになっているだろうがな﹂
?
﹁そんな理由で真名バラしたのか
﹂
ケイネスが限界を迎えた。
﹁あびゃー﹂
﹁先生ッッッ
﹂
﹁オイオイ情けないぞマスターよ、この程度で音を上げる様ではこの先保たんぞ
﹂
悪びれもなく頭を掻くライダーにウェイバーが突っ込みを入れるが、その言葉に遂に
!?
そして、刻みすぎたのだ。
エ レ イ ン
征服王イスカンダルはその事実をケイネスに刻み付けたのだ。
ることが出来た。
英霊は奴隷ではない。ケイネスは認めた。好敵手と出会ったことで、ケイネスは認め
使い魔
イドが許さなかった。
しかしそんなくだらないことで令呪を使うのは、粉微塵に粉砕されたなけなしのプラ
だがサーヴァントをただの使い魔扱いすれば待っているのは王のビンタである。
う。
精神面からマスターを殺しに来るサーヴァントなど想定すらしていなかったのだろ
?
!?
かったのよ﹂
﹁ま ぁ な ん だ、折 角 こ ん な 機 会 に 出 く わ し た の だ。全 員 纏 め て 征 服 せ ず に は い ら れ ん
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
277
﹁は
﹂
だが、その答えは直ぐ様出る。
ウェイバーはライダーの言葉の意味が分からなかった。
?
けということもあるまいて﹂
ぬものと知れッ
﹂
﹂
闇に紛れて覗き見しておる連中は
ここに集うがいいッッ
﹁│││││なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れ
現れるのが英雄だろうと。
ならばこそ、英雄としての矜持を持つものならば、己のように誇るべき真名を掲げて
!!
ビクリ、とウェイバーとアイリスフィールの肩が跳ねる。
他にもおるだろうがッ
!?
ライダーの言っている意味が理解出来たからだ。
﹁おいこら
今ッ
!!
ライダーの声は最早怒号に近かった。
﹁聖杯に招かれし英霊ども
!!!!
!
セイバーとランサーの、大英雄の剣戟はそれほどまでに見事だった。
!
﹂
あった。あれほどの清澄な剣戟を響かせては惹かれて出てきた英霊が、よもや余一人だ
﹁セ イ バ ー、そ れ に ラ ン サ ー よ。う ぬ ら の 真 っ 向 切 っ て の 競 い 合 い。ま こ と に 見 事 で
278
!!!
衝撃波に近い、ライダーの咆哮の様な煽りは、ビリビリと周囲に響き渡る。
それを見ても、聞いても。暗殺者故に誇りなど持ち合わせていないアサシンは姿を見
せず。
そして、ライダーの挑発に乗った、というよりは面白がった者が、黄金の礫を集めて
﹂
身体を創るように実体化したサーヴァントが姿を現した。
﹁何⋮⋮
その姿を見て、エレインの目が見開かれる。
!?
その服装は現代風のソレであり、ノースリーブのダウンジャケットを身に纏ってい
其は、黄金の子供だった。
い﹂
﹁││││││││││││あははは、凄い啖呵ですねライダーさん。それに声も大き
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
279
る。
特徴的なのは、黄金の髪と爬虫類の様に縦に割れた瞳孔の紅瞳。
何より身に纏うそのカリスマは、ライダーすら上回っていた。
﹂
?
この世界の神秘は、古ければ古いほどその力を増す。
エレインの言葉で、周囲に戦慄が走る。
人しかいないからな、英雄王ギルガメッシュ﹂
オー ラ
に知れる。特に御三家なら丸分りだ。そして世界で最初に脱皮した蛇の脱け殻など一
﹁少なくとも真名はな。英霊の召喚に使う触媒を手に入れる為のルートを探れば、簡単
﹁おや、お姉さんは僕の事を知っているんですか
当然だろう。唯でさえ最強の存在、が更に強固になったのだから。
エレインが思わず愚痴を漏らす。
﹁⋮⋮チッ、最悪だな﹂
目の前の小さな幼い少年は、大王すら超える王だという証だった。
服王に全く劣っておらん﹂
﹁ほぅ、やはりお主も王であったか。まぁ当然であるわなぁ。その滲み出る王気、この征
持があります。誰かに仕えることはありません﹂
﹁でも残念ですが、セイバーさんやライダーさんもそうであるように、僕も王としての矜
280
神話の英雄は神の存在した時代に生まれている、ただそれだけで過分な神秘性を有す
る。
後に神や神の一部となったヘラクレスやカルナなどがその最たる者だろう。
目の前の少年は、原始の英雄譚の主人公。
あらゆる英雄の原典。
原初の神殺しの王である。 それが敵として存在するという事実の重さは計り知れない。
そして自ら国を滅ぼしたギルガメッシュだが、幼少の頃は名君として国を統治してい
た。
﹃らんすろ日記﹄という別次元の知識を得たエレインだからこそ知ることだが、ギルガ
メッシュの最大の弱点は強すぎるが故のその慢心。
まぁ
だが名君として名を馳せた少年時代のギルガメッシュに、そんなものは存在しない。
ギルガメッシュの全ての能力を有しながら、決して慢心しない。
場合によっては撤退すら受け入れる度量の広さ。
らんすろ日記にはこう記されている。
│││││子ギル最強説。
﹁全く、最古の英雄をどう御すつもりだったのか。遠坂時臣は何を考えていた
?
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
281
どうせ召喚した時点で勝ちだとか、後の事はあまり考えてなかったんだろう
﹂
?
奴は﹂
?
霊薬を用いて幼い自分に財の回収を全て任せたのだが。
聖杯
まぁ召喚された成年体のギルガメッシュは、現代の堕落加減に嫌気がさして若返りの
魔術師として誇りを持っていたからこそ、彼らの会話は突き刺さった。
漏らさず伝えていたのだ。
綺礼は無自覚に笑みを浮かばせながら、エレインとギルガメッシュの会話を一字一句
勿論遠坂時臣である。
遠坂邸で、一人の魔術師が膝を突いた。
﹁いやー、ぐうの音も出ない正論ですね﹂
﹁管 理 者としての自覚があるのか
セカンドオーナー
とぶつかれば冬木など日本諸共消し飛ぶだろうに。
核攻撃に例えられる対国宝具を持つ彼が、それ以上の対界宝具を持つギルガメッシュ
ギルガメッシュの同格のサーヴァントといえば、例えば施しの聖者カルナ。
のサーヴァントを誰かが召喚した場合の被害を考えていたのか﹂
﹁それは遺伝だと聞いている。まぁ今代の当主はそれが顕著らしいが⋮⋮もし同クラス
投げしたんですけどね﹂
﹁あはははー、僕のマスターはうっかり性ですから。まぁ、色々あって大人の僕は僕に丸
282
遠坂時臣のせめてもの救いは、子ギルがかなり寛大で自重も融通も利く人物であった
ことだろう。 しかしこれで五騎が集まったのだが、それで終わることはない。
セイバーの未来予知に匹敵する直感が、己の危機を察知した。
﹂
それが、自分にとって決して忘れないモノだと気付きながら。
!!
◆◆◆
直後、宝具と見紛う程の巨大な赤雷がセイバーを襲った。
﹁│││││ッ
第五夜 八時だよ! 全員集合!!
283
フー ド
同時刻、倉庫街から少し離れた浜辺で、ローブの様に変化した外套を深くかぶり顔を
隠した男が、その赤雷を見た。
軍属としては銃殺モンだよ銃殺モン﹄
?
混沌は、深まるばかり。
﹃はよ行け﹄
﹃だって敵前逃亡よ
﹃いや、寧ろ会ってやるべきじゃないのか﹄
﹃⋮⋮気まずい﹄
顔を隠した男は何も語らずに、その場へと向かう。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
284
﹂
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
﹁ランスロットは、王に成りたいと思ったとはないのか
│││││生前の話。
幾度となく観た夢がある。
?
オレは咄嗟に答えるも、彼は否定する。
違う。
しか能がない﹂
サー王程には出来んだろう。俺は人を纏め上げる事はできない。俺は、戦場で敵を斬る
﹁俺 に は 能 力 が な い。俺 を 慕 っ て く れ る の は 有 り 難 い が、仮 に 俺 が 王 と な っ て も ア ー
彼は何処までも騎士なのだと。
その返答にオレは、やはり、と思った。
﹁あり得ないな﹂
く質問の解答を返す。
何か書き物をしていた彼の邪魔をしてしまったか気になったが、彼は﹁日記だ﹂と軽
﹁⋮⋮どうした。まだ寝ていなかったのか﹂
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
285
王を超え、国の過半数の支持を集めている彼に王の資質がないとは思えない。
彼が王で、自分が騎士として侍る、という妄想をしたことがないと心の中では否定で
きない。
自分を含め、ブリテンの要である円卓の騎士は良くも悪くも個性が過ぎる。
ソレが統治者としての王道を選んだアーサーなら尚の事だ﹂
﹁如何に王が優秀であろうとも、その手足が言うことを聞かないのであれば国は終わる。
お前にソレが出来るのか、と。
そして、王はそれだけの重責を背負っているのだと説いた。
彼は王を批判した騎士に問いつめた。
の程度で済んだ彼女の力量を誉める程だ。犠牲になった村には気の毒だがな﹂
ればならない。その判断を、決断を俺は否定しない。誰にも否定させはしない。寧ろそ
﹁余り好む理論ではないが、国という10を護るためには村一つといえど犠牲にしなけ
もっといい具体案があるのか。
お前なら出来たのか。
その点に於いて彼女は優秀だ﹂
必要を迫られればどれだけ悪逆非道な所業も行わなければならない状況もあるだろう。
﹁王には、自国をあらゆる手段を用いて防衛しなければならない義務がある。ソレこそ
286
﹁恐らく俺が王になれば、確実に偏りが出てくる。俺には統治者としての能力は無い。
暴君の治世になるだろう。国を治めるというのは、それだけの能力と責任を問われるか
らだ﹂
その点において、騎士王は凄まじい。
暴君でなく名君として、騎士という極めて面倒な連中を治めているのだから。
にも拘らず、自分の理想を王に押し付ける。
ソレを受け止めるのも確かに王の役目だろう。
我が儘
だが、だからと云って王とて人。
限界はある。
ソレを見ずに、ただ理想を押し付けるのは堕落である、と。
彼は、民や騎士によくそう説いていた。
でも、
!!
﹃│││││オレは、えと⋮⋮ランスロットも、そのっ、大好きだぞ
﹄
そもそもその王道に、そんな貴方と共に立つその姿に憧れて騎士になったのだから。
オレの答えは是。
﹁││││││││││││││││⋮⋮モードレッド。お前は、王のことが好きか﹂
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
287
羞恥に震えながらも、思ったより大きい声を出してしまったのか。
ビクッ、と彼の体を震わせ、静かに微笑んだ。 寧ろ彼と引き換えに守ったモノが、こんなものかと絶望すらした。
て当然。
ランスロットの居ない国など、オレが唆すだけで容易く王を裏切る屑の群れなど死し
国もオレが滅ぼした。
ランスロットはもう居ない。
そして、思い出でしかない。
オレの、替えのない至宝。
﹁共に在り続けたいものだ│││││﹂
ソレは、在りし日の幸福の思い出。
﹁俺もこれ以上、誰を喪うこともなく﹂
彼は噛み締めるように呟き、オレと背を並べる様に腰を下ろし、
﹁⋮⋮そうか、そうだな﹂
オレは思わずその微笑みに見惚れ、見蕩れ。
﹁⋮⋮フッ﹂
288
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
289
こんなものを彼と天秤に掛けコレを選んだのかと、王の正気を疑い、憎悪した。
彼を踏み台に存在している、国そのものが憎かった。
その願いを踏みにじったのは誰だ。
彼の想いを裏切ったのは誰だ。
赦さない。
オレは、アーサー・ペンドラゴンを絶対に赦さない。
彼を奪ったこの怨み、晴らさでおくべきか。
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
血に濡れた様な赤雷が、倉庫街を蹂躙した。
コンテナは吹き飛び、破壊を余波という形で周囲に撒き散らしていた。
﹂
ライダーはその余波を神牛の雷で相殺し、ランサーとエレインは跳躍して避けた。
﹂
﹁チッ、気を付けろエレイン
﹁言われるまでもない
ぐ。
﹂
これは│││││
!?
イキナリの襲撃にウェイバーは悲鳴をあげるも、代わりにケイネスが正気に戻る。
!?
﹁うわぁぁあっ
﹁ハッ
!
﹁ふむ﹂
﹂
ギルガメッシュはコンテナの上で笑みを携えながら、出現させた透明な壁で容易く防
﹁あらら、これは随分手癖の悪い狂犬だ﹂
まるで怨敵に向けるように。
エレインは涼しい顔を憤怒に変え、襲撃者を睨み付ける。
!
!
290
そしてライダーは顎に手を当てながら襲撃者を見定める。
襲撃者││││それは、赤雷を迸らせている、重厚な全身鎧に身を包んだ血色にまみ
れた白銀の騎士だった。
その騎士が纏う魔力はこの場の大英雄達に決して劣っていないことを示していた。
﹂
﹂
お蔭で彼女は傷一つ無い。
女がアイリスフィールを突き飛ばして庇ったからに他ならない。
アイリスフィールが灰になっていなかったのは、赤雷がセイバーを呑み込む前に、彼
﹁セイバー
!?
!
﹁な、なんだよ今のは
﹂
つまりあの狂犬は、騎士王と顔見知りであるということ。
兜でその表情こそ見えないが、憤怒、憎悪といった負の感情を撒き散らす。
﹁ほぅほぅ、あやつも中々。この場に負けず劣らずの英雄だのう﹂
!
は浅くは無い。
即座にアイリスフィールの治癒魔術が戦闘に支障が無い範囲まで癒そうとするも、傷
片腕が特に酷く、籠手は熔け火傷に苛まれている。
セイバーは軽傷ではないものの、赤雷を聖剣で受け止め、直撃を避けていた。
﹁ぐッ⋮⋮
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
291
﹂
アイリスフィールは事前の話から、ランスロット卿は彼女を恨んでいないと察してい
た。
ならば、騎士王に敵対的な英霊など一人しか居ない。
﹁まさか、まさか貴様もこの戦争に参加していたとはな⋮⋮アーサーッッ
﹁モードレッド⋮⋮っ﹂
バーサーカー
激烈な憤怒を込めて狂獣が吼え、王が苦々しく受け止める。
﹂
!
﹁ぉおおおおおおァアアアッッ
﹂
故にセイバーがモードレッドの真名を隠す必要は無い。 真名を隠す聖杯戦争の大原則が悉く覆されるが、今回は異例なのだろう。
ソレはモードレッドの実力か、それとも未だ見ぬマスターの実力か。
だが身に纏う魔力は、明らかにセイバーのそれを上回っていた。
セイバーの実力は、そのままモードレッドの実力を顕す。
アー サー 王
大英雄アーサー王を殺害した反英雄。
﹁叛逆の騎士、モードレッド⋮⋮
だが、今のやり取りで真名はハッキリした。
素顔を隠しながら親の仇とばかりに睨み付けていた。
喋りさえしなければ即座に狂戦士と断定するべきだろう騎士は、只々セイバーを冑で
!!!
292
!!!
ケイネスが戦慄する程の数値だ。
そして今、モードレッドのステータスは平均Aランク。そして一部はA+。
ステータスも同様だ。
その現界の為の魔力をマスターに依存している。 加えて両者ともその身はサーヴァント。
その膂力は、アーサー王を上回っていた。
ンクルス。
だが、モードレッドはアーサー王たるセイバーを斃す為にモルガンが造り出したホム
その点については、アーサー王のクローンであるモードレッドは勝てはしない。
年の功と言うヤツだ。
直感も、戦闘経験も技術もセイバーはモードレッドを上回っているだろう。
宝具の性能は最強の聖剣を持つセイバーに軍配が上がる。
二人は両者ともの実力を理解している。
アーサー王とモードレッド。
ランサーのソレとも違う、餓虎のような乱撃がセイバーを襲った。
よろめきながら体勢を立て直したセイバーに、狂犬は吼えながら突貫する。
﹁ぐッ﹂
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
293
だが、強者であればあるほど戦意を燃やす者こそ英雄。
﹂
強者との戦いを求めて現界した男は喜んでマスターの命に従った。
﹂
﹁邪魔するぜェッ
﹁
﹂
蒼き槍兵は狂獣へと魔槍を突き立てる。
﹁ランサー
﹂
!
横槍はあんま好きじゃねぇんだが、マスターの命令でなァ
﹁邪魔だテメェ
﹁ワリィな
!
ク
ラ
レ
ン
ト
血濡れの宝剣を弾き上げる。
ゴウッ
エレイン
ン
サー
ク
ラ
ス
﹂
と、更に横合いからの戦姫の放った収束魔力砲撃に呑み込まれた。
!!!!!
﹁│││││死ね﹂
モードレッドは直ぐ様体勢を立て直し、獲物を逃さんと牙を構え、
剣
しかし鎧越しか、蹴りの瞬間後ろに飛び退いた為かダメージは無きに等しかった。
ランサーが感心の声を漏らす。
﹁ほぉう﹂
そのまま懐が空いたモードレッドに最速を誇る英霊に相応しい蹴りを叩き込む。
ラ
赤 槍 で 赤 雷 を 引 き 裂 き、今 セ イ バ ー に 振 り 下 ろ さ ん と す る モ ー ド レ ッ ド の
!!
!?
!?
!
294
﹁│││││らァッ
快だ﹂
﹂
﹁喚くな畜生風情が。彼の守った物をブチ壊しておいて、一丁前に怒りなど抱くな。不
﹁ウッゼェ。手前⋮⋮、確かあの人に色目を使っていた売女か﹂
魔力の奔流を切り裂いて吹き飛ばした。
しかし流石はアーサー王を討った叛逆者。
!!!
ただし、女怖い。
た。
ケイネスは好敵手がどれだけ先に居るのか再確認し、しかし秘かに熱意を燃やしてい
ジを負わせたという事。
故に直ぐ様魔力で直せるが、問題は明らかに対魔力が高いサーヴァント相手にダメー
モードレッドの鎧は魔力で編まれたモノ。
エレインのエーテル砲で、モードレッドの鎧がかなり焦げていたのだ。
する。
ケイネスとウェイバーは、その見たこともない程の怒気を纏ったエレインの姿に絶句
りかテメェは。あの人に対する侮辱だ、殺すぞ﹂
﹁オレが少し煽っただけで簡単に王を裏切る糞の山と、あの人を等価だとでも言うつも
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
295
その点に於いて、自らの生徒と同意した。 ﹂
!
セイバーは静かに、その不可視の鞘を解き放つ。
﹁│││││﹃風王結界﹄﹂
インジブル・エア
愛した男の言葉を、無碍にはしない。
だが如何に歪な関係であろうと、ソレが﹃親﹄としての役目なのであらば。
当然だ。腹を痛めて産んだ訳でもなく、身を削って育てた訳でもない。
セイバーは、結局モードレッドを子供としては愛していなかった。
何より、道を違えた自分の騎士の始末の為に。
王としての役割を為す為に。 叛逆者を斬る。
それは、かつて彼女が黒い騎士を喪った後の姿に他ならなかった。
舞台装置と成り果てた騎士王。
その表情は諦観でも憤怒でも悲哀でも無く、無表情だった。
アイリスフィールが駆け寄るが、ソレを片手を出して止める。
コンテナの瓦礫から、セイバーが現れる。
﹁セイバー
﹁待て⋮⋮ソレを斬るのは、私の責務だ﹂
296
風が消え去った、否。
魔力の暴風を纏う黄金の聖剣が姿を顕す。
トの為にも│││││﹂
﹁私は聖杯を獲る。如何に貴公といえど、邪魔立てされる訳にはいかない。ランスロッ
﹂
そして彼女のクラス│││││ 復 讐 者が開示される。
アヴェンジャー
それと同時に隠されたセイバーと瓜二つな、そして憎悪にまみれた顔が現れた。
がら、その暴力を尚増幅していく。
それに対するように主の激昂に呼応し、その血に濡れた叛逆の宝剣が血色に煌めきな
﹁│││││貴様がその名を口にするなッッ
!!!!
同じく莫大な量の魔力を纏いながら、各々の最強をゼロ距離で振るわんと凄まじい速
度で激突する。
﹂
!
で乱入したライダーだ。
そもそもランサーとセイバーのどちらも脱落させたくないが為に、絶妙なタイミング
うとしていた。
その成り行きを見守っていたライダーが、何ともくだらない理由で性懲りもなく動こ
│││││勿体無い。
﹁イカン
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
297
298
かのアーサー王の命を奪った騎士モードレッドも、是非とも臣下にしたかった。
故に先ずモードレッドを鎮める為に、神牛の雷を奔らさんと手綱を握る。
ロー ブ
何れだけ強力な宝具といえど、横合いから殴り付けられれば止められる、と。
だが、その行為は不発に終わる。
・・・・・・・・・・
│ │ │ │ │ 突 如 現 れ た 黒 い 外套 を 被 っ た 男 に、 激 突 寸 前 の 二 人 が
投げ飛ばされたからだ。
◆◆◆
ドゴンッッ
と、二つ同時に生じる音と共に、セイバーとモードレッドがそれぞれ
!!
﹂
の方向のコンテナを吹き飛ばしながら突っ込んだ。
﹂
?
?
ランサーは新たな強者の出現に笑みを深め、ライダーは興味深く乱入者を見る。
その事実を他の面々が理解した瞬間、戦慄が走る。
投げ飛ばされた二人は何をされたか理解し、驚愕の余り固まっていたのだ。 セイバーとモードレッドはコンテナを瓦礫に変え、呆然と虚空を見上げている。
代わりに、黒い外套で姿を隠した男が立っていたのだから。
が、今にも宝具を解き放たんとしていた二つの剣士がいつの間にか消えて。
先程の、二人の上級以上のサーヴァントによる魔力放出で溢れ乱れていた暴風と赤雷
同時に、ウェイバーからも同様の物が零れる。
アイリスフィールが驚きの声を漏らす。
﹁はぁ
﹁へっ⋮⋮
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
299
アーチャーは浮かべていた笑みを消し、遊びの一切が消えた無表情に変えていた。
ド レ ス グ ロー ブ
ればライダー、奴が此方に近付いてきたら直ぐ様宝具を走らせろ。何の宝具かは分から
﹁おそらく宝具だろうな。あの低ステータスでただ止められるなど到底思えん。だとす
並みのサーヴァントではあるまい。
にも拘らず、ローブから覗く両手は、着けている礼装用手袋にすら焦げ目はない。
だ。 つまりあの乱入した黒いサーヴァントは、爆心地に両手を突っ込んで振り回したの
手綱から無用な力を抜きつつ、ライダーが全員の意見を代弁する。
﹁何者だあやつ﹂
剣と宝剣を素手で受け止められ、そのまま宝具ごと投げ飛ばされた。
二人の衝突点に立っている黒い男に、セイバーとモードレッドは魔力放出を纏った聖
それに答えるように、エレインが語る。
がたいが、な﹂
﹁⋮⋮あの黒いローブの男は二人の剣戟を受け止め、二人を投げ飛ばした様だな。信じ
いケイネスが何度目となる冷や汗を垂らしながら口を開く。
現代の魔術師としては非常に高い能力を持つものの、あくまで人間の知覚しか持たな
﹁な、何が起こった﹂
300
んが、近付かれるのは不味い﹂
ケイネスが外套のサーヴァントのステータスを視て、己の判断を口にする。
ケイネスの眼には、全てのステータスがCを下回っている、英霊としては下級極まり
ない数値が映っていたからだ。
だが、エレインの言葉で直ぐ様その考えは覆る。
な﹂
!?
上の宝具だと予想できる。
ステータスまでは隠せないモードレッドの﹃不 貞 隠 し の 兜﹄より、幾分かランクが
シークレット・オブ・ペディグリー
恐らく隠蔽か認識阻害か、正体を隠す宝具でもあるんだろう。
それにローブで隠された顔がどうやっても見えない。
値が視えているだろう。
この場に姿を現していない切嗣や言峰綺礼にもその影響は出ており、其々異なった数
値が視えていた。
対してエレインの瞳には全てのステータスがAランクを優に超えている恐ろしい数
﹁ふむ、ステータスの偽装か。ただ隠すより尚厄介であるな﹂
﹁何
﹂
﹁⋮⋮私には全てがAランクを超える化物に視えるが、どうやらそういう宝具のようだ
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
301
﹂
!!!
魔力放出に全霊をつぎ込んだ、凡百のマスターならば数秒で残らず魔力を搾り取られ
だが、先程の戦いよりも尚絶大な雷を纏った宝剣が掠りもしない。
存在を許しておけない。
彼女はその存在を認めない。
だが目の前の、どこの馬の骨とも知らぬ者に自分が、文字通り手玉に取られた。
成る程、互角でも許容できただろう。
ば。
致命傷を与えたとはいえ、それが死因だとしても、モードレッドを屠った騎士王なら
嘗て目指した至高の王。
自身の父。
生前からの怨敵。
先程のセイバーならば、アーサー王ならば互角と許容できた。
て認めない。
モードレッドは自身を超える存在を唯一人のみと定めており、それを覆す存在は決し
外套の男に突っ込んだ。
崩れたコンテナ群を更に融解した瓦礫の山に変えながら、モードレッドは咆哮と共に
﹁っ、がぁあああああああッッ
302
る程の魔力を込めた一撃。
しかし正体不明の﹃黒﹄は、それを容易く避ける。
﹁⋮⋮はぁ﹂
﹁な│││││﹂
それ処か、素手で容易く止められる。
それは、モードレッドの理解を超えていた。
﹂
!?
﹁││││少し頭を冷やせ﹂
﹁なっ│││││ッあああああああッッ
投擲した。
ポカン
﹂
エ
ギルガメッシュを除く全員を呆然とさせながら。
戦場を文字通り荒らした狂獣は、山彦の様な残響音を残して呆気なく姿を消した。
コー
宝剣を掴んだまま振りかぶり、モードレッドを遥か遠くに投げ飛ばした。
!!!!
だが、明らかにノイズに乱された声がハッキリとモードレッドの耳に届く。
外套の、フードに隠されその面貌を見ることは出来ない。
﹁何なんだ手前は
第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る
303
スロットが残した│││││﹃これは可能性の物語である﹄という言葉により、
﹁あくま
勿論、ソレが確定した未来とエレインは思ってはいないし、何より日記の冒頭にラン
らんすろ日記には、第四次聖杯戦争の全てが記されていた。
その謎のサーヴァントの乱入に一番驚いたのは、他ならぬエレインだった。
│││││謎の黒いサーヴァントの乱入。
ルン所有の城へ帰還する他無かった。
そうなればセイバーとアイリスフィールも、傷を癒すため郊外の森にあるアインツベ
サーも退場した。
ソレに呼応するようにアーチャー、ライダーがその場を退き、そしてエレインとラン
サーヴァントは周囲を一瞥した後姿を消した。
アヴェンジャーの退場後まるでソレだけが目的だったと言わんばかりに、正体不明の
尤も、アサシンはその場に居たものの姿を現さなかったが。
わった。
│││││第一回にて、現存する全てのサーヴァントが一同に会する異常な初戦は終
第七夜 初戦を終えて
304
第七夜 初戦を終えて
305
で平行世界の一つの可能性﹂としか認識していない。
セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。
アーチャー、ギルガメッシュ。
ライダー、イスカンダル。
セイバー陣営は記された通りの面子であり、手の内も知れている。
ライダー陣営はマスターがケイネスになるという変化があるものの、手の内は変わら
ない。
精々ライダーの地力が上がる程度だろう。
ギルガメッシュが幼児化するという大きな変化があるものの、寧ろ名君と名高い幼少
期の英雄王だ。
言峰綺礼が遠坂時臣を裏切るという、日記に記されていた事が起きないかもしれな
い。
それは寧ろエレインにとって都合が良かった。
言峰綺礼より魔術師らしい遠坂時臣の方が御しやすかったからだ。
アサシンはその性質上強力な英霊はほぼあり得ない。
・・・・・・・
・・・・・・・・・・
切り裂き魔や中国拳法の達人が召喚される可能性は、成る程確かにある。
だが前者の暗殺はとある魔術を永続的に使用している為エレインには効かず、後者も
306
自身が召喚したランサーの宝具で確殺出来るだろう。
エレインも切り裂き魔程度に殺されてやるほど弱くはない。
モードレッドというイレギュラーは発生したものの、他のエクストラクラスだとして
も彼女の能力はエレインの邪魔にはならない。
仮に日記通りに間桐雁夜がマスターだとすれば、あの戦い方では自滅必至だろう。
エレインは彼の境遇には同情するものの、聖杯戦争に於ける彼女の最優先事項は揺ら
がない。
最悪間桐雁夜は、間桐桜さえ解放すればエレインに付くことだってあり得る。
・・・・・・
元々聖杯への願望でこの戦争に臨んでいる訳ではないのだから。
彼の大元である妖怪は面倒ではあるものの、彼女の切り札を用いれば蟲の大群とて烏
合の衆。
塵がどれだけ集まろうと、所詮塵でしかない。
能
力
遠坂時臣の望みである根源の渦への到達は、そもそも既にアンリ・マユが大聖杯に居
座っている時点で不可能だ。
聖杯が真に完成すれば、根源への孔を穿つ前に60億の人類を皆殺しにする宝具を携
えたサーヴァントが誕生する。
第七夜 初戦を終えて
307
それは抑止力が動くレベルの災害だ。
ケイネスは聖杯への望みはオマケ程度。聖杯戦争の勝利という名誉が目的だ。
戦争そのものが破綻してしまえば、彼が無理に戦う理由は無い。
ライダーがごねるやも知れないが、聖杯が汚染されていることを知れば容易く諦める
だろう。
言峰綺礼は場合によっては邪魔をするかもしれないが、サーヴァントを含めて勝てな
い相手ではない。
正史に於いても、相性最悪の衛宮切嗣を除けば、第四次最強のマスターはケイネスと
されており、如何に代行者と云えどサーヴァントクラスであるエレインには勝てはしな
い。
そして衛宮切嗣の願いは、仮に聖杯が汚染されて無かろうと叶うことはない。
所詮副産物に過ぎず、過程を飛ばして結果を得る無色の願望器に、人を殺すことでし
か救う手段を知らない衛宮切嗣が世界平和など叶えられる訳がない。
ルーラー、ジャンヌ・ダルクは恐らく、いや確実にエレインの邪魔をするだろう。
絶
対
命
令
権
何せエレインのやり方は聖杯戦争を脱している。ルール違反というレベルではない。
聖杯戦争がその時点で終わってしまうからだ。
懸念はルーラーとしての最大の能力、全てのサーヴァントに対する令呪の保有。
308
それは一度使われればエレインのサーヴァントであるランサーとてどうしようもな
い。
だが、かのフランスの聖女が聖杯の汚染を知れば話は変わる。
汚染されたままの聖杯が七体全てのサーヴァントの魂を用いて完成すれば、絶対悪の
化身が受肉する。
あの聖女はソレを絶対防ぐだろう。
抑止力に所属している疑いのある彼女は、防がざるを得ない。
青
髭
そして聖杯の汚染を除去できるのは、超一流のキャスターのサーヴァントクラスだ
け。
もしキャスターが日記通りのキャスターならば、本格的にエレインをルーラーは排除
する訳にはいかなくなる。
│││││何せ、エレインには聖杯の汚染を除去する手段があるのだから。
問題は、七騎目であろう謎の黒いサーヴァント。
その実力はアーサー王とモードレッドを子供扱い出来るほどの反則級だ。
もし命を複数ストックするヘラクレスのような宝具を持っていたり、超回復の不死性
を有するのならばランサーではほぼ勝てない。
だがソレを言うなら英雄王も同じ。
第七夜 初戦を終えて
309
エレインの場合、何も倒す必要は無い。
そもそも残りのクラスはキャスターのみ。
しかし様子を観るに魔術師とはとてもではないが思えない。イレギュラークラスに
該当するのだろうことが、容易に想像できる。
つまり、キャスターが存在しない可能性が高いのだ。
後はただ、日記に記されていた場面をエレインによって再現することが出来れば、エ
レインはもう戦う必要は無い。
キャスターが居ないこの戦争は、その時点でエレインが聖杯を掴むことが確定する。
だからこそ彼女は、ランサーを召喚したのだから。
しかし現実は小説より奇なり。
やはり状況は彼女の予想を超えて、大体らんすろの所為で別の形で戦争は破綻するの
だが│││││
第七夜 初戦を終えて
ははははは
はははははは
!
はははは
!
闇夜の空を、金の少年は何も無い虚空を悠然と歩いていた。
はは ははは
!
彼は抑止力に望まれ、神と人の間に生まれた存在だ。
英雄王ギルガメッシュ。
││││││││││何だアレは、と。
本当に、冗談に笑ってしまうように嗤う。
!
その足取りは軽い。
﹁│││││は
﹂
!
原初の裁定者は高らかに笑う。
は│││││
!
!
310
生まれながらに人と神の裁定者であり、人と神とを併せ持つが故に遥かに広い視点を
有している。
つまり、人を見極める眼力・洞察力が恐ろしいほどに優れているのだ。
幼年期の姿とてそれは変わらない。
寧ろ、溢れんばかりの傲慢さと慢心が無い今の幼年期こそ、膂力を除けば青年期を上
回っていた。
そのギルガメッシュが、英雄王が計れなかった。
ローブに姿を隠す臆病者の分際で、その蓋を開ければ宇宙の暗黒点のように底無し
だったのだ。
﹂
!
征服王に騎士王。
些事も同然。
だがそんなことよりも、自身の全力をぶつけたい存在が現れたことの喜びに比べれば
理由もこの戦争の裏にある仕組みを仄めかすエレインの言葉で、容易く予想できる。
アレは最後の最期に自分を裏切るだろう、と。
自分のマスターの思惑には、彼は大体想像できていた。
白い
﹁⋮⋮大人のボクに仕事を押し付けられたと思ったら、いやはやどうして│││││面
第七夜 初戦を終えて
311
人 の系譜で輪廻を渡った﹃槍﹄を持つ娘。
アリマタヤのヨセフ
半神の槍兵に、 聖
ソラ
主を求めて啼き続ける哀れな狂犬に、神に殉じた悲しき聖女。
そして宙の体現者。
それが叶うのは、あと少し先のお話。
彼が溢した、ほんの少しの希望。
﹁どうせ戦うなら、今夜みたいに全員が良いだろうね﹂
自らの心躍らせる存在との会合を待ち望みながら。
幼き英雄王は笑う。
﹁彼に聞けば、この感情の名を教えてくれるかも知れないね﹂
彼は初めて沸き上がる未知の感情に戸惑いながらも楽しむ自分に、喜んでいた。
﹁ははッ、この感情は何だろうね﹂
312
◆◆◆
遠坂邸にて、遠坂時臣は椅子にもたれ掛かりながら大きな溜め息を吐く。
﹁│││││⋮⋮フゥ﹂
ギ ル ガ メッ シュ
今回、遠坂陣営の受けた被害はほぼ皆無に等しい。
勿論アーチャーの真名を衆目に晒されたのは予想外だったが、そもそも初戦の時点で
真名が明らかになっていないサーヴァントが残り二騎という事を考えればそこまで問
題視する必要も無いだろう。
真名を知られたからといって、その能力は他を逸脱する最上級を超える超級サーヴァ
だが、アーチャーは最強のサーヴァント。
流石﹃戦姫﹄と言うべきか﹂
﹁よもや触媒の入手ルートから真名を知られるとはな。万全を期したと思っていたが、
第七夜 初戦を終えて
313
ントだ。 しかも真名こそ暴かれたが、アーチャー自身は宝具はおろか戦闘すらしていない為手
の内は全く晒していない。
その点に於いては、同じく戦闘をしていないが戦車という宝具を晒しているライダー
より手の内を隠せただろう。
そして時臣は弟子に指示して、既にアサシンに追跡させている。
うだ。
幸い謎の、恐らくはキャスターと思しきサーヴァントは霊体化せずに帰還しているよ
﹁しかし、せめてマスターが誰なのか確認せねば﹂
遠坂の家訓に従って、冷静に問題を認識できていた。
余裕を以て優雅たれ。
なんとかこの混乱の渦にサーヴァントを投入したマスターの神経を疑うに留まった。
勿論、最上級のサーヴァントを彼方に投げ飛ばしたのは驚嘆したし絶句したものの、
石に三度目故かソレ自体にそこまで驚きはしなかった。
その様子を観ていたアサシンと言峰綺礼。そして彼から状況を聞いていた時臣は、流
ラスのアヴェンジャーを軽くあしらった、あのサーヴァントは問題だな﹂
﹁しかし⋮⋮ステータスのみならギルガメッシュを超えるあのセイバーとエクストラク
314
黒のサーヴァントが一体何者かはまだ分からないが、少なくとも拠点は確認しなけれ
ば。
桐だろうな﹂
﹁あれほどのサーヴァント、触媒無しに召喚するなどは不可能だ。だとすれば、恐らく間
そうなれば、所詮落伍者、と見下していた考えを改めなければならないだろう。
だが、外来の魔術師という可能性も見落としてはならない。
なのであくまで拠点の捜索のみ。
アサシンは後々に必ず必要になる。
時臣はそう確信していた。
己の弟子にも、決して深追いさせず必要なら令呪で帰還させるよう伝えてある。
大丈夫、問題ない。
召喚したアサシンは、暗殺者とは思えないほどの幸運値に、ランサーに並ぶ敏捷値を
持っている。
仮にバレたとて、逃げに徹すれば逃れるのは容易だろう。
│││││だが、そんな彼は遠坂時臣。
致命的な場面に必ずやってしまう、家系譲りのモノがある。
﹃│││││師│││││⋮⋮師よ││﹄
第七夜 初戦を終えて
315
別に使い魔でよかっただろうに、大丈夫だろうと楽観視して態々保険としていたアサ
﹄
シンを向かわせてしまった。
﹂
﹃│││││時臣師
﹁はッ
﹃師よ、至急報告が﹄
﹁あ、あぁ⋮⋮済まない。何かあったのかな
?
遠坂時臣は、思わず椅子から転げ落ちた。
﹃キャスターを追跡中のアサシンが、消滅しました﹄
﹂
思考に没頭していたのか、時臣は弟子の声に漸く現実に戻ってくる。
!?
!
316
個々の戦闘能力こそ低いが、その性能は創造神曰く﹃反則ギリギリ﹄。
ウロブッチー
その宝具は、多重人格が原典となった人格分割による複数個体化。
霊。
正史に於いては﹃百の貌のハサン﹄を異名を取った、山の翁の一人である暗殺者の英
言峰綺礼のサーヴァント、アサシン。
│││││我愛羅。
たとえそれが〝悪〟だと分かっていても。人は孤独には勝てない│││││
⋮⋮。
│││││苦しみや悲しみ⋮⋮喜びも、他の誰かと分かち合うことができるのだと
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
317
318
哀れにもマスターである言峰綺礼が、当初聖杯を得ようとしなかった為、文字通り蹂
躙され最初の脱落者となった暗殺者達。
だがこの宇宙では、正史とは違う出来事が起きていた。
湖の騎士が根源に到達し、世界の外側へ堕ちていった事。
湖の騎士に影響を受けた者が、それによって転生し超一流の魔術師として第四次聖杯
戦争に参加した事。
ソレを知った遠坂時臣がアサシンにも聖遺物を求めた事。
〝令呪を無効化する宝具〟という万が一を考え、ギルガメッシュに対しての保険を欲
した事。
それによって│││││、アサシンとして彼女は召喚された。
彼女の真名は﹃静謐のハサン﹄。
褐色の肌を覆う黒衣は体にぴったりと張り付いており、美しく均整の取れた肉体のラ
インをありありと見せている。
ザ バー ニー ヤ
しかしそれらは暗殺のために身に付けたものであり、彼女の能力は肉体そのもの。
│││││﹃妄想毒身﹄
爪、肌、体液、吐息さえも猛毒の塊という〝死〟で構成されており、彼女の全身こそ
が宝具。
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
319
その毒性は強靭な幻想種ですら殺し、特に粘膜の毒はなお強力。
人間の魔術師であればどれほどの護符や魔術があろうと接吻だけで死亡し、英霊で
あっても二度も接吻を受ければ同じ末路になる。
それは例え英雄王とて例外ではない。
複数の令呪でギルガメッシュを縛り、そして令呪の補助で強化された彼女の毒が有れ
ば、英雄王の首すらその毒牙に喰い千切られるだろう。
だというのに、そんな采配をした遠坂時臣が何を間違えたかと言うと、迂闊にも全て
が狂った元凶へ彼女を向かわせてしまった事に他ならない│││││
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
﹁カハッ│││││﹂
衝撃と共に肺の中の空気が吐き出され、声が漏れる。
そうして漸く、彼女│││││アサシンは自分が組伏せられている事に気が付いた。
目を疑うもの。
そんな彼女の目に映った光景は、たった今歩いていた場所から消えたという、自分の
﹁︵そう、目標が突然姿を消して│││││︶﹂
気配遮断も相俟って、見付けられるなどという不覚は取らない筈だった。
何よりの彼女の敏捷ランクはランサーと同等のA+。
なく追跡出来た。
幸い標的は霊体化せず、充分追跡できる速度で動いていた為、それなりの距離を問題
深追いはせず、しかし拠点が何処なのかを確認するために。
ルーラーを含めれば八体目のサーヴァントの追跡をしていた。
マ ス タ ー で あ る 言 峰 綺 礼 の、ひ い て は そ の 師 で あ る 遠 坂 時 臣 の 命 令 で 正 体 不 明 の、
﹁︵そう、あの謎のサーヴァントの追跡を⋮⋮︶﹂
思考を定める為に、何より何故こんな状態に陥ったかを確かめる為に記憶を辿る。
視界はぼやけ、意識が混濁する。
﹁︵な│││││何、が︶﹂
320
そして同時に背中への衝撃。
そう、背後から斬られた、という紛れもない感覚。
用心して数百メートル以上離れていたというのに、一瞬で背後を取られたという驚愕
が彼女を支配した。
︶﹂
だが斬られた感覚は確りした筈なのに、血の流れる痛みは感じられない。
しかし、自身にとって致命的な事に気が付いた。
ソレは、言峰綺礼との魔力ライン。
魔力供給はおろか、ラインすら感じられない。
!!?
︶﹂
?
﹂
?
ソコで、アサシンの思考が完全に凍り付いた。
﹁は│││││
そして標的らしき存在が、自身を押さえ込んでいる。触れている。
﹁︵組伏せ、られている⋮⋮
彼女にとってあり得ない光景を。
た。
目標である謎のサーヴァントに対しての恐怖が、しかし彼女の霞む視界を取り戻させ
アサシンの背中に怖気が走る。
﹁︵まさか、マスターとのラインだけを斬った│││││
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
321
﹁アサシン、だな﹂
口元しか見えないローブから、問いが投げ掛けられる。
声色に、毒による影響は見られない。
まるで、アサシンの毒そのものが全く効かないかのような│││││
︶﹂
触れただけで他者を毒殺する彼女が聖杯に捧げる願い。
│││││自分に触れても死なず、微笑みを浮かべてくれる誰か│││││。
そしてアサシンたる彼女の願いは一つ。
其々多様な理由で世界へ現界する。
赤雷の狂犬は│││││。
征服王は今度こそ世界の踏破する己の肉体を求めて。
英雄王は自身の財を護る為。
蒼き猛犬は未だ見ぬ強者との死闘を味わう為。
騎士王は喪った騎士との暖かな日々を求めて。
│││││サーヴァントは何等かの理由で、聖杯の召喚を受け入れる。
するが如き衝撃をアサシンに与えた。
その事実と、地面に縛り付けられている手袋越しに伝わってくる体温が、天地が逆転
﹁︵││││││││││ッッッ
!!!?
322
だというのに、その肉体にこうも容易く触れて。
死なず、倒れず、それどころか苦悶の様子すら見えない、美しい瞳だけがフードで隠
された貌から覗ける男。
朱き月光を切り裂き、世界の外側で幾千幾万もの幻想を喰らい尽くした求道の第六
法。
暗殺者の女は震え、確信した。
目の前の、暗闇を切り裂く一振りの刃の様な男こそ。
とを│││││。
そして聖杯がアサシンを死亡したと判断したことで、言峰綺礼の令呪すらが消えたこ
彼がマスターとのラインだけではなく、聖杯との繋がりすら断ち切ったこと。
│││││アサシンは知らない。
己が真に縋れる、唯一の存在なのだと。
﹁あぁ│││││﹂
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
323
◆◆◆
杖を突き、蹌踉めきながら玄関に立っている間桐雁夜は混乱していた。
聖杯戦争を、正確には桜の後ろ楯となり、雁夜の身体を治せる魔術師を探しに行った
﹂
ランスロットが、アサシンと思しき少女をおんぶして帰ってきたのだ。
﹁お前何しに行ったんだ
﹃あ、そうだ雁夜。令呪くれない この娘今魔力供給受けてないから消えそうなんよ。
﹁聖杯戦争だ、決まっているだろう﹂
?
324
単独行動スキルを持っているアーチャーでもないアサシンは、成る程マスターからの
ている髑髏仮面の少女は、何か希薄であることが見て取れた。
ふざけた事を抜かしてる馬鹿の言を信じるならば、ぐったりと、しかし幸せそうに寝
令呪あったら御三家以外でもナニしなくてもライン繋げるっぽいし﹄
?
魔力供給が無ければその日の内に消えてしまう。
しかも雁夜とランスロットは知らないことだが、彼女は大聖杯のバックアップすら受
けていない。
﹂
この男、自分でやっておいて完全に理解していないのだ。
﹁何で消えかけなんだ。マスターを殺したのか
ランスロットは﹁ハサンズの中にこんなキャラ立ちする娘居たっけ
た。
﹂と疑問に思い
流石にランスロットも、元々虚覚えの知識も磨耗したのか彼女の事は覚えていなかっ
ながら、聖杯戦争の真実と最終的に自害させられる事を教え、彼女を自陣に勧誘した。
?
るから可哀想じゃないの﹄
﹃アサシンって事はキレイキレイのサーヴァントだから、最期は自害せよランサーされ
﹁彼女のラインだけを斬った。念話されても都合が悪いしな﹂
?
﹁なんつーモン拾って帰ってんだお前はッッ
﹂
﹃ON│OFF制御出来ねぇのかね 濃縮したり圧縮したりと。ワンピースやトリコ
!!!?
﹁それと、どうやら彼女の全身が毒のようでな。触れると簡単に死ぬから気を付けろ﹂
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
325
当のアサシンは異常にランスロットに対して従順で、聖杯に捧げる願いも﹁今はない﹂
的な毒人間みたいに出来たら夢が広がリング。グルメ細胞は見付からんかったし﹄
?
と答え、寧ろランスロットのサーヴァントになることに涙すらした程だ。
彼女はランスロットと共に居られるだけで、願いは叶い続けるのだから。
﹂
?
﹂
!?
﹂
!?
﹁此方だ﹂
﹁なッッ
瞬間、刻まれた令呪が消え去った。
令呪の上に降り立つ。
ニッコリ、とランスロットの願いを快諾し、杖で身体を支えている手の甲│││││
﹁うおっ
﹃│││││♪﹄
﹁ハーレクイン、雁夜の令呪を俺に置換してくれるか﹂
﹁は
ンスロットの肩に乗る。
正確には、正しく現代の妖精のイメージ通りの、美しい蝶の様な翼を携えた小人が、ラ
スルッ、とランスロットの影から小さな光球が現れた。
﹁問題ない│││││ 妖 精﹂
ハーレクイン
﹁令呪を渡すッたって、俺にはどうしたら良いか解んないぞ。どうするつもりだ﹂
﹁急を要する。直ぐ様令呪を貰いたいのだが﹂
326
フラッシュ・エア
驚愕する雁夜を尻目に、ランスロットが自分の右手の甲を見せる。
其処には、雁夜の令呪が確かに刻まれていた。
﹁ハーレクインはピクシーだ。チェンジリングの応用でな、要は置換魔術の真似事だ﹂
﹃等価交換ガン無視の、何処ぞのエインズワースが見たら発狂するヤツだがなー。まぁ
幻想種にしてみれば、魔法の真似事も専門分野ならこの通り﹄
ピクシーはイングランドのコーンウォールなど南西部諸州の民間伝承に登場する妖
精である。
洗礼を受けずに死んだ子供の魂が化身した存在だといわれており、直接人目につく場
所には出て来ないが、人間と様々な点で共生関係にある存在。
故に自身に恵みを与えた者には正しく報いるという。
ハーレクインと名付けられた小さな妖精は、かつて世界の外側で、他の幻想種に殺さ
れかけた際ランスロットに助けられたパティーンの幻想種の一体である。
﹁⋮⋮前も思ったが、どうなってんだお前の影﹂
でいった。
妖 精はランスロット達に手を振ると、再び光となってランスロットの影に飛び込ん
ハーレクイン
だからな﹂
﹁あー⋮⋮。俺は良く解らんが、上手くいったのなら良い。どのみちソレはもう用済み
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
327
﹃四次元ポケッツ
てか、そっちは問題あったか
﹄
?
だから、ランスロットは護衛をつけた。
では、防衛以前に寿命が尽きるだろう。
体内の刻印蟲こそ消したが、それ故に半人前極まりない技量と魔術回路を持った雁夜
そのものであった間桐臓硯は地獄の底で炙られ続けており不在。
遠阪邸の様に、魔術工房として侵入者を排する機能を持つのが一般的であるが、間桐
というリスクを抱えている。
御三家は外来の参加者と違って様々なメリットを持つが、同時に拠点が判明している
現在、間桐邸は結界こそ残っているものの、ソレを剥がせば丸裸同然。
?
フ
灰色の体毛に被われた、狼と言うには巨大な体躯。
﹁がう﹂
﹁ご苦労、灰狼﹂
シ
して出迎えに来た護衛役が居た。
雁夜は冷や汗をかきながらチラリと屋敷内に目を向けると、其処には主の帰還を察知
のお蔭で﹂
﹁問題ない。ていうか、サーヴァントでない限り問題なんか起きないさ│││││アレ
328
ハーレクインと同じく、世界の外側でランスロットに助けられ自ら刃に斬られる事
で、彼の宇宙を望んだ幻想種。
ランスロットに撫でられているシフと名付けられた彼女は、ランスロット不在の間桐
邸を護る守護者だ。
﹃シフを見付けた時は、フロムの悪意の存在の有無を真っ先に探しました﹄
◆◆◆
このあとメチャメチャ再契約した。
﹁お前は何をいっているんだ﹂
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
329
夜が明け、聖杯戦争二日目が始まった最中。
ランスロットと桜は冬木の街を歩いていた。
桜は小さくなったシフを目で追いながら散歩をしている。
先日の桜は、正に心此処に在らず。
桜の心的外傷は深く、しかし自然の体現と言える幻想種と昨晩常に一緒に居たため
か、ランスロットとシフにはある程度心を開き掛けていた。
シフが先頭を進み、ソレを桜が追い掛け、ランスロットが傍で見守る。
そんな状態が続いていた。
桜には昨日に全てを話してある。
遠坂時臣が何を以て間桐家に桜を養子にしたのか。
何故、間桐雁夜が間桐家に戻ってきたのか。
間桐臓硯が何をし、これからしようとしたのか。
そして今何が起こっているのか。
彼女の身の上の話は全て話した。
れなかった。
彼女はソレを無言で聞き、ただ一言漏らした後はシフとランスロットに縋り付いて離
﹃私は、捨てられた訳じゃないんだ│││││﹄
330
散歩という手段も、事情が事情な為に簡単に医者に桜を見せる訳にはいかないが故の
応急処置。
蟲
に
よ
る
凌
辱
虐待│││││と説明するには事情ややこし過ぎる。それにそうなれば司法の手が
必然的に伸びてしまい、かといって拷問とも言える魔術的改造処置などと、内容をその
まま話すという選択肢も論外だ。
処
女
厨
そういう意味では、優秀な魔術師の存在は不可欠であると、雁夜に再認識させること
になった。
│││││いっそ、あの一角獣の角を圧し折って使うか
そんな不信感も、ユニコーンの角の使用を躊躇わせた。
しな。
││││││││││純粋に、死にかけの人間相手にあの淫獣の力を使うのも不安だ
にソレを強行するには早いと考えた。
よって怒り狂った状態か戦場で重傷を負ったのなら兎も角、普段のランスロットは流石
だが、かつて世界の外側でのユニコーンとの遭遇のように、浴びせられた罵詈雑言に
一度使ってしまえばもう一度使うのに時間が掛かる方法も、あるにはある。
?
最終的に行き着いた公園で、ランスロットは桜がシフを追い掛ける姿を見守りながら
﹁⋮⋮﹂ 第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
331
332
昨夜見たサーヴァントと魔術師のメンバーを思い出す。
│││││何でやねん。
に通販王のチャリオッツに乗っている姿。
ランサーはシャインフェイスではなく狗兄貴で、マスターはエレイン姫らしき女性。
ケイネスとウェイバーが、仲良さげ
雁夜にはあった方が良いと言われたのだが、残念な事にこの残念な英雄、自己評価が
勿論、ランスロットを責める者は居ないのだが。
│││││敵前逃亡かました俺へのイジメか。
を、ランスロットは間違っていなかったのではないかと思い返す。
遠目から見えたモードレッドの魔力放出を見て、嫌な予感がして帰ろうとした選択
インとの会合を望んでいた。
ランスロットはまだ直接会話していないため決めかねてはいるものの、それ故にエレ
も保護者として相応しいのではないか。
後ろ盾役としても、ケイネスより同じ女性であるエレインの方が桜に対する精神的に
エレインについても転生だったり記憶の引き継ぎだったりと幾らでも想像できる。
唯一の救いは、なんか悲壮感漂わせてる相変わらずストレスマッハな我が王。
るモードレッドの激おこプンプン丸だし。
そしてAUOが子ギルとなって此方をガン見していたのに加え、ダメ押しの妹分であ
?
カスな上にアホである。
会ってボロカス言われるのが怖かったりする。
問題は妹分モードレッド。
どうやら自分が去った後の親子間の関係は悪い意味で白熱していた。
昨夜のランスロットの乱入は、二人が宝具の真名解放寸前であったればこそ。
﹁というより、随分身内が多いな⋮⋮﹂
│ │ │ │ │ │ │ │ │ ア ル ト リ ア 一 人 な ら、カ イ シ ャ ク さ れ る だ け で 済 ん だ も の を
⋮⋮。
今思い返せば、ランスロットがこの街にやって来てぶつかった少女も、嘗ての知己に
良く似ていた。
聖
杯
く
ん
まだ見ぬキャスターが同郷だった場合、八つ当たりで大聖杯を問答無用で破壊しに
行ったであろう。
││││││││メンドクセェから、明日の深夜辺りにアンリ・マユ叩っ斬ってやろ
うか。
﹂
﹂
そんな風に思い耽っていると、シフと桜がランスロットの服の裾を引っ張っていた。
﹁ん
?
﹁どうした
?
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
333
﹁人が倒れてる﹂
どうやら行き倒れらしい。
﹁ワォン﹂
だが、現代日本で行き倒れなどあり得るだろうか。
雁夜やホームレスでもあるまいに。
そんな疑問を抱きながら、シフと桜の案内に従う。
其処には、長い金髪を三つ編みにした安物の冬服を着たこれまた美少女が、倒れ伏し
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮大丈夫か﹂
ていた。
内
社
長
﹂という戯れ言が怨念となり
問題は、ランスロットにはその少女に頗る覚えがあったということ。
武
この世界の最高神の、
﹁ジャンヌは女子高生がよくない
﹂
紆余曲折、奇しくも誕生した神風魔法少女。
﹁立てるか
﹁│││││あ、あの⋮⋮すみません。お腹が空いて、一歩も動けません⋮⋮﹂
?
?
334
第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪
335
裁定者のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクが、空腹のあまり行き倒れていた││││
│。
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 ﹁⋮⋮分かりました﹂
任もない。何、疲れただろう。奥で休んできなさい﹂
﹁そう言うな。アサシンを偵察に向かわせたのは時臣君の采配。綺礼、お前には何の責
﹁いえ、自分は何も出来ずに終わった無能もいいところ﹂
何より、彼は遠坂時臣の協力者だ。
八十の高齢ながら、その肉体を包む筋肉は彼の苛烈な修行を垣間見せる。
れた第八秘蹟の司祭。
若き日に第三次を経験し、今回の第四次聖杯戦争の監督役として聖堂教会から派遣さ
一人は言峰璃正。
その聖堂内部に二人の人間が居た。
冬木市の新都、その町の外れの集合墓地付近に存在する冬木教会。
とはな、綺礼﹂
﹁受諾した。これより教会が君の安全を保証しよう│││││まさかこんなことになる
﹁サーヴァントを喪ったマスターとして、教会の保護を受けます﹂
336
もう一人の名は言峰綺礼。
璃正の実の息子であり、元は聖堂教会の異端討伐の代行者まで務めた戦士。
此度の聖杯戦争で令呪を得てしまったが故に、時臣の弟子として魔術協会へ異動。
その後師弟の袂を別った様に装い、アサシンのマスターとして遠坂へ協力していた。
だが、その腕にマスターの証したる令呪の姿はない。
アサシンが謎のサーヴァントを追跡中、視覚の同期を行っていた綺礼の眼には、謎の
サーヴァントが一瞬で消え失せた様にしか見えなかった。
その瞬間、アサシンとのライン諸共サーヴァントとの繋がり、果ては令呪までもが消
え去った。
使用してもいない令呪の消失。
それはサーヴァントの消滅に他ならない。
故に敗退したマスターとして、教会の保護を受けるべくやって来たのだ。
これで良いのか
﹁これで⋮⋮﹂
言峰綺礼は自問する。
?
与えられた、しかし綺礼の私物が溢れた部屋のソファーに座り込む。
﹁⋮⋮﹂
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 337
此処へ来たのは必定だった。
遠坂時臣の指示でもあり、そして気遣いでもあったことも判る、
他のマスターは自分の事も調べているだろう。
特に綺礼が執心のあの男ならば間違いなく。
もしサーヴァントを喪った状態で遭遇すれば、マスターとして間違いなく襲ってくる
だろう。
敵がマスター単体なら兎も角、サーヴァントと共に襲われれば流石の綺礼も一溜まり
もない。
故に言峰綺礼が教会へ保護されたのは最適解であると。
外出が許されない教会に居る。
しかし接触することなく脱落。
そう思って聖杯戦争に参加した。
問えば解ると、問わねばならないと。
つ男。
彼と同じ破綻した行動原理の経歴を持つ、言峰綺礼の望む〝答え〟を得た可能性を持
父にも時臣にも告げていない、綺礼の聖杯戦争に臨んだ理由。
﹁衛宮、切嗣│││││⋮⋮﹂
338
﹁│││││汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん﹂
沈黙を破ったのは綺礼でも璃正でもない、金髪紅眼の幼き英雄王だった。
どうやら、己がマスターの元には帰らなかった様だ。
﹃単独行動﹄。
遠坂時臣が要塞としている遠坂邸に引き籠もりながらマスターとして戦えているの
は、偏にこのクラス別スキルが有ってのこと。
それが最高のAランクであるギルガメッシュが必要としているのは、宝具の使用の際
の魔力のみ。
更に時臣はアーチャーに対して臣下として礼をとっている。
縛ることなど出来はしない。
時臣の元へ帰らず綺礼の元へ訪れるのも、ギルガメッシュの勝手だった。
一度だけ、召喚時立ち会った時だけだが綺礼は成年時のアーチャー、ギルガメッシュ
﹁ほとほと成年時とは人が違うな、ギルガメッシュ﹂
﹁民の言葉を受け止めるのも王の仕事だよ﹂
くが、その言葉を教会で口にするなアーチャー﹂
﹁﹃法の書﹄か⋮⋮かの英雄王が、その様な魔術師の言を口にするとはな。一応言ってお
﹁なかなかに面白い考えを持った人間だね。このアレイスターという男は﹂
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 339
と会っている。
傲岸不遜、唯我独尊。
こと傲慢がアレほど似合う存在を綺礼は見たことがなかった。
それがどうだ。
若返りの霊薬を飲んだと思えば、別人の如く様変わりしている。
﹁僕があの人の事を知っていたなら、間違いなく成長を止めてたよ﹂
思い出すのも不満なのか、不機嫌そうに唇を尖らせる。
幼少期は名君と謳われ世界を治め、青年期は暴君として国を滅ぼした。
国という概念、人に善悪の軛を敷いた偉大なる世界王。
如何に代行者といえど、本来一神父が対峙できる存在ではない。
﹁そういうキミは、随分と消化不良のような顔をしている﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁聖杯なんて願望機より、僕にはそちらの方が肝要だ﹂
図星だった。
どうやらこの小さき英雄王には隠し事が出来ないらしい。
﹁衛宮切嗣⋮⋮キミは余程その男に御執心の様だ。このままで良いのかな
キミが君
の本質を知る良い機会だと考えたからこそ、こんなくだらない争いに興じたんじゃない
?
340
のかい
﹂
﹂
?
﹂
?
輝かせる。
アーチャーは綺礼と対面するようにソファーに座り、覗き込むようにその真紅の瞳を
れはキミに対して不実が過ぎるだろう
﹁それが君の欲している答えかは解らないが、君の本質を教えるのは簡単だ。しかし、そ
﹁⋮⋮ギルガメッシュ、お前は私の答えを知っているか
綺礼は聞かんとしていた問いを、黄金の英霊に対して口にする。
人の本質を容易く見抜くその瞳は、一体何を映しているのだろうか。
この英霊に対して湧き上がる不気味さを感じるのは何度目だろうか。 ﹁何を⋮⋮馬鹿な﹂
?
い││││││││││││││││。
聖杯戦争の最後に与えられる言葉を、この小さな王は既に用意していたのかもしれな
﹃│││││外道でも外道なりに生きられる﹄
善でも悪でも、世界はキミを許容する﹂
﹁キミ自身が手に入れ、学ばなければ意味はない。そして安心するといい。その答えが
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 341
342
第九夜 薄い本的展開阻止系男子
ルーラー、ジャンヌ・ダルク。
彼女は大聖杯によって召喚されたイレギュラーサーヴァント。
その異例さは、召喚形式にも及ぶ。
彼女は、生きた人間を触媒に﹃憑依﹄という形で召喚された。
故に彼女はサーヴァントでありながら、マスターを兼任する。
勿論肉体本来の持ち主│││││レティシア本人の人格はジャンヌ・ダルクとの共存
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 343
に納得済みであり、両者の関係は良好である。
さて、今回そんな彼女達が行き倒れた理由を述べよう。
ジャンヌ・ダルクことルーラーがレティシアに憑依した場所は、フランス。
レティシアがフランス人なので当たり前である。
しかしレティシアは学生だ。
聖杯戦争に参加するため、日本に彼女は赴かねばならない。
それ故に、旅費が掛かった。
尤も、それについては彼女が持つスキル﹃啓示﹄によって、聖堂教会関連の教会に辿
り着き、更にスキル﹃聖人﹄によって選択したスキル﹃聖骸布作成﹄により、彼女の事
情を信じさせ聖堂教会の人間から旅費は得ていた。
冬木到着後は、派遣されている監督役と連携しながら聖杯戦争を管理していく予定で
あった。
しかし冬木に到着した途端、彼女の﹃啓示﹄が反応した。
スキル﹃啓示﹄は、戦闘に於ける第六感の﹃直感﹄とは違い、目標達成に関する事象
全てに適応される。
そのスキルが、遠坂と組んでいる教会に行かせなかったのだ。
彼女は見事教会に取り込まれるのを回避したのだが、問題は生活費。
レティシア
ルーラーはマスターの肉体に憑依している為、マスターを護る必要が無い代わりに
彼 女の肉体を維持する必要がある。
即ち本来サーヴァントに不要な食事の必要がある。
旅費の残りもやがて尽き、燃費の激しいサーヴァントを抱える彼女達は容易に倒れ
た。
空腹で。
そんな彼女を、他の聖杯戦争陣営ではなくランスロット達が見付けたのは僥倖だっ
た。
彼女は、ランスロットが縮地まで使って近場のバーガーショップで山のように食品を
買い、ルーラーに与えたソレを残らず平らげ、近くの公園で一息つける。
金
霊
食事代の出所は勿論間桐であるのだが、幸いにもランスロットの取り込んだ幻想種の
中に金を生み出す精霊が存在する為、金の価格が激変しない限りランスロットが金銭面
で困ることはないだろう。
それを見過ごすのは、ランスロットの持つ人道に反していた。
﹁そうならず何よりだ﹂
るなら木の根を齧ってもいいとすら思えてきていました﹂
﹁感謝します。まさか、空腹がこれほど辛いとは思いませんでした。そろそろ、食べられ
344
﹁私は⋮⋮レティシアと言います。食事の件、本当にありがとうございました﹂
﹁ランスロだ。あの子は間桐桜﹂
ベンチに座るルーラーとランスロットから少し離れた場所で、無表情ながら子狼と戯
﹁間桐│││││ッ﹂
れる桜。
彼女の御三家の一角の名に、ルーラーの顔色が変わる。
そんなルーラーに対して、ランスロットは目を細め│││││
のことも調べていたのか
﹂
﹂
彼女にとって見当外れの返答をした。
﹁⋮⋮⋮⋮はい
?
﹁︵⋮⋮本当に居候
・・・・・・・
・・・・・・
それに、彼の手に令呪は見当たらない。少なくとも聖杯戦争関係
?
杯戦争関係者か当事者と思ったからだ。
啓示が反応した桜と共に居たから、てっきりランスロットも魔術関係者、若しくは聖
を見ている﹂
﹁俺は居候でな。雁夜│││彼女の保護者の友人が病で動けない代わりに、彼女の面倒
?
?
﹁⋮⋮失礼ですが、貴方と彼女の関係は
﹂
﹁間桐の名前で反応したか。見たところ留学生だろうと思っていたが、この地の資産家
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 345
︶﹂
者ではない
一般人
この時期に野良の魔術師がこの街に居るとは思えない││││本当に
?
判断してしまった。
故に、ルーラーは目の前の男は無関係な一般人だと判断した。
しかし啓示は反応しない。
?
﹁この後
﹂
﹁泊まる所、頼れる宛は有るのか
?
﹂
﹂
?
?
﹁君は、この後どうするつもりだ
その後事故に遭い、彼の友人と出会ったのだと。
どうやら彼も元はフランス生まれで、旅をしている時に就職。
その後は他愛もない会話をした。
聖杯戦争に臨む理由も、その病が関連しているとも。
十中八九その友人がマスターなのだと判断した。
雁夜という名には、キッチリ啓示が反応する。
﹁そうなん、ですか﹂
﹁ただの医者では何ともならないらしくてな。今俺が伝を当たっている﹂
﹁病⋮⋮ですか﹂
346
﹁⋮⋮⋮⋮えっと﹂
これにはルーラーも沈黙した。
そんな所があるのなら行き倒れてはいない。
故にランスロットへの返答には沈黙しかなかった。
﹂
彼はその様子を見て大きく溜め息を吐き、懐から万札を二十枚ほど取り出して、ルー
ラーに押し付けた。
﹁なっ⋮⋮受け取れません
ズドンッッッ
﹁喧しい﹂
と、轟音がルーラーの額から、ランスロットのデコピンによって響
!
の加減が絶妙だったのか。
ルーラーがそのサーヴァントとしての能力を総動員したのか、それともランスロット
く。
!!!!!
⋮ッ
﹂
幸い悶える時間は少なかった。
!?
!!?
﹁うっ⋮⋮
﹂
野宿しようとするのを見逃せと
!
﹂
﹁同郷の誼みだ。その金でホテルに泊まれ。それとも、まさか俺に年頃の娘が無謀にも
﹁ッ
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 347
?
ジャンヌではなくレティシアの人格が表に出るほどの衝撃であったが、ランスロット
の有無を言わさない眼光で黙らせる。
ランスロットのオカンマインドが発動した。
ニュースで連続殺人犯が捕まったと報道していたが、それでも冬のこの時期に年頃
の、しかも彼女の様な美少女が野宿など正気の沙汰ではない。
居候の身でそれは出来んのでな﹂
?
!
﹁うん﹂
﹁ワウッ
﹂
﹁いつかな│││││シフ、桜。そろそろ行くぞ﹂
﹁⋮⋮っ、本当にありがとうございます。この恩、必ず御返ししますから
﹂
故に、ルーラーはランスロットの施しを受けないわけにはいかなかった。
般人だと判断した人間に言うわけにもいかない。
勿論サーヴァントであるルーラーが不届き者にどうこうされる訳は無いが、それを一
﹁だったら次俺が困ったら助けてくれ﹂
﹁それでも、普通ここまでしませんよ
﹂
﹁大人として当然の事をしたまでだ。出来れば俺自身が面倒を見るのが一番だが、生憎
﹁⋮⋮お人好しなんですね﹂
348
!
桜達を呼び掛けてその場を去っていくランスロットに、ルーラーは見えなくなるまで
感謝の祈りを捧げ続けた。
尤も、そんなルーラーに背を向けて歩く男の心の声を、血を与えられたからこそ知る
ことが出来る桜達は聴いていたが。
よ
﹂
どうせ雁夜の金だしなッ
!!!
◆◆◆
近い内に、戦場で対峙するとも知らずに。
?
﹄
﹃│││││JKが野宿なんかして、薄い本が厚くなる展開お兄さん許しませんのこと
﹁薄い本
﹂
?
!
﹁わふ
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 349
そして日は沈み、戦いの夜がやって来る。
冬木の街郊外の森の奥に聳え立つ、セイバー陣営の拠点アインツベルン城。
其処に向かう、これまた美男美女が一組。
しかし二人には異性のソレを感じられず、戦友のソレに近かった。
記
その内の一人の銀髪の美女│││││エレインは、懐から取り出した骨董品のような
日
羊皮紙の束を本にした様な物を、愛おしげに開く。
開き直った女は、ある種無敵だ。
かうも、エレインは堂々と言い返す。
青い髪に青い装束、赤い瞳に赤い槍を持った男│││││ランサーがニヤニヤとから
﹁言い切りやがったなテメェ﹂
﹁何、彼が直に触れて居たと思うとな。要は妄想しているだけだ﹂
﹁アンタ、何時も暇さえあれば読んでるな、その概念武装。﹂
350
ツラ
﹁︵ったく、女の顔しやがって︶﹂
いい女をこんなツラにしてやがんだ。責任取らせねぇと
しかしそんな彼女に、ランサーはこれまた嬉しそうに、この戦争への戦意をたぎらせ
る。
︶
︵湖の騎士⋮⋮だったか
気が済まねぇぞ
?
でいく。
?
その槍を持ったエレインは、大英雄クー・フーリンと渡り合う程。
﹁了解。まぁソレ使えば、アンタに勝てるのは英霊の中でも限られるだろうな﹂
﹁セイバーは任せた。私は大馬鹿者の相手をする﹂
そして前世に於ける聖杯探索の唯一の成果。
彼女の切り札。
虚空の中から取り出したのは、聖骸布が巻かれた一本の槍。
﹁当然だ。勝てないと思わせなければ意味はないだろう
﹂
エレインは徐に虚空へ手を伸ばし、当たり前と言わんばかりに出現した孔に突っ込ん
﹁そうか⋮⋮なら、手筈通りに﹂
﹁ハァ⋮⋮そろそろ準備出来たぞ﹂
?
﹁使うのかよ、ソレ﹂
第九夜 薄い本的展開阻止系男子 351
六百六十六の命と因子を持つ獣の巣をただの一撃で屠ったソレを、魔術師とはいえ人
間相手に振るう。
準備は万全、後は実行に移すのみ。
﹂
!?
﹁さぁ│││││詰みと征くぞ、アインツベルン﹂
それは決して慢心などではなく、二人の余裕を現していた。
戦場を前にして喧騒は絶えず。
勿論ホットドッグに犬肉は使われていない。
﹁ちょっ
﹁喧しい、私はランスロット専用だ。ホットドッグ喰わすぞ﹂
﹁ハッ、抜かせ生娘﹂
﹁演出には全力を尽くす。故にランサー、事を成す前に負けてくれるなよ
・・
﹂
吸血鬼の王すら退けた、あの無敵のランスロットすらこの世界にはもう居ない。
あの、不敗を誇ったブリテンすら滅びた。
り得る事象だ﹄
﹃│││││あり得ない事などあり得ない。人間が想像できる事は、全て現実でも起こ
エレインはかつて己の師であり、恋慕し心奪われた愛しい男の言葉を思い出す
﹁︵⋮⋮だが、戦場では不測の事態は付き物︶﹂
352
?
第 十 夜 ゲ イ ボ ル グ は 今 作 で も 心 臓 に 当 た ら な い 模 様
衛宮切嗣は英雄が嫌いである。
違いさせている。
だが英雄は、その事実を脚色し本来最大限忌避しなければならない戦場の在り方を勘
嘆きと哀しみに満ちた、どうしようもない人の作り上げた地獄の具現。
しかし衛宮切嗣の思想と真逆に、戦場は、戦争は泥沼だ。
被害は最少でなければならない。
悲劇は最短でなければならない。
を落とす。
英雄という灯りに飛び込む蛾の様に、数え切れない若者が戦場に身を投じ、そして命
世界は英雄憚のように綺麗でもない。
英雄とは旗印であり、栄光であり、憧れであり、そして幻想であるからだ。
衛宮切嗣は英雄が嫌いである。
︵ほぼ確定︶
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
353
354
英雄は切嗣のできないことをやってのける。
悲劇を英雄譚に、切嗣が思い続ける大団円を引き寄せる。
人を殺して、後味の悪い結末しか得られない自分と違って。
そんな強烈な羨望と嫉妬と、犠牲になっている人間がいるにも拘らずそれを覆い隠し
続けることに対しての圧倒的な吐き気すら催す嫌悪。
故に世界平和を成就させるだけの道具として喚び出されたサーヴァントは、切嗣に
とって嫌悪の対象でしかなかった。
しかも召喚した名高き騎士王は、彼にとって見れたものではない。
国によって捧げられた生け贄。
民にその責務を押し付けられ、漸く得た理解者も喪い守った騎士達に滅ぼされた。
過去の時間に戻る││││と、騎士王は己の願望についての問いについてそう答えた
らしいが、あの暗い瞳を見る限りそれすら本音か怪しい。
あれは断罪を求める罪人の眼だった。
繰り返す。
衛宮切嗣は英雄が嫌いである。
こんな、親とはぐれたただの子供の様な小娘が、英雄にさせられていること自体が腹
立たしくて仕方がないのだ││││││││
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
355
第二十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様︵ほぼ確定︶
冬木郊外の森奥、アインツベルン城のテラスで、セイバーはアイリスフィールと衛宮
切嗣に己が知る事を語っていた。
エレイン・プレストーン・ユグドミレニア。
その正体がアーサー王伝説に度々登場した女性エレイン││││正確には、聖人ヨセ
フの子孫であるカーボネック城の姫エレインであること。
槍の名手であり、その腕はかの湖の騎士に手解きを受けたものらしいこと。
ペラム
それが記憶を持ち、新たな生を得てマスターとして聖杯戦争に参加していること。
イリヤスフィールは、今回失敗した時にアインツベルンが用意する次回の聖杯の器。
る。
アイリスフィールはあの時の底知れない怖気を思い出し、両腕で自身の体を抱き締め
﹁十中八九調べられているだろうね﹂
性が大きい﹂
﹁イリヤの事を彼女は知っていたわ。それはつまり、切嗣のことも調べあげている可能
分に身に染みている。
それはアイリスフィールの服に仕込んだ盗聴器から聴いた会話からでも、切嗣は十二
の様にすら感じた。
エレインに対して感じた恐怖は、底知れないモノ。底の見えない暗闇を覗き込んだか
そして追加された脅威。
ソレ抜きにしても代行者という戦力。
戦争前に感じた怖気と、言い知れぬ不安感。
先ず言峰綺礼。
衛宮切嗣にとって難敵とは何か。
﹁漁夫王の孫、か﹂
356
即ち彼女はアインツベルンにとって間違いなく最重要機密だ。
それを敵の魔術師が知り得るなどあってはならない。
故に、イリヤスフィールよりも何倍も調べやすい切嗣の経歴も調べ上げられていると
考えるのが妥当である。
﹂
?
││││その最中だった。
切嗣がテーブルの上のPCでアインツベルン城に設置した罠を確認している│││
だがそれは切嗣がこれまでやって来た事をすればいい。
問題はどう当てるか。
切嗣の切り札は、魔術師であれば命中した時点でほぼ確殺可能だ。
高純度であるからだ。
サーヴァントに現代兵器は通用しない。彼等の神秘は現代兵器を寄せ付けない程に
いうなら尚更だ﹂
﹁どんな手段を用いたか知らないが、人間であるならば僕でも殺せる。魔術師であると
サーヴァントならいざ知らず、魔術師相手に引くなど彼女自身が許しはしない。
エレインは魔術師である前に、武人。
﹁いや、逆だ。彼女は必ず僕の戦術に乗ってくる﹂
﹁じゃあ、切嗣の戦術は通じないの
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
357
﹁ッ││││││
﹂
?
﹂
!
ければならない。
故にランサーの侵入は容易く知られ、そうなれば対抗するためにセイバーを投入しな
ソレには結界が張り巡らされており、侵入した者を即座に探知する。
アイツベルンの城を囲む郊外の森。
◆◆◆
方を視ている、蒼い装束を纏った槍兵が映っていた。
身を固めたアイリスフィールが取り出した、水晶体による透視に不敵に笑いながら此
﹁⋮⋮キリツグ、来たわ﹂
﹁アイリ
358
そして衛宮切嗣が罠を張り巡らせた城内に陣取り、聖杯の器であるアイリスフィール
をランサー達とは別方向に逃がすのは道理。
エレインの異質さを理解できる人間が、一体何人居るだろうか。
魂を││││燃やせ。
故に別の、もう一つの奥の手であり、主兵装を振るう。
これは﹃もう一押し﹄の時にのみ使うと決めていた。
しかしまだ、巻かれた聖骸布を解くことは無い。
の一。
﹃彼﹄の槍と混ぜ合わせる事で漸くエレインでも使うことが出来るようになった究極
彼女の切り札。
エレインは手元の﹃槍﹄に眼を向ける。
﹁さて、場所の把握も済んだことだし⋮⋮少し派手にいくか﹂
現代の魔術師が作った結界を、逆に掌握するのも容易い。
べ物にならない力量を持った魔術師だ。
エレインは、神代の時代とまでは言わないものの、それでもこの時代の魔術師とは比
知らせる結界に成り下がる﹂
﹁だが結界といえど、所詮人の編んだ魔術。掌握すれば、逆に私に誰が何処に居るのかを
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
359
少なくとも彼女の知り合いの中では、優れた魔術師でもあるランサーか、今尚幽閉さ
れている世界全てを見通す瞳を持った花の魔術師だけだろう。
掌を掲げ、エレインの魔術回路がうねりを上げる。
星の魔力たるマナを結晶にする要領で収束、圧縮を繰り返し、
!
轟音が切嗣のいる部屋にまで響く。
﹁
﹂
◆◆◆
解き放たれた魔力の奔流が、城壁を粉砕した。
﹁さぁ││││第二幕、開戦の号砲だ﹂
360
仕込んだ場内のクレイモア地雷や銃も根刮ぎ吹き飛ばす程の暴風が城で駆け巡った。
﹁
﹂
﹁どうした
アーサー王や妻を囮に、マスターを討ち取るのだろう
その様ではた
?
切嗣の本領は狩人。
だが、元より切嗣は闘うものでは無い。
正面から突っ込んでも、刹那の間に心臓を穿たれるのは必定だろう。
成る程。確かにセイバーの言った様に、魔術師というよりかは武人だ。
そんな事をしている余裕は一切無く、全霊を以て観察してなお隙がない。
切嗣の返答は無い。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
だの魔術師しか殺せまい﹂
?
サロンが崩壊し下の階に落とされた切嗣を、銀色の戦姫が見下ろす。
!!!
!
ドア付近の空間が、ゴガッ
と魔力砲によって削り取られる。
彼はサロンを出ようとし、ドアノブに手を掛けようとして││││背後に跳んだ。
精密機器はひとたまりもない。
手元のノートパソコンに目を向けるも、仕掛けたカメラを丸ごと吹き飛ばされれば、
﹁⋮⋮チッ﹂
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
361
成る程確かに時には正面から戦うこともあるだろうが、本来は暗殺が基本だ。
時
制
御
二
倍
速
﹄﹂
しかも英霊御墨付きの武人相手に馬鹿正直に正面から戦う様な蛮勇さを、切嗣は持ち
有
合わせてはいない。
固
﹁﹃time alter││││double axel
切嗣が取った戦法は、一時撤退であった。
﹁ぬ﹂
それによって切嗣は己を加速、減速することが可能だ。
で発動を可能とする。
作に応用し、自分の体内の時間経過速度のみを操作する﹂ことで、たった二小節の詠唱
本来儀式が煩雑で大掛かりである魔術であるのだが、﹁固有結界の体内展開を時間操
それを切嗣が戦闘用に応用したものだ。
魔術。
衛宮家の家伝であり、切嗣の父衛宮矩賢が封印指定されるまでに至った﹃時間操作﹄の
││││││固有時制御。
その仕掛けのタネは知っている。
彼は常人からしたら信じられない速度で疾駆し、エレインの視界から消え去った。
﹁⋮⋮まさかあぁも堂々と姿を隠すとはな。それに場所が悪かったか﹂
!
362
・・・・・・・・・・
尤も、体内に固有結界を展開するだけなら兎も角、時間を操作した為に世界の世界足
らんとする修正力によって凄まじい負担が掛かるのだが。
それを見て、エレインの目を細める。
﹁さて、頼むから心臓は壊してくれるなよ
流石に直すのは手間だ﹂
そしてもう一人は、エレインにとって本命。
一人は聖杯戦争の管理者であるルーラー。
そしてエレインは、結界を傍聴して複数の侵入者を知覚した。
衛宮切嗣は己が狩られる側に回っているのに、まだ気が付かない。
﹁まぁ良い。貴様には、万策尽きて貰わねば困る﹂
それだけで、切嗣の居場所をエレインは特定した。
一陣の風が、城内を走る。
にはいるのだな﹂
﹁ふむ、知っていたが││││成る程。﹃混沌﹄然り、似たようなモノを考える者は居る
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
363
?
◆◆◆
やるなセイバー
﹁はははははッッ
その光は、赤と銀の二つ。
イ
ボ
ル
﹂
ク
﹂
彼の宝具││││﹃刺し穿つ死棘の槍﹄は因果の逆転によって、心臓を穿つ必中の魔
ゲ
だがこの勝負、ランサーは初めから勝つ気は無かった。
かった。
倉庫街での戦いでは双方ともに互角の戦いを演じ、ライダーの乱入で勝負はつかな
セイバーとランサーの戦いは既に始まっていた。
赤き魔槍と風に隠された聖剣が音速を超えてぶつかり、火花が散る。
!
!!
今度こそ決着を着けるぞ
﹁ほざけランサー
!
閃光が奔る。
!
364
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
365
槍。
それを逃れるには、因果の逆転を超えるだけの幸運とそれを察知する高ランクの直感
が必要だ。
直感のみなら、このセイバー││││アーサー王は申し分無い。
未来予知にすら届くAランクの直感を持つ彼女は、正史における五度目の戦争におい
てこの槍を凌いだ実績を持つ。
だが、此度の聖杯戦争。この第四次聖杯戦争に限って彼女はランサーの魔槍を躱せな
い。
サーヴァントのステータスはマスターの素養と魔力によって変動する。
その点において、彼女のマスター衛宮切嗣はかなり優秀であり、そして悲しいほどに
運が無かった。
起源から愛した女性を悉く死に至らせた魔術師殺しの不運は、そのサーヴァントであ
るセイバーにも振りかかる。
出来損ないの半人前ですらBランクだった本来A+の幸運は、最低に最も近いDラン
クにまで落ち込んだ。
故に、本来の幸運と聖剣の鞘を持たないこのセイバーは、ランサーの宝具から逃れる
為に令呪でも使わない限り不可能だった。
366
ア
ホ
そしてそれを、ランサーのマスターであるエレインは知っている。
かの湖の騎士が遺した日記。
それは彼が前世の知識を忘れない様にと、彼の有する知識全てを己が血を使って記さ
れた日記。
本来、それを見ることは、間違いなく抑止力が動く程の知識の貯蔵庫。
ア カ シ ア ピー ス ブッ ク
そしてその圧倒的な神秘性と1500年の歳月で概念武装に至り、知識を常に更新す
るにまで至った魔書。
らんすろ日記、相応しい名は│││││﹃高次元の断片書﹄。
エレインは、アカシックレコードにすら上回りかねない世界の知識の山を得ている。
そこには正史と呼ぶべき世界の、第四次聖杯戦争の全てが記されている。
仮にセイバーが宝具を、黄金の聖剣を使おうものならすぐさま全力で回避に徹するだ
ろう。
何より平野なら兎も角、ここは森。
ランサーはセイバーの能力の情報全てを、マスターから得ている。
撃ち合おうなどとは考えず、構えた途端森の中へ姿を消すだろう。
通常時ですらA+の敏捷性は、彼のルーンの強化も合わされば更に一ランク向上す
る。
第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様(ほぼ確定)
367
面攻撃の龍殺しの黄昏の宝剣なら兎も角、直線上への破壊であるアーサー王の聖剣で
は仕留めるのは至難の技だ。
また宝具の件を除いても、セイバーはランサーに勝てないだろう。
ステータスはほぼ互角。
技量はランサーが僅かに上で、しかしセイバーのその直感が彼女をランサーと互角せ
しめた。
しかしランサーのサーヴァント、クー・フーリンは生還にこそ優れたサーヴァント。
肉体面に於いて最強のサーヴァントであるヘラクレスと戦って尚生還し、かの最強の
・・・・・・・・
サーヴァントである英雄王ギルガメッシュと戦い半日以上持ちこたえた英霊だ。
そして今回、彼は﹁戦いを楽しみつつ、決して仕留めるな﹂と命令を受けた。
故にこの戦いは、又もや第三者によって中断されるだろう。
それこそが、エレインの策とも知らずに。
めに。
しかし愛する夫の願いを叶える為に、娘を自分と同じ不可避の死の運命から逃がすた
んなモノ二の次なのだが。
勿論、衛宮切嗣によって心を与えられ、恋を成就させ母親にすら成った彼女には、そ
それがアイリスフィールの存在意義だ。
取れるように﹂産み出されたホムンクルス。
第三次聖杯戦争で破壊され、それ故に﹁破壊されない様に、聖杯の器自身が自衛手段
聖杯戦争に於ける賞品。
の一つと言える物。
敗退したサーヴァントの魂を納め万能の願望器へと完成していく為の、聖杯戦争の要
小聖杯。
偏に、アイリスフィールが聖杯の器であるからだ。
弥は、戦場と逆方向に逃げていた。
それぞれが戦いを繰り広げている最中、アイリスフィールと切嗣の助手である久宇舞
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
368
彼女の身体は決して損なわれてはいけないものだ。
それでも││││
︶﹂
!
聖杯を勝ち取り、世界を平和にしなければ壊れてしまう。
そして、衛宮切嗣は逃げられない。
当然だろう。
敵が来たのなら迎撃する。
得ない選択だ。
拠点をただ直感という確証の無い物で、何の抵抗もせずに放棄するなど戦略的にあり
言うに及ばず、戦いに巻き込まれれば一溜まりもないからだ。
だが、小聖杯であるアイリスフィールは逃げるしかない。
切嗣の何かが崩れさってしまう。そう予感させた。
彼女と切嗣を会わせるのは、どうしようもないほどに致命的であると。
だがそれでも、彼女の女の直感がどうしようもなく訴えていた。
得体の知れないあの戦姫が、一体何を知っているのか彼女は知らない。
アイリスフィールが感じるのは後悔と不安。
のに⋮⋮
﹁︵エレイン・プレストーン・ユグドミレニア⋮⋮彼女を切嗣と遇わせてはいけなかった
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
369
﹁︵今からでも遅くない︶﹂
﹂
目の前を走る舞弥に声を掛けようとして、
﹁││││ッッ
マダム﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮もう一人は
﹂
!!
﹂
ソレを見て、アイリスフィールの腹は決まった。
氷のような舞弥の美貌が、ほんの僅かに怒りと焦燥に歪む。
﹁││││
﹁⋮⋮言峰綺礼。丁度私達の進む先にいる。このままだと鉢合わせになるわ﹂
?
ならば││││
だが、アイリスフィールは一人は、と言った。
ならセイバーとランサーの戦いを放っておく訳がない。
コレは不思議ではなく、昨晩の言では聖杯戦争の真の監督役。
﹁新手の侵入者よ。一人は⋮⋮これはルーラーね﹂
﹁どうかしましたか
尤も、既にエレインによって掌握されて居るのだが
森に展開された結界が、アインツベルンの城に近付いている者達を察知したのだ。
そんなアイリスフィールで脳裏に警報が閃いた。
!!
370
言峰綺礼。
切嗣が恐れ、エレインと同じく彼と会わせてはいけないと最初に思った男。
何故、とは思う。
この世界では切嗣によるビルの爆破解体は行われていない。
何故なら本来ビル最上部に魔術工房を構えるケイネスが、ライダーの軍略によって即
座に別の場所に移動したからだ。
故に切嗣は言峰綺礼が自身を狙っていることを知らない。
唯でさえエレインがやって来ているのだ。
これ以上、愛する夫を窮地に追いやるわけにはいかない。
﹁舞弥さん。提案があるのだけど││││﹂
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
371
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
﹁││││││││︵おかしい︶﹂
エレインから逃げつつも仕掛けた罠で反撃していた切嗣は、荒れ果てた城内の物陰に
隠れながら疑問符を上げる。
エレインは今城の二階廊下で、何らかの方法で此方を感知しているのか真っ直ぐ向
かってきている。
だが詳細な感知魔術ではないのか、何度も笑みを浮かべながら辺りを見渡している。
今までにエレインを襲った罠の数は二十四。
その総てが殺傷能力の極めて高い危険な兵器だ。
にも拘らず││││
︶﹂
ソレを確かめようと、身を乗り出してキャリコM950で試してみた。
エレインが魔術を使って防いでいるのだろうが、それが切嗣には判別が付かない。
﹁︵傷一つ、服すら傷付ける事が出来ない⋮⋮
!
372
監視カメラが無ければ肉眼で、だ。
しかし距離があれば魔力砲で蹴散らされ、距離が近ければその前に手に持つ聖骸布で
全貌を隠された槍で撲殺せんと迫る。
固有時制御と置き土産の手榴弾でその時は逃げられたものの、恐らく二倍速は見切ら
れただろう。
ソレだけなら言峰綺礼にも出来るだろうが、武の才能だけならエレインは綺礼の比で
はない。
使用するだけで死にかける三倍速すら、次は初見で対応するだろう。
仮に三倍速で、二倍速で上手くいっても、通用しなければ意味がない。
解り易い障壁など使ってくれればまだ理解出来るが、魔力の気配だけで魔術を使う素
振りが見えないのが厄介だった。 切嗣の切り札は相手の魔術行使に呼応して発動する。
つまり相手の魔術、正確には魔術回路に流している魔力をそのまま攻撃力に変える
ようなものである。
故に出来るのなら相手が最大魔術を使用している時に、最大の効果を発揮できる状況
がベストである。
﹁︵だが、見えていたぞ︶﹂
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
373
手榴弾で爆発した瞬間、波紋の様なものがエレインの周囲が歪んでいたのを。
後一度、確かめれば解る。
故に切嗣が取るべき戦法はエレインが魔力砲で消し飛ばさない可能性の高い武装で、
!!
﹂
︶﹂
!
う。
!!!?
切嗣を押し飛ばした。
咄嗟にキャレコを盾にして防ごうとするも、ソレを見たエレインが打撃ではなく槍で
﹁ごッ││││がぁあああああああああああッッ
﹂
エレインはサーヴァントを彷彿とさせる速度で切嗣に踏み込み、手にした槍を振る
﹁足が止まっているぞ
?
﹁︵これは││││
すると弾丸は、エレインの顔の前で透明なクッションの様な何かに阻まれて止まる。
ダーの銃口が火を吹く。
固有時制御で二倍速になった切嗣が柱の影から飛び出し、ガゴンッ と、コンテン
!
最速最大火力であるをトンプソン・コンテンダーを用いた固有時制御でのヒットアンド
﹂
アウェイ││││
﹁
!
﹂
﹁
!
374
壁が陥没するほど強く壁に叩き付けられながら、切嗣は確信する。
エレインの膂力はおかしい。
昨夜のアヴェンジャーに傷を付けた魔力砲もそうだ。
幾ら魔術師とはいえ異常が過ぎる。
強化の魔術を重ねがけしても、この膂力にたどり着く前に肉体が耐えきれない。
ただ強化しているのではない。何か絡繰がある筈だが││││重要なのは、常に魔術
を使用していること。
ならコンテンダーの弾丸を防いだあのクッションは何か。
答えは出ている。
﹂
!
幸い体の影でエレインは気付いていない。
否、切嗣はそれよりもコンテンダーの弾丸の装填を優先した。
痛みを堪え、体勢を建て直す。
する。
エレインの魔術は風を用いたもの、ならば切嗣の切り札││││起源弾は効果を発揮
恐らく探知も風を用いた物だろう。
﹁ご明察だ﹂
﹁風⋮⋮ゴホッ、大気をクッションにしているのか⋮⋮
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
375
出来ればより効果の高い状態で使用したかったが、彼我の戦力差が大きすぎる。
躊躇はせずに、迅速に殺害するべきだ。
﹂
背後に近付いているエレインに向かって振り向き様にコンテンダーを突き付け││
││
﹁││││││││﹂
﹁ほぅ、それが起源弾か
!
を知っていれば容易く知れる﹂
力を如実に現していた。そしてその作用が己の起源を応用したのには、死体の傷と名前
﹁まぁ本気で調べればどうという事はない。貴様がソレで殺した魔術師の死体はその効
まさしくソレは、衛宮切嗣の切り札の概要であった。
いるほど殺傷力が上がる訳だ﹂
ける││││││││││││││││成程、仕様上相手が強力な魔術を使っていれば
は﹃切断﹄
﹃結合﹄される。結果、魔術回路に走っていた魔力は暴走し、術者自身を傷つ
﹁起源弾。衛宮切嗣の用いる魔術師殺しの礼装。効果は魔術回路にまで及び、魔術回路
引き金を引く前に、切嗣が固まる。
?
376
││││そんな訳があるか。
切嗣は腹部の激痛が無かったら、頑として否定する言葉を叫びたい気分であった。
名は体を表す。
切って繋ぐ││││衛宮切嗣の切断と結合の起源から、父親の衛宮矩賢は名付けたの
だから。
だからと云って、そんな名前を付けた衛宮矩賢を恨むのは筋違いである。
普通ソレだけで他人の起源など解りはしない。
反則極まりない大前提があったからこそ、ここまで切嗣の手の内を暴けたのだ。
尤も、暴くも何も最初から彼の日記に記されていた。
撃たないのか 魔術師が目の前に居て、既に魔術を使っているの
エレインはその確認をしただけ。
?
?
││││速く次の手を打て。でなければ殺すぞ﹂
?
その銀の美貌の女を睨み付けながら、突き付けたコンテンダーを力なく下ろす。
にも拘わらず数に限りがある起源弾を用いるのは愚策でしか無い。
だからここまで魔術師殺しの魔弾に対して悠々としていたのだ。
この女は、確実に起源弾に対する対抗策を用意している。
切嗣の顎が、噛み締めた力に軋みを上げる。
に
﹁さぁどうする
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
377
衛宮切嗣は、エレイン・プレストーン・ユグドミレニアに及ばない。
﹂
魔術師殺しでは目の前の魔術師を殺せないと、そう自認してしまった。
﹂
﹁││││││││令呪によって、我が傀儡に命ず
﹁ッ
﹂
!
しかしエレインの溢した笑みは、切嗣の令呪が魔力の奔流と共に溢れる輝きに隠れ。
﹁││││フはッ﹂
﹁来い││││セイバー
そして、令呪が発動する前に切嗣の腕を切り落とすには、もう遅い。
た弾丸を弾き飛ばすためエレインは槍を振り上げてしまう。
武人としての癖なのか、本来避ける動作すら必要がないにも拘わらず、至近で撃たれ
にもならない刹那を、不意討ちで繋げる。
コンテンダーではなく投げ飛ばされた故に無事だったキャレコを放ち、本来時間稼ぎ
マスターで勝てなければ、サーヴァントを当てれば良い。
切嗣が無理に勝つ必要は何処にもない。
だが、これは聖杯戦争。
!
!
378
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
379
その瞬間、黄金の聖剣を携える蒼銀の騎士王が出現した。
◆◆◆
令呪による空間転移。
ソレによって切嗣の目の前に出現したセイバーは、直ぐ様エレインの首を刈り取らん
と聖剣を振るう。
エレインがランサーを令呪で呼ぶ隙を与えない為に。
ここで倒さなければならないと、未来予知にすら匹敵するセイバーの直感が警告して
いた。
いくらサーヴァントと渡り合えるエレインと云えど、その肉体は人間のソレ。
サーヴァントなら耐えられる攻撃も、人間のエレインが喰らえばその美しい肢体はい
とも容易く砕け散るだろう。
実際、エレインが15世紀前からこの時代に持ってこれたのは、その魔術と槍術の技
量と、﹃槍﹄とらんすろ日記のみ。
人間の反射神経では、仮に認識できたとしても音速を超えるセイバーの聖剣を防ぐ事
など出来はしない。
﹂
故にエレインは完全なる不意討ちによって敗北する。
﹁グッ⋮⋮フンッ
﹁││││﹂
避けたのでは無い。
﹁⋮⋮な﹂
捌いたのでは無い。
﹁⋮⋮なんだその呆けた顔は。鳩が豆鉄砲でも喰らったのか
!!
﹂
サーヴァントの、しかも超級には届かないものの一級品のステータスを誇るアーサー
?
真っ正面から膂力で受けとめ、ギャインッ
と弾き返したのだ。 セイバーの聖剣を、エレインは危なげながらキチンと防ぎきったのだ。
││││筈だった。
!
380
王の一撃を、人間が止める。
﹂
﹂
魔術師が聞けば、笑い飛ばされる光景があった。
﹁何をした。貴女は一体何をしたのだ、エレイン
エレインが槍の名手であることは知っている。
人間など存在するだろうか
腕力という一点のみなら、エレインの細腕では論外。
では技術
││││居るには居るだろう。
単純な技量でセイバーの剣を防ぐことの出来る存在など居るか
?
魔術に対して門外漢のセイバーでは、全く理解できない。
ならカラクリがある筈だ。
エレインの槍術は、かの農民の剣技と同等などと、口が裂けても言えない。
だがあの農民は例外中の例外。
かのランスロットが剣を振るう者として、この世界で唯一尊敬した剣士。
並行世界で、暗殺者のクラスで召喚された﹃佐々木小次郎﹄として現界した亡霊が。
?
?
だが、だからと云ってサーヴァント││││それもアーサー王の振るう聖剣を防げる
?
!
﹁さて、自分の魔術を教える魔術師がいると思うか
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
381
だが、ここに居るのはセイバーだけではない。
﹂
?
勿論ソレだけでは意味がない為、一工夫加えている。
く固有結界というタンクに収納するというモノだった。
その魔術を受け継いだエレインの辿り着いたのは、魂を自身の魂に取り込むのではな
いう。
しており、それによって生じた自分ではない〝誰か〟に彼は己を支配されつつあったと
しかも、その三回の使用でさえ肉体と魂の適合率が六割を切るほどのズレを引き起こ
編み出してから60年の間でも魂を喰らった回数は三回しかなかった。
だがこの術は限りなく禁忌に近い呪法で、少しのミスが即座に自らの死を招くため、
の糧とする魔術を編み出していた。
彼は魔術において変換不能、役立たずの栄養分と言われる魂に着目し、他者の魂を己
先代であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。
ソレは﹃魂の運用﹄に他ならない。
エレインの、正確にはプレストーン・ユグドミレニアの魔術。
同じく体内に固有結界を展開する切嗣なら、その概要を知ることができた。
﹁む﹂
﹁固有結界か⋮⋮
382
ここで出てくるのがらんすろ日記である。
日記と原作知識の記憶媒体とは別に、もう一つの役目。
即ち、ネタ帳である。
様々な既存作品の様々な設定や能力が書き記されたソレの中に、それはあった。
││││他者の魂を取り込み、燃料とし己を昇華させていく外法。
新世界の神を生み出し、永劫回帰の法を定めた旧神を打ち倒すための術理
勿論、あくまで参考だった。
慢性的に殺人衝動などに襲われて居らず、聖遺物など必要ではない。
聖遺物を固有結界に代用し、抑止力を抑えるために、何より燃焼・昇華機構を体内に
固有結界として展開。
その結果あらゆる能力が向上した。
エイヴィヒカイト
膂力はサーヴァントの、英霊の域に昇華され、魔術は現代魔術では突破できない対魔
力を貫けるほどに。
そして名付けられたその魔術の名は││││﹃魂魄兵装﹄。
!!
付け足せば良い。当然だろう﹂
﹁一体貴女は⋮⋮どれだけの魂を取り込んだのだ⋮⋮
﹂
﹁││││ま、種がバレてしまえばこんなものだ。魔術師ならば足りない物は余所から
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
383
﹁さて、具体的な数値は解りかねるな。何、善人や一般人は喰らっていないぞ
焼となった者達は死徒や畜生以下の魔術師ぐらいだ﹂
私の燃
?
死都となった街の死徒を皆殺しにした場合、一度で取り込める魂の量は百を易々とに
超えるだろう。
今エレインが固有結界に抱える魂の総量は英霊に匹敵する。
だが、セイバーの疑問はまだ残っている。
﹂
﹂
﹁クッ⋮⋮ハァッ
!
﹂
!!?
槍に巻かれていた聖骸布がほどかれ、その真価を発揮する。
エレインが槍を廻す。
﹁││││││││なッ
だが、その槍こそが肝要なのだ。
│││邪魔だな、その風﹂
﹁しかし間合いが測れないのは厄介だな。流石に私も聖剣の刃渡りなど覚えていない│
こそ宝具のみだ。
だが、そもそも宝具であり神造兵装であるエクスカリバーと打ち合える槍など、ソレ
聖剣を振るえば、今度はエレインの持つ槍で打ち合う。
﹁ぬっ││││
!
384
ソレだけで、セイバーの聖剣を隠す﹃風王結界﹄は解かれた。
﹁馬鹿な﹂
溢したのは切嗣だ。
切嗣はその槍を知っている。
というか、そのレプリカだけならネットで画像検索すれば直ぐ様その姿を知れるだろ
う。
﹁私も前世に於いて、聖杯を探したが⋮⋮ついぞ見付けることは出来なかった﹂
今まさに、英霊を引き摺り出してまで獲ようとしている聖杯と同じ、世界最大級の聖
遺物。
!?
なる槍。
﹁ロンギヌスの槍だと││││
﹂
曰く、持ち主に世界を制する力を与えるとされる、聖杯同様に救世主の血を受けた聖
﹁代わりに、蛮人によって奪われたコレを発掘することに成功したがな﹂
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
385
◆◆◆
目の前で死合っていた剣士が消失するのを、ランサーは溜め息と共に見届けた。
それと同時に、ルーラーの気配が消える。
ルーラーは聖杯戦争の監視者。
ならば一人になったランサーよりも、呼び出されたセイバーの元へ向かうのは必然。
冬木全域に及ぶ気配察知能力を持つ彼女ならば、アインツベルンの城の場所など一目
瞭然だろう。
ソレすら、想定通りだった。
る。
サーヴァントを物理的に離れさせ、一人となったマスターにサーヴァントをぶつけ
の御子の表情は、退屈だった。
まんまと逃げられ、己がマスターが危機に陥っているというのに、アイルランドの光
﹁計画通り││││ってか。面白くもねぇ﹂
386
余りにも彼女の、エレインの思うがままだ。
勝機の見えない、敗戦の色の濃厚の戦いこそ、たった一人で国を護りきったケルト神
話に並ぶものの無い大英雄たるクーフーリンの所望する戦いである。
﹁でも⋮⋮何でかなぁ。どうもこれで終わりそうに無いんだよな﹂
大英雄の直感、腹の虫、経験。
理由を挙げればキリがなく、確証は無かった。
だがそれでも、なんとなく確信があった。
サーヴァントにすら匹敵する実力と、
﹃聖槍﹄によってほんの一部とは云え世界を制す
今回の聖杯戦争最強のマスター。
エレイン・プレストーン・ユグドミレニア。
﹁でもまぁ。なんだかなぁ﹂
何もかもが、全知の如く想定通りなのだろう。
一人の男が居たのだろう。
恐らくソコには、二人の女が居るのだろう。
ランサーは全力で、念話で指示で足を運ぶ。
﹁了解っと。ま、俺は俺の仕事をするとしますか﹂
﹃ランサー、ソコから五時の方向2キロ程だ﹄
第十一夜 あからさまにフラグなのだ
387
388
る女。
単純にカタログスペックで語るならば、サーヴァントがマスターやっているに等しい
彼女が勝利しないほうがオカシイ。
だが、それでもランサーは思うのだ。
││││││││彼女、最後でしくじるアレな女の匂いがする。
主に、男の所為で。
彼はかつて﹃双剣の騎士﹄と呼ばれたほどの騎士。
だが、問題は後者であるベイリンであった。
聖槍を管理していたとしても何らおかしくはない。
彼はアリマタヤのヨセフの子孫。
王であるからだ。
前者が挙げられる理由としては、そもそもロンギヌスの槍を管理していたのはペラム
ベイリン卿である。
そして彼が漁夫王と呼ばれる原因となった、かつてアーサー王の騎士の一人であった
即ち、彼女の祖父であるカーボネック城の主、ペラム王。
この両者の縁は、二人の英傑の存在無くしては語れない。
姫エレインとロンギヌスの槍。
貴女の心です︵物理︶
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
389
390
だがアーサー王の従兄弟を殺害した罪で追放、各地を彷徨っていたのだ。
旅の途中、ガーロンという姿を消す魔法を使う騎士によってベイリンの道連れが、行
く先々の人々が次々と殺されていく。
被害者に、そして遺族たちに敵討ちを懇願されその報復としてベイリンはガーロンを
探してペラム王の城を訪れた。
ガーロンは、ペラム王の弟であったが故に。
このペラム王の城では、客人は武器の携帯が禁じられていたのであるが、ベイリンは
短剣を隠し持ちガーロンを暗殺することに成功する。
しかしガーロン暗殺が明るみになり、当然弟を殺され激怒したペラム王とも戦うこと
になる。
しかしベイリンの剣はペラム王の猛攻に耐えられず、ポキリと折れてしまった。
不利と悟ったベイリンは武器を探して城内を逃げ回り、やがて寝室の壁に奇妙な槍が
立てかけられているのを見つけた。
それこそが、ロンギヌスの槍である。
コレを用い、嘆きの一撃と呼ばれる力によって、カーボネック城と三つの国は滅ぼさ
れる。
尤も当時エレインは幸か不幸か、ブリテン島の主である妖姫モルガンによって囚われ
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
391
て居たため、この被害には遭わなかったが。
また辛うじて生き残ったペラム王ではあるが、しかし聖槍で傷付けられた為、癒える
ことのない呪いに苦しむことになるのであった。
ア
ホ
カーボネック城崩壊の報を受けてアーサー王が遣わした、
﹁最近の趣味は斬魔剣・弐の
太刀です﹂と脳内で自己紹介していたとある湖の騎士が訪れるまで││││。
そして瓦礫に埋まったとは言え生き延びたベイリンは、しかし聖槍を手放し後に悲劇
の死を迎えた。
そんなベイリンの末路は兎も角、ソコで槍は一度紛失した。
だがもし仮に、誰かがひっそりと見付け出していたのだとしたら
聖
人
の
系
譜
それの誰かが、力を求めたエレインだったのだとしたら
?
そして、現代に至るまでソレは変わらない。
斯くして数多のレプリカを残す聖槍は、本来の管理者によって保管されていた。
?
﹂
﹂
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です︵物理︶
﹁ロンギヌスの槍だと⋮⋮
﹁あの蛮人に奪われたカーボネックの秘宝、私が持っているのはおかしいか
故に思うがままには使えんがな﹂
?
よって最少に抑え込んだ。
よってエレインは槍の世界を制する範囲と負債を、もう一振りの槍を合わせることに
第五の魔法が、その行使によって世界に対する負債を莫大に生むように。 しかし世界を自在とする程の力には確実にリスクが伴う。
持ち主に世界を制する力を与える槍。
れているだろう
﹁尤も、世界を制する能力は莫大な負債を世界に生み出す。その負債がどうなったか知
だった。
余りにも有名なその槍の輝きは、信心など皆無に等しい切嗣をして目を奪われる物
?
!?
392
﹂
!
﹂
!
﹂
?
する。
﹂
それどころか、城に大穴を開けた。
﹁く⋮⋮
セイバーは魔力放出で相殺、または直感で何とか掻い潜る。
う。
エレインが聖槍をくるりと廻すだけで暴風の槌が複数、しかも同時にセイバー達を襲
?
!
﹁マスターを抱えて居ては、御得意の聖剣は真価を発揮できんぞ
﹂
その暴風は咄嗟にセイバーが切嗣を抱えて飛び退いた場所を、削岩機の様に塵に粉砕
呟きと同時に、エレインの周囲から九ツ首の竜巻が発生した。
どうだ
﹁やはり瞬間的な魔力放出なら、世界の大気ではなく個人と認識されるか。なら、コレは
渾身の魔力放出で加工した聖剣で、その壁を切り裂く。
﹁セァッ││││
セイバーならば耐えられるが、その風圧は人間でしかない切嗣を押し潰すだろう。
エレインが槍を突き付けただけで、暴風の壁が城内の廊下を駆け抜ける。
﹁
﹁フ⋮⋮﹂
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
393
しかし切嗣を抱えながらでは、じきに避けられなくなる。
自在に振るわれる暴風の檻を突破するには、セイバーの聖剣の解放のみ。
しかし彼女の宝具は、使用に両手を使う。
聖
ロ
ン
ギ
ヌ
ス
故に切嗣を抱えた状態では、全宝具中最上位の威力を誇る聖剣も使用に漕ぎ着けられ
ないのだ。
﹂
﹁これの発生させる負債、最少に抑え込むのに苦労した
!?
﹂
﹁故に、今の私が操れるのは精々世界に遍く大気だけだよ﹂
合わせると言っても溶かして打ち直した訳ではなく、概念置換なのだが。
そう、エレインが本来得物としていた、ランスロットから贈られた短槍だ。
やはり、彼は私を助けてくれる﹂
﹁尤も、これは酷く便利なモノでな。溜め込んだ負債を破壊で清算するのだが││││
だが、それをどうやって成したか。
それを大気に限定し、発生する負債を最少に抑え込む。
ソレは世界の滅亡のカウントダウンを速める様なモノだ。
世界を操るというのは極めて重大な問題を発生させる。
!
⋮⋮
﹁そ れ ほ ど の 宝 具、本来の担い手 以 外 の 人 の 身 が 扱 う に は 相 応 の リ ス ク が あ る 筈 だ が
394
ほど
﹂
!
れば、結末は変わっていたのではないか
﹁その槍⋮⋮﹂
聖杯にならぶ世界最大級の聖遺物。
﹁
﹂
﹂
﹁ソレは彼を取り戻せるのか
﹁││││ッッ
?
?
突如眼前に現れたセイバーに耳元で囁かれたエレインは、背筋を襲う殺気に本能的に
!?
﹂
ならば、ならばならばならばならばならば。
?
かつてセイバーが保有していたブリテンの聖槍と、同等以上のこの槍が﹃あの時﹄あ
だが、思わずにはいられない。
魔術によって起動する切嗣の起源弾も、宝具相手では話にならない。
も作るのも容易い。
風を統べることが出来るなら、空気の流れを伝って探知することも大気のクッション
剣にも耐えうるだろう。
成る程、確かに伝説の神の子の聖血を受けた槍ならば、星に鍛えられたセイバーの聖
だが相対し、マスターを守らねばならぬセイバーは城の屋上で歯を食い縛る。
﹁私の風王結界を解けたのは、それが理由か⋮⋮
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
395
半歩下がった。
瞬間、セイバーの聖剣が鼻先を掠める。
﹁な││││﹂
﹁その槍は彼を⋮⋮﹂
絶句し、エレインが下がりながら聖槍を構えるも、セイバーはエレインから離れずに
先程とはまるで違う動きでエレインを捉え続けた。
それに、この動きは││││︶
﹂
エレインは忘れもしない己の師、愛しきランスロットと同じ歩法││││
︵何だ、まるで動きが別人だ
﹁ランスロットを取り戻すことは出来るのか
﹂
?
ぎ落とされた顔で見据えた。
あの麗しい騎士王は、しかし光を喪ったドロドロに濁った瞳でエレインを、感情が削
もう一度セイバーを見据えて││││ゾクリ、という怖気が走る。
セイバーの瞳が、一瞬黄金色に染まっていた様に見えるからだ。
ら己の目を疑った。
壁に叩き付けられた衝撃に、しかし風のクッションで無傷のエレインは顔を顰めなが
莫大な魔力を纏わせ、先程は耐えたエレインを一撃で吹き飛ばした。
﹁││││ぐぁッ
!!
!
!?
396
それはどういう││││﹂
?
﹂
!
絶対にここで倒さなければならない。
が無くなる。
唯でさえ脅威極まるエレインに、此処に居ないランサーが追加されれば本気で勝ち目
踵を返すエレインをセイバーが止めに入るのに、切嗣は令呪の使用を思案に入れる。
﹁逃げるのか﹂
は肝が冷える。それに、どうやら彼の真似事も付け焼き刃でも無いらしい﹂
﹁時間切れだ。如何にその聖剣に耐えうるとしても、やはりサーヴァント相手に白兵戦
ランサーからの念話が、この場にいる理由を無くした。
﹁⋮⋮そうか﹂
﹃準備完了したぜ、マスター﹄
エレインの答えの真意を問う前に、タイムリミットは訪れた。
﹁何⋮⋮
﹁⋮⋮そんな単純な物ではないんだ、彼の現状は⋮⋮
だが当のエレインは未知への恐怖を呑み込み、表情を苦悩に染めた。
の前で消えたランスロットを取り戻すことが出来るのではないか、と。
万能の願望器たる聖杯。それに並ぶ聖遺物である世界を統べる聖槍ならば、かつて目
﹁││││答えろ﹂
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
397
セイバーが聖剣に黄金の魔力を束ね、真名解放をしようとするも、
エレインが、この場でチェックメイトを掛けていたことを。
そしてまだ気付かない。
アインツベルン陣営は負けたも同然なのだ。
を凌ぎきった。
魔術師殺しの魔弾は通じず、絶好の好機でも聖槍という鬼札でもってセイバーの猛攻
セイバーは感情を無くした表情で力無く剣を下ろし、切嗣は歯を食い縛る。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮すみません、逃しました⋮⋮﹂
セイバーの直感が、エレインがもうこの場に居ない事を告げた。
空間跳躍。
その瞬間、エレインの姿が霞みの様に掻き消える。
﹁な││││﹂
て、彼を取り戻す私の方策も﹂
﹁いや、退かせて貰う。だがアーサー王、今度はこの戦争の真実を教えてやろう。そし
398
◆◆◆
エレインが姿を消す数分前、アイリスフィールと舞弥は地に伏していた。
舞弥は体のいたる所が重傷、アイリスフィールも腹部を刃で貫かれて血溜まりを作っ
ていた。
下手人はカソック姿の偉丈夫。
呆然としながら、言峰綺礼はアイリスフィールを見下ろしていた。
此処では戦いがあった。
言峰綺礼と、切嗣に執着する彼を止めんとするふたりによって。
﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮そうか﹂
ンサーかな
﹁おや、すごいスピードでサーヴァントがやって来るね。この速度はライダーか、いやラ
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
399
いざな
三人しか居なかった空間に、黄金の少年が姿を顕す。
教会で保護されていた綺礼をこの場に誘 った、遠坂陣営のサーヴァントアーチャー
だ。
綺礼は既にサーヴァントを失い教会で保護を受けている身。
そんな彼がアインツベルンの者達を害している姿を見られれば教会の監督役、即ち綺
礼の父の信用を疑われる事となる。
そうなれば教会と遠坂の協力関係まで明るみに為りかねない。
﹂
そうならないよう、綺礼はこの場を後にする。
﹁何か、満足のいく答えは見付かったかい
い人材である。
この聖杯戦争でアインツベルンの悲願を叶えるためには、絶対に死ぬわけにはいかな
あの女の内一人は、恐らく今回の聖杯の担い手。
彼を足止めに来たあの二人の行動が、不可解極まりなかったからだ。
走りながら、綺礼は思考し続ける。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ルガメッシュは問い掛けた。
イヴを誘惑する蛇の様に、しかし迷える子羊を導く聖者の様にアーチャー││││ギ
?
400
故に衛宮切嗣が言峰綺礼を止めろ、などと彼女達に命令する訳か無い。
それなのに、あの二人は命をとして言峰綺礼を止めようとした。倒そうとした。
元代行者である綺礼を倒すことが出来ない事など、解り切っていただろうに。
ならば、言峰綺礼を止めようとした行動は、彼女達の意思ということ。
義務感でも職務意識でもない、信念を以て。
﹁││││﹂
﹁││││││││本当に
﹂
言峰綺礼がそうであるように││││││││
誰にも理解も肯定もされず、他者と隔絶した存在でなければならなかった。
故に衛宮切嗣は孤高でなければならない。
む答えを知る者であると。
そうでなければならない。その果てに尚、闘う理由と意味を見出した、言峰綺礼の望
虚無なる男、衛宮切嗣。
理解し、その為に命を賭す者など居る筈が無いというのに。
肯定は勿論、何かを託せる様な存在であってはならない。
衛宮切嗣が言峰綺礼の同類であるならば、誰にも理解されない空虚。
﹁何故だ⋮⋮﹂
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
401
?
魂の奥底まで暴き出すようなギルガメッシュの問いに、思わず脚が止まりそうにな
る。
﹂
?
?
﹂
!
と良い。衛宮切嗣とやらに会うのは、それからでも遅くはないさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮質問はここまでにしておこうか。何、夜は長い。ゆっくりと己に問い掛ける
まるで答えを出すのを拒否しているかのように。
頭痛が綺礼を襲う。
﹁ぐッ⋮⋮
己を真に理解した、あの病弱で白い聖女の様な女が││││││││
言峰綺礼が最も奥底に留めているモノ。
言峰綺礼にも、ただ一人彼の本質を理解し命を賭した女が。
││││居たのだ。
そんな安直な答えに逃避しようとして、そんな言峰綺礼を自身で侮蔑する。
居ないからこそ、こんな所にいるのではないか。
その問いの意味が理解出来ない。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
かな
﹁本当に居なかったのかな 君の為に命を賭した人間が、誰一人として居なかったの
402
黄金の小さき王は、布で形作られた帽子を綺礼に被らせ、彼の姿を消した。
││││ハデスの隠し兜。
ギルガメッシュは頭痛に歩を緩めた彼を、教会まで隠し続ける。
﹂
振り向き、二人の女がいた現場に向かって笑みを浮かべながら。
◆◆◆
││││アイリスフィール
!
アイ⋮⋮
﹂
!
﹁││││⋮⋮
!
﹁⋮⋮セイ、バー
?
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
403
アイリスフィールが目を覚ましたのは、エレインが姿を消した数分後。
御無事ですか
﹂
セイバーが救援に来た、その直後だった。
﹁ッ
!?
﹂
?
﹂
﹁そ う ね ⋮⋮ ソ レ は 切 嗣 が 一 緒 に い る 時 に 話 し ま し ょ う。今 は 舞 弥 さ ん の 治 療 を ⋮⋮
⋮⋮何があったのですか
﹁良かった、切嗣が何度も連絡しても、一向に繋がらなかったので私が向かいましたが
そしてセイバーの存在が愛する夫の存命の証拠であるのも大きかった。
り再び意識を手放す所であった。
セイバーに抱き上げられた彼女は、月明かりで美しく輝かせる金髪を見て安堵のあま
﹁え、えぇ⋮⋮﹂
!
404
ヴァ
ロ
ン
セイバーを召喚した触媒であり、所有者の傷の悉くを癒し老化すら停滞させる、アー
││││﹃全て遠き理想郷﹄。
ア
伝の奇跡が彼女を癒した訳ではない。
別に彼女がホムンクルスとしてそういう能力を持っている訳でも、アインツベルン秘
その要因を彼女は知っている。
首を締め上げられ、腹部を三本の黒鍵で刺されて尚、アイリスフィールは無傷だった。
!
サー王を戦場に於いて不死とした、聖剣エクスカリバーの鞘である。
勿論、本来ならばその能力は本来の担い手であるアーサー王のみを癒す魔法の鞘。他
人が持とうがなんの効力も発揮しない。
ただし、アーサー王であるセイバーとの縁が有れば話は変わってくる。
本来ならば致命傷を受けたアイリスフィールが無傷なのは、アヴァロンの効力による
もの。
概念武装として体内に封入している彼女の傷を、直接セイバーと接触していれば魔法
の鞘は宝具の呪いも無視して傷を癒すだろう。
だが、それはアヴァロンを切嗣から託されたアイリスフィールのみ。
それほどまでに言峰綺礼は彼女達にとって怪物だった。
・・
言峰綺礼の肉体破壊の暴威に晒された舞弥は、瀕死とまではいかないものの当然のよ
・・・・・・・・
うに重傷の筈である。
﹂
?
直ぐ様駆け寄ったアイリスフィールは彼女の容態を確認する。
だった。
にも拘らず、アイリスフィールの視線の先で倒れている舞弥のたてている息は安らか
﹁││││││││え
﹁いえ、彼女もアイリスフィール同様、意識は失っているものの無傷の様です﹂
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
405
じゃあ、ア
すると彼女は傷はおろか、口から流れていた血反吐すら綺麗に無くなっていたのだ。
なら、一体何が││││︶
まさか、セイバーが来る前から私は無傷だった
ヴァロンが理由じゃない
︵││││どうして
?
﹄
彼等を迎えるのは聖杯戦争三日目にして、最後の夜である。
誕生せんと足掻く人類悪すら。
星の意思が操る月の姫も、
抑止に縛られる哀れな守護者も、
サーヴァントたる英霊達は勿論、そのマスターも。
聖杯戦争の全てが集結する夜。
ぐの事。
どうしようもなく取り返しの付かない事態に陥っているのを、彼女が知るのはもうす
それは、セイバーの片方の瞳が僅かに金に染まっていた事も含んでいた。
・・・・・・・・
しをしているのではないか、と不安に己の手を胸元で握る。
舞弥の傍からゆっくりと立ち上がったアイリスフィールは、何かとてつもない見落と
!?
?
﹃なぁ、明日の桜の晩飯は出前取ってくれる
?
406
何でだ﹂
?
││││││││そして当然、この阿呆も。
﹃いや何、ちょっくら││││聖杯くんブチ壊しに行くから﹄
﹁ん
第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)
407
第十三夜 YESロリータNOタッチ
聖杯戦争三日目の朝、ウェイバー・ベルベットは凡庸なビジネスホテルの一室で目を
覚ました。
しかしそれは清々しい目覚めではなく、隣に眠る同居人のイビキによる最悪に等しい
ものである。
しかし、
ストレスの発散を、己の賛美によって解消しようとしていたのだ。
彼は己を何処までも愚弄する││││様に思える││││ライダーの行動に対する
ステムは、一流と呼べる魔術師でも攻略は困難を極めるだろう。
最上階を貸し切って敷かれた、神童と称されるケイネス自慢の魔術工房による迎撃シ
ハイアットホテル最上階に陣営を敷いていた。
聖杯戦争に於いてライダー陣営、イスカンダルとケイネス、助手のウェイバーは当初
よって掻き消される。
ウェイバーの不条理への小さな抗議も、同居人││││ライダーの盛大なイビキに
﹁何でこうなったんだよぉ⋮⋮﹂
408
﹄
?
少なくとも余の戦車なら
?
サーヴァントを圧倒するだろう。
ステータスで表記されていたスキルである原初のルーン魔術は、凡百のキャスターの
魔術師だ。
ランサーに至っては、彼自身キャスタークラスで召喚されてもおかしくないレベルの
仮にキャスターの造ったものだとしても、工房一つに梃子摺るなどあり得ない。
サーヴァントだ。
神秘が古ければ古いほど強くなるのならば、原初の英雄たる彼は間違いなく最強の
アーチャーのギルガメッシュの力量は解らないが、それでも彼は原初の英雄王。
突破されるであろう。
実際、対魔力の極めて高いセイバークラスや今回のアヴェンジャーならば、正面から
の魔術師など何ら脅威では無い。
如何にケイネスが現代の魔術師として超一流だとしても、サーヴァントにとって現代
至極真っ当な指摘により、彼の魔術師としてのプライドは正しく叩き潰された。
ばそうするぞ
この最上階ごと横合いから消し飛ばされるのではないか
されるであろう。それにこの様な目立つ場所、かの名高き騎士王とその子の宝具ならば
﹃しかしのマスターよ。セイバーやアヴェンジャーのあの対魔力では、正面から叩き潰
第十三夜 YESロリータNOタッチ
409
410
未だ姿を見せないアサシンは解らないが、同じく姿を見せていないキャスターが現代
の魔術師の工房に梃子摺るとは思えない。
それがライダーの見解であった。
それに御三家と違い、外来のマスターの利点はその拠点が解らない点だろう。
ケイネスの工房場所はそれを台無しにしていた。
ライダーは悪意など欠片もなく、征服者として戦略の基本を説いた。
優しく、それも丁寧に。
そもそも現代の魔術師と、人間を超えた英霊とを比較すること自体間違いである。
徒競走で例えるなら、現代の魔術師が全力で走っているのに対し、英霊は始めから最
エレイン
高速のジェット機でブチ抜ける様なものなのだ。
しかしケイネスはそうは取らなかった。
偏に、己が勝手にとはいえ、好敵手と定めた相手がその英霊に食らい付くであろう事
が解るからだ。
それがどれだけ異常な事なのだとしても、彼は比較するのを止められない。
故に彼は早々に工房を引き払い、適当なビジネスホテルを貸切り、其処にひたすら隠
蔽と感知、そして時間稼ぎのみに注視した物を設置した。
その後は工房の核と呼ぶべき部屋に引きこもり、出ては来なかった。
解りやすく言えば、彼は挫折したのだ。
正史と違い英霊同士の戦いを唯観るだけでなく、ライダーの傍で直に体感した。
英霊と渡り合う好敵手と己を不相応にも比較していた彼は、どう足掻いても少なくと
も聖杯戦争中にあの領域に追い付けないと悟ったのだ。
それは彼の、マスターではなく魔術師としてのプライドを完膚なきまでに破壊する出
来事だった。
故に引きこもった。
ウェイバーや、現界したがりのライダーを残して。
逆効果と知っているのならば自分は工房に引きこもり、都合の良い弟子にライダーを
縛り付けようとした結果が初日の醜態だ。
ライダーの行動を、おそらくケイネスはある程度許容するだろう。
今日のライダーの行動範囲は、冬木の町に広がる。
先日はテレビに食らい付いていたが、相応の服装を通販で手に入れた。
いのだ。
自身より腕力も背丈も遥かに上回る問題児の面倒を見させられるのは、勘弁して欲し
よぉ﹂
﹁先 生 が 何 か 悩 ん で る の は 分 か る け ど、だ か ら と 云 っ て 僕 に 丸 投 げ は 酷 い じ ゃ な い か
第十三夜 YESロリータNOタッチ
411
412
丸投げして必要になったら令呪で呼び出せばいい。
アサシンなどの暗殺は怖いが、その為の感知に優れた工房を用意したのだ。
問題は、その弟子の負担が半端では無いという一点に尽きるが。
第十三夜 YESロリータNOタッチ
││││突然だが、少女の話をしよう。
かつて女であり、一人の男を求めた少女の話を。
少女はかつて女だった時、許されざる恋をした。
女は妃だった。
王に嫁ぎ、王の理想に共感し同調し、共にその理想を遂げようと心に誓っていた。
王は女だった。
第十三夜 YESロリータNOタッチ
413
度々魔術によって性別を偽っていたが、王に嫁いだ女は女に嫁いでいたのだ。
現代ならばあり得ざる状況だが、当時は如何せん男尊女卑の時代。
女が王として国を統べるのは些か不味いものがあった。
王に同性を好む趣味は無く、かといって女もそんな趣味は持ち合わせていなかった。
しかし王は、その衰退した国に襲来する蛮族を撃退し国を建て直すには必要不可欠の
存在であり、おそらく他の誰が王の代わりに頂きに付こうとも、国は護れないだろうと
容易に察する事が出来るほどに優れていた。
そして妃はそんな王を尊敬していた。
凡そ、子供を生む以外に価値が無かった時代に於いて、彼女の覚悟は相当なものだっ
た。
当初は実際よくやっていた。内外共に問題を多く抱え、時代の変化によって神代最後
の国として徐々に滅びへと流されながらも、しかし本当に良く遣っていた。
彼女も、王も。
││││││││変化の切っ掛けは、黒い男だった。
王の危機を救い、蛮族を斬り捨てたが故に王に気に入られ、妃である女を護衛する程
に取り立てられた。
それほどまでに男は出鱈目であった。
414
それこそ万軍を蹴散らし、王やその騎士達がひたすら梃子摺り、突破口を見付けるこ
とすら困難なブリテンの魔龍を、ただの一振りで殺し尽くした。
まるで御伽話の中から現れたかのように、空想染みて男は凄まじかった。
││││覚悟を決めた女が、心奪われる程に。
王妃が王の騎士に恋をする。
許される事ではない。下手をすれば国を割る大事だ。
その男が、王よりも民や騎士から支持を得ていたこともソレを助長させていた。
もしもここで男が野心を抱き、謀反にて王を打ち倒し妃を奪ったのなら話は変わって
いたかもしれない。
もしも男も妃に惹かれ、許されざる関係を紡いでいれば話は変わっていたかもしれな
い。
しかし男はそんな野心は欠片も持ち合わせていなかった。
アルトリア
男は日々のライフワークに満足していた。
モー ド レッ ド と ガ レ ス
男風に言わせるならば││││ 上 司は可愛い。
妹分の部下二人可愛い。
ギネヴィア
エ
レ
イ
ン
王 妃 眼鏡属性感じる可愛い。
取引先の令嬢可愛い││││最高じゃないか。
第十三夜 YESロリータNOタッチ
415
ビバ、リア充サイコー││││と。
何とも言えないが、男はある種馬鹿で、阿呆だった。
誰も彼も精神的に年下だったこともあったのか、保護者っぷりが堂に入っていた王兄
の存在もあってか恋愛対象には入らなかったのだ。
外見だけならJCを三十路目前の野郎が恋愛対象とか、お巡りさんを呼ばれるか毒舌
ツンデレシスコン兄貴に殺されます││││などと、本気で考えていたのだ。
外面だけはいっちょ前な彼は、あろうことか一般的な倫理観とやらを都合の良いとき
ア リ ス ト テ レ ス
龍 だの、天体の最強種の悉くを伐り伏せておいて、空腹に倒
ヴォーティーガーン
に持ち出す悪癖があった。
吸血鬼の群だの、 魔
エ
レ
イ
ン
れた聖女に手を差し伸べる程度には常識人だと事もあろうに自負しているのだ。
雁
夜
先程例えに挙げられていた取引先の令嬢ならば、この事を知ればキョトンと惚け、ソ
レもまた彼だと微笑むだろう。
男がこの世界に再び足を踏み入れる切欠を作った半死半生の男は、何とも形容出来な
い表情で頭を抱えることだろう。
さておき、あり得たかもしれないifならば兎も角、この物語に於いて女は妃に甘ん
じた。
恋は総じて求めたがりだが、ソコはたまの男との食事で満足していた。
416
それこそ、そんな日常で満ち足りてしまうほど。
しかし、そんな日常も男の消失で破綻する。
王は機械の如く冷徹になることで、男の護った国を守ろうと悲嘆から目を逸らした。
王の子は尊敬し依存すらしていた男を犠牲にして残った国を憎み、あっという間に滅
ぼした。
男の死が何もかもを破綻させた。
否、ソレほどまでに男の存在は尊かったのだと女は思った。
誰も彼も男に依存していたのだと。
悲嘆に暮れ、妃という肩書きすらも喪った女は││││同じ男を想う女と出会った。
女は妃に問い掛けた。
││││彼を取り戻したくはないか
もし仮に女が願望器を見付けられなかった場合、男を求め続ける為に。
女は万能の願望器を追い求め、妃は男を育てた神秘に願った。
女は妃に共感し、妃は女に同調した。
かつて妃が拐われた際に颯爽と現れ、その身を案じてくれたように。
もう一度、一目会いたい。
国が滅び、枷の無くなった妃は有らん限りの思いで女に縋った。
?
第十三夜 YESロリータNOタッチ
417
斯くして神秘は女と妃に手を差し伸べた。
女はその素養故に、来世に於いても記憶と人格、能力を保ち続けた。
妃は女程優れておらず、来世に於いて記憶は喪われた。
そして妃は少女となり、そして奇跡は起こったのだ││││││││。
◆◆◆
418
││││雨生龍之介は生粋の殺人鬼である。
最初は五年前、好奇心から人の﹁死﹂の意味を知るために姉を殺害し、以来地方を転々
としながら殺人を繰り返してきた。
殺して殺して殺して殺して殺して││││聖杯戦争が始まる時点で42人に達して
いた頃、彼はモチベーションの低下を自覚していた。
そんな彼は原点に立ち返ろうと、姉の遺骸のある雨生家に戻り││││見付けた。
魔導書、それも魔術師だった彼の幕末時代の先祖のもの。
幕末、翻ってそれ即ち第二次聖杯戦争の資料だった。
完全な一般人としての常識を有している龍之介には、その内容はまるで創作物のよう
に胡散臭く、荒唐無稽のソレだった。
しかし龍之介にとって、その魔導書の正否など関係がなかった。
要は、ソレが刺激的かどうか。
││││儀式殺人。
彼が行い、四度起こした事件の名だ。
ソコに至る道筋は、別に魔術だの異能だのは関わっていない。
龍之介、彼の神憑り的な犯罪能力によって、一度、二度、三度目と犯行を続けていっ
た。
四度
五度
?
えーと、満
?
最早病み付きになり、完全にその刺激の虜になっていた。
﹂
﹁みったせー、みったせー。みた⋮⋮何回言うんだっけ
たされるトキをー破却する⋮⋮だよなぁ
?
﹂
?
た。
の死体とその弟が殺される瞬間を見せられれば、当時年相応の少女は混乱の渦中にい
・・・・・
勿論正史においてその少年も惨たらしく殺される末路なのだが、しかし目の前で友人
その家に遊びに来た少女の存在が、末っ子の死を決定付けた。
﹁ねーお嬢ちゃん、悪魔って本当にいると思うかい
いる││の生け贄として生かしているのだが、如何せん事情が変わった。
本来ここで最後の一人の末っ子である少年を召喚された悪魔││と龍之介は思って
そして四度目に押し入ったのは、四人家族の民家。
?
さ﹂
無理もないだろう。
ら、初めて見る男にあっという間に拘束され、この惨状だ。
とある阿呆とぶつかった所為で、心ここに在らずといった体で友人の家に向かった
てい
が殺してきた人数なんて、ビルとかを爆弾で吹っ飛ばしただけで簡単にトんじゃうのに
﹁メディアでよく俺のこと悪魔やら何やら言われてるけど、失礼しちゃうよね。俺一人
第十三夜 YESロリータNOタッチ
419
少女は手足を縛られ、呆然と怯えることしか出来ない。
そんな様子に龍之介は益々機嫌を良くし愛嬌を振り撒いた。
﹂
?
だからね、もし悪魔サンがお出まししたら、一つ殺されてみてく
︶
死を意識したことの無い日本の小児とはいえ、これだけの惨状と狂気を見せ付けられ
だろう。
そもここに至ってそれを考えない程、彼女は幼くても馬鹿でもない。寧ろ頭は良い方
︵││││死、ぬ
﹁⋮⋮││││﹂
?
モノホンの悪魔さんが現れてただ話すだけの手持ちぶさたっての
も、無いじゃない
﹁でももし万が一
﹂
?
?
れない
?
ているのは一般的に見れば奇跡だろう。
それが死屍累々を形成し、自身の生殺与奪を握っているとなれば、少女が正気を保っ
満面の笑みも、頬に付いた返り血で狂気に変わる。
な喜色に染まった笑顔で死体をバケツの様に振り回し、召喚陣を描き終える。
男││││龍之介は血に塗れた死体を少女に見せ付けると、愉悦と純真な子供のよう
ね。それ考えたらさ、もう確かめるしかないじゃない
﹁それにもしオレ以外にモノホンの悪魔がいたりしたら、ちょっとばかり失礼な話だよ
420
て思い至らない訳がない。
︵い、嫌だ︶
そんな彼女を支配した感情はしかし、死の恐怖ではなかった。
死に直面した事で、作り替えられた彼女の身体が、現状を打破する様に魔術回路を形
成する。
︵だって。だってようやく︶
奇跡だと思った。天文学的数値以下の確率を、少女は引き当てていた。
彼女の魂が叫んでいた。
︵││││こんな処で、死んでなんていられるものかッッ
そして、此処に契約は完了した。
︶
とある並行世界の第五次聖杯戦争に於いて、衛宮士郎が詠唱無しにセイバーのサー
英霊召喚は、場合によってはその詠唱を省く場合がある。
!!!!
記憶が未だに戻って居なくとも、つい数分前の記憶すら曖昧になろうとも。
だが、理屈ではないのだ。
黒いベールに覆われた様に、彼女は唯一人の記憶の一切を思い出すことが出来ない。
未だ、少女は想い人の顔を思い出せない。
︵漸く﹃彼﹄に、もう一度逢えたんだから││││︶
第十三夜 YESロリータNOタッチ
421
ヴァントを召喚せしめた様に。
血で描かれた召喚陣が魔力を帯び、目も眩む程の光と暴風を撒き散らして己の役割を
果たす。
即ち、英霊を召喚する。
︶
?
﹁⋮⋮モード、レッド
﹂
フルプレートアーマー
無意識に口が動いたのを、少女は自覚していなかった。
︵キャメロット
かつて少女がキャメロットでその兜の下を見せた時も││││
それは正しく、とある黒い騎士のみが有していた視点でもあった。
そんな姿に、しかし少女は泣き叫ぶ子供の姿を幻視した。
﹁││││サーヴァント・アヴェンジャー、推参した﹂
る威圧感を纏う姿。
刺々しい、まるで他の一切を拒絶するような圧迫感と、それ以上に見るものを圧倒す
光の中から顕れたのは、血臭を撒き散らす白銀の全 身 甲 冑。
に釘付けになる。
召喚者である少女も殺人鬼である龍之介も、呆然としながら召喚陣の中に顕れた存在
﹁││││﹂
422
?
﹁あん
﹂
﹁││││COOOOLッ
﹂
!
動を伝えんと近付いて行く。
!!
?
!
しっくりいかないんだよね。いや、みんな綺麗だったよ
も良い音色を奏でてくれたし、他には││││﹂
﹂
?
!
ないほど息を呑む。
龍之介の口から出てくる狂った言動に、未だに拘束されている少女が何度目かわから
﹁ッ⋮⋮
!!
バイオリンにした子はとて
﹁なぁ、アンタなら知ってるかな 俺も何十回も何十人も切り開いて来たけど、なんか
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
斬ってるでしょ 俺も相当切り刻んでるけど、そんなレベルじゃないっしょ御宅 ﹂
鎧 も 凄 い け ど 何 よ り そ の デ ッ カ イ 剣 が や べ ぇ
ソ レ 絶 対 人
ゆらりと、騎士が龍之介の方を見ると、更に瞳を輝かせて言葉だけでなく手振りで感
龍之介の歓喜の叫びに遮られてしまう。
!!!
﹁手前、まさか││││﹂
少女が溢した名前に騎士が怪訝そうな言葉を呟くも、
?
﹁す っ げ ぇ す っ げ ぇ
第十三夜 YESロリータNOタッチ
423
││││死の探究。
テーマだけならば龍之介はまさしく魔術師らしいモノだった。
しかし僅かに記憶が戻りつつあると言っても、感覚だけなら常人のソレである少女に
は理解したくもない内容だった。
そんな龍之介に、騎士は何の感情も込められていない声で問い掛けた。
﹁オイ﹂
﹂
﹂
最近ハマってるやり方なんだけど、取り敢えずこう言うのって生け
﹁コレをやったのは、テメェか
贄必須じゃない。だからまぁ、一つご一献どう
!
﹂
?
地面に倒れた龍之介は、自分の下半身を見上げていた。
﹁テメェのハラワタでも切り裂いてろ、外道﹂
﹁⋮⋮⋮⋮へ
瞬間、龍之介の視界が衝撃と共に瞬いた。
目の前の騎士が凄まじい怒気を撒き散らしていたことに。
だから分からなかった。
それに、龍之介自身も目の前で起きたことに興奮していたこともあった。
兜によって頭が覆われている為、その表情を窺うことは出来ない。
?
﹁おっ、そうそう
?
424
全身甲冑の騎士は、英霊の中でも非常に強い膂力で以て龍之介の腹部のみを消し飛ば
していたのだ。
龍之介の上半身は地面に落ち、物言わぬ下半身はグラつき傷口を落ちた龍之介に見せ
付けるように倒れ、その中身をぶちまけた。
キレイ⋮⋮だ││││﹂
そんな彼女に、騎士は近付いて一振り。
言すら絶句した少女は言えなかった。
殺人鬼の凄惨な、しかしあまりに穏やかな死に顔に、友人やその家族を殺された恨み
惨殺としか言えない末路、しかし満面の笑みの死に様に戦慄する。
﹁⋮⋮ッ﹂
それを見た龍之介は目を輝かせ、そして満足そうに目を閉じた。
﹁⋮⋮うわぁ⋮⋮
!
﹂
!?
記憶を取り戻しつつある少女はあんまりな呼びように思わず復唱してしまうが、騎士
﹁お、王妃紛い
﹁オイ、王妃紛い﹂
包まれた手の甲に刻まれた令呪の魔力を確認する。
器用に少女の身動きを封じていたテープを切り裂き自由にすると共に、少女の包帯に
﹁あ⋮⋮﹂
第十三夜 YESロリータNOタッチ
425
は構わず宝剣を虚空に溶かすように消し、その兜を解いた。
戦した、その瞬間であった。
ギネヴィアという一人の王妃の人生を背負った少女が、何もかも狂った聖杯戦争に参
﹁││││氷室、鐘﹂
今世に於ける、王妃でなくただの少女としての名を。
を除いて全て思い出す前世の名ではなく。
朧気に、しかし数日後に復讐者が宿敵である騎士王に食らい付く頃には、唯一人の顔
そして少女は自身の名前を口にする。
﹁わ、私の名前は││││﹂
﹁手前、名前は﹂
た。
そして、光を喪い深い絶望に溺れ狂気に身を浸す事で心を保たんとする昏い瞳があっ
そこには、流れる様な金糸の髪と非常に整った美しい容姿。
﹁あ││││││││﹂
426
ラー
その光景に思い当たるモノが、ルーラーにはあった。
セイバーがランサーの目の前から消えたのだ。
しかし戦いは突如終わりを告げる。
ろう。
といった傷を負わずに凌いでいたセイバーは間違いなく、大英雄に相応しい存在なのだ
本来凡百の英雄ならばこの時点で勝機は無いだろうが、それを両者ともとは言えこれ
サー・ペンドラゴンを翻弄していた。
ゲ リ ラ 戦 の 達 人 の 縦 横 無 尽 の 戦 い 振 り は、騎 士 で は あ る が 王 で も あ る 騎 士 王 ア ー
流石、唯一人で国を護り切ったケルト神話一の大英雄、光の御子クー・フーリン。
ていった。
セイバーとランサーの二度目の戦いは、しかし地形を活かしたランサーが優勢に進め
昨夜の、郊外の森での聖杯戦争第二戦目。
││││││││裁定者のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクは想起する。
ルー
第十四夜 最後の日 第十四夜 最後の日 427
令呪による空間転移。
サーヴァントに対しての絶対命令権である令呪は、使い方によって魔法級の事象であ
る空間転移すら可能にする。
恐らくセイバーのマスターが行ったのだろう。
ルーラーの気配探知に、アインツベルンの城にセイバーの存在を知覚することが出来
た。
そして、エレインの気配も。
サーヴァントを手元に戻したマスターと、サーヴァントが側に居ないマスター。
勝敗は決したと言えるだろう。
しかし、ルーラーは城へ足を進めた。
エレインの異様な知識、謎の情報源。異様な自信。
この危機的状況で彼女がどう振る舞うか。
この聖杯戦争で自身が召喚された理由を知ることが出来るかもしれないと、彼女は向
かわずには居られなかった。
裁定者の、聖人固有のスキル﹃啓示﹄。
それが働かなかったのも、助長させていた。
﹁それがまさか、聖ロンギヌスの槍だなんて⋮⋮﹂
428
エレインが持ち出した切り札。
世界最大級の聖遺物の輝きは、思わずジャンヌでさえ思考を停止させて魅入ってい
た。
しかし、だからこそ疑問が生じる。
﹂
?
そ れ こ そ、一 瞥 で 万 象 を 見 通 す 英 雄 王 の 精 神 性 が 昇 華 さ れ た 宝 具 │ │ │ │
情報が圧倒的に足りないのだ。
エレインの望みが、目的が見えない。
そう、分からないのだ。
が、それでも意味がわからない。
正確には、この冬木の聖杯戦争の聖杯の願望器としての機能は副産物に過ぎないのだ
るレベル﹂で意味がない、と例えるだろう。
とある阿呆なら、
﹁立川市の聖人の相対的に見てダメな方を連れて、聖杯戦争に参加す
聖杯を武器に聖杯戦争に挑むレベルで意味がない。
それは聖杯を求めるという、戦いの大前提を壊すものだ。
曰く、持ち主に世界を制する力を与える伝説の聖槍。
あれほどの聖遺物があるのなら、聖杯を求める必要があるのだろうか。
﹁彼女は何故、聖杯戦争に参加したのか││││
第十四夜 最後の日 429
シ ャ・ ナ
ク
パ・ イ
ル
ム
︶
!??
ソレはしかし、つい先日彼女を空腹から救ったランスロと名乗った男だった。
そんな異常な化物。
﹁貴方は││││﹂
それは余りに異常である。
押し留められるまで気付かない。
霊基盤を上回るほどの精度がある半径十キロに及ぶ気配感知を持つルーラーが、肩を
驚愕がルーラーを襲う。
︵││││││││ッッ
ルーラーはただの娘のような声を漏らし、肩に手を掛けて押し留められていた。
﹁えっ﹂
﹁前方注意だ﹂
思考が袋小路に嵌まっていた、そんな時。
﹃全知なるや全能の星﹄があれば別なのだろうが、ルーラーはあくまで聖女でしかない。
430
第十四夜 最後の日 ﹁また会いましたね﹂
道を歩きながら、前を歩く桜と彼女と寄り添うように歩く灰色の狼││││シフを眺
﹁まぁ、昼は基本的に桜と散歩しているからな﹂
めながら、ルーラーとランスロットは話す。
本当ならば彼女は男││││ランスロットに対して警戒し、その正体を詰問すべきで
ある。だが、連れている少女││││桜の存在がそれを躊躇させた。
それに彼に対して啓示が何の反応もしなかったのと、ランスロットがルーラーに対し
て敵意や悪意を一切抱いていなかったのが大きかった。
ルーラーは前を歩く、表情が一切無く、瞳に光が無くなっている少女について尋ねた。
﹁││││解るか﹂
﹁あの、失礼ですが彼女は⋮⋮﹂
第十四夜 最後の日 431
・
・
・
・
・
・
・
・
・
似たような瞳をした人間を、彼女は生前で見たことがあるからだ。
・
何度も、何度も。
﹁だが、桜の負った傷は大きい。身体の傷はまだしも、心に負った傷はそう簡単には癒え
る。
しかし、そこからが本番だと最も人権の価値が低かった時代を駆けた聖女は知ってい
幼い少女の地獄は、一先ず終わったのだと。
それに一息つける。
な事情があるのだが⋮⋮まぁ、今は虐待自体はもう無い﹂
﹁俺がこの街に来たのも、彼女の今の保護者が俺を呼んだからだ。その辺りは少し面倒
﹁彼女は、貴方が救ったのですね﹂
行き倒れた自分に、あれほどの慈悲を見せたのだから、と。
んな状況を見過ごす訳がないと確信している。
しかし、ルーラーは短い時間しかランスロットと過ごしていないが、それでも彼がそ
痛ましい、ありふれているとは言え桜は間違いなく不幸な境遇であった。
﹁⋮⋮ッ﹂
いた。心を護るために、桜は心を閉ざすしかなかった﹂
﹁お前を信用して話すが⋮⋮あの子は養子に出された家で、つい最近まで虐待を受けて
432
ない﹂
百も承知。
そう言わんばかりにルーラーは頷き、同意する。
身体の傷は場合によっては簡単に治るが、心の傷だけは絶対に時間が掛かる。
桜を連れて散歩をするのは、彼女の気分転換であるのだが。
ア ニ マ ル セ ラ ピー
﹁シフ││││あの仔を側に置くのも、それが理由だ﹂
﹁動物介在療法、ですか﹂
それでもシフは幻想種、その親和性は抜群だろう。
﹁あぁ。気休めだろうが、な﹂
何より、桜の周囲から昆虫類を悉く排除する為の措置でもある。
﹁本来なら、これも雁夜││││あぁ。桜の保護者なんだが。ソイツがやりたがってい
居候と先日
?
たが、あの男自身、点滴が手放せない身体だ。俺はその代わりだな﹂
そしてその居候である目の前の男は何者なのか。
彼は間違いなく間桐家、即ち聖杯戦争のマスターだろう。
ランスロの言う雁夜。
仰っていましたが⋮⋮﹂
﹁それは⋮⋮貴方は、雁夜さん││でしたね、彼とはどういった出会いを
第十四夜 最後の日 433
疑いたくは無い。
何よりルーラーにとって恩人を疑うという選択肢は苦渋のそれだ。
しかしここまで一切姿を見せず、アーチャーという明確な動きが見える遠坂と違い痕
跡すら残さない間桐。
順当に行くのなら、初戦に現れたキャスターと思しき姿を隠した、ルーラーの﹃真名
看破﹄すら防いだ謎のサーヴァントの情報も得られるのではないか││││と。
このような人情に溢れ、救いを施せる男を疑う自分を恥じた。
そして、ランスロに対して間桐を探るのは止めた。
その話を聞いた時、前を歩く桜を見ながらルーラーの顔に笑みが浮かぶ。
﹁そう、ですか﹂
﹁丁度宿無しの根無し草だったからな。それで解決に協力している﹂
アレを見過ごしては英雄などと呼ばれる資格は無い。
いを。
全身から血を吹き出しながら、遠坂時臣への憎悪で隠れた本心である、桜の救済の願
ランスロットは思い出す。
めに何か準備した所に遭遇してな。流石にアレを見過ごすという選択肢は無かった﹂ ﹁ふむ、言いにくいのだが⋮⋮先に言った虐待をしていた雁夜の祖父から、桜を助けるた
434
﹂
そして再度、聖杯戦争で一般の人々から犠牲を出すまいと誓った。
喪われてはいけないのだと。
﹁そう言えば、君は何故この街に
﹁え、えっと⋮⋮私は││││﹂
︵馬鹿な⋮⋮ッ
今は昼下がり、サーヴァントが集まる道理など││││︶
彼女の感知能力が、複数のサーヴァントが集まっているのを捉えたからだ。
慌てて言い訳を考えるルーラーに││││││││緊張が走った。
?
﹁申し訳ありません、急用が出来ましたッ
そう言い残し、ルーラーは踵を翻した。
﹂
颯爽とその場を後にする彼女に、ランスロットは心の中で静かに呟いた。
!
た。
神秘の秘匿もそうだが、何より巻き込まれ生み出されるであろう被害者の数に青褪め
こんな日中にサーヴァント同士の戦闘。
!?
﹁
﹂
﹃││││││││大変だねぇ。問題児多すぎんよ﹄
第十四夜 最後の日 435
?
元駆動のように壁や住宅街の屋上を駆け抜ける。
日中ということで全力疾走は出来ないが、それでも路地裏や影を使ってさながら三次
ルーラーは走る。
◆◆◆
││││お前が言うな、と。
この場に雁夜が居たら、その半死半生の肉体を酷使してでも叫んだだろう。
﹁わふっ﹂
436
︶
︵││││サーヴァントが二人⋮⋮いや、四人
の真っ只中でぶつかり合えば⋮⋮
﹁もうすぐ││││
﹂
そんな数のサーヴァントがこんな昼
そうして、そのサーヴァント達が集まってる場所に辿り着いた。
其処は││││││││
丁度良い、お主も共に食わぬか
!!
﹂
!?
!
﹁おぉ ルーラーではないか
!
やら、とんでもなく旨そうな匂いを出しとる
お好み焼き屋と
そんなのがぶつかり合えば、この街は間違いなく消し飛ぶだろう。
以上の宝具を持っている。 しかも今回召喚されているサーヴァントは、正体不明のキャスターを除き全員が対軍
被害者は十や二十ではきかない。
!!
!?
!
第十四夜 最後の日 437
﹁うぉいッッ
何言ってるんだよオマエ
!!?
﹂
!!!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はい
﹂
││││事の切っ掛けはライダーがウェイバーを連れ回していた時にまで遡る。
?
れるアヴェンジャー。
不機嫌極まり無い表情で舌打ちし、恐らくマスターであろう眼鏡を掛けた少女に諭さ
カラカラと笑いながら金貨を虚空に現れた黄金の歪みから取り出すアーチャー。
ライダーのマスターと共にいた、喚く少年を諌めるランサー。
高らかに豪快な笑い声を鳴らしながら手招きしてくるライダー。
﹁コラ、折角御馳走になるんだ。そんな舌打ちしては失礼だろう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮チッ﹂
﹁お金はボクが負担しますから大丈夫ですよ、ルーラーのお姉さん﹂
﹁まぁまぁそう言うなよ小僧。別に此処は戦場じゃねぇんだからよ﹂
438
先に確認しておくが、サーヴァントの気配は極めて特徴的である。
何せ現代では本来あり得ないほどの神秘の化身。それは霊格が高ければ高いほど顕
著になる。
魔術師ならば、その身に纏う超然とした魔力で一目で分かるだろう。
更に言えば基本的に英霊になった人物は極めて個性的であり、十中八九外見が特徴的
である。 ライダー、イスカンダルは極めて分かりやすい二メートルを超える筋肉隆々の大男で
ある。
それに未だ素顔が明らかになっていないキャスターと、一部の例外を除いて姿すら見
せないアサシンは別として、セイバー・アーチャー・ランサー・アヴェンジャーの悉く
が容姿端麗眉目秀麗。
止めに全員が日本人では無い。
これで目立つなという方がおかしい。
必然、人だかりが出来、一目瞭然。
﹂
このお好み焼きとやら、今まで食べたことの無い旨さだ これ
更に運悪くそんな面々がそれに気づけば││││こうなる。
!
何という柔らかさだ
?
﹁いやー美味いッ
が元々粉だと
!
第十四夜 最後の日 439
!!
﹁⋮⋮何でこんなことになったんだよぉ﹂
このナマチューってのヤベェなぁオイ
﹂
そ り ゃ 間 が 悪 か っ た ん だ ろ。つ ー か 飯 時 に い つ ま で も 辛 気 臭 ェ ツ ラ し て ん
じゃねェよ。ホラ飲め飲め
﹂
!!
﹁あ ん
﹁ガツガツガツガツガツッッッッ
!
?
﹂
?
?
﹁御昼時に丁度良いと、ボクが食事を提案したんです﹂
しての
が、流石に真っ昼間からやり合う訳にもいくまい 其処に英雄王めとランサーが合流
﹁先ず、余がアヴェンジャーとそのマスターの娘と会ってな。最初は噛み付いて居った
﹁それで、何故このような状態になっているのですか﹂
がコンビを組んで巻き込めない人間など存在しない。
幾らルーラーもカリスマをCランクで保有しているとはいえ、前述の征服王と英雄王
という呪いに等しいカリスマを持つアーチャーが、笑いながら後押しした。
ランクを持つライダーに強引に巻き込まれ、さらにそれに乗った征服王すら超えるA+
そのサーヴァント集団に合流したルーラーは、カリスマAという人間の限界値である
﹁アハハハハ﹂
﹁││││││││はぁ﹂
﹁コラ、もうちょっと落ち着いて食べないか。あぁ、溢れてるだろう。全く⋮⋮﹂
!!!!
440
﹁俺は誘われれば断れねぇしな﹂
﹁彼女も落ち着いたしな。それに、折角の誘いを断るのも悪いだろう﹂
神秘の秘匿やその﹃食事﹄というワードでアヴェンジャーは何故か静かになり、そん
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なるほど﹂
な彼女のマスターはそれに便乗。
ルーラーにはランサーの真名を﹃真名看破﹄で知ることができ、彼が誘われた食事を
ゲッシュ
断れないのはまだ納得がいく。
クー・フーリンは様々な誓約で縛られており、目下の者からの食事の誘いを断れない。
今回は王族たる彼より目上の人間││││王からの誘いであるため実は断ることも
出来たのだが、今回は彼の主人からの命令も有り、乗ったのだ。
そしてルーラーの啓示スキルにも、このメンバーから目を離してはいけない事を直感
させられた。
今日、何かがあるのだと。 ライダーのサーヴァント
﹂
?
余から見ても中々の佇まい、一国の姫君の様ではないか﹂
﹁こんな小娘に興味があるのか
!
﹁││││⋮⋮氷室鐘。魔術師でもないただの小娘だよ﹂
﹁うむ
?
﹁そう言えばお主の名前を聞いておらなんだな、アヴェンジャーのマスターよ﹂
第十四夜 最後の日 441
ライダーの言葉にアヴェンジャーのマスター││││氷室が目を見開き、しかし自嘲
気味に嗤う。
まるでそう呼ばれるのが辛いように。
その姿は10にも届かないような幼い姿には、あまりに不釣り合いな感傷。
そんな彼女に、先程からの凄まじい勢いの食事の手が止まり、アヴェンジャーが細め
た瞳で見遣る。
そんな二人をふむ、とライダーが見据え。
向けられる。
?
のを忘れたのか
﹂
﹁何を言う坊主。昨日のてれびとやらに、
﹃かもしれない運転﹄というのをやっておった
﹁お前⋮⋮よりにもよって今ソレやるか
﹂
あっさりとフラれたライダーに、ウェイバーとランサー、ルーラーから呆れた視線を
始めた。
ピシャリと、ライダーの言を切り捨ててアヴェンジャーは再びどんぶりをかっ喰らい
﹁死ね﹂
││││﹂
﹁何やら訳ありかの。所でアヴェンジャーよ、あの夜には言わなんだがお主、余の傘下に
442
?
﹁それは車の運転の話だろ
ワイワイガヤガヤ。
﹂
マスターの助手だったか 穴蔵決め込
﹁随分とまぁ愉快な主従だなぁオイ。いや
?
﹂
?
﹁それだランサー、お主のマスターは何処で何をしておる。こういう場でこそあやつの
ねずにはいられなかった。
その悲劇とも言える結末を、ランサーは生前殺してやる事が出来なかった己が師と重
レインに輪廻すら超えさせた男。
目の前の一心不乱に食事を取るアヴェンジャー。そんな彼女を復讐の狂気に陥れ、エ
ながら、生ビールを煽る。
カラカラと笑うアーチャーに、ランサーは切り分けたお好み焼きを箸で器用に摘まみ
﹁あー⋮⋮惚気話を時々聞かされてるわ。見てて微笑ましいぜ全く﹂
サーさんの方は
﹁アハハ。ボクのマスターはお堅いですから、あぁいった掛け合いはしませんね。ラン
﹂
んでやがるお前のマスターと比べてどうよ
?
そんな二人に視線を向けるのは二人の騎士クラスのサーヴァント。
ントからしてみればじゃれ合いの様な光景。
そんな擬音が見えて来るようなライダーとウェイバーのやり取り、それこそサーヴァ
!?
?
第十四夜 最後の日 443
聖杯に捧げる願いを聞かねば
﹂
ルー
!
﹂
?
﹂
?
ラー
らにキチンと伝えるかどうか怪しかったんでな﹂
﹁俺の目的はそれを出来るだけ他の陣営に伝えることだ。協会の監督役とやらが、お前
﹁⋮⋮メッセージ
﹁そろそろ俺のマスターからメッセージが届いてる頃だろ﹂
ランサーが確認する様に目配せし、ニヤリと悪巧みに協力する悪童の様に笑う。
﹁そうだな、これ以上は集まりようが無さそうだしな﹂
から。
そして、その結末が理論的に成立すると見做されたからこそ、彼女は召喚されたのだ
その一つが﹁世界を崩壊に導く願望﹂の絶対阻止である。
基本中立の立場である彼女にも、例外が存在する。
そのライダーの言葉に、ルーラーも便乗する。
﹁ほう
知っておく必要があります﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうですね。私も﹃裁定者﹄のクラスで召喚された者として、貴殿方の願いを
444
◆◆◆
同時刻。
冬木教会に一個の小包と共に一枚の手紙が、使い魔によって届けられた。
御丁寧に、その異常の証拠として厳重に封印された﹃泥﹄をも揃えて。
﹃││││大聖杯に異常あり。全陣営に休戦と招集要請を﹄
第十四夜 最後の日 445
◆◆◆
﹁聖杯の、異常⋮⋮
﹁ふむ⋮⋮﹂
﹁あらあら﹂
﹁異常だと⋮⋮
?
﹂
ルーラーは己が﹃啓示﹄が反応するのを理解した。
﹁聖杯の異常⋮⋮まさか﹂
アヴェンジャーは食事を止め苛立ちの声を漏らした。
アーチャーはあまり興味無さげに曖昧な苦笑を。
それぞれのサーヴァントは、ライダーは顎を手で持ち。
﹁││││﹂
﹂
それに愕然とした言葉がウェイバーから呟かれる。
ランサーが告げたエレインが教会へ行った要請。
!?
446
正しく、己が役目はその異常に関係するのだと、彼女に直感させたのだ。
﹁まぁ詳しい理由は教会に向かってからだ。俺のマスターは一応全陣営に招集を要請し
たが、だからと云って教会が早々そんな要請を認めるとは思えねぇ﹂
﹁うむ、当然ではあるな﹂
聖杯の異常。
それが御三家の人間が行った報告ならば兎も角、外部の魔術師のモノ。
そう簡単に信用など出来ないだろう。
だが監督役を自称する者として、聖杯の異常など決して無視することは出来ない。
﹁だとすると教会が招集するのは、先ず御三家のマスターだろう﹂
御三家のサーヴァントであるアーチャーが同意する。
﹁まぁ、そうでしょうねー。どうやらボクのマスターも教会に向かうようです﹂
それは同時に、殆どの外来マスターを余所に自分達だけで話を進める事を意味してい
る。
﹁⋮⋮えぇ﹂
んな真似をしたかったか﹂
﹁ルーラー、オマエは俺のマスターの目的が何なのか知りたかったんだよな 何故こ
第十四夜 最後の日 447
?
連
中
第四次聖杯戦争、その最後の日は教会から発せられた一報と共に幕を開けた。
員に聖杯を諦めて貰うことだよ﹂
・・・・・・
﹁││││││││││単純だ。御三家が俺らに隠してる事を全部バラして、お前ら全
448
第十五夜 英傑集合 至福の一時、という表現がある。
とっても幸せ、これ以上ないほどの幸福の時間。
腹一杯ご飯を食べる事がそうだと答える者はいるだろう。
極上の酒を飲むことをそうだと答える者もいるだろう。
絶世の美女を抱くことだと答える者もいるだろう。
戦場で強者と鎬を削ることだと答える者もいるだろう。
まぁ、問題無いようだが﹂
その幸福の定義は千差万別様々だ。
﹁││││毒で触れられない
衣に覆われている。
瑞々しくしなやかで均整の取れた褐色の肢体は、ハサン特有のピッタリとした薄い黒
暗殺者のサーヴァント、静謐のハサン。
ア サ シ ン
││││││そして、そんな彼女の至福の一時とは、誰かと触れている時である。
?
に手段がなかった訳でもないだろうに、失態だ﹂
﹁││││しかしまた、遣ってしまったなコレは。無力化を優先しすぎてしまった。他
第十五夜 英傑集合 449
しかしそれは許されざる行為。
彼女の持つ毒がそれを許さない。
幻想種すら屠る毒牙が、彼女の幻想。彼女の宝具、彼女の武器であり彼女の肉体の全
てである。
手を貸そう﹂
そんな不触の毒華と呼ぶべき彼女は誰にも触れることが出来ない。
その事を寂しく思う事は無い。
ただ哀しいのだ。
﹁││││仕方無い、雁夜の令呪を使うか。立てるか
故に万能の願望機へ捧げる祈りは一つ。
浅ましく思う。
そんな願望機の具現が、今己を包んでいた。
﹁自己紹介がまだだったな。私の名はランスロット。ランスロット・デュ・ラックだ﹂
死なず、倒れず、微笑みを浮かべてくれる誰かを││││││││。
││││私に触れても、
寄り添う者を悉く死に誘う毒として在った、彼女の願い。
?
450
第十五夜 英傑集合 451
第十五夜 英傑集合 ││││││││││││﹃聖杯に異常が発生している可能性有り。御三家に対して
緊急招集を﹄││││
その報せは、当然全ての御三家に正しく監督役の手の者によって知らせられた。
間桐、遠坂。
そして勿論、アインツベルンにも。
エレイン、そして言峰綺礼の襲撃によって様々な被害が出た。
久宇舞弥は外見上無傷であるものの内臓にダメージが残っているらしく、今日は動け
ないだろう。尤も、その程度で済んでいる違和感は拭えないが。
それに比較する訳ではないが、切嗣の傷は案外軽傷だった。
骨を二・三本折ったが既に治療魔術で戦闘続行可能レベルにまで回復し、そもそもセ
イバーはこれといって傷を受けていない。
それよりも精神的なダメージが大きい。
エレインのサーヴァントクラスの戦闘能力に、聖杯に匹敵する聖遺物たるロンギヌ
ス。
﹂
それは、切嗣の戦術が彼女に通用しない事を意味していた。
そこに訪れた教会の使者。
﹁││││聖杯に、異常⋮⋮
のですか
﹂
﹁アイリスフィール。その異常というのは、発生した場合はどの様な事態が起こりうる
そんな可能性、万に一つだろうとあってはならない。
そもそも敗けの許されない、許してはいけない戦いの舞台装置に問題が発生した。
の報せを直ぐ様受け止めることは出来なかった。 恐らく、聖杯に掛ける願いへの執念や強さはどの陣営よりも深かった衛宮切嗣は、そ
!?
452
?
﹂
﹁その異常に依るけれど⋮⋮既に聖杯戦争が始まっている段階で舞台装置に問題があっ
たとしても、聖杯に異常がある、なんて言い方を教会がするかしら⋮⋮
既に聖杯戦争に必要な物は全て揃っている。
そして聖杯の担い手であるアイリスフィールが察知できない異常とはそもそも何だ
?
﹁切嗣
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どう思うかしら、切嗣﹂
教会が態々連絡をしてきたのだ、余程の可能性でなければ起こり得ないだろうに。
?
?
故に切嗣には、コレが教会を使い他の御三家を潰す遠坂の罠にしか思えなかった。
現在は仲違いし敵対しているということになっているが、信じられたモノではない。
ろう遠坂時臣に一時期師事していた事実もある。
そして事前情報で今回の監督役の息子である言峰綺礼がアーチャーのマスターであ
遠坂は御三家で唯一の元隠れキリシタン、即ち聖堂教会と繋がりうる存在だ。
というのがまだ考えられるかな﹂
﹁││││あぁ、済まない。そうだね⋮⋮教会が遠坂と組んで他の御三家を誘き出す罠、
第十五夜 英傑集合 453
それ以上に切嗣にとって縋るべき奇跡に不備が存在するということは、奇跡に捧げる
べき生け贄そのものであるアイリスフィールの献身すら無駄になってしまう事を意味
している。
それだけは、絶対にあってはならない。
想像すら恐ろしい。
そうなればもう││││切嗣は、戦えなくなる。
部屋にアイリスフィールとセイバーだけになった部屋で、アイリスフィールにはどう
切嗣はその部屋を離れ、準備に取り掛かる。
故に、彼は無意識に﹃聖杯が使い物にならない可能性﹄を思考から追いやっていた。
あった。
護るべき物が無かったからこそ脅威だった衛宮切嗣という機械は、最早故障寸前で
正体不明という意味ならばエレインに並ぶ、何故か己を付け狙う代行者、言峰綺礼。
エレインという、魔術師殺しの戦術が効かない相手。
﹁えぇ、彼女の分も頑張りましょう﹂
寧ろ言峰綺礼が襲撃して来て命がある分良く遣ってくれた﹂
臣が窖から出てくるのならチャンスでもある。舞弥が動けないのは痛いが、想定内だ。
﹁どの道僕達の作戦に変わりはない。遠坂が教会と組んで罠に掛けるとしても、遠坂時
454
しても気になった事があった。
﹁セイバー、貴女は││││﹂
眼の色が、金色に染まっていた。
いや、それよりも切嗣は気付いていただろうか。
特に近くで接していたアイリスフィールは解ったのだが、唯でさえそのサーヴァント
には危うさがあった。
まるで贖罪の為に罰を求めて邁進する罪人のように、彼女は何かを欲していた。
それが更に歪に、以前アイリスフィールに見せた弱々しい、しかしなんとか作れてい
た笑みが無い。
表情に感情が薄く、モードレッドは己が倒すと宣言した時と同じ様に。
﹁問題ありません、アイリスフィール﹂
⋮⋮セイバー﹂
!
﹃││││ランスロットが世界から排斥されるという出来事を、無かったことにする。
自ら舞台装置となり、盲目的に国を守らんとした守護の王。
﹁││││﹂
に戻ります﹂
﹁視覚は万全、寧ろ力が増しています。瞳も聖槍による何らかの影響でしょうが、すぐ元
﹁
第十五夜 英傑集合 455
ソレが、私の聖杯に捧げる望みです﹄
夢の続きを望むのだと、彼女は確かにそう言った。
嘘ではないと思う。しかし、それは本当なのだろうか
アイリスフィールの眼には、彼女が贖罪を求める罪人の様に見えた。
しかしそれが愛する人間を喪った悲哀からの逃避だとするならば。
そう、王の役目故に。
とした。
モードレッドを仮に﹃王としてのやり残した役目﹄として、セイバーは彼女を斬らん
?
アイリスフィールは祈らずには居られなかった。
願わくば、夫の勝ち取る聖杯が彼女に少しでも幸があることを。
︵手前勝手かも知れないけど││││恨むわよ。サー・ランスロット︶
456
◆◆◆
﹁││││ふむ、熱も無い。脈拍も問題無さそうだな﹂
素人目には﹄
﹃いやー、前例が無かった訳じゃないけども、問題無さそうで良かった良かった││││
邪を引いた少女の様に甲斐甲斐しく扱われた。
目覚めた彼女は、ジャンヌと別れたシフと桜との散歩を終えたランスロットから、風
椅子に座っている半身が歪んだ白貌の病人の念話と会話に呆然とする。
アサシンが横になっている側に寄り添うランスロットと、離れた場所で点滴片手に車
そして今、彼女は恐らく生まれて初めて至福の最中に居た。
﹁何処が大丈夫なんだ﹂
第十五夜 英傑集合 457
額に手をやり熱を推測し、食べやすい食事を持ってあーん等││││大凡、彼女が経
験したことの無い対応であったのは間違いない。
阿
呆
唇を奪い獲物の脳髄を破壊する彼女が、脳髄を溶かされる様な刺激に襲われた。
有り体に言えば、ブリテンに於いて数多の淑女の心を奪った湖の騎士に骨抜きにされ
たのだ。
ヒュドラの毒沼に突っ込み、温度調整を求める次元違いの頑強さを持つ阿呆によって
彼女は至福を得ていたのだ。
﹄
?
?
?
使用していたのだ。
?
彼女を受肉し、一個の生命として再誕させる為に。
﹃この手段を考えた伊勢三少年マジ現代の聖人。ん 魔性菩薩
知らんなぁ、そん
故に先程ルーラーと遭遇した時点でランスロットは雁夜から譲り受けた令呪を全て
手段としてランスロットが行った方法とは││││﹃全令呪による受肉﹄である。
マスター処か舞台装置である大聖杯との繋がりすら断ち斬り消滅寸前の彼女を救う
昨夜のやりとり。
﹁オイ﹂
に触診してお医者ごっこしろと
﹃魔術師じゃねーんだから解るわきゃねーべよ。それかアレか あのエロエロぼでー
458
なワールドビッチ﹄
とある並行世界に於いて常人ならば容易く発狂する激痛の中、しかし会ったこともな
い人々の幸福を願った少年が、己がサーヴァントを受肉させた様に。
ランスロットがやったのはそれと同じ事。
しかも前例である死に際の少年とは違い、命令したのは単一宇宙。
令呪による霊体の固定程度の不完全な受肉ではなく、完全な物だ。
﹃し か た ね ー な ぁ オ イ。俺 は そ ん な つ も り 無 か っ た け ど、家 主 の 命 令 た ぁ 断 れ ね ー し
つれーわー
マジつれーわー
!
!
しかして来客は、聖堂教会からの使者であった。
になったら即座に対応できる様に。
アサシンは本職の、ランスロットは真祖すら欺いた気配遮断を用いて影に潜み、荒事
それに対して車椅子に乗る雁夜と、それを押す桜が対応する。
││││いざ﹄
なぁ。後々セクハラで訴えられても﹁初恋拗らせた人妻好きに無理矢理命令されまし
た﹂て言うしかねーわ。かーっ
﹂
!
そんな時、間桐邸のチャイムが鳴る音が響く。
﹁やめろォ
!
﹁聖杯に、異常⋮⋮だって
﹂
﹃聖杯に異常が発生している可能性有り。御三家に対して緊急招集を﹄││││と。
第十五夜 英傑集合 459
?
﹃今更⋮⋮
﹄
?
氷室鐘。
そのライダーが操る空駆ける戦車に乗る、一人の少女。アヴェンジャーのマスター、
ウェイバーの連絡を受けて合流したケイネスを引き連れるライダー。
冬木教会に男女の一団が現れた。
そして逢魔ヶ時は過ぎ、闇に潜む者達が蠢き出す時間。
◆◆◆
﹂
?
﹄
﹁え
?
﹃え
460
そして黄金の少年王。アーチャーのサーヴァント、ギルガメッシュが意味深な笑みを
浮かべている。
れるね﹂
﹁というか、氷室さんも良く他のサーヴァントがいるこんなところに平然と座っていら
具を喰らいたくは無いだろう
﹂
﹁別段平然と言うわけでは無いさ。それに私を殺しても横合いからアヴェンジャーの宝
﹂
フン、私とて魔術回路を持つだけの子供を殺すなど
﹁当然であるな。それにお主の様な童を殺すなど余のマスターがする訳があるまい
か。
鎮める事なく断続的に殺気を放っているのは復讐者たる由縁か、それとも元々の気質
そんなケイネスの言に霊体化しているアヴェンジャーからの殺気が弱まる。ソコで
等と不名誉極まりない行動をする筈がなかった。
それを魔術師処か魔術を使えない、しかも両手で足りる歳の少女を不意討ちで殺した
ケイネスの聖杯戦争での目的は正当なる決闘による勝利。
寧ろ恥だ﹂
﹁⋮⋮それは私に対する挑発か
?
?
?
とある義兄騎士は後者だと口汚く罵るだろう。
﹁おう、此処かマスター﹂
第十五夜 英傑集合 461
﹁着いたか⋮⋮﹂
冬木教会。
聖杯戦争の監督役の居る地であり、基本的に不可侵の場所である。
そんな冬木教会の門に凭れ掛かるように立っている銀髪の美女が居た。
﹂
?
セ
ル
﹁いや⋮⋮まさか、ギネヴィア王妃か││││
﹂
そんなエレインが何かに気付いたのか、驚愕に眼を見開く。
不敵に笑うエレインを静かに視線を向けるルーラー。
﹁その目的とやら、是非ともお教え願いたいですね﹂
れんぞ
﹁そんな眼をするな紅蓮の聖女。私の目的はお前にとってもそう悪い話では無いかも知
ラ・ ピ ュ
﹁エレイン・プレストーン・ユグドミレニア⋮⋮﹂
そして遅れて到着したルーラーが集う。
ライダーの戦車が止まると同時に、霊体から実体化したランサーとアヴェンジャー。
﹁うむ、後は││││﹂
﹁ソイツは重畳だ﹂
は既に来ている﹂
﹁成る程、随分良く遣ってくれたみたいだなランサー。大凡理想の面子だよ。遠坂時臣
462
!
ヴィヴィアン様
﹁⋮⋮また汝に会えるとは。私が彼女を召喚した事といい、本格的に運命とやらを感じ
ざるを得ないよエレイン姫。どうやら湖の乙女は大凡私達の願いを叶えてくれた様だ﹂
旧友との再会。
そしてギネヴィアと呼ばれた氷室に周囲から驚きの視線を向けられるが、ドリフトの
轟音を響かせ現れた一台の車に一堂は警戒する。
現れたのは人形めいた美しさを持つ銀髪紅眼の美女と、金髪の男装の麗人。
即ちアイリスフィールとセイバーである。
ライダー
アヴェンジャー
ルー
ラー
セイバーの姿に氷室が息を呑み、令呪を抱き締めながら己のサーヴァントを盗み見
﹁ッ⋮⋮⋮﹂
る。
ランサー
もしここで暴走するようならば、必ず止めるのだと。
アーチャー
キャスター
バーサーカー
しかし、彼女はアサシンは脱落していないのだと確信していた。
とを知っている。
だが冬木教会を常に監視していたエレインは、言峰綺礼が教会の保護を受けているこ
残るは暗殺者、そして魔術師か狂戦士。
ア サ シ ン
これで剣士、 弓 兵、槍兵、騎兵、 復 讐 者。そして裁定者が揃った。
セイバー
﹁⋮⋮チッ﹂
第十五夜 英傑集合 463
E
X
だが、仮にアサシンが脱落していようが居まいが、現段階では最早関係がなかった。
仮に気配遮断が評価規格外のハサンがアサシンだったとしても、本来冬木の聖杯で喚
べない筈の八極拳の暗殺者だとしても。
暗殺者である以上、エレインの札を覆す事は出来はしない。
問題はキャスターだが││││
◆◆◆
﹁││││││││さて、これで残るは間桐だけ、か﹂
464
時間は少し遡り、場所は間桐邸。
眠りについた桜を除き雁夜、ランスロット、アサシンが集まっていた。
雁夜は相変わらず車椅子に座り、ランスロットはソファで顎肘を置いている。
﹂
そんなランスロットに侍る様にアサシンは片膝をついて跪いている。
﹁聖杯の異常って何なんだ
﹁⋮⋮
﹂
﹁な││││﹂
異常だ。間違いなく抑止力が発生する案件になるだろう﹂
﹁具体的な話は長くなるから省くが、聖杯が完成したら全人類が呪い殺される程度には
?
そんな二人に溜め息を吐きながら続ける。
ランスロットの言葉に、雁夜とアサシンが絶句する。
!?
それは雁夜とて理解している。
るような悪ではない。
確かにランスロットは今、ただの人間とは言い難いが、だからといって人類を見捨て
全人類が巻き込まれるレベルの問題に対し、ランスロットは関係がないと断言した。
﹁関係がないって⋮⋮﹂
﹁まぁ解決策は様々あるが、俺には聖杯が汚染されていようが関係がない﹂
第十五夜 英傑集合 465
﹁じゃあ、どうするんだ。教会からの招集は
﹂
?
﹁⋮⋮で、お前は
﹂
﹂
﹃雁夜雁夜、出前は取ったか
﹁⋮⋮⋮⋮は
?
?
﹁⋮⋮まさか、昨日のアレ本気だったのか
﹂
﹃バグを調整できる奴がいれば良いんだけど、キャスター何処にも居ねーし。そもそも
?
聖杯戦争を長引かせる訳にはいかない﹂
﹁昨夜はアサシンを保護したから出来なかったが、安定したなら良いだろう。これ以上
?
﹄
まるで長年の恋が叶った少女の様だ。
訝しむというよりも呆れる様に、頭を撫でられ恍惚としているハサンを見る。
﹁えらく従順だな⋮⋮﹂
﹁仰せのままに﹂
掴める用意をしておけ﹂
﹁シフ。桜と雁夜を頼む。ハサン、最悪の事を考え毒を物理的に防げる何か越しに物を
ランスロットは徐に立ち上がり、いつの間にか現れていた灰色の狼を見る。
唯でさえボロボロの身体に止めを刺すわけにはいかん﹂
﹁教会の招集など無視しておけ。どの道その身体で冬木教会に向かうのは自殺行為だ。
466
キチンと整備しなかった奴等が悪い。しかたないね﹄
彼に纏わりつく様な闇が召喚時の貴族服と外套を形取る。
フ ォ ー・ サ ム ワ ン ズ・ グ ロ ウ リ ー
即ち、戦闘体勢である。
ア
ロ
ン
ダ
イ
ト
尤も、隠蔽宝具﹃己が栄光の為でなく﹄発動中は得物である﹃無毀なる湖光﹄は使え
そうあれかし
ないのだが。
﹁︻〝 AMEN 〟 と 叫 ん で 斬 れ ば、世 界 は す る り と 片 付 き 申 す︼│ │ │ か。な ら ば 諸 共
斬って見せよう﹂
こうして、聖杯戦争は核心へと至る。
舞台装置から壊れたこの戦争に、刃が斬り入られる。
役者達はその終わりの渦に巻き込まれていく。
唯一人、何もかも台無しにする制御不能の宙の剣鬼を除いて。
﹁いい加減、俺も腹を括らねばな。アルトリア﹂
第十五夜 英傑集合 467
第十六夜 王の問答
御三家による会談。
しかしエレインの策と偶然の積み重ねによりほぼ全ての陣営が冬木教会に集まって
いた。
を行う﹂
﹁おや、集まった彼等は全面的に無視か
何か聴かれては困ることでも
﹂
?
﹁⋮⋮無用な混乱を与える必要も無いでしょう。それで貴女の言う﹃聖杯の異常﹄とは具
アサシンの元マスター言峰綺礼の父、言峰璃正である。
張り詰めている。
八十という年齢でありながら、老いを感じさせない鍛え上げられた筋肉がカソックを
い参加者達の注目を浴びる。
冬木教会内部、聖堂の中心に今回の聖杯戦争の監督役の白髪の男性が大半と言って良
?
レイン・プレストーン・ユグドミレニアと主催側の遠坂、アインツベルンのみで、会談
﹁さて⋮⋮間桐から連絡があり、当主が体調上この場に出席できない為、報告者であるエ
468
体的には一体何なのですかな
﹁何のために
﹂
﹂ てからでも遅くは無いではないか﹂
﹁折角大多数のマスターとサーヴァントが揃ったのだ。彼等の聖杯に捧げる願いを聴い
するとエレインは聖堂にいる他の陣営を仰いだ。
﹁⋮⋮では何を﹂
﹁まぁ待て。﹃兵は拙速を尊ぶ﹄とは言うが、同時に﹃急がば回れ﹄とも言うだろう﹂
?
﹁⋮⋮納得
﹂
﹁﹃納得﹄が必要だからだ﹂
全く以て意味がわからない。エレインの目的も、その為の道筋も。
反論の言葉を口にしたアイリスフィールが、エレインを睨む。
?
﹂
全てに優先する︼。全て話して、それでも戦いを続けると言われれば面倒だ﹂
﹁そう、
﹃納得﹄だ。理解では足りないと、
﹃彼﹄はよく言っていた。︻││││﹃納得﹄は
?
?
﹁⋮⋮な、にを﹂
況になる、と言った方が良いだろうな﹂
﹁あぁ、言葉が足りなかったな。私よりも、あぁそうだな。衛宮切嗣にとって最も悪い状
﹁あら、貴女にとって悪い状況なら、私達にとっては朗報でなくて
第十六夜 王の問答
469
そのエレインの言葉は、アイリスフィールの仮初めの余裕を根刮ぎ奪い尽くした。
夫である衛宮切嗣にとっての最悪とは何だ。
人類を救済せんとする彼にとっての最悪など、一つしか││││。
そんなアイリスフィールを尻目に、エレインは続ける。
﹂
とは言ったものの、余は王の格比べでソレを聴きたかったのだがなぁ﹂
﹁それに英霊ならば、己の願望を偽りはしまい
!
世界に望まれ世界を治めた世界王。
抑止力
﹁だがアーチャーは、ギルガメッシュは格が違う﹂
ろう。
確かにセイバーやライダーは歴史に名を残す大英雄。王としての格は非常に高いだ
エレインは断言し、そしてアーチャーは言葉通りに肯定した。
そんなライダー、そしてセイバーとギネヴィア、アヴェンジャーすら切り捨てる様に
﹁当然ですね﹂
極めて優れた王なのだろうが、ソレを超える王などあり得ない﹂
﹁王としての格など、比べるまでも無くそこの英雄王がぶっちぎりだ。ライダーも勿論
この場に己に匹敵する王が複数いるのだと確信しているが故の、未練である。
征服王が喜悦を滲ませて、しかし残念そうに唸る。
﹁当然だとも
?
470
生まれながらに王であり、そして王と望んだ神々の思惑すら軽々と飛び越えた原初の
英雄。
カリスマで人類最高数値を誇るイスカンダルを超えたスキルランクA+。
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さが王として求められる者の資質ならば、残酷なが
ら数値化されている為ハッキリとしている。
﹁うぬぅ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
る若きギルガメッシュ。王としては間違いなく最高峰だろうな﹂
﹁しかも彼処に居るのは、理想の統治者として人々を心酔させた名君としての側面であ
そ し て ギ ル ガ メ ッ シ ュ と し て は 唯 一 に し て 最 大 の 欠 点 で あ る 慢 心 す ら、今 の ア ー
チャーには無い。
成年時よりは数値的な戦闘能力は落ちるだろうが、王としては正に理想の体現だろ
う。
そしてそれは理想王として君臨したアルトリアにすら成し得なかった領域である。
生まれながらに望まれた者としてはセイバーも同じだが、国と理想に滅ぼされた彼女
務を果たした事だ﹂
﹁最大の要因は、国を存続させ次の時代に託したという、王として最重要の責務にして義
第十六夜 王の問答
471
とは違い暴君であったものの、晩年は裁定者として穏やかに国を治め、次の王に都市を
委ねたギルガメッシュとの差は歴然であろう。
それは反逆され国を滅ぼされた騎士王にも、征服はしても治めずに死後に国を割った
征服王にも出来なかったことだ。
その差は致命的だろう。
というよりもこれが行えていないセイバーとライダーは、そういう意味では数多いた
凡百の王にすら劣る。
暴君だろうが名君だろうが暗君だろうが、それ以前の話だ。
時代も環境も価値観も違うアーサー王とイスカンダルよりも、ギルガメッシュが優れ
ている絶対の証明であった。
﹁この世全ての財を集め尽くした貴様が聖杯に願うものとは一体何だ
ライダーの疑問。
﹁ははは、簡単ですよ。ボクは己の敷いた法を護るだけです﹂
何を求めているかの興味であった。
﹂
それはエレインの趣旨に沿ったものであり、王として格上と認めざるを得ない存在が
?
﹁はい、何でしょう﹂
﹁ソコを突かれると痛いのぅ。だが││││バビロニアの英雄王、一つ聞きたい﹂
472
﹁法を
﹂
ゲート・オブ・バビロン
めた蔵、﹃王 の 財 宝﹄。
その正体は人類の叡知の原典にしてあらゆる技術の雛形。
故にこの宝物庫は比喩無く人類が生み出すものであれば、文字通り全て存在する。
そして、これまで幼い相貌に笑みばかり浮かべていたアーチャーの表情が変わる。
オレ
オレ
目を細め、前々日にあの謎のサーヴァントが乱入して来たときのように。
の敷いた法を犯す罪人だ。王が罪人を裁く理由を語る必要はありますか
﹂
﹁││││即ち聖杯すら、我の蔵に存在する我の宝。その宝を盗人が手出しするなど、我
オレ
ギルガメッシュが持つ宝具、生前の彼が﹃宝具の原典﹄を含む無限に等しい財宝を収
す事無く、ね﹂
んがその原典は全てボクの蔵で保有しています。仮に未来で生まれる様々な技術も余
﹁はい。この世界の人類が造った宝具や財宝の類いは源流が存在し、自慢ではありませ
?
?
た。
ギルガメッシュは己の宝を護るため。盗人に罰を与えんが為に、この戦争に参加し
﹁是非もありません。貴方が犯し、ボクが裁きましょう﹂
欲した以上は略奪するのが余の流儀。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故﹂
﹁然り。自らの法を貫いてこそ王。だがなぁ、余は聖杯が欲しくて仕方がないのだ。で、
第十六夜 王の問答
473
ならばそれを奪おうとするライダーとの間に、最早問答の余地は無い。
求めるのではなく王として在るがゆえに、己が敷いた法を護るために。
そしてそれは、その場の遠坂時臣と言峰璃正と予め知っていたエレインを除く全員を
戦慄させた。
を突けると言うこと││││
︶
それは聖杯戦争に於いて、最早悪夢だ。
さかそんな英霊を召喚してくれるなんて⋮⋮
︵まさに英雄殺しのサーヴァント
!?
︶
英雄であるが故に、その弱点は必ず存在する。
!
!
定ですね﹂
れなかったみたいでして、若返りの妙薬でボクに丸投げしてね。なのでボクの目的は裁
﹁でも、大人のボクはそれすら億劫だった。嘗てのウルクと現代の変わりように耐えら
理論値における、最強のサーヴァントである。
アーチャーに殺せない英雄は存在しないのだ。
ラドボルグを。
竜の因子を持つセイバーならば竜殺しの武器を。ランサーならば誓約の要因たるカ
ゲッシュ
聖杯戦争に於いては反則のソレよ。遠坂時臣、ま
︵アーチャーはあらゆる宝具の原典を有している。それはつまり、あらゆる英雄の弱点
474
﹁聖杯を、品定め⋮⋮﹂
﹁そう、ボクの蔵に相応しいか否か。相応しいのならばこれを狙う貴方達を裁きます。
元々これも大人のボクに丸投げされた役目の一つですから﹂
傲慢極まる、しかしそれが許される原初の英雄は、堂々たるや。
不敵な笑みを浮かべる人類最初の裁定者は、エレインにそれを向ける。
此方としては有り難いが││││﹂
﹁だから││││良いですよ、お姉さん。思惑に乗って上げますね﹂
﹁⋮⋮どういう風の吹き回しだ
不気味である、と。
の存在に訝しむ。
・・・・・・・・・・・・・・
ジャンヌやアイリスフィール、切嗣から散々言われたエレインは、明らかな不安要素
?
﹁だって、そうすれば皆で彼と遊べるじゃないですか﹂
﹂
?
寧ろ意図的に穴を作ってある程だ。
最早チェックを終えた状態だが││││決して完璧ではなかった。
エレインの計画は順調である筈だ。
血のように紅い瞳で、ただ無邪気な笑みを浮かべるだけだ。
エレインの問いに、少年王は何も答えない。
﹁││││彼
第十六夜 王の問答
475
完璧だと判断してその計画を盲信して、仮に崩れた際に対処が出来ないでは済まされ
ない。
ギルガメッシュの存在が、まさしくその穴である。
その気になれば盤上ごと引っくり返せるその力は全能さすら窺える域にある原初の
?
英雄は、余りにも不安要素だった。
思惑に乗ってこの英雄王に何の益がある
彼とは何だ
?
覚悟など、とうの昔に済んでいる。
彼と一目会い、抱擁を交わせるのなら本望だ、と。
手放せば破滅を齎すと云われる聖槍、しかしそれでも構わない。
性だが⋮⋮そうなれば﹃目的﹄さえ果たせればくれてやれば良い︶
が、アーチャー一人ならランサーでも半日は保つ。⋮⋮最悪は私の﹃槍﹄を求める可能
せばどうとでもなる手合いだ。遠坂の悪足掻きが何処までいくかは予想するしかない
き込める。ライダーは論外だが、喚くのは遠坂と間桐。前者は兎も角、後者は妖怪を殺
︵一応仕込みは万全だ。上手くいけばアーサー王とギネヴィア王妃、業腹だが畜生を引
476
第十六夜 王の問答
悪い流れだ。
遠坂時臣はエレインに乗じた己のサーヴァントを見て、内心頭を抱える。
サーヴァントの問答に何の意味があるのかは理解できないが、それでも時臣を悩ます
モノは先刻から変わらずに一つである。
聖杯の異常。
アインツベルンのマスター︵と思しきホムンクルス︶も、この異常は知らない様子だっ
た。
なら何故、外来のマスターが聖杯の異常などと口にする
?
第十六夜 王の問答
477
最強のサーヴァントを召喚した時点で勝利を確信していたにも拘らず、今は聖杯戦争
自体が躓き始めた。
エレインの言う異常が出鱈目であるなら、監督役であり、祖父からの友人である璃正
からペナルティを与えれば良い。それがこの場に於ける最上だろう。
だが万一、本当に聖杯に異常があれば 今回の聖杯戦争が出来なくなる程度ならま
だマシだ。
程のものだったら
もしそれが、今後の遠坂が聖杯による根源への道が閉ざされる、取り返しのつかない
?
た。
エレインはアーチャーの視線を返し、彼は満足そうに頷いた後、ライダーに向き直し
今の遠坂時臣を支えているのは、最早代々受け継いできた家訓のみだった。
それは、それだけはあってはならない。
己の代の失態はその先の、娘の凛にすら響くだろう。
?
﹂
?
その言葉に、ライダーは恥ずかしそうに頬を掻きながら答えを濁す。
﹁あー⋮⋮まぁ、なんだ﹂
しょう。貴方の聖杯に捧げる願いはなんですか
﹁ラ イ ダ ー さ ん、ボ ク は 貴 方 の 問 い に 答 え ま し た。な の で 今 度 は ボ ク が 問 い を 投 げ ま
478
﹁お、おおおおお前ェ
アレだけ世界征服だなんだと言ってただろうごボォ
!
﹁⋮⋮⋮⋮理由を聞こうか、ライダー﹂
﹂
そんなライダーを、信じられないものを見るように目を剥いたケイネスとウェイバー
を尻目に、ライダーは言葉を出した。
﹂
﹁││││⋮⋮受肉、だ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は
﹂
﹁おや﹂
﹁あ
﹁││││﹂
﹂
?
それに一番驚いたのはケイネスとウェイバー師弟だった。
﹁はァッ
!?
したケイネスが頭を抱えながら震える声でライダーに問い掛けた。
掴み掛かるように詰め寄ったウェイバーをデコピンで吹き飛ばし、それを完全に無視
!?
?
?
魔力で編まれた、確固とはとても言えない、マスターと聖杯に依存した仮初めの肉体
ライダーは拳を握り締める。
は、その第一歩に過ぎんわ﹂
﹁たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする 征服は己自身に託す夢。聖杯に託すの
第十六夜 王の問答
479
を。
冗談のような、奇跡の様なその身体を。
﹂
﹁⋮⋮む どういうことだ、ランサーのマスターよ。流石にそれは聞き捨てならんぞ
た。
そんなライダーに、彼が醸し出した雰囲気をブッた斬る様に何の躊躇もなく切り出し
﹁まぁライダー、貴様の世界征服はどちらにせよ無理だろうがな﹂
故に求めるのだ。﹃征服﹄の基点たる肉体を。
にも拘らず、今のライダーには何一つ在りはしない。身体一つすら。
そんな彼が万全の肉体と生命を求めるのは、当然と言えるだろう。
征服王イスカンダルの死因は諸説あるが、一番有力なのは病死である。
﹁││││余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたいのだ﹂
480
?
﹂
?
?
神秘の秘匿を第一とする魔術師││││ケイネスが青筋を立てながら断言した。
エレインの仮定に、ライダーのマスターが。
﹁││││そんなこと、私の目の黒い内は絶対にさせん﹂
に突っ込んで略奪などと言うまいな
﹁世界征服だが、それはどの様な方法だ まさかとは思うが、その戦車で国の首相官邸
?
爆発寸前の活火山の如き怒りを彼がかろうじて耐えていられたのは、偏にエレインと
の交流のお蔭だろう。
それに、珍しくライダーが鳩が豆鉄砲を喰らったように面喰らう。
﹁⋮⋮えっと、どういう⋮⋮﹂
﹁当然だな﹂
﹁まぁ、そうなるわよね﹂
それに本来魔術師でなく、かつ神秘の溢れる国を前世に持つ氷室が首を傾げ。
この場に於いてケイネスに最も近いタイプの人間であり、ケイネス同様生粋の魔術師
である時臣が首肯し。
﹂
アイリスフィールが当然の帰結を見届けた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮何故だ
!?
!
い。
人間の極限に至った王であるライダーは、しかし現代からしてみれば古代人でしかな
答えた。
ライダーの疑問の叫びに、ウェイバーが堪忍袋の尾が切れた様に罵倒混じりで理由を
!?
!!
とするお前はこの場で袋叩きにされてもおかしく無いんだぞ
﹂
﹁当たり前だろうがぁ 神秘の秘匿は魔術師にとって第一原則 それをやらかそう
第十六夜 王の問答
481
ゴルディアス・ホイール
我が道を戦車で行くを地で遣るライダーの﹃征服﹄が、現代的な訳がない。
最悪、ホワイトハウスに﹃神 威 の 車 輪﹄で突っ込みかねない。
全国中継待ったなしだ。
﹂
そうなれば幾ら魔術協会と言えど秘匿など無理だ。
﹁我が覇道を阻むか、マスターよ
﹁当たり前だ馬鹿
﹂
?
﹂
﹂
畜生﹂
?
そしてエレインが次の順番に選んだ者は、途端に剣呑になるのが必然の相手であっ
﹁あ
﹁さて││││、一応貴様の願望も聴いてやろうか
生粋の魔術師に召喚されている時点で、ライダーの世界征服は第一歩で躓くだろう。
良い。
その為に与えられている令呪を用いてライダーを止めるのは、寧ろ彼の義務と言って
サーヴァントの暴走を諌めるのはマスターの役割。
﹁いや、笑って遣るなよアーチャー⋮⋮﹂
﹁あはははははっ
! !!!
﹁ぐぬぬぬ﹂
﹁必要なら令呪での自害も辞さん﹂
!
482
483
第十六夜 王の問答
た。
アヴェンジャー
第十七夜 悲痛の果ては
復 讐 者のサーヴァント、モードレッドは苛立ちを隠そうともせずにエレインに噛み付
いた。
﹁嘗めてんのか 何で手前にそんな事言う必要がある。こちとらお前の頸を炭にする
484
は逆らうことは出来ない。 ?
服できぬことならば⋮⋮悪いが、私の持てる手段は使わせて貰う﹂
﹁私はまだ、汝が聖杯を何の目的に使うのか聴いていないと言っている。ソレが私の承
﹁おい⋮⋮何のつもりだ氷室。まさかあの売女との問答を続けさせるつもりか
﹂
如何に対魔力に優れていようとも、三画全ての令呪が揃っている氷室にモードレッド
復讐者を押し留めたのは、そのマスターだった。
﹁いいやアヴェンジャー。聴かせて貰わねばならない﹂
彼女が今まで抑え込んでいた狂気が鎌首を傾こうとした時。
今まで抑え込んだ物が溢れ出た様に、ソレはエレインとセイバーに向けられていた。
殺意の暴風。
のを我慢してるんだ、これ以上イラつく戯れ言ほざいてんじゃねぇ﹂
?
・・・・・
・・・・・・
﹁ギネヴィア﹂
﹁答えろモードレッド﹂
己がマスターにすらその牙を剥いた狂犬は、しかし令呪すら輝かせ始めた氷室。
常人ならば肝を潰す殺気に、しかし氷室は目を背けること無く睨み付ける。
ソコには不退の意思があった。
﹁私はあの時、1500年前に汝がブリテンを滅ぼした時、何も出来なかった。だが今
は、私と汝はマスターとサーヴァント﹂
サーヴァントを御すのは、マスターの義務である。
そんな氷室の不動な姿勢に、盛大に舌打ちして頭を掻き毟り。
すくう
観念した様に、そして堂々と己の願いを口にした。
その名の騎士は、この王にとって決して無視できぬ物なのだから。
アイリスフィールはチラリと、夫のサーヴァントであり、己の騎士を見やる。
﹁サー・ランスロット⋮⋮﹂
る。
氷 室はその言葉に動揺を隠せず、モードレッドの殺気にすら耐えきった表情が崩れ
ギネヴィア
その目的に、反応せざるを得ない存在がこの場には居た。
﹁オレの目的は、ランスロットを救済事だ﹂
第十七夜 悲痛の果ては
485
アーサー王伝説にて円卓最強の騎士。
誉れ高き湖の愛し子。
救うと言ったか、畜生﹂
?
?
﹁嘗められていたんだ。恐怖が足りなかった。騎士道などと己の感情を優先し、国では
それは何故か││││
にも拘らず、その果ては臣民による恩を仇で返す結果に終わった。
正しき治世と正しき統制の元、出来うる限り臣民を救っていた。
モードレッドが知る限り、アーサー王は完璧に見えた。
易く裏切られた﹂
﹁何故あれほど優れた騎士王は国に滅ぼされた オレが唆した程度で何故、あぁも容
それは、過去に対する宣戦布告だった。
﹁そう言ったぞ売女。││││オレが王になる﹂
﹁だが⋮⋮彼を救う
・・
ソレを断ち切ったランスロットは間違いなく世界を救っていた。
ユーラシア大陸全土を覆ったであろう破壊の月光。
ロッパは存在しなかったことは確かだ﹂
﹁正確には鏡像化された擬似的な月だがな。尤も、ランスロットが居なければ今のヨー
﹁叛逆の騎士が湖の騎士を慕う、か。成る程、なれば伝説の月斬りは正しかった訳だ﹂
486
なく己の自尊心のみを護る塵共が思い上がる時点で明白だ﹂
騎士を統制するには騎士道など不要。
騎士の国たるブリテンを根本的に否定する言葉だが、確かに騎士ほど政治に向かない
人種も少ないだろう。
んで命果てる兵士に仕立て上げ││││﹃あの時﹄の状況を覆す﹂
﹁民という国を護ってきた王に対してなんら恩義すら持たない閑古鳥共を、王の為に喜
圧政を以て民草を支配し、その命全てを以てして一人の男を救う。
その場の面々は、復讐者に相応しいアヴェンジャーの憎悪を見た。
﹂
そして、アイリスフィールは思わずモードレッドの手段の意味を問い掛けるように呟
く。
!?
﹂
?
しかしソコには確かに、国や民草に対する愛があった。
例えば民の欲を満たすために万里を征服した王がいた。
例えば己の欲を満たすために万里を支配した王がいた。
古今東西様々な暴君が存在する。
躊躇がある
﹁一度ランスロットを踏み台にしたんだ。ならランスロットの踏み台になることに何の
﹁貴方はランスロット卿の為に、国と国民全てを生け贄にするつもり⋮⋮
第十七夜 悲痛の果ては
487
故にその欲望の果ては、人々の幸せであるだろう。
しかしモードレッドのそれは違う。
国や民草を慈しむ心など皆無だ。寧ろ憎悪と怒りしか無い。
﹂
!!
!
そしてその怒りは、滅ぼして尚治まることはなかった。
た。
己が主人の命を踏み台にして生を謳歌する存在を、狂犬は許容するなど出来なかっ
故に滅ぼしたのだ。
ランスロットを踏み台にして存命した国や民、ブリテンの全てが憎かった。
モードレッドの復讐は、アーサー王以外にも向けられる物なのだから。
しかしそれは当然なのだ。
最終的に国を滅ぼすつもりの王など居てたまるものか。
それは失敗したアーサー王とは違う方策ではあるが、それは治世ですら無い。
んでランスロットの為に死ぬべきだろう
﹁無欲の王政の果てがあの滅びだろうがッ 塵の山を有効利用してやるんだ、寧ろ喜
する魔神にすぎない﹂
征服の後に破壊を呼ぶ王はいない。それは人の世を統べる王ではなく、人の世界を否定
﹁⋮⋮それは暴君の治世とも呼べない。征服の過程で破壊を呼ぶ王もいただろう。だが
488
第十七夜 悲痛の果ては
489
アーチャーもライダーも、王道を語った王達は何も口にしない。
モードレッドのそれは王道ではないし、それを本人は認めている。
モードレッドの願いはランスロットの救済と銘打ってはいるが、実際はブリテンへの
報復だ。
勿論ランスロットを救いたい気持ちも強いのだろうが、このサーヴァントは復讐者な
のだから。
第十七夜 悲痛の果ては
モードレッドの憎悪と復讐心を見せ付けられ、しかしセイバーの内心は穏やかだっ
た。
︵思えば、この街を訪れて未だ数日しか経っていないのだな︶
己と劣らぬ英霊と戦い、意思をぶつけ合った。
己と同等以上の王の在り方を見せ付けられた。
アーサー王
己の過去の罪が追ってきた。
何より、この場に 己 の生前と深い関わりを持つものが多すぎた。
これは偶然か必然か。
﹂
?
﹁⋮⋮セイバー
﹂
﹂
?
アイリスフィールは、セイバーの変化に気付いた。
﹁貴女、瞳が元に⋮⋮
杯に捧げる願いを間違えていた﹂
﹁そう⋮⋮ですね││││アイリスフィール、謝罪をさせてください。どうやら私は聖
?
を移した。
モードレッドの聖杯を使う理由を聞いた一同は、最後の静かなセイバーに自然と視線
は何だ
﹁さて、長くなったがこれで最後だな。セイバー、アーサー王。貴方が聖杯に捧げる願い
││││己の、愚かしさに。
︵因果なものだな。だが、お蔭で己を振り返れた︶
490
金色に染まっていた瞳が、元の碧眼に戻っていたのだ。
しかし何故だろうか、その変化が恐ろしい物だと感じたのは。
﹂
﹁モードレッド卿、感謝しよう﹂
﹁感謝、だと⋮⋮
しかし、彼女は考えてしまった。
﹁私が聖杯に捧げる願いは││││﹂
嘗ての、黄金の記憶の続きを彼と共に過ごすことだ。
それはランスロット卿と共に在ることだった。
この街に訪れた時に聞いた、彼女の願いを。
アイリスフィールは思い出す。
﹁貴方のお蔭で、私は勘違いに気付けた﹂
?
そんな幸せを求める権利など、己には無いのだと。
﹁││││王の選定をやり直す事だ﹂
第十七夜 悲痛の果ては
491
﹁選定の、やり直し
﹂
少し意味合いが違うことを。
?
生
﹁なぁ騎士王、もしかして余の聞き間違えかもしれないが﹂
あの王の抱いていた、絶望の深さを。
氷 室はまるで想像出来ていなかった。
ギネヴィア
﹁アーサー⋮⋮何を││││
﹂
その言葉が、ランスロットの日記に記された、あり得るかもしれない可能性のソレは
エレインは気付けただろうか。
い。
それをやり直すというのは、それはアーサー王の物語を根本から覆すことに他ならな
人
アーサー王たるセイバーはソレを抜き、王となった。
それはアーサー王伝説に於ける、岩に刺さった選定の剣のことである。
セイバーの言う選定。
その言葉の意味を、アイリスフィールは直ぐ様理解する事が出来なかった。
?
492
﹂
ライダーの言葉は、困惑という程ではないが、驚きに包まれていた。
﹁貴様は過去の歴史を覆すということか
誉れ高き騎士の王
﹁私に一度は付き従い、共に戦った者達の積み重ねたモノを台無しにすると言った﹂
?
臣下や民草は、そんな王の姿に恐怖した。
しかしそんな王の実態は正しさの奴隷。
理だった。無欲の王など飾り物にも劣る﹂
﹁一人の騎士が私にこう言い残して去っていったよ。﹃王には人の心が解らない﹄と。道
人は王の姿を通して、法と秩序の在り方を知るのだと。
﹁私は正しき統制、正しき治世こそ、全ての臣民が望むものだと思っていた﹂
引き換えにしたにも拘わらず、国を護り抜く事が出来なかった無能だというのに。 ﹁私はどうあれ、国を護れなかった。それは即ち、私が王に相応しくなかった訳だ﹂
心惹かれた男と引き換えに国を護った外道だと言うのに。
?
瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。
﹁││││﹂
伝説に名を刻んだ。だが、その果ては伝説になったが故に瞭然だ﹂
﹁私の掲げた正義と理想は、確かにひとたびは臣民を救済したかも知れない。事実私は
第十七夜 悲痛の果ては
493
ランスロットと共に過ごし、戦場を駆けた黄金の記憶を。
だが、目を開けばカムランの丘から見下ろした光景を、今でも幻視する。
累々と果てしなく続く屍の山と血の大河。
忠
告
そこに滅んだ命の全てが、嘗ての臣で友で肉親であったモノ。
思えば幼き日、岩の剣を抜く時に予言されたではないか。
﹃││││それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ﹄
﹂
それが破滅の道であっても、その途中で人々の笑顔があるのなら││││そう、覚悟
していた。
覚悟とはなんだ。国を滅ぼす覚悟でもしていたのか私は﹂
今思えばまるでおかしい。
王となる前に破滅を許容する王など、居てはならないというのに。
選定の剣が折れて当然だ。
自身は破滅を許容したのだ
過ちは既に示されていたというのに。
﹁覚悟
?
﹁││││そら。そんな下らん小娘など、居なくなるのが世のためだと思わないか
?
494
﹂
その言葉に、アイリスフィールと氷室が絶句した。
﹁そんな物に何の意味がある
無欲な王
ライダーはその言葉を受け止めるものの、その瞳に哀憫の感情を乗せる。
かった筈だ。ギネヴィアも女である私に嫁ぐことなどなく、己の幸せを掴めた筈だ﹂
わなければ、ランスロットはブリテンを護るために戦わなかっただろう。死ぬことはな
﹁意味はある。少なくとも私が王にならなければ、私が彼に騎士になって欲しい等と願
?
この王はただ、大切な者達を救いたいだけなのだと。
そんなことはない。
?
﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂
私は⋮⋮ッ
﹂
!
エレインはそれを瞬時に悟り、唇を咬む。
ギネヴィアの叫びは、騎士王には届かない。
﹁違う、違いますアーサー
!
ヴィア。私は貴女に苦労しか掛けられなかった﹂
﹁感謝する、エレイン姫。輪廻を超えてまで、彼を救おうとしてくれて。済まない、ギネ
第十七夜 悲痛の果ては
495
﹁私の果ては滅びだった。切欠はモードレッド卿だったかも知れないが、そんなものは
言い訳にはならない﹂
モードレッドの叛逆に、セイバーは何の恨みもない。
あの結末は寧ろ、感謝があった。
﹁││││││││ふざけるなッ
!!!
らず。
その者にとって、セイバーの願いは己の存在を否定する事に他ならなかったにも拘わ
叫ばずには居られなかった者が居た。
そのセイバーの言葉に、叫んだ者が居た。
﹂
でランスロットを大切に想ってくれて嬉しく思う﹂
﹁感謝する、モードレッド卿。今でも私は貴公を子として見ることは出来ないが、そこま
496
そんな事は頭にまるでなかった。
彼女が思ったことはただ一つ。
そこまで絶望しておきながら。
彼処まで彼を求めておきながら。
ものだった。
﹂
それはランスロットのために王を廃し、王と成らんとしたモードレッドを絶句させる
﹁││││私が王であり、彼が騎士だったからだ﹂
戦場でないが故に、問答であるが故に答えた。
そんなモードレッドの叫びに、同じくセイバーもかつての様に淡々としながら。
生前に於ける死に際に叫んだ物と同じだった。
怒りと憎悪を主にした、後悔や悲しみ、失望。様々な感情を綯い交ぜにした、彼女が
だった。
それは、戦いを見守ることすらできなかったモードレッドの、血を吐くような叫び
﹁なら何故、あの時ランスロットを一人残したッ
!?
﹁仮に貴公の言う通り、民や騎士全てを兵士化して投入したとして、それがどうなる
?
第十七夜 悲痛の果ては
497
あの﹃王﹄が出てくる前の死者の軍勢すら止められていたか解らない。仮に出来たとし
ても、その時点で壊滅に近いだろう﹂
﹂
?
﹁ッッ⋮⋮⋮⋮
﹂
﹁私はランスロットに、王の責務を果たせと言われた。ならば私はそれを果たすだけだ﹂
そうなれば彼は││││動かずにはいられない。
た円卓では朱い月には対抗出来なかっただろう。
例えキャメロットにランスロットを残そうとも、そのランスロット以外では、疲弊し
う。それとも、ランスロット以外であの﹃王﹄を撃退できたか
﹁でなければあの侵略者はキャメロットまで進軍し、結局の処ランスロットは戦ったろ
いないが故の致命的な物だった。
モードレッドの考えは気絶させられていた為に、ランスロットと朱い月の戦いを見て
セイバーはあの朱い月に勝てるとは思えなかった。
否、仮に万全の軍勢があったとしても、円卓の騎士全員が揃っていたとしても。
しかしそうなれば、朱い月は止められない。
だが確かに、全軍が命を賭せば撃退くらいは出来たかもしれない。
あの死徒の軍勢には、ガウェインの太陽の聖剣が効かない真祖達が居た。
﹁なッ⋮⋮せッ⋮⋮││││﹂
498
!!
それが、彼の望んだことなら。
壊れた笑みを浮かべながら。
昏い暗い、しかし金色ではなく元の碧色の両の瞳に血の涙を流しながら。
ギネヴィア
そんな、狂うことすら許されなかった王の成れの果てを見て、モードレッドと氷 室が
息を呑む。
それは、仮にモードレッドやアルトリアが共に戦ったとしても、ランスロットにとっ
ては足手纏いでしかなかったという事実を端的に示していた。
それほどまでに朱い月は、何よりランスロットは強かった。
それほどまでに、アルトリアやモードレッドはランスロットより弱かったのだ。
﹂
!!!!
それを歪めるには、ランスロットの精神性を歪める必要がある。
結末は、変わらない。
う。
嘗ての様にモードレッドを気絶させ、王の責務を果たさせて己を戦場へと赴かせたろ
ロットは動くだろう。
仮にモードレッドが王となっても、何れだけ圧政を敷こうが同じ事態になればランス
モードレッドが膝を突く。
﹁じゃあオレは、オレはッ⋮⋮
第十七夜 悲痛の果ては
499
そんなことを、モードレッドが出来る筈が無いと言うのに。
故にアルトリアは、彼と出会うことすら捨てた。
己との出会いすら捨てて、ランスロットの命を取ったのだ。
﹁それが私達が、﹃最高﹄と呼んだ騎士だからだ﹂
それこそが、そんな男だからこそ。
エレインは、ギネヴィアは、モードレッドは、アルトリアは││││。
モードレッドが慟哭する。
﹁││││ッッ⋮⋮、ぁああああああああアあああああああああああァッッッ
◆◆◆
帰ってきてと、啼く事しか出来ないのだから。
﹂
主を喪い、狂犬へと身を落とした彼女には所詮、吠えることしか出来ないのだから。
!!!!
500
﹁⋮⋮痛ましいにも程がある﹂
それを見守ったライダーが、端的に感想を漏らした。
ライダーは民草の威光を一身に背負わされた少女の果てに憐れみを。
アーチャーは実感の無い記録の中の、喪った友と重なる少女に対して哀しみを帯びた
微笑みを。
ランサーは少女の想い人にかつて喪ったスカサハと、少女に間に合わなかったかつて
の己を重ねた。
エレインは何も思わない。
それは既に超えた道だからだ。
叫びもした、絶望もした。
だがそれでも、諦められなかったのだから。
騎士として、戦士として認めることが出来ても、息子として認めることが出来なかっ
アルトリアはモードレッドを息子と認めることは出来なかった。
結果的に、ケイやランスロットの配慮虚しく。
故に彼女は冷静に考察する。
計の産物だろうとも、心情的に忌避する物だったとしても﹂
﹁アーサー王の失敗はモードレッドを実子として認めなかった事だろう。仮に魔女の姦
第十七夜 悲痛の果ては
501
た。
認めることが出来たのならば、モードレッドは少なからず﹃王の視点﹄をほんの僅か
だが知ることが出来ただろう。
王になったことのない、国を治めた事の無いモードレッドでは決して知ることのでき
ない現実を知ることが出来ただろう。
モードレッドには、家族と呼べる存在はランスロットしか居なかったのだろう。
少なくとも、ランスロットの様な者が他にいたのなら彼を喪っても、狂気に堕ちて﹃叛
逆﹄など考えなかっただろう。
当然だ。
腹を痛めて産んだわけでも、夜泣きする赤子を徹夜で泣き止ました訳でもない。
いきなり現れて己の息子を自称する者を、己の子供だと認められる人間など聖人とて
難しいだろう。
アーサー王は、モードレッドの家族にはなれなかったのだ。
しかしそれは、アーサー王が間違いなく人間であることの証明ではないか。
それが出来なかった。
ろうがな﹂
﹁それでも、騎士連中の愚昧共が思い浮かべ信仰する﹃完璧な王﹄なら、可能だったんだ
502
にも拘らず彼女の人間性を否定したトリスタンを、他の騎士達をモードレッドは誰よ
りも憎悪した。
そんな塵の山とランスロットを引き換えにした騎士王を憎悪した。
後継者を作ることで、
﹃自分が死んだ場合に備える﹄という後継者そのものが﹃完璧無
欠不敗の王﹄という騎士達の幻想に皹を入れる物だったとしても。
仮にモードレッドが後を継いでも、国を守れなかっただろうとも。
どんな形であろうとも、子として認められてさえいれば。
或いは何かが変わっていたかも知れないが││││所詮、ありふれた夢想だ。
﹁失敗しない人間は存在しない﹂
その言葉に、ギルガメッシュとイスカンダル。
相反する二人の偉大な王は否定出来ない。
ギルガメッシュはどれだけ理不尽な物であろうとも、掛け替えのない盟友を喪った。
それを失敗と言わずに何だ。
それを取り返すことは出来ないし、遣ってはいけない。
イスカンダルはそもそも失敗したからこそ聖杯、﹃次﹄を望んでいる。
による遠見越しにただ観ることしか出来なかった﹂
﹁偉そうに考察しているが、私も所詮何もできなかった。彼が消える姿を、臣下の魔術師
第十七夜 悲痛の果ては
503
失敗していない人間など、存在しないのだから。
﹁さぁ、聖杯戦争を暴くぞ﹂
エレインは厳しい顔をしている遠坂時臣を盗み見る。
女 の力の一部を
アルクェイド・ブリュンスタッド
それはセイバー達や、自分にも言い聞かせるような言葉だった。
﹁私達は膓を晒した。故に前に進もう﹂
尤も、ロアとは違い何度も転生を行おうとは思わないが。
して転生を行うことができるだろう。
ならば同じ精霊によって転生を行って貰えば、真祖より格は低いが聖槍の力をも利用
奪った程度で、優れた程度の魔術師は転生を行えている。
真 祖 と は 言 え、正 確 に は 精 霊 種 に 分 類 さ れ る。そ ん な 彼
がな﹂
ことで﹃永遠﹄を探求している。永遠などを求める気概など、私には理解できなかった
た死徒が居てな。その男はかの真祖の姫君を利用して死徒となり、魂を転生させ続ける
﹁死徒27祖番外位ミハイル・ロア・バルダムヨォン、無限転生者と呼ばれる魔術師だっ
﹁転生⋮⋮﹂
﹁だからこうして、湖の精霊に懇願し、己を転生させることで此処にいる﹂
504
◆◆◆
一方その頃、ブリテンの末路を何一つ知らない当の本人は。
﹁む、こんな時間に何奴﹂
﹁⋮⋮夜分すまない。この寺の近くに天然の鍾乳洞が在る筈なのだが、どの方角か知っ
ているだろうか少年﹂ ﹂
?
何も知らないが故に、迷わずこの戦争に王手を仕掛けようとしていた。 ﹁ぬ
第十七夜 悲痛の果ては
505
第十八夜 汚染
﹁仕組み
﹂
﹂
!?
﹂
!?
魔術師が容易く聞き逃して良い単語ではない。
の。
み
魔術師にとって根源の渦への到達は、一族だけでなくあらゆる魔術師の悲願そのも
﹁根源の渦へ到達⋮⋮
﹁英霊の魂を使って⋮⋮﹂
恐らく魔術の知識がほぼ無く、魔術師ですら無い氷室以外の面々に衝撃が走った。
﹁││││││││ッッ
召喚した七人のサーヴァント全ての魂を使って根源の渦へ到達する為の魔術儀式だ﹂
試
﹁大前提として訂正しておく事実として言っておく。この冬木に於ける聖杯戦争とは、
るエレインに反射的に質問してしまう。
時計塔で生徒として教えを受けた身であるウェイバーは生徒としての性か、説明をす
?
らない﹂
﹁先ず聖杯の異常を説明するのには、この冬木の聖杯戦争の仕組みを説明しなければな
506
そしてそれはサーヴァントとて同様。
﹂
それは﹁お前達は生け贄である﹂と言われたも同然なのだから。
﹁英霊の魂を使って、とはどういう事だ
﹁待てプレストーン
何故それを知っている
﹂
働きを利用して世界の外側へと孔を穿つそうだ﹂
その座の記録を元に魂の複製を作り上げ召喚し、聖杯に蓄積した後に座に戻らんとする
﹁曰く、英雄は死した後に世界の外側に存在する英霊の座に召し上げられるとされる。
?
!?
││
勿論部外の人間が知って良い情報ではないと、時臣の叫びに内心強く同意するが││
確かに聖杯戦争の真実も機密であるが、イリヤスフィール程ではなかった。
知していたことを知っていたからだ。
彼女が叫ばずに居られたのは、会合初日に最重要機密である娘の存在をエレインが認
時臣の叫びに、黙っているアイリスフィールも声を大にして言いたかった。
エレインはアッサリと言い放つが、そもそもそれは御三家秘中の秘。
!
はお前には無い筈だが
﹁││││﹂
根源への到達が目的のマスター
?
﹂
﹁他人に己の情報源を口にする馬鹿がいるか。それ以前に、私達に気を取られている暇
第十八夜 汚染
507
?
エレインは半ば笑いながら嫌らしく視線を横にずらしつつ、時臣の問いを切り捨て
る。
そしてその視線の先に気付いた時臣は、彼女の視線をゆっくりと震えながら追う。
その先には自身のサーヴァントが、変わらぬ笑みを浮かべていた。
﹁ッッ⋮⋮
﹂
﹁あぁ、大丈夫ですよ時臣さん。今は別に、ボクは貴方を殺すつもりはありませんから﹂
だが、
裏切り者に、王たる者が何をするかなど、時臣には解りきっていた。
時臣は始めからギルガメッシュを裏切るつもりであった事と同義だ。
あることを意味している。
それは即ち、アーチャーが口にした通り己のサーヴァントさえ自害させる事も必要で
エレインは七人の英霊の魂と言った。
時臣は俯きながら、焦りに流れる汗と共に足元が崩れる錯覚に陥った。
語るに及ばす。
!!
ノですか﹂
﹁成る程。令呪とはサーヴァントを制御するだけでなく、最終的に自害させるためのモ
﹁お、王よッ⋮⋮私は││││﹂
508
﹁はッ
﹂
﹂
!?
﹂
?
それは当然の帰結だった。
魔
術
ありとあらゆる技術が納められている宝物庫。
当たり前の帰結によって破綻した。
具
そんな机上の空論は、令呪ごときで最強のサーヴァントを御しきれる訳がないという
強いサーヴァントを召喚すれば聖杯戦争に勝てる。
のが道理。
サーヴァントに絶対の命令を与える技術があるのなら、それを封じ、奪う技術がある
宝
﹁先に言っておきますが、勿論令呪を無効化する宝具もあります。ご安心ください﹂
﹁私の、令呪を⋮⋮﹂
そして、当の時臣にある筈の令呪は姿を消していた。
アーチャーの美しい手の甲に、時臣に刻まれている筈の令呪が在った。
﹁な⋮⋮はッ⋮⋮
﹁ホラ。これで、後ろめたく思う必要も無いでしょう
思わず弾かれるように俯いた顔を上げ││││絶句した。
死を覚悟した時臣は、己の死が訪れない言葉に反応が遅れる。
?
﹁││││││││﹂
第十八夜 汚染
509
そんな時臣の様子を尻目に、ライダーがエレインに質問する。
﹂
?
英
霊
英霊の魂が聖人の血であるならば、霊長最強の魂を受け止める小聖杯は正しく聖なる
留めておく器。
対する小聖杯は、根源に通じる孔を開ける手段として、サーヴァントの魂を一時的に
正しく、アインツベルンの技術の結晶だろう。
だ。
マスターに令呪を配布したり、サーヴァントの召喚の大半はこの大聖杯が行うこと
ティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの魔術回路を拡張・増幅したもの。
その正体は200年前に始まりの御三家により敷設され、その術式は冬の聖女ユス
した霊地に整えていく機能を持つ、超抜級の魔術炉心。
円蔵山がその内部に擁する大空洞に敷設された魔法陣で、冬木の土地を聖杯降霊に適
大聖杯。
聖杯だ﹂ の、聖杯戦争を司る大聖杯。一つは英霊の魂を納める為の器となる、云わば賞品用の小
﹁本 来 な ら ば 可 能 だ。ま ず こ の 戦 争 に は 聖 杯 が 二 つ 存 在 す る。一 つ は 舞 台 装 置 と し て
ることが出来るのか
﹁ふむ、なぁランサーのマスターよ。この戦争の聖杯とやらは結局の処、余の願いを叶え
510
杯と呼べるだろう。
﹁この小聖杯にはあまりにも莫大な比重の魂を納める機能以外に、副産物として﹃過程を
省略して結果に導く﹄というものがある。サーヴァント六体分の魂があれば、世界の内
側 の 範 囲 な ら 間 違 い な く 万 能 と 呼 べ る だ ろ う。故 に、万 能 の 願 望 器 云 々 に つ い て は、
まぁ間違っている訳でない。正しくはないがな﹂
無論、受肉など容易い。
だが、ライダーの顔色に喜色は見られない。
﹂
そして、それをルーラーも気付いた。
﹁⋮⋮本来は
?
しかし、この場には明らかに反英雄であるモードレッドが存在している。
ン・ザッバーハ以外あり得ない。
そんな彼等が召喚されることは、アサシンという名そのものを触媒とした歴代のハサ
霊﹂、悪を以って善を明確にするもの、それが反英雄だ。
﹁悪を行い人々に呪われながら、結果的にその諸行が人々の救いとなり奉じられた英
本来サーヴァントはアサシンクラスを除き、正当な英霊しか召喚出来ない。
の叛逆者の存在がその証明だ﹂
﹁そう、ソレがこの集会の本題。今回の大聖杯には異常が生じている。反英雄たるソコ
第十八夜 汚染
511
これは本来、この冬木の聖杯戦争に於いて在ってはならない事態なのだ。
そしてエレインは、その原因を告げる。
!!
て絶対悪の化身である。
あり得ない
!
ア
ン
リ・
マ
ユ
﹃悪で在れ﹄と望まれ、理不尽に生け贄に捧げられた哀れな青年。
霊ですらないただの亡霊だった﹂
﹁その通り。召喚したサーヴァントはエクストラクラスではあったものの、神霊処か英
かの聖者を召喚して幾らでも聖杯を創って貰えば事足りる。
絶対の悪神など聖杯で召喚できるなら、そもそも戦争など起こしていない。
何故ならこの冬木の聖杯戦争で神霊は召喚できないが故に。
遠坂時臣が叫びを上げて胸中を吐き出した。
﹁馬鹿な
﹂
反英雄の極地であり、人類最古の善悪二元論と言われる拝火教に伝わる悪魔の王にし
﹁召喚したサーヴァントの真名は││││﹃この世全ての悪﹄﹂ ﹃殺すことだけに特化した英霊﹄を求めて。
アインツベルンは二度の失敗に痺れを切らし、反則を行った。
第三次聖杯戦争。
﹁事の発端は前回の戦争で、アインツベルンが召喚したサーヴァントだ﹂
512
周囲の﹃悪﹄を一身に押し付けられ、それ故に周囲を救った反英雄。
﹁ユーブスタクハイト│││机上の空論しか立てられないオートマトンにアインツベル
ンを管理させたのが間違いだったな﹂
アインツベルン八代目当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。
城を動かし、第三魔法を再現するものとしての人間端末。
ア
ン
リ・
マ
ユ
人間のふりをさせたゴーレムの限界であった。
その結果召喚された﹃この世全ての悪﹄に宝具やスキルなど一切所持していなかった。
自称最弱の英霊。
それが三度目の戦争で、アインツベルンが召喚してしまったサーヴァントだった。
そもそも令呪が通用するのか。
か。
仮に神霊としての力を有した状態で召喚できたとして、令呪がどれだけ必要になるの
したのか。
のみを抽出した召喚は可能だが、善神なら兎も角何故よりにもよって絶対の悪神を召喚
ケイローンやメドゥーサを筆頭に、サーヴァントとして神霊の霊格を落としたり側面
英霊に落とし様が無い悪神など召喚しようとしたのか﹂
﹁まぁ神霊を英霊として召喚する事は不可能じゃないが、何故当時のアインツベルンは
第十八夜 汚染
513
﹁そこはアイリスフィール、お前達は災難だとしか言えないなぁ。先代のツケを押し付
聖
杯
けられ、しかもそれを教えてすら貰えないなど。マキリの翁程ではないにしろ、当初の
目的が変質しているな﹂
かつて御三家の内、マキリとアインツベルンが第三魔法に見出だした希望。 絶対の悪性に汚染された聖杯に、人類の救済など任せればどうなるか│││結果は正
﹁そん、な││││﹂
違ってはいない。無論本末転倒だがな﹂
の絶滅という手段を取るだろう。人類が居なくなり、結果争いが無くなるのならば間
﹁汚染された聖杯では││││そうだな。例えば恒久的な世界平和など願えば、全人類
いる。
故にどのような形であろうと第三魔法を成就させることだけを目的としてしまって
た﹄と言える段階に達すればそれで良い﹂と最低ラインを下げた。
兼ねているので、優勝して儀式を完遂させ﹃アインツベルンの手で第三魔法を再現出来
アインツベルンは当初の悲願から、時を経て﹁この聖杯戦争自体が第三魔法の再現も
目的と手段が逆転し外道と成り果てた。
間桐臓硯は一族の衰えを否定し、その悲願を叶えるために蟲に身体を移したが、今や
﹃悪の根絶﹄という正義の志は時間と共に変わってしまった。
514
しく最悪。
争いを止めたいが為に、血を流すこと無く人を救いたいが為に聖杯という奇跡に縋っ
たというのに、その奇跡が失われていた。
アイリスフィールは目の前が真っ暗になった様な錯覚に陥る。
何せ己の存在理由が失われていたのだ。
勿論、聖杯としての話だが、この話を聴いているであろう夫はどれほどの絶望を抱い
ているのか。 監督役﹂
も聖杯に満ちる力を養分に現界すら行おうとしている。その証拠は、既に渡してあるだ
﹁現在聖杯は、捧げられた願い全てを破壊的な過程でしか叶えられない欠陥品だ。しか
ろう
泥 だ け な ら 大 聖 杯 に 幾 ら で も こ び り 付 い て い た
それは、この集まりの証拠として先に提出していた物品。
正は呆然と呟く。
最高純度の呪いという、存在すること自体が悍ましい災厄の具現を思い出した言峰璃
﹁││││あの、泥がそうだというのか﹂
?
?
何せサーヴァントは格好の餌だ。あの泥はサーヴァントにとって最悪の天敵だろうよ﹂
が、触れるだけで人を呪う。だからと云ってランサーに手伝って貰うわけにもイカン。
﹁あ れ を 取 り 出 す の は 苦 労 し た ぞ
第十八夜 汚染
515
元々サーヴァントを分解する機能を聖杯は持っていたのだ。
一度本体に呑まれれば、サーヴァントである以上英雄王ですら出てこれるか解らな
い。
そんな事実に、老人は頭を抱えるしかなかった。
聖杯戦争に携わって来た者として、彼も他人事では済まない。
何せ六十年前の第三次聖杯戦争でも、己が監督役としてこの冬木に居たのだから。
﹁まぁ、そんなトコだろうとは思っとったがなぁ﹂
く。
痛恨。そんな表情の時臣や悲痛に沈むアイリスフィールを見て、ライダーは頭を掻
何のための魔術協会から任された管理者だ。
も責任がある。
そういう意味なら冬木を拠点にしている間桐や、何よりセカンドオーナーたる遠坂に
ツの山奥。
そもそもの原因を作ったアインツベルンだが、彼等の拠点は冬木から遠く離れたドイ
責任の所在を論じるのは無意味だと、先にエレインが釘を刺す。
何せ汚染された聖杯を冬木に居ながら私に言われるまで気付きもしなかったからな﹂
﹁アインツベルンというよりユーブスタクハイトが元凶だが、他の御三家も同罪だな。
516
﹁何だよお前、この状況を予測してたってのか﹂
﹂
ウェイバーは主催者と監督役が頭を抱える光景を見る。
上手い話には裏がある。
﹁どんな願いも叶う聖杯││││胡散臭いと思わんのか
それは道理であった。
る撒き餌に過ぎない。
万能の願望器、魔術師の格を競うなどの御題目は外部から残りのマスターの数を集め
精々神秘の漏洩を防ぐための制御装置程度だろうか。
極論サーヴァントを召喚さえしてしまえば、マスターの役割など無い。
かった外部のマスターである。
正確には助手なのだが、師事しているケイネスも御三家の仕掛けた撒き餌に引っ掛
い。
優秀な魔術師が苦しむのは内心愉快だが、己が当事者になっていると何とも言えな
?
サーヴァントも外部のマスターも、御三家の思惑に見事に嵌まっていたのだ。
しかしそんな御三家も頭を抱えている。
これが魔術師の末路なのかと。
﹁だが、エレイン姫﹂
第十八夜 汚染
517
そんな絶望的な状況で、セイバーは揺らがなかった。
そしてそれは、静かに黙っているケイネスも同様。
それはここまで聖杯戦争を翻弄してきたエレインの実績に対する、信頼であった。
﹁汚染された聖杯に対する対処は幾つかある。一つは超一流の魔術師のサーヴァントに
第十八夜 汚染
││││打開策を。
﹁ふむ、では仰々しく勿体振って語らせて貰おうか﹂
﹁それを知りながら聖杯戦争に参加したというのなら、ある筈でしょう﹂
518
使用させること﹂
並行世界に於いて、第五次聖杯戦争で召喚されたキャスターのコルキスの王女メディ
アは、汚染された聖杯を完全に制御して己のマスターを蘇生させる事に成功した。
彼女の魔術の腕は英霊の中でも五指に入る。
この場合、人格面も含め最適任と言えるだろう。
だが、生憎とキャスターのサーヴァントらしき存在は姿を見せず。
﹁ルーラー、あの黒ローブのサーヴァントの真名からクラスを割り出せるか 別に真
名を教えろとは言わん﹂
﹁⋮⋮﹂
真名看破。
だが、
ラーのサーヴァントに与えられるクラススキルである。
直接遭遇したサーヴァントの真名・スキル・宝具などの全情報を即座に把握する、ルー
?
肝心のキャスターが召喚されているかどうかも、今は怪しい。
﹁そもそもキャスターでない可能性がある、か﹂
が原因だと思いますが⋮⋮﹂
﹁申し訳ありませんが、かのサーヴァントの真名は読めませんでした。恐らく隠蔽宝具
第十八夜 汚染
519
何せこの場にはエクストラクラス││││復讐者のサーヴァントが存在する。
﹂
最後のサーヴァントとおぼしき存在は、しかしこの場に姿を現していない、
﹁あの黒ローブがキャスター⋮⋮
みに縛られる。あの動きから、キャスターと考えるのは難しいだろう﹂
﹁仮に元々のサーヴァントが魔術と武術両方を極めていたとしても、クラスという枠組
﹁あの膂力、若しくは技量で魔術師⋮⋮あり得るのかしら﹂
尤も、意思疎通が出来るとは言っていないが。
なら可能ではある。
逆に狂化ランクが高過ぎる例は、安珍・清姫伝説の清姫やスパルタクス等も会話だけ
普通に会話できる。
彼はバーサーカーとして召喚されても、正常な思考力を保っており意思疎通どころか
例えば狂化ランクがEの坂田金時。
最低値
が極端に低いか高い場合、意思疎通は兎も角会話は出来ないわけではない﹂
﹁いや、会話可能=狂戦士ではないという構図は危険だ。バーサーカーでも狂化ランク
直接対峙し、あしらわれたモードレッドが吐き捨てるように述べる。
﹁少なくとも狂戦士じゃなかったぜ。頭冷やせとぬかしやがった﹂
?
520
この冬木の聖杯戦争に於けるサーヴァントは全てクラスという制約を受ける。
かのヘラクレスならキャスターを除く全てのクラス適正を持つが、実際に召喚でき本
領を発揮できるのはその内の一つしかない。
キャスター適正を持つランサーも、キャスターで召喚された場合に比べ扱えるルーン
魔術のランクもAからBに落ちている。
そもそも聖杯では英霊を完全に再現などできない。
クラスによる枷を嵌め、側面のみの再現。
それがアインツベルンの聖杯の限界なのだ。
そして単純なステータスでは判明している中で最高数値を誇るモードレッドを軽く
あしらい、投げ飛ばして強制的に戦線離脱をさせた。
そんなサーヴァントが魔術師である筈がないという、当然の判断である。
かなりの確率でキャスターが不在である。
エレインの最初の案はほぼ不可能だ。
﹂
!?
成る程、問題の大元である大聖杯を破壊すれば、悪神は受肉することも出来ず消え去
それは正しく最終手段である。
﹁なッ
﹁二つ目は大聖杯を破壊すること﹂
第十八夜 汚染
521
るしかない。
﹂
!
﹂
るか否か。もしかしたら汚泥が破壊されたのなら、小聖杯に移らないかも知れないぞ
﹁後は賭けだな。小聖杯が破壊された時にそうだった様に、大聖杯の魔力が小聖杯に移
聖杯は自動的に完成する。
そうなればサーヴァントの大半は自滅し、必然的に小聖杯に焚べられるだろう。
│今は氷室だったか。それ位だな﹂
負担を背負えるのはアインツベルンのホムンクルスか私、予想外だがギネヴィア│││
﹁大聖杯が無くなればサーヴァントを現界する魔力はマスターに全負担される。今その
それだけは断じて認めるわけにはいかない。
舞台装置たる大聖杯が破壊されれば、もう二度と聖杯戦争は出来なくなる。
それは、聖杯戦争の終結を意味する。
﹁だがそれはッ
共に洗浄させる﹂
﹁大聖杯が汚染され、それ故に小聖杯が芋蔓式に汚染される。なら大聖杯を破壊して諸
522
しかし賭けるにはリスクが高過ぎる賭けだ。
何分前例が無い。
?
万が一アンリマユが小聖杯に移った場合、その時点で人類を皆殺しにする能力を持っ
た悪神が受肉する。
故に、真の最後の手段であろう事は間違いがない。
﹂
﹁とまぁ以上が私の本命以外の次善策と最終手段だ。私の本命が気に入らない場合はこ
れを行いたまえ﹂
﹁本命以外⋮⋮つまりこれらより良い方策があると
事実、この状態は彼女にとって勝ちに等しかった。 ルーラーの問いに、この状況を待っていたと言わんばかりにエレインは笑みを作る。
?
││││││││今回の聖杯を、私に譲れ。
﹁あぁ、そうだとも。私が提示できる最後の手段は││││﹂
第十八夜 汚染
523
第十九夜 聖杯簒奪
エレインの言葉に、この場に居る全ての者が瞠目した。
﹂
唯一人、彼女のサーヴァントでありここまで沈黙を保っていたランサーを除いて。
﹁それは⋮⋮どういう事ですか
﹂
?
﹁それ、は⋮⋮
﹂
﹁アーサー王とルーラーは既に見ていたな││││ロンギヌスの槍だ﹂
?
た。
既に聖骸布が解かれている為、ソレが内包する神秘の力の発露が周囲を騒然とさせ
するとエレインは懐から、明らかに懐に納まり切らない大きさの槍を取り出す。
と言って信用できるものではない。
散々大聖杯の異常とその改善方法の困難さを説明しておいて、イキナリ改善出来ます
それが肝要である。
﹁そんなことが可能なのか
て聖杯を望んでいるだけだ﹂
﹁単純だルーラー。私は聖杯の汚泥を浄化する術を持っており、それに対する報酬とし
?
524
﹃ッ
﹄
ン
ギ
ヌ
ス
﹂
?
!?
贅沢極まりない、最早意味不明だ。
﹁な、何故貴女がその聖槍を持っている
﹂
説法を説きたいから釈迦を連れてくる様なものだ。
手段としては反則を通り越して酷く卑怯である。
アンリ・マユ
周囲││││特に聖堂教会の人間である言峰は開いた口が塞がらなかった。
で明解な処方だと思わんか
﹁神殺しの聖槍を以てして、大聖杯に巣くう生まれる前の悪 神のみを殺し尽くす。単純
ロ
続ける。
その正体にセイバーとルーラー以外が今度こそ絶句し、畳み掛ける様に彼女は言葉を
!?
﹂
?
信仰に篤い人間なら目を奪われない訳がなかった。
ンと出されれば、聖職者ならこうなるだろう。
尤も、神殺しの代名詞︵厳密には違うのだが︶にて聖杯に並ぶ世界最大の聖遺物をポ
それを保有していても何の不思議もない、云わば正当継承者である。
エレインはロンギヌスを管理していた聖人の系譜。
だが
﹁おやおや、話の流れで私が1500年前の人間だということは周知だと思っていたの
第十九夜 聖杯簒奪
525
﹁た、確かにかの聖者を貫いた聖槍ならば、悪神であるアンリマユを討つことが出来るで
しょうけども⋮⋮﹂
は言うまいな﹂
!
﹁構わんだろう 此処でこの問題を解決しなければ大聖杯を破壊するしかない。でな
﹁くッ⋮⋮だがそれは
﹂
れは変わらない。まさかとは思うが、貴様らの後始末をしてやるというのに、ただでと
﹁正確には諦めろ、と言うのが正しいな。魔術は原則等価交換、魔術師間のやり取りもそ
﹁しかし、聖杯を譲れというのは⋮⋮﹂
そしてそれは聖杯戦争の正しき運営に繋がることにもなる。
この世全ての悪の顕現と、それによる人類滅亡は回避できるのだから。
その言葉に、一先ずルーラーは胸を撫で下ろす。
滅できたからな﹂
﹁これで汚泥のみを浄化できるのは実験済みだ。摘出した泥と魔力を混ぜ、泥のみを消
526
イア﹂という、優先順位の違う二種類の抑止力がある。
人類の持つ破滅回避の祈りである﹁アラヤ﹂と、星が思う生命延長の祈りである﹁ガ
抑 止 力。
カウンターガーディアン
ければ人類を鏖殺する宝具を持った英霊が受肉する。そうなれば抑止力が動く筈だ﹂
?
自滅を回避する防衛本能と生存欲求の具現。
どちらも現在の世界を延長させることが目的であり、世界を滅ぼす要因が発生した瞬
間に出現、その要因を抹消する。カウンターの名の通り、決して自分からは行動できず、
起きた現象に対してのみ発動する。その分、抹消すべき対象に合わせて規模を変えて出
現し、絶対に勝利できる数値で現れる、集合無意識によって作られた最終安全装置であ
る。
そしてアンリマユ受肉は、この抑止力が発動する十分な案件。
そうなれば、現界した守護者は聖杯戦争に関する全てを無に帰すだろう。
﹁幸い、一撃で大聖杯を破壊できる人材は揃っているぞ。騎士王と英雄王の最強宝具な
ら、先ず間違いなく大聖杯を中身の泥諸共消し飛ばせるだろうな﹂
特に、御三家である遠坂時臣は。
だが、だからと云ってそう易々と了承できる物ではないのだ。
大聖杯の浄化、その対価として小聖杯を要求することは特別おかしくは無い。
それを未然に、完璧に防げるのだ。
大聖杯の破壊による、聖杯戦争の完全終結。
人類悪の受肉。
﹁⋮⋮ッ﹂
第十九夜 聖杯簒奪
527
﹁⋮⋮もしそれに応じなかった場合、汝はどうするのだエレイン﹂
第十九夜 聖杯簒奪
﹁││││小聖杯は既に確保してある。私にとって戦う理由など最早ない﹂
余りにあっさりとした離脱宣言に呆気に取られるも、次の言葉に戦慄する。
聖杯の浄化などせずに、早々に冬木から離脱する。
﹁えっ﹂
は冬木から出ていくさ﹂
﹁ギネヴィア⋮⋮お前達は寧ろ賛同する立場だろうが、まぁ良い。その場合は何も。私
528
﹂
﹁聖杯を確保した
そんな筈は無い
だって私がまだ││││﹂
その言葉に、アイリスフィールが遂に叫びを上げた。
﹁あり得ないッ
!
!
杯の器だ﹂
﹁単純な話だアーサー王。アイリスフィール・フォン・アインツベルンこそが小聖杯、聖
﹁エレイン、どういうことですか﹂
即座に返答された言葉は、容易く彼女の理解を超えた。
﹁││││﹂
だがな﹂
﹁昨夜にお前の内臓に融けていた聖杯は摘出済みだ。その様子では体調に問題ないよう
?
たのが、今回の彼女という聖杯の器が造られた経緯だ﹂
﹁正確には聖杯の殻だ。そもそも前回の小聖杯がユーブスタクハイトの不慮で破壊され
それは間違いなく肯定に見えた。
咄嗟にセイバーは彼女を見るが、それにアイリスフィールは答えず、静かに俯く。
﹁な││││﹂
第十九夜 聖杯簒奪
529
故に敗退し分解され小聖杯に納められていたアンリマユは大聖杯に入り込み、汚染さ
せたのだ。
それは聖杯戦争の途中終了でもあった。
なんせ賞品としての聖杯が破壊されたのだ。戦う理由がない。
そして今回はその反省としてアインツベルンは、無機物ではない聖杯を用意した。
﹁
﹂
﹁昨晩のアインツベルンの城での攻防の際だ﹂
﹁一体⋮⋮何時﹂
事になる。
エレインの言葉が正しければ、万全の守りにいたアイリスフィールから聖杯を奪った
恐らくエレイン以外のマスターでは、一番平静を保っているケイネスが考察する。
ルンも上手い手を考える。だが││││︶
は彼女を殺すことが出来ない。そして彼女を護るのは騎士王アーサー⋮⋮アインツベ
︵あのホムンクルスが聖杯⋮⋮。その上セイバーのマスターなら、敵でありながら此方
俯き続けるアイリスフィールに、周囲はそれを肯定と受け取った。
それが彼女だ﹂
﹁アインツベルンは聖杯自身が状況を判断し、危険を回避できるような外装を求めた。
530
!!
言峰綺礼と戦い、蹴散らされた後。
気を失った彼女はてっきり、やって来たセイバーと近付いた事で発動した、己の中に
ある宝具││││セイバーの鞘の治癒力によって助かったのだと思った。
だが、同じくその場に居た舞弥の傷も治癒されていたのが解らなかった。
もしそれがエレインによる仕業だとしたら
それは事実だった。
残ったのは意識を失い、無防備極まるアイリスフィール達だけ。
それに気付いた言峰綺礼は、当然退くだろう。
ルの元へ走る。
森の結界を掌握していたエレインの指示によって、ランサーは即座にアイリスフィー
そしてセイバーと戦っていたランサーは自由となる。
ギリギリまで追い詰め、令呪によってセイバーを呼び寄せる様に仕向けたのだ。
だからこそ、エレインは早々に衛宮切嗣を殺さなかった。
?
ソコに高いキャスター適正を持つランサーの原初のルーンが加われば、聖杯の摘出
ク ー・フ ー リ ン
インツベルンを雛型に造られているのだからな﹂
インツベルンのホムンクルスはほぼ全てが、大聖杯││││ユスティーツァ・フォン・ア
﹁ホムンクルスの構造は、大聖杯を調査する際十二分に知ることが出来た。何せ今のア
第十九夜 聖杯簒奪
531
も、気取られ無いよう調整することも短時間で可能だろう。
ランサーの真名を看破できるルーラーはそれが瞬時に理解できた。
再生に必要な魔力程度、他者の魂を貯蔵、エネルギーに変換出来る彼女には幾らでも
ある。
﹂
蔭で、もう一度娘に会えるのだぞ
﹁││││え
﹁アイリスフィール
﹂
彼女はイキナリ降って沸いた希望に、呆然と崩れ落ちながら涙を流した。
!
﹁イリヤ⋮⋮﹂
最後には肉体を消滅させる原因が既に彼女の中に無いのだから。
しかし聖杯を抜き取られた彼女にそのような終わりはこない。人間の機能を喪わせ、
肉体は魔力の余波で焼き払われ命を喪う定めだった。
ど人間としての機能を喪い、果てに聖杯の完成と共に﹁器﹂は、
﹁外装﹂であるアイリの
とはそれ即ち、聖杯を完成まで守ること。そしてサーヴァントの魂を内包すればするほ
聖杯が完成した時、アイリスフィールは聖杯の﹃包装﹄としての役目を終える。役目
?
?
?
﹂
﹁どうした 寧ろ感謝の言葉があってもおかしくないと思っているのだがな。私のお
﹁そん、な⋮⋮││││﹂
532
セイバーはそれを支え、エレインを見遣る。
﹁聖槍に小聖杯⋮⋮問題の解決方法と賞品。貴女は同時にそれを手にしていると﹂
ある。この意味がわかるか
﹂
﹁尤も、聖槍とは違い小聖杯は此処には無いがな。私以外に見付からないように隠して
﹁そうすればお前は直ぐ様逃げるだろうが。聖槍の能力は未知数だが、お前の目的が件
﹁いやいや、根源への孔を開けるだけなら大聖杯が行うだろうから無意味ではないさ﹂
であれば意味がないからだ。
聖槍を奪い大聖杯を浄化しようとも、肝心の賞品の小聖杯が何処にあるか解らないの
元々冷静ならば頭の回転は速いケイネスは、エレインの思惑を直ぐ様理解した。
トーン﹂
﹁⋮⋮ こ れ で 我 々 は、お 前 を 殺 し て 聖 槍 を 奪 う 事 す ら 出 来 な く な っ た 訳 だ な。プ レ ス
?
の湖の騎士ならばこの場には賛同する者は多い﹂
﹂
!
わずエレインに味方するだろう。
エレインの目的がランスロットならば、この大英雄とそれを打倒した叛逆の騎士は迷
視線の先はセイバーとアヴェンジャー。
ウェイバーはケイネスの言葉に、弾かれるように周囲を見渡す。
﹁あ
第十九夜 聖杯簒奪
533
︵まさか⋮⋮
︶
実にするために
︶
︵その為に願望を話させたのか
セイバーとアヴェンジャーが味方になる可能性を確
それにランサーも加われば、此方のサーヴァントはライダーとアーチャーのみ。
!?
だからこそ、あの無意味とも取れる問答を行った。
セイバーも一画の令呪なら抵抗できるだろう。
令呪を使えば相殺可能だ。
仮にルーラーが令呪で強制しようとしても、ランサーとアヴェンジャーはマスターが
う。
残りのアーチャーの戦力こそ規格外だが、エレインが逃亡する隙は確実に作れるだろ
それが早期に片が付くのなら、最悪エレインに味方しかねない。
何より、最早破綻した聖杯戦争に名誉など見出だせないからだ。
好敵手と定めた相手が先に行っていると知ったが故に。
計塔に戻り己を研鑽したい欲求に駆られている。
自分が撒き餌に引っ掛かったマヌケだと言うことに怒りはあるが、それよりも今は時
戦争に興味が失せていた。
加えてライダーは受肉するなどケイネスが認める訳がなく、そもそもケイネスは聖杯
!
!?
534
戦わずに状況を把握させ、事を納めるために。
﹁ルーラー、勿体振って済まなかったな。手段は兎も角目的は言うまでもないだろうが、
一応教えておこう﹂
ルーラーを見るエレインの顔、それは正しく勝者のそれだった。 モードレッドとギネヴィア、そしてアルトリアの顔が強張る。
﹁私の目的は、世界の外側にいるランスロットを取り戻すことだ﹂
モードレッドはエレインの言葉の意味が分からず、ギネヴィアは既に知っていた想い
﹂
人との再会が手に掛かった事が信じられず。
﹁外側⋮⋮
を超えてしまい、現世でも幽世でもない世界の外側の方へ弾き出されてしまった。まさ
﹁お前は本当に知らなかったなモードレッド。曰く彼は真祖を斬り過ぎた事で人の領域
?
にあの戦いの最後にだ﹂
﹂
!
エレインのサーヴァント、ランサー。
それに関しては前例が存在している。
当ならば、人の身を超越した彼はまだ生きている
﹂
﹁彼はその強すぎる力を持つが故に世界の外側へ追い出された。だが湖の乙女の話が本
﹁⋮⋮
第十九夜 聖杯簒奪
535
!
クーフーリンたる彼の師である、影の国の女王スカサハ。
彼女は神と死霊を殺し過ぎた為に人の身から外れ不老不死となり、果てに国ごと世界
の外側へ弾き飛ばされた。
ならば同様に世界の外側に弾き出されたランスロットも、不老不死の類いになってい
るのが道理というもの。
その言葉に、セイバーの口が開く。
過程を省略して結果を得る。
﹁私が聖杯を使うのは、世界の外側へ足を踏み入れた後だ﹂
﹁⋮⋮まさか﹂
世界の外側への孔を空ける事も出来るだろう﹂
﹁今は出力を抑えてはいるが、これは本来世界を制する力を持つ対界宝具と言って良い。
そもそも世界に孔を穿ち、外側へ向かおうとするならば聖槍だけで事足りる。
のは天文学的数値の可能性しかないだろう。
ただ世界の外側に辿り着けたとして、広大な世界の外側でランスロットを見つけ出す
つあったところで、彼の元に向かうのも此方に呼び寄せるのも出来はしない﹂
﹁そうだ。仮に英霊の魂7つ全てを聖杯に捧げても、出来るのは孔を穿つのみ。聖杯1
﹁それが、貴女が言った簡単ではない話ですか﹂
536
その小聖杯の機能ならば、無限に近い距離を省略して何処に居るかも解らないランス
ロットの元へ一足飛びに向かえるだろう。
つまり││││、
その為、彼女が聖杯に焚べられる事はない。
在だ。
彼女は世界との契約で生きている状態でサーヴァントとして現界している、異例の存
そしてアーサー王たるセイバーは例外のサーヴァント。
えある。
もしかしたらサーヴァント達が小聖杯に焚べられずに、直接英霊の座に還る可能性さ
にどうなるか解らない。
小聖杯が健在であるにも拘わらず大聖杯を破壊した場合、エレイン本人が語ったよう
だ。
先ずこの計画の場合、万が一大聖杯を破壊された場合本当にどうなるか解らない点
だがエレインのこの計画には、当然ながら穴がある。
││││最早それは、勝利宣言に等しかった。
へ辿り着く事で、私は私の目的を果たそう﹂
﹁聖槍で世界の外側への孔を開け、聖杯の願望器としての機能を使いランスロットの元
第十九夜 聖杯簒奪
537
538
エレインはセイバー無しでの聖杯完成を視野に入れなければならない。
するとアーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、アヴェンジャーもしくは最後の
謎のサーヴァント全員を聖杯に焚べる必要がある。
これでランサーとライダーの二騎分の霊格により四騎分、そこにアサシンと謎のサー
ヴァントで英霊六騎分の魔力を得られる。
アーチャーはその規格外性から自力で存命しそうで怖いのだが。
日
記
尤も、ランスロットへの道程を省略出来れば、無理に聖杯を完成させる必要は無いの
だ。
願いの内容は遺品を触媒に持ち主の元に距離を無視して向かう事。
英霊一騎分、多くて二騎分で事足りる内容だ。
あらかじめ話を通してあるランサーを自害させれば十分である。
更に必要なら、大聖杯のサーヴァントを現界させている魔力をアンリマユ浄化後に回
収すれば良い。
何せ前回の第三次聖杯戦争は小聖杯が破壊された時点で中断終了している。
つまり前回のサーヴァントの、最低でもアンリマユ一騎分以上のサーヴァントの魔力
が納められている筈である。
サーヴァント召喚によって幾らか減っているだろうが、足りない魔力の補充としては
十分だろう。
どちらにせよこの聖杯戦争はここで終わり、エレインが聖杯を手に入れ望みを叶える
﹂
以上、彼女が勝者であることに揺らぎはない。
﹁すみません、少し宜しいですか
││││だが、其処に。
見に行ってみませんか
﹂
﹁見に行くって⋮⋮オイオイまさか﹂
﹂
﹁お姉さんのお話ですが、ボクのマスターはまだ判断出来ずにいます。ですので実際に
金色の英雄王が、待ったを掛けた。
?
それは大聖杯の元へ赴き、その汚染を見に行くという提案だった。
﹁マスター、大聖杯は何処にありますか
?
?
それを参加者とは言え外部の者に教えるなど、本来ならば考えられない。
その御三家すら無闇に近付くことができないアインツベルンの技術の結晶である。
大聖杯は御三家秘中の秘。
当然だろう。
その宝石のごとき輝きを放つ紅の瞳に、時臣は直ぐ様返すことが出来なかった。
﹁⋮⋮王よ、それは││││﹂
第十九夜 聖杯簒奪
539
だが状況が状況。
それに汚染云々を確かめる意味合いもある。
彼は苦渋といった表情で、絞り出すように答えた。
﹂
?
?
い。でないと││││││││﹂
││││何もかも台無しになってしまいますよ
その言葉に、今まで余裕を崩さなかったエレインの表情が固まった。
?
﹁でもちょっと急がないと間に合わないので、皆さんボクのヴィマーナに乗ってくださ
それでも訝しむエレインに、ニッコリとした表情を止めて底知れない笑みを作る。
の目的に支障は無い筈﹂
﹁別に構わないでしょう 貴女のお目当ては小聖杯。なら大聖杯を裁定するのは貴女
﹁英雄王、何のつもりだ
瞳に浮かぶ感情は、疑念だ。
その答えに笑顔で頷いたアーチャーに、エレインは目を細めて睨み付ける。
﹁柳洞寺山奥⋮⋮大空洞。ソコに大聖杯は、安置されています﹂
540
541
第十九夜 聖杯簒奪
第二十夜 其の起源の名は﹃傍迷惑﹄
冬木教会から、ギルガメッシュが取り出した黄金とエメラルドが輝く舟││││古代
ヴィ
マー
ナ
イ ン ド の 二 大 叙 事 詩﹁ラ ー マ ー ヤ ナ﹂﹁マ ハ ー バ ー ラ タ﹂に 登 場 す る 飛 行 宝 具
聖杯が汚染されている以上、切嗣の願いは叶わない。否、仮に聖杯が汚染されていな
の名前を呟く。
アイリスフィールは静かに、教会近くに潜伏していたが故にこの場には居ない己の夫
﹁切嗣⋮⋮﹂
ていた。
その船上にはサーヴァントとそのマスター達が各々複雑な心中で夜の街を見下ろし
ソレが浮上し、ぐんぐんと高度と速度を上げ夜空を駆ける。
﹃天翔ける王の御座﹄。
542
くとも、彼はどれだけ願おうがその祈りを聖杯に託せない。 エレインはあの後、アイリスフィールに語った。
アインツベルンは聖杯を持ち帰れなかった自分達にどう対処するのか。
どちらにせよ、聖杯戦争はエレインの勝利に終わるだろう。
かなくなった。
それを知ってしまった以上、アイリスフィ│ルは夫の為に彼へ聖杯を渡すわけにはい
あるのだから。
恒久的な平和を望みながら、彼が聖杯を手にした場合成る結果が最も破壊的な結末で
全く皮肉なものである。
と理解できた。
それが本当かどうかは、切嗣の信念と嘆きを知っているアイリスフィールには真実だ
そう、断言した。
らず、君達家族を除いた人類を滅ぼしてしまいかねない﹄
衛宮切嗣に、この冬木の聖杯は無用の長物だよ。でなければ奴が望んでもいないにも拘
が人を殺すことでしか人を救えず、そうならない過程と手段を得るために聖杯を求めた
人の手に及ばない領域で省略する聖杯に﹁手段と過程﹂を入力しなければならない。だ
﹃無色の魔力であった聖杯は所有者によってその色を変える。つまり所有者は、過程を
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
543
そもそも汚染云々の事を激しく問い詰めたいが、ソレ以上に娘が心配である。
エレインによって大聖杯が清浄化されれば、再び起こる戦争の為にアインツベルンは
娘のイリヤスフィールを聖杯の器に据えるだろう。
必然、切嗣とアインツベルンはイリヤスフィールを巡って敵対する。
顔色が優れませんが﹂
その時、自分は││││。
﹁アイリスフィール
﹂ ?
る事はない。
何より彼女の願望││││王の選定のやり直しを行ったとしても、ブリテンが救われ
そう思った矢先にエレインの手段と目的を知り、心が揺らいでいるのだ。
に会ってはならないと。
ランスロットとは二度と会えないと、聖杯を使って彼を含むブリテンの臣民を救う為
そんなセイバーの表情に溢れているのは、困惑だった。
﹁⋮⋮そんなことは﹂
う
﹁ふふ、気遣ってくれてありがとう。でも貴女も、人の心配をしている余裕も無いでしょ
思考の渦に落ちていった彼女を掬い上げたのは、彼女の夫のサーヴァント。
﹁セイバー﹂
?
544
何せブリテンの滅びは、人理定礎に於けるターニングポイントの一つ。
英雄王ギルガメッシュによる神代の終末の確定。
魔術王ソロモンの死による神秘衰退の加速。
それらに並ぶ程に神代最後の国の滅びは、世界が完全に人の世に変わる最重要な転機
の一つなのだ。
ソレを覆すことは、ブリテン以外の人理を悉く覆すことを意味し、抑止力が動く案件
になるだろう。
モードレッドのように初めから滅ぼすつもりなら兎も角、アルトリアの想いは届かな
い。
を、プライドと復讐者としての性質が邪魔をし、感情を表に出さずにいた。
何もかも投げ捨ててランスロットの存命を歓喜し、エレインに付いていきたい感情
ランスロットの存命という真実は、彼女の心の容量を容易く上回った。
アヴェンジャー││││モードレッドは眉間に余りに深い皺を作り、頭を抱えてた。
そんなアイリスフィールはセイバーの宿敵であり嫡子を盗み見る。
それを言うなら自分もだ、という言葉を内心呟く。
﹁そんなことは⋮⋮﹂
﹁本当に浅ましいですね、私は﹂
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
545
サーヴァントでなければ、知恵熱さえ出しそうな勢いである。
ギネヴィア
そんな彼女のマスターであり、ランスロットの現状を1500年前にエレインと共に
湖の乙女より知っていた氷 室は、エレインへの感謝と憧憬に溢れていた。
輪廻を超えて己の願望を掴もうとしている彼女に、嫉妬すら超えて感嘆していたの
だ。
だが、
﹁あのサーヴァントの底知れなさを改めて再確認している処だ。して、聖杯は諦めたの
﹁おぅ、どうしたカーボネックの姫よ﹂
それが彼女にとって堪らなく不安であった。
いる。
その英雄王は玉座にもたれ掛かり、まるで何かを心待ちにしているような表情をして
置された玉座に座るアーチャーを見ていた。
一方、勝者同然であるエレインはヴィマーナの上から冬木の夜景を見ながら中心に設
それが、それこそが致命的であるという予感があったのだ。
ただ、召喚した前後の記憶が混乱しているのか上手く思い出せない。
彼女の前世の記憶は、モードレッドを召喚した時点で殆ど戻っている。
﹁││││どうして、頭の中で何かが引っ掛かるのか﹂
546
か征服王
﹂
?
﹂
?
﹁⋮⋮ふぅ。調子に乗って語りすぎたか。沈黙は金、雄弁は銀。良く言ったものだよ﹂
える。
知っていることを肯定する言い方で問い返した彼女に、ライダーはニシシと笑顔で答
﹁お主の知識量は、余の想像を遥かに越える。此度の聖杯戦争でもそれは明らかだ﹂
﹁⋮⋮何故、そう思った﹂
﹁お主、実は聖杯以外でも余を受肉させる方法を知っておらぬか
急に神妙になったライダーは、エレインに近付き問いを投げ掛けた。
﹁うむ、実はだな﹂
﹂
この程度の困難はよくあったことなのかもしれない。
た偉人だ。
エレインの呆れ混じりの称賛にガハハハ、と高笑いを上げる大男は戦術で戦略を覆し
﹁そこで諦めたと言わない辺り、英雄たる所以だなライダー﹂
﹁さぁの。まぁ、此度の遠征は困難を極めることは間違いない﹂
ある。
そんな彼女に声を掛けたのは、マスターさえある意味敵に回ったライダー、征服王で
?
﹁して、何の用かなライダー
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
547
﹁では、あるのだな
﹂
!
﹂
?
?
?
﹂
余の時代の征服が駄目ならば、郷に従うまでよ。余は再び王として君臨し、現
世なりの方法で覇道を為すまで
!
うよ﹂
﹁おぉ
真か
﹂
!
いい﹂
﹁嘘は言わんさ。尤も、ケイネスがソレを承服するかは話は別だ。頑張って説得するが
!!
﹁サーヴァントに三画全ての令呪で以て﹃受肉せよ﹄と命じれば、一応は受肉出来るだろ
るで知らない大王を見て嘆息しながら答えた。
根こそぎ聞き出されてムンクの叫びが如き面貌で伸びている少年と、諦めることをま
!!
﹁うむ
﹁⋮⋮ウェイバーが倒れているのはそれが原因か﹂
者が王になるのだと﹂
﹁それは神秘の漏洩故であろう 小僧に聞いたぞ、現代は血統ではなく民に選ばれた
何よりケイネスはライダーの神秘の漏洩を絶対に赦さないだろう。
ライダーの生きた時代と現代は余りに違う。
みたと思ったのは私の間違いか
﹁あるにはある。だが受肉してどうなる 先程の問答で世界征服は出来ないと身に染
548
﹁プレストーン、貴様ッ﹂
﹁はははは。様々な手段で説得されるだろうが、尻は護れよ
に襲われるなど、ブラム学部長に顔向けできん﹂
流石に妹の婚約者が男
?
ギョロリ、と此方を向くサーヴァントに本気で自害を命じようと、青褪めたケイネス
が思った直後に、
第二十夜 其の起源の名は﹃傍迷惑﹄
一行を乗せた舟は目的の場所に着いた。
﹁││││皆さん、着きましたよ﹂
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
549
││││││││それは星を祭る祭壇だった。
本来暗闇のはずの空洞を、その祭火の焔身は照らしていた。
しかしそれは聖火の炎とはまるで違い、その色は彩を食い潰さんとする黒。
その祭壇は最早嘗ての荘厳さを微塵も残さず失い、悪神を奉る冒涜のソレに。
大空洞﹃龍洞﹄の中心、そこに安置されている大聖杯は││││無色など烏滸がまし
いほど禍々しい、呪いの汚泥を撒き散らす災厄の釜と成り果てていた。
そんな大聖杯にランサーは唾を吐き捨て、セイバーは静かに目を閉じる。
これは我々を滅ぼすに足る存在なのだと。
そして悟る。
英霊の魂という養分を欲し生まれ出ようとする者の子宮なのだと。
これは母の胎に等しい。
判るのだ。
とアイリスフィールが、崩れ落ちるように膝を突いた。 その場にやって来、闇色の炎に照らされ二の句を口に出来なくなるほど絶句した時臣
これ程とは││││。
﹁││││馬鹿な﹂ 550
ギネヴィア
・・
アヴェンジャーは下らなさそうに舌を打ち、 氷 室は手で口を押さえた。
﹁ここまで⋮⋮ッ﹂
ルーラーは唇を噛み、物事の深刻さを思い知る。
そんな彼女に、エレインは十割の善意で忠告をする。
﹂
の目的は己の誕生。必要な栄養は召喚される英霊総て。ならその栄養を効率良く摂取
﹁裁定者のサーヴァントは聖杯││││││││詰まる所コレに召喚される訳だ。此れ
する方法は何だ
﹂
!
?
どちらの命令が強くなるかは、サーヴァントの意思。
令呪を令呪で相殺する。
ていないからだろう﹂
﹁今、それをしないのは先程保険を作った際にも言ったが、マスター達の令呪が消費され
・・・・・・・・・
たったそれだけで﹃この世全ての悪﹄は誕生する。
それでサーヴァント全員を自害させればいい。
サーヴァントごとに二画保有するスキル、﹃神明裁決﹄を有する。
裁定者のサーヴァントは聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能な令呪を各
﹁気を付けろ、これの干渉があれば貴様とて容易く塗り潰されるだろう﹂
﹁⋮⋮ッ
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
551
仮にルーラーを大聖杯が汚染し、自害を強要しようともマスターが令呪で対抗すれば
行動不能になるものの防げないことはない。
だが、エレインには疑問があった。
この汚染された聖杯ではルーラーを召喚できない筈だった。
もし仮に何らかの理由で召喚可能となったとして、何故態々この聖女を召喚した
大聖杯の中に巣食う﹃この世全ての悪﹄には自我がない。
それなのに何故ジャンヌ・ダルクは浸食され属性が反転していない
杯戦争を執り行う機能のみ。
あるのは既に受諾された﹁この世全ての悪であれ﹂という願いと、大聖杯としての聖
?
︵││││抑止力か
︶
いやそもそも、もっと都合の良い人格のサーヴァントを見繕えばよかっただろうに。
?
だが、その場合何に対しての抑止だ
アンリマユか
らす。
改めて様々な疑問がエレインの思考を占めていた処、ケイネスが不機嫌そうに鼻を鳴
?
?
彼女の召喚に抑止力が関わっている可能性はあるだろう。
ジャンヌは生前抑止力に後押しされた存在である説が存在する。
?
552
そこは自分ならば、と大言壮語すると思ったのだが﹂
﹁確かにこれを正常にするなら、聖槍でも必要だろうな﹂
﹁おや
となった少年王を観る。
そんな彼の変化を、エレインは内心驚きながら見届けた後に、この場に来る切っ掛け
心底口惜しそうに大聖杯を見て、静かに目を閉じた。
無しにされているのを観ると、余りに惜しい。見るに堪えんよ﹂
﹁私とてこれをソコまで過小評価など出来んよ。ただ、これ程見事な術式がここまで台
エレインの言葉に、傲慢な彼らしくない感傷に染まった表情を作る。
?
そう、汚泥にまみれた大聖杯を観ているアーチャーに問い掛ける。
第四次聖杯戦争、事実上の中断││││終結を意味していた。
そして主催者は対処不能。
呆ではない。
ランサーは元々聖杯に興味が無く、ライダーもこれを見てソレでも受肉を望むほど阿
セイバーとアヴェンジャーは想い人との再会の希望を見て、戦意は削がれた。
ターも危険性に即座に浄化を望んだ。
主催者は自分達の求めていた物の有り様を見て失意に暮れ、他のサーヴァントやマス
﹁これで満足かアーチャー﹂
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
553
しかし、
﹂
?
間違いなく、戦闘態勢であった。
の戦装束を纏って出る。
そんな風付きのアーチャーに困惑する彼女を尻目に、ランサーがエレインの前へ青色
﹁静かにしろエレイン﹂
が、慢心をしないあの少年王ならばそこまで脅威ではない筈だ。
死神に近い。
確かに霊体が触れれば即座に拘束・分解されるあの大聖杯は、サーヴァントにとって
明らかに異常だ。
幼年期とはいえ、あの万夫不当の英雄王がである。
まるで其処から目を逸らしては危険だというように。
注視していた。
大聖杯が安置されている場所、その少し手前を見て凄惨なまでの笑みを浮かべながら
た。 否。アーチャーは彼女の問いなど聞いて居らず、そもそも大聖杯など見ていなかっ
エレインの問いに、彼は答えなかった。
﹁⋮⋮アーチャー
554
・・・
﹁気ィ抜くな││││いるぜ﹂
﹁な﹂
エレインは驚愕しながら、ランサーの猛獣のような視線の先を追い││││見つけ
た。
その波乱が今、起源﹃傍迷惑﹄の元へと遂に収束する。
だいたいコイツの所為
聖杯を巡る四度目の戦争。
ソレが丁度彼女達と大聖杯の間で、邪悪に鳴動する大聖杯を仰ぎ見ていた。
ト。
倉庫街でセイバーとアヴェンジャーを一蹴した、黒いローブを纏った謎のサーヴァン
﹁あれは││││﹂
第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』
555
第二十一夜 宣戦布告
﹁││││なぁ、本当に大聖杯を破壊して良いのか
﹄
る事を意味する。
﹂
大聖杯を破壊することは聖杯戦争を、少なくとも別の大聖杯が造られるまで終わらせ
いか。
彼女達も聖杯戦争に参加した以上、聖杯を求める何らかの理由を持っているのではな
この男がどれほど大切に思っていたかを知っている。
ドとの関係を知っている。
間桐雁夜は目の前の男とセイバーとアヴェンジャー、つまりアーサー王とモードレッ
ントの事だ﹂
﹁お前は念話を良いことにハッチャケ過ぎるだろう⋮⋮セイバーともう一人のサーヴァ
﹃どないしたんイキナリ﹄
間桐家の玄関前で、そんな問答があった。
まだその阿呆が柳洞寺に赴く前。
﹃ぬっ
?
?
556
ランスロットの行動は、聖杯を求める彼女達に反するのではないか││││と。
すると彼は念話ではなく口で言葉を発した。
にこの世界を大規模に変える願いでは無い﹂
・・
﹁願望機、それが完成された状態で使用されるのは極めて稀だが、叶えられた願いは一様
ランスロットの知る限り、正史に於ける冬木の聖杯戦争で願望機としての機能が使わ
れたことはなく、あったとしてもそれは第三魔法という大聖杯本来の役目を行使しただ
け。万能の願望機としての機能ではない。
あり得たかもしれないifでも、ルーマニアで完成した大聖杯は世界の裏側に持ち出
され機能を停止させられている
はたまた別世界の月の聖杯戦争では勝者は結果的に消滅し、裏側で聖杯を掌握した者
も直ぐ様滅ぼされた。
おおよそ万能の願望機としての機能で叶えられた願いは、聖杯そのものの﹃並行世界
の移動﹄と﹃移動した場所での幸福と善き出会い﹄。
あれは例外である。
世界を変えるとは言いがたく、そもそも聖杯を手放している。
ソロモン式聖杯
オラ早く新しい特異点作って聖杯寄越せや。
?
﹁その点、アルトリアやモードレッドは間違いなく歴史を変えるレベルの変革を求める
第二十一夜 宣戦布告
557
だろう。当時のブリテンは何かと面倒な立ち位置だったからな。考えられるのは、アル
トリアなら故国の救済。モードレッドは⋮⋮何だろうな﹂
故に真の意味で二人が聖杯を獲ることはないだろう。
有ったとしても現実でもあり、もしもの世界。正常な時間軸から切り離されている世
界の観点からすれば意味不明なもの││││特異点などの抑止力の影響が少ない場所
でのみ。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
そんな彼の呼び声に応えたからこそ、この男は此処に居るのだから││││。
間桐桜。そして何より間桐雁夜こそ聖杯戦争に於ける最大の被害者の一人だ。
﹁桜ちゃん⋮⋮﹂
夜﹂
﹁何より、聖杯戦争は悲劇を産み出す。それは俺よりもお前がよく知っている筈だ、雁
﹁お、おう﹂
﹁そうなれば俺は抑止力を斬らねばならなくなる﹂
・
故に彼女が聖杯を掴んだが最後、世界の虜囚たる守護者と成るだろう。
アルトリアは死に伏した際、﹃聖杯を得ること﹄を対価に世界と契約している。
奴に聖杯を掴ませるわけにはいかない﹂
﹁何より、アルトリアは恐らく抑止力との契約で聖杯戦争に臨んでいる。少なくとも彼
558
第二十一夜 宣戦布告
暗闇に闇色の炎を揺らめかせる災厄の釜を背後に、その男はルーラー達へ振り向い
た。
﹂
!
﹁││││⋮⋮チィッ
﹂
﹁落ち着きたまえ。そのまま汝が突っ込んでも、以前のようにあしらわれるだけだ﹂
力が赤雷として火花を散らした。
アヴェンジャーが男との初戦に於ける醜態を思い出したのか、その感情に呼応して魔
﹁あの野郎⋮⋮
第二十一夜 宣戦布告
559
!
モードレッドは好戦的だが、決してバカではない。
この場で戦闘をしても先の焼き増しだろう。
打開策は彼女の邪剣による真名解放だが、しかし大聖杯があるこの場でそんなものを
使うわけにはいかない。
黒く、よく見ればローブの先端が靄のように漂っている様は、明らかに尋常の装いで
はない。
やはり、何らかの宝具の類いであると考えられる。
そんなアヴェンジャーと彼女を諌める氷室を尻目に、エレインが驚きと共に呟く。
つまり消去法で残っているのは、御三家である間桐のみ。
この場にいない言峰綺礼は恐らくアサシンのマスター。
﹁いや⋮⋮そうでもないか﹂
その仕組みは英雄王でさえ、考案者は神域の天才と述べるほどである。
エレインは例外として、御三家秘中の秘は伊達ではない。
れない場所だ。
この場に至るには様々な大聖杯等の聖杯戦争の仕組みの真実に辿り着けなければ至
エレインの呟きが大空洞に響き、アイリスフィールと時臣が同意する。
﹁驚いたな⋮⋮独力でこの場に辿り着いたのか﹂
560
となれば大聖杯の存在も、その場所を知ることも可能だろう。
︵だが、何故今此処に居る︶
エレインが思慮に呑まれている最中、ルーラーが前に出て口を開いた。
﹁見ての通り、大聖杯は汚染されています。今回の聖杯戦争は中断されました﹂
ルーラーの言葉に、耳を傾けるように黒衣のサーヴァントは姿勢を向ける。
その姿に彼女は内心安堵しながら、言葉を続ける。
﹁そしてランサーのマスターである彼女││││エレインだけがアレに対して確実な解
決手段を持っています。アレの正体は事態が終息してから他の御三家や監督役から説
明があるでしょう。今は第四次聖杯戦争が終わらざるを得ないのだと理解してくださ
い。貴方が間桐のサーヴァントであるなら、その事を貴方のマスターにお伝えを﹂
﹁││││││││﹂
素顔を欠片も見せないローブの向こうには、驚愕しているだろう感情がまるで読めな
かった。
だがそれも驚きはしない。
動揺さえ隠蔽してしまうほどの高ランクな宝具なのだろう。
事実、モードレッドを除けばこの場の面々は初めてその者の声を聞いた。
﹃⋮⋮そうか﹄
第二十一夜 宣戦布告
561
それはまるでフィルターの掛かったような変声。
﹃あの哀れな妖怪は、俺がこの地に来て最初に滅ぼした﹄
しかしそんなエレインの警戒を、そのサーヴァントは杞憂と断じた。
﹃⋮⋮あぁ、それは無い﹄
気にもしないだろう。
不老不死という目的となってしまった手段の為なら、他人がどれだけ死んだところで
嘗て正義を志した魔術師は、人の命と苦痛を食い物とする妖怪に成り果てた。
だが間桐臓硯は違う。
雄達だからに過ぎない。
この場に居る者達が聖杯を諦めているのは、偏にアンリマユの排除を優先している英
嘗ての崇高な理念は醜い妄執へ成り果て、目的と手段は入れ替わった。
特に彼は蟲に身体を入れ換えた結果、魂が腐敗。
れる様な事態に陥っていない唯一の御三家であるからだ。
アイリスフィールの様に根源に興味がなく、時臣の様に令呪をギルガメッシュに奪わ
この状況下、御三家の中で足掻きそうなのが間桐臓硯であった。
吐き捨てるように、最大限の嫌悪を込めてエレインが間桐家の頂点を侮蔑する。
﹁とは言え、マキリの妖怪が﹃はいそうですか﹄と素直に納得するとは思えんがな﹂
562
﹁││││││││﹂
その発言に、間桐臓硯の正体と力を知っている者は少し驚いた。
間桐臓硯は蟲の群体。魂単体で蟲を支配する術を得た、正真の怪物である。
核となる本体は存在するが、そんな弱点は絶対に安全だと確信した場所に隠れている
だろう。
故に現れる臓硯は全て触覚となり、替えの効く蟲。
そんな妖怪を滅ぼしたというのは、サーヴァントでも容易ではなかった筈だ。
だが、そうなれば話の辻褄が崩れる。
﹁では、お前は何のために此処に来た﹂
﹃俺は大聖杯を破壊するために此処に居る﹄
﹂
︵危ねぇッ⋮⋮
︶
││││││││何もかも台無しになってしまいますよ
!!
更に最悪の場合、消しきれなかった泥は冬木の街を地獄へ変えていたやも知れない。
後数分此処に来るのが遅れていれば、大聖杯は破壊されていただろう。
ほぼ全ての者が、ギルガメッシュのファインプレーに胸を撫で下ろした。
!!
?
﹁││││
第二十一夜 宣戦布告
563
﹁え
・
・
﹂
・
・
﹃関係がない﹄
・
だが、
ア ン ノ ウ ン
此処に来るまでは渋っていた時臣も、既に諦めていた。
それほどに、大聖杯から生まれ出る者が危険なのだ。
それ故に、聖杯戦争の参加者はエレインを勝者にしなければならない。
術を持っています﹂
﹁ですがその必要はありません。彼女、ランサーのマスターが大聖杯の汚染を除去する
実際、そのエレインの予想は間違っていなかった。
ルーラーが溜息を吐きながら安堵する。
﹁そ、そうでしたか。間に合って何よりです﹂
加えて会話ができるという事は、説得も可能だということだ。
少なくとも反英雄ではない。
そして大聖杯の存在を知り、聖杯の価値を天秤に掛けて破壊を優先させる善性。
ヴェンジャーをあしらい強制的に戦線離脱させる能力。
セイバーとアヴェンジャーという最上級サーヴァントの激突に割り込み、加えてア
︵加えて、目の前の正体不明の情報がある程度把握できた︶
564
?
この男は、聖杯などハナから欲していなかった。
﹃汚染されていようが居まいが、関係がない。俺は大聖杯を、聖杯戦争を終わらせに来
た﹄
絶句であった。
特に魔術師であるマスター達とアイリスフィールは、その言葉を正しく理解するのに
相当力が必要だっただろう。
プ
ウェイバーがいの一番に反応できたのは、やはり無理難題や突拍子の無い発言をする
話聞いてたのかよ もう聖杯を破壊する必要は無いんだよ
ライダーに付き合っていたから。
﹁お、オイお前
!
﹂
何故。
﹁な││││﹂
﹃聖杯戦争は今回で終わりだ。第五次は無い﹄
﹁⋮⋮どういうことだ﹂
ライダーが察したように、ウェイバーを黙らせる。
?
﹂
!
﹁いや坊主、コイツはちと違う様だぞ﹂
レストーン先生しか聖杯を浄化できない以上、先生を勝たせないと不味いんだよ
!
!?
﹁へっ
第二十一夜 宣戦布告
565
理解ができない。
大聖杯は聖杯戦争を、何よりサーヴァントを支える存在だ。
サーヴァントが大聖杯を破壊しようとするなど、今回の大聖杯の汚染のような事態が
発生しエレインのような解決手段が無い場合のみだ。
それはまだ理解できる。
だが解決手段があるにも拘らず大聖杯を破壊するとはどういうことか。
何故態々、大聖杯を破壊しようとする﹂
﹂
?
﹄
?
そして最後に、サーヴァント達を見た。
ものを破壊する程の力を持ったサーヴァント﹄
﹃秘匿さえすればどの様な非道も黙認する魔術師に使役される、場合によっては街その
男の、ローブによって暗闇に隠された視線が、しかしマスター達を見据える。
﹃倫理など度外視する、呪いの如く代々参加を義務付けられた魔術師によって行われ﹄
アイリスフィールと時臣を見て、
﹁は
﹃危険とは思わないのか
目の前の男の、動機がまるで解らなかった。
セイバーが問う。
﹁何故
?
566
﹃そして何よりそれらに巻き込まれる人々﹄
男が思い出すのは、聖杯戦争によって心を閉ざした少女と、彼女を助けようと己の命
﹄
さえ投げ出した当たり前の人間性を持つ凡庸な男だった。
﹃お前達は危険だと思わないのか
?
だが、有事の際に絶対にしないと断言できるだろうか。
勿論そんなことをするつもりは毛頭無い。
街中で使えば、場合によっては一度に百を超える人間を殺せるだろう。
セイバーは、己の持つ聖剣を見下ろす。
そして複数系にも拘わらず、その言葉はセイバーのみに向けられている様だった。
そんなことを今更持ち出されても困るというもの。
一般人への配慮は、神秘が漏洩しないための事後処理程度。
当然だ。魔術師とは本来外道と称される存在なのだから。
あった。
そう、誰も彼もが聖杯を欲し、その戦いを欲し、ソコにいる市民の安全など二の次で
正にそんな言葉だった。
││││それを言っては仕舞いだろう。
﹁それは││││﹂
第二十一夜 宣戦布告
567
自分は使わなくとも他のサーヴァントが使わないとは限らない。
もし敵のサーヴァントが、仮に背後に護るべきマスターが居て避けられ無い場合、自
分は聖剣を振るわずに居られるだろうか。
﹄
?
﹁私は聖杯戦争を円滑に、確実に大聖杯を正常化させて、何より罪無き市民を護るために
ティ対象だ。
この大聖杯を破壊すると言いのけたサーヴァントは、間違いなくルーラーのペナル
なにより聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァントである。
ルーラーは聖杯自身に召喚され、
﹃聖杯戦争﹄という概念そのものを守るために動き、
うとする。
サーヴァントが未だ一騎も脱落していない状態で、舞台装置である大聖杯を破壊しよ
﹃⋮⋮
スキルを知らないのか﹂
﹁御高説は結構だが、お前がどの様な考えを持とうが関係がないぞ。ルーラーのクラス
りうるリスクを注視したのだ。
目の前のサーヴァントは聖杯によって得られるメリットより、聖杯戦争によって起こ
エレインは理解した。
﹁成る程⋮⋮﹂
568
笑わせるな。真に民草を愛し、護らんとするならば聖杯戦争な
存在しているサーヴァント。貴方の言い分は判りますが││││﹂
﹃市民を護るために
﹃英霊同士の戦いに、このちっぽけな街が堪えられると思うか 魔術師という外道が
﹁⋮⋮っ﹂
など無いんだ﹄
ど運営するのが間違っている。そして何より、お前のような存在が次も召喚される保証
?
﹁それは││││﹂
間がどれだけ危機に晒される
お前ならば、問うまでもない筈だ﹄
起こしている、基本神秘の漏洩さえしなければ何をしてもいいこの戦争に、この街の人
?
或いは、彼女が憑依した少女だったのかもしれない。
当たり前すぎる人を思いやる言葉にルーラーの、聖女の瞳が揺れる。
?
最悪、大聖杯からの魔力供給を絶たれたサーヴァントが、小聖杯ではなく直接英霊の
バッ ク アッ プ
大聖杯を破壊されてどうなるか解らないのは彼女も同じ。
たまるか﹂
﹁ルーラー、問答は最早無意味だ。漸くここまで来たというのに、最後で台無しにされて
だが、ソコにエレインが会話を断ち切った。
﹁││││もういい﹂
第二十一夜 宣戦布告
569
座に帰ってしまったら、エレインの計画は頓挫するだろう。
﹄
?
﹂
?
そして、
思わずといった風に、令呪を使用しようとしたそのサーヴァントを見詰める。
目の前のサーヴァントに対して、令呪が何ら起動しないことに。
﹁⋮⋮⋮⋮えっ
内心謝罪しながら、左手を掲げようとし││││気が付いた。
大聖杯の汚染を除去することこそ、目下最優先事項なのだから。
えられた令 呪を行使しようとする。
絶対命令権
エレインが放つ苛立ちを隠さない言葉に、ルーラーが神明裁決││││ルーラーに与
られれば終わりだ﹂
強すぎる自我でもない限り、令呪には抗えない。仮に両方に該当しようにも、二つ重ね
ようが、セイバーのような最高ランクの対魔力か英雄王のような何者にも汚染されない
﹁ルーラーのクラススキルだ。さっきも言っただろう、お前がどういう考えを持ってい
﹃何を言っている
﹁⋮⋮解りました﹂
にしてもらおう﹂
﹁さっさと令呪でこのサーヴァントを縛れ。高説も大聖杯の破壊も、全て終わってから
570
﹄
?
◆◆◆
そのサーヴァントと思っていた存在は、余りにアッサリとそう言い放った。
﹃││││││││俺はサーヴァントではないが
第二十一夜 宣戦布告
571
﹂
﹂
だが、これはそのどれをも越えた衝撃を彼等に与えていた。
マスター、或いはサーヴァントは幾度も驚愕に表情を覆った。
エレインの目的と手段と、ロンギヌスという贅沢すぎる大聖杯の汚染除去手段。
アヴェンジャーモードレッドの復讐と、セイバーアルトリアの告白。
ライダーイスカンダルの覇道に、アーチャーギルガメッシュの強大さ。
大聖杯の汚染に始まり、王達の問答。
今日は様々な驚愕があった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は
?
ルーラーの真名看破さえ防ぐ隠蔽能力。
最上級サーヴァントの本気の激突に割り込み、圧倒する能力。
いう意味でなら、部外者だ。故に俺に対して令呪で縛ることなど出来はしない﹄
﹃サーヴァントでも、サーヴァントを召喚したマスターでもない。俺はこの聖杯戦争と
だが、現実はありのままだ。
まるで自分の聞き間違いだと、現実逃避するように。
アイリスフィールが震える声で、復唱した。
﹁⋮⋮⋮⋮サーヴァントじゃ、ない
?
572
それを為せる者が、サーヴァントではない。
流石にこれは、彼等とて理解不能だった。
﹁じゃあ貴方はサーヴァントでもない、ただの人間だっていうの
﹃ついでに言えば、魔術師ですらない﹄
馬鹿な。
﹁そんな││││﹂
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
杯戦争の大聖杯を破壊すると
﹂
マスターと、特にサーヴァント達は殺気立つ。
﹂
﹂
﹁サーヴァントでも魔術師でもないただの人間が、既にサーヴァントがこの場に居る聖
そんな中でエレインが、現実逃避ではなく怒りに震える声で問いを投げ掛けた。
そんな理不尽な存在が居るなど、想像しろと言うのが無茶というもの。
?
﹁││││それはこの場に居る私達全員を敵に回すという事なんだぞ
﹃聖杯戦争を終わらせる、俺の此処に来た目的はそれだけだ﹄
﹁⋮⋮自分の言っている意味を解っているのか﹂
?
今すぐの大聖杯の破壊は、彼等の目的を阻む行為だ。
!
﹃そうだ﹄
第二十一夜 宣戦布告
573
574
セイバーは何らかの方法で現界し続け、世界の外側に居るランスロットの元へ向かわ
なければならない。
ライダーもマスターを説得して受肉しなければならない。
今大聖杯を破壊されれば彼等を支える魔力供給の大部分を占めている大聖杯からの
バックアップが喪われ、マスターの魔力供給だけでは現界を維持できなくなるだろう。
そもそもエレインの計画自体、予想もできない大聖杯の破壊によって頓挫するかもし
れないのだ。他人事ではない。
そうなればランスロットを求めるアヴェンジャーも、黙っている訳にはいかなくな
る。 そも御三家の者にとっては、大聖杯を破壊されるなど沙汰の外だ。
絶対にさせるわけにはいかない。
そして大聖杯を破壊した時、その中身を殺し尽くせなければ災厄の泥は地上に溢れ変
えるだろう。
ルーラーたるジャンヌはこの現代の冬木の街に居る人々を護る為にも、その可能性を
微塵とて残すわけにはいかないのだ。
必然的に、五組のマスターとサーヴァントとルーラー全員を敵に回すことになる。 その中に英雄王が存在している時点で、仮に同格たる彼唯一の盟友がこの場にいても
彼等に勝てはしない。
確かにその男は正体不明の力を有しているかもしれないが、流石にこれは仮に魔術師
に意見を聞いても自殺願望者と捉えられても仕方がない。
一般人の無謬の平和を護るために動くことのできる人間を、ルーラーは尊いと思う。
そんな人物を傷付けるなどしたくない。
だが、彼女には聖杯戦争の義務がある。
彼が今大聖杯を破壊するというならば、排除しなければならない。
そんな状況だ。
だが、それでも男は欠片も揺らがず、
宣戦を布告した。
﹃││││委細承知﹄
﹂
!!!
﹁そうでしょう
そうでなくては
﹂
!!
ギョロリと、豹変した少年王の眼光が呆然としている聖女に向けられる。
!
人類最古の英雄王は、顔を手で覆って悪魔の様に嗤っていた。
ヴァント。
耐えきれないとばかりに狂笑を上げたのは、この場でこの事態を唯一望んでいたサー
﹁ハハはハハハはハハハハハハハッッ
第二十一夜 宣戦布告
575
﹁さぁ、状況は把握できましたか 聖杯戦争の部外者が、この戦争を邪魔しに現れ宣戦
・
・
・
・
・
よ。なら、貴女がすべき、言うべき事がある筈だ﹂
﹁それ、は﹂
﹂
﹁我々サーヴァントに命じるんだ。聖杯によって召喚された、裁定者のサーヴァント
﹁││││っ
﹁言え。言え言え、君は言わなきゃならない﹂
﹁││││﹂
﹃言え、言うんだ﹄
エレインがアンリマユを滅ぼしてからでも、遅くは││││
を費やせば、彼も解ってくれる筈だと。
そもそも大聖杯の破壊も、今しなければならない必要はないのではないか。説得に力
人としての、聖女としての彼女が悲鳴を上げそうになる。
の為に。
この、罪もない市民を護るために立ち上がった正しき人間を、我等の勝手極まる理由
﹁しかし⋮⋮ッ﹂
﹂
まで布告した。このままではこの破綻した聖杯戦争が、最悪の形で破綻しきってしまう
?
この英雄王は、言えと言うのか。
!
!
576
﹂
この場に集う全サーヴァン
ルーラーの迷いを、庇おうとした本人がその思考を一蹴する。
問答は最早埒も無し。
宣戦は既に布告されている。
直後の彼女は何かに追い詰められる様だった。
トに令呪を以て命ずる
﹁││││ッ、ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において
!
だと知っているから。
!!
だが命令は寧ろサーヴァント達の行動を後押し強化するだろう。
へと絡み付いた。
その光は命令を受諾すると同時に弾け、その行動を律する鎖のようにサーヴァント達
裁定者のサーヴァントの命令に、令呪が光り輝く。
﹁大聖杯を破壊せんとする外敵を、排除せよッ
﹂
それが市民を護るためにこの場に現れた一人の人間を、磨り潰す行いに他ならないの
ルーラーは令呪が刻まれた左手を掲げ、痛々しく叫んだ。
!!
一番槍はこの征服王が頂くぞ
﹂
そして命を受けたサーヴァント達の中で、やはりこの男がいの一番に動き出した。
!
!!
名乗りを上げた、筋肉が膨張したかと見紛うほどの気合いを迸らせるライダーを中心
﹁ならば
第二十一夜 宣戦布告
577
に、旋風が吹き荒れる。
それもこの冬の日本には絶対に吹かない、熱く焼けつくような風だ。
追加に肌をざらつかせる礫││││まるで灼熱の砂漠を吹き渡っていた砂塵であっ
た。
﹂
少なくともこの冒涜の大空洞であっていい物ではない。
﹁なっ、ライダー
﹂
!!
否や
﹂
﹁セイバー
アーチャー
!
今一度王の問答を聴かせよ││││王とは、孤高なるや
!
れない。
どちらにせよ、神と人とも違う視点を持つ彼は名君であったが孤高であったのかもし
まだ迎えていない。
英霊としては兎も角、幼少期の側面が強く在る彼の意識としては、盟友との出会いは
名君であった彼は、成長と共に唯一人の道具を連れて孤高を選んだ。
その問いにアーチャーは口元に寂しげな笑みを浮かべた。
!
!
轟々渦巻く熱風の中心でライダーが口を開く。
よう
﹁これだけの益荒男達を前によくぞ言った だからこそ、余は全力を以てそれに答え
!?
578
﹁王は⋮⋮孤高であらねばならない﹂
セイバーは己の半生を思い出すように呟いた。
彼女個人としてはランスロットの存在は余りに大きく、しかしその関係は悪く言えば
依存に近かった。
己の王道、その果ての滅びを思い返せば解答に躊躇はない。
王として正しきは、孤高こそ最善手であったのだと。
余の王道を見せ付けてやらねばなるまいて
﹂
﹁成る程、その様な王道も在るやもしれんし否定はすまい。だからこそ、貴様らに今此処
で
!
﹁嘘⋮⋮﹂
砂塵が大空洞を塗り潰した後、条理ならざる理が現実を覆した。
砂塵の勢いが強まり、視界を保つのが難しくなった時。
!
﹂
!?
熱風吹き抜ける広大な荒野に、砂塵舞う大砂漠。
照り付ける灼熱の太陽によって、晴れ渡る蒼穹。
﹁固有結界││││だと
その理不尽の有り様の一つに、魔術師達が特に反応した。
そこには大空洞も、大聖杯も無い。
﹁そんな⋮⋮っ﹂
第二十一夜 宣戦布告
579
それは魔法に匹敵するとされた、魔術の深奥。
魔術の大禁呪、魔術の極限であった。
﹁心象風景の具現化⋮⋮、魔術師でもないお前が
﹂
﹂
﹁この世界、この景観をカタチに出来るのは、これが我等の全員の心象であるからである
其処には、あり得ざる﹃軍勢﹄があった。
ウェイバーは思わず振り向き、絶句する。
ローブ男の見えざる視線が、彼等の後ろに移った。
﹃⋮⋮御大層なものだ﹄
現実を浸食した結界の中心に、誇らしげな笑みを堪えたライダーは否定する。
﹁無論違うぞ我がマスターよ。余一人が出来ることではない﹂
!?
580
﹂
!?
それが、その軍勢の正体を現していた。
マスターに聖杯が与える、サーヴァントの霊格を見抜き評価する能力。
﹁一騎一騎が、サーヴァントだと
それが自分達の行ったことと、意味合いが同じだと。
ウェイバーとアイリスフィールには解らなかったが、マスター達は理解した。
蜃気楼の様なソレラが、次第に厚みを備えていく。
!!
﹁見よ、我が無双の軍勢を
アイオニオン・ヘタイロイ
﹂
﹂
﹁彼等との絆こそ我が至宝、我が王道 イスカンダルたる余が誇る最強宝具││││
彼等が王の召喚に応じ、サーヴァントとして馳せ参じたのだと。
肉体が滅び魂が英霊の座に召し上げられて尚、王に忠を誓い続ける伝説の勇者たち。
!
!
それは最早闘争では無く、掃討ですらない。
万を超える軍勢に、黒いローブ男は圧し潰されるだろう。
他のサーヴァントが戦うまでもない。
それが唯一人にのみ向けられていた。
征服王イスカンダルの持つランク評価規格外、独立サーヴァント連続召喚対軍宝具。
時空すら越える臣下との絆が宝具にまで昇華された、彼の王道の象徴。
﹃王 の 軍 勢﹄なりッ
!!
・
・
・
その意味では、ライダーは慢心など欠片もしていなかった。
たった一人に、一人一人が一騎当千の勇者数万の軍勢を向ける。
あまつさえ、眼中に無かった。
﹃征服王イスカンダル、正直お前には用は無い﹄
・
だが、その脅威にさえ男は何ら揺らがなかった。
﹃⋮⋮ふむ﹄
第二十一夜 宣戦布告
581
己を含め、原初の英雄王にケルト神話最強の大英雄。
常勝の騎士王に、それを屠った反逆の騎士。 それらに対して宣戦を布告した者が、どれ程なのか。
恐らく英雄王を除けば、ライダーは感覚的に理解していた。
﹃││││来い、﹁赤竜﹂﹄
ドライグ
それは扉であり、深淵であった。
男の影が揺らぎ、砂漠に広がっていく。
﹁││││来るぞ﹂
582
数万の軍勢
ライダーの軍勢全てに影を落とす程の、絶望が現れた。
一騎当千の勇者
﹁⋮⋮⋮⋮嘘﹂
﹄
﹄
﹃ハハハハハハハハハハハハッッ
塵が何れだけ集まろうが、塵の山でしかないだろうが。
!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ
﹄
﹃ハハ
!!
?
それを倒すことだけで最高の偉業として人類史に刻まれる、幻想の中の幻想。怪物の
幻想の獣において最強とされる種。 そんな彼等を塵と断じる絶対強者が、その鎌首を滾らせる。
で人間を粉砕する衝撃波に近かった。
余りに巨大すぎるその笑い声は、大きすぎるが故にまるで断続的に聞こえ、それだけ
!!!!
?
﹃││││は﹄
﹃はは﹄
﹃ははッ﹄
﹃ははは
第二十一夜 宣戦布告
583
中の怪物。
││││こうして、第四次聖杯戦争最後の夜の戦いが始まった。 強大すぎる絶望が、開戦の号砲として王道の象徴たる世界を軋ませる。 いた。
その化身と呼ばれたアーサー王が呆然と、男の影から現れた巨大な﹃赤﹄に対して呟
ブリテンの赤き竜王。
﹁あり得ない﹂
584
そんなかつて存在していた幻想種の中でも、頂点と呼ばれる者達は在る。
の裏側、或いは外側に移り住んだが故に。
神秘溢れる神代の時代から、人理へと移行するにつれその肉体を棄て、魂となり世界
した。
そんな、かつて世界に伝説のままに厳然と存在した彼等は、しかしその多くは姿を消
或いは、過去の時代に息づいていたかもしれないと魔術世界では認識されている。
として記された異形の生物群。
人が犬猫や馬、草木等の動植物の形態や生態をつぶさに記録する傍らに、同様に知識
古き伝説の中にしか存在しない、実在せざる幻想。
魔の如く、幻の如く、神の如く人々に想像された獣。化外、怪物、化物。
る超常の存在だ。
それは魔獣、幻獣、神獣など魔術師が、その性質や神秘の多寡によって位階に区別す
文字通り、幻想と神秘に生きる生命を指す名称である。
幻想種││││
第二十二夜 太極の具現
第二十二夜 太極の具現
585
586
││││竜種、ドラゴン。
分類としては幻想種同様﹁魔獣﹂
﹁幻獣﹂
﹁神獣﹂の全ランクに存在しており、なおか
つその中で最優良種と見なされることが常である﹃幻想種の頂点﹄。
決して人では敵わず、ソレを斃した時点で問答無用に人類史に英雄として記録され
る、地上全土に於ける最強の魔。絶対の幻想。
そして││││十字教の台頭によって、西洋に於いては魔とされる竜種の中でも数少
ない異例。
西暦以降に最後の神代の国とされた地で信仰を受け、守護神として存在した竜が居
た。
悪しきサクソンの白き竜を撃ち破った、ウェールズの象徴。
その化身とされた大英雄はその地の過去、現在、そして未来の王として君臨するとさ
ウェルシュ・ドラゴン
れる勝利の竜。 ││││﹃赤 き 竜﹄。
そんな竜でありながら信仰を受け龍や神霊に近い規格外が今、敵として現れた。
第二十二話 太極の具現
間だ
﹁主﹂の天蓋の下ではヒトなど皆無だったからな
!!!
﹄
!
!
アーチャー││││ギルガメッシュが即座に動いた。
﹁危ないなぁ﹂
るが││││。
それそのものが最早宝具の域の衝撃波として、マスターとサーヴァント達に襲い掛か
その偉大なる威容が、当然のように人の言葉を口にする。
!!
﹃││││ふはははははははッッ 仮初めとは言え久方振りの大地 久方振りの人
第二十二夜 太極の具現
587
マスター達の眼前に出現した透明の障壁は、人間を容易く爆散させる轟音を遮った。
﹂
しかし断続的に襲ってくるソレに、マスター達は悲鳴をあげる。
﹁キャァ
﹂
﹂
!
﹁︵しかしこれではライダーの宝具も⋮⋮︶﹂
エレイン自身、﹃槍﹄を持っていなければ恐怖で震えて居たかもしれない。
もしサーヴァント達が居なければショック死するほどの恐怖だ。
無理からぬ話である。
いた。
例外であるエレインを除き、その威容に晒されたマスター達は尻餅を付いて固まって
それこそ殺意を以て睨み付ければ、人など塩の柱に変えるだろう。
ただの一挙一動が、人を圧砕する。
空気中の波でしかないソレは、真空に阻まれ彼等には届かない。
エレインが素早く聖槍を抜き、世界の大気を掌握して前方に真空を作り出した。
﹁フン
しかし、それはあくまで音。
サーヴァントは兎も角、強度が人間でしかないマスター達にとっては死の咆哮だ。
﹁うわぁ
!? !
588
万軍を率いる、イスカンダルの文字通り無双の宝具。
こと白兵戦を主とするサーヴァントには絶対の脅威を誇るイスカンダルの固有結界
も、しかしあくまで人相手。
神霊に匹敵する程の竜種相手では、その特性は満足には生かせないだろう。
だが、
﹁││││く、ククク﹂
その男は馬鹿であり、
ウェールズの赤き竜
何という威容
何という奇縁
!!
﹂
!!!
!!
何という圧力
!
﹁クククク、ハハハ、ガーッハッハッハッ 何が出るかと思えば、なんとかの名高き
何より、英雄であった。
!
謝するぞマスター
この遠征にて、その偉業を為す機会を与えたことを
﹂
!!
﹂
我等が挑むは偉大なる赤き竜、相手にとって不足無し 敗戦濃厚
!
の戦いこそ、闘志とは猛り燃え上がるのだ
!!!
﹁我が勇者達よ
これで燃えねば英雄などと名乗ればしないと。
憧れた神話の中の英雄達に並べるのだと。
剣を掲げ、大望を抱く。
!
﹁あぁそうだとも、確かに余は生前竜殺しを成せては居ない。だからこそ此度の召喚、感
第二十二夜 太極の具現
589
!!
﹃彼方にこそ栄えあり﹄。
元より彼の求めるモノは、無理難題。
竜殺しと征こうではないか
﹂
そして無理を通して道理を蹂躙したが故に、男は﹃征服王﹄と呼ばれたのだから。
﹁││││いざ
﹄
!!! !!
﹃さて、オレを出したのはどういうことだ 主ならオレなど呼ばずに持ち前のイカレ
その天蓋たる男にとって、軍勢とは単騎で蹴散らすものだからだ。
英雄の、人の足掻きを愛でるのが竜であり。
それを前に、竜とその天蓋は欠片も動じない。
兵共の夢の跡。
﹃ォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ
!
590
そもそも、戦場に於いて男が内包した獣を呼び出す事は本来無い。
﹃いいや。折角の機会、白いのにくれてやるものか﹄
﹃白 竜﹄も喚ぶが﹂
グウィバー
﹁観 て い た だ ろ う。ア ー チ ャ ー と ラ ン サ ー、ラ イ ダ ー の 相 手 を し て い ろ。必 要 な ら
その威容に不釣り合いなほど穏やかな声で、己の主に赤竜は問う。
﹁⋮⋮⋮﹂
具合で敵など、この脆弱な世界を含めて塵芥以下だろう﹄
?
そんな必要が欠片も無いからだ。
男が内包する全ての幻想よりも、男の方が遥かに強い。
そんな男が、竜を呼び出した。
﹃⋮⋮││││難儀なモノだな、お前も﹄
その姿を、││││呆然とマスター達が見送った。
騎兵が、戦車兵が、歩兵が先陣を駆ける王に続く。
◆◆◆
﹃脱走兵は重罰が決まってるからね、しかたないね﹄
第二十二夜 太極の具現
591
﹁⋮⋮⋮行ったな﹂
﹁何をッ⋮⋮、考えている⋮⋮ッッ
﹁無理をするなケイネス﹂
﹂
ち上がろうとするケイネスに、エレインが遠い目で気遣った。
﹁まぁ、前向きに考えましょう。ライダーさんのお蔭で作戦会議の時間を稼げた﹂
アーチャーがまとめるが、時間はそう無いだろう。
﹁⋮⋮ ア レ が 赤 き 竜 か。か つ て 魔 竜 に 変 貌 し た ヴ ォ ー テ ィ ガ ー ン と ど ち ら が 上 だ
アーサー王﹂
ヴォーティガーン。
﹁伝説通りに考えれば、白き竜を打ち倒した赤き竜の方が強いのは明白でしょう﹂
己のサーヴァントの暴走を、抜けた腰と凍り付いた膝を八つ当たり気味に酷使して立
!!!
ク
ス
カ
リ
バー
エ ク ス カ リ バ ー・ガ ラ テ ィ ー ン
聖剣の頂点たる﹃約束された勝利の剣﹄とその姉妹剣﹃転輪する勝利の剣﹄の光を喰
エ
とした脅威であった。
ブリテン島の意思と同化して魔竜と化し、ブリテンを守護するために人間を滅ぼそう
リテン王の一人。
ソン人を招き入れて統一を目指し、さらなる混乱を生み出した﹃卑王﹄の異名を持つブ
セイバーの生前に戦った、戦乱の最中にあるブリテンに、大陸から流入してきたサク
?
592
﹂
らい、ただの一撃でガウェインを地に叩き伏せ、二人の騎士を除く遊軍を全滅に追い込
んだ恐るべき魔竜である。
知れん﹂
﹁ちなみにランスロットは当時最強の神秘殺しだ。下手をすれば両断しても死なんかも
﹁まぁ、両断すれば死ぬだろうが⋮⋮﹂
たら死んだ﹂並に中身の無いものだった。
弱点だとか、攻略法とかを知りたいがための質問だというのに、開けてみれば﹁殴っ
まるで参考にならなかった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮駆け付けたランスロット卿が、一太刀で両断しました﹂
そんなヴォーティガーンを参考にしようと、ランサーがセイバーに質問したが、
﹁へぇ、その時はどうやって倒したんだ
?
ライダーの固有結界は特殊であり、呼び出したサーヴァント達を含めた全員が魔力を
では蹴散らされて終いでしょうし﹂
﹁取り敢えずランサーさんはライダーさんの援護に向かってください。流石にあのまま
閑話休題。
﹁何の参考にもなりませんね﹂
第二十二夜 太極の具現
593
出し合って作られている。
その為通常の固有結界より遥かに燃費は良いものの、逆にサーヴァント達の兵数が減
れば全体の負担も増え、最終的に維持できなくなるだろう。
いね﹂
﹁ボクは上から戦況を俯瞰し、各々を援護します。マスターさん達はボクと来てくださ
抜いた。
そんな二人は、ライダーの軍勢を追うように駆け出し、あっという間に最後尾を追い
彼女ならば、必ずや赤竜のブレスを防いで見せるだろう。
更にその宝具の防御はセイバーの聖剣さえ防ぐほどだ。
経験値の全ては集団戦である。
この場のサーヴァントの中では最も戦いの経験値が少ないジャンヌだが、その少ない
ルーラーは元々戦場を駆ける英雄。
﹁わかりました﹂
がフォローしますね。それでも足りないなら令呪を追加して強化してください﹂
﹁ルーラーさんも。その旗なら、あの赤竜の息吹も防げるでしょう。足りないならボク
そこで怪物狩りのプロフェッショナルであるクーフーリンが参戦する。 ﹁おう、怪物退治は得意だぜ﹂
594
﹁ま、待て。では、アーサー王とモードレッドは⋮⋮
﹁⋮⋮
﹂
﹂
その困惑に、ギルガメッシュは困ったように苦笑し、視線を向けた。
いない事に氷室が戸惑いの声をあげる。
その作配に、アーチャーを除いて瞬間火力が高いセイバーとアヴェンジャーが入って
彼等を安全な場所に避難させようとする。
地面から出現し、マスター達とアーチャーを掬い上げる様に出現したヴィマーナが、
!?
言葉を失った。
氷室だけではない。アイリスフィールや他のマスター達もその視線を追い││││
セイバーとアヴェンジャーは、無言で一点を注視している。
?
﹂
!?
迂闊だった。
﹁馬鹿な⋮⋮
ソコに居る筈のないローブの男が、悠然と二人へ歩いていた。
巨大な竜へ突撃する軍勢の後ろ。
﹁││││だってホラ、大本命が残ってるじゃないですか﹂
第二十二夜 太極の具現
595
突如出現した最上級の竜種の存在に気を取られ過ぎた。
不知火ちゃ
それにしても王の軍勢の直線上に居る男を見るに、軍勢を素通りでもしない限りあの
位置に居るのはおかしい。
・
空間転移か透過、はたまた何等かの術か。
・
万象見通す英雄王が、男の在り方だけは辛うじてソレを見抜いていた。
・
﹁真っ直ぐ歩いて来ただけですよ﹂
﹂
次は﹃光化静翔﹄かな
テー マ ソ ン グ
﹁存在感というのは、大きすぎれば逆に気が付かないんですよ﹂
﹁⋮⋮ッッ
意味が解らない。
ミ ス ター ア ン ノ ウ ン
常識が邪魔をして理解が及ばないのだ。
んは何処﹂と、これまた理解不能な言動をほざくだろう。
当の本人がこれを聞けば﹁﹃知られざる英雄﹄
!
!?
た方が良い﹂
﹁⋮⋮英雄王、奴は何者だ﹂
エレインが、呟く。
かつて彼女は、とある666種の獣の命を体内に展開した固有結界を内包する死徒を
吸血鬼
﹁どうやら彼はセイバーさんとアヴェンジャーさんをご指名の様です。なら、お任せし
?
596
殺している。
だが、目の前の敵は規模が違う。
神霊級の竜種を従えるなど、どんな存在なら可能なのだ。
﹁うーん、それを知ってもあんまり意味は無いんですけどねぇ⋮⋮。アレは、有り体に言
﹂
えば一種の﹃根源﹄です﹂
﹁は││││
る。
だが、エレインは知っていた。
﹁おや、そういう答えが出るのですか﹂
アーチャーが珍しく驚きに眼を見開いた。
?
そして何より大地を創造した地母神たちの母にあたる女神とは、即ち、万物を生み出
いる、母なる女神の万物を生み出す力の具現である。
ギルガメッシュにとっても完全に理解の外にある力、国造りの大権能﹃ ﹄を有して
エレインが口にしたモノは、約八千年前に名が失われた原初の女神。
﹂
当然だろう、目の前の敵が魔術師の最終目標と言われても、意味不明なのは当然であ
この場の魔術師全員が愕然とする。
?
﹁根源│││││チャタル・ヒュユクの女神でも取り込んでいるとでも言うのか
第二十二夜 太極の具現
597
した﹁根源﹂だ。
エレインは﹃知識﹄によってその原初の女神を取り込み、全知全能に近付いた少女と、
そんな少女を取り込み神とならんとした魔人を知っていた。
・
・
・
・
﹂
?
・
・
・
・
・
﹁彼がそんな存在に成り果てた時点で、本来世界はとっくに塗り潰され、あらゆる秩序が
自分達の戦っている存在の次元が、文字通り違ったのだ。
少なくとも、魔術師達は顔色を一変させていた
い。
魔術知識が乏しい氷室は話に付いて行けていないが、あるいはそれは幸運かもしれな
話が大きくなってきた。
ガタで在ってはならない、この宇宙の定めた秩序から悉く逸脱した単一の理です﹂
からは外れ、星や人なんかの規模を遥かに超えてしまったモノ。何れも本来決してヒト
﹁或いは宇宙、或いは世界、或いは特異点、或いは太極の具現。ですが既存の根源の仕様
﹁⋮⋮根源、そのもの
いる、云わば人間大の根源そのものです﹂
・
﹁取り込んでいるのではありません。彼は彼自身が有り得ない筈の根源の在り方を獲て
だが、英雄王はそれを否定する。
﹁違いますよ﹂
598
書き換えられ、押し流されていた筈です﹂
﹁でも⋮⋮そうなっていない﹂
・
・
・
・
・
・
・
・
﹁えぇ、それがまた何ともおかしな事になっていまして⋮⋮。根源とはこの世界のあら
・
ゆるモノが流れ出した原点だ。だけど彼は、流れ出る筈のモノが全て自分に向かってい
る。彼の内側には一つの宇宙が存在しているんでしょうね。いやはや、神にさえ物理法
則は適応されるのに、この星が彼で潰れて居ないのが不思議でならないよ﹂
赤き竜も己の内側に存在している世界の住人の一人なのだろう。
その強度は御察しである。
立っているだけで、その質量で世界が潰れてしまう程の強度。
因果や摂理を煩わしいと一蹴し、己は己なのだと自己を道理の上に置く不遜を当然の
様に押し通す。
戦いの土俵に立つには宇宙を焼き付くしたとされる雷神や、宇宙を破壊する為に生ま
れた破壊神のような世界そのものを破壊する術を持つ存在のみ。
それでやっと一矢報いることができる領域。
それ以外は、傷一つ付けることはできないだろう。
戦いにさえならない﹂
﹁ハッキリ言いましょう。彼が本気で戦う気ならば、ボク達は絶対に彼には勝てない。
第二十二夜 太極の具現
599
魔術師達が、エレインでさえも沈黙する。
アーチャーの話が正しければ、あの男は幾千幾万の神霊さえも、場合によっては一蹴
するだろう。
英霊の、しかも側面だけを現界させているに過ぎないサーヴァントでは、どう足掻い
ても話にならない。
﹂
?
﹁さて。ボクも彼の在り方は理解できても、素性や考えを見通すことは出来ませんから﹂
﹁何故⋮⋮
にも拘わらず、此方が戦わざるを得ないような言動を取り、こうして態々戦っている。
それこそ、邪魔する余地が無いほど一瞬で終わるだろう。
ば良い。
そもそも彼の目的である大聖杯の破壊も、サーヴァントやマスター達を無視して行え
だが、彼は態々赤竜を呼んだ。
るだろう。
もし彼がその気ならば、軽く踏み締めるだけで世界は薄氷を割るが如く容易く粉砕す
ライダーの固有結界が健在なのがその証拠だった。
程の配慮をね﹂
﹁ですが幸い、彼はとても手加減をしてくれている。それこそ、蟻を潰さない様に摘まむ
600
勝機は無い。
だが、活路は存在している。
そこまで語ったアーチャーはヴィマーナの玉座に座った。
余りに不条理な存在へと激突する騎士達の戦場を見下ろして。
﹁もしかして、この場の人に知己でも居るのかも知れませんね﹂
第二十二夜 太極の具現
601
第二十三夜 私にいい考えがある
信仰を受けた最高位の竜種に、灼熱の大地にて王の軍勢が突撃する。
天空のヴィマーナにいるマスター達には、象に群がる蟻のソレに見えた。
﹂
幾ら数十万の大軍だとしても、焼け石に雫ではないのでは、と。
﹁││││ッ
だが、
﹃ぬ││││﹄
!
ヴィマーナにしがみつくマスター達、その内のケイネスとウェイバーの目が死んだ。
﹁挑まずには居られんのだッ
﹂
考えなしで突っ込めば、返り討ちに遭うのが必定。
相手は幻想種の頂点。
しではない。
突っ込んで突き破れる壁かどうか解らないほど、イスカンダルは馬鹿であっても能無
突撃する万軍の王は、しかしてどうだろう。
!!
602
馬鹿丸出しの戦車による突撃。
なんの策もなく、ただひたすらの力比べを敢行する。
一見、というかどう考えても自殺行為に近いそれは、しかしそれこそが最適解であっ
な ら ば 来 る が 良 い 鈍 牛 の 突 進 風 情 で 我 が 身 を 貫 け る と 思 う の な ら な ァ
!!
た。
﹄
﹃ハ ッ
!
わる。
絶対強者として、この挑戦に対して避けたりカウンターを仕掛けるなど彼の沽券に関
何の躊躇もない突撃が、竜としてのプライドを刺激した。
!
フィ
ロ
ティ
モ
﹂
!
真名解放によって放たれる﹃神威の車輪﹄完全解放形態からの突進。
﹃神 威 の 車 輪﹄による蹂躙走法。
ゴルディアス・ホイール
﹁彼方にこそ栄えあり││││いざ征かん
ト・
故に、イスカンダルは己のもう一つの宝具の真名を解放する。
恐らく最初にして最後の、絶好の好機。
う。
この赤竜が主の影響を多分に受けた者の一人であることは、最早言うまでもないだろ
﹃││││プロレスでは相手の技を受けなければならない﹄
第二十三夜 私にいい考えがある
603
﹂
雷神ゼウスの顕現である雷撃効果が付与された、雷気を迸らせる神牛の蹄と車輪によ
ヴ ィ ア・エ ク ス プ グ ナ テ ィ オ
る二重攻撃。
﹁﹃遥かなる蹂躙制覇﹄ッ
神牛が雷を奔らせる。
と、轟音が周囲に響き、それにともない衝撃が走る。
!!!
・
﹂
!
微動だにしない。
そんな王の危機に、彼の軍勢は次々に突撃し竜の身体に組み付くが赤竜は山のように
同時に、その顎に無尽蔵を思わせる途方もない魔力が集束する。
戦 車ごと神牛を、その巨大な両腕で抑え込まれる。
チャリオット
﹃では、次は此方の番だ﹄
﹁ぬぅ⋮⋮
アジアを蹂躙した征服王の蹄は、赤竜に満足な傷を与えることは叶わなかった。
そんな歓声を黙らせる、地獄から響くような声が囁いた。
﹃││││緩い﹄
・
しかし、戦車に乗るライダーの顔色は優れなかった。
渾身の突貫に、それに続く軍勢が歓声を挙げる。
ゴガッッ
蹄が灼熱の広野を蹂躙しながら頂点に挑まんと突貫した。
!!!
604
ライダーは己が戦車を放棄して退避する選択を選ぼうとした。
だが忘れてはならない。
チィッ
﹄
これはライダー一人の戦いでは無いことを。
﹃ッ
!
とも
・
・
﹁おや、どうやらボクの鎖が天敵の様ですね。流石です﹂ 赤竜ドライグ。
ゲ
イ・
ボ
ル
ク
て竜殺しに匹敵する天敵であった。
﹄
!!!
・
・
・
・
・
・
着弾後、浮遊した朱槍が凄まじい軌跡を描いてランサーの手元に戻る。
さえも上回る炸裂爆撃がドライグを襲った。
・
・
・
・
本来はB+ランクの宝具が、原初のルーンの強化によってA+に向上した、大神の槍
逃がさんとばかりに、飛び上がったドライグに間髪入れず朱い流星が直撃する。
﹃
!
﹂
神性が高ければ高いほど拘束力を発揮する対神兵装である天の鎖は、ドライグにとっ
最高位の竜種でありながらヨーロッパでは数少ない信仰を受けた守護神でもある。
・
今にもその咆哮を放たんとしていた赤竜は戦車を放り投げ、その場から退避した。
その場に、鎖が走る音が鳴る。
!?
﹁││││﹃突き穿つ死翔の槍ッ﹄
第二十三夜 私にいい考えがある
605
﹁チッ、それでも鱗をちっとばかし焦がした程度かよ。野郎、自分の周囲に馬鹿見てぇな
魔力を渦巻かせてやがる﹂
﹂
・
・
!
﹄
!?
﹄
!
再び飛来した魔槍に続くように、王の軍勢の重装騎兵が食らい付く。
させるつもりはありません﹂
・ ・
﹁生憎と貴方の攻撃を喰らっては此方は一溜まりもない。申し訳ありませんが、何かを
﹃貴様ら⋮⋮
それらが地面に縛り付けるようにドライグを襲った。
余りにも単純な質量による重り。
﹃ぬぐッ
開、射出される。
展開された﹃王の財宝﹄から、中でも巨大な武具││││ではなく、山そのものが展
・
ボクの鎖でも、止められるのはほんの僅かの時間だけしょう││││ッと
﹁まぁ、同ランクの槍と戦車は色々違いますから。しかし天の雄牛を彷彿とさせますよ。
グ ガ ラ ン ナ
体は、ランサーとライダーのA+ランクの宝具を見事に防いでいた。
一定ランクの攻撃を遮断する魔力乱流に、更に一定ランク以下の攻撃をカットする肉
﹁魔力乱流を突破するだけで力尽きたからでしょうね﹂
﹁余の戦車が傷をつけられなかったのは⋮⋮﹂
606
それに英雄王は斬山剣イガリマを展開。
﹂
﹄
山ごと突き立てるように向けるが、
﹁ッ
﹃鬱陶しいわッ
現実に解き放つことを意味する。
﹂
それを聖旗の乙女は、己の真名解放で防いでいた。
リ ュ ミ ノ ジ テ・ エ テ ル ネ ッ ル
!
鼓舞した旗。
それは聖女ジャンヌ・ダルクが常に先陣を切って走りながら掲げ、付き従う兵士達を
﹁﹃我が神はここにありて﹄
!!
﹂
特に、その王であり先程戦車を投げ飛ばされたライダーの消滅は、その暴風雨の主を
しかしそんな魔力の暴風雨に晒されては、王の軍勢は一堪りもない。
端から見れば窮地と言えた状況も、容易く覆せる物でしかないのだ。
セイバーで例えるなら、魔力放出を行っただけ。
無意識に垂れ流していた魔力を意識的に流す、それだけで山や軍勢を薙ぎ払った。
ただの魔力乱流を意識的に放出する、ただそれだけで。
それらを、力ずくで凪ぎ払う。
!!!
!
﹁││││主の御業をここに。我が旗よ、我が同胞を守りたまえ
第二十三夜 私にいい考えがある
607
天使の祝福によって味方を守護する結界宝具。EXランクという規格外の対魔力を
物理的霊的問わず、宝具を含むあらゆる種別の攻撃に対する守りに変換する。
﹂
如何に神霊の域に至った竜種の魔力放出でも、ライダー一人護れない道理はない。
﹁助かったぞルーラー
の姿があった。
そこには疲弊したセイバーとアヴェンジャーが膝を付いている姿と、無傷のローブ男
は、彼の移した視線の先を見て、絶句する。
呆れるように呟くギルガメッシュと共にヴィマーナにしがみつくアイリスフィール
﹁⋮⋮そんな﹂
﹁はぁ⋮⋮やれやれ、ボクは彼方の援護もしないといけないのに﹂
そんな、常人ならば塩の柱と化すであろう視線を浴びながら、当の本人は嘆息する。
即ち、最大の脅威たる英雄王に。
幸いと云えば、暴風雨の主たる赤竜が空に夢中だということ。
ライダーは護れたが、他の軍勢の被害は甚大だ。
﹁いえ、護れたとは言いがたいです。私の宝具は範囲が狭い﹂
!
608
﹂
第二十三夜 私にいい考えがある
﹁ゼェッ⋮⋮ハァッ⋮糞ッ
﹁⋮⋮くッ﹂
息を切らせ、片膝を付く。
!
アーサー王とモードレッドという強者が揃って弱者のような有り様を晒していた。
﹂
!
男は、何もしなかった。
﹃⋮⋮ふむ﹄
だが、
を秘めていた。
Aランクの魔力放出によって放たれた一撃は大岩を砕き、人体を容易く両断する威力
赤雷を奔らせ、弾丸の様に突貫したモードレッドはそのままクラレントを一閃する。
﹃││││﹄
﹁ッ││││ぉおおお
第二十三夜 私にいい考えがある
609
受け止めることも、流すことも、避ける事さえしなかった。
まるで断頭を受け入れた罪人のようにその刃を受け入れた。
にも拘らず、刃は一ミリ足りとて男を切り裂くことは叶わない。
それ所かビクともせずに、体勢さえ崩していなかった。
﹂
理解不能││││そんな文字が脳裏に浮かぶ。
次の選択肢の正解を選べない。
それはまるで、湖に浮かぶ月を斬ろうとしているような徒労感さえ覚えた。
脳天に、首に、胴に一ミリも斬り入れることが出来ないのだ。
確かにここに居るし、事実剣は男に叩き込まれている。
既に百を越える剣を叩き込んでいるというのに、まるで手応えがない。
この一度だけではない。
だが、渾身の一撃を叩き込んで微動だにしないというのはどういうことだ。
避けるのならば喰らい付き続ければ良い。
防がれるのなら防げない様に攻めるだけ。
受け止めるのなら斬り潰せば良い。
絞り出すような声で、目の前の光景を理解出来ずにいた。
﹁││││ッ、何でだッ⋮⋮
!?
610
エ
ア
のろい
しかしそんなモードレッドは背後に回ったセイバーを見て、瞬時に跳び下がる。
ストライク
そのままセイバーは聖剣のもう一つの鞘を解放した。
﹁﹃風 王 ││││鉄槌﹄ッ ﹂
﹁││││馬鹿なッ⋮
﹂
た肉体でさえ貫くだろう。
回り込んだ際の遠心力に風の魔力放出も合わさり、かのヘラクレスの神の祝福を受け
圧縮空気を剣閃に乗せて放つそれは、低ランクながら宝具の域である。
!!!
だが、叩き込まれたそれでさえ、貫く事も、揺らがせる事も出来なかった。
?!
﹂
!
﹁バカみてぇに突っ立てんじゃねぇよ 攻撃一つしやがらねぇ、嘗めんのもいい加減
これを侮辱と言わず何という。
此方の攻撃を一方的に受け、攻撃を一切しない。
モードレッドはソレを、侮辱と受け取った。
﹁ふざけやがって⋮⋮
まるで困った様な声色だ。
だが、決して苦悶のソレではない。
男から唸るような声が溢れる。
﹃⋮⋮ぬぅ﹄
第二十三夜 私にいい考えがある
611
!
にしやがれ
案山子か手前は
﹁ッ││││、王剣よ
﹂
﹃⋮⋮成る程、それもそうだ﹄
!
お前は此処に何しに来たんだ、あァ
﹂
!?
ラ
レ
即ち、宝具の真名解放。
ン
ク ラ レ ン ト・ ブ ラ ッ ド ア ー サ ー
﹁﹃我が君に捧ぐ血濡れの王殺﹄
ト
上の雷の柱となって轟音と共に殺到する。
﹃燦然と輝く王剣﹄の刃先から打ち出される最大まで増幅された赤雷が、あり得ざる直線
宛らそれは紅の極光。
﹂
ランスロットを喪ったその時、王位継承を示す宝剣が憎悪の邪剣に変貌した。
奪した王証たる﹃燦然と輝く王剣﹄。
ク
アーサー王が手に入れ吸血鬼の侵軍の際にモードレッドに貸し与えられそのまま簒
その現象は、モードレッドの通常の魔力放出の比ではない。
囲に発生した赤雷によって打ち鳴らされる。
クラレントが禍々しい血のような紅色に染まり、その形を歪め始める。激音が剣の周
叫ぶと同時に、その身の魔力を解放して己が邪剣と化した宝具を解放する。
余裕綽々が過ぎる様子に、モードレッドがキレ
まるで噛み合わない会話にブチリ、と。
!
!?
!!!
612
﹁くっ
﹂
ことになるのだから。
殺してやるッ
﹂
!!!
だが││││
らんと立ち上がる。
真名解放の名残で疲弊した身体を無理矢理動かし、絶対に認められない存在を消し去
!
何故なら、それはランスロットへの想いが目の前のポッと出の男に劣ることを認める
理解が出来ない。してはならないと心が悲鳴を上げる。
自身の憎悪と復讐の結晶、ソレが全く通用しなかった。 身に纏う影の如き外套にさえ一片の襤褸も無い。
傷一つ。
││││││││全くの無傷の男を除いて。
﹁⋮⋮⋮⋮嘘だろ﹂
地に傷跡を付けて消えた。
砂塵を巻き上げながら、減退していく赤雷はそこにいる存在を喰らい尽くしたあと大
行使者と標的以外では最も近くにいたセイバーが、轟音と共に視界を奪われる。
!
﹁⋮⋮殺す、殺す殺す殺す
第二十三夜 私にいい考えがある
613
﹃お前の言う通りだ、モードレッド。敗戦濃厚な戦いにこそ、真に力を発揮できるという
もの。ならば此方も動かなければ無礼だったな﹄
ならば、此方からと。
その言葉を皮切りに、男が初めて腰を落として││││消えた。
﹂
﹂
?
ぶわり、と汗が吹き出た。
思わず、傷一つ無い額に触れる。
憎き父の困惑する言葉に反応する余裕は、モードレッドには無かった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁モードレッド
ソレで漸く、自身が生きている事を認識した。
腰が大地に落ちる。
﹁ッ
!!??
れ││││
肉体が開き、血潮と臓物が溢れ落ちる様を別たれた目が死を、認識し、視 界が、崩
脳天から鎧などまるで関係無いと、股下までを両断された。
斬られた。
﹁││││││││﹂
614
その様に求め、その様に極めたのだ。であれば、その幕引きは必然である。
心踊る剣線の駆け引きも、血沸き肉踊る激戦もない。
相手が何であれ、一振りすれば事足りる。
放つ刃は全て御都合主義の一撃。
らんすろは既に﹃刃世界・終焉変生﹄││││幕引きを極め、通常攻撃にしていた。
ミ ズ ガ ル ズ・ヴ ォ ル ス ン グ・サ ガ
││││立ち上がってくれ、と。
切に思っていた。
そんな中、幻想種や世界の外側に存在していた怪物と言える存在を相手にしながら、
必然的に彼の行動は世界の外側と裏側を行き来するものとなっていた。
尤も、入れても世界の裏側。
世界の外側へ弾き出されたらんすろは、何度も世界に戻らんと試行錯誤していた。
斬られていないからだ。
答えは単純。
だが、何故生きている。
衝撃は未だ残っていた。
刃が自分の肉を切り裂き、通る感触を確かに感じた。
﹁︵斬られた︶﹂
第二十三夜 私にいい考えがある
615
616
振れば終わるのだ。其処に愉悦も糞もない。
成る程、これは凄いのだろう。
だがこれでは素振りと変わらないではないか。 小学生がかめはめ波の練習をして、間違って出来てしまった様なものだ。
その為に鍛えてきたので満足だが、此のような事態は正直困る。
そこから悩んだが、彼の願望は基本的に内側に向く。
それが己の力ならば尚更。
なので他者をどうこうしようとは思わない。
死者が存在せず、全力を振るえる世界を作ろうとは思わず。
自分に互する強者を求めるわけでもない。
だから彼は考えたのだ││││手加減の仕方を。
最初は単純に峰打ちを行ったのだが、峰打ちなど知らんと言わんばかりにそのまま
斬ってしまった。
次に獣の骨を使ってみた。
文字通り無骨極まりないそれならばと。
しかし相手は真っ二つになり死んでいた。
これも駄目だった。
その後も、枝や草葉。
鎖や紙、布などで試してみても綺麗に斬れる。
ア
ロ
ン
ダ
イ
ト
最後に残ったのは手刀だったのだが、これも見事に斬れてしまった。
寧ろ﹃無毀なる湖光﹄以外の得物では一番の手応えであった。
これには流石の彼も頭を抱えた。
今や彼の全てが斬神の神楽。
斬れぬものなど、最早無かった。
世界の外側でさえ、その気になれば斬って見せるだろう。
しかし彼は剣神ではあったが、剣鬼ではなかった。
別に最強を証明したい訳でも、誰よりも強くなりたい訳でもない。
そこで彼は思い出した。
天啓に等しい記憶が、脳裡に浮かんだのだ。
﹃唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風││││﹄
斬ったと錯覚させるのだ。
斬らなくても良い。
彼は長年の試行の末、﹃斬った振り﹄に辿り着いた。
﹃││││逆に考えるんだ。別に斬らなくても良いさ、と考えるんだ﹄
第二十三夜 私にいい考えがある
617
人の思い込みとは凄まじいものである。
傷を負っていないのに、傷を負ったと思い込めば痛みは発生し、果ては本当に傷が付
く。
彼はそれを痛みの段階に留めようとした。
プロのパントマイムで、実際に壁を感じさせるように。
斬っていないのに斬ったと錯覚させるのだ。
隙だらけだぞ﹄
それが彼が辿り着いた、これまた元ネタの存在する││││﹃エア斬り﹄である。
﹃││││斬りたい放題だ。どうした
サーヴァントに死を感じさせる程の、恐るべき斬気。
否、ソレよりも││││
﹂
にも拘らず、男は今尚その両手に刃を持ってはいない。
目の前の男は、剣使いだ。
││││剣士だ。
余りの屈辱に目眩を起こしそうだった。
﹁ふざけやがってッッ⋮⋮
!!
アーサー王やモードレッドを前にして尚、得物を手にしてすらいない
!
モードレッドの背後に立つ男は、まるで教え子に物を語るように言い放つ。
?
618
﹁ぁああああああアああッ
﹂
!!!
何故そんな事をしているのか。
﹂
理由は明快である。
◆
!?
生前のアーサー王がロンゴミニアドを用いて、致命傷を受けながら倒した叛逆者。
彼女達はモードレッドの戦闘能力をよく知っている。
特にエレインと氷室の危機感は凄まじいものだ。
いよいよ絶望を感じていた。
凄まじい勢いで飛行しながら武具を射出するギルガメッシュの言葉に、マスター達は
﹁だから、先程も言ったでしょう﹂
﹁手加減している
第二十三夜 私にいい考えがある
619
そんな彼女の全てを何もせずに受け切り、あまつさえ容易く翻弄する。
未だ開帳していないセイバーの聖剣。
茶番、とはどういうことだ、と。
﹁だって、彼は勝つ気がない。少なくとも今は﹂
聖杯の破壊。それが奴の目的ではないのか。
﹁⋮⋮何故だ﹂
・
・
だが、それではアーチャーの言う手加減の理由が分からない。
そんな彼は視線をエレインの持つ
・
﹂ ?
⋮⋮⋮可能だ﹂
!
﹁うん、ではあの竜は貴女に任せますね﹂
﹁
すか
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
﹁うーん、まぁ仕方無いでしょう。ランサーのマスターさん、その槍の真名解放は可能で
・
しかしモードレッドの切り札を微風のように受けた相手に、傷を付けることが出来る
か否か。
﹂
?
そんな聖槍で周囲を護るエレインが、アーチャーの言葉に疑問符を上げる。
﹁何
﹁しかし、些か茶番感が酷くなってきましたね﹂
620
﹂
!?
││││ボクに考えがあります、と。 驚愕するエレインを尻目に、ニヤリと笑いながら英雄王は指を立てた。
﹁はぁ
第二十三夜 私にいい考えがある
621
第二十四夜 自罰
砂塵舞う荒野に、轟音が響く。
それは万を越える軍勢の雄叫びと、上空から射出される武具宝物の着弾音だ。
﹂
そしてそれらを蹴散らす竜王の咆哮である。
﹁││││策があるのか
自身に考えがある。
げるぞ﹂
﹁竜は任せると言ったが、流石に直訳では無いだろう というかもしそうなら私は逃
試してみる価値はあるだろう。
だが、他ならぬ英雄王の策だ。
によって天秤を大きく逆転された。 ライダーの固有結界によって数の有利をより強くしたものの、ドライグという隠し箱
戦況は芳しくない。
そう言ったギルガメッシュに、エレインが問い掛ける。
?
622
?
・
・
・
﹁そんなことは言いませんよ。その槍ならば致命傷を与えられる。だからトドメは貴女
達にお任せしたいと言いたかっただけです﹂
それに、と。
﹂
他のマスター達にも視線を向ける。
﹂
﹁貴方達にも手伝って頂きますね
﹁││││
?
だ。
だが、
?
﹁大丈夫ですよ。万が一の時も問題ないように宝具も渡しますから。まぁ、彼の観たと
氷室のその顔色は、かなりの無茶ぶりを押し付けられたが故の、当然のものだった。
エレインはチラリ、と青ざめている少女を見た。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
少なくとも赤竜に関してだけなら、それは間違いなく勝機といえる采配であったから
語るにつれ、絶望に染まっていたマスター達の表情が明るくなる。
己の策を。
そして英雄王は語った。
!
﹁⋮⋮それは効果があるのか
第二十四夜 自罰
623
ころの性格なら万が一も無さそうですし﹂
一応数少ない旧友なのだが﹂
?
﹁どういうこと
﹂
避けるまでも無いということなのだろうか
ね。くれぐれも顔に出させないように﹂
﹁ま、試してみる価値はあるかと。さぁ、作戦をサーヴァントの皆さんに伝えてください
?
キョトン、とアイリスフィールが首を傾げる。
?
なら、ですが﹂
彼の場合人の身で太極に至ったのなら本来鈍重な訳がない││││避ける気があるの
﹁これはあの竜もそうですが、そもそも直撃させられなければ話にならないからですね。
それでも打倒することは出来ないと、もう手段がない。
の中でも頂点に位置する宝具だ。
英雄王の切り札は、それこそサーヴァントとして聖杯に召喚されうる英霊の持つ宝具
ように呻く。
エア││││アーチャーの切り札の存在を知るマスターだった時臣は、信じられない
﹁馬鹿な⋮⋮﹂
﹁えぇ。本来ならエアと言えど、彼を打倒することは不可能です﹂
﹁⋮⋮本当に必要なのか
624
アーチャーの作戦がサーヴァント達に念話によって伝わる。
﹃││││﹄
予め﹁表情には出すな﹂と言われたにも関わらず、それは顕著だった。
﹁グフっ、かはははは⋮⋮っ﹂
面白そうじゃねぇか﹂
﹂
しかしそんな疑問を、風に乗せられたエレインとアイリスフィールの声が掻き消す。
余りにも底知れない、しかし何処か狂おしい程の既視感を感じる。
もし目の前の敵がその気ならば一体何分割、何回分死んでいたのだろうか。
し冷や汗を噴き出しながらセイバーは即座に跳び下がった。
聖剣を振るい、しかし相手に触れる前に腰で身体が両断される衝撃を受け、死を体感
﹁││││﹂
獣のような笑みを浮かべ、今尚迫る竜の鉤爪を避けるランサー。
瞬時に膨張した筋肉で堪えんとして、ライダーはたまらず笑いが溢れる。
﹁へぇ
?
!
圧されっぱなしは我慢ならない。
この騎士王、子によく似て負けず嫌いだ。
言葉や表情に出すことは無かったが、その瞳は戦意が漲る。
﹁⋮⋮
第二十四夜 自罰
625
問題は先程から怒り狂っていた叛逆者だが││││
第二十四夜 自罰
ル
シャ
ガ
ナ
﹁さぁ、反撃と行こうか万海灼き祓う暁の水平﹂
シュ
それを以て、彼は高らかに反撃の狼煙をあげた。
シュメールの戦の神ザババが使用していた紅の刃。
成した巨剣が出現する。
そんな彼等を俯瞰した英雄王の背後から、捩れた本体から炎のような複数の刀身を形
身体から漏れ出す火花を散らすのは、致し方無いだろう。
目的を達するために私情を殺し、役割を果たすことは慣れている。
如何に復讐者に身を落とそうが円卓の末席。
まるでそうしなければ頭の血管が引き千切れてしまいかねなかったからだ。
無表情に、無機質なまでに感情が凍り付いたモードレッドは、息を吐き出す。
怒りは過ぎれば静かになる。
﹁⋮⋮スゥ││││﹂
626
シュ
ル
シャ
ガ
ナ
竜がその腕を振るう。
万海灼き祓う暁の水平によって放たれた熱波の斬撃と赤竜の鉤爪は、熱波を両断され
るという結果に終わる。
﹄
が、敗北した炎がまるで生きているように渦へと変わり竜に絡み付いた。
﹃鬱陶しいと言った
アイオニオン・ヘタイロイ
事実、蟻も同然であった。
はまるで足元に群がる蟻を踏み潰す様だ。
再度腕を振るい、それだけで炎の竜巻だけでなく巻き込まれた数百の兵が吹き飛ぶ様
!
真名解放処の話ではないのだ。
そう、彼らは己の象徴たる宝具を持っていない。
ようもなく欠けているモノがある。
中には王であるイスカンダルよりも強い英雄が何人もいるが、しかし彼等にはどうし
﹃王 の 軍 勢﹄は数十万の生前の配下と軍を召喚する宝具。
第二十四夜 自罰
627
628
武器は持っているだろうが、本来の得物に比べれば余りにも脆いだろう。
確かに白兵戦という点ならば無敵に近いだろう。
それこそランサーがアイルランドで召喚されるか、ヘラクレスでもない限り突破不可
能な軍勢。
しかし偉大なる赤竜にとって無視するには鬱陶しく、しかし何等障害にも障壁にもな
らない存在達でしかない。
そんな中を駆け巡る猛犬が、頭上の金王と並ぶほど厄介さを見せていた。
ルーンによる行動の妨害。
ブレスを吐こうとするも宝具の投擲で悉く妨げている。
そこには、一種の慣れさえ見せているほどだ。
なるほど、軍勢を率いる王も、彼等を鼓舞し支える聖女も英雄の名に相応しい程に強
いだろう。
だがこの状況二人には無く、ランサーとアーチャーにある物が差異となっている。
言うなれば、経験だろう。
軍勢を率いることに関しては人類史でも屈指のライダーだが、怪物退治の経験は流石
に無い。それはルーラーも変わらない。
その点ランサーとアーチャー。
怪物犇めく二つの神話の頂点に立つ英雄の二人は流石と言えよう。
ギルガメッシュのその有り余る武具宝物はドライグの鎧を貫くだろう。
事実スキルか魔術によるものか、徐々に竜の鎧に幾つもの傷をつけていた。
何かを試すように、機を窺うように。
その所作を赤竜は危険と判断し、あの二人を潰すのが勝敗を別けると考えた。
中々どうして面白いと、そんな戦いの愉悦に浸っていたドライグに││││
﹃││││﹄
│││││ザクリ、とあり得ない音が静かに鳴った。
一つだけではない。
仮に彼等王の軍勢が自身の宝具を持っていたとしてもこうはならない。
有り得ない事だ。
ていたのだ。
今まで雑多なハエの様な、ただ鬱陶しいだけの雑兵達が、自分の身体に刃を突き立て
!?
百では利かない量の音がドライグの聴覚を撃ち鳴らす。
否。それ以上に、自身の身体を蝕むこの痛みは何なのか││││
﹄
!?
ドライグは見た。
﹃な││││
第二十四夜 自罰
629
それこそ、自身の鎧である魔力放出と鱗皮を突破できるのは魔力を切り裂く類いの宝
具か、竜殺しの宝具が相応の担い手によって振るわれる時のみ。
或いは、あらゆる理屈を無視して斬り裂く斬神の神楽ぐらいのもの。
そして後者は複数存在した場合世界の破滅と同義であるため除外される。
﹂
そうなれば、選択肢は一つしかない。
﹁がはははは
﹃ぐぬぅぅうう
﹄
ライダーの高笑いが響くと同時に、豪雨の様な破魔の矢や槍、宝物が次々と飛来した。
!!
ゲート・オブ・バビロン
破魔の宝具が魔力放出を切り裂き、露になった竜の巨体を竜殺し、怪物殺しの宝具を
竜種には本来適応されない、数の暴力が成立したのだ。
イスカンダルも高笑いしたくもなる。
本来絶対に成立しない、無双の軍勢が其処に誕生した。
﹁まぁ、大人のボクは絶対にしないでしょうけどね﹂
そんな彼等に﹃王 の 財 宝﹄の破魔の宝具と竜殺しの宝具を持たせたのだ。
る。
﹃王の軍勢﹄の中には主たるイスカンダルを戦士としては遥かに凌駕する英雄も存在す
行ったのは単純明快。
!?
630
持った軍勢が突撃する。
これにはドライグも堪ったものではない。
塵の山と断じた者達が、決して無視できない強者と変貌していたのだ。
巨体故に的が大きく、一度態勢を立て直さんと翼を広げ飛び立とうとするが、
﹂
﹄
そんな状況に、ドライグの選択は酷くシンプルだった。
正しく八方塞がりである。
それらが重なり、風の高圧削岩機として竜の飛翔を阻んだ。
空に翔ぼうにも、エレインのロンギヌスが大気を統べて巨大な竜巻を複数形成する。
﹁聖槍よ
!
!!
るやも知れない。
或いは、聖女の自身を犠牲にした特攻宝具なら相殺は出来なくとも威力の減退はでき
如何に聖旗であっても、防げるものではない。
ギルガメッシュの推測よりも上の魔力は、文字通り全てを消して余りあるだろう。
神霊に等しい竜の全霊の息吹。
その威力は最強の聖剣と比較にさえならないだろう。
莫大な魔力がその顎に集結する。
﹃全て纏めて消し飛ばしてくれる
第二十四夜 自罰
631
﹄
ルーラーはそう判断し、自らの固有結界そのものである剣を抜こうとするが││││
令呪を使え
!!
﹁アーチャー
かの竜王を即座に拘束しなさい
﹂
大気が運んだエレインの声に、即座に意味を悟った聖女は輝く左手を掲げる。
﹃ルーラー
!
!
﹄
良いぞ
力比べだ
如何に神をも縛る対神兵装であっても限界はある。
﹄
赤竜の戦意は些かも衰えず、寧ろ漲らせながら台風の如き魔力を爆発させる。
!!
り切ろうとしていた。
﹃く││││はははははははッ
!
しかしそれでも竜は動こうと鎖を軋ませる。
!!
全身に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、両腕をあらぬ方向に捻じ曲げ、首を絞
古代においてウルクを襲った神獣﹁天の雄牛﹂をも束縛した鎖。
る。
ドライグの有する神性に比例し強く、太く強靭に変貌する鎖が竜のアギトを縛り上げ
﹃││││ッ
めからそこに存在していたと言わんばかりに天の鎖が現れた。
それにより破滅の息吹を放たんとしていたドライグの元へコマ割りの様に、まるで初
令呪による強制補助。
!
!
632
し
か
し、
一
人
ドライグは鎖を引き千切らんと咆哮を上げ││││。
で
そ
の
脇
を
突
き
さ
す
の
と、
す
ぐ
血
と
水
と
が
流
兵
れ
卒
出
が
﹁│ │ │ │ │ │ │ │ 〝 However one of the soldiers 槍
pierced his side with a spear,
た
and immediately blood and water came out.
〟﹂
その特権は当然のリスクが存在する。
││││世界を制する、神の死を証した槍。
その返済の時であることを示していた。
それは蛮人によって使われ、発掘されてからエレインが使用し続けていた分の負債。
だ。
異形の毒に浸され、そのものの断片となった黒槍が聖槍の神秘を抑え込んでいたの
それを大切に懐にしまい、それを以て神殺しの聖遺物の制限が解除される。
聖槍がズレるように一振りの黒い短槍が現れた。
確実に当ててみせると槍を振るう。
赤竜の拘束は成った。それが一時的であっても、僅かな時間だとしても。
その一節が、咆哮を切り裂いて世界に響いた。
﹃││││﹄
第二十四夜 自罰
633
つまり逆なのだ。
宝具を使用する為には魔力がいる。起動するにも、真名解放なら尚更。
だが世界を制する力に担い手の魔力は必要無い。
ただ代償として世界を操った負債が積み重なるだけ。
威力はサーヴァントの宝具の域にとどまらない。
ロ ン ギ ヌ ス・ ク ラ ー ゲ ン
﹂
故にその一撃は真名解放と言う名の返済である。 ﹁││││﹃運命貫く嘆きの聖槍﹄
の息吹を蓄える顎ごと竜を呑み込んだ。
・
・
・
・
・
・
・
・
﹄
お前たちはこんなものか
!?
凄まじい轟音と共に、神々しい光が世界と竜を蹂躙する。
・
まだ足りない どうした英雄共
・
!!
!
対国宝具の規模の嘆きの光は、堅牢無比な竜の鎧など悉く粉砕した。
﹃まだだ
・
!
度では、奴の足元にも届かんぞッ
この程
対神と対悪に絶対の神秘を宿す神殺しの槍は矛先から極光を放ち、それが赤竜の破滅
を滅ぼして呪いを押し付けた嘆きの一撃。
それは、かつて蛮人が振るいカーボネック城を跡形もなく消し飛ばし、そのまま三国
!!
!!
634
だが。
それでも、竜は健在であった。
鱗皮を剥がされ肉を大きく抉られながら先の景色さえ見える程の傷だというのに、赤
竜は再び魔力を収束する。
惜しむらくは聖槍の一撃で天の鎖が千切れたことだろう。
だからこそ、嘆きの一撃を受けて尚倒れない幻想にエレインは驚愕を隠せなかった。
何度でもと言うように、一度放たれれば終わる息吹を撃たんとする。
それは竜種の最高位にして絶対強者としての矜持か、はたまた意地か。
呪詛。 相手の心臓に槍が命中したという結果を作り上げてから槍を放つという、因果逆転の
いつの間にか懐に入り込んでいたランサーが、遂にその牙を突き立てた。
そんな怪物の抵抗を当然のように嗅ぎ取ったクランの猛犬が、それを許さなかった。
﹁││││その心臓、貰い受ける﹂
第二十四夜 自罰
635
既に﹃心臓を刺した﹄という結果を起こしてから槍を放つため、槍の軌道から身を避
イ・
ボ
ル
ク
けても意味がなく、必ず心臓に命中する権能一歩手前の域に達した光の御子独自に編み
ゲ
出した必殺の奥義。
◆
雷鞭のように疾走した朱槍が、無尽の魔力を生み出す竜の心臓を破壊した。
﹃⋮⋮見事﹄
そんな状態で権能の領域に足を掛けた呪詛を覆せるハズもなく。
押し付けられた。
竜殺しの宝具で傷つけられ、天の鎖に縛られ、挙げ句の果てに神殺しの聖槍に負債を
たかもしれないが、それは叶わぬ可能性。
万全の状態のドライグならばその神秘と魔力で逆転された因果そのものを押し潰し
どれだけの硬度の鎧を纏っていようが、既に結果が決まっている以上貫くだろう。
静かに放たれた呪いの朱槍。
﹁﹃刺し穿つ││││死棘の槍﹄﹂
636
竜の断末魔が響く。
といっても、心臓を穿たれても死ぬような生易しい生き物ではない。
肉体を棄てて魂のみで存在する第三魔法そのもの。
霊というには格が違いすぎるが、例え権能紛いの呪いの魔槍とて殺しきるのは不可能
だろう。
それでも、一時は弱体する。
不治の呪いはゲイボルクだけでなく、ロンギヌスの聖槍も該当する。
漁夫王に不治の傷を与え、とある阿呆に呪詛ごと叩き斬られるまで苦しめた呪い。
不治の傷を与える神殺しの槍は、その弱体をより強く押し付けるだろう。
そうなれば万全ならば数分は持たない天の鎖でも、容赦なく竜の巨体を制限なく縛り
きる。
竜殺しこそ成せなかったが、封じることは出来たのだ。
マスターに依存する身では中々に上等だろう。
﹁そして本命は此方だ﹂
第二十四夜 自罰
637
ギルガメッシュは、その優れた思考速度で状況を俯瞰する。
再度憎悪と怒りに染まり赤雷を奔らせる復讐者と、背後に聖剣を構える騎士王。
そんな、凡百のサーヴァントなら裸足で逃げ出しかねない敵に相対しながら、赤竜が
縛られた事に驚きと感嘆した様にそちらを向く男。
無効化する。
り
札。
アキレウスならば唯一の弱点である踵を除き、一定の神性の有しないあらゆる攻撃を
命を十一保有する。
ヘラクレスはBランク以下のあらゆる攻撃を無効化し、蘇生魔術の重ねがけで代替生
彼らは神々の呪いや祝福で無敵に等しい体を得た。
英雄ならばギリシャ神話のヘラクレスにアキレウス。
する。
古今東西、あらゆる神話や伝承で不死身や無敵を誇った英雄や怪物は山のように存在
勿論ソレにはカラクリが存在する。
それらを浴びながら無意味と切り捨てる男の強度。
そして復讐者の切
エース・イン・ザ・ホール
叛逆の騎士と騎士王による、激烈たる数百の剣戟。
﹁︵まぁ、それもしょうがないか。油断以前の話だからね︶﹂
638
そんな風に、必ず抜け道や弱点は存在するのだ。
先程捕縛されたドライグもそうだ。
魔力放出と強靭な鱗皮によって一定の攻撃を遮断する。 この場合は一定ランクの攻撃だけでなく、魔力殺しの武具で魔力放出の鎧を切り裂
き、鱗皮も竜殺しの武具で一定ランク以下の宝具で貫くことが出来た。
ヘラクレスも生前の死因であるヒュドラの毒ならば、十一の生命を無視して殺すだろ
う。
なら、彼はどうだろうか。
男の在り方はあり得たかもしれない根源そのもの。
彼は本来この世界に存在しない。
否、存在してはならない者だ。
例え現代兵器でも、神代の魔術でも、宝具でさえ通じない概念宇宙そのものなのだか
ら。
そして正面から通じるのは、そんなデタラメと同等以上の質量の魔力か神秘。
蟻がどれだけ足掻こうが、星の軌道は変えられない。
有り体に云えば最強である。
﹁ぶっちゃけ、そんなモノ存在しないんですけどね﹂
第二十四夜 自罰
639
それが道理だ。
物理法則を、既存の秩序を完全に無視し己のみで単一の理を体現する存在には、本来
力押ししか方法はなく。
強度だけならこの宇宙さえも上回る埒外に力比べなど、正気の沙汰ではない。
なら、弱点を突くしかない。
﹁││││﹂
発動寸前となったクラレントを構えるモードレッドは、己の身体に魔力によって力を
底上げされる感覚を覚える。
間違いなく、令呪による後押しだ。
自分の役回りは開幕の踏み台。
そんな役回りを考えたアーチャーと、何よりそんな役回りしか果たせない自身の無力
を呪いさえする。
だが、それでも目の前の怪物に一矢報えると言うのならば。
﹂
八つ当たりという意味合いも大いにあるが。
ク ラ レ ン ト・ ブ ラ ッ ド ア ー サ ー
りる。
再び放たれたその赤雷を開始の合図として、ギルガメッシュはヴィマーナから舞い降
﹁﹃我が君に捧ぐ血濡れの王殺﹄
!!
640
落下しながら、演劇を舞台裏で見守る監督のような心理だ。
違うのは、監督自身が舞台に上がる点だろうか。
極大の赤雷が男を容易く呑み込む。
物体を分解、熔解させる熱量の中でさえ、男にとっては子守唄に等しい。
精々知覚の一部が音と光で塞がれる程度に過ぎない。
無論、それだけで男の超越した知覚は無くなるわけではない。
そうしている間にも、男は聖剣を構える騎士王も。
落下しながら宝具を取り出す英雄王も把握している。
││││あぁ、やはり彼は勝つ気がない。
何度も繰り返してそれを再確認する。
勝つ気処か、相手の戦意の向上さえ考えている。
戦いにおいて勝つ気がなく、あまつさえ敵の応援を本気でしている。
これが茶番や喜劇でなくてなんだ。
﹃││││
﹄
ルガメッシュは切り札を﹃ ﹄を以て蔵の最奥から抜く。
それでも、赤竜というとびきりの遊び相手を呼んでくれたせめてもの返礼として、ギ
﹁︵残念です。例え即座に斬り捨てられるとしても、本気の貴方と対峙したかった︶﹂
第二十四夜 自罰
641
!
先程よりも長く強大な赤雷。
しかしそれを受ける男にとっては、腕を振るえばたちまち霧散するであろう脆弱なも
のでしかない。
だが、それでも男は動きはせず、甘んじてソレを受けた。
そして期待する。
さて、次は何を仕掛けてくるのか。
次第に赤雷が途切れ、同時にこちらに向かって飛来する物体を知覚する。
﹂
飛来する次なる一手を受けて立とうと視線を向けて││││絶句した。
﹁っ││││
空から幼女が ﹄と内心叫んでいたかも知れないが、彼女
!
!!
氷室は人の頭程はあろうソレを必死に抱えるが、その宝石はその身を犠牲に爆発せん
ラピス・ラズリだろうか。
発光する宝石。
の抱えるモノが問題だった。
余裕があるなら﹃親方
流石の男もこんな一手は想定していない。
というより、氷室鐘だった。
飛んできたのは、涙を精一杯堪えた幼い少女だった。
!!
642
ブロークン・ファンタズム
としていた。
壊 れ た 幻 想とでも言いたいのだろうか。
更に問題なのはそんな神風特攻極まる少女の後ろ。
既に虚空に君臨するソレを持つ片腕を鎧で包んだアーチャーが先程突き刺していた、
奇妙な宝具だった。
円柱状の刀身を持つ突撃槍のような妙な形状の、剣というには余りに違うソレは三つ
の円柱が回転していき力場を発生させる。
宇宙
﹂
を表していた。
三つの石版はそれぞれ天・地・冥界を表し、これらがそれぞれ別方向に回転すること
で世界の在り方を示し、この三つすべてを合わせて
"
それは平時なら大事だが、この場は固有結界。
ソレに驚愕しながら、氷室は目の前に発生した空間の裂け目に飲み込まれていく。
り裂き、宝石は割れた硝子細工の様に砕け霧散していく。
先程までの寸止めなどせず振り切った手刀は、爆発寸前のラピス・ラズリと空間を切
男は即座に腕を振るう。
た。
つまり人体を容易く塵にする三層の巨大な力場に、氷室は晒される事を意味してい
?
"
﹁起きろ﹃エア﹄。これ以上ない相手に、寝惚けている余裕など無いだろう
第二十四夜 自罰
643
切り裂かれた空間の先には、現実世界が存在するだけ。
刹那に行われた神域の絶技は、しかし余りに致命的な隙であった。
ヌ
マ・
エ
リ
シュ
﹂
英雄王の奥の手は、その全能を発揮できる
エ
﹁││││﹃天地乖離す開闢の星﹄
!
!
権能行使の自壊も、この場なら発生しない。
しかしこの場は抑止力さえ動かない固有結界。
天地開闢以前、星があらゆる生命の存在を許さなかった原初の地獄そのもの。
い現代の地上において、自身の崩壊を含んだ神の特権の具現。
即ち権能という、物理法則が安定してそうした過剰な存在が現界することは許されな
したこの剣は最大出力では空間変動を起こす程の時空流を生み出すことも出来る。
エア神は地球がまだ原始の時代だった頃に星造りを行った一柱であり、エアの名を冠
ての始まりを示す彼の最終宝具とされ、メソポタミア神話における神の名を冠した剣。
他の宝具とはその出自からして一線を画しているその宝具は、開闢││││つまり全
エア。
エア神とは星の力が擬神化された存在であり、この星を生み出した力の再現が乖離剣
﹁││││さぁ、貴方の宇宙に亀裂を刻んでみせよう﹂
644
せかい
かつて混沌とした世界から、天地を分けた究極の一撃。 それが再び宇宙に向かって放たれた。 そう、これこそが彼に通じる例外。
世界を切り裂いた対界宝具ならば、太極の具現と化した男を傷付けることが出来る唯
一の手段である。
もし、生まれながらにそうであったのなら、その激痛に何も出来なくなるだろう。
肌が粟立つ。あり得ならざる亀裂を刻んだ。
痛み、傷み、苦痛││││
いたみ
1500年間その働きをしなかった痛覚が稼働する。
しかし、その影響は劇的である。
致命傷処か掠り傷ですらない。
小さな小さなヒビを入れるに止まった。
対界宝具は、しかし天地のように宙を両断する事など叶わず。
ピシリッ、と。ほんの僅かなソレは、あり得ならざる宇宙の亀裂であった。 皹が、走った。
﹃││││おッ﹄
第二十四夜 自罰
645
悶え、のたうち回るに違いない。
エ
ク
ス
或いはショックで意識を喪うのかもしれない。
カ
リ
バー
﹁││││勝利の剣﹄
﹂
或いは知識通りに終わる事なく、はぐれた童の様にさ迷っているのかもしれない。
彼女の結末は知らない。
だが、男は少女の姿に安堵していた。
!!!
星にとって史上最大の脅威に対し真の力を発揮せんと輝いていた聖剣を。 担い手の少女は気付いていただろうか。
星の聖剣を持った、余りに美しい月の光がダメ押しと言わんばかりに振るわれる。
﹃││││あぁ、まったく﹄
奈落に堕ちるように、深淵に呑まれる男に向かう一筋の光を。
固有結界が対界宝具の発動と伴い崩れ、破綻していく大地。
空間が捩じ切れ声なき悲鳴を上げる中、彼は確かに見た。 だが、そんな久方ぶりの傷みなど男は眼中に無かった。
﹁﹃約束された││││﹂ 646
それでも、彼女は変わらず剣を振るうのだと。
無論、一足先に現実に戻っていた氷室に傷一つありはしない。
痕だけ。
アレだけの激闘に、しかし大空洞にある痕跡は最後の聖剣の残した、ほんの僅かな爪
た。
世界は照り付ける太陽輝く灼熱の大地から、汚泥溢れんとする邪悪の祭壇に帰還し
◆
最後まで、くだらぬ戯言を溢しながら微笑んだ。
な﹂
﹁││││こうなるように望んだとはいえ、敵前逃亡の厳罰としては些か栄誉が過ぎる
第二十四夜 自罰
647
固有結界の消滅と共に赤竜も姿を消していたのか、巨大に膨れ上がった鎖もジャラン
﹂
と音を立てて回収、金色の粒子となって王の軍勢に貸し与えた膨大な量の武具と共に蔵
へと還っていった。
﹁彼は本来、この星の地表に立つことすら儘ならない。なら、何故立っている
英雄王の声が、大空洞に小気味良く響き渡る。
それは呆然としている幾人に語り掛ける様だった。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
とライダーの声が溢れる。
?
・
・
本人がソレを望んでいたことです﹂
?
魔術師が即座に首を斬るであろう、超級宝具の連発。
まるで自首する咎人のように。
﹁酷い無茶だ。何が酷いって
どちらにせよ、デタラメが過ぎる。
そんな制限方法があることが不思議でならなかったのだ。
自重で世界を押し潰さないように力点を己に向ける。
﹁何等かの方法で自身の力、或いは質量を抑え込んでいた﹂
本来、この程度の方法で一矢報える存在ではないのだと、アーチャーは口にした。
何
ただけで自重に耐え切れなくなる程には﹂
・
﹁当然無理をしているのでしょう。それこそ、こんな風に亀裂に少し大きめの釘を打っ
?
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特に太極を崩しうるエアとエクスカリバーの連撃を、信じられない事に望んでいたの
だ。
避けることなど容易いだろう。
その前に殺すこと等更に容易。
﹂
それこそ、宇宙さえも容易く斬り捨てるであろう力を以て振るわれるに違いない。
﹁││││え
些か趣の違う音は、槍が担い手の影にゆらりと沈んでいく音だった。
ガシャンッ、と剣が地面に力なく落ちる音が都合二つ。
聖剣の爪痕から巻き上がる土煙は、少しずつ晴れていく。
それは彼の自殺行為としか呼べない行動か、それとも。
その戸惑いの声が響く。 ?
その姿を隠していた靄も吹き飛んだ。
煙が晴れた。
言峰綺礼が居たのならば、絶頂していたかもしれない悲痛の声だった。
愕然、歓喜、困惑、逃避、懺悔。
信じられない、いや、違う。私は、オレは。
﹁あ││││ああああ﹂ 第二十四夜 自罰
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なら、正体が白日の元に晒されるのも道理。
太極は崩れ、その身を人のソレに落としていく。
袈裟懸けに大きな、それこそ常人なら死んでいてもおかしくないほどの致命傷が刻ま
れた体。
それでも両の足で立っているのは流石と言わざるを得ないのか。
﹂
口元から溢れる吐血に汚れていようがその姿を、その顔を彼女達は決して見間違いな
どしない。
﹁││││ランス、ロット
1500年振りの奇跡。
◆
そんな再会は、しかし彼女達にとって凡そ最悪な物となった。
?
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﹁お前絶対怒られるからな
﹂ ﹃銃が効かへんねん、しゃーないやん﹄
?
そんな会話が、少し時間を遡った間桐邸であったとか。 ﹁違う、そうじゃない﹂
第二十四夜 自罰
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