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スケッチマップを用いた渋谷のイメージマップ作成の試み Constructing
スケッチマップを用いた渋谷のイメージマップ作成の試み 石川 徹,石井秀彦,奥山賢太郎,沢崎拓史,長谷川智彦, パンノイ ナッタポン,平田 翠,牧 周佑,山崎貴彦 Constructing Image Maps of Shibuya from Sketch Maps Toru ISHIKAWA, Hidehiko ISHII, Kentaro OKUYAMA, Takumi SAWAZAKI, Tomohiko HASEGAWA, Nattapong PUNNOI, Midori HIRATA, Shusuke MAKI, Takahiko YAMAZAKI Abstract: This paper reports an attempt to construct image maps of Shibuya from sketch maps drawn by students specializing in urban engineering and students at a women's university. Major landmarks and paths remembered, and the extent of regions recognized as Shibuya, were identified. Students in urban engineering drew more landmarks and paths and larger areas of Shibuya on their maps than women'suniversity students. An analysis of distance estimates showed that students in urban engineering tended to have more accurate knowledge of distance than women's-university students on average, but also that there were large individual differences in accuracy. Similarities and differences between sketch maps drawn by the students and guide maps of Shibuya collected through the Internet were examined. How these findings could be applied to designing better guide maps were discussed. Keywords: イメージマップ(image maps),スケッチマップ(sketch maps),認知距離 (cognitive distance),案内図(guide maps) 1. はじめに 都市におけるさまざまな問題を考える場合,都 市を構成する物的要素(物理的空間)を考えるこ ととともに,その中で行動する人間がまわりの空 間をどうとらえているか(心理的空間)を考える ことも大切である.地理学や心理学をはじめ,さ まざまな分野の研究者が空間認知の問題に関心を 寄せて来たが,地理情報学・空間情報科学の分野 においても,人間の認知的側面の重要さが最近認 識されるようになって来た. 「頭の中の地図」というのは,もちろんそれ自 体理論的に重要かつおもしろい問題であるが,同 時に,人々が頭の中で思い描いている空間を調べ ることにより,都市計画への有用な示唆が得られ る場合も少なくない.実際,ケビン・リンチの都 市のイメージ研究も,わかりやすい都市,頭の中 で生き生きと思い浮かべることのできる都市の実 現を目標のひとつとしていた. 本論文では,ひとびとが都市に対してもってい る知識・イメージを,スケッチマップやその他の 手法を用いて分析した事例を紹介する.最近の同 様な試みとしては,高井・奥貫・岡本(2004)の 研究が挙げられる.また,Aitken and Prosser (1990) や Montello et al. (2003) は都市における場所や地域 の概念について分析し,若林(1998)は都市のイ メージを道案内図を題材として分析している. 石川: 277-8568 千葉県柏市柏の葉 5-1-5 東京大学 空間情報科学研究センター Phone & Fax: 04-7136-4298 E-mail: [email protected] 2. 方法 2.1 被験者 大学で都市工学を専攻している4年生の学生18人 (以下,都市工生と呼ぶ)と,女子大に通う学生 20人(以下,女子学生と呼ぶ)に被験者として参 加してもらった. 2.2 質問項目・手順 今回の研究では渋谷を対象地とし,被験者には 以下のような質問に対する回答・作業をしてもら った:(1)年齢,(2)性別,(3)渋谷に行く頻 度,(4)渋谷に対してもっているイメージ, (5)渋谷と聞いて思い浮かぶ建物や場所,(6) 渋谷のスケッチマップ,(7)主要なランドマーク 間の距離の推定.以上から得られたデータを個々 に分析し,また,渋谷のイメージマップとしてひ とつにまとめたものを作成した. つぎに,実際の案内図では渋谷の地理がどのよ うに表現されているかの分析・比較をおこなうた め,インターネットで渋谷の案内図(略地図)を 検索し,案内の対象となる場所(目的地)が渋谷 の広い範囲に渡って分布するように38枚を選んだ. これらの案内図に関しても,被験者から得られた スケッチマップと同様に分析をおこない,案内図 に現れる渋谷の特徴を調べた. 3. 分析と結果 3.1 ランドマーク 渋谷と聞いて思い浮かぶ建物や場所として挙げ てもらったランドマークと,スケッチマップに描 かれていたランドマークは上位5つが一致しており, 109,ハチ公,マルイ,モヤイ像,QFRONT とな っていた.渋谷駅と合わせて,これらが渋谷の主 要なランドマークとなっていることがわかる(図 1).スケッチマップに描かれたランドマークの数 を都市工生と女子学生で比較すると,1人当たりの 平均がそれぞれ16.3個,9.7個であり.都市工生の 方が多くのランドマークを描いていた(図2参照). その一方で,多くの人に共通して認識されている 地域(渋谷駅とその北西部分)があることがわか る. 図3. 被験者に認識されていた主要なパス. 図1. 被験者に認識されていた主要なランドマーク. 図2. 被験者によって描かれたスケッチマップの例. (A)都市工生,(B)女子学生. 3.2 パス 30%以上の被験者がスケッチマップに描いたパ スをメインパス,10%から30%の被験者が描いた パスをサブパスと呼んで分類したところ,国道246 号線,明治通り,文化村通り,道玄坂,公園通り, 井の頭通りなどがメインパスとなっていることが わかった(図3).都市工生と女子学生をくらべる と,都市工生の方が多くのパスを認識しており, パスどうしのつながりもよく把握していた(図2参 照). 3.3 スケッチマップに描かれた渋谷の範囲 記憶だけを頼りに渋谷の地図を描いてください と言われたときに,人々はどの範囲をスケッチマ ップに描くのだろうか.図4は各被験者が描いた範 囲を重ね合わせて表示したもので,色の濃い部分 ほど多くの被験者のスケッチマップに描かれてい たことを示している.渋谷という地名が指し示す 範囲は各個人で違い,あいまいさをもっているが, 図4. 被験者によって描かれた渋谷の範囲. 3.4 渋谷のイメージマップ 上で述べた個々の要素の分析をまとめ,渋谷の イメージマップとして地図の形で表現したものを 図5に示す.このイメージマップでは,ランドマー ク,パス,渋谷の範囲)を,それらを挙げた被験 者の人数に応じて色の濃さや記号の大きさによっ て段階分けして表示している.これを見ると,各 個人がそれぞれにとらえている渋谷が存在すると 同時に,大部分の被験者が共通して認識している 渋谷(パブリックなイメージ)が存在することが わかる. 図6A, 6Bは,それぞれ都市工生と女子学生のデ ータから作成したイメージマップである.平均的 に,都市工生の方が女子学生よりもスケッチマッ プに描いた範囲が広く,挙げたランドマークやパ スの数も多いことがわかる. まず,都市工生と女子学生について,それぞれ の推定値の平均と実際の距離との関係をみると, 相関係数が 0.96,0.74 となり,ある程度高い値 (とくに都市工生)を示した.一方,個人ごとに 推定値と実際の距離との相関をみた場合,都市工 生で 0.34 から 0.95,女子学生で –0.22 から 0.68 と ばらつきがあり,個人差が大きいことがわかる. つぎに,2点間の距離の推定値から,被験者が頭 の中に思い描いているランドマークの位置関係を 推測するために,多次元尺度構成法による分析を おこなった.都市工生と女子学生それぞれの推定 値の平均を用いた場合,図7のような2次元の布置 が得られた.相関係数の分析からの結果と同様に, 平均的には,都市工生の方が女子学生よりも正確 な位置関係を把握していることがわかる.さらに, 個人ごとにみると,正確なものからゆがんだもの までさまざまな布置が得られ,個人差が大きいこ とがわかる(図8). 図5. すべての被験者のスケッチマップをもとに作成され た渋谷のイメージマップ. 図7. 距離の推定値をもとに多次元尺度構成法によって得 られた2次元の布置.(A)都市工生の平均,(B)女子 学生の平均. 図6. 都市工生(A)と女子学生(B)のスケッチマップ をもとに作成された渋谷のイメージマップ. 3.5 距離の推定値の分析 距離の推定に際しては,渋谷の代表的な建物・ 場所であり,実際多くの被験者が挙げていた5つの ランドマーク(109,ハチ公,マルイ,東急ハンズ, ブックファースト)を用いた.被験者には基準と なる距離を与え,それとの比較で各2点間(10組) の直線距離をメートル単位で答えてもらった. 図8. 個人ごとの距離の推定値から得られた2次元の布置. 上の2つは正確な都市工生と女子学生の例.下の2つはゆ がんでいる都市工生と女子学生の例. 3.6 案内図の分析 一般に案内図(略地図)の作成に当たっては, どのようなランドマーク,パスを示し,どの範囲 を地図に描くか,ということに対する作り手の判 断が働いていると考えられる.では,このような 作り手の判断のもとに作られた案内図と,今回被 験者のスケッチマップをもとに作られたイメージ マップとの間には,どのような共通点・相違点が あるのだろうか. インターネットで検索した案内図について,被 験者が描いたスケッチマップと同じようにその構 造を分析したところ,スケッチマップに描かれて いたランドマークは全体で96個であったのに対し, 案内図に描かれていたランドマークは合計125個で あった.また,パスについては,案内図とスケッ チマップではとくに中心部のメインパスが共通し ていたが,案内図にはスケッチマップよりも広い 範囲のパスが描かれていた(図9).このように案 内図には,ランドマーク,パスともに,スケッチ マップには登場しなかった(あるいは,被験者の 頭の中にはすぐに思い浮かばなかった)ものが多 く含まれているが,これは不特定多数の利用者を 目的地まで導くという案内図の性格を反映してい るといえる. 図9. インターネットで検索した案内図をもとに作成され た渋谷のイメージマップ. 4. おわりに 人間はどのようにまわりの空間をとらえている のか,また,人間が認識している都市空間はどの ようなものなのか,という問題は,研究者のみな らず多くの人々の関心を引き付けて来た.本論文 では,その問題に対して,ケビン・リンチ以来広 く使われて来たスケッチマップの手法を用いて取 り組んだ事例を紹介した. 空間の知識の構造に関しては,距離の把握の正 確さに個人差が大きいことが,相関の分析,多次 元尺度構成法による分析からわかった.平均的な 分析には現れて来ない個人レベルでの差が大きく 存在するということは,理論的にも実際的にも多 くの示唆を与え得る結果である(Ishikawa & Montello, 2006). 都市工学を専攻している学生と,そうではない 女子大に通う学生との比較では,前者の方が多く の都市の要素をスケッチマップに描き,それらの 要素の構造的な把握にも優れていることがわかっ た.これには,男性と女性による違いの影響も考 えられるが,専門的に勉強している内容,あるい は,日頃から地図を見たり描いたりする機会の多 少がどの程度影響しているのかというのは興味深 い問題である(e.g., Burnett & Lane, 1980). 実際に利用されている渋谷の案内図と,被験者 のデータから作成したイメージマップの比較では, 両者の似通った点と異なる点がわかった.とくに, 案内図には被験者が普段認識している以上のラン ドマークやパスが含まれていることが示された. 冒頭で挙げたリンチの研究はわかりやすい都市の 実現を目標のひとつに掲げていたが,これらの結 果をもとに,わかりやすい案内図,使いやすい地 図の開発に取り組むことは可能であろうか.また, 最近の技術の発達により,利用者が自由に働きか けることができる(インタラクティブな)地図あ るいは視覚表現が可能になって来たが,利用者の 属性や目的に応じて,適切な方法で情報を提示す るということは効果的であるだろうか. 今回の研究は,都市工学科の演習で学生が取り 組む課題としておこなわれた.普段から都市の計 画・設計に取り組んでいる学生たちにとっては, 人間の心理的な側面を都市レベルで研究すること ははじめての試みであったようだが,みな楽しみ つつ,興味をもって取り組んでくれた.このよう な取り組みが,学生にとって,空間と人間の関わ りを研究する方法を学び,またそのおもしろさに 気付くよい機会になることを期待する. 参考文献 高井寿文,奥貫圭一,岡本耕平(2004)手描き地図 を用いた空間認知研究へのGISの適用,「地図」, 41(4), 27-36. 若林芳樹(1998)電話帳広告の道案内図に関する記 号論的分析の試み,「地図」, 36(2), 1-12. Aitken, S. C., & Prosser, R. (1990). Residents' spatial knowledge of neighborhood continuity and form. Geographical Analysis, 22, 301-325. Burnett, S. A., & Lane, D. M. (1980). Effects of academic instruction on spatial visualization. Intelligence, 4, 233242. Ishikawa, T., & Montello, D. R. (2006). Spatial knowledge acquisition from direct experience in the environment: Individual differences in the development of metric knowledge and the integration of separately learned places. Cognitive Psychology, 52, 93-129. Montello, D. R., Goodchild, M. F., Gottsegen, J., & Fohl, P. (2003). Where's downtown?: Behavioral methods for determining referents of vague spatial queries. Spatial Cognition and Computation, 3, 185-204.