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IV スタグフレーションの原因の解明 と今後の政策運営のためのシミュレ

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IV スタグフレーションの原因の解明 と今後の政策運営のためのシミュレ
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
IV
スタグフレーションの原因の解明
と今後の政策運営のためのシミュレ
ーション
ⅰ)マネーサプライの伸びが15%以下に抑えら
れていたとした場合(ケース1)
第I章で述べたように昭和48∼49年のインフ
レーションは46∼48年の3年間のマネーサプラ
イの急増によってもたらされたとする見解が主
流を占めつつある。この点を確かめるために46
年1∼3月期以降マネーサプライの伸びが対前
期比で3.5%(年率約15%)増に固定されてい
たとした場合のシミュレーション結果を見てみ
よう。ここで特に15%という伸び率を想定した
のは我々の推計によれば40年代の後半の潜在G
NPの伸びが平均8%程度であるから,許容さ
れる物価上昇率が30年代後半から40年代前半に
かけての実績の平均値の5∼6%だと仮定すれ
ば名目GNPの伸びは13∼14%となり,少なく
ともマネーサプライの伸びが15%を超えないこ
とが物価上昇を5∼6%にとどめるための必要
条件となると考えられるからである。
シミュレーションの結果は第15表の通りであ
り,もしマネーサプライが現実の経済のように
1. 46∼51年度のスタグフレーションの分析の
ためのシミュレーション
この章ではマネーサプライ急増,インフレ発
生,その後の不況と大幅な変動を見せた46∼51
年度のわが国経済のスタグフレーションを分析
するために,前章でみたマネタリスト・モデル
を使用して各種のシミュレーションを行うこと
とする。外生変数について44∼51年度の実績値
を与えてモデルを解いた内挿テストの結果をそ
のまま標準型として扱うこととし,その後外生
変数を様々に変化させてその内挿結果がその標
準型からどう変化するかを見ることとする。標
準型は前章でみたように全体として見れば非常
によく44∼51年度の8年間の物価と生産の変動
をフォローしているので実績値の代理として扱
うことに問題はないと考えられる。
第15表
マネーサプライの伸びを各期3.5%(年率14.7%)に抑えた場合(ケース1)
46 年度
物上
昇
価率
物 価
標
準
型
マネーサプライ
を抑えた場合
水 準 の 差
実成
長
質率
生 産
標
準
型
マネーサプライ
を抑えた場合
水 準 の 差
(備考)
1.
48 年 度
49 年 度
50 年 度
51 年 度
4.8
4.5
5.9
3.7
17.2
11.5
19.1
11.8
5.2
0.9
5.8
4.0
−0.2
−2.3
−7.1
−12.7
−16.3
−17.7
11.3
10.0
11.5
8.1
2.9
1.7
−1.4
3.5
3.6
9.9
7.3
9.0
−1.2
−4.2
−5.3
−0.6
5.4
7.1
46年1∼3月期以降マネーサプライの伸び率を前期比で3.5%増に抑えた場合と実績のマネー
サプライの伸び率との対比は以下の通りである。
46年度
47年度
48年度
49年度
50年度
51年度
績
22.3
23.5
20.8
11.8
13.8
14.4
抑えた場合
15.0
14.8
14.8
14.8
14.8
14.8
実
2.
47 年 度
実績の物価(総需要デフレーター)上昇率と生産(=名目GNP/総需要デフレーター)の実質
成長率は以下の通り。
46年度
47年度
48年度
49年度
50年度
51年度
物価上昇率
3.7
5.3
16.1
20.9
5.6
6.6
実質成長率
7.8
10.2
5.4
− 2.6
4.0
6.2
− 31 −
46∼48年度の3年間も続けて年当たり20%を超
えるというような野放図な拡大を示さず,年平
均15%以下の伸びに抑えられていたとしたら,
物価上昇はかなり小幅なもので済んでいたこと
がわかる。すなわち,46年度の物価上昇にはほ
とんど差が出てこないが,47年から差が拡大
し,とくに48∼49年度の物価上昇率は実に約6
∼7%も低くて済んでいたことがわかる。言い
かえれば過去の平均的な物価上昇率を約5%と
すると48∼49年度の物価上昇率の加速化の約5
割が過大なマネーサプライによって説明される
ということである。他方実質GNPの成長率は
46∼48年度についてはマネーサプライの伸びが
低く抑えられたことにより若干低くなるが49年
度以降は逆転して差がプラスとなり,49年度と
50年度ではそれぞれ現実の成長率よりも約5∼
6%も高い成長率が実現されていただろうと推
定される。この結果,マネーサプライが抑えら
れていたケースのほうが51年度の生産(実質)
は標準型がよりも約7%(45年価格で約7兆円)
大きくなっていただろうという驚くべき結果が
明らかとなっている。
これは46∼48年のマネーサプライの増加が抑
えられて物価上昇が小幅に抑えられていたら48
∼49年のインフレ期待の増殖がずっと小幅にと
どまるため,名目GNPの増加のうち物価上昇
第16表
ⅱ)輸入物価の上昇が小幅にとどまっていたと
した場合(ケース2)
次に輸入物価の上昇が48∼49年のインフレに
どの程度の影響を与えたかをみてみよう。輸入
物価の上昇は47年10∼12月期以降加速化し48∼
49年と大幅に上昇したが,もしこのような上昇
がなく,47年10∼12月期以降も40年代前半の平
均上昇率(年平均2%,各四半期0.5%上昇)
程度にとどまっていたとしたら物価上昇はどう
なっていたであろう。第16表はこのシミュレー
ション結果を示している。48∼49年度の物価上
昇率はそれぞれ約6%,10%と非常に大きな影
響を受けていたことがわかる。ただし,第I章
でも指摘したように日本は小国ではなく,日本
の需要圧力や物価動向が輸入物価に影響を及ぼ
しているとしたら,その分は割引いて考える必
要がある。これを輸入物価関数を推定して除去
する方法も考えられる。しかし,安定した輸入
物価関数が得られなかったので,今回はこの調
輸入物価上昇率が各四半期0.5%(年率2%)にとどまっていたとした場合(ケース2)
物上
昇
価率
物 価
標
準
型
輸入物価の大幅上
昇がなかった場合
水 準 の 差
実成
長
質率
生 産
標
準
型
輸入物価の大幅上
昇がなかった場合
水 準 の 差
(備考)
に向う部分がかなり小さくて済んでいたという
メカニズムによる。言い換えれば,48∼49年の
インフレ過程で大きく増殖したインフレ期待が
残っていたことが50∼51年度の景気回復過程に
おいて生産の成長率がなかなか高まりにくかっ
たことの重要な原因の1つだといえよう。
47 年 度
48 年 度
49 年 度
50 年 度
51 年 度
5.9
5.1
17.2
10.9
19.1
9.6
5.2
8.4
5.8
9.8
−0.8
−6.0
−13.5
−10.8
−7.4
11.5
12.4
2.9
8.5
−1.4
7.2
3.7
0.6
7.3
3.4
0.8
6.2
15.6
12.1
8.0
現実の輸入物価(Pm)とケース2で想定している輸入物価のそれぞれの上昇率は以下の通り。
47 年 度
48 年 度
49 年 度
50 年 度
51 年 度
現実の輸入
物価上昇率
0.2
33.6
52.5
5.0
4.2
ケース 2 の輸
入物価上昇率
−3.6
1.9
1.9
2.0
2.0
− 32 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
整を見送った。なお,50∼51年度については輸
入物価上昇がなかった場合のほうが物価上昇率
が高くなる。この理由は輸入物価上昇がなかっ
たと想定した場合には48∼49年度の物価水準が
大幅に低下するため輸入物価の影響をあまり受
けていない50年度の物価水準が相対的に高くな
るのである。
また,ケース2の場合は名目GNPの増減額は
何の影響も受けないので変化しない。したが
って物価上昇率の低まった分だけそのまま生産
(実質)の成長率が高まる結果となっている。
2.
53∼60年度の政策シミュレーション
48∼49年のインフレは石油価格高騰のデフレ
効果と48年末以来の厳しい金融引締めを主因と
して49年後半以来50年,51年と鎮静過程を辿っ
た。現時点(53年6月)においても基調的には
この鎮静過程にあるものとみられる。他方,生
産は50年の初めを底として回復過程にはいった
が,少くとも52年度まではその足取りは重く,
はかばかしい回復テンポをみせなかった。この
基本的な原因は先に見たように期待物価上昇
率が高いままで残っていたため,主にマネーサ
プライの増加率によって規定される名目総支出
のうち,物価上昇によって吸収される部分が大
きく,事後的に決まる生産(実質)の伸びは低
くとどまらざるをえないという関係があった
からである。また51年末からマネーサプライ
(M2)の伸びが鈍化したことも見逃せない。51
年 の 4∼ 6月 期 に は 対 前 年 同 期 比 で 16.1% の
伸びを示していたものが52年の4∼6月期には
11.8%(対前期比年率では10%)に低下した。
今後,再び物価上昇の加速化をもたらさない
ためにはマネーサプライの増加率をどの程度の
高さに維持すべきであろうか。この点を探るた
めに我々のマネタリスト・モデルを使って53∼
60年度の8年間についていくつかの政策シミュ
レーションを行うこととする。
シミュレーションの期間を8年間という長い
期間にしたのは我々のモデルによればマネーサ
プライが増加してその影響が完全に出つくすま
でにはかなり長い期間がかかることがわかって
いるからである。したがって,今年の金融政策
を考えるにあたっては当然その後数年のインフ
レ期待,物価,生産等に対する影響を考慮に入
れる必要がある。
ⅰ)標準型のシミュレーション(ケース1)
今後8年間にどの程度のマネーサプライ増加
率を維持すれば物価安定を損なうことなしに順
調な回復を遂げられるかは,このモデルの体系
に即して考えるとマネーサプライ以外の他の2
つの外生変数の想定に大きく依存している。一
つは潜在GNPがどの程度の伸びを示すかであ
る。我々の大まかな試算によれば52年1∼3月
期においては対前期比で1.25%(年率5.1%)
程度の伸びを示しているが,このところ若干な
がらも加速化しているので52年7∼9月以降は
各期1.5%(年率6.1%)増とほぼ中期計画で想
定している姿に近い伸び率を想定した。もう一
つの重要な外生変数は輸入物価である。中期計
画で想定しているように,これまでよりはやや
高めの上昇を示すと考えて一応53年7∼9月以
降各期1%(年率4.1%)の輸入物価上昇があ
ると想定した。52年度以降円レートの上昇によ
り輸入物価は各期数%のテンポで下落してきて
いるから,上記の想定は,53年7∼9月以降輸
入物価のトレンドが上方に屈折することを意味
している。このほか輸出については当研究所の
短期経済予測モデルの予測値を参考にして決め
た。租税負担率(税収/名目GNP)はほぼ52年
1∼3月の水準(試算値)で横ばいに推移する
と想定した。
なお最も重要な外生変数であるマネーサプラ
イは53年4∼6月期上降各期3%増(年率12.6
%増)で安定的に増加すると想定した。
この標準型のシミュレーション結果を見ると
(第17表)
,まず,物価上昇率は53∼54年度とや
や加速化する。これは先に見たように53年7∼
9月以降輸入物価が上昇に輸じると想定してい
るためである。しかしながら,55年度以降は物
− 33 −
第17表 標準型のシミュレーション(ケース1)
53
54
55
56
57
58
59
60
実 質 成 長 率,%
GNPギャップ率,%
物 価 上 昇 率,%
6.83
5.82
5.20
5.70
6.33
6.69
6.80
6.74
7.12
7.39
8.21
8.59
8.43
7.95
7.38
6.85
2.88
6.09
6.02
5.30
4.71
4.42
4.37
4.48
年 度
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
第18表 マネーサプライの伸びが2%強高かった場合(ケース2)
実 質 成 長 率,%
53
54
55
56
57
58
59
60
年 度
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
6.99
6.58
5.25
5.09
5.41
5.74
5.97
6.09
( 0.15)
( 0.88)
( 0.93)
( 0.35)
(−0.52)
(−1.40)
(−2.16)
(−2.76)
GNPギャップ率,%
6.98
6.58
7.36
8.27
8.90
9.24
9.38
9.42
価上昇率の鈍化が続き,60年度においても4%
台の物価上昇率である。したがってこのケース
の場合は物価安定の基調は崩れないとみてよい
であろう。
他方,成長率は物価動向と全く逆のパターン
をとり53∼55年度と鈍化するが,50年代後半は
物価の鎮静化を反映してやや加速化する。この
結果,GNPギャップ率も56年頃まではむしろ
拡大するが,57∼60年にかけてかなり縮小する
局面が来る。
ⅱ)マネーサプライの伸びが2%強高かった場
合(ケース2)
上記の想定の他の部分は維持してマネーサプ
ライの伸びをもっと高くしたらどうなるかを見
てみよう。マネーサプライの伸びについては,
53年度以降は各期3%の代り3.5%(年率14.8
%)増を想定した。
この場合のシミュレーション結果をみると
(第18表),53∼55年の最初の3年間の成長率は
標準型よりもやや高くなり,GNPギャップ率
(−0.13)
(−0.80)
(−0.85)
(−0.32)
( 0.47)
( 1.28)
( 1.99)
( 2.56)
物 価 上 昇 率,%
2.92
6.75
7.75
7.74
7.49
7.25
7.11
7.08
( 0.04)
( 0.67)
( 2.31)
( 4.68)
( 7.46)
( 10.37)
( 13.27)
( 16.09)
も標準型に比べれば小さい。しかしながら,成
長率については56年に逆転が起り56∼60年度は
むしろ標準型よりも低い成長率になってしまう。
これは言うまでもなくケース2の場合は物価上
昇がかなり加速化するからである。したがって
最初の3年間で享受したやや高目の成長のツケ
が後の4年間に回ってくるということである。
しかし,このことは必ずしもケース2で想定
した最初の3年間のマネーサプライの伸び率が
高過ぎるということを意味しない。というのは
このシミュレーションでは潜在GNPの伸び率
は年率で6%と仮定しているが設備投資が回復
してくれば,実際はこれよりも高くなる可能性
もあるからである。そこで次のケース3ではケ
ース2の他の想定を変えないで潜在GNPの伸
び率が6%ではなく7%強だったとした場合の
シミュレーションを行ってみよう。
ⅲ)潜在GNPの伸びを7%強とした場合(ケ
ース3)
潜在GNPの伸びを各四半期1.75%(年率
− 34 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
第19表 ケース2のマネーサプライの伸びで潜在GNPの
伸びを7%と仮定した場合(ケース3)
実 質 成 長 率,%
53
54
55
56
57
58
59
60
年 度
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
7.08
7.13
6.26
6.40
6.87
7.21
7.39
7.41
(
(
(
(
(
(
(
(
0.24)
1.49)
2.52)
3.19)
3.72)
4.23)
4.80)
5.46)
GNPギャップ率,%
7.47
7.51
8.31
8.98
9.25
9.23
9.06
8.87
(
(
(
(
(
(
(
(
物 価 上 昇 率,%
2.83
6.20
6.72
6.41
6.03
5.78
5.70
5.76
0.35)
0.12)
0.09)
0.38)
0.82)
1.27)
1.68)
2.01)
(−0.04)
( 0.06)
( 0.73)
( 1.79)
( 3.07)
( 4.41)
( 5.74)
( 7.04)
第20表 輸入物価上昇率がやや高かった場合(ケース4)
実 質 成 長 率,%
53
54
55
56
57
58
59
60
(備考)
年 度
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
6.67
5.42
4.95
5.60
6.33
6.76
6.89
6.83
(−0.15)
(−0.52)
(−0.75)
(−0.85)
(−0.85)
(−0.78)
(−0.70)
(−0.61)
GNPギャップ率,%
7.26
7.87
8.91
9.37
9.21
8.67
8.02
7.42
(
(
(
(
(
(
(
(
0.13)
0.48)
0.69)
0.77)
0.77)
0.72)
0.64)
0.57)
物 価 上 昇 率,%
3.03
6.48
6.27
5.40
4.71
4.35
4.28
4.40
(
(
(
(
(
(
(
(
0.15)
0.52)
0.76)
0.86)
0.86)
0.79)
0.70)
0.62)
カッコ内はそれぞれ生産(実質),GNPギャップ率,総合物価水準の標準型との差。
7.2%)とやや高目に想定すると50年代後半の
物価上昇の加速と成長率の鈍化は小幅になる
(第19表)。58∼60年度においても一応5%台の
物価上昇率が維持される。したがって,ケース
2の高目のマネーサプライの伸びを維持しても
8年間の後半に物価上昇が加速化し,標準型よ
りも低い成長率がもたらされるという形のツケ
はケース2ほど深刻なものではない。
ⅳ)輸入物価上昇率がやや高かった場合(ケー
ス4)
以上のケースではすべて輸入物価は年当たり
4%(53年 7∼9月期以降各期1%)しか上昇
しないと想定してきた。しかしながら実際の輸
入物価上昇率がこれより高ければ物価上昇率は
その分だけ高くなるし実質GNP成長率は低く
なる。したがって標準型の他の想定は動かさな
いで輸入物価上昇率が年当たり6%(各四半期
1.5%)上昇すると仮定したケースを計算して
みよう。その場合のシミュレーション結果は第
20表の通りである。実質GNP成長率は各年と
もやや下り物価上昇率は丁度同じ程度高くなる
が物価安定の基調がこわされるというほどでは
ない。
3.
マネーサプライと輸出の長期乗数
最後にマネーサプライと輸出がそれぞれ1兆
円増加した場合の乗数効果をみておこう。
まず生産(実質)への影響をみると(第21
図,第22表),両者の間で非常に大きな違いが
あることがわかる。マネーサプライの場合は最
初の2四半期程度はあまり大きな影響はない
が,第3四半期目から生産を増加させはじめ,
その生産の増加幅(標準型との差)は第5四半
期にピーク(9千億円)に達する。その後徐々
に減り始め11四半期目にはマイナスに転じる。
その後40四半期(約10年)にわたってマイナス
− 35 −
第21図
マネーサプライと輸出の乗数効果
− 36 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
第22表
マネーサプライと輸出の乗数(44∼56年度)
マネーサプライ1兆円の増加の効果
実質生産(億円) 総合物価
第
1 年 目
2
〃
3
〃
4
〃
5
〃
6
〃
7
〃
8
〃
9
〃
10
〃
11
〃
12
〃
13
〃
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
45年
=1.0
0.001
0.006
0.014
0.019
0.024
0.027
0.025
0.022
0.018
0.015
0.012
0.010
0.009
2,976
6,684
405
4,949
7,911
8,245
7,279
6,197
4,413
2,705
1,453
560
65
が続き,ほぼ50四半期目あたりで乗数効果は零
に近づくという形になっている。ピークに達す
るまでに5四半期もかかるのはマネーサプライ
の増加が名目GNPの増加につながるまでにか
なりのラグがあるからである。ピークに達した
後減少し始め,ついにマイナスに転じるのは物
価が上昇し始め,期待物価上昇率が高まり始
め,再び後者が前者を加速させるというインフ
レ期待の増殖のメカニズムが働き始めるためで
ある。マイナスの期間が10年も続くのは現実の
物価上昇が期待物価変化率に完全に反映される
までにかなり長い期間がかかるからである。
他方,輸出の乗数は輸出の増加と名目GNP
増加の間のラグが短かいため,輸出の増加が起
った当該期とその次の四半期に直ちに生産(実
輸出等1兆円の増加の効果
実質生産(億円) 総合物価
5,255
− 1,884
− 884
− 109
279
293
89
− 150
− 411
− 613
− 710
− 729
− 693
−
−
−
−
−
−
45年
=1.0
0.001
0.001
0.001
0.001
0.002
0.002
0.002
0.001
0
0
0.001
0.001
0.001
質)を増加させる。ところがクラウディングア
ウト効果によりすでに第5四半期目にはマイナ
スに転じる。マイナスの期間は10四半期とマネ
ーサプライの乗数に比べれば短い。そして第
15四半期目にはほぼ零になり,その後零の近傍
でゆるやかな変動をみせる。
次に物価への影響をみると,マネーサプライ
の場合は物価水準がかなり上昇するが,輸出の
場合は最初の9四半期はわずかながらも上昇す
るが,10四半期目あたりからマイナスに転じ小
幅のマイナスがかなり長期にわたって続く形に
なっている。これはクラウディングアウトによ
る名目GNPの減少がわずかながら需要圧力
を低下させるためである。
− 37 −
V
結
投資の停滞により潜在GNPの伸びが低下して
論
いることも影響しているとみられる。
我々は48∼49年の大幅な物価上昇とその後の
さらに,マネーサプライと輸出の長期乗数の
スタグフレーションの原因を解明するためにフ
計測の結果,(5)マネーサプライを増加させると
リードマン等を中心とするマネタリストのイン
最初の2年半程度は生産が増加するが,物価上
フレ理論に基づいたマネタリスト・モデルを開
昇を加速化させるため,その後は10年間にわた
発し,それを使用して様々のシミュレーション
って生産が減少する局面がくること,(6)輸出
実験を行った。これらの実験により,(1)48∼49
は,マネーサプライよりも早く生産の増加をも
年度のインフレ加速化の最も重要な原因の一つ
たらすが,その後マイナスの効果をもたらし,
は46年以降3年間も続いて20%超えるマネーサ
わずかながらも物価を下落させる局面をもたら
プライの増加を許したことにあること,(2)石油
すことが明らかになった。
価格の大幅上昇を含む輸入物価の高騰もインフ
他方,今後の政策運営の指針として52∼56年
レ加速化をもたらしたもう一方の重要な原因で
度についていくつかのシミュレーションを行っ
あることが明らかになった。もっとも後者につ
た。ここでの結論は,(1)景気回復と物価安定を
いては輸入物価自体がある程度わが国の需要圧
同時達成するのにどの程度のマネーサプライの
力や物価の影響を受けるため,その寄与度の厳
増加率が望ましいかは潜在GNPの伸びと輸入
密な計測は将来の課題として残された。
物価の上昇率という2つの外生変数に大きく依
さらに我々はマネタリスト・モデルの開発過
存すること,(2)年当たり6%の潜在GNPの伸
程で期待物価上昇率の計測に成功し,これを使
びと4%の輸入物価上昇を仮定した場合,各四
って,(3)わが国では期待物価上昇率は基本的に
半期3%(年率12.6%)のマネーサプライの増
は2次の適合期待仮説に基づいて形成されてお
加率なら目立ったインフレの加速化は起らない
り,それが現実の物価上昇率に完全に調整され
こと,(3)少なくとも15%を超えるマネーサプラ
るまでには相当長いラグがあることが明らかと
イを続けると,54∼60年度にはかなりの物価上
なった。そうして,(4)49年以降,わが国経済が
昇の加速化が予想されること,(4)もし潜在GN
不況に突入した後も高率のインフレが続いたの
Pの伸びが7%であれば15%のマネーサプライ
は,基本的には期待物価上昇率が鎮静するのに
増加率でも物価安定の基調は一応維持されるこ
長い期間がかかるためであり,これが50∼52年
と,などが明らかになった。
度の景気回復過程においてもマネーサプライの
今後の課題としては,マネーサプライが総支
増加率によって規定される名目総支出の増加分
出にインパクトを及ぼす様々のルートを実証的
のうち,物価上昇に吸収される割合を高めると
に明らかにし,これを構造方程式の形でマクロ
いう形で実質成長率の高まるのを防げたことが
モデルの中に組み込むこと,開放経済における
わかった。もっとも,このほかの要因として,
インフレの発生及び伝播のメカニズムを解明す
インフレ期待を抑えるためにマネーサプライの
ることが重要な課題として残された。
伸びが比較的低目に抑えられてきたこと,設備
− 38 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
(注 1) フリードマンの期待仮説では労働者の期待物
という関係がある。これも,73年以降,固定レート
価上昇率が強調されるが,フェルプスは労働の需要
制の延長として考えることを正当化する一つの理由
側である企業の期待物価上昇率を強調する。その理
になるかもしれない。
由は,生計費が上がりつつあると予期している労働
(注 4) スカンジナビアンアプローチは,最初ノール
者が,新たな仕事を探すために自分の企業を離れる
ウェイの経済学者達によって提示されたものであ
かもしれないという企業者の恐れは他の企業の賃金
り,基本的にはコストプッシュ説の立場に立ち,海
が生計費とともに上るだろうという期待がなければ
外部門の大きい「小国」に対して海外のインフレが
現実のものとならないからである。
影響を及ぼすルートを解明する理論である。経済
を,外国との競争にさらされている部門(the ex-
(注 2) わが国の閉鎖経済の総支出関数は以下の通り
posed sector)とさらされていない部門(the shel-
である。
(推定期間:40II−52 I)
tered sector)に分割する。そうして、インフレ率
(制
は,国際的なインフレ率が the exposed sector,や
ΔYt=
約:3 次式,m−1=f−1=0,m5=f5=0)
労働市場そして輸入物価の変動を通じて,国内に波
4
4
334.83 +∑
mi ・ΔMt−i+ ∑fi ・ΔFt−i
i=0
i=0
(0.96)
及してくることによって決まると考えられている。
(J. J. Paunio and Hannu Halttunen〔20〕
)を参照
R2=0.635
せよ)。
S=1074.3
(注 5) レードラー等のモデルは年データを使用して
DW=1.736
m0=0.1492(1.15)
f0=0.6069(3.00)
いるのに対し,我々のモデルは四半期データを使用
m1=0.2519(2.27)
f1=0.4767(2.54)
していることも世界の消費者物価等が有意にきかな
m2=0.2980(6.86)
f2=−0.0246(−0.18)
かった理由の一つかもしれない。
m3=0.2779(2.70)
f3=−0.5205(−2.45)
(注 6) 総合物価としてGNPデフレーターを使わず
m4=0.1818(1.46)
f4=−0.6370(−2.87)
に総需要デフレーターを使用したのはGNPデフレ
∑mi=1.1590
ーターは定義上、輸入財の価格が大きく上昇する局
∑fi=−0.0959
面では総合的な物価上昇を過小評価する傾向がある
(備考)
ΔYt=t 期における名目GNPの増減額
(10億円)
ΔMt−i=t−i 期におけるマネーサプライ(M2)の増
減額
(10億円)
ΔFt−i=t−i 期における財政支出(国民所得ベース)
の増減額
(10億円)
からである。今国内最終需要を F,その物価を P,
輸入数量をM,輸入価格をPmとすると名目GNP
(Y)は,
Y =P・F −Pm・M
と表わされる。ここで輸入は最終需要に依存すると
(注 3) ドーンブッシュ(〔19〕)が明らかにしたとこ
してM =mF と仮定する。最終需要と輸入実質値は
ろでは,期待が合理的期待ではなく適合期待仮説に
不変と仮定し,輸入物価の上昇が起きたときそれが
従って形成されていれば,投機家が海外物価の上昇
国内物価に転嫁されるとすると国内物価の水準P は
がわが国の為替レートの上昇をもたらすことに気付
名目GNPを全く変化させずに上昇する可能性があ
くとしてもかなり遅れて気がつくことになるから,
る。したがってGNPデフレーターは輸入物価の上
その間海外物価の上昇がわが国の物価を押し上げる
昇がある時は適切な物価指標ではない。
− 39 −
付論 I ビジネス・サーベイ・データによる期
待物価変化率の計測
インフレ期待がインフレーションの過程で重
要な役割を果すことは,理論面では広く認めら
れているが,期待物価変化率の時系列が存在し
ないことから,期待仮説は実証の面では,必ず
しも十分な成果を収めていないようである。こ
の欠を補うものとして,近年,ビジネス・サー
ベイ・データによる期待物価変化率の計測が試
みられるようになっている。
(アメリカにおける
計測例については P. Wachtel〔20〕を参照)。
ビジネス・サーベイには,通常,一定期間先
の財貨の価格動向の見通しが調査項目として含
まれている。その回答は「上昇」,「低下」,「変
わらない」という 3つの変化方向から1つを選
択する形式をとるものが多い。こうしたサーベ
イから得られる「上昇」するあるいは「低下」
するという回答の全回答に占める比率は,調査
時点において,回答者間に形成されているイン
フレ期待を反映していると考えることができる。
実は,この比率は,回答者間の期待物価変化率
が1次と2次のモーメント(平均と分散)によ
って規定される分布に従うものと仮定すれば,
期待物価変化率の時系列を得るのに十分な情報
を含んでいることが明らかにされている。第1
節ではカールソン・パーキン〔16〕にしたがっ
て,ビジネス・サーベイ・データによって期待
物価変化率を計測する方法を概観している。第
2節ではこの方法を「企業経営者見通し調査」
(当庁調査局)に適用し,わが国の期待物価変
化率の計測を行っている。
1.
カールソン・パーキンの方法
カールソン・パーキンは,ビジネス・サーベ
イの回答者が一定期間先の物価動向の見通しに
ついて,
「上昇」,
「低下」
,
「変わらない」という
3つの変化方向から1つを選択する意思決定の
メカニズムを心理学における刺激の認知のモデ
ルを援用して定式化している。いま,次の2つ
の仮定をおく。
① 各回答者は,一定期間先の一定の財貨の
期待物価変化率に関して主観確率分布を持つ。
t 期における主観確率分布の中央値(メディ
アン,median)を m t とあらわし,ここで
は各回答者の期待物価変化率と呼ぶことにす
る。
② 期待物価変化率についても,通常の物理
的刺激と同様に弁別閾(defference limen)が
存在する。弁別閾とは刺激の差違がはじめて
弁別される刺激の変化の最小値である。t 期
における弁別閾を δt とあらわし,ここでは,
回答者が期待物価の変化をはじめて認知する
ことができる変化率として定義する。
以上の仮定のもとで,各回答者は
mt >δt ならば「上昇」
mt <−δt ならば「低下」
−δt < mt <δt ならば「変わらない」
と回答しているものと考えることができる。
ここで,回答者全体を見ることにする。
t 期において,「上昇」,「低下」,「変わらな
い」と回答したものの全回答に対する比率を
それぞれ At , Bt , Ct ,とあらわし, δt はすべ
ての回答者に共通であるとすれば
At=Pr{mt > δt}············································ (1)
Bt=Pr{mt < −δt} ······································· (2)
Ct=Pr{−δt < mt <−δt}=1−At−Bt ········· (3)
という関係が成立する。
ここで, t 期に形成された期待物価変化率
e
P t を,各回答者の期待物価変化率 m t の回
答者全体にわたる平均,すなわち Pte ≡ E(mt)
と定義する。また,回答者間の mt の分散を
σt2≡V(mt) とあらわすことにする。
このとき,次のようにして,規準化された
変数 yt を定義することができる。
yt≡(mt−Pte)/ σt ············································(4)
yt を用いて(1)(2)を書きかえると
At=Pr{yt > at}····································· (5)
Bt=Pr{yt < bt}····································· (6)
となる。ここで
at=(δt−Pte)/ σt ····································· (7)
bt=(−δt−Pte)/ σt ································· (8)
− 40 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
である。(7),(8)から
at+bt
Pte=−δt
···························(9)
at−bt
1
σt=2δt
····························(10)
at−bt
を得る。
(9),(10)によって,期待物価上昇率 Pte およ
び σt の値を決定するためには,① at ,bt の
値,②δtの値が必要である。
第一に,at ,btの値であるが,これを得る
ためには,各回答者の期待物価変化率 mt の
回答者間における分布を特定化することが必
要である。いま, mt が正規分布に従うもの
としよう。そうすると規準化された変数 ytは
標準正規分布 N(0,1)に従うことになる。こ
のとき,(5),(6)から明らかなように,atは標
準正規分布の上側(At×100)パーセント点を,
bt は下側(Bt×100)パーセント点を与えてい
る。したがって,統計数値表等を利用するこ
とによって at ,bt の値は容易に求めること
ができる。ここで,正規性の仮定は必ずしも
本質的なものではないことに注意を喚起して
おきたい。 mt が平均と分散によって規定さ
れる分布に従うのであれば,どのような分布
型であっても以上の議論はそのまま成立する
ことは明らかであろう。
第二に,弁別閾 δt の値であるが,弁別閾
に関しては,ウェーバーの法則が成立するこ
とが知られている。この法則は弁別閾が刺激
の大きさに比例すること,弁別閾と刺激の大
きさの比(ウェーバー比という)が,刺激の
種類によってほぼ一定していることを主張し
ている。ここでは期待物価変化率についても
同様の関係が成り立つものとし,特に回答者
がはじめて認知しうる期待物価の変化幅が期
待物価のレベルに比例すると考えよう。この
ことは先に変化率として定義した弁別閾 δt が
時間 t と無関係な定数 δ としてあらわされる
ことを意味している。このとき(9)は
at+bt
Pt =−δ
······································ (11)
at−bt
とあらわされる。(11)において δ は単にPteのス
e
ケールを決定する役割を果しているにすぎな
い。そこで,改めて δ を期待物価変化率 Pte
の平均が,計測の対象期間( t =1,… Tと
する)における,ビジネス・サーベイが調査
の対象としている現実の物価変化率に Pt の平
均と等しくなるように定義することにする。
すなわち
T
T
t=1
t=1
∑Pt e=∑Pt
より
∧
T
T
t=1
t=1
δ =− ∑Pt/ ∑
at+bt
at−bt
と定義される。
以上により,期待物価変化率の時系列が
∧ at+bt
Pte=− δ
(t =1,…,T)
at−bt
として得られる。
最後に,現実の物価指数の系列は単にスケ
ーリングにのみ使用されるので,期待物価変
化率は計測上は現実の物価指数と独立である
ことを指摘しておく。なお,ビジネス・サー
ベイにおいて,「わからない」という回答を
許す場合,および「上昇」あるいは「低下」
に属する回答の比率が 0 となった場合の巧妙
な処理については,原論分〔16〕を参照して
いただきたい。
2.
企業経営者見通し調査による計測
ここでは前節でみたカールソン・パーキン
の方法を「企業経営者見通し調査」に適用
し,わが国の期待物価変化率の計測を試みて
いる。「企業経営者見通し調査」は,資本金
1億円以上の法人企業1900社を対象として,
毎年 2月, 5月, 8月, 11月に行われてい
る。主な調査内容は,国内景気見通し,業界
の景況,収益実績見込みと見通し,売上高に
対するコスト比率見通し,製品および原材料
価格見通し,取引条件見通しである*。
* 「企業経営者見通し調査」は52年5月実施の第79回
調査より,「調査項目」の一部と「調査対象期間」(6
カ月→3カ月)が改訂され,時系列が接続していない
ので注意が必要である。
− 41 −
われわれが,計測に使用したのは,「自己
実感よりも大きな値をとっている。「企業経
企業の価格・取引条件見通し(生産部門)」の
営者見通し調査」以外のビジネス・サーベイ
うちの「製品価格に関する見通し」の調査結
においても,同様の調査が行われている。こ
果である。計測の対象とした期間は 40年 4∼
れらを活用することも含めて今後の課題であ
6 月期から 52 年 1 ∼ 3 月期までであり,この
る。
期間の調査結果を第23表に掲げている。この
調査で尋ねているのは,一般的な物価水準で
はなく,自己企業の価格の見通しであるこ
第23表
製品価格に関する見通し調査結果
と,この調査の調査対象が資本金1億円以上
のいわゆる大企業であることから,ここで計
調査年月
測した期待物価変化率は,現実に存在する物
40. 5
8
41 11
2
5
8
42 11
2
5
8
43 11
2
5
8
44 11
2
5
8
45 11
2
5
8
46 11
2
5
8
47 11
2
5
8
48 11
2
5
8
49 11
2
5
8
50 11
2
5
8
51 11
2
5
8
52 11
2
価指数のうちでは卸売物価指数の企業規模別
指数のうちで大企業性製品の指数にもっとも
よく対応するものと考えられる。そこで,ス
ケーリングのための指数としてこの大企業性
製品卸売物価指数を使っている。
計測に当たり,データの季節調整は行って
いない。これは,第一に,このサーベイの調
査対象期間が,たとえば, 2月調査の場合,
前年 9 月末との比較において 3 月末の実績見
込みと,その実績見込みとの比較において 9
月末の見通しを尋ねるという形でかなり長く
とられていること,さらに対象期間が各回の
調査でオーバーラップするようになっている
ことから,季節性の影響を受けることが少な
いと考えられるからである。第二に,この期
待物価変化率と対応している大企業性製品卸
売物価指数自体にも季節性がないと考えられ
るからである。
計測された期待物価の対前期比変化率と現
実の物価変化率の推移は第24図に示されてい
る。ここで現実の物価変化率としては,上と
同様に大企業性製品卸売物価指数を用いてい
る。
ここでは数表利用の便宜等もあって,各回
答者の期待物価変化率が正規分布に従うもの
として,期待物価変化率の計測を行った。第
23表をみると,正規分布よりも裾の長い分布
に従うと仮定して計測を行う方が適当であっ
たかもしれない。このためもあって,われわ
れの計測では弁別閾の大きさが 2.6%とやや
− 42 −
対
象
月
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼33
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
7∼12
10∼ 3
1∼ 6
4∼ 9
上
昇
16
21
23
23
23
24
20
21
17
13
12
10
11
15
14
15
17
19
23
28
28
26
25
27
25
13
16
23
26
26
35
53
53
62
72
58
43
41
37
33
34
31
35
37
39
39
38
36
変わら
な い
67
61
60
59
63
62
64
64
64
70
67
66
63
70
67
67
68
69
65
60
61
64
63
60
65
60
59
61
67
67
59
41
41
32
22
33
52
54
58
61
63
65
62
61
60
59
59
60
低
下
17
18
17
18
14
14
16
15
19
16
21
24
25
15
18
18
15
12
12
12
11
10
11
13
9
26
25
16
7
7
6
6
6
5
5
6
5
5
5
4
3
4
3
2
1
2
3
4
(%)
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
第24図 現実の物価変化率と期待物価変化率の推移
− 43 −
付論Ⅱ
潜在 GNP の推計
潜在 GNP (45年価格,10億円)
XtF
c
潜在 GNP の推計についてはわが国で一般に
行われているコブタグラス型の生産関数を推定
し,各説明変数にピーク時の値を与えて最大可
能生産額を出すという方法をとった。
適正労働時間数
H
c
L
〃 就業者数
KPi
第 i 次産業の資本ストック
(45年価格,10億円)
第 i 次産業設備投資(
IPi
ρmax
稼働率指数のピーク値
T
タイムトレンド
能力 GNP 推計式(38 I−50IV)
log XtF=1.60+0.960 log Hc・Lc +0.228 log ρmax ・(KP1+KP2+KP3)t
(11.36) (6.10)
(4.04)
12
(13−i ) × ( IP1+IP 2+IP3 )t−i
0.0110 ∑
0.00624T
+
+(9.21)
(8.79) i=1 ( KP1+KP 2+KP 3 )t
R2=0.999
S=0.005
第25図
DW=0.854
GNPギャップ率の推移
全産業
− 44 −
〃
)
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
付論Ⅲ
因果関係の検出−シムズ・テスト
マネタリストの所説に関連して,貨幣と所得の
関係を中心に経済諸変数の因果関係(causality)
を統計的に検出(detect)する試みが注目を浴
び,様々な方法が提案されている。それらの方
法の展望論文としてピアース・ハウの〔26〕が
ある。
ここでは,
〔22〕
〔23〕などによって,最も広
く知られているシムズ・テストを概観し,われ
われのマネタリスト・モデルのデータに適用を
試みている。*
1.
グレンジャーの因果関係
こうした手法の基礎をなしているのは,グレ
ンジャーによる因果関係の定義である。彼は
〔22〕で予測可能性の観点から検証可能な因果関
係の定義を与えている。すなわち,過去のYの
値だけを用いるよりも,過去のX とY の値を一
緒に用いる方が,よりよく Y を予測しうると
き,変数 Xが変数 Yを引き起こす(cause)と
考えるわけである。グレンジャーの意味でX が
Yを引き起こす(あるいはX からY への因果関
係があることをX→Yと表わすことにすれば,
形式的には次のように定義される。
(定義)X→Y
⇔σ2(Yt|Yt−k,k>0)>σ(Yt|Yt−k,Xt−k,
k>0)
ここで,σ2 は予測の平均2 乗誤差(MSE )を
表わしている。 Y からX への因果関係(Y→
X )も同様にして定義される。また, X からY
への因果関係が存在しないことなどを X→Y
などと表わすことにする。
次に, X とY の相互関係を考えよう。X→
Y と Y→ Xが同時に成立するとき,XとY の
間にはフィードバック(feedback)が存在する
といい,X
Yと表わすことにする。 X→
Y とY →X が同時に成立するとき,X から Y
*
因果関係を検出する手法については,京都大学佐和
隆光氏の御教示を得た。厚く謝意を表わしたい。な
お,ありうべき誤りは著者に帰せられる。
への一方方向の因果関係(unidirectional causality)が存在するといい,X
Yと表わす
ことにする。
2.
シムズ・テスト
C. A. シムズ〔23〕は因果関係が存在しない
場合について次の定理が成り立つことを示した。
(定理)Y →X
∞
⇔yt= ∑ υjXt−j+et において υj=0(j<0)
j=−∞
ここで,et は統計的な誤差項であり,yt,xt は
定常時系列である。
この定理に基づいて,彼は「シムズ・テスト」
と呼ばれるようになった次のような検定を提案
している。いま,Y からX への因果関係の存在
を調べるとしよう。このとき,yt の xt の上へ
の回帰式
N
yt= ∑ υjxt−j+et
j=−M
を考える。この式は無限に長いデータの系列を
想定したシムズの定理における回帰式の回帰変
数の期間を,過去にN 期,末来にM 期という有
(シ
限の長さに切った(truncate)ものである。
ムズは実際にはN =4,M =8を用いている。)
ここで, Y→X すなわち,Y からX への因果
関係が存在しないということは帰無仮説
H0:υj=0,j=−1,…,−M
によって表わされる。したがって,Y からX へ
の因果関係を調べることは与えられた標本に基
づいて,この帰無仮説を対立仮説
H1:υj=0,j=−1,…,−M
に対して検定することに帰着する。
仮説 H0 のもとで, T 個の標本{(yt,xt)},
t=1,…,T に基づく検定統計量
ΔSSR/M
F=
SSE/(T−K )
は,自由度( M,T−K )のF 分布に従う。こ
こで,ΔSSR は M 個の末来の値 Xt+1,…, Xt+M
による回帰変動平和の増分を表わし,SSE は残
差平方和を,Kは定数項を含む説明変数の個数
を表わしている。よって,F>Fa( M,T−K )
のとき,有意水準 α で帰無仮説 H0 を棄却を
− 45 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
することになる。
ここで問題になるのは,xt,yt に関して定常
性が仮定されていることである。一般に経済時
系列においては定常性の条件は満たされない。こ
のため,シムズは検定に用いるデータをフィル
ター(filter)
xt*= 1−
3 2
B Inxt
4
∞
=Inxt−1.5 Inxt−1+0.5625 Inxt−2
にかけ,データを定常化し,残差の系列相関を
除去することを試みている。そうして,変換さ
れた値 xt * 等を用いて実際の検定を行ってい
る。ただし,B は Brxt = xt−rと定義されるラグ
オペレータである。 上で使用された P (B) =
1−
3
B
4
2
という形のフィルターは〔28〕にお
いて,M. ナーラブが季節調整済の経済時系列に
適したフィルターとして推賞したものである。
シムズ・テストに関する疑問の多くはフィル
ターを使用することに集中している。結論が使
用するフィルターに依存するのではないかとい
う疑いがかけられているのである。この点に関
してはまだ十分に明らかにされていないようで
あり,十分な検討を要する問題点であると思わ
れる。
次に,X とY の相互関係を調べることを検討
しよう。これは以下の 2 種類の検定を行うこと
に帰着する。ここでは,xt ,yt は定常化されて
いるものとしよう。このとき
N
①yt= ∑ υjxt−j+et において
−M
帰無仮説
を検定。
説 H0’ が棄却されるならば,Y
すな
わち,Y とX の間にフィールドバックが存
在する。
と結論する。
シムズはX からY への一方方向の因果関係が
存在するときにY をX に回帰する形の分布ラグ
・モデル
H0:υj=0,j=−1,…,−M
N
②xi= ∑ υj’xt−j+et’ において
−M
帰無仮説 H0’:υj’=0,j=−1,…,−M
を検定。
以上の2種類の検定の結果,たとえば,
(i) 帰無仮説 H0 が棄却され,帰無仮説 H0’
が受容されるならば Y
X すなわち,Y
からXへの一方方向の因果関係が存在する。
と結論し,
( ii ) 帰無仮説 H0 が棄却され,かつ帰無仮
yt= ∑αj xt−j+et
j=1
を推定するのはよいが,それ以外のときには推
定結果が不適切になる場合があることを指摘
し,分布ラグ・モデルを推定する際の予備的検
定(preliminary test)としてシムズ・テスト
を行うことを主張している。
M, Nの値のとり方,使用するフィルターな
どの問題があるが,シムズ・テストは様々な因
果関係検出の方法の中で,簡明で実行の容易な
方法であり,多くの適用例が報告されている。
3.
シムズ・テストの適用
貨幣と所得,より正確にはマネーサプライと
名目総支出との間の因果関係の分析に,シムズ
・テストを適用した例としては,シムズ自身が
アメリカのデータについて調べたもの〔23〕の
ほか,イギリス〔24〕
,カナダ〔27〕に関する実
証例が報告されている。その結果を第26表にま
とめて掲げている。
アメリカの場合には,狭義のマネーサプライ
(マネタリー・ベース)を使っても,広義のそ
れ(M1)を使っても,マネーサプライから名目
総支出への一方方向の因果関係が明らかになっ
ている。他方,イギリスとカナダの結果は不満
足なものである。カナダの場合には,M1 で判
断すると両者の間にフィードバックが存在する
としか言えないし,イギリスの場合にはさらに
悪く,狭義のマネーサプライでみると名目総支
出からマネーサプライへの因果関係は有意であ
るが,マネーサプライから名目総支出への関係
は有意ではない。
実は,イギリスの実証例においては,フィル
ターとして P (B) =(1−B)という形を基本と
− 46 −
第26表 貨幣と所得に関するシムズテストの結果
回
国
名
帰
式
(帰無仮説)
対 象 期 間
自 由 度
Y on MN
(H0:Y→MN)
Y on MB
(H0:Y→MB)
アメリカ
1949III−1968IV
F(4,60)
0.39
0.36
5.89**
4.29**
イギリス
1960VI−1971III
F(4,26)
2.44*
0.84
0.97
1.85
F(4,30)
2.83
1.90
2.61
1959III−1971II
カ ナ ダ
**
MN on Y
(H0:MN→Y)
*
MB on Y
(H0:MB→Y)
1.05
(備考) 使用したデータは以下の通り。
ア メ リ カ
イ
ギ
リ
ス
カナダ
Y
GNP
GDP
GNP
MN
マネタリベース
現金通貨+ロンドン手形交換所加盟銀行要求払預金
M1
MB
M1
MN +ロンドン手形交換所加盟銀行利付き預金
M2
:5%有意
**
:10%有意
*
したものを用いており,前節で指摘したように
メカニズムよりも,それが資本流出という形で
これが結論に影響して,アメリカと逆の実証結
国際収支の赤字につながるメカニズムが強くな
果をもたらしている可能性がないとは言えな
る。したがって,イギリスやカナダのような開
い。しかし,カナダの場合には,シムズと全く
放経済ではマネーサプライが名目総支出を決定
同一のフィルター及び回帰変数を用いており,
するという関係が現われてこないと考えられる
こうした問題は発生していない。
のである。
計測上の問題は別にして,経済の実態的な側
面から考えると,アメリカではマネーサプライ
4. シムズ・テストの日本への適用
から名目総支出への一方方向の因果関係が認め
われわれは,マネタリスト・モデルの中核と
られるが,イギリス,カナダについてはこうした
なる総支出関数を構成する変数にシムズ・テス
関係は認められないという実証結果はある意味
トを適用し,それらの変数と名目総支出との間
では容易に予想されるところである。アメリカ
の因果関係を調べてみた。
の場合には経済規模に比して海外セクターの比
対象とした期間は, 35年 4∼ 6月期から 52年
重が非常に小さく,ほとんど閉鎖経済(a closed
1 ∼ 3 月期(ただし,T / Y については 51年 1
economy)と考えても問題はない。したがって
∼3月期まで)であり,季節調整済の四半期デー
海外からの影響はほとんど無視しうるであろ
タを,シムズが用いたものと同一のフィルター
う。ところが,イギリスやカナダはその経済規
にかけ,回帰を行った。N,M の値についても
模に比して海外セクターが大きく,しかも開放
シムズと同様にN =4,M =8 をとった。すな
が進んでおり,相対的に小さな開放経済( a
わち,末来4 四半期と過去8 四半期,それに現
small open economy)である。このような開
在の値が回帰変数としてとられた。さらに,シ
放経済の場合は,固定為替レート制の下では,
ムズになって,タイムトレンドを式に加えた
金融政策が資本移動によってその効果を阻害さ
が,季節ダミーは加えていない。 (シムズは季
れる関係がある。すなわち,第 II章第 3節でも
節済データを用い,さらに季節ダミーを加えて
見たように,たとえば,マネーサプライの増加が
いる)。テストの結果は第27表に示されている。
あったとき,それが国内支出の増大につながる
マネーサプライと名目総支出の関係については
− 47 −
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
第27表 総支出関数に関するシムズ・テストの結果
変 数 名
M
F
E
T/Y
(1.13)
(0.99)
(1.03)
(0.71)
(3.64)
(1.45)
(1.89)
(1.71)
Y
(備考)
は行変数から列変数への因果関係の非存在を示す。
は列変数から行変数への因果関係の存在を示す。
(
)内の数字は仮説のもとでのF 値であり,自由度はF(4,53)で
ある。ただし,T / Y についてはF (4,49)である。
Y=名目GNP
M=マネーサプライ(M 2)
F=政府支出(政府の財貨サービス経常購入+政府総固定資本形成+
政府企業在庫品増加)
E=輸出等
T / Y=租税負担率
第28表に末来の値を加えた場合とそうでない場
合についての係数のプロファイルを掲げてい
る。
まず,マネーサプライ(M 2)と名目総支出の
関係をみると,マネーサプライから名目総支出
への一方方向の因果関係が非常にはっきりと出
ている。日本は果して閉鎖経済であろうか,開
放経済であろうか。第 II章第 3節で見たように
輸出入依存度はアメリカとイギリス,カナダの
中間であるが,どちらかと言えばアメリカに近
いものと言えよう。さらに,日本の場合には資
本移動にかなりの制約が課されてきた。これら
のことを考慮すると,日本はアメリカ型の閉鎖
経済の性格がかなり強いと言えよう。このこと
はシムズ・テストの結果とも整合的である。
他方,マネーサプライ以外の総支出関数の説
明変数に関するシムズ・テストの結果をみると
これらの変数については,いずれもそれほど有
意な結果は示されておらず,はっきりしたこと
は言えないようである。しかしながら,輸出
( E)や租税負担率(T / Y)については,F 値
をみると,それらから名目総支出への因果関係
の方が逆の関係よりも強いことが指摘できよ
う。また,財政政策としての政府支出( F)か
ら総支出への因果関係は租税負担率(T / Y)か
ら,総支出への因果関係より弱いことも指摘で
きるであろう。
マネタリストはマネーサプライが物価変動や
経済活動水準の変動を決定するのに中心的な役
割を果すこと,言い換えれば,マネーサプライ
から名目総支出への一方方向の強い因果関係が
存在することを主張している。わが国のデータ
にシムズ・テストを適用することによって,こ
うした関係が検証されたことは,日本経済を対
象にしてマネタリスト・モデルを構築すること
に対する一つの有力な根拠を与えていると言え
よう。
第28表
ラグ
Y on M
M on Y
4
3
2
1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
−0.4098
−0.5088
0.1970
−0.0084
0.2563
−0.0503
1.1154
−0.5574
−0.0415
0.7660
−0.0708
−0.5249
0.0858
*
*
*
*
0.2346
−0.0265
0.9707
−0.5925
−0.0667
0.7956
−0.0932
−0.6259
0.1142
0.0675
0.0682
0.1974
0.0571
0.0655
0.0514
−0.0320
−0.1560
−0.0964
0.0312
0.0710
0.0234
−0.0260
*
*
*
*
0.0598
0.0298
−0.0828
−0.1962
−0.1300
0.0328
0.0120
0.0059
−0.0185
R2
0.8823
0.8813
0.9885
0.9864
−
−
−
−
− 48 −
名目総支出とマネーサプライに関するシムズ
・テストによる係数のプロファイル
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析
参
〔1〕
考
文
献
小宮隆太郎「昭和四十八,九年インフレーションの原因」経済学論集(東京大学)第42巻第 1 号
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