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米住宅ローンの過剰負債、解消に10年の恐れ
社団法人 日本経済研究センター Japan Center for Economic Research 2009年1月13日公表 米住宅ローンの過剰負債、解消に10年の恐れ 主任研究員 小林 辰男 ▼ポイント▼ 9 08 年、過剰額は 4 兆ドル 9 住宅価格は 2011 年以降も下げ止まらず 9 米経済は長期低迷も 図表1 米国住宅価格、先物では 10 年に上向くが、推計では下がり続ける (推計その 1、左図は価格水準、右図は前年比) 8 (%) 250 S&Pケース・シラー住宅価格指数 推計値 6 225 予測 4 200 2 175 0 150 -2 125 -4 100 -6 75 -8 (暦年) (暦年) -10 50 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2009 2010 2011 2012 2013 (注)ケース・シラー指数の 09-13 年値は先物価格の平均、08 年は 1-10 月の平均 推計値は住宅ローン残高の名目 GDP 比率を説明変数として計算した。推計値の価格指数は 87 年のケース・シラー指 数の実績値に推計した伸び率を順次、乗じたもの (資料)米 S&P、米商務省、FRB, Flow of funds 筆者は、08 年 11 月 12 日に公表したレポート 1 (ホーム・エクイティ・ローンなど)→需要増という循 で、金融危機を招いた米国の過剰負債を負債残 環を生み出し、経済成長を支えた。ところが 07 年 高と名目GDPとの関係から 5-6 兆ドルと推計した。 から住宅価格が急落、金融機関の貸し出し態度 米連邦準備理事会(FRB)が 12 月に公表した最 は慎重になり、需要が低迷し始めた。そこに昨年 新データで再推計したところ 08 年は 6 兆 2000 億 9 月、リーマン・ショックが起き、世界は深刻な同時 ドルになる見通しだ。過剰負債の大部分は住宅 不況に陥った。 バブルを支えた住宅ローンが占め、4 兆ドルを超 だからこそ景気の持ち直しには、米国が過剰負 える。本稿では住宅関連の過剰負債と住宅価格 債を解消し、住宅価格の下落に歯止めがかかるこ の行方に焦点を当てた。 とが必要だといわれる。住宅価格が安定すれば、 サブプライムローンを中心とした住宅の値上が 金融機関が抱えるサブプライムローン関連などの り期待を当てにしたローンの拡大は、住宅の過剰 不良資産の損失額が確定しやすくなる。米政府 需要の発生→価格上昇→追加的なローン拡大 は金融安定化法に基づき、不良資産を金融機関 から買い取る環境が整う。 1 「世界金融危機、米国の過剰負債は 5-6 兆ドルに」 http://www.jcer.or.jp/research/short/detail3790.html 住宅価格の底打ち時期をここでは住宅ローン 残高と名目 GDP の関係から簡易に推計してみた。 http://www.jcer.or.jp/ 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.1.13 すると底打ち時期は 2013 年以降となり(図表 1)、 0.283 ポイントを金額に直すと 4 兆ドルとなる。米 2015-16 年までかかる恐れがある。こうした試算は 国の過剰負債のうち 6 割以上を占める。 今後の米政府の政策対応などで変わる可能性は 07 年から 08 年にかけて住宅ローン残高の対 十分にあるが、不況の長期化は避けられない見 GDP 比率は低下したが、このペースが続くと 通しだ。 2015-16 年にようやくトレンド線と交わり、過剰負債 が解消することになる(図表 4)。これから 7-8 年 【09 年にも底打ちの可能性?】 (住宅価格のピーク時 06 年から約 10 年)かけて過 当センターが昨年 12 月に公表した改訂第 136 剰負債を解消すれば、「失われた十年」を費やし 回短期経済予測(図表 2)を前提に、オーソドック た日本のバブル崩壊後と類似した経済状況に陥 スな所得要因、金利要因から S&P ケース・シラー る可能性がある。 住宅価格指数(10 大都市)を推計した。すると住 宅価格は 09 年に底打ち、10 年に反転する。また 同指数を賃料からみて過大となっている分 (OECD が House price ratios として算出)を修正し 【デフレ懸念で、失われた 10 年の恐れ】 米国が住宅ローンの過剰負債を 07-08 年のペ ースで減らしていくと住宅価格はどうなるか? た場合、06 年から 07 年にかけて住宅価格は低下 図表1で示したようにケース・シラー指数の先物 する。このペースで 08 年以降も下げ続けると 09 価格は 10 年に底を打ち、11 年からは上昇に転じ 年には同指数の先物価格とほぼ同じに水準にな ている。市場は過剰負債を早期に解消し終えると る(図表 3、推計その 2)。ただ改訂第 136 回予測 みているわけだ。 は 10 年に米国経済は回復基調になるとしたが、 一方、ケース・シラー指数を住宅ローン残高の 現時点でみると楽観的な見通しになっている可能 対 GDP 比率を説明変数として試算してみた。この 性が高い。 比率の高まりは所得に比べて借り入れを増やした ことを意味しており、住宅価格を押し上げた主要 図表 2 米国経済の主な予測値(伸び率、%) 08 年 09 年 10 年 因とみられるからだ。逆にこの比率をトレンド線ま で下げることは、過剰負債解消への動きだ。試算 名目 GDP 3.6 0.7 2.6 するとケース・シラーの先物価格とは異なり、13 年 実質 GDP 1.3 ▲1.2 0.9 まで住宅価格は下がり続ける。 実質個人消費 0.2 ▲1.3 0.6 実質住宅投資 ▲20.7 ▲9.7 3.4 (▲はマイナスを示す) 早期に過剰負債を解消しようと、住宅ローン残 高を急速に絞ると、需要が減退し、住宅価格の下 落は足元(08 年 10 月は前年同月比▲19.1%)より もスピードが増すとみられる。その結果、逆資産効 【圧し掛かる GDP30%の過剰負債】 2002 年以降に急速に高まった住宅ローン残高 果が表れ、一時的には一層深刻な不況に陥るこ とが懸念される。経済成長率が高まればローン残 は 07 年に 14 兆 6000 億ドルに達し、対名目 GDP 高の GDP 比率は小さくなり、過剰負債は解消に 比率は 1.058 倍とピークをむかえた。07 年夏にサ 向かうが、ローン残高の大きさが経済成長の足か ブプライムローン問題が表面化し、住宅価格が急 せになっている現状を考えると、可能性は低いだ 激に下がり始めると金融機関の貸し出し態度が厳 ろう。 しくなり、残高の伸びが鈍り、名目 GDP 比率も低 日本のバブル崩壊後には、地価が反転するま 下した。それでも 08 年は名目 GDP よりローン残高 でに 15 年以上かかった。政策対応が遅れデフレ は多く、1.029 倍になる見通しだ。住宅バブルが となり、名目 GDP 成長率が低迷し続けたからだ。 発生する以前の 1993-2000 年の対名目 GDP 比 幸い米国はまだデフレにはなっていない(図表 5)。 率のトレンド(08 年で 0.746 倍)と比較すると、 オバマ新政権はデフレになる前に住宅ローン債 0.283 ポイントの差があり、簡易的にはこの差を住 権の買い取りなど危機への抜本対策を打ち出す 宅関連の過剰負債とみなすことができる。この 必要に迫られている。 http://www.jcer.or.jp/ 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.1.13 図表 3 米国の住宅価格指数の推移(推計その 2) 250 225 予測 S&Pケース・シラー住宅価格指数 200 賃料で修正した同住宅価格指数 175 ケース・シラーの推計値 150 125 100 75 (暦年) 50 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 (注)08年のケース・シラー指数は1-10月期の平均値、09年、10年は先物価格の平均値 賃料で修正した住宅価格指数=ケース・シラー指数/OECD「House price ratio」×100、08年以降は07年の下落 ペースで延長した値 推計値は名目GDP成長率、住宅ローン金利、ダミー(07年、08年)を説明変数として計算した。 (資料)米S&P、OECD, Economic Outlook 06/08 図表 4 米住宅ローン残高/名目 GDP の推移と過剰負債額 1.1 過剰負債(右目盛) 1.0 0.9 (億ドル) 6000 予測 5000 住宅ローン残高/名目GDP 4000 住宅ローン残高/名目GDPのト レンド(1993-2000年) 0.8 3000 0.7 2000 0.6 1000 0.5 0 (暦年) -1000 0.4 1993 1997 2001 2005 2009 2013 (注)住宅ローン残高は家計以外も含む。08年は第3四半期までの実績と当センターのGDP予 測値を用い、実績見込みとして計算した。09年、10年のGDPは改訂136回短期経済予測の値。 11年以降は、08年のGDP成長率予測値(3.6%増)が続くとして試算した。 (資料)FRB, Flow of Funds 、米商務省 http://www.jcer.or.jp/ 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.1.13 図表 5 日米の地価、住宅価格と名目 GDP の関係 1973 1977 1981 1985 1989 1993 1997 2001 (%) 2005 24 350 (日本、年度) 325 22 20 300 S&Pケース・シラー住宅価格指数(10都市) 275 日本の六大都市市街地価格指数 18 250 日本の名目GDP(5年移動平均、右目盛) 16 米国の名目GDP(5年移動平均、右目盛) 225 14 200 12 175 10 150 8 125 6 100 4 75 2 50 0 25 (米国、暦年) -2 -4 0 1989 1993 1997 2001 2005 2009 (資料)米商務省、米S&P社、内閣府、日本不動産研究所 2013 ●(推計その1)の推計式 最小二乗法 暦年 1988-2008(21) Ln(1+住宅価格指数の上昇率) =2.00×Ln(住宅ローン残高/名目GDP)-0.0036 (4.85) (-0.21) 自由度修正済み決定係数 0.53 ※推計式下段の括弧内はt値 ダービン・ワトソン比 0.82 その1は、住宅ローン残高の対GDP比率が借り入れ増による需要拡大を促し、住宅価格が形成され るとの考えに基づいて推計した。 ●(推計その 2)の推計式 最小二乗法 暦年 1988-2007(20) 住宅価格指数の上昇率 =2.22×名目GDP成長率-2.81×住宅ローン金利-13.5×ダミー+16.4 (2.05) (-2.98) 自由度修正済み決定係数 0.37 (-2.32) (2.04) ダービン・ワトソン比 0.45 その2はオーソドックスに所得要因(名目GDPは可処分所得の代理変数)と金利から推計。サブプラ イムローン問題が表面化した07年、08年にダミー変数を入れた。 http://www.jcer.or.jp/