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WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討

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WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討
──農業協定第 10 条 3 項の分析を通じて──
石 川 義 道
れる傾向があった14).換言すれば,そこでは立
Ⅰ.問題の所在
証責任概念そのものの内容及び機能が必ずしも
1995 年 の 世界貿易機関(以下,WTO)の
1)
設立に伴い,WTO 協定
明確にされてこなかった.
において 1947 年の
そこで本稿では第 1 に,WTO 紛争解決手続
ガット2)の実体面が精緻化され,WTO 紛争解
における立証責任概念は一貫して,国内法体系
決手続
に お い て 紛争解決 の 手続面 が 法化或
及び国際裁判手続15)において説かれる説得責
いは司法化されたと評価されている .そして
任を意味することが確認される.第 2 に,立証
設立から 10 年以上が経過した現在までに,紛
責任問題を考察する際に上級委員会によって頻
3)
4)
争解決手続 の 運用 に 関 す る 事実上 の「判例法
繁に依拠される「一応の立証」概念の内容及び
(jurisprudence)
」が パ ネ ル 及 び 上級委員会 に
機能が,米国法体系における同概念の分析を通
よって 形成 さ れ て き た .そ の 中 で も 立証責
じて検討される.特に,当該概念は証拠評価の
任(burden of proof)を 巡 る 諸問題 に つ い て
際にパネルが行う「事実上の推定(推認)」と
は,上級委員会の見解が WTO 設立直後に示さ
結び付いており,その際にパネルによって付随
れたことで(米国・毛織シャツブラウス事件6)
的に言及される「立証責任(証拠提出責任)の
及び EC・ホルモン牛肉事件 )
,早い段階から
移転」との陳述には法的意義が存在しないこと
研究者の関心を集めてきた8).また複雑な事実
が示される.第 3 に,「一応の立証」概念の特
認定が求められる紛争においては立証責任の配
徴及び問題点を明示するために,「立証責任の
分がパネルの判断結果に影響を与える余地が大
転換(法律上の推定)」を規定する WTO 協定
きく ,この問題は加盟国の実務的関心をもひ
附属書 1 の農業に関する協定(以下,農業協定)
5)
7)
9)
10)
第 10 条 3 項の内容及び意義が検討される.以
きつけてきた .
この点について従来の研究では,紛争当事国
11)
上を踏まえて最後に,「立証基準」を巡る考察
間での立証責任の配分問題に加えて ,米国・
が,今後も増加する「事実集約的案件」におい
毛織シャツブラウス事件以降上級委員会によっ
て重要な位置を占めることが示される.
て 導入 さ れ て き た「一応 の 立証(prima facie
case)
」概念の分析に力が注がれてきた12).し
Ⅱ.説得責任
かしながらそこでは,当該概念が専ら立証責任
本節では,国際裁判手続及びその一種と考え
(証拠提出責任)の配分原理の 1 つとして理解
ら れ て い る WTO 紛争解決手続16)に お い て 立
されることで,立証責任という法概念が法体系
証責任概念とは,基本的に国内法体系で説かれ
を問わず普遍的に(universality)13)備える「説
る「説得責任(客観的立証責任)」と 同様 の 意
得責任」としての側面が,相対的に過小評価さ
義及び機能を有していることが示される.
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
116 (618)
1.国内法体系
2.国際裁判
1890 年の Thayer による指摘以来17),米国法
国際裁判手続,特 に 国際司法裁判所(以下,
18)
体系
に お い て 立証責任概念 は,
「説得責任」
ICJ)手続 に お け る 立証責任概念 の 内容 は26),
及び「証拠提出責任」というそれぞれ異なる意
国内法体系で説かれる立証責任概念との対比を
味を包含するものと考えられてきた.中でも説
通じて明らかになる27).
19)
得責任については以下のように要約される .
まず,国際裁判手続においては「裁判所は法
民事陪審が認められる米国法においては,請
を 知 る(jura novit curia)
」の 原則 が 適用 さ れ,
求 に お け る 事実問題(事実 の 存否 の 確定)に
法律問題については裁判官が判断することか
つ い て は 陪審 が,ま た 法律問題(法規 の 適用
ら,訴訟の当事国は事実問題についてのみ立証
や法律判断)については裁判官がそれぞれ判断
を要求される28).そして,仮に請求国が自らの
20)
することになる .しかしながら事実問題に関
請求事実について事実認定者である裁判官或い
して,すべての証拠が揃う口頭弁論終了時にお
は仲裁人の説得に失敗する場合(請求事実の不
いてもそれらの証拠価値が均衡することで(in
存在を認定される場合)
,当然に請求国は当該
equipoise)
,事実認定者である陪審がその心証
請求について不利な判決を受けることになる29).
において請求事実の存否について確信に至らな
また国際裁判所は,一方で自らの裁量に基づく
い場合が考えられる.そのような場合に「事実
証拠収集は限定的であり30),他方で請求事実に
21)
問題についての裁判不能(factual non liquet)
」
ついての不明白性を理由に裁判不能を宣言する
という事態を回避するために,いずれの当事者
ことを認められていない31).かかる状況下では
が敗訴すべきかを予め定める裁判規範が必要と
裁判手続終了の段階(ICJ の場合は最終申立の
なる.そこで米国法体系においては,かかる場
段階)で裁判官或いは仲裁人が請求事実の存否
合 に「不説得 の 危険(risk of nonpersuasion)
」
について確信に至らない場合があり,そこでの
として,請求者に対して不利な事実認定を行う
裁判不能という事態を回避するために,いずれ
ことを可能とする法的根拠が,すなわち「説得
の当事国が「不説得の危険」を負担すべきかを
責任(burden of persuasion)
」と呼ばれる立証
定める立証責任規範の必要性がここでも認めら
22)
責任規範の存在が認められている .説得責任
れている32).それは,前述した国内法体系にお
は原告だけでなく事件によっては被告も負担し
ける説得責任と同様の意義及び機能を有してい
うるため,本稿ではかかる責任を負担する当事
ると言える.
者を指して
「挙証責任者(proponent)
」と呼び,
そして説得責任の配分については,「事実を
23)
原告(plaintiff)とは区別される .また,この
主張する請求国がそれについて立証責任を負担
ように説得責任は訴訟手続の終了時に問題とな
する(actori incumbit onus probandi)」というロー
るのみであるから,それが手続中に当事者間で
マ法原則が採用されてきた.ここで問題となる
移転すると考えるのは適切ではない.
のが「請求国(actor)」の意味であるが,例え
同様 に 大陸法体系 に お い て も 立証責任 を,
ば常設国際司法裁判所(以下,PCIJ)及び ICJ
「客 観 的 立 証 責 任( objektive Beweislast)
」及
はこの点について,いずれの当事国が手続的観
び「主観的立証責任(subjektive Beweislast)
」
点から原告国であるかとは基本的に無関係に決
という異なる内容及び意義を有する概念に区分
定してきた33).すなわちそれは,仮に原告国及
24)
して理解するのが主流である .そして,客観
び被告国の関係が明白となる一方的提訴の場合
的立証責任については説得責任と同様の意義及
であってもその点のみを根拠とはせず 34),そ
25)
び機能を有すると解されている .
の代わりにいずれの当事国が「実質的な請求国
(real claimant)」であるかを紛争の類型毎に判
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
(619) 117
断して決定されてきた 35).従って,国際裁判に
そ し て 説得責任 の 配分 に つ い て WTO 設立
おいて立証責任は,実質的な請求国が単独で負
初期の段階で上級委員会は,WTO 紛争解決手
36)
担する場合と ,領土紛争において両当事国が
続においても国際裁判手続と同様に「請求国が
それぞれの請求について共に負担する場合が考
立証責任を負担する」という原則が採用される
37)
ことを示した45).具体的には,⒤ WTO 協定違
えられる .
反について説得責任を負担するのはそれを主
3.WTO紛争解決手続
張する申立国である,そして(ii)被申立国が自
WTO 紛争解決手続における立証責任概念に
国の措置を正当化するための積極的抗弁として
ついても,基本的に国際裁判手続と同様の意義
ガット第 20 条などの例外条項を援用する場合,
及び機能を備えていると考えられる.
その点について説得責任を負担するのは被申立
そこでも,紛争当事国は事件をパネルへ付託
国である,という 2 つの配分規則は既に「確立
することで当該事件の終局的解決を目指してい
した慣行」と考えられている46).
38)
ると考えられることから ,パネルが請求事実
Ⅲ.一応の立証
についての不明白性を理由に裁判不能を宣言す
39)
ることは認められていない .またパネルは,
前節では,WTO 紛争解決手続において立証
例 え ば DSU 第 13 条 を 根拠 に 自 ら が「適当 と
責任概念とは,国内法体系及び国際裁判で説か
認める」場合は紛争当事国に対して情報提供を
れてきた「説得責任」を意味することが確認さ
要請できるもののその運用は限定的にとどま
れ た.こ れ と 同時 に,上級委員会 は WTO 設
り,パネル審理は原則として当事者主義を基調
立初期から,立証責任問題について判断を行う
としていると言える40).更に当事国は「裁判所
際 に「一応 の 立証(prima facie case)」と 呼 ば
は法を知る」の原則に基づいて,自らの請求の
れる概念に依拠してきた.そしてしばしば,当
事実問題についてのみ立証を要求される41).
該概念 を 採用 す る こ と と WTO 紛争解決手続
このような状況下では,審理終了(第 2 回パ
における立証責任概念を説得責任と解すること
ネル会合)の段階で事実認定者であるパネルが
は,二者択一の関係にあるかのように論じられ
請求事実の存否について確信に至らない可能性
てきた47).そこで本節では,米国法体系におけ
があり,その場合の裁判不能という事態を回避
る当核概念を巡る分析を通じて,上級委員会に
するために「不説得の危険」を負担すべき当事
よって採用されてきた「一応の立証」概念の内
国を予め定める立証責任規範(説得責任)が必
容及び機能が再検討される.
要となる.学説においては一般的に,WTO 紛
争解決手続における立証責任概念はかかる意味
1.米国法体系
で解されており42),またかかる見解は複数のパ
大陸法体系とは異なり48),米国法体系におい
43)
ネルによってこれまで支持されてきた .例え
ば米国・繊維製品原産地規則事件でパネルは以
ては裁判官と陪審の機能分担を背景にして,挙
下のように述べた.
を満たすものか否かが裁判官によって判断され
証責任者によって提出された証拠が一定の水準
る.ここでは,挙証責任者がそれぞれ程度の異
仮 に 紛争両当事国 に よって 提出 さ れ る 主
なる「一応の証拠」及び「推定証拠」を提出す
張及 び 証拠 が 均衡 す る 場合(remain in
る場合に,反対当事者がいかなる法的責任を負
equipoise)
,パネルは法律問題として,立
担するかが検討される.
証責任を負担する当事国に不利な判断を行
わなければならない44).
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
118 (620)
⑴ 証拠提出責任
実の不存在について陪審を説得するために「戦
民事陪審が認められる米国法において,自
術として(prudence)」反駁証拠を提出すべき
らの請求事実に関する証拠を提出する挙証責
立場にあるとか,或いは証拠提出責任ではなく
任者は,事件を裁判官から陪審に付託して陪
単に「暫定的責任(provisional burden)」を負
審による事実認定を求めるために,一定の基
担するのみと説明される59).
準を満たす証拠を提出する責任を負担してい
従って,挙証責任者が一応の証拠を提出し,
る49).か か る 責任 は「証拠提出責任(burden
「一応の立証」を果たすことで「挙証責任者か
of producing evidence)
」と 呼 ば れ50),そ れ を
ら反対当事者へと証拠提出責任が移転する」と
果たすために挙証責任者は少なくとも「一応
述べる見解 60)は,誤解を招くおそれがある61).
の証拠(prima facie evidence)」の提出が要求
⑶「推定証拠」の提出
される51).その有無を巡る判断は裁判官によっ
こ こ で 問題 を 錯綜 さ せ る の は,米国法体系
52)
て審理中に一度だけ行われるが ,かかる基
に お い て「prima facie evidence」と い う 用語
準を満たす証拠が提出されていないと判断さ
が「一応 の 証拠」と し て の 意味 に 加 え て,よ
れ る 場合,反対当事者 は 立証不成立 の 異議 と
り説得の程度が高い「推定証拠(presumptive
し て「指示評決(directed verdict)」等 を 裁
evidence)」を 指 す 際 に も 用 い ら れ る と い う
判官に対して申立てることが認められている.
点 に あ る.こ の 場合,挙証責任者 は 当然 に 証
その場合,事件は陪審に付託されることなく
拠提出責任 か ら 免 れ,事件 は 裁判官 か ら 陪審
53)
裁判官によって却下される .
へ と 付託 さ れ る.そ し て 挙証責任者 が 推定証
⑵「一応の証拠」の提出
拠 を 提出 す る こ と で「法律上 の 推定(legal
一応 の 証拠 が 提出 さ れ て い る と 裁判官 に
presumption)」と同様の状況が発生すると考
よって 判断 さ れ る 場合 に 挙証責任者 は,証拠
えられていることから62),その際に反対当事者
提出責任から免れるものの,事件が陪審に付
が反論証拠を何ら提出しない場合,「一応の証
託されることで引き続き説得責任を負担する
拠」の場合とは異なり,陪審はかかる証拠を
こ と に な る54).そ し て,そ の 際 に 反対当事者
提出 し た 挙証責任者 に 有利 な 事実認定 を 行 う
が反駁証拠を何ら提出しない場合の法的帰結
ことを強制される63).また反対当事者が反論の
が問題となる.
ための証拠を提出する場合であっても,「法律
まず,当該事件は既に裁判官から陪審に付託
上の推定」を覆すには単なる反駁証拠の提出で
さ れ て お り,か か る 証拠不提出 を 理由 に 再 び
は足りず,推定される事実の不存在について陪
裁判官 が 反対当事者 に 対 し て 不利 な 指示表決
審を説得することが要求される.そこで,挙証
55)
等を行うことはない .ただし,挙証責任者が
責任者によって推定証拠が提出される場合,反
一応 の 証拠 を 提出 す る こ と で「事実上 の 推定
対当事者 は「説得責任」或 い は「強制的責任
(presumption of fact)
」と同様の状況が発生する
(compelling burden)」を負担することになる
と考えられており56),その際に反対当事者が反
と説明される64).
駁証拠を何ら提出しない場合,陪審は強制され
ないものの,そのまま一応の立証を根拠に挙証
57)
2.WTO 紛争解決手続
責任者に有利な事実認定を行う可能性が高い .
以上の米国法体系での議論を前提に,ここで
その意味で,反対当事者は反駁証拠を何ら提出
はまず,立証責任問題について判断する際にパ
しないことで,陪審によって不利な事実認定を
ネル及び上級委員会によって依拠されてきた
受ける危険を犯していると評価できる58).そし
「一応の立証」概念が,証拠評価の際にパネル
て,そのような反対当事者については,請求事
が裁量に基づいて行う「事実上の推定(推認)
」
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
(621) 119
と結びつくことが示される65).そして,従来の
じて演繹的に他の事実の存在を推定しうる程度
研究において「一応の立証」の理論的帰結とし
での立証を指すものと考えられる71).従って,
てしばしば言及されてきた「証拠提出責任の被
この場合に被申立国は証拠提出責任を負担する
申立国への移転」という表現は,特に WTO 紛
とは解されず,国内法体系と同様に,請求事実
争解決手続においては適切でないことが示され
の不存在についてパネルを説得するための「戦
る.最後に,推認としての「一応の立証」概念
術として」反駁証拠を提出すべき立場にある,
の機能する場面が特定される.
或いは証拠提出責任の代わりに単に「暫定責任」
⑴ 「証拠提出責任の移転」との無縁
を負担していると考えられる.この点について
米国・毛織シャツブラウス事件で上級委員会
Walker は「申立国が一応の立証を果たす場合,
は初めて「一応の立証」概念に依拠した上で立
被申立国は説得力ある反駁証拠を提出するか,
証責任問題について判断を行い66),そしてその
或いは [ 証拠を提出しない事で ] 自らに不利なパ
後の EC・ホルモン牛肉事件では当該概念の機
ネル裁定を受け入れるか,という『戦術上の決
能及び内容について以下のように述べた.
定(tactical decision)
』に迫られる.…立証過程
という動態の中で,説得力ある反駁証拠を提出
申立国 が 被申立国 に よ る SPS 協定違反 に
しない限り被申立国は敗訴するという場面があ
つ い て 一応 の立証を行う場合,申立国か
るかもしれない.しかしながらそのことは,説
ら 被申立国 へ 立証責任(burden of proof)
得責任或いは証拠提出責任が被申立国へと移転
が移転し,次に被申立国が主張されている
したことを意味しない」と正しく述べている72).
違反に反駁しなければならない .…一応
⑵ 「証拠提出責任」概念の不存在
の立証とは,防御国による効果的な反駁を
上述された「証拠提出責任の移転」を巡る解
欠く場合に,法律問題としてパネルに,か
釈は,米国法下で陪審制を背景に認められる「証
かる立証を行った申立国に有利な判断をす
拠提出責任」概念が,そもそも WTO 紛争解決
67)
68)
るように要求する概念である .
手続においては認められないとする見解によっ
ても支持される.当該概念が認められるか否か
引用の前半部に関して従来の研究では,説得責
は,パネルは申立国による証拠提出直後にそれ
任は審理中に当事国間で移転しないことから69),
が一応の立証を果たしているか否かを判断する
その代わりに,上級委員会は米国法体系で説か
のか,それともすべての証拠が揃う審理終了の
れる「証拠提出責任の移転」に言及していると
段階で申立国が「説明責任」を果たしているか
説明されてきた
70)
.そして,かかる説明の妥
否かを判断するのみか,という論点と密接に結
当性は,前で検討された「一応の立証」を巡る
びく.この点,例えば EC・ホルモン牛肉事件
解釈に左右される.
で上級委員会は以下のように述べた.
後半部分の引用によれば,申立国によって一
応の立証が果たされる場合,被申立国がパネ
パ ネルは,米国及びカナダが,EC による
ルによる不利な事実認定を回避するには,
「反
措置 が SPS 協定下 で EC が 負 う 義務 と 一
対の立証」ではなく「効果的な反駁(effective
貫していないことについて立証するための
refutation)
」で足りるとされる.すなわちここ
十分な証拠及び法的主張を提出したか否か
で「一応 の 立証」と は,よ り 説得 の 程度 が 高
を検討するべきであった.そして,その点
い推定証拠に基づく立証ではなく,
「事実上の
について一応の立証が行われた後でのみ,
推定(推認)
」の根拠となりうる程度での立証,
申立国による主張事実を反駁する証拠及び
すなわち証拠評価の際にパネルが経験法則を通
主張を提出する責任は EC に移転する73).
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
120 (622)
これによると,米国法における裁判官と同様
証拠提出の度に一応の立証(或いはそれに対す
にパネルは,まず申立国が一応の立証を果た
る反駁)の有無を判断するわけではなく,それ
したか否かの判断を「申立国によって提出さ
を考慮すると,両当事国から数度にわたって証
れ た 証拠及 び 主張 の み を 根拠 に」行 う こ と
拠提出が行われ複雑な事実認定が求められる場
74)
を求められ ,それが果たされたと判断され
合には,推認という方法は適当ではない81).こ
る 場合 に の み,被申立国 は か か る「一応 の 立
のような場合にパネルは,説得責任について判
証」に反駁するための証拠を提出する責任を負
断するために「証拠の優越(preponderance of
担 す る と い う,所謂「二段階過程(two stage
evidence)」の有無の審査を要求されると考え
process)
」 がここでは採用されているようにも
られている82).従って,「一応の立証」が現実
読める75).換言すれば,これは米国法における
に機能する場面はむしろ例外的といえる.
「証拠提出責任」概念 を WTO 紛争解決手続 に
おいても積極的に認めようとする見解である76).
Ⅳ.農業協定第 10 条 3 項の検討
この点については,パネルは被申立国による
これまでの検討を基礎に本節では,上級委員
抗弁及び証拠の検討に進む前に,申立国が一応
会によって導入された「一応の立証」概念の内
の立証を果たしたか否かの明示的判断を行うよ
容及び特徴をより具体的に示すために,それと
うには求められていないと判断されてきた
77)
.
類似する概念である「立証責任の転換(reversal
実際 に WTO 紛争解決手続 に お い て は 他 の 国
of the burden of proof)」を 規定 す る 農業協定
際裁判とは異なり,申立国によって提出された
第 10 条 3 項の内容が検討される.ここではま
証拠が「一応の立証」を満たさない場合に,米
ず,同条項の適用対象とされる紛争類型の内容
国法における「指示表決」と同様に,申立てに
及び争点が確認され,続いて同条項で規定され
基づいて当該請求の却下をパネルに認めるよう
る「立証責任の転換」とは実際には「法律上の
な法的根拠は存在しない78).従ってこの場合に
推定」を意味することが示され,最後に「一応
申立国 は,
「証拠提出責任」ではなく説得責任
の立証」概念とは異なる「法律上の推定」が同
を果たしていないことを根拠に自らの請求事実
条項で導入された背景が検討される.
について不利な事実認定を受けることになる.
⑶ 「一応の立証」の機能する場面
1.適用範囲
前述したように,
「一応の立証」とは証拠評
農業協定に関する紛争の中でも,特に「農産
価時にパネルが裁量に基づいて行う「推認」と
品に対する輸出補助金の交付を巡る紛争」83)に
結び付く概念と解されるが,これまで紛争当事
おける説得責任の配分は,WTO 紛争解決手続
国 は「一応 の 立証」概念 に 再三言及 し,ま た
における原則的な配分規則に加えて,農業協定
パネ ル 及 び 上級委員会も当該概念を不規則に
第 10 条 3 項という特別ルールによって規律さ
引用することで,
「一応の立証」は WTO 紛争
れる84).同条項は次のように規定される.
において恒常的に問題とされてきたかに考えら
れる場合がある.しかしながら,推認は事実認
削減に関する約束の水準を超えて輸出され
定を任務とするパネルの固有の権限として広く
た数量について輸出補助金が交付されてい
79)
認められているものの ,それを行うことが有
ない旨を主張する(claims)加盟国は,当
益かつ実際的と考えられるのは,申立国によ
該数量 に つ い て い か な る 輸出補助金(前
る「一応の立証」に対して被申立国から反駁証
条に規定するものであるかないかを問わな
拠が提出されない場合に限定される80).すなわ
い.)も交付されていないことを証明しな
ち,パネルは申立国(或いは被申立国)からの
ければならない(must establish).
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
(623) 121
表 1 農業協定第 10 条 3 項の適用範囲
列挙輸出補助金
非列挙輸出補助金
約束品目を巡る紛争(数量)
(適用アリ)
約束品目
約束品目を巡る紛争(予算)
(適用ナシ)
非約束品目
第 10 条 1 項を巡る紛争
(適用アリ)
非約束品目を巡る紛争
(適用争いアリ)
以下 で は,同条項の適用対象とされる紛争類
る91).そ し て 加盟国 は 実施期間(1995 年 か ら
型の内容及び争点を明らかにするために,ま
2000 年 ま で の 6 年間92))に,削減約束 を 超 え
ず同協定下において農産品に対する輸出補助
て約束品目に列挙輸出補助金を交付することを
金の交付がどのように規律されているかが検
禁止される93).この点が問題とされる紛争を本
85)
討される .
稿では「約束品目を巡る紛争」と呼ぶ.
⑴ 輸出補助金の類型
他方で,前述した基準期間に輸出補助金の交
まず問題となるのは,農業協定の規律に服す
付を受けてこなかった農産品については,譲許
る輸出補助金の範囲である.この点,同協定第
表に従った削減約束は行われていないことから
1 条⒠は輸出補助金の内容を抽象的に定めるも
「非約束品目(unscheduled products)」と一般
のの86),問題とされる措置が同協定第 9 条 1 項
的に呼ばれる94).そして加盟国は非約束品目に
各号で列挙される 6 種類の輸出補助金類型のい
対して,新たな列挙輸出補助金を交付すること
ずれかに該当する場合,かかる措置は同協定第
を禁止される95).この点が問題とされる紛争を
1 条⒠の要件をも定義上満たすとされる 87).そ
本稿では「非約束品目を巡る紛争」と呼ぶ.
こで最初に検討を要するのが,問題とされる輸
⒝ 非列挙輸出補助金に対する規律
出補助金が同協定第 9 条 1 項各号で列挙される
問題とされる輸出補助金が同協定第 9 条 1 項
類型のいずれかに該当するか否かである.
各号のいずれにも該当しない場合であっても,
⒜ 列挙輸出補助金に対する規律
加盟国は直ちにかかる輸出補助金を自由に交付
同協定第 9 条 1 項各号のいずれかに該当する
できるわけではなく,引き続き同協定第 10 条
輸出補助金 は「列挙輸出補助金(listed export
1 項の規律に服する可能性が残されている96).
88)
subsidies)
」と呼ばれる .そして列挙輸出補
そして,同条項の適用をうける輸出補助金の範
助金の交付に関する規律内容は,交付の対象と
囲については前で挙げた同協定第 1 条⒠によっ
89)
なる「農産品」 の種類によって異なる.
て画定され97),そこで輸出補助金は「補助金」
まず,問題とされる農産品が基準期間(1986
及び「輸出が行われることに基づいて」という
年から 1990 年までの 5 年間)に輸出補助金の
2 つの要件から構成されている98).
交付を既に受けていた場合,加盟国は自国の
問題 と さ れ る 輸出補助金 が 上記 の 両要件 を
譲許表第 4 部第 2 節 に お い て,か か る 農産品
満 た す 場合 は「非列挙輸出補助金(non-listed
に対する輸出補助金の交付について,品目ご
export subsidies)
」と 呼 ば れ99),当核輸出補助
とに予算上の支出及び数量の形で削減約束を
金の交付は同協定第 10 条 1 項で規律される100).
90)
行っている .そこでかかる農産品は「約束品
そして,この点が問題となる紛争を本稿では「第
目(scheduled products)
」と 一般的 に 呼 ば れ
10 条 1 項を巡る紛争」と呼ぶ.
122 (624)
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
101)
また,問題とされる輸出補助金が「補助金」
員会判断について検討する.
102)
或いは「輸出が行われることに基づいて」
の
⑴ 「判例法」
いずれか或いは両方の該当性を欠く場合は同協
カ ナ ダ・乳製品補助金事件(II)履行確認事件
定第 1 条⒠の定義に該当しないため,かかる輸
で上級委員会は,⒤数量側面の立証責任につい
出補助金は農業協定下の規律の対象から外れる.
ては同事件履行確認パネルと同様に,
「請求国
⑵ 適用範囲
が立証責任を負担する」という立証責任の配分
以上から農業協定第 10 条 3 項の適用範囲は
原則を根拠に108)申立国に負担させた109).しか
以下のように要約される(表1を参照)
.まず
しながら上級委員会は,(ii)輸出補助金側面に
同条項が「いかなる輸出補助金(前条に規定す
ついてはパネル判断とは異なり110),農業協定
るものであるかないかを問わない)
」と規定し
第 10 条 3 項を「立証責任の配分に関する原則
ていることから,それは列挙輸出補助金と非列
的規則 を 部分的 に 変更 す る」規定 と 位置付 け
挙輸出補助金の区別に関係なく適用される.次
た上で111),「申立国が数量側面を立証すること
に同条項が
「削減に関する約束の水準を超えて」
を 条件 に,被申立国 は『そ の 反対 を 立証 す る
と規定していることから,それが約束品目を巡
(establish the contrary)』の に 十分 な 証拠 を
る紛争に適用される事に争いはないものの103),
提出しない限り,削減約束水準を超えて輸出
非約束品目を巡る紛争への適用についてはその
された農産品に対して,WTO 協定に違反して
文言から争いがある104).また同条項が,約束
輸出補助金を交付してきたと見なされるであ
品目か非約束品目かを問わず,第 10 条 1 項を
ろう」と述べた112).かかる上級委員会判断は,
巡る紛争に適用されることはパネル及び上級委
これ以降の事件でもパネル及び上級委員会自
員会で認められている105).
身によって明確に踏襲されてきた113).
⑵ 輸出補助金交付の「法律上の推定」
2.立証責任の転換
以上の「判例法」によれば,申立国によって
農業協定第 10 条 3 項が定める「立証責任の
数量側面が立証される場合,輸出補助金側面に
転換」の内容を明らかにするために,ここで同
ついて被申立国が「その反対を立証」しない限
条項が適用される紛争類型の 1 つである約束品
り,パネルは申立国の有利に判断するよう強制
目を巡る紛争に着目する106).すなわち約束品
されることから,当該条項はその点についての
目を巡る紛争とは,自国の譲許表で掲げる輸出
「法律上の推定」を規定したものと解することが
補助金の削減約束水準を超えて行う輸出量に対
できる.これにより「輸出補助金側面」につい
して加盟国が,同協定第 9 条 1 項各号のいずれ
ての説得責任が被申立国に転換すると解され,
かに該当する輸出補助金を交付しているか否
被申立国は「列挙輸出補助金の不存在」につい
かを問題とする紛争である.そこで専ら争わ
て,パネルがその存在を反対に認定する場合は
れるのは,⒤数量側面(quantitative aspect)
:
もちろん,審理終了の段階でパネルがその当否
被申立国(農産品輸出国)が 自国 の 譲許表第
について確信に至らない場合は,不利な事実認
4 部第 2 節 で 掲 げ る「数量」に 関 す る 約束水
定を受けることになる.このように,審理終了
準を超える量で農産品を輸出したか否か,そ
の段階に関わる「法律上の推定」と,証拠評価
し て(ii)輸出補助金側面(export subsidization
の段階と結び付く「事実上の推定(推認)
」と
aspect)
:被申立国はそこで超過した輸出量に
では,それぞれ問題となる場面を異にする 114).
対して列挙輸出補助金を交付したか否か,とい
う 2 点である107).以下では,これらの点につ
3.意 義
いての立証責任の配分を巡るパネル及び上級委
以上では,農業協定第 10 条 3 項で規定され
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
(625) 123
る「立証責任の転換」とは「法律上の推定」を
応立証するのに必要な情報を入手するのは,輸
意味することが明らかにされた.ここでは,こ
出補助金交付の領域排他的な性質から困難であ
のような特別な法概念を規定する同条項の実質
り,申立国にその点について立証責任を負担さ
的根拠が検討される.
せるのは酷であろうとの判断であった122).
⑴ 交渉者の意思:インセンティブ機能
ガット第 16 条 3 項は農産品へ輸出補助金を
4.小 括
交付する締約国に対して,当該農産品の世界輸
以上では,農業協定第 10 条 3 項で規定され
出貿易についてその国が有する「衡平な取分
る「立証責任の転換」とは,前説で検討されて
(equitable share)
」を超えるような方法での交
きた「事実上の推定(推認)」とは性質を異に
付を禁止する.そこでウルグアイ・ラウンド交
する「法律上の推定」を意味しており,そして
渉中 の 1989 年 9 月 に EC は,同条項 に よ る 実
かかる特別な規定が設けられた実質的根拠はイ
効的な規律を実現するために,⒤「衡平な取分」
ンセンティブ機能及び情報へのアクセスの欠如
を計算するための根拠となる具体的な基準を明
の 2 点に存ずることが示されてきた.この点,
確にし
115)
,そして(ii)当該農産品の輸出量がそ
申立国による「一応の立証」をパネルが容易に
の基準を超える場合は,そのような輸出全体が
認める現状下では123),被申立国は十分な反駁
自国の「衡平な取分をこえて拡大する」もので
証拠を提出しない限り不利な事実認定を受けう
はないこと(すなわち,そのような超過量が輸
るが,これについては,被申立国への「立証責
出補助金の交付に基づくものではないこと)を
任(説得責任)の転換」が明文の根拠無く発生
立証する責任は補助金交付国が負担する,との
しているとの批判が行われる 124).しかしなが
提案 を 行った116).そ の 意図 は,立証責任 を 輸
ら,申立国による「一応の立証」によって被申
出補助金交付国に負担させることで,同条項が
立国が負担するのは法的責任ではなく反証の現
定める輸出補助金の交付に関する規律を遵守す
実的な必要性であり,他方で「立証責任の転換」
るインセンティブを当該交付国に与える点に存
によって被申立国は説得責任を負担することか
在していた 117).そして EC による当該提案が
ら,両者は理論的に「全く別物で相互に共通す
農業協定第 10 条 3 項に反映されたと考えられ
るところがない」125).この意味で,証拠評価の
118)
る
.
段階で行われる推認を根拠にしばしば言及され
⑵ 情報へのアクセスの欠如
る「立証責任(証拠提出責任)の 移転」と , 審
米国・FSC 税制事件 で パ ネ ル は 農業協定第
理終了の段階で問題とされる「立証責任(説得
10 条 3 項の「非約束品目を巡る紛争」への適用
責任)の転換」は,一見類似するものの次元の
119)
が解釈上認められるか否かを検討した
.文理
解釈において不適用を示唆したのに続いてパネ
異なる法現象といえよう.
ルは120),約束品目を巡る紛争に適用される同
Ⅴ.おわりに:「配分」から「基準」へ
条項 の 実質的根拠 が,当該紛争類型 に お い て
最後 に,今後 の 検討課題 と し て「立証基準
も同様に妥当するかを検討した.その際にパ
(standard of proof)」問題が備える潜在的な重
ネルは同条項の実質的根拠を,
「一応の立証を
要性について言及し,本稿の結びに代える.
行うのに必要な情報へのアクセス(access to
第 2 節 は WTO 紛争解決手続 に お け る 立証
information)を申立国は一般的に有していな
責任概念が説得責任を意味することが確認され
い」という点に求めた
121)
.すなわち申立国に
たが,従来の研究ではかかる説得責任の「配分」
とって,削減約束量を超える農産品の輸出に対
に専ら関心が払われ126),それを果たすために
して列挙輸出補助金が交付されていることを一
当事国に要求される立証の程度などの「立証
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
124 (626)
基準」問題については,厳密な検討の対象とさ
れてこなかった127).この点,第 3 節で確認さ
れたようにパネルが推認を行う場合は「一応の
立証」が実質的に立証基準としての機能を果た
すことになるが,これに対しては,当該基準の
明確化を求める主張や「パネルに結果志向的な
判断を認める道具を付与している」との批判が
行われるものの 128), 具体的な代案は示されて
こなかった.また,第 4 節で検討された農産品
輸出補助金紛争をはじめとする SCM 協定紛争
や SPS 協定紛争などの「事実集約的案件(factintensive case)
」 においては,紛争の両当事国
から大量の関連証拠が提出される傾向にあり,
前述したように,このような場合にパネルが推
認を行うことは不適当である.そこでパネル
は説得責任が果たされたか否かの判断として,
「一応の立証」の成否ではなく,膨大な証拠を
前提にして「証拠の優越」の有無という相対的
に困難な判断を求められることになる129).
以上から,WTO 紛争解決手続における立証
基準問題の中でも今後は,パネルによって推
認が行われる際の「一応の立証」を巡る問題
に加えて,増加する事実集約的案件において
立証基準となる「証拠の優越」及びそこでの
証拠評価方法を巡る論点が重要となる 130).
付 記
本稿は 2007 年 2 月にスイスの世界貿易研究
所(World Trade Institute)で開催されたワー
クショップ「持続可能な開発とWTO」での報
告「 Issues of the Burden of Proof in Article 10.3 of
the Agreement on Agriculture」を加筆,修正した
ものである.なお本稿は,今後の研究課題であ
る「WTO 紛争解決手続における立証基準問題」
の予備的考察としての位置付けに止まる.
注
1)本稿で「 WTO 協定」とは,世界貿易機関を
設立するマラケシュ協定を指す.
2)本稿で「ガット」とは関税及び貿易に関する
一般協定を指し,これに対して「 GATT 」と
は 1947 年のガットによって維持されていた体
制を指す.
3)本稿 で「 WTO 紛争解決手続」と は,WTO
協定附属書 2 の紛争解決に係る規則及び手続に
関 す る 了解(以下,DSU)に よって 規律 さ れ
る WTO 体制における紛争解決メカニズム全
体を指す.
4)Cf. Zangl, B., “Dispute Settlement under
GATT and WTO: An Empirical Enquiry
into a Regime Change” in Joerges, C., and
Petersmann, E. (eds.), Constitutionalism,
Multilevel Trade Governance and Social Regulation
(Hart Publishing, 2006), pp. 85─110.
5)Cf. 岩 沢 雄 司『 WTO(世 界 貿 易 機 関) の
紛 争 処 理』(三 省 堂,1995 年); Palmeter, D.,
and Mavroidis, P. C., Dispute Settlement in the
World Trade Organization: Practice and Procedure
(Kluwer Law International, 1999); Waincymer,
J., WTO Litigation: Procedural Aspects of Formal
Dispute Settlement (Cameron May, 2002).
6)United States Measures Affecting Imports
of Woven Wool Shirts and Blouses from India
(hereinafter US Wool Shirts and Blouses Case),
WT/DS33/AB/R, pp. 12─17.
7)EC Measures Concerning Meat and Meat
Products (hereinafter EC Hormones Case),
WT/DS26/AB/R, paras. 97─109.
8) 例 え ば Pauwelyn, J., “Evidence, Proof and
Persuasion in WTO Dispute Settlement: Who
Bears the Burden?”Journal of International
Economic Law, Vol. 1, No. 2 (1998), pp. 227
─258; Tan, P., “Shirts and Blouses: United
States─Measure Affecting Imports of Woven
Wool Shirts and Blouses” European Journal
of International Law, Vol. 9, No. 1 (1998), p. 182;
Hurst, D. R., “Hormones: European Communities
─Measures Affecting Meat and Meat Products”
European Journal of International Law, Vol. 9, No. 1
(1998), p. 182; 荒木一郎「 WTO 紛争処理 パ ネ ル
における挙証責任:米国・毛織シャツブラウス
事 件」
『時 の 法 令』1596 号(1999 年)67─74 頁
など.
9)EC・ホ ル モ ン 牛肉事件 で パ ネ ル は,特 に
WTO 協定附属書 1 の 衛生植物検疫措置 の 適
用 に 関 す る 協定(以下,SPS 協定)紛争 に お
ける立証責任の配分の重要性を指摘する(EC
Hormones Case, WT/DS26/R, para. 8. 48)
.
10)こ の 点 Grando は「殆 ど す べ て の パ ネ ル 付
託事件において立証責任問題が提起されてき
たと述べるのは何ら誇張ではないだろう」と
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
述 べ て い る(Grando, M. T., “Allocating the
Burden of Proof in WTO Disputes: A Critical
Analysis” Journal of International Economic Law,
Vol. 9, No. 3 (2006), p. 617).
11)例えば Grando は「法と経済学」の業績に依
拠した上で,WTO 紛争解決手続における一貫
した立証責任の配分原理を探求している(Ibid.,
pp. 617, 643─646).また注 46 を参照.
12)この点について包括的な分析を行うものとし
て,例えば,高島忠義「 WTO における立証責
任の配分」
『国際法外交雑誌』第 105 巻 1 号(2006
年)99─124 頁を参照.
13)Kokott, J., The Burden of Proof in Comparative
and International Human Rights Law (Kluwer Law
International, 1998), pp. 16─17, 155─156.
14)同様の指摘として,Pauwelyn, supra note 8, p.
246 を参照.また注 47 を参照.
15)本稿で「国際裁判」という場合は,Kazazi の
見解に倣い,
「紛争の平和的解決を目的として,
国際条約或 い は コ ン プ ロ ミー(仲裁契約)に
よって創設されるいずれかの法廷(forum)で
あり,単一国の管轄或いは主権に服さず,そし
て主な法源或いは補助的な法源として国際法規
則を適用することが認められているもの」を指
す(Kazazi, M., Burden of Proof and Related Issues:
A Study on Evidence before International Tribunals
(Kluwer Law International, 1996), p. 7)
.同様に,
国際仲裁裁判と国際司法裁判を区別しない見解
として,杉原高嶺『国際裁判の研究』
(有斐閣,
1985 年)158 頁を参照.
16)Cf. Pauwelyn, J., Conflict of Norms in Public
International Law: How WTO Law Relates to
Other Rules of International Law (Cambridge
University Press, 2003), pp. 441─443.
17)Thayer, B. J., “The Burden of Proof” Harvard
Law Review, Vol. 4 (1890), p. 48.; idem, A Preliminary
Treatise on Evidence at the Common Law (Adamant
Media Corporation, 2005), pp. 297─305. な お 厳密
に は,Thayer に よって 主張 さ れ る 証拠提出責
任は,本稿で紹介される,Wigmore らによって
主張されてきた陪審制を前提とする「証拠提出
責任」概念とは性質を異にする.
18)本稿では英国訴訟法は検討されず専ら米国訴
訟法が検討の対象とされていることから,英米
法(common law)ではなく「米国法」という
表現が用いられている.
19) 説 得 責 任 に つ い て は,Wigmore, J. H., A
Treatise on the Anglo-American System of Evidence
in Trials at Common Law, 3th ed., Vol. 9 (Little,
Brown and Company, 1940); Morgan, E. M.,
Basic Problems of Evidence, Vol. 1 (American
Law Institute, 1954); Cross, R., Evidence, 4th
ed. (Butterworths, 1974); Strong, J. W., ed.,
(627) 125
McCormick on Evidence, 5th ed. (West Group,
1999) を主に参照 .
20)Cf. 田中和夫「裁判官と陪審との職分」九州
帝國大學法文學部編『法學論文集:十周年記念』
(岩波書店,1937 年)61─68 頁.
21)Kokott はこの意味での裁判不能を,適用法
規の不明などに関する「法律問題についての裁
判不能(legal non liquet)
」と概念的に区別する
(Kokott, supra note 13, p. 36)
.
22)説得責任はこの他に,persuasive burden, legal
burden, burden of proof on the pleadings, probative
burden, ultimate burden, fixed burden of proof と
呼ばれる場合がある.
23)また本稿では,訴訟当事者のうち説得責任を
負担しない側を「反対当事者(opponent)
」と
呼び,被告(defendant)とは区別される(cf.
田中英夫編『英米法辞典』
(東京大学出版会,
1991 年)675 頁)
.
24)例えば,レオ・ローゼンベルク,倉田卓次訳
『ローゼンベルク証明責任論』
(判例タイムズ社,
1972 年)19─51 頁を参照.
25)こ の 点石田教授 に よ れ ば 客観的立証責任 と
は,訴訟当事者 の 立証行為 の 結果,法条 の 要
件を構成する事実の存否が裁判官の心証にお
いて不明の場合において,問題とされる法規
は適用されないものの,その代わりにそれと
は論理的に異なる立証責任規範が適用される
が,その際に当事者に生じる不利益(例えば
法律効果 の 不発生)を 指 す.石田穣『証拠法
の 再構成』(東京大学出版会,1980 年)68─74
頁.同様 の 見解 と し て,村上博巳『証明責任
の 研究(新版)』(有斐閣,1986 年)8─12 頁 を
参照.な お 客観的立証責任 を 説得責任 と 同義
に捉える見解として,田中『前掲書』(注 23)
113 頁 ; Kokott, supra note 13, p. 151; 小林秀之
『新 証 拠 法(第 2 版)』(弘 文 堂,2003 年)235
頁を参照.
26)国際裁判手続 に お け る 立証責任問題 の 主要
な研究としては前に挙げてきたものに加えて,
Cheng, B., General Principles of Law as Applied
by International Courts and Tribunals (Stevens
& Sons, 1953); Sandifer, D. V., Evidence before
International Tribunals, rev. ed. (University
Press of Virginia, 1975); 杉 原 高 嶺『国 際 司 法
裁判制度』
(有斐閣,1996 年)
; 中谷和弘「国
際裁判 に お け る 事実認定 と 証拠法理」松田
編『流動 す る 国際関係 の 法』
(国際書院,1997
年)219─255 頁 ; Amerasinghe, C. F., Evidence
in International Litigation (Martinus Nijhoff
Publishers, 2005); Pietrowski, R., “ Evidence
in International Arbitration” Arbitration
International, Vol. 22, No. 3 (2006), pp. 373─410;
内ヶ崎善英「国際司法裁判所における証明責任
126 (628)
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
の法理」
『法学新報』第 113 巻 9・10 号(2007 年)
51─73 頁など.
27)しかしながら国際裁判手続における立証責任
問題を分析する際の,国内法体系からの単純な
アナロジーに対しては古くから否定的な見解も
あ る.例 え ば Lauterpacht, H., “The So-Called
Anglo-American and Continental Schools of
Thought in International Law” British Yearbook
of International Law, Vol. 8 (1931), pp. 41─42 を
参照.
28)当該原則について ICJ は「事案における所与
の状況に,関連する法規を確定して適用するの
は 裁判所自身 の 義務 で あ り,国際法規則 に つ
いて立証する責任は訴訟当事国には課されな
い.なぜならば国際法は裁判所の了知(judicial
knowledge)の範囲内だからである」と説明す
る.アイスランド漁業管轄権事件本案判決(I.
C. J. Reports 1974, p. 10, para. 18).ただし「法」
と「事実」の区別は厳格には維持されていない
(Kazazi, supra note 15, pp. 42─50; 中 谷「前 掲
論文」(注 26)223─226 頁).例えば訢訟の当事
国が慣習国際法に依拠した請求を行う場合,そ
の慣習が拘束力を有する法規範として確立して
いることについて当該請求国は立証責任を負担
すると解されている.その際の立証方法につい
ては,森川俊孝「一般慣習国際法における意思
主義と客観主義の相剋」『山形大学紀要』第 22
巻 2 号(1992 年)129─133 頁を参照.
29)Schwarzenberger, G., International Law as
Applied by International Courts and Tribunals, 2nd
ed., Vol. I (Stevens & Sons Limited, 1949) p.
440; O’Connell, D. P., International Law, Vol. 2
(Stevens & Sons, 1965), p. 1187; Sandifer, supra
note 26, p. 127; Kazazi, supra note 15, p. 31;
Amerasinghe, supra note 26, p. 37.
30)ICJ は自らの裁量に基づく証拠収集が認めら
れ て い る(ICJ 規程第 49 条及 び ICJ 規則第 62
条).例えばコルフ海峡事件本案判決を参照(I.
C. J. Reports 1949, p. 32).
31)国際裁判における裁判不能は一般的に「適用
される法の不存在ないし不明瞭により裁判が不
可能になること」と説明される(杉原『前掲書』
(注 15)157 頁)が,こ れ に 加 え て,領土紛争
などにおいて提出された証拠が不十分であるた
め,いずれの当事国も自らの請求事実の存在に
ついて裁判官を説得できない場合に国際裁判所
は裁判不能を宣言せざるを得ないかが問題と
な る(同 上,173─175 頁 ; Lauterpacht, H., The
Function of Law in the International Community
(Clarendon Press, 1933), pp. 131─133).例 え ば
パルマス島事件で常設仲裁裁判所は,事件付託
のための特別協定前文を根拠に紛争の両当事国
が付託を通じて事件の「終結」を目指している
ことを確認した上で,仮に両当事国が不十分な
証拠提出を理由にそれぞれの請求事実について
共に仲裁人の説得に失敗したとしても,それ
に よって 当該仲裁裁判所 は 裁判不能 を 宣言 す
ることを禁じられていると述べた.Reports of
International Arbitral Awards, Vol. II, p. 869.
32)国際裁判手続における立証責任概念の存在意
義をこのように説く見解として Kazazi, supra
note 15, pp. 28─29; Amerasinghe, supra note 26,
pp. 35─37;内ヶ崎「前 掲 論 文」
(注 26)68 頁.
また Kokott は,国際裁判所が有する証拠収集
権限の程度にかかわらず,事実認定が生身の人
間によって行われる限り事実の存否について確
信に至らない場合が考えられ,その場合は法体
系を問わずに普遍的に説得責任概念が必要とな
る と 主張 す る(Kokott, supra note 13, pp. 155─
156)
.
33)当該原則によれば立証責任を負担するのは
「請求国(claimant)」となるが,請求国は常に
原告であるとは限らず,被告が抗弁を行う場
合,請求国は被告となる.Sandifer, supra note
26, p.127; Amerasinghe, supra note 26, pp.61─
62; Grando, supra note 10, p. 639; 杉原『前掲書』
(注 26)222 頁.
34)例えばポーランド領上部シレジアにおける
ドイツ人の利益に関する事件本案判決におい
て PCIJ は,本件が上部シレジア割譲に関する
ジュネーブ条約第 23 条に基づくドイツによる
一方的提訴であったものの,ドイツの権利濫用
を主張するポーランドにその点についての立証
責任を負担させる判断を行った(CPJI Série A n.
7 p. 30)
.PCIJ による同様の見解として東部グ
リーンランド事件判決を参照(CPJI Série A/B n.
53 p. 52)
.また ICJ はプレア・ビヘア寺院事件
本案判決で「形式的にはカンボジアが手続を開
始した原告国であるが,タイもまた,答弁書の
第二申立において,同じ領土地域に対する主権
と関連する請求を提出しており,その意味でタ
イ も 請求国 で あ る」と 述 べ た(I. C. J. Reports
.ICJ による同様の見解として
1962, pp. 15─16)
モロッコにおける米国国民の権利に関する事件
判決を参照(I. C. J. Reports 1952, p. 200)
.
35)Cheng, supra note 26, p. 332; O’Connell,
supra note 29, pp. 1187─1188.
36)例 え ば シ シ リー電子工業株式会社事件判決
で ICJ は「米国が請求国であって,請求国が請
求事項に関して立証責任を負うが,十分立証さ
れていない.よって,米国の条約違反に関する
請求は棄却される」という論理を採用した.中
谷和弘「シシリー電子工業株式会社事件と国際
裁判に関する若干の問題」
『法学協会雑誌』第
109 巻 5 号(1992 年)176─177 頁.
37)特 に,領土紛争 な ど の よ う に 最終申立 の 段
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
階 に なって も 両当事国 が 同 じ 対象物 に 対 し
て 異 な る 主張 を 行 う 場合,そ れ ぞ れ が 自 ら
の主張事実について立証を求められることに
な る(Rosenne, S., The Law and Practice of the
International Court, Vol. 2 (A. W. Sijthoff, 1965),
p. 580).例えばカメルーンとナイジェリア間の
領土・海峡境界画定事件本案判決において ICJ
は「両当事国が事実を立証できなかったので,
いずれの見解も支持することも出来ない」と述
べた(I. C. J. Reports 2002, p. 453, para. 324).
38)この点 DSU 第 21 条 5 項に基づく履行確認手
続では,原審パネル又は上級委員会による「勧
告及び裁定を実施するためにとられた措置」の
みがその審理の対象とされ,原審で既に判断さ
れた争点についてはもはや検討の対象となら
ないという意味で「採択されたパネル及び上級
委員会判断 は 紛争 の 終局的解決 と し て 紛争当
事国によって扱われなければならない」と考
え ら れ て い る(European Communities AntiDumping Duties on Imports of Cotton-Type
Bed Linen From India (hereinafter EC Bed
Linen Case))Recourse to Article 21. 5 of the
DSU by India, WT/DS141/AB/RW, paras. 90─
95).
39)Cf. Grando, supra note 10, pp. 654─655.
40)Waincymer, supra note 5, pp. 544─545; 菊 地
浩明「 WTO 紛争解決了解(DSU)─民事訴
訟法的観点からの検討─〔 5 〕」
『国際商事法務』
31 号(2003)800 頁を参照.また注 32 におけ
る Kokott の見解を参照.
41)European Communities Conditions for the
Granting of Tariff Preferences to Developing
Countries, WT/DS246/AB/R, para. 105. また,
Oesch, M., Standards of Review in WTO Dispute
Resolution (Oxford University Press, 2003), pp.
50─51 を参照.
42) 例 え ば,Pauwelyn, supra note 8, p.
258; Walker, V. R., “ Keeping the WTO
from Becoming the ‘World Trans-science
Organization’: Scientific Uncertainty, Science
Policy, and Factfinding in the Growth
Hormones Dispute” Cornell International Law
Journal, Vol. 31 (1998), pp. 291─292; Palmeter,
and Mavroidis, supra note 5 p. 144; Cameron,
J., and Orava, S. J., “GATT/WTO Panels
between Recording and Finding Facts: Issues
of Due Process, Evidence, Burden of Proof, and
Standard of Review in GATT/WTO Dispute
Settlement” in Weiss, F. (ed.), Improving WTO
Dispute Settlement Procedures: Issues and Lessons
from the Practice of Other International Courts and
Tribunals (Cameron May, 2000), p. 233; Grando,
supra note 10, p. 616; McGovern, E., International
(629) 127
Trade Regulation (Globefield Press, 2006), p. 2. 23
─70 を参照.
43) 例 え ば India Quantitative Restrictions on
Imports of Agricultural, Textile and Industrial
Products (hereinafter India Quantitative
Restrictions Case)
,WT/DS90/R, para. 5. 120
を参照.
44)United States Rules of Origin for Textiles
and Apparel Products, WT/DS243/R, para. 6.
17. かかる意味での立証責任が機能した事例と
し て,Korea Anti-Dumping Duties on Imports
of Certain Paper from Indonesia, WT/DS312/
R, para. 7. 48 を参照.
45)US Wool Shirts and Blouses Case, WT/
DS33/AB/R, p. 14. ま た Grando, supra note 10,
p. 618, fn. 9 を参照.
46)Turkey Restrictions on Imports of Textile
and Clothing Products, WT/DS34/R, para. 9.
57. しかしながら,いかなる条項が「例外」に該
当するかを巡る上級委員会の非一貫した判断に
対しては,WTO 設立初期から批判が行われて
き た(cf. Pauwelyn, supra note 8, p. 252)
.現 在
でもこの点は「WTO 協定の解釈」という文脈
から検討が行われている.Cf. Meltzer, J., “State
Sovereignty and the Legitimacy of the WTO”
University of Pennsylvania Journal of International
Economic Law, Vol. 26(2005),pp. 717─724;
Qureshi, A. H., Interpreting WTO Agreements:
Problems and Perspectives(Cambridge University
Press, 2006)
,pp. 87─113; Broude, T., “Genetically
Modified Rules: the Awkward Rule-ExceptionRight Distinction in EC-Biotech” World Trade
,pp. 215─231; 松 下 満 雄
Review, Vol. 6(2007)
「 EC・遺伝子組み換え産品事件パネル報告書の
意義 と 評価」
『法律時報』79 巻 7 号(2007 年)
48 頁.
47)例えば高島教授は,推定技術の使用が妥当で
ない場合の言わば「代替」として説得責任とし
ての立証責任概念の機能に言及される(高島「前
掲論文」
(注 12)123─124 頁)
.同様に米谷教授も,
WTO 紛争解決手続における立証責任概念を「証
拠提出責任」と 理解 し,
「た だ し」と 述 べ た 後
で,それを説得責任と解するパネル報告をいわ
ば「例外」として紹介される(米谷三以「 WTO
の 紛争処理手続 き」松下満雄編集『 WTO の 諸
相』
(南窓社,2004 年)45 頁)
.同様の立場とし
て,Cameron and Orava, supra note 42, p. 235; 菊
地浩明「前掲論文」
(注 40)801─802 頁を参照.
48)例えばフランス法においては,後述されるよ
う な 米国法体系 に お け る「証拠提出責任」の
存在 は 認 め ら れ な い.Herzog, P., and Weser,
M., Civil Procedure in France (Martinus Nijhoff
Publishers, 1967), pp. 310─312.
128 (630)
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
49)Wigmore, supra note 19, pp. 278─284; Heydon, J.
D., Cases and Materials on Evidence (Butterworths,
1975), p. 13; Strong, supra note 19, pp. 409─411.
50)この他に burden of bringing forward evidence,
duty of passing the judge,evidential burden,
burden of adducing evidence,burden of
production とも呼ばれる.
51)Wigmore, supra note 19, pp. 239─295; Herlitz, G.
N., “ The Meaning of the Term ‘ Prima Facie ’”
Louisiana Law Review, Vol. 55 (1994), p. 395─397. こ
こで「一応の証拠」とは,通常人が強制されて
いないものの,常識の問題として証拠を提出す
る当事者に有利な判断を行うのに十分な程度の
証拠と説明される(Cross, supra note 19, p. 26)
.
52)Keane, A., The Modern Law of Evidence, 3rd
ed.(Butterworths, 1994),p. 55.
53)連邦民事訴訟規則第 50 条 を 参照.こ の よ う
な責任は陪審制に由来するもので,その背景に
は,仮に提出される証拠が理性的な陪審を説得
できないようならば,不慣れで感情的な陪審へ
の付託を予め回避するという消極的な発想があ
る(田中「前掲論文」
(注 20)75─76 頁 ; J. H. ウィ
グモア著,平野龍一・森岡茂訳『証拠法入門』
(東
京大学出版会,1964 年)362 頁)
.
54)ただし,挙証責任者は「証拠提出責任」及び
「説得責任」を果たすためにそれぞれ異なる証
拠提出を求められず,同一の証拠がそれぞれ裁
判官,それから陪審によって検討されるのであ
る(Heydon, supra note 49, pp. 13─14)
.
55)この意味で挙証責任者が証拠提出責任を果た
した時点で当該責任は終了したと考えることが
できる(Wigmore, supra note 19, p. 279)
.
56)Cf. Cross, supra note 19, pp. 26, 79, 111;
Cross, R., and Tapper, C., Cross on Evidence, 6th
ed. (Butterworths, 1985), p. 130. 事実上 の 推定
については「法律問題として強制はされないが,
立証された他の事実から導くことができる反駁
可能な推定の一種」と説明される.Garner, B. A.
(ed.), Black’s Law Dictionary, 8th ed.(West Group,
2004)
,p. 1224.
57)Cross, supra note 19, pp. 26, 79; Heydon, supra
note 49, p. 29; Herliz, supra note 51, p. 396.
58)Strong, supra note 19, p. 419. この点 Wigmore は,
事実上 の 推定 に は 法的意義(legal consequence)
は存在せず,そもそも「推定」と呼ぶのは適切で
ないと主張する(Wigmore, supra note 19, pp. 288─
289)
.
59)Heydon, supra note 49, pp. 29─30; Cross, supra
note 19, p. 79; Cross, and Tapper, supra note 56,
pp. 129─131.
60)例 え ば 連邦裁判所及 び 州裁判所 は い く つ か
の 事件 で「証拠提出責任(burden of evidence)
を 負担 す る 当事者 は,仮 に 更 な る 証拠 が 提出
されない場合は敗訴することになる…一応の
立証 が 行 わ れ る 場合,か か る 責任 は 反対当事
者に移転され,かかる責任は審理の過程にお
いて当事者間で移転することができる」と述
べ て き た.Ludes, F. J. and Gilbert, H. J., Corpus
Juris Secundum: A Complete Restatement of the Entire
American Law as Developed by All Reported Cases,
Vol. 31A (American Law Book, 1964), pp. 184─188,
fn. 32.
61)Strong, supra note 19, p. 419; Keane, supra
note 52, pp. 55─56, 509─510. ま た わ が 国 の 民事
訴訟法学において,事実上の推定と立証責任の
問題が無縁であることを説くものとして,三ヶ
月章『法律学全集 35 民事訴訟法学』
(有斐閣,
1959 年)415─416 頁を参照.
62)Wigmore, supra note 19, pp. 280─281; Cross,
supra note 19, pp. 79, 112─113; Cross and
Tapper, supra note 56, pp. 131─132; Herliz,
supra note 51, pp. 397─400.
63)Wigmore, supra note 19, p. 289; Cross, supra
note 19, pp. 26─27; Heydon, supra note 49, p. 29.
64)Cross, supra note 19, pp. 80─81; Heydon,
supra note 49, p. 29.
65)国際裁判手続における
「事実上の推定」又は
「法
律上の推定」の内容は,一般的に国内法上のそ
れと同義に解されている(Kazazi, supra note 15,
p. 239; Amerasinghe, supra note 26, p. 212, fn. 1)
.
な お 事実上 の 推定 は「裁判上 の 推定(judicial
presumption)
」ま た は 「推認(inference)
」と
も呼ばれるが,以下では概念的混同を避けるた
めに「推認」或いは文脈によっては「事実上の
推定(推認)
」と表記される.
66)US Wool Shirts and Blouses Case, WT/
DS33/AB/R, p. 14.
67)EC Hormones Case, WT/DS26/AB/R, para.
98.
68)Ibid., para. 104. 当該判断は現在も,パネル及
び上級委員会自身によって繰り返し引用され続
けている.
69)こ の 点 を 確認 す る 上級委員会報告書 と し
て India Quantitative Restrictions Case, WT/
DS90/AB/R, para. 142,ま た パ ネ ル 報告書 と
し て Korea Definitive Safeguard Measure on
Imports of Certain Dairy Products(hereinafter
Korea Dairy Case), WT/DS98/R, para. 7. 24
を参照.
70)例 え ば,荒木「前掲論文」
(注 8)73 頁 ; 菊地
「前掲論文」
(注 40)800─801 頁;米谷「前掲論
文」
(注 47)45 頁;Cameron, and Orava, supra
note 42, p. 233; Waincymer, supra note 5, p. 550,
fn. 82 な ど.そ こ で は「証拠提出責任」を 意味
す る 用語 と し て,burden to adduce evidence,
burden of evidence,burden to pass the judge,
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
burden of proceeding などが用いられている.な
お日本・フィルム自由化対策事件でパネルは「一
旦当事国が主張されている事が真実であるとい
う推定を発生させるのに十分な証拠を提出した
場合,そのような推定に反駁するための証拠の
提出責任(burden of producing evidence)は 反
対当事国へと移転する」と述べることで,一応
の立証に基づく「証拠提出責任の移転」を明示
し て い る(Japan Measures Affecting Consumer
Photographic Film and Paper, WT/DS44/R, para.
10. 29)
.
71)か か る 見解 を 明示 す る パ ネ ル 判断 と し て,
Argentina Measures Affecting Imports of
Footwear, Textiles, Apprael and Other Items,
WT/DS56/R, paras. 6.38─6.39,ま た 学説 と し
て Pauwelyn, supra note 8, pp. 234─235, 246;
Walker, supra note 42, p. 294; 高島「前掲論文」
(注 12)117, 122─123 頁 を 参照.な お 上級委員
会判断によると,パネルは「法律問題として」
推定を行うことを強制されているようにも読
める.これに対して本件パネルは,申立国に
よって 一応 の 立証 が 行 わ れ,被申立国 で あ る
EC によって「仮に反駁が行われない場合は,
(EC による)SPS 協定違反を立証することに
な る で あ ろ う(would demonstrate)」と 述 べ
ることで,推認を行うか否かはパネルの権限
裁量の範囲内であることを暗示している(EC
Hormones Case, WT/DS26/R, para. 8.51).同
様の見解として Pauwelyn, supra note 8, p. 252;
Walker, supra note 42, p. 315 を参照.
72)Walker, supra note 42, p. 295(脚 注 省 略).
ま た,イ ラ ン・米国請求権裁判所 に お け る 立
証責任問題について Aghahosseini は,仮に申
立国が一応の立証を行う場合であっても,そ
れに対して反論するか否かは被申立国の権利
(right)であり,それによって証拠提出責任が
被申立国へと移転すると考えるのは誤りとする
(Aghahosseini, M., “Evidence before the IranUnited States Claims Tribunal” International
Law FORUM Du Droit International, Vol. 1
(1999),p. 212).こ の 点 Kazazi は,国際裁判
手続において申立国が一応の立証を果たす場合
の「証拠提出責任(burden of evidence)の移転」
を説くものの(Kazazi, supra note 15, pp. 332─
333),そこで言及される証拠提出責任概念の内
容は明確にされていない.
73)EC Hormones Case, WT/DS26/AB/R, para.
109.
74)United States Measures Affecting the
Cross-Border Supply of Gambling and Betting
Services, WT/DS285/AB/R, paras. 139─140.
この点,続くパラグラフで上級委員会が「一
応 の 立証」の 基準内容 を 精巧化 し た と 評価 す
(631) 129
る 見解 も あ る が(Kim, H.C., “Burden of Proof
and the Prima Facie Case: The Evolving
History and Its Applications in the WTO
Jurisprudence” Richmond Journal of Global Law
,p. 258)
,ここで上
and Business, Vol. 6(2007)
級委員会は付託事項と立証責任の問題を混同し
ていたように思われる.
75)
「二 段 階 過 程」 と は Waincymer に よ る 造
語 で あ る(Waincymer, supra note 5, pp. 551,
563)
.かかる主張は現在でも米国によって行わ
れ て い る(cf. Turkey Measures Affecting the
Importation of Rice, WT/DS334/R, paras. 5.10
─5.11)
.
76)Cameron と Orava は か か る 見解 を「
『一応
の立証』という概念に真の意味を持たせる」も
のと解し,その意義を,根拠を欠く申立を排除
することでそれに応じる被申立国の訴訟資源
を節約する点に求める(Cameron and Orava,
.
supra note 42, p. 235)
77)この点を明言した上級委員会報告として India
Quantitative Restrictions Case, WT/DS90/AB/
R, paras. 139─142; Canada Measures Affecting
the Export of Civilian Aircraft(hereinafter
Canada Aircraft Case),WT/DS70/AB/R,
para.192; Korea Dairy Case, WT/DS98/AB/R,
paras. 143─145; EC Bed Linen Case, WT/
DS141/AB/RW, paras. 172─175 を参照.
78)Pauwelyn, supra note 8, p. 244; Palmeter and
Mavroidis, supra note 5, p. 145, Waincymer,
supra note 5, p. 537, fn. 25. これに対して,この
よ う な 場合 に,申立国 に よ る 意見書 の 提出直
後 に 被申立国 に 対 し て,当該請求 の 却下 を パ
ネルに要請する機会を与えるべきと提案する
見解 も あ る(Cameron and Orava, supra note
42, p. 235)
.なお,ICJにおいてもかかる見
解は採用されていない(O’Connell, supra note
29, p. 1189). ま た,他 の 国際裁判手続 に お け
る 慣 行 に つ い て は,Sandifer, supra note 26,
pp. 170─171; Kazazi, supra note 15, pp. 326─328;
Amerasinghe, supra note 26, pp. 246─250 を 参
照.
79)Cf. Canada Aircraft Case, WT/DS70/AB/
R, para. 198. な お 国 際 裁 判 手 続 に お け る 推
認 に つ い て 包括的 に 議論 を 行 う も の と し て,
Franck, T. M., and Prows, P., “The Role of
Presumption in International Tribunals” The
Law and Practice Courts and Tribunals, Vol. 4
(2005)
,pp. 197─245 を参照.
80)Pauwelyn, supra note 8, pp. 256─258(cf.
Cheng, supra note 26, p. 324)
. 例 え ば, 米
国・エクアドル産エビ AD 事件で米国は,エ
クアドルによる請求事項について何ら争わな
かった.そこでパネルは,専らエクアドルが
130 (632)
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
一応 の 立証 を 果 た し た か 否 か の 検討 を 行っ
た(United States Anti-Dumping Measure
on Shrimp from Ecuador, WT/DS335/R,
para. 7.8─7.12, 7.43).同様 の パ ネ ル 判断 と し
て,Canada Aircraft Case, WT/DS70/R, para.
9. 220-9. 226; Mexico Tax Measures on Soft
Drinks and Other Beverages, WT/DS308/R,
para. 8. 20; Brazil Measures Affecting Imports
of Retreaded Tyres, WT/DS332/R, paras. 7.2,
7.23, 7.34; United States Final Anti-Dumping
Measures on Stainless Steel from Mexico,
WT/DS344/R, paras.7.51─7.52 な ど を 参照.ま
たパネルによる推認の限界を説くものとして,
高 島「前 掲 論 文」(注 12)122─123 頁 ; Kim,
supra note 74, p. 259 を参照.
81)かかる理解を暗示するものとして,例えば
United States Sections 301─310 of the Trade
Act of 1974, WT/DS152/R, para. 7.14 を 参
照.こ の 点 ト ル コ・米輸入措置事件 で パ ネ ル
は,まず申立国である米国がブラジルによる
農業協定第 4 条 2 項違反 に つ い て 一応 の 立証
を行ったか否かを審査し(Turkey Rice Case,
WT/DS345/R, paras. 7.61─7.87),そ の 後 に ブ
ラジルがかかる立証に対して反駁を行ったか否
かを審査した(Ibid., paras. 7.88─7.107).但し,
ここでパネルは両当事国から提出されたすべて
の証拠を前提に,説得責任について判断する際
の「証拠評価の過程」においてかかる評価方法
を採用したのみであり,それは証拠提出責任概
念を前提とした「二段階過程」とは区別されな
ければならない.
82)Pauwelyn, supra note 8, p. 255; Walker, supra
note 42, p. 315.; McGovern, supra note 42, p. 2.
23─78. これに反対する見解として,内ヶ崎「前
掲論文」(注 26)67 頁.
83)当該紛争類型は,United States Tax Treatment
for “Foreign Sales Corporations”(hereinafter
US FSC Case),WT/DS108; Canada Measures
Affecting the Importation of Milk and the
Exportation of Dairy Products(hereinafter
Canada Dairy Case),WT/DS103; European
Communities Export Subsidies on Sugar
(hereinafter EC Export Subsidies on Sugar
Case),WT/DS266; United States Subsidies
on Upland Cotton(hereinafter US Upland
Cotton Case),WT/DS267 の 合計 4 件 で あ る
(2007 年 12 月 31 日現在).
84)同条項は,原則として他の協定紛争において
は適用されない事は言うまでもない.(cf. US
Upland Cotton Case, WT/DS267/AB/R, para.
647).
85)農業協定下 に お け る 輸出補助金交付 の 規
律 に 関 し て は 主 に,Desta, M. G., The Law of
International Trade in Agricultural Products: From
GATT 1947 to the WTO Agreement on Agriculture
(Kluwer Law International, 2002)を参照.
86)第 1 条⒠「
『輸出補助金』と は,第九条 に 規
定する輸出補助金その他輸出が行われることに
基づいて交付される補助金をいう」
.
87)こ の 点 パ ネ ル は「農業協定第 1 条⒠ は,同
協定第 9 条 1 項 で 列挙 さ れ て い る 特定 の 諸実
行よりも広範な輸出補助金の領域を網羅してい
る」と 述 べ て い る(Canada Dairy Case, WT/
DS103/R, paras. 7. 124─7. 125)
.
88)Desta, supra note 85, p. 231.
89)農業協定の規律対象となる「農産品」の範囲
は同協定附属書 1 で定められている(同協定第
2 条)
.なお,問題とされる農産品が同附属書 1
の範囲内か否かが当事国間で争われた事例は過
去に存在しない.
90)同協定第 9 条 2 ⒝(iv)
.
91)Desta, supra note 85, pp. 235─237.
92)同協定第 1 条(f)
.
93)同協定第 3 条 3 項 1 文及び第 8 条.
94)Desta, supra note 85, pp. 235─237.
95)同協定第 3 条 3 項 2 文.
96)同協定第 9 条 1 項 と 第 10 条 1 項 は「相互排
他的 な 関係 に あ る」と さ れ る(Canada Dairy
Case, WT/DS103/R, para. 7. 118)
.
97)Ibid., para. 7. 124; US Upland Cotton Case,
WT/DS267/R, para. 7. 796. 従って,同 条 項 は
この意味においてのみ輸出補助金の定義条項と
しての役割を果たすことになる.
98)Desta, supra note 85, p. 214.
99)Ibid., p. 232.
100)同条項 は 非列挙輸出補助金 を「輸出補助金
に関する約束の回避をもたらし又はもたらすお
それのある方法で用いてはならない」と規律す
る.
101)農業協定下 に は「補助金」の 内容 を 定義付
ける条項は存在しない.そこでパネルは,補助
金及び相殺措置に関する協定(以下,SCM 協
定)第 1 条で定められる補助金に該当する措
置は,農業協定下においてもまた補助金に該
当すると判断した(Canada Dairy Case, WT/
DS103/R, para. 7. 126; US Upland Cotton Case,
WT/DS267/R, para. 7. 797)
.
102)
「補助金」概念と同様に,農業協定下にはこ
の点について定義を定める条項は存在しない.
そこでパネル及び上級委員会はその該当性の有
無について,同じく「輸出が行われることに基
づいて」という要件を含む SCM 協定第 3 条 1
項⒜を巡る議論に依拠して,判断を行ってきた
(US FSC Case, WT/DS108/AB/R, paras.141─
142; US FSC Case(Article 21. 5–EC),WT/
DS108/RW, para. 8. 116)
.
WTO 紛争解決手続における立証責任概念の検討(石川)
103)ただし続いて同条項が「数量について」と
規定していることから,加盟国は削減約束を譲
許表において「予算上の支出」及び「数量」の
形で明記しているものの(同協定第 3 条 3 項 1
文を参照),同協定第 10 条 3 項は「数量」につ
いて削減約束を超える「約束品目を巡る紛争」
のみに適用されることになる.
104)例 え ば 米 国・FSC 税 制 事 件 で EC は「非
約束品目も削減約束に服しており,その場合,
削減約束水準はゼロとなる」と主張した(US
FSC Case, WT/DS108/R, para. 4. 126).こ こ
で EC は,非約束品目についても米国が「削減
約束水準『ゼロ』という約束を行った」と解釈
する事で同協定第 10 条 3 項の適用を認め,被
申立国である米国が立証責任を負担すると主張
した(本節 3. ⑵を参照).
105)Canada Dairy Case, WT/DS103/R, para.
7. 122; Canada Dairy Case(Article 21.5-New
Zealand and US),WT/DS103/RW, para. 5.
142; Canada Dairy Case(Article 21.5-New
Zealand and US II),WT/DS103/AB/RW2,
para. 69.
106)本稿では紙面の都合上,同じく農業協定第
10 条 3 項の適用対象となる「第 10 条 1 項を巡
る紛争」の検討は行わない.なお,譲許表にお
け る 列挙輸出補助金交付 の 削減約束 は 2001 年
までであることから(同協定第 1 条(f)),本
節 で 行 わ れ る「約束品目 を 巡 る 紛争」の 検討
は 2008 年現在では単に歴史的意義を有するに
過ぎないと考えられるかもしれない.しかしな
がら現在のドーハ・ラウンド農業交渉では,列
挙輸出補助金の交付についてはこれまでと同様
に 削減約束(予算上 の 支出及 び 数量)に 服 す
るとモダリティ案では示されている(Revised
Draft Modalities for Agriculture, TN/AG/W/4
and Corr. 1, 1 August 2007, paras. 137─142).
また筆者の調べたところでは,現在の交渉にお
いて同協定第 10 条 3 項の改正に向けた提案は
加盟国から行われていない.以上を考慮すると,
削減約束の履行が論点となる「約束品目を巡る
紛争」が将来的に加盟国間で争われ,そこで同
協定第 10 条 3 項 に 基 づ く「立証責任 の 転換」
が同様に問題となる可能性は高い.
107)Canada Dairy Case(Article 21. 5-New
Zealand and US II)
,WT/DS103/AB/RW2, para.
70.
108)Ibid., paras. 64─65. 同 時 に 上 級 委 員 会 は
「我々は…立証責任に関する原則的ルールが適
用されないとは簡単には判断しないであろう」
と述べることで,かかる配分原則の強固性を確
認した(Ibid., para. 66).
109)Ibid., para. 72.
110)この点パネルは,⒤数量側面に続いて,(ii)
(633) 131
輸出補助金側面についても申立国が一応の立証
を行う責任を負担すると判断した.そして,申
立国がそれらの立証に成功する場合,(iii)被申
立国は自国の削減約束水準を超えて行われる輸
出量に対していかなる列挙輸出補助金も交付
されていないことを立証しなければならない
と 判断 し た(Canada Dairy Case(Article 21.
5-New Zealand and US II)
,WT/DS103/RW2,
paras. 5. 15─5. 19)
.
111)Ibid., para. 71. 上級委員会 に よ れ ば,同条項
の「立証しなければならない(must establish)
」
という文言は「義務」或いは「法的責任」を意
味しており,従って同条項はこれまで一般的に
確立された立証責任の配分規則に変更を加える
事を意図している(Ibid., para. 73)
.
112)Ibid., para. 74(強調原文).
113)US Upland Cotton Case, WT/DS267/R,
paras.7. 271─7. 273; US Upland Cotton Case,
WT/DS267/AB/R, paras. 644─645; EC Export
Subsidies on Sugar Case, WT/DS266/R, paras.
7. 226─7. 227. 一見すると,同条項は事実を「主
張する(claims)
」当事国にその点の立証を求
める至当の規定に過ぎないとも読めるが,ここ
で「主張」とは請求事実に対する否認を意味し
ており,かかる当事国を「実質的な請求国」と
解した上で,当該当事国にかかる否認について
立証責任を負担させる見解には疑問が残る.
114)この点を指して上級委員会は米国・綿花補
助金事件において,同条項は「補助金交付の推
定(presumption of subsidization)
」を 定 め た
ものであると述べた(US Upland Cotton Case,
WT/DS267/AB/R, para. 652)
.ま た DSU 第 3
条 8 項 は「 prima facie 」と い う 言葉 を 用 い つ
つも,WTO 協定下での義務違反の立証を前提
に「無効化又は侵害」の推定をパネルに強制す
ることから,
「法律上の推定」を規定したもの
と考えられる.この点アルゼンチン・床タイル
AD 事件でパネルは同条項について「侵害の推
定(presumption of harm)
」を 定 め た も の と
述 べ た(Argentina Definitive Anti-Dumping
Measures on Imports of Ceramic Floor Tiles
from Italy, WT/DS189/R, para. 6.105)
. 同様
の規定として,SCM 協定第 6 条 1 項を参照.
115)この点は,各国の譲許表第 4 部第 2 節に掲
げられる輸出補助金の削減約束によって実現さ
れることとなる.
116)MTN. GNG/NG5/W/106, 26 September
1989, p. 8. このような提案について事務局は質
問を行ったが,そこでも EC は同様の趣旨の返
答 を 行って い る(MTN GNG/NG5/W/161, 4
April 1990, p. 75)
.
117) 同 様 の 見 解 と し て(Canada Dairy Case
(Article 21. 5-New Zealand and US II),
132 (634)
横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 4 ・ 5 号(2008年 1 月)
WT/DS103/AB/RW2, para. 74; EC Export
Subsidies on Sugar Case, WT/DS266/R, para.
7. 227.
118)筆者の調べたところでは,ウルグアイ・ラ
ウンド農業交渉において,輸出補助金交付に関
する立証責任の問題について提案したのは EC
のみであり,それに対して各国はそれについて
交渉中には特に賛成或いは反対などの反応を示
さなかった.
119)前述したように,同条項はその文言から「約
束品目を巡る紛争」のみを適用の対象とし,「非
約束品目を巡る紛争」には適用されないように
も読める(本節 1. ⑵を参照).そこでパネルは,
約束品目を巡る紛争に適用される同条項の意義
が非約束品目を巡る紛争下においても同様に妥
当するか否かを検討した.
120)文理解釈 に つ い て は US FSC Case, WT/
DS108/R, paras. 7. 140─7. 141 を参照.
121)Ibid., para. 7. 142.
122)最終的にパネルは非約束品目を巡る紛争に
おいて,申立国のために「必要な情報へのアク
セス」を保護する必要性は希薄であると結論付
け た(Ibid.).す な わ ち こ の 場合,⒤数量側面
について,削減約束水準はこの場合ゼロと考え
られるので,申立国はゼロを超える輸出量の存
在について,すなわち少しでも非約束品目が輸
出されている事を示せば足り,そして(ii)輸出
補助金側面についても,申立国は削減約束水準
(ゼロ)を超える輸出量に対して輸出補助金が
交付されていることについて,すなわちどのよ
うな形であれそのような非約束品目に対して輸
出補助金が交付されていることを立証すれば足
りるからである.
123)例 え ば EC・ホ ル モ ン 牛肉事件 で 上級委員
会 は SPS 協 定 第 3 条 3 項(実 際 に は 第 5 条 1
項)の立証責任について,パネルとは反対に,
そ れ を 申立国 に 配分 す る 判断 を 行った(EC
Hormones Case, WT/DS26/AB/R, para. 109)
.
一見すると,上級委員会判断によって申立国は
より厳しい立証責任を負担することになったか
に見える.しかしながら Hurst によっても指摘
されるように,実際には複雑な事実認定を伴う
SPS 協定紛争下においては「 SPS 協定第 5 条を
巡る立証の困難性は,いずれの当事国がそれを
負担しても実質的に違いはない」と考えられる
(Hurst, supra note 6, pp. 26─27)
.すなわちパネル
は,仮 に 被申立国(SPS 措置発動国)が 危険性
評価に関する証拠を提出しない場合,申立国は
それを根拠にして,当該 SPS 措置が危険性評価
に基づいていないこと(SPS 協定第 5 条 1 項違
反)の「一応の立証」に代えることができると
述べた
(EC Hormones Case, WT/DS26/R, para. 8.
253)
.
124)高島「前掲論文」
(注 12)122─123 頁.ま た
同趣旨 の 指摘 と し て,Tan, supra note 8, p. 9;
Oesch, supra note 41, p. 167.
125)ローゼンベルク『前掲書』
(注 24)245─247
頁を参照.
126)注 46 を参照.
127)しかしながら,最近ではこの点についての
研究も少しずつ行われ始めている.Pauwelyn,
J., “The Use of Experts in WTO Dispute
Settlement” International and Comparative
Law Quarterly, Vol. 51 (2002), pp. 360-361;
Waincymer, supra note 5, pp. 538─539, 568─573;
Oesch, supra note 41, pp. 167─168; McGovern,
supra note 42, pp. 2. 23-78─2. 23-79 など.
128)Pauwelyn, supra note 8, p. 258; McGovern,
supra note 42, pp, 2, 23, 78─79. Tan, supra note 8,
p. 9; 高島「前掲論文」
(注 12)122─123 頁を参照.
129)Cf. Andersen, S., “Administration of evidence
in WTO Dispute Settlement Proceedings” in
Yerxa, R., and Wilson, B. (eds.), Key Issues in WTO
Dispute Settlement: The First Ten Years (Cambridge
University Press, 2005), pp. 177, 182─183.
130)訴訟当事国 か ら 関連証拠 が 大量 に 提出 さ
れる場合の立証基準問題の意義を指摘するも
の と し て,Shaw, M. N., “The International
Court of Justice: A Practical Perspective”
International and Comparative Law Quarterly, Vol.
46 (1997), p. 859 を参照.
[いしかわ よしみち 横浜国立大学大学院国際
社会科学研究科博士課程後期]
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