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米比防衛協力強化協定の概要と締結の背景

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米比防衛協力強化協定の概要と締結の背景
米比防衛協力強化協定の概要と締結の背景 沖縄県危機管理・安全保障研究シリーズ
Okinawa Prefecture Research Paper of
Crisis Management and Security Studies
2014 年 5 月 沖縄県
知事公室 地域安全政策課
調査・研究班
Okinawa Prefecture
Executive Office of the Governor
Regional Security Policy Division
Research Section
本稿は執筆者の見解に基づくものであり、沖縄県の見解を示すものではありません。 米比防衛協力強化協定の概要と締結の背景 知事公室 地域安全政策課 調査・研究班
研究員 波照間 陽
はじめに
2014 年 4 月 28 日、駐フィリピン米大使フィリップ・ゴールドバーグ(Philip Goldberg)
とフィリピン国防相ボルテア・ガズミン(Voltaire Gazmin)が二国間の新軍事協定に調印
した。この合意により、米軍によるフィリピン基地の使用、構造物の建設、事前集積が可
能となる。さらに、フィリピンに一時派遣・巡回(ローテーション)配置される米軍は災
害救援や人道支援にも貢献していくという。
1990 年代初めに米軍がフィリピンから撤退したことは記憶に新しい。1980 年代後半、フ
ィリピンの民主化に伴い、国民は主権回復を訴えて基地の返還を求めた。1 年以上にわたっ
て両国は基地協定について協議したが、フィリピン上院の承認を得られず、最終的に米軍
はフィリピンから撤退することとなった。しかし、それから 10 年も経たないうちに、派遣
米軍に関する訪問協定が結ばれ、米軍が訓練・演習等のためにフィリピンに一定期間滞在
することが可能となった。今回の合意は、全く新しいものではなく、これまで続いてきた
二国間軍事協力の延長線上に位置付けられる。
本稿は、今一度、フィリピンの米軍基地をめぐる歴史を整理し、今回の合意を通史的に
理解することを目的とする。まず、フィリピンへの米軍基地の設置、維持、そして撤退の
経緯を整理する。次に、今回の合意内容をまとめ、締結の背景にある南シナ海の問題につ
いて、フィリピンと中国の動向に焦点を当てて整理する。また、新協定の国内外の反応に
ついても紹介する。最後に、新協定の今日的意義と沖縄への影響を考察する。
1.
1900〜1990 年代:基地を中心とした米比関係の歴史
米国がフィリピンに基地を設置したのは、1900 年初頭までさかのぼる。フィリピンは 16
世紀半ばにスペインの植民地となっていた。1898 年の米国とスペインの戦争(米西戦争)
を経て、米国はフィリピンを譲り受けた。1900 年初頭には、二つの大規模な軍事基地、ス
ービック海軍基地とクラーク空軍基地が建設された。
1941〜5 年、太平洋戦争でフィリピンにおいても米軍と日本軍の戦闘があったが、46 年
にフィリピンは独立した。独立国となったフィリピンに基地を維持するため、翌年、米国
とフィリピンは軍事基地協定に調印した。
この軍事基地協定(Military Bases Agreement)は、フィリピンが、国内の 23 施設、約
1
2,500 平方キロメートルを 99 年間米国に対して提供するというものであった1。米国に基地
使用料の支払い義務はなかった。フィリピンの了解なしで施設を建設・運用し、装備の移
動も可能だったことなど、植民地時代の名残でフィリピン側に不利な内容が含まれていた。
米軍が自由に基地を使える状態はフィリピンの国益のためではなく、米国の利益にしかな
らないというフィリピン国民の懸念と主権を求める声に応じて、51 年、相互防衛条約
(Mutual Defense Treaty)が締結された。これにより、相互に防衛義務があることが確認
された。
ちなみに、日米安全保障条約は第六条にて、米軍による施設及び区域の使用を認めてい
るが、米比相互防衛条約にはそのような基地提供義務は含まれない。これは、基地提供に
ついて規定した軍事基地協定が相互防衛条約より先行したためである。
59 年、初めて軍事基地協定が改定された。これにより、①米比相互防衛条約や東南アジ
ア条約機構(SEATO)以外の目的での基地の使用及び長距離ミサイルの持ち込みに関して
事前協議を行うこと、②基地協定の期限を 99 年から 25 年に短縮すること、③北大西洋条
約機構(NATO)のような自動的な攻守同盟関係を共同声明として確認することが合意さ
れた2。このとき、25 年の基地使用期限は発効されなかったが、65 年の交渉で、両政府間
で新たな合意がない限り、基地協定は 91 年に失効することが規定された。
フェルディナンド・マルコス(Ferdinand Marcos)政権下で、79 年に基地協定がさらに
改定された。その主な結果は、①91 年の協定有効期限まで 5 年毎に協定の見直しを行うこ
と、②米軍基地の名目上の統制権をフィリピン政府に渡すこと、③クラーク、スービック
両基地を縮小すること、④米国がフィリピン軍の強化のために軍事援助を供与する「最善
の努力(Best Effort)」が約束され、5 年間で 5 億ドルのパッケージを提供すること、⑤米
軍に軍事作戦上の無制限の基地使用を保障することが合意された3。米国は基地を維持する
ことができたが、フィリピンに対して「基地使用料」の性格をもつ補償を与え、結果的に
マルコスの独裁体制を強化することになった。次の協定見直しでは、援助額は 5 年で 9 億
ドルに増額された4。
2.
1990 年代:米軍の撤退
86 年、マルコスの独裁政権から民主主義に移行し、コラソン・アキノ(Corazón Aquino)
1 Alexander Cooley, Base Politics: Democratic Change and the U.S. Military Overseas,
Ithaca: Cornell University Press, 2008, pp. 64-6.
2 中野聡「フィリピンの米軍基地問題―植民地時代から 1992 年まで」藤本博、島川雅史編著『ア
メリカの戦争と在日米軍―日米安保体制の歴史』社会評論社、2003 年、182 頁。
3 Cooley, pp. 71-2; 中野、193-4 頁。
4 中野、194 頁。
2
政権下、国民投票で 80 パーセントの支持を得て、新憲法が成立した。この中で、91 年の
基地協定失効後、外国軍による基地の使用については上院の承認等が必要となることが規
定された5。
失効期限を目前に、90 年 5 月に米比で交渉パネルが設置され、協議が開始されることと
なった。米軍基地の主権移譲と補償額の引き上げを要求するフィリピンに対し、米国はク
ラーク、スービック両基地の段階的縮小と 10〜12 年の延長使用を提案した。両者は主張を
譲らず、交渉は 1 年以上にわたった。
その間、91 年 6 月にピナツボ山が噴火し、クラーク基地が多大な損害を被った。その修
繕にかかる費用は 5.2 億ドルと見積もられた6。米国議会は、将来的に使用できるかわから
ない基地の復旧のために拠出することを認めず、クラーク基地はフィリピンに返還される
こととなった。
噴火の翌月、最後の交渉パネルでは、基地使用期限や補償額について協議は収束した。
合意内容は米比友好協力安全保障条約(Treaty of Friendship, Cooperation and Security)
としてまとめられ、8 月に両国が調印した。米国はスービック基地を 10 年延長して使用で
きることとなった。さらに、ベスト・エフォート書簡により、フィリピンは 10 年で 22 億
ドルを受け取ることが約束された7。
しかし、同条約が発効されるか否かは、フィリピン上院に託された。9 月の議会で上院は
12 対 11 で同条約の批准を否決した8。その結果、新条約は発効されなかった。12 月、44
年続いた基地協定が期限を迎え、翌年 11 月には米軍はスービック基地から撤退を完了した。
3.
2000 年代:米軍の再訪
撤退から 10 年経たず、再び米軍はフィリピンの基地を使用することとなる。98 年 2 月、
米軍のフィリピンへの寄港と一時滞在を認める、派遣米軍に関する協定(Visiting Forces
1987 年フィリピン共和国憲法第 18 条第 25 項に次のように明記されている。「米比の軍事基
地協定が 1991 年に失効した後、上院が正式に条約に同意し、さらに議会の要求に応じて、国民
投票での過半数の賛成と、締結相手国による条約としての承認があれば、外国の軍事基地、軍
隊または施設はフィリピン国内において許される。」(筆者による仮訳)原文は次のリンクで閲
覧可能。The 1987 Constitution of the Republic of the Philippines,
http://www.gov.ph/constitutions/the-1987-constitution-of-the-republic-of-the-philippines/
(2014 年 5 月 2 日アクセス)
6 Don Oberdorfer, “U.S. to Reopen Talks on Damaged Philippine Bases,” The Washington
Post, July 11, 1991, p. A21.
7 中野、204 頁。
8 フィリピン上院の決議については、松宮敏樹『こうして米軍基地は撤去された!―フィリピン
の選択』新日本出版社、1996 年を参照されたい。
5
3
Agreement: VFA)9が締結されたためである。80 年代後半に民主化が始まった頃から、フ
ィリピン国内では、イスラム系過激派の反政府活動が活発化しており、情勢が不安定であ
った。また、対外的にも、南沙諸島の領有権をめぐり周辺諸国と対立していた。97 年のア
ジア通貨危機も相まって、国内外の安全保障上の危機に直面しながらも、フィリピン政府
は、経済的、軍事的に国防能力の向上を図ることが困難な状況であった10。
この協定は、1 年以上の議論を経てフィリピン上院による批准を得た。これにより、2000
年以降フィリピン軍は米軍と共に合同軍事演習「バリカタン」(協力、対等の意味)を行っ
ている。実際には、その内容は単なる演習に留まらない。9.11 同時多発テロを契機に米国
はアフガニスタンにおいて対テロ軍事作戦を遂行した。その関連で、米国はフィリピンを
対テロ戦争の「第二戦線」と位置付け、2002 年のバリカタンにおいて、フィリピン南部の
イスラム系反政府組織アブサヤフの掃討作戦を半年間実施した。これによって、アブサヤ
フのメンバーは 2001 年の 2,000 人から 200 人まで減少したと報告されている11。さらに、
反政府勢力の地盤となっている地域におけるインフラ整備や学校建設、医療援助なども米
比軍事演習に含まれた12。
4.
新軍事協定の内容
今回締結された防衛協力強化協定(Enhanced Defense Cooperation Agreement: EDCA)
は 2013 年 8 月から交渉を開始し策定された13。米軍はフィリピン軍の基地を使用すること、
航空機や艦船の事前に配備することが可能となる。有効期限は 10 年で、更新もできる。詳
しい内容については、協定本文14とフィリピン外務省がホームページで掲載している、この
協定に関する Q&A のサイト15を参照しながら、目的、基地の運用、他協定との関連性の三
点について見ていく。
VFA 自体は、裁判権の管轄、米兵の権限の範囲等を規定したもので、地位協定のような性格
をもつ。
10 伊藤裕子「冷戦後の米比同盟―基地撤廃、VFA、
「対テロ戦争」と米比関係」『国際政治』第
150 号、2007 年 11 月、174 頁。
11 David C. Palilonis, “Operation Enduring Freedom-Philippines: A Demonstration of
Economy of Force,” Naval War College Report, 2009, p. 10,
https://www.hsdl.org/?view&did=699145 (2014 年 4 月 30 日アクセス)
12 伊藤、177-9 頁。
13 “PH, US Reach Troops Deal,” Manila Bulletin, April 28, 2014.
http://www.mb.com.ph/ph-us-reach-troops-deal/ (2014 年 4 月 30 日アクセス)
14 http://www.gov.ph/2014/04/29/document-enhanced-defense-cooperation-agreement/ (2014 年 4 月 30 日アクセス)
15 http://www.gov.ph/2014/04/28/qna-on-the-enhanced-defense-cooperation-agreement/
(2014 年 4 月 30 日アクセス)
9
4
(1) 目的 EDCA は、米比間で以下の事項を促進していくためのものである。相互運用性、フィリ
ピン軍の近代化に向けた能力構築、外的防衛のためのフィリピン軍強化、海洋安全保障、
海上領域認識16、そして、人道支援及び災害対応である。国内外の課題に対処する能力が不
足しているフィリピン軍を多面的に支援する内容を含んでいる。
具体的には、施設の建設とインフラ改良と防衛、人道支援・災害対応のための物資の保
管・事前集積を実施する。これまで両国は共同軍事演習や人道支援・災害援助での協力を
行ってきたが、新しい施策により、協力体制の強化につながることが期待される。
(2) 基地の運用 米軍は永続的に駐留(station)するのではなく、一時的に、巡回ベースで(temporary and
rotational basis)フィリピン軍基地を使用する。派遣される米軍の規模や派遣時期などは
今後協議される。また、米軍がどの基地を使用するかは、まだ公表されていないようであ
る。EDCA に提示された基地の使途は以下の通りである(第 3 条第 1 項。以下、3-1 と略
記する)。
・ 訓練
・ 通行
・ 支援活動
・ 航空機、艦船への給油
・ 車両、艦船、航空機の一時的整備
・ 軍人の一時的収容
・ 装備、補給品、物資の事前集積
・ 軍隊と物資の配備等
・ 通信
基地の使用に際し、米国は使用料や類似の費用を支払う必要はないが、基地内での活動
に関する運用費は米軍が負担する(3-3)。
米軍によって使用される基地の管理権はフィリピンが有する(5-1)が、基地内に施設を
建設する作業管理権は米国に委ねられており、自由な建設や改修が可能である(3-4)。ただ
し、基地内の全ての建築物、移転不可能な構造物や部品はフィリピンに所有権がある(5-4)。
米軍にとって不要となった場合は、移転不可能な構造物等を含めて基地をフィリピンに返
Maritime Domain Awareness. 米国防総省の定義によると、「国の安全保障や国民の安全、
経済、環境に影響を与える海上領域に関わる全てのこと」。
http://www.dtic.mil/doctrine/dod_dictionary/data/m/18696.html (2014 年 4 月 30 日アクセス)
16
5
還する(5-2)。フィリピンは、米軍と米国の契約業者に対して水光熱費を補助する(7-1)。
なお、人道支援・災害対応のための物資の保管・事前集積が新協定の目的の一つである
が、これはアフガニスタンに現在配備されている物資が再配置される可能性を示している。
2012 年の報道によると、アフガニスタンから戦闘部隊が撤退する際、米軍は後方支援物資、
資材、軍需品をフィリピンやシンガポールに振り向けるとういう方針を示しているという17。
この記事は、米軍側が、物資を米本土へ戻すより安価でスペースのあるフィリピンとシン
ガポールを候補として挙げており、物資を地域災害・人道支援、不測の事態に活用すると
説明していると報じた。オバマ大統領は今年 2 月、米軍の完全撤退を計画していることを
明らかにしたが18、撤退が実施されれば、後方支援物資等はフィリピンに再配置されるだろ
う。
(3) 他協定との関連性 フィリピン共和国憲法第 2 条第 8 項には、核の放棄が唱われている。その方針を尊重し
て、新協定においても、米国による核の持ち込みを禁じている。
EDCA と現行の米比間の取り決めとの関連性について、フィリピン外務省は次のように
説明している。51 年に締結された相互防衛条約では、両国が個別的及び集団的な防衛力の
発展を義務づけている。本協定はその範囲内であり、その条約を促進するものである。さ
らに、本協定を通した米軍の入国・一時滞在については、地位協定の性格をもつ派遣米軍
に関する協定が適用される。
5.
米軍再訪の背景
EDCA についての報道では、フィリピンが米国のさらなる協力を求めた背景には、南シ
ナ海における中国の強硬な行動があると見られている。南シナ海をめぐる中国と東南アジ
アの関係国は、長年の懸念であった。74 年、当時の南ベトナム政府軍と中国軍が西沙諸島
をめぐって交戦し、中国が全ての島嶼を制圧した。88 年には、南沙諸島のサウスジョンソ
ン礁をめぐって同二国間で武力衝突が発生し、ベトナム側に 80 名近くの犠牲者を出した。
90 年代以降、中比間でも対立が深刻化した。94 年、フィリピンが領有権を主張していた
「米軍、比などにアフガン向け物資移転 中国脅威に備え」産経ニュース、2012 年 8 月 20
日、http://sankei.jp.msn.com/world/news/120820/asi12082008000001-n1.htm (2014 年 5 月
12 日アクセス)
18 “Obama plans complete troop withdrawal from Afghanistan by year’s end,” The
Washington Times, February 25, 2014,
http://www.washingtontimes.com/news/2014/feb/25/obama-karzai-us-troops-prepping-leave/
(2014 年 5 月 2 日アクセス)
17
6
ミスチーフ礁に中国が構造物を建設した。これ以降、しばらく中国による新たな島嶼占拠
はなかった。
しかし、2012 年 4 月、ルソン島西岸から約 200 キロメートル沖に位置するスカボロー礁
付近で、違法操業する中国の漁船を発見し、取り締まろうとするフィリピン海軍を中国海
監が妨害した結果、両国の監視船が対峙する事態が発生した19。その状態が長期化する中、
フィリピンと米国は外交・防衛担当閣僚による 2+2 会合をもち、米国は南シナ海問題への
強い関心を示した上で、米比相互防衛協定の強化を確認した20。5 月末にフィリピンの国防
長官と中国の国防部長が会談し、スカボロー礁問題について話し合ったが、その後中国の
監視船が哨戒活動を行ったり、漁船が操業したりしている21。さらに、2014 年 2 月、スカ
ボロー礁付近で、中国の海洋監視船がフィリピン漁船に放水し、海域から追い出した22。こ
の行動から、中国が同礁を実行支配しつつあると言える。
また、スカボロー礁から南方数百キロのセカンド・トーマス礁には、99 年にフィリピン
が輸送揚陸艦を座礁させて以来、比海兵隊が常駐している。2014 年 3 月、少数の海兵隊員
のためにフィリピンが派遣した物資輸送船が、中国の沿岸警備隊によって妨害された。そ
の前年には同礁周辺を中国の公船と漁船が遊弋していた23。
このように南沙諸島における中国の進出がフィリピンの懸念事項であるにもかかわらず、
フィリピンにはそれらを維持する防衛力が不足している。2013 年の防衛費は 22 億ドルで、
GDP 比は 0.78 パーセントとかなり限定されている24。南シナ海における主権を確保するた
めの軍事的近代化が目指されているが、予算化できていないのが現状である25。軍種別に装
備を見てみると、陸軍および空軍は、ミンダナオ島のなどでの対テロ作戦を主眼においた
装備改編などを行っている。海軍は南シナ海の領有権問題から、水深の浅い同海域で運用
が容易な高速艇や警戒艇の増強を図っているほか、海兵隊の増強も行っている。ただし、
海軍の対潜水艦戦能力や防空能力は皆無に等しく、中国海軍に対する能力は極めて限定的
「南シナ海で連携する軍と政府」防衛研究所『中国安全保障レポート 2012』、18-20 頁。
“Joint Statement of the United States-Philippines Ministerial Dialogue,” U.S.
Department of State, April 30, 2012. http://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2012/04/188977.htm
(2014 年 4 月 30 日アクセス)
21 『中国安全保障レポート 2012』19 頁。
22 「中国船、比漁船に放水 南シナ海スカボロー礁」時事通信、2014 年 2 月 25 日。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201402/2014022500703 (2014 年 4 月 4 日アクセス)
23 小谷俊介「南シナ海における中国の海洋進出および「海洋権益」維持活動について」国立国
会図書館調査及び立法考査局『レファレンス』平成 25 年 11 月号、32 頁。
24 International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 2014, London:
Routledge, 2014, p. 488.
25 Ibid., p. 274.
19
20
7
図 1 南 シ ナ 海 出典:小谷 2013 年を基に筆者が作成。 8
となっている。他方、空軍は軽攻撃機戦力を増強中で、領土・領海の防衛に必要な領空侵
犯対処能力や制空権維持能力を欠いている。このことから、現状においてもフィリピン軍
は国内外の安全保障上の課題に単独で対応することは非常に困難であることがわかる。
6.
新協定に対する反応
前項の状況を鑑みれば、フィリピン政府や軍にとって EDCA は歓迎されるものである。
一方、フィリピン国内では意見が割れている。同条約はフィリピン共和国憲法に反しない
ため、上院の批准は不必要とされているが、上院議員の一部は、その手続きの必要性を訴
えていた26。
また、オバマ訪問の際には、約 800 人が新協定に反対する抗議活動が行われ、
「ノーバマ・
ノー基地・ノー戦争(No-bama, no bases, no war)」のシュプレヒコールで、オバマをかた
どった人形を焼くシーンやマニラの米国大使館前で抗議する反対派と警察が対峙する様子
が報道されている27。フィリピン国民の一部は、植民地時代や米軍が自由に基地を使用して
いた時代を想起し、これを契機に米軍駐留の時代が戻り、主権が侵害されるのではないか
と懸念しているようである。
対外的に懸念されるのは中国の反応である。マニラでの共同声明にて、オバマ大領領と
アキノ大統領は、南シナ海の領有権問題があることを認識し、同協定がフィリピン軍の防
衛力を高め、地域の安定と平和に貢献することを確認した。オバマ大統領は、同協定が中
国に対する対抗や囲い込みではないということを強調し、米比の協力関係を発展させるこ
とが目的だと述べた28。しかし、中国は米比新協定を自らに対する封じ込め戦略として受け
取り、警戒感を高めている29。中国との敵対関係が進行することも危惧される30。
“’Camp Sharing,’ Not Bases, for US Troops,” The Manila Times, March 16, 2014,
http://www.manilatimes.net/camp-sharing-not-bases-for-us-troops/83148/ (2014 年 4 月 7 日
アクセス)
27 “‘Unconstitutional’ US-Philippines Defence Pact to Face Legal Challenge,” South China
Morning Post, April 28, 2014,
http://www.scmp.com/news/asia/article/1498961/unconstitutional-us-philippines-defence-pa
ct-face-legal-challenge; “U.S., Philippines Accord to Allow Greater American Military
Presence,” Los Angeles Times, April 27, 2014,
http://www.latimes.com/world/worldnow/la-fg-wn-us-philippines-military-accord-20140427,
0,4255236.story#axzz30XO9qFyY (共に 2014 年 5 月 2 日アクセス)
“Philippines Says US Bound by Pact to Help,” China Daily Asia, April 30, 2014,
http://www.chinadailyasia.com/news/2014-04/30/content_15133121.html (2014 年 5 月 2 日ア
クセス)
28 “Remarks by President Obama and President Benigno Aquino III of the Philippines in
Joint Press Conference,” The White House Office of the Press Secretary, April 28, 2014.
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/04/28/remarks-president-obama-and-presi
dent-benigno-aquino-iii-philippines-joi (2014 年 5 月 1 日アクセス)
29 “Philippine pact gives US access to air, sea bases,” China Daily USA, April 29, 2014,
26
9
おわりに
今回締結された米比間協定はどのような意義があるのだろうか。
「米軍がフィリピンへ回
帰した」31と一部で報道されているが、本稿は、99 年の VFA 締結以来、合同訓練のために
米軍が巡回配備されてきた経緯があり、本協定は施設の整備と事前配備を通して、防衛協
力のレベルを一段上げる施策であることを示した。つまり、米軍の回帰ではなく、アクセ
スの拡大と理解する方が適当であろう。
また、同協定は、日本や韓国のように、安全保障に関する条約を根拠として米軍が駐留
する仕組みをもっていない。むしろ、2012 年 4 月に開始されたオーストラリア北部のダー
ウィンへ米軍の巡回派遣と同様、既存の同盟条約の上に、限定的な配備という形で軍事協
力を積み重ねるという、日米、韓米同盟とは異なる仕組みの同盟関係と言える。
では、米比新協定は沖縄にどのような影響を及ぼすだろうか。米国は、同協定の沖縄へ
の影響を否定している。4 月 27 日、イワン・メデイロス米国家安全保障会議アジア上級部
長は、フィリピン訪問前のマレーシアでの会見にて、米比新協定が沖縄に駐留する米軍に
影響があるかという質問に対し、その影響は全くないと答えた32。それは、今年 3 月に公表
された「4 年毎の国防計画の見直し(Quadrennial Defense Review 2014: QDR)」の文言
と一貫している。QDR の中で、「アジア太平洋地域へのより広範なリバランスを支えるた
め、米国は北東アジアでの強固な駐留を維持し、オセアニア、東南アジア、インド洋での
プレゼンスを高める」と明言されている33。沖縄を含む北東アジアの米軍駐留は現状維持と
いうことを意味する。
一方、基地機能や部隊が維持されても、沖縄に配置されている部隊がフィリピンに巡回
配備されることになれば、同協定が沖縄の基地負担の軽減に繋がる可能性があると考えら
http://usa.chinadaily.com.cn/world/2014-04/29/content_17472007.htm (2014 年 5 月 2 日アク
セス)
30 マニラ在住の政治アナリスト、ラモン・カシプレの発言。Stars and Stripes, “US, Philippines
Reach 10-year Deal on Troops,” April 27, 2014.
http://www.stripes.com/news/pacific/us-philippines-reach-10-year-deal-on-troops-1.280277
(2014 年 4 月 30 日アクセス) 同様に、フィリピン大学法学部のハリー・ロケ教授は「新協定は
中国との対話を閉ざし、緊張が一層高まる危険がある」と述べた。
「米比、海洋防衛を強化」
『沖
縄タイムス』2014 年 4 月 29 日、6 面。
31共同通信からの配信記事「米軍、22 年ぶり比回帰」
『琉球新報』2014 年 4 月 28 日、7 面;
『沖
縄タイムス』29 日、6 面。
32 “White House Briefing on Obama Philippines Visit, Other Issues,” United States
Embassy, April 27, 2014.
http://iipdigital.usembassy.gov/st/english/texttrans/2014/04/20140427298357.html#axzz30
WPoqKNy (2014 年 5 月 2 日アクセス)
33 United States Department of Defense, Quadrennial Defense Review 2014, p. 34,
http://www.defense.gov/pubs/2014_Quadrennial_Defense_Review.pdf (2014 年 5 月 2 日アク
セス)
10
れる。現時点では、どのような部隊がフィリピンに巡回配備されるのか、そこでどのよう
な軍事作戦を行うのかは未だ明らかにされていない。ハワイ、グアム、オーストラリアの
ダーウィンと合わせて巡回配備の体制が構築されることも予想されている34。海兵隊がパラ
ワン島に、南シナ海の監視のため前進指揮所を建設することを検討しているとも報じられ
ている35。米比新協定がどのように具体化されていくのか、今後の動向に注目したい。
視点をアジア太平洋地域全体に転じたとき、米比間の新協定は沖縄とって必ずしもプラ
スになるとは言えない。それは、米国と中国の対立がこれまで以上に高まると考えられる
からである。同協定によって、中国の九段線36のすぐ目の前に、米軍が配置されることにな
る。これによって、南シナ海で強引な行動をとる中国に対し、抑止が強化されるとの見方
もある37。しかし、「米国が中国の利益を尊重せず、核心的利益を損なうような行動を取っ
ている」と中国が判断すれば、行動が抑制されるどころか、対抗措置をとる可能性もある38。
結果として、フィリピンへの米軍のアクセス拡大はエスカレーションを進めてしまうこと
になるだろう。中国の強硬姿勢が東シナ海に波及することも考えられる。今後の米軍の動
向、南、東シナ海をめぐる情勢に注目しながら、引き続き、在沖米軍とその基地について
考えていく必要がある。
「米の傘 再構築」『毎日新聞』2014 年 4 月 29 日、3 面。
“Agreement Opens Door to the Philippines,” Air Force Times, May 3, 2014,
http://www.airforcetimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=2014305030028 (2014 年 5 月 7 日ア
クセス)
36 中国が、南シナ海の権益を主張するために地図上に引いた 9 本の境界線。時事ドットコムの
「時事ワード解説」より引用。http://www.jiji.com/jc/c?g=tha_30&k=2014050800861 (2014 年
5 月 2 日アクセス)
37 「米比軍事協定 両国と安保連携を深めよ」
『産経ニュース』2014 年 4 月 29 日、
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140429/amr14042903370007-n1.htm (2014 年 5 月 2 日
アクセス)
38 習近平国家主席はオバマ大統領に対し、尖閣問題や南シナ海問題について「挑発的行動を停
止すること」を求めた。さらに、常万全国防部長は、ヘーゲル国防長官との会談において、米
軍への中国周辺での偵察行動を含む三点が二大国軍事関係構築の阻害要因になる、と述べてい
る。『東アジア戦略概観 2014』防衛研究所、115-6 頁。次のサイトで閲覧可能。
http://www.nids.go.jp/publication/east-asian/j2014.html (2014 年 5 月 1 日アクセス)
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