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Vol.17 No.2 2013
ロボット支援手術の麻酔管理
松 江 市 立 病 院 麻 酔 科 北川 良憲
鳥 取 県 立 厚 生 病 院 麻 酔 科 森山 直樹
鳥取大学医学部器官制御外科学講座 麻酔・集中治療医学分野 稲垣 喜三
北 川 良 憲 松江市立病院麻酔科 医員
Yoshinori Kitagawa
プロフィール:2007年 3 月:鳥取大学医学部医学科卒業
同 年 4 月:島根県立中央病院 初期臨床研修医
2009年 4 月:鳥取大学医学部附属病院麻酔科 医員
2010年 4 月: 同 助教
2012年12月:松江市立病院麻酔科 医員
趣味:スポーツ観戦(特にサッカー)
はじめに
な取り組みとして、ロボット支援手術の中止基準を設
けたことが挙げられる。患者にとってロボット支援手
ロボット支援手術は、泌尿器科前立腺摘出術をはじ
術の継続が適正ではないと「麻酔科医が」判断した場
め、欧米では多くの領域で普及している。我が国では、
合、同センターが中止条件に当てはまるか否かを決定
2009年11月に手術支援ロボットが薬事承認され、2010
し、ロボット支援手術を中止して開腹や内視鏡手術に
年 3 月より販売が開始された。泌尿器科のロボット支
変更するものである。これは、患者の安全のために設
援前立腺全摘除術は、2012年 4 月より健康保険の適用
けられた病院全体のバックアップ機構である。
となったが、他の疾患では現在のところ自費診療が求
本稿では、ロボット支援手術の麻酔管理について、
められるという制約がある。しかし、ロボット支援手術
従来の腹腔鏡手術との差異を踏まえて述べた後に、示
のメリットは多く、今後さらなる発展が期待される。
唆に富む自験例を提示する。
鳥取大学医学部附属病院
(当院)
では、2010年10月か
らda Vinci ® Surgical Systemを用いたロボット支援手
術を開始した。同時に、診療科の垣根を越えて各科連
ロボット支援手術の注意点
da Vinci ® Surgical Systemは各機器の配置が重要で
携を図り、ロボット支援手術に限らず、より体にやさ
あり、執刀医、麻酔科医、臨床工学技士、看護師間で
しい手術が受けられるようサポートするとともに、高
術前の綿密な打ち合わせが必要である。また、術中は、
度・先進医療の安全性を確保することを理念として、
サージョンコンソールで操作している術者とのコミュ
2011年 2 月に「低侵襲外科センター」を発足させた。
ニケーションが取りにくいこともあり、普段から意見
現在は、泌尿器科・女性診療科・胸部外科・消化器外
を交換しやすい関係を構築することも重要である。
科・心臓血管外科・頭頚部外科など外科各科のほか、
ロボット支援手術では患者の不動化が重要であり、
麻酔科医、臨床工学技士や看護師がチームとなり、同
筋弛緩薬の持続投与で確実な筋弛緩を得るようにす
センターを運営している。また、同センターの画期的
る。術中は頭頚部
(気道)
へのアプローチが制限される
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臨床ワークブック
場合があり、気管チューブの位置の調整や気管内吸引
が悪化しやすい。圧外傷の危険性があるため、換気設
などが容易に行えない状況となる。これは、上部消化
定を適宜調節する必要があり、特にブラを有する患者
管や肺の手術は頭側から患者カートが近づくためであ
では気胸に注意する。換気モードは、従量式と従圧式
り、骨盤内臓器の手術ではアームが頭側からアプロー
のいずれでも酸素化能や呼吸器合併症の発生率に差は
チするためである。さらに、体側に両手が固定される
ないが、pressure control-volume guaranteed ventilation
ため術中のライン確保が困難であり、点滴ルートへの
が良いとの報告もある3)。
アプローチも制限されるため、点滴ラインは長めに準
頭低位による循環動態への影響として、血圧および
備し、静脈路は 2 本確保すると確実である。また、アー
心拍出量は増加するという報告例が多いが、問題とな
ムによる気管チューブや患者の体の圧迫に注意が必要
る可能性は少ないと考えられる。ただし、頭低位によ
である。
り心臓弁膜症が一時的に増悪したという報告例4)もあ
ロボット支援前立腺全摘除術の麻酔管理
ロボット支援前立腺全摘除術
(robot-assisted laparo-
り、弁膜疾患患者では周術期にエコー等による評価が
必要である。
頭低位により頭蓋内圧が上昇し、脳血流の低下を来
scopic prostatectomy:RALP)
では、ロボットのアー
す危険があるため脳血管障害の既往のある症例では特
ムが患者の頭側から入るため鉗子類が顔面に接触する
に注意が必要である。しかし、RALP症例において局
危険性がある。そのため、患者の顔面を保護する目的
所混合血酸素飽和度
(Regional Saturation of Oxygen:
で、当院では顔面を保護するシールドを設けている。
rSO2)
を測定した報告では、頭低位によりrSO2 が上昇
本手術は視野確保のために高度の頭低位
(30度)
および
することが報告5)されており、脳虚血のリスクは少な
二酸化炭素による気腹で行うのが大きな特徴であり、
いかもしれない。ただし、気腹による高炭酸ガス血症
それらに関連する合併症に注意が必要である。尿量が
によっても脳圧亢進は助長されるので、頭蓋内圧が亢
多いと尿道吻合時の視野の妨げとなるため、術中は尿
進している患者や未破裂脳動脈瘤が指摘されている患
道吻合時までは1000mL程度に輸液を制限している。術
者では、RALPは禁忌と考えられる。
後の疼痛は軽度のため硬膜外麻酔は行わずに全身麻酔
のみで管理し、NSAIDsによる術後鎮痛を行っている。
頭低位よる眼圧上昇に伴う眼障害が懸念される。眼
内圧の上昇により視神経乳頭の潅流圧が低下して虚血
ラインは動脈ラインのほかに開腹術への移行の可能性
となり失明することもあるが、リスク因子としては多
を考慮して末梢静脈ラインを 2 本確保しているが、心
量出血、長時間手術、緑内障などが挙げられるものの
機能低下など患者側因子に問題がなければ中心静脈路
予測は困難である。永続的な虚血性視神経障害をきた
の確保は通常要しない。
したという報告が、RALP後に 1 例、同じく頭低位お
よび気腹で行う腹腔鏡下前立腺摘除術の術後に 1 例あ
1. RALPと頭低位
る 6)。また、RALPでの眼圧上昇は、呼気二酸化炭素
分圧と手術時間との正の相関を示す7)。
我が国では、RALP 後に気道浮腫のため再挿管と
なったという報告が 2 例ある8)。稀ではあるものの、低
位置となる全ての部位には浮腫や血流およびリンパ流
のうっ滞等が起こり得るものとして対処しなければな
らない。そのために、抜管前に気管チューブのカフエ
アを抜いてリークテストを施行するべきである9)。
2. RALPは術中出血量を減らし、術後鎮痛を変えた
Fig.1. ロボット支援前立腺全摘除術における30度の頭低位
当院において2010年10月〜2011年10月に実施した
内視鏡下小切開前立腺全摘術(MIE−RP)10例とRALP
34例を後方視的に比較したところ、MIE−RPでは輸血
RALPでは、頭低位と気腹のために腹腔内臓器が頭
を要した症例が 5 例あったのに対し、RALPでは輸血
側へ押し上げられることで肺コンプライアインスが60%
を施行した症例はなかった 10)。また、RALPはMIE−
まで低下し、気道内圧が50%程度上昇する1,2)。また、
RPよりも出血量が有意に減少した(中央値987mL vs.
機能的残気量の減少や無気肺の増加を招来し、酸素化
350mL、P=0.0002、Mann-Whitney test)。これは、
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血管や神経、尿道括約筋などの重要な構造物が存在す
かったが、送気圧を 5 mmHgに減圧したところ、換気
る骨盤内に繊細にアプローチできるロボット支援手術
量が増加して酸素飽和度が90%台に回復し、血圧も上
の利点といえる。さらに、RALP後の鎮痛法として硬
昇した。
膜外鎮痛
(n=11)、PCA法によるフェンタニル持続静
今回のイベントは、胸腺剥離時に左開胸となり、二
注(n=10)、NSAIDsの静注・内服(n=13)を用いた 3 群
酸化炭素が左胸腔にも送気されたため換気量が低下
について比較したが、術後鎮痛法の違いは術後離床時
し、同時に両胸腔に10mmHgの圧が負荷されたため、
期や飲水・摂食開始時期、術後嘔気嘔吐の発生には影
静脈還流が阻害されて血圧が低下したものと考えられ
響を与えず、NSAIDsのみで管理できる可能性を示唆
る。胸腔内送気時は呼吸・循環動態に十分注意し、異
する結果を得た。
常時には送気圧を低下させる必要がある。
呼吸器・縦隔領域におけるロボット支援手術の麻酔管理
当院では、2011年 1 月に重症筋無力症に対するロ
2. ロボット支援下直腸切除時の長時間の頭低位
(20度)
のため気道浮腫を来した症例
ボット補助下での胸腔鏡下拡大胸腺摘出術を我が国で
症例:59歳男性。直腸癌に対して、ロボット支援
初めて実施し、現在では肺悪性腫瘍手術もロボット支
下直腸切除術が施行された。手術時間が11時間 9 分と
援下に実施している。
長時間となり、それに伴い頭低位の時間も合計 9 時間
重症筋無力症に対するロボット補助下胸腔鏡下拡大
19分と長くなった。手術終了時に頚部の腫脹が著明で
胸腺摘出術は、胸腔内へ炭酸ガスを送気するため、高
あり、気管チューブのカフエアを抜いて加圧するリー
炭酸ガス血症、炭酸ガス塞栓、皮下気腫などの合併症
クテストを行ったが、エアリークを認めなかった。気
のほか、換気側肺の気胸、縦隔の変位による気管チ
道浮腫のために抜管困難と判断し、気管挿管のまま
ューブの位置ずれ、胸腔内圧上昇による静脈還流量の
ICUへ帰室した。帰室後に浮腫対策としてデキサメタ
低下や心臓の圧排による血圧低下などを発症させる危
ゾン6.6mgの静注やD−マンニトール注射液100mLの点
険性があり、胸腔鏡下手術よりも慎重な呼吸管理が求
滴静注を行い、頭高位での管理を行った。その結果、
められる。胸腺摘出術では仰臥位の体位にして、アプ
甲状軟骨レベルでの頚部周囲径はICU帰室時点で47cm
ローチ側の上肢を背側に引いて固定するため、腕神経
だったが、帰室 8 時間後には44cmまで腫脹が軽減し、
叢損傷や血流障害をきたす可能性がある。このため、
吸気圧10cmH2Oによるリークテストでエアリークを確
動脈ラインあるいはパルスオキシメータを用いてアプ
認できたため、手術翌日に抜管した。
ローチ側の上肢の血流をモニタリングするようにして
いる。
肺悪性腫瘍手術に関しては、胸腔内送気を要さない
今回の気道浮腫の原因としては、長時間の頭低位が
関与していると考えられる。さらに、手術時間が長時
間に及ぶことで、術中輸液量が増加することも一因と
点で従来の胸腔鏡下手術(VATS:video-assisted tho-
考えられる。今回の症例を踏まえて当院では、術式ご
racic surgery)と 同 様 で あ る 。 各 機 器 の 配 置 や 気 管
とに術者がロボット操作を行う時間(コンソール時間)
チューブ、ライン類の管理に注意が必要な点は、他の
に制限を設けて、ロボット支援手術の中止基準の取り
ロボット支援手術と共通する。
決めを行った。
自験例の紹介
最後に
1. 胸腺摘出術中に胸腔内送気によって換気困難になっ
ロボット支援手術を安全に実施するために重要なこ
た症例11)
とは、手術に関わる全てのスタッフが適切に役割を分
症例:28歳女性。硬膜外麻酔併用全身麻酔下に、
担するとともに、チームとして問題点を共有すること
重症筋無力症に対するロボット補助下胸腺摘出術が施
行された。ダブルルーメンチューブによる分離肺換気
を行って左肺換気を18cmH2Oの従圧換気で開始後、
右胸腔にポート挿入、二酸化炭素を10L/分で送気し、
である。
引用文献
1 )Lestar M, Gunnarsson L, Lagerstrand L, et al.:
胸腔内圧を10mmHgに保って胸腔内操作を行った。胸
Hemodynamic perturbations during robot-assisted
腔内操作中に換気量が突然低下し、酸素飽和度も70%
laparoscopic radical prostatectomy in 45°Trende-
台に低下し、収縮期血圧も120mmHg 台 → 80mmHg 台
lenburg position.Anesth Analg 113:1069−1075,
に低下した。用手的換気を行っても換気量が増加しな
2011.
42
臨床ワークブック
2 )Danic MJ, Chow M, Alexander G, et al.:Anesthe-
7 )Awad H, Santilli S, Ohr M, et al.:The effects of
sia considerations for robotic-assisted laparoscopic
steep trendelenburg positioning on intraocular pres-
prostatectomy:a review of 1,500 cases. J Robotic
sure during robotic radical prostatectomy. Anesth
Surg 1:119−123, 2007.
Analg 109:473−478, 2009.
3 )Gainsburg DM:Anesthetic concerns for roboticassisted laparoscopic radical prostatectomy. Minerva Anestesiol 78:596−604, 2012.
8 ) 藤井優佳,坪川恒久,山本健:ロボット手術の最
近の動向.臨床麻酔 35:825−832,2011.
9 )Phong SV, Koh LK:Anaesthesia for robotic-
4 )Haas S, Haese A, Goetz AE, et al.:Haemodynam-
assisted radical prostatectomy:considerations for
ics and cardiac function during robotic -assisted
laparoscopy in the Trendelenburg position. Anaesth
laparoscopic prostatectomy in steep Trendelenburg
position. Int J Med Robot 7:408−413, 2011.
Intensive Care 35:281−285, 2007.
10)湊弘之,舩木一美,森山直樹,他:ロボット補
5 )Park EY, Koo BN, Min KT, et al.:The effect of
助下前立腺全摘術の周術期管理への影響−内視
pneumoperitoneum in the steep Trendelenburg
鏡下小切開前立腺全摘術との比較−,神戸,日
position on cerebral oxygenation. Acta Anaesthesiol Scand 53:895−899,2009.
6 )Weber ED, Colyer MH, Lesser RL, et al.:Posteri-
本麻酔科学会第59回学術集会,2012,P1−69−3.
11)森山直樹,玉川竜平,北川良憲,他:ロボット
補助下胸腺摘出術中に二酸化炭素送気により急
or ischemic optic neuropathy after minimally inva-
激な酸素化低下、血圧低下を認めた 1 症例,広島,
sive prostatectomy. J Neuroophthalmol 27:285−
日本麻酔科学会中国・四国支部第48回学術集会,
287, 2007.
2011,P07−02.
43
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