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総 説 体内時計と光周性 - Kyushu University Library

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総 説 体内時計と光周性 - Kyushu University Library
福岡医誌 103(2):29―34,2012
29
総
説
体内時計と光周性
1)
九州大学大学院医学研究院 臨床検査医学分野
カリフォルニア大学サンディエゴ校 生物科学部
2)
澤
真理子1)2),Steve A. Kay2)
はじめに
体内時計は地球上の多くの生物に見出される分子機構であり,昼夜の環境変化に個体の生理現象を適応
させる重要な役割を担っている.体内時計は,一日のリズムを生み出すばかりではなく,日長の変化に応
答した光周性の基盤ともなっている.本稿では体内時計の概要と,分子レベルでの解明が最も進んでいる,
モデル植物シロイヌナズナにおける光周性花成を具体例として光周性の分子メカニズムについて紹介する.
1.体内時計
地球上の生物は,地球の自転に伴い昼夜の明暗サイクルや温度の変動といった規則的な環境の変化にさ
らされている.このような環境の変化に適応し個体の生命活動を効率的に行うために,菌類,藻類,植物,
動物など多くの生命は体内時計という分子機構をもとに様々な生理現象を制御している1).体内時計は,
光や温度,食事といったシグナルにより同調され,リズムを発振し,様々な生理現象を時間特異的に制御
する(図1)
.体内時計と環境シグナルは密接に関係しているが,その一方で体内時計の大きな特徴のひと
つは,一定の環境でもリズムを刻み続ける点である.この特徴により,生命は一過的な環境の変化に惑わ
されずに個体の生命現象を持続することができる.さらに,体内時計を持つことで,これから起こること
が予想される環境の変化に対し,準備をすることが可能になる.
例えば,動物では体温,摂食,代謝,睡眠と覚醒のサイクルなど様々な生理現象が体内時計により制御
されている2).植物では,胚軸の伸長や葉の上下運動,気孔の開閉が体内時計の制御下にあることが知ら
れている3)4).アカパンカビの増殖パターンは体内時計の制御下にあり,明暗のサイクルのない条件及び
温度が一定な条件下でも日周期的な増殖を示す.この現象は,昼間の紫外線を避け夜間に DNA の複製を
行うことで,遺伝情報をより安定的に伝達した結果と考えられる.さらには,地球の自転の影響しない宇
宙空間においてもアカパンカビは,約 23 時間の周期を保つことが報告されている5).最近,ソマリアの光
の届かない地下洞窟に数百万年前から生息する魚にも体内時計が存在することが報告された6).この魚は,
光受容体に変異がある上に目が退化しており,全く光に応答しない.しかし,餌によって体内時計を同調
させ約 47 時間の体内リズムを持ち続けている.この様に,生物の種や生息する環境に関わらず,体内時計
は地球上の多くの生命活動に密着した機構といえる.
体内時計の基本構造は,遺伝子発現のフィードバックループから成り立つ7).このフィードバックルー
プを構成する因子は,動物,植物,菌類で大きく異なる1).哺乳類では CRYPTOCHROME(CRY)1,2,
PERIOD(PER)1,2,BRAIN AND MUSCLE ARNT-LIKE PROTEIN(BMAL)1,CLOCK が主要因子
であることが良く知られている.BMAL1 と CLOCK は二量体を形成し CRY,PER 遺伝子の発現を活性
化する8).一方で,CRY,PER タンパク質は BMAL1,CLOCK の働きを抑える.そのため,BMAL1,
Mariko SAWA1)2) and Steve A. Kay2)
Department of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University
2)
Section of Cell and Developmental Biology, Division of Biological Sciences, and the Center for Chronobiology, University of California, San Diego
Circadian Clocks and Photoperiodism
1)
30
澤
図1
真理子
・
Steve A. Kay
体内時計の模式図.体内時計は遺伝子発現のフィードバックループから成り立ち,リ
ズムを発振し,様々な出力系現象(体温の変動や睡眠と覚醒のリズムなど)を制御する.
体内時計は,光の質や量,日長の長さ,温度,食事といった入力系シグナルによりリ
セットされる.発振系では,体内時計を構成する因子がいつ発現するかによって時間と
いう概念が生み出される.発振系を担う因子は生物種によって大きく異なるが,複数
の遺伝子発現のフィードバックループから成り立つという点では保存性が見出される.
CLOCK により発現が誘導された CRY,PER は自身の発現を減速させる.植物では全く異なる因子が体
内時計を構築している.植物の体内時計では午前中に発現のピークを迎える遺伝子,LATE ELONGATED HYPOCOTYL(LHY)や CIRCADIAN CLOCK ASSOCICATE(CCA)1 が,夕方から発現する
TIMING OF CAB(TOC)1 や GIGATEA(GI)などの遺伝子の発現を抑制している9).夕方から発現する
遺伝子群のプロモーター領域にはイブニングエレメントと呼ばれる保存された配列がみいだされ,LHY
や CCA1 はその配列を認識し抑制的に機能するとされている10).一方,夕方発現する時計因子は,午前中
に発現する遺伝子の誘導に関わる.実際には,さらに多くの因子が体内時計の構成因子として,幾重にも
なるフィードバックループを組み,概日リズムを生み出している.さらに,体内時計の遺伝子発現機構で
は,クロマチン構造レベルの制御も重要である11)12).また,概日リズムの構築には,遺伝子発現のみでは
なくタンパク質の安定性や修飾も重要である13)14).
2.光周性
赤道直下の地域を除き,地球上の生命は一年を単位とした規則的な日長の変化のもとで生存している.
日長の変化はこれから訪れる季節の変化を予測する上で重要な手がかりとなる.なぜならば,温度やその
他の環境の要因は年により大きく変動するが,日長の変化はぶれることがないからである.日長の変化に
応答した現象は,光周性と呼ばれる.動物の繁殖の時期や毛変わり,鳥の渡りなど様々な光周性が知られ
ている.体内時計のもうひとつの重要な側面は,このような光周性の基盤となっている点である.光周性
は植物で初めて報告され,現在のところ,モデル植物シロイヌナズナにおける光周性花成の分子機構が,
光周性のなかで最も分子レベルでの解明が進んでいる15).
シロイヌナズナは長日条件下(明期が暗期よりも長い条件)で,花を咲かせる(光周性花成).これまで
の研究から,体内時計を構成する因子の変異体の多くが花成時期に異常を示すことから,体内時計と光周
性花成の関連が示唆されてきた16).体内時計をもとに,どのように日長の変化を感知して生理現象を制御
するのかを説明するために,外的符号モデルと内的符号モデルという二つのモデルが提唱されている(図
2)
.外的符号モデルとは,日長条件と内在性のシグナルがある日長条件下のみで一致し,シグナルが誘導
されるというものである.一方の内的符号モデルとは,内在性のシグナルがある日長条件下のみで一致す
るというものである.シロイヌナズナの花芽形成は,長日条件特異的に CONSTANS(CO)が花芽誘導ホ
ルモンである FLOWERING LOCUST(FT)の発現を活性化することで誘導される17).CO 遺伝子の発
現は体内時計の制御下にあり,午後にピークを迎える.さらに,CO タンパク質の安定性と活性は光依存
体内時計により日長変化を感知する分子機構
図2
31
日長の違いを感知するための機構モデル(長日条件特異的な応答の場合)
.光周性
のメカニズムとして二つのモデルが提唱されている.外的符号モデルとは,環境
シグナル(例として光)と内在性のシグナル(X)の同調により,誘導シグナルが
オンになるというモデル.短日条件下では X の発現ピークが明期と一致しないた
めに誘導シグナルが十分に活性化されない.一方,長日条件では X の発現ピーク
が明期が一致することで,誘導シグナルが活性化される.内的符号モデルとは,内
在性のシグナル(X と Y)の同調によるシグナル誘導機構.短日条件の場合 X と
Y のピークがずれるので誘導シグナルが弱い.一方長日条件では X と Y の発現
時間帯が一致し誘導シグナルがオンになる.光周性の例として,哺乳類の冬眠,鳥
の渡り,植物の花芽形成などがあげられる.シロイヌナズナは長日条件で花芽形
成が誘導される.
図3 光周性花成には3段階の符号が重要である.(a)CO 遺伝子発現の制御図.CO 遺伝子は午後に発現ピークを
迎える.朝方は,CDF1 により発現が抑えられている.午後になり,GI および FKF1 が発現し複合体を形成す
ると,CDF1 の分解が誘導され CO 遺伝子の発現が促される.これまでのところ,CO 遺伝子発現を直接活性
化する因子は同定されていない.GI-FKF1 複合体には他の因子が結合している可能性も考えられる(図中 X).
(b)GI-FKF1 複合体の形成は,① FKF1 の発現と明期の外的符号,② GI と FKF1 の発現の内的符号,③ CO
発現と明期の外的符号,という3つの符号により制御されている.
的であることから,長日条件下でのみ CO の発現ピークが明期にあたり,CO タンパク質が機能する.こ
の機構は,外的符号モデルにもとづいた制御機構といえる18).CO 遺伝子発現に関しては,植物の体内時
計中枢因子 GIGANTEA(GI)と,体内時計により発現が制御されている F-box タンパク質,FLAVIN-BINDING,KELCH REPEAT,F-BOX 1(FKF1)および Dof ファミリータンパク質 CYCLING DOF
FACTOR(CDF1)が重要であることが報告されていた19)~21).CDF1 は朝方発現し,CO 発現を抑制する.
FKF1 は午後に発現ピークを迎え光依存的に CDF1 のユビキチン化および分解を誘導する.そのため,
CDF1 のタンパク質量は FKF1 が発現のピークを迎える午後に減衰し,それに伴い CO 発現が誘導される
(図3)
.花成が誘導されない短日条件下では,CO 発現は日没後にピークを迎え CO タンパク質が安定化
されず機能しない.一方,花成誘導条件である長日条件では,CO 発現のピーク時が明期にある.そのた
め CO タンパク質が花成ホルモンである FT 発現を促し花成が誘導される.つまり,CO 発現のピークが
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澤
図4
真理子
・
Steve A. Kay
光周性花成を担う因子のタンパク質,GI と FKF1 の発現パ
ターンと結合形式22).(a) 短日および長日条件下におけ
る GI と FKF1 タンパク質の発現パターン(下3段)
.内在
性プロモータの制御下で,TAP 標識した GI または HA 標
識した FKF1 を発現させ個体内でのタンパク質発現パター
ンを3時間ごとに観察した.GI と FKF1 の発現ピークは長
日条件では,ほぼ一致していた.一方短日条件化では,GI
の 発 現 ピ ー ク(図 中 ピ ン ク の 星 印)が 約 6 時 間 早 ま り,
FKF1 の発現ピーク(水色星印)とはずれが生じている.
(b) GI および FKF1 の内在性の発現パターンの模式図.
GI の発現ピークが短日条件下では早まり,FKF1 との複合
体が長日条件下に比べると短時間に抑えられている.花成
を誘導する長日条件では,GI と FKF1 の内的符号がおきて
いるといえる.FKF1 と GI の複合体系性には光が必要であ
る(外的符号の必要性).そのため,長日条件では,GI と
FKF1 が明期の同じ時間帯に発現ピークを迎えることで,
GI と FKF1 の結合は長日条件でおり多く観察されると考え
られる(図4(a),上2段).
ある一定の時刻に保たれていることが,日の長さを識別する鍵となっている.さらに,筆者らの解析から
CO 遺伝子発現に重要な,FKF1 による CDF1 分解には GI と FKF1 の光依存的な複合体形成が必須であ
ることが分かった22).興味深いことに,GI と FKF1 のタンパク質の発現ピークは長日条件ではほぼ一致
するが,短日条件ではピークの時期がずれ複合体の形成量が長日条件に比べ減少する(図4).つまり,
CO による花成誘導は,① GI と FKF1 光依存的な複合体形成(外的符号) ② GI と FKF1 の発現時間帯
の一致(内的符号)
,さらに③ CO 発現と光という外的符号の3つの符号により成り立っているといえる
(図3).これまで,光周性花成は CO 発現と光の有無という外的符号で討論されてきた.しかし,CO 発現
の時間的制御には更なる外的符号と内的符号が存在した.このように幾つかの制御機構が日長変化に伴っ
て微妙に変化しつつお互いの均衡点で,個々の標的遺伝子がいつ発現するかという時間を決めているのか
もしれない.
3.今後の課題
体内時計は細胞レベル,組織レベルそして個体レベルと様々な階層で機能している23).特に哺乳類では,
あらゆる細胞が独自の体内時計をもつことが示されている.その中で,視交叉上核は目からの光情報を受
け取り個体レベルでの時計中枢として機能している.しかし,肝臓の体内時計は視交叉上核からのシグナ
ルではなく,食事によりリセットされることも明らかである24).一細胞のもつ概日リズムがどのように組
織レベルでまた個体レベルで統合されているのかについてはまだ不明な点が多い.一方で概日リズムが乱
れると,個体レベルでも様々な障害で起こる26).異なる時間帯の地域への移動や夜間労働は,疲労,不眠
など身体機能に負の影響を与える.特に長期的な概日リズムの乱れは心疾患のリスクを高める.体内時計
体内時計により日長変化を感知する分子機構
33
がどのように一細胞から組織,個体レベルで統合されていくのかを知ることは,24 時間化の進んだ現代社
会の中で重要な課題ともいえる.ヒトの光周性に関わる障害としては,季節性感情障害や統合失調症が知
られている.植物の体内時計の中枢機構は動物との保存性は少ないが,植物は地球上の主な酸素の供給者
であり,多くの生物の生存に欠かせない.また,植物は食料として人類の存続必須であるばかりではなく,
生薬,抗体産生など生命科学の分野で有用資源として広く活用されている.植物の生産性は,個体が 24 時
間の周期で栽培されたときに最大化することが報告されている25).体内時計は生物種を問わず,地球上の
生命の基盤と直結しているといえる.今後,様々な生物種での体内時計の仕組みが明らかにされることが
期待される.
参 考 文 献
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