Comments
Description
Transcript
入札競争を考慮した企業買収におけるデュー・デリジェンス
入札競争を考慮した企業買収におけるデュー・デリジェンス期間の最適化 1X07C084-1 寺田起也 指導教員 大野髙裕 1. はじめに v. 買収企業の利得は,ターゲットに対する評価額と買 企業買収における入札とは,ターゲット企業に対して 収価格の差額であり,両企業はリスク回避的とする 複数の買収を希望する企業が存在し,ターゲット企業に vi. ターゲット企業は買収企業に対し,最低買収価格 R とって最良の入札を提示した企業が買収する方式である. 株式公開買付において複数の企業が名乗りを上げる場合 を提示する 次に,買収企業の行動について記述する.企業 A は時 には,広義には入札方式と同じような形式になると考え 点 0 において期間 TA の DD を実施し,時点 TA におい られる.入札方式で実施される企業買収において,買収 て,以下の 2 つの入札戦略を選択する. 企業側が考慮すべき問題点として 2 点が挙げられる.1 点 1) 先取り戦略—企業 B が入札を躊躇するように入札額 目は競合他社の入札が買収企業の入札戦略に与える影響 であり,2 点目は入札競争の激化による買収価格の過度な 引き上げである.これらを解決するには,入札競争にお を高く設定する戦略 2) 競争戦略—入札競争を前提として入札額を設定する 戦略 ける競合他社の行動を考慮した入札戦略の構築と,買収 企業 A は入札戦略を決定し,入札額 bA で入札を行なう. 企業による適正なデュー・デリジェンス (DD) の実施が 最後に,企業 B は時点 TA において,企業 A の入札額を 必要であると考えられる.DD とは,ターゲット企業に対 観測したうえで,DD の実施の有無,及び DD の実施期 してその実態や問題点を把握し,買収企業にとって適正 間 TB を決定する. な企業価値を算出するための調査活動である.DD を長 2.2. 定式化 期間実施することで,ターゲット企業における事業,財 務内容の実態把握や検証の精度は増し,企業買収におけ まず,DD の実施期間中にターゲット企業に対する買収 企業の評価額 Vi が, るリスクは軽減するが,一方で多くの費用を費やすこと dVi = σi Vi dZi になる. そこで本研究では,ターゲット企業に対する買収企業 の入札行動モデルを構築することで,買収企業における 最適な DD の期間及び入札戦略を分析することを目的と (1) で表される幾何ブラウン運動に従うものとする.ここで, σi は企業 i の評価額のボラティリティ,dZi は標準ウィ ナー過程である.すなわち,企業 i の最終的な評価額は する. Vi∗ = Vi (Ti ) である.次に,DD の実施期間によって評価 2. 提案モデル 額のボラティリティと DD のコストが変動するとし,以 本節では,ターゲット企業に対する買収企業の入札行 動のモデル化を行なう.Smit et al. [1] は,入札競争を考 慮した 2 社の買収企業の入札戦略をリアルオプション・ ゲームを用いて分析している.しかし,買収企業が実施 する DD の期間を外生的に与え,両企業で同じ期間とし ている.本研究では,買収企業が実施する DD の期間を 内生的に最適化するモデルへ拡張を行なう. 下の関係式を仮定する: σi = a √ , (Ti + α) Ti Ii = βTi + I0 . (2) また,買収企業 i の CRRA 型の効用関数を U (x) = − γ1i exp(−γi x) と特定する.ここで,α, a, β, I0 は定数, γi は相対的リスク回避係数である. 次に,企業 B の行動を示す.時点 TA において,企業 B は期待効用を最大化するように,DD の実施の有無及 2.1. 状況設定 モデルの構築にあたり,以下の状況設定を行なう. び実施期間を決定する.DD への投資を,入札する権利が i. ターゲット企業に対して 2 社の買収企業(A,B )が 得られるオプションとして表現することで,DD へ投資 存在し,買収は入札方式で実施する ii. 入札は企業 A,B の順に実施し,入札競争となる場合 は自身の評価額まで入札額を引き上げていく iii. 企業 i は入札をする前に,一定の期間 Ti の DD を実 施して,ターゲットに対する評価額 Vi∗ を決定する iv. 買収企業 i は DD の開始時点で実施期間に応じてコ スト Ii を支払う する場合の期待効用は i h ` ˘ ¯´ C =E e−rTB U max VB∗ − VA∗ , 0 + U(−IB )|bA ,TA (3) と表わされる.ここで,r は割引率である.更に,DD へ 投資しない場合の効用と比較し,DD の実施の有無を決 定する.すなわち企業 B の期待効用最大化行動は次式で 表わされる. Subgame 1 yti ilt U de tc ep xE Subgame 2 A DD of the period B DD of the period Bidding No Investment 図 1. 買収企業の行動 ȷ ff max max {C} 1{sB =1} + N 1{sB =0} s.t.(1)∼(3). (4) sB TB ここで,N は DD へ投資しない場合の効用であり,sB は 企業 B の投資戦略である. 最後に,企業 A の行動を示す.時点 TA において,企 業 A は各戦略から期待効用の大きい戦略を選択する.競 争戦略の期待効用は, h ` ˘ ˘ ¯ ¯´i D = E e−rTB U max VA∗ − max VB∗ , R , 0 で表わされ,先取り戦略の効用は確定的に n o” “ P reA = U VA∗ − max bimp A ,R で表わされる.ここで,bimp A DD period 図 2. 企業 A の DD 期間と期待効用との関係 *B T do ir ep D D la m tip O (5) Invest Not invest Initial bid price 図 3. 企業 A の入札額と企業 B の最適な DD 期間 (6) が分かる.これは,ターゲットに対する評価額に関する 不確実性の減少が,企業 A の効用を高めるためと考えら = min {bA : C(bA ) < N } で れる.また,次第に減少へ転じているのは,DD のコスト ある.すなわち時点 TA における企業 A の期待効用は n o Dmax = max D1{sA =1} + P reA 1{sA =0} (7) の増加によるためと考えられる.これらのトレードオフ sA で表わされる.ここで,sA は企業 A の入札戦略である. ∗ が定まる. により,企業 A の最適な DD 期間 TA 次に,図 3 に,A の入札額 bA に対する企業 B の最適 ∗ ∗ ) を示す.企業 A の入札額が小さい (bA , TA 反応戦略 TB 更に,時点 0 において企業 A は効用を最大化するように とき,企業 B の最適な DD 期間は変化しない.これは, DD 期間を決定する.すなわち,時点 0 における企業 A 企業 A の入札額が低いとき,企業 A の評価額に関する情 の期待効用最大化行動は次式で表わされる. ȷ ff Z ∞ max e−rTA f (v)Dmax dv + U (−IA ) 報を得られないためと考えられる.また入札額が大きく TA なると,企業 B の DD 期間は長くなる.これは,企業 B が買収価格が高くなると予測し,より精度の高い DD を 0 s.t. (1) ∼ (7). (8) 行なうためと考えられる.最後に入札額が一定値を超え ると DD を実施しないのは,企業 A の入札額が高いため, ただし,f (・) は VA∗ に関する確率密度関数である. 企業 B の評価額がそれを上回る可能性が低くなると考え 2.3. 解法 るためである. 本研究のモデルでは,両企業の入札行動を展開型ゲー 4. おわりに ムと捉え,図 1 のように意思決定主体ごとのサブゲーム 本研究では,2 社による入札競争を考慮した企業買収に に分解する.これらを後ろ向きに解くことで,均衡解を おいて,DD 期間及び入札戦略の最適化を行なった.DD 導出する.ただし,(3), (5) 式は解析的に解けないため, のコストと精度によって,最適な DD 期間が決定される 数値的に解く.数値解を導出する上で有限差分法を用い, ことを示した.また,企業 A の入札額によって,企業 B 買収企業における最適戦略を導出するための最適化手法 の最適な DD 期間が変化することが分かった.今後の課 として黄金分割法を用いる. 題としては,今回は独立としたターゲットに対する評価 3. 数値実験 額に関する買収企業間での相関の考慮などが考えられる. 図 2 は,企業 A が実施する DD 期間 TA を変化させた 1 参考文献 ときの期待効用の変化を示している .企業 A が実施す [1] Smit, H. T. J., Berg, W. A. and Maeseneire, W. D.: る DD 期間の増加にしたがい,期待効用は増加すること “Real Options Bidding Games,” under review (2006) 1 パラメータは,初期値 VA (0) = VB (0) = 100, 最低買収価格 R = 80, リスク回避係数 γA = γB = 0.08, 割引率 r = 0.001,定数 a = 0.5, α = 1.0, β = 1.0, I0 = 1.0 を用い,DD 期間 Ti = (0, 20] とする. [2] Fishman, M. J.: “ A Theory of Preemptive Takeover Bidding, ” RAND Journal of Economics, Vol.19, pp.88– 101 (1988)