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パスダーマジャン『百貨店論』を読む
オンライン ISSN 1347-4448
印刷版 ISSN 1348-5504
赤門マネジメント・レビュー 3 巻 10 号 (2004 年 10 月)
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
―百貨店の機能と革新性再考―
宮副
謙司
東京大学大学院経済学研究科
E-mail: [email protected]
要約:百貨店の業態としての革新性について、パスダーマジャンは従来の百貨店論が
論じる販売手法の革新や商品・資金の高回転よりも、複合化した商品系統を市場変化
に応じて最適化する機能と、売場の繁閑に応じて販売人員配置を調整する機能に着目
する。この 2 点を合わせた店舗運営機能を「統合管理機能」とすれば、筆者はこの機
能を小売業で初めて構築したことに百貨店独自の革新性があると考える。
キーワード:百貨店の基本機能、業態として革新性、統合管理機能
1. はじめに
1-1. 日本の百貨店の構造課題に関する二つの視点
現在の日本の百貨店は、収益性が低い、企業・店舗ごとの個性が乏しい、成長性のある将
来像が描けていないなどの多くの課題を抱えている。1904 年三越呉服店のデパートメント
ストア宣言から 100 年が経ち、これまで日本の百貨店が業態革新を起こし、小売業界や関連
産業を牽引してきたにもかかわらず、そのような現状なのである。
そもそも百貨店の業態としての革新性とはいかなるものだったのか。そしてそれは 100 年
のうちにどのように変化し、結果として喪失してしまったのだろうか。
改めて日本の百貨店の課題をみてみると、① 欧米の百貨店と比較して日本の百貨店の特
徴とされる施策や制度に起因する課題(特性的課題)と、② 1990 年代のリストラ期に日本
の百貨店が自ら選択し取り組んだ収益改善のための施策に起因する課題(今日的課題)とい
う二つに分類できる。
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©2004 Global Business Research Center
www.gbrc.jp
宮副
謙司
1-1-1. 日本の百貨店の特徴に起因する課題
まず、第一に、欧米の百貨店と比べての日本の百貨店の特徴は、欧米の百貨店にない多く
の機能や制度が付加され取り組まれているということである。すなわち、百貨店は、経営指
標の目標である商品回転率の向上のために広告や商品陳列、バーゲンセールなど多くの施策
を展開するが、日本の百貨店はさらに独自の施策を付加してきた。1
例えば、集客性向上のために文化催事機能(文化催事場・劇場など)、飲食機能(大食堂・
レストラン街など)が店舗に付加された。またアパレルファッションを中心に委託取引によ
る仕入れ、販売機会の拡大や専門販売力の期待から取引先からの派遣販売員を売場に配置す
るとともに、店頭での販売とは別に外商などの店舗外の販売チャネルも保有した。これらは
欧米の百貨店にはほとんどない機能や制度である。このような積み重ねにより日本の百貨店
は、明らかに欧米の百貨店よりも管理するべき範囲や項目が拡大し、一層複雑で高度な運営
管理が要請されることになったと解釈できる。2
そもそも、百貨店は、誕生当初、販売力のない社員でも売れる仕組みとして定価正札販売
や陳列販売を導入し、当時の既存業態に比べ「業務や制度の簡素化」を図ることで業態革新
を実現したとされるが、日本の百貨店の場合、前述のように商品回転率向上の施策が開発、
強化され、仕入形態や販売形態が多様化したために管理が複雑化し、その業態の革新性から
大きく外れてしまったと言えるのである。
またそうした運営管理の複雑さも、前例や過去の経験を積んだ優秀な店舗経営者によって
属人的に対応できていた時代もあった。(経験豊富な優秀な店長による運営で成り立つ「店
長産業」という言い方がしばしばなされるのはこの点からである。)しかし 80 年代以降の百
貨店を取り巻く競争環境の変化、消費者の購買意識・行動の多様化などから運営管理の高度
化が一層要請されており、従来の属人的な店舗運営では単店舗についてでさえ難しい状況に
なっている。ましてや欧米の百貨店のように多店舗を標準的にチェーンオペレーションする
までには遠く及ばない。これが日本の百貨店の実情である。
1-1-2. 90 年代以降とられた百貨店改革施策に起因する今日的課題
第二に、日本の百貨店の今日的課題は、特に 1990 年代のバブル経済崩壊以降のリストラ
1
2
百貨店が草創期から高い商品回転率の達成を目標とする業態であることは、田村 (2001), p. 212 など
にある。
欧米の百貨店の場合、基本的に仕入形態は買取が中心、販売形態はプロパー1 本であるが、日本の
場合は、仕入形態では買取に加え、委託、消化の形態がある。また販売形態ではプロパーに加え、
催事、外商と分化している。そのマトリックスで百貨店運営形態を考えてみても日本の百貨店の場
合、多様化していることが明らかである。
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パスダーマジャン『百貨店論』を読む
期に進んだ商品系統の絞込みと、従来構成していた商品系統の外部化にあると考える。
すなわち、短期的な収益性の向上のために取り組まれた改革施策は、① 婦人服をはじめ
とする衣料品売場の拡大、家具や家電・スポーツ用品など雑貨関連売場の廃止、あるいは ②
それらの扱いをテナントに委ねる、言いかえれば外出しするというものだった。
例えば、
全国百貨店の商品別売上構成比を 1991 年と 2001 年で比較すると、
婦人服は 21.5%
から 25.3%へと上昇。一方家具は 6.0%から 2.7%へ減少するなど大きく変化している。(麻倉,
大原, 2003)3
また百貨店店舗への大型テナント導入、あるいはテナントビルへの業態転換は多くの事例があ
る。例えば、前者では三越新宿店、横浜店への大塚家具の導入、高島屋新宿店、日吉東急、松屋
浅草、丸広百貨店へのベスト電器の導入、京急百貨店へのヨドバシカメラ、小田急新宿店へのビ
ックカメラ出店など数多い。後者では京都近鉄百貨店、三越新宿店、数寄屋橋阪急、大井阪急な
どの都市部店舗で業態転換が増加している。
このような施策は、百貨店が自ら管理可能な領域を減らすことにつながった。また、店作
りの面においても各社同様な商品構成に陥り、企業・店舗個性を弱めることになった。すな
わち、百貨店が短期的に収益向上のために行った改革施策が、10 年を経て、さらに長期的
にみるならば自ら百貨店業態の衰退を促進するという皮肉な結果になったのである。
以上のように日本の百貨店は高い運営管理能力が要請される状況にある一方で、商品取
扱いの外部化によって管理範囲を狭めるという対応を行っている。これでは業態として将来
の成長が描けるわけがない。百貨店が衰退産業とされる論拠はここにあると認識される。
1-2. 百貨店の革新性再考への示唆を提供するパスダーマジャン「百貨店論」
上記のような問題意識のもとに、再度、百貨店の基本機能及び業態としての革新性を確認
するべく文献サーベイを進めたところ、そのひとつの手がかりとしてパスダーマジャン
(1954)『百貨店論』を見出した。4 本書はジュネーブ大学教授で国際百貨店協会事務局長を務
めたヘンリー・パスダーマジャンにより 1954 年執筆されたものである。日本では、片岡一
郎によって翻訳され 1957 年に出版された。
1-2-1. 本書の特徴
本書については三つの特徴があげられる。第一に、1954 年時点において欧米百貨店の歴
3
4
麻倉・大原 (2003), p. 9
Pasdermadjian, Henry (1954). The department store: Its origins, evolution and economics. London: Newman
Books. 邦訳, パスダーマジャン (1957)『百貨店論』片岡一郎 訳. ダイヤモンド社.
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史を草創期(1860-80 年)、躍進期(1880-1914 年)、変革期(1920-40 年)と 3 期に分け、各
期における百貨店業態の展開状況と、その当時の小売業での位置づけから見た百貨店の特徴
とその変化を追っている。草創期における百貨店誕生のインパクトから、1880-1914 年、
1920-1940 年と時代を追って新たな競合の台頭や社会与件の変化に伴って、百貨店がおかれ
る環境が変化しそれに伴って課題を抱えていく。また当初の革新性が他の業態に取って代わ
られ、それに対抗して百貨店がさらなる差別化を打ち出し、それがまた追随されるという百
貨店の戦略展開の変遷が丹念に記述されている (chaps. I-III; 邦訳 1-3 章)。
第二に、
「百貨店の経済学」ということで、1928 年のハーバード大学経営調査研究所の百
貨店データをもとに、商品部門構成、顧客層の差異、立地、規模などの店舗性格あるいは、
回転率、値下げ、価格などの各指標が百貨店の業績にどのように影響するかを分析している
(chap. IV; 邦訳 4 章)。
第三に、本書の後半を占める「百貨店の将来」の記述では、単に百貨店のあるべき像やビ
ジョンが語られるのではなく、経営要素に沿って現状課題を明らかにし、それぞれについて
解決の方向性を示唆した綿密な内容になっている。
(1950 年代当時の欧米の百貨店に、消費
の変化、チェーンストアなどの競合の台頭の中で危機意識が強くもたれていたことが伺われ
る。)百貨店の将来についてのパスダーマジャンの結論は、百貨店の基本的特性を見失わず、
一層の差別化を模索するべきということであり、その可能性を主張している (chaps. VI-VII;
邦訳 6-7 章)。
1-2-2. 百貨店の基本機能についての考察
百貨店の発展史が 3 期に分けて述べられる中で、一貫して読み取れるものは、百貨店の基
本機能は何か、あるいは経営の基本原理は何かということの探求である。
本書で取り上げられる百貨店の基本機能は、五つの機能に整理できる。第一に、大量生産
製品の大量販売機能(安定供給機能)である。百貨店は産業革命以降誕生した当初唯一の近
代的な大型小売業であり、大量生産される商品を大量に仕入れ、機能を発揮した (pp. 3-4,
10-12; 邦訳 pp. 17, 26-27)。
第二に、百貨店は大規模店舗に生活関連商品を幅広く品揃えし消費者にワンストップで価
値提供する機能を持った。それはバザールのような単なる集積性でなく万国博覧会の陳列手
法に沿った商品分類による品揃えで、当時の消費者に大きな利便を与えた (p. 22; 邦訳 p. 42)。
第三に、百貨店は消費者と生産者をつなぐ位置にあり、消費者の代理機能として生活実用
品から生活提案商品を提供する商品企画・編集機能を発揮した (pp. 34, 122; 邦訳 pp. 61, 189)。
しかもその取扱商品は確実な品質を伴ったものであったため、百貨店の商品仕入に関する一
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パスダーマジャン『百貨店論』を読む
定の品質管理機能が消費者から信頼され、百貨店のブランド性は高く安定的なものになった
と考えられる (pp. 160-161; 邦訳 pp. 247-248)。
第四に、幅広い生活関連商品の調達と品揃え編集機能(購買代理機能)である。百貨店は
商品をより低価格でも十分採算のとれるようにすることによって多数の商品の価格を引き
下げた。この点を消費者側からみれば、百貨店の主たる活動は、従来ぜいたく品(最高の所
得層の利用する商品)とされてきた商品を、中産階級にも購入しやすくし、手近なものに変
えたことになる (p. 125; 邦訳 p. 193)。
第五に、消費者へ向けた店舗を媒体とした情報発信機能である。百貨店は単位店舗規模が
大きく、しかも都市部に立地し多層階の建物で成り立っている。そこでは生活実用品にとど
まらず、生活提案性のある商品の編集・紹介もあり、また百貨店の店舗を情報媒体と捉えた
生活文化や生活情報の発信が常時行われ、消費者の生活向上意識や消費行動にインパクトを
与えた (p. 32; 邦訳 p. 58)。加えて、百貨店が店内にエレベーターやエスカレーターなどの最
新設備を配備して消費者にショッピング行動(単に購買だけでなく商品を見て回ることも含
めた行動)の体験を提供したことも、百貨店が他の小売業態にない拠点としての存在意義を
もたせることにつながった (pp. 10-11; 邦訳 p. 28)。
1-2-3. 百貨店の経営原理についての考察
百貨店経営の基本原理として多くの百貨店論でとりあげられるのは、商品と資金の高回転
のメカニズムである。すなわち低価格、低マージンによって販売量を向上させ商品回転率を
高める。それを次の仕入れに反映させ結果として利益を確保するというものである。しかも
現金取引を原則としたことで現金で商品代金を回収し、仕入れ代金の決済に回す資金の高回
転を実現し、
また有利な仕入条件に結びつけるメカニズムである (pp. 3-4, 10-11, 36; 邦訳 pp.
17, 26, 63)。5
しかしパスダーマジャンは、百貨店経営の基本原理として、さらに以下の 4 点を強調して
いる。第一に、百貨店はひとつの経営意思のもとで店舗運営されるという点である。パスダ
ーマジャンは、「百貨店は最も集中的な小売の企業形態であり、一つ屋根の下にいくつかの
商品系統(Merchandise Line)をまとめることは、百貨店にとって創設以来、発展の基本的
手段であった」とする (p. 149, 邦訳 p. 231)。6
5
6
鹿島 (1991), pp. 32, 38-42、田村 (2001), p. 212 などが指摘している。
この基本原理については日本の戦前の百貨店論でも取り上げられ、この点については各研究者の意
見が一致している。松田 (1939) は百貨店を「多種類商品を合理的組織の下で販売する、統一せら
れた大規模小売店」と定義し組織面での一体的運営性を強調した (松田, 1939, p. 2)。
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第二に、部門別管理と集中的経営という点があげられる。百貨店は非常に多くの様々な商
品系統で構成されるが、各々の商品系統は店舗内に独立した売場を持ち、それぞれ専門の仕
入係と販売要員を擁し、独立した会計がなされた(「部門別管理」の導入)。また企業の全販
売部門に奉仕する補助部門の非販売活動(会計、広告、陳列、信用、顧客サービス、配達、
現金処理など)を集中することによってかなりの合理化が図られた。このことが近代経営の
特徴とされる「集中的経営」であり、小売業では百貨店が初めて導入し、専門店やその他の
店舗に比して大きな集中および大規模生産の利益を確保した (pp. 14, 24-26, 85-88; 邦訳 pp.
30, 40-41, 135-139)。
第三に、業務標準化と技術移譲という点である。販売・事務作業が組織化、標準化された
ために無資格労働者を活用でき人件費を節約できた。これは産業合理化のために広く取られ
てきた技術移譲の原則を小売業で最初に適用したことになった (p. 14; 邦訳 p. 30)。
第四には、商品系統の複合とその拡張・縮小により、市場の変化への対応と人材活用の効
率化が可能になったということである。すなわち百貨店は品揃えの総合性の利点を生かし、
消費者ニーズの変化や競合の動きに応じて商品系統が実際に展開される売場スペースを調
整し店舗全体の利益を確保することが可能であった。また、非販売人材の活用も含め、売場
の繁閑に応じて販売人材の配置を調整し、社内人材資源の有効活用を図った (p. 13; 邦訳 p.
29)。
1-2-4. 百貨店の将来
パスダーマジャンは「その企業自身の有力な特徴点について行動するのが最も有効」とい
う競争戦略の考え方を基本に置き、百貨店の将来は、百貨店の特徴点に集中して発展に努力
するべきと強調する (p. 150; 邦訳 p. 231)。すなわち「百貨店は最も集中的な小売の企業形態
であり、一つ屋根の下にいくつかの商品系統をまとめることは、百貨店にとって創設以来、
発展の基本的手段であった」と認識するとともに、複数の商品系統を複合し相互連携した販
売体制への顧客支持は以前と同様今日も強力なものであるとした (p. 149; 邦訳 p. 231)。さら
に商品の流行の重要性が増すことは、百貨店がもつ新製品・流行商品の提案機能を一層価値
あるものにし、都市の郊外化や車利用の増加など交通手段の変化が顕在化しても都市中心へ
の顧客吸引性が確保されれば百貨店の店舗目的性はむしろ高まると予測する (p. 165; 邦訳
p. 253)。さらに顧客が考える用途や生活様式にしたがって商品を分類し新たな商品系統を開
発していく部門開発力や創造的商品企画が、新たな顧客吸引を発揮し今後の百貨店の発展に
つながると期待している (p. 142; 邦訳 p. 244)。
結びとして、百貨店は単に人が来て購買する販売機関でなく、人々が来て楽しみ、知識を
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広め、友人と会える場所でもあるという場所の一定の雰囲気を百貨店の主要な資産とした認
識した展開手法、経営手法の継続的な研究・開発の重要性が説かれる (pp. 204-205; 邦訳 p.
311)。このことは、百貨店が単に経済的な消費拠点であることを超え、文化的な消費やコミ
ュニケーション拠点としての存在意義を持ち、そうした役割を担っていることを示すもので
ある。
1-3. 本書をどう読むか
1-3-1. 百貨店の統合管理機能と革新性についての考察
百貨店は近代的小売業の最初で、誕生期には革新的業態として評価された。しかし多くの
百貨店論が論じるのは(パスダーマジャン以前の文献も、その後も)、百貨店の業態革新性
について指摘する点はほとんどが定価正札販売、売場での商品陳列による販売、入店の自由
など販売手法の革新についてであった。7
大量仕入・大量販売機能や商品と資金の高回転よる経営は、近代小売業として百貨店が最
初に機能発揮したものであるが、8 その後、百貨店だけの特徴にとどまらず、むしろそれら
を強みとする他の業態に代替されたと見るべきだろう。9
パスダーマジャンは、百貨店とはひとつの経営意思のもとで運営される店舗であるとした
うえで、百貨店が複数の商品系統を複合し最適に配置し、さらに季節や市場の変化に応じて
商品系統の展開(実際には売場スペース)を拡張・縮小し最適化を図る機能、また繁簡に応
じて販売人材や非販売人材を配置調整する機能に注目した (p. 149; 邦訳 p. 231)。
そこで、筆者は、パスダーマジャンの基本的考え方を踏まえ、店舗における利益管理の基
本単位を売場として、店舗全体の利益の最大化のために、① 売場を組み合わせ編集する機
能と、② 売場業務の繁閑に応じて販売人員の配置を調整する機能の二つを合わせて「統合
管理機能」と定義する。それは百貨店という業態が、ひとつの経営意思のもと、単位規模の
大きい店舗で、多様な商品系統を扱い、多様な販売形態という特性をもつからこそ形成され
た百貨店独自の経営原理であり、それを構築したことに百貨店の業態としての革新性がある
とみるべきではないかと考える。10
7
鹿島 (1991) などがあげられる。
欧米で百貨店の機能について強調される業態の機能はこの点である。日本の場合、百貨店は上流階
層向けの業態として創業し、1920 年代に店舗の大型化、ターミナル百貨店の開業、関東大震災後の
マーケットでの食料品提供などから大衆向け業態化したとされる。
9
しかしこの点は近代小売業の原理として捉えられ、その後、チェーンストア、ディスカウントスト
アなど百貨店に代わる大衆向け量販業態が登場する際にその原理を既存よりいっそう強調して登
場していったわけで、百貨店が継続して持ちえている革新性とは言えないと考える。
10
店舗でひとつの経営意思の下で複数の商品系統が複合され運営される業態は、百貨店、GMS(総
8
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1-3-2. 百貨店の統合管理機能追求の今日的意義
日本の百貨店の場合、特に統合管理機能の弱体化が顕在化している。百貨店は戦後再興期
の 1953 年にアパレル製造卸企業のオンワード樫山の提案を受け入れ委託商品仕入制度及び、
派遣店員制度を導入した。この制度が拡大、浸透するにつれて商品面でも、販売人材の面で
も店舗の統合管理機能を次第に弱めていった。さらに 1990 年代以降は、収益改善施策とし
て委託仕入れ取引売場の拡大や外部テナントを導入する店舗が増加したが、これらは百貨店
が管理できない売場を拡大させることになり、統合管理機能の弱体化が一層進んだ。
改めて百貨店の経営意思としての店舗政策が明確で、その意思を現場に徹底できる運営力
が問われるとともに、運営外部化した先にあたる委託取引先やテナントまでを範囲に含めた
今日的な意味での店舗としての統合管理機能が実現できるかが百貨店経営再建の鍵になる
とも考えられるのである。
1-4. 本稿の構成
前述したようにパスダーマジャンの「百貨店論」は、他の百貨店論に比べ三つの特徴を持
っていると読める。本稿はこの三つの特徴に沿って、この後、第 2 章(百貨店の業態として
の革新性をその基本機能、特徴的施策、それを運営する経営原理という観点で整理)、第 3
章(経営数値面から百貨店の経営構造の特徴を明らかにするとともに、百貨店業態の変遷を
草創期・躍進期・変革期の 3 期に分けて、その期間の経営数値の変化から業態の変化を分析)
、
第 4 章(1954 年時点での「百貨店の将来」を予測する)と本書の内容を解説する。そして 5
章で百貨店の革新性について筆者の読み取りや日本の百貨店に適用した場合の意味づけな
どをディスカッションするという構成をとる。
2. パスダーマジャン「百貨店論」(1) 百貨店の基本機能、特徴的施策、経営原理
パスダーマジャンは、百貨店の業態特性を本書のいくつかの章において、ある場合は繰り
返しながら、ある場合は付け加えながら述べている。筆者としては、下記のように百貨店の
基本機能、特徴的施策、基本原理の三つの観点で整理できると考える。
2-1. 百貨店の基本機能
パスダーマジャンが着目する百貨店の基本機能は、① 大量生産製品の大量販売機能(安
合スーパー)
、SC(ショッピングセンター)あるいはデベロッパーが運営するテナントビルである。
しかし SC やテナントビルの場合、売場面積は契約で規定され柔軟にその拡縮をすることはできな
い。また GMS は百貨店のように売場ごとに多様な販売形態を持っていない。
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パスダーマジャン『百貨店論』を読む
定供給機能)
、② 質のある生活関連商品のワンストップ提供機能、③ 商品企画機能、④ 幅
広い生活関連商品の調達と品揃え編集機能(購買代理機能)、⑤ 消費者へ向けた店舗を媒体
とした情報発信機能と整理できる。
2-1-1. 大量生産製品の大量販売機能(安定供給機能)
百貨店は、産業革命以降、当初唯一の大型小売業として、大量生産される商品を大量仕入
し、また総合的に品揃えし販売する機能をもっていた。とりわけミシンの発明・導入による
衣料品の大量生産を受け、製品の大量販売拠点として百貨店が機能した (pp. 3-4, 10-12; 邦
訳 pp. 17, 26-27)。さらに百貨店は、その販売方法により、仕入や調達に計画性を有したので
製造業の職能を容易にし、製造計画を立案する余裕を与え、かつ最も経済的な方法でしかも
長期にわたって生産を組織することを可能にした。この仕組みにより製造業は製造原価を引
き下げることも可能になり、百貨店はそういう観点でも貢献したのである (p. 121; 邦訳 p.
188)。
2-1-2. 質のある生活関連商品のワンストップ提供機能
百貨店は多くの系統の商品をひとつ屋根の下に集めることで、ワンストップで多様な商品
を購入できる機会を消費者に提供した。それだけでも当時の消費者に大きな利便を与えたと
される (p. 22; 邦訳 p. 42)。パスダーマジャンは「ある一つの部門が経営されるとき、それが
また他の部門を経営するように駆り立てていくという事情が百貨店という業態の永久的な
財産になっていったように思える」として店舗における商品系統の増殖や相互作用の効果を
百貨店の特徴と述べている (pp. 12-13; 邦訳 pp. 28-29)。11
そして百貨店の強みは単に店舗規模が大きいということだけでなく、その組織の点やさら
には「その根底に横たわる団結の力の中にあったもの」だからとし、「新しい個性を中に持
った一つの強靭な組織」としてその意思のある完結した商品構成とその運営を特徴とした
(p. 13; 邦訳 p. 29)。
2-1-3. 商品企画機能
百貨店は、消費者と生産者をつなぐ位置にあり、消費者の代理機能として生活実用品から
11
これに関連してパスダーマジャンは、エミール・ゾラの「百貨店の力はそのすべてが相互に助け合
い、相互に前進を助け合う種類の商品を蓄えることによって 10 倍も増した」や、ダブネルの「販
売が販売を育てるようであり、さらに全然異なったものが相互に隣り合わせに並べられたときには
お互い助け合っているように見える」との記述を引用して説明を補強している。
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生活提案商品を提供する「商品企画・編集機能」を発揮する。そのことは、卸売業と小売業
を統合した機能を持つことを意味し、そこで百貨店は、消費者が真に必要としているものを
判断し生産者に働きかけ正しい生産の方向を与えるものであった (pp. 34, 122; 邦訳 pp. 61,
189)。
しかもその取扱商品は確実な品質を伴ったものであった。百貨店の商品仕入に関する一定
の品質管理機能は消費者からも信頼されるものであり、長年の百貨店のブランド性を高く安
定的にしたと考えられる。
2-1-4. 幅広い生活関連商品の調達と品揃え編集機能(購買代理機能)
百貨店は新しい方法で生産された商品をより低価格でも十分採算のとれるようにするこ
とによって多数の商品の価格を引き下げた。この点を消費者側からみれば、百貨店の主たる
活動は、従来ぜいたく品(最高の所得層の利用する商品)とされてきた商品を、中産階級に
も購入しやすくし、手近なものに変えていったことになる。百貨店は人々の各種階級の生活
様式にみられる差異を少なくしただけではなく、首都と地方の間の著しい差異を縮小し、そ
の国の各地方の生活様式を接近せしめる上にも貢献した。エミール・ゾラが言う「ぜいたく
の民主化」がこの点を指しているものと思われる (p. 125; 邦訳 p. 193)。
草創期から躍進期には、上記のような百貨店の機能が強く発揮されて、消費者の潜在的需
要までも掘り起こし、それを吸引して大きく成長したと分析されている。
2-1-5. 消費者へ向けた店舗を媒体とした情報発信機能
百貨店の他の業態にない特徴は単位店舗の規模が大きいことである。しかも都市部に立地
し多層階の建物で成り立っている。そこでは生活実用品にとどまらず、生活提案性のある商
品の編集・紹介もあり、物的供給機能だけでない生活文化性、情報性の発信機能も付加され
たのである。百貨店が広告や陳列を重用した背景には、それによって専門販売員がいなくて
も消費者の購買を促すことができるという内部効果の狙いもあったが、それ以上に、大規模
な店舗を活用した広告や陳列は、消費者の生活向上意識や消費行動にインパクトを与え、店
舗を媒体とする流行や文化の情報発信機能を発揮することにつながった。また百貨店が、店
内にエレベーターやエスカレーターなどの最新設備を配備して消費者にショッピング行動
(単に購買だけでなく見て回る行動も含め)の体験を提供したことも、百貨店が他の小売業
態にない拠点としての存在意義をもたせることにつながった (p. 12; 邦訳 p. 28)。
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パスダーマジャン『百貨店論』を読む
2-2. 採用された特徴的施策
2-2-1. 販売形態の革新
百貨店は、いくつかの新たな販売形態を試みることによって、産業革命以降の高まる消費
者の需要をより一層開発し、それを収穫して伸びた業態である。特徴的施策として取り組ま
れた新たな販売形態として 3 点があげられる。
第一に、多様な商品の総合的集積(陳列手法の導入による売場展開)という点である。百
貨店は多くの系統の商品をひとつ屋根の下に集めることで、顧客にとっての最大の便益を提
供した。その集積性及びワンストップ性が、百貨店草創期の時代の消費者にとって、顧客サ
ービスとして最上であり(百貨店にとって最も低廉な形態で発揮されるサービスであって)
、
提供される商品の価格の安かったことよりもはるかに大きな魅力になっていたとパスダー
マジャンはみている (pp. 18-19; 邦訳 p. 36)。特に、百貨店の体系的な商品分類による売場展
開と、そこでの陳列方法は、他の業態に比べて明確な特徴となった。百貨店創成期当時、画
期的だった万国博覧会の出展分類、陳列方法が百貨店の売場にも導入されたのであり、いろ
いろと多種な商品を取り扱うといっても分類体系化できていなかった「よろづや」との決定
的な差異であった。この点が近代的経営として評価されるものと言えよう。
第二に、価格表示による定価販売(一般販売員による販売体制と顧客への平等)という点
である。百貨店は価格表示による定価販売を採用した。これにより、従来必要だった売買取
引のたびごとの販売員と顧客間の駆け引きがなくなり、販売員の接客場面での専門的な技能
も不要になった。専門度のない販売員(無資格労働者)による販売手法を生み出すことにも
なった。また一方で、この結果、顧客は平等に扱われることになったのであった (pp. 3-4, 邦
訳 p. 17) 。
第三には、入店・店内回遊の自由(買い物行動の創造と民主化)という新しい取り組みで
ある。顧客を自由に店内に入れるという原則は、百貨店草創期当時、他の業態にはない特徴
であった。多様な顧客層の来店を促し、百貨店が広く大衆に支持されることにつながった (p.
12, 邦訳 p. 28)。またこのことは婦人の購買者に「買い物」という行動をする機会を与えた。
つまり百貨店の様々な商品系統や、あるいは同じ商品系統について他の百貨店を見て歩き、
品質、価格、形、値打ちなどを彼女の心の中で考え、他と比較しながら歩く機会、すなわち、
買いまわりや比較購買といった消費行動が生まれたのであった (pp. 12-13; 邦訳 pp. 28-29)。
幅広い消費者が百貨店に来店し、直接商品を見て、触れて選び、購入できるのであり、百貨
店の本質機能として消費者に商品を近づかせ、自らの手で入手できる価値を提供した。
509
宮副
謙司
2-2-2. 最新商品の仕入・販売
百貨店は絶えず新製品を捜し求め、または新製品が出ると直ちに取り入れるなど、新商
品・流行商品の情報発信を業態的特徴とした (pp. 14-15; 邦訳 p. 31)。百貨店の誕生地フラン
スでの百貨店の前身業態である「マガザン・ド・ヌヴォテ」は、その語源がフランス語で新
しいもの、流行商品を扱う店であったが、百貨店は流行商品を品揃えし、消費者に入手しや
すく売場展開するしくみを確立した。そして百貨店は「マガザン・ド・ヌヴォテ」にない機
能としてショーウィンドー、ディスプレイ、プロモーションなどを積極的に導入しより大衆
を対象に、販売促進を行い、売上を伸ばした。
2-2-3. 店舗施設としての革新
百貨店は単位店舗が大型で多層店舗ということが革新性を生んだひとつの要素である。建
築技術の発展により、多層階の建築が可能になり、百貨店は小売業の施設生産性を大きく高
めることができた。そして百貨店は単位店舗の巨大さが特徴で、チェーンストアの比較的小
規模店舗の多数展開に対して特徴がある。また百貨店は 1 店舗で大規模であるゆえの経営管
理制度、組織など店舗運営ノウハウが要請された。また百貨店が大規模店舗であることは、
多くの場合その地域で最大で最も高い建物であったし、地域において存在感のある代表的建
築物であることが多く、建物がメディアとして機能し地域消費者にとって拠点性、施設性の
プレゼンスが高かった。
また時代の最新施設装置の積極的な導入という点も特徴的な施策である。今や店舗装置と
して欠かせないエレベーター、エスカレーターも、当時としては最先端技術であり、百貨店
に導入されたことそのものが話題となり多くの顧客を集めるとともに、動員した顧客を店内
上層階へスムーズに回遊させることを促した (pp. 43-44; 邦訳 pp. 48, 76)。また館内の吹抜、
大階段の空間は当時の建築や技術の最先端が取り入れられた。百貨店の店舗はまさに「店舗
向け技術のショールーム」でもあった。
2-3. 百貨店経営の基本原理
百貨店経営の基本原理として多くの百貨店論でとりあげられるのは、商品と資金の高回転
のメカニズムである。すなわち低価格、低マージンによって販売量を向上させ商品回転率を
高める。それを次の仕入れに反映させ結果として利益を確保するというものである。しかも
現金取引を原則としたことで現金で商品代金を回収し、仕入れ代金の決済に回す資金の高回
転を実現し、また有利な仕入条件に結びつけるメカニズムである (pp. 3-4, 10, 36; 邦訳 pp. 17,
26, 63)。しかしパスダーマジャンは、百貨店経営の基本原理として、さらに以下の 4 点を強
510
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
調している。
2-3-1. ひとつの経営意思のもとでの店舗運営
パスダーマジャンは、「百貨店は最も集中的な小売の企業形態であり、一つ屋根の下にい
くつかの商品系統をまとめることは、百貨店にとって創設以来、発展の基本的手段であった」
とする (p. 149; 邦訳 p. 231)。すなわち百貨店は単位店舗規模が大きく、それをひとつの経営
意思のもとで運営するということを基本とした業態である。その意思する運営について「そ
の根底に横たわる団結の力の中にあったもの」で、「新しい個性を中に持った一つの強靭な
組織」という表現がされている (p. 13; 邦訳 p. 29)。
2-3-2. 部門別管理と集中的経営
百貨店は非常に多くの様々な商品系統で構成されるが、各々の商品系統は店舗内に独立し
た売場を持ち、それぞれ専門の仕入係と販売要員を擁し、独立した会計がなされた(部門別
管理)。また企業の全販売部門に奉仕する補助部門の非販売活動(会計、広告、陳列、信用、
顧客サービス、配達、現金処理など)を集中することによってかなりの合理化が図られた。
まさに近代経営の特徴とされる「集中的経営」を小売業で初めて導入したものであった。こ
れは専門店やその他の店舗に比して大きな集中および大規模生産の利益を確保した。
百貨店は、当時の他の小売業態より、分業の原理を一層広範に利用した。それぞれの販売
部門内に、例えば、独立小売店の店主以上により多くの時間を通常販売、出張、仕入の業務
に割くことのできた仕入係がいたことにより、また補助的活動ないしは販売サービス活動
(在庫調整、現金処理、包装など)の分離及び特殊化をすすめることにより、高度の専門性
を発揮した (pp. 13-16; 邦訳 pp. 29-33)。
2-3-3. 業務標準化と技術移譲
販売・事務作業が組織化され標準化されたために主として単純作業には特別な技能をもた
ない人材を利用できるようになり人件費を節約することができた。これは産業合理化のため
に広く取られてきた技術移譲の原則の商業分野における最初の適用であった。これらを通じ
て、高収益低コストの経営構造を実現し、さらに企業規模を拡大していったのであった (p.
14; 邦訳 p. 30)。
2-3-4. 部門融通での需要対応と人材活用の効率化
商品系統(Merchandise Line)の複合とその拡張・縮小による需要対応と経営効率化の原
511
宮副
謙司
理である。すなわち、百貨店はひとつの経営意思のもとに複数の商品系統を揃えたが、商品
系統の複合は、ウィンドーの利用や季節に応じて部門を拡張・縮小する床面積の利用
(utilization)の観点からも、また人員、特に非販売要員の利用(utilization)のためにも、各
種商品グループのそれぞれの季節的変動に際しての融通(compensating)の可能性を百貨店
にもたらしたのであった (p. 13; 邦訳 p. 29)。
3. パスダーマジャン「百貨店論」(2) 百貨店の経営構造:経営数値の特徴と変化
3-1. 百貨店の経済学
パスダーマジャンは、「百貨店の経済学」ということで、百貨店経営が製造業とどのよう
に差異があり、捉えるべき経営指標も特徴があることを明らかにする。この提示は、百貨店
の経営構造を経営数値から特徴づけるもので、その変化の説明とあわせて他の百貨店論にな
い特徴的な部分のひとつである
3-1-1. 百貨店経営の特性
パスダーマジャンは、小売業経営の特性を製造業と比較して述べているが、① 比較的高
度な可動性、② コストと利益の概念の製造業との違い、③ 管理指標の多様さ、④ 生産性
の概念の 4 点にまとめられる (pp. 74-82; 邦訳 pp. 120-131)。
第一の比較的高度な可動性については、小売業が競争相手の価格変動や天候状況に対して
迅速に対応し価格調整する必要があるという特性である。すなわち値下げや在庫調整の意思
決定のタイミングが重要であり、それによって業績が左右される。
第二にコストと利益の概念の製造業との違いである。工業の原価計算では、費用項目=原
料、労働、間接費であるのに対し、小売業では、費用=労働費、間接費である。仕入原価、
値下額は経費に包含されず、売買差額(グロスマージン)に影響する位置にある。百貨店の
場合、現実のところ値下げから生じる損失が収益に与える影響は大きい。このような商品原
価と販売管理費という「二つのコスト」を十分管理することが求められる。
第三に管理指標の多様さという特性だ。すなわち、生産に関する経済理論は、一定数の基
本的生産要素(土地、労働、資本)の存在によって基礎付けられている。工業経済学では、
原料、労働、設備費およびその他の間接費を問題とする。しかしながら小売の場合、運転資
本のほかに、店舗の位置、使用面積、使用設備、販売要員、非販売要員、広告及び陳列など
が経営要素となる。さらに百貨店は、小規模小売商と比較して、立地、設備、非販売員、広
512
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
告及び陳列などの諸要素をはるかに多く利用している。12
第四に生産性の概念についてである。例えば、最も明白な「投入」単位は販売員時間であ
るが、各種要因(販売員、非販売員、面積、設備、陳列)間の相互作用及び補整移転の可能
性を考慮しなければならない。また「産出」についても単純に測定できず、販売数量それ自
身は記録が実物単位によって行わざるをえないような分野においてはなされる場合もある
が、多くの最も自然な選択せられた単位、販売取引数も全般に満足できるものではない。小
売流通の「生産」は物理的生産ではなく、販売取引のなかには本来の物理的取引、取引中に
与えられる助言や指導の質、可能な選択の範囲、提供された価値(質と価格との間の関係)
など、いわゆる「サービス」の生産を含む考え方もあり定義が難しい。
このように、百貨店の経営は多くの経営要素を管理することで成り立っている。まさにそ
うした変数に左右され、その中で需要動向をみて動きながら経営の意思決定をしなければな
らないという「高度な」経営が要請される産業であることが強調して述べられている。
3-1-2. 各変数の百貨店経営指標への影響
パスダーマジャンは、ハーバード大学経営研究所の 1928 年米国百貨店経営データをもと
に、下記のようなさまざまな視点から経営指標の分析をした。明らかになったことは以下の
10 項目である (pp. 98-107 を要約、邦訳 pp. 153-166)。
第一に、商品部門構成の視点では、米国百貨店で利益の低い部門は、家庭用品及び余暇商
品グループである。商品ストックが多く必要であり配送も多く、経費を要するということだ。
第二に、対象顧客層の差異の影響をみると、高所得階層向けの店舗は低所得階層向け店舗
に比べ、売上構成で衣服が多く売買差額は高いが、人的配慮に高い経費を要するため取引当
経費は高い。
第三に、規模要因の及ぼす影響としては、会計、訓練、広告、陳列、配送において、百貨
店はその単位規模が大きいことにより、これらの作業を他の小売業態に比してよりよくまた
より経済的に実行することが可能である。店舗規模の増大に伴い管理及び庶務、陳列の経費
は減少し、広告や配達の経費は増大した。土地建物、購買及び商品企画、直接及び一般販売
の諸経費は英国では低下しているが米国は増加している。経営規模の拡大はもはや経済的に
引き合わなくなるような極限規模が存在する。13
12
13
百貨店は創立以来一定の定価表示販売と広告によって販売係の本来の作業範囲を縮小してきたと
いう経緯もある。
企業レベルでなく店舗レベルで規模の経済を論じ、全ての経費面で規模の効果が発揮されることが
ないことを述べている。
513
宮副
謙司
第四に、大都市、小都市立地の百貨店間の経営状態の差異の影響をみると、大都市店舗は、
売買差額が高く経費比率も高い。大都市店舗は店舗規模が大きく仕入量も大量であるため、
有利な仕入価格の確保ができ、商品企画の技能や資源が大きいので、他店にない独自の商品
を相対的に大きな割合で取り扱える。また借地・借家料、配達費、宣伝費など経費は都市の
人口に正比例して変化する傾向にある。一方、仕入費用は取引先に近いという要因で、また
販売経費は 1 販売員当り売上が高い、または分業が進んでいるため大都市店舗が有利である。
しかし、チェーン型百貨店では、衣料品を主体にした商品構成で利益を確保しつつ、大都市
での知名度を地方都市で生かしながら、低いコストの運営を行うという業態の方程式ができ
つつあった。それを反映し米国では小都市立地の店舗が大都市店舗よりもより良好な利益率
を示す傾向を持ち始めていた。
第五に、回転率が経営成果に及ぼす影響は、平均回転率が高いと、値下げ率が低下し売買
差額が高まり、経費は低くなるため高い利益がもたらされる。
第六に、値下げ率が経営成果に及ぼす影響をみると、一般所得階層を対象とする百貨店で
は、値下げ率が増大すると売買差額、経費が増加する。純利益の最高は、値下げ率中位で、
最初の店出率が最高で、同時に値下げも最高の店舗であった。すなわち非常に短期間に比較
的高い価格をその商品につけ、そのつぎにはすぐさまそのストックの大部分を値下げ価格で
はあるが依然利益のでる価格で一掃するために、価格の引き下げを行う政策をとっている店
舗であることが明らかになった。
第七として、販売高の増減が経営成果に及ぼす影響は、多くの経費が固定的性格を有する
ために販売増の結果が、より良好な純益を生ぜしめる総経費率の低下である。他方、販売額
の減少は総経費率の増加ももたらす。
第八に、小売価格の高低が経営成果に及ぼす影響をみると、年々の利潤が最も顕著に増加
していくのは一般価格水準の急激な上昇によって引き起こされる。
第九に、取引数の増減が経営成果に及ぼす影響については、百貨店の経費は販売高の変動
よりも取引数の変動により一層強く影響をうける。
第十に、純益と経営計数の関連をみると、高収益店舗は、売買差額率が比較的大となって
いるが、主たる差異は、総経費率にある。最上の利益を収めている店舗は基本的には、総経
費率が最低の店舗である。多くの成功店舗の場合、給料、地代、広告及び利子なる経費の自
然的分割部分に関し、また管理及び一般、借地・借家、直接及び一般販売特に宣伝なる職能
的部分において、その経費率は目だって小さなものである。14 ところが、仕入及び商品企画
14
売上が順調に達成されれば、必要以上に追加的な販売促進策を打つこともなく、宣伝費が投入され
ることもないことから宣伝費での差異がクローズアップされることになる。
514
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
や配送などの職能的部分の経費率には、収益率を異にする各種店舗間においてさほど目立っ
た相違は認められない。純損を示している店舗は、通常純益を示している店舗に比してその
在庫品回転率ははるかに遅くなっている。百貨店における不動産費(借地・借家費)は、販
売高のおよそ 4%、都心部では 6-10%である。しかし地代そのものはどの業態であっても共
通にかかるわけで、百貨店は多層階を使用する業態として他の業態よりも、経費比率は高く
ないとも言える。
3-1-3. 百貨店チェーンの経済学
各都市に多数の百貨店を支配し経営する百貨店チェーン経営の場合は、百貨店の持つ
①
集中購買、及び集中的商品企画の優位性、② 集中的経営の効果、③ 部門融通でのマーケ
ット対応、マネジメント効率化による市場変化への対応力の強さが、単独百貨店よりも一
層発揮される特徴をもっている (pp. 107-110; 邦訳 pp. 166-169)。
3-2. 3 期にわたる百貨店発展期に沿った経営指標の変化
パスダーマジャンは、百貨店の発展を 3 期に分け、その変遷を分析する。特に「百貨店の
経済学」を踏まえた経営要素がどのような影響を受け変化し、経営構造が変化したのかが述
べられる。
3-2-1. 1860-80 年草創期
百貨店が誕生した当初、ひとつの屋根の下に種種の系統の商品を集積するという業態とし
ての特徴、自由入店、定価表示販売という経営習慣は、消費者に大きな利便をもたらす「サ
ービス」であった。そのサービスはなんら経費を増加させるものでなかった (p. 22; 邦訳 p.
42) 。
他の小売業態に対する百貨店のこの優越性は、不断のそして顕著な販売量の増加をもたら
した。そして相対的に経費が低かったこととあいまって大きな利益をもたらした。その大き
な利益は、百貨店がより経済的なそして一層便利な小売業態であったということに対する当
然の報酬であったと解釈される (pp. 22-23; 邦訳 pp. 42-43)。
3-2-2. 1880-1914 年躍進期
百貨店を発展させた背景としては、公共交通機関(特に電車の発達)、鉄筋コンクリート
の建築技術、エレベーター、電気照明、現金登録機、ガラス製造技術(ショーウィンドー)
などがあげられる。百貨店は前期の革新性を一層増幅して大きく成長した。
515
宮副
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百貨店自体も、商品部門を開発、あるいは、他の小売業のカテゴリーを自分のものとして
取り入れ商品系統をつねに新しくしていった。新しい販売部門の拡張を創設することによっ
て新しい商品系統へと拡張を続けた。その拡張力によって百貨店の偉大な活力を示すことに
なった (pp. 30-31; 邦訳 p. 56)。
その時期、百貨店は大いに成長したが、百貨店は消費者に消費の習慣を付けさせる貢献を
した。当時の購買力以上に、それまでの貯蓄分を消費させるほどの需要を開発したとパスダ
ーマジャンはみている (pp. 29-30, 53; 邦訳 pp. 54-55, 89)。
また百貨店は、売買差額、経費も増加し、高収益・高コストの構造へと変化した。その要
因としては、以下の 6 点が考えられる (pp. 30-36; 邦訳 p. 56-64)。
第一に、百貨店は、販売員の技術水準の低さをカバーするためにも大々的な広告による販
売促進を特徴とした。同一店舗内に多数の系統の商品を統合することを生かした広告は、単
一商品領域を扱う専門店よりも広告コスト効率が高いものであり、その広告効果を大ならし
めるものであった。
また第二に、家庭用品やその他の商品系統へと入り込んでいったことが、売買差額や経費
率をともに増大させた。さらに、第三に既製服など流行的要因によって左右せられ、影響せ
られる商品の割合が増加したことも商品企画(マーチャンダイジング)のコスト増となった。
第四には、卸商、問屋、ジョッパー、輸入業者の段階を省き、百貨店は製造業者ないし大
卸商との直接取引関係を持つ傾向が強くなった。百貨店は部分的に卸機能を持つような形と
なった。これによって売買差額が増加したが営業費も増加することとなった。
第五に百貨店の供給者への交渉力が増し、特別の仕入れ条件を百貨店に認めた売買額も上
昇した。
第六として店舗規模の拡大によって、管理費は増加し、規模の拡大により経費率が低下す
るという製造業の経験のようにはなっていない。地代、配達費の増加が要因と考えられる。
また人件費は対売上比率 7-9%と安かった。その後、従業員 1 人あたり販売額は 1870 年から
1938 年で 2 倍弱、従業員 1 人あたり平均給料は 1870 年から 1938 年で 4 倍へと上昇した。
回転率は当初は商品構成がまだ広がっていなかったこともあり現在よりも高かった。
3-2-3. 1920 年以降の数値構造の変化
経営環境の変化としては下記の五つの要因があり、それらは百貨店の経営数値を変えてい
った (pp. 43-54; 邦訳 pp. 75-90)。
第一に、自動車輸送の拡大による人口の郊外化が進み、中心街の集客力が低下し始めてい
た。さらに 1930 年長期の不況の影響で、大量生産と噛み合って増加してきた人々の購買力
516
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
が比例的増加をしなくなった。そこで市場の吸収力向上のため、広告の増加とか高圧的販売
促進とか高いコストを伴う施策が採用された。
第二に、業態の競争状況も変化した。すなわち連鎖店、均一価格店、雑貨連鎖店などが登
場した。1920 年以降は衣料品、家具系統を販売する連鎖店が英国、米国でかなり発展した。
特に婦人既製服の連鎖店が百貨店の脅威になってきた。連鎖店は、回転の低い商品は他の小
売形態に委ねて、販売量、回転率、付加額率などの観点から最も適切な商品を選択し、これ
に集中する方法をずっととってきた。販売サービスを必要としない商品の選択、全商品を開
放的に分類、陳列する展示方法は販売機能の革命的単純化を実現せしめた。15
第三に、一般消費者の購買力は高まったが、自動車購入、レジャーなどの消費支出が増え
て百貨店への支出は低下し始めていた。
第四には、コスト増加要因が多くなった。販売促進も「よき市場を見出している商品の販
売を維持することにある」というより、「高圧的販売を促進させる」ものになってコストの
割に売上増に結びつかなくなっていた。当時の経済環境も地代の増加、不動産税のアップ、
配送費引き上げ、高い課税水準、高賃金の圧力などコスト増に働いた。16
第五に百貨店の組織、管理の向上という変化である。事業の拡大に経営能力の向上が追い
ついていなかったが、この時期になって組織、管理が進展した。小売価格による棚卸方法の
導入、経費の自然的及び職能的分割方法での標準分類制度の発展及びその適用、売足の速い
商品及び古くなった商品の統制方法の展開、いっそうの職能的分化及び商品分化の導入、合
理的な分類方法の発展及び財貨の乱雑かつ不統一な分類の方法の抑制、遂行単位の選択及び
単位費用の決定による非販売部門の生産性及び経費の抑制、市場及び顧客調査技術の応用な
どの取り組みである。
その結果、百貨店の値下げ率はこの期間にそれほど大きくならなかった。また取扱商品が
ますます複雑化してきたにもかかわらず、この時期における百貨店一般の回転率が増大した
ことは、これらの制度化、管理の精度アップの成果と言える。また 30 年代の大経済恐慌が
発生した時に、いくつかの百貨店はその衝撃に対する用意ができていたというのも、これら
経営及び統制手段の改善が関連していた。
15
16
百貨店も当初は販売機能の単純化によってコストを下げ安価を実現し大衆に支持された。しかしさ
らに単純化する業態が現れ、百貨店が当初持っていた革新性を他の業態がさらに発揮することにな
った。その機能の魅力が他の業態に取って代わられ革新性がなくなったと考えられる。
この時期において百貨店は、賦課額をあげる努力をさまざまに行っている。① 大量仕入れの有利
さから利益を収める、② 取引の格をあげる、③ 独特の商品を確保、④ 専門の仕入れ係、商品支
配人、商品企画組織の拡充(人件費の増加を招いた)
。
517
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4. パスダーマジャン「百貨店論」(3) 現在の課題と将来の方向性(1954 年時点)
4-1. 百貨店業態特性が次第に課題に
当初の他の業態にない差別化としてプラス要因に機能した百貨店の業態特性のいくつか
が、時とともに次第に百貨店の課題となっていった。例えば各販売部門において取り揃えて
おく商品が増加し在庫コスト増となっていった。すなわち単に「各種商品を取り揃えた」と
いう百貨店の業態特性がデメリットになったということである (p. 60; 邦訳 p. 97)。
また流行に左右される影響度の高まりは、① 商品買入のリスクを高め、商品の廃化や値
下げから生じる損失の可能性が増大、② 消費者の返品の傾向、③ 寿命の短い廉価な商品を
多数購入しようとする傾向、④ 商品企画業務の難度を上げることとなって、百貨店にとっ
て経費の増大をもたらした (pp. 60-61; 邦訳 pp. 97-98)。
4-2. 百貨店の将来像
パスダーマジャンは、百貨店の将来像として、単に大まかなビジョンや戦略方向に留まら
ず、欧米百貨店が 1950 年代現在で抱えていた課題項目について丹念に解決方向を示唆して
いる。その基本的な考え方は、当時台頭していたチェーンストアやショッピングモールなど
の新業態の模倣ではなく、百貨店業態に固有な機会、本来的に備えている資産を実際的な勘
定にかえるようにしていくことと述べている (以下 pp. 130-197 を要約、邦訳 pp. 204-299)。
最初に百貨店の市場ポジショニングはどのようになるのか、新しい影響力は何かを検討し
ている。環境変化の背景として自動車輸送の発達によって、消費者に高度な可動性が与えら
れ、人口の再分布、すなわち都市人口の郊外化が進展すると予測した。一方で都心部での地
下鉄網の整備は、立地変化をもたらす可能性もあるとした。
法規制に関しては、新しい業態群の出店に規制がかかる可能性もある。しかし禁止的課税
が百貨店を含めて課せられた場合は、百貨店は、これまでの蓄積を活かして商品企画、販売
促進、広告、陳列及び店舗経営等の問題に関し、コンサルティング機能を発揮するような新
しい形式の卸組織に転換することになるだろうとする。個別店の場合は、地理的に競争関係
にない店舗からなる共同仕入組織を作らざるをえなくなるとし、百貨店の企業統合化の動き
を予測している。
4-3. 経営要素ごとの課題と今後の方向性
(以下の項目は pp. 147-197 の要約、邦訳 pp. 228-299)
第一に、百貨店業態の特徴的機能であった「顧客のための部門化」は将来いかに進んでい
くのだろうか。それについて、パスダーマジャンは、「同一店舗内に各種商品を一つにした
518
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
ときに発生する商品系統の相互支持の現象は以前と同様現在においても強力なものである。
百貨店のこの性格は以前にも増して価値があるものであり、百貨店はこの利益を有して自由
に駆使できる唯一の業態である。それ自身の有力な特徴点に行動するということが営業戦略
の主要原理とされるが、百貨店としてはその特徴点に集中すべきである」と述べている。顧
客の関連する必要に基づいてなされた部門化の方法を取り入れるならば、百貨店は新たな顧
客吸引力を発揮しうるに至ると強調している。そして消費者の需要変動は引き続き顕在化し
ている。すなわち、化粧品、家庭医療、電気製品、スポーツレジャー用品などの売上増加の
動きである。百貨店はこのような動向を考慮した販売部門の拡張が必要であると言う。
第二に、商品仕入関連の要素についての課題と今後の方向性を次のようにみる。すなわち
仕入条件と大量購入条件については、他の業態が台頭することによって百貨店を上回る仕入
量、仕入れ条件を得る業態が出るだろう。その場合、百貨店は仕入量での仕入条件交渉では
なく、百貨店の地位や名声、すなわち製造企業にとってのその宣伝価値によって交渉すると
いう選択しかなくってしまう。17 チェーン型百貨店以外は厳しい条件になってしまうことが
危惧される。また付加額(マークアップ)及び価格決定(プライシング)に関しては、百貨
店は取り揃える商品の各部門の真の販売費を無視してあまりにも一律な付加額を利用して
いるが、しばしば最高の回転率と最少の回転率への平均取引持続時間をもった商品に対し相
対的に非常に吊り上げられた付加額を課し、また最低の回転率をもち最大の平均取引持続時
間をもった商品に相対的に低すぎる付加額を課したりすることとなる。合理的な付加額なら
びに価格の決定方法を発展させなければならない。
また自らを単なる財貨の配給者の役割に限定することなく、販売されるべき商品の創造、
発展およびデザインに貢献し、小売の新しい使命を一層積極的にはたそうとする創造的商品
企画(マーチャンダイジング)18
が求められる。高圧的商品企画の場合の価格の低下は、
その商品の質を落とすことによって得られた。しかし創造的商品企画の場合は、その商品の
その用途の結果で、可能な修正及び単純化を採用したことの結果であった。百貨店は、この
17
18
販売量・仕入量だけを背景にした交渉力は他の量販業態に移行していった。
「マーチャンダイジング」について、現在では商品化計画と管理を実践する概念であるが、1957
年の本書邦訳では「商品企画」という表現になっており違和感がある。「マーチャンダイジング」
という言葉は、本書に先行する清水・土屋 (1951) ですでに使用されていたが、現在のようには一
般化しておらず、本書では「商品企画」と訳したものと思われる。
(米国においても 1948 年に初め
て米国マーケティング協会(AMA)によってマーチャンダイジングが定義されたが、その時点の
定義は「適切な商品を適切な時期に適切な量、適切な価格においてマーケティングする計画」であ
った。1960 年に「企業のマーケティング目標を達成するために特定の商品、サービスを最も役立つ
場所と時期と価格で、数量を取り扱うことに関し計画し管理すること」と定義が改定された。本書
は 1948 年の定義を踏まえているように伺われる。)
519
宮副
謙司
創造的商品企画の方向に進路を位置づけることが望ましい。創造的商品企画によって示され
る生産および配給の接合過程に介入することは百貨店の存在を正当化するうえに少なから
ず役立つだろう。その特徴、その規模、そしてまたその資源やそれが自由に駆使しうる特殊
な専門的知識のゆえに、百貨店は創造的商品企画業務を扱うのに、大部分の他の小売形態よ
りも一層良好な地位にあると考える。百貨店は流行を予想し、流行を起こし、流行を普及さ
せる上で目だって有利な地位にあるように思える。また、流行的要素の増加は、商品リスク、
商品企画活動、販売費を伴うため、百貨店にとって経費増をもたらすことは真実である。
そして多くの値下げが当然仕入れられるべきでなかった商品や、または量的に過剰に仕入
れられた商品について行われるが、その値下げ率の高さはその店舗の商品企画組織の能率を
測る基準とみなしうる。百貨店の平均値下げ率は、1930 年で全店舗の販売高の約 8%(婦人
服既製服部門では 15-20%)で当時の理想的値下げ額はおよそ 5%以下であるべきとされる水
準より高かった。
第三に、サービス部門と顧客サービスに関しては、顧客吸引の強力な要素として利用され
てきたが、百貨店の営業形態の特徴は、平均単位規模が非常に大であり、かつ同一店舗内に
非常に多くの異なった販売部門が存在することによって、百貨店はそのサービス部門及び顧
客サービスを、その数においてもまた範囲においても他の小売形態のとうてい及ばないほど
に拡張しうる地位にある。しかし、サービス競争の激化にともない百貨店は、実際に顧客が
求める線を越えてはるか先まで到達してしまっている。この展開の結果、百貨店の経営費用
及び価格の増加をもたらしている。その改善には総費用の確定がまず必要である。サービス
部門及び顧客サービスの総費用は販売高の 5-8%であることを明らかにしていく。掛売営業
に関しては、そのために余計に必要となる経費は、掛売販売総額のおよそ 3%を示すと推測
される。返品及び掛売販売というサービス要素だけで販売高の 2.5%にあたる経費を伴うわ
けである。行き過ぎを見直す必要がある。
また百貨店は広告を上手に使うことで、専門店の熟練した販売術に代わる機能を発揮させ
た。(値下げ額を含める総販売促進費は販売高の 5-8%を占める。)顧客政策の観点からも、
販売の際の駆け引きの排除や一定の表示価格での販売という慣行に具体化された顧客を平
等に待遇するということは、百貨店創設以来の百貨店の長所で、百貨店が多くの顧客を吸引
しえた諸要素のひとつである。しかしながら販売促進の中で大型バーゲン催事は、特価提供
まで買い控えする顧客、バーゲン催事や見切り販売のみを追い回すような特殊な層(バーゲ
ンハンター層)を作ってしまった。また高圧的販売促進は差別待遇を生み出した。「現金買
い」顧客は「掛け買い」顧客に、
「持ち帰り」顧客は「配送」顧客に、
「正価」購入の顧客は
「特売品」購入顧客に補助金を出しているようなものである。
520
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
第四に販売体制についてである。まず販売形態に関して、百貨店においても商品によって
分類陳列制度によるセルフサービス型の販売体制も取り入れてよいと考えている。消費者も
そのような商品の選び方、買い方に意向が見られるからである(化粧品、小間物、食料品、
文房具、若干の婦人服飾品、下着など)。また、特に婦人服部門は、百貨店の中心部門であ
るから、在庫品を価格水準別、年齢層別、ブランド別など区分して販売高及び在庫高を分析
するいわゆる統計的商品統制(単位統制)は当然行い、その部門管理の強化を図らなければ
ならない。商品部門ごとの利益管理を行い、他の業態との競争に強い部門、弱い部門を見極
めることが重要である。さらに弱い部門については、マークアップを引き上げ、経費削減を
行わなければならないが、専門チェーンに任せて賃貸化することも選択肢としてはありえ
る。19
第五に、人事生産性に関しては、尺度としてよくあげられる当該部門の絶対経費額と店舗
の総販売高に対比での指標でみることも、その根本を解決しない。なぜなら経営成果が真に
能率的であるか否かを決定する測定尺度が欠けていることが百貨店経費の不断の増加をも
たらしたのであって、非販売部門の作業量が販売部門の活動に依存するままで統制されてい
ないこと、販売高対比も販売高そのものが、インフレによって実勢に外れて増えたり、逆の
場合、締め付けられることになるからである。非販売部門の成果ないし生産を測定する適当
な単位を選択し発展させる活動標準(アクティビティ・ベースト・コスティング)及び生産
性概念の導入によって非販売部門の活動をよりよく統制することが重要である。
また従業員に関しては、人事関係の人間化が進むという。すなわち、健全な人事政策の採
用ならびに雇用主及び被傭者の関係が一層自由な形をとりうるようになること、人事の「人
間化」が成功のための重要要件となった。組織、分業さらには技術移譲の原則の可能性のお
かげで経済的な従業員(ローコスト社員)の利用に基礎付けられてきた。しかし、最近では
チェーンストアとの競争へ対応としてもよりよき人材を選抜し、販売力において立派な職員
を確保せんという見地から、大きな規模の雇用及び訓練部門を創設するにいたった。これに
ついては経費増になっても正当化されるべきである。その前提は、高い労働回転率を抑え、
定着率を上げておかないと教育訓練による百貨店収益の向上への効果は出にくい。百貨店は
相対的に低賃金で収益をあげてきたが、今後は高い報酬で質の高い販売員を確保し収益をあ
げていく戦略に転換されるだろう。
そもそも小売業は商品をストックできるが、労働をストックできない。顧客の流れ(来店)
19
この総合性の中に自社以外のテナント機能を導入する方向案は、日本の百貨店の現状評価及び今後
の方向性についての今日的な議論テーマである。パスダーマジャンの当時の見解について十分に検
討する必要がある。
521
宮副
謙司
は不確実で、従業員の利用は不完全で無駄にすごす時間の割合が大きく生じることがある。
百貨店は部門化の原理ゆえ、この不利益に影響を受けやすい。工業経営で行われている季
節による曜日による時間による顧客の状況に応じた要員配備の計画を精度アップする必要
がある。具体的には、第一に不振期の販促の投入や顧客得点付与など販売企画によって顧客
の流れにおける変動の幅を縮小する方法であり、顧客の流れの変動にパートタイムや他部門
販売員の流用、別部隊の準備、繁閑に応じた非販売員の販売員化や販売員の非販売員化など
の柔軟な人事制度で調整、対応することである。
以上がパスダーマジャン「百貨店論」本文の整理である。以下はこれを踏まえた筆者の考
察を述べる。
5. パスダーマジャン「百貨店論」からのディスカッション
5-1. 百貨店の革新性: 統合管理機能
百貨店は最初の近代的小売業であり、誕生期には革新的業態として評価された。そしてそ
の業態としての革新性については、パスダーマジャン以前もその後も多くの百貨店論の文献
が指摘するのは、定価正札販売、商品陳列販売、入店の自由など販売手法の革新について、
あるいは大量仕入れによる低価格・高い商品回転、さらに現金販売による高い資金回転とい
う経営原理についてであった。20
しかしパスダーマジャンは、百貨店の経営原理に踏み込んで、その革新的な特徴を論じて
いる。まず百貨店は販促や人事教育といった販売補助機能を売場から分離し店舗の後方部門
に集約した「集中的経営」を小売業で最初に確立した業態と評価している。
さらに百貨店とはひとつの経営意思のもとで主体的に運営される店舗であるとした上で、
そこでは複数の商品系統の売場を複合して配置するとともに、季節や市場の変化(顧客ニー
ズや競合の動き)に応じて売場を拡張・縮小して展開する点に着目する (p. 13、邦訳 p. 29)。
また需要の繁閑に応じて販売人材を売場間や店舗後方組織の人材と融通して配置する点に
も着目する。これらの点への着目は他の百貨店論にないパスダーマジャンの指摘と言える。
そこで筆者は、パスダーマジャンの基本的な考え方を踏まえ、複数の商品系統を組み合わ
せて展開し、市場変化に応じてその展開面積を拡張・縮小する機能と、売場業務の繁閑に応
じて非販売部門を含めて販売のための人員の配置を調整する機能の二つを合わせて「統合管
20
革新の定義についてシュムペーターの説に基づけば「新財貨の生産」
「新生産方式」
「新しい販路開
拓」
「新しい供給源の獲得」
「新しい組織の実現」など既存の均衡を破壊し、新しい均衡状態をもた
らすようなインパクトが商業における革新とされることから、上記のような要素が百貨店の革新と
してあげられやすかったものと思われる。革新性を検討するフレームワークとして、小山・外川
(1992) は「販売」
「経営」
「立地」「品揃え」という四つのレベルでの革新性を論じている。
522
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
理機能」と定義することにした。
この「統合管理機能」により、ひとつの経営の意思のもとで複数の商品系統を複合させる
ことで、商品間の需要期間の差異を踏まえつつ、その編集によって収益性の面で相互補完し、
店舗全体としての粗利益率の高さを確保することが可能になる。またその結果として店舗の
売場面積の利用(utilization)を高めることにもなる。例えば、年間の季節商品の展開を確実
に行い、常に需要の高い商品を順次手厚く販売していく売場体制とする(水着や季節電化製
品などシーズン型の重点売場展開など)。あるいは、時代の消費者ニーズを反映した商品の
売場を広げて、その需要を確保するものである(最近でのカジュアルファッションや美と健
康関連の品揃え強化など)
。
第二に人員配備の機能は、商品間の需要期間の差異を踏まえ、販売機会の多い売場(混む
売場)にそれ以外の売場から、あるいは店舗後方の通常は販売に携わらない部門からも人材
を出して、必要な売場に配備するという調整機能である。例えば、クリスマスギフトシーズ
ン(日本の百貨店では中元・歳暮期)に当該需要が集中する売場に、特定期間、販売人材を
集中して配備する販売体制がこれにあたるだろう。そのような販売人員の調整によって販売
機会ロスを最小限にし、人件費を有効に活用するものである。
このような「統合管理機能」は、百貨店という業態が単位規模の大きい店舗で、多様な商
品系統を扱い多様な販売形態という特性を持ち、しかもそれがひとつの経営意思のもとで運
営されるものであるからこそ形成された百貨店独自の経営原理であり、それを百貨店が構築
したことに、百貨店の業態としての革新性があるとみるべきではないかと考える。21 「統合
管理機能」がない場合には、単に複数の商品系統が店舗に集まった「よろづや」の状態でし
かなく、経営意思もひとつではなく、市場変化に応じた商品取り扱い面積の融通や、販売人
員の融通が行われることはないという差異がある。
さらに消費者ニーズに合わせ、あるいはニーズを先取りして店舗が取扱う商品系統を新た
に開発していく部門開発力も合わせて統合管理機能と考えれば、百貨店が持つ業態としての
創造性を一層高めることになる。それは、パスダーマジャンが「その根底に横たわる団結の
力の中にあったもの」、
「新しい個性を中に持った一つの強靭な組織」と述べた百貨店の意思
のある編集能力だろう。またその能力は、消費者ニーズに対応し、さらに時に先取りする形
で新しい商品系統の開発が、既存の商品系統への買い回りや関連購買を促進するというシナ
21
百貨店と同じく総合的品揃えの大型店である総合スーパー(GMS)では売場の拡張・縮小は行わ
れるが、販売形態が百貨店のように複数のタイプに分かれず、基本的にセルフ形態だけであるため
人員配備は複雑ではない。それにより売場構成と人員配備の両面での統合管理機能を持つ業態は百
貨店のみである。
523
宮副
謙司
ジー効果を呼び起こすことになると思われる。
5-2. 統合管理機能に見る日本の百貨店の課題
日本の百貨店においては、こうした「統合管理機能」は、戦後の百貨店再興期から弱体化
し始めていた。米国や欧州の百貨店は、パスダーマジャンの時代、1950 年代においては、
アンカーテナントとしてショッピングモールに出店することはあっても、逆に百貨店の店内
に別資本の専門店企業をテナントとして導入するようなことはなかったのである。しかし、
日本の百貨店では、1953 年にアパレル製造卸企業のオンワード樫山の提案を受け入れ委託
商品仕入制度及び、派遣店員制度を導入し、この制度が拡大、浸透するにつれて商品面でも、
販売人材の面でも百貨店の統合管理機能が次第に弱まっていった。さらに 1990 年代以降は、
収益改善施策として委託仕入れ取引売場の拡大や外部テナントを導入する店舗が増加した
が、これらは百貨店が管理できない売場を拡大させることになり、統合管理機能の弱体化が
一層進んだのであった。
こうした統合管理機能の弱体化は、百貨店の基本機能の最初で議論された近代的小売業に
求められた最初の機能「大量生産された商品の大量販売機能」までも弱体化させることにな
ったのではないだろうか。そもそも「大量生産された商品の大量販売機能」の担い手は、最
初は百貨店だったのである。ところが、その後、チェーンストア(スーパーマーケット)、
さらにディスカウントストアへと担い手が交代していった。それに伴い、百貨店が大規模な
仕入量を背景に、取引先に対する交渉力を高めることで規模の経済を実現するという構図が
現在ではもはや通用しなくなってしまった。いくら企業規模を大きくしようとしても別業態
のディスカウントストア(米国ではウォルマート、日本ではイオンなど)が存在し、百貨店
が規模の経済において出る幕はもはやないと思われる。
しかし範囲の経済であれば、単位店舗の規模が大きいという百貨店の店舗特性を生かして、
単店舗レベルでの店舗運営管理の場面で、「統合管理機能」による範囲の経済の発揮が可能
である。より具体的には、売場で獲得した顧客を店舗共通の資産として他の売場でも活用す
る顧客面でのシナジーや販売員が売場横断的に接客するといったシナジーを実現できる可
能性がある。22 言い換えるならば、今後の百貨店は、規模の経済の追求はディスカウントス
トアや他の量販業態に譲り、むしろ顧客と販売員といった資源のシナジーで範囲の経済を発
揮することを目指して、百貨店が小売業態で唯一、店舗レベルでもっている「統合管理機能」
22
松屋銀座のキャリアウーマン向け販売サービス「ジ・オフィス」や、高島屋や東急百貨店などのア
テンドショッピングサポート制度などが、売場横断型での販売体制の例である。
524
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
を高度化するべきではないだろうか。23
これまでの歴史的な経緯をふまえれば、百貨店が委託取引先に対して売場運営の発言力、
交渉力を確保するのは容易くはない。しかし、統合管理の対象を、自社領域に限らず、現在
百貨店が管理できていない領域、すなわち委託取引先やテナントの売場委託仕入やテナント
にまで拡大しなければ、店舗としての統合管理機能を実現できない。そのためには、百貨店
側が、百貨店店舗の立地や、顧客など経営資源を自ら十分に認識し、それを活かした交渉力
が必要である。さらにその交渉の前提として、百貨店は顧客情報について自社として資産化
すること(顧客情報を確実に押さえ戦略に応じて的確な顧客セグメントを抽出し営業対象と
できること)が必要となると考えられる。
以上のように「統合管理機能」の再構築に向けて、これらの挑戦的取り組みが達成される
ことが、日本の百貨店が現在抱える構造的な課題(欧米の百貨店と比べての特性的な課題、
及び 90 年代のリストラ施策に起因する今日的な課題)を解決することにつながると筆者は
考える。24
5-3. パスダーマジャンの評価と百貨店の将来
1957 年に日本語版が出版されて以降、日本の百貨店研究者では、松田・坂倉 (1960) にそ
の引用が数箇所あり、影響が感じられるが、当時でも、日本の百貨店実務家には、本書は浸
透しなかったし、その後も、本書の存在は一部では知られていたものの、ほとんど埋もれて
いたと言っていいだろう。
その要因としては、当時、日本の百貨店がおかれている状況として、戦後の再興期にあた
り、百貨店づくりや運営について海外百貨店からの情報収集の必要性が高かったが、① 実
務家が必要としたのは、百貨店論の学究書ではなく、実際的な百貨店運営マニュアル(バイ
ヤーズマニュアルなど)や管理帳票フォーマットであったこと、② 1960 年くらいから企業
幹部層の海外小売業視察が増えてきて、原著を読むより実際に視察して情報を得る傾向にあ
ったこと、③ 再興期という成長過程にあった日本では、すでにチェーンストア業態との競
合や都市構造の変化から退潮傾向が顕在化し始めていた欧米百貨店と違って、パスダーマジ
ャンが述べる百貨店の現状や将来像は実感しえない、受け入れづらいものであったことは想
23
24
パスダーマジャンは、店舗レベルについて、最も能率的な規模について議論を行っている (pp.
91-42; 邦訳 pp. 143-145)。 日本の百貨店の場合、欧米の百貨店よりも店舗規模が大きい店舗が多く
統合管理機能の難易度が高くなっているとも考えられる。
片岡も述べている「百貨店の固有の資産に着目し、その点を強調・開発せしめることによって今後
とられるべき百貨店経営強化の方向を示す」(邦訳 p. 316) とは、このような統合管理機能を確立し、
それを十分に発揮することではないかと筆者は考える。
525
宮副
謙司
像に難くない。④ さらに日本の百貨店実務家の海外視察の際、大都市の都心百貨店を中心
にしたことから、衰退店舗に多く遭遇し欧米百貨店は参考にならないとの風潮が業界で生ま
れたことなどが考えられる。
ところが、原著が 1954 年に出されたパスダーマジャンの百貨店の将来予測は、50 年を経
て多くの部分で的中していると評価できる。
例えば、競争環境として特にチェーンストアの台頭は強く意識されていた。当時、庶民階
級ないし、庶民階級から中産階級までの顧客を対象としている百貨店は、現在の業態分類に
留まるのか、反対に業態の格をあげ、大量の庶民相手の取引を放棄し新形態の大規模小売商
業に渡してしまわなければならないとされ、同じ土俵で戦うならチェーン型百貨店しか選択
はないと推測されていた。そして実際、2004 年現在の米国では、ニーマンマーカス、サッ
クスフィフスアベニューといった高額所得者向け百貨店25 と、フェデレーテッド、メイなど
の多くの百貨店を統合した巨大チェーン型百貨店の 2 タイプが百貨店のサバイバル形態と
して明確になってきたのである。
現在の日本の百貨店は、1950 年代欧米の百貨店が消費の変化やチェーンストアなど競合
の台頭の中で危機に瀕し、パスダーマジャンが警鐘ならしていた時代と同じ状況にあるのか
もしれない。だとすると、百貨店の将来についての彼の問題意識は、とりもなおさず、現在
の日本の百貨店にそのまま当てはまることになる。事実、面白いことに、50 年前のパスダ
ーマジャンの推測同様、今後、日本でも百貨店の店舗戦略のあり方として、① 大都市ター
ミナル立地の大型(高級)百貨店か、② 郊外ショッピングセンター型百貨店などの複数の
タイプに分かれていくとされている。26
ただし、パスダーマジャンが主張したように、百貨店の将来像として注目すべきなのは、
チェーンストアやショッピングモールなどの新しい形ではなく、百貨店業態に固有な機会、
本来的に備えている資産を実際的な勘定にかえていく基本的な考え方の方なのである。その
ためには、「百貨店は最も集中的な小売の企業形態であり、一つ屋根の下にいくつかの商品
系統をまとめることは、百貨店にとって創設以来、発展の基本的手段であった」 (p. 149; 邦
訳 p. 231)
とされていた百貨店の原点に返る必要がある。
日本の百貨店が業態として収益性や成長性から再構築を迫られている今だからこそ、パス
ダーマジャンが 50 年前に百貨店論で述べた重要な示唆は、今日的に高く評価されるべきな
25
26
顧客層にこだわってそれに合わせた商品領域に絞り込んだ結果、専門大店ともいうべき形態に変化
している。
伊藤 (1998) あるいは麻倉・大原 (2003) などに拠る。
526
パスダーマジャン『百貨店論』を読む
のである。顧客の視点に立った(顧客のライフスタイルに沿った)部門の開発という創造性
が現在十分に発揮されているのか。通信網やテレビの発達などで可能になった従来の店舗商
圏を超えた営業展開やメディア環境の整備は、本来は、商品の多様性・流行商品を得意とす
る百貨店に有利なチャンスであるはずなのだが、それらを成長に生かしているのかどうか。
そして、とりわけ百貨店の業態として革新的とされていた商品系統の統合管理機能が十分に
発揮されているのかどうか、今こそ見つめ直す必要がある。
どのタイプの店舗戦略をとるにしても、百貨店業態が成長するためには、企業の組織能力
として店舗の統合管理機能を確立することが必要になる。パスダーマジャンの論から導出さ
れる「統合管理機能」に着目することが、日本の百貨店が現在直面する構造課題を解決し、
再度革新性を取り戻すヒントとなるのではないかと思われる。
参考文献
麻倉佑輔, 大原 茜 (2003)『最新・全国百貨店の店舗戦略』同友館.
伊藤元重 (1998)『百貨店の未来』日本経済新聞社.
鹿島 茂 (1991)『デパートを発明した夫妻』講談社現代新書, 講談社.
小山周三, 外川洋子 (1992)『デパート・スーパー』 (産業の昭和社会史 7) 日本経済社評論.
松田慎三 (1939)『デパートメントストア』日本評論社.
松田慎三, 坂倉芳明 (1960)『百貨店』 (日本の産業シリーズ 7) 有斐閣.
宮副謙司 (1994)『新「百貨店」バラ色産業論』ビジネス社.
Pasdermadjian, H. (1954). The department store: Its origins, evolution and economics. London: Newman
Books. 邦訳, パスダーマジャン (1957)『百貨店論』片岡一郎 訳. ダイヤモンド社.
清水 晶, 土屋好重 編 (1951)『百貨店経営:販売業者の百科事典』東洋書館.
田村正紀 (2001)『流通原理』千倉書房.
〔2004 年 8 月 11 日受稿; 2004 年 9 月 14 日受理〕
527
宮副
謙司
528
赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
編集委員
編集担当
新宅 純二郎
阿部 誠 粕谷 誠
片平 秀貴
高橋 伸夫
西田 麻希
赤門マネジメント・レビュー 3 巻 10 号 2004 年 10 月 25 日発行
編集
東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行
特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 片平 秀貴
東京都千代田区丸の内
http://www.gbrc.jp
藤本 隆宏
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