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WHO気候変化と健康(旧版の日本語版) - Hi-HO

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WHO気候変化と健康(旧版の日本語版) - Hi-HO
Climate Change and Human Health
~ Risks and Responses
1900
1950
2000
2050
2100
SUMMARY
独立行政法人 国立環境研究所
Climate Change and Human Health - Risks and Responses
SUMMARY
気候変化と健康ーリスクと反応
概要
日本語訳
(原稿October 11, 2004版)
序 文
人類は長年にわたって地域生態系を変化させ、また、地域
の気候に影響を与えてきた。今日、人類のこうした影響は地
球レベルに達している。なお、このことは近年における人口、
エネルギー消費、土地利用の程度、国際貿易や旅行、その他
の人類の活動の増加が急速であることを反映したものである。
これらの地球変動の発生してきたことによって、人類が長期
に亘ってよい健康を保つには、生物圏の生態学的、物理的あ
るいは社会経済的システムの持続的な安定性や機能が必要で
あることが認識させられる。
世界の気候システムは複雑な生命支援過程が集積したもの
である。気候と気象はすでに人の健康とよい状態に対して強
力なインパクトを与えている。その他の大きな自然システム
と同様に、地球の気候システムは人類の活動による圧力を受
けている。地球気候変動はしたがって人類の健康を守るため
に続けられている努力への新たなチャレンジとなっている。
この小冊子は、WHOがUNEPおよびWMOと共同で出版し
た「気候変動と人の健康―リスクと反応」と題する本のサマ
リーである。その完全な本では、健康分野に焦点を当てつつ、
地球気候変動の内容と過程、その結果実際発生している、あ
るいは、予想されるインパクト、および人の社会あるいは行
政がどのように反応すべきか、などについて記述している。
本書で不明な点については、そちらを参照されたい。
概要
03
1
地球的規模での
気候変化と健康
昔の話が顕在化している
1969年、アポロ月ロケットは、
大部分が化石燃料の燃焼と森林の
宇宙に浮かぶ地球という驚くべき
焼却から発生する−に加え、それ
写真をもたらした。このことは、
以外の熱捕捉性ガスである、メタ
我々人間の生物圏とその境界に対
ン−灌漑農業、畜産業、そして石
しての考え方を変容させた。我々
油の抽出から生じる−、一酸化二
の気候変化に対する理解が深まる
窒素、そして人間が作り出す様々
ことによって、生物圏の境界や人
なハロカーボン化合物からなる。
間の健康を決定する要因に対する
国連の気候変動に関する政府間パ
我々の見方が変化しつつある。
ネル(Intergovernmental Panel
我々個人の健康は、主に慎重な行
on Climate Change = IPCC)は、
動、遺伝、職業、地域環境への曝
その第三次評価報告(2001年)に
露、そして健康管理/医療の利用
おいて、「この50年間に亘って観
しやすさに関連しているように見
察された温暖化は人間の活動によ
える一方、持続的な集団の健康に
るという新しくそして強力な証拠
は、生物圏からの生命維持「サー
がある」と述べている。
ビス」が必要である。すべての動
20世紀中、世界の平均地表気温
物種の集団は、気候の安定によっ
は約0.6度上昇し、その気温上昇の
てもたらされる食物と水の供給、
約3分の2は1975年以降に生じて
気候変化は、大きな、そして
過度な感染症のないこと、肉体的
いる。気候学者は降水量と気候変
ほとんど知られていない問題を
安全と快適さに依存している。世
動性の変化とともに、これから何
提起する。このブックレットが
界の気候システムは、この生命維
世紀も、更に温暖化が進むと予想
描写したのは、地球的規模での
持にとって非常に重要である。
している。彼らの予想はますます
気候変化の過程、その現在と未
今日、人類の活動は世界の気候
精緻になってゆく地球的気候モデ
来における人間の健康への影
を変化させている。我々はエネル
ル−人口学的、経済的、技術的変
響、そして我々の社会が、適応
ギー捕捉性ガスの大気中濃度を増
化および進歩した統治様式の予測
戦略と温室効果ガスの放出の減
加させており、それによって地球
代替案をも考慮に入れた、信憑性
少によって、どのようにこれら
を居住可能にする自然の「温室効
のある将来の地球温暖化ガス排出
有害な影響を小さくできるかと
果」を強めている。これらの温室
シナリオに適用された−に基づい
いうことである。
効果ガスは基本的に二酸化炭素−
ている。
気候変化の地球的規模は、他の
図 1.1
過去20,000年にわたる全球平均表面温度の変動
多くの見慣れた、毒性学的もしく
5
4
は微生物学的脅威に関連した地域
過去1万年の平均気温=15℃
2
気温変化 (ºC)
環境問題とは根本的に異なる。実
IPCC (2001年) の予測:+2∼3℃
(不確実性による幅をもたせて)
3
際、気候変化とは以下のことを示
メソポタミアの繁栄
農業開始
1
す。今日、我々は地球の生物物理
バイキングが
グリーンランドに
学的、生態学的システムを惑星レ
0
完新世
気候最良期
-1
中世
温暖期
-2
-3
1940
ヨーロッパ
小氷河期
(15∼18世紀)
21世紀:
非常に速い
上昇
食物生産システムへの負荷、供給
ヤンガー・
ドライアス期
されるべき淡水の枯渇、そして世
-5
20 000
10 000
2000
1000
300
現在からの年数(準対数目盛)
04
成層圏のオゾンの減少、生物多様
性喪失の加速、陸上そして海での
最終氷河期
の終わり
-4
ベルで変えている−
−
−それはまた、
気候変化と健康−リスクと反応
100
現在
+100
界的規模での難分解性有機汚染物
質の広がりで立証される。
系やそれらを構成する生物種の機
られれば、因果性は強くなる。
人間社会は長い間、自然に生じ
能に影響を与えるであろう。同様
人間の健康における、最初に認
る気候的移り変わりを経験してき
に、人間の健康にも影響を与える
識できる変化は、おそらく気候区
た(図1.1)。古代エジプト人、メ
であろう。これらの健康に対する
分(緯度と経度)、そしていくつか
ソポタミア人、マヤ人、そしてヨ
影響には有益なものもある。例え
の感染症の季節性−マラリアやデ
ーロッパの人々は−小氷河期の4
ば、穏やかな冬には、温帯気候地
ング熱のような動物媒介感染症や、
世紀の間−すべて自然の大きな気
域において季節性に生じる冬季死
暑い時期にピークを迎えるサルモ
候的周期の影響を受けていた。よ
亡数のピークが低下するだろうし、
ネラ菌などの食物媒介感染症を含
り激しい、災害や病気の発生は、
一方で現在暑い地域では、病気を
む−であろう。対照的に、自然な
たとえばエルニーニョ現象のよう
媒介する蚊の生存能力が、更なる
そして管理された食物生産の生態
な地域的気候周期の極端な事象に
気温の上昇によって減少するかも
系の攪乱、海面の上昇、そして物
呼応してしばしば生じた。
しれない。しかしながら、全体と
理的脅威、土地の損失、経済の混
IPCCは、全球の平均気温が今世
しては気候変化が健康に与える影
乱、内戦などによる人口移動によ
紀中に数℃上昇すると推測してい
響の大部分は有害なものであろう
って引き起こされる公衆衛生的問
る。図1.2に示すように、この推測
と、科学者たちは考えている。
題は、何十年間かの間は明確にな
には避けがたい不確実性が存在す
ここ何十年かにわたる気候的な
る。なぜなら、気候体系の複雑さ
変化はおそらく既に健康に何らか
は十分には理解されておらず、人
の影響を与えている。事実、WHO
類の将来における発展を確実には
はWorld Health Report 2002の
今日、世界の人々は、歴史上初
予言できないからである。
中で、2000年にいくつかの中流階
めて、見たこともないような大気
1970年代以降、世界の気温は約
級の国々において、下痢が世界の
圏の低・中層部分で起こっている
0.4℃上昇しており、それは現在、
約4.2%、マラリアが約6%発生し
人為起源の変化や、世界的規模の
自然の−歴史的な−変動性の上限
たのは、気候変化が原因であった
様々な自然システムにおける枯
を超えている。気候学者は、その
と推定した。しかし現在変化しつ
渇−たとえば、土壌の肥沃度、帯
近年の気温上昇の大部分は人的影
つある他の原因の、ノイズの多い
水層、大洋漁業、そして生物多様
響によるものと評価している。
バックグラウンドに対して、小さ
性一般−に直面している。そのよ
な変化を認識するのは非常に困難
うな変化が経済活動やインフラ、
である。一旦発見され、異なる人
そして管理された生態系に影響を
口において類似した観察結果が得
及すかもしれないという、以前の
気候変化の潜在的健康影響
世界の気候の変化は多くの生態
らないであろう。
結論
認識を超えて、現在では地球環境
図 1.2 温度計による計測が始まった1860年からの全球温度記録および2100年までの予測
20
リスクとなるという認識がある。
このトピックは人々の健康調査、
19
平均地表温度(℃)
変化が人間集団の健康にとっての
社会政策の発達そして見解の主張
高位推計
18
中位推計
において主要なテーマとなってき
17
ている。まさしく、地球的規模で
16
の気候環境的な人間の健康に対す
低位推計
15
る脅威は、持続可能性への議論に
おいて中心的役割になるだろう。
14
13
1850
1900
1950
2000
2050
2100
年
概要
05
2
天気と気候
ヒト曝露の変化
天気とは大気の継続的な変化の
気候システム
状態であり、時間的尺度において
地球の気候は、太陽、海洋、大
は通常秒から週の範囲で検討され
気圏、氷雪圏、地表面、そして生
る。気候とは、ある地域における、
物圏の間の複雑な相互作用によっ
下層大気およびその下にあって大
て決定される。太陽は天気と気候
気と関連を持つ大地や水の特徴の
にとって主要な原動力である。地
平均的状態−通常は少なくとも数
球の表面を不均一に−赤道に近い
年にわたる−である。気候変動性
ほど強く−暖めることが、大気と
とは平均的気候からのずれであり、
海洋の両方における大きな対流を
季節変動や大規模地域サイクル、
おこし、そして風と海流の主要な
たとえばエルニーニョ南方振動や
原因となる。
北大西洋振動を含む。
大気の5つの同心層がこの惑星
気候変化は何十年、もしくはそ
を覆っている。もっとも低い部分
れ以上の時間的尺度で生じる。こ
の層(対流圏)は平均して地表面
れまで、全球的気候における変化
から約10∼12キロメートルに及ん
は、数世紀、数千年をかけて大陸
でいる。地球の表面に影響を与え
移動や様々な天文学的周期、太陽
る天気は対流圏内で形成される。
エネルギーの放出や火山活動にお
次の主要な層(成層圏)は地表の
ける変化のために自然に生じてい
上方約50キロメートルに及んでい
る。ここ2、30年の間に、人間活
る。成層圏内のオゾンは高エネル
動が大気組成を変化させ、それに
ギーの紫外線の大部分を吸収する。
「気候変化と健康」を論じる
よって、地球気候変化ひきおこし
成層圏の上方には、中間圏、熱圏、
にあたり、我々はいくつかの気
ているということがますます明ら
外気圏と呼ばれる三つの層が存在
象学的な曝露による健康影響を
かになってきた。
する。
区別しなければならない。すな
概して、これら大気の5つの層
わち天気、気候変動性、そして
は、地表面に届く太陽放射の総量
気候変化である。
をおおよそ半分にする。とりわけ、
微量に存在する特定の温室効果ガ
ス−水蒸気、二酸化炭素、亜酸化
図 2.1
温室効果(文献2)
窒素、メタン、含ハロゲン炭素化
合物、そしてオゾンを含む−は対
太陽
太陽放射の一部は
地球と大気によっ
て反射する。
赤外線の一部は大気
を通過し、一部は温
室効果ガス分子によ
り吸収され、すべて
の方向に再放射され
る。この効果は、地
表面と大気下層を暖
める。
流圏に存在し、それを通り過ぎる
太陽エネルギーの約17%を吸収す
る。
地表面に届く太陽エネルギーの多
くは長波赤外線放射として吸収さ
れ、再放射される。下層大気にお
太陽放射は透明な
大気を通過する。
大気
いて、この外に向かう赤外線の一
地球
部は地表面をより温める原因とな
大部分の放射は地
球表面に吸収さ
れ、そこを暖める。
06
気候変化と健康−リスクと反応
赤外線が地球表面
から放射される。
る温室効果ガスによって吸収され、
更に地表面を暖める。このことに
よって地球の気温は33℃上昇し
図 2.2
西暦1000年から2000年にかけての大気中CO2 濃度
表 2.1
人間活動に影響を受ける温室効果ガスの例
直接測定
氷床コアのデータ
ppm
1000
予測
CO2
二酸化
炭素
CH4
メタン
N2O
亜酸化
窒素
産業化以前の
濃度
~280
ppm
~700
ppb
~270
ppb
0
0
40
ppt
1998年の濃度
365
ppm
1745
ppb
314
ppb
268
ppt
14
ppt
80
ppt
0.8
ppb/yr
-1.4
ppt/yr
114
yr d
45
yr
ppm
1000
900
900
800
800
CFC-11
フロン
11
HFC-23
ハイドロフル
オロカーボン23
CF4
パーフル
オロメタン
高位
700
700
中位
600
600
低位
500
500
400
400
300
300
200
200
100
100
0
1000
1200
1400
1600
1800
2000
0
2100
濃度変化率 b
1.5
ppm/yr a
大気中の寿命
5-200
yr c
7.0
ppb/yr a
12
yr d
0.05
ppt/yr
1
ppt/yr
260
yr
>50,000
yr
a 1990年から1999年の期間、変化率が、二酸化炭素は0.9ppm/年から2.8ppm/年
まで、メタンは0から13ppm/年まで変動した。
b 率は1990年から1999年の期間で計算された。
c 二酸化炭素に関しては、様々な除去過程による様々な吸収率が存在するため、
寿命を特定できない。
d この寿命は、
気体そのものの存在期間という間接効果を考慮に入れた、
「調整期
間」である。
ppm:百万分率 ppb:億分率 ppt:一兆分率
て、現在の地表面の平均である
気候の健康影響の研究
ては、これらの研究が本来持って
15℃となる。この補助的な温暖化
人間の健康における天気事象や
いる、いくつかのタイプの不確定
の過程は温室効果と呼ばれる(図
気候変動性の影響に関する研究は、
要素を取り込む必要性がある。地
2.1)
。
気象的「曝露」の適切な仕様を必
域的気候体系や気候依存的生態系
要とする。天気と気候はいろいろ
のような複雑な体系が、限界を超
な時空の尺度にわたって要約でき
えてしまった場合、どのように反
温室効果ガスの人為的な大気濃
る。分析の適切な尺度や曝露から
応するかの予測は当然ながら不確
度上昇は温室効果を増幅している。
影響までのタイムラグの選択は、
実である。同様に、人間集団の未
最近は、化石燃料の燃焼の著しい
その関係の予想される性質に依存
来の特徴、行動、対処能力につい
増加、農業活動やその他の経済活
するだろう。多くの調査は、同じ
ても不確実さが存在する。
動が温室効果ガスの排出を大きく
空間的そして時間的尺度の、天気
増加させている。二酸化炭素の大
や気候そして健康事象についての
気濃度は産業革命の始まり以来、
情報を含む長期的データセットを
それまでの量の3分の1増加した。
必要とする。その例として、気候
温室効果ガス
(図2.2)
変動性や変化がどのようにアフリ
表2.1に、いくつかの温室効果ガ
カの高地における近年のマラリア
スの例をあげ、それらの1790年と
の広がりに影響を与えているのか
1998年における濃度、そして
ということを評価することは難し
1990年から1999年までの濃度変
いということが証明されている。
化と、それらの大気中の寿命をま
なぜならば、適切な健康、天気、
とめている。寿命の長いガスの排
その他の関連データ−たとえば土
出は、何十年もしくは何世紀もの
地利用の変化−は同じ場所、同じ
間ほとんど不可逆的に気候変化を
尺度では集められていないからで
維持し続けるため、大気中の寿命
ある。
は為政者にとって特に重要である。
すべてのそのような調査におい
概要
07
3
気候と健康の科学に
おける国際世論
IPCC第三次報告書
1990年代の初め、世界的規模で
実際の健康影響のいくつかの早い
の気候変化によって引き起こされ
段階での証拠に関する討論も含ん
る健康上のリスクに関しては、ほ
でいた。その報告は、主要な地理
とんど認識されていなかった。こ
的領域ごとに予測される健康影響
のことは、生物物理学的そして生
をもまた強調していた。
態学的システムの混乱がどのよう
IPCCは1988年にWMOとUNEP
に人々の長期間に渡る幸福や健康
によって設立された。IPCCの役割
に影響を与えるかに関してほとん
とは、以下に述べる点について、
ど理解していないことの反映であ
世界で出版された、科学的文献の
った。自然科学者の間においても、
評価をすることである:(1)温
彼らの個別の研究対象−気候条件、
室効果ガスの排出を介しての下層
生物学的多様性のストック、生態
大気の人為的変化は、どのように
系の生産性など−が、人間の健康
世界の気候パターンに影響を与え
にとって潜在的に重要なものであ
てきて、またどのように影響を与
ることをほとんど認識していなか
えていくのか、(2)その影響が人
った。実際、このことは1991年に
間社会にとって重要ないろいろな
発行された国際連合の「気候変動
システムや過程に、どのような影
に関する政府間パネル」(IPCC)
響を与えており、将来どのような
による最初の主要な報告で、健康
影響を与えるのか、(3)気候変化
上のリスクに対してわずかにしか
を回避し、その影響を減らすため
言及されていないことによく反映
の為政者にとって利用可能な経済
されていた。
的、そして社会的対応の選択肢の
最近の調査を通して、主に地
そのあとに、その状況は変わっ
域レベル、もしくは国家レベル
た。1996年のIPCC第二次評価報
IPCCの仕事は世界中にいる何百
での、IPCCやその他の政策関連
告は、一つの章すべてを健康に対
人もの科学者たちによってなされ
の概観報告からの刺激によっ
する潜在的なリスクに充てた。
ている。原則として5年に1度、各
て、気候と健康の関係に対する
2001年の第三次評価報告において
国政府はこの総合的な査読事業に
我々の理解は、急速に深まって
も同様であった。そしてこの時は、
含まれる多くのトピックに関する
いる。
未来の健康影響の評価とともに、
専門的知識を持った科学者を推薦
幅。
する。次いで、地理的そして専門
図 3.1
気候変化が健康に影響を与える経路
変化要因
分野的な代表性を保証するように
健康影響
気温に関連した
疾病および死亡
異常気象に関連し
た健康影響
人への曝露
気候変化
地域気象変化
汚染経路
・熱波
・異常気象
・気温
・降水
伝染様式
農業・エコシ
ステムと水文
学的変化
社会経済的
および
人口学的混乱
08
気候変化と健康−リスクと反応
大気汚染に関連し
た健康影響
水および食物由来
の疾病
食糧および水の不
足
精神的、栄養学的
な感染性あるいは
その他の健康影響
トピック査読チームが選出される。
IPCCにおいて事務局レベルで働い
ている少数の科学者を除いて、査
読、討論、文書作成といったすべ
ての仕事は、ボランティアで行わ
れている。
IPCCの原稿評価は、一連の内部
および外部の同分野の科学者たち
による査読の対象になる。IPCC報
告の要約の最終的な表現は、公式
の国際会議を通して、各国政府に
よって詳細に、また体系的に検討
気候変化と気候変動性が人間の
それぞれの気候変化の潜在的影
健康に与える影響に関する我々の
響に関して、特に病気や傷害に対
理解は、近年著しく深まっている。
して弱いグループがある。その脆
しかしながら、その理解しようと
弱性は、人口密度、経済発展の水準、
IPCCによる第三次報告書は以下
する作業が、以下のような根本的
食物の入手可能性、収入のレベル
のように結論を出した。「概して、
な問題によって複雑化している。
や分布、地域的環境条件、もとも
気候変化は人間の健康に対する脅
・健康に対する気候影響は、しば
との健康状態、公衆衛生的管理の
威、特に熱帯や亜熱帯に属する
しば、他の生態学的過程、社会
質や利用可能性といった要因に依
国々の低所得層の人々に対する脅
状況、そして適応政策の相互作
存している。たとえば、極端な気
威が強まると予想される。」
用によって変化する。説明しよ
温により被害を受ける危険性がも
その要約は以下のように続けて
うとする場合、複雑さと単純さ
っとも高いのは、社会的に孤立し
いる。「気候変化は、直接人間の健
の間のバランスを取らなくては
た都市住民、老人、そして貧困な
康に影響を与えることもある−た
ならない。
人々などである。効果的な一次医
される。
IPCCの健康影響に関する予想
とえば、熱ストレスの影響や、洪
・科学的な不確実性、また状況に
療(プライマリ・ヘルス・ケア)な
水や嵐による死亡や傷害−し、間
よる不確実性が多く存在する。
しに、現在マラリアやデング熱発
接的に疾病の媒介動物−たとえば
それゆえにIPCCは、健康影響
生地帯の境界に住んでいる人々は、
蚊−の分布変化、水系伝染病の病
に関する声明一つ一つに付与す
もしも世界がより暖かくなり、こ
原体、水質、大気の質、食物の入
る信頼性レベルの評価を定式化
れらの病気の発生地帯が拡大した
手可能性や質などを介して、影響
しようとしたのである。
場合に、最も大きな影響を被るで
を与えることもある。実際の健康
・気候変化は、現在進行中の様々
に対する影響は、地域的環境条件
な地球環境変化−同時に、また
IPCCの報告もまた、気候・気候
や社会経済状況によって、また多
しばしば互いに関連しあいなが
変化・人間の健康の3者間におい
様な社会的、制度的、技術的、行
ら、人間の健康に影響を与え
ての関連性に関する我々の理解は、
動学的適応−健康に対するあらゆ
る−の1つである。良い例の一
ここ10年の間に著しく進んだと強
る脅威を弱めるために行われる−
つは、動物によって媒介される
調している。しかしながら、未来
によって、強く左右されるだろう。」
伝染病への感染である。気候条
の気候環境的変化パターンへの曝
気候条件の変化には大きくわけ
件、人口移動、森林伐採そして
露がどうなるのかという知識や、
ると3種類の健康影響がある。
土地利用パターン、生物的多様
そのような気候変化に対する物理
・どちらかと言えば直接的なもの
性の損失−たとえば蚊の天
的、生態学的、社会的システムの脆
であり、通常異常気象によって
敵−、淡水の表面構造や人口密
弱性や適応能力についての知識に
引き起こされるもの。
度が相まって感染に影響が及ぶ
関しては、まだまだ不明な点が多
のである。
く存在する。
・気候変化による、様々な環境変
化および生態学的混乱の過程の
結果としての健康傷害。
あろう。
IPCCはかなりの確信を持って以
下のように結論付けた。気候変化
・気候によってもたらされた経済
は暑さに関連した死亡や罹病を増
的混乱、環境劣化、そして紛争
加させ、また温暖な国々における
状態の影響で、風紀が乱れ、難
寒さに関連した死亡を減少させ、
民となった集団に発生する、
洪水や嵐に続く感染症流行の頻度
様々な健康傷害−外傷性、感染
を増加させ、そして海面水位の上
性、栄養性、精神性その他−。
昇や嵐の増加による人口移動によ
これらいくつかの経路は図3.1に示
る,かなりの健康影響を引き起こ
されている。
すだろう。
概要
09
4
気候変化による健康影響を認識し、
たとえば、異常な気温の健康影響は直
数量化し、そして予測する時の困難さ
接的である。それとは対照的に、生態
には、尺度をどうするか、
「曝露」をど
系の構成や機能の複雑な変化を通し
う決めるか、またしばしば複雑で間接
て、動物媒介感染症の伝播や農業生産
的な因果の筋道をどうつけるかという
性に対する気候変化の影響が起こる。
問題を伴う。第一に、気候に関係する
最後の難題は、未来の気候・環境シ
健康影響の地理的尺度や、概して広い
ナリオに関連づけて健康リスクを推測
気候変化と健康を研究
タイムスパンは大部分の研究者にはな
しなければならないことである。環境
している科学者の課題
じみがない。疫学者はたいてい地理的
による、ほとんどの既知の健康危険と
に限られていて、相対的に発生が早く、
は異なり、地球的規模の気候変化によ
直接健康に影響を及ぼす問題を研究す
ると予想されたリスクの大部分は、今
る。たいてい、個人が通常の観察単位
後数年から数十年先に起こる。
未来に向かって
である。
第二に、
「曝露」変数−天気、気候変
動制や気候の動向−が難しい。比較対
調査の戦略と課題
かなりの健康影響の調査が未来のリ
照の基準となる明らかな「非曝露群」
スクに焦点を当てているが、最近、そ
というものはない。実際、同じ場所の
して現在について述べられた実証研究
個人に関しては、天気や気候への曝露
は重要である。標準的な観察疫学的方
ではほとんど違いがないために、異な
法は、もし適切なデータセットが存在
る曝露の集団の比較は通常不可能であ
すれば、ここ何十年かにおけるある地
る 。 む し ろ 、地 域 社 会 や そ こ に 住 む
域気候のトレンドが健康に与える影響
人々全体が比較されるしかない。そし
を例証することができる。そのような
てその場合に、脆弱性においてのコミ
情報で、今後未来の影響を推測する能
ュニティー間の相違に注意が払われな
力が高まる。一方、我々は気候変化に
くてはならない。たとえば、1995年の
よる早期の健康影響の証拠を探索すべ
気候変化と健康に関する調査
シカゴにおける猛烈な熱波の最中の超
きである。なぜなら、変化は何十年間も
は、因果関係の基礎的な研究か
過死亡率は、住居の質や地域の団結の
進行中だからである。
らリスク評価、集団の脆弱性評
ような要因の相違によって、近隣地域
価と適応能力の評価、そして政
間で大きく異なっていた。
化が健康に与える影響は二つの主要な
第三に、健康影響には間接的に複雑
方法によって推測することが可能であ
な道筋をたどって生じるものもある。
る。一つ目は、最近の気候変動性を気
策的介入の評価にわたる。
(図4.1)
気候変動性も含めた、未来の気候変
候変化の前兆として取り扱う類似性の
図 4.1
公衆衛生研究
研究から外挿を行うことである。二つ
目は、気候条件と健康事象の関係につ
いての現存する知識を基にした予測用
他の研究分野
基本的関係
・量一反応関係
コンピューターモデルを使用すること
モニタリングを含む
早期影響の証拠
評価
・脆弱性
・適応
シナリオのモデル化
問うべきことは?
情報は十分か?
・政策決定者
・利害関係者
・他の研究者
との交流
政策形成過程
暖和の共通便益
気候変化と健康−リスクと反応
である。そのようなモデルは何が生じ
るかということを正確には推測できな
いけれども、もしも、ある未来の気候
条件−あるいは他、個別の条件−が満
適応のオプション
10
公衆衛生科学の課題
たされれば、何が起こるかということ
を示唆することができる。
図 4.2
1965年∼2000年、ニュージーランドにおける平均気温と月間サルモネラ症
患者報告数
400
技術的なそして社会的な変化を被るで
あろう世界における、影響の現実的な
モデルによる予測を得るために、我々
サルモネラ症患者数/月
350
は高いレベルでの「統合化」が必要で
300
ある。
250
200
4.適応の選択枝を評価すること
150
100
適応とは、環境変化の潜在的な悪影
50
0
10
響を減らすために何らかの対処をする
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
ことを意味する。(第11節参照)
月平均気温(℃)
研究者にとっての5つの主な課題は
以下である。
して(2)その変化の一部を気候変化
に帰するという二点の確率のもっとも
5.緩和策や適応策の同時発生的な
利益やコストを推測すること
高い状況、人口、健康事象を選択する
温室効果ガスの排出を減らすステッ
ことである。おそらく、曝露効果の変
プ−暖和−や、健康影響を小さくする
化がもっとも急な部分、地域人口の適
ステップ−適応−は、他の健康影響を
天気や気候変動性そして気候による環
応力がもっとも弱くなる部分、そして、
同時発生させる可能性がある。その例
境変化に対する健康事象の感度につい
観察された関係についての矛盾する説
としては、自家用車でなく、公共の交
て、多数の未解決の疑問がある。例え
明がほとんどない場合に、健康影響が
通機関を利用することを推進すれば、
ば、急性胃腸炎の原因となる主要な病
もっとも明確になる。
二酸化炭素の放出を減少させる可能性
1.天気と健康の基本的な関係を確立
すること
があるだけではなく、大気汚染の緩和
原体は暖かい条件で、より速く増殖す
る。気温が高いほど、より多くの患者
が発生するか?どうもそのようであ
3.シナリオに基づく予測モデル
他 の 大 部 分 の 環 境 曝 露 と は 違 い、
や交通事故の減少そして肉体活動の増
加により、近い将来公衆の健康を改善
る。ニュージーランドにおける、月平
我々はこの先少なくとも数十年間は世
させるかもしれない。これら付加的な
均気温と月毎のサルモネラ感染患者数
界の気候が変化し続けるということを
コストや利益についての情報は、為政
との関係を表すグラフから明らかであ
知っている。気候学者は今、温室効果
者にとって重要である。しかしながら、
る。(図4.2)
ガス排出の未来シナリオの気候的帰結
ここで注意が必要である。影響遅延、
を十分なレベルでモデル化することが
もしくは遠い未来にわたる影響に関し
可能である。これらの気候的シナリオ
て、そのコスト推定は単純ではない。
2.気候変化の早期影響を探すこと
最近の地球温暖化に起因する物理
を健康影響モデルに関連づけることに
的、生態学的変化に関しては、多数の
より、我々は起こりうる健康影響を推
不確実性に関連する一般的な問題
矛盾のない観察結果が存在している。
測することができる。
研究者は、関連のあるすべての不確実
しかしながら、人間の健康影響に関し
例えば、嵐や洪水による死亡のよう
性を記述し、話し合い、そして説明す
ては未だに兆候すらほとんどない。そ
に、すぐに数値で表すことができる健
るべきである。このことによって、意
の少ないものの一つが、感染症−ダニ
康影響もあるし、例えば、食糧不足に
志決定者は、ある特定の結果を引き起
媒介脳炎やコレラなど−のパターン変
よる健康影響のようにすぐに数値で表
こすために必要な条件に関する重要な
化である。健康領域の研究者は人類が
すのは難しいものもある。我々には、
洞察を得る。環境リスクの認識は文化、
多くの適応戦略を持っているという事
未来の健康リスクの有用な、あるいは
価値観、社会的地位によって異なるの
実−日よけの木を植えることや、労働
信憑性の高い推測を提供できるよう
で、評価に関する質問リストを作るこ
時間を変えること、エアコンを取り入れ
な、多面的な未来の世界を十分表現で
と、そしてリスクを解釈することの両
ることなど−を認めなければならない。
きるモデルが必要である。可能ならば、
方において利害関係者の援助が必要で
困難な点は、(1)変化を認識し、そ
いろいろな他の人口統計の、経済的な、
ある。
概要
11
5
異常な気候の
健康影響
気候変化を伴い、異常な気候事象
期間を短くする。しかしながら、と
は、より頻繁に起こると考えられて
ても暑く、とても乾燥した状態は蚊
いる。これらの破壊的事象は、貧し
の生存率を低下させる。
い国々にもっとも大きな影響を与え
今日、マラリアの大部分は熱帯と
る。二種類の異常な気候を以下に示
亜熱帯に限局している。気候に対す
す。
るマラリアの感受性は、エルニーニ
・ 極端な高温・低温といった、気候
ョと関連のある高い気温や降雨量に
の統計的範囲の単純な異常値
よって感染が増加する可能性のある
・ 複雑な事象:干ばつ、洪水やハリ
砂漠と高地周辺地域によって描写さ
ケーン
れる。発展途上国の、マラリアの不
およそ5年ごとに起こる、太平洋で
安定な地域では人々の感染防御免疫
のエルニーニョ/南方振動(ENSO)
が十分ではなく、天候条件がマラリ
は、世界の地域的天気パターンの大
アへの感染を促進する場合には、流
部分に影響を与える。気候変化でエ
行が起こりやすくなる。
ルニーニョの頻度上昇や振幅増加の
デング熱は、熱帯と亜熱帯地域の、
起こる可能性が高い。それは異常な
特に都市環境において起こる、人間
気候がどれほど人間の健康に影響を
を冒すアルボウイルスの病気でもっ
与えるかということをはっきりと示
とも重要なものである。エルニーニ
している。
ョ/南方振動は家庭で水を保管する
方法や、地表水の保存に変化をもた
気候的要因は様々な動物によ
気候、天気、エルニーニョそして
らすことにより、デング熱発症に影
伝染病
響を与える。1970年から1995年ま
って媒介される病気、多くの腸
気温と地表水どちらも動物媒介感
での間、南太平洋においてのデング
疾患そして水に関連するある種
染病の媒介昆虫に、重要な影響を持
熱の年間流行数は、ラニーニャ状
の病気の重要な決定要因となる。
つ。とりわけ重要なのは、マラリア
態−すなわち暖かく高湿度−と正の
年々の気候変動と伝染病の関係
や、ウイルス性疾患−たとえばデン
相関があった。
は、気候変動が顕著な場所や脆
グ熱、黄熱病−を広める媒介昆虫の
弱な人々において、もっとも明
蚊の仲間である。蚊は繁殖するため
温暖で湿度の高い冬の後に増殖する
白である。地球的規模での気候
によどんだ水が必要である。そして
のだが、様々な病気の保菌者となる。
変化が、将来伝染病に与える影
成虫は、高湿度を必要とする。暖か
ある齧歯類動物が媒介する病気−レ
響を理解するために、エルニー
い気温は、媒介動物の繁殖を強め、
ブトスピラ症、ツラレミア、ウイル
ニョ現象で類推が可能である。
媒介動物の生体内での病原体の成熟
ス性出血病を含む−は、洪水と関連
表 5.1
齧歯類は、温暖な地域において、
1980年代、1990年代における地域別の異常気候/気象現象数、死者数、被影響者数
1980年代
アフリカ
死者数(千人)
417
件数
死者数(千人)
137.8
247
10
104.3
被影響者数(百万人)
被影響者数(百万人)
東ヨーロッパ
66
2
0.1
150
5
12.4
東地中海
94
162
17.8
139
14
36.1
ラテンアメリカとカリブ海諸国
265
12
54.1
298
59
30.7
東南アジア
242
54
850.5
286
458
427.4
西太平洋
375
36
273.1
381
48
1,199.8
先進国
563
10
2.8
577
6
40.8
1,848
692
1,336
2,078
601
1,851
合計
12
件数
243
1990年代
気候変化と健康−リスクと反応
している。齧歯類やダニと関連し、
ろう。気候シナリオを使用している
ていても異常気候に対処するための
気候変動性との関連を示すその他の
予測モデル研究で、未来の気温に関
十分な設備がない。それゆえに、自
病気には、ライム病、ダニ媒介脳炎
係する死亡を推測している。その例
然災害により死亡したり、負傷した
そしてハンタウイルス肺症候群など
として、気候変化に起因する毎年夏
り、ホームレスになる人々の数は急
がある。
の超過死亡は、生理学的に、社会イン
速に増加している。
多くの下痢症は季節によって変化
フラ的、行動学的に順化を仮定して
表5.1は、地域ごとのここ20年間に
し、気候に対する感受性を伺わせる。
も、順化がなければ影響はさらに大
おける異常気候と異常気象の数、影
熱帯地方における下痢症は、雨季の
きいはずである。2050年までにはニ
響を受けた人の数、また死亡した人
期間中にピークを迎えるのが典型的
ューヨークでは500から1,000の間、
の数を表している。
である。洪水と干ばつはどちらも下
デトロイトでは100から250の間へ
痢症への感染リスクを増加させる。
と数倍に増加すると予測される。
結論
大雨や汚染された水の供給に関連が
ストレスの多い天気に直接的に起
ある下痢の主要な原因は、コレラ菌、
因する冬に関連した死亡の程度は、
告漏れの改善、一部は人口の脆弱性
クリプトスポリジウム原虫、大腸菌、
簡単には決定できない。気候変化が
悪化が原因であり、現在進行中の地
ランブル鞭毛虫、赤痢菌、チフス菌
起きている温暖な国々において、冬
球的規模での気候変化による影響も
そしてウイルス−たとえばA型肝
場の死亡の減少は、夏場の死亡の増
含まれているかもしれない。特に貧
炎−である。
加を上回るかもしれない。よりよい
しい国々において、主な動物媒介や
データなしに、年間死亡の最終的な
災害の影響は、社会の発展の改善を
影響は推測することが難しい。さら
制限したり逆転させることさえもで
に、それは集団によって異なる。
きる。良好な状態においてさえ、大
異常気温:熱波と寒波
異常気温で人が死亡することがあ
る。多くの温暖な国々では、冬場の
死亡率が、夏の死亡率に比べて10∼
自然災害の増加傾向は、一部は報
きな災害からの回復は何十年とかか
自然災害
る。
25%高い。1995年7月、アメリカの
干ばつ、洪水、嵐そして山火事な
シカゴでの熱波は、514人の暑さに
どの自然災害が健康に与える影響を
減少を助けるかもしれない。しかし、
関連した死亡(人口10万人に対して
数値で表すのは難しい。なぜなら、
早期の警告システムは適切な応答適
12人)と、3,300人の救急受診超過
二次的で遅れて生じる結果はほとん
応力に連携したモニタリングとサー
の原因となった。
ど報告されないからである。エルニ
ベイランスをもまた取り込まなけれ
非常に暑い時期における過剰な死
ーニョは自然災害によって影響を受
ばならない。累積する気候変化のた
亡の大部分は、特に心疾患や呼吸器
ける人々の死亡に影響を与える。全
めに下記の対処能力自体が衰えてし
系疾患など、もともと病気を持って
世界的に、干ばつが原因で生じる災
まうかもしれないけれども、現在の
いる人に起こる。非常に高齢な人々、
害は、特にエルニーニョが発生した
極端な事象に注意を向けることは、
非 常 に 幼 い 人 々 、そ し て 体 が 弱 い
次の年に生じる。
国々が地球的規模での気候変化の長
短期間の気候予報は、健康影響の
人々が最も病気にかかりやすい。生
全世界的に、自然災害による影響
期的影響に対するよりよい対処の方
命損失の大きさという点において
は増加している。Munich Reという
法を発展させる際の役に立つであろ
は、熱波のような急性の出来事の死
再保険会社による分析によると、こ
う。その例としては、食物の輸入増
亡による影響は不確かなものであ
こ10年間の自然大災害の総数は
加は、時折訪れる干ばつの間、飢え
る。なぜなら、死者の内かなり近い
1960年代と比較して3倍になってい
や病気から我々を守ってくれるかも
将来に死んだであろう脆弱な人の割
る。このことは、極端な気候事象の
しれない。しかし貧しく、食糧供給
合が不明だからである。
頻度増加よりも人々の脆弱性の全世
の不安定な国々は、1年1年徐々に
地球的規模での気候変化に伴っ
界的傾向を反映している。発展途上
進行する乾燥に対応していつまでも
て、より暑い夏や暖かい冬と同様に
国は、沿岸水域や都市部のような高
そのような方法をとる余裕はないか
熱波の頻度や激しさが増加するであ
いリスクを伴う地域で人口が集中し
もしれない。
概要
13
6
気候変化と感染症
気候条件が流行病に影響を与えると
因には、(1)媒介動物の生存と繁殖
いうことは、19世紀後半に感染症病原
(2)その媒介動物が単位時間あたりに
体の役割が発見されるずっと以前から
ヒトを刺傷する回数(3)媒介動物内
知られていたことである。ローマの貴
での、その病原体の増殖速度などがあ
族は、毎年夏になるとマラリアを回避
る。媒介動物、病原体および宿主はそ
するために、丘の上にあるリゾートで
れぞれ最適な気候条件の範囲内で生存
静養していた。東南アジアの人々も、
し、繁殖する。気温と降水がもっとも
盛夏にはカレーを多く使った食物が下
重要であるが、海水位の上昇、風、そ
痢を起こしにくいことを昔から知って
して日照時間もまた重要である。
いた。
水系感染症への人間の曝露は、汚染
感染症の病原体は、大きさや型、感染
された飲料水、余暇でふれる水、食べ
形態に大きな幅がある。その中にはウ
物によって起こる。これらは、下水汚
イルス、細菌、原虫、多細胞寄生虫など
物の不適切な廃棄といった人間活動の
がある。人類原性感染症
(anthroponoses)
結果、もしくは気象事象に起因してい
の要因とされるそれらの病原体は、進化
ると考えられる。降雨は感染症の病原
を経て人間を最も主要な−通常は唯一
体の移動、拡散に影響を与え、気温は
の−宿主とするよう適応を遂げてきた。
それらの病原体の成長と生存に大きく
対照的に、人間以外の種は、動物原性感
影響を与える。
染症(zoonoses)を起こす病原体の、自
然界における保有宿主である(図6.1)。
予測および観測された気候と伝染病と
今日では、世界中で多くの伝
直接伝染する人類原性感染症−例えば
の関連
染病の増加が明らかにされてお
結核、HIV/AIDS、麻疹−と、動物原
り、新たに広まっている伝染病
性感染症−例えば狂犬病−が存在する。
ついての研究には三つのカテゴリーが
も少なくない(HIV/AIDS、ハン
また、マラリア、デング熱、黄熱病と
ある。第一は、気候変動性と伝染病の発
タウィルス、C型肝炎、SARS、
いった人類原性感染症や、腺ペスト、
生との関連についての最近の事実を調
など)
。これは、我々の生活様式
ライム病のような動物原性感染症など、
査すること。第二は、すでに流行してい
における,人口、環境、社会、
動物によって媒介され、間接的に伝染
る伝染病に与える長期間にわたる気候
科学技術などの急速な変化の複
するものもある。
変化の早期影響を表す指標を検討する
合的影響を反映している。気候
気候条件と感染症の伝搬との関連に
こと。第三は、上記の事実を用いて予測
変化もまた同様に、伝染病の発
動物媒介感染症と水系感染症
生に影響を与えていくであろう。
動物媒介感染症の重要な感染決定要
モデルをつくりだし、予測される気候変
化のシナリオのもとでの、感染症による
将来の負荷を予測することである。
図 6.1
感染症伝搬サイクルの主要な4つの型(文献5)
史実
ヒト感染症
間接的伝播
直接伝播
ヒト
気候条件と感染症との関連について、
ヒト
媒介動物/媒体
ヒト
様々な証拠が存在する。マラリアは、
媒介動物/媒体
ヒト
公衆衛生的に大きな問題であり、長期
間の気候変化によって最も敏感な反応
動物感染症
動物
を示す動物媒介感染症のようである。
動物
媒介動物/媒体
動物
媒介動物/媒体
動物
マラリアは、大流行地では季節変化が
ある。マラリアと極端な気候事象との
ヒト
14
気候変化と健康−リスクと反応
ヒト
関連については、例えば、インドにお
いて長い間研究されてきた。前世紀の
関連を導き出す必要がある。すなわち、
ようなモデルは、「単に気候条件だけが
初め、潅漑が行われていたパンジャブ
伝染病に対する人間の一般的な介入−
変われば、どのように伝染を変化させ
地方では、周期的にマラリアの流行に
疾病管理、環境マネジメントなど−の
るか」といった疑問を扱う。より複雑
直面していた。早くから、雨季の過度
レベルのもとでの伝染病の実際の分布
な「水平統合」を用いることで、人間
な降雨と湿度は、蚊の繁殖と生存率を
に与える気候の影響を示す。次いで、
の介入や、社会的背景といった調整の
高める重大な影響として認識されてい
この統計に基づいた方程式が、将来の
影響もまたモデルに投入可能となる。
た。最近の分析によると、エルニーニ
気候シナリオに適用されることにより、
ョ現象が起こった後の年には、マラリ
特別な気候区域における人間の介入レ
リアとデング熱に用いられてきた。マ
アの流行のリスクが5倍になるといわ
ベルは変化しないとの仮定の下で、将
ラリアのモデリングは、気温のわずか
れている。
来的な感染症の実際の分布が推測され
な上昇が感染能力を大きく左右するこ
る。これらのモデルは気候変化の影響
とを指摘している。世界中で、2−3℃
による、マラリアやデング熱、そして
の気温の増加は、気候に関して、マラ
いくつかの伝染病、異常気温の健康
アメリカにおける脳炎に適用されてき
リアの危険にさらされる人数を3−
影響や気候・天気事象による影響(第
た。マラリアに対しては、いくつかの
5%、すなわち数億人も増加させてし
5節に記述)などがあげられる。
モデルが今後半世紀の間でのマラリア
まう。さらにまた、多くの流行地で季
の純増加を指摘しており、他のモデル
節ごとのマラリア持続期間が増えるも
はほとんど変化しないとしている。
のと考えられる。
気候変化の早期影響
予測モデル
感染症に与える将来の気候の影響に
過程に基づく(数学的)モデルでは、
このモデリングの方法は、特にマラ
気候が病原微生物の生育環境に影響
ついての予測に用いられるモデルの主
科学的に立証された、気候変数と生物
を与えることから、地形に基づくモデ
なタイプは、統計モデル、過程に基づ
学的パラメータ(例えば、媒介動物の
リングもまた有益である。これは、気
くモデル、さらには地形に基づくモデ
繁殖率、生存率、刺咬頻度、寄生虫の
候と他の環境要因(例えば、異なった
ルなどである。これら3つのタイプの
孵化率)の関係を表した方程式を用い
植生のタイプ−地上やリモートセンサ
モデルは、やや異なった問題を取り扱
る。そのようなモデルのもっとも簡単
ーによって、モデルの発達段階におい
う。
な形は、一群の方程式によって、ある
てよく比較される)の両者における影
統計モデルでは、まず、現時点での
気候変数の組み合わせが媒介動物や寄
響を研究するために、急速に発達した
疾病の地理的分布と現時点での地域特
生虫の生態に、そして感染にいかに影
空間分析法と、上述の気候に基づくモ
異的な気候条件との統計的(経験的)
響を与えるかということを表す。その
デルの合成を伴っている。このモデリ
ングは、アフリカにおける気候による
表 6.1 多様な環境変化が様々なヒトの感染症発生に影響を与える様式の例(文献5)
地被植物と地上水の変化が、どのよう
環境変化
疾病の例
影響の経路
ダム,運河,灌漑
住血吸虫症
宿主の巻き貝棲息地,ヒトとの接触
マラリア
蚊の発育場所
蠕虫症
湿った土壌による蛹との接触
オンコセルカ症(糸状虫症)
ブユ発育,疾病
マラリア
穀物用殺虫剤,媒介蚊の耐性
ベネズエラ出血熱
齧歯類数,接触
コレラ
衛生状態,水汚染
デング熱
水溜のあるがらくた, 媒介蚊発育場所
皮膚リーシュマニア症
距離の近さ,チョウバエ
マラリア
発育場所と媒介蚊,感受性集団の移住
オロプーシェウイルス熱
接触,媒介動物の発育
て、より多くのことを調査する必要が
内臓リーシュマニア症
チョウバエとの接触
ある。そして、将来的な影響の予測に
森林再生
ライム病
ダニ,戸外での曝露
海洋温暖化
赤潮
有毒藻類異常発生
降水量増加
リフトバレー熱
水たまり(蚊の発育場所)
全に立証、統合されたモデルを用いて
ハンタウイルス肺症候群
齧歯類の餌,棲息地,生息数
いくことが重要である。
集約農業
都市化,人口密集
森林減少,新集落
に蚊やツェツェバエ、そしてマラリア
や嗜眠性脳炎罹患に影響をおよぼすか
の推測に適用されてきた。
結論
伝染病の感染パターンの変化は、気
候変化が大きく影響していると考えら
れる。今後も内在する因果関係につい
対するこれらの情報を適用し、より完
概要
15
7
気候変化に起因する疾病の世界的
YLLは死亡年齢が考慮されてお
な負荷を予測することは、ここ最近
り、YLDには病気の継続期間、罹
のWHOにおける包括的なプロジェ
患年齢、病気の重症度を反映した身
クトの一部である。このプロジェク
体障害度が考慮されている。
トで、2000年、さらに、2030年ま
様々なリスク要因に起因する疾病
気候変化はどれだけ
での中から選定したいくつかの年に
負荷を比較するために、知っておく
ついて、26項目の環境、職業、行動、
べきことは、(1)特定のリスク要因
多くの病気を
そしてライフスタイルのリスク要因
がない場合の,基準となる疾病負荷、
に起因する疾病負荷が数量化された。
(2)リスク要因への曝露の単位増加
引き起こすのか?
あたりの病気/死亡リスク増加の推
疾病負荷と健康の集約尺度
定値(相対的リスク)、(3)現在、も
疾病負荷は、病気にかかった人々
しくは将来の予測人口における曝露
および早死にする人々すべての総数
の分布の3点である。回避可能な負
を含んでいる。いくつかの異なった
荷は、いくつかの曝露シナリオのも
リスク要因に起因する負荷部分を比
とで予測された負荷を比較すること
政策決定に際して、気候変化
較するためには、第一に、身体障害
によって評価できる。
による健康影響のおおよその規
の重症度/障害度と、不健康だった
疾病負荷は、5つの地理的地域に
模を推測することが、必要とさ
期間を知ること、そして第二に、不
よって評価されてきた(図7.1)。気
れる。
これにより、
どの地域にお
健康の標準的な単位の使用が必要と
候関連の疾病負荷は、2000年につ
けるどの影響が最大となるかが
される。一般的に広く用いられてい
いて評価されてきた。2010年、
示され、
また、
気候変化に起因す
る障害調整生存年数(DALY)は、
2020年、そして2030年について、
る疾病負荷を、排出削減によっ
以下の合計である。
気候変化が起こらない状況と比べた
てどれだけ回避することができ
・ 早死にで喪失した生存年数
場合の、それぞれの気候変化シナリ
るのかということも示される。
そのことは、保健政策の指針に
もなるであろう。
(YLL)
オに基づいた気候関連健康影響の相
・ 身体障害を伴った生存年数
(YLD)
対的リスクが推定された。基準とな
るシナリオは1990年(WMOと
IPCCが用いていた対照期間、すな
図 7.1
わち1961年から1990年の最後の
西暦2000年における気候変化の地域別影響
年)のものである。
将来における曝露のシナリオは、
下記のように推測されたGHGの放
出レベルを仮定している。
1. 緩和策なし−IPCC の'IS92a'に近
い。
2. GHG排出削減−CO2 750ppmで
の安定化を2210年までに達成す
る(s750)。
3. より急速なGHG排出削減−CO 2
地域
アフリカ地域
西地中海地域
ラテンアメリカおよびカリブ地域
東南アジア地域
西太平洋地域*
先進国**
世界
*先進国を除く **キューバも含む
16
気候変化と健康−リスクと反応
総 DALYs
(1000)
1894
768
92
2572
169
8
5517
人口百万人
あたりDALYs
3071.5
1586.5
188.5
1703.5
111.4
8.9
920.3
550ppmでの安定化を2170年ま
でに達成する(s550)。
表 7.1
害をうけたりする人の数について、
この解析で用いた健康影響
絶対的な負荷としては大きくないけ
健康影響の種類
健康影響
罹患率/有病割合
れども、相対的な変化の推定値は大
食物感染症および水系感染症
下痢発症
罹患率
きい。内陸での洪水の影響は、同じ
動物媒介感染症
マラリア患者
罹患率
ような割合で増加することが予測さ
自然災害
不慮の事故による死亡
罹患率
栄養不良のリスク
カロリー摂取不足
有病割合
*すべての自然災害影響は沿岸の洪水と内陸部の洪水/地滑りに、別々に計上されている。
れ、疾病負荷のより大きな上昇を引
き起こすものと考えられる。これら
の相対的な増大は、先進地域と発展
途上地域で似たような割合であるも
のの、もともとの率は、発展途上地
健康影響の評価
結果の要約
域の方がかなり高い。
気候変化と関連のある健康ア影響
気候変化は、高い気温もしくは低
様々な動物によって媒介される感
の一部のみを、表7.1に表す。選定
い気温への曝露による死亡パターン
染症の変化が予測されている。特に
された基準は以下の通りである。
に大きく影響を与えるだろう。しか
挙げられるのが、現在のマラリア流
(a) 気候変動性に対する感度、(b) 予
しながら、どのみちすぐに死んでし
行地帯に隣接する地域である。現在
測される将来的な重要性、(c) 数量
まうような病人/虚弱な人たちが、
の流行地域では小さい変化が起こる
的な全球モデルの入手/実現可能性。
極端な気温の期間にどの程度死亡す
であろう。最も温暖な地域は、おそ
現在のところ定量化できないが、
るか、我々はわからないので、実際
らく感染に適さないままであろう。
起こりえる健康影響には以下ものな
の疾病負荷への影響は定量化するこ
なぜなら、それらは風土的に不向き
どがある。
とが不可能である。
であったり(たとえばヨーロッパの
・大気汚染と空中のアレルゲンレベル
2030年の下痢のリスクは、気候
・感染様式の変化した、その他の感
変化が起こらなかった場合と比較す
再興に不適切なままであったり(例、
ると、いくつかの地域で10%も高く
南アメリカ)するからである。不確
なると推測された。他ならぬこの曝
実性は、地域間での外挿がどの程度
露-反応関係に関する研究がほとん
信頼できるかどうかと、潜在的な感
・干ばつと飢饉
どないので、その推定値は不確実で
染可能性が実際の感染につながるか
・自然災害、農作物の不作、水不足
ある。
どうかに関連している。
染症
・気候影響による植物の害虫と病気
を通じた食糧生産への影響
による難民化
大部分)、社会経済的状況が感染の
栄養失調に及ぼす影響の推定値
現状の疾病負荷へのこれらのモデ
・自然災害による保健インフラの破壊
は、地域によって著しく異なってい
ルの適用は、気候と病気との間の多
・天然資源をめぐる軋轢
る。2030年までの、気候変化が起
様な関係における我々の理解が的外
・暑熱と寒冷の直接的な影響(罹患)
こらない場合と比較した、緩和策を
れでなければ、気候変化はすでに人
数量的、世界的な健康影響(およ
とらない場合のGHG排出の相対リ
間の健康に影響を与え始めているこ
び健康に作用する影響−たとえば食
スクは、東南アジアにおける深刻な
とを示唆する。
糧の収量)の推定値と気候変化を関
増加から、西太平洋での小さな減少
現在、推定される全負荷は、同じ
連づける、独立して発表されたモデ
まで様々である。しかしながら全体
枠組みのもとで評価された他の主要
ルがすべて再検討された。全球モデ
的に見ると、降雨量によって地域的
なリスク要因に比べて小さい。しか
ルが存在しない場合、地方・地域な
なばらつきがあるために、気候変化
しながら、多くの他のリスク要因と
どの予測から外挿された。モデルは、
によるリスク変化の推定値は若干不
対照的に、気候変化とそれと関連し
妥当性の評価に基づいて選定され
安定ではあるものの、多くの人々を
たリスクは、時間とともに減少とい
た。シナリオで計算された年次の間
巻き込む現存の主要な疾病負荷に、
うよりも増加している。
についても相対リスクを推定するた
リスク変化は起こる。
めに、線形補間が用いられた。
海岸の洪水によって死亡したり障
概要
17
8
オゾン層破壊、
紫外線放射と健康
20世紀後半において人間が成層
字は約6-7%であった。実際の地表
圏に影響を与えているだろうなど
面における紫外線放射レベルのこ
ということは、100年前の科学者
れに伴う変化の推定は、依然とし
には信じられなかったであろう。
て複雑である。しかしながら、例
しかし、人間によるオゾン層破壊
えば中緯度地方の北部における曝
が最近始まった − ホモサピエン
露は、実質的な有効紫外線放射量
スが始まってから8000世代目のこ
が、1980年のレベルとの比較で
とである。
10%増加して、2020年頃にピーク
オゾン層は、太陽からの多くの
をむかえると考えられる。
紫外線放射(ultraviolet radiation
1980年代の中盤に、各国政府は
= UVR)、特に生物学的障害の強
オゾン層破壊によって新たに生起
い短波長のUVRを吸収する。フロ
する危険を認識した。1987年のモ
ン( = CFCs − 冷却、断熱材、ス
ントリオール議定書が採択され、
プレー缶の高圧ガスに用いられる)
広く批准され、より大きなオゾン
や臭化メチルのような様々な産業
層破壊を引き起こすガスの段階的
用ハロゲン化合物が、地球表面温
な削減が開始された。その議定書
度では不活性であるものの、極端
の内容は、1990年になって厳しく
に寒冷な極地域成層圏のオゾンと
された。科学者たちは、21世紀の
反応することが、現在ではわかっ
中盤までにオゾン成層圏がゆっく
ている。このオゾン層破壊は、特
りではあるがほぼ完全に回復する
に晩冬から早春に起こる。
と予想している。
厳密に言うと、オゾン層破壊
1980年代から1990年代にかけ
は,対流圏で起こっている「地
て、ヨーロッパのような中緯度地
球規模の気候変化」の一部では
方の北部におけるオゾンの年間平
いくつかの、もしくは起こりう
ない。しかし、最近ではオゾン
均濃度は、10年間あたり4%も減少
るオゾン層破壊の健康影響の程度
の減少と温室効果ガスによる温
した。そして、ニュージーランド、
を、UVRに起因するという事実の
暖化に、いくつかの相互作用の
アルゼンチン、南アフリカといっ
簡単な評価とともに、表8.1に記載
存在が報告されている。
たより南の地域において、その数
する。
健康影響の主要なタイプ
多くの疫学的な研究では、太陽
図 8.1
モントリオール議定書達成度を評価するための、
オゾン層枯渇と皮膚ガン
罹患率の推計(資料:文献6を改変)
1500
放射が肌の白い人々においてメラ
ノーマや他のタイプの皮膚癌を引
き起こす原因であると示唆してき
米国基準罹患率=110症例/百万人/年
た。国連環境計画(UNEP)によ
皮膚ガン超過死亡/百万人/年
1250
フロン規制なし
る最近の評価では、少なくとも21
世紀前半まで、オゾン層破壊によ
1000
る皮膚癌の罹患率と日光皮膚炎の
モントリオール
議定書
750
重症度の増加(そしてそのことに
よる個々人の行動変容)が見込ま
最大超過=10%
(2005年)
500
れている。
現在
コペンハーゲン
修正(1992年)
250
最も皮膚癌の被害を受けやすい
100
1950
18
集団は白色人種で、特に環境UVR
1975
気候変化と健康−リスクと反応
2000
2025
年
2050
2075
2100
が高い地域に住んでいるケルト人
である。さらに、文化に基づいた
行動的変化は、日光浴や肌の日焼
けを通して、より高いUVへの曝
露を引き起こす。最近10年間の西
予防
−高血圧症、虚血性心疾患、結核
に対する恩恵の可能性
−統合失調症、乳癌、前立腺癌に
っても、局所的・全身的に免疫抑
制を引き起こす。UVRによって誘
発される免疫抑制は、伝染病のパ
ターンに影響を及ぼす。それらは
側の人々における皮膚癌の注目す
対するリスク減少の可能性
また、様々な自己免疫疾患の発生
べき増加は、主に、元々の特質
−I型糖尿病の予防の可能性
と進行に影響を与えるし、ワクチ
・一般的な健康状態の変化
ンの効果にも影響を与えるかも知
理学上の脆弱性と現代的な行動の
−睡眠/起床のサイクル
れない。
組み合わせを反映したものである。
−季節的な情動障害
(肌が白いことなど)、移住後の地
−気分
最後に、より広範な生態学的側
面について考えなくてはならない。
紫外線放射は、陸地(陸生の植物)
表 8.1 太陽からの紫外線放射が人間
の健康に及ぼしえる影響の要約
間接的な影響
と海中(植物性プランクトン)両方
・気候、食糧供給、伝染病媒介動
における光合成の分子化学反応を
皮膚への影響
物、大気汚染などへの影響
害する。このことは、多少なりと
・悪性黒色腫(メラノーマ)
科学者たちは、最近のオゾン層
も世界の食糧生産に影響を与え、
・非メラノーマ皮膚癌 − 基底細
破壊およびそれがこの先10年、20
それゆえに、食糧を確保しにくい
年続くことによる複合的な影響と
人々の栄養上、健康上の問題を悪
・日光皮膚炎
して(余分なUVB曝露の蓄積をと
化させる。しかし、今のところま
・慢性的な日光によるダメージ
おして)、中・高緯度地域に住んで
だ、このようなそれほど直接的で
・日光皮膚炎
いる白色人種の皮膚癌罹患率の増
ない影響の波及経路についての情
加を予期している。モデル化研究
報はほとんど無い。
胞癌、扁平上皮細胞癌
目への影響
では、将来的なオゾンレベルと
・急性日光角膜炎と急性日光結膜
UVR曝露のために、北緯45度周辺
炎
結論
に住んでいるヨーロッパの人々に
(「有害な」曝露という太陽放射
・気候性涙滴型角膜症
おける2050年までの総皮膚癌の超
に対する表現を用いて)日光を全
・翼状片
過罹患率が、(保守的に年齢構成が
く回避するよう薦めることは、オ
・角膜と結膜の癌
不変であると仮定して)おおよそ
ゾン層破壊によって増加した地上
・水晶体混濁(白内障)−皮質、
5%になると推測されている。米国
レベルのUVR曝露という危険に対
民に対する同様の推定は、2050年
するあまりに単純な対応であり、
・ブドウ膜メラノーマ
頃までに、皮膚癌罹患率が10%増
回避されるべきである。個人の
・太陽による急性網膜症
加するというものである。
UVRへの曝露に関する公衆衛生的
後嚢下
・黄斑変性症
実験的研究で、UVR、特に
情報を与える場合には、すべから
UVBへの曝露によって、様々な哺
く有害な影響と同様恩恵をも考慮
免疫と感染に対する影響
乳類に対して水晶体混濁が引き起
に入れるべきである。いずれにせ
・免疫を調節する細胞の抑制
こされることが実証された。人間
よ、オゾン層破壊によって引き起
・感染に対する感受性の増大
の水晶体混濁に対するUVRの役割
こされる、健康に対するいくつか
・予防接種の障害
についての疫学的証拠には一貫性
の特別なリスクの増加の可能性に
・潜在ウイルス感染の活性化
がない。白内障は、UVRレベルの
関して、我々は警戒しなくてはな
高い、(全てではなく)いくつかの
らない。
その他の影響
・皮膚のビタミンD生成
−くる病、骨軟化症、骨粗鬆症の
国々に多くみられる。
人間や実験動物において、UVR
への曝露は、一般環境の範囲であ
概要
19
9
健 康 影 響 評 価 ( health impact
たちの評価を取り込んでいる。さら
assessment = HIA)は、「政策、計
に、二つの国における評価の比較詳
画、あるいは危険要因そのものが及ぼ
細を囲み記事に示す。
す人々の健康に対する潜在的影響およ
包括的な多部門にわたる評価が、
び、その影響要因の集団内合率に関す
アメリカ、カナダ、イギリス、ポル
気候変化が健康に
る判断をするための手順、方法、手段
トガルによって実施されてきた。発
の組み合わせ」と定義される。近年の
展途上国における評価は、援助側か
与える影響に関する
健康影響に対する評価方法の発達にも
ら資金を受けた能力強化のための促
かかわらず、いまだに満足できるほど
進運動の下でのみ実行されてきた。
国レベルの評価
には、政策決定の主流へと統合されて
(他の国家レベルより小さな、つまり
いない。さらに、影響評価は、気候変
は地域的レベルでの評価は、気候変
化の予測に適した50年∼100年という
化による潜在的健康影響について行
尺度よりもむしろ、通常は今後10年
われてきたかも知れない。しかし、
∼20年にかけての健康影響(例えば、
もしそうであっても、そのような研
喫煙率、肥満レベル、人々の加齢)を
究の報告は、「灰色文献」、すなわち
対象とする。よって、高いレベルの不
広く利用できないものである。)その
確定要素を組み込み、そして共有する
成果は、そのような特定の国に起こ
気候変化による健康への潜在
ためのシナリオに基づいた影響評価の
りうる健康影響について記述されて
的影響の推定は、近似的であっ
必要性がある。気候変化の影響と適応
いる。これらの推定値に付随する不
たとしても、温室効果ガスの排
評価の段階は、図9.1に示す。
確定要素のレベルはたいてい説明さ
出削減と、気候変化に対する社
いくつかのタイプの、国による健康
れていない。動物によって媒介され
会的適応への政策議論において
影響評価が行われてきた。基礎的な評
る病気、特にマラリアは、幅広く取
必要不可欠な情報である。不確
価では、潜在的影響のタイプを認識で
り扱われてきた。その他の、より重要
定要素は不可避であるけれど
きるが、影響の大きさについてはほと
な潜在影響、たとえば気象災害によ
も、社会は対応しなければなら
んどわからない。対照的に、包括的で、
る影響などは、扱われてこなかった。
ない。実際に、国家政府には、
十分な資金や援助を受けた評価が取り
国連気候変動枠組み条約(1992
入れられている。例えば、2000年の
が導かれる。
年)に基づいて、世界的な気候
米国における評価では、人々の健康は、
・評価は、どの健康影響が考慮され
変化によって引き起こされる
16の詳細な地域的評価と全国的評価
るかどうか判断するために、地域
人々の健康に対するリスクにつ
に含まれる、5つの対象部門の一つで
や国の優先度に基づいて行われる
いての、公式な評価を遂行する
あった。米国の評価は、利害関係者の
べきである。どのようなガイドラ
義務がある。
参加、広範囲な協議、同分野の専門家
インでも、すべての健康と制度の
これらの経験から、いくつかの結論
状況をカバーすることはできない。
図 9.1
シナリオ
気候シナリオ
影 響
農 業
地域評価
産 業
・エネルギー
・旅行業
・保険
健 康
20
気候変化と健康−リスクと反応
評価実施の実際の過程、特に利害
・評価は、将来的な調査のための議
林 業
沿岸地域
・HIAは政策手段であり、ゆえに、
関係者の関与は大変重要である。
漁 業
社会経済
シナリオ
気候変化の影響と適応評価の手順
(文献2)
題を取り上げるべきである。現在
までに行われたほとんどすべての
評価において、調査すべき点が認
められている。そして、しばしば、
調査で解明すべき問題について詳
しく示される。
・評価は、モニタリングや報告更新
画の評価。
3.リスク管理:追跡評価を含めた、
ている。
多くの気候変化における健康影響
などのような追跡活動と関連付け
健康に対する影響を最小限に抑え
評価の大きな欠点は、人々の適応能力
られるべきである。
るための活動。
と政策の選択肢の表面的な扱いにあ
健康影響に対する国レベルの評価
このタイプの健康影響評価は、規模
る。人々の適応を高めるための政策
のための公式なガイドラインの開発
の大きな気候環境変化に関連して、主
においては、現在の条件のみに適切な
によって、用いられる様々な方法が
流であるWHOや他の国際的な機関の
方策だけではなく、認識するための能
改善され、いくつかの標準化が実現
HIAの枠組み沿ったガイドラインを必
力を構築し、予測できない将来のス
し、適切な指針の開発が促進される
要としている。これらを実現すること
トレスや危険を認識し、対応できる方
であろう。Health Canadaは、最初
は、気候変化に対する政策論議が、環
策をも推進していくべきである。一
の枠組みを準備し、評価の作業に3つ
境影響の範囲を超えて、社会的な健康
般的な公衆衛生基盤の復興と改善は、
の明確な段階があることを示した。
や公衆衛生における影響の活動領域に
気候変化による健康影響に対する
1.観察:気候変化問題(脆弱な集
達するための手助けとなるであろう。
人々の脆弱性を低減させるだろう。
団に対する憂慮)とその背景を
現在のところ、多くの国々において、
より長い目でみると、また、より根本
認識するため、現状(健康負荷
部門の区別や関連した政策環境によっ
的に、生活の社会的状況、物質的状
とリスク)を記述し、評価に対
て、国際的な協調が促進されてもおら
況における改良と、人間集団の間お
する主要な共同作業者と問題を
ず、重要視もなされていない。健康部
よび内部に存在する不平等の緩和が、
同定せよ。
門の中では、主として、既存の問題を
地球環境変化に対する脆弱性を低減
2.評価:将来的な影響と適応能力
処理することと、病気への相対的負荷
し続けるために必要とされている。
の推測、適応の企画、政策、計
を考慮に入れることに資源が配分され
Box:イギリスとフィジーにおける評
かい冬の影響による冬季の死亡減少
に増加しているように思われる。媒
価の比較
予測数の方が、暑さに関連する予測
介動物(ネッタイシマカ)の分布は、
死亡数の増加よりもはるかに大きい。
それらが汽水において繁殖すること
響、3つの期間,および4つの気候
気候変化はまた、高い気温で生成さ
から、海面上昇の影響を受けると考え
シナリオそれぞれに対する量的な成
れやすい対流圏オゾン以外の大気汚
られる。デング熱の感染モデルは、太
果を生み出すことに重点を置いてい
染が関与する病気や死亡を減少させ
平洋諸国(PACCLIM)用に構築され
る。
ると予測されている。
た気候影響モデルの中に組み込まれ
イギリスの評価は、下記の健康影
・暑熱と寒冷に関連する死亡と入院
フィジーの評価は、現状の健康サ
た。そのモデリングのなかで、気候
・食中毒の症例
ービスのもとでの健康影響を扱って
変化がフィジーにおいて感染の季節
・熱帯熱マラリア(地球的)とダニ媒
いる。フィジーの主な懸案事項は、
や地理的な分布を広げるだろうと予
介性脳炎(ヨーロッパ)の分布変
デング熱(最近では1998年に流行)、
測している。
化、三日熱マラリアの季節による
下痢、そして栄養関連疾患である。島
下痢は、気温の増加と降雨量パタ
感染の変化(イギリス)
はマラリアに適切な気候であるにも
ーンの変化によってフィジーにおい
かかわらず、媒介するハマダラカの
て増加するだろう。しかし、氾濫も
群集も定着せず、マラリア発生もない。
しくは多量な降雨と下痢の症例に関
不確実性が認識されている。上記報
従って、気候変化の影響を受けて、マ
連があるとの証拠はない。1997年∼
告の主な結論は、河川や海岸の氾濫、
ラリアや蚊が媒介する他の病気が流
1998年にかけての干ばつ(エルニー
厳しい冬の強風の増加の影響であっ
入し、定着するリスクは大変低いと考
ニョ現象と関連した)によって、下
た。この報告ではまた、気候変化の
えられていた。島において動物が媒
痢、子供や赤ん坊の栄養失調や微量
潜在的な利益と悪影響のバランスに
介する重い病気であるフィラリア症
栄養素欠乏を含む健康影響が広範囲
ついてはっきりと言及してある:暖
は、気温がより暖かくなっているため
に及んだ。
・オゾン層破壊による皮膚がんの症例
これらの予測に関しては、大きな
概要
21
10
優れた証拠には優れたデータが必要で
過ぎないので、観察された人の健康変化
ある。気候は自然に変化するだけでなく、
が関連した気候変化に起因するかどう
人間の影響によっても変化する。そして、
かは単純ではない。同時に起こった他
逆に、気候は、数多くあるヒトの健康を
の環境、社会あるいは行動要因の変化が
決定する因子のひとつに過ぎない。した
最初に考慮されるべきである。
気候変化による健康
がって、気候変化による健康に対する影
影響のモニタリング
気候変化の経過は10年以上かけてやっ
時間の経過とともに、気候の変化が起
と検出可能となり、その健康への影響も
こるように、気象影響に対するヒトの脆
また、ゆっくりと現れる。
弱性を引き起こすような、他の変化も同
響の評価には困難を伴う。さらにまた、
モニタリングは、環境あるいは健康の
(iii) 影響の修飾
様に起こりえる。例えば、洪水や嵐など
変化を検出することを目的として行われ
の極端な天候に対する脆弱性は、どこに、
気候変化による健康影響の検
る定期的測定の実行と分析である。多く
どのように家を建てるか、洪水予防策が
出と測定はともに、公衆の健康
の公衆衛生調査においては、ある健康影
導入されているか、どのように土地利用
を保護する方策に関する国家
響の変化を測定し、その傾向を直接作用
が変化したか、ということに依存してい
的、国際的な政策の基盤となる
する危険因子に帰することが可能であ
る。効果的なモニタリングは、影響を修
証拠として必要である。温室効
る。しかしながら、気候変化による健康
飾する可能性の調査ができるように、人
果ガスの排出削減は、そのよう
影響のモニタリングは、より複雑である。
間集団と環境のデータを平行して測定し
な方策の一つである。
それには三つの重要な問題点が存在す
なければならない。
る:
一般原則
(i) 見かけと実際の「気候変化」の峻別
気候はいつも自然に変動し、多くの健
疾病の選定やモニタリングの設定の
ための主要な判断基準には、以下に示す
康指標は季節と年次による変動を示す。
項目を欠くことができない。
そのような関係を示しても、気候変化自
・気候感度の証拠
体が起こったという直接的な証拠は得ら
一時的なあるいは地理的な気候変動
れない。むしろ、それはただ単にこれら
による、観測された健康影響か、または
の疾病には季節あるいは気候への依存性
現場や研究室における疾病伝染過程の
があることを確認しているに過ぎない。
要素に及ぼす気候影響の証拠か、どちら
猛暑の夏あるいは連続した暑い夏におけ
かによって示される。
る暑熱関連の死亡超過は、気候変化が死
・重大な公衆衛生への負荷
亡率を高める可能性を示唆する。しかし、
モニタリングは公衆衛生への重大な
それは気候変化の結果として死亡数が増
脅威に対するものから優先的に対象と
加したことの証明にはなっていない。そ
する必要がある。重大な脅威とは、現
れには、基準となる気候状態から変化し
在有病率や重症度が高い、あるいは、気
た(すなわち、猛暑の連続は例外的であ
候条件が変化すれば流行する可能性の
り、ランダムな変動よりもむしろ気候変
高い疾病のことである。
化が原因である)という証拠が必要であ
・実用性
ろう。
モニタリングでは信頼性と一貫性の
ある健康指標やその他の環境要因の長
(ii)起因
気候は健康への多くの影響のひとつに
22
気候変化と健康−リスクと反応
期にわたる記録が必要であることを考
えると、実務運営上の配慮は重要である。
モニタリングの場所は、最も変化の起こ
個別の健康影響カテゴリ:必要なデー
行地域内、あるいはその周辺に存在する、
りやすい場所を選択する必要がある。
タ、機会
ある程度の数の測定地点における媒介
しかし、信頼できる測定が可能な場所で
極端な暑熱による健康影響を監視する
動物に関する質の高い連続データによ
ために、信頼性のある長期の気温と死
って、よりはっきりと関係を理解するこ
亡/罹病のデータは、多くの国で入手す
とができる。ある横断面に沿った地点
必要なデータと情報源
ることができる。調査データの重要な焦
からのデータは、媒介動物の分布変化を
健康への気候影響モニタリングのため
点は、個人的、社会的、環境的要因によ
示すことができるかも知れない(標高を
に必要なデータは以下である。(i) 気候
って気温と死亡/罹病の関係がどのよう
含む)。リモート・センシング(=遠隔探
変数、(ii) ヒトの健康指標、(iii) 気候以
に修飾されたかという評価にあてるべき
査)データに基づいた地理的な比較によ
外の説明要因(表10.1)
である。極端な気象事象に関する既存の
って、疾病の年次変化に関する新たな洞
データベース(たとえばEM-DAT)は、
察が得られるかも知れない。
なければならない。
気候以外の変数に何を選択するかは、
対象とする疾病に依存する。しかし、
主要な情報源になるかもしれない。それ
主要な交絡因子、修飾因子のカテゴリ
らの有用性を最大限に生かすためには、
には、以下のものが含まれる。
事象の標準的な定義とその事象が原因か
すべての形式のモニタリングで、標準
・人口の年齢構造
どうかを決定する方法ともに、広い地域
化、訓練、そして品質保証/品質管理の
・基本となる疾病の罹患率、特に循環
にわたって欠損のない一貫性のある極端
手順によって証拠の解釈が強化されるだ
な気象事象の報告が必要とされる。現在
ろう。はっきりとした(すなわち感度の
・社会経済発展の水準
のモニタリングデータでは、気候と多く
良い)気候-疾病関係に関連した、長期に
・環境の状態、たとえば土地利用、大
の動物媒介感染症との関係の大まかな数
わたる健康の変化は最も参考になるであ
量化だけしかできない。長期的傾向に対
ろう。そのようなモニタリングは、国際
・ヘルスケアの質
する気候の寄与を評価するには、土地利
的な協力と既存の調査ネットワークを統
・特定の制御方法、たとえば媒介動物
用、宿主の数、そして介入策といった要
合することによってさらに効率が高めら
因と結びついたデータを必要とする。流
れるであろう。
器、呼吸器疾患および下痢性疾患
気汚染、居住環境
制御プログラム
表 10.1
結論
気候の健康影響を監視するために必要なデータ
主要な健康影響
極端な気温
日 別 死 亡 、入 院 、
診療所/救急の
診療
集団の種類/
監視場所
都市居住者(特に
発展途上国)
極端な気象現象
(洪水、強風、
干ばつ)
死因別死亡、入
院、感染症サー
ベイランスデー
タ、
( 精 神 保 健 )、
栄養状態
すべての地域
食物および水に
よる疾病
関連する感染症
による死亡およ
び罹患
すべての地域
健康データ収集
の方法と情報源
気象データ
国あるいは国内
地域の死亡登録
( 例:市 町 村 別 デ
ータ)
日 別 気 温( 最 低 /
最高あるいは平
均)および湿度
国内地域の死亡
登録、地域公衆衛
生記録の使用
気象現象データ:
範囲、タイミン
グ、激烈性
その他の変数
交絡因子:インフルエンザやそ
の他の呼吸器感染症、大気汚染
効果修飾因子:住居の状態(例:
家庭/職場のエアコン),水の入
手可能性
食糧・水の汚染と供給の混乱、
交通の混乱、人口転換
上記パラメータは間接的に健
康に影響しうる
死亡登録、国ある
いは国内地域サ
ーベイランス報
告
週別/日別気温、
水系感染症には
降水量
影響を量的に評価するのが困
難な、宿主-病原体相互作用に支
配される長期的傾向(例:家禽
におけるS enteritidis)
。指標は季
節パターンに基づくこともあ
る。
動物媒介感染症
概要
23
11
IPCC(気候変動に関する政府間パネ
生のインフラストラクチャーを再建、
ル)は、2つの密接に関連する用語を次
維持することは、しばしば「もっとも
のように定義した。
重要でコスト効率がよく緊急に必要な」
適応戦略と見なされている。公衆衛生
適応:実際の気候、または予期される気
のインフラストラクチャー再建・維持
健康影響を
候による刺激やその刺激の影響に応じて
には、公衆衛生教育、さらに効果的な
起こる、自然あるいは人工のシステムに
監視や警報反応システム、持続可能な
減少させるための
おける調節で、危害を和らげたり、有益
予防・制御プログラムを含んでいる。
な機会を活用したりする。
適応と適応能力
極端な気象事象が与える影響は、そ
の影響を受ける集団の対処能力の差に
適応能力:気候変化(気候変動性と極端
よって大きく異なる。例えば、1970年
な事象を含む)に適切な対応をしたり、
と1991年に起きたバングラデシュのサ
潜在的なダメージを和らげたり、うまく
イクロン(訳注:インド洋で発生する
機会を利用したり、ダメージなどの結果
熱帯低気圧)は、それぞれ300,000人と
起こった影響に対処するための、システ
139,000人の死者をもたらしたと予測さ
ムの能力
れる。対照的に、1992年のアメリカに
被害を与えたアンドリューという名の
どの程度ヒトの健康が影響を受けるか
ハリケーン(訳注:大西洋で起こる熱
は、(i)気候変化とその結果起こる環境変
帯低気圧)による死亡者は55人であっ
化への曝露、(ii) 曝露に対するヒト集団
た(とはいえ、およそ300億ドルの被害
の感受性、(iii) 影響を受けたシステム、
をももたらした)。したがって、気候に
ヒトの適応能力の三つに依存する。(図.
関連した適応戦略においては、人口増
11-1)したがって、個々人、地域社会、
加、貧困、衛生状態、ヘルスケア、栄
たとえ、温室効果排出ガスが
国家、公共機関、民間企業の役割を含む
養摂取、そして環境劣化といった、集
近い将来減少しても、地球の気
適応についてどのように決断が行なわれ
団の脆弱性や適応能力に影響を与える、
候は変化し続けるだろう。それ
るかを理解する必要がある。
広範な特性が検討されなければならな
故に、適応戦略は、疾病負荷、
傷害、障害や死亡を減少させる
ために考慮されなければならな
い。
い。
適応と予防
いくつかの適応策は、それらの気候変
化との関連以外にも利点がある。公衆衛
集団の対処能力を強化する適応は、
未来の気候変動に対してと同様に現在
の気候変動の影響を防ぐ可能性がある。
そのような「後悔しない(no regrets)」
人為的干渉
図 11.1
脆弱性と影響の関係(リスクと改善の両
方を含む)および社会の主要な対応オプ
ション−すなわち、温室効果ガス排出の
暖和と適応
気候変化
気候変動性を含む
曝 露
適応は、現在対処能力のほとんどない
発展途上国にとって特に重要であると
言えよう。
適応能力
温室効果ガスの
発生源と吸収源を
介する気候変化の
緩和
初期影響
影
Autonomous
響
adaptation
適応能力は、現実的および潜在的両
脆
弱
性
残存影響
あるいは純影響
方の機能を意味する。したがって、そ
影響および脆弱性に
対する計画的適応
れは現在の対処能力と将来の対処能力
を拡大するような戦略の両方を含む。
例えば、きれいな水が利用できること
政策としての対応
24
気候変化と健康−リスクと反応
は、先進国にとっては現在の対処能力
の一部であるが、いくつかの発展途上
候への対応強化のために開発中である−
適応能力を強化することができる。例
国にとっては将来的な対処能力なので
が絡んでくる。
えば、公共と民間の共同による新しい
ある。
提案された科学技術的な適応による健
抗マラリア薬開発のための計画は、発
高度に管理されたシステム、例えば
康のリスクは、事前に評価されなくては
展途上国で用いられる新たな製品を生
先進国の農業や水資源は、あまり管理
ならない。例えば、空調を増やせば熱ス
み出そうとしている。
されていない生態系あるいは自然生態
トレスからは守られるが、温室効果ガス
系よりも適応的であると考えられる。
や他の大気汚染物質の排出を増加させて
不運にも、公衆衛生システムのいくつ
しまう。もし、安全であると欺いて、低
地域社会、国家内あるいは世界にお
かの部分は、ある健康への脅威が治ま
地の海岸集落を拡充したら、海岸の「防
いての資源へのアクセスが公平に分配
ると、しばしばゆるんでしまう。例え
護」機能が不十分で、高潮に対する脆弱
されたとき、適応能力は大きくなる可
ば、伝染病の脅威は抗生物質やワクチ
性を増加してしまうかもしれない。
能性が高い。資源の乏しい周辺の住民
ン、殺虫剤の進歩によって30年前に衰
退してしまった。しかしながら、今日、
公平
には適応のための資源が不足している。
情報と技能
誰もが質の高いサービスを受けられる
さまざまな伝染病が再興しており、適
一般的に、人的資本あるいは知識を持
ということが公衆衛生の基本であるが、
切な公衆衛生施策が再活性化される必
つ国は、より高い適応能力を持っている。
いまもなお健康管理を受けられない人
要がある。
文盲は、様々な問題に対する集団の脆弱
が多い。全体として、途上国は、健康
地域社会の適応能力の主な決定要因
性を増加させる。健康管理システムは、
資源は世界の10パーセントなのに、90
は、経済的な豊かさ、科学技術、情報と
労働集約型であり、その業務、品質管理、
パーセントの疾病負荷を背負っている。
技術、インフラストラクチャー、制度や
公衆衛生インフラストラクチャーの維持
公平性などである。適応能力は、また、
に関する教育を受けた、経験豊富なスタ
健康状態と既存の疾病負荷
現時点での集団の健康状態と、もともと存
ッフを必要とする。
集団の健康は、適応能力の重要な決定
在する疾病負荷の関数である。
要因である。公衆衛生はすばらしい発
インフラストラクチャー
経済上の資源
展を見せたけれども、未だに貧困な国
気候変動性に対する脆弱性を低減する
の1億7千万人の子供達は低体重で、そ
豊かな国は、良く適応することがで
ために特別に計画されたインフラストラ
のうち3百万人以上が毎年死亡してい
きる。なぜならば、投資し,適応のコ
クチャー(例、洪水制御システム、空調
る。多くの国は、非感染性疾患の増加
ストを埋め合わせための経済資源を持
設備、建築物の断熱構造)や一般的な公
と広がり続ける伝染病という二重の負
っているからである。一般的に,貧困
衆衛生インフラストラクチャー(例、公
荷に直面している。
は脆弱性を強める−そして私達の生き
衆衛生施設、下水処理システム、研究所)
ているこの世界では,およそ人口の5
は、適応能力を強化する。しかしながら、
分の1が1日1ドル未満で暮らしてい
インフラストラクチャー(特に移動不可
るのである。
能なもの)は、特に洪水やハリケーンと
気候変化を緩和する措置が行われるか
いった極端な事象などの気候によって悪
否かに関係なく必要である。能力強化
影響を受けることがある。
は、基本的な準備の第一歩である。気
科学技術
主要セクターや周辺環境における科
結論
公衆の健康を守るための適応戦略は、
候変化への適応には、単に財源、科学
学技術へのアクセス(すなわち農業、
制度
技術そして公衆衛生のインフラストラ
水資源、健康管理、都市計画)は、適
制度的取り決めが不十分な国は、制度の
クチャーといったもの以上のことが必
応能力の重要な決定要因である。多く
しっかりした国よりも適応能力がない。
要である。法的枠組み、制度、そして、
の場合、健康をまもるための適応戦略
例えば、バングラデシュが気候変化に対
十分な情報に基づいて人々が長期にわ
には科学技術 −ある技術は確立されて
して脆弱性なのは、制度上および管理上
たる持続的な意志決定を行える環境を
おり、ある技術はまだ新しく普及の最
の欠陥に一因がある。
作り上げることも、教育も、意識向上
中であり、またある技術は変化する気
公共部門と民間部門との連携によって、
も、すべてが必要なのである。
概要
25
12
気候変化についての情報を得たうえで意
志決定をするために、政策立案者は、起こ
遅延あるいは活動しないことの言い訳にな
りうる気候変化の帰結、その帰結に対する
らない。
人々の認識、適応の選択枝、そして気候変
化の速度を遅らせることの利点に関する時
政策決定の基準
科学から政策へ
宜をえた有用な情報を必要とするだろう。
研究者の課題は、この情報を供給すること
多くの異なる基準が存在する。しばしば議
気候変化への対応の進展
である。
論される、決定への二つのアプローチが、
気候変化政策について決定するための、
政策立案者は、一旦影響評価の研究者た
「予防原則」と「便益・費用分析」である。
ちからデータを受け取ると、それらを総合
予備原則は、潜在的な重大危機が存在す
してより広い政策案をまとめなければなら
るとき、しかし一方で重大な科学的不確実
ない。対応の選択肢としては以下のものが
性もまた存在するときに、適用される危機
政策の選択はいくつかの原則
ある:気候変化の割合を鈍化するための温
管理原則である。予備原則は、いくつかの
によって導かれた。その原則に
室効果ガス排出緩和行動、起こりそうな変
リスクについて、実際に発生する可能性が
は、公平さ、効率そして政治的
化から社会が回復する能力を強化するため
高いからではなく、発生したときの影響が
実現可能性が含まれる。通常の
の、変化しつつある気候に適応する手段、
激甚であるか不可逆的であるために、それ
公衆衛生的倫理に関する考慮も
気候変化問題についての公衆の認識を強く
らリスクを受け入れられないものと見な
また当てはまる。すなわち自主
する活動、モニタリングと監視システムへ
す。この原則は、1992年、「環境と開発に
性の尊重、無害性(悪いことを
の投資、そして、主要な政策に関連した不
関するリオ宣言」において、第15原則と
しない)、正義、善行(良いこ
確実性を減少させるための調査への投資。
して以下のように取り入れられた:「深刻
とをする)である。
しかしながら、気候変化は、他の世界的
気候変化と健康−リスクと反応
で不可逆的な脅威が存在するところでは、
な環境ストレスから切り離して考えられる
完全な科学的確実性の欠如をもって、環境
べきではない。さらにまた、競合する利害
の悪化を防ぐための費用効率の良い方策を
関係者の希望が乏しい資源の配分を複雑に
延期する理由としてはならない。」
する一方で、通常、政策立案者たちは、複
広く利用されている、もう一つの方法は、
数の社会的目標(例、貧困の廃絶、経済成
「便益・費用」基準であり、この方法では、
長の促進、文化資源の保護)に対処する。
期待される利益と行動案の費用とを秤にか
従って、気候変化は、持続可能な発展への
ける。どのように利益と費用が測定される
大きなチャレンジの一部として示されるべ
べきか、そして異なる社会においてどのよ
きである。
うに比較されるべきかについて問題が発生
科学的な不確実性は存在するけれども、
26
る。しかし、科学的不確実性そのものは、
する。便益・費用基準は乏しい資源の効率
危機管理を司る者は、研究者集団によって
的な利用を重要視する。しかし、公平性に
得られた情報を用いて決定を下さなければ
ついては取り上げない。また、未来に積み
ならない。政策に焦点を当てた評価では、
残されてしまう影響も取り扱わないので、
危機管理を司る者による問いに答えるため
経済学的な慣習では、しばしば無視される。
に、利用できるベストの科学的・社会経済
気候変化は遠い未来において壊滅的な結果
的情報を分析し、もし可能であるならば、
もたらす潜在性を秘めている。もしその未
科学的不確実性を可能な限り量的に示し、
来の状況を無視するならば、「現在におけ
その不確実性がどのような影響をリスク評
る」未来の価値は小さい。これ等の懸念は
価に与えるかを説明する。結局のところ、
あるが、便益・費用分析を用いないわけに
認識されたリスクが行動に値するほどのも
はいかない。便益・費用分析をやめても、
のかどうかを決定するのは社会なのであ
洞察に満ちた情報の一部が政策決定者に届
かなくなるだけである。
が現実になったときに社会が効果的に対応
導く可能性がある。
する能力を高めるための、適応の選択肢に
対応の選択肢
関する分析を含んでいる。良い政策を作り
公衆の認識:評価結果の伝達
温室効果ガスの緩和策が、大気中の温室
上げるには、脆弱性が集団内の小集団ごと
利害関係者は、評価のプロセスに最初か
効果ガスの産生を遅延させ、そしておそら
に異なるということを理解することが必要
ら最後まで関わるべきである。コミュミケ
く最終的には停止させるためのメカニズム
である。
ーションの戦略は、情報の入手、利用可能
である。温暖化の速度を鈍化させることに
適応の選択肢評価において、戦略の計画
な形での情報の公表、そしてその情報をど
より、人類の健康と他のシステムへの影響
と実施に関係するいくつかの要因が考慮さ
のように利用するかに関する指導などを保
を軽減するという形の便益が得られるので
れなくてはならない。これらの要因は、以
証しなければならない。リスクコミュニケ
はあるが、気候システムの慣性により、排
下の事実を含んでいる:(1) 選択される適
ーションは、複雑で多くの専門分野にわた
出減少から温暖化の速度鈍化までには重大
応の適切さと効果は地域や人口統計上の集
っていて発達途上の過程である。しばしば、
な時間の遅れが生じる。
団によって変化する;(2)適応には費用が
情報は、個別の地域と人口統計上の集団に
対応の選択肢として、適応(前記、第
かかる;(3)気候変化の影響だと認識され
おけるリスク管理者の個別の要求に合わせ
11節で論じた)も重要である。そのよう
ているかどうかにかかわらず、気候変化に
られなければならない。これは、情報供給
な活動は脆弱なシステムの回復力を強化す
よる危機の減少をもたらすかもしれない戦
側と、政策決定のために情報を必要とする
ることで、気候変化と気候変動性による潜
略がいくつか存在する;(4) 気候変化は、
側との密接なやりとりを必要とする。
在的な被害を減少させる。
相互に関連し合っているという全球的性質
気候変化、それの潜在的な健康影響、そ
をもつため、適応政策の構築は複雑にな
して対応戦略についての情報伝達は、それ
る;(5)不適応は、回避される気候の効果
科学的な不確実性の存在のために、政策
自身が気候変化に対する公共政策としての
と同程度に深刻なマイナスの効果をもたら
立案者が気候変化を予想して、現在直ちに
対応である。加えて、モニタリングと監視
す。
活動を起こすことができないという議論が
のシステムの開発と導入、そして調査への
評価のプロセスを困難にしているのは、
結論
行われてきた。これは真実ではない。事実、
投資もそうである。公衆衛生担当官による
気候変化と人間健康に与える気候変化の潜
政策立案者、資源管理者、そして他の利害
決定をサポートするのに必要な情報を提供
在的影響に関係する科学的、社会経済的な
関係者は、不確実性が存在するにもかかわ
するために、モニタリングと監視のシステ
不確実性が存在するという事実である。不
らず毎日決定を下している。これ等の決定
ムは不可欠で重要である。
確実性は、以下の項目について存在する:
による結果は気候変化によって影響を受け
気候変化による潜在的影響の規模、タイミ
るかもしれない。あるいは、その決定によ
科学から政策への橋渡し:政策に焦点をあ
ング、効果;現在の気候条件(すなわち天
って、将来、気候変化に適応できなくなる
てた評価
気、気候、気候による生態系の変化)に対
かもしれない。よって、政策決定者たちに、
政策に焦点をあてた評価は、資源を管理
する個別の健康影響の感度;潜在的な影響
気候変化の起こりそうな影響についての情
する者や他の政策決定者が有効な政策手段
を受ける集団の、(気候変化が起こらない
報が役に立つだろう。情報を取り入れた決
を収集するという困難に立ち向かうのを助
場合の)将来における健康状態;潜在的な
定は、情報の不足した決定よりも、常に優
けるのを可能にするプロセスである。その
影響に適切に取り組むための、行動の選択
れている。
プロセスによって、最大限に利用できる科
肢それぞれの有効性;そして将来の社会形
評価と政策策定との間の境界を配慮する
学的な情報が、政策立案者にとって意義の
態(社会経済学的要因と科学技術的要因の
よう、注意しなければならない。政策に焦
ある項目に翻訳され得る。政策に焦点をあ
変化)。評価する者の課題は、不確実性の
点をあてた評価の目的は、政策決定者に情
てた評価は、単なる科学的情報の寄せ集め
特性を明らかにし、懸念されている問題点
報を提供することであり、個別の政策提言
や科学の現状評価ではない。むしろ、それ
に対するその不確実性の影響を、政策決定
をすることではない。
は、利害関係者によって質問される個別の
者と利害関係者に対して説明することであ
問題に答えるために、社会学や経済学を含
る。もし、不確実性が分析の一部として直
む複合的な研究分野からの情報の分析を必
接扱えないと、健康影響評価から誤解を招
要とする。そしてそれは、リスクやリスク
く結果が得られ、誤った情報による決定を
概要
27
13
結論と実行のための
提言
気候変化は、
他の大規模な人為的環
間の合意が強化されてきている。
ヒト
境変化と同じく、
生態系およびその生
の健康は、
多くの、
そして多様な影響を
命維持機能、
したがってヒトの健康に
受けるだろうという証拠も増加して
対するリスクとなる(図13.1)。WHO
いる。
多くの分野では、
今もなお、
知識
(世界保健機関),
WMO
(世界気象機関)
が限られている。
例えば、
疾病罹患に対
そしてUNEP
( 国連環境計画)
は、
能力
する短期気候変動性の貢献について、
強化、
情報交換と調査推進を扱うこと
疾病の発生と極端な気象事象を予期
により、
気候変化と健康に関する問題に
するための早期警告システムの開発
ついて協力している。
について、
そして極端な気象事象の繰
り返しで適応能力がどのように減弱
提言
するかを理解することについてであ
・気候関連の曝露
る。
持続可能性は、本質的に地球
我々が大気組成を変化させ続けている
の生態系の維持と他の生物物理
と、
降水量や他の気候要因の変化にと
学的生命維持システムに関する
も な い 、地 球 表 面 温 度 は 今 世 紀 中 に
気候変化は、
因果の複雑な筋道、
避け
ものである。もしこれらのシス
1.4℃から5.8℃上昇する、
とIPCCの第
られない不確実性、
そして予期される
テムが衰退してしまったら、人
三次評価報告書では予測されている。
影響の未来への先送りといった特別
間の幸福や健康は、危機にさら
必要な調査は、
健康との関連で天気と
なチャレンジをもたらす。
取り組むべ
されるであろう。科学技術は、
気候を分析する革新的なアプローチ、
き重要な調査項目としては、
気候変化
時間を稼ぐことはできるが、
重要な疑問点に答えるための長期間デ
がヒトの健康に与える最初の影響が
「自然」に与えたツケを免れる
ータセットの構築、
そして世界気候モ
どこで明らかになるかを発見するこ
ことはできない。我々は、地球
デルからの出力データをどのようにヒ
と、
気候変化の影響推定の精度を上げ
の限界内で生活しなければなら
トの健康研究に取り入れるかに関する
ること、
気候変化と健康に関する研究
ない。したがって、持続可能な
理解を深めることである。
に付随する不確実性をよりよく表現
世界への移行にむけて、人間集
団の健康状態は、中心おいて考
えるべきものである。
・科学者達へのチャレンジ
することなどがある。
・科学に関する合意の達成
気候変化の科学においては、
科学者
・極端な気象事象
IPCCの第三次評価報告では、
より暑
図 13.1 気候変化と健康:原動力から曝露を通して潜在的健康影響へ。
「研究の必要性」からの矢印は健康セクターに必要なインプットを示す。(文献4を改変)
健康影響
調整的影響
適応能力
気温関連の疾病と死亡
緩和能力
地域気候
変化
緩和策
・熱波
原動力
人口動態学
持続不可能
な経済発展
・異常気象
温室効果
ガス排出
気候変化
・気温
・降水量
異常気象関連
健康影響
微生物汚染の
経路
伝染の型
水および食物由来の疾病
農業・
エコシステム
水文学
社会経済、
人口学
大気汚染関連
健康影響
媒介動物およびげっ歯類
由来の疾病
食糧・水不足の影響
精神的、栄養学的な、
感染症その他の健康影響
い日や熱波の増加、
降水事象の激化、
干
ばつリスクの増大、
(いくつかの場所で
の)
風やサイクロンの増加、
エルニーニ
ョにともなう干ばつや洪水の激化、
そ
してアジアにおけるモンスーンの変
動性増加といった、
極端な気象事象の
変化が予測されている。
調査が不十分
な、
取り組むべき分野としては、
極端な
気象事象と健康影響との関係の更な
るモデリング、
極端な気候への脆弱性
に影響を与える要因の理解を深める
健康関連
適応策
自然起源
研究の必要性
28
気候変化と健康−リスクと反応
こと、
そしてさまざまな状況における
適応効果の評価などがある。
適応評価
・感染症
感染症、
特にこれらのうち媒介昆虫
・国家的評価
いくつかの先進国と発達途上国は、
・科学から政策への反応
全球的気候変化の規模と特徴から
あるいは水を経由して伝染するもの
たとえば脆弱な地域・集団を取り上げ
必要とされるのは、
優れた科学的助言
は気候条件に敏感である。
病気の罹患
るなど、
気候変化による潜在的な健康
による情報を受けた政策によって誘
率は、
疫学研究に必要な基礎的データ
影響の国家的評価を開始した。
健康影
導された、
社会全体の理解と反応であ
である。
現在の疾病罹患率を正確に把
響評価のプロセスを標準化する必要が
る。
政策に還元することを念頭に置い
握していなければ、
罹患率が気候条件
あり、
手段や方法が開発されつつある。
た、
気候変化における潜在的な健康影
の結果として変化しているかどうか
地域レベルでのより正確な気候情報、
響の評価が成功するには以下の項目
について言及することは難しい。
調査
特に気候変動性と極端な気象事象に関
が必要である。
i) 多くの専門分野にわ
チームは、
疫学者、
気象学者、
そして生
する情報が必要とされている。
たる評価チーム、
ii) すべての利害関係
態学者を含んだ国際的、
学際的なもの
で、
それぞれの分野からの情報の多様
性を理解できなくてはならない。
者からの質問への反応、
iii) 適応策選択
・気候変化による健康影響のモニタリ
肢のリスク管理面からの評価、
iv) 必要
ング
な重要調査の確認と優先順位づけ、
v)
気候変化は、
病気に影響を与えると
不確実性とその政策決定における意
思われるが、
その病気は他の要因によ
義の特徴づけ、
vi) 政策決定プロセスを
気候の時系列変化が健康に影響を
っても影響される。
したがって、
気候変
支持する方策。
与えたという実証的証拠は未だにわ
化の健康影響を評価するためのモニタ
ずかしかない。
そのため、
地球環境変化
リングが必要とするのは、
データ収集
によると思われる将来の健康影響の
と、
そのような病気発生に、
気候が寄与
地球環境問題、
たとえば気候変化に
範囲、
タイミングおよび規模の予測が
する部分を数量化できる分析手法であ
関する国際的な合意にあたっては、
困難である。
それでも、
最初の試みは、
る。
現在のところ、
多くの国のモニタリ
Agenda 21とUNFCCC
(国連気候変
WHO地球規模疾病負荷2000プロジ
ングと監視システムは、
気候に影響を
動枠組み条約)
で提案された、
持続可能
ェクトの枠組みの中で行なわれた。
健
受けやすい病気に関する有効なデータ
な発展という原理を考慮すべきであ
康現象に関する質のよい研究のみを
を提供できない。
発展途上国では、
その
る。 それには、
「 予防原則」(
、汚染、
公
分析し、
1961年∼1990年を気候基準
必要性に答えるべく、
現存しているシ
害、
環境破壊における費用は、
その原因
期間として、
それ以後に起こった気候
ステムを強化すべきである。
者が負担すべきであるという)
「費用と
・病気の負荷
変化によって、
2000年に150,000人の
死亡と5,500,000のDALYSを引き起
こしたと予測された。
結論
責任の原則」、
国内外の、
また長期にわ
・気候変化への適応
気候変化はすでに進行中であるか
ら、
我々は、
緩和策を補完するために、
た る 時 間 的 な -す な わ ち 世 代 間 の 「公平性」
が含まれる。
これらの原則の厳守は、
未来の地球
・成層圏オゾンの減少、
気候変化と健康
適応策を必要としている。
効率的な適
環境に対する脅威、
そして現存する脅
成層圏オゾン層の減少は、
本質的に
応戦略の実施は、
気候変化による健康
威を防ぐ一助となるであろう。
気候変
気候変化とは異なる。
しかしながら、
温
への悪影響を大きく減少させることが
化は既に進行中であり、
脆弱性を評価
室効果ガスによる温暖化は、
オゾン層
できる。
人口密度、
経済的発展、
地域の
し、
介入/適応の選択肢を確認する必
の減少に関与する多くの物理化学的
環境条件、
もともとの健康状態、
ヘルス
要がある。
健康のための早期の計画に
過程による影響を受ける。
また、
( 公共
ケアシステムの充実度といった要因に
よって、
未来の健康の悪影響を減少さ
の情報と教育活動に加えて)
気候の変
よって、
集団の脆弱性は異なっている。
せることができる。
しかしながら、
最適
化のせいで、
個人および地域社会の紫
通常、
適応措置によって、
将来のメリッ
な解決は、
政府、
社会、
および個人次第
外線曝露に対する行動パターンが変
トも得られるが、
現存する気候変動性
であり、
持続可能な状態への移行を可
化するだろう − そのことがまさに紫
の影響を小さくすることで目先のメリ
能にするため、
行動、
科学技術、
そして
外線を浴びる量に影響を与える。
ットも得られる。
適応措置は、
他の保健
実践の変化が必要である。
戦略と統合してもよい。
概要
29
Adaptation(適応): システムとしての自
数値 の平均や変動性に関する統計的描写と
然や人間が、新しい環境もしくは変化しつつ
して定義される。伝統的な期間は30年と
ある環境に対して順応すること。気候変化に
WMOは定義している。これらの気象に関連
対する適応とは、現実の、あるいは予想され
した数値は、多くの場合、気温や降水量そ
る気候の刺激もしくはその影響に反応して順
して風のような地表の変数である。
応する−危害を和らげたり、自分にとって有
用語解説
利な機会を利用したりする−ことを言う。事
Climate change(気候変化): 気候の平均
前適応、反応性適応、公衆適応、個人的適応、
的な状態もしくはその変動性のどちらかに
自動的適応、計画的適応など、適応は様々な
おいて、長期間に渡り継続する(典型的に
分類が可能である。
は数十年以上)統計的に有意な変化をいう。
気候変化は、自然の内的なプロセス、外力、
Anthropogenic emissions(人為的排出ガ
もしくは継続的な人為的な大気組成の変化
ス): 人間活動に関連した温室効果ガスやエ
が原因となりえる。UNFCCは気候変化を以
ーロゾルの排出。これらには、排出の純増を
下のように定義する。「自然の気候変動性に
招く、エネルギーを得るための化石燃料の燃
加えて、同期間に起こる、地球の大気組成
焼、森林伐採や土地利用の変化を含む。
を変化させる人間活動に直接的もしくは間
接的に影響を受ける気候の変化。気候変動
Atmosphere(大気圏): 地球を取り巻く気体
性の項も参照のこと。(日本版注:IPCCを気
の層。乾燥した大気圏は、ほぼすべてが窒素
候変動に関する政府間パネルと訳すように、
と酸素から構成され、他にアルゴンやヘリウ
climate changeを気候変動と訳す場合もあ
ムなどいくつかの希ガス、そして二酸化炭素
るが、以下の気候変動性紛らわしいので、
やオゾンのような放射活性を持つ温室効果ガ
この日本語版では気象庁などにならって気
スを含む。それに加えて、大気圏は水蒸気、
候変化という訳で統一した。)
雲、そしてエーロゾルを含む。
Climate variability(気候変動性): 個々の天
Biosphere(生物圏): 地球のシステムの一部
気事象の時空間的な尺度の平均的な状態や
で、大気圏、地上(陸域生物圏)、大洋(海
その他の統計値(例えば標準偏差、異常気
洋生物圏)におけるすべての生態系と生物か
象発生など)の変動。変動性は、気候シス
らなる。そこから発生する落葉層や土壌有機
テムにおける自然の内的プロセスや、人為
物そして海洋の腐食物のような、既に死亡し
的な外力が原因となりえる。
た生物の有機物も含む。
Disability Adjusted Life Year (障害調整生
Carbon dioxide(CO2=二酸化炭素): 化石燃
存年数=DALY):集団の健康度を示す要約
料の燃焼や土地利用の変化、そしてその他の
尺度として、最適な健康状態でない期間を
産業プロセスの副産物として発生し、また自
考慮に入れるために、死亡と罹患を組み合
然発生するガス。それは地球の放射に影響を
わせた平均余命の指標。この指標は、地球
与える主要な温室効果ガスであり、他の温室
規模の病気による負担を計算するために開
効果ガスが測定される場合に基準となる気体
発された健康尺度であり、様々な介入の結
である。
果を比較しようとしているWHOや世界銀行
その他の機関でも用いられている。
Chlorofluorocarbons(CFCs=フロン類): 冷
却、エアコン、包装、断熱材、溶媒、エーロ
El Nino/Southern Oscillation(エルニーニョ
ゾル用の高圧ガスなどに使われている温室効
/南方振動=ENSO):元来、エルニーニョと
果ガス。それらすべてが、1987年のモント
は周期的にエクアドルとペルーの沿岸部を
リオール議定書で議題に上った。大気圏の低
流れる暖流を意味していた。この事象は、
層では破壊されず、高層へと上昇して、条件
南方振動と呼ばれる、インド洋と太平洋に
が満たされれば、オゾンを破壊する。京都議
おける南北両回帰線間の海面気圧パターン
定書で扱われた代替フロンを含む他の化合物
と循環の変動と関係がある。大気と海洋が
に取って代わられつつある。
関与するこの現象は、全体としてエルニー
ニョ南方振動もしくはENSOとして知られて
30
気候変化と健康−リスクと反応
Climate(気候): 通常は、「平均的な天気」、
いる。エルニーニョの期間、そこで支配的
あるいはより厳密に、何ヶ月から何千年、何
な貿易風が弱まり、赤道反流が強まること
百万年という期間にわたる、気象に関連した
によって、インドネシア地域の暖かい海表
面の水が東に向かって流れ、ペルー海流の
(
United
Nations
Environment
ガスの排出による、成層圏に含まれるオゾ
冷たい水の上に乗り上げる。この事象は、
Programme=UNEP)により1988年に設立
熱帯太平洋地域の風、海水の表面温度、降
された専門家のグループ。その役割は、主に、
水パターンに大きな影響を与える。太平洋
同分野の専門家達が査読する既刊の科学的/
Stratospheric ozone layer(成層圏オゾン
地域のいたるところ、またその他世界中の
技術的文献に基づく、人為的気候変化のリス
層): 成層圏には、オゾン層と呼ばれ、オゾ
気候に影響を与える。エルニーニョ現象の
クを理解するための科学的、技術的、社会経
ンが集中している層が存在する。その層は
反対の現象はラニーニャ現象と呼ばれてい
済的情報を評価することである。IPCCには
およそ12キロから40キロに渡り広がってい
る。
三つの作業部会と、1つの専門委員会がある。
る。この層は人間が排出する塩素化合物や
Greenhouse effect(温室効果): 温室効果
Monitoring(モニタリング=監視): 集団の健
南半球の春の時期には、南極地域での気象
ガスは、赤外線を吸収する(その赤外線は、
康状態あるいは環境の変化を検出することを
条件に加えて、人間が作り出したフロンや
地球表面から、また同種のガスによって大
目的とした測定の実行と分析。モニタリング
臭素化合物が原因となり、非常に激しいオ
気圏そのものから、そして雲から放射され
にはサーベイランスの技術を用いるが、モニ
ゾン層枯渇が南極地域上で発生する。この
る)。大気放射は地球表面方向を含めたすべ
タリングとサーベイランスと混同しないこ
現象はオゾンホールと呼ばれる。
ての方向に放射される。こうして温室効果
と。
ン量の減少。
臭素化合物によって枯渇しつつある。毎年、
ガスは地表-対流圏システムの中で熱を捕捉
Surveillance(サーベイランス):病気の発
する。これは「自然温室効果」と呼ばれる。
Morbidity(罹病率): 年齢別罹病率を考慮に
生や流行拡大傾向を検出するために、実際
大気放射は、それが放出される大気の気温
入れた、病気やその他の健康疾患発生の率。
的で標準化された届出や登録の方法によっ
レベルと強く関係している。温室効果ガス
健康アウトカム(訳注:結果として起こる健
て集められたデータを、継続的に分析・解
の濃度が上昇すると、大気の赤外線不透過
康事象を健康アウトカムと訳す)には慢性病
釈し、フィードバックをかけること。デー
率が高まり、そしてそれゆえに、気温の低
の発症/有病、入院率、プライマリケアの相
タソースは、病気や病気に影響を与えてい
い、より高い位置から、宇宙への放射が効
談や、障害調整生存年数(=DALYs)を含む。
る要因と直接的に関係している。
(radiative forcing=)放射の促進、すなわち
Mortality(死亡率): ある期間、ある人口に
Ultraviolet radiation(紫外線照射UVR):放
と表面対流圏システムの気温上昇によって
おける死亡発生の率。
射のタイプ(A、B、C)に依存する、特定
率的に行われるようになる。これは
のみ補填される不均衡の原因となる。これ
は「強化された温室効果」である。
の波長内での太陽放射。オゾンはUV-C
Ozone(オゾン): 通常の酸素分子を特徴づ
(<280 nm)を強力に吸収するので、これら
ける2原子ではなく、3原子からなる酸素の
の波長の太陽放射は地球の表面には届かな
Greenhouse gases(温室効果ガス=GHGs):
形態。オゾンは重要な温室効果ガスである。
い。波長がUV-Bの領域(280 nmから315
大気中のガスのうち、 地球の表面、大気、
大気に存在する全オゾンの90%は成層圏にあ
nm)を経てUV-Aの領域(315 nmから400
そして雲によって放射される、赤外線のス
り、それが有害な紫外線を吸収する。オゾン
nm)に長くなるにつれ、オゾン吸収は弱ま
ペクトルの範囲にある波長の放射線を吸
は、高濃度では様々な生体に対して有害であ
っていき、およそ340 nmにおいて、検出不
収・放射するもの。水蒸気、二酸化炭素、
る。成層圏のオゾンの枯渇は、気候変化によ
能となる。大気圏から上のUV-B、UV-A領
亜酸化窒素、メタンそしてオゾンは大気中
り強められる化学反応が原因であり、地上に
域のもつ太陽エネルギーの割合は、それぞ
に存在する主な温室効果ガスである。さら
届く紫外線B放射量が増加する。
れおよそ1.5%と7%である。
京都議定書で取り扱われたハロカーボンな
Scenarios(シナリオ):未来に関する、実
UN Framework Convention on Climate
どの、全く人工のガスがある。
現可能で、しばしば単純化された描写で、主
change(国連気候変動枠組み条約=UNFCCC):
要な原動力やさまざまな関係群についての、
1992年に行われた環境と発展に関する国連
Impacts(影響): 自然のシステムと人間の
整合性があり矛盾のない仮定に基づく。シナ
会議で調印された条約。この条約に関係し
健康に関する気候変化の帰結。どの程度、
リオは予測でも予報でもなく、時に叙述的な
た政府は、危険な気候システムへの人為的
適応を考慮するかによって、潜在影響と残
話の展開に基づくこともある。
干渉を防ぐと思われるレベルで大気中の温
に、大気中には、モントリオール議定書や
留影響を判別することが可能である。
室効果ガス濃度を安定化させることに同意
・潜在影響は、気候において、適応を考慮
Sensitivity(感受性): よい方向であれ悪い
せず、ある予測された気候変化によって
方向であれ、システムが気候変化による影響
生じるすべての影響である。
を受ける程度。その効果は直接的なこと(例
Vulnerability(脆弱性): どれほどシステム
えば、気温の変化に反応する、作物生産量の
が気候変化(気候変動性と極端な気候を含
変化)もあるし、間接的なこと(例えば、沿
む)の悪影響を受けやすいのか、あるいは
岸部における氾濫の頻度増加による損害)も
その悪影響の対処が不可能であるかという
ある。
程度。脆弱性はシステムが曝露している気
・残留影響は、適応の後に生じる可能性の
ある気候変化の影響である。
Intergovernmental Panel on Climate
Change (気 候 変 動 に 関 す る 政 府 間 パ ネ
している。
候変動の特質・規模・頻度、システムの感
=IPCC):世界気象機関(World Meteorological
Stratospheric ozone depletion(成層圏オゾ
Organization=WMO)と国連環境計画
ンの枯渇): 人間活動の結果生じる温室効果
度・適応能力の関数である。
概要
31
本和訳配布に当たって
本サマリーの和訳は、WHO(ジュネーブ、本部)
の「気候変動と健康」に関する担当官であるCarlos
Corvalan博士との協力で行ったものです。なお、参
考資料としての利用を前提として急いで進めたもので
あり完訳ではない点などご容赦ください。
和訳は、下記研究班メンバーの本田 靖博士(筑波
大学助教授)にご協力いただきました。記して感謝致
します。ご不明の点などありましたら、下記までご連
絡お問い合わせください。
独立行政法人
国立環境研究所
首席研究官 兜 真徳
電 話:029-850-2333
ファックス:029-850-2571
e-mail: [email protected]
なお、研究所で私たちが進めています「地球温暖化
影響と適応戦略に関する研究(健康班)」については
下記をご覧下さい。
http://www.nies.go.jp/impact/index.html
32
気候変化と健康−リスクと反応
C M Y K
T-2530/気候変化と健康ーリスクと反応概要
Climate Change and Human Health
~ Risks and Responses
Climate Change and Human Health ~ Risks and Responses
SUMMARY
1900
1950
2000
2050
2100
SUMMARY
独立行政法人 国立環境研究所
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