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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
早稲田大学 IT 戦略研究所
Research Institute of IT & Management,
Waseda University
2008 年 6月
因果連鎖と意図せざる結果
-因果連鎖の網の目構造論-
根 来 龍 之 (早 稲 田 大 学 大 学 院 教 授 /IT 戦 略 研 究 所 所 長 )
早 稲 田 大 学 IT 戦 略 研 究 所 ワ ー キ ン グ ペ ー パ ー シ リ ー ズ
No.24
Working Paper
1
早稲田大学
IT 戦略研究所
ワーキングペーパー
根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
因果連鎖と意図せざる結果
-因果連鎖の網の目構造論-
根 来 龍 之 ( 早 稲 田 大 学 IT 戦 略 研 究 所 所 長 )
<要旨>
本稿は、筆者の経営学分野における理論の前提となっている一種の認識論について論じる
ものである。その認識論は筆者が「因果関係の網の目構造論」と名づけているものである。
さらに、
「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 」を 前 提 に し た 時 に 、因 果 ル ー プ と は 何 か と 意 図 せ ざ る 結
果 が 生 ま れ る 宿 命 に つ い て 論 じ る 。そ し て 、因 果 ル ー プ モ デ ル の 一 種 と し て 根 来・徳 永( 2007)
が提案した「仕組の過剰自己強化」のモデルと「因果関係の網の目構造論」との関係につい
て述べる。
キーワード:
因果連鎖の網の目構造論、因果関係、意図せざる結果、ループ構造、システムダイナ
ミクス
( 注 ) 本 稿 は 、 経 営 情 報 学 会 2008 年 度 全 国 大 会 に お け る 論 文 賞 受 賞 講 演 : 根 来 龍 之 ・ 徳 永 武
久「 因 果 連 鎖 と ビ ジ ネ ス モ デ ル - 仕 組 の 過 剰 自 己 強 化 と 意 図 せ ざ る 結 果 - 」の 前 半 部 分 に 加 筆 し
たものである。該当稿は、徳永氏との共著として執筆された。記して徳永氏に感謝したい。
2
早稲田大学
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ワーキングペーパー
根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
はじめに
本稿は、筆者の経営学分野における理論の前提となっている一種の認識論について論じる
ものである。その認識論は筆者が「因果関係の網の目構造論」と名づけているものである。
さらに、
「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 」を 前 提 に し た 時 に 、因 果 ル ー プ と は 何 か と 意 図 せ ざ る 結
果 が 生 ま れ る 宿 命 に つ い て 論 じ る 。そ し て 、因 果 ル ー プ モ デ ル の 一 種 と し て 根 来・徳 永( 2007)
が提案した「仕組の過剰自己強化」のモデルと「因果関係の網の目構造論」との関係につい
て述べる。
1 .「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 」 論
本 稿 で は 、現 実 世 界 に お け る 因 果 連 鎖 を 分 析 す る に 当 た り 、
「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 」と
いう考え方に立つ。
「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 」と は 、以 下 の よ う な 特 徴 を 持 つ 現 実 に つ い て
の因果連鎖の想定である。
①一回限り性と繰り返し性の両立
「あらゆる現実は、一回限りの特殊性を持つ」ことと「あらゆる現実は、繰り返し性を持
つ因果関係を含む」ことは矛盾しない。因果関係はすでに抽象された概念によって把握
されるものであり、現実そのものは一回限りの特殊性を持っていても、抽象されたもの
は「繰り返し」登場しえるからである。
②多元的因果関係の存在
「 原 因 」と は 、
「 結 果 」に 時 間 的 に 先 立 つ 要 因 の こ と で あ る 。こ こ で「 要 因 」と は 、原
因 と 結 果 を 括 る 上 位 概 念 で あ る 。時 間 軸 を 考 え れ ば 、
「 結 果 」は 時 間 的 に 後 発 す る 要 因 の
現実についての想定:境界の恣意性
<内の境界の恣意性>
「原因」でもある。これらは、定
義によってそうなるわけだが、網
の 目 構 造 論 は 、 以 下 の 二 つ の「 複
数 性 」命 題 を さ ら に 主 張 す る 「
。「 結
果」には必ず複数の「原因」が存
在 す る 。」こ と と 、
「 各「 要 因 」は 、
必ず複数の結果の「原因」となり
う る 。」と い う 命 題 で あ る 。言 い 換
それ以上中を見ない
:ブラックボックス化
時間
3
え れ ば 、「 結 果 」 は 複 数 の 「 原 因 」
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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
の 合 成 に よ っ て 生 ま れ 、「 要 因 」 は 必 ず 複 数 の 結 果 の 「 原 因 」 と な り う る 。
③境界設定の恣意性
あ ら ゆ る 因 果 関 係 認 識 に は「 境 界 」が 存 在 す る 。境 界 に は 、外 的 境 界 と 内 的 境 界 が あ る 。
外的境界とは、考慮の範囲についての境界である。例えば、企業内部の出来事を論じる
際 に 、し ば し ば 企 業 外 部 の 要 因 は 考 慮 さ れ な い 。内 的 境 界 と は 、
「中身をさらに検討しな
いことにするという要因内部のブラックボックス化」のことである。外的境界の設定に
は、人によって異なる、知識の範囲や関心の焦点という「価値」が反映する。内的境界
にも、人によって異なる、知識の範囲や関心の焦点という「価値」が反映するが、さら
に分業型組織においては「
、 何 を 任 せ て し ま う 」に よ っ て も 内 的 環 境 は 影 響 さ れ る だ ろ う 。
④概念設定の恣意性
概念設定の恣意性は、
「 括 り 」と「 分 割 」の 恣 意 性 の こ と で あ る 。括 り と は 、現 実 を 分
節化するさいにどの範囲を一つの概念で表すかということ、分割とは、一つの概念をさ
ら に ど う 分 け る か と い う こ と で あ る 。因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 は 、
「 複 数 の「 要 因 」を 一
つ に 統 合 把 握 す る「 概 念 」設 定 が 常 に 可 能 で あ る 」と 想 定 す る 。同 時 に 、
「 ひ と つ の「 要
因 」を 複 数 に 分 割 把 握 す る「 概 念 」設 定 が 常 に 可 能 で あ る 。」と も 想 定 す る 。な お 、あ る
個人にとって、現実は無限に分割したり、無限に統合したりすることが可能であるわけ
ではない。境界の設定が範囲を制約するからである。ここにおいて、④境界の設定は、
⑤概念設定の恣意性と関係する。
上記の④境界設定の恣意性と⑤概念設定の恣意性は、それらの「非」普遍性も意味する。
現実についての想定:因果の連鎖
<因果関係の網の目構造論>
つまり、 普遍的に適切な「境界」 設定
も「 概 念 」設 定 も 存 在 し な い 。ま た 、 普
遍的に共有(共同主観性が成立)できる
「 境 界 」 設 定 も「 概 念 」設 定 も 存 在 し な
いと想定される。
左の図は、
「 因 果 関 係 の 網 の 目 構 造 論 」の
時間
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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
あ る 側 面 を 表 現 し た も の で あ る 1。
概 念 の 恣 意 性 は 、上 述 し た よ う に 、世 界 に 存 在 す る「 も の 」
「 こ と 」そ の も の は 分 節 化 し て
お ら ず 、 分 節 を 与 え る の は 「 言 葉 (概 念 )」 で あ る こ と を 意 味 す る 。 言 葉 が 同 じ で あ っ て も 、
社会が違えば括り方や分割の仕方が異なることがありうる。したがって、ある社会で日常用
い ら れ る 言 葉 の 辞 書 的 意 味 が 共 有 さ れ て い た と し て も 、 そ の 社 会 の 中 に お け る 部 分 社 会 (国 、
地 域 社 会 、会 社 、学 派 、世 代 な ど )で 、括 り 方 が 違 う 概 念 が 併 存 す る 現 象 が 生 じ る こ と に な る 。
こ こ で の「 恣 意 性 」は 、虚 構 と い う 意 味 で は な い 。
「 決 ま り 方 」に 絶 対 的 根 拠 は な い と い う
意味である。
2.因果ループの抽出
異なる部分社会間、例えばA社とB社で「共通した」因果関係は、個別の「現象と因果連
A社とB社で「共通した」因果関係
A社
鎖」を「共通する要因間の因果関
B社
係」として抽象したものと捉える
2
ことができる。共通した現象は、
2
3
3
1
現象そのものではなく「
、設定され
1
た概念」によって共通した要因と
して括られる。つまり、A社とB
社に共通の因果構造は、設定され
時間
時間
駆動しなかった因果関係
た「概念」に基づき、共通した要
因と因果関係だけを取り出したも
起きなかった要因
のとなる。ここで、各会社で特殊に生じた現象のある側面と因果連鎖のある部分は
故意に捨象されている。
同一企業における因果関係の繰り返しも、上記と原理的には同じであり、個別の現象間の
因果連鎖を、共通する要因の連続が「繰り返し起こっている」として抽象する。設定された
「 概 念 」 に 基 づ き 、 共 通 し た 要 因 と 因 果 関 係 だ け を 取 り 出 し 、「 原 因 と 結 果 が 循 環 す る も の 」
と し て 捉 え た も の が 、同 一 企 業 に お け る 因 果 関 係 の 繰 り 返 し 、つ ま り 、
「 因 果 ル ー プ 」で あ る 。
因果ループを抽象する際にも、各時点で特殊に生じた現象のある側面と因果連鎖のある部分
の捨象を伴う。時点が違う二つの現象は異なる性質も持ち、現象そのものが繰り返されるわ
けではない。このように、因果ループは、共通の性質を抽象して、同じ概念で二つの現象が
1
例えば、この図は、境界設定や概念設定の恣意性は表現しえていない。
5
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共 通 す る 要 因 と し て 括 ら れ て い る に す ぎ ず 、 そ れ は 、「 概 念 の 恣 意 性 」 を 前 提 に し て い る 。
同一企業における因果関係の繰り返し
本 稿 で 議 論 す る「 仕 組 の 自 己 強 化 」
は 、 概 念 的 に は 、 自 社 の 仕 組 (原 因 )
B1
B0
C0
が 成 果 (結 果 )に つ な が る と い う 因 果
B3
関係を、抽象してパターン化したも
A1
A0
のである。それが繰り返すことによ
X0
Y1
って成果が上がり、自分自身が益々
強くなっていくことが実感できる場
時間
合 に 、そ の「 抽 象 さ れ た ル ー プ 構 造 」
が 現 実 で あ る と い う 錯 視 が 企 業 の 中 に 起 こ っ て く る こ と が 、本 稿 の 議 論 の 前 提 と な っ て い る 2 。
な お 、事 業 運 営 に お け る パ タ ー ン 化 は 、能 力 蓄 積 や 活 動 シ ス テ ム の 一 貫 性 の 確 保 の た め に 、
必 要 不 可 欠 な も の で あ る 。 パ タ ー ン 化 し て 投 資 や 努 力 を 継 続 し て い か な い と 、 能 力 (資 源 )・
活動システムの水準が向上していかない。また、人々を組織的活動に動員するためにもパタ
ーン化が必要である。パターン化によって方針が確立しないと、人に仕事を委ねることはで
きないし、パターン化して指示や役割期待を示さなければ、協力して仕事はできないからで
ある。
3.システムダイナミクス研究者による失敗パターンの抽出
ループ構造的な繰り返しにより失敗に至る現象は、一つの企業だけではなく、もっと普遍
的な失敗パターンとして存在するという議論が、システムダイナミクスの研究者によって提
案 さ れ て い る 。 Kim & Anderson(1998)は 、 普 遍 的 に 存 在 す る ル ー プ 構 造 的 な 失 敗 の 構 造 を
成功の限界
8つに類型化して整理してい
る。
「 成 功 の 限 界 」と い わ れ て
制約
S
努力
S
R1
成果
いるモデルでは「
、努力をする
S
O
B2
成長を妨げよ
うとする動き
(制限要因)
と成果が上がる。成果が上が
るから益々努力をする。その
S
(出所:キム&アンダーソン『システム・シンキング・トレーニングブック』(日本能率協会)p.221)
結果、努力の仕方がパターン
2 事業運営におけるパターンが慣性化の理由としては、まず、過去の成功体験からくる自信がパターンの見直しを遅
らせることがあげられるだろう。また、あるパターンの成功が評価につながると、評価システムの存在が「同じやり
方にはリスクが少ない」という知覚をもたらし、パターンを慣性化させる可能性もある。パターンを変更した場合の
不確実性の大きさが分からないことも慣性化の理由になりうる。成功しているうちは、不確実性のリスクを大きく見
る傾向があると思われる。
6
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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
化されて永遠に成果が上がり続けるという錯視が起こる」と考える。しかし、一方では成長
を妨げようとする制限要因、例えば市場の大きさや資金力によって、その成功パターンが限
界に近づき成長が減速するという現象が不可避的に生じるとされるのである。
根 来・徳 永( 2007)で 提 案 し た「 仕 組 の 自 己 強 化 」の モ デ ル は 、こ の「 成 功 の 限 界 」の モ
デ ル を 原 型 と す る も の で あ る 。 た だ し 、「 仕 組 の 自 己 強 化 」 の モ デ ル は 、 そ の 成 功 の 限 界 が 、
自社の活動が結果としてライバルにとって有利な状況特性を整備してしまうことによって生
まれるケースを一般化されたモデルとして示そうとするものである。
4.因果モデルと行為の投企性との関係
企業の意思決定には選択の自由がある。選択の自由を無視しないために「行為」をその他
の現象と分離する必要がある。ここで、行為とは、自己原因の「意図した効果」の追求であ
る。つまり、将来に向かって、自分が意図した結果を作り出すために行うのが行為である。
そして、行為者は、因果連鎖の「地図」をもとに、行為の「設計図」をもって、自らを状況
に 投 げ 入 れ る 3 。こ の 時 、現 在 の 行 為 は 、選 択 の 自 由 が あ る た め 、現 在 よ り 後 の 因 果 連 鎖 を 不
確 実 に す る (取 り う る 行 為 に よ っ て 異 な る 因 果 連 鎖 を 生 じ さ せ る )。 つ ま り 、 行 為 は 自 分 を 原
因 に す る と い う 性 質 が あ る (こ れ を 行 為 の 「 投 企 」 性 あ る い は 「 自 己 原 因 」 性 と 呼 ぶ )。 そ し
て、結果として、重要な因果連鎖を把握できていれば「意図」が達成できるということにな
るが、因果連鎖の網の目構造論
変化を意図する:行為は「設計図」を持つ
を前提とすれば必然的に、事前
モデルⅠ:地図
に 因 果 連 鎖 の 100% の 吟 味 は で
きない。
行為
5.意図せざる結果
行為を行う時の設計図の中で、
重要な因果関係が網羅されてい
る (影 響 度 の 小 さ い も の だ け が
時間
現在
捨 象 さ れ て い る )場 合 、 行 為 は 、
3 行 為 を す る 時 の 過 去 の 解 釈 や 将 来 予 想 に お い て 、因 果 連 鎖 の 構 図 を 読 む と い う 意 味 で 、
「 地 図 」と い う 用 語 を メ タ フ
ァ ー と し て 使 っ て い る 。 一 方 、「 設 計 図 」 と い う 用 語 は 、 自 分 が (結 果 に 対 す る )手 段 と な っ て 、 意 図 し た 結 果 を 生 み た
いと考え、自分の行為と引き出したい結果とを結ぶ因果連鎖を想定するという意味で使っている。この時、地図や設
計図は必ず部分性を持っている。つまり、因果連鎖のある部分は必ず地図や設計図から抜け落ちている。また、設計
図は、原理的に「まだ生じていない因果連鎖」に介入しようとするものである。
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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
結 果 と し て「 意 図 し た 結 果 」を 、つ ま り 設 計 図 通 り の 結 果 を 引 き 出 す こ と が で き る と「 現 象 」
する場合がある。しかし、設計図は部分性を持っているため、結果として引き起こされる因
果連鎖は多かれ少なかれ意図通りとはならない。例えば、以下のような結果となる場合があ
る。
環境+行為→意図した結果
→意図せざる結果:「結果の結果」を読みきれない
現在(結果)
①完全に読みが外れて、意図せ
ざる結果が生じる
②想定したメカニズムが十分に
機能せずに、意図した結果の一
行為
部のみが実現する
③意図した結果は起きたが、想
定したものとは別のメカニズム
が原因となっている
意図した結果
④意図した結果は生じたが、副
次的な意図せざる結果も生じた
時間
⑤意図した結果が生じたが「
、結
果の結果」の段階では、意図せ
ざることが生まれている
6.仕組の過剰自己強化
「仕組の自己強化」のループ構造が回っている企業が、自らの活動の「意図せざる結果」
として自社に不利な状況を作り出してしまうことがある。このような場合を根来・徳永
( 2007) は 、「 仕 組 の 過 剰 自 己 強 化 」 と 呼 ん で い る 。 仕 組 の 過 剰 自 己 強 化 と は 、 パ タ ー ン 化
した仕組が繰り返されていくうちに、意図した結果とは別の「意図せざる結果」が副次的に
蓄 積 さ れ て い く こ と で 、自 己 の 仕 組 の 競 争 力 が 結 果 と し て 失 わ れ て し ま う 現 象 の こ と で あ る 。
仕組の自己強化が意図せざる結果を導く理由は二つある。第一の理由として、ループ構造
化した「自己強化メカニズム」がもともと抽象されたパターンであり、錯視にすぎないとい
うことがあげられる。概念化された要因間の因果関係がパターンであるが、それは既に現象
そのものではない。一回限りの特殊性は捨象されているのである。もともと概念には特殊性
を切り捨てる性質があることが、前述した組織上のパターンの必要性と結びついて、企業の
仕組の自己強化は、ループ構造になる。
8
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根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
「仕組の過剰自己強化」の一般モデル
+
凡例
仕組の優位に
対する確信
(が強化される)
ボジティブフィードバック
自社の成長ループ
成果
(シェア、利益)
-
ネガティブフィードバック
+
タイムラグ
仕組
(が強化される)
+
競争力
(が向上する)
+
顧客の意識変化
(ライバルに有利な
状況特性の整備)
成長の抑制
+
仕組の劣位挽
回への確信
(がつくられる)
ライバルの成長ループ
成果
(シェア、利益)
+
+
対抗する仕組
(が強化される)
自社に対する
相対的競争力
(が向上する)
根来・徳永(2007)
+
従来の仕組
第二の理由として、仮に錯視の現実とのギャップがなくても、将来の因果連鎖の網の目構造
のすべては、本質的に読みきれずに、あらたな要因が出現してしまう場合がある。これは、
例えば、他者の行為が因果連鎖をあらたに作るという性質があるので、因果連鎖が不確実に
なるからである。その結果、仕組の自己強化が意図せざる結果を導いてしまうことがある。
根 来 ・ 徳 永 ( 2007) で は 、「 仕 組 の 過 剰 自 己 強 化 」 一 般 の さ ら に 一 つ の 場 合 で あ る 「 自 社
の活動が顧客の意識変化を生み、その結果、結果としてライバルに有利な状況が整備されて
し ま う 場 合 に つ い て 、 事 例 研 究 ( 一 太 郎 と Word の 競 争 ) を 通 じ て 論 じ た も の で あ る 。
前述の通り、パターン化された仕組の自己強化は、企業の中では、事業活動に必要なもの
である。その必要な仕組の自己強化が、自ら意図せざる結果を導くというのが企業活動の本
質的な構造であるということになる。
6.おわりに:経営学の役割
以上の主張は、意図せざる結果の存在は宿命的なものであると主張していることになる。
しかし、このことは、それに対応することが不可能だと主張するものでも、無意味だと主張
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9
根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
するものでもない。
仮に現実そのものがある宿命を持っているとしても、その宿命に上手に対応することは可
能 で あ る 。 そ れ は 、「 死 」 が 人 間 の 宿 命 だ と し て も 、「 長 生 き 」、「 延 命 」、「 よ き 死 の 迎 え 方 」
について考えることが無意味ではないことに似ている。
事業活動に必要なものとしての「仕組の自己強化」が意図せざる結果を導くことが宿命だ
としても、その宿命にいかに上手に対応するかは議論する価値がある。この場合、具体的に
は、意図せざる結果にいかに早く対処するか、いかに意図せざる結果を取り込むか、新たな
仕組にどう転換していくべきかなどがテーマになりえる。
そもそも経営学の使命の一つは、事業活動が持つ「宿命」に上手に対応する方法を考える
ことだと思われる。
参考文献
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池 田 清 彦 『 科 学 と オ カ ル ト 』 PFH 新 書 , 1999.
Kim, D. H. and V .Anderson, Systems Archetype basics Workbook, Pegasus Communications,
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協 会 マ ネ ジ メ ン ト セ ン タ ー , 2002).
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中 河 伸 俊 ・ 北 澤 毅 ・ 土 井 隆 義 (編 )『 社 会 構 築 主 義 の ス ペ ク ト ラ ム —-パ ー ス ペ ク テ ィ ブ の 現 在 と 可
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根 来 龍 之・徳 永 武 久「 仕 組 の 過 剰 自 己 強 化 と 意 図 せ ざ る 結 果 - 一 太 郎 と Word の 攻 防 を 事 例 と し
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根 来 龍 之・徳 永 武 久「 因 果 連 鎖 と ビ ジ ネ ス モ デ ル 」
『 経 営 情 報 学 研 究 発 表 大 会 2008 春 季 プ ロ グ ラ
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沼 上 幹 『 行 為 の 経 営 学 - 経 営 学 に お け る 意 図 せ ざ る 結 果 の 研 究 』 白 桃 書 房 , 2000.
Senge, P. M., The Fifth Discipline: The Art and Practice of the Learning Organization ,
Doubleday, 1990 (守 部 信 之 ほ か 訳『 最 強 組 織 の 法 則 ― 新 時 代 の チ ー ム ワ ー ク と は 何 か 』徳 間 書 店 ,
1995).
Senge, P.M, A.Kleiner, C. Roberts, R. Ross, and B. Smith, The Fifth Discipline fieldbook:
Strategies and Tools for Building a Learning Organization , Doubleday, 1994 ( 柴 田 昌 治 + ス
コ ラ・コ ン サ ル ト 監 訳・牧 野 元 三 訳『 フ ィ ー ル ド ブ ッ ク 学 習 す る 組 織「 5 つ の 能 力 」企 業 変 革 を
チ ー ム で 進 め る 最 強 ツ ー ル 』 日 本 経 済 新 聞 社 , 2003) .
戸 田 山 和 久 『 科 学 哲 学 の 冒 険 』 NHK 出 版 , 2005.
上 野 千 鶴 子 (編 )『 構 築 主 義 と は 何 か 』 勁 草 書 房 , 2001.
内 井 惣 七 『 科 学 哲 学 入 門 』 世 界 思 想 社 , 1995.
10
早稲田大学
IT 戦略研究所
ワーキングペーパー
根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
●早 稲 田 大 学 IT戦 略 研 究 所 ワーキングペーパー一 覧 ●
No.1 インターネット接 続 ビジネスの競 争 優 位 の変 遷 :産 業 モジュール化 に着 目 した分 析
根 来 龍 之 ・堤 満 (2003 年 3 月 )
No.2 企 業 変 革 における ERP パッケージ導 入 と BPR との関 係 分 析
武 田 友 美 ・根 来 龍 之 (2003 年 6 月 )
No.3 戦 略 的 提 携 におけるネットワーク視 点 からの研 究 課 題 :Gulati の問 題 提 起 森 岡 孝 文 (2003 年 11 月 )
No.4 業 界 プラットフォーム型 企 業 の発 展 可 能 性 ―提 供 機 能 の収 斂 化 仮 説 の検 討
足 代 訓 史 ・根 来 龍 之 (2004 年 3 月 )
No.5 ユーザー参 加 型 商 品 評 価 コミュニティにおける評 判 管 理 システムの設 計 と効 果
根 来 龍 之 ・柏 陽 平 (2004 年 3 月 )
No.6 戦 略 計 画 と因 果 モデル―活 動 システム,戦 略 マップ,差 別 化 システム
根 来 龍 之 (2004 年 8 月 )
No.7 競 争 優 位 のアウトソーシング:<資 源 ―活 動 ―差 別 化 >モデルに基 づく考 察
根 来 龍 之 (2004 年 12 月 )
No.8 「コンテクスト」把 握 型 情 報 提 供 サービスの分 類 :ユビキタス時 代 のビジネスモデルの探 索
根 来 龍 之 ・平 林 正 宜 (2005 年 3 月 )
No.9 「コンテクスト」を活 用 した B to C 型 情 報 提 供 サービスの事 例 研 究 :PC,携 帯 電 話 ,テレマティクスの比
較
平 林 正 宜 (2005 年 3 月 )
No.10 Collis & Montgomery の資 源 ベース戦 略 論 の特 徴 :「競 争 戦 略 と企 業 戦 略 」及 び「戦 略 の策 定 と実
行 」の統 合 の試 み
根 来 龍 之 ・森 岡 孝 文 (2005 年 3 月 )
No.11 競 争 優 位 のシステム分 析 :㈱スタッフサービスの組 織 型 営 業 の事 例
井 上 達 彦 (2005 年 4 月 )
No.12 病 院 組 織 変 革 と情 報 技 術 の導 入 :洛 和 会 ヘルスケアシステムにおける電 子 カルテの導 入 事 例
具 承 桓 ・久 保 亮 一 ・山 下 麻 衣 (2005 年 4 月 )
No.13 半 導 体 ビジネスの製 品 アーキテクチャと収 入 性 に関 する研 究 :NEC エレクトロニクスのポートフォリオ戦
略
井 上 達 彦 ・和 泉 茂 一 (2005 年 5 月 )
No.14 モバイルコマースに特 徴 的 な消 費 者 心 理 :メディアの補 完 性 と商 品 知 覚 リスクに着 目 した研 究
根 来 龍 之 ・頼 定 誠 (2005 年 6 月 )
No.15 <模 倣 困 難 性 >概 念 の再 吟 味
根 来 龍 之 (2005 年 3 月 )
No.16 技 術 革 新 をきっかけとしないオーバーテーク戦 略 :㈱スタッフ・サービスの事 例 研 究
根 来 龍 之 ・山 路 嘉 一 (2005 年 12 月 )
No.17
Cyber “Lemons” Problem and Quality-Intermediary Based on Trust in the E-Market: A Case
Study from AUCNET (Japan)
Yong Pan(2005 年 12 月 )
No.18 クスマノ&ガワーのプラットフォーム・リーダーシップ「4つのレバー」論 の批 判 的 発 展 :クスマノ&ガワー
事 例 の再 整 理 ならびに Java の事 例 分 析 を通 じた検 討
No.19
根 来 龍 之 ・加 藤 和 彦 (2006 年 1 月 )
Apples and Oranges: Meta-analysis as a Research Method within the Realm of IT-related
Organizational Innovation
Ryoji Ito(2006 年 4 月 )
No.20 コンタクトセンター「クレーム発 生 率 」の影 響 要 因 分 析 -ビジネスシステムと顧 客 満 足 の相 関 根 来 龍 之 ・森 一 惠 (2006 年 9 月 )
No.21 模 倣 困 難 なIT活 用 は存 在 するか? :ウォルマートの事 例 分 析 を通 じた検 討
根 来 龍 之 ・吉 川 徹 (2007 年 3 月 )
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IT 戦略研究所
ワーキングペーパー
根来「因果連鎖と意図せざる結果」(2008.6)
No.22 情 報 システムの経 路 依 存 性 に関 する研 究 :セブン-イレブンのビジネスシステムを通 じた検 討
根 来 龍 之 ・向 正 道 (2007 年 8 月 )
No.23 事 業 形 態 と収 益 率 :データによる事 業 形 態 の影 響 力 の検 証
根 来 龍 之 ・稲 葉 由 貴 子 (2008 年 4 月 )
No.24 因 果 連 鎖 と意 図 せざる結 果 :因 果 連 鎖 の網 の目 構 造 論
根 来 龍 之 (2008 年 5 月 )
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