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①精神科の医療過誤訴訟の件数
-自殺と医療側の責任- 弁護士 外山 弘 ①精神科の医療過誤訴訟の件数 新受件数 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 新受件数 平成15年度 平成16年度 平成17年度 1 ②精神科特有の医療過誤事案 施設内での自殺 施設外での自殺 他人に対する殺傷 患者が他の入院患者に対して殺傷を行うケース II. 患者が無断離院して通行人等を殺傷するケース 隔離中・身体拘束中の事故 向精神薬の副作用 I. ③判断の枠組み -法廷リング上の判定方法- リング 法廷 責任 結果回避義務 10ポイント・マスト・システム (具体的)予見可能性 2 ドライバーの責任は?(ポイントは具体的予見可能性) 予見可能性の判断(裁判所の判断の枠組 み) 市街地の道路である。 市街地の道路にボールが飛んできた。 いつ子供が飛び出してきてもおかしくない。 ボールを追いかけて子供が飛び出してくるかもしれない。 具体的予見可能性なし。 具体的予見可能性あり。 (一般的抽象的な予見可能性しかない。) 3 統合失調症による自殺事案(過失ありと認 定された事案) 21歳女性 統合 失調症 希死念 慮強し 入院後も自虐的苦行為を繰り 返し,「安楽死させて下さい。」 などと訴える。 自殺企図有り 保護室等に収容する措置を講 じるも,他の患者に「ライター貸 して下さい。」と懇願する。 興奮・錯乱状態・ 自虐的行動 喫煙室に備え付けられたライ ターを用いて,自分のパジャマ に火を付けて焼身自殺 医療保護入院措 置をとる 裁判所の判断 (横浜地裁 平成12年1月27日 判例タイムズ1087号228頁) 裁判所は,以下の①~⑥の事実から自殺の具体的予見可能性があると判断した。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 原告Xは平成8年4月ころから遺書を作成するなど希死念慮が強かった。 被告病院の初診時においても希死念慮を訴え,興奮し,錯乱状態にあったた め,直ちに医療保護入院措置が採られた。 入院後も,原告Xの希死念慮は衰えを見せず,自虐的行動を繰り返したため,6 月23日以降ほぼ毎日のように保護室等に収容する措置が採られた。 7月5日から翌6日にかけての2回目の外泊は,厳重な管理下におくという条件 付きで許可されたものの,原告Xの希死念慮が強かったため、原告Xは予定を 早めて帰院させた。 帰院後も原告Xは,看護婦に対し,泣いて「死にたい。」と訴え,7月7日、8日に は、「安楽死させて下さい。」と訴えて,病室のドアのガラスに頭を打ちつけるな どの自虐的行動を繰り返したため,重症室,保護室収容の措置が採られ,7月8 日にはA医師から入院後初めて「不和時胴体抑制可」の指示が出された。 本件事故当日(7月9日)には,原告Xは午前4時から病室を出て自宅へ電話を し、午前6時半には他の患者に対し、「ライターを貸してください。」と懇願し、そ の旨の報告を受けたB看護婦も,焼身自殺の危険を感じ,直ちに,原告Xがライ ターを所持していないかどうかを検査し,喫煙室にライターが所在することを確 認したこと 4 統合失調症の自殺事案(過失なしと認定さ れた事案) 過去4回の入院 歴あり(但し,自 殺企図なし)。 自殺当日,「ガラスを割っ て死ぬかもしれないので, イライラを治すために保護 室に入れて欲しい。」 自殺当日の家族の 面会で,興奮,激 怒,錯乱状態にな る。 一番軽い精神安定剤 であるホリゾン10暉注 射を指示。 ツング・サライ・テストの結 果では,抑うつ気分欄 「絶望」及び「自殺念慮」 において最低点を示す。 裁判所の判断(広島高判平成4年3月26日) 裁判所は,○子の言動は同人が自殺をした後になって考えれば、自殺の予告であったと考 えられなくはないが、以下の認定事実に照らすと,自殺の具体的予見可能性はないとした。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ○子は気に入らないことがあれば同趣旨(ガラスを割って死ぬかもしれない。)のことをよく 言っていた 被控訴人は、これまでの四回の入院期間中にわたって○子を診察し、同人は自殺企図の 具体的なおそれのない患者であると判断していたので、看護婦の報告に基づき本件保護 室への入室を認め(被控訴人は、これまで自殺のおそれのある患者は保護室に収容させ ず多衆監視のある雑居病室に収容していて、保護室には興奮したり、不潔であったりで、 他の患者に迷惑をかけるおそれがある患者を収容していた。)、一番軽い精神安定剤で あるホリゾン10暉注射を看護婦に指示した。 看護婦は、右指示に従い施注の上○子を本件保護室に入れたが、入口のドアは開放した ままで鍵を掛けることもドアを閉じることもしなかった。なお看護婦詰所からは、本件保護室 の内部を一部見通すことができた。 同日午後5時頃の看護婦の巡回時、○子の興奮ないし錯乱状態は一応収まり、本件保 護室内で就床していたことが確認されている(被控訴人病院では、看護婦が1時間ごとに 保護室を巡回していた)。 被控訴人病院において施行したツング・サライ・テストの結果では、夕子は、「抑うつ気分 覧「絶望」及び「自殺念慮」はそれぞれ最低点を示し、問診の結果においても「時に泣きた い事もあるが、死ということは考えない」と答え、自殺念慮は否定されている。 ○子の被控訴人病院における過去4回の人院において自殺企図や自殺のおそれを示す 具体的な挙動が全くなく、むしろ同人は他患者に対し加害的行動をとるタイプであっかこと が認められる。 5 判断の分岐点 自殺念慮 直前の状 況(興奮・ 錯乱) 具体的危険性ゾーン 自殺企図 ○の大きさは程度を表す。例えば,自殺念慮が強ければ,自殺念慮の○が大きくな り,過去に自殺企図がほとんどなくとも,直前に興奮・錯乱状況などがあれば,自殺 の具体的予見可能性がありと判断されやすい。 精神科における医療過誤防止 ① 医療過誤訴訟で法廷のリングに上げられた場合,自殺等の 具体的予見可能性の有無が判断の分かれ目になることを 医師・看護師等に周知徹底させる。 ② 患者が自殺あるいは他者殺傷する兆候を洗い出し(裁判で いう予見可能性を基礎づける評価根拠事実-裁判では「死 にたい」等の発言内容ではなく,自殺未遂等の具体的な行 動状況が問題にされる。),それを危険レベルに応じてラン ク付ける(自殺危険ランク1,2...)。 ③ 自殺等の危険ランクを識別できるように色分けし(例えばラ ンク1の場合は赤),リストバンドやカルテ等に色印をつけ (見える化)(リストバンドリスクマネジメントシステム),医師・ 看護師等全員で,それに応じた措置を講じる。 6