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運転シミュレータ走行時の車内タスクによる行動影響と ドライバ年齢の効果
JARI Research Journal 20161202 【研究速報】 運転シミュレータ走行時の車内タスクによる行動影響と ドライバ年齢の効果 Age-Related Behavioral Differences Caused from in-Vehicle Tasks During simulated Driving 宇 野 宏 Hiroshi UNO *1 古 賀 光 *2 Ko KOGA 阿部 正明 *2 Masaaki ABE Abstract We examined the effects of a driver's age on driving-related behavior induced from performing in-vehicle tasks on a driving simulator. Twenty-four drivers, ranging from 18 to 66 years old, followed a car while performing tasks requiring both visual-manual and voice input operations. The results of a driver's glances at the in-vehicle device showed no main effects of age group on the total glance time and the single glance duration. Indices of the driver's operation and the vehicle behavior showed main effects of both age and task, but these interactions were not significant. Fluctuations of lateral position and headway increased by the tasks, while there were no age effects and interactions. The significant task effects without interactions imply a task induces the same influence in every age group. 1. はじめに スマートフォンやタブレットなどの携帯型情報 機器が急速に普及しつつある.一般に,高年齢層 のドライバは不慣れな機器の操作を苦手とすると されるが 1),情報機器の操作に慣れた年齢層の高 齢化にともなって,今後は情報機器を積極的に利 用する高年齢層の増加が予想される. 運転中のドライバが情報機器を操作することに より生じるディストラクションは,走行の安全性 を脅かす恐れがある.とくに高年齢層のドライバ では,車外事象検知と経路探索作業の同時実施 や 2),操舵と周辺視検知作業の同時実施など 3), 二重課題の状況で成績低下が大きい.加齢にとも なう心身機能の低下は,運転行動へ影響するとと もに,走行時の情報機器タスク実行による影響を 拡大する可能性がある. 情報機器へのディストラクションによる事故防 止のため,米国 National Highway Traffic Safety Administration (NHTSA)は視認手操作タスク *1 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部 博士(学術) *2 一般社団法人日本自動車工業会 HMI分科会 JARI Research Journal を対象としたディストラクション対策ガイドライ ン 4)を公表している.この中でタスク評価方法の 一つとして記載されている「運転シミュレータに よる視認行動測定」は,直線路での先行車追従走 行中にタスク実行を求め,車内機器への視認時間 を指標として評価するものであり,評価試験への 参加者として 55 歳以上の高年齢層のドライバを 含めることを要求している. NHTSA ガイドラインは,加齢によるタスク影 響の拡大も想定して,参加者の年齢層を規定して いるものと思われる.ただし,指標とする視認時 間や,本来の評価対象であるタスクによる走行時 の行動影響に,ドライバの年齢層による差がある のか否かは十分に明らかにされていない.そこで 本稿では,NHTSA ガイドラインの記載に準拠し た運転シミュレータ実験を行い,参加者の年齢層 による差異を調べたので報告する. 2. 実験方法 JARI 全方位ドライビングシミュレータ 5) を用 いて,NHTSA ガイドライン「運転シミュレータ による視認行動測定」に準じた模擬走行を設定し - 1 - (2016.12) た.道路データベースは直線単路の片側 2 車線の 米国道路(1 車線幅員 3.7 m)としたが,日本の ドライバを対象に実験を行うため,右ハンドル車 (セダン型乗用車,幅 1.8 m)で左側車線を走行 するものとした.先行車は,自車が約 80 km/h に なった時点で,自車線前方 70 m に出現し,以降 80 km/h を維持して走行した.実験参加者には, 車線をはみ出さずかつ先行車との車間距離をでき るだけ一定に保って走行するよう教示した. 車内タスクとして,センタコンソール上部に縦 置きで設置したスマートフォン(画面 5.2 インチ) を用いて,音声によるメール作成タスクを設定し た.これは視認手操作と音声操作が混在するタス クであり,メール起動,宛先,件名,本文の計 4 回の音声入力の各々直前に,音声認識要請のため の手操作を必要とするタスクとした. タスクの有無による運転行動の違いを調べるた め,タスクを実行する走行試行の他に,タスクな しでの走行試行を設けた.Fig. 1 に模擬走行の様 子を例示する. middle;29~39 歳) ,壮年層(Late middle;44 ~54 歳) ,高年層(Senior;60~66 歳)の 4 群(各 群とも男女各 3 名)を設けた. 3. 年齢によるタスク実行時の視認行動への影響 総タスク時間ならびに情報機器に対する視認行 動指標について,年齢層の要因効果(1 被験者間 要因分散分析)と増減傾向(1 次変動の傾向検定) の分析結果を Table 1 に, 集計値を Fig. 2 に示す. Table 1 Results of ANOVA and trend analysis for visual behavior indices during with-task driving F values, (): d.f. + : * : ** : ***: p<.1 p<.05 p<.01 p<.001 ANOVA ( 1 between Ss ) Trend analysis ( Monotonic ) Age Trend of Age (3, 20) (1, 20) Total task time 7.677 ** 7.815 * Total glance time Mean single glance duration 1.796 1.397 0.152 0.027 0.709 0.443 Maximum single glance duration 60 20 15 40 Time (s) Time (s) 50 30 20 10 5 10 0 Younger Early mid. Late Mid. 0 Senior Total task time Younger Early mid. Late Mid. Senior Total glance time 1.5 3 Duration (s) タスク実行中の総タスク時間ならびに情報機器 への視認行動 (総視認時間, 一回視認時間平均値, 同最大値)を集計した.運転行動の測定項目は, 運転操作(操舵角,アクセル操作量) ,車両挙動(横 方向加速度,前後加速度,車速) ,車両位置(車線 区分線までの横位置,車間距離)とした.タスク あり走行ではタスク実行中を分析区間,タスクな し走行では先行車出現 10 秒後からの 40 秒間を分 析区間とし 6),運転行動の項目毎に,最大値と最 小値の差を集計し,これを変動性の指標とした. あらかじめ実験の主旨と走行方法,安全管理方 針を説明して,参加の了承が得られたドライバ計 24 名を実験参加者とした.NHTSA ガイドライン は,18~24 歳,25~39 歳,40~54 歳,55 歳以 上の 4 群を規定していることから,これに対応す る若年層(Younger;18~22 歳) ,青年層(Early Duration (s) 2.5 Fig. 1 Illustration of the driving simulator experiment JARI Research Journal S.D Mean 1 0.5 2 1.5 1 0.5 0 Younger Early mid. Late Mid. Senior Mean single glance duration Fig. 2 0 Younger Early mid. Late Mid. Senior Maximum single glance duration Total task time and visual behavior indices 総タスク時間に,年齢層による主効果と単調増 加傾向が検出された.一回視認時間最大値は,見 かけ上,高年層で大きいが,個人差が大きいため 年齢層の主効果と増減傾向はともに検出されてい ない.すなわち,いずれの視認行動の指標にも有 意差は検出されなかった. 総タスク時間の単調増加傾向は,高年齢のドラ イバほど情報機器タスクを完遂するのに時間がか かることを示している.ただし,タスク実行中の 機器への総視認時間と一回視認時間には,年齢層 間に顕著な差はない. - 2 - (2016.12) 4. タスク有無と年齢による運転行動への影響 運転行動の変動性指標を対象として,年齢層と タスク有無の要因効果(1 被験者間 1 被験者内要 因分散分析)と,タスク有無別に年齢層による増 減傾向(1 次変動の傾向検定)を調べた結果を Table 2 に示す. Table 2 Results of ANOVA and trend analysis for driving behavior fluctuations F values, (): d.f. ANOVA ( 1between-2within Ss ) Age Task (3, 20) (1, 20) Trend analysis (Monotonic) Interaction Without-task With-task (3, 20) (1, 20) (1, 20) Driver operation SWA fluctuation 2.121 Accelerator depression fluctuation 3.347 * 10.053 ** 2.279 4.880 * 4.528 * 5.348 * 0.214 6.840 * 7.211 * Vehicle behavior Lateral acceleration fluctuation Longitudinal acceleration fluctuation 4.357 * 4.550 * 9.276 ** 2.219 11.102 *** 7.897 * 0.218 4.252 * 19.171 *** 1.045 8.304 ** Lateral fluctuation 1.340 17.071 *** 1.476 0.171 2.978 + Headway fluctuation 0.934 15.816 *** 0.112 2.465 1.170 Velocity fluctuation 2.035 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 26.627 *** 16.114 *** 1.2 Acceleration (m/s2) p<.1 p<.05 p<.01 p<.001 Acceleration (m/s2) + : * : ** : ***: 4. 2 車両挙動の変動性 車両挙動の集計値を Fig. 4 に示す.タスクの主 効果は全ての指標で検出された.年齢層の主効果 は前後加速度と車速に,年齢層による単調増加傾 向は横方向加速度を含む全ての指標で検出された. 交互作用は検出されなかった.運転操作と同様に, 車両挙動の変動性もタスク実行中に増大し,高年 齢のドライバで大きいが,交互作用がみられない ことは,タスクによる影響の程度に年齢層間の明 瞭な差がないことを示している. 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 Younger Early mid. Late Mid. Senior Velocity (km/h) S.D Mean Without With task task 15 10 5 0 0.25 40 30 S.D Mean 0.2 0.15 20 10 0 4. 3 車両位置の変動性 車両位置の集計値を Fig. 5 に示す.タスクの主 効果は検出されたが,年齢層の主効果と増減傾向 は有意でなく,タスクと年齢層の交互作用も検出 されなかった.自車の横位置の変動性と,先行車 までの車間距離の変動性は,タスク実行中に増大 するものの,ドライバの年齢による顕著な差はな かった. 1.5 Without With task task 0.1 SWA fluctuation Fig. 3 0 0.5 Younger Early mid. Late Mid. Lateral fluctuation Younger Early mid. Late Mid. Senior Senior Without With task task 30 20 10 0 Younger Early mid. Late Mid. Senior Headway fluctuation Fig. 5 Vehicle position fluctuations Accelerator depression fluctuation Driver operation fluctuations JARI Research Journal 40 1 0 0.05 Younger Early mid. Late Mid. Senior Senior Fig. 4 Vehicle behavior fluctuations Distance (m) 50 0.3 Younger Early mid. Late Mid. Velocity fluctuation Distance (m) 60 Pedal displacement ratio Steering wheel angle (deg.) S.D Mean Senior 20 10.263 ** Vehicle position 4. 1 運転操作の変動性 運転操作の集計値を Fig. 3 に示す.変動性指標 の平均値におけるタスクの主効果は,操舵角とア クセル操作量ともに認められており,タスク実行 中は変動性が有意に大きかった.年齢層の主効果 はアクセル操作量に認められたが,操舵角では高 年層の個人間差のため主効果は検出されなかった. ただし,タスク有無ともに年齢層による単調増加 傾向が検出されており,高年齢のドライバほど操 舵角とアクセル操作量の変動性が増大していた. なお,タスクと年齢層との交互作用は検出されて おらず,タスクの影響としての変動性の増大に, 年齢層間で明らかな差はなかった. Younger Early mid. Late Mid. Longitudinal acceleration fluctuation Lateral acceleration fluctuation 通常時の運転行動には車両位置を適切に保つこ とを目的とするトラッキング作業の側面があり, - 3 - (2016.12) 制御対象である車両位置の変動を抑制するために, 制御手段であるハンドルやペダルでの修正操作を 増して対応すると考えられる 7).より年齢が大き いドライバでは,修正操作に相当する運転操作と その直接の結果である車両挙動の変動性は増大す るが,これが奏功したことにより車両位置の変動 性は抑えられたものと考えることができる. 5. おわりに NHTSA ガイドラインに記載されている「運転 シミュレータによる視認行動測定」に準拠したシ ミュレータ走行を設定して,情報機器タスク実行 中の視認行動と運転行動を測定し,ドライバの年 齢層による差異を調べた.得られた結果は以下の 通りである. ・総タスク時間は年齢が大きいほど延長する傾向 にあったが,情報機器への総視認時間と一回視 認時間には年齢層による違いはなかった. ・運転操作と車両挙動の変動性は,高年齢ほど増 大した.タスク実行中はタスクなしでの走行時 に比して変動性が増大した.ただし,タスクと 年齢層との交互作用は検出されず,タスク実行 により変動性が増大する程度には,年齢層によ る違いはなかった. ・車両位置の変動性はタスク実行中に増大したが, 年齢層による違いはなかった. タスク実行時の視認行動について,タッチパネ ルを操作する車内機器では,高齢ドライバと若い ドライバとの間で,実車走行時の総視認時間に大 差がないことが報告されている 8).本稿の結果は, 総視認時間についてこの研究例と整合するもので あり,加えて一回視認時間にも年齢層による差が ないことを示している.なお,総タスク時間の延 長は,高年齢のドライバほど情報機器の操作を苦 手とすることを示唆しているが,これは機器への 視認時間の延長が主因ではなく,機器を視認して いない間の操作手順の想起などに時間を要してい ることに起因しているものと思われる. 運転行動の変動性について,運転操作,車両挙 動,車両位置ともに,タスク実行中はタスクなし 走行に比して変動性が増大したが,タスクと年齢 層との交互作用は検出されなかった.タスクによ る変動性の増大に年齢層間で明示的な差がないこ とを意味するこの結果は,本稿で設定した車内タ JARI Research Journal スクによる運転行動への影響が,いずれの年齢層 においても同程度であったことを示している. NHTSA ガイドライン 4)に記載されているタス ク評価方法は,走行時に現れるタスクによる影響 を代替手段によって推定するものである.したが って,本来のターゲットである運転行動に及ぼす タスク影響に年齢層間の差異がないのであれば, 評価にあたって参加者の年齢層を規定する必要性 は小さい.さらに,本稿の結果は,同ガイドライ ンの「運転シミュレータによる視認行動測定」に て評価指標とされる視認時間の集計値に,年齢層 間の差がみられないことを示している.この評価 方法の準用を想定する場合にも,参加者を年齢で 層別する必要性は小さいと考えられる. 参考文献 1) Hall, J. W. Driver performance data book update; older driver and IVHS. Transportation Research Circular 419. (1994) 2) Flannagan, H. J. & Harrison, A. K.: The effects of vehicle head-up display location for younger and older drivers. UMTRI-94-22. University of Michigan Transportation Research Institute. (1994) 3) Uno, H.: Older driver performance during combined operation tasks - Multiple tasks of peripheral stimuli responses and steering tracking. In proceedings of Transportation Research Board 74th Annual Meeting, No. 950058. (1995) 4) Guidelines for Reducing Visual-Manual Driver Distraction during Interactions with Integrated, In-Vehicle, Electronic Devices. DEPARTMENT OF TRANSPORTATION /National Highway Traffic Safety Administration. Docket No. NHTSA- 2010 0053. (2013) 5) 浅野ほか:全方位視野ドライビングシミュレータの開 発.自動車研究, 31, 11, 55-60. (2009) 6) 宇野ほか:車両位置変動性と分析対象時間との関係. JARI Research Journal 20120902. (2012) 7) 宇野ほか:ドライバの年齢と通常状況における運転行 動 の 変 動 性 . JARI Research Journal 20160701. (2016) 8) 麻生ほか:高齢者のカーナビ操作に関する研究.自動 - 4 - 車技術会学術講演会前刷集 No. 17-03, 11-14. (2003) (2016.12)