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2010年1月発行 - 東京大学分子細胞生物学研究所

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2010年1月発行 - 東京大学分子細胞生物学研究所
1
東京大学 分子細胞生物学研究所 広報誌
1月号(第43号)2010. 1
IMCB
Institute of Molecular and Cellular Biosciences
University
of Tokyo
The University
of Tokyo
目 次
新年の座談会 「無限旋律に舞うポンプと守護神」………… 1∼2
技術職員会―所長に聞く会………………………………………… 21
カルシウムポンプ作動機構の解明………………………………… 3
分生研バイオサイエンス(野球部)文京区軟式野球大会2部優勝・1部へ昇格 … 21
研究分野紹介(機能形成研究分野)………………………… 4∼7
知ってネット………………………………………………………… 22
受賞者紹介…………………………………………………………… 8
お店探訪……………………………………………………………… 22
転出のご挨拶(北川浩史)………………………………………… 8
OBの手記(伊藤寛明)……………………………………………… 23
着任のご挨拶(竹内 純、武山健一)…………………………… 9
海外ウォッチング(野間健一)…………………………………… 24
2009年度分生研所内発表会…………………………………… 10∼14
第14回分生研シンポジウム………………………………………… 25
留学生手記(韓 英讃)…………………………………………… 15
Kornberg教授特別懇談会を開催 ………………………………… 26
ドクターへの道(辻真之介)……………………………………… 16
編集後記……………………………………………………………… 26
研究室名物行事(坂本真紀)……………………………………… 17
研究紹介(佐藤裕介、藤木亮次)………………………………… 27
国際会議に出席してみて……………………………………… 18∼20
研究最前線(RNA機能研究分野、染色体動態研究分野)……… 28
動物慰霊祭…………………………………………………………… 21
新年の座談会 「無限旋律に舞うポンプと守護神」
出席者:秋山 徹
多羽田哲也
豊島 近
渡邊 嘉典
教授(分子細胞生物学研究所 所長)
教授( 同 副所長)
教授(生体超高分子研究分野)
教授(染色体動態研究分野)
第0幕
秋山:あけましておめでとうございます。今年も、研究者が本当に研究に専念できるような環境づくりを目指したいと思います。
それから、これまで同様生命現象の根幹にふれるような基礎研究を大事にすると同時に、分生研の基礎研究の成果を社会に還
元できるような研究を進める仕組みも創っていきたいと思います。
多羽田:エピゲノム疾患研究センターと高難度蛋白質解析センターの創設が目玉ですね。
秋山:エピゲノム疾患研究センターは、第2の遺伝暗号であるエピゲノムの原理の解明から骨、循環器、肝、神経系、癌などの
疾病や再生医療の研究までを強力に推進して、製薬企業とも連携しながら新しい診断・治療の道を切り開こうというものです。
多羽田:高難度蛋白質解析センターは、分生研の構造生物学と創薬の研究を集約して、特に薬のターゲットになりやすい膜蛋
白質の構造と機能を明らかにして創薬につなげるのがミッションですね。両センターの連携も重要です。
秋山:かなり人事異動がありますし、新棟建設もあるので、研究所全体の組織再編や施設や財源を有効利用できるような仕組
み作りの準備も進めています。
多羽田:若い研究者に独立した研究室を主宰してもらって思い切り研究してもらうというのはこれまでと同じですね。
秋山:経済状況の悪化や事業仕分けで今年は研究者にとっても厳しい年になりそうですが、とりあえず今日は良いニュースの
話をしましょう。豊島さんと渡邊さんがそれぞれ、朝日賞と井上学術賞を受賞しました。
多羽田:お二方とも、次々に目覚ましい成果を発表していますから、特に驚くことはないですね。
第1幕
秋山、多羽田:朝日賞受賞おめでとうございます。
豊島:有り難うございます。日本で賞を貰うのは初めてなので、素直に嬉しいですね。
秋山:米国の科学アカデミー外国人会員に選出されたのは3年くらい前でしたか。小柴先生と一緒でしたね。
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豊島:はい。2005年ですね。
多羽田:UCバークレイでのHitchcock Professorに、日本人として初めて任命
されたのは昨年でしたか、あのLinus PaulingやStephen Hawkingが任命された
という。
豊島:それは2007年ですね。講義そのものは2008年にやりましたが。
多羽田:日本も世界の趨勢にやっと追いついてきたというところでしょうか。
今回の受賞の事由はどういうものですか。
豊島:
「カルシウムポンプ作動機構の解明」となっているみたいです。単なる
「構
造決定」でないところが嬉しいですね。(次頁に解説記事)
秋山:いわばポンプの動きの重要なステップを次々とスナップショットに収め
ていったというおもむきでしょうか。
豊島:そうですね。カルシウムポンプだけに20年かかっているようなものです
から、次々という感じでもないですよね。
秋山:カルシウムポンプを20年間やっているんですか?感無量ですね。簡単に
歴史を振り返っていただけますか?
豊島:最初は電子顕微鏡の新しい解析技術を開発したので始めたのですが、
2000年に最初の原子構造を出すまでに10年かかってますね。2004年からは強烈な国際競争で、全ヨーロッパ連合対ウチという
感じで戦ってきました。
多羽田:それにしてもどうして次々に高難度といわれる膜蛋白質の構造解析を進めることができるのでしょう。
豊島:要は結晶を作ってくれる人たちの腕がいいことに尽きるのですが、まあ、システマティックに実験をすることかな。再
現性をあげるための工夫とかもありますね。
秋山:これからはどういうことを目指していくんですか?
豊島:人の役にたつもので構造生物学をやりたいですね。そういう意味では今やっているNa+、K+-ATPaseなんかはとても面
白いですよ。
多羽田:若い方達に一言アドバイスをお願いします。
豊島:2005年9月号の「教授に聞く」のインタビュー(http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/news/news/news_30.pdf)でだいたい述
べた気がしますね。
秋山、多羽田:どうもありがとうございました。今後のさらなる活躍を楽しみにしております。
第2幕
秋山、多羽田:井上学術賞受賞おめでとうございます。
渡邊:有り難うございます。この賞は、以前に多羽田さんも受賞されておりますし、今後も分生研の若い研究者に続いてもら
いたいと思います。
秋山:ところで、昨年末に、Bub1の仕事の所内セミナーをしていただきましたが、圧巻でしたね(28ページの研究最前線参照)
。
多羽田:本当に、酵母2種、マウス、ヒト全て押さえて、あれではレフェリーも言う事無いでしょうね。次々と重要な発見を
されていますから、これからも楽しみですね。
渡邊:いや、もう続かないと思います。
秋山:そんなことを言わずに頑張ってください。ところで今回の受賞理由はどのようなことですか?
渡邊:染色体分配のメカニズムの解明に向けてこれまでうちの研究室が一丸となって進めてきた基礎研究の成果が、総体とし
て評価されたのだと思います。研究室のメンバーには本当に感謝しています。
秋山:シュゴシンの成果を次々と深めながら広げている様子はいつも感心しています。競争も大変でしょうが、どのような戦
術をとっているのですか。
渡邊:流行にとらわれずに、研究室での日々の小さな発見と自分たちのアイデアを大切にすることだと思います。独自にやれ
ば独自の発見があるということでしょうか。
秋山:なるほど。研究室一丸となって進めているということですが、何か面白いことを見つけたら皆が分担して総力戦で一気
に仕上げるという感じですか?
渡邊:ときにはそういうこともありますが、基本的に個々人のメインなテーマ
は独立していて、お互いに関係していて協調し合うことになっていることが重
要だと思います。
秋山:なるほど。研究室がうまく運営されているんですね。
渡邊:運営ができているとは思いませんが、独立と協調の共存を理想としてい
ます。
秋山:とにかく凄いスピードでどんどん新しいことが明らかになっていきます
ね。研究室の若い方達と一緒に研究をする上でどんな点に気をつけていますか。
渡邊:各人のモチベーションが一番大事だということは分かってきたのですが、
それを皆がもてる環境を作ることに苦心しています。
多羽田:若い研究者に一言アドバイスをいただけますか?
渡邊:人類の叡智を担う学問・研究で食べていけるのならば、これほど贅沢で
名誉なことはありません。したがって、だれにでも手に入るものではありませ
んし、維持するのにも努力が必要です。しかし、本当に好きならば、自分で納
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得がいくまで突き進むべきだと思います。それが出来た人は必ず報われます。
多羽田:三大誌を読んで真似のような仕事をしようとする若い人がいたらどう思いますか。
渡邊:どのレベルで真似するかによりますが、独自の研究があってそれに応用する形での真似はむしろ奨励します。テーマを
三大誌に探しているのならばオシマイですが。
秋山、多羽田:どうもありがとうございました。今後のさらなる活躍を楽しみにしております。
∼ 朝日賞受賞 研究紹介 ∼
カルシウムポンプ作動機構の解明
生体は細胞内外のイオンの濃度差をエネルギーを使って維持している。その濃度差は神経の興奮などに非常に巧みに使わ
れ,濃度差の消失は死を意味する。その濃度差を維持するのはイオンポンプ蛋白質であり、筋小胞体カルシウムポンプ(Ca2+ATPase)はその中で最も研究の進んだ分子量11万の膜蛋白質である。筋肉の収縮のために、カルシウムの貯蔵庫である筋小胞
体から放出されたCa2+を、筋小胞体中に汲み戻すことによって、筋肉の弛緩をもたらす。1個のATPあたり、2個のCa2+を運
搬できるが、そのエネルギー利用効率は、見かけ上ほぼ100%に達する。
この蛋白質は1963年に江橋とHasselbachによって独立に発見され、
1970年代にその生化学的反応過程が確立された。すなわち、
Ca2+に対し高い親和性をもつE1状態でCa2+を結合したのち、燐酸化とADPの離脱にともなう構造変化によって、Ca2+に対し低
い親和性しか持たないE2状態に構造を変化させることでイオンを運搬するというものである。この構造変化の実態を原子レベ
ルで明らかにすることが我々の課題である。
そのために、X線結晶解析に取り組んできたが、最初の構造(Ca2+結合状態E1・2Ca2+)を2000年に、Ca2+なしの構造(E2)
を2002年にNatureに発表し、多大なインパクトを与えることができた。さらに他の7つの状態の構造決定にも成功し、ATPや
燐酸化は何をしているのか、どうやって燐酸化部位での変化が5nmも離れたCa2+結合部位に伝えられイオンの親和性を変える
のか、また、何のためにH+の対抗輸送をしているのかといった本質的問題に今や答えられるようになった。
要するに、A,N,Pと3つある細胞質ドメインの配置を変えてCa2+結合部位を構成する膜貫通へリックスを制御している
のであり、ATPやCa2+はその配置を変えるための制御因子であるのだが、そのような精妙な動きが、非常に大きな熱運動の
中で確実に起こっていることには驚異としかいいようがないものを感じる。この蛋白質の運動の一端は研究室のホームページ
(http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/StrBiol/)の動画で、また、カリフォルニア大学バークレイ校で行われた講義はYouTubeで見る
ことができる。さらに詳しくは下記を参照していただきたい。
Toyoshima, C. Structural aspects of ion pumping by Ca2+-ATPase of sarcoplasmic reticulum Arch. Biochem. Biophys. 476,
3-11(2008)
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研究分野紹介 機能形成研究分野
話 :機能形成研究分野 宮島 篤 教授
聞き手:秋山 徹 所長、多羽田 哲也 副所長
秋山:明けましておめでとうございます。昨年末もいろいろありましたが、今日は仕事の話を中心に
伺いたいと思います。
宮島:明けましておめでとうございます。所長を交代していただいて、研究に専念する時間が増えま
した。
秋山:宮島さんは分生研に来たころは血球分化系が専門でしたよね。
宮島:そうですね。以前から血液幹細胞に興味があり、それが胎児の肝臓で増えることから肝臓にも
興味をもちまして、この10年あまり、肝臓の発生・分化についての研究を展開しています。昔から肝
臓は生化学の材料として様々な酵素の精製に使われてきましたが、肝臓の発生や分化の分子機構の研
究は血液・免疫系などに比べると大変遅れています。血液系ですと、骨髄中の血液幹細胞が厳密に定
義されており、純化した1個の幹細胞を移植して、全ての血球系を再構成することができますし、血
液幹細胞から成熟した血液細胞に分化する過程はこと細かく研究されています。しかし、肝臓に幹細
胞があるのか、あるとすればどういう過程を経て成熟肝細胞へと分化するのかといったことはほとん
どわかっておりませんでした。
多羽田:発生生物学の観点からも肝臓は未開の地だったわけですね。発生も大まかな軸形成などの仕
事は一段落して、ここ数年は臓器の形成に興味が向いてきた感がありますね。
宮島:肝臓は、代謝、解毒、胆汁産生、血清タンパク質の産生など多彩な機能を担う生命活動の維持
に必須の臓器ですが、これらの機能は肝細胞が担います。また、肝細胞より産生される胆汁は胆管を
介して排出されます。成体肝臓では、肝細胞がブロック塀のように並んでおり、その間を類洞と呼ば
れる肝特有の毛細血管が走っています。類洞壁は、有窓構造をもつ特殊な類洞内皮細胞と、ビタミン
A貯蔵細胞としても知られている肝星細胞からなります。哺乳類では胎児期の肝臓は主要な造血組織
でして、肝臓は出生前後に劇的な変貌を遂げて消化器官となります。先ほどの話にあったように、私
は長年血液細胞に作用するサイトカインについて研究しておりましたので、胎児期肝臓でどのように
して血液細胞が作られるのかという興味から分生研で肝臓の研究を始めました。その後、1999年に神
奈川科学技術アカデミー(KAST)で「幹細胞制御」プロジェクトというのを始めてから、肝臓の幹
細胞をはじめ肝構成細胞の分化についての研究を本格的に開始しました。
秋山:そう、そのKASTから発展したベンチャーのお話も伺いたいのですが、もう少し肝臓の話を聞
きましょう。
宮島:肝臓の分野では肝実質細胞である肝細胞を除いた細胞をひとまとめに非実質細胞と呼びます。
この非実質細胞という表現が用いられていることからも明らかですが、肝臓の研究では細胞の同定・
分離が血液学ほど厳密には行われていませんでした。そこで、私たちは肝臓を構成する各種細胞の細
胞膜タンパク質を同定して、それに対するモノクローナル抗体を使って細胞種と細胞の分化段階を厳
密に定義し、細胞を分離して解析しようという戦略をとりました。端的に言えば、血液学の手法を肝
臓の分野に適用しようというものです。これはかなり泥臭くて大変労力のいる仕事ですが、数年かけ
て肝臓構成細胞すべてについてモノクローナル抗体を使って細胞の同定・分離が可能になりました。
これにより肝細胞のみならず胆管、肝星細胞、類洞内皮細胞、肝中皮細胞の分化過程が段々と明らか
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になってきました。
多羽田:宮島さんのお仕事で、いつも思うのは、いわゆる古典的な発生学出身の研究者が、まず顕微
鏡で組織片を染め分けるのに対して、宮島さんはセルソーターで細胞を解析し分取しますよね。血液
系の研究から入ったという歴史でしょうか。
宮島:そうですね。細胞を分取すると、その後、培養系に持っていけるという利点があります。学生
のときに生化学の研究室におりましたので、解体・再構成という研究方法が身に付いているのかもし
れません。
秋山:結局、研究者はそういう身に着いたスタイルで自分の世界を作っていくことになりますね。
宮島:話を戻しますと、肝幹細胞は肝臓の上皮系細胞である肝細胞と胆管上皮細胞に分化する能力を
備えた増殖性の細胞と一般に考えられています。胎児期の肝幹細胞とみなされている肝芽細胞は、前
腸上皮細胞から心臓由来のFGFおよび横中隔間充織由来のBMPの作用により発生して、内皮細胞の助
けにより増殖して肝芽を形成することが知られていました。しかし、肝芽細胞の実態は全く不明でし
た。私たちは、肝芽に発現する細胞膜タンパク質としてDlkとEpCAMを同定し、これらに対するモノ
クローナル抗体を用いて細胞を分離・培養することで、肝芽には高い増殖能と肝細胞と胆管上皮細胞
への分化能を併せ持つ細胞が存在することを示すことができました。
秋山:セルソーターが威力を発揮していますね。肝臓と言えば、成体でも再生能がある事で知られて
いますが。
宮島:肝臓の一部を切り取ると残った細胞が分裂して修復しますので、この際には幹細胞の出る幕は
ほとんどないのですが、成体の肝臓が重篤な障害を受けると門脈の周囲に胆管様の構造(擬胆管)が
現れることがあります。その細胞は、核が卵形であることからオーバル細胞とも呼ばれ、未分化な肝
細胞と胆管上皮細胞の性質を併せ持つことから、成体肝臓の幹細胞とみなされていました。私たちは
この細胞に発現する細胞膜抗原としてEpCAMを同定し、DDCという薬剤の投与により障害を誘導し
た肝臓の非実質細胞からEpCAM陽性細胞を分離して、この細胞集団に増殖性で肝細胞と胆管上皮細
胞への分化能をもった細胞が存在することを示しました。一方、EpCAMは正常な肝臓の胆管にも発
現しますので、正常肝臓にも肝幹細胞が存在する可能性が考えられました。事実、正常な成体肝臓か
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ら分離したEpCAM陽性細胞にもin vitroでクローナルに増殖して肝細胞と胆管上皮細胞へ分化するこ
とができる細胞が含まれることが明らかとなりました。すなわち、正常な成体肝臓においても肝幹細
胞活性を備えた細胞が潜んでいると考えられます。さらに、肝幹細胞活性はDDCによる障害で劇的に
増えないことがわかりましたので、従来肝幹細胞と考えられていたオーバル細胞は、真の幹細胞では
なく一過性に増殖する前駆細胞ではないかと考えています。
秋山:癌の幹細胞が近年大変注目されており、私たちも随分力をいれて研究しています。
宮島:肝癌にも幹細胞が存在するとの報告があります。しかし、その起源は必ずしも肝幹細胞とは限
りません。一方、肝癌のマーカーとなっているα-fetoproteinをはじめ胎児期の肝芽細胞に発現する分
子が肝癌で発現することから、肝癌の発生と肝幹細胞との関連が示唆されていました。肝障害時に出
現する増殖性のオーバル細胞が肝癌の元となる可能性も示唆されていますし、hepatoblastomaや肝細
胞癌と胆管癌の混ざった混合型肝癌の起源は肝幹/前駆細胞である可能性が示されています。しかし、
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これらは肝癌のごく一部であり、大部分の肝癌は肝細
胞癌hepatocellular carcinomaですので、その起源は何
かということが問題となります。最近、albumin陽性
の肝細胞にいわゆる初期化因子であるc-Myc, Oct3/4,
Sox2, Klf4を発現させるとiPS細胞が出現することが示
されました。これは分化した肝細胞でもごく少数の遺
伝子の発現変化で未分化状態に戻り得ることを示すも
のです。したがって、分化した肝細胞が未分化状態に
戻り癌化する可能性が考えられますので、肝細胞の癌
左から宮島教授、多羽田副所長、秋山所長
化と初期化のメカニズムには共通性があるのではないかと思っており、癌化のメカニズムにも大変興
味をもっています。
秋山:今はiPS細胞抜きには再生医療は語れない、という状況ですが、宮島さんもiPS細胞でプロジェ
クトを組んでいましたよね。
宮島:私たちもiPS細胞から膵島を作るというプロジェクトを行っています。私の研究室の主要なテー
マが肝臓なのに、なぜ肝臓でなくて、膵臓かというと、機能的な肝細胞をESやiPS細胞から分化誘導
することは現時点ではそう簡単ではないと考えているからです。ES細胞から肝細胞を分化誘導したと
いう論文はすでに山ほどありますが、どれも一部の肝機能を発現しているだけであり、完全な肝細胞
が分化誘導されているとは思えません。一つの問題は、肝臓の実質細胞である肝細胞は実に多種多様
な機能を備えており、しかも中心静脈域と門脈域では発現する酵素にも違いがありますので、どうい
う肝細胞を作るべきなのか目標もいまいちはっきりしません。一方、膵臓は肝臓とともに前腸上皮細
胞から発生し、発生過程にも肝臓と類似点がありますが、膵臓の機能の方がより単純です。特に、膵
臓の中の膵島というインスリンやグルカゴンを産生する内分泌器官を作ることができれば、再生医療
や薬剤の探索には大変有用です。これは大変チャレンジングでしかも競争の激しい研究テーマですが、
ESやiPS細胞から膵島をin vitroで作る培養系ができつつあります。
秋山:膵臓といえば、Doug Meltonのところの主要なプロジェクトが膵臓でしたね。競争の激しい分
野ですが、成果を期待しています。ところで、先ほどちょっとお話に出たKASTから発展したベン
チャーについて最後に教えてください。
宮島:肝癌の起源と発生機構の解明にはさらなる検討が必要ですが、胎児性抗原が多くの肝癌に発現
することは疑いのない事実です。特にそうした胎児性癌抗原で細胞膜タンパク質は癌治療のための格
好の標的となる可能性があります。KASTでの幹細胞制御プロジェクトが終了した2004年に、その研
究員が中心となってリブテックというバイオベンチャーを創設して、そこではこの課題に取り組んで
います。先ほど述べた胎児の肝幹細胞に発現するDlkはまさにこうした胎児性癌抗原でしかも膜タン
パク質ですので、リブテックではこの分子に対するモノクローナル抗体を多数作製して、抗癌活性の
ある抗体を得ています。現在、リブテックと大手製薬企業が共同で肝癌の治療抗体の開発を進めてい
ます。
秋山:日本のバイオベンチャーは、成功した、という話をほとんど聞かずアメリカのそれとは比較に
なりませんが、順調に進んでいるようで、楽しみですね。
秋山、多羽田:今日はどうもありがとうございました。今年はいろいろ成果をみることができそうで
すね。
宮島:そうなることを願っています。こちらこそどうもありがとうございました。
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受賞者紹介
受 賞 者 名:豊島 近(生体超高分子研究分野/教授)
賞 名:朝日賞
受 賞 日:2010年1月1日
受賞課題名:カルシウムポンプ作動機構の解明
受 賞 者 名:渡邊 嘉典(染色体動態研究分野/教授)
賞 名:井上学術賞
受 賞 日:2009年12月14日
受賞課題名:染色体の方向を決める分子機構
(豊島教授と渡邊教授の受賞の詳細につきましては巻頭の「新年の座談会」をご覧下さい。)
受 賞 者 名:桜庭 俊(創生研究分野/博士課程3年)
賞 名:先進的計算基盤システムシンポジウム2009 併設企画
Cell Challenge 2009 規定課題部門 第一位
受 賞 日:2009年5月28日
受賞課題名:Cell Challenge 2009 規定課題
受 賞 者 名:同上
賞 名:分子シミュレーション討論会 学生優秀発表賞
受 賞 日:2009年12月1日
受賞課題名:独立部分空間分析によるタンパク質集団運動の解析
桜庭 俊さん
転出のご挨拶
若手研究者自立促進プログラム 特任講師 北川浩史
2009年11月より、群馬大学生体調節研究所に教授として赴任し、新しく「核内情報制御
分野」という研究室を立ち上げることになりました。2010年4月からは本格的にあちらに
移りますが、現在は自分の手で行う最後の研究を終わらせるべく、核内情報研究分野・加
藤茂明教授の下で実験をしながら、群馬との間を行き来しております。
私はもともと臨床内科医でありましたが、1997年に初めて加藤茂明教授の下で研究のイ
ロハを学びました。何も分からないままに初めてピペットマンを持った瞬間が、今でも懐
かしく思い出されます。その後2003-2005年までアメリカに留学し、再び加藤先生のラボ
にもどってまいりましたが、この留学が日本で研究すること、そしてこの分子細胞生物学
研究所という環境で仕事をさせていただくことがいかに幸せなことであることかを知る良いきっかけになった
と思っております。
この研究所には、留学前後を合わせて10年余りお世話になりましたが、加藤研内外を含め、さまざまなバッ
クグラウンドの方とお話をさせていただいたり、共同研究をさせていただき、私の人生の幅を広くしていただ
いたと思っております。またこの間、加藤先生や武山さんらとともにずっとソフトボール大会に参加させてい
ただけたことによって、研究以外の場面でも多くの先生方、学生さん方と接する機会を得ることができたことは、
感謝に堪えません。
新天地は、もともと「内分泌研」として知られていた医学部に近い存在の研究所であり、現在も生活習慣病
を中心として、臨床医学に関係した研究を展開している研究所であります。4月からは「内分泌代謝共同利用・
共同拠点」としての活動も開始することが決定しており、現在準備に取りかかっております。このような背景
のもとで今回私は、この研究所に核内現象解析を中心として展開する新しい研究分野を立ち上げることになっ
たわけですが、これまでの自分の研究をベースに新しい切り口の研究を展開し、
「臨床疾患治療法の開発」とい
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う出口を見据えた研究を進めていきたいと考えております。これからもラボのスタッフを含めて頻繁に分生研
とも行き来して、共同研究などをさせていただきたいと思っておりますので、引き続きご指導のほどよろしく
お願いいたします。
着任のご挨拶
高次機能研究分野 准教授 竹内 純
11月1日より高次機能研究分野の准教授として着任致しました竹内純と申します。
2002年からトロント小児病院心循環器研究部門に留学し、その後UCSF/Gladstone研究
所心循環器疾患研究部門で1年間の研究生活を行ない、2007年夏に東工大に職を得て帰
国しました。
5年に渡る留学生活の中で共同研究の重要性を痛感し、日本においてもこれからは融
合的研究を行っていく必要性があると感じており、学内はもちろん世界的な共同作業が
研究成果に直結すると考えております。世界的な最先端研究を行なっている大学・研究
所で各分野のエキスパートの諸先生、やる気のある学生、そして支援スタッフの方々の
中に身をおき、世界水準のサイエンスを維持している姿勢を直に学びたいという想いが叶い、分子細胞生物
学研究所にて講座を持たせて頂く機会を授かりました。
私の研究内容としましては、心臓発生過程における10種類の細胞分化を制御する誘導因子を明らかにする
こと、心疾患(心肥大、心筋梗塞)を引き起こすエピジェネティックな分子メカニズムを解明し心疾患回復
につなげることを目標に研究を行っております。心臓研究は分子生物学研究、組織化学研究だけでなく、心
臓心電図/心エコーを主とする電気生理学研究から標的因子の探索や心機能的回復の検証を行える利点があ
ります。研究室の移動後には動物舎にて心電図波形を計測中のマウスを御見せすることが出来るかと思いま
す。所内で皆様のお力を借りながら研究の幅を広げていけたらという想いでおります。宜しく御指導頂けれ
ば幸いです。
最後になりましたが、所内でのソフトボール大会は野球人として大変魅力を感じております。是非お仲間
に誘って下されば嬉しいです。
高次機能研究分野 准教授 武山健一
寒気厳しき折柄、分生研の皆様におかれましては、益々ご清勝のこととお慶び申し上げます。
この度、高次機能研究分野に着任し、准教授を仰せつかりました。私はこれまで加藤茂明教授に研究内容
はもとより、研究生活、教育等あらゆることをご指導頂きました。今年がちょうど20年目となります。幾重
もの貴重なご助言は、研究感が大きく変わり、全てが肥やしとなりました。研究遂行には多羽田哲也教授、
後藤由季子教授をはじめ、多くの諸先生方にもご指導賜りました。さらに、これまで多くの後輩・学生に出
会い、研究を互いに励まし和えた環境は非常に恵まれていたと実感しております。この場をお借りして、お
世話になりました皆様に深謝申し上げます。
現在、基礎研究継続における研究費の獲得は非常に困難であり、科学研究遂行の基盤が揺らぎかねない、
大きな改革期に差し掛かっております。その時代にラボを新設することは、不安で万感胸に迫っております。
しかし、このような状況においても、分生研の研究環境は多くの恩恵があります。特に研究に専念できるこ
とは、至福の境地であります。研究内容は、エピゲノム制御因子群の解析を中心として時期や組織特異的な
転写制御機構の解明を進めてまいります。特に、核内受容体機能を担うエピゲノム制御因子の解析から、新
たな分子論の概念を提唱し、核内受容体リガンドの生理作用を明確にしたいと考えております。そして、こ
れまでの貴重な経験を今後の研究展開に取り入れ、自分の研究を慎重に鑑み、本質的な研究を目指したいと
考えております。今後も皆様のお力添えを頂くことがございます。ご指導・ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い
申し上げます。
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2009年度分生研所内発表会
創生研究分野 山守 優
去る11月12日(木)に2009年度分生研所内発表
会・懇親会が開催されました。今年度は高次構
造研究分野及び創生研究分野が共同で幹事を務
めさせていただきました。開催にあたりまして
は応微研奨励会をはじめ、多くの方々のご協力
をいただきました。高次構造研究分野、創生研
究分野一同心よりお礼申し上げます。この場を
お借りして、所内発表会の報告をいたします。
形態形成研究分野 杉江 淳(博士課程3年)
「細胞接着因子Nephrin/NEPH1ホモログの
相互作用による神経回路形成におけるシナ
プス前後細胞間認識」
細胞機能研究分野 中曽根 光(博士課程3年)
「2,4-D応答に関わるSmallAcidicProtein1は
COP9シグナロソームと結合する」
高次構造研究分野 久和 昌平(修士課程2年)
「EGFRシグナルに依存したショウジョウバ
エ嗅覚神経細胞クラス分化機構の解析」
生体有機化学研究分野 大金 賢司
(修士課程2年)
「変異型ロドプシンのフォールディングを促
進するロドプシンリガンドの創製研究(網
膜色素変性症への応用をめざして)」
所内発表会は、今年で11回目を迎えました。
IML棟3階会議室にて10時30分から17時40分ま
で行われました。17研究分野の代表者による研
究成果の発表と、審査員をはじめとする聴衆の
方々との間の活発な討論が行われました。研究
分野を超えた幅広い議論がなされました。以下
に発表者を紹介いたします。
(敬称略)
バイオリソーシス研究分野 相羽 由詞
(受託研究員)
「堆肥からの高温性菌糸形成細菌の分離と分類」
生体超高分子研究分野 岡本 直樹
(博士課程2年)
「グアニル酸シクラーゼB受容体の発現、精
製及び機能解析」
核内情報研究分野 村田 拓哉(博士課程2年)
「新規転写抑制化因子Z4の同定とその機能
解析」
創生研究分野 原田 隆平(博士課程2年)
「粗視化モデルと全原子モデルを併用した生
体高分子における効率的自由エネルギー計
算手法の開発」
CW3_A1005D10.indd 10
染色体動態研究分野 塚原 達也
(博士課程3年)
「細 胞 周 期 のMaster Regulator CDKは
Chromosome Passenger Complex (CPC)
のリン酸化を介して染色体の二方向結合を
制御する」
細胞形成研究分野 川嶋 洋介(博士課程3年)
「大腸菌における膜タンパク質の膜挿入機構
の解析」
細胞形態研究分野 千住 洋介(博士研究員)
「カベオラ形成におけるpacsin2の役割」
分子情報研究分野 谷上 賢端(博士課程3年)
「Sunspot, a link between Wingless signaling
and endoreplication in Drosophila」
RNA機能研究分野 依田 真由子
(博士課程1年)
「ヒトのRISC形成に必要なsmallRNA二本鎖
の構造的特徴」
放射光連携研究機構生命科学部門構造生物学研究室
山下 雅美(博士課程2年)
「Exocyst複合体サブユニットSec3の標的膜
への結合様式」
2010/01/26 13:57:15
11
情報伝達研究分野 鈴木 菜央(博士課程1年)
「ポリコーム群タンパク質複合体による神経
系前駆細胞の発生時期依存的な運命制御機
構の解析」
機能形成研究分野 山内 俊平(博士課程3年)
「自 然 免 疫 応 答 を 制 御 す る 新 規IkBフ ァ ミ
リー分子の同定と解析」
発生分化構造研究分野 佐藤 塁
(博士課程3年)
「ヒストンH2Bプロリン106の異性化による
ヒストンバリアントH2A.Z交換反応」
発表形式は、プロジェクタによる発表15分、
質疑応答5分で行っていただきました。審査は、
各研究分野から2名ずつの審査員を選出してい
ただき、1発表者に対して7名が審査を担当し
ました。審査基準は、従来通り、①発表内容②
プレゼンテーション③質疑応答④応用性及び将
来性の4項目とし、それぞれ5段階の評価を行っ
ていただきました。このうち①、②、③の合計
点を優秀賞の選定に、④を審査員特別賞の選定
に用いました。
審査の結果、以下の方々が2009年度所内発表
会優秀賞および審査員特別賞を受賞されました
(敬称略)
。入賞者には、応微研奨励会から盾が、
また優秀賞の入賞者には副賞としてマッサージ
器、コーヒーメーカー、加湿器といったリラク
ゼーショングッズが送られました。おめでとう
ございます。
優秀賞
第1位 塚原 達也
染色体動態研究分野 博士課程3年
第2位 佐藤 塁
発生分化構造研究分野 博士課程3年
第3位 杉江 淳
形態形成研究分野 博士課程3年
特別賞
相羽 由詞
バイオリソーシス研究分野 受託研究員
大金 賢司
生体有機化学研究分野 修士課程2年
CW3_A1005D10.indd 11
優秀賞 第1位
「細胞周期のMaster Regulator CDKはChromosome
Passenger Complex (CPC)のリン酸化を介して
染色体の二方向結合を制御する」
染色体動態研究分野 塚原 達也
(博士課程3年)
まず初めに、このような素
晴らしい賞をいただきありが
とうございます。分生研とい
う研究対象が非常に多岐にわ
たり、なおかつ研究水準の高
い研究所で私たちの研究成果
が高い評価を受けたことを非
常に光栄に感じております。
今回私は、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)に
よるリン酸 化 がChromosome Passenger Complex
(CPC)という正確な染色体分配に必須な因子の局
在化を制御することを発表させていただきました。
細胞分裂において複製された染色体を正確に分
配することは、細胞そのものの生存のみならず、
すべての多細胞生物での増殖・分化における最
も基本的な現象の一つです。染色体分配のミス
はガン化やガンの悪性化の原因となることから
も、その制御機構の理解は非常に重要な課題で
あると考えられます。当研究室が同定し解析を
進めているシュゴシンは、染色体分配において
多様な機能を持つゲノムの守り神ともいえる因
子です。近年当研究室は分裂酵母において、シュ
ゴシンがCPCのセントロメア局在を促進するこ
とを示しました。私たちは、分裂酵母において
CPCがCDKにより分裂期にリン酸化されるこ
と、そのリン酸化に依存してシュゴシンと結合
することでセントロメアへと局在化することを
見出しました。さらに、ヒトにおいても同様の
制御機構が働いていることも併せて明らかにす
ることができました。この成果は、これまで細
胞周期進行のMaster Regulatorと考えられてい
たCDKが染色体分配の過程を直接制御すること
を初めて明らかにしたという意味でも重要な発
見ではないかと考えています。
所内発表会では自分とは異なる研究分野の
方々が審査をされるということもあり、研究の
内容や面白さ、重要性を伝えられるよう、わか
りやすさを最大限重視した発表構成を心掛けま
した。また、想定される質問には追加のスライ
ドを用意し、説明の助けとしました。結果とし
て審査員の方々に高く評価していただいたこと
2010/01/26 13:57:15
12
に加え、会場の方々にも多くの鋭い質問をして
いただけたことを非常に嬉しく思いました。こ
のような分野外の方々に評価される機会は今後
の研究者人生にとって貴重な経験であり、また
自分の研究を冷静に見つめなおすよいきっかけ
となりました。
最後になりますが、
幹事を務めて下さった創生・
高次構造研究分野の皆様ならびに審査員の方々、
ご支援下さった応微研奨励会の方々に心よりお礼
申し上げます。また、大学院生活において未熟な
私を根気よく指導して下さる渡邊先生、発表に当
たって何度も練習に付き合ってくれた渡邊研の皆
様、発表を聞きに来て下さったお隣の後藤研を初
めとする皆様に感謝いたします。平素より私をサ
ポートしてくれる妻と、8月の誕生以来私たちの
生活に素晴らしい彩りを与えてくれる長女にもこ
の場を借りて感謝いたします。
優秀賞 第2位
「ヒストンH2Bプロリン106の異性化によるヒス
トンバリアントH2A.Z交換反応」
発生分化構造研究分野 佐藤 塁
(博士課程3年)
分生研に来て今年で5年が
経ちました。こちらに来るま
では工学部に所属し「ものを
つくる」という観点で勉強を
してきましたので、
「ものを
知る」という観点で学問を進
める新しい研究環境に最初は
戸惑いましたが、研究室での日々の厳しいディ
スカッションを通じて、自分にとって新しい視
点を持つことができるようになったと思います。
この5年間は私の研究者としての人生のスター
ト地点であり、最も重要な年月であったと思い
ます。
今回私は、化学修飾ばかりが注目されがちな
クロマチン制御機構の研究において、新たな原
理を見出すことを目的として、蛋白質の構造変
換反応に着目した研究成果を発表しました。こ
の研究では、ヒストンH2B上の106番目のプロリ
ンが、ヌクレオソーム中のヒストンH2Aとヒス
トンバリアントH2A.Zの交換反応に寄与し、こ
の反応がプロリン異性化酵素であるPPIaseの働
きによることを示唆するデータを得ることがで
きました。この成果は真核細胞の特徴であるヌ
クレオソーム内のヒストンが構造変換されうる
CW3_A1005D10.indd 12
という点と、ゲノム中における化学修飾とは異
なった形の目印であるヒストンバリアントの交
換反応素過程の一端を明らかにしたという点と
いう2つの新しさを有しております。
この研究の持つ原理的な新しさを、聞いて下
さった皆様にご理解頂くことが私の発表の目標
でした。しかしながら、博士論文の準備に時間
を使い、発表練習に十分な時間をとることがで
きず、万全を期した形で発表の場に立てなかっ
たことが悔やまれます。優秀賞を頂いたことは
非常に名誉なことですが、研究室員や友人から
は厳しいですが、的確な意見を数多く頂き、自
分の未熟さを痛感しています。このように自身
の過ごした5年間を振り返り、至らない部分を
反省し、気持ちを新たに研究に臨むためのよい
機会を与えて頂いたことに感謝しています。
私の研究生活は、科学者として常に私を本気
で指導して下さる堀越先生を初め、時に厳しく
時に優しく助けて下さる秘書の長谷川さん、喜
怒哀楽を共にし、お互い高め合える研究室員だ
けでなく、共同研究先の皆様、分生研の運営を
担っておられる事務の皆様など様々な方に支え
られていることを忘れることなく、今後も研究
に励んでいきたいと思います。最後に、幹事を
務められた創生研究分野、高次構造研究分野の
皆様、支援して下さっている応微研奨励会の皆
様、審査員及び発表を聞いて下さった皆様にお
礼申し上げたいと思います。ありがとうござい
ました。
優秀賞 第3位
「細胞接着因子Nephrin/NEPH1ホモログの相互
作用による神経回路形成におけるシナプス前後
細胞間認識」
形態形成研究分野 杉江 淳(博士課程3年)
一昨年、初めて所内発表会
の発表を聞いたとき、レベル
の高さに驚きました。その中
でも、受賞者の方々の発表は
印象深く、今でも記憶に残っ
ています。将来はそんな発表
ができたらなぁ、と心に秘め
て過ごしてきました。今回発表する機会を頂き、
「神 経 回 路 形 成 に お い て、 細 胞 接 着 因 子
Nephrin/NEPH1ホモログの相互作用がシナプス
前後細胞間の認識に重要である」ことについて、
2010/01/26 13:57:15
13
お話しさせていただきました。その結果、優秀
賞の3位をいただいたことは非常に光栄である
とともに、感謝の気持ちで一杯です(しかも、
同期で1、2、3フィニッシュを決めることが
できたのがうれしかったです)
。今回ほど自分一
人の力のなさと、周りの方々に支えられて研究
をすることができていると感じたことはありま
せんでした。たくさん、たくさん感謝しないと
いけないと思っています。所内発表会の幹事研
究室である創生研究分野、高次構造研究分野の
方々、本研究を進める上でご指導下さった多羽
田先生、発表練習に付き合って頂いた形態形成
研究分野の方々に感謝いたします。特に、八杉
助教には日々の些細なディスカッションから相
談に乗って頂き感謝しております。また、発表
の総仕上げに付き合って頂いた植物生態学研究
室の種子田先生、理学部3号館の同期にもこの
場を借りてお礼申し上げます。
以下は、発表内容の紹介です。
脳の高次機能を司る中枢神経系は複雑かつ精
密な神経回路から成ります。神経回路が形成さ
れるためには、その基本単位であるシナプス前
神経細胞とシナプス後神経細胞が正確な場所と
時期にマッチングする必要があります。しかし、
シナプス前後細胞が決められた場所でお互いを
認識し、正しく結合していく分子機構について
未知な点を多く残しています。このように高度
な神経回路形成に必要な分子機構を解明するた
めに、ショウジョウバエの一次視覚系神経節で
あるラミナの形成に着目しました。ラミナは、
主に視神経軸索(シナプス前)とラミナ神経細
胞(シナプス後)から構成される神経節である
ため、シナプス前後細胞間の相互作用が見やす
いことが利点の一つとして挙げられます。本研
究では、シナプス後神経細胞がシナプス前神経
軸索と相互作用して正確な神経ネットワークを
構築する分子メカニズムを解明することを目的
として、シナプス前後細胞の細胞表面で働く実
行 因 子Hibrisを 特 定 し ま し た。 脊 椎 動 物 の
Nephrinホモログである細胞接着因子Hibrisは、
ラミナ神経細胞で機能することが明らかになり
ました。そして、視神経で働く因子としてNEPH1
ホモログであるRoughestを同定しました。さらに、
Roughestはラミナ神経細胞のHibrisと直接相互作
用することで、ラミナ神経細胞の会合に寄与して
いるという結果が得られました。本研究から、シ
ナプス前後細胞の正確な位置関係が形成される際
CW3_A1005D10.indd 13
の細胞間コミュニケーションに関する新しい知見
が得られたのではないかと考えています。
特別賞
「堆肥からの高温性菌糸形成細菌の分離と分類」
バイオリソーシス研究分野 相羽 由詞
(受託研究員)
微生物の世界は面白い。
日常生活を送る上で、目に
見えない生命体が何処で何を
していようが、大抵は気に留
めるとこは無くその存在自体
気が付けないものが多いと思
います。それでも、何かを見
ようとすること確かめようとすること、小さな
好奇心や探究心が持続することが出来れば、そ
の先に、大きなモノを見出すことも可能だと信
じています。未だ知られていない微生物やその
機能など、自然の中では当たり前に在る事象の
立証は、興味が尽きることはありません。
分離源としたハザカコンポストは、続々と新し
い微生物が分離および分類されています。これか
らも、研究を進めていく上で多くの発見に出会え
ることでしょう。実験としては、地味な操作かも
知れませんが、この地球上に在る微生物資源を明
確化することによって、それ以降の、誰かの研究
の助けになることが出来れば幸いです。
現在は、分離源を地熱地帯まで広げて、様々
な手法により新規微生物の獲得を目指していま
す。また、発表させて戴いた菌株の詳細を解明
することにより、微生物産業において有用性を
確立していく予定です。
今回、所内発表会にて特別賞を頂戴できまし
たことを大変光栄であると思います。それも、
貴重な機会に発表の場を頂き、研究に関して全
面的に多大なるご指導を戴けた、横田明先生が
在ればこそ実現したことです。また、バイオリ
ソーシス研究分野の全スタッフのご助力のお陰
と痛感するばかりです。また、共同研究者であ
るハザカプラント研究所の矢部修平博士,酒井
康輝研究員の絶え間ない努力の成果であります。
そして、幹事の皆様および発表を聞いて下さっ
た審査員の方々に深く御礼を申し上げます。
最後に、この度特別賞を頂戴いたしましたが、
これは、これまでの研究成果に対するものでは
なく、今後のさらなる努力と研究を行うための
前借りとして収めさせて頂きます。そのために
2010/01/26 13:57:15
14
も、受賞に恥じない研究生活とそれに見合う以
上の成果を出せるように、精進していきたいと
思います。繰り返しになりますが、関係者各位
に心より感謝を致します。ありがとうございま
した。
特別賞
「変異型ロドプシンのフォールディングを促進す
るロドプシンリガンドの創製研究(網膜色素変
性症への応用をめざして)
」
生体有機化学研究分野 大金 賢司
(修士課程2年)
今 回 の 所 内 発 表 で は、
「リ
ガンドによるフォールディン
グの誘導」という作用の網膜
色素変性症への応用研究とい
うことで発表させて頂きまし
た。通常、リガンドと言いま
すと、アゴニストやアンタゴニストなどのよう
に。標的タンパク質に結合し、その構造変化を
介して機能を調節するという作用が一般的であ
ります。しかしながら、リガンドの作用にはこ
のような機能的側面だけでなく「構造的側面」
があることが分かってきています。構造的側面
とは、リガンド結合に伴う構造安定化や、標的
タンパク質のフォールディング中間体への結合
を介したフォールディングの誘導・成熟の促進
という作用であります。このような構造的作用
の存在が近年明らかにされてきているものの、
まだ応用は進んでいないのが現状です。本研究
は、この構造的作用(フォールディングの誘導)
というものの応用の一つとして、網膜色素変性
症への応用を目指しています。
網膜色素変性症は、7回膜貫通型受容体ロド
プシンが変異し、フォールディングに異常をき
たすことで起こります。ここで、ロドプシンの
リガンドがあれば、ロドプシン変異体のフォー
ルディングを正しい方向へ誘導することができ、
治療薬候補となり得ると考えられます。ところ
が、ロドプシンのリガンドとしては、内因性の
レチナールなどしか知られておらず、医薬とし
ての応用は困難な状況でした。そこで、ドラッ
グライクな構造を有し、かつ変異体のフォール
ディングを誘導するリガンドの創製を目指して
研究を行いました。発表ではリガンド創製の過
程や得られたリガンドについて紹介させて頂き
ました。
CW3_A1005D10.indd 14
私の研究室(生体有機)は分生研内では唯一
の有機系ですので、バリバリの生物系の皆様に
理解して頂けるか不安だったのですが、審査員
の方々のコメント等からして、ある程度は分か
りやすく発表することができたのかなと思って
おります。結果としてこのような賞を頂けたこ
とをうれしく思います。
さて、最後になりましたが、両隣の研究室(泊
研、4研[細胞形成]
)の方々には、私の素人質
問に答えて頂いたり、機器を使わせて頂いたり、
大変ご迷惑をおかけしました(&しております)。
この場を借りて御礼申し上げます。もちろん、
テキトーかつ自由気ままな私に耐え忍んでくれ
ている生体有機の皆様にも感謝しております。
所内発表会終了後には、農学部食堂において
懇親会が開催されました。約160名の皆様にご参
加いただき、2時間あまりにわたって盛大に行
われました。秋山所長による乾杯のあと、歓談
の時間を挟み入賞者の表彰も行われ、さまざま
な研究分野の間で交流がなされていました。
今回の所内発表会を振り返ってみまして、前
回幹事の染色体研究分野塚原様の助言や各研究
分野の皆様、事務部総務チーム古原様のご協力
のおかげで滞りなく所内発表会を開催できまし
たことに幹事一同安堵しております。発表会に
参加して強く感じましたことは、分生研の研究
の幅広さと奥深さです。発表は、非常に多岐に
わたっておりふだん耳にしないような単語を多
く聞きました。しかし、どの発表もそれぞれの
分野での最先端の研究であり、非常に興味深い
内容であることが、他分野の人にも分かりやす
く伝えられるような発表でした。すべての発表
において、審査員をはじめとする方々と発表者
との間で活発な議論が戦わされ、時間を超過す
ることもしばしばあったことも印象的でした。
最後になりましたが、今回の発表会を執り行うに
あたり、多くのご協力をいただいた各研究分野の発
表 者・ 審 査 員・
連絡係の皆様、
応微研奨励会の
曽我野様、分生
研事務の皆様、
ならびに秋山所
長にこの場を借
りまして厚くお
礼申しあげます。
懇親会での秋山所長
2010/01/26 13:57:15
15
留学生手記
情報伝達研究分野 修士課程1年 韓 英讃(ハン
2004年10月。初めて、私が生まれた韓国を離れて
他国に着いた日です。また、今年で5年目となる留
学生活の始まりでもありました。成田空港から寮ま
で行くバスの中で韓国と似たような町と韓国人と同
じ格好をしている人々を眺めながら、うまくやって
いけるかなと心配していたその日がまるで数日前の
ように感じるくらい、あっという間に私の5年間の
留学生活はすぎてしまいました。日本での留学生活
は思った以上に大変なところがいくつかありまし
た。個人的には日本での留学だからというよりは、
留学というものにはいつも伴う苦労ではないかと思
います。
最初に日本に来た時は、寂しさを感じることが多
かったです。いつもそばにいた時には当たり前のよ
うに思っていた家族や友達の「情」というものが事
新しく感じられていました。今やその寂しさという
ものに慣れたように生活している自分を見ると苦笑
いしてしまいますが、日本に来たばかりの頃にはそ
のせいで何回も韓国に帰りたいと思ったこともあり
ます。それでも、周りに韓国人留学生が多いという
ことはすごい慰めになりました。今でも、進路など
で悩み事があると、よく親しい先輩に相談に乗って
もらったり、一人で過ごす休日が嫌な時には同期生
を呼び出して一緒に遊んでもらったりすることで何
となく寂しさを取っ払うことができました。今はそ
ういった韓国人留学生とのつながりというものが家
族のそれと同じく感じられ、いつもその人たちとい
る時は心が癒される感じです。
入学したばかりの頃には友達と話す時、友達の話
が聞き取れなかったりするのが一番大変でした。授
業では板書やプリントを見ながら、授業を聴けば何
となく追いついていけたのですが、日常で友達と遊
ぶ時は完全に聞き取りに依存して話さなければいけ
なかったので、当時はかなり大変でした。そのせい
で、日本人学生とつきあうことをいやがるようにな
りました。しかし、それでは日本語が全然伸びない
と思って、サークルに入って日本人友達とつきあう
機会を作ることにしました。サークルに入ってから
は友達とつきあう機会も増えて、日本語がだいぶ伸
びた気がします。そのおかげで、今はディスカッ
ションにも問題がないくらいのレベルになっていて
よかったと思います。
修士に入ってからはコミュニケーションや寂しさ
などはほとんど問題になっていないのですが、他の
CW3_A1005D15.indd 15
ヨンチャン)
問題に突きあたりました。学部までは国費留学生と
して生活費を支援してもらいながら、勉強に集中で
きる環境が揃っていました。しかし、修士に入って
すぐにその奨学金の期間も終わり、他の奨学金を受
けることもできませんでした。また、韓国人男性と
して兵隊の問題もそろそろ心配になってきて、研究
に集中することができない状況でした。しかも最近
では体調も崩してしまい、そのせいでなかなか研究
が手につかない時が多い状態でした。今でもそう
いった問題が解決されているわけではありません
が、研究室で後藤先生を含めたたくさんの方々が
気遣ってくださってなんとか研究を続けています。
2009年もそろそろ終わるし、私の修士1年目もあと
少しで終わると思うと、1年間研究に専念できな
かったこともなにか悔しいし、こういった問題が早
く解決できて来年はより落ち着いた環境で研究に専
念できればいいと思います。
日本での留学生活は今までの私の人生の中で大事
な経験になると思います。つらいこともいろいろあ
りましたが、日本人学生や他の国からの留学生との
つながりもできたし、韓国では経験できないことを
経験する機会でもありました。何よりも自分が研究
したい分野を見つけたという点はこれからの私の人
生にも大きく影響するいい経験だったと思います。
学部3年までどのような研究をしたいとか言うはっ
きりとした目標が立たず、悩んでいた時期に後藤先
生の授業を聴いて、初めて癌遺伝子の研究をしたい
と心を決めた時はこれからの人生にも大きく影響す
ると思います。これからもその瞬間を忘れずに研究
を頑張って、いい成果を得たいと思います。
最前列右端、筆者
2010/01/26 10:24:31
16
ドクターへの道
辻真之介(分子情報研究分野 博士課程2年)
はじめまして。分子情報研究分野の辻と申します。
岡山県の小さな田舎町に生まれた私はサイエンス
とは全く無縁の環境の中で健やかに育ちました。幼
いころの夢はプロ野球選手でしたが、志半ばで自分
の能力の限界に気付き諦めたのをよく覚えていま
す。そんな私が今では分生研という素晴らしい研究
者が多く集まる研究所の博士課程の学生として研究
をしているのだから、人生とは不思議なものです。
私が博士課程進学を決めたのは修士課程に入って
しばらくした時期でした。学部時代には自分が博士
課程に進学するなどと考えたことは一度もありませ
んでした。昔から数学や理科が好きだったため、自
然な流れで理系の道に進みました。その中で、なぜ
生命科学の道を選んだのか。この文章を書くにあ
たって改めて考えてみましたが、それほど立派な理
由はないのかもしれません。それはただ、自分の体
の中で起こっている現象に対する漠然とした好奇心
のようなものでした。自分の体がどういう仕組みの
もとに成り立っているのかという疑問。そして、幸
いなことに私はHomo sapiensとしてこの世に生を
受けたので、必然的に興味の対象はヒトになったの
だと思います。修士課程へは何の疑問もなく進学し
ましたが、博士課程に進学するかどうかについては
悩みました。一番大きかったのは経済的な問題でし
た。修士課程までは「仕送り・奨学金・アルバイト」
という大学生の三種の神器を駆使して生計を立てて
いましたが、博士課程に進学する条件として経済的
独立を自分の中で決めていました。そのため、この
経済的な問題を解決できたことは私の博士課程進学
を大きく後押ししてくれました。そして、それ以上
に「研究の面白さ」が決定的な理由でした。私は物
事に熱中したことがあまりなく、一時的にも長期的
にも物事に「ハマった」経験が皆無でした。強いて
挙げるなら、小学校時代のドラゴンボールと20年間
やっている野球でしょうか。そんな私が研究という
熱中できるものに出会うことができました。広い生
命科学という分野は、知れば知るほどその面白さを
私たちに見せてくれました。この研究を修士課程で
卒業してしまうことがあまりにも中途半端でもった
いないと思いました。今思えば、修士課程で卒業し
なくて本当に良かったと思います。
しかし、研究は楽しく面白いことばかりではない
のもまた事実です。そのため、研究生活では息抜き
が大切になってきます。私の場合、野球がそれにあ
たります。みなさまご存知かどうか分かりませんが、
CW3_A1005D16.indd 16
この分生研には草野
球チーム「分生研バ
イオサイエンス」と
いうものがありま
す。昨年まで機能形
成研究分野に所属さ
れていた伊藤寛明さ
ん(分生研の永久不
滅の4番バッター)
の勧誘により私も修
士 1 年 か ら、 こ の
チームで野球をやら
せていただいており
ます。文京区の野球
リーグに所属しており、私が入部した当初は文京区
の3部リーグに属していたのですが、一昨年には3
部リーグで優勝して2部に昇格、そして昨年は2部
でも優勝を達成して念願の1部リーグへ昇格を果た
しました。正直なところ大学院生になってこれほど
熱く野球をやることになるとは想像もしていません
でした。選手・マネージャー、随時募集中なので、
野球好きな人がいればご一報下さい!
ところで、先日ある番組で「おとなになったらな
りたいもの」ランキングという保育園∼小学校6年
生を対象としたアンケート(第一生命調べ)の結果
を放送しているのを見ました。
2008年3位:学者・博士
2007年2位:学者・博士
2006年3位:学者・博士
子供のなりたい職業の中で、学者・博士がこれほ
ど上位(男の子の結果)に挙がっていたことに驚き
ました。やはり1位は野球選手でした。子供たちが
学者・博士と聞いて、どのような職業を想像してア
ンケートに答えたのかは分かりません。ただ、メ
ジャーリーグで活躍するイチロー選手や松坂選手が
子供たちから憧れられているように、私も子供から
憧れてもらえるような研究者になれるよう、これか
らも研究を続けていきたいと感じました。
最後になりましたが、私に「ドクターへの道」を
執筆する機会を与えていただいたことに感謝いたし
ます。ありがとうございました。
2010/01/26 10:26:52
17
研究室名物行事
発生分化構造研究分野 博士課程2年 坂本真紀
私が「堀越研所属です」と言うと、ほとんどの人
が返す台詞があります。「厳しくて大変でしょ。」そ
の通り「厳しい」のですが、人は自分の経験から考
えがちなので、その「厳しさ」の内容が違った形で
捉えられているような気がします。研究室名物行事
という項目でこのような出だしから始まるのは、話
が逸れていると思われるかもしれませんが、この「厳
しさ」こそが堀越研の名物行事を生み出していると
思っています。
堀越研は、どう厳しいのか。それは科学に関する
ことに一切の妥協を許さないということだと考えま
す。なぜ厳しいのか。それは、大学院生のうちに、
自然に対してどう向き合っていくのかを徹底的に身
につけなければならないからです。「科学で求めら
れるのは、独創性と創造性の質や高さであって、誰
かの追従をすれば模倣の姿勢が身に付き、質の高い
独創性を後になって手に入れることが不可能にな
る。
」これは、科学に対する最も大切な姿勢として、
先生から常に教えられる言葉です。では、どうした
ら独創性や創造性を高めることができるのでしょう
か。それは、いつもこうした意識を持つことに加え、
自分が何を目指していて、そのためには今何をしな
ければならないかを常に問いかけることだと思いま
す。堀越研では、自分自身で問いかける、また他人
から問いかけられることが常です。そうした機会の
いくつかが、堀越研の名物行事「月曜日朝のディス
カッション」、「トライラボミーティング」、「共同研
究」等です。
まず、「月曜日朝のディスカッション」。全員が資
料を作成し、一週間の状況を発表します。内容は実
験データの場合もあれば、アイデアの場合もあって
様々ですが、一週間に一度、その週に行なったこと
や考えたことをとにかくまとめます。この目的は、
自分の考えや進めていることを互いに批評し合っ
て、磨き上げることです。毎回、その時点での自分
の能力に気づかされますが、振り返ると率直な意見
に納得している自分もいます。この繰り返しによっ
て、より強固な土台を作り上げながら研究する姿勢
が身に付くのだということを活躍している先輩たち
の姿を見て思います。
次に、
「トライラボミーティング」
。
堀越研と医学系、
薬学系の研究室が約1月半に一度集まり、各研究室
から1名ずつ研究成果を発表しています。先生と学
CW3_A1005D17.indd 17
生の区別なく、発表中でも、何度でも、またどんな
質問でもしてよいことになっています。イントロダ
クションから議論が白熱し、発表時間が大幅に伸び
ることが常です。予定の1時間から2時間半に延び
たこともありました。実験結果の解釈は勿論のこと、
研究の意義、発展性、そして新規性が問われる発表
者にとってはきつい質問が続き、独創性がみられな
かったり、論理の甘さがあったりすると、ダメだと
はっきり言われるのもこのミーティングの特徴です。
発表者は大変ですが、質問者の自然や科学に対する
姿勢や、異なる研究分野からの視点を知ることがで
きる絶好の、そしてまたとない機会でもあります。
私にとっては、若者を育てようと熱心に質問する先
生方の姿から多くを学べるところも貴重です。
最後にユニークな「共同研究」。現在、機能学に
限らず構造学や情報学などを中心とした様々な研究
室と共同研究を行っています。これだけ共同研究の
相手先が多様であるのは珍しいと友人から聞きま
す。メールや電話だけではなく、互いの研究室を頻
繁に訪ね、「トライラボミーティング」同様の議論
が交わされます。どの先生方も研究室員を自分の学
生のように熱心に指導して下さるので感謝していま
す。先生方の深い信頼に基づいた交流から、自分が
将来どうあるべきかも学ぶことができます。
お花見や忘年会などの行事もありますが、堀越研
でなければ経験できなかったと思うのは、これらの
行事です。楽しいことよりも大変そうに見える経験
ですが、お互いに支え合いながら、そして何より、
自分の力を最大限に発揮してやり遂げたいという強
い思いで日々を過ごしています。
トライラボミーティングの様子
2010/01/26 10:27:01
18
― 国際会議に出席してみて ―
情報伝達研究分野 博士課程2年 古舘昌平
2009年7月8日∼ 11日にバルセロナで行なわれ
た国際幹細胞会議(International Society for Stem
Cell Research 7th Annual Meeting)に参加してき
ました。この学会は 幹細胞 に興味を持つ研究者
が世界中から集まる非常に盛大なイベントです。勢
いのある研究者が比較的新しいデータを出してくれ
るのでとても刺激的でした。様々な系における幹細
胞の話を聞く事が出来きたことも収穫の一つです。
また、ポスターセッションにおいても、色んな人と
熱すぎる議論で盛り上がってきました。自分のポス
ターを見に来てくれた人の名札をさりげなくチェッ
クしては、
『あ、あの論文の人だ!』などと内心勝
手に盛り上がりつつ、やがて熱い議論を経て、最終
的には、いっそのことこの場で激しく抱き合ってし
まおうか?と思ってしまうほど分かり合ったりもし
ました。自分が目指しているものの 面白さ を共
有してもらえた経験は、今では自分のdriving force
の一部となっている気がします。一つ印象に残って
いるエピソードは、私のポスターをすごく褒めてく
れたフェデリコ(軍服を着た、熊のようないかつい
人)のポスターに翌日行き、怯えながらも決死の覚
悟で、
『この実験からこの結論を導くのはどうして
も納得がいかない。あれやこれをやって初めて言え
るはずだ。適当な事いうな』などと1時間半くらい
戦ったことです。さらに言うと、帰国してからその
仕事がとてもいい雑誌に載ることを聞き、サイエン
スって難しいな
∼としょんぼりし
たことも思い出で
す。
最後になりまし
たが、応用微生物
学研究奨励会なら
びに関係者の方々
の多大なご援助の
おかげでこのよう
な素晴らしい経験
を積む事が出来ま
した。深く感謝致
します。
快適な学会でした、と言いたいところですが、なぜ
か学会会場(特に招待講演の会場)は冷房がガンガ
ン効いていて上着なしでは耐えられない寒さでし
た。あまりの寒さに睡魔が襲ってくるほどでした。
この学会会場も宿泊したホテルも、海まで歩いて数
分の距離にあります。ケアンズの海は、砂浜ではな
く干潟です。ムツゴロウのいそうなアレです。長さ
数キロの干潟の先にはマングローブの森と熱帯雨林
が見えます。南国リゾート的風景というイメージで
はないですが、きれいな景色です。海沿いの遊歩道
には、ランニング・ウォーキングをしている人多数。
公園の森の中も運動している人多数。健康志向が強
いのでしょうか。
ホテルで気づいたことですが、オーストラリアは
エコに熱心な国のようです。ホテルの至る所に「エ
コのため」というようなフレーズが。シャンプーも
いかにもオーガニックなにおいのするものでした。
個人的には、冷房もエコな使用法を心がけて頂ける
とよりよいかと思います。
さて、本来の目的の発表についてですが、まあ、
無事に終わりました。やや迫力のあるおばさまに少
し怖じ気づいた以外は、無事に、叩きのめされるこ
となく発表できました。ですが、英語力の無さ故の
「言いたいことが言えないもどかしさ」を痛感しま
した。もっとまじめに英語力を鍛えるきっかけがで
きました。もちろん他の研究者の発表から得られる
こともありましたが、この点が一番の成果かもしれ
ません。
最後になりましたが、国際学会に参加する機会を
与えてくださいました財団法人応用微生物学研究奨
励会ならびに関係者の皆様方に心から御礼申し上げ
ます。
生体有機化学研究分野 修士課程2年 大金賢司
2009年8月23日∼27日にオーストラリアのケア
ンズで行われた7th AFMC International Medicinal
Chemistry Congress(AIMECS09)に参加して参り
ました。
ケアンズは冬(乾期)でした。冬とはいえ、赤道
に近く、気温は日本の夏より若干低いくらいですが、
湿度が低く過ごしやすい時期でした。なので、大変
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生体有機化学研究分野 修士課程2年 中村政彦
2009年8月23日より5日間、オーストラリアのク
イーンズランド州ケアンズ市において開催された医
薬化学の国際シンポジウムAIMECS 09に参加して
きました。本学会は隔年で行われ、創薬化学に関わ
2010/01/26 10:29:44
19
る事柄が幅広く議論される学会です。また、ケアン
ズは世界遺産に登録された二つの場所、すなわち「グ
レート・バリア・リーフ」と「クイーンズランドの
湿潤熱帯地域」への玄関口であり、さまざまなマリ
ンスポーツのツアーの拠点地ともなっている場所で
す。日本とは季節が反対であるため涼しさを期待し
ていましたが、8月下旬は熱帯雨林気候の乾期に当
たり、日本とさほど変わらない気温でした。
さて私は、成人T細胞白血病(ATL)細胞に対す
る選択的増殖阻害活性を持つ化合物についてポス
ター発表を行いました。海外を訪れるのは初めてで
あり、学会会場内に限らず、英会話力の無さを痛感
する1週間となりましたが、英語の重要性を再認識
する非常に良い機会になりました。
このたび学会に参加するにあたり、財団法人応用
微生物学研究奨励会より多大なるご援助を賜り、深
く感謝いたします。
右から2番目、筆者
発生分化構造研究分野 博士課程3年 林 陽平
会議名称:C o l d S p r i n g H a r b o r L a b o r a t o r y
Meeting/Mechanisms of Eukaryotic
Transcription
コールド・スプリング・ハーバー研究所は、1968
年から1993年までかのDNAの二重らせん構造の発
見者Dr. Watsonが、現在はDNA複製研究の第一人
者Dr. Stillmanが所長を務めている、分子生物学研
究のメッカの一つです。Dr. Watsonは本ミーティ
ング初日に顔を出され、実に楽しそうに発表を聴い
ていました。ここのミーティングでの世界中の研究
者の議論が、分子生物学を飛躍的に発展させたこと
は周知の事実です。遺伝子制御分野に関する本ミー
ティングは、競争が日常的な分子生物学研究の中で
も、生物学研究の最先端を走るだけあって、最も激
しく議論がなされることで知られています。「総論
的先端研究で欧米に劣る日本の転写研究者は殆ど出
席せず、嘆かわしい状況だ」とは堀越先生からよく
伺っていたのですが、実際日本人参加者は非常に少
なく、実情を目の当たりにし寂しく感じました。修
士1年時に参加したキーストーンでのNF-κB に関
するシンポジウムで、自由で闊達な議論など、日本
の学会とは異質な雰囲気を経験していたにも関わら
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ず、今回のミーティングの雰囲気はかつて私が経験
したことがない程学問的な活気に満ちあふれ、質疑
応答からバーでの会話に至るまで終始それは変わり
ませんでした。
堀越研では日頃から、「常に新しいことを考え、
積極的に質問する姿勢」を学び、それを実践する場
として学会を捉えています。私が経験した日本の学
会では、質問者の数は少なく、質問する内容とほん
の少しの勇気さえあれば率先して質問することがで
きました。今回のミーティングでも同様に質問して、
自分の考えを試そうと思っていた私は、最初の口頭
発表で衝撃を受けました。最前列に座っている著名
研究者らが、演者の発表が終わるや否や10名程こ
ぞって手を挙げたのです。その後の発表でも、常時
数名の研究者が発表終了と同時に挙手し、厳しい質
問と返答の応酬がありました。しかも質問内容のほ
とんどは内容の真偽、発展性の議論、及び「どのよ
うな視点で、どれだけ新しいのか?」という新規性
に向けられ、「最先端の学会は真の新しさを競い合
う戦いの場だ」と常々伺っていた言葉の意味を、初
めて実感として経験できました。「人真似の各論研
究では世界では決して認められない、独創的な研究
を日本の中でやり続けることが大切だ」と身が引き
締まる思いでした。
そのような雰囲気の中、私のポスター発表にも研
究者の興味が集まり、一時間以上も英語の拙い私
と粘り強く議論する人もいました。私の発表研究
は、「ヒストンテイル上には何故化学修飾が多いの
か」という問題提起から出発して、ヒストン化学
修飾研究を支配してきた「ヒストンコード」仮説
の矛盾点を克服した新仮説「ヒストン modification
web」を提唱したものです。それと同時に、真核
生物の蛋白質の約50%を占めるにも関わらず、全
く 光 が 当 て ら れ て い な か っ た「 不 定 形 構 造 領 域
(unstructured region)」の生理的意義に関する概念
「Signal router theory」を初めて提出しており、あ
らゆる研究分野に波及効果のある大きな展開を内包
しています。複雑ネットワークとの融合により従来
の「1対1」の反応論から一気にシステム論へと展
開させているため、理解が難しい一面があるものの、
多くの研究者がAbstractを読んで興味を持ち、発表
を聞きに来ました。理解されるまでに時間のかかる
新規性故、
「如何に新しいのか」「如何に重要なのか」
ということを説明する難しさを痛感しました。第一
線の研究者でさえ、似通ったトピックの中で激しい
競争を行なっている実情を、他の研究者の発表を通
して実感し、自身の研究がそれを経ずして高い独創
的研究に至っていることを、自分自身ようやく理解
できました。
また、第一線で競争を展開している著名研究者に
直に会う機会を持てたことも、本ミーティングでの
貴重な経験で、「その研究者が何故世界の一流たり
得ているのか」を実感できました。切り口鋭い論文
を書くDr. Struhlは論理力が高く、一度マイクを握
ると数分早口で喋り続け、何を質問しているのか分
からない程でした。また、長年真核生物の転写研究
を牽引してきたDr. Roederは、
(隣に座っていたの
2010/01/26 10:29:45
20
で気になってちらちら見ていたのですが)一つの発
表で2ページ分もノートを取る熱心さでした。Dr.
Roederとの会話では、エネルギーの塊のような印
象を受けました。海外の主たるミーティングの様子
は堀越先生からよく聞いていましたが、情けないこ
とに「百聞は一見に如かず」でした。この報告の場
を借りて、私よりも若い学生が、「最先端で活躍す
る研究者達が集うミーティング」に参加し、世界に
向けて目を開く果敢な積極性を持って欲しいと思い
ます。
最後に、このように欧米型の研究を知る貴重な機
会を与えて下さった堀越先生及び旅費に関して格別
のご配慮を賜りました財団法人応用微生物学研究奨
励会の方々に再度厚く御礼申し上げます。
細胞機能研究分野 特任研究員 笠島一郎
会議名称:6 t h I n t e r n a t i o n a l R i c e G e n e t i c s
Symposium
マニラで開催されたイネの遺伝学に関する国際学
会に参加しました。東アジア、東南アジア、アフリ
カ、欧米などから800人ほどの研究者が参加し、い
くつかの招待講演に加えて各々のポスター発表で研
究の成果を紹介し合いました。
私の発表はイネの葉のクロロフィル蛍光測定
に よ る、 ク ロ ロ フ ィ ル 励 起 エ ネ ル ギ ー の 代 謝 パ
スウェイ測定に関して、特に非光化学消光(nonphotochemical quenching)と呼ばれている、光照
射により誘導される熱放散反応の反応速度定数がイ
ネの品種によってどのように違っており、それが光
阻害というストレス過程に対してどのような影響を
及ぼすのかというテーマに関するポスターでした。
イネ育種の分野でこのテーマに関して調査している
研究者は世界的にもまだ少なく、今回の私の発表を
通して、イネの育種研究を行なっている研究者にク
ロロフィル蛍光測定の原理と実例を紹介できたと思
います。
他にも数百のポスター発表があり、研究の参考に
なりました。私は、イネの酸化ストレス耐性につい
ても調べています。酸化ストレスが様々なストレス
条件で誘導されることがこれまでの様々な研究に
よって知られていますが、酸化ストレスが種々のス
トレス条件で細胞が破壊されたことにより引き起こ
される二次的な変化なのか、あるいは種々のストレ
ス条件で酸化ストレスが引き起こされることにより
細胞が破壊されるのかという因果関係は、定かでは
ありません。台湾のグループの研究で、活性酸素除
去に関わるascorbate peroxidase遺伝子の変異株が
塩ストレスに弱いことが示されており、塩ストレス
による細胞へのダメージの一部が活性酸素によるも
のであるという直接的な証拠が示されているように
思いました。また、イネが水に浸かった際に活性酸
素が発生し、水に浸かることに対して耐性のある品
種では活性酸素が蓄積しないという結果もカリフォ
ルニアのグループから示されており、水没応答は酸
化ストレス研究の重要なテーマの一つであると感じ
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ました。水没(submergence)が重要なストレス要
因であることも今回の学会を通じて知ることができ
ました。日本ではイネが水没したという話はあまり
聞きませんが、東南アジアの熱帯多雨地域では、水
田が水に浸かりイネの植物体がある期間完全に水
没することがよくあるようです。水中では酸素が
無く呼吸できないため、イネが枯れてしまいます。
submergenceに対する耐性を付与する遺伝子も耐性
品種から単離されており、この遺伝子があるとイネ
が水没した際に生育を一時的に停止し水が引くまで
生き延びることが出来るそうです。
1960年代の「緑の革命」はフィリピンの研究所
(IRRI イリ)におけるイネ育種とメキシコの研究
所(CIMMYT シミット)におけるコムギ育種によ
り背丈が低く、肥料の多量投与により穂が重くなっ
ても倒伏しない品種が開発されたことなどにより
穀物生産が向上したことによってもたらされまし
た。今回参加した学会は、正にそのIRRIにより主
催され、遺伝学の中でも特にその育種学的応用に重
点を置いた学会と言えます。このような場に参加し
てみると、普段自分が行なっている基礎的な研究を
応用まで結び付けることも大事だと改めて思わされ
ました。基調講演でのIRRI所長の話の中で、Rice
is lifeという言葉がありました。世界の中でイネが
主に栽培されている地域は、アジアイネ(Oryza
sativa )がインド以東のアジア、アフリカイネ(Oryza
glaberrima )がギニア湾周辺のアフリカ諸国であり、
コメの生産は世界の貧困を克服する上で重要な意味
を持ちます。プレゼンテーションで示された落穂拾
いをする人の姿が印象的でした。世界人口は増加を
続けており、一方でこれを補うようにして、穀物の
生産も増加し続けています。今後さらに穀物の生産
増加を維持するために様々なアプローチを統合する
ことが重要になるという話がプレゼンテーション中
にあり、確かにその通りであると感じました。
フィリピンでは車が頻繁にクラクションを鳴らし
て横から割り込みます。ですので、街では常に車の
クラクションが鳴っています。また、青信号を渡ろ
うとしても車が走ってきて止まってくれません。マ
ニラ市内の中心部であっても、道端には家を持たな
い人々がくつろいでいます。特に日本人は危ないの
で一人で外を歩かない方が良いとも言われました。
ただこうした一方で、このような雑然とした中だか
らこそ、日本にはない種類の魅力のようなものを感
じることが出来ました。
最後に、このような貴重な機会を与えて頂いた皆
様に御礼申し上げます。
2010/01/26 10:29:46
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動物慰霊祭
高次機能研究分野 武山健一
去る10月20日(火)午前10時より、第12回「東京大学分子細胞生物学研究所
実験動物慰霊祭」が農学部附属動物医療センター奥の動物慰霊碑前において執
り行われました。当日は秋色深まる空の下、昨年より20名多い約100名の参列
者があり、所長の挨拶、動物実験委員長から一年間の動物実験概要の報告に続
いて、参列者による黙祷および焼香がしめやかにおこなわれました。
分生研では動物実験管理施設において、主として遺伝子改変マウスの作製及
びその解析、神経系や造血系の初代培養細胞の分離とその分子機能解析、骨格
筋や骨、脂質代謝・腫瘍制御における分子機構解析、またこれらに拘わるタン
パク質の精製、抗体の作製などを目的に実験動物を用いています。その数は過
去一年間にマウス約14,000匹、ラット2匹、ウサギ8羽にも上りましたが、昨年に比べ、約1,000匹のマウス数が減少
しました。参列者の増加に対し、実験動物数が減少したことは、動物実験効率が向上しているといえます。また、こ
れらの動物実験で得られた新しい知見は学会や学術論文に発表され、高く評価されております。
近年の目覚ましい生命科学研究の技術革新に伴って、研究の質や量が高まりつつありますが、分子機能をより明確
に提唱するために、生体内における機能解析は必須であります。したがって、将来的に動物実験は盛んに行われるよ
うになるものと予想されます。
分生研では今後も研究目的・意義が明確で、かつ科学的手法により再現性・普遍性のある結果を導くために、必要
最小限の動物を用いて、最大限の研究成果とその質の向上が得られるよう、一層の努力を関係者皆様にお願いしたい
と思います。
末筆となりましたが、分生研の研究活動のために尊い命を捧げてくれた動物たちの御霊に、感謝と追悼の意をここ
に表します。
技術職員会―所長に聞く会
生体超高分子研究分野 杖田淳子(技術職員)
分生研には現在11名の技術職員が在籍し、月1回お昼休みを使ってミーティングをしています。その主な議題は一
昨年から恒例としている技術発表会や、全学における技術職員の在り方などについてです。特に後者については、大
学が法人化されて以降様々な課題が挙がっているため、7月15日(水)に所長の秋山先生と技術部長の加藤先生をお
招きして、分生研としてどのような方向性で歩むべきか、大学本部や他部局の現状を交えてお話を頂きました。
両先生のお話を通じて、技術職員の担う職務の多様性、それを全学という大きな規模で纏め上げることの難しさを
改めて感じました。その上で私達分生研の技術職員は、先進の科学を開拓する分生研の皆様の一助となれるよう、そ
れぞれの持ち場で努めようという思いを新たにしました。
分生研バイオサイエンス(野球部)
文京区軟式野球大会2部優勝・1部へ昇格
バイオリソーシス研究分野 大橋幸男
何時の頃か覚えていませんが、教職員東大野球大会が開催中止になり、野球好きが行き場を失いました(いわゆる
野球浪人)
。分生研教官にも多くの野球好きが存在していましたので、これを母体に大学院生を勧誘して平成9年に
チームを結成し、文京区軟式野球大会に参加登録しました。文京区軟式野球連盟のクラス分けは年により増減が有り
ますが、おおよそ100チームの登録があります。内訳は以下の様になっています。
1部(最上位:8チームリーグ戦)
2部(25チームトーナメント戦)
3部(33チームトーナメント戦)
4部(30チームトーナメント戦)
春季大会と夏季大会はこの分け方で戦います。一番難しいのが、トーナメント戦を勝ち進んで決勝戦に残らないと
昇格出来ないことです。つまり、一戦も落とせません。平成9年
当時は、3部B(現在の4部)からのスタートでした。平成14年
3部B夏季大会(準優勝)3部Aに昇格。平成19年3部A夏季大
会(優勝)2部昇格。平成21年2部夏季大会(優勝)
。年ごとに
メンバーが少し入れ替わりながら現在に至り、次々と強豪チーム
を下して今期の輝かしい成績(1部昇格)を勝ち取りました。来
期は都大会に出る権利も獲得しました。ここより上位は有りませ
ん。野球部の皆様おめでとうございます。
分生研バイオサイエンスHP:
http://web.me.com/hachiken/Baseball/Photos.html
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○平成21年10月31日付
〈辞 職〉内 宮 博 文 教授
(細胞機能研究分野)
教職員の異動等について
以下のとおり異動等がありましたのでお知らせします。
○平成21年9月1日付
〈採 用〉田 中 晃 一 特任助教
(染色体動態研究分野):助教から
○平成21年10月1日付
〈採 用〉井 上 絵里奈 技術職員
(核内情報研究分野)
〈辞 職〉北 川 浩 史 特任講師
(若手研究者自立促進プログラム)
○平成21年11月1日付
〈採 用〉竹 内 純 准教授
(高次機能研究分野)
○平成21年11月16日付
〈昇 任〉武 山 健 一 准教授
(高次機能研究分野)
:核内情報研究分野講師から
〈任 命〉田 中 晃 一 特任講師
(染色体動態研究分野)
:特任助教から
徳田元教授(細胞形成研究分野)最終講義のご案内
細胞形成研究分野、徳田 元 教授は平成22年3月31日をもって分子細胞生物学研究所を定年退職されることとなりました。徳
田先生は、昭和44年3月名古屋大学農学部農芸化学科を卒業、同49年8月農学博士の学位を取得されました。その後、博士研
究員として、同50年9月より米国ロシュ分子生物学研究所、同52年9月より米国イリノイ大学微生物学科にて研究に従事され
ました。同54年3月帰国後、同年4月千葉大学生物活性研究所助手に着任、同63年5月東京大学応用微生物学研究所助教授、
平成7年3月東京大学分子細胞生物学研究所教授に就任されました。この間、先生は、リボゾーム生合成に関する研究や、細
胞質膜を介したエネルギー形成機構の研究に従事され、数々の先駆的な功績を残されました。東京大学に着任後はSec蛋白質
輸送装置の構造と機能、リポ蛋白質の外膜局在化機構の研究を展開され、蛋白質輸送のエナジェティックスと装置の再構成、
SecGの発見とその役割の解明、Lolシステムによるリポ蛋白質の選別輸送系の発見と分子機構の解明など、細菌の蛋白質輸送機
構の研究において卓越した業績を挙げられました。これまでの研究成果により、先生は、昭和61年3月に農芸化学奨励賞を受賞、
平成18年 3月には日本農芸化学会賞を受賞されました。
今回、分子細胞生物学研究所では以下の日程で徳田元教授最終講義を開催いたします。お誘い合わせのうえ奮ってご参加く
ださいますようお願い申し上げます。
題 目:「タンパク質の“仕分け”機構を探求して」
日 時:平成22年3月12日(金) 午後3時30分∼午後4時30分
会 場:東京大学農学部 化学第1講義室(農学部2号館2階227号室)
細胞形成研究分野
お店探訪
―つけ麺TETSU― ブームを牽引する味がここにある
機能形成研究分野 修士課程1年 佐久拓弥
今回ご紹介させていただきたいお店は、弥生キャンパスからやや遠いのですが、東京メトロ千
代田線千駄木駅近く、
不忍通り沿いにあります
「つけ麺TETSU」
です。2009年はつけ麺ブームがピー
クに達した年でした。そんなブームを牽引する超人気店の一つであるTETSUには連日長蛇の列が
でき、学生やサラリーマンを中心に多くの人が集まってきます。自家製太麺をこだわり抜いた濃
厚なとんこつ・鳥から取った動物系と鰹・鯖・煮干しからの魚介系のブレンドスープに絡ませ一
気に食す。この味はラーメン好きでなくとも癖になること請け合いです。従来のつけ麺の弱点で
あったスープの冷めも焼き石を入れることによって克服。まさにつけ麺の一つの完成系を見せて
くれているのではないでしょうか。
(ここだけの話)東大職員・学生証をみせると、
中盛り、
大盛り、
特盛りと無料で三段階アップグレード可能となり、ボリュームも満足できるでしょう。夏場は待
ち時間に麦茶を配ってくれたりと、細やかな心配りがうれしいですね。ぜひ一度お試し下さい。
「つけめん TETSU」
住 所:東京都文京区千駄木4- 1-14
T E L:03-3827-6272
営業時間:11時30分∼15時45分
(ただし材料切れにより早仕舞い有り)
定 休 日:なし
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夜は「はじめ」という名前で営業
営業時間:18時∼22時
土、日は18時30分∼
ホームページ:http://plaza.rakuten.co.jp/tsuketetsu/
2010/01/26 10:29:48
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OBの手記 Benaroya Research Institute at Virginia Mason
元機能形成研究分野 伊藤 寛明
私は、2008年11月末をもって修士課程から7年半
在籍した宮島研究室を離れ、アメリカはシアトル
にあるBenaroya Research Institute(BRI)という
免疫専門の研究所のJessica A. Hamerman研究室に
留学いたしました。私のボスであるHamerman先生
は、2006年からBRIで独立された若手研究者です。
そのため、研究室もHamerman先生、私を含めてポ
スドク2人、大学院生1人、技官2人という小さな
研究室です。 私は日本にいた頃から、ボスや他の
メンバーともコミュニケーションが多く取れるラボ
メンバーの少ない若手PIの研究室に行きたいと考え
ていたこと、BRIには現在私を含めて日本人が2人
しかいないなどの理由から、この研究室は私にとっ
てまさに理想的な研究室だと言えます。Hamerman
先生は、マクロファージや樹状細胞という自然免疫
系細胞の機能制御を中心に研究を進めています。こ
れらの細胞群は、自然免疫(直接病原体を捕食・撃
退する免疫応答)と獲得免疫(抗原特異的な免疫応
答)の橋渡しになる司令塔的な役割を担い、感染防
御の他、自己免疫疾患や癌の発症抑制など、生体
の恒常性維持に不可欠な細胞群です。私は、宮島
研究室で先輩の江指永二さんと共にマクロファー
ジや樹状細胞の研究を進めてきた事、樹状細胞の
機能制御の複雑さと重要さに魅了された経緯から、
Hamerman先生の下に留学させて頂きました。シア
トルは、ワシントン大学(UW)を中心とした学術
都市であり、BRIの他に、Fred Hutchinson Cancer
Research Center、Institute for System Biology、
Seattle Children s Hospitalなどといった免疫研究の
行われている研究機関が多く存在し、これらの免疫
研究部門同士で毎週合同研究セミナーがUWで行わ
れ、リトリートなども合同で行われます。大学院生
やポスドク同士の交流も盛んであり、活発で先進的
な免疫研究が身近に感じられる環境です。何より素
晴らしい事が、これらのセミナーやリトリートなど
で口頭発表する機会(すでに2回の研究発表の機会
がありました)が多く与えられ、英語の発表練習も
さることながら、貴重なアドバイスを戴ける機会も
多くあることだと思います。幸運なことに、アメリ
カのCancer Research Instituteのポスドクフェロー
シップ(3年間)に採用されたことで、腰を据えて
研究に励めることもシアトルで充実した研究生活を
送れている要因の一つであると思います。
私がシアトル生活を満喫しているもう一つの要因
は、生活環境面だと思います。風光明媚なシアトル
の夏は最高で、週末にはBBQや野球やゴルフやテ
ニスや登山も手軽に出来ますし、冬にも車で1時間
も走ればスノボーに行けます。そして、日本人コ
ミュニティーや日本の食料品・雑貨も充実している
ので、日本が恋しくなることもそんなにありません
CW3_A1005D23.indd 23
(恋しくなるのはうまいラーメン屋くらい?)。分生
研時代に同期だった元後藤研の吉松剛志君(UWに
留学中)と共に、よくBarへ飲みに行っていること
も充実している要因の一つでもあると思います。友
人の存在というのは心強くて大きいものだと海外で
生活してみて改めて感じました。
アメリカに留学してみてわかった重要な事は 、
コミュニケーション能力と自分の意見を積極的に言
う姿勢ではないかと思います。「君は、一日中黙っ
て実験室にはいられないでしょう?そういう人は留
学しても大丈夫」大学院生の頃、宮島先生に言われ
たその一言が今も私の頭に残っており、この言葉に
励まされております。事実、研究仲間に「日本人の
ポスドクはみんな大人しくて、日常会話とか行事と
かにはあまり参加しない印象を持っていたけど、君
は全く違うよね」と言われてしまっています。その
結果、BRIでも研究活動以上に知名度がある事実は、
分生研にいた時と何ら変わっておりません(笑)
宮島研究室および分生研で培った素晴らしい経験
を糧にして、これからも研究生活を楽しめたらと
思っております。最後に、これまで多大なるご指導
をしてくださった宮島篤先生と江指永二さんにこの
場を借りて深く御礼を申し上げます。また、この度
執筆の機会を与えてくださった編集委員の方々にも
御礼を申し上げます。
Hamerman先生の自宅での研究室メンバーの集合写真。筆
者(右端上)の手前がHamerman先生
研究所の仲間と一緒に行った登山。後ろに見える雪山
はワシントン州で有名なMt. Rainier
2010/01/26 10:30:48
24
海外ウォッチング
ウィスター研究所 Assistant professor
野間 健一
海外ウォッチングを書くのは、今回で2度目にな
ります。前回(2001年10月号)の内容は、分生研時
代から海外留学の初期に、自分が経験した事をまと
めたものでした。今回は、今年でアメリカ研究生活
も10年目になりますし、その後の経緯など、アメリ
カで独立するまでの過程を書いてみる事にします。
[ポスドクの頃]:私は、2000年11月からコールドス
プリングハーバー研究所でポスドクをしました。最
初の論文がScience(293, 1150-1155, 2001)にのっ
た 後、 す ぐ に フ ェ ロ ー シ ッ プ(The Leukemia &
Lymphoma Society fellow)を獲得しました。アメ
リカでは、ポスドクも自分の給料を獲得するように
研究所から勧められます。しかも、将来的にアメリ
カで独立する際には、ポスドク時代に良い論文を出
している事とフェローシップを持っていたかどうか
が非常に重要な選考基準になります。トータルで2
年半程、ポスドクをしました。当時のボスは、まだ
独立直後だったので、一緒に実験(主に酵母の遺伝
学的なもの)をしたり、毎日(毎時間?)研究の議
論が出来たのが、とても得難い経験だったといま
では思います。その間に、いくつか満足のいく論
文も出せましたし、その論文の1つは、Newcomb
Cleveland Prize(Best paper in Science magazine
2002-2003)を受賞しました。そんなある日、ボス
がNational Institutes of Health(NIH)に一緒に来
てくれないかと相談して来ました。結局、私自身も
独立前にもう少し経験を積んでおきたかったので、
一緒にNIHについて行くことにしました。
[スタッフサイエンティストの頃]
:NIHに移ってか
ら立場がスタッフサイエンティストになりました。
シニアポスドクのポジションだと考えてください。
このポジションは、自分の研究の他に、ラボのポス
ドクや学生の研究指導も仕事となります。毎日、研
究内容の議論から簡単な実験の指導までしました。
ポスドクの中には優秀な人もいたので、彼らから学
ぶ事が多くありました。彼らとは今でも親密な友
達関係が続いています。さて、NIHで3年間、自分
の研究と研究指導を行い、そろそろ独立したくな
りました。自分の研究スタイルを考えて、Private
institutesに的を絞って応募しました。私の場合は、
5つの研究機関に応募しましたが、20-80通の応募
を出すのが通常の様です。数百のポスドクが応募し、
1つのポジションを競うことになります。まずは、
書類審査があり、それを通るのは、通常、5-6人
ぐらいだと聞いています。そのうち、トップの人か
ら順番に研究所に2次審査に呼ばれます。私の場合
は、2-3日間、みっちりと審査されました。10-15
CW3_A1005D24.indd 24
人ぐらいの教授陣と個別におよそ1時間程議論し、
その合間に1時間の研究発表をし、しかも、朝昼晩
は、異なる教授陣と食事をしました。最初の面接が
終わったときには、頭がactiveになりすぎて、めま
いがしたのを覚えています。その結果、3次審査に
呼ばれるのは、1-2人です。内容は、2次審査と
ほぼ同じでしたが、研究発表の部分が将来の研究計
画の議論になります。私の場合は、White boardを
使って、将来の研究について、30人程の教授陣の前
で議論と言うか、質問攻めに合いました。教授陣は、
候補者が自分の頭で考えて研究を遂行できるかどう
かをしっかりと審査しているようでした。3次審査
後は、すぐに合否を知らせてきました。
[独立後から現在]:夢が叶い、やっと自分のラボが
持てるようになりました。まずは、研究室と自分の
オフィスの設計から開始しました。もろもろのラ
ボのセットアップに約半年はかかりましたが、非
常に楽しい期間でした。現在は、3人のポスドク
とテクニシャンと私の5人の研究室です。それと、
最初の年に応募したNIH Director s New Innovator
Awardを頂き、とりあえず5年間は研究費に困る
事はなくなりました。最近、私のラボの最初の論文
がMolecular Biology of the Cellに掲載されました。
内容は、分裂酵母において散在して存在するPol III
遺伝子(tRNAと5S rRNA遺伝子)が、セントロメ
アと共局在することを示したもので、その共局在が
染色体の凝縮と密接に関連していると考えていま
す。今になって思う事は、ボスになってもポスドク
の頃より、もっと忙しくなったけれど、自分のやり
たい研究が出来るようになって、本当に努力したか
いがあったと思っています。
最後に、分子生物学を全く知らなかった私に熱心
に研究指導して頂き留学に送りだしてくれた大坪栄
一先生と久子先生に感謝します。それと、妻の優子
と2人の子供達のおかげで、楽しいアメリカ生活が
送れていることにも感謝します。
(平成12年3月、旧生物物理研究分野(大坪栄一研
究室)博士課程修了、同年4月より10月末まで、同
研究室において学振PD。)
2010/01/26 10:31:29
25
第14回分生研シンポジウム
分子遺伝研究分野 田村勝徳
鶴尾先生の思い出を語る藤田博士
好評だった直筆の立看板
2009年10月28日東京大学安田講堂にて、(財)
場には、学生、研究者を含む300名以上の参加者
応用微生物学研究奨励会及び東京大学グローバ
があり、質疑応答において活発な議論がなされ
ルCOEとの共催により、恒例の分生研シンポジ
ました。また、シンポジウムの終了後には、山上
ウムが開催されました。このシンポジウムでは、
会館にて応微研奨励会主催の懇親会が行われ、
毎年テーマを定めて、国内外から第一線の研究
演者と参加者との間で親睦を深めることができま
者を招待するとともに、所内の関連分野の研究
した。最後に、本シンポジウムを開催するに当た
者による研究成果の紹介を行っています。今回
り、ご協力いただいた方々にお礼申し上げます。
は、分生研の元所長であり、癌の分子標的治療
以下、講演者名(所属)
“演題”
の発展に多大な貢献をされた故 鶴尾 隆先生の
藤田直也(癌研究会
業績を記念して、
“癌:基礎研究から分子標的治
小板凝集促進因子Aggrusを介した血行性転移の
療へ”というテーマを取り上げました。講演は、
成立機構”/内藤幹彦(東京大学分子細胞生物学
「癌の分子標的治療」及び「癌研究最前線」の
研究所、国立医薬品食品衛生研究所)“IAP (In-
2部構成で行われ、2001年ノーベル生理学医学
hibitor of Apoptosis Proteins)による細胞死・細
賞を受賞したPaul
胞周期の制御”
/宮園 浩平(東京大学大学院医学
Nurse博士をはじめ、Michael
癌化学療法センター)“血
Gottesman博士及びRobert Eisenman博士といっ
系研究科)
“TGF-βシグナルを応用したがん治療”
たこの分野の最前線で活躍されている研究者に、
/山本雅(東京大学医科学研究所)
“CCR4-NOT
最新の研究成果を発表していただきました。会
デアデニレースによる脂肪代謝調節遺伝子の発現
制御”
/Michael Gottesman (National Institutes
of Health, USA)
“New approaches to multidrug
resistance in cancer”
/Robert Eisenman(Fred
Hutchinson Cancer Research Center, USA)
“Regulation of differentiation by the myc oncogene”
/Paul Nurse(The Rockefeller University,
Gottesman博士
Eisenman博士
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プロセスシアンプロセスマゼンタ
プロセスシアン
プロセスマゼンタプロセスイエロー
プロセスイエロープロセスブラック
プロセスブラック
Nurse博士
USA)
“Controlling the cell cycle”
2010/01/26 10:32:13
26
Kornberg教授特別懇談会を開催
形態形成研究分野 多羽田哲也
Tom Kornberg教授(カリフォルニア大学サンフランシスコ校生化学及び生物物理学科教授)には
本研究所の客員教授を御願いしており、10月26日にセミナーをしていただいた。翌10月27日は趣向を
変えて、同教授と学生およびポスドクの懇談会を開催し、アメリカにおける大学院、ポスドク、さら
にPIにとっての研究事情を伺った。Kornberg教授はジュリアード音楽院とコロンビア大学を卒業し
て、さらに大学院とポスドクでも大きくテーマを変えており、様々な文化、環境を経験することが将
来の研究を豊かなものにするために重要であることを強調し、異なった国への留学を推奨していらっ
しゃった。今回は茶菓もあるようなインフォーマルな雰囲気で、参加者はリラックスして懇談するこ
とができたように思う。会が終わってからも教授を囲む話の輪ができており、参加者一同、懇談会を
楽しんでいる様子であった。自分自身の研究成果であっても上手に英語で話しをすることは、海外在
住の経験がないと難しい。まして、より一般的な話題を日本人以外の集団の中で、和気藹々に話すこ
とはさらに難しく、海外の学会などに参加して痛感することである。本研究所は数多くの海外からの
ゲストを迎えるものの、ホスト研究室での交流で時間が過ぎてしまうのが実情であるが、状況が許せ
ば今回のstudent lunchのような企画が増えても良いように思う。
編 集 後 記
分生研ニュース編集委員長に新しく就任いたしました土本
です。よろしくお願い申し上げます。多くの方に読まれてい
る分生研ニュースの編集を担当することになり重い責任を感
じております。今号より戦略企画室が中心となった編集体制
となります。これまでの実績を尊重しつつ、試行錯誤で新た
な試みもやっていきたいと思います。今号は座談会形式を増
やしカラーを増ページしてみました(コストはほとんど変わ
りません)
。ご意見がありましたら是非、奥附のメールアドレ
スまでよろしくお願いいたします。
(戦略企画室・染色体動態研究分野 土本卓)
私にとってこの分生研ニュースが初めての編集委員になり
ました。普段、何気なくみている分生研ニュースが分生研
ニュース編集委員、事務の方々、執筆者など多くの方々の連
携により作製されるものだと実感しました。私が担当した項
目全ての方が協力的で快く引き受けていただきました。編集
委員を経験したことで、分生研ニュースにとても興味深い研
究内容や様々な情報が載っていることに気付けました。この
分生研ニュースがより多くの方に興味を持っていただけたら
幸いです。
(機能形成研究分野 齋藤滋)
分生研ニュース第43号
2010年1月号
発行 東京大学分子細胞生物学研究所
編集 分生研ニュース編集委員会(土本卓、石川稔、田村勝徳、樋口
麻衣子、村上智史、齋藤滋、市原美香)
お問い合わせ先 編集委員長 土本卓
電話 03―5841―8471
電子メール [email protected]
27
K63結合型ポリユビキチン鎖認識メカニズム
の解明
放射光連携研究機構 佐藤裕介(助教)
ユビキチン(Ub)は標的タン
パク質のリジン残基とイソペプチ
ド結合を介して結合することでタ
ンパク質の機能を制御する。さら
に、結合したUb自身のリジン残
基、もしくはN末端メチオニン残
基にUbが付加してポリUb鎖と呼
ばれるポリマーを形成する。Ub
には7つリジン残基が存在し、ど
の残基で結合するかによって構造
と機能が異なるポリUb鎖が合成される(図1)
。近年、結合
様式の異なる様々なポリUb鎖の機能が次々と報告されてい
る。しかし、特定のポリUb鎖を見分けるメカニズムについ
ては一切明らかにされていなかった。我々はポリUb鎖の識
別メカニズムを明らかにすることを目的とし、X線結晶構造
解析を行った。
K63結合型ポリUb鎖のみを認識する脱Ub化酵素(AMSHLP)と受容体(RAP80、TAB2、TAB3)をK63結合型ポリ
Ub鎖との複合体として立体構造を決定している(図2)
。
AMSH-LPはポリUb鎖の形成に使われるイソペプチド結合
核内糖修飾シグナルの新たな作用点の探索
核内情報研究分野 藤木亮次(助教)
細胞にとって「糖」は、単にエネ
ルギー源として利用されるだけでな
く、糖修飾のドナー基質に代謝され
てタンパク質の機能調節にも関与し
ている。古くから、タンパク質の糖
修飾は細胞膜上や細胞外において重
要とされてきた。しかし、最近の目
覚ましいプロテオーム技術の発展に
よって、その存在は広く核内まで一
般化されつつある。一方、これら核
内にも存在する「糖」の修飾がどのような役割を担うのかに
ついてはそのほとんどが不明であった。
われわれは最近、第二の遺伝暗号として注目されているエ
ピゲノムが糖修飾によって調節されることを見出した
(Fujiki et al., Nature, 2009)
。すなわち、ヒストンメチル化
酵素のMLL5が核内糖転移酵素OGTによって修飾され、その
酵素活性が増強する機構である。さらに、MLL5を介する糖
修飾依存的なヒストンメチル化活性はホルモン刺激による血
CW3_A1005D27.indd 27
を挟み込み、K63周りの構造を認識することでポリUb鎖の
識別を行っていた(1)。一方、RAP80、TAB2、TAB3はK63
の周りの構造は一切認識せ
ず、2つのユビキチン分子
の位置関係からポリUb鎖の
識別を行っていた(2,3)。以上
の成果からポリUb鎖の識別
には多様な戦略が用いられ
ていることを明らかにした。
図1 代表的な2種類のポリユ
今後は、K63結合型に限らず
ビキチン鎖
様々な結合様式をもつポリ
Ub鎖について、特異的な識
別機構をもつ受容体の結晶
構造を決定することでその
特異性のメカニズムについ
て明らかにしていきたい。
1)Sato et al ., Nature, 455,
358-362, 2008.
2)Sato et al ., EMBO J , 28,
2641-2468, 2009
3)Sato et al ., EMBO J ,
published online, 2009
図2 K63結合型ジユビキチンと
その特異的な受容体との
複合体イソペプチド結合
を赤い円で示した
球細胞の分化誘導に重要であった。
このように、われわれは現在まで、OGTとMLL5にのみ注
目して研究を行ってきた。しかし、OGTによるエピゲノム
制御という観点では、それは氷山のほんの一角にすぎないよ
うにも思われる。そこで、本研究では私が今までに培ってき
た核内複合体の単離・同定技術および試験管内でのクロマチ
ン解析系を駆使し、
核内糖修飾の新たな作用点を探索したい。
具体的に、OGT複合体の単離・同定やプロテオミクス技術
を応用したその基質探索などに興味をもって研究を始めてい
る。ゲノム上でDNAはタンパク質をコードしているが、エ
ピゲノムは遺伝子の
発現量を規定してい
る。当然、その破綻
はDNAの 変 異 と 同
様、細胞のガン化や
死を意味する。本研
究によって同定され
た因子群が、このよ
うなクロマチンと転 図1 本研究の目的は、核内糖修飾がクロマ
チン上でどのような役割を担うのか、
写制御の分野に新た
その新しい作用点を見つけることであ
な作用点を提供でき
る。今までに培ってきたプロテオミク
スの手技を最大限に活かし、このよう
ればと考えている。
な新しい因子を精製・固定したい。
2010/01/26 10:36:47
28
miRNAはどのようにしてエフェクター複
合体を形成するか?(RNA機能研究分野)
Structural determinants of miRNAs for
RISC loading and slicer-independent
unwinding.
Kawamata, T., Seitz, H., and Tomari, Y.
Nature Structural & Molecular Biology, 16, 953-960, 2009.
本鎖の成熟体に巻き戻される過程は、成熟miRNAが標的mRNAを
認識する過程のまさに鏡写しの関係にあるという事実を見いだし
ました。
これらの知見によって、なぜmiRNA遺伝子が進化の過程におい
て特定の領域に多くのミスマッチを持ち続けているのかというこ
とが、生化学的に説明できるようになりました。同時に、これを
応用することで人工的なmiRNAを設計することも可能になると考
えられます。
小さなRNAに属するmicroRNA(miRNA)は、自分自身の塩基
配列と対合できる標的部位を持つ様々な遺伝子の翻訳を抑制する
働きがあり、これによって、非常に重要な生物学的機能を緻密に
制御しています。これまでに、動物、植物、ウィルス等において
10,000個ちかくのmiRNAが報告されていますが、ヒトだけでも
2,000個程度は存在し、遺伝子全体の1/3以上の働きを調節してい
ると予測されています。
miRNAが働くためには、多くのタンパク質とエフェクター複合
体を作る必要があります。本研究では、ショウジョウバエをモデ
ルとして、そのような複合体や前駆体をアガロースネイティブゲ
ルと呼ばれる生化学的手法によって、初めて直接検出することに
成功し、複合体が作られるATP依存的な多段階の過程を明らかに
しました。その結果、複合体形成過程の各ステップにおいて、
miRNA遺伝子が特定の領域に持つミスマッチが重要な役割を果た
していること、また二本鎖RNAとして生み出されるmiRNAが一
シュゴシンはヘテロクロマチンタンパク
質HP1とヒストンH2Aに依存してセント
ロメアに局在する
山岸有哉、川島茂裕、本田貴史、渡邊嘉典(染色体動態研究
分野)
1)Yamagishi et al. Nature, 455, 251, 2008
2)Kawashima et al. Science, 327, 172, 2010
細胞が増殖する際に行う体細胞分裂や、配偶子を作り出すため
に行う減数分裂において、複製した染色体を正確に分配すること
は必須である。シュゴシンSgo1は、減数第一分裂時に姉妹染色分
体間のセントロメアでの接着を維持するのに必要なタンパク質と
して同定された、真核生物に広く保存されたタンパク質である。
その後、脊椎動物細胞のSgo1は体細胞分裂時に姉妹染色分体間の
セントロメアでの接着を維持する機能をもつことが分かった。
ここで、Sgo1はセントロメアに局在し機能することが重要であ
るが、どのようにしてセントロメアに局在するかについては、真
核生物に保存されたリン酸化酵素であるBub1が必要であるという
こと以外は不明であった。そこでまず始めにSgo1と相互作用する
因子をスクリーニングしたところ、ヘテロクロマチンタンパク質
Swi6/HP1が得られた。詳細な遺伝解析から、Swi6/HP1と直接相
互作用することがSgo1のセントロメア局在化に必要であることが
分かった(1)。しかしここで、Swi6/HP1はセントロメア以外のヘテ
ロクロマチン領域にも局在することから、この相互作用だけでは
Sgo1のセントロメア特異的な局在を説明できない。そのため、他
CW3_A1005D28.indd 28
の因子がBub1の下流でSgo1のセントロメア局在化に働くと考えら
れた。
Bub1の主要な基質はすべての生物を通じまだ同定されていな
かったため、分裂酵母のクロマチン画分の中から生化学的に基質
を探索した結果、Bub1はヒストンサブユニットの一つH2Aをリン
酸化することが判明した。さらに、H2Aのリン酸化部位を変異さ
せた細胞では、bub1 破壊株と同様に、Sgo1のセントロメア局在が
消失することが分かった。Bub1は分裂期にセントロメアにのみ局
在するために、分裂期でのH2Aのリン酸化はセントロメア周辺に
限局される。Bub1のセントロメア局在を失わせ、染色体全体に
H2Aのリン酸化が入るようにすると、Sgo1はセントロメア以外の
ヘテロクロマチン領域にも局在するようになった。これらのこと
から、Bub1によってリン酸化されたH2AとSwi6/HP1が協調的に
働き、Sgo1をセントロメアへと局在化させているという保存され
た機構が明らかとなった(2)。
2010/01/26 10:38:35
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