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<第 12 回 担当:泊 Case 4
<第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> <解説> 【鑑別診断】 この男性は 1 か月間にわたり断続的に足の痛みを自覚しており、重度の筋力低下へと進行してしまっ た。近位筋の筋力低下、深部腱反射の消失はミオパチーに矛盾しない所見である。炎症、感染、毒性代 謝物、自己免疫性反応は急性のミオパチーをきたしうるが、塩化カリウムの投与後に急速に症状が改善 されたことから、本症例では症状の原因として著しい低カリウム血症が考えられる。そのため、低カリ ウム血症を来しうる原因について議論する。理想的には、体重減少、両側性の女性化乳房といった、本 症例の特徴的な症状を説明できる診断をつける。 ・低カリウム血症の原因 カリウムは体内で最も豊富な陽イオンである。Na-K-ATPase による細胞膜を介した能動的なカリウム の取り込みのために、体内における約 98%のカリウムは細胞内に存在する。残りの 2%、約 60mmol の カリウムは細胞外の体液に存在する。典型的な西洋の食事でのカリウムの摂取量は 50-100mmol/日であ るとされる。 突然の血中カリウムの上昇は Na-K-ATPase による細胞内へのカリウム取り込み量の増加により妨げ られ、この経路はインスリンとカテコラミンにより刺激される。この細胞間のカリウム移動では体内の カリウムの純量は変わらない。また腎臓はカリウムのバランスを維持し、摂取されたカリウムの約 90% を排泄する。カリウムは糸球体によって濾過され、近位尿細管やヘンレループでアルドステロン作用に より調節を受けながら再吸収される。 腎臓はカリウムの尿排泄を 20mmol/日以下に減らすことができるため、純粋なカリウムの摂取不足か ら低カリウム血症に至ることは稀であり、慢性低カリウム血症の原因は、主に過度のカリウム喪失と関 係する。そういった場合では、腎性か非腎性の鑑別が必要となる。低カリウム血症が突然発症した場合、 細胞間のカリウム移動か全身性のカリウム不足、いずれが原因であるかを考えなければならない。 98%のカリウムは細胞内にあるため、細胞外液におけるカリウム値の変化は、比較的小さい変化であっ ても、臨床的には重要である。 ・腎性のカリウム喪失 本症例では高血圧状態が持続していた。持続性の動脈性高血圧はアルドステロン性か非アルドステロ ン性かを区別するのに重要な糸口となりうる。 1. アルドステロン関連腎性カリウム喪失 アルドステロン産生腫瘍(Conn’s syndrome)や副腎過形成による原発性アルドステロン症は低カリウ ム血症、高血圧を引き起こしうる。アルドステロン産生副腎皮質癌では体重減少や女性化入乳房(腫瘍 がエストラジオールを分泌していた場合)の説明がつく。アルドステロン上昇に加え、ㇾニンの上昇が 認められたのなら、二次性のアルドステロン症(レニン産生腫瘍や腎動脈狭窄)が考えられる。 高コルチゾール血症でも低カリウム血症、高血圧が起こりうる。コルチゾールはミネラルコルチコイ ド受容体との親和性が高いが、11βヒドロキシステロイド脱水素酵素(11β-HSD)による急速な代謝の ため、通常は結合が阻害されている。また慢性甘草中毒では偽性アルドステロン症になりうる。甘草 成分のグリチルレチン酸が 11β-HSD を阻害し、内因性コルチゾールのミネラルコルチコイド受容体 活性化を阻害できなくなる。あるいは、コルチゾールが非常に高値である時、11β-HSD の代謝能を超 えてしまい、カリウムバランスや血圧においてアルドステロン様の効果が発揮されることがある。本 1 <第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> 症例にあてはめて考えると、体重減少が見られていることからクッシング症候群ではなく異所性副腎 皮質刺激ホルモン産生肺腫瘍(おそらくは胸部画像所見から肺炎と誤診されている)の可能性が挙げら れる。患者の持参薬にクロベタゾールシャンプーと外用のグルココルチコイドがある。外用のグルコ コルチコイドによるクッシング症候群では、典型的には乾癬のような炎症性の皮膚病変が成人に認め られる点で否定的である。 グルココルチコイド反応性アルドステロン症、先天性副腎皮質過形成、11β-HSD 欠損症、Liddle 症 候群等といった重篤な遺伝子疾患でもアルドステロン値の上昇や偽性アルドステロン症によって、低 カリウム血症、高血圧を来しうるが、これらの疾患は年齢や家族歴からは否定的である。 2. アルドステロン非関連性腎性カリウム喪失 もし持続的な高血圧でないのなら、非アルドステロン性の腎性カリウム喪失を考える必要がある。例 えば利尿薬は最も一般的な低カリウム血症の原因である。カリウム喪失を引き起こす Bartter 症候群 や Gitelman 症候群では利尿薬の効果に類似した症状がみられるが、主に小児や若年者に診断される疾 患である。尿細管性アシドーシスが低カリウム血症と関連して認められるが、この患者の HCO3-は正 常値であった。HCO3-が正常値であったことから、本症例ではっきりと否定されているシンナー乱用 やトルエン中毒も否定的と言える。トルエンは馬尿酸へと代謝され、急速な馬尿酸アニオンの腎から の排泄の結果、カリウム喪失も引き起こされるが、その場合にはアシデミアが認められる。 ・尿検査 低カリウム血症の患者において 24 時間で 20mmol 以上の尿へのカリウム喪失が認められた場合、腎性 カリウム排泄過多が持続しているということである。24 時間蓄尿が困難なら、一回尿にて 15mmol/L 以 上のカリウムが検出された場合、尿中のカリウム排泄過多と言える。反対に、尿中のカリウム排泄が 24 時間で 20mmol 以下である場合や1回尿で 15mmol/L 以下であるのなら、腎前性のカリウム喪失や、非 腎臓性のカリウム喪失、細胞間移動が原因として考えられる。本症例では尿中カリウムは1回尿で 9.5mmol/L であり、非腎臓性の原因による低カリウム血症であると考えられる。しかし尿量が多い場合 では、比較的低い尿中カリウム値であっても腎性の低カリウムの可能性もある。 ・非腎性カリウム喪失 重度の下痢では、HCO3-の喪失に伴う代謝性アシドーシスに関連して、低カリウム血症を起こしうる。 逆に嘔吐では代謝性アルカローシスと低カリウム血症が引き起こされる。本症例では下痢、嘔吐ともに なかった。 ・細胞間移動 重度の低カリウム血症では、どんな原因によるものであっても筋力低下がみられるが、急性麻痺を伴 うほとんどの症例は、カリウム純量の減少ではなく細胞間移動による低カリウムが原因となることが多 い。軽度の筋力低下や麻痺という症状を間欠的に繰り返したという病歴からは細胞間のカリウム分布の 急激な変動が原因として疑わしい。珍しいケースでは、外因性の刺激によって細胞間のカリウム移動が 引き起こされ、重篤な低カリウム血症が生じることがある。例えば、プソイドエフェドリンのような交 感神経刺激薬の乱用は細胞膜の Na-K-ATPase を刺激して低カリウム血症を引き起こし、また高血圧、頻 脈、振戦も引き起こす。バリウム中毒も稀ではあるが、カリウムの細胞間移動の結果として低カリウム 血症性の麻痺を引き起こす。もっと一般的な疾患としては、家族性低カリウム性周期性四肢麻痺か甲状 腺中毒性周期性四肢麻痺が挙げられる。 2 <第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> 臨床的に家族性低カリウム性周期性四肢麻痺と甲状腺中毒性周期性四肢麻痺(TPP)の発作は鑑別が困 難で、ともに近位筋の疼痛、痙攣、筋力低下から麻痺をきたす。低カリウム血症は両者の顕著な特徴で ある(Table2)。両者において炭水化物を過剰に含んだ食事(例、ピザ数切れ)により、インスリンの NA-K-ATPase 刺激によって発作が誘発される。また、発作は激しい運動の後、運動中に放出されたカリ ウムが骨格筋に再吸収されることで、休憩中にも起こりうる。その他にも、本症例では男性に好発、酸 塩基平衡は正常、リン低値(細胞間移動のため)といった特徴が合致している。 家族性低カリウム性周期性四肢麻痺はジヒドロピリジン感受性カルシウムチャネルのα1 サブユニッ トやナトリウムチャネル SCN4A を含めた筋鞘のイオンチャネルの変異による常染色体優性疾患である。 TPP は一般的に後天性の疾患と考えられており、甲状腺機能亢進症を背景とするが、診察時には甲状腺 ホルモン高値はわずかであったり、認められないこともある。病因ははっきりとわかっていないが、甲 状腺ホルモンは Na-K-ATPase の発現と活性化を促進することが知られている。最近では甲状腺中毒性周 期性四肢麻痺患者においてカリウムチャネルに変異が認められている。 家族性低カリウム性周期性四肢麻痺は通常 20 歳以下の患者で発見される点で、主に 20-50 歳で発症す る TPP の方が、発症年齢では当てはまる。それ以上に重要なのは、本症例では甲状腺機能亢進症の主要 症状がいくつか認められていることだ。脈圧の大きな収縮期高血圧、頻脈、振戦、体重減少に加え、女 性化乳房は、遊離エストラジオールの増加のために甲状腺機能亢進症によくみられる合併症である。本 症例で患者が内服していたフィナステリドの抗アンドロゲン作用がホルモン異常を増悪させていた可能 性が考えられる。また、低カリウム性麻痺では延髄筋に障害が及ぶことは稀であり、本症例の目の霞み 症状はグレーブス眼症が原因である可能性がある。6週間前に肺炎で入院したことは甲状腺中毒性周期 性四肢麻痺の診断とは関連性がないが、可能性としては患者が多結節性甲状腺腫をすでに患っており、 造影剤を使用したことが甲状腺ホルモンの放出の引き金になったとも考えられる。 ・要約 間欠的な筋力低下と急性麻痺、尿中カリウム低値を示す低カリウム血症、甲状腺機能亢進症に矛盾し ない症状など、本症例の多数の特徴が TPP に合致する。TPP はアジア人に特に多く報告されており、ヒ スパニックを含む他の人種においても確認されている。治癒する疾患であり早期診断が重要である。塩 化カリウムの投与は致死性の不整脈や呼吸不全を防止するために適切であるが、TPP 患者では体内の総 カリウム量は減少しておらず、過剰投与はかえって高カリウム血症を招きうる。本症例では受診 14.5 時 間後に正常のカリウム値を認めている。甲状腺機能亢進症の生化学的な根拠から TPP の診断がつくので はないだろうか。 【臨床診断】 甲状腺中毒性周期性四肢麻痺(TPP) 【病理学的検討】 患者が救急外来を受診した際の採血では 0.01μU/mL(正常値 0.4-5.0μU/mL)と、顕著な甲状腺刺激ホル モン(TSH)低値が認められていた。甲状腺検査の結果、free T4 が 3.4ng/dL(正常値 0.9-1.8ng/dL)、total T3 が 307ng/dL(正常値 60-181ng/dL)と上昇を示していた。これらは甲状腺機能亢進症に矛盾しない所見 である。 3 <第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> 次に、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)、サイログロブリン(Tg)、TSH 受容体に対する自己抗体の検査 がなされた。抗 TPO 抗体は 1000IU/mL 以上(正常値<35IU/mL)と著しく上昇していたが、抗 Tg 抗体は 20IU/mL(正常値<40IU/mL)と上昇を認めなかった。自己免疫性甲状腺疾患での抗 TPO 抗体と抗 Tg 抗 体の正確な作用は病理学的にいまだ明らかになっておらず、付帯兆候の可能性も考えられておりバセド ウ病や橋本病といった自己免疫性甲状腺疾患における甲状腺炎の一般的なマーカーとなっている。TSH 受容体抗体は甲状腺刺激免疫グロブリン(TSI)の生物検定で評価される。TSI 生物検定では患者血清を元 に TSH 受容体シグナル経路の活性化能を調べるものであり、本症例の TSI 指数は 2.7(基準値 <1.3)だっ た。TSI 指数の上昇、甲状腺ホルモン高値、TSH 低値はバセドウ病に矛盾しない。珍しい例ではあるが、 橋本病初期では甲状腺ホルモン高値を認め、バセドウ病に似た検査結果を呈することがある。甲状腺外 の症状(眼障害や皮膚障害)や放射性ヨウ素の取り込み像が両疾患の鑑別に有用である。 入院後メチマゾールとメトプロロールの投与が行われた。数日間血中カリウム値が正常値であり、患 者は退院した。退院後、外来にて投薬を継続し、また甲状腺の Tc-99m シンチを施行した。(Fig.2) 甲状腺腫大とテクネシウムのびまん性の取り込み亢進が認められた。バセドウ病の特徴として矛盾しな い。約 3 週間後 freeT4 は 1.1ng/dL にまで減少しており、メチマゾールを減量した。2 ヶ月後、freeT4 低値、TSH が上昇しており、甲状腺ホルモン補充療法が開始された。その後、正常化した。 なお、もし家族性低カリウム性周期性四肢麻痺であったならば激しい運動や炭水化物の過度な摂取を 控えることで、発作の誘発を避けることが有効である。さらに非選択性 β 遮断薬は、カテコラミンによ る NA-K-ATPase 活性化を阻害し、また理由は不明だが、アセタゾラミド(炭酸脱水素酵素阻害剤)は麻痺 の予防に効果的とされている。不幸なことに家族性低カリウム性周期性四肢麻痺では進行性のミオパチ ーをきたしうる。 血中カリウム値 2mmol/L の低下は全身性のカリウム喪失 400-500mmol に相当しており、患者のカリ ウム値の変化と症状に気づくのは重要なことである。 4 <第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> Figure1. Algorithm for the Differential Diagnosis of Hypokalemia. 5 <第 12 回 担当:泊 Case 4-2012> 6