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思い出の国 忘れえぬ人々

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思い出の国 忘れえぬ人々
月刊『選択』
思い出の国
連載
忘れえぬ人々
第二十四回
退屈で静かなイノベーション(一)
元世界銀行副総裁
シンクタンク・ソフィアバンク シニア・パートナー
西水美恵子
思い出の国 忘れえぬ人々
第二十四回
退屈で静かなイノベーション(一)
(額面価格)
Face Value
バ ン グラ デ シ ュ の グ ラ ミン 銀 行 と 、 創 立 者 ム ハ マ ド ・ ユ ヌ ス 氏 が 、 ノ ー ベ
ル平和賞を受賞した。驚いた。
英国の「エコノミスト」誌(十月二十一日版)が、
と い う 欄 で 、 こ の 受 賞 に 触 れ て い る 。 活 動 規 模 や 刷 新 的な 活 躍 で グラ ミ ン 銀 行
と 肩 を 並 べ る バ ン グ ラ デ シ ュ の 機 構 や 「 世 界 に 五 万と あ る 」 ミク ロ 金 融 業 に 言
及 し 、ど れ ひ と つ 特 筆す る の は 不 公 平 だ と 述べ て い る 。 ユ ヌ ス 氏 を 「 ミ ク ロ 金
融の最もカリスマ的なチアリーダー」と評し、ミクロ金融の歴史は古いが、
「 氏(
は 明 ら か に 、 貧 民 相 手 の 金 融 業 の産 業 化 に 貢 献 し た 」 と の 見 解 。 さす が エコ ノ
ミスト誌、よく見ていると思った。
同 誌 は ま た 、 ミク ロ 金 融 業 界 は 大 き な 過 渡 期 に あ る と 指 摘 。 自 主 的 な 業 界 規
制体 制を 設立 して 資本源を 広げ 、業 務処理 に最新 技術を 応 用し、コ スト を下 げ
る必要があると記して、こう結んでいる。「手短に言うと、(ミクロ金融に)必
要 な こ と は 、 残 念な が ら 賞 な ど は も ら え な い け れ ど も 、 ダ イ ナ ミ ッ ク な 産 業 が
必然とする退屈で静かなイノベーションである」
。お見事と唸った。エコノミス
ト 誌 が 得 意と す る 英 国 風 の 品 の 良 い 皮 肉 に 、 そ う 言 え ば 、 そ の 「 退 屈 で 静 か な
イノベーション」を勧めてグラミン銀行に嫌われたこともあったと、苦笑した。
担 保な ど な い 貧 民 に 金 を 貸 し 、 預 金 を 促 し 、 保 険 の 性 格 を 持 つ 商 品 な ど も 提
供 す る ミク ロ 金 融 。 近 代 金 融 史 上、 そ の歴 史 は 、 信 用 組 合 の 歴史 の支 流と 考 え
るのが正しい。発祥の地はドイツ。バングラデシュではない。
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信 用組 合 の 開 拓者 は 、 産 業革 命 の 十 九世 紀中 頃 、 資 本 主 義と 市 場崇 拝 に偏 る
政 策 が 生 んだ 格 差 社 会 に 怒 りを 抱い た 二 人 のド イ ツ 政 治 家 だ っ た 。 彼 ら の 「 発
明 」 は 、 貧 困 に 苦 し む 人 々 の 自 助 自 立 精神 を 金 融 業 の 信 用 に 繋 げ たこ と 。 発 明
の 源 は 、 民 の 目 を 通 して 問 題を 見 極 め 、 民 の 観 点 か ら 解 決 策 を 考 え る 、 謙 虚 な
政 治 姿 勢 だ っ た 。 権 力を 捨 て 、 名 声 を 追 わ ず 、 ま さ に 「 退 屈 で 静 か な イ ノ ベ ー
ション」に生涯をかけた偉人たちだった。
産 業 革 命 の 影 響で ギ ル ド ( 同 業 組 合 ) 制 度 が 崩 れ た ド イ ツ で は 、 中 小 企 業 が
破 綻 し 、 生 活 の 術 を 失 っ た 人々 が 急 増 して 、 都 市 が ス ラ ム 化 して い っ た 。 貧 困
に 苦 しむ 人々 や 高 利 貸 し の 横 行 、 同 胞 の 苦 境 に 心 を 痛 め 、 冷 や や か な 資 産 階 級
に激怒し、格差が広がる母国を憂いた国会議員がいた。ヘルマン・シュルツ デ(人民銀行)という共済組合を創
Vorschussvereine
リ ッ ツ 氏 ( 一 八 〇八 ~ 八 三 年 ) が 、 そ の 人 。 貧 民 に自 立 の 道 を 開 こ う と 決心 、
政界を退き、一八五〇年に
立 し た 。 資 金 源 を 裕 福な 人 々 に 求 め て 貧 民 に 貸 す と い う 形 を と っ た に し ろ 、 信
用組合の原型が動き始めた。
人 民 銀 行 は 、 ド イ ツ の 都 市 か ら 都 市 へと 電 光 石 火 の 如 く 広 が り 、 都 会 の 貧 困
解消に大きな成果を収めた。氏自身が手がけた組合だけでも一千九百行に及び、
約五十万人の組合員を数える大組織となった。シュルツ デ-リッツ氏は、ドイツ
共済・信用組合法の制定(一八七一年)にも貢献した。
人 民 銀 行 が 動 き 始 め た 頃 、ラ イン 川 沿 い の 田 舎 町 に 、 フ リ ー ド リ ッ ヒ ・ウ ィ
ル ヘ ル ム ・ラ イ フ ェ イ セ ン ( 一 八 一 八 ~ 八 八 年 ) と い う 町 長 が い た 。 敬 虔 な キ
リ ス ト 教 徒 だ っ た 氏 は 、 ラ イン 流 域 の 農 民 のひ ど い 貧 し さ に 心 を 痛 め 、 学 校 教
育 、 就 職 斡 旋 、 金 銭 的援 助 な ど 、 い ろ いろ な 救 済 活 動 を 続 け て い た 。 し か し 活
動 の 成 果 と 持 続 性 に 疑 問 を 持ち 、 都 会 の ス ラ ム で 成 功 し た 組 合 活 動 を 農 村 に 応
用できないものかと、シュルツ デ-リッツ氏に教えを請う。
意 気 投 合 し た 二 人 は 、 人 民 銀 行 の モ デ ル 改 良 を 考 え た 。 農 業と は 、 大 自 然 を
管 理 す る 事 業 。 商 工 業で は 想 像 も つ か ぬ ほ ど 高 い リ ス ク を 負 う 。 だ か ら 、 民 族
や 貧 富 の 差を 超 えて 、 農 民 の 自 助 精 神 に は 頑 固 な 誇 り が あ り 、 彼 ら の 自 立 精 神
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に は 超 人 的と も い え る 力 が あ る 。 両 氏 は そ こ に 視 点 を あ て た 。 後 日 、 こ の 視 点
そ の も の が 、 ミ ク ロ 金 融 の 実 践 哲 学 と して 、 多 く の 発 展 途 上 国 に 生 き 続 け る よ
うになる。
二 人は 、 組 合 員 の 農 民 を 株主 と し 、 彼 ら の 内 か ら 選 ば れ たリ ー ダ ー た ち が 経
営 に 携 わ り 、 組 合 員 の 貯 蓄 を 促 し 、 全 員 が 個 々 組 合 員 へ の 信 用 融 資リ ス ク を 共
有 す る 金 融 体 系 を 考 え た 。 現 代 ミク ロ 金 融 業 は 、 両 氏 が 編 み 出 し た 体 系 を 基 本
として受け継いでいる。
ラ イ フ ェ イ セ ン 氏 は 、 特 に 組 合 の 人 材 育 成と 指 導 者 養 成 に 力 を 入 れ た 。 自 助
自 立 の 初 心 を 忘 れ ぬ 組 合 員 の 団 結 と 秀 で た リ ー ダ ー シ ッ プ を 育む こ と が 、 優 良
な 金 融 業 と し て の 成 長 に 繋 が る と 考 え た か ら だ 。 今 日 、 多 く の 発 展 途 上 国で 活
動 す る ミ ク ロ 金 融 界 に は 、 優 秀 な 金 融 業と し て 自 立 し 貧 困 解 消 に 成 果 を 挙 げ て
い る 組 織 も あ る が 、 残 念 な が ら 多 く は 公 私 援 助 や 補填 に 頼 り 持 続 性 に 欠 け る 。
ラ イ フ ェ イ セ ン 氏 の 信 念 は ミク ロ 金 融 業 の 善 し あ し を 見 極 め る 鍵 を 明 確 に 示 し
ている。
一 八 六 四 年 、 農 民 の 自 助 自 立 精神 に 基 づ く 信 用 組 合 第一 号 が 誕 生 し た 。ラ イ
フ ェ イセ ン 氏 が 生 涯 を か け た組 合 の 成 長と 成熟 は 目 覚 ま し か っ た 。 全 国 信 用 組
合 同 盟を 組 織 す る まで と な り 、 組 合 を 株 主 と す る 共 済 銀 行 さ え 創 立 し た 。 ド イ
ツ農民の貧困解消に大きな貢献を残したことは、言うまでもない。
ド イツ で の 成 功 は 、 欧 州 数 カ 国 に 信 用 組 合運 動 を 起 こ し 、 大 西 洋を 越 え る 。
ま ず カナ ダ の ケ ベ ッ ク 州 に 根 づ き 、 二 十世 紀 初 頭 に は 米 国 へ と 飛 び 火 。 貧 民 に
た か る 高 利 貸 し に 憤 りを 感 じて い た ボ ス ト ン の 実 業 家 や 弁 護 士 ら に よ っ て 組 織
化され、米合衆国の州から州へ次々と合法化されていった。
移 民国で 農 業 国の米国 のこと 。自 助 自立 精神 が 旺盛な国 民 性が 土壌と な り、
信 用 組 合 は 大 発 展 を 遂 げ た 。ち な み に 、 市 中 銀 行 か ら 疎 外 さ れ が ち な 外 国 人 が
多 い 国 際 通 貨 基 金 ( I M F )と 世 界 銀 行 に も 、 古 くか ら 両 姉 妹 組 織 が 共 有す る
職 員 信 用 組 合 が あ る 。 世 界 銀 行 そ の も のが 、 加 盟 国 国 民 の 「 共 済 ・信 用 組 合 」
と い う 金 融 体 系 を と るこ と も 手 伝 っ て 、 特 に 世 銀 職 員 は 組 合 運 営 に 熱 心 だ 。 私
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も リ ス ク 管 理 な ど に 「 う る さ い 」 株 主 の 一 人で 、 世 銀 は 辞 め て も 組 合 は 辞 め な
い。優秀な運営を持続するよう目を光らせている。
信 用 組 合 が 発 展 途 上 国 に 渡 っ た 経 路 は 、 定か で はな い 。 大 英 帝 国 時 代 の イ ン
ド で 初 め て 応 用 さ れ たと い う 説 も あ る 。 だ が 、 金 融 業 と し て 育 っ た の は 、 バ ン
グラデシュに相違ない。
そ の 種 を 蒔 い た 人 は 、 あ の 国 の 南 東 部 コ ミラ 県 に あ る バ ン グ ラ デ シ ュ 農 村 開
発 ア カ デ ミー の 初 代 総 長 ア ク タ ー ・ ハ ミド ・ カ ー ン 博 士 ( 一 九 一 四 ~ 九 九 年 )
だ っ た 。 六 〇 年 代 の 初 期 、 ミ ク ロ 金 融 を コ ミラ 県 の 農 村 開 発 実 践 研 究 の 一 手 段
に応用して、大成果を収めたのが始まりだった。
博 士は ケン ブ リ ッ ジ大 学 で 学 び 、 米 国 の ミシ ガン 州 立 大 学 にも 留学 し た。 ミ
シ ガ ン 州 は 、 信 用 組 合 活 動 が 最 も 盛 ん な 州 の一 つ 。 州 立 大 学 の学 生 ・ 職 員 信 用
組 合 の 歴 史 も 古 い 。 生 前 の 氏 に 聞い て おけ ば よ か っ た と 悔 や む が 、 留 学 時 代 に
信用組合の応用を着想したのだろうと推測する。
カーン博士も、権力を捨て、名声を追わず、「退屈で静かなイノベーション」
に生涯をかけた人だった。
(この項続く)
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著者紹介
西水 美恵子( にしみず
みえこ )
1975年、米ジョンズ・ホプキンズ大学大学院博士課程修了後、プリンス
トン大学助教授(経済学)
。80年に世界銀行入行。97年、南アジア地域
担当副総裁に就任。2003年に退職。現在は独立行政法人経済産業研究所
コンサルティングフェロー。07年に、シンクタンク・ソフィアバンク シ
ニア・パートナー就任。著書に『貧困に立ち向かう仕事』。
著者へのご意見やご感想は、下記アドレスにお送りください。
個人メールアドレス [email protected]
本稿は、西水美恵子氏が、月刊誌『選択』二〇〇六年十二月号に
寄稿したものです。
著作権は、著者に帰属しますが、配布は自由に行っていただけます。
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