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日本経済情報 2016 年 8 月号
Aug 26, 2016 伊藤忠経済研究所 日本経済情報 2016 年 8 月号 Summary 【内 容】 1. 日本経済の現状 4~6 月期 GDP で停 滞長期化を確認 設備投資は頭打ち が鮮明に 閏年の反動を考慮し ても個人消費は弱い 輸出は円高の影響 により軟調 政策依存度を高める 日本経済 2. 日本経済の見通し 今後も政策頼みの 状況が続く 景気対策は補正予 算により具体化 金融政策の「総括的 な検証」に注目 デ フ レ 脱 却 は 2018 年度以降 日本経済の改定見通し 2016 年 4~6 月期の実質 GDP 成長率は前期比横ばいにとどまり、日本 経済が停滞から抜け出す兆しすらないことが確認された。設備投資は 2 四半期連続の前期比マイナス、先行指標の機械受注も基調は弱く、頭打 ちが鮮明になりつつある。 個人消費は 4~6 月期に前期比+0.2%にとどまり、1~3 月期に閏年で水 準が高かった反動が出たとはいえ、半耐久財、非耐久財とも 1~3 月期 の増加以上に落ち込んでおり、個人消費の基調は極めて弱いと言わざる を得ない。個人消費の弱さは賃金の伸び悩みやマインドの悪化が背景と みられ、7 月の小売販売も冴えない動きが続いている。 輸出も、金額ベースで大幅に落ち込んでいるが、円高による価格の大幅 下落に加え、数量面でも減少しており、円高の影響が広がりつつある模 様。さらに円高が進んでいるため、今後も輸出は軟調に推移しよう。 日本経済は主要な民間需要がいずれも不振であり、公共投資や金利低下 を受けた住宅投資の拡大によって景気の腰折れを回避している状況。財 政・金融政策の下支えがなれければ景気は失速していた可能性もあり、 一段と政策依存度を強めている。 今後を展望しても、輸出の拡大に多くを期待できず、円高や景気停滞に よる企業業績の悪化も加わり設備投資の再拡大を望むべくもない。個人 消費も賃金の伸び悩みにより回復は見込み難く、今後も財政金融政策頼 みの状況が続こう。 伊藤忠経済研究所 主席研究員 武田淳 (03-3497-3676) takeda-ats @itochu.co.jp 財政政策については 8 月 2 日に景気対策が閣議決定され、9 月からの臨 時国会において一部予算化される見通しであり、今後は景気の下支え役 が期待される。ただ、一方の金融政策については、次回の決定会合で公 表される「総括的な検証」の結果を受けて、どのような変更が行われる のか不透明であり、今後の議論が注目される。 当研究所では、財政政策に加え、金融政策も一定の景気下支え効果を発 揮することを前提に、2016 年度の実質 GDP 成長率を前年比+0.7%、 2017 年度を+1.0%と予想するが、それでも需給ギャップの解消は 2017 年度終盤となり、デフレ脱却は 2018 年度以降となろう。 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 1. 日本経済の現状 4~6 月期 GDP で停滞長期化を確認 8 月 15 日に発表された 2016 年 4~6 月期 GDP の 1 次速報値は、前期比+0.0%(年率+0.2%)にと どまった。事前予想では前期比+0.2%程度、年率で 1%弱のプラス成長がコンセンサスであったが、 予想を下回る横ばいとなり、日本経済が停滞から抜け出す兆しすらないことが確認された(当社予想 は年率+0.9%) 。 主な需要の動向を見ると、個人消費が前期比+0.2%(年率+0.8%)にとどまったほか、民間企業設 備投資が▲0.4%(年率▲1.5%)と前期に続いて減少するなど、国内民間需要の 2 本柱が揃って低迷 した。また、輸出が前期比▲1.5%(年率▲5.9%)と 2 四半期ぶりに減少したことも景気停滞の大き な要因となった。そうした中で、公的固定資本形成(公共投資)が前期比+2.3%(年率+9.5%) 、住 宅投資が+5.0%(年率+21.3%)と比較的大きな伸びになったため、かろうじてマイナス成長を免れ たという評価が適当であろう。 実質GDPの推移(季節調整値、前期比年率、%) 15 機械受注と設備投資の推移(季節調整値、年率、兆円) 12 80 名目設備投資 10 機械受注(後方3期移動平均) 75 実質GDP 11 公共投資 5 その他 0 70 10 65 9 60 8 個人消費 純輸出 ▲5 設備投資 ▲ 10 ▲ 15 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 内閣府 55 7 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 内閣府 設備投資は頭打ちが鮮明に 設備投資は、上述の通り、1~3 月期の前期比▲0.7%に続き、4~6 月期も▲0.4%と小幅ながら減少が 続いた。前年同期比では 1~3 月期、4~6 月期とも+0.6%の小幅プラスにとどまり、設備投資の頭打 ちが鮮明となった。 さらに、先行指標である機械受注は、6 月に前月比+8.3%と 3 ヵ月ぶりの増加に転じたものの、4~6 月期でみれば前期比▲9.2%と大幅に落ち込んだ。内閣府は 7~9 月期に前期比+5.5%への復調を見込 んでいるが、それでも 4~6 月期の落ち込みをカバーできず、設備投資の反転上昇は展望できない。 そのうえ、円高地合いにある為替相場や、その影響もあって軟調に推移する輸出の現状(詳細後述) を踏まえると、今後も設備投資は停滞ないしは減少傾向が続く可能性が高いと考えるべきであろう。 閏年の反動を考慮しても個人消費は弱い 個人消費も引き続き冴えない。財別の内訳を見ると、サービス消費(1~3 月期前期比+0.3%→4~6 月期+0.2%)が底堅く推移し、耐久財消費(+6.8%→+1.3%)も持ち直しの動きが続いたものの、 衣料品などの半耐久財(+0.2%→▲1.4%)や食料品を中心とする非耐久財(+0.0%→▲0.3%)が 2 四半期ぶりのマイナスとなった。1~3 月期に閏年の影響で水準が押し上げられた反動による落ち込み が含まれているとはいえ、半耐久財、非耐久財とも 4~6 月期は 1~3 月期の増加以上に落ち込んでお 2 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 り、個人消費の基調は極めて弱いと言わざるを得ない。 家計消費の財別推移(季節調整値、前期比、%) 1人当たり平均賃金の推移(前年同月比、%) 4 1.5 3 1.0 2 0.5 1 0 0.0 ▲1 ▲ 0.5 ▲2 ▲3 その他 非耐久財 耐久財 ▲4 ▲5 ▲ 1.0 半耐久財 サービス 家計消費 所定外給与 特別給与 ▲ 1.5 総額 所定内給与 ▲ 2.0 ▲6 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2010 2016 ( 出所) 内閣府 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 厚生労働省 こうした個人消費の停滞の背景として、賃金・賞与の伸び悩みや、円高・株安が景気を下押しする懸 念が消費者マインドを悪化させていることが指摘できる。勤労者一人当たりの平均賃金は、1~3 月期 の前年同期比+0.7%から 4~6 月期は+0.6%へ伸びが鈍化した。主因は、今年の春闘が芳しくなかっ たため、4 月に改訂されることが多い所定内賃金(基本給)の伸びが鈍化、全体平均ではマイナスに 転じた 1ことである(1~3 月期前年同期比+0.4%→4~6 月期▲0.1%) 。また、消費者マインドの代 表的な指標である消費者態度指数は、4 月の 40.8 から 5 月 40.9、6 月 41.8 と改善が続いたものの、 それでも 1 月の 42.5 を下回っており、十分に回復していない。しかも、7 月は 41.3 へ低下、消費者 マインドは再び悪化している。 7 月の主な業態別の小売販売動向も、表面的には改 善しているが、中身は必ずしも良好とは言えない。 7 月の百貨店売上高(既存店ベース)は前年同月比 ▲0.1%となり 4~6 月期の前年同期比▲4.1%から 小売販売額の推移(前年同期比、%) 15 10 小売業計 コンビニ スーパー 百貨店 5 大きく改善したものの、専ら週末の日数が前年同月 0 より多かった影響によるものであり、それでも主力 の衣料品(前年同月比▲2.0%)が前年を下回り、 食料品(▲0.0%)も前年並みにとどまったことは、 消費の弱さを示していると言えよう。なお、訪日外 ▲5 ※小売業計の直近期は7月単月。 百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。 ▲ 10 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 経済産業省、 各業界団体 国人向け販売(免税売上高)は前年同月比▲21.0%と大幅な落ち込みが続いているが、購買客数は 13.7%増加しており、一人当たり購入額の大きい転売目的の大量購入が激減しているに過ぎない 2。 訪日外国人数は、伸びこそ鈍化しているものの依然として前年比 2 割前後増加しており、通常の外国 人観光客による購買は底堅く推移している。 7 月のスーパー売上高(既存店ベース)も前年同月比+0.2%と 4~6 月期の前年同期比▲0.8%から改 善したが、百貨店同様、週末の日数が多かったことによる面が大きい。週末の影響を受けにくいコン ビニ売上高(既存店)が 4~6 月期の+0.5%から 7 月は+0.3%へ伸びが鈍化したことを見ても、物販 に関しては個人消費の足取りは重い。 1 2 相対的に賃金水準の低いパートタイム労働者の割合が増えたことにより平均賃金が押し下げられた。 中国の規制強化により転売目的の個人購入に本来の関税がかけられた影響が大きいとみられる。 3 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 輸出は円高の影響により軟調 輸出も低調な推移が続いている。7 月の輸出額は前年同月比▲14.0%となり、2 ヵ月ぶりの二けたマ イナス、4~6 月期の前年同期比▲9.6%と比べてマイナス幅が拡大した。輸出額を価格要因と数量要 因に分けて見ると、数量は 4~6 月期の前年同期比▲1.3%から 7 月は▲2.5%へ、価格は▲8.3%から ▲11.8%へそれぞれマイナス幅を拡大させたが、価格面の落ち込みがより大幅かつ急である。すなわ ち、円高の進行を受けて競争力維持のため円高価格を大幅に引き下げているが、それでも数量面での 落ち込みに歯止めを掛けられない状況にあり、輸出の基調は名目、実質ともに弱い。 輸出金額の推移(前年同期比、%) 輸出数量指数の推移(季節調整値、2010年=100) 20 150 数量指数 15 130 輸出金額 10 120 5 110 0 100 ▲5 90 80 ▲ 10 ▲ 15 EU アジア 米国 合計 140 価格指数 70 ※直近期は7月単月 2011 2012 ※当研究所試算の季節調整値で最新期は7月単月 2013 2014 2015 60 2008 2016 ( 出所) 財務省 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 財務省 当研究所試算の季節調整値では、7 月の輸出数量指数の水準は全体で 4~6 月期を 0.5%上回っており、 主な仕向地別にも、米国向けが 3.6%、EU 向けが 2.4%、アジア向けが 0.8%、それぞれ上回ってい る。ただ、いずれの地域向けも 4~6 月期に前期比で落ち込んだ後であり、4~6 月と 7 月を均して見 れば輸出は数量ベースでは概ね横ばい推移にとどまっている。さらに、足元でドル円相場が 1 ドル= 100 円前後まで円高が進んでいることを踏まえると、輸出は今後、価格面のみならず数量面でも明確 に減少に向かう可能性が高い。 政策依存度を高める日本経済 以上の通り、日本経済は輸出、設備投資、個人消費といった主要な民間需要がいずれも不振であり、 公共投資と住宅投資の拡大によって景気の腰折れを回避している状況である。そして、公共投資の拡 大は昨年度補正予算の本格執行によるものであり、住宅投資の拡大が主に日銀の金融緩和による金利 低下の結果だとすれば、財政・金融政策の下支えがなれければ景気は失速していた可能性もある。日 本の景気は、一段と政策依存度を強めていると言えよう。 4 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 2. 日本経済の見通し 今後も政策頼みの状況が続く 今後を展望しても、海外経済が緩慢な拡大にとどまると見込まれる中で、現状のドル円相場の水準で は輸出の拡大に多くを期待できない。さらに、円高や景気停滞による企業業績の悪化が加わり、設備 投資についても特に製造業において再拡大を望むべくもなく、個人消費も賃金の伸び悩みにより回復 は見込み難い。少なくとも当面は、民間需要に景気の牽引役を期待できないため、日本経済は今後も 財政金融政策頼みの状況が続こう。 「未来への投資を実現する経済対策」の規模と内容 事業規模( 兆円) 財政措置 主な内容 国・地方 の歳出 財政 投融資 3 .5 3.4 2 .5 0.9 保育・介護の受け皿整備、保育士・介護人材の処遇改善 奨学金制度の拡充、年金受給資格期間の短縮、簡素な給付措置 21世紀型のインフラ整備 1 0 .7 6.2 1 .7 4.4 大型クルーズ船受入のための港湾整備、農林水産物の輸出設備整備 リニア中央新幹線開業前倒し、整備新幹線建設加速化 英国のEU離脱に伴うリスクへの対応 中小企業・小規模事業者、地方の支援 1 0 .9 1.3 0 .6 0.7 セーフティネット貸付制度、JBIC海外展開支援融資、雇用保険料引き下げ 地方創生推進交付金の創設、金融機能強化法の期限延長 3 .0 2.7 2 .7 0.0 熊本地震からの復旧・復興、東日本大震災からの復興加速化 災害対応の強化・老朽化対策、テロ対策 2 8 .1 1 3 .5 7 .5 6 .0 一億総活躍社会の実現の加速 熊本地震・東日本大震災の復興 防災対応の強化 合計 (注)網掛け部は「真水」 (出所)財務省資料 景気対策は補正予算により具体化 財政政策については、8 月 2 日に閣議決定した景気対策(未来への投資を実現する経済対策)が 9 月 中旬ないしは下旬に召集予定の臨時国会において一部予算化される見通しである。なお、景気対策の 事業規模は 28.1 兆円、うち国および地方政府が直接事業を行う、いわゆる「真水」は 7.5 兆円であり、 その他は財政投融資資金を活用した公的融資や制度融資枠の拡大などとみられる。また、景気対策の 中身は、①保育・介護の受け皿整備や簡素な給付措置など「一億総活躍社会」の実現加速(真水 2.5 兆円)、②中央リニアや港湾整備などのインフラ整備(1.7 兆円) 、③主に公的融資を活用した英国 EU 離脱などリスク対応および中小企業・地方支援(0.6 兆円) 、④熊本・東日本震災の復興・防災対策(2.7 兆円)となっている。 報道 3によると、今回の景気対策のうち、国の 2016 年度 2 次補正予算に計上される額は、 「1 億総活 躍社会の実現加速」に関する 7,119 億 円、「21 世紀型インフラ整備」1 兆 2016年度一般会計2次補正予算のイメージ (億円) 4,056 億円、 「英国の欧州連合離脱に伴 1億総活躍社会の実現加速 うリスク対応等」4,307 億円、 「震災か 21世紀型インフラ整備 らの復興、防災」1 兆 9,688 億円(一 部は 1 次補正予算に計上済) の計約 4.5 兆円となる見込みである。これらのう ち、4 兆円弱が公共投資に結び付く事 3 英国の欧州連合離脱に伴うリスク対応等 震災からの復興、防災 7,119 建設国債 14,056 前年度剰余金 4,307 その他 ▲ 7,000 既定経費の減額(国債費など) ▲ 5,301 3 2 ,8 6 9 (注)各種報道により当研究所にて作成 8 月 22 日 NHK ニュース、ロイターなど。 5 2,544 2,825 19,688 熊本地震復旧等予備費の削減 歳出計 2 7 ,5 0 0 歳入計 3 2 ,8 6 9 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 業とみられ、地方負担分を合わせると、予算規模 5 兆円程度、GDP 比約 1%の公共投資が追加される 見通しである。 ただ、景気対策を盛り込んだ補正予算の成立は 10 月となり、公共投資関連に限れば事業が執行され るのは大部分が年明け以降となろう。したがって、2016 年度中(2017 年 3 月末まで)に消化される 公共事業関連予算は全体の 2 割程度、実質 GDP 成長率への寄与は 0.2%Pt 程度押し上げられると見 込まれる。また、2017 年度については、GDP 比で残る 0.8%程度の規模の公共投資が上積みされる ことになるが、2016 年度が押し上げられた分を差し引くと成長率への寄与は 0.6%Pt 程度ということ になる。 金融政策の「総括的な検証」に注目 金融政策については、日銀が次回の決定会合(9 月 20~21 日)において、これまで進めてきた量・ 質・金利の 3 次元による金融緩和の「総括的な検証」が議論される予定であり、その内容が注目され る。「検証」は主に金融緩和の効果が中心になるとみられるが、その結果次第では、 「3 次元緩和」と いう金融政策の枠組み自体が見直される可能性もある。 ただ、「3 次元」のうち、 「金利」は伝統的な政策手段であり、マイナス金利の是非はともかく、現行 の無担保コール翌日物金利や日銀当座預金金利をターゲットとする枠組みを変更するとは考え難い。 マイナス金利についても、幾つかの問題点が指摘されているとはいえ、金利引き下げに一定の効果が あり、導入して 1 年も経たない現時点で後戻りという選択はないであろう。また、 「質」についても、 金利政策の補完的な役割、すなわち政策金利の変動が信用リスクや金融システムの不安定化など様々 な問題によって社債利回りや貸出金利などに十分に波及しない、いわゆる目詰まりを排除するという 大きな役割を担っており、社債利回りや貸出金利が低下していることが示す通り十分な効果が確認で きることから、現行の枠組みにメニューが追加されることはあっても、大きな見直しを迫られる状況 にはないだろう。 したがって、最大の注目点は残る「量」の緩和である。現在の量的金融緩和の中心は、日銀が自らの 国債保有残高を年間 80 兆円増加させるペースで購入し続けることであるが、80 兆円というペースは 年間の新規国債発行額(2015 年度一般会計決算ベース 34.9 兆円)を大きく上回っているため、既に 日銀が短期債を含む国債の 34%(2016 年 3 月末時点、資金循環勘定ベース)を保有するに至ってい る。一方で、預金や年金資金を大量に抱える民間金融機関においては、運用難の中で引き続き国債に 対する需要が根強く、多方面から指摘されている通り、日銀の国債買入れ余地は確実に縮小している。 国債・政府短期証券の保有状況(兆円) マネタリーベースとマネーストックM3の増加額(前年同期比、兆円) 1,200 その他 金融機関 除く中銀 90 中央銀行 1,000 800 80 M3 70 マネタリーベース 60 50 600 40 400 30 20 200 10 0 0 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2010 2016 ( 出所) 日本銀行 2011 ( 出所) 日本銀行 6 2012 2013 2014 2015 2016 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 さらに、その効果についても、懐疑的な見方がある。国債購入などによる量的緩和の最終的な目標は、 マネタリーベース (通貨発行高 4と日銀当座預金残高の合計)を年間 80 兆円増加させることであるが、 こうしたマネタリーベース拡大に期待される効果は、マネーストック 5の拡大を通じて、また、資金 需給の面から金利を低下させることで、景気を刺激することである。しかしながら、前者に関しては、 その効果は十分とは言えない。実際の数字で確認すると、2013 年 4 月に日銀がベースマネーの増加 ペースをそれまでの年間 10 兆円前後から 60~70 兆円へ、2014 年 10 月には 80 兆円まで引き上げた が、その間、マネーストック(M3)の増加ペースは、2012 年度の 23.5 兆円から 2013 年度は 35.1 兆円へ加速したもののベースマネーの増加幅を下回り、以降も 2014 年度 31.7 兆円、2015 年度 35.0 兆円と伸び悩んでいる。 イールドカーブの推移(国債利回り、%) 0.9 一方で、後者の金利低下効果については、長期金利 が国債 10 年物利回りで 2013 年の初めの 0.8%台か らベースマネーの増加ペース加速を決めた 4 月には 0.4%台へ、増加ペースをさらに速めた 2014 年の年 0.8 2013/01/04 0.7 2013/04/04 0.6 2014/12/30 0.5 2015/12/30 0.4 末には 0.3%近くまで低下したことが示す通り、特 0.3 に初期において大きな成果があったと言える。ただ、 0.1 低下幅という観点では、このところ効果が弱まりつ 0.2 0.0 ▲ 0.1 1年 つあるという見方もできる。 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年 ( 出所) C EIC DAT A いずれにしても、金融政策の効果についての詳細な分析は、日銀による「検証」によって明らかとな ろう。ただ、少なくとも量的金融緩和については、上記の通り限界に近づいている可能性や、その手 段と効果に対する懸念から、見直しの対象となる可能性が十分にあろう。日銀は、2015 年 5 月に行 った「 『量的・質的金融緩和』 :2 年間の効果の検証」の中で、国債買い入れの効果について「イール ドカーブ全体に下押し圧力」を加えたとしている。この分析結果を踏まえれば、より最終的な目的で ある長期金利の水準自体に目標を設定することで、国債保有残高の増加ペース目標を取りやめる、な いしは国債の需給環境などの状況に応じてある程度の幅を持たせることは、有力な選択肢となろう。 なお、インフレ目標については、消費者物価上昇率 2%という数字が欧米と同水準であり、円の対ド ルないしは対ユーロ相場に中立的な物価上昇率という趣旨を踏まえると、2%という目標は維持され る可能性が高い。ただし、その達成時期については、これまで延期を繰り返してきたことが示す通り、 資源価格や海外経済動向など外部環境に左右され易いことを考慮して、2 年後などという明確な期限 は設けず、中長期的な目標として示すにとどめることも選択肢となろう。 デフレ脱却は 2018 年度以降 当研究所では、上記の通り政府の経済政策が今後、徐々に具体化し、また、日銀が金融政策を見直す ことにより、ドル円相場は円高進行に歯止めが掛かり、来年にかけて米国の利上げを織り込みながら、 緩やかな円安傾向になると想定している。 4 日本銀行券発行残高と貨幣流通残高の合計。 金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量。従来の「マネーサプライ」と基本的に同じ概念であるが、本来の定 義に近づけるために統計を見直した際に名称も変更された。 5 7 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 その場合、当面はこれまでの円高進行や景気 日本経済の推移と予測(年度) 停滞を受けた企業業績の悪化により、企業の 設備投資は低迷、賃金も冬のボーナスが抑制 前年比,%,%Pt されるなど伸び悩む状況が続き、個人消費の 実質GDP 回復も遅れることとなろう。ただ、経済対策 の執行により景気の底割れは回避されると みられる。以上の結果、2016 年度の実質 GDP 成長率は前年比+0.7%にとどまり、 2014 2015 2016 2017 実績 実績 実績 予想 予想 2.0 ▲0.9 0.8 0.7 1.0 国内需要 2.4 ▲1.5 0.7 0.8 0.8 民間需要 2.2 ▲1.9 0.8 0.5 0.6 2.3 ▲2.9 ▲0.2 0.7 0.8 8.8 ▲11.7 2.4 2.2 ▲6.2 2.1 ▲0.4 1.5 個人消費 住宅投資 3.0 0.1 (▲0.3) (0.5) 1.6 0.1 1.6 1.5 設備投資 在庫投資(寄与度) 2015 年度の+0.8%から小幅ながら減速す 政府消費 ると予想する。 公共投資 2017 年度に入ると、ドル円相場が再び緩や 2013 純輸出(寄与度) 輸 出 (0.3) (▲0.1) (▲0.0) 0.9 10.3 ▲2.6 ▲2.7 4.2 3.7 (▲0.3) (0.8) (0.1) (▲0.1) (0.1) 4.4 7.9 0.4 ▲0.9 2.5 かな円安基調となり輸出は緩やかに回復、景 6.8 3.4 ▲0.0 ▲0.4 1.9 名目GDP 1.7 1.5 2.2 0.5 0.5 気対策の執行が本格化し、需要の底入れと相 実質GDP(暦年ベース) 1.4 ▲0.0 0.5 0.5 0.9 俟って企業業績も持ち直し、日本経済はよう 鉱工業生産 3.3 ▲0.5 ▲1.0 ▲0.2 2.9 やく成長と分配の好循環を取り戻そう。実質 失業率(%、平均) 3.9 3.5 3.3 3.1 3.0 GDP 成長率は前年比+1.0%へ高まると予 消費者物価(除く生鮮) 0.8 2.8 ▲0.0 ▲0.0 1.1 (出所)内閣府ほか、予想部分は当研究所による。 輸 入 想する。 需給ギャップと消費者物価上昇率(前年同期比、GDP比、%) この場合、仮に潜在成長率を内閣府が試算する年 2 0.3%としても、2016 年 1~3 月期時点で GDP 比 除く消費税・食料・エネルギー 1 ▲1.1%程度とみられる需給ギャップ(内閣府推 計)が解消する時期は 2017 年度終盤とみられ、 0 消費者物価上昇率の 2%達成が視野に入るのは ▲1 2018 年度以降となろう。デフレ脱却への道のり ▲2 は依然として遠い。 ▲3 ▲4 2010 予想 需給ギャップ(GDP比) 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 ( 出所) 内閣府、 総務省 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊 藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負い ません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と 整合的であるとは限りません。 8 2018