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戦争と平和をどう語ってきたか (2)

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戦争と平和をどう語ってきたか (2)
戦争と平和をどう語ってきたか(2)
野田隆稔(1965年卒)
第2章
戦争は人が起こす
戦争や紛争が起きる原因は次のようにいろいろ考えられる。
宗教的対立一一異教徒の対立(十字軍等)、同教徒同士の対立(ユグノー戦争、三十年戦
争、イラク・イラン戦争等)から起きる宗教戦争。
領土・資源をめぐる対立一一戦争の多くはこれに由来する。植民地争奪戦争がその典型。
湾岸戦争の原因の一つにイラクがクウェートを自国の州と主張した領土問題がある。
現在世界中で、帰属が決定していない所(日本で言えば、竹島、尖閣諸島)が多くあり、
経済水域などが絡み、紛争の危険性を含んでいる。
民族的対立一一多数民族による少数民族の圧迫から起貪る。冷戦終了後の多くの紛争(ツ
チ族どフツ族の対立から起きたルワンダ紛争、ボスニア。ヘルツゴヴィナ紛争、チェチェ
ン紛争等々)は民族紛争が多い。あるいは、他国に住んでいる自民族保護のために起きる。
ナチス・ドイツがチェコスロヴァキアのズデーテン地方の割譲を求めたのは、そこにドイ
ツ人が多数住んでいたため、ドイツ人保護の名目で割譲を求めた。これが第二次大戦のき
っかけの一つになる。
植民地解放戦争一一植民地支配からの解放を求めて起きる(ベトナム戦争)。比較的正義
の戦争とみなされる9
政治戦争一一政治上の対立だけが原因で起きる場合はほとんどないが、冷戦中の戦争・
紛争は資本主義・社会主義という政治対立から生み出された。ある地域でどの国が政治的
ヘゲモニーを握るかという政治的対立も絡んでいる。
単純に一つの要因で戦争が起きることはまれで、幾つかの要因が複雑に絡み合って、戦
争は起きる。具体的に、19
8 0年に起きたイラク・イラン戦争を例にして見てみる。イ
ラクとイランには国境線をめぐる領土的対立、シーア派国イランとスンナ派国イラクの宗
教的対立、中東における指導権をイラクが握るかイランが握るかという政治的一対立、それ
にアメリカの中東における覇権主義が絡んで起きた。
死の商人の存在一=一一戦争は上に挙げた様々な要因が絡み合って起きるが、政治家や軍人
を動かし、彼らを戦争に駆り立七る黒幕がいる。それは「宛の商人」といわれる軍需産業
の独占資木家たちである。岡倉古志郎氏の『死の商人』(岩波書店)によれば「文字どおり
『商人』であり、槍や鎧を封建領主に売りこむ商人であり、高々、こういう武器をつくる
手工業者にすぎなかった。(中略)資本主義が、その発展の歴史的、必然的な結果として、
生産の集積、資本の集中をもたらすにいたるや、『死の商人』は独占資木そのものになって
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いった。」ものである。
「死の商人」である軍需産業は兵器が売れなければ儲けにならない。食品や電化製品な
ど違って個人が買うものではない。買うのは国家である。「死の商人」にとって、自国でな
く、敵国であっても購入してくれればどこの国でもいいのだ。ボーア戦争(1899
1902)の
とき、イギリスの軍需産業が造った兵器がボーア人に買われ、それがイギリス軍の砲兵陣
地を壊滅させたというような例は挙げれば事欠かない。
イラン・コントラ事件(1986年)もその典型的な例である。これはアメリカ政府が敵国で
めるイランに武器を売り込み、そめ資金をニカラグアの反政府組織コントラ(反民主主義
的な親米軍閥組織)に流した事件である。
「死の商人」は世界で平和な状態が続けば兵器が売れずに、利潤を上げるととが出来ない。
そのために、戦争をつくり出すのである。独占資本となった彼らは新聞・TVなどのマス
メディアを通じて世論操作をし、金や名誉や様々な手段を駆使し、政治家を動かし、人々
の愛国心を喚起し、戦争をつくりだす。
ブッシュ政権とハリーバートンなどの軍需産業との結びつきは強い。「大量破壊兵器の存
在」「イラクに民主化」というのは大義名分であって、木質は彼ら「死の商人」たちが、ブッ
シュやフレア政権を動かして戦争を起こしたのである。アイゼンハウアーは大統領をやめ
るに際して、「政府が軍産複合体に支配されてはいけない」と警告した。プッシュ政権はア
イゼンハウアー・の警告の正しさを証明した。
さら4こ、イラク戦争の中で明らかになったのが、戦争請負会社の存在である。P=W=
シンガーは了戦争請負会社』(NHK出版)で、「民営軍事請負企業PMF
(Ptivatized
Military Firm)と呼ばれる新しいものである。軍事技術の燥供を専門とする法人で、戦闘
作戦、戦略計画、作戦支援、教練、習熟した技能が含まれるjと定義付けている。この会
社は戦争や紛争がないと存在できないから、ときの権力と結びついて、戦争を起こす可能
性がある。彼らも「死の商人」である。
軍縮や兵器廃止に反対しているのは国際的に手を結んでいる世界の「死の商人」=軍需
産業である。
ここでは戦争の原因を詳しく述べるのではなく、`戦争は人が起こすことを指摘したい。
大事なことは戦争によっで解決しようとする政治家、あるいは軍人がいることである。
どんな厳しい状況であっても、政治家・権力者が最終決断をしなければ戦争は起きない。
長崎で被爆し、献身的な活動をした永井隆は「戦争がおこるだろうかはなく、戦争は人
間が起こ十。やるかやらないかは人間が決めるのだ」と戦争の木質を看過した。
戦争は地震や津波のように、不可抗力のものではない。様々な要因が絡み合って危機的
な状況があっても、人が起こすものだから、戦争は避けることができる。
今面のイラク戦争でもブッシ4のアメリカ、フレアのイギリスが国連査察団の言い分を
聞いていれば、仏・独・露の言い分を聞いていれば、戦争を起ニさずにすんだ。フセイン
も戦争になつたら多数のイラク国民が死ぬ事がわかっていたわけだから、アメリカの脅迫
に屈するという恥辱もあったろうが、国民のために辞職してもよかった。
今回の戦争は避けられた戦争であった。戦争を避けるというのが指導者の最大の義務な
のに、その義務を怠った三人の指導者の倣岸さから引責起こされたものである。永井隆氏
が言うように戦争は人間が起こしたのだ6だから、逆に考えると政治家や権力者が戦争を
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決断で着ない状況をつくれば「戦争は避けること」が出来る。
第3章
戦争をなくするために
(1)発想の転換一一軍事力で人間は守れない
世界の歴史は軍事力で国を守るという発想によって動いてきた。軍事力の弱い小国は軍
事力の強い巨大国に征服されるか、従属させられてきた。悲しいことにそれは事実であっ
た。高度め地域文明を発達させていたアジア・アフリカ・アメリカが15世紀以後、ヨー
ロッパの植民地にされたのは軍事力に負けたからであった。
ヨーロッパにおいても小国に分裂していたイタリアはフランスと神聖ローマ帝国に脅か
され、何度も侵略を受け、一部領土は両国に支配された。ポーランドは三度も亡国の憂き
Bを見た。バルカンの国々もオスマン・トルコを始め大国に支配されたレ
20世紀なってもナチス・ドイツはヂェコを占領し、ポーランドを分割した。
日本は朝
鮮を併合し、中国に侵略した。これは強力な軍事力を背景とする侵略であった。
弱肉強食の歴史から、自国を守るためには軍事力だという考えが定着した。敵より強力
な軍水力を持てば相手から攻められず自国を守ることができるという「軍事力抑止論」で
ある。その結果、世界は際限のない軍拡になり、それを維持するために国民生活を圧迫し、
経済的疲弊を起こしたため、しばしば軍縮会議が開かれ、軍縮が行われた。しかし、軍縮
は各国のバランスをとるためのものであって、平和のための完全軍縮ではなかったため、
すぐに破綻、した。
人類ぽ多大な人的被害と経済的損害と人々に悲しみを責した戦争を二度も経験しながら
も、為政者は「軍事力抑止論」から抜け出すことが出来なかった。冷戦構造の中でそれはさ
らに拡大し、ついには「核拍止論」になり、人類絶滅兵器の核兵器の過当競争になった。人
類は絶滅の危機の中に生きながらも、未だに戦争も核兵器も止めることが串来ないでいる。
国の自衛のためには軍事力を持つのが常識になっている。「丸裸では国を守ることが出来
ない。憲法9条は国を丸裸にするものだ。だから憲法を変えなければならない]という論
理が一定の説得力を持っている。そして今、日本はその方向へ大きく足を踏み出したや
「軍事力でしか国を守れない」というのは常識なのだろうか。軍事力平和論者は「人類の
歴史の中で、軍事力を持たないで国・を守れた例はない」という。だから、非武装は夢想だ
という。
スイスは軍隊を持っているが、スイスの軍事力がどの程度かははっきりりえないが、た
いした軍事力ではないと考えるのが普通であろう。そのスイスは16
4 8年以来、永世中
立国として平和を守ってきた。ヒトラー率いるナチスでさえもスイスには侵略しなかった。
それはスイスが強固な軍事力を持っていたからでない。長い間、中立国として、戦争に巻
き込まれないように努力してきたからだ。
コスタリカは20世紀後半になって軍事力を捨てた国だ。それでも今のところコスタリ
カがどこかの国に侵略を受ける危険性はないといわれている。
スイスやコスタリカのような小国だからそれでもいいが、強国はそうはいかない、国際
平和のために紛争を解決する必要があるのだという論理がある。冷戦時代もそうであった
が、ほとんどの内戦や紛争の裏に大国の陰がぢらついている。大国が戦争や紛争に関与し
ているのだ。
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紛争を解決するためには軍事力が必要だというのはマッチポンプ的で欺痛である。
「逆も真なり」という言葉がある。つまり、非軍事で自衛することが出来るというごとだ。
これまでの人類の歴史の中で、軍事力で平和を保たれたことはない。戦争の害について
は前述した通りで、―做人にとっては何の得もない。人類は幾多の戦争で多くの悲しみと
被害を受けてきた。戦争では何も解決せずに、憎しみと悲しみと破壊を残すだけであり、
そこから立ち直るにも何年もかかるのだ。
つまり、軍事力による平和維持は歴史上ありえなかった。過去の歴史を学ぶ中で、「軍事
力による平和維持」という虚構の論理から、発想を転換して、人類は「非軍事による平和」
の論理に転換することが求められている。
「軍事による平和」もありえないのだから、今まで人類が経験したことのない「非軍事に
よる平和」を求める政策に発想を転換する必要がある。
(2)世界は平和を求めている
人類は大きな犠牲を出しながら、市民革命や社会主義革命を経て、「平和・民半主義・人
権」を一入一人の権利として獲得してきた。
しかし、その歴史は比較的新しく、アメリカ
独立宣言からでも230年ぐらいしか経っていない。それは完成されたものではなく、人
類の不断の努力によって実現されるものである。
日本では「平和・人権・民主主義」が始められたのは19
まだ未成熟である。韓国では19
4 5年以後であるから、まだ
8 8年、盧泰愚か大統領になって民政が始まってからで
あり日が浅い。いまだ「平和・民主主義・人権」が保障されていない国も多い。保障され
ている国より、そうでない国のほうが多いが、人々はその実現を求めて、努力をしている。
人類は20世紀に二度にわたる悲惨な戦争を経験した。そこから、戦争では基本的人権
が無視され、民主主義もなくなることを学んだ。諸国の経済的協力・文化交流を通しての
世界平和の維持が、基本的人権・民主主義の保障に不可分であることを知った。平和の維
持こそが全ての基本であることを認識し、それ力付日木国憲法」に結実し、「世界人権宣言」、
さらには各国の憲法に反映していった。
「世界人権宣言」の冒頭には「人類社会のすべての構成員の、固有の尊厳と平等にして譲
ることのできない権利とを承認することは、世界における自由と正義と平和との基礎であ
るので、人権の無視と軽蔑とは、人類の良心を踏みにじった野蛮な行為を生ぜしめ、一方、
人間が言論と信仰の自由および恐怖と欠乏からの自由とを享有する世界の到来は、一做の
人々の最高の願望とノして宣言されたので、(以下略)』(『人権宣言集』岩波書店)と記され
ている。
日本国憲法前文ではr日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高
な理想を深く自鴬するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われら
の安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏
狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい
と思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存
する権利を有することを確認する。」となっている。「日本国憲法」にしても「世界人権宣言」
にしても、過去から学んで作り上げた人類の目標である。
「日木国憲法」や「世界人権宣言」が出来た当時の国際社会の世論は戦争反対であ句、人々
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の国際的連帯で平和を作り上げようとするものであった。
そういう世界の人々のごく当り前の願いを踏みにじってきたのが、大国の為政者と軍産
複合体のシステムであり。、民族対立を煽る狭隣なナショナリズムであった。
しかし、世界の人々は平和を求めて、様々な運動を繰り広げてきた。国家間的に見れば
軍縮交渉である。坂木義和によれば、「軍縮は兵器の生産や保有そのものを削減し、あるい
はそれを廃棄することを指すのですが、軍備管理という場合には、兵器め開発、実験、配
備、使用など、要するに兵器の運用の仕方を規制するのにとどまるわけです」(『軍縮の政
治学』岩波書店)とし、戦後の軍縮は軍備管理の方向に行ってしまったと指摘しているが、
戦略兵器削減条約(START)や包括的核実験禁止条約(CTBT)になり、一定の歯
止めを果たし七いる。
あるいは非同盟主義であり、19
5 5年に出された「平和十原則」注1などである。こ
れらの動きが曲がりなりにも第三次世界大戦の勃発だけは避けている。
国家を超えて、人々は平和のだめに戦ってきた。杉並の主婦たちが始めた原水爆禁止運
動は世界的な運動になったし、パグウォッシュ会議注2などの反核運動を作り出した。ベ
トすム反戦運動がアメリカのべ卜すみ撤退に大きな影響を与えた。
今回のイラク戦争でも、結果的には戦争をとめることが出来なかったが、国連による・「イ
ラク戦争決議」を出させず、世界世論から遊離したアメリカとイギリス、数十力国の同盟
国による戦争にし、それらの国々を孤立化させた。
今回のような例もあるが、かってのようなナチス・ドイツがチェコを併合し、ポーラン
ドを分割したような強国の弱小国への侵略は出来にくくなうてきているレしかし、現実に
はベトナム戦争・ソ連のアフガン侵攻を始め幾つかあるが、永くは続かないし、国際世論
の支持を受けた被侵略国の勝利によって終わっている。
まだ、その国際的な平和を求める力がアメリカのような大国を直接的に動かすまでには
至っていないが、日本国憲法にあるように「諸国民の公正と信義」が戦争をなくす方向に
向かっている。
私はそういう世界の平和を求める人々とともに歩んで行きたいし、そういう流れを教育
でつくらなければならないと思っている。
注1
1955年、バンドン会議で合意された原則。周恩来、ネルーの平和五原則に、基本的人権の尊重、
諸国民相互の平等、国際紛争の平和的解決などを加えたもの。
注2
1957年、バートランド=ラッセルとアインシュタインが呼びかけた国際科学者会議。、核兵器禁
止運動の中心組織となる。
(3)・戦争はある日突然起きるのではない
戦争は地震や津波と違って、ある白「突然、予測なく起きるのではない。起きるまでには
時間的経過がある。また、そういう状況になった経緯がある。経緯と経過の中で、話し合
いで、つまり外交で解決することができる。
今回のイラク戦争でも、戦術・戦略は間違っていたけれども、米・英はイラクに一応ボ
ールを投げかけた。それはフセインにとっては到底飲めないものであったし、米・英が「戦
争ありき」の外交姿勢であったからうまくいかなかった。米・英・日は国連安保理で惘喝
と利益をえさに多数派工作を行ったが、賛成を得ることが出来なかった。米・英の外交の
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失敗であったと言われている。
湾岸戦争のとき思ったことがある。それは何故、父ブッシゴとフセインは直接会談をし
なかうたのjヽということである。今回も子ブッシュとフセインは一度も直接会談をしなか
った。会談したところでうまくいくとは限らないが、本当に彼らが危機を取り除きたかっ
たら、会談をするべきであった。私に言わせれば国連を舞台にした外交はあったが、独・
仏を始め、世界の首脳は危機回遊のための真剣な外交を行ったとはいえない。
世界の首脳は「自国の防衛のために、有事のために」というが、それは逆転した発想で
ある。「有事」がおきないように政治・外交をするのが為政者の務めである。有事を作らな
い外交・掴際協調を展開すれば道は開ける。
危惧だといいのだが、私は「アメリカ一辺倒」の日木の外交のあり方にっや七心配して
いるし、最近の中国・韓国との外交に心を痛めている。
小泉首相が靖国参拝に固執し、中国・韓㈲の批判を聞こうともしない姿勢が、中国・韓
国との関係を悪化させた。中国・韓国との間には領土問題、それに伴う資源財題、戦後保
障の問題と未解決部分が多い。国連の常任理事国入り(私は憲法に反することが起きるこ
とが想定されるので反対である)に両国は反対し、政治の面マは完全に冷えている状況で
ある。これでは朝鮮による拉致問題の解決のために、中国・韓国に協力を申し入れても、
受け入れてもらえないであろう。これ以上悪化しないような外交をしていかなければなら
ない。私は国が冷えているなら、国民が親善関係をつくればいいと思うている。韓流ブー
ムが真の日韓親善になることを願っている。
(4)自衛のための戦争はない
今回のイラク戦争でも、アメリカは「アメリカヘの恐怖を取り除く自衛のための先制攻
撃だ」とし、戦争を起こした。自衛のための戦争は許されるというのが世界の常識である
が、これまで、自衛以外で起こされた戦争はあるのだろうか6
歴史上、「わが国は領土・資源が欲しいので、この国を侵略する」といって戦争を行った
国はない。歴史的に見れば、明らかに侵略戦争であるのに、どの国も自衛を大義として掲
げて戦争を起こした。
ナチス・ドイツは「ドイツ人保護」を名目・に、オーストリアを併合し、チェコスロヴァ
キアを解体し、ドイツ経済圏を主張し、戦争を行った。
日本は「満蒙は日木の生命圏」だとし、日中戦争を行った。
ソ連は「社会主義を守る」のだとし、ハンガリーやチェコスロヴァキアの民主化を武力
で鎮圧した。
前述したアメリカのベトナム戦争などの数々の蛮行も「アメリカの利益の擁護と自由。主
義圏を守る」という大義を掲げて行った。
朝鮮も核兵器の開発はアメリカから自国を防衛するためだといっている。
つまり、全てが「自衛」の名目であった。
「自衛」とは何をさすのか。攻撃されてから、自国を守るために戦うことが自衛なのか。
今の近代兵器で攻撃を受けたら、ものすごい被害が責される。攻撃を受けてから立ち上が
ったのでは自衛にならない9攻撃される前に攻撃を防がないと自衛にならない。
迎撃ミサイルは相手のミサイルが着弾する前に空中で破壊することが出来る。湾・岸戦争
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で使われたパトリオットミサイルである。
しかし、撃墜率は1QO%ではない。また、攻撃
ミサイルが迎撃ミサイルを灘けるた昨の装置を装備すれば、さらに撃墜率時低下する。と
いうことは相手の基地に先制攻撃をかけて基地をたたいて防がないと自衛にならないので
ある、
自衛のために先制攻撃をすれば、lj目手国からすれば侵略を受けたことになる、自・衛が侵
略戦争になるのだ。
朝鮮問題が硬直化してくるにつれて、政府のタカ派は「先制自衛論」を唱え、そのため
の軍備整備をしろと主張している。そういう考えが与野党を問わず、若手議員に横溢して
いる。危険な兆候である。
以上述べたように、自衛のための戦争はない。もし、あるとしたら、占領や植民地にさ
れた国々が起こす解放戦争であろう。ベトナム戦争やアフガンニスタンのソ連からの解放
戦争などは自衛のための戦争といえる。現在のイラクの反米闘争も自衛戦争といえるかも
しれない。
しかし、私はいかなる戦争にも反対であるから、自衛戦争でも武力の伴わない戦いを模
索すべきと考える。それはインドのガンディーが行った非暴力・不服従闘争である。これ
については後述する。
(5)戦争の原因をなくす
CMに「○○は元からたたなければ・・・」というものがあった。戦争の原因やテロめ
原因の一つに、経済上の貧困が上げられる。
経済上の貧困はその国め政情を不安定にし、独裁政治を生み出す。その独裁政治が行過
ぎると、国際的緊張を生み出す。
かつて東南アジアでは、インドネシアのスハルト政権、フィリッビンのツルコメ政権な
どがあったが、民主化運動の高まりの中で崩壊した。多くの独裁国家が崩壊したにもかか
わらず、いまだに世界には多くの独裁国家が存在する。朝鮮、リビア、ミャンマー注3な
どである。イラクもその、一つであったが、イラク戦争で崩壊した。いくつかの独裁国家は
崩壊したが、経済的格差があ、る限り、違った形で独裁国家は生まれるであろう。
いまや世界の富の格差は広がりつつある。・世界一の金持ちといわれと)マイクロソフト社
の「ビル=ゲイツ会長の年間個人所得は、バングラディシュの年間国内総生産額(GDP)
を上回る」(『国際協力と平和を考える50話』森英樹
岩波書店)9一人の収入は1億人が
作り出す富より多いという馬鹿なことが起きている。
確実な統計資料を出すべきだが、数字、の羅列をしてもわかりにくいだけだから、池田香
代子のベストセラー『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス刊)をもとに貧
困の実態を見てみる。
「20人は栄養がじゅうぶんヤはなく
1人は死にそうなほどです
でもユ5人は太り
過ぎです」一人口を65億と考えれば、13億人が飢えで苦しみ、6500万人が餓死し
ていくということである。
「全ての富のうち
人が39%を
ち
6人が59%をもっていて
20人が、たったの2%を
20人が80%を使い
みんなアメリカ合衆国の人です
74
分けあっています」「すべてのエネノレギーのう
80人が20%を分けあっています」一経済のグローバル化
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で富の格差が広がっている。
貧困は先進国への出稼ぎを生む。許容量を超えた出稼ぎは出稼ぎ国との間に摩擦がおき、
出稼ぎ国では排他的なナショナリズムを生み出し、国際的な摩擦が起きる。石原慎太郎め
「犯罪者発言」はその例であるし、フランスでウルトラ右翼が台頭したのも、ドイツで新
ナチが暗躍している背景にも外国人労働者の入国問題がある。
貧困からの脱出のため、開発独裁脳出現し、人権抑圧や民主主義の破壊、民族・部族対
立がおき、それが政情不安定を作り出し、紛争となって戦争の原因の糸口になっている。
アルカイダをはじめとする国際テロ組織が様々なテロを起こす背景の根本には貧困かあ
る。貧困を解決すること、これが世界を平和にする根本だ。
世界の国々はものすごい軍事費を使うている。それで行われるのは人的・経済的・環境
的破壊である。軍事費を国民の生活のために回せば、国民生活は豊かになる。特に先進国
の軍事費を世界の人々の福祉と生産活動に回せば世界からかなりの部分の貧困をなくすこ
とができ、世界を安定化させることが出来る。
私はユニセフ(unicef)に関係している。ユニセフ募金のパンフレットに「3、000円で
『失明から子どもを守る1年分のビタミンAカプセルを700人分。または、必要最低限の
文房具一式を14人分』、8、、000円で『肺炎から子どもの命を守る抗生物質5日分を299人
分。または、4人の子どもが6種類の予防接種(ポリオ、飛太しか、ジフテリア、百日ヽ咳、結
核、破傷風)を受けることができます』、50、000円で『安全な飲み水を得るための浅井戸用
ポンプ、パイプ、付属品一式を3基分。または、生徒40人分の教育セットを4クラス』に
配布することができます」と書いてある。このパンフレットを読んで、いつも思うこ拍よ
戦争に使う費用があるなら、こういうところに使えば、多くの人の命が助かり、貧困が少
なくなり、平和になるであろうということである。
注3
ミャンマーから来ている留学生(彼はアウンサ'ン=ス=チーを支持する民主派で、ミャンマー
に帰る事ができすに、名古屋に住んでヽいる)が、「ミャyマーヽは軍事独裁政権がつけた名であるので、自
分たちはビルマを国名として使用している」と語ってくれた。彼の言い分はわかるが、ここでは国際的
に使用されているミャンマーとした。
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