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米国の減税路線に終止符を打つのは誰か

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米国の減税路線に終止符を打つのは誰か
2005 年 5 月 25 日発行
米国の減税路線に終止符を打つのは誰か
-問われる「野獣飢えさすべし」論の是非-
<要旨>
・ 米国では、先に成立した 2006 年度予算決議に、1997 年以来となる義務的経費の削減
が盛り込まれるなど、財政健全化に向けた動きがみられる。しかし、現在議論されてい
る財政健全化策では、減税路線の継続が大前提となっており、今後の米財政の行方を見
通すにあたっては、減税路線見直しの有無が重要なポイントになる。
・ こうした観点で注目されるのが、ブッシュ政権や議会共和党が、均衡財政にこだわらず
に、財政赤字下でも減税を実施する論拠としてきた、「野獣飢えさすべし(Starve The
Beast)」論(減税を先行させ、歳出削減が不可避な状況を作り出すことで、小さな政府
の実現を目指す)の行方である。
・ 「野獣飢えさすべし」論には、二つの限界が指摘されている。すなわち、第一に、これ
までの実績では、減税に歳出削減が伴っていないことであり、第二に、ベビー・ブーマ
ー世代の高齢化により、年金や医療保険支出が増加することが確実視されるなかでは、
増税も含めた財政健全化策を検討せざるを得ないと考えられることである。
・ こうしたなかで、共和党関係者のSTB論支持にも揺らぎがみえる。とくに、減税路線
の維持が行政サービスの低下に直結しかねない州政府のレベルでは、州民やビジネス界
の意向を背景に、共和党が主導権を握っている場合でも、増税が提案されるケースが少
なくない。
・ とくに注目されるのが、コロラド州の動向だ。同州では、今秋に「野獣飢えさすべし」
論をもっとも明確に法定化したといわれる州憲法上の規定について、これを一時停止す
ることを求める住民投票が行なわれる。1970~80 年代の米国では、減税を求める州レ
ベルでの動きが、レーガン政権による大減税の先駆けとなった経緯がある。国民の問題
意識の低さが財政健全化の障害になっているなかで、州レベルとはいえ、世論が「野獣
飢えさすべし」論に下す判断は、米財政の今後に大きな示唆を与えよう。
本誌に関するお問い合わせ先
みずほ総合研究所(株) 政策調査部
主任研究員 安井明彦
Tel(03)3201-0521
E-mail:[email protected]
ブッシュ政権は、2009 年度までに財政赤字を半減することを公約している。しかしなが
ら、具体的な赤字削減策では、歳出削減が明確に打ち出される一方で、増税はいぜんとし
て選択肢に入っておらず、米財政の今後を見通すにあたっては、減税路線が明確に変更さ
れるかどうかが大きなポイントとなっている。こうしたなかで本稿では、ブッシュ政権や
議会共和党が、均衡財政にこだわらずに、財政赤字下でも減税を実施するよう主張する一
つの論拠としてきた、「野獣飢えさすべし(Starve The Beast)」論を巡る議論に注目す
る。とくに州政府レベルで、州民の世論を背景に、「野獣飢えさすべし」論への異議申し
立ての動きがあることは、今後の米財政の行方を占う上で見逃せないポイントである。
1. 「二兎」を追うブッシュ政権~財政赤字の削減と減税路線の維持
二期目を迎えたブッシュ政権は、2009 年度までに財政赤字を半減するという公約を掲げ
ている。ブッシュ政権の財政赤字半減策の目玉は厳しい歳出抑制であり、これによって、
「財政赤字の削減」と「減税路線の維持」の二兎を追うというのが、ブッシュ政権の考え
方だ。米議会もこうした政権の方針に同調しており、財政健全化という観点では、1990 年
代後半以降にみられてきた歳出面での「大盤振る舞い」に歯止めがかかる可能性が指摘で
きる一方で、歳入面では減税路線が縮小される程度にとどまっている。
(1) 赤字削減策の目玉は歳出抑制
ブッシュ大統領は、2005 年 2 月に
2006 年度予算教書を発表し、2009 年
図表1
度までに財政赤字を半減するという
16
選挙公約を実現するための具体策を
14
12
提案した1。
の目玉は、厳しい歳出抑制である。と
8
6
くに裁量的経費2のうち、国防省・国土
4
安全保障関連以外の部分は、2006 年度
2
が前年度比▲1%、07~10 年度は据え
0
全体
-2 2001
置きとされた。また、国防省・国土安
2010 年度までにその伸び率を1%ま
(%)
10
ブッシュ大統領の財政赤字半減策
全保障分を加えた裁量的経費総額も、
2006 年度予算教書での裁量的経費提案
国防省・国土安保以外
03
05
07
09
(年度)
(注) Budget Authority ベースの前年度比。イラク戦費等の補正予算
を除く。2006 年度以降がブッシュ政権案。
(資料) Congressional Budget Office, 2004 年 2 月。
で抑え込むこととされている(図表
1)3。
1
2
3
2006 年度予算教書の評価については、安井(2005 年 3 月)参照。
米国の歳出は、裁量的経費と義務的経費に大別できる。裁量的経費は、毎年立法措置によって歳出額を
決める必要がある経費を指す(いわゆる一般経費)。義務的経費は、毎年の立法措置がなくても、既存
法に則って自動的に各年度の歳出が決まる経費を指し、具体的には、医療保険や年金などが含まれる。
行政府(行政管理予算局)試算。定義については、図表1(注)参照。
1
予算教書では、義務的経費におい
ても、メディケイド(低所得者向け
図表2
医療保険)などを中心に、2006~10
2500
年度の 5 年間で 510 億ドルの歳出削
2000
減が提案されている4。第一期ブッシ
1500
ュ政権ではメディケア(高齢者向け
1000
医療保険)の拡充などが提案されて
各年度の予算教書での義務的経費提案
(億ドル)
500
おり、ブッシュ政権誕生以来、義務
0
的経費の削減が予算教書で提案され
2002
たのは今回が初めてである(図表2)
5。
(2) 縮小しつつも減税路線は維持
03
04
05
06
-500
(年度)
-1000
(注) 当初 5 年間の累計。
(資料) Congressional Budget Office 資料
他方で、第一次ブッシュ政権の経
図表3
済政策において、「一枚看板」的な
役割を果たした減税路線については、
6000
その規模を縮小しつつも、第二期も
5000
これを維持していく方針が示された。
具体的には、2006 年度予算教書で
3000
億ドルの減税6が提案されている。た
2000
で最大だった 2002 年度予算教書で
1000
0
の減税提案額と比較すると約 4 分の
2002
1の規模であり、第一期の平均減税
提案額と比較しても、3 割強程度の
(億ドル)
4000
は、2006~10 年度の 5 年間で 1,250
だし、これは、第一次ブッシュ政権
各年度の予算教書での減税提案
03
04
05
06
(年度)
(注) 当初 5 年間の累計。Refundable Tax Credit を含む。
(資料) Congressional Budget Office 資料
水準に止まっている(図表3)7。
(3) 議会も政権の方針を尊重
共和党が多数党を占める米議会も、厳しい歳出抑制を講じ、「財政赤字の削減」と「減
税路線の維持」を両立させるというブッシュ政権の方針を、尊重する姿勢を示している。
ブッシュ政権による予算教書の発表を受けて、米議会は 4 月 28 日に、今年の予算審議の
青写真となる 2006 年度予算決議を採択した。
4
5
6
7
予算教書に基づく議会予算局の試算(Congressional Budget Office, 2005 年 3 月)。ブッシュ政権自体
は、同期間に 680 億ドルの歳出削減が実現できると主張している。
2003 年に処方薬代への保険適用を主眼とするメディケア拡充策が成立している(安井、2003 年 12 月)。
予算教書で見込まれている税収(ベースライン)対比の新規減税額(以下同じ)。
いずれも議会予算局試算。定義については、図表3(注)参照。
2
歳出では、まず裁量的経費について、
2006 年度の総額が前年度比 2%増、うち
図表4
米議会における歳入・義務的経費関連措置
600
非国防省・国土安全保障費が同▲1%と、
(億ドル)
400
ほぼブッシュ政権の提案と同水準に抑
200
0
えることとされた。また、義務的経費で
-200
は、ブッシュ政権の提案には届かなかっ
-400
たものの、2006~10 年度で 347 億ドル
-600
-800
面での財政規律が弱体化し8、いわば「大
盤振る舞い」の状況が続いてきた。しか
03
06
01
97
99
20
00
減に踏み込むことになる(図表4)。
歳入
95
年以来、約 10 年ぶりに義務的経費の削
-1400
93
-1200
19
90
りに予算審議が進めば、米議会は 1997
米国では、1990 年代後半以来、歳出
義務的経費
-1000
96
の歳出削減が目指される。予算決議どお
(年)
(注) 議会が採択した財政調整法と 03 年の医療保険改革法が財政
に与える影響を年平均に直して採択年に表示。1995、1999、
2000 年は大統領拒否権により廃案。2006 年度は予算決議。
医療保険改革法を除き、財政調整法以外の措置は含まない。
(資料) Congressional Budget Office 資料など
し、2006 年度予算の審議状況をみる限り、裁量・義務的経費ともに、こうした傾向に歯止
めがかかる可能性がある9。とくに、義務的経費については、今後ベビー・ブーマー世代の
高齢化が進展するなかで、その抑制が重要な課題となっており、政権・議会がその削減に
踏み込んだことの重要性を過小評価すべきではない。
他方で、歳入面では、予算決議も、ブッシュ政権の提案と同様に、第一期よりは縮小傾
向ながら、減税路線の継続を支持している。米国議会は 1993 年以来増税を採択していない
が、2006 年度についても、減税の規模は近年よりも縮小される可能性がある一方で、増税
までは、財政健全化策の選択肢に入ってきていないのである(図表410)。
2. 指摘される「野獣飢えさすべし」論の限界
このように、ブッシュ政権・議会共和党は、歳出抑制の意図を明確に示す一方で、増税
は引き続き財政健全化の選択肢としていない。しかし、中長期的な観点からは、歳出削減
だけに頼った財政の健全化は難しいという意見は少なくない11。このように考えると、今後
の米財政の行方を見通すに当っては、減税路線の見直しの有無が重要なポイントになる。
8
安井(2002 年 12 月)参照。
もっとも、高速道路建設予算など、議会には大統領の要望を超えた歳出増を模索する動きがみられるの
も事実であり、歳出削減の実効性に評価を下すにはまだ時間が必要である。
10 図表4は、財政調整法(予算決議に基づいて行なわれる措置)以外の増減税、義務的経費増減を含んで
いない(2003 年の医療保険改革法は例外的に含めている)。したがって、2002 年、2004 年のブッシュ
減税等はここに含まれないが、歳入、義務的経費のトレンドに関する記述には影響がない。
11 ブッシュ政権の「2009 年度までに財政赤字を半減する」という公約に限れば、減税路線を維持しなが
ら、これを達成することは不可能ではない(安井(2005 年 3 月)参照)。しかし、米財政が本格的に厳
しい状況となるのは 2010 年頃からであり、これ以降については、減税路線を維持しながら財政健全化を
達成することは難しくなると考えられる。
9
3
この点で注目されるのが、「野獣飢えさすべし(Starve The Beast:STB)」論の行
方である。「減税を先行させ、歳出削減を不可避にする」というこの議論は、ブッシュ政
権・共和党が、均衡財政を気にせずに、減税を推進する論拠の一つとなってきた。しかし、
最近では、①歳出削減の実績が伴っていない、②ベビー・ブーマー世代の高齢化に対処でき
ない等の「限界」も指摘されており、共和党のSTB論支持にも揺らぎがみえる。
(1) 赤字下での減税遂行を支えてきた「野獣飢えさすべし」論
STB論は、「サプライ・サイド効果」論と並んで、共和党が、赤字増加要因である減
税を推進する論拠の一つである。第一期ブッシュ政権の減税政策は、米国の財政事情を悪
化させてきたが、従来は均衡財政を志向してきた共和党が、こうした路線を推進してきた
背景には、STB論の存在があった。
STB論は、共和党が目指す「小さな政府」を実現するための戦略として、減税を先行
させ、財政状況を悪化させる(政府=「野獣」を「飢えさせる」)ことで、歳出削減を不可
避にするという考え方である。こうした考え方は、1980 年代のレーガン政権当時から有力
になってきたといわれ12、「野獣飢えさすべし」という言葉自体も、第一期レーガン政権で
予算管理局長を務めたデビッド・ストックマン氏が命名者だというのが通説である13。
STB論は、過激な歳出削減を強要するという雰囲気があり、一般の国民に対して悪印
象を与える可能性があるため、政府高官や議員が表立ってこれを支持することは稀である14。
しかし実際には、現在のブッシュ政権・議会共和党にも、STB論を支持する傾向がある
と考えられている。例えば、2001 年 8 月にブッシュ大統領は、財政収支が赤字化したこと
は、議会に財政規律を強いるという意味で、非常に良いニュースだと発言している15。また、
上院共和党指導部の一人であるサントーラム上院議員なども、「私は財政赤字反対派をや
めた。財政黒字は使わなければいけないが、赤字であれば(歳出拡大に)反対しやすいか
らだ」と述べている16。
また、STB論は保守系反税団体17の支持が強い。最近では、ブッシュ政権に強い影響力
を持つといわれる、全米税制改革協議会(Americans for Tax Reform:ATR)のグロー
バー・ノーキスト氏が、STB論の熱心な支持者として知られる。
さらに、STB論に対しては、経済学者のなかにも一定の支持がある。例えばシカゴ大
学のゲイリー・ベッカー教授などは、政府歳出の規模は利用可能な税収の水準に左右され
る傾向にあるとして、減税の効用の一つに低歳入が低歳出をもたらすことをあげている18。
12
13
14
15
16
17
18
Ture, 1992 年 8 月.
Krugman, 2003 年 9 月.
Kilgore, 2003 年 6 月.
Krugman, 2003 年 9 月.
Kilgore, 2003 年 6 月.
この他に、Freedom Works, Reason Foundation などがあげられる。
Becker et al, October 2003.
4
(2) 疑問符がつく「サプライ・サイド」効果論
STB論のほかに、財政赤字下の減税を擁護する論拠としては、「サプライ・サイド効
果」論19がある。
「サプライ・サイド効果」論は、減税による財政赤字の増加は一時的な現象であり、減税
による経済成長の促進が、税収増を通じて自然に財政赤字を穴埋めするという議論である。
一般国民への悪印象が懸念されるSTB論と違い、「サプライ・サイド効果」論には、「歳
出を削減しなくても、財政赤字を気にせずに減税を実施できる」という点で、楽観的な印
象がある。このため、共和党のなかには、本音ではSTB論を支持しながらも、外向きの
広報戦略として「サプライ・サイド効果」論を強調する傾向があったともいわれる20。
「サプライ・サイド効果」論は、STB論と同様に、レーガン政権の頃に有力になった
経緯がある。また最近では、議会が減税法案を審議する際に、これが財政に与える影響に
ついては、「サプライ・サイド効果」による税収増を加味して考えるべきだという議論が展
開されたことがある(いわゆる「ダイナミック・スコアリング」の導入)21。
しかし実際には、レーガン減税の直後には、「サプライ・サイド効果」論が期待するよ
うな税収増は起こらなかった。ダイナミック・スコアリングについても、議会予算局など
が実際に試算した結果、それほど大きな「サプライ・サイド効果」は見られなかった。こ
うしたことから、「サプライ・サイド効果」論の有効性には疑問符がついている22。
(3) 指摘される「野獣飢えさすべし」論の限界
最近では、「サプライ・サイド効果」論のみならず、STB論についても、①歳出削減
の実績が伴っていない、②ベビー・ブーマー世代の高齢化に対処できない、といった二つの
「限界」が指摘されている。
① 伴わない歳出削減の実績
STB論について指摘されている第一の限界は、歳出削減の実績が伴わないことである。
とくに第一次ブッシュ政権では、巨額の減税と歳出拡大が並行して進められており、ST
B論はあてはまらなかった。また、議員の投票行動も、STB論とは矛盾している。
図表5は、1980 年代以降の米財政について、政策面の影響を取り出してみるために、景
気面などの影響を除いたベースの推移を示したものである。これによると、歳入について
は、1980 年代前半の第一次レーガン政権と、2000 年代前半の第一次ブッシュ政権期に、
GDP対比での規模が低下している。
19
広い意味での「サプライ・サイド効果」は、減税によって経済の供給面が強化されることで、経済の成
長力が高まるという意味合いがあるが、本稿では、「減税→経済成長→税収増」という狭義の議論に限
定してこの言葉を使う。
20 Krugman (2003 年 9 月)は、STB論者には、「サプライ・サイド効果」論の現実性を疑いながら、政
治的にこれを利用していた向きが少なくなかったと指摘している。
21 安井(2003 年 2 月)。
22 Krugman (2003 年 9 月)
5
しかし、歳出に目を転じると、第一次レ
図表5
ーガン政権期では横ばい、第一次ブッシュ
25
政権期には、むしろ裁量的経費が増加して
おり、STB論のような展開はみられない
23。逆に、裁量的経費が減少している
米国財政の推移(GDP対比)
(%)
20
歳入
1990
15
年代には、歳入も増加している。
また、議員の投票行動もSTB論を裏付
義務的経費
10
けていない。この点について興味深いのが、
Pledge24:以後「誓約」と表記)」と呼ば
0
1980 83
れる文書と議員の投票行動に関する、ブル
ッキングス研究所のウィリアム・ゲイル氏
裁量的経費
5
「新税反対の誓約(いわゆる No New Tax
86
89
92
95
98
01
04
(年)
(注) 景気要因などを除いた Standardized-Budget ベース。
(資料) Congressional Budget Office, 2004 年 9 月、2005 年 2 月
らの研究である25。
「誓約」は、所得税率の引き上げや、所
図表6
主要法案に賛成票を投じた割合
得控除などの撤廃に賛成しない旨を誓約
する文書で、S TB論の熱心な支持者であ
2001年減税
るグローバー・ノーキスト氏率いるATR
「誓約」署名議員
減税
が、選挙に立候補する政治家に対し、これ
2003年減税
に署名するよう迫る運動を全米規模で展
開しているものである26。2005 年 3 月現
医療保険改革
在、国政レベルでは、ブッシュ大統領を筆
歳出増
頭に、上院議員 46 人(全上院議員の 46%)、
「誓約」非署名議員
農業法
下院議員 222 人(全下院議員の 51%)が
(%)
0
「誓約」に署名しており、そのほとんどが
20
40
60
80
100
(注) 農業法は下院のみ。
(資料) Gale et al, 2004 年 7 月
共和党議員である27。
23
コロンビア大学のチャールズ・カロリミス教授らは、1983~2001 年度の財政動向を分析した結果、「予
想しない歳入の増加が起こると、これに応じて歳出も増加する」という関係性が認められたとして、こ
のことがSTB論を裏付けていると主張している(Calomiris et al, 2002 年 3 月)。また、歳入減が歳
出減につながるまでには時間がかかるという指摘もあるが(de Rugy, 2004 年6月)、こうした議論には、
第一次レーガン政権の減税から 1990 年代の歳出削減までには約 10 年が経過していることや、その間に
ブッシュ(父)政権やクリントン政権による増税が実施されているという弱みがある。
24 正式な名称は、The Taxpayer Protection Pledge.
25 Gale et al, 2004 年 7 月.
26 ATRでは、「誓約」に署名した政治家を選挙で支援すると同時に、当選後の投票行動をチェックし、
「誓約」に違反した政治家は、次の選挙で落選に追い込むような運動を繰り広げることで、「誓約」維
持への圧力をかけている。また、1988 年の共和党予備選挙で、ドール上院議員(当時)が「誓約」に署
名しなかったことが、ブッシュ副大統領(当時)が勝利する一因であり、1992 年の大統領選挙でブッシ
ュ元大統領が落選した背景には、保守系反税団体が「誓約」破りを容認しなかったためだとも指摘され
ている(Kilgore, 2003 年 6 月)。
27 誓約本文及び、署名状況(国政レベル)は、http://www.atr.org/pledge/national/incumbents.html。
6
STB論者が正しいとすれば、「誓約」に署名した議員は、減税に賛成する一方で、歳
出面では厳しい姿勢をとるはずである。しかし、ゲイル氏らの研究によれば、「誓約」に
署名した議員は、減税に賛成する一方で、歳出を拡大させるような法案にも賛同する傾向
が強かった(図表6)。ゲイル氏は、これらの議員は、歳出増に賛同しているだけでなく、
減税による歳入減に見合うような歳出削減策を別途提案しているわけでもないとして、S
TB論は現実と矛盾すると指摘している。
② ベビー・ブーマー世代の高齢化
「STB論には実績がともなわない」という指摘に関しては、冒頭に触れたように、2006
年度予算審議では、ブッシュ政権・共和党議会が厳しい歳出削減に踏み出そうとしている
という反論もあり得る。しかしながら、STB論については、ベビー・ブーマー世代の高
齢化にともなう財政事情の悪化には、歳出削減だけでは対処しきれないというもう一つの
限界が指摘されている。
STB論による歳出削減のターゲットが、政府の「無駄な歳出」である間は、世論の賛
同を得ることは比較的容易である。しかし、今後の米国財政は、2010 年前後から始まるベ
ビー・ブーマー世代の退職入りを受けて、「無駄な歳出」の有無にかかわらず、年金や医
療保険を中心に歳出拡大圧力が高まることが確実視されている。こうしたなかでは、減税
路線を維持しながら、歳出削減に頼って財政の健全化を図ることはかなり難しく、増税を
財政再建の選択肢に含めるべきだという意見が多く聞かれる28。
実は、共和党系の識者にも、同様の理由でSTB論の限界を指摘する声がある。共和党
に近いシンクタンクであるNCPAのブルース・バートレット氏は、1980~90 年代には自
らもSTB論を支持していたとしながらも、今後については、もはやSTB論は機能しな
いだろうと結論づけている。バートレット氏は、ベビー・ブーマー世代が退職年齢に差し
掛かると、医療保険費を大胆に削らない限り財政の健全化は覚束なくなるが、政治的には
その実現は不可能に近く、結果的に大幅な増税を選択せざるを得なくなると指摘している29。
(4) 共和党のSTB論支持にも揺らぎ
STB論の限界が指摘されるなかで、共和党関係者のSTB論支持にも揺らぎがみえる。
STB論に従った厳しい歳出削減は、政治的に極めて不人気となりかねないため、財政健
全化のためには減税路線の見直しもやむを得ないという意見が散見されるのである。
二つの動きが指摘できる。
第一の動きは、前述の 2006 年度予算では、減税路線が維持されているものの、審議の過
程では、減税の規模に対して異議を唱える共和党議員が見られたことである30。
28
米国財政の長期的な問題点に関する各方面からの指摘については、安井(2004 年 1 月)参照。
バートレット氏は、大増税を迫られる時に備えて、どのような増税を選択するかという議論を進めてお
くべきだとして、VATの導入を提案している(Bartlett, 2005 年 4 月)。
30 Stolberg et al, 2005 年 3 月など。
29
7
実際に、議会の予算審議では、ブッシュ大統領が提案している減税額を、税制上の抜け
穴を塞ぐなどの増収措置で相殺し、3 割程度圧縮すべきだという議論がある。保守色の強
いシンクタンクであるAEIのケビン・ハセット氏などは、共和党は財政赤字にもかかわ
らず減税を推進したことで、これ以上の減税が不可能な状況を作り出してしまったとして、
こうした状況をSTB論の意図せざる結果だと性格づけている31。
第二の動きは、ブッシュ大統領が力を入れている年金改革に関して、改革案の一部に増
税を組み込むべきだという意見が、共和党議員から出ていることだ。例えば、グラハム上
院議員は、社会保障税の課税上限32を引き上げ、実質的に社会保障税を増税すべきだと提案
している。また、グレッグ上院予算委員長も、大統領の改革案を実現するためには、何ら
かの増収措置が必要だと指摘している。さらに、1990 年代半ばに、「小さな政府」の実現
を先導したギングリッチ元下院議長ですら、公的年金の財政健全化を目指す以上、最終的
には増税が実施されることになるだろうと述べている33。
こうした背景には、減税路線を維持しながら財政健全化を達成するためには、医療保険
や年金などの義務的経費の削減に踏み込まざるを得ないが、こうした措置は有権者の反感
を買い易いという事情がある。実際に、予算決議の審議過程では、メディケイドの歳出削
減に、一部の共和党議員が強く反対したために、大統領の提案よりも削減額が圧縮されて
いる。また、年金改革についても、ギングリッチ元下院議長は、共和党が給付削減に賛同
すれば、有権者の反感を買い、議会での多数党の座を失いかねないと指摘している34。
もっとも、共和党議員が一斉に増税に向けて走り出したわけではない。また、こうした
一連の動きを、STB論に対する理念的な造反ととらえるのは行き過ぎである。むしろ、
財政事情の悪化とベビー・ブーマー世代の高齢化という状況のなかで、共和党議員も現実
的な対処を迫られているとみるべきであろう。
3. 当面の主戦場となる州~「納税者の反乱」は逆流するか?
現実に迫られた減税路線の見直しという意味では、州の動きが国政に先行している。均
衡財政が義務付けられている州政府では、昨今の財政危機に対応するために、共和党が主
導権を握っている場合でも、増税路線への転換に踏み切る動きがみられるからだ。とくに
STB論との関係では、今年の秋にコロラド州で、その理念を最も明確に法定化したとい
われる州憲法上の規定(TABOR)について、その一時停止を求める住民投票が行なわれる
ことが注目される。かつて米国では、減税を求める州レベルでの動きが、レーガン政権に
よる大減税の先駆けとなった経緯があり、州レベルとはいえ、州民の世論がSTB論に下
す判断は、米財政の今後に大きな示唆を与えよう。
31
VandaHei, 2005 年 3 月
社会保障税の課税対象となる所得には上限がある。毎年インフレ調整されるが、2005 年は 9 万ドル。
33 McKinnon, 2005 年 2 月.
34 Calmes, 2005 年 1 月。もっとも、ブッシュ大統領の年金改革案は、STB 論の延長として、年金制度を
根底から縮小しようとする動きだとする指摘もある(Krugman, 2005 年 2 月)。
32
8
(1) 州レベルでの共和党の「造反」
州政府のレベルでは、行政サービス削減
図表7
への州民やビジネス界の反感を背景に、共
(% )
10
和党が主導権を握る州でも、増税が提案さ
州財政の推移
8
れる傾向がみられる。背景には、財政赤字
歳出
6
下でも、国債を発行することで、歳出を削
4
減せずに減税を行なえる連邦政府と違い、
歳入
2
均衡財政を義務付けている州政府では、減
0
税路線を維持する限り、財政事情の悪化が
1998
行政サービスの低下に直結しやすく、世論
-2
の反応が敏感になるという事情がある。
-4
99
2000
01
02
03
04
(年 / 年度 )
(注) 歳出は年度ベースの一般経費伸び率。歳入は、政策措
置に限った四半期ベースの前年同期比。
(資料) 歳出:National Governors Association, 2004 年 12
月、歳入:Jenny, 2005 年 3 月.
米国の州政府は、景気後退などを背景に、
2000 年代前半に厳しい財政危機に見舞わ
れた。こうしたなかで、歳出削減だけでな
く、増税を行なうことで、財政危機に対処
図表8
する動きがみられた。例えば、全州の数字
40
(州)
をあわせてみると、2002 年頃から、歳出
35
の伸び率が抑えられる一方で、歳入面は増
30
税路線に切り替わっている(図表7)。州
25
の数でみても、2003 年度以降は増税を実
20
施した州が、減税を実施した州を大きく上
15
回っている(図表8)。
10
増税
減税
5
こうしたなかで特筆されるのは、共和党
0
の州知事が増税を提案するケースが少な
2001
くないことである(図表9)。
02
03
04
05
(年度)
(注) ネットでの増減税。
(資料) National Governors Association 資料
図表9
州
増減税を実施した州の数
増税を提案した共和党州知事
知事
内容
アラバマ
ライリー
03年に所得税などの増税を提案、04年にタバコ税増税を実施。
アーカンソー
ハッカビー
当初は減税を断行するも、03年には所得税、タバコ税増税を実施。
インディアナ
ダニエルス
ブッシュ政権のOMB局長として国政では減税を推進するも、州知事
に転身後、05年に所得税増税などを提案。
オハイオ
タフト
01年以降、法人税、酒税、売上税などの増税を提案。
ジョージア
パーデュー
増税をしないとの公約にも係わらず、03年に酒税、タバコ税、不動産
税の増税を提案。
ネバダ
グィン
02年以降、法人税、酒税、タバコ税などの増税を提案。
(資料) Moore et al, 2005 年 3 月など
9
例えば、インディアナ州では、共和党のダ
図表10
ニエルズ州知事が、高額所得者に対する所得
州歳出の内訳(2003 年度)
税率の一時的な引き上げを提案している。ダ
ニエルズ州知事は、知事に転身する前に、第
医療保険
初等・中等教育
一次ブッシュ政権の行政管理予算局長とし
て、ブッシュ減税の実現を推進してきた経緯
運輸
高等教育
があり、同知事による増税の提案は、ATR
などの保守系反税団体からは驚きをもって
その他
迎えられた。
共和党州知事の「造反」は、均衡財政が義
務付けられているために、減税路線へのこだ
( 資 料 ) National Association of State Budget Officers,
2004
わりが行政サービスの低下に直結し、州民や
ビジネス界の反感を買いやすいという事情がある。
州政府の歳出では、医療保険と教育関連が大きな割合を占めているために、歳出削減は
こうした分野を直撃する可能性が高い(図表 10)。しかし、こうした歳出削減には、州民
の反感が高まりやすい。前述のダニエルズ州知事も、増税を提案している背景について、
「高等教育の歳出だけは削りたくない」と述べている35。
また、州レベルでは、ビジネス界も、厳しい歳出削減に必ずしも前向きではない36。これ
は、教育関連の歳出削減が労働者の質の低下を招くことや、道路建設などのインフラ投資
が抑制されることへの懸念があるからだ。このため、例えばバージニア州では、地元のビ
ジネス界が、増税に賛成した共和党議員の再選を支援する運動を展開するといった動きが
ある。国政レベルでは、ビジネス界がブッシュ政権の減税路線に異議を唱えることは少な
いが、州レベルでは事情が異なっている。
(2) 注目されるコロラド州の住民投票
州の動きのなかでも、STB論との関連でとくに注目されるのが、コロラド州の動向で
ある。同州では、共和党知事の支持を受けて、今秋に、STB論の理念を最も明確に法定
化したといわれる州憲法上の規定を、一時停止するための住民投票が行なわれるからだ。
① TABORの「実績」
争点となっているのは、TABOR(Tax Payer Bill of Rights)と呼ばれる、1992 年に
住民投票で採択された州憲法上の規定である。TABORは、各年度の歳入の伸びに厳格
な上限(インフレ率+人口増加率)を設けており、コロラド州は、実際の歳入がこれを上回
った場合(「超過税収」が生じた場合)には、これを戻し減税によって州民に還元しなけ
ればならない。
35
36
Franklin et al, 2005 年 3 月
Franklin et al, 2005 年 3 月
10
TABORは、STB論の理念を最も明
図表11
確に法定化した規定だといわれる。他の多
10
くの州と同様に、コロラド州は均衡財政を
(億ドル)
9
義務づけているために、TABORに基づ
8
いた減税(「超過税収」分の戻し減税)に
7
6
よって歳入の伸びを抑えることが、歳出の
5
4
抑制を強いる結果につながるからだ。
3
TABORのこれまでの実績をみると、
2
1990 年代の好景気も手伝い、コロラド州
1
では総額約 33 億ドルの戻し減税が実施さ
0
れている(図表11)。他方で、好景気で
TABORによる戻し減税額
1996
98
2000
02
04
06(年度)
予測
(資料) Colorado General Council Assembly, 2003 年 9 月
税収が一時的に増えても、歳出の伸びが高
まることはなく、むしろ、州民所得対比でみた教育関連歳出の水準などは、1995 から 2001
年のあいだに低下している37。STB論の普及を目指しているATRなどは、TABORを
高く評価し、他州でも同様の規定を設けるよう働きかけを続けている。
② TABOR批判の高まり
しかし最近では、TABORが同州の行政サービスを低下させているとの批判が強まっ
ており、今秋には、TABORの一時停止を求める住民投票が実施される予定になってい
る38。この住民投票では、TABORを向こう 5 年間停止し、「超過税収」を戻し減税と
せずに、医療保険、教育、道路建設の用途に使用することの是非が問われる。
コロラドのオーウェンス州知事(共和党)は、TABORの熱心な支持者として知られ
ていたが、今回はTABOR一時停止の住民投票を支持している。その背景には、TAB
ORに対する批判が、州民・ビジネス界の双方で高まっているという認識がある。
例えば 2004 年の選挙に関して、全国的には共和党が優勢だったにも係わらず、コロラド
州では連邦上院議員・州議会選挙の双方で民主党が勝利したのは、同党のTABOR批判
が州民の共感を得たからだという見方がある。また、ビジネス界も、クラーク・デンバー
地域商工会議所会頭の、「ビジネスが成功するためには、道路と高等教育が必要だが、T
ABORはこれらを損ねてきたし、今後も損ねつづけるだろう」という発言のように、T
ABORの一時停止を支持する向きが多い39。
③ TABOR批判の論点
TABORを批判する勢力は、二つの点を問題視している。
37
Bradley, 2005 年 5 月
TABOR には、増税をする際には住民投票を行なうとの規定がある。TABOR の一時停止は議会で可決
された法律だが、既存法対比で増税になるため、住民投票が必要になる。なお、州憲法修正に関する住
民投票は偶数年にしか実施できず、2005 年に TABOR 自体の改正を住民投票で問うことは出来ない。
39 Franklin, 2005 年 3 月.
38
11
第一は、行政サービスに対する自然な需要の増加に対処できないことだ。
TABORでは、「インフレ率+人口増加率」を歳入(=歳出)の伸び率の上限と定めて
いるが、教育や医療分野などでは、歳出の潜在的な伸び率がこれを上回る可能性がある40。
1990~2002 年の医療保険を例にとれば、医療分野のインフレ率は一般的なインフレ率を上
回り、また、州政府が費用の一部を負担するメディケイドの加入者の増加率も人口増加率
を上回っていた。
こうしたことから、TABORを批判派は、TABORの厳しい制約によって、州政府
が行政サービスに対する自然な需要増に対応できず、結果として、コロラド州の教育や医
療水準が低下しているとの批判を展開している。また、TABORの制約下で教育や医療
の歳出水準を確保しようとすれば、道路建設などにもしわ寄せが及びかねず、こうした懸
念が、ビジネス界などがTABORを批判する一因となっている。
第二は、「履歴効果」による歳出水準の抑制である。TABORは、景気後退によって
歳入水準が低下した場合でも、翌年度以降に認められる歳入の水準を、この低い水準をス
タート地点として設定する(図表12)。このため、たとえ景気が回復しても、TABO
Rが認める歳入水準が回復するまでには時
図表12
間がかかる。言い換えれば、景気後退(=歳
「履歴効果(概念図)」
250
入減)に対応して歳出を削減した場合、景気
200
「履歴効果」がない場合
と共に歳入が回復しても、すぐに歳出水準を
150
回復させるわけにはいかないのである。
コロラド州では、今後もTABORを維持
100
した場合、2010 年度までに、31 億ドルの戻
50
「履歴効果」がある場合
し減税が義務付けられる一方で、8 億ドルの
0
歳出削減が必要になるとみられている41。こ
1
のため、TABOR批判派は、TABORの
2
3
4
5
6
7
8
9
10
(注)「インフレ率+人口増加率」が毎年 10%増加した場合と、
4 年目のみ 10%下落した場合の、TABOR上限の比較(水
準は概念的なもの)。
維持は、高等教育や道路建設などに多大な支
障を及ぼすと主張しているのである。
(3) 「納税者の反乱」は逆流するのか
州レベルとはいえ、コロラド州の動向が注目されるのには、二つの理由がある。
第一は、米国では、州レベルの動きが、国政の動きをリードすることが少なくないこと
だ。財政についても、1970 年代後半に州レベルで減税を求める動きが広まったこと(「納
税者の反乱」)が、国政レベルでの減税(レーガン減税)を後押しした経緯がある。
40
Bradley et al, 2005 年 1 月.
41 言い換えれば、住民投票で求められているTABORの一時停止は、31
Tankersley, 2005 年 4 月.
12
億ドルの増税を意味する。
第二に、州レベルとはいえ、コロラドの住民投票は、SBT論に対して住民が直接的に
意思表明を行なう機会になることだ。世論の関心の低さが、米財政健全化の障害の一つと
されるなかで42、TABORを通じて住民の意思が明らかにされることは、今後の米財政の
行方を占う上で、極めて重要な示唆を与えることになろう。
① 国政の先駆けとしての州
米国では、州レベルの動きが国政に波及することが少なくない。財政についていえば、
1970 年代後半の「納税者の反乱」が好例である。
「納税者の反乱」とは、1970 年代後半に全米各州に広がった、住民投票を通じて税収の
伸びなどに制約を設けようとする動きを指す。そのきっかけとなったのは、1978 年にカリ
フォルニア州で可決された、「プロポジション13」と呼ばれる住民投票である。「プロ
ポジション13」は不動産税の大幅減税と、その後の税率の引き上げに制限を加えること
などを主眼としていた。
「プロポジション13」の成立後、同じような住民投票を実施する動きが他州にも広が
った。こうした「納税者の反乱」は、国政レベルにも影響を与え、1980 年代にレーガン政
権が大幅減税を行なう際の追い風になったといわれている43。また、コロラド州のTABO
Rが、「プロポジション13」の流れを汲む内容であることはいうまでもない。
こうした前例を考えると、仮にコロラド州でSBT論の象徴ともいえるTABORが一
時停止に追い込まれた場合には、州レベルからSTB論が切り崩されていく可能性がある。
いわば、「納税者の反乱」の逆流である。
こうした国政の先駆けとしての州の重要性を理解しているのが、ATRなどの保守系反
税団体である。実際に、かねてからこうした団体は、STB論を全米で普及させる手段と
して、州レベルでの活動を重視してきた。具体的には、例えば、前述の「誓約」を州レベ
ルの政治家に署名させようという活動である44。また、州の重要性を理解するからこそ、A
TRなどは、TABORに関する住民投票を廃案に追い込むべく、活発な活動を展開して
いる。さらに、同様の理由から、これらの団体は、増税を提案している共和党知事に対し
ても、厳しい批判を展開しているのである45。
42
例えば、財政赤字削減に関する問題意識が広く共有されなければ、議会における財政ルールも効力をも
たない。安井(2002 年 11 月)参照。
43 New, 2003 年 6 月。保守派の論客の一人である Free Enterprise Fund のステファン・ムーア氏は、「ポ
ロボジション13」こそが、保守派の隆盛の始まりを画した出来事だと指摘する(Moore, 1998 年 7 月)。
44 約 7400 人の州議会議員のうち、約 1200 人が「誓約」に署名しているという。州レベルでの保守系反
税団体の影響力は強く、例えば、1990 年代に各地の州議会で共和党が大きく議席を増やした背景には、
ATRなどの保守系反税団体が、「誓約」への署名と引き換えに、積極的な支援活動を展開したことが
あるといわれる(Franklin, 2005 年 3 月)。
45ATRのノーキスト氏は、増税に賛同した州知事には、国政に転出するチャンスはない等と発言してい
る(Paulson, 2005 年 4 月)。また同氏は、州レベルに増税を容認する動きがあるのは、州が連邦政府の
動向(ブッシュ大統領の積極的な減税路線)に遅れをとっていることの表れだとも述べている(Daniel,
2005 年 3 月)。
13
さらに、こうした団体は、TABORと同様の規定をコロラド以外の州でも法制化させ
ようとしている。2006 年の中間選挙までに、幾つかの州でそのための住民投票が実施され
る見込みであり46、まさに、州はSTB論の今後を巡る主戦場と化しているのである。
② 住民の意思表示
TABORを巡る投票結果は、STB論に
図表 13
対して住民が直接意見を表明する機会とし
財政赤字問題を優先課題にあげる割合
30
ても注目される。
国政レベルでは、世論の問題意識の低さが、
財政赤字削減が進まない要因の一つになっ
25
20
てきた。ギャロップ社の世論調査をみても、
15
「財政赤字問題」を優先課題にあげる割合は、
10
やや上昇しているとはいえ、いまだに低い水
5
準に止まっている(図表13)47。
こうしたなかで、コロラド州の住民投票で
05
04
03
02
01
99
20
00
98
97
96
95
94
93
は、「行政サービスの低下」という現実と引
92
19
91
0
(資料)ギャロップ社調査。
き換えに、州民に対して減税路線の維持(=
STB論の容認)の是非が問われている。同時に、国政レベルでも、ベビー・ブーマー世代
の高齢化が進む中で、今後の財政を巡る議論は、減税路線(=STB論の容認)と、医療保
険や年金といった行政サービス重視路線の二者択一といった様相を呈してくることが予想
される。このように考えると、コロラド州の動きはその先例とみることができるのである。
州レベルの世論は、一方的に減税路線の否定に向かっているわけではない。たしかに、
2004 年の大統領選挙と同時に各地で行なわれた住民投票では、用途を特定した増税を認め
る提案が採択されるケースや、減税に関する提案が否決されるケースが散見される。しか
し、その一方で、住民投票では減税が認められたケースなどもあるからだ(図表14)。
むしろ、減税路線の維持に関する世論の方向性は揺れていると捉えるのが正確であり、こ
うした意味でも、コロラド州を始めとする各州の住民投票で、州民がどのような意見を表
明するかは、国政レベルでの今後の議論の方向性を考える上で、大きな示唆になると考え
られる。
46
アリゾナ、アイダホ、オハイオ、カンサス、ミシガン、ミズーリ、ネバダ、ニュー・メキシコ、オクラ
ホマ、オレゴン、ウィスコンシンなどが候補といわれる。オハイオについては、コロラドと同じように、
今年秋の住民投票が実施される可能性がある(2004 年 5 月 16 日付 OMB Watch による)。
47 もっとも、ウォールストリートジャーナル紙などが 5 月 12~16 日に実施した世論調査では、財政赤字
が経済面で米国が直面する最大の課題に財政赤字をあげる割合が 20%に達した。これは、同世論調査で
は、1994 年以来の高水準である(Harwood, 2005 年 5 月)。
14
図表14 増減税に関する主な住民投票の結果(2004 年)
可決
否決
増税
減税
医療保険関連歳出のためのタバコ税増税(コロ
食料品に対する売上税廃止(サウス・ダコタ)
ラド、モンタナ、オハイオ)
医療関連歳出のための高額所得者増税(カリ
教育のための売上税増税(ワシントン)
フォルニア)
不動産税の上限設定(メイン)
減税
増税
不動産税減税(オクラホマ、インディアナ、ルイ
教育のための不動産税増税(アーカンソー)
ジアナ、ネブラスカ、ニュー・メキシコ)
(資料) National Council of State Legislatures 資料などにより作成
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