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(1) 富山県におけるアジア大陸起源物質の大気環境への 影響に関する
1 調査研究報告 (1) 富山県におけるアジア大陸起源物質の大気環境への 影響に関する研究(Ⅱ)(第 2 報) ―立山室堂における春季の PM2.5 濃度と越境汚染の寄与について― 木戸瑞佳 1 相部美佐緒 はじめに アジア大陸の乾燥・半乾燥地域や経済的・工 業的発展の著しい地域から放出される黄砂や微 小粒子状物質(PM2.5)などの大気汚染物質は、 偏西風によって長距離輸送され、日本や北太平 洋地域の大気環境に影響を与えていると考えら れる。こうした越境汚染が本県の大気環境にど の程度寄与しているかを定量的に評価した事例 はなく、今後の大気環境保全のあり方を検討す る上で、たいへん重要である。 越境汚染の寄与を明らかにするためには、国 内の汚染大気の影響を受けにくい高所山岳や離 島での大気観測が有用であると考えられる。そ こで、本研究では、越境汚染の寄与が大きいと 考えられる春季に、北アルプスの立山室堂(標 高2,450m)で大気中のPM2.5の質量濃度及び成分 分析の調査を実施した。 大気中のPM2.5の成分分析は国内各地で行われ ている1,2)が、高所でのデータは限られているた め、本研究で得られる知見は、将来的に全国レ ベルでの実態解明にも役立つものと期待できる。 ここでは、2013年及び2014年の5月から6月に かけて立山室堂で得られたPM2.5の質量濃度及び 水溶性イオン成分分析結果をもとに、黄砂等の 越境汚染が、本県のPM2.5にどの程度寄与してい るのか検討した結果について報告する。 2 初鹿宏壮 笹島武司 ラ(GS-10、東京ダイレック)を用いて粒子状物 質を採取した。二段型ローボリウムサンプラに 石英ろ紙(2500QAT、Pallflex)を装着して流量 20L/minで吸引し、エアロゾル粒子を粗大・微小 粒子領域別に捕集した。分離径は2.5mである。 捕集前後のろ紙は21.5±1.5℃、相対湿度35± 5%で調整した後に秤量して質量濃度を算出した。 また、秤量後のろ紙に超純水を加えて水溶性 イオン成分を抽出し、イオンクロマトグラフ (ICS-2000、Dionex)によりCl-、NO3-、SO42-、Na+、 NH4+、K+、Mg2+及びCa2+を分析した。 さらに、平野部の一般環境観測局でPM2.5質量 濃度の測定を行った(図1)。なお、入善局(図 1の⑥)では、2014年4月から測定を開始した。 ⑥ ④ 富山湾 ③ ⑦ ⑤ ① ② ◎ 方法 2.1 調査地点及び時期 調査地点の立山室堂の位置を図1に示す。図に は平野部の一般環境観測局の位置も併せて示す。 調査時間は、立山室堂において山風条件下で 自由対流圏エアロゾルを捕集できる可能性が高 く3)、平野部の影響が小さいと考えられる深夜0 時から5時までとした。 調査時期は、黄砂等の飛来が予想される日を 中心に2週間程度とし、2013年5月25日から6月7 日及び2014年5月27日から6月16日までとした。 2.2 試料の採取及び分析 立山室堂では、10ライン・グローバルサンプ 図1 調査地点 ◎:立山室堂、①富山岩瀬局、②婦中速星局、 ③小杉太閤山局、④高岡伏木局、⑤魚津局、 ⑥入善局、⑦福野局 3 結果及び考察 3.1 PM2.5質量濃度の測定結果 図2に調査期間中の立山室堂及び一般環境観 測局の平均のPM2.5質量濃度(a)を示す。立山室 堂の2013年5月29日から31日は定量下限以下だ ったためプロットがない。また、2014年6月3日 - 69 - はろ紙の一部が破損したため欠測である。なお、 参考までに各局のそれぞれの平均PM2.5質量濃度 (b)を併せて示す。また、表1に立山室堂及び 平野部で測定されたPM2.5質量濃度を示す。 立山室堂におけるPM2.5質量濃度は2013年:3.3 ~18.4 g/m3 (平均値10.9 g/m3 、中央値11.7 g/m3)、2014年:1.8~26.8 g/m3(平均値12.0 g/m3、中央値11.4 g/m3)であった。一般環境 観測局の平均PM2.5質量濃度は2013年:4.8~21.2 ・○●●・・××・・・●●・ ・○・●●×○○○・・・・・・・・・・△△ 60 PM2.5, g m-3 40 Murodo 立山室堂 Toyama Plain 一般観測局 (a) 3.2 越境汚染の状況とPM2.5質量濃度の関係 当センターに設置されている黄砂観測装置 (ライダー)の調査期間中の観測結果4)を図3に 示す。図3(b)を見ると、2014年5月31日には平野 部(高度150m付近で判断)から上空(高度2,500m 環境基準値 20 0 60 40 g/m3(平均値14.0 g/m3、中央値13.4 g/m3)、 2014年:3.2~45.3 g/m3(平均値20.2 g/m3、 中央値16.1 g/m3)であり、期間中の平野部の平 均値は立山室堂の約1.5倍であった。平野部には PM2.5の発生源があると考えられるため、その影 響を受けたものと考えられる。 なお、2014年6月13日から14日にかけては平野 部より立山室堂でPM2.5質量濃度が高かったが、 平野部では6月12日夜から13日にかけて15mm/日 以上の降水量が観測されていることから、その 影響によるものと考えられる。 富山岩瀬局 iwase 婦中速星局 hayahoshi kosugi 小杉太閤山局 fushiki 高岡伏木局 uozu 魚津局 nyuzen 入善局 fukuno 福野局 (b) 環境基準値 (a) 20 0 25 27 29 31 2 4 6 27 29 31 2 4 6 8 10 12 14 16 May June May June 2013 2014 図2 立山室堂及び一般環境観測局における0時 から5時の平均PM2.5質量濃度(a)、 一般環境観測局における0時から5時の 局別平均PM2.5質量濃度(b) (図上部の印は、ライダー観測結果をもとに判断 した越境汚染の状況を表す(3.2章参照)。 ●:黄砂飛来、○:弱い黄砂飛来、 △:大気汚染物質飛来、×:飛来なし) (b) 表1 立山室堂及び富山県内の一般環境観測局 における0時から5時のPM2.5測定結果 [g/m3] (1) 2013年5月25日から6月7日 観測地点 立山室堂 3.3 富山岩瀬局 3.6 婦中速星局 3.2 小杉太閤山局 3.8 高岡伏木局 9.0 魚津局 7.4 福野局 0.2 一般観測局の平均 4.8 範囲 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 18.4 18.2 19.2 24.6 25.8 24.4 23.4 21.2 平均値 10.9 12.0 11.4 12.8 17.0 17.3 13.7 14.0 中央値 11.7 12.3 11.0 12.0 17.5 18.5 12.3 13.4 (1) 2014年5月27日から6月16日 観測地点 範囲 立山室堂 1.8 ~ 富山岩瀬局 0.2 ~ 婦中速星局 2.8 ~ 小杉太閤山局 1.0 ~ 高岡伏木局 4.6 ~ 魚津局 3.6 ~ 入善局 2.8 ~ 福野局 1.2 ~ 一般観測局の平均 3.2 ~ 26.8 44.8 39.6 53.6 47.0 44.4 43.4 46.8 45.3 平均値 12.0 18.3 16.8 23.4 23.5 20.9 18.0 20.4 20.2 中央値 11.4 15.8 10.8 18.6 21.0 15.4 17.2 18.0 16.1 図3 富山県環境科学センターにおける ライダー観測結果 (a)2013年5月25日から6月7日 (b)2014年5月26日から6月17日 上:黄砂消散係数、下:球形粒子消散係数 時刻はUTC - 70 - なお、今回得られた黄砂又は大気汚染物質が 飛来したときの越境汚染の寄与率については、 限られたデータでの見積もりであるため、今後 もデータを蓄積して精度を高める必要がある。 また、平野部について越境汚染以外として見積 もった部分は、県内のPM2.5の発生源に関係して いると考えられることから、その実態をさらに 詳細に検討していく必要があると考えられる。 バックグラウンド Back ground 越境汚染 Longrange transport Local 越境汚染以外 高度, m 3000 立山室堂 (a) 2000 1000 Altitude, m 付近で判断)まで黄砂消散係数が大きいことか ら、平野部から立山室堂にかけて黄砂の影響を 受けていたと考えられる。実際に富山地方気象 台では2014年5月31日から6月1日にかけて黄砂 現象が観測されたと発表している5)。2014年5月 30日、2013年5月27日、28日、6月5日及び6日に ついても、同気象台からの黄砂現象の発表はな いが、平野部から上空まで黄砂消散係数が大き いことから、黄砂が飛来したと判断した。また、 2013年5月25日、26日、2014年6月2日、3日、4日 などのように黄砂消散係数がやや小さいときは 弱い黄砂が飛来したと判断した。 さらに、2014年6月15日及び16日には黄砂消散 係数は平野部・上空ともに小さいが、球形粒子 消散係数は平野部から上空まで大きいことから、 大気汚染物質が越境して飛来したと判断した。 このように、ライダーの観測結果から、黄砂 が飛来した日(●)、弱い黄砂が飛来した日(○)、 大気汚染物質が越境して飛来した日(△)、大 気汚染物質が越境して飛来していない日(×) を判断した結果を図2の上部に表す。この図から、 黄砂又は大気汚染物質が飛来した日には、平野 部においてPM2.5質量濃度が上昇し、場合によっ ては環境基準値を超過することがわかる。 平野部 0 3000 立山室堂 (b) 2000 1000 平野部 0 3.3 黄砂飛来時の寄与率の推定 黄砂又は大気汚染物質が飛来したときに立山 室堂及び平野部におけるPM2.5質量濃度が上昇し やすいことを踏まえ、黄砂飛来時のPM2.5質量濃 度に対する越境汚染の寄与率を推定した。 黄砂が飛来したときは、平野部の広い範囲で SPMやPM2.5 質量濃度の上昇が観測されることが 多いことから、立山室堂にも平野部にも一様に 黄砂が輸送されると仮定して寄与率を推定した。 その際、立山室堂で黄砂及び球形粒子(越境汚 染)が少ないとき(2013年6月1日及び2014年6月 1日、図2に×で表す)の平均値をバックグラウ ンド濃度(2.6 g/m3)と仮定し、立山室堂で観 測されるPM2.5質量濃度を「バックグラウンド+ 越境汚染」と考えた(図4a)。その結果、黄砂 飛来時の平野部におけるPM2.5質量濃度の越境汚 染の平均寄与率は60%(寄与率の変動範囲は22~ 76 %)と見積もられた。 0 10 20 PM2.5, g m-3 30 図4 立山室堂及び平野部におけるPM2.5質量 濃度と越境汚染の寄与率 (a):黄砂の飛来時(n=6) (b):黄砂以外の大気汚染の飛来時(n=2) 3.5 黄砂又は大気汚染物質の飛来とPM2.5 の化 学組成の関係 立山室堂におけるPM2.5中のイオン成分濃度を 図5に示す。平均イオン成分濃度は2013年:4.5 g/m3、2014年:3.6 g/m3であり、PM2.5質量のう ちイオン成分の占める割合の平均は2013年: 49 %、2014年:30 %であった。イオン成分のう ち最も割合が大きかったのはSO42-、次いでNH4+で あり、ほとんどの場合でSO42-とNH4+の和がイオン 成分の80 %以上を占めた(2013年:平均91%、2014 年:平均87%)。 黄砂又は大気汚染物質の飛来状況と、それぞ れの場合の PM2.5 の化学組成を図 6 に示す。(a) 及び(b)は PM2.5 に占める各成分の割合、(c)は測 定したイオン成分に占める各成分の割合を表す。 なお、黄砂を第 1 指標としたため、①には黄砂 と大気汚染物質の両方が飛来している場合も含 まれている。 3.4 大気汚染物質飛来時の寄与率の推定 前述と同様に、PM2.5質量濃度に対する大気汚 染物質による越境汚染の寄与率を推定した(図 4b)。その結果、大気汚染物質飛来時の平野部 におけるPM2.5質量濃度の越境汚染の平均寄与率 は75%(寄与率の変動範囲は65~95 %)と見積も られた。 - 71 - 30 SO42- ・○●●・・××・・・●●・ ・○・●●×○○○ NH4+ PM2.5 NO3Ca2+ other ions 20 10 △△ 0 25 27 29 31 2 4 6 May June 27 29 31 2 4 6 8 10 12 14 16 May June 2013 2014 図5 立山室堂におけるPM2.5中の イオン成分濃度 (●:黄砂飛来、○:弱い黄砂飛来、 △:大気汚染物質飛来、×:飛来なし) 20 SO42- (a) NH4+ 成分(例えば、炭素成分など)が多く飛来して いる可能性が考えられる。イオン成分に占める 各成分の割合(図6(c))を見ると、黄砂及び弱 い黄砂が飛来したときには、他と比べてカルシ ウムイオンの割合が増加する傾向がみられるこ とから、黄砂粒子(土壌)そのものがPM2.5の濃 度上昇の一因になっていると考えられる。また、 大気汚染物質が飛来したときには、他と比べて 硝酸イオンの割合が増加する傾向がみられた。 東アジア地域ではSO2とともにNOxの排出量が非 常に多いことから、大気汚染物質の飛来により 増加した硝酸イオンは、アジア大陸から排出さ れたNOxが輸送中に変質したものである可能性 がある。このように、飛来状況に寄らずSO42-と NH4+がPM2.5の主成分であることは変わらないが、 黄砂や大気汚染物質の飛来によってPM2.5中の化 学組成が異なることがわかった。 図7に、黄砂及び大気汚染物質の飛来状況別に PM2.5質量濃度とSO42-濃度との関係(a)、及びPM2.5 質量濃度とCa2+濃度との関係(b)を示す。黄砂及 び大気汚染物質の飛来によりPM2.5質量濃度が高 くなったときにはSO42-濃度が高くなる傾向がみ られた。また、黄砂によってPM2.5質量濃度が高 くなったときにはCa2+ 濃度が高くなる傾向がみ られた。 Ca2+ NO3- 10 other ions others 0 2- (b) % 80 黄砂飛来 kosa 弱い黄砂飛来 weak kosa 大気汚染物質飛来 spheric particles no kosa 飛来なし (a) 20 SO4 , g m-3 Concentrations, g m -3 10 0 40 0 10 20 PM2.5, g m 30 -3 0 0.6 Ca , g m-3 80 (c) (b) 0.4 2+ % Concentrations, g m-3 黄砂及び大気汚染物質の飛来状況別に化学組 成を見ると、立山室堂における PM2.5 濃度に占め るイオン成分の割合(図 6(b))は、大気汚染物 質が飛来したときに小さくなる傾向がみられた。 越境汚染の影響の強い日にはイオン成分以外の 40 0.2 0.0 0 0 kosa weak kosa sphere no particile ① ② ③ ④ 黄砂 弱い 黄砂 大気汚染 物質 飛来 なし 10 20 30 PM2.5, g m-3 図7 立山室堂における黄砂及び越境汚染の 飛来状況別のPM2.5とSO42-(a) 及びCa2+(b)の関係 図6 立山室堂における黄砂及び越境汚染の 飛来状況別のPM2.5の化学組成 (a)及び(b):PM2.5に占める各成分の割合 (c):イオン成分に占める各成分の割合 - 72 - 4 まとめ 謝辞 アジア大陸起源の越境汚染が県内の大気環境 に及ぼす影響を把握するため、2013年及び2014 年春季に立山室堂において夜間にPM2.5を採取し、 質量濃度及びイオン成分を調べた結果、以下の ことが明らかになった。 黄砂及び大気汚染物質の飛来時におけるPM2.5 質量濃度に対する越境汚染の寄与率を見積もっ たところ、黄砂の飛来時の平均寄与率は約6割、 黄砂以外の大気汚染の飛来時の平均寄与率は約 8割と推定された。また、こうした越境汚染によ り、平野部においてもPM2.5質量濃度が上昇しや すく、場合によっては環境基準値を超過するこ とが確認された。また、黄砂又は黄砂以外の大 気汚染の飛来状況によって、PM2.5に含まれるイ オン成分は変動するが、主成分はSO42-とNH4であ ることがわかった。 約1か月間の集中観測ではイベントを含むか どうかによって濃度の変動幅等が大きく変わる と考えられることから、今後も立山室堂での観 測を継続して自由対流圏の高度のデータを蓄積 し、アジア大陸起源物質の影響について理解を 深める必要がある。さらに、炭素成分の測定や 立山室堂と平野部とで化学成分の同時観測を行 うことで、化学成分についても越境汚染の寄与 率に関する知見が得られると期待できる。 5 成果の活用 立山室堂での試料の採取には、立山センター 及び立山自然保護センターの皆様に大変お世話 になりました。また、ライダー観測結果(図3) は国立研究開発法人国立環境研究所の清水厚博 士に作成していただきました。ここに記して感 謝いたします。 本研究は、国立環境研究所とのⅠ型共同研究 「富山県におけるライダーを用いた長距離輸送 エアロゾルに関する研究」の成果の一部である。 引用文献 1) 環境省,中央環境審議会大気環境部会微小粒 子状物質環境基準専門委員会報告書(平成 21 年 9 月),2009. 2) 相部ら,微小粒子状物質(PM2.5)の実態把 握調査,富山県環境科学センター年報,42, 69-73,2014. 3) Osada et al., Seasonal variation of free tropospheric aerosol particles at Mt. Tateyama, central Japan, Journal of Geophysical Research, doi:10.1029/2003JD 003544, 2003. 4) 国立環境研究所,ライダーホームページ, http://www-lidar.nies.go.jp/ 5) 気象庁,過去の気象データ検索,http://www. data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php 今後とも立山室堂を含め県内におけるPM2.5の 継続的な質量濃度調査や、発生源の解明に向け た炭素成分、無機元素成分等の分析を行い、県 内のPM2.5対策の検討に活用するとともに、PM2.5 の実態解明に向けた全国的な調査研究に対して も貢献していく。 - 73 -