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プログラム・予稿集

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プログラム・予稿集
日本動物分類学会第48回大会
プログラム
会期:2012年6月9日(土)
、10日(日)
会場:東邦大学習志野キャンパス理学部5号館(〒274-8510 船橋市三山2-2-1)
後援:東邦大学理学部鶴風会(同窓会)
大会日程
6 月 9 日(土)
受付
12:00
諸連絡
12:55 13:00
口頭発表
13:00 16:45
総会
17:00 18:00
懇親会(学生食堂 PAL2階)
18:15 20:30
6 月 10 日(日)
日本動物分類学会奨励賞授賞式・受賞記念講演 9:00 9:45
口頭発表
10:00 11:45
記念写真撮影・お昼休み
11:45 13:00
ポスター発表
13:00 14:00
口頭発表
14:00 16:00
1
発表スケジュール
6月9日(土)
口頭発表
13:00∼16:45
O-01 13:00 13:15 今原幸光(黒潮生物研究所和歌山研究室)
:日本産ハナゴケ属について
O-02 13:15 13:30 〇野中正法(沖縄美ら海水族館)
・Katherine Muzik (Bishop Museum)・岩崎 望
(立正大学)
:岸上が残した日本産サンゴ科(八放サンゴ亜綱:ウミトサカ目)標本による 3 種のネ
オタイプ指定と 2 未記載種の報告
O-03 13:30 13:45 〇高岡博子(沖縄美ら海水族館)
・奥野淳兒(千葉県立中央博物館分館海の博
物館)
:東京都八丈島で採集された日本初記録種を含むツノサンゴ目の標本について O-04 13:45 14:00 〇藤井琢磨(琉球大学大学院)
・James Davis Reimer(琉球大学亜熱帯島嶼超域
研究推進機構・海洋研究開発機構)
:沖縄島東海岸で発見されたダルマスナギンチャク科の 1 種に関
する報告
O-05 14:00 14:15 〇倉島 陽(東京大学大学院理学系研究科)
・清水俊哉(日本大学生物資源学
部)
・間野伸宏(同)
・小川和夫(目黒寄生虫館)
・藤田敏彦(国立科学博物館動物研究部)
:日本産
板鰓類に寄生する条虫類Calliobothirum属の分類学的検討
O-06 14:15 14:30 〇後藤龍太郎(東京大学大気海洋研究所)
・加藤 真(京都大学大学院 人間・
環境学研究科)
:日本産ユムシ動物の多様性と分子系統解析
休憩 14:30 14:45
O-07 14:45 15:00 〇田中正敦(東邦大学理学部)
・西川輝昭(同)
:瀬戸内海の干潟に生息する「コ
ウジュ」の分類学的検討
O-08 15:00 15:15 〇広瀬雅人(国立科学博物館動物研究部)
・藤田敏彦(同)
:日本近海で得られ
た深海性コケムシ類
O-09 15:15 15:30 東 亮一(静岡大学理学部)
:間隙性貝形虫類の形態における進化的傾向の普
遍性と多様性
O-10 15:30 15:45 田中隼人(静岡大学理学部)
:間隙性貝形虫類Parapolycope spiralisの交尾栓と
その由来
O-11 15:45 16:00 〇有山啓之(大阪府立環境農林水産総合研究所)
・木暮陽一(日本海区水産研
究所)
・Jae-Sang Hong (Inha University):日本海と東シナ海から採集されたLeipsuropus属(甲殻亜門:
端脚目:ドロノミ科)の2未記載種
O-12 16:00 16:15 齋藤暢宏(水土舎)
:本邦中部太平洋岸から採集されたスナホリムシ科等脚類2
種(甲殻亜門)
2
O-13 16:15 16:30 山西良平(大阪市立自然史博物館)
:大阪湾の海岸に産するフナムシ属3種に
ついて
O-14 16:30 16:45 馬渡俊輔:自然史標本の‘文化財化’をめざして
総会
17:00∼18:00
懇親会
18:15∼20:30
(東邦大学学生食堂PAL2階)
6月10日(日)
日本動物分類学会
奨励賞受賞記念講演
9:00 9:45 本村浩之(鹿児島大学総合研究博物館)
:インド・太平洋における魚類の分類学的研究
9:45∼10:00
休憩
口頭発表
O-15 10:00 10:15 〇大竹周作(東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科)
・若林香織(同)
・田
中祐志(同)
:フタバヒメセミエビ幼生の脱皮に伴う外部形態の変化
O-16 10:15 10:30 〇小西光一(中央水産研究所)
・斉藤知巳(高知大学総合研究センター)
:ヒラ
アシクモガニのゾエアを例とした狭義および広義のクモガニ科幼生の分類 について
O-17 10:30 10:45 〇佐々木猛智(東京大学総合研究博物館)
・鈴木庸平(東京大学大学院理学系
研究科)
・植松勝之(マリンワークジャパン)
・渡部裕美(海洋研究開発機構)
・藤倉克則(海洋研究
開発機構)
・小島茂明(東京大学大気海洋研究所)
:アルビンガイ類の比較解剖:鰓の構造と共生細
菌に注目して
O-18 10:45 11:00 〇中山雅子(東京農業大学生物産業学部)
・白井 滋(同)
:日本周辺におけ
るエゾボラモドキ種群の集団構造とその形成過程
O-19 11:00 11:15 長谷川和範(国立科学博物館動物研究部)
:Fusivolutopsius属(腹足綱:エゾバ
イ科)の命名規約上の地位と日本産の種の再検討
O-20 11:15 11:30 〇小松美英子(富山大学大学院理工学研究科)
・米沢摩耶(同)
・若林香織(東
京海洋大学大学院海洋科学技術研究科)
・F. A. Solís-Marín(メキシコ国立自治大学)
:分子データに
基づく“生きている化石ヒトデ”の分類学的位置
O-21 11:30 11:45 〇滝川祐子(香川大学農学部)
・吉野哲夫(海洋博記念公園総合研究センター)
:
チョウセンバカマBanjos banjos (Richardson, 1846) の記載に用いられた資料とその学名由来について
3
11:45∼13:00
記念写真撮影、お昼休み
13:00∼14:00
ポスター発表
P-01 伊勢戸 徹(海洋研究開発機構)
:Baskauf, 2010 による生物出現情報システムの紹介と分類学
との関係に関する考察
P-02 並河 洋(国立科学博物館 昭和記念筑波研究資料館)
:単体性ヒドロ虫類ハタイヒドラの生
殖体形成
P-03 〇杉原 薫(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター)
・立川浩之(千葉県立中央博
物館)
・深見裕伸(宮崎大学農学部)
:オオトゲサンゴ科・ウミバラ科に属する単体性サンゴの分類
の再検討
P-04 立川浩之(千葉県立中央博物館)
:小笠原諸島産ワレクサビライシ類の再検討
P-05 〇柳研介(千葉県立中央博物館分館 海の博物館)
・平野弥生(千葉大学)
・奥泉和也(加茂
水族館)
:十文字クラゲ類の本邦未記録種、Lipkea sp.(Staurozoa: Stauromedusae: Lipkeidae)の発見
P-06 〇鈴木隆仁(大阪大学大学院理学研究科)
・古屋秀隆(同)
:水田から発見されたLepidodermella
の未記載種
P-07 荒城雅昭(農業環境技術研究所)
:茨城県の谷津田に造成されたビオトープで見出された興
味深いDorylaimida目土壌線虫
P-08 〇鶴崎展巨(鳥取大学 地域学部生物)
・岸田 薫・仁宮雅弘・川戸悟史:滋賀・三重・岐阜
3県におけるアカサビザトウムシの染色体数の地理的分化
P-09 井原 庸(広島県環境保健協会)
:発達した交尾栓をもつナガトナミハグモ種群(クモガタ
綱クモ目)
:雄触肢(交尾器)と雌生殖器の共進化?
P-10 〇上野大輔(琉球大学理学部)・長澤和也(広島大学大学院生物圏科学研究科):伊豆大島
および伊豆半島産ヘビギンポ科魚類より得られたツブムシ科カイアシ類の1種
P-11 〇吉田隆太(琉球大学理工学研究科)・広瀬慎美子(同)・広瀬裕一(同):本州のヤドカ
リ類に寄生するナガフクロムシ相の再検討
P-12 〇小沢広和(日本大学生物資源科学部)
・石井 透(福井市)
:多摩丘陵の上総層群(更新世
前期)産オストラコーダ化石群と生物地理学的意義
P-13 〇富川 光(広島大学大学院教育学研究科)
・小林憲生(埼玉県立大学)
・石丸信一(石川県
立自然史資料館)
:サワヨコエビ属(甲殻亜門:端脚目)の系統分類学的研究
P-14 〇Keiichi Kakui(北海道大学大学院理学研究院)
・Saowapa Angsupanich:One undescribed genus
and species of Nototanaidae (Crustacea: Tanaidacea) from Songkhla Lagoon, Thailand (Crustacea: Tanaidacea)
4
P-15 〇下村通誉(北九州市立自然史・歴史博物館)
・角井敬知(北海道大学大学院理学研究院)
:
鹿児島県甑島列島沖より得られたトガリヘラムシ科(甲殻亜門:等脚目:ヘラムシ亜目)の1未記
載種
P-16 〇平岡礼鳥(東京海洋大学大学院)
・駒井智幸(千葉県立中央博物館)
・土田真二(海洋研究
開発機構)
:伊豆・小笠原 マリアナ島弧の熱水噴出域に生息するオハラエビ属未記載種の形態的特
徴と遺伝的変異
P-17 〇大澤正幸(島根大学 汽水域研究センター)
・藤田喜久(琉球大学大学教育センター・NPO
法人 海の自然史研究所)
:Paralbunea属(十脚目,クダヒゲガニ科)の1未記載種について
P-18 〇小松浩典(国立科学博物館動物研究部)・Peter K. L. Ng(Raffles Museum of Biodiversity
Research, National University of Singapore)
:PANGLAO 2004 Expeditionで採集されたコブシガニ科カニ
類
P-19 清 拓哉(国立科学博物館動物研究部)
:オニヤンマの系統群間における翅の形状の変異
P-20 〇間賀綾音(広島大学大学院教育学研究科)
・富川 光(同)
・中野隆文(京都大学大学院理
学研究科)
・鳥越兼治(広島大学大学院教育学研究科)
:日本産シマイシビル (環形動物門: 環帯綱: イ
シビル科) の系統分類学的研究
P-21 〇照屋清之介(東京大学大学院理学系研究科)
・横田賢史(東京海洋大学海洋科学部)
・ C. A.
Strüssmann(同)
・中野智之(京都大学瀬戸臨海実験所)
・佐々木猛智(東京大学総合研究博物館)
:
クサイロアオガイの系統地理
P-22 〇北島二千翔(東京農業大学大学院 生物産業学研究科)
・白井 滋(同)
:日本海のエッチュ
ウバイ種群(エゾバイ属)の2系統と浸透性交雑
P-23 峯岸秀雄:これは何でしょうか − Nemertoderma (Acoelomorpha)?
P-24 〇井上絢子(東京大学大学院理学系研究科)
・上島 励(東京大学総合研究博物館)
・藤田敏
彦(国立科学博物館動物研究部)
:箕作佳吉と大島廣のナマコ類標本コレクション
P-25 〇幸塚久典(東京大学大学院理学系研究科 附属臨海実験所)
・前野哲輝(国立遺伝学研究所)
・
佐々木猛知(東京大学総合研究博物館)
・近藤真理子(東京大学大学院理学系研究科 附属臨海実験
所)
・城石俊彦(国立遺伝学研究所)
:X線CT装置を用いた棘皮動物における内部寄生貝類の新たな
観察方法の試み
14:00∼16:00
口頭発表
O-22 14:00 14:15 〇中野 隆文(京都大学大学院理学研究科)・Yi-Te Lai(Institute of Zoology,
National Taiwan University・ Department of Biology, University of Eastern Finland)
:台湾より得られたク
ガビル属の 1 未記載種
O-23 14:15 14:30 〇小島純一(茨城大学理学部)・Lien T. P. Nguyen(Institute of Ecology and
Biological Resources, Vietnam Academy of Science and Techology)
・James M. Carpenter(Division of
5
Invertebrate Zoology, American Museum of Natural History)
:アシナガバチ属 Polistes mandarinus 種群
の単系統性と分布パターン
O-24 14:30 14:45 三田敏治(東京農業大学農学部)
:マダガスカルで得られた Dinapsis 属の9未
記載種(Hymenoptera:Megalyridae)
O-25 14:45 15:00 〇鶴崎展巨(鳥取大学地域学部生物)
・川戸悟史(同)
・松本 透(同)
:中部
地方におけるアカサビザトウムシの環状重複と染色体数の地理的分化
O-26 15:00 15:15 〇江頭幸士郎(京都大学大学院人間・環境学研究科)
・松井正文(同)
:近畿
北東部におけるタゴガエル二型の遺伝的構成
O-27 15:15 15:30 〇西川完途(京都大学大学院人間・環境学研究科)
・松井正文(同)
・ニコラ
イ=オルノフ(ロシア科学院):ベトナム産ヌメアシナシイモリ属(Amphibia: Gymnophiona:
Ichthyophiidae)の未記載種について
O-28 15:30 15:45 〇松井正文(京都大学大学院人間・環境学研究科)
・西川完途(同)
・アミー
ル=ハミディー(同)
:バラムガエル(Hylarana baramica)とその近縁のカエル類について
O-29 15:45 16:00 〇山崎剛史(山階鳥類研究所)・上開地広美(やんばる野生生物保護センタ
ー)
・松原 始(東京大学総合研究博物館)
:八重山諸島のハシブトガラス Corvus macrorhynchos に
起こりつつある生態学的種分化
6
日本動物分類学会奨励賞受賞記念講演
インド・太平洋における魚類の分類学的研究
本村浩之
鹿児島大学総合研究博物館
分子解析全盛の近年の魚類学において、伝統的な「形態に基づく分類」は軽視されがちな基礎的
分野であるが、種の同定や分類を正確に行える人材の減少に伴って同研究分野の重要性は逆に年々
増している。本講演では形態分類の重要性に触れつつ、演者が行っている以下の 3 つの研究テーマ
を紹介したい。 海水・汽水魚の分類学的研究:ツバメコノシロ科とフサカサゴ科を中心にインド・太平洋域に分
布する魚類の分類学的研究を行っている。ツバメコノシロ科魚類の研究は主に学生時代に行ったも
ので、世界 15 カ国の研究機関に所蔵されている全 89 名義種のタイプ標本の調査、および延べ 30
カ国における一般標本の採集・調査に基づく。結果として、57 名義種を新参異名と認め、32 名義種
を有効種として再記載するとともに、1 新属、12 新種、1 新亜種の記載を行った。記載した新種の
多くが隠蔽種であったが、中にはボルネオの 1 河川にのみ生息する全長 70 cm に達する新種や、浅
海域に生息する本科魚類のなかでも特異的にフィリピンやバヌアツの水深 300 m 以深の深海に生息
する新種など特筆すべき発見もあった。分類学的研究と並行して、本科魚類に特有な胸鰭遊離軟条
を用いた摂餌行動の属間の相違、体色と体サイズに相関関係が存在すること、胸鰭遊離軟条に味蕾
が分布すること、オーストラリアの固有種が性転換することなども初めて明らかにした。学位取得
後はフサカサゴ科とその近縁科の研究を中心に進めている。これまでに 18 新種を記載し、現在も各
属の包括的な分類学的再検討論文をまとめている。ヒレナガカサゴ科魚類の分類学的再検討では 6
新種を含む 2 属 18 種を有効種として認め、南半球における本科魚類の種分化は、氷河期と間氷期の
繰り返しよるものであることを示唆した。現在、上記分類群の分類学的研究と並行して、タイ湾北
部とボルネオの海水魚類相のフィールドガイドを準備中。 淡水魚の分類学的研究:カンボジアを中心に東南アジアの淡水魚の分類学的研究を行っている。
低緯度に位置する淡水域としては世界最大のトンレサップ湖の魚類相を 10 年間調査しており、
同期
間中に同湖に固有な初めての分類群として新亜種を記載し、また純淡水で再生産しているネズッポ
科の新属新種を記載した。従来、同湖には 500 種の魚が生息すると考えられてきたが、本研究によ
って実際は 200 種程度であることが明らかになった。現在は、同湖の魚類多様性の解明を進めると
ともに、世界遺産アンコールワット遺跡群内の湖沼における世界初の魚類相調査を実施中である。 南日本における魚類多様性調査と生物地理学的研究:鹿児島県の魚類多様性に関する調査・研究
を行っている。鹿児島県は旧北区と東洋区の 2 つの生物地理区にまたがって南北約 600 km に広がっ
ており、605 の島嶼を有する。また、黒潮の影響を受けない県本土北西部海域や水深 230 m に達す
る半閉鎖的な鹿児島湾など特異的な水域もあり、鹿児島県の各島嶼・海域における魚類相の解明は
南日本の魚類相を理解する上でも重要である。2 年毎に 1 島の魚類相調査とその成果公表を目指し
ており、2008‒2009 年は屋久島、2010‒2011 年は硫黄島の調査を行った。2011‒2012 年は与論島の調
査を行っている。また、鹿児島県本土の調査は 2006 年から継続して行っている。これまでの調査か
ら、トカラ列島を横断する黒潮流路の北側に位置する大隅諸島が流路南側の琉球列島と酷似した種
組成を示すことが明らかになり、海水魚における生物地理境界線は渡瀬線の位置よりむしろ鹿児島
県本土と大隅諸島の間でより明瞭であることが示唆された。 7
口頭発表 O-1
日本産ハナゴケ属について
今原幸光
黒潮生物研究所和歌山研究室
浅海性の原始的なウミヅタ類であるハナゴケ属は、日本では Cornularia 属としてコマイハナゴケ
Co. komaii Utinomi, 1950、サガミハナゴケ Co. sagamiensis Utinomi, 1955 及びムレハナゴケ(新称)
Co. aggregata Utinomi, 1955 の 3 種が記録されていた。一方で、López-González et al. (1995)は、大西
洋および地中海産のハナゴケ類を再検討した結果、
Cornularia の模式種である Co. cornucopiae (Pallas,
1766)は、①花柄部と走根が分厚いキチン質の鞘に包まれることと、②走根にはただ 1 本の導管が通
じているのに対して、Co. atlantica (Johnson, 1861)は、①ごく薄い包皮しか持たないことと、走根に
は複数の導管が通じることから、後者に対して新属 Cervera を立てた。また彼らは、日本産ハナゴ
ケ属3種も彼らの新属 Cervera に含まれるであろうと示唆していた。大阪湾からコマイハナゴケと
考えられる新たな標本が得られたことを機会に、
日本産ハナゴケ属3 種と地中海産のCo. cornucopiae
の形態を比較検討した。その結果、日本産ハナゴケ属は 3 種ともに Cornularia が備える分厚いキチ
ン質の鞘を持たないことや、走根には複数の導管が通じていることから、彼らの見解のとおり
Cervera に移されるべきことが明らかにされた。
(1)ホンハナゴケ属(改称)Cornularia Lamarck, 1816
ポリプは基質に弱く付着する走根で連絡する。走根は、断面が円形で、唯一の導管を持つ。走根
と花柄部はキチン質の分厚い鞘に覆われ、花頭部は鞘に退縮する。模式種は Tubularia cornucopiae
Pallas, 1766。
(2)ハナゴケ属(改称)Cervera López-González et al., 1995
ポリプは基質に多少とも強く付着する扁平な走根で連絡する。走根は細いリボン状から膜状まで
さまざまな幅があり、
複数本の導管を持つ。
走根と花柄部はごく薄いキチン質の包皮に覆われるが、
独立した鞘はない。模式種は Cornularia atlantica Johnson, 1861。
O-2
岸上が残した日本産サンゴ科(八放サンゴ亜綱: ウミトサカ目)標本による
3種のネオタイプ指定と2未記載種の報告
○野中正法 1・Katherine Muzik2・岩崎 望
1
3
沖縄美ら海水族館;2 Bishop Museum;3 立正大学
サンゴ科 Coralliidae のサンゴは一般に「宝石サンゴ」として知られ、その堅固な骨軸は装飾品等
として紀元前から利用されてきた。日本産のサンゴ科サンゴは 7 種が知られ、モモイロサンゴ
Corallium elatius は Ridley(1882)により、その他 6 種も岸上(岸上 1902、Kishinouye 1903、岸上 1904)
により、すべて 100 年以上前に記載されたものである。彼らはホロタイプを指定しておらず、その
分類学的再検討に支障をきたしていた。
著者らは、米国スミソニアン博物館に、岸上が送った 4 種 7 点の標本が保存されていることを知
り、これらの標本を取り寄せ再検討を行った。その結果、アカサンゴ Paracorallium japonicum、ダ
8
メサンゴ P. inutile、シロサンゴ C. konojoi のラベルのついた 4 点の標本は、記載に使われた標本では
なかったが、その特徴は記載と良く合致していた。よって、国際動物命名規約に基づき、これら 4
点のうち 3 点を各種のネオタイプとして指定した。
一方、残りの 3 点にはモモイロサンゴのラベルが付いていたが、そのうちの 1 点のみが Ridley の
記載に比較的近い特徴を持っていた。残る 2 点については、外部形態や色彩およびポリプの配列様
式などが既知種と異なるため、未記載種と判断した。
本研究により、上記 3 種については同定の基準が定まったが、未だ標本の無いボウシュウサンゴ
C. boshuense、ミゾサンゴ C. sulcatum、コサンゴ C. pusillum については、タイプ産地の調査を行う必
要がある。また、モモイロサンゴについては、ネオタイプ指定条件に見合った標本を入手し、同定
基準を確定させていきたい。
O-3
東京都八丈島で採集された日本初記録種を含む
ツノサンゴ目の標本について
高岡博子 1・奥野淳兒
1
2
沖縄美ら海水族館;2 千葉県立中央博物館分館海の博物館
ツノサンゴ目は刺胞動物門花虫綱に属し,熱帯・亜熱帯を中心に,浅海から深海まで幅広く分布
し,現在 7 科 40 属 235 種が確認されている.ツノサンゴ目は野外観察での同定が非常に難しく,種
内変異が多くみられるため,分類学上未だに混乱している.日本産ツノサンゴ目の研究は,Brook
(1889) によって初めて報告され,その後 Silberfeld (1909) 等により記載が進められたが,近年はほ
とんど調査がなされていない.また,報告がある海域も相模湾周辺が多く,今後他の海域での調査
が望まれている.
本研究では,1999 年 8 月に東京都八丈島水深約 40 m 付近で採集されたツノサンゴ目 3 群体(A
C)について,分類学的検討を行った.
群体 A は,枝の密度や長さ,配列,骨軸表面の微細な棘の長さ,群体基部の棘の形状などから,
Opresko (2001) が創設した Myriopathidae 科に属する Myriopathes stechowi (Pax, 1932) と同定した.
本
種は,タイプ産地が相模湾で,イバラウミカラマツの標準和名が付けられ普通種とされているが,
原記載以降,標本に基づいた詳細な分類学的検討はなされていなかった。
群体 B は,洗瓶ブラシ状の群体形,枝の配列,棘の形状から,Myriopathidae 科に属する
Cupressopathes abies (Linnaeus, 1758) と同定した.この種は Doflein によって相模湾で採集された標
本に基づき,Silberfeld (1909) が報告しているため,本研究が国内 2 例目となる.
群体 C は,ポリプの直径,骨軸の棘の配列(輪状)などの特徴から,Aphanipathidae 科の Aphanipathes
verticillata (Brook,1889) と同定した.本種は,チャレンジャー号航海調査における,インド洋(モー
リシャス)から報告 (Brook 1889) があるのみであり,原記載以来 2 例目の標本となる。
長年,日本産ツノサンゴ目はウミカラマツ科などを含む 3 科とされていたが,本研究により少な
くとも 5 科存在することが明らかとなった.これは,M. stechowi や C. abies のように,従来
Antipathidae 科に含まれていた日本産の数種が他科に移行しているためである.今後,最新の分類体
系をふまえて整理を進めることにより、日本産ツノサンゴ目の科が増える可能性も示唆された.
9
O-4
沖縄島東海岸で発見されたダルマスナギンチャク科の 1 種に関する報告
○藤井琢磨
1
1, 2
・James Davis Reimer 3, 4
琉球大学大学院理工学研究科,2(独)日本学術振興会特別研究員 DC;
3
琉球大学亜熱帯島嶼超域研究推進機構,4(独)海洋研究開発機構
スナギンチャク類(刺胞動物門;花虫綱;六放サンゴ亜綱;スナギンチャク目)は世界中に分布する
海洋底生生物であり、浅海域から深海底まで、8 科 18 属が知られている。スナギンチャク類はイシ
サンゴ目やイソギンチャク目に近縁であると考えられているが、その個虫は骨片や骨格のような硬
い組織は持たず、能動的に移動する能力も持たない。多くの種が環境中から砂粒や貝殻片などを体
壁に取り込むことがスナギンチャク目の大きな特徴である。大部分のスナギンチャク類は群体性で
あり、岩盤や他の底生生物(ツノサンゴ、海綿、巻貝等)の表面に固着する性質を持つ。唯一、ダ
ルマスナギンチャク属 Sphenopus は非固着性であり、砂泥底に分布している。全てのダルマスナギ
ンチャク類は単体性であり、その個虫は球状の形状をしている。これは砂泥環境に適応した形状で
あると考えられており、類似した形状のポリプはイソギンチャク目においても知られている。ダル
マスナギンチャク属の分類学的研究例は世界的にも少なく、日本からの分布報告は無い(未確認情
報あり)
。
2011 年、沖縄島東海岸に位置する金武湾の砂泥底水深 10m から、ダルマスナギンチャク科の 1
種と考えられる単体性スナギンチャク類標本が採集された。
沖縄島東海岸は砂泥環境が多く、
近年、
生物多様性に関して注目を浴びるようになった地域の一つである。
本スナギンチャク類標本は、非固着性かつ単体性という形態的特徴を持つことから、ダルマスナギ
ンチャク属であると同定された。反口部が緩やかに括れて細長い形状になり、かつ個虫の最大直径
が約 1.5cm(n=15)
、隔膜は 36 枚(n=3)であった。以上の特徴を併せ持つ種は報告されていないこ
とから、未記載種であると考えられた。一方、DNA を用いた分子系統解析の結果、本スナギンチャ
ク類標本はダルマスナギンチャク S. marsupialis と種レベル未満の遺伝的距離にある可能性が示され
た。スナギンチャク目には高い形態的可塑性を示すグループが含まれることが知られている。その
逆で、遺伝的距離が極めて近いにも関わらず異なる形態形質を持つことから、明確に別種であると
されているグループもある。種の解釈が研究者ごとに異なる等、スナギンチャク目における分類学
的問題点は多く、本ダルマスナギンチャク類標本の位置づけを明らかにするためには更なる調査が
必要である。
日本産板鰓類に寄生する条虫類 Calliobothirum 属の分類学的検討
O-5
○倉島 陽
1
1, 4
・清水俊哉 2・間野伸宏 2・小川和夫 3・藤田敏彦
1, 4
東大院理;2 日大生物資源;3(財)目黒寄生虫館;4(独)国立科学博物館
条虫類は海洋において多くの種が板鰓類を終宿主として利用し,板鰓類において優占する寄生虫
の 1 つである.条虫類の Onchobothriidae 科に属する Calliobothirum 属は,主にホシザメ属を終宿主
とし,19 種が知られている.今回,関東沿岸域における調査によってホシザメ属 2 種に,未記載種
と考えられる 1 種を含む 5 種の Calliobothrium 属の寄生が認められたので報告する.また,これら
の種も合わせ日本産 Calliobothrium 属について分類学的検討を行ったので報告する.
10
2007 年 10 月から 2009 年 7 月までに静岡県戸田沖,神奈川県茅ケ崎沖で採集されたホシザメ属の
ホシザメより C. verticillatum,C. creeveyae,C. tylotocephalum, C. hayhowi の 4 種,シロザメより未記
載種 Calliobothrium sp.が認められた.Calliobothrium 属は,2 対ある鉤および体節末端部の形状によ
って分類されている.鉤は C. tylotocephalum では太いのに対し,C. verticillatum,C. creeveyae,C.
hayhowi,C. sp.では細く,そのうち C. verticillatum,C. creeveyae,C. sp.の 3 種の鉤は類似しており,
鉤の形質では種の識別は困難である.体節末端部は,C. hayhowi 以外は房状となり,C. creeveyae,
C. tylotocephalum では,4 房,C. sp.では体節の成熟に従い 4‐6‐4 房,C. verticillatum では 4‐8‐4
房と変化する.C. hayhowi は房状にならず,末端部が次の体節にオーバーラップすることはない.
C. sp.は他種と異なり,未成熟片節において 6 房となっているため未記載種である可能性が高い.こ
れらの種以外で日本産板鰓類より報告されている C. nodosum は原記載が不十分で以来報告がなく,
C. eschrichtii も日本沿岸域における記載が不十分で 1 例しか報告がなく,両種とも本調査において
も寄生が確認されなかった.宿主とされているホシザメの寄生虫調査を更に進める必要がある.
Onchobothridae 科条虫類では宿主特異性が高く,単一宿主寄生種が多い.しかしながら,
Calliobothrium 属では複数宿主への寄生が報告される種は少なくない.
C. verticillatum では 4 宿主種,
C. creeveyae,C. hayhowi,C. tylotocephalum では 2 宿主種と複数の宿主に寄生が認められている.こ
れら 4 種は世界中に分布しており,地域固有種であるホシザメ属の種を超えて寄生が広がっている
と言える.一方で,これらの種は同所的には宿主特異的に寄生し,日本周辺海域においては,C. sp.
はシロザメにのみ寄生し,ホシザメに寄生する 4 種はシロザメに寄生することはない.さらに
Calliobothrium 属の他の種も含めて分類学的な研究および生物地理的な研究を実施することにより,
条虫類の宿主選択の進化を明らかにするケーススタディーになると期待される.
O-6
日本産ユムシ動物の多様性と分子系統解析
○後藤龍太郎 1・加藤真
1
2
東大・大気海洋研;2 京大・人間環境学
ユムシ動物は蠕虫的な動物の一群で、多くは細長い円筒形の胴部とへら状の吻をもち、海洋の堆
積物底に巣孔を形成して生活している。また、サンゴ礫の間隙などに生息するボネリムシ類もユム
シ動物の一グループである。これまでユムシ類は独立した動物門として扱われてきたが、近年の分
子系統解析の結果、環形動物門の一グループであることが明らかになりつつある(Struck et al. 2007
など)。一方で、ユムシ動物内の系統関係は依然としてよく分かっていない。従来、ユムシ動物は形
態によってユムシ目、サナダユムシ目、キタユムシ目に分けられてきた。本研究では、これら従来
の形態分類の妥当性を検証するために、前述した3目を含む日本産ユムシ類を対象として、
18SrRNA、28SrRNA、H3、COI 遺伝子の 4 領域を用いた分子系統解析を行った。本発表では、日本
産ユムシ類の多様性について紹介するとともに、分子系統解析の結果に基づいてユムシ動物内部の
系統関係を再検討する予定である。
11
O-7
瀬戸内海の干潟に生息する「コウジュ」の分類学的検討
○田中正敦・西川輝昭
東邦大学理学部
日本産ユムシ動物においては、不十分な記載、担名タイプ標本の喪失、および新規標本入手の困
難などのために、分類学的な実体が不明確な種が少なくない。我々は、こうした状況を克服して種
多様性を正確に把握するために、分子情報も活用しつつ、分類学的検討をすすめている。
広島県沿岸の干潟に棲み、かつて「コウジュ」あるいは「コウジ」とよばれて珍重された釣り餌は、
佐藤隼夫(1934)によってオウストンミドリユムシ Thalassema owstoni Ikeda, 1904 と同定されたが、
その根拠は明確でなく、記載も不十分である。本種は、浦賀水道の約 330 m 深から採集された不完
全な 1 個体に基づいて設立されたが、残念ながらこのホロタイプは失われている。我々は、東北大
学総合学術博物館に所蔵されている佐藤隼夫博士同定と思われる本種標本や「コウジ」とラベルさ
れた標本を調査するとともに、これに酷似した標本を広島県下の干潟で新規に採集することができ
た。これら広島県産の新旧標本を精査した結果、以下のことが判明した:
1)これら広島県産標本は同一種と判断され、ここでは T. owstoni sensu Sato, 1934 と表記するが、
これらは常に環状血管を欠くことがわかった。この特徴は、本標本が明らかに所属するキタユムシ
科ではごく少数派であり、ドチクチユムシ属 Arhynchite の数種でのみ知られる。その他の重要な形
態的特徴も共有するので、現行分類体系に従うかぎり、T. owstoni sensu Sato, 1934 は本属に移すべき
である。
2)T. owstoni の原記載は不十分で血管系への言及が全くないが、記載の範囲では、T. owstoni sensu
Sato, 1934 との間には食い違いはない。ただし、内生殖口の形状が両者でやや異なる。この差異と生
息深度の違いから、T. owstoni Ikeda と T. owstoni sensu Sato は別種の可能性がある。これを検証する
ためには、前者のタイプ産地浦賀水道深海産の新規標本が必要である。
3)T. owstoni sensu Sato がドチクチユムシ属であることから、本属の全既知種の文献に示された
形態的特徴と比較検討したところ、
日本に生息するドチクチユムシ A. arhynchyte (Ikeda, 1924)を含め,
そのどれとも一致しなかった。
O-8
日本近海で得られた深海性コケムシ類
○広瀬雅人
1
1, 2
・藤田敏彦
1
国立科学博物館; 2 日本学術振興会特別研究員
コケムシ類は群体性固着動物で,岩の上を被覆するマット状の群体や樹状に起立する硬い群体が
知られている.これらの多くは裸喉綱唇口目に属し,特に水深 200 m 以浅で多様性が高い.一方,
水深 1000 m 以深からも種数や個体数こそ少ないが,コケムシ動物が採集されることがある.それ
ら深海性コケムシの多くは唇口目無嚢類に属し,硬い付着基質が少ない深海底の泥場で海草やヒド
ロ虫のように柔軟な起立性の群体を形成している.これまで日本の深海性コケムシについては詳細
な知見はほとんどなかったが,近年,様々な調査航海において水深 1000 m を超える深海域からも
複数種のコケムシ群体が得られている.それらの標本の採集地点の情報をまとめたところ,現在ま
でに北海道南東沖や東北沖太平洋,さらに南西諸島海域や小笠原海溝まで,幅広い海域から深海性
12
コケムシ標本が得られていることが明らかとなった.そこで本研究では,これらの航海で得られた
標本に基づき,日本周辺海域における深海底のコケムシ相の調査を行なった.これまでの観察の結
果,19 点の標本から 3 科 7 属 9 種のコケムシ動物が確認された.最も多様性が高かったのはフサコ
ケムシ科(Bugulidae)で,5 属 7 種が確認された.このうち,小笠原海溝の水深 3597 m から得られ
た Calyptozoum operculatum Harmer, 1926 は,インドネシアの水深 1158 m からの原記載以降報告がな
く,本種が日本近海にも分布していることが初めて示された.このほか,Farciminariidae 科の
Columnella 属は日本初記録属である.本発表では,これら日本近海の 1000 m 以深で得られたコケム
シ動物の特徴や分類形質について,他海域で知られている近縁種の分布情報と併せて紹介する.
O-9
間隙性貝形虫類の形態における進化的傾向の普遍性と多様性
東 亮一
静岡大学理学部
堆積物の間隙水中に生息する貝形虫類(間隙性貝形虫類)には,小さい体サイズ,扁平な背甲,
縮退的な付属肢,目の縮退などの特徴が報告されており,狭く暗い堆積物間隙に対する適応の結果
であると考えられている.このような間隙性貝形虫類に普遍的な進化的傾向に関する知見が蓄積さ
れている一方で,分類群や系統ごとの進化的傾向の多様性に関する知見はほとんど無い.本研究で
は,代表的な間隙性貝形虫類であり,シセレ上科貝形虫類の中で別々の系統に属する 4 属
(Cobanocythere 属,Parvocythere 属,Microloxoconcha 属,Psammocythere 属)の種について,形態
観察から見出された各属の種間バリエーションを基に進化的傾向を分析した.さらに,その傾向を
属間で比較することで,間隙性貝形虫類の形態における進化的傾向の普遍性と多様性を議論した.
Cobanocythere 属の種間において,付属肢における相違は小さいものの,背甲では装飾の有無及び形
状の違いにより多様なバリエーションが観察された.Parvocythere 属において,第一触角の節数お
よび第二触角先端の爪の数にそれぞれ種間バリエーションが観察された上,雄の交尾器にも一対の
片方が縮退するという他の属には見られない様式のバリエーションが観察された一方,背甲におけ
る種間の相違は小さかった.Microloxoconcha 属および Psammocythere 属では,背甲および付属肢に
おける種間の相違は比較的小さかった.すなわち,間隙性貝形虫類の属内に現れる種間の形態バリ
エーションの傾向として,背甲にバリエーションが集中する属,付属肢に集中する属,種間で形態
的差異が小さい属の3タイプが認識された.このように,堆積物間隙を生息環境として共有する貝
形虫類において,多様化の様式が系統によって異なっており,多様な進化的傾向を示すことが明ら
かになった.
O-10
間隙性貝形虫類 Parapolycope spiralis の交尾栓とその由来
田中隼人
静岡大学理学部;日本学術振興会特別研究員 PD
交尾栓(Mating plug)は,雄によって雌の交尾器上に形成され,雌の再交尾の妨害や,精子の漏
洩を防ぐなどの機能をもつとされる.これは,線形動物,節足動物,脊索動物など多くの動物門に
13
みられ,精子間競争の下で進化したものであると考えられている.間隙性貝形虫類 Parapolycope
spiralis の成体雌では,野外で採集した場合,ほとんどの個体で生殖孔を塞ぐ棒状構造物が確認され
る.本研究では,成体に脱皮する前の雌雄個体を飼育し脱皮させることで未交尾の成体雌雄個体を
得たのち,一連の交尾行動を観察した.その結果,雄が第一触角と第二触角で雌を捕握し,交尾姿
勢をとった後に以下の行動が認められた.(1) 雄は体後部を前後に動かし始め,射精管を雌の生殖
孔に入れる.(2) 約 15 分後,交尾姿勢を維持したままの状態で雄は射精管を引き抜く.(3) 約 10 分
かけて雄の右側の尾叉にある突起が前方に向かって突き出る.(4) 雄は体後部を前後に動かし,そ
の突起を雌の生殖孔に入れる.(5) 約 10 分後,雄は突起を引き抜き交尾姿勢を解く.この実験に用
いた 7 ペア全ての雌個体において,交尾前には見られなかった棒状構造物が交尾後に確認された.
これは雌の生殖孔を塞いでいることから,交尾栓であると考えられる.雄が射精管を挿入している
段階で交尾を中断させたペアでは,雌に交尾栓が確認されなかった.すなわち,交尾栓形成には射
精の後に雌生殖孔へ挿入される雄の尾叉にある突起が関与していると考えられる.SEM を用いた詳
細な形態観察で,未交尾の成体雄の尾叉の突起には薄い膜状の構造が確認できた.一方で,交尾後
の雄個体では確認できなかった.これらの結果から,P. spiralis にみられる交尾栓は,雄の尾叉の突
起にある薄い膜状構造によって形成されることがわかった.雄は未交尾の雌と交尾し,交尾栓を形
成することで最も高い適応的利益を得ることができる.なぜなら,交尾前に他の雄の精子が交尾嚢
に既に貯められている可能性が無く,かつ後からくる雄の精子は排除できるからである.また,交
尾栓は雌の交尾嚢から外にもれることを防ぐことで効果的に受精ができるようにしているのかもし
れない.いずれにせよ.交尾栓としての機能をもつ尾叉突起によって,雄個体は自らの父性を伝承
する確率を高めることができる.一方で,この交尾栓が形成された雌は他の雄個体と再交尾するこ
とができない.そのため,雌にとって,交尾前の配偶者選択が重要となるに違いない.
O-11 日本海と東シナ海から採集された Leipsuropus 属
(甲殻亜門:端脚目:ドロノミ科)の2未記載種
○有山啓之 1・木暮陽一 2・Jae-Sang Hong3
1
(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所; 2(独)水産総合研究センター日本海区水産研究所;
3
Inha University, Korea
Leipsuropus 属は尾節が癒合せず第 2 尾肢を欠くという特徴を持つドロノミ科のヨコエビで、今ま
でにオーストラリアの水深 6∼24m のナマコ体上に生息する L. parasiticus (Haswell, 1879)と東シナ
海・黄海の水深 21∼87m の海底から得られた L. sinensis Ren, 2012 の 2 種のみが報告されている。今
回、日本海西部の隠岐海峡の水深 98m と東シナ海済州島沖の水深 108m の海底を調査したところ、
本属に含まれる未記載種が 1 種ずつ採集されたので報告する。
隠岐海峡の種はヒメヒトデ類 Henricia
regularis Hayashi, 1940 の体上に群生していたもので(木暮ら,2010)
、体長は最大 4.6 mm、頭部・
全胸節・第 1・2 腹節の背面および側面に鋭い突起を持ち、第 2 咬脚は肥大し、♂の掌縁には大きな
3 突起、♀の掌縁には小型の突起を備えている。済州島沖の種は体長 4.4mm までで、前種と似た背
面・側面突起を持つが突起は鈍い。また、第 2 咬脚の形態も前種と似るが、♂の前節内面には羽毛
状剛毛が密生し、♀の前節は幅が広い。両種と L. parasiticus とは背面・側面突起を持つこと(L.
parasiticus は第 1∼5 胸節背部にひだがあるのみ)
、L. sinensis とは♂の第 2 咬脚掌縁が波打つこと(L.
sinensis は直線状)で区別される。
14
O-12
本邦中部太平洋岸から採集されたスナホリムシ科等脚類 2 種(甲殻亜門)
齋藤暢宏
株式会社 水土舎
【はじめに】 本邦中部太平洋岸の 2 箇所(静岡県御前崎および東京都伊豆大島)から日本産既
知種に該当種のみられないスナホリムシ科等脚類がそれぞれ採集された。それらの分類学的位置に
ついて若干の検討を行った。
【材料および方法】 御前崎海岸において、2011 年 5 月 13 日、アオウミガメ Chelonia mydas
(Linnaeus, 1758)の漂着死亡個体(甲長 612 mm)が発見された。剖検したところ、体内から多量の等
脚類が発見された。このうちの一部を採集して、70%エタノールで固定・保存した。
伊豆大島の北東岸 秋の浜 地先の水深 35 m において、2011 年 5 月 10 日、SCUBA 潜水によっ
て、ムチカラマツ Cirripathes anguina (Dana, 1846)に絡まった状態の等脚類 1 個体を発見した。これ
を徒手で採集して 70%エタノールで固定・保存した。
【結果】 御前崎の標本は、スナホリムシ属 Cirolana Leach, 1818 の 1 種であった。本属は 131 種
からなり、スナホリムシ科全体の 27%を占める大きな属である。今回の種は、第 5・第 6 胸節後縁
に棘状顆粒が分布し、腹部各節後縁も棘状顆粒や瘤に覆われており、これは Bruce(1986)による
Tuberculate group に属するものと思われる。本種は Cirolana garuwa Bruce, 1986(西部オーストラリ
ア Abrolhos 島産)に類似するが、第 7 基節板背縁に顆粒列をもつ(C. garuwa は欠く)
、第 5 腹節背
面の中央の瘤が 2 個(C. garuwa では 1 個)
、腹尾節後縁の robust setae は 24 個(C. garuwa では 8 個)
などの違いがみられた。今回の発見はウミガメの体内からであったが、発見時の状況から、打ち上
げ後に総排泄孔などから体内に侵入したものと考えられた。
伊豆大島の標本はナギサスナホリムシ属 Eurydice Leach, 1815 の 1 種であった。本属は第 1・第 2
触角、腹尾節後縁、尾肢柄部内縁などの形態によって他のスナホリムシ科等脚類から区別される。
既知種は 51 種。今回の種は、腹尾節後縁が切断型であり、これは Bruce(1986)による E. orientalis
group に属するものと思われる。本種は E. orientalis Hansen, 1890 に類似するが、体サイズ(本種は
6.68 mm、E. orientalis は最大 5.0 mm)
、第 2 触角鞭部(本種では 43 節、E. orientalis では約 21 節)
及び腹尾節後縁の鋸歯(本種では 13 歯、E. orientalis では 8 歯)などに違いがみられた。今回の種
はムチカラマツに絡まった状態で発見されたが、すでに死んだ状態であったため、共生関係にあっ
たのかどうかは不明である。
O-13
大阪湾の海岸に産するフナムシ属3種について
山西良平
大阪市立自然史博物館
フナムシ属(Ligia Fabricius, 1798 )は約 40 種を擁することが知られている。日本国内にはそのう
ちの 8 種が分布するものの、小笠原その他の島嶼に局在しているものが多く、北海道あるいは本州
∼九州の海岸に広く分布しているのはフナムシ(L. exotica Roux, 1828 )と、キタフナムシ(L.
cinerascens Budde-Lund, 1885 )だけである。フナムシ(L. exotica)は世界中に広く分布することが
知られている普通種で、日本では本州中部から九州にかけて分布している。ただし、分子系統学的
15
な研究によると、日本のフナムシにはいくつもの系統群があり、複雑な状況であることが示されて
いる(伊谷, 1999; 2000)
。一方、キタフナムシは名前のとおり北方系の種で、もともと北海道に分布
するとされていたが(Nunomura 1983)
、その後、伊谷(1999; 2000)らによって東北地方にも分布
するとともに能登半島、島根県、東京湾、三河湾、周防灘などに点々と分布していることが報告さ
れている。
これまで、大阪湾の海岸に産するものはフナムシ 1 種のみであると思われてきたが、2010 年に洲
本市由良の転石海岸においてキタフナムシが発見された(Yamanishi 2011)
。大阪湾はもちろんのこ
と瀬戸内海東部における初記録である。これをきっかけに湾内の海岸 24 カ所を精査した結果、キタ
フナムシは湾の南・西部の自然海岸を中心とした 12 カ所から見出され、しかも湾奥には進入してい
ないこと、さらにほぼすべての地点においてフナムシと共存していることが明らかになっている。
また、両種が共存する海岸においてそれらの生息状況を比較した結果、キタフナムシは転石帯を生
活の場としながら打ち上げ海藻を主食としている wrack fauna の一員であり、これに対してフナムシ
は岩礁域において岩上に生えている海藻を主食とする grazer である、といった生活様式の相違も明
らかになった(山西 2011)
。両種は雄の交尾補助器(第 2 腹肢内肢)において明瞭な形態的差異が
あり、生殖的にも隔離されていると考えられる。
一方、湾全域から採集したフナムシについて、第 2 触角の鞭節数と雄性交尾器の形状を比較した
結果、湾口に近い南・西部の自然海岸あるいは半自然海岸に生息する集団と、湾奥(東・北部)の
人工護岸に生息する集団との間において形態的な差異が見出され、かつ同一地点のサンプルに両タ
イプが混在することはなかった。このことは「例えば大阪湾沿岸に棲息する、形態的には L. exotica
と同定される集団は、外国産の L. exotica とともに一つのクラスターを形成した。この集団は大阪湾
以外の各地からも見つかっているが、自然海岸には生息していない」という伊谷(2000)の指摘と
合致するものであり、大阪湾産の「フナムシ」は 自然海岸型 と 人工海岸型 の 2 種を包含し
ていると考えられる。
O-14
自然史標本の 文化財化 をめざして
馬渡峻輔
自然史標本は、生き物を扱う科学分野の直接・間接のリファレンスであるばかりでなく、人類を
含む生物が、地球上のある場所、ある時間に生きていた証拠として、その場所、その時代の自然環
境がどのようなものであったかを我々に物語ってくれる。国単位で言えば、そのような意義を持つ
自然史標本が失われれば、
国の環境の変遷、
およびその良し悪しを判断する指標を失うことになり、
国の持続可能性が危うくなる。よって、自然史標本は国が公に守らなければならない国の宝(national
property)である。しかし今日、自然史標本は公に位置づけられておらず、公的保護制度は存在しな
い。
一方、建造物、遺跡および遺跡よりの出土した遺品、美術品などは、人類の文化的活動によって
生み出された有形の文化的所産である。その中でも学術上、歴史上、芸術上等の価値が高く、後世
に残すべきものを、国は文化遺産(cultural heritage)あるいは文化財(cultural property)と位置づけ、
条約、法律、条例等による公的保護制度の対象としている。
同じく博物館等施設に所蔵されているにもかかわらず、文化財と自然史標本の間に存在するこの
ような差は、2011 年 3 月 11 日に起こった東日本大震災において如実にあらわとなった。文化財の
16
被災に関して国の関与は素早く、2011 年 6 月 6 日現在で国宝 5,重要文化財 143,特別史跡 5,史跡
82,特別名勝 3,その他 278、計 549 件の被害が把握され、文化庁の指導の下、国レベルあるいは地
方自治体レベルで修復が進んだ。一方、被災自然史標本はその全体像が明らかにならないまま、主
にボランティアレベルで細々と個別に修復が行われたにすぎない。
東日本大震災では、原発を含めて防災のハード面での不備が指摘されたが、自然史標本に関して
は、それらを保管する博物館等施設のハード面だけでなく、ソフト面である保全体制の脆弱性があ
からさまとなったのである。
自然史標本は文化財と異なり公に扱われていないため、
今回に限らず、
災害が起こった場合、どの標本がどのような被害を受け、どれが失われ、どれが被災を免れたか等々
の情報は公にならない。元々、多々ある自然史標本の価値評価が行われていないばかりか、どこに
どのような標本がどれだけ所蔵されているのか、正確な情報すら存在しないのである。
自然史標本は国の宝であり、文化財と同じく公的保護制度を適用すべきである。この共通認識の
元、日本学術会議は「自然史標本文化財化分科会」を設置した。自然史標本の 文化財化 とは、
具体的には、自然史標本の全体像を把握し、それぞれの価値を正しく評価し、それらを公的に保全
する方法およびそのための法令を整備することである。これは、大震災を経験した日本でしか思い
つかない、これまでに類を見ない、おそらくは世界で初めての提案である。自然史標本文化財化分
科会におけるこれまでの議論および問題点を披露する。
0-15
フタバヒメセミエビ幼生の脱皮に伴う外部形態の変化
○大竹周作・若林香織・田中祐志
東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科
セミエビ科(十脚目:イセエビ下目)は 4 つの亜科からなるが、同科の半数以上に相当する 50 種を
含むヒメセミエビ亜科の系統分類はいまだ明確でない。セミエビ科幼生(フィロゾーマと呼ばれる
透明で扁平なゾエア幼生)の外部形態は、分類群の特徴を反映する傾向があり、その発育様式は系
統分類に有益な情報の一つである。しかし、ヒメセミエビ亜科に属する種の幼生に関する知見は乏
しい。そこで本研究では、ヒメセミエビ亜科の一種であるフタバヒメセミエビ Crenarctus bicuspidatus
(De Man, 1905) の幼生を飼育し、脱皮に伴う外部形態の変化を観察した。
本種の抱卵個体から孵化幼生を得、主にアルテミアを与えて、2.5 ヶ月間飼育した。摂餌の有無、生
残率、脱皮の有無と回数(脱皮齢)
、体サイズ(体長、頭胸甲長、頭胸甲幅)
、付属肢の外部形態を
記録し、本種幼生の期(stage)を決定した。今回は孵化後 5 回脱皮した 6 齢幼生までを観察した。
幼生の体サイズは脱皮するごとに脱皮前の 23 56%増大した。脱皮に伴う外部形態の特徴は以下の
ように変化した:第 1 触角は、6 齢では分節している。第 2 触角は、4 齢で側面に丸い突起が出現し、
その突起は 5 齢では鋭く尖っている。また、第 2 触角は、6 齢では第 1 触角と同程度まで伸長して
いる。第 4 胸脚は、2 齢において原基として出現し、3 齢では伸長し外肢の原基が形成されている。
また、第 4 胸脚は、4 齢では節が 5 つになり、遊泳肢の原基が形成されている。この遊泳肢は、5
齢では伸長し、羽状の剛毛が生えている。第 5 胸脚は 3 齢で原基が形成され、5 齢において先端に
棘が形成されている。3 齢から 4 齢への脱皮では体サイズの増大は 11-12%と比較的小さく、外部形
態にも著しい変化は認められなかった。本研究により、フタバヒメセミエビ幼生の第 1-5 期の外部
形態が明らかになった。また、第 3 期には 3 齢と 4 齢が含まれると判断された。
17
O-16
ヒラアシクモガニのゾエアを例とした狭義および
広義のクモガニ科幼生の分類について
○小西光一 1・斉藤知己
1
2
水産総合研究センター中央水産研究所;2 高知大学総合研究センター
かつてカニ類の中でも大きな科であったクモガニ科は,最近の遺伝子解析を取り入れた系統解析
の進展等を受けて,亜科が科に昇格する等,大幅な再検討が進んでおり,最新の分類体系ではヤワ
ラガニ科も含めたクモガニ上科として一つのグループにまとめられている(De Grave et al. 2009)
。
この様に変化の大きなグループであることから,成体と幼生の形態を対比させつつ分類体系を考え
ていくことは重要と思われる。今回,従来のクモガニ科(広義)の中では原始的な位置に置かれて
いたクモガニ亜科の一種,ヒラアシクモガニ(Platymaia alcocki)のふ化ゾエアを得る機会があり,
その形態を中心に現在のクモガニ科(狭義)およびクモガニ上科について幼生形態の面から考察し
たい。
クモガニ科(広義)の幼生については,種群による変異は大きいものの,これまでに報告された
もの全てに共通する特徴として,ゾエア2期を経てメガロパに変態すること,第1ゾエアは頭胸甲
の腹側前縁部に通称「クモガニ小毛」と呼ばれる剛毛を持つこと,第1ゾエアで第2小顎の顎舟葉
が多数(5本以上)の周縁毛を持つこと等があげられる。その一方で,クモガニ科(狭義)をはじ
めとして各科内の形態を比較すると,属間で亜科あるいはそれ以上の変異がある場合も見られ,全
体として科の形質を一義的に定めることは困難と考えられる。
上述の通り,広義のクモガニ科幼生は大きなグループであるにもかかわらず,共通した形質を持
っているが,ヤワラガニ科ゾエアの幼生形質は,これとはかなり異質であり,これは上科あるいは
それ以上の差異に当たると思われる(下表の例)
。よって,少なくともゾエア幼生に関しては,現在
の成体分類でのクモガニ上科の中で,ヤワラガニ科の幼生形質を他科と同一レベルで論じることは
困難であり,今後は成体分類と幼生分類の整合性について様々な面から検討をする必要があると思
われる。
分類群
クモガニ科※1
ヤワラガニ科
ヒシガニ科※2
ゾエアの期数
2
0∼3
4∼6
なし
なし
クモガニ 小毛※3 あり
第2触角
三叉型
棒状
二叉型
顎舟葉の周縁毛※3
5∼
3
4
腹肢(原基)
あり
なし
あり
尾節の輪郭
三角
逆三角
三角
※1 広義(従来)の科,※2 現在は別の上科,※3 第1ゾエアの場合
18
O-17
アルビンガイ類の比較解剖:鰓の構造と共生細菌に注目して
○佐々木猛智 1・鈴木庸平 2・植松勝之 3・渡部裕美 4・藤倉克則 4・小島茂明
1
5
東京大学総合研究博物館; 2 東京大学理学系研究科; 3 マリンワークジャパン;
4
海洋研究開発機構; 5 東京大学大気海洋研究所
アルビンガイ属 Alviniconcha は化学合成生物群集に特異的に生息する腹足類である。鰓の内部に
は共生細菌を持っており、共生細菌を持たない近縁属に比べて体サイズが大きい点が特徴である。
本属はこれまでに マリアナ諸島沖、マヌス海盆、北フィージー海盆、ラウ海盆、インド洋かいれい
フィールドから記録されているが、分類学的に記載されているのはマリアナ諸島沖の Alviniconcha
hessleri のみである。しかし、ミトコンドリア DNA の COI 遺伝子の解析からは遺伝的に異なる複数
の集団が存在することが明らかになっている。各地のアルビンガイ類の集団の形態上の相違点を検
討した結果、鰓の鰓葉の構造および共生細菌の存在様式に違いがあることが分かった。
アルビンガイ類の鰓葉は入鰓血洞、縦隆起、側方繊毛帯、鰓葉支持組織、出鰓血洞からなり、共
生細菌を含む菌細胞は鰓葉の縦隆起の部分のみに存在している。SEM, TEM を用いた比較から下記
の形質が重要であることが判明した。 (1)鰓葉の先端の角度: アルビンガイ類の鰓葉には先端部の
角度が大きく鰓葉が幅広いタイプ(Vienna Woods Type 1)と、先端部が鋭く鰓葉が細長いタイプ
(Vienna Woods Type 1 以外の集団)がある。
(2)縦隆起と側方繊毛帯の比率:鰓葉の先端が幅広い
タイプでは、側方繊毛帯よりも縦隆起の幅が著しく広い。一方、鰓葉が細長いタイプでは、側方繊
毛帯と縦隆起の幅がほぼ同じである。(4)共生細菌の鰓葉内での存在様式:インド洋かいれいフィー
ルド産のアルビンガイ類では共生細菌が入鰓血洞の側に偏って存在していたが、その他の集団では
そのような偏りは見られなかった。(5) 共生細菌の菌細胞内での存在様式:鰓葉が幅広いタイプで
は共生細菌は菌細胞の内側に完全に埋もれているが、鰓葉が細長いタイプでは共生細菌は鰓の外表
面付近に存在している。後者のタイプでは、SEM 像では細菌が細胞表面から突出しているかのよう
に見えるが、TEM 像の観察では細菌は外部に露出しておらず膜に包まれていることが確認された。
(6)共生細菌の形状:共生細菌は細長いタイプと球状のタイプがあり、それらは特定のタイプのアル
ビンガイ類と共生している。
以上の結果から、アルビンガイ類は遺伝的な分化とともに異なる細菌と共生関係を確立し、鰓の
外部形態と微細構造を変化させていることが確認された。
O-18
日本周辺におけるエゾボラモドキ種群の集団分化と形成過程
○中山雅子・白井滋
東京農業大学生物産業学部アクアバイオ学科
Shirai et al. (2010: Plankton and Benthos Research 5: 17–30)は、青森県以南の日本海に分布する
Neptunea intersculpta (Sowerby, 1899)と N. constricta (Dall, 1907)を「エゾボラモドキ種群」と総称し、
これらが遺伝的に一つのまとまりを作ることを示した。本研究では、さらに北海道周辺海域と東北
地方太平洋沖から得られた多数のサンプルをもとに集団解析を実施し、16SrDNA から見た集団構造
とその形成過程を考察したところ、分類学的にも興味深い結果が得られたので報告する。
採集地点に基づく 16 集団を対象に AMOVA 解析を実施したところ、各集団の遺伝的変異の程度
19
は低いものの、集団間のハプロタイプ組成の違いは大きく、日本周辺には 3 または 4 つからなる集
団構造が想定された。しかし、青森県以南の日本海では、ハプロタイプ組成が連続的に変化する傾
向がみられた(2 集団間のFST の比較による)
。次に、階層クレード解析を行ったところ、全 54 ハプ
ロタイプはその類似性から 3 つのクレードに区分された。これらは、①東北・北海道の太平洋側と
日本海西部、②日本海西部から北海道日本海側、および③北海道日本海側からオホーツク海にそれ
ぞれ分布していた。この解析に際してアウトグループ(N. vinosa)を加えたところ、3 つのクレード
のうち①が最も祖先的であることが分かった。また、クレード①と②は日本海の本州中部から西部
にかけて広く重なっていた(このため、上述した連続的な変化が生じた)
。以上の解析から、本種群
は日本周辺の北西太平洋域に広く分布していたクレード①に始まり、日本海内でクレード②が、次
いでこの遺伝子型からクレード③が分化したことが推定された。この過程によって、クレード①は
地理的に大きく離れて 2 分され、日本列島をはさんだ別集団になったものと考えられた。
本種群には、日本海のみならず、より広い地理的範囲においてもハプロタイプに連続的な変化が
認められ、これと形態上の変異が一致しないことから、複数の種を認識することは難しい。その種
小名としては、先取権の原則により"interscalpta"を用いることが妥当であろう。また、解析に加え
た近縁種の N. eulimata、N. varicifera および N. polycostata との関連についても考察した。
O-19
Fusivolutopsius 属(腹足綱:エゾバイ科)の命名規約上の地位と
日本産の種の再検討
長谷川和範
国立科学博物館動物研究部
Volutopsinae カミオボラ亜科は主に北太平洋高緯度地域で放散した腹足綱エゾバイ科の一グルー
プである。その貝殻形態の変異の大きさを反映して、これまでに実質的な種数を上回る名義種名が
提唱され、また Volutopsius カミオボラ属とその近縁の属については、高次分類についても混乱が見
られる。本研究ではそのうち、特に問題となる Fusivolutopsius 属について分類学的に検討した結果
を報告する。
Fusivolutopsius は、歯舌の形態の特徴に基づき、Habe and Sato (1972)によって V. hirasei Pilsbry, 1907
リクゼンボラをタイプ種として創設された。しかし、この論文の中では歯舌の線画しか示されてお
らず、検討標本の産地や貝殻形態などの詳細は不明であった。その後、Kantor (1983)は択捉島沖か
ら採集された V. hirasei に同定される標本 1 個体の歯舌を調べたところ、Habe and Sato (1972)の図と
著しく異なっており、
そのため Fusivolutopsius は、
実際のタイプ種が不詳であるとして、
これを nomen
dubium と見做し、改めて同じ V. hirasei をタイプ種とする Habevolutopsius 属を創設した。さらに同
年、Kantor (1983)は別の論文で、Habe and Sato (1972)の図と極めて類似した形態を示す歯舌を持つ新
種をタイプ種として Lussivolutopsius 属を創設した。
ここで問題となる V. hirasei は、三陸沖をタイプ産地として記載されたもので、これまで検討した
標本から判断する限りでは本州北部から北海道南部の太平洋岸の比較的狭い海域に分布するものと
みられ、ロシア海域での出現には疑問がある。この度三陸沖産の複数標本の歯舌を検討した結果、
その形態はいずれも Habe and Sato (1972)が図示しているものと一致し、Kantor (1983)のものとは著
しく異なることが明らかとなった。この結果、Fusivolutopsius は、適切なタイプ種に基づく適格な
名義名となり、同じ歯舌形態を持つ Lussivolutopsius の古参異名としてこれに先取する。一方、
20
Habevolutopsius は、既に多くの文献で使用されていることから、
「条 70.3. 誤同定されたタイプ種」
を適用して、今後新たなタイプ種を選びその地位を固定することが必要となる。
次に、本属の日本産の種類について再検討した結果、貝殻、雄性生殖器、および歯舌の形態の違
いにより 3 種が識別された。アメリカ自然史博物館、フィラデルフィア科学アカデミーなどに保管
されているタイプに基づいて、様々な名義種について検討した結果、それぞれ F. hirasei (Pilsbry,
1901)リクゼンボラ、F. emphaticus (Dall, 1893)イトマキカミオボラ、F. furukawai (Oyama, 1953)キジビ
キカミオボラに同定された。これらの形態や異名関係についても論じる。
O-20
分子データに基づく 生きている化石ヒトデ の分類学的位置
○小松美英子 1・米沢摩耶 1・若林香織 2・Francisco A. Solís-Marín3
1
富山大学大学院理工学研究部生物学科;2東京海洋大学海洋科学部海洋環境学科;
3
Instituto de Ciencias del Mar y Limnologia, Universidad Nacional Autónoma de México
Gray は,1871 年にメキシコ南西部,テワンペック沿岸で採集された体が扁平で,腕が花弁状の
ヒトデを,モミジガイ科のモミジガイ属に近縁であると考え,本科に新属 Platasterias を設けて P.
latiradiata として新種記載した。Gray の報告後,Spencer (1951)は,化石棘皮動物の比較形態によっ
てヒトデ綱を真ヒトデ亜綱,体ヒトデ亜綱,クモヒトデ亜綱に分け,体ヒトデ亜綱をヒトデ類とク
モヒトデ類の共通祖先であると提唱した。Fell(1962, 1963)は本種の骨格と消化管等の内部形態の
観察により,本種が体ヒトデ亜綱に属する唯一の現生種であり4億数千年前の初期オルドビス紀か
ら生きてきたと結論した。Caso は 1970 年に本種がタパチュラ海域に生息することを確認し,骨格
系の形態観察の結果,1972 年に本種を 生きている化石ヒトデ と呼んだ。一方,Blake (1972, 1982)
は,本種,化石種,スナヒトデ科(スナヒトデ属のみから成る 1 科 1 属)の骨格を比較し,本種が
化石種よりむしろ真ヒトデ亜綱のモミジガイ目のスナヒトデ科の一種と報告した。以上のように,
既報の本種の系統分類に関する研究は形態学的観察に基づいており,また近年採集記録が少ないこ
ともあり,本種の遺伝子解析に関する研究は行われていなかった。しかし,演者らは,本学会の第
46 回大会(2010)において,2008 年にタパチュラ沿岸で採集した本種の 18SrDNA に関する分子
系統解析の結果,本種がクモヒトデ綱やウミユリ綱と遠縁であり,ヒトデ綱のクレードに含まれる
がモミジガイ科との近縁性は認められず,スナヒトデ科の 2 種と単系統群を形成することを示唆し
た。
本研究では,棘皮動物中における本種の位置を調べるため 5 綱の各綱より代表の 10 種,さらにヒ
トデ綱内の類縁関係を明らかにするためスナヒトデ科をはじめ 17 科の各科より数種,
および本種に
ついて分子系統解析を行った。データバンクから 18S rDNA, 16S rDNA の分子情報を取得し,分子
情報が得られなかった種については本研究で解析し,系統樹を構築した。その結果,2010 年の演者
らの報告と同様に,本種と棘皮動物の他綱との近縁性は認められず,また本種はスナヒトデ科のク
レードに含まれた。それゆえ,本種を 生きている化石ヒトデ と呼ぶことは妥当ではなく, Luidia
latiradiata に変更するべきという Blake の説を支持する結論が得られた。
21
O-21 チョウセンバカマ Banjos banjos (Richardson, 1846) の記載に
用いられた資料とその学名由来について
○滝川祐子 1・吉野哲夫
2
1
香川大学農学部;2(財)海洋博記念公園総合研究センター
1804 年、レザノフを全権代表とするロシア使節が、日本との通商交渉を目的とし、長崎に来日し
た。その後 1805 年にかけて約半年間、ロシア使節が長崎に滞在したことは、鎖国時代の外交史及び
日露関係史上の一大事件として、歴史的に大変有名である。一方、この時に日本から西欧に持ち帰
られた資料は、西欧における日本の博物学研究、特に魚類学において、大きな足跡をもたらすこと
となった。
このロシア艦隊の艦長であった Krusenstern が出版した『世界周航誌』の図版(アトラス)は、使
節に同行していた博物学者で、
画家としても優れていた Tilesius が描いた資料をもとに作成された。
このアトラスには、長崎滞在時に収集した日本の魚類図版も含まれている(“Reise um die Welt in den
Jahren 1803, 1804, 1805 und 1806 auf Befehl Seiner Kaiserlichen Majestät Alexanders des Ersten auf den
Schiffen Nadeshda und Newa unter dem Commando des Capitains von der Kaiserlichen Marine A. J. von
Krusenstern”)
(アトラス 1813 1814 年出版) 。
チョウセンバカマ Banjos banjos (Richardson, 1846)が西欧で最初に紹介されたのは、この
Krusenstern のアトラスの図版(Tab. LXIV)による。ロシア語版と独露語版のアトラスはそれぞれ
1813 年と 1814 年にサンクトペテルブルクで出版された。後者のアトラスには、ロシア語名に加え、
ドイツ語で Der Banjos と書かれている。この図版は、チョウセンバカマの名前を 2 名法に基づ
いて命名していないため、学名記載として有効ではない。本種の学名は、Siebold の助手であった
Bürger が作成した日本産魚類標本に基づき、Richardson が 1846 年に記載した学名が有効である。
しかしながら、Banjos の学名の由来は、Krusenstern のアトラスまで遡ることが判明した。そして、
この Banjos は、来日外国人らに Banjos と呼ばれていた、長崎の日本側役人の職名に由来すること
が分かった。羽仁五郎は『クルウゼンシュテルン日本紀行(1928 年)
』の中で、この職名を「番所
衆」と訳している。
本発表では、ライプチヒ大学所蔵の Tilesius の原画、鎖国時代の来日外国人による文献資料、魚
類学の文献調査、ロシア資料及びロンドン自然史博物館のホロタイプの調査に基づき、Banjos banjos
(Richardson, 1846) の学名由来について報告する。
O-22
台湾より得られたクガビル属の 1 未記載種
○中野隆文 1・Yi-Te Lai 2, 3
1
京都大学大学院理学研究科動物学教室; 2 Institute of Zoology, National Taiwan University;
3
Department of Biology, University of Eastern Finland
クガビル属 Orobdella(クガビル科 Orobdellidae)は渓流環境に生息し,ミミズを捕食する陸産,
巨食性のヒル類で,日本から 10 種が記載されている.しかしながら海外における本属の分類学的研
究はほとんど行われておらず,唯一極東ロシアのシホテアリニ山脈から O. whitmani Oka, 1895 の報
告があるのみであった.今回,新たに台湾北部の阿里山周辺から本属のヒルが採集されたので,分
22
類学的位置を決定するべく形態観察,分子系統解析を行った.
外部形態を観察したところ,台湾産のクガビルは中央体節が 4 体環から成っていた.本属には 4
体環の中央体節をもつ 5 種が知られており,既知種との比較のために内部形態の観察も行った.結
果,台湾産のクガビルは単純な管状の胃通管を持っていた.そして精管に一対の小さな球状構造を
持ち,貯精囊を欠いていること,更に前立腺腔角が未発達であることから,既知の 5 種とは明瞭に
区別され,未記載種と判断された.特に精管に見られる球状構造は,既知種では一切知られておら
ず,本種に特異的な形質であると考えられる.クガビル属内における本未記載種の系統的位置を,
複数領域をマーカとして推定した.その結果,本未記載種は琉球列島に生息する 2 種と姉妹群にな
ることが判明した.琉球列島の 2 種も貯精囊を欠いていることから,この形質は琉球+台湾系統の
共有派生形質であると考えられる.
O-23
アシナガバチ属 Polistes mandarinus 種群の単系統性と分布パターン
○小島純一 1・Lien T. P. Nguyen 2・James M. Carpenter 3
1
茨城大学理学部自然史研究室; 2 Institute of Ecology and Biological Resources, Vietnam Academy of
Science and Techology; 3 Division of Invertebrate Zoology, American Museum of Natural History
スズメバチ科(Vespidae)アシナガバチ亜科(Polistinae)のハチ類はいずれも真社会性の生活を
営み、汎世界的分布をしている。中でも、アシナガバチ属 Polistes は約 230 種からなり、温帯域に
も広く分布することから社会性研究のモデル生物となってきた。アシナガバチ属は、新世界固有の
Aphaniropterus ならびに在来の分布域が旧世界に限られる Gyrostoma、Polistella と Polistes s. str.の 4
亜属に分けられており、これら 4 亜属の系統関係は (Gyrostoma + (Polistella + (Polistes s. str. +
Aphaniropterus))) とされている。現在の分布域と系統仮説を重ね合わせると、Gyrostoma は熱帯域起
源で南北温帯へと分布域を広げ、Polistes s. str. + Aphaniropterus は北方起源で南へと分布域を広げて
きたものと推定される。残る Polistella 亜属は約 80 種を含み、ヨーロッパを除く旧世界に広く分布
している。
Carpenter (1996) は Polistella 亜属を (1) いわゆる Stenopolistes 、(2) Polistes adustus 種群、(3) P.
stigma 種群、(4) P. sagittarius 種群に分けたが、後3者の区分は暫定的であることを Carpenter (1996)
自身が指摘している。
アジアとオセアニアに分布する種を中心とした Polistella 亜属の 59 種について、アシナガバチ属
の他の 3 亜属を外群として、46 表形形質(成虫、幼虫形態)を用いて分岐解析を行った。その結果、
単系統群として「いわゆる
Stenopolistes 」ならびに P. adustus を含む 23 種からなる Polistes
mandarinus 種群が認められた。
Polistes mandarinus 種群内の種間関係は解決することはできなかったが、この種群のアシナガバチ
類の分布パターンは、植物や小型哺乳類で知られるヒマラヤ回廊起源で、中国―朝鮮半島―極東ア
ジア―日本列島へとつながるものであった。Polistes mandarinus 種群の各地域における種多様性の特
徴として、ヒマラヤ山脈東側斜面に位置するインドネシア半島北部の山地ならびに台湾において高
い種多様性を示すことがあげられる。一方、日本列島を含む北東アジアには各地域に1∼3種が分
布するのみであり、北方に向かうにつれて種多様性が著しく低下することが明らかになった。
23
O-24
マダガスカルで得られた Dinapsis 属の9未記載種
(Hymenoptera:Megalyridae)
○三田敏治 1・Scott R. Shaw 2
1
東京農業大学農学部;2 Department of Agriculture, Wyoming University
Megalyridae 科は穿孔性甲虫類に寄生するハチ目の一群である.化石属は北半球から多く産出され
るものの,現生する 8 属はそのほとんどが南半球にのみ知られる(Vilhelmsen et al., 2010)
.Dinapsis
属はエチオピア区固有の属で,アフリカ大陸から2種,マダガスカルからは5種が知られる
(Hadqvist, 1967; Shaw & van Noot, 2009)
.
マダガスカルで記載された種はどれも 1950 年以前に得られた標本しか存在せず,長らく Dinapsis
属は稀な分類群であると考えられていた(Shaw, 1990)
.しかし,2000 年初頭に実施された調査によ
ってマダガスカル各地で数十個体が新たに採集された.それらの標本を検討してみたところ,既知
種と形態的特徴が一致するものはほとんど見つからず,それらは未記載種であると考えられた. 現
状で D. hirtipes Hadqvist に近縁なものを 6 種,その他 8 種を認めたので,本報告ではそれらの形態
的特徴について報告する.
Dinapsis hirtipes は頭部背面が顕著に平坦になる特徴を持つため,他既知種からの識別は極めて容
易な種であるが,近縁未記載種頭部の平坦面の程度には種ごとに異なり,むしろ頭部の頭盾上縁と
頭頂に見られる隆起縁の存在で特徴づけられた.Dinapsis sp. 1 は頭部が荒い彫刻に覆われ,額は緩
やかな弧を描く.D. sp. 2,D. sp. 3 および D. sp. 4 は D. hirtipes と同様に額は平坦であるが,後脚脛
節末端が伸長する.Dinapsis sp. 2 と D. sp. 3 は先端に長毛を有する点で識別され,D. sp. 3 はさらに
長毛末端が匙状を呈する.一方で D. sp. 4 は長毛を持たない.D. sp. 5 の額は弧を描き,産卵管の色
彩が他種は暗色であるのに対して白色を呈する特徴を持つ.Dinapsis sp. 6 は前種に似るが,頭部の
点刻が微細で疎,産卵管が暗色である.
Dinapsis sp. 7 と D. sp. 8 は頭盾上部に隆起縁が認められるものの,
頭頂は明瞭に隆起せず,
admedian
sulcus と中盾板側縁が葉片状によく発達する特徴を併せ持つことから,D. nubilis Hadqvist に近縁で
あると考えられた.一方で,D. sp. 9 は複眼が小さく顕著な立毛を有する,触角が太いなどの特徴を
持ち,既存の種に近縁なものが認められなかった.一方で,同様の形態的特徴は土壌性ハチ類にし
ばしば見られることから,本種の寄主は腐朽材ではなく土壌中に生息しているのかもしれない.
O-25
中部地方におけるアカサビザトウムシ(クモガタ綱ザトウムシ目)の
環状重複と染色体数の地理的分化
○鶴崎展巨・川戸悟史・松本 透
鳥取大・地域・生物
遺伝子交流を保ちながら地理的に分化した一連の集団が一周してその両端の集団が出会ったとき,
その両者間にはすでに生殖隔離が成立しており,
雑種形成なしに同所的生息を達成する場合がある。
そのような状況を環状重複(circular overlap)
,それを示す種を輪状種(ring species)という。北海道
をのぞく日本本土で普通種となっているアカサビザトウムシ Gagrellula ferruginea (Loman, 1902) (カ
ワザトウムシ科フシザトウムシ亜科)には色斑と染色体数に著しい地理的分化がみられるが,隣接す
24
る2つの地理型(色斑または染色体数の差で認識される)が狭い範囲で同所性を示す場所が3カ所
(広島県呉市周辺,香川県竜王山,長野県松本市西部)見つかっている。うち,香川県竜王山(2n=12
の集団と 2n=20 の集団が分布を重ねる)と長野県(色斑の異なる北陸型と関東型が分布を重ねる)
の 2 例は,その反対方向に地理的分化をたどると変異は連続しており,環状重複と解釈できる。本
研究では,本種の長野県北西部にみられる北陸型と関東型の環状重複を染色体数の分化からもあと
づけることを目的として,同所的となる集団とその周辺で染色体調査をおこなった。その結果,次
のようなことがわかった:1)関東型の染色体数は北アルプス北部では 2n=18 であるが,大町市付
近から南では 2n=16 になる。2)北陸型は,北アルプスに沿いに染色体数は北から南に向かって 2n=18
から 10 まで急激に減少するが,概して集団内多型を示す。3)松本市西方の新島々から大白川林道
までの梓川右岸側の 3 カ所で見つかっている同所的集団のうち,北陸型と関東川の両者の染色体数
が確認できたのは 1 カ所(松本市上海渡稲荷神社裏)のみであるが,ここでは北陸型は 2n=12,関
東型は 2n=16 であった。両者の染色体数は 4 本しか異ならないが,核型は 2 回のロバートソン型変
異では説明がつかないほど異なっており,
交配後生殖隔離に働いている可能性が高い。
残念ながら,
北陸型が十分な個体数得られた地点が少なく,これらの核型の連続性については,今回は分析でき
なかった。両者の分布域境界は北アルプス沿いに伸びているが,分布域の重複はあるとしても非常
に狭い範囲に限られているようである。両者は出会うと交尾にいたるが核型の差による交配後生殖
隔離(繁殖干渉)があって分布重複域が拡がらないのかもしれない。
O-26 近畿地方にみられるタゴガエル二型の遺伝的構造
Genetic Structure of Two Types of Rana tagoi tagoi from Kinki region
○江頭幸士郎 1・松井正文 1・菅原隆博
1
2
京大・人間・環境;2 八王子市
近畿地方のタゴガエルには,体サイズが顕著に異なり,その他の外部形態や繁殖生態にも違いの
ある大小二型が存在することが古くから知られてきたが,最近の mtDNA の解析からは小型と大型
が遺伝的に区別されるだけでなく,大型がさらに2集団に分けられることが示された.我々はこれ
ら3集団の分類学的関係を明らかにするため,mtDNA(ND1)と核 DNA の3領域(NCX1,POMC,
RAG1)を用いて,それぞれの集団の遺伝的構造を調べた.ND1 の解析では先行研究と同様に明確
な3群,すなわち小型集団に対応するクレード S と,大型集団に対応するクレード La,Lb が認め
られ,
系統樹上では前二者が互いに近縁であった.
一方核 DNA では mtDNA と異なり,
NCX1・POMC
のハプロタイプネットワーク上でクレード S の個体は他とほぼ区別されたものの,La と Lb に属す
る個体間では多くのハプロタイプが共有されており,両者は区別できなかった.また核 DNA3領域
のハプロタイプ頻度に基づいた集団遺伝学的解析からは,クレード S の個体は他と遺伝的に隔離さ
れているが,La・Lb 間には遺伝的交流のあることが示唆された.したがって,mtDNA で推定され
た3クレード間の系統関係は分類学的関係を反映しておらず,大型(クレード La・Lb)と小型(ク
レード S)を別種とするのが妥当であると考えられる. 25
O-27
ベトナム産ヌメアシナシイモリ属(Amphibia: Gymnophiona:
Ichthyophiidae)の未記載種について
○西川完途 1・松井正文 1・ニコライ=オルノフ
1
2
京都大学大学院人間・環境学研究科;2 ロシア科学院
アシナシイモリ目は主に熱帯域に生息する両生類で、四肢を欠くミミズ状の体型の動物である。
地中生や水生の種が知られ、採集が困難な種が多いために、分類学的な研究が遅れている。
今回、ベトナム中部のコントゥム高原で得られたヌメアシナシイモリ属の一種について、同属の
他種と形態的・分子遺伝学的な比較を行なったところ、他から明瞭に区別される未記載種であるこ
とが判明した。本種は、中程度の体の大きさと環帯数、頑健な胴体と尾を持ち、体側の縞模様の幅
が広く途中で途切れることがない、触手が比較的目から離れている、鱗の列数が少ないなどの特徴
で他種から区別された。
本種は農地の近くの二次林の林床において、降雨後に地表で発見された3個体のみが知られてい
る。卵や幼生も発見されておらず、生態や生活史、基準産地以外の分布などの知見が全く得られて
いない。ベトナムは東南アジアの中でも、両生類のインベントリー調査が最も進んでいる国の一つ
であるが、地中生で採集の困難なアシナシイモリ類については研究が進んでいない。今回の未記載
種の発見は、研究の進んでいるベトナムにおいてさえアシナシイモリ類の分類学的な研究はまだ遅
れており、調査のなされていない地域の多い近隣のインドシナの諸国においては、更に多くの未記
載種が発見される可能性を示唆している。
O-28
バラムガエル( Hylarana baramica )とその近縁のカエル類について
○松井正文・西川完途・アミール=ハミディー
京都大学大学院人間・環境学研究科
かつてアカガエル属(Rana)とされていたカエル類は、現在では多くの独立属に区分されている。
その一つ、Hylarana 属は四肢の指先に吸盤をもつのが特徴で、東南アジア、南アジアを中心に 86
種ほどが知られている。しかし、種間の類縁関係の研究は十分に行われていないので、この属には
かなり異質の種が混在している可能性がある。その中で、マレー半島からボルネオ島にかけて分布
する、バラムガエル H. baramica、オオイボガエル H. glandulosa、H. laterimaculata は、後肢のみず
かきの発達が悪いこと、雄は上腕前部に二次性徴である大きな腺をもつこと、湿地の近くの地上で
生活することなど、形態的・生態的によくまとまる群である。これら3種の類縁関係を確かめるた
め、mtDNA の 12S 、16S rRNA 遺伝子の塩基配列を調べたところ、3種は単系統群をなし、形態・
生態上での知見と一致した。しかし、バラムガエルと同定されたカエルは地理的に離れた個体群間
で、別種と同等の違いを示し、複数の隠蔽種を含む可能性を示唆した。また、スマトラ東部の湿地
から得られた小型の個体は、形態的・遺伝的にバラムガエル類に近いが、いくつかの独特の形質を
もつことから独立種と考えられる。
26
O-29
八重山諸島のハシブトガラス Corvus macrorhynchos osai に
起こりつつある生態学的種分化
⃝山崎剛史 1・上開地広美 2・松原 始 3
1
山階鳥類研究所
2
やんばる野生生物保護センター
3
東京大学総合研究博物館
α分類がほぼ完成し、DNA を用いたβ分類の研究も早くからさかんな鳥類は、多くの種が昼行性
で観察が比較的容易に行えることもあり、ショウジョウバエとともに種分化の研究に最も適した材
料の一つに数えられている。これまでの研究の結果、鳥類の種分化は基本的に異所的に起きると考
えられており、同所的/側所的種分化のような遺伝子流動下の種分化 speciation-with-gene-flow が起
きたと考えられる事例はほとんど知られていない。今回われわれは、八重山諸島に分布するハシブ
トガラスの固有亜種オサハシブトガラス Corvus macrorhynchos osai において、こうした種分化の過
程が現在進行中である可能性が高いことを見出したので報告したい。
八重山諸島には大きな森林が広がる西表島のような島と、
島内の大部分が耕作地として開墾された
黒島のような島が見られる。いずれのタイプの島についても、同一の亜種オサハシブトガラスが繁
殖分布するとこれまでは考えられていた。しかし、今回われわれが mtDNA コントロール領域の部
分配列と 15 種類のマイクロサテライトマーカーを用いた分子系統学・集団遺伝学的解析を実施した
ところ、八重山諸島の集団の単系統性が確認される一方で、同諸島内では森林の島の集団と耕作地
の島の集団のあいだに大きな遺伝的差異があることが明らかになった。
さらに、われわれが現地で実施した野外調査の結果によると、これら2タイプの島のカラスは採餌
行動にも有意な違いを発達させている。森林の島に住むカラスは、島内にわずかに存在する耕作地
をほとんどまったく利用しないが、耕作地の島に住むカラスは、相当な頻度で耕作地の地面に降り
て採餌を行っているのである。また、耕作地の島のカラスは地面に嘴を深く突き刺して採餌するプ
ロービングと呼ばれる行動を多用するのだが、ヨーロッパのカラス科鳥類を用いた研究によると、
この行動は嘴をより長く、目をより横向きにする方向に淘汰をかける。八重山諸島のカラスについ
て骨格標本を精査したところ、耕作地の島のカラスはすでにこのような形態的特徴を進化させてい
ることが明らかになった。
森林の島と耕作地の島を隔てる海峡は、狭いところでわずか 9 km にすぎない。また、八重山諸島
では海上を飛翔して島間を移動するカラスの姿が確認されたこともある。今回の発見は、八重山諸
島のカラスが強い遺伝子流動のある状況下で内的な生殖隔離を進化させてきたことを強く示唆して
いる。また、この生殖隔離の進化は、耕作地という人間が作り出した新たなハビタットへの適応を
契機にして起きたという可能性が考えられた。
27
ポスター発表 P-01
Baskauf, 2010 による生物出現情報システムの紹介と
分類学との関係に関する考察
伊勢戸 徹
海洋研究開発機構 地球情報研究センター
我々分類学者が扱う標本は、その個体がいつどこにいたのかを表すもので、出現(Occurrence)
情報の一種となる。Baskauf (2010)は生物に関わる様々な出現情報(その単位を『リソース』と呼ぶ)
を web 上で共有する仕組みを考案している。要点は以下である。
・全ての『出現リソース』には個別の絶対固有の ID(GUID)を持たせる。
・全ての『出現リソース』は 個体 に対する情報であるべきである。
・同一個体に複数の『出現リソース』
(標本、画像、分子情報など)が連鎖的に生成され得る。
・
『出現リソース』はその出現を表しているものによって区分される。
・ 1)情報リソース:デジタル画像、DNA 塩基配列等のデジタル情報。
・ 2)物理リソース:生体、標本、フィルム写真など物的なもの。
・ 3)観察リソース:出現を示すものが残されていない。
・ ・物理リソースからは情報リソースが生成できる。web で扱うためには、いずれは情報リソース
化することが前提となる。なお、観察リソースからは情報リソースは生成できない。
・
・ 分類情報 は『出現リソース』にメタデータとして組み込むのではなく、固有の GUID を持つ
独立したリソースとして扱う。各『出現リソース』に対する同定情報は、 分類情報 とのリン
クによって付与される。
・ ・情報リソースは、同定の妥当性についてユーザによる検討が可能である。
この仕組みが分類学として注目される点は、情報を必ず個体に紐づけて集めること、そして単一
個体に複数の同定情報の紐づけが可能であることである。このような形で『出現リソース』が web
上に流通すれば、分類学者がそれぞれの『出現リソース』に対して 分類情報 を付与することが
可能となり、あたかも web 上で標本を 分類 するかのようになるかもしれない(もちろん命名規
約に触れない範囲で)
。必要になれば実物の標本を観察し、新たな観察形質を情報リソースとして追
加すればいい。長期に渡る複数の分類学者の同定が付与されれば、シノニム表と同等の情報が蓄積
され得る(望めばシノニム表を自動的に描き出すことも可能となるだろう)
。
一方で、既存の出現情報のデータベースには同定を確認する情報が何もない 観察リソース も
少なからず登録されており、そのような情報に対しては分類学としては貢献する術がない。
Baskauf, S. J. 2010. Organization of occurrence-related biodiversity resources based on the process of their
creation and the role of individual organisms as resource relationship nodes. Biodiversity Informatics 7:
17– 44.
28
P-02
単体性ヒドロ虫類ハタイヒドラの生殖体形成
並河 洋
国立科学博物館
刺胞動物は二胚葉動物であり、生殖巣(ヒドロ虫類では生殖体という)が花虫類、鉢虫類、箱虫
類では内胚葉側(胃腔側)に、ヒドロ虫類では外胚葉側(体表側)に形成される。また、生殖細胞
は、花虫類、鉢虫類、箱虫類で胃腔内の内胚葉組織から生じるのに対し、ヒドロ虫類では一般に外
胚葉の間細胞(生殖細胞にも体細胞にも分化できる多能性の未分化幹細胞)から生じるとされる。
確かに、単体生活をする淡水産のヒドラは間細胞を常に外胚葉に持ち続け、生殖時期に、この間細
胞から生殖細胞を分化させることがよく知られている。最近の分子系統学的研究ではヒドロ虫類が
最も派生的とされることをもとに生殖巣の形成部域の問題を考えると、本来胃腔側に形成される生
殖巣がヒドロ虫類において体表側に移行したと推定される。今回、ポリプ胴部に生殖体を形成する
海産の単体性ヒドロ虫ハタイヒドラ(Hataia parva Hirai & Yamada, 1965)の生殖体形成過程を組織
学的に追跡した。その結果、本種においては、内胚葉に存在する間細胞が集合した胴部に生殖体が
形成されることが観察された。さらに、これら内胚葉性間細胞の一部が卵細胞に分化することが示
唆された。このことは、ヒドロ虫類においても内胚葉起源の生殖細胞が存在することを示すもので
ある。このハタイヒドラでの観察を含む数種のヒドロ虫類における生殖体形成に関する知見に基づ
き、生殖巣形成部域がヒドロ虫類において内胚葉から外胚葉に移行した可能性について系統学的に
考察する。
P-03
オオトゲサンゴ科・ウミバラ科に属する単体性サンゴの分類の再検討
○杉原 薫 1・立川浩之 2・深見裕伸
3
1
国立環境研究所; 2 千葉県立中央博物館; 3 宮崎大学農学部
インド洋から太平洋域にかけて広く生息するコハナガタサンゴ属 Cynarina・アザミハナガタサン
ゴ属 Scolymia・ハナガタサンゴ属 Lobophyllia・ダイノウサンゴ属 Symphyllia・オオトゲキクメイシ
属 Acanthastrea は、硬く強固な骨格からなるサンゴ体を持ち、その多くが準塊状∼塊状群体を形成
する。一方、同海域に生息するキッカサンゴ属 Echinophyllia とアナキッカサンゴ属 Oxypora は、薄
く割れやすい骨格を持った被覆状∼葉状のサンゴ体を形成する。こうした外見の大きな違いから、
現在、前者 5 属はオオトゲサンゴ科 Mussidae に、後者 2 属はウミバラ科 Pectiniidae に属している。
しかし、これら 2 つのグループは、分子系統学的には非常に近縁であることが最近明らかになって
いる(Fukami et al. 2004, 2008)。伝統的な骨格形質に基づく従来の分類体系では、科レベルで異なる
分類群として扱われてきた両グループ間には、果たしてどんな共通する骨格形態が存在するのであ
ろうか?
本研究の目的は、分子系統に調和的な骨格形態の違いを再検討し、それらの違いに基づいて、刺
胞動物門・花虫綱・イシサンゴ目に属する有藻性イシサンゴ類の分類体系を再構築することである。
我々は、先に述べた分類群の中で、まず単体性種として知られるコハナガタサンゴ Cynarina
lacrymalis (Milne Edwards and Haime, 1848)、
アザミハナガタサンゴ Scolymia vitiensis Brüggemann, 1877
と Scolymia australis (Milne Edwards and Haime, 1849) (和名なし)、ヒラキッカサンゴ Echinophyllia
29
echinata (Saville-Kent, 1871) とオキナワキッカサンゴ Echinophyllia nishihirai Veron, 1990 に注目した。
これらの種は、どれも非常に大きなサンゴ個体を持つため、個体の様々な骨格形態を肉眼でも観察
しやすいという利点がある。
本研究では、日本各地から採集されたこれら5種の骨格標本をもとに、娘個体の出芽様式(親個
体内外での娘個体の出芽場所、1つの親個体から出芽する娘個体数、出芽途中および出芽後の親‐
娘個体間の連結様式など)と、その違いに起因すると思われる骨格形態(中心個体の有無、隔壁/
肋の形成サイクル、新たな隔壁/肋の挿入箇所に形成される共骨上の穴状構造の有無など)を調査し
た。本発表では、種・属間でのこれらの特徴の相違点が、それらの分子系統関係といかに調和的で
あるかを紹介する。本研究結果は、現在オオトゲサンゴ科やウミバラ科に含まれている各属の分類
基準を、より明瞭かつ客観的なものとしてくれるだけでなく、ここに含まれる種や属の分類学的帰
属を再検討する際に、非常に有効な指標となるであろう。
P-04
小笠原諸島産ワレクサビライシ類の再検討
立川浩之
千葉県立中央博物館
ワレクサビライシ類は、刺胞動物門・花虫綱・イシサンゴ目・クサビライシ科に属する有藻性イ
シサンゴ類のうち、単体性・自由生活であり自切により無性的に増殖する種群を指す。Veron and
Pichon (1979)や Veron (1986, 2000)は本種群を独立属であるワレクサビライシ属 Diaseris として扱い、
D. distorta (Michelin, 1842)と D. fragilis Alcock, 1893 の 2 種が含まれるとしており、日本で有藻性イシ
サンゴ類の同定に広く用いられている西平・Veron (1995)もこれに従っている。一方、Hoeksema (1989,
2011 等)は、本種群はクサビライシ科マンジュウイシ属 Cycloseris に含まれる複数種が無性生殖のモ
ードを持ったものであるとして独立属とは認めていない。Hoeksema によると、このような無性生殖
のモードを取るマンジュウイシ属の種は、C. cyclolites (Lamarck, 1815)、C. distorta (Michelin, 1842)、
C. hexagonalis (Milne Edwards and Haime, 1848)、C. sinensis Milne Edwards and Haime, 1851、C. costulata
(Ortmann, 1889)、C. fragilis (Alcock, 1893) 、C. somervillei (Gardiner, 1909)、C. vaughani (Boschma, 1923)
など多岐にわたり、それぞれの種に、骨格細部の形態が一致する自切しない個体(輪郭が円形~楕
円形)と自切する個体(輪郭が扇型または複数の扇形部分の集合)が含まれるほか、複数の種で自
切をし始めている状態の円形の個体が見つかっているという。本報告では、小笠原諸島海域で採集
されたワレクサビライシ類の形態的特徴を検討し、その結果に基づき Veron と Hoeksema のワレク
サビライシ類に関する見解の相違についての検証を行った。
検討したワレクサビライシ類標本は、1987~89 年に父島列島海域において行われた有藻性イシサ
ンゴ類相調査の際に潜水で採集されたものと、2009 年に国立科学博物館の調査によりドレッヂで採
集されたものであり、合計 200 個体以上の骨格形態を観察した。
骨格形態の観察の結果、小笠原諸島産のワレクサビライシ類は、形態的に識別できる 5 グループ
に分けられた。これらを上述の既往文献の記載と比較した結果、本グループを 2 種に分けている
Veron によっては種名を決定できなかったが、
Hoeksema に従うと、
これらは C. cyclolites、
C. distorta、
C. hexagonalis、C. sinensis、C. fragilis の記載とほぼ一致した。
以上の結果から、骨格形態に基づいた分類に関しては、ワレクサビライシ類はマンジュウイシ属
の複数種が自切のモードを持ったものであるとする Hoeksema の見解が妥当である可能性が認めら
30
れた。今後、他海域のワレクサビライシ類についても形態形質による分類の検証を行うとともに、
分子生物学的手法も用いて、マンジュウイシ属のそれぞれの種に自切しない個体と自切する個体が
含まれると考えることの妥当性についても検討を行うことが必要である。
P-05 十文字クラゲ類の本邦未記録種、 Lipkea sp.
(Staurozoa: Stauromedusae: Lipkeidae)の発見
○柳研介 1・平野弥生 2・奥泉和也
1
3
千葉県立中央博物館;2 千葉大学;3 加茂水族館
十文字クラゲ類は、かつて鉢虫綱 Scyphozoa の中の1つの目に分類されていたが、形態および分
子系統解析によって現在では独立した綱、十文字クラゲ綱に分類される付着性のクラゲである。こ
の類のクラゲはポリプ世代とクラゲ世代の特徴を併せ持った形態をしている。クラゲの傘にあたる
部分(萼部)は8放射、傘の頭頂部から伸びる柄部は4放射のポリプ型で、柄部で主に海藻や海草
などの基質に付着する。これまでに約 50 種の十文字クラゲが記載されており、その 1/5 の約 10 種
が本邦から知られている。
2012 年 4 月、千葉県立中央博物館分館海の博物館(千葉県勝浦市)において、イソギンチャク類
を飼育している閉鎖型飼育水槽(W90、H45、D45 cm)内の岩上または底質の岩砂(直径約 5 mm)
に本邦未記録の十文字クラゲの1種が付着しているのを発見した。このクラゲの萼部はほとんど透
明で、岩上では大きく開いて平面的に広がり、直径は小型個体で約 5 mm、大型のものでは約 20 mm
であった。柄部は短く、大型個体でも 5 mm 程度であった。萼部周縁には通常の十文字クラゲ類に
見られる有頭触手がなく、8 9 個の平たい葉状部を備えていた。この葉状部の長さは萼部の直径の
およそ 1/5 であり、その周囲には棘のような痕跡的な触手が 15-25 本程度、配されていた。このク
ラゲは、明瞭な触手を欠き、萼部の周縁に痕跡的な触手を配する葉状部を備えるという特徴から、
単型科 Lipkeidae の Lipkea 属の種であると考えられる。
本クラゲの野外での産地は明確ではないが、
発見された水槽の諸条件から、少なくとも房総半島浅海域に生息しているものと推測された。
Lipkea 属には、地中海から L. ruspoliana Vogt, 1886 と L. sturdzii (Antipa, 1893)の2種、南アフリカ
から L. stephensoni Carlgren, 1933 の計3種が記載されているが、いずれも単一の個体に基づいて記載
されたもので、L. ruspoliana を除き、原記載以後は報告がなく、この属の分類学的検討はほとんど
進んでいない。また、太平洋域では最近になって、オーストラリアおよびニュージーランドから写
真による未同定種の報告がなされたのみである。上述のように、この属のクラゲは他の十文字クラ
ゲ類とは大きく異なる形態を有しており、十文字クラゲ類の系統分類学的研究にとって重要である
と考えられるが、
極めて稀にしか発見されないため、
この類の分子系統解析は未だ行われていない。
本報告のクラゲについては、現在、飼育観察、系統解析等を進めており、この特異な十文字クラゲ
類の生活史の解明と系統分類学的位置の検討、さらには十文字クラゲ綱全体の進化過程の解明が進
むものと期待される。
31
P-06
水田から発見された Lepidodermella の未記載種
○鈴木隆仁・古屋秀隆
大阪大学大学院理学研究科
滋賀県大津市の水田から得られた未記載の Lepidodermella 属のイタチムシについて報告する。
水田は水位が人工的に管理され、
水温の上下も激しいなど水生生物に取って過酷な環境であるが、
5000 種を越す生物を抱える生物多様性に富んだ場所といえる。腹毛動物についても、これまでに 42
種が水田から発見されており、この種数は、これまでに日本の湖沼から発見された既記載種の数で
ある 34 種を大幅に上回っている。
イタチムシは腹毛動物門(Gastrotricha)
、イタチムシ目(Chaetonotida)に属する水棲の無脊椎動
物であり、その分類は主に体表面にある鱗板によって行われる。Lepidodermella 属は全身に扁平な
鱗板を持つイタチムシであり一部の種を除き鱗板に棘枝を持たないが、今回発見された種は背側尾
突起基部の鱗板一対のみに鈎爪状の棘枝がみられるのが特徴である。体長 150μm 前後の中型のイ
タチムシであり、鈎爪が存在する以外の特徴、鱗板の配置、形状、および体長は Lepidodermella
squamata に類似する。L. squamata は汎世界的に分布するイタチムシであり、水田でも存在が確認さ
れているが、
その背側は全て扁平な鱗板で覆われている点で本種とは異なる。
鱗板の変異に関して、
これまでに得られた L. squamata を観察したところ、採取場所に関わらず、鱗板が鈎爪状になる形質
を持った個体は観察されていない。このことからも本種は L. squamata ではないことがわかる。
他の類似種では、L. minus は棘枝を持った鱗板を備えているが、腹側尾部に 3 対見られる点、棘
枝が針状である点、および腹側繊毛列間の鱗板の配置と形状が本種と異なる点で見分けられる。
L. broa は背側尾突起基部の鱗板の形状が本種と似るが、鈎爪状にはなっていない点、腹側繊毛列
間の鱗板の配置と形状が異なる点で見分けられる。
L. intermedia は尾突起付近に棘枝を持った一対の鱗板を備えているが、
配置が体の側面である点、
棘枝が針状である点、および腹側繊毛列間の鱗板の配置と形状が異なる点、体長が明らかに小さい
点で見分けられる。
P-07
茨城県の谷津田に造成されたビオトープで見出された興味深い
Dorylaimida 目土壌線虫
荒城雅昭
(独)農業環境技術研究所
農業環境技術研究所と鯉渕学園農業栄養専門学校(茨城県水戸市)は 2005 年に教育研究協力に関
する協定覚書を締結し,これに基づいて,共同研究「湿地植生活用バイオジオフィルターの水質浄
化機能の評価ならびにビオトープの管理手法の確立」を実施してきた。ビオトープなどは関東平野
の台地に切れ込んだ谷津(水田跡)に造成され,下流には溜池がある。演者は 2007 年から,鯉淵学
バイオジオフィルター
園ビオトープの池の底質および 人 工 湿 地 ,周辺の水田の土壌線虫相を調査してきており,土壌
線虫の暫定的なリストを 2011 年の日本土壌動物学会で報告した。Dorylaimida 目線虫では,水田に
は Dorylaimus 属,次いで Mesodorylaimus 属が多いが,2011 年 12 月にこれまで未調査だったビオト
32
ープの池に隣接する草地(ハンノキやヤナギ類が侵入しているが,ヌマトラノオなど地域希少種も
生育する)から土壌サンプルを採取して土壌線虫を調査・検鏡(コアサンプラーで採取した土壌
100ml をふるい分けベルマン法で分離,常法で熱殺固定,グリセリン置換永久プレパラート標本作
成)したところ,興味深い Dorylaimida 目土壌線虫が多く検出された。特に Tylencholaimidae 科線虫
が目立ち,属(亜属)レベルの同定に留まっているが,属レベルでは普通に見られる Tylencholaimus
属 ( Discotylencholaimus 亜 属 ) の ほ か , Discomyctus , Capilonchus , Tylencholaimellus
(Coronatylencholaimellus) の各属が確認できた。Discomyctus 属は Imamura(1931)の新種記載
(Discomyctus longicaudatus (Imamura, 1931) Thorne, 1939)が,Tylencholaimellus 属も亜科レベルの報
告はあるが,わが国からの報告例は少ないものである。その他 Nygolaimidae 科の Aquatides 属など
の線虫についても併せて報告する。
P-08 滋賀・三重・岐阜 3 県におけるアカサビザトウムシ
(クモガタ綱ザトウムシ目)の染色体数の地理的分化
○鶴崎展巨・岸田 薫・仁宮雅弘・川戸悟史
鳥取大学地域学部
アカサビザトウムシ Gagrellula ferruginea (Loman, 1902) (カワザトウムシ科フシザトウムシ亜科)
は本州・四国・九州の森林に生息する普通種である。本種は体の色斑に地理的分化が著しく,色斑
に関わるいくつかの形質の組み合わせにより,11 ほどの地理型が区別される。また染色体数も
2n=10−24 の幅で地理的に激しく分化する。本種の染色体数は中国地方 近畿地方北部と長野県・静
岡県では比較的よく調査されているが,両者をつなぐ滋賀県・三重県から岐阜県を経て長野県西部
にかけての一帯(色斑は歩脚腿節基部に黒い環状紋が出る近畿型,ただし鈴鹿山地の中央部より南
の三重県内ではこの黒環状紋を欠く南紀型)は調査不十分のまま残されていた。この地域の染色体
数の変異パターンの把握のため,2010 年から調査を進め,59 集団 160 個体について核型分析をお
こなった。その結果,この地域内では本種の染色体数は西から東に向かって,概ね,16→14→12(以
上滋賀県内)→16→14→12→10(以上岐阜県内)と変異しすることがわかった。ただし,全域にわ
たって染色体数は集団内多型を示す傾向が認められ,特定の狭い染色体交雑帯の存在は認識できな
かった。いっぽう三重県内(色斑は南紀型)では 2n=12 から 18 まで変異し,とくに津市の西方に
ある布引山地では,狭い範囲で複雑な染色体数の分化が起きていることがわかった。ここでも多く
の集団が染色体数に関して集団内多型となっている点が特異である。
P-09
発達した交尾栓をもつナガトナミハグモ種群(クモガタ綱クモ目):
雄触肢(交尾器)と雌生殖器の共進化?
井原 庸 財団法人 広島県環境保健協会
ナミハグモ属 Cybaeus(クモ目:ナミハグモ科)は、森林に生息する地表生活性のクモ類で、著
しい地理的種分化を示す。日本から約 70 種が記載されているが、未記載種や分類学上の位置づけが
33
はっきりしない集団が多く、倍以上の種数になると予想されるきわめて多様なグループである。体
長は 3∼15 mm くらいで、同一の生息地には体サイズが少しずつ異なる複数種が共存するのが普通
である。西日本では、中型のナガトナミハグモの近縁種群がもっとも普通にみられるが、もっとも
複雑な地理的分化を示す。本種群は本州西部(中国地方∼近畿北部∼北陸)
・九州北部・四国北部に
分布し、7 種の記載種のほかに 10 種以上の未記載種が確認されている。また、交尾栓をもつことが
本種群の大きな特徴である。
クモ類の交尾栓には分泌物で雌の交尾器をふさぐものと雄触肢の構造の一部がはずれて交尾管の
中に残るものが知られている。ナガトナミハグモ種群の交尾栓は雄触肢の一部に由来するもので、
大きくてよく目立ち、外雌器の開口部をふさぐ。雌の内部生殖器は、交尾管・受精管と上部・茎部・
基部に区別される3対のふくらみをもつ受精嚢からなる。外雌器の開口部は大きく窪んでおり、交
尾管はその両端に開口する。また、受精管は受精嚢基部の手前側にある。クモ類では雄触肢の跗節
が移精器官であり、本種群には指示器の先端に栓子頂片とよばれる突片がある。交尾後に、栓子頂
片は触肢からはずれ、発達した突起で外雌器板の隙間に挟まって固定され、その基部で交尾口を完
全にふさぐことができる。
本州西部から九州北部には、中型の種としてアシキタナミハグモとコクラナミハグモの近縁種群
も分布している。前者は交尾栓をもたず、後者は小さな交尾栓をもつ。ナガトナミハグモ種群の雌
生殖器の内部構造は、アシキタナミハグモに比べて複雑であり、コクラナミハグモの近縁種群と比
べると多様である。本種群はナミハグモのなかでも地理的分化が著しいが、中国地方中部ではとく
に複雑な種分化および地理的分布を示し、近縁な複数種が同所的に分布することもある。この地域
では、交尾栓となる雄の栓子頂片が大きく発達した種が多い。また、雌の内部生殖器も大きく、受
精嚢の基部が長く発達する傾向がみられる。交尾栓は精子の漏出防止や雌の再交尾を阻止するとい
う本来の役割だけでなく、交尾器の特殊化がこのグループの顕著な多様化の一因になっている可能
性が考えられる。さらに、性選択の観点から交尾栓の発達を考察する。
P-10
伊豆大島および伊豆半島産ヘビギンポ科魚類より得られたツブムシ科
カイアシ類の 1 種
〇上野大輔 1・長澤和也
1
2
琉球大学理学部/日本学術振興会特別研究員; 2 広島大学大学院生物圏科学研究科
ツブムシ科 (Chondracanthidae) は 48 属約 170 種を含む魚類寄生性カイアシ類の一群である. 海域
から汽水域に生息する魚類を宿主とし, 大きく鉤状に発達した第 2 触角で口腔内, 鰓弁、鰓蓋, 体表
などに寄生する。また, ほぼすべての属において, 雌のみが魚類に直接付着し, 雄は矮小雄として雌
の生殖複合節周辺に付着する. そのため, 雌雄は一見して同種とは思えない形態を示す. また, 寄生
性のカイアシ類の中には, 寄生生活への適応のため甲殻類の象徴ともいえる明瞭な体節性を欠き,
付属肢には退化傾向がみられるものが多いが, 本科カイアシ類では特に雌にそれらの特徴がみられ
る. それに加え, 体の一部が著しく肥大あるいは伸長するものも多く, 分類が困難とされるグルー
プの一つである.
本発表では, 伊豆大島および伊豆半島で採集されたヘビギンポ科魚類 3 種, ヘビギンポ
Enneapterygius etheostomus (Jordan & Snyder), ミヤケヘビギンポ E. miyakensis Fricke, ヒメギンポ
Springerichthys bapturus (Jordan & Snyder)の, 胸鰭の後方の体表に寄生していたツブムシ科カイアシ
34
類の 1 種について扱う. 本カイアシ類の雄の第 2 触角は痕跡的な先端を有し, 雌の第 1 および第 2
胸肢は不明瞭に 2 節化した外肢と, 分節化しない内肢を有するが, これらの特徴は
Pseudacanthocanthopsis 属と Diocus 属に見られるものである. しかし本種は, 雌の頭部が第 1 胸節か
ら第 2 胸節までを含み腹面に 2 対の突起を有すること, 雌の第 2 触角上に小突起を有すること, 雄の
第1 および第2 胸肢が痕跡的であることなどから, これら2 属とは明確に区別される. このことから,
本種は未記載属に属する未記載種であると考えられる.
P-11
本州のヤドカリ類に寄生するナガフクロムシ相の再検討
○吉田 隆太 1・広瀬 慎美子
1
2
・広瀬 裕一
2
琉球大学理工学研究科海洋環境学専攻;2 琉球大学理学部
フクロムシ類は、主に甲殻類を宿主とする寄生に特化した、甲殻亜門蔓脚下綱に属する分類群で
ある。成体のフクロムシの外部形態は単純な袋状であるため分類形質が乏しいことから、組織切片
による内部形態の観察が種同定において必須となっている。ナガフクロムシ科 Peltogastridae は世界
から 14 属 37 種が知られているが、そのうちの半数以上がヤドカリ類を宿主としている。日本国内
で現在 4 属 8 種のヤドカリ類寄生性のナガフクロムシ科が報告されているが、内部形態を含む分類
学的研究は Shiino (1943)以来報告がなく、各種の分布情報はきわめて少ない。本研究では和歌山県
白浜町と静岡県下田市の潮間帯から潮下帯で調査を行い、3 属 5 種のナガフクロムシが採集された
ので報告する。
Peltogaster postica は、両地点のホンヤドカリ(Pagurus filholi)とクロシマホンヤドカリ(Pa.
nigrivittatus)から採集された。本種は沖縄で 2011 年に記載された種で、模式産地の沖縄ではユビナ
ガホンヤドカリ (Pa. minutus)を宿主としている。Shiino (1943)は白浜のホンヤドカリに北大西洋で記
載された Pe. paguri が寄生すると報告している。Pe. postica は内部構造から Pe. paguri とは明瞭に
区別されるが、エキステルナの外形が Pe. paguri によく似ているので、Shiino (1943)の記録した Pe.
paguri は Pe. postica であった可能性がある。
Peltogaster lineata は、白浜ではホンヤドカリとクロシマホンヤドカリに、下田ではクロシマホン
ヤドカリとホシゾラホンヤドカリ(Pa. maculosus)から採集された。本種は Shiino (1943) によって記
載され、記載時の宿主種はヤマトホンヤドカリ(Pa. japonicus)であるが、ホンヤドカリに寄生する Pe.
paguri と区別されて記載されている。本調査では、ヤマトホンヤドカリからは別種のナガフクロム
シが採集された。
Peltogaster cf. ovalis は、白浜のヤマトホンヤドカリから採集された。日本産のヤマトホンヤドカ
リからは、Krüger (1912) によって Pe. ovalis が、Shiino (1943) によって Pe. lineata の寄生が報告され
ている。今回採集された標本は Pe. lineata とは大きく異なる特徴(外套口、色)を備えるが、Pe. ovalis
との異同については今後の検討が必要である。
Dipterosaccus sp. は白浜のウスイロサンゴヤドカリ (Calcinus vachoni) から採集された。沖縄島で
採集されているクリイロサンゴヤドカリ(Ca. morgani)に寄生する Dipterosaccus cf. indicus とは、外套
口と卵巣の形態が異なる。この2種は COⅠの部分配列に基づく系統解析からも区別される。Shiino
(1943) は、同産地でスベスベサンゴヤドカリ(Ca. laevimanus)に D. indicus が寄生するとして報告し
ているが、本調査でスベスベサンゴヤドカリは採集されなかった。
フサフクロムシ Peltogasterella gracilis は下田のクロシマホンヤドカリから採集された。本種は国
35
内で北海道および東北地方で採集されているので、新産地新宿主種として報告する。
日本産ナガフクロムシ科の分類と分布については、過去の報告における種同定の再検討を含め、
網羅的な見直しが必要であろう。
P-12
多摩丘陵の上総層群(更新世前期)産オストラコーダ化石群と
生物地理学的意義
○小沢 広和 1・石井 透
1
2
日本大学生物資源科学部地球科学研究室;2 福井市
更新世の日本の浅海生オストラコーダ相では、太平洋沿岸の中期以降と、日本海沿岸の前期¬の
化石群について報告例が増加している(Ozawa 2009 等)
。一方、本州太平洋沿岸の前期化石群は 1
地域からの報告のみで、海洋環境変動が激しかった前期の太平洋−日本海ファウナ間で古生物地理
を種レベルで考察できる産出データが、著しく不足している。
関東地方南部には上総層群が分布し、多摩丘陵の更新世前期の浅海成層は石灰質化石を多産する
(高野 1994 等)
。しかしオストラコーダは未検討のまま、1970 年代以降の宅地開発で陸上露頭の多
くは失われた。国立科学博物館には、桑野幸夫博士が開発以前に多摩丘陵の露頭で採取した上総層
群の試料が保管され、今では陸上露頭での観察がきわめて困難な地層の試料も含まれる。本研究は
この「桑野コレクション」試料と、今も観察可能な露頭で演者が採取した試料で、オストラコーダ
の種産出と生物地理学的意義を検討した。
その結果、川崎 八王子に分布する 5 地層(平山・鶴川・柿生・飯室・連光寺層;1.7 1.2 Ma)
の9 試料から計50 種を識別した。
ほとんどの種が、
現在も東京湾や本州沿岸の外洋陸棚に分布する。
この化石群では、クラスター分析により計 3 グループが認められた。西部の連光寺層では湾奥に分
布する 2 種 Bicornucythere sp., Spinileberis quadriaculeata が 99%を占め、西部の平山層と東部の鶴川・
飯室層ではこの 2 種と、湾央に分布する 2 種 Pontocythere subjaponica, Buntonia hanaii が多産する。
東部の柿生層では湾口 外洋陸棚に分布する種 Loxoconcha ikeyai, L. tamakazura, Callistocythere spp.
が優占する。
生物地理学的に意義のある種として、Laperousecythere robusta, Pectocythere sp., L. ikeyai が挙げら
れる。L. robusta は日本海沿岸の鮮新−更新統から化石で産する好冷種で、現在も北海道周辺の日本
海・オホーツク海およびアラスカ沖北東太平洋で冬季水温 5℃以下の外洋陸棚に生息する。本種は
これまで北西太平洋では、化石・現生とも報告が無かった。本属の複数の日本海固有種は更新世中
期以降の氷期に、日本海沿岸表層水の低塩分化で絶滅したと推測されている。しかし L. robusta だ
けは同属の日本海固有種と異なり、更新世前期以降に北西太平洋にも分布できたことが、今日まで
生き延びている 1 要因と推測される。
一方、Pectocythere sp.の産出は、鮮新世 更新世前期に日本海を含む北西太平洋域と北東太平洋
域の両側で本属と Pectocythere 亜科の種が個別に多様化していたことを示す。さらに L. ikeyai のポ
ア分布は同属 7 種と同一パターンを示し、本種は鮮新世後期以降に北西太平洋黒潮域で最も多様化
した本属の 1 系統グループに含まれることが、新たに判明した。
36
P-13
日本産サワヨコエビ属 Sternomoera の系統分類学的研究
富川光 1・小林憲生 2・石丸信一
1
3
広島大学大学院教育科学科;2 埼玉県立大学;3 石川県立自然史資料館
サワヨコエビ属は世界から 4 種が記載され,日本からは 3 種,エゾヨコエビ S. yezoensis (Uéno,
1933),ヤマトヨコエビ S. japonica (Tattersall, 1922)およびタキヨコエビ S. rhyaca Kuribayashi,
Mawatari and Ishimaru, 1996 が報告されている.エゾヨコエビは,触角洞が丸みを帯びることで同属
の他種と区別される.ヤマトヨコエビとタキヨコエビは酷似するが,ヤマトヨコエビは第 1 触角柄
部第 1 節下縁に刺毛束を 2 束備えるのに対し,タキヨコエビは 3 束備える点で区別される.本属は
ミギワヨコエビ属など,いくつかの海産の属と近縁であることから海水起源と考えられているが,
エゾヨコエビおよびヤマトヨコエビは陸封種,タキヨコエビは降下回遊種である.このように多様
な生活型をもつ本属はヨコエビ類の回遊・陸封の形成や種分化を考える上で適した材料である.本
研究では核の 28S rDNA およびミトコンドリアの COI 遺伝子領域を用いた分子系統解析に基づき,
本属の系統関係を推定した.その結果,ヤマトヨコエビとタキヨコエビ種内には,それぞれ地理的
にまとまった 2 系統が認められた.
また,
これら 2 種 4 系統は種ごとに単系統を形成しなかったが,
その種間・系統間の差は僅かであった.一方,エゾヨコエビ種内にも 2 系統が認められたが,この
遺伝的分化は地理的に極めて近接した地点間で生じており,ヤマトヨコエビとタキヨコエビ 2 種 4
系統間に認められた分化よりも大きいことが明らかにされた.
P-14 One undescribed genus and species of Nototanaidae
(Crustacea: Tanaidacea) from Songkhla Lagoon, Thailand
(Crustacea: Tanaidacea)
○Keiichi Kakui1・Saowapa Angsupanich2
1
Faculty of Science, Hokkaido University; 2 Faculty of Natural Resources, Prince of Songkla University
Songkhla Lagoon, a large body of brackish water in southern Thailand, shows the highest species richness
of non-marine tanaidaceans in the world: six of 14 non-marine genera, including seven species, occur there.
The small paratanaoid family Nototanaidae consists of four genera and eight species (Bird & Larsen 2009).
Except for the Subantarctic/Antarctic genus Nototanais, all nototanaids inhabit subtropical/tropical waters.
Two nototanaid species, Nesotanais lacustris Shiino, 1968 and N. rugula Bamber et al., 2003, have been
recorded in Songkhla Lagoon (Angsupanich et al. 2005). In this study, we report an undescribed genus and
species of the family based on specimens collected from the lagoon in 2009. This genus differs from
confamilial genera in that 1) pleopods have an oval endopod with one mid-inner plumose seta, and 2)
pereopods 4–6 have a nearly straight dactylus-unguis bearing a tiny unguis. This species is distinguishable
from other tanaidaceans occurring in the lagoon by its uniramous antennule, uropodal endopod with two
articles, and mid-inner plumose seta on the pleopodal endopod.
37
P-15
鹿児島県甑島列島沖より得られたトガリヘラムシ科(甲殻亜門:等脚目:
ヘラムシ亜目)の1未記載種
○下村通誉 1・角井敬知
1
2
北九州市立自然史・歴史博物館 2 北海道大学大学院理学研究院
トガリヘラムシ科 Chaetiliidae は海産のヘラムシ亜目等脚類であり、海藻や他の動物の体上、岩礁
底、砂底、泥底に生息することで知られている。体形は背腹に扁平で、胸部の中央より前部で最大
幅となり、後方に行くにつれて徐々に幅が狭くなる。体色は黄白色や灰褐色である。頭部に張り出
しや切れ込み状の装飾がある点や尾肢に内外両肢があること等が科を定義付ける形質である。本科
は世界からこれまでに13属44種が知られ、南極海に分布する Glyptonotus antarcticus では体長1
0cm を越え、北極海周辺に分布する Saduria entomon では体長8cm 近くなるが、多くの種は1cm
前後である。日本からはヤリボヘラムシ属 Symmius の4種が砂底や砂泥底から知られている。
演者らは 2009 年 11 月に実施した長崎大学附属練習船長崎丸 N295 航海(主席研究員橋本惇教授)
のビームトロールによって鹿児島県甑列島沖の水深 495 500m の砂底からミズムシ亜目等脚類と
共に1個体の Stegidotea sp.を採集した。得られた Stegidotea sp.の付属肢をはずし、既知種と形態の
比較を行った結果、頭部前縁の形状、胸部背面側縁近くの突起の形状、顎脚鬚の各節の分離の状況
などの違いからニューカレドニア オーストラリア周辺に分布が知られる既知の6種と違いがみら
れるため、本種を未記載種と結論付けた。尚、本属の北太平洋からの初めての記録となる。
本発表では今回得られた Stegidotea sp.の分類学的知見について報告を行う。
P-16
伊豆・小笠原∼マリアナ島弧の熱水噴出域に生息するオハラエビ属
未記載種の形態的特徴と遺伝的変異
○平岡礼鳥 1, 3・駒井智幸 2・土田真二 3
1
東京海洋大学院・海洋生命科学専攻;2 千葉県立中央博物館;3 海洋研究開発機構
深海は太陽光が届かず、貧酸素、といった極限環境であり、生物の現存量は限られている。しか
し、熱水域や湧水域では硫化水素やメタンなどの還元物質をもとに化学合成する細菌が生産者とな
り莫大な量の生物を支えている。このような深海の還元環境には特異的な生物群集が存在し、その
中にはオハラエビ類も含まれる。オハラエビ科は現在 8 属 27 種報告されており、オハラエビ属
(Alvinocaris)は全体で 13 種(西太平洋で 6 種、東太平洋で 2 種、大西洋で 5 種)と、属の単系統に
は異論があるものの、オハラエビ科の半数を占めている。そのうち、伊豆・小笠原 マリアナ諸島
海域では 1 種のみの報告に留まっており、それ以上の情報は十分に得られていなかった。そこで、
本研究では水曜海山(28°34´N、140°38´E、水深 1380 m)
、北西栄福海山(21°29.25´N、144°02.52´E、
水深 1600 m)
、および南ロタ海山(14°36.1´N、144°46.5´E、水深 550 m)で得られたサンプルの形態
的特徴の比較、系統的位置の特定を行った。
本サンプルは頭胸甲長 7.0∼13.0mm であり、額角は第 1 触覚柄部第 3 節に届くことはなく、額角
上縁に 13 17 本、下縁には 1 5 本の歯を持つ。第 3 歩脚の座節には 1 ないし 2 本、長節に 3 本の
棘をもち、前節は 2 列、指節後縁には 1 列の細長い棘を持つ。また、尾節の後縁部の中央にはくぼ
みがあり、2 対の頑丈な棘とその間に 9 14 本の棘よりも長い剛毛を持つ。尾節の後縁部にくぼみ
38
を持つ、第 3 第 5 歩脚の指節後縁に 1 列の棘を持つという特徴を併せ持つ既知種は、東太平洋海
膨の熱水噴出域から知られる Alvinocaris lusca Williams and Chace 1982 のみである。しかし、A. lusca
では尾節後縁に棘列があるのに対し、本サンプルは羽状剛毛が列生する点で容易に識別できる。ま
た、上記の尾節後縁におけるくぼみを除いた一般的特徴には既知種 5 種と類似する。しかし、尾節
の特徴に加え、額角の長さ、額角下縁の歯数、第 2 触覚の長さなどの形質により、これらの既知種
から識別される。
形態的特徴をふまえ、Alvinocaris 属 9 種において mtDNA の COI 遺伝子部分配列(600 bp)を用いた
分子系統解析を行った。その結果、本サンプルと Alvinocaris brevitelsonis Kikuchi & Hashimoto 2000
は遺伝的変異が見られなかった。また、他の 7 種とは別のクレード形成し、Alvinocaris 属は単系統
を示さなかった。この結果から、Alvinocaris 属において、COI 遺伝子は DNA バーコーディング領域
として使用できない可能性が示唆された。
本発表では、未記載種として Alvinocaris 属 14 種目、マリアナ島弧では初となる Alvinocaris 属の
報告を行う。また、Alvinocaris 属における DNA バーコーディング領域として核 DNA の ITS 遺伝子
などを検証する。
P-17
Paralbunea 属(十脚目,異尾下目,クダヒゲガニ科)の
1 未記載種について
○大澤正幸 1・藤田喜久
1
2
島根大学汽水域研究センター;2 琉球大学大学教育センター・NPO 法人 海の自然史研究所
クダヒゲガニ科は,沿岸の砂泥底中に体を深く埋めて生息し,形態的に特殊化が進んだ異尾下目の
1 群である.世界中の温帯から熱帯域にかけて 9 属 48 種がこれまでに報告されている.Paralbunea
属は 4 種を含み,P. dayriti (Serène & Umali, 1965),P. manihinei Serène, 1977,P. paradoxa (Gordon, 1938)
の 3 種がインド‐西太平洋域から報告されている.これらの種のうち,P. dayriti は最も分布域が広
く,西オーストラリアからタヒチにかけて記録されており,日本から報告されている Paralbunea 属
の唯一の種である.
2010 年 6 月に沖縄島名護市大浦湾において実施された十脚・口脚目甲殻類相調査をとおして,水
深 5 m の砂泥底から Paralbunea 属の未記載種が採集された.本種は,シンガポールおよびフィリピ
ンから報告されている P. paradoxa に形態的特徴が最も良く似ているが,眼柄の前方部の形態および
歩脚の長節の長さが異なっている.一方,南日本(琉球列島からの記録は未発表)から記録されて
いる P. dayriti と未記載種は,頭胸甲の前縁および第 3, 4 胸脚の指節の形態によって明瞭に区別でき
る.
39
P-18
PANGLAO 2004 Expedition で採集されたコブシガニ科カニ類
○小松浩典 1・Peter K. L. Ng 2
1
国立科学博物館動物研究部; 2 Department of Biological Science, National University of Singapore
2004 年 5 月から 7 月にかけてフィリピン中部パングラオにおいて、海洋生物相調査 PANGLAO
2004 Expedition が行われた。この調査で採集されたコブシガニ科カニ類は、Galil and Ng (2007, 2009)
によって 4 新種、5 フィリピン新記録種を含む、計 15 属 38 種が報告されているが、演者は残され
た小型のコブシガニ類 233 ロットを調査する機会を得た。分類学的検討を加えた結果、計 18 属 41
種に分類された。興味深い種について以下に記す。
Ebalia 属の 2 種、Merocryptoides 属の 1 種、Nuciops 属の 1 種、Nursia 属の 5 種は未記載種と考え
られる。Merocryptoides durandi は眼窩、第三顎脚、鋏脚、腹部の形状の組み合わせが、Merocryptus
属や他の既知の属と異なることから新属 Kabutos Komatsu & Ng, 2011 を設立した。Cryptocnemus
haddoni Calman, 1900、C. planus Ward, 1933、C. pentagonus Stimpson, 1857、C. trapezoids Ihle, 1915、
Ebalia cryptocnemoides Takeda & Miyake, 1972、Favus granulatus Lanchester, 1904、Nucia bouvieri Ihle,
1918、Nursia elegans Ihle, 1918、N. lamellata Ihle, 1918、Oreotlos etor Tan & Richer de Forges, 1993、
Pseudophilyra tenuipes Ihle, 1918 の 11 種はフィリピン新記録と考えられる。Ebalia philippinensis Chen,
1989、Praebebalia semblatae Chen, 1989、Pseudophilyra tenuipes Ihle, 1918 の 3 種の雄標本を初めて記
録した。
本調査により多数の未記載種やフィリピン初記録種を得ることができたが、これらの標本の多く
は岩の表面や隙間をブラシで掻き取る「Brushing」や SCUBA タンクを利用して岩の隙間の生物を
吸い出す「Vacuum cleaner」により採集された。このような半隠蔽環境に生息している生物の採集に
は、これらの方法が有効であることが示された。
P-19
オニヤンマの系統群間における翅の形状の変異
清 拓哉
(独)国立科学博物館•動物研究部
オニヤンマ Anotogaster sieboldii (Selys, 1854)は東アジア島嶼域および朝鮮半島•中国などに広く分
布するオニヤンマ科のトンボ類である。ミトコンドリアの COI 遺伝子等を用いた分子系統解析によ
り、本種には少なくとも6個の系統群が含まれていることが明らかになっている。それぞれ日本本
土•屋久島•朝鮮半島、奄美大島、沖縄本島、八重山諸島、台湾、中国東部に分布している。これら
の系統群の間での形態の分化を定量的に評価するため、後翅の翅脈の交点等に標識点を設定し、幾
何学的な形態測定を行った。
後翅の重心サイズや腹部長といったサイズは、系統群間で変異幅が大幅に重なった。特に日本本
土では地域集団間で変異が大きく、それら全体の変異幅が、その他の島嶼や大陸の集団の変異幅と
重なった。
抽出された形状座標について、正準変量分析や判別分析を行った結果、上述の系統群間での変異
が明瞭に認められ、薄板スプライン関数を用いて系統群間での形状の違いを可視化した。
40
P-20
日本産シマイシビル (環形動物門: 環帯綱: イシビル科)
の系統分類学的研究
○間賀綾音 1・富川光 2・中野隆文 3・鳥越兼治
1, 2, 4
4
広島大・教育; 3 京大・院理・動物
シマイシビル Erpobdella japonica Pawłowski, 1962 は北海道,本州,四国および九州の淡水域に広
く分布する.本種は,1) 頭部に眼が 3∼4 対あること,2) 体中央部は 1 体節が 5 体環からなること,
3) 5 体環目は他の体環と比較してわずかに太いこと,4) 雌雄生殖孔間が 2.5 体環であること,そし
て 5) 体の背面が茶褐色∼黄褐色であるという形態的特徴をもつ.
本研究では,
ミトコンドリアのCOI および12S rRNA 遺伝子の部分配列を用いた系統解析により,
日本におけるシマイシビルの進化過程を推定した.日本列島に分布するシマイシビルは兵庫県と高
知県あたりの陸地を境界として東西で著しい遺伝的分化を示した.さらに東日本の系統内には遺伝
的に分化した 2 系統が含まれることが示された.体の背面には,シマイシビルの名の通り黒色の縞
がはっきりと認められる個体からほとんど縞が消失した個体まで大きな変異が見られるが,縞模様
は系統を反映しないことが示された.
P-21
クサイロアオガイの系統地理
○照屋清之介 1・横田賢史 2・ C.A. Strüssmann2・中野智之 3・佐々木猛智
1
4
東京大学大学院理学系研究科;2 東京海洋大学海洋科学部;3 京都大学瀬戸臨海実験所;4 東京大学
総合研究博物館
クサイロアオガイ Nipponacmea fuscoviridis (Teramachi, 1949)は、北海道南部から沖縄にかけての潮
間帯の岩礁域に生息するユキノカサガイ科の貝類である。形態的に北方の個体が南方のものに比べ
て大きくなることや、着底までの浮遊幼生期間が一週間以内であることなどから遺伝的に異なる地
域集団が存在する可能性が推定されるが、分子形質を用いて解析した研究はこれまで行われていな
い。さらに、隠蔽種が存在する可能性も検証しなければならないが、形態学的形質からは同一種と
されている。
今回、ミトコンドリア DNA の COI 遺伝子を用いて、北海道から沖縄にかけての日本列島沿岸域
に生息しているクサイロアオガイおよび、台湾に分布する近縁種 Nipponacmea formosa (Christiaens,
1977)の分子系統解析を行った。その結果、(1)沖縄のクサイロアオガイの集団、(2)日本本土のクサ
イロアオガイの集団、(3)N. formosa の 3 つのクレードが確認された。これらのクレードの単系統性
はそれぞれ高いブートストラップ値により支持された。
N. formosa とクサイロアオガイは、酷似するが形態的に識別することは可能である。しかし、沖
縄の集団と本土の集団を形態的に区別することはできず、今後、新たな分類形質を探索し、より多
くの分子データを用いて検討を行う必要がある。
41
P-22
日本海のエッチュウバイ種群(エゾバイ科)の 2 系統と浸透性交雑
○北島二千翔・白井滋
東京農業大学生物産業学部アクアバイオ学科
「エッチュウバイ種群」
(Shirai et al. 2010: Plankton and Benthos Research 5: 17–30)とは、青森県以
南の日本海の上部漸深層(水深 200 m )に広く分布する巻貝類である。Shirai et al. (2010)はこの種
群にエッチュウバイ Buccinum striatissimum [500 m 以浅に生息、貝殻は比較的厚い、16SrDNA は一
つの型(s-type)
]とオオエッチュウバイ B. tenuissimum [水深 400 1900 m、貝殻は非常に薄く、
16SrDNA は別型(t-type)
]を認め、これらの間の交雑の可能性を示唆した。特に、能登半島以北の
500 m より浅い海域に分布する個体群(以下、
「カガバイ集団」という)は、形態的にエッチュウバ
イとの識別はできないが、遺伝子型はオオエッチュウバイの t-type である(Shirai et al. 2010)
。本研究
では改めてサンプルを加えて解析を行い、本種群の分類学的・遺伝学的な混乱の実態把握とその原
因を考察した。
カガバイ集団で見られる形態と遺伝子型の不整合を考察するために,
(1)シトクロム b 領域を用
いた本種群および近縁群の系統解析、および(2)t-type を持つ 9 集団(3 つのカガバイ集団を含む)
の集団解析を行った。その結果、
(1)では ((s-type, B. osagawai), (t-type, (B. kashimanum, B. rausicum)))
の関係が得られ、s と t の遺伝子型はいずれも日本列島を介して隣接海域(オホーツク海・太平洋)
の同程度の水深帯に棲息する種と姉妹関係を示した。
(2)では、カガバイ集団とオオエッチュウバ
イ集団との間に有意なハプロタイプ組成の違いは認められなかった。これらから、カガバイ集団が
t-type を持つのはオオエッチュウバイ集団との間で一方向的な浸透性交雑が比較的最近生じたため
と考えられた。
同様の不整合は能登半島以西でも観察されたが、その頻度は水深 200 500 m の海域で多くても
20%の個体に見られる程度であった。カガバイ集団とのこうした現象の違いは、集団サイズや分布
水深帯の広さの違い、あるいは氷期間における環境変化の強さが異なったためと考えられた。
カガバイ集団は"B. bayani"として B. striatissimum とは別種として扱われることがある。しかし、
形態的にも、ミトコンドリア DNA の遺伝子型からも、これを独立した種階級群とみなす必然性は
ない。
P-23
これは何でしょうか
‒
Nemertoderma (Acoelomorpha)?
峯岸秀雄
Plathelminthes Turbellaria(扁形動物門渦虫綱)に入っていた,Acoela(無腸目渦虫)は,最近,新
しい動物門 Acoelomorpha(無腸動物門)がつくられ,そこに入れられることが多くなった.このグ
ループには,Acoela とともに Nemertoderma が入れられているが,特徴は Acoela とよく似ているが,
同様,持っている statocyst(平衡胞)内の statolith(平衡石)が Acoela では1個であるのに対して,
2個であることである.この動物は,まだ日本沿岸では確認されていないが,最近日本太平洋岸の
各地で採集されたものに,Acoela のようであるが,平衡石が2個あるものがあった.Nematoderma
のようであるが,平衡胞も2個ある,全く異なる他の動物門の幼生に平衡胞をもち,かつ2個であ
るものがあるそうであるが,それであるかも知れない(ただし,その場合,平衡石は2 3個ない
し数個だそうだが)
.他の動物門が専門の方々に知見をお伺いしたいものである.
42
P-24
箕作佳吉と大島廣のナマコ類標本コレクション
〇井上絢子
1
1, 2
・上島 励 1・藤田敏彦
1, 2
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻;2 国立科学博物館動物研究部
箕作佳吉(1858-1909)と大島廣(1885-1971)によって採集されたナマコ類標本が東京大学総合
研究博物館に所蔵されていた.所蔵標本は全 609 ロット,121 種を含む大規模なコレクションであ
った.ほぼすべての標本が液浸標本で,他にナマコ類の分類形質として重要な皮下骨片のプレパラ
ート 21 枚が見つかり,それらはすべてマナマコ Apostichopus japonicus (Selenka, 1867)の骨片であっ
た.
このコレクションには,32 種 87 ロットのタイプ標本が含まれていた.うち 19 種は箕作が記載し
た(Mitsukuri 1897, 1912)日本産ナマコ類のタイプ標本(ホロタイプ 3 種,シンタイプ 16 種)であ
る.
箕作と大島は 1906 年にアルバトロス号の調査航海に参加し北西太平洋から約 200 ロットのナマ
コ類標本を採集した.大島はこの調査航海で採集されたナマコ類 95 種を記載したが(Ohshima 1915)
,
そのうちの 46 種が新種,1 種が新亜種,北西太平洋からの初報告が 11 種であった.大島が研究し
記載したこれらの標本の一部は 1938 年に谷津直秀が米国国立自然史博物館へ送付したことがわか
っているが,残りの標本は長らく所在がわからないままだった.今回の東京大学総合研究博物館の
ナマコ類標本の調査によって,そのうち 13 種 14 ロットのタイプ標本(ホロタイプ 2 種,シンタイ
プ 11 種)が見つかった.これらの標本には米国国立自然史博物館のカタログ番号が記されたラベル
が付されており,同博物館に所蔵される予定だったものがそのまま東京大学総合研究博物館に残さ
れたと思われる.残念なことに,これらのタイプ標本の保存状態は良好ではなかった.調査したコ
レクションの中にはラベル情報が不足する 88 ロットが含まれており,
この中にもまだタイプ標本が
ある可能性がある.
P-25
X 線 CT 装置を用いた棘皮動物における内部寄生貝類の
新たな観察方法の試み
○幸塚久典 1・前野哲輝 2・佐々木猛知 3・近藤真理子 1・城石俊彦
1
2
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所; 2 国立遺伝学研究所; 3 東京大学総合研究博物館
人体の断面や立体画像が簡単に得られる「X 線 CT(X 線コンピュータ断層撮影)装置」は医療
現場にはなくてはならない診断装置となってきている.試料を破壊せず,内部構造を観察すること
ができるこの装置を,自然史研究の分野に応用できれば,多くの貴重な情報が得られる.このよう
な観点から,岩石や化石,堆積物試料,さらに魚類の分類学的研究にこの装置を応用して内部情報
を得ようとする試みが進められている.筆者らが取り組んでいる棘皮動物の分類学および形態学的
研究においても,貴重な標本を破壊することか許されない場合か多い.非破壊で貴重な標本から 3
次元内部構造などの情報が取得できれば, 棘皮動物研究にとって画期的なことである.
このような背景のもと,相模湾産ナマコ類およびヒトデ類の内部寄生性貝類について X 線 CT 装
置の観察を試み,その有用性について検討した.その結果,スクレロダクティラ科のナマコの一種
からハナゴウナ科の一種,アカヒトデからはアカヒトデヤドリニナなどの内部寄生貝類を確認し、
寄生姿勢などの新たな知見を得た.また,ヨードを用いた標本については,軟組織まで確認する事
ができ,新たなメソッドとしてなり得ることが明らかとなった.
43
参加者名簿(事前登録分)
荒城雅昭(農業環境技術研究所)
田中隼人(静岡大学理学部)
有山啓之(大阪府立環境農林水産総合研究所)
田中正敦(東邦大学理学部)
伊芸 元(沖縄美ら海水族館)
滝川祐子(香川大学農学部)
伊勢戸 徹(海洋研究開発機構)
立川浩之(千葉県立中央博物館)
市川啓介(東京海洋大学大学院)
塚越 哲(静岡大学理学部地球科学科)
井上絢子(東京大学大学院理学系研究科)
鶴崎展巨(鳥取大学地域学部)
井原 庸(広島県環境保健協会)
照屋清之介(東京大学大学院理学系研究科)
今原幸光(黒潮生物研究所和歌山研究室)
富川 光(広島大学大学院教育学研究科)
入村精一
友国雅章
上野大輔(琉球大学理学部) 鳥越兼治(広島大学大学院教育学研究科)
梅田昌秀(日本大学生物資源科学部)
並河 洋(国立科学博物館筑波研究資料館)
江頭幸士郎(京都大学大学院)
中野隆文(京都大学大学院理学研究科)
大竹周作(東京海洋大学大学院)
中野理枝(琉球大学大学院理工学研究科)
大澤正幸(島根大学汽水域研究センター)
中山雅子(東京農業大学大学院)
奥谷喬司
楢原有紀子(広島県立庄原格致高等学校)
奥野淳兒(千葉県立中央博物館海の博物館)
西川完途(京都大学大学院人間・環境学研究科)
小沢広和(日本大学生物資源科学部)
西川輝昭(東邦大学理学部)
角井敬知(北海道大学大学院理学研究院)
野中正法(沖縄美ら海水族館)
柁原 宏(北海道大学大学院理学研究院)
長谷川和範(国立科学博物館動物研究部)
北島二千翔(東京農業大学大学院)
東 亮一(静岡大学理学部地球科学科)
清 拓哉(国立科学博物館動物研究部)
疋田 努(京都大学大学院理学研究科)
窪寺恒巳(国立科学博物館動物研究部)
平岡礼鳥(東京海洋大学大学院)
倉島 陽(東京大学大学院理学系研究科)
広瀬雅人(国立科学博物館動物研究部)
幸塚久典(東京大学附属臨海実験所)
藤井琢磨(琉球大学大学院)
小島純一(茨城大学理学部)
藤田敏彦(国立科学博物館動物研究部)
小西光一(中央水産研究所)
堀越彩香(東北大大学院農学研究科)
駒井智幸(千葉県立中央博物館)
間賀彩音(広島大学大学院教育学研究科)
小松浩典(国立科学博物館動物研究部)
松井正文(京都大学大学院人間・環境学研究科)
小松美英子(富山大学大学院)
松浦啓一(国立科学博物館動物研究部)
後藤龍太郎(東京大学大気海洋研究所)
馬渡俊輔
齋藤暢宏(株式会社水土舎)
三田敏治(東京農業大学農学部)
佐々木猛智(東京大学総合研究博物館)
三橋雅子(大阪工業大学工学部)
島田知彦(愛知教育大学)
峯岸秀雄
下村通誉(北九州市立自然史・歴史博物館)
本村浩之(鹿児島大学総合研究博物館)
白井 滋(東京農業大学生物産業学部)
山西良平(大阪市立自然史博物館)
杉原 薫(国立環境研究所)
柳 研介(千葉県立中央博物館海の博物館)
鈴木隆仁(大阪大学大学院理学研究科)
山崎剛史(山階鳥類研究所)
関谷 薫(筑波大学 生命環境系)
吉田隆太(琉球大学大学院理工学研究科)
高岡博子(沖縄美ら海水族館)
若林香織(東京海洋大学海洋科学部)
武田正倫
44
東邦大学習志野キャンパス周辺マップ
45
日本動物分類学会第 48 回大会講演要旨集(東邦大学理学部,2012 年 6 月 9 10 日)
編集・発行
日本動物分類学会第 48 回大会実行委員会(駒井智幸・西川輝昭)
〒260-8682 千葉市中央区青葉町 955-2 千葉県立中央博物館内
印刷
三陽メディア株式会社
〒260-0824 千葉市中央区浜野町 1397
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