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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅

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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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高ライン地域の産業革命と近代スイスの経済構造(
Abstract_要旨 )
黒澤, 隆文
Kyoto University (京都大学)
2001-03-23
https://doi.org/10.11501/3182838
Right
Type
Textversion
Thesis or Dissertation
author
Kyoto University
′
亡4
1】
氏
名
くろ
さわ
たか
ふみ
黒
薄
隆
文
学位(
専攻分野)
学 位 記 番 号
経
博
第
学位授与の 日付
平 成 13 年 3 月 23 日
学位授与の要件
学 位 規 則 第 4 条 第 1項 該 当
研 究 科 ・専 攻
経 済 学 研 究 科 経 済 政 策 学 専 攻
学位 論 文題 目
高 ライン地域 の産業革命 と近代 スイスの経済構造
論文調査委員
教 授 渡 遺
1
00 号
(
主 査)
論
尚
文
内
教 授 今久保幸生
容
の
要
教 授 本 山 美 彦
旨
本研究は, 日本の近代 ヨーロッパ経済史研究で未開拓分野 として残 されて来た,近代スイス経済史の基本的過程の解明を
目指す野心的な労作である. そのために著者は,時期対象 を産業革命期に絞 り,空間対象 を一つの経済地域 として捉えられ
たスイス東北部 と国境 を越 えたその近隣地域,具体的には,①スイスのライン河流域,② アルザス南部 (オ ・ラン県)
,③
バーデン南部, ビュルテンベルク南部,バイエルンのボーデン湖周辺地域,④オース トリア西端 フォルアルベルク州の,令
日では四カ国に跨 る 「
高ライン地域」 に限定する。 本論文は,方法的準備に当てられる第 1章に続いて,第 2-6章は高ラ
イン地域の資本制経済確立過程の分析 に,第 7-8章はこの自立的経済空間とスイス連邦領域 という政治空間との緊張関係
の もとでのスイス連邦の政策展開の分析 に,それぞれ当てられるという, 8章構成 をとっている。
第 1章 「
研究史 と課題」では,方法的準備作業が行われる。 まずスイスおよびスイス隣接地域の経済史, とくに産業革命
史研究の蓄積が精査 され,問題点が摘出される。ついで産業革命研究史が過程論的観点から批判的に検討 され,資本制経済
の確立 という一回性の歴史現象の概念化 としての産業革命概念の有効性が確認 される。 さらに空間論的観点から従来の国民
経済的産業革命論が批判的に検討 され,地域経済論的観点の必要性が確認 される。以上の手続 きを経て著者は本論文の課題
と構成 を確定する。
第 2章 「
産業革命の歴史的前提」では,著者は時期規定の根拠,すなわち産業革命の歴史的前操 を明 らかにするために,
1
6世紀から1
8
世紀末 までの本源的蓄積過程 について,チューリヒ,ダラールス,東スイス,フォルアルベルク,ボーデン湖
畔地域に焦点 をあて,ここでの多様な繊維工業の発展過程 を概観 し, とくに前貸問屋商人が綿工業企業家予備軍の中核 をな
したこと,および改革教会派系スイス商人の活動 とに注 目する。
第 3章 「
スイス綿工業における工場制の確立過程」では,チューリヒとダラールスを中心 とするスイス綿工業の,紡績工
程 を中心 とする分析が行われる。1
9世紀前半期の高ライン地域 において圧倒的な重要性 を持?た繊維産業の中でも最大の部
門であった綿工業の, しか も工場制工業 として事実上唯一の部門であった紡績工程 に,産業革命の主局面が集約的に現われ
ているとの認識の もとに,機械制紡績業の成立 ・発展過程,垂直統合企業の形成 ・発展過程が,生産,流通の両面において
8
3
0年代工場制確立期以降の発展過程が,市場構造,企業経営,技術体鼠 競争力要因に即 して
仔細に検討 されるo さらに1
分・
析 される。
.第 4章 「
エ ッシャー ・ウイ-ス社 と歴史的産業連関」 では,著者は視野を綿工業か ら産業一般に拡大 した上で,綿紡績工
業 を第一動因とする歴史的産業連関を経営史的分析手法をもって把撞する。すなわち,1
8
0
5
年にチューリヒに綿紡績企業 と
して設立 され,後 に1
9世紀スイス最大の機械製造企業 に成長 を遂げ,第二次大戟後 ウインター トウールに拠点を置 く機械製
造企業スルザ一社 に吸収合併 されたエ ッシャー ・ウイ-ス社の事例 に即 して,綿紡績工業から機械製造業への歴史的産業連
関が分析 される。
-1
5
4-
祝 しえぬ規模 を保 ち続 けた手工業的基盤 に立つ産業が,農村工業 と世界市場 とい う鍵概念 を用いて分析 される。 とりわけ,
ザ ンア ト ガ レンを中心 とす る東スイスお よびこれ とライン河 を挟 むフォルアルベルクに農村工業 として展開 した,輸出比
率が高 く遠隔地市場向けで奉った織布業お よび刺繍業が主たる分析対象 となる。
第 6章 「
高 ライン地域の国境 間経済関係」 では,第 3.
- 5章 までの分析成果の空間的位置づげを行 うため'
8
=,著者 は視醇
を高 ライン地域全体 に拡 げ,国境 を挟 む構成地域間関係 を分析する。 すなわち,アルザス南部,バーデン南部,高 ライン地
域西部の産業構造の動態 を分析 し, これ らと東北スイス との地域間関係 を原経済圏概念で総括的に把撞することの是非が検
討 される。
第 7章 「スイス 自由貿易主義 と統一関税圏の形成過程」 は,次章 とともに政策分析であ り,雨季 において高 ライン地域 と
スイス国家領域 との空間史的緊張関係が検討 される。 まず第 7章では,1
9
世紀前半の国家連合の時代 の関税制度統一の試み
が,関税制度,通商政策,通商環境,関税論争 などに即 して分析 され,ついで1
8
4
8
年憲法 による連邦国家の もとでの,低関
税率 を基調 とする統一的関税制度お よび自由主義的通商政策の展開が追跡 される.
第 8章 「スイスにおける鉄道網の形成 と交通政策」 では,著者が関税制度 とならんで 「
国家権力の機能が もっとも端的に
あ らわれる」 と考 える,交通問題,交通政策が,分権的国家形態の もとでの鉄道問題,鉄道政策 に即 して分析 され,1
8
9
7
年
の鉄道国有化,連邦鉄道の創設 にいたるまでの過程 に焦点が合わせ られる。
最後の 「
結語」 で著者は,高 ライン地域が1
79
8
年か ら1
8
3
0
年年代 までのの う.
ちに,工場制綿工業 を主軸 に近代的資本蓄積
の循環 を開始 したこと, この蓄積が高 ライン空間の地域的一体性 を保証 し,歴史的産業連繭の 「
型」 を形成 したことを確認
し,高 ライン地域 を産業革命 の空間的単位 としての原経済圏の一つ として把握する。 また高 ライン産業革命の時期が,スイ
ス連邦形成期 と重 なることの意義 を,前者め経済構造 と後者の政治 ・社会構造 とが相互規定的関係 にあったことを示す もの
として確認す る。
本論文の評価 されるべ き点 は以下の通 りである
第- に,研究史 を徹底的に点検 し,高 ライン地域 を構成する中核部の東北スイス, ドイツ領バーデン,フランス領 アルザ
ス,オース トリア領 フォルアルベルクに関す る内外の研究蓄積 を仔細 に検討 した上で,これに自らの豊富な実証分析の成果
を加 えることによ り,1
9
世紀の第一三分期 に高 ライン地域が 自立的な資本制経済圏 として確立 したことを,間然するところ
な く解明 しえていることである。
本論文の実証分析が具 える高度の明証性 は,驚嘆すべ き資料収集努力 によって も保証 されている。 A4
版3
7
行3
4
0
ペ イジ,
1
0
6
6に及ぶ必要かつ十分 な注記,大小 7
0
枚 の図表 を入れれば実 に4
0
0
字詰め原稿用紙 1
5
0
0
枚 をゆうに超 える大作である、。 こ
のために著者が渉猟,駆使 した史料 は,チュー リヒ中央図書館所蔵の手書 き文書,同時代文献,公刊史料 を含めて3
7点,秦
考文献が英,独,仏語21
3点, 日本語 1
0
4点,合 わせて3
5
4点に達 し, しか もかの ドイツ社会経済史学界の泰斗ボルプラム ・
フィッシャーの小 さな不注意 を見落 とさないほ どの眼光紙背 に徹する読み込みをもって,内外の研究史の蓄積 を生か し切 り,
これを精力的 に発掘 した史実 とともに結合 している。 か くして章 を追 うごとに高 ライン地域の形態が次第に明確 さを増 して
くるのであ り,新進気鋭の情熱 と大家の表現技法 とが津然一体 となった不論文はノ
,一種の風格 さえ漂わせるものになってい
る。
第二 に,本論文が単 に当該殖域の実証研究 に徹 しているばか りでな く, これの概念化 にも\
成功 していることである。「
産
業革命」,「
原経済圏」,「
歴史的産業連関」 とい う既成概念 を著者は徹底的な分解,点検を施 して自家薬寵中の物 とし,これ
らを高 ライン地域形成の概念的理解のために自在 に駆使 している。 その結果,本論文 は単 なる詳細 な歴史叙述 に終わらず,
一つの歴史的空間の形成過程 の概念的把握 に成功 している。「プロ ト工業化論」 に安易 にもたれかか り,無概念的記述 に終
始する 「
地域工業化」論者 たちの顔色 をなか らしめる理論的を迫力 と魅力 とを, この課程博士論文 は具 えているのであるo
逆 に本論文の高密度の実証成果 によって徹底的な吟味 を受けたことで,前出の諸概念が歴史分析の概念装置 としての精度 を
一層高めたことも,本論文の理論的功績であると言 うべ きであろう。 後述の ように著者の概念批判 に問題が残 るとして も,
である。
- 1
5
5-
以上の実証,理論両面の功績の概観 だけか らしても,本研究が内外 を問わず近代 スイス経済史研究で後 にも先にもない超
脅級の作品であることは,言い得て誤 りのない ところであるこ
そればか りではない。本論一
文 は近代経済史研究の通説 もしくは 「
常識」 に鋭い批判 を浴びせかける, 『
経済史学批判』 の
趣 をも具 えているのである。 すなわち第三に,1
9
世紀 イギ リスが綿工業で超絶的優位 に立ったという経済史学の 「
常識」が,
本論文 により今や修正 を迫 られるにいたったのである。 「
産業革命以前 においては,大陸の綿工業 は質 ・量 ともにイギ リス
の綿工業 を凌駕 していた」(
1
0
2
ペイジ)
,「
スイスの綿紡績工業 にとっては,産業革命過程は先進国を追 う過程であるとい う
よりは,む しろかつて有 していた地位,そ して機械化の遅れで失 った地位の回復 を模索する過程であった」(
1
0
3
ペイジ)
,
0
年はあった と考 えられるイギ リス との技術格差は,・
・
・
1
8
3
0
年代以降には,平均的にはなおイギ リ子
「
綿紡績機導入時には2
に対する格差は残 ったが,最先端の工場での比較ではそれほどの差 はみられな くなっていた」(
1
5
1
ペ イジ)
,「
1
9
世紀の後半
1
6
0ペイジ)
」,「
スイスの
には,スイス東北部 は,イギ リスのボール トンと並ぶ世界最大級 の細糸生産拠点 となっていた」(
棉紡績業は,関税的な保護 に依存することな く工場制-の移行 を遂 げ,かつその後 もマンチェスターの棉紡績業に比肩する
競争力 を維持 した例外的な存在である」(
1
7
9
ペイジ)
」,「
1
8
3
0
年代以降は,大陸では例外的に,【
スイスの】綿紡績企業 自身
が,原棉生産国に拠点 を設けて調達条件の改善 を行 っていた」(
1
8
6
ペイジ)
, これ らのイギ リス綿工業の地位 を相対化する
9
世紀イギリス綿工業
指摘 は,著者の周到な実証的分析の成果 に基づいてなされているだけに十分 な説得力 を具えてお り,1
の独走説はもはやその根拠 を失 ったと言 うべ きである。
第日
削こ,これまで経済史学ばか りでな く広 く社会思想史において も根強い影響力 を及ぼ してきたマクス ・ウェーバーのエ
ー トス論 もまた,本論文により大幅に相対化 されたことも,本論文の功績 に数えられるべ きである。 すなわち,著者は第 2
章第 4節 「
捺染業 と改革派系スイス商人」でスイス系改革教会派商人の活動 を論 じ,かれらが原棉や綿製品のみならず植民
地物産一般の投機取引,海上貿易活動,銀行業 に従事 したばか りか,政治活動への関与にも及んでいる26もの事例 を,資料
2-5 「改革派系スイス人の活動」 に一覧表出 し (
9
1
-9
3
ペイジ)
,それは資料 2-6 「
改革派のスイス商人の国際的活動」
の作図の中に印象的 に概念図化 されている (
9
4ペイジ)。高 ライン地域の生産活動 とスイス ・プロテス タン トの関連 を象徴
的に示す ピーダーマ ン家の事例 に関する著者 による研究史の丹念 な整理は,共通の人脈 と通婚圏を挺子 にして植民地にまで
及ぶ広域的流通網 を資本蓄積基盤 とする改革教会派の貿易商会が,生産活動 にも高い技術的関心 を示す企業た りうることを,
つまり,商業資本が産業資本 に範噂転化 しうることを,反論の余地な く明示する。 これはピューリタニズムのエー トスによ
って担われる合理的,市民的経営資本主義 に対置するにユ ダヤ的,冒険商人的購民資本主義 をもってするウェーバーの,二
項対立的近代資本主義観の一面性 を,鋭 く衝 くものである。 本論文はウェーバー論争 を書 き変 える力 もを秘めていると言 っ
てよかろう。
第五 に,随所 に窺われる著者の技術史家 としての力量が,本論文の経済 ・経営分析の信頼性 を一層強めていることも,特
産業革命前夜のスイス東北部」の注3
41
-3
4
5(1
0
3
-1
0
4
ペイジ)の綿紡糸番手に関
筆 に値する。た とえば,第 1章第 5節 「
する、
詳細 を極める解説や,第 3章第 3節 「
工場制確立期の生産 ・流通構造 (-1
8
3
0
年代 )
」の第 1項 「
技術体系」(
1
4
8-1
5
1
ペ イジ)
, とくに資料 3-1
4 「スイスの綿紡績企業 における技術体系 とその変遷」,同章第 4節 「
確立期以降の発展過程
(
1
8
3
0
年代以降)
」 第 4項技術体系 (
1
7
4-1
7
9
ペイジ)のこれまた綿紡績技術の詳細 を極める全面的整理 などは,今後,綿紡
機械の製造」の 「
水車か ら水 タ
績業史研究者一般の技術理解 を助 ける準拠枠 にな りうるものである。 さらに第 4章第 2節 「
1
9
8-2
0
0
ペイジ)
,著者の機械技術一般 に対す草深い造詣が
ービンへ」 における水車お よびタービン技術 に関する叙述 も (
窺われ, これが繊維か ら機械- とい う歴史的産業連関の道筋 を辿 る上で,願わ しい導 きの糸を提供 して くれているのである。
第六に,本論文 自体の高度 な論文作成技術 も挙げないわ中 二は行かない。本論文が重厚長大な労作であるにも拘わらず比
較的読みやすいのは,著者の平明簡潔な文体のためばか りでない。 カラー作図および地図作製 ソフ トを自在 に駆使 した表,
グラフ,地図が心憎いばか りの適切な間隔 を置いて配置 されているために,読者は一種の リズム感 をもって論 旨の展開を視
覚的に確認で きるのである。 課程博士論文 にしてこの手腕は,著者の並はずれた表現能力の片鱗 を窺 わせ るものである。
本論文は以上のように
絶
対
的評価 に値するもの と言ってけっして過言ではない。_とはいえ批判 を差 し挟む余地が皆無 とい
うわけではけっしてなし ㌔
第一に,本論文は第 2
-
6
章 までを経済過程 の分析 に費や し,第 7章- 8章 を疎策過程分析 に当てている。第 7章は関税
⊥
-1
5
6-
制度が分析対象であ り,その結論 は,1
8
4
8
年連邦憲法の成車 によって統一関税制度が実現 したが,「自由貿易原則 に基づ く
1
9
世紀の関税制度 は,地域経済 を国民経済単位 に再編するもの とい うよりは,∴
鞄域経済の世界市場への直接的な統合 を媒介
す るものであった」(
3
0
2
ペ イジ) とい うものである。 また第 8章は鉄道政策 を分析対象 に据 え′
,1
8
9
7
年のスイス連邦鉄道創
設 にいたる過程の検討か ら, これを 「国家の領域 を単位 とした経済の再編成の過程 として捉 えることも可能であろう。 しか
しなが ら, この再編成が,地域主権 に立脚す るスイスの経済空間を解体 したのではな く,む しろその反映 とい う形で行 われ
たことも,看過 されてはならない」 との結論 を導 き出 している (
3
2
2
ペイジ)。 すなわち,原経済圏 としてめ高 ライン地域 と
政治空間領域 としてのスイス連邦領域 とは位置のずれがあるが,関税政策 も鉄道政策 も高 ライン地域の一体性 を損 なうもの
ではな く,総 じて 「
弱体 な連邦権限は,支分国や自治体 によって, また団体 自治の伝統 に支 えられた各種の地域的経済団体
によって少 なか らず代替 されてお り、
,分権的な国家構造が経済活動 を大 きく阻害することはなかった」 ばか りか,「
その前
3
2
4ペイジ) とい うのが,著者の解釈である。 要するに,政治空間 と経済空間との間にた しかに位置のず
提 となっていた」(
れがあったが,内部構造 は相互 に適合的な関係 にあったと,著者は言 うのである。
それでは, なぜ 「
高 ライン地域の産業革命 の時期 は,スイスにおいて近代的連邦国家が模索 された時期 にほぼ重なってい
る」(
3
2
4ペイジ)のか。著者 は 「スイスの政治 ・社会構造 は,高 ライン地域の経済構造 と相互 に規定的な関係 にあった」 と
言 うことによって,実 は経済空間の形成過程 とこれ とは地理的位置がずれる政治空間の形成過程 との共時性の問題 を,政治
・社会構造 と経済構造 との間の適合関係の問題 に置 き換 えている。要するに,なぜスイス連邦 とい う領域が形成 されなけれ
ばな らなかったのか,その必然性の根拠 は何 なのか とい う問いが, まだ答 えられていないのである。上述の引用文で,「
捉
えることも可能であろう.。 しか し-で行 われたことも看過 されてはならない」(
傍点,審査貞) とい ういささか歯切れの悪
い表現がなされているのは,著者 自身がすでにこの難点 に気づいていることを窺わせ るものである0
そ もそ も経済過程 と政策過程 との相関 ・緊張関係の解明は,経済政策論一般の古 くて新 しい問題であ り,本論文の枠組み
の中で著者 にそれ を求めるのは望葛の嘆 とい うべ きか もしれない。 しか し著者 ほどの力量の持 ち主であってみれば, これを
今後の課題 として要求 したか らといって,けっして過大 とい うことにはなるまい。 この指摘 を換言するとこうなる。 著者の
9
世紀以来今 日にいたるまでスイス空間を刻印する三種の緊張関係が 自ず と浮かび上がって来る。 すなわち,①
分析か ら,1
政治空間 (スイス連邦領域)
一
対経済空間 (
高 ライン地域)
,②政治空間内部 (
連邦対各 カン トン)
,③耳化空間相互 (ドイツ
語圏 カン トン対 フランス語圏 カン トン [イタリア語圏およびレー トロマ ンス語圏はさしあた り措 くD である. この三種の
空間的緊張関係が錯綜す る中で,スイス連邦 とい う多民族国家が成立 した。なぜ成立せ ざるをえなかったのか。そこには経
済的必然性が認め られるのか,あるいは,それを経済の論理で どこまで説明で きるのか。経済的であれ,政治的であれ,は
た また非政治経済的であれ, どの ような危機意識が経済空間 とは位置のずれをみせ る政治空間の形成,存続 を正当化 して、
き
たのか。問題 をこの ように定式化する と, これは資本制生産様式 と国家 との関係の再検討 にはかならないことが明 らか とな
る。 したがって容易 な らぬ課題ではあるが,本論文ほ どの著者であってみれば,これに本格的に取 り組むことを避 けること
があってほならないだろう。
附言するならば,その際 に本論文で触れ られていない側面,すなわちスイス固有の国民皆兵的軍事制度,軍国主義的ナシ
ョナリズム,歴史的産業連関が生みだ した精密機械工業 としての兵器製造業,すなわち著者のい う 「
型」のこの軍事的側面
にも,政治 ・経済両空間の緊張関係の媒介項 として,眼が向けられるべ きであろう。
第二 に,政策過程 を分析す る以上,通貨制度 を軽視するわけには行かない。 しか し本論文では, このために一つの節 さえ
も設 けられていない。た しかに,第 7章の関税制度論の中セ,著者は 「
通貨制度 については,本稿 において詳述する余裕 は
ない」(
注9
1
0,2
6
8ペイジ) と率直 に断 った上で, しか し,通貨制度統一過程 は関税制度の整備 と密接 に関連 しているとし
て,注記ではあるが前者 を段 階的 に概観 し,スイスは1
9
世紀前半 はフランスお よび南 ドイツの通貨圏に分属 していたが,
1
8
5
0
年の連邦議会 による銀貨体系規定 によ り, フラン圏諸国の銀貨 を国内法定通貨 とし,そのためフラン圏諸国の金貨 も事
実上の法貨 として流通す るようになった と,述べている。 また2
9
7
ペイジではこれを補完 して,連邦通貨改革 によ.りフラン
貨 と十進法が基本 とな り, 4・ 5グラムの銀 を含有するとされていたフラン不のフラン貨 を基準 として,純度90%∴ 5グラ
ムの銀貨 を 1フランとし, 1フラン-1
00ラツペ ン/サ ンチームとしたと述べている。
ここでただちに発せ られる疑問は,経済的に主導権 を撮 っていたはずの東北スイスの ドイツ語圏カン トンで流通 したタ-
-1
5
7-
ラーではな く,経済的 に従属的立場 にあ?たフランス語圏 カン トンで流通 したフランが統合通貨 になったのはなぜか, とい
うものである。 これまた,高 ライン地域 -経済空間 とスイス連邦領域 -政治空間との緊張関係 を端的 に示す問題 と言 うべ き
であ り, この点 についての著者の積極的解釈が示 されていないことに,不満が残るoJ
以上 を要す るに,軍事 と通貨 は著者がただちに取 り組むべ き課題である。
第三にそ して最後 に,著者の批判的 な諸概念の検討 になお反批判の余地があることも,指摘 しておかなければならない。
4-1
8ペイジ),原経済圏概念がその捷唱者 にあっては
著者 は 4ペ イジにわた り鍵概念である原経済圏概念 に検討 を加 え (1
「
基本規定」 と 「
性格規定」(
歴史的産業連関) とが峻別 されてお らず,その結果,概念 として応用可能性が低下 しているの
で,両者 を峻別 しなければならない と主張 している。 この批判 は,著者が原経済圏を,類概念 とし,歴史的産業連関を種差
(
塗) とする種概念 として理解 していることに由来す ると類推 される。 著者が第 6章の終わ り近 く (
2
5
7-2
5
8
ペ イジ)で,
高 ライン地域の経済発展の 「
塑」 を論 じ,その際著者が歴史的産業連関 と 「
塑」 とを類似概念 としていることが窺われるこ
とか らも,この類推 は補強 される。
しか し,一つの経済空間を原経済圏 として把撞す ることは,その空間が歴史的産業連関 を自立性の基盤 としていることを
認識す ることと実 は同義 なのである。上位の類空間 としての 「
本来の経済地域」 に包摂 される種空間 としての原経済圏 と,
これ と同位の大都市圏 とを分 ける種差 は,前者が内包する歴史的産業連関 と後者が内包す る位置の絶対優位 にはかならない。
もちろん自然的,歴史的与件の相違 により,高 ライン原経済圏の歴史的産業連関の具体的形態は近隣原経済圏のそれ とは必
ず しも同一でなかろうが,他方で,そ もそ も共通の原商品である棉商品 を起点 とする共通の歴史的産業連関 をそれぞれ自律
的に展 開 しえた,そのか ぎりで相似的な産業動態 を持つい くつ もの経済空間が ヨーロッパ大陸 に並存 している とい う認識 こ
そが,原経済圏概念 を生む直接の契機 となったことが,忘れ られるべ きではない。む しろ,著者の言 う 「
性格規定」の諸要
素 を稔合 して,一つの理念型 に構成 した ものが原経済圏なのであって,その意味で 「
基本規定」 と 「
性格規定」 を峻別する
ことは,過度の抽象化 を引 き起 こし,原経済圏 を 「
本来の経済地域」一般 に解消 して しまいかねない.た しか に,同一の原
商品を起点 として も,歴史的産業連関の道程 に自然的,歴史的条件 によ り多様 な差違が生 まれることは当然 に考 えられるこ
とであ り,そのか ぎりで歴史的産業連関の諸類型 を設定することは十分 に可能であるが, これは別次元の問題 である。 とも
あれ,原経済圏 と歴史的産業連関 との概念的関係の間選 は,今後の論争点 として残 されるべ きものである。
以上 を要するに, まず第- と第二の点は,経済過程分析 だけで満足で きず,政策過程分析 まで踏み込んで しまった著者の
意欲が,かえって本論文の構成上の 自己完結度 を弱める結果 になっただけのことである。む しろ著著が本論文 に続 く仕事 と
して,本格的な政策過程分析の準備 をすでに始めていることを示す もの と受 け止めればよい。第三点は,原経済圏,原商品,
歴史的産業連関 とい う概念装置の有効性 を一層高めるために,方法論争の継続の必要性 を確認 しておけば足 りる. したがっ
て,上≡点は本論文の傑出 した功績 を損 なうほ どの ものではお よそない。 よって本論は博士 (
経済学)の学位論文 として価
値 あるもの と認め られる。
なお平成 1
2
年1
2月1
1日論文内容 に対 し, またそれに関連 した試問 を行 った結果,合格 と認めた。
ー 1
5
8-
Fly UP