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Web 情報を活用した環境教育の実践と評価 - 生物圏情報学講座

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Web 情報を活用した環境教育の実践と評価 - 生物圏情報学講座
Web 情報を活用した環境教育の実践と評価
孫 暁萌
Web 情報を活用した環境教育の実践と評価
Web 情報を活用した環境教育の実践と評価
京都大学大学院情報学研究科
社会情報学専攻
孫 暁萌
Doctoral Thesis Series of Sakai Laboratory
Department of Social Informatics
Graduate School of Informatics
Kyoto University
Copyright © 2007 Xiaomeng Sun
i
謝辞
本論文をまとめるにあたり,京都大学大学院情報学研究科酒井徹朗教授には
終始懇切丁寧な御指導,御教示と温かい御支援を賜りました.ここに謹んで深
謝の意を表します.また,多義的画像を環境教育の教材として研究するための
科学的分析方法―認知心理学・教育心理学のさまざまな知見について教えて下
さり,その上有益な御指導,御助言を賜りました京都大学大学院教育学研究科
楠見孝准教授に深く感謝申し上げます.
論文内容について,情報学の視点から多くの有益な御指導,御助言を賜りま
した京都大学情報学研究科守屋和幸教授,片井修教授,中村行宏教授(現立命
館大学教授)
,石田亨教授,国立清華大学コンピュータサイエンス Prof. Tingting
Hwang に深く感謝致します.
本論文の前半(第二章)は,教育者と IT 技術者のコラボレーションによる
新しい教育システム構築をめざす,
「レインボープロジェクト」
(平成 13 年 9
月∼平成 14 年 3 月)の一環として,NTT サイバーソリューション研究所と京
都教育大学附属高等学校の御協力のもとに研究をまとめたものです.
その間に,
辻本雅彦部長(現日本情報通信コンサルティング社)
,仲林清氏(現独立行政法
人メディア教育開発センター),丸山美奈氏,野田隆広氏,瀬下仁志氏はじめ
NTT サイバーソリューション研究所コンテンツハンドリングプロジェクトの
皆様には研究の機会を与えて頂くと共に,懇切な御指導を頂きました.厚くお
礼申し上げます.また,授業実践に御協力頂いた京都教育大学附属高等学校川
村康文教諭(現東京理科大学)
,生徒の皆様に厚くお礼申し上げます.
本論文の後半(第三章,第四章)において,研究の内容について議論してく
ださった東京大学史料編纂所 Dr. Jason Webb,京都大学大学院理学研究科下稲
葉さやか氏,京都大学大学院情報学研究科小邨孝明氏(現日立製作所)
,木寺正
平氏,環境教育支援 Web 教材作成に京都大学大学院情報学研究科吉村哲彦助教,
京都大学経済研究所阿部光敏助教に厚くお礼申し上げます.また,ドイツの環
境 NGO の Web サ イ ト の ド イ ツ 語 翻 訳 に , デ ュ ッ セ ル ド ル フ 大 学
( Heinrich-Heine-Universität Düsseldorf ) Institut für Organische Chemie und
Makromolekulare Chemie,Dr. Patrick Kerep(現 tesa AG)
,京都大学大学院理学研
究科 Dr. Christoph Gerle に多大な御協力を頂きました.深く感謝申し上げます.
さらに,環境ポスターをインタビュー調査の材料と環境教育の教材として御提
ii
供頂いたドイツの環境 NGO,Rettet den Regenwald e.V.,熱帯雨林保護に関連す
る画像を御提供頂いた環境保護団体,クリーンピース(Greenpeace)
,日本熱帯
林行動ネットワーク(Japan Tropical Forest Action Network: JATAN )
,サラワク・
キャンペーン委員会(Sarawak Campaign Committee: SCC)
,米国熱帯林行動ネッ
トワーク(Rainforest Action Network: RAN)
,Rainforest Alliance(RA)
,ROBIN
WOOD e.V.,Bruno Manser Fund(BMF)に深謝いたします.そして,環境ポス
ターのインタビュー調査に御協力頂いた大野照文教授はじめ,京都大学総合博
物館の教職員の皆様,環境ポスターを用いた教育支援システムの評価実験に御
協力頂いた京都大学および京都府立大学の学生の皆様に厚くお礼申し上げます.
私の研究生活を終始温かく見守って下さった友人の籔内御夫妻(籔内義行・
朝子)
,芸術と教育を愛する祖父(孫偉)
,祖母(段裔)
,母(李毅)に深く感謝
致します.
最後に,荒井修亮准教授,上口英子秘書,小山里奈助教はじめ,生物圏情報
学講座の皆様,本研究に関して,御議論下さった皆様,お力を貸して下さった
皆様,心より感謝申し上げます.
iii
内容梗概
現在,地球温暖化や越境型環境汚染,環境規制の緩い地域への企業進出に伴
う公害輸出,国際貿易体制のもとで生み出される環境破壊をはじめとした地球
環境問題が深刻となっている.その対処法のひとつとして,地球環境問題の解
決に向けた効果的な環境教育の実践が強く求められている.1975 年の国際環境
教育ワークショップ−ベオグラード会議で採択された「ベオグラード憲章」で
は,環境教育の目標を環境や環境問題への関心(気づき)
,知識,態度,技能,
評価能力と参加(関与)の 6 項目としている.ここでは関心(気づき)の対象
は,環境や環境問題であった.それに対して,1977 年の環境教育政府間会議−
トビリシ会議で出された「トビリシ勧告」では,“経済的・社会的・政治的・生
態学的相互依存関係に対する明確な気づきや関心”というようにやや幅が広く,
また具体的に記されている.このように「ベオグラード憲章」が環境問題にや
や比重のかかった表現になっているのに対し,
「トビリシ勧告」
では環境問題発
生の背景となる根本的な環境に対する意識や理解の獲得へと比重が移ってきた.
また,多くの環境教育研究で報告されているように,地球環境問題の解決にか
かわる環境教育は,その世界の実態を自然科学・社会科学の両面から理解させ
る必要がある.
地球環境問題は,多くの場合遠く離れた国や地域で顕在化したり深刻化した
りするため,私たちが身近な地域での出来事の中からこういった問題の存在に
気づくことは困難である.従来これを可能にしていたのは,教科書をはじめと
した出版物,および放送・新聞・雑誌などのマスメディアである.しかし,教
科書の内容は固定化されがちであり,また個々のマスメディアが提供する毎回
の情報量には自ずと限界がある.しかもそれらは一定の編集方針のもとで取捨
選択された情報である.一方,情報化社会の発展とともに,インターネット上
には多くの情報が提供されている.このような Web 情報は環境教育の教材とし
て潜在的可能性がある.
これまでインターネットや情報技術や Web 情報を利用した主要な環境教育
には,身近な環境問題を対象とした調べ学習・遠隔授業,共同観察による共同
調査,PDA を使った野外自然観察支援システムや疑似体験による自然学習など
iv
がある.これらの多くは,科学や技術の文脈における実験や観察の技能を高め
るものや身近な地域に限定された環境教育である.世界的な視点に立った地球
環境問題発生の背景となる根本的な環境に対する意識や理解の獲得を目的とし
た環境教育が不十分である.また,玉石混合の Web 情報を環境教育に利用する
ための基準や方法に関してはまだ不充分な面が多い.
そこで本研究では,地球環境問題をテーマにした環境教育の教材として Web
情報(文字情報・画像情報)を効率的に利用する方策を明らかにすることを目
的とした.そのため,具体的アプローチとして,地球環境問題をテーマにした
環境教育における,Web 教材の活用,幅広い知識を含む Web 情報(文字情報・
画像情報)の特徴を分析,それを活用した自主 Web 学習法を提案とその実践と
評価をおこなった.
「総合的な学習の時間」の一環である環境教育の教材として,従来のインタ
ーネットでの調べ学習と異なり,教師意図と関連した Web 教材の利用を提案し
た.これは教材書の内容を Web 情報によって補完するものである.そのため,
Web 情報の選択基準を明らかにし,自主学習型 Web 教材を提案し,その授業実
践で有用性を検証した.この授業実践は,高校生の化学の受講者 20 名を対象と
し,地球環境問題である酸性雨をテーマにおこなった.その結果,多彩な教材
構成が生徒の酸性雨問題およびその解決法に関する興味や関心を喚起したこと
を確認できた.また,質問箱の利用頻度,クイズ問題集への再アクセス回数な
どから,知識を得るだけの受動的学習から主体的学習への変化が見られた.さ
らに,生徒の酸性雨問題に関する知識が深まり,学習目標を達成することがで
きることを示した.これらにより,教科書の内容を Web 情報によって補完した
自主学習型 Web 教材作成法の効果,有効性が確認できた.
各国環境 NGO の Web サイトにおける環境意識啓発・環境保護関連画像の視
覚表象を分析し,環境教育教材としての Web 画像利用の新たな可能性を調べた.
環境意識啓発・環境保護に関連する Web 画像は OECD(経済協力開発機構)加
盟国である日本,アメリカ,イギリス,ドイツ,スイスの 5 ヵ国から集めた.5
ヵ国 19 の環境 NGO(熱帯雨林保護団体)Web サイトから収集した 648 枚の画
像を二次元視覚表象手法によって分析した.その結果,環境 NGO の Web サイ
v
トで用いられる画像情報の視覚表象には,
国によって差があった.
具体的には,
日本は図による科学的表示(例:定性・定量的な特性を表すグラフ)
,イギリス
は写真による対象即応的表示(例:過剰伐採による森林破壊の写真)
,アメリカ
は抽象絵画による美的表示(例:子供の美術作品)
,ドイツは写真による象徴的
表示(例:環境問題の告知をテーマにしたポスター),スイスは具象絵画による
美的表示(例:先住民の生活習慣をテーマにした具象絵画)を他国に比べてよ
り多く発信する傾向が明らかになった.また,Web 上では特定の環境問題の情
報発信に関しては,一義性をもつ画像(対象即応的表示,定性定量的表示)だ
けでなく,多義性をもつ画像(象徴的表示)
,例えば環境問題の告知をテーマに
したポスターも呈示していることがわかった.
次いで,これらの Web 画像から,多義性をもつ画像,環境問題の告知をテ
ーマにした環境ポスターに着目し,環境教育教材として効果的に利用する方法
をさぐるため,認知過程をインタビュー調査により分析した.ドイツの 2 枚の
環境ポスターの画像情報のみを被験者に見せ調べた結果,ポスターの意図する
環境問題に関する背景知識の有無が推論に大きく影響を与えることがわかった.
背景知識のある被験者はポスターに表示される文字情報が処理できなくてもポ
スターの画像情報からポスターの意図する環境問題のスキーマを活性化できた.
背景知識のない被験者は,因果関係を認知しやすいポスターの推論はすべて環
境問題に関連する推論であった.これに対し,因果関係を認知しにくいポスタ
ーの推論は環境問題に関連しない推論も見られた.このように,両ポスターの
推論内容に大きな差が認められた.また,環境問題に関連する推論において,
因果関係を認知しやすいポスターでは代表性ヒューリスティック的な推論を用
いる傾向が強く,因果関係を認知しにくいポスターでは利用可能性ヒューリス
ティック的な推論を用いる傾向が強いことを明らかにした.
「インパクト」
の分
析から,多くの被験者はポスターと接触した時点で知的好奇心が喚起されるこ
とがわかった.ポスターの視覚伝達デザインは被験者の想像力を掻きたて,環
境問題に対する新しい概念や探究心を与えることを明らかになった.
さらに
「理
解への関心」の分析から,背景知識のない被験者はポスターの意図するメッセ
ージを正しく推論できなくても,一定の動機(予期しない社会的出来事に対す
る認知欲求)が喚起され,知りたいという高い関心を示すことわかった.これ
らのことから,多義性をもつ画像である環境問題の告知をテーマにした環境ポ
スターを,環境教育のための教材として利用できる可能性が明らかになった.
vi
そこで,環境教育として環境ポスターの意図を読み解くことを支援する Web
学習法について検討した.発見学習教授法を利用したこの Web 学習法は,最初
に地球環境問題を題材とする環境ポスターを提示し,学習者がそのポスターの
意図する環境問題が何であるのかについて推論をおこない,次にポスターが意
図する環境問題に関連する課題に取り組んでから,再度このポスターの環境問
題について推論をおこなうものである.大学 2∼4 年生 104 人(男 69 人,女 35
人)を対象に実践評価をおこなった.この実践により,課題に取り組む前後に
おける学習者の推論を支える知識構造の変化や環境教育における多義性をもつ
環境ポスターの役割について検証した.その結果,ポスターの意図する環境問
題の推論に関しては,学習前よりも学習後に正しく推論した学習者の割合が高
まった.また,学習者は人間生活と地球環境問題とのつながりを認識し,生態
系や野生生物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの興味や関心が喚起され
た.これらの結果から,提案した環境ポスターを用いた Web 学習法の有効性が
認められた.また,多義性をもつ画像は受け手にさまざまな解釈を与えるが,
自発的な関心や気づきを重視する環境教育のための教育素材としてはむしろ有
用であることが本研究によってはじめて明らかにした.
本研究では,教科書の内容を Web 情報によって補完する自主 Web 学習法の
有効性を確認した.また,環境教育に画像情報を利用する新しい試みとして,
環境 NGO の Web サイトに呈示される画像情報の視覚表象を調べ,国によって
差があること,特定の環境問題に関する画像情報は一義性をもつ画像だけでな
く,
象徴的表示による多義性をもつ画像も呈示されていることを明らかにした.
多義性をもつ画像である環境ポスターの認知分析により,背景知識のない被験
者はポスターの推論に対してヒューリスティック的な推論をおこなう傾向が強
く,一定の動機が喚起され,ポスターの意図する特定の環境問題を知りたいと
いう高い関心を示すことを明らかにした.さらに,環境教育として環境ポスタ
ーの意図を読み解くことを支援する Web 学習法を提案し,その有効性を実践評
価により明らかにした.
vii
目次
第1章 はじめに
1
1.1 研究の背景と目的··························································································1
1.2 本論文の構成··································································································5
第2章 Web 情報を活用した「総合的な学習の時間」の実践
7
2.1 教育内容および学習目標 ··············································································7
2.2 インターネットを利用した環境教育教材の作成·······································8
2.2.1 Web 教材構造···························································································8
2.2.2 教材用 Web ページの調査······································································9
2.2.3 Web 教材内容の構成·············································································13
2.2.4 授業実践の手順·····················································································19
2.3 結果と考察····································································································22
2.3.1 操作履歴ログデータからみた教材利用効果······································22
2.3.2 学習効果による教材内容の評価 ·························································26
2.4 結論 ···············································································································30
第3章 Web 画像の視覚表象および認知分析
31
3.1 Web 画像の視覚表象分析············································································31
3.1.1 分析対象選出方法·················································································31
3.1.2 視覚表象の分析方法 ·············································································33
3.1.3 結果と考察·····························································································34
3.1.4 結論·········································································································42
3.2 Web 上に公開された環境ポスターの認知分析 ········································43
3.2.1 環境教育における環境ポスターの利用価値······································43
3.2.2 材料と方法·····························································································44
3.2.3 結果と考察·····························································································48
3.2.4 結論·········································································································62
viii
第4章 環境ポスターの意図を読み解く自主学習型 Web 教材の実践
63
4.1 材料と方法····································································································63
4.1.1 材料·········································································································63
4.1.2 方法·········································································································64
4.1.3 評価実験の手順·····················································································67
4.2 結果と考察····································································································67
4.2.1 ポスターの意図する環境問題に関する既有知識······························67
4.2.2 ポスターの意図する環境問題に対する推論······································68
4.2.3 推論におけるキーワードの出現比率 ·················································70
4.2.4 推論における手がかり画像情報の解釈と関連付け··························71
4.2.5 既有知識の有無と環境問題の推論 ·····················································76
4.2.6 興味や関心の喚起·················································································78
4.3 結論 ···············································································································80
第5章 まとめ
83
参考文献
87
付録 A Web 酸性雨教材学習前アンケート
99
付録 B 環境ポスターを用いた Web 教材の内容
103
ix
図目次
2.1 教師意図と関連した Web 教材構造図 ·························································9
2.2 主説明の画面例(教材 No.1) ···································································15
2.3 補足説明の画面例(教材 No.2) ·······························································15
2.4 クイズページの初期画面例 ········································································16
2.5
送信ボタンを押した後の画面例
正解の場合(上)と不正解の場合
(下)···········································································································17
2.6 クイズの答えを選ばなかった画面例 ························································18
2.7 クイズの答えを 1 回以上選択した画面例 ················································18
2.8 クイズ(第 1 部)得点の画面例 ································································19
2.9 第 1 時限目 Web 教材の説明(左)と Web 教材の使用(右) ···········20
2.10 第 2 時限目 グループ単位で中間発表 ····················································21
2.11 第 3 時限目 収集した雨水の pH の測定とデータ登録··························21
2.12 第 4,5 時限目 調べ学習(左)とレポート作成(右)··························22
2.13 学習前後における酸性雨問題に関する知識度 ········································27
2.14 学習前後における酸性雨の影響(複数回答) ········································27
2.15 学習前後における環境問題への関心度 ····················································28
3.1 二次元的視覚表示分類に対応した画像例 ················································33
3.2 各国における二次元的視覚表現分類の割合 ············································35
3.3 国毎に美的表示における画像の利用特徴 ················································36
3.4 国毎に対象即応的表示における画像の利用特徴·····································36
3.5 国毎に象徴的表示における画像の利用特徴 ············································36
3.6 国民一人あたりの紙・板紙消費量(1999)··················································37
3.7 材種別合板用素材(1992∼1997) ·································································37
3.8 “Brother of the Rainforest” ············································································38
3.9 “Be a hero…”·································································································38
3.10 “Save the rainforest! ” ·····················································································38
x
3.11 “Destruction of the forests means an end to the Baka’s way of life” ···············39
3.12 “Clear-cut Paper” ····························································································39
3.13 “Die Handy- Gorilla – Connection” ································································40
3.14 “Stille Tage” ····································································································40
3.15 “Sarawak(Malaysia) ” ·····················································································41
3.16 “CRIME” ········································································································41
3.17 Poster A(left)Poster B(right) ·································································44
3.18 インタビュー調査の内容 ············································································47
3.19 背景知識有無別の各ポスターの推論における手がかり画像情報利用
の分類···········································································································50
3.20 各ポスターに対するインパクトの強弱 ····················································59
3.21 各ポスターが意図する特定の環境問題の理解への関心·························61
4.1 環境教育に用いたポスターA(左)とポスターB(右) ·······················63
4.2 環境ポスターを用いた自主学習型 Web 教材による学習の流れ············66
4.3 ポスターA と B の意図する環境問題に関する学習者の既有知識 ········67
4.4 ポスターA の環境問題に対する学習前後における推論の分類 ·············68
4.5 ポスターB の環境問題に対する学習前後における推論の分類 ·············69
4.6 ポスターA の環境問題に対する推論の学習前後におけるキーワードの
出現比率·······································································································71
4.7 ポスターB の環境問題に対する推論の学習前後におけるキーワードの
出現比率·······································································································71
4.8 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報「ハンバーガー」の
解釈の出現比率···························································································72
4.9 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報「森林」の解釈の出
現比率···········································································································73
4.10 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報間の関連付け(複数
分類)···········································································································73
4.11 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報「携帯電話」の解釈
の出現比率···································································································74
4.12 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報「ゴリラ」の解釈の
出現比率·······································································································75
xi
4.13 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報間の関連付け ·········75
4.14 ポスターの意図する環境問題への関心 ····················································78
xii
表目次
2.1 調査項目········································································································10
2.2 Web ページの選定基準と選定結果····························································12
2.3 Web 教材内容構成························································································13
2.4 クイズ内容と教材との関連 ········································································14
2.5 授業の構成と教材内容との関連付け ························································20
2.6 アクセス率および平均アクセス継続時間 ················································23
2.7 教材 No.6 アクセス率分析 ··········································································24
2.8 クイズ問題アクセス率················································································25
2.9 クイズの成績と平均アクセス数(1 人あたり)······································26
3.1 分析対象環境 NGO Web サイトの選出 ·····················································32
3.2 画像の製作特徴による分類 ········································································32
3.3 二次元的視覚表示の特徴を表す画像の集計 ············································34
3.4 各ポスターの属性························································································46
3.5
被験者における各ポスターが意図する特定の環境問題に関する認知
度···················································································································48
3.6
各ポスターにおける背景知識のない被験者の推論処理パターンの割
合···················································································································49
3.7 各ポスターの推論における環境問題関連と環境問題関連以外の割合 ·52
3.8
各ポスターの推論における手がかり画像情報間の各種関連付けの割
合···················································································································52
3.9 ポスターA の推論に出現する手がかり画像情報の解釈・統合解釈(環
境問題関連)·······························································································53
3.10 ポスターB の推論に出現する手がかり画像情報の解釈・統合解釈(環
境問題関連)·······························································································53
3.11 ポスターB の推論に出現する手がかり画像情報の解釈(環境問題関連
以外)···········································································································53
xiii
3.12 ポスターA の推論テーマ(環境問題関連)·············································54
3.13 原因手がかり画像情報「ハンバーガー」の解釈の同定··························55
3.14 ポスターB の推論テーマ(環境問題関連)·············································56
3.15 ポスターB の推論テーマ(環境問題関連以外)·····································58
3.16 ポスターA からのインパクトを受ける理由·············································60
3.17 ポスターB からのインパクトを受ける理由·············································61
4.1 ポスターを用いた Web 教材内容構成 ·······················································66
4.2 ポスターA の環境問題に関する既有知識と学習者の推論との関係 ·····76
4.3 ポスターB の環境問題に関する既有知識と学習者の推論との関係 ·····77
4.4 ポスターA について知りたい情報(複数回答)·····································79
4.5 ポスターB について知りたい情報(複数回答)·····································80
第1章 はじめに
1.1 研究の背景と目的
地球環境問題の解決のための環境教育の重要性
現在,地球温暖化や越境型環境汚染,環境規制の緩い地域への企業進出に伴
う公害輸出,国際貿易体制のもとで生み出される環境破壊をはじめとした地球
環境問題が深刻となっている[UNCED 1992].その対処法のひとつとして,地球
環境問題の解決に向けた効果的な環境教育の実践が強く求められている.
1975 年の国際環境教育ワークショップ−ベオグラード会議で採択された「ベ
オグラード憲章」では,環境教育の目標を環境や環境問題への関心(気づき)
,
知識,態度,技能,評価能力と参加(関与)の 6 項目としている[UNESCO-UNEP
1976].
「ベオグラード憲章」では関心(気づき)の対象は,環境や環境問題で
あった.それに対して,1977 年の環境教育政府間会議−トビリシ会議で出され
た「トビリシ勧告」[UNESCO 1978]では,“経済的・社会的・政治的・生態学的
相互依存関係に対する明確な気づきや関心”というようにやや幅が広く,また具
体的に記されている.このように「ベオグラード憲章」が環境問題にやや比重
のかかった表現になっているのに対し,
「トビリシ勧告」
では環境問題発生の背
景となる根本的な環境に対する意識や理解の獲得へと比重が移ってきた[市川
2002].さらに,多くの環境教育研究で報告されているように,地球環境問題の
解決にかかわる環境教育は,その世界の実態を自然科学・社会科学の両面から
理解させる必要がある.また,それは適切な評価と価値観の形成,社会への参
加を促すものである.こうした環境教育を全面的に実行しようとするならば,
複雑に関連した自然と社会との複合状態といえる環境問題の現実を,世界規模
で解き明かさなければならない.一見,一地域,個別的に見える環境問題でさ
え,物やエネルギーの流れ,経済を通して現実的に世界的な環境問題につなが
っている.逆に,世界を意識することのない限定された環境教育では,地域エ
ゴ,国家エゴを越えることができないと指摘されている[UNCED 1992; 渡辺
1996].
Web 情報利用の潜在性と問題点
地球環境問題は,多くの場合遠く離れた国や地域で顕在化したり深刻化した
りするため,私たちが身近な地域での出来事の中からこういった問題の存在に
1
気づくことは困難である.従来これを可能にしていたのは,教科書をはじめと
した出版物,および放送・新聞・雑誌などのマスメディアである.しかし,教
科書の内容は固定化しがちである.また,個々のマスメディアが提供する毎回
の情報量には自ずと限界がある.しかもそれらは一定の編集方針のもとで取捨
選択された情報である[生方 2002].学習者が「グローバルブレイン」[立花 1997]
と称賛されるインターネット上での情報収集をおこなえば,これまで知らなか
った環境問題を見いだすこともでき,それによって環境への関心が高まる[生方
2001].このように,情報化社会の発展とともに,環境教育の教材として Web
情報の持つ潜在的可能性が注目されつつある[Jackson et al. 1997; Moore&Huber
2001; 生方 2002].一方,Web 情報をそのまま教材として利用した場合,信憑
性,恒常性,系統性といった点で教育上の問題[生方 2001; 野田ら 2003]と著作
権問題があると指摘されている[野田ら 2003].このように,Web 情報を環境教
育教材として活用するためには幾つかの問題点を解決する必要がある.
先行研究の紹介
これまでインターネットや情報技術や Web 情報を利用した主要な環境教育
には,
アメリカ合衆国のゴア前副大統領の提案で 1995 年 9 月発足したグローブ
計画がある.グローブ計画(GLOBE Program)とは,環境のための地球学習観
測 プ ロ グ ラ ム (Global Learning and Observations to Benefit the Environment:
GLOBE)の略称である.この計画は,インターネットで世界の学校をつないで,
地球規模での環境の変動を子どもたちが観測し,データ交換や画像利用などの
国際交流を通して,地球環境の環境保全への理解を深め意欲を育てようとする
プ ロ ジ ェ ク ト で あ る [ 西 村 ・ 木 俣 1996; 大 隅 ・ 宮 田 1997; 大 隅 1998;
Moore&Huber 2001].また,環境教育の一環である野外自然観察の支援におい
て,阿部ら[2004]は,学習者の位置に応じて樹木やキノコなどの写真とクイズ
を組み合わせて提示し,フィールドにおける環境教育を支援するシステムを
GPS(全地球測位システム)と PDA(携帯情報端末)を用いて構築した.この
システムの評価実験をおこなった結果,学習の楽しさや自然に対する興味の喚
起という点で高い評価が得られた.Abe et al. [2005]は,インターネットを用い
て森林空間の写真を使って三次元仮想空間を構築し,その中をウォークスルー
によって移動する学習者の位置に応じて樹木などの写真とクイズを提示する環
境教育支援システムの評価実験をおこなった.さらに,鈴木[1998]は地域に根
差した環境教育として身近な地域である川を教材に,子どもを対象とした体験
2
学習とインターネット学習を組み合わせた実践授業をおこなった.具体的に,
子どもたちがパックテストを使った川の水質調査をおこない,インターネット
の Web 情報を用いて古川の歴史や,川の汚れの原因,下水処理場の役割と働き
を調べた.その上,インターネットによる芝浦水処理センターとの遠隔授業を
通して,知識・価値観の共有と交換をおこなった.この実践授業をおこなった結
果,子どもたちは,川に対する興味・関心が高まり,川の汚染の原因に関する
知識も高まったと報告されている.このように,インターネットや情報技術や
Web 情報の活用は環境教育において重要な役割を果たしていることは明らかで
ある.しかし,玉石混合の Web 情報を環境教育に利用するための基準や方法に
関してはまだ不充分な面が多い.
環境教育における世界的視野育成の重要性
さらに,これまでのインターネットや情報技術や Web 情報を利用した共同
観察や環境学習は,主として科学や技術の文脈における実験や観察の技能を高
めるものや身近な地域に限定された環境教育である.世界的な視点に立った地
球環境問題発生の背景となる根本的な環境に対する意識や理解の獲得を目的と
した環境教育が不十分と言えよう.Orr[1992]は,現代社会はそもそも環境問題
が発生しやすい構造をもっており,科学的・技術だけでは解決できないと強調
している.環境問題の根本的な解決のためには,現代社会の内部構造,すなわ
ち,政治・経済・社会・文化・行動規範の中に環境問題の根を探し求めること
が必要である[McKeown-Ice&Dendinger 2000; 川嶋ら 2002].
ここで,国際貿易体制のもとで生み出される環境破壊[OECD 1995]の一例を
挙げよう.
「私たちの生活とパーム油」については,日本では主として食用に使
われているパーム油は天然の植物性油脂なので,
「地球にやさしい」というイメ
ージのもと,洗剤や石鹸にも使われている.しかしパーム油は,本当に「地球
にやさしい」のであろうか.生産国マレーシアやインドネシアにおいては,非
常に多くの問題が起こっている.マレーシアのボルネオ島サラワク州では,森
林の伐採による熱帯雨林の減少や,先住民族の生活環境の破壊が深刻になって
いる.また,マレー半島においては,子どもを含めた労働者が何世代にもわた
るプランテーション内のみの生活を強いられている.もちろんこの問題は,パ
ーム油消費を止めることで改善されるような単純なものではない.歴史的,文
化的,
構造的な問題が複雑に絡まっている.
解決方法はまだ見つかっていない.
しかしながら,パーム油生産国の問題を知ること,そして私たちの消費生活を
3
ふりかえることが,解決の糸口になる[開発教育協会 2005; NHK オンライン
2007].
環境教育の重要性について,佐島 [1992]は,複雑・多様化する地球環境問題
に対応するためには,我々一人一人が,人間と環境とのかかわりについての深
い理解と認識を深め,環境に配慮した生活や環境問題の解決に必要な行動力を
身につけることが求められており,教育分野でも,なぜ環境を大切にしなけれ
ばならないのかを主体に考えさせる環境教育の実践が必要となってきたと指摘
している.
本研究の目的
以上の論点を踏まえて,本研究の目的は,地球環境問題をテーマにした環境
教育の教材として,Web 情報(文字情報・画像情報)を効率的に利用するため
の自主学習型 Web 教材の構築とその評価である.研究のアプローチとして,i)
「総合的な学習の時間」の一環である環境教育の教材コンテンツの不足を解消
するために,環境教育の教材として利用可能な Web 情報を選定する基準につい
て検討し,教材書の内容を Web 情報によって補完した自主学習型 Web 教材を
提案する.ii) 特定の地球環境問題に関する学習者の既有知識が最も引き出さ
れやすいクールメディアの一種である Web 上の環境ポスターに着目し,地球環
境問題の告知をテーマにした環境ポスターの読み解く活動を支援する自主学習
型 Web 教材を提案する.
本研究の貢献を整理すると,地球環境問題をテーマにした環境教育の教材と
して,幅広い知識を含む Web 情報を効率的に学習での利用に関するものである.
教材書の内容を Web 情報によって補完した自主学習型 Web 教材を利用するこ
とによって,教材コンテンツ不足が問題となっている「総合的な学習の時間」
を効果的に支援することができ,よい学習効果が得られている.また,地球環
境問題に関する学習者の既有知識を引き出す Web 上の環境ポスターの読み解
く活動を取り入れた環境教育は,自発的な関心や気づきを重視する環境教育の
ための素材としては有用であることが本研究によってはじめて示されている.
さらに,環境ポスターのような画像メディアには文字や言語に依存しない普遍
性があるため,これを用いることによって異文化圏における効果的な環境教育
を実現する可能性も与えている.
4
1.2 本論文の構成
本論文は,5 章で構成されている.第 1 章では,研究の背景と目的について
述べる.第 2 章では,環境教育の教材として利用可能な Web 情報を選定する基
準,
教科書の内容を Web 情報によって補完した自主学習型 Web 教材の作成法,
「総合的学習の時間」での授業実践とその評価について述べる.この授業実践
は,高校生の化学の受講者 20 名を対象とし,地球環境問題である酸性雨をテー
マにおこなった.
第 3 章では,Web 上に存在する環境意識啓発・環境保護に関連する画像の視
覚表象を分析し,その特徴について述べ,環境教育教材として Web 画像利用の
新たな可能性について述べる.環境意識啓発・環境保護に関連する Web 画像は
日本,アメリカ,イギリス,ドイツ,スイスの 5 ヵ国,19 環境 NGO(熱帯雨
林保護団体)の Web サイト,648 枚の画像を二次元視覚表象手法によって分析
した.さらに,環境教育教材として,Web 画像情報を利用するため,画像認知
過程についての分析をおこなった.地球環境問題を視覚的に訴求する画像,す
なわち環境ポスターを用い,大学生を対象にしたインタービュー調査をおこな
い,背景知識の影響や推論の相違などについて述べる.
第 4 章では,環境ポスターの読み解く活動を支援する自主学習型 Web 教材
の作成法とその実践と評価について述べる.実践評価は,大学 2∼4 年生 104
人(男 69 人,女 35 人)を対象におこなった.この自主学習型 Web 教材を用い
た学習は,最初に地球環境問題を題材とする環境ポスターを提示し,学習者が
そのポスターの意図する環境問題が何であるのかについて推論をおこなう.次
に,このポスターが意図する環境問題に関連する課題に取り組んでから,再度
このポスターの環境問題について推論をおこなう.これによって,課題に取り
組む前後における学習者の推論を支える知識構造の変化や環境教育における環
境ポスター(クールメディアの一種)の役割について検証する.
第 5 章はまとめであり,本研究で得られた成果をまとめ,今後の課題につい
て述べる.
5
第2章 Web 情報を活用した
「総合的な学習の時間」の実践
地球規模の環境問題が深刻化する中で,次世代を担う子どもたちを対象にし
た環境教育の重要性・必要性が一層認識されるようになった.1970 年代は世界
各地で環境教育関連の国際会議が開催され,こうした国際的な動向は日本の環
境教育推進にも大きく影響した.
日本の環境教育は,もともと公害教育を源流としていることもあり,比較的
早い時期から取り組みがなされてきたが,1990 年代に入り,文部省が「環境教
育指導資料」を発行したことにより,より具体的に学校教育における環境教育
の意義や役割,内容が明確化された.さらに,2003 年より,学習指導要領に「総
合的な学習の時間」が新たに加えられた.これは生涯学習審議会答申の「教科
等の枠を越えて横断的・総合的課題の学習活動をとおし,現代の課題に対する
学習機会の充実」に対処するためのものである.これを受けて,体験や調べ学
習により生徒の興味・関心を軸に,問題解決,生徒の学びを創り出そうとする
学習が増えつつある.このなかで,環境教育は重要な学習内容の一つとして挙
げられている.
本章では,既存の Web 情報を環境教育教材として利用する方策を検討し,
教科書の内容を Web 情報によって補完した自主学習型 Web 教材の活用につい
て述べる.
2.1 教育内容および学習目標
教材の使用対象は高校生とし,取り上げた学習内容は,地球環境問題の一つ
として着目されている酸性雨問題を題材とした.教材の学習目標については,
ベオグラード憲章で環境教育の国際的共通概念を与えたキーワード,関心,知
識,態度を中心に,以下の 2 点とした.
・酸性雨のメカニズムを科学的に理解し,酸性雨問題に関わる基礎知識の習
得(知識)
・酸性雨問題の学習をとおし,自主的な課題の発見とそれに対する取り組み
(関心,態度)
7
高等学校理科用の化学の教科書[長倉ら 1997]においては,「酸・塩基」単元
における「身近な物質の pH」で「酸性雨」が取り上げられている.しかし,酸
性雨発生のメカニズムについてはすこし触れられているだけである.また,酸
性雨など大気汚染によって被害をうけた森林の写真も載っているが,具体的な
説明はなされていない.これだけの学習では,
「総合的な学習の時間」で目指す
学習目標を達成できないであろう.そこで,生徒に酸性雨の問題を十分認識さ
せるため,これを「学際的」に取り扱うことにした.まず,酸性雨とは何かと
いったことを科学的に理解させ,酸性雨は人間の経済活動の結果として発生し
たものであるという社会認識を導かせる,といった教科横断的なアプローチを
とることにした.本教材はこのような教育主旨で,酸性雨発生のメカニズムに
関する学習を起点とし,生徒のグローバルな思考と見方の涵養をねらいに,教
科書の内容を補足・発展するかたちをとった.そこで酸性雨原因物質の発生源
(SO2,NOX,CO)と暮らしの中で使うエネルギー(化石燃料)との関係,酸性
雨による生態系への悪影響,国境を越えた環境問題であること,などについて
具体例を挙げながらその経緯を説明した.このように学習目標の達成に必要な
幅広い内容を含む教材となるよう構成した.
2.2 インターネットを利用した環境教育教材の作成
2.2.1 Web 教材構造
Web 教材(画面データ)はただ提示するだけでは印刷教材と特に変わりはな
い.Web のハイパーテキスト構造やインタラクティブ性の機能などは印刷教材
にはないものである.このような便利な機能を用いて,Web 上で教材をつくれ
ば,教師の指導支援だけでなく,学習者の自主学習の支援にもなる.しかし,
Web ページに教材としての役割を担わせるには,教育的な意図を反映した抽象
的構造を持たせる必要がある.そこで,本 Web 教材作成においては,金西ら
[2000]の教師意図による Web 教材説明分類を参考に,教師意図と関連した Web
教材構造(図 2.1)を作成した.Web 教材に込められている教師意図には,金西ら
[2000]が提案されている,(1)目的の提示,(2)概念知識の提示,(3)既有知識との
関連付け,(4)概念知識の深化,(5)概念知識の習得確認に加え,(6) フィードバ
ックを追加した.フィードバックを追加した理由は,生徒が学習中に,思い付
いた質問をいつでも教師に送信でき,それに対して教師は即座に生徒に適切な
アドバイスを与えることを可能にするためである.
8
概念知識の提示
主説明
概念知識
の深化
参考
資料
参考
資料参考
資料
概念知識の
習得確認
参考
資料
参考
資料
目的の提示
補足説明
主説明
目 次
フィードバック
参考
資料
参考
資料
質問箱
クイズ
問題集
リンク集
主説明
参考
資料
参考
資料
既有知識
との関連付け
補足説明
クイズ
問題集
教師意図
図 2.1 教師意図と関連した Web 教材構造図
2.2.2 教材用 Web ページの調査
「総合的な学習の時間」を支援する教材コンテンツが不足している一方,イ
ンターネット上の WWW には,世界中の,あらゆる種類の,大量のマルチメデ
ィア資料が存在する.また,資料集や事典,新聞などの従来の紙媒体の資料と
比べて,リアルタイム性が高いこと,視覚的であることから,教材として利用
できる可能性が大きい.本研究で作成する Web 酸性雨教材のコンテンツをより
充実にするため,インターネット上の既存の Web 情報の活用を考えた.しかし,
教材コンテンツとして利用可能な Web 情報はどれだけあるか,どこまで利用可
能なのか,といった利用性については充分に明らかにされていない.そこで,
まず検索エンジン Google を用いて酸性雨学習に関する Web ページの現状を調
べた.
9
z
調査対象の選出
調査対象となった Web ページは以下に示す手順で抽出した.
まず,検索エンジン Google でキーワード“酸性雨とは”を用い,検索した.
この言葉を選んだ理由は酸性雨をトピックにする Web ページに最も関係の深
い内容があると予測したからである.調査をおこなった 2001 年 8 月において,
検索結果は 639 件であった.膨大な情報を調べるのはかなりの工数を要するた
め,Google の PageRank 機能[Google 2003]により,上位順位の 1∼60 番を対象
とした.さらに,無効なページ(アクセスできない,重複,内容が一致しない)
を除いて,40 件となった.
z
発信内容の分析
Web ページの発信源の特徴および目的を明らかにするため,抽出した Web
ページについて表 2.1 の項目について調査した.
表 2.1 調査項目
分 類
調
査
項
(1) 発信源
・ ドメイン名
(2) トピック
内容
・
・
・
・
・
・
目
酸性雨概念
pH測定について
酸性雨による影響・被害
調査紹介
データ公開
酸性雨を防ぐための紹介
(1) 発信源
ドメイン名を調べた結果,地方公共団体(32.5%),政府機関・法人(30%)によ
る発信率がもっとも高く,次いで,教育機関(22.5%),ネットワーク管理組織に
登録している個人またはグループ(10%),企業(5%)であった.このことから,酸
性雨に関する情報発信は教育機関だけでなく,多種な組織によって提供され,
関心がもたれていることがわかった.
さらに,発信源を大きく分類してみると,以下の傾向がみられる.
10
(a) 地方公共団体:酸性雨調査の報告およびデータの公開.しかし,公開さ
れたデータは継続性がなく経年的な pH 値の変化がみることができないも
のが多い.
(b) 政府機関や特殊法人:酸性雨を扱う専門サイトが多く,(a)と比べてより
丁寧な説明でデータも豊富である.
(c) 教育機関:大学に所属する環境保全センターでおこなう環境教育,また
は化学系の学科で授業と環境教育を結びつけたものがみられる.高等学校
においては化学の授業でイオン水素濃度の理解と環境教育の目的と合わ
せて酸性雨の学習をおこなっている.
(d) 個人:酸性雨問題に興味を持つ人である.
(e) 企業:環境測定器材,特に pH 測定器材を販売する会社である.
(2) トピック内容の分類にみられる情報発信の特徴
Web ページの内容を表 2.1 のトピック内容項目別に調べると,6 つの項目を
すべて含む Web ページは 1 ページしかなかった.一方,酸性雨概念はすべての
Web ページに含まれていたことがわかった.そこで酸性雨概念以外の残りの 5
項目が,どれだけ Web ページに含まれていたかを調べてみた.一つの項目しか
入っていないページを除いて,上位 4 位となったパターンは,多い順から以下
のような結果となった.
(a) 酸性雨による影響・被害,データ公開(9 ページ)
(b) 調査紹介,データ公開(8 ページ)
(c) 酸性雨による影響・被害,調査紹介(7 ページ)
(d) 酸性雨による影響・被害,酸性雨を防ぐための
紹介(6 ページ)
以上の調査より,これらの Web ページが,酸性雨に関する情報を提供する
目的は,人間活動による窒素酸化物と二酸化硫黄の排出で大気汚染を引き起こ
していることを教え,また省エネルギーをよびかけるなど,いわゆる環境教育
をおこなっているもの,酸性雨調査データを共有するものであることがわかっ
た.ただ,詳細に記述内容をみると,酸性雨の定義を紹介する内容ならびに被
害・影響の例などは重複しているものが多く,ページは多くても必ずしも情報
量は増えていない.しかし,調査によるデータを公開している Web ページ(9
ページ)については,それぞれで特徴のある有効な情報が得られた.
11
z
利用可能な Web ページ種類
酸性雨問題に関する基礎知識(概念,被害,防止政策など)の説明文章は,
それぞれの Web ページ作成者の作成意図に基づいて情報整理されているため,
そのまま新しい Web 酸性雨教材に取り込むと,教材全体の整合性がとれない場
合がある.そのようなとき,主説明を自ら作成する必要がある.その場合,補
足説明,参考資料として,既存の Web リソースを利用できると,良い教材が作
成できる.そこで,利用できる可能性の高いリソースの種類を検討した結果,
次に示すような Web ページの種類があることがわかった.
(a) 画像データまたは画像ページ
酸性雨による被害写真は視覚的で,生徒の興味を引くと考えられる.
(b) 地域別の酸性雨データ
学習後,酸性雨の pH について十分な理解を得,地域別酸性雨データを知っ
ていれば,その地域の環境状況を考えることができる.
(c) 一つのトピックだけが入っているページ
酸性雨に関する新聞記事や,やさしい論文など独立されたトピックで,前後
の文章と関係なくまとめられているので,教材の参考資料として使用できる.
z
選定基準
上記の調査対象 40 件を対象に教材として用いる Web ページを選定した.選
定基準は表 2.2 に示すとおりである.
表 2.2 Web ページの選定基準と選定結果
選 定 基 準
選定した
No.
Webページの内容
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
水素イオン濃度
暮らしとエネルギー
森林への被害事例(写真No.1)
森林への被害事例(写真No.2)
水生生物の被害に関する論文
湖沼の酸性化食い止め措置
(写真No.3)
彫刻の被害事例(写真No.4)
彫刻の被害事例(写真No.5)
切手に見る環境破壊
国際的取り組みの必要性
内 容
出所
明確
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
用語は適切
生徒のレベル
に達する
国際性
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
12
ニュース性 ユニーク性
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
デザイン
見やすさ
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
なお,本教材で使用した Web ページはいずれも使用前に著作者に連絡し,
教材としての使用承諾を得た.
2.2.3 Web 教材内容の構成
表 2.3 は教材内容の構成を示している.教材内容は,第 1 章「酸性雨とは」
,
第 2 章「酸性雨による森林生態系への影響」
,第 3 章「酸性雨における国際的取
り組みの必要性」および第4章「酸性雨測定」の 4 章からなっている.第 1 章
と 2 章の最後には自己学習と理解度把握のためのクイズを設けた.それぞれの
ページに対する教材内容分類と教師意図は表 2.3 に示されている.
表 2.3 Web 教材内容構成
教材
タイトル
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
第1章 酸性雨とは
pHについて
水素イオン濃度
酸性雨原因物質の発生源
暮らしとエネルギー
(参) 日本発電所めぐり
クイズ 第1部(9問)
第2章 生態系への影響
森林生態系への影響
(参) 被害の事例(写真No.1)
(参) 被害の事例(写真No.2)
河川および水生生物への影響
(参) 論文
(参) 湖沼の酸性化食い止め措置
(写真No.3)
文化財への影響
(参) 彫刻の被害事例(写真No.4)
(参) 彫刻の被害事例(写真No.5)
(参) 切手に見る環境破壊
クイズ 第2部(5問)
第3章 国際的取り組みの必要性
第4章 酸性雨測定
酸性雨測定マニュアル
雨水のpHデータ入力フォーム
Credits
質問受付:専門家に聞く
教材内容分類
教師意図
主説明
補足説明
補足説明
主説明
補足説明
参考資料 画像
クイズ問題集
主説明
概念知識の提示
概念知識の深化
概念知識の深化
概念知識の提示
概念知識の深化
既有知識との関連付け
概念知識の取得確認
概念知識の提示
参考資料
参考資料
主説明
参考資料
参考資料
既有知識との関連付け
既有知識との関連付け
概念知識の提示
既有知識との関連付け
既有知識との関連付け
画像
画像
文章
画像
主説明
参考資料 画像
参考資料 画像
参考資料 画像
クイズ問題集
主説明
実験支援
概念知識の提示
既有知識との関連付け
既有知識との関連付け
既有知識との関連付け
概念知識の取得確認
概念知識の提示
実験支援
著作権表示
質問箱・リンク集
----フィードバック
13
---
表 2.4 は,クイズ(第 1 章:No.1∼9,第 2 章:10∼14)内容と教材との関連
を示している.クイズは教材をよく読んでいれば解ける内容で,四択式の問題
である.
表 2.4 クイズ内容と教材との関連
選択項目
教材との
関連
a. 硫酸
b. 硝酸
c. アンモニア
d. 窒素酸化物
教材No.1
a. 8
b. 7
c. 6.5
d. 5.6
教材No.2
pH4 と pH6では、水素イオン濃度は
何倍異なるでしょうか。
a. 2倍
b. 20倍
c. 10倍
d. 100倍
教材No.3
酸性雨の pH はいくら以下の値ですか?
a. 6.5 以下
b. 6.1 以下
c. 5.6 以下
d. 5.2 以下
教材No.1
a. 原子力
b. 石油
c. 地熱
d. バイオマス
教材No.5
この中から、石油依存度の一番高い国を
選んでください。
a. 日本
b. 中国
c. アメリカ
d. ドイツ
教材No.5
この中から、石炭輸入の一番高い国を
選んでください。
a. 日本
b. 中国
c. アメリカ
d. ドイツ
教材No.5
再生不可能なエネルギー資源を
漏れなく 選んでください。
a. 天然ガス
b. ウラン
c. 石油
d. 以上のすべて
教材No.5
再生可能なエネルギー資源を
漏れなく選 んでください。
a. 天然ガス
b. ウラン
c. バイオマス
d. 以上のすべて
教材No.5
a. 広葉樹林
b. 針葉樹林
c. 熱帯雨林
d. 以上のすべて
教材No.8
a. 湖水のpHが6.5に下がると、マスが死滅する
b. 湖水のpHが6.0に下がると、マスが死滅する
c. 湖水のpHが5.5に下がると、マスが死滅する
d. 湖水のpHが5.0に下がると、マスが死滅する
教材No.11
クイズ
クイズ内容
番号
1
石炭や石油などの化石燃料を燃やすと
( )が発生します。
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
中性の pH を答えてください。
化石燃料に属するものは次のどれですか?
どのような森林が酸性雨に対して
弱いですか?
次の言葉から、正しいと思われるものを1つ
選んでください。
土壌pHの低下に伴って、土壌溶液から
a. CO2
b. SO2
どんな有害物質が溶出されますか?
次の答えから正しいものを選んでください。 c. Al3+
教材No.13
d. NaCl
13
酸性雨の被害は、森林だけではありません。
a. 霧の湖
酸性度が高くなり、魚などが棲めなくなる
b. 酸性湖
湖をなんと呼ぶでしょう?
c. 酸化湖
教材No.13
d. 死の湖
14
私達が暮らしている地域で、酸性雨の高い
雨が観測されるところは次のどれですか?
a. 原子力発電所の近く
b. 高速道路の近く
c. スーパーの近く
d. 住宅街の近く
14
教材No.4
教材 No.20,21 にはあらかじめ,いくつかの種類の pH 測定器材による「雨
水の pH 測定マニュアル」ページと,
「測定した雨水の pH データ登録」ページ
を用意しておき,
「雨水の pH 測定」の授業において,教師が測定器材を提示し
説明をおこなわなくても,生徒が学習時間内に自主学習ができるようにした.
教材 No.22 Credits には利用した既存 Web ページ毎に,著作権表示,謝辞を
表示している.著作権をはっきりさせることは,既存 Web ページを利用する場
合に不可欠だと考えている.
教材 No.1 の主説明(概念知識の提示:カッコ内は教師意図)
,および教材 No.2
の補足説明(概念知識の深化)の画面例を図 2.2,図 2.3 に示す.
図 2.2 主説明の画面例(教材 No.1)
図 2.3 補足説明の画面例(教材 No.2)
15
z
Web ページの教材化―WebAngel システム
Web 教材作成は WebAngel[野田ら 2003]システムを用いた.WebAngel は,既
存の Web ページを自由に組み合わせ,コメントを付加するなどして,新たな教
材を構成することを支援し,学習者に提供するシステムである.
z
クイズ
各クイズには,4 選択項目が用意されている(表 2.4 を参照)
.各ページは,
選択肢を選んで送信ボタンを押した後,次のクイズに移動するボタンを押して
先に進む構成になっている.クイズページの初期画面例は図 2.4 に示す.初期
画面では次のクイズに進むボタンが表示されていない状態から始まる.クイズ
に回答すると図 2.5 のように左側に得点が表示され,右側のコメントウィンド
ウに正解か不正解かが表示され,次のクイズに進むボタンが現れる.選択肢を
選ばずに回答した場合は,図 2.6 のように選択肢を選ぶよう警告が出る.二回
以上送信ボタンを押した場合は,図 2.7 のように右側のコメントウィンドウに
これ以上回答できない旨のメッセージが表示される.また,クイズ 1 問に正解
するとスコアが 10 点ずつ加算され,クイズを解いている間,常に現在のスコア
を確認できるようになっている.なお,これらの機能はすべて JavaScript を使
って実現している.
図 2.4 クイズページの初期画面例
16
上
下
図 2.5 送信ボタンを押した後の画面例
正解の場合(上)
不正解の場合(下)
17
図 2.6 クイズの答えを選ばなかった画面例
図 2.7 クイズの答えを1回以上選択した画面例
18
図 2.8 クイズ(第 1 部)得点の画面例
すべてのクイズに回答して最終ページにたどり着くと,クイズの正解率に応
じたメッセージが表示される(図 2.8).クイズ問題集のスコアが 80%∼100%の
正解率となった場合,“とても順調に学習できています!!”のメッセージが画面
に表示される.スコアが 50%∼79%の正解率となった場合,“かなり順調に学習
できています.間違った問題に関連の箇所を復習しましょう.”のメッセージが
画面に表示される.10%∼49%の正解率となった場合,“ほぼ順調に学習できて
います.間違った問題に関連の箇所を復習しましょう.”のメッセージが画面に
表示される.
2.2.4 授業実践の手順
作成した Web 教材を用いて,京都教育大学附属高等学校高校 2 年生の化学
受講者 20 名を対象に,授業実践をおこなった.授業の構成と教材内容との関連
付けは表 2.5 のとおりである.授業は全 6 時限で構成され,教材と密に連携し
ている.
授業実践は,主にコンピュータ・ルーム(生徒 1 人に PC1 台の環境)におい
て,教師及び補助者の 2 名の指導下でおこなった.また,実験室での実験の際
も,
実験方法などが参照可能とするため,
数台の PC を用意した
(図 2.9∼図 2.12)
.
19
表 2.5 授業の構成と教材内容との関連付け
時限
1,2
3
4,5
6
活動内容
教材内容
・学習前アンケート
・教師が単元の内容を概説する
・生徒はWebAngelを用いて教材を自主的に学習する
・授業中は生徒の主体性を尊重し、教師は支援にまわる
・次の実験の事前学習として、酸性雨のメカニズムに
ついて調べ、グループ単位で中間発表をする
第1章∼第3章
(教材No.1∼19)
・教材にある雨水のpH測定法を参照しながら、各生徒
が実際に収集してきた雨水のpHを測定し、結果を
システムに登録する
第4章
(教材No.20,21)
・実験までの学習を通して、興味関心を持ったテーマ
について、さらに深く、グループでの調べ学習を行う
・教師はグループの間を巡回し、生徒の活動を支援する
・WebAngelを用いて、Web教材を再編集したり、コメント
を付加したりしながら、レポートにまとめる
第1章∼第3章,
フィードバック
(教材No.23)
・作成したレポートをもとに、グループ毎に発表を行う
・学習後アンケート
図 2.9 第 1 時限目 Web 教材の説明(左)と Web 教材の使用(右)
20
図 2.10 第 2 時限目 グループ単位で中間発表
図 2.11 第 3 時限目 収集した雨水の pH の測定とデータ登録
21
図 2.12 第 4,5 時限目 調べ学習(左)とレポート作成(右)
2.3 結果と考察
表 2.5 に示したように,授業実践で集中的に Web 酸性雨教材(教材 No.1 から
No.19)を学習する時間帯は 1 時限目と 2 時限目(1 時限:50 分)である.1 時限目
では,WebAngel システムの使用説明や学習前のアンケート実施,メールアカ
ウント作成などをおこなった.それらの時間を除くと,実際に教材を学習した
時間はおよそ 45 分であった.ここでは,教科内容とは直接関係しない実験支援
(教材 No.20,21)を除いた,教材 No.1 から No.19 および No.23 を対象に,利
用効果を評価する.
2.3.1 操作履歴ログデータからみた教材利用効果
操作履歴ログを用いて,各ページにアクセスした被験者(20 人)の割合(以下,
アクセス率)を調べた.表 2.6 はその結果をアクセス率の多い順に示している.
アクセス率の高かった教材は学習前半のものであり,逆にアクセス率が 65%か
ら 80%と低いものはすべて学習後半のものであった.これは学習の後半になる
と,時間がなくなりアクセスする余裕がなかったか,集中力が減ってアクセス
しないページが出てきたなどが原因だと考えられる.教材 No.22 Credits のアク
セス率がもっとも低く,30%であった.これは酸性雨問題と関係なく,学習時
間も少なかったためだと思われる.
22
表 2.6 アクセス率および平均アクセス継続時間
ページ数
(リンクを含み)
平均継続
アクセス時間
sec.
教材
No.
教材内容分類
6
参考資料 画像
22
100
75
253
7
クイズ 第1部
9
100
282
247
1
主説明
1
100
18
201
3
補足説明
1
100
5
120
4
主説明
1
100
39
105
5
補足説明
1
95
21
301
23
質問箱・リンク集
1
95
26
278
18
クイズ 第2部
5
90
114
109
9
参考資料 画像
1
90
4
41
10
参考資料 画像
1
90
2
30
8
主説明
1
85
6
65
2
補足説明
1
85
6
52
11
主説明
1
80
6
97
12
参考資料 文章
1
80
1
43
16
参考資料 画像
1
80
-
18
17
参考資料 画像
1
75
-
28
19
主説明
1
70
6
128
15
参考資料 画像
1
70
3
27
14
主説明
1
65
1
23
13
参考資料 画像
1
65
4
15
22
著作権表示
1
30
-
4
アクセス率%
再アクセス
回数
教材 No.6 は日本全国の発電所の写真へのリンク集である.中には 21 のリン
クが存在する.表 2.7 は教材 No.6 のそれぞれのリンクにアクセスした割合を示
している.アクセス率が一番高いのは京都舞鶴発電所(65%)で,続いて,大阪南
港発電所(25%),愛媛伊方発電所(25%)であった.ここから,生徒は身近にある
発電所に興味を持ったことがうかがえる.
23
表 2.7 教材 No.6 アクセス率分析
教材No.6のリンクページ
アクセス率 %
6-1
近畿 京都 舞鶴発電所/石炭
65
6-2
近畿 大阪 南港発電所/LNG
25
6-3
四国 愛媛 伊方発電所/低濃縮ウラン
25
6-4
北海道 泊発電所/低濃縮ウラン
20
6-5
東北 福島第二原子力発電所
15
6-6
北陸 石川 志賀原子力発電所/低濃縮二酸化ウラン
15
6-7
北陸 福井 大飯発電所/低濃縮ウラン
15
6-8
東北 相馬共同火力発電所/石炭
10
6-9
中国 鳥取 島根原子力発電所
10
6-10
四国 徳島 橘湾火力発電所/石炭
10
6-11
東北 常磐共同火力発電(株)勿来発電所/石炭
5
6-12
関東 茨城 鹿島火力発電所/石油
5
6-13
関東 茨城 東海第二発電所/低濃縮ウラン
5
6-14
関東 千葉 袖ヶ浦火力発電所/LNG
5
6-15
東海 静岡 浜岡原子力発電所/低濃縮二酸化ウラン
5
6-16
関東 千葉 富津火力発電所/LNG
0
6-17
関東 神奈川 横須賀火力発電所/石油
0
6-18
関東 神奈川 南横浜火力発電所/LNG
0
6-19
信越 新潟 柏崎刈羽原子力発電所
0
6-20
東海 愛知 碧南火力発電所/石炭
0
6-21
九州 佐賀 玄海原子力発電所
0
教材 No.7,No.18 のクイズ問題集への問題毎のアクセス率を表 2.8 に示す.
表 2.8 から明らかなように,クイズ第 1 部(問題 No.1∼9)のアクセス率が 100%
だったのに対して,クイズ第 2 部(問題 No.10∼14)のアクセス率は 75%∼90%
であった.学習後半が前半に比べ,教材へのアクセス率が低くなる傾向と同じ
であった.
24
表 2.8 クイズ問題アクセス率
クイズ第1部(前半)
クイズ番号
アクセス率 %
クイズ第2部(後半)
クイズ番号
アクセス率 %
Q1
100
Q10
90
Q2
100
Q11
85
Q3
100
Q12
75
Q4
100
Q13
85
Q5
100
Q14
85
Q6
100
Q7
100
Q8
100
Q9
100
本研究で追加したフィードバックである教材 No.23 質問受付へのアクセス率
は 95%であった.実際に質問を記入して送信した生徒は 13 人,送信率は 65%
であった.送信された質問内容を詳細に見ると,人体または動物への影響が 5
件でもっとも多く,次に酸性雨問題の解決法が 3 件,地域環境(酸性雨の現状)
が 3 件,地球環境が 2 件,自然環境が 1 件であった.生徒が自ら積極的に質問
箱を利用したことから,知識を得るだけの受信型学習から,主体的な学習へ姿
勢が変化する傾向がみられた.一方,質問受付のアクセス率と実際の送信率と
の間に差があり,質問したいが,どう書いたらよいかと迷う生徒もいたのでは
ないかと推測される.
アクセス率から,文章ページ(主説明,参考資料 文章)と画像ページ(参
考資料 画像)の利用をみると,文章ページのアクセス率は画像ページよりや
や多く,文章資料を理解するために,同じページを何回も見るという傾向がみ
られた.
アクセス継続時間はページに入ったときの時刻と出た時刻の差で計算した
もので,ページをアクセスしている間にページから注意が外れている時間もあ
ると考えられるのが,一般的な目安と考えて利用した.教材ページへのアクセ
ス率と再アクセス回数(表 2.6)によると,授業の前半において生徒は提示された
Web 教材内容にあわせて真剣に自主学習する姿勢が見られた.作成した Web 教
材構造は生徒の自主学習への効果があることがわかった.
25
2.3.2 学習効果による教材内容の評価
知識の習得に関してはクイズの解答率,解答率と操作履歴ログの関係につい
て客観評価をした.さらにそれに加え,学習前・学習後アンケート,感想レポ
ートの主観的評価をおこなった.環境問題に関する関心・態度,意識の向上に
関しては学習前・学習後アンケート,特に感想レポートによる主観評価をおこ
なった.なお,学習前アンケートの回収率は 100%(20 人)で,学習後は 90%(18
人)であった.学習前・学習後のアンケートの比較分析は,両方提出した 18 人
を対象とした.
z
知識習得について
クイズ問題は第1部(9 問)と第 2 部(5問)とあわせて,14 問であった.クイ
ズの得点評価基準は A(75%以上),B(55-75%),C(55%以下)の 3 段階に分けた.
評価をおこなった結果,成績が B 以上の生徒数は全体の 75%を占めた.クイズ
の成績と教材への平均アクセス数(1 人あたり)を表 2.9 に示す.
表 2.9 クイズの成績と平均アクセス数(1 人あたり)
クイズの得点
評価基準
人数
(N=20)
平均
アクセス数
(1人あたり)
人数
(%)
平均継続
アクセス時間
(sec.)
A
9
45
58
2277
B
6
30
47
2160
C
5
25
36
2180
表 2.9 に示したように,平均アクセス数が高ければ高いほど,クイズ問題の
評価成績が高いことがわかった.クイズ問題がよくできたグループ(評価 A,
B)の平均アクセス数は 53.6 回で,よくできなかったグループ(評価 C)の平
均アクセス数は 36 回であった.
この二つのグループの平均値について比較をお
こなった結果,t = 2.95 で,p < .01 で有意差が認められた.
学習前・学習後アンケート(付録 A)では,環境問題に関する項目に,環境
問題関連の専門用語を 10 個示し,その知識度を調べた.評価は 1 から 5 段階の
尺度評価(1.よく知っている,2.やや知っている,3.あまり知らない,4.聞いた
ことがある,5.まったく知らない)を用いておこなった.酸性雨問題に関する
26
学習前・後の知識度を図 2.13 に示す.
「よく知っている」と回答した生徒数が
学習前において,0 人であったが,学習後は 4 人に増加した.
「あまり知らない」
と回答した生徒数が 7 人であったに対して,学習後は 1 人に減少した.また,
学習前における酸性雨問題に関する知識度の平均点(5 段階の尺度評価である
ため,数値が小さいほどよい評価)は 2.45 であったが,学習後では 1.85 に向上
しており,知識のレベルが高められたことがうかがえる.
14
13
12
学習前
学習後
10
︵
︶
人
10
8
7
6
4
4
2
0
1
1
0
0
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
0
聞いたことがある
0
まったく知らない
図 2.13 学習前後における酸性雨問題に関する知識度
9
大気
11
17
大理石建造物
12
水中生物
18
18
11
河川
17
14
人の健康
15
18
18
森林
土壌
15
0
5
10
15
学習前
学習後
16
20
(人)
図 2.14 学習前後における酸性雨の影響(複数回答)
27
図 2.14 は学習前・学習後アンケートにおける「酸性雨は○○に影響を与えると
思いますか?」という複数選択式質問の回答を表している.
「水中生物」と回答
した生徒数が学習前において,12 人であったが,学習後は 18 人に増加した.
また,
「河川」と回答した生徒数は学習後において 17 人で,学習前(11 人)に
比べて著しく増加したことがわかった.全体的に酸性雨の影響に関する知識が
学習後増加しており,学習の効果が確認できた.
さらに,Web 酸性雨教材を学習した後,電子メールで感想レポートを提出し
てもらった.感想レポートの回収率は 85%(17 人提出,3 人未提出)であった.
感想レポートの記述を分析したところ,同一主旨で,
「小学校(または中学校)で
酸性雨について習ったことがあるが,今回の勉強で初めて知ることが多くて,
考える学習となった.
」と回答した生徒は 82%(14 人)であった.これにより,生
徒はいままで酸性雨に関する知識はあいまいであったが,今回の学習を通して
酸性雨について全般的に学習し,酸性雨に対する知識を習得することができた
と言えるであろう.
z
環境意識について
図 2.15 は学習前・後における環境問題への関心度を示している.学習前にお
いて,
「とても関心がある」と答えた生徒は 1 人(6%)
,
「やや関心がある」と
答えた生徒は 11 人(61%),
「どちらでもない」と答えた生徒は 4 人(22%),
「あま
12
11
11
学習前
学習後
10
︵
8
6
︶
人 6
4
4
2
2
1
1
0
0
0
0
とても関心がある
やや関心がある
どちらでもない
あまり関心がない
関心がない
図 2.15 学習前後における環境問題への関心度
り関心がない」と答えたのは 2 人(11%)であった.これに対して,学習後は「と
28
ても関心がある」と答えた生徒は 1 人(6%),
「やや関心がある」と答えた生徒は
11(61%)人で,人数的には学習前と変わらないが,
「どちらでもない」と答えた
生徒は 4 人(22%)から 6 人(33%)に増え,
「あまり関心がない」と答えたのは 2
人(11%)から 0 人(0%)となった.著しい変化ではないが,学習前と比べ,環境問
題に関心がないと思う生徒数がゼロになり,望ましい結果であった.
z
感想レポート
感想レポートにおいては,
生徒 A さん:
「今回の学習でほんの些細なこと,簡単なことで酸性雨の要因を
減らすことができることを知った.それを生かす為に,
『出来ることから少しず
つ』の姿勢で,酸性雨の防止に取り組めていけたらと思う.
」
生徒 B さん:
「酸性雨への対策として,自動車の使用を減らし排出される NOX
の量を抑制したり,大気汚染の原因となる火力発電の抑制のために電気の消費
を減らすことなどが挙げられました.しかしこれは何も酸性雨の問題に限った
ことではなく,このことを意識することは『オゾン層の破壊』などというほか
の環境問題について考えるときにも意識すべき点であると思います.というこ
とはつまり,一人一人がたった一つのことを意識することが,いろいろな環境
問題について考え,それらを未然に防ぐことにつながってくるのではないでし
ょうか.
」
生徒 C さん:
「今まで漠然と感じていた『酸性雨を阻止しなければいけない』
という思いが強くなりました.なんとなく思っているだけではなく,自分にで
きる小さなことから始めていくことが大切なんだと感じました.
」
生徒 D さん:
「酸性雨というものはこれからの私たちの生活にダイレクトに影
響を与えるものです.だから,知識として知っているというだけではなく,そ
れ以上に深く理解して,これからの事も考えたりしなければならないのだと思
います.
」
,
「今を考える事で精一杯の人間は,先を考える事はとても難しいこと
たが,どうしようもない所までいって後悔することのないように,国家間での
条約を決めて対策を考えているということを知り,少し安心した.私も出来る
事,それがどんな小さなことでも(例えば車のアイドリングをやめる)やってい
こうと思った.以前旅行したイタリアでは真夏だというのにアイドリングはど
の車も絶対していなかった.日本ではバスに冷房が付いているのは当たり前,
という感覚がしみついている.(アイドリングはおこなわれていたりするが.)
一人一人の小さな辛抱が大切だと思う.
」
29
など,積極的に環境問題について考えて行こうとする感想が多く寄せられ,良
好な結果であった.
2.4 結論
本章では,「総合的な学習の時間」の一環である環境教育の教材として,従
来のインターネットでの調べ学習と異なり,教師意図と関連した Web 教材の利
用を提案した.これは教材書の内容を Web 情報によって補完するものである.
そのため,Web 情報の選択基準を明らかにした.自主学習型 Web 教材を用いた
授業実践でその有用性を検証した.この授業実践は,高校生の化学の受講者 20
名を対象とし,地球環境問題である酸性雨をテーマにおこなった.その結果,
多彩な教材構成が生徒の酸性雨問題およびその解決法に関する興味や関心を喚
起したことを確認できた.また,質問箱の利用頻度,クイズ問題集への再アク
セス回数などから,知識を得るだけの受動的学習から主体的学習への変化が見
られた.さらに,生徒の酸性雨問題に関する知識が深まり,学習目標を達成す
ることができることを示した.これらにより,教科書の内容を Web 情報によっ
て補完した自主学習型 Web 教材作成法の効果,有効性が確認できた.
30
第3章 Web 画像の視覚表象および認知分析
これまで環境教育の教材として使われた画像(本論は二次元画像を指す)は
主に,テキストによる説明の補助あるいは実体験の支援によって,学習者に正
確な知識や情報を与えようとするもので,一義性をもつ.たとえば,図鑑,衛
星写真,地図,図や表などである.一方,環境意識啓発・環境保護のために創
られた多義性をもつ画像は,人々にさまざまな解釈を与える[藤澤ら 1975]が,
環境問題への関心・気付き,認識にも効果があると考えられる.そこで,本章
では,世界の環境 NGO の Web サイトに公開する環境意識啓発・環境保護に関
連する画像の視覚表象,すなわち視覚記号の意味作用[Goodman 1976; 池上
1984; Ball&Smith 1992; 雨宮 2000]を分析し,環境教育教材としての Web 画像
利用の新たな可能性について述べる.
3.1 Web 画像の視覚表象分析
3.1.1 分析対象選出方法
本研究の分析対象となる Web 画像を以下に示す要領で抽出した.まず,経
済 協 力 開 発 機 構 (Organization for Economic Cooperation and Development:
OECD)[吉田 1998]加盟国である日本,アメリカ合衆国,イギリス連邦,ドイツ
連邦共和国,スイス連邦の 5 国[OECD 2004]を対象国とした.OECD 加盟国か
ら選出した理由は,OECD の中にある主要な活動の 1 つである OECD 環境保全
成果審査は,世界各国の環境に関する国内目標および国際約束の達成状況をチ
ェックし,評価・課題を明らかにするなど,加盟各国政府の環境政策の立案実
施に大きな影響力をもっている[吉田 1998]からである.次に,各国から熱帯雨
林保護の活動をおこなう環境 NGO の Web サイトを表 3.1 に示すとおり選出し
た.調査期間は,2004 年 11 月から 2005 年 1 月であった.なお,複数の国が参
加する国際環境 NGO に関しては,それぞれの国が熱帯雨林保護の活動をおこ
なう場合,独立した環境 NGO とした.
これらの環境 NGO の Web サイトにある,熱帯雨林保護活動・野生動物・自
然・先住民生活・環境問題・環境破壊様子の紹介,研究レポート,教育と写真
ギャラリーの Web ページから環境意識啓発・環境保護に関連する Web 画像を
649 枚(日:127 枚,米:130 枚,英:102 枚,独:123 枚,瑞:167 枚)抽出し
た.なお,pdf ファイル,ワードファイルを対象外とした.
31
表 3.1 分析対象環境 NGO Web サイトの選出
環境NGOの選出方法
国
選出された環境NGO
日本
日本最大の熱帯雨林保護団体である
熱帯林行動ネットワークのWebサイト
(www.jatan.org)のリンク集から3サイト選出
熱帯林行動ネットワーク (JATAN),
アマゾン熱帯森林保護団体 (RFJ),
サラワク・キャンペーン委員会 (SCC)
アメリカ合衆国
世界の熱帯林保護団体のネットワーク
のWebサイト(www.wrm.org.uy)のリンク集
から5サイト選出
Rainforest Action Network (RAN),
Rainforestheroes,
Rainforest Foundation (RF) USA,
Rainforestweb,
Rainforest Alliance
Rainforest Foundation (RF) UK,
Living Rainforest,
Rainforest Concern,
Rengah
Rettet den Regenwald e.V.,
Tropenwald,
ROBIN WOOD e.V.,
OroVerde
Greenpeace Schweiz,
Bruno Manser Fund (BMF),
Tropical Forests Foundation
イギリス連邦
世界の熱帯林保護団体のネットワーク
のWebサイト(www.wrm.org.uy) の
リンク集から4サイト選出
ドイツ連邦共和国
ドイツ最大の熱帯雨林保護団体である
Rettet den Regenwald e.V.
(www.regenwald.org) から4サイト選出
スイス連邦
国際環境NGOグリーンピース(Green
Peace)のスイス支部のWebサイト
(www.jatan.org) のリンク集から
3サイト選出
表 3.2 画像の製作特徴による分類
画像の製作特徴
分類
内容
写真
写真,合成写真
絵
イラストレーション,絵画,
スケッチ,カートーン
図
地図,設計図,
図,ダイアグラム
表
表
32
標本数(枚)
日
米
英
独
瑞
小計
日
米
英
独
瑞
小計
日
米
英
独
瑞
小計
日
米
英
独
瑞
小計
75
64
89
113
102
443
15
61
3
7
44
130
36
9
6
3
21
75
1
0
0
0
0
1
Total
649
表 3.2 は抽出した Web 画像の製作特徴による分類を示している.
ここで,
「表」
に分類される画像は 1 枚しかないため,以降の分析対象から除外した.したが
って,分析対象となった Web 画像は 648 枚である.
3.1.2 視覚表象の分析方法
美的表示
二次元的視覚表示
実用的表示
対象即応的表示
象徴的表示
定性定量的表示
抽象絵画
対象即応写真
シンボル
図
具象絵画
スケッチ
マーク
棒グラフ
芸術写真
地図
サイン
ダイヤグラム
設計図
シグナル
図 3.1 二次元的視覚表示分類に対応した画像例
33
視覚表象の分析方法について,記号学(semiology)[Saussure 1972],記号論
(semiotics)[Peirce 1986],イコノグラフィ(iconography)[Panofsky 1971],二
次元的視覚表示[吉田 1986]などさまざまである.本論では,二次元画像情報を
中心とする二次元的視覚表示に基づいて分析をおこなう.二次元的視覚表示に
は,人間の精神や感情を表現している美的表示(抽象絵画,具象絵画と芸術写
真に代表される)
,と諸事情を対象照合的に表現する実用的表示がある.後者の
実用的表示は,さらに対象即応的表示(写真や地図などのように,対象が明ら
かなものの形象を表示したものである)
,象徴的表示(シンボルやマークなどの
ように対象を象徴化した形式のもので,多かれ少なかれ約束によって,送り手
から受け手への伝達が成り立っている表示である)
,定性定量的表示(いわゆる
図表は,事象の定量的もしくは定性的な特性を表している)の三つに区分して
いる[吉田 1986].なお,本論は特定の社会的出来事を抽象的に表現する画像を
象徴的表示と見なす.図 3.1 は二次元的視覚表示分類に対応した画像例を示し
ている.
3.1.3 結果と考察
z
分析の概況
表 3.3 は分析対象とした Web 画像の製作特徴分類毎の二次元的視覚表示によ
る分類を示している.表 3.3 から明らかなように,美的表示においては,
「絵」
がもっとも多く,99 枚である.その次,
「写真」が 45 枚である.対象即応的表
示においては,
「写真」がもっとも多く,196 枚であり,その次は「図」が 38
枚である.象徴的表示においても,写真がもっとも多いことがわかった.また,
定性定量的表示においては,すべて「図」で 34 枚である.
表 3.3 二次元的視覚表示の特徴を表す画像の集計(単位:枚)
実用的表示
美的表示
画像の製作
特徴分類
対象即応的表示
象徴的表示
定性定量的表示
抽象 具象 芸術 対象即応 対象即応
設計 シン
シグ
ダイヤ
地図
マーク サイン
グラフ
絵画 絵画 写真
写真
スケッチ
図 ボル
ナル
グラム
写真(n=443)
絵(n=130)
図(n=75)
57
42
45
-
196
-
5
-
-
7
-
7
8
68
12
120
6
-
-
-
-
-
-
-
38
-
-
1
2
-
26
8
図 3.2 は国毎に二次元的視覚表現によって分類された Web 画像の割合を示し
34
ている.この図から明らかなように,日本は定性定量的表示に属する画像の割
合はもっとも高く,88.2%(30 枚)である.一方,美的表示に属する画像の割合は
逆に低く,8.3%(12 枚)である.アメリカでは,美的表示に属する画像がもっと
も高く,43.1%(62 枚)であるが,定性定量的表示に属する画像がない.ドイツで
も,定性定量的表示に属する画像はないが,象徴的表示に属する画像の割合が
高く,40.7%(94 枚)である.また,スイスでは美的表示と対象即応的表示に属す
る画像の割合はいずれも高く,それぞれ 31.9%(46 枚),26.8%(64 枚)である.イ
ギリスでは,対象即応的表示に属する画像の割合がもっとも高く,28.5%(68 枚)
である.このように国毎に Web で用いる画像が二次元的視覚表示分類において
特徴があることがわかった.
100%
80%
11.8
22.9
26.8
31.9
6.3
60%
9.7
6.9
40.7
28.5
88.2
40%
8.7
15.9
43.1
14.7
20%
22.6
0%
13.0
8.3
美的表示
(N=144)
対象即応的表示
(N=239)
日
米
象徴的表示
(N=231)
英
独
定性定量的表示
(N=34)
瑞
図 3.2 各国における二次元的視覚表現分類の割合
z
国毎の画像の利用特徴
二次元視覚表示における画像の利用特徴について調べた.その結果を図 3.3
∼3.5 に示す.
図 3.3 に示したように,美的表示における画像の利用はアメリカとスイスが
もっとも多く,それぞれ 62 枚,46 枚である.アメリカは,抽象絵画を多く呈
示しているのに対して,
スイスは具象絵画を多く呈示していることがわかった.
35
Number of Images
Art Photograph
46
50
Nonrepresentational painting
38
Representational Painting
40
30
20
12
10
3
6
4
3
11
8
2
8
3
0
0
0
0
Japan
US
UK
Germany
Switzerland
図 3.3 国毎に美的表示における画像の利用特徴
Photograph
70
62
Map
Number of Images
60
48
50
48
40
30
30
20
6
6
Japan
US
UK
10
16
12
8
3
0
Germany
Switzerland
図 3.4 国毎に対象即応的表示における画像の利用特徴
50
44
44
42
Number of Images
40
30
20
10
0
17
13
4
7
0 0 10 1
Japan
4
10
7
3
10 2 1
3
4
0
US
M ark(Photograph)
Sign(Photograph)
Signal(Photograph)
5
00 10 00
UK
M ark(Graphic)
Sign(Graphic)
Signal(Graphic)
001
2
2
0 1
Germany
Switzerland
M ark(Figure)
Sign(Figure)
Symbol (Photograph)
図 3.5 国毎に象徴的表示における画像の利用特徴
36
3 4
0 0 11 11
対象即応的表示における画像の利用(図 3.4)に関しては,イギリスがもっと
も多く,68 枚である.その次,スイス(64 枚)と日本(54 枚)である.いず
れの国において写真の利用が多いことがわかった.
図 3.5 に示したように,象徴的表示における画像の呈示はドイツがもっとも
多い.その次,スイスである.また,画像の利用に関して,ドイツもスイスも
写真が多く使われていることがわかった.
z
各国環境 NGO における視覚表象および画像利用の特徴
以下,国毎に Web 画像の視覚表象および画像利用の特徴をまとめる.
(1) 日本
特徴として以下の 2 点が挙げられる.
(a) 図による科学的表示:定性・定量的な特性を表すグラフの呈示(図 3.6∼
3.7)
(b) 写真による対象即応的表示
日本では,対象即応的表示と定性定量的表示の傾向が高いものの,美的表示,
象徴的表示の割合がアメリカ,ドイツ,スイスに比べて少ない.
図 3.7 材種別合板用素材(1992∼1997)
[SCC]
図 3.6 国民一人あたりの紙・板紙
消費量(1999) [JATAN]
(2) アメリカ
アメリカでは,抽象絵画による美的表示が特徴である(図 3.8∼3.10)
.
(3) イギリス
イギリスでは,写真による対象即応的表示が特徴である.この点において,
日本と同じである.図 3.11 の写真はカメルーン(Cameroon)南東部バカ(Baka)
の森林破壊の様子を示している.
37
図 3.8 “Brother of the Rainforest”
[Hyde 2002]
図 3.9 “Be a hero…”
[Allie 2004]
図 3.10 “Save the rainforest!” [RAN 2003]
38
図 3.11 “Destruction of the forests means an end to the Baka’s way of life”
[RF 2003]
(4) ドイツ
写真による象徴的表示が特徴である(図 3.12∼3.14)
.図 3.12 は多国籍企業で
ある紙パルプ産業のアジアパルプアンドペーパー(APP)およびエイプリル
(APRIL)社の 2 社によるインドネシア・スマトラ島のリアウ州(Riau)の森
林伐採がもたらす熱帯雨林破壊問題[Wieting 2004; WWF 2006a; WWF 2006b]を
背景に作られた合成写真である.
図 3.12 “Clear-cut Paper” [Robin Wood 2004a]
39
図 3.13 は,特定の環境問題の告知をテーマにしたポスターである(3.2.2 を参
照)
.図 3.14 の写真は熱帯雨林保護デモに熱帯雨林の生物多様性をイメージす
る人形の列を写っている.このように,ドイツは,象徴的または抽象的手法を
用いて特定の出来事(環境問題・環境保護活動)を表現することがわかった.
図 3.13 “Die Handy- Gorilla – Connection”
[Rettet den Regenwald e.V. 2001]
図 3.14 “Stille Tage” [Robin Wood 2004b]
40
(5) スイス
特徴として以下の 3 点が挙げられる.
(a) 具象絵画による美的表示(図 3.15)
,(b) 写真と地図による対象即応的表
示,(c) 写真による象徴的表示(図 3.16)である.図 3.16 は世界最大の熱帯雨
林 で あ る ア マ ゾ ン で お こ な わ れ る 森 林 の 違 法 伐 採 問 題 [Greenpeace 2003;
Horrock 2003] を視覚的に訴求する写真である.スイスでは,具象絵画による美
右
左
図 3.15 “Sarawak (Malaysia)” 左 [BMF 2002] 右 [BMF 2003]
図 3.16 “CRIME” [Greenpeace 2002]
41
的表示を呈示する傾向が強い.また,対象即応的表示,象徴的表示,定性定量
的表示の割合の差が他 4 国に比べて小さい.
3.1.4 結論
日本,アメリカ合衆国,イギリス連邦,ドイツ連邦共和国,スイス連邦 5 ヵ
国 19 環境 NGO(熱帯雨林保護団体)の Web サイトから抽出した環境意識啓発・
環境保護に関連する Web 画像(648 枚)を対象に視覚表象を分析した.その結
果,日本は図による科学的表示(例:定性・定量的な特性を表すグラフ)
,イギ
リスは写真による対象即応的表示(例:過剰伐採による森林破壊の写真)
,アメ
リカは抽象絵画による美的表示(例:風刺漫画,子供の美術作品)
,ドイツは写
真による象徴的表示(例:環境問題の告知をテーマにしたポスター)
,スイスは
具象絵画による美的表示(例:先住民の生活習慣をテーマにした絵画)を他国
に比べてより多く発信する傾向が明らかになった.このように,Web 上に公開
された環境意識啓発・環境保護に関連する画像の視覚表象は国によって特徴が
異なることがわかった.さらに,Web 上では特定の環境問題の情報発信に関し
ては,一義性をもつ画像(対象即応的表示,定性定量的表示)だけでなく,多
義性をもつ画像(象徴的表示)
,たとえば環境問題の告知をテーマにしたポスタ
ーも呈示していることがわかった.
環境問題の告知をテーマにした社会的ポスターは人々に環境問題への関心
を喚起する機能をもち,環境問題啓発に極めて重要なメディアである.社会的
ポスターとは,交通安全や保健のためのポスターなど,公共の関心を高めるた
めのメッセージを掲げたポスターである[欧米のポスター100 選定委員会・凸版
印刷株式会社 1995].社会的ポスターは広告の一種で,画像情報と文字情報が
含まれるのは一般的である.もし,見る者がその画像情報と文字情報をうまく
処理できなければ,つまり既存のスキーマを活性化する(記憶の中にあるイメ
ージや意味を喚起する)ことができなかったら,解釈には大きな知的努力が必
要となる[Franzen 1996].しかし,このような知的努力はかえってポスターの意
図するメッセージに関する既有知識の引き出しや関心への喚起につながること
ができるとしたら,環境問題の告知をテーマにした社会的ポスターは環境教育
教材として有用であると考えられる.そのため,特定の地域に創られたこのよ
うな社会的ポスターを効果的に環境教育教材として使用するためには,異文化
圏の受け手における認知過程を明らかにする必要がある.
42
3.2 Web 上に公開された環境ポスターの認知分析
前節では,Web 上に特定の環境問題の情報発信に関して,多義性をもつ画像,
環境問題の告知をテーマにした社会的ポスターが呈示されていることが明らか
になった.本論では環境問題をテーマにした社会的ポスターを環境ポスターと
よぶ.環境ポスターは環境保護意識を高めるために作られたものであり,その
テーマは環境問題の告知や身近な環境保護・美化などさまざまである.
本来,環境ポスターは特定の地域,たとえば街頭の掲示板,建物の壁,柱や
駅などに貼られており,
その地域にいる人々のみが近づくことができる.
今は,
特定の地域に貼られたポスターを Web 上におくことにより多くの人々が容易
にアクセスできるようになった.しかし,ポスターに表示される画像情報と文
字情報をうまく処理できなければ,ポスターの意図するメッセージの解釈には
大きな知的努力が必要とされる.これはかえって,見る者の知的好奇心の喚起
につながることができたら,このようなポスターは環境教育教材として有用で
あると考えられる.しかしながら,環境教育教材として環境ポスターの利用に
関する調査および研究は現在までに報告されていない.そこで,本節はまずポ
スターの視覚情報デザインに基づいて環境教育における環境ポスターの利用価
値について述べる.次いで,環境教育教材として環境ポスターを効果的に利用
する方法をさぐる.そのため,環境問題の告知をテーマにしたドイツの環境ポ
スター(前節で分析した Web 画像から選出されたもの)を用いて,日本人大学
生 36 名を対象に,その認知過程に関するインタビュー調査をおこなった.
3.2.1 環境教育における環境ポスターの利用価値
ポスターは一枚画像である.新聞写真や漫画や絵画などの一枚画像と異なり,
テクスト(文字情報)と画像(画像情報)が複合的かつ技巧的に構成された情
報媒体である[ポスター共同研究会・多摩美術大学 2001].すべてのポスターは,
見る者の注目を引くことが要求される.つまり,ポスターは直ちに人々の注目
を引く機能をもたなければならない[ポスター共同研究会・多摩美術大学 2001].
そのため,ポスターの視覚伝達デザインにおいて比喩表現などの技法が使われ
ている[ポスター共同研究会・多摩美術大学 2001;Walker&Chaplin 2001].比喩
は,たとえを用いた修辞的表現全般を指す.字義通りの表現と対比される.比
喩は,字義通りに表現できないことを的確に伝達する機能,新たな表現の創造
による詩的・鑑賞機能,概念や経験,思考に構造を与える機能がある[日本認知
43
科学会 2002].持田は「比喩の理論」について,次のように述べている.“それ
(比喩)は作者の世界の見方,世界へのかかわり方そのものにほかならない.
知覚の深みと想像力の豊かさを示し,読者の習慣的な見方を打破し,世界を拡
大してくれるものなのだ”[持田 1983].したがって,環境問題の告知をテーマ
にした環境ポスターは環境問題に関する情報の伝達機能だけでなく,人々の環
境問題に関する認識や知見や価値観にも影響を与える機能をもつといえる.
3.2.2 材料と方法
z
材料
インタビュー調査で用いた環境ポスターA(図 3.17 左)と B(図 3.17 右)は,
ドイツの環境 NGO,熱帯雨林保護団体- Rettet den Regenwald e.V.の Web サイト
(http://www.regenwald.org/)[Rettet den Regenwald e.V. 2004; Rettet den Regenwald
e.V. 2001] 内に公開されているものである.
(C) Rettet den Regenwald e.V.
図 3.17 Poster A (left), Essen wir Amazonien? (Do we eat Amazon?) in Regenwald Report 2004 [Rainforest report 2004].
Poster B (right), Bei Anruf Mord – Gorillas sterben für die, Herstellung von Handys – (Broken by phone – Gorilla
death due to mobile phone production –) in Regenwald Report [Rainforest report 2001].
44
(1) ポスターの意図する環境問題
ポスターA が意図する環境問題は,「欧米のハンバーガー産業がコストの低
い中南米から牛肉を調達しようとした結果,アマゾンでは牧場拡大のために,
広大な熱帯雨林が失われた」である.アマゾンにおける牛の飼養頭数は 1990
年の 2,600 万頭が,2002 年には 5,700 万頭に倍増したが,その一方で,アマゾ
ンにおける森林消失の累積面積は,1990 年の 4,150 万ヘクタールから,2000 年
には 5,870 万ヘクタールに増加したと国際森林林業研究センター(Center for
International Forestry Research)によって報告されている[Kaimowitz et al. 2004].
ポスターB が意図する環境問題は,
「携帯電話のコンデンサに使われる希少
金属タンタルの採掘のために,コンゴ民主共和国では絶滅に瀕しているマウン
テンゴリラの生息地が破壊されている」である.ユネスコの世界遺産にも登録
されているコンゴ民主共和国東部の Kahuzi-Biega 国立公園は,タンタルの採掘
者や民兵に支配され,その地域に生息するゴリラが 8,000 頭減少したと推定さ
れている[Hayes&Burge 2003].この環境問題に関連する記事やニュースはイギ
リスの BBC,世界自然保護基金(WWF),国際ゴリラ保護計画(IGCP), ナショナ
ル・パブリック・ラジオ(NPR)の Web サイトに公開されている[Kirby 2002; WWF
2002; IGCP 2002; NPR 2001].
(2) ポスターの意味表現
ポスターA と B の意味表現において,意図する地球環境問題を全部表示する
のではなく,その原因と結果に関連する重要な情報,いわゆる手がかりをモン
タージュ(montage)技法によって表示している.モンタージュとは,種々雑多
な画像,主として写真を貼り合わせて組み立てた画像である[ポスター共同研究
会・多摩美術大学 2001].本論文では,ポスターの意図する環境問題に最も密
接に関連する画像情報を“手がかり画像情報”と定義する.
表 3.4 は手がかり画像情報に関する画像の属性を示している.本論は,ポス
ターの意図する特定の環境問題に関連する属性に基づき,手がかり画像情報を
“原因手がかり画像情報”と“結果手がかり画像情報”に分類する.ポスターA と
B において,原因手がかり画像情報はそれぞれ「ハンバーガー」と「携帯電話」
であり,結果手がかり画像情報はそれぞれ「森林破壊」と「ゴリラ」である.
意味表現の定義は,楠見が提案したカテゴリ的意味,スクリプト的意味,情緒・
感覚的意味に基づいている.すなわち,カテゴリ的意味とはカテゴリの上位−
下位の階層構造とカテゴリ内の典型性構造で表現できる意味を示す.スクリプ
45
表 3.4 各ポスターの属性
意図する特定の環境問題に関連する
デザイン属性
手がかり画像情報
属性
ポスター
A
ポスター
B
意味内容
意味表現 (表現内容)
画像タイプ
媒体
「ハンバーガー」
原因
ハンバーガーに使われる牛肉
カテゴリ的意味
(ハンバーガー)
「森林破壊」
結果
熱帯雨林の破壊
スクリプト的意味 (森林を焼く,
シーン画像
ブルドーザで森林伐採)
イラスト
レーション
「携帯電話」
原因
携帯電話のコンデンサに使われる
希少金属ータンタル
カテゴリ的意味 (携帯電話)
単一画像
写真
結果
ゴリラの生息地が壊され, ゴリラの
命が奪われる
カテゴリ的・情緒感覚的意味
(ゴリラ ・かなしい)
単一画像
写真
「ゴリラ」
単一画像
写真
ト的意味とは,場面(シーン)や出来事の順序に関する意味を示す.情緒・感
覚的意味は,{美しい,きれいな,輝く,……} などの性質,状態を表す形容
詞,形容動詞,動詞で表現できる意味を示す[楠見 1995].ポスターに表示され
る画像タイプの定義は,菊野が提案した単一画像とシーン画像の定義に基づい
ている.すなわち,単一画像とは文脈のない空間に単数もしくは複数の事物が
描かれた画像である.シーン画像とは,空間的文脈の中に事物が描かれた画像
である[菊野 1996].
ポスターA の中央には原因手がかり画像情報「ハンバーガー」が配置され,
その中身の左に結果手がかり画像情報
「森林破壊」
(上は
「森林を焼くシーン」
,
下は「ブルドーザーによる森林伐採のシーン」
)が配置されている.結果手がか
り画像情報「森林破壊」には,現実世界におけるシーンや出来事の順序に関す
る意味,すなわちスクリプト的意味が含まれているため,描かれた事象の意味
が比較的容易に理解できる.ポスターB の中央には原因手がかり画像情報「携
帯電話」が配置され,
「携帯電話」の液晶モニターから悲しげな表情を浮かべた
子供の「ゴリラ」
(結果手がかり画像情報)が飛び出している.結果手がかり画
像情報「ゴリラ」には,悲しい性質や状態を表す形容詞で表現できる意味,す
なわち情緒・感覚的意味が含まれているので,ゴリラに何か不幸な出来事が起
こっていることを感じさせる.
マクルーハンは,メディアをホットメディアとクールメディアに分類した.
前者は情報が高精細度で,受け手の参与性・能動性が低くなるメディア,後者
は,情報が低精細度で,受け手の参与性・補完性が高くなるメディアである
[McLuhan 1987; 新井 2000].たとえば,ホットメディアは映像と詳細な解説で
構成されたビデオ教材のようなもので,
受け手に一義的な解釈しか与えないが,
クールメディアは風刺画のように受け手に対して多義的な解釈を許容する.こ
46
の意味において,図 3.17 に示したポスターA と B はクールメディアの一種であ
ると特徴付けることができる.
z
調査方法
京都大学の大学生 36 名(男性 24 名,女性 12 名)を対象に,インタビュー
による調査を 2005 年 12 月から 2006 年 3 月におこなった.
まず被験者に,これから使用する材料(ポスターA と B を見せない)はドイ
ツの環境 NGO の Web サイトで公開されている環境ポスターであることを説明
した.それから,先にポスターA を見せインタビュー調査をおこなった.その
後,ポスターB を見せインタビュー調査をおこなった.なお,言語圏の異なる
被験者と想定しているため,ポスターに表示される文字情報(タイトル情報)
は隠し,画像情報の部分のみを示した.
インタビュー調査内容は図 3.18 に示すとおりで,
「ポスターの推論・インパ
クト・関心」
,
「被験者にポスターが意図する地球環境問題の概要説明」
,
「ポス
ターが意図する地球環境問題に対する認知度の調査」の三つの内容からなって
いる.
【内容1】
1. ポスターの推論
1.1. このポスターが伝達しようとするメッセージについて推論してください。
1.2. なぜ,このポスターに ________ (原因手がかり画像情報を指してたずねる)を
使いますか? あなたの考えを教えてください。
2. このポスターに対するインパクト
・ ① まったく強くない ② 強くない ③ どちらでもない
・ その理由:
④ やや強い ⑤ とても強い
3. このポスターが意図する特定の環境問題について知りたいですか?
・ ① 知りたくない ②どちらでもない ③知りたい
・ その理由:
【内容2】
1. 被験者に各ポスターが意図する特定の環境問題の概要を説明します。
【内容3】
1. このポスターが意図する特定の環境問題についてどのくらい知っていますか?
① まったく知らない
② 知らない
③ 多少知っている
④ よく知っている
2. どういうきっかけで知りましたか?
図 3.18 インタビュー調査の内容
47
【内容 1】におけるポスターの推論では,被験者がメッセージと原因手がか
り画像情報をどのようなスキーマで推論をおこなうかを調べた.
スキーマとは,
カテゴリ,概念,一般的な知識のように構造をもつ知識を指す[日本認知科学会
2002].インパクトでは,被験者はポスターからどのようなインパクトを受けた
かを調べた.関心では,被験者はポスターの意図する特定の環境問題,いわゆ
る社会的出来事に知的好奇心をもつかを調べた.
z
分析方法
最初に,画像が意図する特定の環境問題について背景知識のある被験者と背
景知識のない被験者に分類する.次いで両者の差を明らかにするため,各ポス
ターの意図する環境問題の認知度,推論処理パターンと推論における手がかり
画像情報の利用について分析する.さらに,背景知識のない被験者を対象に,
どのような推論をおこなったかに関する全体的特徴を捉えるために,推論のテ
ーマをカテゴリに分け,比較検討する.最後に,推論の特徴を詳細に捉えるた
めに,各テーマの推論の特徴を端的に表している事例をとりあげて比較検討し
た.
3.2.3 結果と考察
z
推論処理パターンと推論における手がかり画像情報の利用
(1) 背景知識
表 3.5 は,図 3.18 のインタビュー調査での【内容 3】でたずねた,各ポスタ
ーが意図する特定の環境問題に関する認知度をまとめたものである.どちらも
認知度が低いが,ポスターA はポスターB よりやや高いことがわかる.ここで
は,認知度の質問に対し,
「よく知っている」と「多少知っている」と回答した
被験者を背景知識のある被験者と定義し,
「あまり知らない」と「まったく知ら
ない」と回答した被験者を背景知識のない被験者と定義した.
表 3.5 被験者における各ポスターが意図する特定の環境問題に関する認知度
認知度
ポスターA
ポスターB
人数
%
人数
%
よく知っている
多少知っている
あまり知らない
まったく知らない
1
4
0
31
2.8
11.1
0.0
86.1
1
0
0
35
2.8
0.0
0.0
97.2
計
36
100.0
36
100.0
48
なお,ポスターA に関して背景知識のある被験者 5 人中のうち,
「ハンバー
ガー−牛肉生産−熱帯林破壊」
の関係を完全に解釈できた人は 3 人,
「アメリカ
の主食生産−熱帯林破壊」と「ファーストフード材料の生産−焼畑−熱帯林破
壊」と解釈した人はそれぞれ 1 人であった.ポスターB に関して背景知識のあ
る被験者(1 人)は,
「携帯電話−希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」の関
係を完全に解釈できた.
(2) 推論処理パターン
本論ではポスターの推論処理パターンを,自律的処理,強制的処理,拒絶的
処理の三つに分類した.これらの処理パターンを下記のように定義する.自律
的処理とは,被験者に推論を求めてから,即座に推論がおこなわれるパターン
である.強制的処理とは,自律的に推論をおこなわなかった被験者に対し,再
度推論を求めて,推論させたパターンである.拒絶的処理とは,被験者に再度
推論を求めたが,推論がおこなわれなかったパターンである.
表 3.6 は各ポスターにおける背景知識のない被験者の推論処理パターンの割
合を示している.背景知識のある被験者の推論処理パターンは 100%自律的処
理である.同表より,背景知識のない被験者の推論処理過程において,自律的
処理,強制的処理,拒絶的処理の三つの処理パターンが見られた.
表 3.6 各ポスターにおける背景知識のない被験者の
推論処理パターンの割合(%)
対象ポスター
ポスターA (N=31)
ポスターB (N=35)
背景知識のない被験者における
推論処理パターン
自律的処理
93.5% (N=29)
0.0% (N=0)
強制的処理
0.0% (N=0)
97.1% (N=34)
拒絶的処理
6.5% (N=2)
2.9% (N=1)
また,推論できた背景知識のない被験者はポスターA においてすべて自律的
処理であり,ポスターB においてすべて強制的処理である.この結果から,ポ
スターA と B における推論処理パターンは背景知識と関係なく,それぞれのポ
スターの意味表現と関係があることが示唆された.
(3) 推論における手がかり画像情報の利用
推論を拒絶した被験者を除いて,推論における手がかり画像情報の利用頻度
49
について調べた.分析手順として,まず推論から各手がかり画像情報に対応づ
けた解釈または意味のあるまとまりを抽出する.単一画像とシーン画像の画像
情報が異なる[菊野 1996]ため,画像タイプ別に解釈の抽出例を説明する.単一
画像に対応づける解釈の抽出例として,ポスターA に対する推論 A1“食べ物は,
牧場や畑で作られている.そのため,森林破壊している.”において,単語“食
べ物”は“ハンバーガー”の上位概念で対象画像(“ハンバーガー”)との意味関係
は上位カテゴリの包含関係に基づく.したがって,単語“食べ物”を単一画像で
ある手がかり画像情報「ハンバーガー」に対応づける解釈と見なす.シーン画
像である結果手がかり画像情報「森林破壊」に意味づける,“森林伐採”,“森林
を燃やす”,“森林破壊”といった単語または意味のあるまとまりは,シーン画像
「森林破壊」が表象される全体的枠組情報であり,表象関係に基づく解釈と見
なす.次に,被験者の推論の中に,これらの手がかり画像情報に意味づけた単
語または意味のまとまりがあるかどうかによって,その推論を以下の 3 つに分
類する.
(a) 原因手がかり画像情報のみを利用する推論
(b) 結果手がかり画像情報のみを利用する推論
(c) 原因・結果手がかり画像情報の両者を利用する推論
図 3.19 は背景知識有無別の各ポスターの推論における手がかり画像情報利
用の分類を示したものである.
35
30
25
原因+結果手がかり画像情報
結果手がかり画像情報のみ
原因手がかり画像情報のみ
29
26
20
(
人 15
)
10
5
5
1
0
ポスターA
(N=5)
ポスターB
(N=1)
背景知識のある被験者
3
3
ポスターA
(N=29)
ポスターB
(N=34)
背景知識のない被験者
図 3.19 背景知識有無別の各ポスターの推論における
手がかり画像情報利用の分類
50
2
図 3.19 に示したように,すべての背景知識のある被験者は,原因・結果手が
かり画像情報の両者を用いて推論をおこなったことがわかる.また,ほとんど
の背景知識のない被験者は,原因・結果手がかり画像情報の両者を用いて推論
をおこなったが,単一手がかり画像情報(結果手がかりもしくは原因手がかり)
のみを利用した推論も見られた.
z
推論内容の比較
推論内容の比較において,単一手がかり画像情報による推論は自発的に原
因・結果手がかり画像情報間の関連について推論をおこなっていないため,比
較対象から除外した.また,背景知識のある被験者の人数が少ないことから,
比較対象から除外した.その結果,背景知識のない被験者の推論 55 例(ポスタ
ーA:26 例,ポスターB:29 例)について分析をおこなった.
(1) 分析の手順
最初に,推論の内容から環境問題に関連する(略称:環境問題関連)推論と
環境問題に関連しない(略称:環境問題関連以外)推論に分けた.次に,推論
における原因・結果手がかり画像情報はどのように関連付けられたかについて,
楠見の複数の比喩連結法[楠見 1995]を参考に,(i)因果:原因と結果に基づいて
結び付ける,(ii)非因果連鎖:因果関係は存在しないが,互いに関わり合って一
貫性をもつ,(iii)並列:1つの事象のもつ異なる側面で結びつける,(iv)対比:
正反対の特徴に注目して比較する,の 4 つに推論を分けた.最後に,推論から
原因・結果手がかり画像情報に対応づける解釈,原因・結果手がかり画像情報
間の統合解釈(本論では,統合解釈を手がかり画像情報間の統合や推論によっ
て生成される概念的情報を指す)である単語または意味のあるまとまりを抽出
し,内容的に関連するもの同士に大きく分類した.
分類は 2 人の判定者が独立しておこなった.55 例の推論中,2 者間の一致率
は 83%である.一致しない内容に関しては 2 名の協議によって決定した.
(2) 結果
表 3.7 は,各ポスターの推論における環境問題関連と環境問題関連以外の割
合を示したものである.これらの値について χ2 検定をおこなった結果,背景知
識のない被験者において,ポスターの画像情報によって与えられた条件,つま
り環境問題関連推論の間に統計的に有意な差が認められた.このことから,ポ
スターA に表示されている結果手がかり画像情報はスクリプト的意味で表現さ
れているため,背景知識のない被験者は画像情報から環境問題と関連するスキ
51
ーマを活性化しやすく,一方,ポスターB に表示されている結果手がかり画像
情報はカテゴリ的・情緒感覚的意味で表現されているため,背景知識のない被
験者は画像情報から環境問題と関連するスキーマを活性化しにくいと考えられ
る.
表 3.7 各ポスターの推論における環境問題関連と環境問題関連以外の割合
背景知識のない被験者における推論
対象ポスター
ポスターA (N=26)
ポスターB (N=29)
環境問題関連
環境問題関連以外
100.0% (N=26)
62.1% (N=18)
0.0% (N=0)
37.9% (N=11)
( χ2(1)= 12.328, p<.001 )
表 3.8 は各ポスターの推論における手がかり画像情報間の各種関連付けの割
合を示したものである.背景知識のない被験者において,ポスターによって手
がかり画像情報間の関連付けの間に統計的に有意な差が認められた.この結果
から,ポスターA のように環境問題の原因と結果をカテゴリ的意味とスクリプ
ト的意味で表現した画像の場合,背景知識のない被験者は,その因果関係を認
知しやすい.ポスターB のように原因と結果をカテゴリ的意味とカテゴリ的・
情緒感覚的意味で表現した画像の場合,背景知識のない被験者は,その因果関
係を認知しにくいと考えられる.
表 3.8 各ポスターの推論における手がかり画像情報間の
各種関連付けの割合
背景知識のない被験者における
手がかり画像情報の関連付け
対象ポスター
因果
ポスターA (N=26)
ポスターB (N=29)
非因果連鎖
対比
並列
92.3% (N=24) 0.0% (N=0) 3.8% (N=1) 3.8% (N=1)
55.2% (N=16) 37.9% (N=11) 6.9% (N=2) 0.0% (N=0)
( χ2(3)= 13.8108, p<.001 )
表 3.9∼表 3.11 はそれぞれ,
「環境問題関連」
に属するポスターA,
B の推論,
と「環境問題関連以外」に属するポスターB の推論に出現する手がかり画像情
報の解釈・統合解釈を示している.
表 3.9 と表 3.10 に示すように,
「環境問題関連」に属する推論においては,ポ
スターA の原因手がかり画像情報「ハンバーガー」の解釈の中に,カテゴリ“食
52
べ物”の包含関係に基づく解釈が最も多い.それに対して,ポスターB の原因手
がかり画像情報「携帯電話」の解釈の中には,携帯電話の各種属性に関連する
解釈がほとんどである.また,ポスターA の結果手がかり画像情報「森林破壊」
の解釈は,
すべてカテゴリ環境破壊の包含関係,
表象関係に基づく解釈である.
したがって,
被験者はスクリプト的意味で表現された結果手がかり画像情報
「森
林破壊」
から環境破壊のスキーマを活性化できたと考えられる.
それに対して,
ポスターB の結果手がかり画像情報「ゴリラ」の解釈には,表象関係に基づく
解釈が最も多い.原因・結果手がかり画像情報の統合解釈に関しては,ポスタ
ーA の因果関係推論において,一部の被験者は農業と畜産業に関連する知識が
活性されたことがわかる.それに対して,ポスターB の因果推論において,“工
場建設”に関連するスキーマが活性化されたことがわかる.
表 3.9 ポスターA の推論に出現する手がかり画像情報の解釈・統合解釈(環境問題関連)
原因手がかり画像情報
「ハンバーガー」 の解釈
分類
因果 並列 対比 分類
食べ物 食べ物
肉
ハンバーガーの材料
食料
ハンバーガーの肉
自然な育て方されていない食べ物
安い食製品
ハンバーガー
人間
人間生存
食事
食事
ハンバーガーを食べる
計
12
3
2
1
1
1
1
1
2
0
0
24
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
0
1
結果手がかり画像情報
「森林破壊」の解釈
環境 環境破壊
破壊 自然破壊
土地開発
生物犠牲
発展途上国の森林破壊
森林破壊
森林開拓
森林伐採
森林を燃やす
熱帯雨林破壊
計
因果 並列 対比
10
4
1
1
1
2
2
1
1
1
24
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
1
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
1
統合
解釈
分類
畜産業 牧場
農業
畑
農業
焼畑
計
因果 並列 対比
6
2
2
1
11
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
表 3.10 ポスターB の推論に出現する手がかり画像情報の解釈・統合解釈(環境問題関連)
原因手がかり画像情報
「携帯電話」 の解釈
分類
携帯
電話
携帯電話の電磁波
携帯電話の何か
電話する
携帯電話のアンテナ工事
携帯電話の部品
携帯電話
最先端 最先端のもの
計
因果
5
3
1
1
1
0
1
12
非因果
連鎖
0
0
0
0
0
6
0
6
分類
結果手がかり画像情報
「ゴリラ」の解釈
因果
6
1
1
3
1
12
野生
生物
ゴリラ
野生生物
動物
生息地 ゴリラの生息地
密猟
ゴリラの取引
計
非因果
連鎖
6
0
0
0
0
6
分類
統合解釈
0
0
1
非因果
連鎖
5
1
0
1
6
因果
緊急 助けを求める
連絡 SOSメッセージを送る
工場 工場を作る
建設
計
表 3.11 ポスターB の推論に出現する手がかり画像情報の解釈(環境問題関連以外)
原因手がかり画像情報
「携帯電話」の解釈
カメラ付き携帯電話
携帯電話
携帯電話の文字変換機能
携帯電話
携帯電話サービス宣伝
携帯電話の宣伝
携帯電話の使いすぎ
先端技術 先端技術
分類
計
1
1
1
0
0
1
非因果
連鎖
0
0
0
4
1
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
4
5
2
因果
対比
結果手がかり画像情報
「ゴリラ」の解釈
特徴
動物みたいの会話
ゴリラのようにバカ
ゴリラの頭脳
皮肉
ゴリラでも使える
3D
原始
野生生物 ゴリラ
計
53
分類
因果
1
1
1
0
0
0
0
1
4
非因果
連鎖
0
0
0
0
2
2
0
1
5
対比
0
0
0
1
0
0
1
0
2
表 3.11 に示すように,
「環境問題関連以外」に属するポスターB の推論にお
いて,原因手がかり画像情報「携帯電話」の解釈には,携帯電話に関連する解
釈がほとんどであり,結果手がかり画像情報「ゴリラ」の解釈には特徴に基づ
く解釈が多いことがわかった.
z
推論の特徴
前節の,手がかり画像情報間の関連付けおよび手がかり画像情報の解釈・統
合解釈の分析結果を踏まえて,各ポスターの推論テーマを分類し,推論特徴を
まとめた.
(1) ポスターA の推論特徴
表 3.12 はポスターA の推論テーマを示したものである.
表 3.12 ポスターA の推論テーマ(環境問題関連)
関連付け
因果
テーマ
番号
ポスターAの推論テーマ (環境問題関連)
1
食べ物生産による環境破壊
2
食べ物生産+農業による環境破壊
3
食べ物生産+畜産業による環境破壊
4
食べ物生産+農業+畜産業による環境破壊
5
人間生存による環境問題
並列
6
同時に起こる食事と環境破壊
対比
7
おいしい食事とみにくい環境破壊の対比
合計
人数
%
13
3
3
3
2
1
1
26
50.0
11.5
11.5
11.5
7.7
3.8
3.8
100.0
推論テーマ 1 とテーマ 5 において,原因手がかり画像情報「ハンバーガー」
の上位関係または特性関係に基づく推論が最も多く.
「ハンバーガー」
の上位関
係に基づく推論の例として,“食べ物による環境破壊”,“人間が生きるため,自
然破壊が進行している”がある.また,“発展途上国の森林を破壊することで,
非常に安い食品を手に入れることができる”があった.
推論テーマ 2,テーマ 3 とテーマ 4 において,原因手がかり画像情報「ハン
バーガー」と結果手がかり画像情報「森林破壊」を関連付ける統合解釈として,
画像に表示されない概念的情報,“牧場”と“農地”のスキーマが活性化された.
このように,被験者は画像処理において,多くの処理資源を使う姿勢が見られ
た.したがって,これらのテーマは精緻化処理と特徴づけることができる.推
論の例として,“食べ物は牧場・畑で作られている.そのため,森林破壊がおこ
なわれている”があった.
推論テーマ 6 とテーマ 7 は並列関係と対比関係に基づく推論である.テーマ
54
6 の並列関係に基づく推論では“ハンバーガーを食べている間にも,気づかない
ところで森林破壊がおこなわれている”である.これは,“同じ時間に起こる二
つのこと”という主題で原因手がかり画像情報「ハンバーガー」と,結果手がか
り画像情報「森林破壊」で結びつける推論である.また,対比関係に基づくテ
ーマ 7 の推論では,“おいしい食事のうちに,みにくい自然破壊”である.これ
は,“おいしい”と“みにくい”,正反対の特徴をもつものとして,原因・結果手
がかり画像情報を結びつける推論である.
表 3.13 は,図 3.18 のインタビュー調査での【内容 1】の 1.2.でたずねた,原
因手がかり画像情報「ハンバーガー」を使う理由,すなわち表 3.9 に示した原
因手がかり画像情報「ハンバーガー」の解釈をどのように同定されたかを示し
ている.
表 3.13 原因手がかり画像情報「ハンバーガー」の解釈の同定
原因手がかり画像情報「ハンバーガー」の解釈の同定
意味
関係
(質問 なぜ,このポスターに「ハンバーガー」を使い
ますか?”に対する回答)
上位
推論における原因・結果手がかり
画像情報の関連付け
計
因果
(N=24)
並列
(N=1)
対比
(N=1)
身近な食べ物の代表
13
0
0
13
食べ物
欧米文化
3
1
0
0
0
0
3
1
世界共通の食べ物
2
0
0
2
ありふれる食事
0
0
1
1
下位
肉・野菜
1
0
0
1
特性
ファーストフードによる浪費
1
1
0
0
0
0
1
1
若者向け
安い食品製品
類似
1
0
0
1
自然な育て方されていない食べ物
1
0
0
1
環境破壊の早さ
0
1
0
1
計
24
1
1
26
表 3.13 に示したように,因果推論において,対象画像「ハンバーガー」の上
位関係に基づく解釈がもっとも多く 19 人であり,その次,特性関係に基づく解
釈が 4 人であった.
Tversky and Kahneman(1974)は,限られた事例(標本)の代表性に基づい
て,
その事例があるカテゴリに属する可能性や生起確率,
頻度を直観的に判断,
頻度を直観的に判断・予測するための簡便な方略を,代表性ヒューリスティッ
ク(representativeness heuristic)と定義した[Tversky&Kahneman 1974].たとえば,
コインを 6 回連続して投げたときに,
「表−表−表−表−表−表」と「表−裏−
表−表−裏−裏」のどちらが起きやすいと思うか.多くの人は,後者「表−裏
55
−表−表−裏−裏」のほうが,前者「表−表−表−表−表−表」よりもコイン
投げのランダム性を代表しているため,より起こりやすいと考える傾向がある
(実際は両方とも生起確率は 1/2 の 6 乗である)[Tversky&Kahneman 1974].す
なわち不規則な系列の方が母集団のランダム性を代表しているので,規則的な
系列よりも起こりやすいと判断する傾向がある(賭博者の錯誤)[楠見 1990].
なお,代表性には,カテゴリにおける変数の分布を代表値でとらえたり,結果
でそれを生み出す因果システムを代表したり,部分集合で母集団を代表するこ
とがかかわる.ここで母集団やカテゴリにおける代表性の高い事例は,最頻例
(modal)だけでばく,典型例(typical)や理想例(ideal)もある[楠見 2001].
このように,手がかり画像情報「ハンバーガー」の上位関係と特性関係に基
づく解釈をおこなう被験者 23 人(88%)の推論はこうした代表性ヒューリステ
ィックに近いものがある.
本論文で代表性ヒューリスティックの概念を利用し,
これらの推論の特徴を代表性ヒューリスティック的な推論の仕方と特徴づける.
(2) 「環境問題関連」のポスターB の推論特徴
表 3.14 はポスターB の推論テーマ(環境問題関連)を示したものである.
表 3.14 ポスターB の推論テーマ(環境問題関連)
関連付け
因果
非因果連鎖
テーマ
番号
1
2
3
4
5
6
7
ポスターBの推論テーマ (環境問題関連)
携帯電話の電磁波によるゴリラまたは野生生物への影響
携帯電話の何かによるゴリラへの影響
携帯電話のアンテナ工事によるゴリラの生息地への影響
携帯電話の部品製造+工場によるゴリラの生息地への影響
携帯電話でゴリラの取引
最先端のものの製造によるゴリラの生息地への影響
ゴリラが携帯電話で助けを呼ぶ
合計
人数
%
5
3
1
1
1
1
6
18
27.8
16.7
5.6
5.6
5.6
5.6
33.3
100.0
推論テーマ 1,テーマ 3,テーマ 5 は因果関係に基づく推論である.テーマ 1
は,直接的に“ゴリラ”または“野生生物”に影響を与える原因として,“携帯電話
の電磁波”と推論した被験者が最も多く 5 人であった.推論の例として,“携帯
電話の電磁波が動物に影響を与える”があった.テーマ 3 とテーマ 5 は間接的に
“ゴリラ”に対して影響を与える要因として,“アンテナ工事”,“携帯電話で密猟”
と推論した被験者をあわせて 3 人であった.推論の例として,“携帯電話のアン
テナ(基地局)を立てるため,ゴリラの生息地を破壊している”,“電話一本で
ゴリラの取引がおこなわれる”があった.これらの推論は想起しやすい社会的出
56
来事である“携帯電話の電磁波による人体への影響”,“自然開発による野生生物
の生息地の破壊”,“電話の悪用” から類推されていると考えられる.
推論テーマ 2,テーマ 4 とテーマ 6 は,原因手がかり画像情報「携帯電話」
の上位−下位関係に基づく推論である.テーマ 2 においては,被験者は,携帯
電話とゴリラの間になんらかトラブルがあると推論している.テーマ 4 は「携
帯電話」と「ゴリラ」の間のトラブルとして,“部品製造”,“工場を作る”とよ
り具体的に推論している.また,テーマ 6 は,製造する部品として,手がかり
画像情報「携帯電話」の上位関係の“最先端のもの”と推論している.これらの
推論はいずれもカテゴリの上位−下位関係に依拠する推論である.
推論テーマ 7 は,非因果連鎖関係に基づく推論であるが,想起しやすい緊急
連絡に役立つ携帯電話の機能に注目した推論である.推論の例として,“ゴリラ
が携帯電話を使って助けを呼んでいる”があった.
Tversky and Kahneman(1973)は,ある事象の生起確率などを推定する際,
具体的な事例への接触頻度や思い出しやすさを手がかりとして判断する方略を,
利 用 可 能 性 ヒ ュ ー リ ス テ ィ ッ ク ( availability heuristic ) と 定 義 し た
[Tversky&Kahneman 1973].たとえば,航空機の墜落事故が起きた直後は,その
事故のイメージが鮮明に思い浮かぶため,類似の航空事故の生起確率が過大評
価されやすい[楠見 2006].こうした利用可能性ヒューリスティックは,確率・
頻度などの数量的判断だけでばく,社会的判断や推論(対人認知,原因帰属な
ど)における事例や連合の利用にも及ぼしている[Taylor 1982].
このように,想起しやすい事例に基づく推論テーマ 1(5 人)
,テーマ 3(1
,テーマ 7(6 人)
,あわせて 13 人(72%)の推論はこうし
人)
,テーマ 5(人)
た利用可能性ヒューリスティックに近いものがある.本論文で利用可能性ヒュ
ーリスティックの概念を利用し,これらの推論の特徴を利用可能性ヒューリス
ティック的な推論の仕方と特徴づける.
(3) 「環境問題関連以外」のポスターB の推論特徴
表 3.15 はポスターB の推論テーマ
(環境問題関連以外)
を示したものである.
推論テーマ 1,テーマ 2,テーマ 3 は因果関係に基づき,手がかり画像情報
「携帯電話」を“リテラシー問題”,“コミュニケーション問題”,“携帯電話マナ
ー”と関連付ける推論である.これらの推論は想起しやすい社会的出来事,“携
帯電話の利用による社会的問題”に基づく推論である.したがって,利用可能性
ヒューリスティック的な推論である.推論の例として,“携帯電話で文字変換機
57
能を使いすぎるとゴリラのようにバカになる”があった.
推論テーマ 4,テーマ 5,テーマ 6 は非因果連鎖に基づく推論であった.テ
ーマ 4 とテーマ 5 は,手がかり画像情報「ゴリラ」の特徴と“携帯電話の宣伝”
と関連付けた推論であった.推論テーマ 6 は,手がかり画像情報「ゴリラ」と
「携帯電話」の配置,すなわち,視覚デザインに依拠する推論であると考えら
れる.
表 3.15 ポスターB の推論テーマ(環境問題関連以外)
ポスターBの推論テーマ
(環境問題関連以外)
関連付け
テーマ
番号
因果
1
携帯電話の機能がもたらすリテラシー問題
2
携帯電話がもたらすコミュニケーション問題
3
携帯マナーの宣伝
4
ゴリラでも使える携帯電話の宣伝
5
3D風携帯電話の宣伝
6
ゴリラが出てくる携帯電話の宣伝
7
新旧コミュニケーション
8
先端技術の諷刺
非因果連鎖
対比
合計
人数
%
2
1
1
2
2
1
1
1
11
18.2
9.1
9.1
18.2
18.2
9.1
9.1
9.1
100.0
推論テーマ 7,テーマ 8 は対比関係に基づく推論である.テーマ 7 の推論で
は“携帯を使わないで、もっと昔に戻ろう”である.これは,昔のコミュニケー
ションに代表される“ゴリラ”と新しいコミュニケーションに代表される“携帯
電話”と正反対の特徴をもつものとして結びつける推論である.テーマ 8 の推論
では“先端技術がどんどん進んでいることを皮肉に表現している”である.これ
は,“ゴリラ”の好ましくない表情と“携帯電話”が代表される最先端技術の対比
による推論であると考えられる.
z
インパクトと関心
(1) インパクト
図 3.20 は被験者における各ポスターに対するインパクトの強弱を示したも
のである.ポスターA と B に対して「とても強い」
,
「やや強い」と回答した背
,77%(27 人)であった.
景知識のない被験者の割合はそれぞれ,84%(26 人)
58
100%
1
4
1
4
4
80%
60%
2
18
1
17
40%
20%
2
8
10
ポスターA
(N=31)
ポスターB
(N=35)
0%
ポスターA
(N=5)
ポスターB
(N=1)
背景知識のある被験者
とても強い
背景知識のない被験者
やや強い
どちらでもない
強くない
図 3.20 各ポスターに対するインパクトの強弱
ポスターA と B へのインパクトを受ける理由について,それぞれ表 3.16,表
3.17 にまとめた.表 3.16 と 3.17 に示したように,ポスターと接触した時点で,
多くの被験者はポスターの画像情報やデザインから知的好奇心が喚起されたこ
とが明らかになった.この結果によって,ポスターのもつ視覚伝達デザインの
効果が確認できた.
(2) 理解への関心
図 3.21 は各ポスターが意図する特定の環境問題の理解への関心を示してい
る.背景知識のない被験者において,ポスターA と B について「知りたい」と
回答した被験者はそれぞれ 100%であった.ポスターA について知りたい理由
として,“メッセージがあるのに,理解できないのは気になる,見てしまったら,
知りたくなる”,“自分にも影響があるかも”などが述べられている.ポスターB
については,“自分も使う道具で自分とも関わりがある”,“環境問題と関係ある
なら知りたい”などが述べられている.このように,背景知識のない被験者は,
自由推論・認知的葛藤(cognitive conflict)の過程を通じ,知識獲得への欲求,
すなわち知的好奇心(epistemic curiosity)を示したことがわかった.一方,背
景知識のある被験者において,ポスターA について知りたい理由として,“ポス
ターの意味はわかったけど,100%の自信はなかったので知りたいです”,“もっ
59
と知りたい”などが述べられている.「どちらでもない」と回答した被験者(1
人)はその理由として,“知っている”と答えた.
表 3.16 ポスターA からのインパクトを受ける理由
被験者グループ
思考喚起(22件)
メッセージ性が感じる/強い/見える
何だろうと思う/何でこんなと思う
食べていいかしらと考えさせられる/一瞬考えさせられる
ひどい/よい印象を受けない
想像力を掻き立てる
一瞬、綺麗惨(むご)いことは人間がやっている
食べ物なのに、食べ物じゃないものが入っている.両方とも重要、同じ重要なことがある
食べられないものが挟まっているから、疑問を持ちます
左側は環境破壊、同時にハンバーガーを食べている。
イメージが膨らませる
ギャップを感じさせられる
幸せ<--> 不安
ショックを受けた
違和感
けっこう、こういうハンバーガーは売っていない
おおげさ
計
デザイン・表現(28件)
メッセージとの関連(11件)
わかりやすい
言いたいことがはっきり
簡潔
訴えているものがよくわかる;
表現上手
錯覚を起こさせといて実は違う;
画像情報との関連(17件)
ブルドーザーがある
食べられないものが入ってる。
構図がいい
組み合わせの意外さ
強烈な印象
表現が誇張している
色がきれい
タイトルは読めないけど、インパクトがある
ごちゃごちゃしてる
画像がきれい
ハンバーガーと森林破壊の組み合わせがいい
事実かどうか曖昧だけど、ど真ん中に大きく描かれているのでわかりやすい
全体をきれいに見せてくれる
計
そのた(2件)
先住民がブルドーザーを運転するコマをいれたらよりいいなぁ
牛が描かれたら、メッセージ性がもっと強いだろう
計
(a):背景知識のある被験者
(b):推論をおこなった背景知識のない被験者
(c):推論をおこなわなかった背景知識のない被験者
60
件数
(a)
(b)
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3
1
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
20
(c)
0
2
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
2
(a)
(b)
(c)
2
0
0
0
0
0
4
1
1
1
1
1
0
0
0
0
0
0
6
1
1
1
1
1
0
0
1
0
0
0
0
0
0
1
1
0
1
6
5
1
0
1
1
1
1
1
1
0
0
1
0
22
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
5
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
28
(a)
(b)
(c)
0
1
1
1
0
1
0
0
0
3
3
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
22
1
1
2
表 3.17 ポスターB からのインパクトを受ける理由
被験者グループ
思考喚起(19件)
何で携帯電話からゴリラが飛び出している?
何で/何だろうと思う
メッセージ性が感じる
何で携帯とゴリラと一緒にいるのか
携帯電話からゴリラが動き出したから
わからないから気になる
えー!ゴリラと思うから。人ではない
知識があれば、メッセージ性がすごく感じるだろう
何でゴリラと携帯電話と関係するかわからない
まずゴリラが目に入り、何で?と思う
意味がわかれば、インパクトがもっとあると思う
わからないから、逆に興味をもつ
計
デザイン・表現(8件)
デザインはいい
アイディアがいい
絵として、ショッキング
組み合わせが不自然
ゴリラの叫び声が聞こえる
表情がかわいそう
画像の面白さ
ゴリラと携帯の組み合わせに強い印象
計
件数
(a)
(b)
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
5
3
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
19
5
3
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
19
(a)
(b)
件数
0
0
0
0
0
0
1
1
2
1
1
1
1
1
1
0
0
6
1
1
1
1
1
1
1
1
8
(a):背景知識のある被験者
(b):推論をおこなった背景知識のない被験者
100%
1
80%
60%
40%
1
31
35
ポスターB
(N=1)
ポスターA
(N=31)
ポスターB
(N=35)
4
20%
0%
ポスターA
(N=5)
背景知識のある被験者
背景知識のない被験者
知りたい
どちらでもない
図 3.21 各ポスターが意図する特定の環境問題の理解への関心
61
3.2.4 結論
本節では,多義性をもつ画像,環境問題の告知をテーマにした環境ポスター
に着目し,環境教育教材として効果的に利用する方法をさぐるため,認知過程
をインタビュー調査により分析した.ドイツの 2 枚の環境ポスターの画像情報
のみを被験者(日本人大学生)に見せ調べた結果,ポスターの意図する環境問
題に関する背景知識の有無が推論に大きく影響を与えることがわかった.背景
知識のある被験者はポスターに表示される文字情報が処理できなくてもポスタ
ーの画像情報からポスターの意図する環境問題のスキーマを活性化できた.背
景知識のない被験者は,因果関係を認知しやすいポスターの推論はすべて環境
問題に関連する推論であった.これに対し,因果関係を認知しにくいポスター
の推論は環境問題に関連しない推論も見られた.このように,両ポスターの推
論内容に大きな差が認められた.また,環境問題に関連する推論において,因
果関係を認知しやすいポスターでは代表性ヒューリスティック的な推論を用い
る傾向が強く,因果関係を認知しにくいポスターでは利用可能性ヒューリステ
ィック的な推論を用いる傾向が強いことを明らかにした.
「インパクト」
の分析
から,多くの被験者はポスターと接触した時点で知的好奇心が喚起されること
がわかった.ポスターの視覚伝達デザインは被験者の想像力を掻きたて,環境
問題に対する新しい概念や探究心を与えることを明らかになった.
さらに,
「理
解への関心」の分析から,背景知識のない被験者はポスターの意図するメッセ
ージを正しく推論できなくても,一定の動機(予期しない社会的出来事に対す
る認知欲求)が喚起され,知りたいという高い関心を示すことがわかった.こ
れらのことから,多義性をもつ画像である環境問題の告知をテーマにした環境
ポスターを,
環境教育のための教材として利用できる可能性が明らかになった.
一方,ヒューリスティックとしての推論は,知識構造や信念体系と合致する
ため,もっともらしい解に素早く到達できる利点がある.しかし,系統的なバ
イアスを生む危険も指摘されている[Tversky&Kahneman 1974; 外山 1994; 楠
見 2006].したがって,環境教育教材として環境ポスターを効果的に利用する
場合には,学習者の知的好奇心,そして正確さへの動機[池上 2004]を促す学習
の流れ,また認知バイアスをなくすための適切な情報(その環境問題に関連す
る信憑性の高い情報)の提示が重要であるといえる.
62
第4章 環境ポスターの意図を読み解く
自主学習型 Web 教材の実践
本章では,地球環境問題の告知をテーマにした環境ポスターの認知過程に関
するインタビュー調査の結果(第 3 章 2 節)を踏まえ,環境教育教材として環
境ポスターを用いた Web 学習法を提案し,その評価について述べる.この学習
法は環境ポスターの意図を読み解くことを支援するものである.既有知識での
推論,関連課題の自主学習,学習後の再推論によって構成されている.
4.1 材料と方法
4.1.1 材料
本章で用いた環境問題の告知をテーマにした環境ポスターA と B(図 4.1)
は,前章の 3.2.2 で述べたドイツの環境 NGO,Rettet den Regenwald e.V.の Web
サイト(http://www.regenwald.org/)内に公開されているものを用いた.
(C) Rettet den Regenwald e.V.
図 4.1 環境教育に用いたポスターA(左)とポスターB(右)
63
これらのポスターでは,視覚伝達デザインにおいて比喩表現が用いられてい
るため,受け手はさまざまな解釈をすることができる.この意味において,ポ
スターA と B はクールメディア性をもつと特徴付けることができる.
4.1.2 方法
z
システムの構成
本章で作成した自主学習型 Web 教材はインターネットエクスプローラーな
ど の ブ ラ ウ ザ を 使 っ て 情 報 の 閲 覧 や 問 題 に 対 す る 回 答 が 可 能 な WBT
(Web-Based Training)によるものである.教材を提示したり学習者の回答を保
存したりする Web サーバーは,
Windows Server 2003 に付属の Internet Information
Services(IIS) 6.0 を使用した.学習者の回答は Active Server Pages(ASP)を
用いて一時保存され,問題を提示する最後のページで,FrontPage Server
Extensions の機能を使って,接続元 IP アドレスや回答時刻とともに CSV 形式で
保存される.回答忘れのチェックや設問の正答表示は JavaScript の機能で実現
しており,ブラウザの「戻る」ボタンも JavaScript の機能を利用して無効化し
た.
z
学習目標
自主学習型 Web 教材の学習目標は,学習者にポスターの意図する特定の地
球環境問題を読み解かせることによって,人間生活と地球環境問題とのつなが
りを認識させ,生態系や野生生物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの関
心を高めることである.このとき,知識や情報を一方的に与えるのではなく,
学習者には自ら新しい知識構造を構成しながら学ぶことが期待される.
z
教材のデザイン
教材のデザインは発見学習(discovery learning)の概念を取り入れた.発見
学習は,1960 年代初頭にブルーナー(J.S. Bruner)によって提唱された.この
学習方法では,教師が体系化された知識を教えるのではなく,生徒が現象を説
明できるような科学的説明を主体的に見出していくことをねらう[市川 1995].
北岡(2005)は発見学習について,“「○○は××である」という形式の宣言的知
識を直接教授するのではなく,適切な教材の助けを借りて,目標の知識を生徒
に自ら発見させる教授法である”と説明している[北岡 2005].
こうした発見学習教授法を利用した自主学習型 Web 教材のデザインでは,
最初に環境ポスターを提示し,学習者にそのポスターの意図する環境問題が何
64
であるのかを推論させる.次に,学習者にこのポスターが意図する環境問題に
関連する課題を与え,課題を取り組んでもらう.最後に,学習者に再度このポ
スターの環境問題について推論するようにもとめる.既有知識での推論・関連
課題の自主学習・学習後の再推論といった学習過程を通して,学習者に環境問
題の知識を自ら発見させ,そしてその環境問題に関連する社会問題などに知的
好奇心や関心を喚起することをねらっている.
この教材による学習の流れを図2に示した.この図における各段階の概要は
以下の通りである.
(1) 第一段階
最初に,本章で作成した環境ポスターを用いた自主学習型 Web 教材による
学習の趣旨や概要について表示した.それに続いて,学習者に各自の属性情報
の入力を求めた.
(2) 第二段階
ポスターを提示し,学習者にポスターの意図する環境問題がどのようなもの
なのかについて推論を求めた.ここでは,ポスターの意図する環境問題に関す
る予備知識を一切表示せず,ポスターに表示された手がかり画像情報(ポスタ
ーA については「ハンバーガー」と「森林」
,ポスターB については「携帯電話」
と「ゴリラ」
)を結びつけて推論をおこなうように学習者に求めた.なお,本研
究では手がかり画像情報とはポスターの意図する環境問題に最も密接に関連す
る画像情報と定義する.
(3) 第三段階
学習者に対して,ポスターが意図する環境問題に関連する課題(付録 B:図
B.5,図 B.9)に取り組むよう求めた.この課題では,環境問題についての知識
や情報を一方的に与えずに,課題の中で与えられた情報を手がかりに学習者が
自ら新しい知識構造を構成しながら学習することを目論んでいる.
(4) 第四段階
学習者が第三段階で自ら獲得した知識を利用して,第二段階でおこなった推
論の修正や再構成をおこなう.ここでは,第二段階と同じく,ポスターに表示
された手がかり画像情報を結びつけて推論をおこなうように学習者に求めた.
(5) 第五段階
ポスターの意図する環境問題に対する関心と既有知識の有無,この学習を通
じて学習者が新たに興味や関心を持った事柄(付録 B:図 B.11)について回答
65
を求めた.
z
ポスターを用いた Web 教材内容の構成
表 4.1 は学習の流れに対応づけた Web 教材内容構成を示している.なお,教
材に関する詳細な内容は付録 B に示している.
教材側
学習者側
第一段階
概要説明
属性入力
ポスターAとBに対して繰り返し
第二段階
ポスターの提示
ポスターの意図する
環境問題の推論
ポスターの意図する
環境問題に関連する
課題の提示
自主学習
第三段階
第四段階
ポスターの再提示
ポスターの意図する
環境問題の再推論
ポスターの意図する
環境問題に対する関
心および既有知識に
ついての質問
回答入力
第五段階
図 4.2 環境ポスターを用いた自主学習型 Web 教材による学習の流れ
表 4.1 ポスターを用いた Web 教材内容構成
教材
ページ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
学習の流れ
ポスター
A
第一段階
第二段階
第三段階
第四段階
第二段階
●
●
●
●
●
第三段階
第四段階
●
●
第五段階
本Web教材内容構成
B
●
●
●
●
●
●
●
●
●
本Web教材の説明
属性に関する質問の提示
ポスターの提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.1)の提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.2)の提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.3)の提示
ポスターの再提示
ポスターの提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.1)の提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.2)の提示
ポスターの意図する環境問題に関連する課題(No.3)の提示
ポスターの再提示
ポスターの意図する環境問題に対する関心への質問の提示
ポスターの意図する環境問題に関する概要を説明し,
これに関する既有知識の有無についてたずねる
ポスターに関連してもっと知りたい情報について,10項目
を提示
66
4.1.3 評価実験の手順
京都大学において「生物圏情報学 I」の講義を受講している 2∼4 年生 72 人
(男 54 人,女 18 人)と京都府立大学で「リモートセンシング論」の講義を受
講している 3 年生 32 人(男 15 人,女 17 人)
,計 104 人が環境ポスターを用い
た自主学習型 Web 教材の評価実験に参加した.これらの学生に教材の置かれて
いる Web サイトのアドレスを提示し,授業終了後に自宅などのインターネット
の使える場所でポスターの意図する環境問題の解釈やそれに関連する課題に取
り組んでもらった.データの収集期間は,京都大学では 2007 年 4 月 26 日から
5 月 3 日,京都府立大学では 2007 年 5 月 2 日から 12 日であった.
4.2 結果と考察
4.2.1 ポスターの意図する環境問題に関する既有知識
図 4.3 はポスターA と B の意図する環境問題に関する既有知識の有無を示し
ている.ポスターA では,
「知っていた」と回答した学習者の割合は 34%,そ
れに対して,ポスターB では,わずか2%であった.
「知らなかった」の割合は
ポスターA では 39%で,ポスターB では 89%であった.この結果から,学習者
はポスターA に比べポスターB の環境問題に関する既有知識をほとんど持って
いないことがわかった.
ポスターA
33.7
39.4
26.9
1.9
ポスターB
8.7
0%
89.4
20%
40%
知っていた
60%
聞いたことがあった
80%
100%
知らなかった
図 4.3 ポスターA と B の意図する環境問題に関する
学習者の既有知識(N=104)
67
4.2.2 ポスターの意図する環境問題に対する推論
z
ポスターA の意図する環境問題に対する推論
自主学習型 Web 教材の評価実験では,学習者にポスターA の環境問題につい
て 2 回の推論(第二段階と第四段階)をしてもらったが,これらの推論を環境
問題の理解の度合いに応じて,以下の 3 つの基準で分類した.
a: 「ハンバーガー−牛肉生産−熱帯林破壊」の関係を完全に理解している.
b: 「ハンバーガー−牛肉生産」と「牛肉生産−熱帯林破壊」のどちらかの関係
を理解している.
c: 「ハンバーガー−牛肉生産」と「牛肉生産−熱帯林破壊」のどちらの関係も
理解していない.
図 4.4 はポスターA に関連する 3 つの課題に取り組む前(学習前)と取り組
んだ後(学習後)における学習者の推論を分類した結果である.この図による
と,学習前にも 40%近い学習者が「ハンバーガー−牛肉生産−森林破壊」の因
果関係を完全に理解していたが,その一方で,約半数の学習者は「ハンバーガ
ー−牛肉生産」と「牛肉生産−熱帯林破壊」のどちらの関係も理解していなか
った.学習後には,
「ハンバーガー−牛肉生産−森林破壊」の因果関係を完全に
理解できた学習者は 72%まで増えた.一方,
「ハンバーガー−牛肉生産」と「牛
肉生産−熱帯林破壊」のどちらの関係も理解していない学習者は,14%まで減
少した.これらの結果から,ポスターA に関連する 3 つの課題に取り組むこと
によって,学習者は新しい知識構造を構成し,ポスターの環境問題を理解でき
るようになったと言える.
100
80
回
答
比
率
72.1
60
(
%
学習前
学習後
40
52.9
38.5
20
14.4
13.5
)
8.7
0
a
b
c
図 4.4 ポスターA の環境問題に対する学習前後における推論の分類
(推論分類 a∼c は本節を参照)
68
z
ポスターB の意図する環境問題に対する推論
ポスターB についても,学習者の 2 回の推論を環境問題の理解の度合いに応
じて,以下の 3 つの基準で分類した.
d: 「携帯電話−希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」の関係を完全に理解し
ている.
e: 「携帯電話−希少金属の採掘」と「希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」
のどちらかの関係を理解している.
f: 「携帯電話−希少金属の採掘」と「希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」
のどちらの関係も理解していない.
図 4.5 はポスターB における学習者の学習前後の推論を分類した結果である.
この図によると,学習前に「携帯電話−希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」
の因果関係を理解できた学習者はわずか6%であった.この割合は,ポスター
A と比べて著しく低いが,図 4.3 に示すように,ポスターB の環境問題に関す
る既有知識を持つ学習者が少なかったからであろう.ポスターA には森林破壊
を示唆する焼畑のシーンやブルドーザーによる森林破壊のシーン(スクリプト
的意味)が描かれているに対して,ポスターB ではゴリラの悲しげな表情(情
緒・感覚的意味)を除けば,ゴリラの生息地破壊を示唆するものが何ら描かれ
ていないことも,この結果に影響していると考えられる.学習後に「携帯電話
−希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」の因果関係を理解できた学習者は
86%まで著しく増加した.この割合は,ポスターA の 72%よりも高いが,ポス
ターB の環境問題を示唆する情報が極めて乏しいため,かえって学習者の好奇
心が刺激され,環境問題の認知に対する動機付けが高まったためと思われる.
100
85.6
80
回
答
比
率
60
(
%
94.2
学習前
学習後
40
20
12.5
)
5.8
1.9
0.0
0
d
e
f
図 4.5 ポスターB の環境問題に対する学習前後における推論の分類
(推論分類 d∼f は本節を参照)
69
4.2.3 推論におけるキーワードの出現比率
ポスターA,B の意図する環境問題の理解の度合いを定量化する方法として
は,学習者の推論に出現する環境問題を説明するキーワードの頻度をカウント
する方法が考えられる.そこで,ポスターの意図する環境問題の推論で自由記
述された文章を対象に,キーワードの出現比率を調べた.ポスターA について
は
「森林破壊」
,
「開発・焼畑」
,
「生活様式」
,
「ハンバーガー」
,
「牛肉」
,
「牧場」
,
「熱帯林」
,
「アマゾン」
,
「先進国・発展途上国」
,
「貿易」という 10 個のキーワ
ードをカウントした.このとき,各キーワードに類似する言葉も該当するキー
ワードとしてカウントした.例えば,
「森林破壊」には「森林伐採」や「森林減
少」
,
「貿易」には「輸出」や「輸入」が含まれている.なお,一件の推論にお
いて同一あるいは類似のキーワードが複数回出現した場合は,一回だけカウン
トした.同様にポスターB については,「携帯電話」,「ゴリラ」,「ゴリラの絶
滅」
,
「生息地」
,
「森林破壊」
,
「コンゴ民主共和国」
,
「希少金属」
,
「採掘」
,
「熱
帯林」という9個のキーワードをカウントした.
図 4.6 は,ポスターA における学習前と学習後の推論に出現するキーワード
の頻度を示す.学習前,最も出現比率が高かったキーワードは「ハンバーガー」
で,それに「森林破壊」と「開発・焼畑」が続いた.これらのキーワードはす
べてポスターA の中に直接描かれていることから,学習者はこれらの明示的情
報を手がかりに解釈を試みたと考えられる.学習後は,
「ハンバーガー」と「開
発・焼畑」を除けば,キーワードの出現比率は全体的に増加した.特に,
「牛肉」
と「牧場」が著しく増加したが,これはアマゾンの熱帯林破壊の原因が牛肉生
産にあることを正しく理解した結果であると言える.また,学習後に「生活様
式」
,
「先進国・発展途上国」
,
「貿易」の出現比率が増えているが,これは一部
の学習者の間で先進国と発展途上国の間にある南北問題や貿易の問題,さらに
ファストフードに象徴される大量生産・大量消費型社会にまで議論の幅が広が
った結果である.
図 4.7 は,ポスターB における学習前と学習後の推論に出現するキーワード
の頻度を示している.学習前,最も出現比率が高かったキーワードは「携帯電
話」
(72%)で,次いで「ゴリラ」
(69%)であった.これらのキーワードはポ
スターの中に直接描かれているものであることから,ポスターA の場合と同様,
学習者はこれらの明示的情報を手がかりに解釈を試みたと考えられる.それで
も,
「携帯電話」と「ゴリラ」以外のキーワードの出現比率が全般的に低かった
70
ことは,ポスターB の意図する環境問題について正しい推論ができた学習者が
ほとんどいなかったことを示唆している.学習後には,すべてのキーワードの
出現比率が増加した.特に,学習後に「希少金属」と「採掘」が著しく増加し
たことは,ゴリラの生息地破壊の原因が希少金属の採掘にあることを,学習者
が正しく理解した結果であると言える.
100
86.5
82.7
出
現
60
比
率
学習前
学習後
62.5
57.7
44.2
(
%
83.7
76.0
80
34.6
40
41.3
37.5
31.7
41.3
28.8
24.0
)
20
9.6
15.4
13.5
9.6
6.7
2.9
0
ハンバーガー
森林破壊
開発・焼畑
牛肉
アマゾン
牧場
熱帯林
生活様式
先進国・
発展途上国
貿易
図 4.6 ポスターA の環境問題に対する推論の学習前後におけるキーワードの出現比率
100
96.2
93.3
80
85.6
学習前
学習後
76.9
72.1
出
現
60
比
率
69.2
60.6
51.0
38.5
40
(
%
89.4
34.6
)
20.2
20
15.4
11.5
5.8
4.8
1.9
1.9
0
携帯電話
ゴリラ
生息地
ゴリラの絶滅
森林破壊
希少金属
採掘
コンゴ民主
共和国
熱帯林
図 4.7 ポスターB の環境問題に対する推論の学習前後におけるキーワードの出現比率
4.2.4 推論における手がかり画像情報の解釈と関連付け
ポスターA,B が意図する環境問題について,学習者は手がかり画像情報を
結びつけて推論をおこなった.学習者がポスターA,B に表示された手がかり
画像情報をどのように解釈したか,また手がかり画像情報の間をどのように関
連付けたかについて自主記述された文章を対象に前章(3.2.2 (3) 推論における
手がかり画像情報の利用)で紹介した方法で分析した.
71
z
ポスターA における手がかり画像情報の解釈と関連付け
図 4.8 は,ポスターA における学習前と学習後の手がかり画像情報「ハンバ
ーガー」の解釈を分類したものである.学習前,最も多かったのは「ハンバー
ガーの材料」
(30%)で,次に多かったのは,これをより具体化した「牛肉・野
菜またはパン」
(22%)
,
「ファストフード」
(13%)であった.学習後には,
「ハ
ンバーガーの牛肉」が著しく増加して 79%になった.一方で,
「ハンバーガー
の材料」
,
「牛肉・野菜またはパン」
,
「ファストフード」は,それぞれ3%,11%,
3%に減少した.結果として,ポスターA の手がかり画像情報である「ハンバ
ーガー」に対する学習者の解釈が,
「ハンバーガーの材料」
,
「牛肉・野菜または
パン」
,
「ファストフード」などといった包括的な解釈から,アマゾンの森林破
壊の原因である「ハンバーガーの牛肉」に遷移したことがわかった.
100
学習前
78.8
80
出
現
比
率
学習後
60
︵
40
%
29.8
22.1
20
10.6
2.9
12.5
11.5
2.9
11.5
9.6
0.0
1.0
2.9 3.8
食べ物
その他
未解釈
)
0
ハンバーガー
の材料
牛肉・野菜
またはパン
ファストフード ハンバーガー
の牛肉
図 4.8 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報
「ハンバーガー」の解釈の出現比率
ポスターA における学習前と学習後の手がかり画像情報「森林」の解釈を分
類したものが図 4.9 である.学習前と学習後を比べると,
「森林破壊」の割合が
80%から 97%に増加し,
「環境破壊」の割合は7%から1%まで減少した.こ
れは,破壊される環境が森林であることに対する学習者の具体的な理解が進ん
だ結果と考えられる.
図 4.10 は,ポスターA における学習前と学習後の手がかり画像情報間の関連
付け,つまり「ハンバーガー」と「森林」との関連付けを分類したものである
(複数分類)
.学習前は,ポスターA の手がかり画像情報「ハンバーガー」と手
がかり画像情報「森林」の関連付けは,
「牧場」
(32 人)
,
「農地」
(29 人)
,
「焼
72
畑」
(21 人)などと幅広く解釈されたが,学習後は「牧場」が 90 人と著しく増
加し,それ以外の解釈は大幅に減少した.学習後におけるポスターA の手がか
り画像情報「ハンバーガー」と手がかり画像情報「森林」の関連付けは,アマ
ゾンの森林破壊の原因である「牧場」に回答が集中し,解釈の一義性が高まっ
た.
100
97.1
学習前
学習後
79.8
80
出
現
比
率
(
40
)
%
60
20
6.7
7.7
1.0
1.0
5.8
1.0
0
森林破壊
環境破壊
その他
未解釈
図 4.9 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報
「森林」の解釈の出現比率
100
90
学習前
学習後
80
︵
60
︶
人
40
32
29
21 19
20
19
16
9
7
1
3
5
10
5
0
牧場
農地
焼畑
材料生産
食料供給
その他
関連不明
図 4.10 学習前後におけるポスターA の手がかり画像情報間の関連付け
(複数分類)
z
ポスターB における手がかり画像情報の解釈と関連付け
ポスターB における学習前と学習後の手がかり画像情報「携帯電話」の解釈
を分類したものが図 4.11 である.学習前は,手がかり画像情報「携帯電話」の
解釈において,
「未解釈」が 26%と最も多かった.
「未解釈」の割合が多いこと
73
は,ポスターB に描かれた携帯電話が何を意味するのか推論できない学習者が
多数いたことを示している.
「未解釈」
以外では,
「電波塔の建設」
(13%)
,
「携
帯電話の電波」
(12%)
,
「通信手段」
(11%)
,
「その他」
(12%)などと多様な解
釈がおこなわれた.学習後,手がかり画像情報「携帯電話」の解釈において,
ゴリラの生息地破壊に深く関連している「希少金属」が著しく増加して 88%と
なった.
「未解釈」の割合は2%まで減少した.
100
出 80
現
比 60
率
40
%
20
87.5
学習前
学習後
(
26.0
12.5
11.5
)
0.0
0.0
10.6
1.9
9.6 8.7
通信手段
携帯電話
の製造
6.7
0.0
5.8
0.0
5.8
11.5
0.0
1.9
その他
未解釈
0
電波塔
の建設
携帯電話
の電波
携帯電話
の普及
携帯電話
の工場
希少金属
図 4.11 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報
「携帯電話」の解釈の出現比率
図 4.12 は,ポスターB における学習前と学習後の手がかり画像情報「ゴリラ」
の解釈を分類したものである.学習前は,手がかり画像情報「ゴリラ」の解釈
として最も多いのは「ゴリラの生息地」(38%)で,それに次いで「未解釈」
(23%)が多く,ポスターB に描かれたゴリラが何を意味するのか推論できな
い学習者が多数いたことを示している.学習後,手がかり画像情報「ゴリラ」
の解釈において,「ゴリラの生息地」が著しく増加して 92%となった一方で,
「未解釈」の割合は2%まで減少した.このことから,学習の効果があったと
考えられる.
図 4.13 は,ポスターB における学習前と学習後の手がかり画像情報間の関連
付け,つまり「携帯電話」と「ゴリラ」との関連付けを分類したものである.
学習前は,ポスターB の手がかり画像情報「携帯電話」と手がかり画像情報「ゴ
,
「救援要請」
(4
リラ」の関連付けは,
「森林破壊」
(35 人)
,
「悪影響」
(30 人)
人)
,
「その他」
(2 人)
,
「関連不明」
(33 人)であった.
「悪影響」の例として,
多く挙げられたのは「携帯電話の電磁波によるゴリラへの悪影響」で,因果関
74
係がはっきりしない「携帯電話の使用がゴリラの死を招く」などもあった.
「救
援要請」の例としては,
「ゴリラが携帯電話で助けを呼ぶ」などがあった.学習
後には,ポスターB の手がかり画像情報「携帯電話」と手がかり画像情報「ゴ
リラ」の関連付けは,ゴリラの生息地である「森林破壊」に 97%の回答が集中
した一方で,
「関連不明」が 32%から1%まで大幅に減少した.この結果は,
ポスターB の環境問題について既有知識がない学習者でも,課題の中で与えら
れた情報を手がかりに自ら考えて正しい推論をおこなうことができたことを示
している.
100
92.3
学習前
学習後
出 80
現
比 60
率
37.5
40
(
%
23.1
22.1
)
20
8.7
4.8
0
ゴリラの
生息地
5.8
0.0
ゴリラの
生存
野生動物
1.0
2.9 0.0
1.9
その他
未解釈
ゴリラの生態
図 4.12 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報
「ゴリラ」の解釈の出現比率
120
学習前
学習後
101
100
︵
80
︶
人 60
40
35
33
30
20
1
4
1
2
0
1
0
森林破壊
悪影響
救援要請
その他
関連不明
図 4.13 学習前後におけるポスターB の手がかり画像情報間の関連付け
75
4.2.5 既有知識の有無と環境問題の推論
ポスターA,B の意図する環境問題の推論に,学習者の既有知識の有無がど
のように影響したのかを調べた.
z
ポスターA における既有知識と推論の関係
ポスターA の環境問題に関する既有知識と学習者のおこなった推論との関
係を示したのが表 4.2 である.この表での「分類基準 a∼c」は,
「4.2.2. ポス
ターA の意図する環境問題に対する推論」で示した「ポスターA の意図する環
境問題についての推論を環境問題の理解の度合いに応じて分類した基準」であ
る.
表 4.2 ポスターA の環境問題に関する既有知識と
学習者の推論との関係(単位:人)
推論の分類基準
学習者の
既有知識
知っていた
聞いたこと
はあった
知らなかった
学習前
学習後
学習前
学習後
学習前
学習後
a
22
23
10
21
8
31
b
2
4
3
6
4
4
計
c
11
8
15
1
29
6
35
35
28
28
41
41
a. 「ハンバーガー−牛肉生産−熱帯林破壊」の関係を完全に理解している.
b. 「ハンバーガー−牛肉生産」と「牛肉生産−熱帯林破壊」のどちらかの関係を理解している.
c. 「ハンバーガー−牛肉生産」と「牛肉生産−熱帯林破壊」のどちらの関係も理解していない.
この表によると,ポスターA の環境問題について「知っていた」と回答した
35 人の分類は,学習前と学習後でほとんど変化がないという結果になった
.ポスターA の環境問題を「知っていた」と回答した 35
(χ2=1.163,p=0.559)
人のうち,正しい推論をおこなうことができたのは学習前に 22 人,学習後に
23 人しかいなかったことからも,これらの学習者の既有知識は本人の自覚にか
かわらず,不確かであったことがわかる.これに関して,オースベル(Ausubel,
D.P.)は,学習者の既有知識が安定した明確な構造を持っていれば,新しい情
報は正しく意味づけられて既有知識内に取り込まれるが,既有知識が曖昧であ
ったり不安定であったりすると,新しい情報の受容学習が適切におこなわれな
いと指摘している[邑本 2005].学習前と学習後でポスターA の意図する環境問
題の理解の度合いに変化がなかったのは,学習者の既有知識が安定した明確な
76
構造を持ってなかったためと考えられる.その一方で,ポスターA の既有知識
に関して「聞いたことはあった」と回答した 28 人については,学習後に(a)と(b)
の人数が倍増し,学習前後で環境問題の理解の程度に大きな変化があった
(χ2=17.153,p<.001)
.
「知らなかった」と回答した 41 人についても,学習後に
(a)の人数が大幅に増加した一方で,(c)の人数は著しく減少し,環境問題の理解
が大幅に進んだと言える(χ2=28.678,p<.001)
.このように,既有知識のない学
習者に対する学習効果が大きかったことは,ポスターA の環境問題について知
らないことが,それについて知りたいという動機を高めた可能性を示唆してい
る.
z
ポスターB における既有知識と推論の関係
表 4.3 は,ポスターB の環境問題に関する既有知識と学習者のおこなった推
論の関係を示している.この表での「分類基準 d∼f」は,「4.2.2
ポスターB
の意図する環境問題に対する推論」に示した 3 つの分類基準である.この表に
よると,学習前にポスターB の環境問題について「知っていた」と回答した学
習者は 2 人しかいなかった.
「聞いたことはあった」
と回答した 8 人については,
学習後に(d)の人数が増加した.
「知らなかった」と回答した 93 人については,
学習後に(d)の人数が著しく増加し,環境問題の理解は飛躍的に進歩した
(χ2=128.065,p<.001)
.これは,ポスターA の場合と同様,既有知識のない学
習者が,ポスターB の環境問題について知りたいという動機を高めたためと考
えられる.
表 4.3 ポスターB の環境問題に関する既有知識と
学習者の推論との関係(単位:人)
推論の分類基準
学習者の
既有知識
知っていた
聞いたこと
はあった
知らなかった
学習前
学習後
学習前
学習後
学習前
学習後
d
0
2
1
7
5
80
e
0
0
0
0
0
2
計
f
2
0
8
2
88
11
2
2
9
9
93
93
d. 「携帯電話−希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」の関係を完全に理解している.
e. 「携帯電話−希少金属の採掘」と「希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」のどちらかの関係を理解している.
f. 「携帯電話−希少金属の採掘」と「希少金属の採掘−ゴリラの生息地破壊」のどちらの関係も理解していない.
77
4.2.6 興味や関心の喚起
z
ポスターの意図する環境問題に対する関心
ポスターA,B それぞれが意図している環境問題が何であるかを,「知りた
い」
,
「どちらでもない」
,
「知りたくない」の三択で尋ねた結果を図 4.14 に示し
た.ポスターA に関しては,87 人の学習者が「知りたい」と答えた一方で,
「知
りたくない」という学習者はいなかった.ポスターB に関しては「知りたい」
と答えた学習者が 93 人いた一方で,
「知りたくない」
という学習者が 2 人いた.
これらの結果は,いずれのポスターも学習者に対して興味や関心を喚起するも
のだったことを示している.
ポスターA,B の意図する環境問題の推論において,正しい推論ができなか
ったとしても,学習者がポスターA,B の環境問題が何であるのか知りたいと
いう気持ちを抱いたならば,関心や気づきを重視する環境教育[川嶋ら 2002]と
しての学習効果はあったと言える.
100
87
93
ポスターA
ポスターB
80
60
(
人
40
)
17
20
9
0
2
0
知りたい
どちらでもない
知りたくない
図 4.14 ポスターの意図する環境問題への関心
z
ポスターについてもっと知りたい情報
表 4.4 はポスターA について,もっと知りたい情報があればそれが何なのか
を既定の 10 項目の中から複数回答で選択してもらった結果である.
「その他」
の項目については自由記述で回答してもらった.最も学習者の関心が高かった
項目は,
「アマゾンにどのような生物資源(食料,燃料,薬の原料など)がある
か?」
(79 人)で,続いて「アマゾンの熱帯林がなくなったら,地球に何か起
こるのか」
(77 人)と「アマゾンの熱帯林の減少を止めるために,どのような
78
政策が必要なのか」
(77 人)であった.
「アマゾンの熱帯林の減少を止めるため
に,私たちは何をすればよいのか」も 74 人と多く,アマゾンの生物資源や環境
保護に対する関心が高いことがわかった.
一方で,
「世界で最もたくさんハンバ
ーガーを食べるのはどこの国か?」
(41 人)や「日本のハンバーガーの牛肉は
どこから輸入しているのか?」
(43 人)といったハンバーガーについての関心
は比較的低かった.その他(自由回答)には,
「レタスやトマトの生産のために
は森林を破壊していないかどうか」
,
「他にも身近なことで熱帯林の減少の原因
になっていることが知りたい」
,
「いったん伐採されたアマゾンの熱帯林が元の
状態に戻るまでどのくらいの年月を要するか?」といった回答があった.
表 4.4 ポスターA について知りたい情報(複数回答)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
項 目
アマゾンにどのような生物資源(食料,燃料,薬の原料など)があるか?
アマゾンの熱帯林がなくなったら,地球に何か起こるのか?
アマゾンの熱帯林の減少を止めるために,どのような政策が必要なのか?
アマゾンの熱帯林の減少を止めるために,私たちは何をすればよいのか?
アマゾンの熱帯林にはどのような動物住んでいるか?
アマゾンの熱帯林にどれだけの種類の木があるのか?
ハンバーガーを食べ過ぎると,本当に体に悪いのかどうか?
日本のハンバーガーの牛肉はどこから輸入しているのか?
世界で最もたくさんハンバーガーを食べるのはどこの国か?
その他
人数
79
77
77
74
61
55
54
43
41
13
表 4.5 はポスターB について,もっと知りたい情報を既定の 10 項目の中から
複数回答で選択してもらった結果を示している.最も関心の高かった項目は,
「日本の携帯電話のリサイクル率がどれだけなのか?」
(78 人)で,続いて「ア
フリカの野生ゴリラの数は毎年どのぐらい減っているのか」
(70 人)
,
「携帯電
話のリサイクルは本当に環境によいのか」
(67 人)であった(表 4.4)
.これに
より,携帯電話のリサイクルやアフリカの野生ゴリラの減少に対する関心が高
いことがわかった.一方で,
「携帯電話の普及率が最も高い国はどこか?」
(38
人)や「アフリカには貧困や紛争以外にどのような問題があるのか?」
(57 人)
といった携帯電話の普及率やアフリカの社会問題に対する関心は比較的低かっ
た.その他(自由回答)には,
「携帯電話に使われる部品を希少金属からほかの
環境にやさしいものに変えることはできるかどうか」
,
「環境に悪影響を与えて
いるのになぜこんなにも日本の携帯電話は寿命が短いのか」
,
「東南アジアでエ
79
ビ養殖のためにマングローブ林が伐採されていくのと同じように,先進国と発
展途上国間の経済や産業に深く関わる環境問題が他にも世界各地で起こってい
るのかもしれないと思った」などといった回答があった.
表 4.5 ポスターB について知りたい情報(複数回答)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
項 目
日本の携帯電話のリサイクル率がどれだけなのか?
アフリカの野生ゴリラの数は毎年どのぐらい減っているのか?
携帯電話のリサイクルは本当に環境によいのか?
日本の携帯電話に使われる希少鉱物(タンタル)はどこから輸入されているのか?
ゴリラの減少を止めるために,私たちは何をすればよいのか?
ゴリラの減少を止めるために,どのような政策が必要なのか?
アフリカの野生ゴリラを守るために,環境保護団体はどのような活動しているのか?
アフリカには貧困や紛争以外にどのような問題があるのか?
携帯電話の普及率が最も高い国はどこか?
その他
人数
78
70
67
64
63
62
58
57
38
10
これらの結果は,環境に配慮した生活や環境問題の解決に必要な行動力を身
につけようとする学習者の積極的な態度を示している.
4.3 結論
本章では,環境教育として環境ポスターの意図を読み解くことを支援する
Web 学習法について検討した.大学 2∼4 年生 104 人(男 69 人,女 35 人)を
対象に実践評価をおこなった.この実践により,課題に取り組む前後における
学習者の推論を支える知識構造の変化や環境教育における多義性をもつ環境ポ
スターの役割について検証した.その結果,ポスターの意図する環境問題の推
論に関しては,
学習前よりも学習後に正しく推論した学習者の割合が高まった.
また,学習者は人間生活と地球環境問題とのつながりを認識し,生態系や野生
生物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの興味や関心が喚起された.これ
らの結果から,提案した環境ポスターを用いた Web 学習法の有効性が認められ
た.また,多義性をもつ画像は受け手にさまざまな解釈を与えるが,自発的な
関心や気づきを重視する環境教育のための教育素材としてはむしろ有用である
ことが本研究によってはじめて明らかにした.
一方,学習者の既有知識の有無が,ポスターA,B の意図する環境問題の推
論にどのように影響したのかを調べた結果,既有知識が曖昧であったり不安定
であったりすると,新しい情報の受容学習が適切におこなわれないというオー
80
スベル(Ausubel, D.P.)[邑本 2005]の知見を確認することができた.既有知識
のない学習者に対する学習効果が大きかったことからも,予期しない社会的出
来事のほうが学習者の知的好奇心および学習の動機を高める可能性を示唆して
いる.
発見学習教授法を利用した自主学習型 Web 教材のデザインでは,最初に環境
ポスターを提示し,学習者にそのポスターの意図する環境問題が何であるのか
を推論させる.次に,学習者にこのポスターが意図する環境問題に関連する課
題を与え,課題を取り組んでもらう.最後に,学習者に再度このポスターの環
境問題について推論するようにもとめる.既有知識での推論・関連課題の自主
学習・学習後の再推論といった学習過程を通して,学習者に環境問題の知識を
自ら発見させ,そしてその環境問題に関連する社会問題などに知的好奇心や関
心を喚起することをねらっている.結果として,この Web 学習法では,学習者
の生態系や野生生物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの興味や関心が喚
起されたことが明らかになった.これらの関心から問題解決への態度形成を促
すためには,より信憑性の高い情報の提供,協同達成型や相互啓発型の集団学
習を支援する e ラーニングシステムの構築が今後必要である.
81
第5章 まとめ
本論文は地球環境問題をテーマにした環境教育の教材として Web 情報(文
字情報・画像情報)を効率的に利用する方策を明らかにすることを研究目的と
した.そのため,具体的アプローチとして,地球環境問題をテーマにした環境
教育における,Web 教材の活用,幅広い知識を含む Web 情報(文字情報・画像
情報)の特徴を分析,それを活用した自主 Web 学習法を提案とその実践と評価
をおこなった.
第 2 章では,
「総合的学習の時間」の一環である環境教育を支援するため,
既存の Web 情報を環境教育教材として利用する方策を検討し,教科書の内容を
Web 情報によって補完した自主学習型 Web 教材の活用について述べた.この
Web 教材を用いて高校生の化学の受講者 20 名を対象とし,地球環境問題であ
る酸性雨をテーマに授業実践をおこなった.その結果,多彩な教材構成が生徒
の酸性雨問題およびその解決法に関する興味や関心を喚起したことを確認でき
た.また,質問箱の利用頻度,クイズ問題集への再アクセス回数などから,知
識を得るだけの受動的学習から主体的学習への変化が見られた.さらに,生徒
の酸性雨問題に関する知識が深まり,学習目標を達成することができることを
示した.これらにより,教科書の内容を Web 情報によって補完した自主学習型
Web 教材作成法の効果,有効性が確認できた.
第 3 章では,Web 上に公開された環境意識啓発・環境保護に関連する画像の
視覚表象を分析し,環境教育教材としての Web 画像利用の新たな可能性を調べ
た.環境意識啓発・環境保護に関連する Web 画像は OECD(経済協力開発機構)
加盟国である日本,アメリカ,イギリス,ドイツ,スイスの 5 ヵ国から集めた.
5 ヵ国 19 の環境 NGO(熱帯雨林保護団体)Web サイトから収集した 648 枚の
画像を二次元視覚表象手法によって分析した.その結果,環境 NGO の Web サ
イトに呈示される画像情報の視覚表象には,国によって差があった.具体的に
は,日本は図による科学的表示(例:定性・定量的な特性を表すグラフ)
,イギ
リスは写真による対象即応的表示(例:過剰伐採による森林破壊の写真)
,アメ
リカは抽象絵画による美的表示(例:子供の美術作品)
,ドイツは写真による象
,スイスは具象絵画に
徴的表示(例:環境問題の告知をテーマにしたポスター)
83
よる美的表示(例:先住民の生活習慣をテーマにした具象絵画)を他国に比べ
てより多く発信する傾向が明らかになった.また,Web 上では特定の環境問題
の情報発信に関しては,一義性をもつ画像(対象即応的表示,定性定量的表示)
だけでなく,多義性をもつ画像(象徴的表示)
,例えば環境問題の告知をテーマ
にしたポスターも呈示していることがわかった.
次いで,これらの Web 画像から,多義性をもつ画像,環境問題の告知をテー
マにした環境ポスターに着目し,環境教育教材として効果的に利用する方法を
さぐるため,認知過程をインタビュー調査により分析した.ドイツの 2 枚の環
境ポスターの画像情報のみを被験者に見せ調べた結果,ポスターの意図する環
境問題に関する背景知識の有無が推論に大きく影響を与えることがわかった.
背景知識のある被験者はポスターに表示される文字情報が処理できなくてもポ
スターの画像情報からポスターの意図する環境問題のスキーマを活性化できた.
背景知識のない被験者は,因果関係を認知しやすいポスターの推論はすべて環
境問題に関連する推論であった.これに対し,因果関係を認知しにくいポスタ
ーの推論は環境問題に関連しない推論も見られた.このように,両ポスターの
推論内容に大きな差が認められた.また,環境問題に関連する推論において,
因果関係を認知しやすいポスターでは代表性ヒューリスティック的な推論を用
いる傾向が強く,因果関係を認知しにくいポスターでは利用可能性ヒューリス
ティック的な推論を用いる傾向が強いことを明らかにした.
「インパクト」
の分
析から,多くの被験者はポスターと接触した時点で知的好奇心が喚起されるこ
とがわかった.ポスターの視覚伝達デザインは被験者の想像力を掻きたて,環
境問題に対する新しい概念や探究心を与えることを明らかになった.
また,
「理
解への関心」の分析から,背景知識のない被験者はポスターの意図するメッセ
ージを正しく推論できなくても,一定の動機(予期しない社会的出来事に対す
る認知欲求)が喚起され,知りたいという高い関心を示すことわかった.これ
らのことから,多義性をもつ画像である環境問題の告知をテーマにした環境ポ
スターを,環境教育のための教材として利用できる可能性を明らかになった.
第 4 章では,環境教育として環境ポスターを用いた Web 学習法を提案し実
践評価をおこなった.発見学習教授法を利用したこの Web 学習法は,最初に地
球環境問題を題材とする環境ポスターを提示し,学習者がそのポスターの意図
する環境問題が何であるのかについて推論をおこない,次にポスターが意図す
84
る環境問題に関連する課題に取り組んでから,再度このポスターの環境問題に
ついて推論をおこなうものである.大学 2∼4 年生 104 人(男 69 人,女 35 人)
を対象に実践評価をおこなった.この実践により,課題に取り組む前後におけ
る学習者の推論を支える知識構造の変化や環境教育における多義性をもつ環境
ポスターの役割について検証した.その結果,ポスターの意図する環境問題の
推論に関しては,学習前よりも学習後に正しく推論した学習者の割合が高まっ
た.また,学習者は人間生活と地球環境問題とのつながりを認識し,生態系や
野生生物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの興味や関心が喚起された.
これらの結果から,提案した環境ポスターを用いた Web 学習法の有効性が認め
られた.また,多義性をもつ画像は受け手にさまざまな解釈を与えるが,自発
的な関心や気づきを重視する環境教育のための教育素材としてはむしろ有用で
あることが本研究によってはじめて明らかにした.
本研究では,教科書の内容を Web 情報によって補完する自主 Web 学習法の
有効性を確認した.また,環境教育に画像情報を利用する新しい試みとして,
環境 NGO の Web サイトに呈示される画像情報の視覚表象を調べ,国によって
差があること,特定の環境問題に関する画像情報は一義性をもつ画像だけでな
く,
象徴的表示による多義性をもつ画像も呈示されていることを明らかにした.
多義性をもつ画像である環境ポスターの認知分析により,背景知識のない被験
者はポスターの推論に対してヒューリスティック的な推論をおこなう傾向が強
く,一定の動機が喚起され,ポスターの意図する特定の環境問題を知りたいと
いう高い関心を示すことを明らかにした.さらに,環境教育として環境ポスタ
ーの意図を読み解くことを支援する Web 学習法を提案し,その有効性を実践評
価により明らかにした.
クールメディアの一種である社会的ポスターは,史料的な意味をもつ.ポス
ターの視覚伝達デザインに使われる比喩表現は,人々に多義的な解釈を与え,
人々の社会問題への関心を喚起し,問題に関する考え方や価値観に影響を及ぼ
す.このような社会性・芸術性をもつクールメディアを教育分野でより効率的
に利用するためには,認知心理学・社会心理学・教育心理学のアプローチを用
いて,人々はどのように認知するかを今後さらに検討していく必要がある.ま
た,環境ポスターを用いた環境教育の評価実験では,学習者は生態系や野生生
85
物の保護,環境政策,消費行動の見直しへの興味や関心が喚起されたことが明
らかになった.これらの関心から問題解決への態度形成を促すためには,より
信憑性の高い情報の提供,協同達成型や相互啓発型の集団学習の要素を取り入
れた e ラーニングシステムの構築が今後の課題である.
86
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主な発表論文
原著論文
1. 酒井徹朗・孫暁萌,国土利用からみた森林地域の変遷とその地形的特徴
(Chang of forest regions and geographical characteristics using land information),
森林研究,第 73 号 pp. 13-22,2001 年 12 月.
2. 孫暁萌・酒井徹朗・川村康文,インターネットを利用する環境教育のため
の教材作成法に関する研究 −酸性雨をテーマとした高校化学の実践授業
を例として−,教育システム情報学会誌,第 21 巻 3 号 pp. 287-295,2004
年 7 月.
3. 孫暁萌・酒井徹朗,Web に公開された地球環境問題を題材とする画像の認
知過程におけるインタビュー分析,教育情報研究,
(印刷中)
4. 孫暁萌・吉村哲彦・阿部光敏・酒井徹朗,環境ポスターの意図を読み解く
環境教育の教材評価,日本教育工学会論文誌,
(印刷中)
国際会議(査読付き)
1. Xiaomeng Sun & Tetsuro Sakai, “Research on teaching material from websites for
education of rainforest conservation,” In N. Wistara, R. Amarthalingam, S.
Gandaseca, J. K. Chubo, G. James, Z. Rosli & S. Bokhari (Eds.), Proceedings of
the International Forestry Seminar on Synergistic Approach to Appropriate
Forestry Technology for Sustaining Rainforest Ecosystems, pp. 109-116, Mar. 2005.
2. Xiaomeng Sun & Tetsuro Sakai, “The analysis of visual representation on the
Internet,” In P. Isaías, P. Kommers & M. McPherson (Eds.), Proceedings of the
IADIS International Conference on e-Society (ES2005), pp. 379-385, Jun. 2005.
3. Xiaomeng Sun & Tetsuro Sakai, “New educational methods: visual image-based
e-Learning materials -application of environmental education-,” In G. Papadourakis
& I. Lazaridis (Eds.), Proceedings of the 4th International Conference on New
Horizons in Industry, Business and Education, pp. 176-181, Aug. 2005.
4. Xiaomeng Sun & Tetsuro Sakai, “Environmental posters: Expression and
construal,” In Tetsuhiko Yoshimura (Ed.), Proceedings of the Joint Seminar on IT
Application to Natural Resources and the Environment in Southeast Asia
Application of Information Technology in Natural Resources and Environmental
Management in Southeast Asia, pp. 28-34, Jan. 2006.
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5. Xiaomeng Sun, “Visual image interpretation: environmental poster reading in
practice,” in E. Pearson & P. Bohman (Eds.), Proceedings of the World Conference
on
Educational
Multimedia,
Hypermedia
&
Telecommunications
(ED-MEDIA2006), pp. 2891-2897, Jun. 2006.
一般発表
1. 孫暁萌・酒井徹朗,Web リソースを利用した環境教育教材作成法の提案,
教育システム情報学会第 27 回全国大会講演論文集,pp. 303-304,2002 年 8
月.
2. 孫暁萌・川村康文・野田隆広・瀬下仁志・高橋時市郎・酒井徹朗,環境教
育のためのインターネット利用教材作成法に関する研究 −酸性雨をテー
マとした高校化学の実践授業を例として−,日本教育情報学会第 19 回年会
論文集,No.19 pp. 54-55,2003 年 8 月.
3. 胡龍・孫暁萌・酒井徹朗,芸術画像の認知拡張を支援する Web ベース教育
システムの提案,教育システム情報学会第 31 回全国大会講演論文集,pp.
323-324,2006 年 8 月.
98
付録 A
Web 酸性雨教材学習前アンケート
99
Web 酸性雨教材学習前アンケート
京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻生物圏情報学講座では、NTT サーバーソリューション研究所
および京都教育大学附属高校との共同研究で、WebAngel システムによる Web 酸性雨教材を作成し、環境
教育に関する研究を行っております。そして、授業実践にご参加いただく生徒に酸性雨教材学習前のアン
ケートを行います。このアンケートにお答えいただいた内容は、統計数値として集計処理し、この研究の
ためだけに使用します。また、情報の管理にも細心の注意を払いますので、どうかご理解をお願いします。
ID:
(ID 番号を書き間違えないように、もう一度ご確認下さい)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1.
環境問題に関心はありますか?(1つを選んでください)
とても関心がある
2.
やや関心がある
どちらでもない
あまり関心がない
関心がない
下記の環境問題に関する項目について、どの程度ご存知ですか?(該当する番号に○をつけて下さい)
地球温暖化
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
森林破壊
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
大気汚染
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
水質汚染
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
オゾン層破壊
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
酸性雨問題
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
廃棄物汚染
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
土壌汚染
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
海洋汚染
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
環境ホルモン問題
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
100
3.
酸性雨は、次のどれに影響を与えると思いますか?(複数選択可)
土壌
森林
人の健康
河川
大気
その他(
大理石建造物
4.
水中生物
)
酸性雨に対する国際的取り組みに関する項目について、どの程度ご存知ですか?(該当する番号に○
をつけて下さい)
長距離越境大気汚染条約
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
よく知っている
やや知っている
あまり知らない
聞いたことがある
まったく知らない
ソフィア議定書
ヘルシンキ議定書
5.
あなたの日常生活について
[ご家庭や学校で、ごみを出すときに次のようなことをしますか。
(複数選択可)
]
ごみと資源を分別している
新聞などを束ねる
燃えるごみと燃えないごみを分別している。
その他(
)
[ごみ減量化のために心掛けていることは何ですか。
(複数選択可)
]
紙類はその他の古紙もリサイクル
買い物袋を持参したり包装を断る
使い捨て商品を避ける
食用油を流さない
生ゴミの堆肥化をする
長く使えるものを選ぶ
何もしない
その他(
)
[家庭のなかで省エネ・省資源のためにしていることは何ですか。
(複数選択可)
]
電源はコンセントまで抜く
見ていないテレビのスイッチを切る
歯を磨く時に水を止める
冷暖房の温度設定に気をつける
何もしない
その他(
ご協力ありがとうございました。
101
)
付録 B
環境ポスターを用いた Web 教材の内容
103
図 B.1 教材ページ 1 の画面および内容(第一段階 概要説明)
図 B.2 教材ページ 2 の画面および内容(第一段階 属性入力)
104
図 B.3 教材ページ 3 の画面および内容(ポスターA の第二段階)
図 B.4 教材ページ 4 の画面例(ポスターA 第三段階)
105
【教材ページ 4 の内容】
[課題 1]
ハンバーガーは、ひき肉(主に牛肉)を薄い円形に固めて焼いたハンバーグを同じ円形のパンにはさみ
込んだ料理です。 アメリカから来たハンバーガーは、ファストフードの代表として日本人の食生活の中
にも定着しました。 このような日本人の食生活の西洋化にともなって、日本の牛肉消費量も増大してい
ます。 下の図は日本における牛肉生産量と輸入量の推移を示したグラフです。ピンク色の線は日本の牛
肉生産量の推移、 紺色の線は日本の牛肉輸入量の推移です。これを見て下の問題にお答え下さい。
出典:食料需給表 平成 16 年度版(農林水産省総合食料局食料企画課需給分析班編)
■ 平成 13 年度より日本の牛肉輸入量が減少していますが、この原因として正しいのはどれでしょうか?
(一つを選んで下さい)
○1. 西洋化した日本人の食生活が再び伝統的な食生活に戻り始めたから。
○2. BSE(牛海綿状脳症)の発生により日本国内の牛肉需要が減退したから。
○3. 日本国内の牛肉生産量が増加したため、牛肉を輸入する必要性が下がったから。
図 B.5 教材ページ 4∼6 の内容(ポスターA の第三段階)
106
【教材ページ 5 の内容】
[課題 2]
世界の森林は、1990 年から 1995 年の間に、年平均で 1,127 万ヘクタール減少したと推計されています。
先進国では農地、放牧地への造林等によりわずかながら増加しましたが、発展途上国では年平均で 1,303
万ヘクタールの森林が減少しました。 これは日本の国土面積の約 3 分の 1 に相当する量です。しかも、
このうちの 97%は熱帯林からの減少です。その原因は、過度な焼畑耕作、薪炭材の過剰採取、 放牧地や
農地など森林以外の用途への転用、不適切な商業伐採などがあると指摘されています。下の写真は熱帯
林の伐採現場です。 世界の森林消失の問題に関する下の問題にお答え下さい。
■ 1990 年から 2000 年の間に、森林面積が大きく減少した国(上位 5 ヶ国)を示したのが下の表です。 こ
の表の(A)と(B)に入る国の組み合わせで正しいのはどれでしょうか?(一つを選んで下さい)
○1. (A) 日本
(B) エジプト
○2. (A) ブラジル
(B) インドネシア
○3. (A) フランス
(B) ドイツ
表 森林面積が大きく減少した国(単位:1,000ha)
順位
国名
森林面積の減少量
1
2
3
4
5
(A)
(B)
スーダン
ザンビア
メキシコ
-2,309
-1,312
-959
-851
-631
出典:State of the World's Forests 2005(FAO 編)
図 B.5(続き) 教材ページ 4∼6 の内容(ポスターA の第三段階)
107
【教材ページ 6 の内容】
[課題 3]
ブラジルのアマゾンの熱帯林は急速に減少しています。1990 年から 2000 年の 10 年間に、アマゾンでは
ポルトガルの 2 倍の面積の森林が失われました。 このような急速な森林減少の原因としては、森林の商
業伐採以上に放牧の影響が大きいと言われています。アマゾンにおける肉用牛の飼養頭数は 1990 年 に
は 2,600 万頭でしたが、2002 年には 5,700 万頭と 2 倍以上に増加しました。これだけたくさんの牛を育て
るためには広大な放牧地が必要になります。 そして、このような広大な放牧地を確保するためにアマゾ
ンの熱帯林が伐採されているのです。牛肉生産に関する下の問題にお答え下さい。
ブラジルの位置(赤色で塗りつぶした国)
■ 2001 年における牛肉生産量の多い国(上位 5 ヶ国)を示したのが下の表です。 この表の(A)と(B)
に入る国の組み合わせで正しいのはどれでしょうか?(一つを選んで下さい)
○1. (A) アメリカ合衆国
(B) ブラジル
○2. (A) 韓国
(B) 日本
○3. (A) スウェーデン
(B) フランス
表 牛肉生産量の多い国(単位:1,000 トン)
順位
国名
牛肉生産量
1
2
3
4
5
(A)
(B)
中国
インド
アルゼンチン
11,983
6671
5509
2881
2452
出典:世界の統計 2006(総務省統計研修所編)
図 B.5(続き) 教材ページ 4∼6 の内容(ポスターA の第三段階)
108
図 B.6 教材ページ 7 の画面および内容(ポスターA の第四段階)
109
図 B.7 教材ページ 8 の画面および内容(ポスターB の第二段階)
図 B.8 教材ページ 9 の画面例(ポスターB の第三段階)
110
【教材ページ 9 の内容】
[課題 1]
アフリカにはベルギーの植民地から独立したコンゴ民主共和国(旧ザイール共和国)という国がありま
す。この国の国土面積は日本の約 6 倍の 235 万 km2、人口は約 5,400 万人、首都はキンシャサです。コン
ゴ民主共和国では、世界で 6 番目に長い(アフリカでもナイル川に次いで 2 番目に長い)コンゴ川が国
内を横断しており、この川沿いの低地は密生した熱帯林で覆われています。
コンゴ民主共和国の位置(赤色で塗りつぶした国)
コンゴ民主共和国は豊富な鉱物資源に恵まれ、銅・ダイヤモンド・コバルトといった鉱物資源を輸出し
ています。しかし、世界でも 1990 年代に発生した内戦などの影響で、経済は壊滅状態にあり、世界の最
貧国の一つとなっています。2004 年における一人あたりの国民総所得は 120 ドル(日本は 37,180 ドル)
しかありません。下の写真はアフリカ産のダイヤモンドです。ここで、鉱物資源生産に関する下の問題
にお答え下さい。
図 B.9 教材ページ 9∼11 の内容(ポスターB の第三段階)
111
■ 世界のダイヤモンドの生産量が多い国(上位 5 ヶ国)を示したのが下の表です。この表の(A)と(B)
に入る国の組み合わせで正しいのはどれでしょうか?(一つを選んで下さい)
○1. (A) イタリア
(B) フランス
○2. (A) 日本
(B) 中国
○3. (A) オーストラリア (B) コンゴ民主共和国
表 ダイヤモンドの生産量が多い国(単位:1,000 カラット)
順位
国名
生産量
1
2
3
4
5
ボツワナ
(A)
ロシア
(B)
44,003
26,698
23,200
17,700
10,780
南アフリカ
出典:世界の統計 2006(総務省統計研修所編)
【教材ページ 10 の内容】
[課題 2]
コンゴ民主共和国・ルワンダ・ウガンダの国境付近に広がるヴィルンガ山地一帯には約 300 頭のマウン
テンゴリラが生息しています。マウンテンゴリラは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト(絶滅の
おそれのある生物のリスト)の中でも 、近い将来野生での絶滅の危険性が極めて高い「絶滅危惧 IA 類」
に分類されています。マウンテンゴリラの生活圏は、住民の生活や商業目的の 森林伐採によって危機に
晒されています。マウンテンゴリラは「ブッシュミート」と呼ばれる野生動物の肉を獲得するための密
猟の対象にもなっています。下の写真はマウンテンゴリラです。絶滅のおそれのある生物に関する下の
問題にお答え下さい。
http://gorillajuice.org/save.html
図 B.9(続き) 教材ページ 9∼11 の内容(ポスターB の第三段階)
112
■ 日本の環境省も国際自然保護連合(IUCN)のような日本版のレッドリストを公表しています。次の生
き物のうち、日本の環境省のレッドリストに記載のないものはどれでしょうか?(一つを選んで下さ
い)
○1. イリオモテヤマネコ
○2. メダカ
○3. アメリカザリガニ
【教材ページ 11 の内容】
[課題 3]
日本における平成 16 年度末の携帯電話契約数は対前年度比 6.2%増の 8,700 万(平成 17 年版情報通信白
書)と増加を続けています。 携帯電話に使用されるコンデンサーにはタンタルという希少金属が利用さ
れます。タンタルは携帯電話だけでなく、 ノートパソコンやゲーム機などのコンデンサーにも用いられ
るため、これら電気製品の普及に伴って近年需要が増加しています。 タンタルはコルタンという鉱物を
精錬することによって作られるのですが、コルタンは世界の中でもオーストラリア、 ブラジル、モザン
ビーク、カナダ、コンゴ民主共和国といった限られた地域でしか採掘できません。コルタンが採掘され
る コンゴ民主共和国の東部地域はマウンテンゴリラの生息地でもあります。そのため、この地域の鉱山
開発によってマウンテンゴリラ の生息する森林が破壊されているのです。発展途上国の自然が先進国の
豊かな暮らしの犠牲になっていることを私たちは認識 しなければなりません。下の写真はコルタンの鉱
石です。最後に下の問題にお答え下さい。
http://www.digischool.nl/ak/2efase/coltan2.shtml
■ 次のうち、地球上で現実に起こっているものはどれでしょうか?(一つを選んで下さい)
○1. 私たちが食べているジャガイモを作るために中国の森林が破壊されている。
○2. 私たちが食べているタケノコを作るために東南アジアの熱帯林が破壊されている。
○3. 私たちが食べているエビを養殖するために熱帯アジアのマングローブ林が破壊されている。
図 B.9(続き) 教材ページ 9∼11 の内容(ポスターB の第三段階)
113
図 B.10 教材ページ 12 の画面および内容(ポスターB の第四段階)
114
【教材ページ 13 の内容】
これまでお見せした 2 つのポスターが意図しているのはどのような環境問題なのか知りたいですか?そ
れぞれの環境ポスターについて、
「知りたい」
「どちらでもない」
「知りたくない 」から一つを選んで下
さい。
■ ポスターA が意図しているのはどのような環境問題なのか知りたいですか?
○知りたい
○どちらでもない
○知りたくない
■ ポスターB が意図しているのはどのような環境問題なのか知りたいですか?
○知りたい
○どちらでもない
○知りたくない
【教材ページ 14 の内容】
ポスターA が意図していることは、
「米国のハンバーガー産業がコストの低い南米から牛肉を調達しよ
うとした結果、アマゾンでは牧場拡大のために、広大な熱帯林が失われた」ということでした。
■ ポスターA が意図している環境問題について事前に知っていましたか?
○知っていた
○聞いたことはあった
○知らなかった
【教材ページ 15 の内容】
ポスターB が意図していることは、
「携帯電話のコンデンサに使われる希少金属タンタルの採掘のため
に、コンゴ民主共和国では絶滅に瀕している マウンテンゴリラの生息地が破壊されている」というこ
とでした。
■ ポスターB が意図している環境問題について事前に知っていましたか?
○知っていた
○聞いたことはあった
○知らなかった
【教材ページ 16 の内容】
ポスターA に関連してもっと知りたい情報があれば、下からいくつでも選んで下さい。
z
ハンバーガー
□ 1. 日本のハンバーガーの牛肉はどこから輸入しているのか?
□ 2. 世界で最もたくさんハンバーガーを食べるのはどこの国か?
□ 3. ハンバーガーを食べ過ぎると、本当に体に悪いのかどうか?
z
生態系
□ 4. アマゾンの熱帯林にはどのような動物住んでいるか?
□ 5. アマゾンの熱帯林にどれだけの種類の木があるのか?
□ 6. アマゾンにどのような生物資源(食料、燃料、薬の原料など)があるか?
図 B.11 教材ページ 13∼17 の内容(第五段階)
115
z
環境保護
□ 7. アマゾンの熱帯林がなくなったら、地球に何か起こるのか?
□ 8. アマゾンの熱帯林の減少を止めるために、私たちは何をすればよいのか?
□ 9. アマゾンの熱帯林の減少を止めるために、どのような政策が必要なのか?
z
その他(下に具体的にご記入下さい)
【教材ページ 17 の内容】
ポスターB に関連してもっと知りたい情報があれば、下からいくつでも選んで下さい。
z
携帯電話
□ 1. 日本の携帯電話に使われる希少鉱物(タンタル)はどこから輸入されているのか?
□ 2. 日本の携帯電話のリサイクル率がどれだけなのか?
□ 3. 携帯電話のリサイクルは本当に環境によいのか?
□ 4. 携帯電話の普及率が最も高い国はどこか?
z
環境・社会
□ 5. アフリカの野生ゴリラの数は毎年どのぐらい減っているのか?
□ 6. アフリカの野生ゴリラを守るために、環境保護団体はどのような活動しているのか?
□ 7. アフリカには貧困や紛争以外にどのような問題があるのか?
□ 8. アゴリラの減少を止めるために、私たちは何をすればよいのか?
□ 9. ゴリラの減少を止めるために、どのような政策が必要なのか?
z
その他(下に具体的にご記入下さい)
図 B.11(続き) 教材ページ 13∼17 の内容(第五段階)
116
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