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獣達は錯乱す - タテ書き小説ネット

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獣達は錯乱す - タテ書き小説ネット
獣達は錯乱す
ロッカ
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
獣達は錯乱す
︻Nコード︼
N8622U
︻作者名︼
ロッカ
︻あらすじ︼
普通すぎるほど普通のツッコミ属性の女と異常に強く傲慢、どエ
ロ変態セクハラ獣人の男の無理矢理な恋愛話。
﹁小説を読もう!﹂からの転載です。少し加筆修正もしました。
1
普通の女と異常な男
﹁お、お姉ちゃーん。﹂
暗い森に私の声がポッツーンと落ち・・・・消えていきました。
ジュリアン・フラインブル。迷子になったなんて死んでも言いたく
ない二十歳。
事の起こりは唯一の家族、姉の一言でした。
﹁なかなか良い所ねえ。ちょっとバカンス気分?﹂
整然とパラソルが並ぶビーチ。
キラキラの海。
色とりどりの水着に身を包み戯れる人々。
それらをまるで煽る様に熱く照りつける太陽。
・・・確かにリゾートと呼ぶに相応しい光景です。
﹁お、お姉ちゃん!駄目だからね!真っ直ぐ区長さんところに行く
んでしょ!﹂
姉はビーチに向けた視線を私に向けると、
﹁だーいじょーぶよぉ。約束の時間まで結構あるし。ちょっと一休
2
みしていこうよ。﹂
胡散臭い笑顔で休息を提案してきました。危険な兆候です。
しかし私は騙されません。
この姉の一言で何度依頼をフイにしてきたか。何度危険な目にあっ
てきたでしょう。
そう、忘れちゃいけない!この前だって!あの時だって!
﹁ダメダメ!今度だけは!今度だけは真っ直ぐ依頼先に行くの!﹂
・・・・だけど結局姉に押し切られ、﹁酒だけは各種揃ってます!
呑んだくれいらっしゃい!﹂みたいな玄人さん好みの呑み屋に、引
きずられるようにして連れて行かれました。
しかし物覚えの一つのように﹁区長さん!﹂﹁もうすぐ時間!﹂と
繰り返す私に嫌気がさしたのでしょうか、俄かに酒びんを手にダッ
シュした姉。
ああああ∼∼!!と追いすがる私を姉は無情にも
﹁︵区長さんの所に続く︶森で待ち合わせよ!﹂
と置いてけ掘りにしました・・・・。
類まれな身体能力を持つ姉にあっという間に置いてかれた私は、し
ばらく呑み屋の真ん中で途方に暮れていましたが、
﹁大丈夫かい?﹂
と声を掛けてくれた、一見どこの殺し屋ですか?風体の店主さんの
優しい声に︵初見で﹁ヒイィ!﹂と言ったあたしをお許し下さい︶
我に返り、力なく頷くと心持ち足を引きずりながらとぼとぼと森を
目指しました。
3
最初は順調だったんです・・・ええ、最初は。
約束の時間になり、区長さんの家へと続く森の入口で姉を待ってい
た私は、1時間待っても現れない姉に見切りをつけ、こうなったら
あたし一人でも区長さんにお会いしようと︵姉は後で引き合わせば
いい!兎に角あって正式に依頼ゲットだ!約束さえもらえばこっち
のモンだ!という思いを胸に︶森へと分け入った次第でした。
そしてどれくらいの時間が過ぎたんでしょう。
気付くと完璧に迷・・・︵死んでも言わない︶いえ自分がどこから
来て何処へと進んでいるのか全く分からない状況に。
ソレ迷子だからなどと言うツッコミはいりません。
感覚的には何時間も森を彷徨っているかの如く。
私は半ベソをかきながら、しかし足だけは止めるまいと突き出た根
や背の高い草に足を取られながらも進んで行きました。
﹁・・・うっうっうっ・・・大人しくお姉ちゃん待ってればよかっ
た・・・でもあのままじゃ明日の朝になっても現れないだろうし。﹂
悲しい事に事実です。
私が姉への恨み事なのか救出依頼なのか判別がつかない繰り言を呟
いていると遂に森が開けた場所に出ました。
﹁やったー!やればできる!﹂
・・・・今から思えば空しい事に、村に着いたと勘違いした私が、
喜び勇んで前方を歩んだその先の事です。
4
ムギュ。
擬音語にしてそのような音がしました。次いで
﹁痛ぇな。﹂
森のおどろおどろしい闇も真っ青な方がのそりとその暴力的なまで
に大きな身体を起こし
﹁テメエか?俺の尻尾を踏みやがったのは。﹂
幼い頃、お祖母様から寝物語に聞かされた、地獄の王も吃驚仰天な
怖ろしげな顔でその方は仰いました。
ちなみにその寝物語をしている最中、お祖母様が顔の下に懐中電灯
を持って私たち姉妹を心底ビビらしていた事はいい思い出です。
﹁ヒヨ。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁あ?﹂
黒い御方はあまりにも意味不明な私の声に顔の皺をもっと増やして
脅す・・・いえ、怪訝そうに私を見下ろしました。
5
﹁ギ、ギエ。﹂
﹁・・・・・・殺されてぇのか?﹂
脳内では目の前の黒い御方に地面にめり込むほど激しく土下座して
いるのですが、生憎あまりの恐怖に悲鳴の幼児語のようなカケラし
か出て来ません。
突き刺さる視線にマジで命の危険を察した私は何とかぎこちなく首
を横に動かしました。
﹁・・・・・口が利けねえのか?いや、そもそもこの森で何をして
いる。弱っちいヒューマがよ。﹂
黒い御方はその恐怖の顔面には不釣り合いな、短くてフワフワな耳
をピクピクと動かしながら仰いました。
﹁あ、ああああの。﹂
黒い御方は、その冷たく光るスチールの様な鋼色の眼を狭めて、更
に仰いました。
と
じゃ殺すか
の間にナンかありました?
﹁なんだ、喋れるんじゃねえか。じゃ殺すか。﹂
へっ?へっ?へっ?
喋れるんじゃねえか
その0、何秒かに私ナニかしましたっけ?
・・・・・しましたね。思いっ切り踏んでました。ええ。全体重を
乗っけて。
6
夜空に浮かぶ月の様に白くなる私に、黒い御方はしばらくその黒く
て長いしっぽをユラユラと揺らしていましたが、唐突に仰け反って
笑いだすと︵私が思わず耳を塞いだほどのうるさ・・・いえ豪快な
笑い声でした︶、
﹁じょーだんだよ、じょーだん。尾を踏んだくれェでお前みたいな
の殺してもな∼ンにも面白くねえからな。・・・・で?こんな時間
にこの森で何してんだ?﹂
黒い御方は黒くて硬そうな顎髭を手で撫でると、腕組みをして私を
見下ろしました。
彼の黒い御方は・・・世にも珍しい︵私も初めてお目にします︶黒
い虎の獣人でした。
この世界の人種は大雑把に説明しますと、私の様なヒューマと獣人
のアーマノルド、幻獣人であるバルシンの3種類の人間に分けられ
ます。
世界は一番大きな大陸とそれよりは少し小さな大陸とちまちまとし
た島から成り立っていて、人間達は仲良こ良しとは言えないまでも
中々うまく共存しています。
ヒューマとは私のように何の変哲もない人間で、一番数は多いです
が3人種の中で最も弱く、短命で、魔法は使えるものの、アーマノ
ルドやバルシンには遠く及ばず、日常生活に不便なく使える程度で
7
のんびりとしていて争い事が嫌いです。
アーマノルドは動物の人型で3人種中、もっとも力が強く、好戦的
で、魔力はバルシンに一歩譲るとしても強いです。長寿ですが繁殖
力が低く、また好みが激しいことからなかなか伴侶が得られないと
か。
バルシンはいろいろな姿のモノが多く、そのなんじゃコレ的な姿が
まさにバルシンを現す姿ですが歴とした人間で、力は私達ヒューマ
と同じくらいですが魔力がケタ違いに強く、強大な魔法を易々と駆
使します。また雌雄合体という特徴があり、伴侶によって男にも女
にもなれる体を持っています。
こう言うとバンバン子供作ってそうなイメージに聞こえますが︵私
だけ?︶アーマノルドと同じように強すぎるチカラを持つためでし
ょうか、繁殖力が低くアーマノルドとどっこいどっこいの数です。
その3人種のカテゴリーから更に細かく分かれると、私の姉のよう
にヒューマであるにもかかわらず強大な力と魔法力を併せ持つ人間
がいたり、この黒虎様のように滅多にお目にかかれない毛色を持つ
方もいらっしゃいます。バルシンは見た目だけで判断する事は出来
ないのですがそれでも珍しい方はいらっしゃるようです。
﹁おい。﹂
黒虎様は呆けたようにこの世界の人種について考えている私に焦れ
たのか再度声をかけました。
﹁は、はい。﹂
﹁テメエ、今度答えなかったら殺すからな。なぜこの森に入った?
8
何処に行こうってんだ?﹂
ひょえええー
私は紛れもなく発される殺気にワタワタとなりながらも、この先に
ある、村の区長さんの依頼を受けにきた事を正直に話しました。
﹁この先っていや・・・サダルの所か?・・・そうか・・・﹂
黒虎様は何やら一頻り唸っていましたが。
﹁それにしても・・・・お前みたいにすぐ死んじまいそうな奴に依
頼をするとはな・・・相当困ってんだな﹂
黒虎様は・・・すぐ死にそうなのと死にそうにないのに分けて区別
する方だと印象を持ちました。
若干呆れたように私を見下ろしていた黒虎様は何かを決意した様な
面持ちになると、
﹁そこの村に俺も用があるんだ。一緒についてってやる。﹂
﹁えっ?﹂
﹁この森はお前みたいなヒューマが来る所じゃねえぞ?・・・例え
ばお前の後ろにいる奴みたいなのが頻繁に徘徊しているからな。﹂
黒虎様は私の遥か頭上を見上げて言いました。
私は恐る恐る背後を振り返ります。
見なければよかった。
9
﹁グウルルルウオォ・・!!﹂
唸り声と共にビシャビシャと何かが垂れる音がします。
何でしょうか。超常現象でしょうか。何だか生臭い・・・いえ現実
逃避はやめましょう。
私の目の前には4、5メートルはあろうかという巨体を引きずりな
がらこちらを見下ろす芋虫の様な魔物が唾液に濡れた大きな口を開
けて︵ずら∼りと並んだ大小の鋭すぎる歯は今さら説明不要でしょ
う︶立っていました。
そのたくさんある目には私が映っています。
﹁喜べ。お前はエサとして認識されたぞ。﹂
喜べるか!何言ってんですか!どうせならお金にロックオンされた
いです!
私が抗議・・・いや助けを乞おうとしたまさにその時、
﹁ま、俺が最初に見つけたんだからやらんけどな。﹂
黒虎様はそう言いながら大きく飛ぶと、魔物の頭部に蹴りをお見舞
いしました。
強烈な蹴りだったらしく巨体が揺らいで後ろにひっくり返ります。
その後はもう一方的に圧倒的にあっという間に魔物は片付き、しゅ
うしゅういいながら朽ちていく体の側に黒虎様は立っていました。
﹁チッ!・・・つまらねえ・・・もう死んだか。﹂
黒虎様はそう呟くとボーゼンと立ち尽くす私の側まで歩み寄ると
﹁どうする。何も知らねえでこの森に踏み込んだらしいが、俺と一
10
緒に行くか?俺としてはどっちでもいい・・・こいつの仲間にムシ
ャムシャ喰われるお前を見物してもいいんだがな。﹂
再び腕を組んで私を見下ろしました。
いやすぎますーいっしょでおねがいしますですーおいてかないでー
必死に追いすがる私を﹁だよな﹂と言いながら黒虎様は。
﹁な!何するんで﹂
﹁お前絶対トロそうだからな。こっちの方が運びやすいし、敵にも
対処しやすいんだよ。﹂
なんと私を肩に担ぎながらその低い声で楽しげに仰いました。
﹁あの・・・これはちょっと。﹂
﹁あー?﹂
﹁すいませんこれでお願いします。﹂
・・・負けましたが何か。
・・・アレですよ、長い物には巻かれろ作戦ですよ。
所詮、弱いヒューマなんてこんなモノです。
でも、でもオォ!!
﹁あ、あの、やめて下さい。﹂
11
﹁何を?﹂
素知らぬ顔で︵黒虎様のお顔とは反対の背中側に私の顔はあるので、
厳密に言うと見えてませんが︶言いやりますが。
﹁お!﹂
﹁お?﹂
﹁お尻揉むのやめて下さい!!!﹂
そうなんです。
この方、私を肩に担ぎあげてからと言うもの、ず∼っと私のお尻を
揉み続けているんですね。
﹁いいじゃねえか。駄賃だよ駄賃。区長んとこまで送ってやる駄賃
だと思えよ。﹂
﹁思えませんんん!!あっ・・・んっ!や、やめっ・・!﹂
こういうのをテクニシャンと言うのでしょうか角度を変え強弱をつ
けながらの揉みこみに感じて・・・いる場合じゃないっ!!
﹁ほ、本当に!やめて下さ﹂
﹁お、また出た。﹂
12
﹁ちょっと待ってろ﹂と言いながら私を降ろすと、黒虎様はさっき
とはまた違うタイプの魔物にアーマノルドらしく嬉々として挑んで
いきました。
人間同士の争い事はそう多くはないこの世界ですが、それはこのよ
ひとけ
うな魔物が多い所為かと思われます。
こいつらは人気のない所に大量にいまして、たまに村や町を襲いま
す。
都市部には滅多に出ないんですが。
そうすると需要と供給が生まれ魔物退治を生業とする方達が必然的
にいらしゃいます。
その特殊な職業をスイーパーと呼びます。
それはその性格的にアーマノルドの方達が圧倒的に多いようで、次
いでバルシン、ヒューマのスイーパーはあまりいなくて私の姉のよ
うになにがしかの特殊な能力を持っている方がほとんどです。
何を隠そう私もなんですが。
てんで弱いお前が!?と言う声が聞こえてきそうですが・・・
私だって!!私だって!好き好んでこんな金稼ぎ率ナンバーワンそ
して死亡率もナンバーワンの危険な仕事なんてしたくありませんよ
ぉ!!
故郷からまだまだ純真で何も知らない私を、騙くらかして連れ出し
たあの姉に無理矢理組まされたんです!
性格に大きな難があり、尚且つ人嫌いな姉は交渉役やスイーパー達
専用のギルドに、ちまちま通う面倒な事を全て私にさせるために!
お陰でここに至るまでの日々はとてもじゃありませんが10万文字
にしても足らないくらいです。
13
私が辛酸を舐めた、あの魔物とかこの魔物とかその魔物とかのアハ
ハウフフの日々︵9割方姉のせいです︶を回想しているうちに黒虎
様のお遊びは終わったようです。
﹁行くぞ。﹂
虚ろな目をして膝を抱えた私に黒虎様は手を差し伸べます。
﹁あの・・・また担ぐん﹂
﹁当たり前だろうが。置いてかれてえのか?﹂
私は黒虎様に無残にも何かの塊にされた、かっては魔物だったモノ
を見ました。
ぶんぶんぶんぶん
私は高速で首を横にするとびょんと立ち上がりました。
黒虎様はちょっと笑ってからまた私を肩の乗せ・・・・
﹁あの・・・・・﹂
﹁減るもんじゃなしいいだろ?﹂
﹁減ります減ります!!何かが減ってます!!﹂
この方はまた飽きもせず私のお尻を揉んでます揉みまくってます。
﹁ケツはこんなに柔らけえのに頭の堅い奴だな。﹂
﹁それ以前の問題ですからああぁ!﹂
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﹁うるせえな。犯しちまうぞ。﹂
﹁・・・・・・・・・・・・・。﹂
﹁じょーだんだよ。じょーだん。﹂
そんな棒読みで言われても・・・・ねえ?
結局私は区長さんの家に着くまでず∼と揉まれ続けました。
そうです、村に着いた時点で降ろしてくれるかと思いきや
﹁区長の所までって約束しただろ。﹂
とかほざき、夜中にもかかわらずたくさんの老若男女が見守る中、
区長さんの家までお尻を揉れるという、羞恥プレイをされ続けまし
た・・・・・・。
15
初対面だらけ
﹁よっ!サダル!元気にしてたか?﹂
黒虎様は私を降ろさず相変わらず尻を揉みながら、どうやら区長さ
んと思われる方に明るく挨拶をしました。
こうしてはいられません。
私は慌てて黒虎様の背中に手をつき、何とか首を捩じって正面を向
き、
﹁は、初めまして!アサド商会にて依頼を受けにきました!フライ
ンブルです!﹂
多分、梟型の獣人の区長さんに、にこやか営業スマイルで挨拶をし
ました。
区長さんは何ともいえない顔で私を見ていましたが。︵さもあらん、
どこの世界に尻を揉まれながら雇い主に挨拶するバカがいるでしょ
うか︶
﹁・・・・取りあえず、その女性を降ろしたらどうだ。ジン。﹂
森の賢者と呼ばれるに相応しい深い知性を感じさせる声音で、区長
さんは素晴らしい提案をしてくれました。
そーだ!降ろせ!このセクハラ黒虎!こっちはいい加減頭がグルグ
ルなんだぞ!お尻もナンか気持ちいいを通り越して痛いんだからな
!尻フェチ!へんた・・・
16
﹁ああ?﹂
・・・これ、サダルさんに向けて言ってるんじゃないんです。
魔法でも使って心の声を聞いたんでしょうか。
いや、そんな繊細な魔法が使える人には見えない。
聞こえてるわけないのに凄まれた私は青ざめて口を抑えました。
﹁・・・お前、今俺の悪口思ってただろう?﹂
黒虎様の眼力が増します。
なぜわかるんでしょう。もしかして思考がダダ漏れなほど顔に出て
ました?
﹁オモッテマセンヨ。﹂
・・・・・・自分でもこれはないだろうみたいな見事な棒読みです。
﹁・・・ふ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ん﹂
黒虎様のわざとらしい﹁ふーん﹂が聞こえた時点で私の体が硬直し
ます。
ヤバい・・・間違えましたかね?
どうしましょう。
なんだか事態がヤバい方向に転がって行くのを感じます。
﹁よっ。﹂
しかし。
何かとんでもない無茶ブリかまされると思った私は肩すかしをくら
った様に普通に降ろされました。
17
﹁あ、あの!ありがとうございました!お陰で無事に着く事が出来
ました!﹂
取りあえずお礼は言うべきでしょう。
何といっても此処まで無事に来れたのは黒虎様のお陰ですし。
﹁気にすんな。で、サダル、依頼の内容は何だ。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
ナゼに?ナゼあなたが聞くんですか。
嫌な予感しかしないのはナゼですか?
﹁あ、あの、もう大丈夫です。区長さんとの話は私が詰めるんで・・
・﹂
﹁心配すんな。お前の取り分を横取りしようってんじゃねえからよ。
その代りお前にしか払えねえモンを俺に払え。俺の取り分はそれだ
けでいい。﹂
﹁今はな﹂私を見ながら舌舐めずりする黒虎様を見て私の第六巻が、
﹃警告警告!!超警告!!早急に退避せよ!!繰り返す・・・!!
!﹄
警告赤ランプ、回転率3倍増しで廻っています。
やばいぞ!姉と同じタイプだ!人の話は聞かない上に都合よく自分
の中で変換するタイプだ!!
﹁ジン、この・・・ヒューマの女性と組んでいるのか?・・・シー
18
グはどうした。﹂
えっ!?マジこんなのと!?とでも言いたげなサダルさんの訝しげ
な視線が黒虎様を見やります。
黒虎様は[ジン]というお名前のようです。
え?もっと前から言っていた?
すいません、いまだにしつこく太ももやお尻に手を這わそうとして
いるジンさんをかわすのに精いっぱいで気付いてませんでした。
・・・・[シーグ]
?
また名前らしきものが出てきましたね。お二人の知り合いでしょう
か?
そんな事より!!!
﹁ああ、アイツね、アレは﹂
﹁組んでません組んでません!!全然組んでません!断固組んでま
せん!全力で組んでません!!﹂
必死にサダルさんに向き合って否定する私の背中に、質量を伴った
大きな影が覆いかぶさります。
﹁ヒイィ!﹂
﹁おいおい、そんなに怯える事ないだろ?俺とお前の仲だろうが。﹂
﹁ど、どどどんな仲ですか!今日初めて会ったのに!﹂
﹁そりゃお前、お前の尻を自由に揉める仲だよ。﹂
﹁そ、そんな仲になった覚えありませんけど!あ、あなたが勝手に
揉んだんでしょ!﹂
怯えながらも必死に反論する私に段々イラついてきたのか、額に青
筋を浮かべ始めた黒虎様は
19
﹁ほーう?﹂
嫌な笑いを浮かべました。
﹁おいサダル、空いてる部屋あるだろ。貸せ。﹂
・・・・・・・・・・・またまた何を言ってるんでしょうこの人は。
急に疲れたんでしょうか?
そうですよね、あんな数の魔物相手に暴れりゃ疲れるのもわかりま
す。
しかし偉そうな物言いですね。
変に納得した様な私を、なぜか気の毒そうに見てからサダルさんは
首を振り、
﹁・・・部屋はあるが貸せるわけないだろう。ジン、よく見る事だ。
相手には全く伝わってないぞ。同意の上ならともかく、彼女はわか
っていない・・・無理矢理は認めるわけにはいかんな。﹂
拒否するサダルさんにジンさんは怖ろしい事に私を完璧に獲物を狩
る目で見据えながら
﹁だーいーじょーぶ。何もしねえから心配すんな・・・お互いの行
き違いってヤツを正すだけだって。﹂
棒読みです。私のに負けず劣らずの完成された棒読み。
﹁お前がそんなに否定するなら否定できねえ仲にしてやろうじゃね
えか。試しに柔らかいベッドで俺と組んでみねえか?それからサダ
20
ルの厄介事を片付けようぜ。﹂
はい、サダルさんに言った事と全く違うセリフ出ました。
あなたは。
あれえ?同一人物ですよね?ついさっき﹁何もしない﹂って言って
ませんでしたか
しかも、いつの間にかサダルさんの依頼を請け負う事になってるし。
姉といいジンさんといい・・・・強すぎる人達ってどうしてこんな
に勝手なんでしょうか。
取りあえず、私が漸く貞操の危機に気付いた時、
﹁てーんちゅうー!!﹂
甲高い、緊張感が欠片もない声が聞こえ、事態をますます混乱させ
る、しかし今だけはジンさんから逃れられる助けが現れました。
﹁グアッ!﹂
突然現れた何者かに、後ろから思い切り背中を蹴られたジンさんは
すごい勢いですっ飛んで行きました。
呆気にとられている私の横にしゅたっと軽く着地する気配がします。
﹁ジュリ、大丈夫?何もされなかった?﹂
﹁あ・・・・おね﹂
﹁・・・・・・おい。﹂
21
ぎょえ!!
飛んでいったはずのジンさんがもう隣にいました。
・・・怒りと殺意に満ちたうねるような熱気を放ちながら。
刺せるんじゃないかと思うぐらいの視線が見ているのは私の隣に佇
む人物です。
﹁なによ。﹂
﹁俺を蹴ったのはテメエか?﹂
﹁そうよ。﹂
﹁死ぬ覚悟はできたか?﹂
﹁それはあんたの方でしょ。﹂
﹁・・・・テメエ・・・﹂
避難しているに決まってんじゃないです
ヒートアップしていく2人の周りは敵意と殺意で渦巻く波動が見え
る様です。
え?私ですか?やだなあ
か。
あんな化け物達の近くにいたらただのヒューマなんて瞬殺です。
でも、あんなのでも私のたった一人の家族ですから私は少しだけ心
配になって隠れているサダルさんの後ろからこっそり覗いてみまし
た。
うーん。
2人とも互角の勝負です。
魔力は使わず肉弾戦ですがスピードも攻撃力も守備力も差異は多少
あるもののほとんど互角。
22
どちらも本気一歩手前ってところでしょうか。
﹁ミス・フラインブル。﹂
目で2人の戦いを追っている私にサダルさんの呆れた様な深い声が
かかりました。
﹁へっ?あ、は、はい!﹂
私は慌てて姿勢を正し、サダルさんを見上げました。
﹁2人を止めてくれないか?このままでは村に被害が及びそうだ。﹂
﹁えー﹂
﹁2人と知り合いなのだろう?頼む。﹂
﹁いや、ジンさんは知らない人ですよ。数時間前に会ったばかりで
す。知り合いっていうか通りすがりの人ですよ。その印象は人のお
尻を無断で揉み続けるお尻フェチな人です。﹂
﹁テメエ!命の恩人に向かっていい度胸だな!後で覚えてろよ!あ
と俺は尻だけじゃねえ!女の体全部が好きだ!﹂
ジュリ
チッ!なんて耳が良いんでしょう。これだから優秀なアーマノルド
は嫌いです。
聞こえない振り聞こえない振り。
脅しも変態発言も聞いてませんでした。で済まそう。
﹁なんですってぇ!!お尻を揉まれた!?どう言う事なの
!!﹂
ここにもヒューマにもかかわらず優秀な耳の持ち主がいました。
23
﹁えっと、気にしないでいいから。魔物から助けてくれたお礼にお
尻を触られただけだから。﹂
それもどうかと思いますがここは軽∼く冗談にでも紛らわせて・・・
﹁違うだろ。ここに着くまでずっと尻を揉んでやったんだろうが。
気持ち好かっただろ?﹂
﹁ジュリ!!!﹂
宿題忘れました!といった表情でサダルさんに任務放棄を報
﹁あの、無理っぽいです。﹂
私は
告すると、サダルさんはため息をついてから
﹁そうか、仕方がないな。では今回の依頼は別のスイーパーにたの﹂
﹁お姉ちゃーん!その人は変態のろくでなしに見えるけど本当に私
を助けてくれただけだから!何も知らないで森に入った私をここま
で連れてきたことも本当!だからケンカしないで!お願い!﹂
そうですよね!
このバカどものくだらない争い事に何の関係もないサダルさんや村
の人達を巻き込んではいけません!
決して依頼につられたんじゃないですよ!
﹁お姉ちゃん!?こいつがか!!?﹂
ジンさんは信じられないといったばかりに私と姉を見比べます。
24
あまりの驚きに私がポロっとナニカ言ったことにも気づいていない
ようでした。
まあ、私達を見て姉を姉と言う人はいないでしょうが。
ジンさんの前には
身長およそ135cm・くりくりとした青い瞳の童顔・胸ささやか・
キラキラの金髪ツインテール・ゴスロリチックな膝丈ドレス。
何処からどう見ても12歳、いや人によっては10歳は見えるんじ
ゃないかと思われる美少女が手を腰に当てふんぞり返って立ってい
ました。
あ、ちなみに今年23歳になります。
﹁なによ、私がジュリの姉だと何かおかしいわけ?だいたいあんた
みたいなゴロツキのアーマノルドが親しく口利いてんじゃないわよ。
女の子のお尻を触ったってだけでも許せないのに揉んだだなんて言
語道断だわ。今すぐ死んで詫びなさいよ。この下郎。﹂
あの・・・すいません。
私は目でジンさんに謝りますが、既に私の事など眼中にない様で、
口元がヒクヒクと引き攣ったジンさんは
﹁そうかい。俺にここまで舐めた口利いた奴は久し振りだぜ。後悔
すんなよこのクソチビ。﹂
腰を折り曲げ姉に顔をググッと近づけると、憎々しげに低い声で応
戦しました。
﹁・・・・・・・チビ?﹂
25
・・・・・ヤバい・・・姉が﹁キレる言葉2位﹂の言葉です。1位
は・・・
﹁おいクソが抜けてるぞ、まな板。﹂
あー1位が出た。出てしまいました。
﹁・・・・まな板って?何の事?﹂
姉の声が震えています。
私は再びこっそり離れ始めました。
﹁テメエの平原みたいな胸の事だよ。クソチ﹂
そこまでジンさんが言いかけた時、姉の渾身のアッパーがジンさん
の顎に炸裂し、ジンさんは綺麗な放物線を描いて飛んで行きました。
あーあ。
でもこれはジンさんが悪いですよね。
そうは見えなくても女性の身体的への暴言はああされてもしょうが
ないでしょう。
私でもキレます。
まあ、精々が口だけによる抗議でしょうが。
もし顎が割れていたとしても仕方ないジンさんですが、驚いた事に
スイーパーの中でもSSクラスの姉の拳をくらってすぐさま起き上
がりました。
コレはすごく珍しい事です。今まで姉にまともに殴られて立ちあが
れた人物はいません。
私、ジンさんみたいに丈夫な人初めて見ました。
もしかしてジンさんはものすごく強い人なんじゃ・・・・
姉も怒りに燃える目を狭めて気を引き締める様に拳を握りしめまし
26
た。
ジンさんは大きな体をゆったりと優雅にさえ見える動きでこちらへ
と歩いてきました。
﹁まずいな。﹂
サダルさんは呟くとその大柄な体をずい、とジンさんと姉との間に
入り込ませました。
﹁落ち着けジン。先程のはどう見てもお前が悪い。﹂
﹁どけサダル。そのチビに俺の怖ろしさを叩き込んでやるんだから
よ。﹂
﹁女性には手を上げない主義だろう?﹂
﹁コレ見ろよ。俺にここまで打撃を与える奴なんざ女なんかじゃね
え。アレは女装趣味の男だ。男なら胸が平らなのも納得がいく。﹂
ジンさんは赤黒くなった顎をサダルさんに見せながらまたまた暴言
を吐きました。
姉の殺意が増します。
﹁・・・すごいな。お前にここまで攻撃できるとは・・・見た目か
らはとてもそうは見えない。﹂
え。暴言は華麗にスルーですか。ていうかそんなに驚いた顔をされ
るなんてジンさんてどんだけ丈夫なんですか。
﹁本当にね。でも兄さんにはいい薬になったんじゃないの。﹂
27
いきなり会話に入ってきた第五の人物。
それは背に純白の羽を背負った蒼い虎の獣人でした。
28
ライダーズ・ハイ兄弟
ジンさんは、現れた弟さんらしきアーマノルド?バルシン?をチラ
リと見て、
﹁薬たァ言い過ぎだろ。もちろん俺には到底敵わねえっていう意味
でな。﹂
なぜか姉ではなく、私を見て言いました。
なぜ私を見て言うか!
面倒事に巻き込まれそうな気がするのでやめてもらいたい!!
﹁兄さんが油断していたとはいえ、あんなにブッ飛ばされたのは久
しぶりに見たけど?﹂
純白の羽をかすかに開いたり閉じたりしながら、弟さんは近づいて
来ました。
﹁久しぶりですサダルさん。兄さんが迷惑かけていませんでしたか
?﹂
﹁元気そうだなシーグ。そうだな、これからという所だ。﹂
﹁間に合ってよかったです。・・・さて。﹂
シーグさんはサダルさんに挨拶すると、警戒感丸出しで威嚇する姉
とヌルい感丸出しでキョトンとする私の方を向き、その長身な体を
屈めて
29
﹁兄が迷惑をかけた様で悪かった。俺はシーグ。シーグ・ライダー
ズ・ハイ。ケガなどはないですか?﹂
﹁・・・・あ、はっ、はい!だいじょ﹂
﹁そこのド変態の黒虎に妹がお尻を、しかも長時間揉まれ続けたわ。
どうしてくれるのコレ。﹂
お、お姉ちゃーん・・・・
﹁お尻を・・・?・・・本当なのか、兄さん。﹂
﹁おーう。魔物から助けてやった駄賃にな。いい触り具合だったぜ
ー。﹂
もしもしジンさーん!この黒い空気見えてますかー?それともワザ
と無視ですかー?
シーグさんの目がキラリと光ると、ジンさんの周りに薄い青色の紐
状の物体が現れ、ジンさんの背丈ほど伸びたかと思うと、瞬く間に
ジンさんをギリギリと縛りあげました。
﹁兄がとんでもない事を・・後できつくシバいておくので許して下
さい。﹂
シーグさんが私に深々と頭を下げます。
﹁そ、そんな!もういいんです!ジンさんの言う通り魔物から助け
てくれたのは本当ですし、此処まで連れて来てくれたんですよ。で
すから・・・ええ、まあ、お礼・・・という事でいいんです。﹂
私はそんなお礼あんのか?みたいな空気にもめげず、慌ててシーグ
さんに頭を上げてくれるように頼みました。
30
バシイィィン!!!
弾ける様な音がした方を見ると、ジンさんがシーグさんの戒めを解
いて首をコキコキ捻りながらこちらに近づいてきます。身構える姉
と胡乱な視線を向けるシーグさんに構わず、私の目の前で立ち止まり
﹁そういや、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はジンギィ・ライ
ダーズ・ハイ。ジンでいいぜ。お前の名前は?﹂
何かの光で輝く鋼色の目で私を見据えました。
・・・なぜ見られているだけなのに私の頭の中でアラートランプが
高速回転するのでしょうか。
﹁え、えーと、私の名前はジュリアン・フラインブルです。そして
こっちが姉のヴァイオレット・フラインブルです。よろしくお願い
します。﹂
ぺこりとお辞儀をして自己紹介を終えました。
?
何の反応もない姉を訝しく思い、隣を見ると、私が紹介したのにも
気付かないかのか、腕を組んで何か考え事をしています。
﹁ちょ、ちょっとお姉ちゃん、挨拶・・・﹂
私は姉の袖を引いて皆さんに挨拶するように促します。
﹁ジュリアンか・・・んじゃ、アンコでいいな。アンコって呼ぼう。
﹂
ですがジンさんも、そんな失礼な態度の姉が最初から視界に入って
31
ないかのように、突如私の呼び名をか・っ・て・に決めてしまいま
した。
・・・・呆れるほどバカ強い人達ってどうして人間的な基本の部分
がまるでなっちゃいないのでしょうか。自己紹介ぐらいちゃんとし
てくれよ!いえ、コレ決して偏見じゃありませんよ。私がこれまで
ちょっと待てぇい!!!
見たり聞いたり経験した事による結論です。
んな事より
ジンさん!何がいいんですか!?私的に全然よくないんですけど!!
アンコって何ですかアンコって!!
ジュリアンのアンならわかりますよ!?ナゼ最後にコを付けるか!
某豆を甘く煮た奴じゃないですか!!
勝手に愛称を付けられた私が抗議するようにジンさんを見ていると
︵声に出して言う勇気はありません・・・それを言うにはジンさん
の目つきが怖すぎます。ああチキンな私︶、
タトゥー
﹁・・・・ライダーズ・ハイ・・・聞いた事がある名前ね・・・そ
れにあのド変態の刺青・・・もしかして帝国のライダーズ・ハイ?﹂
姉がポツリと呟きました。
言い忘れましたが、ジンさんの顔の右半分は黒いタトゥーが奔り、
それは見る限り灰色のジャケットから覗く右腕まで続いている様で
す。
獣人と云えどその種類は数多あり、丸きり獣そのモノの人もいれば
ジンさんの様にヒューマの部分が強く出ている方もいます。
32
ジンさんは耳と尾が獣で全体的に薄い毛皮で頬の辺りまで覆われて
おり、黒い顎ひげをまばらに生やして、肩まで伸ばした黒髪はざっ
くりと後ろに流しています。
灰色の軍服・・・でしょうか、をだらしなく着崩し、袖を捲った太
い腕には先程の黒いタトゥーが生来の縞模様と相まって複雑な線を
描いています。
対するシーグさんはワイルドなジンさんとは対照的にすっきりとし
た顔立ち。その涼やかな青い目と真ん中ワケ目でさらりと整えた銀
髪は、ともすれば冷酷な印象を相手に与えます。ジンさんと同じ白
い白線が入った灰色の軍服をこちらは自分でアレンジしたんでしょ
うか絶対元はこうではない的に着こなしています。
私の好み的にはどちらも敬遠したい人達です。
いや、もっと普通の人がタイプなんですよ。こんな規格外な人では
なく。むしろ嫌。
﹁・・・スイーパーなら知ってて当然か・・・仰る通り、俺達は帝
国特殊部隊﹁ドグマ﹂のライダーズ・ハイです。﹂
通称﹁ドグ
私の好みなんぞ知った事かのシーグさんが、姉の問いに苦笑しなが
ら肯定しました。
帝国のライダーズ・ハイ兄弟。
それは世界で2番目に大きな国の、魔物専用討伐部隊
マ﹂の隊長と副隊長のあまりにも有名な名です。
なぜ通称が﹁ドグマ﹂って言うのかは知りません。コードネームみ
たいなものでしょうか。その有名な兄弟は、たった2人で何百匹も
の魔物を数日間で殲滅したとか、SSクラスのスイーパーでも難儀
する魔物達をあっさり片付けたとか、隊長はなぜか皇帝より偉そう
だとかとにかく規格外の話しか聞きません。
33
や、やばい・・・
依頼を受け損なう事態になってませんか。やはり時間通りに着けな
かったのが・・・あれ?
そうねぇ・・・途中魔物を倒しながらだけど1時間ほどかし
﹁お姉ちゃん、ここに来るまでどれくらいかかった?﹂
﹁?
ら。﹂
﹁・・・・1時間?4時間じゃなくて?﹂
﹁4時間もかるわけないでしょ。最初は入り組んでるけどあとは真
っ直ぐな道だったわよ?﹂
姉のガツーンな証言を聞いた私はぐりんっと体を反転させ、私を見
てニヤついてるジンさんを睨み付けました。
﹁・・・・遠回りしましたね?﹂
﹁クックックッ・・・やっと気が付いたのか?鈍いな。お前そうと
う方向音痴だろ。﹂
キイィー!やっぱり!オノレこの変態アーマノルドが!方向音痴で
悪かったわね!ほっとけ!
﹁あんな触り心地が良い尻、すぐ離すわけねぇだろ?堪能させても
らってだぜー。ごっそーさん。﹂
ゲフー!とでもいいそうな表情でしれっとするジンさんに、殺意に
近い怒りが湧くのは仕方ないですよね?
い
なので、姉とシーグさんにボコられるジンさんを放っておき、私は
依頼主に向きました。
い
﹁そんなワケでサダルさん、あそこで活き活きとジンさんをボコっ
34
てるのが私の本当のパートナーです。決してジンさんじゃないです
よ!やっと軌道修正が出来た所で、依頼内容を是非ぜひ聞かせて下
さい!﹂
ジンさんがパートナーでない事を念を押して否定し依頼ゲットです
よ!
サダルさんは、2人を相手にこれまた活き活きと殴り合うジンさん
を呆れた眼で見てから私に向き直ると
﹁そうだな、早速・・・と言いたい所だがもう夜も遅い。明日の朝
改めて話合おう。﹂
もう奴らは好きにさせておけと、悟った様に至極常識的に提案しま
した。
何か気遣われているかのようですが、多分サダルさんこそが早く休
みたいんでしょう。
そんな気配が濃厚です。
すぐ側で暴れている異常者達と違って一般人の空気を読むのが格段
に上手い私は、すぐさまサダルさんの本音を察する事が出来ました。
えへん。
﹁そういえばもう真夜中ですね。失礼しました。えーと、この村の
宿屋さんは何処に・・・﹂
﹁いや、宿は私の家に用意しているから今夜は招待させてくれ。﹂
私はサダルさんの大きなお屋敷とお屋敷の玄関がちっちゃく見える
ほど距離のある、だだっ広い庭を見渡しました。
﹁ありがとうございます。遠慮なく泊らせてもらいますね。そうと
35
決まったら・・﹂
私は繰り出されたジンさんの拳を楽々とかわし、蹴りをジンさんの
頭部に叩きこもうとして腕でガードされた姉に声を掛けました。
﹁お姉ちゃーん!今夜はサダルさんが泊めてくれるってー!もう遅
いからっ﹂
﹁よっ。﹂
へ?
﹁!!!・・・・ぎゃああぁぁあ!!﹂
何が起こったかって?
﹁遅いから﹂の辺りで私は、それまでそこにいたはずのジンさんに
いきなり掬われるように横抱きされると、サダルさんのお屋敷目掛
けて一目散に駆けだされたんです。
犯罪!犯罪の匂いがします!しかも頭に性がつく!
これでも急いでんだぜ?わかっ
﹁ジ、ジンさん!何してるんですか!降ろして下さい!﹂
﹁おいおい積極的だな。まあ待て
てる、俺も今すぐお前を喰っちまいたい。ベッドはもうすぐだから
よ。﹂
﹁誰がそこに降ろせと言ったか!!﹂
﹁何だよ我慢できねェってか?しかしさすがの俺も会ったばっかで
野外はな。まあそんなに言うんなら後で試してやってもいいが。﹂
﹁違うって言ってるでしょ!!!﹂
36
ドゴォオオン!!
その時です。
いきなり目の前に青白い閃光が奔ったかと思うと私達は大きな爆発
に包まれました。
後から聞いた話ですが。
叫び声を上げながら遠ざかる私とジンさんに、姉達は何もしなかっ
たわけではありませんでした。
すぐさま追いかけようとする姉を引き止めたシーグさん。
﹁ちょっと待った。﹂
﹁何でよ!さては・・・﹂
﹁違う。見ていて。﹂
シーグさんは親指と中指を合わせるとパチンと鳴らしました。
瞬時にジンさんが大爆発した・・・そうです。私も一緒に。
﹁ジュリアン!!!﹂
姉はもちろんビックリ仰天しました。
そして怒り心頭で爆風に髪を靡かせながらシーグさんの胸元を捻り
上げたそうです。
︵身長差どうしたの?︶
︵もちろん力尽くで跪かせたのよ。決まってるわ。︶
︵そ、そうなんだ・・・︶
﹁ちょっと!!ジュリは普通のヒューマなのよ!どうして・・・!
37
!﹂
﹁そうなのか?姉妹だからあの子も特別だと思っていたよ。どおり
で魔力も力も感じなかった訳だ。﹂
﹁ふざけないで!!﹂
﹁落ち着いてくれ。妹さんは大丈夫だ。それより今のうちに兄さん
を確保しないと。﹂
﹁確保って・・・どういう事よ!?アレを喰らったら確実に死ぬか、
相当運が良くても瀕死の重傷なはずでしょ!?﹂
﹁兄さんに関してだけは当て嵌まらないな。せいぜいが足止めぐら
いだよ。﹂
シーグさんは再度姉を促すと、走りながら姉に説明します。
﹁あの魔法は兄さんだけをピンポイントで攻撃できるよう、アレン
ジしたヤツなんだ。妹さんは驚いたかもしれないが少しも熱く感じ
てないはずだよ。﹂
﹁嘘だったらあなたを殺すわよ。・・・それにしてもあんたとあの
ド変態は何なのよ?私の攻撃をまともに受けてすぐに立ち上がるし、
さっきの攻撃魔法だって・・・。﹂
﹁その事については後で。﹂
シーグさんは姉の質問を手で制すると、地面に片膝を付いて頭を振
っているジンさんを見下ろしました。
姉は爆発の衝撃でジンさんから投げだされた私に駆け寄ります。
﹁ジュリ大丈夫?どこかケガは?﹂
私はしばらく放心状態でしたが、心配そうに覗き込む姉の顔に我に
返りました。
38
﹁お、お姉ちゃん・・・・ああ、うん、大丈夫。尻もちついただけ。
﹂
えぐ
﹁アチチ・・・こらシーグ、サダルの庭が抉れたぞ。どうしてくれ
んだコレ。﹂
まるで何もなかったようにジンさんは、大きく逆円錐形に抉れた地
面からシーグさんを見上げました。
し、信じられない・・・・・
攻撃魔法の中でも結構な威力のある高位魔法をまともに浴びたはず
です。
あれ一発で森に居たレベルの魔物なら数十匹は一瞬で消す事が出来
るんですよ。それくらいすごい魔法なんです。
気にするだけでいいんですか?
なのに・・・何で生きてるんですか?
サダルさんの庭
﹁アチチ﹂って、それだけですか?
﹁アチチ﹂でいいんですか?﹁アチチ﹂ダメでしょう!!﹁アチチ﹂
で済ませないで下さいよ!!
私は一緒に爆発したはずの私が五体満足な事にも気付かない程、頭
の中が﹁アチチ﹂で一杯になっている間にも事態は進行します。
﹁兄さんが妹さんを攫って逃げなきゃ抉れなかったんだけどね。ど
うにかするのは兄さんの方だろ。﹂
﹁えー﹂
﹁可愛くないから。あ、サダルさん、請求書は兄さん付けでお願い
します。﹂
39
シーグさんは追いついたサダルさんが大きく抉れた地面を見て、顔
冗談の通じねえ奴でよ。まい
を片手で覆ってため息をつくのを尻目にドライに言いました。
わり
﹁おうサダル悪ぃな。シーグの野郎
るぜ。﹂
嘘つけぇ!思いっ切り身の危険を感じたぞ!
﹁冗談?本気だったくせに。﹂
ほら、そう思ってるの私だけじゃないですし!
﹁お前が来るとなにがしか破壊していくな。﹂
﹁悪ぃ悪ぃ。﹂
ジンさんは穴から軽い動作で飛び出すとサダルさんの前に着地しま
した。
そして、憤然としている私に目を移すと
﹁ケガねえか?あったら言えよ。シーグをブチのめすから。﹂
むしろあなたがブチのめされて下さい。
私はジンさんを無視し、シーグさんに向き直ります。
﹁シーグさんありがとうございました。助かりました。﹂
﹁どういたしまして。それより悪かったね、突然の事でびっくりし
ただろ。兄さんじゃないけどケガはない?﹂
そして、なぜ私が無事だったのかを話してくれました。ああ∼なん
40
て優しいんでしょう。ジンさんの弟とは思えないくらいです。雲泥
です。さっきは異常者達と一括りにしてすいません。
﹁はいっ!だいじょ﹂
﹁ちょっと、早く説明してよ。﹂
私をズズズィッと押しのけ、姉がシーグさんを睨みつけました。
そんな睨まなくても・・・失礼ですよ。貞操の恩人に。
まあ姉がやるとおしゃまな子供がツンと背伸びしているようにしか
見えないんですが。
﹁はいはい。と言いたい所だけど・・・﹂
﹁その通り。いつまでも騒ぎを起こしている訳にはいかない。村の
皆に迷惑だろうからな。続きは私の家でしてもらおう。﹂
サダルさんは断固とした深い声で言うと、ガッチリとジンさんの腕
に手を掛け促して屋内へと歩きました。
用心のため姉とシーグさんに挟まれて私も続きます。
サダルさんのお屋敷では奥様が︵ヒューマのそれはそれは可愛らし
い︶真夜中であるにもかかわらず歓待してくれました。
暖かくて美味しい料理を堪能した後、私達はサダルさんの書斎へと
移動しました。
﹁さて・・・待たせたね。質問をどうぞ。﹂
シーグさんは食後のコーヒーを手に、優雅にソファに腰掛けると長
41
い足を組みました。
おおう・・・なんか迫力ありますな・・・へへ∼と平伏した臣下の
幻でも見えそうです。
﹁あんた達の噂は聞いてるわ。ほんと言うと眉唾物だと思っていた
けど・・・あんた達何なのよ。特に、﹂
姉は言葉を区切ると、シーグさんの隣に座り長い両腕を背もたれに
乗せ、これまた長い脚を組んだ、何処からどう見ても極悪人にしか
見えないジンさんを一端睨みつけてから続けました。
﹁・・・この変態は異常だわ。信じられないタフさに加えてあの攻
撃魔法が足止め程度ですって!?﹂
それに対するジンさんは私をガン見して、時折意味ありげに笑って
いた顔を︵私は明後日の方を向き決して目を合わせません︶姉に向
けると、フンとバカにしたように鼻を鳴らしました。
姉から何かが漏れ出る気配を感じます・・・主に殺意とか殺意とか
殺意とか。
シーグさんはコーヒーをサイドテーブルに置くと
﹁兄さんは特殊なアーマノルドの中でもさらに特殊でね。魔法が利
かない体質なんだ。﹂
へっ?
姉と私の目がテンになります。
それはそうでしょう。魔法とは自然界にあるありとあらゆるモノを
術者が精査、自分の魔力と練り合わせて発動しているのです。人も
42
同じ自然界の要素でできているのですから、生きている限り、影響
がないなんて事はあり得ません。
﹁一体どうして?そんな事可能なんですか?﹂
それ決定なんですか・・・
﹁俺はな、アンコ。﹂
それ・・・
﹁魔力がケタ違いにあるんだよ。そりゃ測定不可能なほどな。だが、
魔法は使えねえんだ。﹂
は?魔力はあるのに魔法が使えない?なんで?
﹁兄さんは詠唱しようが念じようが一切魔法が使えない。検査した
結果、この魔力は兄さんの体を頑丈で魔法が利かないタフな体に作
り上げている事がわかったんだ。いうなればコレが魔法そのモノと
言ってもいい。兄さんオリジナルのね。つまり兄さんは、元からの
強さと相まってとんでもない化け物と言うわけなんだ。﹂
﹁おい、人を珍獣みたいに言うんじゃねえ。﹂
慣れているのか、酷い事を言っているシーグさんにちょっとずれた
ツッコミを入れるジンさん。
﹁ふーん。こいつがおかしいのはわかったわ。でもあなただって充
分おかし﹂
﹁お姉ちゃんだってそうじゃない。﹂
姉からシーグさんが詠唱なし指パッチンで魔法を発動させた事を聞
いていた私は、姉がこれ以上失礼な事を言わない様にツッコみまし
た。私に﹁何で言うのよぅ!﹂と焦った顔をする姉。
43
さっきのお返しです。
﹁君も?﹂
片眉を心持上げて、シーグさんが意外そうに聞き返しました。
﹁お姉ちゃんも、詠唱なしに発動できるんですよ。外見はこうです
けど力も群を抜いてるし、SSクラスのスイーパーだし。自慢の姉
なんです。﹂
性格はアレですが。
心の中でそっ・・・と付け加えます。
取りあえず持ち上げとけ。姉と組むようになって習得した技です。
ニッコリ笑って姉を見るとそっぽを向いて
おだ
﹁そ、そんな事を言っても嬉しくないんだから!煽てたって何も出
ないわよ!﹂
ツンケンしていますが、耳が赤くなっているので多分照れてるんで
しょう。
こんな時は可愛いんですがねえ・・・・
﹁おい。﹂
ズイとジンさんの顔が視界いっぱいに広がり、息を飲んで私はソフ
ァ背面に可能な限り背中をくっ付けました。
﹁な、なんですか。﹂
﹁もう寝るだろ?寝るよな。﹂
44
﹁は?え、ええ。そうですね、もう結構な時間ですし・・・・疲れ
ましたし。﹂
最後の方、じと目でジンさんを見ますが、そんなモノが通じる程、
繊細でも気遣う性格でもなさそうなジンさんは・・・・
﹁フッフッフッ・・・・﹂
何ですかその笑いは。不気味です。
﹁ジン・・・夜這いするなよ。﹂
ジンさんの笑いを見て、多分この場に入る全員が思っただろう事を
サダルさんが言いました。
﹁夜這い?バカいえ、襲うなら堂々と襲うわ。﹂
コソコソも堂々もするなよ!一体何なんですかこの人。
いや、そもそもこんな平凡で普通のヒューマに、なぜそこまで変態
かましてくるんですか。
ジンさんみたいにもの凄く強くて︵好き嫌いが極端に分かれそうだ
けど︶顔のいいアーマノルドだったら選り取り見取りでしょうに。
この人を惹きつける要素なんて一欠片も持ってなさそうな私にどう
して・・・・・やっぱ尻なのか?尻さえあれば何でもいいのか?
ジンさんと自分との、あまりの対比に内心首を捻る私を尻目に、そ
の夜は解散となりました。
あ、ちなみに夜這いはありませんでした。確かに襲われはしなかっ
たんですけどぉ・・・・
45
だからって朝襲ってくんなあぁぁああ!!!
46
Let's go 遺跡
フラインブル姉妹が就寝のため退出すると、私はジンに視線を向け
た。
視線に気付いたジンは、それまで穴を開けるかのように姉妹の片方、
ジュリアンを見ていた眼を私に向けた。
﹁何か言いたい事でもあんのか?説教ならお断りだぜ、サダル。﹂
﹁言った所で聞いたためしがあったか?無駄なのは充分知っている。
﹂
私はジンがやらかした数々の出来事を思い出しながらため息をつい
た。
それにジンが肩を竦める。
私はかってジンの部隊で副隊長を務めていたのだが、本来の任務と
並行してコイツに付き合い、騒動に巻き込まれたり後始末を付ける
事も同じくらいあった。
シーグが成長し、私の後を任せられる様になって来て、ジンもまあ
まあ大人しくなってきたのを潮に引退し、その頃出会った妻と故郷
に戻ったのだ。
﹁兄さん・・・どうしたんだ?女好きなのは知ってるけどジュリア
ンに対してしつこくないか?﹂
それは私も疑問に思っていた事だ。
ジンは自他共に認める女好きである。
奴の興味がある事と言えば一に、より強いモノと闘う事、次に女性
を追いかける事だ。
47
だが、一度断られれば二度は声をかけず、次の女性を追いかけるの
が今までのスタンスだったのだが・・・
﹁俺はよう、シーグ・・・クックックッ・・・・・﹂
静かに笑うジンに背筋がぞわぞわとする。
嫌な予感しかせん。
まさか・・・・・
﹁ついに見つけたかもしれねえぜ。俺だけの女神をな。﹂
!!
やはり・・・朗らかな笑顔のジュリアンが浮かび、そして消えた。
﹁・・・彼女・・・すごく迷惑そうにしてたけど?﹂
うむ。明らかに嫌がっていたな。
先程もジンはジュリアンから目を離さないのに彼女は逸らしまくっ
ていたしな。
﹁ああ、あの顔な・・・たまらねぇ、あの嫌がる顔と怯える顔・・・
無茶苦茶ソソられるぜ。﹂
ニタァ・・・と凄味のある顔で笑うジンは決して妻子供には見せら
れん。
﹁・・・嫌がる顔と怯える顔がか?普通は喜ぶ顔とか・・・嬉しい
顔とかではないのか。﹂
48
ジンは片眉を上げてさもつまらなさそうに私を見ると、
﹁まあ、そんな顔もいいけどよ。そんなのチョイと優しくされりゃ
誰にだって向けンだろ?・・・俺はな、そんなモノじゃ我慢できね
ぇんだよなぁ・・・俺だけが与える痛みや脅しに俺だけに向けるア
ンコのあの顔が見てぇ・・・・興奮するぜ・・・あ∼今すぐヤリて
え。﹂
言い切ったジンは長い舌で自身の上唇をまるでジュリアンを舐めて
るが如くゆっくりと舐めた。
これは・・・相当危険なのではないか。なんとかせねば近い内にジ
ュリアンの貞操は散るかもしれん。
いや、それよりも・・・・もっと大変な事が起こる。
私は腕を組んで熟考しているシーグに目をやった。
﹁シーグ・・・・﹂
﹁無理なんじゃないですか?俺には無理ですね。サダルさん止めて
みますか?﹂
私は緩く頭を振った。
﹁そうではない・・・・お前に多大な同情をしている所だ。﹂
﹁ハァ・・・それはどうも。兄さん・・・ジュリアンは弱いヒュー
マだよ、それにあの厄介な姉もいる。わかって言ってるんだろうね。
﹂
﹁あのまな板女か・・・確かに強いが俺程じゃねえ、どうとでもな
るさ。それより一番厄介なのはアンコだろ。﹂
ジンは顔を顰めると並々と注いだブランデーを一気に飲み干した。
確かにジンの言うとおり。ヒューマとアーマノルドの組み合わせほ
49
ど厄介なモノはない。私も今の妻と連れ添うまでには多大な労力と
時間を要した。
﹁ジン・・・お前に出来るのか?ジュリアンを壊さずにいられる事
が。﹂
﹁・・・さあな。アイツ次第だ。﹂
﹁う、ん・・・もうちょっと寝かせてよお姉ちゃん・・・クタクタ
だったんだから・・・﹂
心地いいふんわりベッドに深く身を沈めた私は頬を撫でる姉の手を
払いのけました。
が、姉はまた私の頬を撫でます。ウウと唸って再度払うと手は顎を
伝って小さくもない、大きくもない私の胸をやんわりと揉みしだき
ました。
・・・・・・・・・揉みしだく?
﹁ぎゃああああああ!!!﹂
私は目を開けた瞬間、目の前一杯に広がった光景にあらん限りの叫
び声を上げました。
その光景とは。
どうやって部屋に入ったのか︵ジンさんの昨夜の嗤いを見て、姉が
幾重にも魔法で封をして置いたのです︶ジンさんが私に覆い被さり
片手で私の唇を、もう片手で私の胸をモミモミしている何ともなモ
50
ノでした。
﹁もうすぐ朝飯の時間だからよぉ、起こしに来てやったぜ。俺って
気が利く男だろ?﹂
唇に当てていた手もいつの間にかもう片方の胸に移動させて、ジン
さんは手前勝手な事を並べます。
﹁何が気が利くですか!勝手に胸を揉まないで下さい!﹂
ジンさんはニヤリと笑うと胸の頂に指を置きそっと摘まみました。
ピクン!
今までに味わったこともない異質な感覚に私の体が僅かに波打ちま
す。
﹁・・・あっ・・・んっうう!・・なに・・?﹂
﹁感度いいな。胸も蕩けそうなくらい柔らけぇ。尻もいいが此処も
いい。お前ってヤツは本当に・・・・俺好みの女だな。﹂
﹁∼∼∼やっ!!!退いて下さい!触らないで!﹂
﹁ンなつれねぇ事言うなって。真っ赤になっちゃって可愛いねぇ。
もっとキモチ良くしてやろうか?ん?﹂
そう言いながらゆっくりと黒いタトゥーに彩られた凶悪な顔を、大
きな手に包まれた胸に近づけました。
このどエロ獣人がぁぁああ!!!
私が怒りと恐怖に震えながらも、もう一度叫び声を上げようとした
51
時です。
スパアァァアアン!!!
小気味いい音が聞こえたと思うとジンさんがベッドからすっ飛んで
床を転がっていき、壁に大穴を開けて消えました。
私が横を向くと肩を上下させた姉が、身長ほどもある巨大なハリセ
ンを手に仁王立ちしている所でした。
その背後には呆れた顔のシーグさんも見えます。
﹁ちょっと目を離した隙に・・・まったく油断の出来ない変態だわ。
﹂
ため息をつきながら姉は、今日はふんわりとクルクルに巻いたお姫
様ちっくな巻き毛を撫でつけました。
﹁いつまで寝てるのジュリ。朝食が済んだらサダルさんに依頼の内
容を聞くわよ。﹂
﹁この先に問題の遺跡がある。﹂
サダルさんは地図のある一点を指して今回の依頼を説明し始めまし
た。
﹁魔物達はどういう訳かここを中心に集まっているようなのだ。﹂
52
サダルさんの話によると、ここ数年で急激に魔物による被害が増大
している事に懸念したサダルさん達が調査したところ、どうも最近
発見された遺跡と何がしかの関連があるようだと結論付けました。
が、
﹁何しろ魔物が多くてな。調べるのもままならん。﹂
サダルさん達自警団が何とか原因を探ろうとしますが、その遺跡を
取り囲むように魔物がわんさかいる様で近づく事さえできないとの
事。
もう自分達の手には負えないとスイーパーに頼む事にしたのでした。
﹁もう村では対処できない程魔物から被害を受けている。それだけ
ではない、近くにリゾートホテルがあっただろう?そこのオーナー
達も困っててね。彼らからも頼まれていていわばこの依頼は私達だ
けでなく彼らも含まれているんだ。﹂
﹁すみませんサダルさん。俺達も帝都周辺ばかりではなく町や村な
どに派遣されればいいのですが。﹂
シーグさんがすまなそうに眉を顰めて謝ります。
そうなんですよね。ジンさん達﹁ドグマ﹂はあくまで帝都に近づく
魔物を退治するのが役目で、その他の町や村などの魔物は自分たち
でどうにかしろよ的な冷たいモノなんです。まあ、だから私達スイ
ーパーがやっていけるんですけどね。
﹁気にするな、シーグ。お前達は充分にやっている。どれだけの者
達がお前達に感謝していると思ってる。今回の事だって規則違反で
来ているのだろう?﹂
サダルさんは優しい眼差しでシーグさんに話しかけました。
53
何か事情がありそうですね。任務の話でしょうか。興味ありますが
厄介事だったらイヤなんでスルーで。
﹁いえ、兄さんの退屈しのぎに付き合っているだけですよ。いつも
の事です。﹂
﹁親衛隊の連中にまた睨まれるぞ。﹂
﹁それこそいつもの事だろうが。俺らが何をしようと全部気に入ら
ねえんだろ。それによう、何でこの俺様がアイツらに気を使わなき
ゃあなんねんだ?﹂
顎に手を当てて組んだ足に肘を乗せ、椅子に座ったジンさんは心配
げに眉を寄せるサダルさんにどうでもよさそうに返しました。
親衛隊とは皇帝とその親族、皇后とか皇太子とかその伴侶とかの身
辺を警護する方達です。帝国中から選り優れの強ーい方達を集めた
騎士みたいな集団です。その皇帝に対する忠誠心は半端ないとか。
ジンさん達と仲悪いのかなぁ。
﹁依頼内容は遺跡の調査と魔物との因果関係があるかどうか。頼ま
れてくれるか、ヴァイオレット、ジュリアン。﹂
サダルさんは心配そうに今度は私達を見ました。
確かに依頼内容はSSクラスの姉でも難儀しそうなものですが。
﹁引き受けるわ。遺跡とやらも面白そうだし、最近イライラしてる
からストレス発散にも役立ちそう。﹂
﹁そうか・・・だが無理そうだったら途中でやめてもらいたい。君
達に死んでほしくないのだ。﹂
﹁それも依頼?私にもプライドがあるのよ。﹂
﹁命の方が大事だからね。依頼だと受け取ってもらっても結構だ。﹂
﹁・・・・高くつくわよ。﹂
54
﹁いいとも。﹂
サダルさん!地味な容貌なのになんて男らしいんですか!惚れちゃ
いそうです!妻帯者なのが残念なくらいです!お姉ちゃんもカッコ
いい!こんな時だけですが!しかも絵面は祖父と孫が話をしている
お姉ちゃん行ってらっしゃい。気を付けてね。﹂
ようにしか見えません!
﹁じゃあ
私は笑顔で手を振りました。
﹁なに言ってんの、あんたも行くのよ。﹂
﹁ええええー!なぜに!﹂
私は目をひん剝いて姉に抗議しました。
﹁サダルさんの話を聞いてなかったの?遺跡はヒューマの手じゃな
きゃ扉が開かないそうよ。私が魔物を引き受けるからあんた開けて
頂戴。﹂
﹁そ、そんな・・・﹂
いやいやいや!!最近のお姉ちゃんって私がただのヒューマなんだ
って事忘れてんじゃないかと思うんですよ!この前なんて魔物の巣
に置き去りにするしさ︵姉が魔物達を倒して無事帰還した後私は姉
と一ヶ月口を利きませんでした︶!
今回だってお姉ちゃんの注意が逸れた時にパクッとやられたらどう
するんだ!え!?自慢じゃないけど即死だぞ!
﹁サダルさん!﹂
55
私はこの中で一番良識派だろうサダルさんに縋りつきます。
﹁・・・・本当に何か特技はないのか、ジュリアン。﹂
﹁ないです!欠片もありません!逃げ足も早くありません!魔法な
んてLEVEL2なんですよ!この依頼完璧SSクラスですよね!
ず
?私みたいなヘタレが挑むなんて冗談みたいでしょ!?身の程知ら
ずですよね!頭が高いって言ってもいいですよ!!﹂
サダルさんは落ち着けとばかりにどうどうと私の肩を優しく叩いて
宥めます。
﹁そんなに弱いのならなぜスイーパーなどになったのだ。﹂
﹁それには聞くも涙、語るも涙の深い事情があるんですがそれはま
た後で!そんな事より姉に言ってやって下さい!﹂
﹁残念だがパーティーのメンバーを決めるのは私の権限ではできな
い。すまないな。﹂
オイィ!さっきの男気はどうした!どうして私の時は発動しないん
ですか!そんなごめんねって顔しても許しませんよ!
﹁心配すんな、アンコ。俺が付いてってやるよ。﹂
その時それまで黙って成り行きを見ていたジンさんがダルそうに口
を挟みました。
・・・・・・・・・・・・・・。
﹁何だよその目は。﹂
ジンさんが不機嫌そうに私を見ます。
56
だってなぁ・・・
﹁その代り胸を揉ませろとかお尻を触らせろとかっていうんじゃな
いかなぁって﹂
じょーだん。お前ともっと一緒に居たいだけだ。
いいです。﹂
﹁その通りだ。﹂
﹁じゃあ
﹁じょーだんだよ
﹂
﹁ジンさんの﹁じょーだん﹂って全然冗談に聞こえないんですよ。
ナゼですか。あとそれは嘘っぽいです。﹂
﹁全部本気だぜ?﹂
﹁はい嘘!﹂
さ
ケケケと笑うジンさんをビッと指で指してツッコむ私。
その傍らでは
﹁・・・・意外とうまくいくんじゃないんですか。﹂
﹁うむ。ジンとあんなに気軽に話す女性は珍しいな。﹂
﹁ちょっと、なんの話?嫌な気分になるんだけど。﹂
等の会話がなされていたのを知る由もありませんでした。
﹁準備は整ったかな?では行こう。﹂
57
準備を整えるため、サダルさんのお屋敷にもう一泊した翌日の早朝。
シーグさんの涼やかな声とともに私達奇妙な一行は、最初に来た方
向とは逆の方へと森を分け入っていきました。先頭がシーグさん、
姉、私、ジンさんの順番です。
じい∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁あの、ジンさん。﹂
じいぃぃ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
﹁なんだ。疲れたか。抱っこしてやろうか。﹂
﹁いいです。そんな事よりジンさんの視線むっちゃ感じるんですけ
ど。﹂
出発してからずううっと、上はうなじの辺りから下は足首の辺りま
で舐める様なジンさんの視線を感じます。
﹁バッカ、見てねえよ。自意識過剰だな。そんなんじゃ男に相手さ
れねぇぞ。﹂
﹁・・・・・・。﹂
私は斜め掛けしていた荷物でお尻を隠しました。
﹁おい荷物が邪魔だぞ。尻が見えねえじゃねえか。﹂
見てんじゃん!!しかも見るのが当たり前の権利みたく言うな!無
駄に偉そうなジンさんの口調に青筋立ちまくりです。
時折現れる魔物を倒しながら私達はどんどん遺跡へと近づいていき
58
ました。
それにつれ森はもう空さえ見えない程生い茂り、昼だというのにま
るで暗い洞窟の中に居る様な薄暗さです。魔物たちもどんどんレベ
ルアップしてきて、最初は小突く程度だった攻撃が3人とも技など
を繰り出すようになってきました。とは言ってもまだまだ余裕たっ
ぷりです。
﹁なんだよなんだよ。ちったぁ楽しめると思ってたのにガッカリさ
せんなよなー。これじゃあ遺跡とやらも大した事ねぇんじゃねえか
?﹂
私に合わせて休息中にジンさんがぼやき始めました。
﹁いい事じゃないですか。安全が一番ですよ。このまま楽勝で突っ
走りましょう!﹂
ジンさんは安全から100万キロ以上かけ離れた目でギロリと私を
睨みつけました。
お茶を飲む所だった私はフリーズします。
﹁退屈なこと抜かしてんじゃねえぞ。安全だと?つまらねぇ事言い
やがって。﹂
ジンさんはけっと吐き捨てるように言いました。
﹁コラぁ!私は一般人だぞ!か弱い非戦闘民なんだからな!安全第
一に決まってるだろが!﹂
・・・・・なんてとても言えないのでせめて脳内で叫びます。そこ
!情けないなんて言うな!2mを超えるバカでかい体躯に硬ったそ
59
ーな筋肉、漆黒と薄墨色がバランスよく配色された毛皮、揺らめく
長い尾そしてあんな・・・・あんな冷たい鋼の目で睨まれたらもう、
震える事しかできないよ!
﹁でも確かに手応えがないな・・・サダルさん達が難儀するぐらい
ならもう少し手強いと思ったのに。﹂
﹁そうよね。魔物の数も想定したより少ない気がするわ。まさに拍
子抜けね。﹂
シーグさんも姉もふに落ちない顔で首を傾げます。
﹁でも段々レベルアップしてるようだけど。﹂
﹁そうだけど・・・歯ごたえがなさすぎるわ。﹂
﹁お姉ちゃん達が強すぎるんだよ。﹂
﹁それは否定しないけど。﹂
しないのかよ。
﹁とにかく遺跡まで行って調べてみましょう!モヤモヤがすっきり
するかもしれませんよ!﹂
場を盛り上げるように元気よく私は言うと、立ち上がってやる気な
さそうなジンさんを促してゴールを目指しました。
﹁うわー!あれが!意外と大きい!﹂
60
森を抜けると切り立った崖の上に出ました。
眼下にはまだまだ壮大な森が続き、さらには滝でしょうか水煙みた
いなものも見えます。
そして私達の真下、窪地みたいな場所に問題の遺跡がその存在感を
堂々と表していました。
いくつもの支柱が並ぶ中心にはピラミッド型の建物が見えます。
﹁よし、降りて間近で見てようか。﹂
そう軽く言うとシーグさんは太陽に輝く純白の羽を広げ、ひょいと
姉を抱えて崖をポンと飛び降りました。
﹁きゃあああぁぁぁ・・・・﹂
姉の叫び声が見る間に小さくなっていきます。
﹁お姉ちゃん・・・﹂
私は崖の上で膝を付いて覗き込みます。
﹁俺らも降りんぞ。﹂
﹁へっ?﹂
気が付くと私はジンさんに荷物の様に抱えられていました。
﹁よっ。﹂
そしてそのままダイブ。
﹁ぎゃああああ!!!!﹂
61
バキバキバキッ!
途中、崖の表面に生えてる枝や突き出る岩などを粉砕しながらジン
さんはドドオォン・・・と地上に降り立ちました。
﹁・・・何してんだお前ら。﹂
息も絶え絶えの私を降ろした後、ジンさんが呆れたように呟くのが
聞こえます。
私が腰砕け状態の四つん這いのままそちらを見ると・・・
﹁いっいきなり飛び下りるだなんて何考えてんのよ!普通っ!一言
声をかけてっ!断ってからするもんでしょ!﹂
地面に転がった︵たぶんまた引き倒されたのでしょう︶シーグさん
を姉がげしげしと思いっ切り足蹴にしていました。
ああ、お姉ちゃん高所恐怖症だからね・・・・
﹁なによ。あんたが悪いんだからね。﹂
姉の見た目は力のなさそうな小さな足を︵実際は巨岩を一撃で粉砕︶
、軽々と手で受け止めていたシーグさんがじっと姉を見つめていま
す。
?
すごい真剣な顔です。一体どうしたん
﹁黒のレースか・・・意外と大人っぽい下着を履いてるんだね。﹂
62
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
メキィッ
姉のかかと落としがシーグさんの顔面に炸裂しました。
﹁ジンさんの弟さんですねー。そっくりです。﹂
納得した私が今度は高速ビンタされているシーグさん︵また何か言
った様です︶を半目で見ていると
グイッ
﹁そうか?おっピンクの豹柄。﹂
四つん這いになった私のウエストを指で引っ掛け中味を覗いたジン
さんが返事をしました。
私の叫び声に姉がジンさんにも顔面踵落としを叩き込んだ後、私達
は漸く扉前まで来ました。
﹁兄さん。﹂
63
﹁ふあぁ∼あ。なんだ。﹂
退屈なんでしょう。ジンさんが大あくびをしながらシーグさんに返
事をします。
﹁探査されてる。﹂
﹁ふ∼ん。バルブのジイさんか?﹂
﹁・・・・違うようだね。帝国の・・・・宰相組の様だ。﹂
﹁そうか追い返せ。﹂
﹁了解。﹂
シーグさんが強い眼で見えない空中の何かに向かってガンを飛ばし
ました。途端、バシッと音がして弾けるような光が瞬いたと思うと
消えました。
﹁・・・い、今の何ですか?﹂
﹁うん?俺達の後を付けてきた帝国の探査さ。﹂
﹁それを追い返しちゃったんですか?まずいんじゃないですか。﹂
﹁しかも無理矢理弾き返してね。あれじゃあ術者死んだんじゃない
?﹂
﹁そうだね。よくてもう探査の術は使えないね。﹂
﹁ひど・・・。﹂
﹁ひどくねーよ。不躾にも俺らにストーカーかましてんだぞ。死ん
で当然だろうが。﹂
﹁じゃあ不躾にも私にセクハラかましてくるジンさんはどうなんで
すか?﹂
なんなんです。﹂
﹁なに言ってんだ、セクハラなんかじゃねーよ。﹂
﹁じゃあ
﹁ありゃスキンシップだ。﹂
﹁ふざけ・・・﹂
64
ズシィン・・・
私がジンさんに抗議しようとしたその時地響きを立てていらっしゃ
いました。
モンスターブックで調べなくても一目でわかるSクラスの魔物さん
達が。ちょうど3名様。
﹁ククク・・・よお∼やく楽しくなってきたなぁ。﹂
嬉しそーにジンさんはニタァと﹁The☆邪悪﹂な笑顔を浮かべま
した。
﹁ジュリっ!そこに丸い穴があるでしょ!そこに手を入れて!﹂
姉は巨大な獅子の様な魔物に攻撃魔法を次々と浴びせながら指示を
出します。
シーグさんは蛇の様な魔物と私の手前で、そしてジンさんは・・・・
﹁ヒヤッホウ!おいお前!簡単にくたばんじゃねえぞ!もっともっ
と俺を楽しませろ!!﹂
他の2体と比べると明らかにレベルが高い、真っ赤なドラゴンと大
はしゃぎで戦っています。
﹁穴・・・穴・・・あった!﹂
65
3人が壁の様に私を魔物から守ってくれるお陰で落ち着いて扉の鍵
を捜せました。
﹁手を入れたよ!あっ!﹂
手を入れた瞬間、穴はしゅるしゅると急速に縮み、ガッチリと私の
手を飲み込んでしまいました。
﹁きゃっ!ちょっ!﹂
何か自動式の魔法が働いているのでしょうか。押しても引いても手
が出ません。
そうこうしている内に姉とシーグさんが魔物を倒し、こちらにやっ
てきました。
﹁何してるの?﹂
﹁手が抜けない∼。この後どうするの?﹂
﹁知らないわ。サダルさんにはこの穴にヒューマの手を入れれば扉
が開くとしか聞いてないもの。﹂
﹁んなアバウトな・・・﹂
﹁何かスイッチとか扉を起動させるようなモノはない?おーい兄さ
ん!そろそろ遊びは終わりにして、こっちに来てくれ!﹂
シーグさんは私にアドバイスをくれると私から見ても遊んでるよう
にしか見えない、ジンさんを呼びました。
﹁チッ!ここまでかよ。﹂
ジンさんは大きく舌打ちするとあっさりドラゴンの首を捩じ切り、
それをポイッと不法投棄しました。大量に吹き出す血を器用に避け
66
ながらこちらにやってきます。
﹁どうした。﹂
﹁・・・・・・えっ・・・あ、ああ、手が・・・抜けないんです。
今スイッチか何かあるのを捜してるんですけど・・・﹂
私は呆けた頭を急いで現実に戻すと手探りで穴の中を指を動かしま
した。
﹁あっ!何かありました!押してみますね!﹂
ざらざらとした突起を力を込めて押すと・・・
私の真後ろ、今まで何の変哲もなかった石畳がスライドして階段が
現れました。
﹁・・・これが入り口ね。ご苦労様ジュリ。行くわよ。﹂
うーんうーん。
﹁・・・・なにしてんの。﹂
﹁ぬ、抜けない・・・。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁・・・他に何かない?﹂
シーグさんが私の横からカギ穴を覗き込むようにして調べます。
何か・・・何かないか・・・
ん?
67
﹁あっ!下の方に何かあります!太い・・・杭の様な・・・﹂
﹁それかな。﹂
﹁んっ・・・あ、握れます・・・動かしてみますね。﹂
﹁なんかヤラシいな。﹂
エロ獣人は黙れ!
私はジンさんをスルーすると杭を下方向へと動かしました。
ゴゴゴ・・・・
振動が走ります。息を詰めてジッとしていると・・・
ガクンッ・・・
いきなり私の立っていた石畳が揺れたかと思うと、それはエレベー
ターの様に地下へと落ちました。
勿論私を乗せたまま。
68
手の早い男
ギギギ・・・
ハッと我に返るとジュリを飲み込んだ空間をまるで蓋をするように
別の石畳が動いた後だった。
いち早く動いた変態が手をかけるが遅かったようだ。石畳はまるで
最初からそこにあったかのようにぴったりと閉じてしまった。
﹁くそがっ!﹂
変態が悪態をつく声がやけに響いたのは私も舌打ちしたい気分だっ
たからだろうか。
﹁この石畳、壊そうか?﹂
変態2が冷静に聞く。
﹁やめとけ。力の加減が難しいぞ。この遺跡結構厭らしい設計して
んぜ、下手に手え出したら遺跡ごとぶっ壊しかねねぇ仕掛けになっ
てる。﹂
苦々しい顔で遺跡を睨みつける変態。
﹁そういう事ならそこの階段を降りるしかないようね・・・あんた
達どうする?私としては帰ってもらいたいけど。ジュリは私が助け
るわ。﹂
69
私がバカどもを見上げると、早速変態が絡んできた。
﹁ああん?何言ってんだお前、行くに決まってんだろ。テメエこそ
引っ込んでろ。﹂
﹁ジュリは私の妹よ。助けるのは当たり前でしょ?あんた達は関係
ないじゃない。﹂
﹁ありまくりだボケ。アンコは俺の﹂
﹁早く行かないとジュリアン危ないんじゃない?遺跡の中にも魔物
がいるかも。﹂
私と変態は睨みあっていた顔を、腕を組んで静観している変態2の
方へ向け、腹立たしい事に同時に叫んだ。
﹁わかってるわよ!﹂
﹁わかってんよ!﹂
ムカつく事に私を力づくで押しのけ、いの一番に階段を降り出す変
態。
殺してやりたい・・・多分できないだろうけど。
﹁余計なお世話だけど。﹂
﹁わかってるなら言わない方がいいんじゃない?﹂
﹁いや、敢えて言うよ。兄さんよりジュリアンを早く見つけた方が
いい・・・さもないと、﹂
﹁本当に余計なお世話だわ。そんなことわかってるわよ。﹂
アイツが先に見つけた時点でジュリの貞操は破られたも同然だろう。
何としてでもアノ変態の魔の手から妹を守らなければならない。
それにしても・・・
70
﹁ねえ、アンタのその羽どうにかならない?音がウザいわ。﹂
今私達は遺跡の階段を降り切り、せまい通路を2人縦に歩いている。
前方を歩いている変態2に通路は狭すぎるらしく、窮屈そうに背を
屈め、壁に擦れる体を億劫そうに縮めていた。
その擦れる音がザリザリとうるさい。
しかも変態2の大きな羽はさらにうるさくゴリゴリと天井を削って
いた。
﹁どうにか?できるよ。そんなにうるさいかな、音に敏感なんだね。
﹂
﹁うるさいから言ってるんじゃない。早くしてよ。﹂
変態2はため息をつくと一瞬、魔力を感じた。と、見る間に羽は小
さくなり消える。
﹁あんたバルシンよね。﹂
﹁そう。ま、そう言ってもアーマノルドにぐっと近いバルシンかな。
﹂
﹁でしょうね。私の攻撃を軽々と受け取れる限り、アーマノルドの
血が濃いようね・・・それにしても・・・伴侶がいるのよね?﹂
﹁おや?俺に興味を持ったのかい?﹂
﹁まさか。﹂
﹁フフフ・・・いいや。まだ伴侶は見つけていない・・・﹂
﹁・・・・なるほど。あんたも特殊中の特殊なバルシンってわけね。
﹂
バルシンは雌雄一体で一見しただけでは男か女わからない中性的な
姿をしている者が多い。
71
だが目の前の変態2は明らかに男性体だ。しかも伴侶はいないとき
た。
多分嘘ではないだろう。
彼らアーマノルドは伴侶をとても大事にする。
伴侶の事では小さな偽りや冗談でさえも口にはしない種族だ。
この事柄では一番厄介な種族。
コイツはアーマノルドに、恐らく極端に近いバルシン・・・・やや
こしくてしょうがない。
まあ、あの変態にはこれくらいじゃないとついていけないのだろう
けど。
﹁おい。﹂
先頭を歩いていた変態がこちらを振り向いた。
背を屈めていない辺り、どうやら先は広くなっているようだ。
近くまでいくと道は更に3つに別れていた。
﹁俺は真ん中を行く。お前らどうする?﹂
﹁私は右に行くわ。﹂
﹁じゃあ俺は左へ。2人とも、ジュリアンを見つけたら他の者に思
念を飛ばしてくれ。﹂
﹁おーう。じゃあな。﹂
﹁わかったわ。﹂
ジュリ。
72
必ずあの変態から守ってあげるからね。
ま、でも当然と言えば当然だけど、その間の事は自分でどうにかし
なさいよ。
姉がそんな酷いメッセージを送った事など知る由もない私は目下の
ところ、一応無事でした。
石畳が下りきるとそこは何かの装飾が壁一面に掘られただだっ広い
空間でした。
なぜか壁の上の方は段々になっていて天井は高く、そこにも何かの
プレートが掘られています。
﹁はぁ・・・どーしよ・・・いい加減外れてくんないかな。手痛い。
﹂
そう。まだ私の手は鍵穴付扉?に捕らわれたままです。
闇雲にスイッチを押したり引いたり、捜したりしましたがうんとも
すんとも。
何かの手ごたえ、どっかに移動したりなんかの扉が開いたりするこ
ともありませんでした。
﹁お姉ちゃーん・・・早く来てーここ何か怖いんだよー嫌な予感が
ビシバシすんだよー・・・今回はジンさん達もいるから頼もし・・・
・ハッ!﹂
73
この状態のまま・・・もし・・・もしジンさんに見つかったら・・・
?
・・・いや!いやいやいや!お姉ちゃんもいるし、シーグさんだっ
ているじゃないか!あの2人がいるから大丈夫!嫌な想像をして只
でさえガタ落ちのテンションを下げるんじゃない自分!
﹁・・・でも、もし、もし手分けして捜してたら?・・・・ジンさ
んが先に私を見つけたら?﹂
ヤバい!絶っっっ対ヤバい!!
私の脳裏に今朝の好色そうなジンさんの顔が浮かびます。
その存在自体が常識外れのドエロ変態アーマノルド。
只でさえ弱いのに拘束までされてるヒューマ。
極めつけは誰もいない部屋。
逃げ場なし。
﹁お姉ちゃーーーん!!!助けてぇええ!!ここですよーー!!あ
なたの妹はここにいますー!!﹂
74
私はあらん限りの声で叫びますがこの声がもしジンさんに聞こえて
たら・・・と思うと急いで口を閉じました。
ううう・・・助けも呼べないなんて・・・どうしたら・・・何でこ
んな目に・・・やっぱ来るんじゃなかった。
ため息をついた私の耳に
ズルリ・・・ヌチャ・・・
と言う粘着質な音が・・・・たちまち凍りつく私。
き、きききき気のせ・・・・
ビチャン!!ビチャビチャ!!
絶対に聞き間違いを許さない音が背後から聞こえ、私はギギギと音
がしそうなほどのぎこちなさで後ろを振り返りました。
﹁ぎゃああああああ!!!﹂
でっかい、むちゃデカイ触手の魔物がそこにいました。
何処が頭で胴体なのかわからない程触手にまみれている体。
その触手から出ているのでしょうか粘液がてらてらと緑色の体をて
からせています。
私はあまりのおぞましさに全身に鳥肌が立ちました。
魔物はズルリ、ズルリとゆっくりですが確実に私の方へと向かって
きます。
﹁お姉ちゃーーーん!!!シーグさーーーん!!!この際ジンさん
75
でもいいですから助けてええええ!!!﹂
もう形振り構ってはいられません・・・生命の危機です!例えジン
さんに先に見つかり、胸だの尻だの揉まれまくろうとも命には代え
られません!モミモミ上等!バッチこいや!
・・・んな決意をしなければならない私はなんて不幸なのでしょう
か。
しかし背後の生臭い気配にあっとなります。
いつの間にこんな近くまで・・・触手魔物はぬらぬらした触手の束
を持ち上げ、攻撃の姿勢をみせました。
ーその頃の姉ー
﹁これは・・・﹂
私は目の前にある緑に輝く小さな玉を見詰めた。
ーその頃のドエロ獣人の弟ー
﹁何とも・・・厄介なモノを見つけてしまったな。﹂
俺は遺跡に相応しく、大袈裟に祭られている紅い玉を無造作に手に
取り呟やく。
76
﹁うっうっ・・・気持ち悪い。﹂
私は触手の不快な粘液を浴び、ベッタベタのドッロドロになってい
ました。
しかもそれだけではありません。
どういう構造になっているのか触手の粘液は私の衣服を所々溶かし
始めたのです。お陰で際どい所まで剥き出しになってしまい、20
歳の、花も恥らう乙女の身では死の間際であろうがなかなか羞恥に
顔を赤らめる事態です。
﹁グジュルル!!﹂
声なのか、粘つく粘液の音なのかわからない何かが聞こえたと思っ
たら触手が一斉に襲いかかってきました。
﹁いやぁああ!!・・・誰かっ!!﹂
ドガアッッ!!
﹁おいおい・・・こりゃ、けしからん太ももだな・・・あ、間違え
た。けしからん魔物だな。﹂
私が叫び声を上げると同時に、ジンさんは壁をぶっ壊してナイスタ
77
イミングで空間に現われました。
すぐさま私に襲いかかる触手魔物を上空に蹴り上げると、自身も飛
び上がって回し蹴りを叩き込みました。それはよかったんですけど・
・・・私の状態を一目見た瞬間、魔物を一切顧みず私の所にすっ飛
んできて、エロい眼で鑑賞を始めました・・・・・。
・・・・・なんとなくこうなる展開は見えてたけどさ!ホントにな
る事なんてないじゃん!!お姉ちゃんでもいいじゃん!︵私にとっ
て︶平和に終わってもいいじゃん!面白い展開にならなくてもいい
じゃん!!
﹁ジ、ジンさん、あの、﹂
私は間近で私の太ももとその付け根をガン見するジンさんに声をか
けますが
﹁後にしろアンコ。・・・もうちょっとこっちの布が溶ければいい
感じになるんだが。イヤ、この見えそうで見えないトコがいいのか。
でも見たい。﹂
﹁そ、そうじゃなくて魔物が復活しました。こっちにむっちゃ殺気
飛ばしてます。﹂
﹁わかったわかった。まぁ待て・・・今この太ももから目離すわけ
にはいかんからよ・・・じわじわと溶けてくんのがたまんねえなク
ソっ!・・・尻の線も際どくっていい、実にいい。うおぉ!胸がま
たヤバい事になってんな!布きれが下半分ないってどういう事だよ
!なんでンなギリギリ乳首が見えそで見えない所で!エロすぎんぞ
!カメラ持ってくりゃよかっ﹂
バシッ!ドガッ!
78
と、痛そうな音がして触手魔物がジンさんを吹っ飛ばし、ジンさん
は壁にぶつかって落ちました。
﹁ジ、ジンさんっ!﹂
だから言わんこっちゃない!
早く逃げましょうと焦る私に構わず、胸だの尻だの太ももだの私の
周りをグルグルと回りながら至近距離で舐めまわすようにガン見し
たあげく、魔物の事をすっかり忘れていたジンさん。
あなたはどうしてこうなんですか!鑑賞するなら魔物にきっちりト
ドメを刺してからにして下さいよ!・・・・じゃない自分!ジンさ
んに感化されてるぞ!気を付けないと!ってそんな事より!
大きな声を出したのがいけなかったのでしょうか。触手魔物はグル
ンッと私の方へからだを向けました。
﹁ジンさんっ!ジンさんっ!ジンさんジンさんジンさん!﹂
﹁うるせえよ。﹂
ブチブチブチィッ!
ジンさんは私を襲おうとしていた触手を千切りながら静かな声で私
と魔物の間に入ります。
﹁喚くな。ちゃんと殺してやっから。これっくらいのカス相手にい
ちいち取り乱すんじゃねぇ。﹂
そう言って手首のブレスレットに手を伸ばすと。
すっとまるで魔法の様に大振りの剣を出現させました。
あ、あれ?魔法は使えないんじゃなかったの?
ほけっとしている私を尻目にジンさんは魔物を切り刻む・・という
79
かぶった切り、叩き潰して殺してしまいました。
そして、私の方を見ると二カッと笑ってポイッと剣を放り出し、ス
キップで︵凶悪な顔でそれは・・・なかなか受け入れ難いモノがあ
ります︶こちらまで来ると
﹁さ∼て、お楽しみタイムに突入だな。ちょっとこっちの布捲って
みっかぁ。﹂
胸にかろうじて被さっている布きれを取ろうとします。
﹁ちょっと!いい加減にして下さい!そんな事より早くこの鍵穴ど
うにかして下さいよ!もう手が・・・﹂
外そうとしたり、魔物が出てパ二くり不必要に暴れたせいか私の手
首は擦れて青黒くなり、出血し始めていました。
ジンさんはそれを見て顔を顰めると
﹁チッ・・・待ってろ、そいつをぶっ壊す。﹂
鍵穴付き扉の後ろに立ちました。
﹁ちっと痛ぇかもしれねえが最初だけだ。力抜いてリラックスしろ
よ、変に力むと後が辛いからな・・・心配すんな優しくしてやっか
ら。﹂
﹁・・・・・何の話をしているんです。ニヤニヤすんのやめて下さ
い。﹂
どうしてこうエロい方にエロい方に話を持っていこうとするんでし
ょうか・・・・。
80
﹁ククク・・・バッカ、お前こそ何の話をしてるんだよ。俺はこい
つをぶっ壊す時の注意事項をだな、﹂
﹁そうですか。早くお願いします。﹂
わり
ジンさんが﹁ノリの悪いヤツ﹂とため息をついて手刀を振り上げた
時、
ドグァアアン!!
凄まじい轟音がして、砂煙舞い上がる中、出ました。
﹁ギシャァアア!!﹂
巨体を鈍色の剣先の様な鱗で覆った双頭のドラゴンです。
ドラゴンは私達を見つけると青い巨大な眼を欄々と光らせ、驚異の
ジンさん!﹂
スピードで近づいて来ます。
﹁また出ました
﹁まったく、人のハッピータイムを次々と・・・﹂
ジンさんは頭を振るとブレスレットの方へと手を伸ばし・・・また
もやスルッとでっかい二丁の銃を出現させました。
ジンさんは近づくドラゴンの眉間に一発ぶっ放すと、もう一丁の銃
で扉を打ちました。
﹁きゃっ!﹂
瞬く間に崩れ、バラバラになる扉。反動で体が後方へ倒れます。
﹁おっと。﹂
81
すかさずジンさんが支えてくれたお蔭で床と仲良くなるのは避けら
れましたけど。
ジンさんは私達の間の残骸をうるさそうにどけると銃をドラゴンに
向け、もう片方、銃を握ったままの手で私の頭を抱えました。
え・・・・・?
私はスローモーションのようにジンさんの顔が近づいてくるのがわ
かりました。
ジンさんの煙るような鋼色の眼に私のビックリしたマヌケ顔が映っ
てます。
ジンさん・・・・・?
ジンさんは
その大きな口で
私の唇を
ぴったりと覆いました。
私の目が限界まで開かれ、あまりの展開に脳がついていかず、口は
開いたまま・・・・
82
なぶ
ただただ、ジンさんのぶ厚い舌が口の中を弄る様に動くのを茫然と
感じていました。
83
味見
アンコとのせっかくのキスの最中だったが、首筋に走った殺気を感
じた俺はアンコを抱いたまま大きく飛び上がった。
双頭のドラゴンの片一方の頭を踏んでコロシアムの観客席へと飛び
移る。
﹁待ってろ。﹂
呆然として俺を見るアンコの顔を可愛く思う。が、アンコにイタズ
ラしようにも外野が煩過ぎる。遠くの方でアイツらの力を感じるっ
て事は向こうにも魔物が出てるんだろ。
・・・・今のうちだな。さてそうと決まったら逢瀬の邪魔をするゴ
ミを片付けるとするか。
アンコの所まで戻ると怯えた顔をして俺を凝視している。
まぁしょうがねぇかな?今の俺は奴らの返り血で真っ赤だろうしな。
それにしても・・・
いいぞ。
いい顔だァ。
﹁怯えんなよ。魔物は片付けたろ?﹂
ニヤニヤ笑いながら俺はアンコの胸を覆っていた布キレを引き千切
った。
84
零れる白い乳房に目が釘付けになる。
﹁きゃ・・!﹂
咄嗟に隠そうとするアンコの両手首を布で巻き付けて縛るとブーツ
から出したナイフで壁に縫いとめた。
﹁いい眺めだ・・・エロいぞアンコ・・・﹂
俺は低い声でアンコを褒めると白く揺れる乳房にそっと両手を置い
た。
暖かくて柔らかくって蕩けるクリームの様な質感。直に触るアンコ
の乳房は想像以上だ。
たちまち俺はむしゃぶりついた。
アンコが悲鳴のような声を上げる。
﹁やだ!ジ・・・ンさんっ!やめてぇ!・・・あ・・・ンッ・・・
や、ぁ!﹂
やめてと言う割には高い声。それ逆に煽ってんよな?喘ぎ声一歩手
前だぞ?
俺は両方の乳房に指を這わし、下から持ち上げる様にゆっくり揉ん
でやる。時々指がアンコの乳首を掠めた。薄紅色の突起が物欲しそ
うに、触って欲しそうに屹立する。
﹁ククク・・・アンコ感じてるのかぁ?お前のここ、ピンと立って
俺を誘ってやがるぜ・・﹂
意地悪く報告してやればアンコは真っ赤になって身を捩った。多く
の困惑と恥じらいそして・・・
85
欲を感じ始めた女の顔。
・・・・ヤベえ・・・無茶しそうだ。
俺はそれ以上は意地悪せず、再びアンコの胸を堪能し始めた。今度
は乳首の方も念入りに愛してやる。
舌で弾き吸い唾液で揉む。指で摘まみ親指と中指で痛いほど摘まみ
上げる。
乳首を強く押し込んだかと思うと優しく吸ってやった。
﹁はぁ・・・んあ!ん∼!あっ・・・やっ、ふぃいいああ!﹂
ピクピクと体を震わせるアンコ。乳房の周りをゾロリと舐め上げた。
そのまま、首筋まで舌を這わすとまたアンコが小刻みに震える。
﹁えらい善がりようだな。自分でヤった事あんのか?﹂
アンコの耳元、興奮のあまり掠れた声で問いかける俺。両手はねち
っこくアンコの胸を愛撫した。吸いつく様な肌が俺を夢中にさせる。
﹁ああん・・・あっ・・な、何が・・ん、ですかぁ、あう!﹂
涙が零れ眉根を寄せたアンコの色っぽい顔が戸惑うように俺を見た。
﹁俺がしている事を自分でした事あるかって聞いてんだよ。﹂
耳を食んでたくさん口づける。
アンコの目が驚きで見開かれた。
瞬間、真っ赤になって首を思い切りぶんぶん振る。
86
﹁こ、こここんな事しませんよ!するわけないじゃないですか!﹂
﹁そうか?した事がないにしゃ感じ過ぎだろ。それとも・・・・・
男がいんのか?﹂
ぎゅっと乳房を少しだけ強く握った。
今、男がいるかどうかは関係ねぇ。いても奪うだけだ。ただ・・・
アンコのこの体を、感じている顔を他の男が好きなように触ったり
見たりしたかと思うとアンコをどうにかしちまいたくなる。その男
を一番残忍な方法で殺してやりたくなる。
突然の痛みにアンコが苦しげに息を詰める。目は俺の顔から離れな
い。怯えがまたアンコの目に戻った。
俺の顔、怖いんだろうなぁ。だが、今だけは優しい気持にはならな
い。
いや・・・・アンコだけには一生優しくなんてなれねぇのかもな。
伴侶を見つけたオスは皆こんな気持ちになるんだろう。
アンコは青ざめながらも首を振った。
﹁い・・・いません。そんな人。だ、だって私彼氏いない歴20年
ですよ!?﹂
ぶふっ。
アンコの面白い自己申告にツボった。
爆笑する俺にアンコは顔を赤くしながら凹んでいる。
﹁そーかそーか。俺が初めてなわけね。そりゃ光栄だ・・・・お礼
に死んじまうってくらい善がらせてやるからよ。﹂
アンコがギョッとした顔をしたが俺はお構いなく再びアンコの口を
塞いだ。
左手は胸を右手は背を這い尻に到達すると初めて会った時に見つけ
87
たポイントを刺激してやる。
たちまち喘ぎ始めるアンコ。だから感じ過ぎだろお前。あ、これ一
応褒め言葉だぜ?
このまま一気にアンコを喰いたいがあいにく時間も場所も相応しく
ない。アンコの準備もこっちの準備も整ってない。いや俺のムスコ
はいつでも準備万端だが、アンコを確実に伴侶にするにはやる事が
うんざりするほどある。・・・それにトドメはでかいコブ付きだし
な。しかも2ツ。
せめて離れている間俺の事が忘れられないようにしねぇと。
俺はアンコの足の間に手を伸ばすとかろうじて残っていた下着を剥
ぎ取った。そして無理矢理中へと侵入する。アンコの体が強張った。
宥める様にキスを深くし背中をゆっくり撫でる。
少し力が抜けたソコをゆっくり丁寧に探る。
狭いな・・・処女だから当たり前か。処女膜は破らねぇ様にしない
と・・・
後から後から溢れてくる蜜は俺の動きを助けて充分過ぎるほどだ。
人差し指を差し込んだまま少し上のプリプリした粒を親指で軽く押
しこむと、
﹁んんー!んむ!﹂
俺に口を塞がれたままのアンコが叫んだ。くぐもって声になってな
いが。
俺は唇をアンコから離し自由にしてやる。
﹁あっ・・・はあん!あっあっ・・・なにこれぇ・・・やん!ジン
さん!﹂
﹁ククク・・・気持ちイイだろ?﹂
88
﹁気持ちいいって言うかぁ!あっ・・・なんか・・・おかしいです
!・・はぁっ・・体が、んぁあ!﹂
﹁ソレが気持ちイイって事だよ。お前のココもグイグイ締め付けて
きてるぜ・・・ったく、たまんねえぜアンコ・・・俺が若造だった
らもうとっくに入れて突きまくってんな。﹂
﹁い、入れる?﹂
﹁コレをだよ。﹂
俺は屈んでアンコの腰に硬くいきり立ったモノを押し付けた。
はぁはぁと息を荒げながらも信じられないというように目を見開き
小さく首を振るアンコ。苦笑する。
﹁心配すんな、今はヤらねぇよ。﹂
まだ時期じゃねぇんだ。
微妙な表情のアンコ。﹁今は﹂という言葉が引っ掛かっているのだ
ろう。ククク。
﹁そら、休んでる暇ァねぇぞ。一気にイかせてやる。﹂
﹁い、いかせるって?あ・・・もしかして・・・って!はっああん
っ!﹂
粒を強く擦り上げ指の動きを加速する。
ぐちゃっぐちゃっとけしからん水音が俺を煽る・・・・あーー!!
入れてぇ!目茶苦茶に犯してぇ!!
だが、そうするかわりに壁にアンコを押し付け左右に揺れる胸に喰
いついた。空いた手はもう片方を弄る。
アンコの可愛い鳴き声がコロシアム一杯に響いた。
89
﹁あああーー!!ジンさんっ!あっあっ!もう!・・・も・・・う・
・ダメぇっ!!!﹂
﹁それがイくっつうんだアンコ。﹂
﹁あああんっ!イっ・・・んんんー!!!﹂
仰け反って絶頂を迎えたアンコを固く抱きしめる。ソコは俺の指を
締め上げてキュウキュウとヒクつき旨そうな蜜は太ももまで零れ、
所々床に沁みを作った。ビクビクと跳ねる体からは愛された女の甘
い匂いが立ち上る。散々嗅いできた女の匂いだが・・・
伴侶のだからだろうか?アンコのはそのどれも遠く及ばない程濃厚
な匂いだ・・・・たまんねぇ・・・狂っちまいそうだ・・・いや、
もうとっくに狂ってんのか?
思う存分吸い込むとクラクラする頭を持ち上げアンコを抱き締めた
ままその顔を覗き込んだ。
ヒクヒクするソコからゆっくり指を引き抜くとクチュとソソル音が
した。
﹁んふうっ・・・﹂
どんな事も刺激になるのかまたアンコから艶っぽい声が漏れる。
紅くなった頬は涙に濡れ、半開きの唇は苦しそうに息を継いでいる。
トロンとした目は俺を映して潤んでいる。その目にアンコの蜜で手
首まで濡れた指先を開いたり閉じたり。そして見せつける様に舐め
上げた。
﹁極上の味だぜアンコ。お前のヤラしいソコはよ。﹂
羞恥にアンコの目に新しい涙が盛り上がった。ゾクゾクするほどい
い顔だ。
90
汗ばんでしっとりする体を軽く抱きしめ、俺は最後の仕上げをする。
力が入らないアンコの体を支えると腰、少し背中寄りの皮膚を強く
吸った。
ビクンと跳ねあがる体を押さえ時間にして1分弱ほど俺はそこを吸
い続けた。
﹁んあ・・・な、何してるんですか?﹂
﹁ん?俺の跡を付けている。﹂
﹁へっ?﹂
アンコは慌てて脇腹を見ようとするが残念。まだお前には見えねぇ
よ。
俺は何とか体を捻って跡を見ようとするアンコに構わず、拘束して
いた布きれを外してやった。
布を染める血を見てそういえばケガをしていた事を思い出した。
﹁アンコ、手見せてみろ﹂
嫌がるアンコの手を見ると出血は止まっていた。それをゾロリと舐
める。
アンコの血は甘かった。
﹁さてと。﹂
強烈な快感を与えられ茫然自失だったアンコが我に返り、今更裸を
どうにかして俺から隠そうと無駄な努力をするのを尻目に、俺はジ
ャケットを脱ぐ。次いで中に着ていたシャツも脱いで上半身裸にな
91
るとアンコが怯えてへたり込みながらも後ずさりし始めた。
お前な・・・・もう一度襲うぞ。
﹁俺の言った事聞いてなかったのか?今はお前を喰わないっつった
だろうが。おらよ。﹂
俺は呆れた顔で脱いだシャツをアンコに放り投げた。
キョトンとした顔で俺とシャツを交互に見るアンコ。
﹁着ねぇのか?俺は丸裸でも気にしねぇけど。そのかわりまた襲わ
れんのは覚悟しろよ。﹂
からかう様に︵でもマジ率100%︶言ってやると慌ててシャツを
着る。
体格差が半端ねぇもんで当然だがブカブカだ。だが・・・なんかこ
う・・・可愛いモンだな。
女がどんな恰好してもなんとも思わん俺にしちゃ珍しい感情だ。未
知の感情を感じさせる奴に俺の中で伴侶はかなり面白い存在になり
つつあった。
﹁何やってんだお前。﹂
俺は魔物の血で汚れた上着を着る気にもならず腰に巻くとアンコを
見た。プルプル震える足で立ち上がろうとしてへなへなとその場に
蹲っている。
﹁オラ立てよ。こんな辛気臭ぇトコ早く出ようぜ、喉乾いた。お前
もだろ?散々喘いでいたからな。クク。﹂
92
二ヤつきながら言うとアンコがキッと俺を睨みつけながら掠れた声
で反論した。
﹁誰のせいだと思ってんですか!さ、さっきので・・・・力が入ん
ないんですよ!ジンさんのバカぁ!﹂
・・・・アンコわかってんのかぁ?その顔は俺を煽るだけだぞ?今
度会った時はお仕置きだな。
赤い顔で悪態をつくアンコに再び体が熱くなってきたが理性で無理
矢理抑えた。
﹁しょうがねぇな。﹂
俺はため息をつくとアンコに腕を伸ばして横抱きに抱く。
アンコがジタバタするがキツく口を吸ってやると大人しくなる。
口を離してコロシアムに入った時の穴から通路に出ると前からシー
グとまな板女がやってきた。
﹁ジュリ!﹂
﹁お姉ちゃん!﹂
まな板がシーグを押しのけアンコに手を伸ばした。が、俺がアンコ
をさらに上に持ち上げたんで空振りする。
﹁ちょっと。﹂
﹁あんだよ。﹂
まな板は文句を言おうとしてアンコの恰好に気がついたんだろ。目
を丸くした後俺を憎々しげに睨んだ。
ま、屁でもねぇけど。
93
まな板は俺からアンコに目を移すと
﹁いい、ジュリ。犬に咬まれたとでも思って忘れなさい。このゴロ
ツキの最低変態レイプ野郎なんか気にかける価値もないのよ。﹂
﹁おい、そういう事はせめて本人がいない所で言えよ。﹂
﹁あんたに聞かせるために言ってんのよ、変態レイプ犯。﹂
﹁言い掛かりだな。味見はしたがまだヤッてねぇよ。﹂
﹁・・・・・ジュリ?﹂
﹁ほ、本当。服は魔物に溶かされて。﹂
アンコがチラッと俺を見上げてきたのでニヤッと笑ってやった。
アンコの顔が面白いほど赤くなる。
﹁ならいいけど・・・・あんたがいいならもう追及しないわ。﹂
そうだ。邪魔だ。
﹁兄さん、この部屋どうなってた?﹂
俺達に興味なさそうに黙っていたシーグが聞いてきた。
﹁歩きながら話そうぜ。﹂
俺は先頭に立つと後ろにいるシーグに大きな声で話しかけた。
﹁コロシアムだよ。アンコはあの鍵にとっ捕まったままだった。恐
らくだがエサとしてな。﹂
腕の中のアンコがビクリと体を固くした。
94
﹁なるほど・・・魔物は?﹂
﹁うじゃうじゃ出てきたぜ。そうだな12体ぐれぇ。﹂
﹁・・・・・。﹂
﹁そういうこった。﹂
胸糞悪い遺跡だぜ。遺跡を作ったどっかの気狂いは弱いヒューマを
拘束して魔物達にエサの取り合いさせてた。
魔物が最も好むのはヒューマの肉。
なす術もなく、想像を絶する恐怖と痛みにのた打ち回りながら生き
たまま食われるヒューマ達。
それを狂った観客達が飲みモン片手に楽しむ。簡単に想像できた。
・・・・・反吐が出る。
﹁ぶっ壊すぞ。﹂
﹁勿論。﹂
外に出るとアンコを安全な所に降ろしてまな板を見張りにつけると
シーグと2人で遺跡を跡形なくなるまで破壊した。
﹁あの・・・勝手に壊しちゃってよかったんですか?報告義務があ
るんじゃ。﹂
アンコが二度と復元不可能なほど壊れたかっての遺跡を見ながら心
配そうに言う。まぁそうだな。
95
﹁何言ってんだアンコ。俺達はコイツを壊してなんかいねぇ。こり
ゃ地震で崩れたんだ。﹂
﹁そうよ。そこから命からがら逃げてきたんじゃない。﹂
﹁まったくだよ。自然の脅威ってすごいね。﹂
シーグとまな板も同様に頷く。
アンコは呆れた顔をしていたが不意にクスッと笑うと
﹁・・・そうですね。とっても怖かったですね。﹂
と言って笑った。
・・・・サダルにはあんなこと言ったが笑った顔もいいな。
よーし、今度はもっとエロい顔で﹁愛してる﹂って言わせてみるか。
楽しみだ。
96
帝都にて
サダルさんにミッションクリアの報告をする姉妹を俺は見ていた。
ヴァイオレットは無表情で立っており、もっぱら報告しているのは
妹のジュリアンの方だ。
茶色と金髪の中間みたいな色。水色と灰色の混ざった瞳、身長は俺
の胸かそれよりは少し下くらい。太っているワケでもなし痩せてい
るワケでもない何処にでもいる平凡なヒューマだ。
それを。
今度は兄の方を見る。その平平凡凡なジュリアンを欲の混じった今
までの兄からは想像もできない熱い視線でずっと見ている。やれや
ぎょく
れだ。
俺は玉を兄に向って放り投げた。
兄は俺の方も見ず玉を受け取ると、紅い玉を繁々と眺めた。
﹁玉じゃねぇか。やっぱあったか。﹂
﹁ああ。小さいけど天然モノだよ。厄介だけど・・・儲かったね。﹂
﹁また金の話かよ。﹂
﹁兄さんの部隊は維持費が国家予算並みだからね。﹂
兄はフンと俺に向かって玉を放り投げるとまたジュリアンを見始め
る。
ぎょく
︻玉︼は魔力が高密度に練り方まって出来た天然の鉱石だ。そのパ
ぎぎょく
ワーは俺の手にあるサイズならちょっとした町の全電力を賄えるほ
ど強力だ。これとは別に︻偽玉︼と呼ばれる人が作った人工の玉も
あるがこれは消耗する。しかし、天然の玉は半永久的に使える。だ
97
が天然の玉は数が少ない。もちろん誰もが玉を欲しがる。高騰する
値。
俺達は帝国に辛うじて属しているから本来なら玉を帝国に渡す義務
があるが・・・・渡すわけないだろ。怪しく光る金の卵は非合法で
売っ払うに決まってる。ルートがちょっと複雑だから厄介だけどね。
どの店が一番高く買ってくれるかを考えていると報告が終わったよ
うだ。
サダルさんが労いの言葉をかけながら商会の書類にサインを書いて
いる。ジュリアンの顔が輝いた。嬉しそうに姉に微笑んでいる。姉
もほんの少し顔を緩めてジュリアンに頷いている。
容姿は平凡だけれどこの俺達にも物怖じせず普通に接してくる朗ら
かなジュリアン。クルクルとよく動く表情は見ていて楽しい。そし
て見た目からは全く想像できない使い手のヴァイオレット。作り物
めいた人形のように綺麗な顔立ちから飛び出す毒舌も面白い。
俺はこのちょっと変わった姉妹に好感を持ち始めていた。
俺には珍しいほのぼのとした気分で姉妹を見ていると図体のでかい
態度も大きい兄が割り込んできた。
﹁お前らもう帰るのか。﹂
﹁は、はい。商会によって依頼クリアの報告もありますし。準備が
でき次第転移します。﹂
ジュリアンがビクつきながら答えるのがちょっと笑える。
﹁そうか。おいシーグ、俺らも帰んぞ。﹂
兄は二カ月・・・いや三カ月ぶりに帝都に帰る気になったようだ。
98
勿論それはジュリアンが絡んでいるからだろう。ジュリアンに出会
わなければまだぶらぶらしていたに違いない。
﹁わかった。﹂
俺はサダルさんに挨拶すると家の外に出る。
帝都に帰るための転移の魔法陣を作るためだ。簡単なもので数分で
完成した。
青く光る魔法陣で兄を待っているとジュリアンの腕を無理矢理掴み
何事かを耳に口を寄せて話していた。と、ジュリアンの頬をべろり
と舐めて悲鳴を上げさせていた。ヴァイオレットの拳を楽に避けて
飛ぶと俺の側に着地した。
﹁あ、あれ?ジンさんの体って魔法が利かないんじゃなかったんで
すか?﹂
いい所に気がついたね、ジュリアン。確かに兄の体質は本来なら素
通りだが。
﹁ああ。だがそれじゃあ面倒だからよ。ちょっと体を改造したんだ。
転移魔法には干渉できる様にな。﹂
ちょっと所じゃないよ。それに転移だけじゃあない。
目茶苦茶な事に兄は自分の都合のいい様に体さえ作り変えた。本当
に何もかも常識からかけ離れた男だと思う。兄弟である俺でさえ思
うのだから知らない人間は・・・・ジュリアンのポカンとした顔か
ら察するに相当驚いているようだ。
﹁もういいかい?サダルさん、また連絡します。奥様やお子さんに
よろしく。﹂
99
﹁ああ。久しぶりに会えてよかった。ジンの事を頼むぞ。体に気を
付けてな。﹂
﹁ジジイみたいな事言うなよ。﹂
﹁私はいつもこうだろ。﹂
﹁俺と同い年で言うなってんだよ。俺まで老ける。﹂
﹁シーグやバルブの爺さんに迷惑かけ過ぎるなよ。帝都ではなるべ
くもめ事を起こすな。﹂
﹁ハイハイハイハイ。おいアンコ。﹂
兄はおざなりにサダルさんに返事をするとジュリアンに声をかけた。
﹁・・・・はい。﹂
ジュリアンが用心深そうに返事をする。相当警戒心があるようだ。
まぁ兄が何をしたかを考えれば当然だけど。
﹁じゃあな。﹂
﹁は・・・・!!!﹂
兄は右手をぺロリと舐めただけだったがジュリアンの顔は真っ赤に
なった。
それに楽しそうに笑う兄。
しゅ
﹁・・・・・種は?﹂
﹁植えた。﹂
﹁・・・・・だろうね。﹂
満足そうにジュリアンを見ながら答えた兄。早速種を植えるなんて・
・・・本気だ。
100
︻種︼。
俺達にとってそれは共に生きていく者に嵌める枷。
それが完成すれば伴侶は決して逃げられない。
俺が最後に皆に手を振ると景色が歪んで浮遊感が軽くあった後、見
慣れた帝都に着いていた。
﹁一旦宿舎に帰る?﹂
﹁いや、坊主に会う。﹂
宮殿入り口の検問がギョッとした顔でこっちを見るが気にもかけな
いで進む。擦れ違う奴らが一様に驚いて道を空けるのは滅多に宮殿
に来ない俺達が珍しいからか、それとも兄と俺の服が魔物の血で汚
れているからか。特に兄はドグマの軍服であるジャケットを腰に巻
いたまま︵シャツはジュリアンに無理矢理やってた︶大柄な上半身
とその体に奔るタトゥーは見る者を圧倒する。
﹁がっつき過ぎると嫌われちゃうよ?ただでさえ怖がられてるのに。
﹂
﹁嫌われたらなんだ?アンコに選択肢があるとでも?それにあの怯
える顔がいいんじゃねぇかよ。わかんねぇ奴だな。﹂
﹁兄さんのドSな趣味なんかわかりたくもないね。﹂
紅い扉の前まで来るとノックもなしに開ける。
101
狭い部屋の中には膨大な書類や怪しげなアイテムで埋まっていた。
その中に馴染みの顔が好奇心を滲ませて俺達を見ていた。
おなご
﹁漸く帰って来ると思ったら︻召喚状︼を用意しろじゃと。いった
いこの女子等何者じゃ。﹂
真っ白な顎ひげをなでながら抜け目のない赤い目でバルブの爺さん
は俺達に笑った。
﹁こっちの女が俺の女神なんだよ。こいつは只のオマケだ。﹂
兄はジュリアンの写真を軽く指でなぞり、ヴァイオレットのは無造
作に手に取った。
﹁ほう!!そりゃ凶事じゃ!ひと騒動もふた騒動も起こりそうじゃ
のう!﹂
凶事と言いながら実に楽しそうだね。
﹁書類に不備はねぇな?んじゃ坊主に会ってくる。﹂
﹁待て待てわしも行く。面白い見せモノが見れるじゃろうからな。﹂
いそいそしながらついてくる爺さんと連れだって俺達は皇帝の執務
室へと向かう。
﹁宮殿に来るのも久し振りだね。﹂
﹁お前らわしに任せきりだからな。﹂
バルブの爺さんは俺達の部隊に所属しているが﹁帝国との間を取り
持つため﹂と称して帝国の動きを見張っている。何でも俺達にちょ
102
っかい掛けようとする帝国側の人間達を、破滅させるのがヒマ潰し
に持って来いなんだそうだ。後は外部からの出動要請やドグマの隊
員に用事がある人の窓口係。
そんなになるか。まぁ用ねぇからな、こんな所。﹂
﹁5年振り?もっとかな。﹂
﹁へぇー
俺達の約5年振りの用、︻召喚状︼。
それは皇帝の勅令による呼出状だ。これを受け取った者は死んでい
ようが生きていようが必ず期限までに皇帝の元に馳せ参じなければ
ならない。
しかし、兄が持っている書類は特別なものだろう。
﹁ちょっと見せて。﹂
兄から受け取った書類をマジマジと見る。
書類は二枚。
呼びだす旨の文章を囲むように部隊の色が使われたそれは紅く縁取
られている。
灰・白・紅。
通常は皇帝色、紫が使われるが・・・その色は一切ない。それを示
す物は彼のサインだけだ。
俺達の部隊の色を表すのは
﹁俺達が︻召喚状︼使うのって初めてじゃない?﹂
﹁そうじゃよ。お陰で捜すのに苦労したわい。有能なわしに感謝せ
えよ。この短時間に二人の事を調べ上げ完璧な書類をこさえたんじ
ゃからな。﹂
﹁ヘイヘイ。﹂
﹁後は皇帝の認と兄さんのサインがあれば終わりだね。﹂
﹁ああ。・・・・ん?﹂
103
皇帝の執務室に入ろうとすると入り口を守っていた親衛隊に止めら
れる。
﹁ライダーズ・ハイ隊長。お待ち下さい。﹂
﹁あんだよ。﹂
﹁皇帝への謁見の予約は?﹂
﹁はあ?んなもん必要ねぇ。﹂
﹁ないのでしたらお通しする事はできません。﹂
﹁予約を取り付けてまたの・・・ご、ご来室・・を﹂
親衛隊は兄の形相に最後まで言えない。
﹁・・・・この俺に出直せだと?何とち狂った事言ったんだ?・・・
もういい、退け。﹂
真っ青になった親衛隊を押しのけると兄は拳で扉を・・・粉砕した。
あーあ。
バラバラになった扉を跨ぐようにして室内に入ると広い部屋に何人
かの人間がいた。
兄は真っ直ぐ大きな執務机に座る人物に歩いた。
﹁よお、久し振りだな。久し振りに会うからってキンチョーしちま
ってよ。アレ悪ぃな。﹂
ちっとも悪いなどとは思ってもいない様な口調で皇帝に謝ると
ど
﹁退け。﹂
皇帝を守る様に立つヴォルデマートに顎をしゃくった。
104
﹁陛下になに用だ、ジンギィ。﹂
﹁お前に話して何になるってんだ?邪魔だ退け。﹂
﹁お前の様な粗暴者は陛下と直かに話させるわけにはいかん。﹂
﹁・・・・・・何か言ったか小僧。﹂
一気に場が緊迫した。
だけど緊迫しているのはアイツらだけで爺さんは面白そうに俺は呆
れて親衛隊隊長のヴォルデと兄のやり取りを見ていた。
﹁よいヴォルデマート。ジンギィ久しいな。お前から此処へ来るの
は珍しい。今日はどうした。﹂
皇帝が静かに声をかけるとヴォルデは不承不承だけど大人しく皇帝
の前から退いた。
﹁この書類にお前のサインが欲しくてよ。今やれ。﹂
兄は宰相が受け取ろうとするのをスルーすると直に皇帝の前へと召
喚状を出した。
﹁ドグマ専用の召喚状ではないか・・・何年も余の召喚を無視した
揚句、別の人物を呼べと?都合のいい奴だな。﹂
﹁どんな用だ?お前らのくだらねぇ寄り集まりに顔を出せってくら
いだろ。つまんねぇからパスだ。﹂
105
兄は豪奢なソファに座ると煙草を取り出して火を付けた。
だらしなく口に咥えると皇帝をせせら笑う。
ヴォルデと宰相ムスタファの額に青筋が浮かぶのが見えるがそれを
俺は何の感慨もなくみる。
この空間にある全ての物が茶番だ。
﹁それが陛下に対する態度かッ!慎めジンギィ!﹂
早く宿舎に帰って寝たいなぁと思っているとヴォルデから怒気を含
んだ声が飛んだ。
﹁さっきから何見当違いな事言ってんだ?つうかお前誰だよ。そう
いやお前の名前もなんだったっけ。﹂
最後のアレは皇帝に言ってる。
さすがの陛下サマも顔が強張った。自慢のお顔にヒビが入りそうだ。
ちなみに兄さんはヴォルデの事も皇帝の名前も知っている。
我が兄ながらここまで人をおちょくるのってヒドイよね。バルブの
爺さんが耐えきれない様に吹き出す。
ビュウオッと空を切る音がしたと思ったらヴォルデが兄の額に剣を
下ろす所だった。
眉間に当たる寸前で兄が親指と人差し指で止める。
ヴォルデは力を入れているのかギリギリしているが兄は眉一つ動か
さず煙草をふかしている。
﹁なんじゃコレ。これで親衛隊やってんのか?何、隊長だとぉ?も
っと力入れてみろコラ。・・・・・オイオイお前わかってんのかぁ
106
?俺は指2本しか使ってないんだぜ?﹂
どこまでも面白いなぁ∼俺は眠気が少し飛んだ。
兄はヴォルデの剣を軽々と押しやって立ち上がると皇帝に近づいた。
すぐさまヴォルデや他の親衛隊が皇帝を守ろうと動く。が、俺が緊
縛の魔法を掛け親衛隊を固まらせた。
宰相とヴォルデの顔が強張る。
さぁ・・・どうする?君らの大切な陛下サマに残虐な噂が両手で足
りない程のうちのドS隊長が近づいてるけど。
兄は咥えていた煙草をすごく高そうな皇帝の執務机にギュッと押し
付けて火を消した。
﹁お前らさぁ・・・俺の事なんだと思ってんだ?お前らの部下だと
でも?﹂
﹁・・・・・・・・そうではないか。﹂
皇帝は目の前に迫る兄のイラつき始めた凶暴な顔に白い顔をもっと
白くさせて小さく返した。
﹁あーあ・・・おめでたい坊ちゃんだな。俺らの事なんにも知らね
ェのか。お前の爺さんはもうちっと抜け目なかったけどなぁ?ハァ・
・・しょうがねぇ、ミカルドの血に免じて忠告してやるよ。もう一
度契約書を改めろ。テメエらの立ち位置はっきり把握するんだな。
でねぇと・・・特別サービスはここまでにしとくか。で、サインは
済ませたか?坊ちゃん。まだァ?早くしろ。﹂
兄は書類のココとココ!と今年20歳になる皇帝を幼児扱いしなが
らサインさせると不備がないかじっくり確かめた後無言で部屋から
出て行く。
107
バルブの爺さんが後に続き、俺はというと・・・
﹁宰相。探査するなら相手を選んで仕掛けた方がいいよ。うちの部
隊って覗かれて喜ぶ変態はいないし、逆にそういうのってさ・・・・
・殺したくなるじゃん?﹂
赤くなったり青くなったりするムスタファにクスッと嗤うと2人に
続いた。
ちなみに緊縛の方は2時間後に解ける様にして置いた。俺って親切
だろ?
2人に追いつくと兄が召喚状にサインと期限の欄を埋めている所だ
った。
﹁爺さん、朝一番で送っといてくれ。﹂
﹁はいよ隊長。で?お主の女神にはいつ会えるんじゃ?﹂
﹁届いてから2週間の期限を設けてやった。だから最悪2週間後だ
な。﹂
﹁ほぉ∼随分親切じゃな。そんなに猶予を与えるか。﹂
﹁ククク・・・・これから長ぁ∼い一生身も心も俺と過ごすんだ・・
・身辺整理っつうの?これくらいやらねぇとな・・・・ククク。﹂
この状態の兄さんと昼も夜も一緒だなんて・・・俺だったら2日で
発狂してるね。
﹁おおー!さすが伴侶に対する態度は違うの!・・・・身辺整理と
言えばお主もじゃろうが。女神が来んうちに女どもと手を切った方
がいいのではないか?﹂
爺さんが顎ひげを擦りながら言うと
108
﹁身辺整理?俺の女関係っていう意味か?それならそんなモンねぇ
ぞ。﹂
﹁へーそうなんだ。﹂
﹁面倒だろ?後腐れのない付き合いで充分だぜ。﹂
﹁お主はそうは思わんでも向こう等はそう思っとるかもしれんぞ。
この前もお前はいつ帰ってくるのかとえーと全部で6人の女から聞
かれたわい。﹂
﹁マジかよ、メンドくせー。﹂
﹁兄さん早めに摘んどいたら。ジュリアンにこれ以上悪い印象与え
ない方がいいよ。﹂
﹁う∼ん、そ﹂
兄さんが言おうとした時だった。
﹁ジンギィ様!お久しぶりで御座います!﹂
・・・・何というかいかにも淑やかなお姫様っぽい声が後方からし
た。
怪訝そうに振り向くと年の頃は16、7歳ぐらいか、そこら辺の貴
族とは格が違う豪華なドレスをそれでも嫌味なく着こなしている皇
帝の・・・あー誰だっけなこの子。皇帝の腹違いのえーと何番目だ・
・・もういいや忘れた。
俺でさえわからないんだ当然兄さんは・・・
﹁誰だお前?気易く呼び止めんな。﹂
眉間に皺を寄せてたぶん皇女を見た。呆然として固まる︵推定︶皇
女。何か芝居じみた子だな。
109
﹁わ、わたくしを覚えてらっしゃらないの?﹂
﹁知らねぇ。じゃあな。﹂
﹁・・・・っ!お、お待ち下さいっ!アレクサンドラです!12の
時貴方に助けて戴いた!﹂
超意外な事を言う皇女に兄さんはまた振り向いた。
﹁・・・助けたぁ!?この俺が?お前を?・・・クッ・・ハハハハ
ハ!﹂
俺達は皇女の想定外の言葉に笑った。
兄が皇族や貴族を助ける・・・?
まぁ、俺や他の隊員ならするかもしれないけど兄は絶対にしない。
軽く見殺しに出来るほどしない。
相当気に入った相手だったらわからないけど。帝国の3代前みたい
に。
でもこの皇女にはない。ないね。有り得ない。
﹁ハァー・・・笑わせやがって。聞いたかよシーグ。﹂
﹁もし本当なら天変地異だね。﹂
﹁わしも隠居して田舎でボケるわ。﹂
ヘッと半目で兄さんを見て合槌を打つ爺さん。
﹁聞いただろ。それは俺じゃねぇ。﹂
再び踵を返そうとするのを
﹁いえっ貴方です!わたくしが見間違うはずありませんわ!どうか
110
思い出して下さい!﹂
・・・・兄に縋らんばかりの必死な皇女の話を要約するとこうだ。
12の時誘拐された所、それを兄さんと俺達﹁ドグマ﹂が助けたら
しい。が・・・・全く覚えがない。たぶん魔物を追っている時偶然
助けたかも・・・?
﹁あの日からわたくし貴方に認められたくて皇女として頑張って参
りました!ココで会えて・・・・嬉しく思います。﹂
聞いてもいないのにどんなに頑張ったかどんなに兄を崇拝してるか
ベラベラと喋る皇女。
・・・・・何だか面倒なんだけど。ていうかイライラしてきた。
俺はこういう奴が嫌いだ。
頑張ってきた?兄さんに気に入られたいだけ?随分と一方的で夢見
がちな奴だな。しかもバカだ。
・・・・お前、自分の立場わかってる?皇女としてってホント?な
らなぜこんな人が多く行きかってる公共の場所で、女癖の悪さが帝
都中に広まってる兄に身を投げ出さんばかりに迫れるの?コイツを
教育した奴の顔が見てみたいよ。ほらほらそこかしこでヒソヒソ話
されてるよ?皇女サマ?
・・・皇女ってお前の為にあるわけじゃない。国民の代表として、
象徴としてあるべきなんだよ。運よく皇族に生まれた者の最低限知
る事だろ。頑張りどころが違うんじゃない?侍女たちもワタワタし
ないでどうにかしろよ。あーあ。帝国の程が知れるよね。ココまで
きてるなんて。最悪だ。
﹁兄さん、子供が何か言ってるけど。﹂
兄さんはイライラして逆に無表情になった俺に気付いてフッと笑う
111
︵それをまた何を勘違いしてるんだか皇女が頬を染める︶。
﹁おい嬢ちゃん。お前が何思ってるかどうでもいいけどよ、俺はお
前みたいなガキ、趣味じゃねぇんだ。夢見てぇんなら近場の王子サ
マと遊びな。﹂
ニヤニヤ笑いながら言うと、皇女の顔が見る見るうちに青ざめてい
った。
﹁ジン、早よう女達の所に行って来い。お前が戻った事に気がつい
たあ奴らが騒がんうちにな。﹂
爺さんが時間の無駄とばかりに言うのを皮切りに俺達はまた歩き出
した。
﹁今夜中に戻れるんなら酒とっとくけど。﹂
﹁戻れるだろ。もう興味の欠片もねえよ。﹂
﹁わからんぞ∼?お前は変わっとるからな。一応試してきたらどう
じゃ?﹂
﹁時間の無駄だと思うがな。それよか爺さん、召喚状ちゃんとやっ
とけよ。﹂
今夜のドンチャン騒ぎが早くも頭を占めていた俺達は気付かなかっ
た。
オロオロするお付きの者達と取り残された皇女の目が狂信的に輝い
ていたのを。
その目がじっと兄さんを見詰めていた事を。
112
爺さんに言われた通りに試しているが・・・・
何にも感じねぇ・・・キレイサッパリ、吃驚するほどなーーーんに
もだ。
﹁おい、もういい。退け。﹂
わなな
俺のモノに一生懸命奉仕していた女の顔を押しやって立ち上がった。
信じられないと言う様に女の顔が戦慄いている。
帝都の娼婦街で一番高級な店のこれまたNO1の女だ。何回か抱い
た事はあるが・・・・こいつ名前はなんだったっけな?
俺は女が何をしてもクタリとしたままだったムスコを仕舞い身繕い
すると何か言っている女をそのままにして部屋を出た。
﹁旦那・・・・どうしたんです。エスターが何か粗相でも。﹂
オーナーは今までからは考えられない程の短時間で出てきた俺に驚
いて走り寄ってきた。
完璧なスタイルに沿うドレスが赤く輝く。
﹁いや何も。﹂
﹁・・・・どうかなすったんですか、旦那。この前はあれを朝まで
離さなかったではありませんか。﹂
キュッと眉を顰めて言うオーナーに俺は顎に手をやって無精髭を撫
でた。
﹁この前?そんな事あったか?・・・俺アイツの名前も思い出せね
113
ェんだけどよ。まぁいいや。・・・オーナー、世話になったな。も
う此処へは来ねぇからよ。これは今までの礼だ。﹂
俺は料金にしては大分多過ぎる金を支払った。
﹁・・・・ジンギィ様、私達の何が。﹂
﹁お前らが何かした訳じゃねぇよ。もう興味がなくなっただけだ。
じゃあな。﹂
﹁オーナー・・・・私・・・﹂
エスターが打ちひしがれた様子でベッドに座っているのに声を掛け
ると綺麗な顔に涙を浮かべながら震える声で応えた。
﹁あの方はああいうお人なんだよ。だからやめておきなさいと言っ
た。﹂
﹁わかってます。でも、それでも、それでもいいから嬉しかった。
それなのに今夜のあの人は。﹂
私はエスターの肩に腕を回して優しく抱いた。彼女の目から次々と
零れ落ちる涙。
﹁忘れろとは言わない。だけど諦めなさい。もう会う事はないだろ
うから。﹂
言い聞かせるように静かに言うとハッとエスターが顔を上げた。
114
﹁言っておくがお前のせいじゃないよ。そうではなくて・・・あの
方はもう二度とウチの様な店へは来ないだろう。私の言う意味がわ
かるね?﹂
エスターははしばらく呆然としていたがやがて嗚咽を漏らして顔を
覆った。
私は彼女が落ち着くまでその震える体を優しく擦っていた。
エスターの流す涙はかっての夜のあの方の様に熱かったか、それと
も今夜のあの方の様に冷たかったか・・・・・
名前すら覚えていなかった事は言えなかった。
外に出ると満月が上っていた。
試したのはこの店だけだがもう充分だろ。面倒くさいし。
それにしてもあの何事にも動じないオーナーが血相を変えたのは意
外だった。
﹁そういやぁ・・・﹂
俺はこの店より前に行った所でも同じ反応だった事を思い出した。
何処行っても何故か引き止められてばかりだったが俺ってそこまで
期待されるような事したっけな?
体が満足したらハイ終りって感じだったんだけどな・・・こういう
とシーグや野郎共に﹁その内背後からブスッと刺される﹂と言われ
るが俺を刺せる女がいたら見てみたいモンだ。
115
それにしても・・・・
﹁やっぱ伴侶の事になると俺も他のアーマノルドと同じって事か・・
・。﹂
それを証拠に遺跡でのヤラしくて可愛いアンコを思い出すと、たち
まち体が熱くムスコも張りだしてくるのがわかった。
﹁・・・アンコの事を思い出すとこうなるがそれを他の女が触ると・
・・・﹂
今度は熱がスッと引きモノも大人しくなる。
ククク・・・・いいぞ面白れぇ。俺の血に肉に早くもアンコが刻ま
れ始めている。
あの時は時間がなくて早く終わらせてしまったが今度会った時は・・
・
汗ばんだあの甘い肌をじっくり隅々まで舐め上げたい
もっと震えさせてもっと啼かせてもっと濡れさせたい
俺でアンコの全てを満たしたい
全部全部俺のもので・・・・・
・・・・あーあ。こんな欲求不満な状態でアンコに会って我慢でき
るんかねぇ。
116
まァ、するしかないんだけどよ。
アンコ・・・・覚悟しろよ。俺のこの疼き、ぜーんぶ引き受けるの
お前だから。
アンコの事を考えながら俺は、夜でも明る過ぎる繁多な通りを、自
分のホームでもある野郎共が待つ宿舎へと足早に向かった。
117
帝都にて︵後書き︶
視点がコロコロ変わるなぁ・・・
ちなみに上からシーグ・ジン・高級娼婦店のオーナー・ジンの順で
す。
ジンはあまり人の名前を覚えようとはしません。理由は一応ありま
すが一番の理由は﹁どうでもいいから﹂。
こんな最低最悪の男に伴侶として選ばれたジュリに・・・・合掌。
118
逃走中
﹁わーい!久々のmyベッドー!﹂
私は自分の部屋に入るなりベッドに飛び込みました。
あ∼∼なんて解放感。身も心もゆったりです。極楽です。温泉です。
浴衣です。温泉饅頭です。
﹁ジュリ、寝るならお風呂に入ってからにしなさい。不潔よ。﹂
お風呂から上がったホカホカお姉ちゃん。
ピンクと白のレースがふんだんにあしらわれたテディを着た様はと
ても23歳には見えません。
﹁はーい。お姉ちゃん、今回は疲れたねぇ。﹂
﹁そうね。でも玉も見つけたし、儲かったわ。﹂
そうそう今回は玉が見つかり大変嬉しかったです。
商会1
スイーパー6
の割合で分けられます。
スイーパーが依頼中に見つけた玉は帝国に買い取られ、その料金は
依頼主3
今回の玉はやや小さめのサイズでしたが高い値で売れました。やっ
ほい。
﹁ちょっと贅沢できるかな。だったら買いたい服があるんだけど∼﹂
﹁いいわよ。今回はジュリも頑張ったし、明日はショッピングに行
きましょ。﹂
﹁よっし!﹂
119
私は浮かれた気分でバスに入り汚れた服を脱ぎます。
全部脱いだところで自然と目は胸へと落ちました。
﹁これ・・・・﹂
白い肌に点々と残る紅い跡。
遺跡での出来事が蘇ります。
・・・・・・・・・・・・・・・・なんて事をしてしまったんだ・・
・・・
いくら不可抗力だとはいえ反応しないとか説得するとか誤魔化すと
か色々、色々あったんじゃないだろうか。
胸や口を散々吸われたり舐められたりした挙句ア、アソコに指まで・
・・・・
それまでそんな事に興味はなかった、とは言いませんが思いもよら
ない事をされて・・・本当に衝撃的でした。
尚且つジンさんに応えてしまった・・・と言っていいかわかりませ
んが、した事に今更のように、いえ落ち着いた今だからこそ激しい
羞恥が襲ってきます。
えらい善がりようだな。自分でヤッた事あんのか?
それが気持ちイイって事なんだよ
極上の味だぜアンコ。お前のヤラしいソコはよ
私にはわからない、何かで掠れたジンさん声がまだ残ってます。
強制的に覚えさせられた体の欲。真っ白に突き抜けたあの甘い衝撃。
120
きつく抱き締める腕に寄せられる高い体温。細められ鋼を溶かした
目には私の痴態が映ってる。
男の人なのに女性の様な艶やかさを湛えた唇は満足するように微笑
んで・・・・・・・
別れ際にジンさんが言った言葉が蘇えります。
﹃俺が遺跡でお前にした事忘れんなよ?俺を思いだしたら自分で触
ン
さ
ん
を
ってみろ・・・俺がシタようにな・・・オレヲカンジロ。﹄
ジンさんが・・・したように?
ジンさんを感じる・・・・・ジ
私はジンさんに揉みくちゃにされた乳房をそっと持ち上げてみまし
た。
﹁・・・っつ!﹂
ピリリとした刺激が肌を刺します。
それは普段より重く張っているように感じます。
ジンさんはこうして・・・・
やわやわとあまり力を入れ過ぎないように指を動かします。
﹁・・・ぅん、ふ。﹂
それからココを摘まんだ・・・
121
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
オイ待てぇええ!!!
ジンさんには!
感化されるなと言っただろうが!
ナニ、やっとるんだ自分!!!
あれだけ!
しっかりしろ!!
私は内なる声に危うい所で戻ってきました。
あ・・・危ない。ホント危ない。
私は胸から手を外しため息をつきました。
シャワーを出してジンさんの跡を消す様にボディタオルでゴシゴシ
体を痛い位擦り洗いました。
・・・何でだか、少しだけ涙が出たのは姉には内緒です。
私がバスから出たのはそれから30分後でした。
リビングに入ると姉が、ビール・ワイン・焼酎・テキーラを並べご
満悦で晩酌していました。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁長かったわね。あんたも飲む?﹂
どう見ても何回見ても小学生が酒を飲んでるようにしか見えません。
慣れない光景ってあるんですね。
姉は無類の酒好きで、そのためには人目も憚らずバカスカ飲みます。
その見た目故、身分証は外せませんが、その煩わしさも耐えて酒を
求めます。・・・・一種のストレス解消でしょうか。
122
﹁ううん。・・・・あ、ビール1本貰おうかな。﹂
私は少しだけ沈んだ気持ちを浮上させたくて、普段は飲まないお酒
を手に取り、姉に
﹁呑み過ぎて家の物ぶっ壊さないでよ。﹂
と念を押して︵朝起きたら家が半分なく、隣に住む67歳のルイー
ザおばさんと目が合いました。最近の話です︶私は自分の部屋へと
戻りました。
部屋は暗く天窓から月の光が降りています。
ベッドに座るとギシ・・・と軋んだ音がしました。
﹁・・・・ジンさん、どういうつもりだったんだろ・・・まぁ、た
だからかわれたんだろうけど・・・普通のヒューマなんて、異常な
世界に生きてそうなジンさんにはオモチャに見えたんだろうな。﹂
深いため息・・・・なぜついたのか・・・自分でもわかりません。
ビールを呷ります。
﹁・・・でももう二度と会う事もないだろうし・・・お姉ちゃんの
言う通り忘れよう!今回も無事に帰ってこれた事に乾杯!﹂
私は空に向かってビールを挙げると一気に飲み干しました。
すぐに心地よい酔いが廻り、いつものように眠気を誘って私は早々
123
とベッドに横になります。
そういえば・・・・・
ジンさんと同い年なんですねって言った時のサダルさん、ちょっと
挙動不審だったなぁ・・・・・
やっぱ老けてる事気にしてるのかな。余計な事言っちゃった?
眠りの世界に入る寸前・・・
ジンさんが何時までも口づけていたあの場所が・・・一瞬熱を持っ
たように感じたのは・・・・・・気のせいでしょうか・・・・・・
朝、すっきり目覚めた私は留守中の雑事を午前中に済ませ、少し眠
私にとっては
たげな姉と久しぶりのショッピングに出かけ戦利品を両手にたくさ
ん抱え、ご満悦で帰ってきました。
夜、家中にそれ等を広げて、にははと笑っていた時
核弾頭に近い災厄がやって来ました。
ピンポーン
﹁郵便でーす!フラインブルさーん?いらっしゃいますかー?﹂
・・・・・・・・・・・・・・。
﹁人が運ぶ郵便だなんて珍しいわね。﹂
バーボンのロック割を手にした、男らしい呑み方をしている姉が呟
124
きました。
そうなんです。手紙や郵便物は︻魔法科学会社︼という機関が編み
出した流通物のみを通す転移魔法で各自の家や会社に運ばれるので
すが、それでも重要な書類や金品、何かいわくがある物は間違って
配達される事がないよう、人が配達する事になっているんです。で
も、料金が高いので利用する事はあまりありません。
たてがみ
﹁何だろう・・・商会かな?なんかあったのかな。﹂
私は怪訝に思いながらもドアを開けました。
そこにはいかにも真面目そうなアナグマ顔に金色の鬣、下半身が縞
模様の馬の体を持ったバルシンが郵便配達人を示す水色の制服を着
て立っていました。
﹁フラインブルさんですか?どちらのフラインブルさんでしょう?
もう御一方のフラインブルさんはいらっしゃいますか?お二人に郵
便物があるんですが。あ、それと身分証明書もお願いします、顔写
真付きの。﹂
矢継ぎ早に捲くし立てられ呆気に取られていると
﹁居るわよ。どこから?﹂
姉がきて代わりに対応してくれました。でもその姉の顔も怪訝そう
に顰められています。身分証をクドイぐらい確かめてから郵便屋さ
んは黒いアタッシュケースから大事そうにクリーム色の重厚な雰囲
気のある封筒を二通取りだしました。
﹁帝都からです。こちらがジュリアン・フラインブルさん、そして
こちらがヴァイオレット・フラインブルさん宛ての郵便物ですね。
125
ではこちらに受け取りのサインを。﹂
交互にサインすると、またクドイぐらいそれを調べてうんと頷いて
から郵便屋さんは一礼して去って行きました。
何だって言うんでしょう。
﹁何か開けるの怖いね。﹂
冗談めかして姉に言うと難しい顔で封筒を凝視しているので余計に
ビビります。
私も封筒をひっくり返して何かあるかと確かめますが何にも書かれ
ていません。模様もないし、中身を確かめられない程厚いんです。
緊張した空気がしばらく流れます。
﹁・・・まさか・・・でも。﹂
姉は小さく呟くといきなり封筒の口を破って中身を取り出しました。
慌てて私も続きます。
その紙は普通の便箋と違って大きくて厚く少しザラザラした質感で
した。
赤い色をした複雑な模様が、お目にかかった事もない威圧感溢れる
文字を囲んでいます。
そして、その文字を読み進めるにつれ私の目は驚愕に開かれ、姉の
眉間にはかってない程の皺が刻まれて行きました。
そこには
﹃ジュリアン・フラインブル殿
本書は貴殿に、帝都特別機動隊魔物専用討伐部隊﹁ドグマ﹂へ入隊
126
するものを記すものである。
尚、貴殿に否の権利はない。貴殿には準備期間として2週間の猶予
が与えられる。期限内までに帝都﹁ドグマ﹂本部へと来られたし。
ジンギィ・ライダーズ・ハイ﹄
サージナル・シャントゥーン・ワンダージャⅢ世
尚、期限を過ぎれば重罪に処せられる。
皇帝
﹁ドグマ﹂隊長
・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁ジュリ・・・そんなに何度も読み返しても文面は変わらないわよ。
﹂
﹁そんな事わかんないじゃん!文字の隙間に抜け道があるかも!こ
の前テレビでやってたし!﹂
﹁ないと思うわ。﹂
﹁お姉ちゃん!諦めたらそこで終わりなんだよ!ネバーギブアップ
!!﹂
﹁皇帝の認もあるし・・・でもこんな召喚状初めて見るし聞いた事
もないわ。召喚状は普通皇帝色﹃紫﹄が使われるはず。でもこれは
紅・・・・﹁ドグマ﹂・・・一体どんな集団なの。﹂
姉は何だか冷静に分析をしているようですが私はそれどころではあ
りません!
﹁無理無理無理無理無理!!どう考えても考えなくても無理!何で
!何であたしに来るんだ!あたしはふ・つ・う・のヒューマだっつ
ってんだろ!死ねってか!死んでこいってか!ふざけんな!あたし
にも生きる権利があるんだ!担当者出て来い!!﹂
﹁ジュリ落ち着いて。﹂
﹁落ち着けるわけないよ!聞いたら﹁ドグマ﹂ってSSクラスとト
リプルSクラスの魔物ばっかり相手してるトコじゃん!︵ついでに
127
商会で﹁ドグマ﹂について聞いてきました︶あたしなんか世界が違
うどころか次元が違うよ!あたしまだ死にたくないよ!!﹂
﹁私だって嫌よ。あんなガサツそうな汗臭そうな集団。﹂
﹁無視しよう!来なかったって事で!﹂
﹁受け取りのサインしたでしょ。﹂
﹁あああー!そうだったぁ!・・・そうだ!今すぐ追いかけて配達
人を殺しちゃおう!﹂
﹁ジュリ・・・・・・﹂
まさにパニック。でもこれが許せるでしょうか。いいや!今こそ立
ち上がるべきです!死ぬのはイヤだ!
﹁期限は召喚状を受け取ってから2週間か・・・ジュリ。﹂
﹁イヤだからね!絶対﹁ドグマ﹂なんか入らないから!﹂
えぇ?﹂
﹁わかってるわよ。逃げましょ。﹂
﹁イヤだぁああ・・・って
﹁逃げるのよ。それとも大人しく﹁ドグマ﹂に入る?﹂
﹁断固イヤ。﹂
﹁じゃあ、しばらく身を隠しましょ。家の事が片付いたら出発よ。﹂
﹁・・・・お姉ちゃん、相変わらず思い切りいいね。﹂
帰って来たばかりなのにぃ∼﹂
﹁判断は早い方がいいわ。荷物まとめて。﹂
﹁うううう∼
﹁恨むならあの変態を恨むのね。﹂
﹁へっ?ジンさんの事?﹂
﹁アレ以外にこんな事やってのけるのいないと思うわ。・・・あの
噂はもしかして本当かもね。﹂
﹁どンな噂?あっ!皇帝よりエラそうってアレ?﹂
﹁そう。皇帝より後に変態の署名があったでしょ?普通は地位があ
128
る者が最後に署名するはず。それに召喚状は本来、紫色で文字を囲
むはずなのに紅い色が使われている。・・・もしこの色が﹁ドグマ﹂
の隊の色だったら?﹂
﹁・・・・ジンさん達は独自の権力をもってるって事?・・・・皇
帝と同等か・・・それ以上?﹂
﹁ええ。厄介なのに目を付けられたわね。ジュリ。﹂
は?
﹁え?あ、ちょ、ちょっと待ってよ。あたし?﹂
﹁そう。﹂
﹁・・・まっさかぁ。お姉ちゃんでしょ?﹂
私の問いかけに姉はゆるゆると首を振ります。
﹁あの遺跡で何かあったんでしょ?本当は聞かないでおこうと思っ
てたけど・・・こうやって関わるようになったのなら聞いて置かな
いといけないでしょうね・・・まぁ、道々話はユックリ聞くから。
今は家を片付けるわよ﹂
姉の身も凍る微笑を受け小さく返事をした私は自分の荷物をまとめ
始めました。
次の日、長く留守にしても大丈夫なように家をすっかり整え、私達
は出発しました。行く先は帝国と大国国境の街︻ブリッツ︼です。
たいこく
︻大国︼。
世界で一番大きな大陸を持つ国です。
﹁取りあえずブリッツを目指しましょう。変態がどう影響力を持っ
ているかは想像するしかないけど、大国までは届かないと思うわ。
129
ほとぼりが冷めるまで向こうで暮らすわよ。﹂
﹁うん。・・・・大国って今冬なんだって。﹂
﹁あら素敵。ウオッカが楽しめそうね。﹂
﹁あたしは大国名物﹁チーズフォンデュ﹂が食べたいなぁ。﹂
逃げる事が決まった私達がやけに冷静なのは、たぶんに両親が影響
していると思います。
変人で有名な両親はよくあちこちで爆発や事件を起こし、夜逃げの
様にして各地を転々としていました。
家財道具を全て置き、真夜中だろうが構わず叩き起こされ逃げ出す
事なんてしょっちゅうでした。
そんな生活を生まれた時から続けてきた私達にとって、今までの生
活をあっさり変えるなんて事はそんなに大変なモノでもありません。
両親が揃って病気で亡くなってしまい、母方の祖母に引き取られ、
いつまでも此処に居るのだと言われ逆に変なのと思ったくらいです。
﹁大転移魔法場までどうやって行こうかな?﹂
﹁そうね・・・商会の転移を使うのは危険だし・・・﹂
︵体質的に無理な方や意外と高位の魔法なので体得に時間
︻大転移魔法場︼とは私の様に魔力が低い物や転移魔法を体得でき
ない人
がかかるようです︶の為に、各地に移動できる大型の転移魔法が集
まっている場所の事です。
大型の転移魔法はあちこちの施設に点在していますが、当然こんな
便利で大規模なモノは帝国が管理、運営しています。
姉が言った様に商会にも大型の奴があるんですが、そこにも帝国の
管理者が・・・チッ。
2番目とはいえ帝国も広い国ですから、ちまちま歩いていてはどれ
くらい時間があっても着けません。
その場所まで行ければ大国までの国境まですぐなのですが・・・・
130
そう、捕まらずに目的地まで転移できるかが運命の分かれ道です。
実は何でも万能型の姉ですが、転移魔法だけは苦手の様で、いつも
思った所とは全く違う場所へと落ちる︵現れる時なぜか空中︶ので
よっぽどの事がない限りの禁じ手にしています。
そうそう大事な事を。
転移魔法は術者が行った事のある場所じゃないと行けません。
﹁夜になったらアレ、やる?﹂
﹁・・・・・・・・・・・・。﹂
﹁いや、あたしも積極的にしたいわけじゃないけど。乗り物系もほ
ら、ダメだし。﹂
﹁・・・・・・やるしかないでしょうね。﹂
﹁そんな気落ちした声で言わないでよ∼何か気遣う。﹂
姉が嫌がるアレとは。
﹁わー!早い早い!いつやってもすごいね!﹂
﹁舌噛むわよ!﹂
今私は姉に抱えられて森の中を走り抜けています。
見た目は小学生でも中身は巨大な魔物を持ち上げられる程の力持ち
の姉。加えて脚力も半端なく速いので、こう、私と荷物を持ってひ
たすら走ると言う芸当・・・というほどのモンじゃないですができ
ます。
だけど見た目に問題が。
小学生が自分より30センチ以上も背の高い女性を運んでいる光景
は・・・インパクトがあり過ぎて注目の的になるなる。
131
なので、普段はコレも禁じ手にしています。
私は結構好きなんですが。下手なジェットコースターよりスリル感
ありますから
132
逃走中︵後書き︶
ヴァイオレットと居る時は少しだけ甘えん坊なジュリアン。
末っ子属性全開です。
133
それすらも。
そんなこんなで、人目を避けながら昼は寝て体力を温存し、夜は朝
まで駆け通し︵姉が︶た3週間後、私達は大国国境の街﹁ブリッツ﹂
に通じる﹁大転移魔法場﹂に到着しました。
﹁行くわよ。﹂
﹁ラジャー。﹂
夜。
私達は見回り以外は寝た頃、こっそり施設へと侵入しました。
転移魔法が置いてある中央まで物陰に隠れながら近づいていきます。
たまたま居た見張りを倒しながら進むとありました!8つのキラキ
ラと光る魔法陣が。
バスの発着場みたいにそれぞれの行く先を書いたゲートの先に魔法
陣があるんです。
人が利用しない夜ですがそれでも開いているのは理由があります。
消してしまうとまた構築からやり直さないといけないので、時間が
かかったり、緊急時に対応出来るようにするため24時間開きっ放
し、なんです。
姉がそこに居た何人かの見張りを倒し、私達が﹁ブリッツ﹂行きの
魔法陣に近寄ったその時です。
バラバラと何かの機械音がして、顔を見合わせた私達は急いで建物
の陰に隠れました。
数分後、頭上を轟音を轟かせながら灰色と白の輸送用ヘリが通って
行きました。
134
その機体には﹁ドグマ﹂のスペルが。
騒然となる施設内。
﹁・・・・・とうとう来たわね。﹂
﹁お姉ちゃん・・・・﹂
姉は一瞬考える表情になった後、私にここに居る様に言ってから8
つの転移魔法に何か置くと戻って来ました。
︻フュージョン・ボム︼です。
姉が独自に開発した、術者の火の魔力と物質を融合させた上、術者
の好きな時に爆発する・・・私には今一よくわからないんですが、
いわゆるリモコン式時限爆弾というヤツだそうです。
﹁お姉ちゃん。﹂
﹁いいジュリ、よく聞いて。私が奴らを引き止めて・・・何人で来
たのか、止める事ができるかどうかわからないけど・・・・あんた
が逃げる時間までは稼ぐつもりよ。﹂
﹁お姉ちゃん!﹂
﹁大丈夫、心配しないで。私もすぐ追いかけるから。前もって決め
ておいた場所で待ち合わせよ。﹂
﹁でも!﹂
﹁私一人の方が逃げやすいでしょ?足手まといのあんたが居ると居
ないとじゃ問題にもならないじゃない。﹂
突き放した様な言い方ですがその綺麗な青い眼は優しく笑っていま
す。
﹁絶対、絶対だよ。﹂
135
﹁・・・何時まで経っても子供ねぇ。こんな時は笑って約束するも
のよ。﹂
半泣きの私を呆れる様に見てから姉は私の荷物を渡しました。
﹁全員を抑える事は不可能に近いわ。たぶん、いいえ、確実に変態
が先にあなたを捕獲しに来るでしょうから、向こうに着いたらなる
べく人気の多い所で目立たないように紛れなさい。ヒューマの力は
微弱過ぎて捜しにくくなるだろうから。﹂
﹁うん、わかった。﹂
騒ぎがどんどん大きくなってこっちへ近づいてきます。
﹁それと。﹂
姉は人差し指を口に咥えると暫くクチュクチュと中をかき回し、ポ
ンッと口から何かを取り出しました。
﹁・・・・お姉ちゃん、何かばっちいよ、ソレ。﹂
﹁う、うるさいわね!私だって・・・・・か、改良中なのよ!﹂
姉もそう思っているのか顔を赤らめて気まり悪げです。
魔法を駆使する術者ですが独自のやり方と発想で行うので、一般人
にはその行為がややドン引き傾向なのは・・・居た堪れない感があ
ります。なぜそうするのかは彼らにしかわかりません。
ですがこの後、姉は急いでこの魔法の改良版を急ぐ事になります。
﹁ドグマ﹂のある変態隊員のせいで。
これは後にまたお話しましょう。
姉が出したのは金色に輝く小さな蝶です。
136
﹁これを連絡機代わりに使うわ。誰もいない所で使うのよ?﹂
﹁・・・うん。﹂
私はリュックの中に小さな蝶をそっと入れました。
﹁・・・さあ、もう行きなさい。﹂
﹁・・・・・・・・・・・・うん。﹂
声が震えます。
姉が苦笑するように頷きます。
それは私の泣いているのか笑っているのか判別付き難い、自称笑顔
に対してでしょう。
光の中に入ると・・・・・それは消えてしまいましたが。
﹁さてと・・・・ガサツで無神経。絶対触りたくない話したくもな
い男達の相手でもしようかしら。あーあ。・・・最悪な夜だわ。﹂
私はジュリを見送った後、荷物を抱え直して魔法陣の部屋から出た。
すぐ側の高い建物に飛び、前方からやってくる尋常じゃない男達を
待つ。
﹁よお、まな板じゃねえか。召喚状は受け取ったんだろぉ?・・・
道でも間違えたか。ここで会うなんて奇遇だな。﹂
変態が私を見上げながらせせら笑う。
137
相変わらず最低な男ね。あんな奴が隊長やってる部隊なんてジュリ
の事がなくてもお断りだわ。
﹁アンコはどうした。﹂
﹁・・・さぁ?私も捜しているのよ。アンタ知らない?﹂
﹁・・・いいや。で?お前は一人でどうしようってんだ。この俺達
を相手に。﹂
変態、変態2、それから黒狼、蜥蜴のアーマノルド、太い腕を4本
生やした赤い肌のバルシン。
﹁私の全力で持って相手してあげるのよ。・・・感謝しなさいよね。
﹂
私は肩の方まで両手をあげると何かを握るようにして丸めた。ん、
と魔力を込める。
するとゴオッという音と共にその手に沿ってオレンジの炎が奔る。
炎が収まると私の手には両端に炎を灯した棍があった。
ヒュウ!誰かが口笛を鳴らして揶揄するのが聞こえたが、フン、後
で吠え面掻くといいわ。
あたしは飛び上がって変態に棍を叩きつける。余裕そうに片手で受
け止めようとするのを棍をくるりと回してガラ空きの脇腹に思い切
り叩きつけてやった。
﹁ぐうぅう!!﹂
そのまま勢いに乗って変態を宙に飛ばす。間髪いれずに変態2の方
へ飛び、棍を地面に突き立て握ったまま顎へ蹴りを入れる。
変態2は兄と同じように飛んでいき背中から落ちた。
残された男たちの顔つきがわずかに変わる。
138
へぇ・・・さすが﹁ドグマ﹂じゃない。一瞬で隊長と副隊長を飛ば
されても冷静ね。ま、今から同じような目になるんだけど。
﹁お譲ちゃん、やるじゃねえか。ウチの隊長が吹っ飛んだの久し振
りに見るぜ。﹂
﹁あんたも飛ばしてあげるわよ。﹂
私は赤い肌のバルシンへと斜め下から棍を入れた。が、二本の腕で
ガードされる。だけどこれは囮。棍を止められた時点ですでに作っ
てあった雷撃の塊をバルシンの顔に放ってやった。バリバリと辺り
を揺るがす轟音。青白い光線。それが収まらないうちに蜥蜴の間合
いに入ると足払いを掛け、倒れてきた上体の鳩尾を棍で迎えてあげ
る。そのまま顔を蹴り上げてやった。何かが動く気配。背後に迫る
剣を棍で受け止めた。見上げる様な巨体、黒い狼の顔の中蒼く光る、
細められた眼。
﹁あんたすごいな。そんな姫さんみたいな綺麗な顔で・・・俺達を
ブッ飛ばせるなんて。・・・・名前なんだっけ。﹂
﹁話しかけないでくれる?黙ってやられなさいよ。﹂
あたしは押してた棍を急に引き、黒狼がバランスを崩した隙に懐に
入り込んで掌打を入れてあげた。
﹁っく!!!﹂
詰まるような音を出して黒狼が崩れ掛かってきたのを、
﹁肋骨イかれたかと思ったぜ。﹂
戻った変態の方へ投げ飛ばす。
139
片手を空に掲げると対魔法壁を作っていた変態2の方へ巨大な火柱
をぶつける。
魔法壁が砕け散った。辺りを炎が包み込む。ついでに風を巻き起こ
し更に煽ってやった。トカゲの悲鳴が聞こえると其処に火の玉を投
げてあげる。正面からバルシンが突っ込んできた。舐められたもん
ね、なんて思ってはいけない。背後に黒狼が迫ってきたのがわかっ
てるから。2人が同時に攻撃しようとするのをジャンプして奴らの
顔の位置まで上がると棍を左右に振って頬を殴った。一瞬よろめく
のを、棍の端から出した炎で吹き飛ばす。
パチパチと拍手が頭上から降ってきた。
そちらを見るとさっき私が立っていた建物に変態と変態2が並んで
俺の代わりにこい
まな板。相手してやりたいがアンコの方が大
立っている。気持ち悪い並びだわ。
﹁相変わらず強いな
事だ。俺はこのまま消えるけどよ、心配すんな
つ等置いてくからよ。おいお前ら、﹁ドグマ﹂新隊員の﹁ヴァイオ
レット・フラインブル﹂だ。間違ってもやられない様にな・・・歓
迎してやれ。﹂
そう言って魔法陣がある部屋に消えた。
﹁隊長ひでえや。﹂
﹁ヴァイオレットか。姫さんにピッタリの名前だ。﹂
﹁歓迎?・・・難しい。﹂
さすがと言うべき?それとも強がりかしら。
ま、いいわ。それにジンギィ?上手く逃げられたと思ってるの?
私はピンク色に光る、掌に収まるほど小さな円柱状のガラスを取り
だした。
140
﹁ジュリ、上手く逃げて。﹂
カチッ
上部のスイッチを押した。
ドゥッーーーー・・・ン!
最初の火柱が天を突くように上がった。
魔法陣を吹き飛ばす火柱が。
ドッ!ドーン!ドドド・・・・
間を置かず次々と吹き飛んでいく魔法陣。合計8つの火柱が上がっ
た。
﹁さぁ∼て。時間稼ぎにはなったかしら。後はあんた達を足腰立た
なくしてやって終わりよ。﹂
呆気に取られていた男達が私を見た。
あまりの間抜け顔におかしくなる。クスッと笑うと黒狼が大きく目
を開いた。
﹁兄さん・・・大丈夫か?﹂
﹁いってー・・・あのまな板め・・・﹂
141
俺はいきなり爆発した魔法陣から兄に首を掴まれて回避できた。が、
兄は腕を取られた。
血が滴って焼け爛れている。
﹁ヴィー・・・・本物の使い手だ。﹂
兄に魔法は利かない。が、魔法以外だったら。
ヴィーは自分の火系の魔力と爆発物を同時に込め融合、わざわざ特
殊容器に詰め、時間差で起動させた。・・・・正直言って発想がす
ごい。そしてそれを完璧に使いこなしている。
兄の腕を治していると、︵魔力は利かないので特別な方法で︶
﹁やりやがったな∼ハハハハ!見ろよシーグ。転移魔法場が木端微
塵だ。﹂
ブスブスと燻ぶる黒煙、炎。吹き飛んだ施設の残骸。もちろん魔法
陣なんかあるわけない。
﹁どうする?﹂
﹁まな板を締め上げて吐かすか。﹂
﹁相当時間がかかると思うよ。素直に言うわけないしね。﹂
兄はため息をついて
﹁だよなぁ。・・・・・・お前魔法陣作れ。俺はアンコが向かった
方向を探る。﹂
﹁出来るの!?﹂
﹁種の匂いを探るとでもいうか・・・・ま、本当に微々たるもんだ
けどな。﹂
兄はウロウロと8つあった魔法陣の跡を歩き廻った。
142
バリバリッ!バリバリバリッ!
嫌な音が聞こえ、俺がそこを見ると・・・辛うじて残っていた扉の
向こう側に。
巨大な、直径5mは固い轟々と渦巻く水の球体が何本もの雷を巻き
つけながらバチバチと電光を放っていた。ヴィーの魔力が濃く渦巻
いている。
﹁兄さん・・・早くした方がいいかも。﹂
﹁あん?うおっ!﹂
﹁カオジュ達が使いモノになる内に早く。﹂
﹁待て・・・・よしここだ。﹂
俺は急いでそこに在った魔法陣の残りを分析、再構築を開始した。
幸い行った事のある場所だ。まあ帝国で行った事のない場所なんて
ほとんどないんだけど。
魔法陣を作りながらもどんどんヴィーの水と雷の危険極まりない球
体が大きくなる気配がビンビン伝わってくる。
﹁できたよ。急いで。﹂
﹁おう。任せるぞ。しかしオマケだと思ったモンがここまでやると
はな。ま、アイツら最近なまってたしな。いい運動になっただろ。﹂
﹁死なない程度だったらね。・・・・﹁ドグマ﹂が先にスカウトし
てよかった。﹂
兄は頷くと魔法陣に吸い込まれるようにして消えた。同時に陣も消
える。
﹁さて、機嫌でも取りに行くかな。﹂
143
兄さんが首尾よくジュリアンを捕えられたらヴィーも﹁ドグマ﹂へ
の入隊を考え直すだろう。
俺は球体が落とされる前に急いで門を潜った。
﹁あら、混ざりに来たの?ラッキーね、ショウはこれから。まだ席
は空いていてよ。﹂
両端に炎が燃え盛る棍を持ち、片手には倍に膨れ上がった球体を持
ち上げながらヴィーがバカにしたように俺を見た。
﹁ヴァイオレット・・・もうやめにしないか?ジュリアンは兄さん
が追った。直、捕まるだろう。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁・・・・・一つだけ答えて。﹂
﹁なんだい?﹂
﹁・・・・・何故・・・ジンギィはジュリに拘るの?召喚状だって
そのための詭弁でしょ?﹂
俺は遣る瀬無い思いでヴィーを見続ける。逸らす事は許されない。
﹁・・・答えは君の中でもう出ていると思うけど。﹂
ヴィーが俯く。今にも落とされそうだった球体が見る間に小さくな
りやがて消えた。
﹁・・・・・・伴侶なの?ジュリがアイツの。﹂
﹁ああそうだ。・・・・もう・・・種も植えた。﹂
﹁シュ?・・・・・まさか!!﹂
144
﹁・・・・知っているのか。やはり、君は﹂
﹁そんな事どうでもいいわ!︻種︼だなんて・・・禁術じゃない!
!何百年も前に禁じられたはずよ!!﹂
﹁そうだね。﹂
ヴィーは愕然とした顔で俺達を見ている。
﹁そうだねって、そんなに軽く?・・・ああ、あなた達は・・・・・
酷いわ。﹂
ヴィーは辛そうに力なく呟く。
そう、俺達は﹁種﹂がどんなに伴侶を辛い目に合わせるかを知って
いる。知っててそれを実行する。喜んでする。俺だってもし伴侶が
現われば躊躇わずするだろう。
﹁俺には・・・俺達には﹁種﹂が必要だ。いつか伴侶を見つけた時・
・・﹂
ギンが眼に強い炎を灯しながらヴィーを見た。・・・・おや?これ
は。
﹁だからって・・・ジュリは承知どころか植え付けられた事もわか
ってないんでしょ?そんなの酷過ぎるわ・・・・・﹂
ヴィーががっくりと項垂れ頭を振って地面に座りこんでしまった。
その落ち込みように胸が痛くなる。だが兄の孤独を思うとジュリア
ンがどうしても必要だった。
﹁兄さんを許してくれ。君ならわかると﹂
﹁わかるからこんなに苦しいのよ!バカ!それに・・・それに私に
145
謝ってどうすんのよ!・・・・いつか・・・いつかジンギィは報い
を受けるわよ。こんな・・・ジュリの気持ちを無視した事を後悔す
る事になるわ!﹂
眉を下げて今にも泣き出しそうにヴィーが叫んだ。
ああ・・・・君はまだわかっていないんだな。
﹃嫌われたらなんだ?アンコに選択肢でもあると?﹄
何時かの兄の言葉が耳に蘇る。
嫌われても。
恨まれても。
蔑まれても。
それすら構わない。
この孤独から。独りから共に生きていける唯一がいたのなら。
そう・・・・それすらもあなたからの甘美な贈り物。
焼け落ちた施設。黒煙。崩れた壁、散乱する建物の残骸の中、それ
ぞれの想いを抱え俺達は立ち尽くしていた。
146
﹁ククク・・・・会いたかったぜぇ
アンコ。﹂
俺は忌々しいまな板の金の蝶を握りつぶすと青ざめ震えるアンコの
両肩を掴んだ。
ググッと顔を間近に近づけ、愛しい顔を正面に捉える。もう少しで
唇が触れる距離まで寄せると掠れた声でアンコに告げた。
﹁さぁアンコ・・・お仕置きの時間だ。﹂
147
それすらも。︵後書き︶
﹁ドグマ﹂の隊員、弱そうですが親衛隊クラスならヴァイオレット
の一撃で死んでます。しかも慣れない超低身長のヴァイオレットに
どう出たらいいか戸惑いもあるんですね。
148
マジ勘弁
魔法陣から出ると、誰にも見つからない様に施設を出た私は姉との
待ち合わせ場所まで2時間、ひたすら歩き続けました。人混みに紛
れて辿りついた場所、そこは今は使われていない電波塔です。
高くて外からはわかりにくいのにこちらから360度周りが見渡せ
て隠れ場所として最適なんです。
そろそろと周りを見渡します。よし、誰もいない。私は物陰から出
て違法に複製した鍵で扉を開け、そこに入りました。
長い階段を上り、辿りついた小さなドアを開けると大国から近いせ
いでしょうか、冷たいブリッツの外気が私の頬を撫でました。
キョロキョロと辺りを見渡し他に人影がないか確かめてからそこに
出てドアを静かに閉めました。
鉄骨の影に入り、背を預けて座るとリュックからあの小さな金の蝶
はた
を取り出し姉からの連絡に備えました。時折ヒュウヒュウと風が巻
き起こり上着の裾をパタパタと叩きます。
ジンさん達・・・どうして追って来たんでしょう?いや、召喚状を
送ってくるからには大変な事態なのはわかりますが・・・・姉の言
う通り私の為なんでしょうか?
遺跡での事を姉に洗いざらい吐かされた私はそれからというもの何
事か考えている姉に聞いたんですが・・・信じられません。
私が、こんなに平凡で何処にでもいそうな私が・・・・ジンさんの
伴侶かもしれないだなんて。
149
正直、間違いであって欲しいです。
いや、だって無理でしょ。
あの、帝国どころか世界中に名が知れた﹁ドグマ﹂ですよ?あまり
にも強すぎる集団なんで人なんてとても相手にならず、最高位の魔
物しか相手にしない。規格外も甚だしい方達ですよ?
そしてその﹁ドグマ﹂隊長ですよ?どんだけ強いんだって話ですよ。
脳裏にあの遺跡でのジンさんの、魔物を退治してんだか狩ってんだ
かの光景が浮かびます。
お遊び・・・本当に遊んでるようにしか見えないんですよ。吹き出
す真っ赤な血液、飛び散る肉片や臓物、魔物の断末魔の声とそれを
楽しむかの様なジンさんの笑い声。姉とのスイーパーの仕事で勿論
それは見た事があるものでしたが、ジンさんの殺戮としか言いよう
がない戦いぶりは私を芯から怯えさせるのに十分でした。
その化け物隊長の伴侶が私?魔力なんてないに等しく体得したのも
片手で足り、体力も腕力もヒューマの平均で家の柱で小指をぶつけ
て悶絶しているホントふっつーの私が。
これ、きっと私だけじゃなくて皆が皆こんな反応だと思うんですよ
ね。
﹃何であんなのが﹄﹃普通のヒューマじゃん﹄﹃マジあり得ない﹄
今から陰口叩かれる私が見えます。
いやいや、陰口だけだったらいいじゃないか自分。
実はアーマノルドに伴侶として見られるなんてヒューマにとって迷
惑以外何ものでもありません。
違い過ぎる体格に力の差。しかも何でだか伴侶には必死に好かれよ
うとするので穏やかなヒューマにはその姿はドン引きです。
押して押して押しまくられる内に無理矢理結婚させられたり・・・・
よしんば断る事に成功したとしてもストーカーになる確率は100
150
%・・・どうです、怖ろしいでしょう。
これが同じアーマノルドや魔力で抵抗できるバルシンならいざ知ら
ず、弱いヒューマはなす術もなく・・・といった所ですがそこはき
ちんと法律が制定され、アーマノルドの求婚があまりにもひどい場
合は罰してくれるんですけどね。
それにアーマノルドは好みにうるさく、伴侶以外とは子を作る事も
しません。一生を独身で過ごす方もたくさんいます。なのでそうい
う無理矢理婚というかあんまりないです。
ここまでの流れだとアーマノルドなんてやがて絶滅してしまいそう
に聞こえますが、これがこの世界の神秘の一つ、なぜこんなに姿形
ばかりが違う私達が同じ人間かというには理由があります。
実は私の両親は父がバルシン、母がアーマノルドでした。私と姉は
正真正銘ヒューマできちんと母から産まれています。そう、親がア
ーマノルドなら子もアーマノルドになるとは限らないんですね。た
まに姉の様な規格外のヒューマが産まれる事がありますが。ですか
らジンさんとシーグさんの様にアーマノルドとバルシンの兄弟も普
通です。本人達は普通ではありませんが。こういう事情も人間達の
争いが少ない結果の一つかもしれないですね。見た目に区別しない
と言う。
差別が大きいのは階級ぐらいでしょうか。
帝国では皇帝が一番偉くて次に皇族、貴族、領主とまァ細かく続き
ますが一番下は私の様な平民です。奴隷はいません。大昔にはいた
様ですが、今はそんな非人道的な事はありません。・・・・ないと
思いたいです。
・・・で、そのいわゆる特権階級の方々が半端なくえッらそうなん
ですね。あんまり性格がよろしくない方が多いようです。中でも宮
殿に住むあの皇帝と皇族は一番評判が良くないです。
私と姉が住んでる地域は帝都からかなり離れた田舎なんですがそこ
151
まで届く悪評。
﹃今の皇帝になってから増税が著しく、何とかしてもらおうとした
奴等が帝都で行方不明だ﹄とか﹃平民から金は絞り獲るくせに貴族
や領主の腐敗には目を瞑り、政務もいい加減﹄とか﹃皇族は贅沢で、
着飾る事と何処其処の宴会に誰が来たかなどどうでもいい話に終始
するバカもの族﹄だの。
この、あまり皇帝の影響力が薄い地域でさえ不満がたまっているの
に帝都に近い所はどんなにでしょう。なんだか不穏な気配がします。
ではジンさん達はどうなんでしょうか・・・・皇帝と同等の権利か
もしくはそれ以上・・・
じゃ、じゃ私が警察なんかに訴えてももしかして握りつぶされるか
なんかして・・・無駄だってことでしょうか?そんなドラマ見た事
あります!!そんなバカな!でもでも・・・
なぜだかわかりませんがジンさん達﹁ドグマ﹂だけは枠に入らない
気がします。何をしても許されるような・・・そんな暗い感じが。
空恐ろしい考えに耽っていると金色の蝶が羽ばたき、姉の声が聞こ
えてきました。
﹁ジュリ?聞こえてる?﹂
無事だったんだ!よかった!
﹁お姉ちゃん!﹂
蝶はふわふわと私の周りを飛び回りながら姉の言葉を紡いでいきま
す。
152
﹁一人?大丈夫なの?﹂
﹁うん。待ち合わせの場所に着いたよ。お姉ちゃんこそ大丈夫?﹂
﹁ええ・・・・。ねぇジュリ、話したい事が﹂
ン
さ
ん。
﹁チッ!無事だったのかあの女。﹂
その声は・・・・・・ジ
153
お仕置き
姉の声に被さるように深い声がすぐ近くで聞こえました。
肌がザァッと泡立つような気配。私は声のした方を信じられない思
いで振り返ります。
そこには。
鉄骨の端に立ち、腕を組んで立つジンさんの姿が。赤い満月に照ら
されたその姿はまるで残酷な死神の様です。
ゆっくりと血の気が引くのがわかります。逃げ出したいのに震えて
足が、いや体が言う事を聞きません。
﹁ジュリ!?ジンギィなの?﹂
姉が何かを言っていますがそれすら耳に入らず私は只ジンさんを凝
視し続けます。自分以外には絶対目を向けるのを許さない強い眼光。
ジンさんはあっという間に距離を縮めると怖ろしい顔で笑いました。
﹁ククク・・・・会いたかったぜぇアンコ。﹂
そしておもむろに手を伸ばし、金色の蝶を握り潰してしまいました。
﹁あっ・・・・﹂
思わず出た声に構わずジンさんは私の肩を掴むと、ぐっと自分の顔
のすぐ近くまで私を持ち上げました。
154
﹁さぁアンコ・・・お仕置きの時間だ。﹂
掠れた声が聞こえた直後、私はジンさんに口付けられていました。
無理矢理口を開けられると入りこんでくる分厚い舌。
肺の空気を丸ごと奪い去るような強引なキスに殺されるんじゃない
かと怯えた私は、必死に顔を背けようとしますが片手を腰にもう片
手は後頭部を押さえられ、身動きできません。それでも手や足を使
って何とか逃げだそうと暴れていると、ジンさんは漸く口を離して
くれました。
﹁ククク・・・いいなソレ。俺に抵抗するか。そう・・いいぞアン
コ。そうじゃなきゃ面白くねェ。﹂
ジンさんは満足そうに微笑むと私を抱えたまま鉄骨の端まで歩いて
いきます。
﹁使われていない電波塔とは考えたな。人なんぞ滅多に来ないし周
りが見渡せるから誰かが近づいてきてもすぐわかる。つまりは対処
が早く出来るってこった。まっ、俺にはきかねぇけど。﹂
﹁誰かー!人攫いですー!お巡りさーん!﹂
私はありったけの声を出しながら何とかジンさんの戒めを解こうと
必死になります。
﹁おいおい、人攫いたぁ言い掛かりだな。俺は逃げた新人隊員を連
れ戻しに来ただけだぜ。それによぉ﹂
﹁ぎゃあああぁああ!!殺されるぅ!誰かぁー!ここに変態がぁあ
あ!!﹂
155
さるぐつわ
私は皆まで言わさず更に叫び続けていると段々苛立ってきたのかジ
ンさんは私の両手両足を縛り、口には猿轡をかましました。
﹁うるせぇよ。ちっと静かにしてろ。﹂
ジンさんは私を肩に担ぎ上げたままブリッツの町をズンズン歩き︵
でもさすがに通報される大通りを避け︶、やがてすんごく高級そう
なホテルの中に入って行きました。
こ、これは通報されるチャンス!ジンさんって何にも考えてないよ
ねー!
と、考えた私の方が完璧バカでした。
﹁これはジンギィ様ようこそいらっしゃいました。﹂
﹁おう、久し振りだな、世話掛けるぜ。・・・・そうだな・・・防
音きく部屋あるか?﹂
﹁ございますとも。今案内します。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
﹁・・・・・・・・!!!んー!んんんー!!うううー!!﹂
ちょっとちょっとちょっとおぉおお!!!
コラぁ!見ろ!私を見ろぉおおお!!
これっ!これ明らかに攫われてるでしょ!
156
こらこらこら!無視しないで下さいよ!誘拐ですよ!犯罪が今!ま
さに!あなたの目の前で起こっているんです!!!
ですが私の魂削るが如くの訴えに、視線が合ってもニッコリ微笑ん
だホテルの支配人みずからあっさり部屋へとジンさんと私は通され
ました。
後から聞いた話ですがこのホテルはジンさん達﹁ドグマ﹂がいつも
利用しているホテルで、ジンさん達が例え、本来なら犯罪行為をし
ていても黙認するんだとか。このようなとんでもない施設は帝国の
内外にたくさんあるようでしかも帝国はそれを全部把握できてない
と言う・・・・なんて怖ろしい集団﹁ドグマ﹂。
﹁なかなかいい部屋じゃねぇか。﹂
部屋に入ったジンさんは私を担ぎ上げたまま部屋をウロウロと歩き
まわりました。
﹁見ろよアンコ。﹂
屋外に出るとジャグジーがありました。
﹁・・・・後で・・・お前の汗と俺の汗を流そうぜ・・・ここでな。
﹂
私の耳朶をちろちろと舐めながらジンさんが低い声で囁きます。
ひょえええええええ!!!
ジンさんは震える私を満足気に見やると・・・とうとう・・・とう
とう寝室へと入りました。
キングサイズのベッドが目に入ったと思ったらどさりと投げ出され
157
ます。
ジンさんは次は何をされるんだと目を見開く私を見ながらポケット
から何かを取りだすと喋り始めました。
﹁おうシーグ。・・・ああ、捕まえた。・・・ククク・・・そうか、
知っていたか。だろうと思った。・・・無駄だと言っておけ・・・
今夜中に芽吹くとな。ククク・・・ああ。・・・いや今夜はここに
泊る。野暮は言うなよ。・・・ああ。じゃあな。﹂
ジンさんはシーグさんとの通話を切ると
﹁まな板は﹁ドグマ﹂に入るのを了承したそうだぜ。まぁ、お前が
俺の手にある内は頷くしかないんだけどよ。お前の姉は中々の使い
手だ。押さえて損はねぇわな。﹂
ポイッと連絡機を放り投げ、ベッドに片足を乗せました。
ギッと軋む音にハッとなった私は縛られた体を懸命に動かし、這っ
てジンさんから遠ざかろうとしますが・・・・
﹁そんな状態でまだ逃げようとすんのか?・・・・お前・・・よっ
ぽど俺に仕置きされてぇみたいだな。﹂
当然あっさりモチロン逃げ切れるわけなくジンさんの腕の中に捕え
の
られます。
圧し掛かる巨体。太い指は器用に私の戒めを取り去り、ついでに服
も器用に・・・私が暴れたためボタンが飛んだり縫い目が破れたり
しましたが脱がせてまた私はジンさんの前で裸を晒してしまいまし
た・・・・・・・。
﹁・・・・ああ・・・この肌だ・・・この匂い。恋しかったぜ・・
158
アンコ。﹂
ジンさんは全力で抵抗する私に構わず組み伏せると、大きな手で余
すとこなく私の肌を触り始めました。
﹁・・・ふっ・・んん・・・んっんっ﹂
苦しい。
ジンさんの節くれだった手が、指が、私の肌を擦るたびそこからむ
ず痒いような熱いような何かが起こります。
声を耐えたいと思うのに思わず出てしまう。まだ猿轡をしているせ
いでくぐもった感じです。
﹁ああ・・・コレも取っちまうか。お前の可愛い喘ぎ声が聞きたい。
﹂
ジンさんは猿轡を取り去るとキスをしてきました。先程とは比べよ
うもない位優しい動きについ私も応えてしまうんですが・・・・で
もやっぱり怖いので小さな動きです。
﹁はぁ・・・・アンコ・・・もっと舌出せ。俺がやる様に真似てみ
ろ。﹂
上気したジンさんの顔。鋼色の目は溶かされた様に・・・勘違いで
なければ熱く・・・熱を持って私を見ている気がします。
﹁・・・あ・・ん・・ジンさん・・・﹂
素直に舌を出した私に笑みを浮かべ、ジンさんは再び覆い被さって
来て暖かな口に迎えてくれました。
159
私の舌にジンさんの犬歯が当たりビクッと舌を引っ込めるとジンさ
んは逃さない様に強く私の舌を吸い上げます。
ちゅっちゅく・・・濡れたような音・・・恥ずかしい・・・
熱くてぼうっとした私の脳は、ジンさんの手が忙しなく胸へと移動
するとあの強烈な快感が全身を激しく揺さぶるのを感じました。
下から包み込むように優しく揉み上げられると声も高く抑えきれな
い程です。
﹁はぁ・・・っんあ・・ジ、ンさんっ﹂
﹁・・・何だアンコ・・・こんなに喜んじまって・・・これじゃあ
仕置きになんねぇだろ・・・﹂
ジンさんがそう言いながら首筋に沿って小さなキスを繰り返します。
﹁あっ・・・やだ・・・だってジンさんが。﹂
﹁ん?・・・アンコ、乳首触って欲しいか。﹂
﹁・・・え?あ、や。﹂
意地悪そうに微笑んでジンさんは突起の周りをジワリと指を這わし
ます。
﹁言えよ。﹂
﹁え・・・﹂
﹁乳首触って下さいって可愛くおねだりしてみろ。﹂
﹁!そ、そんな事!言え﹂
ジンさんがピン!と胸の突起を指で弾きました。電流が流れるよう
なそれでいて甘い感覚も同時に・・・
﹁はあぁあ!﹂
160
私の体・・・一体どうなってるんでしょう。
﹁そら・・・言え。﹂
ジンさんはふうっと息を吹いて指を突起に触れるか触れないかのギ
リギリまでゆっくり這わします。
﹁・・・あぁん・・・わ、わたしの・・・ち、乳首・・うう・・さ、
触って・・くだ・・さ、い。﹂
顔が火を吹くように熱いです。でもでも・・・
﹁ああ!!﹂
ジンさんは何も言わず突起を口に含むと舌を絡ませるように吸い始
めます。もう片方も太い指で優しく摘まんだり痛い位捻ったり・・・
﹁あっあっ!・・・んあっ・・はぁあ、ああんっ・・﹂
飽きる事がないかのようにどれくらいの間弄られ続けたでしょうか、
私はふとジンさんの空いた手が太ももとお尻を撫でるのに気付きま
した。
﹁やっ・・ジンさん・・・・﹂
手を掴んでやめさせようとしますが力で敵うワケありません。
ジンさんは私のお尻を少し浮かすとそのまま奥へと侵入します。
﹁びしょびしょだ・・・・ほら。﹂
161
ジンさんは指を私の前までもってきてテラテラと透明に光る粘液を
みせつける様に見せると、その指をゆっくり口の中に入れてワザと
音を立ててしゃぶります。
﹁お前の味だな・・・﹂
ジンさんは囁くと涙目の私にニヤリと笑いました。
と、ここでジンさんは起き上がるとベッドの上に移動しました。
チャ、チャンス!
私は力の入らない体に鞭打ってベッドを抜けだそうとしますが・・・
﹁な∼にやってんだ。いい加減諦めろって。﹂
すげね
這い蹲った私の足を掴んで動きを止めました。
﹁は、放して!﹂
﹁これから天国に連れてってやろうってのに素気無ぇな。﹂
私はせめてもの抵抗にうつ伏せになったまま何処にも触らせない様
に・・・い、一応頑張りました。無駄でしたけど。
ジンさんは私の剥き出しの背中に強いキスと
﹁ヒやぁああ!﹂
舌で舐め上げる事を何度も繰り返すと、あっさり私を仰向けにして
ふかふかの枕の上に引き上げます。
そして私の足を掴み・・・・・左右に大きく広げました。
162
﹁・・・きっ!きゃあぁああ!﹂
叫ぶ私に目もくれずジンさんはア、アソコを・・・じ、じっくり見
ています。・・・ううう。
﹁ジンさんっ!や、やめ・・・・!!!﹂
ジンさんは私の制止も聞かずいきなりソコに唇を付けました。
﹁・・・!!!・・・っ!!・・・だっめぇ・・・!!・・ああぁ
んん!!﹂
ジンさんの何処をどうしているのか・・・ぶ厚い舌がナカに入った
りかき回したり、その度にジュルジュルと吸い取るような音やピチ
ャピチャ舐めとる音が・・・・
しかもそれだけではありません。
いくつもの枕に背もたれる様に座っているので、ジンさんが私のア
ソコを好きにしているのが全部見えてしまうんです。
茶色の巻き毛に被さるジンさんの黒い髪。口どころか顔中私の液で
濡れて・・・そこから出し入れする赤くて分厚い舌・・・ジンさん
の舌が動くたんびに得体のしれない感覚に背筋がゾクゾクします。
﹁あっあっ・・・・ハァハァハァ・・・ん、んう・・・!!!!﹂
ジンさんが・・・あそこの上についてる小さな粒を強く吸い上げ・・
・軽く・・・歯でカリッと・・・
﹁あっ!あっ!・・・イっ!!!!﹂
163
目も眩むような爆発する様な衝撃。甘い浮遊感に体は震えっぱなし
です。
﹁・・・イッたか・・・はぁ・・・アンコ・・・たまんねぇぜ、お
前のその顔・・・たったこんだけでイっちまいやがって・・・相変
わらず感度いいな。﹂
ジンさんまでなぜか荒い息を吐きながら私の太ももをザワリと撫で
ます。
﹁・・・くっそ!!もう我慢できねェ・・・俺も気持ちよくさせろ。
﹂
ジンさんはそういうと上着を脱ぎ、シャツを剥ぎ取ってぶ厚い筋肉
に覆われた上半身を露わにしました。イッた余隠で意識が霞んでい
た私はジンさんの裸に気付くと一瞬にして覚醒、服を脱ぐなと制止
しましたが・・・ジンさんはなんだか焦る様にして下半身の服も脱
ぎ捨てました。
・・・・咄嗟に顔を背けましたが見えてしまいました。お腹まで反
り返り隆々としたジンさんの・・・ア、アレ。
み、見なかった事にして・・・仕切り直し。
ジンさんが裸になったら事態はいよいよ取り返しのつかないところ
まで進んでいます。体格差はもちろん腕力の差、エロの差に置いて
も敵わない私はとうとう・・・
﹁はぁ、あぁあ・・・アンコ・・・﹂
ジンさんは自身のアレで私のソコをちゅくっちゅくっと何度も入り
口に擦りつけます。時々アレの先端がくぽと私のナカに入り竦む様
なもっと奥まで進んで欲しいような・・・入る度に上がるジンさん
164
の呻くような声も私をおかしくさせます。しばらくそうしていたジ
ンさんは私の両足を掴むと膝頭を合わせ、閉じた足の間にアレを挟
みました。・・・ん?あれ?い、入れないの?
そしてそのまま前後に動かします。
﹁ハッ・・・う・・くぁ・・・・やっ・・べぇなコレ・・・﹂
ジンさんが苦しそうに眉間に皺をよせながら小さく声を出しました。
﹁んっ・・・ああ!・・・ぅん・・・やぁあ・・・ジンさん・・・﹂
対する私も・・・ジンさんの硬いアレが私のアソコと小さな粒を擦
って・・・正直さっきから高い声が出てしまって抑えきれません。
閉じてグショグショの足の間から何度も出入りするジンさんの・・・
赤黒い先端。それはビクビクと波打っているかのようです・・・熱
くて・・・硬い・・・不思議です・・・なんだか・・・
﹁この俺が・・・処女に素股で・・・イかされるなんてな・・・ち
っ・・くしょ・・﹂
﹁あっ・・・あぁん!ヤッ・・・また・・・んんっ!!﹂
ジンさんのスピードが徐々に早くなり、足を掴んだまま上体を倒し
てきます。
﹁・・・っ!・・・アンコ・・・﹂
ジンさんは切羽詰まった様に私に口付け、荒々しく貪ると後はそっ
と私の下唇を食みました。
そして・・・
165
﹁くっ・・ぁ・・・!﹂
ジンさんは最後大きく唸り声を上げるとビクビクと体を痙攣させて
止まりました。直後アレから・・白い液体がビュッビュクッと飛び
出し、私のお腹に・・・顔にまで・・・
同時に達した私はそこで意識を失ってしまいました。
気が付くと暖かいお湯に浸っていました。
あ、あれぇ?何だこれ・・
﹁気付いたか。﹂
真上から声が聞こえ振り仰ぐとジンさんの満足そうな目と出会いま
した。
﹁・・・・・っ!?ジンさん!﹂
慌てる私を背後からガッチリ押さえるジンさん。
﹁暴れんなって・・・ジャグジーだ。気ぃ失っちまったんだよ、お
前。﹂
・・・・・・・そうでした。
﹁・・・・あの。﹂
﹁ん?﹂
166
ジンさんは背後から私のこめかみに唇を寄せ、小さなキスを繰り返
します。
﹁・・・・あの・・ジンさんは恋人とか彼女さんとかいないんです
か。﹂
﹁いねぇな。﹂
即答。
﹁・・・・本当に?別にいたっていいんですよ?私の事なんか二の
次三の次、どうせならここでおっしまい!にしてもいいんです!忘
れますから全部!なかった事に出来ます!寧ろして下さい!﹂
真剣に、というかそっち方向に持って行きたくない私は必死です。
ジンさんは片眉を上げて私の言葉を聞いていましたが
﹁・・・ククク・・・なるほど。お前、まな板から聞いたな?﹂
﹁な、何をですか?﹂
﹁お前が俺の﹁伴侶﹂だって事。﹂
ジンさんが耳元に口を寄せ深い声で囁きました。
ゾクッとしたのは恐怖からかそれとも・・・・
﹁そ、それは・・・﹂
ジンさんは耳元から顔を離すと私の顎を掴んで上向かせます。そし
てしっかり目を合わすと
﹁それなら本当だぜ。・・・・アンコ・・・お前はこの俺の﹁伴侶﹂
だ。﹂
167
強く、まるで光るような鋼の目でジンさんはきっぱり言いました。
私が拒否するようにいやいやと首を振ると︵実際はショックを受け
て呆然自失、頭真っ白状態だったんですが本能のなせる技でしょう
か︶ジンさんの目に今度は怒気と苛立ち、それと・・・あれは?・・
何だか弱々しい・・・ジンさんに全然似合わない・・・もしかして
傷ついた?まさか・・・でも。
私が確かめようともっとジンさんにすり寄った時。
﹁・・・・なぁ、お前に断る権利あると思ってんのか?え?アンコ。
﹂
静かなのに爆発寸前の声にハッと今の状況を思い出します。
﹁あ、あの・・・じ、自分ではジンさんの伴侶はむ、無理かなーな
んて。﹂
﹁無理じゃねぇ。ヤる時はちっと無理させちまうかもしんねぇが。﹂
﹁いやいやいやいや。そ、そういうのはもっとレベルが上ーーの方
のほうが。﹂
﹁他の女じゃ勃たねぇ。﹂
﹁わからないじゃないですか!試してみ﹂
﹁もう試した。﹂
﹁・・・・そ、そうですか。あの・・本当なんですか、アーマノル
ドの人が・・・﹂
﹁伴侶を捜しだせたアーマノルドが伴侶以外には全く欲情しないっ
てアレか?ああそうだ。俺もお前以外は全く疼かねぇ。興味もない。
・・・だからよぉ。﹂
168
そこで声音がまた変わったジンさんに私がハッとなる頃にはもう、
そのどエロな手が私のアソコにイタズラしていました。・・・さっ
きから無視しようとして失敗しているジンさんのアレ。アレが私の
お尻の間をゆっくり前後しています。
﹁あ、あの、もう終わりなんじゃ﹂
﹁たった1回で終わるか。まだヤるに決まってんだろ。・・・アン
コ、縁に手ぇついてこっちに尻向けろ。﹂
抵抗空しく泣く泣く恥ずかしい恰好をさせられた私は、後ろからア
ソコをジンさんの舌に苛まれ、さっきされた様にジンさんの硬いア
レをまた受け入れてしまいました。
その後、様々な場所や体勢でジンさんにイかされまくった私が休め
たのは・・・空が白み始めた頃だったのは・・・・言うまでも・・・
ありません。
つ、疲れた・・・・。
169
お仕置き︵後書き︶
ジンギィはお仕置きしているつもりでも、全部自分に撥ね返ってく
る事に・・・まだ気付いてない。
170
ドン引き!ドン底!
じんわりとした暖かい刺激に寝ていた意識がゆるゆると浮上しまし
た。
﹁・・・・・んっ、あ?え・・何。﹂
刺激の出所を探るとどうやら腰の方やや背中側から感じます。ので
体を捻って見てみると。
ジンさんが屈みこんで私の肌に執拗に吸いついているところでした。
﹁ジンさん・・・何してるんですか。﹂
﹁おう、起きたか。見りゃわかんだろ。俺の跡をつけてる。﹂
﹁何故つけるんです!﹂
﹁あー?﹂
ジンさんは私の抗議する声に不機嫌そうに返すと、覆い被さりなが
ら上に移動してきました。
﹁お前は俺の伴侶だろうが。夫の印を入れるのは当たり前だろ。﹂
﹁夫じゃない夫じゃない。大事なところで盛大に嘘つかない!﹂
ジンさんは抵抗する私の両手を易々と片手で封じると頭の上に固定
し、首筋に啄ばむようなキスをたくさんします。うう・・・ソレ弱
いのでやめて欲しい・・・
﹁その生意気な口が、俺を愛してると言うまでもう一度責めたてて
171
と、私のお尻をもうひと撫でして
もいいが、そろそろ昼だ。﹁ドグマ﹂に帰るぞ。﹂
オラ、起きてさっさと支度しろ
ジンさんは体を起こし、ベッドから降ります。
全裸なのを全く気にしないで散らばったドグマの制服を着始めまし
た。
羞恥心はゼロなんですねー
ジンさんの体は右半身全てタトゥーで埋め尽くされています。顔や
上半身はもちろんお、お尻や足先まで。
﹁なに見惚れてるんだよ。﹂
ジンさんが笑いながら今だベッドから抜け出せない私の鼻をきゅっ
と摘まみました。
﹁み、見惚れてなんか!﹂
身を捩って抗議しますがジンさんは
﹁お前も早く服着ろ、もの欲しそうな顔しやがって。そんなに気持
ち良かったか?また今夜抱いてや﹂
﹁ぬおおぉおお!!﹂
私が飛び起き、ぎくしゃくする体を起こそうとした時です。
﹁ほわぁあ!!﹂
立ち上がろうした途端、力が抜け、中途半端に起き上がった恰好に
172
なった私にシーツが絡まり顔面から落ちる・・・・。
﹁何やってんだ﹂
ジンさんの呆れるような深い声が密着した胸から響きました。ナ、
ナイスキャッチ。
﹁や。なんか力が、は、入らなくて・・・。﹂
﹁クックックッ・・・そうだよなぁ・・・あんなにヤッたら腰なん
か立たねぇよな。よし、俺が履かせてやる。﹂
﹁けけけ結構です!自分で出来まっす!オッス!﹂
﹁何だその返事は。﹂
そんな事させたらまた始まる!もうエロい手がお尻を不穏な感じで
擦ってる!
急いで返したためバカみたいな返事になりましたが、ジンさんにウ
けたみたいで笑って放してくれました。解放された私はあちこちが
ダルい体にビシビシと鞭を打ちながら素早く服を着ました。
その間早くと言った本人が胸やお尻を撫でたり摘まんだりするのを
かわしながら。
ハァ・・・・
﹁あの∼ジンさん。﹂
﹁何だ?﹂
﹁あの・・・・往来です。﹂
﹁だから?﹂
﹁やめてくれませんか?﹂
﹁いいじゃねえか。見たい奴らには見させとけよ。﹂
173
ジンさんはいいでしょうが!私は!私は!
視線が痛いんだよぉおお!!
コラぁそこのオッサン!並びにジジイ!スケベな含み笑いでグッジ
ョブすんな!前かがみで移動するんじゃない青年!おばちゃん達が
こっちを指差し笑いながらヒソヒソ話してるぅうう!お嬢さん方!
私じゃないです!この変態獣人がやってるんですよ!むしろ被害者
何ですからね!そんな軽蔑した目で見ないでお願い!いい加減に犬
!吠えるんじゃねぇ!!!
ジンさんは待ち合わせ場所という大通りのど真ん中で私を抱きかか
え、こめかみにキスしたり、脇から胸を揉んだり、必死に閉じた太
ももの間を強引に触ったりと相変わらずセクハラ三昧が激しいです。
身繕いが済んだのはいいもの、腰が立たない私は頑張って歩こうと
しては失敗するのをジンさんにニヤニヤ笑いで観察された後、﹁諦
めろ﹂と抱きかかえられてホテルを出ました。
それからずっとこの調子です。
﹁もう降ろして下さいよ。だいぶしっかりしてきましたから。﹂
﹁いいからいいから。それによ、﹂
ジンさんは私の顔を覗き込むように顔を傾けると
﹁降ろしちまったら尻も胸も触れねーだろ?﹂
言い切りました。
174
そのままキスしようと近づいたジンさんの顔を押しやり、何とかし
て戒めから抜け出そうと攻防しているとバラバラとヘリの音が聞こ
えてきました。
﹁チッ!もう少し遅くてもよかったのに。﹂
怖ろしい事呟くな!
それにしてもこんな人通りの多い所を集合場所にするなんて・・・
ヘリならもう少し開けた場所の方がいいんじゃないでしょうか。
私が首を傾げたその時、
﹃ミサイル撃つぞォ∼死にたくない奴はぁ∼5秒以内にどけ∼。い
くぞ∼い∼ち∼・・に∼い・・5。﹄
色々ツッコミたいが!!取りあえず3と4はァアアアア!!!
バシュウウ・・・ドガァアアンン!!!
ジンさんがサッとマントを私に被せ爆風から守ってくれます。
風が収まってマントが除かれると景色が一変。そこにはさっきまで
あった道路や信号等がキレイサッパりなく、広い平野が広がってい
ました。
そこに何ごともなかったようにヘリが降り、ジンさんがスタスタと
私を抱えてまま歩み寄ります。
お前等の常識はどこに。これが﹁ドグマ﹂なのか。未知の世界過ぎ
175
る。
私は耳がキーンとなるのを堪えながら辺りを見回しました。どうや
ら人的被害はない様です。お店や建物は少し被害があるようですが
心配していたほどではなくホッとしました。
﹁お∼隊長∼!待った?﹂
コクピットから出てきた・・・・・・・くま?
﹁もう少し遅くてもよかったんだがな。﹂
アレ?これ着ぐるみ?どうなってんの?ジッパーがあるんだけど。
﹁また∼昨日散々スケベな事したんだろ∼ま∼だ∼足りねえの?そ
の子もカワイソ∼に﹂
私が愛らしいくまの着ぐるみから発せられる、明らかな男性の声に
混乱していると、くまは
﹁あんたが隊長の伴侶か∼なんかフツーだね。﹂
どこに穴があるのかプラスチックの目で私を上から下までじっくり
見て言いました。
!
﹁伴侶じゃないですよ。ジンさんの妻になるつもりも髪の毛先程も
ありません。マジ勘弁して欲しいんです。普通である事には異は唱
えませんが。普通万歳。﹂
176
あ、やべ。あまりの意外なキャラの初登場に反射的に心の声が発動
してしまいました。
くまは私が答えたのが意外だったのか、それとも内容に驚いたのか
ちょっと上体を引くと、やがて大きな声で笑い出しました。
﹁グハハハハッハー!!﹂
獣のような笑い声。両手を上に上げてパンパンと叩いての爆笑です。
何だそのリアクション。今度は私が驚いていると
﹁アンコ・・・まだそんな事言ってんのか?お前の言っている事は
全部無駄だって。この俺が逃がすはずねぇだろ。それとも・・・・
俺を侮っているのか?﹂
ヒィー
しまったーやんわりと断るつもりがー事態がドンドン進退不可な方
向にー
ジンさんが私を覗き込むようにして深い、ふかぁ∼い声で脅します。
眼は合わせられない。合ったら私のか弱い心臓は出る。飛び出る。
﹁面白い子だね∼!顔はこんな普通なのに∼言う事は他の奴らと全
然違う∼・・・・隊長∼俺この子気にいったな。この子なら﹁ドグ
マ﹂に入れてもいい。歓迎する∼。﹂
くまの着ぐるみさん、余計な事は言わんでいいんですよ!そもそも
入ろうなんてこれっっっぽっちも思ってないんですから!
﹁お前の許可なんて要らねぇよ。ま、しかしお前がいいんなら全員
177
がいいな。お前が一番余所モンにうるせぇからな。﹂
﹁そんな事ないし∼﹁ドグマ﹂以外は死ねって思ってるだけだって
∼﹂
怖ろしい事をさらりと言ったよ!ギャップあり過ぎだよ!そんなラ
ブリーな姿で何言ってんのー!
﹁お前は考えが極端過ぎんだよ。オイ、コイツの事構うのはいいが
指一本でも触ったら殺してやるからな。﹂
﹁ガハハハハハー!フォ∼恐∼!まぁまぁ隊長∼殺気は閉まって閉
まって。取りあえず本部帰ろっか。﹂
﹁そうだな。・・・あそこならお前にもっと色々イロイロできるし
なぁ?﹂
ぎょええー
ジンさんは必死に聞こえないフリをする私の耳元に口を寄せそう囁
くと、耳の中に舌を入れてきてちゅくちゅくかき混ぜました。
﹁・・・!・・あっ・・・や、やめ・・・﹂
公衆の面前だというのに、コッ、コイツはっ!!
頬に血を上らせた私は必死に身を捩ってジンさんを押し退けます。
無駄だろう抵抗ですが、されるがままは絶対できない!
すると意外にもあっさり離してくれました。
弾薬、何に
ククク・・・・と返されたいつもの含み笑いがマジ怖いです。
ヘリに乗り込もうと中を覗くと多種多様な武器や銃器
使うかわからないまでも色合い的に殺傷能力に特化したようなナニ
カが所狭しと座席にまで積んでありました。
私が固まっていると後ろからジンさんに声を掛けられます。
178
﹁オラ、もっと詰めろ。狭いんだからよ。﹂
え、アンタもこっちに乗るんですか。でもこの狭さじゃあ・・・
﹁前に行けばいいじゃないですか。そっちの方が﹂
﹁何で野郎の隣に座らなきゃいけないんだよ。どうしても座れねぇ
んならお前を膝の上に乗せる。いや、いっその事そのスタイルで帝
都まで行こうぜ。﹂
何言ってんだ!!・・・ハッ!もしかして狙って言ってる!?
自意識過剰に聞こえますが最早見慣れた、︵乙女にあるまじきアン
ナ事やコンナ事されてますが一応、まだ、辛うじて処女なのに見慣
れてしまいました・・・ウウ・・・︶あのスケベそうなニヤニヤ笑
いは絶対エロい事考えてる顔です!
私は座席にまで積まれているカワイクないモノ達を全力を持って退
けると、私とジンさんが座れる分を確保しました。フンッ
﹁チッ!﹂
舌打ちが聞こえてきたので一矢報いたようで気分いいです。
﹁オッケ∼?しゅぱ∼つ!﹂
くまのゆるい声が聞こえて機体は浮かび上がりました。
見る見るうちにブリッツの街が遠ざかります。
かすかに見えるあの白い大地は大国でしょうか。
なんとはなしに見ていると、
179
﹁残念だったなぁアンコ。もうちっとで逃げられるところだったの
になぁ。﹂
ジンさんが座席の背もたれに腕を回し私に屈みこんで意地悪そうに
言います。
私は言葉を返さず代わりにキッとジンさんを睨みました。
﹁クク・・・んなソソられる顔すんじゃねぇよ。勃っちまうだろう
が。﹂
ゲゲゲゲゲゲゲ!
何この変態ぃいい!!誰かどうにかしてくれよ!何でこんなに発情
しているんだ!!
私が顔を引き攣らせてドン引きしているとジンさんは
﹁お前は逃げられねぇよ・・・この俺からはな・・・これからずっ
と俺が可愛がってやるからな・・・・﹂
更に恐怖のドン底に叩き落とすような一言を落としました。
貞操どころか命の危険まで感じて慄いている内にヘリはグングン空
路を進み、一度給油のため降りた後はノンストップで帝都へと向か
いました。
180
﹁・・い・・おい・・おいアンコ。﹂
んあ?
いつの間にか眠ってしまったようで眼を擦って起きると夜でした。
だ
かか
・・・・・・・・・・・・。
何故ジンさんに抱き抱えられているんでしょうか・・・ああ、そう
ですね、眠った私が悪いんですね・・・油断大敵!!
﹁起きたか。着いたぞ、帝都だ。﹂
促されるまま窓の外を見てみると帝都の眩しい人工の光がキラキラ
と輝いていました。
﹁ワァー!これが帝都・・・初めて見ます!スゴイ・・・何もかも
大きいですねー!﹂
沢山の大きな建物、沢山の人、沢山の見た事のない物、音。初めて
目にした帝都はそれらがゴチャゴチャと混ざり合っていました。
﹁あ、あれ宮殿ですか?皇帝とかが居る。﹂
ブッ
私が一際煌びやかな建物を指差して言った時です、くまがいきなり
181
吹き出しました。
?
なんかおかしい事言ったかな?
不思議そうにくまを見た私に、くまは若干こちらを向きながらヘリ
の轟音に負けない大きな声で説明してくれました。
﹁あのいけ好かないコ∼テイヘ∼カを﹁皇帝とかが﹂かぁ!ガハハ
ハハハ!いいねいいね!﹂
﹁わかってるじゃねえかアンコ。﹂
・・・・何が?・・・あの・・・空気読めないんですけど。ってい
うか読みにくいんですけど。
﹁何の話・・・ですか?皇帝?が、何か・・・?﹂
私の質問にジンさん達は﹁後で説明する﹂と笑うばかりで相手にし
てくれません。何なんだ一体。
私が少し憮然としているとヘリは帝都の中心を少し外れた郊外まで
移動し
﹁此処が・・・・﹂
﹁ああ。﹂
いくつもの増改築を重ねたような大きな建物がいくつか建つ広い敷
地へと着陸しました。
ジンさんが私の手を取ってヘリから降ろし・・・・
182
止まらない
﹁ようこそ﹁ドグマ﹂へ・・・歓迎するぜ、アンコ。﹂
震えが
囁くように言葉を紡ぎました。
優しく言われているのに
ジンさん・・・貴方は・・・﹁ドグマ﹂は・・・何者なんです?
183
契約書
︵私には理解不能なナンカ︶が収められている
ヘリを降りた私はジンさんに腕を掴まれたまま、ヘリや飛行機、バ
イクや車、その他
巨大な格納庫に案内され、そこで﹁ドグマ﹂の隊員の皆さんと対面
しました。その中には無事な姉の姿も見れて心の底からホッと・・・
・・
?
・・・・アレ?お姉ちゃん?
私は姉が、多分、狼のアーノルドの顎に思いっ切り飛び蹴りをかま
している場面を見て啞然としました。
えーと・・・無事なだけじゃなくてすこぶる元気そうです。
っていうか・・・え?あ?え?じ、実は戦闘続行だった?あれ?・・
・に、逃げた方がいい?ど、何処に・・・アバババ・・・
姉が戦闘中⇒その隙に逃げる。が日常だった私が反射的に逃げよう
とあらぬ方へと走りだしたその瞬間。
﹁ぐえっ!﹂
ジンさんにすかさず足払いを掛けられ、地面に激突する寸前で私の
襟首を掴まえられました。
﹁アンコ・・・・﹂
ジンさんは膝を付いて喘いでいる私の傍らにしゃがむと
184
﹁何処行こうってんだ?・・・まさか逃げるつもりじゃぁねぇよな
ぁ?﹂
ひっくぅ∼い声で脅迫、いえ声を掛けて来ました。
﹁ここが何処だか忘れたのかよ?お前はもうドグマの腹の中なんだ
ぜ?﹂
・・・・・・・・・・・・だよね。
私が固まったまま青ざめるのを、冷たい目で見てからジンさんは私
を抱え上げて皆さんの元へと向かいました。
﹁抱え上げなくても・・・﹂
﹁あ?﹂
睨まれました。
﹁で?何してんだコイツ等は。﹂
ジンさんが片眉を上げて、今度は炎の玉を投げつける姉とそれを顔
面に受けながらも姉に抱きつこうとする変態そうな狼アーマノルド
を交互に見て呆れ声で言いました。
﹁・・・どうやらギンの伴侶がヴィーらしいんだ。﹂
シーグさんが私達の横に来て驚きの言葉を告げます。
185
﹁何ィ?﹂
﹁うそォ!﹂
ジンさんと私の声が同時に上がりました。
何でも戦闘が終わり、姉がドグマに入るのを承知した途端、狼アー
マノルド︵ギンジョーさんと仰るそうです。着ぐるみの方はラスト
︵というより冷笑だと思うんですが︶
さん︶がプロポーズしたそうです。はやっ!
ちなみにギンさんは姉の笑顔
に姉こそが伴侶!とキタそうです。
これは何年か後にジンさんに聞いた事ですが。
﹃私が伴侶だって何時わかったんですか﹄
﹃お前が俺を見て怯えて固まった時にん?ときて、その後尻揉んだ
時に確信した﹄
と、聞かなきゃよかった的答えが返ってきました。
∼閑話終了∼
﹁で・・・おね、いえ姉は何と?﹂
﹁アレ見てわかると思うけど断ったよ。速攻ね。﹂
﹁姫さぁああん!!﹂
﹁寄るな﹂
﹁好きだぁあああぁあ!!﹂
﹁キモい﹂
﹁結婚してくれ!!愛してるッ!!﹂
﹁死ね。﹂
186
バリバリ!!ドドォーン!!!
ちっとも迫るスピードが衰えないギンジョーさんに姉が特大の雷を
落とした音です。
黒コゲになった模様のギンジョーさん。暫くブスブスと煙を上げて
いましたが治癒魔法を自身にかけるとまた姉を追いかけ始めました・
・・・・・・タフ。
﹁・・・・さっきからあの調子だよ。﹂
シーグさんが疲れたようにため息をつきました。
﹁思いっ切り拒否られてんな。﹂
ジンさんが面白そうに笑いながら私に言います。
﹁あ∼・・・姉はですねぇ・・・何と言うか・・・人嫌いの男嫌い
なんです。﹂
﹁なんだそりゃ。﹂
怪訝そうに聞き返すジンさんとキョトンとするシーグさん。
﹁姉は元々人が嫌いでして・・・話しかけられても無視するか例の
毒舌が出ます。スイーパーの交渉役も全部私がするぐらいで・・・
それに輪を掛けて男性が嫌いです。﹂
私は2人を交互に見て苦笑いします。
﹁それには苦い苦∼い過去があるんです。え∼と・・姉はアノ容姿
187
でしょう?ですから特殊な趣味の方に好かれるんですよ。中には力
技で迫る人もいて・・・まぁ、そこは瞬殺してきましたけど。で、
その結果小さい頃から醜い男達を見てきた所為か普通の男性も大嫌
いなんです。だからギンさんに応える事は・・・﹂
難しいと思いますよ、という私の言葉にジンさんとシーグさんはま
た2人を見て
﹁・・・・ギンの道のりは長そうだな。﹂
﹁・・・・その前に死ななきゃいいけど。﹂
やれやれと首を振りました。
私に気付いた姉に駆け寄ってお互い無事を確認すると10人の隊員
さんを次々に紹介されて︵ギンジョーさんには﹁未来の義妹だな!
俺の事はお兄ちゃん!って呼んでくれっ!﹂とハグされそうになり
ましたが、﹁ゲフウッ!!﹂姉には腹にめり込む拳、ジンさんには
顔面を蹴られ、瞬間移動されてました︶・・・でもこれで全員では
なく、何人かはフラフラ出歩いているのだとか。所在も確認してい
ないし︵出来ていないのではなく﹁しない﹂って・・・え?︶いつ
帰ってくるかもわからないので帰って来た奴はその都度紹介してく
れるそうです。アバウトだな、おい。
そして何故かはわかりませんがすぐさま宴会へと流れていきました・
・・・・
﹁どこ行くんだよ。﹂
格納庫に大きな敷物を広げ、思い思いに座る皆さんに習えと私も、
早速というか速攻というか人が変わった様に高級そうなワインをラ
ッパ飲みしている姉の元に行こうとして・・・ジンさんの膝に引き
寄せられました。
188
硬い胸に取りこまれ、頭の天辺をグリグリと顎で擦られます。
﹁いあっ!痛い!ちょっ・・・それ痛いですジンさん!﹂
私がジンさんに抗議すると
﹁俺から離れるんじゃねェよ。﹂
有無を言わせぬ鋭い眼光に・・・負けました。
ハァ・・・・・・・
あ。
実は今チャンスなんじゃ。
私はジンさんに捕まってから言おう言おうと思っていた事を切り出
しました。
﹁あのですね、ジンさん。﹂
﹁ん?﹂
ジンさんが私のこめかみに舌を這わせながら返事をするのを両手で
防御しながら続けます。
普通に会話したいよー
私の心の中でちっちゃい私が物悲しい声で抗議するように呟きます。
あくまで呟くだけなんですが。たぶん言っても無駄だろうし。
﹁ジンさん、私って﹁ドグマ﹂の隊員なんですか。﹂
﹁そうだ。﹂
・・・・・・やっぱりそうなのか・・・・しかし!私は説得するぞ
189
!例えセクハラエロ行為は止められなくとも命の問題は待ったなし
!私だけがテンパッていようとも成さねばならぬ!生きるために!
﹁ジンさん、私をよくよぉ∼く見て下さい。﹂
ジンさんは私を言われた通り上から下まで特に胸と太ももの付け根
を舐めるように見ました。誰もエロく見ろとは言ってないんですが、
まぁいいです。
﹁私ってどう見えます?﹂
﹁今すぐガッツリ突っ込みたいほど旨そうに見え﹂
﹁違います!!﹂
私はジンさんの言葉を遮ると真剣に顔を見上げました。
ジンさんは怪訝そうに眉を上げます。
﹁何が違うんだよ。あ、待て。﹂
ジンさんは答えようとした私を片手で制すると悩む様に眉間に皺を
寄せて唸ります。
﹁わかるわかるぞ・・・待て、もう少しで何かが・・・でなアンコ、
﹂
﹁何ですか?﹂
﹁ちょっくら膝の裏を両手で抱えて大股開きしてくれたら何か見え
そっ﹂
バガーン!!
ガシャーン!!
190
シーグさんと姉が投げた酒瓶がジンさんのエロ脳にクリーンヒット
しました。
私に破片が飛ばないように咄嗟に懐に抱きかかえた所はさすがに隊
長位です。
それを見て他の隊員さん達が爆笑しています。
﹁どうして何時もエロい方へ持っていこうとするんですか。あなた
がエロい事考えてない時ってあるんですか。﹂
私が心底呆れて言うと、
﹁バッカ。男なんてなァ、みーんな頭ンなかじゃあ好みの女脱がし
て腰振ってるもんなんだよ。それにエロがない俺なんて想像できっ
か?できないだろ。そもそも伴侶のお前に欲情して何が悪いんだよ。
﹂
﹁伴侶じゃないですよ、他人です。﹂
﹁兄さんと一緒にしないでくれ。﹂
﹁隊長には負けるよ。この年中サカり男。﹂
﹁魔物狩ってる時以外は女の事ばっか∼。﹂
﹁最低。死ね。﹂
口々に私達が罵ってもどこ吹く風でニヤニヤするジンさん。
忘れるところだった。
﹁で?お前は俺に何が言いてぇんだ?﹂
おう
﹁ジンさん、私って弱そうに見えませんか?﹂
﹁見える。﹂
﹁でしょう?なのにドグマに居ていいんですか?﹂
191
﹁いい。﹂
﹁・・・・・・ドグマってどういう部隊でしたっけ。﹂
﹁魔物を狩る集団だ。﹂
﹁私、2秒で死ぬ自信ありますよ。﹂
﹁安心しろ。俺がさせねぇ。﹂
コレくらいのハンデがあった方が楽しめそうだしな、等とからかっ
ているのか読めない顔で言いきるジンさん。ふざけるな!私の命が
掛かってるんだぞ!
﹁イヤですよ!第一私みたいな普通のヒューマ、絶対足手纏いにな
りますよ!帝国から守り神みたいに称えられている皆さんの邪魔に、
﹂
﹁待てアンコ。﹂
その時ジンさんが鋭い声で私の言葉を遮りました。
﹁はい?﹂
﹁今お前なんつった。﹂
低く唸るような声。そればかりか顔も怒気を纏って・・・恐い。
﹁え・・・あの・・み、皆さんの邪魔に・・・﹂
﹁その前。﹂
192
気が付くと周りの隊員の皆さんも一様に喋るのをやめ、無表情に私
とジンさんを見ています。違うのはキョトンとしている姉と︵若干
酔っ払っているようです︶怯えている私。
﹁え、えーと、帝国の守り神?﹂
﹁・・・・・・・・・なぜ、そう思う。﹂
静かすぎる声・・・・・なぜでしょうか、銃を突きつけられている
様な異様な気配。
﹁・・・ハンドブックに。﹂
﹁ハンドブック?﹂
眉間に何本もの皺を寄せたジンさんが聞き返します。
﹁・・・・ブリッツに行く前の町でドグマのハンドブックみたいな
冊子が売られていたんです・・・ドグマに関して何かわかるかなっ
て・・・・これです。﹂
私はそこまで言うと腰に括りつけていたポーチからそれを出し、若
干震える手でジンさんに差し出しました。引っ手繰る様にソレを受
け取ったジンさんはある個所を見て怒りを増大させます。と、バル
ブの爺さんと紹介された年配の方に放り投げました。年配の方もそ
れをザッと読み、片手をさっと揚げると。
ハンドブックから緑の光が迸り、次いでそこから文字が浮かび上が
って映画のエンドタイトルの様に上へと流れていきます。
﹁ここじゃ。﹂
バルブさんがその赤い目をキラリと光らせました。
193
そこには
﹃・・・・このようにして﹁ドグマ﹂は我が帝国に恭順し、自ら帝
国の守り神たらんと神秘なる技を持って座する。﹄
大まかに言うと帝国第67代の皇帝ミカルド・リージェン・グラン
セが当時のドグマの隊長と共に勇敢に魔物達と闘い、友情を育んだ
後、帝国を魔物達から守る事になったみたいな事が︵私が感じたん
ですが︶大袈裟な文章で綴られていました。
﹁監修は帝国直下の出版社じゃな。つまりは奴らがこれを書かせた
という事じゃ。﹂
シィーン・・・・・・・
な、なんか耳に痛い沈黙が辺りを覆います。
その中では姉が新しいボトルを開ける音だけがしました。・・・ア
ンタ相変わらず他人の事はどうでもいいな。
﹁ふざけやがって・・・・!!﹂
ジンさんが歯噛みするようにギシリと牙を軋ませて吐き捨てました。
怖いよー!!なんだってこんな凶暴な顔超間近で見ないといけない
んだっ!
私がジンさんに肩を掴まれた状態で空気を呼んでひたすら黙ってい
ると。
﹁・・・・アンコ、今夜はもうお開きだ。部屋ァ用意してっから今
日はもう寝ろ。お前もだ。﹂
194
ジンさんは姉にも言うと私を離して姉の方へと促しました。
シーグさんが魔法で出した淡い光の玉が部屋に案内してくれるそう
です。ちなみに隊員にはそれぞれ個室が与えられるそうで要望に応
じて部屋数を増やしてもらえるとの事。
﹁え?増やす必要とかあるんですか?﹂
個室が元からあるんだったら特に必要ないと思うんだけどな。広い
って言ってるし。︵実際広かった・・・私達のささやかな家より広
かった・・・何かチクショ−!︶
﹁ガラクタ詰め込む様になったら必要になると思うよ。﹂
ガラクタ?
﹁防具とか魔具とか武器とか持ち帰った死体とかだよ。そういうの
って増えてくるでしょ?﹂
今何か持ち帰ってはイケナイもん混ざってませんでしたか。
・・・・深く考えないでおこう。・・・ん?部屋と言えば・・・・
﹁え、あの、ジンさんは?﹂
戸惑うままにうっかりバカな一言が私から出ると、ジンさんは﹁ん
?﹂という顔をして次いでニヤリと笑いました。
﹁なんだ、また俺にあんあん言わされてぇのか?今夜は寝かせてや
ろうと思ったのに。﹂
195
ぎょぎょぎょぎょぎょ!!!
﹁寝たい!寝たいです!﹂
﹁そうかそんなに俺と寝たいか。そこまで求められちゃあしょうが
ねぇ、素っ裸で待ってろ。﹂
﹁違ううぅ!安眠したいんです!!﹂
﹁昨夜みたいにだろ。なら今夜もヤリまくろうな。﹂
﹁あれ気絶!したくないっつってんの!﹂
何を言っても都合のいい方に置き換えるよーこのエロ脳筋を誰かど
うにかしてくれー
再び心の中のちいちゃい私が空しそうに棒読みです。
私は絶対部屋には来ないようにジンさんに念には念を押して酒瓶を
大量に抱えた姉と共に退室しました。
なんか色々盛り沢山あって疲れた・・・
あ、結局ドグマに入りたくないっていうの忘れた。
ヴィー達が格納庫から消えると
﹁隊長∼。﹂
ラストがいつもの間延びした声で兄を呼んだ。
﹁もう殺っちゃおうよ。﹂
196
本当の表情がわからない着ぐるみの顔で物騒な事を言うが、賭けて
もいい。その中の顔は絶対ニヤニヤ笑っている。
﹁俺もラストと同感だ。このまま舐められっ放しでいられるか。﹂
︵ヴィーのお尻や足元、襟足をクンク
ギンジョーも鼻に皺を寄せながら低く唸る様に兄を睨む。その様は
さっきまで変態じみた行動
ン嗅いでは鉄拳制裁を受けていた︶をしていたとはとても思えない
精悍な面構えだ。
﹁爺さん、帝国の動きはどうだ?﹂
﹁相変わらずじゃよ。お前に会わせろと喧しいわい。﹂
兄はギンジョーとラストにまぁまぁと宥めてから爺さんに話しかけ
る。
兄が契約を改めろと言った翌日から面会を求めるのはもちろん、召
喚状まで毎日のように送りつけられているらしい。一度も見た事な
いけどね。というのは全部爺さんが捨ててるから。基本爺さんは帝
国からの要望は部隊出動以外受け付けない事にしている。目通しは
するが本当にするだけ。
んで書類がダメなら無理矢理基地に入って接触しようとと試みるバ
カな連中が中にはいるんだけど・・・成功した奴はいない。それと
いうのも俺達の基地は本部がある地下と格納庫や倉庫がある地上を
中心に半径15キロ四方を超強力な結界で覆っているから。そう・・
・・触れるだけで消し飛ぶような奴がね。
﹁・・・爺さん・・・・今年はアレが来るな?﹂
俺が無駄な帝国の動きを思っていると話題が変わっていた。
まばらに生え揃った無精髭を擦りながら兄は呟く。アレ?
197
﹁ふむ・・・・ちぃと待て。﹂
爺さんは兄がアレと言った事に感づいたようで、懐から丸筒を取り
出すと夜空へと向けた。暫らくクリクリと覗いていたがやがてノー
トに書き込みながら返事をする。
ああ、アレか・・・俺も同じように夜空を見上げスンスンと鼻を動
かせば・・・・する。魔物達の狂おしい様な腐った匂いが。そうか、
今年か・・・・80年振りかな?
﹁来るようじゃな。﹂
兄の質問は確認だったようで軽く爺さんに向かって頷いている。
﹁来るって・・・?・・・・!!!もしかしてっ!!﹂
ラストが不思議そうに首を傾げ、ハッと嬉しそうに兄を見た。
﹁・・・・そうだ。大蝕界が始まる。﹂
兄がニヤニヤ笑いながら頷くと強者と闘う事を至上とした者達が歓
声を上げた。
だいしょくかい
︻大蝕界︼
198
それは数十年か数百年、不定期に起こる魔物の大繁殖期間の事だ。
空から大地から海から出てくる出てくる何千匹、何万匹という数の
魔物達。どういう仕組でそうなっているのかは知らないが︵そんな
の暇がある者共がやればいい︶それを駆除する事は当然だ。大触界
が始まる年には俺達の様な輩や軍隊、世界中のスイーパー達が世界
レベルで招集され、掃討命令が出る。
そろそろそのための声掛かるんじゃないかな?鼻が利く奴ならもう
気付いているだろうしね。
﹁今年はどの国に一番多く出るかな。﹂
俺が平坦な声で兄に尋ねると
﹁・・・・・・・恐らくだが・・・・大国だろう。﹂
兄は集中して魔物の蠢く様な気配を探って世界中にしばらく張り巡
らし、一番濃く感じる国を名指した。
いやぁ便利な能力だ。
﹁足場が広くて結構だ。﹂
必要。﹂
﹁バイクで移動しよう。﹂
﹁ヘリ
﹁バルブさん、いつ始まりそうです?﹂
隊員達が口々に喋る。
ふたつき
﹁あと2月もないじゃろうよ。﹂
それにまた興奮した様なざわめきが続く。
199
﹁アンコの件はどうなっている。﹂
兄は今最も懸念しているだろうジュリの件を爺さんに尋ねた。
﹁そっちも無駄に探っておるぞ。今日も事務所に入ろうとした虫を
ほれ、この通り。﹂
爺さんは蚊を叩くような仕草でぺチリと腿を叩いた。
﹁潰してやったわい。﹂
言葉通り潰したのだろう。あの赤い扉の部屋は爺さんが認証した者
以外が侵入すると、空間が瞬時に圧縮、潰れた死体は自動処理され、
血一滴も残さん仕掛けになってる。そっちも便利だな∼。
﹁暫くはアンコを外に出すなよ。﹂
2人が今夜こっちに入った事は間違いなく帝国も感づいているだろ
う。そこまで無能揃いではないはずだ。明日からまた虫が多くなる。
﹁了解。ヴィーは?﹂
﹁アイツはどうでもいい。好きにさせとけ。﹂
﹁はいはい。・・・で?﹂
﹁まぁ、潮時だな。﹂
200
ポツッ・・・・・
兄はあっけなく明日の天気でも話してるように言葉を落とした。
小さな声だったが俺達はシンと黙りこんだ。
兄は俺達を順番に見渡すとニヤリと笑って
﹁ミカルドとの約束は充分果たした。大触界が終わったら・・・・
死ぬほど退屈な、この国ともお別れだ。﹂
兄は立ち上がり伸びを一つして、何時もの軽い口調で決めた。皆が
歓声を上げる。本当に退屈してたからねこの国には。魔物がいなけ
れば俺達、退屈しのぎにそこら辺の強い人間を殺していたかもしれ
ない。
あれからもう3百年余りか・・・気が付けば随分長居したなぁ・・・
ミカルド
俺の脳裏に自身は兄の刀に動脈を抑えられ、ミカルドの息子の額に
は銃を付きつけられた皇太子の青ざめた顔が浮かんだ。
冷たい雨・・・跪き震える皇族達・・・大剣で貫かれた皇帝・・・・
己の喉に短剣を付きたて自害した仲間・・・その短剣には仲間が持
201
つのには不釣り合いな程綺麗な細工が施してあって・・・・
ねぇミカルド・・・・・もし君がここにいたら今度はどんな手で俺
達を口説いてくれるんだろうね?
﹃・・・・・・私と嫡子以外の全ての皇族の命を捧げよう。それで
手を打ってはくれないだろうか。﹄
国の為に何百という皇族の命を躊躇なく俺達に差し出した君なら。
﹁・・・・・ジンギィからの返事は。﹂
明かりが絞られた室内で皇帝の低い声が聞く。
返事を促された宰相は肩を落とし返答はない事を告げた。
皇帝は震える息を落とし、ここ最近何度も手に取った一枚の紙を再
度読み直した。
202
帝国はその勤
皇帝並びに全ての帝国国民はジンギィ・ライダーズ・ハイ率い
ー契約書ー
壱
﹁ドグマ﹂隊は魔物を狩ることのみを務めとし
る﹁ドグマ﹂隊に対して如何なる権限も持たない
弐
皇族全ての生命を持って償うべし
本契約の解消期限は﹁ドグマ﹂隊の一存で決まるものであり
めに対して定めた報酬を支払うべし
参
本契約に不履行がある場合
帝国は速やかに受理されたし
四
ジンギィ・ライダーズ・ハイ
ミカルド・リージェン・グランセ
隊長
第六七代帝国皇帝
﹁ドグマ﹂隊
たった数行の簡素な文章があった。
ばっこ
この魔物が跋扈している世界にとって常識外れの戦闘集団である﹁
ドグマ﹂は非常に貴重な戦力である。
それを手に入れた帝国はとても運がよかったのだろう。彼らがいた
から帝国は魔物を気にすることなく発展を遂げられてきた。
203
何故・・・父上は余にこんな・・・こんな大事な事を教えてくれな
かったのだ?
でなければもっとジンギィ達に対して別の態度が取れていたはずだ!
余の配下として接するのではなく余と対等の者として・・・・さす
ればジンギィとて・・・
契約書なる物がある事さえ知らなかった。
宮殿中の蔵をひっくり返し、漸く見つかった埃まみれの書簡箱が出、
それを開いた時の衝撃は言葉に尽くせないものだった。
どんな愚鈍な者でもこの驚愕な内容に戦慄を持つだろう。・・・ま
してはそれが破られている現状では。
皇帝は様々な手段でジンギィに面会を求めたが︵時には自ら足を運
んだ︶ことごとくバルブに弾かれ未だジンギィとの会話はおろか姿
さえ見えない。
何時からなのだろう・・・彼らの狩り場を制限したのは
何時からだったか・・・・魔物の血に汚れし者達と蔑むようになっ
たのは
何時からだろう・・・・・何を言っても言い返さない手を出さない
彼らに自分達の方が格上なのだと従えているのだと錯覚したのは
何時から・・・・何時から・・・・何時から?
﹁・・・・このままではジンギィ達﹁ドグマ﹂は帝国から出ていっ
204
てしまうだろう。そうなればもう帝都は終いだ・・・余達は滅びて
しまう・・・いや、ジンギィに殺される方が先か。﹂
皇帝は自嘲気味に呟いた。
﹁ドグマが召喚した女達の方はどうなっている。﹂
﹁本日ドグマ隊の基地に連行された事がわかっています。ですが陛
下も知っての通り基地内に入る事は叶いません。女達が外に出るの
を待つほかないかと・・・・﹂
何もかも自分達との決別を意味しているようで皇帝は頭を抱えた。
何故自分の代になってこんな事に悩まされなければいけないのだろ
う。それもこれも皆先代、先々代の所為だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!!余の所為ではない!知らなかった
のだ!余が悪いのではない!
皇帝はまた同じ恨み言をブツブツと呟き始めた。
宰相と親衛隊隊長がが眉を顰めて顔を見かわした時。
﹁お兄様・・・・。﹂
鈴の鳴るような甘やかな声がして、隠し扉から皇帝の腹違いの皇女
アレクサンドラが現われた。
﹁・・・アレクサンドラ!﹂
皇帝の声にも甘さが乗る。
﹁お可哀相なお兄様。お祖父様、父上の所為でこんな事に・・・・
205
私、お兄様の苦悩を思うと心配で夜も眠れません。﹂
!!
部屋に衝撃が奔る。
帝国を揺るがすような機密事項をなぜ第5位皇女が知っているのか・
・・・いや、知っていてもおかしくはないのか・・・・
アレクサンドラは部屋の空気が変わったのに気付かないのか、全く
かかわ
表情を変えずに皇帝に近寄るとその膝の上に柔らかな肢体を乗せた。
宰相や文官、親衛隊隊長以下隊員がいるのにも拘らずにだ。それに
注意する事なくごく自然に皇女の体に腕を回す皇帝。皆の顔が強張
る。まるで恋人同士の様なやり取り。・・・・初めて見るものでは
ない。
﹁アレクサンドラ・・・もう余には打つ手がない。ジンギィに殺さ
れるも時間の問題だ。﹂
﹁お兄様・・・そんな悲しい事仰らないで。胸が潰れそうになりま
す。﹂
アレクサンドラは皇帝の胸に手を付いて潤んだ瞳で見上げた。皇帝
が息を飲む。
﹁・・・・その憂い、晴らして差し上げたい・・・そうですわ!ド
グマのジンギィは私にお任せ下さい!﹂
﹁何?﹂
アレクサンドラは皇帝の頬に白い手を這わすとゆっくりと撫でる。
﹁私の全てを持って彼を帝国に跪けてみせます。お兄様に恭順させ
206
て二度と逆らわなくして差し上げますわ!﹂
﹁アレクサンドラ・・・・ジンギィは危険な男だ。﹂
﹁わかっております。ですが今はお兄様の・・・帝国の危機です。
私、その為なら命も惜しみません。﹂
﹁アレクサンドラ・・・﹂
皇帝は感激した様子で皇女の手を取り手の平に口付ける。
﹁やらせてもらえますわね?﹂
﹁・・・・いいだろう。くれぐれも無茶はするな。﹂
﹁勿体ないお言葉・・・・さぁ、煩わしいお話はそれくらいにして
今夜はもう本宮にかえりましょう?私陛下に素敵なプレゼントを用
意しましたの!﹂
アレクサンドラは膝から降り、皇帝の手を取ってもと来た隠し扉の
前まで移動する。
﹁ほう・・・プレゼントとは?﹂
アレクサンドラは妖艶に微笑むと内緒話をするように皇帝の耳朶に
赤い唇を寄せそっと呟いた。
﹁・・・男女の双子のお人形ですわ・・・・・きっと陛下に気に入
っていただけます・・・・もちろん私もご一緒致して・・・・﹂
その言葉は甘い毒の様に皇帝の体に沁み込んでいく。
腹違いの妹と肉体関係を持って幾度になるだろうか。夜な夜な繰り
広げられる倒錯的な快感は満ち満ちて深い闇の如く彼を蝕んでいた。
皇女に煽られてか白い頬を紅潮させ眼は輝く。
ジンギィと﹁ドグマ﹂の事などすっかり頭から消え失せた。
207
﹁陛下、まだお話が﹂
キッ!
アレクサンドラは皇帝を呼び止めようとした宰相にきつい眼差しを
当て、
﹁お兄様は疲れていらっしゃいますわ。今夜はもうお休みなさいま
す。そうですわね?﹂
﹁・・・・ああ・・・皆の者、下がれ。﹂
皇帝は浮かされたような声で言うとクスクス笑う異母妹と共に隠し
扉へと消えた。
絶望に彩られた宰相達を残したまま。
アレクサンドラは兄の腕に腕を絡め甘い毒を吐き続けながら漆黒の
虎獣人の事を考えていた。
どんな手を使っても必ず手に入れて見せる・・・・貴方を・・・・
そう、必ず。
濡れたような赤い唇が深く弧を描く。
その眼には狂乱の光があった。
208
契約書︵後書き︶
やっと投稿できた・・・・
待っててくれた諸君、あなた達の存在が励みです。長らくかかって
すいません。
なのにラブ度はないとか・・・・
か、乾いてる。
209
監禁と最後の2人
熱い
熱い
なんて 熱いの・・・
もうやめて
纏わりつかないで
溶けるトケル・・・ああ溶けていく
私じゃなくなる!
・・・やめて・・・ 違う
違う違う!
私じゃない!
私は貴方の・・・・!!!
*** ジュリアン
熱い・・・柔らかな何かが唇に押し付けられたと思ったら無理矢理
開けられ、口の中に液体が入ってきました。
﹁ごふっ!・・・ごほっごほっ・・ジ、ンさん・・・ごほっ﹂
アルコール特有の香り、味。かなり度数が高いものです。ですが姉
210
のように呑んべぇでもない私は
喉を焼くような刺激にたまらず吐き出し、咳込んでしまいました
﹁・・・吐くんじゃねぇよ、アンコ。勿体ないだろうが。この酒高
いんだぜ?﹂
寝ていたのを無理矢理起こされた私の目に、シャツを羽織っただけ
のジンさんがぼんやり見えてきました。
表情はよくわかりませんが、きっと意地悪く笑っているに違いあり
ません。
﹁あーあ。こんなに垂らしやがって・・・・行儀の悪い奥さんだな。
﹂
ジンさんは口からこぼれ、胸を伝ってお腹にまで垂れたお酒を辿る
ようにゆっくりと舌を這わせます。何度もなぶられヒリヒリした乳
首に触れられると思わずびくりと体が動き、ベッドの柵に縛られた
両手がぎちりと音を立てました。
ただ今、私・・・・・監禁中。
事の起こりは、ドグマ隊の皆さんとも早くも慣れ、施設の概要など
も大体把握した私が、私だけ外出禁止をくらった事から始まります。
当然私は抗議しました。
211
﹁どうして姉はいいのに私はダメなんですか!ちょっと買い物に行
くだけなのに!﹂
﹁外は危ねぇって言っただろ。俺たちドグマはあちこちに恨み買っ
てるから。一歩外に出たら戦場だぞ?﹂
いや、知りませんよ。んな、皆戦う戦士みたいな事言われても。
マト
﹁そんな危なーいお外にお前みたいなすぐ死にそうなヒューマが出
てみろ、格好の標的だ。ボッコボッコに殴られて犯された挙げ句、
殺されて高ーいビルに吊されるぞ?﹂
ジンさんは凄みを利かせて私に笑うと片手をプラプラさせました。
何ですかそのプラプラは。風に揺れる私の死体ですか。リアルに想
像できるんでやめて下さい。
ちょっと青ざめた私でしたが負けませんでした。
﹁じゃ、じゃあ姉に付いてきて貰いますよ。だったらいいでしょう
?﹂
﹁それもダメだ﹂
﹁ええー!!何ですかそれ!何故です!﹂
﹁とにかくだめー﹂
その後何度掛け合っても暖簾に腕押し、馬耳東風なジンさん。他の
人にも︵もちろん姉にも。姉は姉でギンさんを殺す・・・いえ、撃
退するのに忙しいそうでしたが︶頼んでみましたが、
﹁ジュリの全ての事は隊長の許可がないとね∼俺が殺されるから♪
グハハハハー!﹂
何故か愉しそうなラストさんと同じ様な事を言われてお終いになる
212
始末。
ブーたれ、暇な私とは逆に、シーグさんとバルブさん、ほかの隊員
の皆さんは忙しそうに立ち働いています。ジンさんはジンさんであ
のお仕置き以来、私に手を出してきません。ちょっとしたセクハラ
行為はありますが以前とは段違いの対応に私のほうが戸惑ってしま
います。
・・・・・寂しいわけじゃないですよ?ただ・・・何かが・・・な
にかが・・・
私は・・・何がこんなに落ち着かないんでしょう。
姉も含めて皆の態度に変わったところなどないのに。
何かに追われているような・・・このままではいけないような気が
するんです。
どうして・・・一体何が・・・いえ・・・これも考えてはいけない・
・・でも。
モヤモヤとしたものを抱えながら、それでもない振りをするという
矛盾した私の感情は、とうとうある決断を決意しました。
今夜、私は脱走します。
今思うとどうしてそんな勇者な行動に出たのか甚だ不思議です。ヒ
ューマはヒューマらしく、曖昧で地味、トラブルには自ら突っ込ん
で行かず傍観していればよかった。
夜中にこっそり部屋を抜け出した私は暇なとき、散々下見して見つ
けた脱走ポイントに到達しました。気分は親に内緒で夜遊びする高
校生の気分です。
ドキドキしつついざ外の世界へ!
213
﹁夜中の散歩か、アンコ。﹂
ぎゃぁぁああああぁぁあああ!!!!
たぶん2mは飛んだ︵心象的に︶私が震えながら振り返ると・・・
無表情のジンさんが腕を組んで立っていました。淡い月明かりに照
らされた凶悪な顔はちびりそうなほど怖いです。
﹁ジ、ジンさん・・・・あ、あの、これは﹂
﹁どこまで散歩だ?﹂
﹁え、えーとちょっとそこまで・・・﹂
﹁・・・・・・・・・・・・。﹂
﹁すいません外出ようとしてました。﹂
無理。嘘なんてこのオーラの前では無理。瞬殺される。
﹁外は駄目っつったろ﹂
﹁・・・で、でも﹂
﹁隊長命令だぞ。﹂
﹁わ、私はまだドグマに入ると言ったわけでは・・・﹂
﹁・・・・・・マジ外は危ねぇんだ、アンコ。﹂
本当に心配してるかの様な声。
でも・・・・・私は・・・いいえ、何でもありません。
﹁少しでいいんです。て、帝都に来たの初めてなんですよ。ちょっ
と観光・・・﹂
214
圧し掛かる様な圧力に言葉は続きません。重苦しい沈黙。月が雲に
かかり、ジンさんの表情を見えなくしてしまいました。ただ、目に
見えない分空気だけはイヤに緊張感が増してくるように感じます。
﹁・・・・もうすぐ外に出られる。その時まで我慢しろ。﹂
﹁・・・その時って何時なんですか。﹂
﹁あと37日。﹂
!
・・・・・ナゼ、そんなはっきり区切るんですか。
ナニガあるって言うんです。
いや・・・考えるな自分!
﹁じゃ、ヘリに乗って空から帝都を見たいです。遊覧飛行って、す、
素敵ですよねー﹂
﹁駄目だ﹂
﹁・・・・・・・・・。﹂
﹁俺が優しく言ってるうちに諦めとけよ、アンコ。・・・でねぇと・
・・﹂
ですよね・・・・ほんとに、ここで諦めていればよかった。
しかし、何かが、私にはわからない、でもその何かに追い詰められ
ているような本部での生活は私にはもう我慢ができませんでした。
﹁でないとなんなんですか!こっ、これでは監禁も一緒です!﹂
215
﹁監禁?﹂
ジンさんの目つきが変わりました。
さま
眉間に皺を寄せて諭すようにしていた様は消え、半目で物憂げです。
怖い・・・・
﹁あ、あの﹂
﹁これで監禁だと?﹂
﹁あ、いや﹂
﹁・・・・・・クックックッ・・・・﹂
ああ・・・私はまたもや踏んではいけないモノを踏んでしまったよ
うです。
﹁・・・お前に無理はさせまいと・・・俺なりに優しくしてやった
のが間違いだったようだな・・・これしきの事で俺から逃げ出そう
とするなんて・・・まだ躾が足りなかったようだ。﹂
月が雲から少しずつまた顔を出し、ジンさんの顔がまた徐々に見え
てきてその表情は・・・おわぁああぁああ!!!
﹁・・・お前に監禁がどんなモノか教えてやろう。たっぷりとな・・
・・﹂
216
その場で抱えられ、多分ジンさんの私室へ。
それからは服を脱ぐ間も与えられず、散々喘がされイかされ続け、
ジンさんの精液まみれに。
両手を縛られ意識は常に朦朧としたまま。今が朝なのか夜なのか、
何日たったのかさえ分かりません。
﹁・・・・ジン、さん・・・﹂
叫びすぎて声が嗄れた私はアルコールを含んだ唾を飲み込んで必死
に訴えます。
﹁何だ?﹂
﹁・・・も、う・・・わかりましたから。﹂
ジンさんはうっすら笑った顔で私を下から見上げます。
﹁何が?﹂
そう意地悪そうに言うと、大きく開かれた足の片方を持ち上げ、膝
裏から内太ももまでゆっくり舌を這わせました。そのままアソコに
また顔を埋めて上下に舐め始めます。
﹁ああっ・・んっ、いや・・・ジンさん、も、う・・・﹂
くちゅりくちゅりと遊ぶように舌を出し入れし、時にクリトリスを
そっと下の歯と上唇で挟んで動かされると・・・もう。
﹁あんあんん・・・ジンさん。﹂
﹁おい・・・何か言いたいことがあったんじゃねぇか?もういいの
217
か?﹂
明らかに馬鹿にしたようにジンさんが言うと、飛びそうになった意
識が戻ります。
﹁あ、あります・・言うから、もうやめて、お願い。・・・もう・・
許して下さい。お願いします。﹂
口惜しいけれどもう限界です。我慢しきれず涙がポロポロと頬を伝
って零れました。
﹁お前よく泣くなぁ。俺が非道い奴みてぇだからやめろよ。﹂
言葉と本人は本当にひどいです。でもそんな言葉とは裏腹にジンさ
んはそっと私の涙を拭いました。
﹁な、泣きません、ごめ・・ごめんなさい。もう、もう外に出して
なんて言いませんから、出ませんから、もう許して・・お願い・・﹂
﹁ククク・・・・﹂
ジンさんは含み笑いをすると私の顎を掴んで上向かせ、まだ濡れた
唇で私にキスをしてきました。縦横無尽に動かされる舌には何度も
戯れに味わされ、覚えてしまった私自身の味がします。
﹁・・んふぅ・・ふうっ・・﹂
﹁いい顔だぜぇ・・・アンコ・・・お前はなんて可愛い女なんだ・・
・最高だ・・・そんな顔・・・俺以外に見せんじゃねぇゾ?見た奴
を片端から殺すからな・・・﹂
背筋が凍る事を言いながら角度を変え、何度も繰り返される口付。
218
次第にまた意識が薄れていきます。
ああ・・・体から力が・・・抜けていく・・・
﹁もうすぐだ・・・もうすぐ第一成長期が始まる・・・これでまた
お前は俺に近づくんだ・・・ククク・・ククク・・・早く来いアン
コ。﹂
ジンさんが何か言ってる・・・
でも もう もう何も聞き取れない
後には意識がない私に向かって言い聞かす様なジンさんの声が・・・
﹁早く・・・俺の世界へ来いアンコ・・・そこで永遠に暮らすんだ・
・・俺とお前だけの愛に満ちた・・・﹂
*** シーグ
俺が忙しい合間を縫って久しぶりに本部に顔を出すと、ヴィーが憔
悴した面持ちで待ち構えていた。
﹁ヴィー・・?どうかしたのか?﹂
ヴィーは不安そうにキョロキョロと目をあちこちに彷徨わせると、
俺から視線を外したまま口を開いた。
219
﹁・・・・ジュリが・・・﹂
﹁え?﹂
ヴィーの声がか細くて聞き取れない。本当にどうしたんだ。彼女と
はまだ打ち解けたとは言うほど接触は少ないがこんな弱弱しい声を
出す女性ではないはずだ。
﹁ここ丸一カ月、ジュリが帰ってこないの。﹂
﹁は?ジュリが?兄さんはどうしたんだ。﹂
ヴィーは大きく息を吸うと今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
﹁その兄さんがジュリを監禁してもう一ヶ月経つのよ!!どんなに
頼んでも会わせてもらえない!奪取しようにも殺されるだけだから
ってあいつ等に止められるし、あなたじゃなきゃジンギィは話も聞
かないだなんて!何が一体どうなってんのよ!あの男・・・ジュリ
は伴侶じゃなかったの!?このままじゃジュリは・・・ジュリは﹂
最後は掠れて声にならなかった。
兄さん・・・・ちょっと目を離した隙に・・・・何やってるんだ。
息も荒く、泣くのを堪えているように口を真一文字に結んで俯くヴ
ィー。俺はそれを見下ろしてため息をついた。
﹁多分・・・何かあったんじゃあないか?﹂
﹁・・・・・・・・。﹂
﹁あったんだね。﹂
今度はヴィーがため息をついた。俺もつきたい。
220
﹁ジュリが・・・逃げ出そうとしたみたい。﹂
﹁外へ?﹂
ヴィーが頷く。
うーん・・・まぁ、気持ちも分からなくはない。理由もなく外出禁
止なんてジュリのような大人しいヒューマでも我慢ならないのは。
でも・・・時期が悪いというか、相手が悪いというか・・・・
﹁わかった。俺の言うことも聞くような人でもないけど一応話して
みるよ。閉じ込めて一カ月にはなるんだろ?ならもう落ち着いてる
だろう。﹂
ホッとしたように少しだけ表情が緩んだ。思わず頭を撫でたくなっ
て俺は・・・ヘンな物体Aを見つける。
ほのぼの・・・といってもいい場面だけど、さっきから廊下の角で
ギンがでかい体を全然隠し切れていないけど隠れてこっちを覗いて
いる。
はっきり言って気持ち悪い。もう一度言おう。気持ち悪い。
ギンはうっとりとヴィーを見つめた後、今すぐ俺を殺害しそうな目
で睨み、いやいやと頭を振って、何を妄想しているのかだらしなく
舌を垂らしてはまたヴィーを欲情した目で見つめるという器用な事
を繰り返している。
・・・・・もう一度だけ言わせてくれ。気持ち悪い。
俺はヴィーに同情してポンと肩を叩いた。途端に殺気が増した。
﹁何よ、慰めなんかいらないわ。それより早くジュリの安否を確か
めに行きなさいよ。﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・?
まさか・・・・気づいていない!?こんなにはっきり気配を感じる
のにか!?それとももう感じないほど日常化しているのか!?・・・
221
ちょっと留守にするとこれだ・・・・面倒・・・
﹁いや、うん、勿論そうするよ。でもこれは・・・別件だ。﹂
﹁?﹂
俺は一緒に行くと言い張るヴィーには広間で待っているようにギン
まで呼んで︵俺って本当に女房役が上手くなってきた・・・という
かもうこれ以上サダルさんに近づきたくないんだけど︶言い聞かす
と︵落ち着いた兄をもう刺激したくない。俺の面倒が増え・・・い
や段取りが狂う︶兄の私室のドアをノックした。
﹁・・・兄さん?﹂
返事無し。イヤだけど再度ノック。
﹁・・・・・・・・・・・何だ。﹂
うわぁ。
なんつー不機嫌そうな声・・・正直入りたくない。
﹁最後の打ち合わせがある。あと・・・わかってると思うけど。﹂
﹁・・・・・・・・・・・・。﹂
長い沈黙があってこれはもうダメかなと思った頃、中からドアが開
いた。
﹁それ・・・ジュリアン?﹂
俺は兄が大事そうに片手で持つ物体に目を向けた。
222
﹁ああ。﹂
兄はジュリアンを持つ手とは反対の手でウイスキーを呷る。
﹁ん∼・・・弱ってるね・・・診てもいいかい?﹂
ジュリアンの力が前に見たときとは格段に弱い。だが勝手に触るこ
とはできない。たとえ弟であろうとジュリの事に関しては確認が絶
対だ。
﹁・・・やっぱそうか?﹂
兄は布をずらしてジュリの顔を窺う。
﹁そうか?じゃないよ。ずっと傍にいてわからなかったのかい?・・
・無茶しすぎだろ兄さん。﹂
俺は呆れて柔らかいだろう上質なシーツに包まれているジュリに視
線を落とした。遠目でも少し頬がこけているように見えるのは気の
せいだろうか。気の毒に。
﹁こいつを相手にしているとつい・・な。﹂
﹁つい、で伴侶を殺してしまったら元も子もないと思うけど。この
ままじゃジュリは確実に壊れるよ。﹂
﹁・・・・・だな。﹂
苦笑する兄にもういちど大きなため息が出る。ただでさえ帝国への
根回しと大蝕界の準備で忙しいのに・・・
﹁前を寛げてもいい?﹂
223
﹁駄目に決まってるだろ。死にてぇのか。﹂
﹁ハァ・・・じゃあ、顔を見せて﹂
顔だけなら。と許可が下りた俺は兄の呆れるほどの独占力にまたま
たため息。一般見識から言うとこれは伴侶を見つけたアーマノルド
と云えど異常だ。
でもまぁ・・・俺たちはこれが普通なんだけど。俺たちの普通なん
ては一般の真逆だらけだけどね。
﹁・・・食事は?どうしてた?﹂
﹁大体口移しだな。両手縛ってたから自分じゃ食えないだろ?﹂
・・・・・・・・・。
﹁水分も・・・いやいい。もうわかった。﹂
・・・・ジュリ・・・・本当になんて気の毒な・・・
俺は心の底から同情すると首筋に人差し指を充てようとして・・・
兄をチラと見る。兄は眉間に皺を寄せたがすぐに頷いた。
脈は・・・弱くはなっていたが大丈夫だった。魔力も枯れてるんじ
ゃないかと思うほどなかったが命に係わるほどではない。
﹁・・・種はどこまで来た?﹂
つ
兄は愛しそうにジュリの頬を包んだ。そのまま唇を付ける。徐々に
深くなるそれについに苦しそうにジュリが息を吐き始めると差し込
んだ舌をゆっくりと取り出した。
﹁・・・・もうすぐ第一成長期に入る。﹂
224
マジか。
﹁・・・・・早すぎる。﹂
かかわ
ジュリが弱るはずだ。急激な種の成長は宿主の体力をガンガン奪う。
そのまま進行のスピードが衰えなければ即、命に係るほどだ。
ジュリに種が植えつけられて今日で約3か月。もう第一成長期に入
るなんて。
これが体力のあるアーマノルドや自己の回復力を魔力で補えるバル
シンならいざ知らず、ただのヒューマには・・・・酷だ。今更なが
ら兄の非道さに呆れる。
﹁兄さん・・・・﹂
﹁わかってるよ。我慢の利かない俺が全面的に悪い。﹂
﹁本当に分かっているのか?ヒューマの種の第一成長期はギリギリ
最短でも半年だ。それを3カ月だって?鬼かアンタは。今すぐ休ま
せてやりなよ。﹂
﹁へいへい。﹂
兄はウイスキーを一息に飲み干すとジュリを抱えなおして俺と一緒
に部屋を出る。
﹁ジュリはヴィーに預けなよ。兄さん近くに置いといたらそれだけ
で死ぬ。﹂
﹁いくらなんでもンな事あるか。﹂
俺はいつでも物事をややこしくする兄に顔を顰めた。
﹁あるね。もう来週には帝国に見切りをつけて大国に飛ぶんだよ?
それまでジュリには回復してもらわないと。﹂
225
ジュリがこんなに弱ってるなんて・・・また段取り組直さなきゃ。
段取りは大事だ。特にこの﹁ドグマ﹂の連中には。
﹁おーいよいよだな。そういや皆揃ったか?ゼンとタカは?あいつ
等生きてたか。﹂
﹁無事っぽいよ。昨夜遅くに帝国に入ったみたいだ。明日には本部
に着くだろ。﹂
バルブの爺さんが世界中に散らばる仲間に召集を掛けたのが一週間
前。みんな戻ってきた。残るはゼンとタカだけだ。
あいつ等はあんまりにも帝国が退屈になったんで、はるか東の島々
まで遊びに行ってた。途中たまたまソコ近くに寄った別の仲間に2
人が半死半生だって聞いてたから心配してたけど。いや、あんまり
してなかったかな。あいつらの丈夫さは兄を除けば﹁ドグマ﹂一の
ギンと同じくらいだから。
﹁そうかそうか。久しぶりだな、あいつ等に会うのも。前の大蝕界
以来だな。﹂
兄が目を細めて嬉しそうだ。ああ・・そうだね・・あの2人帝国嫌
いだったからなぁ・・・退屈だから。
﹁そう言われると﹁ドグマ﹂が全員揃うのもそうだね。今回は新人
が2人も入ったし、帝国とも別れるからしばらくは2人も俺たちと
居るんじゃない。﹂
どうでもいいけどさ。というか俺と爺さんの面倒が増えるだけ・・・
・
226
﹁あいつ等にアンコを紹介するのが楽しみだ・・・・そうだ、ヴァ
イオレットに対する反応もな。アイツ、ギンの伴侶だろ。ククク﹂
そうだった・・・・ゼンとギンは仲が悪いんだった・・・
これからの難儀で面倒で煩い騒動を思い、一気に疲れた顔になった
俺を余所に兄は実に楽しそうに笑った。
*** ジンギィ
アンコをヴァイオレットに渡してから︵物凄い形相で睨まれた︶翌
日、長いこと﹁ドグマ﹂を離れていた2人、ゼンとタカ、ゼンキチ・
トウドウとタカツキ・ハザマが帰還した。
﹁カッカッカッカッ!!聞きましたでぇ∼ボス!何や伴侶を見つけ
たそうやないか!クソ帝国と手ぇ切る事といい!大蝕界といい!今
年は何や目出度い事が目白押しでんなぁ!!カッカッカッ!﹂
ゼンが上機嫌で両手を広げて俺に挨拶する。このうるささ。懐かし
い。
﹁ご機嫌だなゼン。ところで右目はどうした。﹂
八十年程前に会った時は確か両目ともあったはずだが・・・?
ゼンは残った左目をぐるりと回して楽しくてたまらないという顔を
する。
227
﹁これでっか!いや∼おもろい小娘にくれてやりましたわぁ!カッ
カッカッ!そうやボス!大蝕界が終わったらヒノモトっちゅう国に
行ってみまへんか!も∼楽しゅうて楽しゅうて敵わんでっせ!﹂
何時になくハイだな。俺は広間に入ってきてから黙ったまんまのタ
カに視線を移した。
﹁・・・・・・・・。﹂
タカは長身の肩をすくめてみせた。・・・何かあんな。まぁいい。
﹁ま、その話は後で聞くとしてよ、シーグから段取りは聞いたか?﹂
﹁バッチリや。何時でもええでぇ。﹂
﹁・・・・・・・・・。﹂
ゼンがニヤニヤ笑いながら、タカが無言で頷く。
﹁よし。じゃあ・・・・飲もうぜ。﹂
ゼンは歓声を上げると回って来た東の話を面白おかしく話して聞か
せる。その声を聞きつけてきた野郎共が一人二人と増え、ついには
全員が揃った。
いや・・・・アンコがいねぇ・・・ついでにヴァイオレット。
アンコ・・・・・会いてぇなぁ。
昨夜は久しぶりのひとり寝で、アンコが恋しくて寝れなかった。慣
れた肌がない事の辛さを初めて知った。
﹁アンコ・・・・・﹂
228
外出を禁じてからなるべくアンコに普通に、普通の人間達がするよ
うに接触していたが・・・たった一度の反抗であのザマだ。
・・・何でこうも我慢が利かないんかねぇ・・・伴侶だからっての
めり込み過ぎだろ。
あのまま・・・シーグが部屋に入ってこなきゃあのままアンコを抱
き殺していたかもしれねぇ・・・
俺のを突っ込んで無理やりヤッたあげく種の暴走を招くところだっ
た。
﹁はー・・・﹂
だらしねぇぞ ジンギィ。
ウンザリするほど長く生きてきて、今まで女に振り廻された事なん
かなかったじゃねぇか。なのになんだ、テメェのその体たらくは。
相手がただのヒューマだという事もなぁ・・・忘れんなよ。
それとも・・・それすら忘れるほどだってぇのか?
それほどアンコの事を・・・・?
おい・・・・・・・・・・惚れ過ぎだ。
これはヤベェだろ。
﹁お前ら・・・俺がピンチだぞ。﹂
宴会が始ってから隅でちびりちびりと酒を舐めていた俺が声を出し
たのが唐突だったのか、それまで叫び声やら雄叫びやら怒号などを
挙げていた野郎共がシンと静まった。
ガタン!
﹁・・・・クッ・・・・カカカカ・・・ラストから聞きましたでぇ、
229
ボス。あんさん、もう少しで伴侶を殺すとこだったそうやないの。﹂
やがて中心にいたゼンがニヤニヤしながら酒びんを片手に俺に向か
ってくる。だが目は全く笑っていない。
﹁あきまへん、あきまへんなぁ。唯でさえボスの種は強いんや。・・
・しかもお相手はヒューマやて?﹂
ダァン!!
ゼンがテーブルに瓶を叩きつけるようにして置く。俺のグラスが跳
ねて転がった。見る間に広がり滴り落ちる中身。
﹁・・・・ボス・・・﹂
﹁・・・・・・・・。﹂
こだいしゅ
﹁なぁジンギィさんよぉ・・・アンタ・・・弱いヒューマになぁ﹂
﹁・・・・・・・・。﹂
﹁あんな脆い種に何してんのや!!俺ら古代種とは違うんやで!?﹂
﹁・・・・・・・・。﹂
﹁・・・!!!!!!﹂
黙ったまんまの俺にゼンがキレた。
残った左目が金色に輝く。瞳孔がガッと広がり瞬く間に黒く塗り潰
された。
﹁何か言ったらどないや!!﹂
﹁ゼン!やめろ!﹂
ゼンの手に直刃の小刀が閃いた。
230
ん、まぁ・・・ゼンを殺すこともできるが。
小刀はまっすぐ振り下ろされ俺の肩に深々と刺さった。血飛沫が上
がる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
﹁やめろ、シーグ。﹂
俺は最大の魔力が詰まった酷氷の矢を放とうとするシーグを諌めた。
﹁どうして。ゼンは隊長である兄さんに刃を向けた。処罰対象だろ。
﹂
アレが当たりゃいくらタフなゼンでも即死だ。
﹁いいんだよ。ゼンとタカは。俺に気に入らないところがありゃ何
時でも殺していいって言ってあるからな。・・・だろ?﹂
たま
俺がシーグのド頭にショットガンを突き付けたタカに笑いながら言
うと、タカはシーグから目を離さず頷いた。
﹁お前らも席に就け。久しぶりに皆が揃ったのに物騒なモノなんか
出すんじゃねぇよ。﹂
﹁・・・・・・・・。﹂
231
ゼンが自分とタカに向けられた武器の数々を憮然として見廻す。
双方しばらく睨み合っていたが、やがてシーグが酷氷の矢を解くと
連中も従った。元の喧騒が戻ってくる。
﹁謝らへんぞ。﹂
ゼンがムスッとしながら俺の向かいに座る。
﹁求めてねぇよ。痛てて。ほれ。﹂
俺はブっ刺さった小刀を抜いて血濡れのそれをゼンに返した。
﹁相変わらず、人を馬鹿にした体やなぁ・・・どないなっとるんや
ボスの体は。﹂
見る間に塞がる傷をゼンが面白くなさそうに見る。
﹁どうって・・・魔力だよ。魔力が体中を回って融合しながら体を
守ってるからだ。知ってるだろ﹂
﹁フン。せやかてボスのは異常やで。俺らン中でもな。﹂
﹁クククク・・・﹂
俺はゼンに新たに酒を注いで手渡してやった。
﹁・・・なぁボス。﹂
﹁ん?﹂
ゼンは先程のキレようとは違い、静かな目で俺をひたと見据え話し
始める。
232
﹁ボスの気持ちもようわかるで。俺かて夢に見るくらいや。やっと
出会えた伴侶、愛しゅうて愛しゅうて堪らん。相手の何もかも自分
ものにしたい片時も離したくない。﹂
ゼンは思い詰めるようにして息を吐きだした。その声には俺たちに
は馴染みの感情が見える。
そう・・・・・・渇望だ。
はよ
﹁それに早う自分側に取り込んでしまわんと・・・・。相手はヒュ
ーマや、俺らから見たら信じられんほど脆い。いつ呆気なく逝って
まうかわからんからのう。﹂
﹁・・・・・そんなに見え透いてるか。俺は。﹂
まいったな・・・・情けないにもほどが・・・いっそ笑えてくる。
しどころ
﹁聞いた話だけでもな。ええかボス、気持ちはわかるがここが我慢
の為所や。あんさんの種はただでさえ強い。ヒューマには劇薬もい
いとこや。注ぐ力のコントロールを早よ身ぃつけんと。﹂
﹁・・・・それが出来りゃこんな苦労はしてねえよ。ああ、もう黙
れ。﹂
俺はなおも説教しようとするゼンを片手で制する。勘弁してくれ。
﹁シーグやジジイにウンザリするほど説教くらったんだ。お前まで
よせよ。﹂
ゼンはキョトンとしていたが盛大に噴き出すと大声で笑った。
233
﹁カッカッカッ!大分絞られたようでんな!ああ何や!やけに大人
しゅう俺の刀受けた思うたら、柄にもなく落ち込んどったんか!カ
カカカ!傑作やで!あのボスが!カッカッカッ・・・﹂
この野郎・・・・今に見てろ、テメェが伴侶を見つけた時同じよう
に、いや、万倍にして笑ってやるからな。
・・・・ゼンの笑いはいい加減頭にきた俺が殴るまで・・・いや殴
った後も続いていた。
アンコ・・・・
ごめんな。
本当にすまないと思ってる。
謝っても許してくれるわけねぇが。
でも諦めてくれ。
お前はまだそっち側だが・・・俺に見つかったからには。
何時も黄昏と共にいる俺達の世界・・・
そこで俺と生きてくれ。
234
永遠に。
黒い太陽の下で。
一緒に焦げてくれ。
235
監禁と最後の2人︵後書き︶
お待たせ。
Sは熱血漢でも正義の味方でもない事をここに銘記して
新キャラいきなり新しい謎を提供w
新キャラ
おかなくてはならないだろう。
なぜってジンの隊員だから。
236
人格崩壊者達による講義風景
*** ヴァイオレット
今夜、帝都を飛び立つ。
目的地は大国。大蝕界が始まるにあたり、彼の国で最も魔物達が集
まるからだ。
輸送の準備が整った大型ヘリへ私はジュリアンが眠っているベッド
ごと抱えて乗り入れた。
そう・・・ジンギィから渡されたあの日から・・・ジュリはまだ目
が覚めない。
ヘリの中央にベッドを降ろし、動かないよう固定する。
幾つかの点滴も固定し、シーツ類を整えてあげるともうする事はな
い。
静かに上下する胸に不安と安心が交差する。青白い顔色、減った体
重、回復したとはいえまだ不十分な力。
こんなになるまで体力を吸われるなんて・・・・改めてジンギィに
怒りが湧いてくる。
ジュリが監禁されている間、じっとしているのも時間の無駄なので
私は種について改めて勉強し始めた。
都合がいいというか当然というか・・・種に関する本や研究書、実
験結果のレポートなどの類があちこちから、しかも大量に見つかっ
た。・・・・本当になんて奴等なの。虫唾が走る。
結果、﹃種﹄は本当に危険な術だと再認識した。
種は、作るのは勿論、維持、管理、そして操作も大変難しいものだ。
237
一歩操作を間違えば所有する者も植えつけられた者も死ぬ。
植えつけられた種は宿主の体力と所有者の魔力で育つ。しかし問題
なのはその割り当てだ。割り当ては段階毎に毎回違うので種の所有
者は0.00%の単位にまで気をつかい、与える魔力は多すぎても
少なすぎてもいけない。どちらかに傾けば種は暴走し、宿主の体力
を根こそぎ奪い、やがては死に至らしめる。
注ぐ魔力の量が適切であれば宿主から貰う体力は微々たるもので済
み、安定した同化で終わる。
制約があり過ぎてなんとも扱い辛いものだが、成功すれば・・・・
そこまで考えた時ヘリの外が騒がしくなり、私は連中がやって来た
のを察した。ジュリのベッド脇に立ち、警戒する。
﹁姫さん!ジュリアン運んでたのか!言ってくれれば俺がやったの
に!﹂
ウザいのが一番に飛び込んできた。
﹁黙れ駄犬。ガサツなお前に運ばせると思う?身の程を知れ。﹂
間違いようがない嫌悪感を込めて言ったのだが・・・・
﹁ああっ・・・姫さん!残酷な言葉がなんて似合うんだ!今夜もむ
しゃ振りたいほど素敵な声だ!﹂
駄犬は体を震わせながら床の上を転げ回っている。
その浅ましい姿に強烈な殺意を覚える。マジ死ね。・・・いや、今
だったら心臓を一突きできそう。私はタガーを取り出し間合いを詰
めた。
238
﹁おい!誰だか知らんがそいつを殺るんならこっちの方がええでぇ
!そないな小刀じゃ刃が立たん!﹂
チッ!
私は舌打ちするとヘリの入り口に立ってこちらを見ている2人の男
共を横目で見た。
4本腕のバルシンが片方しかない目をバカにしたように光らせ、こ
っちを見てニヤニヤ笑ってる。その手には大振りな斧が握り締めら
れていた。
その横には大柄な男。感情のない無表情な顔は転げ回る駄犬を見て
いる。
﹁・・・誰よあんた。﹂
私は煩い駄犬に蹴りを一つ入れてから見知らぬ男共に向かい合った。
男達はそれには答えず、片目が斧を大男に渡して近くまでやってく
ると
お
﹁嬢ちゃん、ウチにはえっらい程場違いな綺麗な顔しとるなぁ。迷
子か?いや、ドグマん中に居るゆう事は嬢ちゃんも・・・ん?もう
一人おるやんけ。﹂
私の顔をまじまじ見てからジュリを覗き込むようにして首を伸ばす。
不躾な視線にイライラしてくる。
つと奴等から血と硝煙の匂いがした。・・・・ついに滅んだか。哀
れな帝国・・・いや、哀れな皇族といったところか。
そんな事はどうでもいいわ。それより今はこの無礼者達を持ったタ
ガーで攻撃するか、攻撃魔法で殺そうか・・・どっちがいい?迷っ
ていると背後から太い声で駄犬が吠えた。
239
﹁お前の穢れた目ン玉に姫さんを映すなゼン。姫さんが汚れるだろ
うが。﹂
ゼンと呼ばれた片目バルシンはああ?という風に顔を顰めている。
と、もう一人の大男が片目の肩を小突き、私の方へと顎を杓った。
片目が再び私に注目する。そしてもう一度駄犬へ。
﹁・・・・・まさか。﹂
片目が口を覆う。
﹁・・・・・お、お前の伴侶か?こ、これが・・・話に聞いとった・
・﹂
﹁・・・・・・・・・。﹂
私が片目の反応をウンザリしながら眺めていると駄犬が胸を張り、
不意に私の肩を抱き寄せる。
﹁ふっ!その通りだゼン!どうだ俺のお姫さんは!美し・・ぎゃあ
ああ!!﹂
私は気持ち悪い駄犬の太い手首を掴むと力の限り握り締めてやった。
この感触だと手首の骨が砕けたようだ。いい音。
﹁触るな駄犬。あんたの方が汚いのよ、早く死ね。それからそこの。
﹂
私は気持ち悪く悶えてる駄犬を無視すると男2人に振り返った。
240
﹁私は駄犬の伴侶じゃない、そんなの死んだってならない。あと気
安く話しかけないで。﹂
それだけ言うと背を向けてジュリの方へ近寄る。こんな煩いのが居
てジュリの気分が悪くなったら大変だわ。そうだ、シーグに言って
け
こいつ等とは別のヘリにして貰おう。
﹁・・・・・ガキやんけ。﹂
﹁・・・・・・・・・・・﹂
ピク。
﹁ギン・・・お前ロリコンの気があったんやなぁ。前∼から変態や
変態面しとる思うとったけど。ま、それにしてもどっちも気の毒で
しゃーないわ。こないな体格差やったらきつ過ぎの太すぎやで。ギ
ン、ヤるんなぁ嬢ちゃんがもうちっと大きゅうなって﹂
コロス。
私が殺意に震える拳を片目に繰り出そうとした時、背後から風が起
こった。直後、片目が吹っ飛びヘリの天井に激突して床に当たり、
バウンドして転がる。
私は眼を瞬いて後ろを振り返った。
其処には私が相手にしている時とは段違いの殺気と覇気を纏った黒
浪が静かに佇んでいた。普段、私に何をされても悶えて嬉しがって
いる変態の姿はない。それどころか触れられそうなくらい濃密なオ
ーラはビリビリと辺りを震わせる。
﹁・・・・姫さんの前では言葉を選べよゼン。この耳汚しが。﹂
地を這う声というのはこの事を云うのか、ギンから聞いた事もない・
・・これが奴の本気なの?
241
﹁・・・はっ!ちぃとからかっただけやろ。それにほんまの事やん
か。お前、このちっこい嬢ちゃんに欲情してんのとちゃうんかい。﹂
飛ばされたゼンが体を億劫そうに起こし、厭な顔でせせら笑う。そ
の凶悪な顔といったら。
﹁お前・・・いや、そうだな。そうだった。ぶん殴った程度じゃ・・
・お前がわかる訳ないな。﹂
ギンが背からいつもの大剣を取り出して切っ先をゼンに向けた。そ
の動作がやけにゆっくり見える。
﹁カカカカ・・・何やのそれ。此処で殺るつもりかいな。﹂
言いながらゼンは背中と腰に佩いた4本の刀をそれぞれの腕に取っ
た。
﹁お前のその汚い口を首毎切り離してやるのさ。﹂
﹁カカッ!じゃあ俺はテメェの両の目玉を抉り取ってついでに丸刈
りにしたる。﹂
この馬鹿共此処でやるつもりだわ。本当にジンギィの部下共は馬鹿
ばっかり。うんざりする。
私はジュリのベッド丸ごと最大値防御魔法を構築し始める。素早く
成すと今度はタガーに雷撃の魔法を纏わせ2人と間合いを取った。
﹁姫さん、加勢は嬉しいが俺には必要ない。﹂
駄犬が私をちらりと見て言う。冗談じゃない、誰がお前なんか。
242
﹁あんたバカ?隙がある方を殺そうとしてるだけよ。自惚れんな。﹂
﹁おお・・・っ!!姫さん、その言葉・・・痺れるぜ!﹂
﹁キモい。黙れ。話しかけるな。死ね﹂
﹁ああっ!いいっ!﹂
﹁ギン・・・それどういうフラグなん?付いていけへん。﹂
﹁・・・・・・・・・・。﹂
片目と大男から呆れと困惑が混じった声、空気が伝わる。駄犬は声
を掛けられたのが合図になったように片目に向き直り大剣を構え直
した。
﹁分からなくていいんだよ、これは俺と姫さんだけの愛の交換だ﹂
﹁・・・色ボケしたワン公には何言うても無駄やの。ツッコむ気に
もならんわ。わぁった、今日こそ往生させたる。﹂
2人がバカみたいな台詞を吐きながら突進した。私は片目のガラ空
きの後ろに回り込んでタガーを突き立てる。が、その瞬間、横合い
からショットガンの前身が出てきてタガーを弾いた。
・・・・・あんたもやんの。
私は排除対象に加わった無表情の大男に向かい合った。間近ではギ
ンとゼンがぶつかり合っている。時折飛んでくる斬撃をかわしなが
らもう一本タガーを出し雷撃を纏わせた。大男も斧を構える。
殺してやる。
上段に飛び上がった。
ガキィイィイイイン・・・
243
﹁なぁ∼にやってんだお前ら。﹂
!!!
いつの間に・・・この化け物が。
そこには私達の4人の真ん中に立ち、全ての武器を受け止めたジン
ギィが立っていた。
﹁・・・隊長。﹂
﹁ボス、邪魔せんといてや。﹂
ぱじ
ギリギリ押し合い、ギンとゼンがまだ互いを睨みつけながらジンギ
ィに逆らう。
どう
﹁邪魔するわ馬鹿共。此処でおっ始めんな馬鹿共。俺のアンコに傷
が付いたら如何するつもりだ。﹂
ジンギィがちらりと殺気を纏うと、ギンとゼンは渋々ながらも手の
中にあるモノを元に戻した。私と大男もそれぞれの得物をしまう。
だが私は再びタガーを握り締めた。最大の警戒心を持ってジュリの
ベッドに迫る巨躯の男を睨みつける。
ジンギィがジュリの顔を見下ろした。
﹁防御掛けてんのか。﹂
﹁当り前でしょ。﹂
﹁ふ∼ん﹂
244
ジンギィはのんびり言うと片手を無造作に防御魔法へと突っ込んだ。
﹁ちょっと!﹂
制止を掛ける私をまるっきり無視してジンギィは防御魔法をこじ開
ける様にして広げていく。
ギシギシッ
﹁そんな無理に開けなくても今すぐ・・・﹂
バンッ!!
ジンギィが防御魔法を引き裂くように左右に広げるとあっけなく壊
れたソレは私達の方へと転がって来た。急いで回避する。当たれば
怪我だけでは済まない。だってこの私が最大にそして緻密に練り上
げたものだもの。そもそも防御魔法は身を守るモノであって間違っ
やすやす
ても飛んで来るようなモノではないのだ。もう少しいえばこじ開け
るモノでもない。それも易々とね・・・よくよく人のプライドを踏
み躙ってくれる奴だわ。
﹁・・・・ジンギィ・・・﹂
名を呼ぶとジンギィが目だけ動かして問い掛けるように片眉をあげ
た。
﹁・・・やめて。まだ回復してないのよ。﹂
﹁・・・・・・まだ顔色が悪いな。﹂
私の懇願を軽く無視。屈辱と恐怖で体が震えるけど引き下がる訳に
はいかない。また力を注がれたら・・・
245
﹁ジ・・﹂
再度止めようとした私の腕を軽く抑える者がいた。振り仰ぐとシー
グが何時の間にか背後に居る。
・・・なんて兄弟なの。この私が気付きもしなかったなんて。
﹁ヴィー・・・ちょっと静かにしてようか。﹂
有無を言わさない声に唇を噛締める。
ジンギィとジュリに視線を戻した。
さま
ジンギィはジュリの青白い頬にそっと手を這わす。ゆっくり指を動
かす様は獣が捕らえた獲物の味を確かめているようだ。
そしてその表情は。
目を細めて少しだけ薄く笑んで・・・その鋼の目には・・・窒息し
そうな程の溢れんばかりの愛が・・・あれを愛と呼ぶのならだけど・
・・浮かんでる。
ゾッとする。
ジンギィの想像を絶する愛を注がれるジュリ・・・その身はあまり
にもか細く脆く小さい。
・・・・種の同化を速めた方がいいの?早く同化を完了させなけれ
ばジュリは・・・
と、そこまで考えた時ジンギィがジュリの首の一点で指を滑らせ真
顔になって集中し始めたのに気付いた。時折眉間に皺を寄せたりす
る他は微動だにしない。やにわに緊迫し始めた場面に当てられたよ
うに私達も動けないでいた。
うそ!
ジンギィの額から汗が滴り頬や米神を伝って顎まで落ちていく。ど
ういう事。あのジンギィが。
246
﹁ジンギィは何をしているの。﹂
﹁ジュリの回復を助けてやっているのさ。﹂
まさか!
﹁そんな事が・・・できるの?﹂
﹁兄さんは特別だよ。そしてその種も然り。﹂
その言葉通りさっきまで青白かったジュリの顔色が元の健康な色に
なって来た。頬もほんのり色付いている。
﹁本来種というものは体力と魔力を吸う事はあっても力の受け渡し
の媒介をする機能はない。人体の複雑な構造と宿主にとって同化す
るまでは毒にしかならない種では力を渡そうとしても双方に拒否反
応が出るからだ。﹂
シーグが講義でもするように淡々と説明する。というよりそうなの
だろう。後ろの人でなし共に聞かせているのだ。
万能そうに見える魔力だが勿論できない事もある。誰にでも、勿論
私達にも限界値があり上限を過ぎると魔力は枯渇し二度と使えない。
体力を魔力で補う事は出来るがこれも魔力が尽きれば使えなくなる。
出来ない事はまだまだある。魔法との相性もあるし、傷を治す事は
出来るが病気や老衰、死、そして人から人へ魔力を渡す事も出来な
い。回復を助ける魔法もあるが・・・微々たるものだし、何より種
を植えられているジュリに下手に魔法を使ったりしては大変だ。
シーグの講義は続く。
﹁今兄さんがしている事は種の複雑な構造を網羅してジュリの血管、
毛細血管に至るまで隅々に力を注ぎ込んでいるんだよ。こんな反則
247
的な機能、兄さんの種じゃなきゃ絶対にできない。加えて兄さんは
自身の強大な力を出来るだけ細く、ヒューマが耐えられるギリギリ
の値にまで無理やり落としてジュリに行き渡るようにしているんだ。
それがどんなに大変な事か・・・。﹂
・・・・この世で最も大きな生物が一粒の砂を掴もうとしているぐ
らいかしら。
でも、そんな事が出来るのなら。
﹁どうしてもっと前にしてくれなかったのよ。﹂
﹁外科手術をする時だって患者の体力はある程度必要だろ?極限ま
で体力の落ちたジュリに今しているような術を施すには危険過ぎた。
どんなに小さな懸念でもジュリには冒せない。ジュリに何かあった
ら・・・わかるだろ?﹂
﹁その大事なジュリを殺そうとしてたじゃない。ふざけないでよ。﹂
﹁ん、まぁそうなんだけどね。﹂
おどける様に肩を竦めたシーグに米神が引く付くのを感じる。無言
の攻防をしているとジンギィのジュリを呼ぶ声が聞こえた。
﹁アンコ、アンコ・・・アンコ。﹂
しつこく呼ぶ声に徐々にジュリの瞼がピクピクと引き攣り、やがて
眉間に皺が寄って盛んに瞬きし始めた。
﹁・・・ん・・・ジ・・・ン、さん?﹂
ああジュリ、よかった。久しぶりに妹の声を聞き安堵が波のように
広がった。暖かさが胸に宿る。
248
﹁おう。まだ眠いか?﹂
ジンギィがゆったりと笑みながらジュリの手をそっと握った。背後
から驚きを含んだ声と息を呑む空気が伝わる。
﹁・・・ん・・・﹂
﹁眠いんなら無理すんな、寝ろ。まだ夜だ。﹂
﹁ふぁ∼あぅう﹂
ジンギィの安心させるような声にジュリが何んとも気の抜けた欠伸
をした。この子はもう・・・。
﹁・・・じゃ・・・も・・ちょっと﹂
﹁ああ。﹂
ジュリは体が軋むのが痛いのか眉間に皺を寄せながらも体を横向き
にし、暫くもぞもぞしていたがジンギィがポンポンとあやす様に背
中を叩いてやると、もう一度大きな欠伸をして寝てしまった。すぐ
深い眠りに落ちたのは先程とは違いゆっくりとした寝息でわかる。
﹁これでいい。明日には気分良く目覚めるだろ。﹂
ジンギィはジュリの手を名残惜しそうに撫で、持ち上げると指一つ
一つにキスしてから離した。もう片方の手にも同様に。丁寧にシー
ツを掛けてやり、最後額にキスを落としてベッドから離れる。
﹁ヴァイオレット、アンコの面倒頼んだぜ。﹂
あら、よかった一緒に乗らないのね。私は頷くだけに済ませ、化け
物がヘリを出て行くのを見送った。
249
﹁ギン、ゼンとタカもこのヘリから降りて。﹂
シーグが言うと駄犬が煩く騒ぎたてる。そう言えば居たわね、余計
なのが。
﹁嫌だ!嫌だぁ!俺は姫さんと同じヘリで行くんだ!絶対降りない
!﹂
・・・・ウザ過ぎて吐き気が。
私がドレスの中からマシンガンを取り出すのとシーグが床から青い
紐を出すのとは同時だった。引き金を引きこっちに背を向けていた
駄犬に全弾打ち込む。仰け反ったところをすかさずシーグが捕まえ、
ギリギリと雁字搦めにする。
﹁姫さん!撃つなら正面から!姫さんの綺麗な顔を見つめながら撃
たれたい!﹂
﹁シーグ、駄犬の口も縛って。二度と再生できないくらい。窒息し
ても裂けてもいいわ。﹂
﹁・・・・・ハァ﹂
シーグはため息を吐きながら駄犬の口元を声が漏れない程度に縛り
直す。フン、お優しいこと。ん?
おなご
﹁これがボスの伴侶か・・・普っ通∼の女子やのぅ。・・・いや、
この場で呑気に寝られるんなぁ・・・普通やないんか。﹂
この・・・
振り向き様タガーをゼンまで投げ込む。
ゼンは頸動脈に刺さる寸前でタガーの柄を掴んで止めた。チッ!
250
﹁何すんのや嬢ちゃん。そないに俺と遊びたいんか。﹂
﹁ジュリに近づくな、ゴロツキが。今触ろうとしたでしょ。﹂
﹁物騒な事言うなや!この子に指一本でも触れとったらボスに殺さ
れる!﹂
﹁死ね、今すぐ死ね、一番酷いやり方で死ね﹂
﹁なんやのこの子!オモロイ!﹂
﹁はいはいーギンがブチ切れるからねーここいらで終わりにしよう
かぁ。もうすぐ離陸の時間だよー﹂
シーグがゼンとタカを促しながらバッタンバッタン暴れているギン
を引き摺っていく。
と、出入り口で振り返り
﹁ドロは置いていくよ、君の腕を信用してないわけじゃないけど万
全を喫したい。﹂
何時の間にか入って来ていたバルシンを指し示した。
・・・・気に入らないけど仕方ないわね。
﹁・・・・わかったわ。ドロなら静かにしているでしょうし。﹂
シーグは片手を上げヘリから降りて行った。
﹁さてと。ドロ、昇降口を閉めるわよ、操縦席に座りなさい。ああ、
ジュリに触っちゃ駄目よ。﹂
﹁オッオッ・・オーオー・・﹂
ドロがボロボロの布なのか、滴る泥なのか何なのかよくわからない
物質を纏った手をジュリに伸ばそうとしてとどまった。白い顔をこ
251
ちらに向け焦ったように首を振る。濁った泥のような瞳もキョドキ
ョドと動く。
﹁大丈夫。ジンギィがジュリに体力を分けていたから。明日には目
が覚めるわ。もう心配ないわよ。﹂
そう言い聞かすように言うとドロは深く息を吐いて、それでも心配
そうにちらちら見ながら床上20センチは常に浮いてる体を操縦席
へと落ち着けた。
ドロは泥のバルシンなのだろう。見た目180cmはある全身を黒
と焦げ茶の物質で覆われ露出しているのは真っ白い手と顔だけだ。
それも口元まで覆われているので黒々とした隈と切れ長の目、通っ
た鼻筋のみ出ている。顔色は何時ものように病的なほど白い。ドロ
は言葉を使わない。いや、使えないのだろう。シーグが言っていた。
﹃幼い頃・・・まぁこの強大な魔力が暴走したと言っておこうかな、
でもドロのせいばかりじゃない。制御する方法を誰も教えてくれな
かったからだ。生まれてすぐ親に捨てられたからね。その後も人間
達から散々迫害を受け続けたようだ・・・結果がこれだ。俺達ドグ
マ以外を酷く恐れる様になってしまった。﹄
・・・そうね、恐れるあまり人間達が近づきすぎると無差別に殺す
ようになってしまったらしいけど。
本当にジンギィの部下共は揃いも揃って人格が崩壊している奴らば
かりだ。
ジュリも普通の人間だけど。
何故かジュリには懐いていて︵多分またジュリが無意識に何か言っ
たかしたのだろう︶、ジンギィがいない時にはちょろちょろジュリ
の周りをうろついている。時たま何か泥のボールの様なモノをジュ
252
リにあげたりして困惑させてた。わけわかんない子供のようなバル
シンだ。
私の事をジュリの庇護者と理解しているようで遠慮しがちに接して
くる。他の馬鹿共のように煩くないし不必要に接触してこないので、
ま、我慢できるというレベルだ。
私は入り口を閉めると、ジュリを固定しているベルトやベッドの固
定具合を確かめ、再度防御魔法を構築し操縦席に座った。通信用の
ヘッドフォンを付けヘリを起動させる。
ローターが回り始め、外を見渡すと次々とほかの輸送用ヘリが飛び
立ち始めるのが見えた。
﹁ドロ、離陸するわよ。﹂
﹁ウッウッ﹂
ドロがカクカクしながら頷くのを確認して上昇を始める。
やれやれ、長い間過ごした帝国ともお別れね。結構居心地良かった
けど﹃こうなっては﹄もう終わり。ジュリへのこれからの影響も良
いとは言い難いし。潰れてよかったわ。
ジンギィを、いえドグマを抱えるからこうなるのよ。それにしても・
・・3代前は何を考えていたのかしら?わざわざ死神達を自国に迎
えたりして。
まぁ、いいわ。私とジュリには関係ないもの。
私は、轟々と巨大な炎に包まれ、あちこちで爆発音を響かせながら
焼け落ちようとしている宮殿を眼下に見、肩を竦めると機首を大国
方面へと向けた。
253
人格崩壊者達による講義風景︵後書き︶
説明で終わったなー
しかもあちこちに謎を撒き散らしたまんま。
徐々に明らかにしていくつもりです。
説明だけだと寂しいので、ドSヴァイオレット︵ジュリアン以外に
は等しくそう︶とドMギンジョー︵ヴァイオレット限定︶の日常も
入れてみました。
ええ。そう、いつもこうです。
254
幕間︵前書き︶
不愉快な場面が多々出てきます。残虐なシーンもあります。
ジンギィとシーグ、ドグマの皆がジュリの前とは別人☆
見なくてもストーリーには影響ありません!苦手な人はバックプリ
ーズです!
255
幕間
*** シーグ
﹁お楽しみか?﹂
豪奢なべッドで蠢く、複数の男女に兄はいっそ呑気なほどの間延び
した声を掛けた。
そのうちの一組・・・今代の皇帝、シャントゥーンとその妹アレク
サンドラが硬直した。
﹁お前があんまり俺との面会を望むもんで来てやったんだが・・・
悪い時に来ちまったようだ。しかし妹とご乱交とは・・・ミカルド
も浮かばれねェよな?﹂
﹁・・・帝国の皇族はそんなもんじゃない?ミカルドがおかしいん
だよ﹂
俺は呆れたように言う兄へ冷めた言葉を返した。
その間にシャントゥーンは慌てて身繕いして体裁を整えてる。だが、
自分で衣服を付けた事がないのかちぐはぐなそれは余計に彼から、
皇族としての威厳や尊厳が抜けていく感がする。
﹁ジ、ジンギィ、こ、これは、余、余はな、ジンギィ﹂
何か支離滅裂な事言ってるシャントゥーンがいるけど、次の瞬間絶
句する事になった。
﹁何逃げようとしてるんだよ∼・・・バーカ﹂
256
ドカッ
壁に何かが突き刺さる音がして、一人の綺麗なバルシンが3mはあ
ると思われる大鎌に縫いとめられていた。バルシンは大鎌からなん
とか逃れようと暫くもがいていたが、やがて血反吐を吐きながら動
かなくなった。
﹁お前らも∼逃げるのは駄目だからね∼同じようになりたくないだ
ろ∼?グハハッ﹂
ラストが愉快で堪らないという風に笑い声を上げ、大鎌に付いた鎖
をグイッと引くと壁から離れて持ち主の元に戻った。さっきまで生
きていたバルシンが床にくず折れ、血だまりが出来る。
﹁ヒィッ!!﹂
﹁キャァァアアア!!﹂
半分裸の皇族やら貴族やらの悲鳴が上がる。煩いなぁ。
﹁ラスト、今殺るなよ。煩いじゃないか。これじゃあ話もできない
よ﹂
俺はぎゃあぎゃあ騒がれながら話すのは嫌いなんだ。たとえ簡単な
話でもね。
﹁いいじゃん∼どうせさぁ全員・・・ちぇっ、わかったよ。﹂
ラストは着ぐるみのクマの肩を竦めるとダンッと大鎌を床に下ろし
た。奴らが怯えて体が跳ねる。
257
﹁煩いよ!次に殺すのは声を上げた奴からだからね!わかったぁ?﹂
効果絶大だな。静かになった。これでよし。
俺は色をなくして突っ立っているシャントゥーンに向き直る。
﹁もうわかってると思うけど俺達帝国出て行くから。﹂
正気に戻ったシャントゥーンはハッとして顔を上げる。
﹁ちょ、ちょっと待ってくれ、な、何も大蝕界が始まる今でなくと
もよいでは﹂
﹁心配しなくても帝国にはあんまり来ないと思うよ。あんまり。多
分ね﹂
﹁そ、そんな﹂
シャントゥーンはワナワナ震えながら二の句が継げないでいる。
﹁お兄様﹂
アレクサンドラがつと全裸のまま立ち上がり、底冷えした声でシャ
ントゥーンを呼ぶ。
﹁ア、アレクサンドラ﹂
﹁みっともないお姿ですこと﹂
﹁・・・・は?・・・え?﹂
アレクサンドラのまさかのセリフについていけないかのようにシャ
ントゥーンが激しく瞬きを繰り返した。シャントゥーンを見限るよ
うに一瞥すると兄に歩み寄り、うって変わって艶然と微笑んだ。
258
﹁ジンギィ様・・・ああ、お待ちしておりましたわ・・・最愛の人﹂
そう言って豊満な体を兄に押し付けると首に手を回す。
﹁・・・・迎えに来てくれたのでしょう?私の用意はできておりま
すわ﹂
﹁そりゃ準備のいい事だ。﹂
苦笑しながら兄はアレクサンドラの体に手を回す。
﹁アレクサンドラ﹂
﹁ああ・・・ジンギィ様・・・﹂
兄はアレクサンドラの顔を上向けると間近に寄せてその名を囁く。
女が応えるように蕩けた。
﹁待たせちまったな﹂
﹁本当に・・あの日お約束してから中々会いに来て下さらなくて・・
・もどかしい想いでしたわ﹂
兄が優しく笑うとアレクサンドラはぼうっと見惚れた。熱く見つめ
合う男と女。すぐ傍には、死体が横たわり、半裸で金縛りの皇族貴
族。尊厳の欠片もない皇帝が呆然と佇んでいる。そして大鎌を持っ
たラストと俺と・・・もう一人。
ズルリ。
アレクサンドラの背後、床に現れた黒い染みは瞬く間に広がりやが
て伸び上って人の形を作った。
259
半分ほど覆われた白い顔が出、白い手を前に突き出すと。
﹁アッ・・グゥウウウ!﹂
兄に強く抱かれたままアレクサンドラが声を上げた。
アレクサンドラの白い裸体にドロから放たれた泥がぶつかったから
だ。そのまま皮膚を裂き、背骨を折って心臓を掴むと周りの血管を
引き千切りながら胸と胸の間を突き破って出す。
﹁な・・・に・・・これ・・﹂
アレクサンドラが胸から突き破るようにして出ている自分の心臓を
呆然と見詰める。
何ってお前の心臓だよ。見たらわかるだろ。
﹁オオ・・・﹂
ドロが侵入させた泥にさらに圧力をかけると、周囲の筋肉や組織を
破壊しながらミチミチと心臓を引き裂いた。
﹁・・・ギャッァアアアア!!!﹂
上がるアレクサンドラの絶叫。あ∼まだ生きてるからなぁ・・・痛
そうだ。
﹁おお、あったあった。これだな。﹂
兄はやたら大声を上げる女を無視して満足そうに頷くと、支えてい
たアレクサンドラの体を放り出すように床に投げ捨てる。だがドロ
は手にある心臓を離さない。当然心臓はブチブチと音を立て、完全
260
に持ち主から離れた。
ドシャッ!
彼女は自前の血溜まりに落ちる。
﹁ジ・・・ン・・ギィ、さ﹂
﹁やっぱ心臓にあったか。下手に俺達がやると玉が割れて永久にア
ンコに呪いが掛かっちまうからなぁ。ドロのように細胞にまで干渉
出来る能力がねぇと。﹂
肉塊と化した心臓と泥に塗れ埋もれている玉は毒々しく濁っている。
その様は呪いの色そのものだ。
* * *
俺達が帝国に見切りを付けたすぐ後、バルブの爺さんが面倒くさい
事になったとの連絡があった。
アレクサンドラからジュリアンに呪いを掛けたと告げられたという
のだ。只でさえ忙しいのに・・・
なんとなんと皇族であるアレクサンドラは魔女だった。まだ覚醒は
してないと思ったのに・・・
遠いむかーし。異世界から無理やり、しかも下らない理由でこの世
界に召還された女がいた︵詳細は知らない。多分当時の馬鹿な誰か
が変わった女が欲しくなったのだろう︶それが魔女の始祖だ。そこ
で何があったかは知らないが彼女は憎んだ。
この世界の全てを。
261
彼女には特別な力があった。﹃呪い﹄だ。ソレは時に一国を滅ぼし、
時に何千何万もの人間を狂わせる。
昔、魔女に滅ぼされた国を見た事がある。魔女は業火に包まれる国
や人間達を指を指したり手を叩いて大笑いしてた。自分もその火に
焼かれながらね。そういや笑っているのに全然楽しそうじゃなかっ
たな。彼女。
肝心のアレクサンドラだが、兄が密かに渡りを付け皇女に会った。
平素なら無視だがジュリの事となると大事だ。
﹁・・・よっぽど大切になさってるのですね・・・その女を﹂
﹁・・・仲間だからな。で・・・呪いは﹂
しなを作り男にとっては効果的だろう角度で兄を見上げるアレクサ
ンドラ。だがジュリ以外は眼中にない兄は冷たく遮ってズバリ肝心
な事を聞く。
﹁呪い?・・・何のことかしら﹂
﹁・・・・・・なるほど。﹂
まぁ、こうなるだろうと思った。
ジュリに向けて呪いを放ったはいいが俺達の結界に弾かれたそれは
届くモノではなかった。が、ジュリが外に出れば何らかの形で呪い
はジュリに掛かるだろう。それほど強力なモノだし、しかもコイツ
は自分の命を呪いの礎として使用している。でも・・・呪いを扱っ
てるにしちゃ対象がジュリ一人っていうのはな。もしかしてまだ制
御の仕方がわかってない?
ま、そこは置いといて、結界を単体に掛け、常にジュリの身を守る
事も可能だが・・・ちょっと・・・日常的に面倒くさい。ジュリも
嫌がるだろう。
262
兄はため息を漏らすと、
﹁お前の要求は何だ﹂
兄は豪奢なソファにドサリと座る。すかさずというか許可も与えて
ないのにアレクサンドラが兄の隣に座った。魅力的だと自分では思
ってる体を兄にぴったりと押しつけながら。
﹁わかっているのに知らんぷりするなんて・・・女心を弄ぶ酷い人。
わたくし、貴方と一緒にいたいだけですわ。わたくしを妻にして下
さい・・・・・あの女の存在は許して差し上げますが正妻の座はわ
たくしに。貴方の御子を産みたいのです。﹂
すごいなこの女!此処まで兄の地雷を踏みまくるなんてさすが皇族
!さすが魔女!
兄は・・・うっわ!やっばい!
俺はその時、皇族どころかこの国に居る全ての人間が兄ひとりに殺
されることを覚悟した。それほど怒りがダダ漏れてる。だが鈍感皇
族魔女は気付かないのかまだペラペラ喋ってる。ある意味すごい。
﹁・・・お前・・・いいな。﹂
﹁・・・えっ?﹂
ん?
﹁俺は・・・今まで何を見てきたんだろうな?こんないい女がこん
な近くにいたのに・・・﹂
兄は色気全開でアレクサンドラを見詰めると顎を掴み、いきなり深
く口付る。
263
暗い部屋に水音が響く中、兄は目を開け、俺と爺さんと合わせる。
・・・はいはい了解したよ。呪いの源・・・おそらくは玉に詰め込
んでいるのだろうがそれを奪わなければならない。それまではこの
バカ女を楽しませてやろうじゃないか。
兄は使えない。この女と接触してたら呪いの在り処を探す前に殺し
てしまうだろう。
ううむ。反体制への根回しと大蝕界の準備・・・この女はどうしよ
うか・・幻術でいいかな。面倒くさいなぁ。
﹁・・・・愛してます、ジンギィ様・・・﹂
そこまで考えた時、バカ皇女がうっとりと兄に向って言う声が聞こ
える。
あー・・・・兄は女からそれを言われるのが大嫌いだ。虫唾が走る
んだとさ。とことん兄に嫌われる事を仕出かす女に苦笑した。
* * * ﹁ウウッ!﹂
ドロが俺に向かって呪いの玉を差し出す。珍しく荒い口調は慕って
いるジュリに掛かる呪いの量が尋常でないからだろう。何んと言っ
ても天然の玉にこれでもかと詰め込まれてるからね。女の凄まじい
までの嫉妬と憎悪に胸が悪くなる。そんなに兄さんが欲しかったか
?アレクサンドラ。
俺は何重にも結界が施されている特別な箱に玉をしまうと封印を掛
け懐に入れた。
264
さてと。
﹁シャントゥーンを残して全員始末していいよ。あ、あんまり遊び
過ぎるなよ﹂
とっとと終わらせるか。
俺が合図すると悲鳴と怒号、魔法が使える者達の反撃とか何かが始
り、部屋は先程の騒ぎが比でないほどになった。あー煩い煩い。も
ういいけど。
﹁アレクサンドラ・・・﹂
シャントゥーンが息耐えようとしている妹の傍らにしゃがみ込んで
いる。
﹁お前は余を愛しているのではなかったのか。﹂
震え声。
アレクサンドラは血に塗れた唇を嘲笑の形に歪めると
まえなど
﹁ふっ・・・ふふふ・・・バカな・・・おに・・い様・・・誰が・・
・お前等・・ジン・・ギ・・様を手に入れるためのただの道具よ・・
・﹂
焦点が定まらない目を兄のいる方へと向ける。
﹁なぜ・・・わたくしではないの。あんな・・・あんな何の取り柄
もない女の方がいいのですか・・わたくしの方があなたに相応しい。
貴方の隣にいていいのはわたくしだけなのに﹂
265
心臓抜き取られてるんだけどよく喋るな。魔女ってしぶといんだね。
俺達みたいだ。
兄は血溜まりに伏せるアレクサンドラを何とも思ってない凪いだ目
で見下ろした。
﹁・・・前に言っただろ、ガキは趣味じゃねぇって﹂
兄が足を振り上げアレクサンドラの体を蹴った。
ビシャッ!
﹁お前じゃ遊びにもなりゃしねぇよ﹂
国民を搾取して作り上げられた豪奢な壁にアレクサンドラの体が減
り込み、貼り付いた。
おっ、ちょっとした飾りみたいになった。あちこち潰れてるけど。
兄はというともう一瞥せず部屋を出ていった。
フフフ・・ね?アレクサンドラ。兄さんって女癖悪いだろ?愛しい
人の最後の声は聞こえたかな?
あ、死んでる。
﹁・・・シ、シーグ・・・助けてくれ!命だけは!何でもやる!頼
む!﹂
まだ言ってるよコイツ。お前もああなるんだよ、愛しの妹と一緒。
嬉しいだろ?
おっ!もう一人の主役の登場だ。
兄と入れ違いのように副隊長を連れたヴォルデマートが入って来た。
266
﹁ヴォ、ヴォルデマート!﹂
シャントゥーンの声が少し生き返った。でも・・・
﹁陛下、お聞きしたい事があります。﹂
﹁なっ、な何を言ってるのだ、今そんな事﹂
﹁これに見覚えはありませんか?﹂
ヴォルデが緑のベルベット地の小さな箱を皇帝の前に差し出し、そ
っと蓋を開いた。中身を見たシャントゥーンの目が大きく見開かれ
る。
箱には手が収まっていた。
華奢な女の子らしい手首。贈り物だろうか金の鎖が巻きついている。
ほっそりとした小さな指。でも蝋のように白い手は指の爪が全て剥
がれや火傷、一部の皮膚は剥がれて骨が覗いてる、歪んだ指には骨
折した跡・・・酷い拷問の跡が窺える外傷が浮かんでいた。
﹁こ、これは・・・!!﹂
思い当たる節があるのか、シャントゥーンはどもりながら箱とヴォ
ルデを交互に見る。
﹁覚えがあるのですね・・・これは私の妹です。﹂
﹁え・・・・﹂
﹁たった一人の家族でした。﹂
﹁あ・・・あ・・﹂
クスッ ︱︱︱︱︱︱︱ 詰んだかな?
シャララ・・・
267
ヴォルデと副隊長の剣を抜く音・・・まぁこの喧騒だ、聞こえる者
はいないだろ。ていうかみんな自分の事で必死。
﹁妹は今年17でしてね・・・このルークと結婚する筈でした。﹂
﹁あ・・・あ・・ヴォ、ヴォル・・・デ﹂
﹁良い子でした・・・私の唯一の光・・・﹂
ズ・・シャッ!
驚愕の表情のシャントゥーンの肩にヴォルデの剣が振り下ろされた。
﹁ギャッ!﹂
左腕がシャントゥーンから飛んだ。おい、ヴォルデ俺に血が飛ぶと
こだったぞ。気を付けろ。
﹁もしもしシャントゥーン?まだ死んじゃ駄目だよ﹂
俺は肩で息してるヴォルデを押し退けて前に出る。と、何を血迷っ
たかヴォルデの奴が俺に攻撃してきた。ウザい。俺はヴォルデの腹
を蹴り上げ、くの字に曲がった奴の顎にアッパーをかましてやった。
﹁俺を誰だと思ってんの?お前に妹返してやったの誰?パーツを探
すの苦労したんだぞ﹂
まったく・・・たった一人の妹が手だけでも戻ってきたんだ。感謝
してもらいたいね。
殴られて座り込んだヴォルデの手に自前の剣を突き刺してやる。
﹁グウウ・・﹂
268
﹁大人しくしてないと今度は殺すよ。﹂
副隊長のルークとやらがこっちを睨んでるようだけど無視。
﹁・・・ねぇ、君はどうして自分がこんな目に合うなんて。なんて
思ってるだろ?﹂
俺が静かに問うとシャントゥーンは肯定するように目を瞬いた。
﹁あのね﹂
俺はそれに二ィ・・と嗤う。
﹁それは君達の先祖・・・67代目皇帝ミカルドのお願いだよ﹂
シャントゥーンが驚愕に信じられないと顔を歪める。
﹁君さぁ、知ってた?お前達帝国の皇族に魔女の血が流れてるの﹂
﹁!・・・そ、そんな、まさか・・﹂
﹁いつから混ざったのかどうでもいいけど。ミカルドは知ってた。
んでね、物凄い研究したらしいよ。いつ魔女が出現するんだろうっ
てね。その矢先にさぁ・・たまたま帝国に俺達来てたんだよね。で
さ、ミカルドの父親66代皇帝ね、あいつがさ、よりによって俺達
の仲間の伴侶を攫って強姦した挙句殺しちゃったわけだよ。俺達ド
グマの仲間をだよ?びっくりだよ。その子、俺達の仲間にしちゃ弱
い部類だったんだけど・・・数に物言わせたんだろうな。しかしそ
れでも俺達に楯突く奴がいるとはね、しかも一国の王がさ。・・・
お前達は本当に欲に忠実だねぇ。俺達だってそうだけどやっちゃい
けないことだってあるだろ?近親相姦とか何の罪もない娘を拷問し
て殺したりとかさぁ。なぁ、ヴォルデ﹂
269
俺は壁に凭れ狂ったようにシャントゥーンを睨みつけるヴォルデに
相槌を求めた。返事無し。肩を竦める。
﹁でさぁ・・ええと何だっけ。そうそう、伴侶を連れさられた仲間
はすぐ宮殿に乗り込み出会う人間を片端から殺して回った。逃げま
どう皇帝を捕まえ大広場の壁に剣で串刺しにした後・・・伴侶の後
を追って自殺した。伴侶の刀で喉を刺してね。俺達が見つけたのは
虫達の死骸と事切れた仲間2人。2人を失った
兄の怒りを当然買う。いやーあの時ミカルドが巧みに俺達を止めな
きゃ帝国民全員の血で償わせるところだったよ∼ フフフ・・・ま
ァあの時の皇族はミカルドとその息子を残して殺したけどね﹂
シャントゥーンはどくどくと流れる血を止めようともせず呆然と俺
の話を聞いてる・・聞いてるのかな?まぁいいけど。
﹁あれ?昔話は退屈かな?じゃあそろそろ終わりにしよう。その後
いろいろあって兄に気に入られたミカルドは最後のお願いをした。
自分から数えて4代目の世代に魔女が現れる。それを殺してこの呪
われた血を根絶やしにしてくれと。・・何故その時の根絶やしにし
なかったかって?魔女は生まれるまでその血を転移させる事が出来
るからさ。そうやって狂った血を続けさせてきたんだ。生まれたら
危険だが確実に殺す事もできる。お前達の血は相当魔女の血に気に
入られたようだね、長い間潜んだ挙句漸くお前の妹に現れた。覚醒
はしてたけど本人はおろか周りも気づいてなかったけどね。どうし
て俺達が気付いたかって?フフフ・・・これが笑える事に本人から
接触してきたのさ。嘘までついてね。・・・疲れた?じゃもういい
かな。あとは自分で想像でもしてくれ。ん?ちょうど終わったよう
だ﹂
270
俺が周りを見渡すとシャントゥーンとヴォルデ、ルークとやら以外
はラストとドロに片づけられたところだった。
﹁いつまでやってんだよ∼シーグのおしゃべり∼﹂
ラストがウンザリして文句を言ってくる。
﹁ごめんごめん。だってシャントゥーンにも死ぬ理由が必要だろ?
ヴォルデ待たせたね、はいこれどうぞ﹂
俺は手の剣を抜き返す。
﹁・・・余は・・余は何だったのだ?余は余は・・・何の為に生ま
れてきた﹂
シャントゥーンがポツリと零す。
﹁お前は死んでこの国のため初めて役に立つのさ。お前が死ねば魔
女はもう生まれない。国民は魔女の呪いから救われるんだ。この国
の長として国民の為に︱︱︱︱︱︱﹂
俺は今度はシャントゥーンに肩を竦めて、ヴォルデとルークがシャ
ントゥーンを切り刻むのを見た。そしてちゃんと死んだのを確かめ
る。確認は大事だからね、ヴォルデが妙な気を起して見逃したら面
倒だし。
﹁・・・お前達はこれからどうする。私達を殺すのか﹂
ヴォルデが暗い目でバッラバラになった皇帝を見ながら喋った。平
坦な声、表情のない顔。
271
﹁いいや?用があったのは皇族達だから。あとはお前達がどうにか
すれば。生きるも死ぬも勝手にやってくれよ。じゃあねヴォルデ。
もう会う事もないだろうけどさ﹂
挨拶をするとラストとドロと共に部屋を出た。
あちこちでセットした爆薬が起動してる。宮殿の外では、根回しし
あいつら
といた反体制達の怒号が聞こえた。皇族はもういないけどまだ貴族
が残ってる。そいつらの掃除は反体制にしてもらうか。
フフフ・・・この騒がしさ。まるで楽しい前夜祭のようだ・・・
もうすぐ大蝕界が始まる・・・・
爆発と噴き出す炎、転がる死体を器用に避けながら俺達は宮殿を後
にした。
272
幕間︵後書き︶
ドグマ・・・普段はこう。
破壊と殺戮を好む、相当危ない連中です。
273
バランスとアンバランス
*** ジュリアン
最初に耳に入ってきたのは・・・びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の音で
した。
﹁・・・ん・・ん?んんんん!?﹂
目を開けるのも困難な状況。なんなんだコレ。やっとの事で私が目
を開けると。
﹁な・・・・何これぇぇえ!!﹂
私は誰かに抱き抱えられながら、何にもない空中を物凄いスピード
で落下している最中でした。
﹁あら、目が覚めたのジュリ。おはよう。﹂
﹁お、お姉ちゃん・・・﹂
誰かは姉でした。よかったぁ・・・って違う!
﹁お、お姉ちゃん!﹂
﹁なに?あ、ちょっと待って。﹂
姉はパ二くる私に制止を掛けると片手を突き出し
﹁消えろ﹂
274
いきなり炎の上級魔法を繰り出しやがりました。
﹁あ・・・っつうううう!!お姉ちゃん何してんの!!﹂
危うく焼き殺されるところだった私はこの状況も忘れ、怒り心頭で
姉に抗議します。
﹁ミサイルが飛んで来たのよ。しょうが﹂
﹁それより早くお姉ちゃんの魔法で焼かれるとこだよ!﹂
﹁うるさい子ねぇ・・あ。﹂
姉は途中で言葉を切ると今度は私から見て右斜めしたに向かって今
度は・・・
﹁あっひゃああああ!サブっ!寒い!ちょっとやめてったら!!凍
死させる気かっ!﹂
氷の上級魔法を放ちやがりました。人の話聞けや!
﹁熱いっていうから寒くしたのに・・・わがままなんだから﹂
﹁好みの問題じゃないんだよ!生死にかかわってんの!わがままの
次元じゃない!﹂
姉に出せる限界の声で抗議していると、フッと頭上が暗くなりまし
た。
﹁?﹂
圧でしょうか、ムチ打ちになりそうな首を片手で支えながら上を見
275
ると、ドロさんが覆い被さる様に私と姉の上にいました。私と目が
あったドロさんが目を細めて私に、多分微笑みます。
﹁ドロさん・・・って!なごんでる場合ちゃう!何で、何で落ちて
るんですか!此処どこですか!あたし一体どうなっちゃってるんで
すか!説明お願いします!﹂
﹁ちょっと待って。もうすぐ迎えが来るから。﹂
﹁む、迎えぇえ?何処に!・・あっ!ドッ!ドロさん上っ!上上ぇ
っ!﹂
私が辺りを見渡すとドロさんの上に・・・こちらに突っ込んでくる
戦闘機が見えました。
え。
ドロさんは首を巡らせて戦闘機を確認すると・・・その泥なのか何
なのかわからない粘着質な体をグバァァと大きく広げ、戦闘機を丸
ごと飲み込みました。
え。え。
暫くその体の中?でグチャングチャンガチャンガチャン破壊音が聞
こえてましたが、やがてポイッと巨大な鉄の塊を吐きだしました。
最早元の形が何だったのか、判別できないほどのソレが重力に伴い、
ひゅーと落下していきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
よくは見えませんが辺りからは爆発や銃撃などが起こっているよう
です。・・・ここ空だよね?
276
﹁・・・あの・・・マジ何がどうなってんの?﹂
﹁後でね。ほら、来たわよ迎え。﹂
姉が目線を上の方に向けたので釣られるように私も首をそっちに向
けました。
私が見たそこには、バカでかい輸送ヘリが真っすぐこっちに突っ込
んでくるところでした。
・・・違うじゃん!
﹁あ、あれ!迎えじゃないよ!殺されちゃうよ!﹂
﹁落ち着きなさい。ドグマのスペルがあるでしょ﹂
だからなんだ!この状態でどうやって・・・とパニックになりなが
ら私が考えてると
﹁少し黙ってジュリ。舌噛むわよ。﹂
姉が至極冷静に言い聞かされます。その間にもヘリはぐんぐん近づ
き、とうとう私達の横に着けました。
私が目を白黒させてると後方から何かに覆われ、ヘリにさらに近づ
きます。その何かとは泥でした。
﹁ド、ドロさん!﹂
ドロさんは私にもう一度目を細めるとヘリに一気に近づき、中へと
私達を押し出します。
転がるようにヘリ内部に入った私。ぐわんぐわんする頭を抱えつつ
辺りを見渡しました。中には誰もいません。と、
277
﹁嬢や。目が覚めたようじゃな。ここまで来れるかの。﹂
﹁あ・・バルブさん!﹂
操縦席から赤い目をキラキラさせてるバルブさんに手招きされまし
た。・・・そのキラキラ怪しい。
﹁ジュリ、歩ける?﹂
﹁あ、うん、何とか。お姉ちゃん達は?座らないの?﹂
﹁入り口を開けておく必要があるから。あんたは座りなさい。ちゃ
んとシートベルト締めんのよ。﹂
姉とドロさんは昇降口左右に立つと外へと顔を向かわせました。そ
こからは相変わらず爆発音や破壊音が立て続けに聞こえます。
嫌な予感と安定しない床によろけながら私はバルブさんの隣に座り
ました。
﹁バルブさん、一体全体どうなってるんですか。何なんですかあの
戦闘機。﹂
﹁ハッハッハ。まぁ何というかのう、いきなりというか当然という
か警戒空域に入った途端襲ってきてのう。今返り討ちにしていると
ころじゃて。嬢は心配せんとわしと見物しようかの。ところで体の
方はどうじゃ?気分が悪いところなどはないかの﹂
﹁・・・い・・・え・・・お陰さまで・・・﹂
私は何とかバルブさんに返事を返しましたが正直何言ったか覚えて
いません。何故なら目の前に繰り広げられている・・・あれをなん
と表現すればいいのでしょう。多分に戦闘に唖然としていましたか
ら。
一人のバルシンがその4本の腕に持った刀らしきもので戦闘機をバ
278
ラバラにぶった切っている隣では、着ぐるみクマが大鎌を振りまわ
して戦闘機の前から後ろまで貫通させてたり、陽光に輝く翼をバッ
サバッサさせた青いバルシンは巨大な氷柱を可哀想に何本も戦闘機
にぶっ刺して墜落させてました。
そして圧巻は。
黒い長身を戦闘機の上に固定し、どうやって奪ったのかミサイルを
ガンガン他の戦闘機に向かって撃ちまくる人が。何故素手で出来る
んでしょうね。超不思議です。やがて数が少なくなると乗っていた
戦闘機をぐるりと上下反転、無理矢理方向転換させ、一機だけ残っ
ていた︵明らかに退避中︶戦闘機に向かって投げました。戦闘機を
です。ええ戦闘機に戦闘機をぶつけたんです。ぶつけられた戦闘機
は共に爆発炎上。バラバラになった機体は火を吹きながら落ちてい
きました。
・・・・間違いなくあの人でしょう。高笑いが此処まで聞こえてき
そうです。
呆然としていた私でしたがドンドンッとヘリの上部でしょうか、衝
撃に我に返りました。
﹁あ、あの・・・今のは﹂
﹁あっれ∼!ジュリじゃん∼目ぇ覚めたんだ?﹂
バルブさんに話しかけた私でしたが妙に明るい声に後方を窺うと、
ラストさんが大鎌を担いでこちらを指さしてるとこでした。
﹁ラストさん。あの、さっき何して﹂
﹁ジュリアン!目ぇ覚めたのか!姫さんがすっげぇ心配して﹂
﹁おお!嬢ちゃん目ぇ覚めたんか!よかったのう!退けやギン!俺
279
自己紹介がまだやってんぞ!俺はゼンキ﹂
﹁ゼン邪魔。やぁジュリ。暫らく振りだね、体に違和感はないかい
?﹂
急に人口密度が上がったヘリの内部と矢継ぎ早に話しかけてくる皆
に何を言っていいかわかりません。
目が覚めた?
体に違和感?
暫らく振り・・・
脳髄の奥・・何か掴めそうな・・・いや何なんですかこの状況。い
い加減誰か説明して下さいよ。
煩い・・・
煩いです。
﹁退け。﹂
混乱する私とやいやいと騒ぐのやめない人達の中・・・・・あの人
の低い声がしました。
反射的に強張る体。恐慌に陥るかの感触。噴き出す汗。震える指先。
﹁よぉアンコ﹂
﹁ジン・・・さん・・・・﹂
・・・・そうだ・・・そうだ私・・・思い出した。
280
私逃げ出そうとしてこの人に・・・監禁されてたんだった。
ずっと縛られたまんま。昼も夜もわかんなくなるまでこの人に・・・
あの外とは隔絶された空間でジンさんにされた数々の行為を瞬く間
に思い出した私はすっかり委縮し、多分青褪めているだろう顔でジ
ンさんを見上げます。
だから知りませんでした。ジンさんの事でいっぱいいっぱいの私は
そんな私の様子を見て、皆が顔を少し顰めた事を・・・
ジンさんはシーグさん達を押し退け、私に覆い被さるように上体を
屈めると手を伸ばします。
﹁・・・・やっ!﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ あ、だめだ。失敗した。
反射的に出てしまった拒否にジンさんが手を伸ばした状態で止まり
ます。
ですが。
﹁兄さん!﹂
ジンさんは私の首を掴むとそのまま持ち上げました。たちまち苦し
くなる息。
く、苦しい・・・
首にまわされている指を何とか外そうとしますがビクともしません。
﹁ジンギィ!やめてっ・・・お願いっ!!﹂
281
﹁姫さんっ!駄目だっ!﹂
姉の声に視線を送るとギンさんに抑えられているのが見えました。
姉がお願いだなんて初めて聞いた・・・
﹁あ・・・かっ・・はっ・・﹂
シートベルトをしているので体は動かせません。でもジンさんの手
は緩まらず。
﹁・・・俺を拒否したらどんな目に合うか・・・あの時十分学んだ
だろアンコ。ん?﹂
優しい声・・・なのに。
私はジンさんの顔を苦しい息の下見上げます。
ああ・・・あの顔だ。
あの部屋で。
見た顔だ。
嬉しくて堪らないような哀しくて傷付いたかのような。そして・・・
感情すら揺らめく狂気の顔。
怖い。
怖い。
私はこの人が怖い。
︱︱︱︱だから。だから私は。
﹁・・・ジ、ンさん﹂
﹁・・・何だ?﹂
282
﹁きょ・・も、いい・・天気、です・・ね﹂
︱︱︱︱︱ナニモサレテナイ。
ワタシハナニモサレテナイ。
イマ、ナニモオキテナイ。
コノヒトトハ、コノヒトタチトハ。
チガウ。
チガウンダカラ。
ジンさんが目を大きく開き、驚いたように呟きます。
﹁アンコ・・・お前・・・﹂
締め付ける力が緩み、漸くのところで離されました。喘ぐように空
気を吸い込みます。咳き込む私。喉が痛い。
ジンさんは暫らくそんな私をじっと見ていましたが、眉間に皺を寄
せながらも傍らのバルブさんに話しかけました。
﹁爺さん、交代だ﹂
﹁・・・はいよ﹂
そして後ろを振り返り
283
﹁まずは挨拶だ。大国議事堂に向かう﹂
固唾を飲んで私とジンさんを見ていた皆に言い渡しました。その後
はバルブさんの代わりに操縦席に座り、操縦桿を握ります。
﹁・・・・フゥ。皆聞いただろ、準備はしっかりとね。・・・ジュ
リ、大丈夫?﹂
大丈夫です、と答えるとシーグさんは何か言いたそうにしていまし
たがため息をつくと苦笑して、﹁また後で﹂と言い、皆と同じよう
に席に着きました。やがて話し声や何か道具を使っている音が聞こ
え、徐々に騒がしくなる機内。賑やかさが戻った機内ですが・・・
当然と言うかあたしとジンさんには会話は皆無。
・・・・・・コレ、どうしよう。
沈黙に居た堪れなくなった私はチラリとジンさんを盗み見します。
ジンさんは真っ直ぐ前を向いたまま。凪いだ表情は変わりません。
私は視線を戻し、ごくりと唾を飲み込んで喉の違和感に顔を顰めま
す。何となく首を片手でさすると。
﹁・・・痛むのか﹂
ひょえっ
慌てて顔を隣に向けると鋼色の目を狭めたジンさんがこちらを見て
いました。
﹁・・・あ、いえ。だいじょぶ、です﹂
284
慌てて返事をするとジンさんはそうかと言ってまた元に戻りました。
また沈黙。
・・・・・・だからコレどうしよう。
﹁あ、あの、ジンさん﹂
だめ。耐えられん。こんな空気、小心者の私には無理です。大国議
事堂に着くまでこんな状態なんて。もう何でもいいから何かどうに
かしたい。ん?大国議事堂?
﹁何だ﹂
﹁あの、えーと・・・た、大国議事堂って、大国に向かってるんで
すか。﹂
頭に浮かんだ中、一番ましな事を小声で尋ねるとジンさんは普段と
変わらぬ口調で答えてくれました。
﹁いや、向かってるんでなくもう入った﹂
﹁入った?﹂
とんでもない事を。
﹁もももももしかしなくても、さ、さっきの戦闘機って大国の!﹂
﹁ああ。空域に入った途端砲撃してきたからよ。しかもお前の乗っ
たヘリだったんで頭にきてなぁ・・一機だけ残すつもりが全滅させ
ちまった。・・・やり過ぎだと思うか?﹂
意見を求めるなんてジンさんらしくない・・いやそんな事より、一
機だけ残すのも全滅ももうあんまり変わらない様な・・・あと、ソ
レは領空域侵犯ですよ。立派な犯罪です。攻撃されても文句言えな
285
いと思います。非はこっちにあると思うんですがジンさん。絶対思
ってませんねジンさん。
それからジンさんは何故大国にいるのか、ここ何週間かの記憶がな
い私にこれまでの事を、掻い摘んでですが教えてくれました。
まず、もうすぐ大蝕界が始まろうとしている事。私を外に出さなか
ったのは第5位皇女が私に向けて﹃呪い﹄を放ったからだった事。
︵何故一面識もない私を?一番弱そうだからか?当たってるけど︶
それと皇族貴族の圧政にとうとう国民が決起し、反乱を起こした事。
長年平和が続き、弱体化していた軍では抑えきれずあっという間に
反体制に押し切られ、主だった皇族貴族は全員処刑された事。大蝕
界と反乱が同時に起こった帝国は混乱も甚だしい事。
﹁ドグマは・・・どうしていたんですか?その時。﹂
﹁なんにも。﹂
﹁えー・・いいんですか?﹂
ソレは帝国の軍に身を置く者としてまずいんじゃ。というかこれっ
て亡命になるのかな?・・・亡命先の戦闘機全滅させちゃったけど。
﹁いいも何も、そもそも俺らの仕事は魔物を狩る事だけだぜ?何だ
って皇族なんぞを助けなきゃならねんだ。それにもう帝国とも関係
ねぇ。﹂
いろいろ突っ込みたいですがこの人たちに常識的に接してはいけな
いのです。
﹁どういう事?﹂
﹁反乱が起こる前に﹃円満退職﹄してきたからだよ﹂
286
そう言って楽しげに笑ったジンさん。
ジンさんの声が聞こえたのか後部座席に座った皆からも笑い声が上
がります。
﹁そうそう最初は﹃びっくり﹄していたが案外﹃あっさり﹄受理さ
れたよ﹂
﹁ガハハハー!ていうか俺達の事なんて﹃眼中にない﹄っていうか
∼﹃それどころじゃない﹄って感じだったよね∼﹂
﹁﹃理解が追いつかない﹄感じだったな・・・まぁ、﹃前から決ま
っていた﹄事だ﹂
意味ありげにされる会話に、ニヤニヤ笑う皆のイヤ∼な感じ。・・・
絶対何かしたようですが精神安定のため深くは突っ込まない方がい
いようです。
そんな事より大事な事がっっ!︵私も大概毒されてきたようです︶
﹁で、今は・・・ま、まさか﹂
﹁そう大蝕界だ。大国に一番魔物が集まるんでよ、これがまた結構
な範囲になりそうなんだ。大暴れした後で文句言われねぇように、
﹃一応﹄大国の奴等に挨拶しとこうってな。あ∼今から楽しみでし
ょうがね﹂
﹁楽しくなぁ︱︱︱いいいぃい!!!﹂
﹁お?﹂
お?じゃない!楽しいわけあるかぁ!何故そんな危険度絶MAX地
帯に行かなきゃならんのです!ちょっとちょっとジンさん!何意外
そうな顔してんですか!意外どころかこっちはびっくりですよ!超
びっくりです!デラックスですから!
﹁行きたくないです!﹂
287
﹁あ?なんでだよ。﹂
﹁ハァッアアァア!!!???なぜ?なぜですとっ!・・・くぅう
ううう!!これだから!それはですねぇ!私が!あなた達人外と違
って普通のヒューマだからですよ!なに好き好んで死地に行かなき
ゃならんのです!瞬殺ですよ瞬殺!魔物がうようよ、いやむしろ魔
物しかいないとこなんて!私は死にたくないんですよ!﹂
私がとぼけた様に首を傾げるジンさんに掴みかからんばかりに怒鳴
っていると
﹁おお、威勢がええのう嬢ちゃん。ボスにそない言う女子なかなか
おらんで﹂
隊員の一人でしょうか、見知らぬ誰かが話しかけてきました。
4本の腕、浅黒い肌。濃い色の金髪、一つしかない金の目、耳や鼻、
唇まで付いたピアス。
﹁あなたは・・・﹂
片目のバルシンは私の座っている操縦席に片腕を乗せるとニヤッと
笑い、
﹁やぁっと挨拶できそうや。俺はゼンキチ・トウドウ。ゼンって呼
んでや。こっちの木偶の坊はタカツキ・ハザマ。タカでええで。﹂
何時の間に立っていたのかジンさんやギンさんより大きい、多分熊
のでかいアーマノルドを親指で指し示しました。
﹁ゼンさんとタカさんですね。私はジュリアン・フラインブルです。
よろしくお願いします。ところで初対面で大変厚かましいとは思い
288
ますが大蝕界では私の命を最優先で守って下さる事を強く希望した
いです。ていうかぶっちゃけ行きたくないんで、この隣の化け物隊
長を説得してくれませんか﹂
私は真剣にお願いしました。建前とか考えてはいけません、はっき
り言わなければこの人たちには通じない。
直過ぎる私のお願いにゼンさんは始めは驚いていたようですが︵タ
カさんは表情が変わらないのでわかりません︶
﹁・・・カッ!カッカカッカカカ!﹂
いきなり笑い出しました。
ちご
﹁なんや!外見とえらい違うな!こんなん直言われん、初めてやで
!カッカカカ・・ボスッ!ボスあんた!カッカッカッ!伴侶に化け
モン言われとるで!まぁ間違っとらんけども!﹂
そのままお腹を抱えて大爆笑です。そんなに面白い事言ったかな?
ツボがわからない・・・
﹁お前等なぁ・・・﹂
ジンさんが顔を顰めて私と大笑いしているゼンさんを交互に見まし
た。と、いきなり席を立ち・・・
﹁・・ウムゥッ!﹂
私の後頭部を素早く掴むと噛み付くように口を塞ぎました。
﹁ンンン!・・・ん・・や﹂
289
何時ものように人の縮こまる舌をからめ取っての無理やりなキス。
甘い言葉もムードも、ついでに私の承諾もありません。
でも・・・・苦しくてめまいがしそう。
﹁・・・ん・・ふぅん・・・あ・・はぁ﹂
歯列を割って隅々まで撫でられる。舌が溶けるんじゃないかと思う
ほど扱かれ。全て奪う様にに吸われる。
だめ・・・これは・・・これ以上はだめよ・・・
ジンさんのキスに体中が、特に腰のあたりがじんじんと熱くなって
きます。ふわふわと暖かく、だけれど激しく満たされる感覚。なに
これ・・・
﹁・・・ボス、あんさん・・・まぁ、ええけど。・・・おいおいヘ
リ傾いとるやんけ。ほらほらボスどきぃな、俺が代わってやるさか
い。﹂
浮遊感あるあるーさすがテクニシャンジン。とアホな事を考えてた
らホントに物理的に傾いていました。ゼンさんの呆れる声がしてジ
ンさんを私の方へ押しやり操縦を代わります。おいジンさん、操縦
桿を離すなんて何考えてんですか。あなたが私達の命を握ってるん
ですが。自覚ありませんね?あとタカさん始め隊員の皆さん、見て
ないで助けて下さい。やがて窒息死しそうです。
﹁・・・感じたか?﹂
290
やっとの事で離してくれたジンさんが私の耳たぶをしゃぶりながら
囁きます。
ですが続けて
・
﹁今はこれで我慢してやる﹂
と言ったのは・・・・聞かなかったという事にします!キリッ!
*** ????
﹁ ︱︱︱ 通信が途絶えました﹂ ﹁遅かったか・・・﹂
無情な報告に私は顔を顰めた。
ここは大国軍本部。
国境付近に突如現れた輸送用ヘリ4機。先発した戦闘機が警告を繰
り返すも一向に飛行を止めないヘリに攻撃を繰り出したが・・・・
送られてきた映像を見て凍りついた。灰色の機体に白く書かれたス
ペル。
﹃ドグマ﹄
我に返り急いで撤退の命を下したが・・・時すでに遅し。
応援も含めた戦闘機12機は全滅。あり得ないスピードと圧倒的な
力を前になす術もなかったようだ。
﹁フレイム将軍・・奴等は何者ですか﹂
﹁ドグマだ。名ぐらい聞いた事があるだろう﹂
﹁なっ!?・・・あ、あれは・・・﹂
﹁お伽話だとでも思ったか?世界にとって真に不幸な事であるが奴
291
らめは歴として存在する。・・・まぁそれも無理はなしか。ここ3
00年ほどは大人しくしていたからな。﹂
その存在自体が死と同義語。自分達だけのために力を奮い、自分達
だけを至上とする。逆らう者は魔物だろうが人間だろうが国だろう
が全て滅ぼす。帝国の67代皇帝がドグマと特殊な取引したと聞い
た時は彼の国の命運は尽きた、と思うと同時に、その犠牲によって
世界に休息がもたらされたと安堵したものだ。
しかし、穏やかな時代は終わりの様だ。
昨夜、帝都にある宮殿が爆発炎上しているとの報告を聞いた時から
嫌な予感がしていたのだが、実際こうして現れるまで何の対処もし
ていなかったのは自分もまた、300年という歳月に甘んじていた
事になるだろう。不甲斐無いものである。
﹁総員最高レベルでの警戒態勢!議事堂周辺を封鎖!前庭広場を中
心に隊列を組め!現在議事堂内にいる非戦闘員を地下へ避難させろ
!﹂
大国に現れたという事はこの国に魔物が集中するという事に他なら
ここ
ない。何んと厄介な。大蝕界にドグマか・・・頭が痛いどころでは
ないな。
もうすぐ議事堂にやってくるだろう。出来るだけの事はしなければ。
騒然としている本部だが日頃の訓練の賜物だろうか、部下達にパニ
ックの色はない。それに力付けられながら首相等の部屋へと向かう。
近衛に頷いてから扉を開けさせた。
﹁フレイム将軍・・・大事ですか?﹂
凛とした声が場内に響き、補佐役や各省庁の長等が緊張した面持ち
で自分を見る。
292
それに軽く頷いてから口を開いた。
﹁先程、国境が破られました。戦闘機12機が全滅。賊は議事堂に
向かっている模様です。皆さまには一刻も早く避難を。﹂
息を飲む気配。
﹁・・・魔物ですか?﹂
﹁いいえ、首相、もっと悪い者です。死神︱︱︱その名も﹃ドグマ﹄
﹂
一瞬間が空く。
﹁・・・それは危険な者なのですね?﹂
何んともまぁ、可愛らしい表し方だ。思わず苦笑が漏れる。
﹁失礼。危険ですとも。下手をすればこの国が滅びかねません。昨
夜・・・現に一国の皇族が皆消えました﹂
﹁・・帝国皇族が反体制に敗れた事と何か関連が?﹂
﹁有るでしょうね。もしも・・・そんな事など万に一つも有り得な
いでしょうが、奴等が皇族側についていたら反体制等一日で滅ぼさ
れていた事でしょう﹂
ざわざわと落ち着きのない室内。やれやれ、無駄に動揺していない
で早めに避難して戴きたいものだ。
﹁わかりました。ならば必ず会わなければなりませんね。彼らの意
図や要求は何であるのか、見極めなくては﹂
﹁・・・・・・・﹂
293
この方の勇気や決断力、頭脳は歴代の首相の中でも優秀な部類に入
る。だが、一国の首相を奴と比べるものではない。いや比べられな
いと言った方がいいか。
ジンギィ・ライダーズ・ハイ・・・・
異常者異能者揃いのドグマの頂点に立ち、信じられないほどの魔力
量に加えてどんな状況でも動じない、いや・・・楽しむほどの精神
力。加虐的な性格は外見の異常さと相まって現れている。
そして何より奴は権力者を忌み嫌っている。民が口答えくらいでは
笑って取り合わないが権威がある人間では・・・物理的な話、首が
飛ぶ。
正直、会わせる事などしない方がいいが・・・
﹁反対ですが・・・聞く気はありませんね?﹂
﹁はい。その状況で軍を動かして下さい﹂
﹁・・・賜りました。大臣達はどうしますか?﹂
私は成り行きを息を詰めて見守っていたこの国の頭脳達に問う。
彼らは暫らく逡巡していたが
﹁我々も彼の者達を知る必要があると感じます。閣下に随行しても
宜しいでしょうか﹂
あまり宜しくはないが決意は固そうである。やれやれ・・・閣下と
いい大臣達といい・・・その熱心な愛国心が仇とならなければよい
が。
﹁了解しました。ですが危険だと判じた場合は速やかに我々の指示
294
に従って貰いますぞ。異論は聞きません。では奴等に関する注意事
項を﹂
渋い顔で釘を指す。事が決まったからにはドグマに関する事を言っ
ておかなくてはならない。閣下達は神妙に頷いた。
﹁聞かれた事には含むものなく、正直にお答えください。口答えも
してはなりません。要求は全て呑む事。決して逆らってはなりませ
ん。ドグマに駆け引きは無用です。口当たりは柔らかく、とにかく
大人しくしていて下さい。そうすれば特別 害のある事はしません﹂
再び場内がざわめく。
﹁・・・大げさ・・・ではないのですね。しかしそれでは・・﹂
﹁そうです。奴らめが何を考えているかはわからないことでしょう。
ですが、﹂
戸惑う様子の閣下に苦笑がまた漏れる。そういう顔をされると年相
応だ。
﹁志半ばで死にたくはないでしょう?セレティシア・バンタック・
ノーバーン﹂
﹁!﹂
私が・・・彼女の名を公の場で呼ぶ事など滅多にない。凍りつく場
内に構わず私は閣下を見据え続けた。
﹁・・・わかりました﹂
やがてため息を吐きながら閣下は了承する。まずはこれでよいかな。
295
そのままドグマに関する質問などを受けながら、これから起こるだ
ろう事態を想定して指示を出す。とにかく穏便に。ドグマの怒りを
買ってはならない。
それだけに腐心する私の耳に部下が到着したと耳打ちしてきた。
私は礼をすると議事会室を辞し、急ぎ広場へと駆け付ける。
深呼吸して扉を開けると・・・そこには考え得る限りの・・・最悪
な局面が繰り広げられていた。
296
バランスとアンバランス︵後書き︶
ジュリアンにとっての精神均衡処置。
ジン・・・気付いたかね?
297
ジュリアンの見たくないもの
*** ジュリアン
﹁おーいるいる。ご苦労なこって﹂
ジンさんがふざける様に言って示した先には、広大な議事堂の広場
を埋め尽くす大国の主に軍人さん、兵隊さん、兵士さん・・・まぁ
どう言い方を変えようともそれで飯食ってますよ、な人達の姿が見
えました。それがこんなに一師団な数なのはやはり先程の野趣あふ
れる国境突破のせい・・・だよねーどう見ても。
その統制のとれた綺麗な編隊はそれを前にした者を十分怯ませるも
のがありましたが、この人達に掛かれば。
﹁ウザいわね﹂
﹁邪魔だなぁ﹂
﹁潰しちゃば∼?﹂
﹁客人を迎える態度じゃーあらへんなぁ。プチッとボス。プチッと
行ったれ﹂
にょぉおお・・やめてぇええ・・・プチはだめぇえぇえ
﹁あ、あの!い、一応警告ぐらい出しましょうよ!ね!?ほら!や
っぱ皆さんと比べると凡人ですから!まだ立場がわかってないって
いうか!身の程を知らないだけだと思うんですよね∼﹂
やめて。プチダメ。絶対。
プチした後の惨状を考え青褪めた私が祈る様に両手を握り、必死に
298
止めているとジンさんが私をじっと見て。
﹁・・・そうだな。大国に来んのも300年振りだしなぁ。アンコ
もこう言ってる事だしうっとおしいが大人しく招待されてやるか﹂
・・・・・・え・・・?・・・300年振り?
・・・どういう・・事。アーマノルドの寿命は長くても200才ほ
どでょ?・・・うそ・・・だよね。またからかって・・・
戸惑うようにジンさんを見返せば、ジンさんは困った様に笑って私
の頭を撫で操縦桿を握り直し、警告を出すと機体を下降させました。
・・・見逃されてる?あのジンさんが?・・・まさか。そんな訳な
い。この人が、そんな優しい訳ない。
ヘリが着陸する振動に我に返り、私はジンさんを横目で見ながら降
りました。
ジンさんが先頭に立って歩くとシーグさんに促されてジンさんの少
し後ろに私、シーグさん、姉と続きます。
うわぁ・・・めっちゃ見られてる。当然ですが場は緊張に包まれ、
冗談ではなく針が落ちた音も聞こえそうです。と。
﹁ジンギィ!久し振りだね!﹂
能天気なほど明るい声がしたと思うと、一人の美しいアーマノルド
のお姉様が列から出てジンさんの前に
立ちました。
!!
美女はその勢いのままジンさんに抱きつきチュッとキスをしたでは
ありませんか!
299
ジンさんはされるがまま。それどころか軽く美女の腰に手を回しま
す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・。
・・・・・いえ別に。平気ですけど?全然。びっくりはしましたよ
?でも・・・それだけです。
﹁あー!シビル抜け駆け!あたしのジンギィなのに!﹂
今度はコケティッシュで小悪魔風な、でも出るところは出ているバ
ルシンの女の子が
﹁ジンギィ!あたしにもキスして!﹂
両手をジンさんに伸ばしてキスを強請っています。それに笑いなが
ら屈んでキスしてやるジンさん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・。
そんな場面に次々と列から様々なタイプの美女達が出てきてジンさ
んやらシーグさん達を囲み、なにこのハーレム?な状態になってい
きます。
そしてジンさんはキスや抱擁を強請る美女達に次々と応えています。
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
300
フッ。
いいですけど別に。
ていうかぁ∼これって願ってもない事態ですよね。
やっぱアノ事はあの人の気の迷いってやつですね。
まっ全然本気になんかしてなかったし。
あ∼よかったよかったほんとぉおおおおによかったぁ。
いえ全然無理なんかしてませんよ。私の心は冬の湖面の様に静かで
す。まっ平らです。
モヤモヤイライラムカムカなんてこれっぽっちもしてませんとも。
フム・・・これで後は全くの役立たずだと説得してドグマを離脱、
大国を満喫した後は家にでも帰りますか。
あ、大蝕界が始まるんだった。
ジンさん達にプイッと背を向け、今後の事態に思いをはせていると
突然前方から声がしました
﹁アンタ誰?もしかしなくてもドグマの新人ん?﹂
先程ジンさんにキスを強請っていたあの小悪魔美女が私を覗き込む
ように背を屈め、嘲る様に笑っています。
ハラ立つ。
ダン
﹁・・・・・・・﹂
﹁黙まりぃ?見た感じ平凡そのものだけどドグマと一緒に行動して
るんだもの・・・強いのよね?﹂
もしかして私小悪魔美女に絡まれているんでしょうか。
301
﹁・・・私はドグマじゃありませんよ﹂
﹁は?なに言って﹂
﹁入るなんてこれっぽっちも言ってませんし、お察しの通り只のそ
こら辺にいるヒューマです﹂
何故かムカムカしたものを抱えながら私は小悪魔美女を遮って主張
しました。自分では冷静なつもりでもやはり動揺していたのでしょ
うか、ジンさんがドグマの皆が見ない振りをして全身で私を窺って
いるとは・・・気付いていませんでした。
﹁ジンと一緒にいるくせに何言ってんの﹂
﹁それはあの人が無理やり﹂
﹁それにドグマの制服だって着てるじゃない﹂
﹁何時の間にか着てたんです。私の意思じゃないですよ﹂
﹁嘘﹂
小悪魔美女がポツリと呟きました。
﹁う、嘘じゃないですよ、全部本当で﹂
﹁あんた選ばれたんでしょ?そんな事言って・・・﹂
・・・どんどん彼女の纏う空気が嫌なものになってきてます。更に
ブツブツと何かを呟くのが聞こえ背筋がゾッとしました。なにこの
人。こわい。やだもうこの人と話したくない。
﹁嘘つき﹂
﹁えっ?﹂
﹁嘘。あんたは嘘をついてる。嘘つきよ﹂
﹁あ、あの落ち着いてですね﹂
﹁あんたからジンギィの力を感じる﹂
302
﹁は?﹂
私はじりじりと彼女から離れようと後ずさりました。が・・・遅か
ったようです。
﹁試させてよ。ねぇ?﹂
小悪魔美女が無表情なまま腰に手を伸ばすとサッと何かを閃かせま
した。
銀色に鈍く光るそれは・・・・たぶん私を酷い目に合わせるもの。
しかしそれは私に届く事はありませんでした。
﹁ぎゃっああぁぁああああっ!!!﹂
ブシャァアアア・・・
あれは・・・あれは・・ナニ。
彼女の右肩から噴き出す真っ赤なモノはナニ。
・・・血だ・・・血が・・・ああ・・あんなに。
ドン!
﹁ヒッ﹂
腕・・だ。
私の前に人の腕が。
綺麗な黒のレースに覆われた女の人の腕が。
私は飛んできた腕から視線を外しゆるゆると目の前の人を見上げま
す。
303
灰色の地に裾の白線。広い背中、風になびく黒い髪。
﹁ジ・・・ンさん﹂
小さく囁くように彼の名を呼べば黒くて丸い耳が応える様にピクピ
クと動きました。
﹁あっ、ぐうぅう・・ジン・・ギィ?ど・・・して﹂
苦しげな声に視線を戻すと。彼女は痛みに顔を歪ませ肩から先がな
い傷口をもう片手で押えていました。傷口からは夥しいほどの出血
がまだ続いています。
は・・やく手当てしないと・・・大変だ・・・
何か言わなければと口を開いたり閉じたりしている私が見たものは。
少し反り返った刀を握り直し、血が滴るそのままに彼女に近寄るジ
ンさんでした。
﹁あ・・・あ・・や、やめてジンギィ。あたし・・あたし・・・﹂
ジンさんに何を見たのか真っ蒼な顔で嫌々をするように血塗れの片
手を前に出す彼女。
﹁ジンギィ!待って!どうしたのさアンタ!・・・っ!・・シー・・
グ?﹂
﹁邪魔しないでねシビル。でないとその綺麗な首を刎ねる事になる﹂
私が呆然とジンさんと彼女の方を見ているとシーグさんとあのジン
さんに最初に抱きついた野性味美女の声がしました。何か起きてい
るようですがジンさん達から目が離せません。
304
﹁な・・・どうして・・・﹂
﹁あ∼あ、あの女やってもうたなぁ・・・しゃーない、こんな弱い
奴等手に掛けんなぁ性に合わんのやけど﹂
ゼンさんの声です。シャラシャラと何か・・・恐らく刀でしょうが・
・抜く音も聞こえました。
さっきまでのハーレムの如き微妙な雰囲気はすでになく、まだ呆然
とした美女達。周りの兵たちも突然の事に思考が追いつかないよう
で不気味なほど静まり返っていました。
﹁へ∼ゼン嫌いなんだ?﹂
ラストさんが場違いなほど呑気な声でゼンさんに言うのが聞こえま
す。
﹁あー?何で俺がこんなゴミみたいなの相手にせなアカンのや、も
っと歯ごたえのある奴やないと。この刀も泣くで﹂
確かにね∼とラストさんが言いガチャと何かを構える音がしました。
皆・・・どうして武器を構えているんですか。
ゴミって・・・この人たちの事?
どうして・・・いったいどうしてこんな事に。
身動きできないほどの圧縮した空気の中、ドロさんが何時の間にか
彼女の後ろに立っていました。
﹁・・ドロさん?・・・・やめてやめて・・・﹂
ドロさんは彼女を濁った眼で見下ろすと
305
ズリュッ!
﹁・・・ギャァア!﹂
彼女の残った右手と両足を尖らせた泥で串刺しにし、ジンさんの前
に差し出すました。
これ・・・これって・・・・
わたしのせい・・・なの。
﹁ゆ・・・許してジンギィ!ごめんなさい!ごめんなさいっ!!﹂
彼女が大声で懇願しています。すでに美しかった面影はなく恐怖に
顔を引き攣らせ涙と涎でぐちゃぐちゃに汚れて。
﹁知らなかったの!ドグマの制服を着てるんだもの!あなた達のよ
うにしてもいいと思ったのよ!﹂
ジャリッ
ジンさんがゆっくり彼女に近寄っていきます。私からはジンさんが
どんな顔をしているのかは見えません。
﹁ねぇ!あんなに優しくしてくれたじゃない!ねぇ、ねえお願い・・
・ジンギィ。お願い・・・﹂
﹁だめだ﹂
306
ジンさんが刀を構え、振り下ろすのがゆっくり・・・ゆっくり見え
ました。
﹁あ・・あ・・あああああああああっ!!﹂
耳を劈く様な悲鳴。思わず耳を押さえました。
やめてやめて。
もうやめてよジンさん。
彼女を離してあげてドロさん。
みんなも知らない誰かを殺そうとしないでよ。
見たくない。そんなの見たくない。
お願い。
何とか声を出そうとした時です、熱い風がジンさんと彼女の間に隔
てる様に奔りました。
﹁・・・久し振りだなフレイム。お前ンとこの紛いもん・・・躾が
なってねぇぞ?﹂
﹁・・・ジン﹂
ジンさんに立ちはだかったのは・・・揺らめく炎を全身に纏った焔
のバルシンでした。
﹁・・・何があった﹂
﹁この身の程知らずがよぉ・・・よりによって俺の伴侶に刃物向け
307
やがったのさ﹂
﹁・・・・﹂
﹁どう責任とってくれんだぁ?この女一人の命じゃあああ・・・済
まねぇぞ?ていうかなぁ﹂
﹁グッ・・・﹂
ポタリ・・・ポタリ・・・
あ・・・・
あ・・・・・
これ・・・血だ。
﹁昔はこんな易く入らんかったが・・・お前300年見ないうちに
弱くなったんじゃないか?﹂
一見小さな火の塊の様ですが、それは妙に粘着質でとろとろしてい
ます。
私はゆっくりその出所を辿って行きました。
ジンさんとフレイムと呼ばれた人の足。
脛・・
大腿部・・
腰・・・
そして。
フレイムさんの脇腹に刺さった刀。
柄を持って押し込んでいるジンさんの手。
それは少しづつですが確実に入り込んでいきます。
グバァア
フレイムさんの炎の色が変わりました。赤っぽかったのが鮮やかな
黄緑と青い炎に。
308
熱い。
およそ十五歩ほど離れている私にもその温度が伝わってきます。ジ
ンさんは・・・・
ああ・・・ああ・・・ジンさんっ!
ジンさんはとっくに焼かれていました。
炎に舐められ皮膚は黒く焼け爛れ、ボロボロッと炭化して落ちてゆ
きます。
炭化する前に肉が溶け、ずるりと骨から剥がれていくのも見えまし
た。
ジンさん。
﹁おいちっと熱ぃな。ああっ!そぉおおおっだぁああ!いい事考え
たぜフレイム!﹂
ジンさん。
﹁5分!お前が5分これに耐えられたらこの場にいる全員の命を助
けてやってもいい!なぁ!面白いだろ!﹂
それでも・・・それでもあの人は立っている。
笑いながら。これでもかと更に温度を上げるフレイムさんを煽る様
に。
﹁グゥッウウウ!﹂
ポタリポタリポタリポタリ・・・ボタッ・・・ボタボタッ
じりじりと少しずつ少しずつ角度を変えながら入り込んでいく刀。
炎に焼かれ爛れ落ちてくるジンさんの肉。
309
﹁クックックッ・・そうだその調子だぁ。頑張れフレイム。こいつ
等の命はお前がせおっているんだぞぉおおお・・・ククク﹂
するり。
ジンさんがブレスレットに手を伸ばすと。
もうひと振りの刀が現れました。
﹁クククククク・・・じゃあお次はこいつでどうだ?﹂
﹁・・・・・お・・前﹂
フレイムさんが苦しげに顔を歪めました。口から血が溢れて滴り落
ちます。
ジンさんの腕の肉が剥がれて落ち真っ白な骨が見えました。
もう。
やめて。
お願い。
ビュッ・・・
ジンさんが大きく刀を振り上げます。
﹁クク・・ククク・・クハハッハハアアァアア!!!﹂
い や
見 た く な い 310
手が氷のように冷たい。
喉が締め上げられてるように苦しい。
足ががくがく震えてる。
暑くもないのに汗が止まらない。
それでも。
﹁ジン・・さん﹂
ビタァッ
私が名を呼んだその瞬間、振り降ろそうとしたジンさんの刀は中空
で止まりました。
﹁・・・どうしたアンコ﹂
ハァッ ハァッ ハァッ
口を開け
﹁・・・あっ・・・のっ﹂
ハァッ ハァッ ハァッ
311
息を吸え
﹁お・・・おおっ・・お・・﹂
ドクッ ドクッ ドクン
声を出せ!
﹁お腹すっ・・空きまっ・・せん・・かぁ?﹂
フウッ フウッ フゥウウッ
目がぐるぐる回る。
肉や血が焼ける匂いに胃がせり上がりそう。
口を開いたら何か吐きそうだ。
﹁ううっ・・・どこかぁっ・・食べに・・・行きましょうよ・・・﹂
全くいう事を聞かない足を無理やり動かし至近距離で睨み合う2人
に近づきます。
手足が重い。まるで夢の中であがいているかのよう。いや、本当は
夢なんじゃないか?
私はジンさんのすぐ傍まで来ると刀を捻じ込んでいる方の袖をのろ
のろと握り力なく引っ張りました。
フレイムさんの炎が熱い。
ちりちりと肌を刺し乾かす空気。
吸い込むと肺まで焼かれるようだ。
でもそんなもの構ってはいられません。
312
﹁そうか腹が減ったか﹂
声が返ってきた。
私は俯いていた顔を上げました。
﹁ジンさん・・・か、お、が﹂
ジンさんの顔はもう半分ありませんでした。
骨が剥き出しになって所々残った肉がぶら下がってます。
ビチャ
煮えて白く濁った左の眼球が地面に落ちます。
もうそれだけで私の思考回路は焼き切れそうです。
が。
ジンさんの肉体は焼けて溶け落ちる傍からどんどん再生が成されて
いきます。筋肉が神経が皮膚がものすごい速度で。そしてまた焼け
て再生して。それの繰り返しです。
この人は・・・いいえ、ジンさんは人間なんでしょうか。こんな・・
・こんな事が魔力も使わず可能なんですか?
﹁じゃあ何か食わせてやんねぇとな﹂
ジンさんの声にハッと我に返ると
ジンさんが刀を降ろしているところでした。
大きく眼を見開いて固まっている私に構わず、ズブズブッとフレイ
ムさんの脇腹からも刀が引き抜かれます。
﹁グゥウッ・・・﹂
313
ビュウッと刀を振ってフレイムさんの血を飛ばすとブレスレットに
戻します。
﹁おういお前等、アンコが何か食いたいとよ。飯食いに行こう﹂
ジンさんは何事もなかったかのように間延びした声で皆を促すと、
脇腹を押えて立つフレイムさんに背を向けて私の肩に手を回し、が
くがく震えて上手く歩けない私を半ば抱くように連れ立って歩きま
す。
と、ピタッと立ち止って肩を外すとフレイムさんに向き直り、
﹁・・・ジンさん﹂
﹁慌てんな。言い忘れた事があんだよ﹂
恐ろしく顔を顰めたフレイムさんに近寄って額が付くほど顔を間近
に寄せました。
﹁今日はアンコに免じてこれで引いてやる。お前も、役に立たんレ
プリカントも、ついでに小さな羽虫共も助かったなぁ?アンコに感
謝しな。・・・・そしてな、フレイム、今後同じような事があれば・
・・﹂
ジンさんは後ろポケットから煙草を取り出すと一本抜き取りフレイ
ムさんの炎で火を付けました。
深く吸うとフレイムさんに向かって煙を吐き出します。
﹁お前の、大事な、だぁあああいじなこの国が・・・地図から消え
314
る事になる。・・・・わかったな﹂
﹁・・・・・・・・・承知した﹂
﹁結構。・・・ああ、お前ンとこの女首相には明日会ってやる。せ
いぜい嫌な想像でもして待ってりゃいいと伝えろ﹂
ジンさんはそれだけ言うと踵を返し再び私の肩を抱き寄せると、ド
グマの皆とヘリへと歩き出しました。
﹁アンコ何が食べたい?たらふく食わしてやんぞ﹂
﹁・・・あ・・はい、ええと・・・あれ?お姉ちゃん?﹂
皆が歩き出す中、姉だけ残ってます。
﹁・・・・お姉ちゃん﹂
姉は私の呼ぶ声に答えず、呆けた様に座ってる小悪魔美女を睨みつ
けています。
﹁おい、余計な事すんなアンコに従えねぇのか﹂
﹁・・・・・・・・・・﹂
ジンさんがチラリと姉を見てしかしどうでもよさそうに声をかけま
した。しかしそれでも姉は睨みつけるのをやめようとしません。彼
女の顔に怯えがまた戻りました。
﹁姫さん﹂
315
﹁煩いわね、わかってるわよ﹂
行こうと姉の手を取ろうとするギンさんを払いのけると、姉はそこ
に転がっていた小悪魔美女の腕を閃光一つ。
ッュボッ!!
消してしまいました。
﹁おまけ。これで再生はなしね。・・・お前、生き残ってよかった
のかどうか・・・・﹂
姉は最後意味深に言葉を切ると私達のところまで歩いてきました
﹁ジュリは起きたばっかりだからスープとか軽いものがいいわ。胃
に負担をかけるものはダメよ﹂
﹁ああそうだね・・・ミネストローネとかどう?好き?﹂
﹁隊長!酒も飲もう!﹂
﹁あ∼賛成∼﹂
﹁フレイムー今度は俺と戦ろうや!待っとるでぇ!﹂
皆が口々に言いながらヘリへと乗り込んできます。
最後私がちらとフレイムさんの方を見ると・・・治癒魔法をかけな
がらでしょうかゆらゆらとした陽炎の中脇腹を押えた姿でした。
その目はずっとこちらに向いていて・・・私と目が合ったように見
えたのは気のせいでしょうか。
ジンさんに顔を覆われそれは確認できませんでした。
当然、食欲はなく半分以上食事を残してしまいました。
316
雨が降っています。
目が覚めてからこっち、怒涛の展開とあまりの恐怖体験からか全く
眠くありません。
眠れない夜は嫌いです。考えてしまうから。自分の状況を。ドグマ
の事を。そして・・・あの人の事も。
ため息を付いて寝返りを打つと。
﹁眠れねぇのか﹂
!
ジンさんの声にはね起きました。
﹁どうして・・・﹂
ジンさんはベッドの正面の壁に寄り掛かってこちらを見ていました。
﹁この俺に結界やら鍵やらが効くと思うか?﹂
ジンさんが指さした方を見るとバルコニーに面した窓が開いていま
した。
それにしても全く音や気配がありませんでした。本当に何者なんだ
この人。
半ば呆れて暗闇に見えないジンさんの表情を窺います。夜這いにで
もしに来たんだろうか。前はしないって言っていたけど。
317
﹁・・・・手伝ってやろうか﹂
﹁え?﹂
ジンさんはゆっくり歩いてくるとベッドの端に立ち私を見下ろして
います。
﹁眠れねぇんだろ?﹂
﹁・・・・・・・・﹂
迷っているうちにベッドが傾きジンさんが覆い被さってきました。
﹁あっ・・・・﹂
﹁心配すんな、ヤろうってんじゃない﹂
耳元に口を寄せ宥める様に囁きました。
ジンさんは優しい手つきで私をうつ伏せにすると上着を肩まで捲り
上げました。
﹁・・・あ・・ひゃっ﹂
暖かい舌でペロり。
そのままベロリベロリと舌を這わせて。下へ下へ
ちゅううう
﹁あっ・・ああ・・んぁ﹂
腰の方までジンさんは下りると強く皮膚に吸いつきました。
大きな手は跳ねる体を優しく抑えます。
少しざらついた手は脇腹をすりすりと撫でると胸のふくらみまで伸
318
びてきて。
﹁ああっ・・んん・・あん・・はあ・・ぁ﹂
こりこりきゅっきゅ
乳首を捏ねたり摘まんだり下腹がきゅんきゅんと疼く・・・そろそ
ろと足が開いていくのもわかりません。
﹁そのまま・・・感じてろ。気持ち良くしてやるから﹂
ハァ ハァ ハァッ ハァッ
ジンさんは荒い息を汗ばんだ肌に零しながらぺろぺろ舐めたりちゅ
っちゅっと吸ったり。
ジンさんのシャツが太股の肌に擦れて・・・熱さを更に増幅させま
す。
﹁う・・・んっ・・・これ﹂
伸ばした足先に固くなったものが。
﹁お前に興奮してんだ・・・・﹂
ジンさんは苦しげに声を詰まらせるとぐりっと固いものを押し付け
擦り付けるように腰を動かしました。
﹁やぁ、あ、あ、んん﹂
あつい
319
うねる様に激しく
堕ちていくかのように甘く
感覚が混ざりあい頭の中で警鐘のように響く
ざらざらと擦り付け合い とろとろ溶け合う
ジンさんがぎゅっと痛いほど乳首を捻り皮膚に噛み付く様に口付る
と私に限界が来ました。
﹁あ、あ、あああんんん!﹂
ハァハァハァァア・・・
ジンさんの荒い息と私の忙しない息。どちらが激しいだろう。
私が肩越しにジンさんを見やれば。
鋼色の目が底に光を湛えて私を見ていました。
淵から涙が溢れてくる。
どうして。
﹁・・・寝ろ、アンコ。寝て忘れるんだ﹂
ジンさんは優しく私を抱き寄せると私が眠るまで背中をさすり続け
ました。
小さく私の名を呼びながら。
朝、目が覚めるとジンさんの姿はありませんでした。
320
自覚に内包された狂気︵前書き︶
私にしては短いですが随分待たせているので。
何時も遅くてすみません。
321
自覚に内包された狂気
* * * ジンギィ
﹁・・・ジュリどうだった?﹂
アンコの部屋を出て、一階下のラウンジに入るとソファでくつろい
でいるシーグが話しかけてきた。
﹁寝かせた﹂
俺は端的に言うと向かいの一人掛けのソファに深く身を沈めて足を
組んだ。
アソビ
光量を絞った部屋には他にバルブの爺さんと珍しくタカの姿もあっ
た。他の連中は呑みにでも繰り出したか殺しにでも出かけたか。
﹁連れていくの?﹂
シーグが僅かに憂い顔で呟く。
﹁愚問だな﹂
﹁負担になると思うけど﹂
﹁だがアンコには必要な事だ。それに今更だ﹂
今日の事は予め予定していた事だ、アンコの嫉妬を煽ったところま
ではよかったんが・・・調子に乗ったバカなレプリカントのお陰で
想定したより派手な披露目になった。まぁいい。これでアンコは大
国に取って、いや、情報が早ければ他国に取って最高レベルの警戒
322
対象となったわけだ。敵対しても取り込もうとしてもどっちも厄介
なモノにな。
﹁俺の伴侶となったあいつには切っては通れん道だ。遅かれ早かれ
関係ない。隠すつもりもない﹂
むしろ堂々と見せびらかしたい。世界中に俺の女と知らしめたい・・
・・だが懸念が一つ・・・
﹁・・・ジュリはそう思ってはいないようだけどね﹂
シーグのコレは嫌味で言ってるんじゃねえ。そんな余裕はない。
﹁サダルさんが心配した通りに・・・しないで﹂
シーグが更に声を落とすと、爺さんとタカが眉を顰めて非難するよ
うに俺を見やった。
わかってる・・・わかってんだ。これでも。
﹁俺も言った筈だぜ。どんな事でも・・・俺ですらあいつ次第だ﹂
深いため息が口から付いて出た。
アンコが現実を見ないようにしている。
いや踏み止まっているとでもいうか。
ごく普通の日常から急転直下。
異常な事態が次々と起きる事や、俺達が普通の人間達とは明らかに
違っている事、国を人間を、只の石くれ、虫程度にしか考えてない
事、世界中に最大レベルで警戒される俺等のその中心に自分が居る
323
事なんか・・・普通の生活を望んでいるあいつにしてみたら到底受
け入れられない事なんだろうな。
これが欲に塗れた人間だったらはるかに取り込むのは楽だったろう。
あいつの見たい夢ばかり見せればいいし思いつく限りの贅沢をして
もいい。気に入った人間を侍らせて気に入った国を作り上げればい
い。そしてその箱庭を守るのは並ぶ者などいないこのドグマだ。
だがアンコはどれもしたくないだろう。
そんなものはちっとも望んでいないばかりかこの世界で最強の戦闘
集団とも係わり合いたくはないし、肝心の俺とも︵脅して。俺が脅
してまで女に執着とはな︶嫌々傍にいるに過ぎない。
我慢なんて慣れてない、した事もねぇ俺が更に無茶を強いれば、揺
れまくる精神を守ろうとしてなかった事にする始末だ。
そこまでイヤかよ・・・
フッ、それ程の事をしてるか。
﹁・・・・中々に手強いな。さすがボスの伴侶なだけはある﹂
低く這う様な声がタカの滅多に開かれない口から出た。
んぁ?・・・・チッ
俺は珍しいタカの発言に僅かに片眉を挙げたがすぐに苦々しく顰め
る。
﹁・・・・お前まであいつを気に入ったのかよ﹂
シーグと爺さんも驚いたようにタカを見やったがすぐに苦笑とも取
れる笑いが漏れた。
あの人間嫌いのタカが、アンコを認めた。
324
﹁これで全員ジュリの虜だね﹂
﹁嬢ちゃんは可愛いからのう。それでなくても団を抜けたサダルを
除いて、300年振りほどの仲間の伴侶出現じゃ。しかもジンの伴
侶とあってはのう。・・・わし等にとって嬢ちゃんは喜びじゃ。そ
のものじゃよ﹂
爺さんが年寄りらしくしみじみと呟く。ふん・・・
﹁そうだあいつは・・・もう引き返せない。引き返させるつもりも
ない﹂
俺は自分にも耳障りに聞こえる声で言うと立ち上がり、重厚なカー
テンを引いた。目線をやや上に向ければアンコの部屋が見える。
さっきまで抱いていたあいつを思い出す。
俺の手にすっぽり収まる暖かい乳房
植え付けた種の淫らな波動
俺の魔力を震える体の隅々にまで行き渡らせ十分に知り尽くし
甘い甘いあいつの魔力を舌で転がした
互いの忙く吐く息に更に熱が上がる
汗ばんで弛緩した体を抱締めれば潤んだ目から零れるあいつの涙
そこには
混乱と困惑、哀しみと僅かなほんの僅かな・・・
・・・・いや、そんなわけねぇ。
325
酷い事をしている自覚ぐらいはある。到底あいつを乞い慕う男のす
る事じゃない。
わかってる、俺はこうなる事をわかっていた。大丈夫だ。
﹁これからあいつを良くも悪くも利用しようとするバカな虫どもが
現れるだろうが・・・わかってるな お前等。一番酷ぇのは勿論俺
だ。あいつに起こる全ての原因と過程、結果と責任は俺だけで在る
べきだ。そうでなきゃならねぇ。俺だけがあいつを、あいつだけが
俺を狂わせていいんだ﹂
大丈夫だ、狂ってねぇよ。
溺れてはいるがそこまでは。
そう・・・
そこまで 今はまだ。
シーグ達は音も立てず立ち上がると俺に、アンコに跪く。
﹁我らの命と等しい忠誠をジンギィ・ライダーズ・ハイに。我らの
未来と等しい忠誠をジュリアン・フラインブルに﹂
揃って頭を下げゆっくりと身を起こした。
瞳孔が開き切り、白目を覆い尽くした目が怪しく闇に光る。
俺は満足げに頷くとまた窓の外を見上げた。
326
ジュリアン・・・
おまえを・・・・
見つけて
捕まえて
縛り上げて
取り込み
囲い込んで
逃げ道を断って
絡め取って
溺れさせて
そして・・・・・
全てを捧げたい
ジュリアン お前に 俺の全てを
お前に 跪きたい
327
自覚に内包された狂気︵後書き︶
ジュリアンの必死さに気付いたジン。
でもそこでやめないのも彼。
迷いはありますが絶対譲ろうとはしないでしょう。
328
素通り言葉、素知らぬ疼き︵前書き︶
すみません。
ちょっと加筆修正させて下さい。
繋がらない所直させて貰います。
329
素通り言葉、素知らぬ疼き
* * * ジュリアン
﹁お早うジュリアン。よく、眠れたかな?﹂
﹁シーグさん・・・お早うございます。はい・・・大丈夫です﹂
私専用に与えられた部屋 ︵不必要なほどひろーい︶から一階下に
降りて、ダイニングと教えられた部屋に入るとシーグさんが声を掛
けてくれました。
しかし、返事をしましてもじろじろと観察されるのは・・・
﹁・・・あの、ほんとに大丈夫ですから。だるくもないし眩暈もあ
りません﹂
念を押す様に続けると、シーグさんは顎に手をやってからにっこり
微笑みました。
﹁そう?まぁ本人が言ってるならいいかな。朝食は?食べれる?﹂
﹁はい、戴きます﹂
シーグさんは手招きすると厨房と思わしき場所まで案内してくれ、
﹁何でもあるから。お粥とかもあるし。あ、食べれそうならきっち
りしたモノもあるよ﹂
ずらっと並んだバイキング方式の料理を指し示しました。
でも胃が完全に復帰・・・とはいかない私には朝から誰がこんなに
330
!?な量に逆に込み上げてくるものが。
うぁっぷ。
﹁此処には何時でも何かしか食べれるものが置いてあるから。お腹
が空いたら適当に摘まんでね﹂
﹁はぁ・・・あの誰がお料理を?﹂
﹁んー﹂
広くて近代的な設備の厨房には人っ子一人見当たりません。
場当たり的な質問に、シーグさんは涼やかな顔を少し傾けてチロリ
と流し目を送ってきます。
私に色気ビームなんて無駄な労力を・・・違う意味でゾクッとしま
す。
﹁聞きたい?これが元は何の食材で誰が作ったか聞きたい?﹂
﹁いえ結構です。断じて結構です﹂
﹁ハハハ・・・何怯えてんの。ケータリングだよ、普通の。俺達が
料理なんて出来る訳ないでしょ﹂
朗らかに笑うシーグさんにアンタが意味深に言うからだよ!という
言葉が喉まで出かかりましたがグッと堪え、引き攣る頬でぎこちな
く笑って置きました。
・・・流石ジンさんの実弟、兄弟揃ってタチ悪すぎっ!
悩んだ末、お粥と麩のお味噌汁、カボチャの煮物を少し、あとは梅
干し2個をトレイに置き、ダイニングルームへと戻ってきました。
広い部屋には思い思いの場所に皆が座っていて音楽を聴く者、テレ
ビを︵テレビには大蝕界に合わせて避難する人達や何らかの防衛対
策 ︵建物や工場ごと結界で包んだりの類︶をする企業、大国の政
治的役割について専門家と名乗る方々が意見を交わしまくっていま
331
した︶観賞する者、ただボ∼ッと過ごす者、武器を解体して手入れ
をする者、やにわに立ち上がり殺し合いを始める者と好き勝手にし
ていました。︵今何か素通りしなかっただろうか自分︶
そこに何故目がいったのか。
部屋の隅、一番目立たない場所であろうその場所に。
そこには、長い脚をテーブルに乗せ、両手をお腹で緩く組み目を閉
じたあの人の姿・・・・
命じてもいないのに勝手に昨夜の事が脳裏に浮かび上がります。
﹁っ!﹂
私は覚束ない足取りで手近の椅子に座ると、赤くなっているだろう
顔を隠す様に俯きながら箸を手に取りました。脳裏に浮かぶ映像を
必死に消しながらお味噌汁を啜っていると影が差し、大きな手が手
前の椅子を引いたと思ったら誰かがドカッと真向かいに座りました。
顔を上げると・・・・
﹁よお﹂
﹁・・・ジンさん・・・﹂
朝から凶悪な笑顔を浮かべたジンさんが目の前にいました。
332
﹁昨夜はあれからよく眠れたか﹂
﹁えっ﹂
今まさにその事を考えていた私はズバリ聞かれ動揺のあまりお味噌
汁を少し零してしまい、またまた慌てます。急いでティッシュで拭
きとったり意味もなく箸を取ったり置いたり・・・自分でも挙動不
審です。
﹁ククク・・・﹂
ムカっ
余裕たっぷりでいいですねぇ!さぞ昨夜みたいな事は慣れてるんで
しょうね!このド助平アーマノルドが!
ジンさんの含み笑いになんか怒りが込み上げて私はちょっと涙目で
彼を睨み付けました。
ジンさんはまだ口の端に笑いを残したものの、
﹁・・・それ以上俺を煽るなよ。ここで抱いちまうぞ﹂
・・・・はぃいいい!?
今度は若干マジな顔で言われ混乱に拍車が掛かります。
いやこれ以上このエロ魔人に構うな自分。なんかしたらベッドに逆
戻り、なんて事もアリなのが怖いぜ。無視、無視オンリーです。
私はジンさんを無視して食事を再開しようとして・・・テーブルに
置かれたジンさんのぶっとい腕が目に入りました。
333
無駄にでかいよなぁ・・・あの中には人の首どころか魔物の首一つ
軽く捻じ切ってしまう筋肉が・・・おお、なんて恐ろしい。
ああ・・・でも昨日は・・・
﹁あの・・・﹂
﹁ん?﹂
私は片肘を付いてその上に顎を乗せたジンさんを再度見やって
﹁あの・・・昨日の・・大丈夫ですか?﹂
﹁あ?﹂
何の事かわからないという風にジンさんが片眉を軽く上げました。
﹁いやあの・・・昨日フレイムさんに焼かれてた?攻撃されてたト
コ・・大丈夫ですか?﹂
﹁・・・・・・・・・・。﹂
今度は驚いたように目を開いて固まるジンさん。
え。あの、何故に驚くんですか黙り込むんですか。もしかして治っ
て見えるのは表面だけとか?
私はジンさんの腕に視線を戻し、恐る恐る手を伸ばしました。
がしっ!
うお!
び、びっくりした∼。私が触るか触らないかでジンさんは腕を翻す
と、私の手首をちょっと強い力で握ります。
334
﹁あ・・すいません﹂
﹁・・・あ、いや﹂
触られるのはダメだったのかななんて思いながら顔を上げ、私と目
が合ったジンさんは我に返った様に目を瞬かせると
﹁・・・・お前、もしかして、心配・・・・してんのか?・・・・
俺を﹂
顎を乗せていた手で口元を覆いぼそぼそ言うとそっぽを向いたジン
さん。
ん?あれ・・?見間違い?いやでも・・
私はジンさんの高い頬骨が赤くなっているのを見て﹁まさか﹂とい
ささか呆然としてしまいました。
いやだってあのセクハラ大魔神ジンさんですよ?年がら年中イヤら
しい事ばっかり考えてそうなあの変態エロ獣人ですよ?その彼が・・
・
﹁信じられない。ジンさんが照れてる﹂
ギロ
うぁ。
私は笑いも込み上げてきましたがこれ以上は自分が泣く事になるの
がわかっていたので慌てて口元を覆いました。
﹁下らねぇ事言ってねぇでさっさと食え。これから出るぞ﹂
﹁え?﹂
335
﹁大国の首相に会う﹂
あ、あ、あ。そういえばそんな事言ってました。
﹁え、でも私が行く必要って﹂
そこまで言った時今ではお馴染になりつつある凄みのある顔で微笑
んだのでそれ以上は逆らわず私は茶碗を手に取りました。
﹁・・・・・・・で?どうなんだ﹂
﹁何がですか?﹂
﹁何って・・・﹂
﹁?﹂
﹁・・・・・・・・・・・・ハァ﹂
ヘンなジンさん。
あ、いつもか。
昨日と同じように議事堂前にヘリを付けるとそこにはフレイムさん
以外は人影はありませんでした。
ちょっとホッとする私。僅かに足が震えるのはご愛嬌という事にし
ておいて下さい・・・ですからゼンさん!可笑しそうにニヤニヤす
るのやめて貰っていいですか!
﹁出迎えご苦労だな、フレイム﹂
336
昨日の事なんかなかったようにジンさんはフレイムさんににこやか
に声をかけました。対するフレイムさんも軽く頷くと︵ついていけ
ないよー︶順に私達に目を向けました。私にとどまるのが他の人よ
り長いな。と思ったのは気のせいじゃないと思います。
﹁これだけか?﹂
﹁やる事があるんでな﹂
﹁・・・・・・・・・﹂
今日ジンさんに着いてきた人はシーグさん、バルブさん、ラストさ
ん、ゼンさんにタカさん、そして私だけです。
やる事って・・・・大蝕界の事と関係、しかないよね。
私と同じ事を考えたのかフレイムさんも嫌そうに顔を顰めましたが
﹁閣下がお待ちだ。こちらへ﹂
くるりと踵を返して先導しました。
大きな正面玄関を通り、歴史がありそうな重みのある装飾や調度品
などが配列された廊下をいくつか過ぎると両開きの扉前まで来まし
た。両脇に立っている近衛兵さんっぽい人が来訪を告げる声を出し、
それぞれ取っ手を取り一気に開けます。
﹁ようこそ、ドグマの皆さん。私が大国首相セレティシア・バンタ
ック・ノーバーンです﹂
鳶色の髪を腰まで真っ直ぐに伸ばした細身の女の人が凛とよく通る
声で挨拶してくれました。
ずらりと並んだ大国の重鎮であろう偉そうな方々、楕円形の大きな
テーブルには重要そうな書類やタブレット等、正面には大きなスク
337
リーンがあって大国の地図やら映像などが映し出されていました。
どうやらというか当たり前ですが大蝕界の対策を会議していたよう
です。偉い人達からは警戒間丸出しで値踏みするような猜疑心に満
ちた雰囲気が伝わってきました。さもありなん。
ですがジンさんはそれらが目に入らぬようにじろじろとノーバーン
首相を上から下まで不躾に感じる程観察すると・・・フレイムさん
に向かっていつものように暴言をかましました。
﹁並みだな﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・。
静まり返る会議場。
私は天井近くで眩いくらいに輝くシャンデリアを見上げます。
すごいなーキラキラだなーいくらするんだろーなーめっちゃ高そう
だよねーいやー掃除も大変だよねー
現実逃避上等。
﹁・・・・・・お前達の要求はなんだ﹂
338
ゴホンとわざとらしい咳払いが聞こえ、重々しい声でフレイムさん
が言うのに固まった空気が解けます。
が。
﹁お前等に言うべき事は一つだ﹂
ジンさんは不敵ににやりと笑うとまた爆弾を投下しました。
﹁大国全土を俺等ドグマに明け渡せ﹂
!
ええー!まさかの簒奪!?
﹁兄さん、端的に言い過ぎだ。フレイム、お歴々の方々、誤解しな
いようにね。兄は大蝕界中、大国に存在する魔物は全てドグマに任
せるようにと言ってるんだよ﹂
再び凍りつく空気にシーグさんの呆れた声がしました。
・・・なんだ。驚いて損した。ん?大国に存在する?
おいおいそれってとんでもないじゃないですか。大国の国土どんだ
けあると思ってんですか。魔物全てって頭おかしいんじゃないです
339
か。ていうか頼むからやめてくれ!今ならまだ引き返せるぞドグマ
の人達。﹁なんちゃってーテヘっ☆﹂とか言っても許されるぞ!私
が全力で許しちゃうぞ!はいっせえの!
﹁考えてみりゃお得だろ?自国の力を持たずとして魔物共を全滅で
きるんだ。余力を守りに徹すれば人的被害は最小限に抑えられるん
だからな﹂
私の空しい妄想はわずか5秒も持ちませんでした。
・・・でも確かに。
つうか本当に邪魔なんですね。しかし建造物の被害は多大なんだろ
すべ
うなぁ。あ、でも人材さえ無事確保できるんなら再建は容易ですよ
ね、術が失われる事ほど痛手はないですからね。保険というか大蝕
界に備えて何らかの方法なんて大国ほどの国なら当然用意してある
筈だし。
政治的な意味合いは全くなく、﹁狩りに邪魔だから素っ込んでろ﹂
というジンさんの暴言に暫らく騒然としていた大国の方々でしたが、
﹁言っとくがお前達に拒否権はねぇよ。あくまで承知できねぇって
んなら魔物共々死ね﹂
の一言で、フレイムさんの助言もあり、渋々飲んだのでした。
微調整のためにシーグさんとバルブさんを残し、ジンさんは何故か
フレイムさんにニヤリと笑うと顎を杓ってドアへと促します。
私の腕を掴んだまま会議場を出たジンさんが手近の部屋に入ると、
一緒に来ていたラストさん、ゼンさん、タカさんが続き、暫らくし
340
て顔を顰めたフレイムさんが入ってきました。
伝統ある大国、その会議場の控室らしき部屋は普通ならゆったりと
した広さがあるにも拘らず、普通とはかけ離れた男達のせいで世界
一息苦しい空間となってしまいます。
﹁俺はな、フレイム﹂
ジンさんは口の端を上げた独特の表情で口火を切ります。
﹁同じ古代種であるヨシミでお前に忠告してやろうと思ってな﹂
コダイシュ?
同じ?
﹁・・・余計な御世話だ﹂
﹁まぁそういうなよ﹂
﹁何の話だ?お前の戯言に付き合っている暇は﹂
﹁レプリカントの事だが﹂
﹁・・・・・・・﹂
﹁早急に処分した方がいいぜ﹂
!
﹁!﹂
え?
341
フレイムさんが驚いてジンさんを振り返りました。表情は強張り、
ジンさんを凝視しています。
私は声が漏れないように胸の辺りをぎゅっと押えました。
狭まる視界、網膜の隅に灰色が降りてくる。
これは・・・・
聞かない方がいい事かも、しれない。
﹁何を言っ﹂
﹁お前がな、どういった目的であいつ等を作り上げたなんてこたぁ
どうでもいい。だがなぁ、限界だろ。お前だって本当は分かってん
だろ?ありゃあ失敗作だ﹂
ジンさんが優しいと言ってもいい声でフレイムさんを遮るとフレイ
ムさんは黙って目線を落とします。
﹁本来レプリカントは感情を抑えて生きるものだ。余計な事はせず
主の命令で動く駒の一つであるものだろ。それをあのレプリカント
共の無様な事・・﹂
﹁言うな﹂
﹁主を差し置いて客を迎えるわ、勝手に声をかけるわ。あまつさえ
媚を売り、命令されてもいないのに己の感情優先で得物を抜く﹂
﹁やめろ﹂
﹁片腕を失っただけで泣き叫んで許しを請い﹂
﹁ジン﹂
﹁只の駒同士に過ぎんのに、まるで仲間の様に庇おうとしたり、竦
んだり泣いたり喚いたり訴えたり﹂
﹁やめろと言っている!!﹂
ジンさんの論う言葉にフレイムさんはとうとう激昂したように声を
荒げました。
342
私はというと身を縮めて2人の声を聞いているだけ。
聞きたくない、のに。
﹁・・・・家族ごっこは仕舞いにするんだフレイム。でねぇと今に
困った事になるぞ﹂
黙り込んでしまったフレイムさん。
ちらりと目線を上げるとその表情は揺らめく炎で定かではありませ
んが苦悩しているようにも見えます。
家族ごっこ・・・レプリカント、とは昨日のあの美女軍団の事でし
ょうか?でもジンさん達も結構親しく・・・なのに処分だなんて・・
・・あ、この先は考えない方がいい!踏み込むな自分!
﹁ま、一応忠告はしたぜ。お前が作ったもんだ最後まで責任持てよ﹂
フレイムさんは肩に置かれたジンさんの手を振り払うと、つと私に
目を向けてきます。
・・・う。イヤな予感が。
﹁お前はこのヒューマに責任が取れているのか﹂
﹁あ?﹂
﹁ヒューマが伴侶とは・・・お前の事だ、もうすでに種を植えたの
だろう。気の毒に・・﹂
フレイムさんは私の予想とは違い、憐れむように痛ましいものでも
見るかのように眉根を寄せてます。
シュヲウエタノダロウ?
343
モウスデニ?
ぐらっ
私に一瞬できた眩暈。傾ぐ体。ハッとして慌てて体勢を立て直そう
と・・・その前にジンさんに抱き抱えられました。
ジンさん?ジンさん?
私に何かした、の
何をしたの
ねえ
ナゼそんな顔で私を見るの
﹁アンコ、聞きたいか?﹂
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・。
私が・・・私はコレに向き合えるだろうか。知ってしまえば・・・
もう引き返せないよ。
344
耐えられるの?
結局全てに蓋をするようにゆるゆると顔を振りました。
﹁・・って事だ。俺はこいつのどんな事にも関わっていく。こいつ
の全てに責任を持つ﹂
ジンさんは顔をフレイムさんに向けると厳か、と言っていいほど静
かに告げます。
フレイムさんはそんなジンさんと眼を見開き強張った顔をしている
だろう私を交互に見て・・・深いため息をつきました。
﹁・・・そうだな、そうであった。我等にとって伴侶はそういう存
在であった。無礼を許してくれ、ジンの伴侶殿よ。そして・・・・
ハァ・・・感謝するぞジン、私が・・・・間違っていた﹂
フレイムさんは最後苦しそうな声で終えると、また深い深いため息
を落としました。彼に何があったのかなんてわかりませんし、知り
たくもないんですがジンさんがその後押しをしたのは確かなようで
す。フレイムさんは一旦目を瞑った後、私と目を合わせ先程とは違
う心配そうな顔で私に言いました。
﹁・・・もし、貴女が私に・・・聞きたい事があるのなら連絡をく
れ﹂
﹁・・・聞きたい事・・・なぜ﹂
﹁そうだ。ジン達よりも他人の私の方が貴女にとってショックが少
ないと思う﹂
345
﹁・・・・・・・・・・・・・﹂
﹁それこそ余計なお世話やでぇ、フレイム。ジュリちゃんは俺等が
面倒みるんや。お前の出る幕なんかないに決まっとるやろ﹂
私が応えようとすると横からゼンさんがうっとおしそうな声で割り
込みました。
﹁そうだよ∼出しゃばりフレイム∼・・・ジュリ∼もう行こうか﹂
ラストさんが私の腰に柔らかい着ぐるみの手を添えドアの方へ促し
ます。
﹁あ、あの・・・﹂
ぬっ
えっ
いきなり大きな掌が差し出され面喰った私が手の持ち主を見上げる
と。
﹁タカ、さん?﹂
無表情にこちらを見下ろす瞳が。
﹁い、いえ、あの、私・・・﹂
聞こえのいい声を。差し出された手を。誘導されるままに添わされ
た手を。従ってしまえば委ねてしまえば。楽になれるのだろうか?
346
途方に暮れ、混乱したまま私は焦って・・・ナゼかジンさんへと首
を巡らせました。
ジンさんは・・・微笑んだだけ。
許す様に
全てを包み込むように
ただ微笑んだだけ
・・・・ああ、そうですか。
でも。
﹁いりませんよ。自分の足で歩けますから。支えは不要です﹂
私は、違う。
間違わないで。
私は まだ。
私は歯を食い縛ると意地の様に言い放ち、フレイムさんに深く礼を
すると自分でドアまで歩いて自分で開け、
﹁クックックッ・・・見たかよフレイム。あれが我が愛しの伴侶だ﹂
﹁・・・・なるほどな﹂
2人の声を背中で聞きながら外に出ました。
絡みつく感情を振り切るように、大口を開けて飲み込まれる様な何
かから逃れる様に。
まぁ、元来た廊下を10歩も行かずジンさんに腕を取られたんです
347
けどね。
こうして初の大国の偉い人達訪問を終えたのでした。
その一週間後。
﹁あれ?・・・・なんだろうこの痣・・・﹂
翌朝シャワーを浴びて体を拭いているとむず痒いような妙な感触に
手が止まりました。
出所は・・・腰?
鏡を使いながら確かめると自分の腰辺りに身に覚えのない痣の様な
あとを見つけました。
腰というよりは背中寄りで少々体を捻らないと確認できない個所で
す。
﹁何処かで打っちゃったのかなぁ・・・それにしては痛くないし・・
・あ﹂
そういえば一つだけ覚えがありました。
ジンさん。
あの人はあの夜から毎晩、夜半に忍び込んできては︵3回目で鍵や
結界、封印術の類は諦めました︶添い寝して翌朝にはいなくなると
いう事を繰り返しています。
その添い寝の前に・・・あの、吸ったり揉んだりして、ええと、つ
まりその中にというか主に問題の個所を執拗に吸ったり舐めたりす
348
るんですよね。
﹁しょっちゅう吸われたりしてるから痕になっちゃったのかなぁ。
今度注意しないと。て、あたしに出来るんだろうか﹂
いい加減 毅然とした態度で追い返さないといけないんですが・・・
・私、実は快楽に弱いタイプなんでしょうか?ジンさんには絶対内
緒ですが・・・このところあの手を待ち望んでいる自分が確かにい
ます。
夜が来てあの人が訪れる時間が近づくにつれ胸が高鳴るのを抑えき
れません。
もっと言えば体が勝手に熱を持つのも・・・・
ズクン
ジンさんを思い浮かべたその時、腰の痣が疼きます。
﹁何だっていうの・・・・あーもうっ!もうすぐ大蝕界だというの
にしっかりしないと!生きるか死ぬかが掛かってるんだから!﹂
言い訳するように私はタオルをぎゅっと握り締め気合を入れると、
バスルームを出ました。
﹁あれ?お姉ちゃん、どうしたの?訓練ならもう今日はいいよ﹂
部屋に戻るとめかし込んだ姉が腕を組んで仁王立ちしていました。
この妙に煌びやかな気合の入った格好は・・・・
349
﹁飲みに行くわよジュリ。仕度しなさい﹂
やっぱり。
﹁いいけど。勝手に出ちゃっていいの?﹂
﹁フン。あいつ等からのお誘いよ。気に食わないけどね﹂
なるほど。
お酒の席は少し苦手なんですけど訓練以外で外に出られるなら・・・
﹁ちょっと待ってて!すぐに着替える!﹂
私は久し振りの夜遊びにウキウキしながらクローゼットを開けまし
た。
ズク・・・ズク・・・
・・・ジンさん・・・
ジンさんの事を思うと、一段と強く早く打つような疼き。上がり始
めた熱。あの・・・痣からです。
﹁何・・・?あたしの体・・・一体どうしちゃったの﹂
気付いてからまだ間もない変化に、戸惑い、やがて・・・耐える様
に胸元を握り締めます。
350
今夜・・・私は・・・繕えるだろうか・・・
あの人の・・・ジンさんのあの残酷な瞳を。
351
Bar 虚勢
﹁あ、誘ってくれたのってゼンさんとカオジュさんだったんですか﹂
私が身支度を済ませて姉と共にエントランスに下りてくると、スモ
ーキーシルバーのコートを着たゼンさんとダウンジャケットにド派
手なシャツを着たカオジュさんが待っていました。
﹁先にボス等も行っとる。俺等はジュリちゃんの護衛件エスコート
や﹂
﹁・・護衛?えーと、それはともかく、どうも・・カオジュさんも
ありがとうございます﹂
﹁気にしないでくれよぉ﹂
カオジュさんは受け口から長い舌をちょろりと出して口を歪めまし
た。
カオジュさんは爬虫類系のアーマノルドで︵多分コモドドラゴン︶
趣味は破壊兵器を製作する事だそうです。今回の大蝕界にあたり私
の専用武器を造ってくれました。・・・・んですけど、正直アレは
ないんじゃないかと。詳細はまた後程報告します。
﹁可愛い格好やなぁ。ボスも喜ぶやろ﹂
私は着付けた黒のドレスを見下ろしました。ブルーの厚めのトレン
チコートの下は袖なしのハイネック。胸元は銀のビジューをあしら
った、Aラインのワンピースです。黒のピンヒールがちょっと大人
っぽいかなと。
352
﹁別にジンさんの為にお洒落してませんけど﹂
﹁まぁそこはなぁそういう事にしておくのが人情よぉ﹂
こんな事を言いながらバーに到着です。
バーはこんな非常事態なのに結構人が入っていて混雑してました。
ゼンさんとカオジュさんが肩や手で人を押し退けたり、殴ったりし
て道を開けさせます。
程なくカウンター席に近い6人掛けのテーブルに着きました。そこ
にはすでにギンさんと見知らぬ方々が座っていたのですがギンさん
は私達に気が付くと
﹁姫さんとジュリ!こっちに座ってくれ!オラどけクソ共!何座っ
てる!さっさとどけ!﹂
彼等を追っ払ってしまいました・・・・あの、いいんですか?
﹁待たせてしまってごめんな姫さん!今テーブル片付けるから!あ
っ注文何にする?ビール?ワイン?それとも俺?なんちゃっふぐっ
!﹂
姉は裏拳でギンさんを吹き飛ばすと、倒れたギンさんに容赦なく蹴
りを十数発お腹に叩き込みました︵ちょっと早すぎて数えきれませ
んでした︶ヨロヨロしながらギンさんはカウンターへ向かいます。
それを目で追うとカウンターにいました。ジンさんが。
ジンさんはとっくに私達に気がついていたようで、私と目が合うと
グラスを上げて挨拶してくれました。その横にはシーグさんとバル
ブさんが座って同じようにグラスを掲げてくれます。
私が小さく会釈して返すとジンさんはニヤリと笑ってシーグさんに
何事か言ってます。バー内は音楽と喧騒がすごくて何を言ってるの
かは聞こえませんでしたが、シーグさんが呆れた様子なのでどうせ
353
ま下ネタでも言ってるんでしょう。
そうしているうちにギンさんが飲み物を取ってきてくれて私達は﹁
大触界に﹂という微妙な乾杯でグラスを上げました。
早速姉はバカスカ飲み始め、お酒の追加にギンさんが走ります。
﹁健気なワン公はやなぁ。なぁヴィーちゃん、ギンの事ちぃとは﹂
﹁あるわけないでしょ、あんなの﹂
バサリ。叩っ切る幻聴が聞こえそうなほど姉ははっきり言いました。
﹁そんなぁ姫さん!俺、姫さんの為なら何でも﹂
﹁じゃあジン殺してきて﹂
﹁無理!というか無駄死に!﹂
﹁あんたの場合、犬死にでしょ﹂
﹁うまい!さすが姫さん!﹂
﹁黙れカス犬。さっさとテキーラ持ってこい﹂
﹁喜んで!﹂
ギンさん。そこまでだといっそ清々しいです。
それからも他愛のない話をしながら︵姉はギンさんが持ってくるお
酒も間に合わないようで自らカウンターへと行ってしまいました︶
お酒を楽しく戴きます。
ふと話が途切れ、私がなんとなくジンさんを振り向くとアーマノル
ド系美女二人に囲まれていました。
ジンさんの肩に馴れ馴れしく手を置き、顔を覗き込んでいます。て
いうか。
胸スゲー。
354
あれマジ体の一部なんでしょうか。巨乳ってああいう事を言うんで
しょうね。
私は思わず大きくも小さくもない平凡なBカップを見下ろします。
そしてまた美女の巨乳を。絶対Fだ。それ以上はあってもそれ以下
はない。そのFっを今はジンさんの腕にぐいぐい押し付けて谷間に
挟んでます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
フン何さ。あんなに大きかったら将来垂れますね、確実に。肩も凝
りそうだしね!ジンさんも何よ!平然としちゃってさ!ケッ!
﹁カッカッカッ。ジュリちゃん何しとんの﹂
ゲッ!見られてた!
﹁い、いえ別に!何も!﹂
﹁気にする事ねぇよぉ。ジュリの胸はなん∼の過不足もねぇからな
ぁ﹂
﹁気にしてなんかいません!﹂
赤くなっているだろう頬はお酒だけのせいじゃないのは確かです・・
・うう・・・
﹁カオジュの言う通りや。大丈夫、ボスはこれっぽっちも相手せぇ
へんから﹂
﹁あんなのとよぉ一瞬でも居るよりかぁ、頭ん中でジュリにあーん
な事やこーんな事してる方がボスはマシだと思ってるよぉ﹂
他にいい例えないんですか。他に。
355
﹁でも・・・﹂
﹁あんなぁジュリちゃん﹂
私が声を落とすと椅子にだらしなく凭れながら煙草を吸っていたゼ
ンさんが、身を起こしてズイと私に迫ります。反対に思わず仰け反
る私。
・・
﹁俺達にとって伴侶は絶対や。他のモンなんか意味ない﹂
いつになく真剣なゼンさん。
﹁伴侶に対する愛ほど深いもんはないでぇ?ボス見とったらわかる
やろ﹂
訴えてくる金の目から逃れるように目を逸らします。でも、それが、
私には。
﹁相手の気持ちはどうなるんですか?私・・・私には重すぎます﹂
ゼンさんとカオジュさんが軽く驚いた顔をしましたが俯いた私には
見えませんでした。苦笑する気配がして顔をあげます。
﹁そらまぁ、重たいやろな。あのボスのやもん﹂
﹁ジュリはよぉ?隊長の事どう思ってんのよ﹂
﹁私は・・・正直わかりません。わからないことばかりで、どうし
てここに自分がいるのか今でも信じられません﹂
﹁信じたくない。の間違いやのうて?﹂
・・・・・・・・でも、でも、認めてしまえば。ワタシハ。
356
﹁なぁ、ジュリちゃん﹂
ゼンさんが優しく、とっても優しく囁きます。・・・なのにどうし
てこんなに怖いの。
﹁さっきボスの愛は深い言うたやろ。それはなぁ、﹃どんなジュリ
ちゃん﹄でもなんやでぇ﹂
﹁・・・・・え?﹂
ど・・んな、私、で、も?・・・・どういう、意味。
カカカ・・・・低く滑らかな忍び笑い。
﹁ジュリちゃん我慢せんでもええ。壊れたいなら壊れてまえ。ボス
はなーんも気にせえへん。壊れたジュリちゃんも正気のジュリちゃ
んもボスは愛する﹂
血の気が引くのがわかります。ジンさんが私を見る、あの熱く昏い
目。
﹁ジュリちゃんがなぁ、何をしてもボスは許す。嫌ってもええし、
憎んでも構わん。他に好きな奴が出来ても無関心でもどんな無茶い
うても。あ、なんなら刃物持って刺したってもええな。ま、要する
に何でもアリや。好いてくれたら最高やけど自分のした事考えたら
ありえへん。やろ?・・・でもええんや﹂
震えが。止まらない。
ゼンさんの金の目が。塗り潰したように。黒く染まっていく。
357
ヤサシイ、ヤサシイコエ。
﹁ボスがジュリちゃんに望む事は唯一つ﹂
やめて。もう聞きたくない。
そう思ってるのに。そう言いたいのに。唇は手は震えて用をなしま
せん。
﹁ずっと・・・ずうっと側にいて欲しい。それだけや。ジュリちゃ
んはな、そこにおるだけでええんや。ただボスの隣にな。そのため
なら俺等ドグマは何でもするで。何でもジュリちゃんの言う通りに
する。どんな贅沢も快楽もみーんなジュリちゃんのもんや。俺等を
どう好きに使っても・・・ええんやで﹂
﹁ジュリよぉ・・・欲しくねぇかよぅ・・・ボスと俺等ぁ﹂
ゼンさんとカオジュさんが私を覗き込むように身を乗り出し囁きま
す。
私・・・私が望むことは。
﹁近いですよ﹂
私は顔を上げると2人を睨み付けました。
﹁今、一番望む事は2人が行儀よく、ちゃんと座る事です。あと、
358
大蝕界参加したくないです避難したいです﹂
2人は虚を突かれたようにきょとんとしていましたが、やがて顔を
見合わせると吹き出しました。
フンだ。
震えは、恐れはまだしっかり残ってます。自分ではどうしようもな
い恐れ。それでも、虚勢を張れる事くらいできます。それで精一杯
なんですけどね。
﹁さっすがジュリちゃん!俺結構本気やったんやけど﹂
﹁ボスがてこずるわけだよぉ。ジュリは強いなぁ﹂
いーだ。
﹁まぁまぁそう膨れるなぁ。飲もう飲もう﹂
﹁ジュリちゃんにかんぱーい!﹂
﹁はぁ・・・﹂
疲れた。私はゼンさんとカオジュさんとグラスを合わせるとぐった
りして椅子に凭れました。
2人のお喋りをぼんやり聞きます。
﹁そういや昨夜の女どやった?﹂
﹁おうそれがよぉ?聞いてくれよぉ﹂
またそれ系の話かな・・・ジンさんがああだからでしょうか、ドグ
マは下ネタやエッチな話が大好きです。れきとした女子がチームに
2人もいるのに全然平気です。赤裸々です。もう少し包んでもいい
んでないかと思うほどまんまです。
359
﹁優しくしてやっていざ!という時によぉ刺されちまってなぁ﹂
ん?
﹁カカカカ・・オモロいやんけ。まんま犯ったったんか?﹂
ちょっと?何か方向性がおかしいですよ?
﹁なーんか萎えちまってなぁ。しょうがねぇもんで皆殺しにしたよ
ぉ﹂
﹁カカカカ・・そらお疲れさん﹂
皆殺しって複数いたんですか。モテモテですね。
﹁ちょいと調べてみたら殺し屋の一味だったらしい﹂
﹁よくあるよくある﹂
よくありませんよ!
﹁でもよぉ紳士な俺はちゃーんと一味に送り帰してやった。全員を
こんなちぃさい箱に詰めてなぁ﹂
カオジュさんはそう言うと約60cm四方の正方形を手で示しまし
た。えっと全員・・・複数をあんなに小さく?
﹁はぁ、そら紳士やなぁ。俺なら散らかしたまんまやのに。カオジ
ュはやっぱり優しいなぁ﹂
紳士って何!?優しさってそんなんだったっけ!?
360
私が軽く混乱していると﹁あ﹂としてカオジュさんが白い筒型の機
械を懐から出しました。
﹁ジュリよぉ、おめぇ隊長の生体識別情報入ってなかったぞぅ﹂
﹁あれ?入ってませんでした?・・・あっそういえば訓練、ジンさ
んだけ組んだことなかったんだった﹂
2人になるとすぐエロい事してくるんで、なるべくそうならないよ
うにしていました。
﹁わざわざ抜き取ってくれたんですか?すいません﹂
﹁いいって事よぉ。ほれ、今やってもらえ﹂
﹁じゃあちょっと行ってきます﹂
私は立ち上がるとジンさんの元へと歩きました。そこで聞こえてき
たのは。
﹁ねぇ∼向こうで一緒に飲もうよ。その後さ・・・2人で・・ね?﹂
﹁悪いがツレがいるんでな﹂
﹁こちらのクールなお兄さん?もう全然OK!ねぇ∼お願い∼﹂
おおう・・なんて入りづらいんでしょう。
ちらっと振り返るとゼンさんとカオジュさんが私を見てニヤニヤし
ていました。
くっ!バカにされてる!
私はギロと2人を睨むと再び前を向きました。
﹁あ、あの∼すみません、ちょっといいですか﹂
私は及び腰になりながらもジンさんへと声を掛けました。
361
﹁どうしたアンコ。寂しくなったのか?﹂
なんでです。
﹁んなわけないじゃないですか。ちゃんと用があるんです﹂
﹁ふうん﹂
ジンさんはそう言うと立ち上がり、美女の腕を振り払うとグラスを
手にしたまま私の側まで来ました。美女が唖然とした顔でこっちを
見た後、顔を赤らめて怖い顔になりました。もう一人に目をやると、
こっちも眉を寄せて面白くなさそう。こ、怖っ!あれ絶対怒ってる
よ!私を睨むのはやめて!
私は慌てて美女から目を逸らし、ジンさんの体を盾に隠れます。今
夜のジンさんは灰黒のボアジャケットで暖かそう。
﹁ジンさん暖かそうですね﹂
﹁おう。包んでやろうか。お前は旨そうな格好だな。誘ってんのか
?﹂
なぜそうくる。
﹁まさか。これ、ジンさんだけまだです﹂
そういって識別装置を渡そうとした時。
﹁ちょっと∼何この女!彼はあたし達と話してたんだよ、割り込ま
ないでよね、平凡な顔してさ﹂
﹁おいこら﹂
﹁この貧相なのと知り合い?まさかねぇ。もしかして妹とか?やば
362
いウケる﹂
﹁俺の命より大事な伴侶だよ﹂
2人は答えません。いえ答えられません。
ジンさんによって首を掴まれ宙吊りになった2人には。
アーマノルドですから女性でも力はあります。でもどんなに暴れよ
うとジンさんの手は緩むどころかますますキツく絞まります。
周囲が水を打ったように静まりかえりました。
美女達の顔色が鬱血して色が変わってきました。こ、これはヤバい!
﹁ジ、ジンさん!﹂
﹁なんだ﹂
﹁離してあげて下さい!﹂
﹁断る。こいつらは公開死刑だ。首飛ばしてやるんだもん﹂
キモいッ!じゃなくて!本気だ。この目は本気だ。やべー!
﹁そ、そうだ!こっちの席で一緒に飲みませんか?お酌しますよ!﹂
﹁いいぜ。こいつら始末したらな﹂
363
くっそうダメかー!どうしようこの作戦は一度きりなのか!いやそ
んな事はない!知恵を振り絞れ!根性だ!公開処刑は見たくない!
頑張れジュリアン!ファイトだジュリアン!
﹁こいつらを許してやってもいい﹂
﹁えっ!﹂
﹁ただし条件がある﹂
﹁・・・・・・・・﹂
イヤーな予感が。
﹁簡単な事だよ。心配すんな﹂
﹁します﹂
﹁ククク・・・キスしろ﹂
﹁はぇ?﹂
﹁キ・ス・しろ。お前から俺に。お前からした事ねぇだろ﹂
えええ∼・・・それはした事ないですけど。
ううう・・・人命第一!
私は伸び上がると少し屈んだジンさんにチュッとキスしました。
﹁ふざけてんのか?﹂
怒りを含んだ声。美女達の体が硬直したのは指の締め付けが増した
からでしょうか。
﹁んなガキみてぇなキスじゃなくて、レロレロジュッチュッピチャ
ピチャのエロいキスだ。それ以外は認めねぇぞ﹂
はぁああああ!?そっちこそふざけんな!何が悲しくて公開処刑な
364
らぬ公開エロを見せなければならない!
﹁イヤです!﹂
﹁だとよ。死ね﹂
﹁・・っ!!!!・・・っ!!﹂
﹁∼∼∼!!!∼∼∼!!!﹂
美女達が口から泡を吹きながら私に必死に訴えてきます。顔は涙と
鼻血でグチャグチャです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・わかりましたよ。なんで私がこんな事を・・・
でも私にちょこっと悪態ついただけでスプラッタR15+は絶対見
たくない。そんな事で人があっさり︵あっさり死なせてくれるかは
その日の機嫌次第︶死ぬなんて私には無理です。
﹁わかりました。だから離してあげて下さい﹂
﹁ククク・・・ほらよ﹂
ジンさんがおどけたように手を広げると美女達は床に落ち、咳き込
みながらヨロヨロとバーを出て行きました。
後に残されたのは。
﹁早くしろよ﹂
舌舐めずりする黒い虎の獣人と青い顔をしている平々凡々なヒュー
マ。そして鈴なりの観客達でした。
365
ズクン
腰の痣が疼く。汗がたらりとこめかみを伝いました。
366
Bar 虚勢︵後書き︶
この時留守番組は。
ラスト↓風呂上がり、全裸で着ぐるみコレクションを閲覧中。
ドロ↓寝てた。抱き枕は人体模型。
タカ↓読書中。愛読書は﹃魔女っこラブのくそったれ珍道中﹄
367
我慢の限界
﹁やっぱ無理﹂
なんて言えない。
それだけは許さないだろう。特に鋼色の目をギラギラさせてるジン
さんは。
しかし・・・私は周りを見渡しました。
﹁キース!キース!キース!﹂
ひとごと
テメェらぁぁああああ!!!!他人事だと思いやがって!!
私が躊躇う理由。それは私とジンさんを囲む人垣です。酔っ払い、
テンションMaxなバカ野郎共はさっきから精神年齢が疑われるは
しゃぎようです。中にはドグマのメンバーもいゼンさんと目が合い
ましたがガッツポーズされました。いや何も勝ち取ってねーですよ。
むしろ負けてます。ていうかなんだこの盛り上がり方は。
﹁おい、いつまで待たせる気だ。早くやろうぜ﹂
目が、泳ぐ泳ぐ。
ああ∼!何度も女々しいですけどどうしてこんな事にぃ∼!あの元
凶達をトイレに流してしまいたい!きれいさっぱり!・・ん?そう
だ!
﹁まっ待って!﹂
﹁今更無理とか言うなよ。言ったら此処にいる全員殺すからな﹂
368
途端、静まり返る店内。ちょっと賛成しかかりましたが堪えます。
そしてジンさん!何でもかんでも殺して済まそうとしないで!なん
でそうなる!?なんで﹃逆らう=殺す﹄の!?面倒なの!?
﹁い、言いませんよ。そうじゃなくて帰ってからにしませんか?﹂
﹁却下。今ヤるすぐヤるここでヤる﹂
ジンさんが言うと物凄く卑猥に聞こえる!
﹁じゃあ・・えーと、どっか個室に!人に見られながらなんて絶対
イヤです!﹂
静かだった店内に忽ちブーイングが起こります。やっぱりお前ら死
んでしまえ!
﹁個室あるか?﹂
ジンさんが店主らしき人に聞くと
﹁トイレなら﹂
﹁よし﹂
ちょっと待ったぁ!
﹁トイレですか!?﹂
ジンさんは軽く頷いて指で床を指し
﹁此処のど真ん中でやるか﹂
369
次に左に向け言いました。
﹁トイレで2人きりになるか。好きに選んでいいぞ﹂
答えは・・・
﹁ジュリちゃん頑張るんやで!﹂
﹁ゆっくりでいいから。誰も近付けないから安心して﹂
﹁姫さんの事は俺がじっくり!﹂︵姉、無言で酒瓶をヒットさせる。
そして再び飲み始める。私より酒を優先させるあなたって・・・︶
﹁焦っちゃダメだよぅ。ゆっくりなぁ﹂
意気揚々と歩くジンさんの後ろをトボトボ歩く私が続きました。
パタン。
荒くれ者達が集まるこんなバーですからトイレも当然・・・・です。
建物が古そうなのであちこちヒビが入って、証明も薄暗く何か出て
きそうな雰囲気。
でも女子トイレなだけマシかも知れません。
﹁アンコ﹂
370
ビクッ
呼ぶ声に振り返ると、ジンさんが手洗いカウンターに腰かけて首を
傾げていました。
﹁早く﹂
ゴクッ
私は覚悟を決め、そろそろとジンさんに近付きました。
近付くにつれ肌の表面で感じるジンさんの熱。ジンさんの匂い。間
近に迫り、思い切って見上げると。溶けた鋼と目が合いました。
﹁エロくだ。いいな﹂
多分困った顔をしているんでしょう。ジンさんがニヤリと笑いまし
た。
エロくって・・どんな風に?
私はしばし考え、ジンさんの膝に手を置きました。服の下でピクリ
と動くのがわかります。ジンさんから笑顔が消えました。
ドキドキドキドキ
激しく震える胸そのままに手が震えます。
手を上へ滑らし、足の付け根までくると折り返します。ゆっくりと。
何度も。目はジンさんの唇から離しません。・・・ううん、離れら
れない。ジンさんが堪えきれないように溜め息を吐きました。
ジンさんの胸に額をつき次にギュッと抱き付きます。ジンさんが少
し動きました。胸一杯に匂いを吸い込んで。深く吐きます。腕をそ
371
ろそろと背中からジンさんの鳩尾へ。ゆっくり、一つ一つの筋肉の
溝を辿りながら上へ上へ。
舌を少し出して乾いた唇を舐めるとジンさんが鋭く息を吸い込みま
した。上手く・・・できてるのかな?
厚い胸板を指を広げてじっくり触るとジンさんの心臓がとても早く
打っているのがわかりました。きっと私のも・・・
上がり続ける指がとうとうジンさんの首を捉えて、引き寄せます。
ああ。
これは、これをしているのは本当に私?
ジンさんの顔が下りてくる・・・
そして重なって。
最初に軽く、啄むように。そしてだんだん激しく。
ぴったり合わさった舌は吸ったり吸われたり。絡み合いながら、唇
を離して遊ぶように擦り合わせるとトロトロと唾液が顎へと零れ落
ちます。
﹁ん。ふぁ。ジン、さん﹂
﹁ん﹂
ズル・・
レロッ
レロッ
ジンさんは必死に息を吸う私を逃さず、軽く返事をするとぎゅうと
抱き締めました。
ピチャ
再び唇が重なって。
ピチャ
頭がボーッとしてふわふわしてきた・・・
372
ぐるん。
・・・ん?あれ・・・?
気が付くと手洗いカウンターに私が座っていました。そして脚の間
にはジンさんが。
﹁ん!・・っんふ!﹂
慌てて口を離そうとしますが無駄です。腕もジンさんがしっかり抑
え込み、びくともしません。
ジジーと音がして
﹁っんん!﹂
背中をすすっと撫でられます。
ファスナーが最後まで下ろされ、ジンさんが引っ張ると生地はあっ
さり腰まで滑り落ちました。
剥き出しになった肌をざらついたジンさんの手の平がじっくり確か
めるように動いて。
﹁やっ!・・ジンさん!・・んんっ﹂
ジンさんは口を解放すると私の頭を左手でがっちり抑え込み、時々
耳をクニクニといじりながら頬に舌を滑らせます。そして右手はブ
ラの肩紐をなぞるように動いたかと思うとそれを外してしまいまし
た。
下から押し上げるように乳房を揉まれ、乳首を指できゅきゅと摘ま
まれ。ジンさんの唇が首筋まで下り、固くなった乳首を食まれると。
373
あ。あぁ。やっ。あ、んっ。
もう声が押さえられない。上がる自分の嬌声に耳が犯され熱が全身
を包み込みます。ジンさんの片手は乳房に。もう片手は太股を擦っ
て。
﹁あっ・・だめぇ・・そ、こは・・﹂
ジンさんは内側まで指を這わすと下着の上から触りました。焦れっ
たい速度で上下になぞられ、時々中心をぐいと押されます。
完全に力が抜けた私は、ジンさんが胸から身を起こし、私の両脚を
開いてそこに屈むのを息を荒くしてボンヤリ見ていました。スス・・
と下着を脱がされ、それは脚首に残されて。
﹁・・んあっ・・あぁっ・・﹂
ジンさんがそこに舌を入れて掻き回す。両手は太股に食い込んでる。
糸を引いて唇が離れれば太い指が二本指し込まれ激しく動く。どん
どん中から溢れて。厚い唇がピンクの蕾を含んで優しく吸われたら。
﹁あっ・・やぁっ・・イッ・・ちゃっ・・あぁ!﹂
全身がふわっとして次に身を突き抜けるような衝撃。それはどこま
でも尾を引いて甘く甘く・・・私を震えさせる。
くたりとした私から離れたジンさんは立ち上がるとジャケットを脱
ぎ・・・次にベルトを外し・・・
熱い熱いそれを私の剥き出しのそこにぴたりと付けました。ゆるゆ
ると動かされ、互いの体液が混ざっていきます。粘着質な音が壁に
反響し、それはだんだん早くもっともっと大きく。
374
慌てたように黒い手は真白な太股を抱えて。伸し掛かる体、掛かる
体重。折り曲げられて。2人して熱に捕まえられて。
﹁・・・・っうっ・・﹂
ズチャッ
ズリュッ
﹁・・ふぇっ・・ふぁっあっ﹂
ハァッハァッ
ヌチャ
互いの荒い息と
ヌチャ
ドクン
性器が合わせる音
ドクン
ブルブル
激しく打つ鼓動と
ゾクゾク
肌が泡立つような
・・・やがて。
﹁∼っく・・・ッぐうっ!・・・﹂
﹁あっああっ!・・﹂
375
ビュル
ビュク
ビクッ
ビクン
吐き出される白い快楽の証し。お尻にまで垂れた体液がカウンター
に広がって。震える体。流れる汗。落とされる熱い息。
でも。
もどかしくて、きゅんきゅん奥が疼いたまま。もっと。何かが足り
ない。これだけじゃ、もう。
ジンさんは抱えていた両脚を離すと私の両脇に手を置きました。ブ
ルッと体を揺らして。
﹁もう、駄目だ﹂
﹁・・・ふぇ?﹂
チュ
唇を落としてそのまま・・・囁きます。
﹁お前が欲しい・・・今夜、お前を全部くれ﹂
376
ドクン
ドクン
ゾクッ
どうして・・・ここでそんな事言うの・・・?
もう・・・もう・・・
﹁・・・は・・い﹂
応えた声は掠れて。
377
我慢の限界︵後書き︶
この後はジュリアンの新兵器の話に・・・って嘘々!w
23話目にしてジンとジュリ、初Hになります!
気合い入れてくぜ!カッ飛ばすぜ!一体ナニを!?
乞うご期待!しないでくれ!
378
貪欲ナイト
* * * ジュリアン
多大な努力を要して戻った店内でまず目に入ったのはカウンター席
を占領したドグマの皆でした。
シーグさんが薄青い小箱を手に何か説明しています。
﹁解呪率はどれぐらいの値だぁ?﹂
﹁うーん・・17%ってとこかな﹂
﹁たったそれだけかよぉ?﹂
﹁これくらい篤くて濃いのろ﹂
﹁シーグ!﹂
カオジュさんが質問してシーグさんが答えるのをジンさんがキツイ
口調で止めました。
その声に皆が慌てた様子で私達を振り返ります。
﹁仕舞え﹂
﹁・・・ゴメン﹂
シーグさんが気まずげに小箱を仕舞います。カオジュさんやゼンさ
んも首を竦めたり、窺うような眼で私を見たり。酒が入ったら最後、
他の事は見向きもしないお姉ちゃんまで!
一体どうしました?
疑問に傾ぐ私を余所に、ジンさんは私の腕を取ると不機嫌なオーラ
を撒き散らしながら傍らを通り過ぎました。
379
﹁あ、あの!先に帰ってますね!お、お休みなさ∼い!ジンさん!
痛いです!﹂
何とか聞こえたでしょうか・・・私を引き摺るように駐車場へと向
かうジンさんを見上げます。
・・・ジンさん?
ジンさんのバイクで帰り、部屋のある階に着くとジンさんが振り返
ってこう言いました。
﹁お前の部屋に行くか?それとも俺んとこにする?﹂
えっ・・・なんか・・・なんか生々しい!
﹁や、やめて下さいよ、そういう事言うの﹂
﹁今更なんだよ。それとも廊下でヤろうってぇのか?﹂
﹁ちっ違いますけど!もっとこう・・雰囲気ってものが﹂
私の言葉は次第に小さくなっていき、やがて消えました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なっなんですかその目は!わ、悪いですか!ちょっとくらい求めて
いけませんか!もうあんなコトやこんなコトしてるくせにとかの視
線やめてくれます!?
380
﹁あー・・はいはいはい﹂
くっ!
ジンさんは面倒そうに︵キィ!︶呟き、いきなり私の腰を引き寄せ
がっちり固定すると私の顎に手を懸け上向かせました。
﹁ちょ﹂
﹁黙ってろ﹂
低く呟くとそっとキスされます。
﹁んっ・・・﹂
キスをしながら横抱きにされ部屋に入ります。
流。
安易に扱われてるなぁと思いますよ。違う!そうじゃない!とも思
います。でも、自分でも制御できないというか、ジンさんに囲われ
ると抵抗できないんです、何故か。このままじゃダメだ、何とかし
ないと思いながらもその先に待つあの感覚に浸りたくて・・ヘンで
すよね。どうしてなの・・・
ジンさんは部屋を突っ切って寝室に入ると、ベッドに座り横抱きの
まま私を膝に置きました。
﹁ジンさん、あの、わわたしシャワーを﹂
﹁いいよ﹂
﹁でもちょっと汗かいちゃったし﹂
﹁そこがいいんじゃないかよ。風呂なんか入ったらお前の匂いが薄
381
まる﹂
﹁ええぇえ﹂
首筋をクンクンと嗅いでる!ぐあああと顔が赤くなるのがわかりま
す。
﹁大丈夫だって。もっと恥ずかしいコトたくさんしただろ?﹂
いやそうですけど!でもそれとこれは違うっていうか!乙女として
女として人間としてですね!
﹁・・ったく。あー・・可愛い﹂
そう言ってジンさんはぎゅっと抱締めてきました。私の髪や頬にぐ
りぐりと擦り付けてきます。顎の髭がチクチク。
﹁チクショー・・なんでこんなに可愛いんだ。もう絶対離したくな
い。肌身離さず持ち歩きたい。いやいっそ俺の体内に取り込みたい﹂
・・・・それって死・・・・
﹁ひゃ﹂
食っちゃろ発言に固まっているとジンさんが身を屈めて耳たぶを含
みました。生温く滑った舌がぴちゃぴちゃと弄びます。
﹁ひ、んんぅ﹂
そして首筋を這い、鎖骨を焦らすように指で撫で上げて。
382
﹁・・・脱げよ﹂
低く掠れた声で命令され、ワンピースを引っ張られます。
むし
﹁んっ、あ、まっ待って﹂
﹁早くしねぇと毟る﹂
なんとか腕を抜き、頭から脱ぐと同時に下着を剥ぎ取られます。ジ
ンさんは私の体を浮かせてベッドに下しました。
軽く肩を押されて。私は傾いだ体を後ろに両手をついて支えます。
突き出したように思える体勢。焼かれるようなジンさんの視線がゆ
っくりゆっくり体の線をなぞる・・・
﹁んっ﹂
ジンさんが指の腹でつつ・・と脇腹を撫で上げます。﹁は﹂と短く
息を吸う。もう焦れてる肌を更に追い詰めるように指はゆっくり、
ゆっくり膨らみの下を通り、赤く色付いた乳首を捉えました。
﹁は、ぁ﹂
クク・・・
忍び笑いが聞こえて。羞恥にカッと熱くなる。これ以上見ていられ
ない。ぎゅっと目を瞑った。
熱い指は再び動き始めて。忙しなく脈打つ首筋を通り過ぎ、耳朶を
優しく擽ると震える唇へと到りました。
﹁目、開けろ﹂
383
囁く声に身を捩ると少し強くした声が再度命じます。のろのろと瞼
を開ければ。苦しげに息をつくジンさんが。
眉間は狭められ、鋼色の目はもう今は黒く。薄い唇は真横に引き結
ばれて︱︱︱︱︱
怖いくらい厳しい顔の筈なのに何故か恥ずかしくなって。顔は火が
ついたように熱を持ち、くしゃくしゃになった髪が張り付きます。
体は熱く、でもぶるぶる震えて。潤む視界にゴク・・と咽喉を鳴ら
すジンさんが見えました。
唇に置いたままの指が動いて、入り込んでくる。硬い指が探し当て
るよりも早く自分の舌で迎えて。
﹁っ!﹂
ジンさんが身動く。気のせいか頬骨が赤い。一旦止まった指が反撃
するように動き始めました。
ぴたぴたと指が舌を叩く。ぐりぐりと押しつけられ咥内をぐるりと
回される。ゆるゆると出し入れされる度に唾液が顎を伝って零れま
した。
ジンさんは体が震えるほど深いため息をつくとジャケットを脱ぎ、
苛立だし気にシャツを脱ぐと上半身を露わにしました。明るい場所
でもシタ事はあるけど・・・こんなにこの人の体をまじまじと見た
のはこれが初めてかもしれない。
太い首を支えるがっしりとした肩。盛り上がる筋肉。隆起した肉厚
な体躯は戦う事だけを至上とした彼に相応しい。ヒューマよりも体
毛の濃い肌はしっとりと湿ったように煌めき薄墨色の縞模様と黒い
タトゥーが複雑に絡み合って彼をとても人間離れして見せる。
ハァ・・・
ジンさんは、す、と身を屈めて私の両脇に手をつきました。ぐんと
近くなる。そのリアルな温度に怯む私。
384
今も。
今までもよりずっと近くなろうとしている今も。
どこかでこんな事態になっていてもジンさんを拒む自分が確かにい
る。
何度目かのため息と共に言葉が落とされました。
﹁・・んな目で見んなよ。辛くなるのはお前なんだぞ﹂
だって・・・どうしたらいいの?
わからない。
わたしもあなたも
もう
わからないよ
﹁まっ・・て﹂
﹁いいや。もう遅い﹂
あと一歩が出ない意気地なしの私にジンさんが距離をゼロにした。
* * * ジンギィ
何度重ねても足りない。
肌を合わせれば合わせるほど欲しくなる。
拒まれれば拒まれるほど迫りたくなる。
385
種の状況を考えれば堪えた方がいい。まだ体を暴く段階じゃない。・
・・またコイツに負担が掛る。
ああ でも もう。
﹁はっ・・・ん﹂
両腕で体を支え、唇だけでアンコと繋がる。そう繋がってるんだ。
少なくとも嫌がってない。体は。
アンコが俺を好いていねぇ事ぐらいわかってる。流されているだけ
だ。
種が﹃そう﹄させている。俺の魔力を欲しがる種がそうさせている
んだ。
それでもいい。
こうやってキスをして 柔らかな体温を感じる。
切れ切れの細い声を味わい 無自覚に誘う吐息に奥底から、熱が、
せり上がる。
眩暈を起こすほどの甘い匂い。
唇を離して乱れるその姿を目に映せば。
息苦しいぐらいの想いが身から迸る。 ・・・・そうだそうだ。これだ。まやかしでも構わねぇ。種のせい
でも無理矢理でもなんでもいい。ここにこうして。コイツと肌を合
わせて。ああなんて心地いい。もっとだ。もっとジュリアンに狂い
てぇ。もっともっと溺れたい。
キスをしながら白いまろみをゆっくり揉む。乳首を摘んだかと思う
とギュウと捻ったり優しくこすったり。飽きない。
386
﹁あ、ああっ、ん﹂
啄むような軽いキス。先に零れた唾液の跡の辿り胸へと降りる。指
に代わって舌で歯でコリコリと乳首を転がして、そのままぴったり
と覆い、チュウチュウと吸い上げる。
﹁あっあっ、ああ、ジ、ンさんっ﹂
﹁ククク・・・いい声だ・・・﹂
﹁そこでっ、喋っちゃぁ・・!﹂
俺の起こす含み笑いの震動が敏感になった乳首にもろに当たり、ア
ンコは仰け反って軽くイったようだ。
感じやすいアンコだが、今夜はあの店での情交が尾を引いてるんだ
ろう。
﹁んふぁ﹂
色っぽい声。可愛い。
﹁おい、イっちまったのか?ちっと強すぎたか。・・だがまだまだ、
お楽しみはこれからだ﹂
下から掬い上げるように乳房を揉みしだく。ぐにぐにと形の変える
それを中央に寄せ二つの乳首を交互に含んだ。ねっとりと舌で咀嚼
してやるとアンコの腰が面白いほど跳ねる。
刺激が強いのかとろりとした瞳からは涙が流れた。
びくびくとした腹を舌で辿る。この薄い皮膚の下に存在する、愛し
い女の臓器の形を思うとゾクゾクする。どんな色をしてるんだろな
?きっと綺麗だ・・・赤い液体に濡れた艶々したソレに一つ一つキ
387
スを落として舐め上げて・・・堪んねぇ。想像するだけでイッちま
いそうだ。
わざと強くした明かりの下で白い肌は妖しく蠢き俺の欲情を更に煽
る。
﹁・・・いいね。こんなに熱く潤って・・・ぱくついてんな﹂
﹁あ・・いやぁ﹂
ひだ
アンコのソコは濡れに濡れて粘つく蜜が尻にまで垂れていた。広げ
た襞がひくひくと収縮している。恥ずかしいのか、アンコは身を捩
って俺から逃げようとする。
﹁逃げんな﹂
俺はがっちり足首を掴むと限界まで広げた。
﹁ああっ!﹂
クリトリスに食いつく。周りをゆっくり、ゆっくりなぞる。忽ち大
きくなる芽を優しく吸うとアンコの震えが激しくなった。
﹁ジンさんっ!ああっ・・だめぇ・・﹂
ちゅっ ちゅくっ ﹁ふ・・んん!﹂
指を挿入。まずは一本。
じゅ じゅ
間を置かず二本に増やす。きゅうきゅうと締め付けてくる。本当に
388
可愛い奴だ・・・
じゅぶっ じゅぶぶっ
膜より手前、少し上をぐりぐり押すと・・・もう我慢できなくなっ
たようだ。
﹁あっ、あっあ、あ︱︱︱︱!﹂
びくんびくんと体を波立たせてアンコはイった。
俺は身を起こすとべちゃべちゃに濡れた口元をぐいと拭った。足首
から脛を辿って太ももを通過。腰の文様をざらつく手で撫でる。
ああ・・・伴侶の文様はどんな花を咲かせてくれる?きっと見た事
もないほど綺麗だ・・・
早く咲かせたい。もっと乱れさせたい。何時もの様に欲求に逆らわ
ず、俺は魔力を注ぎ、種を刺激してやった。途端アンコが硬直する。
﹁はぁっ・・何コレ・・んぁっ・・ああ・・﹂
脇腹をすすっと撫でる。
﹁アンコ・・・俺が欲しいか?﹂
﹁・・ジン、さん・・﹂
﹁俺はほら・・もうこんなに﹂
アンコの手を取って痛いほど張りつめた怒張を触らせる。アンコの
目が大きく開き次いで顔が朱に染まった。
﹁え、え﹂
戸惑いながらもそっと指を這わせてきた。
・・・・・堪らない。
389
俺はアンコの手を離すとベルトを解き、ジーンズのボタンを外すと
下着ごと蹴る様にして脱いだ。ぶるんと現れた陰茎にアンコがポカ
ンと口を開ける。
・・・無理やり含ましたらどうだろう・・喉の奥まで突っ込んで・・
・
だら・・っと先走りが垂れた。俺は見せつけるように手に絡めて扱
く。
しゅちっ しゅちっ
アンコの目が俺のから離れない。口からは吐息が荒く吐かれる。腹
の上に力なく置かれた手は細かに震えて。
﹁見てるだけか?﹂
俺の方が我慢できなくなってアンコの手を取ると再び握らせる。そ
の上から手を被せ上下に扱く。
柔らかな白い手が真っ赤に膨れ上がった陰茎に絡む。さっきの比で
ない感覚が腰を痺れさせ背筋を上った。
﹁いいっ・・アンコ・・・やべぇ、気持良すぎ、るっ、ううっ﹂
びゅるっ
白濁が飛び散り、アンコの手を腹を胸を汚した。俺は忙しない息の
下、自分の精液をぬりゃぬりゃとアンコンの胸に擦り付けた。俺と
同じように息を荒くしたアンコが切ない声を上げる。
もう一掬い。俺はどろっとした精液をアンコの唇に押し込んだ。
きっと拒否られる。だがアンコは︱︱︱︱︱
ピンクの舌はちゅるとソレを舐めとった。
﹁こ、の﹂
390
もう我慢できなかった。どんなに俺を煽っているか絶対わかってね
ぇ!その目線が。その指の動きが。吐かれる息さえもが。痛いくら
い俺の欲望を焚きつけているかなんて!
アンコの太ももをぐいと開くとぬちゃと滑つく可愛いアソコに俺の
を一気に押し込んだ。
﹁︱︱︱︱っ﹂
アンコの息が止まる。
ぶちぶちと膜が引き連れ破れる感覚。体は今までの柔らかさが嘘の
ように固まった。
﹁痛いっ・・!やだっ!痛い痛いイタイよぉっ!ジンさんん!﹂
アンコの悲鳴。それでも俺は止まらず残酷に腰を推し進め、やがて
目指す最奥まで突き入れた。さらに悲痛に悲鳴が上がった。
きつい。
ぎゅうぎゅうと締め付ける膣は気が狂いそうなほど気持ちいい。す
ぐにでも動かしたい衝動をなんとか堪えると痛さの余り泣き出した
アンコの涙を指で拭った。
﹁ジン、さん・・・﹂
アンコは震えるように息を吐く。
﹁・・・心底悪いと思ってるよ、お前が思うよりずっとな。だが・・
コレは抜かねぇ﹂
俺は奥に入れた竿をぐいと動かした。傷つき、脈打つ膣に。
391
﹁っんあっ!﹂
アンコが顔を歪める。
痛みを和らげる魔法が使えればいいが、アンコにとっては気の毒な
事に種を入れた体に魔法は使えない。勿論、宿主の魔力と術者の魔
力は問題ないが。
これで少しは。
俺は胸に手を伸ばすと両の乳首をやさしく摘んだ。
﹁やふっ﹂
コリコリと転がしてやる。
﹁あっあっ﹂
﹁くっ﹂
途端アンコのナカが俺のを締め付けた。・・・危ねぇ。出ちまう。
やわやわと胸を揉んだり宥める様に腹を擦っていると体の強張りが
取れてきた。表情も和らいで目がぼんやりしている。
もう動いてもよさそうだ。何度もきゅっきゅっと締められこっちも
限界だ。
﹁・・・動くぞ﹂
﹁・・え?﹂
一旦引き抜くと俺のに絡まるねばついた液体と赤い印が見て取れた。
ゾクゾクする。
一気に奥まで貫く。アンコから悲鳴が上がった。
再び始ると止まらなかった。がつがつとガキみたいに腰を打ちつけ
392
る。
︱︱︱ああ気持ちいい。腰から下が痺れて蕩けちまいそうだ。
・・・もっと!もっと!もっとアンコが欲しい!
アンコの両脚は限界まで開かれ押し潰されたクリトリスは真っ赤に
膨れ上がってる。頼りない手は脇についた俺の手を掴んでいる。汗
と唾液に濡れた胸はせわしなく上下して、赤い唇から押し出された
空気が漏れた。
そしてその目は。
ああ その目には。
・・・今だけは。
今だけは勘違いしていたい。
存在しない希望に縋り付きたい。
初めて深く繋がった今だけは。
彼女も俺を愛していると。
俺は体を倒すとアンコに深くキスをした。唯のキスじゃない。眼に
見えない触れもしないだがたった一つの想いを込めたキスだ。
﹁ふぁっ・・ジン、さん?・・﹂
﹁アンコ・・・ジュリアン・・あぁ、も、う﹂
﹁あっああっ﹂
393
愛してる
愛してるんだ ジュリアン
ゴメンな
言えない言葉を飲み込み、俺はアンコのナカで果てた。
394
貪欲ナイト︵後書き︶
まだまだま∼だまだ迷ってるジュリ。往生際が途轍もなく悪いです
ね。
そして、体だけでも繋がりたいジン。自覚があるだけにその想い︵
狂気︶は途轍もなく厄介で強大です。
なんて面倒くさい関係。
ジュリ視点でもよかったんですが、初めてなので何が何やらわから
ないうちに終わってましたーという流れになるのが目に見えていた
んで︵笑︶ジンの想いも知って欲しかったのと合わせてヤツ視点に
してみました。
もっと色々したかったけど︵笑︶今回はここまでにしていてやる︵
笑︶
395
鬼畜注意報発令。
* * * シーグ
﹁あー・・・マズったなぁ﹂
俺は舌打ちすると封印術を施した箱を取り出した。
説明するまでもない、あの帝国皇女の呪を封じ込めたあの箱だ。
箱は俺の封印術と爺さんの空間魔法を駆使して構築した。封印する
だけじゃなく、呪を自動解除する優れものだ。だが、玉の素が見え
ないほど詰まった呪は簡単に解除できない代物だった。女の情念っ
てやつはいつの時代も凄まじい。これは気長に構えないといけない。
下手に稼働を急かすと暴走するかもしれないし、そうなったらジュ
リにどんな悪影響を与えるかわからない。イライラするけどここは
丁寧に処理しなければ。
﹁ばっちり見られちまったなぁ﹂
何時も陽気なカオジュがため息を吐く。
﹁・・・見られちゃったのはもうしょうがない。多分後で兄さんに
ぶん殴られるだろうけど﹂
はぁぁあ。せめてジュリが忘れる事を祈ろう。記憶に欠片も残りま
せんように。
﹁俺らも連座やろな﹂
396
﹁年寄りには堪えるのぉ﹂
﹁あー!考えとうない!・・あっそやシーグ、どう思う?﹂
頭を掻き毟ったゼンが背中をカウンターに預け、何とは言わず口に
した。
﹁どうとは?﹂
﹁ボケんなや。ジュリちゃんに決まっとる。種の同化は順調そうや﹂
﹁うん。第一成長期きたって﹂
何気なく言うと仲間達が凍り付いた。
﹁・・・・・冗談言うなや。幾らなんでも早すぎるで﹂
ゼンが固い声で言い返す。・・まぁ気持はわかる。俺だって最初聞
いた時はそう思ったからね。だが残念な事に証明は現われた。
﹁この事で冗談なんか言ってどうするの?兄さんが言うにはジュリ
の体に文様の影が出始めたって。・・・・知ってるだろ・・・・第
一成長期の始まりだ﹂
実を言うと種の進行具合は植えつけた術師しか知らない。
種の段階は5回ある。まず埴種。次に芽生。第一成長期。第二成長
期。そして実花。
一歩間違えれば宿主を殺してしまう種だが、順調にいけば恐ろしい
ことに、ほとんど自覚のないまま同化は終わる。異変というか疲れ
やすくなったとか逆に体が妙に軽いな、とかよく動くなという感じ
らしい。そんな異変とも言えないような変化。術師と種の種類の違
いがあるが︵種類の違いというのは個人の違いがあるように皆が皆
オリジナルだからだ。DNAのようなものだと思っていい︶植えつ
397
けてから同化までの期間は大体5年から8年掛る。どうしてそんな
に掛かるのか考えなくてもわかるよね。自然体をそれまでとは全く
違う個体に変えてしまうのだ。それぐらい掛かって当り前だろう。
ある術師は宿主の負担を恐れるあまり20年かけて同化を完成させ
たそうだ。愛ゆえだね・・・
だが兄は。
同化を急ぐあまり、
ジュリの負担どころか枯渇一歩手前まで追い込んだ。
・・・危なかった。命に別条はなかったが・・・本当にギリギリだ
った。
ジュリと種の相性が思いのほか良くなかったら死、よくて障害が残
っていただろう。
﹁あんた達はクズよ。人間のクズ。普通の人間達を虫と呼ぶのなら
あんた達は害虫よ﹂
ヴィーがウオッカの大瓶を揺らしながら吐き捨てた。
クズ・・害虫か・・・・フフフ・・・・
ゼンやカオジュもおかしそうに低く笑ってる。爺さんは年長者らし
く静かに俺達を見ている。
の
モン
﹁ひどい呼びようだな。君だって同じ古代種じゃないか﹂
﹁そうやそうや。除け者同士仲良うしようや﹂
バリン
ヴィーの手の中で大瓶が砕け散る。
﹁ねぇ・・・君の小さな秘密だけどね。もうそろそろいいとは思わ
398
ないか?﹂
ヴィーの体がピクッと揺らぐ。
﹁何のこ﹂
﹁時間がないっているんだよ﹂
﹁・・・・・﹂
グルル・・・
伴侶を傷つけているのが気に入らないギンが俺に唸る。俺は片眉を
上げてギンに返す。ギンの鼻面に幾重にも皺がより、唇は捲れ上が
って並んだ牙が見えた。
﹁シーグやめろ﹂
﹁やれやれ。ギン、君だってわかってるだろ?同化は今までに例が
ないほどのスピードで進んでる。つまりジュリが俺達を憎むように
なるまでそれほどかからないって事だ。そしてそれはヴィー・・・
君も免れない﹂
ヴィーが青ざめた表情で俺を見つめる。
ああ、知っているとも。
君が本当はジュリの・・・・
俺は見つめ返すと
﹁ジュリは君だけは許してくれるかもしれない。でも根本的な事で
も騙されたと知ったら?﹂
全く何もかも台無しだ。俺達の計画は全部駄目になった。それもこ
399
れも兄さんのせいだ。
﹁全く。同化が通常通りだったらよかったよね。ジュリの信頼もも
う少しあっただろうし、この現実にももっと上手く適応できただろ
うに。堪え性のない伴侶でごめんよ、ヴィー。あれでも真剣にジュ
リの事を愛してるんだ。ああいやゴメン。愛し過ぎなのも謝るよ﹂
﹁・・・くたばれ﹂
ヴィーはそっぽを向いてしまった。
嫌われたかなぁ。うーん。悲しいけど本当の事だし。でもこれだけ
は言っておかないと。
﹁だからね、なるべく早くに告白してくれ。同化が完了してしまっ
たらジュリの精神も危うくなる。その上更に君のことまで加われば
負担はかなりのものだと思うんだよ。もしもし聞いてる?﹂
俺はため息をついた。やれやれ。
﹁それとも何だろう・・・・・ジュリに何か恨みでも?﹂
敢えてかな?狙ってるかな?もしそうならヴィーは排除対象だ・・・
・ギンも一緒にね。
ギンの目が狭まる。
ヴィーを守るように俺達との間にカウンターへと手をついた。
ゼンがにやりと笑った。
カオジュの目が爬虫類独特の冷たさに滑り、爺さんのため息が僅か
に聞こえる。
﹁・・・・あの子は何よりも大事なの。あの子がいるからこの世界
で生きていけるのよ﹂
400
双方の殺気が淀む中、静かに殆ど聞こえないほどの声でヴィーは言
った。
﹁ずっと見守ってきた。あの子が生まれる前から・・・・そしてこ
れからも守り続ける﹂
その気持ちがジュリに届くといいが。本当はもう遅いのかもしれな
い。誰もこうなるとは思ってなかった。ジュリが俺達を受け付けな
いようにしているのも。予想外に強い、いや弱いのか?その精神も。
勿論一番の被害者はジュリだ。
ヴィーは顔をあげて誰に言うともなしに言うと、スツールを降りて
出口に向かう。その小さな背にギンが優しくコートを着せた。侍従
かお前。あ、まぁそんなもんか。
歩き出す彼女。お待ちなさいな女王様。返事がまだだ。
﹁・・ヴィー?﹂
﹁・・・・・・﹂
﹁酷いコト言ってゴメンね?それで?﹂
﹁・・・大触界が終わったら﹂
女王様はちらりと振り返り、身震いするほどの殺気を俺に放つと、
ドM筋肉ダルマを従え去っていった。
﹁カッカッカ・・・惜しいのぉ。ギンと戦れそうやったのに﹂
ゼンが楽しげに零すと、カオジュと俺から苦笑が出る。
﹁唯でさえ状況はややこしいのに。やめてくれよ﹂
﹁ええやん﹂
401
﹁もうすぐ大触界だろぉ?我慢しなよぉ﹂
俺達は席を立ち、帰り支度を始めた。
外に出ると外気が冷たい。
そして昨日より格段に強い魔物達の匂い。
・・・・明日だな。
俺がバイクに跨ると頬に落ちてくるものがある。夜空を見上げた。
濃い灰色の雲が覆い尽くし、雨を落としていた。
ジュリ・・・
今夜君は、兄ともっとも深く繋がるだろう。
そしてそれは更に種のスピードを早める事になる。
同化の時は近い。
そして君から憎悪を向けられる日も。
仲間以外から受けてもそんなもの、塵にも等しいが。
﹁・・・ジュリはどう俺達を楽しませてくれるだろうね?﹂
俺は仲間達と笑みを交わす。ヴィーがクズだと言ったのは間違って
ない。
ジュリ。
マイファミリー。
君が壊れるのが
今から楽しみでならない。
402
* * * ジュリアン
くたくたに疲れた私がまどろみから目覚めると、隣にいたジンさん
の姿がありませんでした。
﹁・・・?・・ジンさん?﹂
﹁ここだ﹂
声に身を起こすとバルコニーに面した窓際でジンさんが立っていま
した。その周りを紫煙がゆらりゆらりと漂っています。
﹁・・・うっ﹂
ベッドから出ようとしますが痛い。
動くたんびに体中の骨がぎしぎしと鳴っているような。
呻く私にジンさんは低く笑うと戻ってきました。
﹁ククク・・・・大丈夫かぁ?元処女﹂
ムカ
﹁おいおい睨むな。気持ちいいコトもあったろ?﹂
﹁・・・・・・・・・・﹂
ジンさんは肩を竦めると更に近寄り、シーツに私を包むと抱き上げ
ました。そのまま窓際まで連れて行かれます。
403
﹁・・雨・・﹂
﹁ああ﹂
外はいつの間にか小雨が降っていました。ジンさんが窓を開けると
湿って冷たい外気が感じられます。・・・でもそれだけじゃない?
﹁・・・ジンさん何か匂いません?﹂
﹁ん?﹂
なにこの匂い・・・熟れ過ぎた果実のような、腐りかけたの何かの
ような・・・
﹁クックックッ・・!﹂
ジンさんが突然体を揺らして笑い始めました。
﹁ジンさん?どうし・・・っ!﹂
私は驚いてジンさんに声をかけました。その時のジンさんの顔。一
生忘れられません。
﹁クックックッ!そうかぁアンコ。この匂いに気づいたか﹂
犬歯が見えるほど二ィと笑った口元。目は黒々と光って。
・・・・黒々?ジンさんの 眼の色は
﹁いいね。大したモンだ。・・・経過は順調だな﹂
鋼・・・冷たい鋼の筈・・・なのに。
404
﹁・・・・けいか?﹂
ぼんやりとジンさんの言葉を復唱する。
﹁ああ﹂
黒い眼のジンさんは私を高く持ち上げると胸にキスを落としました。
﹁早く形になれ・・・ああ辛抱し切れねぇな。お前の皮膚を食い破
りたいくらいだ﹂
物騒な言葉に思わず身を引き、至近距離で顔を見つめます。
黒い。
全身が泡立つ。怖くて。
こんな目してた?
白目を覆い尽くして。真黒な。
﹁なぁアンコ﹂
﹁・・・・はい﹂
﹁俺を憎め﹂
﹁・・・え﹂
驚きに目を見開く。
反対に愉しげに目を細めて。
﹁お前はまだそっち側にいろよ。いや、気のすむまでそっち側にい
ろ。ンでな俺を憎め。つうのは何もかも俺のせいだからな。そうだ
405
ろ?そうだ。なぁ遠慮しなくて、いいんだぞぉ﹂
ククク・・・ククク・・・
悪者ガ、笑ッテル。
﹁逃げれないんだからよ。もう鍵は掛けた。お前は閉じ込められた
んだ﹂
ククク・・・ククク・・・
悪者ガ
﹁ああ!ああ!愉しいなぁ!腸ぶち捲けそうなほど愉しい!﹂
ククク・・・ククク・・・
笑ッテル。
ジンさんはひとしきり笑った後、いきなり私の首に噛みつき、反射
で仰け反った私は唐突に気を失ってしまいました。暗闇の中、いつ
までもジンさんの笑い声が渦を巻いていました。いつまでも。
グゥオオォォォオオオ・・・!ザバァァアアア・・・!ギャァァア
アア・・・!
406
激しい震動と轟音の中目覚めると、世界は一変していました。
大触界が始まったのです。
407
鬼畜注意報発令。︵後書き︶
ハイ。何処までいってもジン以下ドグマは人でなしって事で︵笑︶
どういう結末になるかわかっているのに。
それでも。
その過程さえ楽しんでいる。
たち
コイツ等性質悪すぎです。
408
Red&Black︵前書き︶
自傷行為なシーンがあります。不快な方はブラウザバックで。
409
Red&Black
* * * ジュリアン
ジンさんは巨大な魔物を残骸と化した鉄塔に串刺しにすると、片側
を引っ掴んで引き裂きました。メリメリと音をたてて魔物の体が縦
に裂け、大量な血飛沫と共に内臓が辺りに散らばります。
完全に引き裂いた体を周りでひしめいている魔物達に向かって投げ
ると脇腹に刺さった人の腕ほどもある牙を抜きました。噴き出す血
液。ですが気にも留めずに群れへと走ります。その手に大振りの刀
を持って。見えはしなかったけどきっとその表情は笑ってる。
とても楽しげに。
大蝕界が始まり、ドグマの皆はまるで別人のようになりました。
いつもの陽気さは消え、魔物を殺す事に喜びを感じている姿は・・
とてもこわい、です。
あの突き抜けたような笑顔。血飛沫を浴びてなおもっとそれを求め
て振われる腕。血走った眼。話しかけても返答すらない。無数に存
在する魔物達と24時間不眠不休で続けられる戦闘に疲弊どころか
気力漲るその異常な体力。
・・・ねぇ・・皆は本当に私と同じ人間なの?
ジンさんは人間だ当たり前だろって・・・・・本当に?ほんとうに?
大蝕界中、見知った彼等とは全く違う姿に接していくうち、私には
そんな考えが離れなくなっていました。
そして今、ようやく大蝕界が終わりました。
410
恐らくですが、SS、S、Aクラスの魔物は少なくともこの大国に
は一匹も存在しないでしょう。
しかし、大国はその広大な領土を途切れる事のない数々の大規模な
魔法と物理的な攻撃、魔物達の襲撃によってことごとく荒らされて
しまいました。その凄まじさは強力な結界魔法を蒸発させ、弾き飛
ばすものでした。再建への道のりはけして容易ではないでしょう。
それにしても本当に・・・長い3ヶ月でした。
その間私はと・う・ぜ・ん戦闘に加わるわけもなく、ただひたすら
大国の各地に散らばった皆のために武器や弾薬の補充や食料の配達
などをしていました。始めはパニクって右往左往するばかりでした
が人間って順応できる生き物なのですね。一カ月経つとそれなりに
対処出来るようになりました。当たり前ですが移動時にも生命の危
険がつくため、私専用の兵器を与えられた私はそれ等を落ち着いて
迎撃できるようになったほどです。
毎日、24時間、気を張った状態だったので、なんとか終わりを迎
えられて今は心底ほっとしています。
﹁ジュリ、どうしたの?﹂
﹁あ、お姉ちゃん﹂
背後から姉に声を掛けられ私は振り返ります。
姉はさすがに薄汚れてはいるものの、ゴスロリなドレスに身を包み、
今日もキラキラ美少女オーラを放っていました。ドグマを示すもの
は灰色と白線を腕章にしたもののみです。
ドグマはアレでも隊服はあるので隊員となった︵いえ?私は違いま
すけど︶姉にも当然のように支給されたのですが、
﹁こんなダサい服着ないわよ。しかもあんた達とお揃い?気持ち悪
い﹂
411
と暴言を吐き、ひと騒動あった後、腕章に落ち着きました。
余談ですが勿論私も同じでした。支給された隊服は姉の言うように
ダサい長袖長ズボン。
﹁・・・・・・﹂
﹁だよなぁ。これ嫌だろ?なぁアンコ。なぁ?﹂
・・・んん?
私の沈黙に何故か機嫌のいいジンさん。
﹁でよ・・俺がお前用に特注したのがあるんだなぁ∼これが﹂
ジャーン!効果音付きで自信満々に出されたその隊服。
が。
際どいアレな角度の超ショートパンツ。
乳首ぎりぎりに開かれたアレなジャケット。
﹁・・・・・・・・・・・・・﹂
私はまたも無言でそれをゴミ箱に沈めた後、︵なんか野太い悲鳴が
聞こえましたけど無視無視︶大人しくダサい隊服を身につけたので
した。
余談終了!
﹁ボーッとして。転ぶわよ﹂
﹁気をつけてるから大丈夫だよ。もう後処理終わったの?﹂
412
﹁知らない。それよりマシな建物なかった?この際シャワーが使え
るとこならどこでもいいわ﹂
大蝕界に備えて、大規模な結界や保存の魔法を掛けていたはずの大
国でしたが、どっちが化け物かわからないデストロイヤー達によっ
てそれはことごとく破壊され、廃墟のようなありさまに。最高級の
サービスを受けられるホテルが雨露を凌げるレベルなのは本当に涙
と疲労を誘います。これだけ破壊尽くされたのです、まともなライ
フラインはなしに等しく。大国民を全て所有してある避難シェルタ
ーには勿論それ等は備え付けられていますが・・・フッ、シェルタ
ー外にいる私が使えるわけありません。
・・・ああ何日風呂に入ってないだろう。なんとか水の魔法の浄化
で最低限の清潔を保たれているとはいえ、これは乙女に中々、厳し
い。
﹁あたしも探してるんだけど・・﹂
﹁イライラするわね﹂
﹁・・・ここで爆発しないでよ?﹂
﹁わかってるわ。でもそんなに我慢できそうにないわね。・・・そ
れ修理するの?もう必要ないでしょ﹂
姉が指したそれは大蝕界中私と苦楽を共にしてくれたマシンです。
大国全土に散らばったドグマの居場所を探知し、転移魔法を駆使し
て荷物を運び、時には魔物を撃退できるマルチなヤツです。これを
使いこなすのにかなりの時間が掛かりましたが、苦にはなりません
でした。だって私の命が!命が!
﹁うーん。でもなんか愛着がわいちゃってさ。ボロボロだけど・・・
基盤なんかは無傷だし部品をどうにかできたら再稼働できるだろう
し﹂
413
私は勝手に名付けた﹃運搬君﹄の心臓部を開け、中から基盤を取り
だしました。この中には大国の詳細な地図や皆の位置や状態を示す
個体識別情報が入っていてとても貴重・・・たぶん貴重なものです。
私は貴重な基盤をリュックにしまうと運搬君の機体をひと撫でして
心の中で﹁お疲れ様﹂と労いました。
﹁手分けして探そうよ。ここいらにはないからもう少し先に行かな
いと﹂
﹁面倒ね﹂
﹁あれ?そういやギンさんは?﹂
﹁終わったとたん纏わりついてきたから毒属性の魔物の死体の中に
押し込んでやった﹂
﹁・・あっ、えっ・・と・・行こうか﹂
合掌!
﹁まずはメインストリート沿いを行きましょう﹂
﹁そだね﹂
大蝕界にしか興味のないジンさん以下ドグマですが事後処理はあり
ます。辺境に居座る魔物掃討とか、たまに魔物の体内から出る玉の
管理売却とか︵とんでもない高値なのにこれがよく売れる︶、大国
からせしめる、いえ大国との主にマネーに関する交渉とかですね。
私と姉はちらほらと人が戻り始めたストリートをお風呂を求めて彷
徨います。
﹁ここ使えそうね﹂
姉が縦半分になった10階以上はあるホテルを見上げて言いました。
414
﹁入ってみようか﹂
﹁ええ﹂
ロビーを横切り、幸いにも残っていた階段を上ると、あちこち壊れ
てはいましたが部屋が残っていました。
﹁おお、マシな感じだね。これで水が出てくれれば!﹂
﹁本当にね。私はこっちに行ってみるわ。魔物が出てきたらすぐに
逃げるのよ﹂
﹁わかってるって。・・・・お姉ちゃんも気をつけてね﹂
﹁誰に言ってんの﹂
姉は目を細めて笑うと先の廊下を歩きだしました。その柔らかな温
かみ。
その背を黙って見つめます。
・・・大蝕界中のドグマは皆見慣れた姿ではありませんでした。そ
してそれは姉に限ってもです。心の底から嬉しそうに魔物達を焼い
ていたあの姿・・・・またしてもあの考えが私の頭に浮かんできま
す。
お姉ちゃん。
お姉ちゃんは本当に人間なの?私と同じ・・・
﹁何を・・・決まってるじゃないそんなの﹂
知らずに噛んでいた唇を緩め、頭を振ってそれを振り払うと120
6号室と刻まれたプレートの部屋に入りました。
入ってすぐ右手がバスルーム、真っ直ぐ行くとベッドがあります。
窓は全部割れているようでガラスや塵が散乱していました。大国の
415
冷たい外気が時折吹きこんできます。
﹁うわー・・・でもマシな方だよね﹂
強力だろう結界魔法で守られていたはずの建物が殆ど全壊している
ものが多い中、半壊ですんだこの建物はかなりラッキーです。半分
ありませんけど。何がラッキーなのかわかりませんけど。
バスルームに入るとくすんだ鏡と乾いた洗面台、同じく埃っぽいバ
スタブがありました。汚れてはいるけれど無傷です。私は期待を込
めてシャワーのコックを捻りました。
シャーと小気味のいい音を立てて水が吐き出されます。よっしゃ!
水は最初は茶色に濁っていましたが出し続けると透明になっていき
ました。急いで衣服を脱ぎ、その下に立つと体を洗います。本当は
お湯が望ましいですが贅沢は言えません。身も凍るような冷たさで
すが水が尽きる前に洗い終えなくては。
震えながらなんとか済ますと今度は急いで水滴を拭いました。
髪を拭いながら、ふと目の前の鏡に目が行きました。
全裸の自分が映ってます。
﹁・・・・・・・・・﹂
拭く手を止め、くすんだ鏡に手を伸ばすと汚れを拭き取りました。
はっきりと映し出される私の体。
強張って青ざめた顔。唇は寒さのため紫。なだらかな肩。かすかに
震えている。まろみを帯びた胸。平らなお腹。視線はさらに下へ。
416
どうしてなぜ見てしまったんでしょう。あんなに必死になって否定
し続けてきたのに。
もしかしてもうわかっていたんでしょうか。限界だって。もう
自分がもう戻れない事を。
それは花のような形をしていました。
私に浸透したそれは産まれた時からそこにあったかのようにとても
自然にありました。
知らない。
なにこれ。
ウソでしょ。
私は腰を捻ってそれを確かめます。無駄だとわかっていても確かめ
ずにはいられなかった。
震えながらもタオルを握った手に力が入る。
こすってもこすっても落ちない。落ちない。
周りの皮膚が赤く腫れ、遂には血が滲み始めても、手が、止められ
ない。
やだおちない無駄はやくおちないよきえて無駄だってなんでいやだ
知ってるでしょしらないしらない
ううん。もう知ってるでしょ。
417
灰色に視界が狭まってきて、やがてぐるぐる回り始める。
﹃体に違和感はない?﹄
﹃古代種のよしみだ﹄
﹃匂いに気づいたか﹄
﹃お前はこのヒューマに責任が﹄
﹃ああ!ああ!愉しいなぁ!﹄
﹃ボスの傍にいる事や﹄
﹃ジュリ・・・欲しくねぇかよぉ・・俺等とボス﹄
﹃経過は順調だな﹄
ごしごしごしごしごし。止まらない。消えて消えて消えてよ!
赤と黒。
執拗に繰り返されたあの夜。口付けは何時もここで。大蝕界なのに。
魔物にしか目が行かなさそうなのに。3日ごとに私のもとに帰って
きて。血に濡れた口付けをここに落としていった。
﹁・・・!ジュリ!・・何してんのやめなさい!﹂
姉が手を掴んでやっと止まりました。
タオルが真っ赤に染まっていて。
﹁なんか変なのが・・・﹂
﹁ジュリ?﹂
﹁なんか痣みたいなのが消えないの﹂
418
﹁・・っ﹂
﹁こすってもこすっても落ちなくて。ねぇどうしたらいい?どうし
たらきえるの﹂
﹁・・・ジュリ・・落ち着いて、ね?﹂
﹁やだ!なんとかしてよお姉ちゃん!﹂
﹁落ち着いて。聞いて欲しい事があるの。お願いよジュリ﹂
﹁聞いて欲しいってなにを!・・・・お姉ちゃん?・・・知ってた
の?﹂
姉が口を引き結んだのを見て。それが、答え。
﹁・・・・全部話すから。その前に治さな﹂
﹁いや!元に戻さないで!花が!黒い花が!﹂
﹁ジュリ!やめて!﹂
﹁いやだってば!いやなの!こんなのいやぁ!﹂
﹁ジュリ!﹂
姉の腕を振りほどいて駈け出した。部屋の外に出る。
ガラスを踏んだ。ぬるとするこれは血かな。がれきの散乱する廊下
の先は
なんにもない。
﹃なぁアンコ﹄
ジンさんの声がする。
419
﹃俺を憎め﹄
あの夜の。
懇願するような彼の声が。
420
ジュリアン脳内会議
体が重い・・・頭もボンヤリして・・ここどこでしょう・・暗い・・
・
︱︱︱くー!・・︱︱︱ぃくー!・・
何処からか・・声がします・・妙に聞き慣れた・・・く?
︱︱︱ゅじく!︱︱︱おき・・くださ・・!主軸!
今度はすぐ近くで聞こえました・・主軸?ってなんでし
﹁いい加減起きて下さい!主軸のあなたが起きないと会議できない
じゃないですか!主軸っ!﹂
﹁うわぁぁあ!﹂
降って来たような怒鳴り声のあまりの剣幕に、軟弱腹筋使ってガバ
リと起き上がりました。
﹁あ、やっと起きたんだ、大丈夫?主軸﹂
﹁かなりな高さから飛び下りましたしね。頭を強く打ったかもしれ
ません﹂
﹁寝すぎ・・腰痛く・・ない?・・・あるよ・・腰﹂
﹁そんなのどうだっていいだろ!暴れりゃ治る!﹂
﹁ひぇえええん・・!乱暴いやぁああ・・・!﹂
﹁甘いもの食べたくない?可愛い洋服でもいいけど﹂
﹁ジンさん・・キライ・・でもスキ・・やっぱりキライ・・・﹂
421
﹁会話がカオスになってきましたね。黙りましょうか皆さん。主軸
も驚いています﹂
一斉に喋っていた声がぴたりと止み、間を置かずたくさんの目が私
を見ました。
﹁う・・ぁああ、ああ?・・私?﹂
そこには私がいました。いえ正確に言えば私にそっくりな女のひと
達が体格の違いや様々な趣味の違いはありましたがそこにはいまし
た。毎日鏡で見ている顔がニコニコしていたり怒っていたり、泣い
ていたりしてます。
ごくり。これ、なんなんでしょう。夢・・か?
﹁あぁぁああのこれ・・あの、夢?私・・にそっくりにみえるんで
すけど、あの、みんな、皆さん﹂
﹁夢でもありませんしそっくりさんでもありません。みんなあなた
ですよ。正確に言えば主軸のあなたの感情や思考です﹂
メガネをかけた、私にそっくりな人がクイッと弦を押し上げてキリ
ッとした声で言いました。服はかちっとした灰色のスーツです。長
い髪を綺麗に後ろに撫で付けバレッタで止めています。教師のよう
な厳格な表情。
﹁私・・感情と思考・・?﹂
﹁そうです。私はあなたの理性です。主にあなたの感情や思考をま
とめ判断する事が仕事です﹂
﹁え、えと、待って下さい、待って下さいよ、ちょっとわけわかん
ないです。夢なんじゃ﹂
﹁しつこいですね。わかりましたもう夢でいいです﹂
422
﹁あのそういうの逆に不安になるんですが﹂
﹁面倒な主軸ですね。では夢ではありません。これでよろしいです
か?﹂
﹁・・・・・・﹂
心底面倒そうなしかめっ面で言われ、しゅるしゅると言い返す気が
なくなってしまいました。
全然納得できず困った顔で黙った私に私にそっくりな人は生徒に言
い聞かせるように続けます。
﹁一息には理解が追いつかないと思います。のでゆっくりでいいで
すよ、あなたが夢だと思うようなら夢でもよろしいのです。・・さ
っ!皆さんも主軸に自己紹介して下さい!主軸は混乱気味・・わり
とすぐ混乱しますからわかり易く、幼児に対するが如く説明を。主
軸は心が軟弱で折れやすいですから﹂
ひ・・酷い・・・当たってるけど・・うう・・じゃあもう夢って事
でいいかな・・夢って日常で起きた事の反復だって言うし・・・
﹁オッケー!わたしは主軸の喜と楽!それと欲求かな!えっとね、
主軸の嬉しい!楽しい!これやりたい!ていう気持ち!これでわか
るかなぁ﹂
少しだけ涙目の私に、明るい声で話しかけてくれたのはバッチリお
化粧して大好きなガーリーな服を着た私にそっくりな人。いつかや
ってみたいと思っていた黒く染めた髪にくるくるとパーマをあて、
尚且つ可愛くツインテールにして・・・にっこり微笑んでいます。
よく見るとカラコンしています。黒の。
﹁主軸!私はお前の怒!お前の怒りや暴力的なものだ!私は常々お
423
前に言ってやりたかった事があるんだ!今回はいい機会だ!心して
聞け!﹂
ビシィ!と私を指差した私にそっくりな人はカーキの軍パン、黒の
編上げブーツ、黒のレザーのジャケットにインは白のTシャツです。
髪は短くハード系にセットされていました。眉間には皺が寄り、口
はキッと結ばれています。・・・顔が自分なのに怖い。
﹁ひっく・・ひっく・・私は・・あなたの哀・・ひっく・・それと
恐怖・・あなたの悲しいという気持ちと怖い・・恐ろしい気持ちの
表れ・・うっうっ﹂
分厚い灰と黒のコート。それは踝まであり、足元は濃い青のムート
ン。肩までの髪をこれまた厚くて黒い毛皮の帽子を被っています。
そして真っ青な顔・・目からはとめどなく涙が流れています。
﹁私はあなたの愛と憎。あなたの愛おしい気持ちと憎しみの気持ち
の形﹂
ざっくり編まれた虫食いだらけの真っ黒なボレロ。裾がほつれたピ
ンクのショートパンツ。茶色の皮のロングブーツ。側面には鉛色の
鋭いスタッズがびっしりと付いています。メイクは濃いような薄い
ようなバランスの悪い配置。髪も真っ直ぐ伸びているのに毛先はバ
ラバラで所々不自然に脱色していました。
私達は紹介が終わると何かの言葉を待つようにじっと私を見つめま
す。
自己紹介・・・自分そっくりな自分に自己紹介されるというのは・・
・いや、今考えるのはよしましょう。私は心が軟弱で折れやすいそ
うですから。夢だ夢。
424
それよりも。
ええと、理性、さんの言うようなら・・感情や思考・・私の心の中
という事だろうか?なら彼女たちは私自身・・
﹁あの・・私の別人格という事でしょうか?多重人格とか﹂
﹁それは違います。今回主軸は大変ショックを受け、精神に大いに
場
を作ったのです﹂
傷を負ってしまいました。そこから回復し、自己防衛するため急遽
このような
大変なショック・・回復・・自己防衛・・・あれ?私は何をしてい
るんだったか。
頭が重い・・
・・大蝕界が終わって︱︱頭がツキンと痛む︱︱そうだ姉と探して
た︱︱何を?︱︱ツキンツキン︱︱体を洗いたくて︱︱ツキン。
薄暗いバスルーム。埃でくすんだ鏡。全裸の自分。真っ白い顔。凝
固したような瞳・・・見てる。
やっとそれを視認してる。
肌に咲いた、黒い花を。
イ ヤ。
ぐっと視界が狭まってくるのがわかります。体は思い出したように
震えて。
ジンさんの黒い目が・・・自分を覆い尽くそうと・・・
﹁主軸!﹂
強く揺さぶられ我に返ります。顔を上げると私にそっくりな、いえ
425
理性、さんが怖い顔で覗き込んでいました。手は私の腕を強く握っ
ています。
﹁あ・・、あの、私、﹂
﹁お気持ちはわかりますが堪えて下さい。このままでは主軸は本当
に壊れてしまいます。それを主軸が望むというなら話は別ですが﹂
﹁壊れる・・・望む・・﹂
﹁そうです。精神が崩壊してしまい、自我のない状態です。主軸は
それを望みますか?﹂
壊れたいなら壊れてまえ。壊れたジュリちゃんも正気のジュリち
ゃんもボスは愛する
突如蘇る、低く甘い声。引き摺られそうな・・背筋を怖気さが這い
上がりました。
強く首を振ります。
﹁い、いやです、壊れたくない・・っ・・頑張ります、よろしくお
願いします﹂
﹁わかりました﹂
私はまだ震える体を無視して理性さんに問いかけました。
﹁あの、よくやるんですけど。これは・・いつもの現実逃避でしょ
うか﹂
﹁それも違います。むしろ逆でしょう。まぁ脳内会議とでも言いま
しょうか﹂
﹁脳内会議・・・﹂
﹁さ、早速始めましょう。時間は無限にありますがダラダラしても
しょうがありません。皆さん!お席に!これから会議を始めます!﹂
426
あまりにも状況がリアルなので腑に落ちませんが、そんな私を余所
に理性さんがパンパンと手を叩くと半円形のテーブルが突如現れ、
続いて人数分の椅子が現れました。魔法?いや心の中だし・・あま
り深く考えないようにしよう。夢なんだし。
戸惑いが続きながらも大人しく真ん中の席に着きます。え、いや、
椅子の背に紙が貼られてたんで。﹁主軸﹂って。
﹁さて先ずは現状を・・・はい、怒、どうぞ﹂
理性さんが言いかけた時、怒、さんがさっと挙手しました。理性さ
んがため息を付いて促します。発言を許可された怒さんは私をギッ
と睨みつけると一気に捲くし立てました。
﹁主軸はもっと怒れ!お前の優柔不断や現実逃避には本当にイライ
ラする!私達はジンギィの卑怯者のクソ野郎に酷い事をされたはず
だ!怒れ!もっと自己主張しろ!私は怒ってるんだと態度で表情で
全身で叫べ!立て!暴れろ!﹂
ひぇえええ!怖い!私ってこんな怖い顔出来るんだ!
﹁びぇえええええ!えぇええええ!﹂
私が怯んだ瞬間、哀、さんが大声で泣き叫びました。あわわわ・・
こっちも・・!
﹁哀、なにか発言はありますか﹂
理性さんがすごい冷静な声で哀さんを促しました。その鋼鉄のよう
な態度、自分なのに羨ましいです。
427
﹁ひぃいいいい・・うぅううう・・・悲しいぃ・・怖いぃ・・﹂
﹁何が悲しいのですか﹂
﹁ぅうう・・ジンさんが私の言うことを聞いてくれないぃぃ・・痛
いことする・・監禁された・・首絞められた・・・痛い怖い・・い
やっいやっ変わりたくない!化け物になりたくない!ううぅぅああ
ぁああ!﹂
あとはもうひたすら泣き叫びます。私って・・以下略。しかしウル
サイ・・!私こんなにストレスが?
﹁煩いですね﹂
理性さんがまたパンパンと手を叩くと、どこから現れたのかガラス
のような壁が出現して哀さんを閉じ込めてしまいました。同時に音
も止みます。
﹁マシになるまで暫く囲っておきましょう。楽、なにか発言ありま
すか﹂
私と同じように耳を塞いでいた楽、さんは手を下ろすと腕組みして
唸りました。
﹁うーんそうだなぁ。ま、現状不満だらけだよね。ドグマに取り込
まれたおかげで好きな事が全然できない。楽しい気分で美味しいも
のも食べれないし、買い物もできないし。自由にできないのってス
トレス溜まる。確かに言えばなんでも買ってくれるし口に入るのは
美味しいんだけどさぁ。私が望んでる事ってそうじゃない﹂
楽さんの言葉に全員、勿論私もウンウンと頷き合います。
428
﹁あっでもジンさんとのセックスは好きかなー﹂
ギョッ
﹁あっあの!﹂
﹁どう好きなのですか﹂
そんな冷静に聞かないでぇ!ていうかやめてぇ!
﹁えーとね、なんか本人は焦ってるように見えるしがっついて見え
るんだけど、触ってくる手つきとかがさ、すごく優しいの。あとジ
ンさんの目、とかキスね、普段あの人何考えてんのかわかんないん
だけど・・あの時全身で望まれてた気がする。そういうの気持ちい
いよね。痛かったんだけどね、嬉しかったなぁ﹂
ウフッと楽さんがほほ笑みます。
しかしこれだけでは終わらなかった!
﹁でもジンさんの身体ってマジすごいよねーあの胸板あの筋肉!立
派な体躯にそったアレもメチャクチャ興味あるんだけど!今度チャ
ンスがあったら触ってみてもいいかな?ジンさんも散々あたしの触
ってるからいいよね?ねぇねぇ男の人ってイっちゃうと白い液体が
出るんでしょ?触っただけでも出るのかなぁ。あ、男そのものって
身体もたまんないけどテクっていうの?あれもさぁほんと毎回気持
ちイイ!でさぁ発見した事あるんだけど!あたし胸とか触られるの
すごい好きかも!でねでね今度他の男の人とも試してみたいんだけ
どなんか危険な匂いがするからやめといたほうがいいのかなぁ?ジ
ンさんより気持ちよかったらどうしよ?アハハッ!﹂
429
アギャァアアアアア!!!
誰かっ!誰か彼女の口を塞いでぇええ!!
ぐぁあああっぁああ︱︱!恥ずかしいぃひぃいいい!
何この自惚れ感っ!気持ちいいとか!筋肉フェチっぽいコレとか!
もうその痴女な発言コレ!何の公開処刑コレ!しかも聞いてるの全
部私とかコレ!もうわけわからん!!!
﹁アレって舐めてもいいのかな?﹂
わたしぃぃいいいい!!!マジほんと黙れ!!!
﹁愛、憎、何か発言ありますか﹂
スル︱とかも!いえいいんですけど!でもなんかそれも居た堪れな
い!
﹁・・・・・・・・・・・・・﹂
愛と憎、さんは私をじっと見つめます。あうあうとなって椅子ガタ
ガタ赤面しまくり大量の脂汗冷や汗身悶え中の私からは、彼女の無
表情な顔から何を考えてるのかわかりません。
一応彼女も私・・らしいのですが。
﹁あ、あの﹂
﹁・・・・・・﹂
愛と憎さんは何も言わず、ゆるく首を振りました。
少し間があり、コホンと咳をして理性さんが仕切りました。
430
﹁各自取り敢えず言いたい事は言いましたね?では次は主軸が今ま
で積極的に放置していた問題と向き合いましょう。そしてあのジン
ギィ・ライダーズ・ハイとの関係を今後どう展開するか話し合いま
しょう﹂
431
ようこそ!骸離宮へ!
* * * ヴァイオレット
動揺して遅れた。
慌てて追い掛けるもジュリは今まさに飛び降りようとしているとこ
ろだった。
全身を恐怖が這い上がる。声にならない叫びを上げながらジュリに
魔法をかけようとして寸でで思いとどまった。種のせいだ。
走る。足が思うように動かない。ああやめてお願い!追いついた視
線はもう下方へ。突き出した鉄骨やコンクリートに当たりながら落
ちていく!なんて事・・・!!死ぬ!ジュリが死んでしまう!!!
冷静になれ!
古代種特有の痺れるような感覚が沸く。
ジュリが落ちるであろう地面に向けて弾力性を重視した柔らかな結
界を幾重にも張る。
吸い込むようにジュリをキャッチ。
すぐさま飛び降り、ジュリに駆け寄る。ギリギリだったが何とかこ
れ以上の怪我は負わせずに済んだようだ。結界を解除しながらジュ
リを抱えた。
無惨な姿。
生きているのが不思議なほど。あまりに酷い状態に叫ばないように
きつく唇を噛んだ。
しかし。
まるで別個な生き物のように大口を開けていた傷が修復されていく。
432
細胞も血液も臓器も骨も筋肉も。
全部治る。
速さも有り得ないスピードだ。古代種である私ですらこんなに早く
は治らない。しかもジュリは全く魔法を使っていないのだ。
その様は・・・異様だ。異常だ。あのジンギィのように。
でも私は安堵する。
ジュリに埋められ、開花し、実をつけようとしている種の働きに感
謝すらしている。
それがどんなにジュリを苦しめているのかわかっているのに。
あの絶望に歪んだ顔を見ているのに。
私は・・彼女が生きていることを殊更喜んでいる。
ジュリはもう大丈夫。すぐ死ぬヒューマでは、もう、ない。と。
所詮、私も身勝手で愚かな弱い古代種なのだろう。
どんなにヒューマを振舞っていても。
醜い。
あいつらと然程も変わらない。
﹁姫さん!それ・・ジュリか?﹂
・・・駄犬か。ちっまいたと思ったのに。
﹁犬、そこのホテルからシーツかなんか持ってきて。清潔な物を選
ぶのよ﹂
﹁あ、ああ、わかった﹂
駄犬は返事はしたものの躊躇ったまま突っ立っている。何してるの
よこの犬は。
﹁早く行きなさいよ。ジュリが寒いじゃない﹂
433
﹁・・・姫さん、大丈夫か?﹂
﹁・・・・・うるさい。早く行け﹂
駄犬は尚も迷っていたが私が睨むとバカでかい体を恥ずかしそうに
して︵気持ち悪い︶跳躍した。
その間、青ざめたジュリの肌を擦り、ジンギィのことを考える。
ジュリが文様を介して種の存在を認めたことをすぐに報告しなくて
はならない。彼奴はその事を待ち望んでいたのだから。報告する文
面を考えていると駄犬が戻ってきた。手には埃っぽい厚めのリネン
がある。
﹁もうちょっとマシなのなかったの﹂
﹁すまない姫さん﹂
謝りながらも声音が弾んでいる。うっとおしい尻尾も盛大に揺れて
いる。この変態が・・もっと強い毒性の魔物の中に押し込んでくれ
ば良かった。早くジュリの元に行きたいがために手近で済ませてし
まった。それでも上位の魔物であったのだけれど。こいつ等の耐性
というか打たれ強さは本当におかしい。受け取ったリネンで丁寧に
ジュリを包む。
﹁犬、ジンギィは何処にいるの?﹂
﹁隊長なら国会議事堂だ。あ、あの姫さん他の男の名前は言って欲
しくな﹂
チッそう言えばそうだった。あんな衆人環視の中、ジュリを連れて
行きたくない。
﹁ジンギィ呼んできて。5秒時間をやるわ﹂
﹁短っ!けどごめんなさい!断ります!﹂
434
﹁・・・・は?﹂
﹁あひぃいぃいいい!で、でも俺は姫さんから離れない!いやだ!
すいません!でもいやだ!﹂
コ ノ ク ズ イ ヌ ガ !
震えるほどの怒りと嫌悪が浮かんでくるがジュリを抱えたままなの
でぐっと堪える。実力行使に出ない限りクソ犬は動かないだろう。
クソ犬にジュリを任せるのも絶対に嫌だし他に人手はない。限界ま
でイライラしながら私は妥協案を考えた。
伝達しかない。私は人差し指を口に突っ込むとしばらく掻き回し、
ジンギィに伝える文面を乗せて口から金の蝶を取り出した。
クネクネとクソ気持ち悪い動きをしているバカ犬に雷撃を飛ばす。
﹁ぐひぃ!﹂
﹁この蝶を転移魔法でジンギィの元へ送れ。間違えたらお前を殺す
わよ﹂
﹁・・!わ、わかりましたっ﹂
クソ犬はヨロヨロしながら蝶を受け取ると手のひらに小さな魔法陣
を展開してからジンギィの元へと送った。何事かを喋るクズ犬を無
視して1分後。水色に光る大きな魔法陣が現れたと思ったら、ジン
ギィ以下ドグマ全員が転移してきた。早い。
ジンギィはさっと辺りを見渡し私とジュリに当たると無言で歩いて
きた。有無を言わずにジュリを奪われる。ジュリの全身に目を走ら
せるとツイと右手が翳された。
フウ・・と空気が動く。え・・・
ドゴッ
435
気付くとギンに抱えられていた。
暑苦しい毛皮に覆われた胸に頬が押し付けられている。
﹁いってぇ・・・﹂
頭上からギンの声がしてそのあまりに哀れな様子についと目線が上
がった。
薄く空いた口からダラダラと血が溢れてる。
﹁・・っんとに容赦ねぇ。姫さんケガないか?あ・・﹂
ギンがこちらを見下ろして喋った途端、口端から血が滴り落ち、パ
タタと私の頬を濡らした。
﹁すっ済まない血が!・・ごめんなさい!﹂
ギンが慌てて謝る。
﹁姫さん?﹂
だが反応のない私に訝るギン。
全く見えなかった。
ジンギィの攻撃が。
・・・ギンの回避も。
なんなの・・・なんのよ、こいつら。
古代種だからって異常すぎる。
﹁殴るこたないだろボス!姫さんは女の子なんだぞ!しかも古代種
436
の!﹂
﹁うるせぇな、だからだよ﹂
抗議するギンにジンギィが煩わしそうに舌打ちして抱えられた私を
ギロりと睨んだ。舌打ちはギンが回避した事へだろうか。それとも
呆然とした間抜けた顔を晒している私にか。
﹁古代種の女だったらもうちょっと使えるだろが。平和ボケしやが
って。おいヴァイオレット、なんの為にテメェをアンコに付けたと
思ってる。目ぇ離すなと言ったはずだ﹂
あ・・・その、通り。一言も言い返せない。
﹁兄さん、ジュリどう?﹂
シーグの言葉にジンギィは私を睨むのをやめ、シーツを捲ると血に
汚れたままであろうジュリの体をしげしげと見た。それから片手を
突っ込んでしばらく空を見ていたが、
﹁大丈夫そうだ。傷は見たところ塞がったようだし、種も安定して
いる﹂
﹁そっかそっか。ヴィー、ちょっと聞きたいんだけど。その時の状
況とか﹂
錯乱し、悲痛に顔を歪めたジュリの顔が思い出される。思わず唇を
噛んで俯いた。と、ギンの胸元の毛が鼻をくすぐり、まだ抱き抱え
られたままだったのに気がついた。
顔を上げれば欲情した青い目。
嫌悪感に怖気だつ。条件反射で渾身のアッパーをかました。
顎の骨が砕けたようだが知らない。
437
﹁きれぇに飛んでったなぁ﹂
ゼンが放物線を描いて飛んでいった犬の方を見ながら呟く。たとえ
こいつらが私より上位にいようとも気持ち悪いものは殺る。
それ以上は構わず私はジンギィとシーグにジュリのあの時の様子を
伝えた。冷静になれと自分に言い聞かせながら。
﹁クク・・是非横で見ていたかったな。やっぱ張り付いてたらよか
った﹂
聴き終わったジンギィが舌舐りせんばかりにニヤリと笑う。
﹁わ∼悪者っぽい顔∼﹂
着ぐるみ姿のラストが間延びした声で言うと
﹁大事なイベントだろ。味わわねぇでどうする﹂
ニヤニヤを貼り付けたままジンギィが返した。
﹁フム、という事はジュリは漸く現実を受け止め・・この場合は認
識かな、したわけだね﹂
﹁そうだのぅ﹂
﹁これからどないするん?﹂
戻ってきたギンをからかうのをやめたゼンがぐるりと体を捻ってジ
ンギィを窺った。
聞かれたジンギィは﹁そうだな・・﹂と言ってジュリの顔を見下ろ
す。そのまま頭を下げて額にキスを落とした。その行為は優しいと
いってもいい。だが、その顔には最早見慣れたあの外道な笑いを浮
438
かんでいる。
﹁そろそろアンコを閉じ込めるか。よし、骸離宮に決めた﹂
・・予想していた事だけど・・ジュリ・・ 骸離宮。聞いたこともない城だわ。
ヒュウと、カオジュが口笛を吹いた。
﹁・・ん、そりゃいいね。ここまできて逃げられても困るし妙な横
槍があってもねぇ﹂
﹁ンな事になったら隊長が何もかも壊しちまうよぉ。さすがに困る
なぁ﹂
﹁逃げ場なしの所でさらに囲むとか相変わらずえげつないのぉ﹂
ジンギィは﹁ん﹂と言ってジュリを肩の方に引き寄せて抱き直すと、
徐ろに自身の肩に指を突き立てた。
グチャ!ズチュズチュ
肉を抉る音が響き﹁これじゃねぇな﹂などとジンギィが呟く。生ま
れながらに狂っている人種と言われる古代種だ。自傷する事も異常
ではない。しかし奴は一体何を探しているの?やがてバキッと音が
して。
﹁あったあった﹂
ジンギィが細長い筒状の物を手にとった。血まみれの白いソレ。ジ
ンギィの骨だろう。ジンギィは骨を振って血を飛ばすと咥えて息を
吹き込んだ。笛を鳴らすように。しかし骨からは澄んだ音は流れて
こず、聞こえるのはギチギチィギチィイイという耳障りなものだっ
た。
439
﹁犬。ジンギィは何をしているの?﹂
私はうっとおしい気配を発散させながら戻ってきたイヌに聞いた。
合図か何か?そうならば何に対して?
﹁骸離宮を呼んでいるんだ。姫さんとジュリアンは初めてだな・・・
登録からしないと・・﹂
﹁・・離宮なのに?普通はこっちが移動でしょ?もしかして・・動
くの?﹂
﹁動くというか生きているというか・・まぁ見てればわかるから。
もしかして怖い?大丈夫だ姫さんは俺が守﹂
イヌが何か言っていたが私は俄かに色濃くなった気配に上空を見上
げた。この魔導は!
最初に黒い点が見えた。それは見る間に近づきやがて全容を表す。
一言で言えば巨大な魚だ。
黒と白の輝る鱗、いくつもの触手が束になった様な背鰭や尾鰭、ギ
ョロリとした濁った巨大な赤目。何とも言えない生臭い匂いが広が
る。
巨大魚はギギギ・・と音を鳴らしたかと思うと側面から汚い音がし
て何本かの触手が垂れてきた。
ドグマの連中が次々と手に取ると、巻き上げるようにして触手が上
がっていく。目の前にあるベトベトした触手なんて触りたくはない
けど仕方がないだろう。横から期待に満ちた眼差しで手を差し伸べ
ているイヌよりはマシだ。私は腰のリボンを引きちぎると触手に巻
きつけ、ぐいと引っ張って上昇し始めた。
上るにつれ、巨大魚の上部の様子が見えてくる。そこには真っ黒な
色をした城があった。城壁も尖塔も見事に黒い。抉れた様になって
ひるが
る背中一杯に広がる城は巨大魚の大きさに比例してかなり大きい。
触手は上昇し終わるとぶんと飜えり、私は弾みをつけて地面・・と
440
いうかわからないが地面に着地した。ジンギィ達はと見渡すと十メ
ートルはあると思われる巨大な門扉の前に立っていた。
﹁ヴァイオレットこっちこい﹂
怪訝に思いながら傍に行くと
﹁ここに手を載せろ﹂
四角く窪んだ箇所に促される。
﹁何なの?﹂
﹁離宮に入れるパスみたいなもんだ。お前の生体識別を登録して出
入り出来るようにする﹂
﹁なるほどね﹂
私は納得すると手を置いた。やがて黒い光が輝く。直後手の平全体
を突き刺すような痛みが起こった。少し眉間に皺がよる。光が収ま
ると﹁もういいぞ﹂というので手をどけた。
次にジンギィは自分の手の平を乗せる。
﹁これは承認だ﹂
コイツの許可もいるのか。
﹁ジュリも?﹂
﹁こいつはしないでもいい。なんせ俺の種が入っているからな。第
二成長期に差し掛かっているし認証の必要がないほど同化は進んで
いる﹂
441
ニタァと笑うジンギィ。強い魔物を相手にしている時よりも愉しげ
な様子だ。
次に進んだ正面扉でも同じ事をした。念が入った事で。
扉が自動で開く。ぞろぞろとジンギィを先頭に全員が続いた。巨大
なホールは全体的に黒。悪趣味な装飾品などが僅かばかり色を添え
ている。
﹁お帰りなさいませ旦那様﹂
そしてもう一つ。いや一つではないわね。
そこにはスーツどころかシャツまで黒な口ぶりからいわゆる執事が
いた。その後ろにこれまた黒のお仕着せを着たメイド達もいる。真
っ黒黒でうんざりする。うん?あれは・・
﹁ノーマン、久し振りだな﹂
﹁はい、429年6ヶ月13日9時間と58秒ぶりでございます旦
那様﹂
﹁そうかい﹂
あいつらの会話がおかしいと思う私はだいぶヒューマが板について
きたようだ。
﹁おやそのお方は・・もしかして﹂
ノーマンと呼ばれた執事が目を凝らすようにして身を乗り出す。
﹁ああ。やっと見つけたぜノーマン。これが俺の伴侶だ﹂
﹁・・・なんと!真にございますかこれは喜ばしい!﹂
ジンギィが少し前屈みになりジュリの顔を見せる。
442
﹁可愛いだろ﹂
﹁お美しいレディですな。さすがに旦那様の伴侶でございます﹂
血塗れだが。
﹁名はジュリアンだ﹂
﹁お名前までお美しい﹂
これ以上無駄な会話を聞きたくなかった私はノーマンの背後に身じ
ろぎもせず控えているメイド達に目を移す。皆同じ顔。そしてその
表情にはなんの感情も浮かんでいない。ただそこに立っているとい
う感じ。その様子に玩具の店に並ぶ、量産型の人形達を思い浮かべ
る。フレイムの哀れで醜いレプリカントと違ってこちらは正統派の
ようだ。
﹁レプリカント﹂
口に出すとノーマンが私を見て目があった。こいつ・・古代種だわ。
でも会話を聞いて考えてみるとそれもそうか。
﹁これはまたお若い古代種ですな。しかも貴重な雌ではありません
か﹂
失礼な言い方は古代種ならではね。わかっていても殺意が沸く。死
ね。
﹁雌って言うな!女の子だノーマン!丁重に扱え!﹂
お前も死ね。
443
﹁これは失礼な物言いを。ほう・・ギンジョーの伴侶ですか。一度
に二人も現れるとは・・珍しいこともあるものです﹂
﹁なんだそんなはっきりわかっちまう?照れるな﹂
本当に気持ち悪い。
犬がクネクネと体を揺するのがイラっときたので脇腹を狙ってナイ
フで刺した。
﹁このメイド達全員レプリカント?﹂
隣ではイヌが血飛沫上げながらのたうち回っているが無視してノー
マンに訪ねる。
﹁左様でございます。なんなりと用事を言いつけて下され。おお、
これは失礼しました。私この骸離宮を管理運営しておりますノーマ
ン・スミスと申します。知っているとは思いますが貴女と同じ古代
種でございます、はい﹂
ノーマンもイヌを無視し、きれいに礼をして控えめに微笑んだ。
﹁私はヴァイオレット・フラインブル。ジュリアンの・・関係者よ﹂
﹁あれ?姉って言わないんだ?いいの?﹂
茶化すようにシーグが横から口を挟むが無視してやった。うるさい
男だ。おまけに嫌味。
﹁それでは皆さんこちらへどうぞ。お休みになられたい方はご自分
のお部屋へ、お食事までまだ三時間少々ありますが軽食も用意して
ございます。蝉の間までどうぞ﹂
444
ノーマンがはきはきと言い私にはレプリカントが寄ってきて平坦な
声で案内を買って出た。
軽口を言い合いながら連中が思い思いに散り始める。
﹁姫さん、俺の部屋、隣だぜ!仲良くしような!﹂
イヌは脇腹から血がまだダラダラと滴っているが平気なようだ。今
度は頚動脈でも掻き切ってみよう。
﹁ジンギィ?ジュリをどうするの?﹂
廊下を行こうとするのを呼び止めると奴は半身だけ振り返って私を
見た。
﹁俺の部屋に連れて行くに決まってんだろ﹂
さも当然と返す。分かりきった事を言うなと言いたげだ。重い鉛を
抱き込んだかの様に胸が苦しくなる。
﹁そう・・・あの・・乱暴には﹂
﹁さすがにしねぇよ。ま、あれだ、イイところを見逃したからよ。
今度は目が覚めてどうするのか間近で見ようと思ってな。咲いてる
文様もじっくりと愛でてやりてぇし。咲いてるんだろ?﹂
﹁・・・・・ええ﹂
ああ・・ジュリ。
﹁きれぇだろうなぁクク・・・やべぇ考えただけで・・抑制出来な
くなりそうだ。ククク﹂
445
ジュリ。
﹁目が覚めたらどうやって追い詰めてやろうかな。どう抱いてやろ
う。ああ楽しみだ。早く起きねぇかな﹂
ジュリ。
嫌なのは知っている。普通に暮らしたいのも知っている。
叶うならあなたを連れて逃げ出したい
何とかしてあげたいのに
でも・・ああ・・・
ごめんね ごめんね
なんの力もないばかりか
これであなたが簡単に死ねないことを
喜んでいるのよ
許して 許して ごめんなさい
あなたに嘘ばかりついていることを
ばれたくないなんて
いまだに願ってしまうの
でももう・・そうね
わたしもあなたに憎まれる時が来る
あなたは私を疑っている
もう わかってるんでしょ?
446
ジンギィはジュリから私へと目を移すとにやりと笑った。
あそ
﹁いい顔してんなヴァイオレット。古代種でギンの伴侶じゃなかっ
たら殺んでやるところだ﹂
そんなにひどい顔をしているの。・・ええ、間違いなくしてるでし
ょうね。
ジンギィは一頻り笑うとジュリを抱き直して廊下を進み、やがて角
を曲がって見えなくなった。
それを見送って。
ふと、もう二度とジュリに会えないような気がした。
447
ようこそ!骸離宮へ!︵後書き︶
執事のノーマンの名の由来はあるロボットアニメから。好きなんで
す。
あ、皆さん、メリークリスマスです。
448
ぐだぐだジュリアン、参る
本当の気持ち、嫌で嫌でしょうがないです。この期に及んで何を言
うと目を剥いて怒られそうですが。
でももう事態は待ったなし。時間切れですね。とうとう向き合う時
が来てしまいました。
私達が、いえ私が今後どうするのか⋮。
﹁皆さん、先ずはこちらをご覧ください﹂
理性さんが手に持ったポインターでコツコツとホワイトボードを叩
きました。
﹁今まで私達が見たり聴いたりした事柄です。そしてこれが今後の
焦点となるものです﹂
理性さんはホワイトボードを押しやると新たに出現したホワイトボ
ードをまたコツコツと叩きました。そのボードには
1、主軸は身体に何らかの魔法、または術を施された。現在継続中
である。それは解ける事が可能か否かッ!
1、ジンギィ・ライダーズ・ハイ及びドグマとは一体何者なのかッ!
1、ジンギィ・ライダーズ・ハイ及びドグマからの離脱は可能か否
かッ!
1、姉である、ヴァイオレット・フラインブルへの疑問ッ!
449
とデカデカと書いてありました。
関係ないですけど﹁かッ!﹂は必須なんだろうか⋮⋮
﹁いいですか皆さん!これの解決なくして我々、ひいては主軸の未
来はありません!﹂
バンッ!と理性さんがボードを叩きます。この気合い、﹁かッ!﹂
をつけるだけあるようです。
﹁おお∼﹂というどよめき。ていうかみんな私なんですが。しかし
こう、なんか頑張るぞ!シャキシャキ発言していこう!
﹁では先ずは姉であるヴァイオレットへの疑念から始めましょう。
主軸、何か思う所はありませんか?﹂
﹁あー⋮あります⋮ね。あの⋮姉は、お姉ちゃんはホントにヒュー
マなんでしょうか。お姉ちゃんが普通とはちょっと違う事はわかっ
てるつもりなんですけど、わたし、本当にわかってたのかな。アレ
は⋮アレは変わってるという範疇を超えていると思うんです、けど﹂
私が言い終わるか終らないかのうちにホワイトボードの向こう側、
いきなりスクリーンが出現し、私が見たままの大蝕界中の姉の姿が
映し出されました。黒衣のドレスを翻し炎を纏う棍から巨大な火の
鳥を出して、何十体もの魔物達を焼き殺していました。そしてその
顔は愉悦にうっとりと微笑んでいます。
見間違いなんかじゃない。あの日ばかりでもありません。それは幾
度も幾度も何度も何度も。
今改めて見てもゾッと背筋に走るものがあります。
だって⋮似ているんですよ、アノヒトタチニ。あの恐ろしい姿、圧
450
かお
倒的な魔力と力、心の底から楽しんでいる、あの、表情が。
﹁本人に直接聞いてみたらって⋮それが出来てたらこんなに悩んで
ないわよね﹂
﹁主軸は知らんふりが得意だからな﹂
﹁曖昧さが美徳だと思ってるんですから﹂
ううっ⋮だって、もし、ソウだったら⋮嫌じゃないですか。たった
一人の姉なんですから⋮
あれっ?姉⋮⋮お姉ちゃん⋮⋮姉ですよね?私の⋮家族⋮
﹁主軸、しっかりなさって下さい﹂
﹁あ⋮﹂
理性さんに声を掛けられて気付くと両手で体を抱えていました。ガ
クガクと震えています。
﹁主軸⋮今はまだそう考えなくてもよいでしょう。何しろヴァイオ
レット・フラインブルとは長年家族だったわけですから。しかし⋮﹂
理性さんは相変わらず平坦な声で続けます。でもその声を聞いてい
ると不思議と震えが止まり、落ち着いてきます。
﹁しかし、もうそういう状況ではなくなったわけですから⋮早急に
解決した方がよろしいです﹂
そうですね⋮只でさえ難しいややこしい状況ですもんね。
451
﹁では次にジンギィ、ドグマについてですが⋮﹂
﹁はい!﹂
気分を変えるように理性さんが続けると、真っ先に楽さんがシュッ
と手を挙げました。
﹁楽、どうぞ﹂
﹁ぶっちゃけ∼ジンさんから逃げるのは不可能っていうか無理があ
ると思う!だって主軸ヒューマだし!﹂
⋮いきなり結論が出てしまいました。
﹁悔しいがその通りだな。ジンギィに敵うなんて考えられん﹂
﹁逆らったら何されるかわかんないよー﹂
﹁怖い⋮ジンさん怖い⋮﹂
﹁確かに。主軸はどう思われます?﹂
5人の私が揃って私に向きました。それに少したじろぎます。
どうって⋮
どうなんでしょう?
﹁あの、逃げられないのは⋮わかっています。ジンさんは、私に何
時も逃げる事を許しませんでしたし、逃げられると考える事さえも
許そうとしませんでした﹂
初めて会った時の事、遺跡での行為、召喚状の期限が切れた途端捕
獲しに来た事・・監禁、議事堂前広場での応酬、大蝕界での思考す
らなくなる圧倒的で長かった戦い。
452
﹁わかってるんですよ、結論なんてとっくに私は知ってます。ここ
が私の意識の深層に近いとこなら、私がここにいるのは﹂
私は私の認識と覚悟を確認するためにココにいるんです。よね?
﹁よね?ではもう通じませんよ、主軸﹂
理性さんがバッサリ切ります。
認識と覚悟、か。
そうしなければならない。するしかない。したくないけどしなきゃ
いけない。
﹁何とか⋮ならないんですかね。私⋮ほんとに?本当にあの人・・
?﹂
ああ 本当に私ってダメですね。
﹁ああ、駄目だな﹂
なんでこんなに諦めが悪いんだろう。
﹁だって嫌なんだもん﹂
そう。嫌なんだ。この状況が。
だって、わたし
だって、
だって、
︱︱︱普通に暮らしてたんですよ?
453
普通に朝起きて
普通に服を選んで
普通に昼ご飯を食べて
普通に友達と買い物に行って
普通にテレビ見て笑って
普通にお風呂に入って
普通に夜寝て
普通に生きてたんです、私。
それが、
今でも覚えてます。あの人の言葉。
﹃お前は逃げられねぇよ⋮この俺からはな﹄
いきなり出てきて。何言ってんだってもんですよ。私が何したって
いうんです。
何でそうなるんですか。私、いやって言ってるのにどうして聞いて
くれないの。
どうして私にヘンな術かけるの。
どうして怖いことばっかりするんです。
どうして 憎め、なんて言うんですか。
どうして そんな目で私を見るの。
溶けるほど熱くて埋もれるほど泥濘としてこの世界の何も吹き飛ば
すほどの暴風のような、あの人。
全てを手に入れているようなのに何一つ持っていないかのような、
あの、目には。
454
わたし どうして あなたに 出会ってしまったの
﹁すいません。考えを纏めるどころかかえって支離滅裂になっちゃ
いました。もうわけわからんですね﹂
﹁それでいいんですよ、主軸。貴女は今まで自分に考える事さえ許
さなかった。それが自分にも周りにも歪みをもたらすと意識的にし
ろ無意識的にしろわかっていても、それでも考える事をしなかった﹂
﹁理性さん⋮﹂
﹁それを今ちゃんと言えてます。纏まりがなくても繋がらなくても
いいんです。貴女は歪んでても回り道でも自分を守ろうとしたんで
す。当たり前です。それが普通です。それが主軸のやり方で私達な
んですから。さあ、なんでも話してみて下さい。大丈夫です、ここ
は何よりも一番小さく何よりも大きい場所。時間の概念もなく貴女
を脅かす者も居ない。誰も貴女を肯定も否定もしない、許してと言
えば許しましょう。断罪してと言えば断罪して差し上げます。ここ
は、貴女だけの場所なのですから﹂
気がつくと私は泣いていました。
暖かな涙がいくつもいくつも頬を流れていきます。
何でだろ。ホッとしてるのかな。安心してるのかな。こんなんでい
いのかな。
﹁なんの保証も根拠もないけど何となく大丈夫でいいんじゃない?﹂
えええ。いや、それはちょっと。
﹁変な所で真面目なんだからぁ﹂
455
﹁主軸は結構短気だがすぐ萎むのは悪い癖だぞ、怒りを持続させろ。
すぐ萎縮するのもやめろ。それさえ失くせば大丈夫だ﹂
む、無理っぽいな・・
﹁ぐすっ・・大丈夫。ストレス最大になったら寝ちゃえばいいよ。
主軸案外単純だから﹂
あれっ?結構安易なリセット法だな。単純⋮そうですね⋮最近よく
聞く単語です、単純なだけに。⋮つまんねぇ。
﹁案外考えすぎないのがいいのかもしれませんね。まぁ度が過ぎる
とこのような事態になるのですけど。それでも主軸は何とかしよう
ともがく辺り、神経が図太いので大丈夫なのでしょう﹂
⋮⋮否定できない。
ああでも⋮そうですね、私。私が逃げられない、手に負えないあの
人とこれからも付き合っていかなければならないなら図太すぎるく
らいはいいのかもしれないです。さっきから皆さんが大丈夫大丈夫
って言ってくれるので何となく大丈夫な気もしてきましたし。全部
自分ですけど。あ、本当だ私単純。あ、あんまりにもぶっ飛んだ出
来事が立て続けに起こって突き抜けたんですよ、きっと。妙に落ち
着いてきます。
﹁我慢なんかする事ないよぉ。それこそあのジンさんを振り回すく
らいじゃないとね!あの人が困るとこ見てみたくない?うふふっ﹂
それは⋮見てみたいかも。⋮⋮いやいやいやいや!余計な事はしな
い!これ以上異常な事態を引き起こさない!
456
﹁絶対タノシイと思うけどなぁ﹂
やめて!!
私の必死な形相を見て楽さんがあははっと笑います。⋮あははっ!
ぐったりと肩を下げてため息をついた時、急に床がグニャと歪みま
した。はっと顔を上げると椅子やテーブルが細かく震えながら少し
ずつ消えていきます。
﹁⋮時間のようですね﹂
理性さんが椅子から立ち上がり平坦な声で言います。
﹁時間⋮﹂
﹁主軸の意識が引き上げられます。何故なのかわかりますか?﹂
周囲の物がグニャグニャと崩れる空間で私達は立っています。私は
理性さんの質問に少し迷いましたが頷きました。
﹁そうです。主軸の認識と覚悟が完ぺきではありませんが固まった
事による現象です﹂
何とかですけどね。
﹁ジンさんの事どうするか決まったの?﹂
﹁はい﹂
﹁主軸の口から聞きたいな﹂
私は私の分身たちを見渡しました。厳しい顔、楽しい顔、怒った顔、
悲しい顔、無表情な顔を。
457
﹁まずは知る事だと思ってます。ジンさんとドグマの皆さんの事を。
その結果がどうなるとか今度こそなるべく頑張って・・無理しない
程度で頑張りたいかなー⋮なんて﹂
皆が揃って呆れたような顔になりました。うう⋮わかってます意気
地のない事は。
だって多々対一ですよ?
﹁はぁ⋮ま、しょうがないよね、主軸だし﹂
⋮⋮⋮無事、会議の結果がでた模様です。
﹁主軸﹂
!
今までずっと黙ったままだった愛と憎さんが口を開きました。
﹁⋮あ﹂
彼女以外の私が後方へ流れるように消えていきます。各々のやり方
で手を振って。私は頷く事で挨拶を返しました。
あとには何もない白い空間。彼女と私の二人だけ。
﹁主軸﹂
何でしょう?
﹁主軸は嫌じゃない﹂
458
⋮嫌って言っても聞いてくれませんもん
﹁主軸は知っている﹂
何を?⋮というか比較対象があの人だけっていうのが⋮
彼女は近づくと動けない私をぎゅっと抱き締め口付けました。
ぴったりと舌を合わせ擦り付けるようにぐにぐにと動いたと思った
ら強く吸って。
唇をやわやわと刺激しながらも優しく噛んで。
自分の唾液を飲ませるかのように送り込んでるのが変態チックだな
と思ったり。
そっと唇を離した愛と憎さんをその虹彩の一つ一つが見える距離で
見つめ合います。
唾液に濡れた唇はあの日に見たあのままの色。
﹁本当に?嫌?今⋮﹂
ダレヲ
あ⋮
オモッタ?
あの人⋮を⋮
﹃俺を忘れるな﹄
459
ジンさん
愛と憎さんが腕を緩め、とん、と軽く私を押しました。
スローモーションの様に体が倒れていきます。
ざぶん。
床に当たる、と思った体はそのまま沈み込みゆっくり落ちていきま
す。顔を上向けると彼女は泣き笑いのような顔で見下ろしていまし
た。
小さく手を振って。
急速に視界を白い光が覆っていきます。眩しくて目を閉じました。
460
ぐだぐだジュリアン、参る︵後書き︶
意気地なしジュリがぐだぐだぐちゃぐちゃぐるぐる回っているだけ
の話です。読んでもらってかなりイライラしたと思うんですけど、
ストーリー上必要なのです。
461
*
穴蔵
*
* ジュリアン
⋮鼻先に、コチョコチョ当たる柔らかい感触に目が覚めました。
﹁ん⋮﹂
最初に目に入ったのは 毛。たぶん毛皮。
どうやら柔らかそうな、︵いえそれに顔を埋めてるんで実際柔らか
いんですけど︶深い茶色の毛皮に包まれています。
パチパチと瞬きをして寝惚けた頭を何とか起動します。はっきりす
るに従って、現状、私はうつ伏せ状態のようです。
入ってくる視界、茶色や黒や茶褐色の波を捉え、意を決してそっと
毛皮から顔を覗かせてみました。
一面が毛皮、毛皮、毛皮の海です。
いや違いました、これは⋮毛皮でできた恐らくベッド。に寝てた模
様。私は体を起して、げっ裸だ!慌てて毛皮を胸元まで引き上げ辺
りを見回しました。
とんでもなく広い部屋です。塔の中みたいに円形で⋮何にもない部
屋です。
何にもないとは語弊があるかな?
毛皮のベッドの外はサイドテーブルと一人掛けのソファのみ。扉が
3ヶ所あり、ごつっとした石というよりは岩みたいな壁にはなんの
装飾⋮絵とかなんとか、もありません。
素朴な疑問。
462
どこだここ?なんで毛皮に埋もれてんの?あとなぜに裸?
途方に暮れてキョロキョロしてると、不意に青白い光を放ちながら
何かがふわりと飛んできました。ぎょっとして体を堅くしていると
それは掠める様に滑って行き、壁に当たる寸前に上昇していきまし
た。
ランタン。
だと思うんですけど、細かな細工が施してあるようなそれ。
﹁うわぁ﹂
上昇するランタンに釣られ見上げた私は思わず声を上げました。
そこにはおおよそ20はあるランタンがふよふよと漂っていたから
です。
暗い石壁の部屋の中を滑るように移動するランタン達︱︱︱その幻
想的な光景にしばし見惚れていると不意に人の声が聞こえました。
﹁起きたか、アンコ﹂
その声音は、ジン、さん。
﹁⋮ジンさん?﹂
﹁ここだよ﹂
ジンさんの声はかなり上方から聞こえたので上を向くと、石壁の窪
みみたいな所から影のような何かが飛び出しました。かと思うとそ
れは⋮もうベッドのすぐ間際に立っていました。
見上げれば首が痛くなるほどの長身。
鍛え上げられた厚い肉体。
463
しなやかにうねる薄墨色の尻尾にその半身を異形に彩る黒色のタト
ゥー。
がっしりとした肩にのる太い首。
その首の先
その顔にある鋼色の目を
とても
とても嬉しげに細めて
薄い唇は弧を描いて私をの名を呼ぶのです。
﹁ジュリアン⋮俺の伴侶﹂
色恋に慣れていない私でもわかるほどに
うっとりと。
464
穴蔵︵後書き︶
短くてごめんなさい
465
星月夜
* * * ジュリアン
物も言えず固まっているとジンさんはそのまま近寄ってきて屈みま
した。息をのんで身構えると意外にもそっと抱えられます。
﹁あ、あの、ジンさん?﹂
戸惑いと違和感から思わず声を上げると見下ろしたジンさんが苦笑
しました。
﹁今はなんにもしねぇからそう身構えるなって。もうすぐ始まる﹂
﹁え?っ!うわっ﹂
ジンさんは私を抱え直すと空を蹴って跳躍、先ほどジンさんが出て
きた窪みまで一気につきました。
そこは大きな窓が嵌った出窓のような場所でした。ジンさんが3人
くらい余裕で寝っ転がれそうな大きさです。目を白黒させている私
に構わず、ジンさんは私を抱えたまま座ると壁に寄りかかりました。
⋮⋮⋮⋮⋮。
沈黙が痛い。
﹁えっと﹂
﹁ん?﹂
﹁えー⋮えー⋮あっ、さっき始まるとか言ってましたけど、何が始
466
まるんですか?﹂
﹁ん、窓の外見てみろ﹂
外を?
言われた私は素直に窓の外を見ました。時刻は夜のようで外は真っ
暗でした。随分高い場所なのか他の建物が全く見えません。塔の中
という印象は間違ってはいないようです。ですがそれ以外は特に思
うような事はないです。始まるって言った何かがあるようには見え
ません。
﹁ジンさん何にもありませんよ?﹂
﹁まあ待てって。⋮ほら始まった﹂
最初それは一つの流れ星でした。
綺麗な流線を描いて地上へと落ちていきます。お、と思った私の視
界にまた一つ流れ星。そしてまた一つ。
︱︱︱見る間にそれはどんどん数を増やし、終いには夜空を覆い尽
くさんばかりに降り注いでいます。真昼のように周囲は輝きキラキ
ラと眩い幻想的な光景です。
﹁すごい⋮これ﹃星月夜﹄ですよね。当たり前ですが初めて見まし
た﹂
﹁星月夜?⋮ああ今はそう呼んでいるのか﹂
﹁はい。確か大蝕界が終わった後にだけ見られるんでしたっけ。生
きてる間にこれが見られるなんて⋮夢みたいです﹂
後から後から降り注ぐ天然の光のシャワーにため息。
﹁綺麗か?﹂
﹁ええ、ものすごく﹂
467
﹁そうか⋮俺もそう思う。⋮ずっと夢だったんだ﹂
﹁ジンさんが?﹂
意外に思いました。
⋮あれ?なんで意外に思うんだろ?ジンさんは⋮ジンさん、は⋮
﹁この、今は星月夜って言うんだっけか?俺だってな、こんなすげ
ぇ現象間にすりゃ人並みにくるもんあるわ。それに独りで鑑賞する
にゃちと淋しいって感情もな。共感できる相手がいりゃ倍に⋮だろ
?﹂
ジンさんは⋮返事を求めていないようでした。
だから⋮私は黙ります。黙って星月夜を見続けます。
ジンさんの妙に弾んだ声を聞きながら。そうする事しか許されてな
いから。
﹁この俺だ、相手は腐るほどいたが滅多に見られねぇ代物だろ?ど
うでもいい奴らと見るには少々勿体ねぇ。だからな、初めてこいつ
を見た時に誓ったんだ﹂
どくん
﹁たとえ何千年待つ事になろうと⋮心底愛した伴侶とだけ一緒に見
ようと﹂
どくん どくん
﹁なぁ、ジュリアン﹂
468
どくん どくん どくん
﹁⋮俺の全てを、全てを捧げ尽くす俺の伴侶よ﹂
どくん どくん どくん どくん
﹁お前が望むならそのどんな願いも叶えてやる。些細な願いも贅沢
な願いも。どんな人間も殺しどんな人間も殺さないでいてやる。国
を滅ぼし国を救ってやる。世界を壊し世界を許してやる﹂
どくん どくん どくん どくん どくん
﹁お前は何一つ我慢しなくていい。欲していい。⋮そんな生を送ら
せてやる。⋮その条件は一つ﹂
心臓が
﹁黒い太陽の下﹂
壊れる
﹁焦げてくれ﹂
壊れる
﹁一緒に﹂
ブチブチと
﹁跡形もなく焦げ付きるまで﹂
469
ブチブチと
﹁ずっと傍にいてくれ﹂
ちぎれる
470
星月夜︵後書き︶
短くてごめんなさい2
次回は説明回になるのでおそらく長めになる予定です。
しかし予定は未定。
471
だーかーらー
一心にジンさんを見つめる。
目を逸らした最後、私の最後かもしれないのだ。
猛獣に見られた獲物ってこんな心境なのでしょうか。無意識に絞ら
れるようです。
﹁⋮ふ、なんて顔だよ。⋮あー、ああ深読みしすぎだって。お前を
殺すわけねぇだろ俺が﹂
いやいやいや今無理心中宣言しましたよねあなた。それ以外に聞こ
えるのなら教えて欲しいです。切に。
﹁ン、⋮この怯えた顔がいいんだよなぁ⋮ゾクッとくるわ﹂
ジンさんが口端をニィと上げるのを。
目にした私が息を飲んだのとほぼ同時。
ジンさんは私を覆う毛皮を取り攫いました。
反射的に握る間も与えないほど瞬間的に。
あれっ?
後には全裸で固まる私と半裸のジンさん。
数秒見つめ合います。
ジンさんは奪った毛皮を床に敷くとその上に私を横たえ、そのまま
472
覆いかぶさってきました。
組み敷かれた体は、そう、当然の如く全く動けません。じたばたす
る私を余所にジンさんはじっくりと私を観察するように視線で舐め
上げました。
﹁⋮お前、何かあったか?俺を見る目に何時もと違う色が纏ってん
な⋮﹂
は?
﹁⋮ん、ン、んん⋮まぁいいか﹂
そう納得したんだかしないんだか曖昧に呟いたジンさんはペロリと
耳たぶの辺りを舐めます。
﹁あっひゃ﹂
﹁⋮可愛い﹂
浅黒い頬に薄らと赤くなった色を乗せたジンさんが微笑み、⋮続け
ます。
﹁マジでよ。お前ってば何でそんなに可愛いんだ?初心なお前は知
らんだろうがお前が何でも反応するたんびに勃ってるんだぜ?それ
がどういったモンでだろうがだ!⋮毎回毎度、その都度押し倒した
いのを我慢してんだ。やわなお前は硬い床は嫌がるだろうからって
連中がうるせぇしよ。最終的に数少なぇブレスレットの枠にベッド
を携帯しようと決めた。どうだ、いい考えだろ?﹂
いくないいくない。
て言うかどうやってベッドを携帯するんですか。常に担ぐとか?い
473
やないない。ていうか何?え、ブレスレット?んん?
﹁もうあれだ。マジで伴侶はここまで夢中になるもんなんだな﹂
フゥーとジンさんが深い息を吐いた。
そしてもう一度、さっきよりもっと長い息。
﹁ヤバイ、全然ヤバイ。絶対全力抑えないとヤバイ。唯一無二つー
か愛おしすぎて⋮なんか震える⋮ヤバイ、すっげヤバイ﹂
ジンさんが次から次におかしな事ばっかり言うものだから私の顔は
真っ赤っです。見なくてもわかります。爆発寸前だって。
﹁ジ、ジンさん、あ、あの、あの、もうそれくらいで﹂
﹁ん?ああ、そうか待てないか、んじゃヤルか﹂
なんでそうなる!!
﹁ち、違、んむぅ﹂
ジンさんの唇が降りてきて。私の言葉は飲み込まれました。
﹁⋮んっ、ふ⋮あっ﹂
﹁アンコ⋮声我慢すんな﹂
﹁だっ、て﹂
﹁声出した方がもっと気持ちよくなるぞ?﹂
ジンさんはニヤッと笑うと大股に開かれた足の中心⋮赤い芯をチュ
ウと強めに吸いました。
474
﹁あああんっ﹂
﹁な?気持ちよかったろ?﹂
き、きもちよかったていうか、イっちゃんだけど⋮
ジンさんにキスされてからもう、あっちこっち吸われたり、舐めら
れたり、齧られたり。
その度にびくびくとする私の体は自分の体ではないよう。
﹁あっ﹂
ジンさんが今度は太ももの内側を吸い、そこにできた赤い印を満足
そうになぞります。
さわさわとお尻から太ももまで柔く撫でると
﹁⋮だーっ、ひっくり返すぞ﹂
くるんと私をうつ伏せに。
﹁は?え?﹂
急に変わった体制に戸惑っているとごそごそと布地が擦れる音がし
て、ビタンと熱い何かがお尻に触れました。
﹁ひぅ﹂
慌てて起き上がろうとしましたが、背中をぐっと抑えられ体は再び
ベッドに。
475
﹁なっ何する﹂
﹁もう堪らん。出させろ﹂
両足をジンさんに挟まれぐっと揺さぶられ、幾度もしないうちにク
チャクチャと濡れた音が。それがジンさんのなのか自分のものなの
か。というのも時々私の⋮その⋮中に擦りつけたりしてるから⋮
﹁んっ、アン⋮﹂
ゾクッ
色を纏ったジンさんの切なそうな低い声に勝手に背筋が震える。
﹁は、俺のだ⋮俺の伴侶。やっと見つけた俺の⋮ジュリ︰アン⋮っ﹂
ドバァと、本当にそんな表現が当てはまるような量がジンさんから
⋮その、放たれました。
敏感な箇所からお尻まで擦れた体からはゾワゾワというか何という
か声に出していうのならば﹁んゥゥンン⋮﹂というか、私では表現
しづらい⋮感情です。
どうして?
⋮前はこうではなかった、のに
﹁ジン、さん⋮﹂
抗えない、でも困惑しきりの私の声音にハアと息を荒げたまま彼は
返します
476
﹁⋮ん﹂
チュ チュ チュ
降りてきたのは数多い暖かいキス
頬に額に鼻頭に。もうめちゃくちゃ
あぁ⋮
だめ
駄目
ここで⋮ ダメ⋮
頭蓋が揺らぐ、揺らいで状況に任せろと⋮
ここで⋮そのままにしていまえば楽になれる
わかってる
でも
本当にいいの?
それでいいの?
ジンさんの事情はわからない
なぜ?どうして?なにか大変な、取り返しがつかないような事を私
にしている?
477
でも、そんな事、今はいい。
わたし が
わたし が
どうしたいのか
それは
バシッ
﹁だから、人の話を聞けって言ってるんです!!!﹂
私的には思いっきり平手打ちをかまして、ほんと最初に会った時か
ら思っていたことを怒鳴った。のです。
478
だーかーらー︵後書き︶
次、たぶん次が説明回、ジンの制御が効かなかったら次の次になる
⋮かなぁ
479
PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n8622u/
獣達は錯乱す
2017年1月2日01時21分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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