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TDM による抗菌薬の適正使用の推進
2006 年 7 月 7 日放送 TDM による抗菌薬の適正使用の推進 山形大学医学部附属病院 副薬剤部長 豊口 □抗菌効果を高め、副作用を少なくするための TDM 現在、抗菌薬では PK/PD(Pharmacokinetics/Pharmacodynamics) を基にした投与設計が行われています。すなわち、抗菌効果を高め、副 作用をできるだけ少なくすることを目的に、TDM(therapeutic drug monitoring;治療薬物モニタリング)が行われています。さらに最近で は、TDM を用い、菌の耐性化を防ぐことも試みられています。 抗菌薬の作用は、感染部位における薬物濃度およびその時間的推移と、 感受性により決定されます。レジオネラなどの細胞内増殖菌による感染 症では、細胞内移行性の高い抗菌薬を選択しなければなりませんが、多 くの感染症の病変部位は細胞外液中と言われていますので、蛋白結合率 を考慮した遊離型の薬物血中濃度が指標となります。 □TDM のための PK/PD index 抗菌効果を上げるための投与設計の方法は、抗菌薬の種類によって異 なります。アミノグリコシド系抗生物質やキノロン系抗菌薬は、濃度依 存 性 作 用 を 有 し 、 菌 の 最 小 発 育 阻 止 濃 度 ( minimum inhibitory concentration;MIC)を用い、最高血中濃度 Peak/MIC または血中濃 度時間曲線下面積 AUC/MIC をできるだけ高くすることが治療効果を 上げるとされています。また、アミノグリコシド系抗生物質やキノロン 系抗菌薬では、PAE(postantibiotic effect;抗菌薬を一定時間作用させ 禎子 た後、抗菌薬を除去しても細菌の増殖が抑制される作用)を有しており、 1 日 1 回投与も行われています。 一方、β-ラクタム系抗生物質は、時間依存性作用を有し、time above MIC(MIC 以上の濃度を維持する時間;T>MIC)が長い方が、抗菌効 果が高いとされています。従って、総投与量が同じでも、投与回数が多 いほど有効です。また、グリコペプチド系抗生物質も時間依存性作用を 有し、AUC/MIC が大きい程有効であると言われています。 また、菌の耐性と PK に関しても報告がなされています。キノロン系 抗菌薬において、ある濃度以上になるとブドウ球菌などのコロニーが全 く出現しなくなることが報告され、この濃度を mutant prevention concentration(MPC)と呼んでいます。つまり、MPC 以上の濃度を 保つ時間が長い程、mutant selection window(MSW;MPC と MIC の間の濃度で、耐性菌が高頻度に選択される領域)が狭い程、耐性菌が 出現しにくいとされています。 □アミノグリコシド系抗生物質 アミノグリコシド系抗生物質では、Peak/MIC または AUC/MIC を高 くすることにより抗菌効果が増加しますが、薬物血中濃度が高過ぎると、 腎機能障害や第 8 脳神経障害などの有害反応が発現します。 例えば、アルベカシンでは、peak 値が 9μg/mL 以上の時に有効であ ったとの報告や、肺炎では 6μg/mL 以上で、その他の感染症時には 10 μg/mL 以上で有効であったとの報告があります。従って、peak 値は 10-12μg/mL を目安としています。また、アルベカシンの MIC は、臨 床からの検出菌により大きく異なるため、患者毎のモニターが必要です。 さらに、アルベカシンでは trough 値が 2μg/mL 以上の時に腎障害の頻 度が高いとの報告があるので、trough 値は 2μg/mL 以上にならないよ うに投与設計をします。 また、アミノグリコシド系抗生物質においても、耐性化を防ぐ事が考 えられています。大腸菌(Escherichia coli)において、トブラマイシ ンの MIC99 は 1.2μg/mL、MPC は 25μg/mL との報告があります。と ころが、日本においてはトブラマイシンの投与量は 120-180mg/日(分 2−3)となっており、通常の投与では治療効果の目安とする peak 値(6-10 μg/mL)にも達しないことがあります。従って、理論的には通常の投 与法では peak 値は MPC に達せず、耐性菌を選択しない濃度には達し ていないことになります。ちなみに、外国における投与量は 3-5mg/kg/ 日、最大で 8mg/kg/日と日本の投与量より多くなっています。 アミノグリコシド系抗生物質の腎障害の程度は、フラジオマイシン、 ゲンタマイシンが強く、次いでトブラマイシン、アルベカシン、アミカ シンと言われており、1 日 1 回投与の方が腎障害が少ないとの報告があ ります。ただし、好中球が減少している患者では、PAE が短いため、 注意が必要です。 また、聴器毒性は、内耳リンパ液中濃度や投与期間、累積投与量と関 係するとも言われていますが、ミトコンドリア DNA に変異が見られる 患者で不可逆的感音性難聴になり易いことも報告されています。 □グリコペプチド系抗生物質 バンコマイシンおよびテイコプラニンは時間依存性作用を有すると 言われており、PK/PD の指標として、AUC/MIC、time above MIC、 trough 値があげられています。また、耐性菌出現と、AUC/MIC に関連 性が認められたとの報告があり、やはり、至適投与量をきちんと投与す る必要性が示唆されています。 1)バンコマイシン 添付文書には peak 値 25-40μg/mL、trough 値 10μg/mL 以下が望 ましいとされています。ただし、蛋白結合率が約 34%であり、組織移行 性、MIC などを考慮し、現在は trough 値 10μg/mL 付近を目安として います。 有害反応には腎機能障害があり、trough 値が 30μg/mL 以上で発症 するとの報告、10μg/mL 以上で発症するとの報告、または 10μg/mL 以下でも発症するとの報告があります。しかし、trough 値が 10μg/mL 以上になると若干腎障害の頻度が高くなり、20μg/mL 以上にはならな いように投与設計を行っています。また、アミノグリコシド系抗生物質 を併用すると、腎機能障害が 5%から 15%に上昇したとの報告がありま す。ただし、難治性感染症の場合には、バンコマシンとアミノグリコシ ド系抗生物質を併用することもあります。 聴器毒性は peak 値 40μg/mL 以上で発症し易いとする報告と、血中 濃度とは関連しないとする報告があります。 また、直接的なヒスタミン遊離作用が認められるため、急速に投与し ないようにしています。 投与中にバンコマイシンクリアランスが低下する患者も認められま すし、血清クレアチニン値に変動が認められなくても、バンコマイシン クリアランスが低下する場合があります。従って、定期的に血中濃度を モニタリングし、投与計画を確認することが必要です。高齢者では壮年 者に比べ、用量が少なく設定されていますが、個人差が大きいため、投 与量が少ない場合もあります。 また、腎機能が著しく低下している患者では、FPIA 法で測定すると、 バンコマイシンの分解物で、抗菌力のない CDP-1 を測定してしまうた め注意が必要です。 2)テイコプラニン 添付文書には、trough 値は 5-10μg/mL を保つことが目安となると記 載されていますが、以前より 10μg/mL 以上での無効例が少ないことが 報告されていました。近年、敗血症などの重症感染症では 10μg/mL 以 上を保つこととの記載が追加になり、使用し易くなりました。 テイコプラニンのバンコマイシンとの大きな違いは、半減期が長い、 蛋白結合率が高い、PAE が長い、腎障害が少ない、ヒスタミン遊離作 用が少ないなどの特徴を有していることです。ただし、テイコプラニン では、trough 値が 20μg/mL 以上で、一過性に肝機能検査値が軽度上 昇したとの報告があるため、肝機能障害に注意が必要となります。 □投与設計を行う際の留意点 アミノグリコシド系抗生物質やグリコペプチド系抗生物質は大部分 が未変化体のまま腎から排泄されるため、腎機能の評価が重要となりま す。一般的に、糸球体濾過値(GFR)はクレアチニンクリアランスを基 に評価されています。しかし、クレアチニンは、糸球体濾過と共に、尿 細管分泌および再吸収され、GFR が低下すると尿細管分泌が増加する ことがあります。また、クレアチニンは筋肉から産生されるため、高齢 者では血清クレアチニン値が上昇しにくいことがあります。従って、血 清クレアチニン値が腎機能を正確に反映していないことがあります。 肥満患者では、理想体重(IBW)と脂肪組織の細胞外液などを考慮し ます。また、浮腫や腹水といった third space にも分布するので考慮し なければなりません。 以上のように、投与設計時には、薬歴、臨床検査値、感染部位、検出 菌と MIC、患者の病態などを考慮し、適切な抗菌薬の選択と、至適投 与法を医療従事者間で協議、検討することが望まれます。 また、耐性菌出現を防ぐ TDM に関しては、これからいろいろな試み がなされ、確立されていくことと思われます。 http://medical.radionikkei.jp/jshp_sp/program.html