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研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの 効果 - ASKA

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研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの 効果 - ASKA
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの
効果
――大学発ベンチャーに関するデータから――
玉
1
井
由
樹
はじめに
大学発ベンチャー(以下、大学発 VB と略す)は、新産業や雇用の創出、地域経済の活性化な
ど様々な役割が期待されているが、その中でも特に期待を集めているのは、大学で発明された
技術や死蔵されている特許を事業化する主体としての役割である。Shane(2004)によれば、
アーリーステージの不確実な技術には、
既存大企業は投資をしたがらないとされる。そのため、
大学発 VB は、大学が所有するアーリーステージの不確実な技術を商業化するための効果的な
手段であるとされる。
2001 年に経済産業省から発表された「大学発ベンチャー 1000 社計画」は、まさに、上記の目
1
的を促進する政策であり 、経済産業省の調査によれば、わが国大学発 VB の総数は 1800 社を
超えたとされる。そのため、近年、大学発 VB に関する議論は、創業数の増加から創出された
企業の成長・発展へ向けた課題の克服へと移ってきている。
その課題の1つとして、
「資金調達の確保」が指摘されている。大学発ベンチャーに関する基
礎調査報告書(2006)によれば、研究開発の初期および途中の段階において資金調達が困難で
あり、期待される成果を遂げ得ない問題点が指摘されている。したがって、わが国大学発 VB
が期待される役割を果たすためには、研究開発活動を促進する資金環境の整備、特に研究開発
の初期および途中といったスタートアップ期への支援が必要になるであろう。
しかし、資金調達の困難さが指摘される一方で、西澤・福嶋・朱・玉井(2007)が行った調
査によれば、わが国大学発 VB とは、多様な政策の実現主体として、収益性や成長性が問われ
2
ることなく、
「理念先導型ベンチャー企業」 となっていた。そのため、研究成果の商業化に向
けて資金調達を行う場合、外部からの投資家、特に VC からの資金調達を忌避するケースが散
3
見されている 。
このような現状に対して、研究開発活動の決定要因に関する実証研究は、その多くが大企業
を分析の対象としている。そのため、研究開発投資に対してどのような要因、特に未上場企業
や新規開業企業の研究開発投資に対して資金調達がどのような影響を与えているかに関する研
究は多くなく、十分とは言えない。とりわけ、わが国大学発 VB を対象としたものは筆者の知
る限りまだ行われていない。
そこで本稿では、大学発 VB の研究開発投資と資金調達との関係、特に VC に着目し、VC が
― 61 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
研究開発投資に与える影響を設立 10 年以内の大学発 VB のマイクロデータと地域別データを
4
用いて計量的に分析し、その効果を明らかにすることを目的とする 。資金調達は創業時期の最
大の障害とされているが、近年、国や地方公共団体、金融機関などが、大学発 VB などベンチャー
企業への投資を目的とするファンドへ出資するケースが増加している。そのような現状も踏ま
えると、研究開発活動と VC との関係を明らかにすることは政策担当者や金融機関にとっても
有益であると考えている。
以下、本稿の構成について述べる。まず、第2節では、わが国大学発 VB の研究開発活動の
現状と研究開発活動の決定要因に関する先行研究を整理する。第3節では、分析方法、仮説、
分析データを説明し、分析結果を考察する。最後に本稿の議論と主な結果をまとめ、政策的含
意を述べる。
2
わが国大学発 VB の研究開発活動の現状と先行研究の検討
2.1
大学発 VB の定義と分析視角
大学発 VB の定義に関しては、人材を強調する研究(Roberts, 1991)、大学の技術・知的財産
を強調する研究(Shane, 2004)の2つの流れがあるとされる。本稿では、大学発 VB が不確実
な技術を商業化するための効果的な手段であるという議論に着目し、大学発 VB の定義を
Shane(2004)による「大学で研究・開発された知的財産を基盤として創業された新規企業」を
用いる。
さらに、本稿では、大学発 VB に対する支援政策を積極的に推進する経済産業省が大学発
VB の発展モデルとして示す Mason and Harrison(1999)の図を引用する(図1)
。経済産業省
5
「多くの企業でデスバレー(死の谷)を超えるため
資料によれば 、わが国大学発 VB に関して、
の成長支援が必要な状況」としている。このような成長支援が主張される背景を図1から考察
すると、3つの前提がおかれていると考えられる。第1に、研究開発期間中は開発のための支
出が大きく、期間損益は赤字である。第2に、研究開発期間はある一定の時間が必要である。
そのため、累積損失はある一定時期まで増加の一途をたどる。第3に、損益分岐点を越えて以
降、急激に期間損益が拡大し、増加の一途をたどるのは、期間損益がマイナスとなりながらも
研究開発活動を行った結果である。つまり、創業期から成長初期に存在するとされる死の谷を
超え、損益分岐点を越えるステージへと達する状態となれば、それ以後は自然増殖的に収益が
獲得される。したがって、このようなプロセスをたどり、成長へ向けた環境整備の必要性が主
張されていると考えられる。
しかし、期間損益が赤字にもかかわらず、研究開発投資をある一定期間継続するといった状
況が成り立つためには、まず、第1に潤沢な資金が必要となることは明白であろう。だが、現
実には多くの大学発 VB にこの前提となる発展プロセスに当てはまらないことを以下で示す。
― 62 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
図1
大学発 VB の発展モデル
図表出所:C. Mason & R. Harrison, “Editional, Venture Capital : Rationale, aims and Scope”, Venture Capital :
An International Journal Of Entrepreneurial Finance, Vol. 1, No. 1, Routledge, P. 23 (1999)
2.2
わが国大学発 VB における研究開発活動の現状
大学発 VB が不確実な技術を商業化する有効な手段だとすれば、そのような特性がゆえに、
創業後も技術開発を続けなくてはならない。このような特徴は、他の企業群と比較するとより
顕著になる。表1は、総務省「科学技術研究調査年報」2004 年度∼2006 年度に基づいて、研究
開発への取り組み状況を従業員別に示したものである。これによれば、研究開発を実施した企
業の割合は従業員規模で大きな違いがある。従業員 300 人未満の企業では実施率は5%未満で
あり、従業員 300 人未満の製造業では年々低下傾向にある。一方、従業員1万人以上の製造業
では調査対象となった企業のすべてで研究開発が実施されていた。
(2005 年度)
、伊藤・明石(2005)
、日本経済新聞社・
表2は、総務省「科学技術研究調査年報」
日本産業消費研究所「日経ベンャービジネス / 大学発ベンチャーガイドブック(2005 年―2006
年版)」
(2005 年)のデータに基づいて、研究開発実施比率、研究開発集約度をまとめたもので
6
ある 。これによれば、大学発 VB はサービス業を除いて、9割以上の企業が研究開発を実施し
ており、研究開発集約度(研究開発費 / 売上高)は全サンプルの平均で 174%と売上以上に研究
開発費が支出されている。サンプル数の少なさやデータの偏りも想定されるため、表1および
表2の新規開業企業のデータとの直接比較は難しい。しかし、大学発 VB が研究開発型企業で
あり、かつ研究開発集約度が非常に高いことは推測できる。したがって、研究開発活動の継続
には多額の資金が必要とされるであろう。
表3は、研究開発活動と資本金との関係について、筑波大学調査(2006)のデータに基づき、
― 63 ―
愛知淑徳大学論集
表1
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
従業者規模別研究開発実施比率の推移
2004年度
1)
全産業
2005年度
4.6
1∼299人
4.5
2006年度
3.6
4.0
4.0
3.0
300人∼999人
48.0
46.8
42.6
1000人∼2999人
34.7
57.2
50.6
3000人∼9999人
80.0
75.0
79.9
10000人以上
92.6
48.8
87.5
製造業
13.0
11.0
9.2
1∼299人
300人∼999人
11.5
70.4
9.8
63.2
7.7
68.4
1000人∼2999人
92.0
74.2
82.5
3000人∼9999人
96.4
98.0
95.1
100.0
100.0
100.0
10000人以上
1)金融・保険業を除く
出所)総務省「科学技術研究調査」2004年∼2006年
表2
全産業・新規開業企業・大学発VBの研究開発活動
全産業
製造業
1)
研究開発集約度(%)
新規開業企業
2)
研究開発支出企業(%)
3)
研究開発集約度(%)
大学発ベンチャー
4)
研究開発支出企業(%)
5)
研究開発集約度(%)
3.9
通信業
サービス業
小売業
卸売業
全産業
観測数
2.2
18.3
―
0.1
3.1
製造業
通信業
サービス業
小売業
卸売業
全産業
観測数
―
86.4
11.0
62.5
8.9
68.7
7.3
47.8
1.6
69.6
3.0
71.5
6.9
502
―
バイオ
IT
サービス業
環境
素材
全産業
観測数
96.2
318.4
92.9
19.2
80.0
227.5
100.0
101.8
100.0
135.0
93.6
174.6
141
88
1)2005年3月31日時点において研究開発を実施した企業における、研究開発費 / 売上高
(%)
2)2001年度の研究開発費の金額を記入した回答企業のうち、正の値を記入した企業の比率。
1994年∼1999年に創業した企業に対するアンケート調査。
3)2001年度研究開発費の金額を記入した企業における、研究開発費 / 売上高(%)。1994年
∼1999年に創業した企業に対するアンケート調査。
4)2004年7月のアンケー調査時点において、年間研究開発費の金額を記入した回答企業の
うち、創業10年以内の企業でかつ正の値を記入した企業の比率。
5)2004年7月のアンケート実施時点において、年間研究開発費の金額を記入した企業のう
ち、創業10年以内の企業の研究開発費 / 売上高(%)。
出所)全産業は総務省「科学技術研究調査」2005年、新規開業企業は伊藤・明石(2005)、大
学発ベンチャーは日本経済新聞社 / 日経産業消費研究所(2005)「ベンチャービジネ
ス / 大学発ベンチャー」データより筆者作成
設立時点の資本金と調査時点の資本金(全体、バイオ系・IT 系の3つに分類)の分布をまとめ
たものである。それによれば、調査時点の資本金が設立時点と比較して増加しているのが読み
取れる。特に、表2において研究集約度が非常に高かったバイオ系ではその増加が著しい。反
対に、大学発 VB の中では、研究集約度が低い IT 系では資本金の分布が設立時点とあまり変
化していないのが分かる。したがって、研究開発活動がより行われる企業と資本金との間には
関連があると思われる。
― 64 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
表3
資本金
資本金の分布
300万円未満
3∼5未満
5∼10未満
11%
31%
5%
42%
調査時点(全体)
9%
21%
5%
うちバイオ系
3%
17%
0%
13%
23%
8%
設立時点
うちIT系
10∼30未満 30∼50未満
50∼1億円未満
1億円以上 10億円以上
6%
3%
2%
―
31%
9%
9%
14%
2%
25%
10%
9%
31%
5%
40%
8%
6%
2%
―
単位:百万円
(出典)平成17年度大学等発ベンチャーの課題と推進方策に関する基礎調査
表4
売上高
売上高の分布
100万円未満
1∼10未満
10∼30未満
30∼50未満
50∼100未満
100∼500未
500∼10億円未満
10億円以上
全体
15%
25%
20%
7%
14%
16%
1%
2%
バイオ系
18%
23%
23%
3%
12%
18%
0%
3%
IT系
12%
28%
24%
6%
9%
18%
3%
0%
単位:百万円
(出典)平成17年度大学等発ベンチャーの課題と推進方策に関する基礎調査
表5
経常利益
経常利益の分布
△100万円未満
△1∼0未満
0∼1未満
1∼10未満
10∼30未満
30∼50未満
50∼1億円未満
1億円以上
全体
32%
5%
30%
20%
8%
2%
1%
2%
バイオ系
49%
7%
20%
14%
2%
4%
2%
2%
IT系
15%
3%
33%
37%
9%
0%
0%
3%
単位:百万円
(出典)平成17年度大学等発ベンチャーの課題と推進方策に関する基礎調査
しかし、筑波大学調査(2006)によれば、創業1年目に黒字になる企業が全体の 1/4 程度あ
り、ほぼ3年目までに6割以上の企業が黒字になるという。より具体的に、同調査による大学
発 VB の売上高と経常利益の分布を見ると(表4および表5)
、売上高 10 百万円未満の企業が
全体の 40%を占めているが、全体の 63%の企業が経常黒字である。両方の数値が成り立つ状
態は、売上高 10 百万円以上の企業が経常黒字である必要がある。
つまり、わが国大学発 VB に関して、研究開発集約度が平均すると非常に高く、多額の研究
開発費を支出していると想定される企業群があり、研究開発集約度が高いバイオ系大学発 VB
では、資本金の増加が著しい。一方、表4および表5から類推される比較的小規模な売上で黒
字となっている企業群は、図1のような多額の研究開発費を支出し、一定期間研究に専念し、
期間損益の赤字が続く状態にこそ、収益獲得の源泉があるモデルとは大きくかけ離れており、
7
どの程度の企業がこのモデルに合致しているのか疑問が生じる 。さらに、多くの企業が黒字と
なっている背景に多くの教員が無給で大学発 VB に関与している現実がある。表6は、国立大
学法人において 2003 年 10 月1日∼2004 年3月 31 日の期間中に研究成果活用企業の役員に就
任し、兼業申請を行った教員 270 名中、63%にあたる 171 人が無給となっていたことを示して
― 65 ―
愛知淑徳大学論集
表6
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
研究成果活用企業役員兼業の状況
報酬
無
50万円未満
50万円以上
∼100万円未
100万円以上
∼200万円未
200万円以上
そ の 他(ス ト ッ ク
オプション等)
合計
人数
171人
27人
32人
24人
12人
8人
274
注)ストックオプションは、ストックオプションのみが付与される場合と報酬ともに付与されている場合とがあ
り、合計はその重複を含んでいる。
(出典)文部科学省ホームページ
(http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/04061001.htm)より筆者作成
8
いる 。このような状態は、資金調達が行えないがゆえに支出が抑えられているのか、それとも、
社会貢献や自己実現といった「理念先導型」の目的により創業され、教員が無給で大学発 VB
に関与しているようなケースでは、外部から資金調達が忌避された結果なのか、以下では、研
究開発に関する支出に論点を絞って、研究開発投資を促す要因について先行研究を検討する。
2.3
研究開発投資の決定要因に関する先行研究
研究開発投資の決定要因をめぐる研究は、シュムペーターの伝統に連なる企業規模と市場集
中度に注目する議論(いわゆるシュムペーター仮説といわれる)と、企業に個別特殊的な要因
9
を強調する2つのグループに大別される(後藤・古賀・鈴木,2002)。シュムペーター仮説につ
いては、これまで多くの実証研究がなされてきたが、分析結果は一様ではなく、一般的に支持
10
されたとは言えないとされている 。そのため、研究の方向性は、シュムペーター仮説の検証と
資金制約の影響に関する分析を出発点として、ガバナンス構造や地域環境の影響に関する分析
へと論点が広がっている(岡室,2005)
。
そのうち、企業規模以外の企業固有の要因として、資金調達、特に研究開発投資と内部資金
との関係が注目を集めている。内部資金を論じる研究は、資本市場の不完全性を前提とした場
合、リスクの高い研究開発投資にとって内部資金が重要な決定要素だとされている。その理由
として、資金需要者と資金供給者の2つの側面から論じられている。
企業の資金調達方法の選択については、いくつかの仮説があるが、そのうち、実際の企業行
動を説明しやすい仮説として、ペッキング・オーダー仮説がある。ペッキング・オーダーとは、
企業の資金調達方法の選択には優先順位があり、外部資金よりも内部資金をまず優先し、外部
資金が必要な場合には、まず負債による調達を行い、最後に株式による資金調達を選択すると
いうものである(Mayer and majluf, 1984)
。この仮説では、経営者は既存株主の利益を最大化
することを目指して行動すると仮定されており、株式が過小評価されている場合、この投資が
実行されれば、既存株主の持分が希薄化し、損失を被ることになる。そのため、株価が適正で
ないと経営者が判断した場合、経営者は新株発行を思いとどまるとされる。
一方で、企業がペッキング・オーダーの順番で資金調達を望んだとしても、必ずしもそのよ
うな順番が成立しないケースが存在する。たとえば、ペッキング・オーダー仮説にしたがえば、
― 66 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
経営者は、内部資金以上の資金調達は、銀行などからの負債による資金調達を希望し、最終的
に株式による発行を希望するとされる。しかし、銀行のような金融仲介機関は、情報の非対称
性が大きすぎると融資をしないとされる(Diamond, 1984)。そのため、高いリスクを負担する
ほど十分な利益を上げることができないと金融機関が判断した場合には、銀行は高い利子率を
要求するか、融資が実行されないケースが存在する。つまり、研究開発に関して資金需要者と
資金供給者との間で情報の非対称性が大きく、研究開発に関する資金回収に不確実性が高い場
合に、融資は実行されない可能性が高い。
したがって、大学発 VB のようなアーリーステージの不確実な技術の事業化のために、研究
開発を行う場合には、外部投資家と経営者との情報の非対称性は非常に大きいであろう。その
ため、経営者がペッキング・オーダー仮説にしたがい、研究開発のための資金調達を行う仮定
した場合、外部資金の調達はまず負債を選好するが、銀行といった金融機関からの資金調達は
難しいと想定される。そのような場合、株式での資金調達も検討されると考えられるが、株式
での資金調達は、株価が適正と判断される場合のみに限定される。そのため、社会貢献や自己
実現といった「理念先導型」の目的により創業され、教員が株主や経営者となり、無給で大学
発 VB に関与しているようなケースでは、経営者は外部投資家よりも情報優位な立場にある。
そのため、外部投資家との情報の非対称性は非常に大きいと想定される。さらに、教員や学生
が既存株主として多数を占める状況においては、既存株主の利益である「理念の実現」が優先
され、株価が適正に評価されていないと判断する場合には、経営者は新株発行を思いとどまる
ケースが多いと想定される。そのため、内部資金の利用可能性が研究開発に与える影響は大き
いと言えよう。Himmerberg and Petersen(1994)は、大学発 VB が対象ではないが、ハイテク
分野の小規模企業の研究開発投資に内部資金が有意に正の影響を与えることを実証的に示して
いる。
そこで強調されるのが VC の役割である。Lerner(2002)は、ペッキング・オーダーが成り
立つ場合においても、VC はハイテク企業の資金調達において優位性を有すると主張している。
その根拠として、ペッキング・オーダー仮説は、企業家と投資家の間の情報ギャップが原因で
あり、情報の非対称性が取り除ければ、この問題は解決できると指摘する。VC は、専門知識を
持つ投資家であり、株価を適正に評価を行うことができ、投資後も情報問題に対応する投資手
法を持つため、情報の非対称性を低減できると主張している。この論点に対して、Kurtum and
Lerner(2000)は、米国製造業の 20 業種における 30 年間の研究開発投資と VC 投資額との関
連を検証し、研究開発支出に占める VC による投資額が 70 年代末から急上昇し、1983 年には
研究開発支出の 4.12%を占めていたことを明らかにした。その結果、VC の投資活動の規模が
11
特許取得率を増加させる傾向を示すことも確認されている 。
わが国に関しては、後藤・古賀・鈴木(2002)が製造業に属する資本金 10 億円以上の企業 227
社を対象に分析を行い、内部資金、専有可能性、技術機会が研究開発投資に重要な決定要因で
あるとの結果を示している。岡室(2004)は、製造業の未上場中小企業(従業員 300 人以下)
を対象に研究開発費支出の有無に影響与える要因を分析し、キャッシュフロー比率、株主・出
― 67 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
資者数が有意に正の影響を与えていることを明らかにした。同時に、従業員数・社長の学歴・
占有可能性が有意に正の影響を与えていたが、銀行の借入比率の符号は負であったが有意では
なかった。
岡室(2005)は、岡室(2004)で用いたデータと変数のうち、設立 15 年以内の製造業中小企
業について、新たに都市階級仮説に基づき設定した変数を加えて検証した。その結果、研究開
発費の支出の有無には、従業員数と専有可能性が、研究開発集約度(当期研究開発費 / 当期売
上高)には従業員数、専有可能性、技術機会、地域の学術機関数、人的資本の集積度が有意に
12
正の影響を与えていることを明らかにした。しかし、内部資金は有意ではなかった 。
また、研究開発投資に対する株主構造の影響は、細野・富山・宮川・徳井(2001)などいく
つかの論文で論じられているが、いずれも上場大企業を対象としている。
中小企業創業研究機構(2003)は、新規開業企業に対する補助金と研究開発投資との関係に
ついて推計し、2001 年度研究開発支出額に対して3期前の 1998 年度の補助金が有意に正の影
響を与えることを示した。この解釈について、伊藤・明石(2005)は、この分析だけでは断定
的なことは言えないとしながらも、補助金を支出された直後には研究開発支出額を増やすとは
限らないが、2-3 年後には交付された補助金に触発されて関連する研究開発支出を拡大する効
13
果が期待できるかもしれないとしている 。
以上のように、研究開発投資と資金調達との関係については、内部資金だけを取り上げても
研究の蓄積が薄く、一般的な結論が出たとは言い難い。さらに、研究の多くが大企業を対象と
したものであり、本稿が対象とする大学発 VB を対象としたものはない。また、VC や補助金
といった株主構造や資金調達源の違いが研究開発投資に与える影響は十分に明らかにされてい
ない。そこで以下では、設立 10 年以内の大学発 VB の研究開発投資に対して、先行研究で用い
られた企業属性、産業属性、地域属性といった要因のほか、特に VC が与える影響に着目し、関
連を明らかにしていく。
3
実証分析
3.1
モデルと変数
本章では、日経ベンャービジネス / 大学発ベンチャーガイドブック(2005)に掲載された大
学発 VB204 社のうち、1994 年から 2004 年に設立された企業の中で、必要情報を抽出できた
107 社のデータを用いて実証分析を行う。抽出した 107 社には、本稿で用いた大学発 VB の定
義に該当しない企業も含まれている(たとえば大学の教職員や学生が企業したケース)
。その
ため、本稿の定義に該当する企業をコアベンチャーとして識別し、分析を行う。
前章までの現状分析および先行研究の考察を受け、研究開発投資は以下の3つの属性によっ
て決定されると仮定し、その影響を回帰分析によって推定する。
研究開発投資= f(企業属性、産業属性、地域属性)
― 68 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
以下の分析で用いる変数は表7に示すとおりである。被説明変数は、研究開発支出額(対数)
を用いる。説明変数は、企業属性に関するものとして 10 の変数を用いる。企業年齢は企業設
立時点を1として、設立後の経過年数の自然対数で表す。この変数はコントロール変数として
用いる。資本金(対数)は、企業規模および内部資金の変数として用いる。シュムペーター仮
説にしたがえば、内部資金が豊富なほど研究開発活動を活発に行うと予想される。資本金は、
創業者らによる設立時点の内部資金と外部投資家への株式発行による外部資金を包含してお
り、その額が大きいほど企業は豊富な資金を持つと考えられる。設立時点研究開発投資額は、
設立時点の研究開発支出額の対数を変数として用いる。研究開発投資は、前年度の支出額に影
響を受けることが指摘されている。そうであれば、創業時点の研究開発支出額はその後の研究
開発費の支出に有意に正の影響を与えるであろう。技術者の比率は、国勢調査(2000)から都
道府県ごとの就業者に占める専門的・技術的職業従事者の比率を用いる。岡室(2005)の結果
にしたがうならば、専門的・技術的職業従事者の比率は研究開発投資に正の影響を持つことが
予測される。
次に、大学、教職員、学生、企業、VC の持株比率を変数として用いる。中小製造業の研究開
14
発投資分析を行った岡室(2005)の研究では、内部資金 が研究開発集約度に対して、有意では
表7
変数
分析で使用する変数の定義
属性
定義
年次
被説明変数
研究開発投資額
研究開発投資額(対数)
2004年6月までの決算期において支出さ
れた年間研究開発費
説明変数
コアベンチャーダミー(コアベンチャー=
1、その他=0)
VBの識別(コア)
―
企業年齢
企業
会社設立からの年数
2004年7月31日まで
資本金
企業
資本金額(対数)
アンケート回答時点
大学
企業
大学の持株比率
アンケート回答時点
企業
企業
企業の持株比率
アンケート回答時点
教職員
企業
教職員の持株比率
アンケート回答時点
学生
企業
学生の持株比率
アンケート回答時点
VC・ファンド
企業
VC・ファンドの持株比率
アンケート回答時点
VC投資額2003年
企業
VCからの投資金額(対数)
2003年3月末時点までに投資された年間
投資額
VC投資額2004年
企業
VCからの投資金額(対数)
2004年3月末時点までに投資された年間
投資額
設立時研究開発費投資額 企業
設立時点の年間研究開発投資額(対数)
産業ダミー
医療・バイオ、IT、機械、サービス、素材、
産業 環境ダミー(たとえば、医療・バイオ=1、
その他=0)
技術者の比率
地域
就業者に占める専門的・技術的職業従事者
の比率
―
―
2000年国勢調査
注)アンケートは2004年6月中旬に送付され、2004年7月上旬までに回収されている。
― 69 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
表8
第7号
変数の基本統計量
変数
平均値
最小値
VBの識別(コア)
0.79
0
最大値
1
標準偏差
8.018
観測数
107
企業年齢
3.78
1
11
2.324
107
企業年齢(対数)
0.496
0
1.041
0.274
107
資本金(百万円)
123.238
0.050
2170.000
277.381
107
資本金(対数)
1.440
-1.301
3.336
0.791
107
大学(%)
企業(%)
0.022
0.218
0
0
0.51
1
0.087
0.312
107
107
教職員(%)
0.183
0
1
0.243
107
学生
0.048
0
1
0.183
107
VC(%)
0.105
0
0.85
0.188
107
VC投資額(2004年3月末対数)
VC投資額(2003年3月末)
0.530
38.420
0
0
3
968
0.965
138.502
107
107
VC投資額(2003年3月末対数)
VC投資額(2004年3月末)
技術者の比率
0.370
86.500
0.131
0
0
0.070
3
2318
0.170
0.810
299.541
0.028
107
107
107
注)金額単位は百万円
VC投資額は0の企業を含むため、対数を取る時は全企業で投資額に1を加えた。
なかったが負の符号を示していた。この点に着目すると、1期前の売上高に占める利益や減価
償却費の割合が低いほど、研究開発費を支出する企業が存在すると想定される。この仮説が成
り立つためには、売上といった営業活動から生じるキャッシュフロー(以下、CF と略す)に
よって研究開発投資が制約されるのではなく、財務活動もしくは投資活動から生じる CF から
研究開発投資を行っていると考えられる。したがって、資本金が有意に研究開発投資に影響を
与えているとすれば、その株主構成による影響を分析することで、財務活動から得た CF の影
響を考慮することができると考えられる。予想される結果は、西澤・福島・朱・玉井(2007)
の指摘にしたがうならば、大学教員、学生の持株比率が高い企業は、外部からの資金調達を忌
避する傾向があり、そのため、CF が豊富ではないため、研究開発投資が活発に行われないと予
想される。他方、企業、VC の持株比率が高い企業は、積極的に資金調達を行っていると考えら
れるため、研究開発支出額に正の影響を与えるであろう。
続いて、VC の持株比率が研究開発投資に正の影響を与えている場合、研究開発支出額の多
い企業に VC が投資した可能性も捨てきれない。そのため、持株比率に換えて、VC からの投
資金額(対数)を用いた分析を行う。この際、補助金との比較を行うことを目的として、2003
年3月末時点と 2004 年3月末時点の VC からの年間投資金額(対数)を変数として用いる。こ
れにより、VC 投資額と研究開発支出額とのタイムラグについても考察できると考える。
この他、産業属性をコントロールするために、産業属性に関する変数として、医療・バイオ、
IT、機械、サービス、素材、環境の6種類についてのダミー変数を用いる。
以上の議論から、大学発 VB の研究開発投資の決定要因ついて、以下のモデルと仮説を立て
る。
〈モデル1〉
研究開発投資額= a0+ a1 VB の識別+ a2 企業年齢+ a3 資本金+ a4 設立時研究開発投資+ a5
― 70 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
技術者の比率+ a6 産業ダミー+ e1
〈モデル2〉
研究開発投資額= b0+ b1 VB の識別+ b2 企業年齢+ b3 大学持株比率+ b4 企業持株比率+ b5
教職員持株比率+ b6 学生持株比率+ b7 VC・ファンド持株比率+ b8 設立時研究開発投資額+
b9 技術者の比率+ b10 産業ダミー+ e2
〈モデル3〉
研究開発投資額= g0+ g1 VB の識別+ g2 企業年齢+ g3 大学持株比率+ g4 企業持株比率+ g5 教
職員持株比率+ g6 学生持株比率+ g7 VC 投資額 2003 年+ g8 設立時研究開発投資額+ g9 技術
者の比率+ g10 産業ダミー+ e3
〈モデル4〉
研究開発投資額= d0+ d1 VB の識別+ d2 企業年齢+ d3 大学持株比率+ d4 企業持株比率+ d5
学生持株比率+ d6 教職員持株比率+ d7 VC 投資額 2004 年+ d8 設立時研究開発投資額+ d9 技
術者の比率+ d10 産業ダミー+ e4
仮説1:資本金の多い企業ほど、内部資金が豊富であり、研究開発支出を活発に行う。
仮説2:企業や VC の持株比率の高い企業ほど、研究開発支出を活発に行う。
仮説3:大学教員、学生の持株比率の高い企業ほど外部からの資金調達を忌避する傾向にある
ため、研究開発費を支出しない。
仮説4:VC から資金調達できた金額の大きい企業ほど研究開発支出を活発に行う。
仮説5:研究者の比率が充実している地域ほど、企業は研究開発支出を活発に行う。
3.2
推計結果
4つモデルに関して、回帰分析によって推定された結果は、表9のとおりである。いずれも
自由度調整済決定係数が 0.56 から 0.58 と十分に高く、F 値も十分に高いので、推定結果は良
好であると言える。
まず、モデル1を見ると、大学発 VB の研究開発投資額に対して、資本金が有意に正の影響
を与えている。これは資本金規模が大きいほど内部資金が豊富であり、研究開発投資が多くな
るという予想どおりの結果を示し、内部資金が豊富なほど研究開発投資を行うとする多くの先
行研究と一致する。また、設立時の研究開発投資額も有意に正の影響を与えている。この結果
も、研究開発投資は前年度の支出額に影響を受けるという先行研究と一致する結果であるが、
資本金よりも係数が大きく、影響が大きい点は興味深い結果である。また、技術者の比率は、
符号は正であるが有意ではなく、先行研究とは異なる結果を示している。
次に、モデル2では、資本金に換えて株主の持株比率により推計を行った。教職員および学
生の持株比率の係数が負、VC・ファンド持株比率の係数が正であり、いずれも有意であり、予
想どおりの結果であった。VC が研究開発投資に有意に正の影響を与えるという結果は、米国
― 71 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
表9
第7号
分析結果
被説明変数=研究開発投資額
(2004年6月までに迎えた決算期に投資した金額:対数)
変数
モデル1
定数項
VBの識別
0.023
0.104
企業年齢(対数)
0.092
資本金(対数)
0.278
モデル2
0.623
0.153
*
モデル3
0.717
*
モデル4
**
0.755
0.155
0.133
0.037
−0.016
0.001
大学持株比率
−0.756
−0.827
−0.745
企業持株比率
−0.135
教職員持株比率
−0.732
−0.179
**
−0.814
−0.169
**
−0.752
学生持株比率
VC・ファンド持株比率
VC投資額2003年(対数)
−0.521
**
0.535
***
**
**
**
−0.561
0.075
VC投資額2004年(対数)
調整済決定係数
F値
観測数
***
0.546
0.587
含める
0.626
0.136
含める
0.563
***
13.412
0.580
107
**
*
0.095
***
設立時研究開発費投資額
(対数)
技術者の比率
産業ダミー
***
**
−0.545
***
0.631
−0.243
含める
***
10.598
107
0.647
0.126
含める
0.568
***
10.74
107
***
0.576
10.291
107
***
*
注) 1%有意、 5%有意、 10%有意
の先行研究と同様の結果である。一方、教職員、学生の持株比率が研究開発投資に有意に負の
影響を与えるという結果は、先行研究では明示されておらず、新たな発見である。本稿では、
大学発 VB に関与する大学教員において、外部からの資金を受け入れたくない、もしくは VC
から投資を受けることを忌避する企業の存在が先行研究で指摘されていたこと、さらに、資金
調達方法の選択においてペッキング・オーダー仮説が成り立つとすれば、教員や学生の持株比
率の高い企業は、経営に関しても教員や学生が積極的に関与している事例が多いことが想定さ
れ、外部投資家との情報の非対称性が高く、負の影響を与えるとの予想を行った。しかし、こ
の結果は、VC が大学教員や学生の持株比率の高い大学発 VB への投資が忌避し、資金調達が
行えないためだとも考えられる。後述の 3.3 ではこの点について若干の考察を行う。
最後に、モデル3およびモデル4では、VC・ファンド持株比率に換えて VC の投資金額を用
いて推計を行った。なぜなら、VC の持株比率は研究開発投資の多い企業に出資したという逆
の因果関係が生じている可能性があるためである。その結果、VC 投資額 2003 年、2004 年とも
に係数は正であったが、2004 年の投資額の係数が若干大きく、さらに有意であった。
したがって、本稿の分析においては、VC から投資された資金はすぐに研究開発投資に支出
されており、VC からの投資額が大きいほど研究開発投資を行う傾向が高い。また、補助金と
研究開発投資との関係に関する先行研究では、2―3 年のタイムラグが生じていた。今後、補助
金に関してより詳細な分析が必要であるが、VC 補助金とでは研究開発投資へ異なる影響を持
つかもしれず、今後、研究の蓄積が必要である。
― 72 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
3.3
考察
前節までの結果をまとめると、仮説1、仮説2の一部、仮説3、仮説4を支持するが、仮設
5を支持しないことが明らかとなった。以上の結果から、VC から資金調達を行っている大学
発 VB は、財務活動による CF が豊富となり、研究開発活動が活発になっていると推定される。
しかしながら、VC から投資を受けた企業とそうでない企業との属性を比較すると、VC によ
る投資が万能ではないことが理解できる(表 10)。企業年齢を比較すると投資先企業と非投資
先企業では平均値に有意な差は生じていないが、その数値は 3.53∼4.29 となっている。本稿
で用いたデータでは、創業1年目の企業に対して投資しているケースは非常に少なく、表 10 で
示したように事業化段階より VC の投資が始まっているのが分かる。しかし、本稿の冒頭で指
摘したように、大学発 VB の資金不足がより深刻な時期は、研究開発の初期や途中といった試
作品完成前の段階である。
また、株主構成を見ると、研究開発投資に負の影響を与えている教員や学生の持株比率につ
いて VC 投資先企業と非投資先企業では統計的な差異は生じていなかった。したがって、本稿
のデータにおいては、VC が教員や学生の持株比率の高い企業を避けて投資を行っている可能
表10
VC投資先企業と非投資先企業との比較
項目
VC投資
VC非投資
平均値の差
0.86
4.29
294.38
0.75
3.53
40.04
0.107
0.758
254.338
0.00
0.03
-0.029
0.19
0.15
0.02
31.26
0.14
0.46
0.23
0.20
0.06
12.26
0.13
0.25
-0.036
-0.054
-0.046
19.0
0.010
0.207
近畿(近畿=1)
それ以外(関東,近畿以外=1)
医療・バイオ(医療・バイオ=1)
IT(IT=1)
機械(機械=1)
0.29
0.23
0.49
0.17
0.06
0.13
0.61
0.31
0.25
0.06
0.161
-0.383
0.180
-0.790
0.002
**
サービス(サービス=1)
0.00
0.24
-0.236
***
素材(素材=1)
環境(環境=1)
その他(上記以外の業種=1)
人員
0.11
0.09
0.03
20.00
0.07
0.04
0.06
7.96
0.045
0.044
-0.027
12.042
試作品段階(試作品段階=1)
事業化(事業化段階1)
公開準備(公開準備=1)
0.14
0.49
0.37
0.22
0.71
0.07
-0.079
-0.223
0.302
VBの識別(コア)
企業年齢
資本金(百万円)
大学持株比率(%)
企業持株比率(%)
教職員持株比率(%)
学生持株比率(%)
設立時研究開発費(百万円)
技術者の比率
関東(関東=1)
検定
**
**
**
**
***
*
**
**
***
注)サンプル数はVC投資会社35社、非投資会社72社.検定は両側検定
等分散を仮定できないものについては、等分散を仮定しない母平均の差の
検定を行った。
***
**
*
1%有意、 5%有意、 10%有意
― 73 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
性は低いと考えられる。しかし、設立時点の研究開発投資額を見ると、有意に差があることか
ら、VC が設立時点から積極的に研究開発投資を行っている企業に投資を行っている可能性が
高いと考えられる。
よって、一連の流れを整理すると、創業時点の研究開発費が VC からの資金獲得に影響を与
える可能性があり、VC から資金を得ることは、その後の研究開発投資に有意に正の影響を及
ぼす。したがって、図1で示したような発展モデルを目指し、わが国大学発 VB の支援政策が
策定されるとするならば、まず創業ありきではなく、創業時点から十分な研究開発投資を行え
ることが、VC との関係やその後の成長へ大きな影響を及ぼすことを考慮する必要があるであ
ろう。その際に、VC が積極的に投資を行う段階が事業化段階であることを踏まえ、この投資
行動が今後変化しないと仮定するならば、VC が投資を行える段階までの資金供給システムを
いかに構築するかが急務な課題であると考えられる。また、VC からの投資は、関東、近畿、そ
れ以外で有意に差が生じていることから、地域間格差が生じている可能性が高い。この点も考
慮する必要があるであろう。
4
おわりに
本稿は、大学発 VB の研究開発投資の決定要因を明らかにすることを目的として、企業別、
産業別、地域別のデータを用いて分析を行った。その結果、VC の持株比率が研究開発投資に
有意に正の効果を、学生、教職員の持株比率は負の影響を与えていることが明らかになった。
さらに、直近の VC の投資額が研究開発投資に有意にプラスの影響を与えており、VC からの
投資はすぐに研究開発投資に向けられている可能性が高い。よって、大学発 VB の研究開発投
資を促進するためには、資金制約を緩和することが重要であるとの含意が得られる。また、そ
のような効果を持つ VC から投資を得るためには、設立時点の研究開発投資の水準に影響され
ることは、新しい発見である。さらに、本稿は、研究開発投資に対して VC 投資と補助金が違
う効果を持つ可能性があることを示唆した。
しかし、学生、教職員の持株比率について、本稿では外部からの資金調達を忌避する傾向が
強いと仮定し、分析を行ったが、この結果の解釈は注意が必要である。本稿の解釈はいくつか
の強い仮定に基づいており、より詳細な議論が必要であると考える。また、本稿で用いた既存
アンケート調査に基づく標本は、定義が広く、曖昧であった。そのため、VB の識別を行うこと
により、問題の回避を試みたが、結果は有意ではなく、その影響を確認することはできなかっ
た。さらに、本稿で用いた標本数は十分だとは言えず、今後は、より大規模なデータを用いて
研究開発活動の成果に関する議論も含めた分析を行いたいと考えている。その際、表 10 にお
いて VC 人員の平均値が投資先企業と非投資先企業とでは3倍近く異なっていた。大学発 VB
が抱える問題は資金調達だけではなく、人員の確保も挙げられている。今後は、研究開発投資
だけではなく、VC による投資が雇用といった要因に与える影響についても今後の検討課題と
したい。
― 74 ―
研究開発投資に対するベンチャーキャピタルの効果(玉井由樹)
注
1
2001 年 11 月に発表された経済産業省「大学発ベンチャー創業支援施策評価書」によれば、
「わが
国の大学においては、開発された成果の多くが死蔵し、正当に評価されずに、国民生活や経済社会
へ還元されることは少なかった。これからの知識社会では、資源に乏しいわが国においては、わが
国における最大の「知」の源泉である大学から、その研究成果を活用した新たな財やサービスを生
み出す大学発ベンチャーの創出を図ることにより、研究成果の国民生活・経済社会への還元を促進
する必要があり、3年間で大学発ベンチャー企業を 1000 社創出することによる新規産業の創出や
雇用創出等によるわが国の産業競争力強化を目指す」とある。
2
ここでいう理念先導型ベンチャーとは、起業の動機が利益追求型ではなく、「社会的貢献」
「自己
能力の開発」といった主に自己実現を目指しているものを指す。
3
インタビュー調査では、休眠会社の存在や、大学発 VB に関与する大学教員において、外部から
の資金を受け入れたくない、もしくは VC から投資を受けることを忌避する企業が存在することが
指摘されている。
4
創業から何年間をスタートアップ期と見るかは、統一的な定義はないとされており、一般的に上
限を 10 年程度と見るのが妥当であると言われている(岡室、2005)
。本稿ではそれにしたがい、10
年以内の企業をスタートアップ期と捉えることとしたい。
5
2006 年2月 13 日
産学連携小委員会
経済産業省大学連携推進課資料。
(http://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/shoiinkai/shiryou3-1.pdf)
。
6
本稿では、大学発 VB の研究開発活動の現状を分析するため、わが国で行われている3つの大き
な調査結果を引用する。1つは、日本経済新聞社が行う日経ベンチャービジネス / 大学発ベン
チャーガイドブックである。この調査における大学発 VB とは、
「全国の主な大学関連のベンチャー
企業」となっており、204 社が掲載されていた。そのうち、本稿の定義に該当する企業は約7割で
あった。
2つ目は、筑波大学産学リエゾン共同研究センターが行う「大学等発ベンチャーの課題と推進方
策に関する調査研究」である。当該調査におけるベンチャーとは、新たな技術やビジネス手法をも
とにして設立した企業をいい、大学が関連したとは、特許による技術移転型、特許以外による技術
移転型、人材移転型、出資型、その他関係型とされ、2005 年8月 31 日時点において 1,114 社が確認
されている。本稿の定義に該当する企業は、特許以外による技術移転が約 65%、特許による技術移
転が約 40%(どちらも複数回答)であった。
3つ目は、経済産業省が行う「大学発ベンチャーに関する基礎調査報告書」である。同調査にお
ける大学発 VB とは、
「大学で生まれた研究成果をもとに起業したベンチャー(大学で達成された研
究成果に基づく特許や技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立された企業)」もしくは「大
学に関連の深いベンチャー」とされ、2006 年3月 31 日時点おいて 1,503 社が確認されている。本
稿の定義に該当する企業は約6割である。
3つの調査は、調査時期や確認された企業数に差異はあるが、対象とされる大学発 VB の定義は、
類似しており、かなりの部分で対象企業が重複していると考えられる。しかし、本稿で用いる
Shane(2004)の定義よりも広い範囲で大学発 VB を定義し、調査を行っている。本来、本稿の定義
に沿って調査結果を厳密に区分し、引用すべきであるが、データが詳細に区分されていないものも
あり、他にマクロ的に考察を行える資料がないことから、3つの調査において、本稿の定義に該当
― 75 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第7号
するものとそうでないものを区分できる場合には区分し、そうでない場合には6割∼7割が該当し
ていることから、本稿の定義とほぼ類似する調査が行われたとみなして引用する。さらに、筑波大
学が 2006 年に発表したデータを筑波大学調査(2006)
、経済産業省が 2006 年に発表したデータを経
済産業調査(2006)として表記する。
7
たとえば、取締役3名、監査役1名の旧株式会社法における最低人員に4名でスタートし、年間
1人あたり5百万円の給与を支給したとすれば、人件費だけで 20 百万円が必要である。さらに、経
済産業省調査(2006)によれば、直近年度の研究開発費は、研究開発段階でバイオ系企業1社あた
り平均 157.9 百万円、同じく IT 系で 64.2 百万円、その他で 65.4 百万円支出されている
8
研究成果活用企業とは、国立大学教員や国の試験研究機関の研究職員が創出した研究成果を活用
して、事業化、製品化しようとする企業を指す。兼業により大学発 VB の役員となった場合、勤務
時間内に兼業に従事すれば、給与を減額するとの規定を設けている大学が多いと思われる。そのた
め、大学教員にとって勤務時間内と勤務時間外とを第3者から見て明確に区分し、明示すること難
しい。さらに、大学発 VB への関与が、勤務時間内の従事と判定された場合に給与の減額がなされ
るのであれば、無給を選択すると考えられる。
9
シュムペーター仮説とは、企業規模が大きいほど、また市場集中度が高いほど研究開発を活発に
行うというものであり、大企業ほど技術革新、ひいて経済発展のエンジンであるとされている。
10
後藤(2000)によれば、研究開発費は企業規模と比例的に単調に増加するが、特許などのアウト
プット比例以下でしか増加しないという結果を得ているものが多く、市場集中度と研究開発人の関
係については、おおむね相関はないとするものが多い。シュムペーター仮説の検証については、後
藤(2000)と Cohen(1995)が詳しい。
11
わが国に関しても、特許の申請数に研究開発支出額が有意に正の影響を与えることが確認されて
いる(伊藤・明石,2005)。したがって、研究開発投資をいかに促進させるかが焦点になると考えら
れる。
12
そのため、標本数が少なく、一般化には注意が必要としながらも、スタートアップ期の中小企業
の研究開発活動を促進するためには、資金制約を緩和するよりも地域における知識クラスターと高
度な人的資本の形成を進めることが重要であるとしている。
13
補助金は、精算払いと概算払いといった交付方法に違いがあり、これに対応して交付企業が支出
年度を調整する可能性があると考えられる。また、当該先行研究の研究対象年が IT バブルの時期
であることから、マクロ経済的要因が影響を与えた可能性もある。そのため、今後より詳細な分析
および研究の蓄積が必要になると考えられる。
14
岡室(2005)での内部資金は、税引き後当期利益(1期前)
+減価償却費(1期前)
/ 売上高(1期
前)によって推定されている。周知のように CF は、営業活動、財務活動、投資活動によって獲得さ
れるが、上記推定式は CF のうち主に営業活動による CF を包含していると考えられる。
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伊藤康・明石芳彦(2005)
「研究開発―外部研究機関との連携と補助金の活用」忽那憲治・安田武彦(編
著)
『日本の新規開業企業』白桃書房、pp. 185-211。
岡室博之(2004)「デフレ経済下における中小製造業の研究開発活動の決定要因」『商工金融』54(6)、
pp. 5-19。
岡室博之(2005)「スタートアップ期中小企業の研究開発投資の決定要因」
,RETI Discussion Paper
Series.
経済産業省編(2006)「大学発ベンチャーに関する基礎調査報告書」.
後藤晃(2000)『イノベーションと日本経済』岩波新書。
後藤晃,古賀款久,鈴木和志(2002)「わが国製造業における研究開発投資の決定要因」『経済研究』
53(1)、pp. 19-23。
中小企業総合研究機構(2003)
『新規開業研究会報告書―企業家活動に関する研究の進展および有効な
支援システムの構築に向けて―』(財)中小企業総合研究機構。
筑波大学産学リエゾン共同研究センター(2006)
「大学等発ベンチャーの課題と推進方策に関する調査
研究報告書」
。
西澤昭夫・福嶋路・朱軍・玉井由樹(2007)
「大学の教育・研究における大学発ベンチャー企業の機能
と連携について」.(平成 18 年度 文部科学省大学知的財産本部整備事業)。
日本経済新聞社・日本産業消費研究所『日経ベンャービジネス / 大学発ベンチャーガイドブック(2005
年―2006 年版)』日本経済新聞社。
細野薫・富山雅代・宮川努・徳井丞次(2001)「ガバナンス構造と研究開発」『学習院大学経済経営研
究所年報』15、pp. 15-33。
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