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不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務

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不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
一最高裁平成16年11月18日判決の検討を通じて-
中村
肇
l.はじめに
Il.平成16年判決以前の判例および学説における議論
1.問題点の整理と従来の学説
2.小指
‖.最判平成16年11月18日の検討
1.最判平成16年11月18日の紹介
2.値下げ販売事例としての位置づけ
3.財産的利益に関する慰謝料請求L
4.事情変更問題,契約終了後の再交渉
IV.結びに代えて
l.はじめに
契約が取引の手段である以上,契約当事者にとって取引によって目的とされ
る利益を得るか得られないかは重要な関心事である。いうまでもないことであ
るが,当事者は契約を通じて利益を獲得するために一定の予測に基づいて行動
している。それゆえ,予測がはずれたとしても,それは本来的に当事者自らが
負担すべきリスクであり,それを相手方に負担させることは原則として問題に
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横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
ならない。しかしながら,バブル経済の崩壊とその後の展開は,契約締結から
契約終了に至る各段階において,かかる原則の修正につき問題を提起し,具体
的な方策を探るための努力が求められてきたと㌧、えよう1)。
本稿では,分譲住宅の値下げ販売に関する最高裁第一小法廷の平成16年11
月18日判決(民集58巻8号2225頁)
(以下平成16年判決とする)を通じて,
契約終了後の問題を検討する2)。iただし,平成16年判決は,一方において,不
動産の値下げ販売についての最高裁の初めての判断としての意義を有するとと
もに,他方において,説明義務違反に基づく財産的利益に関する慰謝料請求を
認めた判例であり,従来の判例との関係で重要な意義を有している。結論から
述べるならば,平成16年判決は,契約履行後の責任を直裁に問うことは契約
が既に完了しているという点にかんがみると容易とはいえず,事案の特殊性を
考慮して説明義務違反に基づく損害賠償を肯哀した裁判例と.いうことができ
る。
そこで,.本稿においては,まず,不動産の値下げ販売に関する従来の判例お
よび学説を参照して平成16年判決の意義を確認する。その上で,説明義務違
反に基づく損害賠償の意義と問題,契約終了後に契約の周囲の環境に事情変更
があった場合の処理の意義につき検討を加えることにしたい。
汁.平成16年判決以前の判例および学説における議論
1.問題点の整理と従来の学説
不動産の値下げ販売の問題とは,不動産分譲業者が分譲を実施したものの売
り残り物件が生じたため値下げ販売を行った場合に,先行購入者が分譲業者に
責任を問うことが可能であるかという問題である。先行購入者は,高い値段で
分譲住宅等を購入しているので,値下げ分との差額を請求したり,損害賠償を
請求するなどした。
平成16年判決の検討に先立ち,同判決が示されるまでの判例および学説の
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不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
状況を確認しておこう3)。従来の裁判例においては,当初は民間業者に対して,
(五倍下げ販売しない合意,
②信義則上の価値保持義務,
(参詐欺, ④暴利行為,
(9説明義務違反などが主張されてきた。結論からいえば,判例は,ことごとく
買主側の主張を斥けている。さらに,公団住宅における値下げ販売に関する紛
争が現れるに至って,公団副総裁の値下げに否定的な発言や公団の公共性にか
んがみて,新たな論点として⑥同一団地,同一価格体系の原則,
決定する義務違反,
⑦適正価格を
⑧再譲渡制限条項の存在を前提にした価値維持義務といっ
た主張など75ミ加えられたo各判例を紹介することは省略し,従来の論点につい
て判例がどのようにその主張を斥けてきたかについてまとめ,それに対する学
説の応答を論じよう4)0
(1)個別の問題点
①値下げ販売しない合意
まず,不動産販売業者らが,契約交渉過程において「倖下げ販売しない」で
あるとか,
「絶対に値下がりすることはない」旨述べていることをとらえ,
「値
下げ販売しない合意」が成立していた旨の主張がなされていた。このような値
下げ販売しなしミ合意に関しては, 「セールストーク」として否定した事案が多い。
たとえば,
【1】大阪地決平成5年4月21日判時1492号118頁や【2】東京地判
平成8年2月5日判夕907号188頁では,契約女渉過程において販売会社の従業
㌧員らが将来値下げしない旨述べたことを認定しながらも,かかる発言内容が暖
昧であることや書面化されていない点を指摘して,
「セ⊥ルスト-ク」であっ
て,
「値下げ販売しない旨の合意」とは認められないとしている。
学説上も,かかる判例を支持する見解が多く5),その根拠に自己決定・自己責
任原則を指摘する見解も認められる6)。これに対し,久保教授は,土地が値下
がりしないと考えられていた点7)や他の売買事例を引用したり,期間が限定さ
れているなど「約束が具体的,確定的であれば」例外的に拘束力を認めるべき琴
合があるのではないかと指摘する8)。
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(参信義則上の価値保持義務,余後効的値下げ販売しない義務
Q)の「値下げ販売しない旨の合意」が認められないとしても,不動産が重要
な資産であることなどから,販売業者は信義則上不動産の価値を下落させない
義務を負うとして,値下げ販売はかかる信義則上の義務に違反するという主張
もなされた。
【1】事件では,余後効に基づいてかかる値下げ販売しない義務が
論じられているが,認められていない9)。
827号191・頁では,
【3】東京地判平成5年4月26日判夕
「物件の価格というものは,需要と供給の関係から決定され
るものであるから,物件が売れ残るという需要の減少に伴い,価格を低下せし
めてこれを販売することは,分譲業者の当然の行動」と述べている。
【2】事件
でも,やはり「不動産の価格は,需要と供給の関係で決まるもの」とし,価格
の変動は「自明の理」であるとしている。
「値引き販売をしない義務」を肯定するこ
.学説もかかる判例を支持している。
とは, 「自己決定原則を否定し,買主の資産維持・形成上のリスクを売主に転嫁
することを命ずる結果となる」とする見解10)や,一般的に余後効を認めたとし
ても,.値下げ販売においては「不動産の購入価格」だけが問題となっており,
市況に左右され不動産業者の支配が及ばないこと,またバブル崩壊を予測して
いたともいえず,
「回避可能性」の要件を満たさない点を理由にかかる義務を
認めない見解などがある11)。これに対して,久保教授は,一般的な経済現象に
対する意味でこれを否定する裁判例を正当とするが,債務者の行為に起因する
場合や不当な安売りについては,違法と評価される余地を認める12)。
(彰詐欺
詐欺の主張は【4】大阪地判平成10年3月19日判時1657号85頁(木津川台
住宅事件)でなされたが,認められていない。学説上も肯定することは困難で
あるとされている13)。
④暴利行為
暴利行為に関しては,相場を反映していれば暴利行為に当たらないと解され
ている。
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【4】事件では,販売価格が当事者の合意によって形成されることを指
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
摘し,価格の決定は原価のみによることはできか、とする。そして,販売当時
の販売価格が著しく高額でないこと,買主の急迫,軽率,無経験に乗じたもの
といえないことが指摘され,暴利行為の主張を認めなかった。学説も暴利行為
の成立には慎重であり,値下げ販売においては,先行購入者に明確な購入動機
があること,判断能力も十分であること,分譲住宅等の売買契約自体は先行購
入者の自由な意思決定を妨げるような形で行われていないこと,購入物件に暇
庇は存しない点が指摘されている14)。
⑤説明義務違反
説明義務違反に関しては,平成16年判決が肯定′したこともあり,同判決の
検討を通じて後述する。
⑥同一団地,,同一価格体系の原則
【5】東京地判平成12年8月30日判時1721号92頁や【6】東京地判平成13年
3月22日判時1773号82頁,
【7】東京高判平成13年12.月19日LEX/DBインタ
ーネット法律情報サービス(【5】事件の控訴審)にみられるように,公団や公
社に対する訴訟においては,
「同一団地,同一価格体系の原則」ということが
主張されている。
とは,
【6】事件を参照すれば, 「同一団地∴同一価格体系の原則」
「同一団地内の各分譲住宅の譲渡対価を同一価格体系に基づいて設定し,
同一団地内の各譲受人の譲受対価に不公平が生ずることのないように各分譲住
宅の譲渡対価を設定すべき」原則とされている。かかる信義則上の付随義務を
公団や公社が負うとする主張であるが,.
「不動産の価格は,需要と供給の関係
を含む経済事情により決定されるもの」であるとし,否定されている。
結局,かかる義務を肯定することは,
②に述べた価値保持義務を認めること
と同結果となるため,公団の公共性にかんがみても否定されようか。なお,
「同一団地,同一価格体系の原則」の主張に際して,公団施行規則の価格決定
に関する規定の解釈が論じられていたが,この点に関しては,
(労で取り上げる
ことにする。
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⑦公団の適正価格決定義務(原価主義)
公団の公共性にかんがみて,原価主義の問題として適正価格決定義務が論じ
られている。まず,公団施行規則12条1項は,分譲住宅の譲渡対価につき,
「公団が譲渡する住宅の譲渡の対価は,分譲住宅の建設(分譲住宅の取得を含
む)に要する費用,当該費用のうち借入れにかかる部分にかかる利子の支払に
必要な額,分譲事務,貸倒れ等による損失を補填するための引当金の額及び公
租公課を加えた額を基準として公団が定める」と規定している。買主らは,同
規定を中心にして公団には「原価に基づき譲渡対価を決定すべき萄務がある」
と主張した。
この点に関して【6】事件では,同規定は公団内部の代金決定基準を定めた
ものであり,同規定に基づいて価格が決定され,その規定が公知であるために
買主が信頼を置いていたとしても,個別の買主との間での法的義務を定めてい
ることではないと指摘され,原価主義の主張が斥けられている。
(参再譲渡制限を前提にした価値維持義務
また,公団による住宅の分譲に際しては,居住を目的としない買主にょる購
入を回避するために5年間再譲渡が制限されている。この点から,公団には,
少なくとも5年間の不動産の価値維持義務が課される旨の主張もなされている。
この主張に関しても,かかる譲渡制限はその目的に合理性があると認められ,
5年間の価値維持義務は否定されている(【5】
【6】【7】事件, 【8】福岡鞄判平
成13年1月29日判時1743号112頁,平成16年判決原々審(【9】事件(後述)))。
(2)公団事例の年寺殊性
以上のような公団の不動産の分譲に関する訴訟においては,公団の公共性を
いかに解するかが新たな論点として加わっている。これらに関しても,基本的
に判例を支持する見解が多い。
まず,原価主義については,公団の公共性にかんがみても,独立の法人とし
て事業活動継続のための財政基盤の確保が指摘され,不動産の譲渡価格の決定
に際して原価のみが価格決定の指標になるとはいえないと解されている15)。
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不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
さらに,公団の公共性といった観点から価格算定に際して民間業者よりも注
意を払うべきであると指摘されたり16),公団の高コスト体質といった点から,
価格算定プロセスの問題性が指摘されているものの,そ甲こと自体に責任を追
及することも困難であると解されているようである17)0
他方,契約締結後の調整問題については,種々の根拠より再交渉の余地を認
めるべきとする見解が多い。
まず,公団による不動産分譲における特殊性を指摘する潮見教授の見解があ
る。すなわち,公団の分譲契約には再譲渡制限条項が定められ,購入者にはリ
スク回避可能性が奪われていることや公団が営利を追求していない点が指摘さ
れている18)。
内田勝一教授は,従来の公団の分譲方法における取引慣行や公団副総裁によ
る「値下げ販売しない」旨の発言に注目し,
「購入者側が不意打ちと感じた」
点を指摘している19)。
■
そのほかに,契約後に分譲業者側に何らかの義務を措定することを前提とし
て再交渉義務を論じる見解もある。かかる観点から注目すべきは,北山教授の
見解であろう。北山教授は,分譲地やマンションの売買における物的住環境や
人的住環境の意義を重視し,これ.らのクオリティーを販売業者が保証している
場合には,売買契約後でも「住環境を整備し,維持する義務」があるとする。
土地価格の変更など事情変更が生じたためにこのような付随義務の履行が困難
となる場合,販売業者は,付随義務の将来の履行を再検討するために再交渉義
務を負うとする。また,譲渡制限条項の存在に関しても,リスク回避可能性と
いう観点からのみとらえるべきではなく・,定住目的の購入者を保護すべきとい
う観点から,付随義務の厳格な履行が販売業者に要求されるとする20)0
他方,このような場合に再交渉義務の問題とせず,端的に個別事情に即した
信義則上の責任の問題としてと-らえればたりるという石松教授の指摘もある21)。
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2.小括
以上のように,平成16年判決以前の判例は・,不動産の値下げ販売の問題に
閲し,売れ残り分の値下げ販売の禁止や差額分の請求を認めないことに帰一し
ていたと解されよう。かかる判断は,しばしば判例に認められた「不動産の価
格は,需要と供給の関係で決まるもの」という説示や「自己決定・自己責任磨
則」を貫徹させるべきであるという学説上の指摘にかんがみれば支持できる。
かような点から,信義則上の値下げ販売をしない旨の義務であるとか,暴利
行為の主張,詐欺の主張については,認めることは困難であろう。また,公団
住宅における集団訴訟が提起されるに至り,新たに公団の公共性や再譲渡制限
規定の存在等を根拠に適正価格設定義務といった争点が示されているが,当事
者が公団であったとしても,不動産の売買が通常の取引である点では変わらず,
結局,かかる主張も認められるに至らなかった。
では,値下げ販売において,もはや先行購入者には何ら救済が認められ得な
いのであろうか。■売買契約の締結過程における「値下げ販売しない合意」の効
力が論じられ,原則としてかかる約束を法的効力を有する合意とすることには
慎重であるべきという評価が多かった。しかしながら,
「値下げ販売しない合
意」に関しては,例外的にかかる約束の効力を認めるべしとする見解もあった。
また,売主が買主に村して住宅の住環境を保証した場合を念頭に置く見解も認
められた。かかる売買契約に付随する「合意」についてはさらに検討を要する
もののように考えられる。また,契約締結後の契約環境の調整の問題として不
動産の値下げ販売をとらえ,再交渉の余地を認めるべしとする見解は,他の争
点に比して多く認められ,問題解決の手段として有益であることが示唆される。
さらに,説明義務違反に基づく損害賠償という救済に関しては,より検討の余地
があり得よう。
以上が平成16年判決が示される以前の判例および学説の状況であり,以上
の検討から得られた3点(「合意」,再交渉義務,説明義務違反)を中心に同判
決に検討を加えることとする。
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不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
lll.最判平成16年11月18日の検討
1.最判平成16年・11月18日の紹介
(1)事実の概要
Y
(旧住宅・都市整備公団であるが,都市基盤整備公団,さらに独立行政法
人都市再生機構が権利義務を承継した。本稿ではこれらを区別せずYとする)
は,平成2年その設営にかかるA団地およびB団地の建替え事業に着手した。・
その際, Yは,上記各団地内の住宅を賃借し居住していたⅩらに対して,建替
え後の分譲住宅の購入を希望し, A団地については平成4年9月30日までに,
B団地については同年3月31日までにそれぞれ住宅を明渡すなどして建替え事
業に協力した者については,一般公募に先立つ優先購入の機会の確保,入居す
る住宅が完成するまでの仮住居の確保並びに移転費用相当額及び100万円の各
支払いを約し,
Ⅹらとの間で覚書を交わした。本件覚書中には,
後の分譲住宅への入居が可能になった場合には,
Yは,建替え
Ⅹらに対し,公募に先立ち,
優先して住宅をあっせんする旨の条項(以下「優先購入条項」とする)が規定
されていた。優先購入条項は,
募が直ちに行われること,
(丑Ⅹらに対するあっせん後未分譲住宅の一般公
(彰一般公募における譲渡価格とⅩらに対する譲渡価
格が少なくとも同等であることを前提とし,
(彰その上で抽選によることなくⅩ
らが確実に住宅を確保することができることを内容としていた。
Ⅹらは,
Yと
の間で従前の賃貸借契約を合意解約し,住宅の明渡を行うなど,上記建替え事
業に協力し,それぞれ譲渡契約を締結した。その後,
に至り, A'
Yは,平成10年7月25日
(A団地建替え後の新団地)内の未分譲住宅につき,平均値下げ率
25.5%,平均値ーFげ額854万8000円,
B'
(B団地建替え後の新団地)内の未分
譲住宅につき,平均値下げ率29.1%,平均値下げ額1631万4000円で一般公募
を行った。そこで,
Ⅹらが説明義務違反等を主張して損害賠償請求を行った。
原々審たる【9】東京地判平成15年2月3日民集58巻8号2233頁の争点は,
①本件覚書2条1項違反による債務不履行,
②錯誤, ③適正価格設定義務違反,
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④説明義務違反であった。なお,本件覚書2条1項とは,.本件優先購入条項で
ある。このうち,
④の説明義務違反に基づく慰謝勅の支払いのみが認容され
(各住戸当たり150万円),原審【10】東京高判平成15年12月18日民集58巻8
号2286頁が控訴を棄却したところ,
(2)判旨
Yから上告受理申立がなされた。
上告棄却(【11】最判平成16年11月18日).
「そこで検討すると,前記事実関係によれば,次のことが明らかである。
Ⅹらは,
(1)
Yと.の間で,その設営に係る団地内の住宅につき賃貸借契約を締結し
ていたが,
Yの建て替え事業に当たって,借家権を喪失させるなどしてこれに
協力した。
(2) YとⅩらキの間で交わされた本件覚書中の本件優先購入条項は,
Ⅹらに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われること及び一般
公募における譲渡価格とⅩらに対すろ譲渡価格が少なくとも同等であることを
前提とし,その上で抽選によることなくⅩらが確実に住宅を確保することがで
きることを約したものである。
(3)そのため,
り,本件各譲渡契約締結の時点において,
Ⅹらは,本件優先購入条項によ
Ⅹらに対するあっせん後未分譲住宅
の一般公募が直ちに行われ,価格の面で.もⅩらに示された譲渡価格は,その直
後に行われる一般公募の際の譲渡価格と少なくとも同等であるものと認識して
いた。
(4)ところが,
Yは,本件各譲渡契約締結の時点において,
Ⅹらに対す
る譲渡価格が高額に過ぎ,仮にその価格で未分譲住宅につき一般公募を行って
も買手がつかないことを認識しており,そのためⅩら及び他の建て替え団地の
居住者に対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思を有してい
なかった。
(5)それにもかかわらず,
Yは,
Ⅹらに村し, Ⅹらに対するあ?せ
ん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思がないことを説明しなかった。
以上の諸点に照らすと,
渡契約締結の時点において,
Yは,.Xらが,本件優先購入条項により,本件各譲
Ⅹらに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が
直ちに行われると認識していたことを少なくとも容易に知ることができたにも
かかわらず, Ⅹらに対し,上記一般公募を直ちにする意思がな∨-ことを全く説
明せず,これによりⅩらがYの設定にかかる分譲住宅の価格の適否について十
160
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪ったも
のというべきであって,
Yが当該説明をしなかったことは信義誠実の原則に著
しく違反するものであるといわざるを得ない。そうすると,
ⅩらがYとの間で
本件各譲渡契約を締結するか否かの意思決定は財産的利益に関するものではあ
るが,
Yの上記行為は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価するこ
とが相当である。上記判断は,所論引用の判例(最高裁平成14年(受)第218
号同15年12月9日第三小法廷判決・民集57巻11号1887頁)に抵触するもので
はない。」
2.値下げ販売事例としての位置づけ
従来の値下げ販売事例において主張された論拠との関連からは,
【9】事件
(平成16年判決原々審)における判断が参考になろう。すなわち,
は,
■①優先購入条項違反,L
②錯誤,・ ③適正価格設定義務違反,
【9】事件で
④説明義務違反
が主張されたところ,説明義務違反を除き,その主張は斥けられた。
【9】事件
ち,従来の判例の傾向が踏襲されたものと解することができる22)。この点に関
して,裁判所によって値下げ販売をしか-約束や信義則上の価値保持義務,′暴
利行為を根拠に当初の販売価格と値下げ価格との差額を請求することがことご
とく斥けられたことを受けて,説明義務違反が主張されるようになったと指摘
されている23)。
'平成16年判決もかかる傾向を示すものと解することができよ
う。
かかる傾向を踏まえたせいか,値下げ販売事例として平嘩16年判決をみて,従
来の下級審において議論された点について,改めて議論を行う学説は多くない。
例外的に,優先購入条項の解釈を問題とする横山芙夏教授の見解を指摘でき
よう24)。横山教授は,平成16年判決を「合意の前提が合意後に一方当事者によ
り失われた場合に,一定の要件の下で,その前提が失われたことの説明義務を
肯定し,その違法性を認めた」事案とする。そ.して,本件での説明義務は,
「売買契約締結過程における説明義務」であるとともに「合意の履行に関する
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横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
説明義務」としての性質を持つとした上で,平成16年判決が説明義務を肯定
した点を正当と評価している。
さらに,本件優先購入条項の解釈に関する原審の認定が合理的であったかど
うか疑問を呈している。すなわち,原審判決は,本件優先購入条項に■おける
「優先」とは「買主が抽選なしに目的物を購入できることにつきる」とし,むしろ
平成16年判決のような場合において優先購入条項は,
「優先的地位を有さない
者のうち,もっとも高額で同等の物件を購入した者と比して価格において不利
な扱いを受けないことも合意の内容となっていると解すべきではないか」とす
る。さらに,平成16年判決で直ちに一般公募をしないことにつき説明義務違
反を認めた点についても,買主は,かかる点について説明を受けたとしても
「一般公募価格が不確定であるなら,結果としてより高額な買い物をするかど
うかのリスクを負うことに変わりはない」とし,
「これは,合意後に生じた事情
変更のリスク配分として正当とはいえない」とする。平成16年判決の事案では,
売主が専門的知見に基づき自由に価格を設定できることにかんがみて,売主側
が「価格の市場適合性に関するリスクを負っていると解すべきではないだろう
か」とする。以上のような解釈に基づき,横山教授は,
「同等の物件につきもっ
とも高額で実際に買い手のついた価格が,優先的購入条項の受益者の売買代金
よりも低額のとき」は「差額を受益者に支払わなければならない」とする。
一方で,横山教授は,公団が「絶対に値下げはしか、」と断言したような場
合に消費者契約法4条1項2号の断定的判断の提供に該当すると解し,消費者
は「取消権を行使せず,他のより有利な契約を締結する機会を失った羊とによ
る財産的損害につき」不法行為に基づく損害賠償をすることもできると解して
いる。
横山教授の見解は,優先購入条項の解釈を通じて,従来の判例で否定された,
差額の賠償を認めるものと評価することができるように思われる。確かに,倭
先購入条項に関して,
「優先」の意義を横山教授のように解する可能性はあり
得よう。しかしながら,それは当事者の間でどのような合意がなされたか次第
162
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
の問題となる。加えて,既に従来より「値下げ販売しない合意」を否定する場
合に指摘されていた「不動産の価格は,需要と供給の関係で決まるもの」とい
う理解を前提に「自己決定・自己責任原則」を貫徹させるべきであるという見
解との関係で,差額の補償まで認めることには困難がともなうように思われる。
しかし,他方で,このような場面において「優先購入条項」の解釈を重視する
点や「合意後に生じた事情変更のリスク配分として正当といえない」という指
摘は重要であるように考える。すなわち,値下げ販売事例では「合意後に生じ
た事情変更のリスク配分」が問題となっており,ここでの「合意」をどのように
解するか次第では,再交渉を認める余地があると思われる。
3.財産的利益に関する慰謝料請求
(1)説明義務違反に基づく慰謝料請求
平成16年判決の原々審たる【9】事件は,値下げ販売事例として,説明義務
違反に基づく慰謝料請求という根拠によって買主側の請求を初めて認容した事
案として注目される。
しカ干しながら,説明義務違反に基づく慰謝料請求という法律構成自体にも課
題があった。この点に関して,円谷教授←こよる平成16年判決の位置づけを参
照したい。円谷教授によれば,平成16年判決は,
「自己決定論を肯定した点で
興味深い判決」と位置づけられる25)。他方で,平成16年判決には,
ⅩらがYの
建替えに積極的に協力し,本件売買契約を締結したとの特別事情があるため,
「射程を普遍化してはならないであろう」とする26)。
平成16年判決における救済は,値下げ販売の実施に関して,公団側が先行
購入者の認識を容易に知ることができたにもかかわらず十分な説明をしなかっ
たことを理由にして,先行購入者の被った精神的損害につき慰謝料の請求を認
めると いうものであった。円谷教授が指摘されたように,平成16年判決の問
題は自己決定権侵害であるが,そもそも平成16年判決での自己決定権の対象
となっているのは,財産的利益であった。このような財産的利益に関する慰謝
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科を認めることの可否に関しては,平成16年判決も引用した【12】最三判平
成15年12月9日民集57巻11号1887頁27)
(以下平成15年判決七する)がこれを
原則として否定していたために,一同判決との関係で平成16年判決をいかに理
解するかという問題が新たに提起された。
(2)最判平成15年12月9日と自己決定権侵害に基づく慰謝料請求
【12】事件は,次のような事件であった。原告らは,阪神・淡路大震災にお
いて発生した火災により自・己所有不動産を失った者達であるが,被告保険会社
との間で火災保険を締結していた。地震保険については,契約申込者め申出が
ない限り,火災保険に附帯するものとされていたが,原告らは地震保健不加入
意思欄に自らの意思によって押印していた。被災後,原告らは,保険会社に対
して火災保険金の支払いを求めるとともに,原告らが保険会社との間で地震保
険契約を締結していなかったことにつき,被告保険会社が原告らに対して地震
免責条項,地震保険の内容及び地震保険意思確認欄へ押印することについて情
報提供や説明をすべき義務があったところ,これを怠らたことを理由にして慰
謝料を請求した。最高裁は,'次のように述べて原告の請求を棄却した。
「地震
保険に加入するか否かについての意思決定は,生命,身体等の人格的利益に関
するものではなく,財産的利益に関するものであることにかんがみると,この
意思決定に閲し,仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分,
不適切な点があったとしても,特段の事情が存しない限り,これをもって慰謝
料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできないものというべ
きである」と述べ,本件の事実関係においてはこのような「特段の事情」があっ
たとはいえないと判示した。
他方で,自己決定権侵害に基づく慰謝料請求という問題に関しては,既に,
人格的利益に関してこれを認めた【13】最三判平成12年2月29日良集54巻2
号582頁がある。同判決の内容は以下のとおりである。エホバの商人の信者で
ある患者が輸血拒否をする意思を表明していた場合に,手術の際に輸血が必要
であることを認識しながら,輸血の可能性を患者に説明することなく手術に際
164
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
して輸血をした医師の責任が問われた。最高裁は,
ったことにより,
「A医師らは,右説明を怠
Bが輸血をともなう可能性のあった本件手術を受けるか否か
について意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず,この点において
同人の人格権を侵害したもの」として人格権侵害により生じた精神的損害につ
き慰謝すべき責任を認めた。
(3)学説
次に,平成15年判決の提起した問題を学説がどのように論じたかを検討し
よう。まず,平成15年判決以前の人格的利益の侵害におけるケースと平成15
年判決の類似性を説く笠井教授の見解が注目される。すなわち,取引行為にお
ける不適切な説明による自己決定権侵害には,相手方の不適切な説明により危
険な取引に巻き込まれる場合(「危険取引巻き込まれ型」)と,典型的には医療
過誤においてみられる類型で,説明がなかったために患者が治療方法の選択に
関する意思決定の機会を逃した場合(「意思決定の機会喪失型」)とがあり,平
成15年判決で問題となったケースは後者に位置づけられる。そして,平成15
年判決があげた「特段の事情」として指摘された要素のうち重要な要素は,保
険会社による情報の秘匿がなかったという認定だという。ここから,■
「秘匿と
いい得るような悪性を帯びる行為」があれば,財産的利益に関する意思決定侵
害に対しても慰謝料請求を認めうるという28)。
他方,学説においては,平成15年判決以前より財産的利益に関する慰謝料
請求に関して,これを消極的に解する見解と積極的に解する見解があり,平成
15年判決を受けそれぞれの立場を支持する見解が現れた。
消極的に解する見解は,錦織教授の見解であらた。錦織教授は,
「自己決定
権という人格的利益の侵害を不法と考えて,財産的利益の保護」を考えること
は「ずれ」があるとし29),自己決定権侵害の効果として慰謝料請求権を発生さ
せることについては,
「なお慎重に対処すべきもの」と述べていた30)。かかる
消極説を支持する見解として,磯村教授は,説明義務がつくされても保険契約
を締結していた蓋然性が低いなど,財産的損害の賠償可能性が否定される場合
165
横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
に,
「自己決定権の侵害による慰謝料請求という精神的損害の賠償に置き換え
ても」実質的には財産的損害に関するものと解される以上,原則として否定さ
れるべきとする31)。
これに対して,積極的に解する見解は小粥教授によって主張されていた。小
粥教授は,説明義務違反がある場合に,事実上原状回復が認められる理由を
「顧客の意思決定が十分訓育報に基づいて行われなかったところ」に求め,
済的損失がなくても,自己決定権が侵害され,何らかの救済が必要な場合は存
在する」という。そして,説明義務違反の結果としての意思決定の「機会の喪失
そのものを損害と位置づけ,その金銭的評価を考えるべき」であるという32)0
積極説を支持する見解として,後藤教授は,自己決定権の侵害により損害賠償
が認められる根拠を「保険会社がなすべき情報提供・説明をなさなかったため
に,保険契約者の意思決定が十分な情報提供・説明を受けずに行われたこと」
とし,詐欺において表意者が財産的損失を被らなくても取消しができることと
同様に,損害賠償という形で侵害からの回復がはかられるべきとする33)。
以上のように,財産的利益に関する慰謝料請求に関しては,学説上の対立が
存したことを確認することができる。消極説が指摘するところは,結局,被侵
害利益-財産的利益であるのに,認容される損害賠償-慰謝料というところで,
被侵害利益と賠償対象とが合致していない点である。これに対して,積極説は,
「自己決定の機会の喪失」そのもの-損害と解している。また,積極説は,そ
もそも財産的利益の賠償が認められない場面を念頭にかかる慰謝料請求を肯定
するものであるかのように思われる。平成15年判決は,一般論として,慰謝
料請求の可能性を認めていたものの,事案としては否定していた。平成16年
判決の意義は,かかる慰謝料請求を認めた点にあるといえよう。
(4)平成16年判決の位置づけ
平成15年判決は,財産的利益に関する意思決定に関して,たとえ説明が不
十分,不適切な点があったとしても「特段の事情」がない限り,慰謝料請求権
は発生しないとし,事案としては責任の成立を否定していた。他方,平成16
166
「経
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
年判決において,最高裁は,平成15年判決と「抵触するものではない」と述
べるにとどめており,平成15年判決が述べた「特段の事情」に該当するかど
うかに関しては明言していない。
円谷教授は,平成16年判決が平成15年判決に「抵触するものではない」とす
る点につき,平成1.6年判決が信義則違反の程度が「著しい」ことを前提にして
いることを指摘し,むしろ平成15年判決と「事案が異なることを指摘すること
が適切であったと思われる」と述べる34)。また,平成15年判決がいう「特段の事
情」が存する場合に平成16年判決を位置づけるかに関しては,必ずしも明らか
でないとする35)。
これに対し,大中教授は,
「実質的に平成15年判決を踏襲した上で,
「特段
の事情」がある場合を認めた」とする36)。大中教授は,平成16年判決が「故意型
の不法行為」として賠償責任を肯定した点を評価しているが37),かか.る理解は,
平成15年判決における「特段の事情」を「情報の秘匿」に認める理解と親和
的であるように思われる。
他方で,平成15年判決は何をもって「特段の事情」としているか必ずしも
明らかでなく,平成16年判決では「特段の事情」という言葉が使われていな
いという点から,平成15年判決の「特段の事情」を示したものと解すること
を無理であろうとする原田教授の見解もある38)。もっとも,原田教授も平成16
年判決で慰謝料請求が認められた点につき「意図的な秘匿が行われた」ことを
根拠としている。それゆえにかかる理解の相違は,平成15年判決の理解によ
るものとも考えられる39)。
いずれにせよ,平成16年判決は,平成15年判決と異なり,情報の秘匿がな
されていた場面において財産的利益に関する慰謝料請求を認めたことにその意
義を認めることが可能であろう40)。
他方で,平成16年判決が財産的利益に関する慰謝料請求を認めたことに関
して,かかる利益に関する侵害行為に対しては,財産的利益を填補することに
よってしか侵害の回復はなされないのではないかという見解もある。大中教授
167
横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
によれば,説明義務違反の問題は,
・
「情報収集の失敗に_よって生じた不利益を,
説明義務に対する違反という評価を通じて,.相手方に転換する」場面とされる。
そして,ここで転換される不利益は,
で,平成16年判決は,
「財産的不利益にほかならない」。その上
「当事者の一方的期待についても故意の説明義務違反と
いう構成を通じて,一定の保護を与えた」と位置づけられる。しかし,大中教
授は,単なる期待を相手方の態様に対する評価を通じて保護することに疑問を
呈し,むしろ,この期待が「契約に取り込まれた」と評価されるべき場合に限
って財産的利益の賠償を認容すべきとする41).しかし,かかる大中教授の見解
に対しては,平成16年判決の事案においては,財産的利益を立証することが
困難であるこ上が指摘されている42)。
また,円谷教授は,平成16年判決のような事案においては,人格権侵害た
る自己決定権侵害による慰謝料構成よりも,第一次的には財産的損害の賠償と
いう構成により,損害額について民事訴訟法248条による解決が適切ではない
かと指摘している43)。
(5)小指
平壌15年判決および平成16年判決を通じて,財産的利益に関する慰謝料請
求が認められる場面が論じられるようになっており,問題は,その射程をどの
ように解するかである。射程に関しては,自ずと狭いものと解さざるを得ない
であろう。また,平成16年判決においても認められるが,認容額は,実際に
被った財産的損害に比して低額なものにとどまらざるを得ないように思われ
る。そもそも財産的利益に関する慰謝料請求に対する積極説が指摘していたよ
うに,それは「自己決定機会の喪失」を損害ととらえるものであり,具体的な
損害額を認定することが困難な場面である。かような場面における慰謝料請求
は,自ずから補充的な地位を占めることになるであろうし,調整的な位置づけ
を占めるに過ぎないと解されよう。
また,財産的利益に関する慰謝料請求に対する消極説が指摘していた「ずれ」
の問題に関して,積極説は,説得力ある反論を加えていないように思われる。
168
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
この点からは,円谷教授が指摘した民事訴訟法248条の活用が示唆的である。
そもそも積極説は,財産的損害が填補されないことから慰謝料請求の活用を肯
定するも、のであった。仮に,民事訴訟法248条の活用によって,たとえ不十分
なものであったとして.も財産的損害の填補が認められるようになれば,
「ずれ」
のある財産的利益に関する慰謝料請求という構成をとらずとも,被害者に救済
手段が提供されうる。
他方で,平成16年判決は,情報秘匿型の不法行為につき慰謝料請求を認め
た事案であると学説により評価されていた。それは,買主側に生じた期待を裏
切ることにつき責任を問われた事案としても理解できるように思われる。この
点に注目すると,ここで説明義務が果たす機能には,契約終了後の再交渉の手
段としての意義も認めることができるのではないかと考える。
4.事情変更問題,契約終了後の再交渉
(、1)事情変更問題としての不動産の値下げ販売事例
前述したように,不動産の値下げ販売事例における救済として,事情変更の
原則ないし再交渉義務が学説により指摘されている。筆者は,本問題における
救済として再交渉を認めるべきとする主張を基本的に支持するが,そのために
はいくつかの点を検討する必要があるように考える。
まず,通常の事情変更の原則が適用される場面と本間題とを比較してもっと
も異なる点は,既に契約が履行された後に販売業者による値下げ販売が生じた
点である。すなわち,従来の値下げ販売に関する判例によって示されてきたよ
うに,かかる場面における不動産の価格は「需要と供給」によって決せられる
ものであり,当事者の自己決定・自己責任原則が妥当する。既に契約が完了し,
買主に当該不動産の権利が移転している以上,かかる問題を事情変更法理の中
でとらえていくことは通常困難である。通説的理解によれば,事情変直の原則
は契約成立後履行前の事情変更を問題とする。原則として,本間題を事情変更
の原則の問題ととらえることは困難であろう44)。
169
横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
ただし,当事者の間に値下げ販売をしない合意ないし何らかの不動産価値を
保持する合章などの成立を認める÷とができれば,事情変更の原則の問題とす
ることは可能である。横山教授は,平成16年判決における優先購入条項の解
釈を通じて,
「事情変更のリスク配分」に触れているが,同条項に事情変更の
原則を適用する解釈もありうるように思われる。すなわち,優先購入条項が
「値下げ販売しない合意」と解されるとしても,当事者に予測し得ない経済変
動が生じた場合には事情変更の原則が適用され,販売業者には値下げ販売をす
る可能性があることになろう。結局,判例上かかる合意が認定された事例はな
いため,あえて事情変更の問題を論じることもなく,自己決定・自己責任原則
に従って契約履行後の経済変動といったリスクは所有者が負担するという判断
が維持されてきた。
(2)値下げ販売における再交渉義務
このように,本問題をいわゆる事情変更の原則の問題として理解することは,
従来の理解に従う限り,極めて困難であるといわざるを得ない。しかし,本間
題において重要であるのは,事情変更の原則にとらわれることなく当事者間に
再交渉を行わせることではないだろうか45)。確かに再交渉義務が問題となる主
たる場面は事情変更が生じた場面である46)。しかしながら,再交渉の余地は,
事情変更の原則と結びつけてのみ論じられる必要もないことにかんがみれば,
本間題において再交渉義務ないし再交渉の余地を論じることは十分合理的であ
るように思われる。
一般的に再交渉義務の内容には多様なものが含まれているが47),通常,再交
渉が必要であるためには,契約関係の継続が前提とな・る。これに対し,値下げ
販売事例では,売買契約自体は既に履行が完了してし、る点に再交渉義務を措定
することの難しさがあった。したがって,値下げ販売事例では,再交渉義務を
認めるために,.売買契約自体とは別個の何らかの合意ないし再交渉の対象とを
る保護に値する利益の存在が求められる。さらに,かかる合意や利益との関係
において,値下げ販売事例における再交渉の内容を考えることが必要である。
170
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
すなわち,具体的に,値下げ販売事例における再交渉の内容は,先行購入者が
値下げ販売を受け入れるように交渉を行うことであると考えられる。これは,
買主側の期待を裏切りそうな事態に至った場合に再交渉が必要な場面であると
いうことができよう。
これに対して,平成16年判決は,一般公募が直ちになされるという買主の
認識を容易に知り得た公団が一般公募を直ちに実施する意思がないことを説明
せず,契約締結に際しての意思決定の機会を奪った点に著しい信義則違反を認
めている。ここでは,契約締結過程における説明義務が問題となっており,質
主側に生じた信頼を裏切った点について責任が問われていると理解することも
可能ではないだろうか。また,平成16年判決において,
「当事者の一方的な期
待」が公団側の行為態様と結びつけられ,一定の保護が与えられている点を指
摘しつつ,財産的利益の賠償が肯定されるのは,
「当事者の一方的な期待」が契
約に取り込まれた場合だけであるという主張もみら.れた48)。この見解が指摘す
る「当事者の一方的な期待」が保護される場合の検討は,再交渉義務を肯定する
観点からも支持しうるよう■に考える。すなわち,
「当事者の一方的な期待」が契
約に取り込まれた場合というのは,契約において何らかの合意が認められる場
合であると考えることができる。かかる場合には,前述したように再交渉義務
を肯定することが可能であると考えられる。さらに,平成16年判決の事案も,
優先購入条項が存在したために買主側の期待が保護に催する利益にまで高めら
れ,再交渉の余地が生まれた事例として解する余地があるのではなかろうか。
大中教授や横山教授は,ここから直裁に財産的利益の賠償や差額の賠償を問題
とするが,値下げ販売事例においてそれらの主張は困難である-。むしろ不動産
の値下げ販売事例では,売買契約の交渉過程における買主の一方的期待に種々
の事情が加わり,売買契約とは別個の合意あるいはそれに準ずる期待にまで高
また,
められたことが,再交渉義務の根拠となると解すべきではなかろうかょ
契約締結過程における売主側の行為態様にかんがみて慰謝料請求の可否が左右
される構成よりも,むしろ契約締結過程における売主の行為態様と買主の期待
171
横浜国際経済法学第14巻第3号_
(2006年3月)
とを結びつけ,再交渉の問題と解する構成のほうが問題の実態に即しているよ
うに考えられる。
ただし,値下げ販売における再交渉の内容は,買主の期待がどこまで法的保
護に催するかという判断に左右されるものであるように考えられる。ここでは
買主の期待を裏切ることに村する責任として再交渉義務が現れる以上,再交渉
の内容が値下げ販売に至る事情を誠実に説明することにとどまる場合も考えら
れる。原則として値下げ販売をすることが売主の自由であるという点で,従来
の事情変更の原則の効果としての再交渉と性質が異なることを意識する必要が
あろう。
lV.結びに代えて
本稿では,不動産の値下げ販売事例の検討を通じて,契約履行後の経済事情
の変更が契約に及ぼす影響につき,考察を加えてきた。
筆者は,本間題を契約履行後の再交渉の問題としてとらえる余地があ・ると考
えるに至った。売主側の著しい信義則違反の場合にのみ説明義務違反を肯定し,
その射程は限定的なものと解される判例理論と比べると,売主側の行為を考慮
しつつ買主側の期待の高低に応じて再交渉義務が課されるべきと解した場合,
射程は広がるように思われる。契約終了後の売主の責任が問題となる場合,そ
の根拠となるのは,
,買主に生じた期待が保護に催するか否かである。その考慮
を可能にする構成として,本稿では再交渉を問題とした。また,かかる構成の
もとでも,不動産の値下げ販売事例では,民事訴訟法248条の活用などを通じ
財産的利益の賠償を求める方向での調整も可能であるように考える。もっとも,
本稿で示した再交渉義務は,契約履行後の問題としての特殊性があり,契約関
係継続中の再交渉義務との関係についてはさらに検討を加える必要があろう。こ
れらは今後の筆者の課題であり,ひとまず筆を摘くことにする。
172
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
1)契約締結時の問題としては契約交渉過程における説明義務違反がある。この間題に関しては
移しい数の文献,判例があり,全てをあげることはできない。ここでは,後藤巻則『消費者
契約の法理論』
(弘文堂,
(成文堂,
2002年),円谷峻『新・契約の成立と責任』
潮見佳男『契約法理の現代化』
(有斐閣, 2004年)
142頁以下をあげておく。また契約締結
上の過失に関する判例を鳥撤する文献として加藤新太郎編『契約締結上の過失』
規,
2004年),
(新日本法
2004年)がある。契約関係継続中の間置として,たとえば,サブリース契約における賃
料減額問題を指摘しておく。最三小判平成15年10月21日民集57巻9号1213頁は,サブリー
ス契約において賃料減額請求の可能性を認める判示をなし,その後,オーダーリース契約な
どサブリース契約以外の賃貸借契約においても基本的に同様の判断枠組みが維持されてい
る。この点を含め,サブリース契約に関する論稿などに関して拙稿「判批」
(2005年),
NBIβ04号63頁
「判批」金判1226号2頁(2005年)およびそこに引用された文献を参照。
2)契約終了後の責任という視点から本間題を検討する論者として本田純一『契約規範の成立と
範囲』 (一粒社, 1999年)をあげておく(以下本田『契約窺範』で引用する),とくに255頁
以下。また,不動産取引紛争に関して三好弘悦「バブル崩壊に伴う不動産取引紛争」ジュリ
1030号44頁(1993年),とくにマンションの値引き販売につき47頁以下参照。
3)過去の下級審判例を検討するものとして,升田純「現代型取引をめぐる裁判例(77)
」判時
1780号13頁(2002年),久保宏之「不動産売買契約終了後の値引き販売と価値保持義務」高森
八四郎ほか『マンションの法と管理』
(関西大学法学研究所研究叢書第28冊,
2004年)
79頁
(以下久保「値引き販売」で引用する),石松勉「判批」香川法学24巻2号165頁(2004年)など
がある。
4)その他の争点につき,石松前掲注(3)
5)
174頁以下参照。
【1】事件における値下げ販売をしない旨の合意につき,丸山教授は,本件のような言辞を
担当者がすることは推測できるものの,そのような合意があったと認めることには無理があ
るとする。また,売買契約後も同種同等の商品を値下げしないように売買することを契約の
効力として義務づけることは困難であり,本件の判断を妥当とする(丸山英気「判批」消費者
取引百還(別ジュリ)
56頁参照)。同様に本田教授も契約の余後効に関して,
「自己の支配の
及ぶ領域について契約当事者の一方が,契約上の義務の終了後,相手方に信頼を与えるきっ
かけとなった当初の行動と相反する(禁反言的な)行動をとることを信義則上抑制する法
理」として,本件のような不動産価格について将来値下げしない義務を負担させることは安
-総
.当でないとする(本田純一「不動産取引終了後における信義則上の義務とその違反(上)
(悠々社,
1995年)
115頁)。
論,値下げ販売」長尾治助・中坊公平編『セミナー生活者と民法』
6)潮見佳男「相場の変動と契約」法教222号49頁(1999年)。石松前掲注(3)
うな場面において,消費者保護的な視点からの修正が必要かにつき,
174頁も,このよ
「自己決定原則・自己
責任原則の適用を排除し,その責任を販売業者側に転嫁してまで先行購入者を法的に保護す
べき特殊事情が存在していたとは到底いえない」とする。
7)久保「値引き販売」95頁。
8)久保「値引き販売」89頁。さらにセールストーク自体に検討を加える久保宏之「不動産販売価
格維持約束と「セールストーク」の拘束力」磯村保ほか編『民法学の課題と展望一石田喜久
173
横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
夫先生古稀記念』
(2000年,成文堂)
591頁(以下久保「セールストーク」で引用する)ち
参照,とくに610頁以下は【4】判決におけるセールストークを検討する。久保教授は,約
束者側に事情変更の原則に基づく拘束力からの解放の可能性を認めた上で,その射程を厳格
にするなどして価格維持約束を肯定することを試みている。
9)余後効とは,契約終了後も契約当事者が信義則上負う義務であり,ドイツ法において余後的誠
実義務(Nachwirkende
Kommentar,
2001,
Mtinchen■er
Treuepflichten) e)問題として論じられている(たとえば,
Emmerich,
vor
§275
Rz.
343ff.によれば,余後的誠実義務とは,契約の当
事者が双方の履行後もなお,いわば清算段階においてもなお負担する義務であるとされる)0
従来は,労働契約終了後の秘密保持義務や,物品納入後のアフターサービスなどを念頭に議
論が行われてきたが,値下げ販売事例においても不動産販売業者が売買契約終了後も値下げ
販売を行うことによって,種々の不利益を先行購入者に対して与えてはならないという形で
(余後効に関しては,熊田裕之「ドイツ法における契約終了後の責任」法
議論が行われる。
学新報97巻1-2号369頁(1990年),高蔦英弘「契約の効力の時間的拡張に関する一考察(1)
(2 ・完)」産大法学24巻3≡4号59頁,同25巻1号1頁(1991年),本田『契約規範』
255頁以
下など。体系書の中にも余後効に触れるものが増えてきている。たとえば,潮見佳男『債権
総論Ⅰ』 (信山社,第2版,
2003年)
志『基本民法Ⅲ債権給論・担保物権』
権総論・担保物権』
134頁(以下潮見『債権総論Ⅰ』で引用する),大村敦
(有斐閣,第2版,
(東京大学出版会,第3版,
2005年)
2005年)
116頁,内田貴『民法Ⅲ債
139頁など。とりわけ,潮見教授は,
余後効が問題となる場面につき,契約終了後当事者の一方が相手方が置かれた状況について
どこまで・どのような配慮をすべきか,という「契約の効力が及ぶ範囲の確定」あるいは
「不正競争行為の不法行為」の問題として扱えばたりるとし,とくに前者について「当該契
約において両当事者により下された評価を考慮したとき,もしくは信義則に基づく評価を加
えたとき,相手方の保持している完全性利益の保護が契約関係の正常な展開に資するものと
して契約規範に組み込まれているかこそを論ずべき」として,余後効的保護義務といった構
成の採用に批判的である(潮見『債権総論Ⅰ』
135頁参照)。本田教授は,余後効のような
「契約終了後の過失」責任を認めるために,従来から指摘されてきた「信頼の惹起」と「信
頼の裏切り」というメルクマールを具体化し,
③回避可能性,
ll)本田『契約規範』
②保護利益,
④侵害の規模・程度などの各種のファクターの総合的考慮が必要であるとす
る(本田『契約規範』
10)潮見前掲注(6)
①信頼形成の経緯・契約内容,
279頁)。
49頁。
299頁。
12)久保「値引き販売」90頁。
176頁。
13)潮見前掲注(6)
49頁,石松前掲注(3)
14)石松前掲注(3)
175頁。
15)潮見前掲注(6)
50頁,内田勝一「判批」リマークス2003上64頁(2003年)。また,久保教授
は,団体の存立を無視して原価主義に縛られるのは,公共性に反するとして,合理的な範囲
での価格変更は許されるという(久保「値引き販売」94頁)0
16)潮見前掲注(6)
174
51頁。
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
17)内田(勝一)前掲注(15)
18)潮見前掲注(6)
64頁以下。
51頁。
19)内田(勝一)前掲注(15)
65頁。
20)北山修悟「判批」リマークス200()上49頁(2000年)。本田教授も眺望等の「住環境」の作出に
売主に責任がある場合を念頭に余後効的義務を契約責任として認める(本田『契約規範』
257頁以下)。久保教授も,契約終了後の義務を措定することができれば,再交渉の問題とな
りうると指摘する(久保「値引き販売」
94頁)。他方,
【6】事件判時1773号83項の解説は,
再交渉や契約改訂といった「理論が成立する余地があるかどうか多大な疑問があろう」とし
ている。
21)石松前掲注(3)
182頁。
【9】事件では,動
22)錯誤の主張は,公表判例では【9】事件にしか見当たらないようである。
機の錯誤であり,表示されていないことを理由にして斥けられている。・
23)久保宏之「判批」平成16年度重判解(ジュリ1291号)
(以下久保「平成16
71頁(2005年)
年判批」で引用する)。
24)横山美夏「不動産を優先的に販売する合意と販売業者の説明義務一最判平16・11・18を契機と
して-」みんけん575号7頁以下(2005年)。
25)円谷唆「判批」ひろば2005年7月号77頁。
26)平成16年判決の事案の特殊性は他の論者も指摘している。たとえば久保「平成16年判批」
71
頁,飾野邦樹「時の判例」法教298号107頁(2005年)。
27)平成15年判決の評釈として,後藤巻則「時の判例」法教287号102頁(2004年),角田美穂
子「判批」法セ591号117頁(2004年),西本強「判批」銀法21第633号79頁(2004年),隻
井修「判批」
NBL795号68頁(2004年),竹演修「判批」平成15年度量判解(ジュリ1269号)
(2004年),磯村
117頁(2004年)。黒木松男「判批」判時1867号196頁(判評549号34頁)
保「判批」法学教室別冊付録(判例セレクト2004)
25頁(2005年),島田邦雄「判批」判夕
1178号102頁(2005年)。
28)笠井前掲注(27)
70頁以下。秘匿に関するものとして隣地の建築計画を知りながらこの情報
を秘匿してマンションの販売がなされた判決として東京地判平成11年2月25日判時1676号
㌔ 71頁をあげる。角田前掲注(27)も秘匿の問題につき同様の指摘をしている。
29)錦織成史「取引的不法行為における自己決定権侵害」ジュリ1086号86頁(1996年)。平成
15年判決の評釈において,消極的に解するものとして竹潰前掲注(27)
118頁。
30)錦織教授が指摘する点として,取引的不法行為における自己決定権侵害の効果として慰謝料
を認めると,不十分な説明がなされ危険な取引を締結したところ,利益を得た場合でも慰謝
料請求権が生じるという 保護が出てきうるという(錦織前掲注(29)
31)磯村前掲注(27)
32)小粥太郎「
90頁)。
25頁。
「説明義務違反による損害賠償」に関する二,三の覚書」自正47巻10号45頁以下
(1996年)0
33)後藤前掲注(27)
103頁。そのほかに,積極説を支持する見解として黒木前掲注(27)
200
頁,とくに同頁注(12)を参照。
175
横浜国際経済法学第14巻第3号(2006年3月)
34)円谷前掲注(25)
79頁。同様に両判決の事案の相違を指摘する見解として原田剛「判批」法セ
602号120頁がある。原田教授は,平成16年判決では,譲渡人側が情報を一方的にコントロ
(沈黙による)詐欺が
ールしており, 「「容易に知ることができた」が「知っていた」になれば,
成立し得るケースであ■」り,詐欺と紙一重のケースであるとする。そのため,平成16年判決
が「著しい信義則違反」とすることを正当であると解している。
(成文堂,
35)円谷峻『不強行為法・事務管理・不当利得』
2005年)
163頁(以下円谷『不法行
為法・事務管理・不当利得』で引用する)。
36)大中有倍「判批」全判1216号77頁(2005年)0
・37)大中前掲注(36)
77頁以下。
38)原田前掲注(34)
120頁。
39)平成15年判決の枠組みとの関係で,久保教授は,平成15年判決が「不完全ながら説明義務自
体が履践されており,違法性は弱いと評価し得たが,本件事案は,むしろ,一般公募しない
意思を秘匿したともとらえられる違法性の強い事情があり,平成15年最判の基準によって
も慰謝料請求を認め得る事例である」とし,平成16年判決と平成15年判決とが抵触しないと
説明する(久保「平成16年判批」
71頁)。また,野津教授は,平成15年判決との関係につい
て「同じ判断枠組みを用いつつ,結論の遠いは事案の違いに基づく」とする。すなわち,平成
15年判決があげる事情について「違法性判断における侵害行為の態様を検討するための-餐
料にすぎない」と位置づけ,平成15年判決も「「生命,身体等の人格的利益に関するものでは
なく,財産的利益に関する」意思決定権の侵害は,被侵害利益が小さいため原則として不法
行為を構成しないが」,
「侵害行為の態様が不相当な場合には損害賠償責任が発生することを
認めているもq)と思われる」とし,平成15年判決の「特段の事情」も「さしたる意味」はないと
している(野津正充「判批」
(民法判例レビュー90)判夕1187号106頁(2005年))。
107
40)財産的利益の算定ができない■事例において慰謝料請求を認めたとする鎌野前掲注(26)
頁, 「機会」の喪失を取り上げた点を指摘する野津前掲注(39)
41)大中前掲注(36)
77頁以下。
42)野津前掲注(39)
107頁。
43)円谷『不法行為法・事務管理・不当利得』
・ 44)久保「値下げ販売」
107頁などを参照。
163頁。
19貢が既に指摘している。
45)再交渉義務について近時の論稿として石川博康「「再交渉義務」論の構造とその理論的基礎
(1) (2
・完)」法協118巻2号234頁,
118巻4号520頁(2001年)をあげておく。
46)たとえば,近時の国際取引法規範における事情変更に関する規定の効果は昇一次的に当事者
の再交渉が定められている。かような問題について才出稿「事情変更法理における債務解放機
能と債務内容改訂機能」成城法学72巻83頁以下(2004年)に整理をした。また,国際取引
法規範を参照し,わが国の債務法改正における契約改定規定を論じた能見善久「履行障害」
山本敬三ほか編『債権法改正の課題と方向』
(商事法務,
1998年)
137頁も事情変更の原則
の第一次的効果として再交渉義務を課している。
47)再交渉義務の内容として,たとえば,
①交渉開始義務, (参提案義務, ③交渉促進義務, ④誠
実交渉義務があるとされる(山本敬三『民法講義Ⅳ-1契約』
176
(有斐閣, 2005年)
110頁参照)0
不動産の値下げ販売と説明義務・再交渉義務
その他に,再交渉義務の内容をまとめる論満として松井和彦「過程志向的法システムと再交
渉義務」一橋論叢115巻1号264頁以下(1996年),石川前掲注(45)
48)大中前掲注(36)
(2) 134頁以下。
77頁以下。
〔付記:本稿は平成16年度科学研究費補助金の成果の一部である。〕
追記:校正段階にて,平成16年判決に関する評釈として安永正昭「判批」判評564号33頁(判
時1912号195頁),山下純司「判批」法学教室別冊付録(判例セレクト2005)
15頁(いず
れも2006年)に接した。
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