...

『寓話選』 : ある日本生まれの版 - 慶應義塾大学学術情報リポジトリ

by user

on
Category: Documents
20

views

Report

Comments

Transcript

『寓話選』 : ある日本生まれの版 - 慶應義塾大学学術情報リポジトリ
Title
Author
Publisher
Jtitle
Abstract
Genre
URL
Powered by TCPDF (www.tcpdf.org)
『寓話選』 : ある日本生まれの版 (Ⅰ) : ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ
高山, 晶(Takayama, Aki)
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
慶應義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学 No.32 (2001. 3) ,p.103- 131
Departmental Bulletin Paper
http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10030184-20010331
-0103
103
『寓 話 選 』
(1)ジ
ャ ン
あ る 日本 生 まれ の版
・ ド ・ラ
・ フ ォ ン テ ー ヌ
晶
高
山
J.一P.コリネ が 指 摘 し て い る よ うに、 「寓 話 」 と い うジ ャ ソ ル は 、 元 来 挿 絵
を 必 要 とす る伝 統 を持 っ て お り1、 どの よ うな形 態 に しろ挿 絵 が付 け られ て
始 め て 「書 物 」 と し て 完 成 す る も の で あ る。 した が っ て 、 「寓 話 集 」 「寓 話
選 」 は、 必 然 的 に 「読 む 書 物 」 で あ る と同 時 に 「見 る書 物 」2で も あ る の だ 。
言 葉 と絵 画 の ク ロス オ ーバ ー な の で あ る。 そ れ は、 画 家 が 新 た な 挿 絵 を描 き、
新 た な版 が 出 版 され る度 に 生 ま れ 変 わ る こ と の で き る 、 「文 学 」 作 品 で あ る
と と も に 「美 術 」 作 品 な の で は な い か。 あ る テ キ ス トに 挿 絵 が 描 か れ る とい
うこ とは 、 平 面 空 間 の 芸 術 が 言 葉 の 芸 術 に 新 し い命 を 吹 き込 む こ と に な る、
と言 う こ とが で き る か も しれ な い 。 何 世 紀 に も渡 っ て 、 数 多 くの 挿 絵 が 描 か
れ て き た テ ク ス トは、 各 々 の 時 代 の 画 家 た ち に 想 像 力 を 与 え続 け、 新 た な
「文 学 ×美 術 」 作 品 の 誕 生 を 促 す よ うな エ ネ ル ギ ーを 秘 め て い た の で あ る。
そ こ に生 み 出 され た 「文 学 ×美 術 」 作 品 は 、 そ の 時 代 に 生 き た 人 々 を証 言 し
続 け て き た とい う こ とに も な る。 そ し て 当然 そ の 証 言 は 、 時 代 を 表 す と と も
に 、 テ ク ス トの 作 者 と挿 絵 を 描 い た 画 家 の み な らず 、 そ の 版 つ ま りそ の 「書
物 」 を 編 纂 し上 梓 した 人 、 テ ク ス トと挿 絵 の 出 会 い を演 出 し た 「人 」 を も現
わ し、 語 っ て い る に ち が い な い3。
(1)
ジ ャ ソ ・ ド ・ラ ・ フ ォ ソ テ ー ヌ の
『韻 文 で 書 か れ た 寓 話 選 』 は 、 フ ラ ン ス
文 学 作 品 の 中 で 、 最 も 多 くの 挿 絵 が 描 か れ た 作 品 で は な い か と云 わ れ て い る。
1668年
に パ リで 刊 行 さ れ た 初 版4以
来 、 主 な版 の み を 挙 げ て み て も、 フ ラ ン
104
ソ ワ ・シ ョ ヴ ォ ー 、 ジ ャ ン=バ テ ィ ス ト ・ウ ド リー 、J.一J,
グ ラ ン ヴ ィル 、 ギ ュ
ス タ ー ヴ ・ ド レ 、 ブ テ ・ ド ・モ ン ヴ ェ ル 、 そ し て20世 紀 に は バ ソ ジ ャ マ ソ ・
ラ ビ エ 、 ジ ュ ー ル ・シ ャ デ ル 、 ジ ャ ソ ・ リ ュ ル サ 、 マ ル ク ・シ ャ ガ ー ル 、 マ
リー ・ユ ー ゴ な ど が 挿 絵 を 描 い て い て 、 網 羅 す る に は そ の 数 は あ ま りに も多
い 。 こ こ で は 、 数 多 く の ラ ・フ ォ ン テ ー ヌ 『寓 話 選 』 の 中 で も ひ と き わ 異 彩
を 放 つ 、19世 紀 末 に 日 本 で 生 ま れ た 版 を と り あ げ て 検 討 し て み た い 。A.一M.
バ シーはその著書
を
『ラ ・ フ ォ ソ テ ー ヌ 寓 話
「と りわ け 独 創 的 な 版 」 と 語 り5、
い て い る し、G.1.カ
挿 絵 の4世
紀 』 の 中 で 、 こ の版
後 述 す る よ うに か な り の ペ ー ジ 数 を 割
ー ル ソ ン は 、 彼 自 身 の 所 蔵 し て い た2500点
集 コ レ ク シ ョ ン の 中 か ら 選 び 抜 い た 、9点
にの ぼる寓話
の特 筆 す べ き出 版 物 の ひ とつ と し
て 挙 げ て い る6。
1894年(明
治27年)は
、 す で に7月
か ら 日清 戦 争 が 始 ま っ て い た 。 そ の 年
の 秋 、 東 京 市 京 橋 區 築 地 で 、 ピ エ ー ル ・バ ル ブ ト ー 監 修 の
『ラ ・ フ ォ ン テ ー
ヌ寓 話 選 一 東 京 最 良 の 絵 師 団 に よ る 挿 絵 付 き 一 』 が 出 版 さ れ る 。 テ ク ス トは
フ ラ ソ ス 語 で 、28の
ラ ・ フ ォ ン テ ー ヌ の 寓 話 に 、5人
枚 の挿 絵 が 付 け られ て い る。 束 ね た絹 糸 で
の 日 本 人 画 家 に よ る28
「大 和 綴 」 に 綴 じ ら れ た 、2巻
か
ら な る 欧 文 和 装 本 で あ る7。
ま ず 、 こ の 書 物 の 輪 郭 を な ぞ っ て み よ う。
タ イ トル ・ペ ー ジ(扉)は
CHOIX
DE
次 の よ うに な っ て い る 。
FABLES/DE/LA
UN
GR
O UPE/DES/MEILLE
sous
la direction/de/P.
URS
USTRノES
A R TISTES/DE
PA
R
TOKIO./
BARBOUTAU./TOKIO/MDCCC
XCIV./Imprimerie
de
表 紙 に は 、 第1巻
、 第2巻
1)第2巻
FONTAINE/ILL
Tsoukidji-Tokio,/S.
MAGATA,
Directeur.
と も梶 田 半 古 の 同 じ画 が 使 わ れ て い る。(図 版
の表 紙 に は左 上 に2つ 星 印 が 入 っ て い るが これ が 唯 一 の 相 違 点 で
あ る。 そ の 画 に は 、 前 景 に 小 川 が 流 れ 、 遠 景 に は 富 士 ら し き 山 が描 か れ て い
『
寓 話 選 』・
…
て 、 《FABLES
CHOISIES
DE
LA
あ る 日本 生 まれ の版
FONTAINE》
と書 か れ た
書 名 を 示 し て い る 。 左 下 に はE.FLAMMARIONノditeurと
105
「立 て 札 」 が
入 って い て、
こ の版 に は フ ラマ リ ヨソ社 が 一 枚 噛 ん で いた こ とが わ か る が 、 フ ラマ リヨ ン
の 名 は 、 扉 に も奥 付 に も な く こ の 部 分 に し か 出 て こ な い8。
半古 の表紙 画 の
い ち ぽ ん の 特 徴 は 、 そ こ に夥 しい 数 の動 物 が 描 か れ て い る こ とで あ る。 カエ
ル 、 魚 、 海 老(ザ
リ ガ ニ?)、
カ ケ ス 、 カ モ 、 サ ギ、 鵜 、 ツバ メ 、 ク ジ ャク 、
オ ソ ド リ、 カ ラ ス 、 ハ ト、 ス ズ メ 、 鶴(コ
猛 禽 類(ト
ン ビ?)他
ウ ノ ト リ?)、
名 は わ か らな い が
の 鳥 た ち 。 さ ら に 、 カ メ 、 ウ サ ギ 、 キ ッ ネ 、 オ オ カ ミ、
そ し て 中 央 に 牛 。 よ く見 る と ネ ズ ミ も い る し 、 ネ コ は 木 に 登 り、 サ ル も木 に
しが み つ い て い る。 セ ミと ア リも描 き込 ま れ て い る よ うに も見 え る。 海 の 景
色 が な い の で イ ル カ と牡 蠣 は 見 あ た ら な い が 、 ま さ に こ の 『寓 話 選 』 の テ ク
ス トに 登 場 す る 動 物 た ち 全 員 集 合 の 感 が あ る 。 し か し 、 人 間 は 描 か れ て い な
い。 後 に ふ れ るが 、 この表 紙 画 は この 版 の大 き な特 徴 を 象 徴 的 に 表 し て い る
よ うだ 。
見 返 しを 見 る と、 ナ ンバ ー 入 りの 版 は 鳥 の 子 紙 と奉 書 紙 に 全 部 で350部 刷
られ た こ とが わ か る。 さ らに そ の 下 に 、 和 紙 は そ の紙 質 か ら両 面 印 刷 が で き
な い 等 、 こ とわ り書 き も付 け られ て い る。
Il a騁馭ait de cet ouvrage un tirage sur/papier
Japonais de luxe.
150exemplaires
sur Tori-no-ko.(qualit馥xtra.)Nos
200idem
sur
350exemplaires,
Le
texte
H
1
NーS151
一sho.
50.
50.
num駻ot駸.
de
imprim駸ur
ces
trois
papier,
cent
黎re
pli
Le
黎re
imprim駲ue
cinquante
H6-sho,
papier
le
Japonais,瀋ause
d'un
c
t
exemplaires
Tori-no-ko騁ant
de
a
dO黎re
trop駱ais
sa
composition,
pour
ne
peut
106
次 に、 奥 付 を見 て み る。
明治廿 七年九 月二十 日印刷
明治廿 七年九 月三十 日発行
著作者
編輯者
佛 国人
発行者
馬留武 黨
印刷老
監督者
野村 宗十郎
印刷所
株式 會社
東京市 築地居留 地五十一番 館
曲田成
東京市京橋 區築地二 丁 目十七 番地
東 京市京橋 區築地一丁 目二十番地
東京 築地活版 製造所
東 京市京橋區 築地二丁 目十
七番地
書工
梶 田半古
狩 野友信
岡倉秋水
河鍋 暁翠
枝 貞彦
木 版工
木村徳太郎
じつ は、 この 欧 文 和 本 に は少 な く と も2種 類 の 異 な った 型 とサ イズ の もの
が あ る。 「平 紙 本 」 の 版 と 「縮 緬 本 」 の版 で あ る。(平 紙 本 版 の サ イズ は お よ
そ25×18.5セ
ンチ 、 縮 緬 本 版 は20×15セ ン チ)そ
発 行 の 日付 は 、 平 紙 本 版 全2巻
の第2巻
して、 ここにあげた印刷 ・
お よび 、 縮 緬 本 版 第1巻
は 「明 治 廿 七 年 十 月 十 日印 刷
の もので、縮緬本版
明治 廿 七 年 十 月二 十 日発 行 」 とな っ
て お り、 印刷 、 発 行 の 日付 が20日 ほ ど遅 れ て い る。
こ こで 、 「縮 緬 本 」 に つ い て の 説 明 が 少 し必 要 に な る の で 、 ア ン ・ヘ リン グ
著 「縮 緬 本 雑 考 」 「続 縮 緬 本 雑 考 」9か ら 引 用 、要 約 す る。 まず 、 「縮 緬 」 と
は絹 の 布 の こ とで は な く、 縮 緬 に似 た 感 触 を与 え る よ うに 加 工 さ れ た 紙(縮
緬 紙=crepe
paper=cr駱on)の
こ とで あ る。 こ の よ うに 加 工 を ほ ど こ さ れ
た 紙 で 作 っ た 本 が 「縮 緬 本 」 で あ るが 、 この よ うな本 の 多 くは 明 治18年 以 降
に発 行 さ れ た 輸 出 む け の 欧 文 和 本 で あ った 。 そ の な か で最 も よ く知 られ て い
るの が 、 長 谷 川 武 次 郎 の 「日本 昔 噺 」 シ リー ズ なの で 、 この へ ん か ら 「縮 緬
「
寓話選』一
ある日本生まれの版一
107
本 」 す な わ ち 「日本 昔 話 の 横 文 字 再 話 」、 と い う思 い込 み が 生 じ て し ま う。
そ の結 果 、 縮 緬 紙 製 で は な い に も か か わ らず 、 この ジ ャソ ル の 出 版 物 を 「縮
緬 本 」 と呼 ぶ こ とが あ る。 した が っ て 、 こ の よ うな 広 義 の 「縮 緬 本 」 に は 少
な く と も次 の4種 類 の 異 な った タ イ プの も の が含 まれ る。
(A)表
紙 、 本 文 と も色 摺 りで 、 総 縮 緬 仕 立 て の も の(サ
イ ズ は縮 め た 分
小 さ くな る)
(B)総
色 摺 りで あ る が 、 地 紙 は縮 緬 加 工 され て い な い もの
(C)表
紙 、裏 表 紙 の み 色 摺 りで 本 文 は墨 摺 りの も の
(D)表
紙 も無 地 で、 本 文 も墨 摺 りの 質 素 な もの
狭 義 の 本 格 的 「縮 緬 本 」 は(A)の
(B)は
中 間 型 で(C)と(D)は
み で 、 い わ ぽ デ ラ ック ス版 で あ る。
縮 緬 加 工 とは 無 関 係 で あ る。(D)は
日本
国 内 で外 国 語 の教 材 な ど に使 用 され た ら し い。 「日本 昔 噺 」 シ リー ズ は(C)
(D)に
あ た る 「非 縮 緬 本 」 の ほ うが 数 は多 く、 ア ン ・ヘ リング は そ の連 載 を
「縮 緬 本 雑 考 」 で は な く 「明 治 欧 文 草 双 紙 雑 考 」 とす る べ き で あ った か も し
れ な い 、 と書 い て い る く らい で あ る10。
さ て 、 問 題 の ラ ・フ ォン テ ー ヌ 『寓 話 選 』 は云 うまで も な く 「日本 昔 話 の
横 文 字 再 話 」 で は な い が 、 外 形 か ら この 分 類 に 当 て はめ て み る と、 少 な くと
も次 の よ うな版 が2種 類 現 存 す る。 ほ ぼ(A)型
に 相 当 す る 「本 格 的 な 総 縮
緬 仕 上 げ で 、表 紙 と挿 絵 は色 摺 り、 テ キ ス ト部 分 は 墨 摺 り」 の 版 と、(B)
と(C)の
中 間 型 と も い え る 「非 縮 緬 本 、 つ ま り平 紙 本 で あ るが 、 表 紙 、 挿
絵 と も色 摺 り、 テ キ ス ト部 分 は 墨 摺 り」 の 版 で あ る。 これ ら2種 類 の版 の 相
違 点 は 、 平 紙 で あ るか 縮 緬 紙 で あ る か とい う、 紙 質 の み の よ うだ 。 無 論 この
紙 質 の せ い で 、 前 記 した よ うに サ イ ズ は縮 緬 本 版 の ほ うが 小 さ くな っ て い る。
(A)型
の 総 縮 緬 本 に 関 し て は 、 フ ラ ン ス 国 立 図 書 館 で 参 照 した 版7と
手元
の 版 に 大 き な違 い は見 付 か ら な い が 、 「少 な く と も2種 類 」 と こ とわ った の
は 、 こ の よ うな和 装 本 は と き に 、 一 冊 一 冊 、 型 も サ イズ も摺 りも異 な っ て い
る こ とが あ るか らで あ る。 上 記 の 、 縮 緬 本 の 版 第2巻
の み に 見 られ る 印刷 日
と発 行 日の20日 間 の遅 れ は、 お そ ら く、 まず 平 紙 本 の 版 が 刷 られ 、 そ の あ と
で 特 殊 加 工 を ほ ど こ し て縮 緬 本 の 版 が 作 られ た が 、 縮 緬 本 の第1巻
ま で完 成
108
し て か ら、 な ん らか の 事 情 で 間 隔 が 開 い て し ま っ て 、 第2巻
の 日付 を 遅 らせ た 奥 付 を 刷 り直 した(あ
の み 印刷 ・発 行
るい は刷 り増 し した)せ
い で あ ろ う。
いず れ に して も、 平 紙 本 よ り も縮 緬 本 の ほ うが あ とで 製 作 され た の で は な い
か 。 この 時 代 の 出版 物 は必 ず し も、 印刷 、 発 行 の 日付 が 正 確 で は な い が11、
こ の場 合 、 す ぐ後 で ふ れ る序 文 の 日付 が 「1894年9月 」 とな って い る こ と か
ら、 信 憑 性 が 高 い と考>xら れ る。
こ こ まで は、 この 書 物 を 外 側 か ら、表 紙 、 見 返 し、 扉 、 そ し て奥 付 と観 察
し て き た が 、 そ ろ そ ろ ペ ー ジ を め く っ て み よ う。 第1巻
る。 この 序 文 に著 者 名 は な い が 、 奥 付 の
ル ・バ ル ブ ト ー(Pierre
「著 作 者
Barboutau)で
に は 序 文 がつ い て い
馬 留 武 黨 」 つ ま りピエ ー
あ る こ と は ま ず 間 違 い な い 。 少 し長
く な る が 、 謎 の 多 い こ の 出 版 物 に つ い て 多 少 な り と も 情 報 を 与 え て くれ る 序
文 な の で 、 冒頭 と最 後 の 部 分 を 引 い て お き た い。
Le
est
choix
des
surtout
fables
de
bas駸ur
la
rencontr馥炙raduire
ont
bien
selon
parmi
style
nous
eux,
de
FONTAINE,
plus
le
voulu
le
LA
ou
sens
pr黎er
que
moins
de
grande
ces
leur
nous
a
au
concours
artistes
pour
les
et
Public,
nous
aux
il appartient,
permis
offrons
difficult駲ue
fables
l'Ecole瀝aquelle
nous
avons
Japonais,
illustrer,
qu'un
qui
chacun
long
s駛our,
d'appr馗ier.12
[...]13
Est-il
sacrifice
une
n馗essaire
pour
offrir
oeuvre
digne
Japonais,
qui
adressons
ici
Notre
but,
nos
en
de
dont
sommes
aux
de
ont
s'occupent
nous
d'ajouter
bien
grand
voulu
sinc鑽es
publiant
nous
n'avons
amateurs瀲ui
notre
bien
cette
que
cet
branche
absolument
nous
ce
recul馘evant
premier
Fabuliste
et
pr黎er
leur
essai
des駑inents
est
de
si int駻essante
redevables瀋ette
artistes
nos
faire
de
s'adresse
concours;nous
remerciments(sic),et
ouvrage,
aucun
l'Art
leur
f駘icitations.
conna羡re瀋eux
du
dessin,
pl駟ade
qui
le
genre
d'Artistes
『寓 話 選 』
Japonais
les
dont
les
Outamaro,
les
rapproch馥
quables
pays
de
sont
et
de
S駸hiou,
Hokousa
nous,
de
,
sont
plus
toutes
les Kan
en
les
plus
,
les
あ る 日本 生 まれ の 版一
les K
rin,
dans
Shiroshigh驕C
coryph馥s,
dont
par
les
appr馗i馥s
le pass驕Gles
dans
et
109
une
les
Okio,
駱oque
oeuvres
Artistes
plus
remar-
de
tous
les
les馗oles.
Tokio,
Septembre
1894.
こ の 序 文 か ら読 み と る こ と の で き る 点 を 次 に 挙 げ て み る 。
第1段
落 :挿 絵 を 付 け る 日 本 人 の 画 家 に 、 意 味 を 理 解 し て も ら え る よ う な
寓 話 を選 ぽ ざ る を得 なか っ た こ と、 そ の 際 に多 か れ 少 な か れ 困 難 が と も な っ
た こ と。 こ の 文 の 著 者 が 、 そ れ ら の 画 家 た ち の と こ ろ に 「長 く滞 在 」 し た 結
果 、 彼 ら を 高 く評 価 し た こ と 、 で あ る 。
こ の 版 の た め に 、 全2巻
で 合 わ せ て28の
寓話 が選 ぼれ てい るが、 お よそ
240あ る ラ ・ フ ォ ン テ ー ヌ 寓 話 か ら 、 相 当 数 を し ぼ っ て 厳 選 した こ と に な る 。
次 に 、 「長 い 滞 在 」(un
long
s6jour, parmi
eux)と
い う記 述 に つ い て は 、 正
確 に ど の 程 度 の 期 間 だ っ た の か は 今 の と こ ろ 不 明 で あ る 。 バ ル ブ トー の 初 来
日 は 、 ア ン リ ・ ヴ ェ ヴ ェ ー ル に よ る と1886年(明
治19年)で
あ る が14、
は じ め て の 滞 在 が 、 一 度 も フ ラ ン ス に 帰 国 す る こ と な く、1894年
と は 考 え に く い 。 何 故 な ら 、 バ ル ブ トー は1886年
回 目 で 最 後 の 滞 在15ま
でに
厂計7年
年 か ら 、 こ の 版 の 出 版 さ れ た1894年
な っ て し ま い 、 註16に
1893年
と
あ げ た ヴ ェ ヴ ェー ル の 記 述 と矛 盾 して くる。 そ の うえ、
de son
版 さ れ て い る 。2回
の4
ら で あ る。 ユ886
ま で 滞 在 す る と 、 す で に 足 掛 け8年
に は バ ル ブ ト ー の 著 書Catalogue
dart, rapport駸
ま で続 い た
の 初 来 日 か ら 、1913年
間 」 日本 に 滞 在 し た16か
この
voyage
目 、3回
descriptif
au japon, par
d'une
Pierre
CO〃ection
Bayboutauが
d'objets
ノaリ で 出
目 の 来 日 が い つ で あ り、 ど の く ら い の 期 間 に
渡 っ て い た の か 詳 細 は わ か らな い 。 今 の と こ ろ 、 日本 で 見 つ け る こ との で き
た 唯 一 の 記 録 は 、 バ ル ブ トー の 名 前 が1896年5月31日
に横 浜 港 を 出港 した フ
ラ ン ス 汽 船 カ レ ド ニ ア ン 号 の 乗 客 名 簿 に 載 っ て い る こ と だ け で あ る 。17
第2段
落 :「偉 大 な 寓 話 作 家(ラ
・フ ォ ン テ ー ヌ)お
よ び 、 卓 越 した 日 本 の
110
芸 術 家 た ち 」 にふ さわ し い作 品 に 仕 上 げ るた め に 、 い か な る犠 牲 を もは ら う
覚 悟 で 一 歩 も 引 か な か っ た こ と 。rこ の 最 初 の 試 み 」(ce
「美 術 愛 好 家 」(amateurs)に
premier
essai)が
向 け られ て い る こ と、 で あ る。 協 力 者 へ の 謝
意 と褒 め こ と ぽ も付 い て い る 。
「最 初 の 試 み 」 と い う記 述 は1894年9月
に か け て に 出 版 さ れ る 次 の 企 画FABLES
FLORIAN
teurs”
“A
CHOISIES
DE
夏 か ら秋
J.一P.CLARIS
18が 軌 道 に の っ て い た こ と を 暗 示 し て い る 。 さ ら に
と は 、 註13に
mateurs
書」や
の 時 点 で す で に 、1895年
d'Art”
DE
“ama-
送 った序 文 中程 の 狩 野 友 信 の 紹 介 部 分 に 出 て く る
を 指 し て い る こ と か ら 、 こ の 出 版 物 が 、 た ん な る 「児 童
「横 浜 み や げ 」 で は な く 、 始 め か ら フ ラ ン ス の 美 術 愛 好 家 を 読 者 ・挿
絵 鑑 賞 者 と して想 定 し て い た こ と は 明 らか で あ る。
第3段
落1こ
の 作 品 を 世 に 出 す 目的 は 「素 描 を 基 礎 と す る 造 形 芸 術 の こ の
分 野 に 関 心 の あ る人 々に 、 日本 の 画 家 た ち の 独 断 場 で あ る この ジ ャ ン ル を
知 っ て も ら う こ とに あ る」 こ と。 そ して 、 古 くは雪 舟 、 狩 野 派 、 光 琳 か ら、
応 挙 、 歌 麿 、 北 斎 、 広 重 の 名 を あ げ 、彼 らの 作 品 が 近 年 ます ます 世 界 の 国 々
の 、 そ し て あ ら ゆ る 流 派 の 芸 術 家 か ら 高 い 評 価 を 与 え られ て い る 、 と結 ん で
い る。
こ の 序 文 最 後 の 部 分 は 、 室 町 時 代 の 画 僧 か ら始 め て 狩 野 派 、 琳 派 、 丸 山 派
と 日 本 絵 画 史 を 概 観 し て み せ て い る が 、 や は り 「歌 麿 、 北 斎 、 広 重 」 と 続 く
3つ の 名 前 が 「浮 世 絵 」 に 重 点 が お か れ て い る こ と を 語 っ て い る 。 ラ ・フ ォ
ソ テ ー ヌ の テ キ ス トの ほ うは 、 日本 の 絵 画 を 紹 介 す る た め の き っ か け に す ぎ
な か っ た の で は な い か 、 と い う 印 象 さ え 与 ,xる。
1914年
(Les
に 出 版 さ れ る こ と に な る バ ル ブ トー の 著 書
peintYes
populaires
「彼(・ ミル ブ ト ー)の
f駻駸)16は20年
du
Japon)の
:
お 気 に い り の(浮
『日本 の 庶 民 絵 師 た ち 』
序文 に ヴ ェ ヴ ェール が書 い て い る
世)絵
師 た ち 」(ses
peintres
pr驤
間 変 わ ら な か っ た の で あ る。
次 に 、 どの よ うな寓 話 が こ の版 の た め に選 ば れ た の か 、 どの 画 家 が挿 絵 を
描 い て い る の か 、 巻 末 の 目次 を見 て み よ う。19
『寓 話 選 』 一
TABLES
CONTENUES
1...LA
CIGALE
II...LE
DES
DANS
ET
CORBEAU
LA
LE
PREMIER
VOLUME.
Illustr馥
LE
111
FABLES.
FOURMI.
ET
あ る 日本 生 ま れ の 版 一
RENARD.
par
Kadji-ta
Illustr馥
Han-ko.
par
Kawa-nab
Kiyo-soui.
III...L'HIRONDELLE
ET
LES
PETITS
OISEAUX.
Illustr馥
par
Kawa-nab飫iyo-soui.
IV...LA
GRENOUILLE
LE
V...LE
QUI
BOEUF.
Illustr馥
SE
par
VL..LE
RENARD
VIL..LE
COQ
ET
YIII...LE LOUP
LA
LE
CHヒNE
X...LES
LA
Illustr馥
PERLE.
ET
DEUX
LE
par
par
Kan
LA
DRAGONタ
Shiou-soui.
Han-ko.
Tomo-nobou.
PAR-DEVANT
Shiou-soui.
Illustr馥
ET
QUE
Kadji-ta
RANARD
Oka-kouya
ROSEAU.
TAUREAUX
Oka-koura
LE
LE
Oka-kouya
par
CONTRE
Illustr馥
ET
Illustr馥
Illustr馥
GROSSE
Shiou-soui.
par
CIGOGNE.
PLAIDANT
SINGE.
AUSSI
TハTES
QUEUES.
ET
FAIRE
Oka-kouya
DRAGONタPLUSIEURS
PLUSIEURS
IX...LE
VEUT
par
Kadji-ta
GRENOUILLE.
Han-ko.
Illustr馥
par
Shiou-soui.
XI...L'OISEAU
BLESSノD'UNE
FLECHE.
Illustr馥
par
Kawa-nab
Kiyo-soui.
XQ...CONSEIL
TENU
X皿_LE
RENARD
XIV...LE
GEAI
ET
PARノDES
PAR
LES
LES
RAISINS.
PLUMES
RATS.
DU
Illustr馥
par
Kadji-ta
Han-ko.
Illustr馥
par
Kadji-ta
Han-ko.
PAON.
Illustr馥
par
Kan
Tomo-nobou.
CONTENUES
1...LE COQ
DANS
ET LE RENARD.
II...LELIネVRE
LE SECOND
Illustr馥par Kadji-ta Han-ko.
ET LES GRENOUILLES.
Shiou-soui.
VOLUME.
Illustr馥par Oka-koura
112
III...LE
SINGE
ET
LE
DAUPHIN.
Illustr馥
par
Oka-koura
Shiou-
soui.
IV...LE
V...LA
LOUP
ET
LA
COLOMBE
CIGOGNE.
ET
Illustr馥
LA
FOURMI.
par
Kadji-ta
Illustr馥
Han-ko.
par
Kawa-nab
Kiyo-soui.
VI_LA
VIL..LE
GRNOU皿
,LE ET
RENARD
AYANT
Kadji-ta
VIIL..LE
LE
RAT.
Illustr馥
LA
QUEUE
par
Kan
To:
COUPE.
〃20,nobou.
Illustr馥
par
Han-ko.
SOLEIL
ET
LES
GRENOUILLES.
Illustr馥
par
Kadji-ta
Han-ko.
IX...LE
RAT
ET
X...LE
HノRON.
L'HUITRE.
Illustr馥
X[...L'ノCREVISSE
ET
SA
Illustr馥
par
Kan
RENARD
ET
LE
CHAT.
X皿_LA
TORTUE
ET
LES
DEUX
ET
LE
Eda
Sada-Shiko.
Tomo-nobou.
FILLE.
刈_LE
par
Illustr馥
Illustr6e
par
par
CANARDS.
Eda
Sada-Shiko.
Kadji-ta
Illustr馥
Han一
par
々o.
Kadji-ta
Han-ko.
XIV...LES
POISSONS
CORMORAN.
Illustr馥
par
Kan
Tomo-nobou.
こ の 目次 に 登 場 す る の は 、 第1巻
「太 陽 と カ エ ル た ち 」 の
一IXの
「カ シ の 木 と ア シ 」 と 第2巻
「太 陽 」 を 除 く と 、(第1巻
な 想 像 上 の 動 物 も い る が)す
一Vの
一vm
「リ ュ ウ 」 の よ う
べ て 動 物 で あ る 。 「動 物 大 集 合 」 の 目次 な の だ 。
この よ うな動 物 づ く しの 選 択 が 、 梶 田半 古 の表 紙 画 に 象 徴 的 に描 き出 され て
い た と い うわ け で あ る。
と こ ろ で 、 「寓 話 」 と い う ジ ャ ン ル に は 、 擬 人 化 さ れ た 動 物 の 登 場 が 当 然
の よ うな イ メ ー ジが あ るが 、 ラ ・フ ォ ン テ ー ヌの
『寓 話 詩 』 に 関 す る 限 り そ
う言 い 切 れ る わ け で は な い 。 巻 の 一 か ら 巻 の 十 二 ま で 、 お よ そ240の
数 え ら れ る が 、 そ の う ち 動 物 の 姿 を 借 りず に
「神h」
を 含 め る と100近
寓話 が
「人 間 」 が 登 場 す る 寓 話 は 、
く に な る。 つ ま り総 数 の 約4割
に
「人 間 」 が ダ イ レ
『
寓話選』一
ある 日本生 まれの版一
113
ク トに登 場 して い て 、 人 間 くさ い お 話 が け っ こ う多 い の だ 。
と こ ろ が 、 こ の 日本 生 まれ の 「バ ル ブ トー版 」 の 目次 に は、 人 間 は ひ と り
と して 載 っ て い な い。 人 間 が あ ま り登 場 しな い 寓 話 の み が 選 ぼれ て い る。 こ
の よ うな選 択 が バ ル プ トー の もの なの か 、 そ れ と も挿 絵 を 付 け た 日本 人 画 家
の もの な の か は 興 味 深 い 問 題 で あ るが 、 序 文 中 の 河 鍋 暁 翠 の 紹 介 部 分13に 、
暁 翠 が 「カ ラ ス と キ ッネ 」 の 挿 絵 を 描 く こ とを 「選 ん だ 」 と あ った こ とを考
え る と、 両者 の 折 り合 った 結 果 な の だ ろ う。 序 文 冒頭 で バ ル ブ トーが 書 い て
い る よ うに 、 寓 話 の意 味 を 挿 絵 の描 き手 に理 解 し て も ら うの が 多 か れ 少 な か
れ 難 し か った の で あ る か ら、 画 家 が 話 の筋 を 納 得 で き る よ うな寓 話 だ け を選
ぽ なけ れ ぽ な ら な か っ た こ と は確 か で あ る。 この よ うに 、 日本 人 画 家 と 「佛
国人
馬 留 武 黨 」 の二 重 の 選 択 の結 果 、 動 物 が 圧 倒 的 な 比 重 を 占 め る寓 話 が
採 用 され た こ とが 、 ま ず この 版 の決 定 的 な特 徴 と な っ た が 、 そ れ らの 寓 話 に
付 け られ た 挿 絵 の 中 で も、 自然 の な りゆ き と して 、 人 間 の 影 は薄 い。 人 影 の
描 か れ て い る挿 絵 は全 部 で7枚
あ った り(第1巻
あ るが 、 主 人 公 の 動 物 た ち を 傷 つ け る敵 役 で
一)qr矢 に傷 つ い た 鳥 」、 第2巻
一vrハ
ト と ア リ」)、寓 話
の 筋 の 展 開 を 説 明す る た め に小 さ く、 と きに は 米 粒 ほ ど小 さ く描 か れ た 人影
だ った り(第1巻
一IIIrッ バ メ と小 鳥 た ち 」、 第2巻 一II rウ サ ギ とカ エ ル 」、
III rサ ル と イル カ」、 刈 「キ ッネ とネ コ」)、あ る い は 、 第2巻
一X皿「カ メ と2
羽 の カ モ」 の よ うに 、 主 役 の動 物 た ち を 口を あ ん ぐ り開 け て眺 め て い る群 衆
だ った りす る。 お よそ主 役 に は程 遠 い存 在 な の で あ る。
次 に 、 バ ル ブ トー 版 に 採 用 さ れ た 寓 話 の うち
「人 間 」 の イ メ ー ジ が 描 か れ
て い る 挿 絵 を 中 心 に 、 初 版 の 挿 絵 画 家 シ ョ ヴ ォ ー の 挿 絵 と 、 バ ル ブ トー 版 の
日 本 人 画 家 の 挿 絵 を 較 べ て み た い 。(シ
版 の 挿 絵 はBar.と
ョ ヴ ォ ー の 挿 絵 はCh。 、 バ ル ブ トー
略 す)19
第1巻
一1
「セ ミ と ア リ」
Ch.テ
ク ス トに は 登 場 し な い
「人 間 」 が3人
描 か れ 、焚 火 を 囲 ん で い る。
コ リネ に よ れ ば 、 こ れ ら の 人 影 は 人 間 界 の 「セ ミ」 を あ ら わ し て い る20。/
Bar.人
間 は 描 かれ て い な い。
114
第1巻
一III rッ バ メ と 小 鳥 た ち 」
Ch.ほ
ぼ 画 面 中 央 に 種 ま く 人 が い て 、 鳥 た ち の 姿 は 小 さ い 。(図 版2)/
Bar.河
鍋 暁 翠 の 挿 絵 で は 、 数 多 い 小 鳥 が 前 面 に 配 さ れ 、 人 影 は 遠 い 。(図 版
3)
第1巻
Ch.右
第1巻
Ch.動
一v
r多 く の 頭 を も つ リ ュ ウ と 多 く の 尾 を も つ リ ュ ウ 」
上 の 砦 の 上 に 小 さ く人 影 。/Bar.人
一VI「
キ ツ ネ と コ ウ ノ ト リ」
物 た ち の前 に お か れ た 、 ナ フ キ ン上 の皿 と ナ イ フ が 、 人 の に お い を
感 じ さ せ る 。/Bar.梶
第1巻
影 な し。
田 半 古 の挿 絵 に人 の気 配 は な い。
一VIII「サ ル を ま え に し て 争 う オ オ カ ミ と キ ツ ネ 」
Ch.「 サ ル 」 は 人 に 尾 を 付 け た だ け で 、 人 間 の イ メ ー ジ に 近 い 。/Bar.岡
倉 秋 水 の 挿 絵 に は 「動 物 」 ら し い 「サ ル 」 が 描 か れ て い る 。
第1巻
一)α 「矢 に 傷 つ い た 鳥 」
Ch.右
前 景 に 矢 を 射 る 人 。 鳥 は 遠 く空 に 飛 ぽ せ て い る 。(図 版4)/Bar.
暁 翠 の 挿 絵 に も射 手 は 登 場 す るが
「傷 つ い た 鳥 」 が 前 景 に 大 き く ク ロ ー ズ
ア ッ プ さ れ て い る 。(図 版5)
第2巻
一II
「ウ サ ギ と カ エ ル 」
Ch.人
間 は 登 場 し な い 。/Bar.秋
水 の 挿 絵 に は ご く小 さ い が 人 と 犬 が 見 え
る。 こ の 挿 絵 が 、 初 版 に な い 人 影 が バ ル ブ ト ー 版 の ほ うに 描 か れ て い る 唯 一
の例 外 で あ る。
第2巻
一III「 サ ル と イ ル カ 」
Ch.遠
く の 岸 辺 に 人 が 数 人 。/Bar.秋
第2巻
一V
Ch.左
側 に 大 き く、 弓 に 矢 を つ が え る 人 。(図 版6)/Bar.暁
水 の 挿 絵 に は 、 溺 れ て い る 人 が3人
「ハ ト と ア リ」
も 「ハ ト」 の 敵 役 の 人 間 は 登 場 す る が 、Ch.よ
翠 の挿 絵 に
り も は る か に 小 さ い 。(図 版
7)
第2巻
一Vlll「太 陽 と カ エ ル た ち 」
Ch.「 太 陽 」 は 神 の 姿(太
陽 神 の 子 パ エ トー ソ?)と
な り、 女 神 と と も に
何 頭 も の 馬 に 引 か せ た 二 輪 車 に 騎 っ て 空 を か け て い る 。 「神 と は 、 人 間 の 姿
。
『寓話 選 』一
あ る 日本 生 まれ の版一
115
を 基 に 作 ら れ た イ メ ー ジ 」23で あ る な ら 、 最 も 高 い ヒ エ ラ ル キ ー の 人 影 が 圧
倒 的 な 迫 力 を も っ て 描 か れ て い る こ と に な る 。(図 版8)/Bar.半
古 の挿絵
に 人 影 は な く 、 何 匹 も の カ エ ル が 照 り つ け る 「太 陽 」 を 眺 め て い る 。(図 版
9)
第2巻
一IX
「ネ ズ ミ と カ キ 」
Ch.浜
辺 に 人 間 が2人
第2巻
一M
Ch.左
上 に 狩 りを す る 人 が 数 人 描 か れ て い る 。/Bar.半
Bar.「
、 海 上 の 舟 に も 数 人 の 人 影 。/Bar.人
キ ツ ネ と ネ コ 」(Ch.「
影 な し。
ネ コ と キ ツ ネ 」)
古 の挿 絵 に も狩 人
は登 場 す る が 小 さ い。
第2巻
一X皿 「カ メ と2羽
Ch.5人
の カ モ」
の人間 が空 を見上 げて
10)/Bar.人
「カ メ と2羽
の カ モ 」 を 見 て い る 。(図 版
数 と し て は 半 古 の 挿 絵 の ほ う が 多 い が 、 前 記 の よ うに 群 衆 と
し て 描 か れ て い る の で 、 「人 間 」 の 存 在 感 はCh.よ
りも軽 や か な 印 象 を 与 え
る。(図 版11)
テ ク ス トに 「人 間 」 が ほ と ん ど登 場 し な い 寓 話 に 付 け ら れ た 挿 絵 で あ る に
も か か わ ら ず 、1668年
の 初 版 で は 、 人 の イ メ ー ジ が か な りの 比 重 を 占 め て い
て 、 「人 間 を 、 ラ ・フ ォ ン テ ー ヌ の 世 界 の 中 心 、 自 然 の ヒ エ ラ ル キ ー の 揺 る ぎ
な い 頂 点 に 据 え て い る 」21シ ョ ヴ ォ ー の 視 点 が わ か る 。 と と も に 、 挿 絵 に 描
か れ た 対 象 を 通 し て 、 ル イ14世 治 下 の 揺 る ぎ の 少 な い ヒ エ ラ ル キ ー が 透 い て
見 え る よ う だ 。 こ の 初 版 の 対 蹠 地 に あ る の が バ ル ブ トー 版 で あ る 。A.一M!ミ
シ ー は 、 人 間 の イ メ ー ジ が 、1880年
頃 か ら19世 紀 末 ま で に 出 版 さ れ た ラ ・
フ ォ ン テ ー ヌ 寓 話 詩 の 挿 絵 か ら 消 え て し ま う こ と に 注 目 し て 、 こ れ を 《la
crise
de
I'homme》
と呼 び 、 バ ル ブ トー 版 を そ の 最 も顕 著 な 現 わ れ と し で と
ら え て い る 。 バ シ ー は 、28枚
(哺 乳 類46、
鳥 類57、
の 挿 絵 に 登 場 す る動 物 を 数 え あ げ 、 分 類 し て
魚 類 ・爬 虫 類 ・水 辺 に 住 む 動 物79、
昆 虫 類3)、
「人 間 か
ら最 も遠 い 生 命 の 形 態 」 つ ま り 「鳥 類 お よ び 魚 類 ・爬 虫 類 ・水 辺 に 住 む 動 物 」
の 圧 倒 的 な 数 に 着 目 し て 、 こ の 版 に 《la crise
de
l'homme》
の頂点 を見 てい
る22。 そ こ で は 挿 絵 に 描 か れ た イ メ ー ジ に 関 す る 従 来 の ヒ エ ラ ル キ ー が 崩 壊
116
し て 、 い わ ぽ下 剋 上 が 起 こ って い る の だ 。 この よ うに、 人 間 の 影 が 限 りな く
薄 く な り、 哺 乳 類 で す ら な い 動 物 た ち に 占 領 さ れ て し ま っ て 、 妙 に 静 か な 佇
ま い を 見 せ る 『寓 話 選 』 は 、 初 版 以 来 フ ラ ン ス で 出 版 さ れ 続 け て き た 、 人 間
中 心 の 、 お せ っ か い で 、 弁 舌 さ わ や か な ラ ・ フ ォ ン テ ー ヌ寓 話 の イ メ ー ジ か
ら は ず い ぶ ん と遠 ざ か っ て し ま っ て い る こ と は 確 か で あ る 。 ど の よ う な 方 角
に 向 か っ て 遠 ざ か っ た の か?言
ワ ー ドは
う ま で も な く、 東 の 方 角 。 そ の と き の キ ー
「ジ ャ ポ ニ ス ム 」 な の か も し れ な い23。 そ し て 、 東 に 向 か う 『寓 話
選 』 の 航 海 の 水 先 案 内 人 は 、 「日 本 美 術 に 惚 れ 込 ん だ た あ に 、 人 生 が す っ か
り変 っ て し ま っ た 」14フ ラ ソ ス 人 、 ピ エ ー ル ・バ ル ブ ト ー で あ っ た24。Pierre
Barboutauは1862年
に ジ ロ ン ド県 に 生 ま れ 、1916年
に パ リで 亡 くな っ て い
る 。25(図 版12)
続 編 で は 、 ラ ・フ ォ ソ テ ー ヌの 場 合 と同 様 、 奥 付 に
国人
馬 留 武 黨 」 と記 さ れ て い る フ ロ リ ア ン の
も に 、 こ れ ら の 「書 物 」 の 誕 生 を 演 出 し た
「著 作 者 」 と し て 「佛
『寓 話 選 』18を 紹 介 す る と と
「人 」 に つ い て も 、 限 ら れ た 資 料
の 範 囲 内 で あ る が 、 ふ れ て み た い と 思 う。
註
1.Les
par
Contes
la
d'embl6e
des
ont
suite.
six
stituaient
ysopets
tous
Il n'en
comme
une
premiers
d'abord
pas
de
oeuvre
livres
nullement
manuscrits
paru
va
une
sans
meme
illustr6e.
dans
illustrations:ils
pour
le
les
Les
vignettes
somptueux
invention:en
comportaient
des
Fables,
n'en
qui
dont
in-quarto
France,
des
miniatures,
regurent
se
s'ornaient
de
celles
1668
ne
バ
le Moyen
dont
la
Age,
tradition
perp6tue,
apres
l'invention
de l'imprimerie,[...](Jean-Pierre
``La Fontaine
et ses illustrateurs”in(Euvres
compleVes
Fables
Nouvelles
2.書
de
La
物 を便 宜上
Fontaine,
Bib1.
de
は 例 外 が あ る 。 「読 む 書 物 」 の 外 に
篇 」 初 版 昭 和19年
3.あ
la P16iade,1991,
「読 む も の 」 と 極 め て 、[_]叙
que
pr6senterent
con一
les
se
Collinet,
Contes
et
t.1, p. LXIII)
述 を続 け て来 た が、 そ れ に
「見 る 書 物 」 が あ る 。(森
銑 三
厂書 物 甲
、 『書 物 』 岩 波 文 庫1997,p.138)
らゆ る書 物 は 人 の 手 に 成 っ た も の で あ る。 神 意 や 天 啓 を 伝 え た も の が あ
る に し て も、 書 物 に 化 す る 一 段 に な れ ぽ 人 の 手 を煩 わ さ な け れ ぽ な ら ぬ 。 だ
『
寓 話選 』一
あ る 日本 生 まれ の版一
117
か ら書 物 は な に よ り も人 間 に 似 て い る 。
人 の 書 物 を 作 る 目 的 は 一 様 で は な い 。 し か し そ の 目的 の 如 何 に か か わ ら ず 、
書 物 は 著 者 そ の 人 を 現 し て い る か ら 妙 で あ る 。(柴
田 宵 曲
「書 物 乙 篇 」、
ibid. p.331)
4.Fables
choisies
Thierry,1668.
5.Edition
mises
en
Figures
vers
grav馥s
particuli鑽ement
ment
Bassy,
pour
Les
de
I. Carlsonの
La
des
de
La
Fontaine,
Paris, Barbin
et
Chauveau.
Fables
le compte
Fables
tion, Paris, Promodis,1986,
6.Gregory
M.
Fran輟is
originale
ex馗ut馥澣okyo,
(Alain-Marie
par
par
de
Fontaine
de
la
La
Fontaine,
librairie
Quatre
r馥lle-
Flammarion.
si鐵les
d'illustra-
p.272)
取 り あ げ た9つ
の 出 版 物 の う ち3つ
が 、 ラ ・フ ォ ン
テ ー ヌの 寓 話 集 で あ る。 そ の うち 、 こ こ に 取 り上 げ る版 以 外 に挙 げ られ て い
る の は 、J.一J.Grandvilleの
Moments
dans
in the
挿 絵 版 とG.Dor驍フ
History
of Published
la litt駻ature, Tokyo,
な お 、 この
Keio
挿 絵 版 で あ る 。(“Nice
Fable
University
Illustration”in
Press,1997,
Les
Great
animaux
pp.105-123)
『寓 話 選 』 は 、 河 鍋 暁 翠 の 挿 絵 が 付 け ら れ て い る こ と か ら
鍋 暁 斎 ・暁 翠 展 」(2000年6月1日
∼7月2日
東 武 美 術 館)に
「河
展 示 され た 。
(同 展 覧 会 図 録 、p.126)
7.フ
ラ ン ス 国 立 図 書 館BnF(Tolbiac,
R駸.PYe
225.)は
salle
des
r駸erves)所
縮 緬 本 で あ る 。 綴 じ ら れ て は い な い が2巻
蔵 の 版(B.N.
一 緒 に、 固 い厚
表 紙 に 挟 み 込 み 、 さ ら に 箱 に 入 れ られ て い る。 厚 表 紙 、 箱 と も縮 緬 本 と 同 じ
よ う に ク レ ー プ ・ ペ ー パ ー(縮
て い る画 は
緬 紙)で
覆 わ れ て い て 、 そ の縮 緬 紙 に 描 か れ
「日 本 庭 園 に 鳥 」 で あ っ た り、 「前 景 に 鳥 、 右 上 に 花 、 川 向 う の
遠 景 に は 山 」、 あ る い は
「鶴 を 大 き く2羽
手 前 に お い て波 と舟 、 上 方 に 花 と
松 の 枝 」 で あ っ た りす る 。 こ の 縮 緬 紙 と画 は 明 ら か に 日本 の も の で あ る。 し
か し、 固 い厚 表 紙 の 見 返 し 内側 に は 、 セ ー ヌ河 の 橋 と河 岸 の ブ キ ニ ス トを モ
チ ー フ に し た デ ッサ ン画 を 背 景 に
QUE
DE
PAUL
LACOMBE”
貼 ら れ て い て 、BnF所
librisの
“PARIS
SANS
PAIR/BIBLIOTHE-
と 印 刷 さ れ たex-libris(蔵
書 票 の ラ ベ ル)が
蔵 に な る 前 の か つ て の 所 有 者 を 示 し て い る 。 ex-
貼 られ て い る 地 の 紙 は 紫 に 金 の 模 様 の 入 っ た 洋 紙 で 、 箱 の 背 に は 赤
い皮 素 材 の上 に 金 文 字 で
“FABLES
と あ り、 そ の 下 に 小 さ な 金 字 で
DE
LA
“PETITOT”
FONTAINE/TOKIO
1894”
と読 む こ とが で き る 。 さ らに 、
箱 に 貼 ら れ た 縮 緬 紙 の 画 の 折 り返 し 部 分 に 見 ら れ る 絵 師 の 名 は 、 こ の 版 に 挿
し 絵 を 描 い た5人
箱 は(そ
の誰 と も一 致 しな い 。 以 上 の 理 由 か ら、 これ らの 厚 表 紙 と
れ を 覆 っ て い る ク レ ー プ ・ ペ ー パ ー は 日 本 の も の で あ る が)日
本 で
制 作 さ れ た も の で は な く、 フ ラ ン ス で オ ー ダ ー され た 一 種 の個 人 製 本 と考 え
118
ら れ る。 装 丁 師 の 名 がPEPITOTな
の か も しれ な い。 事 実 フ ラ ン ス に は 、
製 本 工 芸 の 伝 統 が あ っ た 。 書 物 工 芸 の 歴 史 上 「(Jean Grolier(1479-1565)
の お か げ で)…
ル ネ サ ン ス 期 以 後 は フ ラ ン ス が 製 本 工 芸 の 発 展 の 中 心 と な り、
現 代 美 術 の 表 現 形 式 の 一 つ と認 め られ る ま で に技 術 と芸 術 性 を 高 め た … フ ラ
ン ス で は 、 ご く最 近 ま で 版 元 製 本 は 一 般 的 な こ と に な ら な か った 。 薄 い 一 枚
続 き の 紙 で 中 身 を くる ん だ だ け の 〈仮 と じ本 〉 を 買 い 、 ア ソ カ ッ トの ペ ー ジ
を 自 分 で 切 り開 き な が ら読 み 、 読 み 終 わ っ た も の を 蔵 書 と し て 個 人 的 に 皮 製
本 に仕 立 て さ せ る と い う習慣 は 、20世 紀 に 入 っ て も続 い て い た し 、 現 在 で も
文 学 書 の 多 くは 仮 と じ本 の ま ま 売 ら れ て い る。 … 」(栃 折 久 美 子 「装 丁 」 世
界 大 百 科 事 典 、 平 凡 社 、1993、16-p.320)と
を 所 有 し て い たPaul
Lacombeが
い う背 景 を 考 え れ ば 、 こ の 版
、絹 糸 の束 で綴 じられ た だ け の和 装 本 を
「仮 と じ本 」 と考 え て 自 分 の 蔵 書 に 加 え る た め に 、 厚 表 紙 と 箱 を フ ラ ン ス で
特 注 した と して も 不 思 議 で は な い 。
8.ア
ン ・ヘ リン グ(「 続 ・縮 緬 本 雑 考(1)」 『日本 古 書 通 信 』 昭 和57年9月
pp.12-14)に
号
よ れ ぽ 、 明 治20年 代 に な る と す で に 、 日 本 の 出 版 社 と 外 国 の
出 版 社 との 間 に は 「共 同 出 版 」 と も 呼 べ る協 力 関 係 が 成 立 し て い た ケ ー ス が
あ る ら しい 。 明 治 時 代 の 欧 文 和 装 本 と し て よ く知 ら れ て い る 厂日 本 昔 噺 」 シ
リー ズ の 発 行 者 、 長 谷 川 武 次 郎 の 弘 文 社 は 、 明 治20∼21年
Griffith Farran社
頃 か ら英 国 の
と 「
共 同 出 版 」 を し て お り、 そ の 証 拠 と し て 、 「日 本 昔
噺 」 シ リ ー ズ の 第15号My
LoYd
Bag-0-Riceの
裏 表 紙 の 画 が 指 摘 され て い る。
長 谷 川 武 次 郎 は 、 ま た 、Dichtergr
se
koya
ど の 訳 者 兼 監 修 者 で あ っ たKarl
und、4sagao(明
博 士(ラ
治33年)な
イ プ ツ ィ ヒ大 学 出 身)を
aus dem
Osten(明
治27年)やTeraFlorenz
通 じ て 、 ラ イ プ ッ ィ ヒ のAmelang社
ドイ ッ語 版 の 出 版 物 に 関 して 緊 密 な 協 力 関 係 に あ っ た(ア
と、
ソ ・ヘ リン グ 「
作
品 解 説 」、 『ち りめ ん 本 と 草 双 紙 一19世 紀 後 半 の 日本 の 絵 入 本 』 福 生 市 郷 土 資
料 室 編 集 、 福 生 市 教 育 委 員 会 発 行 、 平 成2年
、p.44)。
ラ ・フ ォ ソ テ ー ヌ 『寓 話 選 』 の 出 版 でFlammarion社
の果 た した役 割 は判
然 と し な い が 、 厂特 別 注 文 」 か 「
特 約 販 売 」 で あ ろ うか 。 奥 付 に そ の 社 名 が
記 さ れ て い な い こ と、 発 行 ・印 刷 者 が 長 谷 川 武 次 郎 で は な く曲 田 成 で あ る こ
と 、 そ し て 「著 作 者
馬 留 武 黨 」 が 翌 年 の 明 治28年 に 出 版 し たFables
chosies de J.一P. Chris de Florian, illustr馥s par
”LIBRAIRIE
MARPON&FLAMMARION/E
PARIS”
des artistes japonaisに
.FLAMMARION
と表 紙 及 び 扉 に 記 載 が あ っ て 、 Flammarionの
名 は2箇
は
SUCCr/
所 に入 っ
て は い る が 、 日本 側 の 発 行 者 「金 光 正 男 」、 印 刷 者 「山 本 鎮 次 郎 」 は ラ・フ ォ
ンテ ー ヌ 『
寓 話 選 』 とは 別 人 の 名 前 に な っ て い る こ と な どか ら推 測 す る と、
長 谷 川 武 次 郎 の 弘 文 社 とGriffith
Farran社
の ケ ー ス の よ うな 共 同 出 版 で は
『
寓話選』
な く、 む し ろ
「著 作 者
119
あ る 日本生 まれ の 版・
馬 留 武 黨 」 とFlammarion社
と の 個 人 的 な連 携 か
ら 出 版 さ れ た の で は な い か と考 え ら れ る。 し か し、 少 な く と も ラ ・フ ォ ン
テ ー ヌ 『寓 話 選 』 の 場 合 は 、Florenz博
士 とAmelang社
の 関 係 ほ どの 緊 密
さ が あ っ た か ど うか は 疑 問 で あ る 。 そ の 理 由 の ひ と つ は 、Dichteygr
dem
Ostenの
表 紙 画 のAmelang社
se
の 社 名 の 描 き込 み 方 が 、 海 に 浮 か ぶ ヨ ッ
トの 帆 に 社 名 を 入 れ る 凝 っ た 図 案 な の に 比 べ て 、Flammarion社
の 社 名 が た っ た1箇
aus
の方 は、 そ
所 し か 記 され て い な い うえ に 、 あ と か ら ゴ ム 印 で 押 し た
の か と勘 違 い し そ うな く らい そ っ け な い 書 込 み に な っ て い る か ら で あ る。
9.「
縮 緬 本 雑 考 」(上)(中)(下)、
信 』 第457∼652(昭
ア ン ・ヘ リン グ は
う に2冊
の
「続 縮 緬 本 雑 考 」(1)∼(12)『
和57年5月
号 ∼58年11月
日本 古 書通
号)
厂国 際 出 版 の 曙 一 明 治 の 欧 文 草 双 紙 」 の な か で 、 次 の よ
『寓 話 選 』 に ふ れ て い る :「… ド ・フ ロ ー リ ア ン と ラ ・フ ォ ン テ ー
ヌの仏文 寓話 に、梶 田半古 や河 鍋暁 斎 の息 女で 、女 子美術 専 門学校 の教 授 と
な っ た 河 鍋 暁 翠 ら が 日 本 風 の 挿 絵 を つ け た 大 型 和 本 は 、 明 治28年
頃 に発 行 さ
れ て い る 。 ち ょ っ と 異 色 の 一 例 で あ ろ う。」(『 ち り め ん 本 と 草 双 紙 一19世
紀
後 半 の 日本 の 絵 入 本 』 福 生 市 郷 土 資 料 室 編 集 、 福 生 市 教 育 委 員 会 発 行 、 平 成
2年
、p.25)
10.「 縮 緬 本 雑 考 」(中)(第458号
p.3)
11.「 続 縮 緬 本 雑 考 」(1)(第461号
12.序
p.14)
文 の 始 め か ら狩 野 友 信 が 紹 介 され て い る段 落 ま で 、 及 び 河 鍋 暁 翠 が 挿 絵
を 描 い た4つ
の寓 話 に つ い て は 日本 語 訳 が あ る。 及 川 茂 訳
ヌ 寓 話 抄 」(『 暁 斎 』 河 鍋 暁 斎 研 究 会 会 誌 、 第21号
13.本
「ラ ・ フ ォ ン テ ー
、1984年12月
文 中 で 省 略 し た 部 分 に は 、 こ の 版 に 挿 絵 を 描 い た5人
、pp.26-31)
の画家 、河鍋 暁 翠、
狩 野 友 信 、 岡 倉 秋 水 、 枝 貞 彦 、 梶 田 半 古 が 紹 介 され て い る。
Kawa-nab飫iyo-soui,(Fille
artistes
du
Japon
qu'il a laiss駸, o
ment
Kan
d'en
de
autres
Tomo-nobou,
faire
RAT,
LE
c
鐫re
il a fait une騁ude
choisi, entre
suffisamment
et El钁e
moderne,
des
des
repr駸entants
montre
COQ
PERLE,
ET
LA
Kiyo-sai;un
dessins
du
dans
ET
pour
n'en
pas
Chine
naturelle-
RENARD.
famille
des
Kan
ET
d'autres,
,
n馗essaire
GRENOUILLE
citer
grands
de
qu'il ne soit pas
les fables;LA
pour
LE
de la grande
d'Art
des
'encre
corbeau),atout
CORBEAU
Amateurs
l'駘oge;nous
fameux
les
compl鑼e
fables;LE
un
connue
du
par
LE
qu'il est bien
la famille.
LES
PLUSIEURS
d'autres
DEUX
TAUREAUX
TOTES
encore,
ET
ET
LE
ont騁駟llustr馥s
LA
GRENOUILLE,
LE
DRAGONツPLUSIEURS
par
Oka-koura
DRAGON
A
QUEUES;et
Shiou-soui,
qui
appartient,
120
lui
aussi,
Eda
par
son
genre
Sada。shiko,
de
talent,
paysagiste
a
de
1'6cole
talent
de
a
Kanδ.
eu
1'heureuse
id6e
de
placer
la
バ
sc乙ne
de
la
connue
fable,
de
nombreux,
tant
tous
les
grace
au
ロ
L'HUITRE
collectionneurs
en
face
d'estampes
du
c61ebre
aujourd'hui,
Kadii-ta
vivant,
par
charg6
de
Hzn。ko,
de
fle
de
Enoshima,
Japonaises,
Outa-maro,
dont
particulierement
nous
et
les
celle
la
besoin
grande
ne
jeUne
Ies
enCOre,
imprimer
SOnt
l'amener
ils
sont
oeuvres
a
sont
laquelle
nous
ce
genre
de
C'est
un
qu'en
se
pensons
elle
6mu
le
de
son
LA
FOURMI
semble
dans
en
sa
un
pr6sence
de
puisse
grand
Sentiment
de
temps;s'est
sujet
maftre
meme
d6clar6
son
implorer
que
ce
fut
de
etre
mieux
talent,
artiStiC(SiC),
si
cette
bien
que
qU'il
Sait
lorsque,
jeune
la
et
plein
premi6re
fois
exercerait
comlpetement
meme,
de
au
sur
ses
et
d'ardeur,1'auteur
Japon,
lui
son
occupations
faire
de
du
i16tait
loin
charme,
au
habituelles,
lui, non
seulement
pr6sent
de
point
ses
un
se
de
projets
japonisant,
Japonais.
1886,
r6v61ait
a cette
a
Yamato.(Henri
M.
6poque
Pierre
Vever,
PoPulaires
pas
le
qui
peintre
d'δtre
par
aVeC
enchanteur
vie
grand
s'empecher
illustr6es
pour
pays
presque
leuse
malheureuse,
ne
plus
oeuvres.
ans
ti modifier
son
si
saurait
ces
d6barquait
que
allant
trait6eS
11yavingt・huit
douter
CIGALE
fables
a toutes
ouvrage
LA
Nous
Toutes
YoA・sai;celui
le
repr6sente
qu'on
infortune.
trait6.
de
actuel,
peindre
nous
pr6sent
Elさve
l'Empereur
voisine;il
mais
ET
allusion.
Enfin
et
RAT
pinceau
recherch6es
faisons
14.
LE
du/iZpon,
d6ja
Prるface,
tome
lointaine
Barboutau,
in
I,1914,
Paris,
le
Pierre
Chez
oti cette
contr6e
6tait
encore
Japon
Barboutau,
merveille
Les
1'auteur,1,
Rue
vieux
peintres
Beautreillis,
P.XIII)
15.[_]Enfin,
il(P.
fois(1)et
s'y
est
Introduction,
ぐ 後 に は 、
に そ の(浮
mis
ibid.,
en
quete
の
documents
honor6
pour
la
troisi6me
nouveaux.(Yorodzou
O-da,
じ 込
ま れ
て い
す
る
: 「_更
成 を 期 せ ん が 為 め に 三 た び 日 本 に 渡 来
り 」
厂三 た び 」 の 部 分 は 織
tr6s
Japon
田 萬 の 序 文 が 綴
世 絵 画 家 の 伝 記 編 纂 の)完
に 努 め た
au
フ ラ ン ス 語 訳 の 序 文(lntroduction)の
き さ れ た 織
ン ス 語 訳 の 序 文 欄 外 で 訂 正
(1)Notre
revenu
de
p. VII)こ
日 本 語 で 筆 書
し 新 資 料 の 捜 索
こ の
Barboutau)est
田 氏 の 思 い ち が い で
「4回
目 」 で あ る 、
と フ ラ
さ れ て い る 。
ami,
Monsieur
Oda,
commet
ici un
lapsus.
C'est
・
あ る 日本 生 ま れ の 版
『
寓話選』
durant
notre《quatri鑪e》voyage
de plusieurs
duction.(note
de
16.[...]Ayant
de
ses
cher
con輹
peintres
depuis
ann馥s
de
vie
s駛ours
Mail'/1
LITERA
1896)“LATEST
RE
TURE,
Blanc,31st
一Messageries
Maritimes
il n'avait
vi祠obe:
s駛our
cette
intro-
Vever,
la vie et l'histoire
jamais
et les
VIEW
cess馘e
駑ents
Japon,
ibid., p. XIV)
JAPANESE
COMMERCE,
JUNE
:DEPARTURES.
一Shanghai
n馗es-
s駛ours駲uivalant
Pr馭ace,
OF
recher-
d'騁ude
ART.(YOKOHAMA,
の項
May,
6th,
Cal馘onien,
vi祠obe,
Mails
French
and
General.
Co.
DEPARTED.
Shanghai
notre
d'馗rire
d'馗rire
qu'il fit au
AND
SHIPPING”
steamer,2,500,
PASSENGERS.
,
graphiques
japonaise.(Henri
Weekly
POLITICS,
le projet
l'Ouki-yo一
les diff駻ents
1913, pendant
ibid., p. VII)
les documents
17.Theノ穡an
en
a fait l'honneur
longtemps
pr馭駻駸<de
safres, pendant
Japon,
qu'il nous
P. Barboutau,
patiemment
灣ept
au
mois潭yoto,
121
一
Per
...]Messrs.
French
steamer
Cal馘onien,
J. Oda,...,P.
for
Barboutau,...
in
cabin.
こ の 号 にBarboutauの
peintres
populaires
名 前
duノ穡onに
と と も に 載 っ て い る 、 “J.
日 本 語 で 序 文 を よ せ て い る(フ
Oda”
はLes
ランス語訳 付
き)「 織 田 萬 」 を 指 し て い る と 考 え ら れ る 。 フ ァ ー ス ト ・ネ ー ム の イ ニ シ ャ ル
は異 な っ て い る が
れ て い る う>xに
「序 文 」 に は 船 旅 で バ ル プ ト ー と 一 緒 で あ っ た こ と が 書 か
、 同 氏 の 著 書
「著 者 略 歴 」 に は
「(明 治)二
『日 本 行 政 法 論 』(六
石 書 房 、 昭 和18年)の
十 九 年 欧 州 に留 学 」 と記 さ れ て い る か ら で あ る 。
な お 、 バ ル ブ トー が 始 め て 来 日 し た と さ れ る1886年
ノ穡an
Weekly
MailのLATEST
SHIPPINGに
け る こ と は で き な か っ た 。 し か し、 同 紙 は
gence(=Latest
Shipping)と
に 発 行 さ れ たThe
は 、 Barboutauの
名 を見つ
「_欠 号 が 多 くShipping
Intelli-
い っ て も、 一 、 二 等 客 に 限 ら れ 、 乗 客 名 簿 が
略 さ れ て い る 号 も あ り、 全 体 と し て 誤 植 も 少 な く な い 。 氏 名 が あ っ て も
フ ァース
HOTEL
ト ・ ネ ー ム が 略 さ れ て い る よ う な 場 合 も あ る 。」(川
REVIEW'94.1-36『
1995)と
私 の 築 地 居 留 地 研 究 』 下_2、
崎 晴 朗 、
著 者 発 行、
の こ と な の で 、 バ ル ブ トー が 同年 に 横 浜 か ら入 国 し な か っ た とは 断
言 で きない。
18.FABLES
PAR
CHOISIES/DE
DES
J.一P.CLARIS/DE
ARTISTES/JAPONAIS/SOUS
LA
BARBOUTAU/TOKIO/LIBRAIRIE
FLAMMARION
第1巻
DIRECTION/DE/P.
MARPON&FLAMMARION/E.
SUCCr/26,
は 明 治28年7月
FLORIAN/ILLUSTRノES
RUE
、 第2巻
RACINE,
は 同 年10月
PRネS
L'ODノON/PARIS.
印 刷 ・発 行 。
122
19.各
寓 話 に 対 応 す る プ レ イ ヤ ッ ド 版 の 巻 数 と 番 号 を カ ッ コ 内 に 挙 げ る 。Le
premier
volume:1(Livre
I-1),
-12),VI(1-18),VII(1-20),
XQ
(II-2),
Le
21.Que
LA
ET
LE
Collinet,
sommet
l'ouvrage
FILLEの
CHATと
V(1
X(II-4),
X[(II-6),
II-15),
II(II-14),
III(IV-7),
IV(III-9),
前 半 の み),)d(刈
X(VII
一10), 刈(IX-14,
題 名 が 逆 に な っ て い る), X皿(X-2),
LE
∬(X-3).
op. cit.,p. LXIV
ait plac
'homme
incontest馘e
du
fabuliste
ne[...](A.一M.
Bassy,
au
centre
la hi駻archie
l'exercice
ropocentrisme-triomphant:cela
22.
III(1-8),IV(1-3),
IX(1-22),
後 半 の み),VI(IV-11),VII(V-5),Vm(VH2),IX(VII(一9),
Chauveau
et au
de
volume:1(Livre
HERON
RENARD
20.J.一P.
II(1-2),
II-3),
X皿 (III-11), XIV (IV-9)
second
V(II-12,
-4,LE
Vl
d'un
risque
de l'univers
naturelle
humanisme-sinon
d'騁onner
de
des黎res,
notre
La
Fontaine
qu'il ait fait
d'un
anth-
mentalit駑oder-
op.cit., p.109)
Ibid., pp.132-136
23.[_]印
象 主 義 が 色 と光 の 純 粋 に 芸 術 上 の 運 動 だ け で は な い よ う に 、 ジ ャ
ポ ニ ス ム も そ の 核 心 に は 芸 術 を 超 え た 社 会 の あ り方 と結 び つ く新 し い発 想 を
持 っ て い た の で あ る。
ジ ャ ポ ニ ス ム を 擁 護 す る人 々 が 、 日本 の 美 術 の あ る側 面 を 強 調 し、 新 し い
も の の 見 方 、 考>x方
の 伝 播 に 利 用 した の は 、 た と え ぽ 以 下 の 点 に お い て で あ
る。
基 本 的 に 人 間 表 現 が 主 流 で あ っ た ヨ ー ロ ッパ の 美 術 と く ら べ て 、 日 本 の 美
術 は 自 然 の主 題 、 モ テ ィ ー フを 非 常 に 重 要 な もの と し て 扱 っ た 。 ヨー ロ ッパ
の 眼 か ら見 れ ぽ 、 日本 は
ぽ 、 ヨ`「ッ
パ が
「自 然 主 義 」 の 国 に 映 っ た ろ う が 、 逆 の 見 方 を す れ
「人 間 主 義=ユ
マ ニ ス ム 」 の 文 化 圏 で あ る 、 と い う言 い 方
も で き る 。 問 題 は 、 こ の ユ マ ニ ス ム が 根 底 に キ リ ス ト教 思 想 を 持 っ て い て 、
世 界 の 秩 序 を 人 間 中 心 に 考 え て い た こ と で あ る 。 キ リ ス ト教 思 想 に お い て 人
間 を 統 括 す る の は 神 で あ る が 、 神 と は 、 人 間 の 姿 を 基 に 作 られ た イ メ ー ジ で
あ り、 世 界 は 人 間 に 近 い 順 に ヒ エ ラ ル キ ー を 構 成 し て い た 。 ヒ エ ラ ル キ ー の
低 い動 植 物 や 山 河 な ど の 自然 物 は 、 美 術 の 中 で は軽 ん じ ら れ る 歴 史 が 長 か っ
た 。 こ の ヒ エ ラ ル キ ー を 打 ち 壊 す こ と は 、 す な わ ち キ リ ス ト教 的 な 価 値 観 を
打 ち 壊 す こ と に 通 じ る 。[_]日
本 美 術 に 見 られ る 自然 景 観 や 動 植 物 の モ
テ ィ ー フ は 、 古 い 秩 序 へ の 疑 問 を 持 っ た 人hに
の で あ る 。(馬
淵 明子
『ジ ャ ポ ニ ス ム
よ って、意 図的 に賞 賛 され た
幻 想 の 日 本 』 ブ リ ュ ッ ケ 、1997、pp.
24-25)
24.Pierre
Barboutau(日
本 語表 記 として は
「バ ル ブ ト」 の ほ う が 正 確 で あ
『
寓 話 選 』一
123
あ る 日本 生 まれ の 版
る が 、 シ ョ ヴ ォ ー、 ウ ド リー な ど 他 の 人 名 の 読 み 方 も 考 慮 し て 「バ ル プ
トー」 と し た)
この 人 に 関 し て は情 報 が 極 端 に少 な い 。 筆 者 が 調 べ た 限 りで は 、 フ ラ ン ス
の百 科 辞 典 類 に は そ の 名 前 は見 つ か ら な い。 の み な らず 、 そ の 著 書 が2点
蔵 さ れ て い るBnFで
も 、 同 図 書 館 所 蔵 の 著 書 に 関 す る 記 述(CA
LOGUE
de
GENERAL
l'ouvrage Otto
LORENZ,
Nilsson,1901, p.119)が
la LIBRAIRIE
Tome
FRANヌAISE,
XIVe, R馘ig駱ar
voyage
descriptif d'une
auノ穡on, par Pierre
一Les peintres populaires
continuation
D. JORDELL,
de
Paris,
あ る の み で 、 生 没 年 す らわ か ら な か った 。 BnF所
蔵 の バ ル ブ トー の 著 書 と さ れ て い る の は 、 次 の2点
一Catalogue
収
TA-
であ る :
collection d'objets d'art, rapport駸
de
son
Barboutau,1893.(8-V-24509)
duノ穡on, Tome
le「[1e「fascicule],1914.(FOL
-V-5424)
バ ル ブ トー に つ い て は 、 瀬 木 慎 一 著
平 成9年)の
「海 外 の 浮 世 絵
『
浮 世 絵 世 界 を め ぐ る 』(里 文 出 版 、
収 集 と展 示
3
レ イ モ ン ・ケ ク ラ ソ と フ ラ
ン ス の コ レ ク タ ー た ち」 の章 に次 の よ うに 書 か れ て い る。
PIERRE
BARBOUTEAU((生
没 年)不
明)
この 人 物 ほ ど何 一 つ 知 ら れ て い な い 例 は 他 に は な い。1886年
以 降1913年
ま
で 日本 に滞 在 し、 多 数 の 美 術 品 を 収 集 し た と伝 え られ るが 、 日本 に は わ た し
が 調 べ た か ぎ りで は 裏 付 け る 資 料 は 皆 無 で あ る 。 わ た し の 調 べ は 『
写楽実
像 』 に 収 録 して あ るの で 、 こ こ に 引 用 す る。[_]
さ て 、 こ の バ ル ブ ー トー な る 人 物 の コ レ ク シ ョ ンで あ る が 、 写 楽 、 歌 麿 、
北 斎 の 三 人 に重 点 が あ り、 と くに 写 楽 の版 画 二 十 六 点 は 驚 異 的 で あ る。 ドイ
ツ の研 究 家JULIUS
KU(1910年)に
KURTHが
刊 行 し た 最 初 を 誇 る モ ノ グ ラ フ ィSHARA-
掲 載 さ れ て い る 図 版 の 多 くは こ れ か ら転 写 され て い る。
総 数 約 三 千 点 と数 え られ る 版 画 を 主 と した この コ レ ク シ ョ ン は 、1904年
に
パ リで 売 り立 て られ た も の の 、 内 容 が 不 揃 い な た め 失 敗 し、 前 記 の よ うに 後
に アム ステル ダ ムに まで運ぶ な どして、全 部 が売却 され るのに数 年 を要 して
い る。 と は い え 、 優 れ た 部 分 も あ る大 コ レ ク シ ョ ンで あ っ た こ と は確 か で あ
る 。 そ れ に し て も、 所 蔵 家 の 実 体 が 不 明 な の は ど うい う訳 か 、 気 に な る と こ
ろ で あ る。 ケ ク ラ ン の 広 範 囲 の 交 際 の な か に も こ の 人 は 入 っ て い な い し 、 ビ
ン グ が催 し た 「日本 の 晩 餐 会 」 に も そ の 名 は 見 当 らな い。(pp.99-102)
25.最
後 に 、 「不 明 」 と され て きた バ ル ブ トー の 生 没 年 が 判 明 し た の で こ こ に
記 し て お く。(図 版12)
壬一2367
Barboutau
Dix-septi鑪e
Feuillet
124
Le
quinze
d馗馘馥n
septembre
son
n鰲Saint
mil
Serain
soixante
sur
deux,
c駘ibataire.
matin,
fils
la
Dominique
le
seize
d馗laration
Fran輟is-Miron
et
de
de
de
la
こ の パ
“Saint
Serain
が
誤 記
と 考
neuf
Bara
Marie
ans,
deux
du
mil
seize,
matin,
huit
4e
cent
Peyroudes,
dix
heures
du
employ驕C12
rue
ans, employ驕C5b'S
ont
est
antiquaire,
sign驕C
avec
rue
nous,
arrondissement
de
de
Paul,
Paris,
d'honneur%
Costil
リ 第4区
sur
de
cent
faite,
maire
du
avril
quarante
soixante
au
heures
Barboutau,
et
mil
Edgard
adjoint
l馮ion
dix
Pierre
vingt-sept
qui, lecture
E.Bara
な お 、
vers
Barboutau
D駸ir颪ostil
D駸ir颯ubure,
Chevalier
seize
septembre
Colombes漓sni鑽es(Seine),
Joseph
cent
Beautreillis,
l'lsle(Gironde)le
de
Dress驕C
sur
neuf
domicile,1rue
P.J.
役 所 提 供
l'lsle”
のacte
と あ る が 、
de
Dubure
d馗鑚(死
こ れ は
亡 証 書)に
“Saint
Seurin
sur
は 出 生 地
l'Isle”
の
え ら れ る 。
sur
l'Isle
提 供 の 出 生 証 書 に よ る と 、 ピ エ ー ル ・バ ル ブ ト ー の 父 親 の 姓 の 綴 り は
(本 稿 入 稿 後 に 入 手 す る こ と の で き た 、Mairie
“Bar・
bouteau”
de
Saint
Seurin
で あ り、 生 年 月 日 に 関 し て も 死 亡 証 書 に は1862年4月27日
が 、 正 し く は1862年5月27日
で あ る 。2000年12月
記)
とあ る
戴
論 葱
鐡.㍗
伽識
ヤ
/}\
璽
、
二田
置'
\ .
趨
導A凱 ξs.
6囲05s蓼 εSoε
薪
ll欝..諦
舗
LAm群
剤雛
驚 嘉:薫
:、
い.騰
・
黛.
翔離
ボ
1灘
婦
.軍 .豆
耀
竃
ド
↑¥
粥"
匿_..
.r 図 版1表
紙(梶11ド
ト占)
.
己
謬
図版2L'HIRONDELLEETLESPETITSOISEAUX
図 版3「
ツ バ メ と 小 鳥 た ち 」 〔河 鉢}1暁翠)
藁.
嚇 襲1
欝
・
轟
図 版4L'0[SEAUBLESSED'UNEFL危CIIE
寵
《轟 ・
鶴・
ユ
璽 ∴L附 職
蟻,
・.・
矯
響.菱 幣 騨
脚'..ゼL.」/「
多劣
出
鷺 磨≒.≒
畦糞
,」.・
幽
」`1.一'
囲群.ニ
ー
一
野
.薙
、..'・..
.、..・悔唱
二Lぬ
る
蚤
・.
図 版5「
・
...
{議嵯
.、….撃 騨
畜
種
「.....脚1卍
1.
嫌i・II㌔
...・...曳.1、.・'・
・1」1∼
・、
・㌧.
・1・
婚
層1・1団
早・
〃鴨 曇
漁 糧.
コ慶 略
矢 に 傷 っ い た 鳥 」{河 鍋II尭翠)
・
」
・.
図版6LACOLOMBEETI.AF(.)URMI
.}馳
劉 .F﹂
寝湖 終 削
.
..心 -
図 版7「
ハ トと ア リ」(河 鍋1暁 翠)
諺 葛
鐡 ・
'籔
セ
セ
.1
灘.
、
琶
・:
図版8LESOLEILETLESGRENOUILLES
鵜
ー
=弓
イ
﹁
廟
瞭
。 ダ
舞蹴
F睡
1』
㌔け
、
遥
自 圏畠
図 版9「
1蓉 ・
ト.τ.ξ}
■_■ ■ ■ 一 ■■ ■■ ■ 昌_
太 陽 と カ エ ル た ち 」(梶 田 」
拝占)
[ヌ1版10LATORTUEETLESDEUXCANARDS
丁こ.`.「'
・
勘
ぐ宵 撃 奪 轡 黛
癖
準
.
三..
一
『
』
塀1㌔ 壷
・
・轟
←2
蟻
嘱
撫 凄
.二
∴ .ミ1.i筆
、
「
.・
繁 廉1 〆
・.灘 藤
....辺
一.r
一
鰍
μ4高.爾
騨 ・
寸
図 版ll「
ヵ メ と2羽
の カ モ 」(梶illL卜.`lf>
^
噌.
咳
.
鞭
.
、
民.
り
奪.
落設
、.
、.
・穀
1
ー
.
慧
藻
9
蝉
,
'
㌔
銀
.
剛置
.
,
も
.灘
鼓
餅
,
喬
、 ∼ -
﹁
摯
'
良
ドー-叩註
ミ費
・
考 ℃島趣巨
醸
曵.
氏ト菱
.
..`
(\4一
﹂罰 "▽(薄 翠 謡 薄 )
: .
.
齢.誉攣 ◎ぎ
灘雛
、
℃ .、ぐ ▽刈 、ア ー 3 頴 n 融 咄
轄
、﹄
,
憲
﹄ 門
、
劃
図 建 一ト○
ー
§
§
匿 艮
旨苓
司
蘇
曾毯 奮 喜 嚢
馳
雛順 塗 塞壌`琶茎 竃
嚇
.
客婁
畢
含己警 含
老 己5℃
霞 §§董 暑
2 霧謬
霧.
、
Fly UP