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全国中小企業景気動向調査のさらなる“深掘り”を試みる-

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全国中小企業景気動向調査のさらなる“深掘り”を試みる-
SCB
SHINKIN
CENTRAL
BANK
産業企業情報
地域・中小企業研究所
23−1
0w
(2011.5.25)
〒103-0028 東京都中央区八重洲 1-3-7
TEL. 03-5202-7671 FAX.03-3278-7048
URL http://www.scbri.jp
業況堅調企業の経営事例にみるこれからの中小企業経営のヒント
−全国中小企業景気動向調査のさらなる
深掘り
を試みる−
視 点
わが国中小企業は、バブル崩壊以降、需要減退や市場飽和化といった日本経済の長期にわた
る低迷にあえいでいる。拙稿産業企業情報(22-6)では、当研究所が四半期ごとに取りまとめ
ている「全国中小企業景気動向調査」の結果を中心に、この間の中小企業の姿を浮き彫りにし
た。同時に、現下のような厳しい経営環境にあっても業況堅調な中小企業3社の取組みを紹介
し、その取組み姿勢から 継続戦略 という概念の抽出を試みた。本稿では、この 継続戦略
の概念をより鮮明なものとすべく、新たに業況堅調な中小企業7社の経営事例を紹介し、具体
的な取組みをより体系的に整理していくことを試みた。併せて、そうした概念整理をとおして
見えてきた中小企業の在り方を基に、これからの中小企業経営のヒントを示していきたい。
要 旨

1999年の中小企業基本法の抜本的改正に象徴されるような政策的方向付けもあり、これまで
中小企業自身によって、競争的発展を軸として積極的に中小企業経営が形成されてきた。と
ころが、現下、需要の減退や市場の飽和化といった、わが国経済の長期低迷により、多くの
中小企業において必ずしも競争的発展を持続しうる環境ではなくなってきている。

信金中央金庫 地域・中小企業研究所が全国の信用金庫の協力の下、四半期ごとに取りまと
めている「全国中小企業景気動向調査」の結果をみると、わが国経済において業況が振るわ
ない企業が構造的に一定数存在する一方で、業況堅調な中小企業も必ず存在していることが
わかる。

業況堅調企業は、①積極型(イノベーター型)、②順応型(フレキシブル型)、③堅実型(リ
スクコントロール型)の3つに類型化されると考えられる。これらの中小企業は、自社の事
業の特性や地域性を十分に考慮した上で、最適な経営スタンス、すなわちそれぞれの 継続
戦略

を経営者自身が確立している点で共通している。
これからの中小企業は、多様な選択肢から自社に最適な 継続戦略 を確立し、経営戦略の
継続性を確保しつつ
ブレ
のない集中的な取組みを実践すべき時といえよう。
キーワード
中小企業、継続戦略、イノベーター、フレキシブル、リスクコントロール、競争優位性
©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
目次
はじめに
1.中小企業の現況
2.業況堅調企業の経営事例
(1) 地方立地 を強みに 断らない 経営を実践する印刷業者―株式会社三森印刷
(2) 多品種少量高頻度配送 を強みに第二創業で活路を開く食肉卸売業者―株式会社土屋
(3) 文化を売る ことで市場開拓(創造)に成功した酒類卸・小売業者―有限会社武岡酒店
(4)多様化するニーズを的確にとらえるべく複数施設展開する温泉旅館―株式会社坊源
(5) バランス経営 を強みに成長する健康茶製造・卸売業者―株式会社がんこ茶家
(6)積極的な人材獲得で事業基盤を強化する自動車整備業者―有限会社輝北自動車整備工場
(7)長期的視点に立った揺るぎない経営方針の徹底で地域をリードする不動産業者―株式会
社川商ハウス
3. 継続戦略 の再考と体系的整理
(1) 継続戦略 と 競争優位性 の構築
(2)業況堅調企業の取組みにみるこれからの中小企業経営のヒント
おわりに
はじめに
バブル崩壊以降の20年、中小企業を取り巻く経営環境は大変厳しいものであった。産
業企業情報(22-6)1では、主にこの20年の中小企業の動向や政策の変遷をひも解き、
いくつかの経営事例を示しつつ中小企業像の新たな展開を概観した。この間、1999年の
中小企業基本法の抜本的改正に象徴されるような政策的方向付けもあり、中小企業自身
によって、競争的発展を軸として積極的に中小企業経営が形成されてきた。ところが、
現下、需要の減退や市場の飽和化といった、わが国経済の長期低迷により、多くの中小
企業において必ずしも競争的発展を持続しうる環境ではなくなってきていることも明
らかとなった。こうした基本的理解に基づき、現下のような厳しい経営環境においても
業況堅調な中小企業の取組みを紹介し、事業継続にかかる基本的な経営方針として 継
続戦略 という概念を新たに提起した。本稿では、前稿での分析をより深めるべく、業
(図表1)企業の基本的継続戦略
況堅調な中小企業の経営事例を紹介しつつ、
中小企業像の新たな展開をより体系的にと
創業期
成長期
成熟期
衰退期
らえることを試みる。とりわけ、前稿で示
した
継続戦略
の3類型について、本稿
積極型=イノベーター型
では、①積極型=イノベーター型、②順応
型=フレキシブル型、③堅実型=リスクコ
順応型=フレキシブル型
ントロール型、と新たに命名した(図表1)。
また、各類型におけるより具体的な経営戦
堅実型=リスクコントロール型
略の在り方をあらためて整理し、これから
の中小企業経営のヒントを示していきたい。
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
1
鉢嶺実、毛涯郷史『中小企業の景況感からみたバブル崩壊以降の 20 年−「全国中小企業景気動向調査」の長期分析と経営事例に
みる中小企業の今後の在り方−』【産業企業情報 22-6】信金中央金庫 地域・中小企業研究所(2010 年 12 月 29 日)
1
産業企業情報 23−1
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©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
1.中小企業の現況
信金中央金庫 地域・中小企業研究所が全国の信用金庫の協力の下、四半期ごとに取
りまとめている「全国中小企業景気動向調査(以下、「景況調査」という。)」を振り
返ると、バブル崩壊以降の過去20年、中小企業の業況を総合的に表す指標である業況判
断D.I.は一貫してマイナス水準での推移が続いている(図表2)。
また、毎年10-12月期 (図表2)中小企業および大企業の景況感の変遷
調査で併せて実施して
50
いる特別調査2では、
「自
40
バブル崩壊(90年)
消費税5%へ(97年4月)
30
社の業況が上向く転換
JAL経営破綻
(10年1月)
金融再生プログラム公表
(02年10月)
米住宅バブル崩壊
(07年)
中小企業基本法改正(99年12月)
ITバブル崩壊(00年)
大企業(全産業)
中小企業(全産業)
【日銀短観】
【日銀短観】
GM経営破綻
(09年6月)
東日本大震災
(11年3月)
リーマン破綻
(08年9月) 最近
米同時多発テロ(01年9月)
5 先行き
0
△ 7.9
(バブル崩壊後のピーク)
(年)
0
90
係に、「業況改善の見通
△ 10
し立たず」と回答する企
△ 20
業が必ず30%程度存在
阪神・淡路大震災
(95年1月)
10
景況感の動向とは無関
ペイオフ全面解禁(05年4月)
拓銀、山一證券など破綻
(97年11月)
20
点」についての回答で、
ペイオフ部分解禁(02年4月)
アジア通貨危機(97年7月)
30.4
91
92
93
94
95
96
97
△ 12.0
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
最近
-15
△ 23.9
先行き
-23
△ 30
来期見込
中小企業(全業種)
△ 28.8
【 全国中小企業景気動向調査】
△ 31.5
直近実績
△ 31.6
△ 40
△ 41.4
するなど、業況の振るわ
△ 50
ない企業が構造的に存
△ 60
△ 47.1
△ 55.3
(バブル崩壊後
のボトム)
△ 47.9
在する様子も浮き彫り
(備考)1.日本銀行「全国企業短期経済観測調査」および信金中央金庫 地域・中小企業研究所
「全国中小企業景気動向調査」等をもとに信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
2.標本数は約 1 万 6,000 企業(回答率は平均約 85%)
となっている(図表3)。
3.シャドーは景気後退期。直近の景気の谷は 09 年1−3月期
4.日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の結果は、震災前後での分割集計前の値
業種別にみると、相対的
に小売業の回答割合が高い。また、足下では、建設業の割合が高止まりしており、2000
年以降の公共事業削減などの余波もうかがえる(図表4)。
(図表4)業種別にみた業況の振るわない企業割合
(「業況改善の見通しなし」の回答割合)
(図表3)自社の業況が上向く転換点
(%)
100
(%)
45.0
29.9 業況改善の
見通しなし
80
60
40
12.5
3年超
14.3
3年後
14.2
2年後
15.0
1年後
30.0
15.0
20
7.0
7.1
0
02
03
04
05
06
07
08
09
10
6か月以上
[製 造 業]
[小 売 業]
[建 設 業]
すでに
上向いている
11 (年)
0.0
(備考)「全国中小企業景気動向調査」をもとに信金中央金庫
地域・中小企業研究所作成
02
03
04
[卸 売 業]
[サービス業]
[ 不動産業 ]
05
06
07
08
09
10
11 (年)
(備考)「全国中小企業景気動向調査」をもとに信金中央金庫
地域・中小企業研究所作成
2
毎年 10-12 月期の特別調査では、翌年の経営見通しについて調査している。このなかで、「自社の業況が上向く転換点」につい
て、「すでに上向いている」、「6か月以上」、「1年後」、「2年後」、「3年後」、「3年超」、「業況改善の見通しなし」
の選択肢から回答を得ている。
2
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©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
一方、こうしたなかでも、業況良好と (図表5)「業況良い」中小企業数の推移
(件)
回答する中小企業が常に相応の割合で存
450
400
在するのも事実である。図表5は、景況
調査における6業種ごとに、「業況良い
300
(調査回答1)」との回答を得た企業の
製造
218
数を示している。これをみると、建設業
や小売業といった、ここ数年の苦境が叫
150
ばれる業種も含めて、例外なく「業況良
卸売
129
小売
104
い」企業が存在することが分かる。また、
サービス
調査サンプル数全体の約35%を占める製
不動産
造業の寄与割合が相対的に高く、直近の
底打ち反転局面でも全体の景況感の回復
を牽引してきたことが分かる。
「業況良い」と回答した企業数が近年
建設
0
01.3
02. 3
03. 3
04. 3
05. 3
06. 3
07. 3
08. 3
09. 3
10. 3
(図表6)業種別にみた「業況良い」中小企業の増減
160
で最も多かった05年10-12月期を100とし
140
た指数で6業種の動向をみると、全体的な
120
下降トレンドの中で、製造業の落ち込みが
100
大きいことが分かる(図表6)。一方、小
80
(05年12月期=100)
60
売業では、100ないしそれを上回る値で推
40
移する傾向があり、ピーク時からの下ブレ
全業種
卸売
サービス
不動産
20
の幅も小さい。これは、景気の波に左右さ
0
れずに常に業況が良い企業が一定数存在
05.12
06.12
製造
小売
建設
07.12
08.12
09.12
10.12
(備考)1.「全国中小企業景気動向調査」をもとに信金中央金庫
地域・中小企業研究所作成
2.シャドーは景気後退期
することを表しているとみられる。
こうした状況を踏まえつつ、本稿では、
業況が良い中小企業にあらためて注目し、前稿の3事例に加えて新たに7事例について
紹介し、その実像に迫ることを試みる。
2.業況堅調企業の経営事例
本章では、2010 年 10−12 月期調査を基準に、2四半期以上業況が「良い(調査回答
1)」ないしは「やや良い(調査回答2)」と回答した企業を業況堅調企業として、全
国7社の中小企業の経営事例を取り上げる。
(1)
地方立地
を強みに
断らない
11. 3
(備考)1.「全国中小企業景気動向調査」をもとに信金中央金庫 地域・
中小企業研究所作成
2.業況の回答が 1(良い) の企業の件数
3.シャドーは景気後退期
経営を実践する印刷業者
―株式会社三森印刷(秋田県大仙市)
当社は、中小印刷業者としての旧来型の事業モデルから脱却し、 地方立地 の強み
3
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©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
を活かしながら広域で ワンストップサービス の提供を目指した新たなモデルへの転
換を図っている気鋭の中小印刷業者である。自主企画コンテンツの提供を通じた提案型
営業や、物流環境の高度化を背景とした受注獲得営業の広域展開など、 地方立地 に
基づくコスト競争力を最大限発揮した革新的ともいえる経営を実践している(図表7)。
(図表7)旧本社工場(2010 年増築前)
イ.当社の沿革・事業概要
当社は、現代表である三森知直氏の父親が、1963
年に秋田県の旧・大曲市(現・大仙市)にて創業
した小さな活版印刷業をその前身としている。
1980 年頃に現代表の三森氏が経営を引き継いだ
のを機に、従業員の若返りを図るなどで企業体質
を一新。その後、1990 年には株式会社へ改組する
など事業基盤を固めていった。現在は、既存の印
刷業の枠組みを超えて広告業者としても経営して
おり、従業員 32 人、年商 4.3 億円と、印刷業者と
しては県内でも屈指の事業規模にある。売上構成
は、印刷業8割、広告業2割、受注は民間7割、
官公庁3割となっている。また、大仙市の本社工
当社の概要
株式会社三森印刷
三森 知直
秋田県大仙市
1990年(1963年創業)
32人
4.3億円
印刷業
・総合美術印刷(広告)業
主な事業
・商品企画(大曲花火DVD、医療ハンドブック等)
社
名
代
表
立
地
設
立
従業員数
年
商
事業内容
場の他に、秋田営業所と東京営業所を構えるなど、 (備考)信金中央金庫
地域・中小企業研究所作成
広域展開しているところに大きな特徴がある。
ロ. 自主企画の広告媒体と連動した提案型営業−マーケット開拓力①
当社は、「TOWN情報」という地域の週刊共同広告媒体(B4両面1枚)を自主企
画、運営している。広告料は、一口(5.5cm 四方)1万円程度と手頃な価格設定で、出
稿企業は延べ 2,000 社に上る。この「TOWN情報」の取引をきっかけとした提案型営
業も積極展開し、ポスターやチラシ、DMなど新たな受注の波及的獲得にもつながって
いる。なかでも、「総合美術印刷」というカテゴリーの中で、専門のグラフィックデザ
イナー陣と連携した取組みが当社の強みのひとつとなっている。こうした マーケット
開拓力 は、受注産業である印刷業の課題を克服する上で、重要なポイントといえよう。
ハ.
地方立地
の強みを活かした県外進出−マーケット開拓力②
当社は、2008 年に東京営業所を開設し、秋田県大仙市で毎年8月に開催される「大曲
の花火」の知名度も最大限に活かしながら、広域での受注獲得に乗り出している。近年、
急速な物流環境の高度化やインターネットの普及などにより、顧客とのやり取りも広域
化かつ円滑化している。そのため、受注から納品に至る過程の地域間格差が平準化され、
必然的に人件費等の面で価格競争力のある 地方立地 という特性がその強みを発揮で
きる環境が整ってきている。例えば、都内の某大学の卒業論文集発行をスポット受注し
た際は、長年契約していた大手広告代理店の見積もりの半額以下で入札することにより
受注することができた。当社は、こうした環境変化をフォローの風として巧みにとらえ、
4
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首都圏の大手企業からの受注も確保しつつある。その結果、東京営業所の売上げは開設
3年目にして 1.5 億円にまで拡大し、
当社の売上げの約3割を占めるまでになっている。
二. 積極的な設備増強などで
断らない
経営を実践
当社は、「声が掛かった仕事は断らない」という経営方針を掲げている。これは、「一
度でも断れば顧客が離れていく」という危機意識があるからだ。その努力を支えている
のは、ソフト(ヒト)とハード(設備)のバランスであり、それぞれ積極的に強化して
いる。ヒトの面では、営業担当向けの研修を継続的に実施しているほか、月に1度の全
体会(ミーティング)では月次決算の計数を報告するなど、社員に向けて経営の 見え
る化 を図っている。設備の面でも、県内初となる高速5色オフセット印刷機を導入す
るなど、増強に前向きで、会社パンフレットにおいても「良質な仕上がりは当たり前。
そのための設備投資を惜しまない。」と大々的にうたっている。設備の増強を図るのは、
顧客ニーズへの対応強化という側面もあるが、
ワンストップサービス3
の提供とい
う事業モデルへの転換を目指した積極的な取組みの結果でもある。
ホ.今後の展望
当社は、今後も引き続き ワンストップサービス の提供を経営目標に掲げ、大震災
による物流混乱などのアクシデントも乗り越えながら、業容拡大を積極的に図っていく
意向だ。具体的には、4∼5年後をめどに、県外売上構成比の拡大などで印刷業者とし
て秋田県内トップ(売上高10億円、従業員50人の規模)を目指している。また、インタ
ーネットや電子媒体への対応については、2008年に大手不動産会社のホームページに物
件情報(部屋内部の様子や間取り情報等)を動画で閲覧できるスキームを導入した実績
がある。こうした
電子化
への対応にも、今後一段と注力していく意向である。
(2)多品種少量高頻度配送を強みに
第二創業
で活路を拓く食肉卸売業者
―株式会社土屋(千葉県山武郡横芝光町)
当社は、事業承継のタイミングをとらえて食肉小売店から食肉卸売業へ業態転換を果
たした、いわゆる 第二創業 企業である。小売店時代のノウハウを活かして、これま
での卸売業では行われてこなかった取組みにチャレンジし、急速に実績を上げつつある。
イ.当社の沿革・事業概要
当社の前身は、家業であった「土屋畜産」の小売部門の分割譲渡を受けて、1967 年に
現代表である土屋歩氏の父親が創業した 町の肉屋さん である。2000 年代には飲食店
向けの卸売を開始。これを徐々に拡充させていく中で、10 年1月、土屋氏が先代から設
備等を買取る形で事業を承継し、その資産をもって㈱土屋を新規設立、食肉卸売業者と
して本格的に事業転換を果たして現在に至る。現在の従業員は5人で、直近の年商は前
年度比 25%増加の 1.3 億円(10 年 12 月末)である。取引先は飲食店など 120 先程度で、
3
当社が目指す ワンストップサービス とは、コンテンツの製作から配送に至る過程(印刷物製作とその配送という印刷業務の
前工程と後工程)を一貫して取扱う事業モデルである。
5
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成田市、船橋市など千葉県北部を中心としつつ、最 (図表8)本社加工場
近では東京方面にも展開している。取引先は、多店
舗化(複数店舗を展開)している居酒屋やラーメン
店等の飲食店の割合が高い。また、食品加工業者(レ
トルト食品、弁当製造等)とも取引があり、こうし
た先への商品は加工処理を伴う付加価値の高いも
のが多い(図表8)。
当社の概要
社
名 株式会社土屋
表 土屋 歩
など6社程度がメイン先となっているほか、小売店 代
立
地 千葉県山武郡横芝光町
設
立 2010年【組織変更】(1967年創業)
時代のつながりも活かしながら、顧客の要望に応じ
従 業 員 数 5人
商 1.3億円
て都度様々な先から調達している。主な商品構成は、年
事 業 内 容 総合食肉卸売業
豚 70%、牛 15%、鶏 15%で、産地等の異なる約 40 主 な 事 業 ・食肉卸売
一方、調達(仕入)先は専門商社やハムメーカー
銘柄を常時取り扱っている。産地別には、輸入品
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
65%、国産 35%となっている。
ロ. 小売業から卸売業への業態転換で
第二創業
当社は、創業以来約 40 年にわたり、いわゆる
町の肉屋さん
として地元消費者向
けの食肉販売を行ってきた。しかし、時代の流れとともに近隣スーパーが台頭し、当社
を取り巻く事業環境も厳しさを増していた。実際、当社の仕入価格よりスーパーの小売
価格が安いといった事態も生じていたほどである。代表の土屋氏は、小売業としての限
界を感じており、その打開策のひとつとして、 外に売りに行く 、すなわち 卸売り
を手掛けることに思い至った。当社における業態転換(=第二創業)は、約5年程度の
準備期間を経て徐々に卸売事業の比率を高めていくという段階的なものであった(事業
承継直前には卸売り 70%、小売り 30%に達していた。)。こうした業態転換について
は、先代経営者との間に意見の対立もあり、「結果でみせるしかなかった」と土屋氏は
振り返る。そして、事業承継の環境が整ったタイミングで、組織変更と併せて業態転換
(小売業からの撤退)を完結させた。
ハ.
小売り上がり
を強みとした
多品種少量高頻度配送戦略
.
当社の業態転換は 小売りから卸売りへ という川下業種から川上業種にそ上する展
開であり、広義には販路拡大の一環ともいえる。しかし、この 小売り上がり は、卸
売業者としての差別化を図る上での当社の強みとなっている。通常、卸売業では、自ら
の取り扱える商品を、処理しやすいロットで売りに行くというスタイルが一般的である。
結果として、買い手が本来的に期待するような商品ラインナップや付帯的なサービスへ
のきめ細かい対応がおろそかになりがちである。一方、当社は、小売業のノウハウを活
かした 多品種少量高頻度配送 を展開している。例えば、通常は1㎏単位の取扱いロ
ットを 100g単位としたり、普段は取り扱いのない商品でも顧客の要望に応じて小口で
仕入れたりしている。一見、ロスが増えそうにも思えるが、前者は在庫を抱えない経営
6
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につながり、後者は仕入れた商品(在庫)を他の卸先に紹介(提案)することで新たな
需要の創出につながるといったメリットがある。こうした差別化戦略の根底には、「 顧
客(卸売先)が売りたいもの
を売る(卸す)」という理念がある。
二. 「売りに行くのではなく、聞きに行く」営業
当社の営業コンセプトは、「売りに行くのではなく、聞きに行く」である。固定化し
た商品しか示せなければ、他社との比較は 価格 という単純なモノサシしかなくなっ
てしまい、 値下げ合戦 の原因となる。そこで、独自の付加価値によって差別化を図
ろうというのが 聞きに行く という戦略である。すなわち、営業先が現状の取引に抱
いている不満や困った事を聞きだし、それに対して当社が提供できるメリットや解決策
を提示することで、取引の突破口としているのだ。そうした要望は、取引ロットや商品
ラインナップ、納品頻度などへのきめ細かな対応によって多くの場合は実現可能であり、
当社の戦略の中核である 多品種少量高頻度配送 を最大限活かした取組みとなってい
る。また、取引先の経営に関する細かなアドバイスもするなど、 取引先を育てる 取
組みも積極的に行っている。そうした地道なアプローチで築いた絆や信用を糸口に、ス
ポット商品の提案や安定的な収益基盤となるグランドメニュー(固定商品)への取引拡
大を図っている。
ホ.今後の展望
当社は、当面の経営目標として年率30%の売上増加を掲げ、大震災によるアクシデン
トも乗り越えながら、今後3年間で売上2億円を目指したいとしている。一方、現在の
事業モデルでは年商5億円程度が成長の限界と考えている。当社は、そうした見通しを
踏まえて、現業のノウハウや取引関係を活かした外食産業への進出による多角化を検討
している。こうした現業の発展や多角化を目指す上で、専門の営業人員の確保や製品加
工能力の向上といった人材育成が急務の課題となっている。
(3)
文化を売る
ことで市場開拓(創造)に成功した酒類卸・小売業者
―有限会社武岡酒店(鹿児島県鹿児島市武岡)
当社は、独自の取組みによる新たな市場の開拓(創造)や、既存の市場の再生を図る
ことで成長してきた中小酒類卸・小売業者である。とりわけ、日本の伝統的な酒類であ
る日本酒と焼酎をそれぞれ異なるアプローチでとらえ、 文化 という切り口で消費者
に新たな需要を喚起させることに成功した市場開拓(創造)の好例といえよう。
イ.当社の沿革・事業概要
当社は、1983 年に現会長の今村茂吉氏がそれまで勤めていた地場の焼酎メーカー(本
坊酒造株式会社)を退職して、52 歳の時に起業した酒類卸・小売店(酒販店)である。
現在、経営は会長の子息に委ねられている。年商は約3億円で、県内外に 150 軒の取引
先がある。売上構成は、焼酎8割、日本酒2割で、焼酎の 95%は自主企画によるPB(プ
ライベートブランド)商品である。また、インターネット等での通信販売は行っていな
7
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いが、大手百貨店の物産展などには必ず声がかかる圧 (図表9)武岡酒店店舗正面
倒的な知名度をもち、これを強みとしている(図表9)。
ロ.
文化を売る
ことで新たな市場を形成
当社は、鹿児島県では消費量の少なかった日本酒に
目をつけ、その市場開拓を目指した取組みを実践して
成果を上げてきた。とりわけ、全国の日本酒の醸造元
を巡るなかで、伝統的な日本酒の姿である
純米酒
に注目し、その啓蒙に努めてきた。当社では、単に日
本酒という商品だけを売り込むのではなく、日本酒が
当社の概要
有限会社武岡酒店
今村 茂吉(会長)
鹿児島県鹿児島市武岡
1983年
4人
3億円
酒類卸・小売業
・酒類卸売、小売
主な事業
・日本酒イベント等開催
社
名
代
表
地
造られる地域の社会性や飲み方などを丁寧に紹介する、立
設
立
すなわち 文化を売る ことで、当地における日本酒 従 業 員 数
年
商
の定着に貢献してきたと認識している。そうした 文 事 業 内 容
化を売る
取組みは、蔵元を交えて広く消費者に日本
酒を知ってもらう
日本酒の会
の開催等によって消
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
費者密着の形で進められた。その中核的な取組みのひとつが、日本酒「久保田」で著名
な朝日酒造(新潟県)の銘酒を楽しむ「萬壽の会」で、開催回数は 1992 年の開始以来
80 回を数えている。これらの取組みは当時から話題となり、「【日本酒】焼酎王国でひ
そかなブーム−地方の米どころ銘柄に人気」4と地元新聞に取り上げられたこともある。
ハ. 醸造元と二人三脚で鹿児島の焼酎を全国に展開
現在、当社が事務局として活動に注力している「焼酎文化・いもづるの会」では、県
内外の約 140 店の酒販店が、PB焼酎の販売などを通じ焼酎文化の普及啓蒙活動を展開
している。同会は、 本格焼酎 を 薩摩
の誇る伝統文化の象徴と認識し、その文化
を全国に広めて末永く後世に伝えていくことを目的に 2001 年に発会した同志の会であ
る。こうした取組みに先駆けて、当社ではPB商品の取扱いを推進してきた経緯がある。
当社のPB商品は、良質な本格焼酎を造っていながら、全国ベースでの販売を展開する
ことが困難な小規模な酒蔵を後押しする取組みである。スキームとしては、当社が指定
した材料や醸造方法によって製造した商品(本格焼酎)を同会の会員などを通じて全国
で販売するというものだ。この時、かつては造り手の側であった現会長が技術的なアド
バイスをしながら、醸造元と二人三脚で製造にあたるのがポイントである。また、製造
した商品を一旦当社が全て引き取る点も、醸造元への負担を軽減させる仕組みとなって
いる。当社は、今日では プレミア焼酎 とも呼ばれる「村尾」や「森伊蔵」といった
銘柄に、発売当初より携わってきた1社でもある。PB商品の製造に際しては、醸造元
の当主の人間性や信頼関係がポイントとなる。また、各商品には必ずテーマが設けられ、
そのテーマをひとつの 文化 として発信していくというコンセプトで企画・製造され
4
1986 年2月 20 日付
南日本新聞
夕刊
5面
8
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ている。現在のところ、そうしたPB商品は 16 銘柄にも上っている。
二. 焼酎文化のさらなる発展と深化に向けた取組み
当社では、本格焼酎の質のさらなる向上を目指して、焼酎醸造元と日本酒醸造元の交
流(研修会)を支援している。一般に、蒸留酒である焼酎よりも、醸造酒である日本酒
の方がより繊細かつ高度な技術と管理能力を要するとされる。そうした日本酒醸造にお
ける高度なノウハウを焼酎の醸造現場にも還元すべく取り組んでいる。
また、当社は商品の販売方法にも 文化を売る という理念を反映させている。すな
わち、店頭販売を基本とし、「一つひとつの商品を丁寧に売る」ことを心掛けているの
だ。昨今、販路拡大を狙い、インターネット等での通信販売に進出する中小小売業者も
増加している。しかし、当社ではあえてこれを行わず、数量を売ることよりも造り手と
飲み手の質を重視した販売の実践にこだわっている。
ホ.今後の展望
近年、日本酒や焼酎の需要は低迷気味であるが、こうしたなかで当社では、「焼酎文
化・いもづるの会」を通じた普及・啓蒙活動に今後も注力していく意向である。
(4)多様化するニーズを的確にとらえるべく複数施設(ブランド)展開する温泉旅館
―株式会社坊源(宮城県柴田郡川崎町青根温泉)
当社は、中小企業の強みである「小回りの利く経営」で異なるコンセプトの施設を複
数運営し、消費者の多様なニーズを的確にとらえている旅館・宿泊業者である。「お客
様に満足より感動を与えたい」という経営理念は、当たり前のこと(顧客目線で)の実
現を探求する原動力であり、当社における様々な取組みのスタートラインとなっている。
イ.当社の沿革・事業概要
当社が立地する青根温泉は、宮城・蔵王の麓に位置し、仙台六十二万石の藩主・伊達
家の隠し湯として 500 年近い歴史を有する秘湯温泉郷である。当社の始まりは、代表の
く
に はる
原玖二陽氏が 1985 年に開業した「ペンションボーゲン」にさかのぼる。その後、「旅
ぼうげん
りゅうせん
かんざんちょう げつ
館『坊源』」、「山景の宿『 流 辿 』」、「流辿別邸『観 山 聴 月』」の3施設を展開。
総支配人を務める長女の原華織氏を含む姉弟3人を中心に経営を切り盛りしながら今
日に至っている。なお、当社発祥の地に立地していた「旅館『坊源』」は、施設の老朽
化が著しかったことなどから、2011 年3月末をもって閉鎖、現在は2施設体制での運営
となっている。
当社施設の利用客は、トータルで月間 1,400 人程度、そのうち約 600 人が当社独自企
画による 日帰り入浴客 である。また、料理への満足度などからリピーターが大変多
いことも当社施設の特徴となっている(1年で5回宿泊した利用者もいる。)。宿泊客
の大半はインターネットを通じて当社施設を利用しており、旅行総合サイト大手の「じ
ゃらんnet」における「東北エリア 10 部屋以下」部門の販売ランキングでは、2010
年春オープンの『観山聴月』が 2010 年通年で第1位を獲得している。これらの効果な
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どで、11 年3月期の年商は前年比 40%増の2億円 (図表 10)「山景の宿『流辿』」
を見込んでいる(図表 10、11、12)。
ロ. 複数施設展開による多様なニーズへの対応
現在、当社は、2つの異なるコンセプトに基づ
く施設を運営している。「山景の宿『流辿』」は、
いわゆる旅館施設で、価格帯はこの手の施設の中
では比較的手頃な(1泊 10,000 円∼)である。ま
た、仙台圏からの日帰り客をターゲットとしたプ
ランを設定するなど、多様化する温泉ニーズへの
(図表 11)「流辿別邸『観山聴月』」
対応も積極的に行っている。「流辿別邸『観山聴
月』」は、全7室が露天風呂付客室という高級志
向の施設ながら、こちらも比較的リーズナブルな
料金設定(1泊 20,000 円∼)で遠方からの宿泊客
も多い。このように、異なる客層に応じた施設(ブ
ランド)や利用メニューを複数展開することで、 (図表 12)宿自慢の料理
多様化するニーズに対応している。
ハ. 「お客様に満足より感動を与えたい」−マニ
ュアルに頼らない現場主義
当社は、接客に関するマニュアルを設けておら
ず、顧客の声や要望には可能な限り現場で対応す
る現場主義をとっている。それは、「お客様に満
足より感動を与えたい」という経営理念を具体化
社
名
代
表
した姿勢と言える。例えば、宿泊日が誕生日等の 立
地
設
立
記念日である宿泊客へのサプライズイベント等は、従 業 員 数
商
従業員が企画して様々なサービスを提供している。年
事業内容
主な業務
一方で、同業者や異業種など他社の取組みから
顧客のニーズを探り出す努力も積極的に行ってい
当社の概要
株式会社坊源
原 玖二陽(くにはる)
宮城県柴田郡川崎町青根温泉
1985年(2007年株式会社化)
11人
2億円
旅館・宿泊業
・温泉旅館業
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
る。例えば、ファミリーレストランで子どもにおもちゃをプレゼントし、親がゆっくり
食事できるようにする配慮などを参考に、お風呂で遊べるおもちゃを用意するといった
取組みを実施している。また、総支配人の原氏は、月に最低1度は自ら他の旅館等に宿
泊し、顧客目線でサービスを受けることで経営のヒントを探っている。こうした情報収
集力と実行力がサービスの向上につながっている。
二. サービス向上のコンセプトは「手ぶらで泊まりにきて頂きたい」
『流辿』は、相対的に設備の老朽化が進んでおり、一部の部屋の改装や家族風呂の新
設など、可能な限り改善に努めている。一方、そうしたハード面での不利を料理やサー
ビスの充実で補っている。例えば、食事は腕利きの料理長のもと、地場の食材を積極的
10
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に用いて毎月替えている。また、仙台駅からの無料送迎(片道約1時間)もサービス充
実の一環である。対して、『観山聴月』は設備もサービスも徹底的にこだわっている。
全7室の個室は、家具類に始まり壁紙の一枚に至るまで、総支配人の原氏自らが厳選し
たものを使用している。他にも、ラウンジに設置されているフリードリンクコーナーや、
多彩なサイズ・デザインが揃えられた浴衣や草履、各部屋備付けの充実したアメニティ
(マニキュアまで用意されている)も特徴である。こうした女性ならではの視点も活か
したソフトとハードの改善は、「手ぶらで泊まりにきて頂きたい」という宿全体のコン
セプトに基づいて実践されている。
ホ.今後の展望
当社では、すべての年齢層をターゲットとしているが、今後はバリアフリーを含めた
設備の手当てが課題である。また、かねてより顧客からの要望があった家族風呂を『流
辿』に設置する予定である。一方、現在、当社の利用客はほぼ100%が日本人であり、
外国人宿泊客の獲得および受入れに向けた体制整備も課題である。また、広告宣伝につ
いても、インターネットやSNS5(Facebook、Twitter等)、共同購入クーポンサイト
等の活用を促進し、引き続き積極的に取り組みたい意向である。さらに、多角化を目指
した新たな取組みとして、青根温泉郷内に食事処を建設する計画もある。これは、宿泊
客等からの「温泉郷で食事ができる店が無い」という声に応える取組みで、温泉郷全体
の活性化を視野に入れたものといえよう。
なお、当社では、今般の東日本大震災(11年3月11日発生)による停電などの影響で
一時的に営業休止を余儀なくされていたが、3月下旬には電気の復旧などから徐々に正
常な姿を取り戻しつつあった。こうしたなか、4月1日には通常営業を再開し、今後へ
向けて元気一杯に新たなスタートを切っている。
(5)
バランス経営
を強みに成長する健康茶製造・卸売業者
―株式会社がんこ茶家(神奈川県平塚市)
当社は、健康茶の専門企業として多様な商品を展開しつつ、中小企業の強みである「小
回りの利く経営」で、消費者のニーズを的確にとらえている各種「お茶」の製造・卸売
業者である。経営の中核的な理念としてバランスを常に意識した経営を行うなど、堅実
な理念経営を実践している中小企業の好例といえよう。
イ.当社の沿革・事業概要
代表の山岸英明氏は、当社設立以前、日本茶専門店の販売員として手腕を発揮してき
たが6、その後独立し、「人とお店の元気を創る 活性化コンサルタント」として講演活
5
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(Social Networking Serviceの略)。人と人とのつなが
りを促進・サポートする共同組織型のWebサイトおよび会員制のサービスのこと。
6
当時担当していた店舗(町田市、5.4 坪)において、革新的な販売手法の導入等により1年で驚異的な売上げを実現した(店舗年
商 5,800 万円⇒同 5.5 億円、経常利益1億円)。
11
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動や企業再生事業などに従事してきた。1993 年に (図表 13)本社工場
は「健康茶」にターゲットを絞った卸売業を本格
的に開始し、2004 年には工場を新設するなどして
健康茶等の製造・卸売業者として業容を拡大した。
健康茶分野に参入したのは、「高齢社会化」、「心
豊かに長生き(健康ニーズ)」、「飽食」といっ
たキーワードが今後の日本社会で注目されると
考えたためである。当社は、創業以来一度も赤字
当社は、経営の基本理念のひとつとして、
当社の概要
株式会社がんこ茶家
山岸 英明
神奈川県平塚市
1990年
34人
4.5億円
健康茶等製造・卸売業
・健康茶等(中国茶、ハーブティー等)
取扱製品
・その他(日本茶、お茶請けとしての梅干等)
「要・不要の法則(自社が社会から必要とされて
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
決算となったことがなく、最近でも「がんこ茶家
黒ウーロン茶(商標登録商品)」の好調などから、
業績堅調を見込んでいる(図表 13)。
ロ. 「要・不要の法則」をメルクマールに
社
名
代
表
立
地
設
立
従業員数
年
商
事業内容
いるか否か)」を掲げている。当社では、「売上げの減少」を自社が社会から必要とさ
れなくなっていると自覚すべき現象ととらえている。こうした危機意識を常に喚起する
ようなメルクマール(指標)を設けることで、次の一手を打つきっかけとしている。そ
うした危機意識の定着は、「会社は潰れるもの」という基本理解に基づいている。
ハ. ヒト・モノ・カネのバランス−「三面等価の原則」
山岸氏は、社長の役割を「ヒト・モノ・カネのバランスを管理する事」ととらえ、こ
れら3つのバランスを常に意識した経営を実践している。すなわち、ヒト・モノ・カネ
が、 正三角形 を保つようにバランスよく成長することが最適であると考え、当社で
は、これを「三面等価の原則」と呼んで実践している。山岸氏は、こうした経営のバラ
ンス感覚は、主として貸借対照表の経営指標を確認し続けることで養われていくと考え
ている。
二. 品質・価格・販売(人材)のバランス−1番を目指さない
当社は、商品作りにおいてもバランスを意識している。最高水準の品質や低価格販売
といった部分的な商品価値の1番を追求することは、必ずしも消費者の欲求を満足させ
ない。すなわち、高品質でも少量かつ高価であったり、低価格でも粗悪品であるといっ
た部分的な欲求を満たすような商品の魅力は乏しい。当社では、品質・価格・販売(人
材)のバランスを総合的に勘案し、「良い商品を納得のいく価格で丁寧に販売する」こ
とで、総合的な満足を1番にすることを商品作りの最終的なポイントに据えている。
ホ.専門店ならではの多様な商品構成に基づくバランス経営
当社の加工場では、約 50 種類の原材料から 80 種類を超える商品を製造しており、あ
らゆるニーズに対応すべく多様な商品構成を維持している。それにより、一定の市場規
模を持つ商品群を安定的な収益源としつつ、季節要因やブームが起きている商品を見極
12
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めて経営資源を機動的に集中することで、新たな需要を創造しながら売上げの積み上げ
を目指すという収益構造を実現している。常時、多様な商品を一定量在庫することで、
季節の変化やブームに迅速な対応が可能となるだけでなく、広く存在する消費者市場か
ら分散的に収益を享受するというバランス経営を可能としている。
へ.今後の展望
既存の体制維持では、売上増大や企業発展に限界があるとの考えの下、さらなる人
材・設備の増強を検討している。具体的には、営業本部長ポスト(上場企業役員経験者)
の新設や新卒採用をすでに実施している。また、販路についても、当面は北海道や九州
へも営業エリアを拡大させていく予定で、将来的には海外展開も視野に入れている。今
後も、「三面等価の原則」を守りつつ、着実な発展を目指したい意向だ。
(6)積極的な人材獲得で事業基盤を強化する自動車整備業者
―有限会社輝北自動車整備工場(鹿児島県鹿屋市)
当社は、地場の有力建設会社のグループ企業とし (図表 14)本社工場
て、幅広い取扱車種と固有の顧客基盤を強みに、グ
ループ内外から着実に受注を獲得している自動車
整備業者である。とりわけ、近年では人材の積極的
な獲得により業務の幅や販路を着実に広げている
点などが特筆される(図表 14)。
イ.当社の沿革・事業概要
当社は、森産業グループ7のグループ企業が所有す
介や板金加工なども取り扱っている。受注先の内訳
当社の概要
有限会社輝北自動車整備工場
久保 孝子
鹿児島県鹿屋市
1998年
13人
1.3億円
自動車整備業
・各種自動車保守・検査(車検、特定自主検査)
主な事業
・新古・中古車売買
は、グループ会社6割、一般4割となっており、車
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
る車両の保守・検査を手掛ける会社として 1998 年に
設立された。主な事業は、各種車両の保守・検査で、
二輪車から大型の特殊車両まで、様々な車種を手掛
けている。また、最近では、新古・中古車の売買・仲
社
名
代
表
立
地
設
立
従業員数
年
商
事業内容
検取扱台数は、月間平均 50 台以上(年間で約 650
台)に及ぶ。
ロ. 経験者等の積極的な獲得などで事業基盤を強化
当社は、各種車両の保守・検査(保守、車検、特定自主検査)を主な事業としており、
二輪車から大型車、クレーン車等の特殊車両まで様々な車両を手掛けている。とりわけ、
バス会社や二輪車専門店から相次いで経験を有する人材を獲得したことが、新たな受注
獲得機会の拡大につながっている。また、直近では新卒(専門学校等)を獲得、人材を
7
鹿児島県鹿屋市を主な地盤とする㈱森建設を中心とした企業グループ
13
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育てる 取組みにもチャレンジしている。さらに、HV(ハイブリット)車への対応
として、従業員2人を専門研修に派遣、受入体制を強化している。このように、人材の
多層化に積極的に取り組むことで、事業基盤の拡充を図っている。
ハ. 丁寧な顧客対応と付加価値の提供によるサービス強化
当社では、夜間でも電話1本で駆けつける緊急対応サービスや、検査見積り時のきめ
細かな説明、他社見積りの特徴や注意点等に関するアドバイスなど、顧客の立場に立っ
たサービスを徹底している。当社周辺は、農家などを中心に広大な敷地で自動車を複数
保有している家庭も多いが、サービス面の差別化による口コミ効果が着実に受注につな
がっている状況にある。
二.今後の展望
今後の経営展開について、まずはグループ会社の全従業員の自家用車車検の受注を達
成したいと考えている。また、取扱い車種の増加やHV等の新規事業分野への対応、既
存設備の老朽化へ対応した設備の新・増設や更改を積極的に行っていく予定である。さ
らに、若い従業員の増加に伴い、人材育成にも一段と力を入れ、より充実した事業基盤
を確保していきたいと考えている。
(7)長期的視点に立った揺るぎない経営方針の徹底で地域をリードする不動産業者
―株式会社川商ハウス(鹿児島県鹿児島市新屋敷町)
当社は、長期的な視点に立った揺るぎない経営方針 (図表 15)本社屋
を徹底し、着実な積み重ねによって地域における確固
たる事業基盤を築いている中堅不動産業者である。と
りわけ、時代に先駆けて手数料ビジネスを中核事業と
して位置付けることで収益基盤の安定化を図りつつ、
業容拡大による相乗効果で信用力や情報力を強化し、
発展を遂げている(図表 15)。
イ.当社の沿革・事業概要
10 億円の中堅企業となった。創業以来、1度も赤字決
当社の概要
株式会社川商ハウス
西田 隆昭
鹿児島県鹿児島市新屋敷町
1975年(2002年株式会社化)
158人(グループ会社2社含む)
10億円
不動産仲介(管理)業
・不動産仲介、管理、売買
主な事業
・保険代理業務
算となったことはない。創業当初は不動産売買や建売
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
当社は、1975 年、㈲川商ハウスとして従業員2人で
社
名
代
表
地
創業した。その後、不動産(賃貸住宅)の管理業務を 立
設
立
中心に着実に業容を拡大し、2002 年に株式会社に改組、従 業 員 数
年
商
現在は従業員 158 人(グループ会社2社含む)、年商 事 業 内 容
なども手掛けていたが、有力同業者(東京)の「これからの不動産業は 物件管理 が
収益の中心になる」という言葉をヒントに、賃貸住宅の仲介と物件管理に事業の主軸を
移していった。現在、鹿児島市内で5店舗を展開し、管理戸数は約2万 3,000 戸と、鹿
児島県内最大手である。
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ロ. 安定的な収益基盤の確保と競争優位性を活かした情報発信
当社は、1980 年代後半の 不動産バブル 隆盛期以前より、一貫して賃貸仲介や物件
管理などの手数料ビジネスを中核事業として位置付け、着実に実績を積み重ねてきた。
そうした フィービジネス重視 の経営方針の徹底が、今日の揺るぎない安定的な収益
基盤の実現につながっている。また、エリアを鹿児島市内に限定した特化戦略が、より
高度な情報ネットワークの構築を可能とし、競争優位性を高めてきた。さらに、年商の
およそ1割(約 1.2 億円程度)を広告宣伝費に充てるなど、 情報発信 にも注力して
いる。具体的には、ホームページの充実やテレビCMの放映、月刊情報誌「ROOM」
の発刊(毎月約 5,000 部)などを行っている。長年築いてきた事業基盤と高い知名度を
誇る当社には、情報ネットワーク力を強みとした顧客獲得の仕組みが構築されている。
そのことは、管理物件入居率 92%、来店者成約率 82%という高いマッチング力からも
うかがえる。こうした当社の 信用力 は、同業者の間でも広く認知されており、 事
業譲渡案件
が持ち込まれてくるケースもあるほどである。
ハ. 経営の効率化を目指した積極的なシステム投資と顧客重視の体制整備
当社は、創業間もない頃から積極的に情報のシステム化に取り組み、家賃回収や契約
情報、物件情報の管理を高度化してきた。現在では、本社にサーバーを設置し、7階建
ての社屋のワンフロアがオペレーションルームとなっている。その規模は、約 30 人の
従業員が配置されるなど一般的な中規模不動産業者の域を超えている。また、これらの
豊富な経営資源を広く有効に活用すべく、同業他社からの研修も受入れている。当社は、
システム化による情報管理の安全性や効率性を顧客にも積極的にアピールすべく、プラ
イバシーマーク8を取得している。こうした顧客重視の取組みは、物件管理の場面でも展
開している。例えば、365 日 24 時間のコールセンター対応を実施しているほか、苦情対
応専担者も配置している。また、物件オーナー向けに年に1度無料セミナーを開催し、
不動産市況やビジネス情報(高齢化社会への対応)等の提供を通して新たな取組みの喚
起を図っている。
二.今後の展望
現在、地域情報に最も明るい不動産業者として、某大手コンビニエンスストアの鹿児
島初出店に、ビルオーナーへの仲介などさまざまな形で携わっている。また、今後、計
画されている市営住宅(およそ6万戸)管理の民間委託の受託を目指している。併せて、
既存の市営住宅については、設備の老朽化に伴うリフォームや高齢者向け施設への建替
えなども予想されることから、これらについても収益機会のひとつとして期待している。
また、鹿児島県全体として人口減少が大きな課題となるなかで、引き続き人口集中の動
きが見込まれる鹿児島市内を事業の中心地とする現在の方針は変えず、今後もより強固
な事業基盤を築いていく意向である。
8
日本工業規格「JISQ15001 個人情報保護マネジメントシステム―要求事項」に適合し、㈶日本情報処理開発協会 (JIPDEC) により
個人情報について適切な保護措置を講ずる体制を整備している事業者等に対して使用が認められる登録商標(サービスマーク)
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3.
継続戦略
の再考と体系的整理
産業企業情報(22-6)では、業況堅調な3社の経営事例を基に、「事例企業からの
示唆−中小企業の成長発展に向けたヒントと課題」として分析を試みた。具体的には、
事業継続にかかるスタンスを①積極型、②順応型、③堅実型の3種類に類型化し、 継
続戦略 として示した。そこでは、事業継続にかかるスタンスを明確化することで、経
営施策の選択基準確立や、中小企業支援機関による施策の有効活用等の可能性が高まる
ことを述べた。以下では、本稿で新たに紹介した7社の経営事例も踏まえて、この3類
型を①成長・拡大を基本方針とする積極型=イノベーター型、②既存の事業基盤の応用
による環境変化への対応を基本方針とする順応型=フレキシブル型、③既存の事業基盤
の維持・継続を基本方針とする堅実型=リスクコントロール型、と改めて命名するとと
もに、体系的な整理の
深掘り
(1)
競争優位性
継続戦略
と
を試みた。
の構築
図表 16 では、各企業が堅調な業況を維持する上での
競争優位性
の構築状況、と
りわけ差別化戦略にかかる取組みについてまとめてみた。具体的には、差別化の鍵を
①コンテンツ(製品、サービス、価格)と、②事業システム(ビジネスモデル)の2つ
の切り口から分析し、継続戦略における3類型ごとの特徴抽出を試みた9。
まず、積極型(イノベーター型)企業では、県外等広域に市場を求める動きや海外進
(図表 16)業況堅調企業の
継続戦略
に基づく分類と
競争優位性
の構築状況
競争優位性の構築(差別化戦略)
コンテンツ(商品、サービス、価格)
(
ー
イ
ノ
ベ積
極
タ型
(株)フィフティ・ヴィジョナリー※1
(理美容器具等卸売業)
【千葉市中央区】
ー
)
(
)
ル
型
・海外委託生産(ファブレス) ・ブランド戦略 ・モデル転換
(株)三森印刷
(総合美術印刷(広告)業)
【秋田県大仙市】
・低価格 ・品質管理 ・設備の高度化
・ 断らない 経営 ・価格競争力を活かした県外進出
(株)土屋
(総合食肉卸売業)
【千葉県山武郡横芝光町】
・商品の多様性 ・県外展開(東京等)
・多品種少量高頻度配送 ・ 聞きに行く 営業
・モデル転換 ・多角化
・独自製品 ・高品質(高技術力)
・ニッチ ・ネットワーク(共同開発) ・異分野応用
・PB(プライベートブランド)商品 ・高品質
・市場開拓( 文化を売る )
・ネットワーク( 焼酎文化・いもづるの会 )
・顧客目線のサービス(「手ぶらで泊まりにきて頂きたい」)
・低価格 ・現場主義(マニュアルに頼らない接客)
・複数施設展開 ・多角化
・地場の電気工事業者として蓄積した実績
・ 堅実(身の丈)経営 ・管理型施工(協力会社)
(株)がんこ茶家
(健康茶等製造・卸売業)
【神奈川県平塚市】
・ニーズ対応(高齢化、健康志向)
・商品の多様性 ・全国(海外)展開
・専門店(多品種) ・OEM
・バランス経営(三面等価の原則)
(有)輝北自動車整備工場
(自動車整備業)
【鹿児島県鹿屋市】
・多品種(車種)対応 ・顧客目線サービス
・地域密着 ・人材獲得
・ネットワーク(グループ会社)
・情報管理(プライバシーマーク) ・高いマッチング力
・顧客目線サービス ・県内トップシェア
・徹底したフィービジネス
・ネットワーク(規模のメリット/情報力)
(有)武岡酒店
(酒類卸・小売業)
【鹿児島県鹿児島市武岡】
(株)坊源
(旅館・宿泊業)
【宮城県柴田郡川崎町青根温泉】
伊藤電機(株)※3
(電気工事業)
【福岡県北九州市】
ー
リ
ス
ク
コ
堅
ン
実
ト
型
ロ
・低価格 ・高品質(品質管理) ・全国(海外)展開
(株)トルコン機器※2
(自動車検査用機器製造業)
【神奈川県横浜市】
(
継
続
戦
略
フ
レ
キ順
シ応
ブ型
ル
型
)
型
事業システム(ビジネスモデル)
(株)川商ハウス
(不動産仲介(管理)業)
【鹿児島県鹿児島市】
(備考)1.信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
2.※1∼3は拙稿産業企業情報(22-6)を参照
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米国の経営学者であるM.E.ポーターは、競争戦略理論として、①「コスト・リーダーシップ戦略(他社よりも低コストで生産・
販売する)」、②「差別化戦略(性能や品質あるいはブランド等の面で自社製品の差別化を図る)」、③「集中化戦略(マーケッ
ト全体を対象にせず、市場の限定や特殊な製品への絞込み等によって経営資源を集中させる)」の3つを提唱している。
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出する動きが大きな特徴のひとつとなっている。こうした積極的な販路拡大と併せて、
㈱フィフティ・ヴィジョナリーや㈱三森印刷のように、生産過程における価格競争力(人
件費が相対的に安い地域での生産)を強化した事業モデルを展開する企業もある。また、
㈱土屋における多品種少量高頻度配送戦略のように、中小企業の強みである「小回りの
利く経営」を徹底する取組みもあった。これらの中小企業の共通点として、経営者の一
貫した経営哲学に基づく、ある種の「理念経営」の実践が挙げられよう。具体的には、
㈱フィフティ・ヴィジョナリーにおける「異業種モデル導入による 当たり前 の実践」、
㈱三森印刷の「断らない経営」、㈱土屋の「 小売上がり を活かした多品種少量高頻
度配送戦略」などである。こうした経営者による一貫した経営方針の実践が、独自の付
加価値や取引先へのメリットとして提供され、差別化の源泉となっていることが指摘で
きよう。さらに、㈱三森印刷や㈱土屋では、先代の築いた事業基盤を活かしつつ新たな
事業展開を図る、いわゆる 第二創業 的な取組みも特徴である。こうした革新的な取
組み姿勢は、㈱フィフティ・ヴィジョナリーにおける異業種モデルの導入にも通ずるも
のであり、これらの具体的特性を鑑みると、積極型企業はまさに イノベーター型企業
といえよう(図表 17)。
次に、順応型(フレキシブル型)企業では、模倣困難な独自技術でニッチ戦略のさら
なる深化を図る㈱トルコン機器や、PB商品の積極展開で差別化を図る㈲武岡酒店、異
なるコンセプトに基づく複数施設展開を図る㈱坊源など、製品やサービス自体による差
別化を強みとしながら、柔軟に市場ニーズの変化にも対応し続けているという特徴がみ
られる。また、㈱トルコン機器における大企業との共同開発や、㈲武岡酒店が事務局を
務める「焼酎文化・いもづるの会」など、独自のネットワーク展開によって開発や販路
の選択肢を巧みに拡げ、環境変化に組織的に対応している状況もみられる。さらに、商
品やサービスの高い品質を維持するために、消費者(ユーザー)との対話や情報収集に
も注力している。具体的には、㈱トルコン機器のフランチャイズ展開や㈲武岡酒店の「日
本酒の会」、㈱坊源の「
らで泊まれる宿
手ぶ (図表 17) 継続戦略 の類型別特性
イノベーター型
(積極型)
を目指した情
報収集」などが挙げられよう。
市場の広域化(販路拡大)
こうした消費者ニーズへのきめ
革新的取組み
(第二創業、ビジネスモデル転換等)
細やかな対応によって、製品や
理念経営
サービスの競争優位性を維持し、
環境変化に対応していると考え
られる。これらの具体的特性か
ら、順応型企業はまさに
キシブル型企業
フレ
といえよう。
堅実型(リスクコントロール
型)企業の特徴は、伊藤電機㈱
フレキシブル型
(順応型)
多様化に埋没しない
ブレ ない経営
リスクコントロール型
(堅実型)
製品・サービスによる差別化
集中と分散のバランス
きめ細かなニーズ対応
(消費者との直接的な対話や情報収集)
独自ネットワークによる
環境変化への組織的対応
独自の安定的な収益基盤
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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の 身の丈経営 や、㈱がんこ茶家の バランス経営(三面等価の原則) などに見ら
れる集中と分散のバランスであろう。㈱川商ハウスは県内トップシェアを誇る中堅企業
であるが、あくまで鹿児島市内という特定のエリアにおける集中戦略を一貫して展開し
ている。また、㈲輝北自動車整備工場も、取扱車種の多様化の一方で、あくまで地域密
着のサービスを基本としている。㈱がんこ茶家の多品種展開とブームをとらえた集中戦
略の組み合わせも、市場の集中と分散を同時に意識した高度な取組みといえよう。こう
した企業では、マーケット(顧客)を絞り込むことで得られる高密度なネットワーク(情
報力)を有効に活用している。併せて、グループ会社や他社との連携による安定した受
注確保、フィービジネスの徹底による収益基盤の確保等、安定的な収益構造を有してい
る点も強みである。このような具体的特性から、堅実型企業は リスクコントロール型
企業
と換言できよう。
(2)業況堅調企業の取組みにみるこれからの中小企業経営のヒント
ここまでみてきたように、現下のような厳しい経営環境にあってなお、業況堅調に経
営している中小企業は常に存在する。本稿では、それらの企業を、①イノベーター(積
極)型企業、②フレキシブル(順応)型企業、③リスクコントロール(堅実)型企業の
3つのタイプに類型化することを試みた。それぞれ、自社の事業の特性や地域性を十分
に考慮した上で、それに適した経営スタンスを経営者自身が確立している。同時に、そ
れらの経営スタンスを軸とすることで施策の取捨選択を行い、 ブレ のない徹底した
取組みを実践している点で共通している。
バブル崩壊以降の 20 年間、中小企業は幾多の荒波にさらされてきた。その過程で、
中小企業における経営資源や経営スタイルの多様化は一段と進展してきた。高い機動性
を活かし、生き残りを賭けた懸命な経営努力の結果として拡大してきた
多様性
は、
今や中小企業の代名詞ともなっている。今般紹介した業況堅調な中小企業の取組みは、
必ずしも競争的発展のみを目指したものではなく、むしろ中小企業経営の本質である機
動性を最大限発揮してきた結果であるといえる。近時、中小企業を取り巻く経営環境は
日々変化し、その速度は急速に速まってきているが、そうした変化の時こそ、機動性を
活かした取組みが本領を発揮するのではなかろうか。一方で、機動性を十分有効に発揮
するためにも、 多様性 の波に飲まれることのないよう最適な経営施策を実施すべく、
それぞれの中小企業が自社の 継続戦略 を確立し、一貫した経営方針の下で集中的な
取組みを実践すべき時といえよう。
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おわりに
わが国中小企業は、市場の細分化や経営の多様化といった形で 中小企業経営 とい
う概念を確立し、日本経済におけるメインプレーヤーの一角としての地位を確保してき
た。その間、競争的発展を軸とした展開が求められ、様々な取組みが実践されてきた。
一方、競争的発展の過程で、構造的に業況の振るわない企業が生まれてきたのも事実で
ある。そうした中小企業は、経済全体の好況・不況とは無関係に常に一定数存在する。
同様に、経済全体の好況・不況とは無関係に、業況堅調な企業が常に存在することもま
た事実である。そのことは、 不況 を業況不振の理由に挙げることの矛盾を少なから
ず浮き彫りにしている。一方で、多くの企業が 不況 にあえぐ今こそ、自社の経営を
再点検することの重要性があらためて問われているのではないだろうか。
最後に、今般の分析では、経営事例の数やその業種、地域の分散といった面で制約が
あったことも事実である。しかしながら、各企業の取組みを分析していくなかで、ここ
まで述べてきたような特徴が少なからず明らかとなってきたのもまた事実であり、ヒヤ
リング調査等にご協力いただいた企業および信用金庫各位には、この場を借りて改めて
感謝申し上げたい。当研究所では、今後も経営事例のさらなる蓄積と、より高い精度で
の議論を図りながら、これからの中小企業経営の在り方を探るべく、可能な限り本テー
マの 深掘り に継続的に取り組んでいきたい。そうした取組みを通して、東日本大震
災からの復興へ向けて苦境にあえぐわが国の経済社会へさらなる 元気 を提供してい
きたい所存である。
以
はちみね
(鉢嶺
みのる
けがい
実 、毛涯
上
さとし
郷史)
<参考文献>
・信金中央金庫 地域・中小企業研究所「全国中小企業景気動向調査」
URL⇒http://www.scbri.jp/keikidoukou.htm
・鉢嶺実、毛涯郷史『中小企業の景況感からみたバブル崩壊以降の 20 年−「全国中小企業景気動向
調査」の長期分析と経営事例にみる中小企業の今後の在り方−』『産業企業情報 22-6』信金中央
金庫(2010 年 12 月)
・M.E.ポーター(著)、土岐坤他(翻訳)「競争の戦略」ダイヤモンド社(1982 年 10 月)
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