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提言 - 一般財団法人バイオインダストリー協会
治験・臨床研究の活性化に向けて ∼中間取りまとめ∼ 「治験推進に係る提言」 2006年12月 日 本 バイオ 産 業 人 会 議 医療・臨床研究改革推進委員会 目 概 次 要..................................................................................................................... i 1. はじめに ............................................................................................................. 1 2. 産業界の問題意識 ............................................................................................... 2 2.1. 産業界の問題意識 .......................................................................................... 2 2.2. 目指す姿......................................................................................................... 3 2.3. 実現に向けたアプローチ................................................................................ 4 3. 治験推進に係る提言 ........................................................................................... 6 3.1. 国全体のコンセンサスを形成できるメカニズムの確立 ................................. 6 3.1.1.「医療・健康産業競争力会議(仮称)」の早急な設置................................. 6 3.2. 魅力ある治験・臨床研究体制の整備 .............................................................. 8 3.2.1.「治験推進モデルセンター」の設置.......................................................... 8 3.2.2. 国民・被験者への治験関連情報の提供 .................................................. 11 3.3. グローバルな競争力を有する審査・承認体制.............................................. 13 3.3.1. 医薬品医療機器総合機構(PMDA)定員の大幅な増員(量の確保) ........... 13 3.3.2. PMDA の就業制限の緩和(質の改善) ...................................................... 14 3.3.3. GCP 基準の見直しと審査基準の明確化.................................................. 16 3.4. 継続的なイノベーションの創出・実用化..................................................... 17 3.4.1. 臨床研究に関する予算の増加................................................................. 17 3.4.2. 予算の一元・戦略的な執行の仕組み...................................................... 18 4. おわりに ........................................................................................................... 20 日本バイオ産業人会議(JABEX)における推進体制 ............................................... 22 これまでの取り組み経過 ....................................................................................... 23 JABEX 医療・臨床研究改革推進委員会・WG 治験・臨床研究の活性化に向けて(中間とりまとめ) 【概 「治験推進に係る提言」 要】 1. 産業界の危機意識と対策・目指す姿 (危機意識・日本の治験の問題) ◆ 新薬に対するアクセスの遅れ(ドラッグ・ラグ) 世界の売上上位品目(88 品目)の約 3 割が日本では未上市 ⇒国民が新薬の恩恵を受けられず健康やQOLの維持向上に障害、経済的損失も多大 ◆ 治験・臨床研究環境の国際的劣位がボトルネック ①遅い、②コストが高い、③国際治験に参加できない ⇒新薬開発の場としての魅力が低く、開発意欲が低下 ◆ 韓国・台湾・シンガポールなどアジア主要国が治験・臨床研究体制を整備・強化 ⇒日本の創薬の場としての競争力が喪失、日本抜きのグローバル開発が行われる ◆ 将来的な産業の広がりが期待できる医療・健康産業の展開に治験問題は致命的 ⇒産業の経済的貢献が低下、経済成長のブレーキ (対策) ◆ 政・官・学・民(産)連携で基盤強化 ⇒具体的に実行できるところから始める (目指す姿) ◆ 国民が世界で最先端の医療を享受 ⇒早急にドラッグ・ラグを解消 ◆ 日本を医療・健康産業のイノベーションセンターに ⇒治験・臨床研究を国際的な競争力を有するレベルに引き上げ 2. 従来・現行の取り組みの問題点 ◆ 治験・臨床研究に関する問題の本質 ¾ 多岐にわたる関係者(医師、看護師、薬剤師、医療経営者、企業、患者、行政など) ¾ 複数の省庁の関与(厚生労働省、文部科学省、経済産業省、内閣府など) ¾ 多数の個別問題点が存在し、相互に複雑に関与、構造的な全体問題を形成 ◆ これまでの取り組み ¾ 個別問題に対応する個別施策の“寄せ集め” ¾ 省庁、部局の権限や予算に制限された多数の施策が存在 ¾ 総合的かつ俯瞰的な視点での目指す姿やゴールが不明瞭 ¾ 関連施策の全体的な調整、重点化が行われず、効率が悪い ¾ 従来の組織やプロセスを前提とした改善であり、そのための制限が大きい - i - ◆ これからの取り組み ¾ オールジャパンでの取り組み(資源の集中化、改革のスピードと効率を向上) ¾ 現状の組織、やり方にしばられない施策 3. 提言要約 1. 国全体のコンセンサスを形成できるメカニズムの確立 ◆ 「医療・健康産業競争力会議(仮称)の設置」 ¾ 政策決定者(閣僚級)・産業代表・国民・医療関係者の議論 ¾ 産業振興に関する司令塔の役割 ¾ 基本方針の決定。総合的・俯瞰的な問題点の整理と対策 ¾ 治験・臨床研究問題を最優先課題として集中的に取り組む 2. 魅力ある治験・臨床研究体制の整備 ◆ 「治験推進モデルセンター」の設置(全国 2 ヶ所) ¾ 新コンセプトで、治験を主業務、ビジネスモデルの確立を目指す ¾ 組織的・経済的に独立した組織 ¾ 重点・時限的な資源投入 ¾ 現行の治験中核/拠点医療機関整備と並行して推進 ¾ 治験中核/拠点医療機関との連携により、治験モデルを全国に波及 ◆ 国民・被験者への治験関連情報の提供 ¾ 治験に対する正しい理解の醸成、被験者のための情報提供、広告規制の緩和 3. グローバルな競争力を有する審査・承認体制 ◆ 医薬品医療機器総合機構(PMDA)の定員の大幅増(量の確保) ¾ 2010 年から倍増体制実現(600 人体制) ¾ 2013 年 1,000 名体制(IND 導入視野、相談・審査の一貫性・効率性向上) ◆ PMDA の就業制限の緩和(質の向上) ¾ 企業出身者の就業制限の緩和 ¾ 運営面での改革と欧米当局との人材交流 ◆ GCP 基準の見直し(ICH-GCP に準拠)と審査基準の策定と明確化 4. 継続的なイノベーションの創出・実用化 ◆ 臨床研究に関する予算の増加 ¾ 治験を含む個別の臨床研究プログラム、プロジェクトの実施 ¾ 第 3 期科学技術基本計画中に、臨床研究予算を 1,000 億円レベルに ◆ 予算の一元・戦略的な執行の仕組み ¾ 省庁横断的な施策の推進強化 ¾ 生命科学予算を一貫・統括して戦略的に活用する仕組み(日本版 NIH) - ii - 1. はじめに 「科学技術創造立国」の実現を目指すわが国にとって、バイオ関連産業はそのけん引役 となる産業である。バイオ関連産業は、国民のアンメットメディカルニーズを充たす革新 的な医薬品や医療関連サービスの創出により国民の健康や生活の質(QOL)の維持・向上 に貢献するとともに、食品や環境・エネルギー産業など多方面の事業への拡大・成長も期 待できる。少子高齢化が急速に進展し、労働力人口の減少が懸念されるわが国において、 省資源・知識集約型、高付加価値型のバイオ関連産業はこれからの日本にふさわしい産業 である。 政府もそうした認識のもと、2002 年 12 月に「バイオテクノロジー戦略大綱」を発表す るなどバイオ関連産業の振興に取り組んでいる。2006 年 4 月には、第三期科学技術基本 計画がスタートし、引き続きライフサイエンスは、重点的に研究開発を推進すべき 4 分野 の 1 つに取り上げられ、優先的に資源配分を行うとしている。また、イノベーションによ る経済成長を目指す安倍政権は、長期の戦略指針である「イノベーション 25」を発表し、 重点分野として、「医薬」を筆頭に挙げた。イノベーションの担い手としてバイオ関連産 業に大きな期待が寄せられているといえよう。 一方で、バイオ関連産業を取り巻く国家間の競争は激化している。日本は欧米やアジア 主要国に比べて、実用化に向けた基盤整備や人材育成、産業振興への取り組みなどで遅れ をとっている。とりわけ、医薬分野のイノベーションを妨げる最大の要因として、治験・ 臨床研究、承認審査体制の脆弱さが問題視されており、様々な会議体で議論されている。 しかしながら、この問題は行政、医療関係者、国民、企業など様々なステークホルダーが 関係し、数多くの多岐にわたる要因が存在しており、それらが複雑に関連して全体的な問 題を形成していることから、改善はあまり進んでいない。 医薬品や医療関連サービスは、国民の生命や健康に直結しており、有効性や安全性の評 価が必須である。つまり、治験・臨床研究、承認審査という評価プロセスが、イノベーシ ョンの実用化に絶対的な影響を及ぼすといえる。バイオ関連産業が国民の期待に応え、よ り有用で安全な医薬品・医療関連サービスを、より早く国民に届けるためには、治験・臨 床研究と承認審査体制の改革・整備が不可欠であり、早急な解決が望まれる。 日本バイオ産業人会議は、このような問題意識のもと、治験・承認審査体制を国際的な レベルに引き上げることが、わが国における喫緊の課題であると認識し、その推進に向け た中間の提言取りまとめを行った。 - 1 - 2. 産業界の問題意識 2.1. 産業界の問題意識 新薬に対するアクセスの遅れ(ドラッグ・ラグ) 【国民の不利益が存在】 現在わが国は、欧米で標準的に使用されている医薬品に国民がアクセスできない、あ るいはアクセスが大幅に遅れるという問題(ドラッグ・ラグ)を抱えている。日本での 新薬の上市は米国での上市から平均 2.4 年も遅れており、さらには、世界で多く使用さ れている医薬品の約 3 割が日本ではまだ上市されておらず、国民が使用できない状態に ある1。 このように、国民が革新的新薬による最良の治療を受ける機会を失うことは、健康や QOL の維持・向上の障害となることに加え、患者の社会復帰の遅れや二次的な医療コ ストにつながるなど、多大な社会的損失を生むことになる。また、研究開発型企業から みれば、新薬の市場導入の遅れによる売上減少や、上市後の特許残存期間の減少など多 くの経済機会を失うことになり、ひいては、研究開発投資の停滞につながる。 治験・承認審査環境の国際的劣位【研究開発の場としての魅力がない】 わが国の医薬品・医療機器の治験・承認審査は、「遅い、高い、国際共同治験に参加 できない」といった問題が指摘されている。これらがボトルネックとなり、日本の研究 開発の場としての魅力を低下させている。 企業の投資における意思決定は、投資とリターンを考慮して行われる。日本は度重な る薬剤費抑制策により市場の成長率が低く、薬価も継続的に引き下げられることから、 大きなリターンが期待できない上に、治験コストが高く、スピードも遅い。加えて、明 確でない審査基準と時間のかかる承認審査は、国際開発を進めようとする企業にとって は大きなリスク要因となる。結果として、企業における日本での研究開発のプライオリ ティは低下しており、日本企業が新薬の開発を海外先行、海外のみで実施している割合 は 50%を超えている2。 アジア諸国が治験体制を整備・強化【創薬の場としての競争力の喪失】 一方で、韓国、台湾、シンガポールなどのアジア主要国は、国をあげて新薬の開発体 制の強化を図っており、治験・臨床研究体制の整備を急速に進めている。結果として、 国際的な治験を日本以外のアジアで行うケースが増えており、日本は欧米のみならず、 アジア主要国からも遅れをとりつつある。韓国、台湾、シンガポールにおける治験プロ トコル数に占める国際共同治験プロトコル数の割合は 80%を超えている一方で、日本 は 11.5%にすぎない3。 1 2 3 医薬産業政策研究所 リサーチペーパーシリーズ No.31 製薬協活動概況調査 政策研ニュース No.21 - 2 - このままでは、日本の創薬の場としての競争力は大きく低下し、結果として、国民生 活や日本経済に多大な影響を与えることが懸念される。問題の解決に向けて、政府の強 いイニシアティブが求められる。 医療・健康産業は多方面への事業拡大が期待【経済成長にブレーキ】 医療・健康関連産業は、将来的に多方面への事業拡大が期待できる。とりわけ、バイ オ関連産業は今後急速な成長が見込まれており、その市場規模は 2010 年に 25 兆円程度 に成長するとの予測もある。バイオベンチャーをはじめ、新規産業の創出や新規雇用効 果が期待されている。 このように、バイオ関連産業は高い潜在成長力を有するが、現在の脆弱な治験・臨床 研究、承認審査体制がボトルネックとなり、その成長機会が失われる可能性がある。 「成 長力強化」と「財政健全化」を車の両輪として推進しようとするわが国において、バイ オ関連産業が活性化することは、産業振興や対日投資、雇用の創出などにより日本経済 の成長に貢献するとともに、革新的治療による医療費の効率化や納税面からの貢献も期 待できる。 2.2. 目指す姿 このような問題意識のもと、わが国が目指す姿として、次の 2 点を掲げた。 ①国民が世界で最先端の医療を享受できること ドラッグ・ラグを解決し、世界で使用されている有用な医薬品・医療関連サービス に、国民が速やかにアクセスできる環境を整備する必要がある。 ②日本が医療・健康関連産業のイノベーションセンターとなること 日本が有する高水準の生命科学や情報科学等の研究成果が早期に開発・製品化され、 世界に発信されており、産業のイノベーションサイクルが活性化し、持続的な成長に 貢献している姿が望まれる。そのためには、ボトルネックとなっている治験・臨床研 究について、国際的な競争力を有するレベルに引き上げることが喫緊の課題である。 なお、これらの目指す姿の実現にあたっては、政官産学が一体となり、プライオリテ ィを明確にした上で、戦略的に実行していくという姿が求められる。 - 3 - 2.3. 実現に向けたアプローチ 目指す姿の実現に向けて、これまでの取り組みとは異なる 2 つのアプローチをとるこ ととした。ひとつは、オールジャパンでの取り組みであり、もうひとつは、ドラッグ・ ラグの根源の解決を図ることである。 オールジャパンでの取り組み 政府においてはこれまでも治験・臨床研究環境の改善に向けた取り組みが行われてき たが、望ましい状況には至っていない。バイオ関連産業は、厚生労働省のほか、文部科 学省、経済産業省など多数の省庁が関係することから、これまで各省がそれぞれ取り組 みを行ってきたといえる。しかしながら、省庁間の連携が不十分で、各省・部局の権限 や予算に制限されたままそれぞれの施策を講じるため、施策の“寄せ集め”になってしま い、各施策の全体的な調整や重点化が行われず、効率が悪い。 また、治験・臨床研究、承認審査については、関連省庁に加え、国民、医療関係者、 企業など様々なステークホルダーが関係しており、多岐にわたる数多くの問題が存在し ており、総合的かつ俯瞰的な視点での目指す姿やゴールが不明瞭である。 したがって、改革に際しては、国家としてのコンセンサスを形成し、オールジャパン としての取り組みが不可欠である。政官産学の英知を結集し、俯瞰的な視点で、優先的・ 集中的に取り組むべき課題を明確にし、トップダウンで速やかに施策を実行していくこ とが求められる。 ドラッグ・ラグの根源の解決 ドラッグ・ラグを改善し、最先端医療へのアクセスを確保することは、現在国民的な 課題になっている。しかしながら、図表 1 に示したとおり、様々な要因が相互に複雑に 関連しながらドラッグ・ラグを構成していることから、個別の問題に対して、個別の施 策で対応するという方法では、抜本的な解決は難しい。また、これまでの取り組みは、 従来の組織やプロセスを前提としたものであり、制限が大きいといえる。 したがって、解決にあたっては、ドラッグ・ラグの根源となっている問題に焦点をあ て、優先的・集中的、総合的に取り組む必要がある。さらに、これまでの組織や仕組み にとらわれず、ゼロベースであるべき姿を設計し実現することが求められる。そうした 中、治験体制・環境については、「治験実施者及び被験者のモチベーション」の問題、 承認審査体制については、 「医薬品医療機器総合機構(PMDA)の人員」の問題がボト ルネックとなっていると認識し、その改善に向けて、魅力ある治験・臨床研究体制の整 備とグローバルな競争力を有する審査・承認体制の確立に向けた取り組みが必要である と考えた。 - 4 - 図表 1 ドラッグ・ラグを構成する要因(イメージ) 治験実施機関 施設当り 提言項目 1. 国全体のコンセンサスを形成できるメカニズムの確立 「医療・健康産業競争力会議(仮称) 」の設置 2. 魅力ある治験・臨床研究体制の整備 「治験推進モデルセンター」の設置 国民・被験者への治験関連情報の提供 3. グローバルな競争力を有する審査・承認体制 PMDA の定員の大幅増 PMDA の就業制限の緩和 GCP 基準の見直しと審査基準の明確化 4. 継続的なイノベーションの創出・実用化 臨床研究に関する予算の増加 政府研究開発予算の一元・戦略的な執行の仕組み - 5 - 3. 治験推進に係る提言 3.1. 国全体のコンセンサスを形成できるメカニズムの確立 3.1.1.「医療・健康産業競争力会議(仮称) 」の早急な設置 (1) 問題意識 治験、臨床研究は、複数の立場の関係者がその意義を理解し、推進に向けて努力 することにより、はじめて円滑に行える体制が確立できる。すなわち、直接治験、 臨床研究に係る被験者(患者)、実施者(担当医師、支援スタッフ等)、治験依頼者 (企業)のみならず、国民、医療関係者、医療経営者、産業界、行政、さらには、 政策を決める政治家など広域にわたる方々の理解と支援が必要である。個別の施策 においては、必ずしもそれぞれの立場にとって容易に納得できる結論を見ないこと も十分予想され、より大きく長期的な視点に立って政策を決定する仕組みがなけれ ば、国家間の競争がすでに始まっているこの分野において、大胆かつスピードをも った改革を進めることは困難である。 (2) 「医療・健康産業競争力会議(仮称)」 このような状況を前進させる有力な手段として、まず、医療・健康関連産業の振 興と国際競争力強化について政府と産業等の関係者の対話の場として、 「医療・健康 産業競争力会議(仮称)」の早急な設置を提言する(図表 2)。医療・健康関連産業を、 イノベーションを原動力とした経済成長や健康で活気あふれる高齢化社会を実現す るための主要産業として位置づけ、ハイレベルの政策決定者(関係閣僚)や産業の 代表、国民、医療関係者などが集まり、オープンで透明な議論を行い、俯瞰的かつ 総合的な国の産業政策の方針を決定し、個別の施策に反映させる。同時に改革の全 体的な進捗を監視し、わが国全体の資源の効率的かつ効果的な活用についてその方 向性を示す。医療・健康関連産業を振興するための、司令塔としての役割を担う。 多岐にわたる関係者、府省、部局が関係 課題も多数存在し、権限や予算の制限内での個別対策の“寄せ集め” 戦略性をもった資源の重点化、効率化が図れない 医療・健康関連産業の発展と社会への貢献を目指す 閣僚レベルと産業界ほか関係者が同じテーブルで議論 俯瞰的視点で基本方針を決定 - 6 - (3) 治験・臨床研究ワーキンググループ 産業の振興と競争力の向上のためには、様々な課題や問題点が考えられる。しか しながら、医療・健康産業においては、その開発物の有効性と安全性を確保するこ とは最も重要な要件であり、イノベーションの実用化のために避けることのできな い課題である。言い換えれば、治験・臨床研究を円滑に推進できる体制や仕組みな しには、この分野の産業の発展はあり得ない。したがって、 「医療・健康産業競争力 会議」での、最も重要かつ緊急の課題として、治験・臨床研究の問題解決にむけた 議論を行わなければならない。具体的な対応策の検討と全体の改革工程、進捗の管 理は、ワーキングループを設置し、既存の会議体と連携して進める。 図表 2 医療・健康産業競争力会議のイメージ 医療・健康産業 競争力会議 総合科学 技術会議 他の政策会議との連携 施策推進における 問題の提起 WG (振興・インフラ) JST 臨床研究に 関する委員会 治験・臨床研究 WG 次期治験 活性化 検討会 BT戦略会議 省庁間の連携 優先順位付け トップダウンで施策実行 WG (制度・規制) 医薬品を 迅速に提供 する検討会 既存の会議体(例) メンバー ◆ 政府:内閣総理大臣、内閣府特命担当大臣(科学技術政策、イノベーション、経済 財政)、厚生労働大臣、経済産業大臣、文部科学大臣、財務大臣ほか ◆ 産業界:バイオ産業界、製薬産業界 ◆ その他:医療界、学会、アナリスト、国民代表など 運営形態 ◆ 年 1~2 回開催 ◆ 必要に応じ、各分野を専門的に議論する作業部会(WG)を設置し、具体的な検討 ◆ 最も緊急性の高い「治験・臨床研究」分野から議論をスタート 治験・臨床研究 WG ◆ 治験・臨床研究活性化に向けた改革の司令塔の役割 ◆ 既存の会議体からの提言について省庁間の調整を図りながら問題を整理 ◆ 改革の工程表の策定と進捗の管理 ◆ 行政の担当課長、製薬産業代表等をメンバーとする - 7 - 3.2. 魅力ある治験・臨床研究体制の整備 3.2.1.「治験推進モデルセンター」の設置 (1) 問題意識 治験推進体制の整備については、これまで数多くの検討会や会議体あるいは公開 のセミナーやシンポジウム等で、その問題点や解決策について議論が行われ、全国 治験活性化 3 ヵ年計画をはじめ関係者の努力により改善が図られてきた。しかしな がら、個別の問題に対する個別の施策で対応するという従来の手法では、望ましい 体制に向けた改善の手ごたえやブレークスルーへの期待には程遠いというのが現状 である。 これまでの議論で問題点はほぼ指摘され尽しており、大きく捉えると、①被験者 のインセンティブ不足、②実施者(医師、病院等)のインセンティブ不足、③実施 体制の脆弱さ、に分類され、さらに、ビジネスとしての治験が成立しておらず、④ 供給不足による競合競争がないこと、により積極的な改善が進まないとされている。 いずれの検討においても、ほぼ同じ結論に至っており、 「問題点は判っているが、一 気に改善を進める妙策がない」という状況に陥っている。治験においては、異なる 価値観に基づく多様なステークホルダーが関与していること、問題点が非常に多く 存在しており、しかも、複雑かつ構造的な関係でつながっており、一つのボタンを 押しても全体を前に進めることができないということに要因があると考えられる。 このままでは、治験・臨床研究を実施する能力に関して、欧米との格差の益々の 拡大あるいは最近急速に体制を整備し実績を伸ばしつつあるアジアの主要国に優位 さを奪われ、わが国の関連産業の競争力の喪失はもとより、最新の技術開発の場と しての魅力も失い、日本が医療・健康関連分野の後進国となってしまう可能性も大 きい。 これまでの問題解決に向けた取り組みは、基本的に、①現状の組織や仕組みを前 提とした改善であること、②全国的な体制の改善を目指し複数の施設を対象に進め られたものであると考えられる。そこに、スピードのある実効的改革が行えない原 因があると考え、これらの点を回避する対策を検討した。 現状の組織内での改善(現状体制の制限) 複数の施設を対象(資源の拡散) 全国で 2 ヶ所に集中的に資源投入 現状組織から独立した運営(経済的、組織的) ゼロベースであるべきモデルを確立 ビジネスとしての治験・人材を全国に波及 - 8 - (2) 「治験推進モデルセンター」の設置 治験を主業務とする「治験推進モデルセンター」を全国に 2 箇所(首都圏と関西 圏)設置することを提言する(図表 3)。 「治験モデルセンター」は、現在検討されている中核病院や拠点医療機関との連 携を前提に、それらと異なる 3 つのコンセプトをもつ。 ① 新コンセプトでベストプラクティスを追求 ゼロベースで、あるべき治験体制を設計し実現することを目指す。現状の組織 や仕組みにとらわれず、治験ビジネスを実行するために最も適した体制やプロセ スを構築し、個別の問題解決ではなく、従来指摘されている数々の問題点を一気 に解決することにより、欧米に比肩するセンターを目指す。 ② 独立による機動性・実効性の追及 「治験推進モデルセンター」の設置にあたっては、従来の機関から、組織的・ 経済的に独立した形態をとる。実質的に治験にあたる医師や支援スタッフ等は専 任とすることが原則となる。 ③ 重点的・時限的な資源の投入 以上を実現するためには、資源の集中化を図る必要があり、一定時限内(例え ば 5 年間)において、国が集中的な支援を行うことにより、早期の治験モデルの 確立を図る。 図表 3 治験推進ビジネスモデル(イメージ) 治験を主業務とする治験推進モデルセンター 治験を主業務とする治験推進モデルセンター を新設(首都圏と関西圏) を新設(首都圏と関西圏) 独立した運営基盤の確立(組織的、経済的) 独立した運営基盤の確立(組織的、経済的) 治験ビジネスモデルとして、全国への波及 治験ビジネスモデルとして、全国への波及 (スキーム、ノウハウ、ヒトなど) (スキーム、ノウハウ、ヒトなど) 中核・拠点医療機関とのネットワークを構築 中核・拠点医療機関とのネットワークを構築 当初は政府予算の重点投資など 当初は政府予算の重点投資など (関西圏) 全国への波及 (首都圏) 治験中核病院・ 拠点医療機関 魅力ある治験環境構築 9 専任医師・ 支援スタッフ 9 インセンティブ向 上・評価システム 全国への波及 治験推進 モデルセンター 治験推進 モデルセンター ネットワーク構築 ネットワーク構築 - 9 - 9 人材育成、 キャリアパス 9 プロセス・書類の 標準化 9 データマネジメント の電子化 (3) 治験ビジネスのモデル確立と全国展開 「治験推進モデルセンター」の設置は、次期治験活性化計画等で検討されている、 中核病院や拠点医療機関等の整備が進められることを前提としている。 「治験推進モ デルセンター」は、中核病院・拠点医療機関と緊密に連携しながら、様々な仕組み や手法を集中的に検討・確立し、日本の治験プロセス・体制の標準モデルを確立し て、全国に展開していく(図表 4) 。例えば、治験を効率的に進めるためのチーム体 制と役割等に関する検討、治験に関する各種手続きの書式や治験データ管理の様式 の統一あるいは電子化などの検討、被験者情報登録と連携ネットワークのあり方、 医師・スタッフ等の人事や報酬システムに関する検討などが考えられる。このよう な検討を通し、日本におけるビジネスとしての治験の具体的なモデルを示すことを 目指す。 図表 4 治験推進モデルセンターと実施医療機関の連携(イメージ) • • • 新コンセプトでベストプラクティス 独立による機動性・実効性 重点的・時限的資源投入 連携 協働 全国へ波及 連携 ネットワーク 連携 ネットワーク 治験推進モデルセンター 中核病院 拠点医療機関 モデルセンターと並行して整備 (4) 「治験推進モデルセンター」の支援機能、人材育成 図表 5 にモデルセンターの人員構成と基本機能を示した。現在検討されている中 核病院は、原則として、診療を行う医師が治験も行うことを想定しているのに対し、 「治験推進モデルセンター」においては、医師および支援スタッフは原則、専任と する。 さらに、 「治験推進モデルセンター」は、連携施設等への支援機能も有する。例え ば、専門家による治験(臨床研究)に関する各種のアドバイスや人材養成のプログ ラム等も積極的に取り組む必要がある。また、 「治験推進モデルセンター」そのもの - 10 - が治験関連人材を養成し全国に排出していくキャリアパスのハブとして機能してい くことが期待される。 図表 5 治験推進モデルセンターと中核病院(イメージ) 人員構成 スーパーバイザー 治験実施部隊 は専任 基本機能 医師(兼任) スタッフ(兼任) 治験に係る プロセス等検討 医師(専任) スタッフ(専任) 治験 専門スタッフ (DM、統計等) 他施設支援 その他検討 臨床 研究 治験推進 モデルセンター 中核病院 治験 臨床 研究 治験 治験推進 モデルセンター 中核病院 (バーの長さは絶対数を考慮しない) 3.2.2. 国民・被験者への治験関連情報の提供 (1) 問題意識 被験者の参加は、治験の実施に必須な要件であり、被験者すなわち国民の治験に 関する理解が向上し積極的に協力する姿勢がなければ、整備された治験体制を十分 活用することはできない。この問題に関しても様々な場で議論され、被験者の経済 的なインセンティブも含めいろいろな施策が検討されている。それらが着実に実行 され、治験の推進につながることが大いに期待される。しかしながら、国民や被験 者の立場から治験に関連した情報を見ると、部分的で断片的であり、非常にアクセ スしにくい不十分な情報となっているのが現状である。 - 11 - (2) 国民・被験者への治験関連情報の整備 国民の立場で治験に関する理解を図り、国民・被験者の視点で治験関連情報を整 備することを、治験体制改革の一つの柱となる施策として位置づけることを提言す る。この推進に関しては、患者会との連携等を通じて国民の視点で取り組むことが 重要であり、産業界自らの活動や支援・協力のもと、国の重要施策として推進すべ きである。 ① 医療・健康関連産業やその研究開発に対する理解の醸成 第一に、医療・健康産業の現状および可能性について理解を得て、これからの 社会における貢献への期待をもってもらう必要がある。その上で、特にこの分野 の研究開発に関する正しい理解を醸成しなければならない。このような取り組み は、様々な場面で行うことができるが、提言 3.1.1 で示した、医療・健康産業競 争力会議のような場で、わが国における、この産業の位置づけを確認することに より、国民の産業への理解や関心は大幅に高まると考えられる。併せて、学校教 育など、中長期的な取り組みも非常に重要であり、国レベルでの継続的な施策が 必要である。 ② 治験に関する一般的な情報提供 治験に関する正しい理解を増進するために必要な情報の提供ならびに啓発活 動を推進する必要がある。これらは、すでに産業界等により取り組みが行われて いるものの、国民から見ると、断片的で質のレベルの異なる複数の情報が存在し ているというのが現状である。産業界や政府あるいは医療関係者さらには患者会 などが協力して、治験に関する情報の共通プラットフォームを構築し、情報の内 容と質の管理を行うような取り組みも考えられる。同時に、各界の継続的な草の 根の取り組みについても、さらなる努力が必要であり、産業としても企業活動の いろいろな機会を捉えて治験啓発に心がけなければならない。 ③ 被験者が必要とする治験情報の提供 被験者が必要な情報について被験者の視点から見直しを図り、スムーズに知り たい情報にアクセスできるような情報ネットワークを検討する必要がある。わが 国では 2005 年 7 月 1 日に JAPIC(日本医薬情報センター)および UMIN(日 本医薬情報ネットワーク)が治験情報の登録を受付け、被験者がアクセスできる ようになったが、前者は医薬品産業が実施する臨床試験を中心に登録されている のに対し、後者は医師主導治験を中心に登録されており、必ずしも一元化されて おらず、被験者が必要とする情報にすぐにアクセスできる状況にはない。現在、 厚生労働省では、これらの情報を一元化し、被験者が知り得たい情報にスムーズ にアクセスできる情報ネットワークと国内ポータルサイト(国内の登録サイトを 束ねるサイト)を検討しているが、登録項目の統一も含めて早急に構築すべきで ある。 - 12 - 一方、医薬品に関する広告や情報、被験者の治験の募集・広告に関する規制の 緩和なども必要に応じて検討・対応が必要である。これらの規制に関しては、基 本になる法律に基づき複数の通知や通達等による指導が発出されており、規制緩 和の流れにより時間を追ってその内容も変わってきている。現時点でどれが規制 されるべきで、どれが認められるのかという運用上の基準を明確にした上で、被 験者が必要とする情報へスムーズにアクセスできるよう、必要と思われる規制緩 和等の施策を検討することも必要である。 提言 3.2.1 での「治験推進モデルセンター」においても、これらの理解増進と適切 な情報提供に関する検討を重要な課題の一つとして捉え、インターネットを活用し た広範囲を対象にした情報提供から、個別イベント、さらには治験センター窓口に おける情報提供や治験結果のフィードバック等のあり方について取り組むことも有 用であると考えられる。 3.3. グローバルな競争力を有する審査・承認体制 3.3.1 医薬品医療機器総合機構(PMDA)定員の大幅な増員(量の確保) (1) 問題意識 2004 年 4 月に医薬品医療機器総合機構(PMDA)が設立され、それまで 3 つの組 織にわたって行われていた医薬品医療機器の承認に係る審査や相談についての一連 の業務が一元化され、その効率や一貫性が格段に向上し、その後も計画に従い着実 な改善が進められている。しかしながら、欧米の審査機関と比べて規模、能力とも に不十分であるとの指摘も多い。昨今のグローバル化の急速な進展やドラッグ・ラ グの問題の顕在化により、早急な国際レベルの体制整備を求める声が高まっており、 PMDA の当初の計画を大幅に加速して欧米に比する機関とすべきとの意見が出され ている。 審査・相談の体制を強化していく上で、事実上の障壁となっているのは定員の制 限の問題である。日常的な要員の不足(量)が、相談や審査の滞りを招き、さらに 審査プロセス改善などの業務内容(質)を向上させる取り組みを妨げる構図になっ ており、「量と質の向上」を目指すべき PMDA にとって、まず、量の問題解決を最 優先させるべきと考えられる。 (2) 早急な PMDA の大幅定員増 ① 2010 年から 600 人体制の実現(現状の倍増体制) PMDA の定員に関しては、独立行政法人として定められた「中期計画」による 定員枠の制限があり、現中期計画(2009 年 3 月まで)では、期末職員数 346 名 とされており、現時点での職員数 319 名(うち審査員数 193 名)は、ほぼ計画を - 13 - 達成している4。加えて、行政改革の基本方針として独立行政法人の定員を 2010 年末までに 5%以上の人件費削減を行うこととされている。 PMDA の審査業務の費用が人件費も含めその大部分が手数料収入等の外部か らの資金で運営されているという事実も考慮し、行政改革の人件費削減の免除な らびに中期計画の大幅な見直しを行うことを強く要望し、2010 年から現状の 2 倍増の定員(600 人体制)での審査・承認体制を目指すことを提言する。 ② 2013 年 1,000 人体制(IND 導入も視野に、相談・審査の充実) さらなる増員により、治験の相談および審査における一貫性ならびに効率を向 上させ、質の面での改善も必要である。まったく新しい科学技術への対応が必須 となる将来の医療・健康関連産業の飛躍的展開に向けて、PMDA の果たす役割へ の期待は非常に大きい。このような探索的な臨床研究を被験者保護のもと適切に 進める上からも、欧米で実施されているように治験を含む臨床研究を申請・承認 制とすべきであるとの意見も出されている。米国では IND 制度、欧州では CTA 制度として臨床研究の申請および承認が行われているが、特に治験については、 米国では IND 事前相談からスタートし、タイムリーかつ一貫した治験に関する 助言ならびに指導が行われ、効率的な審査までのプロセスが実現している。 このような制度を参考あるいは導入も視野に、2013 年までに欧州主要国並の 1,000 名体制を実現することが望ましい。この際、専門性が高く優秀な PMDA 職員(特に医師や薬剤師など医療現場の実体験者など)を確保するために、適切 な待遇を準備することは必須である。 ③ PMDA 定員増に対する産業界の貢献 このような大幅な増員を実現するためには経済的な裏付けも必要であるが、審 査手数料の値上げなど産業界も前向きに協力すべきである。しかしながら、 PMDA の運営における企業の経済的負担が増大することに懸念を示す国民やマ スコミの意見もあり、その妥当性を明確にするために法的対応も含め何らかの措 置を講じるべきであると考えられる。 3.3.2. PMDA の就業制限の緩和(質の改善) (1) 問題意識 PMDA の審査業務に係る機能を、短時間で量・質の両面で向上させるためには、 即戦力として働ける優秀な人材をいかに採用できるかということが重要である。業 務内容が非常に専門的であることを考えると、人材の供給元もある程度限定される。 この点で、関連産業で実際に開発等に携わった者は、専門性や経験を有しており、 積極的に活用することがこの問題の有用な解決策になる可能性が高い。 4 2006 年 10 月 1 日現在(PMDA 運営評議会資料) - 14 - 一方で、企業出身者による審査業務については、その公正性に対する疑問の意見 も多い。欧米においては、本来人材の流動性が高く、審査機関と企業の間において も例外ではない。チーム審査などの業務運営上の対応により、二律背反の問題をク リアしていると推察される。現在、PMDA においては、発足時に課せられた条件に より、企業出身者の厳しい就業に関する制限が存在しており、即戦力としての活用 ができない。 (2) 就業制限の緩和 ① 企業出身者の就業制限の緩和と新ルールの導入 審査業務等に関連する企業出身者の就業制限を、業務の内容に合わせて再度見 直し、その能力をできるだけ活用できるようなルールに変更することを提言する。 同時に、公正な審査業務に支障となる可能性が予想される事象に対しては、新た なルールの導入も含め検討する必要がある。さらに、仮に恣意的な判断が行われ たケースに対する罰則等も場合により必要かもしれない。このように、審査の透 明性と公正性を担保するためのルールや仕組みをより明確にすることで、人材の 最大活用の可能性を検討すべきである。 同時に、産業界としても、国民や社会の意見を配慮しつつ、人材の供給に対し て前向きに取り組み、例えば、企業から PMDA への専門人材の移動を奨励する 仕組みなどを検討することも必要である。また、質の高い審査員の育成に向けて、 大学にレギュラトリーサイエンスなどの寄附講座を開設したり、産業界・企業で 審査員の教育をサポートするなど積極的に協力していく姿勢が求められる。 ② PMDA の運営改革 PMDA の運営手法に関しても、抜本的な改革を進める必要がある。審査チーム 制に関しては、FDA をモデルとして、プロジェクトマネジメントの視点を取り 入れ、プロジェクトチーム制とすべきである。さらに、現行の業務のうち、例え ば、適合性書面調査のような日本独自の規制などを見直し、PMDA と企業の役割 と責任を明確にして、企業責任で実施できるものは企業に任せるなど、PMDA 業務の効率化と人員の再配置(審査部門への配置転換等)も検討すべきである。 このような、運営手法や業務内容の見直しは、できるだけ速やかに改善を進めな ければならず、企業がもつ経験やノウハウを十分に活用し、企業も最大限の協力 と支援を行うべきである。 ③ 積極的な情報・人材交流 人材の質の向上に関しては、PMDA 自身も欧米の審査機関との情報・人材の交 流を積極的に進め、3 極の実質的なハーモナイゼーションの推進や最新の技術に 対して迅速な対応ができるよう更なる努力を図らなければならない。また、企業 側も欧米での開発経験や当局との実際の事例等を示すなど、PMDA の質の改善に 対して関与していくことも重要である。 - 15 - 加えて、国内においても、医療関係者やアカデミア、産業界などとの情報交流 をさらに活発に行う必要がある。産官学医によるフォーラムを設置するなど議論 する場を設け、最新技術を適切に評価できるような科学的レベルを整えておくこ とが重要である。 3.3.3. GCP 基準の見直しと審査基準の明確化 (1) 問題意識 ドラッグ・ラグを解消し、革新的な新薬を患者に速やかに提供するためには、ま ず、海外との同時開発、同時申請ができるような環境を実現する必要がある。その ためには、治験実施機関における体制の整備を進めると同時に、規制等についても 国際共同治験を考慮して国際整合性を図ることが強く望まれる。特に GCP について は、諸外国に比べ書類等の煩雑さが指摘され、このことが、医師やスタッフ、依頼 企業の負担となっており、結果として治験のスピードやコストに影響しているとさ れている。 臨床開発ならびに承認審査の期間が長期化する一つの要因として、明確な審査の 基準がなく、ケースバイケースで問題点の指摘や要件の提示がなされ、結果として、 開発初期から審査までの一貫性が保たれないケースがあるとの指摘がある。承認審 査のプロセスは、透明性と公正性が確保されることはもちろん、開発スキームの予 見性が高いことは、企業にとってスピードおよびコスト面でのメリットが大きく、 開発に対するモチベーションアップとなりえる。 科学や治療の進展により、求められる要件が変わることは当然発生すると考えら れるが、治験開始以前から審査に至る過程での、申請者と審査当局との科学性に基 づく綿密な意見のやり取りにより、開発効率の向上が期待される。治験相談は、企 業が開発プロジェクトの着手を判断する上で、重大な影響を与えることから、その 充実はドラッグ・ラグの解消への重要な要素である。当局の努力もあり改善の方向 に向かっているものの、諸外国、特に米国に比べ、まだまだ不十分な状況である。 (2) GCP 基準等の見直し すでに厚生労働省の次期治験活性化計画に関する検討会において、現状の GCP お よびその運用の見直し検討の必要性が示されており、これを強く支持する。具体的 な検討にあったっては、産業界の意見も十分参考として、ICH-GCP に準拠する基準 への改定を要望する。 また、国際共同治験を実施するにあたり、国内外の医療のプラクティスや環境の 違いによる問題点等が指摘される。これらの技術的問題の解決に向け PMDA が前向 きに取り組む姿勢を表明していることを大いに歓迎するとともに、国際共同治験に 関する基本的なガイドラインが早期に示され、さらに個別の案件に関する相談がよ り充実されることが望まれる。 - 16 - (3) 審査基準の明確化と相談・審査プロセスの改善 審査の根拠となる審査基準を早急に策定し、ガイドラインとして示すことを要望 する。欧米における審査の基準を十分考慮し、産業界の意見を参考にしてガイドラ インの策定が進められなければならない。 また、IND 制度を参考にして、治験相談の機能を強化し、運用方法も見直すこと により、開発初期から審査に至る一貫性を向上させるとともに、治験および審査期 間の効率化を図ることが望まれる。これらのプロセスの改善にあたっては、産業界 は申請当事者として、積極的に意見を表明し改革に寄与していくべきである。 3.4. 継続的なイノベーションの創出・実用化 3.4.1. 臨床研究に関する予算の増加 (1) 問題意識 生命科学分野への期待は 90 年代後半から急速に高まり、2001 年にスタートした 第 2 期科学技術基本計画と合わせ、国の科学技術政策の重点分野の筆頭として位置 づけられ、政府予算も集中的に投入されてきた。しかしながら、その配分は基礎研 究に大幅に偏ったものであり、臨床研究へのサポートは非常に少ない。特に、基礎 研究成果を実用化に結びつけるための臨床研究、治験に関しては、ほとんど政府か らの経済的援助が行われていない。実用化、言い換えれば、ビジネス化への支援は 政府予算(税金)ではなく産業自らが行うべきという考えに基づくものであると推 察されるが、基礎研究までの手厚い政府支援が、その先のフィジビリティー研究や コンセプト実証研究になると、突然、途切れてしまう。基礎研究の最終段階では、 研究成果を論文に発表し、特許の出願も行えることから、プロジェクト評価を行い そこで終了する。企業の研究開発のステージから考えると、社内プロジェクトとし て研究を開始するためには、いくつものクライテリアを超えなければいけないアイ デア段階のものがほとんどである。従って、産業からの投資対象としての研究シー ズとなるためには、いくつかの追加の研究データが必要であり、ここに研究から実 用化に向かう大きな狭間、“死の谷”が形成されている。 一方で、米国においては、この“死の谷”の克服に、第三者の資金(投資家)が投入 されたベンチャー企業が活躍しているが、同時に、政府としても国立衛生研究所 (NIH)を中心に、いろいろなファンディングシステムを使って精力的に支援を行 っている。また、米国では国が重要と考える特定の疾病に対する治療法や医療技術 に関する治験を含む個別プロジェクトの支援を公募などにより実施しており、NIH 予算の約 10%(約 3,500 億円)が治験(Clinical Trial)に対して投入されている。 このプロセスをいかに円滑に推進できるかが、生命科学に関連する産業の将来の競 争力を左右するとも考えられ、主要国の積極的な取り組みはすでに始まっている。 - 17 - (2) 臨床研究予算配分の増加(2010 年度までに 1,000 億円レベルに) 日本においても、この“死の谷”を越え、基礎研究成果を実用化に結ぶ橋渡し研究(ト ランスレーショナル研究)の体制整備と合わせ、個別プログラムへの支援、さらに その後の治験など臨床研究への政府投資の配分を大幅に増加させるべきである。ま た、厚生労働省が行っている希少疾病治療法の開発支援プログラムなどを発展させ て、国民にとって早期に治療法が開発されるべき疾病領域や開発を加速すべき技術 分野などに対して、治験を含む重点プロジェクトを推進すべきである。第 3 期科学 技術基本計画中(2010 年度まで)に、臨床研究に対する予算を、1,000 億円レベル (米国の約 30%)を目指して増加させることを提言する。 3.4.2. 予算の一元・戦略的な執行の仕組み (1) 問題意識 すでに、様々なところでわが国の政府予算執行における問題として、省庁ごとの 予算積み上げによる重複や細分化が起こり、全体としての戦略性や効率性が低くな っているという指摘がある。生命科学分野では、他分野に比べ関連する省庁が多く、 さらにその傾向は強いと考えられる。とりわけ医薬品は、基礎研究から実用化され 社会で使われるようになるまでの時間が桁違いに長く、様々な科学や技術専門性を 駆使することにより最終製品が生まれることも、いわゆる縦割りのアプローチで戦 略的に取り組むことを困難にしている。 米国では、NIH が生命科学分野の基礎から実用化に係る全体のプロセスに関与し ている。国としての戦略策定、プロジェクト企画、関連予算の配分等を担い、国全 体として研究開発の生産性を向上させ、国際競争力につなげている。NIH は、米国 におけるイノベーション創出の場としての魅力を確立し、最終的には、そこで生ま れた成果物が国民の公衆衛生に大きく寄与するという使命も果たしている。 わが国では、総合科学技術会議(CSTP)が科学技術政策の司令塔として機能し、 全体の戦略と予算配分における調整を行っており、以前に比べると大幅な改善が見 られている。しかしながら、予算策定プロセスは、基本方針の提示はあるが、省ご との予算案がベースになっていることから全体戦略を十分反映できていない。また、 現在のところでは調整の対象は大型プロジェクト中心であり、予算の大部分を占め る競争的資金や独立行政法人等での研究開発に関しては大きな影響が及ばず、実質 的な配分機能には至っていない。また、CSTP は科学技術全体をカバーしており、 生命科学を専門に取り扱う NIH とは異なる。 米国の数分の一の規模であるわが国の生命科学関連予算を、より戦略的かつ効率 的に活用することは非常に重要な課題であることは明らかであり、産業界がこれか ら益々厳しくなるグローバル・ボーダレス競争で生き残るクリティカルな問題とも いえる。 - 18 - (2) 省庁横断的な施策の推進強化、予算を一元・統括する仕組み より国の生命科学の研究開発を推進するために、現在の省庁横断的に取り組む連 携施策群等の仕組みや概念をさらに強化して、より戦略性と効率性を向上させる必 要がある。特に、企画機能をより一体化し全体的な戦略性を向上させることとプロ ジェクトの事前事後評価についてもさらなる工夫が必要である。 さらに、民間も巻き込み、わが国が一丸となり生命科学分野での研究開発や産業 競争力をグローバルに展開していくためには、生命科学全体の研究開発予算を基礎 から実用化まで一貫して一元的に統括する仕組みが求められる。すなわち、総合科 学技術会議の示す科学技術政策に従い、生命科学に関連する研究開発に特化し、具 体的な戦略の策定、施策・プロジェクトの企画立案、予算の配分(競争的資金の公 募と審査を含む)などを担う組織(いわゆる日本版 NIH に相当)の設立検討を提言 する。 - 19 - 4. おわりに 現在、わが国の抱える治験・臨床研究体制や審査承認体制に係る様々な問題を抜本的に 改善できなければ、医療・健康関連産業がイノベーションを次々に生み出し、国民の期待 に応えることは非常に難しくなるといっても過言ではない。そのためには、厚生労働省を はじめとして政府が進めている多くの施策が着実にかつスピードをもって達成されるこ とが肝要である。したがって、この報告書は、それを前提として、産業界としての視点で、 もう一度問題点の検証を行い、現行の施策に付け加えるべき施策、あるいはさらに集中的 に加速すべき施策を提言としてまとめた。 改革を確実に進めるためには、その進捗を客観的に評価することが必要である。そのた めに、治験・臨床研究に関連した定量的な指標を用いることは有効であるが、残念ながら、 海外との比較や継続的にパフォーマンスをフォローできるような指標がほとんど存在し ていない。 今後は、各施策において、できるだけ定量目標を設定し、官民双方が定期的にその進捗 について評価し、必要に応じて施策の見直しを図ることが求められる。同時に、積極的に そのようなデータを蓄積していくことも重要となろう。今回の提言策定にあたり、イメー ジしたわが国の治験・臨床研究の状況を数値で示すと、図表 8 のようになる。 図表 8 定量的な指標(案) 未上市製品数(2005) *売上上位 88 品目 米国上市から日本上 市までの期間(2005) *売上上位 88 品目 国際共同治験 プロトコル数(2006) 治験認知率(2005) 審査員数(2006) 日本の現状 海外の現状 2010 年 目標 2015 年 目標 28 品目 米 0、独 2、仏 9、 英1 10 品目以内 5 品目以内 2.4 年 独 0.3、仏 1.0、 英0 1.5 年以内 1 年以内 6 米 264、独 171、 仏 132、英 124、 印 59、韓・台 51 50 100 ある程度認知:14.4% 言葉は認知:28.5% 193 人 (新薬審査:92 人) PMDA:319 人 総承認審査時間 (2005) *中央値 22.7 ヶ月 治験相談(2005) 申込:339 実施:218 認知率 100% 米 2200、独 1100、 600 人 仏 900、英 693、 (PMDA) EMEA 360 米 10.2 ヶ月 12 ヶ月 100%実施 - 20 - 2013 年に 1000 人以上 (PMDA) 治験・臨床研究の問題が表面化して数年が経過している。個別の問題は明らかになり対 策も行われているが、思うような改善が見られないというジレンマの状況に陥っている。 世紀の変わり目をはさんで、グローバルな競争は激化し事業環境が大きく変化する中、 産業やそれぞれの企業は改革の必然性に迫られ対応を余儀なくされてきた。その過程で得 た教訓は、「関係者が目指す姿を共有し一体となって取り組むこと」、「旧来のやり方に囚 われず思い切った変革に挑戦すること」の 2 点に凝集される。このことは、期せずして今 回の提言のベースとなっている。「医療・健康産業競争力会議」は全てのステークホルダ ーが関わり国のコンセンサスを形成して一丸で取り組むための仕組みと考えることがで き、「治験推進モデルセンター」は、現状の組織や業務からの制約を取り払い、集中的に 資源を投入するというコンセプトとなっている。さらには、生命科学に関連するわが国の 予算執行のプロセスを現行のものから抜本的に変えることについても、真剣に検討すべき である。産業界としては、諸外国の状況を考えると、どうあるべきかという原点にもどり、 このくらい大胆な改革も検討すべき時であるという認識をもっている。 これらの実現のためには、解決すべき数多くの問題があると考えられるが、ひいては国 民の健康で豊かな社会を実現するという大きなゴールを前提に、産業界の視点で取りまと めた提言として受け止めていただきたい。 - 21 - 日本バイオ産業人会議(JABEX)における推進体制 医療・臨床研究改革推進委員会 (委 員)◎:委員長 石田 清信 富士通株式会社 経営執行役員 采 猛 第一製薬株式会社 取締役専務 岡 裕爾 株式会社日立製作所 理事 医療事業統括本部副本部長 唐沢 啓 協和発酵工業株式会社 執行役員 研究開発本部長 谷口 忠明 万有製薬株式会社 執行役員 研究開発本部副本部長 ◎永山 治 中外製薬株式会社 取締役社長 西山 徹 味の素株式会社 取締役副社長 医薬カンパニープレジデント 真壁 理 明治製菓株式会社 常務執行役員 薬品研開本部長 (治験・臨床研究に係わる検討グループ)○:リーダー 岩田 誠之介 味の素株式会社 岩柳 小林 隆夫 進 株式会社日立製作所 ライフサイエンス推進事業部 万有株式会社 臨床医薬研究所 臨床開発推進部長 斎藤 圭司 塩原 立也 樽野 弘之 細見 和夫 ○松崎 淳一 (事務局) 地崎 修 清水 栄厚 森下 松崎 藤原 節夫 淳一 尚也 医薬カンパニー 臨床開発部長 CTO 明治製菓株式会社 薬品研開本部 研究開発管理部管理 G 長 富士通株式会社 ライフサイエンスシステム事業部第一サイエンスシステム部長 第一製薬株式会社 研究開発本部 研究開発業務部課長 協和発酵工業株式会社 医薬事業部門 医薬研究開発本部部長 中外製薬株式会社 経営企画部副部長 日本バイオ産業人会議 事務局長 財団法人バイオインダストリー協会 専務理事 日本バイオ産業人会議 事務局 財団法人バイオインダストリー協会 事務局事業推進部長 財団法人バイオインダストリー協会 次長 中外製薬株式会社 経営企画部副部長 中外製薬株式会社 経営企画部係長 - 22 - これまでの取り組み経過 06 年 4 月 ライフサイエンス・サミット(JABEX が事務局):「治験改革推進宣言」 (1年で治験改革に必要な立法化を含む提言を約束) 7月 総合科学技術会議:臨床研究の総合的推進、制度改革に関する中間報告 8月 ライフ議連総会:臨床研究(治験を含む)改革の推進を確認 JABEX から治験推進に関する提言・発言 10 月 10 月 3 日 JABEX 医療・臨床研究改革推進委員会・WG の発足と活動開始 第一回 WG キック・オフ 活動趣旨説明・活動方針 「臨床研究改革への取り組み」(日本製薬工業協会 10 月 11 日 第ニ回 WG 「治験改革はなぜ進まないのか」 10 月 18 日 第一回 改革推進委員会 活動趣旨説明、基本方針 「治験を含む臨床研究に関する制度改革」(内閣府 10 月 19 日 第三回 中島委員長) 丸山政策統括官) WG 「新薬審査体制・臨床研究体制の日米の比較と今後のあり方」 (京都大学大学院 10 月 25 日 第四回 10 月 26 日 ライフ議連総会 川上先生) WG 「現在の制度や仕組みの本質的な問題・障害・壁は?」 第二回治験体制改革特別委員会、緊急提言をまとめて提出するように 要請された 11 月 1 日 第五回 WG 「ライフ議連への緊急提言に関する議論(その1)」 11 月 2 日 JABEX 緊急提言(ライフ議連へ) 「医療・健康産業競争力会議(仮称)」、魅力ある治験・臨床研究体制の整備(「治験推進 モデルセンター」)、グローバルな競争力を有する審査・承認体制(PMDA の大幅定員増)、 継続的なイノベーションの創出・実用化 11 月 8 日 第六回 WG 「ライフ議連への緊急提言に関する議論(その2)」 11 月 15 日 第七回 WG 日本製薬工業協会との合同議論、 「WG 中間まとめに関する議論」 11 月 22 日 第八回 WG「治験・臨床研究体制の制度不備をどう改革する?」(JABEX 提言の内容 議論) 医療・健康産業競争力会議(仮称) 、治験推進モデルセンター 11 月 29 日 第九回 WG (JABEX 提言の内容議論) 12 月 12 日 第 36 回ライフ議連総会 定量目標設定、中間取りまとめ案検討 「新しい医薬品・医療機器へのアクセスの迅速化について」 決議案を一部修正採択 JABEX 歌田発言「今回はぜひ実現を、省庁一丸・きちんと進める、資源を集中して政 策を実施」 JABEX の強調する3提言①「治験推進モデルセンター」、②PMDA の定員大幅増、③「医 療・健康産業競争力会議」 12 月 13 日 第十回 WG JABEX 提言中間取りまとめ内容確認 12 月 21 日 第二回 改革推進委員会 WG 提言中間取りまとめの報告と議論、今後の予定 - 23 - 連絡先 日本バイオ産業人会議事務局 担当:清水栄厚 電話:03-5541-2731 (財団法人 バイオインダストリー協会内) 医療・臨床研究改革推進委員会・事務局 担当:松崎淳一 電話:03-3273-1291 (中外製薬株式会社 経営企画部内)