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Vol.75 2016 SUMMER - [SCOPE] 一般財団法人 港湾空港総合技術

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Vol.75 2016 SUMMER - [SCOPE] 一般財団法人 港湾空港総合技術
特集
港湾の「i-Construction」
■RANDOM FOCUS 寄稿
港湾における生産性革命を目指して
国土交通省 港湾局 佐藤 敬
■TOP INTERVIEW
港湾の「i-Construction」
が目指すもの
立命館大学 建山 和由
■BEHIND PROJECT
高密度なデータを取得し、
わかりづらい現況を把握できた3次元測量
国土交通省 東北地方整備局 秋田港湾事務所
浚渫の精度アップと効率化を実現した
「グラブ浚渫トータル施工システム」
東洋建設株式会社
■ZOOM UP
奮起した100点が生涯の研究、電気工学へと導く
東京都市大学 中川 聡子
■COFFEE BREAK
八
十一面観音菩薩を巡る◆
ISSN 1883-6917
75
2016 SUMMER VOL.
SCOPE NET
特集
75
2016 SUMMER VOL.
港湾の
「i-Construction」
国土交通省では、人口減少や高齢化社会に備え、労働者の減少を上回る生産
性の向上などを目指し、ICT を全面的に活用する「i-Construction」を推進して
います。今年度を『生産性革命元年』と位置付け、建設現場で様々な取り組み
が進められています。
港湾分野では、本格的な取り組みの第一歩として、7月 26 日に東北地方整
備局 八戸港湾・空港整備事務所で委員会が開催されました。
今号は港湾の「i-Construction」を特集テーマに取り上げ、国土交通省の取り
組みや、導入事例などをご紹介し、今後の港湾分野における「i-Construction」
について考えます。
委員会の八戸港現場視察
CONTENTS
■RANDOM FOCUS 寄稿................................................................... 3
港湾における生産性革命を目指して
佐藤 敬 国土交通省 港湾局 技術企画課 港湾保全政策室長
■TOP INTERVIEW.......................................................................... 8
港湾の「i-Construction」が目指すもの
建山 和由 立命館大学 理工学部 教授
中尾 成邦 SCOPE理事長 ■ BEHIND PROJECT①.................................................................. 13
高密度なデータを取得し、
わかりづらい現況を把握できた3次元測量
国土交通省 東北地方整備局 秋田港湾事務所
■ BEHIND PROJECT②.................................................................. 16
浚渫の精度アップと効率化を実現した
「グラブ浚渫トータル施工システム」
東洋建設株式会社
■ZOOM UP..................................................................................20
奮起した100点が生涯の研究、電気工学へと導く
中川 聡子 東京都市大学 工学部 教授
■COFFEE BREAK.......................................................................23
八 十一面観音菩薩を巡る◆
和田 信 第八回 六波羅蜜寺 十二年に一度開扉される秘仏(国宝)
2 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
RANDOM FOCUS
寄稿
港湾における生産性革命を目指して
佐藤 敬
国土交通省 港湾局 技術企画課 港湾保全政策室長
国土交通省は、本年を『生産性革命元年』と位置付け、建設産業における
「i-Construction」
の取り組みを進めています。
港湾の現場における具体の取り組み、今後の課題や対応について、
国土交通省 港湾局 技術企画課 港湾保全政策室、佐藤室長にご寄稿いただきました。
1. 生産性革命の
強力な推進
本年 3 月 4 日、石井国土交通大臣は、人口
ジェクトの中核として位置付けられたものが、
建設現場の生産性向上による魅力ある建設現
場づくりの新しい取り組みであり、これが
「i-Construction」で あ る。i-Construction は、
減少時代においても経済成長を実現するため
ICT の全面的な活用等を通じて生産性を向上
に、労働者の減少を上回る生産性の向上を目
させ、企業の経営環境を改善すること、建設
指して、省を挙げて生産性革命に取り組むこ
現場に携わる人の賃金の水準向上を図るな
とを決め、大臣自らが本部長となり「国土交
ど、魅力ある建設現場に脱皮すること、これ
通省生産性革命本部」を設置した。
により「きつい、危険、きたない」のいわゆる
そして、本年を『生産性革命元年』と位置
付け、都市の渋滞解消による時間短縮や港湾
3K 職場から脱却し、希望の持てる職場に変
えていくことを目指している。
におけるクルーズ船受入環境の整備など、い
昨年12月15日に第1回の i-Construction 委
わゆる「社会のベース」の生産性向上に取り
員会が開催され具体的な検討が始められた。
組むこと、建設産業や物流産業など「産業
i-Construction で中核となる技術は、ドローン
別」の生産性を向上させること、更には「未
等による3D測量技術と、この3Dデータを取
来型」の投資や新技術で生産性を高めること
り込んで動く施工機械の技術等である。これ
の 3 つの分野で生産性向上に取り組むことを
らの技術を現場で使い易くするためには、発
示した。
注や検査の基準の改定や要領の策定が不可欠
この中で、
「産業別」の生産性を高めるプロ
である。合計 4 回の委員会審議を重ねた末、
佐藤 敬
国土交通省 港湾局 技術企画課
港湾保全政策室長
1991年3月、
東北大学工学部土木工学科卒業。
同年4
月、
運輸省入省
(第二港湾建設局 横浜調査設計事務
所)
。
以降、
国土交通省港湾局、
航空局、
地方整備局、
地方航空局、
横浜市港湾局、
宮城県土木部等で勤務。
2016年4月より現職
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 3
RANDOM FOCUS
本年 4 月に報告書が取りまとめられるととも
上してきている。特に、比較的規模の大きい
に、併せて土工を中心に新たに導入する 15
航路浚渫工事に用いられる作業船は、既に
の新基準が取りまとめられた。これらは早
GNSS(全世界的衛星測位システム)を装備し
速、平成 28 年度から国が発注する土工工事
たものも多く見られ、浚渫工事の施工管理に
に適用されている。
ICTを取り入れることにより、施工箇所のビジュ
このように、新しい技術を積極的に取り入
アル化が進んでいるものも多い。
れて現場の施工管理や検査の仕組みを変えて
また、水中の測量技術についても、東日本
いこうという、建設現場に着目した新しい風
大震災時の航路啓開作業時に大活躍したマル
が吹いており、国土交通省だけでなく、建設
チナロービームに代表されるように、海底地
業界や建設コンサルタント業界を巻き込んだ
形を三次元で面的に精度良く把握できる機器
大きな流れが動き出している。
が普及してきている。これらの技術は既に海
上保安庁の水路測量においても認められてい
2. 港湾工事においても
情報技術は進展
るものもあり、従来の深浅測量の方法に取っ
て代われる技術として急速に普及しつつある。
また、海中の状況を把握できる航空レーザー
港湾工事の現場においても、情報技術の進
測深機の技術も精度の向上が見られ、広範囲
展の中で、安全で確実な施工管理を行うこと
での海底地形の変化を捉えるツールの一つと
により、生産性を高めていくという大きな流
して利用を検討する段階まできている。さら
れは着実に進展してきている。
に陸上の3D レーザースキャナや無人機航空
特に、港湾工事で用いる作業船は、陸上工
写真撮影(UAV)も含めて、それぞれのツール
事用機器と比較しても大型のものが多いばか
を組み合わせた活用を考える段階に来ている。
りでなく、情報技術を用いた装置等を装備し
このように、港湾工事の現場においても、
ているものも多く見られ、近年その性能も向
生産性革命を進めるための個々の要素技術は
図1 国土交通省生産性革命プロジェクトの推進
(出典: 国土交通省生産性革命本部 会合資料)
4 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
寄 稿
発展してきており、これらの技術を活かせる
の特異性や地域特性を包含したものとなって
未来型の現場を実現するためには、これらの
いる。
装置や機器を活用し易い環境の整備を進める
必要がある。
し か し、 今、 議 論 が 進 ん で い る
i-Construction の新しい技術を本格的に導入
する際には、従来の考え方を尊重しつつも、
3. 港湾の特殊性への対応
(課題と対応策)
新しい技術への適応性が良く、かつ、将来の
類似の技術発展をも視野に入れたシステムや
基準を考えておく必要がある。
一方、港湾工事は陸上工事とは異なる特殊
性があり、陸上工事とは異なる大変さがあ
る。このため、陸上と同じ仕組みを用いるこ
4. 新しい仕組みづくりの要点
とは難しく、港湾独自のシステムや基準が必
要である。
港湾工事の特異性の一つが、潮汐と波の存
これからの港湾における i-Construction の
取り組みの核となるものは、調査から設計、
在である。港湾工事で用いられる様々な作業
発注、施工管理、検査、そして維持管理の
船は、時々刻々と変わる潮汐を受けて、常に
フェーズまでの3D データの受け渡しと、そ
ゆっくりではあるが上下に移動しており、ま
のデータを活用できる仕組みづくりである。
た、場所によっては潮流や波の影響により、
このために重要となるのは、以下の3つの取
上下及び水平に移動することもある。このた
り組みである。
め、施工する位置(高さも含む)の精度を向
上させることが陸上よりも難しい。
①3Dデータ受け渡しの環境整備
いま一つの特異性は、海底地形自体が波浪
まず一つ目は、3D データ受け渡しのた
や潮流の影響で変わり得るという点である。
めの環境整備である。3D データを調査か
特に、外洋で大きな波浪の影響を受ける地
ら維持管理の各フェーズまで受け渡しする
域では、時化の度に海底地形に変化が見られ
ためには、そのためのソフト面・ハード面
る場所もあり、また、内湾においても軟弱な
の環境を整備する必要がある。ソフト面の
地盤で形成された海底では、海中浮遊物の堆
環境整備のために不可欠なことが、発注や
積などにより、一度浚渫した地形が変形する
検査などで現在使われている基準や要領の
こともしばしば発生する。
新設・改訂である。現在使われている発注
さらに、透明度が低い海域や、海藻などの
や検査の基準や要領は、3D データに対応
海底生物の影響などにより、正確な海底地形
したものとなっていないため、調査や施工
を把握しづらいことも、陸上工事との相違点
管理で使われている3Dデータを次のフェー
として挙げることが出来る。
ズに受け渡しする仕組みが存在しない。ま
もちろん、港湾工事の特異性に対する対処
た、これらの基準や要領の整備と併せて、
法が無いわけではなく、港湾工事の様々な基
ハード面の環境整備として、3D データを
準や要領は、潮汐や波の影響を受けることを
取り扱える性能を持った PC や大量なデー
前提として作られている。また、海底地形が
タをやり取りできる記憶媒体などの整備も
変化することについても、工事を受注した業
必要である。これらの整備により、データ
者がまず海底地形を確認するなど、この特異
を受け渡しできる環境(プラットフォーム)
性や地域特性を考慮している。このように従
を整えることが出来る。
来の制度(基準や要領を含む)は、港湾工事
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 5
RANDOM FOCUS
②アプリケーションやコンテンツの整備
は機能しない。このためには、発注側と受
二つ目は、受け渡しできた3D データを
注側の両方に、3D データを取り扱うこと
活用して、効率的な業務を行うためのソフ
ができ、かつ、港湾独自のアプリケーショ
トの整備である。例えば、3D データを用
ンソフト等を使える技術者が必要である。
いて、港湾工事独自の考え方を取り入れた
このため、発注者及び受注者を交えた研修
数量計算や、工事の出来形の確認・評価な
等、技術者を育成する仕組みも検討してい
どが行えるアプリケーションソフトの開
く必要がある。
発・整備は、業務の効率化には欠かせな
い。また、防波堤や岸壁などに用いられる
3 つの取り組みを進めるにあたって特に留
各種資材等の仕様等を整理したコンテンツ
意すべき重要な点は、今回の生産性革命が単
(部品)の整備も重要である。これらの開
にコストダウンの取り組みに終わらないよう
発・整備にあたっては、官民の役割分担や
にすることである。今回の生産性革命は、将
民同士の協力及び競争により進められるも
来予想される労働者・技術者の不足の状況の
のと考えている。ノウハウを持った港湾関
中でも、良い品質のものを作れる体制を整備
係の法人やコンサルタントの協力や開発競
することであり、業務の効率化を通じて労働
争により、より質の高いものができること
生 産 性 を 上 げ る 取 り 組 み で あ る。
を期待したい。
i-Construction 推 進 の 過 程 で は、ICT 導 入 の
ための先行投資も必要であり、今後の港湾工
③人材の育成
事現場のために、今乗り越えていかなければ
三つ目は、新しい仕組みを支え利用する
ならないことでもある。
人材の育成である。特に、新しい基準や要
さらに、この仕組みを支える基礎的な技術
領の内容を理解した上で、3D データを取
のレベルアップ、精度向上等のための技術開
り扱える人材が育たなければ、この仕組み
発も非常に重要であり、例えば、水中遠隔操
図2 港湾工事における i - Construction
6 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
寄 稿
作システムの開発や水中音響3D カメラの開
発などの海上工事ならではの新技術の開発を
積極的に進める必要がある。このようなこと
き取り組みを進める予定である。
6. おわりに
も踏まえて、国土交通省港湾局では本年 4 月
に「港湾の技術開発にかかる行動計画」を策
定している。
我が国の港湾開発は戦後の経済復興ととも
に飛躍的に進んだが、その中で積み重ねてき
た港湾整備の技術や経験を整理し、調査、設
5. 港湾分野への ICT 導入の
取り組み
今後、港湾分野で i-Construction を取り組
計、発注(積算)、出来形確認や完成検査等の
仕組みが整えられてきた。
このような仕組みに、近年飛躍的に進展し
たICTを取り入れ、今後10年先、20年先の港
んでいくためには、前述の3D データ受け渡
湾の未来の現場のあり方を模索する作業が、
しの環境整備など、現場における ICT の導
港湾における i-Construction の取り組みであ
入・活用に向けた具体的な検討が必要であ
ると考えている。
る。このため、国土交通省港湾局では本年 6
このためには、新しい技術の取り入ればか
月に「港湾における ICT 導入検討委員会」を
りに目を向けるのではなく、今日まで積み上
設置し、測量から設計、施工、検査に至る一
げられてきた技術に光をあて、その内容を理
連の建設プロセスへの ICT 導入による情報の
解した上で、従来の技術の優れた部分の継承
3D 化の実現に向けて検討に着手した。その
と新しい技術との融合を図る必要があり、多
トップバッターとして、今年度は浚渫工を対
くの関係者の知見や経験を集約することが欠
象に3D データの受け渡し環境の実現に必要
かせない。次世代のための新しい仕組み作り
な基準類を整備すべく検討を進めており、次
を行うため、関係者の皆様の協力を引続きお
年度以降も活用工種の拡大に向けて、引き続
願いしたい。
図3 「港湾の技術開発にかかる行動計画」概要
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 7
港湾の「i-Construction」が目指すもの
現場の生産性向上を通じて、
働き方を変え、
建設業を新しい
今に繋がっている建設ロボットの研究
GUEST
建山 和由
立命館大学 理工学部
教授
1980年、京都大学工学部土木工学科、
卒業。
1985年、京都大学大学院工学研
究科土木工学専攻博士課程。
京都大学
工学部 助教授などを経て、
2004年よ
り立命館大学理工学部 教授、
学校法人
立命館 常務理事。
国土交通省情報化施
工推進会議 委員長、
同省i-Construction
委員会 委員、同省ICT導入協議会 委員
長、
土木学会建設用ロボット委員会 委
員長
中尾 先生は、地盤工学・建設施工学がご専門と伺っていますが、これまでの研究の
経緯などについて教えてください。
建山 大学では地盤工学を専攻し、戦後の復興に向け建設の機械化を進めてこられて
きた先生の研究室に入りました。その先生から土の締固め施工において、締め固めた
地盤の状況を精緻に管理する方法を考えるというテーマをもらいました。それ以来、
土の分野での施工機械を対象にセンサーで施工中の地盤状況をリアルタイムに把握す
る研究に取り組んでいました。当時は目新しい話でしたし、今考えると ICT の走りと
いえるものでした。現在の情報化施工や建設ロボットの研究に繋がっているのかなと
思います。
中尾 建設ロボットの研究を始められたのは、いつ頃のことでしょうか。
建山 ちょうどバブルの頃になります。大手建設会社が競うようにロボットを研究し
ていたのですが、ロボットが一つの研究分野になるんじゃないかなと、1982年〜2000
年頃まで、企業と共同で建設ロボットを研究していました。そして、建設機械と土の
相互作用を扱うようになり、他の先生たちと「ジオメカトロニクス」という分野を作
りました。ロボットが人のように地盤の状況を把握、判断するといった研究や、セン
サーなど何らかの方法で地盤を評価し、それに応じて機械の操作や施工方法を最適化
するというような取り組みをしていました。
中尾 30 年以上前から建設ロボットの研究に取り組まれていたということですね。私
が記憶しているのは、雲仙普賢岳噴火後の災害対応に建設ロボットが導入されたとい
うことでしたが。
建山 1990 年に噴火した雲仙普賢岳では砂防工事を無人でやろうと、1994 年から
20 年以上にわたって無人化施工が導入されました。また、福島第一原発の事故現場で
もロボットが使われています。事故後、すぐに導入できたのは雲仙普賢岳のプロジェ
クトで、20 年間技術を磨いてきたというプロセスがあったからこそだと思います。
土木の研究開発では、プロジェクトの中で技術を開発するケースが多く、結果とし
8 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
情報化施工や建設ロボットの研究に早くから取り
組まれ、現在、土木学会建設用ロボット委員会、国土
交通省i-Construction委員会のメンバーとして活
動され、ICTの推進役としてご活躍の建山教授。建
産業に変えていく
設現場におけるICTの導入事例等をご紹介いただ
くとともに、
「i-Construction」の目標・課題などに
ついてお伺いしました。
て実用的な技術が開発されてきました。普段の現場の仕事の中で技術を磨くプロセス
が建設分野の技術開発の特徴といえるのではないかと思っています。
ICT化が根付いて成立するインフラ整備
中 尾 国 土 交 通 省 が 進 め る「i-Construction」の 委 員 を さ れ て お ら れ ま す が、
「i-Construction」の背景や重要性などについてお伺いします。
INTERVIEWER
中尾 成邦
SCOPE
理事長
建山 今後 30 年間で生産年齢人口が 30%減少します。他の分野も人手不足になりま
すが、今でも建設分野は人材が集まらない厳しい状況です。また、経験と知識がある
人たちが退職されていきますので、技術の継承が非常に難しくなっています。一方で
老朽化するインフラの維持管理は確実に増え、さらに激化する自然災害への対応も求
められていきます。そうなると、今までの延長上の議論では対応することができず、
生産性の向上や効率化が求められていくことになります。インフラ整備や建設業界は、
それが実現し得る体制にシフトできるかどうかが鍵になっていますし、ICT 化が根付
かないと、これからの建設業は成り立たない世界になっていると思います。
地方の建設会社に定着させるまでを目標に
中尾 「i-Construction」推進に当たっての目標と課題については、どのようにお考えで
しょうか。
建山 最終的な目標は、地方の建設会社が導入し、自治体も含めて地方で定着して初
めて根付くのかと思います。今、自治体や地方の建設会社がそういう意識を持ってい
るかというと決してそうではありません。気運を高めていく必要があると思います。
各地方整備局もかなり動き出しておられます。先日、近畿地方でも会議がスタート
しました。府や県、市の担当者を集めて、定着させていくような取り組みも始まりま
したので、徐々に広まっていくと思っています。
中尾 大手の建設会社では導入が始まっていますが、地方や中小の建設会社に導入で
きるかどうかが重要ですね。
写真右より、建山教授、中尾理事長
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 9
建山 そうなんです。国交省は今後の設備投資を若干、増加するといった話をしてい
ますが、このような時期に体制を整え、新しく変わっていく企業や分野が生き残って
いく状況になっていくと思います。乗り遅れると厳しくなってしまいますね。
拘束時間の短縮という労働環境への効果
建山 和由
立命館大学 理工学部
教授
中尾 現在、地方の港湾現場でも機械化を進めていますが、これを「i-Construction」に
うまく結びつけていくことが大事だと思います。
建山 導入するとどうなるのか。建設会社から伺った事例をもとにご紹介します。ダ
ムの造成工事で情報化施工や建設ロボットを導入し、その作業の状況や効果のイメー
ジが示されました。
例えば、ダンプが現場に入ると、GPS 機能付きの運行管理システムでダンプの位置
と土を運んだ運搬量が自動で記録、集計されます。係員はトラックが運んだ土の量を
チェックする必要が無くなります。敷き均しや法面整形も機械化され画面を見ながら
作業を行う。測量作業が削減され、締め固めの管理も簡略化されるなど、現場の施工
管理が随分と楽になります。そして、全てのデータが手持ちの PC やモバイルに入って
くるので、日報がすぐに作成できます。効率化することで人の作業内容が変わり、時
間的な拘束が短くなって定時に仕事を終える。そんな作業イメージです。休みも多く
取れるでしょうし、雇用面でもメリットがあると思います。
中尾 一つひとつでみると、既に ICT が導入されていますが、それをうまく繋げてい
くことが重要だと思います。
建山 そうですね。港湾のそれぞれの技術は、陸上工事に比べて遥かに進んでいると
思います。PC やモバイルにどんどん入ってくるデータを総合的に管理できれば、随分
と効率化が実現していきます。また、工事や作業で ICT を導入する際には、工事の作
業分析を行ってから始めるのが良いと思います。どういう作業手順があり、その作業
に人手や手間がどうかかっているのか。そして、それらをどう効率化したら良いのか
といったことを検討するのが重要になります。
新しい「3K」が実現できる産業に変える
中尾 これからの「i-Construction」が目指すべきものについて、お考えをお聴かせく
ださい。
建山 「i-Construction」で何を目指すかというのが重要と思います。単に建設に ICT
10 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
を導入するという話ではなく、建設という産業の体質を変えていくのが重要と思いま
す。ICT の導入で生産性の向上や効率化を図り、人の働き方を変える。それによって
「3K」と呼ばれている建設業が「給料」、
「休日」、
「希望」という、新しい「3K」を実現で
きる産業に変える。そんな話だと思います。
そして、もう一つ、変わって欲しいと思うことは、現場における技術開発に対する
モチベーションです。もっと高くなって欲しいなと思っていましてね。
以前、世に液晶を送り出されてきた企業の方から、研究開発のスパイラル戦略とい
う話をお伺いしました。一つの技術開発で次の研究開発のテーマを作り、新しい研究
のネタが途切れずに生まれていくという戦略です。
「すばらしいですね」とお話すると、
「土木の方も、世界で一番、長い橋や長いトンネルを作る技術を持っていらっしゃる。
畏敬の眼で見ていますよ」と言っていただいたのです。土木の技術は現場でいろんな
中尾 成邦
SCOPE
理事長
課題を見つけて、工夫し改善してきたから、今の技術が成り立っているのだとその
時、再確認しました。
20 年ぐらい前の現場では、ここはこういう風にやろう、と課題を見つけては改善す
るといったことが強く意識されていたと思うのですが、残念ながら今はそういう話を
あまり聞きません。インフラ整備が規格化、マニュアル化され徹底してきっちりと作っ
てきたので、そこから離れられなくなったのではないかと思います。トヨタに「改善」
という言葉が根付いていますが、土木でも、基準やマニュアルを前提とした上で、
もっと現場の工夫で生産を変えていこうといったことがなされて欲しいと思います。
中尾 そのようなことは昔から各現場でやっていた気がしますが、今では変わってき
ているのでしょうか。
建山 以前と比べると、現場で変わっていこうといった気運が少し低くなっていると
感じています。
「i-Construction 」では、基準やマニュアルなど管理方法を大きく変えていこうとい
う話になっています。それに呼応して、現場毎に新しい技術の導入や工夫を行う余地
が生まれることが期待でき、私自身もそんな機運が出てくるものを目指して活動した
いと思っています。
映像や画像をインフラ管理や技術者育成に
中尾 先日、高速道路工事の現場で橋脚が倒れるといった事故が起きましたが、
「i-Construction」を導入した場合、事故対応への効果や有効な活用方法というものが
あるのでしょうか。
建山 今、注目しているのが、映像や画像をしっかり撮って、インフラ管理や技術者
育成に活用しようというものです。愛知県の小さな建設業者さんの例ですが、若い人
たちに技術を継承しようと工事現場の映像を撮り、他の情報と一緒にデータベースに
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 11
仕上げて活用されています。1 枚 1 枚の静止画が動画のように見られるタイムラプスと
いう機能があるのですが、その機能を使えば 1 日 8 時間の工事が 30 秒程の動画になり
ます。そこで、熟練の技術者が若い職員を集め、映像を見ながらその日を振り返り、
「この時はこうだったがこうすれば良かった」、
「これは危険だったね」とバーチャルで教
えていくんです。一連の工事映像をアーカイブとして記録・保存しておくと、同種の
別の工事を始める前に、一連の工事の手順を映像でシミュレートすることができ、安
全面での強化策を事前に検討することもやり易くなります。
また、事故対応という点では画像を撮っておけば、どの時点でどういうことが起
こったのかと、原因を追求することができるので有効なデータになると思います。
中尾 映像の情報は、データが膨大になりますが、支障はないですか。
建山 デジタル技術が進歩してきましたので上手くできると思います。できれば、映
像を工事報告書の代わりにしたいと考えています。現場と発注者がパソコンでデータ
を共有できれば、一日の工事をそれらの画像で確認し、現場状況も把握できるといっ
た使い方ができます。また、今、映像や画像からデジタルデータが拾い出せないかと
いった研究を学生たちと始めています。例えば、映像から土の含水量はどれぐらいか
がわかるようになる、そんな研究です。
中尾 先生の研究室は実習も多く、面白い研究をされているとお伺いしました。学生
たちも土木への興味がわいて、建築や土木関係に就職する学生が多いのでしょうか。
建山 いや、そうでもなく、様々な分野に広がっています。バブル期の景気が悪くなっ
た時に、建設業界で採用が狭められた影響で銀行や商社など他の分野に進路が広がり
ました。そうなると、景気が良くなったから戻っておいでと言っても、戻らないんで
す。採用側の建設会社やコンサルタント会社からは、土木や建築
の学生に来て欲しいと言われます。しかし、もうICTが始まって
いるので土木にこだわらず、情報工学や機械、電気・電子の学生さ
んを積極的に採られたらいかがですか、と話をしているんです。
中尾 先生は今後も ICT の研究を続けていかれるのでしょうか。
それとも別の新しい分野に取り組まれるおつもりですか。
建山 元気に仕事ができるのは、あと 5 年、10 年といったところ
でしょうから、ぜひ ICT を広めることに注力したいなと思ってい
ます。
中尾 今後も引き続き、港湾の「i-Construction」の推進にご協力
をお願いします。本日は貴重な事例などをお聴かせいただき、誠
にありがとうございました。
12 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
BEHIND PROJECT①
ICT活用事業−秋田港飯島地区防波堤
(新北)
現況調査
高密度なデータを取得し、
わかりづらい現況を把握できた3次元測量
国土交通省 東北地方整備局 秋田港湾事務所
国土交通省が取り組む「i-Construction」の一環として、 調査はドローン※1 と3Dレーザースキャナ※2 を使い、水中部
昨年、東北の港湾の防波堤で初めて ICT を活用した 3 次元
調査はナローマルチビーム※ 3 を使って行った。そして、そ
測量が実施された。その特徴や仕組み、効果などを秋田港湾
れぞれの調査で取得した 3 次元データを統合することによ
事務所、港湾施設監査官の須藤氏と係員の鍋谷氏に伺った。 り、水上部と水中部の消波工全体の形状を 3 次元画像で一
体的に把握することが可能になった。
水上・水中部の測量の3次元データを統合
「対象区域を面的に把握できるのが大きな特徴で、対象区
「平成 27 年度 秋田港飯島地区防波堤 ( 新北 ) 現況調査」は、 域の任意の箇所のデータが抽出できます。また、断面図も
秋田港飯島地区の新北防波堤の日常点検時に消波工の天端
任意の間隔で抽出ができ、精度の高い数量計算が行えるな
高不足が確認されたことを受けて、消波ブロックの状況と
ど、様々なメリットがある方法です」
不足した箇所を正確に把握するために実施された。
「従来の測量機器を使用した横断測量では、作業員が消波
ドローンとナローマルチビームを使用
ブロックの上に立って行うため、危険が伴いました。また、
測量の仕組みを、もう少し具体的に見てみよう。水上部
ブロックが異形であるため測点間隔がばらつき、測点間の
調査で測定するドローンにはカメラが搭載されており、予
移動にも時間がかかる等の課題がありました」と須藤氏は
め速度、高度、ルートを設定しておき、自動操縦で航空写
導入のきっかけを語る。
真を撮影する。そして、陸上に設置した3Dレーザースキャ
そこで、技術提案として業務の実施方針を求め、ドロー
ナを使って、位置と高さがわかる対空標識点を面的に取得
ン計測による調査結果の品質向上、作業実施時の安全と工
した。こうして撮影したドローンの航空写真と取得した
程の確保があげられ、手法の有効性や結果の精度等の観点
3D レーザースキャナのデータより標定※ 4 を行った。
から 3 次元測量が採用された。
水中部調査の測量は、すでに実用化されているナローマ
測量は水上部調査と水中部調査の 2 つから成り、水上部
ルチビームを搭載した測量船が、対象区域を航行しながら
秋田港飯島地区・新北防波堤の現況調査
1 目 的
秋田港飯島地区・新北防波堤の消波工の現況調査
2 内 容
秋田港飯島地区・新北防波堤の水上部と水中部における3次元測量
3 期 間
平成27年9月〜 12月
3次元測量の概要
国土交通省 東北地方整備局
秋田港湾事務所 保全課
港湾施設監査官
国土交通省 東北地方整備局
秋田港湾事務所 保全課
係員
須藤 浩
鍋谷 泰紀
水上部:ドローンと3Dレーザースキャナに
よる3次元測量
水中部:ナ ローマルチビームによる3次元
測量
ドローンによる航空写真の撮影
3Dレーザースキャナで対空標識点を面的に
取得し、標定を行う
(対空標識点:位置や標高が分かる点)
ナローマルチビーム測深機によりデータ
を取得。潮位、喫水、船体動揺、方位等の補
正を行い、3次元計測データを取得
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 13
BEHIND PROJECT①
1 ■平成27年度 秋田港飯島地区防波堤
(新北)現況調査
2
3
ドローン
3Dレーザー
スキャナ
防波堤
天端部
データ取得範囲
①調査対象地域は秋田港飯島地区新北防波堤・全長1700mの内、1006mを対象
(赤線)
②日常点検時に確認された天端高不足 ③水上部調査は海水面から防波堤
天端部までの消波ブロック
(赤線)
をドローンと陸上に設置された3Dレーザースキャナで測量
測量を行い、取得したデータについて潮位、喫水、船体動
撮影し、陸上の3Dレーザースキャナで標定を行うという方
揺、方位等の補正を行い、3 次元データを取得した。
法を今回採用しました」
こうして取得した水上・水中部調査の 3 次元データを一
この方法はこれまでと比べ、データ密度が圧倒的に向上
体化し、作成した図⑬の「平面図」からは消波ブロックの散
しており、複雑な形状の消波ブロックの不足量や変化した
乱や崩れ、洗掘傾向などを、図⑭の「3 次元形状図」からは
箇所などが容易に算出できるようになった。本調査では高
消波ブロックの散乱、天端高不足が確認され、これまでわ
波浪により飛散したと考えられる消波ブロックが計 24 個、
かりづらかった現況が明確に調査結果として得られた。
確認できた。位置や個数を明確に把握できることで、再利
用などの活用策が検討できるようになった。
高密度データで位置や個数を明確に把握
また、従来の方法と比べ、危険な場所に立ち入る必要が
本調査で特に注目される工夫ポイントは、ドローンと 3D
レーザースキャナを組み合わせた点にある。
なくなった。安全な場所で作業が可能となった点も作業員
の安全確保という観点から見逃せない効果である。
「3D レーザースキャナを使って空中から測量ができれば、
さらに、従来は現場での作業に 5 日程度かかっていたが、
3次元データを簡単に取得できます。しかし、現状ではド
今回の方法では水上・水中部の調査をあわせて 2 日間とい
ローンの運搬能力がレーザー計測システムを搭載できない
う短期間で終えることができた。これにより、作業の時間
ため、小型軽量化が求められると聞いております。レーザー
短縮と効率化が実現し、生産性が大幅に向上したのである。
による上空からの計測では、航空レーザー計測が既に実用
化されておりますが、今回の対象区域の規模では狭く、コ
気象、海象状況を見ながら実施する スト高になることに加え、データ密度が低く鮮明なブロッ
今回の測量実施を前にして、いくつかの懸念材料があっ
ク計測ができません。そのため、コスト削減を考慮し、か
た。一つは、ドローンが風の影響を受けやすく、防波堤と
つ、正確な測量方法という観点からドローンで航空写真を
いう風の強い場所で上手く撮影ができるのかということだっ
④本調査で使用したカメラ搭載のドローン ⑤ドローンによる撮影は速度、高度、ルートを設定し自動操縦で行う ⑥3Dレーザースキャナ。測量の基準点となる
「位置と高さ」の3次元データを取得する ⑦ドローンで撮影された航空写真 ⑧3Dレーザー点群による「画像標定イメージ」
4
6
7
8
5
●3Dレーザー
計測点群
14 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
9
10
11
12
天端高不足
(1m以上)
↓1m
測量船
ナロー
マルチビーム
消波工
計測結果
設計断面
データ取得範囲
⑨水中部調査。ナローマルチビームで水面下約1m~基礎捨石法尻から50mまで(赤線)のデータを取得 ⑩ナローマルチビームは測量船に搭載して操作する ⑪ナローマルチビームによる「測深画面」。リアルタイムで確認できる ⑫上記から抽出した「断面図」。設計断面と照らし、消波工の不足箇所がわかる
た。しかし、実際にはほとんど問題はなかったと言う。
てくる。
「使用されたドローンのカメラは、風にあおられても誤差
また、現状ではドローンもナローマルチビームも積算基
が出ないように工夫がされていたため、風の影響はほとん
準がなく、この測量方法を指定した発注が標準化されてい
どありませんでした。事前に作業中止の基準を設けていた
ないという課題もある。だが、これについても、今後、同
ので、ひどい強風時にはその基準に応じて、測量を中止し
様の事例が増えていくことで、基準も整備されて発注しや
ました。これらの対応も正確なデータの取得という点で効
すくなると考えられる。
そして、技術的な面では、ドローンやナローマルチビー
果的でした」
水中部の測量に関しても、測量船が波の影響を常に受け
ムなどを使って、老朽化が進んだ場所の内部や人が立ち入
ることから、正確な測量ができるかという不安な面があっ
れないような場所も、きちんと調査できるような仕組みが
た。しかし、これについても、天候が安定した日を選ぶこ
できれば、さらに導入が進むと考えられる。ドローンにつ
とで、正確な測量を行うことができたと言う。
いては、標高算出精度が向上すれば、防波堤上部工等のよ
「水上、水中を問わず、調査は気象、海象状況に大きく影
響を受けるので、基本的には状況を見ながら行うことにな
ります。この点に配慮すれば問題はないと感じました」
り精度の高い計測への対応も見込める。
ICTを活用した測量、調査は、省力化や生産性の向上が図
れるなど、その効果は大きく維持管理や補修工事への導入、
活用が期待されると言う。
コスト削減を実現し、さらなる広がりを
「今回の調査で取得した 3 次元データは、今後の新北防
今回の調査を通して、見えてきた課題はコスト削減であ
波堤の維持管理、予防保全等を行う上での基礎資料に使用
る。今回の調査方法では現場作業のコストが大幅に縮減し
します。また、今後も同じ測量方法で行った 3 次元データ
たが、広くこの方法が活用、一般化されれば、さらにコス
を蓄積することで、今回の調査結果からの変化が正確に把
ト削減が期待できる。そういった面でも普及が重要になっ
握できるようになるはずです」
⑬2つの調査で得られた3次元データを統合した「平面図」。散乱ブロック、ブロック崩れや洗掘傾向などが確認された ⑭立体的に見られる「3次元形状図」。散
乱した消波ブロックや天端高不足が中央部分に。散乱ブロックの位置や個数を明確に把握できたため、これらの活用策の検討が可能に
13
6m
散乱ブロック
ブロック崩れ
法尻部の張り出し
天端高不足(1m以上)
3m
14
散乱ブロック
天端高不足
0m
-3m
洗掘傾向
-6m
消波ブロック不足が
顕著な区間
-9m
-12m
-15m
※1 小型無人航空機
※2 地 理空間、大型構造物な
ど広範囲を高速にスキャ
ンし、3次元座標データ
(点群)として記録する非
接触型計測システム
※3 音 響ビームを扇状に海底
に発射し、短時間で広範囲
かつ高密度な3次元デー
タを取得する音響測深機
※4 地表面に対応した位置情
報を写真に関連付けるた
めの画像補正作業
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 15
BEHIND PROJECT②
ICT活用事業−広島港廿日市地区・航路浚渫工事
浚渫の精度アップと効率化を実現した
「グラブ浚渫トータル施工システム」
東洋建設株式会社
港湾における「i-Construction」を支える技術の中で 3D 施
従来の航路整備等のグラブ浚渫工法では、法面部を階段
工管理の中心となるのが、作業船で活用される施工管理シ
状に掘ることになり、深掘り気味になってしまう。本シス
ステムである。その事例として広島港の航路浚渫工事で導
テムは階段状ではなく、勾配に合わせた掘削ができ、深掘
入された「グラブ浚渫トータル施工システム」について、 りを削減すると言うのだ。その開発意図を伺った。
東洋建設㈱の技術営業部部長の杉浦氏に伺った。
「従来の階段状の掘削では、深掘りになる傾向があり土
量が増えてしまいます。また階段状に掘削するそれぞれの
2つで構成されている 「グラブ浚渫トータル施工システム」
掘削の深さを事前に計算しておき、掘削場所毎にクレーン
の深度停止装置の設定深度を変える必要があり、作業面で
広島港廿日市地区は近年、製造業のエネルギー源として
注目される LNG
※1
非効率でした。そこで、目標の浚渫深度を 3 次元データと
の一大輸入拠点となっている。しかし、 して登録しておき、グラブバケットの位置から法面の浚渫
航路・泊地の水深が浅いため小型の LNG 船しか入港ができ
深度を自動計算して、ガイダンスする管理システムを開発
ず、輸入拡大が阻まれる要因になっていた。そこで、LNG
しました。また、深度が変化する法面での浚渫精度を上げ
船の大型化に対応し、LNG の安定的な調達・輸送の確保を
るため、勾配に合わせてバケットを傾けたまま浚渫できる、
目的に航路 ・ 泊地の整備事業が実施され、平成 27 年度の 『3Dグラブバケット』を導入しました」。名称にある「3D」は
3 次元データを活用するということから名付けたと言う。
同事業・浚渫工事が本システムの初の導入現場となった。
本システムは、グラブ浚渫工事の効率性や精度を高める
ことを目的に開発された。適正な浚渫深度を保持しガイダ
※2
ンスする「3D 浚渫施工管理システム」と、法面 (傾斜面)
ガイダンスに従ってバケットを停止
開発の経緯は、まずは平成 25 年に「3D 浚渫施工管理シ
の勾配に合わせた浚渫ができる、
「3D グラブバケット」の 2
ステム」を完成させ、神戸の六甲アイランドや東京港の中
つから構成されている。
央防波堤工事に試験導入を行い、一定深度での水平掘削に
広島港廿日市地区航路(−12m)浚渫工事
1 目 的
広島港廿日市地区での大型LNG船の接岸
2 内 容
広島港廿日市地区航路(−12m)の撤去工、浚渫工及び土捨工
3 期 間
平成27年4月21日〜 11月13日
「グラブ浚渫トータルシステム」の特徴、仕様
「3D浚渫施工管理システム」
「3Dグラブバケット」
1 浚渫目標深度を3次元情報として設定する
ことで、法面部においてバケットの平面位
置から演算した目標浚渫深度と、バケット
刃先深度との差をリアルタイム表示する
1 法面浚渫対応:吊点を変えることで1:2、
1:3、1:4、1:5、1:6と水平の6段階で勾配
切り替えが可能
東洋建設株式会社
土木事業本部
技術営業部 部長
2 3次元で掘り跡の表示が可能
2 容 量:25㎥、20㎥、15㎥(可変)
3 岸壁・防波堤等の構造物も表示可能
3 自 重:64.0ton(直巻能力100ton以上の
クラブ浚渫船に対応
杉浦 仁久
4 浚渫必要範囲の表示も可能
4 支持ロープ:φ52㎜
開閉ロープ:φ52㎜
16 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
1
2
五日市地区
泊地
(-12m)
LNG桟橋
泊地
(-12m)
泊地
(-12m)
浚渫済み範囲
-10m岸壁
廿日市地区
航路・泊地(-12m)
航路
(-12m)
航路
(-12m)
工事区域
①広島港廿日市地区は、広島港の輸入貨物の約5割を占めるLNGを取り扱う。工事は、これまで2万㎥級の小型LNG船しか接岸できなかった同地区の航路、泊地を
浚渫して、15万㎥級の大型LNG船の接岸を可能にするもの ②赤色が担当した工事区域。4つの工事区域の内、1区域を担当
威力を発揮した。そして、平成27年に「3Dグラブバケット」 なされている。
が完成し、組み合わせて本システムが出来上がった。
また、設定した浚渫深度に達すると自動的にバケットが
作業の手順はこうだ。本システムをグラブ浚渫船に搭載
停止し、浚渫するといった機能もあり、適正な深度を保持
し、各情報を 3 次元データとして入力。画面に浚渫船やバ
した掘削が容易にできるように、ガイダンスするシステム
ケットの位置や向きが立体空間で表示される。ガイダンス
となっている。その他、浚渫必要範囲、周辺の岸壁、防波
に従い、目標となる設計浚渫深度でバケットを停止させ、掘
堤等の構造物の表示も可能である。
削作業を行い、浚渫土砂を土運船に積み込むというものだ。
「色分けはその都度、設定ができます。今回の工事では深
掘りを、適正範囲の『20㎝以内』と『それ以上』の 2 区分に
深度を適正にガイダンス、管理する
「3D浚渫施工管理システム」
設定しました。これまで、掘削状況はリアルタイムにわか
らなかったのですが、作業中のリアルタイムにわかるのが
「3D浚渫施工管理システム」の特徴は、船やグラブバケッ
ポイントです。色分けでそれらが瞬時にわかり、微調整が
トがわかりやすい立体空間で表示されることと、適正な深
しやすくなりました。例えば、赤色が表示されると『20㎝
度が保てるようにガイダンスし、浚渫深度が管理できると
以上の深掘り』を示しているので、深度を調整し深掘りが
いう点が大きな特徴である。目標の設計浚渫深度を、リア
抑制できます。結果、ほとんどのエリアで適正な深度を保
ルタイムでガイダンスし、設計深度が変化する法面部を効
つことができました」。法面の総延長、約 1.1km を浚渫
率的に掘削することが可能となった。これは、3 次元デー
し、ほぼ適正な深度を保つことができたと言う。
タとしたことで、グラブバケットの刃先の深度と設計深度
との差をリアルタイムで計測し、表示できるようになった
からである。そして、掘り跡を設計深度に対しての「不足」
「適正」
「深掘り」と区分し、色分けで表示するという工夫が
勾配に合わせた「3Dグラブバケット」
法面部の作業の効率化を図るために開発された「3D グラ
ブバケット」。支持ロープの吊点位置を変化させることで、
③本工事では様々な浚渫船が工事を行った。写真右が「グラブ浚渫トータルシステム」を搭載したグラブ浚渫船 ④「3Dグラブバケット」は吊点の位置を変えることで、傾
斜角度を水平から6段階で切り替えられる。
これにより法面の斜面に合わせて精度の高い浚渫が可能に
3
4
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 17
BEHIND PROJECT②
5
6
7
色分け
浚渫
深度
内 容
緑色
適正
設計浚渫深度
〜余掘り深度※3
黄色
やや
余掘り深度
深掘り 0cm 〜−20cm以浅
赤色
深掘り
余掘り深度
−20cm以深
⑤
「3D浚渫施工管理システム」の3D表示画面(本工事使用のもの)。オペレーターは浚渫船、バケット、工事区域を簡素化した3D表示画面を見ながら作業を行う
⑥同システムを活用した表示画面(イメージ) ⑦画面⑥の掘り跡の色分け。浚渫した掘り跡は目標とする浚渫深度に対し、適正、やや深掘り、深掘りを、色分けで
表示、施工履歴を記録する。色は任意で選べる
掘削勾配が変化できるようになったのが最大の特徴で、6 段
「オペレーションが簡単になり、かつ、効率が上がったこ
階の傾斜角度が付けられる。従来のグラブバケットは水平
とも本システムの導入効果です。例えば、法面を掘る場合、
方向にしか掘削ができず、傾斜のある法面部では階段状に
土を階段状に複数回にわたり掴んでいましたが、グラブバ
掘削せざるを得なかった。階段状に掘削すると深掘りが大
ケットの幅を一掴みで斜めに掘ることができ、掴む回数を
きくなっていたが、施工場所の傾斜面に合わせて行えるよ
減らせました。また、護岸の石がある場所では、ぶつから
うになり、精度よく掘削することが可能になった。
ないように、事前に深度の設定が可能になったのです」
さらに、浚渫する厚みにあわせて、バケットの容量を変
本事業では浚渫船は 1 隻であったが、船に搭載する PC と
えられるのも大きな特徴だ。シェルカバーを回転させ上下 「3D グラブバケット」が持ち運べるため、複数の浚渫船に
に移動することで、バケットの容量を 25㎥と 20㎥に切り
簡単に導入ができ、大規模な工事での対応も可能だ。そし
替えができ、厚みが薄い掘削の積込効率がアップした。
て、本システムがより効果を増すのは、浚渫深度が深く法
「薄く掘らなくてはいけない場合、バケットが掴む土量は
面の延長が長い施工環境、現場であると言う。
少なく水が多く混入します。そして、多量の海水が土運船
「防波堤など、構造物の床掘における長い法面を掘削する
に積み込まれ、運搬効率を下げてしまいます。薄く掘る際
工事には、本システムが効果的と思います。深掘りを抑え、
に、適正な土量で浚渫することは工事の精度や効率だけで
埋戻す土量が減らせます。その他、様々な面で効率よく工
なく、工事による浚渫時の余剰水発生を抑制するといった
事が進められると期待しています」
環境面でも効果があります」
スムーズな動作と3D表示のさじ加減
複数回に分けて、掴んでいたのが1度に
法面部の深掘りの低減や環境面でも良かったという効果
に加え、オペレーションが簡単になったと言う。
8
9
正面表示
従来の浚渫施工管理システムは、平面(2 次元)のみの管
理で、3 次元での管理は不可能だった。さらに海底を水平
に掘削するのが前提だったため、バケットの傾斜をどのよ
⑧「3Dグラブバケット」の表示画面
(シミュレーション)。従来、階段状に
浚渫していた法面を傾斜に合わせて
随時、状況が表示される
⑨従来の浚渫工事の施工管理画面。
掘り跡を深度ごとに色分け表示する
とともにグラブバケットをラップさ
せ、バケットを設定した深度に停止
させる。既にマシンガイダンス機能
が導入されていたが、2D表示であっ
たため、法面の浚渫が適正な深度か
を判断するのは難しかった
18 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
10
11
12
⑩陸上基準局の計測機器。
浚渫船はGNSS衛星からの信号と陸上基準局
(写真)
からの補正データを受信して正確な位置を把握 ⑪工事区域近辺の護岸に設置されて
いる自動潮位観測伝送装置。測定した潮位データを浚渫船に送信。浚渫船ではこれに基づき浚渫深度を管理する ⑫傾斜計は船体の左右・前後の揺動を検知し、バ
ケットを降ろす深度を補正
うに 3D 画面に反映させるかが課題で、わかりやすい 3D 表
今後の開発に向けて、技術的課題としてあげたのは、水
中で機能する耐久性の高い計測機器の開発だ。一般的に建
示とスムーズな動作のさじ加減に苦労したと言う。
「グラブ浚渫船とバケットを 3 次元データとして入力し、 設工事で使われる GNSS 等は、水中では全く機能しない。
現場での動作をリアルタイムにアニメーション化できるよ
海中で使える耐久性の高い機器開発が必要と言う。
うにしました。しかし、表示するデータが細かすぎると重
くなり、スムーズな動作ができません。グラブ浚渫船やバ
ケットの形状を簡易な 3 次元としてデータ化し、滑らかな
ICT活用で高精度な工事管理を
港湾・海洋事業における ICT は、効率化や精度向上とと
もに、作業の無人化による安全性の向上や環境保全にも大
動きで表示させることで、機能が発揮できました」
いに有効な手段である。
GNSSで誘導するケーソン据付システム
「ケーソン据付工事では、人がケーソンの上に乗り指示を
今後、本システムは法面を掘削する工事への導入が予定
していましたが、ICT の活用で無人化となり、危険な作業
されている。また、東洋建設では浚渫だけではなく、ICT を
が減りました。また、潜水作業など危険を伴う専門性の高
活用した効率化や安全性を向上させる試みがなされている。 い作業を担う人手不足も深刻な問題となっていますが、作
「他の分野ではケーソンを GNSS ※4やトータルステーショ
ンで誘導するケーソン据付システムがあります。現在、同じ
様な技術が各社それぞれ独自に開発されており、従来のよ
業人員を減らしながら高精度に工事管理が行える ICT を、
様々な分野で開発、導入していければと思います」
今後の ICT 化について、技術者の立場から伺った。
うに、人がトランシット等の測量器械のみを使ってケーソ
「新しく使える材料がないか、最新の技術など情報収集が
ンを誘導することはほとんどありません。多くは ICT が導
欠かせません。建設業だけでなく、他産業の技術にも何か
入されており、無人化や操作の遠隔化が進んでいますし、 ヒントがないか広く注目しながら、高精度で耐久性の高い
作業船も GNSS を使って安全な運航管理がなされています」
13
14
計測技術や機器類の開発を目指していきたいと思います」
⑬音響測深システム「シービジョ
ン」の表示画面。浚渫作業中でも測
深可能な濁りに強い測深装置も活
用して浚渫深度を管理 ⑭将来的に導入したい3D表示画面
(シミュレーション)。精密な3D表
示でより精度が高い浚渫工事を目
指す
※1 液化天然ガス
※2 切り取り、または盛土によって
造られた人工的な傾斜面
※3 設計当初から想定されている設
計浚渫深度より余分に浚渫でき
る深度
※4 汎
地球測位航法衛星システム。衛
星を用いた測位システムの総称
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 19
ZOOM UP
高校・物理の先生の言葉にやる気スイッチ
得意でない電気の試験で満点を
中川教授の研究は「メカトロニクス」と呼ばれる領
この人の仕事の流儀 vol.30
域で、電気、機械、構造、振動と幅広い分野で活躍さ
奮起した100点が生涯の
研究、電気工学へと導く
れています。数少ない女性研究者の一人ですが、電気
挑戦と努力を積み重ねた道
電気工学一筋に研究を続けてこられた中川教授。
現在、
東京都市大学で磁気浮上・搬送システムや
リニアモータ・ロボット制御等の研究に取り組ま
れ、
国土交通省・社会資本整備審議会等、
運輸や建
設など生活に直結した社会基盤の委員会活動に
も参加されています。
数少ない女性の電気工学の専門家、
研究者でもあ
る中川教授。電気工学の研究に進まれたきっか
けや今に至る道筋、支えとなったものなどを、お
伺いしました。
工学を選んだきっかけは何だったのでしょうか。
高校は地元北海道でも有数の進学校。女子生徒は当
時、クラスに5人程度とすでに少数派でした。優秀な
人ばかりだったため、自分はダメだ、劣等生だと思
い、何をどう勉強してよいかわからず、無為な日々を
送っていたと言います。
しかし、物理の先生が本音とも冗談ともつかない様
子で「高邁な物理の世界には女性はなじまない」という
ような話をされたことがあり、向上心や闘争心に火が
点きました。悪戯心で『次の試験で良い点を取って驚
かせてみよう!』と奮起し、猛勉強を。結果、見事100
点を取りました。
「それ以前は物理に興味はなかったし、点数も良くな
かったですね。その時の試験範囲がたまたま電気だっ
たのですが、その時の単元が「熱」だったり「光」だった
り「音」であれば、また私の人生は変わっていたかもし
れません ( 笑 )。
『もしかしたら、電気は私に合っている
かもしれない』と勘違いしてしまったんです」 この試験結果が後の人生に大きく影響することにな
ります。
1
2
中川 聡子
東京都市大学
工学部 電気電子工学科 教授
学歴・経歴
1980年 横浜国立大学大学院 修士課程(電気工学専攻)
、修了
1987年 工学博士(東京大学)
1980年〜 横浜国立大学工学部助手、スタンフォード大学客員研究員、
横浜国立大学工学部助教授
1992年〜 東京電機大学工学部助教授を経て、東京電機大学工学部教授
2001年〜 航空鉄道事故調査委員会・運輸安全委員会常勤委員
2010年〜 東京都市大学(旧武蔵工業大学)教授、現在に至る
専門
電気機械システム制御、鉄道、振動制御、電気機械事故、安全学、
衝撃と運動制御
20 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
②テスター一つない、ゼロから
立ち上げた中川研究室。苦労
①「安全・電気機械・構造」と幅広い活動は、電 を見てきた1期卒業生からの
気を使わない機器は殆どないことや、安全系の 色紙がお部屋に
知見があり、構造、振動を研究しているからと
委員会活動の経歴
2001年、運輸安全委員会委員(常勤・鉄道部会長代理)、就任。2010年、
任期満了にて常勤委員を退任。現在も数々の委員などを務める
現在の参加委員会
電気学会有識者委員会、日本AEM学会理事、原子力規制委員会原子炉
安全専門審査会委員、国土交通省社会資本整備審議会(建設系・運輸
系)、国土交通省昇降機等事故調査部会、国土交通省中央建設工事紛争
審査会、マンション基礎ぐい問題の国土交通省有識者メンバー、など
医学部志望から工学部へ
子供を連れての留学生活
機器設計の一つで生死にかかわる
エンジニアの責任を痛感
将来は、医者のいない地域での医療活動に従事した
その後、研究者として大きな転機となったのが、
いと医学部を受験しましたが、入学が叶わず、当時、 2001 年から 9 年間に及ぶ、運輸安全委員会での活動
後期入試のあった横浜国立大学工学部を受験、入学後
です。常勤の委員として活動に専念しているうちに、
は電気工学の道へと歩み始めます。
研究に対する考え方が変わります。それまでは「美しい
「何故、工学部を受験したかと言うと、
『おだてりゃ木
理論を駆使する」ことにしか興味がなかったのですが、
に登る』みたいなもので、先ほどお話しした高校での
機器の設計一つで、人の生死が分かつことを実感し、
試験の成功体験からなのです。電気工学ではよく使う
エンジニアの責任を痛感したと言います。
数学が好きだったということもあります」
「制御工学は数式で理論を展開するのですが、以前
卒業後、鉄道会社に就職しようと思ったとのことで
は難しい式を使って論文を書くことに興味がありまし
すが、その社では「女性は採らない」と言われ、修士
た。しかし在任中、200 件近い事故を扱って、わかり
課程に進んだ後、助手として大学に残ります。当時、 にくい複雑な理論を振りかざしても、無力なことがあ
理系の世界では女性が役職を得るのが難しかった時代
ると知りました。使う人の立場に立った『もの作り』が
で、先の見えない閉塞感があったと言います。そんな
重要と思ったのです」
中、スタンフォード大学に客員研究員として渡米した
際には、二人の子供を連れて留学したと言います。
委員就任中、知識不足を痛感して大学の社会人講座
で学んだ『安全学』を活かし、現在は安全の基本である
中川教授は電気工学の女性研究者の先駆者の一人で 「挨拶と風通し」を中川研究室のモットーとしています。
すが、結婚後も仕事と子育てを両立した働く女性の先
「仲間同士で挨拶ができない、整理整頓ができていな
駆者の一人でもあります。努力を積み重ね、移った東
い事業所は、危うさをはらんでいると伺いました。ま
京電機大学で教授に就任します。
た、ものの言いにくい環境では、問題点や事故の芽が
東京電機大学では、他の先生方と同様に二部(夜学) 封印され、大事故に繋がったり、修復不可能な揉めご
の授業も分担し、週1日は深夜に帰宅。今のように両
とに発展することがあります。風通しが良く、意思疎
立を応援する社会ではないときにも、趣味とまで言う
通がはかれる雰囲気がとても重要だと思っています」
『子育て』が、心の憩いになったそうです。
3
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⑦コンテナ運搬作業の効率化や揺動制
御などを目指し、鉄道、港湾など産業界
に直結したリニアモータ制御を研究
⑧介護支援を目的にロボット「人に優
しい手・指」をテーマとした研究。
「まだ
まだ始めたばかりです」と
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③④⑤ライフワークの「磁気浮上」
「
。魔法の絨毯」とも呼んでいるこのシステムは、紙のように薄い鋼板を浮上させ、空中搬送も可能
⑥「エレベータ非常停止装置」を模擬し、エレベータの緊急停止時の衝撃緩和を目的に研究。MR流体を用いた制御ダンパを搭載し、衝撃を吸収、緩和させる仕組み
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 21
ZOOM UP
9
⑨アットホームな雰囲気の中川研究室。当日集まった総勢13名の学生さんたちと記念撮影。
「学生に大切にして欲しいことは、
『ほんの少しだけ大変と思
うあたりをトライすること。限られた時間を有効に使うこと』。例えば、うとうとして講義を受けるなら、ぐっすり寝てから集中を、と言っています」
子供の頃から鍛えたスキル
『家事は手早くパラレルに!』
で両立を
研究が上手くいった時の感動
苦労したからこそ、喜びが何千倍に
任期満了で常勤の委員を退任した後、東京都市大学
アガサ・クリスティの推理小説を楽しむことは、大
に教授として迎えられます。教育・研究、学会への9
学時代からの自分へのご褒美だそうです。そして、ク
年ぶりの復帰には、その切り替えに苦労したそうです。 リスティ作品を読破したという読み方は独特です。
また、50 歳後半から研究室を再立ち上げすることは、
「一行一行を入念に読み込み、散らばっている『犯人
体力との勝負だったと言います。そんな忙しい中川教
の痕跡』を拾い集め、書き出して、推理を組み立てます。
授には、仕事と家事・育児とを両立する、長年培って
このプロセスが研究に似ていて好きなんです。最後に
きたスキルがあります。
はクリスティの仕掛けを見破ったぞ!といった爽快感
「中学の頃、父の仕事の関係で両親と離れて暮らして
いたことがあるのですが、勉強は朝3時に起きて6時
までに。その後は、朝が苦手という姉たちとの分担
で、朝ご飯とお弁当を私が作っていました。そこで家
事をパッパッとこなすことを覚えました」
「パラレルプロセッシング(並列処理)すれば、時間が
が最高です」
文学少女だった一面を残しながらも、社会に出てか
らは困難も多かった中川教授。
「上手くいかないことが多い程、喜びが何千倍にも膨
らみます。研究も同じで、達成した時の喜びは格別です」
最後にスランプからの脱出術や今後について伺った。
何倍にも使えます。例えば、子供を背負って語りかけ
「行き詰まると、敢えてもっときつい仕事に着手する
をしながら、3口あるコンロを同時に使い、手早く1
という手を使うと、行き詰っていたことが小さなこと
週間分の食事を作り保存する。これって、私の専門の
に見えることがあります。でもこの手は、更に難しい
制御工学ととても似ていますが、中学の頃から鍛えて
仕事に挑み続けなければならないという問題も派生し
きた家事のスキルが役に立っているんです」
ます(笑)。退職までは全力で仕事をして、最期にやる
そんな経験からか、若いうちにいろいろなスキルや
経験を積むよう、学生には指導するそうです。
ことはやったと思える人生にしたい。そして、老夫婦
となって遊び歩きたいですね」。苦労を感じさせない、
優しい笑顔で語られていました。
22 SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER
和田 信
十一面
観音菩薩
を巡る 八
<第八回>
㈱ガイアートT・K
六波羅蜜寺
十二年に一度
開扉される秘仏
(国宝)
解説書には「天暦五年(九五一
の小さな寺院です。
五条通の北にある真言宗智山派
十一面は、厨子に隠れてほとん
というのが実感で、かつ頭上の
です。拝観というより、眺めた
が、直ぐに次のグループと交代
明を聞きながら対面できました
陣に招かれ、僧侶から簡単な説
の前に立ちふさがっていた。視
れは遥かに大きいものとして私
津 田 さ ち 子 は「 大 き い …、 そ
い」(
『十一面観音巡礼』新潮社)。
世音を、再現したものに相違な
のは、空也が感得した生身の観
職すら拝んだことが無いと言わ
東大寺二月堂の本尊などで、住
その代表は、お水取りで有名な
無 い「 絶 対 秘 仏 」が あ り ま す。
ろくはらみつじ
年)醍醐天皇第二皇子光勝空也
線をはいのぼらせて、観音のお
資料によると、像高は二五八
た。
「ああ、美しい」(中略)目の
顔に止った時、思わず声をあげ
で、神秘的に見せる効果がある
のでしょうか。秘して隠すこと
ですが、何故、扉を閉じておく
本来、仏像は礼拝されるもの
た悪疫退散のため、上人自ら十一
㎝と巨像で、檜の一木造りの漆
と思いますが、仏像の本質から
六波羅蜜寺は京都の鴨川の東、
上人により開創された西国第十七
ど見えません。
れています。
番の札所」、
「当時京都に流行し
面観音像を刻み、御仏を車に安
前の仏こそ、より嫋やかなもの
見せず、降臨の場を設定し、お
また、日本の神は本来、姿を
たお
箔とされています。
に「 像 を 覆 い 隠 す べ し 」と 記 す
初期密教の中には、その経典
由来する諸説があります。
置 し て 市 中 を 曳 き 廻 り、
(中略)
念仏を唱えて病魔を鎮められた」
と記されています。
とりべの
往時、この周辺は鳥辺野と呼
ら れ た 原 野 だ っ た よ う で す が、
祀りするだけで霊験があれば良
ものがあったようです。
平安後期に平忠盛が六波羅と称
いという思想に、
「霊木が御衣木
ばれる風葬の地で、死体も棄て
す る、 平 家 一 門 の 邸 館 を 構 え、
である」という神仏習合により、
み そ ぎ
その後、鎌倉幕府により六波羅
仏像と神観念が結合したことを
面観音は秘仏であり、十二年毎
らの説は、仏像を巡る長い歴史に
私には難解過ぎますが、これ
指摘する説もあります。
の辰年の限られた期間のみ、本
起因していることだと思います。
かいひ
が 平 成 二 十 四 年 十 一 月 に あ り、
この秘仏の十二年振りの開扉
リカです。
は、境内に建立されているレプ
りません。本誌に掲載した写真
像関係の書籍などにも写真はあ
おらず、パンフレットにも、仏
白 洲 正 子 は「 さ す が に 堂 々 と
は印象が希薄な観音像でした。
れる神々しさは伝わらず、私に
たが、著名な仏像から醸し出さ
ているような恐怖感を感じまし
であるため、威圧感と見透かれ
た秘仏という先入観と大きな像
十二年振りに衆生の前に現れ
あるいは毎年数日、開扉される
十二年、一年に一度、毎月一回、
秘 仏 に は 六 十 年、 三 十 三 年、
点からの表現はありません。
さに触れていますが、美術的観
両者ともに仏像の壮大な厳粛
版)。
惚 れ た 」(『 秘 仏 巡 礼 』駸 々 堂 出
に溢れ、私はその匂やかさに見
も、お勧めの仏寺です。
お り、 秘 仏 に 対 面 で き な く と
像や平清盛像などが安置されて
慶の四男作と言われる空也上人
す。彼らは心眼で仏像を拝観し
信者達に接したことがありま
の前で、真剣に経を唱えている
某寺院で厨子に隠された秘仏
堂の厨子が開扉されます。
て彫り、以来、本尊となった十一
空也上人が悪疫退散を祈願し
探題が置かれた地です。
しゅじょう
休日に京都へ向かいました。昼
したお姿で、全身を金箔でよそ
ものの他、扉が開かれたことが
この本尊の写真は販売されて
前に門前に着くと、既に長蛇の
おい、ほのかな光を放っている
て、宝物収蔵庫があります。運
六波羅蜜寺には本堂に隣接し
ていたのでしょう。
列です。三十名ほどが順番に外
写真提供 :和田 信(六波羅蜜寺『国宝 十一面観音立像』レプリカ)
六波羅蜜寺:〒605−0000 京都市東山区五条通大和大路上ル東
SCOPE NET VOL.75 2016 SUMMER 23
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〒100-0013
東京都千代田区霞が関3-3-1 尚友会館3F
TEL 03-3503-2081
(代表)
/FAX 03-5512-7515
(代表)
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〒900-0016
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TEL 098-868-2251/FAX 098-868-2252
編集後記
ご意見・ご要望はメールにて受け付けております。
気候変動・異常気象のフォーラムで、今年の夏は猛暑の2010年、2013年に似ているとの指摘がされていました。
もうしばらくは、残暑に耐える日々が続くことでしょう。
今回は港湾の「i-Construction」に焦点を当て、
「i-Construction」の現況や方向性、今後、港湾分野で推し進めるた
めに必要な施策や基準の改定、実際の現場での活用結果と今後の課題、企業の取り組み状況等について、取材をしまし
た。国の方針に従い大手建設業者は着々と取り組みを進めていますが、いかに地方の建設業者にまで定着させ、生産性
向上の恩恵を実感させることが大事なのではとの思いを強くしました。
今回も多くの方に取材の協力を頂きました。あらためて感謝申し上げます。
発行 一般財団法人 港湾空港総合技術センター
〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-3-1 尚友会館3F
TEL 03-3503-2081 FAX 03-5512-7515
URL http://www.scopenet.or.jp
H28.8
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