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2.若年生活困窮者に対する伴走型就労・社会参加支援事業の 仕組み

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2.若年生活困窮者に対する伴走型就労・社会参加支援事業の 仕組み
2.若年生活困窮者に対する伴走型就労・社会参加支援事業の
仕組み
本章では、若年生活困窮者に対する伴走型就労・社会参加支援事業の仕組みについ
て紹介する。1 章でも述べたとおり、本事業は、単なる就労訓練ではなく、①社会参
加を支援するための独自プログラムによる研修、②就労体験型企業研修、③伴走型支
援の 3 つをセットにして実施しているところに特徴がある。
事業全体の見取り図を示したのが図表 2-1 である。この図の上部分(上から 3 分の
2)、すなわち「インテーク」から始まり「安定した地域生活」にいたる流れが、研修
を通して多様な自立を実現するための計画である。
また、下にある左から右への 6 本の細い矢印は「伴走型支援」を示している。「支
援員(PS:パーソナルサポーター)」、「福祉担当ケースワーカー(CW)」、「研修
企業担当者」等の矢印は長さが異なっている。それは各関係者が関わる段階、期間が
それぞれ異なるからである。研修中は 6 本すべての矢印が、それぞれの役割を通して
研修生に関わる。しかし、徐々に矢印の数は少なくなり、「安定した地域生活」の時
点では「支援員(PS)」の関わりもほぼ消えて「キーパーソン(ボランティア/民生
委員・友人)」だけになる。この段階で伴走型支援は終わり、支援された人は支援す
る側にも回ることが期待されている。
図表 2-1 事業全体の見取り図(計画)
以下では、まず、図表 2-1 の上の部分、すなわち研修生の募集から研修を経て安定
した地域生活にいたる流れについて説明する(2.1)。昨年度の経験と振り返りを通し
て研修内容を見直すなど(たとえば導入研修の実施や選択制のホームヘルパー2 級資
格取得研修等)、今年度は昨年度の仕組みに改良を加えている。
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次いで、本事業のもう 1 つの柱である伴走型支援について、その理念と具体的な仕
組みを紹介する(2.2)。
なお、当初のスケジュールは図表 2-2 に示すようなものであった。
図表 2-2 事業のスケジュール
※9 月、11 月、1 月、2 月についている○は総合的ケースカンファレンスの開催を示す。
2.1 研修の流れ-研修生の募集から 2 つの研修を経て安定した地域生活へ
(1)インテーク-研修生の募集・説明・申し込み・契約
最初に行われるのは研修生の募集である。図表 2-3 に示すように、参加希望者に対
しては、本人、支援員、担当ケースワーカーの 3 者で面談を行い、事業の流れを説明
する。本人の了承のもとで契約を結び、支援開始となる。(なお、使用した帳票類は、
巻末に資料として収めている。以下、同じ。)
図表 2-3 研修生の募集・説明・申し込み・契約の流れ
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(2)サポートプランの作成
ついで詳細な面談(アセスメント)を行う。基本的属性、生活歴、現在の状況など
を聴き取り、本人の課題とニーズを整理する。ニーズの整理は、①就労、②生活・住
居、③健康、④社会保険、⑤人間関係、⑥法律、⑦金銭、⑧生きがい、⑨総合的なニ
ーズという 9 つの項目について行われる。
「ニーズの整理」シートを図表 2-4 に示す。
図表 2-4
伴走型就労支援事業
「ニーズの整理」シート
No.1
本人: ニーズの整理
年 月 日 第 回目
氏名: 才
担当PS:
作成担当者:
人
間
関
係
関係者:
)
(
作成日: ニーズ:
<9つの領域ごとのニーズ>
本人: 本人:
(
関係者:
(
法
律
関係者:
)
就
労
)
ニーズ: ニーズ:
本人:
本人:
(
(
関係者: 金
銭
関係者: )
生
活
・
住
居
ニーズ:
)
ニーズ:
本人: 本人:
)
関係者: )
(
(
関係者:
健
康
生
き
が
い
ニーズ: ニーズ:
<総合的なニーズ>
本人: (
社
会
保
障
紹介者: )
ニーズ: アセスメントによるニーズの整理をもとに、サポートプランとパーソナルプランが
作成される。サポートプランは、支援員が作成するもので、「総合的な支援の目標」
の他、上記の 9 つのニーズにそって「課題」「1 ヶ月後の目標」「2 ヶ月後の目標」「1
年後の目標」が記載される。これによって、支援の優先順位、時期、内容を俯瞰する
ことができる。その流れを図表 2-5 に示す。
サポートプランに記載される各支援領域ごと内容は以下のようなものである。
①就労:研修継続、求職活動、就労継続に必要なあらゆる支援、勤務・研修週間スケ
ジュール作成等
②生活・住居:家事や生活リズムなどフォロー、自立生活の獲得と維持継続のための
支援項目等
③健康:病院受診の促し、食生活、予防的アプローチ等
④社会保険:各種既存の利用可能な制度の導入・つなぎ、これまでの加入歴の確認等
⑤人間関係:友人や地域とのつながり、相互を支えあえるような関係の確立、
家族との関係回復につながる支援項目等
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⑥法律:借金相談や相続等の課題を解決するための各種相談窓口と連携等
⑦金銭:日常生活における生活費管理の助言等
⑧生きがい:本人の趣味や関心のあることへの情報提供、NPO や各種ボランティア活
動などへの参加勧誘、自己肯定や有用感等の獲得を目指す支援項目等
パーソナルプランは、研修生自身が自らの課題認識をもとに、「総合的な目標」や
必要と思われる各領域での目標を書くものである。これは、あくまで本人主体による
プランであり、内容は「私は○○をする」など、主語は本人である。パーソナルプラ
ンには本人が内容に同意した上で署名・捺印をする。支援する側の独りよがりな支援
にならないためにも、当事者主権に基づく支援は必要である。
これらのプランに基づき、伴走型就労・社会参加支援は実施される。
図表 2-5 サポートプラン作成の流れ
(3)研修先企業との面接・研修先企業の決定
さらに、就労体験型企業研修の実施に向けて、研修先企業担当者と支援員が事前に
打ち合わせを行い、研修内容等の確認を行う。その後、支援員は研修先企業へ研修生
を紹介し、企業側と研修生の面接が実施される。決定にいたれば、就労体験型企業研
修が開始される。なお、支援員と研修先企業との間では、研修スケジュールや研修目
標についても話し合いがもたれる。その流れは図表 2-6 に示すとおりである。
今年度、研修に協力いただいたのは下記の通りである。いずれも、昨年度に引き続
いての協力であった。
株式会社サンキュードラッグ
株式会社サンレー
生活協同組合連合会グリーンコープ連合
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図表 2-6 研修先企業との面接・研修先企業の決定
(4)導入研修
サポートプランの作成と平行して「導入研修」が実施される。これは昨年度の反省
を踏まえ、今年度初めて実施された取り組みである。
いきなり就労体験型企業研修に入った場合、研修生によっては、急激な変化に耐え
られず欠勤や遅刻をする人も出てくる。また、ちょっとした失敗などで落ち込んでし
まい、研修継続が難しくなるといったケースが昨年度には生じた。
そこで、今年度は、以下の目的のもと、導入研修を企画することとした。
①企業研修前の心構え、ビジネスマナーの獲得
②外に出るきっかけづくり、居場所の獲得、仲間づくり
③自分を知り、他者との違い(個性)を知る
④生活自立に向けた認識
具体的に計画されたのは次の 8 つである。
①結団式:事業の意義を全関係者で再確認する。研修を全うするという目的の相
互共有をはかる。
②作業適性検査(内田クレペリン検査):性格傾向や能力特性を推測し、企業研
修先の選定・就職活動への活用をはかる。
③ビジネスマナー研修:仕事を円滑に進め、より良い人間関係の構築をはかる。
④外部講師を招いての講話
⑤アサーティブトレーニング:対人面の不安や葛藤の克服をはかる。
⑥合宿研修等:団体行動に慣れる。仲間づくりを促進する。
⑦生活自立に向けた現状の認識:生活リズム、体力づくり、精神的なストレスへ
の耐性をつける。
⑧交流分析:性格上の問題点について自己分析することによって気づくとともに
他人との違いも認めあい、人間関係をコントロール出来る力の形成をはか
る。
以上が、研修に入る前に計画されたことである。
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(5)就労体験型企業研修とホームヘルパー2 級資格取得研修
上記の導入研修の後、2 つの研修が用意された。一つは就労体験型企業研修であり、
もう一つは独自プログラムによる研修である。
就労体験型企業研修は、経済的自立、就労自立に向けて職業スキルを身につけると
ともに、社会参加やコミュニケーションスキルを養成することもめざしたものである。
下に示すとおり、これはさらにAコースとBコースに分かれており、Aコースは協力
企業での企業研修である。Bコースは、今年度新たに設けたもので、ホームヘルパー2
級資格取得研修を組み込んだ就労体験型介護関連企業研修である。こちらは選択制で
ある。
①Aコース(就労体験型企業研修)
まず、Aコースであるが、研修期間は 4 ヶ月である。1 ヶ月の研修日数は 17 日で、
1 日の研修時間は 5 時間とした。なお、5 時間のうち、4 時間は就労体験型研修、1 時
間は研修担当者とのミーティングと研修報告書の作成にあてることとした。
研修手当は、(皆勤の場合)月 7 万円弱程度となる。(これは生活保護の生活扶助
相当分にあたる額である。)収入認定控除額は、約 1 万 8 千円であり、就労へのイン
センティブとなることが期待された。生活保護による現金支給から、労働対価として
の手当支給に切り替えることを意図したものでもあった。
②Bコース(ホームヘルパー2 級資格取得研修を組み込んだ就労体験型介護関連企業
研修)
これは、まず NPO 法人市民福祉団体全国協議会との連携により、1.5 ヵ月の技能講
習受講によってホームヘルパー2 級取得を支援し、その後、介護関連企業で就労体験
型研修を行うものである。就労体験型研修の期間は 2.5 ヶ月である。
ホームヘルパー2 級資格取得研修は、12 日間の講習および受講者全員でのテキスト
学習である。1 日の研修時間は 6~8 時間であり、日当として研修手当が支給される。
受講期間中の手当の額は約 5 万円弱程度となる。収入認定控除額は約 1 万 5 千円を想
定した。
ヘルパー2 級取得後は、就労体験型介護関連企業研修を実施する。上記の就労体験
型研修と同じく、1 日 5 時間の研修で、うち 4 時間は就労体験型研修、1 時間は研修担
当者とのミーティングと研修報告書の作成にあてることとした。
これらの研修は仕事のスキルを身につけると同時に、職場という社会に参加するこ
とに重点を置いている。研修先企業では、仕事上のアドバイスはもちろん、社会人と
して必要なさまざまな事柄について助言してもらうことが期待された。また、ここで
出会った人たちが、将来的に伴走型支援(後述)の「キーパーソン」になる可能性も
秘めている。
(6)独自プログラムによる研修
もう一つの研修が、独自プログラムによる研修である。その目的は以下の 4 点であ
った。
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①「支えられる側」と「支える側」の垣根をなくすことで、自己有用感の醸成と
自尊感情の拡充をはかる。
②生活自立と社会的自立を相乗的に達成することで就労自立の意欲の向上をはか
る。
③閉じた関係性から他者とつながることで、社会の構成員としての想像力を獲得
する。
④「自立した個によって構成される社会」といった社会観への導入をはかる。
このような目的の下、以下のような研修が企画された。
①キャリアカウンセラーによるミーティング等の実施
②東北研修:東日本大震災の被災地を訪問し「生きる」とは何かを考える、等。)
③ボランティア活動:NPO(ホームレス支援の炊き出し)など(社会に参加し、達
成感を観じたり、人とのつながりを実感すること等)
④当事者研究(ただし、今年度は当事者研究は実施できなかった。)
(7)就職活動
研修と平行して、就職活動にむけた準備や実際の就職活動も実施する。具体的には、
以下の事柄である。
①ハローワークでの求職登録
②履歴書、職務経歴書作成、添削、完成
③ハローワークを利用した定期的な求人検索
ハローワーク以外の求人誌、インターネットでの求人募集状況・労働条件の現
状把握
④キャリアカウンセラーと面談(就労イメージ、職種、希望就労条件などを明確
にする)
⑤面接の練習・復習の実施
⑥対人関係などストレス要因のコントロール(適度に力を抜く方法、アサーティ
ブトレーニングなど)
(8)研修後の継続支援
研修後も、生活が安定するまでは引き続き支援を行う。
①採用試験
応募企業の決定にあたっては、本人の意向や希望を最優先し、適宜助言などを行
う。また、就職活動全体のスケジューリングにも配慮する。
②採用・不採用
採用された場合、就労継続に向けた助言や相談受けつけ等を行う。
不採用の場合には、その原因を一緒に考え、課題克服に向けた助言を行う。また、
志望職種の再検討・変更・調整も、必要に応じて一緒に行う。
③就労継続・離職
就労継続に向けて、定期的に連絡をとるなど現状を把握しておく。もし課題が表
面化した場合には、課題克服に向けて再び支援を行う。
離職した場合、その原因をともに考え、再就労に向けて支援を開始する。
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(9)安定した地域生活へ
自立生活の経済的基盤が確保されることによって、当人はより能動的に社会にかか
わることができるようになる。当人の生活が徐々に安定し、社会とのつながりができ
ていくにつれ、支援員の関わりは弱まっていく。当人が地域の中で支援される側から
支援する側に回っていくようになった時点で伴走型就労・社会参加支援は完全に終了
する。
2.2 若年生活困窮者に対する伴走型支援とは何か
次に、伴走型就労・社会参加支援における伴走型支援について説明する。
2.2.1 伴走型支援は家族の持つ 4 つの機能に着目した支援である
若年の生活困窮者は、経済な困窮状態にあると同時に社会的孤立状態に置かれてい
る。若年者に対して就労支援などを行う際、この 2 つの困窮に対して対応できる支援
体系が必要となる。私たちは、そのような支援を「伴走型支援」と名付け、対応して
きた。以下は、その「伴走型支援」に関して説明したものである。
伴走型支援を考える上で、私たちは、そのモデルとして、家族が持っていた機能に
着目した。なぜならば、これまでの 3 つの縁(地縁、血縁、社縁)が持っていた機能
というものが、無縁化の中で脆弱化した今日にあって、それを補いつつ新しい参加包
摂型社会の創造を目指すことが必要であると考えたからである。それにこの 3 つの縁
の中で最も象徴的であったものが家族(家庭)であったからだ。
そのように伴走型支援を考える上で家族(家庭)をモデルとしたのだが、それは家
族やその機能全体を分析し再現することを目的としていない。当然ここに挙げられた
機能が家族機能のすべてを網羅しているわけではない。また、家族をモデルとするこ
とは、従来の家族や家庭をそのまま肯定するものでも、それを理想とするものでもな
い。家父長制的家族制度が持つジェンダーに立脚した不払い労働や権力構造など、現
実の家族が多くの問題を抱えており、伴走型支援はそこへの回帰を目指すものではな
い。
さらに従来の 3 つの縁という枠組みが、それに属さない、属することができない人々
を排除してきたことについても私たちは踏まえねばならない。
以上のことを踏まえた上で、伴走型支援を理解するために、家族のもつ機能を、「家
庭内のサービス提供」「記憶の蓄積とその記憶に基づく対応」「家族・家族外の社会
資源利用にもとづく対処」「役割を担い合うこと」の 4 つと仮定した。そして、伴走
型支援が果たす機能を、その 4 つの機能に対応するかたちで、「包括的、横断的、持
続的なサービス提供機能」
「記憶の蓄積と記憶にもとづくサポートプランの設定機能」
「持続性のある伴走型コーディネート機能」「自尊感情と自己有用感の一体的な提供
機能」とした。以下は、こうした 4 つの伴走型支援が果たす機能の説明である。
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(1)第 1 の機能:包括的、横断的、持続的なサービス提供機能
家族(家庭)における第一の機能は、「家庭内のサービス提供」である。家族(家
庭)は、家族成員に対して直接的なケアやサービス提供を行ってきた。衣食住をはじ
め、教育や看護・見舞い、日常的なサービス提供やケアなど、家族内で担える様々な
必要について、分野を選ばず包括的かつ横断的、また持続的に提供してきた。しかし
血縁や家族のつながりが薄くなり、これまで家族が提供していたサービスが家族内で
は賄えない時代となった。このような状況に対しては、一部行政や企業が対応を始め
ている。単身化に合わせた商品の開発や流通方式の開発、従来家庭内労働とされてき
た介護を社会的に制度化したことなどはその象徴である。
ただ現状においては単身化や無縁化の進行に社会資源が追いついていないのも事実
である。そこで伴走型支援は、困窮者のニーズに合わせて社会資源の創造を支援する。
それは、家族が家族成員の必要に合わせて提供できるケアの内容を拡充していったこ
とと同じである。伴走型支援は、それを社会資源創造で手当てする。ただし伴走型支
援は、家族が直接のサービス提供者であったこととは違い、極力それ自身がサービス
提供者になることを避ける。地域における資源創造を支援し、できた社会資源を活用
するためのコーディネート支援である。
伴走型支援は徹底して個々人に寄り添う支援である。しかし、個人に対する徹底し
た支援は社会や地域を問うこととなる。なぜならば困窮の原因は単に個人の問題では
なく、困窮者は個人の努力ではどうしようもない現実の中に置かれているからである。
社会的排除や経済的、構造的問題によって引き起こされる格差、さらに困窮者に向け
られる差別や偏見など、この社会自体を改善しない限り、問題は拡大再生産されてい
く。この点を無視して単に個人にのみ寄り添うことは、支援自体が問題ある社会の補
完物になりかねない。困窮かつ孤立化した個人の自立を支援し「社会復帰」できたと
しても、そもそも「復帰したい社会であるかどうか」が問われている。伴走型支援は、
個人に寄り添いつつ新しい社会を創造する。すなわちそれは、今日に家族が脆弱化す
る中で、家族では補いきれないサービス提供については新たに創造するという射程を
持っている。それが伴走型支援によって構築される参加包摂型の社会である。誰もが
参加でき、排除されることがなく必要な社会資源が整った地域社会を構築することは
伴走型支援の役割である。支援員は、当事者に寄り添い、当事者と共に社会資源を開
拓・創造する。同時に差別や排除が起こる地域社会が社会的排除を克服するための意
識やしくみを構築し参加包摂型社会を創造する。
(2)第 2 の機能:記憶の蓄積と記憶にもとづくサポートプランの設定機能
家族(家庭)における第 2 の機能は、
「記憶の蓄積とその記憶に基づく対応」である。
家族(家庭)は記憶の蓄積の場所であった。寝食を共にし、長期にわたり共にいる
ことで、必然的に家族はお互いの情報を記憶として蓄積していった。この家族におけ
る記憶の蓄積には 2 つの役割があった。
第 1 には、それが家族共通の思い出であり、自己認識や相互承認の核となること。
自分のことを知ってくれる人の存在が安心できる居場所には必要であった。第 2 に、
過去の記憶が蓄積されていたことにより、現在起こっている家族のトラブルや家族が
抱える困窮に対して、過去の記憶や経験を活用し対応することができたこと。例えば
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過去の既往歴を知っていることで、現在の病気を推察したし、本人の性格や失敗事例、
成功事例を知っていることで現在本人の抱えている困難事象に対して様々な対処やア
ドバイスを行った。
このように記憶を蓄積していることは、現状の事態に対応できるデータベースを家
族がもっていたことを意味する。また、そこでなされた対応は、そのような蓄積され
たデータに裏打ちされており、明文化はされてはいないが付け焼刃の対応ではなく、
その前後を踏まえた方針(サポートプラン)をもった対応であった。
困窮者支援の現場においては前知識や情報がない状態で支援を開始することが多く、
対処には相当の困難が伴う。これまでの縦割りの相談窓口におけるアセスメントがそ
れぞれ単独で繰り返されることによる本人の負担の問題や、せっかくのアセスメント
情報が蓄積されないことなど課題は多い。このため伴走型支援においては、ワンスト
ップ型の総合的な相談窓口が想定されており、そこにおいては家族機能として存在し
た記憶の蓄積の機能をデータベースとサポートプランのシステムを創ることによって
対応することになる。また、このような記憶が共有されることによって、他人に対し
てチームケアが可能となった。なお、ここにおける個人情報の取り扱いは、本人承諾
はもとより、慎重に実施されなければならないことは言うまでもない。
一方で伴走型支援において支援員による支援が永続することはない。支援員による
支援の後、地域社会での暮らしがはじまる。地域での暮らしの中でも、やはり自分の
ことを知っていてくれる存在が必要となる。伴走型支援は、地域における記憶の蓄積
のため当事者に合わせた「キーパーソン=自分のことを知ってくれている人」を確保
することが含まれる。
伴走型支援は、生活困窮者の多様で複合的な困窮状況に対しての個別的かつ包括的
な支援である故に、ワンストップ型の総合相談体制を前提とするが、困窮者が孤立化
していることを前提に相談窓口に来ることのできない困窮者を想定することも必要で
ある。よって、伴走型支援はアウトリーチを含む相談体制を構築する。相談スタイル
自体の柔軟さと広範が伴走型支援の特徴である。
困窮者が制度に合わせるのではなく、個々の困窮者に合わせたオーダーメイド式の
支援計画(サポートプラン)が立案される。このプランには、目前の解決しなければ
ならない諸々の課題や問題に対する手当はもちろんのこと、当事者が自らの人生や生
き方を模索できる支援計画でなければならない。よって伴走型支援は「自立支援」で
あると同時に「人生支援」という射程を持つ。
支援員が関わる期間は限られている。しかし、伴走型支援全体は問題解決時期だけ
を想定するのではなく、その時期を乗り越えた後の日常生活、それを支える人との出
会い、社会的資源や地域などの創造もしくはそれらとのコーディネートを担うことま
でを想定する。出会いから看取りまでというトータルな人生プランを想定した支援の
枠組みを持っているのが伴走型支援である。
また、サポートプラン作成における自立概念に関しては、これまでよりも多様な自
立概念から構成される。身辺に関する生活自立や社会参加を課題とする社会的自立、
経済的自立など多様な自立概念を有している。
例えば自立を単に「支援を受けず自助努力で生活を組み立てること」としてのみ捉
えず、援助を受ける力である「受援力」を持つことをも含めた総合的な自立概念をも
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っている。なぜならば困窮が深刻化する社会において困窮者は孤立化しており「助け
て」と言えない状況に置かれているからである。その中で「助けて」と言える能力、
すなわち「受援力」は社会的自立を果たすために必要な力である。また、社会の側も
この「助けて」をキチンと受けることによって「社会」となる。
また伴走型支援は、「支援―被支援の関係」の可変性や相互性を重視する。支援を
一方向的に捉えず「支援する側」と「される側」の固定化を避ける。たとえ受援力を
得たとしても被支援の立場に居続けることが、最終的には依存を生み自立へ向かう
人々の元気を奪われることになっては意味がない。そうではなく伴走型支援において
は、助けられた者が助ける側に変われる「可変性」が担保されなければならない。「助
けられた人は、助ける人になれる」。これが伴走型支援における希望である。支えら
れていた人が支える人となり、支えていた人がいつでも支えられる側になれる。この
相互性と可変性が伴走型支援においては不可欠である。つまり「助けて」とお互いが
言える関係、すなわち「助け-助けられる相互支援のネットワーク」が参加包摂型社
会である。
伴走型支援は、地域が参加包摂型社会となる中で共感に基づく互酬的関係性を創造
する。制度の利用等により、他者の支援を受けなくなることを援助のゴールにするの
ではなく、必要に応じて制度・サービスを継続的に利用しながら、他者との関わりの
中で生きていく力であり、一方で自らも社会的役割を果たしていくという相互的であ
り互酬的な力を創造する支援である。
(3)第 3 の機能:持続性のある伴走的コーディネート機能-家族・家族外のサービ
スへのコーディネート
家族(家庭)における第 3 の機能は、「家族・家族外の社会資源利用にもとづく対
処」である。家族成員のニーズに家族(家庭)は、自らの領域において対処を模索す
る。しかし、事態の深刻さやニーズの内容によっては家族(家庭)内での対応では収
まらず、家族は家庭外の社会的サービスや社会資源を利用することになる。この際に
家族が担う役割が「持続性のある伴走的コーディネート」である。例えば、家族(家
庭)内で看護することで治る病気なら家族が看護する。しかしそうではない場合、当
然病院につなぐことになる。しかもそのようなコーディネートが 1 回限りで終わらず
継続的に、あるいは段階的に行われる。さらにニーズによっては、いくつかのサービ
スを組み合わせるような横断的な対応を取る。また、つなぎ先の社会資源が本当に家
族のニーズにマッチしているのかを検証し、もしつなぎ先が良くなければ「もどし」
「つなぎ直す」ことを繰り返した。この「つなぎ」と「もどし」、そして「つなぎな
おし」の連続的な行使が家族(家庭)の機能として存在していた。特に「もどし」の
機能が働いていたことは家族の機能にとって大きなポイントである。
しかし、孤立化が進み、社会保障制度をはじめとする様々な社会資源があるにも関
わらず、それにつながらない困窮者が増えた。これは 3 つの縁の中で手当てされてき
た伴走的なコーディネートが機能しなくなった結果である。伴走型支援は、家族(家
庭)をはじめ 3 つの縁が持っていた持続性のある伴走的コーディネートであり、困窮
当事者に必要な情報を伝え社会資源とつなぐ支援である。もし、つなぎ先の資源が不
適当であった時は、「もどし」、さらに「つなぎ直す」。これまでの支援現場におい
30
ても「つなぐ」ことはなされていた。しかし、制度が縦割りに留まっている限界もあ
り、実際「つなぎ」が「投げ渡し」に終わることもあった。それぞれの社会資源が他
の資源に「つないだ」際、その後その人がどうなったかについてつなぎ元の関わると
ころではなかったからだ。つなぎ先が貧困ビジネス施設や劣悪な受け皿であった場合、
単身孤立状態の困窮者は最悪の事態を迎えることにもなりかねない。持続性のある伴
走的コーディネートは、「もどし」の機能を働かせ、さらに制度横断型の対応ができ
ることによりこれらのリスクを回避する。
家族が成長に従って役割を変えていくように、伴走型支援もいくつかのステージを
想定しなければならない。問題が最も深刻である急性期を担うのは専門職である支援
員である。しかし、それが一生続くわけではない。伴走的なコーディネートはいずれ
誰かに引き継がねばならない。それは子どもが巣立ち新たな家庭を築くのと同じであ
る。支援員は、急性期を乗り越えた当事者が地域の中で暮らしていく上で伴走的なコ
ーディネートをしてくれる「キーパーソン=地域の伴走者」を当事者と共に捜す。伴
走的コーディネートは暫時地域のキーパーソンへと引き継がれていく。
ただ、外部へのコーディネートを考える際に、基本的には、困窮者が抱える諸々の
問題を如何に解決するかが課題である。それは、確かに生活困窮者支援における第 1
の課題であると言える。しかし、伴走型支援は単に当事者が抱える問題を解決する支
援に留まらない。従来の相談支援の窓口で実施されてきた問題解決型の相談事業に加
え「伴走そのものが支援」と捉える。例えばアセスメントは問題を解決する手段であ
ると同時に、アセスメントから始まる当事者と支援員の関係そのものが支援となる。
この意味でアセスメント自体が支援なのである。従来の問題解決型における支援が「対
処の支援」とするならば伴走型支援は「存在の支援」をも含むと言える。
ただ「存在の支援」は急性期の問題解決後の「次の支援」ではない。「伴走的な存
在」は、確かに日常生活の基盤を構築する時点で最も大きな役割を果たすが、「存在
の支援」は実は急性期においても重要である。生活困窮者の多くは社会的排除や孤立
化の中で人間関係を失っており、困窮に陥る中で多かれ少なかれ「無援(助けがない)」
を経験している。その結果社会に対する信頼、すなわち「いざとなったら助けてくれ
る社会であること」への信頼を失っている。困窮が深まるほど「助けて」の声が出な
いのはこのためである。困窮者は自ら窮状を訴える力を失っているのみならず、「助
けてくれる人はいない」という認識を持っている。だから支援の初段階から関係を構
築することで、共にいてくれる存在、助けてくれる存在の証明が具体的な問題解決の
ための対処の成否を決定づける。
当初は支援員が伴走者として「存在の支援」を実施するが、いずれ当事者が日常生
活へ移行した後も「伴走してくれる存在」が必要となる。支援員は当事者が地域での
生活を始めるために地域における「存在の支援」としての伴走者であるキーパーソン
をつくるための支援を行う。
(4)第4の機能:役割の担い合いによる自尊感情と自己有用感の一体的な提供機能
家族(家庭)における第 4 の機能は「役割を担い合う」ことである。困窮者にとっ
て家族はいざとなったら助けてくれる存在であるが、同時に自分自身家族の一員とし
てなんらかの役割を与えられる場所である。3 つの縁は、助けられると同時に、助け
31
るという役割を相互に担い合うことによって成立していた。例えば、最初はすべて親
の世話になっていた子どもが成長と共に役割を担っていくようにである。困った時家
族が助けてくれることによって人は自尊感情を強く持つことができた。また、家族に
頼られ用いられた時、人は自己有用感を持った。自尊感情と自己有用感を一体的に提
供することが家族機能であった。
この機能も無縁化の中で失われつつある。本来、相談事業をはじめとする社会保障
制度の充実は困窮者を孤立無援状態から解放し、自分は大切にされている、自分は尊
い存在なのだという認識を与える。だが社会保障制度にたどり着けないことで「自分
は大事にされていない」という否定感情を持つ。自尊感情を得ることは、伴走型支援
の現場での第 1 の事柄である。
だがここで終わるならば、その人の自立は脆弱なものとなる。「助ける側」と「助
けられる側」の固定化は自立の妨げにさえなるからだ。伴走型支援においては、その
人が何かの役割を得るようになれることを重視する。かつて家族(家庭)がそうであ
ったように、人が自分の役割を地域や社会の中で共に見出すことは人が生きる上で重
要であるからだ。人は役割を得ることで自己を認識する。それがないと自己喪失状態
となる。自己有用感を得ることが安定した自立生活を可能し、再び困窮、孤立状態に
陥ることを予防する。伴走型支援は役割の創造に力を注ぐ。
この点で伴走型支援は、当事者の主体性を重視する当事者主権の立場に立つ。しか
し、社会的排除の現実は困窮者の主体性を奪ってきた。さらにこのようなことは、困
窮者が相談窓口にたどり着いた後も起こり得る事態であった。つまり、従来の困窮者
支援の現場では、支援員が当事者以上に当事者のことを知っていると思い込み、当事
者に代わり様々な判断をしてしまうという事態が起こっていた。病識や障がい認識の
問題もあり、必ずしも本人の認識が前提で進められる場面ばかりではないが、往々に
して当事者は専門職によって「素人」として扱われてきた。その結果、「自分のこと
は自分で決める」という主体性の確保という原則的な事柄が排除されてきた。当事者
主権は、当事者自身が自分の専門家であるとの認識に立つ。よって当事者主権とは、
支援の専門家のみがサービスの種類や量を決めるのではなく、当事者自らが自己決定
していくという立場の表明である。
伴走型支援は、生活困窮者を生活の当事者と位置づけ、本人の自己決定権のもと、
対話と合意を通して多様なニーズと可能性を実現していく支援である。ただしこれは
「答えは当事者(のみ)が持っている」という単純な理解ではない。当事者を重んじ
ることは、当事者のリクエストに支援員がただ応えるということではないからだ。も
ちろん支援の専門家が「答え」を持っていると言うことでもない。「答え」は当事者
と支援員の間でなされる対話を前提とした当事者の自己決定のもとに創られていく。
そもそもそれは「答え」ではなく支援員との対話の中でなされる当事者の決断である。
この意味で「答え」は当事者と支援員の「間」に存在している。伴走型支援が関係や
存在の支援であるというのはこの意味である。
伴走型支援は自助努力を重んじる。伴走型支援は、誰かを助けるための手法である
のみならず、その目指すところは、当事者が自分で自分を助ける力を得ることである。
当事者は「できない人」ではなく「自分を助けることができる人」との認識に立つ。
ただし、本来「自助」は「公助や共助が適正に機能している状況」において成立する。
32
また、
相互的対話と役割分担を前提とするのが自助であり、孤立の中で自助努力を重ねる
ことは困難である。公助が曖昧にされている社会において当事者主権の議論のみが進
むことは、結局は当事者の主体的決断、すなわち自助努力や自己責任さえ取れない孤
立無援状況を当事者に押し付けることになる。故に、自助努力が可能な社会環境、す
なわち公助の責任を明確に示すことが求められる。
伴走型支援は、当事者が持っている苦難の経験に価値を見出す。当事者は確かに問
題を抱えている。しかし当事者が問題なのではない。それどころか当事者が期せずし
て問題を抱えたことによって得た認識や生きるためのスキルに意義を見出す。その能
力を活用することで参加包摂型社会を創造する。
困窮当事者が社会や組織の仕組みに自分を合わせることは難しい。生活困窮は人の
適応力を低下させる。困窮者が既存の仕組みに合わせるのではなく、困窮者に合わせ
た仕組みや社会を構築するのが伴走型支援の目指すところである。例えば、従来職場
は 8 時間労働を基本としてきた。そして、8 時間働くことができる労働者を求めてき
た。しかし、そのような働き方がすぐにはできない、あるいは元々できない人もいる。
そのような人を単に「働けない人」としてしまうのではなく、その人に合わせた職場
づくりの支援をすることが伴走型支援である。3時間働くことができる人に3時間労
働の職場を確保する。伴走型支援は当事者主権を重んじることによって、当事者に合
わせた職場や社会の仕組みを作るための支援を行う。そのようなユニバーサルな社会
を創造することが伴走型支援の役割である。
2.2.2 伴走型支援は経済的困窮と社会的孤立という複合的困窮に抗する第 4 の縁の構
築をめざす支援である
以上が、伴走型支援における 4 つの機能である。
最初に述べたように伴走型支援は、経済的困窮かつ社会的孤立状態にある若年の生
活困窮者に対する支援の形であるが、今一度この 2 つの困窮について考えてみたい。
この 2 つの困難は個別バラバラに存在しているのではなく相互に影響を及ぼし合っ
ている。経済的困窮は社会的孤立を深刻化させ、社会的孤立が経済的困窮を拡大させ
るのである。経済的困窮は、社会的サービスの利用や消費行動を抑制し、交友等の人
間関係にまつわる費用、子どもたちの学習に関する支出などが抑制されることにより、
人々の行動と出会いを制限する。その結果、社会とのつながりが希薄となり、本来人
が持つべき社会関係資本の貧困化を引き起こす。かねてより「金の切れ目が縁の切れ
目」と言われていた通り、経済的困窮による孤立化が今日急速に広がっている。現在
の孤立化は、単に個々人の考え方や生き方の変化によって起こったものではなく、こ
のような経済的困窮状況がその背景にあって引き起こされている現象だと言える。
一方で社会的孤立がさらなる経済的困窮を生むことも事実である。経済的困窮の結
果生じた孤立が経済的困窮を拡大再生産させる。なぜならば、人は自己の存在意義や
役割、また働く意義、生きる意欲を、他者を媒介して見出すからだ。「人は何のため
(食べるため、お金のため)に働くのか」の問いを「人は誰のために働くのか」とい
う問いから切り離すことはできない。しかし社会の無縁化は、私たちから「誰のため
33
に」という他者性の問いを奪った。結果自らの存在意義や労働意欲、社会参加意欲な
どが醸成されず、結果、経済的困窮が一層進むこととなった。結果「縁の切れ目が金
の切れ目」を生み出すという、これまで日本社会で言われてきたこととは逆のことが
起こることになる。経済や就労の不安定さなど、個人の努力だけでは解消できない社
会や経済の問題が経済的困窮の要因であることは言うまでもないが、一方で経済的困
窮が孤立化を促進した結果、本人の自立意欲を低下させたことになり、経済的困窮を
招いていることも事実である。伴走型支援は、経済的困窮が経済や景気の動向にのみ
に起因するものではなく、社会的孤立によってももたらされるという理解に立つ。
よって困窮の始まりが経済的困窮に限定されることはない。社会的孤立―たとえば
離婚や家族との離別、会社の倒産(と言う社縁からの分離)など―によって悪循環の
引き金が引かれることがある。例えばホームレスの実態調査においては、「ホームレ
スになった理由」として失業など経済的理由が最も多く答えられているが、離婚や死
別など家族との離別、不和を挙げる人も少なくない。経済的困窮が孤立を生み、孤立
がさらなる経済的困窮を生む。そして、孤立の中で一層深刻な経済的困窮状態へ陥る。
これは現在問題となっている世代間の貧困スパイラルに並ぶもう 1 つの貧困のスパイ
ラルだと言える。
伴走型支援は 2 つの困難に同時的に取り組む支援である。なぜならば、問題を経済
的困窮とのみ捉え、それにのみ対応するのであれば、残った問題すなわち社会的孤立
から再び貧困のスパイラルが始まることになるからである。伴走型支援が、経済的困
窮と社会的孤立を同時に解決するための支援であらねばならない理由はここにある。
従来日本社会は、地縁、血縁、社縁といわれる「3 つの縁=3 つの関係基盤」を中心に
形成されてきた。「3 つの縁」には課題や問題も当然あったが、私たちの基礎的な関
係基盤であったのは事実である。例えば経済的な困窮状態に陥った際、ハローワーク
や年金制度、さらに生活保護など、様々な制度や社会資源を紹介し、そこにつなげて
くれたものの 1 つがこの「3 つの縁」であった。あるいは身辺的な困窮状態に落ちい
った時、医療や障がいや老齢の福祉制度につなげたのもそれらの「3 つの縁」であっ
た。社会保障制度は申請主義が原則とされてきたが、現実は常に困窮者の横には誰か
がおり申請自体を援助してきたのである。
しかし、それらの「縁」は現在急速に脆弱化した。結果困窮者の孤立化が進み、制
度や社会資源はあるにも拘わらず、それにつながらない、あるいはつながることがで
きない困窮者が増加した。新しい困窮者支援の仕組みを模索する上で、このような無
縁状態、すなわち関係の困窮を前提とすることは必然であるし、誰かが寄り添うこと
を原則とする伴走型支援が必要となるのはこのためだ。
「3 つの縁」は、それに属する困窮者を「助ける仕組み」であった。しかし、そも
そも「助けられた」個人は、その「縁」を構成している集団の一員であり、その中で
役割を担う一員でもあった。家族においても、地域においても、そして会社において
も、個人は「助けられる側」であると同時に「助ける側」でもあった。このような相
互的な基礎的関係に身を置くことが、個人の自尊感情と共に自己有用感を醸成してい
た。孤立し自己喪失状態にあった者が再び自己有用感を持ち得るためには、「助けら
れた側」の困窮者が「助ける側」になれること、あるいは社会創造の役割を担うこと
ができることが担保されていなければならない。伴走型支援は困窮者に寄り添うこと
34
によって自尊感情を醸成するのみならず、自己有用感を得るための支援であり、すな
わち「助けられた人」を「助ける人」へと導く支援でもある。それが新しい社会創造
の基盤である。すなわち孤立化した生活困窮者を新たな縁で結び、「助ける側」と「助
けられる側」を相互的に捉え、あるいは可逆性(助けられた人が助ける人に変わる)
を担保する社会。これが伴走型支援によって創造される参加包摂型社会である。
この意味で、伴走型支援は新たな参加包摂型社会における第 4 の縁を創造するもの
である。それは、3 つの縁が有していた機能をモデルとしたものであり、家族や地域、
あるいは会社だけでは抱えきれなくなった個々人の現実を担う新たなる社会的な仕組
みである。だが伴走型支援が目指すのは、単に「これまでの 3 つの縁に代わる第 4 の
縁である」ということではない。そうではなく、脆弱化しているが、なお存在してい
る 3 つの縁をつなげ、組み直し、有効に機能させるための仕組みである。孤立化の中、
分断されつながらなくなった社会資源を有効に活用するため、どれだけきめ細かくコ
ーディネートできるかが伴走型支援にとって大きな課題である。
福祉や対人支援の現場がそうであった以上に伴走型支援は「人」によって担われる。
新たな社会の構築は、あくまで「人」が「人」と出会い、「人」が「人」を助け、「人」
が出会いの中で役割を担うことによって遂行される。これまでの 3 つの縁においても、
その内実は時間と場所を共有する個別の「人」によって担われてきた。確かに伴走型
支援は新たな社会的な仕組みを創造することではあるが、そのためにも「人」の育成
は何よりも重要である。「人」に希望を見出す者によって伴走型支援は担われる。
一方で従来の 3 つの縁は、身内の責任論に象徴されるように「限定された人や関係」
にのみ責任を負わせる閉鎖的、自己完結的、あるいは封建的な面を持っていた。伴走
型支援は、人が人を支えるという原点に立ちつつもチームとして実施されなければな
らない。家族内にはそれぞれの役割があり、それらが一体的に機能してきた。伴走型
支援は、それら従来の縁の枠組みを越え、これまで縁のなかった「赤の他人」が出会
い、新しい関係を構築する中で協働的に実施される。これこそが新しい参加包摂型の
社会を創造することになる。
2.2.3 伴走型支援は伴走型支援は 3 つのステージを有し最終的には日常の構築と継続
を目指す支援である
伴走型支援の場面は、いくつかのステージが想定される。具体的な問題を抱えた急
性期においては、支援員はまず諸々の問題の解決を当事者と共に行う。結果就労をは
じめ生活の基盤が整う。次のステージでは、支援員の伴走の下に地域生活の基盤とな
る関係や居場所を確保することに重点が置かれる。そして、最終的には伴走そのもの
が地域へと委譲され、さらに本人もその一端を担う。つまり、伴走型支援は、これら
3 つのステージを有し、最終的には日常の構築と継続を目指す支援である。家族(家
庭)モデルにおいて家庭とは「日常の集積」であったと言える。その日常は専門家の
手を借りずとも支え―支えられるという「お互いさま」の関係成立しており、それこ
そが伴走的な参加包摂型社会である。そのような日常を構築することは、専門家を要
する社会的支援を必要とする社会的コストの全体的な低減にもつながることにもなる。
日常と生活困窮とは循環的な過程でもある。しかし、日常的な関係が地域の中で構
35
築されていれば、困窮にいたる危機を早期発見することもできる。参加包摂型の社会
が日常を支える。それは、脆弱化したこれまでの地縁、血縁、社縁を用いながらも、
他人による新しい縁の構築を目指すものであり、新しい社会の構築を目指すものであ
る。
しかし、改めて「日常」とは何かを考えると、それは決して「平穏無事」なもので
はない。急性期の問題が解決された後も問題は絶えず起こる。伴走型支援は「日常と
は問題が起こる場所である」という認識に立ち、日常を支える参加包摂型社会の構築
を目指す。人は苦労が絶えない現実を生きている。それに加え今日のような不安定就
労やそれに因る不安定居宅の時代においては、一層「平穏無事な日常」は望めない。
常に問題が起こる中で人と人がどのように出会い、共に生きていくのか。解決できる
問題は解決しつつ、しかし、すぐさま解決できない問題を抱えながらも支え、支えら
れながら生きていける。これこそが伴走型支援が目指す日常であり参加包摂型社会な
のである。
2.2.4 本事業における伴走型支援の仕組み-個別型伴走支援と総合型伴走支援
このような理念と考え方に基づく伴走型支援であるが、本事業では、伴走型支援を
「個別型伴走支援」と「総合型伴走支援(総合的ケースカンファレンス)」の 2 つに
区分した。それぞれ、具体的には以下のような方法で進めた。
(1)個別型伴走支援
まず、個別型伴走支援である。これは、研修生個人に対して持続的に関わりながら、
さまざまな社会資源に「つなぎ-もどし」を行うことによって、多様な自立を実現す
るものである。そのイメージを図表 2-7 に示す。
伴走型就労・社会参加を行う支援員は、サポートプランに基づき、研修生と一緒に
伴走しながら「つなぎ」と「もどし」の連続行使を行う。
これまでも各種の社会資源に「つなぐ」ことは重視されてきた。しかし、それだけ
だと「投げ渡し」「つなぎっぱなし」になる恐れもある。たとえば病院内の医療ソー
シャルワーカーが患者の退院をコーディネートする場合、その患者の行き先を見つけ、
必要な手続きをする。だが、その後その患者がどうなったかは、病院内のスタッフで
ある医療ソーシャルワーカーには把握できない。しかし、本事業での支援員は「つな
ぎ」と共に「もどし」を行うことを前提とする。このため「投げ渡し」を超え、トー
タルなコーディネートを目指すのである。
また、支援員は様々な受け皿(制度や社会資源)を組み合わせ、それを総合的、段
階的に活用できるようにコーディネートを行う。従来の社会保障制度や既存の社会資
源の多くは独立しており、縦割り構造になっていた。それゆえ複合的な困窮状態に対
処するのは難しかったのである。本事業での支援員は、制度をまたいで総合的に受け
皿を活用し、本人ニーズに即して切れ目なく段階的に支援を提供する。この「制度ま
たぎ」のコーディネートが伴走型支援では重要である。
36
ところで、既存の社会資源にはコーディネーターが存在している。病院には医療ソ
ーシャルワーカーが、福祉事務所にはケースワーカーが、介護事業にはケアマネジャ
ーが、施設にはソーシャルワーカーが活躍している。支援員は、みずからが「受け皿」
になる必要はない。そうした専門家=既存の受け皿(制度)内コーディネーターとの
連携を図る、いわば外部のコーディネーターである。同時に、「制度またぎ」を前提
とする伴走的コーディネートは、これらの受け皿本位のコーディネートを相対化させ
るチェック機能も果たす。
さらに、支援員には、新たなニーズの発見と受け皿(新しいサービス提供の仕組み)
の構築も期待されている。支援員は、当事者本人のニーズを分析して、総合的で段階
的な支援計画を立案する。それがサポートプラン、パーソナルプランである。しかし、
その中で既存の社会的資源では対応できない課題が明らかになる場合もある。こうし
た「ニーズの発見」により、新しい社会資源、受け皿の必要性が明示される。伴走的
支援が新しい社会資源を構築する情報提供者となる。これは地域(伴走型地域)づく
りにもつながっていく。
図表 2-7 個別的伴走支援のイメージ
※この図の中の「PS(パーソナルサポーター)」が本事業での「支援員」である。
「HW」は「ハローワーク」である。
(2)総合型伴走支援(総合的ケースカンファレンス)
伴走型支援のもう 1 つの形は、総合型伴走支援(総合的ケースカンファレンス)で
ある。これまで NPO 法人北九州ホームレス支援機構はいくつもの支援事業を行ってき
たが、本事業は総合型伴走支援を初めて形にした取り組みでもある。
これは、「支援員」、「ケースワーカー」、「ハローワーク職員」、「研修先企業
担当者」、「民間職業紹介業担当者」、「研修生にとってのキーパーソン」が定期的
に集まって研修プログラムやサポートプランについて検討・確認を行う会議である。
今年度は「民間職業紹介業者」を新たに加え、最大 6 者で会合を持ったため「6 者会
議」とも呼ばれた。そのイメージを示したのが図表 2-8 である。
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図表 2-8 総合型伴走支援(総合的ケースカンファレンス)のイメージ
※この図の中の「パーソナルサポーター」が本事業での「支援員」である。
「KP」は「キーパーソン」の略である。
支援の段階に応じて、伴走する人(機関)は変化していく。支援開始当初は、支援
員の他、ケースワーカーが主たる伴走者である。しかし、研修が始まってくると、そ
れに加えて研修先企業の担当者、ハローワーク職員、民間の職業紹介業担当者なども
伴走し、重要な役割を果たす。その後、就職が決まり生活が安定してくると(上述し
たとおり)、徐々に支援員の役割も小さくなる。生活保護から脱すると、ケースワー
カーも伴走者の役割を終える。そして、地域での生活が安定していき、多様な自立が
達成できれば支援員も伴走者ではなくなる。この時点で伴走型就労・社会参加支援は
終了である。キーパーソンは伴走し続けるが、それはすでに「支える側」の人ではな
い。キーパーソンも(元)研修生も、ともに支え―支えられる地域の一員である。
ここで、キーパーソンについて少し触れておこう。これは、若年困窮者の自立の鍵
を握る支援者である。支援員は複数の若年困窮者を支援するのに対して、キーパーソ
ンは基本的に1対1の関係で若年困窮者を支援する。若年困窮者との関係で言えば、
家族、友人、教師、NPO 職員などが想定される。キーパーソンの持つ、より密接な関
係性のもと、若年困窮者の精神的支柱として自立へむけて伴走するのである。
ただし、キーパーソンは、かなり親密な関係者である。その分、関わりも重い。そ
こで、本事業では「ライトキーパーソンズ」を作ることも想定した。これは、若年困
窮者が自立支援事業のなかで段階的に自立していくに従い、事業を通して若年困窮者
と新たな関係を結ぶ支援者のことである。たとえば、研修先企業の担当者等が想定さ
れる。ライトキーパーソンズには、若年困窮者の現状を認識したうえで、専門的な立
場から克服すべき課題などを提示してもらうことが期待できる。段階的に現れる支援
者を、キーパーソンと同じように自立の鍵を握りながらも、関係性についてはある程
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度軽度になるという意味から「ライトキーパーソンズ」と新しく規定した。そのイメ
ージを、図表 2-9、10 に示した。
図表 2-9 ライトキーパーソンズのイメージ
図表 2-10 支援員、キーパーソン、ライトキーパーソンズの関係のイメージ
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