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(MEP) モニタリング時の麻酔
A net Vol.9 No.3 2005 運動誘発電位( MEP ) モニタリング時の麻酔 川 口 昌 彦 奈良県立医科大学麻酔科学教室 講師 Masahiko Kawaguchi プロフィール:昭和37年9月27日生 昭和63年 3 月:奈良県立医科大学卒業 同 年 5 月: 同 大学麻酔科学教室研修医 平成 2 年 4 月: 同 大学麻酔科学教室非常勤医員 平成 3 年 5 月:国立循環器病センター麻酔科レジデント 平成 4 年 7 月:財団法人大阪脳神経外科病院麻酔科医長 平成 7 年 8 月:奈良県立医科大学麻酔科学教室助手 平成10年 7 月:カリフォルニア大学サンディエゴ校麻酔科(神経麻酔研究部: Drummond JC, Patel PM) 平成12年 7 月:奈良県立医科大学麻酔科学教室助手 同 年10月: 同 大学麻酔科学教室講師 現在に至る 研究テーマ:脳脊髄虚血、脳循環代謝、軽度低体温療法、脳神経モニタリング 趣味:音楽活動 はじめに 1. MEP とは? 大血管手術、特に胸部下行大動脈瘤や胸腹部大動脈 人間の随意運動を司る錐体路は、大脳運動野(中心 瘤手術後の合併症として対麻痺の発生がある。報告に 前回)、内包、中脳大脳脚、延髄錐体交叉、脊髄側索 より発生率は異なるが、経験の多い施設でも 5 ∼15% または前索、脊髄前角細胞、α運動神経、筋肉へと至 に発生すると報告されている1∼4)。また、脊髄脊椎手 る下行性の経路である。この経路のいずれかで障害が 術においても術中に脊髄を損傷する可能性がある。側 発生した場合に、運動機能が傷害され、麻痺が発生す 彎症矯正手術後の神経学的合併症の発生率は0.4∼ る可能性がある。MEP とは傷害が予想される部位よ 1.6%と報告されている5∼7)。これまで、全身麻酔中は りも上部で刺激し、下部で電位を記録することにより、 運動機能の術中評価が困難で、麻酔から覚醒するまで その間の伝導を誘発電位として記録するものである。 その発症を発見できなかったが、近年、運動野刺激 手術中にその部位での伝導状態を定期的に監視するこ 装置の進歩により全身麻酔中でも運動機能の客観的 とにより、運動路への手術による影響を客観的に評価 評価が可能となってきた。手術中の早期に運動機能 することが可能となる。 への影響を発見することにより、非可逆的な障害を 防ぎ、患者の機能的予後を改善できる可能性がある。 今回は、運動機能の客観的評価法である運動誘発 電位(motor evoked potential:MEP)とは何か、また、 2. MEP 施行の実際 (1)刺激法 MEP は麻酔薬によって著明に影響を受けるため、 MEP 施行時の麻酔法として注意すべき点は何かにつ 全身麻酔下での記録は困難であった。これは、運動路 いて概説する。 を単発刺激した場合に、得られる MEP が麻酔薬によ 22 臨床ワークブック り著明に抑制されてしまうためである。近年、この 麻酔薬による抑制効果を克服するため、500Hz程度の 速さの 3 −5 連のトレインパルスを用いた刺激法が開発 され、全身麻酔下での MEP の記録が可能となった (Fig.1)。これは、興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential:EPSP)の持続時間が 7 ∼ 10 msec であるので、この持続時間よりも短い速さで 次の刺激を与えた場合、麻酔薬によって抑制された電 位が蓄積(temporal summation)し、発火閾値に到達 できるというものである。Kalkmanら 8)の報告では、 この刺激間時間は 2 ∼ 3 msec 程度が最も効果的である としている。 刺激には、経頭蓋的な磁気刺激法と電気刺激法があ る。一般には、電気刺激の方が磁気刺激よりも麻酔の Fig.2. 経頭蓋的電気刺激装置 (Digitimer社製 Multipulse D−185) 影響が少なく、電極の固定も容易であるため、電気刺 激が使用される。特に、トレインパルスが使用可能に なった経頭蓋的電気刺激装置(Digitimer社製 Multi- (2)記録法 記録法としては、筋肉からの電位(myogenic MEP) pulse D−185)は術中使用に適している(Fig.2)。この 記録の場合と脊髄硬膜外にカテーテルを入れて記録す 刺激装置の導入により術中の MEP モニタリング法は る場合がある(Fig.3)。我々は、より非侵襲的な筋肉 飛躍的に改善された。経頭蓋的電気刺激の場合は、頭 からの記録を選択している。前述した C 3 −C 4 での刺 皮上Cz-Fz、またはC3−C4(国際10−20法)などを高電 激では、前腕や母指球筋などの上肢からの MEP の記 圧で刺激する。CZ-FZ は主に下肢の領域を刺激するも 録と同時に、前脛骨筋、母趾外転筋などの下肢の筋肉 ので、C 3 −C 4 で刺激した場合、上肢・下肢とも刺激 からもmyogenic MEPを記録できる。筋肉からの電位 される場合が多い。我々は、術中下肢に対するコント は体性感覚誘発電位などの感覚誘発電位に比して大き ロールとして、上肢のMEPも記録しているので、刺激 いので、加算を必要としない。ただし、振幅のばらつ 法としては、主にC3−C4を、500Hz、5 連の刺激条件 きが大きいので注意が必要である。術中に myogenic で用いている。 MEP を記録する場合は、後述する筋弛緩のモニタリ ングとその調節投与が必要となる。 脊髄硬膜外から記録(spinal MEP)する場合は、筋 1 pulses 弛緩薬の使用に制限はなく、麻酔の影響も myogenic MEP よりも少ない。麻酔の影響を最も受けにくいと されるD-waveに続き、数個の I-waveが記録できる。I- 2 pulses wave は麻酔薬により抑制されやすい。硬膜外カテー テル電極の挿入が必要となるため、myogenic MEPの 記録よりは侵襲が大きく、電位の加算が必要である。 3 pulses Spinal MEPは、主に運動に関連した索路をみているに すぎず、脊髄虚血に弱いとされる脊髄前角細胞の機能 は反映しない。索路が傷害される脊髄脊椎手術では使 5 pulses 用されるが、大血管手術などではあまり好ましくはな 20μV 10ms Fig.1. 全身麻酔下でトレインパルスを使用した場合の myogenic motor evoked potentials(myogenic MEP) 単発刺激では myogenic MEP は記録できないが、3−5 連のトレ インパルスを使用すれば明瞭な MEP波形が記録できる。 い。脊髄虚血に対しては、myogenic MEPよりも抵抗 性を示し、変化が現われるまでの時間は長く (10分以上) 、 その鋭敏度はmyogenic MEPに劣るとされている9)。 3. MEP 施行時の麻酔法と術中管理 我々の施設では、経頭蓋電気刺激で末梢の筋肉より myogenic MEP を記録しているため、この方法での 23 A net Vol.9 No.3 2005 経頭蓋電気刺激 C4 C3 筋肉からのMEP(myogenic MEP)の場合 5 連、刺激間時間 2 msec 錐体路 病変部 spinal MEP 脊髄硬膜外 D-wave I-wave α-motor neuron peripheral nerve 短母指外転筋 myogenic MEP 前脛骨筋 5 連刺激 Fig.3. MEPの模式図 MEP に対する麻酔薬の影響及び実際の麻酔法につい 記録し、単収縮反応の振幅(T1)を麻酔導入前の25∼ て述べる。MEP は吸入麻酔薬、バルビツレイトなど 50%程度に調節している。以下、脊髄脊椎手術の場合 大部分の麻酔薬により著明に抑制される。最も影響の と大血管手術の場合に分けて述べる(Table 2)。 少ないとされるのはケタミンで、フェンタニルも比較 的影響は少ない(Table 1)。プロポフォールは吸入麻 (1)脊髄脊椎手術の場合 酔薬に比較すると影響は少ないものの、高濃度では抑 脊髄脊椎手術で MEP をモニターする場合の麻酔法 制効果は著明となる。亜酸化窒素も抑制作用があるた としては、プロポフォールとフェンタニルによる静脈 め注意が必要である。 麻酔が一般的である。吸入麻酔薬は使用しないが、 Myogenic MEPをモニターする場合、筋弛緩効果を 50%程度の亜酸化窒素は使用可能である。ただし、プ 一定に保つ必要がある。筋弛緩効果が変動した場合、 ロポフォール、亜酸化窒素とも濃度依存的に MEP を MEP の振幅も変動するため、運動機能の評価が困難 抑制するため、注意して使用する必要がある。筋弛緩 となる場合がある。我々は、筋弛緩モニターとして、 薬は、ベクロニウム 0.1 mg/kg で麻酔導入した後、 正中神経を電気刺激し短母指外転筋からM-responseを 0.4mg/kg/hr 程度の持続投与を行い、T1 の振幅がコ ントロールの25∼50%程度になるように調節する。術 前より運動機能が正常の場合はこの麻酔法で問題なく Table 1. MEPに対する麻酔薬の影響 吸入麻酔薬 イソフルラン ↓↓↓ MEP が記録できる。術前より運動機能障害がある場 合は、麻酔による影響を受けやすく MEP が記録でき セボフルラン ↓↓↓ ない場合が多い。この点が、今後解決すべき問題点で 亜酸化窒素 ↓↓ ある。MEP の振幅が25%以下に低下した時点で、術 者に警告をする。通常、MEP の振幅が低下しても、 静脈麻酔薬 バルビツレイト ↓↓↓ ベンゾジアゼピン ↓↓ プロポフォール ↓↓ フェンタニル −or↓ ケタミン − MEP が記録できている場合は術後に運動麻痺を来す 場合は少ないが、MEP が消失した場合は運動機能障 害の発生を考慮しなければならない。ただし、麻酔薬 や筋弛緩薬の影響や電極不良などの可能性もあるた め、慎重に対処する必要がある。 24 臨床ワークブック Table 2. MEP施行時の麻酔法の例 脊髄脊椎手術 大血管手術 麻酔導入 プロポフォール(1.5∼2.5mg/kg) フェンタニル(1∼4μg/kg) ベクロニウム(0.1mg/kg) 麻酔維持 プロポフォール(4∼8mg/kg/hr) フェンタニル(適宜) 50%亜酸化窒素 ベクロニウム ; T1 of control at 25∼50% 麻酔導入 ケタミン(1∼2mg/kg) フェンタニル(1∼4μg/kg) プロポフォール(0.5∼1mg/kg) ベクロニウム(0.1mg/kg) 麻酔維持 ケタミン(1∼2mg/kg/hr) フェンタニル(適宜) プロポフォール(1∼2mg/kg/hr) ベクロニウム ; T1 of control at 25∼50% 奈良県立医科大学で施行している麻酔法の一例。脊髄脊椎手術では亜酸化窒素は除外 可能で、target-controlled infusion(TCI)で調節も可能。 (2)大血管手術の場合 上肢MEPに変化がなく、下肢MEPのみ変化した場 胸部大動脈手術で MEP をモニターする場合の実際 合は、脊髄虚血の可能性を考慮する。脊髄虚血があっ の麻酔法は、麻酔導入薬としてケタミン(1∼2mg/kg) 、 た場合は、myogenic MEPは 2 分程度で変化するため フェンタニル(1∼4μg/kg)と少量のプロポフォールを 非常に鋭敏な運動機能モニターであり、術中のテスト 用い、ベクロニウムは0.1mg/kgを使用する。麻酔維 クランプなどに有効に使用できる。ただし、送血管側 持はケタミン(1∼2mg/kg/hr)、プロポフォール(1∼ のみの変化であれば下肢末梢性の一過性の変化である 2mg/kg/hr)で行い、フェンタニルを必要に応じて適 場合が考えられる。両側性 MEP の低下がみられた場 宜追加投与する。この程度の麻酔薬と筋弛緩薬であれ 合には、脊髄血流を維持すべく、血圧の維持、送血不 ば、麻酔導入後体位をとり、MEP のための電極を装 良などの有無の確認、肋間動脈の選択的灌流や再建、 着すればコントロールの波形が記録可能となってい 脊髄ドレナージ量の増大などを行う(Fig.4)。それで る。筋弛緩薬の効果を確認した後、ベクロニウム 0.4mg/kg/hrで開始し、その後適宜調節する。亜酸化 窒素は基本的には使用しない。麻酔深度が不十分な場 合は、ケタミンの増量やフェンタニルにて対処する。 吸入麻酔薬は使用しない。 胸腹部大動脈瘤手術で、特に注意が必要なのは、部 大血管手術時のMEP評価法 下肢MEP変化 振幅低下(25%以下) または消失 上肢MEP変化なし 分体外循環が開始された場合と大動脈が遮断された場 合に、麻酔深度が変化し、MEP が記録できなくなる 場合である。我々の施設では、これらの一連の操作を 行うまでに、あらかじめプロポフォールや筋弛緩薬の 量を最小限にとどめておく。下肢の MEP の変化が脊 髄障害によるものか、全身の麻酔薬などによる影響か 送血管側のみ 両側変化 一過性の変化? 脊髄虚血の可能性 上肢MEP変化 振幅低下・消失 麻酔・筋弛緩の影響 は、上肢のMEPの変化をみることにより鑑別できる。 上肢のMEPも低下していれば麻酔・筋弛緩など全身性 の因子による可能性が高いため、麻酔薬や筋弛緩薬の 量を調節する。低体温でも全身性の影響がみられるが、 麻酔・筋弛緩の調節 経過観察 血圧上昇 送血管チェック 肋間動脈灌流または再建 脊髄ドレナージ増量 一般に28∼30℃程度までは MEP の振幅はあまり変化 しないとされている10)。 Fig.4. 術中MEP変化時の対応策 25 A net Vol.9 No.3 2005 も改善しない場合は、内膜剥離術などを行い隠れた肋 6 )Dawson EG, Sherman JE, Kanim LE, et al.:Spinal 間動脈を同定し、再建することが重要であると報告さ cord monitoring: Results of the Scoliosis Research れている11)。 Society and the European Spinal Deformity Society 4. まとめ survey. Spine 16 (suppl) :S361−364, 1991. 7 )Nuwer MR, Dawson EG, Carlson LG, et al.: 全身麻酔中の運動機能評価法としての MEP の施行 Somatosensory evoked potential spinal cord moni- 法とその管理法について概説した。MEP は麻酔法に toring reduces neurologic deficits after scoliosis よって大きく左右されるため、そのモニタリングの成 surgery:Results of a large, multicenter survey. 功は麻酔科医の理解と協力なしでは達成できない。患 Electroencephalogr Clin Neurophysiol 96:6−11, 者にとっての術後運動機能障害の発生は術後のquality 1995. of lifeにとって極めて重要であり、我々麻酔科医も積 8 )Kalkman CJ, Ubags LH, Been HD, et al.:Improved 極的に関与する必要がある。MEP については未だ改 amplitude of myogenic motor evoked responses 善すべき多くの問題点が残っているが、外科医、麻酔 after paired transcranial electrical stimulation dur- 科医、神経生理モニター担当医の連携の下、更なる ing sufentanil/nitrous oxide anesthesia. Anesthesi- MEP 技術の確立により、患者の機能的予後が改善さ ology 83:270−276, 1995. れることを期待する。 引用文献 1 )Kawaguchi M, Furuya H:Intraoperative spinal cord monitoring of motor function with myogenic motor evoked potentials:A consideration in anesthesia. J Anesth 18:18−28, 2004. 9 )De Haan P, Kalkman CJ, Ubags LH, et al.:A comparison of the sensitivity of epidural and myogenic transcranial motor-evoked responses in the detection of acute spinal cord ischemia in the rabbit. Anesth Analg 83:1022−1027, 1996. 10)Sakamoto T, Kawaguchi M, Kakimoto M, et al.: The effect of hypothermia on myogenic motor 2 )Jacobs MJ, Elenbaas TW, Schurink GW, et al.: evoked potentials to electrical stimulation with a sin- Assessment of spinal cord integrity during thora- gle pulse and a train of pulses under propofol/keta- coabdominal aortic aneurysm repair. Ann Thorac mine/fentanyl anesthesia in rabbits. Anesth Analg Surg 74:S1864−1866, 2002. 96:1692−1697, 2003. 3 )Wan IY, Angelini GD, Bryan AJ, et al.:Prevention 11)Jacobs MJ, Meylaerts SA, de Haan P, et al.:Strate- of spinal cord ischaemia during descending tho- gies to prevent neurologic deficit based on motor- racic and thoracoabdominal aortic surgery. Eur J evoked potentials in type I and II thoracoabdomi- Cardiothorac Surg 19:203−213, 2001. 4 )Jacobs MJ, de Mol BA, Elenbaas T, et al.:Spinal cord blood supply in patients with thoracoabdominal aortic aneurysms. J Vasc Surg 35:30−37, 2002. 5 )De Haan P, Kalkman CJ:Spinal cord monitoring: somatosensory- and motor-evoked potentials. Anesthesiol Clin North America 19:923−945, 2001. 26 nal aortic aneurysm repair. J Vasc Surg 29:48−57, 1999.