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Monster Master in the Re: birth world

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Monster Master in the Re: birth world
Monster Master in the Re:
birth world
おもちぃ@望月 白
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
Monster Master in the Re:birt
h world
︻Nコード︼
N9958CF
︻作者名︼
おもちぃ@望月 白
︻あらすじ︼
管理者と名乗る存在にお願いされて剣と魔法のファンタジー世界
へと降り立ったカナタ。もらった能力でモンスターを引き連れたり、
現代知識でいろいろ作ってみたり。
これはそんな彼が﹃魔王﹄と呼ばれるようになるまでを描いた話で
ある。
1
若干見切り発進です。不定期更新。拙い小説ですがよろしくお願い
します。
いろいろ設定にミスが出てきたのでいったん全面改稿しました。
文章の改稿にあたってタイトル、あらすじを変更しました。
2
001
ゆらゆらと揺れ動くような意識の中でふと自分を呼ぶような感覚を
受けてそちらへ意識を向ける。
白いような暗いような、あるいは右も左も、上下すら曖昧な場所で
こちらを向いている人影が一つ。
ひどく無機質で、しかし神々しさのような得体の知れない気配を放
つソレがゆっくりと近づいてくる。
﹁おはよう、気分はいかがかな?﹂
近くで聞こえているようそれでいて直接脳内に響くような声に若干
驚きつつも返事をしようとして、声が出ないことに気づく。
自分を見降ろそうとしてもそこには何もなく、手足の感覚すらない
ことに戸惑う。
自分という認識はできるのにまるで第三者から意識だけ向けたよう
なひどくあいまいな感覚が落ち着かず、それが一層不安と不快感を
掻き立てる。
﹁あぁ、驚いてるとこ悪いけど先に話を進めさせてもらうよ﹂
こちらの気持ちを知ってか知らずか、影は矢継ぎ早に続ける。
かみぎしかなた
﹁上岸彼方くん、君は認識しているか分からないけどつい先ほど死
にました﹂
混乱してると思って好き勝手言ってくれる。
まさか人を拉致った揚句こんなわけのわからないところで宗教勧誘
3
か?
﹁まぁまぁ、とりあえず話は最後まで聞こうよ。まずここは狭間の
世界というやつかな、いわゆる死んだ魂の一時とう留所みたいな感
じ﹂
ふむ、つまり死後の世界﹁︱︱とはまた違うんだけどね﹂
まるでこちらの思考を読んだかのようにかぶせてくる。
﹁まぁ細かい区分は置いておいてここが死者の集まる場所の一つと
思ってもらえばいいよ。
とりあえず君が一度死んで、その魂がここに呼ばれたと認識してく
れればそれでいい﹂
あぁ、つまり俺は死んでここに来たと。
で、死因は?
﹁事故だね。それはもう見事にぐっちゃぐちゃ、痛みを感じる暇も
なかったんじゃないかな?﹂
そう言われてみればそんなこともあったような気がする。
おぼろげな記憶の隅から新しいものを引っ張り出す。
それは学校の帰り道のこと。
部活をするでもなく友達としゃべるわけでもなく、まるでテープの
の繰り返しのように変わり映えのしない家路をたどる。
幸いにも自分の通う高校では部活に力を入れているわけでもなく、
4
偏差値も並みであるためこれといった活動を強要されることもない。
よく言えば平凡、悪く言えばちょっと秀でた者がいれば吹いて飛ば
されるような人員を社会へ送り出すような所だ。
よしんばここでいい成績で卒業できたとしても一般街道まっしぐら
だろう。
まぁそんなわけで今日も怠惰な日常をこなし、いつもの交差点へさ
しかかったころ。
ふと何かに引かれるように横断歩道を渡ろうとしている子供に目が
とまる。
特に何かがおかしいわけではない。向かい側では主婦が買い物鞄を
下げ隣りの歩道の信号待ちをしている。後ろからは同じく学校帰り
だろう同級生たちとおもしき話し声がする。信号は青、なにもおか
しいことはない。
そう、視界の端によぎるトラックさえなければ。
明らかにスピードの出しすぎ。
それも赤信号であるにもかかわらずブレーキを踏む気配さえない。
そう思った瞬間にはすでに体が動いていた。
肩にかけた鞄を放り出し、数歩ののちにトップスピードに。
もし今タイムを計ったのならば世界記録にも並ぶんじゃないだろう
か。
そんな思考が一瞬脳裏をよぎるも、次の瞬間には子供を向かいの歩
道に届けと体をいっぱいに伸ばし突き飛ばしていた。
体は空中にあり、どう考えても次の動作には間に合わない。
聞こえる甲高い音はブレーキ音かはたまた歩行者の叫びか。
ぶれる思考の中で見上げたそこには真っ赤な顔でこちらを睨む運転
5
手の姿が。
どう見ても飲酒運転です。本当に、ありがとうございました。
︵あぁ、これはアカンやつや⋮⋮︶
そう思った次の瞬間には視界が暗転。
そこからは何も覚えていない。
つまり俺は交通事故に巻き込まれて死んだわけだ。
自分から突っ込んでおいて巻き込まれたというのもどうかと思うが。
﹁まぁそんなわけでキミは死んだわけだ﹂
6
002
あっさりと言ってのける影に俺は胡乱げな視線を投げかける。
最も現状目があるかも怪しいが。
それで俺はなぜここでこうして影と会話︵?︶などをしているのか。
﹁あぁ、それはだね。
ぜひとも君にやってほしいことがあって﹂
そう言葉を投げかけてくる。
いや、すでに俺は死んでいてどうこうできるわけではないのだが。
思えば16年、ずいぶんと短かった。
そんな風に黄昏て見せるが、影はそんなものどこ吹く風と続ける。
﹁とりあえずそこら辺は置いておこう。
あとからどうにでもなるしね﹂
そんな風にあっさりと言ってのける。
というか軽く流しそうになったけどどうにでもなるってあんた何者?
﹁あ∼、管理者って言ってもわかりづらいかな。
いちおうキミたちの概念で言うところの﹃神﹄に近いものだと思っ
てもらえればそれでいいよ﹂
神様!?
それにしてはさっきから口調が軽いが。
それとも神というのは得てしてこういうものなのだろうか?
7
﹁いや、厳密には違うから同じと思ってもらっても困るけど⋮⋮﹂
つまり神様にはてしなく近い何かだと。
﹁話が進まないからとりあえずそれでいいよ
それでお願いしたいのは僕の管理する世界への転生なんだ﹂
転生?
物語なんかでよくあるあれか?
実際自分も好きでよくそれ系の本なんかも読んでいたが。
﹁そう、その転生
キミにはいくつか能力を付与して転生してもらいたいんだ﹂
それはいいんだがなぜ俺なんだ?
こんな何処にでもいるような高校生を?
﹁まず一つは順応性かな。若い方が転生後のなじみも早いし。
幸いにもキミには異世界転生の知識もある。
そして何より重要なのはキミの魂の持つキャパシティーだね﹂
魂のキャパシティー?
﹁言い換えれば生まれ持った能力というやつだよ﹂
いやいや、何度も言うが俺は普通の高校生だぞ。
今まで生きてきてこれといった才能を自覚したことすらない。
8
﹁それはキミの能力が生まれた世界に適合していなかったからだね。
ようは才能はあるのにそれを発揮する環境がなかったということだ
よ﹂
えっと、つまり?
﹁キミの才能とは﹃魔力﹄だよ。
科学の発達した世界で魔力なんて無用の長物だからね。
もっともそのおかげでこうしてキミを見つけて、キミの世界の管理
者にお願いしてこうして引っ張ってきたわけなんだけど﹂
つまりこれから転生する世界では魔力が必要だと。
﹁その通り! もうわかったと思うけどキミに行ってほしいのは剣
と魔法のいわゆるファンタジーな世界だよ。
もちろん魔物とかもバンバン出るから先も言ったようにいくつか能
力を付けてあげようと思う﹂
ちなみに拒否権は?
﹁ないね、もうこっち連れてきちゃったし﹂
オイ!
せめて連れてくる前に聞けよ!!
まぁ、もちろん面白そうだから断るつもりもないが。
どうせ一度死んでるし。
9
003︵前書き︶
スキルに関するツッコミはなしの方向で。
10
003
﹁じゃあそういうわけでいろいろ決めていこうか。
この世界なんだけどスキル性になってるんだ。
ただ注意してほしいのはスキルはあるけどゲームみたいなレベルは
ないって事。
モンスターを倒したからってレベルが上がって急激に強くなること
はないってことだよ﹂
それだといつまでたっても強くなれないんじゃないか?
﹁う∼ん、そこら辺は本人の努力次第かなぁ。
ただその代わりにスキルには熟練度があるんだ。
使えば使うほど技が冴えていき、ある程度熟練が貯まると次の段階
へと進むんだ。
ある日ふっと今までできなかったことができるようになる感じでね。
そこら辺は実際に使ってみて何となく感じ取ってもらわなければい
けないけれど﹂
それじゃあステータス的なところはどうなってるんだ?
﹁そこら辺は感覚で、としか言いようがないかなぁ。
普段から鍛えていればある程度体力は高まるし、逆にサボれば体力
は落ちていく。
厳密なHP・MPなんてものもないから普段からコンディションチ
ェックはこまめにね。
まぁそこら辺が分かるような能力はつけてあげるよ﹂
11
それはありがたい。
﹁あ、あらかじめ言っておくけど変化は緩やかなほうがいいから初
めからマンガみたいに無双できると思わないでね。そこらへんも調
整することになるから﹂
む、魔力の才能はあるのにいきなり殲滅級魔法が封じられるとは⋮⋮
一度でいいから俺TUEEEEEEしてみたかったのにな。
﹁まぁそんな所だと思ったよ﹂
どこか苦笑するような気配が伝わってくる。
﹁まずは世界の言語や知識なんかも含めた﹃世界知識﹄、しばらく
の活動資金や必需品なんかを入れた﹃アイテムボックス﹄、自分の
状態を知るための﹃ステータス﹄。この3つを基本としてつけるね。
そのほかのスキルについてはこれを見て選んでね﹂
そういうと目の前にウィンドウのようなものが広がった。
ずらっといろいろなスキルが並べられていてどれもがまさにファン
タジーといったものばかりだ。
とりあえず安全重視で防衛系を探してみる。
﹃見切り﹄や﹃護身術﹄、﹃盾術﹄なんかがあるがどれもこれだと
いう物がない。
そんな中である物が目に入った。
﹃超回復﹄
いきなりパワーインフレしそう何だがこれはいいのか?
12
﹁それね。普段の時から体力の回復が早くなったり傷の治りが早く
なったりするんだけど、結局それだけだからね。死なないわけじゃ
ないし数の暴力には敵わないからね﹂
ふうん、俺としてはいつまでも痛いのは嫌だからとりあえずこれは
確保で。
それから近づけさせなければいいって事で﹃結界術﹄。
最低限の自衛力はほしいけど武器なんか持ったことないし実際にう
まく使えるかはわからないからここは無難に﹃剣術﹄で。
それから魔法も使ってみたいから﹃属性適性︵全︶﹄。
いろいろ作ってみたいしあこがれもある﹃錬金術﹄に﹃鍛冶術﹄。
とりあえずここまでは無難に決まった。
だがはたして敵を前にしたとき自分は戦うことができるのだろうか?
そう思って思いついたのが代わりに戦ってもらえばいいというもの
だった。
一覧を探すとまさに欲しいスキルがあった。
﹃召喚術﹄
これでもし戦えなくても自分は結界の中に逃げていればいい。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
13
状態 良好
スキル
﹃剣術﹄﹃超回復﹄﹃属性適性︵全︶﹄﹃結界術﹄
﹃召喚術﹄﹃錬金術﹄﹃鍛冶術﹄
ギフト
﹃世界知識﹄﹃アイテムボックス﹄﹃ステータス﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹃ステータス﹄と念じて開いてみると以上のようになった。
今はまだ大した能力でなくてもこれを極めたら最強なんじゃなかろ
うか。
ちなみに体力なんかの表示を見て何となくの意味を察した。
︵割合表示ってことね︶
下手したら一撃で死にかねん。
14
004
﹁これで問題はないかな?﹂
ああ、あんまりスキルを増やしすぎても器用貧乏になりかねん。
自分ではいろいろ吟味した結果だ。
﹁おっけ∼。
それじゃ最後になるけどこの世界の現状だよ。
今のところ人類の活動圏は全体の1割弱なんだよ。
いろいろ理由はあるけど一番の原因が魔獣。これのせいでここ数百
年生活圏を増やせずに若干行き詰ってるんだ。
2000年ほど前までは高度な文明が栄えていたんだけど、突如発
生した魔獣によって一度滅びている。それ以来魔獣たちに押される
ように人類は各地へ追われ、文明の痕跡は森の中に沈んでしまった。
詳しいことは﹃世界知識﹄に入ってるから暇な時に調べてくれれば
いいよ﹂
へぇ、そんなことが。
﹃世界知識﹄を意識すると滅びた理由が頭の中に流れ込んでくる。
どうやら高度な魔法があふれた結果、その過程で変質した魔力や魔
導実験で排出された︽瘴気︾が生物の根源を捻じ曲げた結果︽魔獣
︾という存在が生まれたわけだ。
どこの世界でも汚染はつきものなんだな。
今では文明の痕跡は森に呑まれ、ダンジョンや遺跡と呼ばれている
そうだ。
時折その中から遺物、︽アーティファクト︾と呼ばれるものが出土
15
されるらしい。
そのうち探しに行ってみるのもいいかもしれないな。
﹁とりあえずキミにお願いしたいのはこの生活圏の拡大。
町の周りの魔獣の殲滅でもいいし町や村を行き来して物流を促進さ
せてもいい。
可能ならば新たな土地の開墾なんかが望ましいけどそこまでは言わ
ないよ﹂
つまりは冒険者として世界をめぐり、そこで問題を解決していけば
いいと。
なんだか楽しそうだ。今からワクワクが止まらない。
﹁まぁ強要するつもりはないから好きにしてくれればいいよ。
もともとこちらとしても新たな動きがあれば儲けものくらいのつも
りだから。
キミという一石を投じて世界がいい方に動けばそれでよし。動かな
くても何らかのきっかけになればそれもよし。
今回の件はそういった実験的な部分もあるから気負わずにいってく
れればいいよ﹂
好きなようにしていいわけか。
﹁スキルに関しては初めのうちは上がりやすくしておいたからそう
遠くないうちに最低限使いこなせるようにはなるはずだよ﹂
おぉ、それはありがたい。
行ってすぐに死にましたでは面白くないからな。
﹁さて、僕からはこんなところかな。質問は?﹂
16
このままいけば向こうに着くのか?
﹁うん、町の近くでなるべく魔獣が弱いあたりに降ろすつもりだよ﹂
それなら何とかなりそうだな。
あとは服装とかどうだろうな。
﹁そこら辺は一般的な町服にするつもりだよ。
どうせ肉体を再構成しなきゃいけないからそのついでにぱぱっと作
っちゃうつもり﹂
ん、あとは⋮⋮特にないかな。
﹁了解∼。
それじゃあそろそろ送ることにするよ﹂
あぁ、いろいろと助かった。
﹁うん、もう会うことはないだろうけどここからいつでも見守って
いるよ。
それじゃあ、キミの行く末に幸多きことを﹂
そう言って手をかざすと俺の意識はだんだんと闇の中に沈んでいっ
た。
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005︵前書き︶
間違っている部分があったため修正しました。
あとがきにお金の説明を追加 2014/8
/14
18
005
まぶたに光を感じて目をあけるとそこは林の中だった。
木々の隙間からは木漏れ日が差し込み、すっと息を吸い込むと柔ら
かな緑の香りが肺いっぱいに広がる。
都会に住んでいて今までに感じたことのない自然の気配に知らず頬
がほころぶ。
自分の体を見降ろしてみると麻のシャツに麻のズボン、革のブーツ
を履いていた。左の腰に重さを感じてそちらを見ると、そこには一
本のロングソードが吊るされている。
︵うわぁ、本物の剣だ!︶
ついうれしくなって剣を抜き、振ったり握りを確かめてみたりする。
手に感じる重みからここが改めて異世界なんだと思い、ついでなの
でアイテムボックスやスキルの確認などを一通りすることにした。
まずはアイテムボックス。
念じてみると頭の中に入っているアイテムのリストが映し出される。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
水筒
携帯食料×10
砥石
周辺の地図
銀貨×10
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
周辺の地図はおそらく管理者が入れてくれたものだろう。
19
そして当座の資金である銀貨。
この世界の通貨は小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨∼∼大金貨、白金
貨があり、それぞれ10枚ごとに一つ繰り上がる。
こちらからの平均的な家族がひと月暮らすのに必要なお金がおよそ
大銀貨1枚であるため、今俺の所持金は1カ月分ということになる。
まぁ怠けるわけにもいかないしこちらでの生活に慣れるのにそれく
らいということだろう。
そしてお待ちかねのスキルである。
ステータスを呼び出してそれぞれに意識を向けると説明が頭の中に
流れ込んでくる。
おそらくこれは﹃世界知識﹄の恩恵だろう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
状態 良好
スキル
﹃剣術﹄﹃超回復﹄﹃属性適性︵全︶﹄﹃結界術﹄
﹃召喚術﹄﹃錬金術﹄﹃鍛冶術﹄
ギフト
﹃世界知識﹄﹃アイテムボックス﹄﹃ステータス﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹃剣術﹄︱︱一般的な武術で多く使われている。熟練度が低いため
まだまだ剣に振られるレベルである。
20
﹃超回復﹄︱︱体力や傷の治りなどを早くする。特殊スキルである
ため熟練のアップは存在しない。
﹃属性適性︵全︶﹄︱︱基本属性の火、水、土、風、光、闇、無に
加え氷、木、雷、聖、毒が使える。熟練度が低いため攻撃には向か
ない。
﹃結界術﹄︱︱指定範囲を結界で囲む。熟練度が低いため破れやす
く、自分の周囲1mほどまでしか展開できない。
﹃召喚術﹄︱︱自身の魔力にかりそめの生命と肉体を与え従える。
︽従魔の書︾を呼び出し魔獣の魔石を取り込むことで召喚できる魔
物が増えていく。︽従魔の書︾には行動を蓄積・共有する能力があ
り、さまざまな行動をさせることで強く賢くなる。行動によっては
極まれに新種が登録されることもある。熟練度が低いため1体まで
しか呼び出せず、また呼び出す魔獣もそれほど強くない。現在登録
なし。
﹃錬金術﹄︱︱魔力によって物質を変換、変性させる。熟練度が低
いため合成と分解、変形しか使えない。
﹃鍛冶術﹄︱︱あらゆる武具、道具を作るのに必要なスキル。熟練
度が低いため大したものは作れず、品質もそれほど良くない。
まずは﹃属性適性︵全︶﹄から。
火は危ないので水を出すことにする。
近くに木を狙って
﹁ウォーターボール!!﹂
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すると一瞬体の中から何かがするりと抜けるような感覚がするとと
もにみる見る間に手のひらに水が集まって行き、拳大ほどになると
︱︱
︱︱そのまま地面に落ちた。
パシャリと音を立ててはじけた水球はそのままゆっくりと地面にし
み込んでゆく。
しばらく無言でその場にたたずむ俺。
﹁⋮⋮はぁ?﹂
ため息とも疑問ともとれる息をついて濡れた地面を見つめる。
﹁確かに無双はできないと聞いていたよ。
だけどこれは何というか⋮⋮﹂
そう、これじゃない感がひしひしとする。
もっと魔法というのは派手であるべきだ。
それがどうだろう、コップ1杯ほどの水を作るとともに魔法を使う
感覚が消え、後は先ほどの状態に陥ったわけである。
何というか戦うためのスキルというよりは日常生活が少しだけ楽に
なるという感じだ。
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まぁ今後水の心配をしなくていいことがわかったのは僥倖ではある
が。
そうして俺の異世界初の魔法は何ともいいがたい空気の中で終わっ
たのであった。
23
005︵後書き︶
ゴル
お金の単位はGです。
元の世界の価値に直すと小銅貨1枚で1円、銀貨は1万円となりま
す。
24
006
次に試すのは﹃結界術﹄だ。
とりあえず自分を囲う壁を意識して使ってみる。
これまたするりと何かが抜けていくような感覚がした。
おそらくは成功したのだろう。
だがなぜか何も変わっているように見えない。
試しに手を伸ばしてみると、指先に何かが当たったような感覚がし
た。
柔らかいような硬いような、よくわからない感覚。
どちらかと言えば柔らかく押し戻されるような感じだ。
そのまま少しづつ手を伸ばしていくと、ある一定からは強い抵抗を
感じて進めなくなった。
おそらくこれが結界というやつであろう。
試しに力を入れて押してみる。するとある程度力を入れたところで
何かが消える感覚とともに抵抗がなくなり、軽く前へとつんのめる。
たぶんこれが現在の結界の限界強度なのだろう。身を守るためには
なるべく早く熟練をあげて強度を確保するのは急務となった。
ついでなので結界をいろいろ操作できないか試してみることにした。
ぼんやりと見える白い幕のようなものをイメージしながら結界を発
動すると、目の前に薄い壁のようなものが出来上がった。
成功したようだ。そのまま結界を移動できないか試してみるが、び
くともしないところをみるとどうやら無理のようだ。設置型なのか
もしくは熟練が低くてうまく動かせないのか。
とりあえず自分が動いて確かめることにする。
25
真横に移動してみたがまるで厚みが感じられない。試しに押してみ
ると結界に触れたところで抵抗を感じ始め、そのままゆっくりと手
が沈んでゆく。反対側からは手が出ているような痕跡はない。その
まま手首まで沈んだところで止まった。
何というか真横から見ると手首から先が消えているように見える。
おそらく空間に作用する魔法なのだろう。
今度はそのまま数歩ずつ下がってみる。
すると1mを超えたあたりで結界がすうっと消えた。
元の結界があった場所に戻って手を伸ばすが、まるで何の抵抗も感
じない。
おそらく有効範囲を出たことで消えてしまったのだろう。
とりあえず結界がどういうものなのかはわかった。
次は﹃召喚術﹄だ。
念じると1冊の本がどこからともなく現れた。
黒の皮で装丁され、角には金の縁取りが施されている。中央やや上
には紫色の宝石が怪しく輝いており、それを囲うように銀の線が絡
み合うような模様が施されている様は、いかにも魔道書と言いたげ
だ。
表紙を開いてみるとどのページも真っ白で何も書かれていない。お
そらく魔獣から取り出した魔石を呑みこませることで何かしらの変
化があるのだろう。
消えるように念じると現れた時と同様にどこへともなく消えていっ
た。
そして﹃錬金術﹄。
足元にあった白っぽい石を手に取り、﹃分解﹄と念じてみる。
するとぬるりという効果音が聞こえてきそうな様子でいくつかの塊
に分かれた。
26
それぞれ色が違い、おそらくこれらが元石を構成していた物質に含
まれていたものだろう。
今度は﹃合成﹄と念じてみるが、手のひらの上にあったのは先ほど
とは違う赤茶げた色をしていた。おそらく合成により均等に物質が
混ざり合ったため、初めとは違う構成になってしまったのだろう。
後は﹃鍛冶術﹄も試してみたいが、現状では道具も設備もないため
できそうにない。
﹃超回復﹄に至ってはさすがに自分を切りつけるような度胸もない
ため見送った。そのうちけがをしたときにでもわかるだろう。
というわけで最後に残った地図を見てみることにする。
それによると大雑把ではあるが周囲の大体の地形が描かれており、
丁寧なことに現在地とおもしき場所に印がうってあった。
現在地は林の中へ少し入った場所であり、実際木々の隙間から草原
が見えていた。そして草原に出て東へ行ったところには町が描かれ
ている。
町の名はセリューと言うらしい。﹃世界知識﹄から検索するとどう
やらヴュルデ王国という国の南方に位置する町であることが分かっ
た。
年中温暖で周囲の魔物も比較的弱いため割と栄えた町であるらしい。
とりあえず行き先が決まったため俺は草原に向かって歩き出した。
27
007
もう少しで平原へとぬけるかというところでソイツは登場した。
まんまるなボディ。
動くたびにプルプル震える緑色の液体。
﹃世界知識﹄から情報を引き出すまでもなくわかるその名前。
その名はスライム。
﹁また定番中の定番が出てきたな﹂
ガサガサと茂みをかき分けて現れたソイツは俺を獲物と定めたのか
ゆっくりと近づいてきた。
特にあわてることもなく剣を構え、相手を観察する。
﹃世界知識﹄によればスライムは魔獣の生態系の最底辺に位置し、
子供でも狩れるほどに弱い。液体で構成された肉体ゆえに物理攻撃
コア
が通りづらいが、もちろん弱点は存在する。
それは体の中心に位置する核だ。
それを傷つけられると体を維持できずに水のように溶けて消えてし
まう。
﹁わざわざ経験値になりに獲物のほうから来てくれるとはな﹂
俺は狙いを定めてスライムの核に突きを放った。
攻撃は外れることなく核へと吸い込まれ、次の瞬間にはパシャリと
音を立ててスライムが崩れさる。
後に残ったのは傷の付いたスライムの核。
俺はそれを手に取ると、剣で半分に割った。
28
すると中から小指の先ほどの宝石のようなものが出てくる。
色は無色透明だ。
いわゆる魔石という物で、すべての魔獣はこれを体内に持っている。
﹃世界知識﹄によると魔石とは、生物が魔獣化するときに体内に生
成される魔力の塊で魔獣の力の根源でもある。大きさによってラン
クが変わり、大きな魔石を持つ魔獣ほど強くなる。同種の魔獣でも
魔石の大きさが異なり、スキル熟練度が高いほど大きくなる。
また自然界にも魔石は存在しており、魔力の濃い場所で自然と結晶
化する。しかしそういった場所は強力な魔獣の生息する地域であり、
一般に出回ることはほぼない。
そのため一般的に魔石と言うと魔獣から採集した魔石のことをさす。
超文明時代には人工魔石も作られていた。
とあった。
さっそく俺は︽従魔の書︾を呼び出し魔石を吸収させることにした。
表紙に魔石をかざすと本に付いている宝石が淡く輝き、魔石が光の
粒になって吸い込まれてゆく。
やがてすべてが吸い込まれると、同時に宝石の輝きも消えた。
試しにページをめくってみると、今まで真っ白だったページに魔獣
の絵と説明が書かれていた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
スライム
粘液状の体を持つ魔獣。﹃環境適応﹄というスキルを持っているた
コア
め最も種類が多くすべては把握されていない。魔力の淀みから自然
発生するためすべてを駆逐するのは不可能である。体内に核を持ち、
内部に魔石がある。
29
スキル
﹃体当たり﹄﹃消化吸収﹄﹃環境適応﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
試しに﹃召喚術﹄を試してみる。
﹁召喚︱︱スライム﹂
すると足元に六芒星の魔法陣が浮かび上がり、中から1匹のスライ
ムが現れた。
そのままじっとしている。
どうやら指示がなければ動かないようだ。
とりあえず好きにするよう指示を出す。
しかしじっとしたまま動かないので、仕方なく草原に向かって歩く
ことにした。
スライムは俺の後から体を震わせながらついてきている。
しばらく歩くとようやく草原に出た。
どこまでも広がるような平原の中、遠くに小さく町が見える。
おそらくあれが目的地であるセリューだろう。
草原にはところどころ生物が見える。
一番近くにはウサギのような生物がいた。
ホーンラビット
なぜウサギの﹃ような﹄なのかといえば、その額から角が生えてい
たからだ。
﹃世界知識﹄によれば角兎というらしい。
れっきとした魔獣で草食ではあるが外敵がいればその角で突撃して
くるそうだ。
ついでなのでスキルの熟練上げにつき合ってもらうとするか。
近づいてゆくとこちらを警戒したように見ている。
30
さらに近づくとこちらを敵と認識したのか、こちらに向かって突っ
込んできた。
俺は焦ることなく自分の前に結界を張り様子を見ることにした。
1mほど手前でジャンプした角兎は結界に阻まれ、やんわりと着地
した。
その後も何度も俺に向かって突撃を繰り返すが、そのどれもが結界
に阻まれている。
しばらくその様子を見ていたが、ある時ふと自分の中に何かが流れ
込んでくるような感覚がした。
その感覚をたどると、もっと結界を遠くまで広げられるような気が
した。
同時に結界の強度も強くなった気がする。
試しに追加で結界を張ってみると、どうやら自分から10m以内な
ら好きな場所に張れるようだ。ずっと使い勝手が良くなった。
そのまま角兎を囲うように結界を張り、中の空気を抜いていくよう
にイメージした。
そのまましばらく待っているとやがて兎は動かなくなり、ピクリと
もしなくなった。
どうやら倒したようだ。
﹁チートにはしないって言ってたけどこれむちゃくちゃ強くないか
?﹂
せっかく兎を倒したのではぎ取りをすることにする。
﹃世界知識﹄をもとにはぎ取ってみるが、なかなかうまくいかない。
使っているのがロングソードということもあってはぎ取った皮には
肉や脂がこびりついていた。
それぞれ角、肉、皮、魔石に分けると、魔石を残してアイテムボッ
クスにしまいこんだ。
31
アイテムボックス内では時間が停止するので、中に入れた生ものは
腐ることがない。
︵元の世界でこんなの欲しかった︶
魔法で水を出して剣と手を洗うと次はいよいよお待ちかね、魔石の
吸収である。
本を出して魔石をかざすと、あっという間に吸い込まれていった。
ページをめくると角兎が追加されていた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ホーンラビット︵角兎︶
角を持つウサギで平原や浅い森にたくさん生息する。
クラシオン草を好んで食べるためその角にはわずかながら鎮静作用
がある。そのため鎮痛剤の材料として使用される。
スキル
﹃頭突き﹄﹃回避﹄﹃危険察知﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁クラシオン草﹂という単語が気になって脳内検索をすると、どう
やら薬草の一種のようだ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
クラシオン草
傷薬として使用される薬草。ギザギザの葉っぱで裏面が白いのが特
徴。
32
ポーションの材料にされる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
とりあえずスライムを﹃送還﹄し、代わりにホーンラビットを召喚
してみた。
呼び出されたホーンラビットは鼻をピスピスと動かし、耳を周囲に
向けてしきりに警戒している。
抱き上げてみるとモフモフだった。
モフモフだった。
大事なことなので2回言いました。
しばらくモフモフを堪能し、十分に堪能したところで町へと歩き出
した。
33
008︵前書き︶
入市税を 小銅貨3枚 ↓ 銅貨3枚 に変更しました。
それに伴い文章を一部変更しました。 2014/8
/24
34
008
﹁やっ! はっ!﹂
何をしているのかと言われたら戦闘中である。
まっすぐ町へと向かってもいいのだがせっかくなので﹃剣術﹄の熟
練度を上げることにしたのだ。
武術は素人であるため構えも何もなく、その剣先は常にふらふらし
ている。
このままでは最低限の自衛も何もないので、今のうちに弱い魔獣で
手ならしをするつもりだ。
というわけで先ほどから角兎を相手に剣を振っているのだが、これ
がなかなか当たらない。
兎の回避がうまいというのもあるが、一番の原因は剣だ。
重さに慣れていないため振るたびに体が持って行かれ、思ったよう
な剣筋ならないのだ。
そしてそんな俺をどこ吹く風とひょいひょいよけ続ける兎。
いい加減じれてきたので召喚している兎にも相手をさせることにし
た。
互いに激しく動くが見間違えることはない。
使い魔との間にはパスのようなものが通っており、それによってど
ちらが自分の使い魔なのかがはっきりとわかる。
指示もこのパスを通しておこなう。
そして敵の兎が目の前に着地するのを見計らって思い切り剣を振り
おろした。
剣は兎の首を断ち切り、そのまま地面に刺さった。
同時に何かが流れ込んでくる感覚。
35
その感覚に身を任せて剣を構えると、先ほどよりもずいぶんと安定
した構えになった。
そのまま兎との連戦を続けていく。
町の手前に着くころにはずいぶんと構えもマシになり、使い魔の助
けもあって苦戦することはなくなっていた。
使い魔のほうも学習したのか、うまく俺のほうに相手を誘導してく
れる。
倒した兎ははぎ取らずにそのままアイテムボックスに収納した。
後からナイフでも買ってはぎ取るつもりだ。
そして何事もなく町へ着く。
︵テンプレだと商人が襲われてたりお忍びで外出中のお姫様が襲わ
れてるのを助けたりするんだがなぁ︶
なんてこと思いながら門へと歩いて行くと、門の前には武器を持っ
た兵士が周囲を警戒していた。
そのまま兵士に向かって声をかける。
﹁すみません、町に入りたいのですが﹂
﹁おう、身分証はもってるか?﹂
そう聞いてくる。
当然他の世界から来た俺は持っているわけがない。
﹁すみません、持ってないです﹂
﹁めずらしいな、どこかの村から来たのか?﹂
36
そう聞かれたので適当に合わせることにした。
﹁ええ、冒険者登録をするために来ました﹂
﹁そうか、ギルドは町の中心にある。大きな建物だからすぐわかる
はずだ。
それと町に入るには銅貨3枚だ。これは規則でな﹂
そう言って手をさしだしてくる。
俺はポケットに手を入れるふりをしてアイテムボックスから銀貨を
1枚取り出し、兵士へと渡す。
兵士は腰に付けたバッグから大銅貨9枚、銅貨7枚を取り出すと、
俺へと返してきた。
﹁ようこそ、セリューへ。頑張って立派な冒険者になってくれよ。
さぁ、通っていいぞ﹂
﹁ありがとうございます﹂
お礼を言って通り抜けようとしたところで兵士に止められた。
﹁ちょっと待て! なんだそのホーンラビットは。どうしてこんな
ところにいる﹂
そう言って武器である槍を構える。
そういえばすっかり忘れていた。
﹁あっ、待ってください! この兎は俺の使い魔です﹂
37
あわてて俺が止めに入る。
﹁何? 使い魔だと? どういうことだ?﹂
混乱する兵士に俺は魔獣を従えるスキルを持っていること、従えて
いる魔獣に危険はないことを説明する。
﹁なるほど、わかった。
だが魔獣を町へと入れることはできん。騒ぎが起きるからな﹂
﹁大丈夫です、消しておくこともできますから﹂
そう言って角兎を送還して見せる。
﹁ほう、変わった魔法を使うな。初めてみたぞ﹂
兵士はしきりに感心していた。
﹃世界知識﹄によれば魔獣とはすべてが人類の敵であり、人になつ
くことはないらしい。
どうやらこちらの世界では魔獣を従えるという発想がそもそもない
ようである。
門をくぐった俺はギルドへと向かうことにした。
ギルドとは国を超えた互助組合であり、国家に属することはない。
登録している者は冒険者と呼ばれ、ギルドから斡旋される仕事を請
け負っている。
ギルドには魔獣の討伐や護衛の依頼などが日々舞い込んでおり、腕
に覚えのある者たちがこれをこなしている。
また魔獣の素材なども買い取っており、町の各店への仲介を行って
いる。
38
そんなことを﹃世界知識﹄から引き出しながら町の中へと入ってい
く。
町の中はいかにもファンタジーと言った雰囲気であふれていた。
ほとんどの建物が石造りで木造建築はほとんどないようだ。
通りには人があふれており、とても活気に満ちている。
中には耳の長い者や獣の特徴をもった者たちがちらほらといて、店
の前で商品を吟味したり屋台の前で串焼きをほおばったりしている。
エルフや獣人と言うやつだろうか。
通りを行く人々を観察していたらあっという間にギルドとおもしき
建物の前についてしまった。
町の中のどの建物もせいぜい2階までなのに対し、その建物は3階
建てで大きさ自体も周りの家の3、4倍はある。
入口の上には盾の前で交差した剣と槍が描かれた看板が掛かってい
て、武器や鎧を装備した者たちが出入りしている。
﹃世界知識﹄で照らし合わせても目の前の建物が冒険者ギルドで間
違いなかった。
期待に胸をふくらませながら扉をくぐると、そこには想像した通り
の光景があった。
入って正面には受付があり、左には酒場がある。
酒場では多くの冒険者が料理を食べたり酒を飲んだりしている。
俺は空いている受付で登録することにした。
ちなみに受付嬢たちは例にたがわず美人揃いである。
﹁すみません、冒険者登録をしたいのですが﹂
﹁こちらは買い取り受付となっているので、そちらの階段を上った
所にあるクエスト受付から登録を行ってください﹂
そう言って右手側をさした。
39
そちらには階段があり、2階へと続いている。
階段を上っていくと正面に1階と同様の受付があり、左手側にはい
くつもの紙が貼られたボードがあった。
何人かの冒険者がそれを見比べたり、ボードからはがして受付へと
持っていったりしている。
それを横目に見ながら空いている受付に声をかける。
﹁すみません、冒険者登録をしたいのですが﹂
﹁はい、ではこちらの紙に必要事項を記入してください﹂
そう言って一枚の紙を差し出してきた。
そこには名前のほかに職業や所持スキル等を記入する欄がある。
ちなみにスキルは教会へ行くことで確認できるらしい。
俺は﹃ステータス﹄を持っているから必要ないが。
その中で一つ気になる項目があった。
﹁この職業っていうのは冒険者とは違うのですか?﹂
そう言って受付に問いかける。
﹁冒険者とは冒険者ギルド会員のことをまとめてさすもので、ここ
で書いていただく職業は大まかな自分の戦闘スタイルのことです。
たとえば剣が得意なら剣士、魔法が得意なら魔法使いといった具合
ですね。
これらは依頼を受けていただく際の参考とさせていただきますので
一番近いと思う物を書いてください﹂
なるほど、つまり俺だと召喚術師となるわけか。
40
というわけで記入した結果がこれだ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
名前 カナタ
年齢 16
職業 召喚術師
スキル ﹃剣術﹄﹃召喚術﹄﹃結界術﹄﹃属性適性︵火・水︶﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ちなみに名前だけなのはこの世界では名字を持つ者は貴族や王族だ
けなので余計な騒ぎを起こさないようにするためだ。
スキルについては問題ないと思う物だけを書いてみた。
属性に関しては野営に必要そうな物を記入する。全属性持ちと知ら
れたらなぜかよくないことが起こりそうな気がしたからだ。
特におかしいところもないので受付に提出する。
受付のお姉さんは記入漏れがないことを確認するために目を通すが、
一点を見て眉をしかめた。
﹁すみません、この召喚術師という職業はどういったものでしょう
か?﹂
そういえばこちらの世界では﹃召喚術﹄は知られていなかったんだ
った。
そういうわけで門番に説明したのと同じような説明をしていく。
その甲斐あって何とか納得してもらった。
41
﹁それではこちらに手をかざして魔力を流してください﹂
そう言って材質不明の白い板をさしだしてくる。
板には隙間があり、先ほど記入した用紙が挟まれている。
板に手をかざし魔力を流すとそれは淡く発光し、やがて消えた。
受付嬢はそれを手元に戻すと何やら操作をしている。
しばらく待っていると呼ばれたのでそちらに視線を移すと、その手
には1枚のカードがあった。
﹁ではこちらがギルドカードとなります。
魔力を流しますと先ほど記入していただいた情報が浮かび上がりま
すのでご確認ください﹂
そう言って鈍色をした手のひらほどのカードをさしだしてきた。
さっそく魔力を流すと表面に文字が浮かび上がってくる。
一番下には大きく﹃F﹄と書かれていた。
﹁そのカードは特殊なアーティファクト使用しており、本人以外の
魔力には反応しないようになっていますので身分証としてもご利用
いただけます。
またクエストの情報や討伐した魔獣の種類と数が記録されます。
それらはギルドの端末でしか見ることができないので予めご了承く
ださい。
なくされますと再発行に銀貨2枚をいただくことになりますので気
を付けてください﹂
カードはなくさないようにアイテムボックスにしまった。
﹁続いてギルドについて説明させていただきます。
まずギルドは会員の争いについて一切の干渉を行いません。
42
会員同士の争い事はすべて自己責任でお願いします。
ギルドに対する不利益な行動を行った場合は相応の罰則でもって対
処させていただきます。
次にギルドでは依頼料の2割を仲介料として徴収します。この中に
は各町での入場料やギルドによる身分保障も含まれます。
同時に会員登録だけして依頼をこなさないことを防ぐため、一定期
間ごとに決められた依頼達成率を維持しなければ、強制的に会員登
録を抹消させていただきますのでご注意ください。
ここまでで何か質問はありますか?﹂
﹁いえ、ありません。続けてください﹂
﹁わかりました。では次に依頼について説明させていただきます。
まず依頼はすべてランクごとに分けられています。
ランクはAからFまで難易度ごとで分けられており、自身のランク
の1つ上のランクまで請け負うことができます。
これは実力のない者がむやみに依頼を受けて無理をしたり、何らか
の問題を起こすことを防ぐためにあります。
たとえどれほど腕に自信があろうと登録時は全員Fランクからにな
ります。
これは規則ですのでどれほど文句があろうと変えることはできませ
ん。
ランクを上げるためにはランクごとに決められた依頼数を達成する
必要があります。
依頼には常設依頼と通常依頼、緊急依頼の3つがあり、これとは別
に指名依頼があります。
常設依頼は常に依頼を受け付けているため達成までの期限は存在し
ません。
43
通常依頼、緊急依頼、指名依頼には期限が存在し、期限を超えた場
合は失敗となります。
依頼を失敗した場合は罰則として原則依頼料の2倍を罰金として徴
収いたします。
またあまりにも失敗が多い場合はランクが降下することもあります。
さらにひどい場合や罰金が払えずに借金をし、期限内に返済できな
い場合は借金奴隷として売られますので気を付けてください﹂
なるほど、こちらには奴隷も存在するのか。
脳内で検索してみるとこの世界には奴隷制度があり、一般的な奴隷
として犯罪などを起こして捕まった犯罪奴隷と、借金を返しきれず
に借金の形として売られる借金奴隷、そして生活ができずに身売り
をする一般奴隷があるらしい。
また表ざたにはされていないが奴隷狩りによって奴隷へとおとされ
た違法奴隷もいるようだ。
どうやらこの世界の敵は魔獣だけではないようだ。気をつけなけれ
ば。
﹁以上で説明を終わります。何か質問はありませんか?﹂
受付嬢の声により意識を引き戻された。
﹁ん∼、ランクにはAより上はありますか?﹂
﹁はい、確かに存在しますがもはや伝説級ですね。
Sランクの魔獣は国家が兵力をあげて討伐する必要があるほどです
ので依頼自体がほぼありません。
SSランクに至っては国が滅びるほどですのでまず遭遇した場合は
生きてはいないでしょう。
44
個人での最高ランクは最大でB、パーティーでAといったところで
す﹂
﹁なるほど、ありがとうございます﹂
どうやらマンガのようにSランクを持った人間はいないらしい。
個人でもBということはこちらの人間はそれほど強くないようだ。
おそらくは文明崩壊以来多くの技術や知識が失われ、それ以降も魔
獣によって文明は後退し続けているのが原因だろう。
受付嬢にお礼を言ってカウンターから離れる。
こうして俺の冒険者登録は無事に終わった。
45
008︵後書き︶
参考までに書いた設定です。
脅威度
SS 国が滅びるレベル。 上級竜種
S 軍が出動するレベル。非常に危険。中級竜種
A たくさん集まってようやく倒せるレベル。下級竜種
B 数人がかりでようやく倒せるレベル。 オーガ、ウルフの群れ
C 1対1でようやく倒せるレベル。 オーク
D 大人が少し苦戦するレベル。 ゴブリン、ウルフ
E 大人が普通に倒せるくらい弱い。 ラビット
F 子供でも倒せる。 スライム
46
どうやら呼ばれたようです︵前書き︶
改稿にあたって1話から書きなおしました。
前作については要望があれば消します。︵しばらくは資料として残
します︶
まだまだあらい部分が多いですが読んでいただければ幸いです。
47
どうやら呼ばれたようです
︱︱どこかの国のどこかの森の中にて︱︱
トンネルを抜けるとそこは雪国だった
なんて小説の一節を思い浮かべながら足元を見降ろす。
もちろん雪などないし周囲の気温も初夏に入りかけたような不快で
ない暑さがある。
ではなぜそんな言葉が思い浮かんだのか。
それを説明するにはまず事の起こりから解明しなければならない。
それは去年の夏、うだるような暑さの中家路を歩いていた時のこと
だ。
俺は近所のスーパーまで買い物に行った帰りに買い忘れに気づいて、
買いなおしに戻るかそのまま帰るか悩んでいた。
このまま帰ればクーラーの効いた部屋へ直行できる。しかし買いに
戻った場合は陽炎の立ち上る道を倍も歩かなければならない。
帰った場合快適な生活が保障される代わりにこの暑い中買い物に出
た意義が不完全になってしまう。
買いに戻れば﹃買い物﹄という行動の意義を十全に果たせる代わり
にこの灼熱の中を歩き通すという苦行を強いられる。
48
究極の選択だ。
確かその時俺は︱︱いや、やっぱりやめよう。
この話から思い出していると非常に長いうえ、そもそも現在の状況
には︱︱全く関係がない。
現実逃避
じゃあなぜ思い出したのかって?
時には思考の脱線も必要ですよ?
おもに精神安定のために。
それでは本題に入ろう。
・・・
そう、それはつい先ほどの俺とあの人︵人?︶とのやりとりまでさ
かのぼる。
︱︱夢でも現でもない何処か︱︱
揺れる。
ゆらゆらと揺れる。
寄せては引く波のように意識が覚醒とまどろみを繰り返す。
意識の片隅で自身が何もない空間を漂っているのを理解する。
ぼやける視界の中に水面に波紋をたてるように新たな存在が加わっ
た。
49
それは人、だろうか?
と認識しているのに目を離すとすぐに見失いそうな。
ひどくあいまいで境界線がはっきりとしない。
居る
そう、たとえるならひどくノイズの混じった朧げなホログラムのよ
うな感じだろうか。
とにかくそんな存在が前方に突如として現れた。
﹁やぁ、気分はいかがかな?﹂
片手を上げる動作とともにそれが話しかけてきた。
いや、話しかけてきたというより意識に語りかけてきた?
とにかく声ではない声、意識のようなものを受け取る。
そんなことを考えている間にだんだんと意識が覚醒してくる。
それとともに自身の体が思うように動かせないことに気がついた。
見降ろしてみるとそこには真っ白な空間があるだけで見慣れたから
だが存在しない。
驚いて声が出そうになったが口からは何の音も出ない。
!? !!!? ??
結果大量の表意記号だけがその場に残った。
﹁あ∼、驚いてるとこ悪いけど先に話を進めさせてもらうよ
まず前提として上岸彼方くん、キミは事故により死亡しました﹂
こちらのことなど知ったこっちゃないと人影が続ける。
50
﹁というわけでキミの魂をこの狭間の空間に招待しました。
ここに来たことでキミには二つの選択が与えられます。
すなわちこちらの頼みを聞いて新たな世界へと転生するか、このま
ま消滅するかです﹂
というわけって⋮⋮えらく端折られた気がするのは気のせいか?
あと選択がやたら両極端だな。片方ぶっそうだし。
﹁まぁまぁ、細かいことは気にしない。あんま細かいとこ気にする
とハゲるよ?﹂
ハゲてねぇし!!
ていうか細かくもねぇ! ついでにこっちの思考読むなし!!
﹁いや、だってキミしゃべれないじゃん?﹂
そう、そこだよ。なんでしゃべれないんだ?
﹁死んでるから? よく言うじゃん﹃死人に口なし﹄って﹂
いやそうじゃなくて!
﹁あえて言うなら魂の状態だからかな。しゃべろうにも肉体がない﹂
初めからそう言えよ!!
がっくりと肩を下ろす。
いや、肩がないから気分だけそうする。
じゃあ次だ、どうしてこんなことになってる?
51
﹁え∼、さっき言ったじゃん。死んだからここに連れてきました、
まるっ!﹂
フンスと鼻息荒く胸を張って答える影。えらく態度が子供っぽい。
そもそも死んだからってはいそうですかと納得できると思うか?
﹁できないの?﹂
できるかっ!!
というかできるやつがいるなら今すぐここへ呼んでほしい。
きっとソイツはダライ・ラマやガンジーみたいに悟りを啓ききった
やつに違いない。
﹁まぁまぁ、事故ってそういう物じゃん? 誰しも望んで事故に遭
うわけでもないと思うけど﹂
まぁ、確かにそうだが。
じゃあ次、あんたは誰?
﹁この世界の管理者だよ∼﹂
管理者っていうと神様か?
﹁ちょっと違う。管理者は管理者で神様は他にいるよ。
神様は世界にたくさんいて管理者はその世界を管理するのが仕事﹂
つまり神様より上位の存在だと?
52
﹁それも違うかな。どちらかが上って事はないし、神様たちも自分
たちの好き勝手やってるからね∼。
こっちでもいろいろできるけど。
あえて言うなら互いに好き勝手やりすぎないように監視してる間柄
?﹂
さらっと恐ろしいこと言うな。
﹁そうでもないよ? 互いに﹃地上には直接関与しない﹄っていう
ルールがあるから神様たちは自分の信者つくって加護とか与えたり
するだけだし、こっちも物理法則書き換えたりできるけどあくまで
世界の崩壊を防ぐ最終手段だし﹂
そ、そうか⋮⋮。
それじゃ俺を呼んだ理由については?
﹁それはキミにこの世界でやってほしいことがあるからだよ﹂
それなら他の誰かでもいいような気もするが?
﹁まず一つは順応性かな。若い方が転生後のなじみも早いし。
幸いにもキミには異世界転生については物語なんかで知っているよ
うだし。
そして何より重要なのはキミの魂の持つキャパシティーだね﹂
魂のキャパシティー?
﹁言い換えれば生まれ持った能力というやつだよ﹂
53
いやいや、俺は普通の人間だぞ。
今まで生きてきてこれといった才能を自覚したことすらない。
﹁それはキミの能力が生まれた世界に適合していなかったからだね。
ようは才能はあるのにそれを発揮する環境がなかったということだ
よ﹂
えっと、つまり?
﹁魚に陸を泳げて言っても魚は水から出られない、何より陸が泳げ
るような作りじゃないって言ったらわかりやすいかな?
つまり今までのキミは陸に上がった魚みたいなものだったわけだ﹂
なるほど、何となくわかった。
んで、俺の能力ってのは?
﹁その魂に内包する莫大な﹃魔力﹄だよ。
科学を前提とした世界に魔力を持っていても感じ取れないし、そも
そも必要ないからね。
科学ありきの世界ではキミの存在は非常に特異なんだよ。
というわけでキミの世界の管理者にお願いして僕の管理する世界に
連れてきたわけだ、おわかり?﹂
おーけー。
で、肝心のお願いってのは?
﹁崩壊した世界を発展させてほしい﹂
ふむふむ⋮⋮って、え?
54
﹁大丈夫、必要な能力はあげるから﹂
いやいや、さすがに崩壊した世界に一人で放り出されるのは勘弁し
てほしい。
﹁チートだよ? 俺TUEEEEEできるよ?﹂
うっ⋮⋮グッ!
思わずお願いを聞く方に傾きかけたがすんでのところでこらえた。
だって崩壊した世界などチートを使ったってどうこうできるわけが
ない。
﹁ん? あ⋮⋮。何か勘違いしてるみたいだけど説明が不十分だっ
たね。
この世界が崩壊したのは1000年ほど前で今ではだいぶ持ち直し
てきてるんだよ。
キミの感覚に合わせるなら中世ヨーロッパみたいな感じかな。ちな
みに魔法もあるよ。
それで世界が崩壊した原因なんだけど、それは前文明の負の遺産み
たいなのが原因かな。
もとは高度な魔法文明が発達してたんだけど、不完全な魔法で変質
した魔力や魔導実験で排出された﹃瘴気﹄が生物の根源を捻じ曲げ
てね。その結果世界に﹃魔獣﹄や﹃魔物﹄といった存在があふれだ
したんだよ﹂
ほぉ∼、どこの世界にも環境汚染ってのはあるんだね∼。
55
﹁うんうん、それで初めは人間側が優勢だったんだけど次第に魔物
の物量に押され出してね。結局最後は人間側が押し出されて大陸の
各地に散って行ったんだよ。
最終的に人間は当時の半分以下まで減ってその間にあらゆる知識や
技術も失われてね。
現在でも人類の活動圏は世界の2割以下なんだよ。
というわけでキミにはこの活動圏を広げる手伝いをしてほしいのだ﹂
のだぁ∼、と両手を上にあげながら言う影、いや管理者。
なるほど、で? 具体的にはどんなことをすればいい?
﹁何でもいいよ∼。魔物を倒して安全に活動できる範囲を増やすな
り、技術を発展させて戦力増強を図るなり特に指定はしない。
どの道このままだと緩やかな衰退の結果完全に世界が滅びるだけだ
からね∼﹂
だからそれを防ぐためにキミを送り出すわけだ、とつぶやく管理者。
or
Die
?﹂
﹁で、初めに戻るわけだけどキミに与えられた選択肢は二つ。
チート
だから片方物騒だって! チートで!
﹁ふっふっふ、キミならそう言うと思っていたよ﹂
いやあれを選択っていうのは間違ってると思う。
56
﹁まずキミには3つの能力をあげようと思う。
一つ目は﹃世界知識﹄。これはこの世界に関する知識だね。今から
覚えろって言ったって相当時間がかかるし、何よりチュートリアル
するのめんどい﹂
おい! ぶっちゃけやがったよこの管理者!!
﹁まぁまぁ、この世界で使われてる言葉も含まれてるから、ついて
そうそう言葉が通じないってことにはならないからお得だと思って
よ。
んで2つ目は﹃アイテムボックス﹄。この世界ではアイテムボック
スは余裕のある人はだれでも持ってるけどこっちのは無制限の方ね。
普通のアイテムボックスだと容量だとか内部の時間経過に制限があ
るけど、こっちのは全くなし。生ものが腐ったりしない安心設計だ
よ﹂
ふーん、余裕のある人はってのはどういうこと?
﹁そのまま懐具合だよ。﹃アイテムボックス﹄は教会にお布施をす
れば誰でも付与してもらえるけど容量なんかは本人の魔力に依存し
ててね、ぶっちゃけ魔力が少ないとリンゴの一つも入らない。
それでも冒険者にとっては荷物の量一つで運命が分かれるから持っ
てる人が多いんだよ﹂
やっぱりいるんだ冒険者。
﹁3つ目は﹃ステータス﹄。これは自分の状態を大体知ることがで
きるスキルだよ。﹂
57
大体ってのは?
﹁﹃ステータス﹄って念じてみればわかるよ﹂
ほむ、﹃ステータス﹄
そう念じると自分の前に半透明のウィンドウが現れた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
状態 良好
スキル
ギフト
︻魔力の源泉︼︻世界知識︼︻アイテムボックス︼︻ステータス︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁初心者の冒険者っていうのは自分のペース配分が分からずに無茶
しがちだからね。
あとどれくらい体力が残っているかが分かるようにしてあるんだよ。
他の人には見えないから安心してね。
ちなみに普通の人はスキルやギフトは教会に行って確認しなければ
自分がどんなスキルを持っているのかわからないから、大体成人し
58
た時に教会で洗礼を受けるのが一般的だね﹂
この﹃魔力の源泉﹄ってのは?
﹁それはキミがもともと持っていた能力だよ。莫大な魔力の元だね。
こっちでは魔力と寿命が比例しているからキミの場合不老みたいな
ものかな、やったね﹂
へぇ、そんな風になってるのか。
こっちの体力なんかがパーセント表記なのは?
﹁こっちの世界ではスキルが基準になってるんだ。
明確な能力値っていう物が存在せずに、魔物を倒したからって経験
値を得てレベルアップするってわけでもない。
だから強くなるには日々の鍛錬が必要なんだよ。怠けてたらすぐに
体力も落ちてしまうよ。
その代わりにスキルには熟練値があって、使えば使うほどうまく使
いこなせるようになるんだ。
評価は5段階で1が初心者、2で駆け出し、3がベテラン、4が達
人、5で神業だよ
って事で次は付与するスキルを選ぼうか。
この中から好きなのを10個選んでみて﹂
そう言って手を横に振るとウィンドウが現た。
ウィンドウには数千ものスキルがずらりと並んでいる。
﹃世界知識﹄のおかげで見ただけでどんなスキルなのか頭の中に流
れ込んでくる。
まず身を守るためにスタンダードな﹃剣術﹄。
59
次いで魔法が使いたいから﹃属性適性︵全︶﹄。
技術発展に便利そうな﹃錬金術﹄﹃鍛冶術﹄﹃鑑定﹄。
防御用に﹃結界術﹄。
傷を負ってもすぐ治るように﹃超回復﹄。
自分が戦えなくても何とかなるよう﹃召喚術﹄。
召喚した見方のバックアップに﹃付与魔術﹄。
後は何となく遠隔攻撃できたらいいかと思って取った﹃弓術﹄。
結果こうなった。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
状態 良好
スキル
︻剣術︼︻弓術︼︻超回復︼︻属性適性︵全︶︼︻結界術︼
︻付与魔術︼︻召喚術︼︻錬金術︼︻鍛冶術︼︻鑑定︼
ギフト
︻魔力の源泉︼︻世界知識︼︻アイテムボックス︼︻ステータス︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁この10種類で決まりかな?﹂
とりあえずこれだけあればなんとかなると思う。
60
﹁おっけ∼、スキルは評価3からにしておくよ、それ以上上達した
いなら頑張って上げてみてね。
あとは∼、そうだ。アイテムボックスにさしあたって必要になりそ
うな物を入れておくから向こうについたら確認してよ。
僕からはこんなところかな。何か質問は?﹂
これから行く場所について教えてほしいかな。
ついたときの状況とか。
﹁なるべく魔物の弱いところに降ろすつもりだよ。しばらくそこで
戦闘経験を積むのがいいんじゃないかな?﹂
あとは、そうだな。スキルは後から増やしたりできるのか?
﹁できるよ∼。ただし実用的にするには相応の努力がいるけど﹂
なるほど。あとは⋮⋮特にないな。
﹁あとから分からないこととかあっても﹃世界知識﹄に大体入って
るから調べてみるといいよ。
それじゃあ準備も終わったところでそろそろお別れかな。
キミの行く末に幸多きことを願っているよ﹂
そう言って管理者はなにやらスイッチを押すような動きをする。
声に出すなら﹁ポチっとな﹂だろうか。
すると足元に突然穴があき、俺はそこに吸い込まれるように落ちて
行った。
61
なんじゃそりゃ∼∼∼∼∼∼∼!!
声に出ない悲鳴とともに。
︱︱どこかの国のどこかの森の中︱︱
まぶたに光を感じて目をあけると青空があった。
背中に草の感触があるのでおそらく自分は寝ていたのだろう。
上半身を起こして周りを見ると木ばかりだ。
自分を中心に半径10mほどがぽっかりと空いて心地よい日差しが
ふりそそいでいる。
すぐそばにはみたこともない花が咲いていた。
前略
落とし穴を抜けると︱︱そこは異世界でした。
62
初めての戦闘、そして勝利
ひとしきり周囲を見回した後自身を見降ろして確認してみた。
着ているのは麻のチュニックとズボンそれから皮のブーツだ。
いかにも村人っぽい感じなのでこちらではこの服が一般的なのだろ
う。
少しゴワゴワしているがまぁ仕方がない。
そのまま軽く手足を曲げ伸ばししたり準備運動をしてみる。
管理者は事故で死んだと言っていたが今の体はどこも異常がなく、
むしろ生前より調子がいいくらいだ。
自身の内側に感覚を向けると血液以外にも何かが体中を廻っている
ような感覚がある。
おそらくこれが魔力という物なのだろうと直感的に理解した。
試しにそれを手の上に集中するように意識してみると、手の上に拳
大の淡い光の球が現れた。
ひらひらと手を振ると光の球も追従してふわふわと漂うように揺れ
る。
意識を解くと同時にそれは光の粒子となって霧散した。
初めての魔法︵?︶を使う感覚に浸っていると、視界の端で何やら
動く物を見つけた。
そちらを見ると緑色のゼリー状の物体がプルプルと震えながらこち
らへ向かってくるところだった。
﹁あれは、スライム?﹂
﹃世界知識﹄を参照すると確かにスライムだった。
63
念のため﹃鑑定﹄と念じてみると、緑色の物体の上には︿スライム
﹀と表示された。
間違いなくスライムだ。
Theファンタジーの定番とも言うべきモンスター。
RPGではまず主人公が初めに戦う相手であり、最弱の名をほしい
ままにしている魔物であるがこちらの世界ではいかばかりか。
しばらく互いに睨み合っていたが、先にしびれを切らしたのはスラ
イムのほうだった。
こちらを獲物と定めたのか先ほどとはうってかわって素早く近づい
てくる。
思わぬスピードに出遅れ、見事に体当たりを食らってしまった。
同時に思った以上の衝撃が来て一瞬息を詰まらせる。
感覚としては水のいっぱい入った風船を思い切りぶつけられたよう
な感じだ。
痛くはないのだがそれでも数歩後ずさるほどの威力はある。
当のスライムはと言えば自身もぶつかった反動で飛ばされ、コロコ
ロと転がっているところだった。
思わぬダメージとその緊張感のなさに無性に腹が立つ。
﹁クッソ! スライムの癖に!﹂
苛立ったままサッカーボールのように思い切り蹴りつけると、数メ
ートルほど飛んで地面に落ちた。
思ったより飛ばなかったというよりはどちらかというと衝撃を逃が
されて飛ばなかった感じだ。
スライムは何事もなかったようにこちらに向かってくる。
﹁チッ! 最弱じゃねーのかよ!!﹂
64
毒づきながら今度は魔法で攻撃してみることにした。
火球をイメージしながら先ほどのように魔力を集めると、手のひら
にソフトボールほどの火の球が現れる。
思い切り振りかぶって投げつけると、それはあやまたずスライムへ
と向かっていく。
火球とぶつかる瞬間にジュッと音を立ててスライムがはじけ飛び、
跡にはスライムの体液と核が残った。
俺はスライムの核を拾い上げると﹃鑑定﹄をかけてみる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
スライムの核
スライムの討伐証明部位。内部に魔石が入っている。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
という簡単な結果だった。
とりあえず﹃アイテムボックス﹄と念じて押しこんでおく。
﹁まさかスライム相手にここまで手こずるとは思わなかった﹂
その場に腰を下ろすと改めてここが異世界であるという実感がわい
てくる。
スライムの攻撃を受けたこともそうだが、肌に感じられる風もふり
そそぐ日差しのどれもがこれは夢ではない、現実だとうったえかけ
てくるようだ。
︵もうここは日本じゃないんだなぁ⋮⋮︶
65
そんなことを思いつつも、また襲われるのも嫌なので﹃結界術﹄で
自身の周囲を覆う。
自分以外の生き物を通さないようにするイメージで半径5mほどを
覆ってみた。
そのまま思案にふける。
内容は先ほどの戦闘についてだ。
第一なぜスライムに蹴りが効かなかったのか。
その答えは﹃世界知識﹄によってあっさりと解決された。
︿スライム﹀
粘液状の体を持つ魔物。最も弱く子供でも簡単に倒せるほどだが数
が多い。
分裂によって増殖するほか魔力の淀みなどからも自然発生する。
総じて打撃に対する耐性を持つが斬撃、刺突、魔法に弱く、核を傷
つけられると肉体を構成できずに溶けてしまう。
討伐証明部位は核。
とある。
つまりは打撃である蹴りはスライムに対して全く効果がなかったと
いうことだ。
何とも肩透かしであるが、同時に相手の情報を知ることの重要性も
感じた。
もしあのまま魔法を使っていなければ逃げるしかなかっただろう。
︱︱最弱のスライム相手に。
それにあれがスライムでなく未知の魔物であったならと思うとぞっ
とする。
俺は戦う相手の情報はきちんと把握することを心に誓うのだった。
66
67
スキルと新たな問題
相手のことを知るのも大切だが、同時に自身に何ができるのかを把
握するのも重要ということでスキルについて詳しく調べることにし
た。
ステータスから各スキルに意識を向けると次々と情報が浮かび上が
ってくる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
状態 良好
スキル
︻剣術:3︼︻弓術:3︼︻超回復︼︻属性適性︵全︶:3︼︻結
界術:3︼
︻付与魔術:3︼︻召喚術:3︼︻錬金術:3︼︻鍛冶術:3︼︻
鑑定:3︼
ギフト
︻魔力の源泉︼︻世界知識︼︻アイテムボックス︼︻ステータス︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
68
︻剣術︼:もっとも一般的な武術で攻守ともに優れる。反面リーチ
が短く近接攻撃を得意とする。
︻弓術︼:遠隔攻撃に特化した武術だが近接戦が苦手。﹃短剣術﹄
などと併用してとられることが多い。
︻超回復︼:体力や傷の治りなどを早くする。特殊スキルであるた
め熟練のアップは存在しない。
︻属性適性︵全︶︼:基本属性の火、水、土、風、光、闇、無に加
え上位属性の爆、氷、木、雷、聖、毒が使える。属性をより深く理
解することで効果や効率が上がっていく。
︻結界術︼:さまざまな種類、効果の結界を張ることができる。こ
めた魔力分だけ持続するが外部から魔力を供給することで効果時間
を飛躍的に伸ばせる。
︻付与魔術︼:物や生物に属性や特性を付与できる。こめた魔力分
だけ持続するが外部から魔力を供給することで効果時間を飛躍的に
伸ばせる。
︻召喚術︼:自身の魔力にかりそめの生命と肉体を与え従える。︽
従魔の書︾を呼び出し魔獣の魔石を取り込むことで召喚できる魔物
が増えていく。︽従魔の書︾には行動を蓄積・共有する能力があり、
さまざまな行動をさせることで強く賢くなる。行動によっては極ま
れに新種が登録されることもある。
現在は低位モンスター100体、もしくは中位モンスター10体の
召喚が可能。
︻錬金術︼:魔力によって物質を変換、変性させる。無から有を作
69
り出すことはできないため何かしらの素材、触媒を必要とする。
︻鍛冶術︼:あらゆる武具、道具を作るのに必要なスキル。金属の
加工を主とするが革や木の加工も行える。
︻鑑定︼:見た物を見極めることができる。情報の正確さは本人の
知識に依存する。
﹃剣術﹄﹃弓術﹄﹃超回復﹄﹃鍛冶術﹄﹃鑑定﹄については多く説
明を必要としないだろう。
問題はそれ以外の5つだ。
まずは﹃属性適性︵全︶﹄。
これは前世での科学知識を使えばいろいろと応用が利くだろう。
しかし、闇、爆、雷、毒については長い時の中で忘れ去られ遺失魔
法として文献にすら残っていない。
もしこれら4属性を人前で使った場合、何かしら面倒が起きるのは
必至だろう。
﹃結界術﹄は聖属性に似たような魔法が存在するが、より応用の幅
が広く強力なのだ。
前世の小説などから概念を持ち込んでスキル化されたため、この世
界で結界術を知る人間はおらず、よって俺が結界術の始祖となる。
これも何かしらの面倒事を呼ぶだろう。
﹃付与魔術﹄は技術の大半が失われ、武具に魔力を通すことで強化
するのみとなっている。
ごくまれに特定の素材を使い魔力を込めながら鍛えた武具には属性
が宿ることがあるのは知られているが、体系として昇華するに至っ
70
ていないのだ。
﹃召喚術﹄も超文明時代には自身の分身を作り出してサポートさせ
るという魔法が存在していたが、これも失われている。
同時に持ち込んだ知識と融合したせいで魔物を従えるスキルへと変
化しており、魔物を従えるという発想すらないこの世界ではいらぬ
騒動の元となるだろう。
﹃錬金術﹄もだいぶ劣化してしまい、現在では簡単な薬を調合する
程度の﹃調合術﹄として知られている程度である。
つまりだ、これらのスキルを使う限り何かしらの厄介事に巻き込ま
れることは確定しており、同時にこの世界の発展のためには使わざ
るをえないのも事実である。
そのためにはまず確固たる地位が必要だ。
何者にも干渉されず、たとえ権力者であってもはねのけるための地
位が。
それに技術を悪用して悪事に加担されるのも業腹だ。
それらをまとめた結果一つの答えが浮かび上がった。
そうだ、国をつくればいい。
自身をトップとして常に見張りを効かせていれば早々悪用もされな
いだろう。
同時に管理者からの頼みである﹁人類の版図を広げる﹂という目標
も達成できる。
まさに一石二鳥だ。
幸いにも召喚術のおかげで味方はいくらでも増やせる。
しかしそれにはいくつも問題がある。
国に必要なものはまず土地、そして人だ。
71
人は土地さえあれば何とかして呼び込めばいい。
だが土地に関してはそうもいかない。
文明崩壊後人々が散っていったのはより安全な地を求めてだ。
つまり今現在安全である土地にはすでに国があり、新たな国をつく
るには新しく土地を探さなければならない。
よしんば国ができたとしても国交は重要であり国の生命線だ。
完全自給できるならば別であるが。
いっそのことチートを使って秘境を開発したらそのまま引きこもる
か?
だがその場合技術発展を享受できるのは自国のみとなる。
何ともままならぬものだ。
いっそのこと国の前身となる組織から始めるのもいいかもしれない。
信頼できる仲間を集めて商会を立ち上げ少しづつ技術を流していく。
ゆくゆくは組織を大きくして商国を名乗るのもいいだろう。
流通を握ってしまえばあとはどうにでもなる。
商人を敵に回した国ほどもろい物はないということだ。
商会の元締めであれば一国の王でさえ下手な対応をするわけにはい
かない。
うん、何とか現実味を帯びてきたかな。
まずは自身の強化、そして仲間を集める必要が出てきた。
いまだ召喚できる魔物は存在せず、増やすためにはさまざまなモン
スターの魔石が必要になる。
しばらくはスキルを隠しながら冒険者として魔石を集めつつ人々と
の交流を深めるのがいいだろう。
方針は決まった。
72
なに、管理者が言うことが事実であれば時間はいくらでもある、着
実にやっていけばいいさ。
73
荷物チェックは重要です
方針が決まれば次は持ち物チェックだ。
﹃アイテムボックス﹄と念じてアイテムリストを開く。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
水筒
携帯食料×10
革鎧︵一式︶
革ベルト
短剣
ロングソード
コンポジットボウ
矢×100
砥石
周辺の地図
銀貨×10
スライムの核
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
アイテムに武器と防具があるのを見て愕然とした。
﹁もっと早く確認しておけばあんなに苦労しなかったのに⋮⋮﹂
というかこっちに送る時点で装備させておいてほしかった。
74
がっくりとうなだれながらそれぞれ取り出して着用していく。
革鎧は機動性を意識しているのか軽く可動範囲も広い。
反面関節部分の隙間が広く弱点になりやすいようだ。
ベルトは肩から腰へとクロスしており矢筒が取り付けられるように
なっている。
腰の後ろにはポーチが、サイド部分には小さな小物入れがついてい
て薬などを入れておけばすぐに取り出せそうだ。
武器に関しては特に変わったところはない。
ごく一般的に流通している物なので変に目立つことはないだろう。
剣は腰に、短剣は胸元へと吊り下げる。
銀貨はこちらでの活動資金だろう。
この世界の通貨は小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨∼∼大金貨、白金
貨があり、それぞれ10枚ごとに一つ繰り上がる。
一般的な家族がひと月暮らすのにおよそ銀貨1枚と少しかかるため、
ゴル
現在の所持金はおよそ半年分ということになる。
単位はGで小銅貨1枚で1Gだ。
次に取り出した地図には周辺の情報が記されていた。
近くにあるのはセリューという街らしく、ウェルド王国の南方に位
置する町らしい。
年中温暖で比較的に魔物の弱い地域であるため街は大きく栄え、交
易の拠点の一つになっている。
領主は温厚で善政をしいているため治安がいい半面、人の流入も多
いため外へ行くにしたがって治安が悪くなってゆくのが難点であろ
うか。
一部にはスラムがあり、領地のうわさを聞いてやってきたもののう
まく仕事にありつけず落ちぶれた者たちが住んでいるようである。
そういった場所では犯罪の温床になりやすく、後ろ暗いところのな
い物は一切近寄ろうとはしない。
75
一度スラムの排除が試みられたようだが労力に対して収支が合わな
いために諦められ、スラムもじきに元の規模に戻ってしまったため
に現在では放置されている。
とここまでが知識による情報だ。
現在地はセリューの西にある森の中らしい。
最後に取りだしたのはスライムの核だ。
短剣を突き刺してみるとそれほど硬くなく、あっさりと二つに割れ
る。
中からは小指の先ほどの透明な石が出てきた。
この石は魔石と呼ばれる魔物の体内で生成される魔力の結晶だ。
魔物の力の根源でもある魔力器官で強いモンスターほど大きな魔石
を持っている。
また属性によって色が異なり、透明の場合は無属性をさす。
他にも魔石は自然界の魔力の濃い場所で結晶化することがあり、こ
ちらは天然ものとして扱われる。
魔物の魔石より純度が高いため高級品として扱われるが、こういっ
た場所は強力な魔物の住処となっていることが多い。
そのため世に出回ることはほとんどなく、一般的に﹃魔石=魔物か
ら採集したもの﹄として扱われる。
超文明時代には人工魔石をつくる技術もあったそうだ。
いつかは自分で人工魔石を作る技術も復活させたいものだ。
ついでなので従魔の登録も行うことにした。
︽従魔の書︾を呼び出すと手のひらの上に広辞苑ほどの大きさの本
が現れた。
驚いたことに重さは一切ない。
76
表面は黒の皮で装丁され、角には金の縁取りが施されている。
中央やや上には紫色の宝石が怪しく輝いており、それを囲うように
銀の線が絡み合うような模様が施されている様は、いかにも魔道書
と言いたげだ。
表紙を開いてみると、ちょうど1ページ目に
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
Ⅰ︵0/0︶ Ⅱ︵0/10︶ Ⅲ︵0/100︶
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
と書かれているのみで他のページには何も書かれていない。
おそらく魔石を呑みこませることで何かしらの変化があるのだろう。
手のひらでもてあそんでいたスライムの魔石を表紙にかざすと本に
付いている宝石が淡く輝き、魔石が光の粒になって吸い込まれてゆ
く。
やがてすべてが吸い込まれると、同時に宝石の輝きも消えた。
試しにページをめくってみると、今まで真っ白だったページに魔物
の絵と説明が書かれていた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
スライム
Ⅲ等級
粘液状の体を持つ魔物。﹃環境適応﹄というスキルを持っているた
コア
め最も種類が多くすべては把握されていない。魔力の淀みから自然
発生するためすべてを駆逐するのは不可能である。体内に核を持ち、
内部に魔石がある。
77
スキル
︻体当たり︼︻消化吸収︼︻環境適応︼︻分裂︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
モンスターの名前の下に書かれている等級はおそらくスキル説明に
あった召喚可能数のことだろう。
試しに召喚してみると目の前で光の粒子が集まりスライムの形にな
ってゆく。
光がはじけるとそこにはスライムが一匹プルプルと体を震わせてい
た。
︽従魔の書︾の1ページ目を見ると、
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
Ⅰ︵0/0︶ Ⅱ︵0/9︶ Ⅲ︵1/100︶
スライムA
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
と記されていた。
おそらく従魔の管理をしやすくするためのシステムなのだろう。
なかなかに使いやすそうだ。
でもⅡ等級の表示が一つ減ったのはなぜだ?
そう思ってスライムを送還すると、表示は初めの数字に戻った。
なるほど、左は現在の召喚数で右は残りの召喚枠というわけだな。
Ⅱ等級を召喚するにはⅢ等級10体分の空きが必要で残りが9.9
になったから小数点が切り捨てられたわけか。
ということはⅡ等級を召喚した場合Ⅲ等級が減るのか?
78
現在はⅡ等級の従魔がいないため検証は先になりそうだ。
79
魔法の常識を覆します︵前書き︶
まだまだ説明回。そろそろ冒険に出たい⋮⋮。
80
魔法の常識を覆します
一通りの確認が終わったので次はスキルの検証に入ろうと思う。
特に魔法の検証は大事だ。
先ほど使った火属性魔法はとっさのことだったので思い切り投げつ
けていたが、実際の魔法は意思のみで行使される。
詳しくは準備段階として作用や目的、規模を思い描く﹃構築﹄。
思い描いた意思とともに魔力を込め、魔法として顕現させる﹃発現﹄
。
目標を指定して効果を及ぼす﹃実行﹄の3つのプロセスによって行
われる。
一般的に魔法は準備段階である﹃構築﹄が最も重要視されている。
曖昧なイメージでは発現の段階で魔力が散ってしまい、規模を指定
しなければ思うような効果を出せない。最悪自身を巻き込む可能性
さえある。
先の魔法に例えるならイメージがあまく構築がうまくできていない。
発現段階で散っていく分は有り余る魔力にものを言わせて無理やり
形にする。
実行は意思があまく投げるポーズが必要、とどれもが未熟であった。
つまりは魔法だと思っていたのは実は火属性の魔力塊を投げつける
だけの力技だったということだ。
実際もしあの場に一般的な魔法使いがいたならばなぜ攻撃として通
用したのか大いに頭を悩ませていたに違いない。
81
閑話休題
とりあえず今後のためにも魔法の扱いに慣れておくのは重要だ。
さしあたって野営に必要な火と水である。
人差し指を立ててロウソクが燃えるようなイメージで魔力を指先に
集中する。
するとポゥッと音を立ててライターほどの火がついた。
次はそこに酸素を送り込むイメージで魔力を流すとだんだんと火が
青白くなってゆく。
一瞬さらに核反応をイメージしたらもっとすごいことになるんじゃ
ないかと思ったが後が怖いのでやめておいた。
今度は手のひらを上にして大気中の水分を集めるように意識してみ
る。
次の瞬間手のひらの上の空間にもやがかかったかと思うと、それは
凝縮して水の球になった。
魔力を直接水に変換もできるが空気中から集める方が魔力効率はい
いようだ。
水玉に向けていた意識を解くと手のひらを濡らして地面にこぼれて
行った。
その後もいろいろな属性を試してみた。
氷は物質の原子活動を止めるようなイメージで、木は細胞分裂を促
すような感じでどれもがうまくいった。
その中でも一番面白い反応をしたのは土魔法だった。
はじめは土と漠然と思い描いてもなかなかうまくいかなかったが、
元素記号の鉄や銀をイメージするよすんなりと発動したのだ。
82
もちろん手元には純度100%の鉄と銀の塊がある。
ルビー
試しに化合物でも大丈夫かと二酸化ケイ素︵水晶︶や酸化アルミニ
ウムにクロムの混合物をイメージするとこれまた成功したため、人
の頭ほどの大きさの水晶やルビーの塊ができてしまった。
さすがにこのまま市場に出すのはまずいがお金に困ったら小さく砕
いた物を売ることにしよう。
ついでにミスリルやオリハルコンなんかの魔法金属ができるか試し
てみたがこっちは無理だった。
どうやら魔法金属は錬金術の方の分野になるらしい。
製作方法は知識に入っているので生産体制が整ったら作ってみよう
と思う。
毒魔法も似たようなもので、自身が知っている薬物はいろいろと作
れるようだ。
さすがに危なくて作らないが。
こちらでは気体や液体も作れるらしい。
試しにヘリウムガスを作ってみたら見事に声が裏返って笑いが止ま
らなくなった。
応用すれば何か面白いことができそうだ。
おもに変装とかに⋮⋮。
とりあえずこれらの魔法があれば鍛冶術の鉱石の仕入れはしなくて
済みそうだ。
そう言えばこちら側では魔法はそのまま相手にぶつけられるものが
多かった。
ぶつかった後の効果こそそれぞれであるがどれもがただ飛んで行っ
てぶつけるだけである。
そこで発現した魔法に回転運動をさせてみることにした。
83
何度か試射した結果、実体系︵水・土・氷︶は威力と命中精度が上
がり、非実体系︵火・風・雷︶は威力と射程が上がることが分かっ
た。
ここでは狭くて調べられないが一般的な魔法の限界射程である15
0∼200mは優に超えていると思う。
ついでなので土魔法は鉛を銅でコーティングした﹃ジャケット弾﹄、
鉛そのままの﹃ソフトポイント弾﹄、弾頭を窪ませた﹃ホローポイ
ント弾﹄、水銀や薬物を銅でコーティングした﹃水銀弾﹄、途中で
分解して釘をばらまく﹃フレシェット弾﹄も開発してしまった。
こいつらは前世のライフル銃をイメージしたため最大射程は2km
を軽く超えるだろう。
宮廷魔道師が聞けば卒倒するレベルである。
ちょっとやりすぎた感はあるが後悔はしていない。
おかげで草原だった周囲は土がむき出しの荒れ地になってしまった。
このままにしておいて見つかると騒ぎになりそうだったので、土魔
法で平らにした後木魔法で草を生やして元通りの空き地に戻す。
一連の作業で魔法にもずいぶん慣れてきたので今度は狩りをしてみ
ようかと思う。
目指すのは周辺のモンスターをすべて︽従魔の書︾に登録すること
だ。
戦力は増やしておくにこしたことはない。
現状スライムだけでは非常に心もとないのだ。
84
魔法の常識を覆します︵後書き︶
というわけで現代知識のおかげでぶっ壊れ性能な土属性でした。
85
闇討ちはソロ戦闘の常道です︵前書き︶
遅れましたが何とか書きあがりました。
続きをどうぞ。
※モンスターのスキル表記を若干変更しました。
86
闇討ちはソロ戦闘の常道です
︱︱セリュー西の林中にて︱︱
がさがさと森の中を行く。
あの後魔物よけの結界を解除して森の中に入ることにした。
行き先は町のある東ではなく、奥地である西方面だ。
時折見かける薬草やハーブなどは採集してアイテムボックスに放り
込んである。
鑑定したのがこれ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
クラシオン草
傷薬として使用される薬草。ギザギザの葉っぱで裏面が白いのが特
徴。
温暖な地方ならどこにでも生えている。
根強いため採集してもすぐに生えてくる。
回復薬の材料にされる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
こちらは葉っぱを数枚残して刈り取る。
冒険者のマナーとして薬草などの生殖地を枯れさせてしまわないた
めだ。
次来た時にまた採集できるようにするための暗黙の了解となってい
87
て、薬草採集時には年長の者から必ず注意されるほどだ。
もし根こそぎ取ろうものなら同業者から怖ーいお仕置きが待ってい
る。
他にもニルの実という木の実も採集した。
こちらはブドウの房のように生った赤い木の実で木イチゴのような
粒がたくさん付いている。
ピリッとした辛さがあり、前世のトウガラシとブラックペッパーを
足したような味らしい。
表面が硬いので砕いて香辛料として使う他、肉にまんべんなく塗す
ことで保存料になる。
アイテムボックスのおかげで保存には困らないため調味料として使
うつもりだ。
あとはちょっとした香草やお茶として使える葉っぱなんかも集めた。
しばらく進むと何やら騒がしい鳴き声が聞こえてきたので気配と音
を遮断する結界で自身を覆ってゆっくりと近づいてゆく。
ぎりぎりまで近付いて木陰からのぞいてみると、腰ミノだけを身に
つけた野性児がいた。
正確にはゴブリンと呼ばれる魔物で子どもほどの背丈に緑色の肌を
している。
雑食性で知能が低く、人や家畜を襲ったり畑を荒らしたりもするう
え、繁殖に他種族のメスを使うためとことん嫌われている。
繁殖力が強く﹁1匹見たら100匹いると思え﹂といわれるほどで、
魔物の弱い地域には必ずと言っていいほど生息する雑魚筆頭みたい
なやつだ。
ゴブリン自体が下級の魔物であるため餌をとるために自身より弱い
獲物を狙う。そして人類も魔物の弱い地域を求めて生活するため、
もはや必然的に両者がかち合うことになるのだ。
88
もはや人類の生活とゴブリンは切っても切れない関係ともいえる。
そんなゴブリン達が囲んでいるのは彼らよりも一回りほど大きいイ
ノシシの子供のようだ。
錆びた剣や木の棒をもっていることからおそらく彼らが仕留めたの
だろう、よほどうれしいのか跳び回ったり下手なダンスのような動
きをしたりしている。
全員イノシシに意識を向けており周囲を気にしている者は1匹もい
ない。
喜んでるところ悪いがさっそく消えてもらおう。
﹃ソフトポイント弾﹄をゴブリンの頭めがけて発射すると、当たっ
た瞬間に変形・破砕して運動エネルギーをすべて衝撃へと変換した。
結果ゴブリンの頭はつぶれたトマトのように爆散し、中身を他のゴ
ブリン達に向かってぶちまける。
仲間が突然爆発したことに驚いて動きを止めたゴブリン達に向かっ
て同じように弾丸を発射していく。
都合12発撃ち終えたころには同じ数の首なし死体が出来上がった。
それを短剣で剥いで心臓付近にある魔石を取り出していく。
肉は臭くて筋張っているうえにまずいので放置。
ついでなのでイノシシの方も剥いでおく。
鑑定してみるとこっちもロックボアという魔物だった。
まだ子供なので普通のイノシシと変わらないが、成体になると上半
身を覆うように丈夫な甲殻をもつようになる。
甲殻は鉄よりも軽くて丈夫なため優秀な防具素材として扱われるら
しい。
皮は加工用、肉は食用になるため骨を残してすべてはぎ取る。
内臓はどうしようか迷ったがゴブリン達が倒してから時間が経過し
89
ている可能性があったので捨てることにした。
さっさとはぎ取りを済ませてその場を後にする。
ぐずぐずしていると血の匂いに誘われて他の魔物が寄ってくるから
だ。
このあたりで最も厄介なのはウルフ種で集団で連携してくるので、
ソロの場合とにかく気づかれないようにしなければならない。︱︱
というのが一般的だが俺の場合チートがあるので当てはまらない。
ではなぜその場を離れたのかといえば待ち伏せのためだ。
結界で足場を作りながら木の上に登り、先ほどはぎ取りをした場所
が見下ろせる位置を探す。
ちょうどいい場所を見つけたらあとは待つだけなのだが、ただ待つ
のも何なので魔石の登録をすることにした。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリン
Ⅲ等級
非常に繁殖力が高くどこにでも生息する。子どもほどの知能を持ち、
武器を使って攻撃してくる。
雑食性で木の根から動物まで何でも食料にする。
スキル
︻剣術:1︼︻棍術:1︼︻かみつき:3︼︻咆哮:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ロックボア
90
Ⅱ等級
上半身が堅牢な甲殻でおおわれたイノシシ。非常に気性が荒く、一
度獲物にされると障害物を破壊しながらどこまでも追いかけられる。
雑食性で木の根や虫、動物の死骸などを食べる。食料がなくなると
人里へ出て畑を荒らすこともあるため害獣指定されている。
戦う場合は甲殻のない背後を狙うか罠で動きを止めて打撃系の攻撃
で倒す。
スキル
︻突進:3︼︻頭突き:2︼︻防御:2︼︻嗅覚識別:4︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
驚いたことにロックボアの等級が高かった。
実際にどれほど強いのかわからないがゴブリンにやられたのはおそ
らく親からはぐれたのが原因だろう。
もしかしたら子供はそれほど強くないのかもしれない。
そうこうしているうちに獲物がやってきたようだ。
見た目わかりにくいがそろそろとゴブリンの死体に近づいてゆく集
団がある。
緑色の体毛が保護色になっていて下草や灌木に身を隠しながら近づ
いてくるのはフォレストウルフの一団だ。
しきりにあたりを警戒していてすぐに行動ができるように構えてい
る。
ゴブリンどもとはえらい違いだ。
その中から1匹が出てきてゴブリンの死体をつつきだす。
しばらくして何もないことを確認すると、1匹また1匹と死体を食
べ始める。
91
警戒している数匹を残して死体に群がっているのでまとめて雷属性
魔法をお見舞いしてやった。
びくびくと痙攣しながら崩れ落ちるオオカミたち。何匹かはそのま
ま絶命したようだ。
生きている個体も感電して動けないので毒属性で毒ガスを吸わせる。
ガスは数分で分解するようにしてあるので待つだけでいい。
なぜそんな回りくどいことをしたかというと毛皮をきれいなまま剥
ぐためだ。
全部死んでいるのを確認したら次々とアイテムボックスに放り込ん
でいく。
生物は入れられないが死体はいくらでも入るのだ。
その場で1匹だけ剥ぎ取りを行う。
皮と牙、魔石を採集したら残りは放置だ。
肉は食べられなくもないがそれほどおいしくないのだ。
ついでなので魔石も登録しておく。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
フォレストウルフ
Ⅲ等級
森の中に生息する狼。緑色の体毛をしており周囲に溶け込みやすく
なっている。
集団で狩りをおこなうため脅威となっている。
スキル
︻かみつき:3︼︻ひっかき:3︼︻嗅覚識別:4︼︻聞耳:4︼
︻隠蔽:2︼︻追跡:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
92
次いでフォレストウルフを5匹召喚する。
斜め後ろと前に1匹づつと先頭に1匹配置して何か気付いたら知ら
せるように指示をした。
その隊列のまま森をさらに奥へと進む。
あとこの周囲に生息しているのはコボルトとマイナーエント、草原
にホーンラビットくらいか。
全種コンプリートしたら町へ行ってみるのもいいかもしれない。
93
野郎ども! 狩りの時間だァ ヒャッハァー!!
獲物を探す傍ら召喚術について調べてみることにした。
意識を集中させると自分と従魔の間を細い線でつながれているよう
な感覚がある。
いったん立ち止まってその感覚に身を任せると、従魔の居場所や行
動が手に取るようにわかった。
そのうちの1体にさらに意識を沈み込むようにさせると急に地面が
近くなった。
いや、近くなったというよりは視線が低くなったようだ。
体に異常は感じないが何とも違和感がある。
周囲を見回して振り返ると、あまりの衝撃に口が開いたままになっ
てしまった。
振り返った先で見つけたのは目をつむって直立する自分自身だった。
驚いて自身を見降ろすがそこには地面があるだけで体が見当たらな
い。
そこで違和感の正体に気がついた。
どうやら自分は手をついて四つん這いになっているらしい。
それがさも自然なことのようだったのですっかり意識から抜けてい
たのだ。
思い切って振り向くとそこにはふさふさの尻尾があった。
お尻に力を入れるとそれに合わせて尻尾も揺れる。
顔の前に手を伸ばすと肉球のついた鉤爪のような手がある。
94
そう見てもオオカミの手です、ええ。
オレ、オオカミになった!?
大混乱していると隣りにいたオオカミが鼻先を寄せてくる。
それがまるで﹁おちつけ﹂と言われているようだったので少しずつ
だが冷静さを取り戻してきた。
おそらくこれは召喚術の技の一つなのだろう。
試しに体を動かしてみると違和感なく動く。
先ほど感じていた違和感は自身がオオカミになっていると気づいた
時点で霧消した。
嗅覚や聴覚などもオオカミのものとなったのだろう。先ほどまでは
感じなかった湿った土に混じるカビの匂いや遠くから聞こえるゴブ
リンの鳴き声まで聞こえる。
もう一度意識を集中して本来の肉体に戻るように念じると、一瞬の
ノイズの後視界の高さが本来の自分のものと重なった。
どうやら糸を通して五感の共有ができるらしい。
その後もいろいろ繰り返し、片目だけなど限定的な感覚の共有や声
に出さずとも糸を通した指示ができることもわかった。
これほど情報収集に便利な能力はないだろう。
近いうちに飛行系の魔物を探して空からの探索ができるようにする
のもいいかもしれない。
レーダーのようにオオカミたちから聴覚情報を受け取りながら歩い
て行くと右方向から水音がするのに気がついた。
95
そちらに向かって歩いてゆくと木々が途切れ、小さな川へとたどり
着いた。
川の水はとても澄んでいて時折小魚が跳ねたりしている。
川があるということはこの近くを住処にする生物がいるに違いない。
そう思ってさらにフォレストウルフを4体召喚し川を挟んで×字に
なるように偵察に出す。
しばらく待つ間暇なので釣りをすることにした。
竿はそこら辺にある木からちょうどいい長さの枝を選んで切り落と
す。
針は土属性で出した鉄を﹃錬金術﹄の﹃変形﹄で鉤型にし、糸は同
じく錬金術で細い金属の線にした。
浮きはクルミみたいな中身が空になってる木の実で。
それらをつなげた後、石をどかした裏側から出てきたミミズを付け
て川面に放ってやる。
この世界の魚は釣りに慣れていないのかすぐに餌にかかった。
ニジマスのような魚でメジというらしく、30cmほどの大きさが
ある。
川ならどこでも獲れるが淡白でそれなりに美味しいらしい。
土を固めて作ったバケツに水を入れて釣れた魚をどんどん放り込ん
でいく。
じきに入れ物がいっぱいになってしまった。
面白いほど釣れるので調子に乗っていたらいつの間にか30匹を超
えていた。
アイテムボックスは生物は入らないので〆て血抜きをしてから放り
96
こんでいく。
あと数匹というところで北方面に行かせた個体から連絡がきた。
視覚と聴覚を共有するとどうやらゴブリンがたくさん集まっている
らしい。
そのまま待機させて他の3匹を呼び戻す。
3匹が戻ってくるころには片付けも終わっていた。
戻ってきたオオカミたちを労って送還する。
オオカミたちは嬉しそうに尻尾を振りながら消えて行った。
パス
待機させている個体の糸をたどってついた先は崖の前の茂みだった。
崖にはいくつも穴があいていて、そこからゴブリン達が出入りして
いる。
周りは広場になっていてたくさんのゴブリンがいた。
どうやらゴブリン達の巣らしい。
ゴブリンは放っておくと際限なく増え、別れた群れが新たに巣をつ
くるため見つけ次第駆除が推奨されている。
なのでこの巣も駆逐してしまおうかと思うがただ切り込むには簡単
すぎる。
そこで一計を案じることにした。
従魔に経験を積ませるためにいくつかに役割を振って襲撃させよう
と思う。
まずゴブリンを20体召喚する。
召喚されたゴブリンはそれぞれ錆びた剣や木を削っただけの棍棒を
持ち、おとなしく指示を待っている。
どうやら武器も一緒にランダムで召喚されるらしい。
97
いちいち武器を与える手間がいらないのでこれは嬉しい誤算だった。
次いでフォレストウルフを10体召喚しゴブリン10体とペアを組
ませる。
ゴブリンにオオカミを跨らせ巣穴を囲むように配置。
残ったゴブリンは自然を装って接近させ巣穴の前に散らばらせる。
ゴブリン達は仲間意識が薄いのか、混ざった従魔たちを気にするそ
ぶりも見せずにそれぞれ好き勝手に行動している。
何体か巣穴の中にも紛れ込ませた。
そして準備が整ったところでまぎれたゴブリンに攻撃指示を出す。
一瞬あっけにとられたようなゴブリン達であったが次の瞬間には蜂
の巣をつついたように騒ぎ出した。
逃げる者もいれば互いに同士討ちを始める者もいる。
巣穴の前は一気に乱戦となった。
森へ逃げ出したものはオオカミペアに指示を出して追撃させる。
従魔の位置はパスによって把握しているので見間違えることはない。
しばらくその様子を眺めていると一番大きな洞窟の中へ送り出した
個体の反応が消えた。
次いで洞窟の中が騒がしくなり、そこから飛び出すように1匹の一
回りほど大きなゴブリンが現れる。
鑑定してみるとゴブリンリーダーという上位個体らしい。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンリーダー
ゴブリンの上位種で通常種よりも知恵が回る。群れの中で自然発生
し下位の個体をまとめ上げる。
98
上位種ではあるが通常種とほとんど変わらない。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
多少力が強いのか周囲のゴブリン達をまとめてなぎ払っている。
冒険者から奪ったのか持っている剣は他の個体よりもずいぶんと質
がいいものだった。
さすがにまずいと感じてウルフペアを突撃させるが鎧袖一触で切り
払われてしまう。
仕方がないので﹃ソフトポイント弾﹄を叩きこむと、首から上をな
くしてそのまま崩れ折れた。
ついでなので乱戦に残ったウルフペアも参戦させる。
リーダーがいなくなったので膠着していた戦況は一気に傾いた。
残った通常個体を作業的に片付けるころにはだいぶ陽が傾いている
ことに気付いたのでそろそろ野営の準備もしなくてはいけない。
ゴブリンのいた洞窟で野宿などしたくはないのだが天井のないとこ
ろで寝るよりはと諦めて洞窟探索をすることにした。
ゴブリン達には死体を1ヶ所にまとめておくよう指示を出す。
光属性で光球を頭上に浮かべ洞窟に入ると、そこにも惨状が広がっ
ていた。
中には共食いしたように組みついたまま息絶えている個体もある。
少し奥へ行くと弓を持ったまま死んでいる個体がいたので調べてみ
るとゴブリンアーチャーだった。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンアーチャー︵死体︶
ゴブリンの中で器用な個体が冒険者から弓を奪って進化した。中に
99
は弓を自作する個体もいるが精度や威力はあまりない。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
もしかしたら他にも進化個体がいるかもしれない。
ゴブリンアーチャーの魔石を抜き取り周辺を探していると、案の定
杖を持った死体がいた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンメイジ︵死体︶
魔法を使えるゴブリン。群れの中で自然発生するが確率は低い。杖
は自作で魔法増幅率や効率は気休め程度。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
こっちも魔石を取り出してウエストポーチにしまう。
どうやら進化個体は優先的に洞窟の中に住んでいたため外には出て
いなかったのだろう。
そして自慢の遠隔攻撃ができずにやられてしまったと。
同情はしないが何とも不憫なことだ。
そこからそれほど進まないうちに洞窟は行き止まりになった。
ゴブリンが掘ったためか多少広くなっていて冒険者から奪ったので
あろう装備品やガラクタが押し込まれている。
その中から金品だけアイテムボックスに押し込んでいく。
防具は前の持ち主やゴブリンの匂いでとてつもなく臭いのだ。
今まであえて気にしないようにしていたがこの洞窟、ゴブリン臭で
ひどいにおいがするのだ。
100
ゴブリンが掃除など気にするはずなどなく、当然入浴もしない。
生物が生活すれば自然汚れもたまるわけで、そこらじゅうゴブリン
の垢や脂でコッテリしている。
この世界では﹁ゴブリンの汚れはトイレよりひどい﹂という諺があ
るがまさにその通りだと思う。
そろそろ限界なので退散することにする。
洞窟から出ると真っ先に聖属性の浄化魔法で体を清めた。
追加で召喚したゴブリンに洞窟内の死体を運ぶように指示をする。
表にいたゴブリンには死体から魔石を抜くよう指示を出した。
リーダーの魔石は探索前に抜いておいたので魔石を抜いた死体と一
緒にまとめさせた。
実験のために魔石を抜いた死体と抜いてない死体は半々に分けさせ
る。
実験の邪魔をされないよう洞窟と森の境には結界を張っておく。
そうこうしている間に本格的に暗くなり始めたので拠点の整備をす
ることにした。
どうやら奪ったアイテムはすべてゴブリンリーダーの居た洞窟に集
められていたらしく、周りの巣穴にはめぼしい物がなかったので死
体が片付け終わった穴から火属性の火球を叩きこんでいく。
内部はゴブリンの脂でいっぱいのためよく燃える。
中には内部でつながっている巣穴もあったらしく、もう片方の穴か
ら勢いよく炎が噴き出てくることもあった。
一番大きな洞窟は寝床にできるよう風を送り込んで念入りに燃やす。
火が消えた後は冷風を送り込んで換気しつつ冷却だ。
ちょうどいい具合に冷えたので浄化魔法できれいにする。
101
洞窟内を探索してみると何とか住めそうだ。
表の作業も終わったようなのでゴブリンとフォレストウルフを最低
限残して送還する。
お次は実験の時間だ。
102
非人道的? 法律がないので問題ありません
さて実験、といきたいところだがその前に夕食にすることにする。
アイテムボックスからロックボアの肉を出して一口サイズに切って
いく。
それを昼間釣り具を作った時の鉄のあまりで作った串に刺し、ニル
の実と香草をすりつぶしながら振り掛ける。
薪は下ごしらえしている間にゴブリンに拾ってこさせた。
火魔法で薪に火をつけ等間隔で串の持ち手を地面にさしていく。
あとは焼けるのを待つだけだ。
待っている間暇なのでゴブリンリーダーたちの魔石を登録すること
にした。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンリーダー
Ⅲ等級
ゴブリンの上位種で通常種よりも知恵が回る。一回り体格が大きく
力も若干強くなっている。
群れの中で自然発生し下位種を統率するがせいぜい集団をまとめて
の力押しがいいところ。
スキル
︻剣術:2︼︻昆術:2︼︻身体強化︵無属性︶:1︼︻集団統率:
2︼︻咆哮:3︼
103
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンアーチャー
Ⅲ等級
通常よりも器用な個体が冒険者から弓を奪って進化したのが始まり。
以降その行動をまねることにより増えた。
弓矢を自作する個体もいるが威力や精度は今一つである。
スキル
︻弓術:2︼︻細工:1︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンメイジ
Ⅲ等級
群れの中で強い魔力を持った個体が進化するが全体の総数は少ない。
召喚時に属性を1つ選べる。
スキル
︻︵火、水、土、風、光、闇︶属性適正:2︼︻昆術:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ついでにゴブリンの項目が増えていた。
︽従魔の書︾の経験蓄積とフォレストウルフとペアを組んだおかげ
だろう。
104
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンライダー
Ⅲ等級
他の生物に騎乗することで高速戦闘を可能としたゴブリン。
スキル
︻剣術:2︼︻槍術:2︼︻突撃:2︼︻騎乗:2︼︻咆哮:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹃槍術﹄はなぜか覚えていた。
騎乗戦闘=槍という意識が自然と具現化したせいだろうか。
そうこうしているうちに肉が焼けたのでほおばってみる。
塩気がないのは惜しいがスパイスが効いているので悪くはない。
悪くはないのだが美味いというほどでもない。
実に惜しい。
異世界初の食事は残念な結果に終わってしまった。
管理者からもらった携帯食料があるのだが、こちらはいざという時
のために残しておきたい。
ちなみに従魔たちは俺からパスを通して魔力を供給しているため食
事の必要はない。
105
食事を終えたので次は実験の準備をする。
お題は﹁アンデッド化における傾向と特徴﹂。
先ほど用意したゴブリンの死体を使ってアンデッドが発生するかの
実験だ。
通常アンデッドは魔力の強い土地か歪んだ土地で放置された死体が
魔力を取り込み発生するものだ。
理由は定かではないが夜になると魔力が活性化し、同時に闇属性が
強くなるためアンデッドは闇属性を持っていることが多い。
同時に光や聖属性に弱く、魔力が落ち着き光属性の強くなる日中は
日陰にいることが多い。
中には他の属性を持っているため日中も活動するケースがあるが今
回は割愛しよう。
今回の実験では死体を結界で覆い、内部を闇属性の魔力で満たすこ
とで疑似的な死霊区域を作る。
はたして魔石有りと無しではアンデッド化のしやすさに差が出るの
か、アンデッド化した個体に特徴はあるのかが今回の目玉だ。
準備が終わった後は洞窟の入り口付近を土魔法のバリケードで覆っ
た。
簡単に結界が破れるとは思わないが万が一を考えてだ。
ついでにバリケードの内側にも虫よけを兼ねた結界を張った。
ゴブリンとウルフを見張りに立たせて就寝の準備をする。
掛け布団は温かいため必要なさそうだが地面が硬いためフォレスト
ウルフの毛皮を敷いてみた。
たいして変わらないがないよりはましだと思う。
106
深夜。
何者かが揺さぶっているのを感じて目をあけるとオオカミがこちら
を覗いていた。
突然のことに驚いて硬直しているとオオカミはその場で伏せの体制
になる。
それを見てようやくオオカミが自分の従魔であることに考えが追い
ついた。
というかだれでも寝起きにオオカミのドアップを見せられたら驚く
と思う。
そういうわけで一瞬で覚めた眠気に目をこすりながら出口に向かっ
た。
今回はアンデッドのために悪いので火球を明りにしている。
そのまま出口につくと広場が見わたせる程度に火球をばらまく。
実験用の結界を見ると中で何かが動いていることからひとまず成功
したとみていいだろう。
まずは魔石なしの方の結界を解除してみると、中からアンデッド化
したゴブリンがはい出してきた。
鑑定した結果ゴブリンゾンビというらしい。
どれも破損している部分はそれぞれだが共通して頭部が残っている
物ばかりだった。
中には上半身だけで這いずりまわっている個体もいる。
頭部の損傷が激しい物はどれも死体のままだったことから頭部が残
っていることが必須条件らしい。
近くに一体来たので土魔法で拘束して光魔法の光矢で少しづつ削っ
ていく。
光魔法が当たった部分はまるで焼かれたように煙を上げ灰になる。
何体か実験した結果、頭部に黒い小指の先ほどの魔石が入っている
107
ことが分かった。
とりあえずの検証が済んだため残りは光の矢を大量に降らせて始末
した。
続いて魔石有りの方は少し生きがいいようだ。
結界を解除した途端動き回り始めた。
そのまま魔石なしの死体のほうに駆けよっていくと死体を食べ始め
る。
もと居たほうの死体は骨だけになっていて肉や内臓はきれいに食べ
つくされていた。
ついでになんか変なのもいる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ダークスライム
闇属性に適応したスライム。影の中に隠れている。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
とりあえずゲットで。
逃げないように結界で閉じ込めておきました。
ついでにやけに生きのいいゾンビも鑑定してしまう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリングール
ゴブリンゾンビの上位種。屍肉を好んで食べる。若干ながら再生能
力を持っており受けた傷を回復する。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゾンビじゃなくてグールだったようです。
108
こっちでも同じように実験する。
どうやら光属性で受けた傷は回復しないらしく煙を上げ続けている。
何度か検証した結果、心臓部にゴブリン本来の魔石、頭部に一回り
大きい人差し指の先ほどの黒い魔石があることが分かった。
実験が終わったのでこっちもさっくり処分する。
ついでにダークスライムの魔石も取り出しておく。
実験の結果わかったことは﹁アンデッド化するには魔石の容器にな
る頭部が必要﹂﹁魔石があればより強力になる﹂ということだった。
今までアンデッドの発生条件を調べようとする人間がいなかったた
め世界初の革新的理論登場である。
やってたことはチートを利用したしょうもない実験であるが。
なんとなく気分がいいので魔石の登録もすることにする。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゾンビ
Ⅲ等級
生物の死体に魔力が宿り動き出した存在。生命の代わりに魔力を原
ゴーレム
動力として動く死体。生者を求めてさまよう。肉が腐っているため
移動速度は遅い。
攻撃本能だけで意思を持たないことから無機生命体の一種なのでは
ないかとも考えられている。
宗教上では死者の無念が死体を動かしているとされる。
登録された従魔をゾンビとして召喚できる。
スキル
109
︻かみつき:1︼︻ひっかき:1︼︻腐毒:3︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
グール
Ⅱ等級
ゾンビの上位種。屍肉を好んで食べるが生きた生物も襲う。
若干ながら再生能力を持っているため肉は腐らず、結果走ったり跳
ねたりできる。
生物本来のリミッターが解除されているため走る速度はかなり早い。
登録された従魔をグールとして召喚できる。
スキル
︻かみつき:3︼︻ひっかき:3︼︻再生:2︼︻魔力感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ダークスライム
Ⅲ等級
闇属性を持ったスライム。影の中に隠れたり闇魔法を使える。
スキル
︻体当たり:1︼︻闇属性適正:2︼︻消化吸収:3︼︻環境適応:
4︼︻分裂:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
試しにゴブリンゾンビを召喚してみる。
110
現れたゾンビは通常のゴブリンと変わらないが眼だけがどろりと濁
っている。
動きも鈍くあまり使えそうには見えない。
唯一魔力感知が使えそうだがグールのほうが精度は上のようだ。
勝っているのはコストくらいだろうか。
設置型センサーとしてしか使えそうにない。
毒があるからセンサー地雷になるかもしれない。
まさに誰得な従魔だ。
脳内に何かひらめきのようなものが走ったのでステータスを見てみ
る。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
彼方 上岸 ︵16︶
体力 ︵100%︶
魔力 ︵100%︶
状態 良好
スキル
︻剣術:3︼︻弓術:3︼︻超回復︼︻属性適性︵全︶:3︼︻結
界術:3︼
︻付与魔術:3︼︻召喚術:3︼︻死霊術:1︼︵NEW︶︻錬金
術:3︼︻鍛冶術:3︼︻鑑定:3︼
ギフト
︻魔力の源泉︼︻世界知識︼︻アイテムボックス︼︻ステータス︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
111
﹃死霊術﹄スキルが増えていた⋮⋮。
いらねぇ∼∼∼∼
112
スキルについての概要です︵前書き︶
今回は﹁サモナーさんが行く﹂のロッド様の文法を参考にさせてい
ただいて書いてみました。
ロッド様の文法は非常に読みやすいので今後も参考にさせていただ
きたいと思います。
読みやすいかどうか分かりませんがどうぞ。
113
スキルについての概要です
﹃死霊術﹄スキルが増えたことについて考察してみよう。
原因は間違いなくゾンビを召喚して操作したせいだ。
そんなに簡単にスキルが増えていいのかと問われればそれは是だ。
実際評価1のスキルに関してはよほど特殊なものでもない限り誰で
も取得することができる。
剣を振っただけで﹃剣術﹄が、針に糸を通しただけで﹃裁縫﹄がと
いう具合にだ。
ではなぜスキルが重要視されるのかと言われれば明確な分水嶺が存
在するためである。
第一の分水嶺は評価2と3の間。
これは言ってみればプロとアマチュアの差のようなものだ。
同時に才能の分かれ目でもあると言える。
多くの人間がこの差を乗り切れずに挫折し散っていく。
逆にいえば乗り切った者は晴れて正式なスキル保有者と認められる
のだ。
スキル評価3とは一種のステータスである。
実際この世界の個人証明に記されるスキルは評価3からとなってい
る。
3と4の差は比較的緩い。
これは一種の慣れである。
3までに培った技術をいかに効率よく発現するかがカギとなる。
114
より短時間で、可能な限り最短手で実行することこそが試される。
コツをつかめばそう遠くないうちに達する領域ともいえる。
最大の難関は第二の分水嶺たる4と5の間である。
もはやここに至っては正道も邪道もない。
効率をつきつめた先の結果のみが存在する領域。
いかなる剛の者さえ容易く超えることのできない壁が立ちはだかっ
ている。
この賢人、偉人と称えられる領域に至った者は有史以来かたてまで
数えられるほどにしか存在しないのだからその偉業は推して知るべ
しだ。
何が言いたいかと言われれば今後活動していく上でスキルは限りな
く増えて行くだろう。
つまりこの程度で驚いていては今後やっていけるかどうかすら怪し
いというわけで、もはやこの程度の些事は気にしないことにした。
そうこうしている間にいつの間にか空が白み始めていた。
本来であれば寝不足確定であるが﹃超回復﹄のおかげで疲労は感じ
ない。
超回復は魔力を起点に体力へと変換するため魔力がある限り休息の
必要はない。
おまけに魔力の回復まで助けてくれるという親切設計。
ぶっちゃけ食事も必要ない。
115
昨日は生活のリズムをとるために食事したが、生命活動に必要なエ
ネルギーも魔力から変換されている。
もしかしたら空気さえ必要ないかもしれない。
えっと、休息・休眠・食事が必要なくて不老不死。
オレ、軽く人間の領域越えてね?
自分がはたして人間なのか神がいたら小一時間問い詰めたいが周囲
を見渡しても従魔しか存在しないので今回は諦めることにする。
とりあえず食事も睡眠も娯楽の一つということで今後は手を打つと
しよう。
ところでゾンビの持つ﹃腐毒﹄ってどんなスキルなんでしょうね?
どうせなので実演してもらいました。
﹁グべらァッ!﹂
口からなんか黄緑色でドロドロした液体を吐きだしました。
毒なんでしょうね。
木の枝でつっついてみたら先端が溶けました。
鑑定してみたのがこちら。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
116
腐毒
胃酸と腐廃液が混ざり合った液体。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
溶けたのは胃液のせいですか。
木の根も食べるゴブリンの胃酸恐るべし⋮⋮。
ますますトラップとか地雷みたいな使い道しか思いつかない。
ふと思いついて腐毒の上にスライムを召喚してみた。
スライムが着地した瞬間ジュウジュウと音を立てて溶け始める。
どんどん小さくなっていく以外スライム自身には何の変化もないが。
結局そのまま溶けて消えてしまった。
やっぱり無理だったのだろうか。
﹃環境適応﹄でなにかしら変化があるかと思ったんだが。
諦め半分で︽従魔の書︾を開いてみる。
あった。
ありましたよ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
アシッドスライム
Ⅲ等級
体から酸を放出するスライム。あらゆるものを溶かす。
117
スキル
︻体当たり:1︼︻酸放出:3︼︻消化吸収:3︼︻環境適応:4︼
︻分裂:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
酸放出の評価が高いのはゴブリンの胃液だったせいだろうか。
すまんゾンビ、早くもお前の後任ができてしまった。
どちらが使いやすいかは知らないが間違いなく移動速度はスライム
のほうが上だろう。
ぜひとも今後の活躍に期待したい。
ゾンビ?
知らんよ。
まぁ、がんばれ?
うつろで濁った瞳がまるで解雇されたサラリーマンのようだ。
ただボーっとたたずむその姿には感情がないが希望もない。
とりあえず検証は終わったのでゴブリンゾンビにはお帰り願った。
118
スキルについての概要です︵後書き︶
ゾンビの扱いが不憫すぎる⋮⋮。
個人的には気に入ってるんですがね。
再登場するかは気分次第。
119
ゴブリンの先生になります︵前書き︶
おかげさまで日間アクセスが1,000PV突破しました∼。
うれしいです。
これもひとえに読んでくださる皆様のおかげです。
今後ともよろしくお願いいたします。m︵︳︳︶m
120
ゴブリンの先生になります
カンッ!
﹁はっ!﹂
カカッ!!
﹁ギギッ!﹂
ガッ!
﹁そこぉっ!﹂
ドスッ!
121
只今絶賛戦闘中です。
まぁ、模擬戦なんですけどね。
相手は従魔のゴブリンです。
互いに木を削って作った木剣で組み打ちをしています。
俺は剣術がどこまで通用するか確認するため、従魔は﹃剣術﹄の学
習をさせるために1対1で向かい合っている。
召喚された従魔は簡易的な判断力を持たされているが、どちらかと
いえばYes、Noの二択に近い。
いわば真っ白なAIのようなもので、より的確な判断をするために
は多くの情報蓄積が必要になる。
矢鱈目鱈突撃させて有効な戦術を見つけさせることもできるがそれ
だと時間がかかるため、俺が持っている﹃剣術﹄で戦闘を教えるこ
とにした。
教えることにしたのだが⋮⋮。
コイツ、学習能力が半端ないです。
さっきまで通用した戦術がすでに通じなくなっている。
今はフェイントに加え蹴りなんかも叩きこんでいるがすぐに対応さ
れてしまう。
野生のゴブリンと違いスキルによって生み出された存在なのでそれ
なりに知能も高いかと思っていたが予想以上です。
まるでスポンジが水を吸い込むかの如くぐんぐん学習していく。
122
おまけに状況判断能力も高く、こちらの攻撃にカウンターを合わせ
てくるようになった。
油断ならない。
朝から続けている訓練だが日が中天にさしかかるころには決着がつ
かなくなるかもしれない。
訂正、まだ昼前ですがすでに勝てません。
教える立場から教わる方へと形成が逆転してしまいました。
先生、もっと手加減してください。
木剣も打ち合い続けたおかげであちこちボロボロだ。
ちょうどいい頃合いなので戦術指南へと入ろう。
教科書は﹃世界知識﹄と今までに習った歴史を参考にする。
土魔法で出した黒板に板書しながら説明していく。
こちらの命令はしっかりと聞いているため理解しているはず。
⋮⋮理解しているよね?
﹁ギッ!﹂
123
いい返事が返ってきたので理解したものとして授業を続けます。
物覚えのいい生徒って楽でいいですよね。
個人戦から集団戦闘の概要を教え終わったところで日が暮れてきた。
このまま続けてもいいのだが急ぐ理由もないので今日はここまでと
しましょう。
なにごとも詰め込みすぎはよくない。
今日の成果をみるため︽従魔の書︾を開く。
どうやら新しい従魔が増えているようです。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンソードマン
Ⅱ等級
剣術に特化したゴブリン。より鋭敏化した動体視力で剣筋を見極め
果敢に攻め立てるゴブリンの戦士。
スキル
︻剣術:3︼︻体術:3︼︻咆哮:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンコマンダー
Ⅱ等級
戦術を学びより高度な戦闘指揮を可能としたゴブリン。基本後方か
らの戦闘指揮に徹するが、時には自身も前線で勇敢に戦う。
124
スキル
︻剣術:3︼︻戦術:3︼︻集団指揮:3︼︻咆哮:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
今日一日でずいぶんと戦力が強化されている。
剣術が評価4とか、なかなか頼もしいじゃないですか。
125
ゴブリンの先生になります その2 ︵改稿版︶︵前書き︶
何とか矛盾の修正ができました。
修正に伴いモンスターの等級、スキルを修正しました。
126
ゴブリンの先生になります その2 ︵改稿版︶
翌朝、ひと眠りしたおかげで意識もすっきりとしている。
確か寝ることによって脳内で情報が整理されるんだったっけ?
必要ないとはいえ睡眠は重要なようです。
ただ意識がクリアになったことで新たな疑問が生まれた。
それは従魔のスキルについてだ。
昨日﹃剣術﹄の修練をしたことで通常のゴブリンに変化があったの
ではと︽従魔の書︾開いてみたが評価は1のままだった。
ならば弱いのかとゴブリンとゴブリンソードマンを召喚して打ち合
わせてみたがどちらも互角の勝負をしていた。
ならば通常ゴブリンの評価が1なのはおかしいということになるが、
もしこれが野生種のゴブリンのステータスを表したものだとすれば
つじつまが合う。
ならば次におかしくなるのは等級だ。
冒険者ギルドが定める等級によれば、
SS 国が滅びるレベル。 ︵上級竜種、古代種︶
S 軍が出動するレベル。非常に危険。 ︵下級竜種︶
A たくさん集まってようやく倒せるレベル。 ︵ゴーレム、亜竜︶
B 数人がかりでようやく倒せるレベル。 ︵オーガ、ウルフの群
127
れ︶
C 1対1でようやく倒せるレベル。 ︵オーク︶
D 大人が少し苦戦するレベル。 ︵ゴブリン、ウルフ︶
E 大人が普通に倒せるくらい弱い。 ︵ラビット、ラット︶
F 子供でも倒せる。 ︵スライム︶
となっている。
これにあてはめるには、
SS∼S Ⅰ等級
A∼C Ⅱ等級
D∼F Ⅲ等級
ということになるが、戦闘力的にゴブリンはCランク以上となり、
Ⅱ等級モンスターということになるはずだ。
それなのにゴブリンの等級はⅢ。
ならば︽従魔の書︾が定める等級とは一体何なのか?
考えられるとすれば﹃魂﹄の大きさ、もしくは存在としての格であ
ろうか。
ゴブリンの中にはオークなどの上級種の威嚇だけで心臓まひを起こ
して死ぬ個体がいるくらいだから生態系の地位としてもお察しであ
る。
ここら辺はもう集めてみなければわからないがたぶん予想としては
正しいだろう。
種族内での区分は役職みたいなものか。
128
従魔たちは俺を中継点として互いに思考がリンクしているが、指揮
系統を統一できる利点は大きい。
ただし下級のゴブリンも同等の能力を持っているため10倍のコス
トを払ってまで上位種を呼び出す必要があるかと問われれば微妙な
ところだ。
ここら辺は召喚術の説明にある﹁情報の蓄積と共有﹂の利点であり
弊害でもあるといえるだろう。
そこまで考えた時、何かが脳内を駆け巡った気がした。
何となく︽従魔の書︾を開いてみると見開きが変化している。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
Ⅰ︵0/1︶ Ⅱ︵0/50︶ Ⅲ︵0/500︶
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
どうやら﹃召喚術﹄について理解が進んだおかげでスキルが成長し
たようだ。
上位種になればより強力な攻撃手段を持つためⅡ等級の召喚枠が増
えるのは嬉しい。
現状ゴブリンですらベテラン冒険者並みの戦力を持っているため過
剰戦力とも思わなくはないが何が起こるか分からない世界である、
戦力は多いに越したことはない。
とりあえず今日の予定は午前中に戦術理論、午後は魔法を効率運用
するために物理化学の講義をすることにした。
129
ゴブリンアーチャーには別でひたすら的当てをさせる。
時間はいくらでもあるがゴブリンが進化していくのが面白くてつい
ついいろいろ教えこんでしまう。
こちらではテレビもゲームもないため娯楽に乏しいのだ。
強いて言えばゴブリンに授業をするのが娯楽だろうか。
今日の戦術論は罠を交えた戦闘にした。
罠の仕組みや作りかた、誘導方法などを教える。
ついでに隠密戦闘なども講義しておく。
せっかく罠にかけてもばれたら元も子もない。
ということで本日の成果がこちら。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンソルジャー ︵小鬼族︶
Ⅱ等級
戦闘に長けたゴブリンの戦士。近接・遠隔ともにバランスよく攻撃
する。
スキル
︻剣術:3︼︻弓術:3︼︻体術:3︼︻身体強化︵無属性︶:2︼
︻咆哮:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンシーフ ︵小鬼族︶
130
Ⅲ等級
相手を撹乱することに長けたゴブリン。素早い攻撃で戦場をかき回
す。
スキル
︻剣術:2︼︻体術:1︼︻投擲:2︼︻罠術:2︼︻隠蔽:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンソーサラー ︵小鬼族︶
Ⅱ等級
魔法に長けたゴブリン。強力な魔法を使用する。
召喚時に下位属性を2つ、上位属性を1つ選択できる。
スキル
︻︵火、水、土、風、光、闇、無︶属性適正:3︼︻︵爆、氷、木、
雷、聖、毒︶属性適正:3︼︻昆術:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンレンジャー ︵小鬼族︶
Ⅱ等級
遠隔攻撃に特化したゴブリン。遠くの獲物を正確無慈悲な一撃でし
とめる弓の名手。
スキル
︻弓術:3︼︻投擲:3︼︻罠術:3︼︻隠蔽:2︼
131
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
圧倒的ではないか、わが軍は。
能力的にはすでに軍隊に匹敵するレベルだ。
もしかしたら当初の目的の戦力拡大を達成できてしまったかもしれ
ない。
総戦力を上げれば国家としてもうかつなまねはできないだろう。
たかがゴブリンとなめてかかれば手痛い反撃を受けることは間違い
ない。
おまけに空きさえあればいくらでも召喚可能なので倒しても倒して
もいくらでも追加が沸いてくる。
相手に対して一方的な消耗戦を仕掛けられるのでこちらの被害はゼ
ロだ。
とりあえず戦力もだいぶ充実してきたので明日からは周辺の捜索を
再開しよう。
132
探索再開︵前書き︶
設定調整にあたり前作を修正しました。
133
探索再開
本日の目的は残る2種の討伐だ。
そのうちの1種はやや厄介な相手ですが何とかなるだろう。
先に簡単なほうから仕留めることにする。
狙うのは1匹でいるコボルトだ。
こいつらは仲間意識や縄張り意識が強いため1匹でも手を出すと集
団で襲いかかってくる。
逆にいえば縄張りに入ったり下手にちょっかいを掛けない限りはお
となしい魔物として知られているのでよほどのことがない限りは放
置が推奨されている。
普段は地面などに穴を掘って生活していてよくゴブリンと縄張り争
いをするため比較的見つけやすい。
というわけでさっそく出発だ。
洞窟は魔物の巣にされないよう土魔法で塞いでおく。
お供はフォレストウルフを4体、フォレストウルフ・グールを1体
召喚した。
フォレストウルフ・グールはフォレストウルフのスキルに加えグー
ルとしてのスキルも持っているため、今回は魔力探知用ソナーとし
て使うつもりだ。
ただしアンデッドは日光に弱いので斜光結界で囲ってある。
以前召喚したゴブリンゾンビは日光の中放置しておいたら半日とた
たずに風化して消えてしまったので日中にアンデッドを使役するに
134
は斜光が重要だと学習している。
出発してしばらくすると魔力反応を1ヶ所察知した。
単独でいるためはぐれの魔物ならちょうどいい。
コボルトならなお良し。
相手に見つからないようにこそこそと木の陰に隠れながら近づいて
いくが一向に動く気配がないので少々不審に思えてきた。
ついに相手を目視できる位置についたのだが反応がある部分には何
もない。
正確にいえば木が一本立っているだけだ。
木の上にいるのかと思ったが反応は木そのものから出ている。
考えられる理由は木そのものが魔力を持っている場合。
その木は﹃魔力樹﹄と呼ばれ、魔力を通しやすいため杖の素材にさ
れたり高級家具の材料にされたりすることがある。
もう一つは木そのものが魔物である場合だ。
こちらはエントと呼ばれて普段は木に擬態しているが、近くを獲物
が通りかかると枝や根で串刺しにして養分にしてしまう。
微弱に発する魔力を感じるしか見分ける方法がないため駆け出し冒
険者などが犠牲になることが多い。
そのため﹃初心者殺し﹄として名が知られている。
試しにゴブリンを召喚して突撃させてみた。
もう少しで木に到達というところで地面から木の根が飛び出し、ゴ
135
ブリンを串刺しにする。
同時に木の表面からこぶが浮きあがり、そこに目と口のような孔が
開いた。
どうやら探しているもう一体を先に見つけてしまったようだ。
しばらく動いていたゴブリンだが致命傷に達したらしく光の粒子と
なって霧散してしまった。
前回は乱戦で見過ごしてしまったがどうやら従魔は死ぬと肉体を構
成していた魔力が散って消滅するらしい。
代わりにゴブリンゾンビを召喚して突撃させた。
ゾンビは頭をつぶさない限り死なないのは前回の実験で証明された
のでおとりとして適任だ。
先ほど同様串刺しにされるが問題なく動いている。
しばらく観察していると少しづつミイラ化しているようだ。
同時にエントも枝を触手のようにくねらせ始めた。
ゾンビが半分ほどミイラ化したところでぴたりと動きが止まり、獲
物を投げ捨てる。
オ
オ
ォォーーーーーン﹂
数秒、ワナワナと枝をくねらせると苦しげにもがき始めた。
﹁オ
根っこが地面から抜け出てのたうち回る。
どうやらゾンビの毒にやられたようだ。
好機とみてたたみかけることにする。
エントの弱点は顔のようなこぶの内部にある魔石だ。
これを破壊するか抜き取るかすれば動きが止まり倒すことができる。
今回の目的は魔石なので傷つけずに取り出さなければならないのだ
が、どうしたものか。
136
考えた結果、風魔法の︽ウィンドカッター︾を使うことにした。
こぶが真横に見える位置からウィンドカッターを叩きこむが10c
mほど食い込んだところで止まってしまった。
同時に敵の抵抗が激しくなる。
何度か外しながらもようやくこぶを切り落とすことに成功した。
のたうちまわっていた幹は動きを止め、ただの倒木のような姿をさ
らしている。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
マイナーエントの幹 ︵毒︶
マイナーエントの素材であり討伐証明部位。﹃魔力樹﹄同様魔力を
通しやすいため魔法使いの杖や木材として加工される。
毒を大量摂取したため毒抜きをしない限り毒が残る。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
鑑定の結果素材だとわかったのでアイテムボックスに押し込んだ。
一方こぶのほうは仮面のように干からびている。
力を込めると簡単に割れるようなので魔石を取り出すと2cmほど
の茶色い宝石が出てきた。
どうやら持っている属性や得意な属性によって魔石の色が変わるら
しい。
ちなみに茶色は木属性だ。
さっそくなので登録してしまう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
マイナーエント ︵樹霊族︶
Ⅲ等級
137
移動力に乏しいエント。あまり動かずに獲物を待ち続け、通りかか
った獲物を捕食する。
普段は木に擬態しているため見つけるのが困難で﹃初心者殺し﹄の
異名で知られる。
体液を吸い終わった獲物は地面に引きずり込み、腐らせて養分を吸
収する。
弱点はこぶにある魔石。
スキル
︻木属性:2︼︻擬態:3︼︻振動感知:2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
138
探索再開︵後書き︶
魔石の色についてはそのうち明記するつもりですが暫定版です。
火︱赤、水︱青、土︱黄、風︱緑、光︱白、闇︱黒、無︱透明、
爆︱橙、氷︱水色、木︱茶、雷︱金、聖︱銀、毒︱紫
139
突撃 粉砕 勝利!!︵前書き︶
お久しぶりです
何とか書きあがりました
140
突撃 粉砕 勝利!!
さて、当初の予定とは逆になってしまったが探索を再開しよう。
周辺はマイナーエントが暴れたせいで木が倒れたり地面が削れたり
している。
戦闘音のせいで逃げてしまったのか周囲には生物の気配が全くない。
このまま奥に進んでもいいのだが屋根のないところでの野宿は勘弁
してほしいのでセリューに向かって来た道を戻ることにした。
もともとそれほど奥の方まで進んでいなかったため昼を少し過ぎる
ころには森の境目へと到達した。
道中何度もゴブリンに遭遇したがフォレストウルフは人数の多いこ
ちらを警戒してか襲ってくることはなかった。
もちろんゴブリンは返り討ちにして魔石を抜き取っておいた。
どれもが無色透明の1cmしかなく、一般には1級品と呼ばれる価
値の低い物だ。
魔石は大きさで等級が分かれており、1つ等級が上がるごとに倍の
大きさになる。
大きい物ほど内包する魔力が多いため高級品として扱われるように
なり、過去に英雄と呼ばれた者が倒したSランクの火竜の魔石は5
級、直径16cmで目の覚めるような赤色だったという。
現在はどこかの国で国宝として扱われているらしい。
それ以上の大きさとなると天然ものか人工魔石ということになるが
141
現在はその存在は確認されていない。
まぁ何が言いたいのかと言われればゴブリンから取り出したこの魔
石、無属性1級品であるが市場では最安値で取引されるためクズ魔
石なんて呼び方が浸透していたりする。
ここら一帯にすむ魔物はだいたいがクズ魔石持ちなのでその強さも
お察しというやつだ。
冒険者としてはここらの魔物の相手をしていても収入にならないた
めゴブリンやウルフとの戦闘になれた者はさっさと他の町へ行って
しまう。
そのためセリューには熟練の冒険者という者たちが非常に少ない。
そしてセリューは交易の要という点もあって商人たちの行き来も活
発だ。
行き交う荷物が多くなれば当然それを狙うならずものも出没する。
特に魔物が弱い地域は盗賊の勢力が強くなりがちで、領主はこれに
あてる軍事費で大いに頭を悩ませている。
商人たちも護衛を雇ったりもするが被害がなくなることは決してな
い。
などと長々と語っていたがテンプレという物は例にして踏襲するも
ののようです。
つまり、
おまわりさん、盗賊です!
142
視線の先には街道を爆走する2頭立ての荷馬車とそれを追う20人
以上の集団が見える。
荷台の後ろから護衛と思われる人物が二人応戦しているがどうにも
分が悪いようだ。
そのうち盗賊の一人が放った矢が荷馬に当たり激しく横転したため、
巻き込まれるように馬車もひっくり返って荷物をぶちまけた。
もはや一刻も猶予がないため︽従魔の書︾からゴブリンライダーと
ウルフを20体、それとロックボアを1匹召喚してまたがる。
準備が整ったら全員に突撃指示を出した。
先頭は俺のまたがるロックボアで後続にゴブリンライダーが追従す
る。
陣形は魚輪の陣だ。
激しく上下するために今にも振り落とされそうだが何とかこらえて
前を見据える。
盗賊もようやくこちらに気付いて矢を射かけてくるが剣を持ったゴ
ブリンが打ち払っていく。
あと20mほどというところで陣形が変わり、槍を持ったゴブリン
が前に出る。
奥の方で親玉みたいなやつが何か喚いている奴がいるが無視だ。
そして激突。
ロックボアの正面にいた奴が何人か吹き飛び、あるいはゴブリンの
槍に突き刺される。
そのまま離脱。
100mほど離れてから旋回した。
轢き逃げの結果盗賊集団の3割強を削り取ることができた。
何人か逃げ始めているが逃がすつもりは全くない。
143
ゴブリンライダーの持つ槍は中ほどで折れるか盗賊が突き刺さった
ままで使い物にならないのでウルフを残して送還する。
身軽になったウルフは遊撃として逃げた盗賊を追わせた。
もう一度陣形を組み替え鴈翼の陣で削り取るようにして再度突撃。
今度は通り過ぎずにその場で散会、各個撃破させる。
第一波で浮足立っていた盗賊たちはほどなくしてその躯を野にさら
した。
ゴブリン達に命じて盗賊の持っていた金品などを集めさせる。
その間商人たちの様子を見ることにした。
ロックボアから降りて振り向くと護衛の冒険者と目があった。
あちらは剣を抜いてこちらを警戒しているようだ。
投げ出されたときに負傷したのかところどころ血がにじんでいて時
折そちらを気にするが、切っ先はしっかりとこちらを向いている。
商人は荷馬車の陰でうずくまっていた。
こちらは大した怪我ではないようだ。
もう一人の護衛は女性のようで商人を守るように武器を構えている。
1歩踏み出すと護衛の男性が制止の声を上げた。
﹁とまれ!﹂
それを受けてもう一歩踏み出そうとした足が止まる。
﹁動くな。あんたはいったい何者だ?﹂
﹁怪しい者じゃない、やばそうだったから助けに来ただけだ﹂
﹁魔族か? 俺たちをどうするつもりだ﹂
144
どうやら完全に誤解されているようだ。
従魔と一緒に現れたせいで魔物の類と勘違いされている。
一つため息を吐いて答えた。
﹁れっきとした人間だ。べつにお前たちに危害を加えるつもりはな
い﹂
﹁魔族が化けているのかもしれん。証拠は?﹂
﹁信じてくれとしか言いようがないな﹂
﹁じゃあ仮にそうだとしよう。俺たちをどうするつもりだ?﹂
﹁ふむ﹂と少し考えるしぐさをする。
﹁まずはその傷でも治療するか?﹂
﹁後ろの魔物は? 油断させて襲いかかるつもりか?﹂
ちらりと俺の後ろへ視線を向けすぐに戻す。
﹁こいつらは俺の使い魔だ、命令なくして動かん﹂
﹁そうだな、いったん消しておくか﹂とつぶやいてすべて送還した。
後ろからゴブリン達の持っていたものが落ちる音が響く。
それを見て冒険者二人は唖然とした表情を見せる。
もちろん何の勝算もなく送り返したわけではない。
いざとなれば結界で防御すればいいからだ。
﹁さて、これでも信用できないか?﹂
145
その様子を見てしばらく二人で相談していたがようやく結論が出た
ようだ。
﹁いいだろう、あんたの治療を受けよう﹂
そう言って剣を下ろす。
もう一人は油断なく剣を構えていていつでも切りかかれる体制だ。
﹁そう言えばあんた、治療系のスキルは持ってるのか?﹂
﹁聖属性をな﹂
それを聞いてまたもや驚く二人。
﹁あんた﹃教会﹄の人間なのか? にしては魔物と一緒に⋮⋮﹂
﹁何かおかしいか?﹂
﹁そりゃそうだ。聖属性持ちは﹃教会﹄が全員管理している。それ
に教会は反魔物を謳っている。ついでに反魔族もな。教会に知られ
れば拷問確実だぞ﹂
うわ、それはまた嫌なことを聞いた。
どうやらこの世界の﹃教会﹄とやらは魔物を根源的な悪と決め付け
るタイプのようだ。
それに魔物を従えるとされる魔族との徹底抗戦も掲げているらしい。
もともとは過去に存在した﹃光の英雄ラトミス﹄の栄誉を称える集
団だったのが、いつの間にか宗教化して﹃光神ラトミス﹄を祀る集
団になったのに端を発する。
146
教会は光神ラトミスを唯一神として、かつてラトミスが戦った魔物
を絶対悪としたことにより生まれた宗教らしい。
長い時をかけて伝来がすげ変わる典型的な例だな。
ちなみに魔族は教会の言う悪の象徴とは全く関係なく、もともと人
類だった者が魔力により変異し、しかし理性が残ったままであった
ため人目につかない場所で暮らし始めたのが始まりである。
現在ではその子孫が国を作り人類と関わらないように暮らしている
が、魔族独自の技術や土地を欲した教会が名目上敵としてでっち上
げたのが反魔族思想だ。
教会とは権力と欲の皮の張った万金主義者の集まりらしい。
今後﹃教会﹄とはあまり関わらない方がよさそうだ。
まぁ、ケンカ売られたら潰すけどな。
そんなわけでさっさと二人の治療をしていく。
使うのは聖属性魔法の﹃ヒーリング﹄だ。
淡い光が二人を包むと傷がたちどころに癒えてゆく。
着ている服や防具についた血はそのままだが体調は回復したようで
表情もいくぶん和らいでいる。
﹁本当に聖属性が使えたとはな⋮⋮。いや、疑って悪かった。教会
によれば魔族は聖属性を使えないらしいからな﹂
﹁ありがとう、おかげで助かったわ。助けてもらっておいて悪いけ
どもう少し助けてくれるかしら?
お礼はちゃんとするから﹂
誤解が解けたことで後ろにいた女性冒険者の方も話に加わってきた。
147
﹁それは構わないが何から手伝えばいい?﹂
﹁それじゃあ馬の治療をしてもらえるかしら、このままじゃ荷物が
運べないわ。
私たちは馬車と積み荷の方を直してるから、何かあったら呼んでち
ょうだい﹂
そう言って横倒しになった荷馬車をコツコツと叩く。
﹁なんだったらそっちも手伝うぞ?﹂
どうせ一度見られているのだ。
なら﹃召喚術﹄を世に広めるために便利さをアピールしておくのも
いいだろう。
﹁じゃあ馬の治療が終わったらお願いね﹂
﹁いや、同時にできるから問題ない。使い魔を召喚してもいいか?﹂
﹁使い魔っていうのはさっきつれて他連中か?
問題はないのか?﹂
﹁さっきも言ったが命令にないことはしないから安心していい﹂
﹁そうか、なら頼む﹂
そういうことなのでゴブリンを20体呼び出して手伝うように指示
を出した。
3人は光とともに突然現れたゴブリン達に驚いていたが襲ってくる
148
様子もないことに次第に警戒を解いて作業を開始した。
ゴブリン達はそれを手伝うように動いている。
一方俺は馬車の前に回って馬の様子を見ることにした。
矢が当たった馬は致命傷ではなかったものの、その後転倒した時に
首を折ったのかすでに息絶えていた。
もう一頭の方は転倒に巻き込まれたときに足を怪我したらしく動け
ないようだ。
まずは荷馬車を立て直すために馬車から馬を開放する。
その後はヒーリングで傷を癒していく。
馬の方も助けられることが分かってかおとなしくしていた。
単に動けないだけかもしれないが。
治療が終わり軽く手綱を引いてやると立ち上がって何事もなかった
かのように歩き始める。
なでてやると気持ちよさそうに首を寄せてきたのでそれなりに助け
られたのを理解しているのかもしれない。
荷馬車の様子を見ると商人が指示する荷物をゴブリン達が荷馬車に
積みこんでいた。
中には割れたりこぼれたりしたものもあるようで、そちらは放置さ
れたままになっている。
作業がひと段落するころにはあたりもだいぶ片付いていた。
積み荷も幾分か減ったようだが荷馬が一頭しかいないためちょうど
釣り合いが取れたのかもしれない。
俺はゴブリンに指示を出して盗賊の荷物集めを再開させる。
その様子を眺めていると後ろから声がかかった。
﹁先ほどはすまなかったな。
149
そう言えばお礼がまだだったか、ありがとう、助かったよ﹂
﹁いや、困った時はおたがいさまさ﹂
﹁それにしても変わったスキルだな、魔物を従えるなんて聞いたこ
とがないぞ。
あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はカッツ、セリューの町で冒険
者をしている。ランクはDだ﹂
そう言って冒険者登録証を見せてくる。
だいたい20代前半だろうか、ややくすんだ金髪を短く刈りそろえ
ている。
体格はそれほど大柄ではないが無駄な脂肪は一切付いておらず、い
わゆる細マッチョというやつか。
自身があまり筋肉質でないので少しうらやましい体形だ。
﹁俺はカナタだ。これから街に行って冒険者登録をするつもりだ。
それより盗賊の持ち物何だが、みんなで分けた方がいいか?﹂
﹁いや、盗賊の持ち物は倒した者の物になる。全部カナタが持って
いっても誰も文句は言わないさ﹂
﹁それならありがたくもらっておくよ﹂
盗賊の持っていた武器を確認しながらアイテムボックスに押し込ん
でいく。
防具はどうしようか迷ったがろくに手入れもされずひどい匂いがし
たので捨て置くことにした。
﹁防具はいらないのか?﹂
150
﹁あぁ、ひどい匂いで使うつもりにもならないからな﹂
﹁それなら売るといい。こんなのでも武具は貴重だからな﹂
そう言われて思い出した。
この世界は技術が退化してしまっているため現状維持だけでもやっ
とのありさまだ。
それは武具に関しても同じで中古を何度も使いまわすのが当たり前、
何度も修理したためによくわからない見た目になってしまう鎧なん
てよく見る光景らしい。
そう言えば先ほど回収した武器もそれほど質のいいものではなかっ
た。
製鉄に必要な技術が一部、あるいは致命的に失伝してしまったのだ
ろう。
﹁そうすることにする。どこかいい店を知らないだろうか?﹂
﹁それならバーゲルさんに聞くといい、商人のつてでいい武具屋を
紹介してくれるだろう﹂
﹁バーゲル?﹂
﹁ん? あぁ、俺たちが護衛していた商人さ﹂
﹁ふむ、ならそっくりそのまま渡してしまうのもいいかもしれんな﹂
俺は何となく思いつきでバーゲルという商人に投資してみることに
した。
馬と積み荷を幾分か失っている今恩をうっておけば後々何か役に立
151
ちそうだという裏心もある。
どうせもとは盗賊の持ち物なのだから懐は痛まない。
ならばここは感に従うのが何となく正しいような気がした。
それを知ってか知らずか護衛を伴った商人がこちらへとやってきた。
﹁先ほどは助けていただいてありがとうございます。それに馬の手
当てや荷物の積み込みまで、何とお礼を言っていいのやら﹂
﹁本当に助かったわ。まさか聖属性持ちに出会えるとは思ってもな
かったけどおかげで前より調子がいいくらいよ﹂
﹁いえいえ、困った時はお互いに助け合わなければ生きていけませ
んからね。今回はたまたま近くにいたのが俺だっただけですよ﹂
﹁それでもです、本当にありがとうございました。
あぁ、申し遅れましたが私は商人をしているバーゲルと申します。
以後、見知りおきを﹂
﹁私はモリア。そこのカッツとパーティーを組んでる冒険者よ。ラ
ンクはD﹂
バーゲルは30代後半ほどでなんというか、トル○コそっくりの外
見をしている。
ゲームで見慣れている俺としてはそこはかとなく親近感を感じるの
だが。
まぁ悪い人でないのは確かだろう。
一方モリアは赤っぽいこげ茶の髪を肩のあたりで切りそろえた20
歳くらいの女性だ。
外国人っぽくスタイルがいい。
カッツと並ぶと美男美女という感じだがこっちの世界はみんなこん
152
な感じなんだろうか。
とりあえずこちらも自己紹介をしてセリューへ行くつもりだと告げ
る。
﹁おぉ、それでは一緒に馬車に乗っていきませんか?
まさかそのままロックボアに乗っていくわけにはいかないでしょう﹂
スキルに関して聞きたそうにしているものの口には出さないあたり、
商人としては信用できそうだ。
ありがたく一緒に乗せてもらうことにした。
﹁それで盗賊から剥ぎ取った武具に関してですが、自分には必要な
いし売却する当てがないのですべてバーゲルさんにお渡ししようか
と思うのですが⋮⋮﹂
﹁それは私に買い取ってほしいということで?
さすがにこれだけあると私には払えないのですが⋮⋮﹂
﹁いえ、そういうことではなく無償でお譲りします﹂
それを聞いてさすがに驚く全員。
﹁さっ、さすがにそれは!
助けていただいた上にこれほどの物をもらっては何ともお礼のしよ
うがなくっ!﹂
﹁う∼ん。じゃあこう考えてください。
もともとこいつらのせいでバーゲルさんは馬と荷物を失って、その
損失分を盗賊から取り立てたと思ってもらえれば﹂
153
﹁さすがにそういうわけには。盗賊の持ち物は倒した者の物になる
というのが不文律でして、我々はただ見ていただけでしたのでこれ
は正式にあなたの物となります。さすがにただでいただくわけには
いきません﹂
う∼ん、もう少しか?
﹁ならば投資ということならどうでしょう?﹂
﹁投資、ですか?﹂
﹁えぇ、このままですと損害を受けたまま商売を続けることになり
ますが武具を売れば幾分か損失分の補填になるでしょう。それを利
用して得た利益の一部を余裕があるときでいいので何らかの形で返
していただく、というのならどうですか?﹂
﹁まぁ、それでしたら⋮⋮﹂
まだ少し渋っているようだがこれで何とか商人とのコネができた。
あとはこれを少しづつ広げて人望を築きあげれば野望への第一歩だ
な。
そう、内心で確信したのであった。
154
冒険者登録をします︵前書き︶
復帰しました∼
155
冒険者登録をします
ゴブリンたちをすべて送還して馬車に乗り込む。
護衛二人は荷台に、俺は御者席に一緒に乗ることになった。
セリューに向かう道すがら商人と話をする。
バーゲルはセリューに店を構える商人で主に食料品を扱うという。
エール
2日ほど離れた村に仕入れに行っていた帰りを盗賊に狙われたそう
だ。
今回仕入れたのは小麦と酒だったが、馬車から投げ出されたときに
ほとんどの酒の甕が割れてしまい、酒のかかった小麦も一部ダメに
なってしまったという。
どうやら盗賊たちは食料と酒を狙っていたらしい。
毎回盗賊に狙われるのかと聞いてみたところ、普段は護衛をつけた
馬車はよっぽど狙わないという。
どうも最近になって盗賊が活発に活動するようになったそうだ。
領主軍も見回りをしているが、練度の問題でうまく捕まえることが
できず、後手に回っているらしい。
周辺に強い魔物がいないことから熟練の冒険者も不足しており、一
層戦力の低下に拍車をかけているという。
かといって護衛を増やそうにも収支に見合わずこれ以上増やすこと
もできない。
護衛が少なければ盗賊に狙われるという悪循環が出来上がりつつあ
るようだ。
幸いなことに村を狙う様子はないが、それも時間の問題だろう。
156
﹁それよりあんた、さっきの術といい結構腕が立つようだが何もの
なんだい?﹂
そのうち聞かれるとは思っていたがここは素直に答えておこう。
と言っても全部話すつもりはないが。
話せるのは﹃召喚術﹄と街道にいた理由だ。
まさか﹁転生してこの世界にやってきました﹂なんて言うわけにも
いくまい。
とりあえずは森を行く道すがら考えておいた経歴を話しておくこと
にする。
﹁自分はただの魔術師ですよ。
いままで師匠の庵で研究の手伝いをする傍ら戦闘技術を磨いてきま
した﹂
﹁へぇ、その術はお師匠さんから学んだものなのかい?﹂
﹁そうです。
師匠は以前から魔物の能力を利用する方法を研究していました。
もともとは土魔法を得意とする魔術師だったのですが、土から作り
出したゴーレムを使役するように魔物も使役できるようにならない
かと思ったのがきっかけのようです﹂
﹁確かに今までも魔物を利用する方法を考えた者がいないではなか
ったんだが、うまくいかなかったと聞いているよ。
大体が失敗して魔物に殺されるか周囲に被害を出したという。
今では﹃教会﹄が正式に魔物を使役することを禁じて、もし見つか
れば異端として拘束されるらしい。
157
研究することそのものが困難なはずなんだが、さっきのを見るに成
功したのかい?﹂
そういって不思議そうにしている。
後ろの護衛二人も周囲を気にしながらこちらの話に耳をそばだてて
いるようだ。
﹁いえ、結果としては成功していませんね。
どうやら魔物は人間に対して攻撃する習性があるようで、たとえ普
段はおとなしい草食の魔物でさえ例外ではありません。
どうやら人間の持つ魔力が原因というところまでは分かったんです
がね﹂
﹁ふむ、だとするとさっきのは一体⋮⋮﹂
顎に手を当てて首をひねる。
﹁結果から言ってしまえば先ほどのはゴーレム錬成の一種ですね。
目の前で消えるところを見たでしょう?
ゴーレムと同じように魔石を媒体にしているんですが、ゴーレムと
違って土や岩でなく魔力で肉体が構成されているんです。
だから術をとくと魔力に戻るんですよ。
師匠は便宜的に﹃召喚術﹄と呼んでいます﹂
﹁ほほう、つまりゴーレムの一種だから使役できているというわけ
かい?﹂
﹁そういうことになります﹂
ほうほうと商人は面白そうに頷いた。
158
﹁ところで、そんな貴重な研究成果をこんなに簡単に話してしまっ
ていいのだろうか?
すでに聞いておいてなんだが、もし私がうっかり他人に話してしま
ったり、悪用されるとは思わなかったのかい?﹂
﹁話が広がることに関しては問題ありません。
もともと世の中を便利になるようにと開発した魔術ですから。
ただ悪人に使用されるのは困りますね。
相手の戦力を増やすことになってしまいますから﹂
﹁そうですね。
私も﹃教会﹄に余計な目をつけられたくないですし、このまま黙っ
ておくことにしましょう﹂
どうやら後ろの護衛たちも同意のようで、この話はここまでとなっ
た。
そうこうしているうちにセリューの門が見えてきた。
門の前では入場を待つ人々の列がある。
数人の兵士が身分証や荷物のチェックをしているようだ。
列は次々と進み、すぐに自分たちの番になった。
3人は手のひらサイズのカードを出して確認してもらっている。
159
自分のところにも兵士がやってきて確認する。
﹁カードはどうした?﹂
﹁ありません。町に来るのはこれが初めてで﹂
﹁ふむ、村から出てきたならカードがないのは分かるが確認はさせ
てもらうぞ。
そこを通って詰め所に行くように﹂
そういって門を入ってすぐのところ、城壁内に作られた通路を指さ
す。
頷いて馬車を降りようとするとバーゲルから声がかかった。
﹁ちょっと待ってください、助けてもらったお礼に通行料は私が出
しますよ﹂
そう言って懐から大銅貨2枚を取り出す。
初めは受け取らない、と言ったのだが、恩に報いないのは商人の道
に反するといわれて仕方なく受け取った。
護衛二人はこのままハーゲルと店まで行き、護衛完了の証明書をも
らうそうだ。
﹁私の店は南大通りにありますので時間があるときにでも立ち寄っ
てください。
それでは、また﹂
そういって馬車を走らせ去っていく。
160
通路に入ると、一番手前の4畳ほどの小部屋に通された。
中央には宝石のような石がはまった台がある。
﹃真贋の瞳﹄と呼ばれる魔道具で、質問に対し嘘をこたえると赤に、
正直に話せば白く光るという代物だそうだ。
古代に作られた魔道具の一つで、現在出回っているのは複製なんだ
そうな。
﹁その石に触れるように。
これから質問をするが正直にこたえることだ﹂
魔道具に手を当てると、兵士が前に立って質問をする。
﹁この街に来た理由は?﹂
﹁冒険者ギルドに登録するためです﹂
兵士は石が白く光ったのを確認して続ける。
﹁今までに犯罪をしたことはあるか?﹂
﹁ありません﹂
白。
﹁これから町に入って悪事を働く気はあるか?﹂
﹁いいえ﹂
白。
161
﹁よし、問題ないな。
通行料として50G払ってくれ、代わりに通行証を発行する﹂
さきほどもらった大銅貨を1枚渡す。
兵士は一度部屋を出ると、銅貨5枚と通行証を持ってきた。
﹁通行証の期限は明日の夕刻までだ。ギルドカードを持ってくれば
通行証と引き換えに50G返してやるから忘れずに持ってくるよう
に﹂
そういって手渡してくるのを受け取ってアイテムボックスへしまう。
ちなみに身分証にはステータスカードとギルドカードの2種類が存
在する。
前者は﹃教会﹄で発行され、一般人が使用するもので各町へ移動す
るごとに通行料を払う必要がある。
後者は﹃商工会ギルド﹄﹃冒険者ギルド﹄が発行するもので、町の
行き来が無料になる代わりに収入から一定額が引かれるというもの
だ。
どちらも魔道具で魔力を通すと紋様が浮かび上がる。
ステータスカードなら光の紋様、商工会ギルドは金貨袋、冒険者ギ
ルドは剣と盾だ。
登録者本人の魔力にしか反応せず、犯罪を犯すと紋様が赤くなるた
め入場時の犯罪歴確認に使用される。
また専用の魔道具に通しても確認できるため、盗賊の討伐証明とし
ても使える品だ。
ついでなので道中に倒した盗賊のカードを兵士に渡す。
盗賊退治は治安維持にもつながるため、兵士詰所にもっていけば少
なからず褒賞がもらえる。
162
しばらく待っていると硬貨の入った袋を持った兵士が戻ってきた。
袋の中身は銀貨2枚に小銀貨7枚と大銅貨6枚。
盗賊1人あたり120Gってところだろうか。
盗賊とはいえ人ひとりの命が1200円とは何とも言えないものが
ある。
袋をさっさとしまうと、さっそく冒険者登録に行くことにする。
詰め所を出て門をくぐると町の中はまさに異世界というような光景
だった。
道行く人々は背が高かったり低かったり、耳がとがっていたり動物
の耳がついていたりと多種多様だ。
立ち並ぶ家はほとんどが木製だが中には石造りのものもある。
大体の建物が1階から2階建てしかなく、町の中央にそびえる鐘楼
がいやでも目立つ。
東西にはしる大通りが町を二分しており、さらに鐘楼から南に向か
って三分割している。
冒険者ギルドは鐘楼のすぐ後ろに建っていた。
周りの建物と比べても5倍近くあり、さらに3階建てだ。
入り口は常に開いていていかにも冒険者といった者たちが出入りし
ている。
中へ入ると意外と静かだった。
ゲームなんかでよくある、酒場と併設されていて昼間から酒を飲ん
でいるイメージであったが、どうやらそうでもないらしい。
163
正面には﹁買取カウンター﹂と書かれた受付があり、何人もの冒険
者がとってきた素材を売っていた。
冒険者のほとんどが簡易な装備で、駆け出しといった雰囲気をさせ
ている。
右手には椅子や机の並べられた待機所があり、数人が話し合ってい
るようだ。
左手には階段があり上へと続いていた。
階段を上っていくと同じく受付があり、ここでも何人もの冒険者が
受付をしている。
依頼の受付や達成確認はこちらで行うらしい。
右手には依頼の書かれた紙がびっしりとボードに張り付けられてい
て、その周りでは冒険者たちがどの依頼を受けるか吟味しているよ
うだ。
受付には人間、エルフ、獣人などきれいなお姉さんたちが対応して
いる。
ここら辺はイメージの冒険者ギルドのまんまだな。
さっそく登録しよう。
﹁いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?﹂
にっこりスマイル0円、笑顔がまぶしいです。
﹁冒険者登録をお願いします﹂
﹁登録には1500Gが必要ですがよろしいですか?﹂
了承して小銀貨1枚と大銅貨5枚を出して支払う。
﹁それではこちらの紙に必要事項を記入してください﹂
164
そういって一枚の紙を渡される。
記入する項目は名前、年齢、種族、職業、スキルだ。
職業は戦闘の方向性、スキルは任意だったので問題ない範囲で書き
込む。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
名前 カナタ・カミギシ
年齢 16
種族 ヒューマン
職業 魔術師
スキル ︻剣術:3︼︻︵火・水・土︶魔法:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
書き終わった紙を受付嬢に渡すと一通り目を通した後、白い板を差
し出してくる。
﹁それではこの板に魔力を通してください﹂
差し出されたプレートには隙間があり、どうやら先ほどの用紙が挟
まれているようだ。
上部には溝があり、銀色のプレートがはまっている。
魔力を通してしばらくすると、カチリと音を立ててプレートが外れ
た。
先ほどまでは何の変哲もないプレートだったのが、今は先ほど記入
した情報が刻印されている。
﹁記入に間違いがないかと、魔力を通して紋様が浮かび上がること
165
を確認してください﹂
外れたプレートを手に取って魔力を通すと、背景に剣と盾、中心に
Fと書かれた紋様が浮かび上がった。
紋様の色は緑色だ。
﹁問題ないようですね。
ギルドについての説明は必要ですか?﹂
﹁お願いします﹂
一応知識として知っているが、地方などでルールが異なるかもしれ
ないので、一応聞いておくことにする。
﹁それでは説明します。
まずギルドでは様々な依頼を扱っています。
町の中でのお使いのようなものから討伐を必要とするものまで多種
多様ですが、登録された直後は全員Fランクから開始となります。
ランクを上げるには規定数の依頼を達成し、昇級試験に合格するこ
とで次のランクの仕事を受けることが可能となります。
依頼に失敗した場合は報酬の半額を違約金として徴収しますのでご
注意ください。
各依頼の報酬はあらかじめ仲介料を差し引いた金額となっておりま
す。
仲介料はギルドによる身分保証と各種税金へと使用されますので、
一定期間依頼を受けない、依頼を失敗するなどすると、カードの身
分証明としての効果が失われます。
その場合、紋様が白で浮かび上がりますのでご注意ください。
166
通常依頼に成功することでカードの有効期限が延長されますが、カ
ードの効果が失効した場合は再度ギルドにおいて所定の金額を支払
っていただくことで効果が復帰します。
ここまでで何か質問はありますか?﹂
特に難しいところはなかったので先を促す。
その後もいくつか説明があったが長かったため要約すると、
・冒険者同士での争いに関してギルドは一切関知しない。
・ギルドを通さない依頼は自己責任。
・依頼はカードに記載されたランクまで受注可能。
・ギルドに対しての不利益は罰金、もしくは一定期間の強制労働と
なる。
・期日が設けられた依頼は期日を過ぎても達成できなかった場合、
違約金として報酬の倍額を徴収する。
・常設依頼は受注の必要なし。
・緊急依頼は必ず参加すること、理由もなくサボった場合は重い罰
則がある。
・ギルドでの買取は定額の代わり割安になる。いやなら商人に持ち
込むように。
・薬草類の採集は根元から葉っぱ数枚を残して刈り取ること、採集
部位が地中の場合ある程度の数を残しておくなど、とりつくしてし
まわないように配慮する。
・その他わからないことはギルドで確認すること。
・基本的にギルドマスターの決定が全て。
とのことだ。
特に大きく変わっているところはなかったため了承する。
すべての手続きを終えて受付から離れた。
167
これで俺も晴れて冒険者だ。
168
今回は生産回ですよ?︵前書き︶
鍛冶について本来はもっと複雑な手順が必要だ!
っていう意見は却下です。
作者はそんなに鍛冶技術に詳しくありません。
描写が面倒なので︵コラ︶魔法で済ませてしまいます。
いっつふぁんたじー
169
今回は生産回ですよ?
せっかくなので依頼を受け入ていくことにする。
現在受注可能なのはFランクなのでFと書かれた掲示板の前に行く。
採集系は常時受け付けがほとんどで、特に受注する必要はないよう
だ。買取カウンターにもっていって手続することで依頼完了となる。
いくつかの依頼には注意事項が書かれているようだ。
︱︱ アオギリの葉の採集 ︱︱
傷薬の素材となるアオギリの葉を袋に入るだけ収集してください。
注意:袋はギルド受付で受け取ってください。
期限 常時受け付け
報酬 50G
︱︱ クラシオン草の採集 ︱︱
傷薬の素材となるクラシオン草の葉を20株分収集してください。
期限 常時受け付け
報酬 80G
︱︱ ソードリーフの採集 ︱︱
鎮痛剤の素材となるソードリーフを20株採集してください。
170
期限 常時受け付け
報酬 100G
︱︱ ムーンフラワーの採集 ︱︱
魔力薬の素材となるムーンフラワーを20株採集してください。
注意:ムーンフラワーの魔力が最大になる夜明け直前に採集するこ
と。
期限 常時受け付け
報酬 120G
︱︱ ハリエンジュの花の採集 ︱︱
魔力薬の素材となるハリエンジュの花を20束採集してください。
注意:トゲに毒があるので注意すること。
期限 花期限定
報酬 200G
一方お使い系の依頼はこんな感じだ。
︱︱ 庭の掃除 ︱︱
庭に生えた雑草を刈ってください。
期限 終わるまで
報酬 80G
171
︱︱ レストランの手伝い ︱︱
欠員が出たため急遽募集。女性歓迎。
期限 本日朝∼夕方
報酬 150G
︱︱ 城壁の補修 ︱︱
城壁の補修のための作業員募集。
期限 補修完了まで
報酬 日当 200G
︱︱ 収穫の手伝い ︱︱
畑の野菜の収穫を手伝ってほしい。
期限 3日後まで
報酬 250G
平均的な宿の宿泊料︵食事抜き︶が120∼150Gなので、Fラ
ンクの依頼だと1日過ごせるかどうかくらいの報酬が支払われるこ
とになるな。
ちなみにセリューでは高ランクの依頼がほとんどないため、稼ぎた
いものはほとんどがランクを上げて他の町に行ってしまう。
常時張り出されているのはDランクまでで、Cランク以上となると
めったに出ないからだ。
この世界での冒険者のランクはそれほど高くない。
個人最高がBランク、パーティーだとAランクまでが限界である。
Aランク以上の冒険者がいたいたのは過去の話で、もはや伝説レベ
ルなのだ。
172
これと言ってめぼしい依頼がなかったため、とりあえず採集系の常
時依頼を受けることにした。
階段を下りて買取カウンターへ行く。
﹁薬草の買取りをお願いします﹂
﹁はい、それではこちらの籠へ出してください﹂
そう言って差し出されたのは何の変哲もない籠だ。
そこに森にいるときに採集したクラシオン草を入れていく。
とりあえず40株入れておいた。
﹁それでは少々お待ちください﹂
そう言って奥の方へ消えていった。
鑑定のための部屋が奥にあるのだろう。
しばらく手持無沙汰に待っていると、鑑定が終わったのか先ほどの
受付嬢が戻ってくる。
﹁お待たせしました、クラシオン草40株の納品を確認しました。
こちらはクラシオン草の採集2回分となりますので、報酬は160
Gになります。
ギルドカードはお持ちですか?﹂
カードを出すよう言われたため、アイテムボックスから取り出して
渡す。
受付嬢はそれを何かの魔道具に当てて操作をしている。
操作はすぐに終わり、カードと硬貨が差し出された。
173
﹁お疲れ様でした、またのお越しをお待ちしております﹂
カードと硬貨を受け取り、カウンターから離れる。
記念すべき1回目の依頼を完了したわけだが、この後の行動を考え
ようと思う。
さしあたって必要なのは生活雑貨だろうか。
魔法できれいにできるとはいえ服はかえたい。
それに野営用品も必要だ。
まずは服屋に行くことにしよう。
ということでやってまいりました南大通り、通称﹃商業区﹄。
ここでは商店・宿屋・酒場が軒を連ねている。
バーゲルの食料品店もそのうちの一つだ。
ちなみに東大通りは職人の工房がある﹃工業区﹄、西は民家のある
﹃住宅区﹄。
そしてギルドから北側にあるのが貴族たちの住む﹃貴族区﹄となる。
町の作りは大体どの町も同じなので、これだけ覚えておけば迷うこ
とはほぼないだろう。
というわけで現在いるのは服屋なのだが、新品を買おうとするとそ
れなりに高い。
安くても300G以上はする。
買えなくはないが今後のことを考えるとなるべく支出は抑えておき
たい。
一方、中古は100Gから買えるようだ。
状態はどれもピンからキリで、中にはつぎはぎの充てられたものま
174
である。
どうもこちらでは服は中古か自分で作るのが一般的らしい。
仕方がないので生地と裁縫道具を購入することにした。
一番安いのが麻の生地で、一反80G。
裁縫道具は2800Gもしたため糸だけを買うことにした。
道具は﹃鍛冶術﹄を使って自分で製作することにする。
幸いにも材料は土魔法のおかげで事欠かない。
次は雑貨だ。
雑貨屋ではテントと野営用の寝袋、布を数枚買う。
ついでなのでバーゲルの店にも寄っていくことにした。
﹁いらっしゃいま⋮⋮、あぁどうも、先ほどぶりです﹂
店の奥から出てきたバーゲルに軽く挨拶をしてあの後どうなったか
を聞く。
﹁盗賊の持っていた鎧は状態が悪かったためほとんど買い叩かれま
した。
数が多かったのでそれなりの値にはなりましたが、今回の仕入れは
赤字決定ですよ﹂
とほほと肩を落として言うバーゲル。
﹁う∼ん、武器も一緒だったらもっと高く売れましたかね?﹂
﹁ええ、武器は手入れすればまた使えるようになりますので、壊れ
ていない限りはいい値になりますよ﹂
175
ということだったので盗賊たちの持っていた武器をアイテムボック
スから取り出す。
﹁これをどうされるので?﹂
不思議そうに聞いてくるバーゲル。
﹁差し上げますよ。
売って補てんに充ててください﹂
﹁そんな! ただでさえ鎧をいただいたのに、これ以上いただくわ
けにはいきません!﹂
そう言って慌てて止めようとする。
﹁言ったはずですよ、これは投資だと。
あなたが赤字になっていてはこちらも投資した意味がないのです。
もともと自分で素材として利用しようとしていたのですが、もっと
質のいい素材の当てがあるのでこれは必要ありません﹂
そう言って押し付けるように渡してしまう。
﹁何から何まで、本当に感謝いたします。
それにしても、ご自分で使うのですか?﹂
﹁ええ、これでも一応﹃鍛冶術﹄を持っているんですよ。
後で鍛え直してから何かに使おうかと思っていました﹂
﹁ほほう、その若さで生産技術までとは、ずいぶんと多才なようで
176
すな﹂
﹁いえいえ、ただの下手の横好きですよ﹂
しばらく話し込んでからその場を後にした。
目指すのは西の森だ。
この際なので﹃鍛冶術﹄でいろいろと雑貨をそろえておきたい。
わざわざ森まで行くのは人目につかないようにするためだ。
自分の作業の仕方だとこの世界からしても異様に映るだろうからな。
というわけで門を出た後、人目につかないあたりまで歩いた後はロ
ックボアを召還してひたすら爆走する。
途中、ホーンラビットを轢いてしまったため回収しておいた。
その甲斐あってかセリューへ行く時よりもずっと早く森についた。
まだ日が沈むには時間があるため作業を済ませることにする。
作業中に魔物や人が集まってくるのを防ぐため、隠蔽結界と遮音結
界を張っておく。
次いで土魔法で鉄の塊を出した。
このまま使えなくもないが純度100%なので、落ちていた枝を燃
やした炭を錬金術で合成して鋼を作り出す。
あとは錬金術の変形でハンマーと金床を作り出した。
作業の助手としてゴブリンを数体召喚して作業を開始する。
棒状にした鋼を火魔法の火に放り込んで熱した後、何度も折り返す。
ゴブリンにもハンマーを持たせて相槌を打たせる。
折り返しが終わった後は形成だ。
たたいて伸ばして剣の形にしていく。
177
最後に水魔法の冷水につけて焼き入れ完了。
後は砥石で研いでフォレストウルフの革で拵えを作る。
素人知識であるが何とか完成だ。
鑑定結果がこちら。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
鋼のロングソード
質のいい鋼で作られたロングソード。
繰り返し鍛造を行ったため非常に丈夫で切れ味が良い。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ちなみに盗賊から奪った武器はこんな感じだ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
鉄の片手剣
純度の低い鉄でつくられた片手剣。
不純物が多く混ざっており欠けやすい。
切れ味はそれほど良くなく、手入れを怠るとすぐ錆びる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ちなみに一般的な片手剣も盗賊の武器とそう大差はない。
もともと冒険者から奪った物なので、世間一般で使われている武器
道具は質の悪い鉄から作られているのだ。
製錬技術が失われているため、質のいい鉄が非常に少ないせいだ。
178
試しにできた剣をゴブリンに持たせて振らせてみる。
予想が正しければ召喚時にゴブリンの使う武器に鋼の武具が増えて
いるはずだ。
とりあえず慣らしも終わったところで残った鋼で必要物資を作って
いくことにする。
ゴブリンにはこの後もいろいろな剣を作らせておく。
自分ははさみに鍋にその他いろいろだ。
さすがに針は細すぎるため錬金で加工する。
というわけですべて仕上げるころにはいつの間にか夜も更けていた。
どうやら夢中になっていたせいで暗くなっていることに気付かなか
ったらしい。
その成果もあってか目の前には様々な品が並んでいる。
はさみ、鍋、包丁他、ゴブリンの作った武器もたくさん。
短剣に両手剣、槍になぜか刀まである。
ちょっと作りすぎた気もしなくはないがあって困ることもないので
良しとしよう。
続いて服作りに取り掛かることにする。
火は燃えると危ないので、光魔法でライトボールを作り上げた。
布と糸を取り出し製作開始。
道具も多めに作ったためゴブリンたちにも手伝わせる。
179
これはちょっと予想外です。
服飾ってなかなか難しい。
鍛冶はスキルのおかげでやすやすとできたのに、スキルが低いとこ
うも製作の難易度が跳ね上がるとは。
ようやく作り上げた服はなんだかねじれていて着にくそうだ。
隣を見るとゴブリンたちがちくちくと服を縫っている。
どう見ても自分より上手いです。
ゴブリンに負けた⋮⋮。
絶望のあまり地面に手をついてうなだれる。
まぁ召喚モンスターの学習能力が異常に高いのは知っていたさ。
でもさすがにここまで格の差を見せられるとぐうの音も出ない。
いいもん、自分は指揮官だ。
実際に手足として働くのは召喚モンスターたちなんだもん。 ぐす
ん。
服を自分で作るのは諦めた。
才能がない。
きっとスキル第一の壁っていうのはこういうことを言うんだ︵違い
ます︶。
手持無沙汰になったので従魔の書をめくってみる。
いつの間にか新たなモンスターが増えていた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンブラックスミス
Ⅲ等級
180
鍛冶の技術を持つゴブリン。簡単な武器の製作ができる。
スキル
︻槌術:2︼︻鍛冶術:2︼︻身体強化:3︼︻咆哮:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンテイラー
Ⅲ等級
服飾の技術を持つゴブリン。手先が器用で簡易な服を製作できる。
スキル
︻棍術:2︼︻投擲:2︼︻裁縫:2︼︻紡績:2︼︻ひっかき:
3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
181
ランクア∼ップ!
手持無沙汰になったので回復薬でも作ろうかと思う。
︻超回復︼のおかげで普通の傷なら瞬時に治ってしまうが、骨折や
深い怪我なんかは治るのに時間がかかるかもしれない。
緊急時の回復手段は残しておくべきだと思う。
一般的な調薬は薬草を磨り潰して煎じるのが普通だがここは︻錬金
術︼を使って作ることにする。
昼間に薬屋に寄った時にいろいろ見てみたが、どれもが効果が乏し
く民間療法程度の効果しかなかった。
そのくらいなら超回復ですぐに治ってしまうので自分には意味がな
いのだ。
今回欲しいのは深い傷も瞬時に直してしまうレベルのものなので、
一般的な方法では作ることができない。
といっても作り方は簡単。
製作の工程すべてに魔力を込めるだけだからだ。
錬金術とは﹃魔力ありき﹄の術なので、基本工程からすべてを魔力
を通して行う。
その際に素材が魔力を取り込んでより強い効果を発揮するようにな
るわけだ。
というわけで結界を展開して内部を魔力で満たして制作環境を整え
た。
さらに魔力を込めながらクラシオン草を磨り潰し、魔力を込めた水
に溶かして加熱する。
後はきれいな布で不純物を濾しとり、土魔法で作ったガラスの瓶に
182
入れて完成。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
体力ポーション
切り傷程度なら瞬時に回復する魔法薬。
患部にかけても効果があるが飲んだ方が効果が高い。
苦いので飲む人は少ない。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
通常なら﹃傷薬﹄になるところを錬金術で作ったため、格段に効果
の高い魔法薬である﹃体力ポーション﹄が出来上がった。
世に出せば﹃秘薬﹄と呼ばれるレベルで白金貨で取引されるような
代物であるが、当分は自分だけで使う予定である。
好き好んで厄介ごとに首を突っ込むつもりはない。
なお、前時代のころは部位欠損さえ瞬時に直す﹃ネクタル﹄と呼ば
れる秘薬があったそうだが、こちらは残念ながら材料の関係で作る
ことはできない。
いつかは再現してみたいと思う。
とりあえず予備も含めて100本ほど作っておく。
作業が終わるころにはゴブリンたちも製作を終えていた。
10着ある麻の服は出来栄えもよく、当分の着替えの問題も片付い
た。
となればセリューですることはそれほど多くない。
討伐依頼はEランクからなので効率よく魔石を集めるには冒険者ラ
183
ンクを上げなければならない。
ならばすることは簡単。
ゴブリンたちを総動員して薬草採集です。
あちこちへ散ったゴブリンたちが薬草をもって集ってくる。
その数ざっと2,000本近く。
大半はFランクのクラシオン草だが、中にはソードリーフやFラン
ク以上の薬草も混ざっている。
これだけあれば問題なくランクアップできるだろう。
さすがに今日は深夜を過ぎているため結界の中にテントを張って寝
る。
護衛にゴブリンを5体ほど警備につかせておく。
もしゴブリンを倒すほど強い敵がきたならパスを通してすぐに分か
るだろう。
翌朝、何事もなく起きてテントをたたんだ。
今日はランクアップの日だ。
少しわくわくしながらロックボアに乗って爆進する。
途中で哀れなホーンラビットを轢いたので回収。
門に近づくころには人通りが出てくるので、ロックボアを送り返し
て何事もなかったかのように歩いて町に入った。
ギルドに入ると二階から結構な話し声が聞こえる。
今日は冒険者たちが多いらしい。
184
少しでもいい依頼をとるために早くからスタンバイしているのだろ
う。
それをしり目に買取カウンターへと歩いてゆく。
﹁買取お願いします∼﹂
﹁かしこまりました。
それではこちらの籠に入れてください﹂
そう言って差し出された籠にクラシオン草を入れていく。
ざっと1,000本ほど。
今にもかごからこぼれそうなほどに山積みされた薬草に目を丸くし
た受付のお姉さんが慌てて追加の籠を用意してくれたので、そっち
にも分けて入れる。
前回よりも鑑定に時間がかかった。
あれだけの量があれば当然か。
ようやく表に出てきたお姉さんがつかれたように言う。
﹁クラシオン草1,000本の納品を確認しました。
報酬は4,000Gになります。
ギルドカードはお持ちでしょうか﹂
そういわれたのでカードを差し出す。
﹁依頼50回分の達成となります。
前回と合わせて連続25回以上の依頼達成を確認しましたのでEラ
ンクへのランクアップが可能となります。
ランクアップの前に簡単な試験がありますがどうしますか?﹂
185
ということなのでもちろん、
﹁受けます﹂
﹁でしたらそちらから奥にある訓練場で試験官と話し、指示に従っ
てください﹂
そう言ってカウンターの隣にある扉を指す。
扉の向こうは廊下が続いていて、行き止まりにはひときわ丈夫そう
な鉄製の扉が拵えられている。
廊下の途中には会議室と書かれた扉がいくつかあったが今は関係な
いだろう。
鉄の扉をくぐると訓練する冒険者たちの掛け声が響く。
朝早いにもかかわらずそれなりの数の冒険者たちが思い思いに訓練
に励んでいる。
その一角に﹃試験場﹄と書かれたスペースがあった。
そのスペースだけ誰もいないことを確認してあたりを見回している
と、不意に後ろから声をかけられた。
﹁よう、ランクアップ試験を受けるのはお前さんかい?﹂
振り向くといかにも冒険者然とした日に焼けた男が立っている。
同じ冒険者のカッツと比べてもがっしりとしていて、歴戦の勇士と
いう風格がある。
﹁そうですが、よくわかりましたね﹂
﹁そりゃあそんだけもの珍しそうにきょろきょろしてりゃあ誰でも
186
わかるさ﹂
そう言って肩をすくめる。
確かに自分以外は訓練しているか普通に休憩しているので初心者丸
出しの自分はすぐに目につくだろう。
﹁俺はCランク冒険者のガインだ。
今回お前さんの試験官を務めることになった。
よろしくな﹂
﹁はい、よろしくお願いします﹂
頭を下げると、﹁そうかしこまらなくていい﹂と手を振って返され
た。
﹁Eランクへのランクアップということだから単純に戦闘能力を試
させてもらう。
何、心配はいらん。
模擬試合でどれだけ動けるか、剣筋が通っているかを確認するだけ
だ。
負けたとしてもある程度の戦闘能力を確認できれば合格だからよほ
どのことがない限りはだれでも合格できるさ﹂
壁に掛けられている木剣を2振り取ると、片方をこちらへ差し出し
てきた。
受け取って握りを確かめながら数回振ってみる。
木剣は見た目以上にずっしりとしていて、中に鉄の芯か何かが入っ
ているようだ。
自分の持っているロングソードと同じくらいの重さだったので実際
の剣を想定しているのだろう。
187
それを確認してガインが構えをとる。
﹁さぁ、いつでも打ち込んできていいぞ﹂
逡巡しながらも構えをとって切りかかる。
考えていたのはどこまで実力を見せるかだ。
剣術のランクが3あればゴブリン程度ならやすやすと切り伏せられ
る。
だが今回求められてるのはランクEのモンスター、ホーンラビット
などと戦って勝てる程度の戦闘力なので全力を出す必要もない。
上段から袈裟懸けの攻撃は考え事をしていたこともあり、あっさり
と打ち払われてしまう。
代わりに返ってきたのは横薙ぎの切り払いだ。
ホーンラビットの攻撃を想定した一撃は大して早くなかったため、
バックステップで余裕をもって躱した。
そこから踏み込んで一気に加速、体が開いているところを狙って8
割ほどの力で切り込む。
驚いたことに全力には及ばずとも割と本気の一撃はいつの間にか体
勢を立て直したガインによって防がれていた。
受けるところが見えなかったがあれが体術を使った結果だろうか。
驚いたのはガインも同じようで目を丸くしている。
もっともこちらは﹁素人にしては鋭い一撃だった﹂というただしが
つくだろうが。
﹁ほう、今の一撃がまぐれでないことを見せてみろ、そうすれば合
格だ!﹂
188
つばぜり合いから力づくで引きはがされ、大きくバックステップす
る。
そこからは出し惜しみなく怒涛の連撃の応酬が始まった。
もっともガインの方が一枚上手で涼しい顔で払い落としたり躱され
たりしたが。
訓練していた冒険者たちもいつの間にか技の応酬に見入っている。
﹁よし、そこまで!﹂
都合3桁にもぼるかというほど打ち合い、ようやく解放された。
超回復のおかげで疲労はないがそれでも精神的には疲れる。
一方のガインは汗ひとつかいていないようだ。
そのうえ涼しい顔で、﹁久々に骨のある新人でついやりすぎちまっ
た﹂なんて言っている。
この程度では準備運動にもならないようだ。
高ランク冒険者ってのはみんなこんな奴らばかりなのだろうか。
﹁新人でこれだけ打ち合えれば文句なしの合格だ。
Dランクでも余裕でやっていけるだろう﹂
とのお墨付きをもらった。
報告はしておいてもらえるそうなので、このまま買取カウンターで
カードの更新をすれば晴れてEランク冒険者なんだそうだ。
そういえばとふと疑問に思っていたことを聞いてみる。
﹁そういえばガインさんは何でこの街にいたんですか?﹂
189
﹁ん? 何でってのは意図が分からねえな﹂
そう言って首をかしげる。
﹁いやほら、この街の冒険者ってだいたいDランク過ぎたあたりか
ら他の町に出ていくじゃないですか﹂
﹁あぁ、そういうことか﹂と納得したように頷くガイン。
﹁確かに儲けが欲しくて出ていくやつらもいるがみんながみんなっ
てわけじゃない。
他の町や村から来たやつらなんかは宿代の支払いなんかで精いっぱ
いだが、元からこの街出身のやつらは自分の家があるからな。
その分を生活費なんかに回せるんだ﹂
﹁それにこの街にも愛着があるからな。俺達まで居なくなって高ラ
ンク依頼を受けるやつがいなくなったら治安が悪化しちまう﹂と、
そう付け加える。
﹁なるほど、よくわかりました﹂
どうやらこの町を思ってのことらしい。
それなら納得だ。
﹁それじゃあ俺は先に行って報告しておくからな﹂
そう言って去っていくガインの背中に向けて﹁ありがとうございま
した!﹂と頭を下げる。
ガインは後ろ手に手を上げるとそのまま扉の向こうへと消えた。
190
受付で手続きをすると、Eランクと書かれたカードを渡される。
これで今日から自分もEランク冒険者だ。
カードを渡されるときに受付のお姉さんから﹁ずいぶんとガインさ
んに気に入られたようですね﹂なんて言われた。
男に好かれるような趣味はないが高ランク冒険者との人脈ができた
のは素直にうれしい。
彼はこの街を中心に依頼を受けているそうなので、何かあったら頼
ることにしよう。
せっかくなのでEランクの依頼を見に行ってみる。
︱︱ ベルニンジンの採集 ︱︱
風邪薬の材料になるベルニンジンを10株採集してきてください。
注意:類似のドクニンジンに注意。
期限 常時受け付け
報酬 160G
︱︱ ベルキャットの採集 ︱︱
解毒薬の材料になるベルキャットの葉を20株分採集してきてくだ
さい。
期限 常時受け付け
報酬 200G
191
︱︱ ホーンラビットの角の納品 ︱︱
工芸品に使うホーンラビットの角を納品してください。
期限 常時受け付け
報酬 1本40G ︵5本目から1本30G︶
︱︱ ホーンラビットの皮の納品 ︱︱
工芸品に使うホーンラビットの皮を納品してください。
注意:品質によっては買取できません
期限 常時受け付け
報酬 1枚70G
︱︱ ホーンラビットの肉の納品 ︱︱
食用のホーンラビットの肉を納品してください。
期限 常時受け付け
報酬 1体120G ︵3体目から1体100G︶
︱︱ ミニラットの討伐 ︱︱
畑の作物を荒らすミニラットを討伐してくれ。
期限 いなくなるまで
報酬 1体25G
このランクから討伐や町から離れた場所での依頼が出てくる。
192
冒険者としてはようやく駆け出しというところだろうか。
ランクに対して報酬はそれほど多くない。
せいぜい1割増しってとこだろうな。
ホーンラビットの報酬が高いように見えるが、こいつらは膝丈くら
いまでの大きさがある。
1体当たりの重さにしたら40㎏相当だろうか。
魔物であるため普通のウサギよりもでかいのだ。
おまけにこちらの人のアイテムボックスはそれほど多くない。
背負い袋一つ分くらいが標準なので、どんなに頑張っても2体分し
か持ち帰ることができないのだ。
角や皮だけならそれなりに持ち帰れるが、やはり倒したからには丸
ごと持ち帰りたい心情が働くため、必然的に報酬も少なくなる。
中には効率だけを求めて角や皮だけを乱獲する者たちもいるが、そ
ういう者たちはごく少数だ。
肉を放置すると他の魔物の餌となり、結果的に魔物の繁殖を促す。
たとえ埋めたとしてもオオカミ系の魔物なら掘り返すし、完全に処
理するには燃やして灰にしてしまうしかない。
しかし効率を求めるものはその処理をしないものが多いため嫌われ
ているのだ。
結局のところランクが上がっても報酬が劇的に増えるわけではない
というわけだ。
ここら辺がこの街の冒険者離れの原因ともいえる。
193
召喚術の可能性
とりあえず今日のところは依頼の確認だけにしておく。
ちょうど実験したいことはあったからだ。
西門を出て人気がないあたりでロックボアを召還しひたすら爆進。
最近ロックボアが移動手段として日常化しつつある。
人目を気にしないなら馬系の魔物を出すべきなんだがまだ見つけて
いない。
それと馬車。
幸いにしてこちらに来てからまだ一度も雨に遭っていないが、いず
れ雨降りの時の移動手段として用意しておきたい。
今後の課題として覚えておこう。
そんなことを考えながら1時間ほど揺られているといつもの森に到
着です。
実験の前に結界を張って誰にも見られないようにするのも忘れない。
今回の実験のお題は部分ごとの召喚だ。
ホーンラビットの討伐部位が部分ごとの買取りだったのを見て思い
ついた。
もしかしたら角だけ、皮だけの召喚とかできるんじゃなかろうか?
というわけでさっそくここまでくる間に轢き殺したホーンラビット
を1体出して解体、魔石を登録する。
何気に今まで登録するのを忘れていた。
194
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ホーンラビット
Ⅲ等級
角を持つウサギで平原や浅い森にたくさん生息する。
クラシオン草を好んで食べるためその角にはわずかながら鎮静作用
がある。そのため鎮痛剤の材料として使用される。
スキル
︻突撃:2︼︻跳躍:3︼︻ダッシュ:3︼︻聴覚強化:4︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ホーンラビットの角を思い浮かべながら召喚してみると、足元に現
れた魔方陣からは角だけが現れた。
目次を確認してみると召喚リストには変化がなかったためコストは
0らしい。
どうやら成功したようだ。
というかホーンラビットの説明に鎮痛剤として利用可能って書いて
あるけど、ギルドの買取りには工芸品用って書いてあった。
もしかすると一般的には知られていないのかもしれないな。
試しに鑑定してみる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ホーンラビットの角>
ホーンラビットの額から生えた角。わずかながら鎮静作用がある。
195
*純粋な魔力で構成されているため通常より質が良く効果も高い。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
瞬間、注釈を見てぎょっとした。
もしこれが知られたら余計な騒ぎになりかねない。
よからぬ輩の目についたら何を要求されるかわかったもんじゃない。
そんな焦りは世界知識を参照することで落ち着いた。
どうやらこの世界の人が持つ鑑定は知識量に比例するらしく、知識
にないことは表示されないようだ。
自分がいろいろ鑑定できているのはひとえに︻世界知識︼と︻鑑定︼
スキルが互いにリンクしているおかげらしい。
なので一般的には、
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ホーンラビットの角>
ホーンラビットの額から生えた角。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
と表示されるらしい。
鑑定する人によっては多少﹁品質がいいな﹂と思う程度か。
別にあせる必要はなかったようだ。
その後もいろいろ試してみた。
196
肉や皮、骨などもちゃんと召喚できるようである。
その他にもロックボアの甲殻やゴブリンの武器なども試してみたが
どれもうまくいった。
ただ、魔石だけはうまくいかなかったので何か条件があるのかもし
れない。
おかげで足元には素材や肉や武器が転がっている。
どれも自分の魔力を基に構成されているため1級品ばかりだ。
どうやら物質として定着しているらしく、魔力の供給がなくても消
えたりしないようだ。
ただし従魔のようにパスが通じていないため送還で消すことはでき
なかった。
アイテムボックスの容量はほぼ無制限なので、今のところ置き場に
困ることがないのが救いか。
これで魔物を討伐することなく討伐証明を稼ぐことができそうだ。
案外Dランクへのランクアップも早いかもしれない。
それにもし武器を失っても非常手段として使えるのもありがたい。
マジ︻召喚術︼便利過ぎです。
さっさと片付けて本日の実験は終了。
まだまだ日は高い。
なので周辺の探索をすることにする。
目標はまだ見つけていない魔物だ。
通常魔物はそれぞれの勢力圏を持つが、ごくまれにこの勢力圏を越
えてくるものがいる。
単に餌を探しているうちに他の魔物の勢力圏に入り込んでしまった
ものや、下位の魔物を餌にするためにより上位の魔物が紛れ込んだ
りというものだ。
スタンピード
一般的にそれらは﹃はぐれ﹄と呼ばれているが、極端に餌が不足し
て種族ごと移動を始めるものを﹃大侵攻﹄と呼んだりする。
197
ちなみに初日に見つけたロックボアの子供は﹃はぐれ﹄だ。
今回もそういった魔物を探そうと思う。
森は北西に向けて広大に広がっており、さらに北には山脈がある。
なのであまり森の奥まで行かない程度で探してみようと思う。
森を抜けて南西へ7日ほど向かうとまた別の町があるが、そちらは
また別の機会だ。
さっそくフォレストウルフとゴブリングールを10体づつ召還して
組ませる。
今回の目的は聴覚・嗅覚と魔力による探査だ。
それぞれ別の方向に放ってやると、次々と情報が舞い込んでくる。
ただし大抵は既存の魔物か他の冒険者の物のようだ。
従魔による探索の利点は戦闘をさほど必要としないところだ。
動物であれば従魔を恐れて近寄ってこないし、魔物であればよほど
のことがなければ同じ魔物と認識してか襲ってくることはない。
中にはゴブリンのようにやたら好戦的なものもいるが、そういった
のはごく一部のようで彼我の戦力差を悟って攻撃してくることはな
いようだ。
なのでそういったことに気を付けておけば戦闘を回避することはた
やすい。
あまり探索が芳しくないのでそろそろ引き上げようとしたとき、新
たな反応が2つ帰ってきた。
従魔の目を借りて見るとそれぞれ別の魔物が映る。
一つはフォレストウルフより倍ほども大きな灰色のオオカミ、もう
一つは何かの巣に絡め取られたゴブリンのものだ。
ゴブリンの方の反応をグールの視点に変えてみると木の陰に未見の
198
反応があり、これを察知したらしい。
とりあえずゴブリンの方はそのまま見張りを継続させてオオカミの
方へ急行︱︱しようとして閃いた。
従魔とはパスでつながっているんだから、従魔を媒介にして魔法と
か行けるんじゃないか。
ということで試したらあっさり成功しました。
現在目の前では大量のゴブリンと灰色のオオカミが戦闘中です。
召喚の光に驚いてオオカミが襲いかかってくる。
オオカミがフォレストウルフを引き裂き、光となって散った時には
すでに布陣が完了していた。
大量のゴブリンがオオカミを囲み、容易に逃げられないようにして
いる。
ゴブリンの目を通して鑑定してみると、どうやらグレイウルフとい
う魔物らしい。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<グレイウルフ>
大型のオオカミ系魔物。森の深部に生息し、単独で狩りをおこなう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
前衛のゴブリンが武器を突き出すと、グレイウルフはひらりと躱し
て他のゴブリンを引き裂く。
着地した瞬間にはすでに他のゴブリンに向けてとびかかっている。
そんな光景が何分も続いて初めはグレイウルフが圧倒していたが、
次第に形勢が逆転し始めた。
疲労から次第に動きが鈍くなり、被弾する回数も増えている。
もしグレイウルフに意思があったら思っていただろう。
﹁おかしい、全然敵の数が減らない﹂と。
199
それもそのはず。
ゴブリンが倒れた端から召喚しているので数は減っていない。
むしろ初めよりも倍ほどに増えてさえいる。
それにゴブリンたちもただやられてはいない。
グレイウルフの動きを観察することで行動パターンを学習し、次第
に被弾回数が減ってゆく。
次第に弱っていくグレイウルフにゴブリンがとどめを刺すことで決
着はついた。
倒れたグレイウルフをゴブリンを通してアイテムボックスに収納す
る。
そのあとは並み居るゴブリンたちを送還すると、そこはまるで戦闘
などなかったように静かになった。
いっぽう、ゴブリンの方にも変化があった。
ゴブリンが逃げ出そうと暴れるほどに何かの巣はゴブリンに絡まり、
次第に動きを奪ってゆく。
さらに頭上から何かの液体が吐き掛けられ、極端に動きが鈍ってゆ
く。
動かなくなったゴブリンの上から現れたのは巨大なクモだった。
胴体は50㎝ほどだが足が長く、差し渡し2m以上ありそうだ。
そんなクモが動きの鈍ったゴブリンに覆いかぶさると、くるくると
糸を吐きかけてゆく。
200
鑑定するとパラライズスパイダーというらしい。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<パラライズスパイダー>
麻痺性の毒を持つ巨大なクモの魔物。地面付近に巣を張り、木の上
などから獲物がかかるのを待つ。
巣にかかった獲物は小型の動物からゴブリンなどの魔物まで捕食対
象とする。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
今回は木の上に逃げられると厄介なので結界で囲い、火魔法で燃や
したので魔石と灰だけがその場に残った。
灰の中から魔石を拾ってアイテムボックスに収納する。
召喚した従魔をすべて送還し、本日の戦果を確認した。
グレイウルフが丸ごととパラライズスパイダーの魔石。
グレイウルフの方は傷だらけで素材としての価値はなさそうだ。
なので魔石だけ頂戴しておくことにする。
取り出したグレイウルフの魔石は透明で2㎝ほど、クモの方は紫で
1㎝ほどだ。
二つとも従魔の書に登録する。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
パラライズスパイダー
Ⅲ等級
麻痺性の毒を持つクモの魔物。地面付近に巣を張り、木の上で獲物
がかかるのを待つ。
巣にかかった獲物は何でも捕食する。
スキル
201
︻噛み付き:3︼︻毒生成︵麻痺︶:3︼︻躁糸:4︼︻振動感知:
3︼︻嗅覚強化:2︼︻夜目:4︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
グレイウルフ
Ⅱ等級
灰色の体毛を持つ大型のオオカミの魔物。なわばりをもたず常に単
独行動をする。
普段は森の深部などに生息する。
スキル
︻噛み付き:4︼︻ひっかき:2︼︻咆哮:3︼︻身体強化:2︼
︻聴覚強化:4︼︻嗅覚強化:4︼︻夜目:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
従魔を通してスキルを使えるとわかったおかげで大して遠くへ行く
必要もなく魔石を集められることが分かったのは大きな進歩だ。
これなら自分がいけないような場所の探索もずいぶんとはかどるだ
ろう。
202
初! 宿屋ですよ?
さっそく新しい従魔を召還してみる。
現れたのは巨大なクモとオオカミだ。
クモの方はでかい分不気味。
虫が嫌いな人は生理的に受け付けないんじゃないだろうか。
スキルの毒生成は牙から麻痺毒を流し込んだり直接吐き掛けること
ができるらしい。
躁糸の方は丈夫な経糸や粘着質でよく伸びる横糸、またそれらの組
み合わせなどの糸が自由に出せるらしく、器用に足を使って糸玉を
作って見せた。
オオカミの方はひたすらでかい。
何せ体長が4m近くある。
それ以外はいたって普通のオオカミだ。
あえて言うなら乗り物にできそう。
乗ってみると案外乗り心地が良かった。
ロックボアのように激しく上下しないためまるで大地の上を滑って
いるような気分になる。
装甲がない分戦闘には不向きだが、普段乗る分にはこちらの方がず
っといい。
イノシシだと振り落とされないように余分な体力を使うからね。
その点オオカミなら上下がほとんどなく、滑るように駆けるため騎
乗時の負担が少なくていい。
そろそろ日が落ち始めてきたためグレイウルフに乗って草原を駆け
203
る。
あまりの乗り心地のよさについボーっとしていたらいつも従魔を送
還しているあたりを越えてしまいそうになっていた。
あぶないあぶない。
もしこのまま気づいていなかったら大騒ぎになっていただろうな。
次からは隠蔽の結界を果ておこう。
効果は完全な隠蔽でなく、そこにあるものが﹁なんとなく気になら
なくなる﹂程度。
そうしないと結界を解除した時にいきなり現れたように見えるから
ね。
もし見つかったとしても馬か何かと錯覚するだろう。
日暮れ間近の西門は今日も多くの人であふれている。
みんな閉門前に町に入ろうと急いでいる。
いくらこのあたりの魔物が弱いとはいえ夜になれば門が閉ざされる
のはどこでも同じだ。
いや、町の近くが安全だからこそ閉門までに間に合わなかった商人
などの野営を狙う盗賊が現れる。
なので好き好んで城壁の外で野宿するような者はいない。
いるとすればそいつは相当の物好きかよほど自衛に自信があるのだ
ろう。
そんなことを考えながらカードのチェックを受けて町の中に入る。
何気に今まで実験で野宿ばかりだったので、今日こそは宿に泊まろ
うと思う。
そのために門番の人にいい宿がないか聞いたら﹃小枝の小鳥亭﹄と
いう宿を紹介された。
素泊まりであるが、安い割にセキュリティーがしっかりしていて駆
け出しにおすすめなんだそうな。
204
俺の装備を見て言っていたので駆け出しだと思ったのだろう。
失礼な話である。
まぁ実際駆け出しみたいなものだからその通りだけど。
それでも数か月は働かなくてもいいくらいのお金は持っている。
安いに越したことはないし食事も必要ないからいいんだけど。
目的の宿屋は南大通りの路地裏の一角にあった。
こぢんまりとしているが寂れているわけではなく、かといって繁盛
しているようにも見えない。
冒険者ギルドからも遠く交通の便も悪いため、駆け出しを抜けたら
すぐに他の宿に行ってしまうのが原因だろうとあたりをつける。
ドアのベルとともに中へ入ると、以外にも店内はきれいに掃除され
ていた。
ただし受付のカウンターには誰もいなかったが。
﹁すみませ∼ん﹂
受付から声をかけると、奥の方でごそごそ音がしたと思ったらオー
ガのような体格をした大男が出てくる。
思わず腰の剣に手が伸びかけたが、寸でのところでこらえることが
できた。
大男はこちらをじろりと見下ろすと、受付の裏に回る。
﹁いらっしゃい﹂
ニィッと口角を釣り上げるように笑って言うが、正直威嚇されてい
205
るようにしか見えない。
小さい子供なら迷わず泣くか漏らすだろう、そんな凄味がある。
正直場違いなことこの上ないが受付の向こうにいる以上この宿の店
員なのだろう。
﹁えっと・・・・・・。ここは、宿屋・・・・・・ですよね?﹂
思わず聞き返してしまった俺は悪くないと思う。
大男は一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに笑いながら言った。
﹁くははははっ! 俺を見ると大体の奴は同じ反応をするな。
心配しなくてもここは宿屋だ。
ようこそ、﹃小枝の小鳥亭﹄へ、俺は店主のヒガンテだ﹂
どうやら宿屋で間違いないらしい。
正直どう見ても名前詐欺だ。
こんないかついのが店主なら﹃オーガの巣穴亭﹄とでも名付けるべ
きだと思う。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、宿帳を引き出したオーガこと
ヒガンテが聞いてくる。
﹁宿泊かい?
悪いがうちは素泊まりだけだ。
そのかわり1泊130G、1週間以上泊まるなら1割引きするが、
どうする﹂
通常の宿が1泊150Gからとすればずいぶん安い方だ。
理由は食事が付いていないからか。
そんな俺の考えを読み取ったのか答えが来る。
206
﹁言っておくが俺の料理の腕に期待はするなよ。
俺は料理は苦手なんだ。
その代り宿泊中の安全は保障する。
こう見えても元Cランク冒険者だからな﹂
こう見えてっていうか、どう見てもガチ戦闘系ですやん。
若干気圧されつつも泊まることに決定する。
﹁えっと、それじゃあ1週間お願いします﹂
﹁あいよ、700Gだ﹂
アイテムボックスから700G出して渡す。
ちなみにこちらの暦で1週間は6日で1か月30日、1年は12ヶ
月の360日だ。
一日は24時間で地球とほぼ変わらない。
﹁まいど! 名前は?﹂
と聞かれたので﹁カナタです﹂と返しておく。
ヒガンテは帳簿に名前を書き込むと鍵を差し出してきた。
﹁2階の一番奥だ。鍵はなくすんじゃないぞ﹂
そう言ってカウンター脇にある階段を指さした。
お礼を言って鍵を受け取ると、そそくさと階段を上って部屋へとた
どり付く。
セキュリティーがしっかりとしているというから防犯対策をしてい
るのかと思ったが、あんな大男が待ち構えているのだ。
207
よほどのことがない限り喧嘩を売ろうとは思わないだろう。
ヒガンテ自身がセキュリティーというわけだ。
ただその見た目も相まって客自体も寄り付かなくなっているような
気がするのは否めない。
たどり着いた部屋は6畳ほどの広さで個室付き。
驚いたことに個室の方はトイレと風呂があった。
こちらの世界では風呂は貴族のものだとばかり思っていたがどうも
違うらしい。
どうやら魔石と魔道具がライフラインの代わりをしていて、一般家
庭でも普及しているんだとか。
なので魔力さえあればお風呂が沸かせるし、トイレも水洗式になっ
ている。
ルーン
一般的に使われている魔道具は前時代の遺跡から発掘したものを復
元・複製したもので、魔石に﹃理力文字﹄を刻んだ物をはめ込んで
使用している。
ルーンは発掘されたものの中から効果を確認できたものしか出回っ
ていないため、発掘数が少なく希少なものほど高価な魔道具になっ
ているようだ。
そういったものは国が管理しているため、貴族階級にしか普及して
いないらしい。
そういえばギルドや街の明かりなどに火が使われず蛍光灯のような
ものが付いていたが、あれが光の魔道具なんだとさ。
ごく一般的なルーンは模様さえ知っていれば誰にでも扱えるため、
魔石商から魔石を購入し各自で刻み込んで使う。
しかし模様に法則性がないため、﹃魔道ギルド﹄が日夜あたらしい
208
ルーンの発見に取り組んでいるようだが、成果は芳しくないらしい。
それもそのはず。
このルーンは﹃漢字﹄をデフォルメしたような文字でできている。
というかそのものずばり漢字だ。
そのためこちらの世界の人にはただの模様にしか見えないのだろう。
なぜ漢字がこの世界にあるのかはわからないが、とりあえずそうい
うものだと思っておく。
つまりだ。
漢字を知っている俺は魔道具を作り放題ということになる。
魔石は数種類であるが一般的に取引されているので自分で作ってみ
るつもりだ。
ここで魔石について記しておこう。
・魔石とは生物が魔物化するときに生成される魔力の塊で、魔物の
力の根源となっている。
・魔石にはランクがあり、大きいものほど内包する魔力が多くなる。
・内包する魔力がなくなると砕けて消える。
・等級は1級−1cm、2級−2cm、3級−4cm、4級−8c
m、5級−16cmで、現在確認されている最高級が5級品となる。
・属性によって色が異なり、火︱赤、水︱青、土︱黄、風︱緑、光
︱白、闇︱黒、無︱透明、爆︱橙、氷︱水色、木︱茶、雷︱金、聖
︱銀、毒︱紫の色をしている。
また自然界にも魔石は存在しており、魔力の濃い場所で自然と結晶
化する。しかしそういった場所は強力な魔獣の生息する地域であり、
一般に出回ることはほぼない。
そのため一般的に魔石と言うと魔獣から採集した魔石のことをさす
ようだ。
209
魔物が生成する魔石は純度が低いため、天然ものの魔石は高価な代
物になる。
超文明時代には人工魔石も作られていたという。
というのが︻世界知識︼の情報だ。
ちなみに一般販売されているのは基本属性の魔石のみとなる。
これは上位属性を持つ魔物は強力なものが多いため、討伐数が少な
いせいだ。
そして等級も2級までとなる。
これも同様に3級以上の魔石を持つ魔物はBランク以上で、流通量
が限られてくる。
なので自然と3級からは高級品となり、貴族や裕福な商人でなけれ
ば取引できない値段で売られているのだ。
なので上位属性の魔石が欲しければ自分で取りに行くしかない。
普通なら。
俺の場合は普通じゃないので案外できたりする。
まず魔力を通さない結界を張り、内部を魔力で満たす。
後は結界を縮小して高圧縮するとはいこの通り。
結晶化した魔力の塊、魔石の完成だ。
超文明時代には大掛かりな機材が必要だったのがチートのおかげで
解決してしまえる。
しかも純粋に魔力だけで作ったので不純物が混ざらず、モンスター
からとれる魔石よりも内包する魔力がずっと高いというおまけつき
だ。
2級品の大きさなのに4級品相当の魔力を保有しているのが分かる。
いわゆる人口魔石というやつだ。
210
今作ったのは無属性だが、属性を込めれば属性魔石もできる。
これに楷書体で﹃発光﹄と刻み込んで魔力を通すと、
ピカ︱︱︱
明かりの魔道具の完成だ。
ルーンが正確なことと人口魔石なことも相まって普通の魔道具より
強力な光を発している。
魔力の光なので手に持っていても熱くはないが、正直まぶしい。
なのでアイテムボックスにしまっておく。
暇なときにサーチライトにでも改造しようと思う。
ちなみに魔石とルーンには相性があり、相性が悪いと暴走する。
どの属性で無使える﹃発光﹄であれば属性の色に光り、﹃矢﹄なら
属性の攻撃呪文になる。
しかし、火属性魔石に﹃流水﹄など属性と反するルーンを刻むと暴
走し、最悪爆発することがあるようだ。
そのため属性共通のルーン以外は使用が厳重に取り締まられている。
逆に言えば暴走させなければセーフ。
ぎりぎりグレーゾーンともいえるかな。
もともと暴走させるつもりはないので魔道具作りに支障はない。
ただし流通させるには商業ギルドと魔道ギルドの許可が必要だ。
どちらも多額の申請費用がいるため、資金に余裕ができたら申請し
ようかと思う。
別に申請しなくても売買はできるけど、わざわざギルドと敵対して
まで得られるメリットは少ない。
むしろ今後のことを考えるとデメリットの方が多いくらいだろう。
なのでギルドとは穏便な関係を築いておきたい。
211
ベッドに腰掛けながらあれこれしていたがそろそろ寝ようかと思う。
この世界の一般的なベッドは箱に藁を敷き詰めてシーツをかけただ
けのものなので寝心地はお世辞にもいいとは言えない。
貴族なんかは綿のベッドで寝ているようだが、洗濯や手入れの手間
から簡素なものが多いようだ。
それでも地べたで寝るよりはずっとましなので文句は言わない。
魔物の跋扈するこの世界では、安全な場所で寝られることも贅沢の
うちなのだ。
そんなことをつらつらと考えているうちに瞼が重くなってゆく。
翌朝。
今日はホーンラビットの素材を売るために冒険者ギルドに来ている。
買取カウンターでいつものように素材を出すと、受付のお姉さんの
顔が心なしかひきつったような気がした。
お姉さんは何事もなかったかのように姿勢を正す。
﹁申し訳ありませんがこの素材はこちらのカウンターで受け付ける
ことはできません﹂
なんと買取拒否されてしまった。
どういうことだ、依頼にはちゃんとホーンラビットの素材があった
はず。
品質に問題はないはずだ。
むしろ召喚術で出した品のため他の物よりずっと質がいいくらいだ。
もしかしてずるしているのを見抜かれたか?
212
そんなこちらの混乱を見越したかのようにお姉さんが言う。
﹁ギルドの裏手に回ったところに倉庫と一体化した﹃討伐専用カウ
ンター﹄があります。
討伐したモンスターの素材はそちらに持ち込んでもらえれば買取さ
せていただきます﹂
ということだった。
まさか召喚術がばれたんじゃないかとびっくりしたよ。
確かにこんなところで大物を出されても運ぶのに困るな。
それに血の匂いもするだろうし。
妙に納得して裏手に回ると、確かに﹃討伐専用カウンター﹄と書か
れた受付があった。
ただしこちらにいたのはきれいなお姉さんではなくごっついおっさ
んだったが。
そんなこちらの表情を読み取ったのかおっさんが声をかけてきた。
﹁そんな顔をするんじゃねぇよ。
たしかにこっちゃ華のない作業場ではあるがな﹂
そう言って鼻息荒く腕を組む。
背後の作業場では黙々と獲物の解体をする作業員たちがみえる。
どれもおっさんばかりだ。
﹁獲物の解体ってのは力がいるからな。
軟な奴には勤まらんさ。
んで、本日はどのような用件で?
213
買取か? 解体か?﹂
どうやらここでは買取以外に解体もしてもらえるらしい。
確かに素人がやるより確実だし、実際解体が苦手で丸ごと獲物を持
ち込む冒険者も多いのだろう。
とりあえず本日の目的を果たすことにする。
﹁買取で﹂
そう言って3体分のホーンラビットの素材を取り出す。
こちらがホーンラビットとはいえ3体分の素材を出したことに驚い
た様子はない。
魔力の多い魔術師なら馬車一台分程度なら余裕で収納できるからだ。
多少容量に差があっても個人差で済ませられる。
むしろ目が行っているのは素材の方だろう。
﹁これは・・・・・・、お前が狩って解体したのか?﹂
召喚術で出したものであるが自分がやったものではあるのであいま
いに返事をしておく。
﹁なかなか質がいいな、それに罠で仕留めたか何か知らんが傷一つ
ない。
剥ぎ取りも丁寧にされていて申し分ないな。
むしろこんなに丁寧に解体されたのは初めて見た﹂
そう言って腕を組みながら唸る。
ふと、何か思いついたようにぽんと手のひらに拳をぶつけた。
214
﹁お前さん、うちで解体作業をする気はないか?
今ならいい値で雇う用上に掛け合ってやる﹂
そう聞いてくるので慌てて辞退した。
脳裏に映るのは無残に解体されたホーンラビットのなれの果てだ。
魔石をとるついでに試しに解体してみたところ、力加減がうまくい
かずに皮はボロボロ、骨は肉がたくさんこびりついた結果が思い浮
かぶ。
とてもではないが解体屋として生計を立てることはできないだろう。
おかげで︻解体:1︼というスキルが手に入ったが焼け石に水だ。
なので相手からの追及を﹁自分は冒険者でやってくつもりだから﹂
と必死に断る。
というわけでいつの間にか﹁気が向いたら手伝う﹂という約束をさ
せられてしまっていた。
近いうちに従魔に解体を覚えさせておこう。
鑑定を終えたおっさんからカードが返される。
﹁ほら、690Gだ。
肉の方は質が良かったから3体目からの値引きはなしにしておいた﹂
そういって渡されたお金を受け取る。
これで依頼達成は9回だ。
あと何回でランクアップか知らないが順調だと思う。
215
魔道具を作ってみよう
あれから1週間。
ホーンラビットの素材を中心に毎日依頼をこなした。
おかげで顔も覚えられている。
普通の冒険者が2日に1度は休息をとるのに毎日依頼をこなしてい
るせいで覚えられたようだ。
それに一度に大量の依頼をこなし今まで一度も失敗していないおか
げか、今セリューで最新気鋭の駆け出し冒険者として知られている。
幸か不幸か顔を売ることに一役買っていたようだ。
解体場のおっさんもことあるごとに手伝うよう言ってくるのでゴブ
リンに解体を覚えさせてみた。
情報源は世界知識だ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンリッパー
Ⅱ等級
獲物を解体することに喜びを見出したゴブリン。隠密に長けており、
素早く獲物をしとめた後バラバラに解体する。
スキル
︻短剣:3︼︻投擲:2︼︻罠:3︼︻隠密:3︼︻暗殺:2︼︻
解体:2︼︻身体強化:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
216
いざとなったらこいつを人︵?︶身御供に差し出すつもりだ。
召喚術がばれるとか言ってられない。
というかばれたとしても今の俺の能力なら撃退くらい簡単だ。
面倒なのは光神教の信者くらいか。
きっと面倒なことになるだろう。
敵対するなら潰す。
そうでないならそれなりの対応をするつもりだ。
光神教は光神ラトミスを主神に据えた宗教で、もともとは光の英雄
ラトミスを崇拝する団体であったのだが、長い歴史で何度も教義が
変わっている。
その歴史はまだ人々の生活が安定していないころまでさかのぼり、
口伝とともに受け継がれてきた。
もとは魔物の勢力が支配していた土地をラトミスとその仲間が切り
開いて村を作り、いつしか国ができたというものであった。
しかしいつしかそれは﹁光神ラトミスが大地に降り立ち、魔物を殲
滅して人々に安全な土地を与えた﹂というものと挿げ替えられ、も
ともとあった国は聖教国ラトネイアを名乗るようになった。
教国はラトミスが倒そうとした魔物をこの世から殲滅することが光
神ラトミスに対する信仰の証とし、信者に強要しているので強大な
武力を誇っている。
また、魔物の力の根源である魔石を邪悪なものとし、それから作ら
れる魔道具を悪魔の発明品として使用を制限しているため周辺国家
との軋轢が絶えないが、有り余る武力で脅しをかけているようだ。
そのくせ聖属性の魔石を利用した魔道具を聖遺物とあがめており、
聖属性魔石の買い占めや聖属性を持つ人物を集めていたりする。
時には誘拐まがいのこともしているようだ。
217
集められた人々は﹃ヒーラーギルド﹄に所属させられ、光神教の洗
脳を受ける。
そのせいもあってこの世界では技術があまり発展していない。
﹃教会﹄が有用と認めた魔道具を独占、もしくは闇に葬っているの
が原因だ。
魔道ギルドもお布施の名目で賄賂をおくり細々と研究を続けている
が、人々の還元される分はごくわずかしかない。
なので技術の発展を目指す俺には教国は目の上のたんこぶのような
存在だ。
教国のやり方が気に入らない以上友好的な関係はありえない。
あるとすれば互いに不干渉か対立の2極端になる。
俺としては後顧の憂いをなくすために徹底的に潰しておきたいが。
そんなことを考えつつ今日も冒険者ギルドに出勤。
いつものように買取してもらって帰ろうとすると呼び止められた。
少々げんなりした顔で振り返ると今日はいつもと様子が違うようだ。
﹁そういやそうな顔で振り返るんじゃねぇよ、今日は別件だ。
依頼達成が連続で60回を超えたからランクアップ試験が受けられ
るがどうする?﹂
そう聞かれたのでもちろん受けると答えた。
﹁それなら表の買取りカウンターで申請すれば試験が受けられる﹂
ということなのでさっそく申請してみるが、
218
﹁申し訳ありません、現在試験官をできる冒険者が不在なため、D
ランクへのランクアップ試験は3日後となりますがよろしいですか
?﹂
と受け付けのお姉さんに言われてしまった。
そういうことなので仕方ないが2日間暇になってしまったな。
そういうわけでやってきましたいつもの森。
もう人に知られたくない実験のための定番と化してるな。
本日の目的は新しい装備の製作だ。
それもただの装備ではなく魔道具。
ゴブリンブラックスミスを20体呼び出して製作開始。
まず始めに用意したのは鋼の塊500㎏。
これを魔法で大剣の形に形成していく。
切れ味よりも丈夫さを求めているので刃は分厚目だ。
本来ならオーガやトロールくらいしか扱えない超重量の品だが、こ
れを魔道具にすることで人間でも取り扱えるようにする。
必要なのは土の魔石が二つと無の魔石が一つ。
一つ目の土魔石には﹃武器﹄﹃付与﹄﹃重力無効﹄、二つ目には﹃
武器﹄﹃付与﹄﹃重力十倍﹄と書き込んだ。
ルーンは書き込む文字数が多いほど正確に効果を現すので、なるべ
く多くの文字を書き込むほど強力な魔道具となる。
ただし書き込める条件は全部まとめて一つの効果となるので、相反
する条件を同時に書き込むことはできない。
219
今回は小さく正確に書き込むため、光魔法のレーザーで焼き込んで
みた。
無の魔石には﹃常時﹄﹃武器﹄﹃付与﹄﹃超硬化﹄と書き込み、す
べての魔石を柄に埋め込めば完成。
魔道具の効果から常時魔力を消費するので柄頭に無属性の魔石をつ
けて供給源にする。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<地裂の棍棒>
柄に組み込まれた魔石に魔力を流すことで自在に重量を変える大剣。
使い方次第では100tをゆうに超える。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
できたのがこれだ。
名前は切るより押しつぶす方が多いと思うので棍棒と名付けてみた。
無重力の魔石に魔力を流すと、まるで羽毛のように扱える。
これを片手で扱うさまを見ればさぞや迫力があることだろう。
試しにゴブリンに振らせてみる。
身長1m程度のゴブリンが2mを超す大剣を扱う様子はコミカルを
通り越してシュールだと思う。
気を取り直して次の作品だ。
取り出したのは以前作った鋼のロングソード。
これを魔改造しようと思う。
220
使うのは水の魔石。
これに﹃刃﹄﹃付与﹄﹃水刃﹄﹃高速旋回﹄と書き込んで柄に埋め
込む。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<グラインダーソード>
魔力を通すと水の刃が高速回転する剣。
大抵のものは切れる。
魔力を通さなければただの剣。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
できたのはウォーターカッターのまねをした長剣だ。
魔力を流すとチェーンソーのように水の刃が高速回転して触れたも
のを切り裂く。
これで召喚したマイナーエントの木材を削っていく。
ゴブリンには材料を渡して部品を作らせる。
そしてそれらを組み込み、パラライズスパイダーの糸を張ればば完
成。
︱︱と、言うわけではない。
今回作るのは魔道具だ。
ただの武器なはずがない。
無属性魔石を作って﹃矢﹄﹃高速回転﹄﹃射撃﹄と書き、組み込む。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
221
<蒼天のクロスボウ>
魔力で構成された矢を放つクロスボウ。
属性魔石を別途組み込むことで属性矢を放つ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
できたのは所々が金属で補強されたクロスボウ。
魔物素材を使っているためただでさえ強力な武器が魔道具となった
のだ。
その威力は推して知るべし、である。
加工に使った剣と合わせてゴブリンに練習させる。
剣はあっさりと木を両断し、矢は1本目の木を貫通して砕け散った。
半ば予想どうりとはいえここまでうまくいくと気分も良くなる。
良くなった気分で今度は防具を作ろうと思う。
作るのはフルプレートアーマーだ。
鋼の塊をゴブリンたちと一緒に叩いて板金していく。
徐々に出来上がっていく騎士鎧に気分はもううなぎ上りだ。
そして出来上がったのはスリムだがどことなく無骨なフルプレート
アーマー。
本来革で補強するところも金属製にしたため重量は100㎏位ある
だろう。
これに魔石を仕込んで魔道鎧にする。
つける魔石は火が二つに風一つ、土一つに無が二つだ。
222
火属性魔石には二つとも﹃常時﹄﹃付与﹄﹃身体強化﹄。
風属性魔石は﹃常時﹄﹃付与﹄﹃適温維持﹄。
土は﹃常時﹄﹃付与﹄﹃重力半減﹄。
無は一つ目に﹃常時﹄﹃付与﹄﹃鎧﹄﹃超硬化﹄、二つ目に﹃常時﹄
﹃付与﹄﹃衝撃吸収﹄と書き込む。
後は上から順に肩、胸、腰、膝の部分に魔石を埋め込んで完成だ。
鈍色の表面に魔石の色が映えて見た目も美しい。
殺人的な重量も着用時は土魔石の重力半減が間自分自身にもかかる
ので、差し引きで若干体重が増えた程度の重さしかない。
適温維持の効果で着ている間快適な温度が保たれるのも大きい。
気分がいいので同じデザインでゴブリン用の鎧も作ってしまった。
さっそくおそろいで鎧を着てみる。
若干魔力を吸い取られているような感覚があるが、微々たるものな
ので問題はなさそうだ。
軽く体を動かすと、火属性魔石の効果で身体能力が飛躍的に上がっ
ているのが分かる。
衝撃吸収があるので不意の一撃を受けてもそうそうダメージになら
ないだろう。
注意すべきは鎧を着ている状態に慣れて、着ていない時の注意が疎
かになることだ。
いくら超回復があるとはいえ怪我をすれば痛いものは痛いのである。
ゴブリンから武器を受け取って装備すると、さながら歴戦の冒険者
という風体になった。
今朝まで駆け出し風の見た目だったのがいきなり変わったので訝し
223
まれるかと思ったが、買ったか盗賊退治の戦利品とでも思ってもら
えるだろうか。
どのみち顔はヘルムで隠れているため、名乗らない限り気づかれる
こともないだろう。
作業に熱中していたためあたりはすっかり日が落ちてしまっている。
これではもう閉門に間に合わないだろう。
新しい鎧の性能チェックもかねて野宿だな。
広い場所を探して隠蔽結界を張り、光の魔法で結界内を照らして視
界を確保。
相対するのはおそろいの鎧を着たゴブリンだ。
互いに普通の剣を装備して構えをとる。
鎧の性能テストのために互いに打ち合ってみるつもりだ。
すでに剣の勝負では勝てないため、どちらかといえば耐久力を調べ
ることになる。
本来の性能を試すために互いの武器には刃挽きはしていない。
本物の真剣だ。
地面を蹴って駆けだす。
本来なら数歩が必要な距離が、鎧の効果で増幅された筋力により、
わずか一歩で詰められる。
魔力での身体強化は一切使っていない。
爆発したようにえぐれる地面を残し、さらに一歩。
すでに眼前に迫った相手に対して横薙ぎの一閃をふるう。
しかしこちらと同様増幅された瞬発力で一瞬にして間合いの外に逃
げられ、返す刀でカウンターを叩きこまれる。
回避は間に合わず、左腕でこれを受け流した。
224
激しい火花を散らしながら逸れていく剣先に冷汗が流れる。
剣を受けた左腕に衝撃はなく、代わりに金属をこすり合わせる嫌な
音が響いた。
眉間にしわを寄せながら離脱し、さらに距離をとる。
ちらりと確認した左腕の手甲には傷一つついていない。
性能は上々のようだ。
怪我の心配がなくなったようなので思い切って攻撃を仕掛ける。
手数はこちら、技術は向こう。
明らかに手加減されているのが分かる。
ならば、とさらに魔力による身体強化を重ね掛けして突撃を仕掛け
るが、この目論見は失敗してしまった。
限界を超えて強化された身体能力に思考が反応しきれず、結界に激
突してこれを砕いてしまう。
さらに進路上の木を何本もへし折りながらようやく停止することが
できた。
鎧のおかげで怪我も衝撃もなかったが、このせいで勝負はお流れと
なってしまった。
まぁ結果としては性能や今後の課題が明らかになったので良しとし
よう。
あれだけ動き回ったのに汗ひとつかいていないのは鎧の内部が快適
な温度に保たれているおかげだ。
魔道鎧でなければ数分動いただけで汗だくになっていたにちがいな
い。
残るは最後の性能テストだ。
225
鎧を着たまま休息をとることにする。
護衛として最低限のゴブリンを残して送還した。
横になってみるが大して負担は感じられない。
凹凸が少なく、体にフィットするデザインにしたおかげだろう。
ヘルムがしっかり固定され、簡単に外れないことを確認して眠りに
ついた。
226
人工魔物生成実験
翌朝。
起きてみるとそこには惨状が広がっていた。
大量のオオカミやゴブリンの死体が広場の一角に積み上げられ、あ
たり一面は血の海だ。
夜中にうるさいと思いながら気にせずにいたらこのありさまだよ!
こんな状態でよく眠れたと自分でも思う。
比較的戦闘音が小さかったと思うのは召喚術で進化したスーパーゴ
ブリンたちのおかげだろう。
死体のそばには剥ぎ取りが完了した毛皮や魔石が積み上げられてい
る。
解体を覚えさせたおかげで勝手にやっておいてくれたようだ。
どれもきれいに剥ぎ取られている。
それらをアイテムボックスに詰め込みながら土魔法で死体を埋めて
いく。
ただ埋めるだけだと掘り返されるかアンデッドになって這い出して
来るので、バラバラに砕きつつ念入りに土と混ぜ合わせる。
かなり強引だがそのうち良い肥料になってくれることだろう。
さて、寝起きのインパクトが強すぎてすっかり遅くなってしまった
が実験結果の確認だ。
首や手足を回して念入りに調子を確かめる。
227
何処も痛くなったり動きが悪くなっていることはないようだ。
風邪をひいている様子もない。
着心地も合格だ。
これなら実戦で耐えうる。
今後はこの鎧を標準装備にしようと思う。
今日の予定は実験。
それから従魔には引き続き探索をさせようと思う。
召喚したのはゴブリングールとフォレストウルフ。
それぞれ10体づつを組ませて主に森の深部を探索させる。
結果を待つ間は実験だ。
以前、人為的にアンデッドを作る実験をしたが、今回は魔物を作る
実験をしたいと思う。
対象はそこら辺にいる生物や魔物だ。
森から草原に出てホーンラビットを探しつつ、何か実験できそうな
ものがないか周囲を見渡す。
初めに見つけたのは小さなアリの巣だ。
さっそく魔力を遮断する結界を張って内部を高密度の魔力で満たす。
同時に何があってもいように防御結界も張っておく。
ゴブリングールを召還して内部に変化がないか監視させるが、10
分ほどで何の反応もなくなってしまった。
その後もアリの巣を見つけたら属性を変えて実験してみるが、どう
も結果は芳しくない。
そうこうしているうちに初めの目当てだったホーンラビットを見つ
けた。
228
こちらを見つけると突っ込んできたので、これを結界で閉じ込めて
同じように実験する。
初めは暴れていたホーンラビットも、結界内の魔力が高まると徐々
におとなしくなった。
グールの目を通してみると体の中心、魔石のあたりに魔力が集中し
ていっているのが分かる。
そのまま結界内の魔力をすべて吸い尽くすように魔石へと魔力が収
束する。
変化は突然だった。
いきなりびくりと跳ねたかと思うと、体のあちこちが裂けて血や骨
が飛び出す。
しかし数瞬後には何事もなかったように元の毛皮に戻った。
バキバキと音を立てながら少しづつ体が膨張していく。
同時にグールの目から見た魔力も膨張と収縮を激しく繰り返してい
る。
その間ホーンラビットは白目をむいてびくびくと痙攣していた。
変化が唐突なら終わりもまた唐突だ。
爆発的な膨張を見せた魔力が一気に収縮して安定すると、そこには
ホーンラビットによく似た、しかし決定的に違うウサギ型の魔物が
いた。
体長は3倍ほどに膨れ上がり1.5m位ある。
額の角はより長くなり、剣のように薄く鋭くなった。
口からは鋭く長い犬歯が飛び出しており、手足の爪は鉤爪のように
鋭くなっている。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
229
<ヴォーパルバニー>
ソードラビットの変異種。別名﹃首狩りウサギ﹄。
肉食性で気性が荒くとても危険。
素早い動きからの一撃は相手の急所を確実に狙ってくる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
どうやら一段飛ばしで進化してしまったようだ。
説明によれば一段階前にソードラビットというホーンラビットの上
位種がいるらしい。
元ホーンラビットのヴォーパルバニーは激しく暴れながら結界に攻
撃を仕掛けている。
結界をとくとさっそくとばかりに襲いかかってきたのでさっくりと
迎撃した。
その際相手の攻撃が思ったより早くて一撃もらってしまったようだ。
倒す直前に金属を引っかくような音がしたので間違いないと思う。
鎧を新しくしておいて正解だった。
以前のままだったら致命傷とはいかずともかなり深い傷を負ってい
ただろう。
さすがギルドでCランクに指定された魔物だ。
素早い一撃は熟練の冒険者でさえ躱しきることができない。
普通の冒険者なら見た瞬間に逃げるほどだという。
ゴブリンを召還して解体を任せた。
その間に考察する。
先ほどの実験で魔石を中心に変化が起こっていたことから、魔物の
発生と進化に魔石がかかわっているのはほぼ間違いないだろう。
230
それともう一つ、この世界には魔力酔いという現象がある。
これは周囲の魔力が高密度下にある時、体内に余剰魔力が溜まって
起きる現象だ。
この現象は総魔力量の少ないものほど起きやすい。
そしてこの状態が長く続くと肉体が耐え切れずに死亡するケースが
多く報告されている。
中には魔物へ変貌する者さえいるという。
魔物に体内には必ず魔石があるために、魔物化の際に魔石が生成さ
れているのはもはや確実だろう。
ではなぜ魔物は魔石を生成するのか。
これは一種の防衛反応だと思う。
体内に過剰に蓄積した魔力濃度を下げるため、一時的に魔力を一か
所に集める。
その際に起きる反応こそが魔物化だと思われる。
魔力が結晶化する際に肉体が引っ張られて変貌するのだ。
ならば元から魔石が体内にある場合は?
それが今回のホーンラビットの実験結果につながるだろう。
魔石には魔力をため込む性質があり、ため込むことでより高品質な
ものへと成長する。
そしてその成長の過程で起こるのが魔物の﹃進化﹄なのだと思う。
つまり人工的に魔物を発生させたい場合、対象の体内に魔石がある
方が成功の確率が高くなると結論付けられる。
というわけで今度の実験は細かく砕いた魔石を使って行う。
アリの巣穴の中に魔石の粉を流し込んでしばらく待つ。
231
そのうえで結界を張り高密度の魔力にさらすと︱︱。
予想どうり、魔物化したアリの群れが地面から這い出してきた。
一匹一匹の大きさはどれも30㎝を越えている。
ルーク
ナイト
クイーン
そのアリの群れが2000匹ほど、結界の中ですし詰めになってい
る。
ポーン
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ヴァリアント>
狂暴化したアリの魔物。﹁兵隊﹂﹁護衛﹂﹁近衛﹂﹁女王﹂からな
る。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ロックアント>
ポーン
ルーク
ナイト
クイーン
鉱物を取り込んでより頑強な外殻を持ったアリの魔物。
﹁兵隊﹂﹁護衛﹂﹁近衛﹂﹁女王﹂からなる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
こいつらは魔物とはいえ所詮虫なので氷魔法で凍らせたら一気に殲
滅できた。
凍らせたせいでバラバラになってしまったが魔石は無事なようだ。
その後も虫を捕まえては魔物化しては討伐を繰り返した。
232
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<センチネルビー>
Ⅲ等級
魔物化した体長80㎝ほどの蜂。強力な麻痺毒を持つ。
巣に近づくものに対して苛烈な攻撃を行う。
スキル
︻噛み付き:3︼︻特攻:3︼︻毒生成︵麻痺︶:3︼︻飛翔:4︼
︻方向感覚:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<フォートレスビー>
Ⅲ等級
頑強な甲殻を持つ蜂。盾のように発達した前肢を持つ。
体長は1mほどで強力な毒がある。
スキル
︻噛み付き:3︼︻堅守:3︼︻毒生成:3︼︻飛翔:4︼︻方向
感覚:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<アイアンキャタピル>
Ⅲ等級
233
鉱物を取り込んで鉄のように強靭な甲殻を持つ体長2mの芋虫。
強靭な顎で森の木を食い尽くす害獣。
粘着質な糸を吐く。
スキル
︻噛み付き:2︼︻堅守:4︼︻躁糸:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ディアクロウラー>
Ⅲ等級
鹿の角のような触角をもつ1mほどの芋虫。怒ると帯電し、角から
放出する。
﹃ストームパルサー﹄の幼虫。
スキル
︻噛み付き:2︼︻雷属性:2︼︻躁糸:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<メイズパピヨン>
Ⅲ等級
深い森の中などに生息する蝶。幻覚作用のある鱗粉をまき散らす。
鱗粉を吸い込むと方向感覚を乱され、永遠に森の中をさまようこと
になる。
スキル
︻飛翔:3︼︻毒生成︵幻惑︶:4︼︻夜目:2︼
234
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<サンクトゥスモルフォ>
Ⅲ等級
聖域に生息するとされる蝶。鱗粉に癒しの効果があるため、薬の材
料として乱獲された。
教国では魔物でありながら聖獣として扱われている。
スキル
︻飛翔:3︼︻聖属性:2︼︻薬生成:3︼︻夜目:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ラヴァ・モス>
Ⅲ等級
炎のように燃える翅をもつ蛾。火の粉のような鱗粉をまき散らしな
がら飛ぶ。
鱗粉には毒があり、触れると焼けただれたように炎症をおこす。
スキル
︻飛翔:3︼︻火属性:2︼︻毒生成:3︼︻発光:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
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<フロストヘイムバタフライ>
Ⅲ等級
235
ガラスのような氷の羽を持つ蝶。粉雪のようにまき散らす鱗粉には
眠りの効果がある。
荒涼とした大地に生息し、旅人を永遠の眠りへ誘う。
スキル
︻飛翔:3︼︻氷属性:2︼︻毒生成︵睡眠︶:3︼︻発光:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<サンドワーム>
Ⅰ等級
巨大化したミミズの魔物。大きなものは数十メートルにもなる。
呑み込めるものなら何でも捕食する。
個体差が大きい。
スキル
︻潜行:4︼︻強襲:3︼︻身体強化:3︼︻振動感知:4︼︻魔
力感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<アシッドデスワーム>
5mほどのミミズの魔物。森の中に生息し、主に動物や魔物の
Ⅲ等級
2
死体を捕食する。
強力な酸で大抵のものは溶かしてしまう。
スキル
236
︻潜行:3︼︻毒生成︵酸︶:4︼︻身体強化:2︼︻振動感知:
4︼︻嗅覚感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
半数以上は高濃度の魔力に耐えきれずに死んでしまうため、成功率
は4割ほどと少ない。
それに法則性もよくわからない。
同じ種類の虫で実験しても毎回同じ魔物が生まれるとは限らないの
だ。
魔力に属性を持たせることである程度進化の方向性を制御できるが、
確実ではない。
火属性の魔力から火の特性を持つ魔物に進化したと思えば真逆の氷
の特性に進化することもあった。
そのことから進化先には個体差が大きく表れるとみていいようだ。
そろそろ日が傾いてきたので探索組の方に意識を向けると、どうや
ら新しい反応を見つけて向かっているようだ。
もう少しかかりそうだったので先ほどの実験成果を登録しておこう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ヴォーパルバニー
Ⅱ等級
鋭い角に爪と牙をもったウサギの魔物。﹃首狩りウサギ﹄の名で知
られる。
同じ魔物のソードラビットと似ているため犠牲者が後を絶たない。
237
スキル
︻ひっかき:4︼︻噛み付き:3︼︻突撃:4︼︻跳躍:3︼︻隠
密:2︼︻身体強化:2︼︻聴覚感知:4︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ヴァリアント
Ⅲ等級
ルーク
ナイト
クイーン
狂暴で何でも餌にするため、巨大な魔物にも集団で襲いかかる習性
ポーン
をもつ。
﹁兵隊﹂﹁護衛﹂﹁近衛﹂﹁女王﹂からなる。
スキル
[ポーン]︻噛み付き:3︼︻運搬:4︼︻特攻:2︼︻身体強化:
1︼︻嗅覚感知:2︼
[ルーク]︻噛み付き:3︼︻防衛:2︼︻堅守:2︼︻身体強化:
2︼︻嗅覚感知:2︼
[ナイト]︻噛み付き:3︼︻毒攻撃︵酸︶:2︼︻飛翔:4︼︻
集団指揮:2︼︻身体強化:3︼︻嗅覚感知:2︼
[クイーン]︻噛み付き:3︼︻コロニー生成:4︼︻飛翔:3︼
︻集団指揮:3︼︻身体強化:3︼︻嗅覚感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ロックアント
Ⅲ等級
鉱物を取り込んだことでより頑強な甲殻を持つようになったアリの
238
ポーン
魔物。
ルーク
ナイト
クイーン
﹁兵隊﹂﹁護衛﹂﹁近衛﹂﹁女王﹂からなる。
スキル
[ポーン]︻噛み付き:3︼︻掘削:3︼︻運搬:4︼︻堅守:2︼
︻身体強化:1︼︻嗅覚感知:2︼
[ルーク]︻噛み付き:3︼︻防衛:2︼︻堅守:3︼︻身体強化:
2︼︻嗅覚感知:2︼
[ナイト]︻噛み付き:3︼︻毒攻撃︵酸︶:2︼︻堅守:3︼︻
飛翔:4︼︻集団指揮:2︼︻身体強化:3︼︻嗅覚感知:2︼
[クイーン]︻噛み付き:3︼︻コロニー生成:4︼︻堅守:3︼
︻飛翔:3︼︻集団指揮:3︼︻身体強化:3︼︻嗅覚感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
クイーンの︻コロニー生成︼はポーン・ルーク・ナイトを独自に召
喚するスキルのようだ。
こちらから直接の指示ができない代わりに召喚枠を消費しないらし
い。
おまけにクイーンがいなくなると強制送還されるため野生化の心配
はないという安心設計。
ついでに人工魔石の登録もできないかと試してみたが、こちらは俺
の魔力が元だったので登録できなかった。
他の人の魔力だとどうなるかわからないが、そのうち試してみよう
と思う。
登録を終えると同時に従魔からの連絡がきたのでそちらに意識を戻
すと、目に飛び込んできたのは二足歩行する豚の集団だった。
239
正確にはオークという魔物で、10体ほどが群れている。
ゴブリンと同様繁殖力が強く、他種族のメスを繁殖に使うため嫌わ
れる魔物だ。
単体の戦力は一般的な冒険者と同程度で様々な武器を操るため、1
対1でオークを倒すことが一人前の冒険者の証として扱われている。
ゴブリンと違ってその肉が食用にされたり革は様々なものに加工さ
れるため、一人前以上の冒険者の稼ぎとしてよく狩られているよう
だ。
ちなみに肉は淡白で豚肉のような味らしい。
知能はゴブリン同様低いため、戦術さえ確かなら一人で複数を圧倒
することもできるので、比較的くみしやすい相手と言えるだろう。
まだこちらに気付いていないため、さっそく新しい従魔の性能テス
トのために犠牲になってもらうとしよう。
センチネルビーを30体とヴァリアント・ポーンを100体召喚し
て突撃させる。
突然の襲撃に蜂の巣をつついたような騒ぎになり、がむしゃらに武
器を振り回したり逃げようとするものがいたので逃げるものから優
先的に攻撃させた。
分厚い皮と脂肪で毒針の通りが悪いようだが、それでも複数回刺さ
れたものは麻痺して倒れてゆく。
倒れたオークはヴァリアントに集られ、少しづつ解体されていく。
一方武器を振り回している方のオークはといえば、やたらめったら
武器を振り回すせいで味方にも被害を出していた。
おまけに足元のアリを振り払おうとすれば上から蜂が、蜂を振り払
おうとすれば足元からアリがというように攻撃を仕掛けるため、動
きが鈍ったものから仕留められていく。
240
数の暴力によってオークたちはあっという間に骨を残して解体され
た。
今回必要だったのは魔石なので肉や皮はアリたちの餌にしました。
今手元には4㎝ほどの透明な魔石が乗っている。
オークの魔石だ。
さっそく登録する。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
オーク
Ⅱ等級
太った人型の躰に豚の頭を持つ魔物。知能は低いが力があるため、
これを倒すことが一人前の冒険者の証とされる。
肉は淡白でおいしい。
スキル
︻体当り:2︼︻殴り:2︼︻剣術:2︼︻棍術:2︼︻身体強化:
3︼︻嗅覚感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
スキルはゴブリンとほとんど変わらないが、タフなので今の俺には
前衛としてちょうどいい。
ゴブリンが思ったより強くなっているため使わないかもしれないが、
一応保険のつもりだ。
従魔たちはすべて送還し、グレイウルフを呼び出す。
そろそろ閉門の時間が近いのでこれ以上遅くなるとまた野宿するこ
とになる。
241
あぁ∼、星がきれいだな∼。
そんなことを思いながら横になって星空を見上げる。
前の世界では空気が汚かったり街の明かりで星がほとんど見えなか
ったため、こちらの世界に来てからというものどれほどあの世界で
は環境汚染が進んでいたのか思い知ったカナタです。
ふと気になって星座を探してみるが、こちらの空は星の配置が違う
のか一つも見つけられなかった。
そういえばこちらにも星座があるのかな∼。
そうしみじみと星を見つめる。
寝転がっているのは宿屋のベッドではなく見渡す限りの草原だ。
まぁ、背後には町の防壁があるけど・・・・・・。
こうなったのにも原因はある。
横を見れば即席のかまどに鍋をかけて夕食の支度をしている人たち
がいた。
途中で盗賊の襲撃を受けていた武器商人とその護衛たちだ。
242
またこいつらか!
ことの起こりはグレイウルフに乗って帰路を急いでいる時のこと。
今回は鎧の性能チェックのためにいつもより森の奥で実験をしてい
た。
そりゃ森の中でゴブリンに囲まれて横たわってたら襲われているか
死んでいると勘違いするよね。
というわけで獣除けの火も焚かず無防備に寝ているせいで他の冒険
者に見つかり、面倒になることを避けたためだ。
帰るための目印として森を抜ける街道に近いところにいたとはいえ、
ここまで入ってくるものはそういないだろう。
帰り道も人目につかないように街道に沿った森の中を進んでいた。
森の先、街道から戦闘音が聞こえてきたのはその時だ。
まず始めに気付いたのは従魔のオオカミだった。
そこから従魔の耳を通してここからそう離れていないところで何者
かが争っていることが分かった。
人数は多数。
掛け声によると片方が一方的に押していることが分かった。
バーゲルの時もこの森のあたりから襲撃に遭ったそうなのでおそら
く盗賊だろう。
前回は全滅させてしまったのでアジトの場所が聞けなかったが、今
243
回は聞けるかもしれない。
もし盗賊たちが優勢なら蹴散らして様子を見てみよう。
野次馬根性丸出しで音の場所に行ってみると、案の定盗賊と冒険者
が争っていた。
中心には武器を満載した馬車とその持ち主らしい初老の男性がいる。
状況は盗賊が優勢らしい。
護衛は5人のうち3人が倒れていて、残り2人も満身創痍だ。
倒れた3人のうち2人はピクリともせず、もう一人は足から流れる
血を必死に止血しようとしている。
盗賊たちはそんな彼らをニヤニヤと気持ち悪い顔で見ている。
どうやら嬲り殺しにするつもりのようだ。
見ているだけだと気分が悪いのでさっそく参戦することにする。
今回はアジトを突き止めるため何人かわざと逃がすつもりだ。
なので追跡用のウルフを何体か召喚しておいた。
ゴブリンを召還しなかったのは鎧の慣らし運転のために俺一人で相
手をするためだ。
ウルフには見つからないよう指示をしておく。
背中の大剣を握りしめると、森から一気に躍り出た。
一番近い位置にいた盗賊に一閃、返す刀で間抜け面をさらしていた
もう一人に剣の面を叩きつける。
攻撃の瞬間、重力十倍の魔石を発動させているため、盗賊たちをあ
っさりと吹き飛ばした。
特に叩きつけられた盗賊はそのまま吹き飛び、木立に叩きつけられ
てシミになる。
244
自分で作っておいてなんだがすごい威力だ。
重力を十倍にした瞬間腕ごと体を持っていかれるかと思ったが、そ
こは鎧の効果と魔力での身体強化で持ちこたえる。
威力はすごいがとんだじゃじゃ馬だ。
攻撃の瞬間、剣にはあるまじきすさまじい打撃音がする。
盗賊も冒険者たちもあっけにとられてそれを見ていた。
本来ならあり得ない重装で軽々と大剣を操るのに思考が停止してい
るのであろう。
動きの止まった盗賊たちを一気に殲滅していく。
20人以上いた盗賊はもはや半分以下だ。
何人かは気を取り戻して向かってきたが、その攻撃はどれもが鎧に
阻まれてダメージすら与えることができない。
おまけに盗賊たちの武器が刃こぼれしたり折れる始末だ。
俺は敵の攻撃をよけずにすべて受け続けた。
この程度なら避ける必要すらないのだ。
証拠に鎧には傷一つついていない。
盗賊の中にはどれだけ切りかかろうと傷一つ付けられない俺におび
えて逃げ出すものさえ現れ始めた。
そいつらに追撃を仕掛けるつもりはない。
アジトまで案内してもらうつもりだからだ。
一人、また一人と逃げ出すと、あとはなだれ打つように他の盗賊た
ちも逃げ出した。
逃げ出した盗賊たちはすでに従魔に追わせている。
245
さて、どれだけお宝をため込んでいるものやら。
ウキウキしながら振り返ると、残った護衛は息を整えているところ
だった。
倒れていた3人はどうやら間に合わなかったらしく、すでにこと切
れている。
﹁すまない、助かった﹂
そう言って手を上げてくる冒険者にどこか見覚えがあった。
たまにギルドで鉢合わせする一人だ。
以前たまには何か食べようかと食事に行ったときに偶然相席になっ
た。
いつも挨拶する程度の間柄ではあるので話してみたら意外と気が合
ったのだ。
﹁やぁナッシュ、災難だったね﹂
そう言って声をかける。
﹁ん? あんたみたいな凄腕の冒険者に知り合いはいなかったはず
なんだが。
すまないが誰だろうか?
どうにも心当たりがなくてな﹂
そう怪訝そうな顔で返された。
確かにそうだ。
この鎧を作ったのは昨日なので見覚えなどあるはずがない。
兜のバイザーを跳ね上げてようやく誰かわかったようだ。
246
﹁お前カナタか!?
ずいぶんといい装備をしているじゃないか。
どうしたんだそれ?﹂
盗賊から奪った、にしては装備が良すぎるし困ったな。
ここは正直に言っておこう。
﹁自分で作った。
前に言っただろ、自分の装備は自分で作ってるって﹂
﹁そういえばそうだったな。
いや、それにしてもすごいけど。
その大剣とかどうなってるんだ?
重くないのか?﹂
と、その後もいろいろと聞かれそうになったが、それを止めるもの
がいた。
﹁ナッシュ、気になるのは分かるが今は馬車をどうするか考えない
と﹂
そう言って話をさえぎったのはもう一人残っていた冒険者だ。
こちらには面識がない。
﹁ありがとう、助かった。
俺は護衛隊のリーダーをしているシェーナーだ。
他の3人は残念だったが、何とか積み荷と依頼者を守れてよかった
よ﹂
247
そう言って馬車の方へ戻っていく。
御者席には渋い顔で困っている持ち主がいた。
視線の先には矢で射殺された馬が二頭横たわっている。
どうも荷馬をつぶされたらしい。
困っている商人にシェーナーが言った。
﹁ですから積み荷を置いていかなければどうにもなりませんよ﹂
﹁しかしだな、この積み荷を手放したら私は確実に破産してしまう。
それにこのままだと確実に盗賊や魔物に持ち去られるだろう﹂
そう言って渋っているのは商人の方だ。
﹁そうはいっても馬がつぶされているのではどうにもなりませんよ。
持ち歩ける量もたかが知れていますし﹂
﹁そこを何とか!
そうだ、全員で馬車をひいていけば!﹂
﹁それこそ無茶ですよ。
2頭の馬がようやく引ける馬車を人間が引くなんて無理です﹂
﹁ぬぐぅ、せめてゴーレムコアさえあれば・・・・・・﹂
どうも積み荷のことでもめているらしい。
依頼主の商人は何が何でも積み荷を持ち帰りたいようだ。
アーティファクト
ちなみにゴーレムコアは前時代の遺物だ。
248
発掘数が少なくルーンも複雑なため複製はできてもいまだ量産でき
ていない。
起動と維持に魔術師数人分という莫大な魔力が必要で実用的ではな
いが、それにふさわしいだけのパワーを持っている。
もっとも単純な動きしかできないので荷物運びにしか使えないとい
う欠点もある。
今回はその荷物運びができればいいようだが、ゴーレムコアなどと
いうレアな代物は王宮の宝物庫に保管されているため、通常は表に
出てくることはない。
それに出したとしても戦略級兵器という扱いなので戦争などがない
限り日の目を見ることはないだろう。
そんなやり取りを横目で見ていたが、ついつい悪戯したくなってし
まった。
﹁ありますよ、ゴーレム﹂
﹁なに?﹂
予想外の方向からの発言にぽかんとなる商人。
しかしそれも束の間で、すぐに詰め寄るように問い詰めてくる。
﹁ほ、本当に!? 本当にゴーレムがあるので!?﹂
﹁ちょっ、近い近い近い!
落ち着いてくださいって!﹂
あまりの剣幕に思わず引いてしまった。
この商人、やりおる。
249
一方の商人は多少落ち着いたのか、ようやく離れてくれた。
積み荷を動かせる可能性のある人物に失礼のないようにと、今更の
ように自己紹介をしてくる。
﹁失礼、少々︵・・︶取り乱しまして。
先ほどは危ないところを助けていただき、どうもありがとうござい
ます。
あのままだと盗賊どもに積み荷を奪われて殺されていたことでしょ
う。
私はセリューで武器商をしているアルマスと言います。
どうぞ、武具がご入り用ならばわがアルマス商会へ。
お安くしておきますよ﹂
そう言いつつさりげなくこちらを観察している。
おそらくこちらの武具を見ているのだろう。
﹁それで、ゴーレムをお持ちとのことですが、あなたは魔術師なの
で?﹂
そう聞いてくる。
魔術師の中には土や石をゴーレムのように動かして使役するものが
いるからだ。
ただこちらはアーティファクトのようなパワーは見込めない。
ゴーレムを動かすためには力に応じただけの魔力が必要なため、通
常は盾のように前衛に立たされる木偶の坊でしかないのだ。
なのでゴーレムには荷物を満載した馬車をひくほどの馬力はない。
もっとも魔物としてのゴーレムは恐るべきパワーを持っているため、
一般的にゴーレムといえば力持ちというイメージが強いのだ。
﹁ええ、こんななりですが一応魔術師ですよ﹂
250
まぁ無理もないだろう。
一般的な魔術師はローブなどの軽装を好むからだ。
金属は魔力をほとんど通さないので、金属の鎧は魔力の回復を妨げ
ミスリル
ると知られている。
魔法銀のような例外もあるが、産出量が少なく希少なためこれを武
具とするものは極めて少ない。
おまけにミスリルの加工ができるのは限られたドワーフの鍛冶師だ
けなのだ。
自然と供給量は少なく高価なものになるため、ごく限られた貴族以
上の者しか使用できなくなっている。
なので俺みたいにガチガチの金属鎧で武装した魔術師などいなくな
るのだ。
もしいたとしてもそいつはかなりの代わり者だろう。
そうでなくとも大剣を振って戦っていたのだ。
普通は前衛の戦士と勘違いするのが当たり前だ。
﹁ということは、もしや荷物の運搬を引き受けていただけるので?﹂
﹁ええ、せっかく助けたのでそのくらいの面倒は見ますよ﹂
﹁あぁ、ありがとうございます。
これで私の首もとばなくて済む﹂
そう言って崩れ落ちんばかりにお辞儀をしてきた。
実際、安堵で崩れ落ちそうなのだろう。
﹁それにしても、そこまでして運び出したいほどの武具なのですか
?﹂
251
ついそう聞いてしまう。
﹁ええ、領主軍に卸すための武具です。
もし盗賊に奪われていたら商会は解体、私は責任を取ることになっ
ていたでしょう。
あなたには感謝してもしきれません﹂
そう言って再び頭を下げてくる。
積み荷を見れば確かに冒険者が持つ武具よりも質がいいようだ。
もっとも﹁この世界の武具にしては﹂とただしが付くが。
﹁確かに領主軍宛の荷物ならなくすわけにはいきませんね。
俺も微力ながら手伝わせてもらいましょう﹂
そう言って魔方陣を起動する。
俺の有り余る魔力を使えばゴーレムも不可能ではないのだが、今回
は召喚術に頼ろうと思う。
何より商人たちがどういう反応をするか見てみたい。
﹁おいでませ、ブーちゃん!﹂
そんな掛け声とともに現れたのはブーちゃんことロックボアが2体。
さすがに魔物が出てくるとは思わなかったようで、商人は腰を抜か
していた。
冒険者たちも武器を抜いて後ずさっている。
どうやら悪戯は成功したようだ。
﹁な、な、な・・・・・・、何で魔物がいきなり﹂
252
商人は開いた口が塞がらないらしく呆然としている。
﹁そんなにびっくりしなくても噛み付きませんよ。
こいつは俺の使役する従魔なのでちゃんということを聞きます﹂
そう言ってペシペシとロックボアをなでると少しだけ落ち着いたよ
うだ。
まだ従魔に対する警戒は消えていないようだがまあいいだろう。
バーゲルの時のようにすぐ慣れるはずだ。
﹁しかし、魔物を使役するなんて聞いたことがないぞ﹂
そういったのは今まで黙って成り行きを見ていたシェーナーだ。
ナッシュも馬車の陰に隠れながら頷いている。
﹁まぁ確かに魔物の使役は成功しませんでしたね﹂
そういうと怪訝な顔で見られたので、バーゲルたちにしたように召
喚術について話した。
それを聞いて初めは驚いていた彼らも納得したようだ。
﹁つまりなんだ、こいつらはお前の使役する特殊なゴーレムってい
うわけでいいのか?﹂
そう聞かれたので頷いておく。
﹁なるほどな、確かに合理的だ。
それに魔物を味方にできるのは大きい。
253
戦力が増えればそれだけ作戦の幅が増える。
こいつらをうまく使えば戦闘での死傷者もずっと減らせるだろう﹂
そう言って頷く。
﹁ところで、その︻召喚術︼は俺たちにも使えるのか?﹂
こちらが本題なのだろう、そう聞いてくる。
正直言って︻召喚術︼も﹃従魔の書﹄も俺のオリジナルのスキルな
ので、ほかの人が発現できるかはわからない。
それに従魔はその性質上、莫大な魔力を必要とする。
肉体が魔力で構成されているため、魔力の多い魔術師でゴブリンを
数体出せるかどうかというほどだ。
普通ならスライムの召喚が関の山だろう。
なのでそのことを話してみたら肩を落としていた。
どうやら召喚術を使いたいらしかった。
これは、割と受けは悪くないか?
どうやら聖教国でなければ魔物を使役することに対する忌避感はな
いようだ。
そう思って、召喚術を少しづつ社会に浸透させられないかと考えた。
そのためにはもう少し一般の人の魔力でも動かせるように改良を加
えないとな。
一番魔力を消費するのは肉体を構成するところだから初めから肉体
を用意しておけば︱︱。
いや、それだと︻死霊術︼になる可能性が高い。
なら人形なら︱︱。
254
今後の予定を考えていたらその思考を強制的に戻された。
いつの間にか盗賊や冒険者の死体から荷物を集め終わって、あとは
俺を待っているだけのようだ。
ロックボアを馬車につなごうとするが、馬ではないので馬具が合わ
なかった。
仕方がないのでロープで馬車と連結する。
通常は馬が内側に来るところだが、ロックボアだと2体並べないの
で外側につなぐことになった。
一応馬車を動かすのに支障はないらしい。
スムーズに動き出した馬車に商人は感激していた。
どうやら馬とは馬力が違うようだ。
ほどなくして森を抜ける。
森さえ抜ければあとは平原を行くだけなので、盗賊の襲撃をそれほ
ど警戒する必要はない。
話す口数も多くなり、自然と俺の着ている鎧のことになったのは武
器商ならではであろう。
﹁しかしカナタさんの着ている鎧はさすがですね。
盗賊の剣で傷一つつかないとは、かなりの業物とお見受けします。
ちょっと鑑定させていただいてもいいですか?﹂
ということだったので快く承諾した。
﹁やゃ!? これは!?
魔道具ですか。
255
しかもこれほどの物とは!﹂
そう言って目を丸くする。
どうやら装備の性能に気付いたようだ。
もっとも魔道具の効果までは分からなかったようだが。
﹁これほどの名品、一体どなたの作品ですかな?
さぞ名のある鍛冶師の作品なのでしょう﹂
そう言って褒めちぎる。
正直こそばゆいことこの上ない。
なにせ自分で作った作品を褒められたのだ。
うれしくないわけがない。
ついうっかり漏らしてしまったことは悪くないだろう。
﹁この武具は全部自分の作品です﹂
そう言って胸を張る。
﹁なんと、これが全部あなたの作品とは・・・・・・。
もしよければうちに武具を卸してくださいませんか?
もちろん悪いようにはしません。
最高級の武具として取り扱いましょう﹂
そう言って打診してくる。
しまった、そう来たか。
今のところ自分の鎧と同じ性能を持つ武具を世界に広げるつもりは
ない。
でも一部の機能に制限をかけた型落ち版ならいいかもしれないとも
256
思う。
しばらく迷った結果、機能限定で売ることにした。
﹁いいですけど、この鎧はとっておきの素材を使ったため同じもの
を作るだけの材料はありませんよ。
いくぶんか型落ちになりますがそれでもいいなら﹂
﹁ええ、それでもかまいません。
それと魔道具は高価なため、一般用の普通の鎧もできたらお願いし
ます﹂
人工魔石や土魔法について話すつもりはないので﹁とっておきの素
材﹂ということにする。
そこまで話してはたと気が付いた。
﹁そういえば自分、商工会ギルドに登録してないんですけど勝手に
卸してもいいんですか?
それと作るための工房や仕入れの当てもありませんし﹂
﹁そういうことならこちらで手配しておきましょう。
うちは武器商なので仕入れの当てならいくつもありますから﹂
ということだったので任せておくことにする。
詳しいことは後日、商館で相談することになった。
正式な契約もその時することにする。
話がひと段落ついたところでシェーナーが話しかけてきた。
257
﹁ちょっといいか?
倒した盗賊と亡くなった冒険者の取り分なのだが﹂
ということで要約すると、
・自分で倒した盗賊の荷物は自分の物
・なくなった冒険者の財産は3人で折半
ということだった。
こちらではなくなった冒険者のギルドカードをギルドにもっていく
と、その冒険者の預金の1割が発見者に支払われることになってい
る。
残りは受取先が指定されていれば受取先に8割、2割をギルドが手
数料として取る。
そうでない場合は全額ギルドが持っていくことが決まっている。
パーティーを組んでいたらパーティーメンバーが発見者ということ
だ。
ただあまりにも発見数が多いと、持ってきたものが冒険者を殺して
奪ったと思われるため注意が必要になる。
気が付けば周囲はすでに暗くなり始めていた。
アルマスが光の魔道具を出して周囲を照らしている。
どうやら閉門には間に合わなかったらしい。
今日も野宿決定だな。
夕食は門に近づいてからとることに決まった。
もし何かあってもすぐに兵隊が駆けつけてくれるので、町の近くに
いる方が安全なのだ。
258
門につく前に隠蔽の結界を張りなおした。
面倒事は御免こうむる。
﹁門についたら従魔を送還しますね。
朝になったら代わりの馬を連れてきてください﹂
﹁おや、私の商館まで引いて行ってくれないのですか?
いえ、催促するわけではなくてですね。
ここまででも十分助かりました、何とお礼を言えばいいのやら﹂
そう言って頭を下げてくる。
﹁今は暗いからいいですけどね。
朝になったらきっと騒ぎが起きますよ。
魔族と間違えられて投獄なんて御免こうむります﹂
そういうと、ようやく馬車を曳いているのが普通の馬でないことを
思い出したようだ。
いつの間にか順応していたようですっかり忘れていたらしい。
﹁そういえばそうでしたな。
分かりました、明日あさイチで代わりの馬をとりに行ってまいりま
す。
そのあとは話を詰めるために商館までご足労願えますか?﹂
了承しようとして、明日はギルドのランクアップ試験だったことを
思い出した。
259
﹁明日はギルドのランクアップ試験があるのですが、終わってから
でもいいですか?﹂
﹁ええ、かまいませんよ。
こちらでもいろいろと準備しておくのでアルマス商会の商館へ来て
ください﹂
ということだったので先に試験を受けさせてもらうことになった。
話しているうちにだいぶ門に近づいたため、街道を外れて脇の方に
寄っていく。
門の外では同じように間に合わなかった者たちが野営をしているよ
うだ。
騒ぎになると困るのでなるべく人気の少ない方で馬車を止めた。
﹁さて、到着ですよ﹂
誰も注目していないことを確認してロックボアを送還する。
どうやら騒ぎを起こさずに済んだようで、ほっと肩から力が抜けた。
﹁いやはや、ありがとうございます。
これで私も一安心できますよ﹂
そう言って馬車から降りたアルマスに続いて御者席から降りる。
ナッシュたちはすでに野営の準備を始めているようだ。
ついでなので普通の冒険者がどういう野営をするのか見学すること
にしよう。
俺の場合いろいろ普通じゃないからな。
260
﹁すみません、野営の手順を見学させてもらっていいですか?﹂
﹁おう、いいけど野営したことないのか?﹂
﹁いえ、ありますけど自分の場合普通じゃないんで﹂
そういうと、﹁はぁ?﹂と怪訝そうにこちらを見る。
﹁いえ、従魔に見張りをさせてそのまま地面に寝てたんですよ﹂
どうやらそれで納得してもらえたらしい。
﹁そういや召喚術があるんだったな・・・・・・って、テントも使
わなかったのか?﹂
﹁ええ、必要性を感じなかったので﹂
﹁そうか・・・・・・﹂
どうも呆れられたらしい。
﹁いいか、テントはちゃんと張って寝た方がいいぞ。
朝方冷え込んで露が下りると体温を奪われるからな。
いつ帰れるかもわからない状態で余分な体力を消耗するものじゃな
い。
それと寝る前に索敵トラップを仕掛けるのを忘れるな﹂
そう言って見せられたのは紐のついた鳴子だ。
261
﹁こいつを周囲に張っておくと敵の侵入を感知できる。
簡単なものだがこれのおかげで命拾いできる重要なものだ﹂
次に取り出したのは細い棒状の何かだ。
長さは20㎝くらい。
﹁これは虫除けだ。
蚊なんかにも効くが一番の理由は毒虫を寄せ付けないためだな。
ここら辺にはいないが秘境には厄介なのがいっぱいいる。
かさばる毒消しを大量に持ち歩くわけにはいかないからな。
それとパーティーの場合は見張り番の目安として使われる。
1本燃え尽きるのに大体1時間半くらいだ﹂
その他にも簡単な調理の仕方などを教えてもらう。
これでパーティーを組んでも怪しまれなくなったな。
深夜。
見張り当番を終えて寝る前に、盗賊たちの後をつけさせたフォレス
トウルフたちの様子を見ることにした。
視点をウルフに切り替えると崖のふもとの洞窟が見えた。
どうやら盗賊たちはそこをねぐらにしているらしい。
洞窟の外には見張りがいるようだ。
パラライズスパイダーを5体召喚して崖の上から侵入させる。
262
外にいる見張りは上から忍び寄ったパラライズスパイダーに噛まれ
てあっさり無力化された。
ゴブリンを10体召喚して無力化した盗賊にとどめを刺させる。
盗賊たちはすでに寝入っていたため、都合10分でアジトの制圧は
完了だ。
50人近くからなる大所帯だったが、その間一切のうめき声さえ上
げさせていない。
見事な暗殺だった。
さて、お次はお楽しみの荷物改めタ∼イム。
ゴブリンに指示をして荷物を回収させる。
隠し収納があるかもしれないので土魔法で不自然な空間がないか調
べるとあっさり見つかった。
どうやら洞窟の一部をふさいで壁に偽装してあるらしい。
中からは金貨の入った袋や武器防具がたくさん。
どうもこいつら結構ため込んでいたらしい。
袋の中を調べてみると全部で約20億G、金貨にして200枚分の
硬貨が入っていた。
食料庫と思われる場所には穀類や保存食のほかにも酒類が8樽。
さらに香辛料が全部で12袋だ。
さすがは貿易路にねぐらを持つ盗賊団だな。
ため込んでる量が半端ない。
全部ありがたくいただいておこう。
263
こうして交易路を騒がせる盗賊団の一つが人知れず壊滅したのであ
った。
264
ランクア∼ップ! パート2
翌朝。
開門とともにアルマスは自分の店へ馬をとりにかけていった。
その間俺たちは積み荷の見張りだ。
何をするでもなくボーっと待っているがどうにも手持無沙汰だ。
足元でバッタが跳ねているのを見ていたらつい実験の続きをしてみ
たくなったが、人目があるので我慢する。
しばらく待っていると馬を2頭連れたアルマスがやってきたので、
馬車につないで出発する。
﹁一度兵舎に向かって武具を納品してきます。
それが終わったら商館の方で完了札をお渡ししますので、それまで
お待ちいただけますか?﹂
ということだったので快諾した。
門を通るときに盗賊のカードを渡して換金してもらうと、1,44
0Gの収入になった。
昨日の盗賊襲撃と比べると微々たるものだがありがたくもらってお
く。
ちなみに襲撃した盗賊のカードは回収せずに置いた。
わりと大きな盗賊団だったので懸賞金がかかっているかもしれない
が、戦利品を商工会ギルドへの補償として徴収されるかもしれない
からだ。
この件はそのまま闇へ葬ってしまうことにする。
265
兵舎での荷物の引き渡しは何の問題も起こらず、南大通りの中ほど
にあるアルマスの商館へ到着した。
かけよってきた丁稚がカラの荷馬車を商館の裏へ引いていくのを横
目に見送りながら建物を見上げる。
ギルドの建物もデカかったがこちらも負けず劣らずデカかった。
周りの商店がせいぜい二階建てなのにこちらは三階建て。
しかも横幅は小さめの体育館くらいある。
どこにでもいるような武器商人かと思っていたが、実はすごい人だ
ったらしい。
そんな人がなんで行商の荷馬車に乗っていたのか聞いてみると、
﹁さすがに領主軍に納める武器ですからね、下手なものを引き渡す
わけにはいかないので私自ら品質の確認に行った次第でして﹂
と返ってきた。
なるほど、その勤勉さとフットワークの軽さがあって今のアルマス
商会があるわけか。
俺のイメージでは大店の店主は傲慢だったりするイメージがあった
ので妙に感心させられた。
同時にこの人になら武具を卸しても悪いようにはならないだろうと
確信する。
266
アルマスに続いて商館に入ると、壁や棚にはずらりと武具が並んで
いるのが見て取れる。
説明を聞くところによると、一階が一般用の数打ち品、二階が高級
武具で三階が執務室兼商談室となっているそうだ。
アルマスが店の奥へ入ってしばらくすると、木の札をもってやって
きた。
﹁これが依頼完了の札です。
どうもありがとうございました﹂
そう言ってパーティーリーダーのシェーナーに渡す。
﹁確かに受け取りました。
では、我々はこれで﹂
そう言って店を後にする。
俺も続いて出ようとしたが、アルマスから引き留められた。
﹁これはお礼としてはいささか少ないですが﹂
そう言って渡されたのは小銀貨が一枚︵1,000G︶。
森を抜けた隣町までの駅馬車が440Gなのを思うともらいすぎな
くらいだ。
そのことを言って返そうとすると、﹁積み荷を無事に納品できたお
礼﹂と言って受け取ってもらえなかった。
仕方なくアイテムボックスに納めると納得してもらえたようだ。
267
﹁それと契約の件ですが、準備のために5日ほどもらえますか?
そうすれば関係者を集められますので﹂
ということだったので了承した。
なくなった冒険者の遺産の分配の件があるので、アルマスのもとを
辞して冒険者ギルドへと向かう。
ギルドにつくと、すでに二人が相談スペースで待っていたのでそち
らへ行く。
﹁おう、遅かったな﹂
﹁待っていたぞ。
さて、遺産の分配をしよう。
私たちの取り分の合計は1,853Gだ。
一人当たり617G、2G余るがこれは助けてもらった礼としてカ
ナタがもらってくれ﹂
席について早々そう切り出される。
どうやらすでに話はついていたようだ。
﹁いいのか?
仲間だったんならそちらで分けてもらってもいいが﹂
そういうと、﹁問題ない﹂と返された。
268
﹁今回偶然集まったメンバーだ。
なくなったうちの二人はパーティーを組んでいたらしいがな﹂
ということなのでもらっておくことにした。
﹁それでは、私はこれで﹂
そういうと、シェーナーはさっさと去って行ってしまった。
何ともさばさばしているが、冒険者ならこんなものだろう。
﹁それじゃあ俺もそろそろ行くな。
カナタのおかげで無事依頼を達成できたぜ。またな﹂
ナッシュもそう言い残して去っていく。
一人だけ残されたが、そろそろいい時間なので予定どうりランクア
ップ試験を受けることにする。
受け付けのお姉さんにカードを預けて試験場へ行くと、そこにいた
のはガインだった。
相変わらず暑苦しい。
今は他の冒険者と模擬戦をしているようだ。
挑戦者の方を見るが、どうにも腰が入っていない。
手先だけで剣を振っているためことごとくが受け止められている。
よくあんなんでホーンラビットとかと戦えたな。
そう思ってみていると、どうやら決着がついたようだ。
結果は挑戦者が武器を飛ばされて敗北。
269
不合格になったようだ。
不合格になるともう一度同じ数の依頼達成数が必要になる。
挑戦した冒険者は肩をがっくりと落として帰っていった。
他に挑戦者はいないようなので俺の番になる。
﹁よし、次はお前だ﹂
まるで準備運動にもならないというように肩を回しながら言うガイ
ン。
﹁どうも、Dランク希望のカナタです。
よろしくお願いします﹂
そういうと、ガインは﹁ん?﹂と首をひねった。
﹁カナタっつーとあの時ののカナタか?﹂
﹁その節は、お世話になりました﹂
そう言ってお辞儀をする。
バイザーを跳ね上げると思い出してくれたようだ。
﹁おぉ!
またずいぶんといい装備になったじゃねぇか!﹂
﹁まぁ、こっちも命がかかってますんで﹂
﹁設けているようで結構結構!﹂
270
﹁はっはっはー﹂と笑うガインにおどけたように返すと上機嫌にな
った。
﹁しかし! そんな重そうな鎧が実戦で通用すると思うなよ!﹂
すんません、見た目よりずっと軽いんです。
木剣を構えてこちらに向けてくるガインに、壁に掛けてあった木剣
をとって対峙する。
﹁お前の実力はすでに知っている。
よってDランクは合格としておこう﹂
そう言いながらも構えは解かない。
めっちゃやる気満々ですやん。
﹁しかーし!
条件として模擬戦には付き合ってもらう!﹂
そういうが早いか、一気に突っ込んできた。
それを木剣でいなし、カウンターを叩きこむ。
だがそれはあらかじめ見切られていたのか、飛ぶように避けられる。
鎧の能力が合わさった今なら追撃が可能だが、あえてそれはしない。
代わりに鎧のパーツを鳴らしながら構えをとる。
互いににらみ合い、隙を探る。
先に動いたのはこちらだ。
正眼からの袈裟懸け。
271
それにとどまらず、鎧の力で強引に剣先を跳ね上げて逆袈裟。
剣術でいうところの﹃燕返し﹄を披露する。
一撃目はいなしたが二撃目は避けきれず、体で受けるガイン。
それでもまともに受けることはせず、後ろに飛ぶことで威力を逃が
したようだ。
﹁ッ︱︱なんだ、その剣は!﹂
どうやら驚いてもらえたようだ。
﹁秘剣﹃燕返し﹄﹂
ちょっと得意になって技名を披露する。
﹁ほう、それがその技の名前か。
だが、二度も通用すると思うなよ﹂
そう言ってにやりと口元を釣り上げる。
やだこの人、マジになってる。
真剣と書いてマジだ。
まるで切り殺さんばかりに目が爛々と輝いている。
というか木剣のくせに変なオーラみたいなの纏ってます。
絶対当たったらヤバイってこれ。
﹁あの∼。
そろそろやめにしません?﹂
272
﹁なぜだ? ようやく楽しくなってきたところだというのに﹂
こちらの提案はすげなく却下されてしまった。
ホントどこの戦闘民族ですかあーた。
やたら楽しそうにしおってからに。
ちょっと胃のあたりがキリキリ痛くなってきたカナタです。
仕方なく構えをとると満足そうに頷くガイン。
互いに構えをとったまま刻一刻と時間が過ぎる。
初めに動いたのはガインだった。
﹁ウオオオォォォ︱︱︱!!﹂
身を縮めながらの恐ろしく重心の低い踏み込み。
そこから一気に伸びあがって大上段からの一撃がきた。
スピードはあるが大ぶりなためこれを下がって躱す。
いや、躱そうとして吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がってようやく止まる。
確かに躱したはずだ。
それなのに木剣より明らかに間合いを越えた一撃を受けた。
その証拠に通常の攻撃では傷一つつかないはずの鎧にコゲ跡がつい
ている。
273
﹁こいつは﹃剣気﹄ってんだ。
身体強化の延長で剣まで魔力で覆う。
そいつを飛ばしたり鞭みたいに伸ばすのがこの技だ。
上級冒険者には必須の技だから覚えておくといい﹂
謎の攻撃に混乱していると、ガインが得意げに答えを教えてくれた。
なるほど、﹃剣気﹄か。
覚えておこう。
でもあーた、模擬戦にちょっと本気になりすぎじゃありません?
非難の視線で見つめるが、どこ吹く風と受け流されてしまう。
まぁバイザーのせいで目は見えないんですがね。
雰囲気で察してほしい。
﹁それよりもほら、さっさと続きだ。
まだ立てるんだろ﹂
そう言って続きを促してくる始末だ。
まぁなんだ、確かにダメージはないけどそろそろ模擬戦の域を出そ
うなことに気付いてほしいんですが。
周囲に味方はいないものかと視線をめぐらすが、さりげなく視線を
そらされてしまった。
味方はいない。
ジーザス。
あぁ、神は何故にこの試練を我に与えたもうたか。
274
あ、神じゃなくて管理者だった。
うん、それなら仕方ないな。
そのあとはひたすらボコられた。
なんて言うかもうサンドバッグ状態?
はや
剣気以外にも謎攻撃のオンパレードだった。
ひたすら﹁疾い﹂﹁重い﹂﹁見えない﹂の3拍子揃った攻撃で蹂躙
され続けた。
ホント何者だあの人。
Cランクとか絶対嘘だと思う。
終始ホクホク顔で打たれ続けるとかどんな拷問ですか?
おかげで頑丈さだけはお墨付きがもらえたけど。
心なしかガインの肌艶が良くなっているのは気のせいだと思いたい。
訓練場で訓練していた冒険者達からはまるで勇者を見るような目で
見られた。
そりゃまぁあの尋常じゃない攻撃を耐えきったからね。
おかげで体は︻超回復︼でピンピンしてるのに精神はボロボロだ。
もう帰って休みたい。
あ、ランクアップは合格にしてもらえたよ。
というわけで逃げるように受付へやってきた。
275
事情を知っているのかお姉さんが気の毒そうな顔で見つめてくる。
カードを受け取るとちゃんとDランクになっていた。
今日はもう依頼書を見る元気がないので宿に帰ります。
というわけでギルドを出て﹃小枝の小鳥亭﹄へ向かった。
276
商品を作ろう︵前書き︶
皮なめしや鍛冶に関する説明がおかしいかもしれませんがスルーで
お願いします。
ネット検索のにわか知識なもので⋮⋮orz
277
商品を作ろう
さぁ、朝ですよー。
新しい朝が来た、寝坊の朝だ。
お日様はもう高く昇っているぞー。
朝っていうか昼ですね、うん。
昨日の模擬戦で精神的に疲れてたおかげでよく眠れたよ。
おかげで意識はすっきりしている。
さて、今日はアルマスに卸す武具のサンプルを作ろうと思う。
質を上げ過ぎないためにこちらで一般的な製法を用いる。
もっとも多少手は加えるけどね。
宿の表に出て効果弱めの方の隠蔽結界を張る。
誰も見ていないのを確認してグレイウルフを召還した。
とりあえずこのまま結界が正常に作用するか確かめてみよう。
街中では騎乗禁止なのでそのまま後ろをついてこさせる。
他の人の目には普通の馬に見えているはずだ。
もっとも、意識をそらす程度の効果しかないので凝視されたらばれ
るんですけどね。
今のところ騒ぎは起きていないので大丈夫だと思いたい。
278
結果から言えば何事もなく門を通過できました。
まさか街の中に魔物がいるはずがないという心理を突いた見事な作
戦だった。︵自画自賛︶
門番の兵隊さんなんか前を通るときに﹁なかなかいい馬だな﹂なん
て言ってたくらいだし。
一瞬ドキリとしたが何事もないように装って通り過ぎたよ。
・・・・・・ホントにばれてないよね?
あと門番さんはもう少し自分を疑った方がいいと思う。
まぁそのおかげで無事に門の外に出れたんだけどね。
門を抜けたらグレイウルフにまたがって森を目指します。
もうすでに森がホームグラウンドみたいになってるけど気にしたら
負けだと思う。
まずは材料探しだ。
必要なのは皮なめし用のタンニン。
こいつは自然界の植物に普通に含まれてるありふれた物質だ。
もっとも質量に対して含有量が多いものとなると限られてくるけど。
しばらく森の中を探し回ると候補をいくつか見つけた。
その中で一番含有量が多かったのがこいつだ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<オークナッツ>
幹の太さの割に樹高の低いクルミの木。拳ほどの大きさの実をつけ
279
る。
その見た目とオークが好んで食べることから名付けられた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
タル
枝先の一番高いところが6m位しかないくせに幹は樽よりも太い。
まさにずんぐりむっくりという表現が似合う。
こいつの樹皮には多量のタンニンが含まれている。
しかも実からとれる油はなめし後の油戻しに最適という至れり尽く
せりの木だ。
唯一の問題は作業のために周辺のオークを殲滅しなければならない
こと。
というわけで絶賛戦闘中です︱︱ゴブリンが。
いやね、オークが食べるってことは当然他の動物や魔物だって食べ
るんですよ。
そうすると必然的に木の周りでなわばり争いが勃発するわけですよ
ね。↑いまココ
そんなわけでオークナッツの木を巡ってゴブリンとオークが争って
いる現場にたどりついてしまったカナタです。
これはもう漁夫の利を狙うしかないでしょう。
ゴブリンとオークを倒して木もいただく。
まさに一石三鳥。
280
しもべ
というわけで行きなさい、わが下僕たちよ!
ゴブリン100体を召還して突撃させる。
新たな勢力の出現に木の周りは混沌の坩堝と化した。
殴られてどこかへ飛んでいくゴブリン。
尻を剣で刺されてうめくオーク。
尻を向けたやつに対して無差別でカンチョーを仕掛けるゴブリン。
︵うちのコです︶
って最後の奴何やってんの!?
予想外に効いてるけど、もっとまじめに戦いなさい。
どうも最近召喚モンスターに個性が出てきている気がする。
戦略としての幅が広まったと受け取っておこう。
戦闘はこちらの圧倒的戦力によってわずか10分で決着がついた。
素材の剥ぎ取りはゴブリンたちに任せてオークナッツを刈り取るこ
とにする。
グラインダーソードで木の根元を一周させるが、どうも芯まで届い
てないようで倒れてくれません。
これ以上は刀身がとどかないので無理だ。
仕方がないので魔法でウォーターカッターを作って一閃することで
ようやく刈り取ることができた。
手の空いているゴブリンを呼んで皮むきの手伝いをさせる。
見た目にたがわず樹皮が分厚いので剥ぎ取るのも一苦労なのですよ。
まぁそのおかげで素材はたくさん取れるんですがね。
しばらくなめし用の素材は補充しなくて済みそうです。
281
樹皮を剥ぎ取るのに小一時間かかってしまった。
その成果として目の前に樹皮の小山があります。
今回使う分には多すぎるので少しだけ分けてあとはアイテムボック
ス行きだ。
樹皮をむかれた木の方も鍛冶用の燃料にするのでとっておく。
樹脂が多いのでよく燃えるのですよ。
残った方は土魔法で一抱えもある鉄の箱を作って放り込む。
ふたをしたら風魔法で撹拌しながら粉砕します。
粉々になったら八分目まで水を入れればひとまず完成。
あとは一晩おいておけばタンニンが染み出してなめし液が出来上が
る。
アイテムボックスに入れると時間が止まってしまうのでこれはこの
まま放置だね。
次はオークナッツの実から油をとろうと思う。
拳大ほどの殻を力任せに割ると、中からは乳白色のしわくちゃな身
が出てくる。
ここらへんはこちらの世界のクルミも変わらないようです。
中身を取り出すのはゴブリンたちに任せておく。
取り出した実は一抱えもある鉄のバケツに入れさせる。
何せ結構大きな木だ。
実も相応に多かった。
ひたすら殻を割ってゴブリンに手渡しているとまるでクルミ割り人
形になった気分だ。
いや、さすがに噛み砕くのは無理だけど。
282
こちらの作業は樹皮をはぐよりは早く終わった。
集ったそれはバケツごと火の上にくべて加熱します。
たまに撹拌して均等に火が通るようにする。
火といえばそろそろ暗くなってきたな∼。
光の玉を出して周囲を照らす。
今日はまた野宿だな。
いや、なめし溶液を作ろうと思った時点でわかってたけどね。
そろそろ火が通ったかな?
火からバケツを下ろして実だけを包む結界を張る。
結界の種類は液体だけを通すようにしてある。
それを持ち上げてぎゅーっと圧縮すると、黄金色の液体が垂れてき
ました。
とめどなくあふれる油はどんどんバケツに溜まっていきます。
一抱えあった実がバスケボールくらいまで圧縮されてようやく流出
が止まった。
さすがオークナッツ、実のほとんどが油だったようだ。
バケツにはなみなみと黄金色の液体が満たされている。
出がらしは一応非常食になるのでとっておこう。
カチカチだけどね。
油はこぼさないようにバケツの形を変形させてポリタンク型にした。
ちなみにこのオークナッツの油、食用油としてそこそこ高級品だっ
たりする。
283
まぁ入手方法や流通量を思えばそうなるよね。
酸化してしまうともったいないのでアイテムボックスに詰め込んで
おきます。
さて、本日の予定はすべて終了。
ちょっと早いけど寝ることにしよう。
ゴブリンズには護衛を頼んでおく。
あ、ついでだからオークナッツの薪割りもよろしくお願いしますね。
翌朝。
起きると枕元に何か置いてあった。
手に取ってみると彫刻が施された薪です。
それはもう見事な不動明王が彫られている。
誰だこんなことしたヤツ。
ゴブリンたちの方を見るとさっと目をそらされた。
﹃従魔の書﹄を開く。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンアーティスト
Ⅲ等級
284
芸術に目覚めたゴブリン。いたるところに落書きをする。
スキル
︻絵画:1︼︻彫刻:1︼︻陶芸:1︼︻感受性増加:3︼︻天啓:
1︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ゴブリンテンプラー
Ⅱ等級
悟りを啓くべく修行するゴブリンの僧侶。信仰の力で戦う。
スキル
︻槍術:2︼︻棒術:2︼︻︵火・水・土・風・光・闇︶属性:3︼
︻聖属性:2︼︻読経:2︼︻祝福:1︼︻瞑想:3︼︻彫刻:2︼
︻身体強化:3︼︻天啓:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
お ま え ら か !
なかなか見事な明王様なのでお守りとして持っておきましょう。
起き抜けから出ばなをくじかれた感が半端ないけどまあいい。
そろそろなめし液が出来上がってるはずなので今日は皮なめしをし
ます。
使うのはロックボアの皮。
これを石灰石の粉でごしごしとこすります。
そうすると毛が抜けてくるんです。
全部抜けるまでひたすらごしごしする。
285
あ、石灰石は土魔法で出して砕きましたよ。
便利ですねぇ∼、土魔法。
終わったらしっかりと毛と石灰を払い落として昨日作ったなめし液
へダイブ!
しっかりとしみ込むように揉み込みます。
しみこんだら軽く絞って風魔法で乾燥させる。
乾燥したらなめし液へ再びダイブ。
これを後2回続けます。
それが終わったら平らな所で麺棒みたいなのを使って引き伸ばしま
す。
十分に伸びたら表面にオークナッツの油を軽く塗って完成!
なかなかいい出来ですね。
こっちの革は石灰脱毛せずにナイフで剃ってるだけなんで、さわる
とじょりじょりするんですよ。
ロックボアの皮をあと5枚出してゴブリンたちに同じよう作業する
ように言いつけます。
次に召喚したのはゴブリンブラックスミス。
今回作るのはハーフメイルだ。
フルプレートより防御に劣るが、その分軽くて動きやすい。
作業の前にまず炉を作ります。
作るのは半魔力耐熱炉。
286
この世界の一般的な炉で、燃料と火の魔石の両方の力で加熱します。
まずは魔石の準備ですね。
ちょうどいい火魔石がないので人工魔石で代用します。
書き込むルーンは﹃常時﹄﹃発現﹄﹃火﹄と、﹃常時﹄﹃付与﹄﹃
耐熱﹄。
これを土魔法で作った炉に組み込む。
そうして出来上がった炉にオークナッツの薪を入れて魔力を流すと
炉に火が入った。
魔力を流すほどに温度がぐんぐん上がっていく。
今回使う材料は盗賊から奪った鉄の武具です。
必要な量をポイポイと炉の中に放り込んでいく。
時折石灰の粉を入れることも忘れない。
この世界の鉄の純度が低いのは精錬時に石灰石を使わないのが原因
なので、石灰石を入れるだけで驚くほど純度が上がる。
そうして加熱した武具を叩いて伸ばした後、一気に冷水に突っ込む。
そうすると表面がぽろぽろと剥がれてくるんですよ。
これが不純物の塊です。
後に残ったきれいな鈍色の部分が純度の高くなった鉄だ。
そういえばこの時代に﹃水べし﹄の技術もないんですよ。
というか鍛造技術を受け継いでるのって一部のドワーフだけなんで
すよね。
一般的な鍛冶屋は質の悪い鉄を型に流し込んで固めるだけの鋳造し
か知られていない。
鍛冶屋の技術は門外不出なので余計その傾向が強いのです。
ゴブリンたちにも手伝わせてどんどん質のいい鉄を量産する。
287
後はこれを叩いて伸ばしてくっつけて、鎧の形に形成していく。
そうやって作った部品を先ほどできた革でつないでいき、ようやく
完成。
装飾もなくシンプルだけどその輝きはこの世界の鉄とは思えないほ
ど美しい。
一般的に使われてる鉄はくすんで輝きがなかったり黒ずんでいたり
するからね。
鑑定を使わずとも見ただけで良品とわかる逸品だ。
後は鎧に合わせた長剣や短剣など各種武器を打っていく。
鞘や柄などの拵えはマイナーエントの木材を使った。
アルマスにはこれらを基本にして卸すつもりだ。
商品のサンプルを作っていたらいつの間にか一日が過ぎていた。
時刻はすでに夕方だ。
集中していると時間が進むのって早いですよね∼。
木々の隙間から差し込む西日に目を細めながら片づけをする。
まぁ片っ端からアイテムボックスに放り込んでくだけなんですがね。
288
今度は植物で生成実験
さて、微妙に時間が余ったので実験でもしようと思う。
今回の対象は虫じゃなくて植物です。
こっちの世界だと植物も普通に魔物化しますからね∼。
というわけでまずは昨日切り倒したオークナッツの切り株に魔石を
乗せて実験します。
切ったばっかりだからまだ根っこの方は生きているはず。
うまく魔物化できれば今後の材料に困らなくていいんですがね∼。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ウォーキングナッツ>
ウォークナッツの上位種。トレント系のモンスターだがこちらはク
ルミの木が原型。
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いきなり大物が釣れました。
え? ただのトレントじゃないかって?
馬鹿言っちゃいけませんよ。
こいつ相当厄介な魔物なんです。
ちなみに﹁ウォーキング=散歩﹂ではなく﹁ウォー・キング=戦王﹂
289
と読みます。
俗に﹃戦王種﹄と呼ばれる魔物ですね。
一体いるだけで戦局が覆るといわれるほど強力な力を持っています。
辺境の方に行くとこいつ以外にも山のようにいるらしいです。
まぁ弱点はトレント系共通なので結界の隙間からグラインダーソー
ドでさっくり倒しましたが、なにか?
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ウォーキングナッツ
Ⅱ等級
戦王種となったクルミの木の魔物。強靭な再生力を持ち、攻撃する
そばから修復してしまうが、トレント系モンスターの弱点として火
に弱い。
本体や果実には豊富な脂分が含まれているためよく燃える。
木魔法や巨体を生かした踏み付けなどの攻撃を仕掛けてくる。
スキル
︻踏み付け:3︼︻木属性:3︼︻咆哮:3︼︻擬態:3︼︻振動
感知:3︼︻魔力感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
戦王種という割には等級が低いのはトレント系だからだろうか。
戦力的にはBランク相当かな。
ついでに近くにあった枯れ木で試したら普通に魔物化してびっくり。
まぁ無機物がゴーレムになるくらいだから普通、なのかな?
290
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ウィザードエント>
立ち枯れた木の魔物。種別的にはアンデッドに属される。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
こいつはトレント系の魔物に似ているが、一応アンデッドのため弱
点の瘤がない。
代わりに木の幹に直接ウロや裂け目ができていて、それが顔になっ
ている。
ウロの中には青白い火が灯っていて何ともホラーです。
魔石は幹の中心にあるようだ。
もっとも元が枯れ木なだけあって火に弱いので、火魔法でさくっと
燃やします。
残った灰からは黒く変色した魔石が出てきたので登録しておく。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ウィザードエント
Ⅲ等級
立ち枯れた木が魔物化したもの。トレント系の見た目だがアンデッ
ドに属される。
枯れているため木魔法が弱体化したが、代わりに闇魔法を使う。
元が枯れ木なので火に弱い。
スキル
︻木属性:1︼︻闇属性:2︼︻擬態:3︼︻振動感知:2︼︻魔
291
力感知:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
他にも木の根元にあったキノコに魔石のかけらを埋め込んで実験し
てみる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<グリッターマッシュ>
きらきらと輝くキノコの魔物。主に虫をその光でおびき寄せてとら
える。
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<スティッキーマッシュ>
べたべたした表面を持つキノコの魔物。おいしそうな匂いを出して
おびき寄せた獲物が触れると粘液に捕えられる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
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<アングリーファンガス>
吸ったものを狂暴化させる胞子を飛ばすキノコの魔物。
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<キテレツベニテング>
吸ったものに強力な幻覚を見せる胞子を飛ばすキノコの魔物。
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292
グリッターマッシュは月夜茸みたいに薄く発光するキノコで試して
みた。
透き通るような青白い本体からうすみどり色の光がきらきらと出て
いてとてもきれいです。
スティッキーマッシュはナメコみたいなのからだ。
表面がべとべとしているくせにやたらおいしそうな匂いがする。
罠だとわかっていてもよだれが止まりません。
他の二つはいかにも毒キノコっぽいのからできた。
アングリーファンガスは赤紫色に白い斑点の毒々しい傘をしている。
キテレツベニテングの方は名前にたがわず奇抜な見た目をしていた。
紅い傘は表面がトゲトゲしていて、ヘビがのたくったような緑色の
模様がある。
見た目もそうだが効果も危険なので厳重に結界で梱包してあります。
こいつらは普段キノコに擬態しているが、近づくと正体を現して襲
いかかってくる。
普段は手のひらサイズなのに、獲物を感知すると1m位まで巨大化
するのだ。
その見た目はまるで傘をかぶったハニワです。
足はないけど菌糸みたいのを伸ばして、その上をすべるように近づ
いてくる。
魔石はどれも傘の付け根のあたりにあった。
柔らかそうだったので手で攻撃したら普通に縦に裂けたよ。
縦に真っ二つになったキノコはどれも動かなくなったので倒せたよ
うです。
293
そういえば縦に裂けるキノコって食べられるって言いますよね。
こいつら食えるのか?
グリッターマッシュやスティッキーマッシュはともかく他の二つは
抵抗があるぞ。
ゴブリンたちに毒味でもさせてみるか。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
グリッターマッシュ
Ⅲ等級
きらきら光るキノコの魔物。光で獲物をおびき寄せてとらえる。
グリッターマッシュが通った後は光の道ができる。
スキル
︻体当り:2︼︻増殖:4︼︻拡散:3︼︻発光:4︼︻擬態:3︼
︻振動感知:2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
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スティッキーマッシュ
Ⅲ等級
おいしそうな匂いを発して獲物をおびき寄せるキノコ。表面はべた
べたしていて、一度くっつくとなかなか取れない。
動けなくなったところを捕食する。
スキル
︻体当り:2︼︻粘液生成:3︼︻誘引:4︼︻増殖:4︼︻拡散:
294
3︼︻擬態:3︼︻振動感知:2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
アングリーファンガス
Ⅲ等級
吸い込むと狂暴化する胞子を出すキノコ。争い合って傷付いた獲物
を捕食する。
スキル
︻体当り:2︼︻毒生成︵狂化︶:3︼︻増殖:4︼︻拡散:3︼
︻擬態:3︼︻振動感知:2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
キテレツベニテング
Ⅲ等級
吸い込むと強力な幻覚を見せる胞子を出すキノコ。深い森の中など
に生息し、胞子を吸ったものを惑わせる。
スキル
︻体当り:2︼︻毒生成︵幻惑︶:3︼︻増殖:4︼︻拡散:3︼
︻擬態:3︼︻振動感知:2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
とりあえずグリッターマッシュとスティッキーマッシュには毒がな
いことを確認できました。
295
他の二つも死ぬような毒はない模様。
確かキノコの毒成分は旨みでもあるって聞いたことがあるな。
元居た世界のN県では猛毒のベニテングタケを調味料として使って
るっていうし。
それに毒は胞子にあるみたいだから、胞子ごと部分召喚しなければ
食べれるはず。
うん、何か大丈夫な気がしてきた。
今日の晩御飯は焼きキノコにしよう。
そうと決まれば実験の続きだ。
百合の花っぽいのを見つけたので魔石の粉をかけて様子を見る。
そしたら魔物化せずにこんなのができた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<マジカルリリー>
魔力をため込む性質を持ったユリ。花は青白く発光する。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<サイレントリリウム>
眠りの効果を持つユリ。特に密に最も効果が表れる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<サイレンリリー>
花の付け根に空気袋を備えたユリ。種が熟すと大きな音とともに種
子を飛ばす。
296
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
どうやら﹃魔化﹄したようです。
魔化とは魔物化せずに、魔力によって生態が大きく変質することを
指す。
さらに変質に魔力がかかわっているため、何かしらの魔法的性質を
持つことが多くなるのだ。
有名どころでいえば傷薬の材料で知られるクラシオン草でしょうね。
あれはもともと雑草だったものが魔化したものだ。
この辺は秘境ほど魔素が濃くないため実感しにくいが、魔素が濃い
ところで取れるものほど効果が高くなることが知られている。
先の三つで最も顕著なのはマジカルリリーだ。
花弁は特に魔力が多く含まれているため、高級魔力回復薬の材料に
なる。
ただし秘境に近いところからしか生えていないのでここら辺ではほ
とんど知られていない。
こちらで一般的なものといえばムーンフラワーで、マジカルリリー
の下位互換に当たるようです。
サイレントリリウムは主に睡眠薬として使われる。
水や酒に溶かして寝る前に飲むとぐっすりと眠れるそうです。
特に密は貴族が好んで服用するので高級品として扱われています。
どれもここら辺では相当珍しいものなので、木魔法で種にして保存
しておきましょう。
それにしてもどうして魔物化せずに魔化したんだか。
魔物化しやすい植物と魔化しやすい植物でもあるのかもしれない。
297
そこら辺はおいおい調査するしかなさそうですね。
もうそろそろ暗くなりそうなので次で最後にしましょう。
本日最後の実験台は茨みたいにトゲトゲした植物です。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
<ウィッパースパイン>
トゲのびっしり生えた蔓を触手のように動かす魔物。本体は地面か
ら生えている蕾。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
どうも今度は魔物化したようです。
本体はサッカーボールくらいの蕾で、そこから大量の蔓がうねうね
と生えている。
甘い香りがするのは本体の蕾が原因のようだ。
さっくりと火魔法で燃やすと、魔石を残して燃え尽きた。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ウィッパースパイン
Ⅲ等級
トゲの生えた蔓の魔物。本体は根元にある蕾。
甘い匂いで獲物をおびき寄せ、トゲのびっしり生えた蔓でからめと
って吸血する。
植物系魔物の弱点として火に弱い。
298
スキル
︻捕縛:2︼︻吸血:3︼︻誘引:3︼︻擬態:3︼︻振動感知:
2︼︻魔力感知:2︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
登録が終わったところで夕飯の支度だ。
4種のキノコの傘とオークの肉を召喚、それぞれ一口大に切ります。
キノコと肉を交互に串に刺してネギま風に仕立てる。
味付けはシンプルに塩のみ。
それをオークナッツを薪にして焼いていきます。
しばらくすると周囲に食欲をそそる匂いが充満し始める。
そろそろいいかな?
一本取って焼き加減を見るとちょうどよさそうだ。
近くにいたゴブリンを呼んで食べさせてみる。
まずはグリッターマッシュ。
美味そうに串焼きを食べるゴブリンを見ながらしばらく観察する。
うん、問題なし。
次、スティッキーマッシュ。
問題なし。
アングリーマッシュ。
問題なし。
299
キテレツベニテング。
問題なし。
相変わらずうまそうに食べているゴブリンを見るが本当に大丈夫か?
そもそもこいつらに毒って効くんだろうか。
試したことがないからわからない。
分からないことだらけだけど今のところ問題なさそうなので良しと
しましょう。
万が一毒に中っても︻超回復︼があれば死ぬことはないだろう。
その間に聖魔法で解毒してしまえばいい。
いざ、実食!
まずはグリッターマッシュから。
食感はエノキダケみたいな感じ、微妙にシャキシャキしてる。
味は・・・・・・ないね、これ。
あえて言うならうすしお味。
まんまエノキだわ。
ちょっとがっかり。
お次はスティッキーマッシュ。
こいつは焼く前からすでにいい匂いがしてたんだよね。
きっとおいしいはず。
期待に胸をふくらませながらまず一口。
300
・・・・・・。
うん、フツー。
いや、まずくはないんだよ?
むしろおいしい方だと思う。
でも期待していたほどじゃない。
盛り付けは豪華なのに期待して食べたら大衆食堂と変わらなかった
みたいな。
なんか微妙に肩透かしを食らった感じがする。
ぐぬぬ、とうなりながら次の串を手に取る。
アングリーファンガスの串だ。
焼いたことで赤紫色だった表面は、今やドドメ色のマーブル模様に
変色している。
本来なら白色をしているヒダの部分まで黒く変色していた。
覚悟を決めて一口。
ゆっくりと、見極めるように咀嚼する。
呑み込むと自然とため息が出た。
旨い。
それ以外の言葉が見つからない。
301
むしろ言葉で表すこと自体がチープに感じられる。
キノコの持つ旨みという旨みをすべて凝縮したような、言葉で言い
表すことができないほどの無限の可能性。
その完成形がここにあった。
念のためステータスを開いてみるが、状態は良好のままだ。
毒や精神異常を受けている様子はない。
気が付くと他にもあったはずのアングリーマッシュの串が一本も見
当たらなかった。
どうやら夢中で食べていたようです。
そのことを残念に思いながら、必ずまた作ろうと決心する。
最後に残ったのはキテレツベニテングの串だ。
こちらは別段いいにおいを発していたり変色している様子はない。
焼いたことで多少コゲ目がついているがその程度だ。
アングリーマッシュが問題なかったので特に警戒することもなく口
に入れる。
その瞬間、得体のしれない感覚が脳を貫き
俺の意識は
そのまま闇へと
302
消えていった。
303
今度は植物で生成実験︵後書き︶
縦に裂けるキノコが食べられるっていうのはあくまで迷信です。
縦に裂けたからと言って知らないキノコを口にすることは決してし
ないでください。
304
召喚術を改良しよう︵前書き︶
ドラゴンズドグマ・オンラインに熱中して遅くなりました∼
死んでません、生きてます
305
召喚術を改良しよう
気がつくと日が既に高く昇っていた。
一体いつの間に寝たんだろうか。
体を起こして調子を確かめるが、別段おかしいところはないようで
す。
足元では完全に灰になった焚き火の周りを、黒コゲになった物体X
の刺さった串が囲っている。
どうやら食事中に寝落ちしてしまったようです。
串は鉄製だったので無事だったが、肉とキノコは完全に中まで炭化
している。
少々もったいなく感じながら片づけを始めた。
片づけをしながら昨日の夜何があったかを思い出す。
確かゴブリンたちに毒味をさせてキノコ串︵ネギま風︶を食べてい
たはずだ。
毒はなかったはず。
アングリーファンガスが見た目に反しておいしかったことを思い出
し、思わず頬がにやける。
それから最後の記憶はキテレツベニテングの串を食べたところで終
わっていた。
306
そこまで思い出した瞬間、強烈なフラッシュバックに持っていた串
を取り落してしまった。
串はそのまま重力に引かれ、地面にぶつかった瞬間に物体Xが砕け
て周囲に飛び散る。
頭痛にも似た不快感に思わず頭を抱えてうずくまった。
思い出してしまったのだ。
恐怖を。
絶望を。
それはあらゆる感情をない交ぜにしたような、究極の味だった。
初めに感じたのは苦味だろうか。
いや、とろけるような甘味だったかもしれない。
ともすれば舌を焦がすほどの辛味でもあったのだろう。
とにかく覚えているのは舌と脳を焼くほどの暴力的なまでの味覚の
奔流。
感じうるありとあらゆる味がした。
渋味、エグ味、酸味、そして旨味さえもが混然一体の不協和音の濁
流となって口の中を蹂躙したのだ。
307
どうやらそれらの押し寄せる情報と感情を制御できずに、意識が強
制的にシャットアウトしたらしい。
奇天烈の名に恥じぬ、究極のキノコだった。
ゴブリンが普通に食べていたせいで油断していたようです。
そもそもゴブリンといえば木の根っこさえ食べるほどの悪食だった。
毒見はできても味見はできなかったようです。
失敗した。
せっかくの幸せな気分が台無しだ。
恐るべし、キテレツベニテング。
BC兵器として認定してやろう、喜ぶがいい。
スティッキーマッシュと混合すれば強力な罠になること間違いなし
だ。
きっとかかった者を恐怖のズンドコに陥れることだろう。
片付けをしているうちにだんだんと落ち着いてきたので今日の予定
を考えることにしよう。
一応、アルマスに呼ばれるまでの5日間で製品の見本を作るつもり
でいたが、思いのほか早く終わってしまった。
魔道鎧はまだ作ってないけど、ちょうどいい魔石がなかったのでこ
ちらは保留にしている。
人工魔石だと性能が良すぎるので、魔物からとれる魔石を使うつも
りでいるのだ。
かといってここらや魔石商から入手できる魔石では魔道鎧の性能を
発揮するには質が悪すぎる。
308
最低でも3級品の魔石が欲しいけど、そうなると商工会ギルドへの
登録が必要だ。
しかし、アルマスからギルドへの登録や仕入れの手続き諸々をまと
めて終わらせるために、それらの準備を任せて欲しいといわれてい
る手前勝手に登録するわけにはいかない。
少し迷ったのち、かねてより問題だった召喚術の改良をすることに
した。
今のところ問題になっているのは術の行使に必要な魔力量なので、
これを少ない魔力で行使できないか模索してみます。
参考にするのは︻死霊術︼。
これは召喚した従魔の肉体を死体に置き換えているだけで、根本的
な理論は大して変わらない。
おまけに肉体の構成に必要な魔力がいらない分コストパフォーマン
スは段違いです。
どちらも術式の維持に魔力が必要という点が同じだけど、死霊術の
方が断然維持コストが安いというのも注目すべきところだ。
まずは死霊術の仕組みについて解説しようと思う。
死霊術とは文字どうり魔力を用いて死体を操る術だ。
死体であれば人間でも魔物でもなんでも操ることができる。
行使の際は魔力を紐に見立てて全身に通し、これを筋肉のように曲
げ伸ばしすることで死体を操作する。
この時に魔石を利用すると全身に通した魔力の紐の操作が楽になる
ため、大半の死霊術師は死体に魔石を埋め込んだり、魔物の魔石を
309
そのまま利用する。
死霊術では術者が直接指示を出すため、アンデッドと違って頭部に
魔石がないのも特徴だ。
アンデッドは体を動かすため、頭部の魔石が司令塔になっているか
らだ。
魔力の紐は一度通せば術を解かない限り維持されるので、死霊術の
維持コストの大半が死体の腐敗を遅らせるために使われている。
召喚術で召喚される従魔はある種﹃生命体﹄であるため、生命活動
諸々に必要なエネルギーを魔力から補っている。
その点でいえば、死霊術の維持コストの低さは対象が生命活動をし
ていないことならではだろう。
さらに腐敗することを承知で魔力供給を絞れば、限りなく魔力消費
を抑えることもできる。
実際、過去にもそうやって数百体もの死体を従えて町へ攻め込んだ
死霊術師がいたらしい。
そのせいもあって死霊術は忌避されている。
以上のことから、重要なのは﹃仮初めの肉体となる器がいること﹄
と﹃魔力を持って操作する﹄という2点であることが分かった。
そこから﹁器を死体以外にすればいいのでは﹂という結論に至るの
はそう難しくないことだ。
なのでさっそく死体以外の器、つまり人形を作ることにします。
使うのは普通の木材より魔力の通りがいいマイナーエントの木材。
これを手や足などの部品ごとに削り、紐でつないでいく。
310
出来上がったのは木彫りの小人人形だ。
立たせると膝丈くらいになる。
初めから等身大に作ってもうまく扱えないと思ったのでこのサイズ
にしました。
仕上げに胸の部分にゴブリンの魔石を埋め込んで完成。
さっそくうまく動くか試してみることにします。
まずは魔力の糸を胸部の魔石につないでパスを形成。
そこから魔石を起点に魔力の紐を手足へと伸ばしていく。
しかしそこで思わぬ誤算があったようです。
胴体から手足へうまく魔力の紐︵便宜上、魔道神経と呼ぶことにし
ました︶がつながりません。
原因はどうやら手足をつなぐ紐にあった。
どうもこの紐は魔力伝導率が悪いようで、手足まで魔道神経が通れ
ないようです。
いきなり成功するとは思ってなかったけど、それでも多少の期待は
あったのでガッカリです。
まぁ問題点も明らかになったので良しとしましょう。
人形を代わりに使う方法はすぐに思いつくのに今まで使われていな
いのは人形の出来栄えが問題だったんでしょうね。
仮に魔力伝導率のいい素材で紐を作ったとしても強度の問題だった
りコストが割に合わなかったりなんてこともあるだろう。
高価な素材を使うより死体を使う方がずっと安上がりですからね。
本来ならそこで挫折するのだろうがこちらには前世から持ち込んだ
311
知識がある。
そう、球体関節だ。
関節の接続は比較的魔力を通しやすい銀を使うことにします。
接続箇所はスムーズに動くようにオークナッツの油を注しておく。
さて、今度は成功するかな?
結果から言うとあっさり成功しました。
それはもう今までの先人の苦労をあざ笑うかのごとくするりと魔道
神経が通りましたとも。
試しに手を上げさせてみるとちゃんと動いた。
もっともその動きは生まれたばかりの赤子のようにぎこちないもの
だった。
立ち上がらせようとしても手足をバタつかせるだけで一向に起き上
がろうとしない。
まるで不格好な人形劇だ。
そこでピンとくるものがあった。
いままで体の一部から出していたパスを10本に分け、指先に集め
る。
それを操り人形の糸を引くように指を動かすと、先ほどよりもずっ
と安定した動きになった。
まだぎこちないが立って歩かせることもできるようになると、そこ
から一気に開花するように操作が楽になった。
くぐつ
ステータスを見てみると、新たに︻傀儡術:2︼が追加されている。
どうやら新しいスキルとして認証されたようです。
312
土属性魔法にも﹃クリエイトゴーレム﹄の魔法があるが、それと比
べると消費魔力などのコストが断然に違うので当然といえば当然か。
スキルのおかげで今までよりずいぶんとスムーズに動かせるように
なった。
ただし操作は視界によって大きく影響を受けるようです。
自分の周りを一周させようと後ろに回った時に転んで倒れてしまっ
ていた。
慣れれば視界のないところでも動かせるかもしれないが、相当な修
練や地形の把握が必要だろう。
従魔と違って視界が効かない分、扱いが難しくなりそうです。
召喚術と同じように一度に多数の運用を目的にしているので、そち
らの訓練も必要だろう。
というわけで、新たに人形を4体製作しました。
新しい人形にパスをつなげて立たせます。
ここまでは順調。
あとは自由に動かせるかですが・・・・・・。
あぁ、ダメだ。
全部動きがシンクロしています。
これでは面制圧には向いていても一点集中は無理そうだ。
しかも向きを変えるとその場で横を向くため、隣の人形を攻撃する
ようになってしまうので前か後ろにしか攻撃できないようです。
違う動きをさせようとすると一つに意識が集中してしまい、他の動
きが止まってしまう。
313
逆に全体を意識すればすべての動きが同じになってしまうので、一
人で複数を操るとなると相当な訓練が必要だ。
たとえるならばそう、右手と左手で同時に同じ文章を複写しつつも
タイミングを一文字ずらしたり、左右で写すページが違ったりとい
った具合だ。
さらに戦闘となればとっさのことにも判断するため、その操作をほ
ぼ無意識のうちにやらなければいけないためその難易度は格段に上
がる。
そうなるとやはり一人一体の運用が基本になりそうです。
たとえ一人一体でも全体で見れば倍の戦力になる。
おまけに人形は代えが効くので損失を気にせず最前線に投入できる
のも大きい。
どの程度の魔物にまで通用するかは当人の腕次第だが、これが一般
的になれば戦場は大きく変わるだろう。
前線で戦う兵士や冒険者の負担が減れば少しでも人類の領域を増や
す助けとなるはずです。
明日はアルマスとの約束の日なので、その時に紹介してもいいかも
しれない。
とりあえずはそれまでに傀儡術を習熟させておきたい。
複数操ることは頭の片隅に置いて、まずは一体を自在に操ることに
集中する。
日が沈むころにはだいぶ様になってきた。
走るのはもちろんのこと、側転させたり木を使った三角跳びもでき
るようになった。
314
ステータスを確認すると︻傀儡術:3︼になっているようです。
立たせたり歩いたりは傀儡術が2になった時点で意識すればできる
ようになっていたので、指の動きをゲームのコントローラーを操作
するように動かすとより複雑な動きができるようになったのは大き
い。
前世でテレビゲームを知っていたため、意識しやすかったのが功を
奏したようだ。
まだ二体以上別々に操ることはできないが、一体だけならそれなり
に戦闘もこなすようになりました。
手に武器をつけてゴブリンと戦わせてみたら、勝てないでも結構善
戦できた。
この調子なら野生のゴブリン相手なら簡単に倒すことも可能だろう。
ウルフ相手になるとスピードで負けそうなのでせいぜい囮がいいと
ころかもしれないけど。
それでも人形にゴブリンの肉をくくりつけておけばいい囮になるだ
ろう。
逃げる時間を稼ぐには十分なはずだ。
そろそろ帰らないと門が閉まってしまうので、今日のところはここ
までにしておこう。
315
商談を始めよう
翌朝、小枝の小鳥亭から出てまずは冒険者ギルドへと向かった。
今日はアルマスとの約束があるため依頼を受けるつもりはないが、
せっかくDランクになったのでどんな依頼があるか見てこようと思
う。
ギルドの入り口をくると朝から賑わっているようで、冒険者たちの
話し声があちこちからしてくる。
パーティーごとでどの依頼を受けるか話し合っているようだ。
一瞬ざわめきが止んで値踏みする視線を感じたが、すぐに元のざわ
めきに戻る。
ここ最近ギルドに寄りつかなかったため、明らかに高級品とわかる
鎧が目立つようだ。
もっともアルマスとの商談がうまくいけばそのうち目立たなくなる
だろうが。
︱︱ ゴブリンの討伐 ︱︱
害獣指定魔物のゴブリンを討伐してください。
注意:討伐証明として右耳を剥ぎ取ってくること。
期限 常時受け付け
報酬 1体100G
316
︱︱ フォレストウルフの討伐 ︱︱
街道に出現するフォレストウルフを討伐してください。
注意:討伐証明として尻尾を剥ぎ取ってくること。
期限 常時受け付け
報酬 1体180G
︱︱ フォレストウルフの皮の納品 ︱︱
工芸品に使用するフォレストウルフの皮を納品してください。
注意:品質によっては買取できません
期限 常時受け付け
報酬 1枚120G
︱︱ フォレストウルフの牙の納品 ︱︱
工芸人に使用するフォレストウルフの牙を納品してください。
期限 常時受け付け
報酬 1組70G
︱︱ マイナーエントの討伐 ︱︱
﹃初心者殺し﹄で知られるマイナーエントを討伐してください。
注意:討伐証明として人面相を剥ぎ取ってくること。
討伐ができない場合直ちに報告すること。
期限 常時受け付け
報酬 1体440G
317
︱︱ マイナーエントの納品 ︱︱
工芸品に使用するマイナーエントの木材を納品してください。
注意:品質によっては買取できません。
期限 常時受け付け
報酬 1体4800G∼
︱︱ シビレスイセンの葉の採集 ︱︱
虫除けの材料になるシビレスイセンの葉を20束採集してきてくだ
さい。
注意:痺れ毒があるため取扱いに注意すること。
期限 常時受け付け
報酬 280G
︱︱ ゴブリンの納品 ︱︱
肥料にするためのゴブリンの死体を納品してください。
期限 常時受け付け
報酬 1体40G
他にもいくつかあったが主要なところはこんな感じだ。
大体このランクから本格的な魔物の討伐が入ってくる。
ゴブリンが害獣指定されているのは好戦的で頭が悪く人を襲ったり
畑を荒らすうえ、繁殖に人を含む他種族の雌を使うためだ。
318
特に繁殖に関しては1匹見かけたら100匹はいると思えと言われ
るほどで、見つけ次第可能な限り討伐することが義務付けられてい
る。
ゴブリンは雌が生まれづらい分その繁殖力がすさまじく、ゴブリン
クイーンは1週間で約5匹ものゴブリンを生むため、クイーンがい
ると判断されたコロニーは早急に討伐パーティーが組まれるほどだ。
放置すれば際限なく増えるうえ、過去には放置したためにゴブリン
ダンジョン
の群れに呑まれて滅んだ町すら存在する。
現在はアンデッドの巣食う迷宮と化しているため、滅多に人が寄り
付かなくなっている。
意外なのはゴブリンの死体を買取していたところか。
小遣い稼ぎほどの報酬しかないうえ運んでいる間にゴブリンの匂い
が装備に染み付いてしまうため、あまり人気のある依頼ではないよ
うだ。
ポーター
もっとも、冒険者パーティーについて回る荷物小僧は荷物に余裕が
あるときの小遣い稼ぎとして持ち込むため依頼がなくなることはな
い。
それに街道に近い場合は馬車が使えるので、時折大量に持ち込まれ
ることもある。
買い取られた死体は細かく砕かれた後、土と混ぜ合わせて熟成され
る。
熟成を待つ間は定期的にアンデッド化を防ぐための聖水がふりかけ
られ、聖職者による祝福がかけられる。
そして熟成が進むとゴブリン特有のひどい匂いも消え、良質な肥料
となるのだ。
この一連の作業に﹃教会﹄がかかわっているせいで、聖水や聖職者
の派遣でそれなりの﹃お布施﹄が要求されるため、この肥料を使っ
319
た作物は一種のブランド品として扱われるようになった。
そのせいで肥料を買える農家と買えない農家では貧富の差がはげし
くなっているようだ。
ゴブリン自体はそれほど強い魔物ではないため天敵の少ない地域、
すなわち人類の作った安全圏の隅っこに住み着くようになった。
そのため人類とゴブリンは切っても切れぬ関係といえるだろう。
それはともかく
閑話休題、そろそろアルマスに会いに行ってもいい頃合いだろう。
時間指定はされなかったが、早ければ武具を見て回っているのもい
い。
ギルドを出ると活動を始めた屋台の掛け声があちこちからしている。
とりあえず目についた屋台でホーンラビットの串焼きを購入するこ
とにした。
アルマス商会につくとこちらに気付いた丁稚がやってきた。
﹁旦那、今日は何がご入り用で?﹂
﹁会頭と待ち合わせしているカナタという。今お時間大丈夫だろう
か?﹂
鎧の中から聞こえてきた声が思ったより若かったことに一瞬面食ら
ったようだが、こちらの着ている鎧がかなりの業物なのを見て何も
320
言わずに奥へと向かった。
もし鎧を着ていなければどんな反応をされたのだろうかとちょっと
した悪戯心がわいたが、今回来たのは大事な話なので心の隅に追い
やっておく。
待っている間武器を眺めていたが、どれも現代の刃物と比べると見
劣りするものばかりだ。
剣は両刃の物しかなく、斬るより叩き切るといった使い方が正しい
ようなものだ。
特に短剣などはひどく、刀身が分厚く刃も丸いため、切るより衝く
といった使い方しかできなさそうだ。
こちらの武器事情は思っていたより悪いらしい。
まだ一階の大衆向けの物しか見ていないからわからないが、この調
子だと二階の高級品も大して期待できないかもしれない。
こちらの一般的な武器の製造は型に溶けた鉄を流し込んだ後、ある
程度固まったところで薄く叩いて刃を出すという鋳造方式だ。
この製法の利点は型さえあれば一度に大量に生産できることだが、
欠点として粘りが弱くすぐ刃こぼれしたり折れてしまうことだ。
そのためにしょっちゅう買い替える必要がある。
そのせいもあってか手入れの必要もなく威力も高い打撃武器が好ま
れる傾向があるようだ。
なので冒険者からは刀剣類はキワモノ扱いされている。
どちらかといえば貴族や軍隊が好んで使うようだ。
コーナーも刀剣類より打撃系の方が幅が広く取られていた。
おススメ商品と書かれたところには片側がメイス、反対がツルハシ
のようになったバトルピックが並んでいる。
片手で扱えるうえ、貫通と打撃両方に対応しているため人気が高い
ようだ。
321
お値段はなんと小銀貨3枚と大銅貨8枚︵3,800G︶也。
この街の物価でひと月暮らすには最低でも1,500Gはいるため、
約2ヶ月半の生活費を削ると思えばかなり高価な部類だろう。
ちなみに剣は1,300G、短剣は680Gだった。
﹁これはどうも、カナタさん。お待ちしていましたよ﹂
そう言っておくから出てきたのは会頭のアルマスだ。
どうやら直接本人が出迎えに来てくれたことに今回の商談の真剣さ
がうかがえる。
﹁どうですかな、うちの商品は。
他の店より数段質のいいものを取り揃えておりますよ﹂
そう言って自慢げに棚につるされている武具を見上げる。
これで数段上というなら他の店ではどんなゴミ屑を売っているんだ
と言いたくなったが、そこはこらえて同調することにする。
﹁ええ、なかなかいい品揃えだと思います。
特にあのバトルピックなど、敵の弱点を突く特性があって素敵です
ね﹂
﹁ええ、あれはうちの売れ行き商品ですからね。
打撃と貫通、まったく違う特性を併せ持った武器で最近開発された
んですよ﹂
322
こちら答えに上機嫌になって笑うアルマス。
この調子だと俺の作った武器を見てどんな反応をするか心配でなら
ない。
﹁さて、それではこちらへどうぞ。すでに主要な人物はそろってお
りますので﹂
そう言って店の奥へと案内する。
通されたのは以前も来たことのある応接室だ。
違うのは4人の人物がソファに座っていることくらいか。
右からがっしりとした冒険者のような男、同じく筋骨隆々で日に焼
けた男、でっぷりと太ったカイゼル髭の男、神経質そうな男の4人
だ。
皆一様に俺を︱︱いや、鎧を凝視している。
﹁これは素晴らしい!!﹂
初めに口火を切ったのはでっぷり太った男だった。
凝視しているのは数か所、鎧の各パーツにつけられた魔石だ。
﹁これほどの純度の魔石は今までに見たことがない!
一体どこでそれを手に入れたのでしょうか﹂
323
そう言ってまくしたてながら詰め寄ってくる。
それに反応したのが神経質そうな男だ。
﹁ふむ、その鎧の価値は計り知れませんね。一体いくらの値がつく
やら﹂
そう言ってすっと目を細める。
﹁素人判断だが金貨でも出さなきゃ買えなさそうだな﹂
そういったのは冒険者風の男。
日に焼けた男は腕を組み、じっとこちらを見ている。
対応に困ったためアルマスの方に助けを求めるように見ると、よう
やく自己紹介が始まった。
どうも紹介しようとしたところで肥った男が叫んだせいでタイミン
グを失したらしい。
﹁皆様こちらが今回商談にのっていただくカナタさんです﹂
﹁どうも、よろしく﹂と言うと、声の若さに皆それぞれ反応を示し
た。
﹁カナタさんは若くして一人前の鍛冶師だそうで、今回うちに商品
を卸してくださることになりました。
彼の着ているのは自作の魔装具だそうです﹂
ある者は若くしてアルマスと取引することに目を見張り、ある者は
魔装具で驚きの声を上げた。
324
だがその誰もが﹁自作﹂と言うところを疑っているようだ。
無理もないだろう、一人前の鍛冶師として認められるには何十年も
師匠に弟子入りしてようやく認められるものだからだ。
それがぽっと出の青年が師匠さえ分からないのに一人前というのだ
から当たり前だ。
鍛冶師になるにはどこかの鍛冶場に弟子入りするのが当たり前の世
の中で、名も聞かぬ鍛冶師など胡散臭いことこの上ない。
実際そう思ったのか、神経質そうな男はすでに帰り支度を始めてい
る。
﹁大物というからこうして出向いてきたのに、とんだ時間の無駄だ
ったようですね﹂
そう言って立ち上がろうとするのをアルマスが制した。
﹁いやいや、ちょっと待ちなさいな。話はまだこれからだというの
に﹂
そういう目は真剣そのもので、その眼力に押された神経質そうな男
は諦めたように席に座りなおした。
﹁⋮⋮いいでしょう、話だけは聞きます﹂
それを聞いて安心したようにため息をつくアルマス。
﹁まったく、あなたがいなければそもそも商談すら纏まらないとい
うのに﹂
325
そう言って改めて自己紹介を始める。
﹁こちら右から冒険者ギルド職員のカドゥクさんです。
主に皮などの素材を卸してもらいます。これは冒険者の方が狩って
きた素材を一度ギルドの倉庫に保管したものになります。
後で発行される商業ギルドのギルドカードを見せれば冒険者ギルド
の方から直接買い付けができるようになります﹂
﹁次が鉱業組合の職員でベルモさんです。
主に鉱石系の素材を卸してもらいます。
隣がこの町一番の魔石商人でバレンさんです。
3級以上の魔石は彼のところでしか取り扱ってませんので注意して
ください﹂
﹁最後に商業ギルドのサブマスターでマギルさんです。
この後商業ギルドへの登録や鍛冶場の購入などで相談に乗ってもら
います。
それと卸していただく装備の値段についても相談に乗ってもらおう
と思っています。
お恥ずかしながらこれほどの品質の装備は私もいまだに取り扱った
ことがありませんで、値段を決めかねているのですよ﹂
商業ギルドのサブマスはまだ疑っているようなので、サンプルとし
て作ってきた装備を出すことにした。
﹁それならこちらに卸そうと思っている装備を見てもらうのが一番
でしょうね﹂
そう言ってテーブルの上に鎧や剣、槍などを並べていく。
326
あっという間にテーブルを埋め尽くした装備品に皆目を丸くしなが
らもしっかりと鑑定はしているようだ。
﹁ふむ、これまた一段と輝きが違うな。
これさえあれば冒険者たちの生存率もずっと上がるだろう﹂
そう答えたのはカドゥク。
しきりと感心したように装備を眺めている。
一方マギルはというと、
﹁なるほど、確かに今までにない品質の装備ですね。
それで、あとどれほど出せますか?﹂
そう聞いてくる。
こちらは誰かが打ったものを持ってきたのだと納得したようで、す
でにこの装備を作った|誰か︽・・︾と繋ぎをつけるつもりのよう
だ。
どうやら熟練の鍛冶師と取引している若手の行商人という対応にな
っている。
すでに俺が打ったという事実は頭にないようだったので、嫌味も込
めて、
﹁材料さえあればいくらでも﹂
と答えてやる。
﹁まぁいいでしょう、こちらとしても儲けが出ればそれでいですか
らね。
あなたをGランクギルド会員として認めます。
327
Gランク会員は毎月ギルドに所定の手続きをして小銀貨3枚︵3,
000G︶を支払うように。
もし滞るようでしたら会員登録を抹消させていただきます。
明日までに手続きは完了しておくので明日以降にギルドカードをと
りに来てください。
それからこちらの装備ですが、あまり安い値段で売られると他の鍛
冶師の作品が売れなくなるため多少高価に設定しなければなりませ
んね。
見たところ切れ味もよさそうですし剣は2,400Gが妥当でしょ
うかね。
短剣は1,200G、槍は3,200G、片手斧は4,500Gで
いかがでしょうか?﹂
当たり前のように刀剣類は安く、鈍器系の値段は高かった。
ベルモから鉄鉱石に換算した値段を聞いたところ、十分な儲けが出
ていたのでそれで了承することにする。
本当ならもっと剣を推したかったが、これを買った人物の反応が知
というかゴブリンたち
りたかったためあえてこの値段にした。
俺が鍛えた剣はこの世界の一般的な鉄の鎧さえ紙切れのように切り
裂くほどの威力があるが、それは内緒である。
せいぜい驚いてもらおう。
﹁それと鍛冶場をご所望ということだったのでいくつか空き物件を
ピックアップしてきましたが、なにか希望はありますか?﹂
そう言ってマギルは何枚か物件概要の書かれた羊皮紙を差し出して
きた。
328
どれも住居付きの物件で、相当気合を入れてきたと見える。
東大通り︵工業区︶にほど近く、馬車も通りやすくなっているため
荷物の積み下ろしが楽そうだ。
もっともアイテムボックス︵無限︶を使える俺にはどうでもいいこ
とだが。
結局気に入った物件が見つからなかったので南大通り︵商業区︶と
の間にある倉庫街で隣り合っている4棟を購入することにした。
見せられた物件はどれも少人数用で、ゴブリンたちを働かせるには
少々手狭だったのだ。
そこで隣り合った倉庫を改造して鍛冶場にしてしまおうと思ったわ
けだ。
壁をぶち抜いてつなげてしまえば体育館ほどの広さになる。
何より気に入ったのはこの4棟の周囲だけ他よりも広い空間で区切
られていたことだ。
これならいろいろと侵入者対策ができる。
倉庫の窓はどれも跳ね上げ式の板戸だったので、中をのぞかれると
少々厄介なのだ。
一応建物自体を隠蔽結界で覆うため、普通に作業しているように見
せかけるが万が一のこともあり得る。
なので要所ごとにウィザードエントを配置して監視カメラの代わり
に使うことにした。
ウィザードエントはただの枯れ木にしか見えないため、窓から中を
覗こうとすればたちまち蔦で縛られて吊るされることになる。
倉庫の値段はおまけしてもらって全部で大銀貨3枚と銀貨5枚︵3
50,000G︶だった。
329
日本円に換算すると350万円也。
まぁ建物も合せた土地代と思えば安い方だろう。
一括で払うと驚かれたのでちょっと気分がすっきりした。
330
傀儡術 その真価は
その後もいろいろと話し合い、鎧の値段も決められた。
魔道鎧に関しては魔石がなかったため、バレンから購入した後改め
て値段を決めることになった。
バレンからことあるごとに魔石の出所を聞かれそうになったが、そ
ろそろかわし続けるのも億劫になってきたので話題をかえることに
する。
﹁そういえば最近召喚術の改良に成功したんですが見てもらえます
か?
傀儡術というのですが﹂
そう言って練習用の人形を取り出す。
それを見て一番に反応したのはバレンだった。
﹁ほほう、その人形も魔道具のようですな。
しかしそれにしては﹃ルーン﹄が書かれていないようですが﹂
さすが魔石商だけあって違いにすぐ気付いたようだ。
﹁ええ、魔石は扱いやすくするための補助に入れてあるだけですか
ら﹂
そう答えるとますます怪訝そうな顔をする。
﹁まあ百聞は一見に如かずと言いますから、まずは見てもらった方
331
が早いでしょう﹂
そう言って人形にパスを通して立たせる。
それに対する反応は様々だった。
驚く者、理解不能というように眉をしかめる者。
そんな彼らの前で人形を歩かせたり宙返りさせたりしてみる。
集った者はその一つ一つの動作に信じられないものを見るような目
を向けている。
跳び蹴りやサマーソルトなど知っている型をなぞらえるたびにため
リビングメイル
息が漏れ聞こえてくるようだ。
この世界にはゴーレムや生きた鎧が存在することからそれほど驚か
れることはないと思っていたが、どうやら違うようだ。
その証拠に﹁ここまで滑らかな動きをするとは﹂とか﹁俊敏すぎる﹂
というつぶやきが聞こえる。
一通りの型を終えてお辞儀をさせると、その場のすべての目がこち
らを向いた。
一様に説明を求める目だ。
それに急かされるように説明を始める。
﹁まずみなさんゴーレムはご存知かと思います。
原理としてはそれが近いですね﹂
そう前置きして傀儡術の説明をしていく。
時折質問が来るがそれにも丁寧に答えていった。
参考にした死霊術で眉をしかめられたり球体関節のあまりの単純さ
に驚かれながらも、説明が終わるころには全員が納得したように頷
いていた。
自分以外でもできるか試しに残りの人形も出してみたところ、全員
332
が手に取って試し始める。
パス
しかし魔力線が思うようにイメージできず苦戦しているようだ。
現代では電線や電波といった﹃離れたところからでも電気を送る技
術﹄を見慣れていたために意識しやすかったが、こちらでは科学が
未発達なためイメージがわかないらしい。
魔法とは﹃放出﹄するものであり、一度放ってしまえば二度とコン
トロールができないという固定観念が強すぎるせいだ。
そこで両手の人差し指をくっつけて交互に魔力を流し、それを少し
づつ離しながら行うという方法をとってみた。
もちろん指が離れている時は指同士が糸でつながっているイメージ
を強く意識してもらいながらだ。
これにいち早く対応できたのはカドゥクとベルモだった。
両者とも普段から重い荷物を運ぶ関係上、身体強化を使うために魔
力の扱いに慣れていたのが大きいだろう。
一度できてしまえばあとは簡単だった。
というわけで現在応接室の床では人形が5体、生まれたばかりの赤
子よろしく手足をばたつかせている。
それを真剣に見つめる大人が5人、時折﹁もう少しだ﹂とか﹁惜し
い﹂だとか声をもらしながら囲んでいた。
はたから見れば非常に危ない光景だ。
幸いにも応接室には俺たち6人しかいなかったのが救いだろう。
これがもし天下の往来なら通報されること必至である。
全員がパスの扱いをマスターしいざ実践、となったわけだが、やは
り初めはうまくいかないようだ。
333
説明しようにもこちらの世界には操り人形がなかったためいまいち
理解されなかった。
それでもどういうものかはある程度理解してもらえたらしく、赤子
から生まれたての小鹿くらいには進化している。
まだ2足歩行は無理そうだがかなりの進歩だと思う。
見ていて﹁これ4足歩行の台車でもいけるんじゃね?﹂と思ったの
で折を見て作ってみることにした。
なかなかに熱中している5人であるが、そろそろ話が進まないので
戻ってきてもらおう。
﹁どうです、面白いでしょう?
それは差し上げますので訓練用にどうぞ﹂
それに対しておもちゃを与えられた子供の用に返すバレン。
﹁ええ、これは売れますよ!
接続部分の銀を除けば安価に製造できますし、銀も代用素材でいけ
ます。
子供のおもちゃにできますし魔力操作の訓練にもピッタリです!!﹂
﹁それだけじゃねぇ、さっきの動きを見るに実戦でも使えるんだろ
?﹂
そう聞いてきたのはカドゥク。
先ほどの型が実戦の動きを想定していたのを見抜いたようだ。
334
﹁ええ、実際ゴブリンと戦闘してみましたが十分に実用可能ですね。
さすがにフォレストウルフなんかの動きの速いのは無理でしたけど、
知能が低い魔物相手なら十分な戦力になるでしょう﹂
﹁近接戦闘が苦手な魔法使いが身を守るのにもちょうどいいでしょ
うね﹂
腕を組んで顎に手を当てながら答えたのはマギル。
﹁戦士職でもこれを使えば最前線に立つ精神的負担を軽減できます
よ。
それに今は訓練用の小型ですが大型のものを作ればそれだけ攻撃力
も上がります。
消費魔力も初めの魔道神経形成以外は微々たるものですし﹂
それに対して5人は巨大な人形が敵を蹴散らすビジョンが浮かんだ
ようだ。
ただ懸念もあったようだ。
﹁しかしそれだと悪人の手に渡った時悪用される恐れがあるだろう﹂
確かにそれはもっともだ。
なので制御補助用の魔石を魔道具にすることにした。
人形の魔石を外し、光魔法で﹃起動時﹄﹃認証﹄﹃個人登録証﹄﹃
赤﹄﹃自爆﹄と焼きこむ。
こうすることで犯罪者は動かせなくなるはずだ。
これに対してバレンが目を見張った。
何か言いたげだが﹁何も聞くなオーラ﹂を出してやるとしぶしぶと
引き下がったようだ。
335
﹁いくつか見たことのない﹃ルーン﹄が混ざっていますな﹂
書かれている文字は細かかったが︻鑑定︼によって文字自体は分か
ったようだ。
詳細を聞かれるのは面倒だったので﹁師匠の研究で偶然できた﹂と
いうことにしてごまかすことにする。
﹁各街の門に設置されている魔道具を解析していた時に偶然見つけ
たルーンだそうですよ。
なんでも個人カードが赤の人物に対して反撃を加えるルーンだそう
で﹂
それに対してしげしげと魔石を見ていたバレンが取り落しそうにな
る。
なにかやましいことでもあったのだろうか。
﹁しかしこの文字数だとゴブリンの魔石だと小さすぎて書き込めま
せんぞ﹂
確かにこの世界の魔道具の作り方は専用の工具で魔石を削って書き
込むため、あまり多くのルーンが書き込めない。
なので専用の魔道具を作ることにした。
﹁それについては当てがあるのでしばらく待ってください﹂
そうして︻傀儡術︼と人形に関してはまた後日、4日後に行うこと
336
にしてお開きになった。
カドゥクとマギルは次はギルドマスターを連れてくるといって帰り、
ベルモはここで聞いたことは口外しないと制約してくれた。
バレンも次回また来ると言い残して去っていく。
ただし全員人形を抱えて終始ご機嫌だったことをここに記しておこ
う。
﹁いやはや、あなたといると話のネタが尽きませんなぁ﹂
ホクホク顔でアルマスが言う。
﹁今回はたまたまですよ﹂
そう言ってアルマスのもとを辞する。
外に出ると太陽が傾きかけたところだった。
思ったより時間がたっていたようだ。
マギルによると倉庫の方は今日から使えるらしいのでさっそく見に
行ってみることにした。
購入した倉庫は東大通りの街門寄りにあるようで、多少音がうるさ
くても問題なさそうだ。
ちなみに倉庫街より奥、南東と南西はスラム街になっていて普通の
人間は滅多に近寄らない。
歩くこと数分で目的の建物は見えてきた。
337
同じ時期に作られたのか4棟とも外観がそっくりだ。
屋根以外が重厚な煉瓦造りで火を扱うこちらとしては火事の心配が
なくてうれしい。
改造も土魔法でさくっと終わらせられそうだ。
中をのぞくとしばらく使われていなかったのか多少埃っぽいが、何
も置かれていなかったので魔法で済ませる。
某サイクロン式掃除機よろしく風魔法で集めて外へポイだ。
同じように他3棟も掃除する。
4棟のうち1棟は以前に改造されたのか中二階があったため、そこ
はそのまま居住スペースにすることにした。
掃除が終わったので次は改造だ。
土魔法で隣り合っている壁をすべて撤去⋮⋮といきたいが、強度的
に心配だったので数か所ほど柱として残しておくことにした。
後は開いた隙間を埋めて仕上げに色をそろえればあっという間に完
成。
おかしなところがないか外をぐるりと回りつつ、等間隔でウィザー
ドエントを召喚して配置していく。
とりあえず外観は問題なかったので次に内装に取り掛かることにす
る。
4棟つながった内部は中心まで光がとどかないほど薄暗い。
採光用の小窓が数か所あるだけなので、明かりの魔道具の配置が必
要だ。
あいにく天井まで届くはしごがないのでウィザードエントに上って
作業する。
若干高さが足りなかったので魔力を多めに渡して成長してもらうと
ちょうどいい具合の高さになったので、光の魔道具を作っては天井
にくっつけていく。
魔道具はすべて銀の線でつながれ、その線は一本になって入り口付
338
近に作った台座に接続してある。
台座に魔石を乗せると魔力が供給され、明かりの魔道具が点灯する
仕組みだ。
次に倉庫の4隅と中央に穴を掘り、︻付与魔術︼で﹃隠蔽﹄の結界
を付与した4級の人口魔石で作った﹃要石﹄を埋めていく。
﹃要石﹄とは文字通り術式の要となる術式の施された魔石のことだ。
発動すると要石を中心に術式が発動される。
通常の結界は術者が魔力を供給し続ける必要があるが、要石を使う
ことでその手間が省ける、いわば魔力タンクのような役割をする。
通常の4級魔石なら魔力供給なしで10数年はもつため、魔力の多
くこもっている人口魔石ならむこう30年くらいは結界が維持でき
るだろう。
ちなみにホーンラビットやゴブリンの1級魔石が魔力を貯め込める
のはわずか数時間であるが、﹃魔物回避﹄のルーンが施されたもの
は子供や旅人の﹃お守り﹄として人気だ。
発動の意思を込めて魔力を流すと、自分を中心に100mほどの範
囲の魔物の気配が分かるようになるという効果がある。
魔石は魔力を使い果たすと砂のように崩れてしまうため、定期的に
魔力を供給するか買い替える必要がある。
また魔道具も長く使うとルーンの負荷に魔石が耐え切れずに砕けて
しまう。
そのため常に魔石の需要がなくなることはない。
鍛冶設備を作る段階になってそういえば煙突を作るのを忘れていた
ことを思い出す。
これがないと倉庫の中が蒸し風呂になってしまう。
339
なので土魔法で入り口から一番奥にある柱に沿うように煙突を立て
た。
それを中心に炉を製作する。
今回のは森で作ったような小型のものではなく、どっしりとした大
型の物、それを4セット作った。
それと大型の溶鉱炉を一つ、こちらは鉄鉱石から鉄を精錬するため
のものだ。
今のところ鉄しか扱う予定がないため一つで十分だろう。
それと忘れていけないのが排気浄化用の設備だ。
こちらでは環境汚染とか気にされずにばんばん燃やされているが、
現代人としてはやっぱり環境には気を使いたい。
というわけで作ってみました空気清浄器︵異世界版︶。
火の魔石に﹃冷却﹄、風の魔石に﹃分離﹄﹃酸素﹄、土の魔石に﹃
結合﹄﹃炭素﹄と書き込んだものを魔力供給用の魔石と一緒に銀で
つくった箱に取り付ける。
それを煙突の中ほどに設置すれば完成だ。
これによって二酸化炭素は酸素に分解され、炭素はダイヤモンドと
して排出されるようになる。
出来上がったダイヤモンドは売るもよし、装飾として武具につける
もよしだ。
その後も細かい調整や工具の配置をしていると、あたりはすっかり
暗くなっていた。
周りは倉庫街なので明かりがついているのはうちの倉庫だけだ。
もしくはすでに改造を施したため工房というべきだろうか、闇の中
にひっそりとたたずむ様はどこか終末的な郷愁をそそられる。
340
工房と言えば名前を付けるべきだろうか。
他の店に倣うなら﹁カナタ工房﹂?
ちょっと語呂が悪いな。
﹁カミギシ工房﹂だと誰の店か伝わりにくいだろうし。
いっそゴブリンが働くから﹁ゴブリン工房﹂はどうだろう。
語呂も悪くない。
そういうわけで工房名はゴブリン工房で決定だ。
さっそくマイナーエントの板材を出して看板を作ることにしよう。
ゴブリンアーティストを召喚して看板作りを頼む。
自分で作ることはしない。
なぜか?
黙秘させてもらう。
とりあえず美術の成績は良くなかったとだけ言っておこう。
看板の製作をゴブリンたちに任せている間こっちはルーン書き込み
用魔道具の製作と、ついでに新作の人形を作ろうと思う。
魔道具の方のベースは銀で、モチーフは上皿天秤にしよう。
オークの魔石に﹃右﹄﹃読込﹄﹃左﹄﹃複写﹄と書き込んで天秤の
中央に設置すれば完成。
右の皿に魔道具を置き、左の皿に魔石を置いて魔力を流すと魔道具
に書かれたルーンを複製するという効果がある。
これならば光魔法で書き込んだ極小のルーンも複製できるだろう。
とりあえず5個作って扱いは商業ギルドに委ねることにする。
341
看板の方はまだできていないようなので人形作りに取り掛かること
にする。
今回作るのは大型の戦闘用人形だ。
手足はマイナーエントの丸太をそのまま使い、胴体はウォーキング
ナッツの丸太を使うことにする。
接続には銀の代わりに﹃魔鉄﹄を使うことにした。
魔鉄は魔力を含んだ鉄で、銀ほどではないが魔力を通しやすい性質
がある。
魔力が淀むほど深い鉱山などで産出され、比較的流通しやすい金属
だ。
ただし鉄と違って特殊な方法でしか精錬できず、失敗すると魔力が
抜けてただのクズ鉄になってしまうという性質もあるため、一部で
は揶揄を込めて﹁劣化ミスリル﹂と呼ばれていたりもする。
そんな魔鉄ではあるが、魔力を通すと強度が格段に上がるため、上
級の冒険者の武具として好まれている。
そして魔鉄にも人工魔石と同様に人工的に生成する方法がある。
それが魔力の淀んだ場所に鉄を放置して魔力にさらすやり方だ。
通常この方法は10年近くかかるが、結界術で魔力の濃度を限界ま
で上げることで数日にまで短縮できる。
ただしこの方法で気をつけねばならないことは魔物の発生である。
ゴーレムの例があるように、無機物とて例外なく魔物化の対象なの
だ。
過去には魔鉄鉱山で魔物が大量発生したなどという事例が事欠かな
い。
コア
そして何より厄介なのが、大抵の魔物が金属や岩で構成されている
ため、非常に防御力が高いことである。
同時に無機物故に疲労や痛みで動きが鈍ることもなく、魔核を破壊
しない限り再生し続けるという特性を持っている。
342
だが悪いことばかりではない。
本体の大部分を構成しているのが魔力を過分に含んだ鉱石であるた
め、アイアン系であれば精錬の必要がないほど高純度の魔鉄が、ロ
ック系ならば魔導触媒となる魔力石︵魔石とは別物だが似た性質を
持つ︶や、余剰魔力が結晶化した魔晶石︵魔石の上位互換︶を採取
できる。
そのため、上級の冒険者たちが一攫千金を求めて討伐に赴くことも
少なくはない。
しかし、彼らが倒すことが可能なのはBランクまでの魔物のため、
Aランクであるアイアンゴーレムなどは放置されることが多々ある。
そのため未だに占拠された魔鉄鉱山は数多く、攻略されることのな
い迷宮と化している。
そんなわけでリスクを伴う魔鉄生成であるが、今回はあえて魔物化
させようと思う。
そもそもアイアンゴーレムがランクA指定されているのは大量に持
ち込まれた鉄を取り込んだことによる巨体とタフネスさが原因であ
るため、小さければそれほどの脅威とは言い難い。
今回魔鉄化させるのは必要最小限、一抱え程度の鉄なため、魔物化
してもせいぜい体長は膝丈程度でしかない。
その程度であれば結界で閉じ込めてさっくりと討伐できる。
戦力の増強は機会があればできるだけしておいた方がいいのだ。
一抱えもある鉄塊を結界で包んで魔力を込める。
ついでなので外で土や石も持ってきて別口で魔力を注いでおく。
343
この程度の量なら明日の昼までには魔化が完了しているだろう。
本日の作業はすべて終了したのでそろそろ寝ることにしようと思っ
たが、居住スペースはまだ何も家具をそろえていないのでベッドす
ら存在しない。
仕方がないのでパラライズスパイダーを召喚して糸を張らせた。
今日のところはこれをハンモック代わりにして寝ようと思う。
344
商人になります︵前書き︶
少し短めです
345
商人になります
翌朝、結界の中を確認するとすでに動く存在があったので確認する
とこんなのだった。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
アーススライム
茶色の不定形粘液生命体。
危険が近づくと石のように固くなる。
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︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
メタルスライム
鈍色の不定形粘液生命体。
危険が近づくと金属のように固くなる。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
さすが安定のスライム。
魔力が濃いところならどこでも発生するな。
他はまだ魔物化していないが、素材としては十分なほどに魔力を含
んでいる。
スライムはさっくり⋮⋮とはいかなかったが倒して、減った分の魔
力を結界に注ぎなおす。
さすがに固いだけあってグラインダーソードを使う羽目になった。
346
地属性スライムは他のスライムみたいに液体状にならなかったので、
魔石を取り出すのは一苦労だ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
アーススライム
Ⅲ等級
茶色のスライム。
普段は液体状だが死ぬと固まって魔力石になる。
齢経た物は体表から魔晶石を生やす。
土属性魔法を使う。
スキル
︻土属性:1︼︻体当たり:2︼︻消化吸収:3︼︻環境適応:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
メタルスライム
Ⅲ等級
鈍色のスライム。
普段は液体状だが死ぬと固まって魔鉄になる。
土属性魔法を使う。
スキル
︻土属性:2︼︻体当たり:2︼︻消化吸収:3︼︻環境適応:3︼
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
他の素材が魔物化するにはもう少しかかりそうなので先に商業ギル
347
ドへ行くことにしよう。
外に出ると空はどんよりと曇っていた。
昼ごろには雨が降り出しそうだ。
この街に来てから晴れの日が続いていたため気にしていなかったが、
冒険をするなら当然雨具も必要なことを忘れていた。
街ゆく人もいつもより少なく、皆厚手のコートを羽織っている。
こちらの雨具というとコートが一般的なようだが、それでは大雨に
は対処できなさそうだ。
自然と屋根のあるところに人が集まるため、通りは閑散としている
ように見える。
おかげで銀鎧を着こんでいる俺は非常に目立っていた。
コートを買うために衣料品店に寄ったため、商業ギルドに来るころ
にはいい時間になっていた。
商業ギルドは冒険者ギルドの斜向かい、ちょうど南大通りと東大通
りがぶつかる角にあるため、衣料品店によると遠回りをする羽目に
なる。
それでも雨が降り出す前には雨具をそろえておきたかったので先に
衣料品店に向かったが、バレンから魔石を買うために再び南大通り
に向かう羽目になるのは後のことである。
商業ギルドの入り口をくぐると銀行のロビーを思わせる造りで、数
人の受け付けがいる以外はシンと静まり返っていた。
受け付けの上には﹁簡易受付﹂と書かれており、その横には﹁本受
付入り口﹂と書かれた扉がある。
どうやら本格的な取引は扉の奥で行うようだ。
348
カウンターで名前をつげると、連絡が行っていたようですぐに奥の
本受付へと通された。
商人は情報が命と言われるように、ここでは情報がお金で取引され
ている。
そのため、他人に聞かれないように個人ブースで取引がされるよう
だ。
ブースには各扉ごとに番号が振られていて、受付であてがわれた部
屋へと通されることになっている。
内部が静かなのはどうやら建物自体に﹃静音﹄の付与が施されてい
るらしい。
受付でいわれた﹁36﹂と書かれた扉に入ると、そこで待っていた
のは目を見張るような美しい女性だった。
銀の長髪に褐色の肌、そしてマリンブルーの瞳がこちらを値踏みす
るように見ている。
何より特徴的なのはその先のとがった長い耳だ。
ファンタジーではおなじみ、いわゆるダークエルフだ。
豊満な胸を支える体は華奢でスラリとしているが柳のようなしなや
かさを合わせ持つ、芸術品のごとき美しさを醸し出している。 それをタイトな服装で包んでいるがゆえに体のラインが浮き出てな
おさら美しい。
まるで美の女神が降臨しているかのような光景に見とれていると、
その沈黙を破ったのは相手からだった。
﹁私を初めて見た者は同じような反応をするわね﹂
﹁特に若いものはそう﹂と目を細め、人差し指で唇をなぞるしぐさ
が妖艶さを醸し出す。
自身の容姿を知り、仕草が相手にどのような影響を与えるのか知っ
349
てその反応を楽しんでいるさまは、まさに獅子がウサギをいたぶる
かの如く自信にあふれている。
思わずぐっと引き込まれそうになったが、わずかに残った理性が危
険信号を放ったため正気に戻ることができた。
もしここが夜の町だったら迷わずルパンダイブをかましていただろ
う。
しかし、美しいバラに棘があるように、この女性に対して毒を感じ
取ったのもまた事実。
それが警戒心を大幅に刺激する。
﹁へぇ、今のを躱すなんて。
なかなかやるじゃない﹂
先に答えを口にしたのもまた彼女だった。
チャーム
﹁﹃魅了﹄の魔法よ。
もしそのまま掛かっていれば、ありもしない契約に手形を切ってい
たところだったのに﹂
﹁惜しいことをしたわ﹂などと平気で口にしている。
マジで何なんだこの女、と思う反面、正気に戻ることができてよか
ったと本気で思う。
そしてそんな相手とこれから話をすると思うと気が滅入ってきた。
﹁そんなに警戒しなくても大丈夫よ。
私が担当する相手に﹃魅了﹄を掛けるのは初めの一度だけだから﹂
﹁その保証は?﹂
﹁無いわね﹂
350
あっさりと白状するも、﹁商業ギルドの名に懸けて、信じてほしい
と言う他ないわね﹂と続ける。
﹁もし掛かっていたら?﹂
﹁その時はほら、中には商談に﹃魅了﹄を使ってくる相手もいるわ
よってことでちょっとした授業料をもらうつもりだったわ﹂
﹁ね?﹂と両手を合わせ、首をかしげる仕草が実にあざとい。
しかもそれが天使の笑顔に見えてしまうものだからたちが悪い。
﹁それよりもあなたでしょ、マギルが夢中で人形遊びしてるせいで
業務が滞ってるんだから﹂
いかにも﹁怒ってます﹂というように腰に手を当てて詰め寄ってく
る。
﹁私にも頂戴!﹂
そう言って両手を差し出してくる。
まるでおもちゃをせがむ子供の用に。
あまりの気迫につい人形を渡してしまったのを責めるのは酷だろう。
ヒト
当の本人は﹁わ∼い!﹂と人形を抱きしめてくるくると回っている。
マジで何なんだ、この女性は。
もはやこちらのことなどそっちのけである。
さっそく人形を立たせようとうんうんうなっているが、人形は手足
パス
をバタつかせるだけだ。
あっさりと回路を通しているあたり只者ではなさそうだが。
351
こちらのそんな視線に気づいたのか、女性もようやく正気に戻った
ようだ。
軽く咳払いしてごまかそうとしているあたり、どうやら素で忘れら
れていたらしい。
﹁初めまして、私がこの商業ギルドセリュー店のギルドマスターを
しているアローネよ。
あなたのことはマギルから聞いているわ﹂
﹁優秀な開発者なんですってね﹂と繕うように言う。
ギルドマスターが直々に出てきたことに驚きつつも、こんなのがギ
ルドマスターで大丈夫なんだろうかと心配になる。
人が集まるギルドは知識の積み重ねであるため、自然と長命種が要
職に就くことが多い。
そういったものは齢経て精神が摩耗するものであるため、案外この
ダークエルフは若いのかもしれない。
現代知識
﹁どうも初めまして、カナタです。
自分はただ師匠の残した資料を流用しているだけなので、優秀だな
んてことはないですよ﹂
﹁そんな謙遜して。知識を生かせるのは優秀な証拠よ﹂
日本人の性でつい謙遜すると、相手はどうやら勤勉だと受け取った
らしい。
﹁それで商業ギルドへの登録だったわね。
手続きはできているから、あとはこちらに魔力を通してくれればカ
ードが発行されるわ﹂
352
そう言って冒険者ギルドでも見たことのある魔道具を差し出してき
た。
魔力を流すとカチリとカードが外れて文字が浮かび上がる。
カードに魔力を流すと金貨袋の紋様が緑色に発光しながら浮かび上
がったので問題なく登録できたようだ。
ランクはFとなっていて、これで今日から駆け出し商人だ。
﹁問題なく登録されてるわね。
さっそくで悪いけど今月の会員料、小銀貨3枚支払ってもらえるか
しら?
なければ2ヶ月まで滞納できるわよ。
3ヶ月たっても支払われないと登録が抹消されるから注意してね﹂
ということなので素直に小銀貨3枚を渡す。
﹁これであなたも立派な商人よ。
しっかり稼いできてね﹂
そう言って見送られながら商業ギルドを後にしたのだった。
353
商人になります︵後書き︶
アローネは設定段階ではもっとクールなはずだったのに
どうしてこうなった⋮⋮orz
354
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9958cf/
Monster Master in the Re:
birth world
2016年7月18日04時42分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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