...

人間工学的な側面から 輸液バッグの識別性向上を

by user

on
Category: Documents
4

views

Report

Comments

Transcript

人間工学的な側面から 輸液バッグの識別性向上を
リスクマネジメントの視点から
人間工学的な側面から
輸液バッグの識別性向上をめざした
表示デザイン設計
∼輸液バッグデザインのリニュアル∼
厚生労働省「医薬品・医療用具等対策部会」輸液ワーキンググループ
のメンバーとして、人間工学の視点から輸液製剤の包装や容器、形態の
あり方を検討された早稲田大学理工学部教授の小松原明哲先生にお話を
うかがいました。 また、小松原先生は、今回、株式会社大 製薬工場(以
下、大 製薬)の輸液バッグ全 57 種類(上市予定を含む)のリニュアル
早稲田大学理工学部
経営システム工学科教授
を指導されました。
小松原 明哲先生
ます。 こうした労働にかかわる諸条件の検討がエ
特
集
人間工学と
ヒューマンエラー
ルゴノミクス研究といえ、この流れは、労働基準
法などに引き継がれているものです。 一方、米国
を起源とする人間工学は、航空機事故に端を発し
ているといわれています。 人間が扱う道具や機械
ヒューマンエラー対策と密接な関係を持つ
人間工学
人間工学とは何か、教えてください。
5
は、使いやすくなくては操作ミスが多発してしまう。
そこで、いかに人間の能力に適合したシステムを
設計するかという観点からスタートしています。
小松原 人間工学には、欧州を起源とするエルゴ
このように、人間工学は、エルゴノミクスとヒュ
ノミクスと、米国起源のヒューマンファクターズの
ーマンファクターズの流れがありますが、いずれ
二つの流れがあります。 エルゴノミクスの歴史は
も人間の能力や特性をベースにした設計技術であ
古く、産業医学の一つの流れということが出来る
り、ヒューマンエラー対策とは密接な関係を持つ
と思います。 例えば、工場では労働時間が長いと、
領域でもあります。
労働者に疾病などの健康問題が発生するだけでは
医療のリスクマネジメントでもヒューマンエ
なく、疲労から労働者がミスを起こし、不良品が
ラーが課題になっていますが、そもそもヒューマ
多発するなどの経営的問題が起こります。 これを
ンエラーとは、どういうことでしょうか?
防ぐためには、労働時間をはじめとする労働基準
小松原 ヒューマンエラーは、定められた標準か
を定め、遵守することが大切で、これにより労使
らの逸脱と定義されます。 標準とは、法律や規則、
ともによい関係(win win 関係)を築くことができ
ルール、手順マニュアルなどで明示されている場
リスクマネジメントの視点から
合のほか、社会的常識で暗黙的に決まっているこ
届かないうっかりとなったり、あるいは夜勤などで
ともあります。
はぼんやりなどとなって、不注意となってしまうよ
ヒューマンエラーはしばしば、サーカスの綱渡
うなそもそもの土壌があるようです。 これに輪を
りで例えられます。 綱渡りでは、綱を渡ることが
掛けて、そもそも病院では、似たような疾病の似
定められた標準です。 このとき、何らかの理由で
たような年齢の患者さんが似たような病院着を着て、
綱から落ちたらヒューマンエラーです。 ちなみに
似たような外観のお薬を与薬されていますから、
ヒューマンエラーを起こして床に叩きつけられた
うっかりぼんやりの中でも、取違いが非常に発生し
ら人身事故(労災)、置いてある物を壊したら物損
やすい状況にあるといえます。 こうなると、個人
事故ということです。 しかし、綱から落ちても、
の注意や努力だけでは、エラーを回避するのは困
下にいる誰かが受け止めたり、セーフティネットが
難になってきます。
張ってあれば事故にはつながりません。
ヒューマンエラーなどを防ぐ対策として SHEL
つまり、事故を起こさないためには、①ヒュー
モデルや 4M4E を使った分析方法がありますね。
マンエラー自体をなくす、②エラーがあっても事
小松原 4 M は米 国 航 空 宇 宙 局( N A S A )で 生
故につなげない対策を講じる、という2 通りが考
まれた考え方です。Man(人間)、Machine(設
えられることになります。 両者ともに重要ですが、
備機器)、Media(環境)、Management(管理)
とりわけ、そもそもエラーを起こさない、起こさ
の 4 つの M のどこかに問題があれば、ヒューマン
せない対策が重要です。
エラーはたやすく起こるから、この 4 つの M をバ
ランスよく管理することが重要といっています。
医療従事者に多いのは
意図しないエラー
医療分野ではどのようなヒューマンエラーが
一方、SHEL モデルは、航空領域から提案されて
きたもので、ご存知のように、自分自身(Liveware
特
集
L)は、手順や規則などのソフト(Software S)、
多いのでしょうか?
道具や設備などのハード(Hardware H)を使い
小松原 ヒューマンエラーには、意図したエラー
ながら、ある環境(Environment E)のものとで、
と意図しないエラーの 2 つの形態があります。 意
上司や同僚など(L)との関係で仕事をしていると
図したエラーとは、“やってはいけない”
“こうしな
いうことを示しています。4Mとの関係でいえば、
くてはならない ”などと自覚しているが、ついつ
Media の中の人的環境と、Machine の使用規則
い面倒くさいなどの理由で手抜きをされてしまう
がそれぞれ独立しているといえるでしょう。 航空
ようなものです。 本人の意識、態度を改めなくて
領域では、定められたオペレーションルールを守
はなりません。
りながら、機長は他のクルーや地上管制官などと
一方、意図しないエラーとは、いわゆるうっか
チームワークで航空機を運行していることから、S
りぼんやりなどといわれるもので、本人はきちん
とL が独立して強調されているのだと思います。
とやろうと思っているのだが、本人も無意識のう
余談ですが、医療機関では、4M4E や、SHEL
ちに違うことをしている、というようなものです。
モデルでインシデントを分析される例が多いと思
インシデントレポートを拝見しますと、医療機関で
いますが、共に対策を講じるための考え方として
は、この意図しないエラーが非常に多いようです。
知っておけばよいでしょう。 何が申し上げたいか、
医療従事者の皆さんは、真面目が故に、逆に仕
というと、ヒューマンエラーを起こした本人の問
事を抱え込んで忙しくなってしまい、注意が行き
題だけでなく、環境や機器などのさまざまな要素
6
図1 デザインのリニュアルコンセプト
にも対策訴求の視野を広げましょう、ということです。
ヒューマンエラーは単一原因で起こることはほとん
リニュアルコンセプト1
明瞭性の向上
どありませんから、真の原因を求めようと、分析に
必要以上に頭を悩ませないように、ということです。
むしろ、ヒューマンエラーは多くの要因が絡まって
きていることを学び、再発防止に向けての様々な
リニュアルコンセプト2
リニュアルコンセプト3
弁別性、類似性の
コントロール
取違い事例に
対する対策
対策を講じていくための、教育や対策立案の目的に、
監修:早稲田大学理工学部経営システム工学科 教授 小松原 明哲
モデルを用いたインシデント分析を行えばよいと思
います。
小松原 そうですね。 実際に使っている医療従事
者の立場からの発想が欠けていたように思います。
人間工学では利用者の立場からの設計ということで、
人間中心設計のプロセスが重視されています。
輸液バッグの問題点と
リニュアル方針
それで、大 製薬の輸液バッグの表示デザイン
リニュアルをご指導いただきましたが、デザインの
方針をお聞かせください。
小松原 製剤が全部で 57 種類あり、一つひとつの
錯誤または失念による
輸液バッグのエラー
輸液バッグの問題点をどう捉えておられますか?
特
集
小松原 輸液製剤に関連したヒヤリ・ハット事例では、
製剤ごとにデザインを進めると、結果的に他の製剤
と似てしまうことになります。 そこで、デザインを
進めるにあたって、図1に示す 3 つのコンセプトを
もとに、以下の検討方針を立てました。
製剤の取違いや、ダブルバッグ製剤の未開通投与
が報告されています。 製剤の取違えは「し間違い=
錯誤」であり、未開通は「やり忘れ=失念」で、両
者は違うタイプに分類できます。
1 全製剤ともに、一企業としての統一感を
感じさせること。
2 同一系統の製剤は、同一系統らしさ(類似
錯誤については、外観や商標、単位などの表示
性)を感じさせること。 かつ異なる系統同
事項が類似した製品があれば取違いが発生します。
士は、類似性を感じさせない( 弁別性 )
さらにそれらが明瞭でない場合には一段と増加しま
こと。
す。したがって、対策は似せないようにすることと、
3 同一系統の製剤は、同一系統であるとい
それぞれの表示事項を明瞭にすることになります。
う類似性を感じさせるが、お互いに弁別的
失念の方は、し忘れたことを気づかせる対策が
であること。
有効になります。「開通確認」シールはその対策の
一つといえます。
4 一つひとつの製剤においては、医療現場
で必要とされる表示が明瞭であること。
5 バッグ上の表示の位置や、濃度・容量な
利用の安全性から発想した
輸液バッグ表示のリニュアル
現状の輸液バッグを見て、どの点を改善したら
よいと思われましたか?
7
どの表現方法は、ヒューマンインターフェ
ースの設計原則に従い、一貫性を保った
標準化を図ること。
リスクマネジメントの視点から
図3 調査対象病院での輸液バッグの使用の流れ
図2 人間中心設計活動の相互依存性
薬剤部で受け入れ・保管
人間中心設計の
必要性の特定
薬剤部
病棟へ払い出し・病棟で保管
利用状況の
把握と明示
病棟(看護師詰所等)
処方に従い計数調剤・混注
要求事項に対する
設計の評価
システムが特定の
ユーザー及び
組織の要求事項を満足
ユーザーと組織の
要求事項の明示
ベッドサイドへ運搬
処方と照合し、投与準備
患者ベッドサイド
投与・投与中には残液量確認
設計による
解決策の作成
投与終了、バッグを廃棄
ISO13407(JIS-Z8530)
より
小松原明哲, 他 : 人間生活工学6(2), 人間生活工学研究センター 2005 : P28-P35
そのほかに、メーカーからも薬事法上の規定お
人間中心設計とは
よび製造上の制約や要望を聴取しました。
ユーザー要求調査結果から、
デザイン案を作成
「保管時」
「混注時」
「投与時」での
輸液バッグの利用観察
具体的なプロセスをご説明いただけますか。
小松原 人間中心設計に基づいたリニュアルを指
医療現場での要求調査結果をもとにデザイン
案を作成されたわけですね。
小松原 そうです。 要求を満足させるために以下
特
集
の方針でリニュアルを行うことにしました。
導しました。 人間中心設計とは、ISO13407(JISZ8530)に示されている人間工学設計の基本概念
●一番重要となる薬剤名は、明瞭性向上の
です(図2)。 この特徴は、①ユーザー調査を行い、
ために、白地に紺文字で大きくはっきり表
ユーザーの要求を丹念に明確化することと、②設計案
記する。
を作成した後、実際のユーザーの参加を得て、その
●バッグ吊下げ時にどの方向からも見えるよう、
妥当性の検証を行うことを重視している点にあります。
原則として目盛りは両脇に配置。 また、薬
輸液製剤のユーザーである医療従事者を対象
剤名表示などはバッグ中央にまとめて配置。
とした要求調査を指導されたそうですが、調査方法
●系統の類似性を暗示させることを狙って、
をお話いただけますか。
ピクトグラム(図案)を採用。 図案や色は
小松原 大学病院で、経験豊かな看護部長さんと
見た目にアメニティを感じるものを使用する。
薬剤部長さんにヒアリング調査を行うとともに、輸
●リスク管理の観点から、ハイリスクな製剤
液バッグの取り扱われ方の観察調査をしました。 こ
や緊急時に用いられる製剤の明瞭性と弁別
の病院の輸液製剤の使用の流れは、図 3 に示す通
性を優先して検討。 また、同じ診療科で
りでしたが、特に表示の確認が重要となるのは、「保
用いられる可能性の高いものは優先的に
管時(受入・払出)」「混注時」「ベッドサイドでの
弁別性を高める。
投与時・投与中」でした。
8
リスクマネジメントの視点から
関 心が高くて 前 向きの 評 価 態 度
図4 表示デザインのリニュアル前後(糖液5%の場合)
旧
が 期 待 で きる一方で、各種の製
新
剤にはなじみがなく、先入観のな
優しいイメージのピクトグラムを使用
い評価が得られるためです。 実験
表示は中央部にまとまりをもって
によってデザインを一部修正し、
白地に紺文字で表示を明瞭に
再度、医療機関でのヒアリング調
残量目盛りは原則的に左右に
査を行いました。 評価者は、輸液
製剤の取り扱い経験のある看護師
補助表記
17 名と薬剤師 15 名です。 その
ポート付近には表示をしない
結果、今回のデザインの基本的な
考え方、中でも、白地に薬剤名を
表示した点には高い評価を得ました。
そして、デザイナーと打ち合わせながら図 4 のデ
なお、調査した看護師さんは、患者さんに投与す
ザイン案を作成しました。
るときに製剤の説明をしており、この時に「識別し
やすいので、患者さんも安心するだろう」という感
想でした。
新しいデザインになっても慣れるまでに時間が
検証調査と確認実験
特
集
かかることも予想されます。
小松原 携帯電話を買い換えた場合なども同じで
すね。 この点は確かに心配されなくてはなりません
が、しかしだからといって現状のままではエラーは
最終デザインは
高い評価を得る
作成されたデザイン案の検証はどのような方法
ンで絶対にエラーがなくなるということはあり得ま
せん。 確率論的な意味でエラーの発生率が格段に
で実施されましたか?
抑止される“ベターなデザイン”であるということ
小松原 まず、デザイン案の現物モデルをつくって、
は理解していただく必要があります。 しかし今回の
医療従事者に提示して意見をもらう検証調査を行い
人間工学的な対策をひとつのモデルとして、医療
ました。 関東と関西の総合病院など5 施設で、病
事故を抑止する様々な取り組みが着実に進めばあり
棟での保管時、混注時、投与時を想定して、ベテ
がたいことと思います。
ラン看護師さんにヒアリングをしました。 いくつか
のコメントをいただき、それをもとにデザインを固
めました。
リニュアル目標である取違い防止に関する評価
の方法についてお話し願います。
小松原 現行デザインと新デザインの評価実験を大
製薬の新人医療情報職 80 名を被験者に行いまし
た。 新人医療情報職を被験者としたのは、医療に
9
抑止されません。 ところで、リニュアルしたデザイ
Fly UP