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タンザニアにおけるコミュニティ・ツーリズムの 持続的地域貢献の可能性と
日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 《論 文》 タンザニアにおけるコミュニティ・ツーリズムの 持続的地域貢献の可能性と限界 ― Butler の観光の発展モデルの視座から ― な か じ ま ま み 中嶋 真美 玉川大学文学部 教授 This study aims to examine the possibilities and limits of sustainable local development and contribution through CommunityBased Tourism(CBT)in Tanzania from the perspective of Butler’s Tourist Area Cycle of Evolution. Tanzania Cultural Tourism Programme(TCTP)has been conducted for many years to contribute a local development in many ways which the local people really want to realize. However, there is variability in degree of profits and benefits according to each TCTP site. Moreover, there is also a considerable difference between a local community and Ministry of Natural Resources and Tourism(MNRT)in terms of what they mean by“development.”MNRT regards increasing the number of TCTP sites as one of the goals, but the local people don’t regard it as their“development.”To realize sustainable contributions to local communities, as well as holistic development of TCTP, there should be a unified vision of“development”in order to make up for the discrepancies between the stakeholders and to review the role of TCTP. キーワード:コミュニティ・ツーリズム、地域貢献、バトラー・モデル、観光地ライフサイクル、タンザニア Keywords:community-based tourism, local contribution, Butler’s Tourist Area Cycle of Evolution, Tourism Area Life Cycle (TALC),Tanzania 1.はじめに(背景・目的・手法) TZ の CBT による開発効果については セック(1976)をはじめ、数多くの学術 UNWTO(2015)によれば、2012年以 これまでにも複数の論考があり 的蓄積がなされてきている。 降、タンザニア(以下、TZ)への渡航者 (Nelson、2003;中嶋、2007他;Mgonja 上記に加え、地域規模の拡大、或いは 数は百万人を超え年々増加傾向にある。 他、2015) 、地域社会への開発効果につい サイト数の単純な増加、観光客数の増加 TZ は野生生物鑑賞を中心としたサファ ても Hall and Richards(2000)や Wood といった「数の発展」を望むタンザニア リ・ツアーの目的地として有名だが、その (2002)などによって議論が深められてき 政府の観光開発方針が適切であるか否か サファリ・ツアーの合間に楽しめる観光と た。これらの先行研究からも、それぞれ については、更なる検討が必要な段階に し て 国 内 各 地 で Community-Based の CBT 実施による効果が存在すること 来ている。今後の観光を用いた地域開発 Tourism(以下、CBT )が展開されてい は明白であるが、果たしてプログラムを を考える上では、従来の発展モデルだけ る。タンザニア政府は120~130ともいわれ 長期間継続実施することが持続可能な地 では見えてこない現実を明らかにし、質 る民族の特性を生かした観光の振興に力 域貢献や発展を達成することに繋がるの の上での発展やステークホルダーにとっ を入れており、地域住民の観光事業への か に つ い て は 疑 問 が 残 る。と り わ け、 ての満足のいく成果についての議論も必 1 参画と収益の分配を目指してきた。とりわ CBT ステークホルダー間でも利益享受 要である。 け1996年以降、タンザニア政府観光局(以 や認識については明らかな相違があり したがって本研究では、 発展を考える一 2 下、TTB)と海外開発援助組織の SNV (中嶋、2012) 、何をもって「発展」とす つの視座としてバトラー(1980)による観 との協働により開発されたプログラムの るかについては議論の余地がある。観光 光の発展モデル(Tourist Area Cycle of Tanzania Cultural Tourism Programme 現象をとらえる場合、一つの視座として Evolution)を分析枠組みに援用する。バ (以下、TCTP)がタンザニア国内のCBT 「数」に着目することは妥当であろう。各 トラーによる観光の発展モデルは多くの としては有名で実施地区(サイト )数も 観光地がどのように発展・衰退してきた Tourism Area Life Cycle(TALC)の 基 拡大傾向にある。だが現実にこのプログラ のかについての事例研究も数多く存在し 盤的概念と位置づけられている ムが事業として全て順調に発展している ており、観光地の発展段階論およびモデ (Lagiewski、2006) 。本稿では調査地のプ かといえば、そうではない。 ル提示についてはスロー(1973)やミオ ログラム実施年数と観光客数の変遷の軌 3 -101- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 跡を考慮し、特に完成段階/停滞期以降 る聞き取り調査の対象者はギレシ地区住 で増加し、現在では CBT の草分け的存 の展開に着目する 。TZ において CBT の 民35名、パンガニ地区観光業関係者7名 在として定着している。具体的には、主 4 先駆的事例を数多く有する TCTP の初期 (インターン生含む)の計42名である。 て村落内を散策したり、地域住民の暮ら 状況と現況を比較することにより、CBT における発展とは何か、そして地域貢献の 可能性とその限界についてバトラーモデ に第一次産業を主とする村落地域におい 2.タンザニアにおけるコミュニティ・ ツーリズム しぶりを見学・体験するといったツアー 内容が用意されている。また観光に適し ルを基に考察・検討することを目的とし コミュニティという語はその意味する た自然資源が豊富な地域では資源を活用 た。 ものに対し諸説あるが、観光開発に対す したトレッキングやキャンプ、ボートツ 研究手法は文献研究および現地調査に る Community-based approach の敷衍に アーなどを実施するケースもある。いず よるデータ分析である。2015年度の調査 より、その概念は社会的にも空間的な意 れの場合も利益の一部(観光客が支払う 期間は8月5日から21日の計16日間であ 味でも曖昧な使われ方をしている場合が プログラム参加費の一部)を開発支援費 り主に地域住民への半構造化インタビ 多い(Hall and Richards、2000) 。そして として基金化することで地域内の教育設 ュー、参与観察を主とした。ただしプロ 各事例により柔軟な解釈が行われている 備の改善やインフラ向上など地域ニーズ グラム導入初期と現状の比較考察のた のが実情である。観光の文脈においてコ の高い問題解決に貢献する仕組みとなっ め、2001年度及び2012年度の面接法によ ミュニティとは、主としてある地域に居 ており、観光による住民参加型の社会開 る地域住民及び関係者へのインタビュー 住する人々が有する共通の社会的特性や 発手法として効果に対する期待感も見ら 調査結果も使用している 。調査対象地は 目的の存在と同一視されるものである、 れる(図2) 。 タンザニア連合共和国アルーシャ州とタ ということが前提となっている(Hall SNV による TCTP の開発は貧困削減 ンガ州で、アルーシャ市近郊の複数村落 and Richards、2000) 。Wood(2002)に に主眼が置かれ、ガイドやキャンプサイ の中から主たる事例地としてギレシ地区 よれば、CBTは基本的に①コミュニティ トの警備員、観光客の送迎ドライバーと と、観光資源が異なるプログラムとして 所管のもの、②家族もしくは集団に主導 いった仕事や食事・土産物の準備のため 国内東部にある沿岸地域のパンガニ地区 されたもの、③コミュニティや家族と外 の女性グループ活動等といった雇用機会 を取り上げた(図1)。いずれも主にCBT 部のビジネスパートナーとのジョイン の創出により、地域社会及び地域住民が 実施サイトのコーディネーター、ガイド、 ト・ベンチャーであるもの、の3形態の 直接的に利益を得られることから貧困緩 料理や土産物製作、アトラクション担当 いずれかを取り、その利益の大部分がコ 和策として機能してきた。その効果から の女性地域住民、および CBT 運営に関 ミュニティに残るものと位置づけられて TCTP の幾つかの地区は UNWTO の貧 与する観光関連事業者、政府観光局関係 いる。 困削減プロジェクトである ST-EP7に指 者を対象にインタビュー調査を実施し 先述の通り、TZ においては TTB と 定されている。TCTP 実施地域はサファ た。 パンガニ地区については観光ガイド・ SNV によるジョイント・ベンチャー形式 リ・ツアーの中心的催行地である北部に インターンシッププログラムに参加中の で1996年に TCTP の運営が開始された。 多く存在するが、近年はタンザニア天然 学生も聞き取り対象とした。面接法によ 当初3か所だった実施地区も60か所にま 資源観光省(MNRT)による南部や沿岸 5 図1.調査対象地の位置 図2.CBT 参加と利益還元の仕組み ギレシ地区 (アルーシャ州) パンガニ地区 (タンガ州) (出所:駐日タンザニア連合共和国大使館 HP6から転載。 筆者加筆により作成。) (出所:調査結果をもとに筆者作成) -102- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 部の観光開発も進み、それに伴い TCTP ヨーロッパを念頭に提示されたものであ の実施地域も拡大してきている。このよ るが、現代においては観光資源となる自 うにTCTPが地域発展に寄与する事例も 然資源が豊富な場所、言い換えれば他に ある中で(中嶋、2007他)、近年では運営 収益資源の少ない途上国等の観光地開発 が上手くいかず衰退する地域も見られ を見る上で注目に値する。これらの議論 る。 をふまえ、環境、開発、異文化接触など、 E)加速的に減少。回復の見込みなし。 観光に関わる諸分野との関わりから、さ 一連の観光の発展段階については、上 3.観光の発展モデル らに途上国の観光開発に関わる議論が展 記の通り、その特徴を挙げ概念化するこ 3-1.観光の発展モデルの系譜 開されることになった。 とができる。しかし、全ての地域が同様 護に努めることで、成長を維持。 C)下向きになったカーブを、緩やかな 後退に維持の可能性もあり。 D)他の観光地との競争力を失い、大き く減少。 な発展段階を経るわけではなく、曲線の 観光地の発展段階に対する議論は、早 くにはマス・ツーリズムの揺籃期の1950 3-2.バトラーの観光の発展モデル 形は様々な変数により変化する。たとえ 年代に始まっている(石井、2002)。最も 以上のような様々な議論が展開される ば、地域、発展スピード、来訪者数、ア 現代的な課題であるサステイナブル・ 中、観光開発に関する議論の中でもっと クセスの良し悪し、政府の政策、類似の ツーリズムに関わる研究においても、ま も大きなインパクトを与えたものに、バ 競争観光地の存在、などである(バト た観光地のマーケティングという文脈に トラーによる観光地の発展段階に関する ラー、1980) 。また、各段階の特徴も当該 おいても、観光地の発展段階についての 論 考 が あ る(Oppermann and Chon、 観光地により顕著な場合と一部が発現す 考察は示唆に富むところが多い。観光地 1997)。バトラー(1980)は商品のライフ る場合があり、その様相は多様である。 の変遷は、観光者の好みやニーズの変化、 サイクル概念を援用し、時間の経過とと ハード面の施設のたえざる自然劣化と適 もに観光客数は増加していくが適性収容 4. 「発展」とは何か 宜の改修、当該観光地本来の人気の源で 能力の限界を迎えると最後には下降線を 4-1.発展観 あった自然ないし文化的魅力の変化(時 たどる、という観光地の発展パターン (以 先述の通り、バトラーモデル上では時 には消滅)などを含む多様な要因によっ 下、バトラーモデル)を以下の6段階 間の経過に伴う来訪者数の増加が一定の (図3)に分けて提示した 。 「発展」を示しているが、CBT 実施地域 観光が一連の経過をたどって発展また ● exploration stage 探検段階 や関係者にとってはどのように捉えられ は衰退するという考えは、これまでも ● involvement 参加段階 ているのか。 様々な研究者によって指摘されている。 ● development 発展段階 2012年および2015年に実施したインタ ドフェール(1954)は、観光地がある種 ● consolidation 完成段階 ビュー結果によれば、TCTP の推進を主 のパターンを辿り、一定の段階を経て発 ● stagnation 停滞期 張する政府関係者の考える「発展」と地 展するという考えを示した最初の人物で ● decline 衰退期もしくは rejuvenation 域住民の捉える「発展」は必ずしも一致 てもたらされる(バトラー、1980)。 あると言われており、のちのプロッグ 8 はしていない。タンザニア政府天然資源 再生期 とくに、図3における停滞期後の曲線 観光省観光局長のM氏(2012年当時)に に 通 じ る 議 論 を 展 開 し て い る(石 井、 の方向は、以下の5種に分類される。 よれば、 「TZには130もの部族があり、そ 2002)。ま た、ク リ ス タ ラ ー(1963)は A)再開発に成功。成長と拡大化。 れぞれに素晴らしい文化を維持してい B)多少の改善と調整を加え、資源の保 る。国土の広さや自然の豊かさなどから (1972)やバトラー(1980)の発展段階論 「観光地は辺境(periphery)に立地する」 も多様なアトラクションを提供する潜在 と論じ、ビジネスや教育目的(知的関心 の満足)を基礎とする周遊型観光と区別 図3.バトラーの観光の発展モデル 性をもっており、各地での開発をうまく し、スポーツ、レジャー、休養目的の長 進めることが出来れば発展の可能性は大 期滞在用の観光地、今でいうリゾート論 きい。 いずれはこれらの130の部族が文化 を展開した。また、観光は①発見段階、 の独自性を強みにしながら、 130タイプの ②地元の人達の参加と利用、③制度化さ プログラムを展開できるようにしたい」 れた観光、という3段階を経て発展する と今後のTCTPの発展像について言及し という仮説をノロンハ(1976)が提示し た。また「アトラクションにバリエーシ ており、発展段階に明らかに影響を及ぼ ョンが出れば観光客の選択肢が増え、滞 す観光客の分類についてはコーエン 在日数の増加による事業拡大や収益増 加、観光促進による他のメリットも見込 (1978)が論を展開している。中でも、ク リスタラーの観光辺境立地論は、元来西 (出所:バトラー、2006) -103- めるのではないか」と述べた。ここで述 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 べられた「発展」観は、あくまでサイト 表1 TCTP の実施状況に関する住民意 数の増加という数字の上での発展を意味 識(全35名) している。しかしながら、TCTP の各実 選択肢 施サイトでは「サイト数の増加」は必ず しも歓迎される状況にはないことが調査 結果から明らかとなった。以下は、アルー シャ州ギレシ地区とタンガ州パンガニ地 区で実施した調査結果である。 人 数 % 規模拡大 8 23 変動なし 4 11 規模縮小 22 63 わからない 1 3 図5.2001年の開発効果への期待感 (出所:2015年8月調査データより筆者作成) 4-2.各実施サイトから見た「発展」 様式の変化」 「自然・環境変化」 「歓待の 4-2-1.アルーシャ州ギレシ地区 姿勢の欠如・減少」といった回答が目立 ギレシ地区はアルーシャ市北部のメ った。とりわけ「コーディネーターの体 ル ー 山 麓 に 位 置 す る。TCTP 開 始 時 調不良」の影響は大きく捉えられ、今後 (1996)のパイロットプログラム3か所の に対する不安の声も多く聞かれた。同地 うちの1か所で TZ 国内での CBT 実施の 区は当初、小学校の教育設備・医療設備・ 歴史は長い。市街地からもアクセスが良 生活インフラの改善を主目標に置いてお いため、TCTP サイトの中でも運営が円 り、現在に至るまでの約20年間で、その 滑に進んできた地域であるが、近年は近 成果は小学校にとどまらず、 中学校施設、 隣地域での類似プログラムの増加等か 水道・電気といったインフラ改善など地 ら、来訪者数は停滞傾向にあり(図4)、 域社会の要望に応じる形で地域発展に貢 これはバトラーモデル上の停滞期後の展 献し、一定の成果は収めている。特に中 開として B ないし C の状態に近い。 学校施設はTCTP実施地域であるギレシ また、 「発展」に対する捉え方に関して 地区だけでなく周辺村落の生徒も利用可 は、2015年の現地調査では事業の現況に 能な成果物であり、地域全体の公共財と し、経済的利益の享受が難しくなってき 関する住民の実感は以下のような結果と して機能しているという特徴がある。 ている。また、2001年調査で調査対象住 なった(表1)。 他方、個人の直接的利益の点では、明 民の91%がTCTPの開発効果に期待を寄 調査対象住民の6割以上がこれまでと らかな成果を見出し難い状況にある。来 せていたが(図5) 、2015年調査では26% 比べ事業規模が縮小した、或いは観光客 訪者数の減少傾向により、ガイド・警備 が直接的利益として観光客から得るお菓 が減少したと実感しており、その理由と 員など従来TCTP関連の仕事を得ていた 子や文具等をあげ、31%がお土産作りや しては「コーディネーターの体調不良(に 者が職を離れるケースもみられ、料理の 商店経営(物販)による利益を挙げたも よる広報活動不足)」を挙げるものが多 提供や土産物製作で少額ながらも収入を のの、37%が個人的な直接利益は皆無と く、次に「類似プログラムの増加」 「生活 得ていた女性グループ活動の頻度も減少 答えた (図6) 。住民からはこれまでの成 (出所:聞き取り調査データより筆者作成) 図6.2015年の開発効果への期待感 (出所:聞き取り調査データより筆者作成) 果に対する満足の声と同時に、 「プログラ ムの継続に異論はないが、前ほどは期待 図4 ギレシ地区来訪者数と総サイト数の変遷 が出来なくなってきた」という声が聞か 18サイト 30サイト れた。 4-2-2.タンガ州パンガニ地区 51サイト パ ン ガ ニ で は、2001 年 か ら Pangani Coast Cultural Tourism Programme (PCCTP) が展開されている。パンガニは 国内北東部の沿岸部に位置し、イスラム 教徒住民が7割を占め、スワヒリとアラ ブの文化を色濃く残す地域である。その 文化的・地理的特性から、同地区では文 化エコツーリズムの推進に尽力してき (出所:聞き取り調査データより筆者作成) -104- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 た。 また地域内には海洋保護地域 (Maziwi プログラムの質の維持・向上を目指し、 マーケティング手法の問題に行きつく。 Island Marine Reserves)があり、ボート 人材育成にも力を入れてきた。過去には 潜在的顧客がいると仮定した場合にも世 ツアーやウミガメ観察など海洋資源を活 UNWTO の ST-EP プログラムの指定も 界情勢や経済状況、自然環境の変化など 用したアトラクションも豊富である。先述 受けているが、市街地には複数の個人旅 といった地域内では対応できない要素の のギレシ地区同様に、TTB を通じた広報 行社が林立し、観光資源(歴史や海洋資 影響を受けることもあり、外的要因によ 活動で集客も行う傍ら、パンガニ沿岸部 源)が共通するため、中には PCCTP で る脆弱性は高く、来訪者数を維持するの にあるリゾートホテル数件と提携し、ホ 経験を積んだあとに名称を含め類似プロ は至難の業と言わざるを得ない。 テルのオプショナルツアーとしてプログ グラムを開業する者もいる。観光客数が 事実、ギレシ地区の近郊には複数の類 ラムを実施するなど独自のプロモーショ 増えるほどに、ガイドの経験値は上がる 似プログラムが存在する。女性主導プロ ン活動にも積極的である。また2007年8 ことから独立する者も増え、結果的に観 グラムとして草分け的な存在のムララ地 月から2010年12月までは先述の UNWTO 光客を奪い合うことにもなっている。ま 区、2010年に新規独立開業したキオガ地 による ST-EP の「PANGANI SAADANI たプログラムの差別化は難しく、独立し 区等である。前者は開始当初より活発な COASTAL PROTECTION」プロジェク た者が行う類似プログラムの質の低下に 運営がなされていたが、実質的運営者は トの一部として指定された経験を持つ。 より風評被害を被るケースも現にある」 女性コーディネーターではなくガイドを これまで CBT 実施の収益により、教育、 と現状抱える問題点を挙げた。 兼務可能な夫であった。近年、その夫の 水道、衛生施設、HIV/AIDS の予防、障 他方、発展的な側面もある。当該地域 他界を契機にプログラム運営が滞り、地 害者支援などを行い、現在は教育支援を 社会に直接裨益するものではないが人材 域内での女性グループによる(アトラク 主としている。観光客から得た参加費の 育成面での貢献は特徴的である。PCCTP ション及び収益源としての)チーズ作り 25%を開発支援費としてPangani District ではドドマ大学の Tourism and Cultural も活動停止の状況にある。また後者のキ Educational Trust Fund にプールし、残 Heritage コースと提携し、毎年約20名の オガ地区は同地区コーディネーター兼ガ りの50%がガイド料、25%が組織運営に 学生インターンを受け入れている。メイ イドがギレシ地区ガイド出身であるた 使用され、会計上の透明性が担保されて ンガイドの P 氏は「パンガニに限らず国 め、自然資源を活用するアトラクション おり、コーディネーターの S 氏によれば 内の観光業のレベルを上げるには人材育 が類似し、地理的にも近い位置にあるた 運営状態は満足とは言えないまでも健全 成は重要である。パンガニは自然だけで めアトラクションの越境利用など問題が かつ順調であるという。実際は観光客が なく文化や歴史もあり、インターンを受 生じている。その他、特徴的なアトラク 減少した年もあるが近年は回復傾向にあ け入れ教育するのには適した場所」と述 ションを有する地域でもコーディネー り(図7) 、バトラーモデル上では B ない べ、実際にタウンガイドに随行した2名 ターの運営手腕や収益配分の公平性に問 し C の状況に近いと考えられる。 のインターン生からも「現場を知るのに 題がある場合、本来地域に還元されるべ 順調な運営を行うパンガニ地区は国指 は適しており、OJTを通じた理解は座学 き利益が十分には還元されず、地域発展 定の海洋保護地域を内包するため、その とは異なるメリットがある」との声があ につながらないことを理由に地域内での 他のTCTP実施サイトに比べて(国立公 り、有効に機能していることが読み取れ 協力が得られず持続しないケースも発生 園隣接のサイトと同様に)観光活用可能 た。P 氏はまた「大学との提携は広報活 している。 な資源に恵まれた土地である。しかし、 動にもなる。パンガニの活動だからパン 問題点も存在する。同氏によれば、類似 ガニにしか貢献しないというのではな 5.考察 プログラムに利益を奪われるケースも少 く、今後の TZ 全土の TCTP の発展を考 来訪者数という数字の上での「発展」 なからずあり、「PCCTP は長年にわたり える上では後進育成は不可欠でもあり、 を考える場合には、事例にあげたギレシ 幅広く関係者が協力することが重要だ」 地区やパンガニ地区は既にバトラーモデ と述べた。 ル上の完成期を経て停滞期を迎えてお 図7.PCCCTP への来訪者数 り、場合によっては衰退期に差し掛かっ (出所:2015年8月調査データより筆者作 成。2011・2012年は正確なデータなし。) 4-2-3.その他地区 ているという見方もできる。ここ数年だ 国立公園や保護区に隣接するサイト等 けの変化ではなくプログラム開始から現 を除けば、TCTP の多くは集客面での問 在までの十数年を1つの発展スパンとし 題を抱えている。観光客の来訪モチベー て捉え、 バトラーモデルに当てはめれば、 ションを高めるような資源がない場合に 大きな流れとしては衰退傾向とみなすの は、観光客数を増加させるのは難しく、 が一般的であろう。停滞や衰退の原因は 最終的にはコーディネーターの手腕や 地域により様々だが、ここで着目すべき -105- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 はいずれのサイトでも共通する要因とし 結果を生じさせている。 退するサイトも複数あり、利益を経常的 に維持できるサイトはかなり限定されて て挙げられた「類似プログラムの増加」 である。 6.結論 いる。原因は(発展の一つの結果ではあ ギレシ、パンガニのいずれもが TCTP バトラーモデルからも分かる通り、観 るものの)類似プログラムの増加やコー 実施の歴史は長く、安定的な運営が行わ 光地は何も手を加えなければいずれは衰 ディネーターへの依存傾向、住民のプロ れてきたと言えるが、順調な運営は即ち 退する。事例に挙げたギレシ地区、パン グラム関与度の低さが挙げられる。とり モデルケースとして追随する類似サイト ガニ地区の発展を個別に捉えれば、バト わけアクセスの良さや観光資源の所有度 の発生・増加を意味する。その結果、先 ラーモデル上では順調に発展を遂げ、現 などといった所与の好条件に頼る部分が 行サイトは従来のレベルほどには利益を 在は停滞期に差し掛かっていると考えら 大きい地域は、目指されてきたほどには 獲得できず、後続サイトは先行サイトほ れる。他方、TCTP というプログラム全 地域住民は能力向上しておらず、結果的 どには観光客を獲得できない。つまり、 体の発展性をとらえる場合にはどうか。 に利益も責任もおのずと中心的な運営者 サイト数の順調な発展がモデルとされた 時間の経過とともにサイト数は増え、タ (コーディネーター) に集中する構造にな 先行サイトの発展には必ずしも繋がって ンザニア全体としての観光客は増加して っていく。衰退傾向のプログラムだけで おらず、また後発サイトにとっては地域 いる。しかし、その観光客数の増加は なく現在円滑な運営がなされている事例 貢献ができるほどの余剰的利益が生み出 TCTP のサイト増加に起因するものとは にもワンマン体制の危うさが常にあり、 せない、というある種の矛盾やジレンマ 限らず、個別のTCTPサイトへの観光客 そこにCBTによる発展の限界がある。ま が現在の TCTP には存在する。停滞期 が(それにより)安定的に増加している た能力開発が進んだガイドは独立し、競 後、観光地がどのような発展(あるいは わけでもない。個別サイトが停滞期以後 合サイトとなることでプログラムの差別 衰退)をするかはバトラーモデル上の分 どのように変化するかの鍵を握るのは、 化が難化し、 観光客の獲得が難しくなる。 岐点においてサイトごとの対策や工夫次 時期的にも内容的な面においても各サイ その観点から言えば、今後は後継の運営 第だが、導入当初はアトラクションの新 トでの適切な改善である。実施サイトの 者育成にも意識を向け、個人依存度の低 規追加などにより比較的容易に対応でき 創意工夫としてはアトラクション強化や い運営体制の確立を目指すことも必要で ていたものが、時間の経過とともにサイ オリジナリティの追及が目指されがちで あろう。 ト間の類似性が目立ち、差別化を図るこ はあるが、各サイトが小規模な努力を重 以上から、CBTの発展を阻害する根本 とが困難になりつつある。 ねてもサイト数の増加スピードに見合っ 的な問題として、政府と地域社会との発 また大資本が関与する観光開発とは異 た改善でなければ、個別サイトの観光客 展観の違いが指摘できる。CBTにおける なり、コミュニティをベースとした小規 が増加するという望ましい結果には繋が 発展は何もサイト数や来訪者数といった 模事業においてはコミュニティの努力の らない。現実には政府がサイトを増やせ 数字だけの問題ではなく質的発展という みで劇的な改善を図ることは極めて困難 ば増やすほど各サイトは停滞もしくは衰 捉え方もありうるが、現在の政府方針は である。バトラー(1980)も指摘する通 退することに繋がっているのである。政 質よりも量に着目して展開される傾向に り、 「それまでの観光が依拠していた魅力 府主導で始まったTCTPはバトラーモデ ある。地域社会が CBT によって持続的 とは全く異なる魅力を引き出すこと」が ルのみを適用し発展を論じることが難し 地域貢献という産物を得続けるために サイトの再生には重要であり、 「多くの場 い状況に至っている。 は、現在のサイト数の増加という発展の 合、再生のためには政府と民間の協力が 本来 CBT は住民参加型であり地域社 目指し方はやはり適切ではない。政府と 必要である」が、実際には、政府の考え 会に裨益する可能性が高いと言われてき 地 域 社 会 と の 発 展 観 の 乖 離 を 狭 め、 る TCTP を用いた観光開発上の「発展」 た。事実、長年にわたる CBT の実施で TCTP プログラム全体としての「発展と 観は民意とは異なる「サイトの増加」を ギレシ地区は住民の要望を形にし、QOL は何か」を問い直す時期に来ている。実 意味するため、上記のような問題の解決 の改善に役立っている。パンガニ地区で 施サイトの個別の努力はもとより、政府 には繋がらないことは明白である。本来、 もスケールメリットは決して大きくはな などによる制度や体制の側面でのサポー CBT は地域社会に裨益する観光形態と いが教育施設の改善に役立てられ、また トも必要である。つまり、持続可能な地 して導入され、とりわけ TZ ではその他 後進世代の育成にも貢献している。他地 域貢献を目指すためには各ステークホル の収益資源がない地域においても広く展 域でも、一部のTCTP関係者に利益範囲 ダー間の目的意識に整合性を持たせるこ 開されてきた。その結果、地域住民が求 がとどまるとしても、所得向上や雇用創 とが肝要である。その上で、TCTP 本来 めるニーズを具現化するツールとして機 出など少なからず実施のメリットは存在 の役割や目的を明確にし、多面的な取り 能してきたが、サイト数増加という事業 している。しかしながら現実には全てが 組みを行う必要があると言える。 の拡大が本来求めていたものとは異なる 望ましい発展を遂げられてはおらず、衰 以上、バトラーモデルを本事例に適用 -106- 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 することでTCTPの段階的特徴や構造上 就労機会に着目して」日本国際観光学 based Tourism in Northern Tanzania: の問題への理解は深まるものの、各サイ 会『日本国際観光学会論文集』第19号、 Increasing Opportunities, Escalating トでの人的クオリティによる事業の持続 pp.33-38. Conflicts and an Uncertain Future’. 可能性への影響力や政府の目指す数によ ・Butler, R.W.(1980)The concept of A TNRF Occasional Paper No.2. pp.1-12. る発展の限界など、実際にはモデル上に Tourist Area Cycle of Evolution, ・Noronha, R (1976) Review of the は浮かび上がってこない課題が存在して Canadian Geographer, ⅩⅩⅣ ,1, pp.5- Sociological Literature on Tourism, おり、バトラーモデル適用の限界が読み 16. World Bank, New York. 取れた。なお、本稿においてはバトラー ・Butler,. R.W.(2006) ‘The concept of 以外のTALCモデルを用いての比較検証 a tourist area cycle of evolution: Tourism には至らなかった。事例地により国内外 Implications for management resources,’ International Thomson Business Press の社会情勢や気候問題、環境、経済、文 The Tourism Area Life Cycle Vol.1: ・Wood, Megan E(2002)Ecotourism: 化的側面など勘案すべき変数は多様であ Applications and Modifications., pp.3- Principle, Practice & Policies for り、現代的な諸問題を考慮した検討を行 12. Sustainability, うためにはより複数のモデルを適用した ・Christaller,, W. (1963)Some considerations 上で詳細な議論を進める必要がある。そ of tourism location in Europe: The の点は今後の課題としたい。 peripherical regions ― underdeveloped countries ― recreation areas. Regional 謝辞 本研究は科研費「基盤研究(C)」(課 ・Oppermann, M. and Chon, K.S.(1997) in Developing Countries, United Nations publication. p.41. ・UNWTO (2014)‘UNWTO Tourism Highlight 2014’, p.11. http://dtxtq4w60xqpw.cloudfront.net/ Science Association Papers XII, Lund sites/all/files/pdf/unwto_highlights14_ Congress, pp.95-105. en.pdf(2014/11/20アクセス) ・Cohen, E.(1978)‘Rethinking the 題番号25501018「タンザニアにおける女 sociology of tourism,’ Annals 性の社会的自立に向けたコミュニティ・ Tourism Research, vol.6, pp.18-35. of 脚注 ツーリズムの有効性」)の助成を受け、成 ・Goodwin, H. and Santilli, R (2009) 果の一部をまとめたものである。よって、 ‘Community-based tourism: a success?’ and Santilli, R(2009)によれば CBT の ICRT & GTZ, ICRT Occasional Paper 歴史は30年を超えており、観光を実施 ここに感謝の意を表する。 11. 主要参考文献 CBTの定義は諸説あるが、Goodwin, H. 1 (及び生産物を提供)することにより、 ・Hall, D. and Richards, G. (2000) 地域社会の社会的、環境的、経済的な Tourism and Sustainable Community 必要性が満たされる発展(開発)手法 ・バ トラーR.W./毛利公孝・石井昭夫 Development, Routledge. pp.297-302. (訳) (2002) 「観光地の発展周期に関す ・Haywood, K.M.(2006) ‘Evolution of tourism tourism の組織として草分け的な位置づけにあ 点」立教大学観光学部『立教大学観光 industry,’ The Tourism Area Life り、TCTP の展開以前から地域開発に 学部紀要』第4号、pp.98-103. Cycle 従事してきた。 観光開発事業としては、 Vol.1: and the SNV はタンザニアにおける開発支援 る考察:観光資源管理のための一視 ・中崎茂(1998) 「観光地域の発展と衰退 areas である、とされる。 2 Applications and Modifications., pp.51-69. これまでに世界各地で CBT による開 ・Lagiewski, R.M.(2006) ‘The application 発支援を実施してきており、とくに の紹介」流通経済大学『社会学部論叢』 of the TALC model: A literature Pro-Poor Tourism(貧困削減のための 8巻2号、pp.97-111. survey,’ The Tourism Area Life Cycle 観光)の事業支援者として知られてい ― バトラーのライフ・サイクルモデル ・中嶋真美(2007)「コミュニティ・ツー リズムにおける「地域住民」の意識と Vol.1: Applications and Modifications., pp.27-50. る。 TCTP は村落単位で運営されることが 3 「観光客」の新たな役割 ― タンザニア ・Mgonja, J.T., Sirima, A., Backman, K.F., 北部の観光開発を事例として ― 」日本 and Backman, S.J. (2015)‘Cultural ラム)サイトと呼ばれている。なお、 国際観光学会『日本国際観光学会論文 community-based tourism in Tanzania: 各サイトの規模はまちまちで、複数村 集』第14号、pp.41-47. Lessons learned and way forward,’ ・中嶋真美(2012) 「タンザニアにおける コミュニティ・ツーリズム発展過程上 の地域内格差 ― 女性グループ活動と Development Southern Africa. Vol.32, Issue3. 多く、それぞれの実施地区は(プログ で運営されるケースもある。 分析あるいは計量単位については、 バト 4 ラーのみならず複数の研究者が研究を ・Nelson, Fred (2003)‘Community- -107- 重ねており (Haywood, 2006;Lagiewski, 日本国際観光学会論文集(第23号)March,2016 2006他) 、また事例地により分析視座や 条件も異なるため、分析・計量単位は研 究対象ごとに変化すると考えられる。本 研究では、調査対象地の変化の軌跡を ベースにバトラーモデルを援用した。 2001年に実施した初回調査ではギレシ 5 地区のCBTに参加している2カ村(ギ レシ村・オルギライ村)から主として 世帯主108名を対象に半構造化インタ ビューを実施した。2012年度調査では、 政府関係者(4名)へのインタビュー を面接法により実施した。 駐日タンザニア連合共和国大使館 HP 6 http://www.tanzaniaembassy.or.jp/ index.html(2015/10/25アクセス) ST-EP: Project Portfolio 7 http://step.unwto.org/step-projects? field_region_omt_value_many_to_ one=CAF&field_civicrm_reference_ contact_id=(2015/11/15アクセス) 発展段階の各stageの和訳である「期」 8 「段階」の言葉の使い分けについては、 毛利・石井(2002)の訳を参考にした。 【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。 】 -108-