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玩具を用いた立体教育 - 就実大学・就実短期大学
『就実論叢』第45号 抜刷 就実大学・就実短期大学 2016年2月29日 発行 玩具を用いた立体教育 A Teaching Method about Solid Figures Using a Toy 原 田 龍 宜 就実論叢 第45号(2015),pp.287-300 玩具を用いた立体教育 A Teaching Method about Solid Figures Using a Toy 就実短期大学生活実践科学科准教授 原 田 龍 宜 概要 小中高のそれぞれの数学教育における図形分野の教育の多くは平面上での図形に 限って行われている。立体に関しての教育は紙媒体(あるいは黒板)で行うことが難 しいせいかもしれない。今回はポリドロンという立体玩具を利用した教育方法の試み についてまとめる。 1 小中高における立体についての数学 少し長くなるが、高校までの教育課程で立体についてどのようなことを学んでいるのか整 理しておきたい。2011年度より施行されている学習指導要領から、関連する部分を抜き出し ながら、それぞれについて検討してみる。 1.1 小学校 第1学年 C 図形 ⑴ 身の回りにあるものの形についての観察や構成などの活動を通して,図形について の理解の基礎となる経験を豊かにする。 ア ものの形を認めたり,形の特徴をとらえたりすること。 イ 前後,左右,上下など方向や位置に関する言葉を正しく用いて,ものの位置を言 い表すこと。 著者の時代の学校の教科書で見た記憶はないが、「左右」については時折大人の中に不確か な者を見る。この時点ですでに3次元の不容易な所が現れている。例えば「鏡の中の自分は 左右は逆になるが上下は逆にならない」という事実に理由を説明できる大人は少ないであろ う。 第2学年 C 図形 ⑴ ものの形についての観察や構成などの活動を通して,図形を構成する要素に着目し, 図形について理解できるようにする。 ア 三角形,四角形について知ること。 イ 正方形,長方形,直角三角形について知ること。 −287− 原田龍宜 ウ 箱の形をしたものについて知ること。 注目すべきは各学年に「立体」と関連した概念が含まれていることだ。ともすると数学にお ける図形とは2次元の箱庭の中でしか取り扱わないものと誤解されがちだが、自分たちの生 きている3次元空間が小学校2年の時点で学習指導要領に現れるのは、学習と生活の乖離を 避ける作成者の意図が感じられる。 第3学年 C 図形 ⑴ 図形についての観察や構成などの活動を通して,図形を構成する要素に着目し,図 形について理解できるようにする。 ア 二等辺三角形,正三角形について知ること。 イ 角について知ること。 ウ 円,球について知ること。また,それらの中心,半径,直径について知ること。 この段階での立体が明示されるのは、球の概念の導入ぐらいである。図形の分野では主に平 面内のものが重視されている。 第4学年 C 図形 ⑴ 図形についての観察や構成などの活動を通して,図形の構成要素及びそれらの位置 関係に着目し,図形についての理解を深める。 ア 直線の平行や垂直の関係について理解すること。 イ 平行四辺形,ひし形,台形について知ること。 ⑵ 図形についての観察や構成などの活動を通して,立体図形について理解できるよう にする。 ア 立方体,直方体について知ること。 イ 直方体に関連して,直線や平面の平行や垂直の関係について理解すること。 ⑶ ものの位置の表し方について理解できるようにする。 立方体、直方体が球より後に順序付けられているのが興味深いが、第1学年に「箱の形をし たもの」という曖昧な概念が出てきているのは、そのためであろう。空間上の垂直や平行が 現れているが交わらない直線の直行等は取り扱っていないと考える。この学年では3次元空 間をある平面で切り取ることで、平行や垂直を表現しているのであろう。 第5学年 C 図形 ⑴ 図形についての観察や構成などの活動を通して,平面図形についての理解を深める。 ア 多角形や正多角形について知ること。 イ 図形の合同について理解すること。 ウ 図形の性質を見いだし,それを用いて図形を調べたり構成したりすること。 −288− 玩具を用いた立体教育 エ 円周率について理解すること。 ⑵ 図形についての観察や構成などの活動を通して,立体図形について理解できるよう にする。 ア 角柱や円柱について知ること。 平面図形ではユークリッド幾何の基礎となる概念が取り扱われている。立体については「柱 体」の概念を導入している。 「B量と測定」の分野で体積の単位 cm3,m3 が取り扱われているが、立体の体積の計算は していないようである。これに先立って第2学年で l,ml,dl と言った単位をかさの単位と して習っている。 第6学年 C 図形 ⑴ 図形についての観察や構成などの活動を通して,平面図形についての理解を深める。 ア 縮図や拡大図について理解すること。 イ 対称な図形について理解すること。 立体図形に関しての具体的記述はないが、第5学年で導入された角柱及び円柱に関して「B 量と測定」で体積の求め方を学習することになっている。 対称な図形とあるが、平面図形の2回対称(線対称・点対称)のみを扱っている。三つ巴 や正五角形は点対称に入れない。三つ巴等を対称と捉えると少し平面内の対称性に多様性が 出るが、(後述の C3 等)平面上ではそれ以上は無い。「対称性」という言葉を2回対称に限 るのはこの段階ではふさわしいとも言えるし、逆に違和感を抱く生徒もいると考える。 1.2 中学校 第1学年では B 図形 ⑴ 観察,操作や実験などの活動を通して,見通しをもって作図したり図形の関係につ いて調べたりして平面図形についての理解を深めるとともに,論理的に考察し表現す る能力を培う。 ア 角の二等分線,線分の垂直二等分線,垂線などの基本的な作図の方法を理解し, それを具体的な場面で活用すること。 イ 平行移動,対称移動及び回転移動について理解し,二つの図形の関係について調 べること。 ⑵ 観察,操作や実験などの活動を通して,空間図形についての理解を深めるとともに, 図形の計量についての能力を伸ばす。 ア 空間における直線や平面の位置関係を知ること。 イ 空間図形を直線や平面図形の運動によって構成されるものととらえたり,空間図 −289− 原田龍宜 形を平面上に表現して平面上の表現から空間図形の性質を読み取ったりすること。 ウ 扇形の弧の長さと面積並びに基本的な柱体,錐(すい)体及び球の表面積と体積 を求めること。 と学習指導要領には入っている、多くの学校がここに書かれているような空間図形の性質を 授業に取り入れているかは疑問が残る。「空間における直線や平面の位置関係」は前述の小 学校での宿題を終わらせているが、易しくはない。 「空間図形を平面図形の運動として捉える」 のは回転体や柱体について、積分論の基礎となるところであるが、高度である。また「観察、 操作や実験などの活動を通して」「柱体、錐体及び球の表面積と体積を求める」のもかなり 手間がかかる。 第2学年、第3学年は省略するが、空間図形に関する記述は一切ない。図形については平 面上の三角形の合同相似条件、円周角、三平方の定理が詰め込まれている。 中学校課程を見ると、空間図形は大切なので第1学年で履修するというより、発展的な学 習なので、第1学年で履修したことにしておくと捉えたほうが良さそうである。 1.3 高等学校 空間図形については数学6科目の内、2科目の数学A、数学Bにしか記述がない。そのう ち数学Aでは イ 空間図形 中学校では,第1学年で空間における直線や平面の位置関係,空間図形の構成と投影 図,柱体や錐体及び球の表面積と体積を扱っている。 ここでは,中学校での学習内容を踏まえ,2直線や2平面の位置関係や直線と平面の 位置関係,多面体などに関する基本的な性質を扱う。 直線と平面の位置関係では三垂線の定理を扱うことが考えられる。多面体に関する基 本的な性質としては,オイラーの定理を用いて正多面体が5種類しかないことを扱うこ となどが考えられる。また, 「数学Ⅰ」の「⑵図形と計量」の内容を踏まえ,多面体の計 量を扱うことや,三角形や円の基本的な性質などを用いて,空間図形のいろいろな性質 を見いだし,それらが成り立つ理由を論理的に考察させることも考えられる。 となっている。ここで初めて多面体、正多面体という言葉が見られるが、「正多面体が5種 類しかないこと」をオイラーの定理(ここで取り上げられるのだからオイラー標数のことで あろう)を用いて示すというのは、空間図形というよりはホモロジー理論の入り口と言える。 面白い発想だが少し冗長で初等的といえるかどうか疑問は残る。どの方法を採っても「5種 類しかない」というのはそれほど難しくない。むしろその5種類の存在の方が貴重であるが、 高校までの数学では模型を見せられれば十分であろう。 また、数学Bでは −290− 玩具を用いた立体教育 イ 空間座標とベクトル 空間座標の概念を導入し,その意味や表し方について理解させるとともに,内積や成 分などの平面上のベクトルの考えを空間に拡張して空間ベクトルを理解させ,空間図形 の考察にそれらを活用できるようにする。例えば,正四面体OABCにおいて,OA⊥ BCを示すことなどが考えられる。 中学校第1学年では,観察,操作や実験などの活動を通して,空間図形について学習 している。また, 「数学Ⅰ」の「図形と計量」で,三角比を用いて簡単な空間図形の計量 を扱っている。さらに, 「数学A」で「図形の性質」を履修している場合には,空間にお ける直線や平面の位置関係やなす角,多面体などについて理解を深めている。これらの 学習履歴を踏まえた上で,空間座標の概念の導入などでは,具体物を利用するなど丁寧 な指導が必要である。 空間座標と空間ベクトルについては, 「座標及びベクトルの考えが平面から空間に拡張 できることを知ること」とされている。これは,空間のベクトルが平面の場合と同様に 扱えることの理解に重点を置くことを表現したものである。 となっている。3次元ベクトル空間についての記述はあるが、その特性についてはほとんど 触れないようだ。「例えば」とわざわざ書いているあたりが、その辺を伺わせるが、この例 も「正四面体」というかなり強い条件なので様々な証明法が考えられる。 表記の通り、多くの概念が3次元へ拡張可能であること教えるにとどまっていると考える。 3次元空間での基底についても扱うのかどうか不明である。下手をすると3次行列式が出て きてしまうので、お茶を濁す程度かと考える。 「空間座標の導入」ではいきなり平面に透視図を描いて理解させるのが難しいと考えれば、 「具体物を利用するなど」の配慮が必要である。箱型を準備すれば十分であろう。むしろ数 学Aの正多面体などで模型などの準備が必要とされる。タブレット端末等のマルチメディア 媒体の活用も有効かと思う。 1.4 大学 高校までの教育を顧みて、空間図形に関する教育の多くは生徒の主体的学習に任されてい る面が多いと見られる。 多くの理科系の大学では初年或いは2年次から(3次元以上の )線形代数、ベクトルの 外積、偏微分、多重積分、Gauss-Green-Stokes の定理まで教わったりする。この辺りが早々 に出てくる理由は電磁気学をやろうとすると不可欠ということによる。 一方多くの文科系の学生が、円柱の体積の導出までで止まっていて、空間図形については それ以降「受験に出ない」という一言で教育を受けていないの事が多い。 理系の学生は大学に入って目を回すことになるが、文系の学生もほとんど教育を受けずに 終わるというのは芳しくない。 −291− 原田龍宜 2 立体玩具を使う意義 短期大学の教養科目数学において2007年頃から講義1回90分程度立体玩具を用いた授業を 行っている。元々は文科系の学生が大半を占める中で単なる中学高校の数学のやり直しでな い物を探した結果である。大学一般ではリメディアル教育がもてはやされているが、単なる 中学高校教育のやり直しでは学生たちにとって有効な教育をしているとはいえない。受験数 学の中で取りこぼした部分をやってこそ大学の教養科目にふさわしい。 易しそうに書いてみたが、受験数学で取りこぼしたことというのはそれぞれにそれなりの 理由がある。空間図形、立体を採ってみても、一歩踏み込んだ途端高度な数学が待っている。 教育者の側にもそれ相応の準備が必要になる。 大学での教養数学としては立体についての教育はかなり効果があると考えて、正多面体の 話をすることにした。模型を自作して持って行くことも考えたが、学生達が出来るだけ自分 の手で体験してもらったほうがより効果的だと思いその場で簡便に作ることの出来るポリド ロンという玩具を導入した。 3 大学初年次の試行的授業 当初は5種類の正多面体が出来るだけのセットで始めたので、作成する学生は代表者数名 に限られた。その後徐々にパーツを増やし、より多くの学生が手で触って体験できる形へと 変えていった。 90分限りの授業にしようと考えていたので、前で説明することは正多面体の話に限った。 空いた時間で学生達に自由な作成もさせてみたりした。 正多面体についても出来るだけ出来上がりの形は伏せて、パーツだけ渡して作らせるよう にした。大半の年度では正二十面体の作成では苦労していたようだが、授業が終わった後の 表情やリターンペーパーの内容から、普段の数式や平面図形の学習では得られない充実感を 得ることができたようである。 問題点もある。全員に正二十面体を作らせるだけのパーツは揃えるというのは非常識にな るので、自然とグループワークのような形になる。グループ内で得意な者、好きな者が優先 して触ることになる。 また、客観評価がしづらいという点もある。正多面体の種類を暗記させるというのはそも そもの意図に反するし、辺や頂点の数を数えてみる以上の計量的な話も授業に取り入れるつ もりはない。そのため、理解度を期末テストで測るには向いていない。 多面体が5種類しかないことには言及するが、その証明はつまらないので授業では割愛し ていることが多い。時間が余った時はオイラー標数について10分程度割くことがある。 3.1 オイラー標数 高校の数学Aでは「オイラーの定理」と書かれていたが、この表現では星の数ほど対応物 −292− 玩具を用いた立体教育 があって違和感がある。ただ、「標数(characteristic) 」も近代的すぎる表現かもしれない。 (面の数)−(辺の数)+(頂点の数)=2 が成り立っているという話だ。 証明は易しいが、こちらも講義では割愛する。「辺の数」などという意味のなさそうな数 が意味を持つことがあることを感じてもらう。 それでも、リターンペーパー等で理由が知りたいと言ってくれた学生には、「オイラーの 定理」が成り立たない例(トーラス等)と共に、Poincare-Hopf の定理を紹介することにし ている。 より計量的とも言える Gauss-Bonnet の定理の一般化による説明は長くなるので伝えるこ とはない。こちらの方は多角形の外角の和が360°になることの拡張である。 3.2 正多面体の双対性 正多面体のオイラー標数を計算していると否が応でも出くわす事実として、面・辺・頂点 の数が、 (正六面体と正八面体 )、(正十二面体と正二十面体)で、丁度逆になっていること である。正多面体の双対性に起因するのだが、それは、正六面体の各面の中心に頂点を持つ ような立体を考えると正八面体であり、その逆もなりったっているという事実である。全く 無関係に生まれてきたような正多面体たちの間に関係があることは学生にとっても驚きであ り、授業の中で話すことにしている。 正四面体は自己双対と呼ばれるのもこのことから自然に受け入れられる。 4 学生達の自由制作 数学の時間に学生が自由に作ったものにも面白いものがあったが、こちらは記録を残す時 間がなかったので、教養対話演習Ⅰという12名の授業の時間にグループワークで学生達に自 由に作ってもらったものを見てみよう。 まず最初はつつみ型とも言えるが、表面と裏面がずれているのが特徴である。反角柱と呼ば れることがある。(対称群:D12) −293− 原田龍宜 次は四角形が混ざっている。正八面体の上半分と正四面体をくっつけた形だ。「亀さん」と 名づけていいかもれない。 (対称群:C2) 「亀さん」よりもパーツが増えたが、正八面体構造を含んでいる。(対称群:C2 × C2) 少し単純になったが、「お家」の形である。最初にイメージする立体が周囲にもある建築物 というのは自然である。 (対称群:C4 × C2) −294− 玩具を用いた立体教育 これは閉じた多面体ではない。剛性がないので撮影時にも学生が微調整をしていた。学生は 「天使さん」と呼んでいたようだ。(対称群:C2) 最初に出てきたつつみ型を二つ重ねた形である。こちらのほうが「つつみ」にふさわしいと も言える。(対称群:D6 × C2) 正二十面体の縁(正三角形5つ)2つを正方形でつなげたものである。(対称群:D5 × C2) −295− 原田龍宜 横でお城を作っていたので、「かぼちゃの馬車」を作ったそうである。(対称群:C2 × C2) 一つのグループには特別にサッカーボールを作るという課題を与えて制作してもらった。五 角形12枚、三角形120枚で出来る。(対称群:A5 × C2) 先述の「お城」の完成である。その他のものも置いてある。お城には床がない。なのでグラ グラする。この辺りも学生には良い体験的学習になっていると考える。(扉を閉じた状態で、 対称群:C2 × C2) −296− 玩具を用いた立体教育 最後に拡大した「つつみ」である。この辺りになると学生達はむしろ自分の作りたいと思う 形がこの玩具では作ることができないと感じ始めている。(対称群:D12) 4.1 対称群について 学生には余り抽象的な説明はしないが、正多面体を作るときにはその対称性について出来 上がった模型を手にとって回しながら話をしてみることがある。多くの学生が、正八面体の 対称性で不思議そうに感心してくれる。 上述の対称群*1について短く説明しておく。その立体が合同変換で自分自身にどの程度 戻ってくることが出来るかを示している。(ここでは鏡像変換も合同変換に入れている) Cn は位数 n の巡回群と呼ばれ、正 n 角形の回転対称性に当たるものである。高校までで「対 称性」を習うが、n =2の場合までしか想定していない(線対称、面対称、点対称)。学生 達の制作物に× C2がよく出てくるのは面対称性の現れである。 Dn は正二面体群とも呼ばれ、正 n 角形の回転及び、裏返しからなる対称性を表している。 n ≥3なら、よくパズルなどで使われるが、作用の順序で結果が異なる非可換な対称性をもつ。 上下面がずれていない「つつみ型」は正六角形の対称性と面対称の二つの対称性が可換であ る(D6 × C2)。一方ずれている場合はこの二つの対称性が可換ではなく対称群は D12になる。 A5は5次交代群と呼ばれる。かなり抽象的な表現になるので学生に紹介することはないが、 (1, 2, 3, 4, 5) (3, 5, 1, 2, 4) のような変換を置換と呼ぶ。この場合置換は全部で 5! = 120個ある。それぞれの置換は全て 「あみだくじ」で表されるが(あみだくじの作り方はひと通りではない)、横線の本数が偶数 になる物(これはあみだくじの作り方によらない )を偶置換と呼ぶ。すべての偶置換60個 数学一般で対称群とは symmetric group を指すが、全く別のものである。ここでは symmetry group の意味で書く、あえて正確な漢語表現を探すと中国語では「空間対称群」と呼ぶらしい。また、 今回述べる「対称群」も多くの場合鏡像変換を含まないことが多いが、ここでは一旦入れたものを 書いた。 *1 −297− 原田龍宜 からなる集まりを5次交代群 A5と呼ぶ。また奇数本の場合も含めて120個全部の集まりを S5 と呼んだりする。 偶置換の説明には「15パズル」を考えるとわかりやすい。空白を含めた4×4=16個の隙 間に1〜15の数と空白を当てるのは16次の置換を考えていることになるが、ルールに従う変 換で空白を元の位置に戻す操作は必ず偶置換である。解けない並びがあるのはそのためであ る。偶置換たちが閉じた操作であることはこのパズルからも分かる 正多面体はそれぞれに、(裏返しを省略して)正四面体 A4、正六面体 S4、正八面体 S4、正 八面体 S4、正十二面体 A5、正二十面体 A5という対称群を持つが、これはいずれも平面内に は記述しにくい。特に A5は「5次方程式の解の公式は存在しない」というよく知られた事 実と直接関係し人類が最初に見つけた非可換有限単純群である。3次元空間の有限な対称性 は既出のものしか無いことも知られている。(2次元では Cn あるいは Dn 程度しかない) 学生達の自由制作を振り返ってみると平面の対称性をそれほど抜け出ていない。しかし、 この事は当然とも言える。3次元空間独自の対称性は前述のようにかなり高度なものもあり、 何も説明を受けない学生達が正二十面体の対称性を意識して作成を始めるようなことがあれ ば、絵を描き始めた子供がいきなり透視図法を使うのと同じように驚くべきことである。 5 多面体の剛性 立体玩具を用いて閉じた多面体を作っていると、まず気付くのが最後には固くなるという ことだ。授業の中では微動するメイソン多面体([1]参照)を作って来て触らせたりする こともある。 メイソン多面体は厳密には動かない多面体である。「微動する」とは面や接合部の微妙な 歪みで動いているように感じるという意味である。写真は同じ物を変形させた結果なの だが、ウェストの部分の四角が右側ではゆがんでいるのが分かる。 この種の微動する多面体さえ発見するのは易しくないのだが、古くから 「閉じた多面体は動かないのか?」 −298− 玩具を用いた立体教育 ということは議論されていて、18世紀の大数学者 L.Euler 等は多分直感からか、「閉じた多 面体は動かない」と言い切ったりしている[1] 。19世紀に A.L.Cauchy によって 「閉じた凸多面体は動かない」*2 ということが明示された。彼の証明には後に不備が発見されるほどであるから、それ程易し い事実ではない。凸ではない場合については 1977年に R.Connelly によって 「閉じた多面体で動くものが存在する」 ことが示された。この辺りまでの話は[1]に詳しいので参考にして欲しい。工学的な話を すると、必ずしもトラス構造は頑丈な訳ではないという事実も生じる。逆の見方ではこの可 変性を現実社会で役に立てないかという夢も持たれる。 学生に話してあげる分にはどのあたりまでにするか難しいのだが、現代数学が必ずしも生 活から乖離しているわけではないことの例として、「ふいご予想」 「動く多面体を連続的に変形しても体積は変化しない」 という事実も話してみることがある。最初の証明は 1997年の[2]である。 このような内容を授業の合間に話すことで、 「数学者にとっても、立体は易しくない」と いうことを学生に伝えると同時に、自分たちが手にとって立体を作成したりしている感覚と いうのが、かなり高度で興味深いものだと感じてもらえる。 6 まとめ 先に述べたように、このような取り組みを始めたのは文科系の学生が興味を持って取り組 んでくれる内容を探していた事による。本誌に先載した「初等教育における整数論の導入」 [3]と同じ動機付けによる。 現在のところ実験的ではあるので1コマ(90分)程度にしているが、学生達の感想を見る と「今日の授業は疲れました、お腹が空きました」とか「毎回こんな授業にしてください」 といった内容が多い。「疲れた」のは普段使わない思考回路を使ったせいで数学をやる上で は大切な体験である。他の教材では中々得られない感想である。初期の目標は概ね達成でき ている。 また自らこのような授業を行うことで、高校までの授業にこのような内容を取り入れにく いことも感じることが出来た。図形を考えるにあたって「3次元は大きすぎる」とも言える。 座標が一つ増えただけと捉える訳にはいかない。3次元特有の多様性と狭苦しさが同居して いる。その辺りが対称群の中途半端な複雑さに現れたりもしている。 この度高校までの立体教育を再度振り返ってみて、各段階で綿密にやればかなり困難を伴 *2 Cauchy の結果は少しだけこれよりも強い主張である。面とその配置が決まれば凸多面 体は最高で1つしか無い事を言っている。凸条件を外せば簡単に反例が作られる。 −299− 原田龍宜 うこともよく分かった。例えば球の体積の公式に近代的な積分論を使わない説明を与えよう とするとかなり面倒になるので発展学習としておいたほうが良い。ただ、3次元ベクトルの 一次独立性(基底)についてはもう少し高校で習っておくべきだ。 多面体についてはインターネット上の資料も多く参考にしたが、誤りを含む内容も多い。 再三参照している[1]は歴史的事実から最前線に近いところまで詳しく書かれている。学 ぶ立場、教える立場とも参考にしてくれると良い。かの J. Kepler が惑星の公転軌道と5つ の正多面体が関係しているなどと考えていたあたりも面白い数理物理史として書かれてい る。 参考文献 [1] P.R. クロムウェル「多面体」下川航也・松本三郎・村上斉・平沢美可三・丸本嘉彦訳、 2001、シュプリンガー・フェアラーク東京 [2] R.Connelly, I.Sabitov, A.Walz, “The Bellows Conjecture”, 1997, Contributions to Algebra and Geometry Vol.38. No.1.1-10. [3] 原田龍宜、「初等教育における整数論の導入」、2014、就実論叢第43号、369-379 −300−