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地上用静電浮遊炉の開発 - JASMA 日本マイクログラビティ応用学会
日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 (106 115) 原著論文 地上用静電浮遊炉の開発 石川 毅彦・Paul-Fraicois Paradis・依田 真一 Development of Ground-based Electrostatic Levitation Furnace Takehiko ISHIKAWA, Paul-Francois PARADIS and Shinichi YODA Abstract A ground-based electrostatic levitation furnace (NASDAELF) has been developed by the National Space Development Agency of Japan (NASDA). This furnace can levitate and melt a around 13 mm diameter sample in containerless conditions. It has been developed not only as a test model for ‰ight hardware on-board the International Space Station (ISS), but also as a tool for metastable phase research on the ground. This paper describes its design, capabilities several improvements it oŠers over prior electrostatic levitators, and overviews thermophysical properties measurement capabilities. . 機能,浮遊炉を利用した物性測定についてまとめるもので はじめに ある.JPL 等他の地上用静電浮遊炉からの改善点もあわせ 宇宙の有力な微小重力研究分野として材料の無容器プロ て記述する. セッシングによる準安定相研究が挙げられる.溶融試料を . 坩堝なしで保持できることから,容器壁からの不純物の混 装置概要 開発中の本浮遊炉は,高真空中で直径 2 mm 程度の金 入や核発生を抑制でき,深い過冷却/長時間の過冷却の達 属,合金をクーロン力を用いて浮遊させ,レーザーを用い 成が可能となる. 地上では重力のため,微小重力下においても残留重力や て加熱溶融するもので,浮遊溶融させた試料の熱物性値の g ジッターのため,無容器状態で試料を特定の位置に保持 測定や過冷却状態からの凝固実験が可能である.Fig. 1 に するためには何らかの制御メカニズムが必要である.位置 装置外観写真を示す.装置は,チャンバー,試料位置制御 制御方式としては静電場1) のほか音場2) ,電磁場3) ,ガス 系,加熱レーザー,帯電機構及び観察系より構成される. 圧4)を採用した装置が実現されている.静電方式は高真空 . チャンバー 雰囲気での実験実施が可能/加熱と位置制御が独立してい 直径 20 cm 高さ 40 cm の真空チャンバーで, Fig. 2 に示 る/試料に与える擾乱が少ないなどのメリットを有してい すとおり 18 個の光学窓及び 1 つの X 線回折用窓を持つ. る.しかし,制御機構の技術的な困難さから,他の方式に チャンバーは真空ポンプ(粗排気用スクロールポンプと 比 べ て 実 現 が 遅 れ て い た . 1990 年 代 に な っ て 米 国 JPL ターボ分子ポンプ)により10-5 Pa の真空度に到達してい ( Jet Propulsion Laboratory) において初めて地上での溶融 る.チャンバー内には試料を浮遊させるための電極,複数 金属の浮遊に成功している1)が,その他の稼働報告5,6)は少 の試料を取り扱うための試料交換機構,導電性試料に回転 ない. トルクを与えるためのコイルが配置されている. 電極構成を Fig. 3 に示す.電極は上下の平行円板(直 宇宙開発事業団では,宇宙ステーションに向けて静電浮 遊炉の開発を進め,平成10年の小型ロケット実験で位置制 径25 mm)及び 4 個の水平位置制御用電極からなる.この 御機能の確認してきた7).地上用の装置については以下の 構成は JPL の電極構成1)と同様である.上下の電極間隔は 目的のために研究開発を進めてきている. 10 mm を基本としているが,上電極の調整機構により数 宇宙ステーションでの静電浮遊炉実験に必要な基礎 技術の確立 mm の変更が可能である.上電極調整機構は主に上電極の 水平度の確保に用いる.上下電極の水平度を保つことが安 地上における準安定相研究の実施 定した浮遊に不可欠である.上電極は酸素銅に金メッキを 本論文は,これまでの地上用静電浮遊炉の開発,装置の 施し,仕事関数を高くしている.これは,試料の帯電補給 宇宙開発事業団 〒3058505 茨城県つくば市千現 2 11 National Space Development Agency of Japan 211 Sengen, Tsukuba, Ibaraki 3058505, Japan (E-mail: ishikawa.takehiko@nasda.go.jp) 52 ― 106 ― 地上用静電浮遊炉の開発 Fig. 1 Fig. 2 Overview of the ground-based electrostatic levitation furnace (NASDAELF). Fig. 3 Schematic drawing for electrodes and sample changing mechanism of NASDAELF. Fig. 4 Schematic drawing of sample position control system. Schematic arrangement of NASDAELF (viewing from top of the vacuum chamber). のための紫外線が上電極に当たり,上電極から電子が放出 される(かえって試料の帯電が阻害される)ことを防ぐた めである.他の電極は無酸素銅を使用している.下電極中 クターに投影することによって行われる.ポジションディ 央には直径 5 mm の貫通穴があり,これを通じて下部の試 テクター前には,レーザー光量調整のための偏光板とバン 料交換機構から試料が供給される.試料交換機構は押し棒 ドパスフィルターを配置し,さらに位置検出分解能向上の (ステム)を上下させて試料下部電極まで押し上げるもの ための光学レンズを挿入している.光学レンズにより試料 である.ステムを通じた試料の汚染やステムへの試料の噛 の影は実際の 1.6 倍となっている.ポジションセンサーか み混みを防止するため,試料10個と同数のステムを持つ機 らは水平方向及び垂直方向の位置に対応した 2 つの電圧値 構としている.下電極は基本的には接地して使用するが, が出力される.これらの信号はオフセット調整回路を経て 後述するとおり溶融試料の表面張力測定ための液滴振動時 コンピュータに取り込まれる.この位置検出系を水平方向 は数 kV の交流電圧がかけられるため,チャンバーとはマ の 2 軸に配置して,3 次元位置の検出を実現している. コンピュータでは位置データを基に PID 制御の演算を コール材により絶縁が確保されている. 試料回転のための回転磁場を発生する 4 つのコイルが下 圧は高速高圧アンプで 3000 倍(鉛直 Z 軸方向)及び 1000 電極下部に配置してある. 倍(水平 X, Y 方向)に増幅され各電極に印加される. Z . 試料位置制御系 Fig. 4 に位置制御系の構成を示す.試料の位置検出は He Ne レーザー光によって試料の影をポジションディテ 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 行い,X, Y, Z 各軸の電圧値を出力する.これらの指令電 軸の高速高圧アンプにより上電極には-30 kV まで印加す ることが可能である. ― 107 ― 53 石川 毅彦,他 . 加熱レーザー 測定を主な目的として以下のものが設置されている. 浮遊させた試料の加熱には100 W の炭酸ガスレーザーを CCD カメラ 使用している.水平面に X 線散乱用窓を確保するため カメラは,現在 3 台設置している.1 台は全体観察用で レーザー光は水平電極から12度斜め上方(Fig. 2 上の黒い ある.2 台目は拡大観察用で,拡大望遠レンズにより約60 光学窓)から照射している.レーザーの加熱は最大 3 方向 倍の試料イメージが得られる.本画像から試料の体積,試 から可能であり,複数のレーザーによる照射パワーの向上 料の変形等の解析が可能である.3 台目は放射温度計と同 や試料の均一加熱を可能としている.レーザー光は複数の 軸に設置してある.このカメラにより,放射温度計が正し 反射ミラーにより光学窓に導かれる.ミラーの調整によっ く試料を捕捉していることを確認できる.また,このカメ てレーザー光の焦点位置を微調整することができる. ラは拡大観察用と直行しているため,2 台のカメラによっ . 試料への帯電 て試料の 3 次元的な位置が確認できる.拡大観察用カメラ 静電浮遊ではクーロン力を利用するため,試料の帯電が に写される試料の大きさはカメラからの位置により異なる 欠かせない.本装置では試料を+に帯電させ,上電極との ため,画像解析により試料の体積変化を求める際には試料 間に引力を働かせて浮遊を達成している. の絶対的な位置に変化がないことを確認することが重要で 初期浮遊時のコンデンサ効果, 紫外 試料の帯電は, ある. 試料の熱電子放出の 3 つによって達 線による光電効果, 成される. 放射温度計は複数台準備し,対象となる試料の融点に応 初期浮遊 放射温度計 じて交換する. 試料を下電極に乗せた状態で上電極に-の電圧をかける その他,回転数計測や試料の液滴振動計測のディテク と,上下電極はコンデンサを構成しているため,下電極は ターを装備しているが,詳細は各々を利用した物性測定の +になる.下電極に置かれている試料は下電極同様に+に 項で述べる. 帯電する.帯電量が十分大きくなると試料と下電極は反発 . し,同時に上電極とは引き合い,この力により試料は浮遊 試料の位置制御 を開始する.帯電量は試料種や表面状態によってまちまち 電磁浮遊,音波浮遊などの浮遊方式では,ポテンシャル であるが,電極間隔10 mm において黄銅試料36.4 mg を浮 の谷を生成し,そこに試料を安定させている.試料は浮遊 遊させるために必要な電圧が 10.68 kV であるから,帯電 位置からずれると復元力が自然に働くため,これらの浮遊 量はおよそ3.34×10-10 C である. 方式ではポテンシャルの谷の維持に注力すればよい.静電 紫外線照射による光電効果 浮遊方式では,このようなポテンシャルの谷ができないの 初期浮遊以降安定して試料の位置制御を行うためには試 で,絶えず試料の位置検出と位置のずれに応じた電場の調 料の帯電を保持していく必要がある.加熱中は試料表面か 整を行う必要がある.本静電浮遊炉ではコンピュータに取 らの不純物の蒸発等により帯電量は減少するため,帯電の り込まれた試料位置情報を基に PID 制御を行っている. 補給が必要となる.帯電補給は,試料に紫外線を照射し また,試料の回転に対しても制御を加えている.以下にそ て,試料表面から電子をはじき出すこと(光電効果)によ の詳細を示す. . 鉛直方向位置制御 り行う. 本装置では,平均出力7.2 mW の紫外線パルスレーザー 上下電極間距離 L に質量 m,帯電量 Q の試料が浮遊 を使用している.従来の静電浮遊炉では 2500 mW /cm2 程 し,電極間の電圧 V z とすると,試料にかかる力 Fz は簡易 度の出力を持つ紫外線ランプが使用されていた1,57).紫外 的に, 線ランプは出力は大きいものの,試料だけに照射すること Fz=QVz/L-m が困難であるため出力の多くのが無駄になる.さらに,紫 (1 ) 外線が当たった上電極から電子が試料に向かって放出さ で表される.また,試料の鉛直方向位置 z の変化は真空中 れ,かえって試料の帯電が阻害される.紫外線レーザーは では この課題を解消している. 試料の熱電子の放出 Fz=m 試料が高温になると,試料表面から熱電子が放出され, d 2z dt 2 (2) 自然に試料は+に帯電する.熱電子の放出が始まる温度は となる.試料位置の目標 z0 に対してコンピュータにて以 約1200° Cであり1),これ以上の温度においては熱電子の放 下の PID 制御を行う. 出が支配的となり,紫外線の光電効果の寄与は少なくなる. 浮遊溶融した試料から実験データを得るための観察装置 は,実験に応じて光学観察窓に設置される.現在は熱物性 54 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 ∞ Vz(t )=kpz(z(t )-z0)+kiz ‚ (z(t-nT )-z0)+kdz(z(t )-z(t-T )) . 観察系 ― 108 ― n= 0 (3 ) 地上用静電浮遊炉の開発 ここで kpz, kiz, kdz はそれぞれ比例,積分,微分制御の係数, となる.従って,制御なしの状態では試料は単振動を行 T は制御時間間隔である. う.空気抵抗のない高真空下では,速度に比例した項(微 Fig. 5 に制御系のブロック線図を Fig. 6 にボード線図 を示す.Fig. 6 からわかるとおり,電荷量の変化によって 分制御)をあたえ,振動を減衰させる.また,他の外乱へ の対処のため比例制御を加える. 系のゲインは変化し,電荷量が落ちるとゲインが下がり制 Vx(t )=kdx( x(t )-x(t-T ))+kpx( x(t )-x0) 御帯域が狭くなる.試料の浮遊加熱中に帯電量が変化する (6) ため, PID 制御の係数調整が必要である.また,ラウス Fig. 8 に黄銅球(直径 1 mm 質量 36.4 mg )の位置制御 フルビッツの安定判別法8)を用いて評価すると系の安定性 の様子を示す. FFT 解析によると系の固有振動数は 1.7 は制御周期(1/T )により,安定した位置制御には100 Hz Hz 程度であり,これから b の値は3.1×105 (v/m2) 程度で 以上が必要である.本装置では実験操作を簡便にするた あることがわかる.浮遊開始直後に約 1 mm の振幅が30秒 め,マンマシンインタフェースが統一されているマッキン 余りで 0.1 mm 程度に減衰している.最終的には 30 ~ 50 トシュの OS を利用し,C 言語によりソフトウェアを開発 mm までに振動を抑制することができる. している9).画面上のボタンをマウスで操作する事により . 試料の回転制御 パラメータを変更できる.位置制御の周期は現在 720 Hz 上記の制御により,試料の 3 次元位置の制御が可能とな であり,十分に安定した浮遊を達成している.Fig. 7 に試 料初期浮遊時の Z 軸方向位置変化を示す.本ソフトウェ アでは位置制御と同時にレーザーパワーの制御,放射温度 計データの取得/保存が可能である. . 水平方向位置制御 水平方向の制御は X, Y 軸とも同様であるのでここでは X 軸を代表として表す.横方向には電荷 Q に比例したバ ネ的な復元力が働くのが,平行ディスクの特徴である.試 料の変位 x ,横電極間隔 d ,電圧 Vx ,バネの係数を b とし て運動方程式は m d 2x =Q dt 2 Fig. 5 Fig. 6 ( Vd x -bx ) (5) Fig. 7 Vertical position data recorded by a position sensor during initial sample levitation. Fig. 8 Decay of horizontal sample movement recorded by a position sensor. Block diagram for vertical sample position control. Bode diagram of vertical position control system. Control parameters are: kp=3×106 (v/m), ki=1/7×103 (v/m ・sec). kd=9×106 (v・sec/m). 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 ― 109 ― 55 石川 毅彦,他 った.試料の回転制御は,熱物性測定における精度の向上 /試料の均一加熱(単一加熱光源時)などに必要となる手 回 転制御 のた め には, 回転 数計 測が 不可 欠で ある . 段である.試料の回転制御は回転トルクの付加と回転計測 Rhim らは,回転数計測は試料から反射する光の強度変化 からなる. を計測/解析することによって行っている11).試料表面に 回転トルクの付加 回転数計測 は若干の不純物が存在するため,試料の回転に応じて試料 雰囲気ガス下では音場を利用して浮遊試料に回転トルク 表面からの反射光の強度は変化する.反射光をパワーディ を与えることが可能であり10),すでにこの方式を用いて液 テクターでとらえ,その出力信号をパワースペクトル解析 滴の回転実験がスペースシャトルで実施されている2).真 にかけ,周波数を計測している.また,ビデオ信号( 60 空下で回転トルクを付加する方法として,回転磁場法と Hz )のエリアシングを利用して, 60 Hz の約数およびそ レーザーフォトンを利用する方法を採用している. の倍数の回転数を画像から特定する方法も併用している. a) 回転磁場法 本静電浮遊炉でも現在は同様の方法を採用しているが,こ 導電性試料が回転磁場中に置かれると,試料に誘導電流 れらの方法では試料表面の観察が困難な場合,例えば Zr が流れ,磁場と誘導電流の相互作用により回転トルクが発 等の高融点試料で試料からの発光が強い場合は適用が困難 生する.回転磁場をコイルにより発生させたのが誘導モー であるため,他の方法も検討する必要がある. ターである.誘導モーターの原理によると,一次側に電流 . I1 , 周波 数 vs の交 流 電流 を 流し た 際に 2 次 側( 抵 抗値 R2,インダクタンス L2)に発生するトルク t は, 2 1 ( t = I vs sR 2 R 22+s 2L22 ) 性能確認試験の結果 . 浮遊試料の位置制御 常 温での 試料 の 浮遊に 関し ては ,こ れま でに 純金 属 (7) (Al, Sn, Zr, Nb, Mo),合金(黄銅,PdZr, AlPdRe, NiZr, Al 合金),セラミクス(BiFeO3, Al2O3)の浮遊を実現して ここで s は 2 次側回転数 v と vs との差の比((vs-v)/vs) いる.試料の質量は最大 120 mg である.試料径は 1 ~ 3 である.浮遊炉の場合は浮遊試料が 2 次側に相当し,その mm 程度が適している.質量が試料の大径化に対する制約 インダクタンスは非常に小さいため,(7)式は である一方,ハンドリングの困難さが小径化に対して制約 s t I v s R2 2 1 となっている. (8) なお,我々は,加圧雰囲気用の静電浮遊炉の開発も進め ており,窒素 2 気圧下において有機材料(サクシノニトリ となり,1 次側に流す電流の 2 乗に比例したトルクを付加 ル)およびセラミクスの浮遊に成功している(これらのサ することが可能である. ンプルは加熱時に蒸発を考慮すると加圧下での実験が望ま Rhim と Ishikawa は,上電極にコイルを設置し,静電浮 しい) .詳細は別途報告する. 遊炉で初めて回転磁場による試料の回転制御を実施してい . 高融点試料の浮遊溶融 る11).本浮遊炉においては,下電極下部にそれぞれ直行し 無容器プロセッシングの有効な実験の一つに,高融点材 て設置した 4 個のコイルに位相が90度ずつ異なる正弦波電 料の溶融実験が挙げられる.Nb や Mo といった試料にお 流を流し,鉛直方向を回転軸とした回転磁場を発生させる いては,これらの融点まで耐えて試料に適合する坩堝材が 方式を採用している.各コイルは鉄心にエナメル銅線を ないことから,過冷却を期待しない溶融実験ですら通常の 400 回巻いたものであり,抵抗値 4 Q ,インダクタンスは 方法では困難である.これまで Zr 試料の浮遊溶融に関し 51 mH である. ては報告があるため13) , Zr 以上の高融点試料の浮遊溶融 b) レーザーフォトンの利用12) を試みた. 加熱レーザーの焦点を試料の中心からずらすことによ 従来,試料を常温で初期浮遊させてから試料を溶融する り,試料に回転トルクを与えることが可能である. Rhim までかなりの時間を必要としていた5).これは,試料の温 らによると,発生トルク t は試料に吸収されるフォトンが 度上昇に伴い表面の不純物が蒸発するなど種々の理由によ 試料に与えるモーメントに等しく,レーザー焦点の試料か り表面の帯電が減少し,試料の浮遊が困難になるからであ らのずれ a,試料表面積を A,試料の温度 T とすると る.このため,加熱は帯電状況を見ながら徐々に行い,帯 sSB eT AaT 4 t= c 電が減少したら温度を下げて電荷の回復を待つという時間 (9) のかかる手順を繰り返していた.試料温度が上昇し,熱電 子の放出が始まると帯電の減少は問題なくなるが,この温 で与えられる.ここで sSB, eT, c はそれぞれステファン・ 度に到達するまで通常 1 時間程度費やしていた.また,帯 ボルツマン定数,試料の全半球輻射率,光速である.従っ 電の喪失は,チャンバーの真空度や試料の表面状態に依存 て,加熱レーザーの焦点位置を調整することにより,試料 するためコントロールが難しく,静電浮遊炉での実験上の の回転を制御することが可能である. 大きな課題であった. 56 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 ― 110 ― 地上用静電浮遊炉の開発 Fig. 9 Molten niobium sample levitated in the NASDAESL. Fig. 11 Fig. 10(a) Spinning molten tin before bifurcation (a) and after bifurcation (b). Cooling curve of molten zirconium. A: onset of cooling B: maximum undercooling C: recalescence. Fig. 11(c) Laser induced rotation on a molten Zr sample. の方法のポイントは浮遊後の試料の温度が低下しないよう にすることである.浮遊前後の加熱レーザー照射位置を反 射ミラーの角度調整により素早く行い,浮遊試料の温度低 下を防いだ.「Hot Launch 」と名付けたこの方法により, 試料の加熱溶融は10分程度に短縮することができた.この 方法は特に高融点金属には有効で, Zr, Nb の浮遊溶融お よび安定保持を達成した. Fig. 9 に Zr 試料の浮遊溶融状況を示す.また,Fig. 10 に Zr 及び Nb 試料を急冷した時の冷却曲線を示す. Fig. 10 (a)において,A の時点まで試料は一定温度で溶融して いる.A の時点でレーザーの出力を 0 にすると,試料は輻 Fig. 10(b) Cooling curve of molten niobium. 射のみによって冷却され温度が下がり,融点以下になって も凝固せず,過冷却状態が達成される.B の時点で凝固が 開始し,凝固潜熱のために融点まで温度が上がる「復熱現 採用した新しい方法は,試料を浮遊前に加熱し,熱電子 を放出する状態を達成してから浮遊させる方法である.こ 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 象」が確認される.Zr(融点(T m)=2130 K)では 310 K, Nb(融点(T m)=2740 K)では450 K の最大過冷度( DT ) ― 111 ― 57 石川 毅彦,他 が得られている.融点に対する過冷度の割合( DT / Tm ) タであるため,温度依存性を含めたデータの取得が不可欠 はそれぞれ0.13 及び0.16である.これは,電磁浮遊炉で達 である. 成可能と報告されている最大過冷却0.18 ~0.3014)には若干 . 比熱/全半球輻射率16) 劣る.加熱レーザーの出力を調整して徐令した場合は, 比熱/全半球輻射率は,熱収支計算により行う.質量 m 100 K 程度の過冷却状態であれば 1 分以上継続して維持す の試料の温度 T は,レーザーによる熱入力 P ,比熱 C p , ることが可能である.これは 5 項で述べる種々の熱物性計 試料からチャンバーへの熱伝導率 h とすると 測に十分な時間である. . 試料の回転制御 mcp 試料へのトルク付加については,以下の実験を行い 3 項 dT =-eT sSB A(T 4-T 4c )-hA(T -Tc)+P dt (10) で述べた原理が静電浮遊炉上で実現されていることを確認 となる.ここで Tc はチャンバー壁面の温度である.さ している. て,真空中であるから(10)式の右辺第 2 項は 0 であり,加 回転磁場の利用 熱レーザーのパワーを切ると第 3 項も 0 となる.試料の位 回転磁場の機能確認のため,溶融 Sn の回転実験を行っ 置制御と加熱を独立にコントロールできるのがここでの静 た.Fig. 11に遠心力により変形した Sn 試料を示す.さら 電浮遊炉のメリットである.(電磁浮遊では,試料の浮遊 にトルクを加えると,試料がもはや回転対称で存在できな により加熱が行われてしまう.)また,試料は球形である い点(bifurcation)に到達した(Fig. 11(b)). ので,表面積 A の算出も密度データから簡単にできる. レーザーフォトンの利用 データ解析は Fig. 10 の冷却曲線の冷却開始から復熱現 溶融 Zr において加熱レーザーの焦点をずらし,回転を 象までのデータ式(10)にあてはめ,C p/eT の形で得られる. 与えた.Fig. 11(c)のとおり,Zr 試料の変形により試料の . 表面張力,粘性係数17) 回転を確認した. 表面張力 g,粘性係数 h の液滴試料(半径 r0 )を振動さ . せた場合,2 次の振動モードの周波数 v2,減衰係数 t は以 熱物性測定への適用 下の式で与えられる. 無容器処理の最大のターゲットは,過冷却状態からの凝 v22= 固により通常の凝固では得られない準安定相を持つ新材料 を創出することである.こうした新材料創製を効率よく進 1 5h = 2 rr 0 t めていくためには,過冷却からの凝固の機構の解明・創出 される相の予測等が必要である.これらの機構解明は現在 (11) (11)式より,表面張力および粘性係数は,液滴振動法に 急速に発展している数値シミュレーションが用いられる が,数値シミュレーションには基礎となる熱物性値が不可 8g rr 30 より試料の振動数と振動の減衰から得られる. 欠である.液体状態の金属・合金の熱物性データは取得が 溶融試料に液滴振動を起こさせるために,通常は接地し 困難であることから,情報は少ない.特に過冷却状態の てある下電極に正弦波電圧を加える.このために±10 kV データは,計測に必要な長時間の過冷却状態の達成が困難 の高速高圧アンプとファンクションジェネレータを用い なことからさらに限定されている. る.正弦波の周波数が v2 に一致するとき,試料は表面振 地上用静電浮遊炉では比較的長時間の過冷却状態の保持 動を開始する. 液滴振動の計測は Fig. 12 のとおり,試料の影の変化を が可能である.また,他の浮遊炉にない長所を持ち,熱物 計測することで行う.位置計測光学系から分岐されたレー 性測定に適した装置である. これまでに密度(熱膨張率),比熱/平均輻射率,表面張 ザー光はスリットを通じてパワーディテクターに入る.パ 力,粘性係数,電気抵抗率の測定が報告されている.本静 ワーディテクターに入る He Ne レーザーの光量変化を試 電浮遊炉を利用した熱物性測定はこれからであるが,以下 料の変形としてとらえ,パワーディテクターの出力を解析 に記す手法により熱物性測定を実施していく予定である. することにより試料の振動数や振幅の変化を得る. 本計測におけるにおいても溶融試料が真球であることを . 密度(熱膨張率)15) 密度 r は,拡大観察画像から画像解析により体積を求 めて得られる.Fig. 9 の写真からわかるとおり,溶融試料 前提にしており,静電浮遊炉は最適な装置である. . 電気抵抗率11) は地上においてもほぼ真球である.(画像解析によると 1 (8 )式から明らかに,試料にかかるトルクは試料の抵抗 程度上下に伸張している.)これは地上用電磁浮遊炉に 値に反比例する.従って,試料にかかるトルクを計測でき はないメリットである.画像解析では画像からの試料の境 れば,試料の電気抵抗率を計算できる.小野らは,試料を 界の抽出を行い,抽出されたデータをルジャンドル関数へ 回転磁場に吊した坩堝内で溶かし,トルクを吊り線のねじ フィッティングし,中心の座標と半径を求める. れ角として計測して,溶融金属の電気抵抗値を求めている 密度のデータは比熱/平均輻射率などの計算の基礎デー 58 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 (回転磁場法)18).非接触の場合は,試料の回転角加速度は ― 112 ― 地上用静電浮遊炉の開発 の懸念に対して答を得る予定である. . 地上用静電浮遊炉の限界/微小重力のメリット 地上用静電浮遊炉の限界及び微小重力実験用静電浮遊炉 のメリットを考察する. 試料サイズ 地上では重力をキャンセルするだけの力を発生させる必 要がある.その力は(1 )式より QV /L である.一方,液体 状態の試料が安定した形状を保持するためには,電場(E =V /L )及び帯電量 Q がある範囲に収まっている必要があ る.Rayleigh19)は液滴が破裂しない限界電荷量 Q R を Q R=8p ge0r 30 (12) としている.ここで e0 は真空の透磁率である.一方, Fig. 12 Taylor20)は電場の限界として Conceptual drawing for sample oscillation measurement. g 4pe0r0 ER1.625 トルクに比例する(真空であるため,空気抵抗は無視でき (13) を導いている.Adornato21)らは,有限要素法を用いて静電 る)ため,試料の回転数データから角加速度を求め,電気 浮遊液滴の形状と安定領域を求めている. Fig. 13 にその 抵抗値を計算することができる.この際,試料の慣性モー 概要を示す. Q 0, E0 は無次元化された電荷及び電場であ メントの値が必要となるが,試料が球形であるから質量と り,それぞれ 半径から簡単に計算できる. . 議 Q 0=Q(4pe0r 30g)-1/2 論 E 0= E - 1/2 (4pe r ) (14) 0 0 . 地上での熱物性測定における静電浮遊炉のメリッ で与えられる.液滴の電荷及び浮遊に必要な電場が Fig. ト 静電浮遊炉における熱物性計測は他の地上用浮遊炉に比 13 の線より下側の領域であれば,液滴の形状は安定であ る.ここで,線が Q 0 軸及び E 0 軸と交わる点がそれぞれ 較して以下のメリットを持っている. g Rayleigh 及び Taylor の限界値である.また,電場に関し 浮遊溶融した試料がほぼ真球である. 多くの計測手法が球形の試料を前提としており,その前 ては高圧アンプの性能による上限,試料の帯電量も単位表 提条件を満たしている.このため解析が単純である.地上 面積あたりの帯電量の上限から制約が加わるため,現実的 用電磁浮遊炉では試料は大きく変形するため,球の近似が な安定領域は Fig. 13に示された範囲となる.一方,(1)式 できず,測定を困難にしている.音波浮遊においても,音 及び(14)式から, 圧による初期変形が物性測定の誤差要因となっている. 加熱と位置制御が独立に行われる. Q 0 E 0= 地上用電磁浮遊炉では,浮遊のために試料に渦電流を発 4prr 20 3g (15) 生し,試料は加熱される.このため,( 10 )式の熱入力 P となり,半径 r0 の試料の浮遊に必要な Q 0 及び E 0 は双曲 を 0 にすることができず,計算は複雑となる. 線で与えられる. Fig. 14 は Bi (密度 10.1 × 103 kg / m3 ,表 面張力0.378 N/m)22)及び Sn 試料(密度6.98×103 kg/m3, 真空中で浮遊溶融可能. これにより,雰囲気ガスによる伝熱や試料回転に対する 表面張力 0.56 N / m )22) について,半径を変えて必要な Q 0 抵抗等が無視でき,解析を単純化できる.音波浮遊では, E 0 曲線をプロットしたものである.試料径が大きくなる ガスは必須であるため,熱伝導や対流を考慮する必要が生 に従って安定領域は狭くなり,半径 3 mm では,安定した じ,(10)式は容易に用いることができない. 領域がないことがわかる.式(15)から明らかに,限界とな 一方,静電浮遊炉における表面張力,粘性係数の測定に る半径は試料の表面張力及び密度に依存し, Bi など表面 ついては,表面電荷の影響を考慮する必要がある.表面張 張力が弱く密度が大きい試料では,制約が顕著である.さ 力に関しては,補正式が提案されている17)が粘性係数に関 らに,電場に関しては高圧アンプの性能から30 kV が上限 してはない.粘性係数に関しては,位置制御にかかる力自 であるし,試料の帯電量も10-10 C オーダーであるためこ 体が振動減衰に効いている可能性がある.今後 MSL1 の れらの制約からも試料径が限定されてくるため,1~3 mm TEMPUS で行われた実験3) との比較実験を行い,これら の試料直径が限度である. 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 ― 113 ― 59 石川 毅彦,他 Fig. 13 Limitations on stable levitation of a molten sample. Stability limit line is from Ref. 21. Fig. 14(b) . ま Limitation on Sample radius of tin. Sample size 1, 1.5, 2 and 3 mm are plotted together with Rayleigh-Taylor limit, maximum electric ˆeld and maximum surface charge density. と め 地上用静電浮遊炉は,試料位置制御の困難さからこれま で開発が遅れていたが,JPL での成果を基に改良を加え, 高融点試料である Nb の安定浮遊溶融まで可能となった. 静電浮遊炉の長所を利用して浮遊溶融試料の各種の熱物性 測定が簡便に行え,その温度範囲は過冷却状態まで及ぶ. 今後熱物性測定の精度向上等を図り,地上での研究活動, 熱物性データの充実を図るとともに,その技術を宇宙ス テーション用の静電浮遊炉に活用していく予定である. Fig. 14(a) Limitation on Sample size 1, 1.5, 2 and 3 mm are plotted together with Rayleigh-Taylor limit, maximum electric ˆeld and maximum surface charge density. 謝辞 本 研究 の 遂 行に 当 たっ て は, 筆 者 らの JPL での 研 修 (一人は社内研修,一人はポスドクとしての研究)を基礎 としており,JPL/Rhim 博士に敬意を表します.東京工業 大学小田原教授からは紫外線レーザー採用の助言をいただ 微小重力下では,残留重力に対抗する制御力が作用すれ きました.また,実験の実施に際しては,宇宙開発事業団 ばよい.残留重力を 10-4 G 程度とし,( 15 )式の g に与え の荒井,越川,村上,余野,川崎の各氏に援助をいただき ると微小重力の効果を知ることができる.理論的には試料 ました. 径を 2 桁大きくしても安定した浮遊が実現できる. 参考文献 帯電量減少への対応 加熱中の帯電量減少は静電浮遊炉にとって大きな問題で ある.(1 )式より明らかに,帯電量が半分になれば,電場 を 2 倍にする必要がある.通常試料の初期浮遊に10 kV 程 度の電圧を印加している.高圧アンプの制限(最大30 kV) から,対応できる帯電減少は最大で67程度である.TR IA の実験ではセラミクス試料の帯電量は92 減少してお り6)地上用静電浮遊炉では対応困難である.よって加熱溶 融時の帯電量減少が激しい試料の実験には微小重力環境が 不可欠である. 60 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 1) Won-Kyu Rhim et al.: Rev. Sci. Instrum., 64(10), Oct. 1993. 2) T. G. Wang, A. V. Anilkumar and C. P. Lee: J. Fluid Mech., 308 (1996) 1. 3) Ivan Egry: J. Jpn. Soc. Microgravity Appl., 15 (1998) 215. 4) Shankar Krishnan et al.: Rev. Sci. Instrum., 68(9), Sep. (1997). 5) Arron J. Rulison et al.: Rev. Sci. Instrum., 68(7), Jul. (1997). 6) Shinichi Yoda et al.: J. Jpn. Soc. Microgravity Appl., 17 (2000) 76. 7) K. Togano et al.: J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. Vol. 16, Supplement, (1999) 53. ― 114 ― 地上用静電浮遊炉の開発 8) 9) 10) 11) 12) 13) 14) 15) 明石 一,今井弘之詳解 制御工学演習. 真紀俊男進め コードウォリア. Won-Kyu Rhim et al.: IEEE transactions on industry applications, vol. IA23, No. 6, (1987). Won-Kyu Rhim and T. Ishikawa: Rev. Sci. Instrum., 69(10), Oct. (1998). Won-Kyu Rhim and Paul-Francois Paradis: Rev. Sci. Instrum., 70(12), Dec. (1999). Won-Kyu Rhim and Paul-Francois Paradis: J. Mater. Res., 14 (9), (1999). D. M. Herlach et al.: International Materials Reviews, vol. 38, No. 6, (1993). Sang K. Chung, David B. Thiessen and Won-Kyu Rhim: Rev. Sci. Insturm., 67(9), Sep. (1996). 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 2 2001 16) Aaron J. Rulison and Won-Kyu Rhim: Mettallurgical and Materials Transactions B, vol. 26B, Jun. (1995). 17) Won-Kyu Rhim, Kenichi Ohsaka and Paul-Francois Paradis: Rev. Sci. Instrum., 70(6), Jun. (1999). 18) 小野陽一,平山勝久,古川和博鉄と鋼 第60年(1974) 第 14号. 19) Rayleigh, Lord: Philos. Mag., 14 (1882) 184. 20) Taylor G. I.: Proc. R. Soc. Lond., A 280 (1966) 159. 21) P. M. Adornato and R. A. Brown: Proc. R. Soc. Lond., A 389 (1983) 101. 22) Takamichi Iida and Roderick I. L. Guthrie: The Physical Properties of Liquid Metals, Clarendon Press Oxford, (1988). ― 115 ― (年月日受理, 年 月日採録) 61